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【1999年】煌月の鎮魂歌【ユリウス×アルカード】
215
:
煌月の鎮魂歌10 6/43
:2017/08/12(土) 22:46:27
「飲みなさい」
大ぶりの酒杯が差し出された。重厚な装飾が施された銀製の高坏の中に、濃い紅の液体
が揺れていた。ユリウスは取って飲んだ。渋くてきつい酒精が舌を灼き、喉をしびれさせ
て胃の腑へ下っていった。
「とりなさい」
酒杯を返して口をぬぐうユリウスから目を離さず、崇光は蓋の開いた函を示した。ここ
まで近づくと、その宝物の放つ力が肌に針で刺すように感じられた。
凍りついた鋼鉄の塊に近づいたような、あるいは不機嫌にうずくまる猛獣の檻にいれら
れたような。背筋が粟立つ。首筋の毛がひとりでにひきつる。脳をそっと、だがさほど優
しくはなく、指でさぐられた思いがして、ユリウスはふらついた。
崇光がじっと見つめている。
「……なんでもない」
ユリウスは顔をぬぐった。知らないうちに汗をかいていた。指先にぬるりとした感触を
覚えて驚き、見てみて、それが脂汗の一滴でしかないのにまた驚いた。むしろ血の一滴で
あったほうが納得したのに。
喉の奥に酒の渋さがまだ残っている。紅い葡萄酒。キリストの血。
だが神はここにいない。真の聖性と神の名は別物だと知っている者しかここに入ること
はできない。かかげられた十字架は神のしるしではなく、この象徴のもとに集って闇にあ
らがってきた多くの人々の精神の精髄であり、あがめられているのは強靱な意志と不屈の
生命のみである。
キリストの司祭ではない崇光が祭司として儀式を進めるのは、宗教的に見るなら奇妙な
ことかもしれないが、闇の最前線に立つものとしては当然だろう。ともに戦い、意志と力
を暗黒にささげる剣となす者が、儀式をとりおこなうのになんの不思議があろうか。
ユリウスは血に擬した酒を口にし、それが身体で燃えるのを感じた。
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