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【原作】ドラキュラ・キャスバニ小ネタ/SSスレ【準拠】

91 古歌-イニシエウタ-【五ノ歌】18/11 :2011/03/28(月) 00:30:24
『燃やせ! 燃やせ!』
 狂ったように群衆は叫んだ。興奮と狂熱があたりに煮えたぎり始めていた。彼女に救わ
れた家族でさえ、今は敵だった。サタンの妻! 魔王の妃! そのような者の救いを、今
まで嬉々として迎えていたとは!
『燃やせ! 燃やせ!』
『燃やせ! 燃やせ!』
 下着まで引き裂かれ、肌もあらわな姿で彼女は火刑台に引きずりあげられた。汚物と血
で汚れた顔を、それでも彼女は高くあげて空を見つめていた。凛とした横顔のあまりの高
貴さに、刑吏の手はとまどい、ためらったが、なんとか自分の仕事を思い出した。
『子供も燃やせ! 悪魔の息子だ!』
 地面に押さえつけられていた少年に、群衆が殺到した。それまで必死にもがき、叫び、
あがいていた公子は、殴打され、踏みにじられながらも母のもとへ近づこうとしていた
が、自分を殺そうとつかみかかってくる数多くの凶暴な手に、はっと身を固くした。本能
的な恐怖が、少年の裡に流れる闇の血を呼び起こした。銀髪の少年の姿はゆらめき、溶け
て流れるように見えた。
 次の瞬間、そこには傷つき、血を流した一頭の狼が横たわっていた。狼は悲痛な叫び声
をあげると、身をよじって人々の手を逃れ、ひと飛びで高い屋根へ駆けあがると、全身の
毛を逆立てて唸り声をあげた。
『変身したぞ!』
『悪魔だ! 悪魔の子だ!』
 恐怖のどよめきが群衆からあがる。狼の姿は輪郭を崩し、ふたたび少年の姿に戻った。
 だが、その形相は一変していた。呼び起こされた闇の血のために、淡い蒼色だった瞳は
爛々と金色に燃えていた。小さな唇からは牙がのぞいて、獰猛な唸り声がもれていた。指
は折れ曲がって建物の端をつかみ、延びた鉤爪が釘のように梁に食いこんでいた。血を流
す身体と、捕らわれた母、そして周囲を取り囲む狂乱した群衆に、怒りの咆哮をあげた。
全身をぶるぶると震わせ、何かを脱ぎ捨てるかのように、背中を曲げた。
『いけない!』

92 古歌-イニシエウタ-【五ノ歌】18/12 :2011/03/28(月) 00:30:57
 声とともに、銀色のきらめきが飛んだ。誰もが水を掛けられたようにはっとした。子供
に気を取られていたすきに囚人が何かを投げたことに気づいて、刑吏があわてて女をしっ
かり押さえつける。屋根の上で少年はぎくりと身を引きつらせ、あたりを見回した。その
頭上に、黒い翼が大きく広がった。両腕がつかまれ、足が屋根を離れた。
『は、母上!』
『憎んではいけません。人を憎んでは』
 火刑台の上に立ちながら、母はやさしく微笑んでいた。幼い日々、平和な離宮の庭で、
暖かな居間で、静かな寝室で、いつも見ていた笑顔だった。
『あなたのお父君は、あなたに人として育ってほしいとお思いでした。わたしもそう思い
ます。ですから、人を憎んではいけません。あなたがいま見ているのは人のほんの一面に
すぎない。悪も善も、両方を秘めているのが人間なのですから』
『母上、いやです、母上』
 涙声で公子はもがいた。もしものためにとヘクターから渡されていた魔力の結晶から生
まれた怪鳥が、力強い脚と翼で公子の身体を吊り下げていた。嘴には奪い返してきた公子
の剣もくわえている。泥に汚れた頬に涙が筋を引く。
『母上、私、私は──』
『火をかけよ!』
 これ以上しゃべらせてはならないと判断した司教が、大声で命令した。女はすでに柱に
縛りつけられ、脚もとには油に浸された薪が積みあげられていた。松明が投げ込まれ、た
ちまち燃えあがった。裂けたスカートの裾が燃えあがり、炎が立ちのぼった。熱さに近く
にいた群衆が波が引くように下がった。
『母上──母上!』
『アドリアン、──』
 轟炎に囲まれて立ちながら、母はなおも微笑んでいた。その唇が、最後に小さく動くの
を公子は見てとった。その言葉が意識に刻まれると同時に、少年の力は尽きた。
 瞼がおり、視界が暗くなった。ぐったりとなった公子をつれて、影の生き物は燃えさか
る処刑台と歓呼する群衆をあとに、一路、闇の城へとはばたいていった。

93 古歌-イニシエウタ-【五ノ歌】18/13 :2011/03/28(月) 00:31:29


 これらの事実を、手の中で消滅するまでのほんの一呼吸のあいだに、生き物は王に伝え
た。王はそのすべてを見、聞き、知った。妻の身に何が起こったかを理解した。幻が消え
ても、彼はしばらく彫像のように凝然と空中を見つめていた。あたかもそこにまだ、妻の
顔と、それを取り囲んだ火、押し合う群衆の紅潮した顔また顔が見えるかのように。
 やがて彼は握りつぶされた首飾の残骸を手から滑りおとすと、ヘクターと小さなジュリ
アの呼び声に背を向け、よろめくように城へと足を向けた。
 そこから先は断片的な映像でしかない。安らかに食卓を囲む自らの民を、愛と尊敬でも
って彼を養っていてくれた人々の住む村は、一瞬にして暗黒の翼に包まれた。湯気をたて
る料理も、子供のおもちゃも、つくろいかけた着物もみな置き去りにされ、風に吹き払わ
れたように村は無人となった。咲きほこる薔薇も沈丁花も吹きすぎた颱風によってあっと
いう間に黒く枯れ果て、塵となって辻に舞った。
 彼は自らの足もとに恐れおののく民を見た。これまで愛情深い主であった王の突然の変
貌に驚き怯え、理解できないまま身を寄せあっている人々の顔を見た。その善良な顔の一
つ一つは、妻の死に熱狂していた人間たちと同じだった。どれも人間、どれひとつとして
変わりはない。炎の中で彼女は死んだ、リサは、リサは……。
 魂ぎる絶叫を遠いもののように聞いた。肉が裂け、甘く新鮮な血と恐怖の香りが濃く鼻
をついた。長く嗅いだことのない芳香だった。人形のように手足が放り出され、豚を捌く
ようにはらわたが地上にこぼれだした。いまだに驚愕と恐怖を貼りつけた首が引き抜か
れ、血しぶきをたてて床に落ちた。
 絶叫と混乱は、徐々に鎮まっていった。気がついたとき、彼は踝まで血に浸る部屋の中
で、五体を引き裂かれた人間たちの死体に囲まれ、唖然と膝をついていた。
 自分が何をしていたのか、何をしようとしているのか、ほとんど考えてもいなかった。
頭はしびれたようになり、白い靄につつまれていた。その中でただ一つ、炎で書かれた文
字として、妻の名前が大きく燃えていた。
 リサ。

94 古歌-イニシエウタ-【五ノ歌】18/14 :2011/03/28(月) 00:32:10
 部屋の入り口に動くものの影を見た。反射的に彼はそちらを向いた。息子が、そこに立
ちすくんでいた。銀髪は乱れて頬にかかり、白い顔はさらに蒼白く透きとおるようだった
が、傷はすでに癒えていた。ほっそりときゃしゃな姿と、青い目を大きく見開いた小さな
顔は、あの日、ひとりの少女が闇の王の餌食になるようにと置き去られたあの時に見たも
のと、胸痛むほどによく似ていた。
「リサ」震える声で彼は呼んだ。手をあげ、その手が鮮血と肉片にまみれているのに気が
ついた。部屋を充たす血臭にもあらためて気づいた。血まみれの王は鮮血と死体のただ中
に座り、救いを求めるようにただ手を差しのべて呼んだ。「リサ」
 こんなつもりではなかった。こんなことをするつもりではなかったのだ。おまえが許し
てくれるなら、余はまだ正気でいられる。この人々にいま一度命を与え、静かなあの日々
に還ることができる。幸福な、穏やかなあの年月、おまえと、息子とがいた、あの庭、あ
の居間、おまえの手のぬくもり。
「リサ──」
 だが、幻はおびえた顔で身を引いた。はっきりと恐怖を眼に浮かべ、あとずさった。少
年は父の恐ろしい姿に背を向け、姿を消した。廊下を駆け去っていく足音が長く響いた。
戸口に残った銀髪のきらめきが、掻き傷のように目を痛ませた。足音が完全に消え去るま
で、彼は片手を伸ばしたまま凍りついたように姿勢を動かさなかった。
 完全な静寂がしばし続いた。やがて、地の底から立ちのぼってくるような含み笑いがは
じまった。彼はそれが自らの喉から出ていることを知った。床の鮮血は生き物のように動
いて彼の身体に吸いこまれ、散乱する死体は一瞬にして干上がり、灰となって散った。の
けぞって彼は哄笑した。長く。
「〈死〉よ!」長い哄笑のあいまに、彼は長く忘れていた従者の名を呼んだ。
「〈死〉よ、〈死〉よ、いずれにある!」
『おん前に、我が主』
〈死〉の黒衣はすでに彼の足もとに控えていた。頭巾のかげの骸骨は闇の中で眼窩を昏い
火に燃やし、大鎌の刃はつめたく蒼く研ぎすまされていた。
「闇の王の命令である」笑いに息をつまらせながら彼は命じた。頬をなまぬるく伝うの
は、吸血鬼の流す血の涙であった。
「わが力に額づく、あらゆる軍勢に告ぐ──人間を殺せ、人という人を皆殺しにせよ! 
ひとりとして残すな、今こそ人間どもの世を、闇の底へと蹴落としてやるがよい!」

95 古歌-イニシエウタ-【五ノ歌】18/15 :2011/03/28(月) 00:32:42


 のちに続く数百年の生で、公子がこの瞬間を悔やまなかったことは一瞬とてない。もし
この時部屋に駆けこみ、父を抱きかかえて、その喪失と傷とをともに分かち合っていたな
らば、その後の惨劇は避けられただろうか。一千年をこえてうち続く闇の運命を止められ
ていただろうか。誰にも解らない。
 ただこの時、公子はまだ十五歳の少年でしかなかった。目の前で母が焼き殺され、自ら
も打擲されて傷ついた。それまで善なるものと信じていた人間の別の面を見せられた。そ
れらのことを受け入れて、なおかつ父の悲しみと苦悩に思い至るには、彼の魂はまだいか
にも幼すぎた。
 しばしの恐怖と自失から醒めると、彼は父が人間界への侵攻を開始したことを知って驚
愕した。懸命に父にすがり、無惨な殺戮をやめるようにといくども懇願した。だが、父は
聞く耳を持たなかった。かえって息子から顔をそむけ、廷臣のひとりを呼ぶと、息子を闇
の城のもっとも奥まった一画に監禁するようにと命じた。
 王にとって息子は、憎むべき人間の血をなかば継いだ子だった。しかしその血は死せる
妻の血であり、唯一の愛のかたみでもあった。なによりも、息子は母に似すぎていた。成
長すればするほど、母のたおやかな美貌は、青年のすっきりとしたかたちをとって息子の
上に花開いた。それを見ることは彼にとって苦痛であり、幸福が永遠に失われたことを思
い出させた。それはいかに人の血を流し、殺戮をくり返してもけして癒えない傷だった。
 公子はときおり父が自分のもとを訪れていることを感じていた。起きているときに来る
ことは決してなかったが、目を覚ましたとき、室内に残る血の匂いと闇の気配が、父がそ
こにいたことを公子に教えた。
 成長するほどに母のおもかげを濃くしていく息子に、王がなにを思ったかは知るよしも
ない。ただ、息子が眠りに落ちているあいだに父はやってきて、何もせず、ただ眠る息子
の顔だけをじっと眺めて去ってゆくのだった。自らの無力さに、公子は泣いた。
 三年の月日が過ぎた。魔王に率いられた魔界の軍勢は、人間界を席巻する勢いで各地に
拡がっていた。人間にとって安全な場所はどこにもなく、かろうじて抵抗を続けている土
地も数えるほどしかなかった。人間の世は危機に瀕していた。支配者たちと教会の聖職者
たちはふたたび顔を寄せあい、この緊急事態に何か打つ手はないものかと、長い会議を持
った。

96 古歌-イニシエウタ-【五ノ歌】18/16 :2011/03/28(月) 00:33:24
 そしてまた、闇の城の奥でも、ひとつの話し合いが持たれていた。十五歳の公子は、い
まや十八歳となっていた。監禁された一室の寝台に座り、ひとりの青年と向かいあってい
た。くすんだ銀髪をもった彼は、沈痛な顔で公子の前に膝をついていた。ヘクター、今で
は魔王軍の一翼を担う、名にし負う悪魔精錬師であった。
「私はもうこのまま父の所行を座視することはできない」と公子は言った。
「ヘクター、おまえに無理を言うのはわかっている。だが、私にはもうおまえより他に頼
る者がない。かつておまえは私に、若君はいつまでも俺のご主人です、と言ってくれた。
もし、あの言葉を信じてよいのならば、今こそ、私を助けてほしい。私をこの部屋から出
し、父を止められるように、力をかしてほしいのだ」
 すぐに答えることは、ヘクターにはできなかった。なんと言っても彼を拾い、養い、魔
力を導いて、現在の地位を与えてくれたのは魔王その人である。彼への忠誠心と愛情は公
子に劣らず深く、しかし、それがために、奥方の死とそれによる主の狂気、破壊と殺戮に
心を痛めてもいた。
 もとより魔力を持つ家系の子として世の中から爪弾きにされてきたアイザックは、今こ
そ自分を迫害してきた人の世に復讐するときとばかり、嬉々として魔王のもとに腕をふる
っている。だが、かつて生みの母の命を省みない働きによって、心ない村人から守られた
ヘクターは、人間への愛をまだ忘れてはいなかった。自らが造り出す無垢なる魔物たち
が、殺しの血に染まって闇に堕ちていくことにも胸を痛めていた。兄弟のように育った公
子の苦悩と悲しみを、わがことのように感じた。魔王軍の中にあって、あくまで闇の側に
立ちつづけるには、ヘクターの心はあまりにもやさしかった。
「若君」長い沈黙の末、ヘクターは低く囁いた。
「俺のご主人は、今でも、いつまでもあなたです。──お助けいたします。どうぞお手
を」


 公子が監禁部屋を抜け、姿を消したという報告を、王はさほど驚きもせずに受けた。そ
の手引きをしたのが自らの片翼とする悪魔精錬師であることにも、表情を動かさなかっ
た。

97 古歌-イニシエウタ-【五ノ歌】18/17 :2011/03/28(月) 00:33:58
 捕縛され、前に引き据えられたヘクターに冷たい一瞥を投げ、「愚かな」と呟いて、爪
でその身を引き裂いた。ぐったりとなって倒れ伏した彼を、手まねで運び出すように命
じ、あとは視線も向けなかった。引きずられていく同僚を、アイザックは眉根を寄せて見
送っていたが、その目に同情はなかった。彼にとって唯一の拠り所は魔王とその眷属であ
り、いかに公子の頼みであろうと、魔王を裏切ることは彼の理解を超えた行為だった。
 城の拷問部屋で死んだ人々が投げ込まれる坑に入れられた彼がどのように城を逃れ、新
たな生を送ることになったかは、この物語の外にある。ヘクターが城を逃れたと同じ頃、
人間たちは通常の兵ではとうてい魔物の群れに立ち向かうことはできぬと衆議一決し、と
ある辺境に血を伝える一統の当主を選び、任務を与えることとした。
 この家系は代々魔物狩りの力を持つとされ、〈吸血鬼殺し〉の異名を持つ聖鞭を受けつ
いでいた。だが、異能の力を持つ家系がどこでもそうであるように、この一族もまた魔物
同様に忌み嫌われた。もはや血筋すら絶える寸前であったその一族最後の若き当主に、魔
王、魔族の群の主とその本拠である闇の城の討伐の任が課せられたのであった。
 魔物の跳梁を止めるため、また、失われた家名の栄光を取りもどすために、自殺行為に
もひとしい危険なこの任務を、若き当主は受けた。まだ二十歳、先年家督を継いだばかりの彼は、磨きぬいた鞭術と強靱な肉体をようやく役立てるときが来たと、装備を調え、伝
来の聖鞭を腰につるして、魔王の盤踞する闇の城へと一路旅だった。
 そして公子、監禁からヘクターの助けによって逃れた公子は、どうにかして父のもとへ
行き、この蛮行を止めねばならぬと城の地下に身をひそめて考えていた。かつて自らの家
であった城はもはや敵地であり、混沌は彼を拒んで、城主のもとへ容易には彼を行きつか
せようとしない。
 しかし、あきらめることはできなかった。悔恨が、そして母の遺した言葉が、彼を突き
動かしていた。『憎んではいけません、アドリアン、──』。父は母の遺志を知らないの
だ。自分があの時父を拒んだばかりに。
 責めは自分が負わねばならない、と公子は思った。たとえ、父殺しの大罪を犯すことに
なろうとも、この手で、父を止めねば。

98 古歌-イニシエウタ-【五ノ歌】18/18 :2011/03/28(月) 00:34:31
 手の中の剣をしっかりと握りしめる。成人の儀の日があざやかに思い出された。その剣
によって父に騎士に叙階され、大人として正式に認められた日のことを。美しく飾られた
広間と、立派な息子の姿に微笑んでいた母のことを。あのころ、父は幸せだった。自分
も。こんなことになるとは、いったい誰が予期したろう。
 胸をつらぬく思い出に頭を伏せたとき、物音がした。誰かが通路を進んでくる。公子は
立ちあがった。誰だ。魔物ではない、気配が違う。では人間か。しかし、この闇の城に、
単身乗りこんで無事でいられる人間など──。
 灯りが揺れる。公子は近づいてくる足音に向かって、前へ踏み出した。

99 古歌-イニシエウタ-【結ノ歌】2/1 :2011/03/28(月) 00:35:58
【結ノ歌】

「息子よ……教えてくれ」
 業火の中に塵となって薄れていきながら、魔王は夢見るように呟いていた。
「あれは……リサは……最後に、なんと言ったのだ」
 すでに三世紀の月日が経っていた。いちど魔物狩りの男と教会の魔女、こそ泥、そして
自らの息子によって滅せられた魔王は、邪教を奉ずる神官の手によって復活を遂げた。そ
してまた、父殺しの苦悩を負いきれずに自ら永遠の眠りについたはずの息子は、避けられ
ぬ運命の糸に導かれるようにふたたび目覚めて父と対峙することとなった。
 二度目に滅することとなった魔王は、ほぼ視界を失った目を息子の方にさまよわせた。
崩れていく身体からしだいに闇の力が退いてゆき、公子はその中に、幼いころ、自分を抱
きあげてあやしてくれた父の瞳を見いだした。
「人を……憎んではならない、と。そして」公子は言った。
「父上、あなたを、……あなたを、愛している、と」
 魔王の目がわずかに見開かれた。そして最後に残っていた血光が吹き消されるように消
えた。「そうか」と彼は呟いた。
「そうか……。」
 恨みと憎悪が陽を浴びた雪のように解けていった。永い年月の果てに、ようやく彼の、
わずかに残った人の心は、安らぎを見いだしていた。だが、これで終わりではないことを
彼は知っていた。一度闇に侵食された存在は、滅されるたびごとに人間性をそぎ落とされ
てまた甦る。完全な浄化が行われる日まで、際限なくそれはくり返されるのだ。
 自らの愚かさが妻に、そして息子に与えた苦しみの大きさを思って、彼は泣いた。涙は
出なかった。彼は消えようとしていたが、それは一時のことに過ぎなかった。いずれまた
彼は甦り、息子、あるいはその協力者たちの手で滅ぼされるだろう。そのたびにわが子
は、実の父をその手で殺す苦痛を味わうことになるのだ。
 すまない、と最後に告げようとした。だがもう刻がなかった。黙然と立つ息子の顔に、
深く刻みこまれた痛みと嘆きを彼は見た。母のおもかげを受けついだその顔、かつて自分
のものであった剣を握ったその手。これから彼は幾度父殺しの罪を味わうことになるの
か。
 すまない、と唇を最後に動かし、魔王は混沌の闇に消えた。
 かさねて二度父を屠った剣を下げ、顔を覆って公子は立ちつくした。

100 古歌-イニシエウタ-【結ノ歌】2/2 :2011/03/28(月) 00:36:53

 
 二度にわたる父殺しの傷は、公子の身と心を永遠にその瞬間に縛りつけてしまった。時
間は彼に一指も触れることなく通りすぎ、本来ならば時が癒してくれるはずの傷も、口を
開け、血を流しつづけるまま残った。
 公子は仲間を得、暖かな人々に迎えられた。だが孤独はどこまでもついて回った。十八
歳のままのやわらかな心と魂をかたい殻でおおうことで、公子はそれに対した。彼は笑わ
ず、語らず、楽しまなかった。苦悩の終わる日は見えなかった。定められたその日までは
──
 ──一九九九年七の月、魔王と、その魔力の根源たる城を、おのが呪われた身とともに
完全に消滅させる、その日までは。

-end-


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