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台車は虚空の死体を運ぶ
1
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 00:56:33
2016年ブン芸祭参加作品
15
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:11:05
どうもテロリストたちは本気らしい。宇宙開発反対派。20世紀以来の南北格差を母胎とする大規模な民族主義。
つまるところ、「搾取するだけ搾取しておいて勝手に宇宙に出て行こうとする悦楽金持ちどもを許すな」運動は人類の発展を愉快に足踏みさせている。
その間隙で死体をせっせと回収する業に勤める私としても、今回のテロはなかなか堪えた。
R国ステーションは内側から砕け、軌道エレベーター内部ではわざわざドローンの機銃によるアナログな殺戮も行われた。
エレベーターは宇宙へ向かう死体の塔となった。検問が敷かれたが、その腐臭は偏西風を伝って大陸全土に広まったという。喜んだのは教授くらいのものだ。
死体の数があまりにも多すぎて、むしろ金を払ってでも回収を促す騒ぎになった。
私もそれに乗じて台車を駆った。軌道エレベーターの横合いから通路を取り付け、そこをせっせと運びゆくのだ。
教授が準備してくれた小型宇宙船に50体死体を積んだ。なるべく、活きのいいやつを。
教授にメッセージを送ると、嬉しそうに返事がきた。
( <●><●>)【傷つけずにもってくるんですよ】
川 ゚ -゚)「はいはい」
16
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:11:57
運転AIにお願いして、宇宙船を出発させる。
機動したエンジンの揺れを感じながら、窓の外を見る。
無数のデブリが宙を舞う。計算はされているものの、その一つに触れでもしたらこの船どころか誰だって簡単に吹き飛んでしまうだろう。
私は溜息を吐いて死体が詰め込まれたコンテナの入り口のふたをしめようとした。
途端、腕が私の足首を掴んだ。
川;゚ -゚)「!!?!?!?!」
驚きすぎて、鳥がつぶされるような声が出た。
死体の中から延びた手を蹴り飛ばして、すぐにはなれた。観察していた。手はすぐ動き出して、床を押す。這う。滑る。
生きている。
17
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:12:36
理解するのに苦しみながら、運転席へと急いだ。
AIに指示をだして、速度を上げる。国際宇宙ステーションのポート目指して急ぐ。
速く動きすぎると死体は損壊するがかまっていられなかった。
うめき声が聞こえてくる。
生きている、生きている、生きている。
気持ち悪いくらい。
川; - )「助けて」
死体が言ったのか、それとも私が言ったのか。
星が光の線になって、しがみついていたイスが飛び上がって、壁にたたきつけられ、気を失った。
ポートにたどりついた私の数メートル横に、横たわる死体があったという。
18
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:13:32
4.
::( <○><○>)::「せっかくの大収穫をみすみす逃しましたね」
ことのあらましを伝えると教授はぷりぷりと怒った。
川;゚ -゚)「すいませんでした」
と、私はたぶん50回くらい言っている。
::( <○><○>)::「謝ってもどうにもならないってことくらいわかるでしょう」
これもきっと50回目。後に続く言葉もだいたい同じ。
死体が回収できなかったことを嘆き、私を恨み、ついでに資金を提供してくださった企業をおそれ、事故を起こしたテロリストどもを呪う。
そこまで繰り返して、疲れて息をつき、ソファにもたれる。
19
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:14:29
( <○><○>)「もういい、疲れました」
私はゆっくり後ずさり、教授の部屋の入り口をあけた。
振り返って見た教授はとてもしぼんでみえた。
業務内容は最低だ。教授そのものだって大抵の人からすれば嫌悪の対象だろう。そういう面をしている。
それなのに、こうして目線を反らされるのは心が痛んだ。
大学の構内をうつろな気持ちで歩いていたら、頬を伝って涙が落ちた。これほど流れることに疑問を抱きたくなる涙は初めてだった。
歩く足の赴くままに町中を歩いた。
都会のそれなりのオフィス街をすすみ、少ない緑や照り映える陽光にさらされながら、せわしなくかけるスーツ姿の人々。
その間をぽつぽつたむろする昼食探しの学生連中。
20
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:15:03
私の身分はどちらでもない。
学生でもなく、仕事人でもなく、仕事が見つからないまま教授の研究を手伝い、死体を漁り、追い出された。
せめて死臭でもただよっていれば様になって警官に取り押さえられでもしたというのに、宇宙の死体は匂いひとつ残してくれない。
おまけに私は過去十年は健康そのものだった。
本当に、うんざりしたくなるくらい私の日常は真っ当で、ただ心の中にだけ未だにあの死に体の男のうなりが響いている。
私を引きずり込もうとする声。宇宙で言うのもおかしな話だが。
宇宙で死んだ人がもしも悪い人だったら、地獄の門は開くのだろうか。
どうもそれは、イメージに合わない。地獄はやはり地面とともにあるべきだろう。
虚空をさまよう者はみな等しく空にいる。だからもう、そこにいるだけで天国で、うんざりするほど極楽なんだ。そこには涙も似合わない。
私はほとほと疲れていた。蜘蛛の巣ののたくるような高速の道路網が眼下で光り輝くのを見つめながら、空をみた。
星は見えない。何もない。薄く暗い空の下、携帯端末を操作して相手を呼びだした。
21
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:15:44
('A`)【どうしたよ】
思った以上にすぐに答えが返ってきた。ドクオである。
死にたくても死ねない男。
川 ゚ -゚)「忙しくないかい」
('A`)【忙しいけど、少しなら】
川 ゚ -゚)「今から会いに行ってもいいかい」
('A`)【今?】
川 ゚ -゚)「今」
(;'A`)【俺がどこにいるのか知っているのか】
川 ゚ -゚)「知らない。空?」
(;'A`)【地上】
22
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:16:29
川 ゚ -゚)b「じゃあ、たぶん大丈夫」
(;'A`)【いやいや、わからないだろ。どこの国かも知らないのに】
川 ゚ -゚)「今は夜?」
('A`)【……ああ】
川 ゚ -゚)「じゃあそんなに遠くないよ。教えて、いくから」
(;'A`)【ちょっと待って、もう少しでけりが付くから。また連絡する】
それからぴったり一時間後にドクオから折り返しの電話がかかってきた。幸いなことに彼は同じ国にいた。
23
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:17:15
私はそれから交通機関を乗り継いで、最終的にはバスで彼の住むアパートまでたどり着いた。
何の個性もない四角い白い箱だった。窓も小さく薄汚れていた。
ドクオはその箱の入口で立っていて、私と目が合うと吸っていたたばこを地面に捨て、足でつぶした。
私を手招きする。顔はいささか不可解そう。黒いスウェットの上下がまさに部屋着で、少しだぼついているところが彼らしかった。
一晩過ごした。
お互いに少し話して、無言で冷凍食品を食べ、呟くような会話を重ねて床についた。
彼が布団を敷き、私は小さいソファの上に丸くなった。
触れあったりはしなかった。
彼は疲れていたらしくすぐに眠ったし、私はそれ以上に疲れていたらしく彼より早く寝た。
翌朝私のソファにはびっしりと涙の痕があった。泣いていた記憶なんて全くない。身体が私にそっぽを向くのだ。
('A`)「まあ、あれだ。いつでも来ていいから」
彼は涙に濡れたしまったソファを憐みたっぷりに見下ろして言ってくれた。
24
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:17:57
私はたびたび彼の部屋にお邪魔するようになった。
最初のうちは、一週間に一度、教授の部屋からまっすぐこの部屋に向かった。その間隔は次第に短くなった。
教授が愚痴をこぼすたびに増した。事故現場で死にかけの人間を目の当たりにするたびに続けた。
やがて私は毎日彼の部屋に行くようになった。
彼は愚痴を言わない。死臭もいっさいない。
そこにあるのは安心だ。私は何も失いたくないし、何かを言われたくもない。
彼は文句を言わなかった。だから私は、足繁く通った。
それ以外になにも望まなかったし、彼もきっと望んでいないのだと思った。思うことにした。
安心できる場所を見つけた私には余裕ができてきたのだろう。
だから教授の鼻についたのだ。
ある日私が研究室でぼんやりしていると、教授は鼻を鳴らして私の前にたった。
25
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:18:54
( <●><●>)9m「君、もう研究したくないんだろう」
正確に言えば研究をしているのはいつだって教授の方だ。
私はいつだって教授のお手伝いにすぎない。
昔は学術的な意味や論理についても自分なりに研究していたが、もうそんなものを追い求める熱意もない。
きっと教授によって吸熱されてしまったのだ。惜しくも何ともないが。
川 ゚ -゚)「はい」
私はなるべく即答した。
素早い答えが私の意志の強さの現れになって教授を苦しめればいいと思った。
教授は思ったほど苦い顔をしなかったが、口を開いたときにつばが飛んできたので、それなりに興奮していることが読みとれた。
( <○><○>)凸「私の研究に君のような不純物はいらないんだよ」
26
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:19:34
純度もへったくれもないような研究のくせに何を言う、と私は思い、もっと口汚く長々と罵って教授を突き飛ばしてやった。
よろけて倒れてソファにめりこむ教授の丸いお尻を見ていたら笑いがこみ上げてどうしようもなくなって吹き出した。
ついでに教授のお尻を叩こうとしたら逃げられた。
ころころ転がるように逃げまどう教授がティーポットを片手に襲いかかってくるのを後目に
私は研究室から出て並んでいる五大ほどのエレベーターのスイッチを連打してから非常階段に飛び込み扉を静かに閉めた。
教授の足音は遠く、エレベータのあたりで止まった。非常階段に近づいてくる気配はない。
カモフラージュなどこんな程度でいい。やがてエレベーターの開く音を聞いてから、私は階段をゆっくりと降りていった。
川 ゚ -゚)「ああ、寂しいなあ、ちくしょうめ」
彼の部屋に戻るとイスに座るドクオがいた。腹筋をしていた。細いからだがぷるぷる子犬のように震えていた。
その姿を目の当たりにしたら、急に私はむしゃくしゃして彼に飛びかかった。
ひっくり返った姿勢の彼が私にひっぱられて床に転がった。手足をばたばたと動かしていたが離したくなかった。
彼の骨みたいな体のあちこちに傷跡があった。でも彼はぴんぴんしている。これほどうれしいことはない。私は声をあげて赤ん坊のように思いっきり泣いた。
27
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:20:26
5.
私は仕事を探すことに決めた。
彼も私の背中を後押ししてくれた。
一晩抱き合って過ごした後に朝一番に職安に向かった。始業開始の九時まで、施設の前で話し続けた。
彼は宇宙開発の話をし、私はそれを引き立てた。教授のきょの字も研究のけの字も口にしなかった。
職安に入ると、いよいよ彼は熱心に私を指導してくれた。まるで手練れだ。そうだったのかもしれない。
私は事実上無職だった。研究職も追い出されれば推薦書も書いてもらえない。
仕事は普通なら大学が斡旋してくれたところ、なにもない。おまけに教授がしていた研究はどうも公的な効力などなく、知識もない。
仕事を探すのは困難きわまる。こんな私を助けてくれる彼はとても頼りになる存在だった。
('A`)「今がちょうど仕事のない時期だからな、都合が良かったよ」
面接の合間によると彼がいつも笑顔でそう言ってくれた。まったくもって、私にあるまじき優しさだと思った。私はぎこちない笑みを返した。
28
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:23:18
川 ゚ -゚)「いっそドクオと同じ職場がいいな」
と言うと、ドクオは結構顔を赤くした。そんなに照れるとこっちまで恥ずかしい。
('A`)「楽じゃねえぞ」
いつも彼はそういってはぐらかした。実際そうだろう。
宇宙開発が身近になったとはいえ、勤めているのはまだまだ先進国の一部の人間。
素養があり、語学に堪能で、なおかつプレッシャーに強い人物。
('A`)「俺は妙に生命力があって、そのせいで注目されてる。だからちょっと恵まれているんだよ。あとは勉強するだけでよかったし」
ドクオは冗談のつもりでそう言ったらしいが、私を見て口をつぐんだ。
私はどんな顔をしていたんだろう。最近自分の表情がとんとわからなくなった。
少なくとも、彼が申し訳なさそうに頭を撫でているのをみて、なんだか申し訳ないな、と思ってはいる。
29
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:24:08
ドクオに嫌な思いはさせたくなかった。
それは安住の地を追われる恐怖とは違う。もっと単純に、彼に都合の悪いことはしたくないし、できれば彼には笑っていてほしかった。
彼が笑っていると私も安心して日々を過ごすことができた。
あるいは私は彼を好きなのかもしれない。
それはそれで、おもしろいが、でもきっと違うと思う。
私は彼に安心していた。虚空に浮かぶ星のように、私は彼に引き寄せられていた。
きっと、ただそれだけだったのだ。
30
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:24:49
やがて仕事は見つかった。
履歴書を送って、面接を受けて、最終試験もクリアした。私は晴れて新入社員となる予定だった。
必要書類を取りに行くのには地方を治める庁へいかなければならなかった。
私は彼を伴った。彼もまた彼の方で、「僕が一緒に行った方がいいだろう」と行ってくれた。私は二つ返事だった。
私はもう、当たり前のように彼の家に住んでいた。同棲だ。
伝える知り合いもいないので自覚こそ薄かったが、恋愛感情をすっとばして夫婦になったかのような間柄に見えなくもなかった。
私は彼と一緒に暮らしている日々がいとおしく思い始めていた。
なるべく彼と一緒に行たかった。彼の方から一緒にいたいと言ってくれたことをうれしく思った。
だから、国籍が異なるが故に本来なら入庁できない彼を門兵を誤魔化してまで連れていくことに決めた。
31
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:25:35
彼の仕事は繁忙期に入ったらしく、休みを取るのに苦労していた。
私一人で手続きもできたが、私は彼の空くのを待った。やがてある週のはじめに、ようやく彼は仕事を休んでくれた。
平日の午前中。町を歩くのはおだやかそうな人だけ。
険しい人たちはみんなオフィスビルか、運送用のトラックか、宇宙開発の関係機関に所属されている。
そういうせわしない人のいないまちはのどかで平和で退屈で、優しかった。
庁の中はいくぶん忙しなくて、カウンターの向こう側にいる公務員たちは愛想満点の笑みを浮かべながら応接してくれた。
番号札を取ってお待ちください。何時間とは言われなかった。
すぐに呼ばれると思っていたが、イスに座ってぼうっと待っていたら30分くらい経ってしまった。
ドクオがそわそわしているのがわかった。トイレでも我慢しているのだろうか。それなら行ってもかまわない、そう言うつもりだった。
32
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:26:40
そして、彼はこう言った。
('A`)「なあ、トイレでも行った方がよくないか」
私は、静かにうなずいた。
席を離れて、振り返るとドクオが私を見ていた。垂れ下がった眉が悲しげに見えた。
悲しいのだろうか。
わからない。
トイレに入って、姿見で自分の顔を確認した。
私の眉はつり上がっている。目線はまっすぐ。無表情。
33
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:27:35
私はもうすぐ働く。
そしてその前に、彼と一緒にここへきた。
私はシンクに手を突いて、静かに息を吐いた。鏡には私が映っている。
川 ゚ -゚)「とっくに気づいていたんだろう?」
私の顔には、一切の笑みも浮かんでいなかった。
私が今までの彼との生活で、ぎこちないながらも笑みだと思っていたものも、本当はこんな能面の微かな歪みに過ぎなかったのかもしれない。
ガラスの割れる音がした。
爆発音。叫び声。走る足音。誰かと誰かの断末魔。
34
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:28:33
私はトイレにこもっていた。姿見の傍が怖くなって、個室へと逃げ込んだ。
簡易な鍵を手でおさえ、便座のふたを下げたままその上に座り込み、頭を抱えた。
いつから気づいていただろう。
予感自体は、同棲を始めるずっと前からあった。
初めて彼とあって、事故現場から無傷の彼を引き取ったときから。
ドクオの仕事が何なのか。
なぜ彼がどんな事故からも生きて帰ってこれるのか。
彼がいったいどんな人たちと仲間なのか。
銃声が聞こえる。物騒な声が聞こえてくる。「占拠」「包囲」「拘束」「人質」
35
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:29:10
私は、離れた。彼に言われたとおり。
彼は私を逃がしてくれた。あんな、つたない嘘をつきながら。
私は頭を抱えて待った。
すべてが終わる時を。
もしも目が覚めたとき、世界が終わっていたら、これほどうれしいことはない。
数分が過ぎ、数時間がすぎ、とてつもない爆発音とかけ声が聞こえ、叫び声と銃声が乱打され、硝煙のにおいをかいだとき、私はようやく目を開いた。
そこはトイレの個室だった。
代わり映えがない。遠くから人の呼び声がする。
ドアが開いて、防護服を着た男を目にした。懐中電灯にさらされて、目がとても痛い。とてつもなく痛い。
私はいつしか泣いていた。
気づかないうちに泣いている私を、残念なことに、悔しいことに、私の心はすでに納得し始めている。
36
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:29:49
6.
( <●><●>)「いやあ、嬉しいよクーちゃん」
教授室に遅めの出勤を果たした教授は腰をくねくね捻らせて私に笑顔を振りまいた。
( <●><●>)「こうして戻ってきてくれるなんて、やっぱり僕を見捨てたりはしなかったんだね。これからも毎日死体を弄ろうね」
川 ゚ -゚)「お断りします」
教授はまるでその脳天に落雷が落ちたような顔をした。
( <●><●>)「ワンモアセイ」
川 ゚ -゚)「お断りします」
37
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:30:25
( <●><●>)=( <●><●>)「ノン、ノン」
川 ゚ -゚)「ええと、リフューズ? ターンダウン? ターンダウニット!」
( <●><●>)
( <●><●>)
( <○><○>)=( <○><○>)「嫌じゃあああああああああああ」
38
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:31:35
飛びかかってくる教授の腕を潜り抜け身を翻し脇腹をひと衝き。
普通の人ならきっと倒れるが、アザラシめいた教授の腹は中途半端にダメージを削ぐ。
( <○><○>)「いってえ、いてえ。痛いです。ならなぜここに来たですか」
川 ゚ -゚)「お荷物を預かりにでございます、とう!」
ぽよぽよの腕をソファで払い、ついでにソファを投げつけて、イカ型宇宙人の血液みたいな染みの広がるカーペットを引き抜いた。予想通り教授が転ける。そのすきに私も逃げていく。
川 ゚ -゚)「もうこんな部屋からも、実験からもおさらばです。あ、これはちょうだい」
食器棚に立てかけてあった血まみれの台車を手に取り広げる。
四つのタイヤが歴戦の勇者のごとくフローリングの床に立つ。血まみれの台座に私は片足を乗り、もう片方の脚で蹴る。
::(#<○><○>)::「ちくしょおあああああああああああああああああああああ!!」
39
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:32:28
教授は最後のあがきを見せた。
転がりくるアザラシに、食器棚から拝借した皿やらコップやらスプーンやらフォーク、ナイフ、その他多くのきらきらしたものを投げつける。
粉砕して欠片となってアザラシに突き刺さる。ほとばしる教授の血は、驚くことに赤かった。
川 ゚ -゚)「わお、あんた人類だったんですね」
(#<○><○>)「イエス イエス オフコース!」
喋る度に吐血している。アザラシ型のマーライオンだ。シンガポール警察に捕まってしまえ。
(#<○><○>)9m「当たり前だぞう、クーにゃん! 哺乳類サル目ヒト科の選ばれし者だけが死をいじくれるんだ! 宇宙にゴミをばらまく権利は我々のみにあるんだよ!」
なるほど、それは納得だ。満足感を得ながら部屋を去り、台車を駆って階段を下りる。
途中からはさすがにエレベーターに乗った。
40
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:33:01
血まみれの台車に、忙しい他の教授どもは目もくれない。暇な大学生はそもそもいない。
熱心な警備員が憐れみを込めた視線で見送ってくれた。もしかしたら研究に足しげく通う私とは顔なじみだったのかもしれない。
申し訳ない。大学で過ごした血みどろの毎日の記憶をせっせと消していた私の脳は、もう君も、何も思い出したくない。
以上をもって、私は社会に出ることとなった。
青い空には月がある。人間に土足で踏みいられて地球みたいに搾り取られつつある哀れな衛星だ。
その向こうに広がっているあるはずの星々も、まもなく人類の毒牙に捉えられる。終わることはない。
そして人類が届かなかった星々も、やがてはどこかのイカ型宇宙人にちゅうちゅう吸われる運命にある。
いつまでたっても同じことの繰り返し。知的生命体とはそういう奴らだ。知性がなければ馬鹿はできない。
川 ゚ -゚)「悲しいなあ」
目に見えない一陣の風は、目に見えないが故に美しいまま頬を撫でてくれた。
何万回撫でられてもちっとも飽きない。私は風が好きだ。どんなに粘っこい血も、やがては風によって乾くのだ。
41
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:34:00
7.
おかげさまで私には夢ができた。
決して破れない唯一の夢。
――前職は。
川 ゚ -゚)「大学で研究の手伝いをしていました」
――どのような研究ですか。
川 ゚ -゚)「宇宙にて命を落とした遺体を再利用する研究です」
――その研究をとおして何を学びましたか。
川 ゚ -゚)「命の尊さを学びました」
42
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:34:45
――命の尊さ、とのことですが、何か具体的なエピソードはありますか。
川 ゚ -゚)「はい、私がR国での事故現場に赴いたときに、死体の中にまだ生きている人がいたんです。
なんとか助けようとしたのですが、どうしても間に合わず、しかしその生命力の強さに感服いたしました」
面接はおおむね30分ほどであらかた片が付いた。
面接官の顔には眠気が浮かんでいた。朝から続いていた採用試験もこれにて最後。外ではすでに日が暮れている。星が、頑張ればうっすらと見えた。
――最後になります。教えてください。あなたはこの仕事をとおして何を達成したいと思っていますか。
ここまで来るのは長い道だった。
庁での事故から丸一年。あれた町も再生し、テロリストはますます活発に宇宙開発に唾をはいている。
宇宙開発とはすなわちテロリストに目を付けられるということ。よほどの力がない限り、あるいは防衛能力がない限り、彼らを抑えることはできない。
43
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:36:25
川 ゚ -゚)「私はずっと、宇宙が好きでした。幼少の頃から空を眺めるのが好きで、その場所で働きたいとずっと思っていました」
宇宙が好きだったのは、人が嫌いだったからだ。
人から離れたくて、地上にはどこもかしこも人が要るとわかって、海とか空とかもだめで、あと残された無人は宇宙しかない、と思っていた。
川 ゚ -゚)「だから人が宇宙空間に飛び立つのは有意義なことだと思います。そして、その夢がむざむざつぶされてしまうのはしのびありません」
目算ははずれた。人はどこにでもいる。火星もいるし、金星もいる。小惑星帯にも手を伸ばしている。
どこへいっても逃れられない。どこにでも人類はいて、どこでも馬鹿をやっている。
こんな世界の中で生きていくためには、しっかりと自分の目標を立てることが重要だ。自分を見失わないために。
44
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:37:32
私の目標。私のたどり着きたいもの。それはただ一つ。
川 ゚ -゚)「だから私は人を守りたいんです。テロリストや、そのほかあまたある宇宙航空関係の事故から、彼らの命を守れたら、これ以上うれしいことはありません」
警察になる、と決めてからの行動は早かった。
筆記試験、口頭試験をパスし、地球にある警察本部での面接までこぎつけた。
――お疲れさまでした。面接の結果は追って連絡いたします。
川 ゚ -゚)「よろしくお願いします」
頭を下げて、私が部屋から去っていく。
面接官がささやいている。好悪というよりは、単純な感想だろう。ささやかな言葉の陳列。
川 ゚ -゚)「失礼いたします」
たとえこの面接がだめでも、次の仕事の候補はある。民間の警備会社や、反テロ活動のNPOなど。
いずれにしろ、この国の脅威と戦う仕事であればなんでもいい。
45
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:38:23
私が会いたいのはただ一人。
虚空を漂う、あの死なない男。
空には星が輝くころ、私は久しぶりに彼の住んでいたアパートへと向かった。
無骨な白い壁は、今やすっかり剥がれ落ちている。テロリストの一味だったドクオが逮捕されてから、入居者がどんどん少なくなっている。
いっそのこと入居してやろうかと大家に声をかけたが、断られた。
大家としても、もうこのアパートは諦めてしまっているらしい。あと二、三人人が出ていけば、潔く経営を捨てる方針だという。
ドクオがここにいた記録はもうすぐなくなる。
46
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:39:08
覚えているのは私だけ。その点、警察からも何度も事情聴取をされた。どんな暮らしをしていたか、そもそもどうして会いに行ったか。
泣きにいっていた、と答えたら、人の好さそうな警察官は同情の目を送ってくれた。堅物の警察官は首をかしげて次の質問に移った。
アパートに入ることはできた。
大家に礼を言って、廊下を進む。
ドクオの部屋にはもう扉もない。昔はKEEP OUTのロープがあったが、今はその残滓しか残されていない。
殺風景な中身は焼けただれている。ドクオが庁を襲撃した日に爆破されたという。
私がそこにいた痕跡もろとも、すべては焦げ跡になってしまった。
溜息が自然と洩れた。
ここにいたって、何ができるわけでもない。
振り向こうとした後頭部が、何かに当たった。
47
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:40:12
( A )「動くな」
彼の声がした。
振り向けば頭が砕け散るのだろう。
川 ゚ -゚)「懐かしいね」
( A )「悪いが、感傷に浸る時間はあまりない」
川 ゚ -゚)「振り向いちゃダメか?」
( A )「やめておけ」
川 ゚ -゚)「もう顔知ってるのに?」
( A )「俺はわかっていても、俺を見張っているやつらはわかっていない」
48
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:41:42
川 ゚ -゚)、「ああ、ひどいなあ」
溜息が途中で途切れる。
どうしたって呼吸は浅くなった。
( A )「どういうつもりだ」
川;゚ -゚)「ええ、そっちが訊くか」
( A )「俺は俺の邪魔をするやつを殺すつもりでいる」
川 ゚ -゚)「私は邪魔?」
( A )「返答次第」
金属質のそれがいっそう強めに押し当てられた。
( A )「どうして俺は指名手配されていないんだ。
どうしてお前は、俺がテロリストだとわかっていながら、俺のことを警察に告げないんだ」
49
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:42:43
テロリストが庁を襲撃した事件。
ドクオのアパートが爆破された事件。
警察たちはいまのところこの二つの出来事をまったく別のものとして処理している。
あくまでも今のうちは、何の共通点も見逃せずにいた。それだけうまくドクオは身分を隠していたわけだ。
川 ゚ -゚)「君を捕まえるのは私だからだ」
思っていることをそのまま伝えた。
警察に入った理由もそれ。大学を飛び出した私は、その夢だけを追いかけている。
私の頭に、ドクオの笑いが微かに届いた。
( A )「そんなこと、頼んでないぜ」
川 ゚ -゚)「私がそうしたいと思っただけだよ」
50
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:43:58
( A )「今捕まえるか?」
川 ゚ -゚)「君のお仲間さんが許さないだろう」
( A )「それじゃ、これからかなり骨を折ることになるぞ。いいのか、俺なんか追いかけて」
川 ゚ -゚)「構わない」
( A )「もったいないな」
川 ゚ -゚)「ありがとうさん」
いつかこんなやりとりをした。
脳裏にかすめる記憶を今はそっとしまい込む。
51
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:44:42
ドクオの吐息が聞こえた。
後頭部に当たっていた感触が一瞬遠のく。
銃口の角が、小さくこつんと頭を押した。
振り向こうとしたその瞬間に声が掛かる。
('A`)「だったら、なるべく早く楽にしてくれよな」
川 ゚ -゚)「・・・・・・え?」
閃光が視界いっぱいにはじけた。
52
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:45:42
ドクオの放った閃光弾だとわかったのは、光が落ち着いてからだった。
うすぼんやりとする景色の中に、すでにドクオの姿はいなかった。
川;- --)「今のは……」
本音だったのだろうか。
もしかして、彼は今でも被験者なのか。
この仕事はやめられない。
この夢を諦めることはできそうもない。
53
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:46:35
川;- -゚)「……待ってろ」
いつか必ず、お前を台車に載せてやる。
ようやく光も煙も消える。
もともと見えていた、夕闇の住宅街。気配なんてどこにもなくて、後ろの焼け跡だけ妙に生々しい。
通り抜けた風が、頬を伝った。
虚空を渡る冷たい風に、いつしか涙も乾いていた。
――了
54
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 07:40:12
乙
55
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 12:00:41
絵のモチーフが出るたび主人公の心情や環境が変わっていく所とか、絵の使い方が上手くて尊敬する
どのキャラクターも愛せるやつらで良かった
乙
56
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/14(月) 09:22:33
乙。クーとドクオの関係がいいな
面白かった
57
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/15(火) 02:15:27
乙。うまく言えないけどめちゃくちゃ雰囲気とか好きだ。
58
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/15(火) 08:57:42
地の文めちゃくちゃ上手い
面白かった、乙
59
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/21(月) 17:11:44
愛のある話だな 乙
60
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/12/04(日) 14:54:52
>>47
http://i.imgur.com/JmPC45u.jpg
遅くなりましたが素晴らしい作品をありがとうございました。
惹き込まれたし希望のある終わり方でよかった、乙
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