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525まつうら:2025/09/29(月) 20:57:56
修正作業お疲れ様です。

1946年の田中の打点も調べてみましたが、実況中継さんと突き合わせでは
分かりませんでした。
8/10の試合が二ゴロの間の得点で、これが怪しいと言えば怪しいですが。
shokuyakyu.blogspot.com/2020/11/vs.html
それ以外は犠飛が1試合、他は全部タイムリーということでした。

突き合せではありませんが、また何試合か見つかりましたので報告を。

1959.9.22
2689web.com/1959/GS/GS24.html
巨人の難波正二郎が代「走」になっていますが朝日と読売では代「打」と
なっていました。

1982.7.15
2689web.com/1982/BO/BO14.html
阪急の石嶺和彦が代「走」になっています(ベースボールレコードブックも
代走)が、毎日、朝日、読売では代「打」となっていました。

1985.4.13
2689web.com/1985/DS/DS1.html
ヤクルトの玄岡正充が8番渡辺進の代打に出て代走の秦真司と交代して
います(ベースボールレコードブックでも同様)が、毎日、朝日、読売では
玄岡は7番八重樫幸雄の代打となっています(秦は8番のまま渡辺の代走)。
中日投手陣の打者数からヤクルトは全打順4打席となりますが、玄岡が8番だと
8番が5打席になる一方、八重樫の7番が3打席で足らなくなります(八重樫に
犠打・犠飛・打撃妨害なし確認済)。

あと過去ログに関して。

>>422 >>425
投手成績の打者数について、投手個人の値は修正されていますが、
チームの合計欄が未修正のようです。

>>418-421
「プロ野球記録大鑑」のp871に記載があります。
1960年に、勝利投手・敗戦投手の決定について「同点になれば試合は新しく始まったものと
して扱う」という項に「(注)この項は回の表裏が終わったときにおける両チームの得点が
等しかったときだけに摘要する」というルールが付されたとのこと。
簡単に言うと、表の攻撃で追いついてもその裏の攻撃で再びリードされたら責任投手は
リセットされないということです。
例として1961年6月11日の阪急-東映9回戦や1961年5月28日の南海-大毎11回戦が挙げられて
います。山内以九士の発案だそうですが、評判が悪く1961年限りで廃止となりました。
というわけで舛井とミケンズの勝敗は当時のルールどおりの裁定ということになります。

>>461
野本と香川の交代完了に関して私のサイトのリンクが貼られていますが、
そのデータの出典は The Official Baseball Encyclopedia です。
手元の1994,1998,2004版を確認しましたが、いずれも野本15香川9でした。
読売野球年鑑1954でもパシフィック・リーグ年報1954でも、各試合の登板を集計すると
野本15香川9となりますが、年度別成績には野本16香川8となっていますので、これは
もう当時からパリーグ記録部が集計時に誤ったと考えるしかないのでしょうね。


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