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801リク投下用

46-801 「好きな病」:2006/05/25(木) 11:36:27
 「しかし、お主はいつも元気そうで結構なことじゃの」

自分の孫ほども年若い医者の厳命をうけ、
今日もきょうとてエッチラオッチラ病院に通って
腰痛、難聴、老眼その他、手のひらに溢れるほどの薬を渡され飲んでいる儂。
そんな午後に、粋な着流しに懐手で悠然と、いや、ニヤニヤと笑いながら、
案内も請わず他人の邸内に突如現れる彼の姿をみたら、そんな憎まれ口も出ようというものだ。
 「ふふん、またそんなに薬を飲んで、あんたも随分上等にできてるもんだねぇ」
 「産まれてこのかた病気ひとつしないお前さんとは、心身の繊細さが違うんじゃ」
彼はこの煩雑な世に生をうけて八十余年、碌に臥せったこともない。
この大天狗のはす向かいに三日遅れてうまれて以来、
どういう腐れ縁のなせる業か共にアイスキャンデーをなめ、
こやつのとばっちりで共に廊下に立たされ、やらしい本を回し読みし、
主席を争い、限りない未来を語り合い、上司に叱られ、水虫に悩み、馬鹿息子に悩み……と、
片時も離れられることなく生きてきた儂が言うのだから、間違いないのだ。
 「お前さんは大方、頭の中身がからっぽじゃから病気も寄りつかんのじゃろ」
 「おいおい、そいつは酷いな。俺も今、立派に病気してんのよ。ほらほら、最近痩せたと思わない?」
そういう顔を見てみれば、若いころから彼は背ばかり高くひょろひょろしていたが、
心なしか頬がこけたようだ。昔から白い肌も血色が衰え、尖った鼻梁が一層鋭さを増している。
 「おや珍しい、どうなさった? ついに肝臓でもやられたのかね」
内心の心配を押し隠した儂の言葉に、彼はニヤリと笑いながら返してきた。
 「それが中々重病でね、どこに行っても治らんからここに来たのよ」
 「儂の掛かっている某大病院の中澤医師に相談してみるかの?
 あれは儂の後輩の富谷君の愛弟子で、大分腕のいい評判も聞こえておるよ」
 「いや、そんな医者には治せんね」
知らずしらずのうちに、儂は肌着のなかに冷たい汗を感じていた。一体、何処が悪いというのだろうか。
こいつももう年だし、破天荒な人生を送ってきた奴だから……。
いやな想像が次からつぎへと脳裏をよぎり、気分が悪くなってきた儂に気づいたのか、
彼がいきなりがっしと両手を握ってきた。昔より骨ばった、意外に力のあるその手。
 「あんただから言うよ、聞いてくれたまえ……」

 「それがさぁ、お医者さまでも草津の湯でも……ってやつでね、俺ぁあんたに
ほの字、ラブラブ、恋の病ってやつなのさ!」

ラブラブ? どっからそんな若者言葉を覚えてきたのじゃ、こいつは。
いやいやそれよりも、何だって? 恋の病? 儂に?
 「そう、だからさ、あんたに特効薬の接吻、いや、チッスしてもいい?
 や、むしろ一緒に住まない? ほらもうお互い一人ずまいで、遠慮する先もないじゃん!」
頭がクラクラしてきた。足腰もふらつき、目も廻る。きっと薬を飲む時間なのじゃ。
そう判断して彼の手をふり解き、台所に向かおうとした瞬間に、
彼の顔面が何故かここ八十余年間の最大記録な大きさで、儂の目に映った。


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