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Awake

1 月輪ネタ書いた人 :2013/09/20(金) 04:45:08
かなり遅くなりましたが…完成させたので

作品の傾向を……
・ ストーリーラインはゲーム本編をなぞる形で進行
・ イメージとしてはGBAパッケージの艶っぽい作画
・ 前半ネイサン→ヒュー 後半ネイサン×ヒュー
・ カーミラたん大活躍。原作「女吸血鬼カーミラ」(レ・ファニュ著)の設定が入っている(少女に対する
 同性愛癖など)のでもちろん男女間のエチーは無し
・ 軽いガチレズ描写とエチーは未遂ならあり
・ 前の討伐の話が出てくる(ネイサンの両親が命を落とした後の話)
・ 姓名は英語圏だが国教会管下のイギリス・アメリカ両国で偶像崇拝禁止を敷いていた1830
 年前後に、神話偶像があるDSSを使用していることからカトリック教徒とし、DSSカードの
 「ブラックドック」の伝承があるイギリス国内の人間にした。(アメリカのほうがイギリスよ
 り偶像崇拝に関しては厳しいし)
・ 史実を踏まえてやっている所がちらほら。
・ ネイサンが最初は頼りない、でも全編通してピュアっ子
・ ヒューがネイサンに突っ掛るのにはそれなりに正当な理由があるから。だけど本当は頼りがいのあ
 るお兄さんだったりする。
・ ドラキュラ討伐にベルモンド一族でなく、何故彼らだったのかというのを捏造している(ベルモンドと
 は書いてはいないけれど)
・グロ描写アリ

では投下します。

2 Awake 1話(1/13) :2013/09/20(金) 04:46:28
――1830年初秋。

ワラキアのとある湖畔に佇む修道院が、牢獄として利用される事となった。

 その際、修道院として残したのは礼拝堂のみにしたので、それ以外の場所にあった貴重
な品や宝飾品は接収者であるロシア軍によって略奪に遭った。
 管理者がそのような態であったから、近隣住民に至っては、残り物の略奪目当てに参拝
やら囚人に面会するといった、人倫にもとる行為を平気で犯す者が後を絶たず、それによ
って邪悪な者の侵入を許す条件を整えてしまったといえる。
 それから幾日も経たない満月の夜、若い修道士が何かの気配と物音に気づき、確認のた
めに外へ出ると、黒い人影が彼の側を通ったので追い駆けた。
 それは礼拝堂の周辺で振り向きざま突然彼に抱き付くと、急な出来事に狼狽している彼
を尻目に首筋を舌で舐めつつ甘噛みをし始め、ついに牙で首筋の皮を突き破り、血を貪る
ように啜った。
 彼は抵抗したが月光がそれを照らした瞬間、黒いフードを被った上品でなおかつ、堕落
を悪徳と感じさせない程の妖艶さを湛える女の姿が現れた。
 そして、仄かに麝香の匂いたつ、流れるような栗色の髪をした女の与える痛みと快楽の
狭間に、涎を垂らしながら堕ちてしまったのである。
 女は吸血を終えた後、まだ血の匂いが残る彼の首筋を舐めながら、
「貴方は今から私のしもべ、僕よ、私をウラド・ツェペシュの眠る地下墓地に案内せよ」

3 Awake 1話(2/13) :2013/09/20(金) 04:47:52
 眷属になった修道士に命じると、彼は魔除けの呪符を取り除きながら、女を目的の場所
まで案内した。
「おお、ドラキュラ侯。只今貴方を私の居城へとお連れいたします……“血の盟約によって封
じられし函(はこ)よ、眠りし者の眷属たる我の力に因り、今一度の開放を切に願わん”
……」
 女が詠唱すると墓石は浮かび上がった。そして骨を回収した後、彼女は手にした骨を壊
れない程度に抱き締めて、少しの間恍惚とした表情を浮かべながら微笑んだ。
「侯よ、初めはネクロマンサー様とデス様に復活のための準備を取り仕切って頂き、私は復活の儀
式の間、斎戒と生贄の探索を致します。それまで、暫しのお待ちを」
 やがて背後から「カルンスタイン伯爵夫人」と空虚な低い声が聞こえたので、女は声の方へ振
り向きながら妖艶な微笑を消し、不快な表情で背後の者をねめつけた。
「ネクロマンサー様、私はその名を捨てました。もし呼ぶのであれば“カーミラ”とお呼び下さい」
 その瞬間、混沌の主を迎え入れるかのように大量の蝙蝠の群れが、一点の曇りも無い満
月に向かって羽の音をバサバサとたてながら飛び立った。

――さぁ、恐怖と混沌の祝宴を始めましょうか……

 カーミラはそう呟くと、石のように固まっている修道士を残し、ネクロマンサーと共に紫煙の霧と
なって消えた。

4 Awake 1話(3/13) :2013/09/20(金) 04:48:57
 それから二ヶ月経った、1830年冬――オーストリア郊外のある古城前の森の茂みにて、三
人の男が古城を見つめていた。
 一人は古城を暗く不安な面差しで瞼に焼き付けるかのように見つめ、ある者は人々の害
を取り除く使命を果たすため、重々しい空気と瘴気に似た霧が纏わり付いている古城を決
意のまなざしで睨みつけ、そして、力の誇示によって己の名声と信頼を勝ち得ようとする
、穢れた目的を持った者と、三者三様の態をなして時を待っていた。
 その日はザァッという音と共に、周りの枯れ木や落ち葉が舞い上がるくらいに冬の冷た
い風が吹き荒ぶ、とかく寒い夜だった。
 すると、冷たい風で気合を入れるつもりか、不安な眼差しをその城に向けていた一人が
、外套として羽織っていた厚手の茶色い布を、元々身に着けていた二本のベルトに互い違
いに巻付けて、スリットの入ったスカートのようにした。
 そして、彼は引き締まった容姿を確りとした表情にし、
「師匠、やっとここまで来ましたね……」
 とグレーブルーの眸を遠い眼差しで見開く灰銀の髪の青年――ネイサン・グレーブスはボソボソ
と暗い声色で、隣にいる初老の男性に向かって話しかけると、
「あぁ、お前や儂の敵をまた討つ事になったな」
 師匠と呼ばれた初老の男性――モーリス・ボールドウィンは静かに答え、その古城を苦々しく見つ
めた。
 その二人の後ろに、ネイサンの兄弟子であり、モーリスの実子、ヒュー・ボールドウィンが漆黒の長髪を
冷たい冬の風になびかせながら、無言で何かを思案するような恰好で腕を組み、大きいモ
ミの木を背にしてもたれ掛っている。

5 Awake 1話(4/13) :2013/09/20(金) 04:50:19
 初冬の月夜に、粘りつく血の臭いが蔓延し、禍々しい雰囲気を倦み出している古城に、
三人のヴァンパイアハンターがそれぞれの思いを胸に闇を狩ろうとしていた――
その城は月の輪に照らされながら不吉な影を落していた。
――完全な月輪は凶事の証。
 ヨーロッパ世界では、満月はロマンティックな眺めだけではない。忌避すべき光景でも
ある。吸血、淫蕩、嫉妬、傲慢……これらの事象を誘発させる力を持っているとされるか
らだ。
 ネイサンは、後ろでその城を暗い希望に燃える目を輝かせながら、微かに笑い見据えている
青年の様子を哀しい眼差しで盗み見た。
――そんなに凶事を捻じ伏せることに悦びを感じるか……ヒュー……。
 月明かりに映るその顔は、凛とした孤高の様相を呈する端正な容姿で、野望に心を委ね、
酔い痴れている表情は凄みを増した色気さえも放っており、その様態にネイサンは心が疼くと、
咄嗟に自分の胸当てに拳を強く当て、苦渋に満ちた表情で目を瞑った。
――俺には……その感情が全く解からない。俺に、全てとは言わない。ただ、お前の苦し
みを分ち合いたいだけだ。なにか言ってくれ、頼む、恨み言でも良い。俺は全てを受け入
れる覚悟でいる……
「……サン。ネイサン。時刻を合わせろ」
 師匠のモーリスが懐中時計を手に、ダンピールでないヴァンパイアハンターに悪魔や吸血鬼
が見えてくる時刻を告げると、ネイサンは歯を食い縛り、気を引き締めて両親を殺した古城の
主、真祖ドラキュラを倒す決意を固めるため、そして己の脆弱な恐怖に打ち勝つため、束にし
て持っていた聖鞭を力強く握り締めた。
「いくぞ!」
 モーリスは、若い弟子を大声で鼓舞した後、月輪に向かって獣のように咆哮した。

6 Awake 1話(5/13) :2013/09/20(金) 04:51:17
三人は城門に入ると、早速この世の者でない炎の鎧を纏った悪魔に出会った。
 しかし、そんなものを相手にしている暇は無いので突っ切り、ドラキュラがいるとされる儀
式の間に通じる凱旋通路も魔物を無視して抜けようとしたが、無限に発生するゾンビの群
れが通路を占領していたため、躱わし切れないと判断してやむなく撃破する事にした。
 迫り来る無数の不死者に、モーリスは教会で聖別した上に追尾機能を呪付したダガーを飛び
道具として駆使し、ゾンビに打撃を与えていた。
すると、その刺し口から聖なる白い魔方陣が発現し、炎に包まれた不死者は塵に還した。
 そして、ヒューは教会で聖別されたバスタード・ソードで見事に、一寸の狂いも無くゾンビ
の核――脳天を素早く刺し貫き消失させていた。
「これじゃ、儀式の間まで辿り着けない!」
 それに対し、ネイサンは無限に発生するゾンビを聖鞭で振り回して凌いでいたが、有効打に
はならず余計群がってきた。そう、弱い生き物から取り込む魔物の習性に狙われたのだ。
 彼は継承された聖鞭を自らが使いこなせない事に焦りを感じた上、ゾンビに囲まれた恐
怖で、目の前のゾンビやウィルオウィスプを捌き切れなくなり、たちまち体が硬直して体
中に鳥肌が立った。
 幾度となく吸血鬼退治に従事して来たが、常に恐怖を感じて背中に冷えた汗を際限なく
流しつつ、己の技量のなさに軽い失望を覚えながら事に当たるのは毎度のことだ。
――何度体験しても馴れる事の無い恐怖。ヒューみたいに死と恐怖を征服することで力を確認
するなんて……! 俺には出来ない!! 
 すると、そのゾンビの群れの真横が一閃の光と風が突き抜けると共に、腐肉が辺り一面に
飛び散った。

7 Awake 1話(6/13) :2013/09/20(金) 04:52:20
「ありがとう、助かったよヒュー」
 ネイサンは、床を濡らしている夥しい腐汁を避け、腐肉が原形をとどめないほど切り裂かれ
たゾンビの死体を飛び越えながら走りつつ、改めて一撃で不死者を屠った彼の剣技の見事
さに舌を巻くと、先ほどの恐怖に満ちた顔付きから感嘆した表情になった。
 だがヒューは、当然だ。しっかりしろと言わんばかりに走りながらネイサンを憮然とした態度で
一瞥してから、目指すべき儀式の間へと視線を向けた。
やがて儀式の間と思われる広い空間が見えてきた。
 そこでは、赤いレザーボンテージの上に、桃色のペチコートを表のスカートとして着用
している、言わば高級娼婦の様ないでたちをした妖花の如き美貌の女が、普通の人間が使
用するには大きすぎる黒い棺桶を、術であろう、直立させて その周りに……死者復活の
魔法陣を黒い文字で、いや、生贄の血液だ!血液で呪詛を構築している! 女は愛しそう
にその棺桶を見つめ、
「我は求める。すべての苦しみ、邪悪を支配するものを!」 
 と、復活のための最終詠唱を行なった。
――しまった!呪詛は完成してしまっていたか!!
 三人は復活の儀式を止めんとするかのように、更に広間に向かって走り続けた。
 しかし、その詠唱が終わるや否や城全体が地響きを起して棺桶が光り出し、その光が収
束すると同時に棺桶が粉々に砕け中から、とても人とは思えない血色の無い、大柄で古め
かしい装いの貴族と思しき男が現れた。

「待っていたぞ、この時を…。すばらしい…。大いなる闇の光、月光が我が体内をよぎる
のを感じる」

8 Awake 1話(7/13) :2013/09/20(金) 04:54:15
男は地獄の底から聞こえて来る様な低い忌まわしい声を、復活の儀を執り行った女に向
かって威厳のある顔で発した。女は歓喜に満ち溢れた満面の笑みで両手を広げ あぁ……
と甘い声で感嘆を漏らし、思うままに言葉を繰り出した。
「おお、魔王ドラキュラ侯よ。お目にかかれて至極恐悦に存じます」
「うむ…。だが、まだ力が完全ではない…」
 女は近づきつつある滾る肉の匂いを嗅ぎ取り、血の味を確かめるかの様に薄笑いする唇
を赤い舌でなめずりながら、ねぶるような野卑た眼差しでその方向を見つめ、生贄を肉眼
で捉えると、魔性の者が持つ紅玉のような赤い瞳を輝かせ、嬉々とした表情になった。
「すぐさま、お力を取り戻す儀式の準備を…」
 と、その続きを言いかけた所で……
「待て! 貴様を世に放つ訳にはいかぬ!」
 ようやく儀式の間に辿り着いたモーリスは魔性の二人に、巌のような顔を更に厳しくして、
これでもかと言わんばかりに威圧的な表情で睨みつけた。
 ドラキュラはいかつい顔をした人間を見下ろし、少々無表情で逡巡したあと、激しい不快感
と怒りが込み上げて来たが、女――カーミラと同じく生贄の対象として認識すると、ほとばし
る怒りは押さえ込まれ楽しみを得た気分となり、だが冷徹な表情で眼前の老夫を確認する
かの様に呟いた。
「貴様…。覚えているぞ…。我を封印したバンパイアキラーの片割れだな…」
 そして、唇を歪ませて少々屈辱的な単語を冷たく放った。
「…老いたな」
 挑発されたとは思ったがモーリスは意に介さず、ただ義務的に、だが先ほどの姿勢と口調を
崩さずに言い返した。

9 Awake 1話(8/13) :2013/09/20(金) 04:55:25
「貴様を眠らせておくのが我らが使命」
 その言葉を聞いて、ドラキュラは見下した様子でククク……と漏らして、思案した。
――無力な人間如きが猪口才な――分を知れ。明らかに衰えておろうに……馬鹿が。
やはり、生贄にするか。
「面白い。宿敵である貴様の生命をもって我が不完全な力を補おうぞ」
 ドラキュラの眼球と左手が、カッ、と強い光を発現した。そして、モーリスの後ろにいる二人の
青年の位置を確認して怒号をあげた。
「ガキどもは要らぬわ!」
 その瞬間、彼は眷属の蝙蝠を解き放ち、その床を崩壊させた。
「ヒュー! ネイサン!」
咄嗟の出来事に精神の張りを一瞬失ってしまったモーリスは、落盤した方向に振り向くと大声
で二人の名を叫んだ。
刹那――カーミラが手をかざし、紫煙の玉でモーリスの背後を攻撃した。それに気付いた彼が攻撃
を避けようとして体を捻って反り返えしたが、足が縺れて体の重心が狂い、よろけたのを
見逃さなかったドラキュラが無数の蝙蝠を放ちモーリスにその群れを接触させると、壁に叩きつけ
られたモーリスは背中を激しく打ち据えた。
 それから痛みで意識が遠退くと共に体の筋肉がだらしなく弛緩し、やがて床に崩れ落ち
た。
「師匠!!」
「親父!!」
二人は奈落へ落ち行く中、モーリスの安否を確認するかのように手を天上に伸ばしながら、彼
の名をそれぞれの言い方で何度も大きく呼び掛けて、やがて、聞こえなくなった。
ドラキュラは後ろに控えている下僕に褒美を与えるつもりで、青年二人を奈落へ、正確には
「地下墓地」に落としたのだ。

10 Awake 1話(9/13) :2013/09/20(金) 04:56:38
「カーミラ、我を復活させた礼としてあの二人をやろう。痛め付けた後にでも血を存分に貪る
か、拘束して肉を犯し尽くすでも良い。どちらでも構わん。バンパイアキラーなら普通の
男よりは楽しめるだろう……」
「有り難き幸せでございます、侯よ。では、生贄を奥へ運んで参ります」
 ドラキュラは無表情で首だけをカーミラの方へ向け、じっ、と何気なく見遣ると、カーミラはペチコ
ートを両手で軽く抓み広げてから、ふわりとした緩慢な動作で畏まってドラキュラの前面に跪
くと、生前に貴族であった彼女の臈たけた微笑をもって、感極まったかのようにドラキュラに
謝辞を述べた。
 もっとも、吸血するのはともかくとして少女にしか興味の無いカーミラは、たとえ女のよう
な容姿をした男であっても、本気で戯れる気などさらさら無かったが。
 しかし生涯にわたって独りの異性を愛し、なおかつ同性愛を毛嫌いしている闇の帝王の
機嫌を損ねるのは、自分の存在にとっても己の目的「世界の混沌」のためにも得策ではな
いと考えると、それを悟られる事も恐れ、あえて己の節を枉げた。
 彼女は気を取り直して召喚の文言を詠唱した。
 そして何もない空間に脈打った丸い波紋が発生し、そこから捩れた白い紐が発現しなが
ら巨大な頭蓋骨の形を造り上げていくと、自身は全身を赤黒いおどろおどろしい色に染め、
サキュバスのような蝙蝠の羽を背中から生やした真の姿に変化した。
 それから、頭蓋骨にモーリスを乗せて儀式の間の奥へ運び、術で生贄を縛り付ける石柱に呪付
した紐で、彼をがんじがらめに拘束しているあいだ、ドラキュラは儀式の間に通ずる扉に封印
を施した。

11 Awake 1話(10/13) :2013/09/20(金) 04:57:43
 ドラキュラは準備を済ませると儀式の間に現れて、青白く死蝋のようなカサカサとした手から、
黄金色の物体を出現させるとカーミラにゆっくり手渡した。
「カーミラよ、念のため鍵も同時に精製しておいた。この扉はその鍵が無ければ、何人たりと
も、如何な術を用いたとしても解除出来ぬ様にしてある。受け取れ」
「お預かりいたします。それでは私も魔力を付与する儀式をお手伝いいたします」
「いや、よい。お前は我のために時間を稼げ。もしやとは思うが、万が一、ガキどもがデ
スやネクロマンサーを撃破した場合、兎に角この部屋に来るのを阻止せよ」
「御意」 
 ドラキュラは怪しく、おぞましい姿の下僕に、手駒の様に扱う事に何のためらいも見せず淡
々と指示すると、彼女はそのような処遇を是としながらも魔である身分とは裏腹に、どこ
か心寂しい感情を己の中に見出してしまって、戸惑い、目の前の主を辛い表情で仰いだ。
――己の意思では復活できぬ闇を統べる魔王。その心は計り知れぬが少なくとも復活した
以上は、私の意志を汲み取ってもらうためにも、迂闊なことをしてこの主の力を私に向け
させないよう気をつけねば……
 カーミラはドラキュラを安易に利用しようとした己の甘さを戒めた。

12 Awake 1話(11/13) :2013/09/20(金) 04:58:42
――「……」
「……っ」
 奈落へ落とされた二人は、吹き抜けのような所の平らな岩盤に辿り着き、辛うじて助か
った。
 ネイサンは足を挫いたが、ヒューは無傷の様だ。だが、もしかしたら我慢しているかも知れな
いと思ったネイサンは、自分の事よりヒューのことを心配して声をかけた。
「…どうやら怪我は無い様だ。ヒュー、大丈夫か?」
「ああ。くっ、無様だな。俺もお前も」
 とそれに対し、その配慮を無下にするかのように口角を歪ませ、自嘲気味にヒューは数日
振りにネイサンと口を利いた。ネイサンは、やっと声が聞けたと思ったら、憎まれ口でも嬉しく思
い、にこやかに軽く微笑んだが、ヒューはそれを見て端整な顔を不機嫌な表情に変え、不審
の念を表わすかのようにネイサンから背けた。
――お前に、俺の気持が解って堪るか。力の無い者がその聖鞭を持つことで真の力が発揮
できると思うのか? ふざけやがって……この状況で笑えるなぞ言語道断だと言うに。親
父はこんな奴に聖鞭を渡して、どうかしている! 
 ヒューは、心に余裕を無くした言動を取るようになっていた。
――傲慢、嫉妬、憤怒、強欲。七つの大罪の内、魔を討伐するには罪を犯しすぎている。
このままでは逆に魔に取り込まれると言うのに、モーリスは何を思い彼をこの暴欲の蠢く城へ
連れて来たのだろうか。
ネイサンは、何か否定的な含みを自分に対して向けているなとは気づいた。しかし、今はいち
いち言動を気にしている場合ではないので、モーリスの救出を最優先にした態勢の立て直しを
ヒューに告げた。
「早く、師匠を助けに行かないと」
 すると、お前に謂われなくても解っている、と言った風情でヒューは眉根を寄せネイサンを睨み
つけた。

13 Awake 1話(12/13) :2013/09/20(金) 05:00:09
「俺が行く。俺の親父だ、俺が助ける。ネイサン、お前は城から出ろ。手出しするな」

 
 と同時に彼は、ネイサンが足を挫き、それを気にしないかのように自分に対して慈しむよう
な態度を取り、なおかつ父親の安否を自分より真っ先に考えた科白を吐いたことに、彼よ
り優位に立ちたいと思う感情が、軽い嫉妬と苛立ちを湧き立たせた。
 そして、ヒューは己が嫉妬している事に気付くと、居た堪れなさと恥ずかしさで、呆気に
取られているネイサンを置いて走り去っていった。
――お前の様子を見ていないと思ったか? 怪我をしているのならさっさと城から出ろ。
足手纏いだ。いつも他人の顔色ばかりを窺って。だから、余計腹が立つ!!
 残されたネイサンはヒューが去った後を寂しく見つめながら、ヒューの苛立った表情と恩義ある
師匠の安否を考えて、一人残された己の状況に不安を感じた。
 そして、やるせない気持を表わすかのように、爪で掌が切れるぐらい拳に力を入れ、直
立した姿勢で悲愁の表情を天に向けると声高に叫んだ。

「俺だって、師匠を助けたい気持は誰にも負けちゃいない!」
――そうだ、師匠とお前は実の親子だ。だけど俺はお前以上に師匠に養育された事に感謝
と、誇りを持っている。親友の子供とはいえ貴族でも金持ちでもない師匠が、普通の連中
みたいに人買いに売り飛ばさなかっただけでも僥倖と感じているんだ! その上、独り立
ちできるように教育を与えてくれた事も、死んだ両親より感謝するのは当然だろう!

14 Awake 1話(13/13) :2013/09/20(金) 05:01:09
 大分、痛みは引いた様だ。ネイサンはヒューが去った方向を目指し、ゆっくりではあるが障害と
なる魔物を撃破しながら進んでいった。
――大体お前は最近危うい。だから余計に心配じゃないか! それに……正式なハンター
の継承を受けたからといって、俺一人でこの魔城を駆けられると考えるほど、自信なんて
ない。
真祖ドラキュラを倒すなんてとても……前も俺の両親と師匠の三人で討伐するのに、生き残っ
たのは師匠だけというのがそれを証明しているじゃないか……
それに今は自分達が城内の何処にいるのか分からない。
儀式の間へ行こうにも、とても落ちた場所からは這い上がる事が出来ないし、他のルート
から探索しようにも、生き残った地元のハンター達から聞いた情報を元に作成した城内図
は、城門から一直線に位置する儀式の間までの物しかない。
だから二人でルートを開拓しないといけない状況なのに、一体お前はなにを考えてるんだ!
ヴァチカンでの事がお前の思慮を失わせたのか……?
 ネイサンは一週間前の出来事を思い返した。

15 Awake 2話(1/16) :2013/09/20(金) 05:03:28
――最近、早すぎる埋葬の件数が多くなっている気がする……
――あら、コレラの蔓延が凄いから。嫌ぁねぇ。ここ最近死者の数が多すぎて、吸血鬼
でも出るんじゃないの……? ま、この科学の発展している時代にそんな物出て来る訳
無いんだけどね。

 巷の噂とはいつの世も口さがないものと相場は決まっているが、今回ばかりは楽観して
いられない。

 実際に自分の村でも通常の祈祷が効かない、二週間前に埋葬した遺体が歩き出し聖水を
振り掛けたら焼け爛れ、そのまま朽ちた者。
 そういった事例が多発したために村にある聖水や聖餅の数が少なくなり、村の教会の依
頼で効力が高いとされるヴァチカンの聖具を求め、教皇領ヴァチカンに滞在している三人
のヴァンパイアハンター一行はそう感じていた。
 一行はクリスマス前の巡礼でごった返しているヴァチカン郊外のカフェテラスの一角で
人々を観察しながらこれまで辿った旅路の感慨に耽っていた。
 と言っても故郷スコットランドから半月の強行軍で疲れていたせいか耽ると言うより、
とつとつと無駄話を繰っていただけだが。
 一口にヴァンパイアハンターと言っても、専業で行えるのは伝統的職業として認知され
ているギリシアとルーマニアの一部地域ぐらいで、それ以外の土地では何がしかの副業で
生計を立てている者が多い。

16 Awake 2話(2/16) :2013/09/20(金) 05:04:22
このスコットランドから来た一行は故郷で観光客の護衛と道案内を副業としている。
 したがって、フランスを横断する際も、鉄道が敷設されていない場所からは、旅費と乗
合馬車乗車の権利獲得を兼ねて、護衛を引き受けながらヒッチハイクのような事をしてい
た。
 スコットランドと言えば、ヨーロッパ各地の戦場で見かける傭兵集団、ハイランド兵の
産地であるから、平民である彼らでも旅行中は各地の宿屋で護衛の依頼が引っ切り無しに
舞い込み、金銭に困る事無く旅路を行く事が出来たのである。
 そして、このカフェバーでダラダラと時間を潰しているのは、数少ない本国出身のエク
ソシストであるヴァチカン在住司祭に出発前、手紙を出して面会の約束を取り付け、返答
の書簡で司祭の使者をこの店で待つようにあったからだ。
 聖別物は直接取りに来るのがこの時代では当たり前である。それに大量に注文したため
、実際に用意できているかは分からない。
「うぅ……ん」 
 初めは糊付けされていたであろうシャツと茶色いジャケット、緑のリボンタイをグシャ
グシャにするほど、寝相を悪くしてテーブルにうつぶしていたネイサンが、度々耳に入る噂話
で起きると、目をこすりながら眠気が残る顔を上げて物憂げな表情でモーリスを見た。
「師匠、イングランドはおろかフランス、ここヴァチカンでも同じ様な例が多発していま
すね」
 モーリスは、聖書を読む手を止め、禿げ上がった頭を節くれ立った太い手で撫でながら、気
晴らしのつもりで自分が着ているオリーブ色のコートを綺麗に直しつつ答えた。

17 Awake 2話(3/16) :2013/09/20(金) 05:07:10
「起きたか。うむ、護衛を申し付けても通常ならば訝しがって断る旅客もいるが、皆今回
は我先に護衛を付けようと躍起になっておったな」
「7月にフランスでまた革命があったばかりだ、人々が現世に不安を感じるのは当然だろう」
 明朗で人を喰った様な声がした方向を見ると、シルクハットを取り、それをテーブルに
そっと置くヒューの姿があった。
 だが、どんなに厳とした立ち姿でも連日の疲れからか、目の下に隈が出来ている。
「ヒューか、何処に行っていた?」
「母国語が通じる宿屋にチェックインしてきた。大体、スコットランドやイングランドの
教会で聖別した聖水で事足りるのに、プロテスタント教区の者が国教会での聖別物は効か
ず、俺達の村にあるヴァチカンの聖水と聖餅が効いたと言うから与えたはいいが、いつも
ストックを確認しないから、急に入り用になったとき困るのだ……早く知り合いの司祭に
貰って帰るぞ」
ヒューは、自分も疲労困憊なのに、弱みを見せないと言わんばかりに強がって言うと、険の
強い顔をさらに歪ませ、時代にそぐわない長髪を掻き揚げて二人を見た。
そう言えば、自分達が持ってきた荷物が必要最低限のものしかここに無い。
 ヒューは昔から誰にも頼らず物事を進める傾向がある。
 ネイサンはそんなに疲れた顔をしているのなら、痩せ我慢せずに起して手伝わせてくれても
良いのに……そんなに俺が頼りにならないか?と思って、少しむくれたが、ヒューのほうは
自分がある程度さっさと済ませて落ち着きたい、と考えていただけである。

18 Awake 2話(4/16) :2013/09/20(金) 05:08:11
 ネイサンが物思いに耽っている間、モーリスとヒューは会話を続けていた。
「ろう。……そうは言ってもな、これに似た前兆を儂は思い出して、少し逡巡していたの
だ」
「真祖、ドラキュラか」

――真祖ドラキュラ。
ネイサンは少々背筋に寒気を覚え、生唾を飲み込んだ。そして目はテーブルに凝視して丸くな
り、表情を強張らせた。それを見たヒューは彼の正面を向いて、
「ネイサン、まさかヴァンパイアハンターとあろう者が、真祖の名を聞いただけで怖気付いた
のではあるまい?」
と軽口を叩きつつ微かに笑いながら彼の頭を小突くと、ネイサンは少々ムッとした。
「うるさい。兄弟子だからって言って良い事と悪い事があるだろう。やはり俺が聖鞭を継
承した事が気に入らないのか?」
「お前がどう取ろうと知った事ではない。俺は、お前の様子を見て感じたままを述べただ
けだ。もう、そんな問い掛けをするな!」
 ヒューはムッとし悲痛な面持ちでテーブルを拳で叩き、それから怒りをあらわにして踵を
返すと、給仕にコーヒーを頼むためカウンターの方へ向かった。
 ネイサンはヒューの矜持から来る不満の残る表情を一瞬見た。
彼は口にこそ出さないが、道中も含め暗にその様な表情を出すのでその度に苛立ち、徐々
にもどかしくなってつい、愚問をぶつけてしまった。そしていっそう惨めな気分に陥った。
 ネイサンはこのやりとりを周りに聞かれていないか心配で、キョロキョロと様子を見たが、
巡礼者で満杯のテラスは騒がしく、カトリック信徒のみならずグランドツアー中のプロテ
スタントの子息令嬢も混じって、ギュウギュウ詰めの店内でコーヒーの匂いとタバコの煙
を立たせながら、コーヒーカップを片手に議論し合ったり、恋の駆け引きを見苦しいくら
い大声で掻き立てていたから、彼らの問答はその状況にただただ呑まれていたに過ぎない。

19 Awake 2話(5/16) :2013/09/20(金) 05:09:35
彼は恥ずかしさのあまり、頭を抱えてテーブルにうつ伏した。
 やり取りを静観していたモーリスはネイサンと、カウンターにいるヒューを無言で見た後ため息を
漏らし、再び聖書を読み始めた。
――どうして、本音を言ってくれない? お前にとって俺は何だ? 親友ではないのか。
それとも……?
 兄弟ではないといえ、十年同じ家で寝食を共にした仲だ、ちょっとした事でも解かり合
えると自負していたが、俺がハンターの称号を受け継いだ時からあいつは、俺に対して突
き放した様な態度をとった。
 知識でも武術でもヒューは常に俺や、他の家系のハンター、国教会一般信徒のエクソシスト
達にも追随を許さない実力を示してきた。
 それに、能力が上だからと言っても決して見下した態度は取らず、いつも親のいない俺
を気に掛けて、本当の兄弟のように接する度量の広い人間だった。
 だからこそ、オーストリアで真祖ドラキュラを倒した師匠、モーリス・ボールドウィンの後継者として
当然の位置にいたのに、何故か俺がヴァンパイアハンターの聖鞭“ハンターのムチ”と、
後継者の称号を継承する事になったからだ。
 ヒューはいつも俺にとって師匠と同じく超える事の出来ない光のような存在だ。そして、
子供の頃から男の身でありながら情愛を抱いた相手だ。
 と言っても、決して許されず、永遠に報われない想いだが。
 この想いを秘めながら気付かれないように、敬愛する親友であり、兄弟子でもあるあい
つを支えて行く――その関係は永遠に続くものだと、ずっと思っていた。

20 Awake 2話(6/16) :2013/09/20(金) 05:10:53
しかし、あいつは変わってしまった。
 人間、状況が一変すると、対処の方法を見誤れば歯車が狂ったように空回りするらしい。

俺がハンターの称号を受け継いだ次の日から、俺より早く起きるのに、就寝は俺より早い
事が無くなった。
起きている間は基本的なトレーニングをしている以外は書斎にこもって、思想書などを読
み漁っているようだった。
 そして、快活だったあいつの表情が段々険の強いものになって行き、常に寝不足でその
精神を表わすかのように気分屋になった。俺や師匠に直接何も言う事は無かったが、それ
でも狂気に満ちた表情と目付きをすることが度々あり、逆に俺達の不信を買っている。
 師匠であるモーリスが、実力のある実子のヒューより修行中一度も彼を負かしたことのない俺
を後継者に選んだ事で、俺に何を望んでいるのかは判らない。
 確実に判るのは、嗣業における嗣子継承を拒否されたヒューが、嗣子としてのプライドを
ズタズタにされながらも誰にも胸の内を明かさず、自分自身とその他の要因を狂ったよう
に探求し始めた姿が、今にも壊れて跡形も無くなりそうなくらい痛ましい事だ。
 そう思うと継承権を放棄すべきかと考えてしまうが、それは一番してはならない行為だ。
 それは両親が真祖ドラキュラに殺されて、孤児となった俺を育ててくれた師匠の意思を無駄
にする事だし、なによりも自尊心が高いヒューに対して過分な憐れみを懸けて、余計あいつ
の立場と感情を惨めにするものだ。
 だから俺は与えられた運命を、まっとうする事だけに全力を注ぐつもりでいる。
 例え、俺に対してあからさまにヒューが敵愾心を剥き出しても後悔はしない。
そう、これはあいつに対する恋情とは別問題だ。決して譲ったりしない。
 継承した聖鞭を使い、微力ながらも人々のために尽力する事が、今の俺に出来る最大の
使命だから。

21 Awake 2話(7/16) :2013/09/20(金) 05:11:51
 ネイサンは長い回顧と決意に気を取り直してから、目の前の冷えたコーヒーを一気飲みし、
――旨いが、ほろ苦い……だが、清濁合わせて生きる事はこの様な物なんだろう。
と眉間に皺を寄せ、飲み干したコーヒーカップの底を虚ろに見ながらそう思った。
すると、
――バルヴィーノ(ボールドウィン)さん!
――マウリッヅオ(モーリス)・バルヴィーノさんとその一行の方々はいらっしゃいますか!?
 カフェテラスにナポリ方言で叫ぶ甲高い少年の声が響いた。
三人は少年、いや見習い修士のいでたちをした、ヴァチカンからの使者の姿を確認し、
「ここだ!!」
 と片言の相手の方言で身振り手振りしながら大声で叫んだ。
 見習いはホッとした表情で、自分の胸の辺りに手を添えながらモーリスに柔らかな眼差しを
向けた。
「よかったぁ、言葉が通じない方々ならどうしようかと思いました。僕、イングランドの
人の言葉が話せないから……」 
「して、司祭は用意なさったのかな?」
 カフェテラスは、相変わらず満席で騒がしく大声で話さないと聴こえないほどだが、モー
リスは用心深く周りを見回すと、小声で本題を切り出した。
「はい、ですが、もっと大事な用があるとかで直接、教皇庁の司祭の書斎にお越し下さる
ように申し付かって参りました。外に馬車を待たせてありますので、お急ぎ下さい」
 通常、司祭は自室に外部の者をみだりに招いたりはしない。したがって、緊急事態だと
察した三人は言い様の無い不安を覚えて固唾を呑んだ。

22 Awake 2話(8/16) :2013/09/20(金) 05:13:14
 教皇庁に着くと、スイス衛兵が訝しそうに三人を見た。それもそうだろう、一般信徒が
教皇庁の聖職者個人の書斎に訊ねて来る事などあまりないからだ。
 しかし、見習いが司祭の名を出すと衛兵は快く通行を許可してくれた。
「いいですか? お判りでしょうが僕の師匠である司祭と、貴方がたが同国人でも、ここ
からはラテン語以外の言語で会話する事は禁止されております。くれぐれもご注意を」
 見習いは歩きながら、あどけない表情をした顔の近くで念を押すように、人差し指を左
右に振ると、こましゃくれた科白を言った。
 そして司祭の個室まで来ると彼は扉をノックし来訪者の到着を告げ、司祭の許可が下り
ると扉を開けてから、三人が中に入るまでドアノブを持ったまま待機した後、扉を閉めて
もと来た道をしずしずと戻っていった。
 その部屋には書類と封蝋を開封した手紙がいくつか投げ出して置いてある、事務用と思
われる司祭の机の前に、質素な造りでありながら、よく磨かれた高品質のマホガニーの椅
子とサイドテーブル一組と、後ろの壁の方に随行員用の長椅子が用意してあり、淹れたて
であろう、温かい湯気が心地よく紅茶とミルクの匂いをさせていた。
「やぁ、モーリス。久しぶりだなぁ元気にしてたか? ヴァチカンで紅茶とは趣も何もあった
物ではないが、教皇庁ではコーヒーより紅茶が好まれるのでね。あ、勝手にくつろいでて
良いよ。見習いの言った事は気にしないでくれ、久し振りに母国語が聞けるのは嬉しいか
らね」
 司祭と思われるモーリスより年嵩に見える男性は来訪者を見ずに、軽食が揃えてあるティー
テーブルで三人分の紅茶を淹れながら、陽気な声の母国語で暗い面持ちをした三人を迎
え入れた。

23 Awake 2話(9/16) :2013/09/20(金) 05:14:34
「有り難う御座います司祭、お久しぶりです。こちらはつつがなく暮らしております。し
て、聖別物以外での用事と伺いましたが?」
 モーリスはカップとソーサーを司教から渡されると、さっそく重い口調で訊ねた。司祭はそ
の様子を見て顔を歪ませて手を組み一瞬考え込むと、何か吹っ切れたかのように切り出し
た。
「では、早速言おう。オーストリアの修道院から昨日速達で知らせが入った。一ヶ月前か
らオーストリアで真祖ドラキュラの復活の儀式を行なっている者がいるそうだ。だから君達に
討伐を依頼したい」
――やはりその事だったか!!
 三人は自分達の懸念が嫌な形で的中した事に、驚きの表情を隠せなかった。
「ヴァチカン総本部および、エクソシスト以外の職務の者は知らない。だから、ヴァチカ
ンは君達を支援する事は出来ないが、なけなしの私財から君達が本国に帰るまでの旅費の
一切を面倒見よう」
 司祭は断るなよ?と言わんばかりにモーリスの面前まで顔を近づけ、じっ、と真面目な顔を
して畳み掛けた。
 その言葉にモーリスはティーカップを持ったまま体を強張らせ司祭を見つめ、ネイサンは口にし
ていたスコーンを取り落とし、ヒューは司祭の表情を見ながら黙々とサンドウィッチを頬ば
り、次の科白を待っていた。
「しかし司祭、その、地元のハンターはどうしているのです? しかも司祭もエクソシス
トならばヴァチカンの教義として受け入れられないとは言え、秘密裏にオーストリア帝国
の正教のハンターに依頼すべきです」
 モーリスは地元のハンターを無視してまで討伐する理由を見出せず、この状況を異常だと思
い問い質した。

24 Awake 2話(10/16) :2013/09/20(金) 05:15:31
「君も知っての通り、ヴァチカンだけでなく正統なローマ・カトリックのエクソシストと
ハンター達は、生者ならまだしも最後の審判の前に時を経た完全なる沈黙者の死者復活が
あったとしても主以外の者は手を下せないのだ。死人と認識しているからな。しかもロシ
ア領のシュナコブ寺院に侵入者が押し入り、首筋に吸血痕が残る修道士を使役して奴の遺
骨を強奪したとの情報も入っていてね。したがって復活の儀式を行ったのは、吸血鬼。と
いうことになる」
 司祭は苦笑いをし、教義に反する事実を述べるのに嫌気が差している様子で、ウンザリと
した表情で答えた。
「その上、正教のハンター達はほぼ全滅したそうだ。その前にギリシア独立戦争の際に吸
血鬼が多発して、そちらに引っ張られている者が未だに帰還できないほど、手が回らんら
しい」
「なっ……なんという……」
 モーリスは呆然として空を仰ぎ十字を切った。となると自分達に白羽の矢が立ったのは当然
だろうと納得した。
「いや、そんな理由だけで君達に討伐を依頼してないよ。話は最後まで聞きなさい」
 司祭はきっぱりと言い放った。では、どういった理由だ。
「10年前に封印した者に責めを負わせよ。と言うのがエクソシスト並びにハンター達の総
意だ。だから、君達の予定は強制的に変更してもらう。二時間後に出立してくれ」
「そんな無体な!」
 モーリスは、ヴァンパイアハンターとして真祖ドラキュラを討伐したいと思ってはいるが、それ
は村の依頼を放棄する事になる。

25 Awake 2話(11/16) :2013/09/20(金) 05:16:14
 仮に輸送するといっても貴族でない自分達の荷物をどう扱われるかは目に見える、途中
で盗まれたら力の無い無辜の人々の命を見捨てる事になるだろう……
そう考えると今すぐには承服する旨を伝える訳にはいかない、と司祭に告げるため口を開
きかけた。
 するとヒューがその様子を見透かして立ち上がり、惰弱な。と思いつつ無表情ながらも目
を鋭く光らせ少々顔を紅潮させながら、しかし悲壮な決意を告げるかのように、すかさず
司祭にゆっくりと一言一句しっかりとした抑揚の無い口調で申し出た。
「我々に、討伐の依頼を受けさせて下さい。我等の力を示すために……」
「ヒュー! 直ぐに結論を出せる問題ではないぞ!」
 モーリスは息子の名声を上げるためだけに発した返答に釘を刺そうと声を張り上げ、同時に
失望と怒りで両目を充血させ椅子から立ち上がって彼の正面まで歩み寄った。
 司祭はモーリスが私的な感情を以て人前で激昂する所など見たことがなかったので驚いたが、
彼がどう解決するか口を挟まずに見守った。

「何故解らぬ、ヒュー! お前が心と精神の均衡を己自身で御せるなら名声を求めても良い
だろう。だが、お前の胸の内は別のことに支配されているのに気付かんか! それをお前
が自身で突き止めない限り……」
 モーリスは言葉をよどませ指を後ろで組み瞼を静かに閉じると、ヒューにとって最大の屈辱とも
取れる言葉を吐いた。
「……ネイサンの足元にも及ばん」

26 Awake 2話(12/16) :2013/09/20(金) 05:17:14
――人々の恐怖を取り除き、それを終えたと同時に闇の世界へ消え行くのがハンターの役
割であるのに、名声を求めるなぞもっての外だ。
自分の名誉しか考えが及ばぬ者に真に魔が狩れると思うのか? 魔は力で捻じ伏せる物で
はない。それは自分がよく知っている……
確かにネイサンの剣技はヒューより圧倒的に劣っている。
だが、彼は必要以上に感情を剥き出しにする事は無い。魔に利用されず対抗するには己の
弱点を見極め、謙虚な姿勢で事に当たること。
それが、人の住まう事の無いあの場所では力となる……

 モーリスの言わんとするところを解っていながら、ヒューは己の奥底に眠る感情を認めたくなか
った。
 キリスト者として、そして何よりも男として恥ずかしい感情を……だから、嗣業を拒否
された日より始まった研鑽の日々から導き出した答えは、名誉という盾で己の不明を覆い
隠し、目を背ける事であった。
 それが、彼にとって更なる悲劇と屈辱の始まりであろうとも、その考えを変える気はま
るで無かった……この時点では。
――何故、何故俺が……ここまでの屈辱を味あわねばならん!ヴァンパイアハンターとし
て、当然の回答を行っただけではないか。それを親父は……やはり奴に篭絡されたか!  
 彼はそう思うと深遠の湖に突き落とされたかのごとく、手を水面に届かせようと伸ばして
も体が鉛みたいに沈んでいくような、徐々に冷たくなる心持がした。
――嗣業継承を拒否された事で同業者から俺がどのような中傷を受けたか、知る由もあるま
い!

27 Awake 2話(13/16) :2013/09/20(金) 05:18:15
(貰われっ子のネイサンに家督を奪われるなんて何をしたんだ? あいつ)
(実力のある奴が継承できないって言うのは何かあったんだろうよ)
(あいつ、俺達より出来るからってお高く留まっているから、今度の事で清々したのも事実
だけどな)
(よっぽどの問題があったんじゃないか? じゃないとキリスト者としても嗣業継承者とし
ても普通は継がせないことなど無いのだから)
(そうそう、嗣業継承を拒否されるってことは男として欠陥品だからな。嗣業継承の権利を
勝ち取るまで、貰われっ子のあいつと一つ屋根の下で生活しないといけないオマケ付きだし。
ははは)
(宗教上の徒弟制度ってのはきついもんだね。実子であったのがあいつの不運だね。ま、
俺達も人の心配している暇があったらしっかりやらんとな!)
『貴様等。本人を目の前にして同じ言葉が言えるのなら、今ここで俺の相手をするか?』
(ゲッ、ヒュー! 聞いてたのかよ……)

――いつも尻拭いをしている連中から何故そんなことを言われるのか、全く判らない。
「親父。より強い力を求めて何が悪い。俺は親父のように仲間を己の力不足で死なせたく
は無い!」

 ヒューは悔しさで顔を紅潮させ、目を血走らせながら声を荒げ、己の正当性を訴えようとし
た。
――そうだ。親父にもあの時、より強い力があったのならネイサンの両親をみすみす真祖の餌
食にすることもなかったろうし、何よりもネイサンが真に継承すべきハンターの証も失わずに
すんだ事で、俺がこの見苦しい感情を発露する事もなかっただろうに。
 それから目頭を熱くさせ、少し涙を溜めた悲しげな瞳を父親に向けると、モーリスはヒューを一
瞥し静かな声で諭した。

28 Awake 2話(14/16) :2013/09/20(金) 05:18:56
「下らん。己の目的のためには他者すらも貶めるか。だからお前にハンターの称号を継が
せなかったのだ。己の言動をもう一度咀嚼するが良い」
 ヒューは自分の言動に何ら疑問を持っていなかったが、モーリスは「無私の感情」が彼の中に
全くといって良いほど育っていない事に、改めて自分の選択が正しかった事に安心と虚無
を感じた。
 そもそも、ヒューがそのような状態であるのに、モーリスがハンターのムチの継承を彼がその
精神を克服するまで待つつもりが無かったのは、ひとえに自分の体力が減退してきただけ
でなく、己の力を恃み、異能者とは言えただの人間が一人で魔性の者に立ち向かうという
愚挙を、己の息子が犯そうとしていることに気付いたからだ。
――確かに、ネイサンや同業者に対して見下した態度を取っていない振りをしていたのは、単
に儂の歓心を得るための道具であり“全ての者に慈しみを与えん”といったキリスト者と
しての美徳を表しただけの物に過ぎん。
それも己の能力を継承者たらんとして恃み、それを自覚した上での行動であるのが余計目
に余る。
そのような心の内を叩き直し、ハンターである前にただの人間である事を自覚させるため
に、あえて嗣子継承の概念を無視したのだが……それが却ってヒュー自身の立ち位置を見失
う結果になるとは予想も付かなかった。
だが、ある意味これで良かったのかもしれない。己の心の研鑽を能力で覆い隠して見つめ
ていなかった事が、どれだけ危険な事か自ずと解かって来るだろう……
 モーリスは我が子の縋る様な眼差しを無言で見つめた。

29 Awake 2話(15/16) :2013/09/20(金) 05:19:59
それから無言の状態が続き、といっても数分だが気まずい空気が辺りに満ちてきた。
 しかし、モーリス、ヒューはともかくとして、ネイサンと司祭は沈黙を破ろうと間合いを計っていた
が、ネイサンはヒューの震える姿を見ると、余りにも苦しそうな表情をしている彼を早くこの場
から連れ出したい衝動に駆られて、この状況を空気を読まずに壊そうと思って行動に出た。
「ヒュー、まだ話は終わっていない。気をしっかり持つんだ」
 ネイサンはヒューの体から伏せ目がちに少し視線を逸らして、右手でヒューの左肩を力強く掴むと、
父親を無言で見つめながら無表情で唇を引き締め、悲嘆に暮れて怒りで震えているヒュー
の肩を揺さぶった。
 彼の感情に気付きながら、だが無視する気で正気に戻そうとしたが、気が付いたヒューは
触れた彼の手を撥ね付けるかのように強く振り払った。
 ヒューは父親に認められなかった悔しさに苛まれて、もう目の前の青年をおとしめす事しか
考えられなくなると、その様子に黙って自分を見ている彼を尻目に、考え得る限りの侮蔑
をこめて、
「触るな!」
 と苦虫を噛み砕いたような苦渋の表情を彼に向け、強い口調で一蹴した。

 そして、その問答にキリが良いと判断した司祭は、モーリスの方を静かに向いて提案した。
「私がスコットランドへ赴こう。それならモーリス、君も心置きなくドラキュラを討伐できるだろ
う?」
 しかしモーリスはとんでもないと言わんばかりに固辞した。ヴァチカンにいるこの司祭は、
そこで政治的な職務に就いている者だから彼は躊躇したのだ。

30 Awake 2話(16/16) :2013/09/20(金) 05:21:00
「司祭、貴方にはヴァチカンの職務があるはずです、それを放棄してまで……」
「いや、特別な職務が無い司祭なぞ、このヴァチカンには掃いて捨てるほどいる。私は仮
にもエクソシストだ。それなりの責務を己の国で果たすのがいけないとでも?」
「ですが……」
「くどい。それに、去年から連合王国全土で、カトリック信徒の職業解放が進められてい
るのに乗じて、今ヴァチカンは連合王国に対して、カトリックの布教を推し進めているん
だ。利権に敏い上層部の事だ、ちょっと言を弄すれば私も直ぐ出立できるよ」
 司祭は口角を上げてモーリスに微笑んだ。モーリスはそこまで言うのであればと観念して畏まっ
た表情になり、後ろの二人と共に司祭の前に跪くと、司祭は皺としみが浮き出ている手を
モーリスに差し出した。
 彼はその手を取ると恭しく甲に唇が触れない程度で口付けし、決意の眼差しに変わった
いかつい顔を上げ、力強くラテン語で承諾の意思を伝えた。
「承りました。我等の信仰に於ける力を以って……難に当たらん。真祖に藭の鉄槌を與
(あた)え、総ての事象に安息を齎(もたら)さん事を……アーメン」
 言い終わった後、三人は、いや、ヒューだけは心に狂乱の炎を滾らせながら神妙な顔で、
十字を切った。

31 Awake 3話(1/24) :2013/09/20(金) 05:24:43
――ヴァチカンであのように詰られたからと言って、やはり今のお前は危うすぎる。
「俺の親父だ。俺が助ける」だって? まるで吸血鬼ブームに乗っかったハンターもどき
のような言動じゃないか。確かに師匠が捕われた事は痛手だがチームを組んで仕事として
いる以上、英雄譚のように突出する性質の物じゃない。だからこそ力を併せて事に当るの
が望ましいのに一人で為そうとするなんて……
いや、やはり俺は一人でいるのを恐れているのか? 今まで一人でヴァンパイアを討伐し
た事なんて無かったから。
「怖いか……そもそも何故あそこまで言われて、詰られても俺はあいつを求め愛し続けよ
うとしているのか……」
 だが、今は夢想している余裕などない。魔性の生き物は城に侵入した血肉を凄惨に屠る
ためネイサンに向かってありとあらゆる攻撃を仕掛けてきた。
「クソッ! 次から次へと飽きもせず! 一体どこから湧いて来るんだこいつらは!?」
 しかし身を守るために屠り返す事によって徐々に先程の恐怖は若干薄れ、薄暗い空間に
目と神経が慣れてきたのかネイサンはある程度眼前の敵を屠り尽すことができた。
 汗を拭いながらそれを確認すると今度は外に向けていた感覚が消失したせいで次の回廊
に繋がる鉄の扉を前にして足の痛覚が蘇ってきたが、捕らえられているモーリスの事を考えれ
ば立ち止まるわけにはいかないと奮起した。
 だが、魔のフィールドで身体が万全な状態ではないのに魔性の者の問答を受けたら反撃
する態勢が直ぐには取れず無残にも屠られると想像したネイサンは、己の内面を深く抉り問い
に対して反駁するための内容を考える事にした。
 己が自覚している罪――故郷では晒し者にされた挙句、刑場の露と消えるほどの淫蕩に
関するキリスト者の大罪、ヒューに対するソドムの罪に対して。

32 Awake 3話(2/24) :2013/09/20(金) 05:26:04
「両親が死んだ日からあいつと同じ部屋で寝起きしていて、それでいつもあいつと一緒に
修行と討伐をして……」
 ネイサンは回廊に続く重い扉を思案しつつ開きながら、まずはその起因を辿ることから始め
た。
「!?」
 ネイサンは扉を開けたと同時に飛び掛ってきた上に、何度も地中から蘇ってくるゾンビの群
れを片っ端から鞭で裂きながら進んでいった。
 その状況に彼は十年前、モーリスと両親が三人で立ち向かった時もこのような反自然的な事
が常にあったと考えると戦いながらもいつ自分が力尽きて屠られるか判らなくなり、背筋
が凍るように張り詰めて硬直する感覚が走った。

――十年前のあの日、両親と師匠、そして俺達はドラキュラが復活する寸前のオスマントルコ
領に近い正教徒自治区の教会に滞在していた。
死者の復活、人で無い者が跋扈し人心を惑わして恐怖に陥れている様を見て、正教徒地区
に蠢いている恐怖の存在を取り除くのに土地の人間で無い上に正教徒で無い自分達の存在
に多少の不安はあったが、それでも適任者が自分達しかいない状況で彼らを見捨てる事は
出来なかった。
――あの時、俺は死と隣り合わせじゃなかったけど、ずっとヒューと一緒に寄り添いながら
正教会の礼拝堂の信徒席に一晩中寝ずに座っていたな。
 俺達は示し合わせたわけでもないのに真夜中に教会にある宿舎の寝室を抜け出し、両親
の無事を祈るため礼拝堂へと向かった。
俺はひとりで立つのすら怖くて震えていたが、ヒューはそれを見ていたのだろう無言で俺の
手の平を握り締め「来い」と一言だけ発してから、縺れかけたたどたどしい俺の歩みに合
わせて連れて行ってくれた。

33 Awake 3話(3/24) :2013/09/20(金) 05:27:20

 俺たち二人は親同士が僚友で物心ついた時から知っていたけど、俺自身は少しヒューの事
が苦手だった。
 あいつの一族の中でも傑出した素質を持っていて、子供なのに冷たい目で、いや、人を
見透かすように真っ直ぐに対面した人物の目を見る癖があって、何もしていないのに責め
られているようで嫌な気持になったことがしばしばあったから。
 よく覚えている。その日も今日みたいに外は突き刺さるような寒い風が吹き荒れていた。
 だから怯え余計に震えて鳥肌が立っていたが、不思議と握り締めたその手に安堵を覚え
た。
 俺の体温より温かかったこともあるだろうが、修行をしているからか柔らかい自分の手
とは違い、両親の手のような固い表面でタコが出来て傷だらけのあいつの手に、少し大人
に頼るような心持を覚えたからかもしれない。
 いずれにしろイコンと正教十字に縋るため、長い石畳の回廊をゆっくりとだが足音を極
力立てないよう礼拝堂へ俺達は向かった。
礼拝堂は祭壇に置かれた儀式用の長い蜜蝋の柔らかな灯りが揺らめきながら、その内部の
姿を幽玄な異界さながらに映し出していた。
俺達はその姿に心を奪われ暫らく手を繋いだまま呆然と立っていた。
 だが夜中に礼拝堂に立ち入るのは黒ミサと取られてしまう節があるので、無意識にそう
考えて誰にも見つからずに礼拝堂に入るしかなかったが、幸い見回りの修道僧がいなかっ
たのに安心した俺達は身廊(中央の廊下)を駆け抜け袖廊(祭壇側)の信徒席に手を繋い
だまま座って心の中で祈りを呟き始めた。
 しばらくして、俺は静謐の空間に何か不吉な知らせが舞い込んでくるような不安に駆ら
れて、耐え切れなくなり小声だけどヒューに訊ねた。「帰って……来るよね?」と。

34 Awake 3話(4/24) :2013/09/20(金) 05:28:21
だけどあいつは俺を一瞥してから「ああ」とぶっきらぼうに一言だけしか言わなかった。
 それに俺はハンターの使命として目的が達成できれば人の生死などどうでもいいように
ヒューが見ているのでは無いかと少し憤って、語気を強めてまた訊ねた。
「ちゃんと答えてよ」
 だけど今度は俺をじっと見ながら繋いでいない方の手で、肩口まで伸びた髪を耳にかけ
てから俺の髪を無言で撫でているだけだった。その行動にはぐらかされた様で、とうとう
不安と憤りが頂点に達して涙をこぼし叫んでしまった。
「何か言えよ! お前だってモーリスおじさんの事が心配じゃないのかよ! こんな時にも澄
ました顔しやがって! おれの髪を撫でて慰めて余裕を見せ付けているつもりか!?」
 その声は礼拝堂内に木魂し、そして空しく収束した。ヒューは黒い目を丸く見開き、それか
ら「お前までそんな風に……」と涙声で小さく呟いた。
「俺だって、俺だって……今回ばかりは不安なんだ。だからお前と一緒にいる。そんなこ
と言われるなんて思ってもみなかったよ……」
 いつも澄ました顔で大人に混じってハンターの修行をしているあいつが、「不安」と言
って泣いたのに俺は少し安心した。自分でも酷い感想だとは思ったが、俺と同じ子供なん
だと考えたとともに俺の苛立ちも少しは収まったから。
「ごめん……おれ、どうかしていた」
「エクソシスト、ヴァンパイアハンターの最大の敵である真祖ドラキュラと父さんやお前の両
親が今、この瞬間戦っているんだ。祈ろう。今の俺たちにはそれしか出来ないんだ」
 そうヒューが言ったのを最後に永遠と思えるくらいの時間を、そして静粛を破る足音が聞
えるまで俺達は互いの親の安全を祈った。
 ステンドグラスの填っていない窓から見えた光景からだと夜が白み始めた頃だったろう
か、石畳を一人か二人くらいの駆ける足音が聞え礼拝堂のほうへ近づきつつあるのに気付
き俺達は身構えた。

35 Awake 3話(5/24) :2013/09/20(金) 05:29:28
「誰か来た。隠れよう」
 ヒューはそう言って扉が開くと咄嗟に俺の服の袖を引っ張り、俺達は側廊(礼拝堂内にあ
る端の通路)の柱へ身を隠して様子を窺った。

 扉の向こうから現れたのは二人分の影で、その二人は小声ながらも怒張を孕んだ様子で
話し合う師匠と輔祭(正教会主教、司祭の補助役)だった。
 輔祭は連日、魔物に襲われ傷ついた村人達に治療を施していて血糊で濡れた黒い修道服
の袖を捲り上げ、同じく衣服や身体に誰の血とも判らないくらい血を浴びた師匠と対話し
ていた。
「その話は余り他の連中には聞かせられぬから詳しく話せ」
「では……」
輔祭は師匠に青ざめた顔を向け焦った様子で、詰問するような切羽詰まった口調で早口で
訊ねた。
「ねぇ? おれの父さんと母さんは……?」
「しっ」
ヒューと俺は内容を聞き取ろうとしたが、祭壇側にいた二人と側廊の柱に身を隠していた自分
達との距離が遠いのでよく聞えなかった。しかし徐々に耳が慣れてきた頃、輔祭が言った
言葉から礼拝堂に怒声が満ちる光景が現れた。
「して、お主は彼らの関節や筋を切ってから帰ってきたのか?」
「そんな! 説明したでしょう! グレーブスは胸骨が皮膚から突き出て夫人は切り刻まれて
いるんだ! それ以上の損壊をする必要は無い!」
 だけど俺もヒューもずっと祈っていたせいか分からなかったけれど、運の悪いことに教会に
避難していた村人の一人が偶然にもその会話を聞きつけてしまい色をなして駆けて行った
村人に気づいた輔祭は、これ以上騒ぎ立てることの無いよう宥めすかしていたが、そのや
り取りに数人の村人が集まり始めた。

36 Awake 3話(6/24) :2013/09/20(金) 05:31:15
「ハンターの片割れが死んじまっただとぉ!? しかもおめぇ立ち上がってオラたちに悪
さしねぇように筋を切んなきゃいけねぇのに、やってねぇだって!?」
 輔祭はこれ以上抑制できないと思ったのだろう、最後には「準備を」とだけ村人に伝え
側廊側の扉から村人たちを帰した。
「何故だ!? 我らは討伐前にカトリックの信徒と明言した。それを受けて死したら棺を
正教の地に残さずカトリックの地に土葬する手筈を整えると貴方は仰ったではないか!?」
 師匠は約束を反故にされた事に憤りを感じたのか、いや俺だってこの時の師匠の立場で
あれば怒りを感じない事はなかっただろう。しかし、その後がいけなかった。輔祭は師匠
の逆鱗に触れる言動を取ってしまった。
「だが、この土地は正教徒の土地だ! ヴァンパイアによって斃されたハンターはすべか
らく此処のしきたりによって浄化せねばならん」
 当たり前じゃないかというような風情で肩を聳やかしながら両手を広げるといった人を
小馬鹿にする仕草をし、次第に険しい顔で悪意のある口調で話し始めたからだ。
「如何にローマ・カトリックの信徒が腐らない遺体を聖体として崇めていても、この土地
での不朽体は不浄そのものだ!」
 師匠はその時、心無い輔祭の言葉に二人を助けられなかった悔しさと己の体の痛み、そ
れらが交錯したのだろう気付かないうちに彼の黒いフードを両手で力任せに締め上げた。

「手を拱いて見ているだけ、震えていただけの人間に命を賭して戦った者を辱めるなぞ!
 貴様それでも人か!?」
「カハッ……おのれぇ……血迷ったか……!?」
 その声と赤黒く変化した輔祭の顔の色に正気を取り戻し、師匠は締め上げていた手を緩
めたがその頬には止め処も無い涙が流れていた。

37 Awake 3話(7/24) :2013/09/20(金) 05:32:10
「如何にそれが正教徒の後始末だとしても俺は認めん……認めんぞ」
 首を激しく横に振りながら師匠は背中を丸めて咳き込んでいる輔祭の足元に跪き、呪詛
を唱えるかのごとく何度も茫漠とした目で呟いていた。
 正教の土地においてヴァンパイアによって斃されたハンターはヴァンパイアに成ると信
じられていた。
 そして討伐したヴァンパイアより強い力を持つため、法律の死体損壊罪を無視して秘密
裏に処理される。大概は興奮とパニックに陥った民衆が騒ぎ立てて勝手に行う事が多かっ
たが、逆に聖職者は教区に犯罪者が発生する事態を防ぐために説得をするのが常であった。
 師匠とてこの土地に足を踏み入れた以上その事は重々承知していたが、いざ僚友が目の
前で命を落とし、自身も血だらけで疲労している状態で正気や理性など意味を為さず、結
果はどうであれ守るべき人々に対して手を挙げようとした己の自制心の脆さが許せなかっ
た、と言っていた。
「嘘だ……そんな」
 ヒューが狼狽した顔に両親が死んだ事を確信した俺は、ヒューに正面から取り縋り小さく呟く
と双眸から滂沱の涙を流した。
「じゃあ、父さんと母さんは……? 死んじゃったの……? それに浄化って?」 
「聞くな」
「教えてよ」
 ヒューは一瞬目を俺から背けてきつく自分の唇を噛んだ後、俺の目を真っ直ぐに見て一呼
吸置いて言い辛そうに言葉を発した。
「お前には辛いかも知れないが……グレーブスおじさん達は皆の前で筋を切られ、火葬され
る。本当はあの坊主が村の連中を止める役割のはずなのに……畜生、自分が先頭に立って
後始末を指揮するらしい」
「嫌だぁぁあー! そんなのっ! そんなの……うわぁああぁあぁ――……」
「誰だ!?」
 輔祭が大声で問いかけた事に俺は体が縮み上がり、咄嗟にヒューの背後に回って祭壇側を
見た。


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