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『さらば暴政』が誕生した時代

15asa:2016/04/30(土) 17:46:58
確かに、「脱ニッポン型思考のすすめ」という中にも、日本会議というのは目にしなかった
様な気がします。
最も、これは1986年当時に出されたもののようで、自分自身は、ちょうど大学を卒業し、就職したばかり
の時期でもあり、この時には、このような書物を目にしたことはなかったのですが、これを目にしたのは、
ずっと後になって小泉暴政後の時期に初めて目にしたことで、何か「目から鱗が落ちる」というような心境でも
ありましたね。

ただ右翼と左翼なんていうことでは、良く耳にして、自分はどちらも嫌いだったことは間違いなかったものの
右翼というものについて、いろいろと調べているうちに、日本会議なる団体という存在がなることに気づいて
ホームページなどで見たりはしたのですが、何かなんだかわからないようなことが書かれており、まともに読む
方が混乱してしまいそうな印象を受けたことで、今では知ってはいるものの、あまり真に受けないようにしており
ます。

だが、これこそ、右翼の皆様からすれば、左翼だと言いたいところではあろうかということは想定出来るところですが
建設的野党に過ぎない日本共産党を中国共産党に置き換えれば、右翼というは反日活動家と変わらないような印象を持たれる
ことくらいのことは、簡単に想定出来ることなのですが、右翼の皆様におかれましては、これって自分は反日だと言いたい
ところであれば、これ以上の介入は一切できませんし、そっと静かに無視するしかないし、こうした右翼からは、どんどん無視される
ことになろうとも、一切構いませんので、どうぞ、日本会議と共に、どんどん涙を流し続けながら、落ちるところまで、どんどん堕ちて下さい
これだけのことであれば、天皇陛下と共に、そっと静かに暖かく見守っていくことに致しましょう、これこそが「人間として当たり前のこと」
として、「お国のため、天皇陛下のため」でもあると言ってはいけませんか?

と逆に突き放すことで、個人的には、社会的サポート資源としての役割を、そっと静かに担うことに致しましょう、ということで応えていくしか
ございませんね。

16鈴木麻衣:2016/06/22(水) 13:55:42
最近、日本会議の実態と背景に迫るネット記事の発表が続いていますので下記にご紹介します。

わき道をゆく〜魚住昭の誌上デモ | 現代ビジネス [講談社]

安倍政権の黒幕「日本会議」、その力の源泉は何か おそるべきマネージメント能力!
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48784


安倍政権の黒幕!? 右派団体「日本会議」とは何か その起源から動員力の秘密まで
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48784

「日本会議」の中核組織「日青協」の正体〜謎の儀式と口外禁止の教え 知られざるカルト的側面
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48920

「日本会議はものすごい“後ろめたさ”を抱えている」先駆的研究者・上杉聰が語る日本会議の最大の問題とは?|LITERA/リテラ
http://lite-ra.com/2016/06/post-2354.html

17asa:2016/06/24(金) 14:05:23
日本会議の研究、というのも話題となり、あれからインターネットなどで
いろいろと検索してみると、ご提示して頂いたもの以外で、下記に提示させて
頂きたいと存じます。

安倍政権の背後にある「日本会議」の知られざる実態と自民党
http://www.mag2.com/p/money/8039

これを一通り目にしてみると、最後には

「日本会議」は社会から孤立した「カルト」ではない

という存在だと言っておきながら、これを国際社会全体の多極化の流れ
という環境変化の中で、行きつく先は、この日本会議そのものが、自ら
が「多極化の流れの中で捨て駒にされ、歴史の闇の中に葬り捨てられて
しまう道を、自ら招き入れているのではないか」という物凄い本質的な
矛盾を抱えていることに気づいていないのか、あるいは、これに気づかれ
ることがないように、ごまかそうとして、好戦的平和ボケ主義に陥り、
どんどん自分で自分の首を絞めて、自滅するだけの愚か者集団に過ぎない
のではないか」とも、これはあくまでも個人的な感想ですが、思わず感じ
ざるを得ないことには、同じ日本人として、誠に残念なことであり、根底に
は、それまでの全体主義そのものに対する罪悪感から逃れられずに、これと
天皇制が切断されてしまうことに対する、物凄い後ろめたいさや無念さ、深い
悲しみというものにこそ、決して同情することはできないものの、「和して
同せず」ということを前提とするならば、大いに共感するところはあること
は言うまでもありませんね。

18藤原肇:2016/06/26(日) 22:51:11
私は記事で解説せずにヒントを書いて、読者が自分の頭で考えるように工夫してきた理由は、フランスに留学して学んだのが、このやり方の持つ価値を日本に伝えたいと思ったからです。これをメタ情報の伝授法と言います。だから、私の本を一度読んだのは眺めたレベルで、読書一辺は立ち読みに過ぎず、「読書百遍意自ずから通ず」という考えは、子供のころに使った西周さんの文机の裏面の教えでした。
さて、幼稚な安倍を背後から操る悪辣な日本会議については、今日本で取り上げられている、菅野さんの「日本会議論」とは違い、私は別の視座から問題を捉えています。1960年代の日本文化会議以来の国粋回帰運動の一環として、教育二法案や西尾幹二たちの乗教科書を作る会運動など、一連の反動路線として考えているのです。それが『さらば暴政』の読み方で、五度読んだ人なら分かるはずです。
通り一遍に私の書いたものを読み、「藤原さんの著書で日本会議について目にしなかった」などと言って欲しくないし、そんな程度のことを今更聞きたくないと思います。私が文芸春秋と絶交して記事を寄稿しなくなったことや、田中健吾と絶交したことは、『インテリジェンス戦争の時代』を読んだ人なら、なるほどと思い当たるはずです。また、その延長線上に2012年に出た次の『紙の爆弾』の記事があり、そこには日本文化会議の名前が出ています。
「・・・藤原 私の読者に松橋忠光さんという、警視総監に次ぐ警視監をやっている人がいて、その彼の警備局時代のエピソードが面白かった。松橋さんの上司の川島という人物が、何かトラブルがあると「田中を呼べ、田中を呼べ」と命令するそうなんですよ。 その田中というのは、文藝春秋の田中健五、当時の文藝春秋の取材記者ですよ。

本沢- 田中健五は「諸君!」初代編集長で文春タカ派路線の生みの親でしたね。
藤原 右翼の日本文化会議の機関誌が、内閣調査室の資金で文藝春秋から出て、保守的な言論活動を展開したわけですよ。
本澤 あっておかしくない話です。
藤原 田中健五は「諸君-!」から「文藝春秋」の編集長を経て、その後は社長にと出世していくわけですが、大量の政府広報が記事のスタイルで、政府の機密費として文藝春秋に流れたことは、誌面を占めた政府提供記事で明白です。・・・」
さて、年寄りの冷や水みたいな発言になりますが、私としてはそこまで読みぬく程度の人に対して、メタ情報をとらえる読者としての言論活動を期待し、次の世代にバトンタッチしたいと思っている次第です。


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