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避難所SS投下スレ五

1銃は杖よりも強いと言い張る人:2008/11/26(水) 01:18:53 ID:LHhNtMKE
前のスレに収まりそうに無いので、ムシャクシャしてスレを立てた。
今は反省している。

というわけで、早速投下します。

186名無しさん:2009/02/20(金) 20:17:59 ID:Ullco62A
投下乙!
とうとう王女タバサが行動開始か。
しかし、箱入り娘のはずなのにニードロップとは……!

スランプは、まあ長く連載してれば当然さ!
直接力になれないから、俺はここで応援してるぜー!

187名無しさん:2009/02/21(土) 01:18:55 ID:FjNgOMAY
タバサと見せかけてシルフィードという叙述トリックを思いついたが
ぜんぜん意味がなかったぜ

188名無しさん:2009/03/04(水) 01:11:45 ID:Ml64s2yA
規制で本スレに書き込めないけど俺はここにいる。

189ゼロいぬっ!:2009/03/04(水) 01:24:34 ID:rY.Nkpvc
>>188
命を振り絞った君のメッセージ、確かに受け取ったぞ!

190名無しさん:2009/03/10(火) 23:53:31 ID:eXPWlEoA
規制に巻き込まれて本スレに書けないがわんこ投下乙ッ!
もうそろそろ物語も終わっていくのか…ちょっとサミしいが物語にはフィナーレが必要だ
祝福を今から用意しておこう

191ティータイムは幽霊屋敷で:2009/04/04(土) 19:08:57 ID:PQqYMEvE

昏倒している男とキュルケ、その両方をシャルロットは見下ろす。
一見、冷静に振る舞う彼女だが、その実、今にも心臓が破裂しそうだった。
何の考えもなく飛び出し、いきなり少女が襲われている現場に出くわしたのだ。
幾つもの魔法を習得しながら焦りと混乱がルーンを紡ぐのを邪魔する。
戦闘はおろかケンカさえ従姉妹と数回あるかないかの彼女にとって初の実戦。
一か八かで彼女は男の頭の上に落下するという荒業を敢行したのだ。
それは運良く成功し、無謀な首筋に膝を叩き込まれた男は意識を絶った。

「ありがとう。助かったわ。
ところでアナタ誰? うちの生徒じゃないわよね?」
「私は……」
キュルケの問いにシャルロットは喉を詰まらせた。
本名を告げれば事は大きくなるし、自分も狙われる可能性が出てくる。
それに、下手をすれば何も出来ないまま保護されてしまうかもしれない。
嘘をつくのは良くない事だとお母様から教えられている。
だけど、それでもやらなきゃいけない事があると私は知っている。

「花壇騎士のタバサです。イザベラ様の護衛を仰せつかっています」
心中で母と始祖に懺悔しながら彼女は偽名を告げた。
咄嗟に出てきたのは母から貰った大事な人形の名。
本当ならもっと凝った名前の方が良かったと思いながらも、
更に嘘を連ねて不自然さを覆い隠そうとする。

「ふぅん、その歳で花壇騎士ねえ……」
じとりと訝しげに向けられたキュルケの視線に思わず目を逸らす。
平常心を装ったつもりでも、たらりと頬を冷や汗が伝う。
若くとも実力があればカステルモール等のように騎士に成れる。
不審な所など何もないはずだと自分に言い聞かせるも、その行動は裏腹だった。
まるで蛇に睨まれたカエルの如く縮こまるシャルロット。

「まあいいわ。ありがとう、タバサ」
その緊張を解きほぐすような陽気な声を響かせてキュルケが礼を言う。
差し伸べられた彼女の手に戸惑いながらもシャルロットは笑顔を浮かべて応じた。
固く交わされる握手に、恥ずかしいのやら嬉しいのやら分からない笑みが零れる。
そのシャルロットの初々しい姿をニコニコと見つめながらキュルケは言った。

「で? 良家のお嬢様がこんな所で何やってるの?」

ぴしりと一瞬でシャルロットの表情は固まり石化したように動きを止めた。
その一言でシャルロットの頭の中は完全に真っ白になっていた。
なんとか反論しようとしても言葉も出せず、金魚みたいに口をぱくぱくと開くのみ。

192ティータイムは幽霊屋敷で:2009/04/04(土) 19:09:41 ID:PQqYMEvE

「な、何のことでしょう? 私は……」
「とぼけても無駄よ。マメ1つない綺麗な手で騎士が務まるわけないでしょ」
ようやく搾り出した声でとぼけるシャルロットをキュルケは一蹴する。
握手を求めたのは挨拶や礼だったが、それを確かめる為の口実でもあった。
当然ながらシャルロットは自分の杖よりも重い物を持った事がない。
身の回りの雑用は侍女がしてくれるし、魔法の勉強といっても訓練などした事がない。
そんな彼女の手にマメなど出来るはずもない。
そもそも彼女には纏う空気というか、騎士としての迫力が欠けていた。
此処に集まった衛士隊や花壇騎士団と比較しても、それは明らかだった。

「それに、倒れた相手を仕留めも捕らえもしないで放置するなんて。
もし起き上がって襲ってきたら、って普通は考えて行動するものよ」
「う……」

色々ダメ出しされて自信喪失しかけているシャルロットの前で、
キュルケは自信満々に人差し指を立てて左右に振る。
まるで妹を諭す世話焼きの姉といった印象を感じさせる。
正直な所、キュルケは女性に対して何の関心も持っていなかった。
大抵、向けられるものが嫉妬ばかりだったからだろうか。
そんな中、突然現れた危なっかしい少女に彼女は興味を惹かれていた。

「何のつもりか知らないけれど無茶は止めなさい。
貴女じゃ足手まといになるだけよ。“本物”の騎士に任せなさい」
「でも……」
「悪いけど聞けないわ。理由はあるんでしょうけどね。
ちょうどいいわ。あの人達に保護してもらいましょう」

騎士らしき人影を見つけてキュルケは大きく手を振った。
術者であるビダーシャルが離れた所為だろうか、
濃密だった霧は次第に薄らいで互いの姿を確認できるまでになっていた。
安堵を浮かばせるキュルケとは裏腹にシャルロットは焦りを滲ませる。

視界を奪ったのは任務を円滑に進める為だろう。
だとしたら、もうその必要がなくなったと考えるべきだ。
こちらに近付いてくる人影にシャルロットの心拍数は急速に高まる。
もし花壇騎士なら一目で素性がバレてすぐに連れ戻されてしまう。
ああ、どうしてたった一人も私は騙せないのか。
彼女はあんなにも、呼吸するかのように嘘をつけるというのに。
お目付け役や警護を物ともせず二人で何度も宮殿を抜け出した。
万分の一でも、彼女のあの才能が自分にあればと今強く思う。
どこにも逃げ場はない。諦めかけた瞬間の事だった。

―――比喩でもなんでもなく、世界がひしゃげた。

193ティータイムは幽霊屋敷で:2009/04/04(土) 19:10:54 ID:PQqYMEvE

一瞬の空白。その直後に轟く耳を劈く爆音。
遅れてやってきた衝撃が彼女達の髪と衣服を激しく掻き乱す。
しばらくして爆風が収まったのを肌で感じ、シャルロットは目を見開いた。
隣には髪を振り乱したキュルケの姿。
舞い上がった砂埃を吸ったのか、キュルケはけほけほと咳き込んでいた。
何の外傷もない事に胸を撫で下ろしながらシャルロットは杖を手に取った。
込み上げてくる罪悪感を押し殺し、ゆっくりとキュルケへと近付く。

「何なのよ今の…? せっかくセットしたのに台無しじゃない」
無事だっただけでも僥倖と思うべきなのだろうが彼女にそんな殊勝な心がけはない。
ここが戦場だろうが、女性にとって身嗜み以上に優先される事はない。
その所為で注意が逸れていた彼女の肩をポンポンと何者かが叩く。

「……あの」
「ん?」
「ごめんなさいっ!」

振り返った彼女の視界に飛び込んできたのは長尺の杖。
実戦にも耐えられる強度を持ったそれがキュルケの脳天を打ち抜く。
どさりと白目を剥いて倒れた彼女の姿に小さく悲鳴を洩らす。
ひょっとしてやりすぎただろうか、間違って神の御許に送ってしまったかも。
冷静に考えれば意識を奪うだけならスリーピング・クラウドって便利で使い勝手の良い魔法があった。
それさえも平常心を欠いた彼女には思い浮かばなかった。

突然の蛮行に驚いた騎士らしき人影が駆け寄る。
咄嗟に口笛を吹き鳴らし、上空に待機させている使い魔を呼び寄せる。
なんだかひたすらに事態を悪化させている気がするけれどもう止まれない。
彼女を助け出すまで足を止めちゃいけない、走り続けなきゃいけない。
……多分、残された時間はそんなにない。


「へ?」

その光景を前に平賀才人は目を丸くした。
助けを求めていた少女の一人が、もう一方を杖で殴り倒したのだ。
共にいたワルドも、長い軍人生活で初めての経験に呆気に取られていた。
しかし咄嗟に頭を切り替えて少女を捕まえようと踏み込む。
直後、彼女の頭上に舞い降りる一匹の風竜。
竜の羽ばたきで薄れていた霧のカーテンが舞い散らされる。
日の光に映し出された少女の素顔にワルドは驚愕した。
困惑する彼を尻目に、彼女を乗せた風竜は飛び立とうとしていた。
フライを詠唱しながら追いすがるも間に合わない。
そのワルドの背をガンダールヴの力で強化された才人が追い抜く。
常人ならば指先さえも届かぬ高さ、しかしそれを桁外れの跳躍が覆す。
伸ばした才人の手がシルフィードの尻尾をがしりと鷲掴みにする。

194ティータイムは幽霊屋敷で:2009/04/04(土) 19:11:51 ID:PQqYMEvE

「きゅい!?」
「捕まえたぞ! 大人しくお縄につきやがれ!」

状況を飲み込めないまま、才人は尻尾を伝いよじ登ろうとする。
逃げるぐらいだから、きっと連中の仲間か関係者だろう。
もしかしたらルイズの事を知っているかもしれない。
そう思い至った彼を止められる者はいない。
シルフィードは才人を振り落とそうとするも、敏感な部分を触られて力が出ない。
風竜の背に届くかどうかという所で才人はようやく少女と目を合わせた。

―――多分、それは一瞬の出来事だったのだろう。
だけど、ずっと見惚れていたような気がする。
陽光を浴びた青い髪が空の色と交わりながらたなびく。
触れたら壊れてしまいそうな未成熟で華奢な体つきと白磁のような肌。
何の濁りもない青玉に似た瞳が自分の姿を映しこむ。
彼女は実際に目にしたお姫さまよりもお姫さまらしかった。

直後、不意に二人の間を突風が吹き抜けた。
シャルロットは髪を抑え、才人は飛ばされぬように尻尾にしがみ付く。
顔に受ける風を堪えながら彼女へと顔を向ける。
視線の先で薄手の布が膨らむように舞い上がった。
その下に映るのは細くとも健康的な脚線美と鮮やかな純白。
あ、と小さく呻いてシャルロットは慌てて両手でスカートの端を抑えつける。
年頃の少年に見られたという事実が彼女の頬を熟れたトマトのように染める。
いつも着替えを侍女に手伝ってもらう彼女にとって、
見られるのが恥ずかしいと思ったのは、これが初めての体験だった。
どきどきと高鳴る心音を隠しながら、じとりと才人をねめつける。

「いや、ごめん! 違うんだ、見るつもりはなくて……」

咄嗟に両手をわたわたとせわしなく動かして弁解する。
さらに今頃やっても遅いが顔を両手で覆い目隠ししたりと、
何とか己の無実を必死にアピールしようとする。
その瞬間、平賀才人の身体は空へと放り出されていた。
言うまでもなく一介の高校生は空など飛べない。
彼はシルフィードの尻尾という命綱を自ら手放してしまったのだ。
一瞬にして平賀才人はシャルロットの視界から消滅した。
あああああぁぁぁぁ……、と遠ざかる絶叫を耳にしながら地上を覗き込む。

「まったくひどい目にあったのね」
ぷんぷんと怒りを露にしながらシルフィードは主の顔を覗き込む。
まだ頬の赤みは消えておらず、どことなく上気しているように見受けられた。
実に少女らしい、初々しい彼女の姿にシルフィードは興奮を覚えながらも安否を訊ねる。

「おねえさま、無事?」
「……はずかしい。もうお嫁にいけない」
「きゅいきゅい! そんなの気にする必要ないのね!
シルフィなんか直接いやらしい手つきで尻尾つかまれたのね!
ほんと失礼しちゃう! 今度会ったら踏みつけてやるのね!」

195ティータイムは幽霊屋敷で:2009/04/04(土) 19:12:31 ID:PQqYMEvE

「役立たずが……!」

風竜から振り落とされる才人を見上げながらワルドは毒づいた。
助ける必要などない。あの身体能力があれば死ぬ事はないだろう。
そもそも平民を助ける義務など彼には無い。

彼女同様、口笛を鳴らして待機させていたグリフォンを呼び寄せる。
いくら機動力に富むとはいえ、風竜とグリフォンでは速度が違いすぎる。
逃げに徹されてしまえばワルドといえど追いつく事は出来ない。
もし才人が説得に成功していれば、こんな無茶などしなくても済んだ。
それが腹立たしくもあり、油断していたとはいえ平民に先を越された自分自身への苛立ちもあった。

ワルドが風竜がいるであろう上空を見やる。
アンリエッタ姫殿下とルイズの確保は何よりも優先されるはずだった。
しかし、目の前で起きた事態が彼に異常を告げていた。

「何故だ…、どうして彼女がここにいる? 連中は一体何をしている…?」

この場において全容を掴む者は誰一人としていない。
様々な思惑が折り重なり紡がれて生まれたのは混沌。
されど彼等は未来を求めて彷徨う。
否。彼等にはそれしか許されていないのだ。

196ティータイムは幽霊屋敷で:2009/04/04(土) 19:14:19 ID:PQqYMEvE
投下終了。
もう、最新刊が出る度に追い詰められてる気がする。

197名無しさん:2009/04/04(土) 20:58:26 ID:A/.nLg5M
シャルロット様に萌え殺されるかと思った!
次回を首を長くして待ちます。お疲れ様でした。

198名無しさん:2009/04/05(日) 17:20:41 ID:8DaEpUAk
>……はずかしい。もうお嫁にいけない
つまり才人に責任を取ってくれということですね、わかります

199名無しさん:2009/04/07(火) 08:21:45 ID:cvwMMFV.
>>196
逆に考えるんだ
「タバサ化する前の素のシャルロットだった頃の性格や口調が分かってラッキー!」

確かにシャルル王位にパターンの作品の場合、シャルロットが無口少女のまんまなのはおかしいからなあ

200ティータイムは幽霊屋敷で:2009/04/22(水) 23:40:32 ID:bXlp68Cs

鼓膜を激しく震わせる轟音と身を引き裂かんばかりの衝撃波。
それを地に伏せて必死にやり過ごしたコルベールはゆっくりと顔を上げた。
砂塵が視界を覆う中、はっきりと塔のシルエットが浮かび上がる。
彼の口から安堵の息が漏れる。少年の判断は正しかった。
もし、炎の壁を強行突破していれば何人かは重傷を負っていたかもしれない。
それに、パニックになった彼等を火と衝撃に巻き込まれぬように誘導できたかどうか。

土を払って起き上がろうとした最中、耳障りな雑音が響いた。
近い物を挙げるとすれば何かを引っ掻くような音に似ている。
それは次第に大きさを増し、悲鳴のような異音へと変貌していく。
不安を掻き立てる騒音を耳にして、コルベールはじりじりと後退る。
特殊部隊で鍛え上げられた勘が危険を告げる、“全力でその場から離れろ”と。
その一方で、理性が彼に強く命令する、“生徒達を助けろ”と。
両者に挟まれて動きを止めたコルベールの前で、悲鳴は断末魔へと変わった。

彼の目に映るシルエットが傾いていく。
亀裂が走った塔の外壁が砕け、周囲に破片を撒き散らす。
始めはゆっくりと、やがて加速をつけながら地面へと吸い込まれる。
巨大な棍棒を叩きつけられたかのように地震の如く足元が大きく弾む。
それに耐え切れなかったのか、それとも目の前の光景が信じられなかったのか。
コルベールは倒れ込み、ぺたりと地面にその腰を落とした。
舞い散る粉塵が完全に視界を奪っても、彼はそれに何も感じなかった。
晴れ渡った直後、全てが見間違いで塔は健在のまま。
そして避難していた彼等が談笑しながら出てくるなどと、
そんな現実逃避を思い浮かべたりは出来なかった。
現実を受け入れる事も、夢想に逃げる事も出来ず。
―――ただ、とても大切な何かが終わったのだと。それだけを確信した。

耳の中で反響する崩落の残滓が彼の無力を嘲笑う。
それに入り混じって聞こえる、自分を呼ぶ声。
ミスタ・ギトーに彼の教え子達、塔の中で敢え無い最期を遂げた者達のものだった。
(……また、増えましたね)
『ダングルテールの虐殺』からずっと、彼の耳には住民達の声がこびりついていた。
悲鳴、祈り、怨嗟、助けを求める声、同様に炎の中に消えた命の叫び。
恐らくは向こうから自分を呼んでいるのだろう。
それでも生きているからにはやれることがあると信じ続けてきた。
戦争にしか使えないといわれた忌まわしい火の魔法を、
多くの人達の幸せに活用できないかと研究を重ねた。
しかし、私は何も成せなかった。
己で戒めたにも関わらず炎の魔法を用い、
目の前にいる生徒達さえ救えなかった私に価値などない。
復讐を果たす気力さえもない。
もう悪足掻きは終わりにしよう。
あの日からずっと続いていた悪夢はこれで終わる。
否。最初からこうするべきだったのだ。

201ティータイムは幽霊屋敷で:2009/04/22(水) 23:41:21 ID:bXlp68Cs

己の杖を掲げてコルベールは詠唱をはじめた。
火力は最小限に、一秒でも長く炎に巻かれる苦痛を引き伸ばす為に。
杖を振り下ろす直前、彼の手が砂塵の中から伸びてきた手に掴まれた。

「待て! 私だ、ミスタ・コルベール!」

声を張り上げながら現れたのはギトーだった。
コルベールに敵と誤認されたと勘違いし慌てた彼は必死に魔法を止めさせた。
その背後には、中に閉じ込められた生徒たちの姿も窺える。
安堵よりも先に口を突いたのは疑問の声だった。

「何故、一体どうやってあそこから……」
「それが、私にも分からんのだが気付いたら別の場所にいたのだ」
「は?」
「どこか貴族の屋敷だと思うのだが、しばらく呆然としていたらここに戻されていた。
……言っておくが私の頭は正常だぞ。今朝食べたパンの枚数も思い出せる」

全てが不可解で謎に包まれた出来事にギトーは首を傾げた。
しかし、その疑問を解消できる鍵を持っているコルベールだけが理解した。

あの時、確かにエンポリオ君は『建物の中に避難する』と言っていた。
だが、それは塔の事ではなく彼のスタンドが作り出す『幽霊屋敷』!
だからこそ内部に閉じ込められた彼等も生還できたのだ。
それを悟った瞬間、コルベールは彼の姿をどこにもない事に気付いた。

「ミスタ・ギトー! エンポリオ君……ミス・イザベラの使い魔はどこに!?」
「あ、ああ。あの子供なら戻ってきた早々、どこかへ行ってしまったよ」

返答を聞いて即座にコルベールは駆け出そうとした。
しかし前に出した足は止まり、やがて踵を返した。
コルベールは彼の後を追う訳にはいかなかった。
目の前には未だ窮地を脱したとはいえない生徒たちがいる。
これを放り出すのは、先程自分が体験したように見殺しにするのに等しい。
ひとりの友人と多くの生徒、それを秤にかける事は出来ない。

だから信じようと思った。
あの少年が持つスタンドではない、人としての力が、
この絶望的な状況を切り開くだけの強さを秘めていると。

202ティータイムは幽霊屋敷で:2009/04/22(水) 23:43:04 ID:bXlp68Cs

「………そんな」

まるで足場を失ったかのようにエンポリオの足が崩れ落ちる。
塔が崩落するのを目にして駆けつけたギーシュから、
イザベラの状況を聞かされて彼は一目散に現場へと向かった。
騎士が2人も護衛についているのなら襲撃も凌げるはず。
間に合えさえすればスタンドを使って隠れてしまえばいい。
彼女の無事を信じ、それだけを考えて駆けつけた。
だが、そこで目にしたのは悪態をつく彼女の姿ではなかった。

地面に横たわる、海の如き深い色彩のドレスを纏った少女。
しかし、その首から上は完全に失われていた。

「そんな……何かの間違いだ」

地面についた手が何かを掴む。
それは長く透き通った青い髪の束。
首を落とす時に切れてしまったのだろう。
それが誰の持ち物であるかをエンポリオは良く知っている。
彼女の一部をぎゅっと握り締めてエンポリオは黙祷を捧げる。

彼女の隣には、跪いたまま息絶えた騎士。
少し離れた所には燃やされて原形を留めていない屍がある。
恐らくは彼等がギーシュに聞いた護衛の騎士だろう。

「……また、助けられなかった」

ぽつりとエンポリオは呟いた。
目の前で死んでいった仲間たちの姿が脳裏に蘇る。
直後、彼は涙を袖で拭った。
戦いに倒れていった仲間たち。
彼等を思い出して立ち上がった。
そう。彼等は最期まで自分の意志を貫いた。
だから今は立ち止まってはいけない。
―――泣いていいのは、全てに決着を付けてからだ!


「静まれぃ! 双方、杖を引くのだ!」
ド・ゼッサールの制止の声も無数の怒号に掻き消される。
正門前は殺到した関係者と衛士隊のひしめき合う地獄と化していた。
いや、ただの混乱ならばまだいい。
だが両者は杖を抜いて戦闘を始めてしまっていた。

発端となったのは本塔の爆発と崩壊。
飛び散った破片が正門前へと殺到していた貴族達に降り注ぎ、
それが見えない刺客に追われていた彼等を恐慌状態へと導いた。
津波の如く押し寄せる彼等を抑えつけていたのも束の間。
その一角を支えていた衛士の肩をエアカッターが切り裂いたのだ。
訪れる一瞬の静寂。誰がやったかなどは分からない。
だが貴族達はようやく見えた綻びに目の色を変え、
衛士達はいつ襲ってくるとも知れない恐怖に、互いに杖を抜いた。

203ティータイムは幽霊屋敷で:2009/04/22(水) 23:43:49 ID:bXlp68Cs

実力では圧倒的に勝る衛士達も数の前ではその真価を発揮できない。
ましてや相手は有力な貴族のお偉方。下手に命を奪えばどうなる事か。
それを恐れて防戦にならざるを得ない彼等に向けられる魔法の数々。
周囲に気を配る余裕さえ失われ、次々と正門から脱出を見逃してしまう。
かといってそれらを追おうとすればパニックを起こしている者達を止められない。
歯痒い心境でド・ゼッサールは事態の収拾に徹する。
彼の背後を、騎士と思しき一団が悠々と通り抜けていく。
その先頭に立つのは肩に大きな袋を抱えた中年の騎士だった。


一方で、状況確認と犯人逮捕に当たっていた衛士達は凄惨な現場に顔を顰めていた。
生徒や教師、見学者、それらの見境なく文字通り無差別に襲撃者は殺戮を繰り広げ、
犠牲者の多くは焼き払われ原型を留めておらず、遺体よりも炭と形容するのが正しかった。
また新たに発見された屍を前にして衛士の一人が毒づいた。

「始祖と神に対する冒涜だぞ、これは」
「落ち着け。冷静を欠けば敵の思う壺だ」
三人一組の小隊を指揮するリーダーが彼を戒めるように諭す。
何故、死体に火を放っているのかは不明だが、
こちらの対する挑発・示威行為である可能性が高い。
王家が一堂に会するこの日を選んだのも、
伝統と格式のある魔法学院を破壊したのもその為だろう。

「一体どこの阿呆がこんな大それた真似をしたんでしょうか?」
「どこかの国の手の者とは考えづらいな。
アルビオンの兵士もガリアの花壇騎士の死体も、かなり見つかっているからな。
まさか偽装工作の為だけに兵を死なせたりはすまい。
しかし、これだけの規模となると高級貴族といえども……」

犯人については皆目見当が付かないのが実情だった。
生存者から得られた情報は連中が布で全身を覆っているという事実のみ。
撃退した者から話を聞いても素性が明らかになる前に自害したと言う。
つまり、今この瞬間にも連中は素知らぬ顔で避難しているかもしれないのだ。

「だとするとゲルマニアの成金連中ですかね?」
「それなら姫殿下が嫁いでからやるだろうな。
そうでなければトリステインを合法的に手に入れられんからな」

完全に捜査が行き詰った事をリーダーは感じていた。
周囲を覆う霧が真実さえも隠してしまったかのように思えてくる。
敵が見えないのがこんなにも気色が悪い事だとは考えもしなかった。
これならば万の敵と杖を交えていた方がよっぽど気楽だ。
苛立ち混じりにリーダーは部隊の撤収を告げた。

204ティータイムは幽霊屋敷で:2009/04/22(水) 23:44:28 ID:bXlp68Cs

「これは……違うッ!」

エンポリオは唐突に叫び声を上げた。
彼女の形見にイザベラの家族に渡そうと身に着けている物を探していた時だった。
イザベラが指に嵌めていたはずの指輪が無くなっていた。
それだけなら盗られたという可能性も否定できない。
しかし、それなら値打ちのある彼女のドレスも剥いでいくだろう。
いや、これは強盗や追剥なんかじゃない。
首を持っていった時点でこれは間違いなく暗殺だ。
指輪なんて証拠に残るような物を持っていこうとするだろうか。

その『不自然さ』が糸口だった。

次に目についたのが血痕。
確かに辺りに飛び散っているが、明らかに『少ない』。
生きたまま、あるいは死んですぐに首を刎ねたなら辺り一面が血に染まっているはず。
なのに切断面とドレス、その近辺にしか血の跡はない。
これでは『死んでしばらく経ってから首を切り落とされた』かのようだ。
血の広がり方から見ても、隣で息絶えた騎士のおじさんよりも先に死んでいる。
仮説が証明するように繋がっていく事実。
そこから導き出された結論にエンポリオは声を上げた。

「この死体はお姉ちゃんのじゃないッ!」

首を持っていったのはそうせざるを得なかったんだ!
指輪は持っていったんじゃない、指に合わなかったから嵌められなかった!
体型は合わせられたとしても、指の太さまでは分からないからだ!
『死んだように見せかける必要があった』―――それはつまり!

「お姉ちゃんはまだ生きているッ!!
そして、生きているなら必ず助け出せるッ!」

205ティータイムは幽霊屋敷で:2009/04/22(水) 23:49:16 ID:bXlp68Cs
投下終了。次回は久しぶりにヒロイン(むしろヒーロー?)の登場です。

206名無しさん:2009/04/23(木) 16:31:24 ID:X6veH2nQ
投下乙です
今のエンポリオならバーローに勝てる
しかしイザベラよりルイズ達の方が気になる俺w
(この話のイザベラってしぶとさなら才人より上っぽい気がするんで)

207名無しさん:2009/04/25(土) 19:01:13 ID:GFet7cnM
遅ればせながら、投下乙。
襲撃事件が収束に向かう中、嵌められた側の人間がどう動くのか……。
そして影の薄い主人公達の出番はどうなるのか!?
次回を楽しみに待ってるぜ!

208名無しさん:2009/04/26(日) 19:16:03 ID:3Ufacu5I
おわっ!
気づかないうちに2話も投稿されてるなんて…
遅ればせながらティータイムの人、乙です!

うーむ、タバサが可愛すぎてニヤニヤが止まりませんw
原作と違い心を凍てつかせてないタバサですけど、姫という立場にいるために本来の活発さが鳴りを潜めそのために内向的と周りから採られてる感じかな?
気が動転して魔法を唱えるのを忘れたりとか、すぐばれる下手な嘘をついたりとか本当普通の女の子といった感じです
それにしてもサイト、タバサのパンツを見たうえに一目惚れ(?)みたいなことをしたりとなんというラッキースケベ!w
こりゃサイトには責任をとってもらうしかありませんね!w

209ティータイムは幽霊屋敷で:2009/05/05(火) 18:56:01 ID:fmplYYTA

学院を出て街道よりやや離れた場所にある森。
騒動が治まる気配を感じさせない学院と打って変わり、
そこは梢が風に揺れる音さえ聞き取れるほど静寂に満ちていた。
その中でマチルダ・オブ・サウスゴータは切り株に腰を下ろして深い溜息をついた。
生き延びた仲間はここに集合する手筈だった。
そして、本国と内通者からの手引きを受けて撤退する。
だが、森に集結したのは彼女の予想を遥かに下回る数だった。
遅れている者がいたとしても半数に届くかどうか。

「あれだけいて……たった、これだけか」
「いえ、“こんなにも”ですよ。
あの花壇騎士団を相手にしたのですから大健闘といえるでしょう。
最悪、一人だけでも生還できれば我々の勝ちなのですから」
何の感情も挟まず、彼等を率いる中年の騎士は答えた。
出立前には何度も言葉を交わし、楽しげに酒を酌み交わしていた部下達。
それを失ったにもかかわらず、彼は数字の計算でもするかのように語った。
(……いや、それだけじゃない)
マチルダ・オブ・サウスゴータは大きく頭を振った。
失われたのはアルビオンの兵ばかりではない。
この計画により多くの無関係な命が失われた。
誰が犯人かを特定させないように、誰が生き延びたのかを判らないようにする為に。
トリステインやガリアの兵士に貴族、教師……そしてまだ歳若い学生達を手にかけた。
身代わりを作る為とはいえ、命を奪うばかりか首を切り落とした。
その凄惨な光景にマチルダはただ見ている事しか出来なかった。
手にはまだ騎士を殺した感触が残っている。

マチルダ・オブ・サウスゴータは思慮に暮れる。
後悔していると言い換えてもいい。
果たして、この計画にはそれだけの価値があったのだろうか。
他の方法で解決する事は出来なかったのか。
そして。

「おい、聞いてるのか、そこの年増! 嫁き遅れ! 中古品!」

―――この口喧しい少女に、それだけの価値はあるのだろうかと。


「よくも大切な髪を切ってくれたな! 丸坊主にしてやるから憶えときな!」

びたんびたんと陸に打ち上げられた魚のように跳ね回る人質。
両手と両足を縛られてもなおも激しく暴れまわる。
それを目にしながらマチルダは再び深い溜息を零した。
その無駄な元気に、呆れるのを通り越して逆に感心さえ覚える。

「アンタ、自分の立場が分かってるのかい?」
「分かってるから言ってるんだよ、このマヌケ」

脅すように冷たく言い聞かせるマチルダに、イザベラは言い放つ。
多大なリスクを負うと分かっていながら生かして連れ出してきたのだ。
なら、むざむざこんな所で殺すなどという事はない。
それを分かっているからイザベラはいつもと変わらぬふんぞり返った態度を取る。
今は手も足も出せないので口だけで反撃し続けるイザベラ。
それに激昂しながらも同じく手を出せないマチルダ。
周りの人間は係わり合いになるまいと距離を置いていた。

210ティータイムは幽霊屋敷で:2009/05/05(火) 18:57:19 ID:fmplYYTA

「大方、インテリ気取って勉強に励んでたら周りに男っ気がなかったんだろ?」
「うるさいね! 言っとくけど助けなんて期待しても無駄だよ」
「ふん! アンタらみたいなのに花壇騎士がそうそうやられるかっての!」

そう言い放ったイザベラの言葉にマチルダの表情は蒼褪めた。
花壇騎士の名に恐怖を覚えたのだと思い、勝ち誇ったように彼女は笑みを浮かべる。
だが、それは大きな誤りであった。
マチルダに込み上げた恐怖は自分が犯した罪によるもの。
彼女の手には自分の物ではない血が染み付いている。
震えを噛み殺して彼女はイザベラに告げた。

「……死んだよ」
「あん?」
「アンタのご自慢の花壇騎士団長は死んだんだよ!
いや、アタシが殺してやったのさ、この手でね!
ざまあないね! 呆気ないぐらい簡単にくたばったよ!」
突然いきり立つようにマチルダは叫んだ。
もう後戻りなど出来ない。なら悪人らしく振る舞おう。
罪を内に秘めるより恨まれた方がよっぽどマシだ。
口汚く罵られ、怨嗟を浴びせられるのが今の私には相応しい。
その想いで彼女はイザベラに真実を知らせた。

息せき切らすマチルダの姿を呆然と眺める。
その鬼気迫る表情に偽りは感じられなかった。
“カステルモールは死んだのか”ただそれだけが事実として圧し掛かる。
あまりにも突然だったからか、少しの悲しみも感じなかった。
俯いて頭を垂らす彼女にマチルダは心苦しいものを感じていた。
直後。

「ふざけんな!あれは私の玩具だ!私の許可なく勝手に殺しやがって!」

まるで火が付いたように激しくイザベラは吠え立てた。
悲しみよりも憎しみを滾らせて感情の赴くままに叫び続ける。
急な変化にマチルダも驚きを隠せず唖然とするばかり。
困惑する彼女の背後に黒い影が差し込む。
その瞬間、マチルダを詰っていたイザベラの背筋が凍る。
見上げた視線を横に向けると、そこには自分の腹を殴りつけた男の姿があった。
ふてぶてしく笑う男をイザベラは忌々しそうに睨む。
しかし、男は表情を崩さず楽しげに彼女に問いかけた。

「ようやくお目覚めかい、お姫様」
「ああ、最悪の寝起きさ、アンタみたいに不味い顔が目の前にあったんじゃあね。
飼い主の手に噛み付いた狂犬が今度はアルビオンに尻尾振るなんざ、
アルビオンにはよっぽど腕のいい調教師がいるんだな、ええセレスタン?」

ぴくり、とセレスタンの眉が一瞬上がる。
それは挑発にではなく自分の名を呼ばれた事への驚きだった。
やがて薄ら笑いが口元を釣り上げるような獰猛な笑みへと変貌する。

211ティータイムは幽霊屋敷で:2009/05/05(火) 19:00:30 ID:fmplYYTA

「まさか憶えていたとはな。俺が北花壇にいたのは国王が変わる前の話だぜ」
「おかげで思い出すのに時間がかかったけどね。あの時もアンタは今と同じ様に笑ってたね」
「俺も憶えているぜ、王妃の膝の上でこっちを睨んでたガキの面を。そう今みたいにな」

セレスタンはイザベラの隣にしゃがみ込むと、
無骨な手で切られて短くなった髪を無造作に掴み上げる。
イザベラが苦痛に顔を歪めるのにも構わず、上半身を引き起こして目線を合わせる。
目の端に涙を浮かべながらも声を上げないイザベラの顔を覗き込みながら、
セレスタンはとても愉しげに訊ねた。

「で? 今の気分はどうだ、お姫様よ。
情けをかけた相手に後ろ足で砂引っかけられた上に、命を握られるってのは」
「……舐めるんじゃないよ。手も足も出せないのはお互い様だろうが」
「そうかい」

セレスタンが髪から手を離す。
そして、身動きの取れないイザベラの顔が地面へと叩きつけられた。
キッと顔を起こして睨みつける彼女に、セレスタンは表情に愉悦を浮かべながら言った。

「“命を奪われる心配はない”ってのは別に無事でいられる保証にはならねえんだぜ?」

その言葉の意味を理解したイザベラの顔色が蒼白に変わる。
傭兵というのは平時には盗賊や山賊と何ら変わりない。
戦闘が終結して一時的に仕事のなくなった彼等は混乱の収まらぬ町々で略奪を繰り返す。
食料を奪い、金品を強奪し、女は犯して奴隷として売り飛ばす。
良識などという言葉は期待するだけ無意味だ。
彼等にとっては他人とは糧にしか過ぎない。
そして自分が置かれている状況を俯瞰し、イザベラは言い放った。

「やりたきゃやりな。喉笛食いちぎられても良いんなら」

彼女の返答にセレスタンは口元を歪ませて笑った。
沸きあがる感情を堪えきれずに笑った。
そうでなくては張り合いがないと言わんばかりに。
嬉しそうに、楽しそうに、まるで獣が牙を剥くように笑った。
イザベラの目に映る、狂気じみたセレスタンの笑み。
いや、恐らくは本当に狂ってしまったのだろう。
騎士の身分を追われたセレスタンに声をかける国などない。
貴族としての立場も失い、傭兵にまで成り下がり今日まで生きてきたのだ。
泥水を啜り、死肉を喰らい、敵味方の屍を乗り越えてきたはずだ。
そこまで追い込んだガリア王国への恨みはどれほどだろうか。

212ティータイムは幽霊屋敷で:2009/05/05(火) 19:02:44 ID:fmplYYTA

「俺にやらせろ!畜生!さっきから痛みが引きやがらねえ!」
喚き散らすかのような声にイザベラが視線を向ける。
目が血走ったセレスタンの仲間の傭兵と思しき男。
顔から脂汗が流れ落ち、はあはあと苦しげに息を洩らす。
手に巻いた包帯は滲んだ血で赤く染まっていた。
「手を突き刺しやがって……こんなんじゃ割りにあわねえ!
クソ!そいつに穴空けてやらなきゃ収まりがつかねえぞ!」
荒々しい呼吸を更に乱しながら、男はイザベラへと近付く。
そして自分のベルトに手を掛けると、たどたどしい手つきで外し始めた。
舌なめずりしながらイザベラを舐め回すかのように視線を巡らせる。
服の上からでも分かる肉付きのいい肢体。
誰にも身体を許した事のないガリアの姫の純潔。
それを薄汚い傭兵の自分が思う様に蹂躙すると考えるだけで、
男の興奮を際限なく高まっていった。
直後、卵が割れるような気味の悪い音が響いた。
「うごぉああぁ…」
男の口から溢れる白い泡。
見れば、セレスタンの靴の爪先が彼の股間に突き刺さっていた。
よろめきながら前のめりに倒れた男が丸くなって痙攣する。
しかし、何ら同情を示すことなくセレスタンは男の頭を踏みつける。
「人の話に割って入るなよ、興醒めだぜ」
そのまま踏み砕きそうな勢いを見せるセレスタンに周囲の傭兵達が止めに入った。
仲裁する間、彼等の手の一方は常に杖にかかっていた。
そうでなければセレスタンに殺されるかもしれない、
そんな恐怖が彼等の間にはあるのだろう。

「何の騒ぎですか? できれば迎えが来るまで静かにして頂きたいのですが」
「すまない。よくある隊内での揉め事だ」
アルビオン騎士の問いに年長の傭兵が面目なさそうに答える。
もしメンヌヴィルがここにいれば規律を乱す真似など恐ろしく出来なかっただろう。
いや、逆だ。何よりも隊長自身がそうであったか。
ともかく隊を預かった以上、失態は犯せない。
逸る気持ちを抑えながら傭兵は騎士に尋ねる。
「それで、いつになったら迎えは来るんだ?」
「どうやら手間取っているようですが、もう間もなくでしょう。
それとも、なにか焦るような理由でもお有りですか?」
心の奥を見透かしたような問い返しに傭兵は言葉に詰まった。
愚鈍な雇い主も厄介だが、鋭すぎる相手も手に余る。
だが隠し通す理由もないと観念したように傭兵は理由を話した。
自分達が追っている“炎蛇”と呼ばれたメイジの事。
そして、その人物が魔法学院に教師として潜伏していた事。
要点だけを抑えて語られるそれに耳を傾けて騎士は頷いた。

213ティータイムは幽霊屋敷で:2009/05/05(火) 19:03:43 ID:fmplYYTA

一見、聞き流すかのような態度を取りながらも内心では冷汗をかいていた。
特殊な任務を主とする彼の耳にも“炎蛇”と“実験部隊”の名は届いている。
魔法を使った殲滅戦の研究中に脱走したとの噂だったが、
もしも、それがトリステイン王国の流した虚偽の情報だったなら。
行方不明という事にしておいて手の内に切り札を隠し持っていたなら。
この計画が露見していたかもしれない、そんな恐怖が込み上げる。
「………しまった。俺とした事が」
騎士に話している内に傭兵は“ある事実”に気付いてしまった。
それは塔に火を放つ直前、符丁と交戦があったという事実。
符丁を出すのは敵が自分達と同じ格好をしていた時だ。
あんな短期間で同じ服を準備出来たとは思えない。
つまり、殺して奪ったものでなければ最低でも一人、
トリステイン王国に捕まっている可能性がある。
どんなに自白を逃れようとしても魔法で調べられればおしまいだ。
その事実を打ち明ける傭兵に、騎士は平然と答えた。
「そちらは心配ありませんよ」
「……それはどういう事だ?」
「手は打ってあるという事です。
では、私はお姫様と少しお話してきますので、
くれぐれも先程のような騒ぎを起こさないようにお願いします」
「ああ、気をつける」
遠ざかっていく騎士の背中とセレスタンを交互に見ながら彼は答えた。


無理な体勢で叫び続けて疲れたのか、
イザベラは身体をぐったりとさせて横たわる。
どうせ着せられている服は庶民のものだから汚れても構わない。
陽が差し込まないだけあって地面はほどよく冷たく、
頭と体に篭った熱を冷ましてくれる。
ごろりと寝返りを打ちながら周囲の状況を見渡す。
この状況においても彼女は自分が生き残る方法を模索していた。
それも妄想でも賭けでもなく、確実に脱出する方法を。

ふと自分を見下ろす視線に気付いて身体を起こす。
そこにあったのは自分を盾に取った騎士の顔。
忌々しげに睨む彼女に、騎士は平然とした態度で接する。

「彼は勇敢で忠実な真に素晴らしい騎士でした。貴女はそれを誇りに思うべきでしょう」
「それを騙まし討ちしたアンタが言える立場か? ええ、どうなんだい?」
「……尊い犠牲です。彼の死は決して無駄にはしません」

その返答にイザベラの眉は釣り上がった。
キッと目を見開いて埃塗れになるのも構わずに暴れ回る。
猛り狂う彼女は怒鳴るように彼を問い詰めた。

「なにが尊い犠牲だッ!? こんな事やらかしやがって!
何の目的があってこんなくだらない計画を立てた!」

罵倒する彼女の責めを一身に受けて騎士は眼鏡を外した。
そしてグラスの曇りを拭き取りながら彼は答える。
とても当たり前のように、悠然と、何の臆面もなく。

「そうですね。強いて言えば、子供達が無邪気に路上で戯れ、
母親が暖かな日差しの下で洗濯物を干し、仕事を終えて帰ってくる父親を家族が出迎える、
そんな当たり前の平和で穏やかな日常でしょうか」

まるで、さも当然といわんばかりに。

214ティータイムは幽霊屋敷で:2009/05/05(火) 19:10:42 ID:fmplYYTA
以上、投下終了。
ジーザス! 規制されて反論も書き込めない!
なのでここで反論する!先住魔法なんだからそう簡単に霧は払えません!
もうストーリーをキングクリムゾンしたくなってくる……。

215味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 1/18:2009/05/06(水) 19:03:04 ID:ZKrVEgfM
 夜半、ロマリアの大聖堂では大きな異変が静かに起こっていた。
 聖エイジス三十二世の体がぐらりと揺れる。その体にできた傷の痛みというよりも、彼の身に起こった事実に対する衝撃が大きい。そもそも教皇自身に傷など無かった。
 教皇の着る法衣の胸に、正面から男の腕が触れられているだけである。だが、それでも教皇の心臓はまさにいまその働きを止めようとしていた。
「あなたがまさか、この私を裏切るなんてね……」
「裏切るだと? 私は、最初から本心でお前につかえたつもりはない」
 教皇の瞳孔が弛緩したまま、ピクリとも動かなくなっていった。
 彼を殺した張本人、かつて自身をジュリオ・チェザーレと名乗った男はいう。
「この波紋、もはや人に大して使うまいと思っていたが……私が絶頂時の力を維持できるのであれば話は別だ」
「なぜそこまで……」
「お前の知ったことではない」
 教皇の瞳孔から光が完全に失われる。

 前もって、あの男と約束した場所に集ったジュリオは、自分の握り拳を確かめるように、握り締めた。
「思ったより生の充実を感じないな……」
 彼の胸に去来した心境はいったい何か。それは誰にもわからない。
 ようやく彼が現れた。
「うまくやってくれたようですね。これが報酬の『セト神のDISC』です。これがあれば、あなたは永遠に若い姿のままでいられる」
「うむ。確かに受け取った」
 男は音もなく去っていく。
「ジョセフよ、ジョナサンよ。俺は永遠の絶頂を、永遠の若さを手に入れた。だが、俺の心は充実してはいない。この世界では、お前たちのような人間に会わなかったせいか」
そうして、かつて『ストレイツォ』と呼ばれた男もまた、人知れず闇の彼方へと消え去って行ったのだった……

216味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 2/18:2009/05/06(水) 19:03:50 ID:ZKrVEgfM

 時の教皇、聖エイジス三十二世が暗殺された、との報はハルケギニア中を瞬く間に駆け巡った。無論、トリステイン魔法学院も例外ではない。
「その教皇とやらはそんなに影響力があったのか?」
 以前、教会の告解室を良心の呵責なしに無断撮影した岸辺露伴にとって、宗教の禁忌ほど己の実感としてわからぬものはない。
「ええ、暗殺した犯人はハルケギニアじゅうの人間を仇敵に回したといっても言いすぎではないわ」
 ルイズの言うとおり、少なくとも学生の間では、暗殺犯許すまじ、との怒りの声で学院中が充満している。
 また、教皇の死の報と同時に、とあるうわさが飛び交っていた。
 それは、犯人はガリア王ジョゼフの手のもの、というものである。
「タバサ親子に続いて、教皇までとは……ガリア王はどこまでやるつもりだ?」
 ブチャラティの言うことももっともだ。タバサがこれに続く。
「あの王は、ガリアがどうなろうとも、彼の知ったことじゃない。それがあの王の本質」

 今、ガリアは内戦下にある。
 かつてシャルル派であった勢力が、ジョゼフを国家の敵とみなし、叛旗を翻したのだ。というか、その勢力からの密使がひっきりなしにタバサの元にやってきていた。
 タバサ、もといシャルロット姫にガリア女王になってほしい、とのことであった。
「タバサはその頼み、引き受けるつもりなのか?」露伴が聞く。
「いまさら国王の位などには興味はない」
「でも、ガリアの王軍が相打つのは見ていられないんでしょう?」キュルケが言う。
 彼女の言うとおり、タバサは一人でガリアからの使者に結論を伝えようとしていた。諾、の方向で。それに気づき、嫌がる彼女を無理やり露伴たちの下につれてきたのがキュルケである。
「どうして国王の位に興味がないのに引き受けようなんて思ったの?」
 ルイズの質問にタバサは、悪びれたようにつぶやいた。
「ガリアの国内では、シャルル派以外にも現国王に反感を持つものが少なくない」
 だから、自分が女王の宣言をすれば、現在国王についているものの中からも離反するものが出てくるに違いない。と。
「なるほど、君が王の位を名乗り、皆が自発的にシャルル派と合流するようにしむければ、内戦も速く終わる……か」
「でも、それはシャルル派が勝つ、という前提のもとだろう。現時点において、内戦はどちらが勝つかわからない。いや、むしろシャルル派が若干劣勢に立っている」露伴がそう分析して見せた。
「そうなんだが、この機はジョゼフを打倒する絶好のチャンスでもある」ブチャラティは言った。

217味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 3/18:2009/05/06(水) 19:04:48 ID:ZKrVEgfM

 ジョゼフはガリア王である。普段ならば、護衛が常時付きっ切りで警護しており、彼をブチャラティたちのような、少数の郎党で打倒するのは不可能に近い。だが、内戦下の今ならば護衛は少ないかもしれない。そのあたりはブチャラティの言うとおりである。
「うん。それは同時に、以前アルビオンを襲ったジョゼフの使い魔、ドッピオとの決着をつける、ということも意味している」
「ブチャラティの、因縁のケリをつけるわけね」キュルケが言う。
 そのとおりであった。ジョゼフとタバサの決着は、ブチャラティとドッピオとの因縁の決着でもあるのだ。
「で、どうするの? どっちみち私たちはガリア王に指名手配されているのよ」
「ああ、そのことなんだが。状況を整理したい」
 現在、タバサをも含めたルイズたちは、ガリア国内で犯罪人扱いされている。ジョゼフの意に反して、タバサの親子をトリステインに奪還したためであるが、それによって指名手配をされてしまったのであった。
 幸い、アーハンブラからの帰り道では、タバサの竜が使えたためにリュティスからの指名手配が届くよりも先に、ガリアとの国境を越えることができた。
「だが、今ガリアで戦争が始まった。反乱軍は僕たちのことなんかそもそも捕まえないし、国王の側も戦争どころで気にしないだろう」
「だから、シャルル側に渡りをつけて、ガリアにこっそりと入国してしまえばよい」
「その後は――?」
「出たとこ勝負、だな」

218味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 4/18:2009/05/06(水) 19:05:49 ID:ZKrVEgfM

 ガリアの首都、リュティスには戦災の被害は及んではいなかった。
 少なくとも王宮から見下ろすジョゼフの視点では、現時点において、難民の類は発生していないように見えた。
「この内戦、突発的に発生した割には出来がよすぎるな」
「今のところ王軍と互角に戦っていますしね」
 ジョゼフの、若干嘲りを含んだ台詞にドッピオが平然と答える。
「裏を引いたのはシャルロットか? いや、違うな」
「では、誰です?」
「教皇暗殺犯の、うわさを流した人物だ。お前がヴィンダールヴに接触をしたのを知っている人物。イザベラあたりか? いずれにせよこの余の側近に裏切り者がいることは確かだ」
「探し出して始末しますか?」
「それはおいおい考える。それよりもだ。あの子が攻めてくるぞ。我々としても極上に歓待の準備をしてやろうではないか」
「わかりました、王様」
 ドッピオはそういって立ち去った。残るジョゼフは笑いながら独り言を続ける。
「シャルル。いよいよお前の娘が攻め立ててくるぞ。怒りか、哀しみか。どんな表情で向かってくるのだろうな! 俺にはどんな感情をくれるのだろうか。楽しみだ。実に楽しみだ。今からゾクゾクするぞ」
 国王の笑いは続く。

 とぅるるるる……
 とぅるる……
「はい、僕です。ボス」
「良くごまかしおおせた、ドッピオ」
「でも、何であんなことさせたんですか?」
「それはだな……この気に乗じてシャルロット達をジョゼフにぶつけるためだ……」
「何でまた?」
「……ジョゼフに対する当て球だ。つぶれればそれでよし。つぶれないでも、やつがどこまでやれるのか、十二分に試してやれるからだ」

219味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 5/18:2009/05/06(水) 19:06:30 ID:ZKrVEgfM

「御武運を」
 と、シャルル派のカステルモールと名乗る騎士に、そういわれて分かれたのは半日も前のことか。タバサたちは夜明けの光の中、ようやくリュティスの町に到着した。シャルル派とは別の、単独での行動である。霧に朝の光が反射して、微妙に視界が悪い。
「この街は静かね」
 ルイズの言うとおり、リュティスの朝に人影は見られなかった。結果から言えば、一行は、グラン・トロワの城まで、誰にも会うことなく進出することができた。
 だが、おかしい。あまりにも平穏すぎる。
「城の警備の兵すらいないとはどういうことだ?」
「わからない、でも気をつけるべき」
「言われなくとも!」ルイズが意気込む。
「ああ、よそ見したりしている暇はないぞ」
「露伴。それは取材鞄ごとスケッチブックを持ち込んでいる男のセリフじゃないな」

220味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 6/18:2009/05/06(水) 19:07:15 ID:ZKrVEgfM

 タバサたちは慎重に城の中に入った。
 その広さがトリスタニア中に知れ渡っている、グラントロワの大広間に達しても、ガリアは衛兵の影すら見せない。
 ルイズたち自身の、呼吸音を意識させるほどの不気味な沈黙は、果てしなくルイズたちを困惑させ、いつもよりも十二分にあたりを警戒しなければならなかった。
 平時であれば、奥面の、中庭に通じる窓から歌いゆく小鳥たちを愛でる事もできたであろうが、今のルイズたちにそのような余裕はない。それに、なぜだか、一羽の小鳥のさえずりも聞こえなかった。沈黙。
 と、そのとき。柱の物陰からナイフを持ったメイドが姿を現したのをルイズは目撃した。無言で一行に切りかかってくる。
「危ないッ!」
 集団が二つに割れた。
 不自然な体勢のまま切りかかるメイドは、終始無言のまま。そして、さらにメイドの後ろには、埋め尽くさんばかりに兵士や衛士が武器を手にひしめいていた。
「露伴、ブチャラティ。これはアルビオンのときと同じよ!」ルイズが気づき、叫ぶ。
 いつの間にか城の中は霧で覆われていた。さては、イザベラか!
「ひとまず逃げるぞ!」
「ええ、でもそれは敵本体へ近づくため!」
 頷いたルイズとタバサ、キュルケは西へ。露伴とブチャラティは東へ。
 それぞれ、別の廊下へと足を踏み出し、走り出した。
 襲い掛かってきたメイド達は、一瞬誰をターゲットにするか決めかねた様子だった。
 その一瞬の隙を利用して、みなそれぞれ距離を広げる。そして、メイドの視線の中には、誰の姿も消えてなくなっていた。
「……」

221味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 7/18:2009/05/06(水) 19:07:56 ID:ZKrVEgfM

 東に逃げたブチャラティと露伴は、息をつく暇もなかった。
 ほとんどの追っ手が、彼ら二人のほうを追いかけていたからである。
「く、これでは体力を消耗する一方だ」
 露伴が叫ぶ。ヒットアンドアウェイの要領で、要所要所で反撃をし、敵の頭数を減らしてはいたが、何しろ数が多すぎる。このままでは二人の走る体力のほうが先になくなりそうであった。
「露伴! アレを利用するぞ!」
 ブチャラティが指差した先には、石造りの登り階段がある。
 二人はそれをいち早く上り、そして、ブチャラティはジッパーで今上ったばかりの階段を完全に崩した。
「これで、あの亡霊じみた連中の心配をしなくてすむ」
 だが、退路も絶たれてしまった格好でもある。二人は慎重に歩み始めた。

222味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 8/18:2009/05/06(水) 19:08:46 ID:ZKrVEgfM

「どうやら逃げ切った見たいね」
 西の館の、二階に逃げたキュルケは辺りを見回した。だが、充満した霧で視界はひどく悪い。
 窓からところどころ日光がさしているが、あまり明るくはない。
「ルイズ、タバサ。近くにいる?」
「私はここにいるわ」ルイズの声がする。すぐ近くのようだ。
 が、タバサの姿が見えない。
「タバサ。どこ?」
 答えるものはいない。だが、代わりに人の影が見えた。その影は杖を振り、霧の一部を凍らせているように見える。
「ああよかった、タバサ――」そう話しかけるキュルケの腹に、
「くぅっ?!」氷柱が突き刺さっていた。
 キュルケは痛みのため、思わずうずくまってしまう。
「キュルケ!」
「ガーゴイルと同じ、水使いだから安心したってわけかい?」
 その声の主はイザベラ。
「あなた、この国の王女ね。ジョゼフはどこよ!」
 気丈に言うキュルケ。だが、痛みは容赦なく彼女を襲う。
「さあねえ。この近くにはいないんじゃないかい?」

223味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 9/18:2009/05/06(水) 19:09:23 ID:ZKrVEgfM
「大変、キュルケ!」
 あわててキュルケを見やるルイズであったが、もはや手遅れ。キュルケの腹にできた傷が綺麗な円形に広がり、そこに大量の霧が吸い込まれていく。
「ルイズ。この私のスタンド能力を忘れたのかい」
「なにこれ!」キュルケが叫ぶ。
「霧を操るスタンドだよ。これからあんたを私が操るのさ。人形見たくね」
 イザベラがさっと腕を振ると、キュルケは座り込んだ体勢で跳躍した。
「キャッ――」
「早く解除しないと――」
 ルイズはディスペルの魔法を唱え始めたが、
「甘いさッ」
 イザベラがルイズの杖を奪う。
「このイザベラ様が同じ手に何度も引っかかると思わないでもらいたいね」
 ルイズの杖は、イザベラの手の元に。イザベラはルイズの杖と自分の杖を重ねるように持ち、杖の先端を意地悪くルイズたちの方向へ向け直した。
「これで、ルイズ。虚無の使い手とやら。あんたは何も打つ手がなくなった」
 ルイズの額に一筋の汗が流れ落ちる。ぎゅっと握り締めたこぶしはぶるぶると震えた。
「チェックメイト、さ」
「違うわ。たかが魔法が使えなくなっただけじゃない!」
 ルイズはしかし、ここで格闘の体勢を整えた。右足を半歩前に出し。こぶしは垂直にイザベラの元に向ける。素人考えの、だが、ルイズが今までのブチャラティや露伴をみて彼女なりに編み出した構えであった。
 これにはイザベラも文字通りぎょっとした。メイジが、よりにもよってメイジ相手に、魔法もなしに格闘で決闘するなんて聞いたこともない。まるでやけくそになった平民である。
「何を強がりをいってんだい。ここにはあんたの強力な使い魔もいないんだよ」
「私はあいつらを召喚するまで無力だった! 魔法も何も使えなくて、仲間も誰もいなかった。でも、今は違う! 頼もしい仲間がいる。それに、私だってもう使い魔に頼りきりじゃあないわ! 私だって仲間とともに冒険してきた! 他人を操ってばかりで、自分自身の身を危険に晒さないあんたとは違うのよッ!」 
 ギリッ。 イザベラの歯茎に力が入る。
「そうかい、気に入らないねえ。その生意気がいつまで持つか、試してやろうじゃないか」
 イザベラがそう言うが早いか、キュルケがルイズに向かって杖を振った。詠唱も無理やりさせられている。
「ファイアー……ボール」
 周りの霧を包み込んで、直径二メイルの火球が出来上がる。
 速度も一級品のそれは、ルイズに向かって飛んできた。
「くっ……」
 ぎりぎりのタイミングで、反復横とびの要領でよけるルイズ。だが、直撃は避けられても、周りの熱でルイズの白い肌が焼かれた。髪の毛も幾分か焼かれたようで、いやな臭いが周囲にまとわりつく。以前のルイズならば嫌悪感のあまり棒立ちしていただろう。だが、今の彼女の精神は、それでもなお自分自身に動き続けることを強要していた。
「ウル……カーノ……」
 次々とルイズの姿に向かって大小の火炎球が高速で投げつけられる。
 ――落ち着くのよ、私。パニックになっちゃ駄目。
 ルイズは心の中でそう言い聞かせながら、自分に向かってくる火の玉を一つ一つ、確認するように、最小の横移動で避けていった。
 ――冷静に。タイミングを待つのよッ!
 ルイズが一歩一歩横に移動するタイミングで、さまざまな大きさの火球がルイズの回りをまとわりつくように、彼女の装飾品を焦がし、高速で後方へと駆け抜けていった。
 ルイズの自慢のロングヘアが、破らないように毎日清潔に洗濯していた絹の服が、なくさないようにこっそりと自分の名前を刺繍していた魔法学院のマントが、ちい姉さまにかわいいとほめてもらえたお気に入りの黒い靴が、ところどころあっという間に黒ずんでゆく。熱で徐々に体力も失われていく。
「小賢しいねッ! ならば、これでどうだいッ」
 イザベラがいらだったように言うが早いか、キュルケ今までより二回り程大きな火球を作り出し、大きく杖を振りかぶって、ルイズに向かって振り下ろした。
 ――スキありッ!!!
「今よッ――」
 なんと、この場面で、ルイズはキュルケに向かって突進した。今の彼女の持つ最大の力を振り絞って。
 今までの横移動に比べての、急な縦移動。キュルケの動作も、急な制動の変化についていけない。ルイズの右耳のそばを巨大な火球が高速ですり抜ける。枝毛を作らぬよう、気をつけて手入れをしていた長いピンクブロンドの髪が一際焦げ臭い香りを放った。

224味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 10/18:2009/05/06(水) 19:10:06 ID:ZKrVEgfM

 だが。
「甘いって言ってんだろ?」
「また、体が勝手に――」
 キュルケは不自然な体勢ながらも、ルイズの突進を上回る速度で上に跳躍する。
 さらに続けて、
「フレイム・ボール!」
 得意の、望まぬ呪文を口にさせられたのだった。
「きゃあッ!」
 ほぼ真上から、直下に降り注ぐ業火の魔法に、ルイズはよけるまもなく直撃する。火炎が渦巻く中、ルイズは思わず倒れこんでしまった。体中火傷だらけだ。体力も消耗した。動くことも辛い。

「いい加減に降参しなッ!」イザベラはうんざりした様子でそう叫んだ。
「断るわ! キュルケの魔法は火。だから、あんたのお得意の、霧スタンドとの併用はできないってわけよ! それに、本気のキュルケならともかく、あんたが操っている今のキュルケなんて、私の魔法を使うまでもなく、いなして見せるわ!」
 イザベラの眉間から血の気が消えた。
「あんたも私を馬鹿にしてッ!」
 イザベラの表情の変化を無視するルイズ。
「こうなったら根性合戦よ。私が倒れるのが早いか、キュルケから杖を奪うのが早いか、勝負よ!」
 そういいつつも、ルイズの体はこげたにおいが包まれ始めていた。本人は気がついていなかったが、黒煙を発する左足が、大きく痙攣を始めている。
 イザベラの見るところ、もはや普通の人間には立つ体力はないのでは、とおもわせる程、ルイズの火傷は進行していた。
「降参すれば許してやるよ。私とガーゴイルとの仲は、あんたは関係ないだろう?」
「イザベラ。あなた、自分が人間的に成長したなって自覚、したことある?」
「急に何の話だい」
「私はあるわ。自分を対等に扱ってくれる仲間がいる……そんな、大切な仲間を決して見捨てたりしないって決意、使い魔を召喚するまではそんな考えはこれっぽっちもなかった……でもね、今の私にはある。そんな気持ちがね!」
「くだらないことをごちゃごちゃと!」
「くだらない? タバサを見下したいとか考える、あんたのその見栄のほうが最もくだらないわ!」

225味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 11/18:2009/05/06(水) 19:10:48 ID:ZKrVEgfM

「見栄だと? あんたに、ガーゴイルと比べられる私のつらさがわかるものか!」
 イザベラは思わず反論した。内心では流せばいいとわかっていながら。
「わかるわ。私もずっとエレオノール姉さまやカリン母さまと比べられてきたから」
 ルイズはここに来て、なんとイザベラに微笑んだ。
 イザベラはたまらないほどの恥かしさと屈辱感にさいなまされる。
 その結果、イザベラがとっさに出せた言葉が、
「くだらないお話はここまでさ。もういい。さっさと死にな!」
 その瞬間、まとわりついてきた霧がさっと二手に分かれた。
 そこにすさまじいまでの冷気が入り込んでくる。
「させない」
 声の主はタバサであった。
「ようやく本命の登場ってわけかい。ガーゴイル」
「ルイズ、下がって」
 イザベラを見据えたまま、タバサが言う。

226味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 12/18:2009/05/06(水) 19:11:30 ID:ZKrVEgfM

「五分で片をつける」
「私もなめられたもんだね。こいつの手数もあるのを忘れたのかい?」
 キュルケの腕が、不自然に縦に振られる。
 炎の塊がタバサに襲い掛かったが、瞬間、氷の壁に包まれて熱気は霧散した。
「私の友達を弄んだな」
「あんたに友達? ハッ、人形のあんたには友達なんて似合わないさ。それ以上に、私たち王族には友達なんて必要ない。誰も彼も私たちを利用しようとするからね」
 タバサは慈悲の目でイザベラを見すえる。
「憐れな人……」
「そんな目で私を見るなぁ!」
 イザベラの杖が振られる。
 タバサに水の柱が向かっていったが、これも凍らされ、進路をつぶされた。
「まだまだッ!」
 キュルケが炎の壁を作る。そこにイザベラが風を送り、タバサの周囲に炎の旋風を形作った。
「タバサッ――」ルイズが悲鳴を上げる。ルイズとタバサの間に炎の壁ができている。
「どうッ? この炎の壁は突破できないでしょう!」
 イザベラは、にやっと笑い、杖を振る。
 炎の渦はタバサを中心点とし、徐々に火球の大きさを濃縮していった。
 タバサは氷の風を送るが、キュルケが炎の源を送り続けているために、炎を消すことができない。
「なら、私がッ!」
 ルイズが傍らにいるキュルケに抱きついた。
 キュルケは相変わらず炎を出し続けているので、ルイズの肉体が焼かれる。
「熱い……でも、離さないッ!」
 ルイズは焼け付く空気の中、渾身の力でキュルケから杖をもぎ取った。
「な、馬鹿なッ! ここまでの火傷で動けるだって?」
 イザベラの顔が驚愕にゆがむ。
 ルイズが身を挺してキュルケの魔法を防いだおかげで、炎の旋風は消え去っていた。
 一瞬の隙を突いて、タバサがイザベラのもとへつめより、イザベラののど元に自分の杖を突きつける。
「これで、終わり」

227味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 13/18:2009/05/06(水) 19:12:13 ID:ZKrVEgfM

 イザベラは全身を脱力させながらも、なおも王者らしく見せようとしたのか、震える声で気丈にも、
「そうかい、なら、さっさと殺しな!」そう叫び倒した。
「最初にキュルケを元に戻して」
「……」
 一瞬の沈黙の後、あたりに立ち込めた霧が霧散した。
「キュルケ!」ルイズはキュルケの元に走りよる。どうやら命に別状はないらしい。
「これで、よし」
 タバサはそういい、イザベラを攻撃することなく、自分の杖を納めた。
「あんた、バカじゃないのかい? なぜ私を始末しない?」
「同じ」
「……は?」
「あなたも、私と同じ」
「私が、ガーゴイルと同じ……?」

「そう。友達がいなくて、誰も信用できなくて……本当の孤独の中にいる」
「ハン、馬鹿いってんじゃないわよ」
「口ではそういっても、心では叫んでいる。寂しいよ……って――」
「……」
「あら、タバサ。私達という友達がいながら、ずいぶんな言い草じゃあないの」
 二人の下に、ルイズに肩を支えられたキュルケがやってくる。
「今のはあなたたちと会う前の話」
「何か話が見えないけど、私達でよければ友達になってあげるわよ。イザベラ」
 ルイズの提案に、イザベラは顔を真っ赤にして怒る。
「だ、誰が、あんたたちなんかと――」

228味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 14/18:2009/05/06(水) 19:12:57 ID:ZKrVEgfM
 その一瞬の間に、イザベラの顔に、奇妙な面がかぶせられた。
 それをかぶせた犯人は、いつの間にか出現していたビダーシャルである。
「エルフ?」キュルケが驚く。彼女は、エルフがいるなんて聞いていない。
「それはガリア王からの罰だ。イザベラ王女。ガリアの内戦を扇動したのはお前だな」
 淡々と告げるエルフに、タバサが襲い掛かる。
「無駄だ」
 雪風は、エルフの反射の魔法によっていとも容易に防がれた。
「くっ……!」
「おああッ!」
 急にイザベラがもがき苦しむ。
「どうしたの?」
 駆け寄るルイズに向かって、イザベラは勢い良く押し倒した。
「かハッ」
 ルイズは背に強い衝撃を感じた。吐血する。

229味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 15/18:2009/05/06(水) 19:13:29 ID:ZKrVEgfM

「なんだい、これは。不気味にすがすがしい気分だよ……」
「そこのエルフッ! イザベラに何をしたの?」
「この石仮面をかぶせ、血を与えて作動させたのだ。それで吸血鬼になる」
 ビダーシャルは興味なさげに言う。
「吸血鬼?」
「そう、これは処刑だ。イザベラ姫。私もこんな野蛮なことはしたくないのだが、あのジョゼフの趣味だ。仕方がない」
「なんだい……妙に血がすいたくなってきた……あぁ、内臓も食べたい」
 さらに、イザベラの肉体から煙が出始めてきていた。
「これで吸血鬼になったものは、日光で蒸発死するらしい。この部屋程度の薄明かりでも、生存は不可能なようだな」
 部屋は暗がりであったが、ところどころ弱い明かりが差し込んでいる。
 だが、イザベラは自分自身の、その傷の痛みに気がついていないようだ。
 そのような中、ビダーシャルが宣言する。
「イザベラ姫よ。王への最後の奉仕だ。見事この者らを討ち取ってみせよ」
 その言葉は果たしてイザベラにとどいたのか?
 もはや彼女に自意識はないようであった。
 イザベラはタバサに襲い掛かる。
 タバサはとっさにイザベラの足を凍らせて、止めようとしたが。
 イザベラは氷付けになった、自分の脛から下を力ずくで引きちぎり、その勢いでなおもタバサに攻め寄せてくる。

230味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 16/18:2009/05/06(水) 19:14:02 ID:ZKrVEgfM

「GYAOOOOOOOOOO!!!」
 石仮面をかぶらされたままのイザベラは、真直線にタバサに襲い掛かる。
 彼女の、かつて脛であった部分からは、体の部位が体液と一緒になり、霧状となって霧散し始めていた。
「クッ――」
 イザベラがタバサに襲い掛からんとしたまさにそのとき。
「やめてッ!」
 イザベラに背後から抱きつくものがいた。
 キュルケである。
 彼女は腹部からの出血をものともせずに、吸血鬼の強大な腕力に対抗していた。
「AAAAAAAAAA!!!」
 ぶんぶんと腕を振り回すイザベラ。
 それを抑えようとするキュルケ。
 イザベラの一挙動ごとに、キュルケの肉体が、骨が、関節が、ミシミシと悲鳴をあげる。キュルケはそれでも暴れまわるイザベラを押さえ込み続けた。
 しかし、ついに、イザベラの腕力がキュルケのそれを圧倒的に上回る時が来る。
 キュルケは石壁にたたきつけられた。
 イザベラは、倒れたキュルケに近づき、彼女の腹から出ている血をなめた。その瞬間、彼女は勢いよく床に倒れこんだのだった。
「あれ? わ、私はいったい……」
「よかった。正気に戻ったのね」キュルケはそこまでいい、意識を失った。
「あんた、何でここまで……」

「まだわからないの、イザベラ」ルイズは叫んだ。
「何だって?」
「キュルケはあんたに友達になってあげるって言った。だから、友達であるあんたを救おうとしたんじゃないの!」
「だって、私たちは出会ったばかりじゃないの……」
「友達に長いも短いもないのよ!」
 その言葉に、イザベラははっとしたようであった。

「そこまでだ」
 ビダーシャルが言う。
「いや、まったく予想外だった。吸血鬼と化したイザベラ姫が君たちを皆殺しにするとばかりに思っていたので、私自身は戦いの用意はしていなかった」
 タバサが杖を構える。
「とはいえ、このままお前たちを見過ごすわけには行かないようだ」
 ルイズも拾ったばかりの自分の杖を構える。
「タバサ、勝算はあるの?」
「正直、全く無い」

231味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 17/18:2009/05/06(水) 19:15:02 ID:ZKrVEgfM

「今度は我が相手だ――」
 ビダーシャルは先住魔法を使い始めた。
 彼の周囲の石床が円状にせりあがってゆく。と、そのような彼の元に、イザベラが這いよってきていた。
 もはや彼女の足は蒸発してしまっている。
「私は死ぬのかい、エルフ?」
「ああ、イザベラ姫」
「あんた、ガーゴイルを殺すつもりかい?」
「その通りだ」
「なら、私が死ぬ前に、ガーゴイルを殺してくれないか。私の目の前で」
「ふむ……悪い趣味だな。さすがはジョゼフ王の娘というところか。だが、せめてもの情けだ。良いだろう」
 ビダーシャルはそういうと、タバサの方向に向き直り、
「せめて苦しまずに逝くがいい」
 彼の周囲に競りあがった石の床がいっせいにタバサの方角に向かって槍状に変形していった。
 絶体絶命である。
 と、そのとき。
「隙ありだよ!」
 イザベラがビダーシャルに組み付いた。片手に石仮面を持って。
「何をする!」
 ビダーシャルにかぶせられ、イザベラの血で作動する白い石仮面。
「いまだよ、ガーゴイル!」
 とっさの出来事に我を忘れたタバサはしかし、一瞬で自我を取り戻し、魔法を唱えた。
 周りの水蒸気を氷の鏡にし、部屋中の明かりをビダーシャルの元へ集める。
「ごああああああっ!」
 強烈な日光の収束は、確実に、そこにいた耳長のエルフを一瞬で蒸発させる。
 エルフは塵になった。

232味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 18/18:2009/05/06(水) 19:15:44 ID:ZKrVEgfM

 イザベラは足を完全に失って、どう、と床に倒れた。
 タバサを方ひざを突き、彼女を抱き上げる。
「どうして……」
「直前に、私に情けをかけたあんたがそういうのかい……」
 タバサはイザベラの行った行動が理解できないでいた。
 今まで、イザベラがタバサにした数々の仕打ち。数々の嘲笑。
 それを考えるならば。イザベラがタバサを救うなど、とても予測できなかった。
「だって……」
「フフフ、あたしこそ、正真正銘の、正当なガリア国の王女だよ……なめないでもらいたいね……」
「……」
「ほんとうはね……あたし、おまえがうらやましかったのさ……人形でしかないくせに、みんなに褒められて……あたしなんか、おやじにだって一度もほめられたことなんてないのに……」
 イザベラの肉体の蒸発は今も続いている。
「……で、も。あんたもさびしかったんだねえ……」
 イザベラはとっさに笑いかけた。蒸発のラインは、彼女の腹部の線まで達している。
「こいつを……もっていきな……」
 懐から取り出したのは、一枚のDISC。
「あんたの父親……シャルルの魔法のDISCだ。親父は、これを、使って、水の麻薬を……」
「もういい。もういいから」
「そいつを使う姿を……この私に見せておくれ……私では、使いこなせなかったDISCを……」
 タバサは頭にDISCを差し込んだ。瞬間、タバサの体内に懐かしい魔力の回路が流れ込んでくる。
「痛みが、急になくなったわ……ガーゴイル、ひょっとして……治療の魔法をかけてくれたのかい?」
 そんなことはない!
「あんたは優しい人ね、エレーヌ……」
 イザベラは、完全に蒸発した。タバサの腕の中で。

233味見 ◆0ndrMkaedE:2009/05/06(水) 19:16:54 ID:ZKrVEgfM
今日はここまで。
スレを盛り上げる意味と、俺宛の感想レスを多くもらう(いいじゃん!最終回なんだし!たまにはこういう挙に出ても良いよね!)意味を兼ねて、
残りは日曜辺りに投下します。引っ張るよ!
次回分で最終回です。本当に終わりです。
投下分量は今日と同じくらいの予定。

俺……黙っていたけど、実はレス乞食なんだな……

234名無しさん:2009/05/06(水) 19:25:12 ID:ZKpl1rn.
古事記なら古事記らしくバクシーシ(お恵みを)!が足りないんじゃあないか?

ともかく長い間お疲れ様でした。次回で完結とは名残惜しいですね
ところで次回作は誰になるんでしょうか?もちろん、次回作書きますよね?いやー期待で胸がいっぱいだなー

235名無しさん:2009/05/06(水) 21:26:39 ID:GAW/0rug
うわぁ、すげぇ!バクシーシじゃん!
バクシーシ!バクシーシ!バクシーシ!バクシーシ!
バクシーシって言ってんだろ!
ドギャ―z_ン!!!

楽しみに読んでました。最近長期連載の最終回が近いものが多いので寂しいです・・・

236味見 ◆0ndrMkaedE:2009/05/06(水) 21:46:11 ID:ZKrVEgfM
ちょw投下分の感想を書いてくださいよwお願いしますよ〜
バクシーシ!バクシーシ!バクシーシ!バクシーシ!旦那ぁ〜

以下回想
いや、ほんっと、いろいろありましたよ。
何度心が折れて、書くのを中断して逃走しようと思ったことか……

でも、みんなの励まし・感想レスが、自分の最後まで書く力になりました。
大変感謝しています。皆さん、読んでくれて本当にありがとうございました!

>>234次回作
それはwプロットも全然考え付かないし、
とりあえず、今回のようなジョジョ×ゼロの長編をかく予定は今のところありません。
あるとすれば、シエスタ辺りで外伝的なものを書くくらいかな〜


ここ以外のssスレで出会うようなことになるかも…
そのときはよろしくです。

237名無しさん:2009/05/06(水) 21:55:21 ID:ZKpl1rn.
>>236
正直完結させたおまいさんは凄いと思うぜ。だって二次創作だぜ?しかも原作は完結してないし
それを自分なりに締めるんだから並々ならぬ努力と妄想力だぜ

完結させた人全員凄いよな

238名無しさん:2009/05/07(木) 01:45:10 ID:BEDsGoeg
>>214
やめてーキングクリムゾンはやめてー。
月一?の更新を楽しみに、毎日スレ欄の更新をしてる読者を捨てないで頂きたいのですよ。
見て読んで堪能して、それをまとめに挙げるのが少ない楽しみなんですからー。

239名無しさん:2009/05/07(木) 19:48:39 ID:omfJBYM2
>>233
レス乞食とかワロスw






こうですか?わかりません><

240名無しさん:2009/05/07(木) 21:05:26 ID:l/qs0C1M
味見さんお疲れ様でしたー
いよいよ最終回寂しい限りです
そしてイザベラ様……さようなら
塵になったビダーシャルさんドンマイ☆

241味も見ておく使い魔 第8章(最終章):2009/05/10(日) 00:02:11 ID:1SNotwrc

「大丈夫? タバサ」ルイズが改めてタバサに問いかけた。タバサの周りには、かつてイザベラであった塵が舞っている。
 いまさっきまで敵対していたとはいえ、実の従兄弟が死んだのだ。普通の精神ならば、いくらか精神に変調をきたしてもおかしくないはずだった。
 だが、タバサは、
「大事無い。それよりもあなたたちの傷の治療をしなければ」
 そういいきり、淡々と杖を振った。が、ルイズにかけられた治療の速度がいつもと段違いに遅い。それは、
「タバサ。それはイザベラの杖よ」
 タバサが振った杖はイザベラの杖であった。あわてた風に取り替えるタバサ。
 ようやくルイズの治癒が終わるころ、気絶したはずのキュルケから苦痛の吐息が発せられた。どうやら彼女の意識が回復したようであった。
「大丈夫、キュルケ?」
 立てる? と問いかけたルイズだったが、キュルケは目を開き、気丈に微笑んで見せる。
「ええ、少々体力が不安だけれどね。ルイズ、立つのに腕を貸して頂戴」
「ええ、いいわ」
 近づくルイズに右手を差し伸べたキュルケは、
「こういうことならもっと体力をつけておけば――」不自然に口調をとぎらせた。
「キュルケ?」
「危ないッ!」キュルケは持てる限りの力で、ルイズとタバサの二人を押し倒した。
 ルイズにおおいかぶさるキュルケ。
「いたた、どうしたのよ――ってキュルケ!」
 キュルケの背中には、いつの間にか何十本もの大小の純銀のナイフが突き刺さっていた。彼女の意識はすでにない。
「タバサ! 急いで治療を!」ルイズが叫んだ。
「わかった!」
 頷いたタバサは足をもつらせながらキュルケのほうへと走りよる。
 しかし、
「そのような好機など。与えんよ」
 タバサはいつの間にかジョゼフに肩をつかまれていた。
「そんな!」
「いつの間に?」気配はまったくなかった。
 このままではキュルケの治療ができない。タバサは力の限りもがく。と同時に、振り返りざまに氷の塊をジョゼフめがけて打ちはなつ。
「?」
 だが、ジョゼフはその場から消えうせたかのようにいなくなっていた。ジョゼフの姿を捜し求めるタバサ。

242味も見ておく使い魔 第8章(最終章):2009/05/10(日) 00:02:47 ID:1SNotwrc
 
 と、そこに、 ルイズの絶叫が響き渡った。
「あなた、何をするつもり?!」
 タバサがその方向に目をやると、微動だにしないキュルケを抱きかかえるルイズと、薄ら笑いを浮かべて突っ立っているジョゼフがいた。
「このナイフは私が投げたものだ。だから、しっかりと回収しなくては」
 彼は一本一本、勢いよく、キュルケに刺さっているナイフを引き抜き始めた。
 ズチュッ。ズルチュチュッ!
 その度ごとに、キュルケの傷口からどす黒い血液が噴水のように放出されてゆく。
「やめてぇ!」
 ルイズは絶叫とともに、彼女を庇いたてるように、いやいやとキュルケを抱える腕を振り回した。そのたびごとにキュルケの赤い血液がルイズの顔に降り注ぐ。一方のジョゼフはそれを愉快そうににやけてみるだけである。
 キュルケたちを傷付けずに、ジョゼフのみを攻撃する方法は――
 タバサは一瞬の判断のうちに『ブレイド』の魔法を唱え、自分の長い杖に魔法力をまとわりつかせる。
 あまりに危険。だが、ジョゼフの意識がルイズに向かっている今が唯一のチャンスでもある。タバサは無言で杖を逆手に持ち、ジョゼフの脇腹めがけて、体当たりをした。
 だが、またもやジョゼフはタバサの視界から消えうせた。

243味も見ておく使い魔 第8章(最終章):2009/05/10(日) 00:03:26 ID:1SNotwrc
 
「消えた?」
「……でも、この消失は僥倖とすべき。ルイズ、お願い」
 ルイズはキュルケを床に寝せ、周囲を警戒する。
 タバサは急いでキュルケに治癒魔法をかけ始めた。幾重にも噴出していた血が徐々におさまっていく。
 しかし、キュルケが今までに流出させた血液の量も尋常ではない。普段は日焼けで浅黒いキュルケの顔色が、すでに青白く変色している。
「キュルケは後どのくらいで回復する?」
「もうすぐ」
 そう応えながらも、タバサはあせっていた。回復してゆく時間が惜しい。いつになく回復が遅い気がする。自分の魔法力では、こんな速度でしか治癒できなかったか?
 なかなか治らない。今やっと傷口が閉じられた。後は体力の回復をしなければ。
 ミシッ。
「今の、何の音?」
「わからない」
 ルイズの問いかけに、タバサも周囲を見渡すが、あたりは薄暗く、あまり視界は良くない。タバサが作り出した氷のレンズも、いつの間にか消えうせてしまっていた。
 と、天井を見上げたルイズが叫ぶ。
「崩れるッ!」
 高さが三メイルほどの、廊下の石造りの天井に、大きな亀裂ができていた。
 ルイズたちはその真下にいる。
 その瞬間、奇妙な爆発音とともに、天井が巨大な無数の破片となって三人に降り注いだ。
 タバサは真上に向け、自分達を包み込むように風の障壁を作り出す。出力は全開。今のタバサのもてる限りの力だ。
 だが、巨大な瓦礫の勢いは埋め尽くすかのように雨あられと降り注ぐ。タバサは自分の杖と腕に、支えきれないほどの重力の力を支える結果となった。
「私に任せて!」
 ルイズはそういいながら、杖を真上に向ける。
 彼女はできる限りの早口で、虚無の魔法を唱えだした。
 爆発。
 ルイズのエクスプロージョンの魔法である。タバサは自分の杖に科せられていた圧力が急速に減衰していくのを感じていた。
 ルイズの魔法により、瓦礫は粉塵となって周囲に吹き飛んだ。ただでさえ良くない視界がなおも悪くなる。
「ケホッ。ゲホッ!」
 ルイズがむせる。大丈夫、無事な証拠だ。それよりも。
 キュルケは大丈夫だろうか?
 タバサは床にかがみこみ、寝たままのキュルケを眺めた。
 どうやら今の崩落では、キュルケは怪我を負ってはいないらしい。
 だが、傷が癒えたのに未だ意識が回復しないのが気にかかる……
 タバサが思ったとき、何かが土煙の向こう側で光った気がした。
「何――?」
 そうつぶやいたのと、理解したのはほぼ同時であった。

244味も見ておく使い魔 第8章(最終章):2009/05/10(日) 00:04:07 ID:1SNotwrc

 ナイフだッ! それもたくさんの!
 空間を埋め尽くさんと空中に並べられたナイフは、ほぼ同時刻に投げられたように、三人を包み込むように配置されている。
 まずい! あの量は! 私の風魔法では防ぎ切れない!
 フライでよける?
 いや、キュルケを見捨てるわけには行かない!
 タバサはルイズとキュルケを押し倒すようにして、ナイフに背を向けた。
 ドスッ! ドスッ!!!
 とっさに風の障壁を展開したもの、いくらかが確実にタバサの背に突き刺さる。
「ッ!!!」
 電撃を受けたような痛みがタバサを襲う。意識が飛びそうになるのを、かろうじて押さえつける。
「タバサ、しっかり!」
 ルイズが近づいてくるが、はいつくばった格好のタバサには、それに応える心理的肉体的余裕がない。
 パン、パン、パン……
 緊迫した空気の中、乾いた拍手の音が聞こえる。闇の中から聞こえ出すその音。
 タバサとルイズは同時にその方角に振り向いた。
「さすがだ。この危機的状況においても仲間を見捨てないとは。さすはシャルル兄さんの子だ。この俺の相手をするにはそのくらい正義感ぶっていなければな」
「ジョゼフ王……」
「しかし、少しやりすぎたかも知れんな。これでは私が楽しむ前に殺してしまうかもしれん」
 ほくそ笑むジョゼフ。

245味も見ておく使い魔 第8章(最終章):2009/05/10(日) 00:04:53 ID:1SNotwrc

 タバサは杖をジョゼフに向けた。ついにこの時がきたのだ。決着をつけるときが。
「王よ、あなたに決闘を申し込む」
「まって! この場はいったん退くわよ!」
 ルイズがとんでもないことを言い出した。いったい何故?
「ここは明らかに私達に不利よ。私達の周りにだけ瓦礫が散乱しているし、なによりも私達はあのナイフ攻撃の正体をつかんでいない。ここで戦っても敗北するだけだわ!」
 なるほど、確かに言われてみればそのとおりかもしれない。しかし、
「キュルケ、目を覚まして。いったん退く」
 肝心のキュルケが目を覚まさない。
「早く、タバサ! キュルケはもう……」

246味も見ておく使い魔 第8章(最終章):2009/05/10(日) 00:05:32 ID:1SNotwrc

「茶番劇をしている場合か、御二方?」
 ジョゼフのせりふが二人を貫き通す。
 その言葉と同時に、ジョゼフは懐から銃を取り出した。
「あなた、メイジの癖にそんなものを!」
「そうだ、俺は無能王。この俺にまともな四大系統魔法は何一つ使えやしない。だから、こういうものまで準備したのだ。なに、こうまで近いと素人でも外しやしまい」
 ジョゼフは一歩一歩、死刑宣告のように不気味に二人に近づいてくる。
「立ってタバサ! 距離をとって!」
 ルイズがタバサを無理やりに立たせる。
 タバサはレビテーションの魔法で、倒れたキュルケを引っ張りあげる。
 そうしておいてルイズとともに走り出したが、浮かんだキュルケがどうしても遅れていく。
「そう簡単にうまくいくかな?」
 ジョゼフは弾丸を発射した。
 それは高速でタバサの方角へととび込んできた。
 この距離。大丈夫だ。
 仰向けにのけぞった瞬間、額を高速の弾丸が掠め飛ぶ。
 かわせた!
 そう思った瞬間、弾丸は鋭い弧を描いて引き返してきたのだった。
 とっさに風の魔法で防ぐタバサ。そうしなければ反転してきた弾丸に命中していたであろう。
 結果としてキュルケを床に叩き付けてしまった。
 しかしそのことを後悔する暇などない。
「タバサ! この部屋に!」
 タバサはルイズとともに、最寄のドアを開け、広めの部屋に入り込んだ。
 全力で通過してきた扉を閉め、手近にある家具でつっかえを施す。

247味も見ておく使い魔 第8章(最終章):2009/05/10(日) 00:06:21 ID:1SNotwrc
 
「この扉の障害がいつまで持つかわからないけど、一旦はジョゼフと距離をおくことができるわ」
「でもキュルケがを置いてきてしまった」
「タバサ、いいにくいけど、キュルケはもう……」
「気にしないで、ルイズ。私はもう気持ちを切り替えている。ただ、あの王の元にキュルケを置いてきてしまった自分が許せないだけ」
 タバサはそうルイズに答えた。だが、それは半分正解であり、半分欺瞞でもあった。
 キュルケ。ごめんなさい。私と関わり合いにならなければ、こんなところで死ななかったはずなのに……
「タバサ。ごめんなさい。でも、今はキュルケのことを考えて落ち込んだり後悔している暇はないはずよ」
 ルイズの言葉は痛かった。痛かったが、まごうことなき正論であった。
「うん。わかっている。今はジョゼフを打倒することを考えるべき」
 タバサの見るところ、ジョゼフが今まで行ってきた数々の挙動。それは明らかに四大系統魔法の範疇を超えた領分のものであった。
 で、あるならば。
「スタンドか、虚無の魔法。おそらく両方」とタバサは断定した。
「それって、ジョゼフが私と同じ虚無の使い手かもって事?」
「うん。ジョゼフの突然の出現。ナイフ攻撃。天井の崩落。銃弾の操作。スタンドでは能力が多彩すぎるし、虚無の魔法もしかり」
「そうね。あの天井の崩落。アレは『エクスプロージョン』の魔法だということが考えられるかも」ルイズは考え込むようにして座り込んだ。
「突然の出現とナイフ攻撃は、おそらく同質の能力」タバサは言った。虚無の魔法で、ルイズに思い当たる魔法はないだろうか?
「う〜ん。ちょっとわからないわね。出現のほうは、アイツが出てくるまで誰も気づかなかったわけだし」ナイフも、突き刺さる直前までそこに無いかのようだった。
 と、そこまで考えたところで、タバサは辺りのあまりの静寂さに気がついた。

248味も見ておく使い魔 第8章(最終章):2009/05/10(日) 00:07:01 ID:1SNotwrc
 ジョゼフが扉の向こうで何かしているとしたら、あまりに静か過ぎる。
と、そのとき。ルイズが急に口元を押さえ、立ち上がった。何か喉を押さえるような動作をしている。
「うごぉぉぉおお……」ルイズが声にならない声を発したと同時に、真っ赤な吐瀉物を大量にぶちまけた。
 よく見ると、中にはなぜか大量の釘が入っている!
 ルイズは口を大きくパクパクと開け、何とか息をしようとしていた。ヒューヒューという呼吸音が漏れる。おそらくあの喉や口の傷では呪文は唱えられないだろう!
 ルイズは大丈夫? それよりも、彼女はどんな攻撃を受けたの?
 そうおもったタバサの耳元に、ジョゼフの吐息が発せられた。
「決闘というからにはフェアにいこうじゃぁないか。一対一だ。シャルル兄上の娘よ」

249味も見ておく使い魔 第8章(最終章):2009/05/10(日) 00:07:42 ID:1SNotwrc
 はっとして振り返った先には、すでにジョゼフの姿は無く。
「お前らの察しのとおり、これは、俺が唱えた虚無の魔法の結果だ」
 ジョゼフはルイズの足元に立っていた。次の瞬間、
「『加速』の魔法という。そこなルイズとやらはそこまで到達していないらしいな」
 ジョゼフはタバサをはさんで反対側の位置に移動していた。
「ちなみに、銃弾を操作したのは別なスタンドだ」
 タバサには、王がどう見ても瞬間移動した様にしか見えない。しかし、「加速」という名前からして、実際に移動はしているらしい、とタバサはあたりをつけた。
「そして、そこに無様に転がっている女を攻撃したものが、今装備しているスタンド能力『メタリカ』の力だ」
 スタンド能力も、おそらくジョゼフはルイズに触れていないであろう。ならば、今のスタンドも範囲攻撃型の可能性が非常に高い。ならば!
「さて、ここまで死刑宣告にまで等しい俺の能力の告白を聞いてもなお、決闘をする勇気はあるか? いや、この場合は蛮勇か」
 ジョゼフはそう言い放った。だが、おそらくジョゼフはタバサが決闘を嫌がったところで、彼女と無理にでも殺し合いを始めるであろう。
タバサは一呼吸おいて、
「決闘に応じる」と応えた。
「ほう」ジョゼフは薄暗く目を輝かせる。
「それはうれしいが、何か策でもあるのか? お前の能力、トライアングルの魔法程度では、今の俺を殺しきることなど不可能に近い」
「策は無いといえば、無い。が、あるといえば、ある」
 タバサは自分の杖と、ついでに持っていたイザベラの杖をジョゼフに向け、
「あなたに氷の魔法を放っても、加速の魔法でよけられる。なら、移動範囲すべてを、同時に攻撃してしまえばいい」全魔法力を込め、呪文を唱え始めた。

250味も見ておく使い魔 第8章(最終章):2009/05/10(日) 00:08:18 ID:1SNotwrc
 
 呪文を唱え続けているタバサの意識の中に、どこからともなく別の意識が流れ込んでくる。すでに、彼女はその意識の持ち主を直感的に理解していた。
 その意識はタバサだけに優しく語り掛ける。
――わかるね、ガーゴイル。いや、エレーヌ。アタシは一度しか手助けできないよ。
「うん。わかってる」
 タバサはうなずき、杖を振った。
 唱えたものは、本来一人ではできないはずのスペル。
 強力な王家が二人以上そろって初めて発動できるはずのヘクサゴンスペルだった。
 水の四乗に風の二乗。
 この場に、すべてを凍らす絶対零度の奔流が出現する。
 その名も、
『ウインディ・アイシクル・ジェントリー・ウィープス(雪風は静かに泣く)』
 タバサの周囲の空気が壁となって凍る。さながら卵の殻のように。

「これは、やりおる」
 そういうジョゼフの唇が、全身が、見る見る凍傷で黒く、青ざめていった。
「これは、私だけの魔法じゃない……イザベラの分も、キュルケの分もあるッ……」
「確かに一人でできる類の魔法ではない。だからなんだというのだ?」

「もはや、あなたには杖を振り下ろせるだけの腕力はないと見たッ……もう、あなたは魔法を使えないッ!」
「そのとおりだ。何もかにも凍り付いてしまった。だが、その魔法には欠点がある」
 ジョゼフは勝ち誇った風にいい放った。

251味も見ておく使い魔 第8章(最終章):2009/05/10(日) 00:08:58 ID:1SNotwrc

「お前の魔法が放つ絶対零度の寒波は、お前ら自身の杖から発せられている! その分だけ、私よりもお前の凍傷がひどくなるッ! 凍傷で先に死ぬのはお前だッ!」
「くっ……」
「お前が寒さで死ねば、この魔法は解除される。俺はそのときまで待って、体力を温存しておけば良いのだぁ!!!」
「少しでも、あなたに近づいて……」
「おおっと危ない」ジョゼフは楽しそうに後ずさった。
「まあ、近づかれても、射程距離内に入れば、今の俺のスタンド『メタリカ』で反撃する手もあるがな。ここは一つ慎重に行こう。手負いの獣には近づかないに限る」
「ここまできて……」
 タバサはついに片膝を突いた。もはや彼女自身に体力が残されていない。
 こんなに近くにあのジョゼフがいるのに! ここまで追い詰めているのに!
「ふん、ひやひやさせられたが、最終的には俺の勝利だったな」
 そのとき、急にタバサの周囲に炎のカーテンが出現した。
「違うわ」
 その声にはっとして振り返ったタバサは、笑いとも泣き顔ともつかぬ顔をし、
「あなたはッ……」
「いい? こういう場合、敵を討つ場合というのは。いまからいうようなセリフを言うのよ」
「貴様は?!」
「我が名はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。わが友イザベラの無念のために、ここにいるタバサの父親の魂の安らぎのために、微力ながらこの決闘に助太刀いたしますわ」
 キュルケが一歩一歩近づきながら、ファイアー・ボールの魔法をタバサの周囲に当てる。

「貴様らなんぞに負ける要素はなかったはず……」
「いい、私たちはチームで戦うのよ。その意味が、ジョゼフ王、あなたにわかって?」
「そ、のようだな」そういっている間に、ジョゼフの体温はどんどん低下していく。

「これで、チェック・メイトよ、王様」
「……そうか、まあ、いい。だが、何の感情も感じることはできなかった……残念だ……」
 その言葉とともに、ジョゼフは氷柱の住人となった。

252味も見ておく使い魔 第8章(最終章):2009/05/10(日) 00:09:33 ID:1SNotwrc
 
「あの爆発音はッ!」
「ああ、間違いない、ルイズたちが戦っている音だ!」
 ブチャラティたちは急いでいた。彼らが捜索していた東の館に目標は無く、反対側の西のほうから何かの崩壊音が聞こえたからだ。霧が消えた今、ルイズたちに何かの異変が起こっていることは確実と見られた。
二人は二階に設けられた、半ば外に開け放たれたつくりの廊下を中央方面に向かって走る。だが、彼らの行く手をさえぎるように、前方に堂々と身をさらしている男がいた。
「お前は、ボスの精神の片割れ……」
「ドッピオ……」
 桃色の髪の毛の男は、確かにドッピオであった。
 ドッピオは右手を上げ、二人を制止する。
「おや、王様を殺したのはあなた達ではなかったのですか。ルイズさん達は大金星といえるでしょうね」
「何を言っている?」ブチャラティの問いかけに、ドッピオは己の額を指差した。
「ほらここ、何の痕も無いでしょう? ここには、かつて王様との契約の印が刻まれていたのですよ。だが、今となっては跡形も無い」
 ドッピオはそういうと、彼が着ていた上着を脱ぎ始めた。
「だから、もはやジョゼフの契約の呪縛はもう、無い」
 上着を脱ぎ捨てたとき、ドッピオはすでに無く、代わりにあの男、ディアボロが佇んでいたのだった。
 構える二人。
「とはいえ、お前達には感謝しなくてはいけないな」
「何だと?」
「お前たちが、この世界での私の呪縛を解除したのだ。あの忌々しいジョゼフにかけられた精神を蝕む契約を。だから今までこのディアボロは表に出てこれなかったのだ。この俺、ディアボロを解放したのはお前達だッ!」
ディアボロは持っていた上着を投げ捨て、二人に向かって歩み始めた。
「ブチャラティ……俺はお前を再度殺すことで……未熟だった自分を……ローマであの新入りに殺された自分自身を乗り越えるッ!」
「……ボス……俺たちギャングは殺すなんて言葉はつかわない。すでに殺してしまっているからな……」グチャラティが冷静に答える。彼の口調は深海の海水のように冷え切っていた。

253味も見ておく使い魔 第8章(最終章):2009/05/10(日) 00:10:21 ID:1SNotwrc

「ブチャラティ。お前には……あのクソ忌々しい大迷宮を乗り越えて取り戻した……俺の本来の能力で『始末』する……」
「くるぞッ! 気をつけろ露伴!」
 そういったブチャラティだが、その実、対策などは何も発案できていない。
「お前らにはっ! 死んだ瞬間を気付く暇も与えんッ!」
『キング・クリムゾン』!!
「我以外のすべての時間は消し飛ぶッ――!」
 その瞬間、世界が暗転していった――。
 ディアボロ、ブチャラティ、露伴――以外のものがすべて暗黒に覆われていく――キング・クリムゾンが時間を飛ばしている時、はっきりとした意識を持って行動できるものはただ一人、ディアボロのみなのだ――その彼は血をはくように叫ぶ。「あの『新入りの能力』がないお前らに、このディアボロが、負けるはずはないッ!」――過去にただ一体、この能力を打ち破った例外がいたが、そのスタンドは、今この場所には存在しない!――「『見える』ぞッ!ブチャラティ!お前のスタンドの動きがッ!!」――ディアボロは自分がこの時空のすべてを支配していることを自覚しつつ、ディアボロはブチャラティ達に近づく――「なにをしようとしているのかッ!完全に『予測』できるぞッ!」――何も自覚することもなく、惰性のまま攻撃してくるステッキィ・フィンガーズの拳を『エピタフ』で回避し、自らの玉座に向かう皇帝のように、ゆっくりとブチャラティにむう――「このまま…時を吹っ飛ばしたまま『両者』とも殺す! 殺しつくす! ブチャラティ! それにロハンッ!」――ディアボロは勝利を確信しながらも慎重に、かつての裏切り者に向かって、キングクリムゾンの拳を振り上げた――「今度こそ、確実に止めを刺す!」――しかし次の瞬間、暗黒に覆われていたすべてのものが元に戻っていく……
 ディアボロにとって、信じがたい現象であった。
「な、なぜだッ?! 俺の『キング・クリムゾン』が、世界の頂点であるはずの我が能力がッ!」
「『解除』されていくだとッ!?」自意識を取り戻したブチャラティにとっても意外であった。
 先ほどまで暗黒に包まれていた地面が、建物が元の場所に立ち上がっていった。
 暗闇に消え去ったはずの鳥が、再び空を飛翔している。
 その空間の中で、露伴が口を開く。
「ブチャラティから聞いていた……お前は自分以外の時間を吹っ飛ばす事ができるそうじゃないか……」
「本当に恐ろしい能力だ。なんてったって、『過程』をすっ飛ばして『結果』のみ残すことができるんだからな……」
「しかし、だ。お前『だけ』が時を吹っ飛ばせるんだ……その能力を完璧に使いこなすには、時を吹っ飛ばした後の未来を『見て』予知しているはずなんだ……時をスッ飛ばしている時に、敵のとる行動が分かっていないと意味ないからな……」
 ディアボロは混乱していた。この男はなにを言っているのだ?
「そう、お前は僕達の『未来の行動』を『見てる』はずなんだ……」
 このときすでに、露伴は自分の鞄に手を突っ込んでいた。
「僕が『お前に原稿を見せている未来』もね……」
 そして、露伴はディアボロの姿をしっかりと見つめ、
「途中の『過程』ををすっ飛ばして、お前が僕の『原稿を見た』という事実だけが残る……」
 鞄から自分の原稿を取り出した。
「『ヘブンズ・ドアー』 これで完全発動だ」
 ブチャラティはようやくすべてを理解した。
 彼はディアボロよりも早く我に返り、次のとるべき行動を行い始めた。
「露伴、ありがとう。本当に君と知り合えて……仲間になれて……本当によかった」
「なんだッ!?何も見えん!」
「これでチェックメイトだ。ボス!」
 ディアボロはこのとき、もう視力を失っていた。
 もっとも、それがよかったのかもしれない。
 なぜなら、絶望しなくて済むからだ。
 既に、彼自身の頭に『スタンド能力が使えない』と書かれていたからだ。
「ステッキィ・フィンガーズ」!
アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「アリーヴェ・デルチ(さよならだ)!!!」

254味も見ておく使い魔 第8章(最終章):2009/05/10(日) 00:11:08 ID:1SNotwrc
 
 
  希望とは、もともとあるものだとも言えないし、ないものだとも言えない。
  それは地上の道のようなものである。地上にはもともと道はない。
  歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。
      〜魯迅〜

エピローグ
『使い魔は動かない』
 街が春の日差しを浴びている。
 ネアポリス。
 道路工事のため、ただでさえ渋滞で名高いねアポリスの道路に車があふれている。
 自動車のクラクションがせわしなくなり響く中、一台の車は郊外の高級住宅地へ向かっていた。
 後部座席に座っている20代後半に見える男は、窓から外の様子をじれたように眺めていた。
「まだつかないのか? 相変わらずこの街の道路行政は最悪じゃぁねーか!」
「いつものことでしょう? それにわれわれが言えた口ではありませんよ」
 運転手がため息をつきながら男の愚痴に応じる。
 この道路工事には、『彼ら』の息のかかった業者が入札に成功していた。
 その彼らが道路工事の遅延に不満を言うわけにはいかない。

 結局、その道路工事のため、予定より二時間も遅れて、目的地の洋館に到着した。
 車に乗っていたその男は、自分のボスの前で、日の光があたる場所を選んで椅子に座っていた。
 近くのテーブルには食事が用意され、小人が六人、昼食のピッツァをむさぼっている。
「すまんな、ボス。もうシエスタの時間か……この時間まで何も食わせられなかったから、こいつら今日は仕事しねーな」
「それはいいんです、ミスタ。それより、用件とは? 君の好きな漫画家に関することだとか」
 いらだった様子で、向こうの椅子に座った男が尋ねた。部屋の奥にいるため、そこには日光の明かりは届かない。
「そうだ、俺はその漫画家にファンレターを書いたんだ。で、なぜかそいつから俺宛に返事が届いたんだが……」
 そう言いながら、ミスタと呼ばれた男は立ち上がり、膝に抱えていた、大きな茶色の封筒を差し出した。中身はかなり分厚い。おそらく、大きめの紙が四百枚以上入っているだろう。
「この手紙は、ボス……いや、ジョルノ。あんたも目を通すべきだ」
 久しぶりに旧い呼び名で呼ばれた男は、その手紙の束を読み始めた。
 男の表情が見る見るうちに真剣な表情に変わっていった。
 その手紙は、このような出だしで始まっていた。
『はじめましてミスタ。君の事はブチャラティから聞いてよく知っている。今から書くことは君にとっては信じられないかもしれないが……』

255味も見ておく使い魔 第8章(最終章):2009/05/10(日) 00:11:44 ID:1SNotwrc
 
 二週間前。
 岸辺露伴はこちら側、つまり地球に帰還していた。
「よし、『使い魔の契約』を解除したぞ」
 露伴は己のスタンドで、ルイズの魔法の契約を書き換えた。
 ルイズにとって、初の魔法の成果である、コントラクト・サーヴァントの効果を完全に否定したのだ。
「本当にいいのか? ルイズ?」
 ブチャラティの、もう何度目になるかもわからない問いかけに、ルイズははっきりと答えた。
「ええ、いいのよ。もう私とって、使い魔は必要なものじゃないわ」
 ルイズが露伴のスタンドの補助の元、サモン・サーヴァントの魔法を唱え始める。
 彼女の口からは不安なく、力強く呪文が紡ぎ出される。その口調にためらいは無い。
 長いが、落ち着いた口調で呪文を唱えた後、
「うまくいったわ」と、ルイズの目の前に等身大の光る鏡が現れた。
「この鏡は、私が新たに使い魔と契約しない限り、あなた達が通行しても閉まらないハズよ」
 露伴は彼女に、杜王町につながるように設定していたのだ。
 結論から言うと、タバサはあの世界では、母親を助けられなかった。
 だが、解毒剤を手に入れられなかった露伴は、ここにいたってある可能性に気がついた。
 自分の『天国の門』では、彼女の母の毒を取り除くことはできなかった。
 しかし、自分の故郷に、あの町に、食べた者の病気を何でも治してしまう料理人がいたじゃあないか?

256味も見ておく使い魔 第8章(最終章):2009/05/10(日) 00:13:01 ID:1SNotwrc

 一週間後の杜王町。
 コンビニ「オーソン」の前からはいる、不思議な横道。
 ここは、かつて杉本鈴実と、愛犬の幽霊が住んでいた場所である。
 そこに、岸辺露伴と東方丈助がいた。ついでに、広瀬康一と虹村億康もついてきている。
 彼らを出迎えている露伴はすこぶる不機嫌だ。それもそのはず、彼の近くにいたのはこの三人だけではなかったからだ。
「いや〜。露伴大先生にそんな趣味があったとは……全然気づかなかったッスよ〜」
「ま、まあ、露伴先生にもいろいろと事情があったんだし……」
「か、かわいい……」
 発言した順に、丈助、康一、億康である。これだけでも露伴を胃痛に追い込めるのに、
「変わった格好……」
「こら、シャルロットや。私の恩人のご友人に向かってそのような事を言うものではありませんわ」
「何で人に化けなきゃいけないの? 私悲しいのね! るーるーるるー」
タバサ、タバサの母、人に変身したシルフィードまでも終結していたのだ
「くそっ! 何でお前なんかに弱みを握られなくちゃならないんだッ! この岸辺露伴が!」
早くも口論をし始めた男二人に、背の小さな男女が止めに入る。
「ほらっ丈助君! もう悪乗りは止めようよ。またうらまれちゃうよ〜」
「おちついて」
 その間、
 一呼吸。
 二呼吸。
 おまけに三呼吸。
「あなた」
「ブッ!」
「ザ・ハンド!!!」
ガォン! ガォン! ガォン! ガォン! ガォン! ガォン! ガォン! ガォン! ガォン! ガォン! ガォン!
 一人の少年が、涙を垂れ流しながら、自力で月まで吹っ飛ぼうとしていた。
 どうやら彼には、露伴の『そーいう冗談は死んでもよせ!』というセリフは耳に入らなかったようだ。
「まって!私も飛ぶの〜」
星になった少年とひとりの少女はほったらかしておいて、路上での話し合いは続く。
「と、とにかくですね。問題は解決してないんですから」
「ああ。どうしようか、これ」
「オレのクレイジーダイヤモンドでも直せないってのはグレートッスよ〜」
「つまり」
「ああ、どうやってもこの『鏡』は閉じない。ということだな」
 皆のため息が漏れたことは言うまでもない。

「ブチャラティ! 本当に還るんですか?」
 また、そこにはジョルノがいた。ミスタもいる。
「そんなこといわずに、一緒にネアポリスへ帰ろうぜ!」
だが、ブチャラティは、ミスタの言葉にかぶりを振った。
「無理だ。見ろ、この世界じゃ俺の姿は透けて見えるじゃないか。この世界では、俺はすでに死んだ存在なんだよ。ああ、ジョルノには前にも言ったと思うが、俺は元いた場所に戻るだけなんだ」
「そんな……」
「こーいう場合でも、生き返ったといっていいのか? 第二の生活にはとても満足している。だがな、ジョルノ。ミスタ。俺は還らなければならないんだ。それが正しい道しるべに沿った、俺の進むべき道なんだよ」
 そういいながら、ブチャラティは静かに、安らかに天に昇っていったのだった……

257味も見ておく使い魔 第8章(最終章):2009/05/10(日) 00:14:23 ID:1SNotwrc

ルイズ  → 使い魔を失った事以外は特に変化なし。だが、いつもの学園生活は、ルイズの自信に満ち溢れた日常に変わっていた。

キュルケ → 死に掛けたことが親にばれ、危うくゲルマニアの実家に戻されそうになる。が、どうにかごまかすことに成功。お腹の傷跡を気にした風も無く、今日も彼氏作りにいそしむ。

タバサ  → なぜか岸辺の字と自分の本名を日本語で勉強し始めた。

タバサ母 → いきなりガリアの女王になるも、しょっちゅう王宮を抜け出し、タバサと趣味の旅行に出かける日々。座右の銘は「わたしのシャルロットちゃん、ガンバ!」

ギーシュ → 死にそう。(借金的な意味と、モンモランシーに振られそうな意味で)

シエスタ → 観光だと露伴に連れられていった杜王町で、億泰に一目ぼれされた挙句、突然告白され困惑。

岸辺露伴 → ハルケギニア滞在中にたまりにたまっていた、原稿の仕事を超人的な速度でこなす。それがひと段落ついたとき、とある田舎で妖怪のうわさを耳にする。


第8章『使い魔は動かない』Fin..
『味も見ておく使い魔』The End.

258味見 ◆0ndrMkaedE:2009/05/10(日) 00:16:29 ID:1SNotwrc
以上ッ『すべて投下したッ』!!!


あと、謝罪しろ>>234……何のプランも無いのに、
勢いだけで田宮良子を召喚してしまった……
ジョジョキャラじゃないので姉妹スレに移住します。
いままでありがとうございました!

259名無しさん:2009/05/10(日) 01:25:07 ID:PwWq09FA
>>258
あ、謝れば許してくれるのか…?謝れば…




だが断る
たった今完結した君には悪いが、一つだけ分かっていることがある。
『休みという安心』など与えられないということだ。

最後まで天国の扉は対スタンド、対生物用最終決戦兵器だったな

味見先生の次回作にご期待ください!

260名無しさん:2009/05/10(日) 02:48:00 ID:m7oi.Mq2
味見の人乙!

スタンドは使い方次第で、色んな幅を見せてくれるんだなぁ…と、再確認w
面白かった、ありがとーーーーー!!

261名無しさん:2009/05/10(日) 04:05:39 ID:aC1bx/yQ
見事な完結でした。乙であります!
どいつもこいつもイイ奴(いい意味と、悪い意味で)でした。
次回作を楽しみにしてます!

あ、あと、僭越ながらグチャ→ブチャのとこだけ、修正して上げさせて貰いました。

262名無しさん:2009/05/10(日) 16:24:02 ID:iroFPiDE
結局ブチャは昇天しちゃったのか
ハルケギニアで新たな人生送っても良かっただろうに

263名無しさん:2009/05/10(日) 20:59:31 ID:zI8gV8mk
完結大いにGJなんですが、シャルルはジョゼフの弟じゃありませんでした?
……このSSだと逆とか以前に描写されてましたっけ?

264味見 ◆0ndrMkaedE:2009/05/12(火) 23:43:43 ID:YPwr2996
>>263ヤッチマッター
ハハハ、まとめで直しときます。

265銃は杖よりも強いと言い張る人:2009/05/16(土) 17:33:59 ID:IMgn7ZL.
味見さん完結ですか……。寂しいなあ、チクショウ。

さて、久しぶりってレベルじゃねーゾ!の人が来たよ。
忘れられてるよね、多分。うん。時間がかかりすぎだ。
でも、投下はする。
オレはまだ、完結させることを諦めちゃいねえ!

266銃は杖よりも強いと言い張る人:2009/05/16(土) 17:35:34 ID:IMgn7ZL.
 空は果てしなく青く、天高く上った太陽は黄金色の光で地上を照らしている。植物の葉は
青々と輝き、時折撫でる風揺れてサラサラと音を立てていた。
 鳥の鳴き声が耳に優しく、近くを流れているらしい川の音は気分を落ち着かせてくれる。
 実に素晴らしい天候だ。
 この蒸し暑ささえなければ。
 雨の水分を地面が吸収し、気温の上昇と共にそれを放出しているということは理解できるの
だが、納得し難い不快感がここにはあった。
 タルブの村の南に広がる森。その少し奥まった場所に身を寄せた人々は、拭う先から出てく
る汗に辟易としていた。
 村の有力者や逃げ遅れた行商人の代表が集まり、張り詰めた顔で今後の動向について話を進
めている姿も、どこか気力が失せているように見える。そんなだから、他の村人達の表情も疲
れを隠しきれないで居た。
 夏なのだから、暑いのは当たり前。と言いたい所だが、生憎とトリステインは熱帯でも亜熱
帯でもない。空気中の過剰な水分によって蒸される暑さとは、本来は縁が無いのである。そん
なわけで、免疫の無い暑さに誰しも意識が朦朧としているのであった。
 問題は、そんな疲労感が風邪を引いている人々にも広がっていることだ。
 体力の無い子供や老人は多くが倒れたまま、熱と咳に魘され続けている。森の状況がコレで
は安静にしていても回復の見込みは無く、それどころか悪化の一途を辿ることだろう。大人の
中で風邪を引いている者の中には、避難を続けるのであれば自分を置いていって欲しいなどと
のたまう者が出る始末だ。
 しかし、そんな事を口走ってしまう気持ちが理解出来てしまうほど、状況は確かに楽観視出
来るものではなかった。
 戦場は近く、タルブ村の人々も延々とこの場所に止まるわけには行かない。食料の問題も存
在するし、戦場で散った人間の肉を求めて亜人や獰猛な肉食獣が集まってこないとも限らない。
 自衛の手段を持たない人々は、どこかに庇護を求めて歩く必要がある。そんな時、風邪の病
に倒れた人々は足枷となるのは明白で、置いて行けという言葉に籠められた意味は決して軽々
しいものではないのだった。
「弱音吐いてんじゃないよ。男だろ?」
 弱音を吐く男の頬を一発引っ叩いたジェシカは、小刻みに熱い息を吐く男の額を濡れた布で
拭きながら、励ますように言った。
 弱気になっていては、治るものも治らない。風邪さえ治ってしまえば問題は解決するのだか
ら、今はとにかく強い意志を持ってもらうことが一番なのだ。
 だからこそ、見捨てないと伝えて、生きることを諦めさせない。
 しかし、ジェシカのその言葉の半分は、自分に向けたものだった。
 病人の数は、十や二十ではない。中には、本当に足手纏いにしかならない人が確実に存在し
ている。だからと言ってそれを見捨てれば、以後は足手纏いだと感じる度に誰かを捨てる事を
躊躇しなくなるだろう。
 そんな心理が働いてしまうことを、ジェシカは恐れていた。
 ジェシカだけの問題ではない。村人の中には何人か見捨ててでも、自分の家族を守りたいと
思っている人間は少なくないはずだ。

267銃は杖よりも強いと言い張る人:2009/05/16(土) 17:36:38 ID:IMgn7ZL.
 見捨てられる人間は、自分の家族かもしれない。
 そういう現実的の残酷な部分に気付いていないからこそ、誰かを切り捨てようと考えてしま
うのだろう。幸いにして、ジェシカの家族や知り合いに風邪を引いている人間は居ない。その
僅かな余裕が、彼女に本当の恐怖に目を向けさせていた。
 誰かを見捨てなければならなくなったのなら、あたしも一緒に死んでやる。誰かの死を背負
って生きられるほど、自分の背中は広くも力強くも無い。
 そんなことを思うジェシカは、果たして臆病なのか、それとも単純にプライドが高いだけの
か。どちらにしても、誰かを犠牲にするという選択肢が存在していないことは確かだった。
「さあて、次に行きますか」
 体が拭き終わり、不快感から一時的に逃れた男が寝息を立て始めたのを聞いて、ジェシカは
手に持った布を傍らに置いた水の入った桶に放り込む。
 息を抜く暇は無い。
 眼前には、木陰に並べられた無数の病人達の姿がある。ジェシカ同様、病人の世話に忙しな
く動く十数人の手がまったく追いつかない病人の数。その中には、介助無しには生きられない
ほど衰弱している人間も居る。
 地獄絵図とはいかないが、緩やかな絶望を感じさせる光景だ。
 それでも、この状況でジェシカが頑張れるのは、風邪の治療薬を買いだしに行ったカステル
モールが必ず戻ってくると信じているからであった。
 ぐぅ。
 気張ったのが悪かったのか、ジェシカの腹が小さく鳴り響く。
 長く緊張感の続かない女であった。
「……お腹減った」
 困ったように眉を寄せて、ジェシカはお腹を摩る。
 生物である以上、人間は空腹を避けられない。
 村で行われていた炊き出しのお陰で、今の所この場に居る避難民の多くは空腹を訴えてはい
ないが、極少数、食料の配給をしていた人間の多くが食事を求める腹の虫と格闘中だった。
 ジェシカもその一人で、本来なら炊き出しで作った食事を一通り配り終わった所で、最初か
ら多めに用意した炊き出しの残り物に手を出す予定だったのだ。
 アルビオンが攻めて来なければ、今頃は炊き出しに参加した女性達と輪になって雑談に興じ
ていたことだろう。そう考えると、戦争なんて余所でやれと本気で言いたくなってくる。
 とはいえ、それを今言ったところで食い物が降って湧いてくるはずも無く、腹も膨らみはし
ない。
 結局ジェシカに出来ることといえば、病人の看護をしながら食料の調達に出た他の人々の帰
りを待つことだけだった。
「はぁ……、ひもじいわぁ」
 思わず溜め息を零し、二度目の腹の音に肩を落とす。
 そんなジェシカを神様が見かねたのか、思わぬ方向から救いの手が差し伸べられた。
「ジェシカさん、お腹減ってるんですか?」
 問いかけたのは、ウェストウッドの子供達の面倒を見ていたティファニアであった。どうや
ら、子供達の世話は一息ついて他の手伝いを始めていたらしい。

268銃は杖よりも強いと言い張る人:2009/05/16(土) 17:37:41 ID:IMgn7ZL.
 普段耳を隠すために使っている大きな帽子が無いと思って手元を見てみると、その帽子が籠
代わりになって鮮やかな赤い実を山のように乗せていた。
 思わず、ごくりと喉が鳴った。
「そ、そんなこと、あんまり率直に聞かれても乙女のプライドって奴が……。いえ、やっぱり
空腹です」
 一時的に女らしさというものが表に顔を出したが、腹の虫には勝てなかったらしい。すぐに
出した顔を引っ込めて、引き篭もりに転職したようだ。
「なら、コレを食べませんか?」
 そう言って、ティファニアは木の実の入った帽子を差し出した。
「木苺です。さっき、沢山実をつけているのを見つけたので、子供達にも分けてあげようかと
思って摘んで来たんです。前の家の近所で取れる実はちょっと食べ辛いものが多かったんです
けど、コレはほんのり甘くて美味しいですよ」
 差し出された帽子から一つ実を摘んで、ジェシカはそれを恐る恐る口に入れる。
 軽く噛み潰した瞬間、果汁と共に口の中に甘さが広がった。
「あ、本当だ。美味しいわ」
「でしょう?」
 ぱっと花が咲いたかのように、ティファニアは顔を綻ばせた。
 味の保証が出来て安心したのか、それとも空腹に耐えかねたのか、ジェシカは次々と実を摘
んでは口に入れ、顎を動かす。
「んー、ホント美味しいわ。食べたことが無いわけじゃないけど、小さい頃に食べた時はつい
うっかり死んでしまいそうなくらい辛かったから、苦手意識があったのよねえ」
 果たして本当に年頃の少女なのか、頬が膨らむほど木苺を口いっぱいに詰め込んで、ジェシ
カは過去の記憶を振り返る。
「……辛い?珍しいですね。酸っぱかったことはありますけど、あまり辛いっていうのは」
「時期が悪かったのかしら?実はコレより大きかったけど表面が少し萎んでて、歯応えも少し
あったわね。もしかしたら、枯れる途中だったのかも」
 あの時は三日も寝込んだわ。と笑いながら軽く言って、ふと首を傾げる。
「でも、あれ?木苺って、今採れるんだっけ?あたしが食べたのは、確か秋の中頃だったよう
な……」
 同じ赤い実で、秋に取れる辛いものといえば……。
 恐らく、唐辛子だ。寝込むほどだから、同じ唐辛子でも特に辛い品種だったのだろう。
 多分、ジェシカさんが食べたのは違う実です。とは言えず、ティファニアは愛想笑いだけし
てこの場を立ち去ろうとする。
 一々過去の恥を蒸し返すことも無いだろう。このまま話をはぐらかせば、誰も不幸にならな
いで済む。
 気付か無い方が幸せなことだってあるのだ。
「あれぇ?でも、厨房で食べさせて貰った時には、別の名前だったような……」
「し、失礼しまー……、あら?」
 いよいよジェシカの推測が唐辛子の方向に向いた所で、ジェシカとティファニアの目に何か
を探して走り回るシエスタの姿が映った。

269銃は杖よりも強し さん   タイトル入れ忘れたorz:2009/05/16(土) 17:38:50 ID:IMgn7ZL.
「お、シエスタじゃん。おーい、シエスタ!……シエスタ?」
 手を振り呼びかけるがまったく聞こえていないらしく、辺りを見回して走り続けている。
 様子がおかしい。
 周囲の目も気にせず誰かの名前を呼び続け、いつも暖かい笑顔を浮かべる顔を張り詰めたも
のに変えている。彼女のそんな顔は、ジェシカはここ数年見たことが無かった。
「ごめん、ティファニア。ちょっと行くわ。ご馳走様」
 ティファニアに別れを告げて、ジェシカはシエスタに駆け寄る。
 泣きそうな声で何度も何度も同じ名前を呼ぶ少女の姿は、見ていて痛々しいものだった。
「サイトさん!サイトさーん!どこに居るんですか!?返事をしてください!」
「シエスタ!」
 正面に立ったジェシカにさえ気付かなかったのか、ぶつかって初めてシエスタはジェシカの
存在を視界に入れて、あ、と声を漏らした。
「な、なに?」
「なに、じゃないよ。そんな酷い面ぶら下げて」
 涙こそ零していないが、泣いているようにしか見えないシエスタの顔を、ポケットから取り
出したハンカチで乱暴に拭う。案の定、瞼の下には涙がいっぱいに溜まっていて、ハンカチを
大きく濡らしていた。
 目元を隠されたのがきっかけになったのか、それまで平気なふりをしていたシエスタが鼻を
啜るようになる。緊張の糸が緩んで、堪えていたものが流れ出始めていた。
「まったく、折角の美人を台無しだよ」
「う、ぐず……、でも、でもね、居ないのよ。サイトさんが、どこにも……。わたし、つい口
を滑らせちゃって……。先生方が村に残ってるって……、そしたらもう」
「居なくなってたって?……なるほどね」
 シエスタの言葉に相槌を打って、ジェシカは彼女の体を抱き締める。
 詳しい事情や、どうしてそういう話の流れになったのかは分からないが、血気盛んな少年が
正義感を出して突っ走ったといったところだろう。特に、珍しい話でもない。
 タルブ村の中にも、村を守ろうと鍬や鎌を手に立ち向かおうとした若者は居たが、実際に竜
騎士を前にして無謀な勇気を保っていた者は少なく、本当に命を投げ出しかねない者は強制的
に引き摺られて避難させられている。
 まだ村を守ることを諦めていない奴も居るが、その中の一人が監視下から抜け出したような
ものだろう。
 しかし、そう冷静に考えられるのは、才人とジェシカの関係が薄いからに過ぎない。シエス
タの立場に立っていたのなら、ジェシカも同じように泣いたり探し回ったりと落ち着かなくな
るだろう。
「もしかしたら勘違いかもしれないって、ぐす、あちこち探したけど、やっぱり見つからなく
て……」
 見かけよりもずっと気丈なこの娘が、こんなに取り乱すなんて。
 これだけでも、サイトという人物がシエスタにとってどういう存在か理解できる。
 村に訪れたトリステイン魔法学院の生徒達の中に何人か少年を見ているが、一人で飛び出し
て行ったという事は、サイトというのは風邪を引かなかった黒髪の男の子のことだろう。ハル
ケギニアでは見られない顔立ちで、随分と幼い印象があった。

270銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 17:39:41 ID:IMgn7ZL.
ケギニアでは見られない顔立ちで、随分と幼い印象があった。
 あれがシエスタの想い人か。
 身の丈に似合わない大きな剣を背負っていたが、護衛を務めているにしては、それほど強そ
うには見えない。それに、言っては悪いが、あまり考えて行動するタイプにも見えなかった。
 もし、見掛け通りの性格だとすれば、村に人が残っていることは意図的に隠していたに違い
ない。わき目も振らず飛び出していくことが分かりきっていたのだろう。
 行動パターンが子供のようだ。
 良く言えば、母性本能をくすぐるタイプなのか。しかし、悪く言えば、頼りない。
 まあ、人の好みなんて千差万別だ。あれこれいっても始まらない。今は、その少年の居場所
を考えるほうが重要だろう。
 森の中に居ないということは、やはり村に向かったと見るべきか。
「厄介なことになったもんだね」
 まさか、森を抜け出して村まで探しに行くわけにもいかない。かといって、放っておいたら
シエスタは一人で探しに行ってしまいそうな雰囲気だ。
 こうなれば、とジェシカは腹を括って抱き寄せていたシエスタを離し、目を合わせた。
「アタシが村の様子を見に行ってやるから、シエスタはここで待ってな。いいね?」
「でも、ジェシカ……」
 赤くなった目を向けてくるシエスタに、ジェシカは不敵に笑って、どんと胸を叩いた。
「あたしに任せときなって。きちんと連れ戻して来てあげるから、大船に乗った気でいなよ」
 渦巻く不安を欠片も見せず、ウィンクまで追加する。
 そんなジェシカの様子にシエスタは頼もしさを感じて、納得したように頷いた。
「……絶対、危ないことはしないでよ?サイトさんのことも心配だけど、ジェシカの事だって
心配なんだからね?」
「分かってるって」
 ジェシカは表情を崩して軽く笑い、シエスタの頭を撫でる。
 それは、まるで気丈な姉が泣き虫の妹を慰めるような姿だった。
「じゃ、行って来るわ」
 早足に駆け出したジェシカの背中を、シエスタは見送る。ただ、自分の不甲斐なさに、下唇
を噛みながら。
「これじゃ、お姉さん失格ね」
 呟いて、自分の年齢とジェシカの年齢を比較する。
 忘れてしまいそうだが、ジェシカは年下なのだ。閉鎖的な学院での生活が長いシエスタより
も、人の出入りが激しく、男性の欲望を直接目にする居酒屋で生活しているジェシカの方が大
人びてしまうのも仕方が無いのかもしれない。
 それでも、年下に慰められてしまうというのはなんとも照れ臭く、年上としての矜持を傷付
けられる。
 もし、ジェシカが男だったなら、素直に頼れたんだろうなあ。などと考えて、脳裏に男装し
たジェシカを思い浮かべたシエスタは、予想以上に自分好みの人物像が出来上がって、思わず
頬を赤くした。
 愛しの彼と並べてみても、遜色は無い。いや、むしろ……。

271銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 17:40:31 ID:IMgn7ZL.
「いやいやいやいや!ダメよ、シエスタ!そっちの道に走っちゃダメだって、ローラが言って
たじゃない!」
 学院の使用人寮で同室の女の子の言葉を思い出して、シエスタはブンブンと首を振った。
 コレは不味い。と、自分を欲望の満ちたイメージから追い払う。
 しかし、そうすると、恋する乙女補正がかかって現実よりも美化された才人と男装のジェシ
カだけが脳の中に取り残されて、シエスタと言う存在が消えた二人だけの世界が出来上がる。
 見詰め合う美男子。そして、流れ落ちる鼻血。
 高鳴るこの気持ちの正体はなんなのか。
 シエスタは、新しい世界に目覚めそうだった。


 森の外に繋がる獣道。多くの村人が通って踏み固められ、藪や突き出した小枝といった障害
物が除去されたそこを走るジェシカは、従姉妹が新しい世界に目覚めかけていることなんて気
付くことも無く、その場の勢いに流されて調子に乗り過ぎたかと早くも後悔していた。
「ああは言ったものの、サイトってのが村の中に入り込んでたら、アタシじゃどうしようもな
いんだよねえ」
 竜騎士隊に包囲された村は、既に外と中との交通を遮断されている。村の周囲には遮蔽物ら
しい遮蔽物も無い為、忍び込むのは至難の業だ。
 それは才人にも言えることなのだが、彼の場合は戦う手段があるし、村に向かった時間が竜
騎士隊が村を制圧する前である可能性がある。
 ジェシカとしては、森の出入り口辺りで足踏みしていてくれるとありがたいのだが。
「……儚い期待よね」
 猪突猛進に飛び出していくような人間が、敵の目を恐れて立ち止まったりはしないだろう。
 一度した約束は決して破らないのが、ジェシカの流儀だ。シエスタに大丈夫だと言った以上
は、結果を出すまで立ち止まるつもりは無い。
 しかし、早速暗礁に乗り上げてしまった気分であった。
「考え事しながら動いてるときに限って、悩んでる時間も無いときたもんだ」
 足元に転がる小枝を踏んで、肩に落ちてきた木の葉を払ったジェシカは、目の前に広がる風
景に溜め息を吐いた。
 森を抜けたのだ。
 一歩前に出れば、もうそこは森の中ではない。天井のように広がる木の葉の影は途切れ、踏
み固められた道が草原を横切るように伸びている。道の先には空に煙を昇らせるタルブの村が
見えるし、その頭上には死肉に群がるハゲワシのように空を飛び交う竜騎士の姿もあった。
 ここから先はアルビオン軍の初期攻撃目標であり、トリステインの防衛圏。
 つまり、戦場である。
 口の中に溜まった唾を飲み込んで、ジェシカは少しずつ早くなり始めた心臓を服の上から押
さえつけた。
「どーしよっかなあ。ここから先に出たら、絶対見つかるよねえ……?」
 浮かぶ冷や汗をそのままに、ちらっと空を見上げる。
 村の頭上を支配している竜騎士隊の目を盗んで村に入り込むなんて、無理で無茶で無謀だ。

272銃は杖よりも強し さん  副題も入れ忘れたor2 投下後に入れます:2009/05/16(土) 17:41:50 ID:IMgn7ZL.
 仮に無理矢理入り込もうとして見つかった場合、抵抗する力の無いジェシカでは追い返され
る程度ならともかく、万が一捕虜にでもされたら何が待っているか分からない。
 きっと、アレやコレやソレを、道具だったり、複数だったり、獣だったりでグッチョグチョ
にされ、最後には薬で考える力も奪われて、ヒギィとかアヘェとかしか言えない体にされてし
まうのだ。
 うら若き乙女が背負う過酷な運命にジェシカの頬は真っ赤に染まり、ひゃあぁ、なんて悲鳴
を上げて何処かのミ・マドモワゼルのように腰がクネクネと動いていた。
「って、なんでアタシは興奮してるんだ!?……落ち着こう。ちょ、ちょっと深呼吸を……」
 落ち着きのなくなってきた自分を自覚して、大きく息を吸う。
 膨らんだ変な好奇心を押し潰し、聞きかじりの知識から生まれた妄想を打ち消した。
 自制心の強さは、同じ黒髪の従姉妹よりも上のようだ。
「はー……、すー、はぁ、すー、はぁ……。ん、よし!」
「何が、よし、なのよ?」
「うへぇ!?」
 突然足下から聞こえてきた声に、ジェシカの心臓が体ごと跳ねた。
 一気に血圧の上がった体を巡る過剰な酸素に、頭がぐらりと揺れる。
 それをなんとか耐え切ったジェシカは、地面から草でも生えるかのように上半身を露出させ
た少女に向き直った。
「え、エルザさん?こ、ここ、こんな所でなにを?」
「なにって……、届け物の配達途中に顔を出したら、ジェシカが居ただけよ」
 地面に手をつき、土の中に埋まっていた下半身も外に出したエルザは、まだ買ってそれほど
経っていない黒いドレスの土汚れを叩いて払う。それで落ちない汚れは放置された。
「ん、でもジェシカが居るってことは、目的地は近いってことよね?じゃあ、無理に暗い場所
を歩かなくてもいいわけか。顔出して正解だったわね」
 事情の飲み込めないジェシカを置いて、エルザは一人で納得したように呟くと、自分が出て
きた地面の穴に顔を近づけた。
 それに合わせて、ぴょこ、とジャイアントモールが顔を出す。
 普段から愛らしい円らな瞳が、今日は一層に強く輝いていた。
「良ぉーし、よしよしよしよしよし。よく頑張ったわ、ヴェルダンデ。お陰でトカゲ乗りの連
中に見つからずにここまで来れた。凄いわ、立派よ」
 短い毛の生えた体をエルザに撫で回され、ヴェルダンデは嬉しそうに鼻先をピクピク動かす。
 だが、ただ撫でられることで満足しないのか、エルザの体を頑丈な爪の生えた大きな前足で
叩くと、今度はちょっと違う鼻先の動きで何かを訴えた。
「うん?ああ、ゴメン、忘れてたわ。報酬をあげないとね。ご褒美は、二匹でいい?」
 ヴェルダンデの頭が左右に振られる。
「じゃあ、三匹?」
 ブンブン、と勢い良く頭が縦に振られた。
「三匹か。黒くて長いのが、三匹。……三本同時攻めなんて、っもう、このドエロ!」
 わけの分からないこと口走って恥ずかしげに赤く染まった頬を押さえたエルザは、ヴェルダ
ンデの頭を叩いて良い音を響かせ、何処からともなく黒光りする巨大で長いモノ。もとい、自
分の腕ほどもある黒ずんだミミズを三匹取り出した。

273銃は杖よりも強し さん  副題も入れ忘れたor2 投下後に入れます:2009/05/16(土) 17:42:29 ID:IMgn7ZL.
 なんで叩かれたのか良く分かっていないヴェルダンデの目が、ミミズに釘付けになった。
「行くわよ、ヴェルダンデ。……とってこーい!」
 抱えられるような形で支えられていたミミズの巨躯が、ジャイアントスイングの遠心力で遠
く投げ飛ばされる。それを、ヴェルダンデが土中を掘り進みながら追いかけた。
「……ふぅ。良い汗かいたわ」
 何故かやり遂げた顔になったエルザが、額に流れる汗を袖で拭って息を吐く。
 ヴェルダンデが少し離れた所で一匹目のミミズをキャッチし、素早く食べ終えて二匹目に狙
いを澄ませたところで、やっと雰囲気的に置いてきぼりにされていたジェシカが我を取り戻し
た。
「えーっと、エルザさん?」
「ん?なによ、さん付けで呼んだりして。水臭いじゃない」
 かけられた声に振り向いたエルザが、以前とは少しだけ変えられた呼び方に怪訝な表情を浮
かべる。
「いや、でも、年上だし……」
 倍近い時間を生きている相手に向かって、ジェシカは言い辛そうに答えた。
 エルザが吸血鬼であることは教えられていたが、ジェシカがエルザの実際の年齢を聞いたの
は最近のことである。見た目よりちょっと歳を取っているのかな?という程度の認識だった為、
以前は呼び方がエルザちゃんだったのだが、実は母親と殆ど同年代であることを知って、さん
付けに改めたのであった。
 目上の人間に対するような、ちょっと縮こまった態度を見せるジェシカに、エルザは困り顔
に少しの笑みを混ぜた表情になった。
「ああ、年齢のことなら気にしなくたっていいわよ。さん付けでわたしを呼んだりしたら、傍
から見て不自然でしょう?だから敬語も要らないし、従来通り、ちゃん付けで呼んで。という
か、呼べ」
 最後が何故か命令形だが、とりあえず納得したように首を縦に振ったジェシカは、頭の中で
何度か呼び方の練習をすると、エルザをちゃん付けで呼んで話を本題に移した。
「それで、エルザちゃんがここに居るのって、なんで?」
 エルザの口から、溜め息が漏れた。
「最初に言ったわよ。届け物の途中に顔を出しただけだって。……あっ、聞きたいのは届け物
の中身と、何処に行くのかってことかしら?」
 意思の疎通に僅かなズレを感じてエルザが言い直すと、ジェシカはコクリと頷いた。
「別に珍しいものでもなんでもないんだけど……、ちょっと待っててね」
 エルザはそう言うと、おもむろにスカートを持ち上げ、肌に優しい上質コットン生地の裏地
に出来た大きな膨らみに手を伸ばした。
 スカートの裏側であるため、膨らみの位置は手探りだ。しかし、生地の良さのせいか、伸ば
した手が膨らみに触れる度、少ない摩擦と意外に広い裏地の中を泳ぐように膨らみの中身はス
ルスルと逃げていく。
「んー……?入れるときは簡単だったのに、取り出すとなるとちょっと手間がかかるわねえ」
 どうやら、スカートの裏は大きなポケットになっているらしい。手で持ち運べる程度の荷物
なら収納できるらしく、件の届け物もそこに入れられているようである。

274銃は杖よりも強し さん  なんかミスばっかだ・・・。ぐふぅ:2009/05/16(土) 17:43:30 ID:IMgn7ZL.
 ただ、構造的な欠陥なのか、取り出す際にスカートを捲る必要があるようで、エルザはジェ
シカ以外の目が無いことをいいことに、太腿まではっきり見えてしまうほどスカートを高く持
ち上げ、ブンブンと振り回している。
 それでも荷物はポケットの中に篭城を決め込み、外に出てくる様子は無かった。
「このっ、出て来い!往生際が悪いわよ!」
「往生際とか言う以前に、はしたないって……、うわぁ!?」
 思わず突っ込みを入れそうになったジェシカが、振り回されるスカートの向こうに大人の空
間を発見し、驚きに思わず声を上げる。
 子供が見てはいけない、神秘の世界を見つけてしまったのだ。
「……?どうしたのよ。ちゃんと出てきたわよ」
 スカート裏のポケットから、ぼと、と落ちた包みを抱えて、エルザが不思議そうに首を傾け
る。一見してあどけない子供の仕草なのだが、今のジェシカにはそれが妖艶な色香を放ってい
るように見えて、どうにも顔が赤くなるのを止められなかった。
「いえ、何でもありません」
「……そう?」
 もう一度首を傾げたエルザは、頭上に疑問符を浮かべながら包みを解き始める。
 それを横目に見ながら、ジェシカは瞼の裏にしっかりと刻み込まれた光景にこめかみを押さ
えた。
 ドレスと同色のストッキングにガーターベルト。大切な部分を覆う下着は、肌の色がはっき
り確認出来るほど透けたレース生地で、赤紫のリボンがプレゼントを飾り立てるように結ばれ
ていた。
 穿いていない状態の直接的な色気よりも、穿いている状態の背徳的な色気よりも、よっぽど
エロい印象を根付かせるエロティシズム。
 その道のプロのお姉さんだって滅多に穿かないような、際どいにも程がある下着を常用して
いるなんて……。
「やっぱり、さん付けで呼びます」
 大人って凄い!
 そう思った、ジェシカ16歳の夏であった。
「?」
 自分の下着のことでジェシカが変な尊敬の念を抱き始めたことなんて露知らず、ただ首を捻
るしかないエルザは、一抱えもある包みを解いて、現れた無数の薬包紙の一つを手に取った。
「コレが、わたしがここにきた理由よ。どっかの血筋マニアに頼まれて、タルブの人たちに配
る予定の風邪薬。買って来るって話は聞いてたでしょ?」
 ジェシカの手の平に薬包紙を載せて、その中に収められた粉を見せる。
 水のメイジの力を借りなくても風邪に対して効果をあげるそれは、本来なら平民の手の届か
ない高級品だ。しかし、村に滞在するシャルロットの母の名義で出された資金が、村の住人に
一通り配給できるだけの量を確保することを許した。
 小匙一杯分あるかどうかという量の粉が、平民の年収に匹敵する価値がある。突然にそんな
ことを言われたら、すぐには納得出来ないだろう。一年の労働が、たった一匙分の薬にしかな
らないなんて。

275銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 17:44:16 ID:IMgn7ZL.
 しかし、タルブの村人達にとっては待ち望んだ代物であることに変わりはない。ジェシカも
首を長くして待っていたそれは、絶望感の漂う避難民達に希望を与えてくれるはずだった。
「予防薬にもなるって話だから、ジェシカも飲んでおいたほうがいいと思うわ。ずっと病人の
傍に居たんでしょ?甘く味付けしてあるから、遠慮せずにがーっといっちゃいなさい」
「あ、うん。……へぇ、便利なものだね」
 言われたままに薬包紙を口の前に持ってきて、盛られた粉末を口内に流し込む。
 瞬間、舌の上に広がった途轍もない苦味に、ジェシカの表情が歪んで皺だらけになった。
「み、みふ……!」
「ぶふっ、くっくっくっく……。残念だけど、ミミズはもう無いわよ」
 口の中の苦味を取り除こうと水を求めたジェシカに、エルザが笑いを漏らして腹を抱えた。
 聞き間違いをしたという様子ではない。わざと水とミミズを聞き間違えたふりをしているの
だ。
「みふ!みふはっへば!!」
 涙が零れそうになるほど刺激的な味が、ジェシカに強烈な喉の渇きを与えている。
 粉薬を飲むときには水が必要だと言う認識は有ったのだが、量が量だ。唾で十分に飲み込め
ると思ったし、甘い味付けだと言うから警戒もしなかった。それが、間違いの元だ。
 薬はしつこく口の中に張り付き、唾で飲み込もうとするジェシカを嘲笑うかのように、無駄
無駄無駄ァッ!とハイになってジェシカを攻め立てている。
「えー、蜜ぅ?貴女、薬を飲むのに蜂蜜なんて使うつもり?贅沢ねえ」
「ひはう!みふっへいっへるへひょ!!」
 尚も聞き間違いしたふりをするエルザの胸倉を掴み、ガクガクと揺さぶる。しかし、完全に
遊びに入ったエルザは、その程度で音を上げることは無かった。
「は、はふぁったわね!」
「ふふふ、わたしは一度として水無しで飲めるだなんて言ってはいないわ。薬が甘いなどとい
うありもしない幻想を抱き、飲み水を用意しなかった貴女の負けよ、ジェシカ」
 何時の間に勝負事になっていたのか。
 サディスティックな笑みを浮かべたエルザは、嘲るように高笑いしてジェシカの手を振り解
くと、颯爽と逃げ出した。
 ジェシカの歩いてきた獣道を逆走していくエルザに手を伸ばして、待て、と声をかけようと
するが、口の中の苦味とそれが高級品であるという事実がジェシカの行動を妨げる。
 平民の年収が口の中に納まっているのだ。おいそれと無駄には出来ない。
「お、おふぉれー!」
 でも結局、口の端から粉を少量吹いて、ジェシカは恨みを込めた声を上げた。
 森の木々に去り行くロリ吸血鬼の後姿が隠れ、やがて景色に溶け込んで見えなくなる。
 目的地は分かっているのだから、追おうと思えば追えなくは無い。しかし、ジェシカにはシ
エスタとの約束があるため、このまま帰るというわけにはいかない状況だ。
 森の中から一歩も出ないまま終わりでは、シエスタも納得しないだろう。
 一先ず口の中の風邪薬を何とかしよう、と湧き水でもないものかと周囲を見回したジェシカ
は、足元に開いた穴を見て苦味でクシャクシャになった表情を更に歪めた。

276銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 17:44:51 ID:IMgn7ZL.
 エルザが何処から来たのかは分からないが、少なくとも、この穴は森の外に通じているはず
だ。もしかしたら、村の近くに出入り口があるかもしれない。
 シエスタとの約束を優先するなら、この穴に入ってさっさと村の様子を見に行くべきだ。し
かし、口の中の苦味はどうにも耐え難い。
 解決策が一つ見つかると、すぐに別の問題が発生するから人生と言うものは過酷だ。
 先日の雨が今日降れば、口の中の苦味ともおさらば出来るのに。
 もしそうなったら、風邪の薬自体飲むことは無かっただろう。そんな事実を無視して、天候
に文句をつけたジェシカは、心の中でチクショウ!と叫んで、穴に中に飛び込んだ。
 村の様子を見ることが出来たら、すぐに帰って誰かに水を貰おう。
 そう思って行動したのはいいのだが、ヴェルダンデという案内役も無く、真っ暗な穴の中を
どうやって移動するのか。
 そんなことにジェシカが気付いたのは、穴の中ですっかり迷子になってからのことであった。


 運動をしていると、呼吸は自然と荒くなる。それは、体を動かすためのエネルギーとして酸
素を必要とするからであり、体力の消耗が安定した呼吸を乱すからである。
 ハルケギニアに生きる竜もまた、生き物である以上は呼吸をし、激しい運動をすれば息は乱
れるものだ。しかし、意外なことに、空を飛んでいる最中はそれほど息を乱すことは無い。
 何故か?
 それは鳥と同じように翼で風を捉えることによって、体力の消耗を抑えているからだ。微細
な動きで風の変化に対応しているが、やっていることは翼を広げているだけである。
 では、どのような時が竜にとって最も体力を消耗するときなのかといえば、当然翼を激しく
動かしているときだ。
 加速、減速、離陸、着陸、方向転換。翼を動かす機会は様々あるが、中でも一番激しい動き
をするのは、その場で滞空する場合である。
 風に乗ることも出来ず、自身の翼一つで空を飛び続けなければならない状態は、竜の体に多
大な負担を強いる。つまり、呼吸が乱れるわけである。
 流石に、人のようにか細い悲鳴のような声を上げるわけではないが、鼻息の荒さはそれはも
う凄いことになる。
 その荒い鼻息の前に人が立っていたのなら、酷いことになるのは間違いない。生暖かくも臭
い鼻息を延々浴び続けなければならないし、そして、多くの生き物は鼻の奥に鼻水と言う粘膜
を持つ。
 鼻息の中に混じる鼻水。それを浴びた人間が、果たして冷静でいられるだろうか?
 答えは、否であった。
「……この爬虫類、ブッ殺してやる」
 地獄のそこから這い出ようとする亡者の呻きに似た響きを発したのは、頬にべっちょりと粘
性の液体を貼り付けたマチルダだ。言うまでも無く、付着したゲル状物体は竜の鼻水である。
「落ち着いて下さい、ミス・ロングビル。今動いては……!」
 向かう所全て磨り潰すと言わんばかりの殺気を持って前進しようとしているマチルダを、コ
ルベールが羽交い絞めにして押さえつけていた。

277銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 17:45:24 ID:IMgn7ZL.
 マチルダが怒り狂っている原因は、目の前でホバリングしているワルドの風竜だ。
 空気を読まずになにやらペラペラと喋っているワルドを乗せた竜は、地上に降りることも風
に乗って飛ぶことも許されず、呼吸を荒くして必死にホバリングしている。偶々正面に立って
いたマチルダは、その鼻息をモロに浴びて、さらには鼻水をぶっ掛けられたのであった。
 これで切れないはずがない。
 元々短気なマチルダは、即座に目の前の竜を八つ裂きにするべく動き出そうとしたが、辛う
じて冷静だったコルベールに止められ、杖も取り上げられていた。
 コルベールがマチルダを止めた理由は二つ。
 頭上を舞う竜騎士隊の数が多く、とても勝てる相手ではないということ。
 二つ目は、ワルドの語る話の内容だ。
 提示する条件を飲めば、マチルダとコルベールを見逃しても良い、と言っている。
 竜騎士隊を相手に逃げることは難しく、戦っても数騎を道連れにするのが精一杯といったと
ころに提示されたワルドの申し出は、生き延びることを考えれば、またとないチャンスなのだ。
 そのチャンスも、マチルダに暴れられては意味がなくなってしまう。少なくとも、条件を聞
くまでは大人しくして貰いたい。
 というのがコルベールの意見であった。
「ミス!ミス・ロングビル!どうか、どうか耐えてください!」
「やかましい!コレが黙っていられるか!女の顔を汚しておいて……、楽に死ねると思うなよ
トカゲもどきがッ!!」
 手足を激しく動かして、マチルダはコルベールを振り払おうとする。しかし、一応男である
コルベールの腕力には勝てず、虚しく叫びだけが木霊していた。
「なんだ、ミス・サウスゴータは話に乗り気ではないようだな……?」
 話を途中で止めたワルドが、マチルダの様子にニヤリと笑って見下したような視線を向けて
くる。しかし、マチルダの意識はワルドなど眼中に無く、風竜だけに向けられていた。
 敵意を感じて風竜も威嚇し、マチルダも歯を剥いて唸り声を漏らす。
 その姿は、まるで縄張り争いを始めた肉食獣のようであった。
「……獣と話していても意味は無い、か。そっちのお前はどうだ?条件を飲むというのであれ
ば、お前一人だけ生かしておいてもいいが」
「条件が分からねば、返事のしようがないとは思いませんかな?」
 マチルダを抑えたまま、ワルドの言葉に答えたコルベールは、一瞬馬鹿にしたような目を向
けて挑発する。
 正直に言えば、コルベールはワルドとの交渉が上手く行くとは思っていない。こういう状況
で示される条件なんて、碌な物が無いことは分かりきったことだ。
 それでも話し合いにコルベールが応じているのは、時間の経過による状況の変化を期待して
のこと。そのためには、マチルダが交渉の決裂を早めてしまうことは望ましくない。
 マチルダ自身を止められないのであれば、ワルドがマチルダの態度に業を煮やして交渉を終
えてしまわないように、多少恨みを買ってでもワルドの意識を自分に向けさせる必要がある。
 コルベールが話し合いを進めながらもワルドに対して下手に出ないのは、そういう計算が働
いていたからだった。
「それもそうか。では、条件を言おう」

278銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 17:46:03 ID:IMgn7ZL.
 分かりやすい挑発で腹を立てるほど、ワルドとて子供ではない。
 挑発される理由を状況から読み取りながら、自分の立場が圧倒的優位であることを態度で示
しつつ冷静に言葉を選ぶ。
 コルベールとワルドの腹の内の読み合いは、ワルドに分があるようだった。
「すぐに裏切れとは言わぬ。元ある立場に戻り、こちらの指示があったときにだけ内通を謀れ
ばそれでいい。貴様等は魔法学院の人間だろう?なら、そうだな……、万が一戦線が硬直する
ようなことがあれば、トリステインの中核を担う貴族の子弟を何人か見繕って、こちらの手の
者に差し出す、というのはどうだ?」
「……人質を取る、ということですかな?」
「平たく言えば、そうだ」
 肯定したワルドに、コルベールは内心で悪態を吐く。
 交渉はやはり決裂だ。そんな要求を呑めるはずが無い。マチルダなら生徒の一人や二人、ど
うってことは無いと言うかもしれないが、コルベールは教員としての自分に誇りを持っている。
 生徒を犠牲にするなど、ありえない話だ。
 それでも、話を終えるわけにはいかない。状況に変わりが無い以上は、話を続けなければ敗
北が決まってしまう。
「要求を呑んだとして、私達がそれを実行するとは限りませんぞ?」
 口約束なんて簡単に破れるものだ。むしろ、そういう誘いがあったと報告すれば、アルビオ
ン側の手口が一つ明らかになり、有利になる。
 そういう懸念を指摘すると、ワルドは可笑しそうに鼻で笑った。
「それは無い。嫌でも約束は守ってもらうさ。禁呪を使用してでも、な」
 手を空に向けて、竜騎士隊にハンドサインを送る。すると、竜騎士の一人がゆっくりと近付
いて来て、ワルドの隣に並んだ。
「“制約”の魔法は知っているだろう?使用した相手に、特定の行動を強制することが出来る
水の魔法だ。これの使い手は滅多にいないが、偶然にも部下に一人だけ使えるものが居たので
な。そうでなければ、わざわざこんな話し合いをするつもりは無かった」
 ワルドが顎先で指示を出すと、竜騎士は竜を地上に降ろしてコルベールに杖を向ける。
 まだ条件を呑むとは答えていないのに、向こうはもうそのつもりらしい。いや、元より選択
肢など無いのだ。
 了承するか、死か。
 ここで反抗的な行動を取れば、向けられた杖は瞬時に別の魔法を放つのだろう。
 時間稼ぎを継続したいコルベールはなんとか時間を引き延ばすために声をかけるが、既に詠
唱を始めた竜騎士を止めることは出来なかった。
「クッ……!」
 魔力の奔りを感じて、目を逸らす。
 “制約”は魔法による洗脳と条件付けの二つによって成立する。魔法だけでも、条件だけで
も意味は成さない。そのため、視線を逸らし、相手から意識を遠ざける行為は、“制約”の魔
法を防ぐのに有効な手段とされている。
 しかし、それも経験則ではなく、うろ覚えの知識だ。“制約”を確実に防げるとは限らない。
 もし。仮に。万が一。そうなったら?

279銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 17:46:37 ID:IMgn7ZL.
 膨らむ不安に、コルベールの肌が熱を帯びてじっとりと汗ばむ。緊張に手が震え、マチルダ
を抑える力が緩んだ。
 そして、コルベールが待ち望んでいた時間稼ぎによる、状況の変化が訪れた。
 風が吹き、音の衝撃が肌を打つ。
 マチルダと睨み合っていた風竜の頭が、空から降ってきた人間に足蹴にされて歪むと同時に
赤い液体を噴き出した。
 竜の額が、鋼鉄に貫かれていた。
 空中を飛んでいた竜の体が地面に倒れ、血に濡れた大剣が肉の鞘から引き抜かれる。
 飛び散った鮮血に頬を汚したコルベールは、現れた人物の名を呼ぼうとして、緩んだ拘束か
ら逃れたマチルダに殴り飛ばされた。
「平賀才人、遅れて参上!って、なんか俺ってカッコイイ!?」
「このクソガキィ!アタシの獲物を取るんじゃないよッ!!」
「ぐえっ!」
 ワルドの風竜を倒した才人が、駆け寄ったマチルダに頬を殴られた。
 登場タイミングは悪くは無かったのだが、一個人の感情にまでは配慮出来なかったのが才人
の敗因だ。
「ガンダールヴ!貴様、なぜここにいる!?」
「そんなこと、お前に言う必要があるのかよ!」
 鼻血を垂らして殴られた頬を手で押さえた才人が、ワルドの言葉を力強く跳ね除ける。その
後方では、いきり立ったマチルダが既に死体となった風竜の頭を幾度も蹴り飛ばして鬱憤を晴
らしていた。
「フン、交渉は決裂だ。ガンダールヴ諸共、皆殺しにしてくれる!」
「やれるもんならやってみろ!」
 デルフリンガーを両手で握り、レイピアを構えたワルドに才人が突撃する。
 上段からの一撃をワルドは体を捻って回避し、レイピアを鋭く走らせて才人の喉を狙う。い
つかの手合わせの時とは違う、殺意の篭った攻撃だ。
 左手の甲に輝くガンダールヴのルーンの光は、鈍い。
 マチルダの八つ当たりともいえる拳が、感情の昂りをリセットしたせいだろう。身体能力の
向上効果は、ワルドの攻撃を回避出来るほどのものではなかった。
「……っとおおおぉお、あっぶねええええぇぇ!!」
 ずるり、と足が滑って才人の体が後ろに逸れる。
 風竜を殺したときに付いた血糊が、間一髪のところで才人を救っていた。
「チィ!大人しく死んでいろというのに!」
 舌打ちして、ワルドは体勢を崩した才人に追撃をかける。
 そこにオレンジ色の光が飛び込み、ワルドの進路を遮った。
「やらせませんぞ!」
 コルベールが放った、炎の魔法だ。
 蛇を模った炎が牙を剥いてワルドを襲う。
 魔法で身を守る時間は無く、生き物のように動く炎は回避も難しい。取れる手段が多くない
ことを刹那の時間で判断したワルドは、ちらりと視線を横に向けて、体ごと目的の位置に飛び
出した。

280銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 17:47:09 ID:IMgn7ZL.
「隊長?たいちょっ!?」
 “制約”の魔法を中断して、コルベールに魔法で攻撃しようとしていた竜騎士の体勢が大き
く崩れる。紺色のマントにワルドは手をかけ、入れ替わるようにして竜の上から竜騎士を引き
摺り落としたのだ。
 直進していた炎の蛇は、そのまま竜騎士を断末魔の声を上げる暇さえ与えずに焼き殺した。
「部下を盾にした!?なんということを……!」
「なにを驚く?ここはもはや戦場だ。ルールなど存在しない!そもそも、殺したのは貴様だろ
うがッ!」
 非道な行為に震えるコルベールへ冷たく言葉を投げかけ、ワルドは竜騎士が乗っていた火竜
の手綱を握る。その合間に、立ち直った才人が再び斬りかかって来るのを蹴り飛ばした。
「ふん、流石に俺一人では分が悪そうだ。一度退かせてもらうとしよう」
 引かれた手綱に反応して火竜の翼が広がり、ゆっくりと上昇を始めた。
 空にいる竜騎士隊は、既に異変を察知して攻撃態勢に入っている。ワルドがこの場を離れれ
ば、攻撃を躊躇する理由が無くなり、一斉に襲い掛かってくることだろう。
 状況は最悪だ。ワルドを倒しても倒さなくても、竜騎士隊の攻撃を退ける術は無い。
 歯噛みしたコルベールは状況の改善策を求めて周囲に視線を走らせるが、田舎町に竜騎士の
攻撃から逃れられるような障害物は無く、当然迎撃に使えるような道具が転がっているはずも
ない。
 出来ることがあるとすれば、死力を尽くして戦い続けることだけ。
 考えている時間は無かった。
「彼を逃がしてはいけない!竜騎士隊の統率を乱す為にも、ここで討ちますぞ!」
「言われなくたって!」
 去り行くワルドの火竜の尻尾に才人が飛びつく。それに続くように、コルベールが炎の魔法
の準備を始めた。
「待て、ワルド!」
「待てと言われて待った馬鹿が、過去に一人でも居たのか?」
 ワルドが手綱を繰って竜を少し暴れさせる。それだけで尻尾にしがみ付いた才人は上下左右
に激しく揺さ振られ、振り落とされそうになる。それでも才人は鱗に爪を引っ掛けて、振り落
とされるのを耐えていた。
「ええい、しつこい!」
 耐えかねたワルドが魔法を詠唱し、風の刃を才人に向けて放つ。
 尻尾にしがみ付くのに精一杯の才人にそれを避けることが出来るはずも無く、真空の刃は才
人の右肩を抉り、そのまま背中を通って左の腰へと抜けた。
 切れ味の良さから痛みも走らず、何をされたのか気付けなかった才人はそのまま尻尾を掴み
続ける。だが、一度大きく尻尾が振られて強く力を入れた瞬間、裂けた衣服の下で皮と肉とが
離れ、激痛と共に大量の血が溢れ出した。
「あ、あう、あああああああああぁぁあぁっ!」
「相棒!?やばい……、この傷は、ちょっとシャレになんねえぞ!」
 悲鳴を上げて竜の尻尾から振り落とされた才人の様子に、デルフリンガーが緊張に声色を変
えて叫ぶ。

281銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 17:47:41 ID:IMgn7ZL.
 ワルドに攻撃を仕掛けようとしていたコルベールは、宙に散る赤い液体を見て、咄嗟に別の
魔法に切り替え、杖を振るった。
「レビテーション!」
 物体を浮遊させる魔法が才人に向けられ、落下途中にあった体が地面に激突する寸前で空中
に固定される。
「サイトくん!?大丈夫かね?意識をしっかり保ちたまえ!」
「何とかして傷口塞がねえと……!相棒が死んじまう!」
 才人の背中に走る一本の傷は、派手に出血しているだけで深くは無い。だが、その出血量自
体が問題で、急速な失血によるショック死が危ぶまれる。
 仮に死を免れたとしても、この出血を放置すれば脳が血液不足によって損傷するだろう。そ
うなれば、どんな後遺症が待っているか分からない。ハルケギニアには、こういう傷を原因に
表舞台から去った人間も少なくは無いのだ。
 とにかく、傷を塞ぐ必要がある。しかし、針と糸で縫合することや水の魔法での止血は、こ
の場では実現できるものではなかった。
「止血か……、やりたくは無いが、命には代えられん」
 才人を地面に下ろしたコルベールは、迷いを捨てて炎の魔法の詠唱を始める。
「おいおい、この大事なときに、そんな危なっかしい魔法でいったいなにを……」
 異様な雰囲気を察したデルフリンガーが、コルベールの動向に声を漏らす。
 詠唱を終えて、コルベールは杖を才人の背中に向けると、デルフリンガーの静止の声に耳を
貸すことなく、魔法を発動させる最後の言葉を口にした。
「恨みは、甘んじて受けますぞ」
 杖に籠められた魔力が熱と光に形を変えて、傷口に沿うように才人の背中に広がった。
 血液を蒸発させながら、炎が才人の傷口を焼いていく。切断されていた皮膚と肉が焼け爛れ
ることによって塞がり、流れ出る血の量は確実に減少していった。しかし、その間、才人の口
は顎が外れそうなほどに開かれて、耳を劈くような悲鳴を響かせていた。
「……無様だな」
 空に移動したワルドが、才人の背中を焼くコルベールを見下ろして吐き捨てる。
 あれでは、死ぬか生きるかの二択だろう。お粗末にも程がある止血方法だ。
 ああまでして生きることに執着する意味があるのか。死ぬべき時に死んでおいた方が、人生
なんてものは苦痛が少なくて済む。なにせ、生き残った彼らが後に見るものは、蹂躙されるト
リステインの姿なのだ。他国の軍に蹂躙される国家の様相は、凄惨というしかない。
 そんなものを見る為に、苦痛を耐えて生き延びようなどと……。
 ワルドにとって、才人やコルベールの生き残ろうと足掻く姿は、潔さも誇り高さも無い、泥
臭い生き様にしか見えなかった。
 そんなワルドの言葉に、浮かぶように姿を現したマチルダがニィと笑った。
「まったく、同感だね。ここまで近付かせてくれるなんてさ!」
「っな!貴様!?」
 振り向いたワルドの目に、巨大なゴーレムの頭部が映る。
 肩の上にマチルダを乗せたゴーレムの両腕は、既に高く持ち上げられ、後は重力に任せて振
り下ろすだけとなっていた。

282銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 17:48:15 ID:IMgn7ZL.
 ワルドが才人やコルベールの動きに気を取られている間に、マチルダはこのゴーレムを作り
上げていたのだ。
「ダボがッ!気付くのが遅いんだよ!!」
 マチルダの意思に従い、ゴーレムが巨大な両腕をハンマーのように振るってワルドの乗る火
竜の背骨を砕いた。
 衝撃で肉が裂け、飛び散った血がゴーレムの体表を赤く染め上げる。その中に混じって、千
切れたと思しきワルドの腕がマチルダの足元に飛び込み、皮のブーツを赤く染め上げた。
「あはははははっ!だらしないねえ!結局誰だか分かんなかったけど、そんなことはもうどう
だっていいさ!生まれ変わって出直しといで!フッ、ははははっ!」
 四散した肉片が地上に落ちていく様を見下ろして、マチルダは腹を抱えて激しく笑う。
 溜まった苛立ちをワルドにぶつけて、ご満悦のようであった。
 しかし、何時までも笑っていられない。マチルダの作ったゴーレムを取り囲むように竜騎士
隊が飛び回り、殺気立った目を向けてきている。
 目の前で仲間を殺されて激怒しているのだ。
「……これは、ちと危ないかねえ?」
 肌にピリピリと感じる鋭い殺意に昂った気分があっという間に冷まされて、マチルダの頬の
筋肉が緊張で引き攣る。30メイル級のゴーレムなら上手く行けば竜騎士の二人くらいは仕留
められそうな気はするが、その頃には自分も灰になっているのは確実だ。
 これだけ敵意を向けてきている相手に、正面から戦うのは得策ではないだろう。
 つい先ほどまでぶっ飛んでいた理性を動員して、とにかく逃げるべきだという結論を導き出
したマチルダは、足蹴にしたワルドの腕を拾い上げると、それを正面を飛ぶ竜騎士に思いっき
り投げつけた。
「アンタ達の大将の腕さ!返してやるよ!」
 風の動きが変わり、投げつけた腕が竜騎士の一人にキャッチされる。その次の瞬間、包囲し
ていた竜騎士隊が一斉に騎乗する火竜にブレスを吐かせ、ゴーレムを火達磨にした。
「ハッ!危ない危ない」
 腕を投げた瞬間にゴーレムの肩から飛び降りたマチルダは、全身を炎に焼かれて崩壊を始め
るゴーレムの土と一緒に自由落下に身を任せ、地上に見える才人とコルベールの脇にレビテー
ションで勢いを殺して着地する。
 ちょうど才人の傷を塞ぎ終えたコルベールが視線でマチルダを向かえ、その背の向こうに見
える殺気をばら撒く竜騎士隊を瞳に映した。
「逃げる算段は?」
「ないよ」
 あっさり答えたマチルダに、コルベールは傷を焼かれた時の痛みで気絶した才人を担いで苦
笑した顔を向けた。
「では、走るしかありませんな」
「ぎっくり腰になんてなるんじゃないよ」
 一瞬だけ視線を交えた後に、互いに鼻で笑って足に力を籠める。
 その背後に騎士を背に乗せた火竜が迫り、煌々と燃えるブレスを放った。

283銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 17:48:48 ID:IMgn7ZL.


「だいたいこの辺か……、っと!」
 上下左右、あらゆる方向を土に囲まれた中、ランプの明かりを頼りに天井に耳を這わせてい
た男が、おもむろに両腕を天井に突き刺した。
 硬化の魔法をかけられた手は、土の壁に負けることなく肘の先まで突き進み、その向こうで
何かを握り締める。
 土を盛った土台の上で、男は手に何かを握ったまま体ごと腕を引っ張って、土の向こうにい
るものを引きずり出した。
「わああっ、わあ!」
「あちち、あちっ、あちっ!髪が、燃える!」
 天井が崩れて現れたのは、才人を抱えたコルベールと髪の一部を焦がしたマチルダであった。
 今し方、竜のブレスを浴びせられそうになった二人は、間一髪のところで男の手に救われた
ようである。しかし、完全に無事とはいかないようで、マチルダの髪は焦げ付き、コルベール
も後頭部の髪をパンチパーマ状態に変えていた。
 得意分野ではない土の魔法で天井の穴に蓋をした男は、ふう、と息を吐いて、金色の髪を濡
らす自分の汗を汚れた袖で拭った。
「あああああああ、あたしの髪が!半分くらいにまで……!クソッ!助けるなら、もっと早く
やりな!この駄目王子!!」
「いや、手厳しいね。一応は急いだつもりなんだが」
 マチルダの理不尽な言葉に、ウェールズは土に汚れた顔を崩して笑うと、足元のランプを拾
い上げる。油の量が少なくなり始めているらしく、光が弱まっているようだった。
「地下からでは緊急かどうかなんて、判別がつかないんだ。騒がしくしてくれていたから何と
か位置は分かったんだけど……、申し訳なかった」
「謝って済んだら、法律なんて存在しないってんだ!チクショウ……、アタシの髪が、こんな
に短く……」
 黒く焦げた部分を手で千切ると、髪の長さが肩の辺りで途切れてしまう。
 この分だと、綺麗に整えた場合は更に短くなってショートヘアになるかもしれない。元の長
さまで伸びるのは、恐らくは再来年の今頃になるだろう。
 涙目で崩れた自分の髪を握ったマチルダは、手入れを欠かすことなく綺麗に伸ばしてきた自
分のたった一つのお洒落が台無しにされた事実に、沸々と憎しみと怒りが湧き上がってくるの
を感じた。
「キィーッ!あいつら、殺す!絶対、皆殺しにしてやるぅ!」
「お、落ち着いてください、ミス・ロングビル!髪のことなら、後で私の育毛剤をお貸しいた
しますから。それよりも、先ほど彼のことを王子と……」
 暴れるマチルダを宥めて、コルベールは聞き流せない言葉に反応を示す。
 近年のハルケギニアにおいて、王子と称される人間は多くない。トリステインもガリアも王
の子は娘が一人だけだし、ロマリアは王権そのものが無い為に王と名が付くことは無く、ゲル
マニアに至っては王が結婚すらしていない為に子供自体が存在していない。分散する小国や公
国には王子と称される人間は少なからず存在するものの、滅多と表に出ることは無く、社交界
に顔を出すのはもっぱら女性ばかりだ。

284銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 17:49:22 ID:IMgn7ZL.
 そのため、王子と言えば、ここ数年ではたった一人を示すことになっていた。
 アルビオン王国王家、テューダーの名を継ぐウェールズである。
 一介の教員でしかないコルベールが王家の人間に直接拝顔することは無いが、祭典が開かれ
れば遠目に顔を見ることくらいはある。記憶にある曖昧な人物像を鮮明にすればこうなるので
はないか、という見本を目の前に置かれれば、それが同一人物ではという程度の疑問を抱くの
は、当然の成り行きであった。
 突然に立ち去るのも言い逃れをするのも不自然だと判断したウェールズは、コルベールの疑
問に対し、素直に自分の身分を明かすことを決めた。
「口が滑ってしまったようだね。まあ、仕方がない。その通り、僕は今は無きアルビオン王国
がテューダー王家の血をこの身に流す者。ウェールズ・テューダーだ」
 アンリエッタの持つ可憐な王女のそれとは違う、前線に立って血を流してきた軍人上がりの
王家の威光を滲ませたウェールズに、コルベールは体を震わせて跪く。
 偽物ではない。本物だけが持つ圧倒的な存在感が、確かにそこには有った。
 どこかの誰かのせいで世俗に染まって、いくらか落ちぶれてはいたが。
「おお、生きておられたのですか……!」
「本来なら内戦の終わりに討ち死にするつもりだったがね……、こうして情けなくも生き恥を
晒している。最近は小間使い同然に使われて、かつて仕えてくれていた使用人達の苦労を偲ぶ
毎日さ」
 小間使い?と言葉を零して、コルベールはハッとなってマチルダを見る。
 王族であろうとも落ちぶれた人間なんかは絶対敬ったりしないであろう人物が、そこに居た。
「言っとくけど、あたしじゃないよ。ここ暫く会ってなかったし。……っていうか、アンタは
あたしをそういう目で見てたのか!」
「あっ、あっ、そういうつもりでは!ただ、今日はどうしても印象が変わってしまうような姿
を多く見てましたので……!いたたたたたたたた、私の、私の残り少ない髪が!?」
 ちりちりになっている後頭部の毛をブチブチと引き抜かれて、コルベールは目元に涙を浮か
べる。
 痛みで泣いているのではない。絶滅間近の頭髪が虐殺されていることに泣いているのだ。
 コルベールの背後に張り付いて次々と犠牲を量産するマチルダを、ウェールズは平和な光景
だと笑顔で眺めて、手元のランプに目を移した。
 蝋燭の明かりよりも頼りなくなっていたか細い火が、そこでちょうど寿命を向かえた。
「おや?どうやら、油が切れてしまったようだな」
「なんだい、いいところだったのに……。えーっと、アタシの杖はどこいった?」
「いいところって、私の髪を荒野の如き不毛の地に変えておいて……!あ、ミス・ロングビル
の杖ならここにありますぞ」
 小さな明かりであったとはいえ、消えてしまえば目は暗闇しか映さなくなる。
 手元さえ分からなくなったマチルダ達は、手探りで各々に行動し、明かりを求めて杖を手に
しようとした。
「ここにあるって、そのここってのが何処なのか分かんないじゃないか!」
「私に言われても……。ああ、しまった。杖を地上に置いてきてしまいましたぞ!」

285銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 17:50:13 ID:IMgn7ZL.
「あれ?僕の杖がない。確かにベルトに挟んでおいたのに……」
「ああっ、申し訳ない!ミス・ロングビルの杖はこっちでした!こちらは、ウェールズ殿下の
杖ですかな?足元に二つとも転がっていて、どうにも判別が」
「だーかーら!アタシの杖はどこだって言ってんだよ!こっちじゃ分かんないっての!」
「僕も、どこに何があるやら……」
 手探りで棒切れ同然の杖を探し出すのは難しい。
 コルベールは親切で拾った杖をマチルダやウェールズの近くに移動させるのだが、それは逆
に転がっている位置を予測しているマチルダ達には迷惑以外の何者でもなく、杖は一向に手の
中に収まることは無かった。
「ちょ、誰だ!今、あたしの胸に触ったにょわっ!?このっ、言ってる傍から尻まで触るなん
て、死なすぞコラァ!!」
「ご、誤解ですぞ!私はただ、杖を渡そうと……、はう!?」
「なにか妙なものを踏んだ気が……。いや、それよりも、早く明かりを!このままでは、なに
がなにやらふぐぅ!?」
「きゃあああああぁっ!い、いま、今!顔に変なものがっ!でかい蛇みたいなのが!!」
 混乱極まる黒の世界。
 着実に股間へのダメージを重ねる男達。
 精神的な被害を被る紅一点。
 もはや杖どころではない三人は、互いに近い位置にいることの危険性を察して距離を取るこ
とを選択する。
 だが、それを待っていたかのように、冷たい風を伴って少女のものと思われる不気味な泣き
声がマチルダ達の耳に囁くように流れ込んできた。
 暗いよ。
 寒いよ。
 寂しいよ。
 遠く響く声は耳を塞いでいても体の中に溶け込んできて、頭の中で何度も同じ言葉が繰り返
される。
「ひ、ひいいいっぃぃ!なに!?この声はなに!?」
 折角離れたマチルダは、聞こえてくる声に背筋に走る冷たさを覚えて、元居た場所へと跳ぶ
ように戻る。その際、火の消えたランプを踏みつけて、派手に金属音をばら撒いた。
「ゆ、幽霊か……?僕は、こういう心霊現象とかは信じない主義なんだが……」
「んなこと言ったって、この声は何なのさ!現実に聞こえてきてるじゃないか!!」
 冷静に状況を推察する為に、落ち着いた声で喋るウェールズに、マチルダは体を震わせて反
論する。
 普段ならお化けや幽霊に唾を吐きかけて拳で語り合おうとするようなタイプであるマチルダ
だが、手元に杖がない状況は切り札が存在しないのと同義で、後ろ盾の無い環境が彼女の精神
を不安定にさせていた。おまけに、星明りさえない完全な暗闇という状況が更に情緒を刺激し
て、恐怖心を増幅しているのだ。
 ……ママ、何処にいるの?
 そんな言葉に鳥肌を立てたマチルダは、両手で自分の体を抱いて、声の聞こえる方向を涙を
いっぱいに湛えた目で睨みつける。


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