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【原作】ドラキュラ・キャスバニ小ネタ/SSスレ【準拠】

94古歌-イニシエウタ-【五ノ歌】18/14:2011/03/28(月) 00:32:10
 部屋の入り口に動くものの影を見た。反射的に彼はそちらを向いた。息子が、そこに立
ちすくんでいた。銀髪は乱れて頬にかかり、白い顔はさらに蒼白く透きとおるようだった
が、傷はすでに癒えていた。ほっそりときゃしゃな姿と、青い目を大きく見開いた小さな
顔は、あの日、ひとりの少女が闇の王の餌食になるようにと置き去られたあの時に見たも
のと、胸痛むほどによく似ていた。
「リサ」震える声で彼は呼んだ。手をあげ、その手が鮮血と肉片にまみれているのに気が
ついた。部屋を充たす血臭にもあらためて気づいた。血まみれの王は鮮血と死体のただ中
に座り、救いを求めるようにただ手を差しのべて呼んだ。「リサ」
 こんなつもりではなかった。こんなことをするつもりではなかったのだ。おまえが許し
てくれるなら、余はまだ正気でいられる。この人々にいま一度命を与え、静かなあの日々
に還ることができる。幸福な、穏やかなあの年月、おまえと、息子とがいた、あの庭、あ
の居間、おまえの手のぬくもり。
「リサ──」
 だが、幻はおびえた顔で身を引いた。はっきりと恐怖を眼に浮かべ、あとずさった。少
年は父の恐ろしい姿に背を向け、姿を消した。廊下を駆け去っていく足音が長く響いた。
戸口に残った銀髪のきらめきが、掻き傷のように目を痛ませた。足音が完全に消え去るま
で、彼は片手を伸ばしたまま凍りついたように姿勢を動かさなかった。
 完全な静寂がしばし続いた。やがて、地の底から立ちのぼってくるような含み笑いがは
じまった。彼はそれが自らの喉から出ていることを知った。床の鮮血は生き物のように動
いて彼の身体に吸いこまれ、散乱する死体は一瞬にして干上がり、灰となって散った。の
けぞって彼は哄笑した。長く。
「〈死〉よ!」長い哄笑のあいまに、彼は長く忘れていた従者の名を呼んだ。
「〈死〉よ、〈死〉よ、いずれにある!」
『おん前に、我が主』
〈死〉の黒衣はすでに彼の足もとに控えていた。頭巾のかげの骸骨は闇の中で眼窩を昏い
火に燃やし、大鎌の刃はつめたく蒼く研ぎすまされていた。
「闇の王の命令である」笑いに息をつまらせながら彼は命じた。頬をなまぬるく伝うの
は、吸血鬼の流す血の涙であった。
「わが力に額づく、あらゆる軍勢に告ぐ──人間を殺せ、人という人を皆殺しにせよ! 
ひとりとして残すな、今こそ人間どもの世を、闇の底へと蹴落としてやるがよい!」


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