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【原作】ドラキュラ・キャスバニ小ネタ/SSスレ【準拠】

1 名無しさん@うまい肉いっぱい :2006/05/31(水) 19:18:01
こちらはドラキュラ&キャッスルヴァニアシリーズ全般のゲーム設定に準拠したネタスレです。
原作ゲーム内の設定に添った小ネタ・SSはこちらに投下のこと。
基本的に原作準拠ですが、多少の補完や捏造設定は必要ならばアリということで。
根底から違うパラレル設定は、パラレルスレのほうへお願いします。

ただし、パラレルスレと同様、読む側の混乱を避けるために
投下品の最初にはそのネタの設定とカプ傾向、できれば作品名も
明記しておくのを基本ルールとしてお願いいたします。

また、一応小ネタ専門ということで、書くうちに長くなった、または長引きそう、な場合は
スレ立てスレのほうで適宜協議の上、単独スレを立てるかどうか決定してください。

2 名無しさん@うまい肉いっぱい :2006/06/04(日) 22:15:56
に…2ゲトー!(゚∀゚;)
単発スレの言いだしっぺは自分なので恐る恐る書き込みます。

この前白液をやったらジュストの声がリア18歳らしくて可愛かった
なので、ムラムラして書いた。今は後悔している。

・白/夜/の/協/奏/曲 マクツーム×ジュスト
・ジュストがもやしっ子
・ガチホモ臭
・バッドエンドというか何これ?

マクツームは裏なんだか表なんだかよくわからない事に…
まあ、よろしければ暇つぶしにドゾー

3 我ながらこれはひどい 1/3 :2006/06/04(日) 22:17:57
「ならば、俺がその気にさせてやる…行くぞ!!」

 途端、視界は暗転した。

 数瞬後に飛び込んできた光景は、見渡す限り極彩色の四方と、蠕動を続ける壁。
 吐き気を催すのも時間の問題だった。
 思わず目を背ける。
 それはほんの一瞬の事ではあったが、今や人外となった"彼"がその隙を見逃す筈もない。

「──!」
 全身に鋭い痛みが走り、あっけないほど簡単に武器は奪われた。
 敵を排除する為のそれは皮肉にも持ち主を拘束するのに使われた。
 力の限り腕を動かしてみるがビクともしない。
(ドラキュラの力とはこれ程の物なのか…)
 そんな事を考えている間に、勝ち誇った声が聞こえてきた。
「フ…ベルモンドが聞いて呆れるな…やはりお前など俺の敵ではないな」
 言いながら、マクシームはジュストのベルトを取り外しにかかった。
 予想外の行動にうろたえる暇もない。
「…? 何のつもりだ…」
「決まっているだろう。この状況で、」
 低い声が間近で耳に注ぎ込まれる。
「わからない、なんて事は無いだろうが、ジュスト君?」
 思わず震えが走った。
 平静を保とうとするも、何か得体の知れない恐怖と混乱で顔が強張る。
 ベルトとパンツが下ろされ、下着に手がかけられた時、混乱は確信となり更に絶望へと変わった。
「…こんなことはやめろ、マクシーム。
辱めたいのならいくらでも方法はあるはずだろう」
 半ば無駄とは知りつつもそう口にしてみる。

 が、案の定問いかけは無視される。
 あっさりと下着は下ろされ、ジュストのそれは外気に晒された。

4 我ながらこれはひどい 2/3 :2006/06/04(日) 22:19:01
「マクシーム…もうやめろ、それ以上おかしな真似をするのは…」
 いよいよそこに手がかかり、包み込まれる。
 と、顔が近づいてきて今度は生暖かい感触が襲った。
 思わずぎゅっと眼を瞑る。
 抵抗しようにも雁字搦めにされた身体は全く言う事を聞いてくれない。

「そうそう無駄な抵抗をするな。噛み千切られたいのか?」
──本気だ。
 奴は殺そうと思えばいつでも自分を殺せるのだ。
 まるで、猫が獲物を捕まえては弄ぶ様に。
 ジュストは自分が狩られる立場である事をたった今思い知った。
 
 自覚すると同時に、みるみるうちに力が抜けていく。
「…そう、いい子だ。せいぜい楽しむ事だな…」
 そう言って、手の中のそれを激しく擦るように扱い始める。
 少しの驚嘆と、久しく忘れかけていた悦楽に自然と声が漏れた。

 もちろん自分でやった事が無い訳ではないが、それが他人の手によって行われている。
 それも、親友であった男に。
 得も言われぬ羞恥と恐怖とがない交ぜになり、白い頬が朱に染まる。
 必死で声を押し殺す事が、彼に出来た唯一のことだった。
 舌で先端をを執拗に責められ、やがて限界が近づく。
「ぅあ…」
 耐え切れなかった声と共にジュストは達した。
 びくん、と大きく痙攣するように震え、白濁を吐き出す。
 息の整わないジュストを尻目に、マクシームは次の手順に移行する。

「マクシーム…何を…」
 既に熱く猛った自身を取り出し、手のひらに付いたジュストのものを塗りつける。         キモスw
 そのまま慣らしてもいない奥を無理矢理に押し進んだ。
「……ひ…ッ!」
 規格外の挿入により引き裂かれる痛みに、生理的な涙が止まらなくなる。
 マクシームはそんな事にはお構いなしに、好き勝手に動いている。
 突き動かされる度に痛みが走り、
 血と体液が混ざり合う粘着質な音が絶え間なく聞こえる。
 ジュストはそれを虚ろな目で、もはや他人事の様に観察していた。

5 我ながらこれはひどい 3/3 :2006/06/04(日) 22:19:56
 もう一度だけ、ありえない期待をこめて目の前の顔を見上げる。
 
 今ここで行われている事は何かの冗談で、リディーが攫われたのも冗談で。
 また3人で過ごす日々が訪れるのだと、今すぐ言って欲しい。
 1も2も無く信じるだろう。
 だが、そこにあるのは紛れもなく親友の顔なのに、彼はもういないのだ。
 それを認識せざるを得ない状況に、いたたまれない気持ちで一杯になる。
 また、涙がこぼれた。

──唐突に動きが止まり、小さな呻き声が聞こえた。
 生暖かいものが中に放出される感覚に、ぞくりと戦慄が走る。

「…シーム…マクシーム、すまない…」
 組み敷かれた身体から、ふいに掠れた声が響いた。
「──何故謝る?」
 心底驚いた様な声が返ってくる。
「俺、は、お前の苦しみに、気付く事が…できなかった…
ずっと一緒にいたつもりでも、俺はお前の事を何も…わかっていなかった…許して欲しい。
俺に出来る事なら、何でも、償おう…だからもう、こんな」
「こんなふざけた真似はやめろと?」
「…マクシーム、違…」
 目の前の相手は無言で口の端を吊り上げ、初めて口付けてきた。
 強引に舌を絡められ、自分が出したものの苦い味を僅かに感じた。
 紡ぎかけた言葉は消され、再び行為は再開される。

 続けられるうちに、初めは苦痛でしかなかった筈のそれが段々と
 微かに、しかしはっきりと、快楽の形を示そうとしていった。
 殆ど絶望的な気分でそれを自覚する。
 
 熱い迸りを下腹部の中と外で感じた。
 

 永遠とも思われる時間が過ぎた。
 いつ果てるとも知れない行為。もう何回繰り返されたのかも判らない

 ジュストの身体は心労と痛みでボロボロだった。
 視線は宙を舞い、四肢からは疾うに力が抜け落ちている。
 その様子をふと確認してから、マクシームは満足気に呟いた。
 最も、声が聞こえているのかも不確かだが。

「…俺の物だ。あの女も貴様もな。償うと言うなら、全てを捧げてもらおう」
 直後、首筋に激痛が走ったが、もう抵抗する様子もない。
 体中が耐え切れないほど熱く疼く。
 音を立てて啜られる血と入れ替わりに、諦めにも似た虚無感が流れ込んで来た。


 再び、視界は暗転した。

6 我ながらこれはひどい :2006/06/04(日) 22:21:02
意味不明ですが終わります。支離滅裂wwっうぇwwwww
今の自分にぴったりなAAはこれですかね… m9(^Д^)プギャーッ

ごめんね。真面目な?ドジンSS初めて書いたから、厨でごめんね。

7 名無しさん@うまい肉いっぱい :2006/11/06(月) 22:29:39
規制に巻き込まれて板に書き込めないのでこっちにカキコ。
ついでに小ネタも投下。
板から出たネタなので、本編に沿ってるとは必ずしも言えないかも
しれないんだけどパラレル学園とも言えないのでここに。
ホスがわりにどぞ。

>>605
家具セット&フィギュアいいなあ、コンプしそう、つーかする絶対する
フィギュアはもちろん全関節可動&お洋服お着替え可能なんだよな?w
家具はクラシカル&ゴシック、重厚かつ優雅なデザインで。
個人的には天蓋ベッドとラノレアノレはデフォwとして
薔薇園で愛らしく語り合う百合カポゥなヨアアノレヨアが(*´Д`)ホスィ
このセットはフィギュアちょい幼めデザインきぼんw
幼な妻なアノレたん12、3歳くらいで是非

>>606
クセのある味のカレーにはなんとなくヂュストが描いてありそうな気がするw
うっかり食うとちょい危険なロシアンカリールーレット。
シモンは超肉肉しい「うまいにく」たっぷりの特製漢のビーフカリー。
あとベノレモンドじゃないけどおこちゃま用特甘カレーにはソマたんww

前にアノレ似のカンコックドールの写真貼ってたレスがあったなあ。
スーパードノレフィーのカスタムでアノレ作ってみたい…いくらかかるか考えるとガクブルものだけどw
絵師さんのAAキャラとか三頭身キャラとかなら、ピンキーの改造で
そっくりに作れそうな感じなんだけど技術のない自分がにくい…orz

そんでフィギュアの同梱してあるパンフ(?)にSSとか書いてあるといいな

8 テーブル椅子セットSS :2006/11/06(月) 22:30:29
★『テーブル椅子セット&ラノレフ・アノレフィギュア』
 うらうらと暖かい春の午後…
 ベノレモンド家の図書室は大きな窓から入ってくるそよ風と陽光でいっぱい。
 窓際にたたずんで大きな書物をめくるアノレカードの横顔にぼんやりと見入るラノレフ。
 さわやかな初夏の風にさらさらとなびく銀髪を見ているうちに、ついつい手が
止まってしまいます。
「…ラノレフ?」
「(ぎく)な、なんだ!?」
 なんだか声が裏返っています。
「さっきから手が動いていないようだが。ペンの音がしない」
「そそそそそんなことはないぞ!? ちゃんと書いてる、ただちょっと綴りのはっきり
しないところが」
「そうか? どれだ。見せてみろ」
 髪をなびかせするりと近づいてくるアノレカード。机にひじをつき、手もとをのぞき
込むと、ふわりといい匂いがラノレフの鼻をくすぐります。
「どれがわからない? 言ってみろ」
「…あ、あの、そのだな…(ちょ、顔近い! 顔近いっておまえ!)」
 ――どうやら勉強に気持ちが戻るのはもう少し先の若当主なようです。

9 城主の椅子セットSS :2006/11/06(月) 22:31:06
『城主の椅子&リヒ太・アノレフィギュア』
 闇に閉ざされた魔の城の玉座の間…
「あ……ッ、ん、く……ッ」
「クク……どうした? さっきまでとはずいぶん様子が違うようだが……?」
「黙れ…ッ、あっ」
「フ……ドラキュラの息子が聞いて呆れる。なんだこの様は、ここを…こんなにして」
「違…っ、放せ……っ、う、あッ」
 形のいい耳朶に立てられる歯にしなやかな肢体がびくりとのけぞる。
 華麗な貴公子のよそおいはずたずたに切り裂かれて血に染まり、その下の白い胸と
引き締まった腰を、ほんのりと淡く色づいた乳首をのぞかせている。
 巨大な玉座に掛けた男は、膝の上で身を震わせる獲物をゆっくりと堪能するべく爪を
研ぐ。声を漏らすまいと噛みしめた唇に血がにじむのを愛しげに舐めとり、そして
かたく閉じ合わされた脚のあいだの、秘め隠された部分に男の無骨な指先が侵入して
いく…
「あ、あ…ッ、いやだ……ッ」
 懸命に抗っても、痛めつけられた身体に抵抗するだけの気力はもはや残っていない。
 城主の唇に浮かぶ残酷な笑み。
 すすり泣きにも似たかすれた喘ぎ声が暗い石天井に反響する。
 ここは闇の底、影と夜の支配する、永遠の責め苦と快楽の部屋……

10 薔薇園のベンチセットSS :2006/11/06(月) 22:31:55
『薔薇園のベンチ&アノレ・ヨアフィギュア』
「…本当にいいのか?こんなところにいて」
「バカだなあ、君は。ヴァノレターのお遊びにいつまでも真正直につきあってたら、
こっちの身が保たないよ?」
 だって、と不思議そうに首をかしげる長い銀髪の少年。
 怒ったようにバラ色の唇をとがらせている少年は、同じ銀髪ですが肩のところで
切りそろえています。
 どちらもまるでお人形のような、白磁の肌にきらめく瞳。
 年のころはまだ十二、三歳、まだ伸びきっていない手足は子鹿のようにすんなりと
細くしなやかで形よく、花咲くバラ園の茂みのかげ、小さな石造りのベンチで、
おそろいのシルクのブラウスを着て兄弟のように身を寄せあっています。
「…でも、私はヴァノレターの言うことはなんでも聞くようにと言われている」
「だから、君はバカだっていうんだよ。あんなエロ親父のことなんか、言葉半分に
聞いておけばいいんだってば。だいたい、君が来てから僕のすることが増えてしょうが
ないんだから、少しは感謝しておくれよね。君ときたらほんとになんにも知らない
箱入りのお子様で、お坊ちゃまもいいところで、手がかかるったらないんだから」
「…………。」
「あーっ! な、泣くな、なんで泣くんだよまったく! これだからもう、箱入りの
お子さまは困るんだよね、ほらハンカチ!」
 ……赤白さまざまのバラが咲き誇るバラ園で、二人の小さなバラは、なんだかんだ
いって仲良しなようです。

11 名無しさん@うまい肉いっぱい :2007/01/04(木) 03:22:36
明けましておめでとうございます。もう日付が変わって三が日も終わりましたが。
 棚姐さんのラルアルが大団円を迎え、咽び泣きながら「最高の萌えを有難う御座いました、
本当にお疲れ様でした」と叫びつつ新年早々久しぶりに携帯ゲー、数字板以外のドラキュラ
スレを巡っていると、なりきりスレにてあらぬ電波をキャッチしてしまいました。
ズレズレのAAで読み取りにくかったけど、数年前に自分が歴史資料片手に妄想していた
ネタと似たようなこと考えている人はいるんだなぁと、テラウフフしながら火がついちまった
ジャマイカ! どうしてくれる! ウワァァァンヽ(`Д´)ノ となりながらやっちまった。
 確実に長編になるので、先ずは手始めに原作準拠で行ってみようかと思い投稿しました

サークル/ オブ/ ザ/ムーン
・ヒュー→ネイサン
・展望閣のヒュー戦後のセリフから
・微ホモ臭。自分でもよく判らない。
・相変わらずネイサンは人の話を聞いてない。
・オリジナルのセリフを数箇所差し込んである。
・ヒューが少々壊れている(読み様によってはそれ以上かも)

いやもうね、よくネイサンが努力型の主人公とか言われてるけど、その彼を凌駕するために
はヒューのほうも結構努力していたんじゃないかなと思って。しかもその努力が報われずに
悶々としているにも関わらず、プライドか高いせいで誰にも相談できずに自滅して行く様が
何とも……救えるのは君だけだネイサン!となってしまう訳で。
 新年早々腐っててごめんなさい。 ではドゾー

12 無題(6/1) :2007/01/04(木) 03:26:26
「やめてくれ! お前をこれ以上傷つけたくない! ヒュー!!」
 戦いに疲れた顔で、悪魔城の展望閣に響き渡る悲痛な叫びを上げた青年の目の前には、
己の得物――退魔の聖鞭によって衣服のあらゆる箇所が破れ、その間から夥しい血液を
流した痛々しい姿で膝をつき、己を見つめている彼の兄弟子の姿があった。
「ネイサン? ウウッ、お、俺は…」
――俺は何を……? それに、何故お前はそんな悲しそうな目で俺を見ている? そうか
 妄執に取り付かれた俺は、カーミラに完膚なきまでに打ちのめされた後、ネイサンに対する嫉妬
と言う見苦しい感情と欲望を魔に曝け出してそれから……仮初めの力を手に入れる代わりに
自分の意思を真祖ドラキュラに預けた。何と無様な姿か。
 ネイサンは痛みに顔を歪ませながらも、鋭利な刃物のような切れのある端正な容貌を真っ直ぐ
自分に向けているヒューの姿に、彼の自尊心をこれ以上傷つけたくない一心で、抱き起こそうか
どうか、手を差し伸べるべきか逡巡して動けない自分に苛立ちを感じた。
 そして、自分の魔力が低いばかりに、ラテン語の退魔の祈祷文詠唱だけでは何の効果もなく、
恩義ある師匠の息子を魔の呪縛から解くためとはいえ、彼の体力を削りつつ祈祷文の効果を
上げるために己の得物……
 本来は目の前にいる青年が継承すべき聖鞭で彼を、普通の人間ならとうに骨が折れて、
死んでいるくらいの回数以上に打擲しないと、洗脳が解けなかった己の不甲斐なさに、
改めて、悔しさと涙が込み上げてきた。
 普段の彼なら周りに心配させまいと感情を心の中に押し留めて平気な表情に造るのだが、
疲れから気が緩み、その感情を顕にするかのように目に涙を溜めると、それにつられるように
彼の引き締まった容貌が歪んできた。

13 無題(2/6) :2007/01/04(木) 03:27:22
――こんなに傷ついても「痛い」の一言も、見苦しくのた打ち回る事もしない。
あの聖鞭で数十回も打擲したにも関わらず、だ。
 ヒュー、そこまでの体力と精神を持ち合わせておきながら、お前は何故魔に
取り込まれたりしたんだ? 
「ヒュー……気が付いたのか……?」
 ネイサンは本当に解呪したかしないか判らないが、叫び続けて嗄れた咽喉から
確認のためかどうかも自分で判断できないまま、ただ、声を漏らした。
――声が掠れている。俺と戦っている間、ずっと声を掛けていたのか?
 何と苦しく、今にも泣き出しそうな貌をしている? 俺は何時からお前に
そんな表情をさせていたのか皆目分からない。
 ヒューは泣きそうになって、じっと自分を真摯な眼差しで見詰めている弟弟子――
ネイサンの傷ついた輝きを放っているグレーブルーの瞳を理解出来ずに、辛そうな表情を
しながらも呆と不思議そうな眼差しで仰ぎ見た。
 そして、どうして良いか解からず、だが目の前の弟弟子に対してこれ以上
悲しませたくない気持が先走り、抱き留めて自分が思いつく限りの感謝の言葉を
彼に伝えようと思い手を動かそうとしたが、筋が傷ついているのだろう指先しか、
それでも痛みを伴っているが動かなかった。
「…ありがとう…。聞えたよ、お前の呼ぶ声が」
 動かない躯の替わりに先程までの苦渋に満ちた表情を掻き消し、微かな笑みを湛えた
柔らかい顔付きと、低いながらも緩やかな口調で伝えた。
 まるで罪を償い、総てを赦された罪人のように清々しい心持で。
 それに伴い、一筋の涙がヒューの頬をつたった。彼に、ネイサンに己の愚かな行動を取った
経緯を包み隠さず話し、もう元には戻れないかもしれないが親友として心の声を伝えたい。
そう決意したゆえの涙でもあった。
 今までの自分であればいい年をした男が、己の恥かしい部分を他人に見せるのは
情けない事だと頑なに拒否していた。
 そして、この躯は痛みで動かない。死期を覚悟したがヒューはネイサンに心残りが無いよう、
敢えて気丈に伝えようと思った。

14 無題(3/6) :2007/01/04(木) 03:28:02
「…ヒュー。大丈夫か?」 
 ネイサンは、今まで自分が見たことがないヒューの優しく、どこか悲しみを帯びた
微かな笑みに少々不安を感じながらも、彼の次の言葉を待つつもりで恐る恐る訊いた。
――本当に呪縛は解けたのか? そうでなかったら俺は……師匠には大変申し訳ないが
この土地のしきたりに従い、お前の全身の腱を断ち、心臓にサンザシの杭を打ち込まな
ければならない。俺はこれ以上の解呪の方法を知らない。
 そう思いネイサンは予測がつかない攻撃に備え、全身を硬くして身構えた。
「ネイサン…。俺はお前に嫉妬していた」
「!?」
――ヒュー!? 一体なにを言い出したんだ? 嫉妬? お前が俺に? 能力も知識も
膂力も何もかもが俺より上回っているお前がか? 
 予想外の科白にネイサンは唖然として二の句を継げることができず、目を丸くした。
「親父がお前を認めることで、俺は要らない存在になるのが怖かったんだ」
 そしてヒューは息を呑み、瞼を閉じると切なく呟いた。
「ただ認めて欲しかった…」
――それだけではない。俺はお前にも認めて欲しかった。もっともそれは俺自身の
エゴを伴った感情だが。
 もし、お前が洗脳された俺に負けて倒れたら、問答無用で押し倒して力任せに何度も
唇を奪い、何が起ったか解からず呆然としているであろうお前の顔を尻目に、
卑怯だが痛みで動けなくなっているお前の躯から、衣服をすべて剥ぎ取り、力無く抵抗
しようとしているお前の姿に嗜虐心をそそられながら、前戯も何もせずに無理矢理、
己の欲望をお前に何度も何度もぶちまけ、力尽きて物言わぬ躯になってもなお続けるだろう。
穢れて爛れた思考と感情のままに……
 男の身でありながら、それほどまでに同性であるお前が欲しかった。そして、その思いを
遂げるために絶対的な力が欲しかった。その象徴があの聖鞭であったのに、それをお前が
継承したことで俺は父親から己の努力を否定され、お前を親父に取られた心持がした。
逆にお前に親父を取られたとも思い、お前を愛する気持と独占欲が綯い交ぜになって俺は、
俺より能力も無く簡単に聖鞭を手に入れたお前を、あからさまに見下すようになっていった。
だが、いつも他者のことを思い、一歩引いて優しく見守るお前をずっと愛し、護っていきたかったのは嘘ではない――

15 無題(4/6) :2007/01/04(木) 03:28:40
やはり幾ら包み隠さず話すとは言っても、その想いだけはネイサンに
告げるべきではない。彼が余計混乱するだけだと思ったヒューは言葉を切った。
 と同時に行き所の無い想いは、彼の漆黒の瞳から止め処なく涙をこぼれさせ
赤い絨毯の上に雨のように滴り落ちた。
――聞きたくなかった。力を持っている矜持を誇り、自尊心が高いこの男から、
そんな自虐的な感情を曝け出した言葉なんて。
「もういい…」
 ネイサンはこれ以上、師匠のモーリスの元で一緒に育ってきた親友の痛々しい姿を
見聞きしたくなかった。幼い頃から力強く、その上で人よりも何倍も努力してきた
青年の弱音など。
 そう思うと自然に耳目を閉ざしたい気持になり、ヒューの後悔の念を遮りたい衝動に
駆られた。
 しかし、死を覚悟したヒューはネイサンが聞こうが聞くまいが、総てを言うつもりで続けた。
 己の愚かしい感情のためにこの身は魔道に堕ち、その所為で愛する者の行く手を
遮って時間を取らせてしまった事への後悔と、いまだに己の心の強さを自覚して
いないネイサンに、真祖ドラキュラを倒す事のできる自信と、傷ついた自分の代わりに、
ドラキュラに捕らえられ生贄にされかけている自分の父親を助けてくれと、
どうしても伝えたかったから。
「そんな俺の心の闇を、親父は見抜いていたんだろう。だからお前を…」
「よすんだ」
――それは闇でもなんでもない。人間誰しも持ちえし感情だ。挫折を知らないお前が
陥った感情の罠だ。それを自覚せずただ、己が処理できない感情を闇雲に力で捻じ
伏せようとしたから……心が折れたんだ。師匠は決してお前を見捨てたりしない。
無駄に死なせたくなかったから敢えて力を持たせなかっただけだ。
 力強くネイサンはヒューの自虐的な科白を否定した。しかし、ヒューは今もって弱音を吐いている。

16 無題(5/6) :2007/01/04(木) 03:29:11
やはり幾ら包み隠さず話すとは言っても、その想いだけはネイサンに
告げるべきではない。彼が余計混乱するだけだと思ったヒューは言葉を切った。
 と同時に行き所の無い想いは、彼の漆黒の瞳から止め処なく涙をこぼれさせ
赤い絨毯の上に雨のように滴り落ちた。
――聞きたくなかった。力を持っている矜持を誇り、自尊心が高いこの男から、
そんな自虐的な感情を曝け出した言葉なんて。
「もういい…」
 ネイサンはこれ以上、師匠のモーリスの元で一緒に育ってきた親友の痛々しい姿を
見聞きしたくなかった。幼い頃から力強く、その上で人よりも何倍も努力してきた
青年の弱音など。
 そう思うと自然に耳目を閉ざしたい気持になり、ヒューの後悔の念を遮りたい衝動に
駆られた。
 しかし、死を覚悟したヒューはネイサンが聞こうが聞くまいが、総てを言うつもりで続けた。
 己の愚かしい感情のためにこの身は魔道に堕ち、その所為で愛する者の行く手を
遮って時間を取らせてしまった事への後悔と、いまだに己の心の強さを自覚して
いないネイサンに、真祖ドラキュラを倒す事のできる自信と、傷ついた自分の代わりに、
ドラキュラに捕らえられ生贄にされかけている自分の父親を助けてくれと、
どうしても伝えたかったから。
「そんな俺の心の闇を、親父は見抜いていたんだろう。だからお前を…」
「よすんだ」
――それは闇でもなんでもない。人間誰しも持ちえし感情だ。挫折を知らないお前が
陥った感情の罠だ。それを自覚せずただ、己が処理できない感情を闇雲に力で捻じ
伏せようとしたから……心が折れたんだ。師匠は決してお前を見捨てたりしない。
無駄に死なせたくなかったから敢えて力を持たせなかっただけだ。
 力強くネイサンはヒューの自虐的な科白を否定した。しかし、ヒューは今もって弱音を吐いている。

17 無題(5/6) :2007/01/04(木) 03:30:21
「いいんだ。今では愚かな俺にも親父の選択が正しい事がよく判る」
――ヒュー……俺は今までお前の何を見てきたんだろう? いつものお前なら語気を
強めた口調で「さっさと行け! グズグズするな」と人が戸惑っていようがいまいが、
状況に応じて一瞬で判断し的確な指示を出して俺をいつも護ってくれていたお前が
……こんなにも弱くなるなんて。
「抱き起こそうか?」
 ネイサンは惰弱な精神の持ち主に堕した彼に、手を差し伸べようとした。
余りにも痛々しい姿になった彼を放って置く事が出来なくなり、今度は自分が護ろうと
考えたからだ。
「フッ…。これ以上、俺に恥をかかせるな」 
 しかし、ヒューはそんなネイサンの甘さを見抜くと、共倒れを避けるために敢えて愛する
者の申し出を揶揄した口調で拒絶した。
――それがお前の弱点だ。目の前の悲劇にすぐ対処しようとする。お前の目的はなんだ?
 ヨーロッパの全キリスト者を救うためにその聖鞭を振るうんじゃないのか? 
お前が与えられた使命を果たせ……
「親父を…。師匠の手助けをしてくれ。頼んだぞ」
 そして、儀式の間の扉にかけられている封印を解除するための鍵の在処を教えると、
ヒューは瞳と同じ漆黒の長髪を痛む手で掻き揚げ、いつもの自信に満ちた顔付きに戻って
ネイサンにその顔を向けた。
 ネイサンは今までであれば、「俺が一人で助ける!」とがむしゃらに息巻いて一人で事を
なしていた彼が、他人に事を任せたことに軽い驚きと、何故だか判らないが、いつも自分に
見せる、眩しいくらいの自信溢れる表情に戻った事を嬉しく思い、
「分かった」
 と満面の笑みで答え、鍵のある部屋へと走り去っていった。

18 無題(6/6) :2007/01/04(木) 03:30:56
――これで俺も安心していける。だが簡単には死ねない。
 ネイサンが真祖を打ち倒し、無事に親父を助けるまで俺はひとまず消えるとしよう。
あいつに心配掛けさせたくないから――
 体の痛みはまだあるが、動かせないほどではなくなると、また愛する者を見守り
たいと願い、生きる活力が漲ってきた。
 そしてネイサンが部屋から戻って来るまでには消えたいと思い、ヒューは体の重心が
定まらないながらも歩き始めた。
 だが、何故だか自分でも解らないが違和感を覚え、ふと、展望閣を見回した。
そして奇妙な感覚の原因が、通常ならば一対である筈の玉座が一つしかない事に気付き、
歩みを止めた。
 すると突然、己の知識の中の分厚い本の頁がめくられる様な感覚に陥った。
それからドラキュラに関する事象を紐解き始めると、感慨深く夢想した。
――この城の城主、真祖ドラキュラは最愛の妻を亡くした後、他には娶らず孤閨を
守ったと言われている。貞淑なその彼が何故魔道に堕ちたかは、俺は知らない。
ただ、孤独を自分の物に出来なかったのが罪なら……止そう。ドラキュラが厄災を
振り撒く存在であるのは変わり様の無い事実だ。
 
 ヒューは己を魔道に落とした憎むべき相手に、己の遂げられない孤独な想いを重ね
合せると、うら寂しさが漂う悲しげな面持ちで感傷に浸った。
そして独り、痛む躯を庇い、ネイサンが追って来ないことを確認しながら振り返りつつ、
生きるか死ぬか分からない己の身をあても無く動かすと、魔物が蠢く城内を探索していった――

19 行動も文も痛いよ…。 :2007/01/04(木) 03:42:04
……自分でもヘボン臭が漂っている事は判ってるさ! なおかつ文体も変だ!
でも後戻りは出来ねーぇぇ 緊張のあまり二重投稿してしまう自分アホス
本当にごめんなさい。
でも読んで下さってありがとうございました。
 最後に棚姐さんへ、感謝の意を込めて〆たいと思います。

アルラルの切ない恋情をこれでもかと散りばめた流麗な、
それでいてくどくない心地よい文体と、確実に当時の資料を踏まえた
アイディアに魅せられて、毎回涙した思い出を決して忘れません。
 あなたの描く、どこか仄暗い闇を秘めながらも気高く真摯に生きているアルカード。
力強く愛する者を全身全霊で守り通すラルフ。戦友として男と女の垣根を取り払い、
気丈に面前の敵に立ち向かうサイファ。全てを知りえても決して本質を見極める心を
失わなかったエルンスト。魅力的な彼らは美しく、まるであの時代に生きているような
錯覚さえ覚えました。
 それほどまでにあなたの物語は……筆舌に尽くせないほど素晴しかった。
大袈裟かもしれないけれど、僥倖とはこの為に在るような言葉だと思いました。
本当にお疲れ様でした。

20 若百合(J)×アノレ1/3 :2007/01/16(火) 21:27:46
 白い部屋だった。
 彼の目にはそれしか映っていなかった。白。ただ一色の白。
 ときおり、影のように視界をよぎっていく何者かが見えたような気もしたが、それら
はみな、彼の意識にまでは入り込むことなく、ゆらゆらと揺れながら近づき、遠ざかり、
近づいてはまた離れていった。
 自分は誰なのか、あるいは、何なのか?
 生きているのか、死んでいるのか?
 ベッドの上の「これ」が生物であるのか、そうでないのかすら、彼にはわからなかっ
た。呼吸をし、心臓は動き、血は音もなく血管をめぐっていたが、それらはすべて彼の
知らぬことであり、石が坂を転がるのと、木が風に揺れるのと、ほとんど変わりのない
単なる事実でしかなかった。
 ただ白いだけの、水底のように音のない空間で、まばたきもせず空を見据えながら、
彼はときどき夢を見た。生物でないものが夢を見るならばだが。
 そこで彼は長い鞭を持ち、影の中からわき出てくるさらに昏いものどもと戦い、暗黒
の中を駆け抜けていった。
 そばにはいつも、地上に降りた月のような銀色の姿があった。それはときおり哀しげ
な蒼い瞳で彼を見つめ、また、黙って視線を伏せた。
 夢は、止まったままの彼の時間を奇妙に揺り動かし、見失った魂のどこかに、小さな
ひっかき傷を残した。肉体はこわばったまま動かず、そもそも、存在するのかどうか
あやしかったが、この地上の月を見るたびに、彼の両手は痛みに疼いた。
 何か言わなければならないことが、どうしても、この美しい銀の月に告げなくては
ならないことがあるような気がしたが、それが形を取ることはついになかった。彼は
ただ、無限の白い虚無に、形のない空白として漂っていた。

21 若百合(J)×アノレ2/3 :2007/01/16(火) 21:28:24
 ……光がさした。
 白い空虚の中に、一筋の、銀色の光が射し込んできた。
 彼はまばたき、自分に、目があったことに気がついた。まぶたがあり、顔があって、
顔には頬があり、その頬に、ひやりと柔らかい銀色の月光が流れ落ちていた。
 夢の中の月が、自分を見下ろしていた。
 彼は口を開けた。
 何かが喉のすぐ下まで上がってきて、つかむ前に消滅した。苦痛と、それに倍する
どうしようもない胸の痛みが突き刺さってきて、彼は思わずうめき声をあげた。
「……動かない方がいい」
 ごく低い声で、月は言った。その髪と同じく、やわらかく、ひやりとした、透き通る
ような銀色の声だった。
「お前はひどい傷を負った。命を取り留めたのが奇跡だと言っていい。自分の名はわか
るか? 言ってみろ」
「――……」
 もう一度口を開けようとしたが、声は出なかった。彼の中には空虚しかなく、答えに
なるような何物も、そこには残っていなかった。
「――わ、から、ない」
 ようやく、そう言った。
 月の白い顔に、かすかな翳が走ったようだった。
「本当に、わからないのか?」
 しばしの間をおいて、思い切ったように月は言った。
「――私の、名も?」
 わかる、と叫びたかった。わかる、あんたは月だ、夢の中でずっと俺のそばにいた。
 だがそれもまた、言葉になる前にこなごなにくだけて白い闇の中にのまれていった。
彼はただ弱々しく首を振った。
「……そうか」

22 若百合(J)×アノレ3/3 :2007/01/16(火) 21:28:56
 銀の月はつと視線を外した。
 長い髪からのぞく肩がかすかに震えているように思えて、彼は思わず手を伸ばそうと
したが、やはり身体は動かないままだった。全身が包帯に包まれ、ベッドに縛りつけ
られていることに、彼は突然気がついた。
 ここは病院だ。俺は生きている。そして怪我をしている。
 だが、何故だ?
 ――そして、俺は誰だ?
「あんた……は……誰だ?」
 ようやく声を絞り出して、彼は言った。
 銀の月は目を上げ、彼を見た。その蒼い瞳に、夢の中と同じ哀しみが浮かんでいるの
を見て、彼の胸は貫かれるように痛んだ。
「……そのことはあとで話そう」
 低い声でそれだけ言って、月の髪をした青年は立ち上がった。
「今はまだ眠れ。傷が酷い。考えるのは、身体が治ってからでも遅くはない。ゆっくり
養生しろ」
 違う。待ってくれ。
 そう声にしようとしたが、その前に、全身が砕けるような痛みが走った。白い闇から
あわてたように影が一つ走ってきて、肩を押さえてベッドに押し戻そうとする。
(だめですようごかないであなたはなんどもしにかけたんですよだれかちんせいざいを)
 うるさい。うるさい。
 俺はあいつを知ってる。俺はあいつを知ってるんだ。
 言わなければ。ちゃんと言わなければ。忘れたりなんかしていない、と。約束した、
俺はおまえを、おまえを、おまえ、を――
 腕に注射針が突きささり、流し込まれる薬液が視界に霞をかけていく。伸ばそうとした
手は無理やり下ろされ、点滴の管が突き立てられる。
 銀の月は哀しい目をして立ちつくし、闇のむこうから自分を見ている。
(……ア、ル、)
 引きずり込まれるように意識が暗闇に包まれる。
 最後まで見えていたのは、仄かに輝く銀色の月と、哀しみをたたえた二つの瞳――。

23 名無しさん@うまい肉いっぱい :2008/04/05(土) 17:01:10
パパアノレ?
悪伝直前くらいの話になります。
本番はありませんが、吸血=性行為の解釈で書いているので微エロです。
父子なんてフケツっ!っていう方はスルー推奨。
あと、私の書くアノレたんはピュアっ子ではないのでその辺も要注意。

しかし書いてる間、説得シーンでは月下パパなのに
吸血シーンがなぜかマティパパで浮かんで絵面的にものすごくいかがわしかったんだぜ……

24 Rhapsody in Blood 〜朔〜 1/6 :2008/04/05(土) 17:02:08
 朱く焼けていた西の空が少しずつ薄闇に染まっていくのを、アドリアンは自室の窓から
眺めていた。
 もうすぐ、父が目を覚ます。
 薄紫から群青に移りゆく空の色。そこに星の瞬きが見つかる頃合いに、自室を出て玉座
の間に向かう。
 ここ数日、アドリアンは父親に会えずにいた。
 人間を襲撃するのを諫め、母の遺言を守ってくれるよう説得し続けていたのを疎まれた
のだろう。
 今日も無駄足かもしれない。
 それでも、父の元に訪ねていく以外、今アドリアンに出来ることはないのだった。
 玉座の間とは言っても、取り次ぎはない。城内に数少ない人間は父に呼ばれない限りこ
こに来ることはなく、元来外からの来客などアドリアンの知る限り無かった。
 両開きの重い扉を開けて、中を見渡す。
 真紅の絨毯の延びる先、数段高くしつらえられた玉座に、今夜も父の姿はない。
 そのことに、落胆と共に安堵を覚える。
 あの日以来、父と対峙するのはアドリアンにとって辛いことだった。
 母の遺志は守りたい。しかし、父の気持ちもまた、痛いほどにわかるのだ。母を亡くし
た哀しみと、手にかけた人間に対する憎悪。
 憎んではいけない、と母が最期の瞬間まで訴えたのだから、憎むまいと思う。思いはす
るが、そう簡単に割り切れないのも事実だった。
 ともすれば父の狂気に流されてしまいそうな自分を自覚していればこそ、アドリアンは
母の遺言を口にし続けた。父にというよりむしろ、自分自身に向かって。
 空の玉座をしばし見つめ、踵を返す。
 父に会えない日は母のために祈りを捧げて過ごすことにしていた。母を亡くして以来神
に祈ったことはなかったが、死者の安寧を願う行為を祈りの他に何というのか、アドリア
ンは知らない。
 生前、母が丹精した花園の一角に墓碑がある。その墓前に向かおうと扉に手をかけた時
だった。

25 Rhapsody in Blood 〜朔〜 2/6 :2008/04/05(土) 17:02:48
『また世迷い言を云いに来たか』

 肉声ではなく、部屋全体の空気を揺るがすような声にアドリアンが振り返ると、無数の
蝙蝠が玉座に集まり、その暗がりから父、ドラキュラ伯爵が現れた。
 闇の眷属であることを見せつけるようなその出現は、おそらく自分に同じ血が流れてい
ることを思い起こさせるためにわざと行ったのだろうと、アドリアンは思う。
 母を亡くして以来、父は吸血鬼としての本性を隠そうとしなくなった。自分の前では特
にそうだ。今も、母と共に在った頃には想像も付かなかった父の姿がそこにある。人と同
じ姿形を持ちながら、人ではないものなのだと悟らざるを得ない、冷たく凄惨な魔王の容
貌。こちらを見据える紅い瞳に、かつての情など欠片も見いだせはしない。
 それを寂しいと思ったこともあった。しかし今は、恐ろしいと思う。父がではなく、こ
こまで父を変えた絶望というものが。もしそれに侵されたならば、自分もまた父と同じ道
を辿るのだろう。だからこそ、母の言葉を決して忘れてはならない。
「何度でも申し上げます。無意味な虐殺などお止めください、母上は復讐など望んではい
ませんでした」
「幾度繰り返そうが無駄なこと。リサが何を望んでいたとしても、今となっては何の意味
もない」
 父の言う通り何度も同じ問答を繰り返すだけでしかなくとも、それを無駄とは思いたく
なかった。たとえ父に届かなかったとしても、語りかけることを諦めてしまったら父との
絆をも無くしてしまう。
「母上の望みを叶えることが、なぜ無意味なのです。何でも叶えてやりたいと仰っていた
ではありませんか」
 まるで揺るがないように思えたその瞳に、一瞬影が差したように見えた。
 そしてわずかの沈黙の後、唇を嘲けるように歪める。喉の奥で押し殺したような笑いが
響いた。
「そうだ、何でも叶えてやろうと思った。──その結果がこれだ!」
 玉座の肘掛けを叩きつけ、その勢いのまま立ち上がった。
「昼に出歩くのも、疫病に苦しむ人間に薬草を与えるのも、好きにさせた」
 ゆっくりと段差を降りこちらに向かって来る。全身から立ち上る激しい怒りと憎悪に気
圧されて、アドリアンは思わず後ずさった。しかしもともと扉の前まで来ていたのだ、す
ぐに背が扉に触れてしまう。
「それが仇になったのだ」
 徐々に距離が詰まる。背後の扉を開けて逃げたい衝動を必死に押さえ、目を逸らさぬよ
う自らを叱咤する。父を説得するために来たのではなかったか。たとえ何があろうとも、
逃げることはできない。自分から背を向けるようなことだけは、断じて。

26 Rhapsody in Blood 〜朔〜 3/6 :2008/04/05(土) 17:03:28
「そもそも人間のままにしていたのが間違いだったと、今にして思う」
 血の気のない白い手が伸びて頬に触れられた瞬間、身が竦む。その冷たさにだけではな
く、身に纏う殺気にも似た憎悪とはあまりにかけ離れた優しさに恐怖を覚えて。まるで壊
れ物に触れるかのように、冷え切った手がそっと頬を撫でていく。
「闇の眷属にしておれば、私の目の届かぬところで死なせることはなかった」
 もう片方の手が、肩に置かれた。頬に触れていた手は首筋を辿り、襟元の飾り結びをほ
どいて開く。
 アドリアンは誰に教わるわけでもなく本能として、獲物の抵抗を封じる魔力が身の内に
備わっていることを知っていた。それが父から受け継いだものであることは疑いようもな
い。今、間近に父の目を見ながら、自分は既にその魔力に捕らわれているのかもしれない
と思った。先刻、逃げてはいけないと思ったことさえ、あるいは自分の意志ではなかった
のかもしれない。
 父が何をしようとしているのか、ここまでされれば嫌でもわかる。
 怖くないわけではない。それがどれほど背徳に満ちた行為かも知っていて、それでもな
お振り払って逃れようとは思えないのだ。
「お前はあまりにリサに似過ぎている。人に甘いところなどは特に」
 首周りにまとわりつく髪を父の手が背に流した。首筋を曝されただけなのに、まるで裸
にされたかのように心許ない。
「人間の血がそうさせるのか……ならばその血を、全て抜いてやろう」
 首筋を辿りつつ後ろに回された手が襟足を撫でるように軽く掴み、髪を引かれる。顎が
上がり、自然と首を曝す姿勢を強いられた。
 無防備に曝されたそこに父の唇が寄せられていくのを、ただ見ていることしかできない。
あまりの不安と恐怖で、震える吐息が無様に漏れるのを押さえることもできなかった。
 それに気づいたのだろう父が、わずかに視線を上げる。
「案ずるな。何も恐れることはない。私に任せて、お前はただ全てを受け入れていればよ
い」
 再び下に向かう父を、もう見ているのも辛くて目を閉じる。
 冷たい唇を首筋に押し当てられて震えた身体を、力強い腕に抱き竦められた。
「お前に、闇に生きる者の愛し方を、教えてやろう」
 耳元で囁かれた声は、夢見るほどに甘やかで優しく、一瞬、不安も恐怖も忘れさせる。
 張りつめていた力を抜いて身を任せたその時を逃さず、父の牙は容赦なく突き立てられ
た。

27 Rhapsody in Blood 〜朔〜 4/6 :2008/04/05(土) 17:04:17

 痛みを感じたのは、皮膚を食い破られる一瞬に過ぎなかった。
 穿たれた箇所は痛む代わりに熱を持ち、そこから甘く痺れるような感覚が広がる。
 吸い上げられる度に、まるで血と共に登るかのように身体の中をその痺れが走り抜け、
肌にまつわりつき血を舐め取る舌のざらつく感触に粟立つような感覚を覚えた。
 脈打つ首筋から血の流れに乗ってその熱が運ばれ、体中に甘い痺れが回るような錯覚に
陥る。
 知らぬ間に息が上がり、もう自分の力で立っていることもできず、父の腕に支えられて
いるような有様だった。袖にかろうじて縋りついてはいるものの、まるで力が入らない。
 押さえることもできずに漏れる喘ぎが、静まりかえった部屋にやけに響く。いたたまれ
ない羞恥を覚えて身を捩れば、それを押さえつけるようにさらに深くまで抉るように牙が
食い込んだ。
「っ…あ……ぁ…………」
 一瞬、視界が白く灼けるほどの強烈な感覚に襲われて目を見開く。
 断続的に痙攣のように震えた身体は、それを宥めるように撫でる掌の感触にも敏感に反
応し、まるで収まる気配がない。
 何か、これに近い感覚を知っているような気がして、ふと思い当たった。
 射精の快感と、とても似ている。
 アドリアンは半分人間ではないためかあまり性的な欲求は強くはなかったが、普通の人
間と同じように精通も経験したし、幾度かは自慰もしてみたことはある。
 達したときの快感と先ほどの感覚は確かに同じ種類のものだ。
 これまで、吸血は性行為と等しいと知識では知っていたが実感はなかった。
 それを今、身をもって知った。
 そして理屈ではなく感覚で理解した途端、行われている行為のおぞましさに愕然とした。
 自分は今、父親に犯されているも同然なのだ。
 父の欲望をこの身に突き立てられ、貪られて。
「嫌……だ…………っ」
 力の入らない腕で押しのけようと突っ張ってみても、びくともしない。

28 Rhapsody in Blood 〜朔〜 5/6 :2008/04/05(土) 17:04:52
 その変化に気づいたのだろう、父は一端牙を抜き、名残惜しげに傷口から溢れる血を舐
め取ると、その感覚にすら耐えられず身を震わせる自分を見下ろして、血に染まった紅い
唇にうっすらと笑みを掃いた。
「余計なことは考えぬがよい。ただ快楽にのみ身を任せて、素直に受け入れているがいい」
 傷口を、舌でこじ開けるようにねぶられて身体が跳ねた。痛みではなく、もどかしいよ
うな疼きが思考までをも犯す。
 そこを埋めて欲しい。力尽くで押さえつけて、無理矢理ねじ込んで、この身を隈無く支
配して欲しい。
 そう思うのと同時に、自分の欲するものに嫌悪を覚える。気が狂いそうだった。
 内心の葛藤を知ってか、わずかに笑ったような気配の後、牙の先が首筋に宛われる。そ
れに穿たれる期待に歓喜する身体と、再び背徳に墜ちることに抗おうとする心とがせめぎ
合う中、一度閉じた肉を引き裂くように押し広げて凶器が埋め込まれた。
 初めに受け入れたときとは比べものにならない快楽がそこから湧き立つ。その行為が何
を意味するのかを知った心理的な要素もあるだろうが、何より身体が昂ったままだったの
が最大の要因だろう。ただ牙を突き立てられた、それだけで、アドリアンは再び達した。
 自慰ではすぐに冷めた感覚が、一向に引かなかった。達したとはいっても、実際のとこ
ろ下肢に濡れた感触もなければ、そもそも勃ってすらいない。物理的に出せば満足する類
のものと違って、その快楽は果てることがなかった。
 荒く息を吐き、懸命に余韻を逃がそうとするのを翻弄するかのように貪られて、また混
乱の内に快楽の波に突き落とされる。
 そんなことを繰り返される内に、いつの間にか意識を手放していた。

29 Rhapsody in Blood 〜朔〜 6/6 :2008/04/05(土) 17:05:31

 目が覚めると、自室の寝台に横たわっていた。
 室内は薄暗い。明るさの残る空の方角からして、夕刻だろう。
 普段、アドリアンは母の生前と同じように朝起きて夜眠りにつく。こんな時間まで寝て
いることはまず無かった。
 起きあがろうとして、あまりのだるさに断念する。
 霞がかったように頭が働かない。
 悪い夢でも見ていたのだろうか。
 夢の内容を思い出そうとして目を閉じると、瞼の裏にまるで悪夢そのもののような、し
かしまごう事なき現実の記憶が映し出された。
 父の紅い瞳、血を啜った紅い唇。
 息をのんで目を開き、震える指で首筋を確かめる。牙の痕は、傷と言えるほどには残ら
ないが、虫に刺されたくらいのわずかな痕跡は残る。指先でその場所を探ると、確かにか
すかな違和感があった。何より、指で触れただけで身の内に燠火が燻るような熱が疼く。
 見開いたままの瞳から、涙が零れた。
 枕に伏せて、涙を隠し嗚咽をかみ殺す。
 アドリアンはその夜、寝台から出ることは出来なかった。

30 名無しさん@うまい肉いっぱい :2008/06/15(日) 19:08:11
発作的に書いた。
反省はしているが、投下して行く。

ラル→転生→リヒ太で、月下後同棲中

从 ゚∀〆从 「おまえはおまえのままでいいんだ、ぐたぐだ言うな」

とか男前に言われて、ソウルスティールな自分も嫌いじゃない天然闇の公子なアノレたんと
普通に男前なリヒ太でお送りします。

十数年ぶりにこんなん書いたので、なんかいろいろとスミマセン

31 標(しるべ) :2008/06/15(日) 19:09:00
 人は、すぐに死ぬ。
 私を置いて逝く。
 私は、闇の生き物だから、人を好きになってしまったら、死んでゆく人を見送って、後は、凍ってしまうしかできない。
 それなのに、彼は、「待っていろ」と言った。
 死んでしまっても、また必ず逢える。
 また人に生まれてきて、また必ず逢いに来ると。
 人が、死んでしまうのは、また生まれてくるためだと、だから待っていろと、そう言った。

「待っていてくれれば、探し出す。必ず見つけて逢いにゆくと誓ってくれたのだ。だから私は、ずっと待っていた」
 逢えてよかったと、情人の腕の中で、アルカードは幸福をかみしめていた。
 何度も夢に見た、抱きしめてくれるたくましく温かい腕。
 やさしく髪をなでてくれる大きな掌の感触や、ためらいがちに重ねられる唇の熱さに、魂まで溶けてしまいそうだった。
「それでも、アルカード。俺は人だから、また死んでしまう。またお前を一人にしてしまう」
 リヒターの青い瞳に懼れが浮かぶ。
「それでもかまわない。また待っているさ」
 見つめかえしてアルカードは静かに微笑んだ。
「ずっと待っているから、また逢いに来てくれ。何度死んでも、何度生まれても、おまえの魂が私を愛しいと思ってくれるならば、私は、ずっとお前を待っている。私の恋人は、お前だけだ。お前が待っていろと言ってくれる限り、どんなに長い時間でも、待っている」
 薄いシャツ越しに伝わる恋人の熱に酔いながら、その首筋に口づける。
 咬みつきたくなる衝動を抑えて、顔を上げ、頬にふれる。
 誘うように目を閉じれば、薄く開いた唇をふさがれる。誘われるままに舌を絡め、貪るような口づけを交わし、加えられる不器用な愛撫に酔った。

 人はすぐ死ぬ。
 私は置いて行かれる。
 ただ愛された熱だけが、この魂に刻みこまれる。
 けっして凍りつくことのないこの熱を道標に、愛する人が還り来るのを、私はただ待つだけしかできない。
 闇に生まれて、光に棲む人を愛してしまったのだから。

32 古歌-イニシエウタ-【一ノ歌】1/7 :2010/06/23(水) 22:59:47

  ──はるか昔の物語である。

【一ノ歌】

 男がいた。神に叛いた男であった。かつては人であったが、いまやその身と心は闇に
浸されていた。〈死〉がその身近くに侍り、彼は闇の王と呼ばれた。
 男には妻がいた。何にもまして愛した女であった。その女は彼が戦に出ているあいだ
に、病にかかって死んだ。その胎内には産まれるはずの子が宿っていた。男の子であった
と聞かされた。戦は神の名のもとに行われ、彼は騎士として、神の名のもとにはたらい
た。しかるに神はその報酬として愛する妻と、息子を奪い去っていったのであった。
 男は激昂した。しかしその怒りは彼の気質として、深く心の中に沈滞し、昏く、陰険な
企みとなって実を結んだ。同胞のうちでも有名な智者であった彼は、夜の森を統べる赤髪
の吸血鬼と、おのが友と、その恋人とを駒にして将棋を演じた。
 駒は盤面を導かれたとおりに動き、吸血鬼の王は斃れ、彼はみごとその生贄のもとに闇
の王たる大いなる魔力と、永遠の生を得た。かつての友は彼を呪い、わが一族はこれより
闇を狩る一族となるであろうとさけんだが、去りゆく彼にその言葉はひびかなかった。も
はや人間の世は彼には遠く、神も、その神の支配する残酷な世に関することも、彼にとっ
ては意識のほかにあったからである。
 かくて、永きにわたる刻が流れた。永生を得た彼は、〈死〉を手中におさめ、永遠に生
き続けることによって、わが手より妻と息子を奪った神に叛乱をたくらんだのであった。
 闇の力の踏み台にした吸血鬼の性を継いで、彼は血を欲した。生きた者の血をすすり、
その恐怖や驚愕、陶酔、欲望、そして死を味わうことが、彼の若さをささえた。
 高位の闇の者がおおかたそうであるように、彼もまた美しかった。人であったときにも
美丈夫と称えられたものであったが、闇に身を浸すことによってその美はいや増した。黒
い髪はいよいよ艶をおび、瞳はときおり血いろの光をためてあやしく燃えた。血の気のな
い肌は透きとおるほど白く、石華石膏の彫像のように、なめらかにすきとおって固かっ
た。夜の底に、深く身を隠した彼のもとに、かつての友の追跡はとどかなかった。彼はす
でに、友であったものの顔や名前さえ忘れかけていた。……

33 古歌-イニシエウタ-【一ノ歌】2/7 :2010/06/23(水) 23:00:32
 しかし、刻は復讐するものであった。いつのまにか彼は、おのれが生に倦みはじめてい
ることに気づいた。明日を知らず、昨日をおぼえない生粋の魔とちがって、いまだに人間
性を残していた彼のこころは、流れる刻の永さと無為に、我が身と心が侵食されつつある
のに気づいたのである。
 あたかも、寄せ波によって固い岩が少しずつ削られていくかのようであった。刻は、永
遠の生に凍りついた彼の肉体にうちよせ、魂に満ちていた力を少しずつ流し去っていっ
た。彼は知らぬ間に、出られぬ檻の中におのれを閉じ込めてしまったのではないかと、う
たがいはじめた。
 無為をうち払うために、彼はあらゆることをした。配下の魔物たちに乱痴気騒ぎをさ
せ、ありとあらゆる魔界の愉しみを目の前に繰りひろげさせた。地の底から大哲学者の幻
を呼び出し、亡霊の語る言葉に聞き入った。太古の英雄とその軍団の骸骨をよみがえら
せ、史書にある勇壮な攻城戦を演じさせてみた。神話に語られる恋人たちを見た。魔物ど
もを遣わして人間をさらい、あるいは誘惑させ、気まぐれに幸運と不運を、富と欠乏をふ
り撒いた。それによって人間たちが堕落していく様子を眺め、愉しもうと努力した。
 たしかにそうした遊びは、いっときは心の憂さを晴らしてくれるものであった。人であ
ったころ、尊崇していた神に仕える者どもが、俗人と同様あっさりと、否、俗人以上にた
やすく魔の者の手のうちに堕ちて、破滅してゆくのは心浮きたつものであった。
 しかし、そうした刺激にもすぐに厭いた。人間の目にあまる卑小さにうんざりし、上品
にとりつくろいつつ、下卑た素顔をさらけだす無様に嘔気をおぼえた。このような賤しい
ものどもをいかに堕落させたところで、神にむかって唾することすらできぬと悟った。
 神はあいかわらず手のとどかぬ高みに在り、彼をあざわらっていた。おのれの無力さ
に、彼は歯がみした。いよいよ無残で悪辣な計画を練り、巧妙な仕掛けをもっていくつも
の村を、街を、国をも破滅させた。だが、彼の感じる無力はかわらなかった。神に彼の爪
はとどかなかった。彼の精神はしだいに沈滞に陥りはじめた。
 母の胎内にあったときから魔であったかつての夜の王は永き無聊を戯れで埋めるすべを
心得ていたが、その精髄を奪った彼は、なかばは人の心を残していた。
 人にとって永遠の無為とは罰にひとしい。彼は陰鬱になり、さらに精神の淀みに沈ん
だ。もはや人の愚行も、魔物どもの血なまぐさい騒動も、彼を愉しませなかった。

34 古歌-イニシエウタ-【一ノ歌】3/7 :2010/06/23(水) 23:01:12
 地上にあるあらゆる智識、いまだ人の手の触れぬ、また触れられてはならぬすべての智
慧という智慧に、彼は通じていた。この世で彼が知るべきことも、なすべきことも、もは
やどこにも無いように思えた。
 暗黒に閉ざされた城の玉座に身を置きながら、彼は、倦怠の重い鎖が身を取り巻いてい
くのを感じた。この鎖は目には見えなかったが、どんなものよりも重く、強く、ふりほど
きがたい鎖だった。美しい額に指を置き、長い髪が流れ落ちるのをうつろに見つめなが
ら、彼はみずから選んだこの鎖が、じわじわと我が身を締めつけるのを感じていた。
 ──主よ。
「呼んだか。〈死〉よ」
 ──城の門前に娘が置かれている。
「そうか」
 彼は目をとじた。おおかた近隣の村人の差しだしたものであろう。彼の配下の魔物の襲
撃を逃れるために、ときおりこうして、自らの仲間のうちから犠牲を差しだすものがいる
のだ。これもまた人間のおろかさと下劣の見本であった。
「要らぬ。帰らせよ。余はいま血を欲しておらぬ」
 ──娘は帰らぬと言っている。
 暫時姿を消したあと、もどってきて〈死〉はそう復命した。
 ──帰ったところで戻る家もなく、受け容れてくれる人もないと言った。
 彼を動かしたものがなんであったのかは判らない。魔窟と怖れられる城の門前に置きは
なされてなお帰らぬと言い放つ娘の無謀さか、それとも愚かさか、絶望か。いずれにせ
よ、娘の言葉は彼の沈滞しきった興味をわずかに惹いた。
「出よう」彼は言った。
「余が顔を見てやる。余を見てなお逃げぬとあれば、少しは気のまぎれる玩具であるかも
しれぬ」
 彼はゆき、〈死〉はあとに従った。
 黒い玄武岩できざまれた魔城の門前に、娘は頭から面紗をかぶり、布を巻いた長い棒状
のものを膝に横たえて座っていた。わずかに見える柄頭から、剣であると知れた。彼は思
わずほほえんだ。人間の娘の力弱い細腕で、人ならぬ闇の主に一太刀なりと浴びせられる
と考えているのだろうか。

35 古歌-イニシエウタ-【一ノ歌】4/7 :2010/06/23(水) 23:01:45
「余がこの城の主である」
 彼は告げた。普通の人間であればそれだけで恐怖に凍りつく声だった。
「汝はいずこより参り、何のためにここにいるか。申せ。返答次第で汝の処遇は変わる」
 娘は身じろぎし、視線をあげた。面紗におおわれた下から細い顎がわずかに見えたと
き、彼は奇妙な胸騒ぎをおぼえた。人であることを捨ててから、絶えて感じたことのない
ものであった。娘は裸足で、粗末な白い服を着せられ、あたかも犠牲の仔羊のように小さ
く、無垢に見えた。
「わたしがいずこから参りましたかはもはや申しあげても意味のないことでございます、
尊いお方」
 細いが、涼やかな声で娘ははっきりと答えた。ふたたび強い胸騒ぎが、魔の血に浸され
て揺り動かされることなどないはずの心臓が、絞り上げられる心地すらした。
「わたしは家をなくし、家族をなくしました。友もおらず、支えてくれる者とて誰ひとり
おりません。金でわたしを買おうという者もおりましたが、そのような身に自分を置くこ
とは父母の教えに反すると感じて、断りました。すると彼らはわたしを捕らえて、こちら
のお城の門前に置き去りにしてゆきました。それがすべてでございます」
「その膝に持っているものは何か。剣ではないか。余をそれで討とうとでもするか」
「いいえ。ただの人間の女にすぎないわたしに、どうしてそのような大それたことができ
ましょう。これはわたしの亡き父母が唯一遺してくれた形見、わたしの家系に伝わる、か
つて名高い騎士であったお方の持ち物であったという剣でございます」
 娘は包みから布をすべり落として、中身を差しだした。男は低くあっと声をもらして、
われにもなく後ろに身をそらした。娘は気づかず続けて、
「そのお方はたいそう知略と知謀にたけたお方と伝えられておりましたが、聖地を奪回す
るための長い戦に出るおりに、奥方様のもとに遺してゆかれた剣がこれだと聞いておりま
す。それ以来、この剣はわたしの家の女の護り刀として、代々受け継がれてまいりまし
た。けれども今では、わたしがただ一人残るばかりです」
「汝──いや、そなた、名は」
 彼の言葉はほとんどあえぐようであった。
「エリザベート・ファーレンハイツと申します、尊いお方」

36 古歌-イニシエウタ-【一ノ歌】5/7 :2010/06/23(水) 23:02:28
 涼やかな声がはっきりと答えた。
「歳は十五になります。──親しい者には、リサと呼ばれておりました」
 男はもはや自分を抑えることができなかった。つかつかと進み出て、娘の前に身をかが
め、垂れた面紗を引き上げた。
 薄闇に、月にもまがう白い顔があった。五月の空を思わせる透明な青色の瞳が、怖れげ
もなく彼を見返した。淡色のゆたかな金髪が細い肩に雲のように垂れかかり、身を飾るも
のひとつない彼女の、唯一の装身具となっていた。
 手を放し、蹌踉と男はあとずさった。ふだん、ほとんど拍動などすることのない胸が苦
しいほど早鐘を拍っていた。耳障りな呼吸音を意識した。どちらも、人でなくなってから
は久しく必要としたことのないものだった。
 耐えきれなくなって男は身をひるがえした。娘は剣を抱いたまま、黄金の髪をいただい
た美貌を無邪気にあげている。態度にも、言葉にも、恐れは微塵もなかった。見捨てら
れ、吸血鬼の餌食となるようにここに置かれたというのに、宮廷の椅子に腰かけるのと同
じように落ちつきはらい、堂々とした貴婦人のふるまいを崩さなかった。
「その娘を城内に入れてやれ」
 立ち去りながら男は命じた。
「瘴気のうすい場所──できるならば、影響のない場所を居室に選んでやれ。望むものが
あれば言うがよいと伝えよ。なんなりと与えようと」
 玉座の間にもどるまで男は足を止めなかった。何かに追われてでもいるかのように男は
玉座に身を投げ出し、両手に顔を埋めた。従者である〈死〉が、そばへ漂ってきた。
 ──主よ。あの娘がどうかしたか。
「あれはわが妻だ。エリザベータ」
 呻くように男は呟いた。
「あの剣はかつて余のものであった……十字軍のために東征する際、彼女の守り刀として
託していったものだ。忘れたことなどなかった……一度として、忘れたことなどなかっ
た。あれはエリザベータ、わが妻の血を引き、わが妻の魂を受けついだ娘だ」
 すでに遠い昔となった日々のことがあざやかに甦ってきた。まだ若い騎士であった彼
に、妻が嫁いできたのも娘と同じ十五のときであった。花嫁の面紗を持ちあげて口づけた
ときの、彼女の薔薇色に上気した頬と幸福にみちた微笑が浮かび、たったいま目にしたば
かりの娘の、なめらかな頬と重なった。

37 古歌-イニシエウタ-【一ノ歌】6/7 :2010/06/23(水) 23:03:05
 エリザベータとエリザベート。おお、そうとも、自分もまた妻をしばしばリサと呼んで
いた。幼いときから婚約の絆で結ばれていた二人は、たがいを子供のように愛称で呼びあ
うのを好んだ。それもまた愛のあかしの一つであった。聖地へむかって出立する朝も、彼
女は、おそらく感じていたであろう不安と寂しさを押しかくし、護り刀を抱いて、明るく
笑って接吻したのであった。二度と夫の手を取ることもなく、夫の接吻を受けることもな
いのだと知るよしもなく。
 ──たとえ魂が同じものであろうと、人は人。
〈死〉は骨ばかりの顎を鳴らして言った。
 ──かの娘がかつて主の妻であったとしても、その記憶を娘はもたぬ。人の記憶はもろ
い、わが鎌に一度かかったならば、前世のことなどまず憶えてはおらぬ。
「知っていたのか。あの娘がわが妻の魂を持つと」
 ──われは〈死〉。人の魂を刈り取るもの。魂の色を見分けるはわが力の内にて。
「たわけ」
 叫んで、彼は片手をうち振った。〈死〉は霧のように手応えなくあとずさった。
「余が何ゆえ汝と契約したか、判るか、〈死〉」
 ──われ、〈死〉を生み、地上に下した神に叛逆せんがために。
 いんいんとこだまする声で〈死〉は答えた。
 ──われを手の内に置きて〈死〉を否定し、わが身を神の意図に逆らう記念碑として、
黒い炎のごとく、地上にあって永遠に燃え続けるために。
「そうだ、それゆえに、余は汝を捉え、抑えつけ、抵抗できぬ術と交換条件で、わが足下
に跪かせた……契約により、汝はいかなることがあろうと、余に手出しはできぬ。余が命
令すれば従わずにはいられぬ。余は〈死〉を支配するものであり、汝の主だ。そのために
余は、わが妻といまだ生まれぬ子をその鎌にかけた汝をわがしもべとした、しかし」
 拳を固めて、玉座のひじ掛けをつよく打った。

38 古歌-イニシエウタ-【一ノ歌】6/7 :2010/06/23(水) 23:03:54
「この度は許さぬぞ、〈死〉よ。あの娘に手出しはさせぬ。わが配下の魔ども、闇に棲む
すべてのものにも伝えよ。あの娘の身に毛ほどの傷を与えること、髪の毛一本なりとも損
なうことがあろうものなら、余がじきじきに、永劫続く苦痛をその者に与える。娘は安全
に護られねばならぬ。完全に。完璧に。聞こえたか、〈死〉」
 ──主の言葉である。われは従う。
「ならばゆけ。よいか、娘を傷つけてはならぬ、一指すら触れてはならぬ、ことに汝は
だ、〈死〉よ。汝は一度わが妻を奪った。同じ魂を持つものを、二度までその貪婪な鎌の
もとにさらす気はない。娘の世話は選べるかぎり快い姿を持つものに命じよ、娘が怯える
ことのなきよう。精霊界への扉を開けよ。城の瘴気も、あの地までは及ぶまい」
 ──人には寿命のあることを忘れてはならぬ、主よ。
 影のごとく漂いながら、呟くように〈死〉は告げた。
 ──娘はなるほど美しい。確かにかつてエリザベータと呼ばれたものの魂の姿を受けつ
いでいる。しかしまったく同じではない。時が経てばいずれ老いて醜い老婆となり、死
ぬ。それは主であろうと止められぬ。娘が人である以上は。われは主との契約に従うが、
自然の法則においての死は、枉げることができぬ。
「そのようなことは判っている。行け、今は汝の骸骨の顔など見たくはない。欲深な、く
だらぬ奴隷め、行け。行かぬか」
〈死〉は姿を消した。玉座にもたれかかり、男はいまだ受けとめかねる衝撃と立ち返って
きた記憶の渦に、身じろぎもできぬまま翻弄された。
 泣けるものならば泣いていた。だが人でないものに泣くことはできぬ。身も心も凍りつ
かせたまま、男は、暗黒の城の玉座で、とつぜん舞い込んできた輝く髪の娘を想い、ひと
り胸をとどろかせていた。

39 古歌-イニシエウタ-【二ノ歌】1/17 :2010/07/12(月) 22:21:54
【二ノ歌】

 娘がやってきてからどれとほどの時間が経つのか、男は意識しなかった。そもそも時間
というものすら、男にとって意味を持たなくなってひさしい。しかし今は違った。時間は
生きているものの所有物であり、その生きているものがここにいた。
 夕暮れ、男は目覚めるたびにそわそわと歩き回り、すでに流れ過ぎた年月を数えようと
した。刻の砂は掴もうとする指から、あざけるようにさらさらとこぼれ落ちた。生きなが
ら不死となったものは、死んでいるも同然、とそれはささやいた。苛立ち、男は、歯を噛
み鳴らして誰にともなく咆哮した。主の怒りによって城は身震いし、中に住まう小妖ども
はいっせいに身をちぢめた。今にも主の気まぐれな怒りによって五体を引き裂かれるのだ
と信じて。しかし、そんなことはなかった。主は怒り、とまどい、どのようにすればよい
かもわからぬまま、ひとりの娘のことを思っていた。長い金髪を肩に垂らし、静かな青い
瞳で、怖れげもなく吸血鬼の王を見あげた娘。ひとふりの剣を、唯一家系に伝わる品だと
差しあげてみせた娘。なき妻と同じ姿をした娘。
 愛しいエリザベータその人の魂を宿した、娘。
 娘は城外と城内の境界線上に位置する、精霊界に属する土地に住まいを与えられてい
た。万が一にも血に飢えた配下が妙な気を起こさぬように、周囲には魔王の名において、
厳重な封印をほどこしてあった。
 姿も美々しく、気性の穏やかな侍女を数名選んで傅かせた。いかつい土霊に命じて、女
の住処にふさわしく飾った、瀟洒な離宮を建てさせた。内部は黒小人の手になる豪奢この
上ない調度で飾られ、空気の精たちの透明な指でぬいとったあでやかな衣装の靴の数々
が、彼女には与えられているはずだった。魔界の食物が人に与える影響を案じて、娘に
は、人間の世界から取りよせられるだけの贅沢な食物が、日に三度届けられた。
 それだけのことをしておいて、彼はまだ娘に会うだけの勇気をふるい起こせないでいる
のだった。彼、闇を統べる王、魔王と人にも呼ばれ自らも認めた強大な力の持ち主が、無
力な人間の娘に怯えているのだった。
 いくとも彼はみずからの怯懦を嗤った。従者たる〈死〉のいうとおり、娘はエリザベー
タの魂を持っているが、エリザベータその人ではない。たとえよく似た顔と姿をしていよ
うと、とどのつまりはただの人間の小娘にすぎぬ。何を怖れる必要があるのか。いくど自
問しても答えは出ず、娘のいるはずの離宮に足を向けようとしても、そのたびに、何かに
まつわりつかれるように、その歩みはとまってしまうのだった。

40 古歌-イニシエウタ-【二ノ歌】2/17 :2010/07/12(月) 22:22:29
 以前よりも鬱々とした日々を、男は過ごすようになった。無為に玉座にあって石のよう
に無感覚でいるよりも、はるかにつらい時間であった。目を閉じれば娘の澄んだ瞳と、輝
かしい金髪が細い肩をすべり落ちるようすが浮かんだ。それはまた、遠い昔、若い妻との
婚礼のおりに、彼が見ていとおしく思ったすべてと重なった。
 しかし、ああ、彼女は死んだのだ。自分が神の名のもとに異教徒を殺している最中に、
神と、その走狗である運命の手で、〈死〉の骨の手に渡されてしまった。
 であるのに、彼女はふたたびここにいる。温かい生きた血肉をまとい、あの日と同じ
若々しくなめらかな頬と、やわらかな唇を彩るほほえみを浮かべて。
 そして剣。かつて騎士マティアスと呼ばれた男のものであった。
 最後に妻を見たとき、彼女は目に涙をためながらも、あの剣を抱いて気丈に微笑んでい
た。そしていま現れた彼女も、同じ剣を抱いて、まっすぐにこちらを見つめていた。
 もう一度、あのまなざしにさらされるのが恐ろしかった。太陽の光に耐えられぬ身にな
ったと同様、あの瞳に見られれば、この身は存在することもできず蒸発してしまうのでは
ないか。そんならちもない妄想が、脳裏を離れないのだった。
 娘は彼の心臓に刺さった棘であった。動きもせず、傷つくことも永久にないはずの心臓
が、そのために痛み、びくつき、血を流して悲鳴をあげていた。彼女を監禁したのは彼で
あったが、いまでは、監禁されているのは彼であった。
 娘がいる精霊界の近くに、足を向けることさえ最近の彼は避けていた。にもかかわら
ず、毎日、娘はどうしているか、身体に障りはないか、傷ついたり怯えたりしている様子
はないかと、尋ねずにはいられなかった。
「娘は元気にしております」と判で押したような答えが返ってくるばかりだった。
「精霊界に住むのも慣れたようで、妖精どもとたわむれては、森を散策して草を摘んだ
り、踊ったり、歌を聴かせているようでございます。人間界の歌を」
「妖精どもは娘をきらってはおらぬのか」
「いえ、むしろ、たいそう好いておりますようでございます。世話につけました樹精や水
精の娘どもも、できるかぎりよくしてやろうと心を砕いております。どのような貴婦人で
さえ、あのように侍女をとりこにはしますまい。羽根ある小妖精どもなどは、娘が戸外に
いようがいまいが、蝶のようにあたりを舞って、いっときも離れようとせぬとか」
「何か欲しがることはないのか。欲しいものがあれば何であろうと言うがよいと申し伝え
てあるはずだが」

41 古歌-イニシエウタ-【二ノ歌】3/17 :2010/07/12(月) 22:26:12
「それが、何もほしがりませぬ。陛下のお与えになった衣装も装身具もほとんど手も触れ
ず、ここに来たときにまとっていた白い衣と裸足のまま、青草を踏んで歩くのが好きなよ
うに見えまする。端女どもが宝石や黄金を並べ、鮮やかな衣装に袖を通すように勧めて
も、それでは歩いたり走ったりするのに不便だから、自分はこれがよい、と。衣装の織り
手の空気の精たちは嘆いておるようでございますが」
 男は黙りこくった。報告者の小妖は、主の機嫌をそこねたのではないかと、はや戦々
恐々として身をちぢめていた。
 かなりの時間が経ったあと、はじめて男は、小妖がまだそこに縮こまっていることに気
がついて、そっけなく、去れ、と命じた。心底ほっとした様子で報告者は消え失せた。
 ──主よ。
「呼んではおらぬぞ、〈死〉よ。何用か」
 ──あの娘に、何ゆえ口づけを与えられませぬ。
 男は無言であった。広間の暗黒からにじむようにわいて出た黒衣の骸骨は、巨大な鎌を
肩にしながら漂うように玉座のかたわらに依った。
 ──あの娘がお気に召したか。ならば口づけを授け、側女となさるがよい。ほかの女に
したのと同じく。あの娘がかつて主の妻であった魂を持つならば、まして、そうなさるべ
きであろう。主はわれ、〈死〉の手に愛するものを渡さぬとお誓いなされた。主が口づけ
なさらば、あの娘は主と同じく、永遠の生を得よう。
「死者の生をか? 血に飢えた怪物の生をか?」
 苦々しく男はののしった。
「〈死〉よ、余は確かに汝の手から生命の与奪を奪うためにいまのこの身となった。だ
が、わが身に使用した法はただ一度のみ、ほかの者には使えぬ。汝の進言のとおり、娘に
わが口づけを与えたならば、なるほど、娘は永生を得よう。しかしそれは歩く死者の負の
生命だ、血を求めて飢えかわく悪鬼の生命だ。そこに人としての魂は一片として残らぬ。
そのことを知らぬ汝ではあるまい」

42 古歌-イニシエウタ-【二ノ歌】4/17 :2010/07/12(月) 22:26:43
 ──しかし娘は生きるであろう。いまの姿そのままに、従順なしもべとして。
「余はあの娘にしもべたることなど求めておらぬ!」
 叫んで、彼はそれがまさに自分の本心であることを知った。この長く沈滞した時間の中
で、突きささっていた棘のひとつはそれであった。自分はなぜあの娘の血を啜って従属者
のひとりに加えないのか。
 これまで、同じように近隣の村から捧げられてきた娘や子供はおおぜいいた。その時の
気分にしたがって、男はその者の血を吸っては愚鈍な吸血鬼としてもとの村に放ち、村が
壊滅するのを楽しんだ。また、特に気に入ったものであれば吸血のあと城におき、みずか
らの血のしもべとして、玩具のごとく扱った。
 しかしそのどちらも、あの娘に対してしたくはないのだった。いったん彼の口づけを受
ければ、人間の魂は蝋燭の炎のように吹き消され、かわって、吸血鬼の本能と残忍な血へ
の衝動が魂のあった空洞を埋める。あの夏空の色をした瞳が、地獄の炎の紅に染まるとこ
ろなど見たくはなかった。城の後宮には彼に血を吸われた美女たちが数十人、主人の血の
口づけを待ちながら、投げ与えられる人間の男をからからに吸いつくしてもてあそんでい
る。あの中に、あの清楚な娘が加わることを考えるだけで嘔気がした。娘はあのままでお
かねばならぬ、否、あのままで、ただ、あのままでいてほしいのだ……
「去れ、〈死〉。あの娘の処遇は余が決める。汝の口出すことではない。失せよ」
〈死〉は一瞬なにか言いたげにその場に留まっていたが、やがて一礼すると、かき消え
た。男はなおもしばらく、玉座のひじ掛けに手を乗せてあごを支えていたが、やがて、思
いきったように裾を払い、大股に玉座を降りて広間をでた。


 娘の居所へ向かう足取りは奇妙にも重かった。心は一刻も早く前へとはやると同時に、
娘が先ほど聴いたとおり穏やかにいるならば、姿を見せて怖がらせてはならぬという思い
が枷のようにまつわりついた。はじめに顔を合わせたときはまだ気を張っていても、日が
たてば、自分が人外の城にいるのだと思い出す瞬間もあろう。どれほど大事に扱われてい
ても、これは玩具を飾りたててもてあそぶも同じ、あるいは、家畜を肥えさせてよろこぶ
も同じという考えが、しだいに娘のなかに起こっていはしまいか。そう考えると、いても
たってもおられぬ気持ちが彼の中に起こり、ふたたび、先へ進むのと後へ下がるのと、相
反する衝動で苦しめるのであった。

43 古歌-イニシエウタ-【二ノ歌】5/17 :2010/07/12(月) 22:27:17
 また奢侈に慣れ、媚をうるような娘も見たくはなかった。そうなれば自分は娘を殺すだ
ろうという予感もあった。しもべにするのですらない、ただ、もっとも醜く下賤な虫けら
を踏みつぶすがごとく殺すのだ。自分の前から消してしまうのだ。この夜の王の心を惑わ
せた罪、かつての幸福のまぼろしとなって現れた罪、愛するエリザベータの思い出を汚し
た罪、さまざまの罪をもって、娘は消し去られねばならぬのだ。
 王の通過は城のあちこちに台風のような効果をもたらした。彼の通りすぎたあとには震
えあがった妖物や、あまりの恐怖の圧迫に自ら潰れた小妖の死体が散らばった。多少なり
とも知恵のある魔物は息をひそめて主の精神の嵐が過ぎるのを待ち、さして賢くない妖獣
は、蛇の尾を股のあいだにはさんでこそこそと汚泥の中にもぐりこんだ。
 そうした嵐をあとにひいて、彼は娘の居所と魔城とをへだてる扉に近づいた。彼自身が
ほどこした封印がちりばめられた、重い扉であった。手をかけて、押すのにはいつもより
力がいるように感じた。細くあいた扉の隙間から、精霊界の微光と、楽しげに笑いあう振
鈴のような声が流れこんできた。


「ああ、尊いお方」
 娘は聴かされた通り、白い衣に裸足のままで、青草の上に座りこんでいた。跳ねるよう
に立つと、やわらかな金髪が翼のように宙を舞った。
 周囲で同年代の娘のように笑って花飾りを編んでいた樹精や水精の侍女たちが、あわて
て立ちあがって礼をとる。珍しげにそばにとまったり、あたりを飛びかっていた羽根ある
小妖精が蜘蛛の子を散らすように逃げ散る。輝く鱗粉がこぼれて木々や下草に飛んでい
き、いくつもの小さな頭がおそるおそる様子をのぞいた。
「ようやくいらしてくださいましたのね。お待ちしておりました。もしかして、お怒りに
なっておられるのではないかと、そればかり心配しておりました」
「余が?」
 ようやく、彼はそう言った。スカートを払った彼女ははじめてやってきた日と変わら
ず、明るくまっすぐな瞳をしていた。
 夏空の瞳。自分が二度と見ることのかなわぬ色。彼はまるで人間のように目まいをおぼ
えた。その瞳が、彼にむかってほほえんでいた。

44 古歌-イニシエウタ-【二ノ歌】6/17 :2010/07/12(月) 22:27:51
「はい。命をお助けくださった上、これほどまでにいろいろとしていただいたのに、わた
しがわがままを言うせいで、感謝を知らぬ不届き者だと思っていらっしゃるのではないか
と思っていました。そうではないのですか?」
「余が?」
 痴呆のように彼はくり返した。よく見れば、以前に見たときより娘は血色がよくなり、
痩せた身体に女らしい曲線があらわれているようであった。人間の世界にいるときには、
ろくに食物すら与えられなかったのであろう。ふっくらとした頬にほんのりと赤みがさし
て、咲きそめた薔薇のつぼみのようであった。
「そなたが何もほしがらぬと聞いてきた」
 何をいってよいかもわからぬまま、彼はつづけた。
「与えた着物に袖を通さぬとも、宝石にも黄金にも興味を示さぬとも。余には、ほかにど
うしてよいかわからぬ。そなたは、いったい余に何を望むのだ」
「望むなどと」
 言われた娘のほうが驚いているようだった。
「もはや亡いものと思っていた命をお救いいただいた上に、この上何を望むことがござい
ましょう。このように立派な住まいに、楽しいお友だちやかわいい妖精たちと毎日暮らさ
せていただいて。人里にいたころには、このような暮らしなど想像したこともございませ
んでした。他に何を望むものがありましょう」
「衣装は気に入らぬか。宝石は。女というのはああいうものが好きではないのか」
「美しいものだとは存じます。人間の世界ではきっと、とても珍重されるものなのでござ
いましょうね。けれども、わたしはそのような着物に慣れておりませんし、着てもきっ
と、無様なところをお見せするだけです。宝石も、黄金も、同じこと。わたしはこの身を
覆うこの衣一枚でよいのです。これは軽くて動きやすくて、手入れもかんたんです。あの
すばらしい衣装の数々は、一人では着ることも脱ぐこともできません」
「そのために侍女がいるのだ。この者たちに申しつければよい」
「あら、わたしは子供ではありません! 他人の手で着物を着せてもらうには、もう大き
くなりすぎました」

45 古歌-イニシエウタ-【二ノ歌】7/17 :2010/07/12(月) 22:28:29
 そう言って、また娘は鈴のような笑いを響かせた。
「起きてすぐに動きまわりたいわたしのような落ちつきのない娘は、このような簡単な衣
がいちばんよいのです。さいわい、こちらの大地に生える草は、これまで踏んだどんな布
より絨毯よりもやわらかくて、靴をはくなど勿体なくてとてもできません。そんなことを
すれば、このひんやりして心地よい露に濡れた草の感触をなくすばかりか、葉陰に隠れた
小さな花や虫を、うっかり踏んでしまうことにもなりかねません」
 そう言いながら娘はかがんで、下草の裏にかくれた小さな虫を見せた。金属質の輝きを
持つ緑色の甲虫は、一瞬透明な下翅を硝子のようにきらめかせて飛び去った。
「それで、そなたは何もいらぬというのか」
「生命をいただきました。それ以上、何を望めとおっしゃるのでしょう」
「それでも、何かあるだろう。言うがいい。なんでも叶えてくれよう。城から出すことだ
けはならぬが」
 彼は言いつのった。妻と暮らした日々ははるかに遠く、また、目の前にいる娘は確かに
亡き妻ではなかった。淑女としてきびしく育てられた彼女は、裸足で草の上に坐り、妖精
に囲まれて花を編むことなどけっしてなかったろう。彼は心底とほうにくれた。
「それでは、地面を少しくださいまし」
 しばらく考えたあと、思いきったように娘は言った。
「地面?」
「はい。それと、種と、苗、小さな鋤と、こてと、水やりのための桶と柄杓を」
 なんのために娘がそんなことを言い出したのか見当もつかなかった。娘はつま先だって
身を翻すと、踊るように周囲の草地を指さした。
「まだ両親が健在でしたころ、わたしの母は花や香草、薬草を育てて売っては、世過ぎの
助けにしておりました。わたしもそれを手伝って、植物の世話をするのが大好きになりま
した。こちらの世界では、草や花は人間の世界よりもずっと大きく、美しく育つとか。も
し少しの地面を掘りおこすご許可をいただければ、母のものと同じような、小さな花園を
作ってみたいのです」

46 古歌-イニシエウタ-【二ノ歌】8/17 :2010/07/12(月) 22:29:06
 あまりにも想像とかけ離れた要求に、彼はしばらく答えることができなかった。娘が少
しも彼を怖れるようすを見せず、ただ、救ってもらったという感謝の念をのみ向けてくる
のも信じがたかった。
 手を泥に汚して土仕事をしたいという娘はエリザベータではない。しかし、何にも怖じ
ないまっすぐな視線、淡くゆるやかに流れる金髪、堂々とそらした胸は、確かにかつての
貴婦人エリザベータのものだった。耐えられずに彼は目をそらした。
「叶えよう」
 ようやくそれだけ言うと、彼は長衣をひるがえして向きを変えた。
「どこでも好きなところを好きなだけ掘るがよい。種苗と道具はすぐに届けさせる。本当
に望みがそれだけだというのならばな」
「よろしいのですか? ああ、感謝いたします、尊いお方!」
 娘の声が喜びに弾んだ。怯えて縮こまっていた侍女たちも徐々に頭をあげ、不思議そう
にひそひそとささやきあっていた。逃げ出した小妖精たちも少しずつ近づいてきて、きら
きらと鱗粉をこぼしながら目をまるくしている。
 逃げるように扉を抜けて、彼はひどい疲労を覚えた。閉じた扉に背をもたせて、暗黒に
閉ざされた魔城の穹窿を見あげる。恐ろしげな偶像や黒い石組みに閉ざされた城が、ふい
にたまらなくおぞましいものに思えた。青草の上で踊っていた娘の、白い細いつま先が瞼
の裏でひるがえった。彼は額に手をあて、眼を覆った。自分がどうしたいのか、あの娘を
どう扱うべきなのか、まったく考えられなかった。


 その後もいくどか男は娘のもとを訪れた。扉を押し開ける寸前まで行こうか行くまいか
逡巡しつづけ、それでも、行かずにいられずに精霊界の微光のなかに足を踏みいれるのだ
った。娘はいつも彼を見てよろこんだ。その表情には一片のくもりもなかった。夏空の色
の瞳はいよいよ澄み、胸苦しいほどにあざやかにきらめいていた。
 訪れるたびに娘が女らしくなっていくことにも気がついていた。時間の流れは彼を置き
去っていったが、人間である娘の上には確実に成長をもたらしていた。まだ子供のあどけ
なさを残していた頬はほっそりとし、胸のふくらみは優雅な曲線を描いて簡素な衣装の下
に息づいていた。白い素足は軽い靴に覆われるようになり、奔放に草原を駆けまわるしぐ
さは、しとやかに侍女たちをつれて散策する貴婦人らしい歩みに変わっていった。

47 古歌-イニシエウタ-【二ノ歌】8/17 :2010/07/12(月) 22:29:37
 それでも、娘のもっとも根底たる部分は少しも変わらなかった。よく笑い、微笑み、嬉
しいことがあれば、素直な態度で率直に感謝した。彼が魔性の者であり、闇を統べる王で
あることも、ほとんど忘れられているようであった。丁寧な態度はつねに崩さなかった
が、そこには、多少のいたずらっぽさと、彼には理解できない何か、思いやりとも、同情
とも、つかない何かがあるように思えた。
 愛情、という言葉が脳裏をかすめたが、自らを嗤って彼は否定した。何の、人間の娘
が、魔物とわかっている暗黒の王に愛情など抱くものか。もし好意に近い何物かがあった
としても、それは気まぐれに生命を救い、人形のように自分を飼っている闇の王への感謝
と、おそらく畏怖、つきつめれば、恐怖にすぎない。
 いっそ、あからさまにおもねられたほうが楽だったかもしれない。そうすれば彼は躊躇
なく娘を捨てたろう。しかし娘はそんな態度を一度も見せなかった。彼が来ればよろこん
で出迎え、彼が与えた道具と種から育てあげた花園を、先導して案内するときの誇らしげ
な顔は、無邪気な喜びと誇りに満ちていた。
 幾度となく彼は尋ねた。もっと何か欲しいものはないのか。魔界の竜の額にしか生まれ
ない炎の宝石はどうか。いまだ人間の知らない技術で取り出された秘密の金属は。それは
どんな上質の糸より細くやわらかく、それで布さえ織ることが可能なのだ。地底の溶岩の
奥で生まれる炎の鳥の雛は。氷河の奥に眠る古代の幽霊船から持ち帰られた、ひと抱えも
ある珊瑚と金剛石の椅子は。
 いいえ、欲しくはありません、といつも娘はかぶりを振るのだった。それでも彼が言い
つのると、それでは、と代わりに持ちだされるのは、いつも拍子抜けするようなものばか
りだった。花園の手入れをするための剪定鋏。採れた香草や乾燥した花びらをしまってお
くための素焼きの壷。糸を紡ぐための紡錘と羊毛。紡いだ糸を布に織るための織機。織り
がった布を裁って仕立てるための裁縫道具と色糸。薬草や香草を煮つめたり、パンや菓子
を焼いたり、果物を砂糖煮にするための、小さな厨房と竈……

48 古歌-イニシエウタ-【二ノ歌】10/17 :2010/07/12(月) 22:30:15
 はじめ、女王のための小離宮のようだった建物は、いまでは居心地のいい、働き者の郷
士の女主人の家のようになっていた。華美な家具や場所を取るばかりの飾りものは片づけ
られ、実用的ですっきりとしたしつらえの品物ばかりが並んでいた。壁の上には金糸銀糸
の綴織のかわりに女主人自らが刺繍した美しい壁掛けがかけられ、長椅子には思わずその
上に横たわりたくなるような、優しげな色合いのクッションが置かれていた。
 飾り気のない食卓の上には焼きたての温かいパンや菓子が並べられ、いつでも誰でも食
べてよいことになっていた。その周りを妖精たちが花にとまる蝶のようにひらひらと飛び
まわり、香草の芳しい香りがいつもあたりにただよっていた。そして女主人その人は、花
園の世話をしているときは咲きほこる薔薇のあいだから、内にいるときは指から糸くずや
紡錘の棒をすべり落として、喜びの声とともに彼を迎えるのだった。
 召し上がってみてくださいな、と差しだされる食物はすべて彼にとっては意味のないも
のだった。彼の食物は血であり、血の中に脈打つ生命力と恐怖とその他あらゆる昏い感情
が彼の身を支えていたのである。それでも彼は食べた。舌は味を感じず、灰のかたまりを
食するも同然だったが、それでも彼はいくつもそれを口に運んだ。娘が目をかがやかして
手ずから差しだす心づくしを、断ることがどうしてもできなかった。
 自分は血をすする魔物だ、闇の王なのだと、娘にわからせてやることは簡単だった。し
かし、こうして花の咲く庭に座り、味のしない菓子と茶を前にして腰かけていることは、
はるか昔に人間であったころの甘い思い出を喚び起こした。それは舌に感じる味よりもは
るかに甘く、芳しかった。妻と向かいあって座り、とりとめもない会話をかわしながら軽
い食事をとるのは、彼が何より愛した習慣の一つだった。
 まるで自分自身に鞭打つように、その当時の幸せをまねたままごとを、ままごとである
と知りつつやめなかった。娘の小鳥めいた話し声に短くあいづちを打ちながら、その場を
離れなかった。あまりにここで長く刻を過ごしてはならぬと、理性が残酷な警告を発する
まで、座りつづけた。


 ある日、娘はいつになく青ざめた顔で彼を出迎えた。
「どうしたのだ。気分でも悪いか。何か無礼を働くものにでもあったか」
「いえ、そうではありません。……この子たちから聞きました。尊いお方、わたしが以前
住んでいた村のあたりで、疫病が流行しているというお話は、本当でございますか」
「そのことか」

49 古歌-イニシエウタ-【二ノ歌】11/17 :2010/07/12(月) 22:30:48
 人間の上に病や災害の種をまき散らして悦に入ったことも何度かある彼だったが、この
数年、そういった興味はまったく失せていた。彼の興味、彼の想念を占めていたのはほと
んどこの娘ひとりだけであり、他のことなどほとんど忘れ去っていたのである。娘をさし
だしてきた村のことさえ、気にしたこともなかった。
「配下のものがそのようなことを言っていたらしいな。余には関係のないことだ」
「お願いがございます、尊いお方」
 いつになく性急なようすで、娘はその場に膝をついた。
「わたしをほんのしばらくの間だけ、お城から出してくださいまし。村の人々に、病気に
効く薬を届けたいのです。この地で育てた薬草は、人間の世界で育てたよりもずっと効き
目があります。この薬を呑ませてあげれば、死んでいく子供たちや老人が、どんなに助か
るかしれません。お願いでございます。どうぞ、わたしを村へ行かせてくださいまし」
「ならぬ!」
 彼の咆哮は雷鳴のように周囲をゆるがした。後ろで心配げに控えていた侍女たちはおび
えた声をあげて縮こまり、同じく少し離れていた小妖精たちは、吹き消されるように姿を
消してしまった。
 花々は怯えて丸まり、草木も身をかがめてちぢこまった。微光に充たされた精霊界は、
闇の王の怒りによって世界そのものが針で充たされたように肌を突き刺す空気に変わって
いた。彼の目は久しく忘れていた血の色に爛々と燃えていた。娘だけが怖れなかった。
「きっとお怒りになることとは存じておりました。けれども、わたしが行かなければ、た
くさんの弱い人々が死ぬのです。子供や年寄りがまっ先に病に倒れました。そうでなくと
も、世話をする大人が倒れれば、誰も面倒を見てくれない子供も死ぬしかありません。罪
もない人々が苦しんで死んでいくのを、わたしは黙って見てはいられません」
「薬を届けるだけならそこにいる侍女どもに持っていかせるがよかろう。なにもそなた自
身が持っていく必要はない」
「あの村には魔物よけの札と浄めの茨が張りめぐらされています。疫病の侵入を、魔物の
しわざと考えた人々が、教会のお坊様のご指導でしたのです。そのために、彼女たちでは
中に入れないのです、この小さな子たちではなおさらです。人間のわたしでなければ、あ
の中に入って薬を置いてくることはできません」
「ならぬと言ったぞ、娘!」
 ふたたびの怒号が轟いた。びりびりと天地が揺れ、精霊界の緑の茂みは今にも枯れそう
な灰緑色に色をなくした。

50 古歌-イニシエウタ-【二ノ歌】12/17 :2010/07/12(月) 22:31:25
「忘れたか、そなたは、あの村の人間どもから吸血鬼の餌になるがいいと放り出されて、
ここに来たのだ。そなたはあの村の人間に殺されかけたのだ、そんな相手をなぜ気にかけ
る? 放っておくがいい、奴らなど勝手に死ぬに任せよ。人間はどうせいつか死ぬのだ。
早いか遅いか、楽か辛いかなどささいな違いでしかない」
「それでも少しでも長く、健康に、しあわせに生きたいと願うのも人間です」
 闇の王の怒りに燃えあがる目に互して、娘の瞳も一瞬たりともゆるがなかった。
「わたしは確かにあの村の人々に捨てられました。けれどもわたしが生まれ、育ったの
も、あの村なのです。わたしの父の墓も母の墓も、あの村にあります。以前親しくしてい
た隣人たちもたくさん苦しんでいます。わたしは死ぬべき命を、貴方さまのお慈悲に救わ
れて、今このような暮らしを与えていただいております。それはある意味、彼らに捨てら
れたからこそ得られた幸運なのです。わたしは今、とてもしあわせです。ですから、彼ら
に恩返しをしたいのです。たとえ、その意図が間違っていたとしても、彼らがわたしを捨
てたことがわたしのいまに繋がっていることは間違いないのですから」
「心の寛いことだ。自分を放りだした輩に逆に感謝するとは」彼はあざけった。
「余の前で言葉を飾るな、娘。そなたは人間の世に帰りたくなった、そうなのだろう? 
血をすする怪物の人形として扱われ、篭の鳥として暮らすのが嫌になった、ただれそれだ
けのことなのだろう、それならばそうと言うがいい、人間め」
「いいえ、いいえ」
 跪いていた娘は、身を乗り出して彼の長衣の裾にすがった。身をちぢめている侍女たち
の間から恐怖の悲鳴があがったが、娘は怖れるようすもなかった。
「今の暮らしはしあわせだと申しあげました。貴方さまが与えてくださるすべてのもの
に、感謝していないなどとはけっしてお思いにならないでくださいまし。ただ、ほんの少
し、少しだけ、かつての同朋に救いの手を差しのべることを許していただきたいのです。
 用事がすめば、必ず戻るとお約束いたします。わたしは捨てられた身です、そのことは
忘れておりません。わたしを拾って、生かしてくださったのは貴方さまです、尊いお方。
わたしの居場所は、ここにしかありません。あちらでは誰ももう、わたしのことなど必要
としていないのですから」
「必要とされていない場所になぜ構う。ただ逃げたいばかりの口実であろうが」
「逃げなどいたしません。必ず戻ってまいります。貴方さまのもとに」
「余のもとに?」
 闇の王の笑い声をまともに浴びて、花園の花の一輪が耐えきれずに枯れ落ちた。

51 古歌-イニシエウタ-【二ノ歌】13/17 :2010/07/12(月) 22:32:01
「そなたを食う怪物のもとにか、娘。そなたは生贄としてここに差しだされたことを思い
出せ。余はいつでも、この瞬間にでも、そなたの血を最後の一滴までしぼり取って、その
瑞々しい身体を枯れ木に変えることができる。余はたわむれにそなたの命をのばした。た
わむれに取りあげることも、簡単にできるのだぞ」
「承知しております」
 さすがに恐怖の色がさっと額をかすめたが、娘はひるまなかった。
「わたしの命は貴方さまのもの、どうぞ存分になさってくださいませ。けれども今は、今
だけは、ただ一度の願いをお聞き届けください。お約束いたします、必ず戻ると。戻りま
したらどのようなあつかいを受けても構いはいたしません、けれども、どうぞ、ほんの少
しだけ、あの村へ薬を届けるしばらくの間だけ、城を離れることをお許しください」
 彼は口を開いた。許さぬ、と一言吐きつけて、そのまま背を向けるつもりだった。
 しかし、その前に、こちらをひたと見つめる娘の視線に出会って、言葉を失った。言葉
を奪われたのだ、闇を統べる王が、たかが小娘のまなざしひとつに!
 娘は闇の王の黒衣の裾にすがり、必死のおももちでこちらを見あげていた。小さな唇は
見えないほどに噛みしめられ、頬は紙のように血の気をなくしている。しかし目ばかり
は、大きく見開かれたその双つの瞳ばかりは、地獄の火をともす闇の王の目に相対してな
お、まばゆい夏の空と澄みきったその輝きに、同じくまばゆく燃えていた。細い首も肩も
手も、木の葉のように震えていたが、片手で握りつぶせそうなその小さい姿に、彼は、ま
ったく言うべき言葉を見失ったのであった。
「……好きにするがよい」
 ややあって、彼の口から出たのはそんな応えであった。長衣の裾をはらって娘を突きは
なし、背を向けて足早に城へとむかう。
「なんでも好きなものを持っていけ。どこへでも、好きなところへゆけ。余は知らぬ。た
かが人間の娘ひとり、失ったところで余に何ほどの損失でもない。戻る必要もない。勝手
に、どこへでも、好きなところへ行ってしまえ」
「貴方さま!」
 何事かを叫びかける娘の声が聞こえたが、もうそれ以上は聞かなかった。彼は城内へ戻
り、扉を閉ざした。暗黒と、静寂と、地の底から立ちのぼる瘴気が闇の王を包みこんだ。

52 古歌-イニシエウタ-【二ノ歌】14/17 :2010/07/12(月) 22:32:36



「……貴方さま」
 やさしい声がそう呼びかけたとき、彼は我にもなく幻聴を耳にしたのだと思った。
 娘が城を出たという報告を受けて、どれくらい経ったのかは記憶になかった。いずれに
せよ城の混沌のうちでは時間の流れは意味をもたない。彼自身の記憶も、あいまいになっ
ていた。鬱々とした数日を玉座に座り通して過ごした気もする。かと思うと苛々と立ちあ
がり、意味もなく衝動的な怒りの発作をほとばしらせて、城内の魔物どもを震撼させたお
ぼえもある。
 しかしもっとも頻々として頭に浮かぶのは、ただこの主人のいない精霊界の離宮の庭に
来てひとり座り、世話をする者のない花園と、食物の並ぶことのない石の食卓をぼんやり
と眺めているおのが姿だった。
 それは想像だったろうか、それとも事実だったのか? 実際に自分はそこへ行って、帰
らぬとわかっている鳥を待つように、ただ茫然と座りつくしていたのだろうか? いずれ
にせよいま彼はそこにいて、からの食卓の前で、心なしか元気のない花園の薔薇をうつろ
に見つめていたのだった。そしてその声はやわらかな風のようにやってきて、思わぬ愛撫
を彼の聴覚に与えたのだった。
「ただいま戻りました。遅くなりまして申しわけございません。できるだけ、人に見つか
らぬように歩かねばならなかったものですから」
 長い金髪が流れて頬を撫でた。娘は軽い足取りでそばを通りすぎ、彼の前に膝をついて
両手を取った。
 少し疲れているように見えた。指先は荒れ、頬は泥や枝がかすってできたらしい傷に汚
れていたが、仕事を果たした安堵と満足感が、以前よりもまして彼女を輝かせていた。
「薬は村の教会の、聖母御堂の祭壇に置いてまいりました。なくなった場合の処方と、与
え方を記したものもいっしょに。聖母子像の足もとに、白百合といっしょに重ねてまいり
ましたから、きっと村人たちは、天なる母が村の窮状を救うために、奇跡によってもたら
してくださったと考えることでしょう」
「そなたは、それでよいのか」
 口から出た声は驚くほどしわがれていた。これほど長いあいだしゃべらなかった期間は
絶えてないような気がした。
「薬を置いたのは造りもののマリアではない。そなたであろう。かつて吸血鬼に食われる
ようにと、奴らが差しだした娘が救いをもたらしたのだ。そのことを知らしめずによいの
か。奴らに以前の行為を後悔させてやろうとは思わなんだか」

53 古歌-イニシエウタ-【二ノ歌】15/17 :2010/07/12(月) 22:33:16
「そのようなことをしてどうなりましょう。わたしはもう、あの村にとっては死んだも
の。幽鬼が薬を与えたとしても、信じてなどもらえません。聖母の奇跡と思ってもらった
ほうが、村人のためでもあり、わたしのためでもあります」
「薬を与えたとなれば、今いちど村に迎えられるかもしれなかったではないか。なのに、
何故戻った。ここは人食いの魔物の城」
「お約束いたしましたもの」
 握った手を、娘はそっと頬にあてた。吸血鬼の冷たい、血の匂いのする手を頬に当て、
安堵するかのように微笑んだ。
「必ず戻ると、お約束いたしました。それに、あそこではわたしは用のないもの。必要な
のは薬であって、わたし自身ではございません。ここには、わたし自身を必要としてくだ
さる方がおられます」
「余か」
「貴方さまです」
「口幅ったいことを。人間が」
「無礼と思われたならば、お許しくださいませ」
 闇の王の手を両手で包んで、娘は彼を見あげた。ああ、夏空の瞳、あの日の妻と同じ。
彼はふたたび混迷に落ちこんでゆく自分を感じた。
「貴方さまがわたしをなぜ救ってくださったのか、わたしの上にどなたを重ねておられる
のか、それはわかりません。けれども、わたしがここにおりますことで、貴方さまをお慰
めすることができるならば、わたしはそれでよいのです」
「余を慰めると?」
「はじめてお見受けしたとき、なんと悲しいお顔をなさる方だろう、と思いました。村人
が噂していたような、血に飢えた恐ろしい化け物ではなくて」
 冷たい手のひらにむかって、娘はそっと囁きかけた。
「そうして貴方さまはわたしを生きながらえさせてくださいました。さまざまなわがまま
も、聞いていただきました。わたし自身に目をかけていただけたなどとは、うぬぼれてお
りません。けれども、わたしが貴方さまにとって何らかの意味をもつのであれば、それ
が、わたしにとっては嬉しいのです。
 両親が亡くなって以来、よこしまな心でわたしに近づいてきた者はいくたりかおりまし
た。けれども貴方さまのように、まるで壊れ物を扱いかねる少年のように、こわごわとわ
たしに触れてくださる方はおりませんでした。貴方さまはあまりに長く孤独でいらっしゃ
ったので、ご自身のお心すら扱いかねていらっしゃるように感じます。それほど感じやす
く、さびしいお方を、どうしておひとりで置くことなどできましょう」

54 古歌-イニシエウタ-【二ノ歌】16/17 :2010/07/12(月) 22:33:48
 彼は口を開けた。この思い上がった人間の娘に向かって、きわめて辛辣な言葉を吐いて
やるつもりだった。けれどもそんな言葉は何ひとつ出ず、ただ彼は、崩れるように身を折
って娘をかき抱いた。
 娘はしなやかで温かく、やわらかな髪は樹と花の香りがした。闇の王の頭はゆたかな胸
に預けられ、黒髪と金髪がもつれるように混じりあってこぼれた。
「ここに──いてくれ」
 ややあって、ようやく呻くような声がもれた。胸の奥、自分自身でさえ忘れ去ってい
た、はるか遠くの過去からこだましてくるような、かすれがちなそれは囁きだった。
「余から──離れるな。どこにも行くな。ここにいてくれ──ずっと。虜囚ではなく、自
由な意志をもって。ここにいると、どこにも行かぬと、言ってくれ。どうか」
「行きません」
 幼い子供を撫でるように、娘は闇の王の髪をやさしく梳いた。
「どこにも、行きません。けっして、離れはいたしません──貴方さまがそうとお望みに
ならないかぎり、また、どうにもならぬ人の定めが、死が、わたしを連れてゆかぬかぎ
り、おそばにおります。貴方。愛しいお方」
 ああ、と彼は吐息をついた。エリザベータとエリザベート、ふたつの影が、彼の裡でひ
とつに重なった。彼は妻を愛し、この娘を愛していた。二人は魂を同じくする違う人間だ
ったが、魂の根幹において、彼女たちはひとつだった。そしてそのひとつの部分におい
て、彼女は彼を愛し、彼は彼女を愛していた。今にして、それがわかった。
 吸血鬼は涙をもたぬ。泣くときは血の涙を流す。娘の衣を汚すことを怖れて彼は顔をそ
むけようとしたが、娘は自ら手をのばして、油のようににじんできた、古血の色の涙をぬ
ぐった。
「愛しい女よ」彼は呟いた。
「エリザベータ──エリザベート。リサ。わが妻よ」
 彼らは長いあいだ抱き合ったままでいた。枯れて丸まりかけていた花園の植物が、少し
ずつ生気を取りもどしつつあった。長いあいだ庭を離れていた小妖精たちが集まってき
て、木々のあいだからおっかなびっくり、戻ってきた娘と、その腕に抱かれてぴくりとも
せぬ闇の王の姿を、目をまるくしてのぞき込んでいた。娘は十七歳になっていた。

55 古歌-イニシエウタ-【二ノ歌】17/17 :2010/07/12(月) 22:34:23
 婚礼の準備は慌ただしく行われた。女主人が戻ってきたことに有頂天になった侍女たち
は、ここぞとばかりに彼女を飾りたてた。これまで与えられたすべての衣装が引き出さ
れ、点検され、縫い直されて、新しいものが仕立てられた。黒小人たちは花嫁のための華
麗な装身具を作るのに必要な宝石と貴金属を手に入れるために、行ったことのないほどの
地下深くにまで潜らねばならなかった。軽やかな空気の精たちの手で休みなく織機が動
き、またたくまにまばゆいばかりの花嫁衣装が縫い上がっていった。
 列席するのはごく少数のものに限られた。闇を統べる王が人間の妻を娶ることを、快く
思わないものも多かったからである。〈死〉もそのひとりであった。
 ──賢い判断とは思われぬ、我が主。
 準備を指図する主に向かって、陰気な顔を黒い頭巾に隠した〈死〉はうつろな声で進言
した。
 ──あの女は人間、いつか老いて滅びるとはすでに警告した。そばに置くならば、血の
口づけを与えて闇の花嫁となされるべきであろう。よいことではない。
「汝の主は余か、それとも汝か」
 不機嫌に彼は答えた。
「かつて奪われた者を、運命が返してよこしたのだ。なぜそれを闇に引きずりこむことが
ある。余はエリザベータを人として愛し、喪った。リサもそうする。いずれ喪うとして
も、余は彼女を人として愛する。闇に彼女を染めることはせぬ、決して」

56 古歌-イニシエウタ-【二ノ歌】18/17 :2010/07/12(月) 22:34:51
 ──今いちど考え直されよ、主。後悔なさるのは主となろう。
「汝の陰気くさい顔にも言いぐさにも飽き飽きだ、〈死〉よ。あちらへ行け。余は余が決
めたように事を運ぶのだ。汝は従者であり、主が余であることを忘れるな」
〈死〉は消え失せ、その後、しばらくは姿を現さなかった。
 婚礼は暗い城の中ではなく、花嫁の住まう精霊界の庭で行われた。純白に真珠と金剛石
を飾った花嫁は、朝露に揺れる咲きそめたばかりの白百合のようであった。またかたわら
に寄りそう花婿たる王は、黒と金に、血の紅に燃える紅玉を飾っていた。
 これほど対照的でありながら、まるではじめから一対であったかのように似つかわしい
組み合わせであった。介添えを務める精霊の侍女たちは口々にほめそやし、列席を許され
た数少ない闇の貴族たちでさえ、人間の花嫁の汚れない美しさに圧倒された。小妖精たち
は飛びまわって花びらをまき散らし、花嫁と花婿の進む先に薔薇色の道を造った。
 神の前で誓う人間のそれとはちがって、この不可思議な婚姻はただ双方の誓いと口づけ
のみがしるしであった。問いかけがあり、答えがあった。指輪のかわりに、ひとふりの剣
が取り交わされた。それはかつてある騎士のものであり、妻の身の護りとして託されたも
のだった。子孫に伝えられた剣はいまその本来の持ち主のもとに戻り、再び、花嫁の手に
渡された。新たな妻の護りとして、新しく結ばれる絆の証として。夫から渡された剣を両
手に受けて、花嫁は嬉しげに剣を抱いた。
 闇の王は数百年前の人間の青年に戻ったように、ふるえる指先で花嫁の面紗をあげた。
小さな白い顔が微笑みかけた。うすく上気した頬と、夏空の色の瞳が見つめていた。
 王は身をかがめ、ようやく取りもどした愛する花嫁に、想いをこめて口づけた。

57 古歌-イニシエウタ-【三ノ歌】1/10 :2010/11/24(水) 22:47:01
【三ノ歌】

 それは嵐の夜であった。稲妻が木々の梢をかすめ、はげしい雨脚が、幽霊のような白い
影をそろえて湖面をさわがせる一夜だった。陋屋をゆるがす風雨と雷鳴のただ中に、その
女は、割れんばかりに戸を叩く鉄の拳の音をきいたのであった。
 扉のところへ行くまでもなく、戸はあっけなく内側へひらいた。恐怖にとらわれて震え
る女が見たのは、戸がまちを圧するばかりの黒衣に身を包んだ大男と、頭巾の下で昏く燃
えるふたつの眼のみであった。震えおののく女にむかって、男は、雷鳴をも圧する轟々た
る声をとどろかせた。
「この近辺でいちばん腕のよい産婆とはうぬか」
 女は声も出ぬまま何度も頭をうなずかせた。これまでの人生で幾度も赤子を取りあげ、
そのほとんどを生かしてのけてきたのは彼女のひそかな矜持であった。魔女の評判を立て
られることをおそれて、表むきには単なる洗濯女として生計のみちを立てるように見せか
けていたが、その実、彼女は近在の貴族の夫人でさえ、評判を聞きつけて産の手伝いに呼
ばせる腕利きの産婆であった。
「わが主の奥方様にこよい御子がお生まれになる。汝はおれとともに行き、奥方様の御子
のお生まれを手伝うのだ。無事にすむならわが主は汝に大いなる褒美をお与えになるであ
ろう。しかししくじった折りには」
 そこで男は言葉を切った。なんとも不吉な沈黙であった。女は顎をふるわせて何度もう
なずき、言葉にならぬ承諾をつぶやきながら、用意をしようともがくように粗末な寝台か
ら立ちあがりかけた。
「用意などいらぬ。必要なものはすでに用意されている。ただうぬがおれに同道すればよ
いのだ。来い」
 一陣の颱風のように男の黒衣がひるがえった。
 夜着一枚のまま小屋の外へ引き出された女の眼に一瞬映ったのは、全体が鋼鉄でできた
かのように黒光りする、一輛の巨大な馬車であった。はげしい雨の中で、その四方には蒼
白い鬼火がおどり、繋がれた黒い馬の眼は血色に爛々と輝いている、──と見たとたん、
乱暴に馬車の中に放りこまれ、戸が閉まった。恐怖のあまりかぼそい悲鳴をもらして身を
丸めた女の周囲で、熱のない火をやどした水晶の灯火がゆれた。身体をささえる贅沢な座
席は、古血を思わせる黒に近い紅のビロウドであった。

58 古歌-イニシエウタ-【三ノ歌】2/10 :2010/11/24(水) 22:47:34
 外で雷鳴がとどろいた。雷鳴よりなおすさまじい、黒衣の男の叫び声であった。男は御
者席にあがり、外套をひるがえして鞭をふるった。蒼白い鬼火の光に、女はその手に人な
らぬ刃物のようなかぎ爪と、もつれた獣毛を見たと思った。
 しかし血色の眼の馬があがき、駆けだすと、もはや何も見る余裕はなかった。猛烈な速
度で馬車は迅った。雷鳴も嵐も、その速度には追いつけぬようであった。むしろそれ自体
がひとつの嵐であり、竜巻に運ばれる地獄の車であった。女は座席にうずくまり、震えな
がら、口中に必死に祈りの言葉を唱えつづけるしかなかった。
 どれほどの時間がたったのか、女は感覚しなかった。気がつくと、馬車は停まってい
た。扉は開き、黒衣の男が、その横に佇立していた。
「出ろ」唸るように男は言った。
「主は奥方様を案じておいでだ。行け。迎えが来ている。よいか、必ずやりとおせ。しく
じろうものなら──」
 頭巾の下で刺すような瞳が光った。その下で、突き出た口と牙が期待するように鳴るの
を見たような気がして、女は震えあがった。夜着の前を押さえ、神に助けを祈りながら、
今にも怪物の牙にとって喰われるにちがいないと信じて、鉄の馬車からおそるおそる足を
踏み出した。
 しかし、何も起こりはしなかった。そこは豪壮な城の門前で、荒々しい石組と高い尖塔
がいくつも夜の空を貫いているばかりだった。門は開いており、そこから、ひとりひとり
が高位の貴婦人のような装束を身にまとった美貌の女たちが、心配と気づかいを顔にあら
わして、流れ出るように現れるところだった。
「よくぞおいでくださいました」
 女の手をとり、彼女たちは口々に言った。
「さ、お早く。御子様はもうすぐお生まれになります」
 男と馬車はいつのまにか姿を消していた。女は侍女らしき美貌の女たちに、巻きこまれ
るように城内に連れこまれた。汚れた夜着を純白の麻の着物に替えさせられ、裸足の足に
やわらかい羊毛の靴が履かされる。
「お早く、お早く」と女たちはせかした。
「奥方様はお苦しみでございます。主様にはたいそうなご心痛。どうぞお早く、御子様を
無事に取りあげてくださいませ」

59 古歌-イニシエウタ-【三ノ歌】3/10 :2010/11/24(水) 22:48:05
 いくつもの昏く、そして豪奢な部屋を通りぬけ、いつの間にか開けた別の宮居に連れこ
まれていた。それまで通りぬけてきた陰鬱な城とはちがって、そこは居心地よくしつらえ
られた、貴婦人のための住まいであった。
 これほど美しく、心をこめて仕上げられた室内を、女はそれまで見たことがなかった。
侍女たちのそよ風のような手に導かれて奥の間へと入ると、広い寝台の上に、あざやかな
金髪を枕の上に広げた、目もさめるばかりに美しい婦人が、出産の苦痛に汗をうかべて、
侍女たちにとりまかれていた。
 侍女たちひとりひとりも美しかったが、この婦人の美貌に比べては、みな太陽の前の星
にひとしかった。苦痛の中でも貴婦人はやってきた女をみとめ、涙ににじんだ目を微笑ま
せて、手を差しのべた。
「貴女がわたしに力をかしてくださいますのね」
 細い声で彼女は言った。
「どうぞ、お願い。この子に、生命を与える、お手伝いを」
 銀の糸をはじくようなその澄んだ声に、女の恐怖は一瞬にして吹き飛んだ。あまりに異
常な体験も、周囲の異様さもすべて忘れて、目の前の婦人の苦しみを少しでも軽くするこ
とでのみ頭が充ちた。「奥様」と思わず駆け寄って女は貴婦人の手を取った。
「どうぞあたしにお任せを。御子様は必ず、ご無事に生まれておいでなさいます」
 貴婦人は弱々しく微笑んで女の手を握りかえすと、ふたたび襲ってきた陣痛に、白い喉
をのけぞらせて悶えた。
 女は半白のもつれ髪をきりりと布で縛ると、周囲であたふたしている侍女たちに次々と
指示を飛ばした。熱い湯と布、舌を噛まぬように咥える手巾、御子が出てきた時に受けと
められるようやわらかな産着の用意。「ゆっくりと息をなさいませ、奥様、」と女は枕頭
に寄りそって励ましの声をかけた。
「御子様は必ずご無事にお生まれなさいます。元気にお生まれなさいます。もう少しのご
辛抱でございますよ、さ、息を吸って、吐いて、さあ」
 貴婦人は言われるがままに乱れる息をととのえ、しだいに間隔を詰めて襲ってくる痛み
に蒼白になりながらも、女の手に寄りすがって呼吸をした。
「さ、今でございます、奥様、力をお入れになって、そう、下腹にでございますよ、あ
あ、御子様です、御子様の頭が見えました、そう、もう少し、もう少し」

60 古歌-イニシエウタ-【三ノ歌】4/10 :2010/11/24(水) 22:48:38
 噛んだ布の下から漏れる呻き声に、侍女たちはほとんど貴婦人が死ぬのではないかと思
ってでもいるように手を握り合って揺れている。「何をしておいでだい」自分も汗まみれ
になりつつ、女は寝台の足もとにしゃがんで赤子を受けとめる用意をして叫んだ。
「お湯のたらいと、それから布だよ。早くおし。ほら、もう一息でございますよ、奥様、
御子様はもう肩まで出ていらっしゃいます、ああ、もう一息、もう一息」
 ふいに、ざわめきを打ち破るような高い泣き声が響いた。産婆の手の中にすべり落ちた
赤子が、この世の空気をはじめて吸って上げた、勝ちほこるような産声だった。慣れた手
で臍の緒をくくって断ち落とし、侍女たちがあわてて捧げた盥の湯に、小さな足を蹴って
泣く赤子を、そっと浸す。
「男の子でございますよ、奥様、ご立派な若君でございますよ」
 夢中で女は口走った。血と粘液を洗い落とされた赤子は、もう泣いていなかった。湯の
中に、母とよく似たあわい金髪がゆらゆらと広がり、ぱっちりと開いた澄んだ淡青の瞳
が、不思議そうにこちらを見あげている。
 その瞳に思わず吸いこまれる心地がして、なんと美しい御子だろう、と女は心中に独語
した。白い小さな顔はまるで名工の手になる人形のように整い、生後間もない赤ん坊とは
思えないほどの完璧な美に輝いている。瞳は二つの宝石のよう、白い肌は磨いた大理石よ
りなめらかで、わずかに開いた口には真珠のような白い歯がそろい、やわらかい金髪が雲
のように小さな頭を取りまいて、聖堂の天使の後光めいて輝いている──。
 その時とつぜん、冷水を浴びせられたように女の頭上に恐怖がなだれ落ちた。
 ああ違う、これは人間の子ではない。人間の赤子が、生まれ落ちた直後にすでにこのよ
うに美しいはずがない。髪の毛も歯も生えそろい、瞳を大きく開けて、見えるものすべて
にけげんそうにまばたいている完璧な子など、いるはずがない。これは何か魔性のもの、
この世ならぬ生き物の子供、在ってはならぬ異形の存在。
 恐怖にひきつった手から赤子を取り落とさなかったのは、ひとえに、ここで恐怖をあら
わにすれば何をされるかわからぬという本能の警告であった。ここへ連れてこられたとき
のあの鋼鉄の馬車と、黒衣の御者の雷鳴にも似た声がふたたび脳裏にこだました。
 女の恐怖を知ってか知らずか、おそらくはこれも人ではないのであろう侍女たちは、無
事に産を終えた女主人の手当てに大わらわであった。汗にぬれた額を冷水で吹き、風のさ
さやきに似た声で何事か語りかけながら、着物を替え、乱れた髪をくしけずり、血にぬれ
た寝具や布を取りかたづけて、寝心地のよい新しい品になおさせている。


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