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避難用作品投下スレ5

77it's all we could do Ⅲ/ Ein Sof Ohr:2009/06/22(月) 23:18:06 ID:qsNVNyN.0
 
「……ねえ、ところでさあ」
「何だ」

まるで一ミリたりとも視線を動かすまいと固く神に誓ってでもいるかのようにじっと『それ』を
見つめながら問いかける志保に、どんよりとした表情で国崎が答える。

「まさかとは思うけど……あれがパンっていうんじゃないわよね……」
「俺に聞くな……」

言いながら脂汗を拭った国崎の視線もまた、志保と同じくその物体に吸い寄せられている。
興味や好奇心を掴んで離さない、というわけでは決してない。
むしろ直視する時間に反比例して精神の許容量が音を立てて削られている気すらする。
だが、目を逸らすわけにはいかない。
本能が命じていた。
絶対に気を緩めるな、油断すれば待つのは一片の情け容赦もない無惨な未来。
ここは野生の戦場だ、敵は眼前、我らは哀れな被捕食者だ。
目を逸らさず、刺激せず、一歩づつ、否、半歩づつ距離を取れ。
音を立てるな立てれば死ぬぞ。
牙を剥き飛びかかってこられたら我らに抵抗の術はない。
背を向けるな、しかし戦うな、我らの為すべきはこの場を生き延びてあれという存在の危険性を
叩き込んだ遺伝子を子々孫々に残すことだ。

そんなはずはない、と。
理性の一部は告げている。
うららかな午後のリビングはいつから戦場になったのだ。
野生などどこに存在する。
目の前にあるのはパンだ。小麦粉を主原料とした食物の一種だ。
少なくとも制作者はそう呼称している代物だ。
目を逸らしても牙は剥かない襲い掛からない。
逃げ出す必要がどこにある。
そう告げてはいるが、その声はひどく弱々しい。
思考の国会議事堂に逃げ込んだ理性の保守本流が拡声器で告げる声は遠く掠れて聞き取りづらい。
残りの理性はといえば、中道右派から改革派まで大連立を組んでシュプレヒコールを上げている。
馬鹿にするな、我らは理性だ。
目の前の事実を認めろ現実認識を歪めるな。
パンという存在は、とりあえず食物に分類されるパンというものは、ふしゅるふしゅると音を立てたりしない。
ぶよぶよと不定形に揺れ、あるいは時折どろりと何かの汁をこぼしながらぐねぐねと皿の上を這い回らない。
青く、黒く、赤く白く桃色であったり紫色をしていたり、それらの混じり合った玉虫色の内部から
自ら淡く光を放っていたりはしない。
牙はない触手もないぎょろりぎょろりと辺りを見回す大きな濁った一つ目など存在しない。
そういう怖気の立つような様々な属性がくっ付いている代物を、我らは決してパンと呼ばない。
などと肩を組んで大合唱する過半数の理性たちは、よく見ればしかし手に手に酒瓶を持っている。
顔を赤らめアルコールに逃避しながらアナーキズムに酔う理性は、自らの存在意義を半ばから放棄している。
常識の枠外からの侵略者に対して、理性は実に無力であった。


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