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装い

1前書き:2007/12/08(土) 22:04:56
登場人物は、陽子、六太、尚隆、その他金波宮の面々がいろいろと。
ただし今回は全部書き上げてからの投稿ではないため、多少変わるかもしれません。
(少しずつ書いていくため完結の予定は不明)

金波宮で、女性が男装、男性が女装して宴を催すことに。
一番最初の構想ではコメディ調だったのですが、
最終的には陽子視点のほのぼの話になりました。

カップリングはなしのつもりですが、雰囲気は六陽風味。

2装い(1):2007/12/08(土) 22:05:32
 陽子が何となく不機嫌だったのは単に、ここ数日、祭礼が続いていたからだ。
王としての重要な役目ではあることはよくわかっているが、ふと愚痴が口をつ
いて出てしまったのは、やはり延王延麒という馴染みの顔を前にしてほっとし
たせいだろう。
 動きにくい豪華な礼装をまとうだけでも苦行なのに、重い飾りに折れそうに
なる首をまっすぐ上げたまま、姿勢をしっかりと保って官の長々とした祝詞に
辛抱強く耳を傾けるだけでなく、衆人環視の中、典範にある作法通りに堅苦し
い所作を行なうというのは何度経験しても慣れない。普段は今のように簡素な
官服で過ごしているだけになおさらだ。
「男の官も一度くらい、高く結いあげた髪に山のように簪を差して、何枚も重
ねた上に裾を引きずる大仰な襦裙を着てみればいいんだ」
 せめてもっと軽い衣装なら楽だろうにと思うにつけ、女官も下がらせて三人
だけで茶菓子をつまんでいたときにそうぼやいたのは軽い気持ちからだった。
だから延麒六太が、これまた気軽に「着せればいいじゃん」と打てば響くよう
に返したとき、陽子自身がぽかんとなった。
「ええと……。延台輔?」
「おもしろそうだし」
 激しくまばたいた陽子が、六太の隣の延王尚隆を見やると、彼は自分の麒麟
の突拍子もない発言を咎めるどころか、同じようににやにやしていた。
「王の命令となれば、誰も拒めんさ。まあ、官全員というのではなく、気心の
知れた側近との遊びなら構わんだろう。それが陽子の気晴らしになるなら、む
しろ喜んで協力してくれるのではないか?」
「はあ……」
「ほら、あれだ。宴会の余興みたいにしてさ」主の援護を受けて調子に乗った
六太が楽しそうに続けた。「仮装というか――そうだ。この際、男が女装する
だけじゃなく、女も男装するってのは? 男女で性別を取り替えた服を着るわ
け。それなら男ばかり莫迦をみるわけじゃないし。もちろん陽子も男装すんだ
ぞ?」

3装い(2):2007/12/10(月) 20:11:20
「男が女の格好、女が男の格好……」茫然とつぶやいた陽子は、やっとのこと
で脳裏に意味が染み渡ると、興味深げに彼女を見やる雁のふたりを前にふっと
笑った。「確かにおもしろそう、ですね」
「だろ?」片目をつむって見せる六太。
「そうか、遊びとして、宴会の座興ならいいんだ……」
「つーかさ、仮装パーティでいいじゃん。男も女も性別を取り替えた装束で宴
に出席する。どうせなら侍官や女官もだな。お遊びなんだから、みんなで莫迦
やることにして例外は作らない。何たって景王が率先してやるんだし、皆、納
得するだろ」
「そうですね。何しろ大国雁の王と宰輔おんみずから手本を示されることでも
ありますし」
「へ?」
 にっこりと笑った陽子を前に、六太が素っ頓狂な声を上げた。
「ですから、延王と延麒もですよ」
「げ」
「おう。綺麗どころに仕上げてくれよ」
 からからと笑いながら応えた尚隆に、今度は六太が目を白黒させる番だった。
陽子が婉然とほほえむ。
「毒を食らわば皿までと言いましてね……」
 頭をかいた六太は、「やばいこと言っちまったなあ。口は災いの元って本当
だ」と大仰に溜息をついてみせた。しかし、すぐに持ち前の明るい笑顔に戻る
と肩をすくめ、「まあ、いいか」と言った。
 話が決まったとなれば、陽子の反応は早い。ぼやいていた先ほどまでとは違
って背筋すら伸ばして、てきぱきとした口調になった。
「延王延麒をお招きしての、内輪の宴会ということにしましょう。おふたりは
埠頭整備の援助の打ち合わせという名目でいらしてくださったわけですが、今
回は特に歓迎の行事を設けたわけではありませんでした」
 本来は官が赴くか書簡のやりとりで事足りるところを、これ幸いとばかりに
揃って遊びにやってきたふたりだったから、雁の主従はちらりと顔を見合わせ
ると、少々ばつが悪そうにへらへらと笑った。

4装い(3):2007/12/13(木) 23:14:03

 延王と延台輔を主賓とする宴。ただし出席者は全員、男は女装、女は男装す
ること――そんな触れを回された景王の側近たちは困惑した。
「だから遊びなんだ。これはもともと主賓の延麒の提案でね、おもしろそうだ
から乗ったんだ」
 陽子が書卓の上で手を組んで相手を見上げると、大僕の虎嘯は、自信満々で
反らした自分の胸に拳の親指を突きつけた。
「触れには例外なしって書いてあったが、俺は例外だよな?」
「なぜだ?」
「なぜって、そりゃあ」
「心配しなくても、女官に頼んでちゃんと綺麗にしてあげるよ。大柄な虎嘯な
ら、きっと迫力のある美人になると思うな」
 陽子がすまして答えると、虎嘯は慌てた様子でこう返した。
「俺は陽子の護衛だぞ。ひらひらした動きにくい女物なんか着たら、万が一っ
てときに職務が果たせねえだろうが。いや、そりゃ、不届きなやつがそう金波
宮にいるとは言わねえ。言わねえが、あのときみたいにもしもってことが――」
「ああ、それなら心配いらない。景麒も出席させるし、麒麟がふたりもいるこ
とになるからね、もしものときは使令が守ってくれる」
「陽子ぉ……」
 途端に肩を落として情けない顔になった虎嘯に、陽子は不自然なくらいにっ
こりと笑ってみせた。

5装い(4):2007/12/14(金) 21:30:05

「陽子ったら、今度はいったい何を始める気?」
 回廊で女王の姿を見かけるなり、駆け寄ってきた女史の祥瓊があきれ顔で尋
ねた。陽子は肩をすくめた。
「『今度は』って、そう頻繁に突拍子もないことをしているつもりはないが」
「そりゃあ、そうだけど……」
「たまにはこういう遊びもいいと思わないか? 延王もおもしろがっているこ
とだし」
「そのことなんだけど」祥瓊は小首を傾げた。「あのかたも女装なさるってこ
とよね?」
「そう。『綺麗どころに仕上げてくれ』とのご希望だ。よろしく頼む」
「あの尚隆さまがねえ……。こういうことは苦手だと思っていたけれど」
「遊びだからね、気軽なものだよ」
 祥瓊はどこか楽しそうな陽子の様子をじっと見ていたが、やがて溜息混じり
の笑顔を返した。
「まあ、いいわ。そういうことなら殿方の着つけは任せてちょうだい。鈴や女
官たちと頑張ってみるから。桓魋はうろたえてたけど、意外と遠甫が乗り気な
のよねえ。それとわたしたちも男装するのよね?」
「そういうこと」
「男の服って着たことないんだけど……。笑わないでよ?」
「大丈夫、祥瓊なら何を着ても美人だから」
「もう、陽子ったら、からかわないで」
 なかば本気で言った陽子だったが、祥瓊は可愛らしい唇をつんと突き出した
かと思うと、また忙しそうにぱたぱたと駆け去っていった。

6装い(5):2007/12/16(日) 17:58:58

 日頃から王のでたらめな言動に官吏が慣れている雁ならともかく、景女王は
基本的に真面目なたちだ。だからこんなふざけた触れを出されること自体、周
囲には青天の霹靂だった。しかも宴席に侍る侍官や女官まで例外はないという。
男たちを女装させるだけならおもしろいで済むが、みずからも男装せねばなら
ないと知って、女官たちはかなり不満だった。
 そもそも蓬莱と異なり、こちらの世界では男女で服装も髪型も違う。むろん
軍属の場合は、職務が職務だけに女も男と大して変わらない装束をまとうのだ
が、それは例外と見るべきだろう。少なくとも一般的にはユニセックスな服も
ないし、そういう装いをするという発想自体がなかった。
「主上はいったい何を考えておられるのやら」
「いくらお戯れと言っても……ねえ」
 さすがに王に大っぴらに不満を訴えることはできず、女官たちはひそひそと
愚痴りあった。もっとも女装せねばならない侍官に比べれば、まだましという
ものであった。
 しかし夜に予定された宴の準備をしたり、出席する男たちの着替えを手伝っ
たりするため、早々に男物の装束に腕を通さざるを得なかった女官たちはある
ことに気づいた。なぜか普段より可愛らしく見える者がいたのだ。かと思えば、
すっきりとした長身で顔立ちもはっきりしている者などは妙に凛々しい雰囲気
になったし、男物をまとったほうが逆に色気が増して見える女官もいた。
「ねえ、あなた、その袍、けっこう似合うんじゃない?」
「帯はこっちの萌葱のにしたら? こうやって組み紐をつけて飾りのように垂
らすと、雰囲気が違うわよ」
 奇抜な格好を強いられたとしても、それが自分に似合っていたり新しい魅力
を引き出してくれるとなれば、女にとっては話は別だ。そもそも宮城に仕える
者は、男であっても市井の庶民に比べれば大仰なお仕着せを着ている。だから
男装したからといって、一概に華やかさに欠けるというわけでもないのだ。
 意外な結果に余裕が出てきた女官たちは、非日常的な状況を楽しみ始めた。
そうして普段のようににこやかに笑うようになり、こちらは残念ながら吹き出
すような格好にしかならなかった侍官たちに軽口を叩いてからかい始めた。

7装い(6):2007/12/20(木) 23:16:28
 慶ではいまだに官が女王を見る目は厳しい。そのため内輪の宴の話とはいえ、
陽子が出した触れの内容をかぎつけて影であれこれ言う官吏はいたが、普段と
違う装いの女官たちが忙しそうに立ち働く姿に、逆に惹きつけられた男性陣も
少なくなかった。なにしろ自分も女装せねばならないと知って、がっくりと頭
を垂れたはずの虎嘯でさえ、「なんか……こうして見てると、ああいうのも悪
くねえなあ」とつぶやきながら、鼻の下を伸ばして見とれていたほどだ。
「なんつーか、ごてごてと飾り立てるより、簡素なだけに却って引き立つとい
うか……」
「まあ、若い娘ってのは何を着ても似合うからな」
 虎嘯と並んで立っていた桓魋も、女官たちが笑顔で雑談しながら回廊の向こ
うからやってくるさまを、ぼけっと眺めながら同意した。
 そんなふたりの前で、件の女官たちは立ち止まるなりうやうやしく拱手して
言った。
「今宵の宴のお衣装の着つけをお手伝いいたします」
 途端に虎嘯たちは情けない表情になって顔を見合わせた。
「ついに……」
「来たか……」

 陽子が宴を、執務がすべて終わった夜に設定したのは、やはり内輪のお遊び
という意識があったからだ。主賓を延王延麒にしたとはいえ、あくまで建前上
のこと。官の目が気にならなかったと言えば嘘になる。
 しかしだからこそ、逆に楽しみでもあった。何しろあの浩瀚や桓魋、遠甫ま
でが女装するのだ。いくら王の命による座興でも、滅多にできることではない。
 そして陽子自身は男装には慣れていたものの、あくまで市井に紛れるときの
庶民としての格好にすぎなかった。だが今回は王宮での宴だけあって、正式な
礼装ではないものの王として見栄えのする装束をまとうことになった。つまり
完全に男王の装いをするわけだ。女王の華美な衣装にはうんざりしていた陽子
も、今回ばかりはどんな出来映えになるのか少し興味があった。そしてそれは
身支度を手伝う女官たちも同じだった。

8装い(7):2007/12/21(金) 23:55:11
 女としては比較的背が高い上、最近は顔立ちもさっぱりと果断な雰囲気を漂
わせていた陽子は、髪を小さくまとめて冠をかぶった男王の盛装に帯剣まです
ると、もともと所作がきびきびしているだけにまさしく凛々しい少年王といっ
たいでたちになった。日頃、女王を飾り立てられずに内心で不満をためていた
女官たちが、思わずうっとりするほどの出来映えだった。
「本当によくお似合いで」
 最後の仕上げに装束の裾の乱れを直していた年配の女官が、ほれぼれとした
口調で言った。その彼女自身は侍官の装いだ。年少の女官と違ってもともと熟
しきった果実さながらの色気を感じさせた彼女は、男装したことでむしろそれ
が強調され、衣装の端々からじわりとにじみでるような、悩ましくも妖しいな
まめかしさを漂わせていた。もっと陽子に近い年頃の外見の女官たちのほうは、
可愛い少年といった感じである。いずれもなかなか目の保養だったから、彼女
たちを見かけた男たちが見とれたのも無理はなかった。
 すっかり身支度を整えた陽子は、そんな女官たちを随従として引き連れ、宴
の場である掌客殿へと向かった。
 掌客殿に近づくと園林の向こうから、早くもにぎにぎしい歓談のざわめきが
漏れ聞こえてきた。他の出席者が既に顔を揃え、王の出座を待つばかりになっ
ているのだろう。それに今宵は、園林に面している一階の大きな堂室を開け放
ち、露台と園林の一部にかけても宴会場にする開放的なしつらえにしていたか
ら、声が届きやすいのだ。
 みんなどんな格好をしているのだろうと思い、陽子はうきうきした気分にな
った。
 しかし建物に入って、目的の堂室に通じる広い廊下を足早に歩いていたとき、
ありえない光景を目にして陽子は内心で慌てた。
「他国から来客の予定なんかなかったよな?」
 思わず立ち止まった陽子は、目を正面の光景に釘付けにしたまま、傍らの女
官に尋ねた。
「はい、特に何も」
「そうだよな……」
 廊下の向こう。そこには陽子と同じように随従を引き連れ、男装したひとり
の女官に先導されて近づいてくる金髪の美少女の華やかな姿があった。氾麟な
ら馴染みがあるが、この麟はもっと小柄だ。

9装い(8):2007/12/21(金) 23:56:38
「どこの麒麟だ……?」
 陽子はつぶやいた。麒麟たちが神出鬼没なのは六太で慣れているつもりだっ
たが、いざ本当に目にすると困惑せざるを得なかった。
 いったい全体、慶に何用だろう。歓迎しないわけではないが、こんなふざけ
たお遊びの最中に訪問されるとは、なんと間の悪い……。
 そこまで目まぐるしく思考をめぐらせた陽子は、ようやく先導の女官が祥瓊
であることに気づいて目を見張った。そして当の麒麟が、あでやかな盛装には
そぐわない気安く所作で片手を上げ、「よっ」と挨拶をしてくるに至って、ぽ
かんと口を開けた。
「え――え? 六太――く、ん……?」
 驚きのあまり、女官たちの前だというのに、大国の麒麟に対して号や敬称で
呼びかけることも忘れる。
 薄く白粉をつけて紅を差した顔は、よく見れば確かに六太のものだった。考
えてみれば、麒麟とはいえ見知らぬ者が無断で他国の王宮の奥深くに入れるは
ずもない。
 祥瓊が陽子の傍らにさっと歩み寄るなり耳打ちした。
「どう? 完璧でしょ」
「あ、ああ。驚いた。すごいな、ここまで印象が変わるのか……」
 祥瓊は、ふふ、と笑った。普段は垂らしている髪を小さくまとめて男の服を
着てはいるものの、彼女の場合はあまり雰囲気が変わらず、少年には見えなか
った。もともと顔や体の線に、女らしい柔らかい印象があるからかもしれない。
「最初は女官に任せていたんだけど、あんまり似合うものだから、衣装や飾り
を変えて本格的に着つけをやり直させてもらったの」
 腕のふるいがいがあったのだろう、祥瓊に限らず、六太の周囲にいる男装の
女官たちも至極満足げだった。
「でもご本人は、まったく興味がないようなのよねえ。鏡を見せようとしても、
うんざりしたように『いいよ、いいよ』って。せっかく綺麗なのにもったいな
い……」
「六太くんらしいな。まあ、そもそも男の子は、鏡を見る習慣もないだろうし
な。女装なんてふざけた格好をしているとなればなおさらか」
 陽子は小声でそう返すと、飾り立てられて動きにくそうな六太に大股で歩み
寄り、にっこりと笑いかけた。

10装い(9):2007/12/22(土) 18:57:17
「とてもよくお似合いです、延台輔」
「寝言は聞かねーぞ」
 六太は片目をつむり、ちっちっと舌を鳴らして人差し指を振り立てた。その
華奢な指には繊細な細工の銀の指輪がはめられており、爪がつやつやとしてほ
んのり桜色になっているところを見ると、どうやら染めさせられたらしい。
 長い金髪は高々と結い上げられ、その根元には色とりどりの生花をふんだん
に飾った上、花弁を長く連ねたような歩揺を何本も差している。複雑な刺繍を
施した衣を何枚も重ねて、披巾までまとっているわりにはすっきりとした印象
を受ける姿で、華やかではあるが無駄に華美にすぎるということもなかった。
まさしく洗練された貴婦人の装い。祥瓊のやることに抜かりはなかった。
 ただ、六太のくだけた仕草自体はいつもと変わらないため、美麗な盛装と妙
に不釣り合いでおかしかったが。
「それよか陽子、めちゃ格好良いじゃん。これなら別に普段から男装でもいい
んじゃないか? 威厳あるし、少しくらい装束が重くても、簪を山ほど差され
る女装よりはずっとマシだろ?」
「ああ、はは、そうだな。六太くん、やっぱり頭、重い?」
「まーな」六太は苦笑いを浮かべた。「そもそも麒麟は髪を結ったりしないも
んだし。これでも歩揺を花に代えたり随分軽くしてもらったつもりなんだけど、
それでも頭を動かしにくくて肩が凝りそうだしなぁ。一日中こんな格好をさせ
られたんじゃ、確かに冗談じゃねーや」
 心の底からうんざりしている様子が窺え、陽子はくすくすと笑った。
「延台輔もわかってくださいましたか」
「わかった、わかった。陽子も大変だ。なあ、祥瓊」
 そんな言葉を交わしながら、連れだって歩き始める。ただし歩きにくそうな
六太に合わせ、ゆっくりとした足取りだ。とはいえ六太の元気の良さ自体は変
わらず、歩き方はといえば裳裾を蹴飛ばす勢いなのが却ってほほえましかった。
「そういえば延王は?」
「さあ?」六太は小首を傾げた。そんな仕草も、今の装いでは可愛らしい。
「先に行ってんじゃねえ?」

11装い(10):2007/12/22(土) 22:47:37
 陽子が傍らの祥瓊に目を向けると、彼女はうなずいた。
「延台輔より先にお支度が終わったので、しばらくくつろいでいただこうかと
思ったら、先に宴席に出ているとおっしゃって。女官に頼んで早くにご案内し
たわ」
「んじゃ、あいつのことだから、きっと宴の始まりを待たずに酔っぱらってる
な。着替えは別室だったから俺もまだ会ってねえし、どれほどの美女ぶりか、
とくと拝んでやろうぜ」
 六太はそう言ってにんまりすると、陽子の腕を肘の先で軽くつついた。それ
へ笑い返した陽子はふと、廊下の端でうやうやしく拱手して待ちかまえていた
女官吏に目を留めた。美しく装ってはいるが、男装していないから宴の出席者
ではない。
「どうした。何かあったのか?」
 陽子が声をかけると、その女官吏は顔を上げて静かに微笑した。陽子は固ま
った。
「浩瀚、か……?」
「さようで」
 驚きのあまり硬直した陽子の前で、女官吏、いや冢宰の浩瀚はふたたび頭を
軽く下げた。決して美女に見えたわけではなく、むしろ顔立ちそのものは地味
な中年女といった印象だったが、逆にそれこそが驚きだった。眉や首周りが多
少いかつい感じを受けるだけで、化粧にも所作にも不自然なところがまるでな
かったからだ。
 ただし声は男のものなので、声変わりもしていない六太と違い、喋れば一発
で男だとわかってしまうが。
「驚いた……。六太くんといい、変われば変わるものだな」
「お褒めにあずかり光栄に存じます。主上こそ、男王の装いがまことによくお
似合いで」
「そうか?」
 女官にも六太にも褒められたことでもあり、自分でも「けっこういけてるか
も」と思っていただけに、陽子は嬉しくなった。
「しかしまいったな。今回は皆のちぐはぐな格好を楽しませてもらおうと思っ
ていたが、そう思い通りにはいかないようだ」

12装い(11):2007/12/23(日) 13:55:10
「そのお楽しみのことでしたら、主上のご期待を裏切らないと思いますよ」
「へえ? だといいけど」
 そうして浩瀚とも連れだって歩き始める。
 堂室に着くまでの短い間に陽子が観察したところ、浩瀚が自然に見えたのは、
何より指先まで神経が行き届いた所作のせいのようだった。歩き方といい手振
りといい、普段より動きを抑えた上で、流れるような上品な動きをしている。
そのため全体の印象が女性らしく見えるのだった。いつもはそんなふうに感じ
ないから、わざとやっているのだろう。観察眼の鋭い浩瀚のことだから、日頃
から周囲の女性の仕草が頭にあり、それをこの機会に再現した結果かも知れな
い。
 逆に六太のほうは、気安い言葉遣いもくだけた所作も普段と何ら変わらない。
しかしこちらは見かけが完全に少女であるだけに、どんな仕草をしようが見る
者に疑いをいだかせないのだった。
 宴の間が近づくにつれ、互いの奇天烈な姿を笑いあっているらしい談笑の声
が大きくなった。陽子は侍官の高らかな「主上のおなりでございます」という
触れとともに、浩瀚と六太を従えて堂室に入った。
 盛装した男女のきらびやかな姿が陽子を迎える。内輪とはいえ、野に下って
いた頃からの桓魋の部下や、同じく虎嘯の仲間などもいたから、人数そのもの
は女官たちを含めずとも四十人近くいる。少なくとも名目は延王延麒の歓待の
ためなので、ふさわしい規模の宴ではあった。
 凛々しい少年のような姿の陽子は、ある意味では予想どおりとも言え、その
意味での驚きは臣下たちにはない。しかし装いの見事さに男も女も感嘆の吐息
をもらした。もともと出席者は気心の知れた者ばかりで、女王に対して否定的
な者がいないというのもあるだろう。加えて六太の完璧な美少女ぶりは陽子と
並ぶといっそう見事で、まさしく凛々しい少年王と美しい麟という趣の似合い
の一対だった。

13装い(12):2007/12/23(日) 13:55:44
 感嘆のまなざしと暖かい拍手の中、上座に向かった陽子を、既にそこで男装
の女官たちを侍らせてくつろいでいた人物が「おお、なかなか似合うな」と大
らかに声をかけてきた。陽子はついプッと吹き出しそうになり、あわてて咳払
いをしてごまかした。
 そこには華麗な衣装に身を包み、白粉と紅をべったり塗りたくったけばけば
しい延王尚隆の姿があった。髪型にしろ飾っている簪のたぐいにしろ、女装と
いうよりは仮装、ちんどん屋のようなどぎつさである。六太と同じく祥瓊が身
支度を手伝ったはずなのに、どうしてここまで仕上がりが違うのかわからない。
「え、延王も、なかなか、お似合い、で……」
 油断すると吹き出しそうになるので、陽子は腹にぐっと力を入れてこらえな
がら挨拶を返した。その彼女の背後からにゅっと顔を出した六太が、主の晴れ
姿に目を丸くする。
「おっ、すげえ。よくもまあ、ここまで悪趣味に着飾ったもんだ」
 すると、どう見ても既にほろ酔い加減だった尚隆のほうも驚いた顔になった。
「六太、か……?」
「そうですよ、延王。なかなか美少女でしょう?」
 飄々としている尚隆が素の表情を見せることは滅多にない。その彼がつい驚
きを露わにしてしまったほど、六太の変貌ぶりが見事だったのだろう。自分も
驚いたくちだから、陽子は彼の反応に満足した。もっともすぐに尚隆は元のつ
かめない顔に戻ってしまったが。
 陽子は尚隆と六太の隣に落ち着くと、堂室の面々を見回した。凛としたよく
通る声が隅々まで響き渡る。
「今夜は延王と延台輔の歓迎の宴だが、見ての通り、仮装してのお遊びのよう
なものだ。たまには息を抜いて、こんなふざけた催しをするのも悪くないだろ
う。主賓のおふたりの意向もあって無礼講とする。皆、食べて飲んで楽しんで
くれ」

15装い(13):2008/01/03(木) 15:36:35
 陽子の当初の目論見はともかくとして、宴そのものは盛況だった。多少不満
げだった男たちも、何しろ衣装と言い化粧と言い、一番強烈な格好をしていた
のが主賓の延王だったし、おまけにそれを延王自身が積極的に楽しんでいたと
あっては毒気を抜かれざるを得ない。こうなると楽しまねば損という雰囲気に
なってくる。
「さすがは雁の主上。目の覚めるような美女ぶりで、まさしく眼福というもの」
「いやいや、老師こそ、そのあでやかさは十二国一。まあ、一献」
「おお、これは何ともったいない。このような美女に酌をしていただいては、
ますます寿命が延びますなあ」
 尚隆と遠甫が、互いの容姿を褒めちぎりながら酒を注ぎあう。遠甫のほうも
尚隆に劣らずけばけばしい装いで、長い髭のせいで決して女に見えるはずもな
いのに白粉を塗りたくり、笑うときはすぼめたおちょぼ口をわざとらしく袖で
隠して、ほほほ、と裏声で笑う。おまけに腰をくねらせるようにして尚隆の側
に侍っているので、不気味なこと、この上ない。
 虎嘯や桓魋の外見も滑稽さではタメをはっていると言えたが、こちらはまだ
当人たちに羞恥があって、完全に開き直るまではいかないため、とても遠甫ほ
どの不気味さは醸しだせない。さすがは飛仙、年の功といったところか。
「なんか、狐と狸の化かしあいって感じ」
 横に座っていた六太がそっとささやいてきたので、陽子はくすくすと笑った。
「ご本人たちは楽しんでいるようだから、いいじゃないか」
 六太はいつものように胡座をかいて座っている。せっかくの盛装が台無しだ
が、当人は一向に気にしていない。
 そんな彼に、祥瓊が後ろから声をかけた。
「延台輔、こちらにもいらっしゃいませんか? お好きな揚げ菓子もたくさん
ございますよ」
 見れば、後ろの大卓上の皿に色とりどりの菓子が並んでおり、数人の女官が
鈴や祥瓊とともににっこりしてこちらを見ていた。六太は目を輝かせた。
「おう、行く、行く。よーし、今夜は食うぞー!」
 六太は邪魔な裾を大胆にまくると椅子から飛び降り、その大卓にぱたぱたと
走っていった。途端に女官たちだけでなく、周囲の女性陣の間からも、「かわ
いーい!」とにぎやかな声が飛ぶ。

16装い(14):2008/01/03(木) 18:30:46
 明るい性格のせいもあろうが、そもそも六太には華がある。おまけに外見の
年齢から言ってもともと中性的な上、きらびやかな女物の衣装をまとって髪を
綺麗に結い上げ、花や歩揺を差した姿は美しい少女そのもの。女が、可愛いも
の、綺麗なものが好きなのは蓬莱もこちらも変わらないので、女たちの感性の
ツボに見事にはまったというところだろう。
 その気持ちは陽子にもよくわかるだけに、彼女はその光景に苦笑した。そう
して延王や遠甫のかたわら、宴の最初から一言も喋らず、ぶすっとして酒を飲
んでいるだけのおのれの半身に目を向けた。
 景麒は、男としては見目の良いほうだろうと陽子は思う。しかし女装すると
やはり不自然この上ない。そこそこ細身なのだが、女ほど細いわけではなく、
何より背が高い。顔の作りも、男性らしく凹凸がはっきりしている。それでも
浩瀚のように女性の仕草を真似ているというならまだしも、所作が普段とまっ
たく変わらないため、無理やり貸衣装をかぶせられているようにしか見えなか
った。おまけに長い金髪は、こればかりは綺麗に結い上げられて美しく飾られ
ていたから、苦虫をかみつぶしたような表情がいっそう不釣り合いなのだ。
 女官たちに勧められた椅子にぽん!と座り、四方八方から菓子を差し出され
てちやほやされる六太を横目で見ながら、つい、こいつももう少し臨機応変に
振る舞うことを覚えればな、と考えてしまう陽子だった。
 そんな彼女を尻目に、主君から離れて女官たちにかまわれる六太に、少し離
れたところで談笑していた男たちがひとりふたりと近寄って話しかけてくる。
 特に虎嘯のもともとの仲間たちのような下位の者にとって、一緒に戦ったこ
ともある陽子はともかく、大国の王である尚隆に直接話しかけるのは、いくら
このような無礼講の場であっても敷居が高い。しかしせっかくの機会なので、
高貴なかたたちと一言なりと言葉は交わしておきたい。そんな彼らにとって、
年端もいかない外見の六太なら何となく話しかけやすいのだった。また六太の
ほうも、菓子の載った小皿を無造作に差し出して「おう、おまえらも食う?」
などと気安く話しかけてくるので気まずくなることもなく、ひとり、またひと
り、と人数が増えて、あたりは王たちのいる卓とは違うなごやかな雰囲気にな
った。
 むろん六太が男だということは皆知っているが、何しろ見た目は完全に、超
のつく美少女。意外と本気で懸想する者が出たりして、などと冗談っぽく考え
る陽子だった。もっとも六太を取り巻いている男装の女官たちも可愛らしいの
だから、その意味での男たちの目当ては女官のほうだろうが。

17装い(15):2008/01/03(木) 18:31:50
 陽子はふっと笑うと立ち上がった。そうして「六太くん。ちょっとその辺の
園林をふたりで歩かないか?」と、人垣の向こうに声をかける。宴のアイドル
的存在になった六太を連れ回してみたくなったのだ。
「えー、陽子ったら、ずるい」
「そうですよ、主上。延台輔をひとりじめなさらないでください」
 ブーイングも何のその。陽子はすまして六太を人垣の中から連れ出した。そ
れも六太の片手を取って腰を抱く、こちらの世界では見ない様式のエスコート
で、だ。もっともそれは、単に動きにくそうな六太を助けるためだったのだが。
 すると延王でさえ、こちらは陽子にではなく六太にではあったが、「おい、
おまえ、さっきから主を放っておいて何だ」と軽く文句を言ってきた。自分に
侍っていた女官たちも先ほど六太に取られていたから、それを妬んだのかもし
れない。六太はにやりと笑って主に指を突きつけた。
「妬くな、妬くな。陽子が気に入ってんのは、おまえじゃなく俺なんだよ」
 そう言って主を軽くあしらい、陽子と連れだって、大きく開け放たれた扉か
ら園林に出る。こちらにも大卓がいくつか並べられており、月明かりと灯明の
下、あちこちで数人ずつが談笑していた。
「カメラがあれば、六太くんの姿を残しておけるのに」
 陽子は心底から残念に思って言ったが、六太は苦く笑って「勘弁しろよー」
と身もだえするばかりだった。
「――そうだ、六太くん、気づいてた? 延王も六太くんの脚を見てたよ」
 ふと陽子が話を振ると、いきなりの話題の転換についていけない六太は
「へ?」ときょとんとした。
「さっき祥瓊に呼ばれて立ち上がったとき、かさばる衣装が邪魔になって裾を
大胆にまくりあげたろう。あのときふくらはぎまで見えたんだ。そうしたら近
くにいた男性陣が全員、とっさに六太くんの脚を覗きこむように見たんだよ」
「ええーっ?」さすがの六太も仰天して声を上げる。
「単に女性用の装束がめくれたための条件反射なんだろうけど、男って……と
思った。しかも延王までそっくり同じ反応だったものだから、もうおかしくっ
て」
 顔を赤くして「尚隆のやつ……」とぼやく六太の前で、陽子はそのときの光
景を思いだして、くっくっと笑った。
「もっとも、みんなすぐ我に返って、誰にともなく誤魔化してたけどね」

18装い(16):2008/01/03(木) 18:33:45
「当たり前だ。今は単に女の衣装を着ているだけで、俺は男なんだから」
「普通に美少女に見えるけどねえ。そりゃもう、これ以上ないってくらい自然
に」
「陽子、あのな」
 呆れた様子の六太を前に、陽子はほがらかに笑った。こんなふうに声を立て
て心から笑ったのは本当に久しぶりだった。おそらく知らず知らずのうちに、
肩に力が入っていたのだろう。国を治めるために焦っても良いことは何もない
とわかってはいるが、いまだ彼女を認めない官も少なくないだけに、つい力ん
でしまうのだ。
 ひとしきり笑ったあとでふと気づくと、機嫌を直したらしい六太が、微笑の
ようなものを浮かべて静かに陽子を見ていた。こうして間近で見ても、完璧な
美少女としか思えない。何しろ声変わりもしていないから、話す声を聞いてさ
え不自然さがないのだ。
「やっと笑ったな」
「え……」
「美人の憂い顔ってのも悪くないけどな、やっぱり陽子はそうやって笑ってい
るほうが素敵だ」
 当人は至って真面目なのだろうが、女たらし顔負けの台詞に、陽子は思わず
赤面した。この隣国の宰輔は時折、こうしてさらりとものすごいことを言って
のけるため、さすがの陽子も反射的に言葉が出てこなくて対応に困るのだ。
「……六太くんって、つい外見に惑わされるけど、中身は相当にいい男だな」
「なんだ、そりゃ」
「褒め言葉ですよ、延台輔」にっこり笑って返す。
「んー。ちょっと引っかかるけど……まあ、いっか」
 そうして手近の榻に六太と並んで座って喋っていたところへ、遠くから彼ら
を呼ぶ「おおい」という声がした。見れば尚隆が両手で長い裾を持ち上げ、ど
たどたと歩いてくるところだった。
 けばげばしい衣装におかしな化粧。とても天下に勇名を馳せた大国の王には
見えない尚隆が歩み寄ってくるのをぼんやりと眺めていた陽子は、「ああ、そ
うか」とやっと気づいた。
 六太は例外として、女装の似合う男など滅多にいはしない。それでも尚隆の
格好はいかにもひどすぎる。着つけに祥瓊をやったこともあり、いくら何でも
自然にこんなちんどん屋のような格好になるわけがない。

19装い(17/E):2008/01/03(木) 18:35:08
 これは座を盛り上げるための彼の計らいなのだ。この宴で一番身分が高いと
言える尚隆が率先して莫迦な格好をして積極的に楽しんでくれる、たからこそ
他の男たちもみずからの滑稽な装いに萎縮することなく、したがって妙な催し
をした陽子を不快に思うこともなく、開き直って宴を楽しめているのだ。
 そしてたぶん祥瓊もそれを知っている……。
「やはり美女に酌をされると酒が進むだろうと、あちこちで酌をしてやって回
ったぞ。せっかくだから陽子にも酌をしてやろう」
 そう言って尚隆は堂室のほうに手招きをした。ついで陽子の隣に座っていた
六太を見おろして呆れたように言う。
「あまりうちの麒麟をなつかせんでくれよ。どうやらこいつは近頃、誰が自分
の主だか忘れがちのようだしな」
 すると六太は不満そうに鼻を鳴らした。
「へーん。だったらちっとは真面目に仕事をしろよ。陽子を見習ってさ」
「こいつめ」
 尚隆は六太の頭を小突こうとして、見事にかわされた。六太は主にあかんべ
ーをすると、また裾をまくりあげて堂室のほうに駆け去っていった。
「こういうときは、ちょっと延王がうらやましいかな」六太の後ろ姿を見送り
ながら陽子はつぶやいた。「六太くんがわたしの麒麟だったらなあ」
「あんな小僧のどこがいいんだか」
 尚隆は笑った。開け放たれた堂室の入口にたどりついた六太がふたりを振り
返り、「何やってんだよー、早く来い! この昏君、他国の女王に手なんか出
すんじゃねぇぞ!」と叫んだ。
「まったく、あいつは主を敬うということを知らんのか」
 渋面を作った尚隆に、今度は陽子が笑った。そして慇懃に一礼した上で、自
分よりずっと上背のある男に片手を差し出す。
「お手をどうぞ、姫君。堂室までやつがれがお連れいたします」
 途端ににやにやした尚隆の手を引っ張って堂室に向かった陽子は、いまだに
無言で一人酒をあおっているだろう半身を苦笑とともに思い起こした。そうし
てこの機会に、自分も彼に酌をしてやろうと考えた。
 宴はまだまだ始まったばかりだ。

20装い2(前書き):2011/01/29(土) 17:28:48
登場人物は、六太、陽子、尚隆、金波宮の面々。
ほのぼの寄りのコメディで、年齢制限あり。
たぶん15禁……くらいかな。

陽子の希望で、六太が金波宮で女装する羽目に。
ついでにふたりで女子トーク。
玄英宮に戻ってからも女装を命じられるなど、
(この辺は「腐的酒場2」の原因に)六太にとってはさんざんな展開。

なお「六太の悩み」で六太が尚隆を変態かもしれないと思い始めたのも
この話の出来事が原因。

21装い2(1):2011/01/29(土) 17:30:14
 尚隆と陽子の間で、六太の「貸し出し」が決められたのは先日のこと。雁の
主従の親密な結びつきを、無愛想な麒麟を持つ陽子がうらやんだことが発端だ
が、六太が気安く話しやすい相手であることも大きい。半月でいいから貸して
くれ、との彼女の頼みを尚隆は快く受け入れた。
「そういうわけで慶に行ってこい」
 いつものふざけた調子でそう言い渡した主兼恋人に、「何で俺が」と六太は
ぶうたれたが、尚隆は真顔でこう続けた。
「ずいぶんと心配をかけたのだ、ちょっと行って、金波宮の連中に元気な姿を
見せてこい」
「……ああ、そうか」
 ある種単純な六太は、これでころりとだまされた。彼の慶国行と引き換えに、
多量の酒を尚隆個人に贈るなどの裏取引が陽子となされていたのだが、そのと
き酔いつぶれていた六太は知らない。
 かくして非公式ながらも景王からの正式の招待を受ける形で、数人の供を連
れた六太は慶国に向けて旅立ったのだった。

 もっとも一行は雲海上をまっすぐ堯天山に向かったため、途中、何度か両国
の凌雲山で休憩したものの、翌日には金波宮に到着した。これは陽子の、下界
から行くと往復の行程だけで何日も費やされてしまう、との懸念による。尚隆
との約束では「往復の旅程を含めて半月」の貸し出しなのだ、一日たりとも無
駄にできない。
 六太としても「陽子はそんなに俺に会いたいんだ」と思えば嬉しくないわけ
がない。おまけにその間は当然ながら政務もしなくていいし、金波宮では盛大
に歓迎するとも言っている。むろん恋人と離れるのは淋しかったが、隣国の親
しい人々と久しぶりに会うのは楽しみだった。
 金波宮の上空にたどりつき、あらかじめ指定されていた場所に向かって騎獣
を降下させる。そこでは官吏たちが準備万端整えて待ち構えており、彼らは一
行から騎獣の手綱を受け取って厩舎に連れて行った。もちろん陽子の姿もあり、
六太と陽子は互いに早足で歩み寄りながら挨拶した。
「ようこそいらっしゃいました。お元気そうで何よりです」

22装い2(補足):2011/01/29(土) 17:33:35
書き忘れた。
この話の尚隆と六太は既に恋人同士です。
まあ、HTML版の時系列順の目次を見ればわかるとは思いますが。

23装い2(2):2011/01/29(土) 17:35:33
「うん。陽子も元気そうだ」
 そんな言葉を交わしながら、六太は掌客殿ではなく正寝に案内された。王の
居室のほうが目が届きやすいし、何かと安心だからだと言う。六太は特に疑問
にも思わなかったが、あてがわれた殿閣の一室で待っていた女官らの背後に、
美しい装束が広げられていたのを見て、さすがに首をかしげた。
「おくつろぎの前に、こちらの御衣にお召しかえくださいませ」
「ああ、着替えか。わざわざ悪いな。さすがにこのままじゃあ、ほこりっぽい
もんな」
 笑顔で応じた六太だったが、女官のひとりがうやうやしく手にした衣を見て
固まった。それはどうみても女物の衣装だったからだ。
 何となく異様な雰囲気を感じて後ずさりした六太の両肩に、背後から手が置
かれる。振り返ると、陽子が意味深な笑みを浮かべていた。
「大丈夫、ちゃんとサイズは合ってるはずだから」
「……ええと?」
「生地も仕立ても最高のものを揃えたんだ。きっと似合うと思う」
 それが目的だったのか、とようやく六太は悟った。何年か前に金波宮で座興
のように女装したことがあり、陽子はそのときの六太の姿を非常に気に入った
ようだった。この機会に再現させるつもりなのだろう。
「はは、またみんなで装束を取り違えた宴会をやるとか?」
「いや、個人的に六太くんだけ着てもらえればいい」
「え? なんで?」
 あのときは陽子の近臣を含めた皆でやったお遊びである。同じような催しを
またやるならまだしも、六太ひとりが女装させられるとなれば冗談ではない。
 六太はあわてたが、陽子の笑みには不穏な雰囲気が漂っていた。何が何でも
やってやる、という不敵な顔だ。
「六太くんなら、きっと似合いますよ」
「……えー……」
「簪釵も軽いものをあつらえたから、二、三本なら大して重くないはずです。
あとは生花そっくりの軽い造花があるから、それをたくさん髪に飾れば、きっ
と綺麗ですよ」

24装い2(3):2011/02/07(月) 19:47:22
 六太は微笑んでいる陽子をまじまじと見つめた。
「遠慮するって選択は……」
「えー」
「ごめん」
 苦笑いをしながら拝むような仕草をした六太に、陽子はがっかりした顔で
「そんなぁ」と言った。

「まったく陽子ったら、他国の宰輔になんて軽はずみな。本当にすみません、
延台輔」
 長楽殿の隣にある殿閣の一室に落ち着いた六太を、祥瓊がご機嫌伺いがてら
訪ねてきて主君の非礼を謝った。六太は「気にすんな」と笑った。
「最初はびびったけどさ。まあ、簡単に引き下がってくれて良かった」
「もちろんわたしたちは止めたんです。いくら気が塞いでいるからって、延台
輔を気晴らしに利用するなんてとんでもないって。なのに陽子は」
「ん? 陽子は気が塞いでるのか?」
 麒麟は他人の心身の傷に敏感だ。六太が気遣わしげな顔になると、祥瓊はう
なずいて大きく溜息をついた。
「政務のこともですけど、いろいろ面倒なことがあって。結局は王としての通
常の執務の範囲を逸脱する問題ではありませんから詳しくは申しあげませんけ
ど、一日中書類とにらめっこしていると気が滅入るようで」
「そりゃあなぁ。俺だって書類の山にはいつもうんざりしてるし、無理もな
い」
「それで陽子はこんなとんでもないことを考えついたんです。延台輔がおいで
になるから、とびっきりの綺麗な衣装を用意して着てもらおうって。確かに陽
子は、以前の延台輔の女装をすごく気に入って、あとで何度も『可愛いかっ
た』と言っていました。機会があればもう一度見たいとも。だから今回も、延
台輔のおいでをとっても楽しみにしてたんです。でもだからと言って」
「……まあ――そうだな……」

25装い2(4):2011/05/12(木) 19:27:42
 女装させられずに済んだとの六太の安堵は、祥瓊のこの言葉で揺らぎはじめ
た。何しろ他人を傷つけることを厭い、どんな相手にも憐れみを覚えてしまう
のが麒麟である。陽子が気鬱であること、六太の訪問をとても楽しみにしてい
たことを聞かされれば、どうしたって気になる。
「そもそも王が気晴らしだの何のと甘えたことを言ってはいけないわ。いくら
延台輔に綺麗な装束を着てもらおうと楽しみに、いえ、うーんと楽しみに指折
り数えて待っていたとはいえ、女官と相談して似合いそうな歩揺や連珠を取り
揃え、延台輔がお好きなお菓子もたくさん用意して『六太くん、喜んでくれる
かな』と何日も前からあれこれ采配していたとはいえ――」
「……まあ、ちょっとくらいなら着てみてもいいけどな」
 かくして六太は、陽子と祥瓊の連携プレーで見事に陥れられたのだった。

「すごい。やっぱり六太くんは可愛い! それに綺麗!」
 祥瓊らの手によって女物の華やかな衣装を着せられた六太を前に、陽子は翠
の目を輝かせて喜んだ。六太もいちおう男だから「可愛い」という形容には思
うところがあるものの、相手がはしゃいでいるのは確か。着付けを手伝った女
官たちまで大喜びしているとあって、ここまで喜ばれるなら、まあいいか、と
大らかに考えた。
 それに衣装や服飾品はいろいろ考慮されていて、前回のときほど動きにくく
も頭が重くもない。六太が心底うんざりする羽目にならないよう配慮されてい
るのだ。
「でもまさか今日一日、この格好してなきゃいけないってわけじゃないよ
な?」
 おそるおそる尋ねると、陽子は「もちろん」とうなずいた。
「こうしてわたしとお茶をする間だけ着飾っててくれればいいんだ。六太くん
の可愛い姿を見たら、政務の疲れも吹き飛ぶ気がする。毎日の衣装はちゃんと
六曜に合わせた吉祥の図絵を織り込んだ縁起の良いものだし、着付けは祥瓊が
やってくれるから、六太くんは何もしなくてもいいんだ。もし帯なんかが苦し
ければ、言ってくれればすぐ直させるし」

26装い2(5):2011/12/27(火) 19:02:35
 既に毎日女装することに確定したらしい。六太は苦笑いしたが、この際、甘
んじて受けることにする。こうして正寝の奥まった場所にいる限り、女装した
とて最低限の人の目にしか触れないのだから。
 そもそも六太を正寝に滞在させるよう計らったのはこのためなのだろう。そ
れに鈴や祥瓊を筆頭に女官たちが口々に褒めてくれるので、「綺麗」「可愛
い」との具体的な褒め言葉への微妙な感情はさておき、他人に喜んでもらって
いるという構図自体は喜ばしいものだ。
 とはいえ彼の子供の外見は、男性の匂いがまったくないだけに、まとう衣装
によって印象が大幅に変わってしまう。強引に見せられた姿見の中にたたずむ
小柄な美少女の姿に、男としてのアイデンティティの揺らぎを感じ、内心で
少々腰が引けている六太ではあった。

 それでも慣れというものは恐ろしいもの。一日のうちに何度も男装と女装を
繰り返すのが面倒になった六太は、さほど動きにくくないよう配慮されていた
こともあって、早くも翌々日には女装のまま過ごすようになった。鏡を見たか
ぎりでは、出会った人々に「……ぷっ」と噴きだされるような不自然な格好で
はないことがわかったし、そうなると陽子と食事やお茶をするたびに、いちい
ち着替えて化粧をしなおしたり、髪を結ったりという身支度が大変だったのだ。
 陽子が政務をこなしている間は、裳裾を軽やかにひるがえして正寝の探検に
出かける。六太の慶国訪問を心待ちにしていたのは女官たちも同様だったよう
で、いつもあちこちでつかまっては「お菓子をどうぞ」「お茶はこちらに」
「ご休憩を」と引っ張りだこだった。やわらかい詰め物が置かれた豪華な椅子
にちょこんと座ってお菓子をはぐはぐと食べていると、「可愛い」「ほっぺを
つつきたい」「やわらかそうよね」とささやき声が広がる。腹がくちくなって
眠気を覚え、傍らの榻にころんと横になると、女官らは団扇でゆっくりあおい
で気持ちの良い風を送ってくれた。おまけに六太が退屈しはじめたと見るや、
庭院の奥にある泉に案内して水遊びまで付き合ってくれたりして、まさしく遊
興三昧だった。


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