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芸術・美術・音楽

1 とはずがたり :2008/03/17(月) 16:29:22
アート全般

679 とはずがたり :2017/12/29(金) 20:06:12
なになに!?(;´Д`)はあはあ←こんなのが居るから芸術が猥褻になっちゃうんだけど猥褻は芸術以上に礼讃したいと思うんだけどなあ。

むう,確かに結構刺戟的な構図ではあるな,,現代に於いて小児性愛は厳禁だから(日本は可成り甘い様だ)厳しいかな。。
https://www.google.co.jp/search?q=%E5%A4%A2%E8%A6%8B%E3%82%8B%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%BA&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0ahUKEwiawdn5iK_YAhUBwbwKHQFCD4cQ_AUICigB&biw=1870&bih=1453#imgrc=vbDPN5aNPFnZUM:

少女画、芸術かわいせつか論議 NY、バルテュスの絵画
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2017122401001318.html
2017年12月24日 16時47分


 【ニューヨーク共同】米ニューヨークのメトロポリタン美術館に展示されている著名画家、故バルテュス氏による少女の下着が見える構図の絵画が芸術か、わいせつかを巡り論議を呼んでいる。いかがわしいとして撤去を求める署名活動が進むが、美術館は表現の自由を理由に拒否している。

 米国ではハリウッド映画界の大物プロデューサーのセクハラ疑惑発覚を機に自らの被害体験を証言する動きが広がっており、わいせつ性への意識の高まりも撤去要求の背景にありそうだ。

 バルテュス氏はフランス人で「20世紀最後の巨匠」とされた。絵画は代表作の一つで1938年の「夢見るテレーズ」。

680 チバQ :2018/01/06(土) 04:36:48
>>672
まぁ、仕方ないよね・・・・
https://news.goo.ne.jp/article/asahi/world/ASL152P8KL15UHBI00D.html
米メトロポリタン美術館、入館料義務化へ 3月から
01月05日 10:20朝日新聞

米メトロポリタン美術館、入館料義務化へ 3月から

米ニューヨークのメトロポリタン美術館=2012年

(朝日新聞)

 世界3大美術館のひとつといわれる米ニューヨークのメトロポリタン美術館(MET=メット)は4日、任意の入館料の支払いを3月1日から原則義務化する、と発表した。1970年から任意方式を続けてきたが支払う人が減り、運営費に困っていた。

 入館者は3月以降、同美術館が任意支払いの目安として掲げている「推奨価格」を支払わなければならなくなる。大人25ドル(約2800円)、65歳以上のシニア17ドル(約1900円)、学生12ドル(約1340円)で、12歳以下は引き続き無料。また、州内の居住者と近隣州の学生には任意の支払いが認められる。

 同美術館によると、推奨価格の全額を払っていた入館者の割合は、2004年は63%だったが、最近は大人では17%に減少。運営費の14%しか入館料で賄えなくなり、任意制度では「もはや日々の運営費を十分に集められない」との結論に達した。同館の来館者は年700万人以上。(ニューヨーク=金成隆一)

681 チバQ :2018/01/06(土) 05:57:14
https://mainichi.jp/articles/20171213/k00/00e/040/222000c
美術館
全国に広がる「会話OKの日」に賛否
毎日新聞2017年12月13日 08時33分(最終更新 12月13日 10時10分)
 ひそひそ声すら響いてしまう静寂の美術館。ちょっとした異変が起きている。周りに気兼ねなくおしゃべりできる日や、子ども連れ歓迎の日を設ける動きが広がっているのだ。美術館は来館者増を期待するが、静けさを求める来館者と日を分けることに首をかしげる人もいて、鑑賞のあり方に一石を投じている。

 「取っ手の部分、何の形かな」「この器、煮物を盛り付けたいわ」。焼き物専門の戸栗美術館(東京都渋谷区)は6月から毎月第4月曜を「フリートークデー」とした。展示替えのたびに夫婦で来館しているという東京都内の女性(68)は「普段は控えているけど今日は遠慮なくしゃべれる」と歓迎する。ただ、アンケートで「静かで落ち着いている美術館」と評価されてきたため「フリートークデー」はこれまで定休だった月曜にした。学芸員の黒沢愛さん(27)は「リラックスした来館者の表情からも楽しげな様子が伝わる」と話す。

 また、東京都美術館(台東区)が7月末の休室日を中学生以下とその家族だけの「キッズデー」に設定したところ、館内は子どもたちであふれた。やや薄暗い館内の雰囲気もあり、子どもたちは集中してゴッホやモネの作品に見入った。千葉県柏市の30代の母親は0歳児の長男をベビーカーに乗せ「産後初めて美術館に来られた」とうれしそう。

 こうした取り組みは全国に広がっている。静岡県立美術館(静岡市)や町田市立国際版画美術館(東京都町田市)では、いずれも通常開館日の毎週水、土曜に設定した。

 8月から毎月第1日曜を「会話を楽しむ日」にした「神奈川県立近代美術館 葉山」では約30人の来館者にインタビュー形式の調査をした。その結果「会話を楽しむ日と分からないほど静かだった」という感想や「おしゃべりが生まれるような(イベントや構成などの)工夫や、話をしやすい環境づくりも必要」と課題を挙げる人もいた。

 調査を担当した立花由美子さん(28)は大英博物館でのインターン経験がある。にぎやかな海外のミュージアムの様子を目の当たりにし「作品に興味を持った結果として会話が生まれるのは不思議なことではない」と考える。だが「海外で当たり前でも日本の各館のコンテクスト(状況や背景)を知ることなしに『会話を楽しむ日』の導入はできない」と調査のきっかけを語る。確かに、美術館での会話についての考え方は個人差がある。立花さんらの調査でも9割以上が会話を楽しむ日を「継続してもよい」と答えたが、その日を利用するかどうかという問いには約3割が「その日は避けたい」と答えた。

本来は規制なし
 展示室は静かに、というのは何のためか。どの学芸員も「あくまでマナー。作品保護や周囲への気遣いができれば会話は制限されていない」と口をそろえる。美術館における教育普及活動に取り組む大原美術館(岡山県倉敷市)はウェブサイトで「美術館には理由のない規制はない」と館の方針を明確に示す。「全ての理由が『作品を守る』『他のお客様の迷惑にならない』という二つに要約される。これを守れば、ゆっくりとおしゃべりをしながら展示場をめぐっていただいてもよい」

 ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)でも議論を呼んでいる。和歌山県立博物館の主査学芸員、大河内智之さん(43)は展示室で解説中、来館者から「うるさい」と言われたことがあったという。他施設の見学中に注意されたこともあり、5年前に「同質でないものを排除する論理になっていないか」とツイッターでつぶやいた。

 すると次々に意見や経験談が集まった。「作品に入り込むには静けさが必要」「トークフリーデーは折衷案としてはいいが、平時にトークしづらくなる」

 大河内さんは「ミュージアムは感動を共有したり疑問点をディスカッションできたりする場所」と考える。静寂の場であるべきかどうかについては「何のための場所かを考えるためにもさらに議論が必要」と話す。

682 チバQ :2018/01/06(土) 06:33:17
集客の狙いも
 文部科学省の社会教育調査によると、動物園などを含む博物館全体の入館者数は微増しているが、美術館は減る傾向にある。おしゃべり可の広がりは来館者増につなげたい美術館の狙いもある。

 ミュージアム・マーケティングに詳しい河島伸子・同志社大教授(文化経済学)は「ミュージアムが『全ての人に開かれた施設』という理想を掲げていてもニーズは多様」と分析したうえで「従来の高齢者層だけでなく、新たな来館者を獲得したい施設の取り組みの一環なのだろう」と背景を指摘する。瀧端真理子・追手門学院大教授(博物館学)は「展示作品の種類や時間帯によっても館の雰囲気は異なり、どのくらいの話し声を迷惑と感じるのかは個人差がある。いずれにせよ、各施設が持つポリシーを明確に示すことが大切」と、館の性格や自主性が大切との立場を示している。【成田有佳】

683 とはずがたり :2018/01/08(月) 20:26:10
面白いなあと思ってたけど。なんで激減したんだ??

米メトロポリタン美術館
入館料義務化 収入激減、3月から
毎日新聞2018年1月6日 東京朝刊
https://mainichi.jp/articles/20180106/ddm/012/040/047000c

 【ニューヨーク共同】世界屈指の所蔵品を誇る米ニューヨークのメトロポリタン美術館は4日、任意としている入館料の支払いを3月1日から義務化すると発表した。増収によって財政状況を安定化させることが目的としている。

 同館は現在「推奨する入館料」として大人25ドル(約2800円)、65歳以上17ドル、学生12ドルと提示し、実際に支払う額は来館者が決める仕組み。今後は提示額の支払いを義務とし、12歳未満は引き続き無料とする。

 発表によると、2004年には来館者の63%が提示額の全額を支払っていたが、現在は17%にまで落ち込んでいた。来館者1人当たりの平均支払額は9ドルで、同館は収入減に悩まされていたという。ニューヨーク州在住者らには引き続き任意の支払いを認めるとしている。

684 チバQ :2018/01/25(木) 15:33:04
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180125-00000005-jij_afp-int
パリで洪水の恐れ ルーブル一部閉館、収蔵品避難
1/25(木) 8:04配信 AFP=時事
パリで洪水の恐れ ルーブル一部閉館、収蔵品避難
仏パリで、冠水したセーヌ川沿いをボートで進む人々(2018年1月24日撮影)。【翻訳編集】 AFPBB News
【AFP=時事】フランスの首都パリでは24日、このところ続いた大雨によりセーヌ(Seine)川の水位が上昇を続けており、ルーブル美術館(Louvre Museum)では洪水に備えて施設の一部を閉鎖し、収蔵品を高所に避難させる措置が取られた。


 フランスでは今月、多くの地域が大雨に見舞われ、多数の住宅や店舗が浸水被害に遭ったほか、パリでは市内を通る列車が運行中止を余儀なくされた。

 セーヌ川の水位は27日には普段の5〜6倍に当たる6.2メートルに達すると予想されている。これは1982年以降で最高水準の水位で、最後に同水準までセーヌ川が増水した2016年には、河畔の各美術館で地下室から収蔵品を上階へと移す緊急措置が取られた。

 オルセー美術館(Musee d'Orsay)やオランジュリー美術館(Musee de l'Orangerie)も今回の水位上昇を受け、洪水により収蔵品の移動が必要になった場合に備えて木曜夜の開館を取り止めた。

 また、パリ市内ではネズミ問題が以前にも増して表面化。巣が水浸しとなったために乾いた場所へと避難するネズミが増加しており、パリ市民は今後数日間、普段よりも多くのネズミを目にすることになりそうだ。【翻訳編集】 AFPBB News

685 とはずがたり :2018/02/15(木) 14:58:16

落書きアート消した開発業者に賠償命令7億円超、米NY
http://www.afpbb.com/articles/-/3162403
2018年2月14日 16:29 発信地:ニューヨーク/米国

【2月14日 AFP】米連邦地裁は12日、ニューヨーク市にあったグラフィティ(落書き)の名所「ファイブ・ポインツ(5 Pointz)」を取り壊した住宅開発業者に対し、壁に描かれていたグラフィティ・アートの作者21人に計675万ドル(約7億2300万円)の損害賠償を支払うよう命じた。連邦法でグラフィティ・アートを保護すべきとした画期的な判断となる。

 ニューヨークの連邦地裁のフレデリック・ブロック(Frederic Block)判事は、同市クイーンズ(Queens)地区にあった「ファイブ・ポインツ(5Pointz)」の再開発で失われた45作品にそれぞれ法定損害賠償の上限に当たる15万ドル(約1600万円)の賠償額を認めた。

 ファイブ・ポインツの所有権者である不動産開発業者のジェリー・ウォルコフ(Jerry Wolkoff)氏は20年にわたって、「タガー(Tagger)」と呼ばれるグラフィティ・アーティストたちに落書きを描く空間を提供してきた。

 しかしウォルコフ氏は、同地に4億ドル(約428億円)をかけて高級住宅を建設するにあたり、2013年に建物に描かれたグラフィティを塗りつぶし、翌2014年には建物全体を取り壊した。

 これに対しアーティスト21人は、国際的に称賛され観光名所にもなっていたファイブ・ポインツの取り壊し前に作品を保存する機会が与えられるべきだったとして、視覚芸術家権利法(VARA)違反による損害賠償を求めて訴訟を起こした。

 アーティスト側の代理人を務める弁護士らはファイブ・ポインツを「世界一の落書きアートを誇る屋外美術館」と表現した。代理人の一人、エリック・バウム(Eric Baum)弁護士はこの判決を歓迎し、AFPに対して「エアロゾル・アート(グラフィティ)が他の美術作品と同様、連邦法で保護される価値があることを明確にする判決だ」と語った。(c)AFP

686 とはずがたり :2018/05/13(日) 15:55:34
法華寺の菩薩像、内部に巻物や紙の束が180点
http://www.yomiuri.co.jp/culture/20180508-OYT1T50016.html
2018年05月08日 10時20分

 奈良国立博物館(奈良市)は7日、法華寺(同)が所蔵する鎌倉時代(13世紀)の文殊菩薩坐像ぼさつざぞうをX線CT(コンピューター断層撮影)スキャナーで調べた結果、内部に経典とみられる巻物など約180点が納められているのを確認したと発表した。

 像は木造で高さ73センチ。頭部に仏陀の舎利(遺骨)を納めたとされる舎利容器や巻物など約30点、胴部には約150点の巻物や紙の束などがあった。取り出された形跡はなく、制作時に納められたとみられる。

 こうした像内納入品は平安末期以降に多く見られ、他の例から紙の束には制作に関わった人々の名前などが書かれている可能性がある。

 法華寺は奈良時代に光明皇后(701〜760年)が創建、鎌倉時代に高僧・叡尊えいそん(1201〜90年)が再建した。同寺は当面、納入品を取り出す予定はないといい、樋口教香きょうこう住職は「大切に後世に伝えたい」と話している。

 文殊菩薩坐像と内部の画像は8〜27日、同博物館・なら仏像館で特別公開されている。月曜休館。問い合わせはハローダイヤル(050・5542・8600)。

687 チバQ :2018/05/15(火) 20:10:52
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180515-00000022-jij_afp-int
モディリアニの「横たわる裸婦」、170億円超で落札 米NY
5/15(火) 13:14配信 AFP=時事
モディリアニの「横たわる裸婦」、170億円超で落札 米NY
米ニューヨークで、オークションに先駆け競売大手サザビーズが公開したアメデオ・モディリアニの裸婦像「(体の左側を下にして)横たわる裸婦」(2018年5月4日撮影)。【翻訳編集】 AFPBB News
【AFP=時事】米ニューヨークで14日、イタリアの画家アメデオ・モディリアニ(Amedeo Modigliani)の作品では最大となる裸婦像が、オークションでの価格としては史上4番目に高い1億5720万ドル(約172億円)で落札された。


 この作品は1917年に描かれた油彩画「(体の左側を下にして)横たわる裸婦(Nu Couche (sur le cote gauche))」で、個人収集家が所有していたもの。横幅が147センチとモディリアニ作品の中で最大のもので、競売大手サザビーズ(Sotheby's)がニューヨークで5月に開催するオークションの目玉作品となっていた。

 英ロンドンの近現代美術館テート・モダン(Tate Modern)でも、先月まで開催されていたモディリアニの回顧展で展示され、人気を呼んでいた。

 モディリアニはレオナルド・ダビンチ(Leonardo da Vinci)、パブロ・ピカソ(Pablo Picasso)に次いで芸術作品のオークションで3番目に高値がつく芸術家だが、14日のオークションで落札された裸体画は2015年に競売大手クリスティーズ(Christie's)のオークションで落札されたモディリアニの別の裸婦像の1億7040万ドル(約187億円)にはおよばなかった。 

 モディリアニは1916年から19年までの間に、横たわる裸婦像22点と椅子に座った裸婦像13点を描いた。モディリアニの横たわる裸婦像の多くはニューヨークのメトロポリタン美術館(Metropolitan Museum of Art)やニューヨーク近代美術館(MoMA)に収蔵されている。【翻訳編集】 AFPBB News

688 チバQ :2018/05/16(水) 19:46:10
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180516-00000010-jij_afp-int
レンブラントの新たな作品発見 40年超ぶり、競売で落札の肖像画
5/16(水) 10:44配信 AFP=時事
レンブラントの新たな作品発見 40年超ぶり、競売で落札の肖像画
レンブラントの肖像画。オランダのアムステルダムにある美術館「レンブラントの家」で(2006年3月30日撮影、資料写真)。【翻訳編集】 AFPBB News
【AFP=時事】オランダの美術専門家が15日、2016年に競売で落札した肖像画が、これまで知られていなかった巨匠レンブラント(Rembrandt)の作品だったことが分かったと明らかにした。レンブラント作品の発見は40年以上ぶり。専門家はこの作品を約13万ポンド(約1900万円)で落札したが、実際の価値はそれをはるかに上回るとみられる。

 公表したのは美術商でもあるヤン・シックス(Jan Six)氏。1634年頃に描かれた「若い紳士の肖像(Portrait of a Young Gentlemen)」は、競売大手クリスティーズ(Christie's)が2016年末にロンドンで行った競売で落札した。

 シックス氏の報道担当者によると、同氏は実物を見て即座にレンブラントの作品だと見抜いたという。作品はこれまでに、レンブラントの専門家エルンスト・ファン・デ・ウェテリンク(Ernst van de Wetering)氏を含め、ほかの美術史家らによってレンブラントのものと認められている。

 作品には日付も署名もない。競売に掛けられる前に英国の貴族の一族が6代前後にわたって所有していたこと以外、来歴も知られていない。

 作品はエルミタージュ美術館アムステルダム別館(Hermitage Museum in Amsterdam)で16日から1か月間公開される。【翻訳編集】 AFPBB News

689  チバQ :2018/05/16(水) 21:15:12
エルミタの別館がアムステルダムにあるのか!

690 チバQ :2018/06/13(水) 18:51:27
https://news.goo.ne.jp/article/afpbb/world/afpbb-3178293.html
屋根裏で見つかった中国製花瓶、予想大幅超の21億円で落札 仏
05:00AFPBB News

屋根裏で見つかった中国製花瓶、予想大幅超の21億円で落札 仏

フランス首都パリの競売大手サザビーズで展示された18世紀の中国製花瓶(2018年5月22日撮影、資料写真)。(c)AFP PHOTO / Thomas SAMSON

(AFPBB News)

【AFP=時事】フランスの首都パリ近郊にある住宅の屋根裏部屋で、靴の空き箱に入れられて数十年も放置されていた18世紀の中国製花瓶が12日、競売大手サザビーズが同市で開いたオークションに掛けられ、予想額の30倍以上に当たる1620万ユーロ(約21億円)で落札された。

 サザビーズの専門家らによると、この花瓶は清王朝の乾隆帝のために作られた磁器製の逸品で、予想落札価格は50万ユーロ(約6500万円)だった。

 花瓶はパリ近郊在住の家族が19世紀末に入手していたが、誰からも気に入られることなく数十年にわたり靴の空き箱に入れられ、屋根裏部屋に放置されていた。今年3月になってようやくサザビーズに連絡した所有者は、「自分たちも祖父母もあまりこの花瓶が好きではなかった」と語っている。

 清時代の希少な磁器は最近、天文学的な価格で落札されている。今年4月に香港で開催されたサザビーズの競売では、乾隆帝の祖父のために作られた器が3040万ドル(約33億6000万円)で落札された。【翻訳編集】AFPBB News

691 とはずがたり :2018/07/04(水) 12:18:09
亡くなってたのか・・ご冥福をお祈りする。

伝説のまま逝った森田童子は全共闘世代の挫折感を癒す存在だった…親交のあった劇作家が素顔と音楽を語る
2018.07.04
http://lite-ra.com/2018/07/post-4105.html?utm_source=onesignal&utm_medium=button&utm_campaign=push

 4月に亡くなっていたことがわかった森田童子。森田といえば、1975年にファーストシングル『さよなら ぼくの ともだち』を発表して注目を集め、当時の若者からカルト的な支持を受けていたフォークシンガーだが、その素顔は謎に包まれていた。本名は非公開、人前ではサングラスを外さず、アルバム7枚、シングル4枚を発表して、1983年に事実上の引退。1993年に『ぼくたちの失敗』がテレビドラマ『高校教師』(TBS系)の主題歌となり、シングルCDが100万枚近くのリバイバルヒットとなったが、そのときも表舞台に出てくることはなかった。

 そして、森田が伝説のまま逝ってしまったいま、その音楽をリアルタイムで感じたことのある人も少なくなっている。いったい彼女は当時の若者にとってどういう存在だったのか。そして、その素顔は……。森田の歌のファンで彼女と親交があった劇作家の高取英に話を聞いた。

 高取が森田童子と知り合ったのは、森田がデビューしたすぐあと、1976年から1977年のことだったという。

「『音楽全書』(海潮社)という音楽誌で森田童子について書いたのですが、彼女のマネージャーでイラストレーターの前田亜土さんから連絡がありまして。前田さんと親しくなって、それから付き合いが始まったんです。公表してませんでしたが、前田さんは森田童子のパートナー、夫でもあった」

 以後、高取は森田のライブに足しげく通い、ライナーノーツも執筆したり(『森田童子全集Ⅲ a boyア・ボーイ』などに収録)、森田も高取の演劇の公演に顔を見せるようになった。そして、お互いの音楽、演劇に批評文を寄せ合う関係になったという。

「私が作った芝居『少年極光 (オーロラ) 都市』の音楽を作っていただいたこともあります。僕の詩に曲をつけるのに、『私、人の詩に曲つけたことないんですよねー』って言うから、『好きにしていいですよ』と、彼女のいいと思う形に変えてもらって、3曲作ってもらいました」

 高取は当時、自分たちが森田童子に強く惹かれた理由について、こう分析する。

「森田童子が登場したのは全共闘運動が挫折して、少し経った頃。彼女の歌はその全共闘世代の心情、挫折感に寄り添うものでした。たとえば、仲間がパクられた日曜の朝、といったことを歌ったり、高橋和巳の『孤立無援の思想』から来ている『孤立無援の唄』、爆弾教本の『球根栽培法』から来る『球根栽培の唄』といった歌があったり。彼女自身は全共闘世代より少し若くて、運動のピークの頃はまだ高校1?2年でしたが、東京教育大(現筑波大学の前身)の紛争に関わっていたという話もあった。どこかのセクトに入ってるとか、高校全共闘みたいなかたちでやっていたというのはないとは思うけれど、その文化や気分はすごく色濃く共有しているアーティストでしたね」

 全共闘世代の心情を代弁し、支持を集めているミュージシャンはたくさんもいたが、森田がほかの誰とも違っていたのは、彼女の歌が“弱さ”に光をあてていたことだった。

「森田さんのライブって客が泣くんですよ。死んでいってしまった友人を歌にした『さよなら ぼくのともだち』って歌で、泣き出す人も出てくる。歌っている森田さんも歌いながら涙をぬぐう。全共闘世代って、強がったり過激ぶったりするのが習性で、自分の弱さをさらけだせない人が多かったんですが、森田童子の歌を聴いていると、その弱さを隠さなくてもいい気がしてくる。たとえば(映画監督の)高橋伴明さんは早稲田大学の学生運動出身で、すごい武闘派だったんですが、森田童子が好きだと言っていました。そういう人でも森田さんの歌に感動するんです」

692 とはずがたり :2018/07/04(水) 12:18:22
>>691
 森田の音楽を“女々しさ”という言葉で説明する高取だが、実は森田の側も高取の作品に同じく“女々しさ”を見ていた。高取の代表作『聖ミカエラ学園漂流記』を批評する文章の中で、森田はこう書いている。

〈『聖ミカエラ学園漂流記』の高取英の劇作法は、拙い少年少女の肉声を惜りることによって、高取英の女々しい反逆の試みは、確かに不思議な説得力を持ち得た〉

 ふたりが表現で深く繋がっていたことを物語るエピソードだが、しかし、その高取も、森田の素顔についてはよくわからないままだったという。

森田童子引退の理由は? ドキュメント映像で語っていた消えていく覚悟
 また、森田は、当時、まだ根強く残っていた「男は強くたくましく」「女はおしとやかに」という性の固定観念からも解放してくれる存在でもあったという。

「当時はさまざまな価値観が大きく転換し始めた時期ではありますが、まだ、男らしさ、女らしさという意識は残っていました。そんななかで、森田童子の歌の内容は、センチメンタルというか、ある種“女々しさ”と呼ばれるようなものだったかもしれない。でも、その女々しさを堂々と歌い上げたことで、男女の性差を超えて、孤独感のある人、友人をな無くした人、運動に挫折した人、そういう、やさしくて弱虫かもしれないという人たちに響いた。『さよなら ぼくの ともだち』という歌の中にも『弱虫でやさしい静かな君を僕はとっても好きだった』という一説があるんですが、そんなことを歌う人はこれまでいなかったんですよ。強がっている人はたくさんいるけど、強い人なんて実はいない、弱虫であること、それが好きだったといってくれた」

「サングラスを取った素顔は、わたしも見たことがありません。カーリーヘアもおそらくカツラでしょうし、素顔は一切隠してましたね。プライベートなことも一切話さない。前田さんと結婚していることも、本人たちは一切話しませんでした。それに物静かで、とつとつとしか喋らない人なので、感情の動きもよくわからなかったし、曲のイメージそのままでした」

 1983年、彼女が音楽活動を引退する直前には、こんなこともあったという。

「『聖(セント)ミカエラ学園漂流記』(群雄社出版)の出版記念パーティーに来ていただいたんです。それで、『スピーチをお願いできますか?』って言ったところ、彼女はイヤだとははっきり言わないで『え、え……』って。そのあと、3分ほどしたらその場から消えていました。スピーチの話を急に言われてとまどったのでしょう、悪いことしたなって」

 森田らしいエピソードだが、それからまもなくして、森田は本当にすべての表舞台から完全に姿を消してしまった。

「引退の理由を出産とか病気とかいう人もいましたが、そういったことではなくて、音楽活動をするなかで、自分が言いたいことはもう言いつくしたという感じだったんじゃないかな。80年頃、森田童子の屋外ライブの企画から実現までを追った『夜行』というドキュメント映像があるんですが、その中で森田が『私たちの歌が消えていくさまを見てほしいと思います』という言葉を口にしています。やることをやったら消えていく、最初からそういう覚悟があったんでしょう」

 しかし、彼女の歌と記憶はそれから30年以上たったいまも、1970年代に青春を過ごした人々の心の中に強く刻まれている。7月19日には、高取も出演する追悼イベント「夜想忌 〜さよならぼくのともだち〜 追悼 森田童子」が開催される予定だ。(敬称略)
(高橋南平)

693 とはずがたり :2018/07/04(水) 12:22:06

森田童子
https://ja.wikipedia.org/wiki/森田童子

森田 童子(もりた どうじ、1953年(昭和28年)1月15日 - 2018年(平成30年)4月24日[1])は、日本の元女性シンガーソングライター。本名は非公開[1]。芸名は笛吹童子に由来[2]。

東京都出身[1]。(札幌のコンサート会場で配布されたチラシ「森田童子ラフスケッチ」によると、1952年青森で生まれたとなっている。[3])1970年、学園闘争が吹き荒れる時代に友人が捕まったことをきっかけに高校を中退[2][4]、気ままな生活を送っていたが、20歳の時、友人の死をきっかけに歌い始める[1][4](この亡くなった友人をモチーフにした曲がデビュー曲となる『さよなら ぼくの ともだち』である)。ライブハウスデビューは1973年西荻窪ロフトである。[5]

1975年10月、シングルレコード『さよなら ぼくの ともだち』で、ポリドール(現:ユニバーサルミュージック合同会社)よりデビュー。以後主にライブハウスを中心に活動する。1980年に、ポリドールからワーナー・パイオニア(現:ワーナーミュージック・ジャパン)に移籍。1983年までにアルバム7枚、シングル4枚をリリースし、同年のアルバム「狼少年 wolf boy」と新宿ロフトでのライブを最後に、引退を宣言することなく活動を休止する[4][2]。レコーディングの編曲は、アコースティックギター奏者の石川鷹彦(元六文銭)などが担当した。その後イラストレーターとして活躍したマネージャーだった前田亜土と結婚[6]。

カーリーヘアにサングラスというスタイルが特徴で、コンサートはもちろんレコードジャケットなどでも素顔を見せることはなかった[4]。森田童子は芸名であり、本名は非公開。加えて実生活についてもほとんど公表せず、作詞した歌詞の内容もありのままの実体験ではなく願望を投影したものであるとしており、普段も寡黙で、独特の世界観を表現した作品に生活感を滲ませることを避けていた[4]。

2010年5月に記事が掲載された朝日新聞の取材によれば、近しい人物の死去による精神的ショックと、自身の持病により活動が困難な状況であるとしている[4]。夫の前田亜土は2010年に没している。[11]

2018年4月24日、心不全のため自宅で死去[12][13]。65歳没。同年6月1日発行の日本音楽著作権協会(JASRAC)会報に訃報が掲載されたことで死去が明らかになった[1]。音楽活動休止後は主婦として暮らしていたが[14]、音楽関係者の話として体調を崩して2017年から入退院を繰り返し、退院後間もなくして逝去したという[13]。

笛吹童子
https://www.google.co.jp/search?q=%E7%AC%9B%E5%90%B9%E7%AB%A5%E5%AD%90&oq=%E7%AC%9B%E5%90%B9%E7%AB%A5%E5%AD%90&aqs=chrome..69i57j69i60j0l4.4127j0j7&sourceid=chrome&ie=UTF-8

694 とはずがたり :2018/07/07(土) 08:35:34
掛川に有ったサンスイを見てるからなあ。。高級路線の音響メーカーなんて潰れるイメージしかない。

音響機器の名門「オンキヨー」が直面する危機
5期連続最終赤字で債務超過が迫りつつある
https://toyokeizai.net/articles/-/223449?utm_source=goo&utm_medium=http&utm_campaign=link_back&utm_content=related
印南 志帆 : 東洋経済 記者 2018年06月03日

老舗の音響機器メーカー、オンキヨーが苦境から抜け出せずにいる。

当初の予定より2週間遅れで5月25日に発表された同社の2017年度業績は、最終損益が約34億円の赤字(前期は約7億円の赤字)。最終赤字を計上するのは5期連続となり、稼いだ利益の積立額である利益剰余金は103億円のマイナスだ。このペースでは、数年のうちに債務超過に陥る可能性がある。創業から70年超の老舗メーカーに、いったい何が起こっているのか。

「前々からうわさはあったが、ニュースを見て初めてギブソンの破たんを知った」。オンキヨー関係者は驚きを隠せない様子でこう語る。5月、名門ギターメーカーの米ギブソン・ブランズが米連邦破産法11条を申し立て、経営破たんしたのだ。その余波が、オンキヨーの大幅な業績悪化の一因となっている。

ギブソン破綻の打撃は小さくなかった
オンキヨーは、同業のティアックとともに2012年からギブソンと資本・業務提携しており、ギブソンが筆頭株主となった時期もあった。提携の目的は互いのブランド商品の相互供給などによる海外シェア拡大だったが、「思うようにシナジーが出せなかった」(オンキヨー)。

2014年に東京・八重洲に開いた3社共同のショールームも、2017年12月には閉店。ギブソンはここ1年のうちにオンキヨー株の売却を進め、現在の持ち株比率は0.01%未満まで低下している。幸か不幸か、ギブソン本体の破綻による直接的な影響はほとんどない。

ただ打撃はあった。
米ギブソン・ブランズの破綻により、提携関係にあったオンキヨーは間接的な打撃を受けた(撮影:谷川真紀子)
昨年の夏ごろからギブソン破綻懸念の報道が出始めたことで、ギブソンのヘッドホン開発・販売子会社と取引のある部品メーカーが警戒し、製品の供給が停滞。オンキヨーは同社にヘッドホンなどの開発・販売委託をしており、大きく販売量が落ちた。「1カ月の間、工場からの製品供給が止まったこともあった」(オンキヨー)。

音響機器の中で、高付加価値化が進むヘッドホンは好調な分野ゆえ、それを取りこぼしてしまったダメージは小さくない。そこで4月には、このギブソン子会社との契約を解消。新たな代理店としては、提携を発表した中国新興テレビメーカー、TCL集団の系列が候補に上がる。ただ、切り替えには半年ほどかかると見られ、収益貢献には時間がかかりそうだ。

一層深刻なのは、オンキヨーの売上高の約7割を占めるAV(オーディオ・ヴィジュアル)機器の縮小に歯止めがかからないことだ。

スピーカー、オーディオ、ホームシアターといった消費者向けAV機器は、創業以来70年以上の歴史を持つオンキヨーの屋台骨だ。オンキヨーは、戦後間もない1946年、松下電器産業(現パナソニック)出身の五代武氏が、輸入品に引けを取らない音質の国産オーディオを作るメーカーとして創業した。1957年には東芝の子会社となり(1993年に独立)、東芝ブランドのテレビ製造を手がけるなどして製品群を拡大。AV機器専業メーカーとしてのポジションを堅持してきた。

695 とはずがたり :2018/07/07(土) 08:36:01
>>694
絶頂期は1980年代だった
会社が絶頂期を迎えたのは、若者の間で「ミニコンポ」ブームがわき起こった1980年代後半のこと。同社のミニコンポ「Radian」は、当時第一線で活躍していたアイドル、南野陽子を起用したテレビコマーシャルが話題を呼び、オンキヨーブランドをお茶の間に定着させた。

1990年から2000年代前半にかけて、CDの登場などでアナログ技術に強みがあった同業の赤井電機や山水電気が経営危機に陥ったが、オンキヨーはオーディオ機器からホームシアター関連の音響機器に軸足を移すことで、生き残りに成功した。

難局を一度は切り抜けたオンキヨーだが、2000年代半ばからのスマートフォンの普及による音楽鑑賞スタイルの変化にはあらがうことができなかった。消費者は音楽をスマホに直接ダウンロードして聞くようになり、据え置き型のAV機器の需要が急減したからだ。JEITA(電子情報技術産業協会)によれば、この10年間で国内の音響機器市場は6割ほど縮小した。

こうした市場環境への対応策として、オンキヨーは車載用スピーカーや音楽配信事業に乗り出す。また2015年には、“オーディオ御三家”の一角であるパイオニアの音響事業を買収。規模の拡大によるコスト削減などにより再起を図ったが、結局現在はパイオニアブランドの欧州での不振がかえって足かせになっている状況だ。

止まらない市場縮小に、追い打ちをかける形となったギブソンショック。そんな逆風の中でオンキヨーが推し進めている施策の1つが、OEM(相手先ブランドによる製造)事業の拡大だ。たとえば、2017年春から展開されているシャープ製の液晶テレビ「AQUOS 4K」の複数モデルにはオンキヨー製のスピーカーが内蔵されており、「Sound by Onkyo」の表記がある。

OEMビジネスで再起を狙う
TCL集団と手を組んだのも、同社が主力とするテレビや音声認識機能のあるIoT家電などにスピーカーやマイクなどを供給することが主目的だ。ただ、TCL集団は内製率を高めて価格を下げ、アマゾンでの格安販売で成長した企業であり、オンキヨーがこれまで重視してきた高付加価値戦略とは路線が違うのが懸念点。突きつけられる部品の調達価格も、そう甘くはないはずだ。


伝統あるブランドの訴求力に頼れなくなった今、オンキヨーはブランドの看板を隠しOEM事業へと軸足を移して音響技術での直球勝負に挑む。2018年度は前期に断行した国内子会社の整理で固定費が軽くなることもあり、最終黒字10億円の大逆転に望みをかけるが、減少し続けるAV機器の不振をカバーするのは容易ではない。音響機器市場の荒波を乗り越えてきたオンキヨーは、この窮地を脱することはできるのか。

696 とはずがたり :2018/07/11(水) 14:16:36

トランプ大統領の「ロケットマン」の元ネタはたぶんエルトンジョンの歌
http://miura.trycomp.net/?p=4446
9月 21st, 2017



歌詞のサビの部分は

Oh no no no I’m a rocket man

Rocket man burning out his fuse up here alone
(意訳)俺はロケットマン 宇宙の果てで燃え尽きる

これはエルトン・ジョンが、ブラッドベリのSF小説短編集「刺青の男」(ハヤカワ文庫)に収録されている「ロケットマン」という小説に感動して書いた歌のようです。簡単にあらすじを言うと、宇宙飛行士(ロケットマン)として、数か月を宇宙で過ごし、その間地球には数日しか帰らない男の物語。妻はもう宇宙に行ってほしくないし、子供も宇宙に憧れつつ父がいないのを寂しがってもいる。でも彼は数日地球にいると、妻や子供を愛してはいるのにまた宇宙に旅立ちたくなる。そしてある日、ついに彼は太陽に衝突して二度と戻っては来なかった、というお話。あらすじだけでは魅力が伝わらないでしょうが、読んでみると、なんかジーンと来ますよ。夢と仕事へのモラルを抱き続ける男の哀しい物語(だと思う)。

と、いうような名短編だし、このエルトン・ジョンの曲も素晴らしいので、これを金正恩のような最悪の独裁者に結び付けるのは大変失礼な気もするし、ここまで書いてきて言うのもなんだが、トランプが本当にこの曲を聴いているかどうかも自信がない。トランプ的な価値観とは正反対の切ない男の物語だし。ただこの曲は大ヒットしたから、たぶん、引用したサビの部分は覚えていて、お前このままだと、宇宙で燃え尽きるぞ、みたいな意味で使ったんじゃないかと私は勝手に推測しています。

トランプ大統領の発言をどう評価するかは人ぞれぞれ。しかし、重要なのは、この国連発言を日本がどう生かせるか。そして絶対忘れてはいけないのは、トランプ大統領は拉致のことだけを言ったんじゃないということ。北朝鮮の総合的な問題の一つとして、この国の人権抑圧とテロ国家としての本質を明らかにする象徴の一つとして述べ、また、この国家を支援するような国はそれに加担することになるというニュアンスを込めていた。ここがたぶん一番大事で、日本がこの言葉をどう生かせるかにかかっている。このことはまたあとで書きたいと思います。

しかしエルトンジョンとジョンレノンのライブがこうして映像で観れるとはなあ。こういう映像こそ世の中にもっと出るべきだと思う。この3曲はまさに奇跡的な名演ですが、個人的には三曲目の「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア」が最高。ビートルズのファーストの一曲目を、当時の最新のサウンドでよみがえらせた素晴らしい演奏。エルトンジョンも全盛期の迫力だし、ジョンのロッカーとしてのすごさも他のライブよりはっきりわかる。こういう映像こそもっと正式に世に出すべきなのだ。「愛と平和のジョン・レノン」なんて虚像はジョン自身が一番いやがっているはずだ。


「ロケット・マン」渡さず 米、金正恩氏宛てのCD
https://news.goo.ne.jp/article/kyodo_nor/world/kyodo_nor-2018071101001259.html
07:28共同通信

 【ブリュッセル共同】トランプ米大統領は10日、ポンペオ国務長官が6?7日に北朝鮮を訪問した際、英歌手エルトン・ジョンさんの曲「ロケット・マン」のCDを金正恩朝鮮労働党委員長に渡さなかったと明らかにした。欧州訪問前にホワイトハウスで記者団に語った。

 韓国紙の朝鮮日報は、ポンペオ氏がこのCDを金氏への手土産として持参したと報じていた。

 だがトランプ氏は「CDは私が持っており、渡していない。別の機会に贈るつもりだ」と説明。「実のところ金氏にプレゼントを用意しているが、それが何かは贈った時に分かる」と述べた。

697 チバQ :2018/07/19(木) 08:35:43
https://www.asahi.com/articles/ASL7L54ZPL7LUCLV00T.html
演出家の浅利慶太さん死去、85歳 「劇団四季」創設者
2018年7月18日15時51分
「キャッツ」「ライオンキング」などで日本にミュージカルのロングラン公演を定着させた「劇団四季」の創設者で、演出家の浅利慶太(あさり・けいた)さんが、13日午後5時33分、悪性リンパ腫のため東京都内の病院で死去した。85歳だった。葬儀は近親者で営んだ。9月にお別れの会を予定している。

698 とはずがたり :2018/08/14(火) 13:39:29
ソニーによるEMI子会社化、独立レーベルがEU当局に阻止要請
https://news.goo.ne.jp/article/reuters/business/reuters-20180814011.html
02:50ロイター

[ブリュッセル 13日 ロイター] - ソニー<6758.T>がEMIミュージックパブリッシングを傘下に収める計画について、独立音楽レーベルのインパラが、ソニーの市場への影響力が大きくなり過ぎるとして欧州連合(EU)独占禁止当局に阻止するよう要請した。

ソニーは5月、米子会社がEMIミュージックパブリッシングの運営会社の株式60%をムバダラインベストメントカンパニーから取得することで合意したと発表。実現すればサム・スミスやファレル・ウィリアムスら人気アーティストによる210万の楽曲の権利を手中にする。

音楽配信大手スポティファイ<SPOT.N>のほか、アップルミュージックやグーグルプレイなどが提供する音楽ストリーミングサービスの人気が高まる中で市場は拡大しており、インパラの執行役会長、ヘレン・スミス氏は、ソニーがEMIを傘下に収めれば市場で巨大な影響力を持つことになると警告。

ソニーはレコーディングとパブリッシングの双方で強い交渉力を手にし、アーティストに他より良好な条件を提示できるようになるとし、「同計画を阻止することが現時点では唯一の対策となる」と述べた。

インパラは週内にEUの執行機関である欧州委員会に見解を提出するとしている。

699 とはずがたり :2018/08/28(火) 17:20:23
福島市、防護服子ども立像撤去へ
「風評被害を増幅」の批判受け
https://this.kiji.is/407084268035507297
2018/8/28 17:14
c一般社団法人共同通信社

福島市がJR福島駅近くに設置した防護服姿の子どもの立像「サン・チャイルド」=12日
 福島市がJR福島駅近くに設置した防護服姿の子どもの立像に「東京電力福島第1原発事故の風評被害を増幅する」などと批判が相次いでいる問題で、木幡浩市長は28日に記者会見し、像を撤去する方針を明らかにした。

 「サン・チャイルド」と名付けられた高さ約6.2メートルの立像は、現代美術家ヤノベケンジさんが東日本大震災をきっかけに2011年に制作した。

 黄色い防護服を着た子どもが脱いだヘルメットを手に持ち、空間放射線量計を模した胸のカウンターには「000」と表示されている。放射性物質の心配のない世界を取り戻した未来を表しているという。

700 とはずがたり :2018/08/28(火) 19:12:55
「僻地の廃校」に年間2万人が訪れるワケ
実業家が生んだ、常識破りの美術館
企業経営 2018.8.27
https://president.jp/articles/-/26021
まちビジネス事業家 木下 斉

僻地の廃校が、年間2万人を超える来館者を集める美術館に
北海道新冠町に廃校を活用した完全民間経営の美術館があります。その名も「太陽の森ディマシオ美術館」です。

かつて小学校だったという立派な建物にはいると、多種多様な美術品がところ狭しと並んでいます。その中でメインを飾るのは美術館の名前にも冠されている幻想絵画の鬼才、ジェラール・ディマシオによる膨大な絵画コレクションです。圧巻なのは、体育館をリノベーションした展示室に飾られている縦9m、横27m、奥行き3.5mにもなる世界最大の油彩画です。



常識破りだらけ、だからこそ民間経営が成立するディマシオ美術館
美術館というと、格式が高く、知識がないと楽しめない、といったお固いイメージがないでしょうか。しかしながら、ディマシオ美術館はそんな印象を拭い去ってくれるほどのさまざまな“常識破り”があります。

常識破り その1:ネットで売られた廃校
オーナーである谷本勲氏が、NHKの朝の番組で「ヤフーオークションで廃校が売られる」というニュースを見たそうです。谷本氏は放送から2日後には現地に入り、廃校を購入。リノベーションして美術館にしました。
常識破り その2:自然光が入る
元小学校だから窓が多い構造になっています。それを改装しないまま、「自然の光」を取り込む美術館にしました。普通の美術館では美術品が痛むからやりませんが、自然の中にある美術館なのに、自然の光を排除したら意味はないと実行しました。
常識破り その3:明かりはセンサー式
各部屋、通路も人が通ると自動点灯する仕組みで、電気がつけっぱなしということがありません。また点灯・消灯などの作業も一切必要ありません。
常識破り その4:警備員がいない
各部屋はすべて多数のセキュリティカメラで遠隔監視しています。通常の美術館のように警備員を配置すれば25人くらいの雇用が必要なところを1人で済ませています。
常識破り その5:開業時からずっと写真・動画なんでもOK
8年前の開業時点からずっと、写真や動画の撮影もOKです。SNSでの拡散が期待できることもあって、最近でこそ国内の美術館でもインスタグラムへの投稿が許可されることが多くなりましたが、当時は「非常識だ」と非難されたそうです。



鉄貿易で財を成し、教育、芸術にも関心を持つ
どうしたらこれだけのアートコレクションや常識破りの美術館経営が可能なのか、あまりに謎です。しかし。オーナーである谷本氏のキャリアを知れば、その謎はすぐに解けるものでした。

もともと谷本氏は、戦後の変動相場移行期に先駆的に国際市場から鉄の輸入輪貿易を始めた、業界では知らない人がいないほどの人物です。

また教育分野でも日本で初めて外国大学日本校として文部科学省の認可を受けて開設された「テンプル大学日本校」の開業にも、理事長として尽力し、自立経営が可能なレベルまで軌道に乗せるなど、多方面で活躍された実業家でもあったのです。

谷本氏は長年に渡り世界中からさまざまな作品を収集しましたが、それらの一部が新冠のディマシオ美術館に展示されています。

谷本氏は「ホンモノの経営をすれば、僻地にある美術館であろうと自主運営は成り立つ。補助金をもらい、赤字を垂れ流し、毎年さらに多くの補助金をもらうのはニセモノの経営だ。ディマシオ美術館を見ていただければ、地方であっても美術館を単独継続する道はあるのが分かる」と語ります。



701 とはずがたり :2018/08/28(火) 19:14:07
>>700

た お
@TaoTeChingLaozi
フォローする @TaoTeChingLaoziをフォローします
その他
「僻地の廃校」に年間2万人が訪れるワケ 実業家が生んだ、常識破りの美術館 。。まちビジネス事業家氏による地方創成文化財活用礼賛・既存美術館軽視(憎悪)=無理解な政治家・官僚が喜びそうな記事。。税金投入するからできる文化財保存・研究・展示の重要性を無視しすぎ。。 

木下斉/HitoshiKinoshita
@shoutengai
フォロー中 @shoutengaiさんをフォローしています
その他 木下斉/HitoshiKinoshitaさんがた おをリツイートしました
税金投入して観光振興的なことばっかりやってるセクターがよく言う。

702 とはずがたり :2018/08/28(火) 19:30:12
サン・チャイルドについて思うこと
https://www.facebook.com/notes/%E5%A0%80-%E6%9C%89%E4%BC%B8/%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%81%E3%83%A3%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%83%89%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%E6%80%9D%E3%81%86%E3%81%93%E3%81%A8/1819003848180894/
堀 有伸・2018年8月26日日曜日

703 とはずがたり :2018/08/31(金) 17:53:43
そうなの!?

https://twitter.com/mikako125_bot/status/1035400153434181632
みかこ名言bot
@mikako125_bot

「バンドが解散してまた復活するのは、バンド解散後10年で印税が貰えなくなるから。 だからそれまでに一回復活して印税貰える期間をまた10年延長する。」というのが真実なら、「10年後の8月また出会えるのを信じて」という歌詞を純粋な心で感じることができなくなる

22:33 - 2018年8月30日

704 とはずがたり :2018/09/24(月) 19:37:23

2018.9.19 11:11
30分遅刻に立腹「創作意欲が失われた」 作品できず横尾忠則さん特別展延期
https://www.sanspo.com/geino/news/20180919/sot18091911110009-n1.html

 美術家横尾忠則さん(82)の特別展を予定していた西脇市岡之山美術館(兵庫県西脇市)の職員が作品制作の場に約30分遅刻したことに、横尾さんが立腹して作品が完成せず、特別展の開催が延期されていたことが19日、分かった。

 美術館によると、横尾さんは西脇市出身。地元をモチーフにした作品などを集めた特別展を今月28日から開く予定だった。

 8月29日、同県多可町の施設で和紙を使った作品を制作する際、職員や学芸員が素材の提供に訪れたが、横尾さんよりも到着が遅れた。横尾さんが「創作意欲が失われた」と立腹して作品が作られず、現在も出来上がっていない。今月14日、西脇市教育長が横尾さんに面会して延期を伝えた。

 美術館担当者は「創作意欲をそぐ不手際があり申し訳ない。開催に向けて最大限の努力をしたい」としている。

705 とはずがたり :2018/09/24(月) 19:37:34

https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20180919-00000023-nnn-soci
奈良“金魚電話ボックス” 芸術家が提訴
9/19(水) 12:16配信 日テレNEWS24

Nippon News Network(NNN)

[ 前の映像 | 次の映像 ]
奈良県の「金魚電話ボックス」をめぐり、芸術家の男性が、著作権を侵害されたとして損害賠償を求める訴えを起こした。

訴えを起こしたのは、福島県の芸術家・山本伸樹さん。訴状などによると、山本さんは、奈良県大和郡山市の商店街に設置され観光スポットとなっていた、電話ボックスの中で金魚が泳ぐ作品が、自分の作品と酷似していて著作権を侵害されたとして、作品を管理する商店街組合などに330万円の損害賠償を求めている。

提訴した芸術家・山本伸樹さん「金銭的なことが目的ではありません。目的は、著作権を認めてもらうこと」

商店街側は、トラブルになっている状況を考慮して、今年4月に作品を撤去している。今回の提訴を受けて、「訴状が届いていないのでコメントできない」としている。

706 とはずがたり :2018/09/27(木) 17:19:59
母子像裁判とは?
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=564145&id=5826409
mixiユーザー
2006年04月07日 16:49

前市長の本島氏が平和公園聖域化検討委を発足させた目的は、爆心地公園の整備にとどまらず、平和祈念像を中心とする爆心地の在り方を根本的に見直そうとするものだった。

 本島氏はローマ法王来崎がそのきっかけと言う。一九八一年二月に来日した法王ヨハネ・パウロ二世は、広島では平和記念公園で祈りをささげた。だが、長崎では本島市長の来訪要請にもかかわらず、平和公園を訪れず、市営陸上競技場で野外ミサを行った。

 「それまで、長崎を訪れた外国の要人で誰一人、平和公園に足を運ばない人はいなかった」と本島氏は指摘。「キリスト教は偶像を否定している。法王が平和公園に行かなかったのは、平和祈念像という偶像があったからではないか。クリスチャンの私はそう推測している」

 「そのとき、気付いた」と本島氏は言う。「平和公園には世界中から、さまざまな宗教を持つ人が訪れる。ところが、キリスト教、イスラム教などの世界宗教は、いずれも偶像崇拝を禁じている。平和祈念像という巨大な偶像が周囲を圧する公園では、心穏やかに祈りをささげることのできない人が大勢いるのではないかと。公共の祈りの場はいかにあるべきか、真剣に考える必要があると痛感した」

 神道関係者も母子像を批判的にみている。

 当時、諏訪神社(長崎市)宮司として中心碑撤去・母子像建設に反対した上杉千郷氏(現皇學館大学理事長)は「特定の宗教にかかわるような印象を与える物を公的な場に設置することは避けるべきだった。公共の慰霊の場は、誰もが、わだかまりなく心からお参りできるようにしなければならない」と強調する。

 上杉氏は母子像について「どう見ても被爆者の姿ではない。明らかに天から降りてきた姿をイメージしている。キリスト教のマリア像を連想させると言われても仕方ない」と話す。

爆心地の母子像には、被爆者団体がこぞって拒否反応を示している。

 県被爆者手帳友の会の深堀勝一会長は「爆心地に偶像はふさわしくない。平和公園の平和祈念像も、爆心地公園の母子像も、ともに撤去すべきだ」と言う。「両公園には、さまざまな宗教の人が訪れる。そうした場所に偶像を建てるのは避けなければならない」

707 とはずがたり :2018/09/27(木) 17:26:16

彫刻を見よ??公共空間の女性裸体像をめぐって
小田原のどか(彫刻家、彫刻・銅像・記念碑研究)
http://artscape.jp/focus/10144852_1635.html
2018年04月15日号

日本で育った大多数の人々にとって、「美術」「彫刻」と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、古風な衣服をまとった西洋人の石膏像と並び、駅前や公園など、屋外の公共空間にある記念碑的な人物銅像(その多くが裸体を晒している)ではないだろうか。しかし(「美術」「彫刻」という言葉と同じく)国内でそうしたイメージが定着したのはそれほど古いことではない。その過程に何があったのだろうか? 最近のartscapeでも、 3月1日号村田真レビューでは「小沢剛 不完全─パラレルな美術史」展、また同じく4月1日号の星野太レビューで荒木慎也『石膏デッサンの100年──石膏像から学ぶ美術教育史』がピックアップされている。今号では、彫刻家で彫刻・銅像・記念碑研究者の小田原のどかが、公共空間での「女性」裸体像の起源に迫る。なお本稿に関連し、昨年4月15日号高嶋慈レビューによる小田原の個展「STATUMANIA 彫像建立癖」評も参照されたい。(編集部)

戦後日本の彫刻を考えるうえで、長崎は最も重要な場所である。

昨年、このような一文からはじまる小論を書いた★1。小説家であり評論家でもあった堀田善衛が「あれが表象するものは、断じて平和ではない。むしろ戦争そのものであり、ファシズムである」と評した北村西望作《平和祈念像》と、北村の直弟子・富永直樹作《母子像》の師弟による二つの大型彫刻、浦上天主堂の被爆聖像、世界各国から寄贈された平和の彫刻群、そしていわゆる《母子像》裁判……。彫刻であふれた爆心地・長崎から、「人間にとって彫刻とはなにか」という「彫刻の問題」を抽出する試みだった。

2014年から長崎の原爆碑と爆心地一帯の彫刻を調査している。数回の長崎滞在において、いまだに忘れることのできない言葉がある。爆心地の遺構をめぐるツアーガイドとともに「爆心地公園」を歩いたときのことだ。公園の一画に、薔薇の花がちりばめられた服を着た女性が、病んだおさなごを抱えた巨大な彫像がある。この下でふと思い立ち「この彫刻はなんですか?」とガイドの方に尋ねた。本当はこの《母子像》という彫刻について、作者・富永直樹氏の経歴や、建立をめぐる激しい反対運動、そして撤去を求めた裁判(>>706)といった、込み入った事情を多少は知っていた。しかしそのことは隠して、観光客のように質問をしてみたのだ。ガイドの方はこのように答えた。

「この彫刻は見なくていいです」。さらにこのように続けた。

「こんなへんなものを建てちゃって」

まるで雷に打たれたようだった。なぜなら、ある種の彫刻を前にして「この彫刻は見なくていい」「こんなへんなものを建てちゃって」と誰より思ってきたのはお前自身ではないかと突きつけられたように聞こえたからだ。ある種の彫刻とは、さまざまな場所に設置されたアニメキャラクターの銅像や、裸体彫刻のことである。特に公共空間の女性裸体像に対して、彼女たちをどのようにまなざせば良いのかと考えあぐね、答えは見つからず、長いあいだ意識の外に追いやり、「見なくてもいい彫刻」とすることで深く考えないようにしてきた。

長崎でその後ろめたさを自覚したとき、公共空間の女性裸体像に向き合おうと私は決意した。やがて調査を進め、その出自が明らかになるにつれて、「見なくてもいい彫刻」はひるがえってこう言っているのだと思い至るようになった。「彫刻を見よ」と。

あの裸の女たちはどこからやってきたのか。彼女たちの物語を語りたい。

軍人像から平和の女性裸体像へ

1951年、皇居濠端の三河田原藩上屋敷跡、三宅坂小公園に《平和の群像》が建立された。《平和の群像》の正式名称は「広告人顕頌碑」という。広告人顕頌碑は電通(当時の正式名称は日本電報通信社)が建設し、東京都に寄贈された広告功労者顕彰のための記念碑で、台座の上には東京藝術大学彫刻学科教授・菊池一雄が「愛情」「理性」「意欲」をテーマとして原型を制作した三体の裸婦彫刻《平和の群像》が据えられた★2。

708 とはずがたり :2018/09/27(木) 17:26:29

『電通 一〇〇年史』および『電通創立五十周年記念誌』によれば、この《平和の群像》こそ、この国の公共空間に初めて誕生した女性裸体像である。

1951年の日本はアメリカの占領下にあり、《平和の群像》が設置された三宅坂にはかまぼこ状の米兵用官舎が建ち並んでいた。「パレス・ハイツ」と呼ばれたその一帯は、日本人利用禁止の、米兵のための軽食施設も併設された米兵街だったが、いまは最高裁判所と国立劇場になっている。パレス・ハイツとなる以前、三宅坂一帯は帝国陸軍の拠点であった。明治以降、この土地は軍との関わりが深く、教育総監部や東京衛戍病院、陸軍省があり、さらに参謀本部など軍の中枢も置かれ、「三宅坂」とは参謀本部の別称でもあった。

実は、《平和の群像》建立から溯ること28年、後に平和の女たちが据えられることになる台座は1923年から存在した。当時、台座の上には北村西望が制作した《寺内元帥騎馬像》が置かれ、軍閥の威光を讃えていた。しかし戦時の物資不足から金属回収がはじまると、《寺内元帥騎馬像》も回収されて戦争のための資源となった。《平和の群像》は、空のまま残されていた台座を再利用して据えられたのだ。

寺内元帥像の台座を使った彫刻制作の依頼を電通から受けた菊池は、騎馬像を仰ぎ見ていた戦時と区別して「親しみやすいもの」にするために、残された台座の「寺内元帥像」と書かれた銘板から上を取り除いて台座を低くし、そこに花のレリーフをつけ加えた★3。

軍人像から平和の女性像へ。彫刻の交代はいくつかの新聞や雑誌で取り上げられた。管見の限りでは、英雑誌『Time』、毎日新聞、朝日新聞が報じている。毎日新聞には次のような記事が掲載された。

「裸婦像」が街頭に建てられる。パリの話ではない東京、それも国会議事堂前の寺内元帥銅像跡、まさに軍国日本から文化日本への脱皮を象徴する女神の像である。
(『毎日新聞』1950年6月14日付)

このように、国威の発揚および戦意昂揚のディスプレイとなっていた軍人像が置かれていた台座に、軍服を脱ぎ捨てた「三美神」が建立されたというニュースは、日本の軍国主義・超国家主義的思想との決別と新たな出発を象徴する出来事として、国内のみならず『Time』のような海外のメディアでも報じられたのだった。

広告宣伝とタイアップの彫刻
一方、彫刻の施主であった電通はこれらの報道をどのように捉えていたのか。『電通創立五十周年記念誌』に「ニュースへの反響を見る」と題された《平和の群像》に対する各種報道をとりまとめた特集頁がある。このなかで電通は、広告と彫刻の安易な結びつきに警鐘を鳴らす主旨の新聞記事に対し、懸念は杞憂であると反論した。さらに《平和の群像》は「今後の広告宣伝とタイアップの彫刻の街頭進出に対して好個のタイプを示すもの」と主張している★4。

また、当時の電通社長・吉田秀雄は同誌で、当初は上野公園、芝公園を設置の候補地としていたが、銅像回収のために台座のみが多数残されている状況を知り、「広告人顕頌碑」を一からつくるのではなく、残された台石を利用して記念彫刻を製作することにしたと述べている。つまり、どのように報道されるかを見越したうえで、《平和の群像》はあえて三宅坂の軍人像跡地に据えられたのだ。台座を再利用した男性の軍人像から女性の裸体像への移行は「広告宣伝とタイアップの彫刻」として演出されたものだった。

他方、軍人像の出征から生じた空白の台座に関心を持っていたのは電通だけではなかった。1946年から47年にかけて、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)は東京都内のいくつかの記念碑と、金属回収によって残された空の台座をリストアップし、また日本人に聞き取りも行なって、国民的記念碑としての彫刻と日本人の関係を調査していた。そして、軍人の銅像のいくつかを撤去させた。さらに、報告書には、そのようにしてできた空白を平和的シンボルで埋めるべきだと記されている★5。

今のところ《平和の群像》建立にGHQの関与があったことを記録する確固たる証拠は見つかっていない。だが占領下でのGHQと電通の浅からぬ関係を照らせば、前者から後者への何かしらのサジェスチョンがあった可能性は低くないと私は考える。「広告は平和産業」という強い思想を持っていた吉田が熱心に取り組んだパブリック・リレーションズ(PR)についてここで詳細を述べることはしないが、《平和の群像》というタイトルは彫刻の作者・菊池ではなく吉田がつけたということは記しておきたい★6。

709 とはずがたり :2018/09/27(木) 17:26:43

新しい時代の理念を、「平和」という名前を冠した彫刻を用いて宣伝すること、それこそが吉田の企図であった。その意味でこの彫刻の設置は、上野公園でも芝公園でもなく、ほかの空の台座の上でもなく、航空陸軍本部の接収によって生まれ、皇居に張り付くように存在した米兵街のある「三宅坂」でなければならなかったのだろう。

このようにして生まれた《平和の群像》は、67年前の建立時と変わらぬ姿で、今日も皇居に向かって手を振り続けている。

《平和の群像》は「新しい日本」を示したか
《平和の群像》の除幕式においても「平和」と「新しい日本」が強調された。以下は、日本国憲法制定の議論に関わり、読売新聞社社長も務めた馬場恒吾による除幕式での式辞である。

軍閥の銅像があったこの場所に、平和を象徴する女性の群像が建設されようなど、いったい誰が予想しただろうか。……この平和の群像は、新しい日本を示すものである。……われわれは、この平和の群像を守らねばならない
(『電通66年』電通発行、1968年)

しかし果たして、三宅坂の台座の上で起こった彫刻の交代劇は、「新しい日本」への転換を示したと本当に言えるのだろうか。国民的記念碑としての銅像は、明治後半から雨後のたけのこのように乱立し、プロパガンダ(宣伝)に活用された。だが1,000体近くまで増えた銅像は、金属回収とGHQの方針による撤去により一斉に消える。その空白を利用して、平和の時代の平和の彫刻が誕生したが、それは《平和の群像》銘板に刻まれているように「平和を象徴する広告記念像」であり、宣伝広告のための彫刻だった。

ここに「新しさ」はない。むしろ、分かつことのできない戦時との連続性があると言えないか。つまりは、軍国主義が台頭した戦中に民衆教化に用いられた銅像も、敗戦後に旧体制からの脱皮と「新しい日本」が重ねられた平和の裸婦像も、体制の宣伝装置としての彫刻をいたるところに建立させる現象と見ればまったく同質のものである。公共空間の女性裸体像こそ、政体がかわろうとも彫刻が求められたこと、その証なのだ。

話を現代に戻そう。2017年、アメリカ、シャーロッツビルでは、南北戦争の銅像記念碑の撤去をめぐって賛成派と否定派のあいだで激しい衝突が起き、死傷者が出た。一方、韓国において80体以上を数える「慰安婦像」(正式名称《平和の少女像》)は日韓の国民感情を著しく悪化させたとされる。これらの彫刻はまさに「歴史」の表象であり、かたどられた人物が背負う思想の身代わりでもある。だからこそ、身代わりは繰り返し引きずり倒され、打ち壊されてきた。彫刻が深刻な対立を生み出し、暴動が起き、死者すら出ている現実がある。しかしそれでも、人間は彫刻を求めてやまない。そこに何を見いだすことができるだろうか。

《平和の群像》を起点とする公共空間の女性裸体像が示すのは、敗戦と占領というこの国の「歴史」だ。この意味で、彼女たちは「戦後民主主義のレーニン像」であるとも言えるだろう。長崎という場所がこのことに気付かせてくれた。

これまで《平和の群像》が三宅坂の軍人像跡地に建てられたことは、いくつかの本や論文で取り上げられてきた。だが驚くべきことに、《平和の群像》こそ公共空間の女性裸体像第一号であり、それが電通の演出による広告記念像として誕生したという事実と、平和の彫刻への交代劇にGHQが関与した可能性については、光が当たることはなかったのである。彼女たちは顧みられることなく、無言で立ち続けてきた。

だからいまこそ、この国に女性裸体像が氾濫している意味を問う必要がある。人と人が彫刻によって分断され、彫刻をめぐって衝突するいまこそ。

彫刻を見よ、街頭に固定された裸の女たちを見よ。

人間にとって彫刻とは何か、その手がかりがここにある。

710 とはずがたり :2018/09/27(木) 17:27:35
>>707-710
量産される女性裸体像
それにしても、どうして《平和の群像》は裸婦でなければならなかったのか。吉田は菊池から、ギリシャ神話の三美神になぞらえた裸婦像のアイデアを聞いた際、「構想が奇抜で、今の時代感覚からすると早過ぎはしまいか、むしろ子児の像を配した方が良くはなかろうか」と思ったという★7。しかし菊池の強い希望で、《平和の群像》は裸婦像となった。菊池の弁はこうだ。

わが国では最初の裸婦の街頭進出なので、アイデアを練るのに相当勇気が必要だった、従来の銅像タイプを破って芸術性の高いものを意図したが、これを機会に彫刻家がこの方面に大胆な意欲を発表して欲しい
(『毎日新聞』1950年6月14日付)

《平和の群像》は前例のないヌード彫刻の街頭進出であったため「建設時には裸体彫刻が猥せつでないことを区長や区議長に説かなければならなかった」と菊池が苦心した記録が『電通 一〇〇年史』に残っている。菊池がつゆはらいとなり、そして彼に続いたたくさんの彫刻家が「大胆な意欲」を発揮した結果、この国の公共空間には他国に例がないといわれるほど、裸体の彫刻があふれるようになった。軍国主義からの脱皮を示しているのだ、というだけではもはや説明がつかない。どうしてこれほどまでに裸の女は量産されたのか。答えは端的に、この国の彫刻教育にある。

日本において彫刻を学ぶこととは、裸の女をうまくつくる技術を習得することに等しいと言っても過言ではない側面がある。そこでは、西洋における文脈や図像学的な解釈を学ぶことは留め置かれ、形態を模倣し再現することが重んじられる。このような仕組みは「石膏デッサン」の問題とも通底するだろう。

『電通創立五十周年記念誌』のなかで菊池は、「わが国では最初の裸婦の街頭進出」に際して、ギリシャ神話の三美神を参照し、敗戦から起き上がる「意欲」「理知」「愛情」を3人の女性の裸体をもって表現したと述べている。軍人像の跡地に置く「文化日本を象徴する彫刻」として、ここで目指された「芸術性の高さ」には評価に値するものが確かにある。

ただし《平和の群像》以後、街頭に乱立した裸体彫刻群にそのようなコンセプトが継承され、裸体が衆目にさらされることの意味づけが個別になされたかといえば、そのようなことはなかったと思われる。そればかりか、公共空間における女性裸体像のはじまりは忘れられ、街頭に裸体を置くという形式のみが踏襲されて現在に至っている。

裸婦像の制作を必須のカリキュラムとする美大・芸大の彫刻教育の現場において、ここに記した彼女たちの出自が共有され、「彫刻家」が何に荷担してきたのかについての教育が行なわれることを私は望む。

結びにかえて──答える者のいない問い
1987年、日本においても多数の公共彫刻を手がけてきたアメリカの美術家、ジョナサン・ボロフスキーが個展のために来日したとき、会場であった東京都美術館では「日展」が開催されていた。会場にびっしりとならぶ大量の裸婦彫刻を見て、ボロフスキーはいたく感心したという。これだけの量の彫刻を用意し、展示を構成した美術家はいったい誰なのかと。「アーティストの名前を教えてください」と彼は言ったという。

このエピソードは信頼のおける年長の美術家数人から伝え聞いたものだ。おそらくこの話の教えとは、新鮮なまなざしを取り戻そうということなのではないか。そうであるなら私も、この国の公共空間にあふれる女性裸体像について問うてみたい。

「誰がこれほど大規模なインスタレーションを構成したのですか? アーティストの名前を教えてください」★8

711 チバQ :2018/10/08(月) 23:08:25
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181007-00050022-yom-ent
名画紹介も資金難、名古屋ボストン美術館閉館へ
10/7(日) 9:00配信 読売新聞
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名画紹介も資金難、名古屋ボストン美術館閉館へ
(写真:読売新聞)
 名古屋・金山にある米ボストン美術館の姉妹館、名古屋ボストン美術館が8日、閉館する。名作を求めて開館から約20年間で延べ460万人が訪れたものの、資金難が続き、米館側との契約満了を機に幕を閉じることになった。関係者からは名残を惜しむ声が上がっている。

 「モネの名画や浮世絵など素晴らしい作品を名古屋で見られた。雰囲気のいい美術館だったので、残念」。先月訪れた名古屋市名東区の女性(57)は閉館を惜しんだ。

 米ボストン美術館は、浮世絵など有数の日本美術コレクションで知られ、西洋の印象派の名品も含む50万点を収蔵する。

 名古屋館は中部財界が主導して誘致し、愛知県、名古屋市が拠出した基金30億円と地元企業の寄付金を基に1999年4月開館。自前の所蔵品を持たず、米館から借り受けた作品を展示するユニークなスタイルで、「門外不出」といわれたゴーギャンの最高傑作やモネ、ゴッホなどの名画を紹介してきた。

712 チバQ :2018/10/08(月) 23:09:03
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181008-00000044-mai-cul
<閉館>名古屋ボストン美術館が幕下ろす 運営資金不足で
10/8(月) 20:10配信 毎日新聞
<閉館>名古屋ボストン美術館が幕下ろす 運営資金不足で
閉館式が終わり来館者の拍手が鳴り響くなか頭を下げる名古屋ボストン美術館の女性スタッフたち=名古屋市中区で2018年10月8日午後6時6分、兵藤公治撮影
 米国ボストン美術館の姉妹館として親しまれた「名古屋ボストン美術館」(名古屋市中区)が8日午後5時、閉館した。中部財界の主導で1999年に開館したが、運営資金不足のため米国との20年間の契約を延長できずに幕を下ろした。閉館式が同館の入る金山南ビル1階で行われ、日米両館の館長がそろって最後のあいさつをした。

 閉館を締めくくる最終展の「ハピネス〜明日の幸せを求めて」は、「幸せ」を意識させるルノワールやミレー、喜多川歌麿ら古今東西の約80点を展示し、9万人超が来館した。

 午後5時半からの閉館式は、大勢の市民が見守った。オープニングで旅立ちの歌「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」が弦楽四重奏で演奏された。名古屋ボストン美術館の馬場駿吉館長(85)は「名古屋の文化史の一ページを刻んだ。美術館はこれで終わるが、みなさんの記憶の中にとどめてください」と感謝の言葉を述べた。

 米国ボストン美術館のマシュー・テイテルバウム館長(62)は「初めてアジアに設立した姉妹館で一目置かれた。名古屋のおかげで日本美術のコレクションを紹介でき、450万人以上が来館した。パートナーシップの良きモデルとなった」と総括した。

 閉館日と知って「ハピネス」展を見納めた名古屋市西区の主婦(59)は「和も洋も奥深い展示で良かった。この美術館が無くなるのはさみしい」と話していた。【山田泰生】

713 チバQ :2018/10/22(月) 15:16:18
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018102200175&g=int
未完「サグラダ・ファミリア」に建築許可=130年の違法状態解消-スペイン

建設が続く未完成の教会「サグラダ・ファミリア」=2017年10月、スペイン・バルセロナ(AFP時事)

 【パリ時事】スペイン・バルセロナで1882年に着工し、現在も建設が続く未完成の教会「サグラダ・ファミリア」が、市政府から正式な建築許可を得ることがこのほど決まった。130年余りも許可がなく、違法建築状態が続いていたが、ようやく解消されることになった。

 世界遺産に登録され、観光名所として知られるサグラダ・ファミリアは、建築家ガウディが中心となって設計した。フランスのレゼコー紙(電子版)によると、ガウディは85年に地元の町から建築許可を得たが、その後、町はバルセロナ市に合併吸収され、許可が更新されないまま今に至っている。これまで教会側は市に対して一切税金を支払っていなかった。
 スペイン紙パイス(電子版)などによれば、バルセロナ市とサグラダ・ファミリアは2015年、建築許可をめぐって交渉を開始。最近になって教会側が市に対し3600万ユーロ(約46億7000万円)を支払うことで合意した。これらは公共交通機関や道路の補修費用に充てられるという。バルセロナのコラウ市長はツイッターで「歴史的合意だ」と歓迎した。
 教会には毎年約450万人が訪れる。教会側は、ガウディの死後100年に当たる26年には完成させたい考えだ。(2018/10/22-08:27)

714 とはずがたり :2018/11/04(日) 17:24:27

吉川晃司の反骨がすごい!「俺は現政権がでえっ嫌い」と堂々発言、スポンサーの圧力に負けず反原発メッセージ
https://news.biglobe.ne.jp/entertainment/0605/ltr_160605_3787211547.html
6月5日(日)12時0分 LITERA

「年金運用の失敗で5兆円損したとか、川内原発の周辺は地震が起きないとか言ってたけど、ふざけんなよ」

 今月18日に、新アルバム『WILD LIPS』を発売したばかりの吉川晃司は、「AERA」(朝日新聞出版)2016年5月23日号のインタビューで現在の政治状況についてこう不満を述べた。

 また、「週刊プレイボーイ」(集英社)16年5月30日号でも、乙武洋匡の不倫問題について、不倫に関しては当人たちの問題であり他人が騒ぎ立てるものではないとしたうえで、彼が自民党から出馬予定であったことに対し、さらにバッサリとこう言い切っている。

「ただ、俺は現政権がでえっ嫌いなもんだから、疑問と残念感は残るんだけど。今、自民党から出るのはやめましょうよって思うだけで」

 大河ドラマ『八重の桜』(NHK)での西郷隆盛役や、『下町ロケット』(TBS)への出演など、最近は役者としての活動も目立つ吉川晃司の意外なこれらの発言。しかし、実は、吉川は近年、日本の政治状況についてかなり骨のある発言をし続けている。

 そのきっかけは、東日本大震災だった。宮城県出身のスタッフ二人が実家と連絡が取れないということで、彼らを連れて被災地に向かった吉川は、知人のNPO法人のスタッフに混じり石巻市でボランティア活動に参加する。

 普通、有名人の被災地ボランティアというと、炊き出しなど負担の少ない作業に参加するのが一般的だが、水球で鍛えあげ体力に自信のある彼は敢えて瓦礫の撤去作業に加わることになる。そこで見た光景は、吉川の人生観をがらりと変えてしまうものだった。

「おこがましい話ですけどね。僕は被災地で、死ぬまで忘れられない光景をいっぱい見たんです。と同時に、自分の無力さを痛感した。つまり自衛隊の人たちは重機でガーッとやってるし、看護師さんたちは野戦病院状態の中で働いてる。でも、俺はここでできることは何もないんだなと」(「週刊文春」12年4月12日/文藝春秋)

 しかし、それでも自分にできるのは歌うことだけ。そこで彼は、11年7月30日、東京ドームにて収益が被災地に寄付されるチャリティライブを開き、21年ぶりに布袋寅泰とのユニットバンド・COMPLEXを再結成させることになる。このライブにより、グッズやDVDでの売り上げも合わせて、6億5000万ものお金を被災地に送ることができた。活動休止前に布袋との殴り合いまであったと噂されるほど遺恨のあったこのグループを、なぜこのタイミングで復活させることになったのか。吉川はこう語っている。

「己の不甲斐なさとか、小ささを痛感させられた上に、さらにもっと違うものを何か感じちゃったんだよね。俺は現場に行っちゃったからね。ずるいっちゃずるいのかもしれないな。何かやっとかないとなって。でも何やればいいんだろうって。ともかくお金が、現金がないんだよ、被災者の方は。そしたら送れるものを考えようと思って、やったんだ」(「bridge」14年8月号/ロッキング・オン)

 吉川の活動はこれだけでは終わらない。3.11をめぐる一連の問題のなかで、ことさら彼に危機感を抱かせたのは、原発に関する問題であった。そこには、広島県出身という彼の出自も関係しているだろう。吉川は「あの夏を忘れない」という、広島の原爆で被爆した人々に捧げた楽曲も発表したこともある。

 そんな吉川にとって、原発の危険性が改めて浮き彫りになったのにも関わらず、それでもこの問題を見なかったことにして再稼働を進めている政府の姿勢は、どうしても不信感を抱かざるを得ないものだった。彼はそのような思いをこう語っている。

「このまま何も策を講じることなく死んじゃったら、僕ら、恥ずかしい世代ですよね。放射能のことも、僕らは本当のことを知らず、知識がないゆえに傍観してきた。それは悔いても悔やみきれない」
「次代を担う子どもたちに負の遺産を押しつけて、あとは頼むよじゃ死んでも死に切れないから、やれることはやらなきゃと思ってます。子どもに、墓に向かって「父ちゃん、何もしなかったじゃないか」とは言われたくない。せめて「いや、俺なりに頑張ったんだ」と言い返したい」(前出「週刊文春」)

 その結果、生まれたのが「絶世の美女」という楽曲である。これは、13年に発売されたアルバム『SAMURAI ROCK』に収録されている。…

715 とはずがたり :2019/01/17(木) 19:37:11
2019年01月17日 16時22分 JST | 更新 3時間前
「本物であれば大騒ぎになりかねない」バンクシーそっくりのラクガキが見つかる。東京都が防潮扉を撤去し、倉庫で保管
担当者は「本来、公共物への落書きは許されないが......、本物であれば大騒ぎになりかねないので外した」と話す。
https://www.huffingtonpost.jp/2019/01/17/banksy-tokyo_a_23644893/

バンクシー、東京に現る? 防潮扉に絵を発見、都が調査

世界的に著名なストリートアーティストのバンクシーの作品に似た絵が東京都港区の防潮扉で見つかったとして、都は本物かどうか調査に乗り出す考えを明らかにした。ネズミのような動物が傘を持っている絵で、都は16日に描かれた部分の板を取り外し、倉庫で保管している。担当者は「本来、公共物への落書きは許されないが......、本物であれば大騒ぎになりかねないので外した」と話す。

 バンクシーは素顔も本名も不明なアーティストで、英国を中心に活動している。街なかの建物などにメッセージ性の強い作品を描くのが特徴で、昨年もオークションで落札された作品を直後にシュレッダーで細断し、話題となった。

(朝日新聞デジタル 2019年01月17日 11時16分)

716 とはずがたり :2019/02/02(土) 21:39:22
クイーンのブライアン・メイさん、辺野古中止訴え=「サンゴ礁破壊止めて」
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019010700468&g=soc
2019年01月07日12時56分

717 チバQ :2019/02/07(木) 22:41:14
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190207-00000017-jij_afp-int
ゴッホの「贋作」、実は本物だった 米美術館所蔵、再鑑定で判明
2/7(木) 12:42配信 AFP=時事
ゴッホの「贋作」、実は本物だった 米美術館所蔵、再鑑定で判明
ゴッホの自画像。パリのオルセー美術館で(2014年3月10日撮影)。【翻訳編集】 AFPBB News
【AFP=時事】米サンフランシスコ美術館(Fine Arts Museum of San Francisco)が所蔵し、後期印象派の画家ビンセント・ファン・ゴッホ(Vincent van Gogh、1853〜90)の贋作(がんさく)とされてきた作品が、再鑑定の結果、真作だったことが分かった。オランダのアムステルダム(Amsterdam)にあるゴッホ美術館(Van Gogh Museum)が6日、AFPに明らかにした。

【写真】ゴッホ作品の中にバッタの死骸 米美術館が驚きの発見

 作品は1960年にある夫婦から寄贈された「果物と栗のある静物(Still Life with Fruit and Chestnuts)」(1886年)。ゴッホの作品ではないかと思われていたものの、複数の専門家から真作ではないと鑑定され、ゴッホの総作品目録には掲載されてこなかった。

 しかし、ゴッホ美術館の広報担当者によると同美術館の専門家が昨年末、ゴッホの手になるものだと結論づけた。さらに、静物の下に女性の肖像画が描かれていたことも新たに判明したという。

「ひまわり」などの作品で知られるゴッホだが、生前は作品がほとんど売れず貧困下での制作を強いられ、キャンバスをよく使い回していた。

 ゴッホ美術館には毎年200点ほど真贋(しんがん)の鑑定依頼が舞い込むが、1988年以降、真作と認められたのは14点にとどまるという。【翻訳編集】 AFPBB News

718 チバQ :2019/02/07(木) 22:44:50
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190206-00000021-jij-n_ame
NY近代美術館、一時休館へ=施設拡張で6月から
2/6(水) 7:43配信 時事通信
NY近代美術館、一時休館へ=施設拡張で6月から
改装後のニューヨーク近代美術館(MoMA)の外観イメージ(米建築設計事務所ディラー・スコフィディオ+レンフロ提供)
 【ニューヨーク時事】ピカソやゴッホなどの作品約20万点を収蔵するニューヨーク近代美術館(MoMA)は5日、6月中旬から10月下旬にかけて一時休館すると発表した。

 4億ドル(約440億円)の費用を掛けた施設拡張計画の一環。改装後はより多くの作品が展示できるようになるという。

 発表によると、展示スペースを約3700平方メートル広げて現行の約1.3倍とするほか、絵画や彫刻、写真など、種類の異なる作品を一緒に展示することも計画する。一般公開の最終日は6月15日で、再オープンは10月21日の予定。

 米紙ニューヨーク・タイムズは、日本の前衛写真家・大西茂(1928〜94年)の名前を挙げた上で、施設拡張によって「『見過ごされた芸術家』の作品にも新たに焦点を当てることができる」と報じた。


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