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【原作】ドラキュラ・キャスバニ小ネタ/SSスレ【準拠】

54 古歌-イニシエウタ-【二ノ歌】16/17 :2010/07/12(月) 22:33:48
 彼は口を開けた。この思い上がった人間の娘に向かって、きわめて辛辣な言葉を吐いて
やるつもりだった。けれどもそんな言葉は何ひとつ出ず、ただ彼は、崩れるように身を折
って娘をかき抱いた。
 娘はしなやかで温かく、やわらかな髪は樹と花の香りがした。闇の王の頭はゆたかな胸
に預けられ、黒髪と金髪がもつれるように混じりあってこぼれた。
「ここに──いてくれ」
 ややあって、ようやく呻くような声がもれた。胸の奥、自分自身でさえ忘れ去ってい
た、はるか遠くの過去からこだましてくるような、かすれがちなそれは囁きだった。
「余から──離れるな。どこにも行くな。ここにいてくれ──ずっと。虜囚ではなく、自
由な意志をもって。ここにいると、どこにも行かぬと、言ってくれ。どうか」
「行きません」
 幼い子供を撫でるように、娘は闇の王の髪をやさしく梳いた。
「どこにも、行きません。けっして、離れはいたしません──貴方さまがそうとお望みに
ならないかぎり、また、どうにもならぬ人の定めが、死が、わたしを連れてゆかぬかぎ
り、おそばにおります。貴方。愛しいお方」
 ああ、と彼は吐息をついた。エリザベータとエリザベート、ふたつの影が、彼の裡でひ
とつに重なった。彼は妻を愛し、この娘を愛していた。二人は魂を同じくする違う人間だ
ったが、魂の根幹において、彼女たちはひとつだった。そしてそのひとつの部分におい
て、彼女は彼を愛し、彼は彼女を愛していた。今にして、それがわかった。
 吸血鬼は涙をもたぬ。泣くときは血の涙を流す。娘の衣を汚すことを怖れて彼は顔をそ
むけようとしたが、娘は自ら手をのばして、油のようににじんできた、古血の色の涙をぬ
ぐった。
「愛しい女よ」彼は呟いた。
「エリザベータ──エリザベート。リサ。わが妻よ」
 彼らは長いあいだ抱き合ったままでいた。枯れて丸まりかけていた花園の植物が、少し
ずつ生気を取りもどしつつあった。長いあいだ庭を離れていた小妖精たちが集まってき
て、木々のあいだからおっかなびっくり、戻ってきた娘と、その腕に抱かれてぴくりとも
せぬ闇の王の姿を、目をまるくしてのぞき込んでいた。娘は十七歳になっていた。


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