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能力者が闘うスレin避難所 Act.7

1【    】 ――その名も名もなき者――:2021/08/03(火) 23:30:57 ID:W.KeILIM
厨二病患者隔離スレへようこそ!
ルールを読んだ後は君の妄想を爆発させてみよう。

【基本ルール】荒らしは全力で華麗にスルー!
※荒らしに反応した人も荒らしです。

チート無双、無理やりな防御&回避、確定攻撃は禁止!
※1酷い場合は注意しましょう!ただし煽るようなキツい言い方は好ましくないです。
※2たまには攻撃に当たりましょう!いつもと違うスリリングな戦闘をしてみよう!

武器は初期装備していません!欲しい方は能力者に作って貰いましょう!
※1武器を所持している時は名前欄に書きましょう。
※2能力授与時に貰っている場合は例外です。

基本スペックはみんないっしょ!
※能力授与時に体が強いなど言われない場合はみんな常人

老若男女巨乳貧乳に人外キャラまで自由にどうぞ!
※好きなキャラを演じてスレの世界を楽しもう☆
ただし鬼だから怪力、天使だから空を飛ぶ等は勿論なし!

書き込む前に更新すると幸せになれるぞ!!

@wikiURL https://w.atwiki.jp/vipdetyuuni/
避難所 授与スレ Act.2 https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/sports/41685/1535568296/

197【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2021/09/14(火) 19:59:06 ID:vWiMAX9A
>>196

電線室までの距離は遠い。となれば当然、向かう先はドイル・シュトロイゼルが過ごす一室へ定められた。
武器庫への移動手段と同じく闇夜を形としたようなロングブーツで浮遊、高速移動……ほどなくして再び、長男の部屋の前へと辿り着くが。

「────!」

ここにきて異変が発生する。
鼻腔を擽る血の香り……そして硝煙の臭い。
後者はまだ分かる。教師役として一定以上の信頼を勝ち取ったならば得物の持ちこみもできなくはないだろうし、なんなら訓練に必要だとしてシュトロイゼル家に用意させることだってできるだろう。
発砲音が聞こえなかったこともサイレンサーや、なんなら消音の異能と考えれば納得できない事はないが……。

しかし血は、いったいどういうことだ?
血と硝煙。この二つから導き出される想像とは、誰かが誰かを撃ったということ以外にない。
撃った誰かはおそらくドイル、そしてもしかするとアドルフも。そして、撃たれた誰かは……。
……誰だ。心当たりがない。現在のシュトロイゼル家に自分以外の侵入者がいたとでも言うのか?
まさか護衛の使用人ではないだろう。もしそうだとするなら狂気だ、いくらなんでもまともに生活させられるとは思えない。

更にはこの殺気、加えて“実戦訓練”──気付かれたか?
そうとは限らないが楽観は禁物。となれば様子見か、いや……むしろその逆。

“扉と壁の僅かな隙間に仕込んでおいた”圧縮粒子に干渉。
のみならず影のように纏いつく黒い粒子の一部を切り離してそこへ追加。
自身から離れたぶんを補うように再現出。今まで数度繰り返した補充は一回一回は大したことがない消耗だが回数が重なっているゆえに無視できない。
が、この程度ならば歯を食いしばったくらいで我慢できる──補充完了と同時、圧縮粒子を操作。

狙いは内部、ドイルとアドルフ──両者の顔面を中心に圧縮した粒子を再展開、墨をぶちまけたような煙幕としてその視界を奪いつつ混乱させる。
扉は未だ開かれていないため姿は見えていないものの、先ほど挨拶した際に内部の位置関係は記憶している。ふたりが未だテーブルにつき昼食を取っているなら外すことはない。

……もし忍び込んだ暗殺者の存在に気付いていないならば不意打ちに。
気付かれていたとしても先手を取ることになる。ここで即座に仕掛けることに決してデメリットはないはずだ。

扉からすぐ横の壁に張り付きつつ、少しでも驚愕および混乱の気配があれば即座に踏み込み、まずはアドルフの首を。
そのままドイルの首根っこを鎌の切先に引っ掛け、巧みな鎌捌きで護衛の一人に投げつけ動きを封じ、すぐさま急接近して諸共に。
最後の護衛にも同じくドイルの死体を投げ飛ばして。粒子の奇襲による混乱さえ成功したなら、これら殺人工程を一瞬で実行し四つの生首を製造するが──さて。

198【倫理転生】6つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2021/09/15(水) 21:06:05 ID:ciLaGY7w
>>195

 凍りつく世界の中で、ニュクスは悪魔の問いかけを聞いた。
 ニュクスという存在は、魂こそ人間であるものの、既にその性質は幻獣と化している。
 だが、それでもやはり、その心は多少壊れているものの人間の──それも、幼い少女のものなのだ。
 一方で、ゼオルマは少々特殊な成り立ちであるが、その肉体は人間と聞いている。
 しかし、その性格は悪魔そのものと言っても良いだろう。
 ニュクスにとって、その言葉は悪魔の囁きに等しかった。

『私は……!』

 無償の愛はないという言葉に、ニュクスは一瞬だけ反論しようとした。
 彼女は無償の愛を信じているし、それを振り撒いていると思っている。
 実際に振り撒いているのは死でしかないのだが、それでも壊れてしまった彼女にとってそれは愛なのだ。
 だが、ゼオルマの言葉はそれを否定した。聖人の魂を持つ悪魔は、救いの代償に契約を持ちかける。
 黒い帯の下で、緋色の瞳は悩みに揺れ動いていた。
 それは警戒や疑念ではない。ニュクスはゼオルマのことを信じているし、愛している。
 だが、だからこそ彼女の言葉を軽んじない。
 他者から力を借りることの重大さを、懸命に理解しようとしていた。
 そして──。

『……私の、全部をあげるから。だから、助けて……』

 ──彼女は、己の全てを対価として差し出すことにした。
 それに価値があるのか分からない。ゼオルマが何を求めているのかも分からない。
 ニュクスには、価値を見極める目もなく、物事の比較が出来るほどの多岐な価値観を持ってもいなかった。
 すべては愛すべきもの。すべてが大切で、すべてを手放し難く、すべての価値を知らない。
 だから、ニュクスは己のすべてを差し出すしかなかった。
 自分が差し出せるものをすべて差し出すことでしか、乞い願う手段を見つけられなかったのだ。

『私には差し出せる命がない。差し出せる過去もない。
 だから、私の今と未来のすべてを差し出すわ』

 その言葉、その選択にゼオルマがどれほどの価値を見出すのか。
 ニュクスは幼く、壊れてしまっているが、少なくとも己の言葉を理解している。
 ただ、目に映るすべてを愛している少女にとって、取り得る選択肢はそれだけだったのだ。
 覚悟はあっても悲観はない。決意はあっても後悔はない。
 それは見方によっては酷くつまらない、浅はかな結論なのかもしれない。
 何せ、彼女にとって他の選択肢など存在しないということは、その結論も予定調和じみているのだから。

199【絵空に彩る真偽の導き】ゼオルマ:神変出没なマッドジョーカー:2021/09/16(木) 12:37:55 ID:pezPz7yA
>>198

『私は……!』

【ゼオルマの言葉にニュクスは吠えようとした】
【彼女は愛に生きる存在】【ニュクスにとって全ての行動は愛ゆえだ】
【その思考が何を招くか】【何を齎すかは別として】【ニュクスにとっては愛なのだ】
【ただひたすらに愛おしく】【何よりも幸福だと感じられる行為】【愛】
【無償の愛】【ニュクスにとっての無償の愛】【ニュクスが齎す愛】【たとえその結果が死だとしても彼女はそれを疑わない】

【だからこそ】【ゼオルマはそれを一息に否定する】
【無償の愛だと?】【嗤うこともできない】
【自分にとって幸福だと感じる行為のどこが無償なのだ?】【と】
【自分が『好』と感じられる行為をするだけで他者の軽んじるのはただの欺瞞だ】
【他者が喜ぶからそれを積極的に行うのは偽善だ】【無償のものとは程遠いただの自己満足に過ぎない】
【『みんなが笑ってるのが何よりも私の幸せなのです』】
【気が付かずに自我の精神に操られた道化】【それが正体だ】【無償の愛とは程遠い】
【本当の無償の愛とは見返りを求めないこと】【自我の感情さえ損得に介入させない機械じみた行為】
【『それが正しい事だから』と一変も喜怒哀楽が湧かない事をするのが無償の愛だ】
【だから】【ニュクスのそれは無償の愛なのではない】【ただの自己満足】

『……私の、全部をあげるから。だから、助けて……』

【彼女のそれはただ『愛しているから止めたい』という行為だ】

【ゼオルマは無償の愛を否定しているがニュクスの愛を否定しているわけではない】
【無償の愛は無い】【ただそれをぶつけたに過ぎない】【ニュクスに価値を見出していないと事前通告しただけだ】
【彼女がゼオルマにとって価値あるものか判断できるか】【それを観るために口にした言葉だ】
【そして】【返ってきた言葉は予想できるもの】【万人が万人予想できるもの】【ニュクスにとっての『全て』】

『私には差し出せる命がない。差し出せる過去もない。
 だから、私の今と未来のすべてを差し出すわ』

【ニュクスになる(狂う)以前の記憶はない】【だから今持っているものと今から得る全てを渡す】
【人ひとりが持てる全ての財産の譲渡】【ニュクスが考えた中で一番価値があるとたどり着いた答えだった】
【ニュクスの能力から考えてこの提案は大いに価値のあるものだろう】
【彼女の能力は6つある魂を比較しても価値のあるものだ】
【その中でも特筆すべき広域殲滅能力】【ゼオルマと協力した際にやったひとつの村を飲み込む魔法】【それをやってなお継戦できる魔力量はは喉から手が出るほど魅力のあるものだ】
【それが命令ひとつで下せるボタンとなるのなら彼女に協力しない手はない】

【それがゼオルマでなければだ】

「……」

【ゼオルマはそれに価値を見出さなかった】
【ニュクスの力にではなく】【ニュクスの今まで】【そしてニュクスがこれから齎すこと全てにだ】
【何故か?】【彼女ができることはゼオルマにできることだからだ】
【手駒が増えること自体には価値がある】【だが手駒が増えたところで可能になる事はない】
【ニュクスの特性は愛する相手を愛(殺)す】【ただそれだけだ】【別段愉快いものではない】【ただニュクスがやりたいことをやっただけに過ぎない】
【それ以上でも以下でもなく】【魔法にしても特筆すべき点はない】
【ニュクスだからと言える点はあれど】【ゼオルマが注目する点はない】

「そうか」

【故に】

//続きます。

200【絵空に彩る真偽の導き】ゼオルマ:神変出没なマッドジョーカー:2021/09/16(木) 12:38:35 ID:pezPz7yA
>>199

「では『もうひとり』に聞いてみるとするか」

【ゼオルマのその言葉と共に】【ニュクスの意識はそこで途切れる】
【プツリ】【と】【目の前が黒く塗りつぶされるだろう】
【そうして意識が浮上するのは】

「で、ニュクス(貴様の成れの果て)は言っていたが、貴様はどうだ」

【次に訪れるのは『記憶』という名の洪水】
【『ヨハン・ミハイロヴィチ・ザハロフ』と『ハイル』】
【『アレクセイ・マカロヴィチ・ドストエフスキー』と『エレボス』】
【『イリヤ・アレクサンドロヴィチ・パステルナーク』と『カロン』】
【『レイラ・イリイニチナ・パブロヴァ』と『ヘメラ』】
【『レフ・ユーリエヴィチ・ガールシン』と『アイテール』】
【そして】【自身と『ニュクス』】【それら全てが体験し味わった全てが追想する】
【生まれて】【狂って】【忘れて】【今まで】【あった出来事を】

「なあ、アリサ・ミハイロヴナ・ザハロフ」

【ニュクスに成り果てる以前の優しき少女】【『アリサ・ミハイロヴナ・ザハロフ』の意識はニュクスの魂の体に浮上する】
【あり得ざる復活】【壊れた精神が再び元の器に戻る】
【『全ての記憶』に飲まれながらも】【不思議な事に再びその精神は壊れることはできなかった】
【6人(【倫理転生】)の記憶からそれはすぐに察せられるだろう】
【目の前の聖人(ゼオルマ)がそれをさせないのだ】【狂い逃避することを許さないのだ】

「おはよう」

【優しく】【壊れ物を扱うように】【ゼオルマは『彼女』の目を覆う『黒い布』を外してそう言った】

201【屍霊編制】:2021/09/16(木) 21:04:14 ID:Dhdm//3c
>>197

レイスの計画したドイル、アドルフ、使用人二名の暗殺プランは"完璧"であった。
故に後は"実行"さえしくじらなければ──生首が四つ製造されるはずだったが……。

『──……』

先に結論から話すと、ドイル、アドルフ、使用人二名の暗殺は"失敗"に終えた。

理由としては大きく二つある。

一つ目は、"まさか"と思われていたが、使用人二名はドイル達の手によって既に殺害されていたから、だ。
どれだけ暗殺者として優れていても、死人を暗殺なんてのは不可能だ。
……この世に"冥界から死人を呼び出す"ような異能者が標的だったのなら話は別だが。 そんなのは例外中の例外にすぎない。

そして、二つ目は──ドイルとアドルフが"暗殺"を完璧に躱したから、だ。
具体的に言うと、漆黒の粒子による煙幕に一切の動揺も混乱も見せずに、即座に背面へ跳び。
レイスの大鎌による暗殺には"銃"で応戦し、大鎌の軌道を強引に返させ躱すことだろう。

しかし、ここで"疑問"が沸くことだろう。
何故、使用人二名が殺害されているのか。 何故、暗殺がバレているのか。
何故、"大鎌"も"漆黒の粒子"をなんなく躱せたのか、と。
それは当然に沸く疑問だ。 レイスがドイル達の前で取った坑道に怪しい点は微塵も存在しなかった。
ではなんだ? 使用人達の生命活動が停止した場合には全員に通知がいく機能でもあったのだろうか? いったい──

『久々だね〜。 "死神"ちゃん』

二丁のリボルバー拳銃の銃口をレイスにへと向けながら、アドルフは妖しげな笑みを浮かべる。

『俺の事はぁ……知るわけねぇか。 なにせあの時は大量に追われてたからなぁ」

"あの時"、"大量"、"追われていた"

そう。 確かレイスは以前──

『ルミンフ家が"二億の懸賞金"を取り下げた時はガッカリしたよ。
 もう後一歩の所で取り逃がしちまったからなぁ……悔しさで枕濡らしちまった』

ヒュイス・ルミンフがレイスを捜索する際に懸けていた二億の懸賞金。
どうやら"アドルフ"はそれを狙っていた暗殺者の一人だったようで……。

『しかし、驚いた。 まさか生きていたとはなぁ?』

故に"漆黒の粒子"も"キルリアでない"ということも理解していたのだろう。
……では、使用人が殺害されているのは……?

202【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2021/09/16(木) 22:36:37 ID:qb00E2mg
>>197

万全……とはいえないものの、出来得る限りの仕込みをもって決行された暗殺。
だが、その結果は……。

「…………!」

失敗──主要ターゲット二名、粒子と大鎌の攻撃を完全回避。
思わず舌打ちが漏れ掛けるがそれ以上に衝撃だったのは視界に飛び込んできた光景だった。
護衛の使用人二名が死んでいる。おそらく、いいや間違いなく、この二人の手によるものだ。

「……最初から気付いてた、ってこと」

ドイルおよびアドルフが暗殺を回避できた理由……それは以前、レイスがその首に掛けられた莫大な懸賞金目当てに無数の刺客に追われていたことに起因する。
つまりはヒュイス・ルミンフ、現在の同居人にしてエルマ・シュトロイゼル暗殺の依頼人──指令者と言うべきか──のせいだった。
本当に、本当に余計なことをしてくれた。“容貌”と“異能”“戦闘スタイル”を把握された者が、暗殺者に限らずどれだけ無力なものとなるか知らない者はいないだろうに。

恨みは募るが、今ここにいない者を憎んでいても事態は進展しない。
だが結局、なぜ使用人を殺害したのかという疑問は晴れないまま……。

(……異能?)

予想できる理由は現状それくらい。
異能力という“なんでもあり”なスキルの発動条件、ないし必要材料だということくらいしか考えられなかった。
たとえば死体を操るとか……死霊術を得意とする暗殺者が身近にいるのだ、想像は容易い。

「ああ──それはもちろん、追ってきたのが金に目が眩んだ雑魚ばかりだったからね。あの中にいたんだ、あなた。
 あれだけ寄り集まってたかが女ひとり仕留められないような有象無象を教師に雇うとか、はっ。暗殺大家が聞いて呆れるよ」
 
いずれにせよ次の準備に移る。
回避され、四方に散った粒子を再圧縮。幾らかの塊に分けて調度品や小物の陰に潜ませていく。
それら作業を挑発で注意を引きながら密かに行いつつ、事前に衣服の内側などに仕込んでおいた圧縮粒子を足元から滲ませてテーブルの裏側へ。
派手に音を立てることになるが、もはやそんなことを言っていられる状況じゃない。速やかに仕留めねば、でなくばいつ“他”がやってくるか分かったものじゃなかった。

203【倫理転生】6つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2021/09/18(土) 17:13:49 ID:.B4lcjdc
>>199-200


 ──アリサ・ミハイロヴナ・ザハロフ。
 祖国で暮らしていた病弱な少女の性質を一言で表すならば“善良な市民”だろう。
 家族や友人らを深く愛し、命を慈しみ、神の敬虔な信徒として清く正しくあることを心掛けていた。
 それは、不治の病に犯されてもそうであったし、自らの兄が姿を消してからもそうであった。
 身体は病弱であっても、どんな不幸に見舞われても、少なくとも自身の信じる“強さ”や“正しさ”を失うことのない少女であった。
 だが、そんな彼女はニュクス(邪悪)へと成り果てたのだ。

「わた……し……」

 ゼオルマの魔法によって引きずり出された自我。
 そして、意識を塗りつぶす程の洪水となって叩き込まれる、すべての人格の記憶。

「ぁ……ああ……!」

 楽しげに、愛おしげに人を殺害し続けたおぞましい記憶が実感と共に襲いかかり、少女──アリサは己の行いを自覚した。

「いやぁあああああああああああッッッ!!!」

 喉が張り裂けるような絶叫。
 信じた正しさを踏みにじる自分。信じた愛を捻じ曲げる自分。信じた神を貶める自分。
 およそ考え得る限りの間違いを、自分が己の意思で為したという記憶に、アリサは頭を抱えて崩れ落ちた。
 否定する。否定する。否定する。何かの間違いであると心が叫んでも、記憶が真実を突きつける。
 強く正しく、そして優しく在った筈の少女は、邪悪で悍ましく残虐な怪物となっていた。
 心が軋んで壊れそうになっても、彼女の心は壊れることすら出来なかった。
 後悔か、悲嘆か、絶望か。ボロボロと止めどない絶叫と涙を流してアリサは頭を振るが、記憶は消えてくれない。

「違う! 私は、私はこんなことッ!」

 アリサは思わず、時の止まった世界で他の人格と睨み合う男──ハイルと名乗る人物に手を伸ばす。
 ヨハン・ミハイロヴィチ・ザハロフ。己の病を治す為に祖国の暗部に迫り、姿を消した兄。

「お兄ちゃん、私は──」

 兄に助けを求めようとして、アリサは言葉に詰まった。
 彼は苦しんでいた。不治の病に犯された自分の為に軍人となり、危険な任務に進んで就き、その苦難にも弱音を吐くことはなかった。
 しかし、それでも確かに苦しんでいた。両親はいないからと、唯一の肉親だからと、病に蝕まれているからと、自分は彼の優しさに甘えていた。
 幻獣となってしまってからも、ハイルの優しさに甘えてニュクスは好き勝手に暴れ、ハイルの苦痛を理解しようとはしていなかった。
 与えられたハイルの記憶が、自分の愚かさをハッキリと自覚させ、アリサは今更助けを求める事の卑劣さに手を伸ばしきれなかった。

「イリヤさん……違うの……」

 アリサは、ハイルと対立するように睨み合うカロンに視線を向ける。
 彼は兄の親友だった。──いや、家族も同然だった。
 帝國にいる家族には会えないから、その代わりだと嘯きながら、アリサとその兄の世話をよくしてくれていた。
 彼は自分が帝國人と家庭を持ったから、自分と関わりのあったアリサ達が餌として実験体に選ばれたのだと思っている。
 だからずっと後悔して、ずっと罪を償おうと兄ヨハンの──ハイルの言葉に従い続けていた。
 でも、そうではないのだ。彼は決定的な、勘違いをしていたのだ。


// 続きます

204【倫理転生】6つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2021/09/18(土) 17:18:19 ID:QvkrJLiA


>>203の続き



「ドストエフスキーさん……」

 激昂した様子のエレボスを見る。
 もはや生前の面影はまったくないが、それでも荒っぽい性格は変わっていない。
 アリサが病気になる以前、手伝いをしていた喫茶店で口論になったのが出会いだった。
 彼の素性を知らなかったから強気に言い返していたのだが、後からマフィアのボスだと知って驚愕したものだ。
 それ以来、気に入られてしまったのか、何度かトラブルの際に助けてもらった事がある。

「レイラさん……」

 エレボスと同じように、カロンとハイルを睨みつけるヘメラを見る。
 ボロボロの教会で、身寄りもなくギャングとなってしまった少年たちに勉強を教えていた、心優しい女性。
 アリサも何度かその教室を手伝った事があった。まるで姉か母のようだと、自分は勝手に思っていたのだ。

「レフ……」

 自分の殻に閉じこもってしまったアイテールに目を向ける。
 レイラの開く教室で、少年ギャング達のリーダーを務めていた少年。
 レイラにもアリサにも、誰よりも反発してきた気の強い、どこか寂しげな子供だった。

 みんな、正しくはなかったのかもしれない。善良ではなかったのかも。幸せでもなかったのかもしれない。
 それでも、一生懸命生きていたし、死にたいとも、化物になりたいとも思っていなかった。
 だが、彼らは巻き込まれたのだ。祖国のおぞましい研究の、その検体として。
 それは、帝國に家族がいたイリヤのせいではない。彼らを巻き込んだのは別の者だった。

「私のせいなの……」

 緋色に変貌した瞳から涙を流し、懺悔をするようにアリサは地面に這いつくばった。
 ニュクスからアリサへと巻き戻り、その精神体に現れた明確な変化。
 背中の黒翼は消え去り、その額に無数の棘で貫かれたような穴が穿たれていた。
 それは頭をぐるりと回るように幾つも穿たれており、そこから止めどなく血が流れている。

「祖国は、私を狙って周りの人を連れ去っていたのよ……!」

 その症状、その傷跡をゼオルマは知っているかもしれない。
 “聖痕症候群”と呼ばれる、世界中で少なくない人数の患者が見つかる不治の病。
 その病に犯された者は身体の何処かに傷や痣が浮かび上がり、そして何らかの“異能”を手にするのだ。
 そして、アリサの病変は深く、第二病変と呼ばれるステージにあることが分かるだろう。
 祖国でもそう多くない、聖痕症候群の生きた患者であり、そして身寄りのない都合のいい人間。
 狂った科学者が“それを素材に幻獣を作ったら”という考えに至るのは簡単な事だったのだ。
 そして、アリサを中心に存在の痕跡をなかったことにするように、祖国の邪魔者を消すように、
 兄も、イリヤも、ドストエフスキーも、レイラも、レフも、“ついでに”実験体として消費されたのだ。

「私のせいでみんな死んだの……なのに、私は化物になってまで……!」

 すべてを忘れ去り、自分勝手に苦しみを他人に押し付けて、邪悪の限りを尽くしていた。
 自分の愚かさ、しでかした事の大きさ、そして、取り返しがつかない事実にアリサは涙を流して乞う。

「お、お願い……お願いします……私を……」

 ゼオルマの足元に這い寄って、彼女は願った。

「私を、殺して……こんなのは、嫌……!」

 真実が誰かの為になることなど少ないのだろう。
 少なくとも、彼ら6人が求めていた“真実”を与えられ、アリサは絶望した。
 あまりの救いの無さに、あまりの取り返しのつかなさに、彼女はもはや“生”そのものから逃げ出したいと願ったのだ。

205【屍霊編制】:2021/09/18(土) 17:25:09 ID:G0sVCLVg
>>202

「──最初は気付かなかった……いや、”信じられなかった”って方が正しいか」

アドルフの両手に握られた二丁のリボルバー拳銃から溢れ出している絶大なる魔力と殺気。
そして、ドイル・シュトロイゼルの家庭教師に抜擢された事実と猛者が鎬を削る裏社会で築き上げたいくつもの功績から、
そこで亡骸と化している使用人等よりも実力は数段格上だと言うことは容易く理解できることだろうか。

「ルミンフ家に”ニ億”の懸賞金がかけられてんだ。 相当怨み買うようなことしでかしたんだろ?
……で、懸賞金が取り下げられたと思ったら、次はシュトロイゼル家にちょっかいって…死神ちゃん、さては相当イカれてるだろう?」

ヒュイス・ルミンフはご存知の通り”プライドの塊”のような生物だ。
故に当然、二億の懸賞金をかけた理由は”無様に敗北したからです”なんて絶対に知られたくないに決まっている。
だから、入念に”掃除”したのだろう。 ゼオルマと名乗る魔女、そして、ヒュイスとレイス以外は──誰も”あの夜”の事を知る由もなかった。

……まぁ、そうなるとアドルフのような事情を知らない者からすれば、
ルミンフ家の次はシュトロイゼル家と、レイスが相当な”野心家”……無謀者にしか見えなかったのだ。


『──お喋りは終わったか』

『あぁ、これはこれは。 申し訳ない、ドイル坊ちゃん』

アドルフの隣、そこには先刻前に挨拶を交わした時の姿とは全く違う──

──血走った眼、際限なく零れ続ける涎。 まるで”獣”が君臨していた。

『さて、では──”お食事”の時間ですぜ?』

アドルフがそう言葉を告げた刹那──ドイルの頬が肥大化し変形し始める。
そして、まるで”巨大な口”のように頬が姿を変えると、そのまま、”二人の使用人”をペロリと丸呑みする。

『くくくっ……面白いだろう? 坊ちゃんの食事は…』

206【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2021/09/18(土) 20:17:51 ID:/NuXJsJg
>>205

それは、アドルフ・サイラスにとってはなんてことない言葉だったのだろう。
自身の得た情報、そこから組み立てられる妥当な予想。
発言はそれ以上の意味は決して持ってはおらず、ましてや挑発返しなんて意図はなかったに違いない。

「────は?」

だがしかし、その一言はレイスの逆鱗に触れていた。

イカれてる? 誰が? わたしが? なんで?
ルミンフ家に狙われたと思ったら次はシュトロイゼル家に? 
ああそれは確かに事実だが、なんだ? まさかそれら一連の流れ、わたしが望んだことだと?
大して危険のない警備依頼だと思ったら特大級の不運に見舞われたあの夜も──。
単騎で暗殺大家の懐まで潜り込み、その当主を暗殺せねばならなくなっている今この状況も──。
ルミンフのイカれ娘に命じられて裏社会の猛者を殺さなければならなくなったことも、殺さなきゃいけないはずの対象とうっかり本当に仲良くなってしまったことも──。
すべて、わたし自身が望んでやっていることだと、お前は言うんだな。

ふざけるな。

「死ね」

──瞬間、闇が爆発した。

冥界に墜落したと思わせるような変貌、その正体はレイスの体表から流出する“死神”の大放出。
瞬間的に放出できる最大量すら激怒を糧に突破して現界した漆黒の粒子は一瞬にして部屋内を暗黒に閉ざした。

部屋の小物類に仕込んだ圧縮粒子を操作して動かし、擬似的な騒霊現象(ポルターガイスト)を引き起こし──。
仕上げにテーブルをひっくり返して盾としながら混乱させ、障害物越しに両者の首を刈り取るという算段はもはや吹き飛んだ。
ドイルの変貌すら気にも留めていない。なにがどうなろうが、どうであろうが殺す。
もはや戯言に付き合う暇はない。すぐさま仕留めるという冷たい殺意が辛うじて怒りを制御して殺人工程(キリングレシピ)を行使させる。

部屋中を満たした暗黒の粒子。
触れれば生命力や魔力、気力といったものを奪う死の霧が、両者に向かって殺到してきた。
ただ闇雲に突撃してきているのではない。口や鼻、耳……それら人体に空いた穴から、体内に侵入してこようとしているのだ。
膨大な質量を圧縮させながら殺到する“死神”は体内へ侵入を果たしてもすぐには消えず、そして次の瞬間には形を変える。

それはたとえば棘だらけの球体。たとえば鋭い刃を備えた独楽。たとえば鋸刃の無限機動。
たとえば杭、たとえば針、たとえば、たとえば……およそ考えつく限りの“傷つけるためのカタチ”が、狭く柔らかい体内で形を成し暴れ始める。

かと思えば事前に仕込んでおいた圧縮粒子が周辺の死神を巻き込んで規模を増しながら鋭く結晶化して眼球を狙う。
更には当然、流動する漆黒の濁流がこれまでと同じく耳から大脳へと入りこみ即死させにかかっている。
加えて死神の煙幕に紛れて跳び、棒杭のように形成し滞空させた圧縮粒子から吊り下がったレイスが、真上から両者の首を刈り取りろうとしていた。

207【屍霊編制】:2021/09/19(日) 02:26:53 ID:/l9uikSg
>>206

『おいおい。 イかれてるのは頭だけじゃねぇのかよ……』

──話が違う。 "あの時"とは雲泥の差じゃないか。
ただの一人も殺めることなく、命辛々に逃げ惑っていた"あの時"と……!!

『チッ……これは想像以上にヘビーな仕事に──』

部屋を暗夜の世界にへと堕とす漆黒ノ粒子。
確か──この粒子は触れた対象の"生命力"を奪う性質を持つ。
一つ一つの効果は僅かだが、"脳"や"心臓"のような急所に触れられれば……いや、そもそも"この量"だ。
仮に急所への侵入を防げたとしても、相当量ある粒子達を全て捌き切ることは適わずに生命力を根こそぎ奪っていくことだろう。
"後の事"を考慮しない体力消耗の激しすぎる超大技。 之には流石のアドルフからも笑みが消え失せ──

『──あっ?』

──バクッ。

『……面白い。 これが"死神"の技か』

漆黒ノ粒子が両名に殺到する直前──アドルフの"姿"が消え失せる。

そして。

『くくっ……あははははッッッッッッ!!!!!!! 良いだろうッ!! 諸共、このドイル・シュトロイゼルが喰らい尽くしてやる!!』

そう高らかに言い放った刹那──ドイル・シュトロイゼルの魔力……否、"生命力"が変貌を遂げる。
量も質も挨拶を交わした時とは桁違いに上がり、なによりも"異質感"が肌に纏わりつく。
そう、まるで……混ざり合ったような……。

『────!!!!!!!!!!!!!!』

一斉に殺到する生命力を奪う漆黒ノ粒子も。 粒子を煙幕代わりにして暗殺を仕掛ける死神ノ鎌も。
全て、全て、"破壊"するが如く。 ドイルから絶大なる魔力を帯びた衝撃波が全周囲から放たれる。
衝撃波を構成しているのは純度百パーセントの魔力──詰まる所"生命力"のようなものなので、粒子で"奪う"ということは当然可能だろうが……問題はその質と量だ。
濃厚なる生命力を有した者"三人分"をその一撃に込めたのだ。 単純な破壊力は高層ビルを真っ二つにする。

『さぁ、どう出るッ!!!!!!!!』

弱冠十二歳。
されども暗殺大家シュトロイゼル家の当主に最も近い逸材。
例え異形ノ軍隊を統べる暗殺者ヒュイス・ルミンフの経歴に敗北を刻み込んだ──死神"レイス"といえども。
その首を刈るのは容易くあるまい。

208【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2021/09/19(日) 17:01:40 ID:BubGtU1c
>>207

人体を蹂躙せんと殺到した粒子はしかし、標的を捉えるその前に一方が“捕食”されたことにより動きを停止させる。
様子がおかしい。使用人二名、こちらが敵だと気付きながらもわざわざ戦力を減らした理由。
そして目の前で起こった再度の暴挙を前にして、その行為が“充填”にあたる何かの意味を持つと察知した。

何かが来る──融合獣(キメラ)のように膨れ上がる異質な生命力を感じ取るより早く、手首を返して得物を引きもどす。
そして棒杭を象った瘴気の足場より跳躍、姿勢制御。吊り下がりから跳び上がった形へ。

「うるさいな」

同時に振り被った大鎌に“その場総ての粒子”が急速に集っている。
部屋中を満たすほどの量が一点に収束し、凝縮し、圧縮しながら刃を補強、伸長、膨張させてゆき……。
次の瞬間には鎌の刃はレイスの身体よりも巨大に膨れ上がっていた。その威容、視認するだけで怖気を喚起させる有様はまさに生者を刈り取る死神の鎌と呼ぶに相応しく。

「黙れ。いいから、さっさと、死んでよ」

縦に振り抜いた暗黒の鎌が、自身に降りかかる衝撃波を完全に消滅させていた。
当たり前だがほかは相応しい被害を受けているものの本人は無傷、あれだけの超威力で傷一つ負っていない。
加えて死神の鎌によって効力を増した粒子はこれほどの魔力を無効化させておきながら未だ相当量を残していた。
放たれた衝撃波が一点集中で襲い掛かっていたならばさすがに防ぎきることはできなかっただろうが……消滅させたのはあくまで一部分、使い手に被害をもたらす一線のみ。
ならば委細問題なし。あらゆる生命の敵たる死神は健在である。

そして当然、それだけで終わるはずもなく……。
大鎌の重量と落下の勢いを遠心力に替えて、再度振り抜かれる冥界の御手。
刃の軌跡は先ほどの一撃と合わせて十字を描き、さながら葬送であるように──。
だがそれにしては悪意塗れの瘴気に満ちた漆黒が風切り音を唸らせながら横一文字に生者を両断するべく振るわれた。

209【絵空に彩る真偽の導き】ゼオルマ:神変出没なマッドジョーカー:2021/09/20(月) 02:07:16 ID:YdOsM84U
>>203-204

【ひとり自我を取り戻した少女】【アリサ】
【ニュクスが形取る少女の肉体が持つ本来の人格】
【記憶という中身がこぼれ落ち爛れた愛に至る前の正しい形】
【中身が補完された彼女を一言で表すならば】【普通に寄った善といったところか】
【他者を愛し】【正しいと感じたものを信じ】【むやみに傷付けること無く】
【そして知らず間に誰かの心を圧迫させる】【そんな普通の人間】
【ゼオルマのアリサへの第一印象はそんなものだ】

「……」

【ゼオルマはアリサの額の穴を観る】
【知っている】【これは『聖痕症候群』】【肉体の変化と同時に異能が発現する後天的な能力覚醒】
【アリサのそれは大きく分けて4つあるケースのうちの深度2】【第二病変と呼ばれるもの】
【この深度の特徴は異能に覚醒する段階】【つまりニュクスに至る以前のアリサは異能に覚醒していた能力者である】
【その異能がニュクスが扱うものとイコールかは不明だが】

【なお深度3の第三病変はさらなる肉体変化】【ニュクスの翼のように人間が本来持たない部位ができる亜人化】
【深度4の最終病変と呼ばれるものは異能のさらなる発展化】【異能自体の覚醒となっている】
【これらの発症】【発展化に伴う身体的変化する部位が『聖痕』と呼ばれ異能との因果関係が研究されている】
【今回のような研究は解明ではなくただ発症者を利用した兵器開発なのだろうが】【まあ生きていて捕獲しやすい発症者は少ない】
【そういう手合からすれば見逃すはずのないものか】

【アリサは嘆き】【動かない5人の名前を読む】
【全員の過去と現在の記憶を海を泳ぎ】【真相を知る唯一の存在となった少女は】

『お、お願い……お願いします……私を……私を、殺して……こんなのは、嫌……!』

【ゼオルマの足元まで這い寄り】【自身を殺めてほしいとゼオルマに乞い願う】

「あとにしろ。ニュクスの願いが先だ」

【それを】【先にニュクスが願ったからとアリサを見下ろしながら一蹴する】
【相手の状態など知ったことではない】【肉体や精神が限界だろうと一度決めた順に沿って進める】
【全員平等に扱う】【そこに以上も以下もないのだ】

「貴様は死にたいと言ったが、つまり他の5人のこれから先(未来)はどうでも良い、ということか?
 理由はあれど、壊れても傍らに居続け共にこれまで過ごしてきた彼らを、もうどうでも良いと、辛いから見てみぬフリをして先に楽になりたいと。

 自分のせいで身近に居た彼ら。罪のある者もいたかもしれない。何の罪もなかった者もいたかもしれない。
 そんな清も濁も関係なく自分が理由で巻き込み、尊厳を無視され記憶も失い、だがそれでも失ったものを取り戻そうと寄り添った彼ら。
 馬が合っていたわけではない。仲が良かったとも言い難い間柄。
 だがひとりだけ記憶を取り戻して始まりと現在を理解した今、もうそんなことはどうだっていい。ただただ直視できない現実から逃れたい。
 兄と知り合いがこの先殺し合うかもしれない未来なんてどうでもいい。みんなが傷つけ合うのを止めたいとも思わない。
 そんな光景を見るくらいなら死にたい。死んで見たくても見れない一人だけ安全な場所に逝きたい。辛いなんて感情も生まれない無に消えたい、と。

 アリサ、貴様はそう思っていると受け取るが良いか?」

【見下ろしたままゼオルマはアリサに聞く】
【貴様の言いたいこと】【貴様の胸に湧いた感情】【それはこういうことなのかと】
【他の5人のことはどうでもいい】【みんなを助けたいとも思わない】【そう考えているのか】【と】

210【倫理転生】6つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2021/09/20(月) 02:58:12 ID:TXxKqrt2
>>209

 もしも、彼女が真っ当な人間のままで居たならば、ゼオルマの問いにも頷いただろう。
 正気を喪い、善悪も黒白も理解出来ずに、ただ楽になりたい一心で殺してほしいと願い続けただろう。
 だが、彼女は──アリサはゼオルマによって狂うことすら許されていなかった。
 絶望的な真実を突き付けられ、死を願ったとしても、それでも、ゼオルマの言葉を聞き入れるだけの正気が保たれていたのだ。
 兄を、友を見捨てるのかと。全てを捨てて死に逃げるのかと、そう、問われてアリサは凍りついた仲間達に視線を向ける。

「だって……私は……」

 取り返しのつかない事をしてしまった。アリサは後悔の重みに息が詰まるような錯覚を覚える。
 アリサであった時も、ニュクスであった時も、自分は無邪気という名の邪悪だったのだと自責した。
 子供であることに甘え、病であることに甘え、記憶を失った事に甘え、狂った事に甘えていたのだ。
 その罪の重さは、もはや、アリサの許容を超えていて、彼女は逃避しか考えられなかった。
 ゼオルマから改めて問われるまでは。

「私、が……なんとかしなきゃ……」

 先にも述べたが、元来アリサという少女の性質は正義に近しいものだった。
 少なくとも、彼女は自分が信じた正しさを貫くだけの強さを備えた人物だったのだ。
 故にその自律心が、己の犯した罪を許せずに死を選ぼうとしていた。
 しかし、その死を選ぶという一種の狂気すら奪われたならば、もはやそこにあるのは、“正しさ”に駆られた存在だ。
 兄を、友を、己が巻き込んだ人格らを救う事が正しいと、そう認識したならば、その瞳から流れる涙を拭って言った。

「こんな光景は、駄目……」

 彼らは争うべきではない。
 彼らがいがみ合い、ともすれば殺し合い、無為な未来を歩むなど許されない。
 悪を為すと決めたならば、それでも良い。誰かを殺すと決めたならば、それでも良い。
 しかし、目的を投げ出すこと、幸せを諦めること、願いを捻じ曲げることは“正しくない”。
 それが彼女──己の定めた正しさを信じる“正義”の人格だった。
 その信念が苦難しか生まなくとも、その信念が誰かにとっての正義に反するのだとしても、
 アリサという少女にとってそれこそが、譲ってはならない最後の人間性なのだ。

「ありがとう、ゼオルマ……私はまた“間違い”を犯す所だった……」

 アリサはゆったりと立ち上がって、緋色の瞳をゼオルマに向ける。
 そこにあるのはニュクスが宿していた狂気ではなく、そして、先程までの昏い絶望でもない。
 燃え上がり、全てを飲み込むような決意。あるいは、その決意もある種の狂気なのかもしれない。
 ゼオルマが禁じた、心が壊れるような狂気とは違うもの。
 ゼオルマが助長したが故に芽生えてしまった、“決して心が折れない”という狂気。

「私は、この“間違った光景”を正さないと」

 アリサは額の血を拭うようにして長い黒髪を掻き上げると、彼女はそのままサイドテールを作っていたリボンを取り外し、
 手で掻き上げた髪を頭の後ろでまとめると、そのリボンでポニーテールを作りだした。
 そして、身に纏っているフリルドレスを小さく叩くと、ニュクスと同じ闇の魔力によって、それを黒い外套のついた軍服に変化させる。
 己が信じた強さの象徴。かつて兄が纏っていた祖国の軍服を模した、心象の現れ。

「ねえ、時間を戻してくれる?」

 未だ、腫れぼったく赤みがかった瞼をしているものの、
 すっかり涙の止まったアリサは、緋色の瞳を仲間達へと向けた。
 苦しくとも、問題はない。辛くとも、問題はない。
 その心が壊れない事をゼオルマが約束したのだ。
 アリサはもはやあらゆる苦難を抱えても、決して揺らがない。
 ゼオルマは暇潰しの片手間で、ハイルという化物の中に最も厄介な怪物を生み出してしまったのかもしれない。

211【屍霊編制】:2021/09/20(月) 03:58:30 ID:AUHMQJ8U
>>208

──神は非情だ。

暗殺、戦闘、勉学、他様々な優秀なる才覚の種とそれ等を育む為の最適な環境を与え。
"愛"という名の肥料と水で何年も、何年も、育てさせ。
そして、ようやく"芽"が出始めたという所で──死神を遣わせるのだから。

『くくっ……クハハハハハッッッッ!!!!!』

暗殺一家の長男、次期当主と云えど弱冠十二歳。 義務教育も終えていない子供なのだ。
"死"を迎える事に恐怖がないはずがない。 遣り残したことだっていくつもある。
しかし、それでも、ドイル・シュトロイゼル──彼は最期まで"死神"から眼を逸らさなかった。

『死神』

その理由は──きっとドイルが最期の最後に気が付いたからだろう。
死神……いや、レイスにとって、最も効果的な攻撃は、達人の斬撃でも魔力の衝撃波でもない。

『──俺だけで終わらせてくれ』

"こういう"のだってことに。

だから、死神ノ鎌が届くまでドイル・シュトロイゼルは"呪い"をかけ続けた。


──ゴトッ

両断された肉塊が音を立てて崩れ落ち、赤黒ノ液体が夥しく拡がり始める。

どうやら標的ノ一人であった"憎たらしい餓鬼"の抹殺には成功したようだ。

しかし、真なる問題はここからだ。

『何事だッッッッッ!!!!!!』
『敵襲か!?』
『分からない、急に衝撃波が来て、壁が両断されて……!』
『ええい、どうなっている……ダグラス様に即連絡、ドイル様等の保護を最優先に動け!!』

あの衝撃波は"全方位"に放たれた。
そうなるとレイスが搔き消した箇所以外の壁は当然"破壊"されることとなる。

『ご報告致します! テクラ様、アミーラ様、サルビン様はご無事のようです……!!』
『また発生源はどうやら"ドイル様"のお部屋からのようで……』

十秒にも満たない時間で騒ぎを聞き付けた者達が此処にやってくるだろう。
しかし、もうレイスに闘えるだけの"生命力"はきっと残ってやしないだろう。
仮に残っていたとしても……屋敷内に存在する戦闘力を有した者全てとなんて無謀だ。

『こっちだ! 急げ!!』

足音が。 声が。 近付いてくる。

皆が此処に辿り着くまで後、八秒──六秒──



「──おぉ、これまた派手にやりましたねぇ〜? "レイスお姉様"?』

212【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2021/09/20(月) 09:20:30 ID:r8HobGgo
>>211

「────」

最期の言葉に、死神は何を思ったのか。
表情は長髪に隠れて見えはしなかった。だが、覗いた口元が僅かにわなないていた。

……大鎌のを杖にして床に膝をつく。
短期間に死神を消費しすぎた。怒りが招いた忘我の代償は今までの節約を帳消しにして余りある消耗となって身体を襲う。
まだしもそれで瞬殺できていればよかったものの、派手な反撃を許してしまったのは最悪の一言に尽きる。

だが、まだ。
まだ余力はある。予定外の大出費はあったものの、それまでの節約は決して無駄にはなっていない。

やれる。殺せる。そして策はある。
急がねば。もたもたしていてはすぐに使用人たちがここへ駆けつけてくる。
だからさあ、立ちあがって──。

「──、なに?」

その瞬間。
耳朶を打った声が幻聴かと疑いながら、俯いていた顔を上げた。

213【絵空に彩る真偽の導き】ゼオルマ:神変出没なマッドジョーカー:2021/09/20(月) 12:03:03 ID:YdOsM84U
>>210

【ゼオルマの問い掛けにアリサは途切れ途切れに言葉を絞り出す】
【手探りに心を押し潰す思い】【アリサが信じていたものが瓦解した証拠(記憶)】
【だが】【なおさら記憶を取り戻した今だからこそ】【信じたものを】

【次第にひとつの着地点を見出し】【アリサの目が真っ直ぐと前を見据え始めるのをゼオルマは観た】

『ねえ、時間を戻してくれる?』

【決意と覚悟と共に未だ止まったまま5人を見て願うアリサ】

「構わんぞ。どれぐらい遡る?
 嗚呼、だがその前に、だ」

【ゼオルマはその隣に立つと一枚の紙と本を掲げる】
【本はハイルに渡した6人いや『7人(【倫理転生】)の本』だ】
【そしてその上に置かれている紙は】

「対価の話をしよう」

【一枚のパピルス紙】【契約書である】


//続きます。

214【絵空に彩る真偽の導き】ゼオルマ:神変出没なマッドジョーカー:2021/09/20(月) 12:03:51 ID:YdOsM84U
>>213

「ニュクスは崩壊しかかった貴様らをどうにかして欲しいと願った。
 その願いを叶えるのに何を対価とするかを聞いた。ニュクスは現在と未来、ニュクスの全てを対価と定めた。
 しかし、ニュクスを含めた6人の亀裂をどうにかするのに身内でもない者が平定するとして容易なことではない。
 手っ取り早いのは亀裂が発生した直接的な原因を取り除くこと。だがこれはカロンの発言した『今回、ゼオルマに出会ったから』ではない。
 『ゼオルマに出会った』ことは原因を引き出しただけに過ぎないからだ。
 亀裂ができた本当の原因はハイルの『魔王となって世界の平等悪になる』という、5人の協力関係の根本を破壊する発言だ。
 これを取り除くのは容易ではない。ハイルはこの考えを5人に隠していたのだからな。
 この発言を無しにするのは簡単だ。『悪を成した後はどうする』という問答前まで時間を巻き戻して無かったことにすれば良い。
 しかしこれは問題を先送りにしているだけに過ぎん。いつどこでハイルの考えが露呈するかは不明なのだからな。
 であれば、ニュクスの願いを叶えたとは言い難い。まあ、この場をどうにかできればそれで良いのならこれで終わりだ。

 だがだ。それで良かったとしてもだ。
 有ったことを無かったことにする。時間を巻き戻し、記憶を消去し、爆弾を抱えさせたままに終わらせたとして6人の魂を一度に救ったことに変わりはない。
 たった一人の魂、その片割れ分だけで対価が釣り合うとは言い切れん。
 だから過去の分である貴様(アリサ)を呼び起こし(復活させ)た。片割れ(現在と未来)で払えないのならもう片方(過去)からも対価を支払ってもらわなければな」

【ゼオルマは本と紙を掲げたまま】【なぜアリサの記憶を復活させたか】
【理由は単純】【ニュクスの全てでは対価に釣り合わなかったからだ】
【時間を巻き戻す】【それは容易に行えるものでは決して無い】【ゼオルマは簡単だと述べるがそうではない】
【過去に戻る】【大魔法のひとつでありこれを目指している魔法使いは何千何万と存在する】
【実際にはこの場を治める方法は幾つもあるが】【そのどれもが魔法使いにとって目指す究極の魔法が使われる】
【その究極をひとりの魂を捧げるだけで使えると聞けば】【ほとんどの魔法使いは躊躇せず実行するだろう】
【それは虫が良すぎる】

「そしてアリサ、貴様もまた求めた。
 対価を払うかどうか、払う気が有るか無いかを聞いているというのに、殺してだ時間を巻き戻せだ。『虫が良すぎる』のは考えものだ。
 貴様が自分でニュクスの願いをどうにかすると決断するのは勝手だ。だが待たされているのはお前ではないのだよ。
 故に、勝手に対価の内容を決めさせてもらう」

【あくまで平等に】【何度もここに書いたようにゼオルマは全員を公平に】【順に処理をする】
【ここまでの対応から気付くだろうが】【ゼオルマはニュクスとアリサを同一存在として認識していない】
【同じ魂の一部とはみなしているが】【完全に同じとは観ていないのだ】

「アリサ、貴様はこの場が終わり次第この本に魂を移動させる。
 今の状態と記憶もそのままだが、この器(体)とは別の器(本)を設ける。
 そしてニュクスは引き続きこの体で行動させる。ただし、ニュクスの記憶は貴様(アリサ)を呼び起こす直前の状態に戻させてもらう。
 貴様(アリサ)は別の器に入るが6人の魂と同じように念で会話ができ、戦いにも参加できる。肉体で戦う時にだけニュクスの魂を眠らせて出てこれる。
 その方がまだ愉快みがあるからな。
 そして、貴様らが死亡した後、ニュクス、アリサ共々魂を回収する。貴様ら二人の魂が転生することはなく、使役される立場になるということだ。
 貴様がこの場の平定に失敗し結果死んだとしても魂は回収する。
 不満は受け付けん。元々、身内で発生したものの尻拭いを申し出ておいて何度も問い掛けに応じなかった貴様らの失態なのだからな。

 内容をよく読み、これで問題がない。その通りにするから時間を戻せと言うのであれば、貴様の血でもって紙に印を付けろ。
 嗚呼、精神体だが今は傷は出る。血はちゃんと貴様のものでハイルやカロンのものではないから気にするな」

【構図としては悪魔の契約そのものだが】【ゼオルマの説明と共にパピルス紙に書かれる内容は確かに説明にあった通りとなっている】
【契約は絶対でありアリサがこれに背く行為をすれば契約はその時点で不履行となり】【魂の回収が行われる】
【これはゼオルマでも同じことで】【アリサではなくニュクスの魂を本に移動させたりすれば契約書を用意したゼオルマ自身に危害が及ぶ】
【ゼオルマの定める順番であり同じ扱いだ】

215【倫理転生】6つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2021/09/20(月) 23:33:20 ID:TXxKqrt2
>>213-214

 願いを叶える代わりに魂を寄越せ、などとまるで悪魔そのものだ。
 アリサはゼオルマの恐ろしくも厳正な言葉に、思わず噴き出しそうになった。
 悪魔の如き大魔法使いは、悪魔の如き言葉を吐き、そして、悪魔の如き真似をしてみせるのだろう。
 普通の人間であれば恐怖で震えるか、即座に膝をついて助けを乞うかの二択だろう。
 あるいは、他の人格であっても嫌な顔をして耳を貸さずにゼオルマを否定するのかもしれない。
 しかし、アリサにとってゼオルマの存在は恐ろしき悪魔ではない。おぞましき魔物ではない。憎むべき敵でもない。
 アリサが恐れるのも、嫌悪するのも、憎んでいるのも無知で愚かな己自身だ。
 アリサにとってゼオルマという存在は、救いようのない愚者である己に手を差し伸べた聖人そのものだった。
 だから、彼女は悪魔然としたゼオルマへ笑みを向けて言った。

「結構、“言葉”や“契約”を重視するのね貴女。
 まさか私とニュクスを別だと考えているなんて、思わなかったわ」

 それは、本当に先程まで絶望に打ちひしがれていた少女なのか。
 本当に、6人が分け合うべき苦痛と真実を一身に背負わされた少女が浮かべるべき表情なのか。
 それらを疑問に思うほどに、アリサは不敵な笑みを浮かべていた。

「でも、私(ニュクス)は言ったわ。
 “私の今と未来をあげる”と、ハッキリと口にした。
 貴女がそれでは足りないと、私という過去を現在へと持ち出してきたなら、私とその未来も貴女の物なのよ」

 そう言って、アリサは手の中に闇を集め小さな刃を生み出す。
 その刃に親指を押し付けると、小さな傷を作って言った。

「私とニュクスの現在と、そして死後を含む永遠の未来を貴女に捧げるわ」

 改めて、今度は狂いもせず、逃避もせず、確固たる意思でゼオルマとの契約を承諾する。
 親指から流れた血をパピルス紙へと押し付け、アリサは偏執的な色を瞳に浮かべた。

「それでも足りないと思うのなら、何でも言ってね。
 だって、やっぱり私も、厳正さと強さを持った聖人の貴女を“愛してる”もの」

 ニュクスが幾度となく口にした言葉。
 しかし、ニュクスのそれは隣人愛に近いものだった。
 すべてを愛するというのであれば、厳密に言えばそこに特別はないのだろう。
 しかし、アリサにとってゼオルマは特別だった。
 己の救い主であった、己の生みの親であった、己の理想であった。
 ──神にも等しい、手を伸ばせば届く存在であった。
 すべてを間違えた自分に、もう一度チャンスをくれた恩人。
 アリサにとって、ゼオルマは誰よりも尊いものとなったのだ。

216【屍霊編制】:2021/09/21(火) 03:40:19 ID:BKFV7dS2
>>212

どういうわけか、顔を上げると其処には”同居人”兼”諸悪の根源”であるヒュイスが立っており、
満身創痍であるレイスを無邪気な破顔で見つめていた。

「疲労困憊といった具合でしょうかぁ?」

愉悦だ。
推しを見るよりも、夢の世界に堕ちるよりも、こうして”死神”の苦しむ姿を見ることでなによりもの至福を感じられる。

「”どうやって此処に辿り着いたのか”、”手助けにでもしに来たのか”
 私にお聞きしたい事は山程あると思いますがぁ、残念ながら時間もないのでひとつだけ”確認”を」

だから、もっと、もっと、レイスには”苦しんでもらわないといけない”

「──”まだいけますよね?”」

私──ヒュイス・ルミンフの”復讐心”が満たされるまで。


『急げ!!』

ヒュイスとレイスが会話してる間にも制限時間-タイムリミット-は刻一刻と迫ってきている。
嵐の如き足音と怒号──使用人や家庭教師が辿り着くまで、残り、三秒、二秒、一秒──

『なんだこれは…!? ”ゾンビ”に”スケルトン”!?』
『クソッ…何体居るんだ…!? このバケモノ達は!』

来ない。

足音が、怒号が、部屋の前で止まっている。

『────!!!!』

どうやら”何か”が群勢と化し、身を挺して使用人等を喰い止めているようだ。
“何か”によって創られた束の間の時間。 ヒュイスの確認にレイスは。

217【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2021/09/21(火) 19:54:02 ID:T9aFpypc
>>216

……目の前の像が幻ではないことを知って。
問い掛けに少しだけ押し黙り、俯いたまま鎌を杖に立ちあがる。
そして愉悦を映すヒュイスの瞳を見返した両の眼は……。

「“当たり前”──とか、この状態でわたしが言うわけないの、知ってるよね」

どこまでも光がなく。
嘆きと絶望を押し固めた物質があるとすればこういうものだろうかと、そう思わせるほどひどく後ろ向きな有様だった。

「見れば分かるでしょ、このザマだよ。こんなはずじゃなかったのにね。
 誰のせいだと思う? あなたのせいだよ。あなたが指名手配なんかしてくれなければさあ」
 
きっと上手くいっていたのにとは言うものの、実際それは些か疑わしい。

そもそもアドルフに気付かれたのは自分の、ある種の知名度を甘く見ていたからに他ならず。
これほど多くの死神を使用してしまったのは彼の言葉へ怒りを抑えることできなかったからであり。
そして現状の騒ぎを招いた原因であるドイルの強力な異能も、その気になればテクラから事前に情報を得ることだってできたはず。

つまりはレイス自身の自業自得というだけだ。
回避しようと思って不可能な事態では決してなかったはず。それは本人も分かってはいるのだ。
だから暗殺なんかやるもんじゃない、ああ向いてないやりたくない帰りたいと……思いながら、逆恨みの呪詛を抑えられない。

だが……。

「……でも、分かってるよ。もう後になんか退けないよね。
 逃げればシュトロイゼルは追ってくる。どうせそうなったら護ってなんかくれないんでしょ?
 やらなきゃ死ぬ、やらなきゃ駄目、だからやるしかない、やるしか……わたしはそういうのが嫌で、向いてなくて、だから、ああ……」
 
虚ろな瞳は眼前のヒュイスを見てはいなかった。
その視線は過去へ。彼女が全てから逃亡した、かつての日を眺めている。

「──で。それを言うために来たの?」

しかし一瞬の瞑目、開いた瞼の奥の灰色には冷たい殺意が宿っていた。
鎌を保持する反対側の手からは再び泥水のように滴る暗黒の粒子が流れ出しては圧縮してレイスの影と同化している。

218【屍霊編制】:2021/09/21(火) 21:50:03 ID:BKFV7dS2
>>217

返って来たのは後ろ向きな言葉。
だけれど、灰色の瞳に宿った殺意の焔だけは依然消えていなくて。

「──えぇ、それを言う為だけに来ましたぁ〜!」

それに屍霊術師はとても、とても、悦んだ。

「でも、何のお土産物なく帰るのは些かどうかなぁ…と私も思いますのでぇ……」

気分が良くなった屍霊術師は”ひとつだけ”、死神に褒美を与えようと考えた。
何を贈呈しようか。 あれやこれやと数瞬程考えて。
己が手をポンッと叩き、”思い浮かんだ!”と分かりやすい反応をすると。

「”なにかしてほしいことはありますか?”」

先程の動作はなんだったのか。 どうやら妙案は浮かんでいなかったようで。
今一度、死神に問うてみるのだった。

「ひとつだけ。 なんでも叶えてあげますよ」

“世界平和”だとか、”この暗殺劇を閉幕にして欲しい”だとか、当然叶えられない願いはいくつかある。
だから、厳密には”なんでも”というわけではない。
だが……それでも、大抵の事は叶うだろう、と思える程には屍霊術師の言葉には説得力が込められていた。

『──!!!!』

普段お世話になっている”何か”達の身を呈したバリケードも限界を迎え始めて来た。
二人に残された時間はほんの僅か、だ。

死神が何を願い、屍霊術師が何と答えるか。

崩落まで──残り二十秒。

219【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2021/09/21(火) 23:23:07 ID:T9aFpypc
>>218

その言葉を前に、殺意の焔が揺らいだ。

「────」

口を開けては閉じ、何かを言おうか言うまいか逡巡している。

この状況、戦略的に何かを依頼するなら通信設備の破壊か、自分がそれを成すまでの敵の足止め。
さすがに殲滅してほしいというのは通らないだろうからその二つが現実的。どちらにするか迷っているのだろうか。

──いいや、違う。
そんな理に適った、目的に対して“真面目”なこと、考えてなんかいない。
何でも叶える……そう言われた瞬間、レイスの脳裏に浮かんできたのは一人の少女の事だったから……。

伏し目がちに、諦観と共に、小さく言葉を紡ぎ出した。

「……テクラ・シュトロイゼル。
 この家の長女を、ルミンフ家で面倒見てやってほしいって言ったら……怒るかな」
 
まるで再び捨てられると分かっていながら犬猫を拾ってきたかのような。
きっと駄目だろうと知りつつも、言わずにはいられなかった懇願がヒュイスの耳朶を打つ。

……そもそもテクラはそれを望むのだろうか。
これからレイスの手で巻き起こされる暗殺、いいや……大虐殺。
聡明な彼女の事だ、“誰”がそれを引き起こしたのかすぐに辿り着くに違いない。そのとき心中に沸き上がる感情は?
シュトロイゼルに連なるものすべてを滅ぼす血の宴からたった独り生き残らされて、未だ十二歳の彼女が何を想うか……。

そんな思いをさせるなら。
そんな思いをさせるなら、いっそ……むしろここで、共に……。
けれど、ああ、けれどそれでも、彼女には……あの娘には……。

220【屍霊編制】:2021/09/22(水) 05:07:49 ID:GXIUw//Y
>>219

──"やっぱり"こうなった。

死神は"非情に成り切れない"という暗殺者としての最大の欠陥を抱えていた。
でも、部屋で魅せた"眼"は"言葉"は本物だったから、僅かながらに期待していたのだが……。

「……う〜ん」

死神の語った願いに失望でもしたか。屍霊術師の悦びに満ちていた貌が急速に冷めてゆく。

「テクラ・シュトロイゼルは"標的"でも"協力者"でもない。
 なので"必ず殺める"というルールには抵触しませんがぁ……アナタ、本気で言ってるんですかぁ?」

死神も分からないわけもあるまい。
初めて出逢った信頼の置ける同志に最愛の家族を惨殺されて、たった独り遺された少女の気持ちを。
況してや引き取り先が──"ルミンフ家"などと。

「情が湧いて手を下せないというのであれば、私が代わりにやってあげましょうかぁ?
 そちらの方が"アナタ"と"彼女"の為になると、私は思いますしぃ〜……」

長く語り合ってる時間もない。
刺客共の猛攻はもう抑えきれない。 残りは十秒もなく……。

「……まぁ、これは飽く迄も"提案"なので、最終決定はアナタが下せばいいですよぉ。
私も"なんでも叶えてあげます"と言った手前、即前言撤回するのは忍びないですし、それに付き従いますからぁ」

それだけ告げて、屍霊術師は死神の最終判断を待ち。


死神が判断を決めれば──屍霊術死は返事も返さずにその"願い"を遂行する為に何処かへ消えゆくことだろう。


その直後に亡者ノ壁は崩落。

制限時間-タイムリミット-が来て、刺客達が次々と部屋へと雪崩込んで来るだろう。

さぁ、波乱万丈の暗殺劇も大詰めだ。 満身創痍の死神が此処から魅せるはいったい──

221【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2021/09/22(水) 20:21:02 ID:YxQ3GrsU
>>220

「…………」

わかっている。
わかっているのだ。
それがどれだけ残酷で、何より彼女を苦しめることになる最悪の所業なのか。

もう後には退けない。時間が巻き戻ることはないのだ。
もしも、万が一、ここで殺しを終わらせられたとしても同じこと。
何をどうしようがドイル・シュトロイゼルは死んでいる。以前と同じ日常になんて戻れない。
いがみ合っていたとしても家族なのだ。それをやった人間を、自分は信頼してしまったのだと気付いたとき……テクラは心に深い傷を負うに違いない。

だからもうやるしかない。
やるしかないんだよ、レイス……愚かな亡霊。

「……いや……うん。ごめん、やっぱり前言撤回。
 やるよ。テクラを。テクラも、他も、みんな、わたしが……やる」
 
ヒュイスの提案すら蹴って、すべてに始末をつけると宣言した。
だって、あまりにも卑怯じゃないか。彼女以外の全てを殺すくせに、ひとりだけは殺せないなどと……。
それは、いくらなんでも、あまりにも虫がよすぎる。彼女の生きてきた世界を何だと思っているんだという話だろう。

逃げられない。逃げるわけにはいかない。
逃げたいさ、逃げたい、逃げたいけれど、もうそういうわけにはいかないから……。
罅だらけの心を脆い決意で鎧って歩みだす。

「……そこで引きつけておいて。すぐ戻るから」

改めて“正しい”願いを口にして、開いた窓から身を躍らせた。
落下し、下へ──降りるわけではなく、脚部に再び纏った黒長靴がその身に宙を滑らせる。
目指す先は電線室。その通信線。廊下は使用人たちで埋め尽くされていて突破は難しいだろうから外を往く。
辿り着いたなら、大鎌が電線を断ち切り外界との連絡手段のひとつを無力化することは容易いだろう。無論、過程に立ち塞がるものがあるなら排除するのみだ。

222【屍霊編制】:2021/09/22(水) 21:56:33 ID:GXIUw//Y
>>221

死神が窓から抜け出た刹那──刺客達が雪崩込んでくる。

『なっ……! お前はッッ!!』

刺客達もさぞ驚いたことだろう。
其処にはドイル・シュトロイゼルの亡骸とルミンフ家の最高傑作と謳われるヒュイス・ルミンフの姿があったのだから。

「──誠に申し訳ありませんがぁ……主役は今、席を外しておりますので……」

屍霊術師の背後に赤紫の魔法陣がいくつも現れる。
それは亡者彷徨う黄泉ノ国と我々の生きる現界とを繋ぐ"扉"で……。

「僭越ながら、皆さまのお相手は私──ヒュイス・ルミンフで参らせて頂きます〜」

刀剣を手にした骸骨兵達が魔法陣からぬるりと出てゆき、刺客達と対峙する。
"理論上"無限に亡者を呼び寄せることのできる彼女の異能は──死神が戻るまでの"時間稼ぎ"など容易く遂行できるというものだ。


一方、死神の方では──。

『ぐあっ……』

電線室までの道程で手強そうな強者は一人とて存在しなかった。
しかし、それもそのはず。
なにせ"家庭教師"と"戦闘力を有した使用人"等は現在、屍霊術師が足止めしているドイルの部屋か、子供達を警護しているのだ。
このような場所に残っているのは──只の召使いや家政婦など。 死神の実力をもってすれば、一秒にも満たずに黄泉ノ国へと送り届けられるだろう。

『────』

シュトロイゼル家ご自慢の最新鋭の警備システムも"鍵"によって既に看破済み。
なんの問題もなく、そして、滞りなく、電線室にある通信線を断ち切れるはずだ。

223【絵空に彩る真偽の導き】ゼオルマ:神変出没なマッドジョーカー:2021/09/23(木) 10:26:13 ID:z/xnwoKY
>>215

【血印が押された契約書を確認する】
【鑑定すれば90%以上は間違いなく適合するアリサ・ミハイロヴナ・ザハロフ本人の血液だ】
【そしてその血印の上に】【ゼオルマの親指が小さく裂け】【流れた血を重ねる】
【混じり合った二人の血液】【鑑定に出せば誰とも適合しない異質なものに変質していることだろう】

「逆だ、アリサ。言葉や契約を重視しているのは貴様ら人間だ。

 本来、言葉というものは種族間での会話を主体とした『空間反響する音』だ。
 それは生き物であるならば絶対的なルール。狩りをする以外で虚偽的な音を出すことは基本的にない。
 同族間で騙すという行為をするのは人間が初めての存在。進化を続ける中で獲得した特性でな。
 信用、信頼、善悪というものができたのもそんな真偽が生まれ連鎖的にできた言葉だ。
 そういったものはどうでも良い。勝手にやっていれば良い」

【契約書を観るゼオルマは薄っすらとした笑みを浮かべているだけで】【満足気であるとは言い難いものだ】
【そんな表情を浮かべたまま話を続ける】

「わたしは貴様らを信用も信頼もしない。そも善であるとも悪であるとも思わない。
 根本的に、利用する意味があれば話をする。暇潰しを思い付いたから近づく。ただそれだけだ。
 しかしここで面倒なのがコミュニケーションというヤツでな。信じられない存在と虚偽的に見られる。
 なので言葉は真っ直ぐ、約束事にはきちんとメリット・デメリットを伝える。デメリットに耐えられんのならそこで打ち切りだ」

【アリサが受け入れられないと言えば契約もなかったことにする気だった】
【ゼオルマにはどちらでもよかった事で】【どうにかして欲しいと言ったのはニュクスなのだから】
【もともと対価が釣り合わずに呼んだアリサが嫌だと言えばその時点で対価が足りず話は終わっていた】

「推し量るのは愉快(おもしろ)いと思えるかどうか。価値あるものと思えるかどうか。
 暇を潰せると思えるかどうか。終りが来るまでの余興でしか無い。
 そのため基本は全て等しく価値は無い。自分を含めて当価値として観る。
 質問されれば答えるが順番を付けて返し、願われれば対価と条件を見せ、合意がある時にだけ叶える。
 逆もまた然りだ。同じく当価値なのだからな。

 これで契約完了だな」

【長々とした話を終えると契約書が本と重なり合い】【すり抜ける】
【透明になり境界線だけが薄っすらと見えるほどに透け】【書かれていた文字と濃く残る血だけがはっきりと見える】
【それはアリサとゼオルマの首に巻き付くと】【結び目のない木製の白いチョーカーになる】
【ゼオルマの首元には鎖が埋め込まれているが】【鎖が通る穴が開いた仕様になっている】
【契約はここに完了した】
【もし契約に反する行為をしたならば】【チョーカーが首を絞めるなり針を出して脳と心臓を破壊するなりして絶命させることだろう】


//続きます。

224【絵空に彩る真偽の導き】ゼオルマ:神変出没なマッドジョーカー:2021/09/23(木) 10:27:20 ID:z/xnwoKY
>>223

【互いにチョーカーが付いていることを確認すると】【時間が巻き戻り始める】
【ゼオルマとアリサを残して5人の行動が逆再生される】
【それはどこか滑稽な芝居のようで】【まるで操られているようにも見える】

「質問も願いも全て履行した。
 願いの方に関してはこの後のアリサの行動次第で結末は変わってくるが。
 こちらでできることはやった。

 だから、自由にやらせてもらおうか」

【巻き戻る時間の中】【ゼオルマはアリサの目の前に立つ】
【二人の身長差は頭半分ほどゼオルマの方が高い】
【身長的に見れば二人とも低いがアリサは生前が不自由であったためか更に小さい】
【そのため必然的にゼオルマはアリサを見下ろす形になる】

「おはよう、アリサ・ミハイロヴナ・ザハロフ」

【そう挨拶をして】【軽くアリサにハグする】

「よく耐えた。よく選んだ。だがこの先もお前は耐え、選ぶことになるだろう。
 6人の過去と現在の記憶をお前に入れたが、それはこの先も続いていく。
 お前は6人の視点、記憶と思考が繋がった存在だ。意識の混濁が起き、自分が『誰(何者)』であるか混迷する事もあり得る。
 だがアリサ、お前には狂いたくとも狂えないよう施してある。自分がアリサ・ミハイロヴナ・ザハロフという一個体であると、明確な魂であると保護している。
 今は全員停止しているから記録の更新はされないが、動き始めた時、お前の記憶に5人の記憶も記録されていく。
 ニュクスから本に魂を移せばお前の中のニュクスの記憶も更新される」

【アリサにこれから起こること】
【それは記録】【ハイル達の記憶の中にもあるゼオルマが渡した本】【ハイル達6人(【倫理転生】)の本】【それがアリサの肉体になる】
【その本に書かれている文字は常に更新されている】

「自分たちの全てを見る。それがお前に課す役目だ。
 それさえできていれば他はお前の自由。契約には敵対行動を取るなという文言は書いていない。
 自分を殺すように仕向けて逆にこちらに契約の不履行を迫ろうが好きにすると良い。
 お前が自分を捨てない限り、わたしはアリサを受け入れよう。

 お前は逃げようとした。自分の行いに、自分の弱さに。
 だが目を逸らさずに向き合うことを決めた。
 お前が信じるものを背負い進むのなら、過去のお前も、今のお前も、これから先のお前も受け入れよう」

【そこまで言うとアリサの額】【聖痕に口づけして説教台に戻っていく】
【普通のゼオルマからはかけ離れた行動に見えるがそれは違う】【実にゼオルマらしい行動だ】
【ゼオルマは暇潰しを思いつけば即行動に移る手合い】【暇を潰すならどんな行動もする】
【だからこれもただ単に巻き戻るまでの間にアリサで暇を潰しているだけ】

【そしてその時間もゼオルマが説教台に戻ったタイミングで終わる】
【アリサが望んだ時間まで巻き戻ると】【ハイル達が動き出す】

225【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2021/09/23(木) 19:09:07 ID:FHuhsIyI
>>222

行く手を阻むものを殺しながら行進する。
命をひとつ奪うごとに心が軋むのが分かった。手に伝わる肉と骨を断ち切る感触が気持ち悪くて仕方がない。
倒れてゆく彼らの人生を想っているわけじゃない。名前も知らない他人がどこかで死んでも構わないというのは本心だ。けれど、自分の手で殺めるとなれば話は違った。

向いていないのだ、戦い殺すということに。彼女の心はとても凡庸だから。
けれど相反するように、殺害・排除への適性はとても高かった。相手をどうすれば殺せるか、最も効率的な滅ぼし方はどれなのか、悩んだことは数えるほど。
平凡な心に搭載された殺しの才能、先天的な素質を発揮すればするほど、その精神は削れていく一方で……。

「──踊れ」

通信線を破壊し再び窓から飛んだ暗殺者は、滞空しながら大鎌を投げ放つ。
鈍い光を反射する分厚い刃は今なお暗黒の粒子に覆われたまま、高速回転して大気を引き裂きながら電波塔のアンテナを破壊するべく飛翔した。

順当に破壊したのなら鎌はブーメランのように楕円の軌道を描いて再び使い手の掌へ。
──だが庭には戦闘力を有した使用人が三人、警備にあたっていたはず。
ヒュイスがどのようにして侵入したかは分からない。もしかすると正面から入りこみ、その過程で外を護っていた使用人たちは始末されているかもしれない。
そうでなくてもこの騒ぎだ、持ち場を離れて内部への応援に走った者もいるだろう。……だが全員が全員、警備を放棄して外部の警戒を疎かにすることはしないはず。

ゆえにもし、外にひとりでも使用人が存在しているのなら……。
その命を刈り取るべく、大鎌が“ぐりん”と軌道を変えるのだ。

……理屈はいまレイスを宙に留まらせているのとまったく同じ。
大鎌を覆いつくした死神を操作して自由自在に動かす。持ちあげる対象が人体から武器に置き変わっただけであり、重量の関係からそこは当然難しくない。
あとは地形を把握して木々に衝突しないようにするとか、勢いを保ち殺傷力を維持するためうまく回転し続けるよう精密な操作を行うだとか。
総合的な難易度は決して低くないものの、本人の才覚ゆえかまったく問題は起こっていなかった。使用人が存在していたなら一寸の誤謬もなく、その首を刈るだろう。

226【屍霊編制】:2021/09/25(土) 12:52:08 ID:2J.0uBNU
>>225

屍霊術師が狩ったのか、屋敷内の応援に走ったかは定かではない。
が緊急事態故か、通常三人であたっているはずの中庭の警備は現在一人にまで減っていた。

『────え』

そして、そんな一人も死神ノ鎌によって容易く両断。

『く…っ…そ……』

反撃。 いや、脳が"敵"と認識や理解をする前に葬る。
屍霊術師が日々語っているように"暗殺ノ業"に限定すれば、死神は裏社会でも最上位に君臨することだろう。
なのにも関わらず、裏社会で"死神"の名が轟いていない理由は、その"心"のせい。
生まれついての凡庸な心が──実力を、成長を、無意識に停止させている故だ。

だから、

今宵の暗殺劇で全ての停止機関-リミッター-を外す。
そうして、名実共に最強ノ暗殺者を創り出し──改めて殺るのだ。
真なる最強は"私"だ。 ヒュイス・ルミンフだ、と後世に遺す為に。


──使用人を殺めた後。

シュトロイゼル家は外、内共に"兵器"での監視や排除を主として置いていた故に。
"鍵"を入手し、警備にあたっている"数少ない使用人"を殺害さえすれば、容易く目的は達成できる。

が、問題はここからだ。
残りの家庭教師──サムライの血筋を引く者と情報未知の者の二人と子供達をどう排除するか。
状況も状況だ。 当然ながら、相手は既に臨戦態勢を完全に整えている状態。
一方、死神は先程の戦闘で生命力を消耗した状態かつ主戦場は"暗殺"。
加えて──エルマ暗殺の為の余力も残しておかない。

"絶望"以外の言葉が見つからない状況だが……殺る。 もう殺るしかないのだ。
匙を投げたくなるくらいのクソッタレな明日でも、迎えたいのなら……全員殺るしかない。

227【倫理転生】6つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2021/09/25(土) 16:35:11 ID:EafoZBgI
>>223-224

 ゼオルマの唇が振れた聖痕に触れて、アリサは僅かに笑みを浮かべた。
 彼女が悪い夢を見た時、己の病を悲観した時、彼女の兄もこうして額にキスをしてくれたのだ。
 それを思い出せば、その記憶があれば、彼女の自我が記憶の濁流に呑み込まれることはない。
 大切なものが、決して譲れないかけがえのないものが、あるのだ。

「終わらない。僕は永遠に悪を為す」

 その、大切なものが狂気を言葉にする。
 凍りついた時間が溶け出したのは、ハイルにカロンが掴みかかったその瞬間だった。
 6人の関係を壊さずにいるならば、これより前であってはならない。
 本音を隠していてはいつか露呈する。その時には今よりも致命的な決裂となるだろう。
 そして、完全に対立してしまうこれより後であってもならない。
 だから、今なのだ。本音を吐露して心が緩んだ今。本音を聞いて驚愕に硬直した今。
 この瞬間にこそ、ニュクスはアリサへと変貌する。ハイルの隣、長椅子に座っていた少女がすべての記憶を携えて覚醒する。
 可憐さだけのフリルドレスが、強さを願う軍服へと置き換わり、現実から目を逸らす黒い帯が失せ、緋色の瞳が露わとなった。
 そして、彼女はハイルの腕を掴んで口を開く。すべての記憶を得ても尚、分からなかった問いを口にした。

「それは破滅願望? それとも、献身のつもりなの?」

 それが、ハイルの記憶を得ても分からなかったのだ。
 何もかもがどうでもいいと、うんざりだとハイルは思っていた。
 だから、永遠の悪などと口にしてすべてをぶち壊しにしようとしていた。
 しかし、同時にハイルは本気で平和を願っていた。
 平和の為には人類の敵が必要だと考え、そして、それに自らがなろうとも思っていた。
 だからその問いに意味が無いことは分かっている。
 ハイル自身にもそれが、破滅願望なのか平和への献身なのか分かっていないのだ。
 自らの心を読み取ったような問いを投げかけられて、隣にいたニュクスの変貌を目の当たりにして、
 ハイルは隠していた本音を打ち明けた事の解放感による清々しい表情を、歪な驚愕の色に染めた。

「なっ……!?」

 何が起きたのか、ハイルもカロンもヘメラもエレボスもアイテールも、その場の誰もが分からなかった。
 ゼオルマとアリサを除いて、理解することは出来なかったのだ。
 アリサはそんな驚愕による心の隙間へと、言葉を投げ込む。

「死にたがっている人間が永遠の悪を口にするなんて“間違ってる”よ、お兄ちゃん」

 己の行いは間違っていると、ハイルは幾度となく言われてきた。
 祖国への復讐を口にした時もそうだった。悪となる事を決意した時もそうだった。
 間違いだらけの人生、間違いだらけの化物。しかし、それでも、口にした言葉が間違っていると言われたのは初めての事だった。
 ハイルにとってはニュクスの変貌以上に、己の心を見透かされた事のほうが驚愕が大きかった。
 そして、カロンは──。

『──アリ、サ……?』

 あり得ないはずの、二度と戻らないはずの人間を目にして、混乱と歓喜の入り混じった表情を浮かべる。
 彼にとってのアリサは、ニュクスという狂気と殺戮と愛に溺れた怪物に成り果ててしまった筈だった。
 だが、そんな彼女が正気の様相で喋っている事が、カロンにとっては奇跡と言えた。

「そうだよ、イリヤさん。私はアリサ、ハイルを名乗るヨハンの妹。そして──」

 その瞬間、アリサの言葉を遮るように極光が煌めいた。
 怒りの形相を浮かべるヘメラの発した閃光は、ハイルやカロンを巻き込むような形でアリサを呑み込む。
 不意打ちに近い形で放たれたそれは、粉塵を巻き上げ長椅子も床も抉り取り、純然たる破壊をもたらした。

『ニュクスを──』
「“ニュクスを何処へやった”って? 私がニュクスだよ、レイラさん」

 ヘメラの言葉を遮るように、アリサの声が響く。
 破壊によって巻き上がった粉塵が晴れると、そこには蠢く闇が形成されており、
 それが霧となって溶けるように消え失せれば、無傷のアリサが笑みを浮かべていた。
 全人格の中で最強の力を持っているのはヘメラ……というのは、アリサが生まれる前の話である。
 元々、ニュクスとヘメラは同等の力を持っていた。
 無邪気故に、愛故にその力を持て余していたニュクスであるが、今はその力を振るうのは“強さ”を信じ願う別人である。
 そして、全人格の記憶を共有するという呪いのような特性を与えられた彼女に、不意打ちなど通用しない。
 思考し、記憶に蓄積された時点でアリサは他の人格の思考を読み取り、記憶を更新する。
 故に、力でアリサを排除することは叶わない。それを思い知らせるように、アリサは余裕の笑みを浮かべて立ち上がった。

// 続きます

228【倫理転生】6つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2021/09/25(土) 16:36:47 ID:EafoZBgI

>>227の続き


「お兄ちゃん、イリヤさん、ドストエフスキーさん、レイラさん、レフ」

 愛と死に狂った少女の姿は、そこにはない。
 そこにあるのは、決して壊れる事のない狂人。
 独善的な正しさに取り憑かれた、怪物である。

「真実を教えてあげる」

 そうして、アリサは告げる。
 己の愚かさを、救い難い真実を、己達のどうしようもなさを。
 ヨハンの苦しみを理解し、イリヤの贖罪は間違っているのだと突き付け、アレクセイの苛立ちを汲み取り、レイラの関心を得て、レフの恐怖を解消する。
 兄であるヨハンは常に苦しんでいた。己が定かではない恐怖に耐え、絶望的な状況に屈さず、しかし、生前も怪物となってからも苦しんでいた。
 病の妹の為にと苦難に耐え忍んだ結果が、記憶を失い、肉体を失い、己が何者なのかも分からない、見知らぬ者しかいない世界。
 自暴自棄にもなろうというものだ。それでも彼が辛うじて、平和というものを願うことが出来たのは、今まで出会ってきた者達の善良さ故だ。
 だからこそ、彼はねじ曲がった。大切な人々の為に大切な人々を裏切り、平和の為に悪を為し、
 そしてその献身に殉じて死ぬ事が出来たならば幸せだと、彼は本気でそう考えるようになってしまったのだ。
 だが、その苦しみは己の素性が分からぬ故だ。アリサという人間が、己の妹が、己の素性を語るのならばヨハンの苦しみは簡単に溶け落ちるものだった。
 
 そんな簡単な事に苦しむ彼を見て、イリヤは後悔していた。彼らを巻き込んだのは己だと、贖罪のためだけに行動していた。
 だが、そうではなかった。巻き込まれたのはイリヤの方だった。彼らは皆、アリサと関わったが故に命を奪われたのだ。
 イリヤが償うべきは巻き込んだ事ではない。沈黙してしまったことだ。己の記憶を保っていながら、それを告げなかった事だ。
 それがヨハンの不信感を招き、互いに争うことに繋がった。
 だが、償い方を知れば悩むことはなかった。イリヤの贖罪は終わりを告げるだろう。

 アレクセイは出処の分からない怒りを常に抱えていた。
 目に映るすべてが、聞こえるすべてが、己を取り巻くすべてが己を束縛する鎖に見えた。
 僅かに残っていた生前の記憶が、己の現状のままならなさを知らしめた。
 この不条理は、この理不尽は何なのだ。記憶の欠片にもその答えはなかった。
 怒りをぶつける先も分からない彼は、それを周囲にぶつけていた。
 それでも、怒りが消えることはなかった。耐え難い不自由さが心を蝕んだ。
 だが、怒りの矛先をハッキリと理解した。アリサの口から告げられた。
 それは前向きではないのかもしれないが、少なくとも彼は雁字搦めの鬱屈感から解放されたのだ。

 レイラは己が分からなかった。
 何故、ニュクスを愛おしいと感じるのだろうか。
 何故、世界のすべてに無関心でいられるのだろうか。
 それがおかしいことは分かる。だが、おかしいと感じる事がおかしいとすら思う。
 正体不明の愛情。正体不明の無関心。レイラにとって己の存在ほどに信用ならないものはなかった。
 記憶を失い、肉体を失い、そして自らの魂すら信用出来ない環境は、レイラの心を蝕んだ。
 すべてを滅ぼして、何もかもがなくなった世界で孤独に生きれば、愛も無関心も消え去るだろうと信じていた。
 だが、その愛と無関心を正体を知った。愛していたニュクスが変わり果て、アリサと名乗る少女となって口にした。
 レイラはただ、後悔していたのだ。幻獣に作り変えられる間際に、願ってしまった。
 とうに手遅れだった己やレフの事を諦めて、絶望の中で希望を抱いた。
 “ならばせめて、他の何もかもをおいても、アリサが無事でいますように”と。
 その願いを、変わり果てた自分が聞き入れてしまった。
 すべてがどうでもいいから、何もかもが二の次だから、アリサを守ろうと無意識に刻み込まれていたのだ。
 信用できないと疑っていた心は、たしかに己の心だったのだ。ただ、少しだけ歪んでしまっただけの、願いだった。


// まだ続きます……ごめんなさい……

229【倫理転生】6つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2021/09/25(土) 16:37:13 ID:EafoZBgI

>>228の続き


 そんな彼らの苦しみや苛立ちに、レフは恐怖を抱いていた。
 彼から見れば、他の人格の振る舞いは与えられた役割に沿っているように見えた。
 邪悪を与えられたニュクスは死を振りまき、混沌を与えられたエレボスは争いを好み、中庸を与えられたカロンは誰の味方もしなかった。
 性根の曲がった少年には、善良を与えられたヘメラの無関心すら“それこそが善良というものの本質だ”という風に見て取れた。
 だから、他の人格達はどんどんと変わっていると、己を捻じ曲げられて心が壊れていっているのだと思った。
 それは、ある側面から見れば真実ではあったが、正しくはなかった。
 彼らが壊れていっていたのは、幻獣へと成り果てたからではない。
 記憶を失い、保つべき己すら定かではない状態で、多大な苦痛を与えられたが故に歪んでいったのだ。
 それを知って、己の記憶を取り戻せば、何のことはなかった。
 ストレスを与えられて狂うなど、まさしく“人間”ではないかと笑いさえ漏れた。

 すべての真実を告げられて、ハイルことヨハンは深い溜息を吐いた。
 その靄のようだった顔は、若い黒髪の男性の──生前の姿を取り戻し、くたびれた表情を浮かべている。
 それこそが、アリサの言葉の正しさを証明していた。彼女の言葉に掘り起こされるように、記憶の断片が浮かび上がる。
 しかし、それでも急すぎた。争う気持ちこそ萎えはしたが、それでも困惑は消えていない。
 だからこそ、ヨハンは自分に言い聞かせるようにして、問うた。

「君の冗談……じゃあないんだよな、ゼオルマ」

 聞いてみて、馬鹿な質問だとヨハンは自嘲した。
 心が受け入れてしまっている。ニュクスが己の妹であり、己がヨハン・ミハイロヴィチ・ザハロフだと。
 だから、あまりの情報の膨大さに頭が追いついていないだけなのだ。
 それが否定の言葉を吐き出させた。

「どうせなら、全員の記憶と肉体を戻してくれたら……」

 そんな言葉を吐きかけて、ヨハンは首を振った。

「……いや、莫迦な事を言ったな。
 可能かもしれないが、それではつまらない、か……」

 退屈だからやらないんだろう、なんて八つ当たりじみた言葉に、ヨハンは歯噛みした。
 己を弄ぶゼオルマにも、彼女に当たり散らす己にも腹がたった。
 何せ、ゼオルマは十分にハイル達へと施しを与えたのだ。
 そこにどんな裏があるにせよ、本来なかったはずのもの。
 アリサという少女の記憶と、すべての真実を与えた。
 そこに文句を言う筋合いなど、ないのだ。
 だが、聞かずにはいられなかった。

「……何が目的なんだ?」

 アリサは、ゼオルマとの契約について口にしていない。
 彼女はただこう言ったのだ。“ゼオルマの力ですべてを知った”と。
 魂を売り払った事も、記憶が共有されることも、狂う事を禁じられた事も喋っていない。
 だから、ヨハンにとっては不気味に映ったのだ。
 ゼオルマが、無償でこんな真似をするものなのだろうか、と。

230【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2021/09/25(土) 21:16:46 ID:JamoymeY
>>226

……使用人の排除に成功する。
残りの戦える人間は大部分がヒュイスに引きつけられているだろう。後で始末すればよい。
いずれにせよこれで外部との連絡手段は断ち切られた。まさか徒歩で出ていく奴はいるまいなといちおう見ておく。

ここまではいい。
問題はこの後、残る二人の子供と家庭教師たちの暗殺だ。
ドイルの一件で子供たちへの警戒度は跳ねあがっていた。所詮は六歳の子供、家庭教師役と護衛のみが脅威であると、最初からそう思っていたわけではないが……。
何にしろ“まともに戦う”という選択肢はもう消えている。そもそもこちらは消耗している、正面戦闘など繰り広げた日には敗死の可能性の方が濃厚だ。

となれば、どうするか。
いいや、迷う必要はない。策はもう、できていた。

「──蠢け」


──アミーラの部屋に、乱暴なノックの音が響く。
返事を待たず扉が開く。そこにいたのは胸に赤い華を差した使用人……だがひどい負傷だ。
体じゅう血まみれ、ふらつく肉体を支えきれずドアに寄り掛かってなんとか立っているような状態。

いったい何をと問うまでもなく、ゆらりとその腕が持ちあがる。
向けられたのは横合い、廊下の向こう。力なく指差し、俯きがちな表情はよく見えないが口がぱくぱくと動いている。
何かを伝えようとしているのだろうか? だが何を言っているのかは聞き取れない。微かに何か聞こえはするものの、小さすぎて判然としなかった。

部屋内の者らは重体をおして駆け付けた同僚の最期の言葉を聞こうと駆け寄るだろうか。
それとも何か異変を察してその場から動かないでいるだろうか。

いずれにせよ注目は“その使用人”に釘付けとなっているはずで……。

──その隙を、扉と反対側の窓の隙間から入り込んだ“死神”が刈り取りにかかる。
圧縮され、形を成した黒い粒子はしなる針のように各々の耳から脳へ。
今日だけでどれだけ実行されたか分からない、おそろしいほど効率的な暗殺方法が視界外から襲い掛かる。
それを操る暗殺者は窓の外に。滞空しながら窓のすぐそばに張り付き、自身の存在を気取られないよう注意深く、部屋の様子をつぶさに観察していた。

231【屍霊編制】:2021/09/26(日) 02:30:37 ID:8sIxKf6Y
>>230

──アミーラの部屋。

死神が観察する窓から五メートル程離れた場所。
全周囲からの攻撃に対応できるようにと部屋の真ん中──そこに"二人の子供"と"二人の女"が集っていた。

『わっ!? ななななっっな、なにがどうなって……!!』

乱暴に入室してきた重症の使用人に悲鳴を上げ、動揺を隠しきれていない六歳程の少年。
間違いない──確かシュトロイゼル家次男"クラリス・シュトロイゼル"だ。

『西連寺先生。 救護致しますか?』

狼狽えている少年の横。
そう尋ねているのは──シュトロイゼル家次女"アミーラ・シュトロイゼル"だ。
いつでも抜刀ができるように、と腰に携えた太刀に手をかけながら。

『……いえ。 既に手遅れです』

和服を身に纏い腰に日本刀を携えた漆黒の長髪を後ろに纏めた女性。
アミーラの家庭教師を担当している"西連寺カンナ"に視線を向けていた。

そして、

『えぇ……マジで? マジでそういう感じ……?』

うわぁ…と、嫌悪感丸出しの表情を浮かべているのは……未だ情報のない家庭教師だろうか。
十代半ばの年齢と羽織っている小洒落たパーカーから"教師"というよりは"生徒"っぽくあるが……。

『こういうのは契約に入ってなかった気がするんですけ……──ッ!!』

少女が気怠げに頭を掻こうとしたその刹那──死神の漆黒ノ粒子が視界外から襲撃を仕掛ける。

『『『────!!!!』』』

本日だけで十数名の命を葬ってきた死神ノ暗殺術──しかし、それは。

『小癪な真似をしてくれますね……』

西連寺カンナの目にも止まらぬ神速の"居合い"によって西連寺カンナとアミーラ・シュトロイゼルの二人を狙った漆黒ノ粒子は諸共叩き落された。
流石は表社会でも"サムライ"の血筋と伝統を継ぐ名家として名高い西連寺家の次女といったところだろうか。

『あっ』

もう一方。 クラリス・シュトロイゼルとその家庭教師の方は……。

『う、うわぁぁぁぁっ……!! いやだいやだ。あ゛あぁ゛゛ぁ゛ぁ゛!!』

家庭教師は即座に手に持ったスマートフォン型の小型携帯端末で漆黒ノ粒子をぱしゃりと撮影。
すると漆黒ノ粒子はその場から"消滅"し、襲撃を回避することに成功したが……。

余裕がなかったのだろう。 クラリス・シュトロイゼルの防衛までには手が回らなかった。

『あ゛っ…あ゛あ゛あ゛っ……お゛か゛ぁ゛さ……』

そうなると──当然こうなる。
両耳から侵入した漆黒ノ粒子は人間の急所から生命力を根こそぎ奪い取り、いとも容易く絶命に陥れる。
一度侵入を許してしまえばもうどうすることもできない。 三人は母に助けを求める少年の最期を眺めるしかないのだ。

そして、尊い命が死神の手によって葬られれば──。

『クラリス……クラリスッ!!』
『……何をやっているんですか、アナタは』
『い、いや! しょうがないじゃん!! ムリだって咄嗟にあんなのさ!』

一人は嘆き悲しみ。 一人は呆れて。 一人は弁明を図ることだろう。

232【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2021/09/26(日) 09:58:10 ID:Z7PiZacc
>>231

仕留められたのは一人……シュトロイゼルの次男たるクラリス。
実力未知数な点を鑑みればこちらを先に始末できたのは僥倖だ。
アミーラは見るからに近接型であり優秀な師の元で成長していることから決して侮れないが、それよりも情報がないクラリスの方が今の暗殺者にとっては恐ろしかった。
武術とは違い異能は“どのように強い”のかがまるで分からない。
能力を行使するその瞬間まで、あるいは行使したその後も、どんなものが飛び出すか不明なことが能力者という存在最大の強みだろう……。

だがしかし、そんなチカラを蔵する能力者とて、基本は同じ人間であり。
人がましい感情を有しているなら近しい者の死に直面すれば嘆き悲しむ。
そこまでいかずとも護れなかった罪悪感や責める気持ちが生まれる。まともである限り、死というものに対して無感では決していられない。

それは。
隙である。

「────」

窓をぶち破って室内に侵入し、生者に敵する証明であるかのような大鎌を振り翳して飛びかかる暗殺者。
鈍い光を放つ刃は分厚く大きく、この場の三人を纏めて刈り取れるだけの攻撃範囲と威力を有している。
振るう得物の直線上にいるのは家庭教師ふたり。両者が反応するより早く仕留めんと躍動して──。

その対応に動く者らの反応こそ、まさに死神の狙いだった。

先ほどとは違い、姿を見せた直接的な脅威が自分たちを害そうとしている状況。
視線はそこに引き付けられるに決まっている。よほど隔絶した達人でもないかぎり、迫る殺意から視線と意識を逸らしたまま迎撃するなど不可能だから。
意識を裂かねばそのまま殺されるのだから──ゆえにきっと誰も気付けはしないだろう。“彼らの背後で重傷の使用人の身体から這い出す黒い粒子”などには。

そう……部屋の扉を開いた使用人、重体と思われた彼は、その実とっくに絶命していた。
生命を失った肉塊に“死神”が入りこんで動かしていたというだけだ。微かな声は体内から圧迫して肺に残った空気を押しだしていただけだ。
絶命に至った傷は一撃だったのにこれほど全身傷だらけなのは粒子を内側に仕込んで彼女たちの目を誤魔化すための“加工”だったというだけ。
素材は今やそこらじゅうに転がっているから適当に確保して、作成された肉人形は死者の尊厳を完璧に踏み躙りながら最大の目的合理性を発揮する。

だがそれも、もはや用済みである。
扉の陰に隠されていた、そして肉塊を操っていた多量の圧縮粒子は、力を失った死者の肉体が地に落ちるよりも早く背後から家庭教師たちの元に到達し脳を貫く即死を狙う。
もし家庭教師たちが背後より迫る脅威に気付き対処に動いたところで、そのときはこのまま大鎌が首を刎ねるだけだ。
自身の身を標的に晒すことで完成する人倫を無視した殺し技。殺意以外の何をも排した漆黒の意志が“アミーラ以外”に襲い掛かった。

233【屍霊編制】:2021/09/26(日) 22:25:30 ID:64jupQu2
>>232

他人と家族では”生命の重み”が違う。

『……ッ……クラリ…ぅ…ス……!!』

例え24時間365日、護衛や世話をしてくれていてもアミーラにとって使用人は他人以上の価値を持たない。
だから、部屋に瀕死の重傷を負った使用人が入ってきた時も”驚愕”と多少の”混乱”はあったがそれ以上の感情が湧くことはなかった。
それを──皆は”冷酷だ”と言うだろうか?

否、人間はそんなものだ。

他人の死に涙を流せる人間なんてのはそういないし、
そこに”自分も殺されるかもしれない”状況が加われば他人の人生なんかに構ってなんかいられやしない。
当然。 至極当然なのだ。

アミーラに限らず、人間というのは他人がどうなろうとも興味はないし、

『ぁぁぁぁっ…ッッッ!!!!』

家族や恋人、親友ならば──この世の何よりも傷いものだ。

『……うっ……ぁっ……』

西蓮寺に指示を仰いでいた時とは正反対。
動揺と混乱、憤怒に悲痛、様々な感情を露わにしながら、くぐもった叫び声をあげていた。

『いや、ちょ……』
『アミーラ様、お気をしっかり…』

殺戮に謀略、強姦など、そんな光景を見慣れた裏社会の住人──”人間の屑共”ならば、アミーラの姿を見ても無感情または愉悦でも感じるだろう。
が、どうやら此処に居るのは”裏社会の歴が浅い少女”と”表社会の住人である女”。
クラリスを護ってあげられなかったことに罪悪感を抱いてしまうし、
エルマにどう言い訳をしよう、なんて自己保身の言い訳なんてのもつい考えてしまう。

そして即ちそれは──

──死神の言う通り”隙”である。

『なっ…!!』

西蓮寺がアミーラを宥めようとしたその刹那──大鎌を手にした死神が魂を狩らんと部屋へと侵入。
咄嗟の出来事に三人共初動が遅れてしまうが……問題はない。
サムライの血筋を引く西蓮寺家は”神速の居合い”を得意とする武家だ。
故に反応が僅かに遅れたとしても、死神ノ大鎌にカウンターを叩き込むなんてのは容易い。

『甘い! 見切っ……あ────』
『は……えっ…?』

柄に手をかけ、鞘から最速の抜刀──をする直前のことだった。
西蓮寺カンナと名も知らぬ少女の脳を”刃”を象った漆黒の粒子が貫いたのだ。

『────』

万全の状態であれば、彼女等が相当の強者だったことには違いなかったろう。
西蓮寺カンナの剣筋は疾く、そして、力強かった。 正面戦闘で有れば、大鎌も漆黒の粒子も一切寄せ付けることなく舞っていたはずだ。
名も知らぬ少女だってそう。 小型携帯端末で撮影された漆黒の粒子が”消滅”したのだ。
もしこれが”人間”にも作用するのであれば一撃必殺の異能。 脅威以外に他ならない。

が、”異能”も”実力”も所詮は道具だ。
所有している道具に過信を抱いてるような者達では、謀略に満ちた裏社会で生きてきた者に敵うはずもない。
だから、二人は最期に言葉を遺すどころか、絶叫すら上げさせてもらえず、こうして無様に即死したのだ。

『あっ……あっ……』

シュトロイゼル家に家庭教師として雇われた類稀なる強者四人と幾人もの使用人達を蹂躙せし死神を。
三つの骸の真ん中でアミーラはカタカタと震えながら強気に睨み付ける。

『ど、どうして、こんなこ……と…っ!』

そして、捻り出したその言葉と眼からは一切の曇りのない恐怖や憎悪と彩が込められていた。

234【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2021/09/27(月) 20:44:02 ID:mFpJ1xl.
>>233

家庭教師役二名の死を確認。
残る一人は戦闘行動に移れる状態ではない。
予測通り。暗殺者は振り翳した大鎌を巧みに操り、少女の両腕の腱を切断。
そのまま鎌を円転させ、下方に移動した刃は同じく両足の腱を断ち切る。
横合いをすり抜けつつ後ろ手にアミーラの頭部を掴む。その手に集う暗黒粒子が圧縮状態から再展開して殺到。
頭部の生命力を重点的に奪うことによって意識の破断を引き起こすが、あまりに多く奪いすぎては脳の完全停止を招き死亡してしまうため加減を誤ってはならない。
精妙に慎重に行使される生命力消滅の異能は少女の意識を彼方へ追いやった。目覚めは遠く、外部からの強い衝撃がなければこのまま数時間は眠り続ける。
手近なカーテンなどの布を引き裂いて傷口を止血。そして手足を厳重に縛り上げ、万が一にも脱け出せぬよう拘束する。

──以上、一連の流れは素早く、かつ無言で行われた。
もはや時間の制限など取り払われたも同然だが、未だ時間稼ぎをしているであろうヒュイスにもしやの事態がおこるかもしれない。
それに手間取れば手間取るほどイレギュラーの可能性も高まってくる。畢竟、のんびりしている理由などないということだ。

……だが、果たしてそれだけだったのだろうか。
レイスは己に向けられる少女の瞳を決して見ようとはしなかった。
終始顔を背け、なれど熟達の技量が戦闘能力を奪い、異能が意識を奪い、可能な限り速く行われた制圧にアミーラがそれ以上なにかを言う暇はなかったはず。

何も見たくなかった。
何も聞きたくなかった。
もう見ないでほしい、もう何も言わないでほしい、つまりはそういうことなのではなかったのか。
それは本人以外に分かりようもないことだが……もしもそうであったのなら、この期に及んで未だ、と言うべきことで……。

「…………」

ともかく……この場での行動を終えた暗殺者は廊下へ。
再び粒子を用いて高速移動を行い、ヒュイスによる足止めの真っ最中であろうドイルの部屋付近へと向かう。
順当に足止めが行われているのなら、使用人たちの注目は亡者たちへと向いているはずだ。
死神を纏わせ攻撃範囲を増した大鎌でまとめて薙ぐもよし。圧縮粒子の弾丸を踊らせ一人ひとり脳を破壊するもよし。
おそらくそう難しくはないと思われるが、さて。状況は如何に。

235【屍霊編制】:2021/09/28(火) 18:30:42 ID:e2ylHD0o
>>234

死神ノ鎌は。 漆黒ノ粒子は。

『あっ────』

少女──アミーラ・シュトロイゼルの生命を奪わなかった。

そう。

"逃げない、全員殺る"と決意したのに。
"遺された者の気持ち"も分かっているのに。

それなのに、死神は"意識を断ち切るだけ"にとどめた。

エルマ暗殺を盤石にする為の"人質"や"情報収集"で残したのならいい。
……が、きっとそういうことではないだろう。
死神は──只、臆したのだ。
兄妹を喪ったことで憤怒や悲劇、混乱、多大なる負の感情を爆発させた幼き少女──それを殺めるという"罪"。
その"罪"を背負って生きていくなんてできないから。 だから、だから。

死神は我が身可愛さで──生かしたのだろう。


そして、場面は変わって、使用人と亡者達が集う"廊下"

『────』
『ッ……こいつら、どれだけ湧いて出てきて……!!』

烏合の衆に脅威など感じ得ないと吐かす者は"素人"だ。
過去、未来、現在。 いつの時代だって"数"というのは脅威以外他ならない。
加えてそれが──武力を有した怪物ならば猶更に、だ。

『──!!』

見慣れた亡者達が束……否、群勢となって使用人達の猛攻を迎撃していた。
暗殺名家の使用人達だ、勿論屈指の実力を持った者達ばかりだが……それでも"生物"である以上、体力というのが存在する。
倒しても、倒しても、無限に沸いてくる亡者達に、体力を消耗させられ劣勢気味のようだ。

だから、きっと容易いだろう。

死神が語ったように、粒子を弾丸にして確殺するもよし。 大鎌で薙ぎ払うもよし。
いとも容易く、背後から使用人を黄泉ノ国へと送っていき……。

「おかえりなさい〜」

何事もなく辿り着くだろう。
屍霊術師の待つドイル・シュトロイゼルの部屋へと。

236【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2021/09/28(火) 19:21:26 ID:OGa1G58A
>>235

死神を駆使する。大鎌を振う。すべて殺す。
返り血はこれからのことを考えればむしろ好都合だ。それより仕留めた使用人の数はどれくらいだろうか。
情報では総計四十五名、戦闘可能なのは二十名。ここに至るまでにだいぶ狩ったとは思うが、まだ残っていても何らおかしくない。
それも後で全て始末する必要があるが、外部との連絡手段を断った以上、もはや急ぐ必要はない。徒歩で逃げられることにだけ気を付けていればいい。

ゆえに、もう……。
急いで殺すべき相手は、もう、一人しかいなくなった。

「…………」

返事を返すこともしない。ちらりと一瞥して、手近な場所に大鎌を立て掛ける。
レイスの顔色は死人もかくやに蒼褪めていた。元から病的と言ってよいほど色白だが、現在のそれはあまりに異様。
この表情と重い足取りを見れば、その消耗度合いは一目で分かろうというもの。

だが……蒼褪めた表情の理由は、果たして消耗だけなのだろうか。

「……アミーラ……次女は生かしてあるけど。勝手に殺さないでね。
 あとで“使う”から」
 
使う。使うとはいったい、どんな意味を持っているのか。
人質か、情報か。それとも単に殺したくないがための方便なのか。
分からないが……いずれにせよ、それだけを言い残してその場を後にする。

向かうのは……テクラの部屋。

237【屍霊編制】:2021/09/28(火) 20:15:10 ID:e2ylHD0o
>>236

死神の忠告を拒否する理由が屍霊術師には存在しない。
むしろ大変悦ばしいことだ。 徐々に、徐々に、理想の暗殺者像にへと遂げていってるのだから。

「は〜い。 わかりましたぁ〜!」

故に最期の一人を狩りに向かう死神を屍霊術師はにこやかに送り出した。
──帰ってきた時、いったいどういった貌をしているのか、それを思い浮かべながら。


場面変わってテクラの部屋

『…はぁ…はぁ…ッ……』

その部屋には──テクラ、只一人だけだった。
どうやらテクラの警備を担当していた使用人等は"緊急事態"の応援に出てしまったらしく。
テクラは部屋の隅にあるクローゼットの中に息を潜め、事態が終息するまで隠れていた。

『な、なに……本当に何がどうなって……』

テクラは未だ混乱の渦にいた。
しかし、それも当然の話。
テクラからすれば、死神が他の兄妹と家庭教師等に挨拶に向かうとダグラスと部屋を退出。
その後、明日からの授業が楽しみだ、と心を躍らせながら昼食を取っていたら、突如隣の部屋が"何者かの攻撃"によって崩壊。
護衛の使用人達は自分を置いて何処かに行ってしまうし、アレだけあった騒音が今は無音だしで、
齢十二歳の少女──更に戦闘力を殆ど有していないテクラからすれば、混乱も動揺も、恐怖もして当然だろう。

そして、そんなときに──

『えっ……?』

血に塗れた親愛なる同志の姿を見たら……少女はどう思うだろうか。

いつもの少女であれば──きっとこの一連の騒動を引き起こしたのが彼女だと断定するだろう。
が、違う。 今はそんな判断を下せるような状況にあらず。

『キ…キルリア…先生…!』

クローゼットの中から思わず歓喜の声を上げてしまう。
だって、そうじゃないか。
少女からすれば彼女は──襲撃に来た暴君達を身を挺して排除してくれた"英雄"なのだから。

238【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2021/09/28(火) 21:18:50 ID:OGa1G58A
>>237

鉛を流し込んだように身体が重かった。
理由はただひとつ、“死神”を使いすぎたからだ。

振り返ってみるにアドルフという輩の挑発に激昂してしまったのが悪かった。
死神は自分自身の生命力を奪うこそこそないものの、出現させる際には体力と気力を消費する。
あの全力放出によって予定外の大出費を強いられたのだ。しかもそれだけやっておきながら反撃を許したことが返す返すも憎々しい。

あれさえなければこれほど消耗することはなかったのだ。
あの騒ぎによって警戒させてさえいなければ、もっと死神に頼らない方法で皆殺せたのだ。
その絵図は描けていた。もはや後の祭りだが、悔まずにはいられない。
作戦どおりに事が進んでいたならば、いまごろエルマ最後の子供を……殺す、のにも、足を運ぶに苦労なんてしなかったのに。

そう……この身体が重いのは。この脚が歩くことを拒絶するように進まないのは。気を抜けば震えそうになる手指は。
すべて、すべて、消耗と疲労だけが理由だ。それ以外の理由なんてひとつもない。
ひとつも、ないのだ。

「────」

部屋の扉を開けて……直後、脚をもつれさせて転倒した。
これは演技ではない。本当にバランスを崩して転んだのだ。
倒れ込んだ拍子に挑発が顔を隠して表情は見えにくくなったが……僅かに覗く頬や手が異様に血の気を失っていること。
そして多量の返り血を見れば、この者が今しがた修羅場を潜ってきたのは誰にでも想像できることだ。

女は倒れたまま動かない。
床を掻き毟るかのように拳を握り、腕に力を込めて立ちあがろうとしている様子は窺えるものの……。
うめき声を上げる余裕すら喪失しているのか、微かな呼気以外がその喉を通りぬけることはなかった。

239【屍霊編制】:2021/09/29(水) 16:00:26 ID:ZajW2MnA
>>238

『──キルリア先生ッ!!』

テクラはクローゼットから跳び出し、転倒した親愛なる家庭教師──"キルリア"の元にへと駆け寄っていく。
そして、キルリアの全身に浴びた夥しい返り血、疲労で満身創痍の状態を見て、今一度絶句したような貌を魅せる。

『わ……わたしが…たすけなきゃ……!』

キルリアの耳には届いただろうか。
襲撃から身を挺して護ってくれた英雄を──次は自分が助けるんだ、と決意した少女の言葉が。

『そうだ……確か前に造ったアレが……』

テクラはそう言うと部屋中を慌ただしく駆け回り始める。
容態は一刻を争う。 屋敷に常駐している医者達を呼びに行っていたのでは間に合わないかもしれない。
だから、だから、私が助けるしかないんだ、と。

──約三分後。

書籍に薬瓶、注射器などの医療器具を山ほど抱えてたテクラがキルリアの元にへと戻ってくる。
キルリアを仰向けにへと寝かせて、血の気を喪った亡霊の如き細腕を取る。
その後、手慣れた手つきで血管を浮き上がらせ、消毒液とガーゼで拭って……。

『えっと……外傷は特に見当たらない…けど、体力が相当消耗している。
 ち、ちょっと強めの"毒"だけど、これを使ってまずは強引に回復させて……ッ!!』

"毒"も道具だ。
使い手次第で"人を救う"ことも"人を殺める"ことだってできる。

そして、テクラは暗殺一家シュトロイゼル家には似付かわしくない──人を救う職"薬剤師"の才に溢れた者だった。

『……ッ…よし、まずは一段落……!』

キルリアの細腕に注射針を挿入。 その後、自家製の即効性のある体力増強剤を注入していく。
恐らく五分後には徐々に体力が戻っていき、喋れる段階までには回復することだろう。

『次は……』

また体力が回復するまでの間もテクラは熱心に看病する。
例えば身体が苦しそうであればベルトなどを緩めたり、疲労から熱が出そうならば解熱作業に勤しんだりと。
それもこれも、只、助けたい。 それだけの一心で。

240【絵空に彩る真偽の導き】ゼオルマ:神変出没なマッドジョーカー:2021/10/01(金) 01:17:20 ID:Q0SY82SM
>>227-229

【アリサの制止は成功しその言葉に耳を傾ける5人】
【語られたのはそれぞれが失った過去】【その真実】
【それが本当にあった出来事だと腑に落ちているのだろう】
【誰もアリサの話を否定しなかった】

「良かったなぁ……良かったなぁ……。
 ようやく自分の形を取り戻せたのだなハイルよ……」

【靄のような姿に輪郭が現れ】【ハイルが失った以前の体に再構築された精神体を観て】
【ゼオルマはどこから取り出したのか不明なハンカチで金の瞳から溢れる涙を拭う】
【古い友人が探していたものを取り戻したのだ】【友人としてその事実には涙を禁じえない】
【拭っても拭っても止まらない涙のせいでハンカチはすでに吸水できない程だった】

『どうせなら、全員の記憶と肉体を戻してくれたら……。
 ……いや、莫迦な事を言ったな。
 可能かもしれないが、それではつまらない、か……』

「それはそうだろう」

【それがヨハンの言葉でピタリと止まる】
【涙腺が枯れたわけでなく元から涙を流していなかったかのように消える】
【ぐしょりと濡れていたハンカチも新品同様にふわふわとした生地になっている】

「可能だとしてだ。何の苦労も無く手に入る宝ほどつまらないものはない。
 それが自分という個の証明。形あるものにとって最も黄金と言うに相応しいもの。失えば何者かという存在意義にも関わるものだからな。
 事実、貴様らにとってはそれを取り戻す、得ることが第一目標なのだから相応の苦労がなければな」

【ハンカチをつまみ】【編み込まれた一本の糸を抜き取る】
【それが鮮やかな緑色の麻の葉へと変わり】【それが何枚も生まれると枯れるように土色になり一本の糸に変わる】
【その糸束が幾つも折り重なるとやがて先ほどのハンカチへと変わる】

「ボクには記憶がない。だから記憶を探す旅に出た。
 近くにあった村に立ち寄ったら伝説の魔法使いがいて、その魔法使いに頼んで記憶を取り戻す魔法をかけてもらった。
 ボクは無事に記憶を思い出しました。めでたしめでたし。
 という本を読んでもみろ。味がまるで無い。記憶喪失という設定の意味が果たしてあるのか?
 問題が発生した → 一コマで解決。問題が問題の意味をまるで成していない。

 大事なものは過程、道筋だ。
 どのようにして至ったか。何を経て辿り着いたのか。
 そしてその場に至った時、辿った先で残ったものが何であるか」

【ハンカチの角に火がつく】
【麻を素材とするハンカチであるため瞬く間に全体に火が周り灰になる】

「貴様らはこれまでに何をしてきたか。
 アリサから過去を聞いて何を思ったか、感じたか。
 果たして、貴様らに残っている現在をどう捉えるのか。特にハイル。

 悪になると言い、数回に渡り悪と呼ばれる組織に身を置き手配犯になったハイル。
 妹のために身を粉にして駆けずり回り、その妹に自分を思い出させられた愚兄のヨハンか。

 あのまま自滅の道になろうとも良かったが、長く観れるモノの方がまあ、B級以下のC、Z級でも観れんことはなかろう愉快(おもしろ)さはまだあるだろう。
 貴様らがこの後どうなるか。期待しているよ」

【思い出したらまた栞をとって読んでみる】
【少し前に書いたその通り】【ゼオルマにとってはただの読み物】
【自滅(打ち切り)していようがほんの少し愉快だと感じられるものがあればそれでいい】
【ニュクスが頼ってきたため自滅とはいかなかったようだが──】

「嗚呼、それと勘違いしていないようだがアリサをただ復活させたわけではないぞ。
 アリサには今後、貴様らの本の管理司書(アヴァター)にする。
 今回はただの顔合わせでニュクスの体にコンバートさせただけで、以前のニュクスは消えたわけではない。
 そこは安心して良いぞ」

241【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2021/10/01(金) 22:09:51 ID:k/p.IXUM
>>239

いっそ、すべてに気付いていてくれればよかった。
明晰な頭脳が状況を正しく判断し、この惨劇を引き起こしたのが誰なのか……。
キルリアを名乗る目の前の人間の正体はいったい何なのか、唯一無二の真実に辿り着いていてくれていれば。
そうして憤怒と憎悪を向けていてくれたなら……きっと、こんな思いを味わわずに済んだのだろうか?

(仲良くなんて、なるべきじゃなかった)

いっそ担当した相手があのドイルなら。
いいやそもそも、家庭教師役なんてやらなければ。もっと別のプランを思いついていれば。
……どれだけ後悔しようとも現状は変わらない。すべては後の祭り、過去を変えることなど誰にもできないのだから。

そう、過去からは逃げられない。
辿った軌跡こそが自分自身を形作るというのなら……。
やはり、きっと、こういうものこそが、どうしようもないわたし(クラリス)という人間の本質なのだろう。

「──わたしね、軍人だったんだ」

ぽつりと、誰にともなく呟いた。
仰向けのまま、天井に視線を向けて……だがその視線は捨て去ったはずの過去を眺めている。
虚無に見える表情はその実、本当に何も思っていないのだろうか。深く重く沈殿したがゆえに表層から何も読み取れないだけなのかもしれない。

「生まれが貧しい農家でさ。両親とわたしの他にもうひとり妹がいたんだけど、働いても働いても満足に食べられなくて」

語る言葉は世にありふれた苦境。
取り立てて特別性のあるものではないが、当人たちにとってはこれ以上ないほど苦しい現実だ。

テクラは知らないだろう、繕うことすらままならない麻の服の着心地を。
鍬を振り下ろし続けて分厚くなった手の皮がひび割れる痛みを。涙の塩で味をつけて飲むスープの味を。芯まで凍えるような隙間風の冷たさを。
きっと、想像すらできまい。

「小さい国だったんだけどね、戦争してて。
 能力者は特別待遇で迎えるって広告が出たころに、ちょうど異能に目覚めて……給金目当てで、入ったの」
 
それは唐突に垂らされた一筋の蜘蛛の糸だったのか。
特別待遇。栄光への切符。そうした立身出世なんかよりも、今まで想像するしかできなかった額の給金に飛びつかない理由がなかった。
これでみんな、お腹いっぱい食べられる。これでみんな、冷たくなる風が運んでくる病に怯えなくても済む。
偉くなんてならなくていい、ただ家族が食べていけるだけのお金を稼げるならそれで……。

「でも……ちょっと、頑張りすぎちゃって。
 いろいろあって、気付けば"英雄"なんて呼ばれるようになってたんだ」
 
そんな普通の思いは、同じく普通の思いによって頓挫する。
仲良くなった戦友を死なせたくない──人間として極めて一般的な義心と道徳心が、女をその座に追いやった。

あまりにも"当時"の彼女の異能は集団戦に向いていたのだ。
彼女が属する部隊に死傷者はなく。どころか戦闘終了時に負傷が残ることすら稀で。
加えて本人が才気煥発、個人戦闘にも部隊指揮にも、作戦立案にすら優れるとなれば、その名が戦場に轟くのは時間の問題であったのだ。

242【屍霊編制】:2021/10/02(土) 15:06:00 ID:NG9zMH42
>>241

──間に合った。

キルリアは懸命なる治癒によって、会話ができるくらいには回復したようだ。
浮かべる貌は虚無だが、ぽつり、と言葉を零し始める姿にテクラはほっと胸をなでおろした。

『──凄いじゃないですか』

キルリア──否、本名"クラリス・ヴァーミリオン"が英雄と謡われるようになった過去を聞くと、
テクラは無邪気な笑顔を浮かべ、まずはただ一言、そう返した。

『私は"貧乏"というのを知りません。
 今日までの十二年間、洋服も食事も、環境だって、全て"最高級"の物を与えられてきました』

そして、
氷水で冷やしたタオルを額に乗せ解熱したり、投薬した強壮剤の副反応を抑える為の薬品を用意しながら、
まだ外ノ世界を殆ど知らない少女、テクラが語り始める。

『私は"戦争"も知りません。
 歴史に遺った戦争や創作作品での戦争とかは自信ありますが……それは"リアル"とは程遠い存在ですから』

親友の死を哀しむ暇もなく、屍を超えて突き進んだり。
文字通り、泥水を啜りながら戦線を維持したり、
敵国のか弱き一般市民を報復行為で嬲ったり、逆に自国の一般市民が嬲られたり。

これらはこの世にある戦争ノ手記などによく記載されている内容だが、
……こんなものを読んでも子供……いや、戦争を経験したことない者達が想像付くはずがない。
当然だ。 多くの人間は泥水を啜りながら銃撃戦なんてすることもなく一生を終えるだろうし、親友の死を迎えたら哀しむ暇くらい与えられるものだ。

『だから、"貧乏"も"戦争"も知らない私の言葉は……キルリア先生からすればとても薄っぺらいものだとは思いますが……』

"国ノ英雄"から"暗殺者"ヘ。
詳細な過去は分からないが、どうして、そんな身に堕としてしまったのかは"同志"故になんとなく理解できる。
でも、テクラは言わなかった。 育ってきた環境が真逆な自分に──"分かっているようなこと"を言われるのは。

とても、とても、嫌だろうから。

243【羽衣が微笑む穹天の斜陽】 - Lever du Soleil -:2021/10/02(土) 19:46:26 ID:.Mywrw.c
どこかの町、どこかの宿。
日がすっかり暮れて、暗い色の夜空には青白い月がのっぺりと浮かび上がる。
暑さが過ぎて寒い北風が迫るこんな季節の夜は、旅人たちの肩を冷たく撫でつける。
だから、疲れてむくんだ足を強気に動かして宿へ向かった。

「……すみません、財布を何処かに落としたようで。」

宿屋のカウンターで女はそう言った。これからチェックインという時に、宿屋の主にそう言った。
何処で落としたのか本人にも皆目見当付いていないようで、バツが悪そうな表情。
自分の前髪を触り記憶を巡らす。昼に川で魚を釣った時に荷物袋を下ろしたから、その時だろうか。
それとも蜂の巣から蜜を取ろうとして失敗し走り出した拍子の事だったのかも。
いや、ここへ来る途中に大柄な男を肩がぶつかった、あれはスリだったのか。
想像と妄想が湧いては消える。泡沫の思考は根拠も理由も纏わない。

店主は少し気の毒に思ったようではあったが、無銭で泊める訳にもいかない。
悪いが後ろで待っている別の客に受付を譲るよう促した。

渋々それに従い列を外れ、自慢の弓と荷物袋を床に下ろし女は立ち尽くす。
とはいえそこまで絶望的な雰囲気はさせていない。
野宿はよくある事だし、むしろ好きだった。自然の中で眠るのはとても落ち着く。
しかし……彼女には出来るだけ宿に泊まりたいと考えていた。
もう長い事、汗を流せていない。野宿にはシャワーも風呂も無い。
それにベッドで眠るのを期待していただけに、落胆した。

空が白ける前に野宿をする場所を探さないといけない。
町中では誰かに警戒されてロクな目に合わないのは自明の理だ。実体験でもある。

ふと窓の外を見ると、遠くの方で濃い色をした雲が見えた。
彼女は風の流れを覚えていたから、それがこちらへ迫ってくる事がわかる。
雨を凌ぐのに相応しい場所を見つけるにはより手間がかかるだろう。

彼女は更にもう少し落胆した。


/待ち文です。お互いマイペースでやりたいと思います。
/もしも希望のシチュエーション等あれば、雑談で相談しましょう。

244【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2021/10/02(土) 20:48:39 ID:KnykUS7o
>>242

そう……女は英雄になった。それだけの能力があった。
“あってしまった”のだ、ただの農民の娘に。戦うための教育を受けたわけでもなければ精神の突然変異を起こしたわけでもない、どこにでもいる平凡な娘に。

「……でもね。わたしは、そんなものになれる人間じゃなかったんだ」

きっとそれが、全ての間違い。
魂(ソフトウェア)にまったく吊り合わないほどハイスペックな肉体(ハードウェア)を持って生まれたことが最大の歪みを生んでしまった。
これが誤りでなければきっと神というものはどれだけ性悪なのだろうかと思ってしまうほどに……。

「正しさの道は狭くて、険しくて、道の全てに茨が敷き詰められていて。一歩踏み出すだけで、痛くて痛くてたまらなかった」

正義のために、国家のために、愛する者たちのために……。
武器を振い、異能(チカラ)を操り、兵士を指揮して、殺して殺して、殺し続けて……。
斬った敵兵が誰かの名を呟くたびに……血に沈んだロケットから笑顔で溢れる家族写真が覗くたびに……。
手にかけたモノが意志のない案山子なんかじゃなくて、それぞれの人生と生きなければならない理由を背負っていることが垣間見えるたびに……。

目を逸らそうとも逸らしきれるものじゃない。戦場に立てば何度でも何度でも、終わりなく突き付けられる殺害というものの本質。
まず彼女の卑小な心を苛んだのはそれだった。基本的に人は人を殺して平気なようにはできていないのだ。何度吐いたか憶えていない。
だが戦い続けて、ようやくそれに慣れたとき……もう既に、引き返せないところまで来ていることに気付いた。

「少しでも楽な暮らしがしたかった。わたしが軍に入った理由なんて本当にそれだけで、そのためにきつい訓練だって耐えたし勉強だって頑張った。
 そして戦って、勝って、戦って、勝って……そしたらどんどんきつい戦場に放り込まれるようになってさ。
 ──なにこれ? 意味分からないでしょ、楽がしたいから頑張ってるのに、頑張れば頑張るほど真逆の状況になっていくんだよ」
 
嘲笑はそんなことすら分からなかった自分に対して。
当たり前のことだ。当然だろうそんなもの。戦果を挙げ、頭角を現し、能力を示して名を上げれば上げるほど、相応しい任務というものが割り当てられる。
それを越えていけば相手だって更に戦力を揃えて対応してくる。他に任せられない難度の戦場は当然、戦いぬけると思しき者に振り分けられて……。
結果、難易度はいつまでも上がっていく。ひとつの難題を越えれば次の難題が、それを踏破すればまた次の難題が、次の、次の、次の次の次の……終わらない試練。

一度として負けてはならない。ひとつとして取りこぼすことは許されない。
勝てる者はおまえしかいない。戦え、戦え──魂までもが砕け散るその時まで。

栄光と共に永遠の闘いを約束する冠/鎖が語りかけるその言葉に対して、応と雄々しく言い切れるのが“英雄”で──。
クラリス・ヴァーミリオンは、そうではなかった。性根はどこまでも凡俗で、そんなモノに耐えられなかったから。

幽鬼のごとく身を起こし、何も知らない少女へ縋りつくかのように抱き締める。

「わたしは逃げたんだ。きっかけはあったのかもしれない、だけどあくまできっかけで、それがなくたってきっとそうなってた。
 結局……結局、屑だったんだよ、わたしは。自分がいちばん可愛くて、自分のためならいくらでも他人を踏み躙れる、どうしようもない塵屑だったんだ」
 
懺悔なのだろうか。
懺悔だとするなら誰に対して? 何を?
目の前の少女に、なのか。彼女が過去に出会ってきた人々に対して、なのか。それとも、そのどちらに対してもなのか。
わからない。きっと彼女自身にも。ただ小さく震える手が、暗殺者の心の内を表していて……。

「だから、ごめん」

かすれた声で紡がれた謝罪と共に。

「──わたしをずっと、許さないでいて」

何人もの命を奪ってきた必殺の所業を、けれど誰よりも濃く、誰よりも速く。
痛みも何も感じさせないように。自分の死にすら気付かせないように……それが自分のエゴにすぎないのだと自覚しながら。

限界まで圧縮された死神の針が、一条の矢のように放たれた。

245【魂狩りの屍皇】LP(90):2021/10/02(土) 21:53:30 ID:KFIqir5w
>>243
女が雨凌ぐ寝床を求め夜を彷徨う中。
其処が街中であろうと、そうでなかろうと。
月光覆う昏き雨の気配と共に"其れ"は現れる。

大柄な人型をした襤褸布を纏った姿のナニモノカ。

「問おうぞ。人間。
 貴様は価値ある魂か? 余が糧に値う強者か?」

擦り切れたローブの影より其の相貌が月明りに照らされる。
嗤う骸骨。決して仮面などではない。
明確な異形。人外なる者。

其れは害意を隠そうとするでもなく。
骨製の刃が回転し煌めく異形の大鎌を手元に出現させて。

「嗚呼。殺してみれば分かる事だったな。」

体捌き、戦闘技術共に洗練された動きで以て。
生命を削り斬る横薙ぎの一閃を放つのだった。


//よろしくお願いいたします! ■ねぇぇ〜〜〜!
//明日午前中に1回目のワクチン接種があり
//前後ぐだつくやもしれませぬが
//マイペースという事でどうかご容赦をっ

246【屍霊編制】:2021/10/02(土) 23:37:40 ID:NG9zMH42
>>244

英雄に相応しい者達の魂-コップ-は、とても、とても、大きい。
だから、期待や嫉妬、罪悪感といった"水"を沢山入れても溢れやしない。

じゃあ、凡庸なる者達の魂-コップ-はどうだろうか。

『…………』

──それはクラリス・ヴァーミリオン。 元"英雄"様が語ってくれた通りだろう。

零れた水をどれだけ拭きとっても、次から次へと投入されていくのに耐えきれずに。

壊れるだけだ。

『"私は信じませんよ"』

抱きしめられた時──そこでテクラは漸く悟った。

でも、言葉通り、テクラはそれを信じようとはしなかった。

『"アナタはずっと、ずっと、私の英雄です"』

だって、テクラ・シュトロイゼルの魂も凡庸だったから。

初めて出逢えた同志、クラリス・ヴァーミリオンが"敵"だったと。
夥しい返り血は大切なる家族等の、自分を護ってくれた者達のものだと。
それを無碍にするような治癒を懸命にやってしまったと。

それらを信じてしまったら、壊れてしまう。

だから、だから、テクラ・シュトロイゼル──少女も"自分の為に"信じなかった。

『────』

死神ノ針が少女を貫いた。

そして、

最期の最後まで"クラリス・シュトロイゼル"と似ていた少女"テクラ・シュトロイゼル"は。

他の者達とは違う、どこか安らいだ貌で。

齢十二歳。 この世を去ったのだ。

247【羽衣が微笑む穹天の斜陽】 - Lever du Soleil -:2021/10/03(日) 00:26:16 ID:2QxvFnh6
>>245
遠くの黒雲で雷が光を放った。雷鳴が後を追う。
肌にびりりと震えが伝わり、彼女は声のした方へと振り返る。
夜の優し匂いの中から現れた異形の存在を見た。視る。蒼い色をした瞳で見据える。
視線を端へ逸らし、また元に戻す。

問いかけに応えようと口を開こうとした時、相手が凶器を振り被るのに合わせて唇を結ぶ。
急いで上半身を後ろへ引いて避けようとしたが、肩に刃が触れ、肌が裂け、肉が引っかかり、
凶悪な形状をした刃の力任せに地面へと体が叩きつけられる。

「……価値は無い、と思う。僕は、そう思ってる。」

地面に手をついて体を起こそうとするものの、ダウンした状態から逆転を狙える考えが付かない。
倒れた際に荷物袋と弓も投げ出されてしまい、1mも前へと飛んでしまった。
残るのは腰に装着した矢筒に入った矢、その鏃。

「死神なのかい。それとも、ただ腹を空かせた怪物なのかい。
 僕は上手く抵抗で来てるように見えるかな。

 まあいいや……やるなら早く、して。痛いのは嫌いなんだ。」

希死観念を吐いておきながら、彼女は片手を矢筒へ少しずつ伸ばしていく。

暗い夜の世界から現れた異形を見上げる彼女の瞳は、蒼い色をしている。
少しの期待、大きな絶望。骸骨頭の果てしない空洞を彼女は見ている。その奥に何かを見ている。
それは幻想だろうか、空想、妄想、ただの遠い日の記憶。
死とは突然訪れるものだと彼女は心得ている。だから彼女は驚かない。

むしろこの時を待っていた。正に、あなたを待っていた。
骸骨、大きな鎌、外套、そして無限に響き渡る虚空。

「僕は君を待っていたのかもしれない。お風呂は入っておきたかったけど。」

矢の一本を掴む。

248【魂狩りの屍皇】LP(100/93):2021/10/03(日) 09:23:02 ID:Gi4cSgWQ
>>247

────価値は無い、と思う。僕は、そう思ってる。

女こそそう言うが。
この髑髏頭の人外は己と、

【そして我々だけが理解し得る感覚に打ち震えていた】
【即ちは。 LP+3 】

「おお。おおおおお。
 漸くか。漸く見出す事が出来た。
 価値ある者よ。強き魂よ。
 貴様には余が糧たる資格がある。それをここに明言しよう。」

喜んでいる。感動している。
相対する者には意味も分からず只々理不尽なだけであるが。
彼の者にとっての"飢え"とは通常生物の其れとは性質からして違った。

「余の名はムササだ。
 遥か昔、神と祀られた事もあったが。
 正味余自身にも己がなんたるかは定かに解らぬ。」

大鎌を構えなおし、バックステップで一間後方へと退避する。

「さあ、得物を拾うが良い。
 無論。無抵抗に其の魂の全てを捧ぐと言うのならば遠慮などなく貰い受けるが。
 貴様にその気は無いのであろう?」

一本の矢を手にした女にその様に問う。
高々矢一本如きに警戒をしたのか? 女が秘め得る異能を恐れたのか?
違う。女には強者の魂としての資格があり。
そして未だ戦う意思は潰えていない。
ならば真正面よりその魂を削り奪うが道理と言うもの。

厳密には死神でなく、餓えた怪物そのものである。
だが。只欲望の儘に殺し喰らうだけの殺戮者かと言えば否。
確かに少しの糧にもならぬ塵芥(NPC)はゴミの様に殺し尽くすが、
糧たる強者にはある種の敬意を持った上で殺しに行く。
なんとも奇妙な価値感覚を有した太古よりの異形神。

「構えよ人間。その魂の輝きで以て余を魅せるが良い。」

249【倫理転生】6つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2021/10/03(日) 11:23:10 ID:jo9IxPQM
>>240

「あはっ……!」

 ゼオルマの言葉に、己の置かれた状況に、ヨハンは思わず笑った。
 力なく、まるでたちの悪いジョークだと首を振る。

「ニュクスは消えていない……ああ、まったくその通りだ。
 まさに今の僕たちの状況がそれさ、ゼオルマ」

 アリサの言葉を、“真実”とやらをすんなりと受け入れる事が出来た。
 ハイルはヨハンとしての己を取り戻し、今こうしている間もかつての記憶が脳裏に蘇ってくる。
 己が何者なのかを知った。だが、それだけだ。それだけなのだ。

「この子の……アリサの言葉は不思議と信用できるが、
 それで僕がヨハンという存在に戻ったわけじゃあない。
 僕はやっぱり、ハイルなんだよ。“彼女”と出会った男は、そう名付けられたんだ」

 そう言って、ヨハンは記憶を失って間もない頃に出会った六花という少女を思いだす。
 行く末に幸福と救済のあらんことをと願い、ハイルの名をつけてくれた少女の名を。
 過去は大切だ。断片的に戻ってくる記憶のすべてが愛おしく思える。
 しかし、今の自分を構成しているものの多くは、“ヨハン”を失ってから手にしたものなのだ。

「なあエレボス、君はどうだ?
 アレクセイ・マカロヴィチ・ドストエフスキー、極悪非道のマフィア。
 今更それを名乗って生きようと思うのか?」

 その言葉にエレボスは、身体を構成する影を揺れ動かした。
 アレクセイだった頃の容姿を形作り、人間のような所作で肩を竦める。

『さァな、名前なんかどうだって良いんだよ。
 俺を定義するのは俺だ、名前じゃねぇ。
 元々俺は妙な愛称で呼ばれてばかりだったらしいからな』

 アレクセイ・マカロヴィチ・ドストエフスキー。
 祖国において一大マフィアのトップを務めていた大悪党。
 童顔からマールィシュ(坊や)と揶揄され続けた男にとって、
 名前は己を定める要素ではないのかもしれない。

「ヘメラはレイラとして生きようと思うのか?」

 その問いに、ヘメラはビクリと肩を震わせる。
 無関心の根源を知った。己を取り戻した。
 その果てにあるのは、後悔だった。

『わ、私は……守れなかった……。
 力がなかったから誰も守れなくて……なのに後悔ごと、それを忘れていたのね……』

 だから、ヘメラは首を振る。

『無力なレイラじゃあ、何も手にできないもの。
 だからやっぱり、私はヘメラなのよ』

 無力では何も為せない。
 お人好しのレイラでは偽善しか為せないのだ。

「アイテール、君はどうだ」

 その問いにアイテールは眉を寄せる。
 そして、わざとらしくため息を吐いて肩を竦める。

『公務員にとっては、僕みたいな子供の名前ですら重要だと思ってしまうのかな。
 自分の名前も知らずに死んでいく子供が、祖国に何人居ると思ってるんだよ』

 それは皮肉的ではあったが、否定の言葉だった。
 ストリートチルドレンを寄り集めた少年ギャング。祖国の貧民街において、それはゴミにも等しい。
 あるいは、道に放置されるゴミよりも、積極的に排除される少年らの方が扱いは酷かったのかもしれない。

「……イリヤ、君は? 元から記憶を持っていた君は、ずっとイリヤのままだったのか?」

 そして、ヨハンは一触即発だったかつての親友に問う。
 イリヤはヨハン、アリサ、ゼオルマの順に視線を送って目を閉じる。

『……俺は、贖罪の為に自分を捨てた。カロンとして、贖罪の役割に徹していた。
 願うことなら、イリヤであった頃に戻りたい』

 それこそが、彼の願い。
 かつての平穏。苦しくも懸命だった人間としての時間。
 それを願うことは当然だったのかもしれない。
 しかし、イリヤは『だが』と言葉を続けた。

『俺たちが得たのは真実だけだ、身体も未来も不足している』

 その言葉に、ヨハン──ハイルは頷いた。


// 続きます

250【倫理転生】6つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2021/10/03(日) 11:24:06 ID:jo9IxPQM

>>249の続き



「そう、僕達の状況は殆ど何も変わっていない。
 自分たちの救いようのなさと、どうしようもない現実を知ることが出来ただけだ。
 自分たちが人間であると、化物ではないと知ることが出来ただけだ。
 ニュクスとアリサが切り分けられたというのであれば、それは君たちも僕達と何ら変わらない」

 明日に死んでもおかしくない肉体、次の瞬間には壊れてもおかしくない精神。
 とうにガタが来ているのだ。この、許容以上の精神と力を宿した6人格の人間は。
 “神”とやらを目指した無謀な実験の結果が、不完全で脆く怪物にもなりきれない人間でしかなかった。
 だからこそ、ハイルは取り戻したばかりの顔に笑みを浮かべる。

「なら、良いんじゃないか?
 僕達は、僕達の願いを聞き届けても。
 悪を為す事も、その先の展望も、間違いなく人間として僕達が願った事だったんだ。
 僕達は怪物の心を植え付けられた訳じゃなかった。
 ただ、苦しくて、追い詰められて、最後に縋った希望がそれだっただけだ」

 ハイルは立ち上がって、他の人格達に語りかける。

「過去に戻れるわけじゃない、作られた願いだったわけでもない。
 この身体は時限爆弾つきの欠陥品だ。
 なら、僕達は確かに抱いた自分の願いを叶えてやるべきじゃないのか?
 僕達の思いごと朽ちて消えてしまう前に、僕達は人類に“八つ当たり”をしてやるべきなんだ」

 その言葉に、アリサは深く頷いた。
 彼女は“正しくないこと”を許しはしない。“間違い”は許容しない。
 だからこそ彼女は、あの未来を拒絶した。この時間へと舞い戻った。
 自分の願いを偽るのは“間違い”だ。自分の心を殺すのは“間違い”だ。
 だから、彼女は記憶の共有で得たハイルの願いの“正しさ”を受け入れた。

「僕は嫌だぞ、自分だけがひっそりと死んでいくなんて惨めな最後は嫌だ。
 どうして自分だけがって思ってる。なんでこんな目に合うんだって神様がいるなら聞いてやりたい。
 だ、だから僕は、言うぞ。僕はずっと“明日が当たり前に来ると思っている連中にムカついてた”んだ。
 みっともないけれど、馬鹿馬鹿しいけれど、それが僕の本音だ!」

 一切の虚飾のない言葉。
 平和を願った、死を願った。どちらもたしかに本音だった。
 それでも、もっと最初の根源はそんな殉教者のような、狂った思想ではない。
 ただの人間として、等身大の感情。“八つ当たり”という、最も人間らしい動機の一つだった。

「僕は八つ当たりで、平和そうな人達をぶっ殺してやりたい!
 それで、最悪の人間として永遠に記憶に刻まれてやる!
 永遠不滅の魔王ってやつになってやるんだよ!
 ──君達はどうだ、僕を止めるか?」

 いつも大人ぶっていたハイルの、子供じみた願望。
 それはアリサが拒絶した未来へつながる筈の言葉。
 永遠の悪を願ったが故に、彼らの間には致命的なまでの亀裂が生まれた。
 だが、同じ未来へは繋がらない。
 誰も彼もが、己の言葉を偽った。嘘ではない、聞き触りの良い本音で装飾した。
 妬ましいのだ、羨ましいのだ、腹が立つのだ。
 自分の不幸さに比べて、世の人々はなんと幸せそうなのだと、当たり散らしたくなるのが人間なのだ。
 彼らは化物ではなかった。たしかに人間の心を持っていた。
 そして、幻獣化によって心を捻じ曲げられた者はいなかったのだ。
 彼らのメンタルはストレスによって壊れこそすれ、真逆の性質を与えられることはなかった。
 それは己の行為を嫌悪したアリサとてそうだった。
 正しい行いを信じるが故に、ニュクスの悪行を許容できなかった。
 だが、彼女が許せなかったのは悪行そのものではない。
 それを自覚なしに、無邪気に行う己の卑怯さだ。
 敬虔な聖職者として活動していたヘメラとてそうだ。
 アリサだけを優先するように願った過去の自分に応えていたが故の無関心だった。
 だからそれは裏を返せば、少し前にゼオルマへと悪行を為すと語った彼らは元から悪人の素養を持ち合わせていたのだ。
 普通の人間らしく、幸せであれば平和を願い、不幸であれば悪行を為す。そんなものは、狂気でもなければ崩壊している訳でもない。

「反対しないのなら、やろう。
 僕達は、ただの人間なんだ」

 ただの人間らしい感情を吐露して、ハイルはゼオルマに言った。

「記憶が戻ったところで、別人になるわけじゃあないらしい。
 僕達の願いは変わらないよ、ゼオルマ。
 僕は悪を為し、人類に八つ当たりをしよう。
 そして、人類史に僕達の存在を証明するんだ。
 僕は、永遠の悪となる。チープで子供じみた物語になるだろうさ」

 そう言って、彼はスッキリしたように大きく息を吐いた。


// 以上でございます

251【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2021/10/03(日) 19:12:50 ID:DZDo1z72
>>246

その言葉こそが、英雄の冠を脱ぎ捨て逃げ出した女にとっての最大の呪い。

今日、暗殺者に最も深い傷を刻みこんだのは暗殺名家当主に雇われた手練手管の猛者たちではなく。
彼らに導かれ、蕾を咲かせかけていた未完の大器たる優秀な子らでもなく。
屋敷を護る警備システムでも、信任を受けた多くの使用人たちでもなく。それらを統括する老練な執事でもなく。
そしてきっと、本来の標的たるエルマでもなく……。

テクラ・シュトロイゼルという名の、一個人。
戦う力を持たず、エルマの子という称号も血筋も関係なく、ただひとときの間、言葉を交わしただけの……ひとりの少女だった。

「…………」

もう動かなくなった身体をそっと横たえ、立ちあがる。

殺すしかなかったのだろうか。もっといい手があったのではないか。
そんなことを考えるのは後でいい。いや、後にしなければならない。
ここで後悔に苛まれて脚を止めればもう二度と動き出せない確信があった。だから努めて、何も考えない。
犯した所業から目を逸らして、重ねた罪業から逃げ出して。きっとその先に、善いものなんて何もないのだとしても……。
ここで立ち止まってしまえば、それこそ彼女の死が必要なことだったのだと、せめて慰めにすらできなくなるから。

部屋を出るその瞬間まで、少女の顔を直視することはできなかった。

亡霊のように蒼褪めた顔に暗く深い影を落としてドイルの部屋へ戻った暗殺者は、待っているだろうヒュイスに一言もかけることなく大鎌を掴んで再び廊下へ戻る。
残る“作業”は屋敷内に残った使用人の掃討。非戦闘員であろうと何だろうと、鎌の操り手は問答無用で手にかける。
暗靴によって大気を滑る女の魔手から逃げられる者はおそらく存在するまい。泣いても、喚いても、一切の容赦なくすべてを殺し尽くすだろう。

それが終わればいよいよ準備も大詰めだ。
持ちこんだ道具も使用して、エルマ・シュトロイゼルを殺すための手段を用意していく。
さほどの時間はかからない。長引いても一時間は数えるまい。加工を施す手つきに淀みはなかった。

……そして、全ての準備が終わりを迎える。
あとはもう待つだけだ。標的の帰還まで身体を休め、出来得る限り回復させるのみ。
ひとつの家族を襲った惨劇。その結末へ至るまで、あと……。

252【羽衣が微笑む穹天の斜陽】 - Lever du Soleil -:2021/10/03(日) 19:30:45 ID:2QxvFnh6
>>248
手にした矢の鏃を肩の傷口に当て、意識を集中して矢に呪いの熱を掛ける。
肌が焼ける音、肉が焦げる音、血が蒸発する音が垂れ落ちた。苦痛を堪えようと歯を食い縛った。
出血が収まって、少し落ち着くと、倒れた時に口の中へ入った砂が気になって、唾を吐き捨てる。

月は濃い色をした雲の手中に収まる。稲妻を帯びた雲はまるで犠牲者を探すように佇む。
風が止んでいる。彼女は更に悪い事が起きる気がして、首飾りをもう片手で握り締める。
やや変形してしまいそうな程力強く握り締めた。ミシリと音がする程の力で包み込んだ。

時は来た。
死ぬ時が来た。
魂を捧げる時が来た。
贖罪の旅は今ここで終わる。

「そうかい。」

ゆらりと立ち上がり、急な失血で薄くなりそうな意識をも握り締める。
死ぬ為に。惨たらしく死ぬ為に。意味も無く犬死にする為に。
彼女がかつてそうしたように、無意味な死が目の前に有る。
脈絡も無い。唐突に現れる。理不尽で、暴力的で、無慈悲な、刃が、遂にこの首に掛かろうとしている。

歩き始める。弓へたどり着くと拾い上げて、折り畳まれていたモノを音を立てて展開する。
息を大きく吸う。息を大きく吐く。矢を番える。
両目で怪物を見据える。蒼い目が暗闇の中に立つ異形へ鋭い視線を投げる。

「……だから、僕にはそんな価値は無いんだって。」

 ―― それでも、彼女は卑怯者。だから、彼女は生き残ってしまった。

後方へ跳ねと同時に矢を両者の間の地面へ向けて放った。
矢が地面に突き刺さった瞬間に火炎の渦を引き起こし、爆発的な空気の膨張が土を巻き上げる。
呪いの炎は火球の様に膨れ上がり、暗い街中に眩い閃光を伴うだろう。

目くらましが相手に効果が有るか定かではないが、関係無しに彼女は先程の宿屋へと駆け込むだろう。
妨害が無ければ彼女は宿屋の非常階段を登り、屋上を目指してしまう。
当然そうなれば宿屋の店主も他の観光客も大慌て、即座に警察へ通報するに違いない。

彼女の理想は、目くらましが完璧に決まって、非常階段に登られた事も知られず、屋上から暗い人影を拝む事だ。


/レス節約の為たくさん動いてますが、彼女の行動は好きなタイミングで遮って頂いて大丈夫です。

253【魂狩りの屍皇】LP(100/83):2021/10/04(月) 12:33:30 ID:YjkeyTkU
>>252

────だから、僕にはそんな価値は無いんだって。

否定と、火炎の渦を起こす一矢を放つ女。

「貴様にとってはそうだとしてもだ。
 余にとって、今の世に在っては稀有なる糧だ。
 値千金の素晴らしき価値なのだ。」

呪い矢の孕む熱の魔力の気配を察し、
閃光が一帯を覆う直前刃にてその光を遮り視界を保っていた。

「故に。たかが目暗まし如きで逃げ遂せさせる訳にはいかぬ。
 本来、"天を繰る"には膨大な魂を要するのだが。
 クク。今は誂え向きに暗雲が湛えておる。」

【LP-10 水術 アマゴノクモリ】

魔力の開放と共に一条の雷鳴が轟き。
其れを皮切りに大雨が一帯に降り注ぎ始めた。

大量の水の礫は火炎の渦も土煙も掻き消して逃亡者の姿を露わとする。

「そら、逃がさぬぞ?」

この人外、大鎌を扱う技量も兎角。
身体能力そのものに至っても極めつけて高い。
逃げる獲物に間もなく追いつき、
性質としてはチェンソーと寸も違わぬ刃での一閃を打ち振るうだろう。


//案の定、昨日の夜はスタンしておりました
//お返ししておきますっ

254【屍霊編制】:2021/10/04(月) 21:30:02 ID:aRquxUVY
>>251

──少女の亡き後。

「……ほえぇ〜〜〜」

それからは早かった。
屍霊術師──ヒュイス・ルミンフが思わずまぬけな声を出してしまうくらいには。

既に戦闘力を有した二十名の使用人は掃討済み。 残っているのは非戦闘員のみだ。
その数は少ないとは言えないが、"時間"にはまだ余裕がある。 故に死神ノ力を解放せずとも、容易く且つ迅速に処理できるだろう。
エルマ・シュトロイゼル暗殺の為の"舞台"作りにも一切の邪魔は入らない。
死神──レイスの思惑通りに、全て滞りなく設置されるはずだろう。

完璧だ。
とある少女から投薬された"強壮剤"と熱心なる介護によって生命力も随分と回復しているはず。
唯一気がかりがあるとすれば。

エルマ・シュトロイゼルの旦那が屋敷内の何処を捜しても見つからないことくらいだろう。
屍霊術師が事前にもたらした情報では、確か"裏社会の権力者の一人"であり"非能力者"だった…か。

──それから暫くして。

『──どうなっているのかしら』

午後二十時。
エルマ・シュトロイゼルは送迎予定地──"シュトロイゼル家の管理する森を抜けた大通り"に居た。

『迎えもなければ、連絡もつかない。 ……そんなまさか』

電波の問題で連絡が付かなくなるというのは過去何度かあったが、
自他共に認めた優秀なる使用人である彼等が"時間通りに来ない"なんてことは一切なかった。
故に──悟った。

現在、屋敷に──否、子供達に何かが起きたと。

『ッ……!!』

屋敷までは車で十分程。
尋常ならざる身体能力またはテレポーテーション系の能力を有していない限りは二十分はかかるだろう。

そして、

もし"道中"に何もなければ、二十分後には屋敷の主が帰還することになるが……。

255【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2021/10/04(月) 22:28:46 ID:NyZpudsQ
>>254

──夫の不在。
それは順調だった“始末”に影を落とす事実だった。

(どうする)

少々厄介なことになった……か?
情報では非能力者ということだが、能力者でなくともたとえば極めて優れた武術者の戦闘能力は並の異能を凌駕する。
だがそのようなニュアンスではなかった。おそらく戦闘能力はないだろう。

が、そんなことよりも厄介なのは権力者ということだ。
直接的な戦闘能力などなくとも、権力はいとも容易く人間を追い詰められる。
だから自分の顔が割れればそれは大変なことになるものの、監視カメラのデータはもう物理的に破壊済み。
もしカメラの映像をリアルタイムで同期して見ている……なんてシステムを導入しているなら、エルマはもっと速く屋敷の異常に気付き依頼を放棄してでも駆けつけているだろう。ゆえにその可能性はなし。

そしてこの一件に関わった者、自分の存在を知るシュトロイゼル家の人間は全員この世を去っている。
……もっとも能力者というものは何でもありだ。死者の霊魂を憑依させ、死人に喋らせる……なんて異能がないとも限らない。
確か東方にそのような職業があったと聞く。イタコだったか……ともかく関係者を始末したとて完全に安心できはしないのが理不尽だが。

それにしたって我が家であることには違いないから帰ってくるだろう。
もし事前に連絡がつかないことで異常を察知し、まずは偵察のため別の人間を派遣してきても同じこと。
本人が来たならそのまま狩る。使いの者なら脅して本人を呼び寄せるればいいだけの話。
つまりは全てが片付いた後、待ち伏せればいい。言葉にするのは簡単ながらそれはなかなかにハードな残業だが……。
夫の所在について口を割らせるためエルマへ一撃必殺の機会を逃し、返り討ちになっては本末転倒だ。

予定は何も変わらない。
エルマ・シュトロイゼルを生かすに足る理由は存在せず。委細変わらず、その命を必殺する結論に揺るぎはない。

ゆえに──。

エルマが走りださんとした瞬間、横合いの茂みの中から何かが放り投げられるようにして転がってきた。
丸みを帯びたシルエット。一瞬ボールのようにも見えたが、それにしてはいびつな形。
加えてやけに重々しい音は中身が空洞なんかじゃないことを示していて、彼女の足元で動きが止まり……。

母の顔を見上げていたのは。
生首。

「──────」

瞬間、木立から暗殺者が大鎌を振るい飛びかかった。

……屋敷まで走らせ、体力を消耗させる手もあった。
だが二十分という時間はエルマに最悪の事態に対する心構えを与えかねない。何よりもそれを避けたかった理由が、これだ。
ドイル・シュトロイゼル……愛する我が子の生首という“武器”が最大の効果を発揮するのは、未だ覚悟ができていなかろうこのタイミングしかなかった。

最低最悪にして最高最良。
母が子を想う愛情というものに唾を吐く外道の所業ながら、それゆえに合理を極めた戦術と言うほかない。
レイスという暗殺者……いいやレイスという人間の本領が、今ここに開帳され始めた。

256【絵空に彩る真偽の導き】ゼオルマ:神変出没なマッドジョーカー:2021/10/05(火) 01:51:49 ID:tZZ7xYoM
>>249-250

【ハイルが語ったのは剥き出しの激情】【身勝手な欲望】
【己が負った業】【他者が負ってない業】【それに対して抱いた不満】
【神経の奥にある根に溜まった膿】
【俺はこうなったのにどうしてアイツは当然のように歩いている?】
【とても人間らしい満ち々々た感情】

「そうかそうか、それが貴様の答えかハイル。
 とてもとても人間らしいじゃないか。みっともない姿ではないか。見窄らしい心根だな」

【口角を上げ】【ゼオルマはらしい嗤(え)みを湛えた】

「で、あれば、答えに応じよう」

【時間を巻き戻した事でアリサはハイルと他の人格を争う前に介入し未来を変えた】
【だが変わったのはそれだけではない】
【巻き戻したことで起きていない事象がもうひとつあった】
【それは】

「ハイル、エレボス、ニュクス、カロン、ヘメラ、アイテール。そしてアリサ」

【ゼオルマが協力するか】【しないか】【だ】
【本来はハイルの言葉にカロンが狼狽し拒絶の意思を見せ】【そこでゼオルマが協力に応じなかった】
【亀裂が広がり崩壊が始まり掛けたのはそれからだった】
【ハイルとカロンが衝突しエレボスとヘメラにそれぞれを拘束され】【アイテールはその光景から身を守るため殻に籠もった】
【ニュクスが救いを求めアリサが復活させられた】
【しかしその全部が全部なかったことになった】【崩壊が始まる前に戻りアリサが変えた】

【ゼオルマの答えもまた】
【そうではなくては愉快(おもしろ)くないとでも言うように満面の嗤(え)みを浮かべて】

「貴様等が成さんとする『悪』に協力しても良い」

【観たかったものが視界に入ったような】
【頁をめくりたくなるような】
【消えかけた火に薪を焚べるような】【そんな感覚】

「ただし」

【けれどそれだけでは】

「条件がある」

【足りない】
【ハイル達(【倫理転生】)の本がアリサの手元に出現する】
【ゼオルマはアリサを指差し次いで自分を指し告げた】

「アリサ。貴様がこれと戦い、力を示せ。
 できなければ協力はしない。できたなら、協力に応じようではないか」

257【羽衣が微笑む穹天の斜陽】 - Lever du Soleil -:2021/10/05(火) 20:00:12 ID:PqOJ6UwM
>>253
背後へと迫る黒い気配をひしひしと感じ取り、早速湧き出てきた汗が額から垂れ落ちる
持てるだけの脚力で地面を蹴り宿屋へと駆け、大きく口を開いて叫んだ。「そこのお兄さん!」
宿屋から丁度出てきた1人の男、何処かから来た何処かの旅人。
黒い髪の毛をした男は女の方へと振り返り、必死の形相から緊急事態出ることを察知して手を伸ばす。

「ごめん。」

女は男の手首を握り、力尽くで引っ張り、自らの背後へと投げるように寄せた。

回転する凶悪な刃が男の体を引き裂く。鮮血が迸り、逆さ向きのシャワーのように噴き出す血飛沫を半身で浴びた。
肉と骨に刃が引っかかり、それすら切断し、あれよあれよと分離していく激痛に名も知らぬ男は喉が潰れる程の悲鳴をあげる。

「フー……。」

女は振り返りながら後方へ2度地面へ蹴って飛び退き、息を深く吐いて弓矢を構えて狙いを定める。
雨と混ざり合った血潮はスニーカーを汚し、髪を汚し、肌を汚していき、目に染みるのを我慢した。
ふわりと指の力を抜いて矢を放つ ―― 男の背中目掛けて放たれた矢は、それに刺さった途端、先程と同じように爆発を起こすだろう。
男の哀れな形相の肉体、そしてこの豪雨すら粉々に吹き飛ばそうという爆風と火炎の渦が吹き荒れる事になるだろう。

そして、それが上手くいくにしろいかないにしろ、女は非常階段の扉を開き、追手から出来るだけ距離を開こうと階段を登り始めようとする。

258【魂狩りの屍皇】LP(100/73):2021/10/05(火) 20:58:00 ID:h9g1txY6
>>257
雨垂れ荒ぶ夜の追走劇。
女は通りすがりの男を肉盾に削り断つ刃を躱し、更に先へ。
そして放たれる先刻も見た熱の呪の宿りし一矢。

「矢張り駄目だ。時は流れ、人間の魂は大いに劣化した。
 太古には道すがる只人でさえ余が糧足り得たと云うのに。
 強き魂(もの)。逃がさぬと言っておる。」

【LP-10 ████ 】

男の身体を切断する途中で素早く鎌を引き抜き。
側面へ回り込む様に大きく矢の爆撃を回避。

粉微塵に吹き飛ぶ哀れな男など尻目に。
勢いそのままに大鎌を女の逃げ道の其の先へと投擲する。
回転しながら飛来する異形の大鎌は、
通常の其れならば致死圏ならぬ峰の側でも変わらぬ切断力を発揮する。

要するにこれは動いたままのチェンソーが、
回転しながら飛んできているのと同義なのだ。

死神然としたモノが己が得物を投げるという行為に果たして女はどう反応するか。

259【羽衣が微笑む穹天の斜陽】 - Lever du Soleil -:2021/10/05(火) 21:45:02 ID:PqOJ6UwM
>>258



――――― SPLASH !!! ――――――



回転する回転鋸が飛来する道中には他の宿泊客たちも大勢いたが、それらの有象無象の首根っこを忽ち切断し、
壁や床を鮮血の赤色で染め、生存者の顔面に大量の血糊を被せ、阿鼻叫喚を引き起こした。
誰も生きては帰れるとは思えぬ惨状は自重する事を知らず、誰かが止めてくれと叫ぼうとその恋人を引き裂き、
火炎が瞬く間に広がれば数秒前まで無関係だった人間達の肌を焼き焦がし続ける。
血が、炎が、恐怖が、恐慌が、男を女を、親も子も、全てを理不尽に殺傷し、無慈悲に生命の息を蒸発させた。

女が血飛沫の音に気が付いて急いで振り返った時、既に眼前に刃が迫っていた。
彼女は反応出来なかった。それが近づいている事を視ているのに、それを認識する事すら叶わなかった。
彼女が巻き添えにしたこの宿屋の大勢の人間達と同じ様に、腹の底から湧き上がる本能的な嘔吐感を無意識に覚えるだけだった。

その時、女の踵に何かが引っかかった。恐らくは非常階段の段差か、倒れた酒瓶かなにか。
抵抗する間もなく床に尻もちをつき、その直後、扉の枠組みに飛来した大鎌が突き刺さり、鼻先に切っ先が触れる。

は、ははっ。

女は引き攣った笑いを零してから、弓矢を掴み直して立ち上がり、階段を駆け上がり始める。
登りながらも上半身を捻り、後方の空間へ矢を連続で何本の射る。
その矢は呪いの炎を帯びた異常な武器で、その矢が通った後には触れるだけで肉を焼き焦がす熱線の跡が残り続けている。
それを何本も射る事で、さながら幾つものワイヤーを非常階段に張り巡らせたようになるだろう。
もちろん、5階上の屋上までそれを張り続けるには矢が到底持たない為、今のワンフロア分だけに留めた。

260【魂狩りの屍皇】LP(100/73):2021/10/05(火) 22:14:51 ID:h9g1txY6
>>259
この髑髏にとっては糧にもならぬ有象無象は、
どれ程泣き叫び逃げ惑おうと丸で興味の対象には無い。
寧ろ逆だ。何にもならない脆き魂は淘汰されて然るべきとさえ思考する。

女が偶然(クリティカル)に助けられ命を拾うも。
其れを起点に後方へ熱線の守りを張り巡らすも。
死神の方が更に一手早かった。

先刻其れが魂を消費して使用した魔術。

【憑霊術 ツクモノケダマ】

霊を物体に憑依させて動かすポルターガイスト現象の死霊術。
消費LPによって技術精度が向上し、
今回の場合は大雑把に振り回しながら対象を追尾する程度が限度だろう。

が。チェンソーという武器種には振り回せさえすれば使い手の技量は左程求められない。
ギャリギャリと壁を削りながら大鎌が宙に擡げる。

「熱の防御網か。厄介ではあるが直に余も其方へ行こうぞ。
 精々と逃げ惑うのだな。クカカ!」

熱線の網の向こうから死神の嗤い声が響き。
逃亡劇はまだ終わりではない事を告げていた。

261【羽衣が微笑む穹天の斜陽】 - Lever du Soleil -:2021/10/06(水) 02:46:16 ID:AIc4SEr2
>>260
壁を削りながら高速で追跡を続ける回転刃のまるで凶暴な怪物の咀嚼音の様な音を耳で捉えながら2階の踊り場へとやってきたが、
5階まで登る速度とスタミナの消費を考慮すると、到底その牙から逃れる事は出来ないだろうと予想した。
進むも戻るも出来ないとなれば、彼女の得意とする距離をコントロールしながら戦うなんて不可能だ。
熱線矢の代わりに、また強い熱をイメージして矢を番える。爆発をイメージする。

踊り場の窓から外が見えた。雷雨に覆われた街はまるで不幸を象徴する世界そのものだ。
だけど自分は一番不幸という訳ではないと女はわかっている。そうしてきた、そうしてきた、そうしてきた。

大勢の人を殺した爆音を思い出す。家族と友達を殺した火炎を思い出す。故郷を灰燼にした大きな大きな破壊を思い出す。
自分が置いていったものを思い出すと、喉元をただ命じられるままに貪り喰らおうと追ってくる大鎌さえ懐かしく愛しく想う。
まるでかつての仲間たちが自分の背中を追いかけてくれているように感じる。
死が傍にある。ただの虚無が待っている。女は久しぶりに安心感を覚える。

それと同時に、彼女の本性が警笛を鳴らし続けている。少女の最も卑しい感情。もっとも恥ずべき理性。
自分だけ死を克服できなかった事を思い出す。

女は叫び声を揚げる。断末魔の様な叫び声をあげる。自らの精神が、自らの肉体を傷つける。

背中から窓へ飛び込みながら、大鎌へ向けて矢を放った。鏃と刃がぶつかり火花が散った瞬間、爆炎が引き起こされた。
窓ガラスへ背中を叩きつけて割り、爆風の勢いに吹き飛ばされて2階から道路へ飛び落ちる。
火炎が窓から吹き出し、建物を更なる火災で蝕もうと侵略を始めた。
女はそれを眺めながら、何故だか妙にゆっくりと落ちるなと思いながら、 ―― やがて道路に叩きつけられた。

激しく咳込みながら直ぐに立ち上がろうと膝を立てたが、一度はがくりと倒れ直してしまった。
外套は殆ど残らない程に焼け、上半身を守るのには役立ったものの、脚はひどく焼け、火傷がズボンの切れ端から覗いている。
雨がとても染みる。地面へ叩きつけられるのと同じくらいにさえ思える程、痛く、苦しい。

「早く、殺せって、言っただろ。クソ野郎が……。」

悪態を吐いたところで痛みも苦しも消えはしない。震える足に気合を込めて何とか立ち上がると、宿屋から少しでも、
いや、死の権化から1センチでも遠くへ離れようと走り始める。
片足の火傷が特に酷く、引き摺りながらの動きは先程までとはまるで比べ物にならない。
ずぶ濡れになれば衣服すら鎧のように重く感じられる。咳込み、両肩で大きく呼吸をしないと意識が飛んでしまいそうだ。

こんな状態ではあの怪物から逃げられない事はわかっている。だが、逃げる以外に何ができるだろう。
握り締める弓も怪物には通用しない。体力も切れた。足も動かない。
遂に死を受け入れる時が来たのだと悟る。
望んでいた死が来る。
待ちに待った災厄が降り注ぐ。

もう、奴が、来る。


その時、目の前に赤い本が落ちていることに気が付く。荷物袋は遠くにあるというのに。
その本は、ある魔女が置いていった本。
彼女に掛けられたお節介で親切な呪い。
そう、魔女、魔女と会った。

 ―― 僕は魔女と会った事を思い出す。

「う、ぐ……う、……う……ぅ……。」

「ぁ、……あぁ、………ひぐ………ぅ、うぅ……。」

足が自然と止まってしまう。少しでも動かないといけないのに、今までそうしてきたのに、いつもと違う事をしている。
女はあろうことか、自分ではありえない考えを持ってしまう。
どちらにせよ結果は変わらないだろうに、ただ痛みと苦しみが増すだけだろうに、
ましてや、奴の存在は自分が何年も待っていたものそのものなのに。
ふつふつと感情が湧き上がるのを抑え切れない。積年の望みを上回る程の感情が、全てを呑み込む。

 ―― また彼女に会いたい。

 ―― その為には、怪物を撃退するしかない。


 ―― 戦って、生き延びたい。


気持ちが切り替わった所で実力差や状況が覆る訳ではない。
強気になった所で、多少マシ程度。
きっと後悔する。余計に死が怖くなっていく。堪らなく恐ろしくなっていく。

だが女にはもう逃げる気が起きない。死ぬなら、殺されるなら、睨み付けながら、恨みながら、終わってやる。

いや、勝ってやる。倒してやる。そして見晴らしのいい丘の上で、今夜も眠る。

目元を袖で拭い、女の背後へと追いつくだろう異形に向かって、女は振り返る。
雲に隠れているはずの月が瞳に映り込んでいるかの様な輝きを纏う。
数か所形が歪んでしまった弓矢を構えて、異形を鋭い眼光で見据えた。

「気が変わった。お前を……斃そうと思う。」

262【倫理転生】7つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2021/10/06(水) 09:30:30 ID:ySaydWOM
>>256

 ニュクスとゼオルマは戦場で肩を並べたことはあれど、しかし刃を合わせた事は無い。
 互いの力はおよそ人知を超えたものであり、その場の生命も地形も保証されない。
 それ故、という訳ではないが両者はその力を互いに向けたことはなかった。
 だが、それでも互いの力がどれほどかなど、それなりに知ってはいるだろう。
 だから今更、力試しのようなものを提案するゼオルマにアリサは疑問を覚えた。

「私と? あなたが?」

 そんな、鸚鵡返しのような問いを返し、アリサは思案する。
 ゼオルマの望みを、狙いを考える。
 彼女にとって、アリサとニュクスは異なる存在。
 ──いや、正確には異なる存在とされたのだ。
 であれば、アリサとニュクスの違いはそこだろうか。
 心、魂……そういった側面。アリサには今や6人全員の記憶がある。
 その記憶によって起きた変化、力を見たいという事だろうか。
 ニュクスにあった無条件の愛を失い、戯れが欠落し、慈悲容赦の無い力を振るうようになったのだから、
 たしかにアリサの戦闘能力はニュクスのそれを大きく上回っているだろう。
 いや、あるいはそれは形式上の提案であり、ゼオルマの目的はそことは別にあるのかもしれない。
 ……なんて、そんな思考の無駄をアリサは自嘲した。
 ゼオルマの考えを、願いを推測すること以上に無駄なことなどあるまい。
 気まぐれに、深慮に、衝動的に、計画的に、支離滅裂に、理路整然に、なんでも考え、なんでもやる。
 それこそがゼアグライト・オールディ・ルヴィー・マルクウェン。アリサの知る狂った聖人の在り方だった。
 だからこそ、アリサは心の向くままに応えるべきなのだろう。

「そうね、貴女がそうしろと言うのならそうするわ。
 私は貴女のものなんだから、貴女が力を示せと言うのならば、
 私は貴女を殺すつもりで力を振るうわよ」

 そう言って、アリサは手元に出現した本をつかみ取り、ニヤリと笑う。
 ゼオルマが作り出した、6人──今や7人を記す本。
 アリサの依代、アリサと同じもの、あるいはアリサそのものと言っても良いのだろう。
 全員の記憶、記録を記し続けるアリサにとって、その本は自分を象徴するものだった。

「それで? ルールはなぁに?
 この本の奪い合いでもするの?」

 今、ここにこうして出現させたということは、何か意味があるのだろう。
 アリサはゼオルマの意図を問うた。

263【魂狩りの屍皇】LP(100/63):2021/10/06(水) 19:18:31 ID:1ZjaoGXc
>>261
逃げ込んだ建物が爆発し、窓から逃れ出る様に女が地上へ叩きつけられる。
流石の大鎌も至近距離から爆破されれば無事にすまない。
上からの追撃の心配はなさそうだ。

女の絶叫を、葛藤を、決心を眺めながら。

────気が変わった。お前を……斃そうと思う。

「漸くその気に変わったか。
 逃げるを追うばかりも、些か面倒に思っておった所よ。」

【LP-10 大鎌作成】

やっとの思いで逃れ破壊した大鎌はまだ限りでは無いぞと。
言葉なく出現させた大鎌を構え、本格的な戦闘態勢へ移る。

「ここまで追うばかりだったのだ。
 先手は譲ろうぞ。来い、人間。」

慢心でもあろう。
とは言え何百年という眠りから目覚めやっと見つけた獲物(あいて)である。
一方的に狩り立てるばかりも興がない。

264【屍霊編制】:2021/10/06(水) 21:48:24 ID:pfFHSK8s
>>255

我が子の死を覚悟できる親なんて存在しない。
それは何十、何百の魂を葬ってきた暗殺一家の長"エルマ・シュトロイゼル"だって同じだ。

──だから。

『──ぁ……ぁぁっ……ド、ドイルッ…! ドイルッ!!』

転がってきた歪な球体に携帯の光を当てた時、"母"は膝から崩れ落ちた。

"無駄"だと分かっているのに、"もしかしたら"なんてないことは百も承知なのに。
それでも"母"は"子"を優しく抱きかかえて、名前を叫び続けた。

そう、叫び続けたのだ。

死神が大鎌を振るい飛びかかってきても。

その刃が首を捉えんとしても。

ずっと、ずっと、叫び続けたのだ。

『……ごめんねっ……ごめんね、ドイル……お母さんが離れたばっかりに……ッ……』

その理由は──きっと、ただ一つ。

死神ノ大鎌。 それはエルマにとって"回避"や"防御"に値しない攻撃だったからに他ならない。

『────』

エルマを葬る刹那──"金属の爪"がその猛攻を喰いとめる。
いったい何者か。 暗殺に同行していた"使用人"か、屋敷内に居なかった"旦那"か、それとも……と、その正体に視線をやれば。

『……よくもドイルをッッッッッッ!!!!!!』

暗がりで断定は困難。 だが、そこには"エルマ・シュトロイゼル"がもう一人いた。

『ドイル……ドイル……ッ……』

"分身"、"幻術"、まさかの"双子"。 それは未だ分からない。
ヒュイス・ルミンフがもたらした情報には"このようなこと"は一切なかったが……いったい。

『ッッッッ!!!!』

大鎌を喰いとめた側のエルマは死神の腹部に蹴りを放つことだろう。
破壊力は──いっても"格闘家"程のもの。
仮に死神の緻密に組み上げた暗殺計画に破綻が発生し、それに伴った動揺で防御が遅れたとしても。
致命傷には決してならない。 ならない……が。

『──!!』

その蹴りには──破壊力とは別のもの。 "思い"が大量に込められているだろうから。

265【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2021/10/06(水) 23:06:36 ID:.Y80zEqo
>>264

泣き崩れるその首を落とす──はずだった刃は、しかし。
防がれる、もう一人のエルマが繰り出す鉄爪によって。

「────」

これはいったい如何なる理屈か。
事前情報にはこんなものはなかったが……考えられるとすればやはり、異能。
シュトロイゼル家の精髄たる“毒”ばかりがピックアップされ、個々人の蔵する能力についてはまったく情報が得られなかった。
それは長男であるドイルに関しても同じことが言える。あれほど強力な攻撃、知っていれば必ず対策していた。

してみれば実に効果的な手法ではないか。
有名極まる毒という一芸に対して大きく警戒させ、実際にはそれとまったく無関係な手段で仕留める。
まさしく暗殺だ。恐ろしいのは見せ札である毒が張りぼてでも何でもないことだろう。
手が割れていようとも対策が難しい毒と、隠し玉たる異能の双璧。まさにそれこそ、エルマ・シュトロイゼルを最高傑作と言わしめるゆえんであることに疑いはなく──。

──で、だから?

「馬鹿馬鹿しい」

最高傑作だの、暗殺名家当主だの、先代の何倍強いだの。
そんな称号はもう、こうなったら何の関係もないんだよ。
おまえが人らしい感性を持っていて、まっとうに子を想える愛(よわみ)を持っている限り。
留守を狙われ、大事な大事な子供たち(あしかせ)を殺され、好き放題準備させた時点で、勝負なんてもう終わってるんだ。

それを今から教えてやる。

腹部を襲う蹴りが直撃する寸前に自ら後方へ跳び、ダメージを最小限に抑える。
そのまま茂みと木立の中へ、退避した暗殺者の姿は二人のエルマの前から消えた。
予想外の事態にいったん体勢を立て直すため退いたのか。少なくともすぐにまた襲い掛かってくる気配はないが……。

──そのとき。木立の向こうから、こちらへ向かってくる人影がある。
よたよたと、ふらふらと、全身傷塗れながらもエルマの方へ向かってくるその姿は──次男、クラリス・シュトロイゼルだ!
母の姿を見ても声を上げる気力すら既にないのか、俯いたままおぼつかない足取りで駆け寄ってくる愛しい息子が……暗殺者を迎撃した方のエルマに抱きついて。

「お゛カ゛ァ゛■■」

肺から絞り出された空気が言葉にならない言葉を紡ぐと同時、黒い粒子が炸裂した。
頭髪の間から、衣服の隙間から、耳から鼻から口腔から体じゅうの傷口からぽっかり空いた眼窩から──。
服装から肉体の内側に至るまで徹底的に満載された圧縮粒子が一斉に飛び出してエルマに襲い掛かる。

狙いはもちろん耳から脳へのルートを中心に、肉体へ侵入を果たして即死あるいは重要器官を傷つけること。
しかしそれだけでは終わらない。木々の合間を縫うようにして飛来するのは漆黒の外装を得た大鎌だ。
粒子操作によって使い手の意のままに動く殺意の具現がまずは後から現れたほうを、そして次に我が子の生首を抱えて蹲るほうを。
物理的に不可能な軌道を描いて両方のエルマを斬首すべく、ひと欠片の躊躇もなく大気を引き裂いて襲来した。

266【絵空に彩る真偽の導き】ゼオルマ:神変出没なマッドジョーカー:2021/10/08(金) 18:32:18 ID:6eG6NzZs
「さて、少ないが観客もいる。
 アリサ。貴様は殺すつもりで力を振るうと言ったが、最低でも殺すつもりでなければ貴様が死ぬぞ?」

【鎖で封じられた分厚すぎる本を浮かせ】【黄金の瞳がアリサを観る】
【ニュクスの狂喜に呑まれた精神でないアリサの能力は間違いなく7人の中で最強だろう】
【かつて隣り合って戦ったが破壊の力は凄まじいの一言だったが】【それが計略性や駆け引きのできる精神で使われれば更に厄介】
【しかし】

「ルールは『本の死守』だ。
 与えられた全てを駆使し、尚且立ち向かって来ると良い。
 なぁに、できる限りの全力で相手をするさ」

【それでも本気で戦う気はないと遠回しに発言する】

「なのでだ。そう簡単に死んでくれるなよ?」

【大地に幾千の影が指す】
【見上げた大空には数え切れないほどの炎の弾が大地に向かって降り注いできている】
【そのひとつひとつが大の大人ひとりを飲み込んでもなお巨大と言える程の大きさ】
【視認した時点ではまだ一山程の高さのそれは】【直後には大地に激突し飲み込まれ】【視界を奪うほどの土埃を上げる】
【この幾千もの流星の如く去來した火の魔法は】



        〝 ファイアーボール 〟〜 Proto-Zero 〜



【魔法使いにならほぼ誰でも覚えるような初級】【つまり基礎中の基礎の魔法】
【ゼオルマの使ったそれは最低でも中級はある威力を持った火の弾丸だった】
【偽装栄光と呼ばれるゼオルマの使う栄光魔法の出力を20%程に抑えられた小規模なそれは】【辺り一帯を焦土と化しながら降り注いだ】

「さあ、力を示せ。アリサ」

【火の弾丸を降らせながら】【黄金の瞳は彼女を観る】


//続きます。

267【絵空に彩る真偽の導き】ゼオルマ:神変出没なマッドジョーカー:2021/10/08(金) 18:33:49 ID:6eG6NzZs
>>266>>262宛ぇ!

268【絵空に彩る真偽の導き】ゼオルマ:神変出没なマッドジョーカー:2021/10/08(金) 18:37:16 ID:6eG6NzZs
>>262

「場所を変えるか。
 ここにいるのも少し窮屈と感じたことだしな」

【アリサが本を掴むのを確認すると】【周りを見回しそう言った】
【言うが早いか景色が変わりだし】【雲ひとつない真昼の大空】【風にそよぐ草木の平原に覆われた大地】【波飛沫が上がる遥か彼方に続くか如き大海世界が形成される】
【変化はそれだけではなく】【ハイルの体に入っていた魂の圧迫】【ゼオルマの気配もなくなる】
【ゼオルマの魂がハイル達の精神から離れたのだ】【その証拠とでも言うように目の前のゼオルマの姿が何度も見たボロ布を纏った短髪の少女体に変わる】

「急場しのぎに作ったが、まあこれくらいで良いだろう。
 しかし観客が居ないのは味気がないな……嗚呼、そう言えば居るではないか」

【しかしそれらとは打って変わって変化していないこともある】
【アリサとニュクスを除く5人】【先ほどの教会と同じくそれぞれの形を持って大地に立つ彼らだ】
【目の前にいるゼオルマは精神体ではない】【それは魂の入れ物となっていた肉体に無理矢理入られた彼らがよくわかっていることだろう】
【なら今いるこの世界は精神世界】【ハイルたち【倫理転生】の内側ではなくゼオルマが構築した謂わば異世界だ】
【だというのに自分たちは6人が6人それぞれの形を保っている】【それは肉体を得てこの異世界に立っているということだ】

【6人は違和感を覚えるかもしれない】
【いつも両隣前後に感じていた別の魂の存在を今は感じない】【代わりに感じられるのは自分のパーソナルスペースに立っている別の気配】
【そういつも一緒に居た魂達だ】

「さて、少ないが観客もいる。
 アリサ。貴様は殺すつもりで力を振るうと言ったが、最低でも殺すつもりでなければ貴様が死ぬぞ?」

【鎖で封じられた分厚すぎる本を浮かせ】【黄金の瞳がアリサを観る】
【ニュクスの狂喜に呑まれた精神でないアリサの能力は間違いなく7人の中で最強だろう】
【かつて隣り合って戦ったが破壊の力は凄まじいの一言だったが】【それが計略性や駆け引きのできる精神で使われれば更に厄介】
【しかし】

「ルールは『本の死守』だ。
 与えられた全てを駆使し、尚且立ち向かって来ると良い。
 なぁに、できる限りの全力で相手をするさ」

【それでも本気で戦う気はないと遠回しに発言する】

「なのでだ。そう簡単に死んでくれるなよ?」

【大地に幾千の影が指す】
【見上げた大空には数え切れないほどの炎の弾が大地に向かって降り注いできている】
【そのひとつひとつが大の大人ひとりを飲み込んでもなお巨大と言える程の大きさ】
【視認した時点ではまだ一山程の高さのそれは】【直後には大地に激突し飲み込まれ】【視界を奪うほどの土埃を上げる】
【この幾千もの流星の如く去來した火の魔法は】



        〝 ファイアーボール 〟〜 Proto-Zero 〜



【魔法使いにならほぼ誰でも覚えるような初級】【つまり基礎中の基礎の魔法】
【ゼオルマの使ったそれは最低でも中級はある威力を持った火の弾丸だった】
【偽装栄光と呼ばれるゼオルマの使う栄光魔法の出力を20%程に抑えられた小規模なそれは】【辺り一帯を焦土と化しながら降り注いだ】

「さあ、力を示せ。アリサ」

【火の弾丸を降らせながら】【黄金の瞳は彼女を観る】


//見返したら上半分くらいカットされてました・・・。
//こっちが正しいです。
//続きます。

269【絵空に彩る真偽の導き】ゼオルマ:神変出没なマッドジョーカー:2021/10/08(金) 18:38:17 ID:6eG6NzZs
>>268

//以下、【倫理転生】の本(アリサ)の詳細になります。
//議論スレに投下していただければ質問にお答えます。


『アカシア写本』

 それは豪華な飾りのついたモノクロの装飾写本。
 タイトルは幾つもの文字が折り重なり、入り乱れていてわからない。
 だがハイル/エレボス/ニュクス/カロン/ヘメラ/アイテールには不思議とそれが自分たち6人の名前が混じり合ってできたものだとわかる。
 それは、自分たち/【倫理転生】の本だ。

 この本は【倫理転生】達の魂に刻まれた記録を写したもの。写し身である。
 本にはガイド司書として『アリサ=アヴァター』という人格がインプットされている。6つの人格とは別に独立した人格だが人格内の会話に混ざることがある。

『セカンドコール』
 表に出てきている人格を除いた5つの人格、その内の1つの人格が有する能力・魔法を1ランクダウンした状態で再現することができる。
 再現する能力の指定はロール内で最初に指定する場合は自由(会話中、戦闘開始時、戦闘中いつでも可)だが、設定して以降は【倫理転生】が人格変更する際に同時に写本の再現も変更となる。
 能力の再現は写本が人間の姿を取るというものではなく、写本のまま1つの人格の能力を使えるというもの。写本自体は独立して動くことができない。

 写本は破壊された場合、ロールの終了レス時に再写本される。
 また【倫理転生】全人格および『アリサ=アヴァター』の合意を得ることで譲渡できる。

【『正義』のアリサ】
 アリサ・ミハイロヴナ・ザハロフ。
 ニュクスの過去、本来の人格。写本の司書である『アリサ=アヴァター』の正体にして第7の人格。
 ゼオルマによって【倫理転生】の全人格の記憶を文字通り全部ニュクスにブチ込み、狂いたくても狂えないよう精神の上限下限を固定させた結果蘇った存在。
 蘇ったというよりは写本の本来の力を使い閲覧したゼオルマが復元した過去であり、ニュクスの状態を過去に時間遡行させて本来のアリサに戻したわけではない。
 手順としては、ニュクスを意識を奪う → 写本からニュクスの体にアリサの人格を転写 → ニュクスの記憶の全てを与える → その他の人格の記憶(失っている記憶含め)を与える。
 ニュクス以外の記憶を与えたのは解決策を自分で見つけ出せるか試してみてのもの。
 狂えないように精神を固定させたのはどうせ狂うだろうと見越してのもの。

 ニュクスの人格とコンバートすることで写本から肉体に移り、自力で行動できるようになる。
 基本的なスペックはニュクスのまま。精神(SAN値)が限界(0)にならず狂えない(そもそも1で固定されている)。また、全人格の全記憶と視覚情報を持っている。
 最大の特性として人格のコンバート無しに他人格のスペックと能力に変化できること。
 能力変更は1レスに付き1回。変更の際は『タロットワークス』<ツインエンプレス>を出現させ何らかの衝撃を与える必要がある。
 能力変更後は再度同じ手順で能力変更を行うまでスペックと能力は維持される。

────

 【倫理転生】達の魂に刻まれた記録を写した本。
 別名:プリミティブ・カレイドスコープ。
 魂自体の記録が書かれているため今世から原初の魂が入った肉体の行動・精神の状況全てが記録されている。
 ここで言うアカシアとは黄色い花を咲かせる植物のことではなくアーカーシャ(アーカシャ)を意味し、インド哲学における虚空、空間内に存在する原始的な魔力を指す。
 この元始の根源から存在する魔力を記録帯として扱い、記録の対象を絞ることで写しの精度を上げ偽装栄光でも100%に近づけたのがこの『アカシア写本』となる。
 絞られた記録対象は前述する通り【倫理転生】。6人の魂の全てが記載されている。
 写本に記載されている文字体系の種類は漢字や平仮名、片仮名を内包する日本語やデーヴァナーガリー、ルーン文字、象形文字や楔形文字に至り一種のダイグラフィアまで書かれている。文字化けして完全に解読不可能なときもある。
 古今東西の全言語/全文語で書かれており、失われた文字すら混在しそれが別の言語へと変わり続ける。また6人+過去の人物の記録が混在(別の人物の情報が書かれた行の中にまた別の人物の情報が記載)するため自然とアナグラム化し、いち個人の情報だけ解読することも不可能に近い。
 記録の写しは今も続いているが頁数は増えていない。
 この写本が消失する時はこの写しの基となった魂が完全に消滅した時のみだろう。
 すなわち写本が存在するということは、その魂がまだ生存(いき)ているということだ。

270【屍霊編制】:2021/10/08(金) 22:43:46 ID:FINqHbmk
>>265

愛する者を嬲ったり、殺めたり。 大切な物を奪ったり、壊したり。
そんなことは──裏社会では日常的に起きているものだから。

目の前にいる死神-クソ野郎-の魂胆なんてのは容易く理解できた。

そして、理解できたからこそ。

『────クラリスッ!!』

"母"は冷静になどいられなかった。

『ッ!!!!』

おぼつかない足取りで駆けよってくる我が子に"生命"が宿っていないことは分かっていた。
我が子の肉体に"何か"が仕込まれているのも当然分かっていた。

しかし、母は躱そうとも、迎撃しようともしなかった。

理由はきっと二つある。
一つは死神の"異能"を探る為だろう。
兵器、使用人、家庭教師──屋敷の強固なるセキュリティを突破し子供達を葬った点から、死神はシュトロイゼル家について相当なる"調査"を実施したと取れる。
そうでなければ説明がつかない。 どれだけ規格外、超人的な実力を持っていたとしても、半端なる情報で屋敷に潜入など試みても、即"蜂の巣"になるからだ。
故に死神が、エルマ・シュトロイゼルの"異能"についての詳細は知らずとも、"毒"と"武術"を主戦術としているのは把握していることが予測付く。
一方、こちら──エルマ側は"極悪非道の最低人物であること"と"大鎌を操ること"以外の情報がなにもない。
"戦闘"でも"暗殺"でも、実力が余程離れてない限りは"情報を制する者が勝利を得る"ものだ。 故に我が子等の仇を"完璧なる形"で打つ為にも、まずは敵を知ること──そう思ったから。

そして、もう一つ。

それはきっと"殺れなかった"だけだ。
己が手で我が子をもう一度殺すなんてことが、母にはできなかった。
ただ、それだけの話。

『────ッ』

死神の腹部に蹴りを放った方のエルマ──それにクラリスが抱き着き、"破裂"。

クラリスだった肉体に埋め込まれていた生命力を奪う漆黒ノ粒子が一斉にエルマに襲来する。

『ッぐぁ…!!』

後は"いつもと同じ"だ。
生体活動に必須となる最重要器官の生命力を粒子等は瞬時に奪っていき、本日何度目だろうか──それは容易く絶命に至った。

『よ…よくもっ…!』

その光景を見た──ドイルの生首を抱えるエルマは即座に飛び退いて、距離を置こうと試みた……が、死神はそれを許しやしない。
既に"絶命必至のエルマ"も"飛び退こうとしたエルマ"も両方狩ろうと、死神は瞬時に接近し、そして、大鎌を振るった。

『あがっ……!!』

──死神はどう感じただろうか。

"エルマ・シュトロイゼル暗殺できたー! やったー!!"だろうか?
"計画通り……完璧なる暗殺劇だった……"だろうか?

それとも"いくらなんでも上手く行き過ぎている"だろうか。

『"ダチュラ"』

死神から約五メートル程離れた"木の上"。
そこにいた"エルマ・シュトロイゼル"がそう言葉を告げた刹那──

『────!!』

同じだ。
先程葬ったはずのエルマ・シュトロイゼルの肉体が破裂。
その後、呼吸で体内に侵入すると、嘔吐や頭痛、呼吸障害、四肢の麻痺などを引き起こす"毒ガス"が半径十メートルの範囲で一気に散布される。

271【屍霊編制】:2021/10/09(土) 15:36:16 ID:xsxuvK2g
>>270の修正版です!

>>265
愛する者を嬲ったり、殺めたり。 大切な物を奪ったり、壊したり。
そんなことは──裏社会では日常的に起きているものだから。

目の前にいる死神-クソ野郎-の魂胆なんてのは容易く理解できた。

そして、理解できたからこそ。

『────クラリスッ!!』

"母"は冷静になどいられなかった。

『ッ!!!!』

おぼつかない足取りで駆けよってくる我が子に"生命"が宿っていないことは分かっていた。
我が子の肉体に"何か"が仕込まれているのも当然分かっていた。

しかし、母は躱そうとも、迎撃しようともしなかった。

理由はきっと二つある。
一つは死神の"異能"を探る為だろう。
兵器、使用人、家庭教師──屋敷の強固なるセキュリティを突破し子供達を葬った点から、死神はシュトロイゼル家について相当なる"調査"を実施したと取れる。
そうでなければ説明がつかない。 どれだけ規格外、超人的な実力を持っていたとしても、半端なる情報で屋敷に潜入など試みても、即"蜂の巣"になるからだ。
故に死神が、エルマ・シュトロイゼルの"異能"についての詳細は知らずとも、"毒"と"武術"を主戦術としているのは把握していることが予測付く。
一方、こちら──エルマ側は"極悪非道の最低人物であること"と"大鎌を操ること"以外の情報がなにもない。
"戦闘"でも"暗殺"でも、実力が余程離れてない限りは"情報を制する者が勝利を得る"ものだ。 故に我が子等の仇を"完璧なる形"で打つ為にも、まずは敵を知ること──そう思ったから。

そして、もう一つ。

それはきっと"殺れなかった"だけだ。
己が手で我が子をもう一度殺すなんてことが、母にはできなかった。
ただ、それだけの話。

『────ッ』

死神の腹部に蹴りを放った方のエルマ──それにクラリスが抱き着き、漆黒ノ粒子が飛散。

クラリスの肉体に埋め込まれていた生命力を奪う粒子が一斉にエルマに襲来する。

『ッぐぁ…!!』

後は"いつもと同じ"だ。
生体活動に必須となる最重要器官の生命力を粒子等は瞬時に奪っていき、本日何度目だろうか──それは容易く絶命に至った。

『よ…よくもっ…!』

その光景を見た──ドイルの生首を抱えるエルマは即座に飛び退いて、距離を置こうと試みた……が、死神はそれを許しやしない。
既に"絶命必至のエルマ"も"飛び退こうとしたエルマ"も両方狩ろうと、死神ノ大鎌が飛来し──

『あがっ……!!』

"二人のエルマ"の首を断ち切った。

『…………』

鈍い音を立てて、地に倒れ伏せるエルマに──死神は何を思ふだろうか?

"エルマ・シュトロイゼル暗殺できたー! やったー!!"だろうか?
"計画通り……完璧なる暗殺劇だった……"だろうか?

それとも"いくらなんでも上手く行き過ぎている"だろうか。

272【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2021/10/09(土) 23:37:01 ID:4vSmlllk
>>271

二体の“エルマ”は死んだ。
首をまとめて刈り取られ、断面からは噴水のように血が上がり、頭部を失った身体が力を失い倒れ伏す。
これにて暗殺終了──重ねた準備を前に稀代と呼ばれし暗殺者も呆気なく、と。

(まだだ)

そう思えるほどおめでたい性格をしているなら、今日に至るまで命をつなぐことはできなかっただろう。

──逆に問うがどうしてここで安心できるという?
相手は分身なんてことをしてきたのだぞ。一人が二人に増えたのだぞ。だったら三人目がいたって何もおかしくはないだろうが。
いいやひょっとすると四人目、五人目……どこまで増殖するか分かったものじゃない。
同時に倒さなければ一人が残っている限り何度でも復活する……なんて、ゲームの面倒なタイプのボスみたいな異能でない保証がどこにある。

だからここは念入りに。
まだ終わっていないと仮定して、“もう一段階上の最悪”を発動させた。

……茂みから物音。三人の亡骸のもとへと向かってくる人影がある。
一見それは先ほどのクラリスの焼き増しであるようにも思えたが……違う。

なぜならその眼に浮かぶ恐怖が違う。
蒼褪めた顔色に現れている嫌悪が違う。
猿轡を噛まされ、くぐもった悲鳴を上げながら、衣服の上から肉体の随所にまとわりついた黒い粒子によって無理矢理歩行させられているのは──アミーラ・シュトロイゼル。
確かに生命の息吹を宿らせている、今やエルマの子供たち唯一の生存者であった。

涙さえ浮かべ必死に首を横に振っているが、首から下は一切の抵抗ができていない。
当然だ。手足の腱は勿論のこと、神経にいたるまで丹念に切断されているのだから。
それでいて止血はしっかりとなされていて、生きているのに自分の身体が自分の自由にできない。
意志を持ったまま支配下に置かれ、人形のように操られている状況に言わずもがな経験なんてあるはずがない。いったいどれほどの恐怖であることか。

やがて少女は亡骸の倒れる血の池に辿り着き……。
黒い粒子が離れ、囚われの身から解放されるが、前述のとおり動けないため支えを失った身体がべちゃりと崩れ落ちる。
間近で家族の死体を見せられた齢六歳の娘がどんな反応を見せるかなんて議論するまでもあるまい。

その少女を──たったいま肉体から離れた黒い粒子がいくつもの太く鋭い針の形をとり、これ見よがしに害そうとしている。
脅しではない。もし少しでも時間が置かれたなら、針はアミーラの手や足を容赦なく傷つけ、少しずつ少しずつ死へ誘っていく。

決して即死はさせないように。
できるだけできるだけ、苦しむように。
嬲り、甚振り、心も体も犯し抜くようなやり方が何を目的としているか……ああ、そんなもの簡単だろう。エルマをあぶり出すため以外にない。

なんという悪逆無道。
なんという残虐非道。

悪意と害意と殺意を凝り固めたかのような最悪に最悪を上塗りした所業は、だがやはり隠れ潜んだ“親”を引き摺りだすためにはこれ以上ない一手。
しかもたとえば毒ガスによる範囲攻撃をも封じていた。もしそんなものを使えば愛する娘もその手で殺すことになるがさてどうするね、と嘲笑う死神が仄見える。
我が子を救うためにはその身を晒して庇う以外に手段がなく……それこそが暗殺者の狙いであるから、出てきた瞬間に一斉に狙いを変えて即死させにかかるだろう。
加えて先ほどの大鎌による攻撃も無論のこと。……罠だと分かっていても飛び込まざるを得ない、裏の人間でさえ実行を躊躇う極悪の手管に──果たしてエルマは。母親は。

273【倫理転生】7つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2021/10/10(日) 01:06:05 ID:0DcT2Ldw
>>268

「これ、は……」

 ハイル達がその異常に気づくのに、さほど時間はかからなかった。
 今まで、彼らが騒々しく議論し、胸ぐらを掴み合い、顔を突き合わせて口論など出来たのは、
 それが彼らの宿る肉体の内──精神世界だったからに他ならない。
 だがこれは、この青空広がる平原は、大海原はたしかにそこに実体のある世界だった。

「カハハッ、粋なことをするじゃねぇかよ」

 肉体の実感に笑みを浮かべたのはエレボスだった。
 彼は、生前とも言える失ったはずの肉体を取り戻し歓喜する。
 後ろに撫で付けた黒髪をガリガリとかき乱し、彼はゼオルマに視線を向ける。

「そうか、そうかよ。俺たちが観客ってか。
 良いねぇ、この解放感に免じてやってやろうじゃねぇか、なあテメェら!」
 
 それがつかの間だったとしても、再び得た肉体はエレボスがゼオルマへ抱く嫌悪感を失わせた。
 彼のような不定形に成り果てた訳ではない、ある程度自身の姿を保持していた他の人格も、やはり多少の喜びは感じていたようだった。

「それじゃあ、特等席が必要よね」

 ヘメラがトン、と足を踏み鳴らすと、全員の足元に光の円盤が出現する。
 それはそのまま、彼らを上空へと浮かび上がらせると、ゼオルマとアリサを見下ろすはるか雲の僅か下あたりで静止する。
 光の円盤によって照らされた彼らの身体そのものの影は濃く、強固な影となっていた。
 エレボスがそれを操作し、飾り気のない真っ黒な長椅子を作り出すと、彼はアイテールへ指を鳴らす。

「ヘイ、クソガキ。バリアを用意しろ」

「お前の所だけ穴を空けといてやろうか、牛面」

 そんな言葉のジャブを交わし合いながら、アイテールは呼吸をするよりも容易く、その場に絶対不可侵の透明な膜を展開した。
 その直後であろうか、彼らのすぐ側を巨大な火球が降り注ぎ始めたのは。
 爆撃というにも苛烈、隕石群かの如き破壊の嵐は地上のアリサへ降り注ぎ、周囲の地形ごと消し飛ばさんと彼女の矮躯へと迫る。
 その巨大な破壊球を前に、アリサは傍観するようにそれを眺めていた。
 そして、それが己には不可避であることを悟ると、ニヤリと笑う。
 魔力を全身から手に収束し、圧縮し、凝縮する。
 その魔法は、ゼオルマにとっても見覚えのあるものかもしれない。
 詠唱の開始と共に、凝縮した魔力が周囲の空間へと浸透していく。

// 続きます

274【倫理転生】7つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2021/10/10(日) 01:07:09 ID:ZqZCX4GI
>>273 の続き



        He lived in the tombs. Nobody could bind him any more, not even with chains,
           彼は墓に住み、何人も、鎖さえも彼を繋ぎ止める事は叶わなかった。

        the chains had been torn apart by him, and the fetters broken in pieces.
         彼はあらゆる鎖を千切り、あらゆる枷を砕き、あらゆる者の抑圧を否定した。

   night and day, in the tombs and in the mountains, he was crying out, and cutting himself with stones.
              夜昼の境なく慟哭し、咆哮し、啼泣し、自傷する。

                He asked him, "What is your name?"
                 神の子は彼に問う。汝は何者か?

                He said to him, "My name is Legion"
                 彼は答えた。我が名はレギオン。



                  「懐かしいでしょ? これ」



                    for we are many.
                     大群である。



 詠唱の完結と共にアリサが腕を振るえば、出現するのは数千の黒い杭。
 一本一本が人の身長ほどもあるそれが、中空に現れゼオルマへと放たれる。
 機動そのものは、ただ彼女目掛けて進むだけなのだが、その速度と数が凄まじい。
 風を切り裂き、ともすれば時速換算で数百に迫る速度の黒杭が、数千連なり迫るのだ。
 単純な身体能力、脆弱な防御では穴だらけにされてしまうだろう。
 だが、その魔法にはそれだけのリスクがある。その一つが詠唱の長さだ。
 既に火球はアリサの頭上、目前まで迫っており、魔法で迎撃するだけの時間は残っていなかった。
 火球が直撃すれば死んでしまうのだろう。
 魔法で防ぐことも、もしかすると出来たのかもしれない。
 だが、彼女はそうしなかった。
 ──事前に“殺す気でやる”と言ったのだから、攻撃しないのは“間違っている”。
 そこで、相手の攻撃に怯えて受けに回るのは、彼女の中の正しさに反していたのだ。
 だから、攻撃を優先した。それだけの、まったく理解し難いポリシーである。

「簡単な速攻魔法で相殺すれば、辛うじて生き残れるかしら」

 一方で、死ぬものかと抗う側面もある。
 闇の魔法を振るう彼女の力の性質は破壊にこそ、その真価を発揮する。
 防御能力はさほどのものではなく、彼女は対抗手段を記憶の中から探っていた。
 己のポリシーが招いた危機を、必死に回避しようと足掻いていた。
 そんな時、ある言葉が胸中へ浮かぶ。

 ──僕なら、簡単に防げるのに。

 戦闘を眺めるアイテールがふと思い浮かべた言葉。
 それが記憶としてアリサへと書き込まれ、彼女はその力の振るい方を“思い出す”。
 どのような原理で、どのような法則で、どのような手段で、アイテールはその力を行使していたのか。
 彼女は火球群が迫る中、ゆったりと本を開きページを辿る。

「『アカシア写本』第二十三章六節──」

 その開いたページの表層に、ふわりと一枚のカードが浮かび上がる。
 二人の女帝が描かれたタロットカード。ニュクスが手にした、輝かしい思い出の証。
 それを、栞のように挟み込み、アリサは本を閉じて宣言する。

   Sacrosanct.
 ──神聖不可侵。

 その瞬間、灼熱の破壊が彼女を呑み込んだ。
 地表が消し飛び、溶け爛れ、砕け散る。破壊の防風。
 アリサと彼女の周囲が焦土と化す爆撃の最中で、彼女は笑った。

「アハハッ、助かったわレフ!」

 アリサの周囲には透明な膜が広がっており、それが、爆撃の一切を遮断していた。
 外では凄まじい爆炎が立ち昇っているが、薄い膜を隔てた内側はまったくの無風、無音。
 絶対の防御能力を持っていたアイテールの力である。
 アリサがこの爆撃を凌いでいる間、ゼオルマもアリサの放った黒杭の雨の対処を行っているのだろう。
 そう考えると、静寂は愛すべき彼女を想う“よすが”として楽しめた。
 そして、爆撃が終わると、彼女は防御を解除して粉塵の中からゼオルマの姿を探す。
 間違いなく、ゼオルマが黒杭程度でどうにかなるとは思っていない。
 アリサは周囲に響き渡る声量で、呼びかけた。

「もっと本気を出さないと、死守どころかイージーゲームになっちゃうわよ!」

 慢心──という訳ではない。
 これは、無邪気な誘い文句だ。
 もっと遊ぼう。もっと本気でやろう。
 そんな、子供じみた懇願と言えた。

275【屍霊編制】:2021/10/10(日) 16:14:28 ID:iO.yZ.mQ
>>272

二体の"エルマ"の死によって、死神が使役する漆黒ノ粒子の"力"、それを用いた"戦術"などの欲していた情報は得られた。
"ここから"だ。 三体目の"エルマ"は無数に生えた広葉樹の内の一本──其処に潜みながら、得た情報を吟味し始める。

触れた者の生命力を奪い、大鎌などの物体に干渉して遠隔操作なども可能。 確かに強力かつ汎用性の高い異能だ。
……が、それだけだ。
漆黒ノ粒子一つひとつの効果は低い。 故に"粒子で殺害する"という観点だけなら、
"標的の体外に多量の粒子をぶつける"または"標的の体内に侵入し急所を蹂躙する"以外の戦術はとれない。
そもそも、死神の異能は暗殺面では最適解でも、戦闘面では無力に近いだろう。
"使い手"や"状況"に寄ると言ってしまえば元も子もないが……警戒した標的に上記の戦術が通用するとは到底思えやしない。

──でも、自分の"毒"は違う。
"急所"なんて狙わなくていい。 "量"も必要ない。 一撃でも掠れば、一吸いでもすれば──"終わり"だ。

『…………』

そうして、情報の吟味を終えると──三体目のエルマは死神の前に姿を現し。

『……降伏するわ。 それ止めてくださるかしら?』

装着していた鉤爪。 携帯していた毒兵器など、全てを地に放り投げ。
夜空に両腕を上げて、精一杯の"降伏"の姿勢を魅せる。

『んんっ!! んむむっ…!!!!』

どれだけ分析しようと、どれだけ強かろうと。
愛する娘──アミーラ・シュトロイゼルを人質に取られている時点で勝負は決しているのだ。

だから、"母"が"娘"にできることは……もうこれしかなかった。

『大丈夫よ。 アミーラ』

僅かでも、ほんの僅かでもいい。
恐怖を、絶望を、緩和するように朗らかな貌を娘に魅せて。

『……さて、何がお望みかしら?』

視線を死神に戻して、尋ねるのであった。
どうすれば──"娘"を助けてもらえるのか、と。

276【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2021/10/10(日) 19:46:49 ID:3fPJE37Q
>>275

そう、まさに“ここから”だ。
標的をあぶり出すことには成功した。あとは殺すだけだが、その前に聞きだしておかねばならない事がひとつ。
で、ある以上、そこはつけいる隙になる。すなわちここでしくじればすべてが瓦解しかねない可能性を孕んでいた。

決して油断するな──相手はあのヒュイスと同じく最高傑作と謳われし女。
僅かな隙間から刃を差し込み、すべてをひっくり返すことくらいやってのける。もとより暗殺者という存在はそういうものが得意分野だろう。
毒使いともなれば尚の事……仮に武装を解除させたとてその体液を、その呼気を、必殺の暗器に造り換えていると考えろ。

ここより先、一つのミスも許されない。
異能を操り、大きく息を吸い込んだ。

──血溜まりにて虚空を見上げる親子の前に、この惨劇を作り出した張本人が姿を現す。
太い枝の上に佇み両者を見下ろすその姿、手元に引き戻した大鎌を携える青白い顔色は死神にも亡霊にも見える。
光の失せた灰色の瞳に標的を映し……暗殺者は言葉に応える形で問いを発した。

「夫はどこだ」

ごく端的な一文のみを返して口を噤む。
あとはそれに答えるまで、これ以上を話す気はないとばかりに一切なにも紡ぐことはない。

もしエルマが無用な言葉を発したり、何か動きを見せたならば……どうなるかなんて、分からない人間はいないだろう。
アミーラにまとわりつく、圧縮され干渉力を高めた粒子が目を潰す。舌を貫く。歯をへし折る。爪を剥ぐ。
娘の悲鳴を潤滑油としてその口を必ず割る。……凄惨な拷問にきっと澱みはないに違いないのだ。

277【絵空に彩る真偽の導き】ゼオルマ:神変出没なマッドジョーカー:2021/10/10(日) 20:48:09 ID:JIcXx3/k
>>273-274

「嗚呼、とてもな」

【大群の名を冠する鉄杭の嵐】
【ゼオルマと同じ様に数え切れない程の物量でもって広域殲滅を行うアリサ】
【その大群は聖王の騎士団に身を置いていた時にニュクスと共にセッションした際に放った魔法だ】
【単純な速度が馬鹿げたそれに】【けれどゼオルマは一歩も動かない】
【動けないのではない】【動かないのだ】

【鉄杭がゼオルマと本を貫通する】



            〝 MI.Person - 世界に私が欠けている 〟〜 Missing-Invisible 〜



【だがゼオルマと本を貫く直前から釘が途切れる】
【奇妙なのは】【ゼオルマの体を貫通すれば〝そこ〟にあるだろう釘の先端が実際に〝そこ〟にあること】
【ゼオルマと本の周囲だけまるで別空間にあるかのように】【静止した釘の腹の部分だけが〝そこ〟から失くなっている】
【分断された釘が静止するのはほんの一瞬】【その異空間が成立したのは一秒にも満たずに消え釘が地面に落下する】
【空間操作】【この世界とは異なる空間を自身の周囲一帯に展開し、空間の内側に入ろうとしたものを外側に弾き出す】
【それがこの魔法だ】
【発動に条件を付けて使っているが】【大魔法に位置するそれをゼオルマは詠唱することなく】【魔法陣を描くことなく】【瞬きの時間すら要さずに行う】

『もっと本気を出さないと、死守どころかイージーゲームになっちゃうわよ!』

「まだ始まったばかりなのだ。もっと児戯を愉しんだらどうだ?」

【誘い文句を口にするアリサにゼオルマも同じ声量で応じる】
【自分の位置が筒抜けになる行為だが】【お互いにそんなことは気にしていないだろう】
【やろうと思えば目を瞑っていても相手の位置を特定するくらいの能力をお互いに持っている】

「だがまあ、望むのならもっと過激的に行こうか」

【周囲に漂う魔力と空間に響いた声からアリサの位置を逆算】【割り出し】【次の手が発動する】
【アリサの体の中心に乱暴に墨で塗りたくったような黒いX字と十字が出現する】



                 〝 黒罪 〟〜 Sins 〜



【次の瞬間】【弾けるようにその黒字が一瞬だけ地平線まで伸びて消失し】【その黒字が通った空間が分断される】
【巻き起こっていた砂塵】【焼き爛れた大地】【大空に漂う雲】【遠くに聳える山々】
【それら黒字が通った空間だけ消える失せる】
【砂埃と雲は切り取られたように清涼な空間が現れ】【大地は綺麗な断面の地割れとなり】【山々は柱を失い崩れ落ちる】

【空間魔法】【黒い線の通った空間は消滅する】【黒い線が動く前に逃げれば回避は可能だ】
【黒字から逃げなければ体の中心からアリサの体も分断されることだろう】

278【屍霊編制】:2021/10/10(日) 22:02:26 ID:iO.yZ.mQ
>>276

『──先にアミーラを自由にしてもらえるかしら?』

夫の居場所という情報、それと自分の命と引き換えに"娘の命が助かる"なんて保証はない。
"娘"を助けるには──この"死神"を殺る以外の選択肢はない……だから。

『ヒュイス・ルミンフに飼われてるお嬢さん』

だから、"危険な賭け"だと承知の上でもやらねばならなかった。

『あぁ、やっぱりそう。 "手配書"に書かれていた特徴と全部一致してるわ』

死神は──きっと入念に戦略を練り、そして、"不確定要素"──詰まる所、賭けを嫌う人種だ。
もしそうなら、"無用な問答をした、交渉決裂だ"と即座にアミーラの拷問を開始したりするのではなく、まずはエルマの言葉に耳を傾ける……その可能性は十分に在る。

『……だけど、驚いたわ。 手配書が取り下げられていたから、てっきり"もうこの世にはいない"と思っていたの。
 おかげで、"アナタ"だと辿り着くまでに随分と時間がかかってしまったわ』

手配書が取り下げられたのに生きている。
上記の事実から死神──"レイス"がルミンフ家からの刺客だということは理解できた。
が、問題は"どうしてヒュイス・ルミンフに飼われている"なんて言葉が出てきたか、だ。

『これは私の"推測"になるんだけれど。
 もし今回の目的がシュトロイゼル家の失脚なら、ルミンフ家は──"外部の人間"なんて絶対に使わない。
 最も信頼の置ける刺客、ヒュイス・ルミンフに依頼するでしょうから、ね。

 じゃあ、目的はなにか?
 
 …………そうね、"遊戯"といったところかしら?』

"遊戯"で愛する子供達を殺された、とは思いたくもない。
しかし、そう。 きっと、そうなのだ。
なにせこの舞台を用意したのは──絶対に"奴"だから。

『私、母親をやっているから分かるのだけれど。 彼女って"子供っぽい"でしょう?
 ……で、子供って本当に"限度"ってものを知らないから。
 "アナタ"という玩具を見つける為に数億なんて金を費やすし、
 見つけてきた玩具で"遊ぶ為"だけにシュトロイゼル家を"敵役"として見繕う。 違うかしら?』

『……まぁ、いいわ。 本題に入りましょうか。
 アナタの目的は"私"でしょう? もし失敗すれば──ご主人様である"ヒュイス・ルミンフ"からの躾が待っている。
 だから、どうしても私を殺さないといけないけれど……もしここで"アミーラ"という人質を殺ってしまった場合、
 アナタには私を抑えつける"手札"がもうない。 そして、そうなったら……』




『アナタは私を殺せない。 絶対に、ね』

279【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2021/10/11(月) 19:04:20 ID:kWErVIls
>>278

裏の世界にその人ありと言わしめた大人物であれ、つまるところは人の子である。
愛もあれば情もある。それが原因で目を曇らせることもあろう。判断を誤ることもあろう。
つまりこれは、そういうことだったのだろうか。

──何かが剥離する音。
直後、エルマの足元に転がるアミーラがくぐもった絶叫をあげた。
神経が軒並み切断されているゆえのたうちまわることもできず、唯一自由になる首から上が暴れ、血と泥で汚れる。
見れば傍に薄く丸みを帯びたものが落ちていた。……爪だ。まだ幼い子供の生爪が一枚、容赦なく剥がされたのだ。

「夫はどこで何をしている」

その実行者は当然、見下ろす暗殺者。
これほどの非道を為しながら、表情には何も変わってはいない。
ぞっとするほど冷たい無感情だけを表しながら、未だアミーラに纏わりつく黒い粒子を蠢かせている。

「次の言葉がその答えでなければ」

勘違いしてはいけない。これはアミーラ・シュトロイゼルへの拷問ではないのだ。
“愛する娘”を“道具”に使ったエルマ・シュトロイゼルへの拷問である。
愛だの情だの、そういうまっとうな美点/弱点を持っている人間に対しては、本人よりもそいつが大切に想う人間を傷つけた方が効果は覿面だ。
そんなことは身に染みて理解している。

エルマの指摘のとおり、ここで娘を殺せば切り札を失うことになる。
だから暗殺者が少女の命を奪うことはないが……。

「──死が救いに見える身体に、お前の娘を造り変える」

逆に言えば殺害以外の全てを実行可能なのだと言外に告げつつもう一枚、爪を剥いだ。

ああ確かに殺せはしないさ。人質がいなかろうがこの状況から巻き返せる可能性は高くないと思えるが油断はしていない。
しかし死んだ方がマシな様にはしてやれるのだということを失念するなよ暗殺者。圧縮され、素早く動く粒子は娘の命を簒奪するに至るまで無数の傷を負わせられる。
苦痛(いたみ)を、損壊(いたみ)を、絶望(いたみ)を……丹念に丁寧に刻みこんで必ずやその心をへし折る。この異能にかけて“殺してくれ”と必ず言わせてみせる。

愛娘がそんな状況に陥っていくのに耐えられるのかという話。
口では大丈夫だ何だと言いながら実際には助けてくれない母親に幼い子供が向ける視線に耐えられるのかという話。
こちらの質問に答えさえすればすぐにでも娘を救ってやれるが、そうしない限り愛する子供はどんどん傷ついていくということを態度ではなく行動で示し続ける。
以降、エルマが答えを渋れば渋っただけアミーラの肉体は削れ、こそげ、痛みが叩きこまれていく。

……そもそも主目的はエルマ・シュトロイゼルの殺害である。
報復を防ぐために行方が知れないその夫の情報が欲しいことは間違いないが、それはあくまで副目標であり、その順序が覆ることはない。
いよいよアミーラがもう放っておけば死ぬというところまで痛めつけても口を割らなければエルマの生命力を仮死状態に陥るまで奪って拉致。自白剤でも何でも使うつもりだが……。
相手は毒使い、自分が入手できる薬物に耐性をつけていてもおかしくはない。そうなったら仕方がないから殺すか、別の手段を模索するまで。

いずれにせよ暗殺者に、標的の話に付き合うつもりは毛頭なかった。
その言葉すら毒であるとみなして一切の交渉を行わない。そんなものが原因で隙を晒して死ぬくらいならいっそここでさっさと殺すだけだ。

280【屍霊編制】:2021/10/11(月) 21:51:11 ID:5EbiR4TY
>>279

──"エルマ・シュトロイゼル"は勘違いをしている。

愛する娘の助けを求める悲鳴に、絶望に染まった貌に。
エルマは"絶対に耐えられない"と、ヒュイス・ルミンフは確信を得ていた。
だからこそ、レイスには"エルマの当日の居場所や仕事内容"なんて情報ではなく、"愛する家族を殺害する"為の情報を提供したのだ。

故に分かりきっている。
どれだけ思考を巡らせ、駆け引きに持っていこうとしても。
齢六歳の娘を少しでも痛めつければ──エルマは簡単に口を割るのだってことは。

『……"ウルカグアリー"で兵器輸入の件について商談中よ。 三日は帰ってくることはないわ』

"ウルカグアリー" その名は──きっと聞き覚えがあるはずだ。
地下に設営された会員制の超ハイレートカジノで、飲食店や宿泊施設、違法物販売所や人身売買所なども見られる、さながら一つの街。
そして、そのオーナーは確か……ヒュイスの"実兄"だったはず、だ。

『──これで満足でしょう? 早く放してあげてちょうだい』

この情報の信憑性は高かった。
レイスの背後にはヒュイスが居る……そう断定しているのなら、このような"すぐに確認"が取れるような嘘など吐くはずがあるまい。
さぁ、夫の居場所は判明した。
なら、次はどうする? 標的──エルマを仕留めるか。 それともまずは……。

281【倫理転生】7つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2021/10/12(火) 15:34:42 ID:Sw2nYmUc
>>277

 突如、自身を中心に塗りたくられた黒字。
 アイテールの防御力を手にしたアリサは、それに対する危機感が欠如していた。
 何せ、アイテールのバリアはおおよそ防げないものは殆どない、絶対防御と言っても良いものである。
 万能の如き力を持つゼオルマの魔法でさえ、アイテールのバリアを貫くのは決して容易ではないだろうと言える。
 だが、そう。容易ではない、とは不可能を意味しない。アリサはその事実を忘却していた。
 無邪気な誘い文句は油断ではなかった。しかし、そこには高揚があった。
 病床に伏していた少女が、強大な魔法を振るい、地を駆け、空を飛ぶ事が出来るようになった。
 その解放感こそがアリサを浮かれさせ、危機感を失わせたのだ。
 上空からその様子を見ていたハイルの記憶の共有により、
 ようやく己の危機に気づいた時には、莫迦げた量の魔力が黒字から暴発しようとしていた。

「……まっ……ずい!」

 咄嗟に、横へ飛ぶ。
 魔法の性質も、安全域もはっきりと分かっていない、ただの勘。
 “死”と密接にあったニュクス(アリサ)が、咄嗟に導き出した正解だった。
 だが、一歩足りない。その黒字から放たれる攻撃の影響範囲から逃れられない。
 その結果待っているものは、おそらく……逃れようのない死だった。
 だから、アリサは体の一部でも逃れようと伸ばした手。その上で開かれた本を、無我夢中で閉じていた。

「『アカシア写本』第一章三節──」

 黒いカードが本に挟み込まれ、アリサは新たな力をインストールする。
 それこそ、彼らの中で最速を誇る、闇よりも昏きもの。

   From Shadows.
 ──原初の暗黒。

 その瞬間、黒字が炸裂し景色が消える。
 その延長線上を消失させる黒閃が地平線を穿ち、アリサの姿は消え失せた。
 黒字に呑み込まれた訳ではない。ただ、常軌を逸した速度で避けただけだ。
 音をも破りかねない超高速で黒字の炸裂を避けたアリサは、その回避の速度のままゼオルマ目掛けて疾走する。
 軍服に通した四肢には自身の影がまとわりつき、獣の如き爪を形成していた。
 その爪で地面を捉え、一歩で半分の距離を詰め、二歩で肉薄。
 一呼吸にも満たない時間で、ゼオルマへ肉薄したアリサは無邪気に笑う。
 まるで、友人と戯れる少女のように。

「ああ、死ぬかと思った! アハハハッ!」

 その言葉と共に、アリサは身体を左へ振り回すようにして、影で形作られた右手の爪を振るう。
 大げさに身体を倒すような動作は、その右手が見た目以上の重量を有しているかのようにも見えるだろう。
 しかし、そうではない。深く踏み込んだ彼女の左足はゼオルマの影を踏みつけており、そこからエレボスの力が侵食していた。
 右手の爪と同時に、ゼオルマの影から形成された巨大な棘が、彼女の背中──心臓の位置を貫かんと伸びている。
 シンプルではあるが、紛うことなき致死の一撃。
 魔術師であるゼオルマに接近戦は難しいと考えての、高速連携である。
 しかし、アリサの動きにはまだ荒がある。研ぎ澄まされていない──本気ではないと表現しても良いだろう。
 戦闘前の宣言通り、確かに殺そうとしている。しかし、一方でゼオルマと戯れる事を楽しんでもいる。
 故にその所作、視線、呼吸、魔力の流れ。一挙手一投足から攻撃の起こりと軌道を読み取れるだろう。
 それでも、おおよそ人間離れした速度の攻撃である。
 純粋に身体能力で避けるとなれば、見てからでは格闘技の達人でも容易ではない。

282【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2021/10/12(火) 18:38:06 ID:XnkIXo7U
>>280

どれだけ信憑性の高い情報であれ、裏付けが取れないうちは絶対とは言い切れない。
そして通信設備をこの手で破壊し、現状外部との連絡をとれない今、ヒュイスに連絡してすぐ確かめることは不可能。
万全を期すならここはいったんエルマの意識を奪って拉致監禁しておくべきという考えもあるかもしれないが……。

「…………」

何度でも言おう、暗殺者は眼下の者をまったく見縊っていない。
むしろその逆、臆病と言えるほど警戒に警戒を重ねている。本当なら対峙することすら避けたかったくらいに。
だから“絶対”ではないかもしれないが“ほぼ確実”という情報を手に入れた今、これ以上を求めるつもりはなかった。
安全を求めてリスク回避に動くのはいい。だがそれも過ぎれば脚を取られかねないと分かっている。

ゆえに──。

「──────」

躊躇うことなく投げ放たれる死の刃。
用済みとなった標的を生かしておく理由がひとつもないからとっとと殺すべくエルマの首めがけて大鎌が襲い掛かった。

──まずは目の前で娘を殺して、なんて遊びは欠片もない。
あくまでアミーラはエルマを追い詰めるための道具にすぎないのだ。標的の心情など仕事が済めば一切合財どうでもいい。

……そして次の瞬間、母の死に悲しむ間もなく娘を更なる悲劇が襲う。
剥がされる生爪。抉り取られる眼球。削ぎ落される鼻、乱暴に引き抜かれる歯……。
凄惨にな姿に造りかえられていく少女。それは暗殺者の嗜虐心を満たすため、ではなく。
あるのはやはりどこまでも合理だけ、もしかしたら隠れているかもしれない四人目五人目をあぶり出すために他ならない。

裏の人間ですら目を背ける酸鼻極まる光景であった。
とてもじゃないが今まで散々にげまわり、できるだけ人殺しを避けてきた女のしでかすことじゃない。
何かが彼女を変えてしまったのだろうか? ならばやはり、“あの少女”をその手にかけたことが切っ掛けとなったのだろうか?

否。
否、である。

暗殺者は……レイスを名乗る女の本質は最初から何も変わってなんかいないのだ。
ただ性根が凡俗ゆえの道徳観念と人間性が邪魔をして決心に至るまでの道のりが非常に遠く、また同時に非常に腰が重いだけ。
必要なし、理由なしと思っているうちはどこまでも逃げを打つ半面、ひとたび“やる”と決めればこのとおり。
集めた情報に基づいて最大の弱点を洗い出し、躊躇なくそこに付け込んで、常人なら忌避するようなやり方を駆使して徹底的に踏み躙る。
愛も、強さも、何もかも……輝かしい美点のすべてに唾を吐き、その価値を塵(ごみ)に貶めた上で容赦なく殺戮する。

それがどれだけ最悪なことかを自覚しながら実行できる。女はそういう人間だった。名前と顔くらいしか知らない他人相手ならなおのこと。
だから“念のため”アミーラを痛めつける手が止まることはなく……後続のエルマが現れなければ樹上から粒子を操作して止め刺すのにも澱みはない。
最大効果を求めるならこの作業はゆっくりやるべきだが、こちらも少々時間がなかった。このまま何も起きなければ、ほどなく母娘が揃って死骸を晒すことになるだろう。

283【絵空に彩る真偽の導き】ゼオルマ:神変出没なマッドジョーカー:2021/10/12(火) 21:50:18 ID:4n.m7kjo
>>281

「ふむ、流石に疾いな」

【黒字を避け肉薄するアリサ】【そのアリサの緋色の瞳に黄金の瞳が映り込み】【アリサの影がざわめく】

【彼女の考えは正しい】【魔法使いは接近戦】【こと肉弾戦に関しては基本的に苦手分野だ】
【それは肉体を鍛えるよりも魔力操作や魔法の研鑽に時間を浪費するため】
【肉体を同時に鍛える魔法使いもいるにはいるが】【今の時代】【どちらが多いかと問われれば少ないほうだろう】
【中〜遠距離が得意という点】【大規模範囲に魔法行使できるゼオルマも身体能力は一般的な部類】
【だが】

「だが、まだ遅いな」

【それでは流石に学が浅いというものだ】



    〝 ズタボロ羊の愛玩人形 〟〜 Scarecrow 〜



【緋色の瞳に映った黄金の瞳に『ゼオルマ』が映り込む】
【アリサが攻撃を仕掛けたゼオルマはゼオルマ自身の影を媒介に造った人形に虚栄の皮を被せたもの】
【本物と寸分違わない見掛けは本物と偽物が隣り合わせでも見分けが付かない】
【そう】【触りでもしない限りはそれが偽物だと気が付けない程に】

【黄金の瞳に映った『ゼオルマ』】【つまりはアリサの背後に現れたそれは指先をアリサの背中に向けている】
【次の瞬間】【その指先から放たれるのは『火の弾丸』】
【開始の攻撃に使用した中級魔法と同等威力の火の初級魔法である】
【火に照らされた影が濃くなり】【急激に変化した熱によってチリチリと大気が蠢く】【だがここまでの変化の中で不思議と息苦しさは感じないだろう】



【ゼオルマの魔法使いとしての格は普通の物差しでは測れない】
【魔力量】【魔力操作】【魔法の練度】【対応できる範囲は中〜遠程度ではない】
【世界に裏側にいようともその手は届く】【自分の真下が弱点などというそんな灯台下暗しのようなものは無い】

【もし『火の弾丸』に当たったとしても】【火傷を負うことは決して無いだろう】

284【倫理転生】7つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2021/10/13(水) 16:31:09 ID:Zqu6OWRQ
>>283

 ──だが、まだ遅いな。

 ゼオルマのその言葉を警戒する間などなかった。
 アリサがその言葉を知覚するのと、影で形成した爪と棘がゼオルマへ喰い込むのはほぼ同時の事であった。
 まったく上手くいったかのように、ゼオルマの皮膚へ爪と棘が沈み込み、そして、何の手応えもなく素通りする。
 身体を振り回すようにして振るった右腕が、ゼオルマの身体を左下へとすり抜ける。
 ゼオルマの背中目掛けて伸ばした棘も、あっさりとその身体を貫通し、躱すように体を倒したアリサの頬スレスレを通り抜けた。
 違和感どころではない、異常。まるでそこに実体が無いかのような感覚に、アリサの知覚は狂い、刹那の混乱を生んだ。

「偽物……? ──ッ!」

 混乱を上書きする危機感。
 背後で増大した気配にアリサが慌てて振り向けば、眼前に赤が広がっていた。
 視界いっぱいへ広がる炎。直撃不可避の間合いまで迫っていたそれに対し、アリサが出来ることは一つしかなかった。
 背中を丸め、本を抱え込むようにして縮こまること。
 情けない姿ではあったが、アリサが最速で導き出した最適解であった。
 そして、彼女の矮躯は火炎に呑み込まれ──。

「──熱……く、ない?」

 その炎は、アリサの肌どころか、服の表面すら焦がすことはなかった。
 高温に焼き尽くされる錯覚も、掻き消える炎と共に消え失せ、
 アリサは一瞬、混乱によって呆然とゼオルマの姿を見つめていた。
 そして、彼女はその火炎弾が幻影であった事に気付き、
 心の内に満ちていた高揚も、混乱も、水を掛けられたかのように冷え込む。
 代わりに芽生えたのは、ただただ、己を焦がすほどの、怒り。

「……ああ、そっか。ごめんね、私……」

 ゼオルマへの怒りではない。それは、己への怒りだった。
 殺す気でやると、そう言った。それに対して嘘はなかった。
 だが、興じてしまった。
 世界へ解き放たれた高揚に、愛する友と力を比べ合う楽しさに、
 アリサという少女は、殺す気で楽しんでしまった。
 “この攻撃で死んでも構わない”と思い魔法を放つ──確かに“殺す気”だろう。
 だが、そこに殺意がなかった。言葉に嘘はなかったが、行動に嘘があった。
 最も嫌悪し、絶望した“無邪気な殺生”を行う所であった。
 その浅慮さに己を恥じ、そして怒りに震えた。
 ──殺意を込めない殺しなど“間違っている”と。

「殺す気で、なんて言ってたのにね……」

 アリサは、黒く染まった二人の女教皇のタロットカードを眼前に出現させる。
 そして、それを無造作に本で殴りつけ、砕く。
 途端にアリサの全身に闇の魔力が満ち溢れ、そして、静かに消え失せた。
 溢れ出すほどの魔力を、垂れ流しにせずに全力で隠蔽する。
 高度な、大魔法使いとも言えるアリサがそれを行えば、そこには魔力など存在しないにも等しい。
 そんな静寂の中で、アリサはゆったりと口を開く。

「ねえ、ゼオルマ。聞いてほしい事があるの」

 語りかける。まるで、戦闘など終わってしまったかのように。
 アリサは柔らかい笑みを浮かべて言葉を続ける。

「これは魔法を構築する為の時間稼ぎよ」

 その瞬間、アリサとゼオルマの眼前に黒い魔法陣が出現する。
 遅れてゼオルマの右上前方、左下前方と順に魔法陣が形成される。
 計3つの魔法陣が描かれるのに要した時間は、0.5秒弱。
 そして、そこから更に0.5秒の僅かな時間で、魔法陣から莫大な魔力が膨れ上がり、
 空間が軋むほどのそれが、直径にして1mほどの黒い一条となってゼオルマ目掛けて噴き出した。
 魔力の嵐とも、黒い光線とも取れる極大の黒閃が3本交差し、ゼオルマの立っていた地面を深く抉り取る。
 死の概念が込められたそれは、純粋な破壊力で地形を削り、直撃を免れた草木をもまたたく間に枯らしていく。
 純粋たる、殺意が込められた一撃である。

285【屍霊編制】:2021/10/15(金) 04:34:29 ID:tHOTJ3/M
>>282

"彼女"は見誤っていた。

エルマ・シュトロイゼルの殺害を確実にする為にも、夫の所在地を確定させる為にも。
アミーラ・シュトロイゼルへの手荒な拷問までは"猶予"があると思っていたのに。
奴は──死神は何の躊躇もなく手をくだした。
齢六歳の少女に、あまりに惨く、あまりに非情な、拷問の数々を至らしめたのだ。

"彼女"が"標的"を見誤らなければ──もしかしたらこうはならなかったのかもしれない。

こんなことが起きてしまうのは、なにもかも見誤ったのが原因だ。

そうだろう?

彼女──いや。

"クラリス・ヴァーミリオン"と"ヒュイス・ルミンフ"よ。


『────』


エルマ・シュトロイゼルの膨大で邪悪な魔力が"心臓"一点に集中されていく。


『こんな"母親"でごめんね』


"猶予があると思っていた"というのは嘘だ。
全てわかっていた。 分かっていたのだ。 分かった上で──諦めた。
愛する娘を助けることを。 奴等に制裁を加えることを。 そのなにもかもを。
でも、それでは浮かばれないだろう? ドイルも。 クラリスも。 アミーラも。 そして、テクラも。

だから。

『"ウュシム"』

そう、言葉を発した刹那──エルマ・シュトロイゼルの肉体が"爆発"した。


込められた魔力とは裏腹に、爆発の規模は"少し強めの爆竹"程度だ。
故に警戒に警戒を重ねて、相当なる距離を取っている死神には爆風すら届いていないが……。

「……レイス〜! 急いで此処から離れますよぉ〜!!」

遠く、遠くの樹上、ヒュイス・ルミンフが拡声器を使ってレイスに叫びかけている。


「今からここ等一帯は〜!」


「"死の大地"となりますよぉ〜!」


爆風によって撒かれたのは"毒"だ。 そう、エルマ・シュトロイゼルの"命"を賭した"毒"だ。
その毒の効果は──触れた生物・植物を十秒も経たずに跡形もなく溶かてしまう、という酸の性質をもったものだ。
そして、特筆すべき点は効力よりもその"感染力"。
三十秒毎に半径五十メートルの距離が生物も植物も住めない"死の大地"にへと変貌を遂げていき、それは──

「"半径五キロ"が範囲なので、早く逃げてくださいよぉ〜!!」

"半径五キロ" 耳を疑うような距離にまで及ぶのだから。

286【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2021/10/15(金) 22:56:44 ID:nEnetlHY
>>285

──それは、まったく幸運だったと言うほかない。

アミーラの拷問、いや処刑を実行するにあたり、最高効果を求めるならゆっくりやるべきだが時間がないと述べた。
なぜ? 標的はもう死んでいるのに。その答えはひとつ──呼吸だ。

実のところ暗殺者はエルマと対峙している間から殺害を終えた今のこの瞬間にも息を止め続けていたのだ。
エルマに呼びかけられ、その姿を晒す前に、“大きく息を吸い込んだ”そのときからずっと。
だからこそ標的との応答にも最小限の言葉のみで済ませていた、酸素の消費を抑えるために。
すべては用心、気付かぬうちに無臭の毒ガスを散布されていた場合を考えての対策だったが……それは思わぬ形で実を結ぶ。

さすがに呼吸を止めているのにも限界を迎え、いったん息継ぎをするために粒子を靴とし空中へと。
まさにその瞬間、それは起こった。

「な、ッ……!?」

確かに首を刎ねたはずの死体の胸部中心、心臓へと集ってゆく膨大な魔力。
爆発直前の爆弾にも似て背筋に戦慄を齎すその動きは、しかしながら本来あり得ない挙動だ。
当然だろう、死人が魔術など行使できるはずがないのだ。ヤツのような死霊術師でもなければ。
ならばこれは執念か? 娘を目の前で惨殺された母の恨みだと? 馬鹿馬鹿しい──!

考えられるのは自身の死をトリガーとして発動する自身を省みない凶悪な術、いわゆる“自爆”の類の行使。
事前に仕込んでいたのだろう、万が一の事があってもただでは帰さないという殺意を込めて。
いずれにせよ、見誤った──まさかここまでやるとは思わない。もし近辺に我が子らがいたらどうするつもりだったというのか。

「…………ッ!!」

だがそんなことはどうでもいい。
咄嗟にアミーラ近辺に漂っていた粒子を操作してでき得る限りの妨害を狙うが、とうてい防ぎきれてはいない。
前述のとおり爆発の瞬間すでに空中へ飛び上がっていた幸運を生かしてそのまま全速離脱。
振り返ったその先でうっそうとした森林がドロドロに融解していく光景に顔を青ざめさせながら……向かう方角はシュトロイゼル邸。

……エルマが帰宅するまでの数時間で、カメラの映像データを始めとした自分の痕跡はすべて消しきったことだろう。
だがもうひとつの目的、シュトロイゼル家が保有する“毒”……とりわけ“毒ガス”の確保は遂行できていただろうか?

テクラのPCなどから毒のデータや保管場所は見つけられていたはず。ならば収奪は可能だと思われるが……。
なにしろ毒といえばシュトロイゼル家における秘中の秘。当主でなければ開けられない鍵で護られており、また力づくでの突破が不可能である、というセキュリティが敷かれていてもおかしくはなかろう。

もし確保できていたなら必要分と予備を詰められるだけ鞄に詰め、回収が容易な場所に保管しておいたはずだ。
離脱途中にそれを回収するだけの時間はあるだろうが……もし当主エルマの“何か”をもってしてのみアクセスできていた、という場合。
エルマを殺してから毒物を確保しようとしていた、そんな状況だったのであれば……残念だがもはや諦めるしかあるまい。
鍵となるエルマは真っ先に溶け、もはや扉を開く手段は失われた。百歩譲ってそこがどうにかなったとして、悠長に戦利品など漁っていれば自分も同じ末路を辿ることになる。
この後の展開を考えればシュトロイゼル家謹製の毒は是非とも欲しかったところだが……さて。

287【屍霊編制】:2021/10/17(日) 09:04:51 ID:btZlre.2
>>286

"毒"はシュトロイゼル家の生命線だ。
故に毒の保管庫には蛇の模様が描かれた眼球、通称"鍵"を所有した者でも踏み入ることは適わない。
この神聖なる領域に立ち入ることが許されるのは──たった"二人"だけだ。

一人は誰しも想像付くだろう。 そう、シュトロイゼル家の長であるエルマ・シュトロイゼルだ。
では残るもう一人は……? 
エルマの夫か? 使用人を束ねているダグラスか?


──"退出してくれないなら!もう毒つくりません!!"


シュトロイゼル家には"薬剤師"の才覚に恵まれし心優しき少女がいた。
エルマは少女のつくる"毒"に絶対的な信頼を寄せており、
その結果、十二歳という年齢ながらシュトロイゼル家の"毒"に関する全権を握るに至った。


だから、其処に寝転んでいる心優しき少女を調べれば、きっと"眼球"に翼の生えた蛇の模様が描かれてることに気が付くだろう。
……そして、それが少女が手がけた作品が眠る──シュトロイゼル家の心臓部への鍵であるのは言わずもがな、か。

このことからエルマが帰宅するまでに、毒を選別かつ取得することは"時間的"には容易い。

死神が──レイスが、"毒"と"少女"を天秤にかけた時に。

どちらに傾いたのか。

ただそれだけの問題だ。

果たして、生きとし生ける者を容赦なく融解していく毒が迫りくる中、
立ち寄った屋敷には──戦利品はあったのか、否か。

288【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2021/10/18(月) 19:09:37 ID:NJoHXOYQ
>>287

……大邸宅の門前へ降り立つ。
ここから少し進んだ先、扉の傍の植え込みに、確保した毒を入れた鞄を隠しておく段取りだった。
人目に見つかりにくく、また知ってさえいれば回収が容易。暗殺者がその隠し場所へと近づいていき……。

「────」

──通り過ぎた。

……そう。
暗殺者は、レイスは、クラリス・ヴァーミリオンは……テクラ・シュトロイゼルの遺体を、ついぞ利用できなかったのだ。
彼女の瞳が鍵であると確かに気付いておきながら、その眼球を抉りだすことはおろか、息絶えた肉体を持ち運んで解除すらしようとすらしなかった。
できなかったのだ。たとえそれが間違った思いこみであろうとも、穏やかな眠りについたテクラを利用することがどうしてもできなかった。

……笑ってしまう。
エルマの子供たち……テクラ以外の三人をあれほど手ひどく、骨の髄まで、死者の尊厳などまるで考慮しないやり方で使い潰しておきながら……。
たった数時間、言葉を交わしただけの一人に対しては扱いがまるで正反対。死体を利用しないどころかベッドに寝かせ手まで組ませて、穏やかな眠りあれかしと願っている。

「馬鹿みたい」

これでもう、シュトロイゼルの毒は手に入らない。
思い描いていた作戦はこれで台無しだ。件の暴力団、根城ごと毒ガスで沈めてしまえば攻撃が通る通らないなんてまるで無視して仕留められただろうに。
正しいか正しくないかで言えば間違いなく後者。ここまで徹底的に滅ぼした張本人ならば、罪悪感をおしても当初の目標を貫徹するのが筋だろうと言われるだろうが……。

けれど、これでよかったんだ。
きっと後悔するのかもしれない。毒を手に入れていればと、過去の自分を呪うのかもしれない。
“あのときあそこでああしていれば”なんて、もう幾たび思った言葉か分からないけれど……。

それでも少女は、ここで穏やかに眠っている。
だから……きっと、これでよかったんだ。

……火種を虚空へ放り投げる。
床に落ちたマッチがあらかじめ撒かれていた燃料に引火し、焔の道を描きながら屋敷全体と周辺の森林へ広がってゆく。
融解の波は未だここへは到達せず、燃え落ちるシュトロイゼル邸と森林が葬送曲を奏でていた。

「ねえ、テクラ」

火の粉舞う、その中で。
女は眠る少女の傍で見下ろして……。

「わたし、本当はクラリスっていうんだ」

泣きそうになるのを堪えながら穏やかに微笑んで、出会って初めて、本当の自己紹介をした。

「じゃあね。──ばいばい」

……それで最後の言葉はおしまい。
そっと身を翻して、開いた窓から空の向こうへ消えていった。

──そして、すべては炎の中へ。
今日この日に起こった惨劇の一切を呑み込んで、天の彼方へ昇ってゆく。

289【屍霊編制】:2021/10/18(月) 21:45:10 ID:Imsyt/Ro
>>288

──それは世間を震撼させた。

『被害地域は××から▲▲になり、被害者数は判明してるだけでも既に数千人にまで昇り……』
『生物が住める土地にまで回復するにはどれくらいかかる? ん〜……浄化系の異能者百人が不眠不休で働いて二百年はかかるだろうね』
『これは某国が製作した兵器に間違いありません。 根拠は〜〜〜〜』

"とある場所"から半径五キロが一夜にして死地と化したのだ。
どこもかしこもその話題で持ち切りになるのは当然といっちゃ当然だろう。

『──おいおい、聞いたか』

そして、もう一つ。

世間から隔離された場所──裏社会ではもうひとつの大きな話題でにぎわっていた。

『シュトロイゼル家が壊滅したらしい』
『ハッ……熱心に毒の研究をしていたらドカンってアレだろ?』
『……いや、それが……あれは"エルマ・シュトロイゼル"が"死亡"かつ"呪文"を唱えた時に発動されるものらしくてよぉ』
『はぁ? じゃあ、なんだ。 あのエルマ・シュトロイゼルが誰かに敗れたとでも? それにどこからの情報だ、そんな信憑性の欠片もないような』

『"夫"だよ。 エルマ・シュトロイゼルの』


被害地域のほぼ中心にシュトロイゼル家の屋敷があったこと。
死地へと至らしめた要因が毒であったこと。
なによりも、エルマ・シュトロイゼルの夫が、"それは愛娘が造った毒である"ことを名言したことにより。
いったい誰が、何の目的で、シュトロイゼル家を壊滅させたのか、が暫く酒ノ席の定番ネタとなっていた。


「……"向いているのか"、"向いていないのか"、本当に分からない人ですねぇ〜」

だけど、どれだけ議論を重ねても。 どれだけ情報を搔き集めても。
きっと、誰も辿り着くことはない。
なにせ真相は"炎"が、"毒"が、"死神"が、全て葬ってしまったから。

「まぁでも、合格です。 また頑張りましょうねぇ〜」

あの後、何が起きたのかは分からない。
体力が尽いて死地に眠ったかもしれないし、人里へと降りて自動車でも強奪し逃げ延びたかもしれない。
騒動の後、ヒュイス・ルミンフと合流したかも分からないし、未だ行方を眩ましてるかもしれない。

なにも、なにも、わからない。

だから、ヒュイス・ルミンフは誰かに語りかけるわけでもなく。

放映され続けるニュースを見ながら、そう呟いた。


「逃げれませんよ」




「"クラリス・ヴァーミリアン"」

//私からは以上ですかね…!?
//ありがとうございました ! ! すごく長い間楽しめました !

290【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2021/10/18(月) 22:59:33 ID:NJoHXOYQ
>>289

──彼女がヒュイスの部屋に戻ってきたのは数日経ってからだった。

姿を見せていなかった間ろくに食事もとらなかったのだろう、最後に見たときよりかなりやつれていた。
帰って来るやベッド、あるいは部屋の隅でも、横になれる場所ならどこでもよいが身を横たえ眠る。
目が覚めれば問い掛けにも答えず膝を抱えたまま床を見つめて過ごし、たまに思い出したように食事を取ってはまた眠って……いつも魘される。

そんな日々がしばらく続いていた。

──レイスは恐怖していたのだ。
他ならぬ自分自身に。己が犯した所業に。愛を、忠誠を、友情を……言葉も出ないほど踏み躙って見せた、その悪辣さに。
外道に堕ちたくない、罪を負いたくないとほざいておきながら、いざとなれば容易く非道を成したそのおぞましさに。
終わった後で、今になって、後悔している。なんと恐ろしいことをしたのだと自分を罵り、侮蔑している。

まさにそれこそが、いちばん最低なことなんだと分かっておきながら……。
開き直れない。乗り越えられない。彼女の性根は今も凡庸なまま、あの日から一切の成長を見せてはいなかった。

実際、姿をくらましていた数日間は、戻ってきたときよりも更にひどい有り様で……。
とてもじゃないが人前に顔を出せない状態だったからどこかの廃虚でひとり悶え苦しんでいたのだと、本人の口から聞けるのはひと月は後のことになる。

ともあれこれにて遠大なる暗殺計画の序幕は終わった。
“第二幕”が開くのは……さて、いつになることやら。


/おつかれさまでしたーーー!
/本当に長い間ありがとうございました!とっても楽しかったです!!!

291【絵空に彩る真偽の導き】ゼオルマ:神変出没なマッドジョーカー:2021/10/20(水) 11:06:53 ID:Y8gH0RlM
>>284

【アリサの体が完全に紅蓮に呑まれ】【しかしその体が焼き尽くされることはなかった】
【当然だ】【今しがた『ゼオルマ』が放ったのは見た目や触れる直前までの熱まで全てが本物の栄光魔法と同じ魔法】
【だが威力は皆無】【触れてしまえば熱から何まで幻影の如く虚構である姿を現す】
【それが虚栄魔法】【それがアリサに放たれた炎の弾丸の正体】

【「なんだ、つまらん」】
【アカシア写本を守るために身を挺したアリサに声が届く】
【次いで彼女の緋色の瞳が黄金の瞳を見つめる】
【彼女の瞳に宿ったのは怒りか】【それがゼオルマに対してか自身に対してか】
【今までの会話からしてアリサ自身に対してだろう】
【アリサ自身は本気で殺しに掛かっているつもりだろうが】【繰り出された攻撃は杜撰なものだった】
【魔力に淀みがあり】【最適化されていない魔法構築の速度】【動きにも偏りがある】
【まだまだ甘いのだ】

【眼前でタロットカードが砕け散る】
【先ほどまで淀んでいた魔力が澄んでいくのを感じ取る】

『ねえ、ゼオルマ。聞いてほしい事があるの』

【アリサがゆったりと口を開き】

『これは魔法を構築する為の時間稼ぎよ』

【柔らかな笑みを浮かべた】
【その表情は見る者によっては天使の微笑みにも見えただろう】
【しかし】【彼女の唱えた魔法(ことば)はその真逆である】

『だろうな』

【一秒にも満たない僅かな時間】
【アリサの構築した魔法陣が膨張する】【ありとあらゆる魔法を理解す(し)るゼオルマにはそれが死の魔法であることを即座に看破する】
【そして灼熱に燃える大地となっている一帯の空間が悲鳴の如く捻じれて歪み】【崩壊しかける程に世界を殺す『死』が弾けるようとする】
【その世界が死に瀕するなか】【空間の捻じれた世界の影が揺れ蠢いてみえる光景】
【黒閃に飲み込まれる直前】【『ゼオルマ』は口角を上げ】【そう口を動かしていた】



    〝 生存刑 〟〜 Penalty:Alive 〜



【破壊のエネルギーに満ち満ちた力の奔流はしかし】【『ゼオルマ』を殺すには至らなかった】
【魔力の嵐】【死の概念が込められたそれは】【同じ様に膨大な魔力に込められた同等以上の生の概念によって阻まれていた】
【そう】【ゼオルマの使用したそれは】【ただ自分が垂れ流している魔力に概念を付与し】【死なせようとする魔法に対して生きようとする力を強化したもの】
【それが膜となり死を阻み】【包み消し】【世界を修復していく】
【死の魔法によってヒビ割れかける程に歪んでいた世界の捻れが修復されていく】

【黒が塗り潰したアリサの視界】【その向かい側にいるであろう者の言葉と拍手の音が届く】
【「その調子、いやその調子より上を出すと良い。そうでなければ到底赤子の手を折ることにすら至らんぞ」】【と】



    〝 ライトニングボルト 〟〜 Hazard-Death 〜



【突如】【世界に紫と青藍の色が木の根のように不規則に走る雷球が無数に出現する】
【それはアリサの周りにも幾つも出現しており】
【次の瞬間】【幾万の光が走り】【次いで静寂が満ちる】

【稲妻】【雷の魔法】
【音を置き去りにする光である】
【それは不規則に飛び交い】【しかし正確に】【焼き爛れた地面をガラス化させながらも最終的にはアリサに到達する極光】
【ひとつだけでも威力は人を一瞬にして飲み込み消滅できうるものだが】【その数が尋常ではない】
【いつどこから来るとも知れない雷】【だが絶え間なく】【自分の形をした影が揺れ動く地面を除いた全方位から襲う】
【それをただ単一個体にのみ】【わざわざ魔法の仕様を変え】【名前が同じなだけの全くの別物にしてゼオルマは使った】

292【倫理転生】7つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2021/10/24(日) 08:26:50 ID:DqRm8Moo
>>291

 黒き死の奔流の直後、鼓膜へ届いたのは平静なゼオルマの声だった。
 成長を促すようなその言葉にはまだ余裕があり、アリサは笑うしかない。
 絶望の類による笑みではない。“ああ、やっぱり”と期待通りの結果に、思わず笑ってしまうのだ。
 己の恩人である大魔術師は、世界をも掌握する矮躯の少女は、どこまでも捻じ曲がった聖人は、この程度の“死”で捉えきれるものではない。
 そういう、期待──あるいは願望に応えてくれたのだ。嬉しくない訳がない。

「ハ」

 憤怒と歓喜が心を支配する。
 己に怒り、ゼオルマを愛おしく想い、アリサは牙を剥くように笑みを浮かべた。
 全身の魔力を励起させる。
 追撃を、もっと殺意をと魔力が震えている。

「ハハ」

 その魔力が天蓋を染め上げ、強制的に夜を到来させた。
 あまりにも濃密に、膨大に溢れ出る闇の魔力は、可視化されアリサの周囲に黒い光を煌めかせる。
 ぎしり、と空間が悲鳴をあげて闇の魔力の侵食を受け始めていた。
 そして、アリサはその魔力を指先に纏わせ──直後、視界いっぱいに紫と青藍の光が走る。
 アリサからしてみれば、突如、凄まじい光と音に呑み込まれたのだ。反応などという話ではない。
 或いは、エレボスの力を宿していれば即座にその場を離脱出来たのかもしれないが、
 今の──ニュクスの力を宿しているアリサには不可能な話であった。

「ハハハ」

 アリサに出来たのは、急激な魔力の膨張を感じ取る事だけ。
 周囲に致命的なまでの魔力が溢れた事を悟り、彼女は練り上げていた膨大な魔力を即座に全身へ展開する。
 その大半を本へ巡らせ、余剰を己の肉体へ──空間を圧し潰しかねないほどの魔力を防御へと回した。
 直後、音よりも早く到来した紫電がアリサの呑み込む。

「アハハハハハハハッッッ!!!」

 その紫電に、地面をガラス化させるほどの雷撃に身を焼かれながら、アリサは壊れたように笑った。
 防御膜と化した魔力を貫通した雷が皮膚を裂き、血管を沸騰させ、全身余す所無く蹂躙する。
 元々、ニュクスが宿した闇という性質は防御よりも攻撃に向いている。
 それを無理やり防御に用いたのだから、彼女のそれは穴だらけだった。
 それでも、笑みは消えない。憤怒は消えない。殺意は消えない。

「──カッ……ハッ……」

 紫電が消え失せれば、アリサは膝を折ってだらりと腕を落とした。
 しゅうしゅうと全身から煙が上がり、肉が焼け焦げたような匂いが立ち込める。
 上空で、仲間たちが悲鳴や怒号を上げているのを“読み取った”アリサは、しかし笑みを崩してはいなかった。
 ──耐えた。致命の一撃を、死なずに耐えた……という事ではない。
 彼女は“傷一つない本”を持ち上げ、緩慢な動きでそのページを開いた。

「勝利、条件は……本の死守……だったもんね……」

 直後、アリサの体はぐらりと前のめりに倒れ始める。
 致命の一撃によって死なずに済んだとはいえ、その矮躯にとっては余りあるダメージだったのだ。
 だが、その最中にぱたん、と本が閉じると同時にアリサは呟いた。
 まるであの、混沌を愛する影鬼のように悪ぶった口調で。

    Reddish Hell
「──何万回と死んじまえ」

 アリサが倒れると同時に顕現する、幾千幾万幾億の影の刃。
 エレボスが得意とする攻撃と同等のものを──桁違いのスケールで出現させる。
 影の刃の種となる影を植え付ける必要があったその攻撃も、今は空間そのものに刃を生み出せる。
 種なら、既に蒔いていた。ニュクスの力によって到来した夜という“星の影”。
 今この瞬間に限れば、地平線に至るまでの全領域がアリサの武器だった。
 その数えることすら馬鹿らしい無数の刃が、ゼオルマの全周囲に配置されていた。
 そして、その全ての刃が音に迫るほどの速度で伸びはじめ、枝分かれする木のように不規則な軌道でゼオルマへと迫るだろう。

293【尽臓鬼機】特異な心臓を持つヤクザ@wiki:2021/10/24(日) 19:02:04 ID:eO56Egmk

天高く馬肥ゆる、とは言うものの、そのような秋晴れが果たしてどれだけあっただろうか?
地域によってそれぞれではあろうが、明確に秋を感じられる日和がどうにも少なかったように思える。
夏が終わったと思ったらいきなり冬が来たみたいな……。急激な気候の変化に困惑する人は今年も多く。

「いやぁ、一気に冷え込んだよなァ」

公園のベンチに両腕を回してどっかり座り、曇天を仰ぎ見るこの男もそれは同じだった。
ゲアハルト・グラオザーム……職業、ヤの付く自営業。と、言えなくもない。
実際のところは一つの組織に属することなく、食客のような形をとり各地を転々とする無宿の身。
持ち前のコミュニケーション能力を駆使して親分連中に取り入り仕事をこなし、気紛れで大惨事を引き起こしたり引き起こさなかったりして離れてはまた別の暴力団へ、というのを繰り返している。

まあそんなことをしていれば指名手配の一つもされて然るべきだが、そこはうまく世渡りしてなんとかなっている……。
のだが、なにやら最近どこかの誰かに目を付けられたらしく、たまに自分の手配書を見かけたりすることもある。
伝手は多いためその気になればいつでも取り消せるのだが、これも新たな出会いの種になると考えて今のところは放置しているのだった。

「なーんか、だんだん春と秋がなくなってきた気がするのは俺だけなのかねェ……。
 しかし、はてさて、これからどうしたモンかな」
 
そんなこいつは今日も今日とて元気に悪だくみ。
いや、厳密に言うなら必ずしも悪だくみではないのだが、本人的に楽しいと思えることがたいてい反社会的なあれこれなので、結果的に悪だくみになっているというべきか。
世に騒乱は尽きず、ゆえに暴力を生業とする者の飯の種もなくならない。混沌を好む性質の者も同じく。
ここでこうしてぼうっと考えているのも火種がないからではなく、多すぎるからどこに手をつけるか悩んでいるだけだった。

サングラス越しの赤い双眸に空を映し、咥えた黒地に金印の煙草から紫煙をくゆらせる。
この公園は禁煙である。


/置きでも戦闘でも雑談でもなんでも募集ですー

294【絵空に彩る真偽の導き】ゼオルマ:神変出没なマッドジョーカー:2021/10/26(火) 10:38:32 ID:oT8wBDgU
>>292

【夜が訪れた】
【まるで影で覆われたように世界を闇が包み込む】
【その中で線香花火のように】【瞬く紫電がアリサを貫き】【そして消えていく】
【本を死守するアリサ】【だがニュクスの力が破壊に特化している故か彼女自身を守ることはできなかったらしい】
【けれど】【まだ死んではいない】

「まだまだ、だ」

【闇に包まれる世界の中で『アリサの影』が動く】
【少しでも明かりがあれば影は動くものだが今その光源は濃い闇の中にはない】
【であれば影は闇と一体になり存在することはできない】
【いや】【そもそも】【本体となる物体が動いていないのに『揺らめく影』など存在するはずがない】



    〝 足元お留守な灯台守 〟〜 Blue Bird 〜



【アリサの影がアリサから離れ『ゼオルマ』の】【いや『Scarecrow』の影と合一する】
【その影からゼオルマは這い出て】【『Scarecrow』は糸が切れた人形のように崩れ落ち影の中に吸い込まれる】

【いつからか?】【最初の一体目の『Scarecrow』が出てきていた時には既に影の中に居た】
【アリサがゼオルマの影を踏んだ時にはもうアリサの影に潜んでいた】
【なぜ気がつけなかったのか?】【彼女が直接触れることができなかったから虚栄は彼女にはゼオルマにしか視えなかった】

    Reddish Hell
『──何万回と死んじまえ』

【アリサが倒れると同時に現れたるは世界を埋め尽くす程の影刃】
【世界を闇で覆ったのはこれを使うための準備】
【先程の雷撃によってアリサの体が既に限界なのだろう】【アリサの渾身の一撃】

【自分の周囲を覆い尽くしてもなお溢れる程に満ちている刃】【逃げ場はない】
【だが】【その光景を観て】【ゼオルマは嗤う】

「これが最期の攻撃か?
 であるならば、観せてやろう。本当の【魔法】というものをな」

【魔導書に巻き付く鎖を引き千切る】
【封印を解き】【本来の姿である魔導書館を顕現させるためではない】
【無理矢理に力を使い発動させるためだ】【蓄積された全てを解放させてやっと使えるためだ】


         〝 全てを今、此処に綴ろう 〟〜 Full Spell 〜

        〝 聖遺偽典 〟フェイク・ザ・グリモワールを燃やし、
    貯蓄されている偽装栄光を種火にすることで発動を可能にする偽装栄光魔法。
     効果は、一度のみの栄光魔法の使用。発動する栄光魔法の効果の公開。

//続きます

295【絵空に彩る真偽の導き】ゼオルマ:神変出没なマッドジョーカー:2021/10/26(火) 10:40:05 ID:oT8wBDgU
>>294

【大空にその使用条件と効果が浮かび上がる】
【アリサにはその文字は視えていないかもしれないが】【同じ説明がアリサの脳内に直接語り掛けられているだろう】

【ゼオルマの側で浮遊する魔導書が燃え始める】
【燃え尽きてもすぐに魔導書は手元に現れるが使用できる偽装栄光は20%のみに留まる】
【50%と80%で使用できる偽装栄光が使えなくなり攻撃能力は大幅に制限される】
【アリサは既に力尽きている状態でわざわざこれを行うメリットがない】
【なぜ今それを行うのか】【避ける事に集中すれば勝てる戦いだ】
【その答えは】【ただその方が愉快(おもしろ)いと感じるから】【だ】
【どこまで行ってもゼオルマは自分が愉快いと思える方にしか歩みを進めない】
【今までも】【今からも】

【影の刃がゼオルマに迫る】
【だが】【その刃は緩慢な動きで】【歩くような速度で宙を走る】
【まるで夢に呑まれているかのように】【その動きは酷くのろい】



    〝 脱兎は亀に追いつけない 〟〜 Sleeping Moon 〜



【夢の栄光】【その効果は速度の鈍化】
【驚異的な速度を持つ相手(兎)だが眠ってしまえば亀に追い付くことすらできない】
【その間にゼオルマは事を済ませる】

【人指し指で大空を指差す】



            テン コヨミ イノチ フネ  ヒ カサ
            天の暦、命の箱舟、灯を重ねる

            コントン オ    ナミ ネツヤド キ
            混沌を織りなす波、熱宿す生よ

              ヒトスジ キセキ
              一条の軌跡となりて

                 トコ ハカナ
                 永に儚げ



                    アステリオン
             〝 星よ 〟〜 Asterion 〜



           占星術(アストロロジー)を基軸とした大魔法。
       星の発見=新星の誕生という一種の関連付けによる星生成を行う。
        生成された新星は最初はバスケットボール程度のサイズで、
     誕生してすぐに辺り一帯を蒸発させるほどの熱を放出しながら縮小を始める。
同時に周囲の魔力を吸収しエネルギーに変換。小さくなっていくのに反してエネルギーを増加させていく。
限界まで縮小するとA玉サイズとなり、そこに到達すると破裂し、貯蓄したエネルギーが噴出して大爆発を起こす。

296【絵空に彩る真偽の導き】ゼオルマ:神変出没なマッドジョーカー:2021/10/26(火) 10:41:21 ID:oT8wBDgU
>>295

【ゼオルマの指差した大空に一つの星が煌めく】
【その星はアリサとゼオルマの間に降り注ぎ】【灼熱の気を放出し】【同時に魔力を吸収して小さくなっていく】
【魔力】【そう影の刃を吸収していく】

【アリサ達の脳内に直接語り掛けられるその詳細】
【何が起こるのか】【何をしようとしているのか】【その全てがゼオルマ自身から贈呈される】
【小規模な超新星爆発】
【一個人でそのようなことが可能(ありえる)のか】

「【魔法】とはなんだ?
 なぁアリサ、ハイル、エレボス、カロン、ヘメラ、アイテール、ニュクス。
 『ありえないこと』、『それはないこと』だ。人間には到底できない夢想のことだ。
 では【魔法】を使うとは、何だ?
 『できないことをできるようにする』、『理屈を超越する』だ。

 真の【魔法】とは想像の具現化だ。夢想の実現だ」

【あり得る】【できる】
【それが可能だからこそゼオルマは自身の力をこう名付けた】

「絵空に彩る真偽の導き。
 魔法(絵空事)を本物にも偽物にも彩(操)れてこそ【魔法使い】と呼ぶのだ」

【影の刃を全て飲み込み限界まで縮小した星が胎動を始める】
【まもなく全てを破壊する衝撃が迸る】
【アリサがこのまま飲み込まれるのか】【それは彼女次第だろう】
【だが】【危機に瀕しているのは彼女だけではない】【ハイル達自身もこの爆発には巻き込まれるだろう】
【アイテールの防御は確かに強固だ】【だが全てを防げる最硬の盾ではない】
【この爆発も彼の防御力で防ぎきれるものでは決して無いだろう】
【しかし】

「アイテール、自分の力を信じろ。
 絶対に防ぎ切ってみせる。僕の力は本物で、何にだって侵される事のない城壁だとな」

【そんな言葉がアイテールの心の中で囁かれる】
【5人の心は今は分離していて耳元で囁かれない限りは聞こえない】
【だが】【今の言葉だけは確かに直接心に届いた】【ゼオルマの声だ】
【当然バリアの貼られたそこにゼオルマの姿はない】

「さて、どうする?」

【その言葉は誰に向けられたものか】
【ゼオルマは静かに腕を組み】【黄金の瞳でソレを観る】
【まもなく世界に光で包まれる】【暖かく全てを包む光ではない】【遍く破滅する光である】


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