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801リク投下用

198-801滑り込みで好きな歌詞「月」(桑/田/圭/祐):2007/01/26(金) 19:21:19
初めて彼に気がついたのは、いつのことだったろう。
バイト帰りの山手線最終電車。
俺は、利用駅の階段に一番近いという理由から、決まって最後尾の車両に乗っていた。
その車両の一番奥に、俯いて、いつも同じ座席、壁に寄りかかるように座っている。
彼を見ない日はない。
暑さの厳しい夏の間も長袖のパーカーを着て、秋も深まる頃にはそれがジャケットへと変わり、
いつでもフードを目深に被って、今思えば、それは周囲の視線を避けるためであったのかもしれない。

彼は、俺よりふたつ手前の駅で降りる。
12駅、時間にして15分足らず。

深夜の車両の奇妙な静寂に溶け込むように、俺たちは、言葉を交わしたことはない。
ただ、彼は席を立つ直前、必ず一度窓の外を見遣る。
そしてそのまま流れるように、向かいに座る俺に視線を巡らせるのだ。
窓から夜空を眺めるように、何気ないようで、しかし確実に。
俺はというと、その一瞬を逃すまいと、瞬きもせず彼を見ている。
そんな、関係と呼べるほどのものもないまま、数ヶ月が過ぎる。

その日は、バイトの送別会だった。
俺は仕事のある時よりもだいぶ早い時間の電車に乗って帰った。
週末ということもあって、車内はたいそう混みあっていたのだが、
人に揉まれながらも俺は、習慣的に最後尾の車両の一番奥に、彼の姿を探していた。
すると、壁際のいつもの席に、彼はいた。
周囲の喧騒をフードで遮断するように、俯いて、身を小さくして壁に寄り添っている。
まさかいるはずはないと思っていたので、驚きながらも彼を見ていると、
いつも降りるはずの駅で席を立たず、次の駅を過ぎても下車することはなかった。
俺はその日は自分の駅でいつものように降りたのだが、何故か彼のことが気になって仕方なかった。
そこで翌日、バイトもなかったので、送別会と同じ時間に同じ駅から電車に乗ってみた。
同じ席に同じ姿で彼はいた。
俺は少し離れた場所に座り、半ば隠れるように彼の様子を窺う。
その日も例の駅で降りる気配はなく、そのまま、俺は彼と共に、山手線を回り続けた。
結局彼が席を立ったのは、俺がバイト帰りに利用する、いつもの終電の時間だった。

そうして俺は、仕事のない日には、彼と共に電車に乗って過ごすようになり、
何故彼が、毎晩山手線を回り続けなければならないのかを考えていた。

ある日、大きくはない荷物を抱きしめるように抱えて座る彼がいた。
いつものようにフードは被っておらず、顔を上げ、ぼんやりと窓の外を眺めている。
彼の唇は微かに震え青かったが、その端だけ血が滲んでいて赤かった。

最終電車の、彼が降りるはずの駅。
彼は動こうとしない。閉まる扉。
窓の外を見ていた視線がゆっくりと動き、俺を捕らえる。
ふたつ駅が過ぎても、俺は目を逸らすことはできなかった。


  君と寝ました
  他人のままで
  惚れていました
  嗚呼…


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