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明主様

5417勉強中:2022/06/11(土) 17:18:12
(無題)
昭和二十七年十月六日

「ですから自分を酷い目に遭わせたり苦しめたりするという人は、自分の曇りを除ってくれているわけです。浄化作用の仕事をやってくれているわけです。そこまで来ると、感謝してもよいことになってくるのです。この間裁判所で、公判がすんだ時に被告の感想を言わせたのですが、ほかの人は今まで間違った調べをして、検事や検察官はけしからんと、今までの言い足りない不満足を言ってましたが、私は今まで検察官やなにかのお蔭で、私はたいへん磨かれた、そのために教団も堅実になった、大いに御苦労であった、それを感謝する。ということを言ったのです。で、なにも迎合したり、そんなような意味ではないのです。今言うように、大乗的に考えればそうなるのですから、大いに感謝してよいのです。だから、考え方というのはそこの点です。そういう考え方が信仰の価値なのです。価値ではない、それが蕊(ずい)です。」

頭脳の拷問と言われるほどの目にあいながら、検察に感謝するとおっしゃる明主様に神習うのであれば、N氏にもK氏にもW氏にも感謝して然るべきかと思います。
そして反省すべきは、そうしてこれなかった信徒であり専従者ではないでしょうか。何より信仰の「蕊」であるということですから。




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