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避難用作品投下スレ5

103名無しさん:2009/07/01(水) 14:42:18 ID:YqzPWL2M0
 
 
広い、広い空間である。
射していた光が消え、周囲が闇に包まれるや否やのことだった。
柏木楓が数歩を踏み出せば、目の前にはいつの間にか広大な空間が拡がっていた。

「……」

それは、地下に生じた巨大な空洞のようだった。
振り返れば岩盤を剥き出した壁面は左右遥かに続いて僅かな弧を描き、対面の果ては微かに紛れてよく見えない。
列を成した星のように見えるのは、壁面に等間隔に設えられた蜀台に揺らめく灯火であろうか。
見上げれば天井もまたどこまでも高く、まるで巨大な鳥篭に迷い込んだような錯覚を覚えさせられる。
奇妙、不可解を通り越したその空間の異質に、柏木楓が小さな溜息をつく。
それほどに下った覚えはなく、それほどに歩んだ記憶もない。
このように巨大な空間が神塚山頂の直下、せいぜい数十メートルに存在できよう筈がなかった。

「……」

声を上げるのも、その名を呼ぶのも嫌だった。
だから代わりに、柏木楓はその白い手指を振り上げる。
刹那、細くしなやかな指が、変成していく。
白から黒へ。
たおやかな手指が、禍々しい骨と罅割れた皮膚とで構成された無骨なそれへ。
鬼と呼ばれる、黒い腕。
そして、鮮血を垂らしてかき混ぜた月のような、赤い、赤い爪。
長く、美しく、そしておぞましい刃が、灯火揺らめく薄闇を切り裂くように、弧を描いた。
果たして、

「―――お帰りなさい、楓」

じわり、と。
闇の向こうから滲み出すように姿を現したのは、一人の女。
柏木楓の奉ずる嫌悪を、捏ねて固めて練り上げたような、その女の名を、柏木千鶴という。


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