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真言宗系は此方で
19
:
明星
:2013/01/28(月) 23:18:45
川蝉さま、
こちらから教会のサイトにお伺いしようと思っていた矢先に、
川蝉さまの方から詳しいご回答をいただきまして、誠に感謝の至りです。
>日蓮聖人は「法華経は仏教の大綱を説いてあり、細目は諸経に説いてある」と見ています
これは重要なご指摘です。私も破邪顕正というのは、単に他の経典を頭から排撃する
ということではないと思っておりましたが、できればこのことを説いた御妙判を
教えていただけませんでしょうか?
>観普賢経に釈尊のことを毘廬舎那遍一切処と称しているからと云って、それが「密教の影響」と即断するのは間違いでしょう。
そうですね。この辺りは諸経典の成立史をもう少し研究しなければなりませんね。
>「(真言宗の)秘伝や口伝を法華経思想のもとに体系化し直し活用した」と云う確かな証拠や事実があるのですか?。
>先方が勝手に思い込んでいるだけだと思われますね。
これはですね、豊嶋泰國氏が著書で指摘されていたことなのですが、
藤巻氏は真言宗側の説明を鵜呑みにされたのでしょうかね?
他宗派では、四箇格言をいまだに根に持って日蓮聖人を貶めようとする方が多いのですかね。
また世間的には、創価学会や顕正会などの影響もあり、日蓮聖人という人はエキセントリック
な過激な僧侶というイメージが定着しており、日蓮信徒としてはなんとも歯痒い次第です。
こんなサイトもありまして、しかもなかなか好評のようです。
http://d.hatena.ne.jp/Halalneet/20091109/1257784704
私も時間があればもっと深く勉強して、しっかりと自身の信仰を確立したいところですが、
なかなかそういうわけにもいかず、歯痒い日々です。
これからもご指導よろしくお願い致します。
20
:
明星
:2013/01/29(火) 00:34:49
>>19
の13行目訂正いたします。申し訳ございません。
×・・・藤巻氏は真言宗側の説明を鵜呑みにされたのでしょうかね?
↓
○・・・豊嶋氏は真言宗側の説明を鵜呑みにされたのでしょうかね?
21
:
川蝉
:2013/01/29(火) 11:38:10
明星さんへ。
『観心本尊得意抄』に有る次下の文です
総じて一代聖教を大に分つて二と為す一には大綱二には網目なり、初の大綱とは成仏得道の教なり、成仏の教とは法華経なり、次に網目とは法華已前の諸経なり、・・・所詮成仏の大綱を法華に之を説き其の余の網目は衆典に之を明す、法華の為の網目なるが故に法華の証文に之を引き用ゆ可きなり、・・ 問う法華を大綱とする証如何、答う天台は当に知るべし此の経は唯如来説教の大綱を論じて網目を委細にせざるなりと、問う爾前を網目とする証如何、答う妙楽の云く「皮膚毛綵衆典に出在せり」云云、
22
:
明星
:2013/02/01(金) 02:21:16
川蝉様、ご教示有り難うございます。
なるほど、やはり大聖人様のお考えは法華経思想に反しない限り、他経も包摂するというものですね。
ただ、ここでひとつ疑問が生じるのですが、よく大聖人様のお言葉として引用される、
「正直捨方便不受余経一偈」との整合性はどのように考えたら良いでしょうか?
一見、矛盾するように思えてしまうのですが・・・
23
:
川蝉
:2013/02/01(金) 15:54:14
明星さんへ。
先に、お知らせした「観心本尊得意抄」の文は、「爾前の経を未顕真実と捨てながら安国論には爾前の経を引き文証とする事は自語相違では?」との他宗の僧侶の質問に対して「一代聖教を大に分つて二と為す一には大綱二には網目なり、初の大綱とは成仏得道の教なり、成仏の教とは法華経なり、次に網目とは法華已前の諸経なり、彼の諸経等は不成仏の教なり、・・・但し権教に於ても成仏得道の外は説相空しかる可からず」と答えた部分です。
この他宗の僧の質問は明星さんの「正直捨方便不受余経一偈との整合性は?」との疑問と同じですね。「但し権教に於ても成仏得道の外は説相空しかる可からず」の部分を注視して下さい。
「譬喩品」の「ただ楽って大乗経典を受持して乃至余経の一偈をも受けざる」との句について日蓮聖人が
「秋元御書」に「法華経を行ずる人の一口は南無妙法蓮華経一口は南無阿弥陀仏なんど申すは飯に糞を雑へ沙石を入れたるが如し、法華経の文に『但大乗経典を受持することを楽うて乃至余経の一偈をも受けざれ』等と説くは是なり、世間の学匠は法華経に余行を雑えても苦しからずと思へり、日蓮もさこそ思い候へども経文は爾らず」と、「行(成仏の行)としては、他宗の行と法華経の行を同等に思ったり、雑えて行じてはならない 」との教示だとしています。
方便品の「正直捨方便」の句は、
「如来出でたる所以は仏慧を説かんが為の故なり 今正しく是れ其の時なり 舎利弗当に知るべし 鈍根小智の人 著相・慢の者は 是の法を信ずること能わず 今我喜んで畏なし 諸の菩薩の中に於て 正直に方便を捨てて 但無上道を説く」の文の中に有る句ですね、「弟子達の機根が調ったので、今までの方便の教経を捨てて(方便の教えを説くことを止めて)、いよいよ出世の目的である真実の教え法華経を説くのである」との意味ですね。
24
:
明星
:2013/02/13(水) 20:53:28
川蝉さま、
御礼が大変遅くなりまして申し訳ありません。
わかりやすいご回答をいただき有り難うございます。
>但し権教に於ても成仏得道の外は説相空しかる可からず
なるほど、成仏得道の行法においては権教は交えてはならないが、
それ以外の部分なら権教も参考にしてもよいという立場ですね。
>「行(成仏の行)としては、他宗の行と法華経の行を同等に思ったり、雑えて行じてはならない 」との教示だとしています。
なるほど、よくわかりました。
>「弟子達の機根が調ったので、今までの方便の教経を捨てて(方便の教えを説くことを止めて)、
>いよいよ出世の目的である真実の教え法華経を説くのである」との意味ですね。
「正直に方便を捨てて」というのは「方便を廃棄する」ということではなく、準備が整ったので
「いよいよ真実の教えに入るぞ」という意味なのですね。誤解を招きやすい表現だと思いますが、
これはサンスクリットの原典に当たれば誤解も解けるのでしょうね。
本当に勉強になりました。有り難うございました。
今後ともよろしくお願い致します。
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