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身延相承書と池上相承書について

122 れん :2007/03/24(土) 19:26:20
独学徒さん
談義所にて御提示の「仰之趣」の当該部分、拝見いたしました。
当該文には、日蓮から日向に身延沢の譲りがあったとありますが、今日にいたるまで、日蓮から日向への譲状のごときは存在してませんね。無論、日興に対するそれも存在しません。確実な記録である日興筆の宗祖御遷化記録に「墓所寺六人香花当番時」云々とある通り、墓所寺(後の身延久遠寺)を六老僧を中心に門弟が当番で守護し仏事を奉修することが日蓮の遺志であったろうと思います。輪番制の崩壊による日興の常駐はあったものの正応元年に顕在化した波木井氏に対する教化に関する日興と日向の対立、地頭波木井氏も、それまでの日興との師弟関係を反古にして「我は民部阿闍梨を師匠にしたる也」とするにいたったので、「泣く子と地頭には勝てぬ」で、日興は身延を離山したのでしょう。
原殿御返事において「身延沢を罷出候事面目なさ、本意なさ難申尽候へとも、打還案し候へは、いつくにても聖人の御義を相継進て世に立て候はん事こそ詮にて候へ…日興一人本師の正義を存して本懐を奉遂候へき仁に相当たって覚候へは、本意無忘候」と、身延を離山しても師日蓮の法門を守ることを選ぶと記した日興には、少なくとも「仰之趣」が記す如き身延の後住を自ら望んだということはなかったでしょうね。


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