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2019.4.29『意志と表象としての世界』

1 火雨 :2019/03/08(金) 20:11:08
ショーペンハウアーの主著である『意志と表象としての世界』について紹介、考察していきます。
今回使うのは中央公論社の『世界の名著45ショーペンハウアー』(西尾幹二:責任編集)に入ってる版です。
ほぼ同じものが現在は中公クラシックス版(全3巻)で出ていますので、そちらを参照しても大丈夫です。

ただ、内容量が膨大であり、全編分を進みきることができないかもしれません(その時は続きを後日やる予定です)。
全4章(巻)のうち、第1章はカントの解説が多くてかなり読むのがしんどいので、第2章から読むのをオススメします。

10 則天去私 :2019/04/30(火) 10:42:52
則天去私です。昨日はありがとうございます。
まだ『意志と表象の世界』を読んでいないのですが、購入して読むとなるとお金と時間がかなりかかる為、購入を迷っています。購入して読んだ方が理解と議論が深まることは承知していますが、購入して読まなくても次回に参加してもよろしいのでしょうか?まだ予定がわからないので、参加確定ではないですが。

11 火雨 :2019/04/30(火) 11:10:19
おぐすさん

初めは1回で全編進められるだろうとタカをくくってたのですが、レジュメを作成してくにつれてどんどん「1回では無理だ(!)」と思うようになり、今回じっくり読み進めるスタンスに変えました。
しかし、同好会のことだから閑散とはならないだろうなという根拠のない予想があり、結果的に話も盛り上がったのでこのスタンスで進めて良かったです。
森鴎外もショーペンハウアーの影響を受けた日本文学者の1人としてよく取り上げられますよね。
僕は鴎外にはこれまであまり触れていなかったのですが、ぜひ読んでみようと思います。
どうもありがとうございました。

12 火雨 :2019/04/30(火) 11:22:00
則天去私さん

昨日はお疲れ様でした。
もちろん読んでない方でも進められるように発表したいとは思っています。
ただ、多様な解釈のできる作品なので個人的にはやはりぜひ自身で読み込んでもらった方が良いかとも思います。
中公クラシックスだと3冊全部で5000円以上かかりますよね。。。僕は『世界の名著』を中古で1500円くらいで買いました。ハードカバー版とソフトカバー版があり、僕はソフトを買ったのでやや耐久性に難ありでしたが、中身は全く問題なく読めます。ネット通販が確実で、アマゾンやネット古書店で検討してみるのをお勧めします。

13 則天去私 :2019/04/30(火) 13:35:55
>>12
すみません。安い古書が見つからないので、新刊を買う気には、とてもならないです。

14 ウラサキ :2019/04/30(火) 19:59:47
則天去私さん、

まずは図書館で借りるのが良いと思いますよ。
私は勤務先の図書館から中公クラシックス版のⅠ巻だけを借りていますが、
「世界の名著」シリーズなら大抵の公共図書館にはあると思います。

15 則天去私 :2019/05/04(土) 05:54:06
ところで、関連書籍として、カール・レーヴィットの、『ヘーゲルからニーチェへ』も気になるところですね。

16 則天去私 :2019/05/04(土) 23:31:34
アマゾンの検索では、ミシェル・ウェルベックの、
『ショーペンハウアーとともに』が、国書刊行会から発売されるらしいです。

17 ウラサキ :2019/05/05(日) 05:30:34
個人的にはブライアン・マギー『哲学人(下)』のショーペンハウアー解説が、
英米系らしい明晰さ且つ読み易い訳文で感心しました。

18 則天去私 :2019/05/06(月) 21:19:17
松本さん
先日はお疲れ様でした。僕もかなりレジュメに書き込んだので、今度機会があれば、松本さんとレジュメを見せ合いたいです。

うらさきさん
うらさきさんは英米系の哲学がお好きなんですね。
もしお互いに機会と余裕があれば、今度教えを請いたいです。

19 ウラサキ :2019/05/07(火) 03:51:37
則天去私さん、
英語教師という仕事上の理由もあり、どうしても英語圏のものに関心が向かいがちです。
学生時代はドイツ語でカントやヘーゲルも(仕方なく)読んでいたのですが、
ヒュームやエイヤーを読み、なんと分かり易いのだろう、とすっかりハマってしまいました。
かのデリダvsサール論争でも、世評とは逆に、デリダはサールに難癖付けているとしか思えません。

20 則天去私 :2019/05/09(木) 23:15:37
7月のショーペンハウアー会2、気持ちとしては参加したいのですが、まだ先のことはよくわからないところがあります。行けたら行くつもりです。

21 則天去私 :2019/05/10(金) 00:33:56
火雨さん
あとで思い出したのですが、クザーヌスって近代的自我の生みの親ですよね?

22 火雨 :2019/05/10(金) 12:19:06
則天去私さん

次回ショーペンハウアー参加の件、了解です。

クザーヌスについてですが、則天去私さんの言う「近代的自我」というのの意味がはっきりしないのですが、デカルト的な「我」のことですかね?
クザーヌスで僕が読んだのは『学識ある無知について』というやつで、振り返る限り「我」のような話は無かったような気がします。
(忘れてるだけかもしれませんが。)
可能性があるとしたらクザーヌスの「反対物の一致」という概念は、デカルトの懐疑が及ばないものであるとは思うので、そこから「我」を導き出そうとすればできるような気もします。
どうでしょうか?

23 則天去私 :2019/05/10(金) 12:51:35
火雨さん
僕もよくわからないんですが、新田義弘の現象学の本の中で出てきます。

24 火雨 :2019/05/10(金) 18:51:20
則天去私さん

新田義弘さんのクザーヌスへの言及は初めて知りました。
とあるブログにそれらしきことが引用されていたのでリンクを貼っておきます。
ttps://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20091218/1261105482

この中だと以下の文章が特に関連性の高い部分だと思います

「クザーヌスは、神の同一性に対して、世界の同一性は、多性、すなわち差異性のなかにある同一性であるといっている。世界それ自体というものは存在しないのである。世界は一つであるにせよ、個々のもの、個物において相違する仕方で与えられているのである。」


どうやら新田義弘の興味対象は、西田幾多郎やライプニッツにも及んでいるようですね。
その関連でクザーヌスを連れてきているのだと思われます。
神が不可知であるという点はカントなら「物自体」、ショーペンハウアーなら「意志」に通ずる見方だと思いますが、そこに自我性を見出すのは新田さんの解釈を入れてこその視点だと思います。
すみません、全然元文献に接さずに述べてるのでぜんぜん違う可能性もあります。

25 則天去私 :2019/05/10(金) 21:49:57
火雨さん
僕もネットで検索してみましたが、僕がクザーヌスを見かけたのは、『哲学の歴史』ではなく、他の新田さんの本(どの本かは忘れました)なので、話が噛み合ってないところがあります。
ところで、火雨さんの中で、ショーペンハウアーとクザーヌスがどう結びつくのかよくわからないところがあります。

26 則天去私 :2019/05/11(土) 19:54:38
新田義弘『現象学と解釈学』には、クザーヌスのパースペクティブ性が、ライプニッツに受け継がれたとか、ルネサンス絵画に影響を与えたとか、「学識ある無知」がどうとか書かれていますね。

27 火雨 :2019/05/13(月) 11:57:15
則天去私さん

仰るような「パースペクティブ性」とはどういったものなのでしょうか?

28 火雨 :2019/05/13(月) 11:58:59
ライプニッツに受け継がれたということは、「近代的自我」はライプニッツも受け継いでいるということなのでしょうか?

29 則天去私 :2019/05/13(月) 12:53:21
火雨さん
パースペクティブ性というのはどうも、客観的な真理がなく、限られた視点の認識に過ぎないというところらしいです。
ライプニッツが近代的自我を引き継いでいるかどうかはよくわからないです。

30 則天去私 :2019/05/15(水) 22:33:52
うらさきさん
ヒュームといえば、カントやフッサールに影響を与えたことで有名ですが、現代英米哲学にも、影響を与えているのでしょうか?

31 則天去私 :2019/05/15(水) 22:36:38
うらさきさん
ヒュームといえば、カントやフッサールに影響を与えたことで有名ですが、現代英米哲学にも、影響を与えているのでしょうか?

32 ウラサキ :2019/05/16(木) 03:03:22
勿論です。
論理実証主義のマニフェストと目されているエイヤー『言語・真理・論理』の序文にも、
思想のルーツとして、ラッセルやウィトゲンシュタインと並んでヒュームの名前が挙げられています。
又、倫理学方面でも事実から当為を導けないとする「ヒューム原理」は、現代も基本と見なされている様です。

33 ウラサキ :2019/05/16(木) 03:17:03
気になってウィキペディアで調べてみたら、
倫理学の方は「ヒュームの法則(Hume's law)」と呼ばれ、、
「ヒュームの原理(Hume's principle)」は数学基礎論でフレーゲに影響を与えたようです。

いずれにせよ多大なる影響力だと思います。

34 則天去私 :2019/05/19(日) 18:38:55
南アフリカのベネターという哲学者が、反出生主義を唱えているようですが、ショーペンハウアーは、その先駆者らしいですね。

35 則天去私 :2019/05/26(日) 04:36:12
最近、ジンメルのショーペンハウアーとニーチェを読んでいますが、ジンメルはショーペンハウアーの方がニーチェより優れていると考えているようです。実際、ショーペンハウアーに多くのページを割いています。それは多分、ショーペンハウアーよりもニーチェに学ぶことが多いとジンメルが考えたからだと思います。また、ショーペンハウアーとニーチェをダーウィンが橋渡ししているらしいですが、これは、ショーペンハウアーには進化の考え方がなく、ニーチェには、進化論の影響が濃厚にあると考えてよろしいのでしょうか?

36 則天去私 :2019/05/27(月) 20:31:26
ここ何日か、ジンメルの、ショーペンハウアーとニーチェを読んでいますが、面白くはあるのですが、難しくてよくわからないようなところがあります。ニーチェよりもショーペンハウアーに多くのページを割いているのは、ジンメルの考えでは、ショーペンハウアーの方がニーチェよりも偉大だと判断したかららしいですが、いったい、ショーペンハウアーの何がそんなに偉大なのでしょうか?

37 火雨 :2019/05/28(火) 17:27:45
ショーペンハウアーには進化論が引用されがちな進歩主義的な文脈は全然無いと思います。一方、ニーチェにはそれがあると思います。どちらに首肯できるかは正直その人の好みのような気がするんですよね。
今ウィリアム・ジェイムズの『宗教経験の諸相』を読んでますがその2種類が哲学的な相違ではなく、宗教経験的な相違であるということが指摘されています。僕もそうだと思います。(ジェイムズは2つを「病める魂」と「健全な心」と表現しています。)
ジンメルがショーペンハウアーを評価してるとしたら、ジンメルは「病める魂」の人だということなのではないでしょうか?

38 火雨 :2019/05/28(火) 17:37:39
たとえば、「病める」人には、+1を+2にすることよりも-1を0にすることに重きを置いてると思います。彼らには不幸がデフォルトで、大きな不幸を小さな不幸にしていくことが重要なのだと思われます。
なので、ショーペンハウアーが目指すところが0になるわけです。
そしてそれはベネターの考えにも近いのではないでしょうか?
逆に、「健全な」考えを持っていたら、+1を+2にすることが大切だと考えるのではないでしょうか?

39 火雨 :2019/05/28(火) 17:43:04
ちなみに僕のアカウント名はその2種類の存在にあやかっていたりします。笑
しかもそれら2つが1人の人間の中にもあることに非常に強い興味関心を持っています。

40 則天去私 :2019/05/28(火) 20:29:24
ジンメルはまた、ショーペンハウアーが芸術に対して透徹した理解を示しており、苦悩を慰め、生を肯定する側面を指摘していたにもかかわらず、それを充分展開しなかったので、彼の厭世哲学を修正するに至らなかった、と指摘しています。ショーペンハウアーは厭世哲学を展開していたにもかかわらず、自殺するに至らなかったのは、芸術で我が身を慰めていたからではないでしょうか?

41 火雨 :2019/05/30(木) 18:40:38
ショーペンハウアーが芸術で慰められてたのは事実だと思います。この世の表象よりも「あの世」的なものに重きを置いてるのも慰みの1つかもしれません。彼にとって慰みとは、非現実への撤退になってるように思います。
(多くのニヒリストにこの嗜好性が見られます。僕のイメージでは川端康成など。)
ショーペンハウアーのこの世にいない者かのような佇まいは、ニーチェには我慢できなかったと思いますよ。


なぜ自殺しなかったかといえば理由は1つだと思います。
すでに「あの世」にいたからではないかと。

42 則天去私 :2019/05/31(金) 06:49:16
ミットライトは消極的な愛で、気遣いに通じる側面があり、連帯を基礎付けるそうです。ニーチェは個人主義を基礎付けるところがああるらしく、両者を上手く合体させると、個人主義的連帯思想が出てくるような気がします。

43 火雨 :2019/05/31(金) 11:55:42
連帯の問題は、以前同好会でカミュを発表した時にいろいろ考えたのですが、「病める」人にとってはミットライトも個人主義も可能性としてはなり得るとおもいますが、「健全な」人にはそんなのどちらも必要じゃないと思うんですよね。
ミットライトだけのコミュニティとか、個人主義の群れ、みたいなのはタコツボみたいなもんで、「病」であることに変わりがないような気がします。
これは完全に僕の主観ですが、ミットライトと個人主義の融合みたいなのも幻想だと思いますね。
二項対立からは離れた脱構築の必要があると思います。

44 則天去私 :2019/06/03(月) 20:56:53
ウィトゲンシュタインが自殺のことを頻繁に考えたのは、ひとつには家庭環境や第一次大戦のこともあるのでしょうが、他方では、ショーペンハウアーの影響もあるように思います。

45 則天去私 :2019/06/03(月) 20:57:42
ウィトゲンシュタインが自殺のことを頻繁に考えたのは、ひとつには家庭環境や第一次大戦のこともあるのでしょうが、他方では、ショーペンハウアーの影響もあるように思います。

46 ウラサキ :2019/06/03(月) 21:27:23
いや、自殺って、先天的なモノがあるんだよ。
ウィトも兄二人が自殺してるけど、彼らが皆ショーペンハウエル読んだとは考えづらい。

47 ウラサキ :2019/06/03(月) 21:28:08
いや、自殺って、先天的なモノがあるんだよ。
ウィトも兄二人が自殺してるけど、彼らが皆ショーペンハウエル読んだとは考えづらい。

48 則天去私 :2019/06/04(火) 18:32:01
火雨さんの発言を拾ってみると、「病める魂」と「健全な心」は、同一個人に同居するのか、2種類のタイプの人間がいるのかよくわからないところがあります。僕自身の解釈では連続体で、境界線ははっきりしないと思います。

49 火雨 :2019/06/05(水) 13:32:03
自殺については僕もウラサキさんのいう通りだと思います。大人になってから自殺衝動が出る作家の多くが幼い頃から予め苦渋を味わう心情を抱きがちなのは多いです(ヘルマンヘッセ、三島由紀夫などが思い浮かびます)。

「病」と「健全」さは同一個人に同居すると思います。もちろんしない人もいるでしょうが。。
ただし、個人主義とミットライト主義は同一個人にはないと思います。なぜならその2つはこの文脈だと生活(行動)様式であるため同時に発現はしないと思います。
同一個人の中には「病」と「健全」さがある一方、それが出現するのは個人主義かミットライト主義か、他の何か、のどれか一つだと思います。
もちろん躁鬱病みたいにある時期は個人主義、ある時期はミットライト主義、みたいな現れ方はあるとは思いますが、それは同時に発現してるわけではないです。

則天去私さんの言う連続体とは、個人の中では連続体、と言う意味でしょうか?それとも誰かと誰かを比べた時にはっきり分けられない、と言う意味でしょうか?

50 則天去私 :2019/06/05(水) 18:29:27
例えば僕は発達障害なのですが、誰かと誰かを比べたときに、健常者と障害者が連続していて、どこまでが健常者で、どこまでが障害者なのか、境界線がとても曖昧なのだそうで、そんなイメージです。

51 則天去私 :2019/06/08(土) 18:42:05
ブーバーは、『我と汝』の中で、かなりブッダを意識しているので、仏教の影響は大きいと思う。ショーペンハウアーは、インド哲学のどこに影響を受けているかわからないが、もし仏教の影響を受けていたら、ブーバーと共通するものがあるかもしれない。

52 火雨 :2019/06/10(月) 12:22:52
境界線があいまい、スペクトラムというやつですよね。
「病」と「健全」さのバランスはスペクトラムになり得ると思います。
ショーペンハウアーだったら意志にあたるものだと思います。
意志にはスペクトラム性があると思います。逆に表象には少ないと思います。
ただ、発達障害で言うスペクトラムは、表象なのにスペクトラムと呼んでますよね。そこは僕もあまり整理できてませんが、結構大切な問題があるようには思います。。
「発達障害」という語には表象だけでなく、人の気質(つまり意志)を含んだニュアンスがあるってことなのかもしれません。

53 横山 :2019/06/10(月) 17:42:55
>>52
もしかすると、

表象以前の方のスペクトラムは、対象とその隣接とが区別されず、対象の値がとられ得ないという意味での断絶のなさで、
発達障害の方のスペクトラムは、個々の対象がそれぞれ区分されそれぞれ値を振り分けられた上で、対象の値が連続的であるという意味での断絶のなさ、みたいな感じではないでしょうか。

思い付きで、無関係でとんちんかんかもしれない横やりを入れてしまいました。失礼しました

54 火雨 :2019/06/10(月) 17:51:38
横山さん

仰っている「値がとられ得ない」スペクトラムはベクトル的で、「値が振り分けられた」スペクトラムはスカラー的といった感じでしょうか?
僕の頭の中では、マーブルカラーのグラデーションみたいな世界観が前者、明暗のみのグラデーションみたいなのが後者というイメージを浮かべてます。

55 火雨 :2019/06/10(月) 18:20:06
ベクトル的スペクトラムとスカラー的スペクトラムが意志と表象だとは、はっきり言えないかもしれませんが、これは、そもそも値(数値)やスカラーとは何なのか?という問題を孕みそうです。
僕が思うに、数値とは視覚で捉える因果関係のことなのではないでしょうか?本当は「動き」がそれにあたるとは思いますが、言葉を使うと動きを表現できないので、代わりに数値を使っているんじゃないかと思うんですよね。だから数値は空間の連続性を表現できるんじゃないですかね?
なので、発達障害のスペクトラムがもしスカラー的スペクトラムなのだとしたら、「視覚では見えないスペクトラムを視覚的にするとこうですよ」という意味になるのかなあ、と感じますが……僕の方が支離滅裂かもしれません。
(そうなるとマーブルカラーのスペクトラムは視覚的じゃないのか?となるのでまた問題がありますが、恐らくですが、それは視覚的ではないのだと思います…)

56 横山 :2019/06/10(月) 18:32:48
>>55
こんがらがってしまいました。

何となく、前者はカオスで、後者は数的連続性なのかなと思ったのですが、やっぱり的外れだったかもしれません

57 火雨 :2019/06/10(月) 19:35:34
横山さん

そうですね笑
また考え直します。

58 則天去私 :2019/06/12(水) 18:41:38
ベクトル的スペクトラムとスカラー的スペクトラムというのがよくわかりません。

59 則天去私 :2019/06/15(土) 20:11:59
仮にショーペンハウアーはミットライト主義、ニーチェは個人主義と単純化するとすると、ショーペンハウアー好きの人とニーチェ好きの人とは、相容れないことに、なってしまわないでしょうか?


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