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スネ夫のすゝめ

1名無しさん:2012/06/16(土) 17:49:20
「男とは何か?」
思春期に入りかけている少年はふと考えた。
およそジャイアンが強いとは、誰もが抱く少年の概念であろう。
この言葉ほど、ジャイアンとスネ夫の処世のやり方を表わした言葉は無い。

49名無しさん:2012/10/06(土) 20:10:22
ここで訂正しなければならない。
>>48の「バラガキと歳」と書いたが、正確には「バラガキの歳」だった。

50名無しさん:2012/10/20(土) 18:16:18
史浩と言う男は、大胆ながらも小さいところがある。
ド田舎の悪ガキ達が寄り集まって来て、お山の大将みたいである。
そういうド田舎で、史浩と言う悪ガキについて「スネ夫みたいな男だ」と感じていた者もいたであろう。

51名無しさん:2012/10/20(土) 18:16:58
なるほど。史浩は変に要領が良くて、生まれつき老熟しているようである。
少しは子供らしく正直なところがあってもいいのではないか
、と、史浩を憎体に思うものも多い。

52名無しさん:2012/10/20(土) 18:17:48
史浩にはズルさがある。
そのズルさが何であるかはカタギの人間にはどうも掴みにくい。
史浩だけは古典の教養のようなものが飛び離れていて、得をするためにはホメない手はない
と、考えている。

53名無しさん:2012/10/20(土) 18:18:22
生意気な、しかし時には大人にいい顔をし、さらには平素よく物事に気が利き、驚くほど信頼されて味方に引き入れる。
史浩はそんな男である。
この男はガキ大将ながら、ジャイアンと言うよりも、スネ夫に近かったであろう。

54名無しさん:2012/10/20(土) 18:19:15
史浩は理屈なしに流れを見ている。
ジャイアンのような肝が据わったところもあれば、スネ夫のように人を褒めれば得をすることも知っている。
時勢はどちらを軸にして動くのだろうか。

55名無しさん:2012/10/20(土) 19:05:00
史浩のオヤジ敏光(仮名)は、サラリーマンを投げ出した後、焼き鳥屋を始めた。
叔父貴は、現在筆者が住んでいる土地で生まれ、若い頃は史浩以上のワルだった。
中学の頃は、陸上長距離で全国まで後一歩まで行き、その後ラグビーをした。

56名無しさん:2012/10/20(土) 19:05:34
この間、スポーツにおいて功があったと言うように、体育会系よりヤンキーのような男であり、いっそワルであった方がふさわしかった。
のちに「とんぼ」と酷評されたり、人を懐柔するために惜しみもなく笑顔を作る。

57名無しさん:2012/10/20(土) 19:06:06
叔父貴は親しみをみせるために肩を叩いたりすることによって、いわば人間関係における調整の名人でもあった。
ある者が、毎晩夜遅くまで遊び歩く叔父貴に不安を覚え、無責任な男と言うと、筆者は大笑いをした。

58名無しさん:2012/10/20(土) 19:07:15
「男は外で何をやってるかわからない不安を待たせるくらいがいい」
と、筆者は答えたが、そういう世間の一種の不安な気分の中から叔父貴の魅力が生まれ、さらにはサラリーマンから焼き鳥屋に転身した時、世間はいよいよその感を深くした。

59名無しさん:2012/10/20(土) 19:08:01
叔父貴がワルなだけに、やりたいことをやりたいように生き、周囲はみな小粒に思えたであろう。
よく言えば少壮血気で、現に叔父貴の収入は焼き鳥屋の方がサラリーマンよりしのいだ。

60名無しさん:2013/05/12(日) 18:07:49
数年前、哲也さん(仮名)と電車の中で偶然会った。
「メシでもどうだ?」
哲也さんは言う。
この言葉はワルに多い言葉である。
ワルにとって、人脈は邪魔にならないため、社交辞令のように発する。

61名無しさん:2013/05/12(日) 18:08:33
カタギの場合、この言葉は社交辞令で終わり、メシなんか喰べに行かない。
よく、テレビドラマを見ると、ワル役が強請っている者の会社の近くに来て
「あ、いや、近くまで来たんでな。メシでもどうかと思って」
と、言う。

62名無しさん:2013/05/12(日) 18:09:07
哲也さん高校の先輩である。
同級生から一目置かれ、純金のネックレスをブラ下げていたのが時代を感じさせる。
独りでいるときは普通だが、集団でいるとワルさをはじめる。
中学の時は、頭を張っていたらしい。

63名無しさん:2013/05/12(日) 18:09:44
哲也さんは札付きのヤンキーなのだが、野球をやっていた。
名門校からスカウトが来たというのだから、腕は相当なモノだったろう。
が、野球のことはほとんど話さず、それよりもたっぷり遊べるゼニを欲していた。

64名無しさん:2013/05/12(日) 18:10:34
「あれは過去の話や」
哲也さんは言った。
喧嘩に強かろうと、野球が上手かろうと、哲也さんにとっては過去の話で、どうでもいい話らしい。
過去の栄光なんて一銭のゼニにもならない。
哲也さんとは、そういう男である。

65名無しさん:2013/05/12(日) 18:11:18
哲也さんにつきあって、ワルサをして酷い目にあった
ということがしばしばあった。
無理もない。
ノリで哲也さんに悪の道に誘われ、いざやってみると、とんでもないことだったことは多数にある。

66名無しさん:2013/05/12(日) 18:11:59
これを心理学にいうと「共犯」らしい。
気が付けば、巻き込まれていたのであり、今更やめられない。
当然、利もある。
べつに、筆者はこれを悪いこととは思わない。
それが、青春なのだ。

67名無しさん:2013/05/12(日) 18:12:48
ワルにはこういう傾向がある。
巻き込んだ者を連れてきて
「お前も一緒にいたよな」
という。
巻き込まれた者は、本意じゃないが、同意するしかない。

68名無しさん:2013/05/12(日) 18:13:34
ジャイアンにもこの傾向がある。
スネ夫と一緒に、かみなりさんの塀に落書きをしていて、それをのび太のせいにしたりする。
のび太はちょっと通りかかっただけで、むしろ、かみなりさんは怖い、と、忠告しただけなのである。

69名無しさん:2014/07/12(土) 19:17:35
安部譲二と松浪健四郎には、ワルとして大きな食い違いがある。
安部譲二はヤクザだが、さほどの男でもなかったのかもしれない。
その例として、生活習慣にあるが、安部譲二はなにも築いてこなかった節がある。
そもそも、大物とは事を築いている。
ゼニの匂いを嗅ぎ付け、悪知恵を働かして、カタギから横取りするのがヤクザである。
確かに世の中カネだが、行き当たりばったりにすぎない。
安部譲二は20代で7千万円の家、当時の金銭価値に換算して数億円の家を建てたが、浮き沈みも激しかった。
カネはミズモノで、なくなれば何も残らず、酒池肉林のような思いだけで泡と消える。

70名無しさん:2014/07/20(日) 19:09:13
松波健四郎はいろんなものを築いている。
レスリングでは全米チャンピオンになったし、アメリカ帰国後はスポーツ心理学の第一人者にもなった。
さらに、アフガンに裸一貫で乗り込み、アフガン研究者の第一人者にもなっている。
かと思えば、謀略の末、衆議院議員の椅子を獲った。
おそらくこの時、人生で一番充実した時期だったにちがいない。

71名無しさん:2014/07/20(日) 19:10:00
いっぽう安部譲二は、親分というものに縁がなかったらしい。
当時、東京で40代までヤクザを続けて親分になれなかったのは4人しかいなかった。
そのひとりが安部譲二である。
ヤクザが下手だった。
と、自身の単行本で語っている。
安部譲二は、ヤクザ時代、3000万円で豪邸を建てられた時代に、億単位の金を稼いでいる。
(余談だが、安部譲二はヤクザを辞めるまで税金を収めたことはない。後ほど述べる)
さらに、ヤクザだったという経歴を逆手に取り、小説家として成功した。
その後、テレビに進出し、全国に安部譲二の名を知らしめた。


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