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【政権交代選挙】200X次期衆院選スレ
1
:
名無しさん
:2004/07/16(金) 12:54
今まで以上に政権交代に注目が集まる200X次期衆院選のスレ
1653
:
チバQ
:2010/11/04(木) 23:17:41
茨城7区
「みそぎ」「弔い」で激突
自殺した前衆院議員永岡洋治(茨城7区)の死去から丸一カ月の一日。妻で自民党公認の桂子は選挙カーに乗り込み、七カ所の街頭演説をこなした。公示日以来、「夫の残した約束(政策)を果たしたい」と繰り返し、無念を晴らす「弔い選挙」を鮮明にしている。
洋治は遺書を残さず、死の本当の理由は分からない。ただ直前、郵政法案の賛否に悩んだ末、賛成票を投じた事実がある。主婦で選挙は裏方経験しかない桂子が急きょ挑む相手は、元建設相で無所属の中村喜四郎だ。
中村はゼネコン汚職事件で二○○三年に実刑が確定し議員失職。昨年六月の刑期満了で被選挙権が復活。出所後は支持者宅を一軒ずつ訪ねる「おわび行脚」を重ね、この選挙に「みそぎ」をかける。公示日は「中村が戻ってきました」と絶叫、健在をアピールした。
祖父の代からの政治一家に育った中村は、「喜四郎」の名前と地盤を父から受け継ぎ、二十七歳の若さで初当選。四十代で二度入閣するなど、自民党竹下派(現在の旧橋本派)のホープだった。失職まで連続九選のうち、最近の二回は公判中に当選したもの。七十代の男性支持者は「政治家なんかみんなカネをもらっている。喜四郎さんは運が悪かっただけ」と、揺るぎない信頼を口にする。
永岡洋治は二○○○年衆院選で中村に完敗。中村不在の○三年補選と同年総選挙で当選した。桂子の選挙は、洋治が成し得なかった中村の牙城(がじょう)を崩す戦いでもある。
自民党県連副会長で永岡選対本部長の青木来三郎は「中村の基礎票は八万票。今はもっと減っている」と予測。洋治が前回獲得した九万七千票の目減りを防ぐため、農業団体などを中心に支持固めを図る。中村はオートバイにまたがり、得意のどぶ板選挙で対抗する。
選挙区は「義理と人情」の政治風土が根強い。有権者は「弔い」と「みそぎ」の間で揺れ動く。
東京12区
公明票あてに自民躍起
「連立のパートナーとして太田さんを落とすわけにいかない」。左目を眼帯で覆った自民党参院議員舛添要一が八日、東京・JR板橋駅前に立つと聴衆から拍手がわき起こった。舛添は八月下旬に左眼から出血し、二週間の安静を強いられた。復帰初日に自民党が投入したのは東京12区。公明党幹事長代行の前職、太田昭宏の応援だった。
太田は、支持母体の創価学会で青年部長などの要職を務めた「公明党のプリンス」。次期党代表の最有力候補だ。東京12区は前回、自民党の元郵政相八代英太が比例に回り、太田当選に貢献。自公協力のシンボルとなった。だが今回は、郵政民営化関連法案に反対した八代が公示直前に離党して無所属で出馬。一転して激戦区になった。
慌てた自民党東京都連は、特別対策本部を設置。公示の八月三十日から連日、総裁小泉純一郎ら党の大物幹部や閣僚、有名人を送り込み、太田の支援に懸命だ。都議や区市町村議にはノルマを課し、12区内の知人、友人を太田陣営に紹介。党支持団体の名簿を次々と届ける。
「自民党なら太田は首相候補」と都連幹部。自民党の「大盤振る舞い」の裏には、公明票なしには当選できない自民党候補の弱体化がある。解散前の都内二十五小選挙区の自民党議席は十二だが「公明票がなければ一けた」とされる。逆に、太田も自民の支援なしに当選はない。「選挙を乗り切るのに自民と公明はもはや切っても切れない関係」と都連幹部はいう。
一方、苦戦が伝えられる八代は五日夜、演説会で訴えた。「公明党にのめりこむ自民党を立て直す」。太田を追い上げる民主党前職の藤田幸久も「政策でなく票のやりとりで戦う選挙は許されない」と自公を批判する。
公明党プリンスのピンチに挙党態勢の支援を見せる自民党。当落結果は全国の両党の関係に大きな影響を及ぼしそうだ。
1654
:
チバQ
:2010/11/04(木) 23:18:19
神奈川11区
小泉批判票の行方いかに
「四年四カ月の小泉政治に終止符を打とう。今(有権者は)怒る時です」。六日朝、神奈川県横須賀市の京急北久里浜駅前。参院議員を辞職して出馬した民主党の斎藤勁(つよし)は通勤客に訴えた。
民主党にとって、首相小泉純一郎の地元、衆院神奈川11区の戦いは政権交代の象徴的な意味を持つ。
前回衆院選では、自民党候補の中で全国最高の十七万四千票を得た小泉に、新人候補が約四倍の大差を付けられた。「11区を何とかせねば」。党県連代表代行として悩んでいた斎藤にくら替え出馬を勧めたのは、党代表岡田克也だった。
駅頭で配るビラを受け取る有権者の反応は悪くないという。選対幹部は「知名度の高い地元選出参院議員が退路を断って出馬し、民主党の本気さが伝わった」と手応えを語る。
挑戦を受ける小泉は前回同様、選挙区入りの予定はない。「あるじ不在の選挙には慣れている」。陣営幹部は盤石を強調するが、内部には微妙なきしみも生じている。
六月の横須賀市長選。親子二代で小泉選対本部長を務めてきた有力県議の推す候補が、小泉の推す官僚に敗れた。このしこりで今回、選対本部長は不在。実務は小泉の実弟正也らが取り仕切る。
11区には小泉外交批判で知られる元外務官僚の天木直人も無所属で立候補し、「この四年間で日本外交が彼のパフォーマンスに迎合した」と挑戦状を突きつけた。
市長選で小泉から離反した複数の有力者から「おれが五百票まとめる」「家族の票を十票やる」と連絡が入っているという。天木は、中選挙区時代に小泉と競った元自治相田川誠一とも接触、助言を受けた。
これまでとは構図を異にした選挙戦。だが、地元の受け止めは「前回と違う動き? ないねえ」(横須賀市の商工関係者)と冷静だ。
二人の挑戦結果は全国の小泉批判票のバロメーターになり得るのか。
富山3区
刺客に揺れる綿貫王国
「大変な激戦。全生命、全政治力をかけて戦う」。国民新党代表の綿貫民輔は三十日朝、宮司を務める富山県南砺市の井波八幡宮にいた。連続十二回当選、元衆院議長。その綿貫が必勝祈願で挑戦者の顔を見せた。盤石を誇ってきた王国が揺らいでいるからだ。
富山は自民党の金城湯池(きんじょうとうち)だ。有権者に占める党員の比率は5・29%で全国一位。中選挙区時代に三議席を独占した自民三氏が、小選挙区制移行後は小選挙区(富山3区)に綿貫、比例代表北信越ブロックに萩山教厳、橘康太郎と住み分け、議席を守ってきた。
ところが、郵政民営化法案に反対票を投じた綿貫の刺客として党本部が白羽の矢を立てたのは萩山だった。元自民党県議の向井英二が民主党公認候補として名乗りを上げ、3区の自民勢力は三分裂。乱戦に突入した。
国民新党旗揚げを機に、自民党富山県連は萩山の正式支援に踏み切った。綿貫王国を支えた集票マシンがきしむ。
「今度の選挙は応援を控える」。後援会事務所開きで帰郷した二十三日、3区の大票田の高岡市内に本社を構える中堅企業の社長からそう伝えられた綿貫は、「そうか」と苦笑いするのがやっとだった。
綿貫は前回、十五万九千票もの大量票をかき集め、次点に三倍の大差をつけた。だが、「自民分裂」で混戦は必至だ。綿貫が小選挙区を勝ち抜いたとしても、敗れた二人が比例代表で復活当選する可能性は高いとの見方が強まりつつある。「後が怖くて、綿貫さんだけに肩入れできない」(地元有力経済人)。模様眺めの流れは、選挙区内の首長や自民党県議をはじめとする地方議員にも広がる。
各党党首は全国の最重点区で第一声を上げるのが通例だ。綿貫は「まず足元を固めてから全国へ攻め込む」と地元を優先した。そこに、国民新党の追いつめられた状況が浮かび上がる。
1655
:
チバQ
:2010/11/04(木) 23:18:51
長野2区
知事の舌ぽう 自民困惑
唯一の選挙サンデーだった四日、長野県知事田中康夫は新党日本代表として東京・秋葉原の街頭に立った。舌ぽう鋭い小泉政権批判の中に「長野県は五年間で五百五十億円の借金を減らした」と知事の実績も織り交ぜる。その様子がテレビで繰り返し報じられ、長野県内の選挙情勢にもじわりと影響を広げている。
同じ日、松本市中心商店街。自民前職村井仁の引退に伴い、長野2区で公認を得た「落下傘候補」関谷理記は、Tシャツ姿で人ごみに分け入った。
選挙カーから流れる音楽は英国のロックバンド「クイーン」の曲だ。地方の自民候補としては異例といえる若者向けのイメージ戦略は「三十七歳の若さを前面に出して無党派層に狙いを絞れば、小泉人気の追い風だけで十分戦える」(選対幹部)との読みに基づく。
ところが計算は微妙に狂う。田中は三年前の知事選で松本市内の得票率が72%だった。新党日本は北陸信越ブロックに候補者がいないため、代表としての田中の活動は県内で制限される。それでも「県知事に報道を通じて小泉批判を繰り返されると、せっかくの小泉人気も相殺される」(自民党県議)からだ。
田中自身の足元も盤石とはいえない。かつて85%を誇った知事支持率は、後援会元幹部の入札「働き掛け」問題などで八月には35%まで急降下した。来夏の知事選への展望は開けていない。
それが、新党発足直後には42%と復調の兆しを見せた。自民党の「郵政造反組」を束ね、中央政界で「地方からの改革」を説く存在感が、思わぬところで「新党効果」を生んでいるようだ。
七日の記者会見で田中は支持率について聞かれ「小泉さんは40%も支持率があると言われたが、私は40%台しかないと言われる」とこだわりを見せた。田中が衆院選での手応えを測るのは、党の獲得議席数と並んで支持率の動向かもしれない。
岐阜1区
女性対決 鍵握る公明票
郵政民営化法案に反対して無所属となった野田聖子と、自民党本部から“刺客”として送り込まれたエコノミスト佐藤ゆかりが対決する岐阜1区。全国屈指の注目の戦いは、終盤に来てさらに激しさを増している。
八日に岐阜市内で開かれた野田の集会。いすを三千五百席並べた会場は、大勢の立ち見が出て人があふれるほどの盛況だった。選対幹部は「六千−七千人も集まった。(支持者は)本当に危機感を持ってくれている」と胸をなでおろした。
郵政相を務め、「女性初の首相候補」とも目されてきた野田は五選を目指す四十五歳。猛追する佐藤は上智大の一年後輩だ。九日に出た地元紙の世論調査では、野田が四割弱の支持を集め、依然として優位に立つ。
対する佐藤側は街頭演説や個人演説会を続け、党本部から大物が続々と応援に駆け付けた。四日に郵政民営化担当相竹中平蔵、五日に幹事長武部勤、六日には首相小泉純一郎が入った。佐藤と並んだ小泉が「郵政民営化に賛成でしょう」と叫ぶと、一万人近い聴衆から拍手と歓声が上がった。「終盤の追い上げに向け、効果は絶大だった」(陣営幹部)。
自民党岐阜県連は野田支持で引き締めに躍起だが、佐藤陣営は自民党の参院議員と県議各一人、岐阜市議二人が付く。自民支持層の約四割が佐藤に流れているという。
野田の前回得票は約九万三千票。次点の民主候補に約二万一千票差に詰め寄られたが、その民主も今回は埋没気味。鍵を握るのは創価学会など公明党支持の約二万二千票とされる。それだけに野田陣営は「比例は公明党」を掲げ、政党ポスターは公明一色に染めた。
しかし、地元の創価学会は「自主投票」を決定。このため、両陣営とも「公明票の行方は終盤になっても読めない」と気をもむ。野田が逃げ切るか、佐藤が追いつくか。審判の日は目前だ。
1656
:
チバQ
:2010/11/04(木) 23:19:33
大阪10区
重い十字架と期待背に
投開票日が一週間後に迫った週末の四日、高槻市内のJR摂津富田駅前で、社民党公認の元職辻元清美は前党首土井たか子を傍らに訴えた。
「憲法九条を守り、勝ち組政治を終わらせるためには、国会に社民党の議席が必要なんです」
昨年七月の参院選に続き、秘書給与詐取事件で執行猶予中の立候補となる。「反省とおわび、感謝の思いを込めて戦う。この気持ちは一生持ち続ける」。辻元は出馬を決めた夜、親しい支援者に打ち明けた。
国会質疑で「ソーリ、ソーリ」と首相小泉純一郎を追及した場面は何度もテレビで放映され、知名度は群を抜く。前回総選挙で議席を三分の一に激減させた社民党にとって、党の存亡をかける戦いに辻元は欠かせなかった。
一方、支援する地元市議の一人は「事件の舞台となった社民党の公認は印象が悪い。無所属の方が票が伸びるのではないか」と本音を口にする。
辻元は参院選には無所属で出馬、大阪選挙区(定数三)で次点ながら約七十二万票を獲得した。地盤の10区内では六万票余りを集め、トップ当選の民主候補を約二万票も上回った。他陣営は「投票率が上がれば無党派票が多く流れるのは辻元さんかも」と一様に危機感を募らせる。
10区は過去三度の衆院選で、社民、自民、民主の各候補が入れ替わる形で議席を奪い合ってきた。自民元職の松浪健太は二○○二年秋、辻元の辞職に伴う補選で当選したが、前回総選挙では民主の肥田美代子に敗れた。
松浪陣営は「(辻元出馬で)野党支持層の票が割れる」とみて与党の立場を前面に出し、社民と支持層が重なる肥田陣営は「今回は政権選択の選挙だ」と訴え、二大政党制を強調した戦いを展開する。
執行猶予中の「重い十字架」と党勢回復の期待の双方を背負う辻元は、審判の日まで知名度を頼りに支持を訴え続ける。
島根2区
「王国」に挑む藩主の末裔
「私に組織はない。だが独裁的な小泉(純一郎)政治は断固つぶさなければならない」。衆院選公示の三十日、自民党を離党して島根2区から立候補した国民新党幹事長の亀井久興は、先祖ゆかりの城下町、津和野町で声をからした。
亀井は津和野藩主の末裔(まつえい)だ。自民党郵政事業懇話会で幹事長を務め、温和な語り口ながら反対派屈指の理論派として、郵政民営化関連法案否決の中心的役割を果たした。
二○○三年の前回総選挙で、亀井の地元旧島根3区が、故竹下登元首相の弟、竹下亘の地盤2区に統合されたため比例代表中国ブロックに転出。今回は郵政法案に反対票を投じたことで、比例での処遇の道は閉ざされ、2区で強敵竹下と対決せざるを得なくなった。
竹下登の秘書出身の自民党参院議員会長、青木幹雄が君臨する「竹下王国」に亀井が挑むのは、中選挙区時代の一九九三年以来、十二年ぶり。本拠地の旧3区でも、子飼いの支援者を育てた登の“遺産”が根を張り、竹下陣営は「負けることはない」と余裕を見せる。このため、亀井は比例にも重複立候補して議席死守を目指す。
亀井の頼みはやはり郵政票だ。特定郵便局OBらによる大樹島根県本部は亀井の推薦を決定し、亘の地元に近い大田市内の特定局長も「われわれの思いを自民党より代弁してくれたのは亀井さんだ」と話す。当初は「法案に反対する」と訴えながら、賛成に回った亘への不信感も根強い。
一方、保守分裂を危惧(きぐ)する青木は亘の応援のため、公示日前後に異例の四日間の地元入りをした。三十一日の街頭演説では「反対した亀井さんも、いずれスクラムを組んで島根のために働く日が来ると思っている」と亀井にもエールを送り、将来の復党の可能性にも言及。その気配りが逆に、保守王国のきしみと青木の苦しい立場をまざまざと示した。
1657
:
チバQ
:2010/11/04(木) 23:20:13
福岡6区
母の故郷で議席奪還期す
二日午後、福岡県久留米市中心部の公園。炎天下に集まった六千人は、首相小泉純一郎の到着前から、自民党の同区候補、鳩山邦夫の登場に盛り上がった。鳩山が「母の故郷に帰ってきました。末永くお付き合いください」と切り出すと、大きな拍手がわき起こった。
鳩山は八月三日、東京から久留米を中心とする福岡6区に国替えを決定。日が浅いにもかかわらず、街を歩けば握手攻めにあい、カメラ付き携帯電話で撮影を求められる人気ぶりだ。
鳩山は久留米を発祥の地とするブリヂストン創業者の孫として知られる。6区はもともと保守地盤だったが、前回衆院選で民主党に議席を奪われた。必勝を期した自民党福岡県連は、閣僚経験もあり知名度の高い鳩山を口説き落とした。
鳩山にしても、前回は東京18区で民主党の当時の代表菅直人に挑んで惨敗。比例で復活したが、今回は名簿順位で優遇される見通しはなく、「渡りに船」ともいえた。
ただ、祖父が首相、父が外相という名門・鳩山家の名前が東京から消えることに複雑な思いもある。八月中旬、鳩山家の地盤である東京・文京区で開いた後援会会合で、鳩山は壇上で二分近くも、目頭を押さえて立ち尽くした。
対決する民主党前職、古賀一成は東大法学部の同級生で、鳩山が新進党、民主党時代から酒を酌み交わした仲。しかも古賀は鳩山の兄由紀夫(道9区)の側近でもある。古賀との関係について、邦夫は「選挙は選挙、関係ない」と多くを語ろうとしない。
古賀が「落下傘」批判一本に絞って「地元の古賀」を強調するのに対抗し、鳩山は特産の久留米絣(かすり)のシャツとネクタイを身に着け、ときには筑後弁であいさつ。四日に久留米で開かれた「焼き鳥日本一フェスタ」では一人一人と握手して回った。鳩山ブランドは兄の北海道に続き、大接戦を制して九州でも花開くか。
大分3区
社民の牙城 離党に揺れる
「横光さんは自民党政権を変えようと活動してきた仲間だ」。俳優出身で社民党副党首だった横光克彦に民主党入りを勧めた同党前副代表横路孝弘は一日夕、別府市郊外のスーパー前で「反自民」の結集を訴えた。横光も「小泉デタラメ政権にお引き取り願い民主党中心の政権を」と応じた。
「舟から船長自ら逃げ出してどうするのか」。衆院解散翌日の八月九日、横光は社民党離党を表明した大分市内の会合で、支持労組幹部にかみつかれた。支持者の間からは「生活のために党を乗り換えた」と恨み節も聞こえる。
民主党発足時に旧社会党勢力の大半が移行した道内と違い、多くが社民党にとどまった九州は「社民王国」といえる。二○○三年衆院選比例ブロックでは約六十一万票で二議席を確保。とりわけ、元首相村山富市がいる大分は「牙城」だった。
しかし、昨年の参院選では九州で獲得した比例票が約四十九万票にまで細った。前回衆院選は比例で復活し、議席を守った横光は「社民の限界を感じていた」と話す。
横光の選挙戦を支えてきた社民系の労組で組織する県平和運動センターは今回、自主投票を決めた。民主、社民両党と連合は県内で「三者協力」を結んでいるが、同センター幹部は「感情的なしこりはぬぐえない」と運動量低下を否定しない。
二日朝、横路は横光の後援会長阿部未喜男を別府市内の自宅に訪ねた。阿部は同県選出の元社会党衆院議員で、横路や前社民党党首の土井たか子とは初当選同期だ。「国会に戻ることだけを考えろ」。衆院解散前、横光にこう助言した阿部は旧友横路に「応援ありがとう」と頭を下げた。
横光の出身地である宇佐市の後援会事務所には、今も「社民王国の牙城死守」の見出しが躍る三選時(二○○○年)の新聞記事が飾られている。
「議席がなければ憲法九条を守ることもできない」。そんな横光の思いは有権者に届くか−。
1658
:
チバQ
:2010/11/04(木) 23:20:51
鹿児島3区
「次は農協」に揺れ動く
「郵政民営化の次は農協の解体だ。小泉改革は地方を切り捨てようとしている」。水田や梅林の農村風景が広がる鹿児島県中央部のさつま町。一日夜、無所属の前職松下忠洋は、個人演説会に集まった農家の男女を前に語気を強めた。
前回、比例代表九州ブロックで当選した松下は郵政民営化関連法案の自民党造反組だ。党公認の前職宮路和明とは小選挙区と比例代表に交互に立候補するコスタリカ方式などで共存してきた。
今回、非公認となった松下が小選挙区に立ったことで、両者が激突、事実上の自民分裂選挙に突入した。党県連は造反組支援を黙認。県議も真っ二つに分かれた。
松下は旧建設省出身だが、農水政務次官や党農業基本政策委員長を務め、農政通を自負する。一方の宮路は農水省OBだ。鹿児島3区は京セラ工場がある薩摩川内市以外は農村、漁村が主体。従来は宮路の方が農村票に強かったが、松下は相手のその本丸に切り込んだ。
農協の金融、共済事業は郵貯、簡保と似た構造を持つ。首相の諮問機関である規制改革・民間開放推進会議は農協の組織分割を視野に入れた合理化案を中間答申に盛り込む方針だ。「反郵政」は農政をめぐる「反小泉」に通じるとみて、松下陣営は「次は農協解体だ」とするビラを十万枚以上も配り、農家の危機感をあおった。
攻め込まれる側の宮路は「郵政は官営、農協は民営。まったく次元が違う」と取り合わないそぶりだが、農業者団体の対応は激しく揺れている。
県農政連は「自民党公認が基本」と宮路の推薦を決めたが、一部支部が松下を支援することは黙認した。5区では逆に造反組を推薦。九州全体では、造反組九人のうち松下を除く八人までが各県農政連の推薦を得た。
「郵政選挙」の陰で、長く自民党を支えてきた有力支持基盤の「小泉自民党」離れが、ここでも起きている。
沖縄1区
地元自公、「特例」を画策
今回の衆院選で、沖縄特例が生まれた。自民党本部は二十九日に発表した比例代表名簿で、比例定年の七十三歳になった前職の仲村正治を、前回に引き続き九州ブロックの三位に載せたからだ。
沖縄はかつての色分けで保守と革新が拮抗(きっこう)する形が残る。それが一九九八年の県知事選では保守系候補を公明党が支援し、革新系候補に圧勝。勢いに乗って一九九九年に自公連立政権が発足、自公協力が本格化した。
沖縄1区はその象徴だ。二○○○年の衆院選で、公明党の白保台一(たいいち)を自民が公認候補擁立を見送って推薦し、九州地方唯一の公明の小選挙区議席確保を後押しした。こうした自公協力をまとめ上げたのが、沖縄出身の国会議員の重鎮・仲村の存在だった。
比例九州ブロック候補を新人にすると、九州自民との力関係で当選圏外に下げられる−。こんな危機感から県連会長の嘉数知賢らは今回、一計を講じた。解散直後の八月十日、党本部を訪れた県連幹部らが仲村を、沖縄1区で公認するよう求めたのだ。幹事長武部勤の顔色が変わった。「自公のモデル地区じゃないか」
この仲村1区擁立の要請行動について、公明党県本部幹部は「沖縄自公連携による出来レースだった」と明かす。比例定年になった仲村を最初から比例候補とすると自民党本部につき返される。そこで1区擁立と見せ、公明党も自民党本部に圧力をかけることで、結局、特例を認めさせた。
1区では、自民党を離党した元職下地幹郎が前回に続いて出馬する。前回は無所属で出馬し、白保とは六千票差。独自候補が前回二万七千票を取った民主党も今回は下地を推薦し、地域政党沖縄社会大衆党も支持した。
自民、公明両党は全国二百三十七小選挙区で選挙協力を行う。沖縄は、八代英太元郵政相が出馬する東京12区とともに全国の自公協力の行方を占うものになる。
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