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台車は虚空の死体を運ぶ

1以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします:2016/11/13(日) 00:56:33
2016年ブン芸祭参加作品

2以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします:2016/11/13(日) 00:57:18
1.



 おかしいとは思った。何の匂いもしなかったから。

 死体は見た目がどんなに綺麗でもだいたいどこかから腐乱臭がする。
そういう匂いがあるってことは、命がすでに無いことの証明みたいなものだ。

 しかるに、彼は生きている。試しにつま先で頬をつついたら、目元に深い皺が寄った。

(;'A`)「何だあ、こらあ」

 目を瞬いて彼が呻く。ぼんやり見開かれた目が私に焦点をあてるまでには随分時間がかかった。

 その間、私は彼を運ぶ台車を進め続けていた。

川 ゚ -゚)「早く起きあがらないとホルマリン漬けだぞ」

(;'A`)「OK わかったわかった、わかったから、止まってくれ。酔う」

3以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします:2016/11/13(日) 00:58:07

 台車から転がり降りて、彼は廊下に這いつくばった。
生まれたばかりの子馬のように、手足を突っ張って震えていた。

('A`)=3「やれやれ、ひどい目にあった。おい、どうして足を止めなかったんだ」

 やっとのことで身体を起こし、彼が目を細めて訴えてくる。
 私は毎度のごとく肩を竦めた。

川 ゚ -゚)「運ぶのが私の勤めだからな。事故死体に紛れていた一般人を見つけ次第保護するなんてのは契約外だ。
     むしろ声を掛けてあげただけでも慈悲と思ってもらいたいね。麗しきブッディズムだろう」

('A`)「仏教徒?」

川 ゚ -゚)「ノーノー、ノーしゅーきょー。ファッション宗教も嫌。あ、でも磔っていう発想は好き。語らせて」

('A`)「ノーセンキュー。とりあえず、ありがとさん」

4以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします:2016/11/13(日) 00:59:02

 すっかり興醒めした様子で、彼は顔を上に向けた。つられて私も上を向く。
天蓋に埋め込まれた強化ガラスの向こう側に、真っ黒に広がる虚空と、灰白色のいびつな球体がゆるやかに回転している様が伺えた。

 火星と木星の間に浮かぶアステロイド帯の小さな一点。資源開発もとうとうこんな小惑星に縋りつくまでになった。
人類が小惑星帯を制覇するのが先か、木星への開発キャンプ設立が先か。関連ニュースをつぶさに逐う熱心な宇宙ファンの最近の関心事は専らそのどちらかだ。

さほどでもない私、学生時代の延長で続けている教授の手伝いの場所がたまたま宇宙だった私のような小市民にとって、
宇宙開発はするたびに数十の遺体が生み出される災害、あるいは教授みたいな変態を喜ばせる好機としか感じられない。

 数十の魂があっというまに藻屑になって、次の数十の熱い魂が虚空の星々へやってくる。きっと地球にじっとしていることが、たまらなく嫌に違いない奴らだ。
そういうところは好感が持てる。そして羨ましい。地球をすっ飛ばせる彼らの姿は、まだまだ憐れだが、憧れてしまう。

('A`)「何にやにやしているんだよ、気味が悪い」

 彼に毒づかれて視線を落とした。彼はとうに窓から目を外していて、私の台車を見下ろしていた。

('A`)「血の痕、いっつもついてるんだな」

 取っ手の下部、台と繋がっているあたりに、点々と赤いシミがついている。

川 ゚ -゚)「私が引き継いだときからこの汚れがついていたよ。いくら拭いても取れやしないんだ。幾百人分の血、体液。まあ、呪いみたいなものかな」

5以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします:2016/11/13(日) 00:59:58

('A`)「けっ」

 彼はそっぽを向いてしまった。気に障ったのかもしれない。その血を残していったのは、他ならぬ彼の先輩方なのだから。

 何だか言葉を選びにくくて、面倒になって、彼の言葉を待っていた。ところが彼も何も言わなくて、沈黙が重々しく流れた。
船内の重力は地球よりいくらか軽いのに、沈黙の重さは変わらなかった。

川 ゚ -゚)「君は、どうして宇宙に来るんだ」

 ふと思いついたその問いは、彼の肩をわずかに揺らした。振り向いた彼は、相変わらず目つきが悪いし口もひねくれていたが、どことなくにやけているようにも見えた。

('A`)「その言葉、そっくりお前に返したいよ」

 彼は、私と同じ国の宇宙開発機構に所属する研究員の一端。研究者のだだっぴろい机上でくみ上げた理論を証明する幾多の働きアリの一人だ。

('A`)「お前はどうしてこんなところで死体を運んでいるんだ。いつまでも」

川 ゚ -゚)「そんな長くないよ。二年、三年くらい?」

('A`)「まだ若えだろ、もったいねえな」

川 ゚ -゚)「君も同じくらいの歳だろ」

6以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします:2016/11/13(日) 01:00:38

 私が彼を運ぶのは、かれこれ五回目。そのすべてが宇宙開発にまつわる事故の後、教授の指示で死体を回収しにきたときだ。

川 ゚ -゚)「私は何をしたら良かったんだろね」

('A`)「知らねえよ」

川 ゚ -゚)「聞いてないよ。独り言だよ」

('A`)「じゃあ俺のも独り言」

川 ゚ -゚)「ふーん、ありがと」

('A`)「こちらこそ」

 彼は一部ではこう呼ばれている。並の事故では死にはしない、埒外に運のいい男。名前をドクオ。
 まあ、つまりは元気な働きアリであり、机の向こうの研究者が涎を垂らすほど都合のいい被験者なんだけど。

7以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします:2016/11/13(日) 01:04:49

台車は虚空の死体を運ぶ


画像【No.51】
※NGワードに引っかかり直リンクできませんでした。

8以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします:2016/11/13(日) 01:05:33
2.


 お世話になっている教授がいる。
 大学時代にご指導いただいたありがたいお方で、あの人に付き添っているうちに研究に没頭して、仕事を探すのをおろそかにした。
ろくに友達もいなかったし努力も払わないでいたら、親に怒られた。なんだか理不尽に思ってキレて教授のもとに逃げ込んだら、怪しい研究の下働きをさせられた。
それが今もしている仕事。教授の研究のお手伝い。方々の宇宙開発事故死体を寄せ集めてホルマリンにぶち込む素敵な仕事だ。

(*<●><●>)「うふふ、今回も生きのいいのがそろったですね」

 ホルマリンで満たされたガラス筒から死体腕を引っ張り上げて舐りながら教授が満足げにため息をついた。
とろんとした瞳が方々の死体に写っていく。今日入荷した死体以外にも、この部屋には数多の青白い身体が筒の中でぷかぷか浮かんでいる。

川 ゚ -゚)「ちゃんと死んでますよ」

(*<●><●>)「知ってるよう。わかってます。でも活きているみたいじゃないか。ほれほれこの顔つき手足筋肉繊維。こういうことだよ、わかれよ」

 象牙の塔って言葉がある。中で何をしているんだかわからない学者の生態とかを指す。
うちの教授も立派に象牙の塔の中にいる。死体を舐る趣味がある人を、一般社会だったら野放しにはしないだろう。

 そんな教授と一緒にいるのが私は実はそこまで嫌いじゃない。浮世離れしまくっていていっそすがすがしい。
教授は生きている私の肉体にはまるで興味がない。使える運搬用ロボット程度に思っている。その距離感が心地いい。冬の風のように素っ気ない。

9以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします:2016/11/13(日) 01:06:06

( <●><●>)「ご苦労さん、クーにゃん。お駄賃だよ」

川 ゚ -゚)「ありがとうございます」

 紙幣の入った封筒を授かりポケットに入れる。そのうちに教授はもうそっぽを向いていて、テレビのスイッチをつけていた。
夕方のニュースの時間だ。コメンテーターの女子アナを穴が空くほど見つめながら「いい身体だな、飾りたい」と恍惚していた。

 今日のニュースがピックアップされ、画面が虚空に切り替わる。浮かんでいるのはD国の宇宙ステーション。
教授はあからさまに興醒めしてキッチンへ向かった。代わりに私がソファに座った。虫の知らせというやつだ。

 その映像は隣国のRステーションから観測されていた。D国ステーションの一部が弾け、破片が飛び散っている様子だ。

( <●><●>)「またテロですか。飽きないですねえ、人類は」

 コーヒーを持ってきた教授が私の隣に座った。私の前にも並々注がれたコーヒーがひとつ。優しい。結構珍しいことだ。

川 ゚ -゚)「回収行きましょうか。マスドライバー、夜も出ますよ」

( <●><●>)「いや、もう手遅れだろう。あれじゃ死体はばらけるよ」

 舌打ちをして、教授がぼやく。

10以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします:2016/11/13(日) 01:06:48

( <●><●>)「まったく爆破テロなんて、汚いね。綺麗な身体もあったかもしれないのに木っ端みじんにしやがって。
宇宙まで行って民族闘争なんてしようと考える輩は気が知れないよ。みんな違ってみんないいんだ。どんな顔つきだろうとどんな色だろうと、身体は身体なんだから」

 発想のもとはどぎついが、終着点はどこぞの偉い人が垂れる平和的スピーチと大差ない。私も同感だった。宇宙まで来て争う奴らはおぞましいほど馬鹿である。

 小さい頃から、宇宙には憧れていた。空をどこまでも行きたい。地上に蔓延る人類っていう連中には、どうにも自分は馴染めそうになかった。

 誰もいない宇宙の果て。目指すところがあるとすればそんなところ。

 この前、ドクオにされた質問に、今更答えが思い浮かび、自嘲してしまう。
そんな願いは叶いっこない。あの宇宙という素敵な虚空にもすでに、生き物が、人間がうじゃうじゃ蔓延りだしている。

 教授の口からは舌打ち混じりの愚痴が次々と飛び出てきた。ティーンエイジャーが割と頭を捻って言うような文句だった。
やがて何度も同じことを繰り返すようになったから、私は意識して耳をふさいでテレビの画面に集中した。

 虚空に散った塵たちは太陽光で白く点々と煌めき、死体に湧くウジ虫のように拡散していった。もう虚空だなんてとても呼べない。汚い黒いただの空。

 そして映像は終わった。コメンテーターの女子アナが笑っている姿が一瞬映り、バツの悪そうに咳をした。やっちゃった、って感じ。

11以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします:2016/11/13(日) 01:07:32

( <●><●>)「今日は化粧が薄めでいいですね」

 教授は身を乗り出してコメンテーターを評価する。私は飲み終えたコーヒーをキッチンに戻した。

 あのステーションはドクオも載っていただろうか。

 話は何も聞いていないけれど、どうにもそんな予感がした。
 埒外に運がいいということは、埒外に運が悪いことの裏返しなのだから。

12以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします:2016/11/13(日) 01:08:16

3.


 私の予感は当たっていた。

('A`)「よくここに入院しているってわかったな」

 国連が管理する宇宙統括ステーションの医療センター。馬鹿でかいその建物の一角、住人詰めの三次元空間に彼はごく普通に居た。

川 ゚ -゚)「仕事でしょっちゅう来るんだよ、ここ。うちの教授がこっそり死体回収の契約もしているんだ」

('A`)「入院患者が同意したら、死体を研究に使うってことか」

川 ゚ -゚)「そのとおり」

('A`)「ハイエナだな」

川 ゚ -゚)「生きてるまま飛びつくよりマシだろうて」

13以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします:2016/11/13(日) 01:08:59

 気を許したらしいドクオは、私にいろいろな話をした。国連の宇宙開発チームに抜擢され、D国宇宙ステーションで作業中に、今回の事故に巻き込まれたらしい。
爆発が起きて、乗員の九割が死んだ。脱出ポットに乗っていた彼らのチームだけが助かった。

(*'A`)「仲間たちからは賞賛の嵐だよ。ドクオについていれば生還できる! って、わりと本気で言ってたんだぜ。笑っちゃうよな」

川 ゚ -゚)「くくく」

 信じられないことに、私の口の端っこがひくついた。
笑うってことがもう何年もなかったので、ひどく不器用だったけれど、それは確かに笑いだった。
ドクオがひくひく笑っているのに、つられて私も笑っていたらしい。

 ドクオと話すのは楽しかった。

 この感情の所以はうまく説明できない。
彼の言動、行動、ものの見方、考え方。そのすべてが私と合致していたわけではない。
だいたい私という存在が、人と馴染むなんて考えられない。およそ不似合いだ。


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