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台車は虚空の死体を運ぶ
1
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 00:56:33
2016年ブン芸祭参加作品
2
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 00:57:18
1.
おかしいとは思った。何の匂いもしなかったから。
死体は見た目がどんなに綺麗でもだいたいどこかから腐乱臭がする。
そういう匂いがあるってことは、命がすでに無いことの証明みたいなものだ。
しかるに、彼は生きている。試しにつま先で頬をつついたら、目元に深い皺が寄った。
(;'A`)「何だあ、こらあ」
目を瞬いて彼が呻く。ぼんやり見開かれた目が私に焦点をあてるまでには随分時間がかかった。
その間、私は彼を運ぶ台車を進め続けていた。
川 ゚ -゚)「早く起きあがらないとホルマリン漬けだぞ」
(;'A`)「OK わかったわかった、わかったから、止まってくれ。酔う」
3
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 00:58:07
台車から転がり降りて、彼は廊下に這いつくばった。
生まれたばかりの子馬のように、手足を突っ張って震えていた。
('A`)=3「やれやれ、ひどい目にあった。おい、どうして足を止めなかったんだ」
やっとのことで身体を起こし、彼が目を細めて訴えてくる。
私は毎度のごとく肩を竦めた。
川 ゚ -゚)「運ぶのが私の勤めだからな。事故死体に紛れていた一般人を見つけ次第保護するなんてのは契約外だ。
むしろ声を掛けてあげただけでも慈悲と思ってもらいたいね。麗しきブッディズムだろう」
('A`)「仏教徒?」
川 ゚ -゚)「ノーノー、ノーしゅーきょー。ファッション宗教も嫌。あ、でも磔っていう発想は好き。語らせて」
('A`)「ノーセンキュー。とりあえず、ありがとさん」
4
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 00:59:02
すっかり興醒めした様子で、彼は顔を上に向けた。つられて私も上を向く。
天蓋に埋め込まれた強化ガラスの向こう側に、真っ黒に広がる虚空と、灰白色のいびつな球体がゆるやかに回転している様が伺えた。
火星と木星の間に浮かぶアステロイド帯の小さな一点。資源開発もとうとうこんな小惑星に縋りつくまでになった。
人類が小惑星帯を制覇するのが先か、木星への開発キャンプ設立が先か。関連ニュースをつぶさに逐う熱心な宇宙ファンの最近の関心事は専らそのどちらかだ。
さほどでもない私、学生時代の延長で続けている教授の手伝いの場所がたまたま宇宙だった私のような小市民にとって、
宇宙開発はするたびに数十の遺体が生み出される災害、あるいは教授みたいな変態を喜ばせる好機としか感じられない。
数十の魂があっというまに藻屑になって、次の数十の熱い魂が虚空の星々へやってくる。きっと地球にじっとしていることが、たまらなく嫌に違いない奴らだ。
そういうところは好感が持てる。そして羨ましい。地球をすっ飛ばせる彼らの姿は、まだまだ憐れだが、憧れてしまう。
('A`)「何にやにやしているんだよ、気味が悪い」
彼に毒づかれて視線を落とした。彼はとうに窓から目を外していて、私の台車を見下ろしていた。
('A`)「血の痕、いっつもついてるんだな」
取っ手の下部、台と繋がっているあたりに、点々と赤いシミがついている。
川 ゚ -゚)「私が引き継いだときからこの汚れがついていたよ。いくら拭いても取れやしないんだ。幾百人分の血、体液。まあ、呪いみたいなものかな」
5
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 00:59:58
('A`)「けっ」
彼はそっぽを向いてしまった。気に障ったのかもしれない。その血を残していったのは、他ならぬ彼の先輩方なのだから。
何だか言葉を選びにくくて、面倒になって、彼の言葉を待っていた。ところが彼も何も言わなくて、沈黙が重々しく流れた。
船内の重力は地球よりいくらか軽いのに、沈黙の重さは変わらなかった。
川 ゚ -゚)「君は、どうして宇宙に来るんだ」
ふと思いついたその問いは、彼の肩をわずかに揺らした。振り向いた彼は、相変わらず目つきが悪いし口もひねくれていたが、どことなくにやけているようにも見えた。
('A`)「その言葉、そっくりお前に返したいよ」
彼は、私と同じ国の宇宙開発機構に所属する研究員の一端。研究者のだだっぴろい机上でくみ上げた理論を証明する幾多の働きアリの一人だ。
('A`)「お前はどうしてこんなところで死体を運んでいるんだ。いつまでも」
川 ゚ -゚)「そんな長くないよ。二年、三年くらい?」
('A`)「まだ若えだろ、もったいねえな」
川 ゚ -゚)「君も同じくらいの歳だろ」
6
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:00:38
私が彼を運ぶのは、かれこれ五回目。そのすべてが宇宙開発にまつわる事故の後、教授の指示で死体を回収しにきたときだ。
川 ゚ -゚)「私は何をしたら良かったんだろね」
('A`)「知らねえよ」
川 ゚ -゚)「聞いてないよ。独り言だよ」
('A`)「じゃあ俺のも独り言」
川 ゚ -゚)「ふーん、ありがと」
('A`)「こちらこそ」
彼は一部ではこう呼ばれている。並の事故では死にはしない、埒外に運のいい男。名前をドクオ。
まあ、つまりは元気な働きアリであり、机の向こうの研究者が涎を垂らすほど都合のいい被験者なんだけど。
7
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:04:49
台車は虚空の死体を運ぶ
画像【No.51】
※NGワードに引っかかり直リンクできませんでした。
8
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:05:33
2.
お世話になっている教授がいる。
大学時代にご指導いただいたありがたいお方で、あの人に付き添っているうちに研究に没頭して、仕事を探すのをおろそかにした。
ろくに友達もいなかったし努力も払わないでいたら、親に怒られた。なんだか理不尽に思ってキレて教授のもとに逃げ込んだら、怪しい研究の下働きをさせられた。
それが今もしている仕事。教授の研究のお手伝い。方々の宇宙開発事故死体を寄せ集めてホルマリンにぶち込む素敵な仕事だ。
(*<●><●>)「うふふ、今回も生きのいいのがそろったですね」
ホルマリンで満たされたガラス筒から死体腕を引っ張り上げて舐りながら教授が満足げにため息をついた。
とろんとした瞳が方々の死体に写っていく。今日入荷した死体以外にも、この部屋には数多の青白い身体が筒の中でぷかぷか浮かんでいる。
川 ゚ -゚)「ちゃんと死んでますよ」
(*<●><●>)「知ってるよう。わかってます。でも活きているみたいじゃないか。ほれほれこの顔つき手足筋肉繊維。こういうことだよ、わかれよ」
象牙の塔って言葉がある。中で何をしているんだかわからない学者の生態とかを指す。
うちの教授も立派に象牙の塔の中にいる。死体を舐る趣味がある人を、一般社会だったら野放しにはしないだろう。
そんな教授と一緒にいるのが私は実はそこまで嫌いじゃない。浮世離れしまくっていていっそすがすがしい。
教授は生きている私の肉体にはまるで興味がない。使える運搬用ロボット程度に思っている。その距離感が心地いい。冬の風のように素っ気ない。
9
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:06:06
( <●><●>)「ご苦労さん、クーにゃん。お駄賃だよ」
川 ゚ -゚)「ありがとうございます」
紙幣の入った封筒を授かりポケットに入れる。そのうちに教授はもうそっぽを向いていて、テレビのスイッチをつけていた。
夕方のニュースの時間だ。コメンテーターの女子アナを穴が空くほど見つめながら「いい身体だな、飾りたい」と恍惚していた。
今日のニュースがピックアップされ、画面が虚空に切り替わる。浮かんでいるのはD国の宇宙ステーション。
教授はあからさまに興醒めしてキッチンへ向かった。代わりに私がソファに座った。虫の知らせというやつだ。
その映像は隣国のRステーションから観測されていた。D国ステーションの一部が弾け、破片が飛び散っている様子だ。
( <●><●>)「またテロですか。飽きないですねえ、人類は」
コーヒーを持ってきた教授が私の隣に座った。私の前にも並々注がれたコーヒーがひとつ。優しい。結構珍しいことだ。
川 ゚ -゚)「回収行きましょうか。マスドライバー、夜も出ますよ」
( <●><●>)「いや、もう手遅れだろう。あれじゃ死体はばらけるよ」
舌打ちをして、教授がぼやく。
10
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:06:48
( <●><●>)「まったく爆破テロなんて、汚いね。綺麗な身体もあったかもしれないのに木っ端みじんにしやがって。
宇宙まで行って民族闘争なんてしようと考える輩は気が知れないよ。みんな違ってみんないいんだ。どんな顔つきだろうとどんな色だろうと、身体は身体なんだから」
発想のもとはどぎついが、終着点はどこぞの偉い人が垂れる平和的スピーチと大差ない。私も同感だった。宇宙まで来て争う奴らはおぞましいほど馬鹿である。
小さい頃から、宇宙には憧れていた。空をどこまでも行きたい。地上に蔓延る人類っていう連中には、どうにも自分は馴染めそうになかった。
誰もいない宇宙の果て。目指すところがあるとすればそんなところ。
この前、ドクオにされた質問に、今更答えが思い浮かび、自嘲してしまう。
そんな願いは叶いっこない。あの宇宙という素敵な虚空にもすでに、生き物が、人間がうじゃうじゃ蔓延りだしている。
教授の口からは舌打ち混じりの愚痴が次々と飛び出てきた。ティーンエイジャーが割と頭を捻って言うような文句だった。
やがて何度も同じことを繰り返すようになったから、私は意識して耳をふさいでテレビの画面に集中した。
虚空に散った塵たちは太陽光で白く点々と煌めき、死体に湧くウジ虫のように拡散していった。もう虚空だなんてとても呼べない。汚い黒いただの空。
そして映像は終わった。コメンテーターの女子アナが笑っている姿が一瞬映り、バツの悪そうに咳をした。やっちゃった、って感じ。
11
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:07:32
( <●><●>)「今日は化粧が薄めでいいですね」
教授は身を乗り出してコメンテーターを評価する。私は飲み終えたコーヒーをキッチンに戻した。
あのステーションはドクオも載っていただろうか。
話は何も聞いていないけれど、どうにもそんな予感がした。
埒外に運がいいということは、埒外に運が悪いことの裏返しなのだから。
12
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:08:16
3.
私の予感は当たっていた。
('A`)「よくここに入院しているってわかったな」
国連が管理する宇宙統括ステーションの医療センター。馬鹿でかいその建物の一角、住人詰めの三次元空間に彼はごく普通に居た。
川 ゚ -゚)「仕事でしょっちゅう来るんだよ、ここ。うちの教授がこっそり死体回収の契約もしているんだ」
('A`)「入院患者が同意したら、死体を研究に使うってことか」
川 ゚ -゚)「そのとおり」
('A`)「ハイエナだな」
川 ゚ -゚)「生きてるまま飛びつくよりマシだろうて」
13
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:08:59
気を許したらしいドクオは、私にいろいろな話をした。国連の宇宙開発チームに抜擢され、D国宇宙ステーションで作業中に、今回の事故に巻き込まれたらしい。
爆発が起きて、乗員の九割が死んだ。脱出ポットに乗っていた彼らのチームだけが助かった。
(*'A`)「仲間たちからは賞賛の嵐だよ。ドクオについていれば生還できる! って、わりと本気で言ってたんだぜ。笑っちゃうよな」
川 ゚ -゚)「くくく」
信じられないことに、私の口の端っこがひくついた。
笑うってことがもう何年もなかったので、ひどく不器用だったけれど、それは確かに笑いだった。
ドクオがひくひく笑っているのに、つられて私も笑っていたらしい。
ドクオと話すのは楽しかった。
この感情の所以はうまく説明できない。
彼の言動、行動、ものの見方、考え方。そのすべてが私と合致していたわけではない。
だいたい私という存在が、人と馴染むなんて考えられない。およそ不似合いだ。
14
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:09:56
もしかしたら、彼が死なないからかもしれない。
死体を見過ぎて麻痺した私の心は、絶対に生きてかえってくる彼を見て、何かしらの感慨を抱いているのだろうか。
台車に乗せて彼を運ぶ。そこまでは思いつく。でも、ホルマリン漬けにされている彼はなかなか思い浮かべない。
よしんば思い浮かんだとしても、ねめつける教授の目の前で、不適に笑って、ガラスケースから這い出てきそうだ。
教授はそのときなんというだろう。「生き生きしてますね」かな。言いそうだな。でも、やっぱりがっかりするだろう。
国際統括ステーションは遠いので、結局お見舞いはそれっきりになってしまった。とくに滞ることなくドクオは一週間後には退院した。
R国のステーションが爆破されたのは、ドクオと会ってから一か月後のことだった。
D国ステーション爆破の報道に協力した報復だ、との声明文がテレビ局各社に押し寄せられ、拡散され、D国政府は同情混じりの見せ物になった。
15
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:11:05
どうもテロリストたちは本気らしい。宇宙開発反対派。20世紀以来の南北格差を母胎とする大規模な民族主義。
つまるところ、「搾取するだけ搾取しておいて勝手に宇宙に出て行こうとする悦楽金持ちどもを許すな」運動は人類の発展を愉快に足踏みさせている。
その間隙で死体をせっせと回収する業に勤める私としても、今回のテロはなかなか堪えた。
R国ステーションは内側から砕け、軌道エレベーター内部ではわざわざドローンの機銃によるアナログな殺戮も行われた。
エレベーターは宇宙へ向かう死体の塔となった。検問が敷かれたが、その腐臭は偏西風を伝って大陸全土に広まったという。喜んだのは教授くらいのものだ。
死体の数があまりにも多すぎて、むしろ金を払ってでも回収を促す騒ぎになった。
私もそれに乗じて台車を駆った。軌道エレベーターの横合いから通路を取り付け、そこをせっせと運びゆくのだ。
教授が準備してくれた小型宇宙船に50体死体を積んだ。なるべく、活きのいいやつを。
教授にメッセージを送ると、嬉しそうに返事がきた。
( <●><●>)【傷つけずにもってくるんですよ】
川 ゚ -゚)「はいはい」
16
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:11:57
運転AIにお願いして、宇宙船を出発させる。
機動したエンジンの揺れを感じながら、窓の外を見る。
無数のデブリが宙を舞う。計算はされているものの、その一つに触れでもしたらこの船どころか誰だって簡単に吹き飛んでしまうだろう。
私は溜息を吐いて死体が詰め込まれたコンテナの入り口のふたをしめようとした。
途端、腕が私の足首を掴んだ。
川;゚ -゚)「!!?!?!?!」
驚きすぎて、鳥がつぶされるような声が出た。
死体の中から延びた手を蹴り飛ばして、すぐにはなれた。観察していた。手はすぐ動き出して、床を押す。這う。滑る。
生きている。
17
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:12:36
理解するのに苦しみながら、運転席へと急いだ。
AIに指示をだして、速度を上げる。国際宇宙ステーションのポート目指して急ぐ。
速く動きすぎると死体は損壊するがかまっていられなかった。
うめき声が聞こえてくる。
生きている、生きている、生きている。
気持ち悪いくらい。
川; - )「助けて」
死体が言ったのか、それとも私が言ったのか。
星が光の線になって、しがみついていたイスが飛び上がって、壁にたたきつけられ、気を失った。
ポートにたどりついた私の数メートル横に、横たわる死体があったという。
18
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:13:32
4.
::( <○><○>)::「せっかくの大収穫をみすみす逃しましたね」
ことのあらましを伝えると教授はぷりぷりと怒った。
川;゚ -゚)「すいませんでした」
と、私はたぶん50回くらい言っている。
::( <○><○>)::「謝ってもどうにもならないってことくらいわかるでしょう」
これもきっと50回目。後に続く言葉もだいたい同じ。
死体が回収できなかったことを嘆き、私を恨み、ついでに資金を提供してくださった企業をおそれ、事故を起こしたテロリストどもを呪う。
そこまで繰り返して、疲れて息をつき、ソファにもたれる。
19
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:14:29
( <○><○>)「もういい、疲れました」
私はゆっくり後ずさり、教授の部屋の入り口をあけた。
振り返って見た教授はとてもしぼんでみえた。
業務内容は最低だ。教授そのものだって大抵の人からすれば嫌悪の対象だろう。そういう面をしている。
それなのに、こうして目線を反らされるのは心が痛んだ。
大学の構内をうつろな気持ちで歩いていたら、頬を伝って涙が落ちた。これほど流れることに疑問を抱きたくなる涙は初めてだった。
歩く足の赴くままに町中を歩いた。
都会のそれなりのオフィス街をすすみ、少ない緑や照り映える陽光にさらされながら、せわしなくかけるスーツ姿の人々。
その間をぽつぽつたむろする昼食探しの学生連中。
20
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:15:03
私の身分はどちらでもない。
学生でもなく、仕事人でもなく、仕事が見つからないまま教授の研究を手伝い、死体を漁り、追い出された。
せめて死臭でもただよっていれば様になって警官に取り押さえられでもしたというのに、宇宙の死体は匂いひとつ残してくれない。
おまけに私は過去十年は健康そのものだった。
本当に、うんざりしたくなるくらい私の日常は真っ当で、ただ心の中にだけ未だにあの死に体の男のうなりが響いている。
私を引きずり込もうとする声。宇宙で言うのもおかしな話だが。
宇宙で死んだ人がもしも悪い人だったら、地獄の門は開くのだろうか。
どうもそれは、イメージに合わない。地獄はやはり地面とともにあるべきだろう。
虚空をさまよう者はみな等しく空にいる。だからもう、そこにいるだけで天国で、うんざりするほど極楽なんだ。そこには涙も似合わない。
私はほとほと疲れていた。蜘蛛の巣ののたくるような高速の道路網が眼下で光り輝くのを見つめながら、空をみた。
星は見えない。何もない。薄く暗い空の下、携帯端末を操作して相手を呼びだした。
21
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:15:44
('A`)【どうしたよ】
思った以上にすぐに答えが返ってきた。ドクオである。
死にたくても死ねない男。
川 ゚ -゚)「忙しくないかい」
('A`)【忙しいけど、少しなら】
川 ゚ -゚)「今から会いに行ってもいいかい」
('A`)【今?】
川 ゚ -゚)「今」
(;'A`)【俺がどこにいるのか知っているのか】
川 ゚ -゚)「知らない。空?」
(;'A`)【地上】
22
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:16:29
川 ゚ -゚)b「じゃあ、たぶん大丈夫」
(;'A`)【いやいや、わからないだろ。どこの国かも知らないのに】
川 ゚ -゚)「今は夜?」
('A`)【……ああ】
川 ゚ -゚)「じゃあそんなに遠くないよ。教えて、いくから」
(;'A`)【ちょっと待って、もう少しでけりが付くから。また連絡する】
それからぴったり一時間後にドクオから折り返しの電話がかかってきた。幸いなことに彼は同じ国にいた。
23
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:17:15
私はそれから交通機関を乗り継いで、最終的にはバスで彼の住むアパートまでたどり着いた。
何の個性もない四角い白い箱だった。窓も小さく薄汚れていた。
ドクオはその箱の入口で立っていて、私と目が合うと吸っていたたばこを地面に捨て、足でつぶした。
私を手招きする。顔はいささか不可解そう。黒いスウェットの上下がまさに部屋着で、少しだぼついているところが彼らしかった。
一晩過ごした。
お互いに少し話して、無言で冷凍食品を食べ、呟くような会話を重ねて床についた。
彼が布団を敷き、私は小さいソファの上に丸くなった。
触れあったりはしなかった。
彼は疲れていたらしくすぐに眠ったし、私はそれ以上に疲れていたらしく彼より早く寝た。
翌朝私のソファにはびっしりと涙の痕があった。泣いていた記憶なんて全くない。身体が私にそっぽを向くのだ。
('A`)「まあ、あれだ。いつでも来ていいから」
彼は涙に濡れたしまったソファを憐みたっぷりに見下ろして言ってくれた。
24
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:17:57
私はたびたび彼の部屋にお邪魔するようになった。
最初のうちは、一週間に一度、教授の部屋からまっすぐこの部屋に向かった。その間隔は次第に短くなった。
教授が愚痴をこぼすたびに増した。事故現場で死にかけの人間を目の当たりにするたびに続けた。
やがて私は毎日彼の部屋に行くようになった。
彼は愚痴を言わない。死臭もいっさいない。
そこにあるのは安心だ。私は何も失いたくないし、何かを言われたくもない。
彼は文句を言わなかった。だから私は、足繁く通った。
それ以外になにも望まなかったし、彼もきっと望んでいないのだと思った。思うことにした。
安心できる場所を見つけた私には余裕ができてきたのだろう。
だから教授の鼻についたのだ。
ある日私が研究室でぼんやりしていると、教授は鼻を鳴らして私の前にたった。
25
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:18:54
( <●><●>)9m「君、もう研究したくないんだろう」
正確に言えば研究をしているのはいつだって教授の方だ。
私はいつだって教授のお手伝いにすぎない。
昔は学術的な意味や論理についても自分なりに研究していたが、もうそんなものを追い求める熱意もない。
きっと教授によって吸熱されてしまったのだ。惜しくも何ともないが。
川 ゚ -゚)「はい」
私はなるべく即答した。
素早い答えが私の意志の強さの現れになって教授を苦しめればいいと思った。
教授は思ったほど苦い顔をしなかったが、口を開いたときにつばが飛んできたので、それなりに興奮していることが読みとれた。
( <○><○>)凸「私の研究に君のような不純物はいらないんだよ」
26
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:19:34
純度もへったくれもないような研究のくせに何を言う、と私は思い、もっと口汚く長々と罵って教授を突き飛ばしてやった。
よろけて倒れてソファにめりこむ教授の丸いお尻を見ていたら笑いがこみ上げてどうしようもなくなって吹き出した。
ついでに教授のお尻を叩こうとしたら逃げられた。
ころころ転がるように逃げまどう教授がティーポットを片手に襲いかかってくるのを後目に
私は研究室から出て並んでいる五大ほどのエレベーターのスイッチを連打してから非常階段に飛び込み扉を静かに閉めた。
教授の足音は遠く、エレベータのあたりで止まった。非常階段に近づいてくる気配はない。
カモフラージュなどこんな程度でいい。やがてエレベーターの開く音を聞いてから、私は階段をゆっくりと降りていった。
川 ゚ -゚)「ああ、寂しいなあ、ちくしょうめ」
彼の部屋に戻るとイスに座るドクオがいた。腹筋をしていた。細いからだがぷるぷる子犬のように震えていた。
その姿を目の当たりにしたら、急に私はむしゃくしゃして彼に飛びかかった。
ひっくり返った姿勢の彼が私にひっぱられて床に転がった。手足をばたばたと動かしていたが離したくなかった。
彼の骨みたいな体のあちこちに傷跡があった。でも彼はぴんぴんしている。これほどうれしいことはない。私は声をあげて赤ん坊のように思いっきり泣いた。
27
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:20:26
5.
私は仕事を探すことに決めた。
彼も私の背中を後押ししてくれた。
一晩抱き合って過ごした後に朝一番に職安に向かった。始業開始の九時まで、施設の前で話し続けた。
彼は宇宙開発の話をし、私はそれを引き立てた。教授のきょの字も研究のけの字も口にしなかった。
職安に入ると、いよいよ彼は熱心に私を指導してくれた。まるで手練れだ。そうだったのかもしれない。
私は事実上無職だった。研究職も追い出されれば推薦書も書いてもらえない。
仕事は普通なら大学が斡旋してくれたところ、なにもない。おまけに教授がしていた研究はどうも公的な効力などなく、知識もない。
仕事を探すのは困難きわまる。こんな私を助けてくれる彼はとても頼りになる存在だった。
('A`)「今がちょうど仕事のない時期だからな、都合が良かったよ」
面接の合間によると彼がいつも笑顔でそう言ってくれた。まったくもって、私にあるまじき優しさだと思った。私はぎこちない笑みを返した。
28
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:23:18
川 ゚ -゚)「いっそドクオと同じ職場がいいな」
と言うと、ドクオは結構顔を赤くした。そんなに照れるとこっちまで恥ずかしい。
('A`)「楽じゃねえぞ」
いつも彼はそういってはぐらかした。実際そうだろう。
宇宙開発が身近になったとはいえ、勤めているのはまだまだ先進国の一部の人間。
素養があり、語学に堪能で、なおかつプレッシャーに強い人物。
('A`)「俺は妙に生命力があって、そのせいで注目されてる。だからちょっと恵まれているんだよ。あとは勉強するだけでよかったし」
ドクオは冗談のつもりでそう言ったらしいが、私を見て口をつぐんだ。
私はどんな顔をしていたんだろう。最近自分の表情がとんとわからなくなった。
少なくとも、彼が申し訳なさそうに頭を撫でているのをみて、なんだか申し訳ないな、と思ってはいる。
29
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:24:08
ドクオに嫌な思いはさせたくなかった。
それは安住の地を追われる恐怖とは違う。もっと単純に、彼に都合の悪いことはしたくないし、できれば彼には笑っていてほしかった。
彼が笑っていると私も安心して日々を過ごすことができた。
あるいは私は彼を好きなのかもしれない。
それはそれで、おもしろいが、でもきっと違うと思う。
私は彼に安心していた。虚空に浮かぶ星のように、私は彼に引き寄せられていた。
きっと、ただそれだけだったのだ。
30
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:24:49
やがて仕事は見つかった。
履歴書を送って、面接を受けて、最終試験もクリアした。私は晴れて新入社員となる予定だった。
必要書類を取りに行くのには地方を治める庁へいかなければならなかった。
私は彼を伴った。彼もまた彼の方で、「僕が一緒に行った方がいいだろう」と行ってくれた。私は二つ返事だった。
私はもう、当たり前のように彼の家に住んでいた。同棲だ。
伝える知り合いもいないので自覚こそ薄かったが、恋愛感情をすっとばして夫婦になったかのような間柄に見えなくもなかった。
私は彼と一緒に暮らしている日々がいとおしく思い始めていた。
なるべく彼と一緒に行たかった。彼の方から一緒にいたいと言ってくれたことをうれしく思った。
だから、国籍が異なるが故に本来なら入庁できない彼を門兵を誤魔化してまで連れていくことに決めた。
31
:
以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:25:35
彼の仕事は繁忙期に入ったらしく、休みを取るのに苦労していた。
私一人で手続きもできたが、私は彼の空くのを待った。やがてある週のはじめに、ようやく彼は仕事を休んでくれた。
平日の午前中。町を歩くのはおだやかそうな人だけ。
険しい人たちはみんなオフィスビルか、運送用のトラックか、宇宙開発の関係機関に所属されている。
そういうせわしない人のいないまちはのどかで平和で退屈で、優しかった。
庁の中はいくぶん忙しなくて、カウンターの向こう側にいる公務員たちは愛想満点の笑みを浮かべながら応接してくれた。
番号札を取ってお待ちください。何時間とは言われなかった。
すぐに呼ばれると思っていたが、イスに座ってぼうっと待っていたら30分くらい経ってしまった。
ドクオがそわそわしているのがわかった。トイレでも我慢しているのだろうか。それなら行ってもかまわない、そう言うつもりだった。
32
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以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:26:40
そして、彼はこう言った。
('A`)「なあ、トイレでも行った方がよくないか」
私は、静かにうなずいた。
席を離れて、振り返るとドクオが私を見ていた。垂れ下がった眉が悲しげに見えた。
悲しいのだろうか。
わからない。
トイレに入って、姿見で自分の顔を確認した。
私の眉はつり上がっている。目線はまっすぐ。無表情。
33
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以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:27:35
私はもうすぐ働く。
そしてその前に、彼と一緒にここへきた。
私はシンクに手を突いて、静かに息を吐いた。鏡には私が映っている。
川 ゚ -゚)「とっくに気づいていたんだろう?」
私の顔には、一切の笑みも浮かんでいなかった。
私が今までの彼との生活で、ぎこちないながらも笑みだと思っていたものも、本当はこんな能面の微かな歪みに過ぎなかったのかもしれない。
ガラスの割れる音がした。
爆発音。叫び声。走る足音。誰かと誰かの断末魔。
34
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以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:28:33
私はトイレにこもっていた。姿見の傍が怖くなって、個室へと逃げ込んだ。
簡易な鍵を手でおさえ、便座のふたを下げたままその上に座り込み、頭を抱えた。
いつから気づいていただろう。
予感自体は、同棲を始めるずっと前からあった。
初めて彼とあって、事故現場から無傷の彼を引き取ったときから。
ドクオの仕事が何なのか。
なぜ彼がどんな事故からも生きて帰ってこれるのか。
彼がいったいどんな人たちと仲間なのか。
銃声が聞こえる。物騒な声が聞こえてくる。「占拠」「包囲」「拘束」「人質」
35
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以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:29:10
私は、離れた。彼に言われたとおり。
彼は私を逃がしてくれた。あんな、つたない嘘をつきながら。
私は頭を抱えて待った。
すべてが終わる時を。
もしも目が覚めたとき、世界が終わっていたら、これほどうれしいことはない。
数分が過ぎ、数時間がすぎ、とてつもない爆発音とかけ声が聞こえ、叫び声と銃声が乱打され、硝煙のにおいをかいだとき、私はようやく目を開いた。
そこはトイレの個室だった。
代わり映えがない。遠くから人の呼び声がする。
ドアが開いて、防護服を着た男を目にした。懐中電灯にさらされて、目がとても痛い。とてつもなく痛い。
私はいつしか泣いていた。
気づかないうちに泣いている私を、残念なことに、悔しいことに、私の心はすでに納得し始めている。
36
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以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:29:49
6.
( <●><●>)「いやあ、嬉しいよクーちゃん」
教授室に遅めの出勤を果たした教授は腰をくねくね捻らせて私に笑顔を振りまいた。
( <●><●>)「こうして戻ってきてくれるなんて、やっぱり僕を見捨てたりはしなかったんだね。これからも毎日死体を弄ろうね」
川 ゚ -゚)「お断りします」
教授はまるでその脳天に落雷が落ちたような顔をした。
( <●><●>)「ワンモアセイ」
川 ゚ -゚)「お断りします」
37
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以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:30:25
( <●><●>)=( <●><●>)「ノン、ノン」
川 ゚ -゚)「ええと、リフューズ? ターンダウン? ターンダウニット!」
( <●><●>)
( <●><●>)
( <○><○>)=( <○><○>)「嫌じゃあああああああああああ」
38
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以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:31:35
飛びかかってくる教授の腕を潜り抜け身を翻し脇腹をひと衝き。
普通の人ならきっと倒れるが、アザラシめいた教授の腹は中途半端にダメージを削ぐ。
( <○><○>)「いってえ、いてえ。痛いです。ならなぜここに来たですか」
川 ゚ -゚)「お荷物を預かりにでございます、とう!」
ぽよぽよの腕をソファで払い、ついでにソファを投げつけて、イカ型宇宙人の血液みたいな染みの広がるカーペットを引き抜いた。予想通り教授が転ける。そのすきに私も逃げていく。
川 ゚ -゚)「もうこんな部屋からも、実験からもおさらばです。あ、これはちょうだい」
食器棚に立てかけてあった血まみれの台車を手に取り広げる。
四つのタイヤが歴戦の勇者のごとくフローリングの床に立つ。血まみれの台座に私は片足を乗り、もう片方の脚で蹴る。
::(#<○><○>)::「ちくしょおあああああああああああああああああああああ!!」
39
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以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:32:28
教授は最後のあがきを見せた。
転がりくるアザラシに、食器棚から拝借した皿やらコップやらスプーンやらフォーク、ナイフ、その他多くのきらきらしたものを投げつける。
粉砕して欠片となってアザラシに突き刺さる。ほとばしる教授の血は、驚くことに赤かった。
川 ゚ -゚)「わお、あんた人類だったんですね」
(#<○><○>)「イエス イエス オフコース!」
喋る度に吐血している。アザラシ型のマーライオンだ。シンガポール警察に捕まってしまえ。
(#<○><○>)9m「当たり前だぞう、クーにゃん! 哺乳類サル目ヒト科の選ばれし者だけが死をいじくれるんだ! 宇宙にゴミをばらまく権利は我々のみにあるんだよ!」
なるほど、それは納得だ。満足感を得ながら部屋を去り、台車を駆って階段を下りる。
途中からはさすがにエレベーターに乗った。
40
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以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします
:2016/11/13(日) 01:33:01
血まみれの台車に、忙しい他の教授どもは目もくれない。暇な大学生はそもそもいない。
熱心な警備員が憐れみを込めた視線で見送ってくれた。もしかしたら研究に足しげく通う私とは顔なじみだったのかもしれない。
申し訳ない。大学で過ごした血みどろの毎日の記憶をせっせと消していた私の脳は、もう君も、何も思い出したくない。
以上をもって、私は社会に出ることとなった。
青い空には月がある。人間に土足で踏みいられて地球みたいに搾り取られつつある哀れな衛星だ。
その向こうに広がっているあるはずの星々も、まもなく人類の毒牙に捉えられる。終わることはない。
そして人類が届かなかった星々も、やがてはどこかのイカ型宇宙人にちゅうちゅう吸われる運命にある。
いつまでたっても同じことの繰り返し。知的生命体とはそういう奴らだ。知性がなければ馬鹿はできない。
川 ゚ -゚)「悲しいなあ」
目に見えない一陣の風は、目に見えないが故に美しいまま頬を撫でてくれた。
何万回撫でられてもちっとも飽きない。私は風が好きだ。どんなに粘っこい血も、やがては風によって乾くのだ。
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