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避難所SS投下スレ五

1銃は杖よりも強いと言い張る人:2008/11/26(水) 01:18:53 ID:LHhNtMKE
前のスレに収まりそうに無いので、ムシャクシャしてスレを立てた。
今は反省している。

というわけで、早速投下します。

2銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:21:19 ID:LHhNtMKE
7 人を喰らう獣
 天蓋付きの豪奢なベッドの上で、ピンク色の髪がくるりと舞った。
 シーツに分厚い本と小冊子を散らかしているのは、ベッドの主であるルイズである。
 宝探しに行くと勝手に決めて使い魔が出て行ってから今日で六日。その間、ルイズは授業に
も出席しないでアンリエッタの婚儀の詔の為に詩集と格闘していたのだった。
「火は赤くて熱くて色々燃えます。風は夏は温いし冬は寒いので吹かないで欲しい。水は川に
流れてて海にもいっぱいある。土はキザで派手で女好き」
 一枚の羊皮紙に書かれた文を読み上げて、ルイズは首を傾げる。
 なんだこれは、と。
「意味不明だわ。300年前に詠まれた詔なら真似てもバレないと思ったのに、これじゃお披
露目できないわね」
 広げられた分厚い本の一頁に目と手元の羊皮紙を見比べて、溜め息を零す。
 真似たと言っても、実際には単語を抜き出した程度だ。火は色を、風は季節を用いるところ
を、水は川や海といった名前を引っ張り出している。土に関する部分はルイズの独創であった。
 これでパクリだなんて言われても、元の詩を考えた人は納得しないだろう。
 自分で見ても酷い詩だと思い、学院の授業に詩を扱うものが無くて本当に良かった、と改め
て詩の才能が欠けていることを認識する一方で、アルビオンがトリステインを攻めることなく
姫殿下の婚儀の日が来たらどうしようと不安になる。
 来月の始めにある婚儀の日まで、もう残り二週間を切っている。だが、詔が完成する目処は
一向に立っていなかった。
「どうしよう。ミス・ロングビルに相談しようにも、ここのところずっと留守にしてるみたい
だし。こういうのに強そうなギーシュは居ないし、サイトも……」
 溜め息を吐きながら、ころん、とベッドの上を転がったルイズは、この場に居ない使い魔の
ことを思い出す。
 思い出して、表情を険しくした。
「なんで、あんなバカ犬のことなんて思い出すのよ!もう関係ないじゃない!」
 気を紛らわせるように、枕に詔の参考としていた本を何度もぶつけてルイズは叫んだ。
 首から上が熱くなって気分が落ち着かなくなる。
 腕が疲れたところで、鬱憤をぶつけていた枕を抱き締めたルイズは、自分の体と不釣合いに
大きなベッドの上をゴロゴロと転がった。
「むうぅぅ……」
 安眠を与えてくれる柔らかい枕の感触が、何故だか今は気に入らない。
 それでも、目一杯力を加えても壊れない手頃なものは枕しかなかったので、それをキツく抱
き締めるしかなかった。
「うぅ、なんだかモヤモヤするぅ」
 そう言って、またゴロゴロと転がる。
 宝探しに出かけると言い出した才人と喧嘩してからというもの、毎日この調子だ。
 メイジと使い魔は一心同体というから、何か糸のようなものでお互いの間が結ばれているの
かもしれない。それは伸び縮みする弾性を持っていて、強い力で伸ばされるとゴムのように縮
もうとするのだ。だから、喧嘩してお互いの気持ちが離れると、契約が二人の間をなんとか近
づけようとするに違いない。

3銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:22:22 ID:LHhNtMKE
 だから、こんなにもあのバカでスケベでだらしなくって、でも時々頼れる使い魔のことが気
になるのだ。と、ルイズは思い込もうとしていた。
「もう、なんなのよ!なんなのよ!!あー、ムシャクシャする!」
 転がるのを止めて、枕を部屋の片隅に向けて力いっぱいに放り投げる。
 寝藁で出来た才人のベッドが、無残にも砕け散った。
「ううううぅぅぅ!あのバカ犬、どこ行ったのよ……」
 詔の資料や書きかけのメモを放り出してベッドの上に両手両足を投げ出したルイズが、虚空
に向けて呟く。
 帰ってきたらどうしてやろうか。土下座させて、この哀れで卑しい愚鈍な犬をもう一度ご主
人様のお傍に置いて下さいませ、とか言わせた挙句、思いっきり股間を踏みつけて、その足を
舐めさせてやった方がいいかしら?朝昼晩の食事の前に、三回まわってワンと鳴くように躾け
るのも悪くないかもしれない。余所の女に鼻の下を伸ばしたら、その度に鞭で思いっきり叩い
たりなんて……。
 そこまで思考を進めたところで、はあ、と息が漏れた。
 昨日も、一昨日も、その前も。同じようなことを考えていたのだ。
 許すことを前提にして妄想を広げていたことさえ自覚できず、何度も繰り返される使い魔が
帰ってきた時のシミュレーションに進歩の色は見られない。
 なんだか寂しくなって、憎らしいほどに輝く太陽に照らされた窓の景色を睨みつけて、ルイ
ズはもう一度溜め息を吐く。
 唇が、ばか、と声にもならずに動いていた。

 遠くトリステイン魔法学院にてルイズがそんな昼の一時を過ごしていた頃、才人たちは目的
としていたモット伯がかつて住んだ洋館に到着していた。
 壁面は蔦が這い回って緑色に染まり、風に飛ばされた砂や土で茶色く染まった窓の枠組みが
風雨の浸食で元の形を失っている。屋根の一部には蜂の巣らしきものも垂れ下がり、見事に廃
墟らしい姿を呈していた。
 この屋敷が廃棄されたのは、およそ五年前。建設から五十年が経った頃である。
 廃棄された理由は単純で、支柱や壁面の老朽化であった。土のメイジによる補修も追いつか
ず、結局建て直すこととなったのだ。
 五十年という月日の間でトリステインの内情も微妙に変化し、立地の都合が悪くなったこと
で別の土地に移り住むことも、そう時間も掛からずに決まったらしい。ジュール・ド・モット
伯は代々の名家というわけではなく、所謂三男四男といった主家の世襲から外れた人間であっ
た。そのため、屋敷や周辺の土地に伝統があるわけではなく、場所に固執することもなかった
のだろう。
 人が住まなくなった事で手入れがされなくなった建物は自然に押し潰され、庭は隣接してい
たらしい森と一体化を果たしている。小動物があちこちで走り回っているこの場所に、もう人
の気配は残っていなかった。
 チチチ、と軒先に作られた巣から鳴き声を上げている小鳥を横目に見ながら、内側に向けて
倒れている玄関の門を潜った才人たちを待っていたのは、広大なロビーであった。
 吹き抜け構造で、奥には二階に繋がる大きな階段もある。床には絨毯らしきものの残骸が残
っていて、内に含んだ湿気を栄養にして植物の芽が出ていた。

4銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:24:06 ID:LHhNtMKE
 窓ガラスが残っているせいなのか、それとも扉が締め切られているせいなのか、玄関から流
れ込む風だけでは屋敷の中の空気を入れ替えるには至らず、重く淀んだ空気が鼻に付く。それ
と一緒に、別種の臭いも嗅覚を刺激した。
「動物が入り込んでるのかな?」
「かもしれないわね」
 獣臭いと言えばいいのか。森の中で獣道を歩いているときに時折感じる特異な臭いに気が付
いたマリコルヌの呟きに、キュルケが軽く相槌を打った。
 動物の足跡が、点々と絨毯だったものの上に模様を描いている。多分、雨風を凌ぐのに便利
だからと、巣穴代わりにされているのだろう。
 どんな動物が入り込んでいるのかと、いくつもある足跡を観察するべく動き出したキュルケ
が、最初の一歩で唐突に膝の力が抜けたように体勢を崩して床に尻を打ちつけた。
 じわりと広がる鈍い痛みに呻く。それを見ていた少女が一人、堪えきれずに噴出した。
「ぷっ、くくく……、なにやってるのよキュルケったら」
「こ、これは違うのよ!なんか、足元が……」
 モンモランシーの押し隠すような笑い声に顔を赤くしたキュルケが、立ち上がりながら誤魔
化すように床を蹴り叩く。
 ボロ切れ同然の絨毯に隠された床に小さな窪みがあるようだ。これのせいで足を踏み外した
のだろう。
 老朽化した建物だけに、こういう目立たない部分にもしっかりと劣化の跡が刻まれているら
しい。この分だと、ふとした拍子に天井が落ちてくるなんてことも無いとはいえないだろう。
 貴重な情報を教えてくれた親切な床を強く踏みつけたキュルケは、こほん、とわざとらしい
咳をして息を吸い込んだ。
「みんな聞いて」
 その場で振り返り、キュルケは真面目な顔で宝探しのメンバー全員を視界に収めた。ついで
に、また噴出しそうになったモンモランシーをキッと睨みつけ、黙らせる。
「今回の目標は“召喚されし書物”よ。ジュール・ド・モット伯爵は書物の収集家としてそれ
なりに有名で、今回の目標もモット伯が収集したものの一つなの。あたしの聞いた話だと、引
越しの際に幾つかの書物を紛失しているらしいわ。“召喚されし書物”は、その中の一つって
わけ。希少価値もあるから、かなり高価なものよ」
 いくらぐらい?と、具体的な値段を尋ねたのはモンモランシーだった。
 問いかけに、ふふん、と不適に笑ったキュルケは、片手を掲げて手の平を広げて見せる。
「これだけよ」
「……50エキュー?」
 指の数一本につき10エキューと計算したモンモランシーが言うと、キュルケは首を振った。
 モンモランシー自身も、まさか50エキューでキュルケが動くとは思っていないため、当然
よねと頷いて、桁を一つ上げる。
「500エキュー」
「違うわ」
「じゃあ……、5000?」

5銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:26:09 ID:LHhNtMKE
 モンモランシーは自分の考える本命の金額を訊いて、キュルケの反応を待つ。
 宝探しメンバー全員で分けても、5000エキューは大金だ。極普通の平民であるシエスタ
なんかは、金額を聞いただけで卒倒するかもしれない。ギーシュは無駄に見栄を張って一週間
くらいで使い切りそうだが。
 メンバー七人に一人ずつ均等に配ったとして、手元に入るエキュー金貨は端数を無視すれば
700枚。部屋の家具を一新するには少々足りないが、ドレスや装飾品を新調するには十分な
額だし、趣味と実益を兼ねた香水作りも、元手が増えれば規模を大きく出来る。
 なんて素晴らしい。さらに、既に手に入れた赤い宝石と奇妙な仮面の売却金を含めれば、相
当な額になる。一年分の小遣いを確実に上回るだろう。
 5000エキューであるという前提で、モンモランシーが妄想を膨らませていると、頷くか
と思われたキュルケの首が、さらに横に振られた。
 え、と息を漏らしてモンモランシーが動きを止め、話を聞いていたギーシュ達も表情を変え
る。
 キュルケの褐色の肌に浮かぶ、紅い唇がたっぷりの間を置いて動いた。
「50000よ。エキュー金貨じゃなくて、新金貨の方だけどね」
 悪戯っぽくウィンクをして、おほほほと笑い出した。
「う、ウソよ!なんで書物なんかにそんな金額が付くのよ!!おかしいじゃない!」
「ウソじゃないわ。だって、手に入れた場合の買い手はもう決まってるもの。証文だってある
んだから」
 ひょい、とキュルケがなんでもないように取り出した一枚の羊皮紙に、モンモランシーたち
は一斉に群がった。
 上質の紙に印が押され、署名も記されている。内容は単純に、召喚されし書物を入手した際
の事前売買契約だ。召喚されし書物がどんなものかわかっているのかわかっていないのか、ど
ちらにしても買い手に不利な、商会や役所に出しても通じる立派な証文であった。
 召喚されし書物の内容の如何に関わらず新金貨で50000を支払う。などと書かれた恐る
べき証文は、その署名欄にキュルケの名前ともう一つ、誰も知らない人物の名前が記されてい
た。
 知らない名前ではあるが、誰かは分かる。なにせ、ファミリーネームがツェルプストーなの
だから。
「あんた……、この名前って」
「やっぱり気が付いた?そう、あたしのパパよ」
 親子で売買契約を結んだらしい。なるほど、不利な証文も家族という信頼あってのものだと
いうことなのだろう。ルイズに言わせれば成金貴族だというツェルプストーは、目的の為には
金に糸目はつけないらしい。
「ということは、アレかね。今回の宝探しも、言いだしっぺはキュルケじゃなくて、君の父親
だったということかね?」
「まあ、そうなるわね」
 しれっというキュルケに、一行の肩が一段下がった。
 モット伯の周辺情報や召喚されし書物の情報も、父親から聞いたものなのだろう。他の宝探
しは、父親からの依頼を口実にした遊びだったのかもしれない。

6銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:27:13 ID:LHhNtMKE
 書物が見つかっても見つからなくても暇潰しだけは出来るのだから、キュルケに損は無いわ
けだ。仮面やら宝石やらといった予想外の儲けが出て、むしろ得をしている。
「まあ、でも、しかしだ」
 ごほん、ごほんと咳を交えつつ、マリコルヌが口を挟んだ。
 視線が集まる中、そそっと足を屋敷の奥へと動かして、ぴゅーぴゅー口笛を吹く。
 何がしたいのかがまったく分からない行動に一同が首を傾げていると、マリコルヌは唐突に
ニヤリと笑って走り出した。
「その書物とやらには50000の価値があるということ!先に見つけて独り占めしてしまえ
ば、儲けは全部自分のものじゃないか!!あっはははははははは!」
「あっ、テメェ!抜け駆けかコラ!!」
 階段を上り、二階へと進むマリコルヌを才人が追う。
 元々金の魔力に浮かされていたモンモランシーもギーシュを連れて走り出し、それをキュル
ケとタバサが手を振り見送った。
「証文がなければ売れないって、分かってるのかしら?というか、召喚されし書物がどんなも
のかも知らないのに何を探すつもりよ」
 振り返りもせず、どたばたと激しい音を立てて走り回るマリコルヌたちを眺めて、小さく溜
め息を吐く。
 それっぽいものを見つけたら片っ端から集めるのだろうが、今いる場所が老朽化した建物の
中だと理解していないことは明白。無駄に騒いで、この屋敷が倒壊しないかどうかが心配だ。
「考えても仕方ないか。タバサ、あたしたちは一階から探しましょう。……って、どうかした
の?」
「……なんでもない」
 しゃがみ込んで、床に落ちている毛の様なものを摘んでいたタバサが、首を振りつつ立ち上
がって歩き出す。しかし、視線はまだ手に持った短いこげ茶色の毛に向けられていた。
「珍しい動物でもいるのかしら?」
 普段は自分から何かに興味を示そうとしないタバサが積極的に何かを調べようとしている事
実に好奇心を沸き立たせたキュルケは、キョロキョロとあたりを見回して、毛の持ち主を探し
始める。
 茶色い短い毛というと猪が代表的だが、まさかそんなものをタバサが気にかけるはずが無い。
 キュルケは、隠れているのが貴重な動物なら、掴まえて好事家に売る気であった。
 そんなキュルケを若干冷ややかに見たタバサは、至極冷静に手の中の毛を捨てると、杖を強
く握って目元を鋭くさせる。
 興味を引かれた、というよりは、敵を見つけたという表情であった。
「……タバサ?」
 奇妙な雰囲気にキュルケが顔を覗きこむ。
 それから逃れるように、つい、と視線を床に落として、タバサが立ち止まった。
「珍しい生き物って点では、正解」
 長い杖の先端が、タバサの足元の小さな起伏を削る。
 牛の蹄のような形の薄い窪みが、そこにしっかりと刻み込まれていた

7銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:28:30 ID:LHhNtMKE

 窓の向こうが少しずつ暗くなっていく。
 明け方までは青く晴れ渡っていた空が、雲に覆われようとしている。見るからに分厚そうな
黒い雲は、間違いなく雨雲だろう。暫くすれば、この付近に雨を降らせるに違いない。
 空の向こうまで黒く染まっているところを見れば、雨は暫く降り続けるものと思われる。
 モット伯の屋敷までは距離があったため、今朝まであったキャンプは畳まれている。食材探
しのためにシルフィードやフレイムなどの使い魔と一緒にあちこちを飛び回っているシエスタ
を呼び戻して、ここで雨が止むのを待ったほうがいいのかもしれない。
 どうせ、長居することになるのだ。屋敷は広く、目的のものは見つかりそうに無いのだから。
「あーもうっ!良く考えたら、見つかるわけ無いじゃいのよ!」
 髪を振り乱し、早速諦め気分に陥ったのはモンモランシーだった。
 三階のベッドルームと思しき場所をギーシュと一緒に探し終えた直後のことである。
「どうしたんだい、モンモランシー。書物なら、二つほど見つけたじゃないか」
「そうじゃないわよ!本当に高価なものなら、こんなところ真っ先に調べられて回収されてる
に決まってるって言ってるのよ!!」
 声高に喚くモンモランシーに、思わずギーシュは耳を塞ぎ、足元に落ちた本に目を向けた。
 二冊の本の表題には、トリステインの歩き方、グルメ大全なんて書かれている。どう見ても
一般書誌で、モット伯の私物というよりは、使用人が使わなくなったから捨てたという感じで
ある。実際、かなり読み込まれているのか紙がボロボロになっていた。
 間違いなく、これらは召喚されし書物ではない。そんなことは誰だってわかる。
 モンモランシーは、今回の宝探しに関するそもそもの問題に目を向けたのだ。何をきっかけ
にしたのか、金に目の色を変えていた過去を忘れて。
「まあ、確かに高価なものを放置するとは思えない、ってところには同意するけど、まったく
の希望もなくキュルケが動くとも僕は思えないんだが」
「うっ、それはそうだけど……」
 ギーシュの冷静な言葉に言葉を詰まらせたモンモランシーが、顔を覆うように手を当ててし
ゃがみ込む。
 意外と本能的に行動するキュルケだが、理性的でないわけではない。恋や情熱を持ち出すと
暴走するが、それだって計算高さが下地にあったりする。
 根拠もなく目先の欲望に動かされるタイプではないのだ。
「モット伯には回収できなかった理由があった。と思えば不思議じゃないさ。まあ、年始めの
降臨祭で父と歓談してるモット伯を見てるから、病気とかじゃないみたいだけど」
 辺境の領主であるモンモランシーの家と違い、ギーシュの家は昔からの武家で、父親が軍の
元帥をしている。そのため、王宮近辺の出入りは多く、多種多様な貴族と面識があった。
 軍なんてものは、各地の貴族の三男や四男といった次代の後継者から外れた人間の集まる場
所だ。自然と色んな連中が集まってくるし、その関係で勝手に交友関係も広くなる。モット伯
とギーシュの父も、そんな関係で知り合った仲だった。
 引越しの忘れ物などは使いを遣って回収させればいいだけの話。他人に見せられない何かだ
としても、自分が取りに来ても問題は無いはず。
 それをしない。あるいは出来ない理由がある、とギーシュは推測していた。

8銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:29:23 ID:LHhNtMKE
 しかし、推測はそこまでで、モンモランシーの求める疑問に答えられるところにまでは到達
していなかった。
「その理由って、いったいなんなのよ」
「う、うーん、なんだろうね?」
 細かい指摘を受けてしまうと、途端に詰まってしまう。
 結局、何の進展も無いまま、二人は首を傾げて廊下を歩き出した。
 廊下の片側を飾る窓を、雨粒がぽつぽつと叩く。
 雨が降り始めたようだ。
 一度降り始めれば、あっという間に雨脚は強くなり、ひび割れた窓の向こうで木々が雨粒を
受けて枝を垂らし始める。
 それを見ながら、ギーシュとモンモランシーは次の部屋へと移動する。
 一番怪しいと屋根裏部屋を漁りに行ったマリコルヌと才人はこの場にいない。キュルケとタ
バサも階下から探索しているため、姿は見えなかった。
 二人きりの空間。
 必死になって金に目を輝かせていた状態から目を覚ませば、そんなことに気付いてしまう。
 人気の無い廃屋に二人という条件が、無性にモンモランシーの胸をドキドキさせていた。
 同じ屋根の下に野次馬が四人潜んでいるという事実は、既に脳内から排除されている。
「えっと、その……、あ、雨、ふ、降ってきたわね?」
 一人胸を高鳴らせて、勝手に緊張し始めたモンモランシーが、場の静かな空気に耐えられず
に声を出した。
 なんでどもっているのよ!なんて心の中で自分を責めて、必死に落ち着こうと息を整える。
「え?ああ、そうだね……」
 気持ちを走らせるモンモランシーだけでなく、実のところ、ギーシュも今の雰囲気に妙な感
覚を抱いていた。
 心臓の鼓動に似た大きな雨粒が立てる音が、少し早いリズムで音色を奏でている。それに釣
られて心拍数も上昇する。
 要は、僅かに興奮状態にあるのだった。
 頬が仄かに赤らみ、無意味に造花の薔薇を弄り始める。
 プレイボーイ気取りで女の子との接点も覆いギーシュだが、実際に深い関係になった相手は
いなかったりする。だから、今のこの二人だけの間に流れる甘い空気には不慣れなのだ。
 ちらちらと、盗み見るように互いの顔を見合わせ、視線が合うとそっぽを向く。
 そんなことを何度か繰り返したところで、隣り合って歩く二人の手が、中空を彷徨った。
 繋ぐべきか、繋がざるべきか。いや、いっそのこと寄り添って腕や肩を組んだりしちゃうべ
きだろうか。でも、恋人関係は一度解消して、その後に修復したってわけでもないし。
 同じようなことを考えて、同じように悩む二人は、似た者同士なのかもしれない。
 青春真っ只中である。
 それでも、二人はまったく同じ人間ではない。
 モンモランシーよりも、ギーシュはいくらか積極的だった。
 サラサラと流れるように降る雨に目を向けて、割れた窓ガラスの隙間から雨粒が跳ねるのを
好機に、ギーシュが窓側を歩くモンモランシーの肩を引き寄せる。

9銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:30:56 ID:LHhNtMKE
 悲鳴に似た声を小さく上げて、モンモランシーがギーシュの顔を見上げると、いつものよう
にギーシュは造花の薔薇に頬を寄せてさわやかさを演出するキザな笑みを浮かべていた。
「もっと内側を歩かないと、雨に当たってしまうよ。ここの窓は、随分と隙間だらけのようだ
からね」
 それだけなら別に肩を抱く必要など無いのだが、ギーシュはモンモランシーから手を放そう
とはしない。モンモランシーも、特に抵抗はしなかった。
 これで本人はカッコイイと思っているクネクネした動きや邪魔臭い薔薇を動かす癖が無けれ
ば素直に惚れられるのだが、その辺も含めてギーシュなのだろう。ちょっと頼りなくて、実際
に頼りないくらいが、この男にはちょうどいいのかもしれない。
 モンモランシーは、そんなギーシュに心をときめかせてしまう深刻な病気だった。更に、宝
探しの出発の際に聞いた、君は僕が守るよ宣言で、治るはずだった病が進行している。
 重病患者まで後一歩。そろそろ医者も匙を投げ出す頃だろう。
 歩みが遅くなり、互いの視線を気にするように目を動かす。
 邪魔はいない。強い雨は光を遮り、二人が何をしても姿を隠してくれるだろう。
 申し合わせたように二人の足が止まって、視線が絡み合う。
 胸の鼓動が徐々に強くなって、相手に聞こえてしまうのではないかと思うほど強く激しく脈
を打つ。
 いつの間にか熱い息が唇に当たるほど顔を寄せた二人。雨音を背景に、重なる影。
 こんな事態に、ヤツが黙っている訳が無かった。
「そうはさせるかあああぁぁあ!誰も見て無いと思ってイチャイチャしてんじゃねえぞ、この
ド腐れカップルがッ!!」
 廊下の曲がり角に隠れていたマリコルヌが、目を血走らせてギーシュとモンモランシーに飛
び掛る。その後方には、同じく隠れて覗き見をしていた才人が、マリコルヌのマントを掴んだ
状態で引き摺られていた。
 止めようとして失敗したらしい。
「ま、マリコルヌ!?」
「あんた達、いったい何時の間に……!」
 ばっと距離を離し、青春を満喫していたことを誤魔化そうとするが、目撃者や目撃した事実
が消えるわけでは無い。マリコルヌの怒りが収まることも、当然無かった。
「昨日はサイトがメイドとイチャイチャしてるかと思ったら、次はお前らか!?なんだコノヤ
ロウ!見せ付けたいのかよう!!そんなに僕を苛めて楽しいのか!?あんコラ言ってみろやゴ
ミ虫がーッ!!」
 覗き見していたのはマリコルヌであって、別にギーシュたちが見せ付けたわけではない。し
かし、今のマリコルヌにそんな理屈が通じるはずもなく、ギーシュはただ襟首を掴まれて上下
左右に激しく揺さぶられるしかなかった。
「コノヤロウ!コノヤロウ!!恨みと妬みと嫉みとモテない男達の憎しみが篭った拳を喰らい
やがれえええぇぇえぇえぇっ!!」
 風より速いと豪語するマリコルヌの拳が、ギーシュに向けて放たれる。
「クッ、何で僕がこんな目に……」
 すぐに襲い来るだろう傷みに、ギーシュは目を瞑り、歯を食い縛る。

10銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:31:58 ID:LHhNtMKE
 だが、マリコルヌの拳はギーシュの頬を軽く叩いただけで、肉を抉り、歯を折り、首の骨を
損壊させるような威力は発揮しなかった。
 嫉妬に狂ったマリコルヌが手加減をするなんて。と、ギーシュやモンモランシーや才人の視
線が集まる中で、丸い体が崩れる。
 床に膝を突いて目元に涙を浮かべたマリコルヌのシャツの下から、表紙を革で覆った一冊の
本がばさりと床に落ちた。
 力なく四つん這いになり、ぽたりと落ちた涙が窓の隙間から入り込んだ雨と一緒に床に染み
を作る。
 マリコルヌは、泣いていた。
「情け無い。……なんて情け無いんだ、僕は!」
 突然始まったマリコルヌの語りに、ギーシュたちは耳を澄ませた。
「ああ、そうさ。僕は、ギーシュやサイトに嫉妬してる。イチャイチャしてる姿を見る度には
らわたが煮えくり返りそうな思いに囚われてる。殺したいほど憎い。いや、実際に何度か殺そ
うと思った。男の数が減れば、余った女の子が自分に振り向いてくれるなんて、卑しい考えを
していたんだ……」
 淡々と言葉を放つマリコルヌを横目に才人が本を拾い上げる。マリコルヌの語りよりも、こ
っちの方が気になったのだ。
 ギーシュとモンモランシーの二人にも見える位置で革表紙の本を開くと、才人の視界が肌色
で一杯になった。
「う、うわあああぁぁっ!な、なんだ、なんなんだい、それは!?」
「いやああぁぁっ!なんてもの持ってるのよ!!」
「おおぉ……、無修正かぁ……」
 顔を真っ赤にして反応するギーシュとモンモランシーとは対照的に、才人はカラーで印刷さ
れた洋物のお子様には見せられない雑誌に目が釘付けになっていた。
 金髪の美女が、あられもない姿で扇情的なポーズをとっている。頁をめくれば、別の女性が
脂肪で出来た球体を自己主張させていた。
 黒や白での塗り潰しやモザイクなどという小細工は用いられていない。局部もモロである。
 からみのシーンもあるらしく、男の股間にぶら下がる大き過ぎるだろうというものが容赦な
く女性を貫いていた。
 内容や印刷の質からして、かなりの上物のようだ。
 真っ赤な顔をして顔を逸らし、なんて破廉恥な!と憤るギーシュに才人が悪戯心を出して雑
誌を見せびらかすと、両手で顔を覆って壁に向かってしゃがみ込んでしまう。逆に、モンモラ
ンシーに雑誌を突きつけると、きゃーきゃー言いながらも指の隙間から覗き込んでいた。
 ギーシュは純情で、モンモランシーは意外とむっつりスケベらしい。新発見である。
 そんなふうに才人が小学生みたいなことをしている間も、マリコルヌの独白は続いていた。
「ああ、そうさ!屋根裏部屋で見つけたとき、興奮したんだ!なんてものを見つけてしまった
んだってね!神様からの贈り物なのかもしれない。一生モテない人生のぽっちゃりさんである
僕に、始祖ブリミルが見かねて神の軌跡ってヤツを使ってくれたんだって。でも、そうじゃな
いんだ……。こんなものをくれるくらいなら、モテるようにして欲しかったんだ。あ、いやま
あ、貰えるものは貰うんだけどね?ああ、でも……」

11銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:33:22 ID:LHhNtMKE
 一向に終わりそうに無い話を聞く気も起きず、才人は反応の面白いギーシュに再び雑誌を見
せ付けて遊び始める。
「ほら、ギーシュ。テメエはいつも女の事ばっかり話してるんだから、コレくらい大した事ね
えだろ?ちゃんと見ろよー」
「わー!わー!聞こえない聞こえない!!そんな下品なものはしまってくれー!」
 ブンブンと首を振り、決して顔をこちらに向けようとしないギーシュを、才人はニヤニヤと
笑みを浮かべながら眺める。
 モンモランシーがちらちら見てるのもしっかり確認済みだ。後でネチネチと突っついてやる
ネタである。
 わーわー。きゃあきゃあ。ぐちぐち。ニヤニヤ。
 それぞれ異なった反応を示して、なんだか賑やかで不思議な光景が繰り広げられていた。
 そんな中に紛れるように、赤い髪と青い髪が踊る。
「なにやってんのよ、あんたたち?」
「うおぉっ!キュルケ!?た、タバサまで……、いつの間に」
 足音も無く背後に現れたキュルケとタバサの姿に才人の体が跳ねた。
 一部始終とは行かずとも、何をやっていたかは大体知られているらしく、キュルケの表情に
は呆れの色が強く現れている。一緒に居たタバサも、いつもの如く無表情なのだが、どこか白
けた雰囲気があった。
「あなた達、ちゃんと探してた?」
「ああ、探してたとも。うん、ほら、そこに落ちてるだろ?」
 慌てて取り繕ったギーシュが、床に落ちた雑誌を指差す。それを拾い上げて、キュルケが溜
め息を付く。
 やはり、召喚されし書物では無いらしい。ぽい、と放り捨てる動作も酷く乱暴で、ゴミ同然
な扱いだ。
「そっちの本は?」
「え、これ?」
 キュルケが指差した才人の手元には、一応タバサという見た目が子供にしか見えない少女が
いるために閉じられたエロ雑誌がある。
 騒ぎの原因だという認識はあるようだが、これが屋敷の中で回収されたものだという情報ま
では掴んでいないようだ。
 ちらり、とマリコルヌに視線を向ければ、まるで恐怖で固まった小動物のように、体を小刻
みにフルフルと揺らしていた。
 その雑誌を渡さないで欲しい。それは僕にとって、生きる希望なんだ。
 そんな声が聞こえてきそうだった。
「あー、えーっと、マリコルヌの私物」
 こんなものの為に恨みを買うべきではないと判断した才人は、咄嗟に嘘をついた。
 マリコルヌの目が輝き、拝むように上半身を上下させている。
 若干気持ち悪かった。
「私物?……そう、ならいいわ」
 才人とマリコルヌを見比べて、その目に疑わしげな色を滲ませたキュルケは、意外にもすぐ
に引き下がる。

12銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:35:03 ID:LHhNtMKE
 納得した様子は無いが、あまり拘るつもりもないようだ。
 顔を窓に向け、降りしきる雨を見つめる。外は暗く、雨の滴で灰色に濁り始めていた。
「雨が強くなってきたわね。長居しても仕方ないし、早めに切り上げて帰りましょう」
「え、もう終わりなのか?まだ来てばかりじゃねえか」
 きょとん、と目を丸くして才人がキュルケに向かい合う。
「雨が降ってるんだから、ここで雨宿りすれば良いじゃないか。シエスタたちも呼んでさ、晴
れるまで探索を続ければ……」
「ダメよ」
 少しだけ語句を強めて、キュルケが才人の言葉を遮った。
 珍しく真剣な表情を浮かべるキュルケの横で、タバサが床にしゃがみ込み、何かを拾い上げ
る。
 小さな指に摘まれたこげ茶色の短い毛にタバサは、やっぱり、と呟き、それを見るキュルケ
の表情が一層に引き締まった。
「どうしたんだよ?なんかおかしいぞ、お前ら」
 分かれて行動を始めてから、それほど時間が経っているわけではない。それなのに、別れる
前と今とでは雰囲気が一変している。
 当然ともいえる才人の疑問に、キュルケはタバサが拾い上げたこげ茶色の毛を視線で指し示
して、屋敷に潜んでいる怪物の名を告げた。
「ミノタウロスよ。屋敷のどこかに、ミノタウロスが隠れてる。一階の食堂に、あたしたちの
前に屋敷に入り込んだらしい泥棒の死体があったわ」
 聞き慣れない名前に疑問符を浮かべる才人に代わって、ギーシュやマリコルヌが表情を凍り
つかせた。
「ほ、本当に、ミノタウロスなの?」
 確かめるようにモンモランシーが問いかけると、タバサが深く頷いて、間違いないと答える。
 口の中に溜まった唾を飲み込んで、キュルケが言葉を続けた。
「食堂にあったのは、食べ残しみたい。どんな趣味をしてるのか知らないけど、ご丁寧に皿に
盛られてたわ……」
 思い出した光景にキュルケは顔色を青くして、込み上げる吐き気から口元を抑えた。

 ミノタウロスとは、牛頭の亜人である。
 身長は2メイルから3メイルで、筋骨隆々。肌は短い剛毛で覆われ、皮膚の強度と合わせて
オーク鬼とは比べ物にならない強度を誇っている。頭部の形状に似合わず雑食であるが、特に
肉を好み、中でも人間の若い女が好みらしい。知能も発達しており、会話は勿論、文字を書く
ことも出来るという。
 生息数こそ少ないが、腕力馬鹿のオーク鬼や体ばかり大きいトロル鬼やオグル鬼などよりも
人間にとっては脅威と言われている生物だ。
 メイジ殺し。
 一般的に平民がメイジを倒すことの出来る技能を持っている場合に語られる名だが、このミ
ノタウロスもまた、生半可な魔法を受け付けないという意味でメイジ殺しの異名を持つ。
 同体格のオーク鬼よりも全体的な能力が高く、竜の亜種であるワイバーンと一対一で勝ち得
るだけの力を秘めているのだから、化け物としか言いようがない相手だ。

13銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:36:21 ID:LHhNtMKE
 そんな怪物が近くにいる。
 その事実が、才人たちに緊張を強いていた。
 ギシ、と音が鳴った。
 階段を一段下りる度、足場の床板が悲鳴を上げるように軋んでいる。
 モンモランシーとマリコルヌを守るように円陣を作った才人たちは、その状態のまま屋敷の
中を移動していた。
 ロビーの見える二階の廊下。今、ちょうどそこから階段を下りようとしているところだ。
 階段を下りれば、ロビー中央を一直線に横切るだけで玄関に到達する。出口までの距離は遠
くはない。
 当初、窓ガラスを割って外に脱出するという手も考えられたのだが、窓は二人も三人も同時
に通れる大きさではないし、僅かな時間でも人数が散らばることは避けるべきだと、タバサが
珍しくも強く主張したのだ。
 外は雨。キュルケの魔法は火が中心であるために十分な威力が発揮できず、地面が水を吸う
事で安定を失えば、才人の動きも鈍くなる。辛うじて、タバサの水と風を織り交ぜた魔法がミ
ノタウロスには有効だと思われるが、一人で全員を守れるわけではない。
 ミノタウロスの急襲に迅速に対応出来る状態を維持しつつ、シルフィードを呼んで即座に撤
退する。
 それが、才人たちに許された最善の策だった。
「来るかな?来るのかな?」
 一番怯えた様子を見せるマリコルヌの声に、びくりと肩を跳ねさせたモンモランシーが黙れ
とばかりに睨みつける。
 散々騒いだのだから、ミノタウロスがこっちの存在に気付いていないはずが無い。数の多さ
から警戒をして姿を現さないのだろう。
 それは、才人たちの狙い通りでもある。
 円陣を組んで、襲撃に対処できる状態であることを敵に知らせてやれば、相手も突然襲い掛
かってくることはない。ミノタウロスの体の頑丈さと膂力を武器に突撃されることが、火力に
不安のある才人たちにとっては一番怖いことなのだ。
 このまま、何事も無く屋敷から出られることを願って、才人たちは階段を下りきる。後はロ
ビーフロアの中央を抜ければ玄関だ。
 逸る気持ちを押さえつけて、一歩、また一歩と絨毯の残骸の上を進む。
 あと十歩。あと九歩。あと八歩。
 手を伸ばせば、もう指先が外に出るのではないか。
 そんな距離に辿り着いたとき、キュルケがはっとなって床に視線を向けた。
 力の抜ける感覚。いや、足元が無くなるような浮遊感。
 屋敷に入ってすぐに尻餅をついたことを思い出して、それが窪みなどではない事に今更なが
らに気が付いた。
「みんな、走っ……!」
 声を出し、この場所が危ないということを知らせるには、もう遅かった。
 目の前の景色が上昇していく。それが自分が落下しているからなのだと気付いて、何かに掴
まろうとしても、手は宙を掻くばかり。

14銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:37:28 ID:LHhNtMKE
 土台となっていた石材と土が降り注ぎ、その中に友人達の悲鳴が混じる。埃が呼吸で喉に張
り付き、魔法を使う暇さえ手に入らない。
 もうダメか。
 そんな言葉がキュルケの脳裏を過ぎる。
 だが、落下の衝撃は意外にも早く訪れた。
「痛ぁっ……!」
 石や土の塊よりもずっと小さく軽い音を立てて、キュルケの体が土砂の上に転がった。
 強く打ち付けた背中の痛みと呼吸の乱れに、背筋を弓なりに逸らす。幸いにして、頭をぶつ
けることは無かったようだ。
「だ、大丈夫か?」
 警戒中にデルフリンガーを握っていた才人が逸早く立ち直って、頭を振りつつ穴の中で周囲
を見回す。
 大きな瓦礫は無く、下敷きになっていたギーシュやマリコルヌも、特に怪我らしい怪我も無
く起き上がる姿が見える。モンモランシーはポケットに入れていた香水が割れたらしく、濡れ
たスカートと強い匂いに顔を顰めていた。
「こっちは大丈夫だけど……、タバサは?タバサは無事なの?」
 ホッと息を吐いて、キュルケが親友の姿を探す。
 返事は、真後ろからやってきた。
「平気」
「わぁっ!?ちょ、ちょっと、驚かさないでよ」
 そんなつもりは無かった、と言いながら、タバサは髪や服に付いた埃を手で払う。
 擦り傷一つ無い姿に胸を撫で下ろして、キュルケは自分達が落っこちた原因を求めて頭上に
視線を移した。
「大きな穴が開いちゃったわね。床が腐ってたのかしら?」
 ぽっかりと大きな丸い穴が開いている。キュルケの身長では手を伸ばしても届きそうには無
いが、身長の高い男性が二人で肩車でもすれば指先が届きそうな距離だ。レビテーションやフ
ライを使えば、上れない距離ではない。
 視線を天井から戻して、自分達のいる暗い穴の底に向ける。
 それにしても、この空間は何なのか。
 土埃で視界が覆われているために良く見えないが、人工的に掘られて作られた通路であるこ
とだけは把握できる。ところどころ、補強したような跡があるのだ。
「こ、こらマリコルヌ!なにをそんなに興奮しているんだね!?」
 キュルケの思考を邪魔するように、ギーシュの声が狭い空間に響いた。
 見ると、マリコルヌが天井と床を繋ぐように等間隔に並べられた鉄の棒の間に首を突っ込ん
で何かを凝視している。
「牢屋?なんでこんなところに……」
 マリコルヌが息を荒げて見ていたのは、廊下の端に作られた鉄格子の嵌められた狭い空間で
あった。
 見た目はどう見ても牢屋で、出入り口にも錠前がかけられ、中には鎖の付いた足かせや刺々
しい器具が転がっている。

15銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:38:27 ID:LHhNtMKE
 興味を引かれてキュルケも近付いて見てみると、背中が三角形をしている木馬や、乗馬用と
は思えない鞭、太くて赤い蝋燭も転がっていること気付く。石畳の床には、何かの染みが色濃
く残っていた。
「これ、拷問器具よね?モット伯って、影でこんなことをしてたの……?」
 はぁはぁ言っているマリコルヌの横で、同じく牢屋の中を覗き込んだモンモランシーが、顔
を青褪めさせて口元を手で覆っている。
 トリステインでは、拷問は数百年前に廃止されている。正確に言えば、ある種の条件を満た
した犯罪者にのみ、適用が認められている状態だ。司法と王宮の認可無く拷問を行えば、一家
郎党の爵位の剥奪を含めた重大な罰が与えられることになっている。
 歴史上、拷問を好んで行う趣味を持った人間は数多く居る。そういった人物は例外なく忌み
嫌われ、後の歴史上に置いても恥ずべき者として認知されていた。
「まったく、けしからん!このような残虐な行為……、貴族の風上にも置けぬ!!」
 武門の生まれとして、貴族らしさを腰が引けながらも重んじているギーシュが、拳を握りな
がら怒声を上げた。
 未だこういうことが影で行われているという事実にショックを受けるモンモランシーの肩を
抱いて慰めながら、モット伯に対して次々と侮蔑の言葉を並べ立てる。
 そんな光景に、牢屋の中身が本当はどういう風に使われるものなのかを察していた他の人間
は、どう説明したものかと考えて、すぐに諦めた。
 純情な少年少女の心をこれ以上穢してはいけない気がしたのだ。
「タバサにもちょっと早いわね」
「……?」
 もう一人分かっていない人間に、キュルケは優しく笑いかけて視線を逸らさせる。
 大人になるということは、こういうことなのかもしれない。
「とりあえず皆、一度上に上りましょう。ここにいても仕方ないし、ミノタウロスがいつ来る
か分からな……」
「お、おい、キュルケ」
「なに?どうしたの……って」
 SだとかMだとかの人専用の部屋のことなど置いて、危機的状況であることを思い出したキ
ュルケに、才人が肩を叩きながら声をかける。左手にはデルフリンガーを握り、右手は人差し
指を頭上に向けていた。
 指の先を追って、キュルケと隣にいるタバサが頭上に視線を向けると、外に落ちた稲妻の光
にシルエットを作った奇妙な頭が、穴の向こうからこちらを覗き込んでいる姿が見えた。
 稲妻の後に聞こえる、大岩の落石に似た音が途切れるまで、キュルケたちはその場で呆然と
それを見上げ、落雷の音の終わりと共に呟いた。
「……ミノタウロス」
 牛頭の亜人がこちらの声に反応したかのように、涎を垂らしてのそりと動き出した。
 来る。
 その感覚にキュルケは慌てて声を上げた。
「え、円陣を組んで!!」
「無理だって!この狭い場所じゃ!」

16銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:39:19 ID:LHhNtMKE
 急いで崩れた陣形を戻そうとするキュルケだが、周囲の状況に対応できず、才人に指摘を入
れられる。その間にもミノタウロスは動き、穴の中へと飛び込もうとしていた。
「モンモンの嬢ちゃんとふとっちょは下がりな!相棒と小僧は前だ!キュルケとタバサの二人
は援護を頼むぜ!!」
「うおお!?久しぶりに喋ったな、デルフ」
 才人の手に握られたインテリジェンスソードが、六千年という月日で培った冷静さを見せる。
 指示に従って、モンモランシーとマリコルヌが通路の奥へ移動し、キュルケとタバサが才人
の後ろに隠れて杖を構える。ギーシュは、一歩離れてワルキューレを二体、自分の前に呼び出
した。
 空気を押し潰すようにしてミノタウロスが穴の中に身を投げ、積もった土砂の上に降り立つ。
 ミノタウロスの身長と穴の深さは、ほぼ同等のようだ。ミノタウロスが大きいのか、穴が浅
いのか。人が歩くのに十分な広さと高さがある通路を見れば、どちらかは明白だろう。
 フゴフゴ、と鼻を鳴らし、ミノタウロスは漂う匂いを犬の如く確かめる。
 人間の、それも美味そうな若い女の匂いに、口元がニヤリと笑っているかのように歪んだ。
「体に自信はあるけど、こういう意味で食べられる気にはなれないわね」
「若干一名、油っぽくて食えたもんじゃねえだろうけどな」
 口の端から次々と零れ落ちる涎に頬を引き攣らせて、湧き上がる嫌悪感を誤魔化そうとキュ
ルケと才人は軽口を叩く。
 威圧感だけならオーク鬼と大して変わらない。それが、二人に若干の余裕を与えていた。
「冗談言ってないで、早く何とかしてよ!」
 一応、自分も何とか戦おうと杖を取って戦う準備をしているモンモランシーが、そんなキュ
ルケと才人に突っ込みを入れた。
 はいはい、と気の無い返事をして、ぐっと才人はデルフリンガーを握る手に力を込める。
 左手の甲に浮かぶガンダールヴのルーンが、強く輝き始めた。
「行くぞ、ギーシュ!」
「分かってるよ!ワルキューレ!!」
 青銅の戦乙女が才人と共にミノタウロスへと突撃する。
 狭い空間に用いることの出来る兵法など知りはしない。ただ、純粋にぶつかるだけだ。
 迎え撃つミノタウロスが人間そっくりの手に握った戦斧を横薙ぎに振るう。それだけで、二
体のワルキューレが真っ二つになった。
 潜るようにして戦斧から逃れた才人は、破壊されたワルキューレの残骸を蹴り上げ、ミノタ
ウロスの頭部にぶつける。
 人間相手なら、ガンダールヴの脚力で蹴り飛ばされた青銅の塊を受ければタダでは済まない
だろう。しかし、ミノタウロスにはダメージにならない。
 しかし、視界は塞がれた。
 更に身を屈めてミノタウロスの足元に接近した才人は、そのままデルフリンガーを両手で握
り、ミノタウロスの左足に向けて振り抜く。
 剣の刃が筋張った牛と同じ形の脚に突き刺さり、体毛ごと皮膚を削る。
 だが、刃が通ったのはそこまでだった。
「硬ってえぇっ!!?」

17銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:40:35 ID:LHhNtMKE
 皮膚の下にある筋肉を断つには至らず、斬るためにつけた勢いがそのまま腕に跳ね返り、痺
れたような痛みが手全体に広がる。デルフリンガーの柄を手放すことこそ無かったが、反動で
刃はミノタウロスの左足から外れて地面を叩いていた。 
 才人の攻撃などものともせず、腕力で強引に振り抜いた戦斧を戻したミノタウロスは、邪魔
臭そうに才人の上に戦斧を降らせる。
 地下室が崩れるのではないかと思うような振動が突き抜けて、戦斧が才人の居た場所を大き
く抉った。
 間一髪、後退することに成功した才人は、まだジンジンと痺れる手に目を向けて、うへ、と
声を漏らす。
 体の中でも比較的細い足首を狙ったのだが、まったく斬れる気がしない。鋼鉄の塊でも相手
にしているかのような気分だった。
「なんだ相棒、情けねえな!あのくらい斬れねえと伝説の名が廃るってもんだぜ!」
「うるせえ!テメエがナマクラじゃなかったら斬れてたよ!」
 錆び付いた大剣に文句を返して、柄を改めて握り直す。
 ごくりと喉を鳴らす才人を嘲笑うように、ミノタウロスはゆっくりと地面を抉った戦斧を構
え直して、ごふごふ、と笑った。
 お前の攻撃は効かない。だが、こちらは一撃でお前を殺せる。
 そんなことを言っているように見えた。
「馬鹿にされてる気がするんだが、気のせいか?」
「多分、間違っては無いと思う」
 才人の呟きに、杖を構えて魔法の詠唱を終えたタバサが答えた。
「攻撃する」
 隣のキュルケに告げて、タバサが杖を振るった。
 冷たい空気が一点に集まり、氷の彫刻を形作っていく。
 閉鎖された地下に水分は多くない。しかし、外で振り続ける雨の湿気は確実に流れ込んでき
ている。
 氷の槍を作るのには、十分な水分だ。
 ウィンディ・アイシクルのように複数の弾丸ではない、一点突破のジャベリンの魔法。それ
にスクウェアクラスの魔力を乗せて、タバサはミノタウロスへと打ち出した。
 氷の砲弾が短い距離を一瞬で詰める。
 狙いは、心臓だ。
 決して鈍重ではないミノタウロスでも、銃弾に匹敵する速度で接近する氷の槍を砕くには速
さが圧倒的に足りない。身を捩り、逃れようとしたときには、氷の槍は既にミノタウロスの胸
に到達していた。
「……ダメ」
 タバサの小さな声が才人たちの耳に届く前に、氷の槍が砕けた。
 槍の先端を構成していた小さな破片が、辛うじてミノタウロスの胸の皮膚を貫いている。だ
が、やはり筋肉を破壊するにまでは至っていない。才人と同じ結果だ。
「いくらミノタウロスの体が強靭だとしても、これはちょっと異常」

18銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:42:15 ID:LHhNtMKE
 タバサの知識では、魔法を防ぐほどの強度を持っているのは、ミノタウロスの皮膚であって
筋肉ではない。もしかすれば毛にも相当な強度があるのかもしれないが、貫けている現状では
関係ないだろう。
 なにか秘密がある。
 そうタバサが結論を出して警戒を強めると、キュルケがタバサの前に出て杖を振るった。
「斬ったり突いたりがダメなら、後は焼くしかないじゃない!」
 とびっきり強力なファイア・ボールの魔法を使い、灼熱の火球をミノタウロスに向けて投げ
るようにして放つ。
 ミノタウロスが黙ってそれを受ける筈も無いが、迎撃しようと振られた戦斧は火球に集約さ
れた炎を広げるだけで砕くには至らなかった。
 一瞬で、ミノタウロスの周囲が炎に包まれる。それと同時に熱波が才人たちを襲った。
「どれだけ体が頑丈でも、ものには限度ってものがあるのよ。どんなに硬い肉も、じっくりと
焼けば中まで火が通るようにね!」
 急激な温度変化によって生まれた気流に髪を靡かせ、腰に手を当てて不適に笑う。
 炎の生み出す赤い光が、キュルケの髪を鮮やかな紅色に変えていた。
「いや、でもこれは不味いんじゃ……」
 才人の呟きに、何が?とキュルケが首を傾げた。
 一階ロビーの崩れた床の残骸を覆いつくすように炎が広がり、ミノタウロスはその中心で熱
に炙られて悶えている。斧を振って火を消そうとするが、焼け石に水のようだ。
 効いている。ミノタウロスの体を、炎は確かに焼いている。
 なら、何が問題なのか。
 それを考えたところで、キュルケはすぐに気が付いた。
「あっ、空気の通り道!」
「そうだよ!このままだと、俺たち酸欠で死ぬぞ!」
 火のメイジとして、燃焼と空気の関係性をしっかりと勉強していたキュルケが、さっと顔色
を変える。地下道の中にどれほどの空気があるのか分からないが、そう多くは無いはずだ。
 ミノタウロスが炎に焼かれて死ぬのが早いか、才人たちが酸欠で倒れるのが早いか。我慢比
べの始まりである。
 だが、我慢を意識するよりも先に、結果が出た。
「……あー、ダメっぽい?」
「そのようだね」
 一体何に引火しているのか、燃焼はじわじわと広がり、一層に地下に残ってる酸素を消費し
ていく。
 それだけに留まらず、炎に炙られていたミノタウロスの様子も徐々に落ち着き始め、焼けて
いた毛皮の燃焼が止まり始めていた。
 これに最初に反応したのは、次の魔法の詠唱に移っていたタバサであった。
「……魔法を使ってる。無駄に頑丈なのは、多分アレが原因」
 血流を操作し、皮膚の下に水の防護幕を形成していたのだ。今は、毛皮の周囲に水分を集め
て熱を遮断する層を作っているらしい。
「ま、マジかよ」

19銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:43:28 ID:LHhNtMKE
 水の系統にも詳しいタバサだから理解できたミノタウロスの秘密についての説明に、才人た
ちが驚きに悲鳴のような声を上げた。
 敵とこちらの魔力や精神力の差が分からない以上、弱点や防護幕の強引な突破を考えるのは
無謀だろう。
 戦い慣れしたタバサの頭が、即座に一つの答えを導き出した。
「撤退を推奨する」
「異議ある人!」
 タバサの言葉にキュルケが全員を見渡して、確認を取る。
 こくこく、と頷く才人たちにキュルケも強く頷くと、モンモランシーに明かりの魔法を使わ
せて通路の奥へと走るように促した。
「この地下室に入るための本当の出入り口がどこかにあるはずよ!無ければ壁の薄い場所を探
して錬金で穴を開ければいいわ!とにかく走って!!」
 横に並べば二人だと余り三人だと狭い通路を、キュルケ達は直走る。
 直後、ミノタウロスが雄叫びを上げてこちらに向けて走り出した。
「き、来た来た来た!もっと速く走って!!」
 ミノタウロスの頭に生えた角と両肩が、地下道の壁面を削る。キュルケたちなら問題なく走
れる場所も、ミノタウロスの体格だと引っかかるらしい。
 それ幸いにと、走る勢いを強めたキュルケたちは、どこに繋がるのかも分からない道を走り
続ける。
 やがて、ミノタウロスの姿が後方に見えなくなると、少しだけキュルケたちの走る速度が緩
まった。
 一本道の通路は、右や左にクネクネと曲がり、無駄に長く続いている。
 ミノタウロスが追いかけてくる可能性を考えて走り続けた才人たちが出入り口の扉を見つけ
るまで、実に五分以上の時間が必要だった。
「着いた……!鍵は開いているのかね?」
 道の行き止まりに作られた、階段と扉。それを見て、ギーシュが声を発した。
「かかってないわ!」
 先頭を走っていたモンモランシーが、短い階段の上にある斜めの戸に手をかけて、グイと押
し開く。
 途端、雨が流れ込み、キュルケたちの体をあっという間にずぶ濡れにした。
 地下通路の出口は、屋敷の裏手に繋がっていた。壁から若干の距離を置いた所に廃棄された
井戸に偽装した形で配置されていて、朽ちた滑車まで付けられている。
「タバサ、シルフィードを」
「分かってる」
 もう濡れるくらいはどうでもいいといった顔でキュルケがタバサに声をかけると、すぐにタ
バサが口笛を鳴らしてシルフィードを呼び寄せる。
 激しい雨に音が掻き消されて聞こえないのではないかと思われたが、そうでも無いらしい。
 シルフィードは厚い雲を突き抜けるように下りて来て、あっという間に才人たちの前に現れ
た。
「きゅいー!」

20銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:45:12 ID:LHhNtMKE
「お疲れ様です、皆さん」
 雨に濡れることが不満だというようにシルフィードが鳴き、その背から姿を見せたシエスタ
が才人たちに労いの言葉をかける。フレイムやヴェルダンデも一緒に顔を出して、それぞれに
鳴き声を上げた。
 そんなシエスタと使い魔達に手を振って答えたキュルケは、さっさとモンモランシーたちに
シルフィードに乗るようにと急がせる。
 いつミノタウロスが襲ってきてもおかしくは無いのだ。目を放した以上、相手の次の行動は
読めなくなっている。急ぐに越したことはない。
「え、えっと、雨宿りはされないんですか?」
「悪いけど、事情があって無理よ。説明は後でするから、まずは出来るだけ早くここから離れ
ないと……」
 気を逸らせたキュルケがひょいとシルフィードの上に乗り、雨に濡れて失った体温を取り戻
そうと体を震わせる。
「皆、乗った?出発するわよ……、なにしてるの、タバサ」
 シルフィードの上に乗った仲間の姿を数え始めたキュルケが、雨に濡れながら無表情にキュ
ルケたちを見上げているタバサの姿に気付く。その隣には、才人の姿もあった。
 二人とも、シルフィードに乗ろうとする気配は無い。むしろ、後ろに下がってシルフィード
から距離を離そうとしていた。
 まさか、もうミノタウロスが追いついたのか。
 そう思って周囲を見回してみるが、それらしい影は見つからない。
 なら、なぜ乗らないのか。
 キュルケが手を差し伸べて乗るように言っても、タバサも才人も首を振るだけで、まったく
乗ろうとしない。
 そうしている間に、シルフィードの翼が大きく開かれ、飛び立とうと動き始めた。
「待って、あなたのご主人がまだ乗って無いわよ!」
「どうしたんだね、才人もタバサも!早く乗らないか!」
 悲鳴のように叫んでキュルケがシルフィードを止めようとするが、シルフィードは何も聞こ
えないように翼を動かし続ける。ギーシュがモンモランシーやマリコルヌと手を伸ばして乗る
ようにと説得を続けるも、二人は首を縦に振ることは無かった。
 ゆっくりとシルフィードの体が上昇を始める。
 何度か乗ったことがあるからこそ分かるシルフィードの動きの鈍さに、キュルケはやっと二
人が乗らなかった理由に思い至った。
「重量……!?」
 シルフィードが荷物を背中に乗せて飛べる、その最大重量に達しているのだ。
 人間だけで五人。使い魔が二匹。特に、ヴェルダンデとフレイムの体は、人間よりも大きく
て重い。コレだけ乗れば、シルフィードでなくても飛行に支障が出るだろう。
 タバサはそれを知っていて、雨の中でもミノタウロスと戦える才人と自分を残したのだ。
「なに考えてるのよ、バカ!」
 親友だと思っていた相手に裏切られた気分になって、思わず悪態を吐く。
 だが、今飛び降りてタバサを叱り、そのまま一緒に残っても、足手纏いにしかならない。そ
れが痛いほどに分かるから、キュルケは唇を噛んで悔しさに耐えるしかなかった。

21銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:45:44 ID:LHhNtMKE
 じっとそれを見つめたキュルケは、顔が見えるか見えなくなるかのギリギリのところで、タ
バサが唇を少しだけ動かしたことに気が付いた。
 何を言っているのかは分からない。いや、声に出してさえいないのかもしれない。
 まるで、根性の別れを思わせる姿にキュルケが歯噛みすると、意外なところからタバサの代
弁者が現れた。
「早めに迎えに来て、だってさ」
「……マリコルヌ?」
 キュルケの後ろに座っていたマリコルヌが、もう姿が見えないタバサたちに視線を向けたま
ま、キュルケの疑問に答えていた。
「僕、実は読唇術が得意なんだ。唇の形が少しでも見えてれば、何を言っているかは大体分か
るんだよ。凄いだろ?」
 そう言って軽く笑うマリコルヌにキュルケは何故だか胸を熱くして、タバサの言葉を伝えて
くれたお礼にマリコルヌの顔を自身の胸の谷間に埋めた。
「ありがとう、マリコルヌ。正直、あんたにお礼を言う日が来るとは思わなかったけど、ホン
トに感謝してるわ」
「ど、どういたしましてぇ……」
 顔を赤くして幸せに目を回したマリコルヌが、力の抜けた返事をする。
 意外と暖かいマリコルヌの頭を抱いたまま、キュルケはじっと雨の中に消えたタバサと才人
のいた場所を見つめて、顔に薄く笑みを浮かべた。
 暫しの別れだ。だが、すぐに再会できる。
 ミノタウロス程度の敵に負ける二人ではないのだから。いや、もしかすれば、迎えにいく頃
にはミノタウロスの死体が転がっているかもしれない。
 そう。今は逃げるのではない。仲間を安全な場所までエスコートする、そんな淑女としての
役目を承っただけなのだ。
「待ってなさい、タバサにダーリン!すぐに迎えに行くからね!」
 稲妻の走る空に向けて、キュルケは高く叫びを上げたのだった。

22銃は杖よりも強いと言い張る人:2008/11/26(水) 01:53:42 ID:LHhNtMKE
投下終了。
青春少年団が出張ってて、主人公チームが空気になってる。
まあ、次回に出番があるので待っている人はお楽しみに。
っていうか、更新遅いから飽きられてるかな?エルザ分を増やして媚びるか?

次の投下は、土日に出来るといいなあ……。
買おうか迷ってるPS3を買っちゃったら、確実に無理だけど。

23名無しさん:2008/11/26(水) 01:56:29 ID:H.lhrO4c
乙です!!
まさかミノタウロス戦が始まるとは予想外でした。
次回の主人公チームの登場が楽しみですw

エルザ分を増やすだとぉ?
ドンと来いwwwwwwwwww

24名無しさん:2008/11/26(水) 03:25:22 ID:pgUoqNPY
飽きるとかありえない
冒険活劇は大好物なんですよ
でもエルザ分増量は大歓迎

25名無しさん:2008/11/26(水) 12:12:11 ID:qGuFATNM
更新遅いから飽きるということはありえんが
やっぱホルホル君がいないと寂しいなってのはある
その寂しさはエルザで埋めさせてもらおう

26名無しさん:2008/11/27(木) 16:46:27 ID:9qU/x0Us
大丈夫だ媚びなくても楽しみにしているんだぜ…!
それはそれとしてサービスシーンを増量するというなら断る理由はないな

27名無しさん:2008/12/02(火) 01:14:31 ID:lIg3N6HU
媚びろ〜媚びろ〜凡人がぁ〜〜!by偽りの天才
こちとら、青春少年団の方が空気だからディ・モールト問題無い。
だからバッチこーーい。
ん?こっち?HAHAHAHA、銀英→FfH2→FF12で半分もいってねーぜ………恐ろしい娘!

こっちのミノどうしようかぁ……なまじ防御無視持ってるだけに扱いづらいんだよなぁ……

28名無しさん:2008/12/02(火) 03:09:18 ID:3EHVriRQ
>>27
すまん、俺が超新参なだけかも試練が日本語でおk
せめて酉さえ付けてくれればっ…!

29名無しさん:2008/12/02(火) 03:37:41 ID:lIg3N6HU
三行で説明すると、
ルイズ組空気
銀英伝やらCiv4やらFF12やって進んでない。
グレイトフル・デッドの直は防御無視だから逆にやり辛い。

結論:安西先生……年内には投下したいです……

30名無しさん:2008/12/02(火) 20:23:51 ID:j.7C3FSI
兄貴の方頑張って兄貴の方
栄光はあなたにありますぞー!

31名無しさん:2008/12/03(水) 18:52:23 ID:e.LkbWl6
兄貴の中の人か…。
かつてラーメンはブロッケンをラーメンにして食ってしまったことがある。
ミノタウロスなんて、ビーフジャーキーにしちまえw


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