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避難所SS投下スレ五

1銃は杖よりも強いと言い張る人:2008/11/26(水) 01:18:53 ID:LHhNtMKE
前のスレに収まりそうに無いので、ムシャクシャしてスレを立てた。
今は反省している。

というわけで、早速投下します。

134味も見ておく使い魔 第六章 03:2009/01/03(土) 01:11:06 ID:zZTlvc9k
 その会話から一昼夜過ぎたころのサウスゴータの町では、町の有志の手により、早くも復興作業が始まっていた。その作業には、町を勝ち取ったトリステイン軍の人間も加わっていた。その中にギーシュの部隊も加わっていた。
 半分仲間と談笑しながら作業していたギーシュは、町へ、外から騎馬で向かってくる一団に気がついた。見る見るうちにギーシュが整備している町の正門に入ってくる。
「ルイズじゃないか」町に接近している影は、シエスタと別れたルイズ一行であった。護衛もついている。が、なぜかルイズは不機嫌な様であった。
「聞いたわよ!サウスゴータの戦いで、最初に突出した部隊ってあなたたちじゃないの!」
「まあね。おかげで勲章者さ」フフンと笑う(元首相じゃないよ!)ギーシュと対照的に、ルイズはプリプリと怒っていた。
「バカッ! 結果的には快勝したけど、下手したら軍そのものが壊滅してたかもしれないのよ!」
「あっそ」ギーシュは鼻ホジホジ。
「なにそれ! 女王直属の女官に向かって! 軍法会議ものよ! きー!」
「うるさいな! 遠征軍一の果報者に向かって!やれるものならやってみろってんだ。バーカ、バーカ!」
「絶対、ずぇったい、姫様に言いつけてやる!」
 そうやって煙を吐くルイズに対し、ギーシュは疑問を口にした。
「っていうか、何でルイズがこんなところにいるんだよ?!」
「姫様に代わって、わ た しがあんたに勲章を授けるのよ!ふん!感謝しなさいよね!」
「ぐ! ルイズなんかに頭を下げなくちゃならないのか!」
「子供の喧嘩だな」露伴が言う。
「ああ、仲がよさそうで安心したよ」ブチャラティも嘆息した。
「何処が仲良さそうよ(だ)ッ!」と二人のハーモニーが一致した。

135味も見ておく使い魔 第六章 04:2009/01/03(土) 01:11:46 ID:zZTlvc9k

 その日の夕、サウスゴータの町の広場にて、戦功を上げた戦士へ勲章の授与の儀式が執り行われていた。執行人は、アンリエッタの代行、ルイズである。
「ギーシュ・ド・グラモン」ルイズは壇上で言い放った。
「ここに」ギーシュが緊張の面持ちとともに進み出でる。
「あなたはサウス・ゴータ攻略戦において、多大なる戦果を敵に与えました。よってここに勲章を下賜します」
 会場に詰め掛けた軍人がワッとどよめく。おそらく、ギーシュと一緒に戦った彼の部下もいるのであろう、ところどころから「ギーシュ様万歳」との掛け声が聞こえる。
 ルイズがギーシュの胸のところに勲章をかけたとき、ひときわ大きな歓声が上った。そのとき、見慣れぬいかつい戦士がギーシュの肩を組んでうれしそうに話しかけた。
「お兄様! なんでこんなところへ!」
「かわいいギーシュ坊やが出世したって言うんじゃぁ、グラモン家の頭領としての誉れだ。そんな儀式に我々も参加するって言うのは礼儀じゃないか」 
「それにしてもあのギーシュが! あの泣き虫のギーシュが! 勲章なんていただけるなんて。信じられないなあ、いやそういうのは戦士に対する侮辱か。ハハハ」
 ギーシュは照れた。誰が見てもそうであった。
 ルイズはその様子を見て、なんだか照れくさくも、とてもうらやましくもなってしまったのであった。

136味も見ておく使い魔 第六章 04:2009/01/03(土) 01:12:17 ID:zZTlvc9k
 サウスゴータから徒歩で半日の距離にひとつの水源がある。周辺人口一万余の飲み口はこの湧き水に一手に任されていた。当然、サウスゴータの待ちも例外ではなかった。
ガリア王国の王女、イザベラはこのような地で、供も連れずたった一人で息を殺していた。そこにひとつの影がやってくる。男である。
「確かこうやって……」
 その男が水源にひざまずき、右手を差し入れると水源は紫色に妖しく光る。
イザベラはほくそ笑んで、その人影に向かって声をかけた。
「わざわざご苦労だね、ドッピオ」その人影はあせった風に振り返る動作を行なう。
「これはこれは王女様。アルビオンのこんなところまでどんなご用ですか?」イザベラは話しかけられた相手が全くの動揺していないのを見て、少し癪に感じつつも話を続ける。
「私はどうせ親父に疎まれた存在さ。それよりも親父の懐刀で『ミョズニトニルン』のお前がこんな夜に何をしでかそうってのさ」
「か、観光ですよ。観光。このあたりは水がおいしいと聞いているので」
 観光だって。何でこの男はこうもあからさまな嘘しかつけないんだ? イザベラは正直半分あきれながらも、そのような人材しか寄せ付けない父親に少し親近感を抱いた。
「下手なうそをおつきではないよ馬鹿野郎。親父たちの策はとっくにお見通しってわけさ」
 噴出しそうになるのをこらえながらも、イザベラはなおも詰問口調で詰め寄る。ここが肝心なのだ。
「ほ、本当ですか?」
 ドッッピオは傍目にも不自然に思えるほどうろたえだした。面白いね。
「そうさね。あんたが今持っている水の指輪。それで悪さをしようってんでしょ?」
「え〜。それは黙っていてくれませんか。ばれたのがばれると、僕が王様に叱られます」
「そんなこと知ったこっちゃないよ」イザベラは、ふふん、と鼻を鳴らした。
「黙っていることであんたに借りをつけてやるってのもいい考えだね」小動物をいたぶり遊ぶ猫の目をしながら、しなやかに、イザベラはいった。
「で、何のようです。たとえ王様の娘とはいえ、邪魔はさせませんよ」
「いや、あたしは手伝ってやるだけさ。親父とあんただけじゃ不安だからね」
 そういって得意そうに片手をドッピオに向けた。本当はその手にキスをしてほしかったのだが、ドッピオは不思議そうな顔を一瞬した後、得心が言ったような表情をして、握手を交わしたのであった。
「ロマンが分からない男は、ホンット、馬鹿よね」イザベラは、ため息をひとつ、ついた。

137味も見ておく使い魔 第六章 04:2009/01/03(土) 01:12:57 ID:zZTlvc9k
 突然だった。
 ルイズは己の拝命を果たした後、復命する前にサウスゴータの町で一泊し、英気を養っていた。その日のうちに町を出るには日が翳りすぎていたし、ルイズに余計な体力を使わせないようにとの、アンリエッタ女王の配慮もあった。
 しかし、その思慮も裏目に出る。
 突如、サウスゴータの町に駐留していたトリステイン軍の警邏兵が反乱を起こした。
 サウスゴータの町そのものは、先日アルビオンから奪取したばかりの新鋭の町である。当然、トリステインの兵士にとっては地理に詳しいわけがない。それに加え、反乱を起こした兵は真っ先に、サウスゴータの町中央に設置された軍司令部を大砲で吹っ飛ばしたのだ。トリステイン軍の、サウスゴータにおける統制は完全に失われた。
 後に残るは阿鼻叫喚。広がるは炎の独壇場であった。
 ルイズが宿屋の二階にて目覚めたのは、そのような状況下であったのだ。
 女王の元からともにきていた護衛兵はすでに失せ、残るはうかつにも宿屋で安眠をむさぼっていたブチャラティと露伴のみ。
「何事よ! ギーシュの兵達はなにやっているの?」ルイズが宿屋の二階から表通りの様子を見る。そこには、家財道具を抱えたサウスゴータ市民やら、トリスタニアから慰問に来ていたトリステインの民間人やらが、絶望的にまで混乱した様子で逃げ惑っていた。彼らの行く先も様々で、正直どの人の流れが町の外へと続いているのか、ルイズ達には分かりかねた。
「仕方ないだろう。ギーシュたちだけに責任はないんじゃないか? 正直俺には、何が起こっているかわからんが」ブチャラティがルイズに近寄って、言った。露伴も同意する。
「うん。僕もブチャラティの意見に賛成だ。サウスゴータの町は確か人口は一万を超えてるはず。その町の中がすべてこのようなことになっているのなら、トリステインの兵だけでは何もできないだろう」
「どうするの、私達。このままじゃ火事か焼け死んじゃうわ。それか反乱?兵に殺されちゃうわ」
「どちらも面白くない展開だな」露伴はうなずいた。
「策は二つだ。情報を得ることを優先するか、それとも真っ先に町を脱出するか」

138味も見ておく使い魔 第六章 04:2009/01/03(土) 01:13:28 ID:zZTlvc9k

 どちらにせよパニックとなった人の波とは一線を隠したほうがよさそうね、とルイズは考えた。が、そうは思ったものの、実際の行動が思いつけない。心臓がバクバクする。手に力があふれすぎている。どうしてよいやら分からない!
 だが、ルイズは二人の使い魔の主人なのであった。ルイズは震える声で言った。
「とりあえず、外に出るわよ。ちょっとは情報も増えると思うわ」
 外に出た三人を待つものは、逃げ惑う一般人の悲鳴であった。何処かの区画が燃えているらしく、真夜中というのに空が赤く染まっていた。
「耳を澄ませてみろ、ルイズ、露伴。西のほうから剣戟の音が聞こえてくるが、喚声は全く聞こえない。これは明らかに異常だ」
「うん。火の勢いも主に西から出ているようだな」
「これはスタンド攻撃かしら?」ルイズの疑問には露伴が答えた。
「分からん。が、僕の考えでは、違う気がする。スタンド攻撃にしては現象が原始的過ぎるしな。何らかの魔法じゃあないか?」
「でも、こんな魔法なんて、私は知らないわよ!」
「ルイズが知らないなら、五大魔法の可能性は非常に低いな。でも、魔法は魔法でも、君達は詳しくないものがあるだろう?」
「まさか、先住魔法?」
「どちらにせよ、未知の力と思っていたほうがよさそうだな」
「で、どうするかだ。僕は逃げるより先に現場を見て何かしらの原因を探ったほうがいいと思う。逃げるのはそれからだ」
「だが、もし無差別攻撃型の類だったら、その好奇心が命取りになる可能性もある」
「しかし、だ。ブチャラティ。今は何が起きているかを少しでも知っておかなければいけないと僕は思う。闇雲に逃げるだけではパニック起こしたやつらと変わらん」
 そして露伴はあたりを注意深く見渡した。
「そして何より、この謎現象を自分の目で確認しないと……」
「しないと?」ルイズの声とブチャラティの声が重なる。
「僕の気が収まらん」
「あきれたやつだな。だが、一理はある」三人の方針は決まった。

139味も見ておく使い魔 第六章 04:2009/01/03(土) 01:13:58 ID:zZTlvc9k
 司令部に向かった三人は、その惨状に唖然とした。
「何だ……これは」
 そこにあった光景は、目を覆うよう悲惨ななものであった。
「おい、やめろ!」そういう傭兵に向かって。無言で切りかかる、同じ傭兵。
 攻撃を繰り返しているものは、よく見ればごくごく少数の者達であったが、誰も彼もも無言で、目の死んだような顔つきで進軍していた。いずれもトリステインが雇った傭兵である。
「裏切りか!」
「それにしては様子がおかしい」
「何らかの不思議な力によるものかしら?」ルイズは答えた。正直怖い。あたりにはまだ反乱兵はいないが、ルイズ達が見つかるのは時間の問題だろう。
「そうと分かったらさっさと逃げよう」露伴の提案に、二人は同意した。
「そうしましょう」

 ルイズ達は、反乱兵に見つからないように、東に逃げていると。
「視界が悪い。火事の現場が近いのか?」
「煙のせいか……視界は三メートルくらいしかないな」
露伴の言うとおり、白い霧のようなものが辺り一帯に充満していた。
「しかし、この辺は都市区画ごと吹っ飛ばされているじゃないか」
 露伴の言うとおり、その周囲は建物が倒壊し、上空の視界だけはひらけていた。ときおり、通りの向こう側から、
「正気に戻れ」などという声が叫ばれている。
 だが、向こう側の人々は聞き入れないようである。その声は小さくなっていったが。

「ちょうどよかった!お前達は正気なのか?」
 そのとき、一人の傭兵らしき人物が話しかけてきた。
「私達は大丈夫よ。それよりあなたは大丈夫?」
「なんだか、味方の連中が突然刃を向けてきたんだ! 俺なんか、ほら」
 その男が見せつけていた腕には、酷い裂傷があった。
「ひどい傷……」
「な? 反乱した兵士はみんな目が死んだような顔してるんだ。なんとも気味が悪りぃ……あれ?」
 急にその男の動作が鈍くなっていった。
「どうした?」
「体が、勝手に、動く?」男の目が驚愕に見開かれた。男が持つ剣が、ルイズの頭上に振り上げられる。
「ルイズ危ない!」ブチャラティがとっさにかばったためにルイズは無事であったが、ルイズは突然起こったことに頭がついていかない。さっきまで友好的だった人がいきなり刃を向けてきたのだから。

140味も見ておく使い魔 第六章 04:2009/01/03(土) 01:14:31 ID:zZTlvc9k

 突然煙の中から女の声がする。
「ちぃ、惜しいね。やっぱり意識があるやつは反応が遅くて困るよ」
 ルイズがその方向を向くと、煙の中からゆらりと小さな影が出現した。
「あなたは?」
「私はガリア王国の王女、イザベラであるぞ」
 果たしてそれはイザベラであった。
「ガリアの王女? 何でここに?」
「わたしはアルビオンのあまりのふがいなさに見ていられなくてねえ」

「加勢しようってわけさ!」
 イザベラのふる杖が振り下ろされると、小さな水の塊がルイズに向かって飛んで行った。
「危ないッ」
 すんでのところでルイズはよける。塊が小さいのと、飛ぶ早さが遅かったのが幸いした。塊もルイズの背後であっという間に蒸発していった。
「あんたみたいなのが加勢ですって? 笑っちゃうわ。魔法もろくに唱えられないじゃない」
 イザベラの目が据わった。
「お前、私を馬鹿にする気?」
「単に事実を述べただけよ」
「そういう態度はね、寿命を縮めるよ」

 凍りついた笑みを浮かべるイザベラの背後から、多数の兵士がやってきていた、どの兵士もトリステインの兵士である。
「これはお前の仕業か?」
「半分正解だね。でも、そんなんじゃ得点はあげられないよ!」
「何だと?」
「兵どもを最初に操ったのは私じゃないさ」
 得意顔になったイザベラの言葉とともに、目の死んだような男たちがルイズ達に攻めかかる。動揺している男の傭兵も露伴に襲い掛かっていた。
 それを、二人の使い魔は自分達のスタンドを出して防衛しようとする。
「ヘブンズ・ドアー!」
「ステッィキィ・フィンガーズ!」
「ブチャラティ、バラバラにしては駄目! 相手は味方なのよ!」
ルイズがとっさに叫ぶ。その声に動揺したブチャラティは、彼らの攻撃を受け止め損ねてしまった。ブチャラティの頬に、剣で浅い傷がついた。 
「かかった!」イザベラが叫ぶ。
 その声とともに、周りの白い霧がブチャラティにできた傷に入り込んだ。
「何?」ブチャラティが驚愕の声を上げる。
 ブチャラティの動作がぎこちなくなっていき、最終的には動かなくなってしまった。
「これで、人形の出来上がりさ」イザベラがほくそ笑む。
「あなた、ブチャラティに一体何をしたの?」ルイズは叫ぶように言った。

141味も見ておく使い魔 第六章 04:2009/01/03(土) 01:15:01 ID:zZTlvc9k

「気になるかい?そうだろうねえ、あんたも同じくガーゴイルになりな!」
 イザベラが指をぱちんと鳴らすと、ルイズの周囲にいた兵士が、いっせいにルイズに飛び掛ってきた。
「何をやっている! 逃げるぞ!」今度は露伴がルイズを押し出だした。
「逃げるの? でも、ブチャラティが!」走りながらルイズは聞いた。
「そんな暇はない! 今はお前の身の安全を確保するのが先だ!」
「そうだ! 俺にかまわず逃げるんだ!」背後からブチャラティの叫び声がする。
 だがしかし、ブチャラティの声は遠くならず、逆に二人に近づいてくる気がした。
 ルイズは振り返った。
 ブチャラティが、背を向けた姿勢で追いかけてくる!
「どうしたって言うの?」
「ルイズ、走りながら聞け! ブチャラティはイザベラに操られている! あの霧を体内に入れるとお前でさえ同じように操り人形になってしまうぞ!」

「じゃあ、ブチャラティを救わないと!」
「それは僕に任せろ。隙を見て、『天国の門』で操り状態を解除してやる」
「できるの?」
「できるかも何も、やらなくちゃしょうがないだろ!」
「分かったわ! 私は何をすればいい?」
「この作業には囮が必要だ」
「うそっ!ちょっとそれはっ――」

142味も見ておく使い魔 第六章 04:2009/01/03(土) 01:15:34 ID:zZTlvc9k
 イザベラは悠々とサウスゴータの町の中央街を歩いていた。供は一人もつれていない。こんな気分のいい日に、口うるさいおつきのものなど連れて行く気にはならなかったのだ。もっとも、この場所においては、連れて行く気になっても、無言の連中しか連れて行けなかったが。
「さて、人形ははアイツらを追い詰めたようね」
 そういって目を向ける視線の先には袋小路にたつルイズと、進路をふさぐようにたっているブチャラティがいた。
 ルイズがまず口を開いた。
「あなたの操る力もそんなにたいしたものじゃないわね。ブチャラティは、あなたがここに顔を出すまで、私に何もしなかったわよ」
「ふん。そういきがっていればいいさ。これからあんたはガリアの王宮に来てもらうよ。何せ親父とドッピオはあんたに御就寝のようだからね。ここで私の手柄になってもらうよ」
 ルイズは叫んだ。
「どうして? 私のためにここまで町を破壊したとでも言うの?」
「ふん、うぬぼれるんじゃないよ。この作戦はあくまでアルビオンにちょっかいを出すためさ。あたしはその話に乗っかっただけさ」
「ドッピオはガリア王と関係があるのか?」
「そうさ、ブチャラティとやら。アイツはガリア王の懐刀だよ。平民だけど」
「やつはガリアのもとで働いているのか」
「余計なおしゃべりはここまでだ。あんたも面白いからついてきてもらうよ」
 その瞬間、物陰に隠れていた露伴が飛び出し、イザベラの元へとダッシュする。だが、イザベラは動じない。
「ふん。予期してないとでも思ったかい! 人形!」
 岸辺露伴はブチャラティの手によって、あと少しのところで羽交い絞めにされてしまった。
「あんたのスタンド能力はドッピオのやつから聞いているよ。あんたの能力は危険すぎる。お前はここで死んでもらうとしようかねえ」
「そいつは笑えない冗談だな。だが、果たしてお前にそんな大それたことができるかな?」
「ハッ、あんたの漫画が面白いのは認めるが、あんたを殺すのが大それたこととは思わないねえ。強がるのもたいがいにしな! お前は手が出せない。それとも、あのルイズとか言う娘っこが何かするとでも言うのかい! 笑わせるねえ」
「残念だが、その通りさ」露伴はそういい、なんと、目を思いっきり閉じた。
 イザベラがルイズの方向を見ると、彼女はまさに詠唱を終えた状態で、イザベラたちのいる方角に向かって杖を振り下ろさんとしていた。
「いまさら何をしようって……」
 ルイズははなったのだ。虚無の魔法、『エクスプロージョン』を。

143味も見ておく使い魔 第六章 04:2009/01/03(土) 01:16:04 ID:zZTlvc9k

〜〜〜
「僕が囮になってイザベラに突撃する。僕の攻撃が成功すればよいが、失敗する可能性もある。そうなった場合には君があの『エクスプロージョン』を唱えてすべて吹っ飛ばせ」
「でも、私のあの魔法は人体には利かないわよ」
「それでよい。アレは魔法のつながりとかを爆破する作用があるはずだ。あいつの使うスタンドは魔法にきわめて近い。だから必ず利くはずだ」
「わかった

144味も見ておく使い魔 第六章 04:2009/01/03(土) 01:16:35 ID:zZTlvc9k
〜〜〜
「僕が囮になってイザベラに突撃する。僕の攻撃が成功すればよいが、失敗する可能性もある。そうなった場合には君があの『エクスプロージョン』を唱えてすべて吹っ飛ばせ」
「でも、私のあの魔法は人体には利かないわよ」
「それでよい。アレは魔法のつながりとかを爆破する作用があるはずだ。あいつの使うスタンドは魔法にきわめて近い。だから必ず利くはずだ」
「わかったわ」
〜〜〜

145味も見ておく使い魔 第六章 04:2009/01/03(土) 01:17:06 ID:zZTlvc9k

轟音があたりを覆いつくす。
「何よ!」突然の衝撃にイザベラは戸惑った。しかし、彼女が思っていたのとは違い、外傷はない。だが、彼女の自慢の『人形』は、なぜかもう操作できなくなっていたのを感じていた。
「形勢は逆転したな……」ブチャラティがつぶやく。
 その声に、イザベラは思わず後ずさる。
 だが、ブチャラティたちはそれ以上イザベラの元へやってくる気配がない。
 イザベラが振り返ると、傍にドッピオがいた。
「イザベラ姫様、形勢は逆転しました。ここは一旦退却しましょう」
「何だって言うんだい! ここまで追い詰めておいて!」
ドッピオは、ブチャラティ達がいないかのように話を進める。
「ここでの目的である、トリステイン軍の仲間割れはすでに達成しました。それ以上の戦果を望むのは強欲というべきです」
「……チッ、分かったわよ」
 イザベラはそういって、ドッピオとともに、その場を立ち去ろうとした。
「待て!」ブチャラティの静止の声には、ドッピオが応じる。
「勘違いするな。この場は逃がしてやるだけだ……今の私の装備ではお前を殺しきるのは難しいからだ……勘違いするな、お前は私のボスに生かされているのだ……ボスに殺されるまでな……」そういって、ドッピオは煙の中に姿を消した。いつの間にか白い霧は、普通の黒い煙に変わっていた。

「どうする?」ルイズが聞く。
「追いかけるのはやめておこう。まだ謎の力によって操られている兵士がいるはずだ。そいつらに襲われる前に、この町を退散しよう」
 ルイズ達三人は、今度こそ、サウスゴータの町から脱出したのであった。

146味見 ◆0ndrMkaedE:2009/01/03(土) 01:18:38 ID:zZTlvc9k
投下終了。久しぶりに投下しちゃったんで、一部投下かぶりがありました。
ごめんなさい。

それはともかく、あけましておめでトーキングヘッド!

147名無しさん:2009/01/03(土) 12:08:44 ID:WYwnPSBs
久しぶりに更新キタ!あけおめことよろ!
この後はやっぱり原作通りに敗走するのかな?
だとしたら、才人が居ない状況でどう切り抜けるのか。
楽しみに待ってますぜ!

148名無しさん:2009/01/05(月) 00:53:23 ID:VVJRdLi.
おお、謎のロマリア神官が再登場。
彼は敵か味方か?はたしてその正体は?

149味も見ておく使い魔 第6章 05:2009/01/09(金) 19:01:28 ID:qDtUeuQY
「そう、状況は最悪に近い、ということなのね」
 サウスゴータを偵察していた竜の偵察兵はロサイスにおいてアンリエッタに報告を行なっていた。件の発言は、報告を受けたアンリエッタがため息と同時に出した台詞である。
「女王様、畏れながら、最悪に近い、のではございませぬ。最悪なのでございます」
 側近のマザリーニが進言する。
 彼の言うとおり、事態は最悪、の一言で表された。
 全線全勝を重ねてきたトリステイン・ゲルマニア合同軍は、アルビオン首都ロサイスの攻略の橋頭堡として、シティオブサウスゴータの攻略を行い、成功した。これがアンリエッタたちトリステイン首脳の、二日前までの認識であった。しかし、昨日急にサウスゴータに駐留していた主力の軍隊との連絡が途絶えた。不審に思った総司令部側が竜騎士を偵察に向かわせると……帰って来た報告は、兵のうち半数は霧散、残りは無言でロサイスに向かって進軍中、という信じがたいものであった。
「報告は本当のことなのでしょうか?」アンリエッタが問い詰める。問い詰められた若い竜騎士は、うろたえた様子で、ただ、事実です、と告げるのみであった。
 アンリエッタは唐突に思い出したように、
「そう、ルイズ達、あの町に使いを出した者たちは無事なのですか?」
「分かりません。詳細は何処までも不明のままです」マザリーニはそう答えるしかなかった。
 この時期のトリステインの指揮系統は致命的なまでに混乱していた。ロサイス攻略のため、正面戦力の大半をサウスゴータに駐留させていたのだが、その部隊が理由もなく行動を起こしたため、左右の陣の軍の連絡すらもまともに行なえなくなってしまったのだった。また、そのような報を受けても、前線にいたほぼすべての将校が、それをアルビオンの仕掛けた虚報、と受け取った。それほどまでに動いた兵士の規模が大きかったのだ。また、竜騎士からの報告を受け取ったアンリエッタとマザリーニも、今後どうしてよいか分からず途方にくれるばかりであった。
 トリステインにとって長い二日が過ぎた。が、その二日をアンリエッタたちは無為にすごすしかなかった。その日に、ようやく確かな報告が到着したのだ。
 グラモン家の個人の使いが、アンリエッタ王女の下に送り込まれてきた。その使者の言葉によって、ようやくトリステインは、サウスゴータでの出来事、を知ったのであった。
 凶報はさらに続く。
 敵軍であるアルビオン軍がロンディニウムから出撃、反乱軍と合流し、ロンディニウムにあと一日で到着する位置にいる、というものであった。まさに進退窮まる、という状況である。

150味見 ◆0ndrMkaedE:2009/01/09(金) 19:02:18 ID:qDtUeuQY
>>149
すまん、間違えた!
これなし!

151味も見ておく使い魔 第6章 05:2009/01/09(金) 19:02:58 ID:qDtUeuQY
「そう、状況は最悪に近い、ということなのね」
 サウスゴータを偵察していた竜の偵察兵はロサイスにおいてアンリエッタに報告を行なっていた。件の発言は、報告を受けたアンリエッタがため息と同時に出した台詞である。
「女王様、畏れながら、最悪に近い、のではございませぬ。最悪なのでございます」
 側近のマザリーニが進言する。
 彼の言うとおり、事態は最悪、の一言で表された。
 全戦全勝を重ねてきたトリステイン・ゲルマニア合同軍は、アルビオン首都ロサイスの攻略の橋頭堡として、シティオブサウスゴータの攻略を行い、成功した。これがアンリエッタたちトリステイン首脳の、二日前までの認識であった。しかし、昨日急にサウスゴータに駐留していた主力の軍隊との連絡が途絶えた。不審に思った総司令部側が竜騎士を偵察に向かわせると……帰って来た報告は、兵のうち半数は霧散、残りは無言でロサイスに向かって進軍中、という信じがたいものであった。
「報告は本当のことなのでしょうか?」アンリエッタが問い詰める。問い詰められた若い竜騎士は、うろたえた様子で、ただ、事実です、と告げるのみであった。
 アンリエッタは唐突に思い出したように、
「そう、ルイズ達、あの町に使いを出した者たちは無事なのですか?」
「分かりません。詳細は何処までも不明のままです」マザリーニはそう答えるしかなかった。
 この時期のトリステインの指揮系統は致命的なまでに混乱していた。ロサイス攻略のため、正面戦力の大半をサウスゴータに駐留させていたのだが、その部隊が理由もなく行動を起こしたため、左右の陣の軍の連絡すらもまともに行なえなくなってしまったのだった。また、そのような報を受けても、前線にいたほぼすべての将校が、それをアルビオンの仕掛けた虚報、と受け取った。それほどまでに動いた兵士の規模が大きかったのだ。また、竜騎士からの報告を受け取ったアンリエッタとマザリーニも、今後どうしてよいか分からず途方にくれるばかりであった。
 トリステインにとって長い二日が過ぎた。が、その二日をアンリエッタたちは無為にすごすしかなかった。その日に、ようやく確かな報告が到着したのだ。
 サウスゴータに出したに出した偵察部隊の報告がアンリエッタ王女のになされた。その者の言葉によって、ようやくトリステインは、サウスゴータでの出来事、を知ったのであった。
 凶報はさらに続く。
 敵軍であるアルビオン軍がロンディニウムから出撃、反乱軍と合流し、ロンディニウムにあと一日で到着する位置にいる、というものであった。まさに進退窮まる、という状況である。

152味も見ておく使い魔 第6章 05:2009/01/09(金) 19:03:31 ID:qDtUeuQY

「で、僕達はいつまでこうして進軍してりゃいいんだい?」ギーシュがうめくように隣のニコラに話しかけた。
「どうしろって、言われても。隙を見て逃げ出すに決まっているじゃないですか」
 ニコラも冷静を失った風に答える。どちらも、周りの兵士の流れに沿うように、ロサイスに向かって進軍していた。
「こうなったのはニコラのせいだぞ。どうしてくれるんだ!」
「静かに! 見張りのアルビオン兵に見つかったら元も子もありませんぜ」
「……ごめん」
 シティ・オブ・サウスゴータから進軍しているアルビオン軍の中に、かつてのトリステイン軍がいた。どの兵士も瞳から精彩が失われていた。
 いや、少なくとも二人、瞳が生き生きとしている者たちがいた。挙動は思い切り怪しかったが。それはギーシュとニコラである。
「そういえば、ニコラ。どうしてみんな操られてると分かったんだい?」
「瞳ですよ。戦争に行くやつはたいてい瞳が興奮で濁っていたりするもんでさ。でも、蜂起を起こした連中、こいつらですが、やつらはみんな瞳の色がひたすら暗かった。まるで生きていないようにね。だから、みんな正気で戦っているんじゃないんだと思いましたさ」
「ふ〜ん。で、僕達はどうやってここから逃げ出すんだい?」
「……さあ」
「……おい!」
 アルビオン軍の進軍は順調であった。順調過ぎるといっても良い。
 ロサイスが視界に移るまで、一度たりともまともなトリステイン軍に出会わなかったのだ。そのため、かつてこの地を行き来したトリステイン軍とは違い、余計な消耗をせず、非常なる速度でロサイスに到着することができた。
 アルビオンの本営は、その言葉を聞いてほくそ笑んだことだろう。ロサイスにいるトリステインの陸軍は士気の低い敗残の軍である。それを破りさえすればアルビオンの勝利になるのだから。
 事実、そのときの港町ロサイスは戦意を失った傭兵が、我先に停留している船へ移乗しようと混乱の極みに達していた。このような状況において、アルビオン軍がロサイスに突入していたら、確実に勝利を得ることができていただろう。あるいは、アンリエッタ王女をも捕虜にすることができるかもしれなかった。
 だが、勝手は少しばかり違った。

153味も見ておく使い魔 第6章 05:2009/01/09(金) 19:04:05 ID:qDtUeuQY

 アルビオン軍の眼前に、突如として槍の先端を整えた歩兵の集団が出現した。
 歩兵だけではない。それを指揮するメイジや、狙いを構えた銃兵もいる。
 完全な装備を整えた五万のトリステイン軍であった。
「いつの間に?」
「早く戦列をしかせろ!」
 今まで行進しかしてこなかった、アルビオンの傭兵に動揺が広がる中で、指揮官のメイジは己の部隊を指揮することで精一杯の様子であった。それはそうだろう、彼らは、かつてこれほどまでに統制の取れたトリステイン軍とは戦ったためしがなかった。今、彼らの眼前にあるトリステインの陣形からは、無駄口ひとつ聞かれず、整然と陣形を形作っていたのだ。

 トリステイン軍の本陣に、一人の少女が突っ立っていた。軍隊を指揮するには不似合いなまでに幼い容姿の彼女は、一心に杖を振り、魔法を唱えていた。
「これで姫様たち、トリステイン軍の人たちがロサイスから撤退する時間は稼げたと思うけど……」
 魔法を唱え終わった少女、ルイズは一息つくと、誰ともなしに話しかけた。
「この後、どうやって僕達が脱出するか、考えていないんだろう?」
「おい、ブチャラティ。僕はルイズの使い魔になることは了承したが、こんなしけた所で無駄死にする事、まで良いとは行ってないぜ」露伴もため息をつく。
「だが、君はルイズのすること、したいことを最後まで見届けたいんじゃぁないのか? 何より逃げたいなら、ルイズがこの任務を自分から言い出したときに、アンリエッタと一緒に慰留するべきだった」ブチャラティがほほえましげに言い放った。
「ああ、そうだよ。最後かもしれないから本心を行ってやる。あの馬鹿娘がどこまで変なヒロイズムに浸れるか見てみたい気持ちがあったのは否定しないさ」
「ちょっと、よくも本人のいる前でそこまで言うわね」
「それに、ブチャラティ。君ならここからどうやって逃げ出すか、辺りはつけているんだろう?」
「そんなものつけてはいないさ。ささやかな援軍くらいは頼んだけどな」
「考えてないのか?」露伴の驚きに、ブチャラティは微笑むだけだった。

154味も見ておく使い魔 第6章 05:2009/01/09(金) 19:04:53 ID:qDtUeuQY

「で、この後どーすんだ?」
「というか、この幻、いつまでもつんだ、ルイズ」
「あと五分、って所ね」
「じゃあ、あと五分のうちに何とかしないといけないってわけだな?」
「うん。でも、それはあっちが五分の間に何もしてこなかった場合の話。攻撃とかされたら、こっちは十秒と持たないわ」
 ルイズと二人がそんなことを話しているうちに、不意にアルビオンの陣の一角が騒がしくなった。見れば、なんと、たった二人だけだが、こちらに突撃してきているではないか。
「何、あれ?」
「まってくれ! おーい。僕らは敵じゃない」走りくる二人は必死に手を振りかざしてルイズのほうへ向かってくる。よく見れば、一人はギーシュであった。
「ギーシュ?! なにやってんのあんた!」ルイズは思わず彼の元へ走りよる。
「ハァハァ。僕達は今までアルビオン軍の元で隠れていたんだ。大変だったよ。ばれないようにするのはさ」肩で息をしているギーシュはそういうと、ルイズに向かってもたれかかる。その後、ルイズ達はトリステイン陣営に引き上げたが、それは傍目に見て、ルイズがギーシュを引っ張り込んでいるようにしか見えなかった。
「はぁ?ばっかじゃないの?」ルイズはあきれた。なんという大馬鹿、いや大物なのかこいつは?
 幻の本陣に引き上げたそのときになって、ルイズはアルビオンの陣営が騒がしくなっていることにようやく気がついた。
「どうなっているんだ?」「まさか、使者が捕虜に?」「許すまじトリステイン!」
わずかに聞き取れるのはこれくらいの者だったが、ルイズの危機感を増幅させるには十分だ。

「ま、まさか」血の気がサァッっとなくなるのという比喩が今のルイズには実感として理解できた。
「ひょっとして、僕をアルビオン軍の使者と間違えたのか? それでトリステイン軍に捕らえられたと勘違いしたとしたら……」
「やめろ。みなまで言うな」露伴の真っ青な顔というのも珍しい。
「使者殿を救え!」「突撃ィ〜!」
怒号の響きと同時に、突如としてアルビオン軍が動き出した。
「やっぱりィ〜!」露伴の絶叫が響き渡る。
「ギーシュの疫病神! どうしてくれるのよ!」
 ルイズの言葉に、ギーシュは何とか返答する。
「安心したまえ、諸君。こういうときのために、グラモン家に代々受け継がれてきた伝統の戦法があるんだ!」
「何? 打開策があるのならとっとと教えなさい?」
「もしかして……」
「逃げるんだよォ〜」
 ギーシュはそういうと、アルビオン軍に背を向け、一目散に逃げ出した。両の手の先をぴんと張り出して。
「やっぱり〜!」ギーシュについてきた傭兵が、悲鳴を上げながらギーシュについていく。

155味も見ておく使い魔 第6章 05:2009/01/09(金) 19:05:28 ID:qDtUeuQY
 そのときであった。
 ルイズの頭上に、早く動くものが現れた。
「まさかっ!」
「シエスタ?」
 かつてタルブの村で暴れまわった鉄の竜が上空を飛翔していた。突撃をせんと動き出した、アルビオンの騎兵に向けて機首を向け、閃光放っている。
 その零戦は、幾度となく機首を地上に向けて、機銃を放っては飛び去っていく。そして遠方で振り返っては同じ動作を繰り返す。単純な動作であったが、アルビオンの軍にとっては脅威であった。とたんに戦列が崩される。魔法も幾度となく放たれたが、いずれも彼女の機影を捕らえることはなく、むなしく上空を飛び去っていくだけであった。

 突如として零戦の挙動がおかしくなった。いきなり片方の翼が吹っ飛んだのである。煙を噴いて降下し始める零戦。ちょうど、ルイズの走る先に、竜は不時着する。
「ちょっと失敗しちゃいました。テヘッ」
コックピットから這い出てきたメイド姿の少女は、恥ずかしそうに自分の拳骨でおでこを軽く叩いて見せた。ここが戦場とは思えぬ陽気さであった。
「アカデミーで行なった応急修理が不完全みたいだったようですね」
 冷静に事態を分析してみせるシエスタに、露伴以下、ルイズたち総勢が突っ込んだ。
「今はそういってる場合じゃないでしょ! 逃げるのよ」
「いえ、その必要はもうないですよ?」
 シエスタが逃げる先を指差す。その先はロサイスである。すでに町並みが見える距離に来ている。
 だが、彼女が言いたいのはその町の事ではなかった。
 ロサイスの町上空に、大量の戦列艦が浮いていたのだった。
「ブチャラティさん。王女様が用意した援軍です。私は先駆けでしかありません。さあ、ゆっくりとロサイスに帰りましょう」
 シエスタは、唖然としているみなを見て、にっこりと微笑んだ。

「ようこそ戦場へ、ルーキー共」指揮所にいるボーウッドは誰ともなしにつぶやいた。
ロサイス近空でアルビオンの主力を打ち破ったトリステイン空軍にとって、任務はその時点で終わったといっても良かった。主な敵が消滅したのだから。彼はロサイスの港で暇をもてあます日々を送ることになっていた。
 本来、空海戦でしか使用しないフネの砲撃を利用することを考えたのはボーウッドであった。彼は迫りくるアルビオン陸上軍にたいし、砲撃戦を行なうことを考えたのだった。
 ロサイスの上空に陣取ったトリステインの戦列艦にとって、竜騎士を欠いたアルビオンの陸上軍を狙い撃ちすることは児戯にも等しかった。
 結果からすると、アルビオン軍は撤退した。あくまで崩された体勢を立て直すための撤退である。ロサイスを落とす意思は微塵たりともゆらいではいない。
 しかし、トリステイン軍にとってはそれで十分であった。その時間を利用して、全トリステイン軍の乗船に成功、撤退に成功したのだ。それで、女王が捕虜になる、という最悪の事態も避けることができた。トリステインにとっては大勝利であった。
 半日後、態勢を立て直したアルビオン軍は、ロサイスを占領した。だが、その町にはトリステインの兵士は一人もいなかったのだ。
 輿に乗って町に入場したクロムウェルは、歯軋りした。アルビオンには、トリステインを追撃できるだけの船が、もはや残されていなかったからだ。
 そのとき、百隻近い戦艦が、ロサイスの港に来た。いずれもガリアの国旗を掲げている。
 指揮所にいるクロムウェルは歓喜した。これで勝てる!
「おお、シェフィールド殿! こんなところにいましたか!」喜びに満たされたクロムウェルは、一人の少年が近づいてくるのに気がついた。
「やあ、クロムウェル。ガリア王からの伝言だ」
「伝言? 今は一刻も早く、あの艦隊に追撃の命令を下してくだされ。それでわが帝国は安泰ですぞ!」
「なに、『ならばよし。華々しく散ることも戦の華だ』との事です」
 少年はそういうと、手に持った鏡を高く掲げた。
「なんですと……?」
なんだとクロムウェルが思うまもなく、少年、シェフィールドの姿は消え去った。
 その瞬間、彼の姿がいたところへ、何千発もの大砲が振りそそいだ。ガリアの戦艦からの砲撃であった。その砲撃によって、クロムウェルの命は絶たれた。

156味見 ◆0ndrMkaedE:2009/01/09(金) 19:07:09 ID:qDtUeuQY
投下終わり。たぶん悪い意味でみんなの予想の斜め上を行ってるな……
唐突だが六章はこれで終わりです。
盛り上がり? スタンド? なにそれな展開になっちまったワロス

orz

157名無しさん:2009/01/10(土) 00:11:32 ID:O0rwPMYE
投下乙。
イリュージョンによる欺瞞か。
確かに、後退していたはずの敵が一糸乱れぬ動きで待ち構えていたら足を止めざるを得ないわな。
ギーシュとニコラがどさくさでアルビオン軍に紛れ込んでて、さらにどさくさでルイズたちと合流したが、
後ちょっと運が悪かったら、艦砲射撃の的になってた?
ギリギリの世界に生きてるなw

158味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:11:23 ID:35whMPZs
 後年に『アルビオン戦役』と呼ばれることになる戦争は、こうして突如として終了した。トリステイン側の勝利である。神聖アルビオン帝国は滅亡する運びとなった。
 だが、トリステインにとってこの勝利はとても苦いものとなっていた。実質ガリアの突然の介入がなければ、自分が敗北していたかもしれないのだ。
 そのような流れから、旧アルビオン領の支配権をめぐる国際会議に、トリステインとゲルマニアに加え、本来同盟国ではないガリアが列席したのは当然といえた。
 ハルケギニアの歴史上、この会議は難航する、と思われた。かつて第一回聖帝会議の折、サー・グレシュフルコに『会議は踊る』と酷評されたように、この三国が集う会議は決まって、内容が傍論にそれるのが通例となっていたからだ。
 だが、予想外なことに、ガリアが折れた。
 みな欲深い要求をしてくると予想していたが、当の『無能王』ジョゼフは、
「会議よりも今日の晩のメニューが気になる」
と、軍事上重要な拠点の割譲のほかは、ほとんど要求を行なってこなかった。
 戦争の第一人者であるガリアがこのような様子であるから、戦争に少ししかかかわらなかったゲルマニアは、要求すること事態ためらわれたのだった。
 結果、アンリエッタの常態とは思えぬ働きぶりもあって、アルビオンの領土は、大半をトリステインが管轄する運びとなったのだった。
 とにかく戦争は終わった。誰もが、突如として訪れた平和の予感に胸をときめかせた。

159味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:11:56 ID:35whMPZs

 だが、ガリアの王女、イザベラだけは不満であった。
 わざわざアルビオンにまで出向いて功績を挙げたのに、当のジョゼフには何の評価も得られなかったのだ。自分なりにガリアのことを思っての行動だっただけに、余計堪えた。だが国際会議で、すでにガリアの功績は王の発言により半ば隠されてしまっている。また、彼女の行動を知る物は会議に参加しなかった。
 結果、彼女はガリアの首都、リュティスに与えられた自分の城で怒鳴り散らすしかなかった。
「全く忌々しいね! なんで親父はあのヒス女王を勝たせるまねなんざしたんだい! それにアルビオンの領土の大半をくれてやっちまってさ!」
 手に持ったワイングラスから、血のように赤いワインが零れ落ちる。零れ落ちたそれは、真紅のじゅうたんを汚らしく染め上げるのだった。
「さすがに、無能王と呼ばれるだけのことはあるね。あんなに良い手ごまがそろっていて、アルビオンひとつ自分のものにできないなんてさ!」
 侍従に当り散らしていたイザベラであったが、そのとき、ガリア王からの手紙に目を通し、ほくそ笑んだ。
「だが、今度の仕事は面白そうだね……親父もたまにはいいことを考えるじゃないか」

イザベラは手紙の書かれた羊皮紙をくるくると丸め、それを持ってきた使者に話しかけた。
「あんた、ビダーシャルとかいったね。あんた、アレかい? 野蛮なエルフなのかい?」
「野蛮なのは君達蛮族のほうであろう。だが、私がエルフであることは否定するつもりはない」
「気に入らないねえ。まあいい、この依頼、北花壇警護騎士団が引き受けたよ」

160味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:12:27 ID:35whMPZs

「久しぶりだねえ、ガーゴイル」
「任務は何?」
 相変わらず無愛想な従姉妹に、イザベラは憤怒の表情を見せかけた。が、我慢する。
 あの娘にぎゃふんといわせる任務なんだよ。ここは冷静にならなくちゃ。
「おや、つれないねえ。今度は大物だよ。いつもの冒険ごっことはわけが違う。くれぐれも心してかかりな」
 イザベラは思わずほくそ笑んだ。
「相手は、伝説のガンダールヴだ。そいつを殺りな」
 いつもは全くの無表情で通すシャルロットは、このときほんの少しだけ表情を動かした。
「トリステインの?」
「そう、あんたもよく知る二人組さ。それ以外に誰がいるってんだい? あんた馬鹿じゃないのかい?」
 そうは行っては見たものの、目の前のシャルロットが馬鹿ではないことはイザベラが百も承知していた。
 ガーゴイル! あんたも同じだ、私の親父と。私の取り巻きの貴族連中と。内心では私のことを見下してさッ!
 さぞ面白いでしょうね、ガーゴイル。正当な血族である完璧な父親に愛されて。何一つ馬鹿にされることなく育ったお前に、私の、無能の父親に人形扱いされてきた、今までの私の気持ちがわかるもんかい!
 でも、この任務でちょっとは私の気持ちが分かるでしょうよ!

「もし、任務を果たしたら、あんたの母親」
いつまでたっても無言を貫き通すシャルロットに堪えられなくなって、イザベラは自分から話しかけることにした。
「母様?」食いついてきた。よしよし。
「解毒剤、報酬に上乗せしてやるよ」
 今度こそシャルロットの瞳が揺れ動く。

161味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:13:03 ID:35whMPZs

 戦争も終わり、学徒兵が帰ってきたこともあって、トリステイン魔法学校はいつもの喧騒を取戻していた。
 中庭では生徒達が自分の使い魔とコミュニケーションをとり、図書館では、露伴がタバサをアシスタントに漫画の原稿を描いている。
 だが、露伴の見るところ、タバサの様子がおかしい。時々手を止めては、露伴の顔を伺うようなまねをしている。今も、台詞を考えているような顔をしながら、露伴の手元をチラチラと見ているようであった
「どうした、タバサ。調子でも悪いのか?」
 タバサはフルフルとかぶりを振った。違うらしい。だが、彼女は決心した風に、
「相談がある」
「なんだい? 僕に相談? ブチャラティかコルベールのほうが適任じゃないか?」
 露伴は驚いた。
 自分は他人の相談に乗るようなタチじゃない。
 だが、タバサは、
「露伴でないと駄目」
とのことらしい。
「しかたないなあ、で、どんな悩みなんだ?」
「具体的にはいえない。けど、大切なものが二つあって、今もってるひとつを手放す代わりに、なくしたはずのもうひとつの大事なものをとり戻せるかも知れないとしたら、どっちを選ぶ?」
 そういうことだ?
「えらく抽象的だなぁ」
「……ごめんなさい」
 露伴はとりあえず漫画を描く手を止め、タバサの顔に向き直った。
「まあ、あやまるようなことじゅあない。そのなくしたものってのは、それ以外に取戻す方法はないのかい?」
「ほぼ絶望的」
「手放すほうは、手放すと見せかけてとっておくことは?」
「無理」
 まるで謎賭けのようだ。それともタバサはこの露伴に何か隠しているのか?
「う〜ん。なんともいえないけど、セオリーどおりに行けば、僕は両方取れる機会を待つね」
「そんな機会がなかったとしたら?」
「ないとしても、僕のキャラクターには、自分から何か大事な者を手放すような真似はさせない。手放すとしても、対価を確実に得られると確証してからだな。そういうのが取引の基本だと僕は思う」
「そう……ありがとう」
 タバサは弱弱しく、だが、何かを決心した風にうなずいた。
「で、結局何がいいたいんだ?」
「露伴、私の母様のこと、覚えてる?」
 露伴は思い出した。以前、タバサの母親を『ヘブンズ・ドアー』で診察したのだった。何者かに毒でやられたタバサの母親をしかし、露伴は治すことができなかったのだ。露伴はその事実を、苦い思い出とともに記憶の奥底にしまってある。
「ああ」
「もし、仮に、私に何かあったら、母様をお願い」
「……ああ、いいとも。だが、なぜ急に?」
 そこまで言ったとき、タバサが急に活気づいた風に原稿に顔を埋めたのだった。
「そんなことより、この原稿、今日中に台詞を入れないと」
「? そうだったな。今日は急いで早めに仕事を終わらすとするか」
 露伴は、なんとなく、タバサの頭をなでてみた。
 なんとなく、タバサの顔が赤くなったような気がした。

162味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:13:34 ID:35whMPZs
 
 タバサの姿が学院から消えたのは、その翌日のことである。
 一人の学生が寮から消え去ったわけだが、トリステイン魔法学院は動かなかった。
 タバサの部屋はきれいに整頓されていたし、何より、タバサは前にもそうやって学院を抜け出して授業を受けなかったことが多々あるからであった。
 だが、露伴には一抹の不安がある。
 なぜタバサはあの日、自分の母親のことを言い出したのだろうか?
 しかも頼む、などと。まるで、これから自分の身に異変でもあるかのように?
「ひょっとして、何かの事件に巻き込まれたんじゃないだろうな?」
 今日、露伴は図書館のなか、たった一人で仕事をしていた。だが、どうにも仕事がはかどらない。タバサの行方が気になるのであった。
「そんなに気になるのかい、あの娘っ子が」一人のはずの部屋に、露伴以外の声が響き渡る。
「いたのか。つーか、あったのか。デルフリンガー」
「おめー、久しぶりに発言したってのにその扱いかよ!」
「僕としたことが。刃物を出しっぱなしにしてるとは。危ない危ない」
「ちょ、ちょっと棒読みくさいぞその台詞! やめて! ちょっとは話させて!」


「分かったよ、で、何のようだ?」
「いや、うら若き恋の予感がしてだな。それで」
 パチン。露伴は勢いよく剣を柄に収めた。
「……」
 少しばかり剣を抜き出してみる。
「ごめんなさいごめんなさいもう生意気言いません許してくださいだからもう少し喋らせて」
「で、なんのようだ?」

「兎も角、あの娘っ子は『かあさまを頼む』って言ったんだろう。じゃあ、その『かあさま』の様子を見に行ってみないか?」
「それはいい案だな」
「だろ。ナイスだろ? だから」
 パチン。
 露伴は立てもたまらず図書館を飛び出した。

163味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:14:11 ID:35whMPZs

「露伴、君はタバサがガリアの王族だったことを知っていたのか?」
「何でそんなこと黙っていたのよ!」
 さらりと何気なく質問するブチャラティと、激高するルイズ。その表情は静と動、対照的だった。
「ああ、知っていたさ。ルイズ、君達は今までそんなこと聞かなかったじゃないか。そんなことに答える義理も義務もないね」
 彼らは馬に乗り、トリステインとガリアの国境を越えて、タバサの実家にいた。無論ルイズは授業をサボってのことである。先生方が頭を抱える様子が目に浮かぶようだ。
 タバサの家に、唯一残った老執事が屋敷を案内する。その間に、露伴は大体のことを話して聞かせた。
 タバサは、実はガリア王国の王族であったのだ。それの秘密は、一行の中では、露伴だけが知っていた。彼女の実の父親は、現ガリア国王ジョゼフの兄シャルルであり、
魔法の才能では王族随一。血統の点でも次期国王にもっともふさわしい存在であるといっても良かった。しかし、それを隠すように、トリステインに留学していたのにはわけがある。
「それは、タバサの家の執事から話すべきだ。僕が説明することじゃない」
 露伴がうなずくと、タバサの老執事は涙を浮かべながら露伴の話を受け継いだ。
「はい、そもそも先代王の御世にこの悲劇は始まったのでございます」

「そういえば、タバサの家の紋章、王族だけど、不名誉印が記されていたわ。王家に反逆でもしたの?」ルイズは言った。彼女の言うとおりなら、タバサが人目を忍んでトリステインに留学していたのも分かる。
「反逆など! とんでもございません! シャルロット様。学院ではタバサ様と御名乗りにおらられていましたが、父君であるシャルル様は、今の無能王と比べてとても王家の才能に富んでおられる方でした。ですが、それをねたんだ無能王に、なんと痛ましいことか! 毒殺されてしまわれたのでございます!」
「もっとも、物的証拠はないがな」露伴が補足する。
「ですが、状況的証拠は有り余るほどございます。その直後、なんと言うことか、あの非道な無能王は、シャルロット様をもその手にかけようとなさったのでございます」
「タバサが?」ルイズが驚く。彼女にそんな過去があったとは。
「ええ、ある祝いの席で、君側の奸が、シャルロット様杯に心を狂わせる毒を仕込んだのでございます。それを察知した母君が、とっさに身代わりになってその毒を飲み干してしまわれたのです」

 露伴は、その光景を、タバサの視点で見聞き、知っていた。その光景がフラッシュバックとなり、露伴の心に再現される。
「私がこの杯を飲み干せば、王様、私達親子に反逆の心などないことがお分かりになりましょう。どうかシャルロットにはお慈悲を」
 そういって、タバサの母はタバサから杯を奪い取り、一気に飲み干したのだった。

「その日から、母君は心を狂わされてしまわれました。その日からシャルロット様のお命を狙うものは消えましたが、なんと言う代償。なんと言う悲劇!」
 老執事は感極まっておいおいと泣き出した。
「その日からシャルロット様は変わりました。以前は明るく活発な方でしたのに、暗く、誰とも打ち解けなくなってしまいました。そのようなシャルロット様に対し、あの無能王は、王家の影の仕事をシャルロット様に課すようになったのでございます」
 あるときは吸血鬼退治、違法賭博の潜入捜査。ルイズには、とても同年代の人間がやれるような仕事とは思えない言葉が、老執事の口から次々と飛び出して行った。
「そして、先日も無理な依頼が無能王から課せられました」
「どんな内容だったんだ?」
「それは、露伴様。あなたを殺す任務です」
「何だって?」
「何ですって」
 これには、誰も彼もが驚いた。

164味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:14:43 ID:35whMPZs

「はい、紛れもない事実でございます」
 老執事が淡々と述べる。
「ひょっとすると、その依頼を無事成し遂げられたのであれば、母君を治す治療薬が得られるかもしれない、ともおっしゃっておりました」

「何だと……あの日の会話はそういうことだったのか」
 露伴に、図書館でタバサとの会話が思い出される。手放す大事なものと、取戻せるかもしれないもの……くそっ、そういうことか!
「タバサのかあさまはどういう状態なの?」
 ルイズの言葉に、老執事ははっとなった様子であった。
「ご案内いたします」

 その部屋は、一見語句普通の寝室であった。
 薄紅色のベッドに、女性が座っている。だが。
「誰じゃ、そなたらは! また私達親子をいたぶりに来たのか」
 その女性は、老執事に案内されたルイズたちが部屋に入ってくるとたんに立ち上がり、薄汚れた人形を抱き、立ち上がった。野良猫のように威嚇をしている。
「シャルロット様の母君でございます。あの日から、この方は人形のほうをシャルロット様と勘違いしているのでございます」
「出てゆけ! でないとただではおかぬぞ。いとしのシャルロットには手を出させぬ!」
「……学院では、シャルロット様は、『タバサ』と御名乗りになっていたとか……実は、シャルロット様があの人形を母君に差し上げたときに名づけた名が、『タバサ』なのでございます」
「……」
「誰か! 誰かいないのかえ!」
 沈黙が、女性の騒音の中に紡ぎ出された。

「僕がタバサに殺されていたら、彼女は正常に戻っていたのか……」
「いえ、露伴様。畏れながら私はそうは思いません。なぜならその提案を行なったのは、今まで迫害の限りを尽くしてきた無能王だからです。あの男が、シャルロット様を操る重要な『カード』を簡単に手放すとは思いません」
「なるほど、ジョゼフ王とは、人を物扱いするような人間なのか」
 ブチャラティがつぶやく。彼の顔には静かな怒りの表情が見て取れた。
「はい。かの無能王は自分以外の人間を同じ人とみなしてはおりません」
「でも、こんなことって……」ルイズがしゃくりあげる。

165味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:15:14 ID:35whMPZs
「あの時、シャルロット様が屋敷にお帰りになった日のことでございます」
 次の部屋に案内された一行は、先ほどとは違った意味で絶句した。
 見たところ、部屋中の壁紙が無残に切り裂かれている。柱も何本か折れているようであった。
「先日、シャルロット様は母君をトリステインに連れて行こうとしておりました。すでにそのとき、ガリア王家に反逆しようと決めておられたのでしょうな。ゆるぎない決意の心を私は感じました」
 老執事は続ける。
「ですが、そのとき一人のエルフがガリア王家から派遣されてきていたのです」
「エルフ?」ルイズが素っ頓狂な声を上げる。この世界でエルフといえば、ルイズたち人間の天敵ではないか。
「無能王はすでにシャルロット様の行動を見切っていたのでしょう。そして、シャルロット様とエルフはこの部屋で戦い……シャルロット様はお敗れになったのでございます」
「これが、その惨状か……相手は相当のてだれのようだな」
 ブチャラティは部屋にできた傷をなでながら言った。そういわれると、その傷一つ一つが生々しい。
「ええ、いつか言ったでしょ。エルフは先住魔法を使うの」

「で、タバサはつかまったのか。どこに連れて行かれたか分かるか?」
「おそらくアーハンブラ城でございます。あのエルフは、私にここからアーハンブラ城まで、どのくらいかかるか聞いてきましたから」

166味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:15:45 ID:35whMPZs
「タバサは無事なのか?」
「はい。エルフは不思議な術を使ったので。シャルロット様は敗れはしましたが、無傷のご様子でした」
「そうか……」
「露伴、彼女を救いに行かないのか?」

「もちろん、いくさ。だが、君達には関係のないことだ」

「何言ってるの?私の使い魔の問題は私自身の問題よ!」
「それに、アルビオンであったガリアの王族の者――イザベラと言ったか――彼女の存在も気になるしな。俺も同行したい」
「ふたりとも……ふん。勝手にしろ。僕は警告したからな」

「おお! 皆様救出していただけるのですか!」
 老執事はありがたい、といい、また泣き出したのであった。

167味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:16:35 ID:35whMPZs
 アーハンブラ城は、砂漠の、ガリアとエルフとの国境地帯に建つ交易城砦都市である。
 もともとはエルフが建造した城であるため、ハルケギニアの建築様式とは異なった、美しい幾何学模様の城壁があることで有名でもある。
 ルイズたちが到着したとき、この時期には交易商人くらい視界内と思われた。この町はオアシスに隣接する形で存在しているのだが、そのオアシスに、ガリア兵が三百人ほどが駐留しているのが遠目にも見えた。
「どうするの?」
「決まっているだろ? ただの兵士なら問題ない」
 ブチャラティは言い放つ。
「強行突破だ」
「ええ?」
 ルイズが逡巡している間に、二人の使い魔はどんどん先に進んでいく。
「ブチャラティ、この兵士達は任せた」
「ああ」
「ちょっと待ちなさいよ」ルイズがあわててついていく。

「あ、何だ?」
 城内の門扉に建っていた歩哨は、近づいてくる一人の男に気がついた。
「立ち止まれ、ここに入ってはいけない」
 槍を構え、お決まりの言葉を口にする。
 だが。
「ヘブンズ・ドアー!」
 瞬間。
 歩哨の意識は途絶えた。

「おい、あの男。様子が変だぞ」
 オアシスの駐屯地で待機していた兵士が、一人の男と少女の接近に気がつく。
 その男の瞳には、決意の炎が宿っている。
「何だ? やる気か?」
 男は兵士の一団に近づき、
「き、消えた?」
 跡形もなく姿を消した。
 一団の男が急にうずくまる。
「どうした?」
「き、気分が……」
 別の男は、その男の背中から、何者カの腕が飛び出していることに気がついた。
「お前、おかしいぞ。その、腕に見える物は一体何なんだ?」
「え?」
 そのとき、接近してくる少女が目をそらしたことに誰も気がつかない。
「げぇ!」
 背中から、先ほどの男が『生えた』。
 その兵士は音も言わずにばらばらになった。
 そして、彼の腕は、分離してまた別の兵士の腹に食い込み……
「開け、ジッパー!」
 混沌が、兵士達を襲った。

168味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:17:07 ID:35whMPZs
 アーハンブラ城につれてこられたタバサは、ふと、外の兵士が騒いでいるような気がした。
 もしかしたら、誰かが私を助けに来てくれたのだろうか? おとぎ話の『イーヴァルディの勇者のように。私は、漫画『ブルーライトの少女』のように華麗に助け出されるのか?
 そんなはずはない。
 かあさまがお倒れになってから、私はいつも孤独だった。
 私はこれからも孤独であり続けるだろう。
 いや、これからはそんな気遣いも無用か。
 私はこれから狂うのだ。ビダーシャルと名乗るエルフの作る薬によって。
 私の心は、かあさまと同様に。
 それが、ガリアの考え出した刑。無能王の考えた娯楽。
「薬は、いつできるの?」
 タバサは、一緒の部屋にいたエルフに、感情なく話しかけた。私ではこのエルフにはかなわない。たとえ今杖があっても、この男に勝利することはできない。
「もうすぐだ。だが、お前は怖いと感じたことはないのか?」
 ビダーシャルは、何か作業を行なっていたが、その手を止め、タバサに顔を向ける。
「あなたには無関係のこと」
「そうだったな。私もそれほどには興味がない」
 それはまさしく本音らしく、彼の表情にいっぺんの曇りもない。
 だが、
「あの王との約束だが、その前に厄介が増えそうだな」
 ビダーシャルは薬を作る手を止め、部屋を出て行く。
 一体どういうことであろうか?
 タバサはため息をひとつ、ついた。
「かあさま……」
 ビダーシャルが次の部屋に続くドアを開けると、
「見つけたぞ……ここか」タバサにとって信じられない男の声がした。
 まさか、あのめんどくさがりの男が、ここまで?
「露伴……」

169味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:18:01 ID:35whMPZs
 岸辺露伴は、そのドアを開けた。
 果たして、目的の少女はそこにいた。耳の端が妙に長い、ルックスもイケメンの青年とともに。
「みつけたぞ……」
 露伴のタバサを見る視線はしかし、その青年の体によって阻まれる。
「私はビダーシャル。お前達に告ぐ」
「なんだと?」
「すぐにここから立ち去れ。私は戦いを好まぬ」
「ならば、タバサを返すんだな、小僧」
 ビダーシャルはまゆをピクリと動かせる。
「あの子か。それは無理だ。私は王と『ここで守る』と約束してしまったのだ」

「ならば戦うしかないだろう。僕とお前とは相容れない」
 露伴はデルフリンガーをもって突撃した。先住魔法だかなんだか知らんが、先制攻撃してしまえば何も問題ない!
「『ヘブンズ・ドアー』!『先住魔法が使えない』」
 露伴は確かに書き込んだ。だが、
「ふう、あくまでも戦う気か」
 ビダーシャルの顔が『本』のページになる。だが、それも一瞬のこと。見る間に元の顔に戻っていった。
「ふむ。君は面白い技を使いようだな。だが、無駄だ」
 露伴は思わず自分の顔を触ると、なんと自分の顔のほうが本になってしまっている。
「なるほど、その人の記憶を本にする能力か。どうやら魔法ではないようだな。どちらかといえば、我々の大いなる力に近い」
「何だとッ?!」
「お前の顔に書かれているぞ。『先住魔法が使えない』だと……なるほど、そういう使い方もできるのか」
 ビダーシャルはあくまで冷静に言った。
 ようやく本化が収まった露伴は、改めてビダーシャルを見やる。開幕以来、彼は一歩たりとも彼は動かなかったようである。
「一体何が起こっているんだ?」
「アレは『反射』だ。あらゆる攻撃、魔法を跳ね返しちまうえげつねえ先住魔法さ」デルフリンガーが言う。
「『反射』?」
「ああ、戦いが嫌いなんて抜かすエルフがよく使う厄介な魔法さ」
「戦いが嫌、か」露伴はつぶやく。

170味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:18:31 ID:35whMPZs
 ビダーシャルが両手を挙げる。
 とたんに周囲の石壁が無数の礫となって襲い掛かってくる。
 露伴は剣で受け止めたが、なにぶん礫の数が多い。大半が受けきれず。露伴に切り傷や打撲傷となって痕を残していった。思わず倒れる。
「蛮人よ。無駄な抵抗はやめろ。我はこの城を形作る石の精霊と契約をなしている。この地の精霊はすべて我の味方だ。お前では決して勝てぬ」
 露伴はゆっくりと立ち上がった。
「この戦いはお前の意思か?」
「違うな。これはお前が仕掛けたもの。我は戦いは嫌いだ」
「嫌いだと……フフフ」
「どうした。おかしくなったか? それとも引く気になったのか」
「断る。僕は漫画家だ。僕は人に読んで面白いと思ってもらうために、十六歳のころから漫画を描いてきた。決して人にちやほやされるためでじゃあない。それは僕自身の意思で行なってきたことだ……そして、僕は自分の意思でここに来た。状況に流されているだけの貴様がッ! 気安くこの僕に意見するんじゃない!」

「もはや語る言葉はない……か」
 ビダーシャルはそういうと、新たな呪文を唱え始めた。
 今度は石の床がめくりあがり、巨大なこぶしに変化した。
「所詮私に勝てないものの世迷言か」
「違うな。僕にとっての強敵はお前なんかじゃない。もっとも強い敵は自分自身さ。いいかい、もっともむずかしい事は! 自分を乗り越える事さ! ぼくは自分をこれから乗り越える!」
「『ヘブンズ・ドアー』!」

「無駄だ」
 ビダーシャルの言ったとおり、反射で防がれた能力は、ビダーシャルではなく露伴の顔を本にし……彼の体を中に浮かせた。
「何ッ?」
 ビダーシャルの体に衝撃が走る。高速で飛んできた露伴と正面衝突したのだ。
 その速度は異常であった。たまらずにうめき声を上げる。肋骨が何本か折れたるほどの衝撃である。
「ぐぅ!!!」吹っ飛ばされ、全身打撲だらけでしりもちをつくビダーシャル。あるいはしりもちだけですんで幸運だったかもしれない。
「ど、どうだ。時速六十キロ……」衝撃を受けたのは露伴も同様のようで、彼の声も絶え絶えになっている。
「『時速六十キロで敵と衝突する』と書いた……これなら、反射で跳ね返されてもその行為自体が無意味だ……!」

「なぜ、ここまでして戦うのだ……?」
「貴様とは、魂の動機が違うんだ! 僕はこの戦いに明確な意思を持って望んでいる!」
 彼の言うとおりだった。ビダーシャルはしりもちをついていたが、露伴は同程度以上の傷を受けたというのに、まだ両の足で立ち上がっている。
 露伴は片足を引きずりながら、ビダーシャルに近づいていった。
「あえて言い換えるぞ……! 僕は上、お前は下だ……!」

「うぉおっ! この気力はっ! そこまでこの子が大事かッ!」
 ビダーシャルは思わず後ずさった。だが、露伴は歩みを止めない。
「もういっぱあああああつッ!」
「『ヘブンズ・ドアー』!」
 強烈な衝撃が、再び両者を襲う。
「ぐぉおおッ!」

 ビダーシャルは初めてこの男に脅威を覚えた。
 もし、この衝撃があと一発でも加えられたのなら、自分はどうなるか分からんッ!
 やつはもう一度体当たりをするだけの体力はあるのか?
 ビダーシャルが露伴を見やると、露伴は仰向けに倒れ、息も絶え絶えになっていた。露伴の肺が破れたのか、彼の呼吸音にヒューヒューという不吉な音が漏れ出でている。
 もうあの男が動くことはない。
 そう思った矢先に。
「もう……いっぱあああつ……」
 露伴は這いずり回って、ビダーシャルに接近してきたのだった。
「何……だと?」ビダーシャルは全身に驚愕を覚えた。
「覚悟はいいか? 僕は……できてる……」
「ここは引くしかないか……」露伴に接近しなように、ビダーシャルは片手を挙げた。
 指にはさんであった風石の力が作動する。彼は露伴と距離をとった。だが、それはタバサと距離を置くことも意味する。彼は護衛の任務を放棄する事を決断した。

171味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:19:24 ID:35whMPZs
 
 風の彼方にビダーシャルの姿が消える。エルフは撤退したのだ。
「露伴!」
 倒れた露伴の下に、タバサは思わず駆け寄る。
「ゴホッ」露伴は血を吐いた。
「急いで治療の魔法を!」そうタバサは思ったが、あいにく杖がない。
 何かないか探していると、露伴が、
「君に……謝らなくちゃいけないことが……」
「なに?」思わず涙がこぼれそうになる。

「実は、僕が君とであったときに、僕は君を本にしていたんだ……」
「……」
「僕はその時点で君の不幸を知っていた……でも、僕はそれを知らん振りして君に接してきた……」
「……」
「許してもらおうとか、そういうことを思ってきたわけじゃない……でも、そのことは、君に知っておいてほしかったんだ……」
「……」
「……」
「……バカ……」タバサは涙目で、にっこりと微笑んだ。
 こつん。
 タバサのおでこを露伴のおでこにくっつける・
「……本当に……バカ……」
「……」
「……」
「それはいいが、できれば治癒の魔法をかけてほしいな」
 はっとしたタバサは、近くに木の棒があるのを発見し、あわててそれを手に取った。
「自分の杖じゃないから、うまくいかないかもしれない」
「かまわないよ」露伴は、ニッと、笑った。
 急造の杖から癒しの光が輝きだす。
「痛いッ!」思わずもだえる露伴。しかし、タバサがそれを押さえつける。
「我慢して。男の子でしょ」

172味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:20:41 ID:35whMPZs
 城の外にいた護衛兵三百人を相手にしていたブチャラティとルイズは、ようやくその任務を終わらせた。いそいで露伴と合流しようと走って行った。が、ひたすら走るルイズと比べて、ブチャラティは、途中でであった兵士を相手にしなければいけなかった。
 自然と、ルイズがかなり先行する形となった!
「あの部屋ね!」
 ルイズが先ほどまで爆音をとどろかせていた部屋に飛び込む。おそらくそこで露伴はエルフと戦っているのだろう。音がないのを考えると、すでに決着がついているかもしれない。まさか、露伴が負けるような――?
「大丈夫? 露伴! 今助けに――」
 露伴は果たしてそこにいた。仰向けに横たわって、タバサに抱きかかえられている。タバサはちょうど背を向けているので、ルイズには気づかないようだ。
 だが、問題は二人の言動である。
「ああ! タバサ! もっとやさしく!!!」
「……なに、あれ……」
ルイズには、二人、というか、タバサが露伴に何をしているのか、角度の関係でよく見えない。
「そこはダメ! ダメ! ダメ! ダメッ!」
「……こう?」
「ああ! やさしくして、やさしく!」
「……」
「服を脱がせないでッ! 感じる!」
「難しい……」
「うああああ ダメ、もうダメ〜ッ!」

「!!! !! !」
その地に、廊下をブチャラティが走ってきている。
「どうだルイズ。いたか、二人は?」
「え? い……そっその……あの……」
「どうしたっ!」
「アレッ! 急に目にごみが入った! 見えないわ!二人なのかよく分からないわ!」見てない。私はなぁーんにも見てないッ!


第七章 『雪風は漫画家が好き』Fin...

173味見 ◆0ndrMkaedE:2009/01/11(日) 22:21:12 ID:35whMPZs
投下終わり。次回から、原作通りを大きく外れる……予定……
できるのか……この俺に……?
誰か、勇気と希望をくれ……

174名無しさん:2009/01/12(月) 00:47:56 ID:aVeK5xE6
  ∫
つc□ 

勇気と希望を与える事はできないが
コールタールみたいにまっ黒でドロドロなイタリアン・コーヒー淹れたぜ、飲んで元気を出してくれ

175名無しさん:2009/01/12(月) 16:52:21 ID:CqcrZxGs
投下乙
16才の少女に攻められる20才の青年……
なんていうか…その…下品なんですが…フフ……勃起(ry

176名無しさん:2009/01/12(月) 18:24:05 ID:2Qnz97wk
GJ!!
露伴ちゃんかっけえw

177名無しさん:2009/01/12(月) 19:03:15 ID:acoj9WdE
この露伴はカッコいいのに、短編の露伴と言ったら…家なくた挙句借金。そのうえ居候とか…
これから起こるであろう不幸にめげないでね

178名無しさん:2009/01/17(土) 23:29:36 ID:nBeYBm4k
GJでした。

>>177
マンガのためなら全財産を失おうと構わない姿勢はすげえと思う。まあ居候先の康一君にはいい迷惑だろうけど。
露伴先生はどんな不幸でもめげずにマンガのネタにっするから問題ない。

179名無しさん:2009/01/25(日) 23:32:53 ID:juN5jdgM
開発反対のために土地買って阻止とか
反対してた地域住民にとっては神だったんじゃなかろうか

180ティータイムは幽霊屋敷で:2009/02/19(木) 00:21:39 ID:K477cxDI

「きゅいきゅい! おねーさま、何か変なのね」
シルフィードに言われるまでもなく彼女は場の異常さに息を呑んだ。
眼下に映る世界は白一面。辛うじて巨大な塔が影のように浮かぶ。
それはシルフィードが間違えて雲の上に出てしまったのかと錯覚してしまうほどに、
地上とは懸け離れた“異世界”だった。
地表を覆い尽くさんばかりの濃密な霧を前に彼女は躊躇う。
いくら優れたメイジが集まったからといって、こんな現象を引き起こせるはずはない。
いや、そんな事は後で考えればいい。今はそれよりも一刻も早く彼女を見つけなくては。
覚悟を決めて飛び出そうとした彼女の足が止まる。

――――無理だ。
1メイル先も判らぬ白い闇の中、手探りだけで彼女を探し出せるものか。
敵の数も正体もハッキリしていない上に誰が味方かも判らない。
そんなところで私に一体何ができる?
宮殿から一歩外へ出てしまえば私は無力な少女に過ぎない私に。
無謀な事は止めて騎士団や衛士隊に任せるべきだ。
それにもう、彼女は既に……。

結論付けようとした自分の頭を杖に叩きつける。
目の前で飛び散る火花のように、脳に詰め込まれた屁理屈が吹き飛ぶ。
いくじなし、臆病者と心の内で自分をなじる。

シャルロットはいつも周囲の期待に応えるように努力してきた。
それは演技と言い換えてもいいのかもしれない。
王宮は彼女に“何もしないこと”を望んだ。
ガリア王家を継ぐ直系の血筋は彼女一人。
もし、その身に何かあれば大問題になりかねない。
彼女の身体は彼女自身だけの物ではない。
その責任を彼女は子供の頃から自覚していた。
だから財宝を守るかの如く、彼女は王宮で大切に育てられた。
それを不自由だと思ったことはない。
王家に生まれた者の宿命だと信じて疑わなかった。
そう自分を偽って生きてきた。

だけど召喚の儀式に臨んだ、あの時。
その瞬間、私は本心に気付いてしまった。

空のように青く澄んだ鱗。
雄々しい羽ばたきに風が舞い上がる。
靡く髪を抑えながら私は向き合った。
自分が呼び出した使い魔、そして自分の本心に。
“誰にも縛られることなく、どこまでも飛んでいける自由な翼”
それが私の求めていた物。大切な従姉妹が教えてくれた新しい世界への希望。

181ティータイムは幽霊屋敷で:2009/02/19(木) 00:22:36 ID:K477cxDI

幼かった頃の自分にとって、
冒険とは綴られた文字の向こうにしか存在しなかった。
王宮という限られた世界で過ごす日常に何の疑問も抱かなかった。
―――それを彼女が打ち破ってくれた。
本を読んでいた私の手を引いて強引に連れ出した。
燦々と降り注ぐ陽の光を背に振り向いた彼女は愉しげで、
今を生きている喜びに満ち溢れていた。
同じ色なのに彼女の髪は私よりもずっと輝いて見えた。
外で目にしたものは何もかもが輝いていて。
知識では知っていても私は少しも理解していなかった。
世界はこんなにも広く、興味深いものだということを。

今も彼女の温もりが感じ取れそうな手を強く、強く握り締める。
死ぬのは怖い。お父様やお母様が悲しむのかと思うとすごく辛い。
“シャルロット姫”がいなくなれば王宮や国も大変な事になるだろう。

だけど、私は彼女を失う事が何よりも怖い。
自分勝手と責められてもいい。
それでも私は彼女を、イザベラを助けたい。

昔の私のように、白い霧の中で進むべき道も頼れる者もない彼女を。
昔の彼女のように、力強く手を引いて連れ出そう。

「………今度は私が助ける番」

小さく呟いて彼女はシルフィードから飛び降りた。
『フライ』を唱えながら向かう先には火花の如く明滅する赤い光。
その只中にシャルロットは躊躇うことなく飛び込んでいった。


「何のつもりよ。杖を向ける相手を間違っているんじゃない?」

褐色の肌の少女が胸の谷間から抜き出したタクトを構えて睨む。
彼女の傍らには残骸が煙を上げて横たわっていた。
それは人型を模した土塊のゴーレム、その成れの果て。
火球を受けた胴体が消し炭と化して崩れ落ちる。
容易く屠った出来の悪い土人形には一瞥もせず、
キュルケは霞がかった視界の奥に立つ男に侮蔑の混じった眼を向ける。
このゴーレムを自分に嗾けた、見知らぬ生徒の姿を。

「もう、もう終わりなんだ……。俺達もあんな風に殺されちまうんだ」

止め処なく溢れ出した涙が男の顔を濡らす。
言葉に入り混じってヒヒヒヒと乾いた笑いが響く。
その表情はまるで笑うかのように引き攣り、さながら狂人の様相を呈していた。
足元に転がる焼死体に、上下の感覚さえ失いかねない白く濃密な霧。
恐怖に耐え切れなくなった男の理性は自ら狂う事で崩壊を避けようとしていた。
血走った目がキュルケの早熟にして豊満な肉体を捉える。
舐め回すかのような男の視線に、思わずキュルケは晒した素肌を腕で隠す。

182ティータイムは幽霊屋敷で:2009/02/19(木) 00:23:15 ID:K477cxDI

「どうせ死ぬんなら好き放題やってやる。どうなろうが知ったことか」

吐き捨てるかの如く叫ぶ生徒を前にキュルケは溜息を漏らした。
負け戦が決まると略奪や暴行に走る兵士が多く出るというのは聞いた事がある。
死を前にして自棄になり、人としての尊厳を捨てて畜生にまで堕ちる。
この男もその類だったのだろう。兵士でさえない生徒ならば当然かもしれない。
だが、その浅ましい姿はかつて貴族の子弟であった者とは思えぬ有様だった。
(あんな奴が私を思う様に蹂躙するですって?)
想像しただけで喉元に吐き気が込み上げる。
嫌悪感などという生易しいものではない。
生き残る努力を放棄して無関係の人間まで巻き込む、
そんな男には指一本触れるどころか肢体を見る事さえ許されない。
憎悪を通り越して殺意に至ったキュルケの冷徹な眼が男を捉える。

まるで明かりに群がる羽虫のように欲望を露にして男は詰め寄る。
彼女との力量差を弁えず、一歩また一歩と彼は死へと近付いていく。
その時の彼は正しく“飛んで火に入る夏の虫”そのものだった。

呻き声に似た声でルーンを紡いでいた男が杖を振るう。
その直後、両者の中間で地面が盛り上がり、先程より一回り巨大な人型を成す。
だが、それも一瞬。キュルケの杖から放たれた火球が完成したばかりのゴーレムを飲み込む。
一点に凝縮された高熱は土人形を食い破るかの如く胴体に丸い孔を穿った。
上下に分断された人形が崩れ落ち、元の土塊へと還っていく。
途端、視界が赤く映るほど昇っていた頭の血が急速に引いていくのを男は感じた。
今の魔法は彼が持つ最大の武器だった。それをあの赤髪の少女は歯牙にもかけず一蹴したのだ。
汚物を見るかのような眼差しで再び少女は杖を掲げる。
その先に灯るのは先程のゴーレムを粉砕したのと同じ火球。
もし喰らえば人体など蝋燭にも等しく溶け落ちる。

「ひぃぃああああぁぁぁぁぁああ!!」

間近に迫った死を目にして男は発狂したように地面を這った。
震える足では逃げられないと思ったのか、それとも本当に壊れてしまったのか。
だが、その行動はキュルケにとっても予想外の出来事だった。
濃密な霧の中で相手を見極めるのは僅かに映るシルエットだけだ。
しかし突然相手が伏せた事によって完全に目標を見失ってしまったのだ。

「くっ!」

苦し紛れにキュルケは男の居た場所へと火球を放った。
放たれた『フレイムボール』が炸裂して周囲に火炎を撒き散らす。
これで悲鳴を上げればしめたもの。そこに魔法を打ち込んで今度こそ終わりだ。
そう確信してキュルケは耳を澄ませて男の出方を待つ。
仮に堪えて新しいゴーレムを作ったとしても自分の方が早い。
彼女にとって、これは戦いというよりもモグラ叩きに等しかった。

183ティータイムは幽霊屋敷で:2009/02/19(木) 00:24:29 ID:K477cxDI

不意にキュルケの身体が前のめりに崩れる。
何かに躓いたのかと彼女は足元に視線を向けた。
だが、そこにあったのは石ころなどではなかった。
獣の如くぎらついた瞳と荒々しい呼吸。
這い回り汚れきった泥だらけのブラウスとマント。
弱者と見くびっていた相手が自分の足首を掴んでいた。
振り払おうとした瞬間、か細い足首に万力じみた力が込められる。

走る激痛に悲鳴を堪えたキュルケの顔が引き攣る。
ただえさえ男性の腕力には遠く及ばないというのに、
追い詰められて理性を失ったからか、男は普段以上の力を発揮していた。
足を抑えたまま男はキュルケの身体に圧し掛かる。
そして杖を振るおうとする手を押さえつけながら彼女の服に手を掛ける。

憎悪に満ちた視線でキュルケは男を見上げる。
だが杖を振るえない今の彼女は男の暴力を前にあまりにも無力すぎた。
キュルケと男の実力は比べるべくもない。
この魔法学院で彼女に勝てる者など教員を含めても数名。
だからこそ彼女の胸中には致命的な油断が生じていた。
それは時として自身の命をも脅かす猛毒となる。
下卑た表情を近づける男にキュルケは覚悟を決めた。
(アンタの勝ちよ。気が済むまで好きなだけ嬲ればいいわ)
これは戦いに慢心した“私”への厳罰。
二度と忘れぬよう屈辱と共に身体に刻み付ける。
そして、この男に必ずや代償を支払わせよう。

獣臭い吐息がかかるほど互いの顔が近付く。
ふと、キュルケは自分に影が落ちるのを感じた。
それは男の物ではなく、さらにその頭上。
自分に覆い被さる相手の向こう側から何かが迫ってきていた。

影しか窺えない霧の中で彼女はその姿を見て思った。
―――天使が舞い降りてきたのだ。
透き通った冬の空の色に似た青くて長い髪。
それがふわりと羽のように広がり白一色の世界に際立つ。
白い霧を突き抜けて舞い降りた、その天使のような少女は。

ニードロップで男の後頭部に鈍い音を響かせながら降り立った。

184ティータイムは幽霊屋敷で:2009/02/19(木) 00:26:57 ID:K477cxDI
投下終了。……スランプで全然筆が進みません。

185名無しさん:2009/02/19(木) 00:28:13 ID:SzOrjt9k
おかえりーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
首を長くしすぎて待ってたんだぜええええええええええ

186名無しさん:2009/02/20(金) 20:17:59 ID:Ullco62A
投下乙!
とうとう王女タバサが行動開始か。
しかし、箱入り娘のはずなのにニードロップとは……!

スランプは、まあ長く連載してれば当然さ!
直接力になれないから、俺はここで応援してるぜー!

187名無しさん:2009/02/21(土) 01:18:55 ID:FjNgOMAY
タバサと見せかけてシルフィードという叙述トリックを思いついたが
ぜんぜん意味がなかったぜ

188名無しさん:2009/03/04(水) 01:11:45 ID:Ml64s2yA
規制で本スレに書き込めないけど俺はここにいる。

189ゼロいぬっ!:2009/03/04(水) 01:24:34 ID:rY.Nkpvc
>>188
命を振り絞った君のメッセージ、確かに受け取ったぞ!

190名無しさん:2009/03/10(火) 23:53:31 ID:eXPWlEoA
規制に巻き込まれて本スレに書けないがわんこ投下乙ッ!
もうそろそろ物語も終わっていくのか…ちょっとサミしいが物語にはフィナーレが必要だ
祝福を今から用意しておこう

191ティータイムは幽霊屋敷で:2009/04/04(土) 19:08:57 ID:PQqYMEvE

昏倒している男とキュルケ、その両方をシャルロットは見下ろす。
一見、冷静に振る舞う彼女だが、その実、今にも心臓が破裂しそうだった。
何の考えもなく飛び出し、いきなり少女が襲われている現場に出くわしたのだ。
幾つもの魔法を習得しながら焦りと混乱がルーンを紡ぐのを邪魔する。
戦闘はおろかケンカさえ従姉妹と数回あるかないかの彼女にとって初の実戦。
一か八かで彼女は男の頭の上に落下するという荒業を敢行したのだ。
それは運良く成功し、無謀な首筋に膝を叩き込まれた男は意識を絶った。

「ありがとう。助かったわ。
ところでアナタ誰? うちの生徒じゃないわよね?」
「私は……」
キュルケの問いにシャルロットは喉を詰まらせた。
本名を告げれば事は大きくなるし、自分も狙われる可能性が出てくる。
それに、下手をすれば何も出来ないまま保護されてしまうかもしれない。
嘘をつくのは良くない事だとお母様から教えられている。
だけど、それでもやらなきゃいけない事があると私は知っている。

「花壇騎士のタバサです。イザベラ様の護衛を仰せつかっています」
心中で母と始祖に懺悔しながら彼女は偽名を告げた。
咄嗟に出てきたのは母から貰った大事な人形の名。
本当ならもっと凝った名前の方が良かったと思いながらも、
更に嘘を連ねて不自然さを覆い隠そうとする。

「ふぅん、その歳で花壇騎士ねえ……」
じとりと訝しげに向けられたキュルケの視線に思わず目を逸らす。
平常心を装ったつもりでも、たらりと頬を冷や汗が伝う。
若くとも実力があればカステルモール等のように騎士に成れる。
不審な所など何もないはずだと自分に言い聞かせるも、その行動は裏腹だった。
まるで蛇に睨まれたカエルの如く縮こまるシャルロット。

「まあいいわ。ありがとう、タバサ」
その緊張を解きほぐすような陽気な声を響かせてキュルケが礼を言う。
差し伸べられた彼女の手に戸惑いながらもシャルロットは笑顔を浮かべて応じた。
固く交わされる握手に、恥ずかしいのやら嬉しいのやら分からない笑みが零れる。
そのシャルロットの初々しい姿をニコニコと見つめながらキュルケは言った。

「で? 良家のお嬢様がこんな所で何やってるの?」

ぴしりと一瞬でシャルロットの表情は固まり石化したように動きを止めた。
その一言でシャルロットの頭の中は完全に真っ白になっていた。
なんとか反論しようとしても言葉も出せず、金魚みたいに口をぱくぱくと開くのみ。

192ティータイムは幽霊屋敷で:2009/04/04(土) 19:09:41 ID:PQqYMEvE

「な、何のことでしょう? 私は……」
「とぼけても無駄よ。マメ1つない綺麗な手で騎士が務まるわけないでしょ」
ようやく搾り出した声でとぼけるシャルロットをキュルケは一蹴する。
握手を求めたのは挨拶や礼だったが、それを確かめる為の口実でもあった。
当然ながらシャルロットは自分の杖よりも重い物を持った事がない。
身の回りの雑用は侍女がしてくれるし、魔法の勉強といっても訓練などした事がない。
そんな彼女の手にマメなど出来るはずもない。
そもそも彼女には纏う空気というか、騎士としての迫力が欠けていた。
此処に集まった衛士隊や花壇騎士団と比較しても、それは明らかだった。

「それに、倒れた相手を仕留めも捕らえもしないで放置するなんて。
もし起き上がって襲ってきたら、って普通は考えて行動するものよ」
「う……」

色々ダメ出しされて自信喪失しかけているシャルロットの前で、
キュルケは自信満々に人差し指を立てて左右に振る。
まるで妹を諭す世話焼きの姉といった印象を感じさせる。
正直な所、キュルケは女性に対して何の関心も持っていなかった。
大抵、向けられるものが嫉妬ばかりだったからだろうか。
そんな中、突然現れた危なっかしい少女に彼女は興味を惹かれていた。

「何のつもりか知らないけれど無茶は止めなさい。
貴女じゃ足手まといになるだけよ。“本物”の騎士に任せなさい」
「でも……」
「悪いけど聞けないわ。理由はあるんでしょうけどね。
ちょうどいいわ。あの人達に保護してもらいましょう」

騎士らしき人影を見つけてキュルケは大きく手を振った。
術者であるビダーシャルが離れた所為だろうか、
濃密だった霧は次第に薄らいで互いの姿を確認できるまでになっていた。
安堵を浮かばせるキュルケとは裏腹にシャルロットは焦りを滲ませる。

視界を奪ったのは任務を円滑に進める為だろう。
だとしたら、もうその必要がなくなったと考えるべきだ。
こちらに近付いてくる人影にシャルロットの心拍数は急速に高まる。
もし花壇騎士なら一目で素性がバレてすぐに連れ戻されてしまう。
ああ、どうしてたった一人も私は騙せないのか。
彼女はあんなにも、呼吸するかのように嘘をつけるというのに。
お目付け役や警護を物ともせず二人で何度も宮殿を抜け出した。
万分の一でも、彼女のあの才能が自分にあればと今強く思う。
どこにも逃げ場はない。諦めかけた瞬間の事だった。

―――比喩でもなんでもなく、世界がひしゃげた。

193ティータイムは幽霊屋敷で:2009/04/04(土) 19:10:54 ID:PQqYMEvE

一瞬の空白。その直後に轟く耳を劈く爆音。
遅れてやってきた衝撃が彼女達の髪と衣服を激しく掻き乱す。
しばらくして爆風が収まったのを肌で感じ、シャルロットは目を見開いた。
隣には髪を振り乱したキュルケの姿。
舞い上がった砂埃を吸ったのか、キュルケはけほけほと咳き込んでいた。
何の外傷もない事に胸を撫で下ろしながらシャルロットは杖を手に取った。
込み上げてくる罪悪感を押し殺し、ゆっくりとキュルケへと近付く。

「何なのよ今の…? せっかくセットしたのに台無しじゃない」
無事だっただけでも僥倖と思うべきなのだろうが彼女にそんな殊勝な心がけはない。
ここが戦場だろうが、女性にとって身嗜み以上に優先される事はない。
その所為で注意が逸れていた彼女の肩をポンポンと何者かが叩く。

「……あの」
「ん?」
「ごめんなさいっ!」

振り返った彼女の視界に飛び込んできたのは長尺の杖。
実戦にも耐えられる強度を持ったそれがキュルケの脳天を打ち抜く。
どさりと白目を剥いて倒れた彼女の姿に小さく悲鳴を洩らす。
ひょっとしてやりすぎただろうか、間違って神の御許に送ってしまったかも。
冷静に考えれば意識を奪うだけならスリーピング・クラウドって便利で使い勝手の良い魔法があった。
それさえも平常心を欠いた彼女には思い浮かばなかった。

突然の蛮行に驚いた騎士らしき人影が駆け寄る。
咄嗟に口笛を吹き鳴らし、上空に待機させている使い魔を呼び寄せる。
なんだかひたすらに事態を悪化させている気がするけれどもう止まれない。
彼女を助け出すまで足を止めちゃいけない、走り続けなきゃいけない。
……多分、残された時間はそんなにない。


「へ?」

その光景を前に平賀才人は目を丸くした。
助けを求めていた少女の一人が、もう一方を杖で殴り倒したのだ。
共にいたワルドも、長い軍人生活で初めての経験に呆気に取られていた。
しかし咄嗟に頭を切り替えて少女を捕まえようと踏み込む。
直後、彼女の頭上に舞い降りる一匹の風竜。
竜の羽ばたきで薄れていた霧のカーテンが舞い散らされる。
日の光に映し出された少女の素顔にワルドは驚愕した。
困惑する彼を尻目に、彼女を乗せた風竜は飛び立とうとしていた。
フライを詠唱しながら追いすがるも間に合わない。
そのワルドの背をガンダールヴの力で強化された才人が追い抜く。
常人ならば指先さえも届かぬ高さ、しかしそれを桁外れの跳躍が覆す。
伸ばした才人の手がシルフィードの尻尾をがしりと鷲掴みにする。

194ティータイムは幽霊屋敷で:2009/04/04(土) 19:11:51 ID:PQqYMEvE

「きゅい!?」
「捕まえたぞ! 大人しくお縄につきやがれ!」

状況を飲み込めないまま、才人は尻尾を伝いよじ登ろうとする。
逃げるぐらいだから、きっと連中の仲間か関係者だろう。
もしかしたらルイズの事を知っているかもしれない。
そう思い至った彼を止められる者はいない。
シルフィードは才人を振り落とそうとするも、敏感な部分を触られて力が出ない。
風竜の背に届くかどうかという所で才人はようやく少女と目を合わせた。

―――多分、それは一瞬の出来事だったのだろう。
だけど、ずっと見惚れていたような気がする。
陽光を浴びた青い髪が空の色と交わりながらたなびく。
触れたら壊れてしまいそうな未成熟で華奢な体つきと白磁のような肌。
何の濁りもない青玉に似た瞳が自分の姿を映しこむ。
彼女は実際に目にしたお姫さまよりもお姫さまらしかった。

直後、不意に二人の間を突風が吹き抜けた。
シャルロットは髪を抑え、才人は飛ばされぬように尻尾にしがみ付く。
顔に受ける風を堪えながら彼女へと顔を向ける。
視線の先で薄手の布が膨らむように舞い上がった。
その下に映るのは細くとも健康的な脚線美と鮮やかな純白。
あ、と小さく呻いてシャルロットは慌てて両手でスカートの端を抑えつける。
年頃の少年に見られたという事実が彼女の頬を熟れたトマトのように染める。
いつも着替えを侍女に手伝ってもらう彼女にとって、
見られるのが恥ずかしいと思ったのは、これが初めての体験だった。
どきどきと高鳴る心音を隠しながら、じとりと才人をねめつける。

「いや、ごめん! 違うんだ、見るつもりはなくて……」

咄嗟に両手をわたわたとせわしなく動かして弁解する。
さらに今頃やっても遅いが顔を両手で覆い目隠ししたりと、
何とか己の無実を必死にアピールしようとする。
その瞬間、平賀才人の身体は空へと放り出されていた。
言うまでもなく一介の高校生は空など飛べない。
彼はシルフィードの尻尾という命綱を自ら手放してしまったのだ。
一瞬にして平賀才人はシャルロットの視界から消滅した。
あああああぁぁぁぁ……、と遠ざかる絶叫を耳にしながら地上を覗き込む。

「まったくひどい目にあったのね」
ぷんぷんと怒りを露にしながらシルフィードは主の顔を覗き込む。
まだ頬の赤みは消えておらず、どことなく上気しているように見受けられた。
実に少女らしい、初々しい彼女の姿にシルフィードは興奮を覚えながらも安否を訊ねる。

「おねえさま、無事?」
「……はずかしい。もうお嫁にいけない」
「きゅいきゅい! そんなの気にする必要ないのね!
シルフィなんか直接いやらしい手つきで尻尾つかまれたのね!
ほんと失礼しちゃう! 今度会ったら踏みつけてやるのね!」

195ティータイムは幽霊屋敷で:2009/04/04(土) 19:12:31 ID:PQqYMEvE

「役立たずが……!」

風竜から振り落とされる才人を見上げながらワルドは毒づいた。
助ける必要などない。あの身体能力があれば死ぬ事はないだろう。
そもそも平民を助ける義務など彼には無い。

彼女同様、口笛を鳴らして待機させていたグリフォンを呼び寄せる。
いくら機動力に富むとはいえ、風竜とグリフォンでは速度が違いすぎる。
逃げに徹されてしまえばワルドといえど追いつく事は出来ない。
もし才人が説得に成功していれば、こんな無茶などしなくても済んだ。
それが腹立たしくもあり、油断していたとはいえ平民に先を越された自分自身への苛立ちもあった。

ワルドが風竜がいるであろう上空を見やる。
アンリエッタ姫殿下とルイズの確保は何よりも優先されるはずだった。
しかし、目の前で起きた事態が彼に異常を告げていた。

「何故だ…、どうして彼女がここにいる? 連中は一体何をしている…?」

この場において全容を掴む者は誰一人としていない。
様々な思惑が折り重なり紡がれて生まれたのは混沌。
されど彼等は未来を求めて彷徨う。
否。彼等にはそれしか許されていないのだ。

196ティータイムは幽霊屋敷で:2009/04/04(土) 19:14:19 ID:PQqYMEvE
投下終了。
もう、最新刊が出る度に追い詰められてる気がする。

197名無しさん:2009/04/04(土) 20:58:26 ID:A/.nLg5M
シャルロット様に萌え殺されるかと思った!
次回を首を長くして待ちます。お疲れ様でした。

198名無しさん:2009/04/05(日) 17:20:41 ID:8DaEpUAk
>……はずかしい。もうお嫁にいけない
つまり才人に責任を取ってくれということですね、わかります

199名無しさん:2009/04/07(火) 08:21:45 ID:cvwMMFV.
>>196
逆に考えるんだ
「タバサ化する前の素のシャルロットだった頃の性格や口調が分かってラッキー!」

確かにシャルル王位にパターンの作品の場合、シャルロットが無口少女のまんまなのはおかしいからなあ

200ティータイムは幽霊屋敷で:2009/04/22(水) 23:40:32 ID:bXlp68Cs

鼓膜を激しく震わせる轟音と身を引き裂かんばかりの衝撃波。
それを地に伏せて必死にやり過ごしたコルベールはゆっくりと顔を上げた。
砂塵が視界を覆う中、はっきりと塔のシルエットが浮かび上がる。
彼の口から安堵の息が漏れる。少年の判断は正しかった。
もし、炎の壁を強行突破していれば何人かは重傷を負っていたかもしれない。
それに、パニックになった彼等を火と衝撃に巻き込まれぬように誘導できたかどうか。

土を払って起き上がろうとした最中、耳障りな雑音が響いた。
近い物を挙げるとすれば何かを引っ掻くような音に似ている。
それは次第に大きさを増し、悲鳴のような異音へと変貌していく。
不安を掻き立てる騒音を耳にして、コルベールはじりじりと後退る。
特殊部隊で鍛え上げられた勘が危険を告げる、“全力でその場から離れろ”と。
その一方で、理性が彼に強く命令する、“生徒達を助けろ”と。
両者に挟まれて動きを止めたコルベールの前で、悲鳴は断末魔へと変わった。

彼の目に映るシルエットが傾いていく。
亀裂が走った塔の外壁が砕け、周囲に破片を撒き散らす。
始めはゆっくりと、やがて加速をつけながら地面へと吸い込まれる。
巨大な棍棒を叩きつけられたかのように地震の如く足元が大きく弾む。
それに耐え切れなかったのか、それとも目の前の光景が信じられなかったのか。
コルベールは倒れ込み、ぺたりと地面にその腰を落とした。
舞い散る粉塵が完全に視界を奪っても、彼はそれに何も感じなかった。
晴れ渡った直後、全てが見間違いで塔は健在のまま。
そして避難していた彼等が談笑しながら出てくるなどと、
そんな現実逃避を思い浮かべたりは出来なかった。
現実を受け入れる事も、夢想に逃げる事も出来ず。
―――ただ、とても大切な何かが終わったのだと。それだけを確信した。

耳の中で反響する崩落の残滓が彼の無力を嘲笑う。
それに入り混じって聞こえる、自分を呼ぶ声。
ミスタ・ギトーに彼の教え子達、塔の中で敢え無い最期を遂げた者達のものだった。
(……また、増えましたね)
『ダングルテールの虐殺』からずっと、彼の耳には住民達の声がこびりついていた。
悲鳴、祈り、怨嗟、助けを求める声、同様に炎の中に消えた命の叫び。
恐らくは向こうから自分を呼んでいるのだろう。
それでも生きているからにはやれることがあると信じ続けてきた。
戦争にしか使えないといわれた忌まわしい火の魔法を、
多くの人達の幸せに活用できないかと研究を重ねた。
しかし、私は何も成せなかった。
己で戒めたにも関わらず炎の魔法を用い、
目の前にいる生徒達さえ救えなかった私に価値などない。
復讐を果たす気力さえもない。
もう悪足掻きは終わりにしよう。
あの日からずっと続いていた悪夢はこれで終わる。
否。最初からこうするべきだったのだ。

201ティータイムは幽霊屋敷で:2009/04/22(水) 23:41:21 ID:bXlp68Cs

己の杖を掲げてコルベールは詠唱をはじめた。
火力は最小限に、一秒でも長く炎に巻かれる苦痛を引き伸ばす為に。
杖を振り下ろす直前、彼の手が砂塵の中から伸びてきた手に掴まれた。

「待て! 私だ、ミスタ・コルベール!」

声を張り上げながら現れたのはギトーだった。
コルベールに敵と誤認されたと勘違いし慌てた彼は必死に魔法を止めさせた。
その背後には、中に閉じ込められた生徒たちの姿も窺える。
安堵よりも先に口を突いたのは疑問の声だった。

「何故、一体どうやってあそこから……」
「それが、私にも分からんのだが気付いたら別の場所にいたのだ」
「は?」
「どこか貴族の屋敷だと思うのだが、しばらく呆然としていたらここに戻されていた。
……言っておくが私の頭は正常だぞ。今朝食べたパンの枚数も思い出せる」

全てが不可解で謎に包まれた出来事にギトーは首を傾げた。
しかし、その疑問を解消できる鍵を持っているコルベールだけが理解した。

あの時、確かにエンポリオ君は『建物の中に避難する』と言っていた。
だが、それは塔の事ではなく彼のスタンドが作り出す『幽霊屋敷』!
だからこそ内部に閉じ込められた彼等も生還できたのだ。
それを悟った瞬間、コルベールは彼の姿をどこにもない事に気付いた。

「ミスタ・ギトー! エンポリオ君……ミス・イザベラの使い魔はどこに!?」
「あ、ああ。あの子供なら戻ってきた早々、どこかへ行ってしまったよ」

返答を聞いて即座にコルベールは駆け出そうとした。
しかし前に出した足は止まり、やがて踵を返した。
コルベールは彼の後を追う訳にはいかなかった。
目の前には未だ窮地を脱したとはいえない生徒たちがいる。
これを放り出すのは、先程自分が体験したように見殺しにするのに等しい。
ひとりの友人と多くの生徒、それを秤にかける事は出来ない。

だから信じようと思った。
あの少年が持つスタンドではない、人としての力が、
この絶望的な状況を切り開くだけの強さを秘めていると。

202ティータイムは幽霊屋敷で:2009/04/22(水) 23:43:04 ID:bXlp68Cs

「………そんな」

まるで足場を失ったかのようにエンポリオの足が崩れ落ちる。
塔が崩落するのを目にして駆けつけたギーシュから、
イザベラの状況を聞かされて彼は一目散に現場へと向かった。
騎士が2人も護衛についているのなら襲撃も凌げるはず。
間に合えさえすればスタンドを使って隠れてしまえばいい。
彼女の無事を信じ、それだけを考えて駆けつけた。
だが、そこで目にしたのは悪態をつく彼女の姿ではなかった。

地面に横たわる、海の如き深い色彩のドレスを纏った少女。
しかし、その首から上は完全に失われていた。

「そんな……何かの間違いだ」

地面についた手が何かを掴む。
それは長く透き通った青い髪の束。
首を落とす時に切れてしまったのだろう。
それが誰の持ち物であるかをエンポリオは良く知っている。
彼女の一部をぎゅっと握り締めてエンポリオは黙祷を捧げる。

彼女の隣には、跪いたまま息絶えた騎士。
少し離れた所には燃やされて原形を留めていない屍がある。
恐らくは彼等がギーシュに聞いた護衛の騎士だろう。

「……また、助けられなかった」

ぽつりとエンポリオは呟いた。
目の前で死んでいった仲間たちの姿が脳裏に蘇る。
直後、彼は涙を袖で拭った。
戦いに倒れていった仲間たち。
彼等を思い出して立ち上がった。
そう。彼等は最期まで自分の意志を貫いた。
だから今は立ち止まってはいけない。
―――泣いていいのは、全てに決着を付けてからだ!


「静まれぃ! 双方、杖を引くのだ!」
ド・ゼッサールの制止の声も無数の怒号に掻き消される。
正門前は殺到した関係者と衛士隊のひしめき合う地獄と化していた。
いや、ただの混乱ならばまだいい。
だが両者は杖を抜いて戦闘を始めてしまっていた。

発端となったのは本塔の爆発と崩壊。
飛び散った破片が正門前へと殺到していた貴族達に降り注ぎ、
それが見えない刺客に追われていた彼等を恐慌状態へと導いた。
津波の如く押し寄せる彼等を抑えつけていたのも束の間。
その一角を支えていた衛士の肩をエアカッターが切り裂いたのだ。
訪れる一瞬の静寂。誰がやったかなどは分からない。
だが貴族達はようやく見えた綻びに目の色を変え、
衛士達はいつ襲ってくるとも知れない恐怖に、互いに杖を抜いた。

203ティータイムは幽霊屋敷で:2009/04/22(水) 23:43:49 ID:bXlp68Cs

実力では圧倒的に勝る衛士達も数の前ではその真価を発揮できない。
ましてや相手は有力な貴族のお偉方。下手に命を奪えばどうなる事か。
それを恐れて防戦にならざるを得ない彼等に向けられる魔法の数々。
周囲に気を配る余裕さえ失われ、次々と正門から脱出を見逃してしまう。
かといってそれらを追おうとすればパニックを起こしている者達を止められない。
歯痒い心境でド・ゼッサールは事態の収拾に徹する。
彼の背後を、騎士と思しき一団が悠々と通り抜けていく。
その先頭に立つのは肩に大きな袋を抱えた中年の騎士だった。


一方で、状況確認と犯人逮捕に当たっていた衛士達は凄惨な現場に顔を顰めていた。
生徒や教師、見学者、それらの見境なく文字通り無差別に襲撃者は殺戮を繰り広げ、
犠牲者の多くは焼き払われ原型を留めておらず、遺体よりも炭と形容するのが正しかった。
また新たに発見された屍を前にして衛士の一人が毒づいた。

「始祖と神に対する冒涜だぞ、これは」
「落ち着け。冷静を欠けば敵の思う壺だ」
三人一組の小隊を指揮するリーダーが彼を戒めるように諭す。
何故、死体に火を放っているのかは不明だが、
こちらの対する挑発・示威行為である可能性が高い。
王家が一堂に会するこの日を選んだのも、
伝統と格式のある魔法学院を破壊したのもその為だろう。

「一体どこの阿呆がこんな大それた真似をしたんでしょうか?」
「どこかの国の手の者とは考えづらいな。
アルビオンの兵士もガリアの花壇騎士の死体も、かなり見つかっているからな。
まさか偽装工作の為だけに兵を死なせたりはすまい。
しかし、これだけの規模となると高級貴族といえども……」

犯人については皆目見当が付かないのが実情だった。
生存者から得られた情報は連中が布で全身を覆っているという事実のみ。
撃退した者から話を聞いても素性が明らかになる前に自害したと言う。
つまり、今この瞬間にも連中は素知らぬ顔で避難しているかもしれないのだ。

「だとするとゲルマニアの成金連中ですかね?」
「それなら姫殿下が嫁いでからやるだろうな。
そうでなければトリステインを合法的に手に入れられんからな」

完全に捜査が行き詰った事をリーダーは感じていた。
周囲を覆う霧が真実さえも隠してしまったかのように思えてくる。
敵が見えないのがこんなにも気色が悪い事だとは考えもしなかった。
これならば万の敵と杖を交えていた方がよっぽど気楽だ。
苛立ち混じりにリーダーは部隊の撤収を告げた。

204ティータイムは幽霊屋敷で:2009/04/22(水) 23:44:28 ID:bXlp68Cs

「これは……違うッ!」

エンポリオは唐突に叫び声を上げた。
彼女の形見にイザベラの家族に渡そうと身に着けている物を探していた時だった。
イザベラが指に嵌めていたはずの指輪が無くなっていた。
それだけなら盗られたという可能性も否定できない。
しかし、それなら値打ちのある彼女のドレスも剥いでいくだろう。
いや、これは強盗や追剥なんかじゃない。
首を持っていった時点でこれは間違いなく暗殺だ。
指輪なんて証拠に残るような物を持っていこうとするだろうか。

その『不自然さ』が糸口だった。

次に目についたのが血痕。
確かに辺りに飛び散っているが、明らかに『少ない』。
生きたまま、あるいは死んですぐに首を刎ねたなら辺り一面が血に染まっているはず。
なのに切断面とドレス、その近辺にしか血の跡はない。
これでは『死んでしばらく経ってから首を切り落とされた』かのようだ。
血の広がり方から見ても、隣で息絶えた騎士のおじさんよりも先に死んでいる。
仮説が証明するように繋がっていく事実。
そこから導き出された結論にエンポリオは声を上げた。

「この死体はお姉ちゃんのじゃないッ!」

首を持っていったのはそうせざるを得なかったんだ!
指輪は持っていったんじゃない、指に合わなかったから嵌められなかった!
体型は合わせられたとしても、指の太さまでは分からないからだ!
『死んだように見せかける必要があった』―――それはつまり!

「お姉ちゃんはまだ生きているッ!!
そして、生きているなら必ず助け出せるッ!」

205ティータイムは幽霊屋敷で:2009/04/22(水) 23:49:16 ID:bXlp68Cs
投下終了。次回は久しぶりにヒロイン(むしろヒーロー?)の登場です。

206名無しさん:2009/04/23(木) 16:31:24 ID:X6veH2nQ
投下乙です
今のエンポリオならバーローに勝てる
しかしイザベラよりルイズ達の方が気になる俺w
(この話のイザベラってしぶとさなら才人より上っぽい気がするんで)

207名無しさん:2009/04/25(土) 19:01:13 ID:GFet7cnM
遅ればせながら、投下乙。
襲撃事件が収束に向かう中、嵌められた側の人間がどう動くのか……。
そして影の薄い主人公達の出番はどうなるのか!?
次回を楽しみに待ってるぜ!

208名無しさん:2009/04/26(日) 19:16:03 ID:3Ufacu5I
おわっ!
気づかないうちに2話も投稿されてるなんて…
遅ればせながらティータイムの人、乙です!

うーむ、タバサが可愛すぎてニヤニヤが止まりませんw
原作と違い心を凍てつかせてないタバサですけど、姫という立場にいるために本来の活発さが鳴りを潜めそのために内向的と周りから採られてる感じかな?
気が動転して魔法を唱えるのを忘れたりとか、すぐばれる下手な嘘をついたりとか本当普通の女の子といった感じです
それにしてもサイト、タバサのパンツを見たうえに一目惚れ(?)みたいなことをしたりとなんというラッキースケベ!w
こりゃサイトには責任をとってもらうしかありませんね!w

209ティータイムは幽霊屋敷で:2009/05/05(火) 18:56:01 ID:fmplYYTA

学院を出て街道よりやや離れた場所にある森。
騒動が治まる気配を感じさせない学院と打って変わり、
そこは梢が風に揺れる音さえ聞き取れるほど静寂に満ちていた。
その中でマチルダ・オブ・サウスゴータは切り株に腰を下ろして深い溜息をついた。
生き延びた仲間はここに集合する手筈だった。
そして、本国と内通者からの手引きを受けて撤退する。
だが、森に集結したのは彼女の予想を遥かに下回る数だった。
遅れている者がいたとしても半数に届くかどうか。

「あれだけいて……たった、これだけか」
「いえ、“こんなにも”ですよ。
あの花壇騎士団を相手にしたのですから大健闘といえるでしょう。
最悪、一人だけでも生還できれば我々の勝ちなのですから」
何の感情も挟まず、彼等を率いる中年の騎士は答えた。
出立前には何度も言葉を交わし、楽しげに酒を酌み交わしていた部下達。
それを失ったにもかかわらず、彼は数字の計算でもするかのように語った。
(……いや、それだけじゃない)
マチルダ・オブ・サウスゴータは大きく頭を振った。
失われたのはアルビオンの兵ばかりではない。
この計画により多くの無関係な命が失われた。
誰が犯人かを特定させないように、誰が生き延びたのかを判らないようにする為に。
トリステインやガリアの兵士に貴族、教師……そしてまだ歳若い学生達を手にかけた。
身代わりを作る為とはいえ、命を奪うばかりか首を切り落とした。
その凄惨な光景にマチルダはただ見ている事しか出来なかった。
手にはまだ騎士を殺した感触が残っている。

マチルダ・オブ・サウスゴータは思慮に暮れる。
後悔していると言い換えてもいい。
果たして、この計画にはそれだけの価値があったのだろうか。
他の方法で解決する事は出来なかったのか。
そして。

「おい、聞いてるのか、そこの年増! 嫁き遅れ! 中古品!」

―――この口喧しい少女に、それだけの価値はあるのだろうかと。


「よくも大切な髪を切ってくれたな! 丸坊主にしてやるから憶えときな!」

びたんびたんと陸に打ち上げられた魚のように跳ね回る人質。
両手と両足を縛られてもなおも激しく暴れまわる。
それを目にしながらマチルダは再び深い溜息を零した。
その無駄な元気に、呆れるのを通り越して逆に感心さえ覚える。

「アンタ、自分の立場が分かってるのかい?」
「分かってるから言ってるんだよ、このマヌケ」

脅すように冷たく言い聞かせるマチルダに、イザベラは言い放つ。
多大なリスクを負うと分かっていながら生かして連れ出してきたのだ。
なら、むざむざこんな所で殺すなどという事はない。
それを分かっているからイザベラはいつもと変わらぬふんぞり返った態度を取る。
今は手も足も出せないので口だけで反撃し続けるイザベラ。
それに激昂しながらも同じく手を出せないマチルダ。
周りの人間は係わり合いになるまいと距離を置いていた。

210ティータイムは幽霊屋敷で:2009/05/05(火) 18:57:19 ID:fmplYYTA

「大方、インテリ気取って勉強に励んでたら周りに男っ気がなかったんだろ?」
「うるさいね! 言っとくけど助けなんて期待しても無駄だよ」
「ふん! アンタらみたいなのに花壇騎士がそうそうやられるかっての!」

そう言い放ったイザベラの言葉にマチルダの表情は蒼褪めた。
花壇騎士の名に恐怖を覚えたのだと思い、勝ち誇ったように彼女は笑みを浮かべる。
だが、それは大きな誤りであった。
マチルダに込み上げた恐怖は自分が犯した罪によるもの。
彼女の手には自分の物ではない血が染み付いている。
震えを噛み殺して彼女はイザベラに告げた。

「……死んだよ」
「あん?」
「アンタのご自慢の花壇騎士団長は死んだんだよ!
いや、アタシが殺してやったのさ、この手でね!
ざまあないね! 呆気ないぐらい簡単にくたばったよ!」
突然いきり立つようにマチルダは叫んだ。
もう後戻りなど出来ない。なら悪人らしく振る舞おう。
罪を内に秘めるより恨まれた方がよっぽどマシだ。
口汚く罵られ、怨嗟を浴びせられるのが今の私には相応しい。
その想いで彼女はイザベラに真実を知らせた。

息せき切らすマチルダの姿を呆然と眺める。
その鬼気迫る表情に偽りは感じられなかった。
“カステルモールは死んだのか”ただそれだけが事実として圧し掛かる。
あまりにも突然だったからか、少しの悲しみも感じなかった。
俯いて頭を垂らす彼女にマチルダは心苦しいものを感じていた。
直後。

「ふざけんな!あれは私の玩具だ!私の許可なく勝手に殺しやがって!」

まるで火が付いたように激しくイザベラは吠え立てた。
悲しみよりも憎しみを滾らせて感情の赴くままに叫び続ける。
急な変化にマチルダも驚きを隠せず唖然とするばかり。
困惑する彼女の背後に黒い影が差し込む。
その瞬間、マチルダを詰っていたイザベラの背筋が凍る。
見上げた視線を横に向けると、そこには自分の腹を殴りつけた男の姿があった。
ふてぶてしく笑う男をイザベラは忌々しそうに睨む。
しかし、男は表情を崩さず楽しげに彼女に問いかけた。

「ようやくお目覚めかい、お姫様」
「ああ、最悪の寝起きさ、アンタみたいに不味い顔が目の前にあったんじゃあね。
飼い主の手に噛み付いた狂犬が今度はアルビオンに尻尾振るなんざ、
アルビオンにはよっぽど腕のいい調教師がいるんだな、ええセレスタン?」

ぴくり、とセレスタンの眉が一瞬上がる。
それは挑発にではなく自分の名を呼ばれた事への驚きだった。
やがて薄ら笑いが口元を釣り上げるような獰猛な笑みへと変貌する。

211ティータイムは幽霊屋敷で:2009/05/05(火) 19:00:30 ID:fmplYYTA

「まさか憶えていたとはな。俺が北花壇にいたのは国王が変わる前の話だぜ」
「おかげで思い出すのに時間がかかったけどね。あの時もアンタは今と同じ様に笑ってたね」
「俺も憶えているぜ、王妃の膝の上でこっちを睨んでたガキの面を。そう今みたいにな」

セレスタンはイザベラの隣にしゃがみ込むと、
無骨な手で切られて短くなった髪を無造作に掴み上げる。
イザベラが苦痛に顔を歪めるのにも構わず、上半身を引き起こして目線を合わせる。
目の端に涙を浮かべながらも声を上げないイザベラの顔を覗き込みながら、
セレスタンはとても愉しげに訊ねた。

「で? 今の気分はどうだ、お姫様よ。
情けをかけた相手に後ろ足で砂引っかけられた上に、命を握られるってのは」
「……舐めるんじゃないよ。手も足も出せないのはお互い様だろうが」
「そうかい」

セレスタンが髪から手を離す。
そして、身動きの取れないイザベラの顔が地面へと叩きつけられた。
キッと顔を起こして睨みつける彼女に、セレスタンは表情に愉悦を浮かべながら言った。

「“命を奪われる心配はない”ってのは別に無事でいられる保証にはならねえんだぜ?」

その言葉の意味を理解したイザベラの顔色が蒼白に変わる。
傭兵というのは平時には盗賊や山賊と何ら変わりない。
戦闘が終結して一時的に仕事のなくなった彼等は混乱の収まらぬ町々で略奪を繰り返す。
食料を奪い、金品を強奪し、女は犯して奴隷として売り飛ばす。
良識などという言葉は期待するだけ無意味だ。
彼等にとっては他人とは糧にしか過ぎない。
そして自分が置かれている状況を俯瞰し、イザベラは言い放った。

「やりたきゃやりな。喉笛食いちぎられても良いんなら」

彼女の返答にセレスタンは口元を歪ませて笑った。
沸きあがる感情を堪えきれずに笑った。
そうでなくては張り合いがないと言わんばかりに。
嬉しそうに、楽しそうに、まるで獣が牙を剥くように笑った。
イザベラの目に映る、狂気じみたセレスタンの笑み。
いや、恐らくは本当に狂ってしまったのだろう。
騎士の身分を追われたセレスタンに声をかける国などない。
貴族としての立場も失い、傭兵にまで成り下がり今日まで生きてきたのだ。
泥水を啜り、死肉を喰らい、敵味方の屍を乗り越えてきたはずだ。
そこまで追い込んだガリア王国への恨みはどれほどだろうか。

212ティータイムは幽霊屋敷で:2009/05/05(火) 19:02:44 ID:fmplYYTA

「俺にやらせろ!畜生!さっきから痛みが引きやがらねえ!」
喚き散らすかのような声にイザベラが視線を向ける。
目が血走ったセレスタンの仲間の傭兵と思しき男。
顔から脂汗が流れ落ち、はあはあと苦しげに息を洩らす。
手に巻いた包帯は滲んだ血で赤く染まっていた。
「手を突き刺しやがって……こんなんじゃ割りにあわねえ!
クソ!そいつに穴空けてやらなきゃ収まりがつかねえぞ!」
荒々しい呼吸を更に乱しながら、男はイザベラへと近付く。
そして自分のベルトに手を掛けると、たどたどしい手つきで外し始めた。
舌なめずりしながらイザベラを舐め回すかのように視線を巡らせる。
服の上からでも分かる肉付きのいい肢体。
誰にも身体を許した事のないガリアの姫の純潔。
それを薄汚い傭兵の自分が思う様に蹂躙すると考えるだけで、
男の興奮を際限なく高まっていった。
直後、卵が割れるような気味の悪い音が響いた。
「うごぉああぁ…」
男の口から溢れる白い泡。
見れば、セレスタンの靴の爪先が彼の股間に突き刺さっていた。
よろめきながら前のめりに倒れた男が丸くなって痙攣する。
しかし、何ら同情を示すことなくセレスタンは男の頭を踏みつける。
「人の話に割って入るなよ、興醒めだぜ」
そのまま踏み砕きそうな勢いを見せるセレスタンに周囲の傭兵達が止めに入った。
仲裁する間、彼等の手の一方は常に杖にかかっていた。
そうでなければセレスタンに殺されるかもしれない、
そんな恐怖が彼等の間にはあるのだろう。

「何の騒ぎですか? できれば迎えが来るまで静かにして頂きたいのですが」
「すまない。よくある隊内での揉め事だ」
アルビオン騎士の問いに年長の傭兵が面目なさそうに答える。
もしメンヌヴィルがここにいれば規律を乱す真似など恐ろしく出来なかっただろう。
いや、逆だ。何よりも隊長自身がそうであったか。
ともかく隊を預かった以上、失態は犯せない。
逸る気持ちを抑えながら傭兵は騎士に尋ねる。
「それで、いつになったら迎えは来るんだ?」
「どうやら手間取っているようですが、もう間もなくでしょう。
それとも、なにか焦るような理由でもお有りですか?」
心の奥を見透かしたような問い返しに傭兵は言葉に詰まった。
愚鈍な雇い主も厄介だが、鋭すぎる相手も手に余る。
だが隠し通す理由もないと観念したように傭兵は理由を話した。
自分達が追っている“炎蛇”と呼ばれたメイジの事。
そして、その人物が魔法学院に教師として潜伏していた事。
要点だけを抑えて語られるそれに耳を傾けて騎士は頷いた。

213ティータイムは幽霊屋敷で:2009/05/05(火) 19:03:43 ID:fmplYYTA

一見、聞き流すかのような態度を取りながらも内心では冷汗をかいていた。
特殊な任務を主とする彼の耳にも“炎蛇”と“実験部隊”の名は届いている。
魔法を使った殲滅戦の研究中に脱走したとの噂だったが、
もしも、それがトリステイン王国の流した虚偽の情報だったなら。
行方不明という事にしておいて手の内に切り札を隠し持っていたなら。
この計画が露見していたかもしれない、そんな恐怖が込み上げる。
「………しまった。俺とした事が」
騎士に話している内に傭兵は“ある事実”に気付いてしまった。
それは塔に火を放つ直前、符丁と交戦があったという事実。
符丁を出すのは敵が自分達と同じ格好をしていた時だ。
あんな短期間で同じ服を準備出来たとは思えない。
つまり、殺して奪ったものでなければ最低でも一人、
トリステイン王国に捕まっている可能性がある。
どんなに自白を逃れようとしても魔法で調べられればおしまいだ。
その事実を打ち明ける傭兵に、騎士は平然と答えた。
「そちらは心配ありませんよ」
「……それはどういう事だ?」
「手は打ってあるという事です。
では、私はお姫様と少しお話してきますので、
くれぐれも先程のような騒ぎを起こさないようにお願いします」
「ああ、気をつける」
遠ざかっていく騎士の背中とセレスタンを交互に見ながら彼は答えた。


無理な体勢で叫び続けて疲れたのか、
イザベラは身体をぐったりとさせて横たわる。
どうせ着せられている服は庶民のものだから汚れても構わない。
陽が差し込まないだけあって地面はほどよく冷たく、
頭と体に篭った熱を冷ましてくれる。
ごろりと寝返りを打ちながら周囲の状況を見渡す。
この状況においても彼女は自分が生き残る方法を模索していた。
それも妄想でも賭けでもなく、確実に脱出する方法を。

ふと自分を見下ろす視線に気付いて身体を起こす。
そこにあったのは自分を盾に取った騎士の顔。
忌々しげに睨む彼女に、騎士は平然とした態度で接する。

「彼は勇敢で忠実な真に素晴らしい騎士でした。貴女はそれを誇りに思うべきでしょう」
「それを騙まし討ちしたアンタが言える立場か? ええ、どうなんだい?」
「……尊い犠牲です。彼の死は決して無駄にはしません」

その返答にイザベラの眉は釣り上がった。
キッと目を見開いて埃塗れになるのも構わずに暴れ回る。
猛り狂う彼女は怒鳴るように彼を問い詰めた。

「なにが尊い犠牲だッ!? こんな事やらかしやがって!
何の目的があってこんなくだらない計画を立てた!」

罵倒する彼女の責めを一身に受けて騎士は眼鏡を外した。
そしてグラスの曇りを拭き取りながら彼は答える。
とても当たり前のように、悠然と、何の臆面もなく。

「そうですね。強いて言えば、子供達が無邪気に路上で戯れ、
母親が暖かな日差しの下で洗濯物を干し、仕事を終えて帰ってくる父親を家族が出迎える、
そんな当たり前の平和で穏やかな日常でしょうか」

まるで、さも当然といわんばかりに。

214ティータイムは幽霊屋敷で:2009/05/05(火) 19:10:42 ID:fmplYYTA
以上、投下終了。
ジーザス! 規制されて反論も書き込めない!
なのでここで反論する!先住魔法なんだからそう簡単に霧は払えません!
もうストーリーをキングクリムゾンしたくなってくる……。

215味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 1/18:2009/05/06(水) 19:03:04 ID:ZKrVEgfM
 夜半、ロマリアの大聖堂では大きな異変が静かに起こっていた。
 聖エイジス三十二世の体がぐらりと揺れる。その体にできた傷の痛みというよりも、彼の身に起こった事実に対する衝撃が大きい。そもそも教皇自身に傷など無かった。
 教皇の着る法衣の胸に、正面から男の腕が触れられているだけである。だが、それでも教皇の心臓はまさにいまその働きを止めようとしていた。
「あなたがまさか、この私を裏切るなんてね……」
「裏切るだと? 私は、最初から本心でお前につかえたつもりはない」
 教皇の瞳孔が弛緩したまま、ピクリとも動かなくなっていった。
 彼を殺した張本人、かつて自身をジュリオ・チェザーレと名乗った男はいう。
「この波紋、もはや人に大して使うまいと思っていたが……私が絶頂時の力を維持できるのであれば話は別だ」
「なぜそこまで……」
「お前の知ったことではない」
 教皇の瞳孔から光が完全に失われる。

 前もって、あの男と約束した場所に集ったジュリオは、自分の握り拳を確かめるように、握り締めた。
「思ったより生の充実を感じないな……」
 彼の胸に去来した心境はいったい何か。それは誰にもわからない。
 ようやく彼が現れた。
「うまくやってくれたようですね。これが報酬の『セト神のDISC』です。これがあれば、あなたは永遠に若い姿のままでいられる」
「うむ。確かに受け取った」
 男は音もなく去っていく。
「ジョセフよ、ジョナサンよ。俺は永遠の絶頂を、永遠の若さを手に入れた。だが、俺の心は充実してはいない。この世界では、お前たちのような人間に会わなかったせいか」
そうして、かつて『ストレイツォ』と呼ばれた男もまた、人知れず闇の彼方へと消え去って行ったのだった……

216味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 2/18:2009/05/06(水) 19:03:50 ID:ZKrVEgfM

 時の教皇、聖エイジス三十二世が暗殺された、との報はハルケギニア中を瞬く間に駆け巡った。無論、トリステイン魔法学院も例外ではない。
「その教皇とやらはそんなに影響力があったのか?」
 以前、教会の告解室を良心の呵責なしに無断撮影した岸辺露伴にとって、宗教の禁忌ほど己の実感としてわからぬものはない。
「ええ、暗殺した犯人はハルケギニアじゅうの人間を仇敵に回したといっても言いすぎではないわ」
 ルイズの言うとおり、少なくとも学生の間では、暗殺犯許すまじ、との怒りの声で学院中が充満している。
 また、教皇の死の報と同時に、とあるうわさが飛び交っていた。
 それは、犯人はガリア王ジョゼフの手のもの、というものである。
「タバサ親子に続いて、教皇までとは……ガリア王はどこまでやるつもりだ?」
 ブチャラティの言うことももっともだ。タバサがこれに続く。
「あの王は、ガリアがどうなろうとも、彼の知ったことじゃない。それがあの王の本質」

 今、ガリアは内戦下にある。
 かつてシャルル派であった勢力が、ジョゼフを国家の敵とみなし、叛旗を翻したのだ。というか、その勢力からの密使がひっきりなしにタバサの元にやってきていた。
 タバサ、もといシャルロット姫にガリア女王になってほしい、とのことであった。
「タバサはその頼み、引き受けるつもりなのか?」露伴が聞く。
「いまさら国王の位などには興味はない」
「でも、ガリアの王軍が相打つのは見ていられないんでしょう?」キュルケが言う。
 彼女の言うとおり、タバサは一人でガリアからの使者に結論を伝えようとしていた。諾、の方向で。それに気づき、嫌がる彼女を無理やり露伴たちの下につれてきたのがキュルケである。
「どうして国王の位に興味がないのに引き受けようなんて思ったの?」
 ルイズの質問にタバサは、悪びれたようにつぶやいた。
「ガリアの国内では、シャルル派以外にも現国王に反感を持つものが少なくない」
 だから、自分が女王の宣言をすれば、現在国王についているものの中からも離反するものが出てくるに違いない。と。
「なるほど、君が王の位を名乗り、皆が自発的にシャルル派と合流するようにしむければ、内戦も速く終わる……か」
「でも、それはシャルル派が勝つ、という前提のもとだろう。現時点において、内戦はどちらが勝つかわからない。いや、むしろシャルル派が若干劣勢に立っている」露伴がそう分析して見せた。
「そうなんだが、この機はジョゼフを打倒する絶好のチャンスでもある」ブチャラティは言った。

217味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 3/18:2009/05/06(水) 19:04:48 ID:ZKrVEgfM

 ジョゼフはガリア王である。普段ならば、護衛が常時付きっ切りで警護しており、彼をブチャラティたちのような、少数の郎党で打倒するのは不可能に近い。だが、内戦下の今ならば護衛は少ないかもしれない。そのあたりはブチャラティの言うとおりである。
「うん。それは同時に、以前アルビオンを襲ったジョゼフの使い魔、ドッピオとの決着をつける、ということも意味している」
「ブチャラティの、因縁のケリをつけるわけね」キュルケが言う。
 そのとおりであった。ジョゼフとタバサの決着は、ブチャラティとドッピオとの因縁の決着でもあるのだ。
「で、どうするの? どっちみち私たちはガリア王に指名手配されているのよ」
「ああ、そのことなんだが。状況を整理したい」
 現在、タバサをも含めたルイズたちは、ガリア国内で犯罪人扱いされている。ジョゼフの意に反して、タバサの親子をトリステインに奪還したためであるが、それによって指名手配をされてしまったのであった。
 幸い、アーハンブラからの帰り道では、タバサの竜が使えたためにリュティスからの指名手配が届くよりも先に、ガリアとの国境を越えることができた。
「だが、今ガリアで戦争が始まった。反乱軍は僕たちのことなんかそもそも捕まえないし、国王の側も戦争どころで気にしないだろう」
「だから、シャルル側に渡りをつけて、ガリアにこっそりと入国してしまえばよい」
「その後は――?」
「出たとこ勝負、だな」

218味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 4/18:2009/05/06(水) 19:05:49 ID:ZKrVEgfM

 ガリアの首都、リュティスには戦災の被害は及んではいなかった。
 少なくとも王宮から見下ろすジョゼフの視点では、現時点において、難民の類は発生していないように見えた。
「この内戦、突発的に発生した割には出来がよすぎるな」
「今のところ王軍と互角に戦っていますしね」
 ジョゼフの、若干嘲りを含んだ台詞にドッピオが平然と答える。
「裏を引いたのはシャルロットか? いや、違うな」
「では、誰です?」
「教皇暗殺犯の、うわさを流した人物だ。お前がヴィンダールヴに接触をしたのを知っている人物。イザベラあたりか? いずれにせよこの余の側近に裏切り者がいることは確かだ」
「探し出して始末しますか?」
「それはおいおい考える。それよりもだ。あの子が攻めてくるぞ。我々としても極上に歓待の準備をしてやろうではないか」
「わかりました、王様」
 ドッピオはそういって立ち去った。残るジョゼフは笑いながら独り言を続ける。
「シャルル。いよいよお前の娘が攻め立ててくるぞ。怒りか、哀しみか。どんな表情で向かってくるのだろうな! 俺にはどんな感情をくれるのだろうか。楽しみだ。実に楽しみだ。今からゾクゾクするぞ」
 国王の笑いは続く。

 とぅるるるる……
 とぅるる……
「はい、僕です。ボス」
「良くごまかしおおせた、ドッピオ」
「でも、何であんなことさせたんですか?」
「それはだな……この気に乗じてシャルロット達をジョゼフにぶつけるためだ……」
「何でまた?」
「……ジョゼフに対する当て球だ。つぶれればそれでよし。つぶれないでも、やつがどこまでやれるのか、十二分に試してやれるからだ」

219味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 5/18:2009/05/06(水) 19:06:30 ID:ZKrVEgfM

「御武運を」
 と、シャルル派のカステルモールと名乗る騎士に、そういわれて分かれたのは半日も前のことか。タバサたちは夜明けの光の中、ようやくリュティスの町に到着した。シャルル派とは別の、単独での行動である。霧に朝の光が反射して、微妙に視界が悪い。
「この街は静かね」
 ルイズの言うとおり、リュティスの朝に人影は見られなかった。結果から言えば、一行は、グラン・トロワの城まで、誰にも会うことなく進出することができた。
 だが、おかしい。あまりにも平穏すぎる。
「城の警備の兵すらいないとはどういうことだ?」
「わからない、でも気をつけるべき」
「言われなくとも!」ルイズが意気込む。
「ああ、よそ見したりしている暇はないぞ」
「露伴。それは取材鞄ごとスケッチブックを持ち込んでいる男のセリフじゃないな」

220味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 6/18:2009/05/06(水) 19:07:15 ID:ZKrVEgfM

 タバサたちは慎重に城の中に入った。
 その広さがトリスタニア中に知れ渡っている、グラントロワの大広間に達しても、ガリアは衛兵の影すら見せない。
 ルイズたち自身の、呼吸音を意識させるほどの不気味な沈黙は、果てしなくルイズたちを困惑させ、いつもよりも十二分にあたりを警戒しなければならなかった。
 平時であれば、奥面の、中庭に通じる窓から歌いゆく小鳥たちを愛でる事もできたであろうが、今のルイズたちにそのような余裕はない。それに、なぜだか、一羽の小鳥のさえずりも聞こえなかった。沈黙。
 と、そのとき。柱の物陰からナイフを持ったメイドが姿を現したのをルイズは目撃した。無言で一行に切りかかってくる。
「危ないッ!」
 集団が二つに割れた。
 不自然な体勢のまま切りかかるメイドは、終始無言のまま。そして、さらにメイドの後ろには、埋め尽くさんばかりに兵士や衛士が武器を手にひしめいていた。
「露伴、ブチャラティ。これはアルビオンのときと同じよ!」ルイズが気づき、叫ぶ。
 いつの間にか城の中は霧で覆われていた。さては、イザベラか!
「ひとまず逃げるぞ!」
「ええ、でもそれは敵本体へ近づくため!」
 頷いたルイズとタバサ、キュルケは西へ。露伴とブチャラティは東へ。
 それぞれ、別の廊下へと足を踏み出し、走り出した。
 襲い掛かってきたメイド達は、一瞬誰をターゲットにするか決めかねた様子だった。
 その一瞬の隙を利用して、みなそれぞれ距離を広げる。そして、メイドの視線の中には、誰の姿も消えてなくなっていた。
「……」

221味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 7/18:2009/05/06(水) 19:07:56 ID:ZKrVEgfM

 東に逃げたブチャラティと露伴は、息をつく暇もなかった。
 ほとんどの追っ手が、彼ら二人のほうを追いかけていたからである。
「く、これでは体力を消耗する一方だ」
 露伴が叫ぶ。ヒットアンドアウェイの要領で、要所要所で反撃をし、敵の頭数を減らしてはいたが、何しろ数が多すぎる。このままでは二人の走る体力のほうが先になくなりそうであった。
「露伴! アレを利用するぞ!」
 ブチャラティが指差した先には、石造りの登り階段がある。
 二人はそれをいち早く上り、そして、ブチャラティはジッパーで今上ったばかりの階段を完全に崩した。
「これで、あの亡霊じみた連中の心配をしなくてすむ」
 だが、退路も絶たれてしまった格好でもある。二人は慎重に歩み始めた。

222味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 8/18:2009/05/06(水) 19:08:46 ID:ZKrVEgfM

「どうやら逃げ切った見たいね」
 西の館の、二階に逃げたキュルケは辺りを見回した。だが、充満した霧で視界はひどく悪い。
 窓からところどころ日光がさしているが、あまり明るくはない。
「ルイズ、タバサ。近くにいる?」
「私はここにいるわ」ルイズの声がする。すぐ近くのようだ。
 が、タバサの姿が見えない。
「タバサ。どこ?」
 答えるものはいない。だが、代わりに人の影が見えた。その影は杖を振り、霧の一部を凍らせているように見える。
「ああよかった、タバサ――」そう話しかけるキュルケの腹に、
「くぅっ?!」氷柱が突き刺さっていた。
 キュルケは痛みのため、思わずうずくまってしまう。
「キュルケ!」
「ガーゴイルと同じ、水使いだから安心したってわけかい?」
 その声の主はイザベラ。
「あなた、この国の王女ね。ジョゼフはどこよ!」
 気丈に言うキュルケ。だが、痛みは容赦なく彼女を襲う。
「さあねえ。この近くにはいないんじゃないかい?」

223味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 9/18:2009/05/06(水) 19:09:23 ID:ZKrVEgfM
「大変、キュルケ!」
 あわててキュルケを見やるルイズであったが、もはや手遅れ。キュルケの腹にできた傷が綺麗な円形に広がり、そこに大量の霧が吸い込まれていく。
「ルイズ。この私のスタンド能力を忘れたのかい」
「なにこれ!」キュルケが叫ぶ。
「霧を操るスタンドだよ。これからあんたを私が操るのさ。人形見たくね」
 イザベラがさっと腕を振ると、キュルケは座り込んだ体勢で跳躍した。
「キャッ――」
「早く解除しないと――」
 ルイズはディスペルの魔法を唱え始めたが、
「甘いさッ」
 イザベラがルイズの杖を奪う。
「このイザベラ様が同じ手に何度も引っかかると思わないでもらいたいね」
 ルイズの杖は、イザベラの手の元に。イザベラはルイズの杖と自分の杖を重ねるように持ち、杖の先端を意地悪くルイズたちの方向へ向け直した。
「これで、ルイズ。虚無の使い手とやら。あんたは何も打つ手がなくなった」
 ルイズの額に一筋の汗が流れ落ちる。ぎゅっと握り締めたこぶしはぶるぶると震えた。
「チェックメイト、さ」
「違うわ。たかが魔法が使えなくなっただけじゃない!」
 ルイズはしかし、ここで格闘の体勢を整えた。右足を半歩前に出し。こぶしは垂直にイザベラの元に向ける。素人考えの、だが、ルイズが今までのブチャラティや露伴をみて彼女なりに編み出した構えであった。
 これにはイザベラも文字通りぎょっとした。メイジが、よりにもよってメイジ相手に、魔法もなしに格闘で決闘するなんて聞いたこともない。まるでやけくそになった平民である。
「何を強がりをいってんだい。ここにはあんたの強力な使い魔もいないんだよ」
「私はあいつらを召喚するまで無力だった! 魔法も何も使えなくて、仲間も誰もいなかった。でも、今は違う! 頼もしい仲間がいる。それに、私だってもう使い魔に頼りきりじゃあないわ! 私だって仲間とともに冒険してきた! 他人を操ってばかりで、自分自身の身を危険に晒さないあんたとは違うのよッ!」 
 ギリッ。 イザベラの歯茎に力が入る。
「そうかい、気に入らないねえ。その生意気がいつまで持つか、試してやろうじゃないか」
 イザベラがそう言うが早いか、キュルケがルイズに向かって杖を振った。詠唱も無理やりさせられている。
「ファイアー……ボール」
 周りの霧を包み込んで、直径二メイルの火球が出来上がる。
 速度も一級品のそれは、ルイズに向かって飛んできた。
「くっ……」
 ぎりぎりのタイミングで、反復横とびの要領でよけるルイズ。だが、直撃は避けられても、周りの熱でルイズの白い肌が焼かれた。髪の毛も幾分か焼かれたようで、いやな臭いが周囲にまとわりつく。以前のルイズならば嫌悪感のあまり棒立ちしていただろう。だが、今の彼女の精神は、それでもなお自分自身に動き続けることを強要していた。
「ウル……カーノ……」
 次々とルイズの姿に向かって大小の火炎球が高速で投げつけられる。
 ――落ち着くのよ、私。パニックになっちゃ駄目。
 ルイズは心の中でそう言い聞かせながら、自分に向かってくる火の玉を一つ一つ、確認するように、最小の横移動で避けていった。
 ――冷静に。タイミングを待つのよッ!
 ルイズが一歩一歩横に移動するタイミングで、さまざまな大きさの火球がルイズの回りをまとわりつくように、彼女の装飾品を焦がし、高速で後方へと駆け抜けていった。
 ルイズの自慢のロングヘアが、破らないように毎日清潔に洗濯していた絹の服が、なくさないようにこっそりと自分の名前を刺繍していた魔法学院のマントが、ちい姉さまにかわいいとほめてもらえたお気に入りの黒い靴が、ところどころあっという間に黒ずんでゆく。熱で徐々に体力も失われていく。
「小賢しいねッ! ならば、これでどうだいッ」
 イザベラがいらだったように言うが早いか、キュルケ今までより二回り程大きな火球を作り出し、大きく杖を振りかぶって、ルイズに向かって振り下ろした。
 ――スキありッ!!!
「今よッ――」
 なんと、この場面で、ルイズはキュルケに向かって突進した。今の彼女の持つ最大の力を振り絞って。
 今までの横移動に比べての、急な縦移動。キュルケの動作も、急な制動の変化についていけない。ルイズの右耳のそばを巨大な火球が高速ですり抜ける。枝毛を作らぬよう、気をつけて手入れをしていた長いピンクブロンドの髪が一際焦げ臭い香りを放った。

224味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 10/18:2009/05/06(水) 19:10:06 ID:ZKrVEgfM

 だが。
「甘いって言ってんだろ?」
「また、体が勝手に――」
 キュルケは不自然な体勢ながらも、ルイズの突進を上回る速度で上に跳躍する。
 さらに続けて、
「フレイム・ボール!」
 得意の、望まぬ呪文を口にさせられたのだった。
「きゃあッ!」
 ほぼ真上から、直下に降り注ぐ業火の魔法に、ルイズはよけるまもなく直撃する。火炎が渦巻く中、ルイズは思わず倒れこんでしまった。体中火傷だらけだ。体力も消耗した。動くことも辛い。

「いい加減に降参しなッ!」イザベラはうんざりした様子でそう叫んだ。
「断るわ! キュルケの魔法は火。だから、あんたのお得意の、霧スタンドとの併用はできないってわけよ! それに、本気のキュルケならともかく、あんたが操っている今のキュルケなんて、私の魔法を使うまでもなく、いなして見せるわ!」
 イザベラの眉間から血の気が消えた。
「あんたも私を馬鹿にしてッ!」
 イザベラの表情の変化を無視するルイズ。
「こうなったら根性合戦よ。私が倒れるのが早いか、キュルケから杖を奪うのが早いか、勝負よ!」
 そういいつつも、ルイズの体はこげたにおいが包まれ始めていた。本人は気がついていなかったが、黒煙を発する左足が、大きく痙攣を始めている。
 イザベラの見るところ、もはや普通の人間には立つ体力はないのでは、とおもわせる程、ルイズの火傷は進行していた。
「降参すれば許してやるよ。私とガーゴイルとの仲は、あんたは関係ないだろう?」
「イザベラ。あなた、自分が人間的に成長したなって自覚、したことある?」
「急に何の話だい」
「私はあるわ。自分を対等に扱ってくれる仲間がいる……そんな、大切な仲間を決して見捨てたりしないって決意、使い魔を召喚するまではそんな考えはこれっぽっちもなかった……でもね、今の私にはある。そんな気持ちがね!」
「くだらないことをごちゃごちゃと!」
「くだらない? タバサを見下したいとか考える、あんたのその見栄のほうが最もくだらないわ!」

225味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 11/18:2009/05/06(水) 19:10:48 ID:ZKrVEgfM

「見栄だと? あんたに、ガーゴイルと比べられる私のつらさがわかるものか!」
 イザベラは思わず反論した。内心では流せばいいとわかっていながら。
「わかるわ。私もずっとエレオノール姉さまやカリン母さまと比べられてきたから」
 ルイズはここに来て、なんとイザベラに微笑んだ。
 イザベラはたまらないほどの恥かしさと屈辱感にさいなまされる。
 その結果、イザベラがとっさに出せた言葉が、
「くだらないお話はここまでさ。もういい。さっさと死にな!」
 その瞬間、まとわりついてきた霧がさっと二手に分かれた。
 そこにすさまじいまでの冷気が入り込んでくる。
「させない」
 声の主はタバサであった。
「ようやく本命の登場ってわけかい。ガーゴイル」
「ルイズ、下がって」
 イザベラを見据えたまま、タバサが言う。

226味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 12/18:2009/05/06(水) 19:11:30 ID:ZKrVEgfM

「五分で片をつける」
「私もなめられたもんだね。こいつの手数もあるのを忘れたのかい?」
 キュルケの腕が、不自然に縦に振られる。
 炎の塊がタバサに襲い掛かったが、瞬間、氷の壁に包まれて熱気は霧散した。
「私の友達を弄んだな」
「あんたに友達? ハッ、人形のあんたには友達なんて似合わないさ。それ以上に、私たち王族には友達なんて必要ない。誰も彼も私たちを利用しようとするからね」
 タバサは慈悲の目でイザベラを見すえる。
「憐れな人……」
「そんな目で私を見るなぁ!」
 イザベラの杖が振られる。
 タバサに水の柱が向かっていったが、これも凍らされ、進路をつぶされた。
「まだまだッ!」
 キュルケが炎の壁を作る。そこにイザベラが風を送り、タバサの周囲に炎の旋風を形作った。
「タバサッ――」ルイズが悲鳴を上げる。ルイズとタバサの間に炎の壁ができている。
「どうッ? この炎の壁は突破できないでしょう!」
 イザベラは、にやっと笑い、杖を振る。
 炎の渦はタバサを中心点とし、徐々に火球の大きさを濃縮していった。
 タバサは氷の風を送るが、キュルケが炎の源を送り続けているために、炎を消すことができない。
「なら、私がッ!」
 ルイズが傍らにいるキュルケに抱きついた。
 キュルケは相変わらず炎を出し続けているので、ルイズの肉体が焼かれる。
「熱い……でも、離さないッ!」
 ルイズは焼け付く空気の中、渾身の力でキュルケから杖をもぎ取った。
「な、馬鹿なッ! ここまでの火傷で動けるだって?」
 イザベラの顔が驚愕にゆがむ。
 ルイズが身を挺してキュルケの魔法を防いだおかげで、炎の旋風は消え去っていた。
 一瞬の隙を突いて、タバサがイザベラのもとへつめより、イザベラののど元に自分の杖を突きつける。
「これで、終わり」

227味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 13/18:2009/05/06(水) 19:12:13 ID:ZKrVEgfM

 イザベラは全身を脱力させながらも、なおも王者らしく見せようとしたのか、震える声で気丈にも、
「そうかい、なら、さっさと殺しな!」そう叫び倒した。
「最初にキュルケを元に戻して」
「……」
 一瞬の沈黙の後、あたりに立ち込めた霧が霧散した。
「キュルケ!」ルイズはキュルケの元に走りよる。どうやら命に別状はないらしい。
「これで、よし」
 タバサはそういい、イザベラを攻撃することなく、自分の杖を納めた。
「あんた、バカじゃないのかい? なぜ私を始末しない?」
「同じ」
「……は?」
「あなたも、私と同じ」
「私が、ガーゴイルと同じ……?」

「そう。友達がいなくて、誰も信用できなくて……本当の孤独の中にいる」
「ハン、馬鹿いってんじゃないわよ」
「口ではそういっても、心では叫んでいる。寂しいよ……って――」
「……」
「あら、タバサ。私達という友達がいながら、ずいぶんな言い草じゃあないの」
 二人の下に、ルイズに肩を支えられたキュルケがやってくる。
「今のはあなたたちと会う前の話」
「何か話が見えないけど、私達でよければ友達になってあげるわよ。イザベラ」
 ルイズの提案に、イザベラは顔を真っ赤にして怒る。
「だ、誰が、あんたたちなんかと――」

228味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 14/18:2009/05/06(水) 19:12:57 ID:ZKrVEgfM
 その一瞬の間に、イザベラの顔に、奇妙な面がかぶせられた。
 それをかぶせた犯人は、いつの間にか出現していたビダーシャルである。
「エルフ?」キュルケが驚く。彼女は、エルフがいるなんて聞いていない。
「それはガリア王からの罰だ。イザベラ王女。ガリアの内戦を扇動したのはお前だな」
 淡々と告げるエルフに、タバサが襲い掛かる。
「無駄だ」
 雪風は、エルフの反射の魔法によっていとも容易に防がれた。
「くっ……!」
「おああッ!」
 急にイザベラがもがき苦しむ。
「どうしたの?」
 駆け寄るルイズに向かって、イザベラは勢い良く押し倒した。
「かハッ」
 ルイズは背に強い衝撃を感じた。吐血する。

229味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 15/18:2009/05/06(水) 19:13:29 ID:ZKrVEgfM

「なんだい、これは。不気味にすがすがしい気分だよ……」
「そこのエルフッ! イザベラに何をしたの?」
「この石仮面をかぶせ、血を与えて作動させたのだ。それで吸血鬼になる」
 ビダーシャルは興味なさげに言う。
「吸血鬼?」
「そう、これは処刑だ。イザベラ姫。私もこんな野蛮なことはしたくないのだが、あのジョゼフの趣味だ。仕方がない」
「なんだい……妙に血がすいたくなってきた……あぁ、内臓も食べたい」
 さらに、イザベラの肉体から煙が出始めてきていた。
「これで吸血鬼になったものは、日光で蒸発死するらしい。この部屋程度の薄明かりでも、生存は不可能なようだな」
 部屋は暗がりであったが、ところどころ弱い明かりが差し込んでいる。
 だが、イザベラは自分自身の、その傷の痛みに気がついていないようだ。
 そのような中、ビダーシャルが宣言する。
「イザベラ姫よ。王への最後の奉仕だ。見事この者らを討ち取ってみせよ」
 その言葉は果たしてイザベラにとどいたのか?
 もはや彼女に自意識はないようであった。
 イザベラはタバサに襲い掛かる。
 タバサはとっさにイザベラの足を凍らせて、止めようとしたが。
 イザベラは氷付けになった、自分の脛から下を力ずくで引きちぎり、その勢いでなおもタバサに攻め寄せてくる。

230味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 16/18:2009/05/06(水) 19:14:02 ID:ZKrVEgfM

「GYAOOOOOOOOOO!!!」
 石仮面をかぶらされたままのイザベラは、真直線にタバサに襲い掛かる。
 彼女の、かつて脛であった部分からは、体の部位が体液と一緒になり、霧状となって霧散し始めていた。
「クッ――」
 イザベラがタバサに襲い掛からんとしたまさにそのとき。
「やめてッ!」
 イザベラに背後から抱きつくものがいた。
 キュルケである。
 彼女は腹部からの出血をものともせずに、吸血鬼の強大な腕力に対抗していた。
「AAAAAAAAAA!!!」
 ぶんぶんと腕を振り回すイザベラ。
 それを抑えようとするキュルケ。
 イザベラの一挙動ごとに、キュルケの肉体が、骨が、関節が、ミシミシと悲鳴をあげる。キュルケはそれでも暴れまわるイザベラを押さえ込み続けた。
 しかし、ついに、イザベラの腕力がキュルケのそれを圧倒的に上回る時が来る。
 キュルケは石壁にたたきつけられた。
 イザベラは、倒れたキュルケに近づき、彼女の腹から出ている血をなめた。その瞬間、彼女は勢いよく床に倒れこんだのだった。
「あれ? わ、私はいったい……」
「よかった。正気に戻ったのね」キュルケはそこまでいい、意識を失った。
「あんた、何でここまで……」

「まだわからないの、イザベラ」ルイズは叫んだ。
「何だって?」
「キュルケはあんたに友達になってあげるって言った。だから、友達であるあんたを救おうとしたんじゃないの!」
「だって、私たちは出会ったばかりじゃないの……」
「友達に長いも短いもないのよ!」
 その言葉に、イザベラははっとしたようであった。

「そこまでだ」
 ビダーシャルが言う。
「いや、まったく予想外だった。吸血鬼と化したイザベラ姫が君たちを皆殺しにするとばかりに思っていたので、私自身は戦いの用意はしていなかった」
 タバサが杖を構える。
「とはいえ、このままお前たちを見過ごすわけには行かないようだ」
 ルイズも拾ったばかりの自分の杖を構える。
「タバサ、勝算はあるの?」
「正直、全く無い」

231味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 17/18:2009/05/06(水) 19:15:02 ID:ZKrVEgfM

「今度は我が相手だ――」
 ビダーシャルは先住魔法を使い始めた。
 彼の周囲の石床が円状にせりあがってゆく。と、そのような彼の元に、イザベラが這いよってきていた。
 もはや彼女の足は蒸発してしまっている。
「私は死ぬのかい、エルフ?」
「ああ、イザベラ姫」
「あんた、ガーゴイルを殺すつもりかい?」
「その通りだ」
「なら、私が死ぬ前に、ガーゴイルを殺してくれないか。私の目の前で」
「ふむ……悪い趣味だな。さすがはジョゼフ王の娘というところか。だが、せめてもの情けだ。良いだろう」
 ビダーシャルはそういうと、タバサの方向に向き直り、
「せめて苦しまずに逝くがいい」
 彼の周囲に競りあがった石の床がいっせいにタバサの方角に向かって槍状に変形していった。
 絶体絶命である。
 と、そのとき。
「隙ありだよ!」
 イザベラがビダーシャルに組み付いた。片手に石仮面を持って。
「何をする!」
 ビダーシャルにかぶせられ、イザベラの血で作動する白い石仮面。
「いまだよ、ガーゴイル!」
 とっさの出来事に我を忘れたタバサはしかし、一瞬で自我を取り戻し、魔法を唱えた。
 周りの水蒸気を氷の鏡にし、部屋中の明かりをビダーシャルの元へ集める。
「ごああああああっ!」
 強烈な日光の収束は、確実に、そこにいた耳長のエルフを一瞬で蒸発させる。
 エルフは塵になった。

232味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 18/18:2009/05/06(水) 19:15:44 ID:ZKrVEgfM

 イザベラは足を完全に失って、どう、と床に倒れた。
 タバサを方ひざを突き、彼女を抱き上げる。
「どうして……」
「直前に、私に情けをかけたあんたがそういうのかい……」
 タバサはイザベラの行った行動が理解できないでいた。
 今まで、イザベラがタバサにした数々の仕打ち。数々の嘲笑。
 それを考えるならば。イザベラがタバサを救うなど、とても予測できなかった。
「だって……」
「フフフ、あたしこそ、正真正銘の、正当なガリア国の王女だよ……なめないでもらいたいね……」
「……」
「ほんとうはね……あたし、おまえがうらやましかったのさ……人形でしかないくせに、みんなに褒められて……あたしなんか、おやじにだって一度もほめられたことなんてないのに……」
 イザベラの肉体の蒸発は今も続いている。
「……で、も。あんたもさびしかったんだねえ……」
 イザベラはとっさに笑いかけた。蒸発のラインは、彼女の腹部の線まで達している。
「こいつを……もっていきな……」
 懐から取り出したのは、一枚のDISC。
「あんたの父親……シャルルの魔法のDISCだ。親父は、これを、使って、水の麻薬を……」
「もういい。もういいから」
「そいつを使う姿を……この私に見せておくれ……私では、使いこなせなかったDISCを……」
 タバサは頭にDISCを差し込んだ。瞬間、タバサの体内に懐かしい魔力の回路が流れ込んでくる。
「痛みが、急になくなったわ……ガーゴイル、ひょっとして……治療の魔法をかけてくれたのかい?」
 そんなことはない!
「あんたは優しい人ね、エレーヌ……」
 イザベラは、完全に蒸発した。タバサの腕の中で。

233味見 ◆0ndrMkaedE:2009/05/06(水) 19:16:54 ID:ZKrVEgfM
今日はここまで。
スレを盛り上げる意味と、俺宛の感想レスを多くもらう(いいじゃん!最終回なんだし!たまにはこういう挙に出ても良いよね!)意味を兼ねて、
残りは日曜辺りに投下します。引っ張るよ!
次回分で最終回です。本当に終わりです。
投下分量は今日と同じくらいの予定。

俺……黙っていたけど、実はレス乞食なんだな……


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