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0さん以外の人が萌えを投下するスレ

1萌える腐女子さん:2005/04/17(日) 10:27:30
リロッたら既に0さんが!
0さんがいるのはわかってるけど書きたい!
過去にこんなお題が?!うおぉ書きてぇ!!

そんな方はここに投下を。

4719-839 嫌われ者の言い分:2007/01/29(月) 18:13:17
美術準備室。この部屋の主の性格を表すように整頓されたテーブルの上に、
先生のあの絵が大きな賞をとったことを報せる通知が、無造作に置いてあった。

「ここ、辞めるんだろ」
ドアが開き、先生が入ってきたんだと分かった瞬間、俺はそう言い放った。
「――はっきりいわれると、ちょっと寂しいね」
先生が苦笑する。おめでとう、という言葉なんか、思いつきもしなかった。
空気こもってるなぁ、窓開けよう。独り言みたいに言って、先生は窓に近づき、
思いきり開け放った。強い風が吹き込む。
高台にあるこの場所からは、山に囲まれた市街地が一望できる。
「見晴らしいいから、ここ。いざとなるとちょっと離れがたいな」
笑ってそう言う先生は、吹き込む風に膨らんだカーテンの陰に隠れてしまった。
そんなの嘘だろ。小声で言うと、先生は、カーテンを押さえ込んでから、
首をかしげるようにして視線をこっちによこした。
「嫌いだったんだろ、こんなとこも、俺たちも」
好きだったはずがない。大学受験しか頭にない者の集まるこの学校では、
誰も美術の授業に真面目に取り組みやしない。どころか、美術なんてなければいい
と皆思っていて、5分かそこらで仕上げたような適当な絵を平気で提出する。
美術の時間に、他の教科の教科書を広げることを、悪いなんて誰ひとり思ってない。
そんな生徒たちを、そんな学校を、この人もまた好きなはずはないのだ。
美術教師としての仕事なんてたかがしれてるこの学校は、彼が画壇に出てゆくまでの
ちょうどいい腰掛けだったんだろう。給料を貰って、準備室をアトリエがわりにする。
ただそれだけのことだ。

吹き込む風に煽られて、テーブルの上の通知がかさかさと音をたてて踊った。

ふいに先生が、こちらに向き直った。肩越しに見える青空が、眩しくてどうしようもない。
「……君だって、君たちだってそうだろう?」
そう言って笑う先生の顔はひどくすっきりしていて、それが悔しくて仕方なかった。
俺は違う。言いたいのに、口に出せない。好きだったんだ。
素直に言いたいのに、どうしても言えない。
どんな荒んだ絵でも、かならずどこかを誉める寸評をつけて、全員に返していた。
穏やかな筆跡。思い出すと、震えそうになる。
うつむいて歯を食いしばった瞬間、先生が呟くように言った。
「嫌われ者の言い分だけど、でも、僕は君の絵が好きだった」


弾かれたように、俺は顔を上げた。
先生の、その笑顔が目に入った瞬間に堰を切ったように流れ出てきた感情を、
どう言葉にしていいかわからなかった。
呆然としたまま、何も言えずにいる俺に向かって、静かに先生が言葉を継ぐ。
「いつもていねいに、誠実に、描いてくれてうれしかった。
君の絵があるから、僕は好きだったよ、ここ」
見晴らしもいいしね。そう言って先生は、再び窓の外に向き直る。
窓枠に身を預けて外を眺める先生の後ろ姿から、目を離すことが出来ない。

先生いかないでよ。
思わず口に出した瞬間、先生の後ろ姿は、にじんでうまく像を結ばなくなった。

(*9さん素敵な萌えシチュありがとうございました!がっつり萌えました!)

4729-859送り狼:2007/01/31(水) 18:46:09
土曜日の夜は、彼をあのマンションまで乗せていくことになっている。
家族も金も仕事もない状態で拾われ、彼の専属運転手として雇われてから数年間。
あのマンションに通うようになってからも、もう随分経つ。
「送り狼、って言葉があるだろう」
後部座席に悠然と座り、手にした書類と窓の外とを交互に眺めていた彼が言った。
「ええ」
「この前、彼女と外で会った時にさ。遅いから送っていくって言ったら、『送り狼に
なられちゃ困るからいい』なんて言われちゃって」
苦笑いをする彼の顔をバックミラー越しに見ながら、私も笑い声を出した。
「ははは。若社長も形無しですね」
「参っちゃうよ、ほんと」
土曜日の夜の彼は、いつも幸せそうに笑う。
「送り狼にまつわる昔話をご存じですか」
「知らないな、どんな話?」
「…昔ある男が、女の元へ通う山道の途中で狼に会いまして。狼の喉にものが刺さっていて
とても苦しそうだったので、手を突っ込んで抜いてやったんです。狼はとても感謝して、
それ以来その男が女の元へ通う夜は、男の後をついて歩いて彼を守っていたそうです」
「へえ……じゃあ本当の送り狼は、取って食ったりしないんだ」
「まあ、そういう話もあるということですね」
週末気分に浮かれて混雑する道路を抜け、車は狭い道に入る。
「彼女に教えてやろう、その話」
次の角を曲がれば、幸せな彼の恋人のマンションに着く。

4739-839 嫌われ者の言い分:2007/02/01(木) 20:29:50
「お前ってさ。本当嫌われ者だよな」
「何?藪から棒に」
「いや、結婚したくない男一位だったんだよ、うちの女子社員のなかで」
「僕が?」
「当たり前だろ」
「ふーん」
「仕返しにいたずらしようと思うなよ」
「おー、エスパー?」
「やっぱりか。そんなんだから嫌われんだよ」
「いいよ別に。女はあいつらだけじゃない」
「どーかねえ。お前自身の問題だと思うぞ、おれは。このままじゃまずいんじゃないの」
「何が?」
「お前はさ、上司受け悪いだろ」
「うん」
「同僚の評判も悪いだろ」
「うん」
「おまけに友達も少ない」
「まあ、否定はしないよ。で?」
「まじで性格改善しないと、一人ぼっちになっちまうぞ」
「あーそうかもねえ。でもこの性格は今さら変えられないし、変える気もないよ」
「・・・まあ、そう言うと思ったけど。お前はそれでいいわけ?」
「うん。だって、絶対に一人ぼっちにはならないし」
「ほう。そりゃまた、どうして?」
「だってさ。世界中の人間が僕を見捨てたとしても、君だけは僕を見捨てないからね」
「またえらく言い切ったな」
「だって、そうでしょう?」
「まーな」
「だったらいいじゃない、このままで。特に問題はないでしょ?」
「ああ、確かに」



「ところでさ、君はもっと僕が他の人に好かれて欲しいわけ?」
「んー……まさか」
「じゃあ、やっぱり今のままでいいんじゃない」
「そうだな。お前は今のままでいい」

4749-859 送り狼:2007/02/02(金) 01:27:37
「えーんえーん」
僕は周囲に響き渡るように大きく声を出しました。
「えーんえーん、迷子になっちゃったよぅ」
すぐそこに彼がいることはわかっていたのです。
両の手を目に当てて、泣き真似をしながらも、手の間からそっと茂みのほうを見てみると、
僕の声を聞きつけた彼が、草の影からこちらを窺っています。
僕はさらに声を張り上げ泣いてみせます。
「えーんえーんえーん、お家に帰れないよぅ」
こちらの備えは万端整っているはず。
今朝は念入りに手入れをしたので、自慢の巻き毛もふわふわだし、
寒いのを我慢して露出度高めの装いをしてきたのですから。
ここ数日まともな食事にありつけていない彼が、この僕のを見過ごせるわけないのです。
しかし、草むらからガサゴソと物音はすれども、一向に彼の現れる様子がないのに僕が少し
イラつき始めたとき、「コホンッ」と躊躇いがちな咳払いがひとつ、背後から聞こえました。
そして、緊張した様子で
「き、きみ、どうかしたの?」
僕に呼びかける声がします。
「よっしキタ!」と心の中でガッツポーズをとりながら振り向くと、そこには、彼の、
白粉で顔を真っ白にした、彼の姿がありました。
…僕は、僕自身を、よく堪えたと、褒めてあげたい。よく、笑い噴出さずに耐えたと。
一瞬、泣くのを忘れてポカンとしてしまったた僕を、不思議そうに見ている白い顔。
それ以上直視することはできませんでした。
おそらくは、僕を怯えさせまいと、少しでも僕の姿に近付こうとしてのことでしょう。
彼らしいと言えば、この上なく彼らしい、間抜けた思考と行動です。
そんなんだから、いっつも餌に逃げられるのさと思いつつ、僕は泣き真似を再開しました。
こんなことで出足を挫かれちゃたまらない。
「えーん、迷子になっちゃったんだよぅ」
「か、かわいそうに。私が送っていってあげるよ。きみのお家はどこ?」
用意していた言葉を一息に吐き出すように彼は言いました。
言い終わると、全ての仕事を終えたとばかりに、ほっと息をつきました。
彼としては、こう言ってしまえば僕は言うことを聞いて、大人しく後をついて来るだろうから、
人気のない道にすがらことに及ぶ…というように、万事うまく運ぶと思っていたのでしょう。
しかし、そうは問屋が卸さない。
僕はさらに声を一段大きくし、激しく泣いてみせます。
予定外の反応に途端に慌てふためく彼。
「大丈夫、ちゃんと家まで送っていくよ、本当だよ」
「えーんえーん」
「わっ悪いことしようなんて全然考えてないんだからね!私を信じておくれ」
「えーん」
「ほら、泣かないでお家を教えて」
「えーん!お家がわからないから迷子なんだよーぅ」
「そ、そうだね。そうだよね」
「えーん…」
「どうしようか。どうすればいいかな。弱ったな」
僕をなだめるのに精一杯で、彼は本来の目的など忘れてしまっているようです。
そこで、潤んだ目をして少し上目遣いに見上げれると、彼の咽喉がゴクリと唾を飲み込んで
動くのが見えました。
「お腹が空いたよぅ」
「…私もだ」
ともすると白粉の下から現れそうになる欲望を、必死に押し鎮めようとする様は、
見ていてとても楽しい。
まったく要領を得ない問答に半ば呆れながら、それでも僕は、そんな彼を可愛らしく思います。
初めて彼を森で見かけたあの日から、彼の存在は常に、僕の加虐心を煽情してくるのです。
喰う者と喰われる者という本来の関係を越えて、僕は彼に近付きたいと、
そう願わずにはいられない。
僕はか弱き存在だが、知恵という偉大な力で、今日それを叶えるつもりです。
「寒いよぅ」
「うん、日がだいぶ傾いて来たからね…じゃあ、こうしよう。今夜は私の家へ泊まるといい。
 明日になったら、お家を探してあげるから。家で、あったかいミルクを飲もう」
彼にしては上出来の、僕が思い描いた通りの回答です。
「ミルク?はちみつ入り?」
「ああ、はちみつ入り」
僕は、か弱さと可愛らしさを過剰に演出しながら、彼の袖を掴んで寄り添いました。
泣き止んだ僕にほっと胸を撫で下ろし、彼は歩き出します。
二人の重なった長い影を携えて、彼は今日の狩の成功を確信したのでしょう、
満足そうな顔で独りごちました。
「送り狼なんて言葉、知らないんだろうなぁ…」
そんな彼の影を踏みながら、僕は今夜の成功を確信して、ほくそ笑みました。
羊の皮を被った狼なんて言葉、彼はきっと知らないのでしょうね。

4759-899 シャワー中に濃厚なキスで:2007/02/03(土) 15:25:43
目が回る。
アイツを伝いながら落ちてきたお湯が顔の上を流れていく。
鼻側を通るそれに呼吸もままならない。
口の中を蹂躙しているアイツの舌。
何度も歯を立てかけ、思い止まる。
俺はアイツの声が好きだった。

馬鹿なことをした。
アイツと俺、どっちのキスが巧いかなんてどうでもいいじゃないか。

ああ、目が回る。

震えた膝がタイルに当たる寸前、アイツの腕が俺を支えた。



「……の決着はオレの勝ちだったんだぜ」
「へー、マジで?で、どうやったのよ?」
浮上した意識が最初に捉えたものはシャワー室ではない天井だった。
どうやら気を失っていた俺を運んでくれたらしい。
次いで把握した声はアイツの美声とくぐもった友人の声。
ドアの外にいるらしい友人に得意気に話している。
「いやー、シャワー中だったから後ろに回ってがーって襲ったわけよ。濃厚な一発でクラクラーって…」
「酸欠でだ」
延々と話し続けそうな声を聞きながら、口から出た言葉がアイツの口を一瞬止めた。
今度は「えーそんなー」とか言いながらいじけた振りをしている。
そんなふざけた声でも俺を惹く力は変わらない。
背後から近付いて額を押し下げ、軽く唇を合わせる。
唇を離したと同時に力を抜いて倒れてきた。
「シャワー室で続きをしてやってもいいぜ?」
小さく耳元に囁けば白旗が上がった。

4769-839 嫌われ者の言い分:2007/02/03(土) 18:01:25
彼は一瞬目を丸くして、それからけらけらと笑い始めた。
「俺は別にそんなつもりないですって」
「嘘だ」
「ホントですよ。奪うなんてこと自体、ちっとも思いつかなかった。
 そっか、そういうのもアリか。略奪愛かー…あ、でも愛がないや」
なおも可笑しそうに笑う彼を、俺は睨みつける。
「遊びのつもりなのか」
「いーえ、本気は本気ですよ。佐伯さんと会うようになってから、他の人とはヤってない」
その言葉に眩暈がする。
「いつから」
「んー…元々、二人の関係を知ったのは二ヶ月ちょい前かな。
 俺、裏の倉庫で二人が濃いーキスしてるの見たんですよね」
「……覗いてたのか」
「偶然。奥の棚で探し物……あ、そーいえばあれ頼んだの和泉さんですよ」
「……」
「で、ちょっと興味がわいて近づいてみたっつーか」
「…それで、あいつは受け入れた」
「や、まさか。最初は全然相手にされなかったですよ。冗談だと思われてたみたいで。
 言い寄られたからってすぐフラフラするようなタイプでもないじゃないですか、あの人」
その口が、あいつを語ることにどうしようもない怒りを覚える。
しかし、彼は怯んだ様子も無く喋り続ける。
「で、いつだったかなー…これまた裏の倉庫で、今度は喧嘩してましたよね」
「それも覗いてたのか」
「超生々しい痴話喧嘩。あの後、仕事場じゃ二人とも普通に喋ってたけど。
 そこへメーカーとのトラブルが起きちゃって、和泉さんはそのまま出張へ」
「……そこに付け込んだ」
「うーん、そういうことになっちゃうか。でも佐伯さん、すげー落ち込んでたんですよ?
 その日一緒に飲みに行って、べろべろになったところをもう一押ししたら、落ちました」

あの喧嘩は、今思えば本当に些細なことが原因だった。
しかしあのときの俺は頭に血が上っていて、あいつと顔を合わせるのが嫌で仕方なく、
だから急な出張にほっとしていた。
結局、トラブルを片付けて後始末をして、その間に頭も冷えて落ち着いて、
次にプライベートで会えたのはその二週間後。

――二週間。

「大丈夫ですよ。本当の本当に、和泉さんから佐伯さんを奪おうとか思ってないですから」
「……だったら別れてくれ」
「だからぁ、佐伯さんにそう言われたら大人しく諦めますってば」
「あいつはまだ、俺が気づいたことには気づいてない」
「だったら胸倉掴んで『俺とあいつのどっちを選ぶんだ!』って迫ればいいんですよ。
 百パーセント、あの人は和泉さんを選ぶから」
そう言って彼はまた笑う。
「一応、俺も本気なんで」

俺はその笑顔が憎らしくて仕方なかった。

4779-909 お母さんみたい:2007/02/05(月) 01:28:07
「あったかい格好してけよ」から始まり「受験票は?」「地下鉄の乗り換えはわかる?」と続いて、
「切符はいくらのを買えばいいか」に到ったとき、俺は去年のことを思い出していた。
世の受験生は、皆このような朝を過ごすものなのだろうか。
昨日まで散々繰り返してきた会話を、当日の朝の玄関先で再びリピート。
俺、受験二年目ですが、昨年はかーちゃんがこんな感じだった。
そんで、朝っぱらからカツ丼食べさせられて、油に中って、惨憺たる結果を生んだのだ。
そのことについては恨んでいない。むしろ感謝している。
なぜかというと、一年間浪人させてくれた上、都内の叔父さんところに下宿を許してくれたからだ。
「それからこれ、頭痛くなったりしたら飲んで。眠くならないやつだから」
手のひらに錠剤を数粒のせて、差し出すこの人が、俺の叔父さん。
「お腹下したらこっち。気持ち悪くなったらこっち」
まったく、心配性なところも、お節介なところも、かーちゃんそっくり。
かーちゃんみたいだと指摘したら、神妙な顔つきで
「最近自分でも似てきたと思う」と答えたので笑ってしまった。
まあ、血の繋がった姉弟なんだから、似ていて当然なんだけど。
叔父さんは、かーちゃんとは十以上も歳が離れていて、むしろ俺とのほうが歳近く、兄弟のように育った。
高校卒業と同時に、家を出て一人暮らしをすると知ったときは、俺はダダをこねて泣いたのを覚えてる。
会いたい一心から、毎月一度は、電車で一時間ちょっとの距離を一人で訪ねたりした。
そのまま都内に就職を決め、実家に帰ってこないとわかったとき、俺も上京することを決意した。
本当は、大学生になって、近くにアパートを借りるつもりだったのが、浪人という立場ゆえ、
一人暮らしよりは…と、何だか勝手によい方向へ転がって、同居なんて嬉しい状況を手にしている。
おかげでこの一年、結構バラ色の浪人生活を送らせてもらったと思う。
「そんなに心配なら、一緒に行けばいいじゃん。どうせ同じとこ行くんだし」
この人は今、大学の事務で働いている。
俺が去年見事に不合格となり、今年は余裕で合格するつもりの大学だ。
「じゃあ一緒に出ようよ。ほら、すぐ着替えて来い」
「やだよ。今出たら早く着きすぎちゃうもん」
「受験生なら余裕持って出かけるべきだろ!?」
だから、余裕なんですよ。一年も余計に勉強したからね。そんな心配しないでよ。
「そっちが俺に合わせてくれたらいいじゃん」
冗談のつもりで言ったのに、全部真に受けて困った顔なんてされると、もっと我儘言いたくなっちゃうんだよね。
「仕事だもん無理に決まってるだろ」
いい歳した大人が、口尖らせてみせたって…可愛いから。上目遣いとか、可愛いから、やめてください。
あーあ、不貞腐れちゃって…こういうとき俺、どっちが年上かわからなくなるよ。
「いいの?時間」
俺の声にハッとして時計を見ると、慌てて靴を履いて飛び出した。
玄関の扉を開け身体を半分外に出したところで、彼はまた振り返って俺を見る。
まだ何かあるのかー?と思っていたら、扉の閉まる音がして、彼が近付いてきて、
頬を両手で挟まれて、ぐいっと引っ張られたと思ったら、キスされてた。
身長差に加え玄関の段差のため、俺は前屈みでアンバランス。されるがまま口付けを受ける。
ゆっくりと唇の形を確認するように味わって離れていった顔は、それでも名残惜しそうで、
物足りないと、目が、唇が、語っていた。
あーもー、自分から勝手にキスしておいて、そんな顔すんなよな。
もっと色々したくなっちゃうじゃないか。俺、受験生だぞ。
まったく、そういう無意識に甘え上手なところも、かーちゃんそっくりだ。
ま、かーちゃんとはキスはしないけど。
俺はこの人たちには一生敵わないと思うよ。
「じ、じゃあ俺、先行ってるから」
自分の行動に今更、耳まで真っ赤にしながら、彼は俺の目を見て言う。
「頑張れよ」
しっかりと力強く響いた言葉を残して、今度は振り返らず出て行った。

頑張るに決まってるじゃん。
もうアンタにあんな物足りなそうな顔させられないからね。

4789-919 あやかし×平安貴族:2007/02/05(月) 02:30:14
雨が降り始めた。最初は小粒の雨だれだったが段々と雨脚が強まっていく。
勝利に沸き立っていた周りの人々は、その興奮に文字通り水をかけられたのか、
足早に山道を引き返していく。

しかし、彼――私の仕える主人だけは、その場に佇んだまま動こうとしなかった。
右手に剣を携えたまま、雨に打たれている。

私は主人の元に走ろうとして、一瞬だけ躊躇した。
彼の足元に転がるそれが、また起き上がり牙を剥くのではと思ったのだ。
しかし、すぐにその考えを打ち消して傍に駆け寄る。
「中将様、お怪我は」
訊くと、彼は足元から目を離さず、ただ「ない」と短く言った。
その視線につられるように、私も足元を見る。

それは、漆黒の毛並みを持つ獣だった。今は骸となって地に横たわっている。
大きな体躯をしたそれは山狗に似ていたが、本来は何という獣なのか私には分からない。

宮中に災いをもたらす妖の者だという話だった。
元は獣であっても気の遠くなるような月日を生き長らえるうちに、知恵をつけ
恐ろしい力を振るい、妖の術を使い、ときには人に化けることもあるという。

仕留めたのは、彼だった。

「あまり雨に濡れると御身体に障ります」
それでも彼は、骸から目を離そうとしない。
「…それは、もう事切れておりましょう。心配なさらずとも」
「なぜ此処で待っていた」
「……は?」
「逃げろと、言ったのに」
見れば、彼の剣を握るその手が微かに震えている。
「攫わないどころか逃げもしないとは、お前は本当に…」

意味が分からず、どう返事をしたものかと逡巡していると
彼は顔を上げ不意に「戻る」と言った。
そのまま、私の返事も待たずに歩いていく。私も慌てて後を追う。

「中将様が仕留められたとお聞きになれば、主上は一段とお喜びになるでしょうね」
主人を和ませようとして出た言葉だったが、彼は何も答えなかった。
硬い表情のまま、後ろを振り返ることもなく、足早に歩いていく。

この三日後に、彼が自らの身を湖に投げ出すとは、このときの私には知る由もなかった。

4799-879 探偵と○○:2007/02/07(水) 01:14:24
「先生! 何を呑気に食事してるんですか!」
「やあ黒木君。ここのモーニングは美味しいね。スクランブルエッグが半熟で絶品だ」
「卵の固さなんかどうでも……」
「一流の美術館の向かいにある喫茶店は、モーニングも一流なのだね」
「そんなものいつだって食べられるでしょう!」
「モーニングは午前中にしか食べられないよ。君はおかしなことを言うねぇ」
「あの泥棒を捕まえてから食べればいいじゃないですか!」
「まあまあ。いいじゃないか、そんなに急がなくても。怪盗君が逃げるわけじゃなし」
「逃げますって! 寧ろモーニングの方が逃げません!」
「予告の時間にはあと二十分ある。あの怪盗君は時刻には正確じゃないか」
「先生は泥棒の言うことを信用するんですか。怪盗を名乗っても所詮は犯罪者ですよ」
「手厳しいね」
「今回は先生宛に挑戦状まで送りつけてきて」
「買い被られて光栄だ」
「僕は怒っているんです。先生を馬鹿にしてる!」
「余程の自信があるのだろうね」
「さあ先生、僕たちも早く美術館へ行きましょう! 警部たちも待ってます」
「そうだね。……うん。それじゃあ、そろそろ行こうか」
「今度こそあの泥棒を捕まえてやりましょう!」
「……あ、ちょっと待ってくれ黒木君」
「何ですか!! 食後のコーヒーが飲みたいとか言うんじゃないでしょうね!?」
「違うよ。どうやら財布を忘れてきたらしい。すまないが、貸してくれないか」
「……。まったくもう。ではこれで……ってうわっ!?」
「黒木君が助手でいてくれて幸せ者だと、私は常々思っているんだよ」
「せっ、先生、今はこんなことしてる場合じゃ……」
「失敗だったねぇ」

紙幣を握り締めた彼を抱きしめたまま、私は耳元で囁いた。

「捕まえたよ、怪盗君」

4809-949 妻子持ち×変態:2007/02/09(金) 23:35:04
通話を終了して携帯電話をテーブルに置く。と、ベッドの方からくぐもった声がした。
「奥さん?」
「……起きてたのか」
「気ィ失ったままだと思ってた? あ、だから普通に喋ってたんだ」
毛布にくるまったまま、にやにや笑っている。
「なんでこの時間に電話……ああ、今の時間って会社の昼休みか」
「……」
「奥さん何の用だった?今日は早く帰ってきてね、ってラブコール?」
「お前には関係無い」
「まさか旦那が仕事抜け出して昼間から男を抱いてるとは思ってないだろうなぁ」
睨みつける。
しかし悪びれた様子もなく「俺なら夢にも思わない」と頷いている。
「ねえ、奥さんからの電話が十二時過ぎにかかってきてたらどうしてた?」
「知らん」
「ヤってる最中でも誰からかは分かるよね、着メロ違うから」
「……いつから起きてた」
「もし今度そういうシチュエーションになったらさ、
 『電話に出ないで今は俺だけを見て』って泣きながら健気にお願いしてやるよ」
「馬鹿なことを」
「俺が泣いたらアンタいつもがっついて来るじゃん。俺の泣き顔が好きなんだろ?」
「ふざけ――」
「やっぱり奥さんと娘さんが一番大事?」
怒鳴りかけた言葉が喉元で止まった。
「ちなみに俺はね、アンタが家族と俺を天秤に乗っけて悩んでるときの表情が一番クる」
そう今みたいな感じの、とこちらを指差すその顔は楽しそうだった。

4819-949妻子持ち×変態:2007/02/10(土) 02:23:29
散る火花、電動ドリルの回転音、荷を積載して行き交うトラックの軋み、砂埃、
天を突く事を恐れず真っ直ぐ伸びていくクレーン車の腕が、白日の空には余りに
不調和に過ぎる黒い鉄骨を高々と吊り下げる下で、労働者達の怒号が交差する。
決して気短な人間ばかりではないのだが、種々の工程に付随した騒音が
鼓膜を刺激しない建設現場など未だ有り得ず、スピード、効率を高めることに腐心する
人々は拡声器を握り締め、腹の底から大いに声を張り上げる一方で、かつ瓢箪型を
した小さな耳栓に世話になりもした。
作業音に限らず、どんな職場にも耳を塞いでしまいたくなるような害音は存在
するもので、特にそれが人の喉から発された聞くにも耐えない言葉であり、己が身を
おびやかす予感すら匂わせていた場合、鉄拳の一つも見舞いたくなるのが
人情というものだ。決して、自分は気短な性質ではなかったはずなのだが。
「愛しています」。
そう口にして縋りつこうとしてきた若者の頬を一発、殴り飛ばした瞬間にこそしまった、
と思ったが、未舗装の赤土の上に上等のスーツで尻餅をつき、脚を広げて
ポカンとした顔がやがて我を取り戻し、敢然と同じ愚言を繰り返そうとするので、
二発目は全く遠慮無しに腹に打ちこんだ。
「この、ド変態が!」
男の多い職場である。世に同性愛を嗜好する者があることも分かっている。
しかし自分がその対象にされるとなるとただ黙っているわけにはいかない。
長く現場第一線に立ち続ける中、まさかこの身が他人に向けてそういった種類の
罵倒を吐こうとは思いもしなかった。
大手建設会社から工事管理、現場にて細かな調整に当たるために派遣されてきた
建築士であるというこの男も、初見ではまともに映ったのだ。育ちのよさそうな顔立ち
に堅実な仕事、現場監督としてのこちらの立場を軽んじることもない、非常な好青年
ぶりを発揮していたはずが、
「調子に乗るなよ、若造が」
「むしろあなたが僕に乗るべきだ!」
今では二者の間には静電気のようにピリリとした緊張が流れ、四六時中
獣のように気を張っていなくてはならなくなってしまった。
どうしてこんなことになったのか。俺が一体何をした。
隙を見せないよう、化粧前で剥き出しの鉄筋の壁で尻を隠しながら横伝いにじりじりと
歩く。若者の頬には痣が増えた。血を吐いて鳴くホトトギスのように鋭く、愛して
いますと迫るたびに一撃、また一撃を加えたためだ。言葉の激しさに応えたわけでは
なかったが、一切の手加減をしなかった。
目障りな変態相手に情けは無用と感じたからだ。
ボクサーのように痣を誇りこそしなかったが、若者はそれを隠そうともしない。こちらの
拳の痛みなどお構い無しに日々青に黄色に、斑に広がっていく模様に声をかける者
もいたが、明確な返答をした事はなく、目元に満足そうな笑みを刻むのみだった。
ホモでマゾか。救いようがない。
アブラゼミの声を聞きながら、「夏場のヘルメットは頭がサウナですねえ」
などと気負いのない会話をしていた頃がひどく懐かしかった。
たまらず、泣きを入れた。自分は妻子ある身だから、これ以上付き纏うのはやめてくれ
と拝み倒したのだ。彼は不意を突かれたようにきょとんとしていた。
どうやらこちらが既婚であることを知らなかったらしい。
申し訳ない事をしたと、頭を下げる様は潔かった。
「僕は我侭を言って、現実を受け入れたくなかっただけなのかもしれない。
あなたはちゃんと、最初から答えをくれていたのにね」
そう言って、若者は頬を押さえた。
こちらについての十分な知識もなく、そんな余裕もなく、ひたすら心の滾るままに
彼は突っ走っていたのだろうか。だからといってあのしつこい猛勢に得心が行くわけ
ではなかったが。自分はかつて妻に限らず、これほどまでの情熱でもって誰かに
接したことがあっただろうか。
あなたを好きでしたと、振り切るように彼は最後に告白し、およそ一月後、我々の
手掛けた建物は無事竣工式を迎えた。
式典から帰宅して玄関で黒光りする靴を脱ぐ間もなく、小学生になる娘が駆け寄ってきた。
「お帰りなさい、お父さん!」
見上げてくる、澄みきった黒い二つの輝きにふと何かを思い出しかけた。そう言えば
こんな目をしていた、ひどく一途な目をして追いかけてきていたんだと、彼の熱を
今更のように胸をよぎらせ、両手を差し出して、ゆっくりと娘を抱え上げた。

4829-979 息子の友人×父親:2007/02/10(土) 02:47:19
「おとうさんを僕にくださいっ!」

それは我が最愛の息子の、晴れの成人式の日のこと。
本日はお日柄もよく滞りなく式も執り行われ、凛々しい紋付袴姿に惚れ惚れと
息子の健やかなる成長を、天国の妻に報告しようと仏壇に向かって手を合わせた時だった。
先ほど帰宅した息子が、友人と二人で引き篭もった奥座敷から、大きな声が聞こえてきた。
何事かと思い襖の陰から中を窺えば、袴姿の若者が二人向かい合い、
我が息子の親友A君が、畳に頭を擦り付けるようにして土下座をしている。
息子は神妙な顔で腕を組み、そんな彼を見下ろしている。
そして再び、
「おとうさんを僕にください」
今度は噛締めるようにしっかりと、腹の底から響くような頼もしいA君の声。
何か昔のテレビドラマなんかであった結婚を許しをもらいに行くシーンみたいだなと、
少しワクワクしてみたけれど、ちょっと待って?お父さんって俺のこと?
普通「お嬢さん」を「お嫁に」くださいを「おとうさん」に言うのであって、
「おとうさん」が「ください」の対象ってどういうことデスカ?
俺、お嫁に行かされちゃうんデスカ?
ちょっと待ってクダサーイ。
私には永遠の愛を誓った人がいるんです。亡くなった妻への愛を生涯貫く覚悟なんです。
いきなりお嫁に来いとか言われても困ります。
そもそも息子の親友A君とそんな関係になった覚えはないのです。
そりゃ彼は、息子がいようがいまいが、毎日のように我が家へ遊びに来ているので、
よく知っているし、既に家族の一員みたいな気持ちはあるけれど、あくまで俺にとっては
息子が一人増えたようなものだというだけで、それ以上の感情などあるはずもなく…。
いやいや、それより、いきなり本人の承諾もなくだね、息子に了解を得に行くのは順序が違うんじゃ?
そんな不束者に、大事なお父さんはあげられないよな?息子よ。頼りにしてるぞ、言ってやれ。
「お前の気持ちは知ってた」
張り詰めた空気を割るように、息子が口を開く。
「いつかこんな日が来るんじゃないかと思ってたよ」
えええええ!?そうなんだ!?俺は全然知らないんですけど?
「けど…何から話せばいいかな」
よし、丁寧にお断りするんだ。
親友といえども、大事なお父さんはあげられませんって言え。ガンバレ。
「あれは俺の祖父だ。おじいちゃん。親父はさっきからあそこで、赤くなったり青くなったり
 一人煩悶してる挙動不審者」

ああ見えて今年で三十七歳だ。若作りっていうか、精神的にも幼いっていうか、よく兄弟に間違われるよ。
高校卒業前に俺が出来ちゃって、まあオフクロが結構年上だったから何とかなったみたいだけど、
はっきり言って俺もあんまり親父と思ったことないんだよね。頼りないし。ガキだし。
子供の頃から一度もお父さんとか呼んだことないし。呼び捨て。間際らしくて悪かったな。
で、お前が親父だと思ってた祖父だが、十五で親父が生まれたって聞いてるから、まだ五十代だけどさ、
あの人は、お前の手におえるような人じゃないぞ。悪いことは言わないから、引き返せるうちに引き返せ。
化け物みたいなもんだ。男も女も、あの人の毒牙にかかって破滅してった奴を何人も知ってる。
まさか未成年にまで手を出すようになったとは…歳の差なんて関係ないって、まあそうだけど。
ああ、そうだな。もう今日から成人だ。だからもう犯罪にはなんないって、お前は来たわけだ。
でも、一度嵌ったら抜け出せない、底なし沼に飛び込むことになるんだぞ。
そりゃ今は、それでもいいって思ってるだろうけど、それはわかるけど。
親友のお前の背を押すようなことは、俺にはできない。
いや、仲を引き裂くとか大げさなもんじゃなくて、いや、そうなんだけど。
お前は今病気にかかってるんだ。病だ病。だから俺の言うこと聞いとけ。
許してくれないなら駆け落ちするって、馬鹿かお前は。
ああもう、だいぶ毒がまわってるな、もう手遅れか?
おぉい、目を覚ませー!

4839-989ふたりだけにしか分からない(1/2):2007/02/11(日) 18:44:02
市民公園の大きなケヤキ、それをぐるっと取り囲むベンチに座る人影ふたつ。ケヤキを挟んで背中合わせのふたり。
つまらん昔話でもしようか、と、片方が呟く。昔を語るにはあまりに幼すぎる声。
「…昔々、黒い妖(あやかし)がいてな。ここらの村人は皆、夜になると家に閉じこもって震えておった」
背中合わせに座った人影が続ける。
「妖は家畜を襲い、作物を荒らし、井戸の水を濁らせた。
 挑みかかった剛の者は皆、翌朝には骨になり転がっていた」
「…訂正しろ。骨なら食えんが、あれはまだ食えた」
「細かいところにこだわるな、お前」
「犬畜生と一緒くたにされるのが不快なだけだ」
明らかに機嫌を損ねる幼い声に思わず苦笑を漏らす、その声も決して年経ているとは言い難い。
「…まぁよい、続けるぞ。
 ある日、村に武者修行なんぞという名目で旅をする若造がふらりと現れた」
「話を聞いた若者は、一宿一飯の恩義にその化け物を退治しようと申し出た」
「そして…」
幼い声が言葉を紡ごうとするのを遮り、もうひとつの声が語る。
「夜に暴れるならば昼に討てばよかろう、と、若者は妖の寝倉と噂される山へと分け入った」
「!」
「若者は山の奥深くで木漏れ日の日向に寝転ぶ妖を見つけた」
「……」
「漆黒の毛並みは艶やかに日に輝き、血の如く朱い目は満足げに細められていた。
 ぐるぐると鳴らす喉の音は離れた場所から様子を窺う若者の所まで伝わり響いた」
一気に語り、ふぅ、と息をつく。
「やがて妖は寝入り、若者はゆっくりと近付いた」
「何故そこで斬らなかった?」
「妖の毛並みがあまりに綺麗だったので、撫でてみたいと思った」
「っ!!」
「自分の背丈以上もあるその妖の喉を、耳の後ろを撫でた。
 寝ぼけているのか、妖はされるままになり、ぐるぐると喉を鳴らして若者の手に頭を擦り寄せた」
「……不覚。あの日に限って寝呆けたとは」
「不覚という事はないだろう。おかげで妖は生き長らえたんだ」
「ほんの数刻だがな」
幼い声が忌ま忌ましげに呟き、もうひとつの声は続ける。
「あとは、あそこの立て看板に書いてある、この公園の名前の由来になった伝説の通り。
 その晩から妖と若者は三日三晩の死闘を演じ、ついに若者は妖を討ち果たした」
「嘘をつけ。あれは俺と若造の骸を見つけた輩が勝手に

4849-989ふたりだけにしか分からない(2/2):2007/02/11(日) 18:47:20
でっちあげた話だろう」
「…そうだな、決着はあっという間だった。
 若者は妖に捩伏せられ、瀕死の重傷を負った。
 死を目前にして若者は強く思った。この妖を他の誰かに倒されるのは嫌だ、と」
「何故」
「惚れたのかもな。宵闇に躍る強く美しい姿と、木漏れ日の下で眠る愛らしい姿を見せられて」
「……はっ、馬鹿馬鹿しい。人と獣だぞ?」
「最期の力を振り絞り、若者は妖の首を撥ねた。
 薄れる意識の中、若者は思った。何故、妖は自分にとどめを刺さなかったのか、と」
「…いらん事を思い出しただけだ」
幼い声に、ふっ、と自嘲めいた笑いが混じる。
「とどめを刺そうと覗き込んだその顔が…
 そのまた昔々、妖のその二叉の尾がまだひとつであった頃、その頭を撫でられた主君にうりふたつだっただけの事よ」
「……」
しばし沈黙が辺りを支配する。街の喧騒がやけに遠い。
「…あの夜は曇りだったな」
「ああ。だから、人はおろか月や星すら本当の事を知らない」
「二人だけにしか分からない真実、か」
悪くない、とふたつの声が笑いあう。
「笑うか、若造。貴様を殺したこの俺と共に」
「お前こそ笑うか、黒猫。俺こそお前を殺しただろう」
「憎しみや怨みはどうにも妖の骸に忘れてきてしまったらしいな」
「俺はもとよりお前を怨んではいないさ」
片方の人影が立ち上がって何かを背負い、反対側の人影へと歩み寄る。
「…とりあえず、若造呼ばわりをまず止めろ。今はお前が年下だ」
声をかけられた少年は、目の前の相手のランドセルと自分の小さな肩掛け鞄を見比べ、「そうだな」と呟いた。
「なら、何と呼ぶ?」
「ヒロキ。ちなみにお前と会った当時の名は…」
「いらん。現世を生きるには必要ない」
「幼稚園児には不似合いな言葉遣いだな」
「たわけ。貴様と話すから合わせてこの口調にしているだけだ」
黄色い帽子を脱ぎ、悪戯めいた笑みでランドセルの少年を見上げる。幼児独特の柔らかな黒髪がさらりと揺れた。
「…撫でたいか?ヒロキ」
「おう。撫でてじゃらして可愛がりまくってやるぞ、黒猫」
「貴様も、れっきとした人間に向けて猫よばわりは止めろ。【コウタ】だ」
ヒロキにくしゃくしゃと髪を撫でられてコウタが笑う。
妙な縁の妙なふたりが互いに懐古以上の感情を抱きあうのは、まだまだ遠い先の話。

48510-19 捨て猫がついてくるんですけどww まじどうしよう:2007/02/13(火) 01:26:35
「おっす」
「……それは何だ」
「向こうの公園に捨てられてた。ちょっと構ってやったら懐かれちゃって」
「それで無責任に連れて来たのか」
「だって、みーみー鳴きながらちょこちょこ付いてくるんだぞ。ほっとけない…」
「お前と似てる」
「ん?」
「都合のいいときだけ寄ってくるところが」
「ちょ、都合のいいって、俺が?」
「こっちの事情お構いなしに転がり込んできて、それなのにある日ふっといなくなって、
 忘れた頃にまた何食わぬ顔して戻ってくる。自分の都合じゃなくて何なんだ」
「え。もしかして、怒ってる?」
「ああ」
「えーと……ごめん、図々しかった」
「……」
「…それじゃこれで」
「どうして出て行った」
「はい?」
「どうして何も言わずに出て行った」
「あの。割のいい長期バイトがあってさ。それが現場に泊り込みで」
「……」
「貯金が底を尽きそうってバレたら、またお前に怒られると思って」
「だからって今まで連絡の一つも寄越さないのはどうなんだ」
「うん。…すいませんでした。ごめん」
「分かればいい」
「……あれ?」
「何だ」
「怒ってるのって、黙って出て行った方にだけ?」
「は?」
「いや、元々の転がり込んだ方には怒ってないのかなーって」
「それは……今更」
「良かったー。ついにお前に見捨てられるのかと思って本気で焦った」
「……大袈裟な」
「じゃあ、上がらさせてイタダキマス。あ、コイツは」
「勝手にしろ」
「ありがと。良かったな、お前も上がっていいってよ。命拾いしたなぁ、お互い」
「さっさとドアを閉めろ。寒い」
「ういー。なあなあ、牛乳ある? こいつ腹減ってるみたいなんだけどさ――」

48610-49 この胸を貫け:2007/02/15(木) 23:35:11
「よ、お疲れ」
顔を上げると西崎さんがいた。俺も「お疲れさまです」と返す。
壁際の自販機にコインを入れながら、西崎さんは俺を見て少し笑った。
「どうした。なんだか本当にお疲れ風に見えるぞ」
「やっぱりそう見えますか?」
そう返すと、彼は僅かに目を瞠ってその笑みを引っ込めた。
「何かしんどいことでもあったのか?」
心配そうに訊ねてくる。俺は何秒か逡巡して、思いきって口を開いた。

「……俺、近いうちに死ぬかもしれないんです」
「おいおい」
俄かに深刻な表情になる西崎さんに、俺は慌てて説明する。
「いや、あの、別に死にたいとか、そういう訳じゃないんですよ。ただ」
「ただ?」
「その…。最近、殺される夢をよく見るんですよ」
笑われるだろうかと様子を伺うが、彼は指を止めたまま真顔でこちらを見ている。
「同じシチュエーションで、毎回、同じように殺されるんです。
 最初の頃は疲れてるのかと思ってただけなんですけど…」
しかし、それが五回も六回も続くと、さすがに気になってくる。
「いわゆる予知夢みたいなもんじゃないのかって、心配になってきて」

「なるほど」
西崎さんは頷いてから、自販機ボタンを押した。がこん、と音がする。
「確かに気味悪く思うかもしれないが、こういう話もあるぞ」
言いながら、「おごりだ」と取り出した缶コーヒーを、俺に投げて寄越す。
「殺される夢は、今自分が抱えている悩みやトラブルが解決する予兆である」
「解決の予兆、ですか」
「特に現実に問題が起こっている相手に殺されるのは、その問題が解決する前触れなんだと。
 殺され方によって色々意味が違うらしいぞ。首を切られる夢は仕事の悩み、とか」
そう言って、西崎さんはにっと笑った。
「良いことの前触れだと思っていた方が気が楽だぞ」
彼の笑顔につられて俺も無意識のうちに笑っていた。

「じゃあ、俺のはとりあえず仕事の解決ではないですね」
「お前の場合は?」
「刺されるんです。胸を刃物でこう、ブスッと一突き。腹を刺されたこともあります。
 刃物が入ってくる感覚だけ妙に生々しくて、でも不思議と痛くはないんですけど」
刺殺の場合は何の悩みなんでしょうねと言うと、不意に彼の笑顔がにっ、からニヤリに変わった。
「それはあれだ。欲求不満だ」
「よっ……」
「刃物で刺されるという感覚のイメージが共通している、らしいぞ。
 ま、それは女の場合のような気もするが………、っておい。東、大丈夫か?」
「…………」
「あー…とは言っても、以前読んだ本の受け売りだから。あまり気にしないでくれ。すまん」
俺が返事をしないのを、ショックを受けたからだと思ったらしい。
申し訳なさそうに、こちらを覗きこんでいる。

俺は、彼の顔をまともに見ることができなかった。

(夢で俺を殺す相手、西崎さんなんですよ…)

48710-49 この胸を貫け:2007/02/16(金) 18:22:36
2月16日、会社員芦野基彦(27)が仕事を終えて自宅アパートに帰宅すると、
六畳の日に焼けた畳の真ん中に、不釣合いなストロベリーブロンドの美少年が、
正座をして待っていた。

「…どちらさまですか?」
「こんばんわ。私はキューピッドです」
「すいません、部屋を間違えたようです」
「芦野基彦さんでいらっしゃいますね?」
「…はい」
「初めまして。私はあなたの恋心を奪うためにやってきました」
「はあ?」
「さる2月14日午後6時24分15秒、○×駅前広場噴水横ベンチにて、
 同僚花丸希美子さんから差し出されたチョコレートを受け取りませんでしたね?」
「はあ?」
「受け取りませんでしたね?」
「…はあ」
「契約により、この鉛の矢を撃ち込んで、あなたの恋心には死滅してもらいます」
「ちっ、ちょっと待って!何それ弓矢!?こっち向けないで危ない!」
「逃げないでください。すぐに済みます」
「ひぃ〜っ殺される〜!!」
「生命に危険はありません。安心して」
「安心できるかっ!!」
「あっ何するんですか、返してください!」
「没収!こんな危ないもの子供が持ってはいけません!」
「子供とは違います。キューピッドです」
「まずは話し合おう。話を聞こう…って君、何で裸なの?」
「キューピッドですから」
「…キレイな肌してるね」
「キューピッドですから」
「……君、キレイな顔してるねぇ」
「キューピッドですから」
「ほぁ〜」
「あれ?恋色メーターが反応してる。私、間違って黄金の矢を撃ちましたか?」
「黄金の矢ってこれ?これ撃つと恋しちゃうの?」
「あっ黄金の矢までいつの間に!?」
「これ黄金で出来てるの?結構軽いね」
「あ〜ん、返してくださ〜い」
「そんな涙ぐまれると困っちゃうなぁ。もう俺を狙ったりしない?」
「それはできません、契約ですから」
「何その契約って」
「チョコレートを買ってくださったお客様へのオプションサービスです。本来なら、
 意中の相手がチョコレートを受け取り、箱を開けると私たちキューピッドが現れ、
 黄金の矢を撃ちこむことで、目の前の相手に愛情を芽生えさせるという内容です」
「最近のバレンタインはすごいことになってるんだな」
「しかし花丸様の場合、チョコレートをあなたが受け取らなかったので、本日、
 鉛の矢を撃って相手が恋を嫌悪するようになるオプションを追加で購入いただきました」
「それ何て呪い代行業?」
「契約をきちんと履行しなければ、私が上司に怒られるんです〜ぅ」
「可愛い声出してもだめですぅ」
「矢を奪われたことまでばれたら、クビになっちゃいます〜ぅ」
「俺だって恋が出来なくなるなんてごめんですぅ」
「私キューピッド失格になっちゃいます〜ぅ」
「じゃあ、うちにくればいいじゃない」
「え?」
「えいっ」

ぷすっと、芦野が伸ばした手の先の、黄金の矢が少年の胸を貫いた。
後に彼はこのときのことを、次のように語っている。

矢が胸を貫いた瞬間、世界は大きく色を変え、全てのものが美しく輝きだし、
天使が祝福のラッパを吹いていた。頭の中では絶えず鐘が鳴り響き、熱き血潮に
顔が紅く染まるのを止められなかった。そして、目の前には軍神マルスの如き
逞しく美しい男がおり、自分に熱い視線を向けていたのだ。

「鉛の矢は返すよ。さあ、この胸を貫いてごらん」

男は両腕を大きく広げ、少年に向かい微笑んだが、少年は矢をつがえることすらできなかった。
それよりも、高鳴る胸の音を聞かれやしまいかと恥ずかしくて、どこかに逃げ隠れてしまいたかった。

4886-279 教師二人:2007/02/18(日) 16:26:34
さあ帰るかと、車のキーを取り出しながら中庭を横切っていると、
どこからともく「花村せんせー」と名前を呼ばれた。
立ち止まって辺りを見回すが、薄暗い中には誰の姿も見えない。
「ここですここー。上です」
見上げると、二階の理科準備室の窓から同僚が手を振っていた。
「鳥井先生。まだ残ってらっしゃったんですか?」
若干声を張り上げると、「それがですねぇ」と呑気な声が返ってきた。
「ちょっと今、大変なことに」
「は?」
「花村先生、もう帰るんですよね?」
「え。あ、はい」
「もし良ければ、ちょっと時間とってもらえないですか」
「え?」
「お願いします。このとおり。俺を助けると思って」
二階から拝まれては「いえ、お先に失礼します」とも言えない。
仕方なく、キーをポケットに仕舞って第二校舎へ入って二階へ上がる。

理科準備室のドアを開けると、そこは真っ白な世界だった。
比喩ではない。本当に白かった。机も、椅子も、床も、粉まみれになっていた。
「鳥井先生、これは一体……」
「いやぁ、授業で使う重曹を袋ごとぶちまけてしまいまして。あはは」
白い世界の中で白衣を着た男は、能天気に笑っている。
「明日必要なんで準備をしてたんですが、大五郎にぶつかってしまって」
「大五郎?」
「そいつです」
指差す先には人体の骨格標本があった。
「ガイコツに名前をつけてるんですか?」
「俺じゃないですよ。昔からそういう名前らしいです」

骨格標本の他にも、人体模型やら鉱石の標本やら実験器具やらが置かれている。
準備室というくらいだから、本教室よりも物が多くて雑多なのは当たり前だ。
当たり前なのだが…
「なんだか、物凄く散らかってるように見えるんですけど」
「それが、重曹を拭こうと思って雑巾取ろうとしたら、そこの台にぶつかって」
「よくぶつかりますね」
「積み上げてた物が、ガラガラドーン!」
三匹の山羊ですかと言いそうになったのを飲み込んで「崩れたんですか」と相槌をうつ。
「そうなんですよ。連鎖反応って怖いですよねぇ」
「はぁ」
「お願いします、花村先生。片付けるの手伝ってもらえませんか」
また拝まれてしまった。
「お礼に、今度ケーキをご馳走しますから」
「いえ、別にお礼とかそういうのは……」
と言うよりも、何故唐突にケーキなのか。思考の展開がよくわからない。

「でも、知ったからにはこのまま帰るわけにも行きませんし。手伝いますよ……うわっ」
頷くやいなや、もの凄い勢いで両手をがし、と掴まれた。粉まみれの手で。
「ありがとうございます」
そのままぶんぶんと上下に振られる。まるで世紀の実験に成功した研究者だ。
「力を合わせて、跡形もなく片付けましょう」
「あ、跡形も無く?」
そこでその言葉の使い方はおかしくないだろうか。
「何の痕跡も残しておかないようにしないと。風見先生にバレたらどうなるか」
「風見先生?」
「今度こそ雷が直撃だ。容赦ないんですよ、あの人。
 あ。花村先生も、どうかこのことは黙っておいてください。ケーキに免じて」
「あの、だからケーキは別にいいですよ」
件の風見先生とは、別の理科担当の教師である。
以前にも何かやらかして怒られたのだろうか。失礼だが、容易に想像できてしまった。

「とりあえず。いきなり雑巾で拭いても駄目ですよ。高い所から順番にやらないと。
 最初は机や椅子を叩いて、それからから拭く。床は最後に掃きましょう」
「おお、なるほど。位置エネルギーに則るわけですね」
そんなに感心されても困るのだが。というか、その納得の仕方に納得がいかない。
ため息をひとつついて、着ていたコートを脱いで、腕まくりをする。
(帰れるの、何時になるかなぁ……)
自分の心配を他所に、彼は鼻歌を歌いながら、人体模型にかかった粉を払い始めている。
妙に楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。
(……。頑張ろう)


翌日、『手伝いのお礼と口止め料』という名目で、彼は本当にケーキをご馳走してくれた。
化学反応の実験の副産物、電極が差し込まれたカップケーキを。

4897-419 自分の萌えを熱く語れ!:2007/02/18(日) 23:17:39

 皆さん今晩は。
萌えについての勉強ですが、今日は『自分の萌を熱く語れ!』というテーマで少しお話しをしたいと思います。
 大きく分けて属性というものは装備系統と基本系統にわかれますが、属性は日々誕生し、増え続けるものであります。
その多くの属性を全て理解することは不可能に近いと思いますが、理解を広げることにより自分自身をより深く理解、分析することが出来ますし、また新たな属性を発見する手助けになると思います。

 たとえば青木君、君の萌え属性は、この用紙には猫耳と書かれていますね?
中にはもとから生えている物でないといけないという方もおられますが、猫耳というのは系統に置き換えると装備系と言えるでしょう。
何の変哲もないキャラや人物でも、そのアイテムを付加することによって簡単に萌えるキャラや人物にレベルアップするというものです。
猫耳に代表される耳以外にも角や翼、私が今着用している眼鏡と白衣、巫女服や軍服などの制服もこのオプション型と考えて良いでしょう。

 次は神崎君、君の萌え属性は、黒髪と褐色の肌ですか、比較的相性のいい属性ですね。
こういった外見的特長を取り入れた萌は基本系と言えるでしょう。
この属性は先程の装備系と違い、キャラクターや人物が素の状態で持っていることが多く、そのため付加や取替えすることが出来ない物が多いです。
一つの例として神崎君の基本属性を上げると……あ、嫌ですか?
えー、それでは私の持っている基本系属性を上げると、黒髪、黒目、色白等になります。

 次に藤川君、君の萌え属性は、ツンデレな喫茶店店主ですか、店主限定な所に藤川君のこだわりを感じますね。
喫茶店店主は職業萌と言うものですね、基本系にあたるものですが転職可能なキャラや人物もいますので装備系とも言えるでしょう。
刑事、スポーツ選手、ファンタジー世界ですと魔法使いや戦士、それから皆さんの生徒や私の先生という職業もそうですね。
 ツンデレは性格を表すものであり、ある程度そのキャラや人物を知らないと分からない属性でもあります。
性格は大体において容易に変えることが出来ないものなので基本系にあたりますね。
では私を例として上げると、なんでしょう?んー、えー。
ああ、よく天然と言われるので天然なのだと思います。

 自分の性格を属性で例えるのは難しいですね、いい機会ですからこれは宿題にしましょう。
次回までに各自自分の性格を属性に例えること、その理由も簡潔に添えるようにしてください。

 では時間も無くなってきたので最後に湯川君、君の萌え属性は、眼鏡、白衣、黒髪、黒目、色白、先生、天然ですか、随分多いですね。
湯川君のように様々な属性を同時に……なんですか?湯川君。
先生が好き?
そうですか、湯川君は特に先生と言う属性が好きだそうですが、様々な属性を同……なんですか?
だから先生が好きなんですよね?え?耳を貸してくれ?
……え……あ、その、じ、時間が来ましたので、今日の講義はこれで終了します!

49010-119 ピロートーク:2007/02/25(日) 11:15:16
睦言に憧れていた。

子供の頃からの夢だった。いつか好きな人が出来て、その人と結ばれることが叶ったら。
情熱的な告白とかじゃなくてもいい、映画に出るような洒落た言葉じゃなくたって。
ただ朝ごはんは何にしようかとか、ドアちゃんと閉めた?とか、そんな他愛のないことを確認し合いながら、
おやすみ、とどちらともなく穏やかに眠りに落ちるのだ。それで十分甘いはずだ、そんな些細なやりとりさえも。

だけどぼくはゲイだったし、だから好きになったのも当然男のひとで、厳しい目をしたそのひとは
その上妻子持ちと来た。諦めるべきだと思った。初めての恋も、子供の頃からの夢も。

未だにぼくはあなたが何故ぼくを抱いたのか分からずにいる。

ぼくは自分が思ったより遥かに諦めが悪かった。言ってみればそれだけのことだ。
潔く身を引くことも出来ずぼくはあなたとのことを引き摺り、そうして長引いた初恋は今年で十年目に突入し、
あなたの子供はあなたに出会った時のぼくの歳になり、今ぼくの前で恐ろしい形像で何故あなたがぼくと
寝ていたのかを問い質している。顔怖いな、とちょっと思う。顔立ちは幼いが、怒った表情はあなたにそっくりだ。
あまりにも似ているものだから、つい問い返したくなってしまう。ねぇ、あなたは何故ぼくを抱いたのですか。

一緒に朝を迎えたことはなかった。あなたには帰るべき場所があった。
一緒に映画を見たり、買い物に出かけたり、外で食事をしたことだってなかった。そんな関係じゃなかった。
人々の視線を恐れ、あなたに呆れられることを恐れ、ただ黙ってあなたに抱かれていた。
そこに睦言など介在する余地もなく、今思い返してみれば熱さえもなかったような気がする。
あなたはいつも淡々と、ほぼ事務的にぼくを抱き、ことが済んだら先に帰っていった。
その背中にいつも問いかけようとし、そして結局呑み込んでしまった言葉をこうしてぼくは持て余している。

問いたかった。答えを知りたかった。
あなたとデートがしたかった。一緒に朝を迎えたかった。あなたにおやすみを言いたかった。
だけどぼくはあなたを奪えなかった。だってあなたが何故ぼくを抱くのかさえぼくは知らなかった。
あなたは奪ってくれなかった。

ねぇぼくはあなたものになりたかった。

49110-119 ピロートーク:2007/02/25(日) 11:17:11
ずっと言いたかった言葉はあなたの厳しさに戯言だと切り捨てられることを恐れ、ただぼくの体中を巡り、
なるべき声を切り裂き、そして永遠にあなたに伝わることはなかった。
だけどその厳しい目であなたは見出せたのだろう。ぼくの縋り付く腕に。何の抵抗もなく開く体に。
特記するエピソードもなかったこの十年間、淡々と、事務的に、それでもずっとぼくを抱きに来てくれたあなたなら。
病床で最期に、熱にうかされ、うわごとのようにぼくの名前だけを呼び続けたというあなたなら。

子供の頃憧れていた甘い言葉はなかった。たった一度も、そんなやりとりが交わされたことはなかった。
あなたはぼくを奪ってくれず、ぼくはあなたのものになり損ね、
ただあなただけ最後の最後にぼくのものだったと、ぼくさえ知らなかったことをあなたの息子さんは怒っている。
それはどんな睦言よりも甘く、この十年間を実際在り続けていたものとは違うものにしてしまう程に甘く、
そしてぼくは分かってしまうのだ。

それで今、幸せなはずのぼくは、報われたはずのぼくは、否、多分だからこそ、こんな甘さより別のものを
欲しているのだ。望んでいるのだ。
ぼくのものになったあなたのことを聞かされるこの瞬間より。こんな短絡的でいてそれでこそ絶対的な答えより。
ただただ流れていくだけだった、あの甘さなど欠片もなかった時間がまだ続くことを、
ねぇ、あなたは何故ぼくを抱くのですか、と声にならない言葉を問いかけるように。

でももう遅い。あなたはもういないのだから。

それでもぼくはもう一度、未だに分からないフリをして。
もうぼくを見ることはないその厳しい目を恐れるフリをして。
今はもういない、あなたに呼び掛ける為に、まるで睦言のように。

ねぇ、教授。

49210-119 ピロートーク:2007/02/25(日) 15:14:30
おかしい。

いわゆるピロートークってもんはもっとうこう、甘いもんじゃないのか。
普段は恥ずかしくて言えないこととか、他愛のないこととか、
とにかく二人で余韻に浸りながらイチャイチャと話をするもんじゃないのか。

なのに、どうしてこいつは俺の隣に寝そべったままノートパソコンのキーボードを叩いてるんだ。

「いける!これでいけるぞ!なんで今まで思いつかなかったんだ俺!」
なんだその生き生きした目は。なんだその溌溂とした表情は。
『いける』じゃねーよアホ。今しがた俺にイカされたばっかだろお前。
「……楽しそうだな」
「楽しいというか嬉しいというか、俺って天才?みたいな」
テンション最高の満面の笑顔でこっちを見るな。
ついさっき涙目で俺を見上げて言った「もう駄目」「もう限界」っつー言葉は嘘か。
まさか「早く」とねだったのは早く終わらせたかったからじゃねぇだろうな。
「仕事か、それ」
「まーね。急な仕様変更があって、どうしようかここ数日悩みっぱなしだったんだけど」
こいつの職業はSEだが、『SEとはシステムエンジニアの略称である』ことくらいしか俺には分からない。
「閃いた!唐突にぴかーんと!アドレナリンがどばーっと!」
「へえ」
「解決した。多分ね。明日書き換えてテストしてみないと分からないけど、多分オッケー」
「ああ、そうかよ。良かったな」
わざと機嫌の悪さを滲ませて言ったのに、明るく「うん、ありがとう」と笑う。
本当に嬉しそうに、鼻歌を歌いながらノートパソコンを撫でている。

おかしい。甘くないどころか、すごく苦い。
こいつは表情はとても幸せそうなのに。俺の隣で笑っているのに。
さっきまで何度も好きだと囁いて、囁かれて、最高に幸せな気分になっていたのに。

苦い気分が着地した先は、情けなくも『パソコンへの嫉妬心』だった。

俺たちの甘いピロートークを奪いやがってこの野郎。
次やるときは、絶対隠す。

49310-179:2007/03/05(月) 13:54:08

「一番嬉しかったこと」
「そう。ただのアンケートなんだけどどーにも、思いつかなくてさ。参考くれ」
「俺の意見が参考になるとは思えねーな」
「それでも! 一般論でいいから何かない?」
「……強いて言えば」
「言えば?」
「お前に蹴り倒されてそのまま踏まれたことだな」
「……は?」
「そうなんだよ。俺はきっと、お前に踏まれる為に生まれたんだと思う」
「え?」
「さあ。踏めよ。ていうか踏んでくださいお願いします!」



「てめぇみてーな変態M男に聞いた俺が馬鹿だった」
「ううううさっきみたいな容赦無いビンタも今みたいなシカトも結構クるけど
やっぱり踏まれるのが一番嬉しいよ受けー」
「攻め、お前は死ね。お前を殺して俺は生きる」
「そんなどっかのラノベみたいなこと言わないでもう一回踏んでくれよ
受けーあいらびゅーあいにーじゅうぅー」

 受けは足を高くたかく振り上げ、期待に目を潤ませた攻めの脳天に
勢い良く打ち下ろしました。
 攻めは昏倒しながらも幸せそうな顔でした。     〜FIN〜

4946-159最後のキスと押し倒しにうほっwwとなりつつ踏まれます(1/2):2007/03/11(日) 03:24:43
 寝転がってテレビを見ていると、先輩は必ず俺のことを踏み付ける。
 先輩はいつもの無表情で淡々と「お前の前世が玄関マットなのが悪い」なんてわけのわからない理屈を言って煙に撒こうとするが、わざわざ進路を曲げてまで人のことを踏みつけていくその行動は、自分に注意を向けたくてわざわざ人を踏んでいく俺の実家のネコの行動とそっくりだったりする。
 ……なんて言うと切れ長の目を細めて「それで?」なんて冷たく言われて、以後最低三日はご機嫌ナナメ・下手をすれば料理ボイコットにより毎食うまい棒(たこやき味)が出されかねないことは目に見えているので、とりあえず今日も黙っておとなしく踏まれている俺なのだった。
「お前が見てる話って、いつもワンパターンだな」
 踏まれることにスルーを徹底する俺の反応がお気に召さなかったのか、先輩は俺の腰に乗せた片足に全体重をかけながら声をかけてきた。
「えー、全然違うじゃないっすかー!どこ見てそういうコト言うかなー」
 踏まれた足の下で手足をじたばたさせて抗議をアピールしてみるが、先輩は俺の方を見ようともせず、つまらなそうにテレビを眺めている。
「どうせこのあとキスして押し倒して一発ヤってはいサヨナラ、だろ。別れるつもりのくせに未練がましい」
「うーわー、俺の燃えかつ萌えシチュ・ラストキスをさらりと全否定しましたね?!」
「あぁそういやお前、切な萌えとやらについて無駄に熱弁を奮ってた事があったな。途中からアイスの賞味期限について考えてたんで聞いてなかったが」
「アイス>俺、ってコトですか!?」
「不満そうだな」
 腕を組んで軽く首を傾げた見下し目線が俺を捕らえる。無論、右足は俺を踏み付けたまま。あぁもう本当そういう尊大な態度と表情似合いますね。Mのケはないけど目覚めてしまいそうです。
 ……なんてぐだぐだしているうちに、テレビに映るシーンは別れを告げられ泣きじゃくるヒロインを抱きしめる主人公。最後に一度だけ、と交わすキスは徐々に熱を帯び、やがてゆっくりとベッドへと倒れ込む。漂う切ない雰囲気や悲壮感、胸を締め付ける感覚がたまらない……エロが目的で見ているわけではないのだ。断じて。

4956-159最後のキスと押し倒しにうほっwwとなりつつ踏まれます(2/2):2007/03/11(日) 03:27:13
 浸っていると、いきなりぎゅっ、と俺を踏み付ける圧力が強まった。ぐへ、と間の抜けた悲鳴が勝手に口から飛び出る。
「ちょ、一番いい時になにすんですか!」
「なんかムカついた」
 俺を踏み越えて台所へ向かいながら先輩は淡々と告げる。
「俺なら離さない。最後だっていうなら最期にしてやる」
「さらりと恐い発言しないで下さい!唇に毒でも塗るつもりですか?」
「いや、腹上死狙い」
「なっ……」
 絶句する俺になんてお構いなし。持ってきた牛乳をパックから直に飲んで唇をぺろりと舐める。赤い舌が妙になまめかしい。
「自分から跨がって腰振って、からっからに干からびてミイラになるまで俺の中に搾りとってやるつもり……どうした、いきなり丸くなって」
「いや、なんでもない、です……」
 うっかり乱れる先輩を想像して体育座りになる。ただでさえベッドでの可愛さは普段とのギャップと相俟ってえらいことになっているのに、そこに積極性が加わったら正直洒落にならない。
 更に丸くなる俺なんて眼中にないように、やっぱり先輩は淡々と続ける。
「問題は下になっているのに【腹上】と呼んでいいかどうかだな。どう思う?」
「……どうでもいいです!」
「どうでもよくないだろう。お前の死因だぞ?」
「え」
 どういう意味かを問おうとした口は、素早く先輩の口で塞がれてしまった。

×××

『シチュが好きなだけであって、先輩と別れようなんて気は1ミクロンもありません!』

先輩の艶やかな痴態にうっかり酔ってしまい、ようやくそう告げることが出来たのは、死なないまでも散々搾られて身動きできないほどへろへろにされた後の話。

49610-249 卒業:2007/03/13(火) 01:27:23
先週、俺はこの学校を卒業した。
進学が決まった報告に訪れた今日が、この校舎に来る最後の日だ。
地元を離れることも決まったから、あの人と会うことももうない。

あの人が誰を見ているかぐらい、とっくにわかってた。
俺は3年間ずっとあの人だけを見てたんだから。
1年半が経つ頃には、アイツのあの人を見る目つきが変わったのにも気付いた。
あの人がアイツといる時、どれほど幸せそうな顔をするのかも。

それでも諦められなかった。
望みがないとわかってても、あの人を想う気持ちを止められなかった。
告白する勇気もない、ましてやアイツから奪うことなんて出来ないくせに。
でも、それでも終わらせることはできなかった。

今日を逃したらもう、あの人と会う機会はない。
合格した日に決めた。
最後にあの人に会って、それで終わりにしよう。

きっと、すぐに忘れたりできない。
何度も思い出して、その度に後悔するかもしれない。
せめて、何か出来たらよかった。
頑張って告白するべきだったろうか。
あの人を悩ませたくないなんて、振られるのが怖くて言い訳してるだけだ。

それでもやっぱり告白はできないだろうから。
その代わり、ちゃんとサヨナラを言おう。
先生への別れと、叶うことのなかった恋への決別。


俺は今日、この恋から卒業する。

49710-241:2007/03/18(日) 14:24:59
「お前の辞書に辛抱って文字は無いんだな」

…と言いつつ、されるがままになっている俺も俺か
こいつに「いい…?」って上目遣いにせがまれると
どうにも抵抗出来ない
今日もせめてシャワーだけでも浴びさせてくれって言ったのに
シャワールームまでやってきて背中流してやるよ…って
そのままコレだもんな

「いつ見ても綺麗な背中してるな〜」

俺の苦手な所だけは、ホントしっかり覚えてやがるし
こら、そこは自分で洗えるってば!
気持ちいい?とか聞くな!答えられる訳ないだろ!

「ここだったら洗濯の手間とか無いし…いいよね?」

はいはい、参りました。



12時間反応待ちがある所を見落としてました、すいません
明らかな嵐は無いものとして扱っても良いと思うけどなぁ…

49810-289党首×捕手:2007/03/20(火) 07:30:53
『八神海渡、八神海渡、海を渡る八人の神。もうこりゃ縁起もんです。
しかし皆さん、名前負けするような男ではありません。
お手々繋いで幼稚園…そうかれこれ30年近くの腐れ縁ですが、
一度たりとも約束を反故にしたことのない誠実な男です。
高校時代デッドボールを受け、足を打撲した私を担いで医者まで走ってくれた、そんな優しい男です。
お嫁に貰ってもらいたいほど…あっいや女房役はグラウンドだけで手一杯でして、
それは未来のお嫁さんにお任せしましょう。
また皆さん、……』

私は横で微笑みを浮かべながら、嫁という言葉にあの日の自分を思い出し真っ赤になった。


和人とゆっくり会ったのはもう3ヶ月も前だったろうか。
お互い忙しくいつもこんな調子だ。
あの日、逞しい和人に何度も貫かれ追い上げられ快楽の淵に突き落とされた私は
「そろそろお嫁に貰ってくれてもいいのに。
 いつもおまえと一緒にいたいんだ」
積もり積もったストレスと快楽の余韻の為せる業とはいえ
正気に返れば恥ずかしさにいたたまれないような言葉を紡いでしまった。
「俺はいいよ?いつでも嫁に貰ってやるさ。
 だけどプロの投手になる夢を捨てて政治の道を志ざしたのはおまえだろ。まだまだ先だ」
「政治家の引退って遅いの知ってるだろ?そんなの待てない。」
「一党の党首が男と暮らしてるなんて許してくれるほど世間は甘くないぞ。
 先だっていい。おまえが隠居してゆっくり暮らせる日まで俺は待ってるよ。」
そう言って子供をあやすように背中をトントンとして抱きしめてくれた。
ただの弱音、おまえにだからこその甘えだと分かっているんだろう。
それでも優しい言葉が嬉しかった。

党首とは言っても3年前に立ち上げたばかりの若い党だ。
派閥抗争に嫌気が差した若い議員、既成の党の体制に合わない議員、
国政に新しい風を起こしたい同志で立ち上げのだった。
今回の総選挙の応援演説を和人に依頼するのは抵抗があったが、私たちが親友だと知る周りの者たちからは、
東海ランナーズの正捕手であり昨期の打率トップでもある真鍋和人の力を借りない手はない、
と押し切られこの現状だ。


『明日の投票日には是非「八神海渡」とお願いします。
政治の事は疎い私ですが、万一手抜きしようものなら親友として一国民として容赦はしません。
必ずや私が、彼が真っ直ぐな道を勧めるよう支えていく事をお約束します。
まぁ酒を飲んだり愚痴聞いたりしかできんですけどねぇ。
皆さんのお力をこの日本新風クラブの八神海渡に是非是非貸してやって下さい!』

そうだな。どんな時もおまえは私の支えだ。
会えるのはたまにでも幸せだ。
のんびりゆったりするのはまだ先でいい。

49910-169 痛かったら手を挙げてくださいね:2007/03/23(金) 05:07:51
…これが常套句ってやつなんだと、恐怖と緊張のさなか、何故か冷静に国語の宿題のワークを思い出していた。

マスクで隠れてるが、見えなくても想像が付いた。
先生の形良い瞳が優しく細められる。
白い歯っていいねーなんとかかんとかっ、て古いCMばりに爽やかな笑顔と、
穏やかな、安心させるような声。
けど、騙されねぇ。
痛みに手を挙げても
「もうちょっとだから、我慢してね」とか
「偉いぞーかっこいいぞー男の子は我慢だぞー」
とかなんとか言う、悪魔になるんだ。
天使じゃねーぞ。全然。絶対。
…あれ?
白衣の天使って、かんごふさん限定?
そんなことを思いつつ、
ぜったい、しかえししてやる、と
ガリガリ歯を削られながら
そう心に誓った小6の俺――


バシッ。

50010-169 痛かったら手を挙げてくださいね:2007/03/23(金) 05:35:25
「あんたはいつだってそうだ!
ずっと、昔っから。
俺の事、子供扱いしてっ
…そうだよ!15も違うよっ…追いつけねぇよっ…けどっ、」
今更不毛だの、何でそんなこと言うんだよ!
最初から分かってた事じゃねーかっ!
それこそ、あんたは大人なんだからっ!!
一気にまくし立てた。

些細なすれ違いから、エスカレートしてく感情の発露。
どうして、伝わらないんだろう。
好きなだけじゃ駄目だって、そんなこと分かってるよ。
けど、けど――。
…手のひらが熱い。
興奮のあまり喉が詰まって言葉が続かなくなり、俺はぎゅっと目を閉じると背中を向けた。

「……ごめんね」
「…!」
淋しそうな声と、拳を包んだ温もりに振り返ると、
先生は赤い頬のまま、
昔とは違う、悲しそうな笑顔を浮かべていた。
その痛々しさに、はっとして
すうっと興奮が冷めてゆく。
「ごめ…」
謝らないで、というように先生は静かに首を振った。

「…痛かったのは、
歯じゃなくて君の手と
君の心だから…」

50110-169 道しるべ:2007/03/23(金) 07:31:43
…春ニ貴方ヲ想フ

あの人を失った、河原の道を歩く。
あの日も、今日と同じように、日差しが柔らかく暖かい春の日だった。
あの人は凛とした瞳で俺を見つめていた。
涙は無かった。
ただ、癖で噛んだ唇が赤く、痛々しかった。
どちらかが悪かったのではなく、多分、どちらもが悪かった。
子供だったと、幼かったと、若さのせいにしたら
あの人は怒るだろうか。
それともあの日と同じように、冴え冴えと美しく微笑むだろうか。

俺とあの人は、何もかも危ういバランスの上で存在していた。
キスをして、抱き合って、笑い合っても
俺たち二人はいつも小さな傷を付け合って、いつも怖がっていた。
――何を?
考えようとして、頭を振る。

今ではもう、思い出せない。

ただ、大切だった。
それぞれ違う道を歩もうとも
憧れで、目標で
…本当に、大切な人だった。


それは、思い出の中のワンシーン。

「…つくしって、何でつくしって言うか知っとる?」
「は?」
唐突な事を言い出すのは彼の十八番。
へぇー、ということから
で?ってことまで、
豆知識や宇宙の謎、答えられる事もあったけど、返答に困る事まで。
けど、そんな時の彼は、いつもどこか楽しそうだった。
「つくしのつくしって、ミオツクシから来とるんやって」
「ミオツクシ…?」
飲み込めない俺に、彼は
そこらに転がってた小石を拾うと
澪つくし、とゆっくり地面に文字を綴った。
「あ、その澪つくし、か…」
「うん」
彼はぱっと笑顔を浮かべ頷いた。
「それでな、
その澪つくしに、立ってる感じが似とるから、
つくしって言うんやって」
他にも色々説はあるらしいけどな。
「…けど、海の標識が澪つくしなら、」
つくしは春の道しるべみたいで、しっくりくるな。
と、菜の花のようにふわりと彼は笑った。

…春の道しるべ。
普段は現実主義者の振りをしてるくせに、
その実、ロマンティストで。
なのにそう指摘すると、照れて怒った表情をした。
けど、本当に強い人だった。
「……」
俺は。
淋しかった。

違う道を進んでいる事は分かっていた。
あの人が誇るもの、大切なもの、守るものも知っていた。
そんなあの人が好きだった。
けれど、それでも淋しくて、もどかしくて
…悔しかった。

何かが記憶に引っかかった。
「…っ、」
目の奥が熱くなって、俺はその場に立ち止まった。

50210-169 続き:2007/03/23(金) 07:44:02
俺は。
あの人の、道しるべになりたかった。

…あの人は。

「二人で歩いて来た足跡が、」
二人の道しるべだと
そう言って、笑った。

「行き先を教える道しるべはいらない。
来た道を教えてくれればいい。
間違ったら、間違った場所まで戻って
二人でまた歩い行けばいい」と。


…戻れるだろうか。

あの、道しるべまで。

5036-159:2007/03/23(金) 08:03:16
オイっ、6-159よ。
まだそんな格好してんのか?
ヨソさまのラブシーンにうほっwwとなってる余裕も
踏まれてるヒマもお前さんにはねーんだよ!
さっさと…と言っても
はるか超亀になってしまったが、
はるばるやって来たこの俺サマを、押し倒してキスせんかいっ!
…ナニ、嫌だと?
なーに言ってんじゃワレ!
なら、この俺サマがとっととヤったる!!
ホラ、目くらい閉じろよ。

…おながいします。
目を閉じて下さい。
実はちょっと、かなーり、
恥ずかしいんだお。

50410-119 ピロートーク:2007/03/29(木) 03:24:16
(…妹はいつもこんな風に抱かれているのだろうか…?)
 悠樹は気だるさの残る身体でぼんやり考えた。
その隣で煙草を吹かしている『悠樹の妹の彼氏』、迅は相変わらずの
余裕たっぷりな態度で悠樹にニッと笑いかけた。
「ちゃんとイけたか? ゲイの悠樹君?」
 もはや彼に反発する気も起こらない悠樹は、
「…ああ、イった、…良かった。もの凄く…」
 と、答えた。
「今日はエラく素直なんだな」
 迅はそう言ってククッと笑い、
煙草を灰皿に押し付けて、布団を捲って再び悠樹の隣に寝転がった。
悠樹の瞳を覗き込む様な彼の仕草に、悠樹の心臓の鼓動が高鳴った。
「…俺は素直だよ。あんたがわざわざ怒らせなければ」
 悠樹は迅の事が好きで好きで堪らなかった。
妹より自分を愛して欲しいと願う様になっていた。
「…迅…、俺ってキモいだろ?」
「…まぁな。キモいよ」
 迅のストレートな物言いは、やはり悠樹を傷付けた。
「……じゃ、何で抱くの…」
 迅はニヤニヤしたまま悠樹の惨めな表情を見つめて言った。
「…キモ可愛いってやつだろ?」
「茶化すなよ、俺はマジで…んっ」
 悠樹の口唇は迅のキスで塞がれた。
「……もうちょっとさ…、楽しもうよ…、誰にも内緒で」
 迅はそう囁いて悠樹の上にのし掛かった。ベッドが軋む。
悠樹は舌に残る煙草の匂いがいつまでも消えなければいいのに…と願った。

50510-359 キリスト教徒同士 1/2:2007/03/30(金) 15:58:04
「仕方ないと思うんだよな俺」
「何がだ」
「こうなること」
「何でだ」
「だってほら覚えてる?神様って人間をご自分に似せて創造なさったって」
「それがどうした」
「似せたのってなにも形像だけじゃないんだよって話」
「言っていることが分からない」
「旧約だよ旧約、神様って嫉妬深いってあったじゃん」
「ただ似せられてるだけだというのか」
「責めないでやってくれよ。あの人は俺達を愛してるだけなんだよ」
「人じゃないと思うが」
「別にいいじゃん、親密感わくし」
「よくない。あの方のせいにしたくない」
「あんたって信心深いのな」
「君ほどじゃない」
「へ。俺何かしたっけ」
「君は真面目ではないかも知れんがとてもまともな生徒だと評判されている」
「あーここミッションスクールのわりには結構アレだもんな」
「君は目立つ生徒だった」
「転校生だったからだろ」
「誰もが君を愛していた」
「知らねぇヤツに愛されても嬉しくない」
「それは君が愛される人だからだ」
「俺はあんたを愛してるよ」
「・・・心にもないことを」
「ミッションスクールなんて冗談じゃないって思ってた。
あんたがいたからなんとか我慢できたんだと思う。感謝してるよ」
「それは買い被りすぎだ」
「あんたは俺と逆だね、まともだとは言いがたいけど真面目すぎる。
それが面白かった、でもだからずっと心配だったんだ。なぁ馬鹿なことするなよ」
「すでにしている」
「いいんだよこんなことは」
「いいはずないだろう」
「いいんだよ。あの人は許してくれる」
「こんなことをか」
「あんたが教えてくれただろ。何でも何度でも許してくださるって。
例え世界中のやつらがあんたが悪いってあんたのしたことは罪だってあんたを許さなくたって」

50610-359 キリスト教徒同士 2/2:2007/03/30(金) 16:00:54
「あんたが誰を愛しても誰を殺しても」

「あの人だけは」


「それでも君は死ぬ」
「あんたが生きればいい」
「嫉妬に血迷って生徒を刺すような人間だ、生きる価値などない」
「馬鹿なこと考えるな、自殺だけは駄目だ、許されなくなってしまう」
「許されなくていい、許さないでくれ、どうせ君は愛してくれない、せめて側に居させてくれ」
「じゃあ許さない、許さないから馬鹿言ってないで逃げろ、もうすぐ人がくるはやく逃げろ」
「居させてくれ!」
「先生」
「・・・血が」
「愛してるよ」
「あああ血が」
「あんたに逢えてよかった」
「わ、私はなんてことを」
「あんたじゃなくてごめんな」
「なんてことを!」
「ごめんな」



我らに罪を犯す者を我らが赦す如く我らの罪をも赦したまえ
我らを試みに遭わせず悪より救い出したまえ



主よ!

50710-359 キリスト教徒同士:2007/03/30(金) 19:06:30
 その感触は少し気持ち悪く、それでいてとても気持ちが良かった。
そして必ず罪悪感を心に引き起こした。
ジョルジュの舌と自分の舌が触れ合う時、
リンドはいつも幼い頃飼っていた蛙にさわった時の事を思い出した。
 突然小屋の外で物音がした途端、二人は長い時間行っていた唾液交換を中断させ、
そのまま耳を澄ませてピクリとも動かなかった。
「…大丈夫、人じゃないよ、リンド」
 ジョルジュは力を抜いて優しく微笑んだ。
その(お気に入りの)笑顔を向けられると、大してビクビクしている訳でもなかったリンドは
ふいにジョルジュに甘えたくなった。
「…ジョルジュ…、もっとして…」
「…ん?キス?」
「うん…キスして…」
 リンドは、ジョルジュはとても大人びていると思った。
彼らは同い年だったが、ジョルジュは穏やかで他の誰とも違っていた。
「…リンド…」
 濡れた口唇を離して二人は息も絶え絶え見つめ合った。
「…リンド、僕たちは地獄に堕ちる」
「……」
 リンドは息を呑んだ。
然し、解っていた。この事が誰かに知れたら二人とも殺される。
リンドは静かに震える口を開いた。
「…そうだね…、神様は全部見てる、絶対に…。」
 その間ジョルジュの瞳は真っ直ぐリンドへ向けられていた。
その目には怖れなど全く映ってはいなかった。
そしてリンドは、自分ももう既に子供ではない事を悟った。
 リンドは言った。
「…最後の審判のラッパが鳴って蘇った時に、
君と一緒にいられるなら…
僕はその後どうなっても構わないよ」
 ジョルジュは少し驚いた顔をして、そして微笑った。
リンドは誇らしげに、しかし照れた様な笑みを返した。

50810-419囚人のジレンマ:2007/04/05(木) 02:01:00
愛しい貴方へ。
 
真円だった月が、半分に欠けました。僕らの処刑が執り行われるという新月まであと半分です。
 
『自分が間違っていた』と一言告げさえすれば、晴れて自由の身になれる事は保証されています。二度とお互いに会えなくなるという一点を除いて。
 
僕らがいかに不道徳か、非を認め改心しろと説いていた父親も、無駄と悟ったのかここ三日程姿を見せません。
僕は、貴方を愛した事、貴方に愛してもらえた事を決して後悔も恥じもしていません。
だから、貴方と重ねたこの唇で貴方との愛を否定するような真似はどうしてもしたくないのです。
例え命を絶たれるとしても。
 
……けれど、貴方はどうなのでしょうか。
約束してくれましたよね。『新月の日に一緒に逝こう』と。
命が惜しくなったりしていませんか?
もしかして、僕らの在り方を否定してでも、生きる道を選びたくなりましたか?
……貴方は、僕を裏切りますか?
 
そんな事を考えてしまった自分が腹立たしくて情けなくて、けれどどんなに振り払っても不安は纏わり付いてきて涙が溢れます。
『裏切られる前に裏切れ』という悪魔の囁きと、貴方を信じる心がぶつかって、胸が裂けそうに苦しい。
貴方のいない孤独と寂しさがどんどん負の感情を増幅させ、新月を待たずに気が狂いそうになる。
 
もう結果なんてどうでもいい。誰が死んで誰が生きようとも関係ない。
ただ、今すぐ貴方に会いたいいです……兄さん。

50910-489裏切り者の烙印を押されても:2007/04/14(土) 21:27:11
薄暗い牢獄に、靴音と叫び声が入り交じる。
ランタンの光も届かないその片隅で、ひとりの青年を抱き込み庇うようにひとりの男が蹲っていた。
銀色の冴えた光に似つかわしくない鮮血を纏わせる剣が、傍らに投げ捨てられている。

立派なのは文言だけで、民衆の声を聞き入れない王政を覆そうと反乱軍の先鋒を切り城内に侵入したはいいが、
もう何十回目の争いに耐え抜いただけあり内部は要塞の如く複雑に入り組んでいた。
農園のようにベリーの木々が生い茂るこの庭を突っ切るとしても時間の浪費は避けられないなと、
喉元で小さな笑い声を漏らした男は、淡い水色の髪を揺らし空を見上げた。
「…ラグズ?」
苦悩と困惑を色濃く表した声に、反射的に右手に握っていた愛剣を相手の方へ突き出す。
一本の直線を描いた切っ先は彼の金の髪を数本散らし、頬を掠めて一筋の傷痕を残した。
「んっと、ラグズだよ…ね?」
「…、………を、俺の名を何故知っている」
「覚えてない?隣の家に預けられてた…ダエグって少年を」
叫び声を上げそうになり、思わず少年…いや、ダエグ王子に唇で口を塞がれていた。
恋愛未満であったとしても、隣人の彼と過ごした時間は今でも男の中に燦然と蘇る。
手を離れる時が来たんだと預かり主の老夫婦から聞いた晩は、彼と別れの酒を酌み交わそうと年上らしく提案したものの、
朦朧とした意識の中にあるのは彼を掻き抱いて泣く己の姿と、背伸びをして何度も髪を撫でる彼の潤んだ笑顔だった。
気付かないうちに曖昧にはぐらかしてきた関係を悔やんでも悔やみきれず、その後戦いに身を投じた結果が、
身分の明かされた彼との―しかも反乱軍の有力人物と王子となった互いの再会の場だと、誰が予測できただろう。
「とびきり大きく育つぞってもらった鉢植え、覚えてるかな…ここの庭の、全部あれから株分けしたんだよ。
…のんびり話すのは、もうちょっと後かな。僕も頑張ったんだけどね…」
と、理知そうな顔を少し切なげに歪めて彼は片手を差し出す。
僅かに躊躇いを見せて、男は、一呼吸置いてから、彼の荘厳かつきらびやかな正装を剥ぎ取り投げ捨てた。
が、簡素な下着姿になった彼に己の外套を羽織らせて、自分の中折れ帽を深く被せる。
「…本当にいいのか。逃げても」
「茂みを抜けると地下牢への抜け道に辿り着けるんだ。そしたら多分、見つからないよ」



「いたぞ!…ラグズ?それに…ダエグ王子?…まさか―」

『裏切り者の烙印を押されても、君との永久が欲しい』

51010-269 受けよりよがる攻め:2007/04/20(金) 21:36:33
無神経な奴だ、勝手な奴だ、ほんと下らない、どうしようもない男だ。
入れるのが駄目だったら、せめて素股でときたもんだ。
せめてって何だ。最初は手淫だけって言ってたじゃないか。
「あ、はあ、ああっ」耳障りな音が絶えず降り注ぐ。
シーツを噛み締め、内股を擦りあげられる、なんとも言い難い感覚に耐える俺とは対象的に、
奴は盛大に声をあげて、やりたい放題だ。
俺の眼球は渇き、唾液はシーツに奪われて、からからだというのに。

奴がはああと息を吐いて腰を引くので、あ、終わり?と思えば、
体を仰向けに返された。
「おい……」
だが文句をつけようとした俺の喉は詰まる。
視覚は暴力だ。
目を濡らし、頬ばかりか全身を赤く染めて、腿を震わせる男の姿に、思わず言葉を呑み込んでしまった。
ひどく甘ったるい調子で名を呼ばれる。
お前は何で、俺の脚でそこまで気持ちよくなれるというんだ。
俺はなんだか目やら鼻やらから変な汁が出そうになった。

おい、やめろ!お前のその情けない声が、姿が、俺にまで伝染ったらどうしてくれるんだ?
お前のやっていることは、あくまで俺の体を使った自慰であって、決してそれ以上ではないというのに!
だからお前は俺に何も聞かせるべきではないし、何も見せべきではないのだ。
だって、万一俺がほだされたとしたら、
そんな顔で求められることに喜びを覚えてしまったとしたら、
一体どうしてくれるっていうんだよ!

51110-459 君が代:2007/04/24(火) 19:03:45
体育館で彼は言った。君が代を聞いたことがないのだと。
これからこの地域に越してきて初めて聞くのだと。
唖然とした僕を見つめて広島出身なんだ、と笑った。
その歌は彼の親や彼の教師、彼の故郷によって禁忌とされ、どのような歴史があり、
どんな意味でどんな風に国民が歌ってきたかを知っているからこそ歌えないし
絶対に歌いたくないのだと言った。
僕はそのような環境には育っていないし、ましてやその歌を憎んでもいない。
何故歌うのかもその意味も考えたこともない。
無知な自分を環境の違いだ、と恥じもしなかったが、普段共にふざけあい笑う彼の真剣な眼差しに小さな隔たりを感じた。
そっと隣にいる彼をみるとその顔はぐっと口をつぐみ、まっすぐ前を見据えていた。

5129-999 かえって免疫がつく:2007/04/28(土) 02:29:21
聖地バラナシの朝はガンガーでの沐浴で始まる。

「嫌だ」
「まあそう言わず」
「嫌だ嫌だ嫌だ! こんな河に入ったら病気になる!」

俺と奴は、聖なる河のほとりで手を引っ張り合っていた。

「インドだぞ、バラナシだぞ、ガンガーに入らずしてどうするよ!」
「入ったら死ぬ!」
「お前それはここにいるインド人たちに失礼だぞ」
「日本人だからいいんだよ! 水の国の人だからいいんだよ!」

俺が引っ張る。
ふんばられる。
ふと力が抜けると逃げようとされる。
また引っ張る。
以下繰り返し。
周囲のインド人の視線が痛い。日本人の恥ですいません。

「だいたいどこが聖なる河だよ、ひどいよこの色、綾瀬川より汚いよ!」
「大丈夫だって! だいたいなぁ、日本人は潔癖すぎなんだ、だから免疫力が低下してアトピーとかアレルギーとか蔓延するんだ」
「極論だ!」
「そうでもないぞ、だってインドやカンボジアにはアトピーいないからな!」
「……うそっ」

ふんばりが弱くなった。よし、あと一押しだな。

「嘘じゃないぞ、三度目のインドな俺が保障する。ガンガーは確かに汚いが、飲まなきゃなんともないんだ。俺だってホラ、元気元気」
「でも……」
「失恋して『もう何もかも嫌になった、俺もインドで自分探しをしたい、さもなきゃ大学やめて死にたい』って言ったのはお前だろ?」
「……おれだけど……」
「日本と同じ生活しててどうすんだよ、違うことしなきゃ新しく見つからないだろ」

勝った。

1分後、奴は腰まで水に浸かって、居心地悪そうに周囲を見回していた。

「ま、まあ入っちゃえばどうってことないか……」
「そうそう、どうってことないない。見ろよ悠久のガンガーの流れを……悩みなんかふっとぶだろ?」

二人で並んで目線を遠くにやる。日本には、都会にはない雄大な景色。
茶色い、ゆったりと流れるガンガーの水面。昇り行く朝の太陽の下、何もかもを押し流す大いなる自然。
ゆったりと、目の前を流れて行く、水死体。

「あ」

次の瞬間、奴は甲高い悲鳴を上げて俺の腕の中に飛び込んだ。

5139-999 かえって免疫がつく:2007/04/28(土) 02:31:29
――ということがあったのが三年前。

「あ、また死体だ」
「大きさからして子供かしら」

俺と、奴と、インド仲間(アメリカ人女性)とは、並んでチャイなんかすすりながら、今日もガンガーを流れる死体を眺めていた。
二人でインドももう三回目。しかも毎回夏休み中ずっといるとなれば、そりゃもう馴染む。慣れる。死体や牛の糞や人糞くらいじゃ動じない。

「あのさあ」

奴がぽつりと呟いた。

「俺、昨日ガンガーの水ちょっと飲んじゃってさ」
「ええっ!?」
「下痢覚悟してるんだけど、さっぱり来ないんだよね。むしろ快便というか……」
「あら、もしかして便秘してたんじゃない?」
「あ、そうか」

インド仲間と二人で笑い合っている。

免疫つきすぎだ。心も身体も。

俺は無言でチャイをすすった。

「ねえ、そういえば今日宿屋に来たゲイのカップル」
「ああ、いたね」
「前に同じ部屋だったんだけどそれが――」

ものすごい猥談が始まった。

チャイを噴出した俺の横で、奴はやっぱり笑っている。
むしろ腹を抱えて大喜びしている。

「あっはっはっはっは、そ、そんなの入れるか普通!?」
「ねえ、入れないわよねえ」
「せ、せめてヘアスプレー缶とかさ……あはははは!」
「やだっ、この暑さで爆発したらどうするの、アッハッハ!!」

大盛り上がりだ。かなりクレイジーに。ラリってもいないのに。素で。

……そんな免疫までつけなくていいんだよ。

俺は目頭を押さえながら、聖なるガンガーに視線を戻した。
流れた河の水がポロロッカしない限り戻らないように、俺の好きだった、あの恥ずかしがりやで潔癖な、好みのタイプどまんなかでしかもゲイという好物件の同級生は戻らない。



ただ、その……すっかり図太くたくましくなった同級生のことが、最近気になるんだ。
俺にも免疫がつきつつあるらしい。人間って、すごいな……。

51410-619女装デート:2007/05/01(火) 00:49:15
「ねえお願い。女の子になって?」
「は?」
いきなりの言葉に耳を疑った。
「だから、女装して」
そういいながら差し出される服はヒラヒラだ。
「こんなもんいつの間に用意したんだ!」
「今日。さっき買ってきた」
「無駄使いすんな!」
いやまて、そういう問題じゃない。
「……女装したオレにヤられてみたいとか?」
「バカか。デートすんだよ、外で」
「羞恥プレイかよ!」
「まだ恥ずかしいと思うだけの理性はあったのか」
「普段理性飛ばしっぱなしですいませんね」
「悪いと思うなら言うこと聞けよ」
「それは嫌」
キラキラと見つめてくる目は期待に満ちている。
……諦める気はないらしい。
「そもそもどっから出てきた思いつきだよ」
そう言うと目を反らして口ごもってしまう。
言えないような理由でもあんのか。
「理由次第ではやってやる」
「……本当か?」
「本当に」
迷いは少しだった。
「デート、したかったんだ」
「は? いつもしてるだろ?」
昨日は映画。先週は買い物。
先先週なんて夢の国まで行っただろ。
2日間フリーパス買って。
「そうじゃなくて! その……」
なんだ?
男同士では行きづらい所にでも行きたいのか?
「ラブホに行きたかった?」
「バカー! 違う! 色ボケジジイ!」
「じゃあなんだよー!」
「オレはエスコートしたいの!」
「はぁ?」
間の抜けた声を出すのは本日二回目。
「そんなの、女装しなくたって出来るだろ?」
「だってお前、気がききすぎて先になんでもやっちゃうんだもん」
なるほど。
女相手なら少しはリードしやすいだろうってことか。
……大して変わらないだろうに。
「だから女装やれ!」
「そんなにデートしたいの?」
「したいからやれ!」

だだっこのワガママのような願い事。
こんな事すら叶えてしまいたい自分はどうなのか。
とりあえず、化粧の仕方でも勉強するか。

51510-609:2007/05/04(金) 12:47:03
「犯人はいます。それも、ぼくたちの側にいる」


「おいおい刑事さん、いったい何を言うのかね?」
「そうですわ! 刑事さん私たちをお疑いになるの?」
「犯人が夫人を事故にみせかけて殺害しようとしたのは間違いないでしょう」
「でも。。奥様は。。一人で。。部屋に。。いらっしゃったと。。おっしゃって。。」
あいつは涼しい顔で言った。
「一人きりだと思わせたんですよ。目隠しと手錠と鏡を使ってね」

その場にいた十数名の人々は一様に驚きの表情を見せた。
夫人の顔からは血の気がひき、今にも倒れそうだ。

でも俺は違う。
何度もこんな場面を見てきた。
これから始まるだろう痛快な場面が楽しみでならない。

「ちょっと待ってくれ。俺たちが夫人の部屋に行ったとき、鍵は内側からかかってたんだぞ?」
「そうだ、そうだ!」
あいつは顔をうつむかせた。

さあ幕を上げろ。
謎解きの始まりを告げる、いつものあの言葉を言ってくれ。

「ぼくのような一介の刑事に、まるで探偵まがいのことをさせるなんて、犯人は。。ひどい人だ」

あいつはうつむいた顔に、かすかな笑みを浮かべた。もうすぐ犯人は捕らえられるだろう。

51610-809 飛んでいくよ。:2007/05/25(金) 07:05:34
「もしもーし、繋がってる?
 あんたが向こう行っちゃったのっていつだっけ。もう随分会ってないよな。
 ……うん。思ってたより、すげー寂しいよ。そりゃちょっとは頑張ろうかとも思ったけどさ、ちょっと無理みてぇ。あんたもさんざん言ってくれたじゃねぇか。俺は甘ったれなんだよ。
 好きだとか、幸せだなんて感じたことねーんだけどさ、やっぱあんたといたときの時間て、特別だった。飯食って飲んで、セックスしたりしてさ。
 あんたがいなくなってからも誰かと寝てみたけど、バカ、おこんなよ。寝てみたけど気持ちよくなかったよ。やっぱあんたって特別。
 だからすげー寂しいの。
 なんかさ、飛行機とか飛んでんじゃん、空。あんたのいるとこめちゃくちゃ遠い気してたんだけど、あれ見てたらけっこー近いかなと思って。
 だから、あんたは迷惑かもしんないけど、俺、やっぱそっち行くことにするわ。
 追い返したりすんなよ。いろいろ考えて決めたんだよ。
 あんたは特別なんだ。だから、飛んでいくよ」







「先輩、ケータイありましたよ」
「おう、壊れてないか?」
「多分。あれ、直前に電話してたみたいっすね」
「かけてみろ」
「はい。……ん、『現在使われておりません』だって。でも発信履歴、こいつの名前ばっか」
「待て、その名前みたことあるぞ」
「俺もっす。えーと、あぁそうだ、去年ここでバイクで事故った被害者っすね。俺初めて担当したやつ」
「……そうか。追っかけたんだな」

51710-779 ピアニスト×ヴォーカリスト:2007/05/26(土) 23:59:29
ツアーバンドピアニスト×ポップヴォーカリストで

 ピアニストにとって今回が初めての大舞台だ。『彼』のツアーバンドに選ばれたのは
幸運だった。―彼の代表曲にはピアノが欠かせない。
この経歴は今後、自分の役に立つだろう。

―コンサート準備の喧騒の中、『彼』が一心にピアノの鍵盤を見つめていた。
微かに口元を動かしながら。

 ピアニストがそれに気づく。
「なにか気になることでも?」
 ヴォーカリストが軽く舌打ちする。ピアニストを振り返って軽く睨みつける。
「……数えていたのに。また数え直しだ」

「88鍵ですよ。ご存知でしょう?」
 ヴォーカリストは軽く片眉を上げる。
「さあ、この前はそうだったけど。皆もそう言っているけど…
 皆、僕に嘘を吐いているのかもしれないし、変わっているかもしれないから、
 毎回確認するんだ」 そして微笑む。あけっぴろげな、5歳児のような笑顔。
 
 ヴォーカリストが今度は無事に数え終わる。
「やっぱり88本だったよ」彼はなぜか少し得意気だ。
「そういったでしょう?誰も嘘なんて吐いてません」

 ヴォーカリストは唇の前に左手の人差し指を立てる。冗談めかした口調で小声で囁く。
「他の人には黙っててくれる? 疑っていたなんて思われたくないから。お礼はするよ」

 それを耳にしたピアニストの口から、無意識のうちにつるっと言葉が滑り出る。
 あの曲の最初の一音を鍵盤で叩く。
「なら、今夜はこの曲を、私に捧げて下さい」
 ヴォーカリストは微笑み、頷く。

 その夜、永遠の無償の愛を歌うその曲を歌うとき、ヴォーカリストは伴奏に聞き入って
いるかのように、ずっとピアニストを見つめ続ける。

 ピアニストは夢見る。その歌詞が、メロディではなく、喘ぎ声に乗って彼の口から零れる
光景を。自分の両手が、ピアノではなく彼の身体の上を走っていくことを。

51810-769 オカマ受け:2007/05/27(日) 21:49:22

「な?一度だけだから。本当にこれっきりって約束するから」

懇願するヤツの右手にあるゴムが、生々しいほどのリアルを見せている。
スカートの裾を押し上げようとするヤツの左手から、どうにか逃げられないだろうか。

「止めてください!ココはそういう店じゃないんですよっ!」

小さく叫んでもヤツの手は止まらない。
片手で押さえているが、体格の違いは力の違いを見せ付ける。

「イイじゃん。どうせ誰かにヤられちゃうんでしょ?ヤられたいんでしょ?」

口調はふざけているように聞こえるのに、ヤツの目は笑っていない。
手に入った力が強くて、すごく怒っているのだとわかる。

好きでこんなカッコしたり、店に出たりしているわけじゃない。
何の資格も持っていないオレにとっては、コレが一番金になっただけだ。
おまえと離れたくないから、どうしても金が欲しかっただけだ。
それなのに、何でこんなコトになったんだろう。
友情よりも気持ちが熱い。オレも、おまえも。
カッコだけのバイトじゃなくて本物になっちゃったってコトだろうか。
自惚れだと笑われるかもしれないけれど、頭を過ぎったセリフにすごく喜んでしまう。


『おまえ、オレが好きなの?』

言ってしまおうか?

51910-669 腐兄:2007/05/28(月) 01:14:49
やっぱり基本はショタかガチムチなんかな?少数派の中の少数派じゃ厳しいよなぁ。
みんな見る目がねぇよ。
萌えキャラはキャ○バル兄様筆頭に兄キャラ!コレ世界のジョーシキNE!
萌えカプはド●ル×キャ○バル筆頭にゴツ男×兄キャラ!コレ宇宙のホーソクYO!
あーあ、アイツ、なんでわかんねぇのかな。数少ないオフのオタ友なのに。
この頃イっちゃってるしなぁ。アイドルの何とかっつー男追っかけてるっていうし。
さすがにナマはさ、そのうちホモと間違えられるぞって言ったんだけど。
やっぱりダメなのかなぁ。ジョーシキもホーソクも通じねぇし。
ううっ……きもち入れ替えてサイトの日記でも更新しよ。
『今週のサ○デーはつまんなーい!お兄様にふさわしいガタイのイイ男出ないかなぁ(メソメソ』
あ、ココは大きい人のがカワイっぽいかな?えーと、顔文字コピっといたのドコいった?
ん?チャイム鳴ってる?あー、そういやアイツ来るんだっけ。
まあ、鍵持ってるし勝手に入るだろ。よし、日記はおわりっと。次はコッチ。
誰かいねぇかなぁ。見てるヤツはサイトより多いんだから一人ぐらいはさぁ。
お、このレスはお仲間かも……て、そんなわけねぇか。結局ショタじゃねぇか。
スクロールスクロールっと。あーあ、今日もいねぇなぁ。
うおっ!何だよ!テメェいきなり抱きつくな!ビビらせやがって!
は?いや、確かにおまえ最近はナマ好きとか言ってたけど!
ソレとコレとは話が別だろ!ちょっ、待てって!あのアイドル追っかけてんだろ!
タイプ違いすぎじゃねぇか!いや、似てねぇって!
それに俺はノーマル!二次元専門だし!って、おい!んなトコに手つっこむな!
話聞けって!やーめーろー!ダメだって、マジで!あ……、ソコもダメ!
ダメ、なんだってば!ぁ………いや、きもちくねぇ、から!ホントだっ……て……

………………………………俺はノーマルなんだからな!おまえが特別なんだからなっ!
うるせぇ!常套句だっていいだろ!ちきしょー!コレ書いてアップしてやるからな!覚えてろ!

52010-849 攻よりでかく成長したかわいい受:2007/05/30(水) 03:35:24
「…本当にお前なのか」

別れて居たのはほんの2年の事なのに、時とは残酷なものだ
最後に彼を見たのは向こうが14の春の事だったか
声が少女の様に甲高い事と華奢な体を大層気にしていたのに
たった2年で私を追い抜く程背も伸び、声変わりも済んでいた
彼はお父さんの仕事の関係でアメリカに行っていた
…向こうの食事が体に合った、という事なんだろうか?
「ショックだ、何たる悲劇」
あの、かわいらしかった天使の声も、少女とも少年ともつかない
曖昧な容貌も残っていなかった…これは世界遺産の遺失に近い
がっくりと肩を落とした私を彼はきょとんと見ていた
いや、悲しむまい
米食で見るも無残な姿にならなかっただけでも良しとしようではないか
「まー、向こうでバスケとか色々やってた所為かな〜」
ちょっとは見られるようになっただろ?と彼は胸を張るが
私には以前のままの方が良かっただけに素直に頷けぬものがある
「俺がごつくなったから嫌いになっちゃった…?」
うなだれた私の横から彼が覗き込んでくる
ドアップの顔が突然目の前にあって心臓が飛び出そうになった
ああ、そうだ、このくるりとした小動物的な瞳はそのままだ
「いや、追い越されたのが少しショックだっただけさ」
彼の前髪をくしゃりと混ぜて、肩を組む
「俺だっていつまでも餓鬼じゃないもんね〜!」
心地よい彼の腕の重みを感じつつ
いつまでも私の前でだけは餓鬼で居て欲しいと心の中で願った

52110-859 鼻歌:2007/05/31(木) 03:53:30
風の強い高台の広場に、彼は立っていた。
足下には、薄っぺらいメタルプレート。
彼はその上にそっと花束を置く。
「……あなたって、本当にどうしようもない人ですね」
答える声はない。
「知ってますか?なにも残ってないんです。僕らの手元には」
語尾が震えた。風の音だけが辺りに響く。
「どうやって信じろって言うんですか!?あなたにもう二度と会えないなんて……っ」
笑顔で戦地へと立った男の顔を、彼が再び見ることはなかった。
彼の元へ届いたのは、男が永遠に還らないことを告げる一枚の紙切れ。
この場所に葬られたものは何もない。
ここには、同じようなプレートが見渡す限りに並んでいる。
「あんまり遅いと、あなたのこと、忘れちゃいますよ?」
笑おうとして上手くいかなかった。男の記憶が薄れつつあるのは事実だから。
「…あなたが教えてくれた歌の歌詞が思い出せないんです」
いつか男が教えてくれた、古い異国の歌。愛の歌だと男は言っていた。
彼は鼻歌でメロディをなぞる。
「僕は何も忘れたくない……だから、早く帰ってきてくださいね」
そして、僕にもう一度歌詞を教えてください。
涙混じりの鼻歌で辿る旋律は、風に紛れていつまでも続いていていた。

52210-769オカマ受け1/3:2007/06/04(月) 19:59:23
僕が『彼女』と出会ったのは、南へ向かう汽車の中だ。
僕は出発間際のデッキ、煙草をふかす彼女の足元に転がりこんだのだった。
目の周りに痣をこさえ、ちゃちな鞄ひとつを抱えたぼろぼろの僕を、
彼女は暫くぽかんと眺め下ろしてから
「こんにちは、家出少年」と言った。

汽車が南端の街に着くまでは、二日かかった。
その間僕は暇をもてあます彼女と、とりとめもなく話をしたり、
呆れるほどヒールの尖ったブーツを磨いて駄賃を貰ったりした。

「どうせ行く宛なんかないんでしょう」
「とりあえず南だ。友達がいる」
「そんなもん、あてにしない方が身のためよ」
「そういうあんたはどうなのさ」
「私はね、生まれ変わりに行くのよ」
「生まれ変わり?」
「医者がいるのよ、そういう…。体を思う通りにしてくれるの。性別だってね」
馬鹿な!そんなことってあるだろうか。担がれてんじゃないのか、この人?
「あとは、ま、ついでにね、人と会うの」
「友達?」
「違うわ、あんたじゃあるまいし。友達でもないし頼りに行くわけでもないわ」
「じゃ、誰さ」
「男よ」
なんて漠然とした言い方だ。人類の半分は男じゃないか。
「じゃ、何しに行くっていうの」
「殴りに」
「…そりゃ…穏やかじゃないね」
随分間の抜けた返事をしたものだが、その時はそうとしか言えなかったのだ。

52310-769オカマ受け2/3:2007/06/04(月) 20:04:44
到着を翌朝に控えた夜、僕はなかなか寝付けなかった。
あの家から逃れたのだという安堵と、新しい世界を前にした高揚と不安が
ないまぜになって体の中で渦巻いていた。
それは二日間で収まるどころか、僕にとって未知の象徴ともいえる『彼女』と過ごすにつれたかまるばかりで、
おそらくその夜、満潮を迎えたのだった。
僕は起き上がり、そっと彼女の寝台を覗き込んだ。
「もう、寝た?」
反応はない。
毛布の上からでも、彼女の肩が広くて骨っぽいのがよくわかった。
聞いていない相手に向かって呟く。
「ねぇ、姐さん、僕はあんた今のままで、すごく魅力的だと思うよ」
「ガキが……」
地を這うような唸りが漏れる。なんだ、起きてたのか。
「あんたにどう思われたところで仕方がない…意味がない」
肩越しに昏い眼差しを寄越される。
だが、すごまれても僕は何故か怖くなかった。
ただただ彼女が不思議と愛しく思えた。
「それなら誰なら…
誰かなら意味があるの?例えばあんたが会いに行く男なら?」
妙な高揚が僕を口走らせる。
「僕も会ってみたい、あんたが殴りたい人間ってどんな奴なのか…」
「見世物じゃないわよ、何考えてんの」
「ねぇ、邪魔にはならないから…」
「居るだけで邪魔よ!
なんなの、あんたは…ほんとどういうつもりなの!」

52410-769オカマ受け3/3:2007/06/04(月) 20:35:32
僕は知っている、さっきの昏い眼、あれはおとといまでの僕の眼だ。あれを絶望と呼ぶんだ。
誰が彼女を絶望させた?
一体誰なら彼女を絶望させることが出来るんだ?
僕がそれを知らないってことが、まるで理不尽なことのように思えた。通りすがりのただの他人であるというのにね。

僕の絶望が全てあの故郷にあったように、彼女にとっての絶望が『彼』であるなら。
僕は一方でそれを許せないと憤り、
一方で、僕もそんなふうに、
彼女に、うんと傷つけられたり傷つけたりしてみたいと羨んだ。

52510-979傘があるのにずぶ濡れ1/2:2007/06/18(月) 05:03:17
「ええええええ、お前、なんでそんな濡れてんの!」
土砂降りの雨の日曜日、来ちゃった☆、とばかりにうちの玄関先に立つ
親友の顔を見て、俺は思わず大声を出した。
「傘!傘、お前持ってんだろ!?」
玄関のたたきにみるみるうちに水溜りを作りながらにこにこしてる
そいつの手には、見間違いでなければしっかりと傘が握られている。
「えー、雨降ってたら濡れるの当たり前じゃん」
傘という人類の知恵を全否定するようなことを言いながら、そのまま
家に上がりこもうとする。冗談じゃないよ、このバカ。
「雑巾とって来る、動くな。ステイ」
手の平を向けてそう命令すると、風呂場に雑巾をとりに行く。
「え、タオルじゃないの?」
贅沢なことを言ってるのを無視して、適当な雑巾をとって玄関に戻ると
ぶるるるる、と犬のように髪を震わせてるそいつがいた。
「あああ、ばか、水が飛び散るだろ!今日親いないの!俺が全部掃除すんの!」
がしがしと頭を拭いてやりながら、せっかくの一人きりの休日を惜しんで俺はため息をついた。

52610-979傘があるのにずぶ濡れ2/2:2007/06/18(月) 05:04:03
「で、なんで傘さしてるのにそこまで濡れたんだよ、プールにでも行った?」
遠慮なくうちのシャワーを借りて、俺のシャツとパンツを着て、うちの冷蔵庫からコーラを出して
えーペプシじゃないの、なんて言いながらリビングの俺の隣(近いよ!)に
座るやつを横目で見て、俺は一応聞いてやった。
今度はシャワーの水滴をちゃんと拭かないせいで、
また中途半端に長い茶髪が束になって顔の周りにへばりついてる。
なんか、なんていうか、その上気した顔は……。
「今、俺の顔見てただろ」
どきっとした。
「見てねーよ、つーか水滴落すなよ、今日親いないから掃除すんのお……」
ふふっふふふっふ、と変な笑い声をたてながら、そいつはいきなり俺に抱きついた。
「見てたせに、見とれてたくせに!だいたいさ、親いないとかそんなに
何回も言っちゃって、襲うよ?」
嫌というほど雨を吸い込んだ大きな目が、きらきらと光って俺を見つめる。

「ふざけんな!もう知らねー、誘ったのそっちだからな!」

ぶち、と何かが切れるのを感じながら、俺はそいつをソファに押し倒す。
一瞬びっくりしたような目で俺を見たそいつは、笑って俺の耳に囁いた。
「お前に会いたいって思ってたらさー、傘さすの忘れてたんだよね」
ああ、さようなら、平穏な日曜日。俺はこれからこの愛すべきバカととても背徳的なことをします。

527萌える腐女子さん:2007/06/18(月) 05:06:17
以上、10-991,992からの再掲です。

52810-789 ミ/ス/タ/ー/ド/ー/ナ/ツ:2007/06/25(月) 02:36:51
『いいことあるぞ♪ミ/ス/タ/ー/ド/ー/ナ/ツ♪』


30歳の誕生日。
ゆうべ寝る前に仕掛けた洗濯機、ホースが外れてベランダが水浸しだった。
通勤電車で痴漢に間違えられた。
教室に入ったら俺のかわいい生徒たちが、「先生30歳おめでとう」「マジおっさんだね」と笑いやがった。
階段でふざけていた生徒にぶつかって落ちた。鼻血が出た。
誕生日を祝ってもらう飲み会で、学生時代からの友人達の三角関係が発覚。殴り合いの大喧嘩に。
止めに入ったら「ホモのてめぇに何が分かる!」と怒鳴られて店内の空気が凍った。

……。
俺は何か悪いことでもしたんだろうか。

飲み屋の店員にひたすら謝って解散し、疲れと空腹からふらふらと近所のドーナツ屋に立ち寄った。
「いいことあるぞ♪」ってキャッチのCMを流してた有名なあの店だ。
ドーナツを何個か取って、飲み物と一緒に購入して、さあ席に着こうとしたその時。

「あっ!」

という声がしたと思ったら、頭からアイスコーヒーを浴びていた。
そして顔にぶつかるドーナッツとトレイ。
俺の目の前には、ふざけていてトレイをひっくり返したらしき女子高生たちがいた。
そしてその女子高生たちは――逃げた。
きゃあきゃあという悲鳴を残して。

……。
俺は何か悪いことでもしたのか?
どこに「いいこと」があるんだよ。

情けない気持ちのまま、店員から渡されたタオルで顔を拭き、代わりに出されたドーナッツと飲み物を前に、俺は食欲も失せて椅子に

座り込んだままだった。
本当は今すぐ帰りたかったが、なんだか力が抜けて立つことができず、とりあえず店の奥の人目につきにくい席に隠れるように座るしか

なかった。
本当に今すぐ帰りたい。消えたい。透明人間になりたい。誰にも存在を認識されたくない……。

「大丈夫ですか?」
いきなりかけられた声の主は、さきほどからこちらをちらちらと見ていたサラリーマンだった。

……今日は本当に運が悪い。
こんな状況で知らない人に優しい声をかけられるなんて、あまりに運が悪い。
耐え切れず涙を流した俺に、サラリーマンは相当慌ててしまったのだろう。
彼は焦ったように俺の隣の席に座ると、子供を慰めるように肩を抱いてあれこれ話しかけてくれた。俺はついつい今日の自分を襲った事

柄に関する愚痴をこぼし、彼は辛抱強くそれを聞いてくれた。

声を殺してはいたものの、たっぷり泣いて気が済んだ頃、着替えに来ないかと誘われたが、こちらも近所なので断った。初対面の相手

にこれ以上迷惑をかけるわけにもいかないだろう。
別れ際、彼はそっと名刺を差し出した。「愚痴ならいつでも聞かせてください」という心の広い言葉を添えて。

家について何とはなしに名刺を裏返すと、ボールペンで殴り書きされたメッセージが目に入った。


――男性に興味がないならこの名刺は捨ててください。軽いと思われるかもしれませんが、ひとめぼれでした――


俺は今日の不運をすべて忘れた。



『いいことあるぞ♪ミ/ス/タ/ー/ド/ー/ナ/ツ♪』

52910-889 煙突のある風景():2007/07/10(火) 01:42:52
投下させてください。あと長くなってしまいました、すみません。
______________________________


僕の住んでいる町には巨大な煙突がある。
町のどこからでも見える、とても大きな煙突だ。
煙突の横には小さな家がちょこんと建っているのだが、空き家のようなので誰が
何のために建てたのかさっぱりわからない。
両親や祖父母にも聞いてみたが知らないと言う。なんとも不思議な話だ。

煙突と、まるで煙突のおまけのように小さな家(廃墟と言ったほうがいいかもしれない)は
子供たちの絶好の遊び場だった。
まわり一面原っぱで民家がなく、雨をしのげる家までついている。
これで秘密基地にならないはずがない。
僕とあいつも毎日ここで遊んだ。道で拾ったエロ本や捨て犬を持ち込んだりしたな。

そしてなんともありがちな話だが、煙突には足場がついていて、高く上ったヤツが偉いという子供内ルールがあった。
田舎だったので木登りが得意なやつが多く、途中まではみんなするすると登っていく。
でも木の高さより高くなると、怖くてだんだん足が進まなくなってくる。
僕は木登りすらもろくにできなかったので、煙突なんてとても登れなかった。
「こわい!こわいって!!もう無理!絶対これ以上登れんわ…」
「まだ10段登っただけやろー!根性出せや!」
というやりとりを数回繰り返して、やっとあいつも「こいつには無理だ」と悟ったらしい。

あいつは僕と違い、なんと記録を打ち立ててしまった。今でも子供たちの間では破られていないらしい。
さすがにてっぺんまでは登れなかったが、今までの記録を大きく更新してぶっちぎりの第一位だ。
自分のことのように嬉しくて、降りてきたあいつがこちらに向かって誇らしげに笑った瞬間、涙まで出てしまった。
落ちないか心配だったんだろうか。

自分のことを「僕」から「俺」と呼ぶようになったころ。
中学に入学したころには自然と煙突には近づかなくなった。
あいつとはよく遊んだが、秘密基地ではなくお互いの家でゲームをしたり漫画を読んだりした。
中学・高校とずっと同じ学校で、俺たちは相変わらずの仲だ。
煙突も取り壊されることもなく、ずっと原っぱに建っている。

53010-889 煙突のある風景(2/3):2007/07/10(火) 01:44:35
そんな高校最後の夏休み、あいつから突然電話がかかってきた。
いつもはメールなのに、と思いつつ通話ボタンを押す。

「おう」
「おう。どうしたんや」
「お前暇やろ。今から煙突まで来い」
「は?お前受験勉強「いいからちょっと来い」
そう言い放って切りやがった。
かけなおしてみたら電源が入っていないか…のアナウンス。
いったいなんなんだあいつは。
もしかして前借りた漫画にジュースこぼしたのがばれたんだろうか。
それとも電子辞書の履歴をエロい言葉で埋め尽くしておいたのがばれたんだろうか。
心当たりがありすぎて困る。とにかく煙突まで行ってみることにした。

台風が近づいてきているんだろうか。風が強くて自転車がなかなか進まなかった。
汗だくになりながら俺が着くと、すでにあいつは着いていたようだ。自転車が停めてある。
でも姿がどこにも見えない。
「おーい、着いたぞー。なにやってんだー?」
声をかけながら家の中を探してみるがちっとも見つからない。
探しつくして外に出ると、煙突から声が降ってきた。
「おーい、どこ探してんだよ!」

あいつは上にいた。それもかなり高い。昔あいつが自分で作った記録より高いところにいて、
顔もはっきり見えない。
「何やってんだバカ!さっさと降りて来い!あぶねーだろーが!!」
声も自然と大声になる。こんな高さから落ちたら間違いなく即死だぞ。しかも今日は風も強いのに。
落ちてきて地面にぶつかるあいつを想像してぞっとした。
「いーやーだー!てっぺんまでもうちょっとなんだよ!」
「なにがもうちょっとだよ!!いいから早く降りて来い!」
「うるせーよバカ!だまって見とけ!」
そのあとは俺が何回降りて来いと言っても、止まらずにひたすら登り続けた。

53110-889 煙突のある風景(3/3):2007/07/10(火) 01:46:18
1時間後、あいつは地面に落ちることもなく登りきり、そして無事に降りてきた。
降りてきたときの得意そうな笑顔は数年前とまったく変わらない。
絶対殴ってやろうと思ったのに気が抜けてへたりこんでしまった。こいつは飄々とした顔で
「あれ、今回は泣かんかったなー」
とか言っている。まあ、後で殴ると心に決めたところで重要なことを聞いておこう。
「…おい、なんであんなことした?」
「お前の泣き顔が見たいと思って」
「はあ!?」
俺が本気で殴りそうだと思ったのか、慌てて否定してきやがった。
「ごめんごめんごめん嘘!それは嘘!」
そのあと3秒ほど間を空けてこう呟いた。
「もうてっぺんまで登る機会なんてないなーと思って」
あるだろ、いくらでも。そう言おうと思ったけど言えなかった。こいつが今何を言おうとしているか、俺にはなんとなくわかってしまう。
俺の顔を見て、こいつも気付いたらしい。でも話を止めはしない。
「俺さ、東京の大学行くわ。やっと決めた」
やっとお前との腐れ縁も切れるわ!とか東京でも達者で暮らせよ!とか言ってやろうと思ったけど、
「そうか」
としか言えなかった。なんでだ。っていうか、なんで俺はこんなに泣きそうなんだ。
こいつは俺の顔を見て話し続けるが、俺はうつむく。こいつの目を見ていられない。

「ほら、こういうことして大目に見てもらえるのって高校生までじゃね?」
「おう」
「だから思い立ったら吉日ってことで登ってみた!」
「おう」
「いやー、4月になったらこの煙突ともお別れやなー」
「おう」
「お前とはお別れじゃないけどなー」
「お……は?」
「俺お前のこと好きだから」
「……な」
「遠恋というやつだ。もしくは俺といっしょに東京に来い」
「いや、ちょっと待て」
「お前が煙突登れなかったころからさ、俺がいっしょにいなきゃってずっと思ってて。
 最近気付いたんだけどこれって恋だわ。俺お前に触りたいとか思うし」
「やめろ!恥ずかしいわ!それ以上しゃべんなアホが!!」
「そんでお前はどうなんだよ?」
にやつきやがって。明らかに答えを知っているって顔だ。
やられっぱなしでムカつくので、胸倉引っつかんで頭突きしたあと、口に噛み付いてやった。


煙突のあるこの町を、こいつは4月に離れていく。山と田んぼ、それと煙突しかないこの町。
俺もいつかはこの町を離れ、煙突のある風景を懐かしく思う時が来るのだろうか。
懐かしいと思うとき、隣にこいつがいて、懐かしささえも笑い飛ばせたらいい、と心から思う。

53211-279 ボケ×ツッコミ:2007/08/07(火) 05:27:07
投下させていただきます。

ありがとうございました、と頭を下げて拍手が聞こえる中、二人で裏に
引っ込んだ。そしたらいきなり相方に頭を小突かれた。
「いって、なにすんねん」
「下手な関西弁使うなバカ。……お前、さっきのなに? 
あの、『意味わかんねえ』のとこ。ナニ、あの変な間は」
ああ、また始まった。いつもこれだ。なんで終わってすぐに相方から
ダメ出しをくらわにゃならんのだ。反省会がとても重要なのは分かっている。
けれどそうやって言われるたびに自分の中の自信が風船みたいにシワシワに
しぼんでゆく。
「なぁ、なんか最近変だぞお前。なんかあったのか」
心配そうに聞いてくる相方に俺が出来ることと言ったらせいぜい鼻で笑うこ
とぐらいだ。
「べっつに。ちょっと疲れてるだけだ」
悩みがあった。ここ二ヶ月、俺を睡眠不足に陥らせているほどの悩み。
「大丈夫か」
相方に言っても理解されない。それこそ『意味が分からない』と素で
返してくるだろう。
それになんて突っ込みを入れればいいのか、俺は分からない。だから隠す。
当たり前の図式だ。
日常生活でもボケとツッコミなんてやっていられない。こいつはボケで俺の
相方。それ以上はいらない。

お前に見とれてたんですよ、と白状するのはまだまだずっと先の話。

53311-362 補完:2007/08/23(木) 04:53:21
超展開ホラー触手注意

その夜
村のスタア様ご帰還に沸いた村人たちによる大歓迎会が開かれた。
季節感ナシのマグロにカツオが豪勢に並び、酒が振舞われた。
長身の青年が提案し、さらに宴会参加者全員が賛成挙手し、エイジが強制的に裸にひんむかれたりする場面もあった。

裸に腰タオル、全身酒まみれというズタボロのエイジは歓迎会の行われた海辺の旅館から、長身の青年に抱きかかえられるようにして脱出した。
「くそーーー総一の馬鹿ーはなせー、俺を裸にした奴のてなんかーかりたくねーーーーー」
「エイジうるさい、酔っ払いすぎ」
そのまま旅館の隣にある総一の家へと何とかたどり着く。
まるで荷物でもおくように、べちゃっと玄関先にエイジを放り出し総一はウーロン茶のペットボトルに口をつけた。

「うーん、うーん、さけくさいー、べたべたするー」
「そりゃ日本酒を頭から浴びりゃーそうなるよ」
玄関先でタオルいっちょでうねうねするエイジが可笑しくて、つい意地悪をしてしまう。
飲みかけのそれなりに冷たいウーロン茶をエイジにぶちまける。
「うわ、冷た!」
そのままエイジの腹に触れると日本酒と汗とウーロン茶が混ざり合ってぬるりと妙な感触がした。
「う、わ、ちょっと、やめ」
そのぬめる感触のまま、日焼けしてない腹から胸へと手を滑らせていく。
「都会でも大人気みたいじゃないか。ねえ、さつまあげ?」
玄関先であるにもかかわらず総一はエイジにのしかかり、肩や喉を噛み散らす。
「な、なんでお前がそれを…!」
「俺が広めたんだもの」

さつまあげ、とはネット上のコミュニティにおけるエイジのあだ名、というかエイジを指すスラングだ。
大物声楽家の作品に参加するうちに頭角を現し始めたエイジにはネット上でも話題になることが多くなった。
そんなとき
「エイジって英語でageだよね、苗字とつなげたらsatumaage さつまあげじゃん」
という話がどこからともなく広まり、すっかりエイジのあだ名がさつまあげになってしまったのである。

53411-362 補完2:2007/08/23(木) 04:54:33
「あ…そーいちが?まさか…、ホントに?」
顔を上げ至近距離で目を合わせると、にたりと人の悪い笑顔を滲ませ総一は頷く。
「こんなど田舎にもネットはつながってるんだよ」
なんでそんなこと…と思うのと同時に、総一が自分への批判や称賛、嫉妬や慕情が渦巻くネット上でのコミュニティに
参加していたことにショックを受けてしまう。
「なっ、なんでだよ!なんでそんなことしたんだよう!」
酔いもあいまって、なぜか涙腺が崩壊しそうになってしまう。
勝手に総一たち故郷の仲間のことは聖域としてしまっていたようだ。
その仲間があんなコミュニテイに参加していたなんて!
軽くパニックに陥っているエイジを落ち着かせる為に、総一はついばむようなキスを繰り返す。
「だって、エイジが遠くに行ってしまうような気がしたから。
だから、中学時代のあだ名でつなぎとめようとした。稚拙な手だと思うだろう」
「…へ?」
そうだ、もともとさつまあげとはageという綴りを習った時に発生したあだ名だった。
「約束したよね?週に一回はメール頂戴って。忘れてたでしょう」
「あ……ごめん」
「本当にそう思ってる?俺がどれだけ不安になったかわかってる?わかってないよね?」
その問い詰めるような口調にひゅっと息を呑んでしまう。
ここは玄関だ。外の街灯の光しか明かりが無い状態で、総一の表情は逆光になってよく見えない。
しかしゾクゾクと恐怖とそのほかの感情がエイジの尾てい骨から背骨を這いあがる。

「おしおき、だね」

53511-362 補完3 閲覧注意:2007/08/23(木) 04:57:12
ぞるっ、と総一の影からいそぎんちゃくのような触手が這い出てくる。
それは自在に動き、逃げようとするエイジの足首と手頸を掴み縛り上げてしまう。
「総一、そういち、やだよやめてよ…ひぐっ!」
「やめない。エイジは触手が苦手だよね、おしおきにはちょうどいいよね」
確かに、エイジは触手が苦手であった。見るのも、触るのも、単語を聞くことすら嫌だった。
それは幼馴染で、仲間で、…恋人でもある総一が普通の人間ではないことを示すものだったから。
この他地域から隔離されたような僻地に人が住み続ける理由。
それは、この触手を操る人によく似た生き物が平和に暮らすため、それだけである。
最近では大分触手も減り、ただの寒村になりつつあるが時折思い出したように強い力を持つ子供が生まれることがある。

「む、ぐぅっ、うん」
蛸足のような触手がエイジの口にねじ込まれる。それは喉を犯すように侵入し、窒息と紙一重の快感を与える。
総一だって滅多に触手なんて出さないし使わない。
しかし感情が振り切れたり、何かのたがが外れてしまうと無造作に触手を繰り出してしまう。
おかげで総一はどんなに都会に住みたくとも、この里を離れることはできないのである。
口に気を取られている間にも無数の触手がエイジの肌を這いまわり、仄かな快感に火をつけていく。
気持ち悪いのに、キモチイイ。
「キモチイイ?」
玄関マットの上で触手の粘液や汗にまみれ芋虫のように転がるエイジとは好対照に、
総一は相変わらず街灯の光を背負い、エイジを真上から観察していた。

「良くない!」
答えを得るために解放された口からは、叫びがとびだした。
それは宣戦布告、触手には屈しないといった攻めの一手であった。
スッと総一のまとう空気が冷やかになり、さらに無数の触手が鎌首をもたげ始める。

そのまま、朝まで、玄関先での常軌を逸した痴話げんかは続けられたのであった。

(終了)


さつまあげが苦手 さつまあげが触手 さつまあげに挙手 さつまあげの一手
さつまあげは歌手 今日のおかずはカツオにマグロ ウーロン茶☆ヌルヌル
をすべて入れてみました。

53611-429 悪の組織の幹部×同組織の最下層1/4:2007/09/04(火) 12:54:38
「大体いつもさ、作戦が悪いんだよ作戦が」
「はあ…」
「あと一歩って所で秘密兵器が出てくるのなんて分かりきった事だろ?
 なに、それとも今回は出てこないとでも思ったわけ?
 まさか出てこないといいな〜とか希望的観測で作戦を進めたとかじゃないよな?」
「いや、そんなことは、…ないと思うんだが…」
「思うんっだがってなんだよハッキリしろよ!いつも現場で動くのは
 俺たちなんだよ俺たち。それわかってんのか?」
「それは、申し訳ないと思っている」

もう小一時間説教を食らっている。その間正座させられっぱなしの私は
しびれが足全体に渡ってすでに感覚はなかった。
おそるおそる手を挙げて提案してみる。

「すまない、次は善処したいと思うので、もうそろそろ、その…」
「お・ま・え・が言うなお・ま・え・が!」

ピシピシとプラスチックのものさしで額を叩かれる。痛い。
戦闘員Dの怒りはまだ収まっていないようだ。
それもそのはず、今日の地球防衛側の反撃はそれはすごいもので、
最下層戦闘員の彼らには恥辱にまみれた、としか言いようがないものであったからだ。

53711-429 悪の組織の幹部×同組織の最下層2/4:2007/09/04(火) 12:55:14
「大体なあ、俺がどんな目にあったと思ってんだ?…お、俺が、あんな…」

変化した声にふと視線を上げると、まっかになった戦闘員Dの顔があった。
おそらく昼間の醜態を思い出しているのだろう。握りしめた手は小刻みに震えている。
その姿は小鳥の様で、全治万能の力を与えられた幹部の私からすると、
哀れみをさそいながらもなぜか背中の辺りがぞくぞくとする。

彼が一体どんな目にあったか?
忘れようにも忘れられない。敵の長官が「こんなこともあろうかと」開発していた
秘密兵器は、巨大な蛸のような生き物で、あと一歩の所で司令塔を制圧できていた
はずの我々は、その触手によって全戦闘員の攻撃力を奪われたのだ。
とりわけ中心部に近付いていた戦闘員Dは、からめとられた手足を拘束され、
戦闘服は見るも無惨な布切れとなって地に落ち、全身を弄られ擦り上げられ
肛門に触手を挿入されたあとは強制射精で意識を失うまで喘がされ続けたのだ。

正直に言おう。最後まで見たいために命令を出しませんでした。

しかしそんな事を口に出せる訳もなく、この作戦の指揮官を任されていた私は
作戦失敗の叱責を、なぜか部下の戦闘員Dから受けているわけなんだが…

「敵の本部の職員すべてと、巨大生物が現れたと集まったヤジ馬ども、
 そしてつぶさに記録を残そうとするテレビ局!全国放送だ!!
 そ、そんななか、俺がっ…おれ、おれは…くそっ…!!」

53811-429 悪の組織の幹部×同組織の最下層3/4:2007/09/04(火) 12:55:34
悔しさのあまり俯いてぽろぽろと泣き出してしまった戦闘員Dを、私は後悔の念を
持って見つめていた。そうだ、戦闘員Dにも普通の生活や人生という物がある。
あんな映像が全国に流れてしまったら、どこへ行っても「強制射精の人」
と後ろ指を指され続けるに違いない。最悪「化け物にやられてよがるくらいなら
俺たちだって相手できんだろへへへ」とか言い出す狼藉者にレイプされた挙げ句
裏ビデオを取られて売られ薬付けにされて敵の地球防衛隊とやらの性奴隷に…!!
そうなったら私は戦闘員Dの家族になんとお詫びをすればいいのか…!!
そうだ、そんな心の傷は上司である私が癒さなくては…!!

「すまないっ……!!」
「えっ…!?」

堪り兼ねた私は、正面に座っていた戦闘員Dを抱きしめた。
いや抱きしめようとした。
が、しびれていた足がからまり、鈍い音と共に戦闘員Dを床に押し倒してしまっていた。

「あっ…だ、大丈夫か!?戦闘員D!戦闘員D…!!」

ゆさゆさと揺さぶるが返事はない。ただのしかばねのようだいやいや違うこういう時は
あれだ!まず気道の確保をして…あ、ハイネックのセーターだな…
仕方がない、上は脱がせるとして…ベルトも外して楽にさせてやろう。
緊急時に的確な判断が出来てこそ頼れる上司というものだからな。
次は人工呼吸をして胸のマッサージを……

53911-429 悪の組織の幹部×同組織の最下層4/4:2007/09/04(火) 12:56:03
「……なにやってんのお前ら」
「総帥……!?いえ、あの、これは…」
「……いやいいんだけどさ、せめてベッドの上でやったらどうなの?」
「はっ…ご助言ありがとうございます。なにかありましたか?」
「いいや大した用じゃねーし。まあ明日休みだからいんだけどさ、ほどほどにね」
「了解いたしました」

翌日、なぜか秘密基地内食堂の黒板に相合い傘で『幹部/戦闘員D』と書かれていた。
冷やかされてまっかになって怒りまくる戦闘員Dの横で
「誤解だ。私は服を脱がせて体中をマッサージしていただけで、
 その際不可抗力で勃起したペニスを射精させたが、それだけだ」
と隊員に説明したら、さらに赤く怒った戦闘員Dにみぞおちを殴られた。
なぜ私は戦闘員Dにこんな暴挙に出られても許してしまうのかは謎だが、
仕事に対する意欲も増しているので問題がないと思う事にした。

54011‐09「雨宿り」:2007/09/08(土) 03:29:00

---------------------------------------

前略。芹沢様。

君は元気でしょうか? 風邪などひいていないでしょうか? ちなみに、僕は元気です。それなりに
やっていますので、ご心配なく。……もしよかったら、ちょっと心配してくれると嬉しいけど、さ。

そういえば、最近、また新しくアルバイトを始めました。友達や縁遠くなった両親はいい加減に
定職につけと言うだろうけれど、フリーター人生が、僕には今のところ一番似合っている気がします。

芹沢。君は何て思うかな。こんな僕のこと。まだ、忘れないでいてくれてるのかな。
僕は今、君の住む(らしい)町で暮らしています。君のすぐそばで、君との思い出にしがみつく
ようにして生きています。
あなたはどこにいるでしょうか? 僕のこと、まだ覚えてくれているでしょうか?

馬鹿馬鹿しい話だと、我ながら思います。

もう何年前になるのかな。最後に二人で並んで歩いたのは。
あのとき約束したよね。
また明日って、約束したから。
それだけのために、君に会うためだけに、僕は生きているのです。

直接話したいことがたくさんあります。
「大好きだ」って、ふざけないで、芹沢、お前に言ってみたいです。
「愛してる」って、笑わないで、本気で伝えてみたいです。


……………
……

---------------------------------------


住所も知らぬ相手への手紙につづる文章をとうとうと考えながら、時間は流れ過ぎていく。
そうやって時間を殺すことが、最近の僕の常套手段になりつつある。

雨降りの午後、傘を忘れた僕は小さな酒屋の前で一人たそがれる。
コンビニにでもいけばビニール傘くらい買えるだろうけど、そんな合理性に従うよりも僕は
情緒溢れる「雨宿り」をたしなんでいたかった。

雨に降られながらも、東の空はぼんやりと明るい。雨がやんだなら、もしかしたら虹が出るかも
しれない。そう思ったら、少しだけ、何だか気持ちが明るくなった。

54111-589「どうでもよくない」:2007/09/25(火) 00:38:54
ギリで間に合わなかったので投下

____________________________

「実は俺、お前の事好きだったんだ」

突然の告白に、頭が真っ白になる。
今の今まで、そんなの全く臭わせなかったくせに。
おまけに、なんでこんなタイミングで言い出すんだ。お前、明日転校すんだろ?
HRの最後にクラスの皆にも、涼しい顔で「お世話になりました」って挨拶してたじゃないか。
今だってそれは変わらなくて、こっちは動揺しまくりで背中やら掌やら汗かきまくりだってのに
お前はいつものように飄々としてて、無様な俺を面白がって観察してる。

そうだよ、こーいう奴だったよ。
いつだってひとり平然として、周りの心配をよそに無茶も平気でやらかす。
実力と同じくらいプライドも高くて、手持ちのカードは絶対誰にも見せない。
自分と他人の間にきっちりラインを引いて、一歩も立ち入れさせない、それがお前だったのに。
なんで、今になってそんな事を言うんだ。

「あ、別に返事とかいらないぜ? どうでもいいし。
 一応最後に言っときたかっただけだから気にすんな、じゃあな」

…何という自己完結っぷり。
そんな捨て台詞を丸きり冷静な顔で言ってのけて、さっさと立ち去ろうとする奴に、
呆れを通り越してムカついた。

「よくないだろう!?」

思わず通りすがりの腕をありったけの腕で掴んでいた。

どうでもいいって。気にするなって。
そんな言い分通るか。
忘れられる訳がないだろう、お前と、お前と同じくらい酷い告白を。
お前は最後にすっきりぶちまけて、逃げて、それでいいのかもしれないけど俺はどうなる。
密かにお前を想って悶々と葛藤した日々までどうでもいいって、切り捨てるつもりか。
許さない。俺自身の想いまで勝手に終わらせようとするなんて、お前にだってそんな権利はない。

「…そうか、どうでもよくないか」
「あ?」
「俺は正直ホントにどうでもよかったんだよ。フラれて当然と思ってたしな。
 けどお前がそう言うんじゃ仕方ない」
「仕方ないって…」
「つきあうしかないだろ? この場合」

…やられた。
にっこり笑う奴の顔が、悪魔に見えてくる。
そうだよ、こーいう奴だったんだよ昔っから!
絶対最後まで手の内は明かさず、いつの間にか相手を自分のペースに引き込んじまう。
分かってるのに、俺は何度懲りずに引っかかって振り回された事か。
けど、そばにいられるならそれでも構わないと思ってしまう俺は、もう末期だろうか。

「電話しろよ。メールも」
「お前からしろよ」
「おー強気じゃん」

けらけら声を上げて笑うその笑顔に、ああ俺たちはこれからも何も変わらないんだろうと
妙な安堵と喜びと、少しの諦めが胸によぎった。

___________________

初参加なんでベタにいってみたよー

54211-749「若者×お父さん系オサーン」:2007/10/19(金) 15:18:53
「正夫くん、ちょっとそこに座りなさい」

俺の下にいた義夫さんが突然むっくりと身体を起こして、
敷かれた布団の上を指差しながらそう言った。
あの、何ででしょうか。俺とあなたって、ついさっきまでなんかこう、エロエロ!って
感じでいましたよね?で、義夫さんが仕事から帰ってきて風呂入って、その湯上り姿が
すごく色っぽかったからキスして、そのままお布団の上まできましたよね?
それで義夫さんが真っ赤になってとろーんとしてて
もうセックス開始一歩手前!まで来てましたよね?あれ、何で俺が悪いことして
これからお説教されそうな雰囲気になっちゃってるんですか?
言いたかったことはこれだけあったんだけど、俺はあの、すら言うことも出来ないで
義夫さんが指示した場所に正座した。ちゃんとしました、半裸で。
義夫さんも半裸で俺の前にきちんと姿勢を正して座った。

「正夫くん、明日が何の日か分かってるかな?」

静かに話しかける声。それなのにその声音には荘厳?な響きがあって、びくびくとする。
小さなころ、お父さんが大事にしてたコップを思いっきり割ったときがあるんだけど、
今の義夫さんと向かい合うのは、そのお父さんの前にいたときと同じくらい怖い。
この人が、俺の下で可愛くあんあん喘ぐ人と同一人物だとはとても思えないです。

「あ、あした?」
「そう、明日」

冷静な表情で腕を組みながら、義夫さんが俺に問う。
じーっと俺を見てる。
あした。あした……。

「……あしたって、何かありましたっけ」
「覚えてなくても仕方ないかな。明日は僕、朝早い出張の日なんだ」

出張。
その言葉で俺はようやく思い出した。
明日の朝、4時半には家を出るからセックスは絶対しないでと指きりしたんだ。
それなのに俺は約束破って、義夫さんのことを押し倒してしまった。
俺のバカヤロウ!義夫さんを困らせるようなことはしたくないのに、約束を忘れるなんて。

「すみませんでした」

謝罪の意をいっぱいこめて土下座した。
床に頭をすりつけて、悪かったという思いを伝えようとすると、
顔をあげなさいって義夫さんが俺の肩に手を乗せた。

「僕こそちょっと迂闊なことをしたね。うっかりしてた、君とはそういうことする関係なのに」
「義夫さんはわるくないです!……出張のこと忘れた俺が悪いんです」

鼻の奥が、つーんとした。やべ、泣きそう。俺泣きそう。
年に合わないみっともない顔は見せたくなくて下を向くと、頭を撫でられた。

「ならどっちも悪い、ってことだね。ごめんね、正夫くん」
「……俺もごめんなさい」
「うん。もうこの話は終わりにしようか」

手のひらは優しくて、お父さんに似ていた。
俺のお父さんは俺よりも子供みたいで、俺がコップを割った後
ぎゃおすと怪獣のように怒鳴りながら泣いて、お母さんがどっちが子供なんだと
困ったように笑いながらあやされる人だった。
こんな落ち着いた大人の義夫さんとは全然似てないんだけど、こうやって撫でる仕草はお父さんにそっくりだ。
悪いことをしたら怒って、謝ったら偉いねと撫でてくれて、厳しいけど優しい人。
お父さんとは別の意味の好きだけど、俺は両親と同じくらいこの人が好きだ。

「僕はもう寝るよ。君はどうする?」
「俺も寝ます」
「うん。分かった。」

義夫さんが、俺が脱がしたパジャマをきちんと着なおして床につく。
俺も自分で脱いだパジャマを着て、義夫さんの隣の布団に入る。
電気を消す。
オレンジ色の光が、ぼんやりと光っている。

「出張から帰ってきたら、しようね」
「はい、待ってます!」
「……おやすみ」

きゅう、っと手のひらが握られた。
おやすみなさいって言いながら、俺はそのあったかい手を握り返した。

543萌える腐女子さん:2007/10/20(土) 20:01:06
由緒正しい勇者の血統だそうである。

「それやったら、代々伝わる伝説の剣とか鎧とか、あるんやないの?」
「家にはありません。今は国の宝物庫で保管されています」
「よし。まずは、それ返して貰いに行こうや」
「あー…それは無理です。何代か前に、お金と引き換えに所有権を譲渡してしまって」
「アホ。命がけの旅に出るのに、所有権もなにもあるかいな。ていうか売るなや」

王の勅命を受けて魔物討伐に出発する『勇者様』の装備が、鉄製の小剣と布製の服なんてありえない。
しかも、王から渡された旅の資金は雀の涙。屈強なお供もなし、馬もなし。
現在の旅の仲間は、勇者自身が仲介人を通じて雇った商人ただ一人。(勿論、仲介料も自己負担)
これで魔王を倒せとは、タチの悪いの冗談だ。
そのことを言うと、人の良さそうな青年は苦笑した。

「ロクに訓練を受けていない僕に宝物やお金を与えるほど、国の台所事情は良くないみたいです」
「そのあんたに魔王倒して来い言うたのは、他でもない王様やんか」
「仕方ないですよ。予定より早く魔王が復活してしまったんですから。それに、倒すのではなくて、封印するんです」
「ああ、そうやったな」

なんでも、五百年前の大昔に世界を恐怖に陥れたという魔王は、倒されたのではなく封印されたのだそうだ。
しかしその封印の効力が永久ではないため、定期的に封印をしなおさなければならない。
魔王を封印することは、勇者の血統にしか出来ないのだそうだ。それが目の前にいる青年らしい。

効力が切れる前に再度封印すればよく、魔王と対峙するわけではないので、封印自体は比較的簡単に行える。
ただ、魔王が封印されているのは魔物が多数生息する魔境の奥深くで、行くにはそれなりのレベルが必要だ。
そのため、代々勇者一家は、再封印の時期に合うように『勇者』を育成しているそうなのだが……

「本当は、もう五年は大丈夫だった筈なんですけどね。でも現実に復活してしまったから、修行してる場合じゃなくなって」
「なんや、緊張感のない話やなあ」
「そんなことないですよ。魔王も今はまだ復活したばかりで力が弱ってますけど、それも時間の問題です。
 ですから、早くお金を貯めて、ワンランク上の武器と防具を買わないと!」
「だから、そういうのは王様に頼めばええやん。あの伝説の魔王が復活したんやろ?国もケチっとる場合やないんと違うか」
「寧ろ、伝説だから仕方ないんですよ」

青年は僅かに苦笑を浮かべたが、すぐに真面目な顔になり、握りこぶしをつくった。

「とにかく、当面の目標は5,000イェン!目指せ、破邪の剣と青銅の鎧!」
「…………」

天下の勇者様が、まるで便利屋の如く町人の依頼をこなしたり、まるで猟師の如く狩りをしたり、
まるで行商人の如く交易をこなしたりして小銭を稼いでいると誰が思うだろう。
二言目には『お金を大事に!』と叫んでいると、誰が思うだろう。
そもそも、最初の仲間に商人をセレクトする勇者がどこにいるというのだ。

「近場の遺跡に挑むにはちょっと装備が心もとないですし。とりあえず先立つものがないと。
 でも僕、ずっと田舎の村で育ったんで、ものの相場が良く分からないから」
「まあ、確かに俺らは『モノの相場』の専門家やけれども……」
「でしょう?特に行商をする人は世界各地を旅しているから色々なことを知っているでしょうし、魔物とも戦うこともあるでしょうし」
「戦えるいうても、それなりやぞ?」
「それに、魔王もまさか商人とひよっこ冒険家の二人組が、勇者一行とは思わないでしょう?」
「自分でひよっこ言うなや……」

まあ、無駄に使命感に燃えて魔物の群れに突っ込んでいくよりは、賢いやり方だとは思うが。
そうでなかったら、馴染みの仲介人の頼みとはいえ、危険な子守まがいの役を引き受けてはいない。
しかし、本当にこの青年に魔王を倒せ……もとい、封印できるのだろうか?

「大丈夫ですよ。なんたって勇者の血統ですから!」
「あ、そう。早いとこ金貯めて、戦士とか魔法使いとか雇おうな」
「そうですね!頑張りましょう!!目指せ、5,000イェン!!」
「5,000イェンはもうええって」

544萌える腐女子さん:2007/10/20(土) 20:03:15
名前欄を忘れていました
>>543は「11-809商人×勇者」です
失礼しました

54510-129 たまにはこういうのもアリだろ:2007/10/24(水) 10:06:46
体中の汗と、白濁した液が、暖かい濡れタオルでふき取られる。
「いらない」と静止しようとしても体が動かない。
体が限界なのか、させてやればいいと本当は思っているのか判らない。

手首足首に残った荒縄の跡、擦り切れた皮膚に軟膏が塗られる。
つんとした臭いのそれは傷口にしみるけれど、
やさしく塗布されるのが心地いい。

首に残った指の跡にそっと額が寄せられる。
殴られた頬に手が添えられる。
優しく、なでられる。

「なんなんだ、さっきから」

掠れた声がやっと出た。起き上がる気力は無いから寝転んだまま腕を組む。

「……たまにはこういうのもアリだろ」
「自分でやっといて治療か。そんなら最初からすんなっつう話だよ」

二人で、内緒話をする子どもの様に声をひそめて笑った。
ひとしきり笑えば、また部屋がシンとする。

「本当に好きなんだ」

俺の首に顔を埋めたまま、泣いていた。

54610-859 ペンのキャップと本体:2007/10/27(土) 02:14:52
月曜の居酒屋はとても暇だ。
俺は鍵を預かっている身なので最後まで残っていなければならない。小さな居酒屋だからいざとなれば俺一人でも何とかなる。
と、言うことでホール係の女の子と調理バイトを先に帰らせ、俺はカウンターに座ってテレビを見ていた。
「ひまだなあ、もうしめちゃおっかなー」
テレビにも飽き、暇を持て余した俺は独り言を言いながらくるくる回ってみる。
その勢いで、胸ポケットに挟んでいたペンを取り出してキャップを外し、合体ロボごっこなんぞをやってみた。
「きゃぁぁぁぁぁっぁぁぁあああっぷぅ!いくぞぉっ!」
「おう!ペン!合体だあああぅ!!ズギャーーーーーーン!」
そこで回転を止め、仁王立ちしてペンを掲げる俺。
「超合体!ZE=BUR=A GR_inkーーーーーー―ーーー!!!!」
わざわざスポット照明の真下で格好をつけた。
その瞬間テロリーンと間の抜けた音が響き俺の陶酔を邪魔する。
音の主は…オーナー!?
店の入り口でオーナーが携帯電話のレンズをこちらに向けたまま腹を抱えて呼吸困難になるほど笑い転げている、いや笑いすぎて座り込んだ。
さっきの音はもしかして、写メ?
「あ…あ、オーナー?その…、…、わらいすぎだああああああ、わああああん!!!」
冷静さを取り戻すにつれ、俺はあまりの恥ずかしさに顔が燃えるようだった。
「ひっ、まさかお前が合体ロボすきだとは、くくっ」
「もういい加減笑うのやめて下さいよオーナー。あと携帯のデータ消してください」
「やだね」
のちのちこの画像をネタにいつまでも脅され色々な無理難題を吹っ掛けられおちょくられることになろうとは、その時の俺には知る由もなかった。

★お約束
あんな奴なんか俺には必要ない、俺は一人で生きていける、マジックはそう思っていた。
「もう、駄目か…」
蓋を捨ててからの一週間、マジックは言いようのない渇きを覚えいつしか強く蓋を探し求めていた。
たった一人の兄弟、生まれた時から一緒だったのに、あまりに過保護な蓋にいつしか反感を抱くようになっていた。
「許してくれ、蓋。俺が間違っていた、俺はお前なしでは…」
渇いてゆく指先、色を失う髪。先端から自分が死んでゆくのを感じながら、マジックは願った。
蓋よ、俺が乾いて死んだあとも他のマジックを抱き締めるような事だけはしないでくれ…。

54712.5-129 @田舎:2008/01/29(火) 17:50:44
「お前、東京の大学行くんだって?」
オレがそう聞くと、松田はちょっと驚いた顔をした。
「あれ、なんで知ってるの。まだ先生と親にしか言ってないのに」
「…や、昨日な」
昨晩の松田とおやじさんの大喧嘩が、隣りのオレん家まできこえていたのだ。
「ああ!やっぱりあれ聞こえてたのか。ごめんな〜近所迷惑で」
松田はへへっと笑って頭をかいた。
「…なんでオレに教えてくれなかったんだ」
「だってまだちゃんと決まったわけじゃないし…でも絶対に行くよ。
やりたいことがあるんだ。地元じゃできないんだよ」

「おまえまで故郷をすてていくんかぁ!」
昨晩、そう怒鳴るおやじさんの声を聞いた。
この町にはなんにもない、だだっ広い畑と、年寄りと、雪があるだけ。
若者は職を求めて、あるいは寂れた町を嫌って都会へ出ていく。そうしてオレた
ちの同級生もたくさん町を去ることを決めた。
けど、オレはここに残る事を決めている。
一人息子のお前まで町を出たら誰が畑を継ぐんだと親に泣き付かれたせいもある
が、
オレはこのなんにもない町を、生まれ故郷を捨てて出て行くことが後ろめたくで
できないのだ。

「研究者になりたいんだ」
いつだったか、目を輝かせて松田は話してくれた。
松田ならきっとなれるだろう。こいつの頭の良さはオレが保証する。
物心付いた時から一緒にいた。お互いの事はなんでも話した。
だから東京へ行くなんて重大な決意をオレにすぐ教えてくれなかった事に腹が立
つし、すごく寂しく思う。
松田はオレの知らない土地で、オレの知らない世界を見るんだろう。そうして他
の若者たちと同じようにこの町を忘れていくんだろう。
…オレの事も忘れるんだろう。
こいつはこんな田舎で一生を過ごす奴じゃないと、ずっと前からわかっていた。
それでも、この先この町でオレひとり残って送る生活なんて、隣に松田のいない
日々なんて想像もつかない。

かけるべき言葉が見つからなくて、オレは黙って松田を見つめていた。

54812.5:2008/02/22(金) 01:16:18
「正気か!? 身体を機械にするなんて……! クローン技術だってあるだろ!」
「生身のままじゃ、奴らを殺せない!!」

幸せだった2人に突然襲い掛かった悲劇。
テロに巻き込まれ、目の前で恋人を殺され、自分も瀕死まで追い込まれた彼はすっかり復讐鬼となっていた。
この前まで、虫を殺すことも嫌がるような奴だったのに。
そしてあいつも、死んでいい理由なんか何一つなかった。
本当に、いい奴だったのに。

「だけど、あんたがサイボーグ技術士でよかったよ。他の奴だったら、理由知ったら絶対やってくれないし」
「……だろうな」

復讐のためか、こいつのためか。
どっちにしても不毛なこと。
ただわかるのは、他の奴にだけは任せられないってことだけだ。

549萌える腐女子さん:2008/02/22(金) 01:17:19
しくった。
>>548は12.5-289「機械の身体」

55012.5-339 @水の中:2008/02/29(金) 18:11:43
水の中では、僕らに言葉は要らなかった。
ただ泳いでれば、水は僕とアイツを繋いでいて、言葉を使わないで互いを分かり合えた。


「俺、水泳辞める」
「え、何で」
高校からの帰り道、唐突に天野は言った。いつもみたいに、ぶっきらぼうな声で。
あんまりあっさりと言うもんだから、僕の耳がおかしくなってしまったのかと思ってしまった。
小さい頃からあんなに水泳好きだったのに。なんで辞めるなんて言うんだろう。
「何でだよ」
立ち止まった僕から数歩歩いて、天野は振り向いた。
よくわからない、恥ずかしそうな、気まずそうな複雑な顔をしていた。
「お前は、大会とか行きたいんだろ」
「うん」
「俺は、そういうの、思ってなくて、ただ、水泳が好きなだけで、泳げれば、それでいい」
口下手な天野は、ちょっとずつ考えながら言葉をつむいでいる。
「うん、知ってる」
昔から、天野は泳ぐのが好きだった。誰よりも泳ぐのが速くて、人間のくせに魚みたいなやつだった。
僕は、そんな天野が好きで、ちょっとでも天野とおんなじ楽しさを共有したくて水泳を始めたんだ。
プールや海で泳いでるとき、僕らは言葉なんか使わなくても楽しいのが分かったし、笑いあってた。
だから、どうしてそんな天野が水泳辞めるんだろう。
「笑うなよ」
「え?」
「これから言うこと、笑うなよ」
「う、うん?」
「俺さ、人間になりたい」
「へ?」
人間。人間ってなんだ。人間になるってなんだ。それが水泳を辞める理由か。
「なに、それ」
天野は、ガシガシと頭を掻いた。あんまり他人に言いたくないことを喋るときの天野の癖だ。
「泳いでると、楽しい。けど、よく考えてみたら、べつに、水泳部じゃなくても、いいし」
「そりゃ、そうだけど、自由に学校のプール使えるのは水泳部くらいじゃないか。大体、人間になりたい

ってなんだ。お前はちゃんと人間だろ。違う?」
そう言うと、天野は苦しそうな顔をした。なんか、僕不味いこと言っただろうか。
「お、お前、には」
「なに」
「お前には、わかんないよ」

551萌える腐女子さん:2008/02/29(金) 18:12:10
お前には分からない。僕には分からない。今は少しも、天野の気持ちが分からない。
人間になりたいなんて、分かるわけない。天野は、なにが言いたかったんだろう。陸の上での天野は

喋るのが苦手で、言葉が少ない。
陸の上だと、こんなに天野のことが分からない。水の中なら、水の中でなら……分かるんだろうか。
「おーい、もう部活終わりだぞー」
「あ、え、はい」
顧問の先生の声がした。プールサイドでちょっと呆けていたみたいだ。
「……あの、先生、天野」
「ああ、朝聞いたよ。退部したいってなぁ」
「はぁ。その」
「凄い才能あるのになぁ。でも本人がもう辞める決意してたみたいだし。先生じゃ止められなかったよ」
はっはっは、なんて笑う先生。はっはっはじゃない。
「天野、なんて言ってました。退部理由」
「え? お前にも言ってないの? うーん、実は、よくわかんなかった」
え?
「ちょっと教師失格だけど。なんか言ってたんだけどね、ただ、もう辞めますってだけは分かったんだ」
もしかして、先生にも人間になりたいなんて言ったんじゃないだろうな……。
「あ、ありがとうございました。あと、もうちょっとだけここにいてもいいですか?」
「えぇ? まぁ、僕もしばらく残ってるからいいけど……なにするの?」
「ちょっと、考え事です」
家よりも、こっちのほうが考えがまとまりやすいから。


プールサイドに腰掛けながら、僕は水面を見ていた。夕焼けが反射して眩しい。
なんで僕には分からないんだろう。今まで一番天野を分かっていたのは僕だったのに。
いや、そんなことはないか。僕が天野と繋がっていたのは水の中だけ。陸の上では、そんなにたくさん

喋ったことがなかった気がする。喋っても、僕が話しかけて、天野が相槌を打つくらいで。
「あれ……」
ふと、気付いた。天野は、喋ってただろうか。僕以外と、家族以外と。
段々、鼓動が早くなる。天野は、天野は、
天野は、僕以外とまともに喋れてない。
「………」
誰もいないプールを、記憶の中の天野が泳いでいく。まるで魚のように。水の中の生き物みたいに。
そうか。そうだったんだ。人間になりたいって、そういうことだったんだ。
人間の祖先がそうだったように、天野は水から上がって、魚から人間になりたかったんだ。
魚じゃ、陸の上で上手に生きられないから。陸の上で上手く喋れないから。
「……馬鹿」
天野の馬鹿。僕の大馬鹿。

552萌える腐女子さん:2008/02/29(金) 18:12:56
「天野、今からすぐそこの公園に来い」
深夜。僕にしては珍しく、高圧的な命令口調で電話した。案の定、天野は少しビクッとしたようだが、嫌

とは言わずに、ちょっと待て的なことを言った。
苛苛していた。天野がこんなことで悩んでたことと、そのことに気付かずにいた自分に。本当に、馬鹿

みたいとしか言いようのない自分。
なんて、自嘲してると、天野が来た。公園の入り口できょろきょろしている。
「こっちこっち」
「……なに?」
あからさまに、僕と目線を合わせようとしない。昨日僕に言った言葉を後悔しているんだろうか。
「っ?!」
「こっち見ろ。今から大事な話するから」
無理矢理頭を抑えて僕と目が合うようにする。天野は苦しそうで、泣きそうな顔をした。
「よく聞けよ。僕はある男の子のことが好きで好きでしかたないんだ」
「………え」
「そいつは小さい頃から泳ぎが凄く上手くて、僕はそいつに憧れてた。一緒に遊びたくて水泳始めた」
「………うん」
「でもそいつすっごい口下手っていうか、喋るの苦手でさ。陸の上じゃ、まともに話したことなかったんだ

。でも、水の中では違った。泳いでると、言葉なんか使わないでも通じ合ってるって思えた」
「………俺も、そう」
「うん。だけどさ、そいつに昨日、人間になりたいって言われて、お前には分からない、とまで言われて

さ」
「………」
「そんでそいつ、今日僕のことほとんど無視してさ」
「う、あ」
天野は、ぎゅっと目を瞑ってしまった。
「あのさぁ、天野。僕が人間にしてやるよ」
「え?」
「天野のことは僕が一番分かってるんだから。人とどう喋ったらいいのか、どうコミュニケーションとった

らいいのか、全部僕が教えてやるよ。天野が嫌じゃなければ」
「い、嫌じゃない! けど……お前は」
「いいんだよ。僕は天野が好きだから」
「あ、あ、俺も、いっくんのこと、好きだ」
「うん。よろしく、あっくん」
いつのまにか手を握り合って、昔のあだ名で呼び合って、凄く幸せだった。


水の中は、凄く心地がいいけれど。
僕らは人間にならなくちゃ。
水を出て、大人にならなくちゃ。




55312.5-479「強敵と書いて〜」:2008/03/19(水) 00:17:42
「はーっはっはっはっ、また俺勝っちゃったじゃん?ごめんねー俺強くって」

うぜえ、こいつすげえうぜえ。
初めて見たときは強くて綺麗な奴だと思っていただけに
このギャップにへこたれそうだ。
ちくしょう、何で一緒の学校になっちまったんだお前。
お前と部活一緒じゃなけりゃ、俺にとってはただの強くて見た目のいいやつってだけだったのに。
口は災いの元とはよく言ったもんじゃねーか。

「次はお前だろ?かかってこいよ。今日は絶対に俺が負かしちゃうけどねー?」

ケツを叩いて挑発って子供かお前は。
つか何で俺にばっかりうざさ三割り増しなんだ。
弁当のおかずの大きさが自分が大きいっていっちゃ自慢して、
身長が0.3センチ高いっていっちゃ自慢して、
俺よりも多く連勝したっていっちゃ自慢して
俺に何か恨みがあるのかお前。
しかもお前、勝負では俺に一度も勝ったことねーだろ。
うっぜえすげえうぜえ。

「…また俺が負かすにきまってんだろ。バーカ」

なのに、しかとできない俺。何故だ。

55412.5:609 死亡フラグをへし折る受け:2008/04/06(日) 16:58:17
「本当に行くのか」
「うん」

信孝は写真家だ。戦争の現状を撮りたいと言い、
今まさに紛争の只中にある某国へ旅立とうとしている。
…あの国で外国人が何人も拉致されたり殺されたのをまさか忘れたか?
全部自己責任だぞ自己責任。わかってんのかこのバカ。

「なぁ、悠」
「なに」
「一年以内には帰ってくるから…。そしたらさ、その、お前に話が…」
「…わかった。一年だろうが十年だろうが待っててやるから、
 五体満足で帰って来いよ」

そんなに顔赤くしながら「話がある」なんて、バカじゃねーのかこのバカ、俺より10も年上のくせに。
全部つつぬけだっつうの。しかしバカに惚れた俺も相当バカだ。

「じゃあ、行ってくる」
「…ん」

気をつけてなとか、しっかりやれよとか、言いたい事は色々あったのに
なぜか言葉にならなかった。
俺がまごついている間にあいつは笑顔で手を振り、
バックパックを背負って遠ざかって行ってしまった。

俺はその背が見えなくなるのを確認すると、ポケットから携帯電話を取り出す。

「もしもし?ああ、そう、今発ったから。交通手段は前伝えた通りな。
 現地ではくれぐれも姿を見せるなよ。緊急の場合のみ許す」




そして一年後。

「悠!ただいま!」

そう言って嬉しそうに手を振る信孝は、一年前に比べて随分日焼けしていて
ヒゲも伸び放題で、体つきも心なしかたくましくなった気がする。
見た目は小汚い感じなのに、なぜだか格好いい。

そして俺は予定通りに信孝の告白を受け、めでたく恋人同士となった。

「それにしても、不思議なんだよなぁ」
「なにが?」
「向こうでさ、実は結構ピンチになった事が何回かあったんだよ。
 でもその度に運よく逃れられて…。
 強盗のグループに襲われそうになった時は、たまたま通りかかった遠征軍が助けてくれたし
 いつの間にかパスポートをスられてた時も、次の朝手元に戻ってきたり
 撮影に夢中になりすぎて山の中で遭難しそうになった時も、
 同じ日本から来たっていうジャーナリストにバッタリ会って、ふもとまで案内してくれたんだ」
「へぇ、すごいじゃん」
「俺もう一生分の運使い果たしたんじゃないかな〜」

そうかもね、あはは〜などと笑いながら俺は
心の中で自社のSPと追加で雇い入れた傭兵達に向かってグッと親指を立てた。

俺が某財閥会長の孫である事は秘密にしている。
信孝は俺の事をごく普通の大学生としか思っていないだろうし、
実際そう見えるような生活しかしていない。
じーちゃんは俺の事を可愛がりすぎ過保護すぎで正直うっとうしい時もあるけど
今回ほどじーちゃんの孫に生まれて良かったと思った事はなかった。

さて次は、どうやってじーちゃんに信孝の事を認めさせるかだな。
まともに恋人ですって紹介しても、じーちゃんが脳卒中で倒れるか信孝が殺されるかだ。
まずは周りの役員から味方に引き入れよう。うん。

55512.5:629青より赤が似合う:2008/04/09(水) 00:38:19
せっかく書いたのに規制にかかって書き書き込めない。。
あんまり悲しいのでこちらに失礼。


放課後。
「ねえ」
あきれた君の声。
「いつまでかじりついてんの」
これ見よがしの溜息さえ、夕暮れに似てこの胸を鮮やかに染める。
目印を残して僕は厚い本を閉じた。朱に透ける瞳はまるで、何かの監視員気取り?
「信じらんない。もう間に合わない」
「そんなに見たいドラマなら、どうしてさっさと帰らないんだ。机にかじりつこうが図書室に根を生やそうが、とにかく俺の勝手だ」
「ちょっと! どこ行くんだよ!」
よく喋るから無駄が多い。身振りが大仰だから行動が鈍い。鞄を掴んだ君はやっと、僕が廊下を抜ける途中で追いつく。ほら、加減なく後ろ手を掴む。
「待てよ!」
「おまえこそ『どこ行くんだよ』?」
「どこ、って……」
いつも明るいから沈黙が深い。さっき綺麗だと思った夕焼け色の瞳がさっと伏して、けれど弾かれたようにまた僕を見上げた。長いまつげ。
「おまえが教えてくれないから俺は、どこにも行けないんじゃないか」
僕を睨む。鬱陶しい前髪をかきあげながら……かきむしりながら、君は、君が。
「あのときあいつ、何か言った。最後の言葉なんだ。俺に言ったに違いないんだ」
君が僕を。
「それ、やめてくれないか」
「え」
「ほらまた。そうやって髪をかきあげる」
「え、なに……」
「おまえ以前はそういう癖、なかっただろう」
いつか僕は唐突に気づいた。奴の仕草が君にうつった。奴の気さくな性格を心に宿して、君はそれを恋と知った。
再放送のドラマ。苦手なブラックコーヒー。似合いもしないブランドの鞄。なぜあの日一緒に燃えなかった。バイクもトラックも燃えた。アスファルトは黒くただれた。
駆け寄った僕に、奴は何事かを語った。声にはとうとうならなかった。あの唇は何と動いたろうか。口唇術? まさか。まさか。僕に読めるわけが無い。
「髪? そんなのいま関係ない……、おい、触るなよ」
「赤」
「ちょ、み、耳! 触んなってっ……え?」
「赤がいいって」
夜によく映える、深い青が美しい、自慢のバイクは炎に消えた。
「赤いピアスのほうが似合うのにって、言ったんだよ」

556萌える腐女子さん:2008/04/09(水) 01:06:16
あああああ555です。携帯から本スレ投下できました。
重複大変大変申し訳ない。すいません!

55712.5:719 青春真っ只中:2008/04/22(火) 15:51:43
青春18きっぷって年齢制限無いのは有名だけど、乗車期間限定なの知ってた?

新宿から山形まで8時間かかるなんて事聞いてない。しかも全部各駅停車と来たもんだ。
反対側の座席の窓からは、梅雨真っ只中のどんよりした暗い空しか見えない。今どの辺だろう。

今年の夏切符は7月から使えるんだけど、さくらんぼ食べれるの10日くらいまでなんだよね。

さくらんぼと聞くとドキッとする俺は変なんだろうか。
一年でこの時期しか味わえない果実。とろけるほど甘くて酸っぱくて、すぐに傷ついて膿んで腐って。
茎を結べるとキスが上手。2個くっついて描かれる。どう考えてもレモンより青春ぽくて恥ずかしい。
よりによってそんな物、今じゃないと駄目だから一緒に腹いっぱい食おうぜなんて熱心に誘うなんてさ。
冬は毛蟹となまこ、あと明石焼きを食べにいったんだ。うまかったよ〜と思い出しよだれを垂らさんばかりに
笑う彼を見たら、なんだか断れなくなっていたんだ。
貧乏旅行と贅沢品食べ歩きのミスマッチな組み合わせに興味がわいたって事にして、OKした。
2人ならお土産一杯もてるしなんて言い訳もくっつけて。

次は北仙台〜北仙台〜

急停車の衝撃に、緩んだ手のひらから滑り落ちた傘を直してやる。
ガラスにぶつけるように預けたぼさぼさ頭から起きる様子のない安らかな寝息が続く。
そういや、さくらんぼと飯食った後の予定聞いてないや。こんな雨じゃ野宿は無理だよな・・・・・・。
取りすぎたさくらんぼをどうやって持って帰ろう?なんていう出かける前にした心配より
未成年二人連れを泊めてくれる場所があるかどうかの方が俺には気になった。

558萌える腐女子さん:2008/04/22(火) 15:52:54
720さんがいらっしゃったのでこちらへ。
sage忘れましたごめんなさい!

55912.5:909 アリーナ:2008/05/22(木) 20:41:57
ここはコンサート会場前で、手元にはチケットが二枚ある。
昨日、付き合ってくださいの言葉と共に渡されたものだ。
二枚とも渡したことで奴の馬鹿さ加減はわかろうというものだが。
あと30分で開場だ。誘った当人はまだ来ない。
もしかしたら来ないのかもしれない。
告白された瞬間、俺は思わず「アリーナじゃないとヤダ」と答えてしまった。
素直に頷いておけば良かった。頷ける性格だったら良かった。
きっと来ないんだろう。
一歩を踏み出せない俺に、お前から手を差し出してくれたのに、それを突っぱねたんだ。
来るはずがない。絶対に来ない。
俯いていたら涙が零れそうで、空を見上げる。

……何か、見た。

妙なものが、上を向く際に視界を掠めていった。
徐々に視線を下げていく。
その妙な物体は明らかに近付いていた!ってか、来るな!


「ア○ーナ姫とーじょー!どう?どう?似合う?」

手作りらしきお面を被り、某RPGのキャラのコスプレをした物体は、奴の声でそう言った。
俺は無言のまま顔面に拳を叩き込んだ。
潰れたお面を引っぺがして、奴の手を引いて会場に向かう。
口を開いたら号泣してしまいそうだった。
幾らなんでもこれはないだろう?普通ならこんな間違いありえない。
そう思うのに、嬉しかった。
きっと奴には一生敵わない。

56012.5:969:2008/05/30(金) 04:05:21
「頼むから乗って」

バイト帰り見覚えのある黒いワンボックスが止まると同時に窓が開いた。
びっくりしたじゃないか。
必死な形相で言ってくるモンだから助手席側に回ってドアを開けるとあからさまにほっとした顔になる。
ムカつく。
何も言わずにシートベルトを締めると車は走り出した。

「…車に俺を乗せて逃げ場無くす作戦か?」
「…ごめん、でも、乗ってくれるなんて思わなかった」
だってお前必死な顔してたもん。

駅前のCD屋の洋楽コーナーでよく見かけるスーツの男 という印象が変わったのは1年前
少女漫画みたいに一枚のCDを同時に取ろうとして手が触れ合った。
お互いびっくりしたけどスーツの男が「この店良くいらっしゃってますね、洋楽好きなんですか?」
なんて言ってくるから「好きですよ」なんて返しちゃって。
その後意気投合して俺たちは友達になった。
相手が三個上だと知ったのは半年前。
俺のことが好きだと告白されたのは一週間前。
返事しない俺に業を煮やしたのか無理やり押し倒されたのは四日前。

「無理やり、あんなこと…してすまなかったと思ってる」
「俺の方向くな、前向け、信号変わってんぞ」
俺の指摘に慌てて前を向く、傍から見りゃエリートサラリーマン風なのにどっかしら抜けてるんだ。
「許して欲しいなんて思ってないよ」
「じゃあ許さなくていいのかよ」
「いや!許して欲しいけど…」
「どっちだよ」
「ごめん」

勝手知ったると車のサイドボードにあるCDケースを引っつかんで何枚か見てみる。
…少女漫画再びか。
あの時手が触れ合ったCDで目が留まってしまったのである。

これも運命?

CDをかけると
「許して欲しけりゃ今夜一晩ずっと首都高ドライブだ。このCD延々リピートでな」
言ってやると

「あ、あぁ…わかった」

なんて訳分かってない顔と嬉しそうな顔をしやがった。
一晩中運転だぞ?マゾかお前は。

56113:19 春雷と桜:2008/06/05(木) 10:10:47
激しい音を立てて降る雨と時折混ざる雷の音を褥の上で聞いていた。
近頃暖かい日が続き小康を保っていたというのに、この急な冷え込みは体調の悪化を予想させた。
「なあ、障子を開けろよ。縁側で桜を眺めたいんだ」
十五畳程の座敷の片隅に鎮座している大男に命じるも反応がない。
「聞こえないのかでくのぼう。障子を開けろ。おまえは花を愛でる心も知らんのか」
「…いけません。お体に障ります」
数度罵って初めて、男はごろごろと妙に人を不安にさせるような響きの声を出した。
自分の声の醜さを自覚して極力声を出すまいとする様は謙虚だと評価できなくもないが、
父からこの男をあてがわれて六年も経つ今となっては、最早瑣末なことであった。
「そんなことは分かっている。無理なら、ここから眺めるだけでも構わない。いいだろう?」
男の表情は揺らがない。
「寂しいじゃないか。あれだけ咲き誇っていた桜が一夜にして枝葉となってしまうのは。
 せめて散る様を惜しみたい。」
言葉を重ねると、男は観念して溜息を一つ吐いた。
「お待ちください。上掛けを持って参ります」
「いらん。おまえが上掛けの代わりになればいい」
もう抗弁する気もないのだろう。
大人しく障子を開け放ち、半分起こしていた無体な主人の体を後ろから包み込む。
するりとその懐に身を寄せると、男は念を入れてその上から更に掛け布団を羽織った。
二人羽織のような不恰好さに思わずくすくすと笑みが溢れる。
「ああ、やっぱり」
外では雨粒が容赦無く桜の木をそぎ落とし、稲光で照らされる地面は白い花びらで汚れていた。
男の腕の中で桜の木がその衣を剥がされていく様子を見ていると、
雷鳴の中、ひゃあひゃあと明るい声がかすかに聞こえるのに気が付いた。
おそらく本邸の方で六つになる頃の弟が女中達と騒いでいるのだろう。
その騒ぎの中には、きっと父もいるはずだ。
「…もういい。閉めてこい」
そう言って男の顔へと視線を向ければ、真剣にこちらを見てくる黒い双眸とかち合った。
「私にも、花をいとおしむ心はあります」
体から離れる間際男が残したその謎の言葉は、妙な響きをもって心を震えさせた。

56213-89 女形スーツアクター:2008/06/19(木) 22:49:12
「ぷはっ…」
「お疲れ様です、筒井さん!」
今日の収録が終わってようやく『着ぐるみ』から出た僕たちは、互いの
汗だくの体を見て、今日も大変でしたねえ、と笑い合う。
僕たちはスーツアクターだ。よくあるレンジャーもので、僕は主人公、
筒井さんは敵の女幹部。ちなみに僕も筒井さんも男性である。
筒井さんの役は、チョイ役とまで行かないものの出番が少なく、
僕の役と絡むことも少ない。けれど今日は、スタッフのいわゆるテコ入れで
試験的に主人公と敵幹部のエピソードを入れるということになり、
僕と筒井さんは一緒に撮影をしたのだった。
話の流れで、その夜、僕は筒井さんと一緒に飲みに行くことになった。
「あの…本当に奢ってもらっちゃって…」
「いーんだって。芹沢くんはいつも大変でしょ。たまには飲みなよ」
確かに、昼間の撮影のせいで体中はボロボロ、一杯煽りたい気分だった。
けれど年上でキャリアも上な筒井さんに奢って貰うわけにも―。
「うらっ、飲め飲めぇ」
僕が迷っていると筒井さんは無理矢理ビールを飲ませ、笑った。
「しっかし筒井さんって、細いですよねえ」
ひと段落した後、僕は筒井さんの体をジロジロ見ながら呟く。
筒井さんはちょっと浮かない顔で、よく言われるよ、と言った。
ひょっとして気にしているんだろうか、自分の体のこと。
「ごっごめんなさい、僕」
「いいよいいよ。俺だって好きでこの仕事をやってるわけだしね」
そう言いながら日本酒を煽る筒井さんは、何だか色っぽい。不覚ながらどきりとしてしまった。
「しかしさあ、あのシーンで思ったんだけど」
「え、あ、はい?」
「芹沢くん、力持ちだよねー…って、この仕事だから当たり前かあ、あはは」
茶化すように笑う筒井さんは、やっぱり色っぽい。女形スーツアクターだからか、
仕草がいちいち女っぽいっていうか…。僕にそういうケは全くないはずなんだけどなあ。
「でもそれにしても、この仕事にしては細い腕なのに、と思ってさ」
そう言って筒井さんは、シャツに包まれた僕の二の腕を触る。女みたいな手つきで。
「僕だって力はあるほうだけどさー、あっそうだ、芹沢くん、腕相撲しようよ腕相撲」
「あ、は、はい…」
「この仕事長いとは言えないけど、君よりはキャリアあるんだ。意地見せなきゃなー」
ぎゅ、と手を握らされて、僕は思い出していた。今日撮影したシーンのこと。
敵の女幹部―つまり筒井さんがピンチになって、そこを偶然(随分なご都合主義だ)通りかかった
主人公がなぜかお姫様抱っこで女幹部を助ける、というものだった。
筒井さんを抱きかかえた時の、ふんわりとした感触、男性とは思えない体つき―
薄い胸板に、細い腰、やわらかな尻肉。こんなことを思い出してしまう僕って変態なんだろうか?
「うーん…う…」
腕に力を込めて呻く声が、どこかいやらしい。そう考えてしまう僕って変態だと思う。
「ふ…っ」
ひっくり返りそうな声を聞いて、力なんて入らなかった。僕の腕は、テーブルに力なく倒れる。
「やったねー。俺だって女形ばっかりじゃないんだ、力には自信があるんだよ、要はキャリア…」
言いかけて筒井さんは、俺の熱烈な視線に気付いたようだった。どうした、という視線を僕に向ける。
「あの…筒井さん、そのキャリアを見込んでお願いがあるんですけど」
「おおっ、何?」
「僕、いまいちアクションの演技に自信がなくて。それでよかったら―」
意志とは無関係に、口が動いて、喉が勝手に言葉を搾り出した。止まる気がしない。
「僕の家に来て、演技指導、してくれませんか」
僕は無意識の内に、不敵な笑みを筒井さんに向けていた。俳優でもないのに。
断るかと思った筒井さんは、酒に飲まれて真っ赤になった顔で、いいよ、と言った。
「えっ…いいんですか!?」
「俺は厳しいよー、筒井くん」
べろんべろんになりながらも表情だけは真面目さを保とうとする筒井さんに噴出しそうになりながら僕は、
お手柔らかに、と言った。

56313:369 通り雨 通る頃には 通り過ぎ:2008/08/21(木) 00:34:23
 掌を握っているとしっとりと湿った体温が伝わる。
外は相変わらずざあざあざあと雨が降り注いでいて俺達は此処半時間シャッターのしまったぼろい店の
看板のテントの下で難を逃れている。唯の友人同士だと、もしこの夕立の中側を通る人があれば思った
かもしれない。しかし隣同士で立ち尽くしたまま、二人しっかりと手をとりあっている。胸に充満する
雨の匂いに満たされた学校の帰り。着込んだ制服は雨を含んで肌に張り付く。恋人同士のような格好で
、俺達はいる。
 しかし握る力は俺のほうが甚大なのだ。
 俺はお前が好きだった。だけどお前は俺のこと何かどうでもいい。
 多分雨が降り終わる頃にはこの掌は俺のものではない。降り終ったねと笑うお前は俺の側を軽々と通
り過ぎて世界に紛れてしまうだろう。そう言う約束だった。お互いの世界だけで関係を完結させて、決

して他には漏らさないと、仔犬みたいな笑顔で約束をせがんだお前を俺は許容した。(せんせいにもと
もだちにもおかあさんにもおかあさんにも)だけど許容さえすればお前が手に入るんだから、俺に逃れ
る術はなかった。(そしたらぼくもすきになったげる)そうやって始まった俺の恋。
 雨を機に人通りの少ない商店街の、テントの下にお前を連れこんだのは俺だ。そしてその内にお前の
掌をぎゅっと浚うように握ったのも。お前が全てに抵抗しなかった。ただただ天使のようないつもの柔
らかい微笑で、にこにこと俺の行動を見つめていた。児戯に微笑む大人のように。所詮何をしたって俺
の行動なんてお前の思考には登らないのか。何故隠したいのかと戯れを装って尋ねた時だって、その笑
顔で笑うだけ。俺の声になんて答える意味がないとでも言うように。

 これは同等が与えられないと知っている恋。それでもお前が欲しいから、俺はその苦難を甘受する。だけど、だけど。それはいつ崩れぬと知らぬ砂礫の上に立つかのように辛く苦しいことだと、お前は知
っているか。

 お前は酷い奴だ。俺の確かな恋情を、劣情を知りながらそれを同等のもので受け入れるなど思いもせ
ず、俺を玩具のように弄びながら遊んでいる。飽きたら捨てるのか。お前は全ての始まりと同じように
、なんとも無い様にあっさりと俺に終わりを言い渡すような気がして俺は心底恐ろしくて怖くてたまら
ない。

 そうやって俺の側を通り過ぎる。

 ざあざあ。ああ、地面を叩く音が徐々に静まる。雨が弱くなっていく。通り雨のせいで人通りが消え
た街中に人の声が聞こえ始めてきたらこの体温は俺のものではなくなる。人に触れては壊される俺達の
関係は。それが普遍的な物になりつつある事を思えば俺の心臓は簡単に破裂しそうなほど締め付けられ
た。握った掌を強く握りしめる。雑踏で母親においてかれそうになる子供みたいに。だけどその手は握
り返されない。俺とは違う、いつまでも俺となじまない体温で、俺はお前を繋いでいる。違う。
 繋いでいると、思い込もうとしている。
 おもいこもうと。
 誰にも囲えない奔放なお前を、誰に助けてもらう事も知られることも無くこの頼りない腕で捕まえて
しまわなければならない。その不安。その苦悩。お前は何も知らないよとにこにこと外ばかりを眺めて
ばかり。隣にいる存在の不在を嘆くのは俺だけなのだと今更ながらに思い知る。全ては俺の無様なのか
。だけどお前しか欲しくない。欲しくないのに。

 ああ。

 白皙の、美しい子供のようなお前。ふと首を傾げて俺を見た。その笑顔が愛しくてならなくて、だけ
ど俺を踏みつけていくのはいつだってこれなのだ。
「どうしたの、芳樹、泣きそうだよ」  
 な、此処で雨の代わりに尽きぬ涙をお前に捧げたら何処にも行かないでくれるのか。

 ざあざあざあ。通り雨が過ぎていく。俺の叫びを置いていく。ざあ、ざああ。

56413:793 異国人同士、まったく言葉が通じない二人:2008/10/19(日) 02:56:33
間近で見た瞳が、凝縮された空のようだと思ったのだ。
この手に触れた髪が、光そのもののようだと思ったのだ。
ああ何故僕は真面目に勉強しなかったのだろう。こんなにも後悔することになるなんて。
貴方の言っていることが分からない、こんなにも貴方を愛しているのに言葉を通わすことができない。
絡めた指が、擦れ合う鼻先が酷く熱い。
僕の目じりにじわりと滲んだ涙を涙を見てか、絡んでいた手を離して、彼は僕の頬を包むように触れた。

彼がその時、眼鏡越しの僕の目を見て、ガラスの向こうに見える夜空のようだと言った事がわかるのは、まだ先のこと。

56513-819 自称親分×無理やり子分:2008/10/25(土) 12:30:21
「おい、行くぞ」
「またですか」
 僕はため息をついた。金曜日、午後五時四十五分。
 手元の書類は、まあ週明けの朝イチで処理しても間に合うもの、ではあるの
だが。
「面子がたりねんだよ」
「やですよ。先輩ひとりで行ってくださいよ。そもそも先輩の友だちじゃない
ですか」
 マージャンならともかく、ポーカーに厳密な面子なんてあるものか。
「いいから、ごちゃごちゃいうなって。親分の言うことにさからうなよ」
「誰が親分ですか」
「え? オレオレ」
 先輩は自分の鼻先にちょんと人差し指をつけたあと、その指で僕の鼻先に触
れた。
「子分」
「勝手に決めないでくださいよ」
「そー言うなって。新人研修のとき、面倒見てやったろ?」
 この部署に配属されて最初に仕事を覚えるとき、この人が僕の「教育係」に
なった。3年先輩だから、まだまだひよっこの彼にも、後輩を教えることで業
務について自己研鑽を深めてほしい、という狙いがあったと思う。だいたい、
この人と来たら、業務に関する知識は僕より下で、何度か実地の作業中にやば
いことをしでかしそうになったのをあわてて止める羽目になったくらいなのだ。
 以来、腐れ縁である。
 彼は自らを親分と称し、嫌がる僕を無理やり子分と呼んでいる。
「こないだお前連れてったときさ、バカ勝ちしたろ。験がいいんだよ。勝った
らラーメンの一杯もおごってやるからさ」
「勝ったら、って。僕のほうが勝ったらどうすんですか」
「お前がおごる」
「なっさけないなあ。それでも自称親分ですか?」
 僕は手元の書類をそろえてフォルダに収め、デスクの引き出しに鍵をかけた。

56613-819 自称親分×無理やり子分(2/2):2008/10/25(土) 12:35:07
 この人はけしてバカじゃない。むしろ、むちゃくちゃ切れるほうだろう。た
だ、興味の焦点が今の仕事にはクリアに合っていないだけなのだ。大学時代に
つるんでいたというお友だちだって結構な人間ばかりで、切れのいいジョーク
を飛ばしあいながらワイン片手にポーカーを楽しむ姿は、はたから見れば成功
した男たちの集団といった趣だろう。常識的なレートやチップの上限といい、
白熱しても二時間で切り上げる、掛け金はその場の飲食代に充てて後に引かせ
ない、というローカルルールといい、紳士的な集まりだと思う。場のジョーク
に若干下ネタが多いのはご愛嬌だ。
 なのに、この人単独で話していると、とんでもない場末の賭場でなけなしの
給料をかけて目の色を変えたオヤジどもが冷や汗をたらしているような、饐え
て煮詰まった空気の場のイメージになってしまうのはなぜなんだろう。
「何も、僕をつれてかなくてもいいじゃないですか」
「いーや。つれてく。俺が決めたんだよ。二時間で終わるからさ、そのあと
ラーメン食って、うちでサシ呑み」
「……そこまで決まってるんですか」
「ったりめえよ。あ、サシ呑みの分はおごってやっから心配すんな」
「いいですよ無理しなくて。先輩の給料想像つきますから」
 家呑みをおごったくらいでいばられたんじゃたまらない。
 僕は立ち上がり、ジャケットに袖を通した。
「連れてってください、どこへでも。こう横で騒がれたんじゃ仕事になりゃし
ない」
「ひゃっほう! 行くぞ行くぞ! あ、お前これ持て」
 よれた紙袋を押し付けられた。とっさに受け取ると、ずしっと重い。中を見
ると、トランプの箱やチップのケースが押し込まれていた。今日の道具か。
 足取りもかるくエレベーターホールに向かう背広をにらんだ。
 ……まさか、荷物持ちがほしかっただけじゃないだろうな。
 大学時代の友だちも、だんだんオトナの紳士になり始めて、学生のノリでバ
カやってる自分がなんとはなし寂しくて僕を引っ張り込もうって算段なのかと
想像して、ちょっとだけ同情したのは深読みのしすぎだったんだろうか。
「おい、早く来いよ! エレベーター来てんぞ!」
「行きますよ、大声出さないでくださいよ」
 僕はため息をついて小走りで追いつき、彼の横に並んだ。

56713-909 活動家攻め政治家受け:2008/11/01(土) 21:23:14
「選挙は来年に先延ばしになるらしいね」
「そうらしいですね」
目の前にいるのは、去年選挙で俺に負けた立候補者だ。野党からの公認を蹴って無所属で出馬した。馬鹿だよな。そんなんで俺に勝てるわけないだろう。選挙なんて落ちればただの人。今は政治活動家として活動しているらしい。NPO団体の何かをしているとか聞いたかな。
もともとこいつに白羽の矢がたてられたのも、こいつの身内に犯罪被害者がいて、その支援活動をしていたからだ。身近で苦しんでいる人の為に出来ることをしていたら、知名度があがり対立候補として担ぎ出された。よくある話だ。
俺の場合は、長年議員をやっていた親父が脳卒中で急逝し、準備期間もないまま弔い合戦に担ぎ出された。これもよくある話だ。昔から世話になっている支援団体のおっさん達に泣きつかれてどうにもならなかった。親父の地盤は強固で、とにかく俺が出れば勝つと言われていた。実際に勝った。
理不尽だけど、選挙ってのは勝てば官軍。そんな訳で俺は若くして政治家になっている。

訳もわからず政治の場に席を置いて、目の前の事をこなすのが精一杯だ。やりたいと思うことも自分に何が出来るのかも、薄ぼんやりとしか見えてこない。
本当は、こいつが受かった所を見てみたいとは思う。どんな政治家になるのかを見てみたい。けれど、俺と同じ選挙区から出るのをやめない以上は、俺の当選はゆるがない。それだけの磐石な基盤を親父は築いて、多くの人の支援と期待を俺は引き継いでいるからだ。
答えはわかっているけれど俺はこいつに聞いてみた。
「他の選挙区から出ていただけないですか?先輩」
「うん。それは無理だ」
ずっと好きだった。こいつは俺の高校時代の先輩だ。だからどんなに政治家に向いているかも俺は知っている。ただ人に奉仕するのが好きなだけ。自分の利益なんかどうでもいい人だから。
本当はこんなことで争いたくなかった。でも、絶対に俺は負けるわけにはいかない。
ロミオとジュリエットみたいだと苦笑いしてみる。あんな若造達みたいに馬鹿な心中はしないけど。

56813-929 小説家志望の書生:2008/11/03(月) 01:47:17
「書生さん、今日は月が綺麗ですね」
「坊ちゃん。珍しいですね。酔っていらっしゃるのですか?」
「たまにはいいじゃないですか。すみません。僕が不甲斐ないばっかりに、住むところがなくなってしまった」
「そんな…私はとてもよくしていただきました」
うちは住居の一角に書生を住まわせるくらいの余裕がある資産家だった。だが事業に失敗し多額の借金をかかえた為、明日は家を出て行かなくてはならない。金にかえられるものはすべて金にかえ、それでも足りない分をある貿易商に肩代わりしてもらい、その代わりにその家の娘と結婚し婿に入ることになった。
「荷物はもうまとめたの?」
「私にまとめるような荷物なんてないですよ」
確かに彼には荷物なんてなかった。小説家を希望したのは、紙とペンさえあればはじめられるからだと言っていた。
「君は結局、僕に自分の書いた小説を見せてくれなかったね。それだけが心残りだ」
彼が小説を書いている時に部屋に入ることは度々あったけれど、彼はその度に頑なに僕に見せるのを拒んだ。
「私の小説は、いつもある人への想いを書いています。ただの恋文です」
「恋文」
「例えば、こうして月を見ています。同じ月をそばでその人が見ているだけで、私は胸が何かゆるやかであたたかなものに満たされるような気がするのです。月が美しいと私に教えてくれたのはその人だと思います。美しいものを見るのなら、私はこれからもその人と一緒に見ていたい」
僕は彼がこんなに情熱的な事を考えている人間だなんてまったく知らなかった。
「私は口下手ですからね。文字でしか自分の中の想いを吐き出すことが出来ません。でも、もう書けないかも知れません」
思いもかけない一言だった。
「どうして?実家に帰ったら小説をやめてしまうの?」
「小説ならどこでも書けます。でもその人がいないと私は書けないから。書けてもそれはただの文字の羅列です」
聞いている方が胸に詰まるような告白だった。
「……君に想われている人は、とても幸せな人だと思う」
うらやましいと思った。うらやましすぎて涙が出そうになった。
ふいに、彼が僕の手をとった。そしてうつむいて必死な声で僕に言った。
「私は口下手で。でも、言わないとあなたはもういってしまう。だから…」
彼の手から震えが伝わってくる。
「あなたが好きです。私と一緒にどこか遠くに逃げて下さい」

逃げてどうなるというのだろう。ふたりとも金なんてない。これから先に明るい未来などないだろう。多くの人への裏切りだ。でも、目から涙があふれて止まらなかった。僕が一番今欲しい言葉を言ってくれたと思った。酒ではなく彼の言葉に酔ってしまった。もう他に何もいらないと思った。

569959:2008/11/04(火) 21:37:58
『お客様でございます。
 お取次ぎいたしますか、マスター?』
スピーカーからのノイズが混じる機械的な音声、それが私の声だ。
私の呼びかけに、主人は無言の仕草で答えた。
ひらひらと振る手の平、そしてたまらなく嫌そうな顔。
その客は通すなという意思表示だ。
『先日、マスターがお連れになっていた女性のようですが、よろしいのですか?』
「だからなんだ」
重ねて問うと、ずいぶんといらだった口調が返ってきた。
初めてつれてきた先日の夜には下心たっぷりの笑顔で歓迎していた相手だと言うのに。
まったくこのお方はとっかえひっかえ、二回と同じ相手と夜をすごそうとしない。
本当にこの人は薄情なニンゲンだと思う。
訪ねてきた女性を慇懃無礼に追い返し、主人の元に戻った。
長年愛用しているカップで紅茶を飲む主人。
居心地はいいながらも古い椅子に根を生やしたように座って新聞を読んでいる。
そんな主人の顔を見て、ふと、眼鏡の端にヒビが入っているのに気がついた。
『マスター、眼鏡の右レンズが破損しているようですね』
話しかけると主人はこともなげに答えた。
「ああ、どうも昨夜何かしたらしいな。酔ってたから記憶にないが」
そう言うが、主人は特に気にした風でもない。
『新しいものに取り替えるべきかと。注文いたしますか?』
半ば答えを予想しながらもそう問いかけた。
「いや、いい。まだ使える」
ああ、やはり。
この方はニンゲンに対しては非常に飽きっぽい。
けれど。
『相変わらず、物持ちがいいというか……。本当にそのままでよろしいのですね?』
私が問うと、主人はうるさそうに答えた。

「ああ、まだ使えるだろ。道具は愛するものだ、簡単に捨てるものじゃない」

『かしこまりました、マスター』
おとなしく引き下がりながら、こう思う。
この身が機械でよかった。
私が道具でよかった。
決して叶うことはない想いだけれど、それでもずっと傍に置いてもらえるのだから。

570569です、陳謝。:2008/11/04(火) 21:40:02
すみません、一つ前に投稿したものです。
名前(タイトル?)を入れ忘れました……。
「959 ロボットの恋」でした。すみませんでした。


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