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日蓮・法華経関係

1希望★:2005/09/16(金) 15:44:34
「管理人のスレッド」の9でお知らせしましたように、7月に廃止された私も登録していた某日蓮系MLの最後のメールで、こちらの掲示板が推薦されていましたから、この度、管理人である私自身が、新たに日蓮・法華経関係のお話をするスレッドを立てる事に致しました。
日蓮聖人や法華経に関する様々なお話をされて下さいませ。

ただし、お話の成り行きから、現存する特定の人物・宗派・教団への批判的な意見になる場合、それらの名称は、文字の一部を伏すか、イニシャルで表記するようにして下さい。
また、こちらの掲示板の基本的な方針は、自分の考えだけが正しくて、相手の意見は間違っているといった、他者の考えを否定する独善的・排他的なものではなく、飽くまでも、穏やかにお話をして行く場ですので、そこのところはよく心得て下さいますようにお願い致します。
無論、特定の団体の売名・宣伝や、第三者を貶める事を目的とした類の書き込みは厳禁です。
間違ってもバトルにならないように、皆様、よろしくお願い致します。

2希望 ◆1Mf4u1QB3c:2005/10/07(金) 23:08:32
せっかく立てたスレッドですので、今日は著書からの引用と私の個人的な感想を少しばかり。
4月に「宗教・信仰・祈り」で引用しましたが、紀野一義氏と梅原猛氏の共著である『仏教の思想12 永遠のいのち<日蓮>』(角川文庫 1997年)の記述をこちらに再掲させていただきます。

<1>
=============================================
 絶望を跳躍台として
 この消息(※引用者注 「寺泊御書」)の中で日蓮は「日蓮は八十万億那由他のもろもろの菩薩の代官としてこれを申す。日蓮はかのもろもろの菩薩の加被を受くる者である」といい放っている。日蓮はおのれを動かしているものの力をひしひしと感じとっている。ふつうの人間なら、流罪の逆境の中で動顛し、自己の空無を思い知らされ、絶望してあるいは狂乱し、あるいは自殺するはずである。近くは鬼界ヶ島に流され、食を絶って死んだ俊寛僧都の例もある。遠くは、保元の乱に破れ、讃岐(香川県)に流された崇徳上皇は、「五部大乗経」を血書し、「われ日本国の大魔王となり、皇を取って民となし、民を皇となさん」と誓って憤死されたという(『保元物語』)。ところが日蓮は、自己の力が空無化したとき、かえって、自己を生かしめているものの力を感じとるのである。このあたりが日蓮の常人と違うところで、日蓮は追い詰められ、空無化したときに、それを跳躍台として、あっと思うような世界に突入するのである。人が神や仏から見放されたと絶望するときに、日蓮は八十万億那由他の諸菩薩が背後から日蓮を加被していると宣言することによって、かえって、自分自身にそれを確認せしめるのである。日蓮はしばしばこういう手段をとる。そしてこれが、心理学的にはもっとも有効な手段なのである。日蓮は寺泊に着くとただちにこの宣言と、自分自身への確認を実行した。こういうことは早いほうがいいのである。
 ・・・・・・
=============================================
※『仏教の思想12 永遠のいのち<日蓮>』(紀野一義・梅原猛 角川文庫 1997年)
  P130〜131(紀野一義氏の記述)より抜粋

3希望 ◆1Mf4u1QB3c:2005/10/07(金) 23:09:59
<2>
=============================================
 悪魔を味方にする
 日蓮は、しんしんと降りつもる塚原(※引用者注 日蓮聖人が流罪にされた佐渡の一地域)の雪の中にいて、『法華経』をわが身にあてながら読んだ。『法華経』の伝道者は必ず迫害を受け、悪口罵詈され、擯出(追放)されるということがその身に実証されたわけである。仏が入滅されてのち二千二百余年の間に、かほどまでに迫害され、かほどまで明確に『法華経』の真の伝道者たることを経典自身によって証明された者はおらぬ、と日蓮は考えたのである。その点では、天台智者大師ですら日蓮におよばぬのである。
 こうなると、日蓮に迫害を加えた者たちは、迫害することによって日蓮にこういう自覚を促がしたことになる。迫害者のうしろにも永遠なるものの力が動いているということになる。
 ゲーテの書いた『ファウスト』の序曲「天上の序曲』の中では、主は悪魔メフィストフェレスに向かってこういうのである。

   わしはおまえの仲間を一度も憎んだことはない。
   一切の否定する霊どものうちで、
   わしが一等荷厄介にしないのは悪戯者だ。
   人間の活動はあまりにもゆるみがちだ、
   かれはすぐにも無条件に休息したがる、
   それだからわしはわざとかれに仲間をつけておいて、
   それがつっついたりひねったり、悪魔として創造しなくてはならぬようにするのだ。

 ファウスト的人間たる日蓮のまわりにも、こういう否定する霊たち、悪魔メフィストフェレスの仲間たちは大勢いた。かれらはみな、日蓮が仏になるためのかたうど(味方)として存在していたのである。それゆえ日蓮は「日蓮が仏になるべき第一の味方は東条景信、法師では極楽寺良観、建長寺の道阿弥陀仏、また平左衛門尉頼綱、北条時宗殿がおられなかったら、どうして法華経の行者になり得たであろうと、それらの人たちの存在を悦んでいるのだ」と、「種々御振舞御書」の中に記したのである。
 このことを書いたのは五十四歳の年、身延においてである。すでに往時の苦しみも楽しき思い出と化していたから、そのようなこともいえたのだ、と見る向きもあろう。しかし、わたしは、五十一歳、塚原の雪の中における日蓮の心境もまったくこれと同じであったろうと思っている。日蓮はすでに一度死んだ人である。龍ノ口を境として、往時のすべてのできごとは日蓮にとってはるかな過去であるに相違ない。たしかに日蓮は、太刀を揮って日蓮を殺そうとした東条景信さえ、なつかしき男、わが成道のかたうどと思いかえしていたに相違ないとわたしは思っている。
 はげしい人日蓮は、今や、奥行きの深い人間、永遠をその背後に感じさせる人間として塚原の雪の中にあった。
=============================================
※『仏教の思想12 永遠のいのち<日蓮>』(紀野一義・梅原猛 角川文庫 1997年)
  P134〜136(紀野一義氏の記述)より抜粋

これらの記述にあるとおり、日蓮聖人の大きな魅力・真骨頂として挙げられるその最たるものは、とにかく、常人には到底真似の出来ない逆境に対する強さ、生命に及ぶほどの困難をも自身の信仰の糧とするという発想の転換ではないのでしょうか。
日蓮・法華経信仰者であるなしに関わらず、そういった日蓮聖人の強さ・生き方に憧れてしまう人は多いのではないかと思います。
そして、我々が生きて行く上で、大いに見習うべき事だと。

4希望 ◆1Mf4u1QB3c:2005/10/13(木) 03:20:35
所属している宗派・教団を問わず、昔から日蓮系の信仰者の多くに著しい傾向性・特徴は、とにかく、逆境に強いという事。
それは、やはり、宗祖・日蓮聖人の教え・生き様に感化されている事が、大きな原因として上げられるのではないかと思われます。
また、お題目=南無妙法蓮華経の持っている躍動感に満ちた独特の響きの為ではないのかという気が。

今日は、ブックス・エソテリカ・シリーズ第5号『日蓮の本 末法を撃つ法華経の予言』(学習研究社 1993年)と、4月に「宗教・信仰・祈り」のスレッドでご紹介しました『仏教の思想12 永遠のいのち<日蓮>』(紀野一義・梅原猛 角川文庫 1997年)の記述を以下に。

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永遠の仏国土を夢みて

仏法から安心を得るか、力を得るか。
日蓮は、後者を得た。
民の子より出て、聖に生きた彼の「力」は、確かに後世に受け継がれた。
日蓮に感化された者は、彼の熱い血が全身に注ぎ込まれるのを感じ、行動に出ることを余儀なくされた。
苦しい現実から逃避せず、その中を生きぬく「力」。
いかなる受難を受けようとも、あたかも“地から湧き出るように”時代は日蓮の後継者たちを生みつづけていく。
それは、疎外された人間の心情に強い光を照らし、「力」を与えるからにほかならない。
一天四海皆帰妙法――
日蓮が託した最終予言は、未だ実現していない。
実現していないからこそ、弟子たちはまた行動に出るのだ。
=============================================
※ブックス・エソテリカ・シリーズ第5号
 『日蓮の本 末法を撃つ法華経の予言』(学習研究社 1993年)
 P18より

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 南無妙法蓮華経

 われら末法凡夫は直接自己の心に仏を見ることはできない。われらが仏を見るのは、「南無妙法蓮華経」ととなえることによってはじめて可能なのである。「南無妙法蓮華経」ととなえることによって、はじめて生死を超えた永遠の仏性が目ざめてくる。「南無妙法蓮華経」は、すでに日蓮にとって単なる経典の名ではなかった。それは、宇宙に存在するあらゆるものを、あらゆるものたらしめる「それ」であった。その「それ」は、『法華経』において、さまざまな比喩で語られる。しかし、比喩以外に、何かかくれた実体があるわけではない。比喩に表わされているもの、当の「それ」が、宇宙の実在で、それが永遠の仏なのである。
 その永遠の仏の名をとなえることによって、自己がその「それ自身」と一体になって、永遠の仏性に目ざめてゆく。客観的には、あの無心になって「南無妙法蓮華経」をとなえるところに、心は清浄となり、あらゆる九界のまどいを超えた聖なる仏界にいたるというのであろう。
「南無妙法蓮華経」ととなえる題目は、いわば、永遠を、今において、直観する方法なのである。・・・・・・
 おそらく法然の「南無阿弥陀仏」も、そのような永遠への願いを秘めた実践論であった。しかし、ここで、永遠はまだ彼岸にとどまっていた。彼岸に永遠を見るかぎり、この世の中は不浄と苦難にみちた穢土にすぎない。人はこの不浄と苦難にみちた世界を離れようとして、みたされぬあこがれを、あの永遠の浄土、死してのち行くに向けるのみである。
 しかし日蓮は、このような永遠論に反対なのである。永遠は、死後の世界に、実現さるべきものではない。この世、この土がすなわち永遠なのである。
  「今本時の娑婆世界は三災を離れ四劫を出でたる常住の浄土なり。仏既に過去にも滅せず、未来にも生ぜず、所化以て同体なり。此れ即ち己心の三千具足、三種の世間なり」(『観心本尊抄』)
 この世界が、永遠なのであり、この世界が浄土なのである。そして同時におのれの身が、おのれの心がそのまま永遠なのである。
 永遠はここで再び、この世界に帰ってくる。人はもはや、この世界の不浄と苦難を嘆く必要はないのである。この世界こそは永遠の浄土、ここで笑え、ここで踊れである。
 それゆえ、「南無妙法蓮華経」には「南無阿弥陀仏」がもっているような悲しみの影がない。それは、宇宙の実在への肯定の叫びであり、永遠の光に照らされたこの世界への歓喜の叫びである。
 ・・・・・・
=============================================
※『仏教の思想12 永遠のいのち<日蓮>』(紀野一義・梅原猛 角川文庫 1997年)
 P310〜312(梅原猛氏の記述)より抜粋

5希望 ◆1Mf4u1QB3c:2005/10/14(金) 22:18:23
紀野一義氏の著書『日蓮 民衆と歩んだ不屈の改革者』(廣済堂出版 1995年)のP15〜20で紹介されていた、キリスト教徒の矢内原忠雄氏の著作「余の尊敬する人物」による日蓮論を掲載させていただきます。
尚、紀野氏の著書においては、矢内原忠雄氏のキリスト教徒としての先輩である内村鑑三氏の著作「代表的日本人」からの引用となっていますが、矢内原氏の「余の尊敬する人物」からのものと間違って掲載されたようです。
矢内原忠雄氏は、日蓮聖人の事を次のように評しています。


=============================================
 彼は今や齢三十二、友なく、名なく、しかも独立にして不屈であつた。彼には、真宗の範宴〔親鸞〕のごとく、依て以て己が主張を宣ぶべき、祖先の血統はなかつた。彼は一介の漁夫の子、後年自ら称したるごとく『海辺の旃陀羅が子也』(旃陀羅は梵語のチヤンダラ。賤種、平民の卑い者を言ふ)である。また彼の研学も、最澄、空海、この他優れた教学者の如くに、外国の地にて為されなかつた。――それは当時も今日と異ならず其の秘密を開く鍵を有つ者として日本人に認めらるるに最も肝要な事柄であつたのである。如何なる種類の庇護も彼には絶対に皆無であつた、況んや皇室の庇護をやである。他の開祖等は概ね豊富にこの庇護を被つた、併し彼はたゞ独り隻手をもつて、凡ゆる勢力に対抗し、当時の有力なる諸宗の人人とは全く異なれる見解を以て、開始した。彼は余輩の知る限り、日本仏教徒中唯一の例である。彼は倣ふべき何らの先例なく、一つの「経」と一つの「法」のために生命を投げ出して敢然として立つたのである。彼の生涯の興味あるは、彼が主張し弘布した教義的見解よりも、寧ろ彼がそれを主張した勇敢な行為にある。真の意味に於ての宗教的迫害は、日本に於ては、日蓮を以て始まつたのである。

 本文の主人公より以上に謎の人物は、嘗て我国の歴史に現れなかった。敵にとりては、彼は冒涜者、偽善者、己が腹に仕へる者、山師の親方、といふが如き者であつた。彼の如何者師たるを証明するために、幾つもの書物が書かれた。中には非常に巧妙に工夫されたものがある。彼は、仏教がその敵に攻撃されるる時の、好個の攻撃目標である。彼は、彼自身の宗派〔日蓮宗〕以外の同じ仏教徒により、仏教の受くる一切の誹謗を担ふ贖罪の羊(スケープゴート)とされた。如何なる人も日本に於てこれ以上の讒謗を積み重ねられた者はない。そして基督教が此の国に現れた時、基督教も亦この問題に参加し、多くの石が更に此の方面からもまた彼に向つて投ぜられたのである。嘗て基督教の有名な牧師の一人がその全注意を斯かる方向に向けてゐたことを余は知つてゐる。実際、日本に於ける基督信徒にとりては、此の人に称賛の辞を呈することは、イスカリオテのユダに好意ある言葉を語るだけ不敬虔に響くのである。
 併し余としては、もし必要とあらば、此の人のために我が名誉を賭する。彼の教義は概ね今日の批評学の試験に堪へないことは余も認める。彼の論争は上品でない、全体の調子は狂気の如くである。彼は確かに不均衡な性格であつた。たゞ一方向にのみ余りに尖鋭であつた。併し乍ら彼よりその知識上の誤謬、、遺伝されし気質、時代と環境が彼の上に印したる多くのものを剥ぎ取れば、然らば諸君はその骨髄まで真実なる一個の霊魂、人間として最も正直なる人間、日本人として最も勇敢なる日本人を有するのである。偽善者は二十五年以上もその偽善を保つことはできない。また偽善者は彼のために何時でも生命を投出さんとする幾千の随身者を有つこともできない。
 ……念仏者禅僧の頸を切るか、日蓮の頸を切るか。両者の間に妥協の余地はない。どちらも尤もであるとか、どちらにも善い処があるとか、そんな生温かい態度は日蓮の取り得なかつたところであります。
 之は余りに狭い、余りに剛い(こわい)性格でありませうか。彼の毒舌激語は君子の与し得ざるところでありませうか。彼の自信は余りに強きに過ぎて、傲慢誹謗の罪に陥つたのでありませうか。然り、之は日蓮の欠点でありませう。欠点のない人物などは居ません。若し居るといふなら、それは偽善者です。日蓮に欠点がありました。しかし日蓮の欠点は、少くとも偽善ではありません。彼の性格は真実であります。純真であります。彼は真理を生命としたが故に、真理の敵に対しては、両立を許さざるほどの激しい憤りを発したのです。日蓮の怒の底には、真理に対する熱愛があつたのです。


※この続きは、次の投稿で

6希望 ◆1Mf4u1QB3c:2005/10/14(金) 22:20:18
※前の投稿からの続き


 日蓮民間無名の一平民僧でありました。然るに彼が攻撃の対象とした仏寺並に高僧は、北条一門を始めとして有力者の尊崇を受け、世に時めいた者であります。併し日蓮は競争心や嫉妬心から、彼らに向つて論難折伏を為したのではありません。彼は社会的に有名な人物に喧嘩を吹きかけ、それによつて自己の売名を計るやうな小人物ではありません。或ひは又ひそかに権力者に通じ、時流に乗つて他の学者を陥れることを商売とするやうな、陰険な策士ではありません。日蓮は喧嘩を好んで喧嘩したのではない。彼は真理を愛したが故に、真理の敵に向つて止むを得ず論難を加へたのです。……
 日蓮は自己の信念の基礎をば常に経文に求め、自己の言説をば一々経文によって裏打ちしました。日蓮の文章言論は、経文の引用によつて満たされてゐます。之は自己の言を装飾する為めの衒学的(ペダンチック)な引用ではありません。自説の貧弱なことを隠蔽する為めの偽装(カモフラージ)ではありません。或る意味では、日蓮に自説といふものはありませんでした。日蓮の言は日蓮一個の私の言ではない、之は経文の言である。この事実が日蓮の言論にあの強さを賦与した根本の原因です。……
 日蓮の依り頼みは経文でありました。日蓮より後るること三百五十年にして、ドイツに現はれた宗教改革者ルッターが聖書を依り頼みとしたが如くであります。彼の言論が経文に立脚し、彼の生涯が経文に符合する時、日蓮は大磐石の勇気を持つたのです。「日蓮は聖人にあらざれども、法華経を説の如く受持すれば聖人の如し。」(『佐渡御書』)又「我身はいふにかひなき凡夫なれども、御経を持ちまいらせ候分斉は、当世には日本第一の大人なりと申すなり。」(『撰時鈔』)この確信が、日蓮の戦闘力の根源であつたのです。
 何が正法であるかは、経によつて明かにせらるるところである。経に基く正法をば、日蓮は最高の権威としました。正法とは真理です。法即ち真理は国よりも、師よりも、親よりも高くあります。日蓮の血には烈々たる愛国心が燃えてゐました。それには一点の疑もありません。併し日蓮は国を法によつて愛したのであつて、法を国によつて愛したのではありません。国は法によつて立つべきであつて、法は国によつて立つのではありません。立正が安国の因でありまして、安国によりて立正を得ようとするは、本末顛倒であります。日蓮の目的としたのは国家主義の宗教ではありません。宗教的国家であります。国家の為の真理でなく、真理的国家であります。
=============================================
※『日蓮 民衆と歩んだ不屈の改革者』(紀野一義 廣済堂出版 1995年)P15〜20より


日蓮聖人に対する見方・評価は、好意的・批判的の何れにせよ、人によってまちまちで、特に、日蓮系の信仰者とそれ以外の人たちの間では結構温度差が存在していて、また、同じ日蓮系の信仰者の中でも、宗派・教団によって捉え方に大なり小なりの相違があるのではないかと思われます。
こちらにご紹介した矢内原忠雄氏の日蓮論は、日蓮系以外の人間の目を通して公平な立場から見た冷静かつ客観的なものであり、見方・捉え方の正否は別としても、実に的を射ているところが多いと言うべきではないのでしょうか。

また、私自身は、2001年のNHK大河ドラマ「北条時宗」の中で、奥田瑛二の演じていた日蓮の次のような台詞が印象に残っています。

『そなたの顔には“真(まこと)”が見えませぬ』
『日蓮は“偽り”を生きてはおりませぬ』

日蓮聖人が、実際にこのような台詞を口にしたのかどうかはわからず、フィクションであったのかもしれません。
しかし、日蓮聖人なら、こういった事を述べられる可能性は大いにあり得たのではないか?と思えて来るのです。
飽くまでドラマなのですから、当然、脚色がされているものの、それでも、日蓮聖人の実像を反映させた台詞だったと私は思っています。
ちなみに、あのドラマにおける日蓮のキャラクター設定は、日蓮宗の僧侶で日本ペンクラブの会員でもあり、いくつもの著書を記された石川教張氏でした(石川氏は、3年前、故人になられたそうです)。

7希望 ◆1Mf4u1QB3c:2006/03/31(金) 06:05:44
昨年5月に、「宗教・信仰・祈り」のスレッドの55〜57でご紹介した記述をこちらのスレッドに再掲致します。
<1>

※『法華経現代語訳(下)』(三枝充悳 第三文明社・レグルス文庫 1974年)
 「第二十三章 薬王菩薩本事品」より抜粋
=============================================
 宿王華よ、この経は、よくすべての生あるものたちを救うものである。この経はよくすべての生あるものに、多くの苦悩を離れさせるのである。この経はよく大いにすべての生あるものに利益をあたえて、その願いを充満させることは、ちょうど、清涼の池がよく一切の多くの渇望しているものを満たすがごとくであり、寒いものが火を得たがごとく、裸でいるものが着る衣を得たがごとく、商人が主人を得たがごとく、子が母を得たがごとく、渡ろうとしたところで船を得たがごとく、病人が医者を得たがごとく、暗闇に灯を得たがごとく、貧しきものが宝を得たがごとく、民が王を得たがごとく、貿易商人が海を得たがごとく、かがり火が暗闇を除くがごとく、この法華経もまたこのようであって、よく生あるものをして、すべての苦やすべての病痛を離れ、よくすべての生死の束縛から解放させるのである。
=============================================
(P463)
=============================================
 宿王華よ、なんじはまさに神通力をもって、この経を守護しなければならない。それはなぜかといえば、この経はすなわちこれ閻浮提の人の病気の良薬であるからである。もしもある人が、病気があって、この経を聞くことができるならば、病気は即座に消滅して、不老不死となるであろう。
=============================================
(P466)

8希望 ◆1Mf4u1QB3c:2006/03/31(金) 06:07:58
<2>

=============================================
「日蓮に祈らせよ」
 祐光はかぼそい声で言った。
 だが、日蓮からはなんの返答もない。
 家人は祐光の命をうけて、たびたび日蓮に「治病を祈れ」と言いつけたが、ついには、「なにとぞ、病を除かせたまえ」と懇願するようになった。
「お断り申す」
 日蓮はにべもなく応えた。あん(案)に扱ったのである。
 家人は困惑し、なにゆえに断るのかと聞いた。
「祈りを命じるなどとは、慢心のふるまい。祈りは心からの願いでなければ叶わぬ」
 念仏者でもあり、地頭でもある立場をくずさない祐光の翻心を、日蓮は迫っているようであった。
「思いの合わぬ人を祈るは、水の上に火を焚き、空に家をつくろうとするようなもの。とうてい、祈りは成就しがたい」
 日蓮の言葉を聞いて、
「助けたまえ。日蓮御房の申す法門をも信じようほどに。除病を祈りたまえ」
 と祐光は瀕死の床でかぼそく口走った。
 このことを伝えられた日蓮は、祐光をあわれにも思った。
(法華経に訴えて、祈誓してみよう)
 日蓮はやっと重い腰をあげた。祐光が、わずかながらでも、日蓮に信仰の心を出してきたからである。
 心が少しでも通じあえば、きっと法華経の行者を守護する十羅刹女も力を合わせて、祐光を守ってくれるに相違ない、と日蓮は確信していた。
 一念の祈りは、人の思惑や打算を超えたところにある。ひたすら、法華経と釈迦・多宝の二仏、十方の諸仏ならびに法華経を守護する神であり、武者の尊崇する神でもある天照・八幡など大小の神祇に治病の祈りを申しあげることのほかにはない。日蓮は祐光の病床に罷り出て、
「治病のしるしをあらわしたまえ」
 法華経を読み、題目を唱えたあと、十羅刹女を念じて祈願の言葉をのべた。
「病をなす鬼神の脅かしを退散させたまえ。邪見を治罰し病の消滅を叶わせたまえ。よもや日蓮を見捨てまじ」
 法華経に、日蓮は訴えた。ついで、法華経薬王品にある、
「この経はすなわち、これ閻浮提(全世界)の人の病の良薬なり。もし人病あらんに、この経を聞くことを得ば、病すなわち消滅して不老不死ならん」
 という経文を書きしるし、これを灰にして浄水にひたして祐光に服させた。すると、日蓮の法華経への祈りが通じたのか、やがて高熱もさがり、体のだるさも日ごとに薄らぎ、痛みもかゆみも失せ、まもなく、祐光の病悩はすっかり癒えた。
(死んだ身が、生き返った)
 祐光の喜びは大きかった。自ら足をはこんで日蓮のもとを訪れて、病のなおった礼を言い、
「これは、海中のいろくづより出現せし仏体なれば、御房にご寄進申し上げたいと存ずる。わが供養を納受いただきたい」
 と差し出した。
 いろくづとは、魚の鱗のことである。伊豆伊東の海中に沈んでいる魚の鱗にうずまっていた仏像をひろい出し、母屋の一隅に安置しておいていたらしい。
 仏像は釈迦如来の立像であった。
「日蓮には、さしたる力はない。病は十羅刹の責めによる。されば、一分なりとも信仰の心を日蓮に出したゆえ、さだめし十羅刹も評議されて病をなおしたものと見受けられる。これは法華経の御力によるもの」
 祐光は、日蓮の言葉を神妙に聞いている。
「その法華経に久遠の命をしるされた釈迦如来の仏像一体をいただき、これほど嬉しいことはありませぬ」
 日蓮は、釈迦如来の像に深く礼拝した。
「無明煩悩深きいろくづのごとき我らにも、心のうちには仏性があり、それより出現したのがこの仏体でありましょう。末長く随身し拝みたてまつる」
 日蓮はにこやかにほほ笑んだ。祐光はようやく安堵したように肩を落とし、
「源右大将家(源頼朝)も伊豆に流されたのち天下を握り申した。御房も伊豆伊東にありて、しばらくゆるりと過ごされよ」
 と地頭の顔をつくろった。
=============================================
※小説『人間日蓮』(上) 石川教張 学陽書房人物文庫 1998年
 P255〜258より抜粋

9希望 ◆1Mf4u1QB3c:2006/03/31(金) 06:11:22
<3>

=============================================
 日蓮は磯の苫屋に足を踏み入れた。冷えびえと潮風が、さっと吹きこんだ。
 家の中は暗い。日蓮は目をこらした。かすかに白いものが見えた。母の白髪であった。
「母者……」
 日蓮は叫びながらひっそりと臥せている母の病床に駈け寄った。顔は青白く沈み、閉じた瞼は幾筋もの皺におおわれていた。息も絶えているように見えた。
 日蓮は額にさわり、そっと手と足をさすった。痩せた手足であった。どこもかも冷たい。
「母者、母者人」
 いくら呼んでも唇は少しも動かない。血の気がまったく失せていた。
(はや、黄泉の道に旅立たれたのか!)
 日蓮はうめいた。なにか言おうとしたが、声にならなかった。
 赤銅色の四股をまめまめしく動かし、魚や海苔・わかめを肩にかつぐ母の姿が瞼に浮かんだ。しかし、十年ぶりに見た母にその面影はなかった。
 潮風が泣き声のように吹きつけた。
(母への孝養、心にたらず……)
 日蓮は合掌し母を伏し拝んだ。
(いかにもして、母を助けたい)
 日蓮は法華経に祈った。ひたすら法華経を読みつづけた。
「この経は、よく一切衆生をして諸々の苦悩を離れしむるなり……子の母を得たるがごとく、渡りに船を得たるがごとく、病に医を得たるがごとく……この法華経もまたかくのごとし。よく衆生をして、一切の者、一切の病痛を離れ、よく一切の生死の縛を解かしむるなり」
 法華経薬王品の経文である。
 ひとしきり読経したのち、同じ薬王品の文を料紙に書きしるした。

  この経はすなわち、閻浮提の
  人の病の良薬なり。
  もし人、病あらんに、
  この経を聞くことを得ば、
  病すなわち消滅して、
  不老不死ならん。

 閻浮提とは世界全体のことである。
 日蓮は、この経文を書いた紙をきれいな真水に浸し、そっと母の唇にあてた。そして、これを燃やし、その灰を浄水に入れて、母の口に流しこんだ。
 しばらくして母の唇がゆるりと動いた。青白い顔に、ほんのりと赤味がさしはじめた。死相が消えた。瞼をしばたいた。
「ああ、悲母は生き返られた」
 日蓮は思わず喜びの声をあげた。母は、法華経の声に呼びさまされ、体内に入った経文に揺り動かされて蘇生したのだ、と思った。
 こののち、日蓮の母は四年の寿命を延ばした。母が病死したのは、文永四年(一二六七)八月十五日のことである。
=============================================
※小説『人間日蓮』(上) 石川教張 学陽書房人物文庫 1998年
 P293〜295より抜粋

10希望 ◆1Mf4u1QB3c:2006/04/07(金) 05:41:35
今日は個人的な事を少しばかり。

今は詳細を述べないが、昨日の晩、母の看病から帰ろうと病院を立ち去る直前になって、本当に悲しい出来事と遭遇した(母の事とはまったく無関係な出来事である)。
それは、私にとって非常に悔やまれる事でもあるのだ。
久しぶりに目頭が熱くなった。
実際に涙こそ流さなかったものの、心の中では泣いていた。
それと同時に、しばらくの間、私の中ではとてつもないほどの大きな怒りが沸き起こって来ていたのである。
それは、まさしく仏教で言う修羅の命。
帰宅する途中、私の心の中では、「木枯らし紋次郎」の主題歌『だれかが風の中で』が浮かんで来る事もあれば、2004年度NHK大河ドラマ「新選組!」のテーマソングが浮かんで来たりもしていた。
悲しみ、憐憫の情、悔やみ、恨み、怒りの入り混じった状態で帰宅した私は、当初、お題目を唱えながら呪詛しようと思っていた。
本来、信仰者として許されない行為である事は百も承知の上で、そうするつもりでいた、否、そうせざるを得ないほどの大きな悲しみと怒りが私の心を覆い尽くしていたのだ。
それ(呪詛)が、自分の身に何らかの形で報いを齎す事になっても構わないという気持ちでいた。
仏の心が影を潜め、鬼の心に。
普段のハト派的な性格の自分は後退して、タカ派の面を持っているもう一人の自分が前面に。
しかし、法華経を読誦し、お題目を唱えていると、何故か怒りは最小限に止まって、悲しみもやや癒され、それに代わって、私の心の中では希望が沸き起こって来たとでも言うのだろうか?
不思議な気持ちである。
昨日の出来事の詳細は、そのうちにブログの方で述べるつもりだが、とにかく、法華経の御本尊様(十界曼荼羅御本尊)、宗祖・日蓮聖人様、お釈迦様たちに感謝している今の私なのである。
そして、宗派・教団の違いに関係なく、多くの法華経・日蓮系信仰者の方たちに対しても、「ありがとうございます」と申し上げます。

南無妙法蓮華経

11希望 ◆1Mf4u1QB3c:2006/06/29(木) 05:09:54
私自身は、1年位前から100円ショップのダイソーで売っている「日蓮宗のお経」を使用して勤行をし、以下の文を読誦しています。


<道場偈>
我此道場如帝珠 十方三宝影現中
我身影現三宝前 頭面摂足帰命礼

<三宝礼>
一心敬礼十方一切常住仏
一心敬礼十方一切常住法
一心敬礼十方一切常住僧

<開経偈>
無上甚深微妙の法は、百千万劫にも遭い奉ること難し。我れ今見聞し受持することを得たり。願わくは如来の第一義を解せん。
至極の大乗思議すべからず。見聞即皆菩提に近づく。能詮は報身、所詮は法身、色相の文字は即ち是れ応身なり。無量の功徳皆この経に集まれり。是故に自在に、冥に薫じ密に益す。有智無智罪を滅し善を生ず。若は信、若は謗、共に仏道を成ぜん。三世の諸仏甚深の妙典なり。生々世々、値遇し頂戴せん。

<運想>
唱え奉る妙法は、是れ三世諸仏の所証の境界、上行薩た(※「た」は「土」+「垂」の漢字)霊山別付の真浄大法なり。一たびも南無妙法蓮華経と唱え奉れば、則ち事の一念三千正観成就し、常寂光土現前し、無作三身の覚体顕れ、我等行者一切衆生と、同じく法性の土に居して自受法楽せん。此の法音を運して法界に充満し、三宝に供養し、普く衆生に施し、大乗一実の境界に入らしめ、仏土を厳浄し、衆生を利益せん。

<四誓(四弘誓願)>
衆生無辺誓願度 煩悩無数誓願断
法門無尽誓願知 仏道無上誓願成

<御妙判 立正安国論>
汝早く信仰の寸心を改めて速やかに実乗の一善に帰せよ。然れば則ち三界は皆仏国也。仏国其れ衰えん哉。十方は悉く宝土也。宝土何ぞ壊れん哉。国に衰微なく土に破壊なくんば、身は是安全にして心は是れ禅定ならん。此の詞、此の言、信ずべく崇むべし矣。

※以上、ダイソー「日蓮宗のお経」より抜粋

12希望 ◆1Mf4u1QB3c:2006/12/13(水) 04:08:58
※日蓮聖人御書(御遺文)より

なによりもをぼつか(覚束)なき事は御所労なり、かまへてさもと三年はじ(始)めのごとくにきうじ(灸治)せさせ給へ。病なき人も無常はまぬかれがたし、但しとしのはてにはあらず。法華経の行者なり非業の死にはあるべからず、よも業病にては候はじ、設ひ業病なりとも法華経の御力たのもし、阿闍世王は法華経を持ちて、四十年の命をのべ陳臣は15年の命をのべたり。尼ごぜん又法華経の行者なり、御信心月のまさるがごとく、しを(潮)のみつがごとし、いかでか病も失せ寿ものびざるべきと強盛にをぼしめし、身を持し心に物をなげかざれ。
(「富木尼御前御返事」 五十五歳・執筆)

人の死ぬる事はやまひにはよらず、当時のゆき(壱岐)つしま(対馬)のものどもは病なけれども、みなみなむこ(蒙古)人に一時うちころされぬ、病あれば死ぬべしといふ事不定なり。又このやまひは仏の御はからひか、そのゆへは浄名経、涅槃経には病ある人仏になるべきよしとかれて候、病によりて道心はをこり候なり。
(「妙心尼御前御返事」 五十七歳・執筆)

夫れ病に二あり。一には軽病、二には重病。重病すら善医に値ふて対治すれば命猶存す何に況や軽病をや。業に二あり。一には定業、二には不定業。定業すら能く能く懺悔すれば必ず消滅す何に況や不定業をや。法華経第七に云く「此の経は則為閻浮提の人の病の良薬なり」等云云、此の経文は法華経の文なり。一代の聖教は皆如来の金言、無量劫より已来不妄語の言なり、就中此の法華経は仏の正直捨方便と申して真実が中の真実なり、多宝証明を加へ諸仏舌相を添へ給ふ、いかでかむなしかるべき。
(「可延定業書」 五十八歳・執筆)

此の嫡子となりて人もすすめぬに心中より信じまゐらせて、上下万人にあるひはいさ(諌)め或はおど(脅)し候ひつるに、つひに捨つる心なくて候へば、すでに仏になるべしと見え候へば、天魔・外道が病をつけてをど(威)さんと心み候か。命はかぎりある事なりすこしもをどろく事なかれ。又鬼人め(奴)らめ此の人をなやますは剣をさか(逆)さまにのむか又大火をいだくか、三世十方の仏の大怨敵となるか。あなかしこあなかしこ、此の人のやまひ(病)を忽になを(治)して、かへりてまほり(守)となりて鬼道の大苦をぬくべきか。其の義なくして現在には頭破七分の科に行はれ後生には無間地獄に堕つべきか、永くとど(止)めよとど(止)めよ、日蓮が言をいやしみて後悔あるべし後悔あるべし。
(「法華証明抄」 六十一歳・執筆)

13希望 ◆1Mf4u1QB3c:2006/12/14(木) 06:41:02
5年前のちょうどこの時期、某宗教関係の掲示板(現在は存在していない)へ投稿した私の書き込みです。
最近、思い出したので、その時の書き込みをこちらに再掲する事に致します。

=============================================
☆“たった七文字”の真理☆

日蓮
何という偉大なる人物なのであろうか・・・

南無妙法蓮華経
何という力強く温かな響きなのであろうか・・・

700年以上も前に忽然と現れたあのお方
不安と混迷に覆われた末法の闇に、一筋の光明をもたらされた救世主
「南無妙法蓮華経」という、“たった七文字”の中に凝縮された真理の旗を掲げて、それにすべてを託し、自らの身命を厭わず生涯闘い抜かれた、偉大なる凡夫・日蓮
その“たった七文字”を信ずるが故に、行く手に立ちはだかった想像を絶する法難(迫害)の嵐
迫害者たちによる数々の陰謀・脅迫・暴力・弾圧等に対し、日蓮が用いた“武器”とは・・・?
それは、やはり“たった七文字”でしかなかったという事になるのではないのか・・・?
「南無妙法蓮華経」という“たった七文字”の真理
しかし、“たった七文字”であろうとも、それは我々にとって究極の法
万物を生み出す根源である大宇宙そのもの
何よりも強く、何よりも慈愛溢れる母なる法
何人たりとも、決して逆らえない究極の真理
南無妙法蓮華経
日蓮はその事を悟り、ただひたすら信じ続けていたのではないのだろうか・・・?
=============================================

5年後の今でも、基本的にはこのような考えでいる私なのです。
無論、宗祖・日蓮聖人の足元にも及ばぬ本当にちっぽけな存在でしかない私ではあるものの、それでも聖人の生き様を見習い、本物の信仰者を目指して行かなければと思っています。
日蓮聖人を神棚に祭り上げて尊崇するだけでなく、ほんの僅かでも宗祖の域に近づけるよう精進して行くのが、後世の信者の歩むべき道であり、それでこそ、本物の信仰者と言えるのではないのか?と。

14希望 ◆1Mf4u1QB3c:2006/12/29(金) 01:23:36
この経はすなわち、これ閻浮提の
人の病の良薬なり
もし人、病あらんに
この経を聞くことを得ば
病すなわち消滅して
不老不死ならん

※「法華経」薬王菩薩本事より

南無妙法蓮華経

15希望 ◆1Mf4u1QB3c:2006/12/29(金) 01:29:22
※訂正

>>14

※「法華経」薬王菩薩本事より

※「法華経」薬王菩薩本事品より

南無妙法蓮華経

16希望 ◆1Mf4u1QB3c:2006/12/29(金) 01:32:48
希望は死なず

南無妙法蓮華経

17希望 ◆1Mf4u1QB3c:2007/07/20(金) 22:23:38
※『日蓮 その生涯と思想』(久保田正文 講談社現代新書 1967年)
  「はじめに」P5〜7より抜粋

=============================================
 日蓮が、絶対の帰依をささげた経典は、法華経であるが、この法華経には、いろいろの人間類型が出てくる。この中で、望ましきものとされているものが、菩薩と名づけられるものである。菩薩は法華経においては、泥沼に咲く蓮華にたとえられている。蓮華は、泥沼――人間の現実世界――をいとわずその中に咲いているのであるが、清浄な花は、塵や汚れをとどめず、すがすがしく匂っている。自身は、清浄であるけれども、泥沼をいとわずしてとどまり、泥の中にはあるが、周囲の汚れに染められぬところが、蓮華の蓮華たる所以であって、この花が一つでもあることによって、庭全体が、清らかなものとなるように、一人の菩薩の存在によって、家や村や町や、職場が、そして、国全体が清らかなものとなるであろう。
 これが、菩薩と名づけられる人間類型であるが、法華経によると、これにも、また、二つの類型があるという。
 一つが、迹化他方来の菩薩で、他の一つが本化地涌の菩薩である。
 迹化の菩薩は、歴史上の釈尊を尊敬はするが、それを媒介として、本仏を見るに至っていない人々である。本化の菩薩とは、同じ釈尊を通して、本仏を見る目の具わった人である。だから、この二つは、人における自覚の問題である。前者は、仏教を観念的に把えようとしているのに対し、後者は、仏教を実践的に把えようとしている人間類型である。
 法華経の第十五章、従地涌出品の初めに、この迹化の菩薩たちが、釈尊に向かって、後の世に、この経を弘める大任を命ずるよう懇請した。時に、釈尊は、これを止めて、この人間の世界には、当然、その任に当たるべき人々があるといった。そして、地下から涌き出てきたのが、本化地涌の菩薩たちである。これは、何を意味するか。
 これは、人間の現実界の問題は人間自身が解決すべきであって、誰れかが、また、何かが、救ってくれると思って待っていたのでは、結局は解決されないということである。
 そして、この人々は、地の底から涌き出てくるのである。この世で、高い地位や権力をもっている人々ではないのである。大衆と共に住み、大衆と共に苦しんでいる人々である。ただ、人たるの筋道は、ふみはずずことのないよう心がけている人々である。
 このような人々が、地から涌き出すように、立ちあがることがないならば、世界の問題は、ほんとうには、解決されないというのが、法華経の精神である。これを示そうとしたのが、日蓮の本旨である。
=============================================

18希望 ◆1Mf4u1QB3c:2008/06/29(日) 09:15:38
これまでこちらの掲示板のどこかで何度か(何度も?)言った事があるが、私は信仰者(法華経・日蓮系仏教)でありながら、度々、惰性に流され、毎日の祈りを怠ってしまうという悪い癖が。
何か危機的な状況に陥ったり、精神的な不安感を覚えたりした時には、真剣に祈るものの、困難や悩みが解決されたら、いつしか再び、元の木阿弥というのを過去に何度繰り返した事か。
これでは、苦しい時の神頼みというご都合主義の愚かしい俗物たちがやるそれと、同じだと言われても仕方がない。
信仰を持続して行くのは、なかなか難しいと言うのか・・・
しかし、いざという時、私にとって頼りになる、否、最終的に頼れるのは信仰という結論に辿り着く。
先日、ある事で精神的にかなり落ち込みかけていた私を救って、活力、勇気、希望を与えてくれたのは信仰の力であった。
私の信仰である法華経・日蓮系仏教のお題目=南無妙法蓮華経には、言葉では表せない不思議な力が具わっていると言うのか、唱えていると、希望が湧いて来る。
言うは易し行うは難しなのかもしれないが、どうにか信仰を持続して行けるようにしたいものである。
そして、本物の信仰者になりたい。

世界が全体幸福にならなければ、個人の幸福はあり得ない
(宮沢賢治)

19希望 ◆1Mf4u1QB3c:2008/09/06(土) 05:05:33
私は祈る

法華経、日蓮系仏教のお題目、南無妙法蓮華経で

想いは必ず通じる

祈りは叶う

そう信じて

南無妙法蓮華経

20希望 ◆1Mf4u1QB3c:2009/02/22(日) 08:00:40
私がいつもROMしている日蓮宗の僧侶の方のサイト(日記)の昨日2月21日の「色心不二」というタイトルの書き込みで、実に良い事が記されていました。

http://geocities.yahoo.co.jp/dr/view?member=cosmiceyes2004xyz

書き込みの最後に記されている「身体は病気でもこころは病気ではない、と受け止める強さが病気の克服に役立つのでしょう」。
この手の話は昔から日蓮系の某団体で何度も聞かされて来た事だけど、そうなのかもしれないと思う。
私みたいな者が言うのも何だけど、こういうケースではやはり法華経・日蓮系仏教のお題目、南無妙法蓮華経が一番なのではないかと。
法華経のお題目には、目には見えない人智では計り難い不思議な力があるのかな・・・と思う。
「法華経」薬王菩薩本事品には、

この経はすなわち、これ閻浮提の
人の病の良薬なり
もし人、病あらんに
この経を聞くことを得ば
病すなわち消滅して
不老不死ならん

という記述があるし、やはり何か目に見えないものがあるのではないかと。

尚、上記のサイトの方と私とはこれまでただの一度も接点がなく、飽くまで私の“一方通行”でしかありませんので、そこのところは勘違いなさいませんように(^o^;)。

21希望 ◆1Mf4u1QB3c:2009/12/09(水) 08:14:51
9月からキッズステーションで再放送されている35、6年前のテレビアニメ「空手バカ一代」で、終戦直後、特攻隊として死ねずに生き残った主人公の飛鳥拳は、

「死にぞこないのおれにはもう何も残っていないと思っていた。しかし、おれには空手が・・・ 空手が残っていた! おれはこれで・・・ 空手で生きてやる!」

と言っていた。

前にこちらの掲示板とブログで同じような事を言ったが、おれの場合、この飛鳥拳の台詞をもじって言うなら、

「かつて信じて拠って立っていた日蓮正宗の真実を知り、創価学会の現実にも失望させられた・・・ しかし、それでも、おれには信仰が・・・ 法華経、日蓮仏教の信仰が残っていた! たとえ日蓮正宗がどうなろうとも、創価学会がどうなろうとも・・・ 日蓮正宗や創価学会がなくても・・・ おれはこの信仰で・・・ 法華経、日蓮仏教の信仰で生きてやる!」

南無妙法蓮華経

22希望 ◆1Mf4u1QB3c:2010/01/28(木) 09:54:39
koisanさん、「希望の心の旅」の書き込み「お題目」(http://geocities.yahoo.co.jp/gl/dopucheku/view/20091216/1260926449)に対するコメントへの返信、長くなりますので、こちらに書き込ませていただきます。

>日蓮仏教、日蓮思想のいいところ

一言では言えませんが、所属団体・宗派を問わず、お題目(南無妙法蓮華経)を唱える法華経・日蓮系の信者に顕著な傾向性は、何と言っても、そのヴァイタリティ、危機・逆境に対する強さ、ネヴァーギブアップ精神といったところでしょうか(ずいぶん昔にkoisanさんもおっしゃっていましたけど)。
そして、浄土は死んだ後に赴くと言われているあの世に存在するのではなく、今現在、我々が生きているこの世こそが浄土で、たとえ苦難に満ちた世の中であっても、人間自身の力で浄土・理想郷へと変えて行くという現実肯定、もしくは、現実変革の思想。

>日蓮は平和主義者ではない

確かに日蓮聖人は過激な言動を用いる事が多く、法華経以外の教え・他宗を悉く否定・批判されましたよね。
聖人の発言の中には、言い過ぎだと思われるものがある事は私も認めています。
ただ、当時の鎌倉時代の世情、自らを取り巻いていた状況、置かれていた立場、等々、様々な事が原因で、聖人がそのような言動を行なった面も多分にあったと言うべきではないでしょうか。
基本的には、仏教の中で法華経が最高の教えという考え=法華経至上主義が日蓮聖人のスタンスでしたけど、他宗を邪教としてあそこまで徹底的に批判する過激な布教方法を用いたのは、当時の混迷の最中にあった荒んだ世の中を良くしたい、何よりも苦難に喘いでいた民衆を救いたいとの強い想い故にだったのではないかと。
聖人の過激な発言に、鎌倉幕府のお偉いさんへ送った書状の中で「他宗の僧侶を処刑するべき(首をはねるという表現)」という記述があり、あの発言は確かに物騒極まりないもので、言い過ぎだったと思います。
言葉の表面のみを捉えれば、日蓮聖人は本当に何を仕出かすかわからない危険極まりない人物、気が狂っている人間、どこかのカルト宗教の教祖と同じような存在として映る事でしょう。
あの発言はいただけなったと思いますが、敢えて日蓮聖人を擁護させていただくなら、聖人は本気で他宗の僧侶を処刑するべきだと考えていたわけではなくて、いつまで経っても、鎌倉幕府が自分の主張を受け容れてくれない、法華経を用いて国を治めようとしてくれない事から生じた聖人自身の焦りが、ああいった過激な表現になってしまったのではないか?と。
もし日蓮聖人が現代の世の中に存在していたとすれば、いくら何でも鎌倉時代と同じやり方は用いず、当時と違った方法で布教を行なわれるのではないか?と、ずいぶん前からそのように思っているのですけどね。
鎌倉時代と現代とでは時代背景がかなり異なっているのですから、鎌倉時代と同じやり方を用いていたら、どこかの宗教団体のようにカルト、危険集団として見られてしまうでしょう。
賢い日蓮聖人の事ですし、それがわからない筈はないと思います。


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