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0さん以外の人が萌えを投下するスレ

1萌える腐女子さん:2005/04/17(日) 10:27:30
リロッたら既に0さんが!
0さんがいるのはわかってるけど書きたい!
過去にこんなお題が?!うおぉ書きてぇ!!

そんな方はここに投下を。

4068-690接触過多な変態×常識人なツンデレ:2006/10/29(日) 20:14:06
扉を開け放つと同時に体をやわらかな光に包まれ、視界に満ちた
清冽なまぶしさに、思わず息を呑んだ。窓際ではかすみの色の
カーテンが風をはらんで波打ち、その合間を小魚の泳ぐように、
白衣のナースが動き回っている。室内に備えられた二台のベッドの
うちの片方には、午後の日差しを一身に受けて、所在無い様子で
新見が腰を下ろしていた。

お友達ですか、はいそうです。必要な物を届けてくれるよう頼んだん
です。いきなりの事でも頼れる奴が他にいなくて、などと二人が
会話を交わしている間、紙袋を手にぶら下げ、服部はただ新見の
頭部に白く巻きついた包帯を凝視していた。
「服部、そこ、邪魔」
扉の前に立ち尽くしたその脇を、ナースが一礼し、きりきりとした
足取りで去っていく。後姿をぽかんと見送っていると、「いつまで
そこにいるんだ、さっさと入れ」と苛立った声がした。
「済まなかったな、仕事帰りに」
「あ、ああ、平気。そっちは」
「頭と肩と、あちこちを打った。前に言ってた、例のビルの壁画
修繕中に足場が崩れたんだ。高さは大したことがなかったけれど、
色々検査をして、安静をとった方が良いらしい」
色の薄いシャツにジーンズと、新見は普段通りの格好をしている。
おそらく事故の時の服装のままなのだろう。ただ手首には、患者の
取り違えを防ぐための認識票がブレスレットのように巻かれている。
短期入院患者専用の室内に今は二人以外の人影は無く、空の
ベッドに面積の半分を埋められた部屋は妙にがらんとしていた。

「い、痛いか、まだ」
「何しろ落ちたてだからな。それよりさっきから何なんだ、お前は。
変におどつきやがって、借りてきた猫じゃねえかよ」
やましいことでもあるのかと胡乱な目つきを寄越されて、服部は
大きな体を一段と縮ませた。
「なあ、今日は抱きついてこないんだな」
普段は剥がしても剥がしても藻みたいにへばりついてくるくせによ、
と新見はそっぽを向いて呟いた。
「え、いや、オレは」
どっと肉の落ちたような背に服部は泡を食ったが、ほれ、と顎を
しゃくられ、晒された喉に本能的に飛びついた。放り出した
紙袋が壁に激突して沈黙する。頬に触れ、喉を撫で、肩の
稜線に指を這わせて腕ごと抱えこみ、包みこむ。大事な名前を
呼んで、何度も唇に刻ませた。
「おい、そこでどうして乳首をさわるんだ」
「ああごめん、ついいつものくせで」
ラッピング用紙になったつもりで背中をゆっくりとさする。痛くは
ないかと耳元で囁いたが、返事の代わりは心地よさげな吐息だった。
「今日のことがきっかけで、高所恐怖症になっちまったらどうしよう。
ただでさえ作業に遅れを出してしまうのに、そんなことになったら、
オレは」
「大丈夫、大丈夫だよ。君は根っからの高い所好きだから」
どういう意味だ、と激昂しかけた口元を指の腹で押し止める。新見の
唇をなぞって往復させながら、大丈夫だよと繰り返す。それ以上
騒ぐことは無かった。されるがままの様子に、どちらが猫の子だか
分かりはしないと思いながら、この温もりを手放すまいと胸元に
繋ぎとめた。
数日の後、入院中に使用した下着をちょろまかしたことが露見して
二時間ほど正座させられながら、ああいつもの新見だと、服部は
ほっと安堵の息を吐いたのだった。

4078-749 着物:2006/11/01(水) 15:00:44
小袖の手をご存知でありましょうか。
江戸は寛政年間、とある古刹へ一枚の小袖が納められました。
小袖とは文字通り、袖の小さく活動的に動けるような、公家から
武家、庶民にまで広く着られた衣装のことです。
名の売れた遊女の亡き後、苦界をさすろうたその身の供養の
ためにと祀った衣に香を手向け、日々菩提を弔っていたところ、
夜な夜なちりん、ちりんと鈴を鳴らす音がありました。
怪しみてそっと覗いてみたところ、衣紋掛けの小袖からぺらり
とした紙のような白い手がすうっと伸び、壇の鈴棒をつまんでは、
そうっと鈴を打つのです。
思えば人の、女の執着とは、儚くした後もその衣服に留まり、
過ぎた浮き世を偲んでは、帰らぬ日々に、消えぬ未練に亡き身を
妬くものなのでありましょうか。
ね、聞いてる?ちゃんと聞いてる?

「いや、そんなポエムは今はいいですから、背中!背中、のいて!
借り物なんです、皺になっちゃう!」
羽織くらい、自分で着られますから、と必死で叫んでも、背中にくなりと
圧し掛かった男は聞き分けなく甘えるように密着してくる。彼の言う
小袖の手の話ではないが、羽織の肩越しににゅうと手が伸ばされて、
かいぐりかいぐりと頭を撫で、ときおり目測を誤った指が鼻の穴に
突撃する。こうした時はやりたいようにさせておくのが一番の得策
なのだが、このはしゃぎようは普段の比ではない。

「しかしよく似合うねえ。馬子にも衣装、とは言わないよ。自慢の
息子だもん」
今度はくるりと前面に回って、頭の天辺から足袋の先までしげしげと
見やる。紋付羽織に、長着に、袴。日本男子の礼装である。
ひどく気合が入れられているのは今日が成人式だからだ。
一生に一度の記念だからと、彼は本人よりも嬉々として準備に奔走
していた。当の成人は満面の笑みの親を前にして途方に暮れるのみだ。
「あっと、そろそろだね。式の会場へ行くのに、友達と駅で待ち合わせ
してるんだろ。ほい、外に出た出た」
皺になるというのに、背中を両手でぐいぐいと玄関の方へ押してくる。
その背を頭ひとつ分追い抜かして、もう幾年も過ぎた。今は逆らわず、
為されるがままに滑るように廊下を渡り、雪駄の鼻緒をひっかけて表に出る。

「ああ、いい天気だね。小春日和だ」
君を引き取って二人でこの家にやってきた日のことを思い出すよと、
庭の梅に目を注ぎながら義父は目尻に皺を寄せた。黄の蝋梅が盛りを
誇っている。まさに晴れの日、晴れ着だねと手をかざし、空を仰ぎ見た。
つられて見上げた空はとても高く、澄んでいた。
「お父さん。駅まで、一緒に歩いて行きませんか」
今日は暖かいし、散歩代りにね、と顔を窺うようなねだり方をすると、
彼の目はまん丸に見開き、ついて来て欲しいだなんてまだまだ子供だね、
とにっこり笑った。春の陽のようだ、と思った。
過去はすでに遠く、現在は不透明に流れる。
見透かし難い霧の中を、それでも貴方の隣で歩いて生きたい。
その手を取って、共に未来を。

4088-769冷たい手:2006/11/04(土) 00:56:35
大きな手が汗ばんだ頬を撫でる。
ゆっくり、ゆっくりとあやされるような赤ん坊の
気分になったので、どういうつもりだと熱に
かすんだ目で問いかけたら、大きな手の
持ち主の、黒く澄みきった夜の葡萄みたいな
瞳が、こちらの様子を案じて見守っているのが
滲んだ視界にぼやけて見えた。
「僕の手は冷えているので、あなたの頬を撫でています」
その通りだ。確かにそうだ。男の手は大抵いつも冷えている。
そうして俺は、そのことを知っている。
「あなたが言ったんです。お前の手の冷たさには
意味があると。手が冷たい奴は、その分心が
温かいんだ、心配するなと」
確かにそうだ。その通りだ。いつかの日に、何かの拍子に
俺が言った。どっかのドラマで使い捨てのセリフだったが。
「僕のことを。僕自身を、そんな風に肯定的に
捉えてくれた人は、いなかったから」
だからこうして、あなたの頬を撫でていますと、大きな手で
男は俺の頬を包んだ。
いつか俺の熱は冷たい指に吸い取られ、掌をぬるめたあと、
空気中に分子のように散らばるだろう。そしたらその時は、
今よりずうっと楽になっているだろうから。
その時は遠慮なく、俺の手を一晩でもいつまででも握って
いるといい、冷たさも温かさも包みこむその大きな手で。

4097-779 熱血受け:2006/11/04(土) 19:01:55
お母さん、
あの熱血受けはどこへ行ったでしょうね
とは、かの有名な偉大なる801詩人の言葉ですが。
最近は巡り会うのは難しいようですね
でもそれは、
熱血の前に、はみ出してたり捻れてたりやけにスタイリッシュだったり、なヒーローが増えましたから
皆さんが見落としてるという事も多々あると思いますので
安易に「熱血受けじゃないや」と判断すると損をします。

まず、熱血受けとは何か。
燃えています
どこぞのキャッチフレーズのような、
ど力・ゆう情・勝りや
協力する・一致団結することが基本的に好きです
心も体も明日を夢見る瞳も、内に秘めてる場合もありますが、とても熱いです。
それはベッドの中でも同様です。
パートナーと快楽を共にする努力も惜しみません
しかし押さえ付けたりすると、戦っている気分になるのか強い抵抗を示す事もあります。
攻める際は怪我に注意しましょう。強いです。
ツン入り受けはキツい言葉を投げかけて来たりもしますが、
別な意味で口が達者かどうかは、個人差がありますので、それぞれで確かめて下さい。
たまには熱血受けでも恥じらいモードが入ると、他の受けのように声を押し殺したりします。
漏れ聞こえてくる声はなかなか悩ましげです。テレビなどで敵に一旦斥けられた時に零す声を想像すると分かりやすいかも知れません。
まぁ実際はその数十倍は艶めかしいですが。
先にイクと、負けた気がして悔しがることもありるようです。
攻めは熱血受けの気持ちを上手いこと汲むようにしましょう。
熱血受けは言い訳を嫌います。割とナイーブです。

相性がいいのは
主に共に戦ったり、支えてくれた仲間ですが
ライバルや敵もなかなか良いです。
ただ、始まりは難しいです。
ゴーカンからが多いです。
ゴーカンが苦手な場合は改心しましょう。
かつての味方が敵になるののは辛いでしょうが、障害は愛を更に燃え上がらせると思います。

さて、冒頭の詩についてですが。
余談ですが、
我が家には私の帰りを20年来待ってくれている熱血受けがいます。
…これはテストに出ませんからメモしなくていいです。
はい、ではこれで特別授業を終わります。
またの機会にお会いしましょう。

4108-789こたつ出しました:2006/11/05(日) 20:37:12
イチョウの葉が、扇の如く宙を舞っている。
見蕩れていると、突如けたたましい犬の声が耳をつんざいた。
一瞬、ほんの一瞬ぐっと身を竦ませる。何でもない些細な事にも
怯えて反応してしまうのは、昔からの悪い癖だ。

てやんでえ、ばっきゃろおおおめえええ。

間を置かず、男の胴間声が後に続いて響き渡る。立ち止まって
いた歩を進め、吹き抜けの廊下を伝って縁側に出ると、ごましお
頭で半纏姿の男が庭に倒れ伏し、子牛ほどもある大きな犬の
下敷きになって襲われていた。否、じゃれつかれていた。
「あああんた、来てくれたか、この犬っこをどけてくれえ!」
「今度は何をやったんですか、松さん」
「知らねえよう、一仕事終えて息継ぎしてたら、いきなり
まみれついてきゃあがったんだ」
「仕事が済むのを待ってたんでしょう、ははは。マッハ有明は
本当に松さんが好きですねえ」
金色の毛皮を震わせて、犬が屋敷抱えの庭師の顔を唾液で
べろんべろんにしている様子を微笑ましく見守っていると、ふと
馴染みの痛みが、肩を、背中を、体中に残る傷の跡を、懐かしい
甘さを伴って走り抜けていくのを感じた。

「おまえの姿は目障りだ。這い蹲って犬の真似でもしているがいい。
人の言葉を喋るな。鳴くんだ。しゃがみこんで、舐めろ。
歯を立てたりしてみろ、どうなるか分かっているだろう?」

鞭のしなる音。硬い靴の踵で打ち据えられる音。過去に消えた
はずの音が耳の奥に潜み、幻聴となって蘇る。
そう、全て幻聴だ。なかなか思い通りにならない己の心に、
辛抱強く何度も言い聞かせた。
「旦那を探しているのかい」
「ええ。居場所は分かっているんですが」
「なら、桜の手入れが終わったと伝えといてくれ。気になすってた
からな。いやその前に犬を、犬をおおお舌があああ」
承りました、と戯れる彼らを尻目に屋敷の奥へと足を向けた。
今時の桜は葉を紅く色づかせ、夕日の照る頃になるとなお一層
その姿を松明のように燃えたたせる。春には煙の化身のような
霞む花弁を、夏に若葉の瑞々しい生命力を、見送ることのできる
日々のなんと幸福なことか。

「その、御主人様って呼称は何とかならないの。気味が悪いん
だが、え、すぐには無理。定着しちゃってるからか。じゃ、せめて
様を取って呼んでくれ。近所の奥さん連中もそうしてるから。
私は未婚なんだけどね。君にはしっかり働いてもらうよ。
春には、花見。庭の桜は私が子供の時からあるんだ。お弁当を
重箱に詰めて、桜餅を用意して。薫風の頃なら、柏餅も忘れず
にね。夏には流し素麺のできるほど庭は広いし、そう、近くに
野原もあるから、秋桜も見に行こう、マッハ有明を連れて。
楽しみだね。楽しみだねーえ」

なんの気紛れであれ、この身をすくって拾い上げて下さった時から
変わらぬあの方の笑顔を、一生忘れはしまい。ここに在る日々の
全てが、自分にとっては連綿と続く奇跡だ。
調理場の土間には入り口に尻を向け、一心不乱に
巨大な冷蔵庫の冷凍室をまさぐっている男がいる。冬の準備が
出来たら、せっかくだからアイスクリームを食うのだと、小一時間
前に子供のようにはしゃいでいた男だ。
「御主人、御主人。こたつ出しましたよ」
その言葉にばね仕掛けのように跳ね上がり、カップアイスを
抱えたまま男がくるりとこちらを向いた。
「やっぱり、バニラだろ、バニラ」
にんまりと極限まで相好を崩したその笑みは愛らしく、ひどく
妖怪じみていて、せめて布団にこぼさぬよう、机に起き上がって
食わさねばと、新たな決意を促すのだった。

4118-819 ハリネズミのジレンマ/1:2006/11/08(水) 08:18:59
知ってるか否かの前に
間違えてるよ、ソレ。
と、小さく肩を竦めると
「んん?」
間抜けな声を上げて、ヤツがきょとんとした表情を浮かべた。
「…それ、ハリネズミじゃねーって」
「え?え?」
溜息が出る。
「ヤマアラシだよ…」
「ええっ!ハリネズミじゃねーの?」
…夜中なんですが。
リアクションでけーよ。煩い。

「うん。ハリネズミじゃねーの…」
だから俺はごく静か小さく応える。眠い。
「ヤマアラシ?」
「…ヤマアラシ」
まだ疑わしそうな声に、厳かに言い返せば
ちぇ、なんて
ヤツは似合うような似合わないような、少し拗ねた顔をして
「おまえは何でも知ってんだなぁ」と、次の瞬間には笑顔。
なのに。

「そーでも無い…」
気恥ずかしくなって、さり気なく視線を逸らし目を閉じかけた俺に
「あぁ、そういやそーか。ふはははっ」
…おい。即答かよ。しかも笑うのかよ
安眠妨害、断固反対。

「…で?」
「へ?」
「何か…言いたかったんじゃ、ねぇの?
“ハリネズミの、ジレンマ”」
「あー…うん、いや…なんかで読んで、いい話だなーって思って、」
教えてやろうと思ったんだ。
「…イイ話?」
「うん」
ヤツは非常に素直に頷いたが、俺は眉を顰めた。

4128-819 ハリネズミのジレンマ/2:2006/11/08(水) 08:37:54
…いい話だったか?

ハリネズミ、もとい
ヤマアラシのジレンマ。

寒い夜、二匹のヤマアラシがいる。
くっついて暖め合えば凍えない。
けれど体を覆う硬い針のような毛が互いを傷つけるんで、体を寄せ合えない。
…っていうような話で。
求め合っても、一緒になれない、みたいな
悲しい、淋しい感じの話じゃなかったか?
いや、確か固い話だと哲学かなんか、自己の自立がナントカカントカで…

「違うんだよなー、それが」
「へ?」
アホみたいな声を出した俺の体を、グイと胸元に引き寄せたのは
目が覚めそうな、力強い腕。
「…たとえ、すぐにはうまく行かなくても、
二人なら見付けられるんだって」

…何を?
ヤツの優しい声と鼓動と体温を感じつつ、少しぼんやりした声になってしまったのがわかった。
…眠いせいだ。

「お互いを、じょうずに暖め合う方法を、だよ」
最初は傷付け合っても、傷付け合わないような方法を。
小さな傷が沢山出来ても、二人で探せば、必ず何か方法はあるんだよ。
それってスゲーことだろ?
イイ話だろ?なっ?
嬉しそうに。
幸せそうに、ヤツは笑う。
「………」
ハリネズミもヤマアラシも、ちゃんと見たことがないから
正直なところ、本当かどうかはわからない
やっぱり無理じゃないの?とも思う。
わかることは、こいつが底抜けに楽天家で明るいってことだけ。
だけど俺は、コイツのこういうところが。

「…わかったわかった…すごいすごい…だから、」
もう黙って目も口も閉じて
おとなしく抱き合って
幸せなハリネズミとヤマアラシの夢でも見ようや、と
俺はヤツの裸の背中に腕を回して、肌をぴたり合わせて、今度こそ目を閉じた。

こいつに逢うまでは
俺はハリネズミだった
こいつに逢わなかったら、
きっと凍え死んでいた。
…こいつに逢わなかったら

でも、こいつとなら
俺はハリネズミでもヤマアラシでも、
きっと、凍え死にしない。

4138-839ネズミ×ネコ:2006/11/11(土) 01:02:31
「おまえさぁ、いい歳こいてそのかぶりものやめてくれよ、
まったく恥ずかしいったらありゃしない」
久しぶりのデートで家族連れやカップルなどで賑わうこのテーマランドに来たはいいが、
すれ違う子供たちがあれ欲しーとばかりに振り向き指を指している。
だいたい俺はこういう人混みは苦手なのに、その上恥ずかしいこいつ連れじゃいたたまれない。
「なんでさ、デズニンランドと言えばこれでしょ!この耳がないと盛り上がらないじゃん」
「せめて土産にして家で被れよ。ほらまたガキが見てったじゃん」
「えっ?じゃあベッドで被ろうかなぁ。ネコに襲われるミッキ☆ってよくね?」
「……、…」

ベッドではいつも甘く激しく抱いてくれるのに、なんでこいつはその男らしさが昼もつづかないのか…。

「俺は逃げまどうミッキ☆。ネコの舌であそこもここもペロペロされて…。うは〜楽しくなってきた」
ロマンチックなホテルを予約してるのに
きっとロマンチックな夜は…。

惚れた弱味だ。
ミッキ☆を襲う腹空かせたネコに成りきってやろうじゃないか。
俺は舌なめずりしつつ夜を待つ。

4148-869 やさしいライオン:2006/11/14(火) 00:40:19
「……お前まで辞めるこたなかった」
「なに、潮時だったさ。あのオーナーの下じゃ、どのみち長くは働けなかった」
「俺はごめんもありがとうも言わないぞ。必要ないのに、勝手にかばったんだ、お前は」
舌打ちして、苛立ち紛れに壁をどんと叩く。
ベッドに腰掛けた男は、視線を軽く下げて、口元には微かに苦笑を浮かべている。
その穏やかな様子からは、さっきオーナーに激しく噛みついていた姿は想像できない。

まとめて首を切られた俺たちは、この店の寮となっているアパートの荷物を早々にまとめなければならなかった。
まあいい。これで、この狭い二人部屋ともお別れだ。奴との生活もここまでだ。
「……必要は、あったさ。お前が怒っていたものな」
焦燥にも似た苛立ちが募って、俺は突然泣き出しそうになった。
奴が味方してくれた時、一瞬嬉しさを感じた自分が嫌でしょうがなかった。

その哀しい穏やかな目で見られると、どうにも苦しいのだ。
俺なんか守らなくていい。たいしたものじゃないのだから、あのオーナーと同じようなモノなのだから。
その喉元にくらいつきたい。そうすれば、俺を喰い尽してくれるだろうか。
食い荒らして、骨なんて、その辺に捨ててくれて構わないのだ。

4158-879で、どうする?1/2:2006/11/15(水) 03:14:12
人生はまるで塵(ごみ)溜めだ。塵溜めに捨てられ、塵溜めに育ち、
塵溜めで反吐を吐きながらゴミのように暮らす。
自分を引き取った男は大したタマで、年端もいかぬ子供にマスクを
被らせ、見事リングの上でのかませ犬に仕立て上げた。刺青のごとく
痣は散り、血尿に悩まされ、日本に地下プロレスを持ち込んだ奴を
呪わぬ日はなかったが、今じゃ立派な覆面レスラー、身長百八十越えの
謎のマスクマンである。
泣いて膨れる腹はない。塵溜めで過した餓鬼なら皆知っている事だ、
闘わねば食っていけないのは分かっている。だが稼いだ賞金は全て
養父の懐へ納まるのだ、ならば自分は何のために闘うのだろう。
何のために人を傷付け、また自身も傷付かねばならないのだろう。

「と、いう訳なんですが」
「そこまで詳しく聞いてねえ。何で途中から身の上相談になってんだ」
俺が語っている間中、男は頬づえついて、渋面を崩さなかった。色白
の、思わずはっとするほど顔の整った男だ。
「そもそも、お前誰だよ」
「通りすがりの覆面レスラーです」
「バッキャロー、銀行強盗でもねえのに昼間日中を覆面でほっつき歩く
奴があるかよ」
紛らわしいトコ歩いてるから、仲間と間違えちまったじゃねえかと、
男はぶつくさ文句を言った。マスクで歩くと周りの人がビックリして
くれるので気に入っているのだが、先ほど裏路地を散歩している最中に
いきなりここへひっぱりこまれたのだ。訳も分からず付き合っていた
が、途中で男の本来の仲間から「盲腸で緊急入院」の報せが入らなけれ
ば、まだ勘違いされたままだったろう。
「とにかく」と男は冷たそうな拳銃を俺に突きつけた。
「お約束だが、『計画を知られたからにゃ、ただじゃおかねえ』。
で、どうする?」
玩具会社のロゴマークが悲しく拳銃に光っていた。

4168-879で、どうする?2/2:2006/11/15(水) 03:15:24
「目的は金じゃないんだ」と、男は言った。
「あの銀行には個人的な恨みがあンだよ。とりあえず侵入したら、
コイツを店の壁一杯に貼り付ける。そこらに同じ写真のビラも撒く」
でかでかと広げられた特殊紙製のポスターには肩を寄せ合い、いざ
ホテルへ赴かんとする男女が印刷されている。女の顔にはご丁寧に
モザイク入りだ。
「男の方は、元いた銀行の上司だ。信用商売、スキャンダルは御法度
だからな。ちなみに不倫だ。どうせ暴露するなら、最高の舞台を演出
してやろうと思ってね」最高のえげつなさだ。
「あんた、一体何をされたんです」質すと、男はひょいと首を竦め、
「そいつにゲイをバラされた」
オレもクビになったクチだよ、と寂しそうに笑った。塵溜めに生きる者
の鈍い光が、この男の目にも宿っていた。
「いいか。銀行強盗と覆面レスラーを間違えるくらいだ、元々根本的に
適性に問題があンだよ。最初から逃げ切れるとは思っちゃいない。
一応逃走経路には農道空港を利用できるよう手配はしたが」
そこまで辿りつけやしないだろうな、と息を吐く。これは復讐なのだ。
それでもついて来る気かと尋ねる男の手を、ぎゅっと握った。
これは裏街道マスクマンの最低で最高、最後の舞台。
と、思ったのだが。
ピーマンや胡瓜、トマトの箱がうず高く積まれ、カタカタ揺れている。
外では轟々たるエンジンの音。今や地上は千メートルの彼方に霞む。
どうしたことか俺達は大量の現金袋に埋もれて呼吸難になりながら、
「で、どうする?」
輸送機の底で途方に暮れつつ、二人で顔を見合わせていた。

「誰です、金目当てじゃないなんて言ったのは」
「うるせえ。店員のオッサンが早とちりしたのが悪い」
本来の目的は達した訳だし、と覆面を脱ぎ捨て、髪を風に晒した男は
上機嫌だ。適当に拝借したトラクターでガタゴト走る北の大地は、
あまりに雄大だった。
「まさか成功するとはなあ」
エゾタヌキもびっくりであろう。トラクターのあった場所には持ち主に
簡単な謝辞と、風呂敷に数百万ほどを包んで置いておいたが、出来れば
盗銭だと発覚するより先に速やかなる買い換えを望む。
「で、どうするんです、このお金」
「どうするったって」
男は一万円札の肖像部分をぐにぐにと三つ折りにし、偉人の目をにたり
と笑わせて遊んでいたが、
「オレはもっといいものを手に入れたよ」
俺からマスクを剥ぎ取ると、音を立てて、素早く頬にキスをした。
「うわ、ちょっと暴れないで、ハンドル狂っちゃいますよ」
風が吹き、大きく穴を開けてやった袋から幾枚もの紙幣が舞い躍る。
蛇行する轍の跡を尾を引くように流れ、やがて雁の群れのように、
大金がゆっくりと空に消えていく。縁があったらまた会いたいものだ。
「まあ、金を空にぶち撒けるのは銀行強盗のお約束だしな」
でも悪くない光景だろ、と去り行く紙吹雪を見送りながら、男は
ぐしゃぐしゃに俺の髪をかき乱した。
そうとも、悪くはない。男の細い指にじゃれつかれながら、
人生も悪くはないと、俺は思った。

4178-909 一番星:2006/11/16(木) 18:11:47
それが言い訳ではないなどと訴えたところで、一体誰が
信じるというのだろう?
彼も、自分自身ですらも。

今もなお、根限りと力の込められた指の強さを忘れられない。
「分かっています、あなたにとって今が一番大事な時期だと
いうことは。俺なんかに構っちゃいられないって事も。
けど、どうか忘れないで。あなたが大事。
あなたが大好きです。
いつだって、どんなあなたでも見つめていたいんだ」
それが、最後に会った彼の言葉。

「あ、いちばんぼしーい」
小さな指が紺色の天を差す。
ああ、そうだなと適当に相槌を打ちながら、買い物袋を
提げた方とは反対の手で、幼稚園鞄をカタカタいわせて今にも
駆け出しそうな手をしっかりと握る。それをブンブンと振りながら、
「いちばんぼしは、お父さんのほしー」
「おいおい、何だそりゃ。一番でっかいからか」
「ちがうの。ぼくらのこと、いつもいちばん見守っててくれるのが
お父さんだから、いちばんぼしはお父さんのほし。
ヒロくんと二人で、そう決めたの」
幼子はなおも星を指す。あなたの負担になりたくは
ないのだという、彼の微笑が不意に蘇る。あなたにとっての
一番が俺ではないという事くらい分かっていると、それでも、
だからあなたが好きなのだと迷いもなく言い切った男の笑みを。
「君は信じたのか、子供を盾にしたあの薄っぺらな言葉を」
その場凌ぎの苦しい言い訳にしか過ぎないと誰にも分かった
はずなのに、男は微笑んで身を引いた。
「ヒロくん、またあそんでくれるよね。やくそくしたもんねー」
ゆびきりしたもんねとはしゃぐ無邪気なその指は、強力なしるべの
ように、ただひとつの星を指し示していた。

4188-919 小さな死:2006/11/17(金) 02:10:17
 大きな体を震わせて、君が泣いている。
 太陽のように明るくて、何時だって元気な君。そんな君がこんなに泣くだなんて思っていなくて、俺は慰めることも出来ずに立ちすくんでいた。
 足元には小さな墓石。良く見なければ庭に落ちている単なる小石と思ってしまいそうなそれに、君の歪な字が並んでいる。
 君の目から溢れる涙が墓石と土を濡らして、まるで雨の跡のように大地が色付いた。
「笑うなら、笑えよ……」
 何も言えず立ちすくんでいた俺を、見る事無く君が言う。自嘲気味な色を含んだ沈んだ声は、押さえきれぬ涙を笑って欲しいといっているようだった。
 俺はゆるりと首を振って、静かに君の頭へと手を伸ばした。母親が子供を慰めるように、ゆっくりと撫でてやる。
 ごわりとした短い毛が掌にあたって、ほんのりくすぐったい。
「笑うもんか。大切だったんだろ」
「……格好悪いだろ、小鳥一匹死んで泣くなんて」
「死は死だ。悲しんで何が悪い」
 身近な死に泣けない奴の方が問題だ、と言ってやれば君はまた嗚咽を大きく響かせる。
 図体が大きくて、顔もどちらかと言えば厳つくて、涙なんて流しそうにも無い君。けれど俺は、君が心の優しい人だって良く知っている。
 ――君がどれだけあの子を好きだったかも、俺は良く知って居るのだから、笑う理由なんて何処にも無いのだ。
「胸、貸してやる。誰にも言わないから安心しろよ」
 ぐいと顔を引き寄せて、無理やりに俺の胸へと押し付ける。君は大きな体をくの字に曲げて、シャツにしがみ付きながら声を枯らしながら泣いた。
 鼓膜を擽る君の嗚咽が愛しい。口元に浮かびかけた微笑をぐっと飲み込んで、俺は優しく背を撫でた。
「……本当に、誰にも……言うなよ。約束、だぞ」
 泣きながら君が懸命に言葉を紡ぐ。安心させるように二度ほど頷いて、約束だと笑ってやる。
 
 ――誰が言うものか。君の優しい、可愛らしい部分は、俺だけが知っていればいい。

4198-859三人麻雀:2006/11/17(金) 02:37:34
同居している弟が風邪をひいた。
奴も子供ではないので、ひどくなるようなら病院に行くよう言い聞かせて朝は家を出た。
しかしまあ相当苦しそうだったから残業も繰越して看病のために定時で帰ってやれば、
弟は部屋の真ん中で、見知らぬ男二人と雀卓を囲んでいた。
「あ、お兄さん帰ってきた?あーどうもどうも、お疲れ様です」
「おじゃましています…。」
客人はよく見ると同じアパートの住人、東の角部屋大西さんと、一階のホスト君だった。
「兄ちゃんおかえり、はやかったんだ」
「…智、お前」
どういうつもりか問いつめようと肩を掴むと、思いがけず弟の体は朝よりずっと熱い。
「な…、お前、薬ちゃんと飲んだのか!?…病院は?」
智は何か言おうとして、顔を伏せて咳き込んでしまった。すると大西さんが、
「薬は昼過ぎに飲みました。病院には行けていないんですが」
「え、あ、はぁ、そうですか…」
心配そうな顔つきで弟の背中を擦りながら、しかし簡潔に俺に説明してくれた。
いや……何故あんたが答える?
「智君、はい…リンゴジュース。」
かと思えば限りなく金髪に近い茶髪のホスト君が、いつのまにか咳き込む弟の傍らに
ひざまづいて飲み物を差し出している。
え?何この状況。
「って、とにかく寝てなきゃダメだろ!?何麻雀なんかやってんだお前は!」
「……だって」
だるそうに呟いて弟は卓の上に両手をそろえるとその上に額を乗せ、
それから少しだけ顔をこちらに向けて言った。
「朝からずっと一人で寝てるの、寂しかったんだもん…」


「…!?い、今『きゅん』って音がしたよな、二カ所から!ラップ音か…!?」
「何言ってんの兄ちゃん」
「…ははは…お兄さん面白いなー」
「ゴホン…。」
いや、あんた達、何頬染めて顔そむけてる…。
「まあお兄さんも帰ってらした事だし、智君ももう眠ったほうがいいよな?
 俺達はそろそろおいとまさせてもらいますわ」
「あ…どうもなんか、弟がすっかりお世話になっちゃって」
ていうかあんた仕事は…大西さん。
「智君、何かあったら電話して。いつでもいいから…。」
…こいつ男だよ?貧乏学生だよ?ホスト君。
「うん、二人とも…今日は一緒にいてくれてありがとう。今度は四人で麻雀やろうね」
智の笑顔に見送られ、二人は名残惜しそうに各々の部屋に戻っていった。
その後弟を布団に寝かしつけて、俺は雀卓を片付けにかかった。
と、そこでふと恐ろしいものに目が留まった……やけに片寄りのある点棒。
「……なあ、何荘打ったんだ?」
「んー…さあ。昼くらいからずっとやってたし…」
布団の中から眠そうに答える弟の声に、俺は奴の悪行を確信した。
「レートは?」
「…………ぐーぐーぐー。」
「おいっっ!!」
「ぐーぐー……あ、そうだ兄ちゃん、明日は松坂牛ですき焼きにしようね、ぐー。」
「いったいあの二人からいくら巻き上げたんだぁぁぁぁ!!」

420 8-879 で、どうする?:2006/11/19(日) 21:07:22
「ま、待て。ちょっと待て!」
俺は近づいてくる唇を手で塞いだ。手の下でくぐもった声がなにかしらのことを呟く。
濡れ場に突入する寸前の所で止められ、いつもニコニコと気のいい親友は明らかに機嫌を損ねた顔をしている。
酒癖悪いなあ、コイツ。
口を塞ぐ俺の両手を無理矢理引き剥がし、フローリングに押しつけて頭の上で固定した。
じたばたあがくが、上から遠慮なく体重がかけられた手首の拘束を解けるはずもない。
標本にされる虫の気持ちがわかる気がすると言うのは言い過ぎかな。
「手が痛え」
「うるせえ。黙って押し倒されてろ」
いつもとは人が変わったような荒々しい手つきで制服のボタンを外す親友を刺激しないよう、やんわりと話しかける。
「なぁ、お前なんか溜まってんの?いや性欲以外で。相談乗ってやってもいいぞ」
ぐだぐだと言う俺の口を唇が塞いだ。
「ん…」
口内でビールと日本酒の香りが混ざり合う。飲みすぎたかもしれない。
大学の合格祝いぐらいは未成年飲酒も見逃されてしかるべきだ。
と言うつもりはないが、飲まずにはいられなかった。卒業後、俺は北の大地へ飛び立つ。
コイツの第一志望は俺の大学に程近い国立大だが、コイツの頭では到底ムリだと言われている。三年間の腐れ縁ともお別れってことだな。
口の中を動き回る舌に自分の舌を絡み付かせた。舌の裏を舐めあげ、前歯の裏に舌を這わせる。
三年間ずっと好きだった。
俺はれろれろと舌を絡ませるのに夢中になる。
「ッ…はぁ」
唇が離れた。
ディープなキスに体の力と思考を奪われ、ぼんやりとしていると、シャツの合わせ目から手が侵入してきて乳首を軽く摘んだ。
「んッ!」
思わず漏れた甘い声に、奴がニヤニヤしながら真っ赤に染まった俺の顔を覗き込んだ。
「お前、乳首が好きなんだな」
おっしゃる通り。誰に教え込まれた訳でもないが、俺は男なのに乳首を弄られるのに弱いんだ。
見て見ないふりしてくれればいいものを、ねちこくねちこく舐めたり噛んだりつねったり…。
俺が乳首責めが好きな変態なら、そんな俺が泣いて許しを乞うまで男の胸を弄り倒したコイツだって立派な変態だ。
「で、どうする?」
「……もっと触れよ…」
つまりは割れ鍋に閉じ蓋ってヤツだ。
「愛してるよ」
俺も勢いでクサイセリフ言っちゃうお前を愛してるよ。
で、これ酔いが覚めた後はどうする?
で、コイツがまかり間違って第一志望に合格しちゃったらどうする?
……どうしよっかね…。
国公立入試まであと○ヵ月。

4218-949 ジャイアニズム:2006/11/19(日) 22:04:00
「お前のものは俺のもの」
とか言って上に乗っかって咥え込んでくれるのは大変うれしいんですがね?
俺もお前のを触ったりとか、イタズラしたいわけですよ。

なのになんで
「俺のものは俺のもの」
って怒るわけですか?とろけそうな可愛い顔してるくせに。

自分で弄ってないで俺にも触らせろ。

抗議の言葉に返ってきたのは、キッツイ締め付け。
「だ〜め。今日は俺が王サマなの」なんて、すっげ色っぽい目をして言うな。

俺様の超我がままジャイアンに、うまうまと翻弄させてる自分が情けない。

4228-949 ジャイアニズム:2006/11/20(月) 00:11:29
分からないのか?
分からなかったよ。
気付かなかったのか?
気付かなかったとも。
君が名残惜しそうに語りかける。その声は弱弱しく、全てを悟り、諦め
きったように奥底に響くので、小心者は居た堪れなくなり、傲慢だった
君の昔の面影を、ついどこかに探してしまう。
そもそも君は、僕から分捕った本をまだ返してくれてはいないんだ。
あの時のゲームソフトはどこへやった。壊したプラモは壊れたままか。
君の前で、僕はてんで意気地の無い子供だった。粗暴で凶暴、恐怖
政治の暴君に、逆らえる奴などいなかった。君の素顔に、君の心に
近付ける者はいなかったのだ。少年時代は取り返せない。それは
きっと、かけがえのない時間だったに違いない。

僕の体をどうどうと、潮騒のように血液が巡る。繰り返されるその流れ
を支配するのは、中央付近に宿るこぶしほどの塊だ。どくりどくりと
収縮は絶えず、網の目よりもなお細かい、無数の血管を通じて無限に
エネルギーを送り出す。心臓は叫ぶ。血となれ、肉となれ、生命を
絶やすなと訴える。
その胸に手の平を押し当てて、かすかに残る君の声を聞く。日々新しく
生まれ変わる血液の中の、残滓のような君の声。永久に伝えられる
ことのなかったはずの秘められた君の思いが、僕の糧となり、体中を
駆け抜けていく。移植された心臓に提供者の記憶が宿るなどと信じる
者は笑われるだろう。それでも確かに、これは君の鼓動だ。僕の体に
取り込まれた瞬間に蘇った、君の最後の言葉。

君は結局僕の物は何でも自分の物にしてしまって、戻してはくれな
かった。僕の全てを奪い去ってしまおうという性分は、今でも変わりが
ないようだ。僕の中心は君によって支配された。君の音がそこで鳴り
響いている限り、僕は君のものだ。

4238-969 震える肩:2006/11/22(水) 02:34:29
沈黙は時として何よりも雄弁である。アルバイト先の上司、桂木は
正に沈黙を武器として備えた男だった。声を荒げて叱責するという
事が無い。
急須をはたき落として冷めた湯を被った時も、観葉樹の鉢に足の小指を
ぶつけてそこらじゅうを飛び跳ねた時も、間抜けなバイトの様子を冷や
やかに眺めて桂木は沈黙し、ただ肩を震わせては眉間に皺を寄せ、静か
な怒りに耐えているようだった。怒られる自覚のある者としては、それ
が怒号よりも堪える。最近では視線すら合わせてくれなくなった。
「そりゃ、軽蔑されてもおかしくないですよね」
昼の休憩時にまで近くの公園で泣きを入れる不甲斐なさである。
大学OBにして桂木とは同期に当たる三谷はモンシロチョウチョを眺める
のに夢中で話を聞いているのかどうかも分からなかったが、不意に立ち
上がり出店の方へノコノコ向かうと、たこ焼きパックを買って帰ってき
た。真っ先に自分が頬張り、残りを「急いで食え」と押し付けると、
携帯電話で「俺だ、今出られるか。なら近くの公園まで来い。
出店のある所だ」と素早く喋って一方的に切り上げた。
五分と立たぬ間に現れたのは桂木である。
自分の配下と三谷が親しげに歓談している風を見てやや不審がったよう
だったが、その不機嫌そうな桂木の方へ、
「上司に、昼のご機嫌を伺ってごらん」と三谷に頭を押しやられ、
さらには「笑え。にっこりとだ」とドスの効いた小声で命令されれば
逆らう術は無い。
「ど、どうも」もっと気の利いた受け答えは出来ないのかと暗澹とした
が、目の前の桂木の様子を見て顔色を変えた。上司はまたもや肩を
震わせ、怒りを抑えているではないか。
「三谷さん、ヒドイ」唆した張本人の方へと振り向いたが、その三谷は
桂木の伏せられた顔を覗き込み、やはりニタリ、と笑った。白い歯には
見事に先ほどのたこ焼きの青海苔がくっついていた。
ふと音を感じた。自転車の空気入れから漏れ出づるような、そんな
間抜けな音。唐突に桂木が膝から崩れ落ちた。ガクリとズボンに土を
つけ、口から息を洩らしながら這うようにしてベンチにしがみつく。
こちら側からは表情は見えない。震える肩、痙攣する背を呆気に取られ
て見守っていると、「怯えることは無い。笑っているだけだから」
ティッシュで歯を拭いながら三谷が説明を加えた。
「こいつは昔から笑い上戸でな、しかも絶対声を立てずに呼吸
困難になるような苦しい笑い方をする。
普段、肩を震わせているのは君が喜劇役者顔負けの才能で彼を
可笑しがらせるからだ。今こうしているのは、俺たちの歯に青海苔が
くっついているのが堪えきれないからであって」
最近君と目も合わせないというのは、君の右の鼻毛が出ているからだ。
そう言って三谷は片鼻を押さえ、フン、と息を吐いた。
どうして教えてくれなかったんですかと抗議すると、済まんと全く
悪びれない様子で謝った。教えない方が面白かっただろとでも言うに
違いない。この数日の自分の事を考えると、顔から火が出る
思いだった。早々に手入れをしなければならない。
もう行きますと挨拶してその場を立ち去った。桂木はまだ発作が
収まっていないようだった。一度だけ振り返ると、三谷が桂木の
耳元で「ふとんがふっとんだー」と囁いているのが見えた。息の通じ
合ったその仲の良さを少しだけ羨ましく思った、ある麗らかな
何でもない午後のこと。

4248-989(:2006/11/24(金) 02:30:39
学校長式辞も卒業証書授与も、送辞も答辞も校歌斉唱もとどこおりなく済んで、おれは式の間中眠っかたし、端のほうの席からは、退場する卒業生の中に先輩の姿を見つけることもできなかった。
まあそんなもんだろうな、と思う。
教室に戻れば、さっきまでの静粛な空気が嘘のように、もう普段どおりのにぎやかな教室だった。
3年の教室に花を届けに行く者もいれば、部活か何かで集まって3年に挨拶するとかで、みんな浮き足立っている。
居た堪れなくなって、おれは教室を抜け出した。
廊下にも校庭にも、胸に花を飾った3年や、彼らを取り囲む下級生があふれていた。
誰もいない図書室に、逃げるように入り込む。
窓からの光はあたたかく眩しく、遠くに聞こえる歓声や笑い声がやわらかく体を包んだ。
かなしい。さびしい。
本当はその感情に押しつぶされそうになっているのに、一人になっても泣けなかった。
それはどこかでほっとしているからだ。
これで終わりにできる。
やっと諦めることができる。
あの人を、解放することができる。
おれのわがままに巻き込んでしまった、あの人とはもう二度と会わない。
泣きたいのに泣けなくて、胸の中で何度もごめんなさいとつぶやいた。

4258-989(2/2):2006/11/24(金) 02:33:22
「あ、やっと見つけたし。」
ドアの開く音と、場違いなほど陽気で穏やかな声に、思わず振り返ると、さっきから何度も思い描いた優しい笑顔がそこにあった。
「探したぞばか。メールしても電話しても出ねぇし。」
「…部活のお別れ会に行くとか、言ってたじゃん。おれ関係ないし。」
足元を見ながら悪態をついたけれど、罪悪感とか嬉しさとかが綯い交ぜになって、声も体も震えていた。
胸に花を飾った先輩がじっとおれを見ている。
もう二度と会わないなんて思いながら、探しに来てくれるのを期待していた。
だからせめて、最後くらいはちゃんとお別れを言おう。
それなのに、声を出したら今更のように滲んだ涙がこぼれてしまいそうで、何も言えなかった。
「ほんとばかだね、お前。」
先輩のあたたかい手がおれの頭を撫でる。
「思う存分切り捨ててください、みたいな顔で告ってきたお前のこと構ってたのは、最初は確かに単なるヒマつぶしだったけど。」
その言葉に驚いて無意識に瞬きをして、しまった、と思ったときには涙が一粒右の頬を転がっていた。
「俺だってちゃんと、お前のこと見てて、それで好きになったってなんで信用しないかな。」
先輩の指先が、かすかに濡れた頬をたどる。
顔をまっすぐ見られなかったけれど、きっと先輩は困ったように微笑んでいる。
「俺はさよならとか言わない。もう単なるヒマつぶしじゃないんだ。」
とうとう溢れ出した涙を、指先を濡らして受け止めながら、先輩がおれの額に唇を寄せた。
「遊びに来いよ。大学の近く、すげえいいところでさ。でかい街だけど自然も結構残ってるし、景色がきれいなんだ。何より知ってるヤツ誰もいねぇし。そしたら誰にも気兼ねしないで会えるだろ?」
先輩の声が直に体に聞こえる。
頷くことも首を振ることもできなかったけれど、結局いつも、逃げられない、逃げる気もないのはおれのほうだ。
あやすように抱きしめる先輩の腕の中で、おれは先輩に聞こえないようにごめんなさい、と呟いた。






…いつも書き終わると0さんがいるトロい漏れ…orz
本スレ990姐さんGJ!

426990-991姉さんの続き妄想:2006/11/25(土) 05:23:39

俺の大好きだった、君へ。
俺たちが出逢ったことは、間違いじゃ無かったよな。
ありがとうって君に胸張って言えるように、俺は生きていくよ。


「もう、苦しいんだよ、おまえといるの。」

そう言って、俺の一番愛しい人は離れていった。
一緒に過ごした季節が走馬灯みたいに蘇る。
全てが鮮やかで、大好きだった。

でも、思い出にする気はない。

どのくらいの時間がかかるか分からないけれど。
俺は君の幸せを祈りながら、生きていこう。

君は真っ直ぐで優しい人だからすぐに素敵な人が現れる。
そのときは、もっともっと幸せになってください。
でももしも、その人より俺のほうが良かったら、覚悟してください。
俺はどんなことをしてでも、君を俺のものにして、今度こそ離しません。

4278-999ありがとうを伝えるために(0以外の萌え):2006/11/28(火) 18:07:33
「どうして帰ってきたんだよ」と中島様は声を震わせました。はて
どうして、どうしてこんなに早くばれてしまったのか、私にも分かり
ません。今の私は中島様より背も高く、波打つ髪の持ち主の、
一般的な青年であるはずです。かつての名残は跡形も無く消え
去ってしまっているのに、再会した瞬間に、中島様は私の正体を
見破ってしまわれました。

出自を述べさせていただきますと、私、元々は東京都は伊豆諸島に
連なる小さな無人島、鳥島(とりしま)を出身地といたします、
しがない海鳥にございます。
出会いを運命と申しますなら、それは今を去る事二ヶ月前、日差しの
眩いある五月晴れの日のことでありました。長々と翼を広げ、若鳥
特有の黒い背毛を陽光に照り返しながら、自由に空の散歩を楽しん
でおりましたところ、助っ人外人の打ち放った8号場外ホームランが
額に直撃し、私は脳天もくらくらと、駐車してあった中島様の自動車
めがけてきりきり舞しながら落下したのでございます。
ピンクのくちばしに愛車の天井をぶち破られたにも関らず、また少々
乱暴な言葉遣いをなさる方でありながら、中島様はたいそう親切な
御仁でありました。元来環境の調査と保全、また私のように迷い込んだ
者の保護をお仕事となさっておいでだったようで、そのような方に拾わ
れましたこと、誠に僥倖でございました。

私専用の餌入れを用意してくださいましたのも中島様です。海の水で
染めたような青いバケツ、可愛らしゅうございました。私専用のゲージ
も用意してくださいました。歩き回れるほど広い、贅沢なものでありま
した。中島様専用の寝袋も用意してくださいました。一時でも中島様の
お姿が見えなくなると私が鳴き騒ぐので、寝食を共にできるよう苦肉の
策としてご用意してくださったのですが、少々甘えすぎたかと反省して
おります。数多の夜を共に過していただきました。鳥の体温は人様
よりも8度ほど高うございます。初夏の夜明けは冷え込むもので、
お抱えになった私の体は、中島様に安らかなる眠りをもたらすに
十分であったでしょうか。たまに風切り羽で脇の下や鼻の穴を
くすぐったこと、まだお怒りですか。

六月も半ばを過ぎた、やはりよく晴れた日の事、それが生涯初めて
のドライブでございました。天井の穴をガムテープで塞いだ車の
助手席に私を乗せ、中島様はどこでお知りになったのか、火サスに
でも出てくるような、波濤(はとう)も砕く崖の上へとお連れください
ました。野生に戻れぬままテレビを見ながら煎餅をかじる、そんな
私の身を案じてくださったのでしょう。
荒い風を真っ向から浴び、私は細長い翼を迷うことなく広げ、海へ帰る
ために走り出しました。我々は羽ばたくのが苦手な鳥であるため、飛び
立つには助走を必要とします。崖から伸びる長い長い道がついに
途切れ、眼前に飛び込む深い青、一瞬の落下、そしてゆっくりと浮き
上がっていく体に、懐かしい風の力を感じ、幾度も幾度も旋回を
繰り返し、ひとつ円を描くごとに、さらに高く上昇していきました。
気が付くと中島様のお姿は既に点のようになっておりました。私の目の
捉えましたるところ、中島様は随分と長いこと、腕を振っていてくださ
いました。おそらく私の姿を洋上に確認なさる限り、その場を立ち去ら
れることはなかったでしょう。そういうお方でした。私は翼を傾け、鳥
島へと向かう勢いを強めました。それが我らの別れであったはずです。

けれど今、私は姿を変え、人の子として中島様の前に立っています。
「中島様に受けた御恩をお返ししたく、戻って参りました」
「テレビと煎餅の味が忘れられないだけじゃねえのか」
違いますとも!と私は大仰に叫び、中島様に飛びつきました。同じ
二本の腕、同じ体温、同じ言葉。ああ、またひとつ、私はあなたに感謝
の気持ちをお伝えしなければならない。助けてくれてありがとう。海へ
返してくれてありがとう。出会いを、人間の温かさを教えてくれて、
ありがとう。伝えるために、再び私は帰ってきたのだから。
この、アホウドリめ!そう、罵倒にならない罵倒をなさりながらも苦笑
なさる中島様の脇を、私は思わずくすぐり、特大の雷を落とされてしま
いました。

4289-59×綺麗なニューハーフ ○ごっついオネエ:2006/11/29(水) 22:24:11
高校時代の同級生に久米川という男がいて、俺はそいつとバンドを組んでいた。
ヴォーカルだったのだが、頭の出来と反比例に顔が良かったから女にモテて、
根拠もなく自信家で自己中、金持ちの坊な上考えるより先に手が出る単細胞。
空気が読めない(読む気もない)から友達らしい友達もいないくせに
本人はそんなことは全く気にしない。結局奴がずっとそんな調子だったために
徐々にメンバーの足並みも揃わなくなり、バンドは卒業前に自然消滅した。

正直俺は久米川のことを友達だと思ってなかったのだが、向こうは違ったらしく
卒業してからも突然連絡があったり毎年手書きの年賀状が来たりしていた。
その久米川から昨日、結婚式の招待状が届いた。

『おお、元気かよ!小平オマエ、どうよ最近!?』
「…どうよじゃねぇよ。招待状見たよ、おめでとう。けどこれ、お前な…
 日時しか書いてないんだけど。つーかお前の手書きだし。」
『あれ、まじで?ワリぃまた地図送るわ。まぁ知り合いの店なんだけどさ』
意外だった。てっきり金にあかせたド派手婚を想像していたので。
社会に出て数年、この歩く迷惑にも、少しは変化があったという事だろうか。
「そういえば奥さんの名前なんて読むんだ?“深夏”って」
『あはははっ、読っみにくいよなぁ!?…ミナツって言うんだけどさ!』
電話越しに照れているのが伝わってくる。…変われば変わるものだなぁ。
「かわいい名前だな」
『ははは、名前だけはなっ!つーか本名じゃねぇし、本名は裕司っつって』
「……?…は?」
『女なんだけどさ、心は。ただ戸籍は男ってやつ?いるだろ、ときどき。』
「ああ、え、うん、あー…うん?」
『まあ籍は入れられねぇからほんとに形だけだし、俺も家とは縁切ったから
 オマエらと今やってるバンドの奴らしか呼んでないし。気軽に来てよ?』
「ああ、…おう」

結婚式当日、久米川の隣で真っ白なウェディングドレスに身を包んでいたのは
俺達のなけなしの想像力を振り絞って思い描いたいわゆる「綺麗なニューハーフ」
…とは清々しいまでにかけ離れた、新郎よりひと回りほど体躯の頼もしい
いかにも頑健な…個性派美人だった。
しかし二人の照れくさそうな、嬉しそうな笑顔を見ていたら、
心から幸せになって欲しいという気持ちだけが、ただただ湧いて来た。

4299-109 けんだま:2006/12/03(日) 01:48:41
「あーだめだって、そこだけは。絶対だめ!!」

そもそも、ちょっとした好奇心だった。
あいつが絶対にそこだけは開けさせないから。
キツめのエロ本かAVでも入ってるのかと思ってた。
見つけてちょっとからかってやるつもりで、
あいつが目を離した隙にその引出しを開けた。


でも、中に入ってたのは古ぼけたけんだま。
それから、おもちゃのピストルとビッ●リマンシール。

「これって、もしかして…」
「……だから、おまえにだけは見られたくなかったんだよっっ!!」

そう、それはまだほんのガキだった俺があいつにあげたものばかりで。
こんなに大事にしてくれてるなんて、知らなかった。

「女々しいだろ、もらったものずっと大事にしまってるなんてさ。」

真っ赤になりながらそう言うおまえのことを俺は思わず抱きしめた。

「実は俺も、おまえがくれたサッカーボールもうボロボロだけど捨てずに置いてる。」

4309-89 てぶくろ:2006/12/03(日) 02:25:17
眼鏡はすぐ曇るし雨混じりの雪は降るし、だから冬は嫌いだ。
校舎の入り口で眼鏡を拭いていると後ろから背中を叩かれた。
「純、今日一緒帰ろうぜ!」
振り返ると勇太が立っている。
傘が目当てだなと思いながら僕は勇太との間に傘を差して歩き出した。

天気や授業の話をしながら帰り道を歩く。
言わないようにしているけれど、一緒にいると心が温かくなる気がして、やっぱり僕は勇太が好きだなと再認識する。

雨混じりの雪はすっかり雪なった。
冷たい手をさすって暖めていると、勇太が手袋を片方押し付けてきた。
「片方貸してやる。」
「いいよ、借りたら君が寒いだろう。」
手袋を返そうとするが勇太は受け取らない。
仕方なく手袋を右手にはめると、左手を掴まれて勇太のコートのポケットへ押し込まれた。
人のコートの中で手を握られて歩くのはなかなか歩きにくいな、と考えながら僕は勇太の手を握った。
「純の手はいつも冷たいな。」
「冷え性だからかな?君の手はいつも暖かいね。」
視線を合わすと、勇太は何か言いかけてから口を閉じてうつむき、僕の手を振り払った。
「……俺が子供だって言いたいのかよ、半年と十日しか誕生日違わないくせに!」
表情は見えないけれど赤くなった耳から察するに怒っているのだろう。
「そういう意味で言ったわけじゃないよ、ごめんね。」
そう言ったけれど、勇太は何も言わずに走って帰ってしまった。

最近の勇太は僕といると怒りっぽいし目を合わそうとしない。
もしかしたら僕は勇太に嫌われたのかもしれない。
右手の手袋をじっと見て、手を振り払った勇太を思い出した。
これ以上嫌われるよりは少し距離を置いた方がいいのかもしれない。
そう考えながら僕は家へ歩き始めた。



ある日の「俺」の日記

今日は純と一緒に下校した。
寒そうにしてるから純に俺のてぶくろを片方貸してやった。
純の手が冷たいって言ったら「君の手はいつも暖かいね。」って言われた。
「純と手をつないでたらあったかくなるんだ。」って言おうとしたけど、なんか恥ずかしい気がして言うのをやめた。
言うのをやめたらなんだかイライラしてきて純に八つ当たりをしてしまった。
明日、純に片方貸したままのてぶくろを返してもらうときに今日のことを謝ろう。

4319-119 dat落ち:2006/12/04(月) 00:26:31
神が先にみえたようなのでこちらに
──────────────────

「それじゃ!名無しにもどるよ」

そう書き込んだ君は、それを最後に本当に現れなくなった。
見慣れたトリップはもう使われないんだろう。


『ボロ原付で日本を一周するスレ』
そんなスレがたったのは、一ヶ月くらい前だったか。
「スペック 男 18歳 童貞 原付歴1年半 相棒もうpしとく」
お決まりの文句とともに書き込まれていたURLをクリックすると、
そこにはホントにボロとしか言いようがないカブが
どこか頼りない後姿の君とともに写真でうpされていた。
君は左手を細い腰に当てて、右手は人差し指を伸ばしたポーズで立っている。
その指先をたどると『名古屋駅』の文字が見えた。

細い体の君と、ボロボロのカブ。

「無理だってwwwwwもう止めとけwwww」
そう煽られる事もあった。
でも君は気にする様子も無く、旅を続けた。
そしてその様子をスレッドに書き込み、
時には美しい写真を、時にはちょっとバカな写真を、
うpしていった。

俺は毎日そのスレに通った。
君の書き込みがとても面白かったし、
何より、自分も旅に出ているような気分になれたから。
ともに笑い、ともに悩み、ともに迷い…
そう、まるで君と一緒に…

永遠に続くように思った旅路は、長くは続かなかった。
「この調子で行けば、明日には名古屋につくかもしれん」
その書き込みに、俺は胸を締め付けられた。
君との旅も、もう終わる。
「支えてくれたスレ住人達よ!アリガ㌧!
 駄目かと思った時もあったけど、
 もまえらが励ましてくれたり、助けてくれたからココまで来れた。
 皆!でら愛しとるよ!」
君の書き込みを読んだ瞬間、ブラウザが滲んで見えなくなった。
マウスを握る手が震えた。

俺…君と旅をしてる間に君を…

そんなキモイ事、書き込めるはず無かった。
立ち止まった俺に、君は気付くはずもない。
君は最後に名古屋駅の前でカブに跨り、
大きくガッツポーズした写真をうpすると、
旅の余韻に浸る間もなくスレから消えてしまった。

残された俺は、dat落ちと書かれたスレタイ一覧を見ながら、
目から汗を流してた。

「はは…俺きめぇ…超きめぇ……っ」

4329-139 慟哭:2006/12/05(火) 21:45:41
「どうして…どうして君がっ」
血塗れの俺を見てやっと理解したのか、奴が叫んだ。
回りには奴の仲間の死体が転がっている。
「…それが、俺の任務だからだ」
俺は奴を正面から見据えた。
こんな小さなレジスタンス組織に何ができるというのか。
国お抱えの暗殺者が紛れ込んでも気付かないような間抜けな組織に、何が。
「お前を殺して、任務完了だ」
深い海の色をした瞳が。悲しみと憎悪を湛えて、俺を見詰め返してきた。
「…君の事、大好きだったよ」
奴が口を開くのと同時に、右腕が一瞬ブレて。

血を流して地面に倒れたのは俺のほうだった。
…虫も殺せない奴だと思ってたんだが、とんだ検討違いだ。
頬に熱い雫がポタポタと落ちてくる。
バカ、自分でやったくせに泣いてんじゃねぇよ。

奴が叫んでいる名前が、俺ではなく俺が殺した誰かの名前だったのが

ひどく残念だった。

4339-139 慟哭:2006/12/05(火) 23:34:01
最低の人だった。
俺のことは、商品としてしか見ていなくて。
「どうしたらあなたがもっと輝くか」とか歯の浮くようなことを、毎日毎日考えて。
俺のために身を粉にして営業して、仕事をひとつでも多く取ってきて。
いい大学出ているのに、中卒の俺の言うなりになって、頭下げて。
俺が仕事が多いからと機嫌を悪くすれば、何時間でも俺のワガママにつきあって。
俺が寝ている間も、経費削減とか言って、衣装をアレンジするのに徹夜したりして。
ラジオの時間姿が見えないと思ったら、車の中で聴衆者のふりして応援メール送ったりして。
「売れないアイドル」だった俺を、「世界一のアイドル」にすると息巻いていた人だった。

「俺のどこが好き?」と聞くと「全部」と言うくせに、俺の仕事しか見ていなかった。
「俺を俺自身として見てよ」というワガママに、いつも困っていた。
俺のワガママで、彼女と別れさせた。俺しか傍にいなくなれば、俺のこともっと見てくれると
思ったから、一人暮らしさせた。無理やり体もつなげてみた。
でもそれら全て怒らなかった。拒否もしなかった。ただ困った顔をするだけだった。

そんな彼に耐えかねて、マネージャーを変えてもらったのが、俺の最後のワガママだった。
彼は嫌がって泣いたと聞いた。
最後に挨拶に来た時も、俺は耳をふさいで顔も見なかったから、彼が最後に俺に何を伝えた
のか、知らない。手紙も渡されたが、破って捨てた。

まさかその彼が、こんなあっけなくいなくなるなんて。

「脳溢血ですって。大家さんが部屋に入ったら、もう冷たくなっていたらしいわ。
 …あの病気、若い人もなるものなのね」
新しいマネージャーは、淡々と事実を俺に伝えた。
俺はその間、ただ自分が彼にやったことだけを、考え続けていた。
俺のことばかり考えていた人。彼の手を離したのは俺。
ひとつも本心を見せない人。その最後の抵抗として、傷つけたのは俺。
彼の気持ちばかり気にして、自分の気持ちを伝えなかった俺。
「…一人で逝っちゃうなんて、寂しいわね…。あんな良い人だったのに」
あんなに良い人だったのに。その言葉が、胸を鋭角にえぐった。
信用できないなんて、心底思ったわけじゃなく、ただ否定してほしかっただけで―――
ただ俺のことだけを考えて、愛してると言ってほしかっただけで。

『どうしたら、あなたに信じてもらえるんでしょう。こんなにあなたを愛しているのに』

いつか言われた、彼の困り顔とその声が頭に響いた。
俺は、喚いていた。そうしないと、もう耐えられなかったから。

4349-69 毛布に包まる:2006/12/06(水) 01:40:38
「適当に座っててくれ。」
「おー……。」
と言いつつ奴は辺りを見回している。
珍しいものなんか何も無いぞ。
「布団発見!突撃ー!」
俺の布団に寝転ぶな、子供かお前は。
ゴロゴロと転がっているリュウジを無視してお茶を用意する。
茶葉を急須に入れていると何度も俺を呼ぶ声がする。
茶を入れるのに集中したいのに何事だ。
「五月蝿いな、白湯飲ますぞ。」
「これすっっっっごく気持ちいい!なにこれ!」
何って、
「毛布だろ。」
リュウジは何が楽しいのか毛布に包まって笑いながら脚をバタバタさせている。
そうかと思うと急に体を起こしてシャツを脱ぎ始めた。
「なっ、何やってんだよ……。」
「これの感触をもっと味わおうと思って。」
相変わらず突拍子も無いことを思いつく奴だ。
「風邪ひくからやめろ。」
そう言っても「えー。」とか「お前も一緒にどうよ。」とか言うだけで止める気配が無い。
腕を動かしたり頬擦りしたりするたびに鎖骨や胸や背中が見えて目のやり場に困る。
「今日はDVD観るんじゃないのか?」
「観るよ、寝ながら観る。」
結局奴は借りてきたDVDを見ている間ずっと毛布と戯れていた。

――俺はもうあの毛布をただの毛布として見る事は出来ないだろう――

「か、買い換えようと思ってたところだし、そんなに気に入ったならその毛布お前にやるよ。」
「え……本当に?ありがとう!」
ちょっと困惑した顔の後、素直に喜ぶリュウジの純粋な笑顔に心が痛んだ。




見送りを断って、大きな袋を抱えて玄関を出る。
ドアが閉まったのを確認すると笑顔を崩す。
「……ばか。」
どこまで鈍感なのか分からない想い人からのプレゼントを抱えなおすと、リュウジは早速次の作戦を考え始めた。

4359-59 ×綺麗なニューハーフ ○ごっついオネエ:2006/12/06(水) 02:23:33
超遅ればせながら…でも萌えたので語る
カマ萌えでポイントになるのはギャップ。そして、ギャップを重ねていくことにより、様々な萌え方が見えてくるのだ!

1 まず基本のギャップ「男なのに女言葉」「ごっつい男なのに乙女」

2 明らかに男にしか見えないわけである。欲求を突き詰めて体を作り替えたわけではない。
そこには、「どうせ自分はあんな綺麗にはなれないし…」という羨望や、自分の男性性への諦めや葛藤、また誇りがあるかもしれない。

3 カマキャラってとかくギャグに使われがちだ。だが普段陽気なほど、シリアスが映えるというのはお約束。
かっこいい活躍に萌えてもいいし、
ひたすら笑いや倒錯を重ねることで到達するカタルシスだってある。

4 外からは世慣れているように見えても、内心で初恋の人など一人を想い続けているとかだと、もう、もうね。

5、オネエなのに攻め…というギャップを求めるとオネエ攻めに。

哀愁、倒錯、切なさがキーワードだ。
ただ、オネエにもいろいろあるが、特に完全乙女仕様の場合、
たまーに「中身が女ならやおいじゃなくね?」と悩んでしまうのが玉に傷。まあその辺は個々の判断で。

436年賀状を書きながら:2006/12/07(木) 01:45:46
明けましておめでとう。今年も・・・よろしく・・・か。」

なんとも短く愛想の無い文面を見つめるが、他の言葉が浮かばない。
何故ならこの手塚智弥と俺は、今まで3回程度しか話した事がない。
同じバンドが好きで、同じクラス、席が斜め前って事くらいしか近しい記憶はない。
話しかけるタイミングだって逃してばっか・・・8ヶ月で話した記憶が3回て・・・

「年賀状出しても、俺のこと知らないんじゃねぇか?」

最悪の予感がよぎる・・・っていうかあいつ、俺の名前知ってるのか?
俺なんて名前どころか顔すら思い出せない程度の存在なんじゃないかとも思う。

「あああああーーーー冬休み前にもっとアピっとけば良かったああああ・・・」

あのバンド、年明けにアルバム出すんだよな。
2月には武道館でライブもあるし、行けたらいいよなー・・・って、話題あんじゃん。
もう新学期まで会えないのに・・・ヘタレすぎだろ俺。

あーあ、うるせーな携帯のヤロー。チャラチャラ鳴ってんじゃねーよ!
イタズラメールだったら・・・・・殺す!!!!!!!!
イライラ最高潮の俺だったのに、見慣れないアドレスとやけに丁寧な文面を見て、指先が震えた。

「こんにちは、手塚智弥です。分かるかな?
青田から山本がRoseのファンって聞いて、色々話したくてメアド聞いたんだ。」

その後に延々続くバカ丁寧なメールを何度も何度も読み返して、忘れて机に向かった。
落ち着きたくて机に向かい、形式的な年賀状を書きながらも俺は。

あの心いっぱいのメールになんて返そうか・・・どうしても、そればかり考えてしまうのだ。

4379-219:2006/12/10(日) 14:39:36
書いてみたけどもう*0いってたのでこっちに

「お前さ、いい加減、諦めろよ」
「あー俺って運悪ぃー」
「誰が書いたんだろうな、あの罰ゲーム」
「俺」
「は?」
「俺が書いた。したらば自分でひいた」
「それは、ご愁傷様」
「まさか自分に回ってくるとは思わなかった」
「まあ、そういう運命だったんだよ」
「ああくそ。…しかも付き添いお前だし」
「俺だって嫌だよ。前説なんて。まあ、ひいたものは仕方ないからやるけど」
「俺の方が数倍恥ずかしいんだぞ」
「こうなったら、お前の一世一代の告白をしっかり見届けてやるよ」
「ううう」
「到着。寒いな」
「げ。なんでグラウンドにあんなにギャラリーできてんだよ。三年とかいるじゃん」
「山田たちが宣伝して回ったんじゃないの」
「あいつら〜。あとで覚えてろよ」
「ま、なんだかんだ言って逃げ出さないお前はかっこいいと思うよ」
「……なんだよ」
「あ、あのへん女子が固まってる」
「え」
「鈴木さんはいるのかな」
「……あ、いる」
「目がいいな。じゃ、前フリするから、呼ぶまでお前はそこで待機」
「やべえ、泣きそう」

「泣きたいのは俺の方だよ。俺の居ないところでやってくれればいいのに」

4389-219 可愛い!先生優しそうで萌え(ry:2006/12/10(日) 14:42:18
「それでね、それでね!」
「せんせい、あのねー」
「いまオレがはなしてんだよ!」
「オレはカンソウだからオレがはなしていいの」
「オレがはなしてたのに!」
「まあまあ、二人とも。落ち着いて、ね?」

先生にそう言われると黙らざるを得ない。
こんなに優しい先生を困らせるわけにはいかないのだ。

「お話はちゃんと順番に聞きますから」

にっこりと微笑まれればもうそれだけで頭がいっぱいだ。
ちらりと横を見れば同じことを考えているのか、奴の顔も赤い。
そしてぽつりと言葉をもらした。

「せんせいかわいー……」

なんだと!?
その可愛い笑顔はオレだけのもののハズだったのに!

「かわいいかなー?」
「かわいい! ちょーかわいい!」

まずい。非常にまずい。
オレそっちのけで話がはずんでる。

そんなの許さない。
なんとしてでもこっちを見てもらう。

「せんせい!」
「ああ、うん。お話の続きは?」

にっこりとこっちを向いた先生の『ひよこぐみ』と書かれたピンクのエプロンを
無理矢理ひっぱって頬に唇を寄せた。
硬直する先生。
隣からあがる叫び声。

ずるい、オレもと叫び出す子供たちの中で先生はまた笑顔になった。

439タンポポ:2006/12/11(月) 01:43:33
春になると幼稚園以来の友人がよく持ち出す話題がある。
幼稚園の頃オレがあいつを苛めて困らせた思い出話だ。
当時あいつはタンポポの綿毛を飛ばすのが大好きで、
綿毛になっているのを見つけては吹き飛ばしまくっていた。
あいつがあんまりタンポポに夢中だったから、まわりの子どもや先生も
あいつにタンポポの綿毛をあげたりしていた。
でもオレはそういう奴らの差し出すタンポポの綿毛を横から
ぷうぷうと吹き飛ばしまくった。
オレは結構そういう悪戯をする子どもだったけど、あの時は
徹底的に邪魔をした。
そうするうちにタンポポはどれも葉っぱだけになった。
「あれすごく嫌だったなあ」
「…ほい、どうぞ」
友人に綿毛のタンポポを差し出した。
友人は笑みを浮かべて受け取るとふうっと校庭に向かって吹いた。
友人にタンポポの綿毛を差し出すのが昨年以来の二人の遊びになった。
タンポポの綿毛を吹き飛ばす、いい年して子どものような友人の横顔を
見つめながら「あの頃は多分友達になりたかったんだよな」と思う。
でも今は、タンポポの綿毛を吹き飛ばすその口に触れてみたい。

4409-279 点と線:2006/12/14(木) 00:57:39
今、俺の斜め向かいで、ゼミの助教授が講義をしている。
左手で専門書を押さえ、右手の人差し指でテーブルの端を叩きながら、
小難しい顔で小難しいことを朗々と話している。

周りの奴らはそれに聞き入っていたり、ノートにペンを走らせていたりしている。
俺もノートを広げて講義に聞き入っている……振りをしている。
ノートには、講義の内容など一文字も書かれていない。

斜め向かいに視線をやって、俺は軽くため息をつく。

そりゃ、ね。
確かに俺は、周りにバレないようにしようと言いましたよ。

俺はいいとしても、向こうは社会的地位とかあるわけで。
大学で教鞭とってる人間が教え子と付き合ってるなんてバレたら、色々と問題があるし、
しかも、俺は男で相手も男なわけで、危険度は更に倍率ドン。

ところが向こうはそういうものに頓着がなかった。なさすぎた。
ゼミが終わった直後に「今日はどうする?」と聞いてこられたときは本気で眩暈がした。
本人曰く、「そうなったら、そうなったときに考えればいいだろう」とのことだったが。

「あんたはそれでいいのかもしれないけど、俺が良くない。
 あんたの講義が受けられなくなるのは嫌だ。平穏無事な学生生活が送りたい」

とか色々言って、頑固な相手にとりあえず一つ約束させた。
周りに大学関係者がいるときに恋人という立場からの呼びかけ・発言はしないこと。

とは言っても、今日の予定とか飯とかその他諸々、ちょっとした用事はお互いに出てくる。
大学にいる間、その手の用件にまで口を閉ざすのは難しいだろう。
そういう話に展開した。

俺は携帯のメールでやり取りすればいいと普通に考えてた。

だが甘かった。
俺が好きになってしまった相手は、何かが致命的にずれていた。



今、俺のノートには点と線が羅列されている。
小難しい顔で小難しいことを話している助教授の、人差し指。

(モールス信号案却下……さて、どうやって説得するかなぁ……)

4419-279 点と線:2006/12/14(木) 01:12:05
「俺は【線】だから」
そう言って誇らしげに奴は笑った。
邪気なんて微塵もないその笑顔に胸の奥がもやもやする。
「…お前、それでいいの?」
俺の言葉にきょとん、と奴は首を傾げる。意図が伝わらないことに少しイライラする。
「だって、吉田のやつ、最近お前放置で吉田と仲良いし…あとお前、酒井のこと、好きだったんだろ?なのに」
「嬉しいよ」
遮った声にも暗い影は見当たらない。
「ただの点同士で繋がりのなかった奴らが、俺っていう線で繋がって仲良くなって幸せになるんだぜ?」
それって凄いことじゃん、なんて、やっぱり笑顔で奴は言う。
…凄い事なわけあるか。
仲の良かった友達が自分経由で知り合った別の友人と自分より仲良くなる。
想い人が自分経由で知り合った別の誰かと付き合い始める。
…それが笑い事なわけがあるか。寂しくないわけがあるか。
そんな俺の苛立ちをよそに、笑顔を少し真剣に引き締めて奴は宣言する。
「ナオちゃんのことも、絶対幸せになれるヤツと繋ぐからな。っつーかそれが一番重要だし!」
任せとけ!なんて親指を立ててくるのが最高に癪に障る。
「はいはい、それはありがたい。出来る物ならやってみな」
「あ、バカにしやがったな?!こーなったら泣いて感謝したくなるくらい幸せにしてやる!」
見てやがれー!と握りこぶしを振り回す姿に眩暈がして大きく溜め息が出た。

何やら見当違いな使命に燃える【線】に、【点】たる俺の想いはいつか届くのだろうか。

4429-289 変態仮面氏リク「物凄い受けの俺」:2006/12/15(金) 16:31:11
「ありがとう、変態仮面! 今まで男同士で悩んでいたのが嘘みたいだ」
20歳前と思しき内気そうな青年が満面の笑顔でそう言った。
青年の前に立つのは奇妙な格好の男。
スレンダーな肢体に黒いズボンしかつけておらず、惜し気もなく晒された
胸板は白く滑らかだ。顔を覆う白い仮面が妖しい魅力を醸し出していた。
「悩めるゲイを救うのが我が使命! どんな激しいプレイもいとわない!
体に漲る『物凄い受けパワー』! その名は 変 態 仮 面 !!!」
ヒーローさながらにポーズを決め、男はそう言い放つ。
「何かあればまた呼んでくれ!ではさらばだ!」
男は不敵に微笑むと素早く身を翻し、闇の中に消えた。


「はぁ…疲れたー」
自宅に戻ると、俺は仮面を外してソファへぐったりと座り込んだ。
俺は瀬崎真・21歳。昼間は大学生、夜は素顔を隠し裏稼業に精を出している。
瀬崎家の男が代々受け継ぐ裏の仕事――それは悩めるゲイの手助けをする事だ。
俺が18になったその日、親父からコスチュームが渡された。
「お前も今日から『変態仮面』の一員だ」
それ以来、俺は親父や一族の男達と共に変態仮面をやっているという訳だ。
親父は「俺達は”性技の味方”だ」と陽気に笑うが、この仕事は酷く消耗する。
体が辛いのは俺が受け役専門だからなのだが、精神的にもかなりキツい。
助けを求める男性の中にはプレイそのものより、悩みを聞いて欲しい・或いは
これからの生き方について助言が欲しいという人も多く、その望みにとことん
つき合わなくてはならない。
どんな時も厳しく己を律し、心の均衡を保たないと到底できない仕事だ。
俺はテーブルに置かれた予定表の束を手に取る。
変態仮面への依頼を受け、仕事を割り振るのは瀬崎家の女の仕事だ。予定表の
一番上に貼られたメモには母の筆跡で、
「真へ。今月は依頼が多いけど体に気をつけて。ご飯ちゃんと食べなさいね」
と書いてあった。
小さな子供に聞かせるような言葉に苦笑しつつ、書類に目を通す。
「明日も忙しくなるな」
しかし俺は内心安堵していた。忙しさが心の迷いを忘れさせてくれるから。

『驚かないで聞いて欲しい。俺、瀬崎が好きだ』
『……! 大嶋、何言って――』
『ごめんな、こんな事言って。ずっと前から悩んでた。
友達としてずっと側に居る方が良いとも思った。だけど――』
『大嶋!』
『やっぱり友達じゃ駄目なんだ』

親友の真剣な表情を思い出してしまい、胸が苦しくなった。
(俺だって……でも……)
【誰にでも分け隔てなく体を与えよ。しかし決して心は与えてはならない】
これが俺達変態仮面の鉄則だった。
それは変態仮面だけが発する『物凄い受けパワー』を生み出す為の絶対条件だ。
心が乱れると”性技の味方”としての絶大な能力が失われてしまう。
「大嶋……ごめん……」
瀬崎家の一員として、使命を捨てて大嶋を選ぶことなど俺にはできなかった。


その時の真は、まさか思いつめた大嶋が「変態仮面ホットライン」に相談依頼
をして来るとは予想だにしていなかった。
そして偶然大嶋の担当になった真が、正体を隠す辛さや恋心を抑える苦しみを
味わうようになる事も。

何も知らない真は、どうすれば大嶋との関係を元に戻せるのか思案を巡らせて
いるのだった。

4439-299 屈辱:2006/12/16(土) 01:57:20
唇が離れ、二人を繋ぐ透明な糸が途切れる。
ほうっと吐いた息が妙に卑猥に聞こえて口元を押さえる。
「もっとしたい?」
その質問に少しだけ頷いて視線を合わせる。
「したいなら、「もう1回して。」って言って。」
「い……嫌だよ。」
そんな恥ずかしい台詞言えるわけが無い。
「嫌だから聞きたいんだよ。」
あいつはくすくす笑って俺の髪を梳く。
「それとも、もうしたくない?」
耳元で囁かれるくすぐったさに首をすくめる。
「……も、っかい、して。」
震える声に耐え切れずぎゅっと目をつむる。
あいつの顔が近づく気配を感じながら、今なら恥ずかしさで死ねるかもしれないと思った。


=========
何かエロい雰囲気のを書きたかったの。

4449-309変人でサイコな攻とついついチョッカイを出すツンデレ:2006/12/18(月) 02:25:47
俺の考えが甘かった。
……だって大学のオープンテラスだったし、
昼どきは過ぎたけど、外はいい天気でたくさん人もいたし。
二人きりになったりしなければ大丈夫だと、どこかでたかをくくっていた。

テーブルの上にはたった今勝負のついたままのチェス盤と、剥がされた俺の手袋。
奴は剥き出しになった俺の左手を、両手で弄んでいる。
「……さて。どうしようか……」
他人の大きな手で無造作にいじり回されるなんてことに、俺の左手は免疫がない。
幼少期の怪我のトラウマから左手だけはいつも手袋をして過保護に扱ってきたのだ。
こいつは、そのことを知ってから、異様に俺の左手に興味を示すようになった。
将来を嘱望される才能あふれる若き助教授、というのはあくまで研究面だけの話で、
学内では有名な変人、触らぬ神に祟りなしと敬遠される胡乱な男。
そのうえ、人の弱点を隙あらば慰み者にしようと付けねらう迷惑きわまりない奴。
……で、それなのに、
何だって俺はそんな男についついちょっかいを出してしまうんだろう。

突然、奴がアイスティーのグラスを倒した。
中身が溢れてテーブルを濡らし、奴は片手で氷を掴み取ると俺の左手に押し付けた。
「……っ!!や、め……っ」
「勝ったほうの言うことを、この場で、何でもきく約束だろ?」
俺の左手に氷を握り込ませて、奴の手がその上からぐりぐりと揉む。
普段から外気にも触れない敏感な肌への刺激に、息は上がり目には涙が浮かんだ。
「……それは、っ……だから、なんかおごるとか……んっ」
「ふーん……まあ、じゃあそれでもいいけど」
そう言うと、奴は俺の左手から氷を取り上げ、自分の口に放り込んで噛み砕いた。
氷の感触から解放されて、心から安堵のため息が漏れた。
しかし、俺はこの男に捕まってしまったということを、甘く考えていた。
この程度で満足するような男でないことは、……気付いていたはずなのに。

「じゃあ、何か食べさせてもらおうかな、この子に直接。」
「この子」と言いながら奴は俺の左手を指でつつく。
「……は?」
「そうだな、ナポリタン……がいいかな。」
「……はい?」
「すみません、ナポリタンひとつ。フォークはいらない。」
「かしこまりました」
その日、俺は公衆の面前で男にケチャップまみれの左手を舐め尽くされるという
人生最大の屈辱を味わわされるのだが、その後雪辱をはらそうとするたびに
返り討ちに合い、次第に取り返しのつかない深みに嵌ってしまう事は
知る由もなかった。

4459−390 ライナス症候群:2006/12/24(日) 22:34:44
阿鼻叫喚の地獄もかくや、逃げ惑いながら、絞められる寸前の雄鶏の
ように憐れな奇声を放つ友人を居間の隅に追い詰め、容赦なく襟首を
引っつかみ、その着物を剥いで、剥いで、剥いで、剥ぐ、私の様は正に
悪鬼、三途の川の奪衣婆の如くである。光のどけし埃の舞う中、頭を
抑えず尻を抑えて果敢に抵抗する友人の頭を素足で踏みつけ、漆の
色に黒光りする越中褌を掴んでぐいぐいと引きずり下ろし、奪い取った
布を首級の如く、高々と頭上に掲げた。垂れ下がった褌には斑の紋様が
点々と浮かび、得体の知れぬ異臭を澱のように纏うていたが、周囲の
大気を汚染する前に友人の紺木綿の着物で手早く包み、手でこねるよう
に玉にすると、長屋の戸口で仁王立ちし、逆光を浴びながら踏ん張って
いた大家のおかみに向けて一直線に投げ渡した。どっしりとした
鏡餅型のおかみは着物の玉を片脇に抱えると、何の符丁か知らないが、
ぐ、と左手の親指を私に向けて立ててみせ、それからピシャリと長屋の
障子戸を閉め、後は知らぬと立ち去った。

やあ一仕事終えた、と私は額の汗をついと拭うた。足元では白兎の如く
赤裸に剥かれ、寒々しく背を丸めた胎児のような格好で尻も隠さず、
友人がひいひいと震えている。この有様を見ては、彼がこの界隈にて並
ぶべく者の無い名医であることなど信じられはせぬだろう。友人には悪
癖がある。診療所を訪ぬる者、先ずは徒ならぬ気配に驚かされる。聞い
て正気を保てるものか、客すら寄せつけぬ瘴気の正体、それ即ち彼奴の
褌から漂う悪臭である。問えば最後に洗濯したのは八年前だと言う。
医師たる者、身を慎み、清潔に備える事は万全なれど、問題は下帯で
ある。この男、同じ褌を使い続けて離そうとせぬ。その様はやや常軌を
逸しており、まるで歯も生え揃わぬ幼子がかつての産着を、赤子の頃の
敷布を愛しがり、執着する様のようで、肌身に付けておかねば不安の
あまり、怯え、揺らぎ、前後不覚に陥る体たらく。一本の褌がまるで
彼奴の存在を支える命綱のようだ。これでは如何に名医と言えど、
嫁も、助手すらも寄りつかぬ。医師の恩恵を授かる一方で腐れた褌にも
悩まされ続けた長屋の住人一同一計を案じ、同じく友人の身空に不安を
覚えていた私共々、強硬手段に打って出たのだ。
今日は良き日だ、大安だ、今頃大家のおかみは晴天の下、もはや
褌やらくさややら分からぬ代物の洗濯に精を出していることだろう。

荒療治であったが、思いの他穏便に済んだ事に私は安堵した。
血を見ずには終わらないとの確信が外れ、うっかりと気を緩めたその
瞬間に、虚を突かれた。がばりと身を起こした友人の動きに情けなくも
遅れを取り、一転、柔の技にてあっという間に体勢を逆転させられる。
染みだらけの土壁に叩きつけられるより早く受身を取り、私はおかみを
追って裸のまま通りに飛び出そうとする友人の前に大手を広げて立ち
はだかった。観念しろ、と説くと、普段理性的な友人はこれ以上無いと
いう程顔をくしゃくしゃにし、だらだらと鼻水を垂らしながら、錯乱し
たか、貴様の褌をよこせ、と股間の虎の子を振り乱しながら私に
むしゃぶりついてきた。あれよと言う間に帯を解かれ、懐ははだけ、
袴が引き抜かれる。しゃくりあげながら胸板に鼻汁を擦りつけてくる
友人の短髪に、私は指を這わせた。そうして思い切って男の体を自分
の下に敷きこむと、深く、深く口づけ、私は自ずから褌を解いた。
友よ、時代の騒乱の中に父を亡くしたお前が、生きねばならぬと足掻
いていたのは知っている。寄る辺を求め、彷徨うた先に、肌に馴染んだ
あの褌に行き着いたこともだ。どこか稚気の抜けきらぬ友よ、しかし、
もはや身を守られる脆弱な子供でいる日々は過ぎたのだ。侍は城を
去り、私は刀を捨てた。変わらねばならぬのだ、お前も私も、
皆、我らは。
ふと我に帰ると、けばだらけの畳の上に素裸のまま大の字になって寝転
がっていた。紙障子を通して赤い陽が差し込み、何に使ったか、
ちぎって丸められた懐紙がそこら中を散らかしていた。友人は私の傍ら
にいた。やはり裸で、涙の跡が頬を横切り、指をちゅうちゅう
吸って、すんすんと鼻を啜っている。私は己の褌を取り上げて友人の
顔にあてがい、ちん、と洟をかんでやった。しみるなあ、と言って友人
は、さらに落涙した。

446499いかなくちゃ:2007/01/06(土) 02:01:09
リロったのにかぶったのでこちらにも一応。
スマソorz


ドアを開けて1歩踏み出し、直後戻ってきた。

「寒い」
「……学校行け」

寒いのは分かる。
今お前がドアを開けた瞬間一気に廊下が冷えたし。
路面も凍ってる見たいだし?

「転んだ事は黙っててやるからさっさと行けよ」
「嫌だ。こんな道歩いて行けるか」
「寒くても世の中動いてんだよ。可哀想な受験生はさっさと勉強しに行け」
「……家でもできる」

確かにこんなに寒い日くらいはと思うけれど
ここで甘やかす訳にはいかない。
今まで頑張ってる事を知ってるから。
後悔はしてほしくないし。

……それ以上にオレが困る。

「……バカ兄貴」
「バカで結構」
「なんで兄貴は休みなんだよ」
「大学生は休みが多いの。……お前も大学生になるんだろうが」

お前、オレのところに来るんだろ?

「なる。なってラブラブキャンパスライフ」
「……バカ」

本当にバカだ。
そんな事の為に頑張るなよ。
それが嬉しくて仕方がない自分はもっとバカだ。

「だったらさっさと行けよ」
「うん。行って来ます」



送り出した寒い世界。

暖かくなる頃は、
きっと一緒に。

4479-489冬のバーゲン:2007/01/06(土) 02:28:13
新年の挨拶でもしてやるかと訪れた古道具屋の店先には、
「冬のバーゲン開催中」と毛筆で書かれた半紙が貼られていた。

店に入ると、店主である男が俺に気づいて片手をあげた。
「おう、あけましておめでとう」
部屋着にどてらを羽織って椅子に座り、ストーブにあたっている。店の中に俺以外の客はいない。

「外のあれは何だ?書初めか?」と聞いたところ、
「見たまま。バーゲンを開催中」と、なぜか自慢げに言われてしまった。
なんでも、有名百貨店の初売りバーゲンの様子をテレビで見たそうだ。それで「ぴーんときた」らしい。

「すげーんだよ。福袋買うための行列ができてたりしてさ。お客さんが大勢押し寄せてんの」
「それで自分の店でもバーゲンやろうって?」
「そうそう。気合い入れて福袋も作った」

見ると、店の隅に風呂敷包みがいくつか並べてある。
そのうちの一つを解いてみたところ、古道具というかガラクタが満載だった。
俺はその中のいくつかに見覚えがある。

「……お前これ、処分するんじゃなかったのか」
去年の暮れ、あまりに物が溢れて店内が雑然とし過ぎていたため、俺が音頭をとって大掃除を決行した。
その際『処分箱』に放り込んだはずの、商品価値なしと判断されたもの。

「いざ捨てるとなると、可哀想でさあ」
物を大切にするのは良いことだと思うが、この男の場合は度が過ぎる。
そんなことを言いながら持ち込まれる古道具を見境なく買い取るから、店の『商品』は増える一方だ。
結果、店内は更に混沌とし、一部の客を除いて更に客足が遠のいていく。悪循環だ。

「だからこうしてバーゲンやってるんだって」
お気楽そうな笑みを浮かべる。
「捨てる前に売れるのが一番良いじゃん。俺は儲かるし、道具は使ってもらえるし」

「その肝心のバーゲンの成果はどうなんだ。客じゃなくて閑古鳥が押し寄せてるじゃないか」
「そんなことないぞ。昨日は上川さんに、あそこにあった硯箱をお買い上げ頂きました」
「あの人は常連だろ」
「市原さんが胡桃釦をがっぽり買ってくれたりとか」
「常連だろ」
「それから秀峰堂の旦那さんとか、ミラクルショップの秋さんとか」
「同業者だろ」
「あと鈴木のばあちゃんも来てくれた。あ、そうそう。ばあちゃんに餅貰ったんだよ、餅」

俺はため息をついて、福袋ならぬ福風呂敷包みを元に戻した。
おそらく『冬のバーゲン』期間が終わっても、この中身が処分されることはない。
今年もこの男は、ガラクタが大半を占めるこの店で、この調子でのほほんと笑っているのだろう。

そもそも、本気で客を呼び込みたい店主は、営業時間中に餅を焼くための金網を店内から探したりはしない。

「なあ、黒砂糖と黄粉と砂糖醤油、お前はどれにする?」

4489-509 日曜大工:2007/01/07(日) 01:26:43
ぎこぎこぎこぎこ
「…あれ??」
がんがんがんがん
「…あれ???」

時間経過に比例して徐々に増えていく疑問符。
だから止めておけと言ったんだ。
「材料は揃ってるんだから作ってみる!」なんて言っても、カレーと本棚とじゃ訳が違う、と。
おまけに設計図も無し。
あいつは頭の中に本棚を描き、それっぽいパーツの形に板を切り出し、それっぽく適当な釘を打って組み立てる。
『緻密な計算』『綿密な計画』なんて言葉はあいつの辞書にはきっと載っていない。だってバカだから。

「……〜〜!!!」

どすっ、と鈍い音がして、あいつが突然カナズチを放りだしてうずくまる。また指を叩いたらしい。
「…もう止めたら?」
「止めないっ!」
がばっ、と身を起こして作業続行。そしてやっぱり「あれ?」と首を傾げる。
心なしか先程より渋い顔。事態は深刻化しているらしい。
「…あーあ、やるコト大雑把すぎっから」
「るせー!何とかなる…や、何とかするんだよこれから!」
「強情っ張り」
「ほっとけ!」
拗ねたようにむくれて再びカナヅチを手にする。

さて、あいつが素直に「手伝って」と言ってくるのが先か、材料が木っ端みじんになるのが先か、それとも奇跡的に本棚が完成するか。

「…ま、どうでもいいけど」

無関心を装って呟いてきつつ、何となく『完成すればいいな』なんて思ってしまう。

本棚と言い張れなくもない不格好なシロモノをなんとか一人で組み上げて自慢げに笑うあいつの顔、実は物凄く見てみたかったりするのだ。

「…やべ、こっち切りすぎてる…」
「リタイア?」
「なっ!だ、誰がするかっ!こんなのは反対を切り落とせば…!」
ごまかすように作業を再開したあいつの背中に向けて、柄にもなく笑って「頑張れ」と小声で応援してみた。

4499-439「会社で年越し・上司と部下」1:2007/01/07(日) 06:28:32
 そろそろ、疲労がピークだ。キーボードを叩く手を止め、片瀬はいい加減休ませろと疲れを訴える目元を押さえた。
 大きく溜息を、一つ。そこから前方へと腕を伸ばし、伸びをする。途端、椅子がぎしりと悲鳴を上げた。人気のない室内にやけに大きく響き、片瀬は僅かに身を竦めた。普段は人がひしめくはずの場所に、一人きりという孤独感がそうさせるのか。暖房が効いているはずなのに、やけに薄ら寒い。
「あー、……疲れたっつーか、眠いっつーか、……早く帰りてェ……」
 思わず、情けない声が出る。流石に部下の前では零せないが、今は一人きりだ。多少の愚痴も許されるだろう。
 まったく何が悲しくて、この年末に居残って残業しなければならないのか。
 納期が近いのは分かっている。思ったように進行しなかったのも、事実だ。そして、独身である身で、上司。残業に問題のない身であることも、十分理解しているつもりではあるのだが。
 もうすぐ年が変わる時間に、一人で残業というのも、なかなか厳しい。
 さて、と気合いを入れ直して再びディスプレイに向き直る。どうにか、終わりそうな目処がついたから部下を帰したのだし、ここでいつまでもへこたれている訳にもいかない。
 不意に、近付いてくる足音が耳に届き、片瀬は緩く首を傾げた。自分の所の人間は、皆帰した筈だ。どこか、別の部署の人間が残っていたのだろうか。
 もう年も変わろうとしているのに物好きな。そう思いかけて、思わず口元に苦笑が浮かぶ。
 それは自分もか、と苦笑を深めた時、近付く足音が止まり、部屋の扉が開く。
「お疲れ様でーすっ。年越し蕎麦の出前に来ましたァ、……なぁんて言ってみたりして」
 底抜けに明るい声が響く。いつも通りの満面の笑顔で、コンビニ袋を嬉しそうに掲げる男の姿に、思わず力が抜ける。深く背もたれにもたれかかると、ぎしりとまた椅子が大きな悲鳴を上げた。
「さー、ほらほら、のびちゃいますよー。さっさと食いましょ。ね、ね?」
 先程帰したはずの部下、中村はにこにこと満面の笑みで、相変わらずのテンションだ。彼の持つ袋からは、生麺タイプの掛け蕎麦が二つ、既にお湯が注がれた状態で出てきて、ますます片瀬は力が抜けた。
 早く早くとせかす中村に、片瀬は大きく溜息を吐くと、勧められるままに蕎麦の器を取った。冷えた指先に、じわりと温く熱が伝わってくる。
 はい、と中村が割り箸を差し出してくる。素直にそれを受け取りながら、蓋を取った。ふわりと香る出汁の香りに、腹が減っていた事を思い出す。そういえば、前回の食事はずいぶんと前だったような。ゼリー食だったか、固形栄養食だったか。
 ぼんやりと、前の食事を思い返しつつ、蕎麦を啜る。……暖かい。
 なんだかんだで力の抜ける部下の中村だが、見ている所はしっかり見ているというか。ちゃんとした食事を取っていない所も見られていた、というか。こういう気遣いをしてくる辺りは、捨てたものではないと改めて思う。
 ふと、にこにことやけに嬉しそうに自分を見つめてくる中村の視線に気付き、片瀬は眉根を寄せた。
「……なんだよ」
「あー、いや、……うん」
 あんまり見つめられると落ち着かない。気になって問いかければ、やけに中村の歯切れが悪い。
 睨んで先を促せば、ぼそぼそと呟くように白状した。

4509-439「会社で年越し・上司と部下」2:2007/01/07(日) 06:29:13
「や、ほら、片瀬さん、美味いモン食ってる時、黙り込む癖があるから、美味かったのかなーって。や、それがなんか無性に嬉しかったっていうか、可愛かったっていうか」
 白状された言葉に、思わず片瀬は噎せた。
 そこまで観察されていたのか、とか、三十路手前の男に何言ってんだ、とか。色々問いつめたい事はあれど、噎せて噎せて言葉にならない。
 慌てて背を擦ってくれる中村の手を、恨めしく思いながらも、どうにか呼吸を立て直す。
「……バカ言ってないで、とっとと食え。んで、さっさと家に帰れ」
「えー。あともうちょっとなんでしょ?なら、二人でやって、ちゃっちゃっと終わらせちゃって、二人で帰りましょうよ」
 ねえ、と脳天気に笑う中村に、目眩がする。
「一人で帰る部屋は寒いんですよ、智之さん」
「……まだ仕事中だ」
 ぴしゃりとはねのけるように片瀬は返すが、耳が熱いのを自覚している。不意の名前呼びに、こんなにも動揺させられて、悔しいやら、恥ずかしいやら。きっと、頬も赤くなっているのだろうとは思うが、それを認めるのもどこか悔しい。
「一緒に帰りましょうね」
 先程の言葉に、改めて念を押すように中村は繰り返してくる。こうなってくると、ちゃんと答えるまで中村は粘るのだ。諦めたように片瀬は大きく息を吐き出した。
「……ああ」
「へへー」
 まるで子供のように素直に感情を表に出して、満面の笑みを浮かべる中村に、片瀬はどうしても勝てないのだ。
「あー、でも、これだけ頑張ってるんですから、明日は予定通り休みですよね?」
「……あァ、まあ、そうだろうな。……つーか、もう、今日、になるけど」
「あ、ホントだ」
 パソコンのディスプレイの時計が、0時を示す。ニューイヤーを祝う花火の音が、どこか遠くで響いた。
「あけまして、おめでとうございます。今年も、どうぞ宜しくお願いします」
「……宜しく」
 満面の笑顔で言う中村に、片瀬は妙な照れくささを覚えつつ、ぼそりと返して視線を逸らせた。
「……蕎麦、とっとと食って、仕事片付けて帰るぞ」
「はいッ。あ、片瀬さん、明日お休みなら、初詣してから帰りましょうよ。俺、どーしてもしたいお願い事があるんですよねー」
「初詣?」
 不意の言葉に、片瀬は眉根を寄せて首を傾げる。
 ええ、と力一杯中村は頷きを返して、ぐっと拳を握りしめる。
「今年も、来年も、そのまた来年も、そのずーっと先も。片瀬さんと、一緒にいられますように、って。こう見えても、俺すっげェ不安なんですよー?片瀬さん狙ってる女、多いんですから」
「……バカか」
思わず、呆れた溜息が出た。
「願い事は人に話すと、効果なくなるんだぞ」
 片瀬の言葉に、衝撃を受けた中村の表情が、へにゃりと泣きそうなものに変わる。その、あまりにも情けない表情に、思わず妙な仏心が沸いてきてしまう。片手を伸ばして、くしゃりと中村の髪を撫でた。
「それに、そんな心配なんか、すんな。……大丈夫だから」
「智之さぁんッ」
「だぁっ!そば!そば、こぼれるっての!」
 犬だったなら、きっと尻尾が振りちぎれているだろう。そんな勢いで、飛びついてきそうな中村を制しつつ、片瀬は残った蕎麦を片付けてしまおうと口元に器を運んだ。
 先程までの情けなさは、どこへやら。喜色満面で、中村も再び蕎麦に箸をつけている。
 翻弄されているのは自分ばかりかと、仄かに浮かんだ感情は悔しさだろうか。器から口を離し、ちらりと中村を見やる。
「初詣より、早く俺は家に帰りてぇんだけど」
 片瀬の言葉に、何でですかぁ、と口をとがらせる中村を見、わざとらしく視線を外す。ちらりと、再度照れくさそうに中村を見やり、
「……バカ、たまには、俺だって誘いたい気分になるんだよ」
 意趣返しのつもりで返した科白の効果は、いかほどか。程なくして意味を理解した中村が、真っ赤になって噎せ返るのと、してやったりとばかりに片瀬が会心の笑みを浮かべるのは、ほとんど同時だったという。

4519-509日曜大工:2007/01/07(日) 12:35:11
電動ドリル: 強気攻め。日曜大工道具の中でもお高いお坊ちゃま。
       これと決めると目標に向かって一直線。行動が早く、すぐ相手を落とす。
       彼に開けられない穴はない。

プラスドライバー: プラスネジだけを回す一途な男。プラスネジのことしか頭にない。
          しかし彼は知らない。
          マイナスドライバーが強引にプラスネジを回していることを…

ノコギリ: 見た目がトゲトゲしていて「うかつに触ると怪我をする」と恐れられているが、
      本人は寡黙で地道にコツコツ鋸引く真面目な男。引いては押し、引いては押し。

トンカチ: 彼の一撃は重い。が、本人はそれほど激しくしている自覚がないのが難点。
      鉄製である釘は、彼のせいで一本気な生き方を曲げざるを得なくなってしまった。

紙やすり: 裏表のある性格。
      相手を彼の思うように変えてしまうが、その行動はさりげないため
      当の本人は自分が変わったことに気づかないという。

木工用ボンド: 某諜報員と同じ名前を持つが、気弱。想いが成就するまで時間がかかってしまうタイプ。
        過去、『木工用』の意味がわかっていない小学生に紙をくっつけるために勝手に使われ
        「ボンドくっつかねー使えねー」と言われたことが未だトラウマ。

木: 電動ドリルに穴を開けられ、ネジや釘を押し込まれ、ノコギリには刃を入れられ
   紙やすりには撫で回され、木工用ボンドにもくっつかれる、総受け体質。
   しかし本人は前向きに、立派になることを夢見ている。彼の明日は犬小屋か、本棚か、台風対策か。

4529-509日曜大工:2007/01/07(日) 20:50:53
降り止む気配は一向に無く、どうやら長雨になりそうだった。
軒の下ではおっさんが紫煙をくゆらす。今にも無精ヒゲに燃え移り
そうな赤い火は、そぼ降る雨の狭間にちろちろと揺れ、昼なお薄暗い
庭先に頼りない灯りを燈している。
煙草の量、増えたんじゃないかな。ぼんやりとあてどのないおっさん
の顔を気にしながら、俺は濡れそぼった前髪から飛沫を散らして金槌を
振り上げ、ガンゲンと不揃いな音を立てて板に釘を打ち付けた。

三ヶ月前、勤めていた警察庁を辞し、おっさんは警察官ではなく
なった。ちょうどその日、署を去り行く長い長いその廊下で、俺は
おっさんに体当たり気味の愛の告白をした。以前に起きた事件で知り
合い、関り合いになった頃から既におっさんは疲れ切った気怠げな目を
していたが、この時もやはり、俺は邪険に追っ払われかけていた。同僚
にも、職場にも愛想を尽かし果てていた時期だ、変な民間人に構う気力
すら残っていなかったのも無理は無い。が、俺も必死だった。今まさに
二度とくぐることの無いであろう出口に向かわんとするおっさんの道を
塞ぎ、脚に喰いつかんばかりの勢いで土下座して、
「犬、犬でいいから!俺を、あんたの犬にしてください!」
と、とんでもないことを口走ったのだ。俺を見下ろすおっさんの目は
一瞬にして凍りついた。思うに、長年「犬」と陰口を叩かれ蔑まれる
ような奉職を続けていたおっさんに、俺は致命的な間違いをしでかした
のだろう。否、そうでなくても嫌悪されて仕方の無いほど見事な
マゾっぷりを披露してしまったのだが、ともかく、そうして俺の立場は
決定した。「犬なら犬らしくしてろ」とおっさんは吐き捨て、その後ろ
をニョロニョロと、俺は這うようにしてついていった。

要するに、犬らしくすれば側に居てもいいという事だ。俺はそう解釈
し、その日から涙ぐましく奮闘し始めた。おっさんは俺が家の中に入る
事を許してはくれなかった。そのくせ自分は室内に閉じこもって散歩
にも出ようとしない。そんなだからヒゲは伸びるし、俺の犬小屋計画
にも気付くのが遅れたのだ。おっさんが引きこもっている間に、
おっさんの両親が遺したという六坪程度の裏庭には着々と資材が運び込
まれた。と言っても大した量はない、目指すのは大人一人が悠々と寝そ
べることの出来る犬小屋だ。天岩戸のごとくピシャリと閉めきられた
ガラス戸を尻目に、俺は設計図を広げた。板を揃え、ノギスを走らせ、
墨で線引き、鋸を振るった。帰る時には掃除もしておいた。恋に燃える
犬だからといっても、一朝一夕には完成させ難い。自分の職務もあった
し、何しろ自宅の建造なんて初めての事だった。そう、これが落成した
暁には、俺は一家一城の主となる。俺はおっさんの犬となって、
側近くに控えているのだ。属していた組織を離れ、独りぼっちになった
おっさんと、いつでも一緒に居られるようになる。犬はいつだって最良
の友だから、寂しい思いをさせはしない。不器用なりに完成を急ぎ、
仕事の日々を縫っては金槌を響かせる、俺の作業をおっさんが見守る
ようになったのはいつからだったか。咥え煙草の頬はこけてはいた
が、鋭い眼差しを意識せずにはいられなかった。
どこか遠くで鳴っていたはずの雷を、ふと耳元に感じる。悪天候の中で
つい没頭しすぎていたか。おっさんがすぐ側にいた。軒下でいつも暗い
目をしていたおっさんが、雨水に身を打たせ、金槌を振りかぶった俺の
腕をとどめるようにして掴み、俺の側に立っていた。
「もういい」久しぶりに聞いた声には、かつての棘はなく、
「もういいから、風邪をひく前に家に入ろう」「お、おっさん」
「犬は雷を怖がるものだから、家に入れてやる。それだけだからな」
おっさんは無愛想に、俺の合羽を剥いだ。
「お、おっさん、おっさん!」
玄関の扉からもれる暖かな光に眩みそうになり、俺は寒気と動揺と
嬉しさとでガタガタ震え、おっさんに縋った。おっさんは顔をしかめ、
「俺の犬なら、飼い主の名前ぐらい覚えるんだな」
そう言って、扉は閉められた。
なあおっさん、俺は室内犬になれるんだろうか。

4539-529男ばかり四兄弟の長兄×姉ばかり四姉弟の末弟:2007/01/09(火) 01:31:05
「駄目だ」
掴んだ腕は、簡単に振り払われてしまう。
「お前には背負っているものがあるだろう」

それでも僕は追いすがる。
離すものかと、両の手で彼の右腕を掴む。
「背負っているのは総一郎さんだって同じことだ。僕も一緒に」
「それは出来ない」
「どうして」
「お前がいなくなったら、家督は誰が継ぐ」
「元々僕には家を継ぐなんて無理です。知っているでしょう、僕は絵描きになりたいんだ」
「……」
「それに、才覚だったら夏子姉さんの方がずっと」
「篠塚の家に、男子はお前だけだ」

突き放すように言われた言葉に、僕は言い返すことができない。
――嫌だ。
彼に会えなくなるのは嫌だ。
彼が僕の前から姿を消すなんて、耐えられない。

「黙っていますから」
気がつけば、自分でも惨めだと思うほど、彼に縋り付いていた。
「今度の席で初めて顔を合わせた振りをしますから。心の奥底に沈めます。
 ……いえ、本当に忘れて貰って構わない。だからどうか」
「無かったことにしたいのか?」
その言葉に呼吸が止まる。
「俺には出来ない」
そう言って、彼は僅かに視線を落とした。

「……もしも」
声はひどく震えていた。
「もしも僕が、春江姉さんの弟でなかったから」
「同じことだ。俺があのひとを裏切っていたことに変わりはない」

一番上の姉を思い出す。綺麗で優しくて気丈な姉。
姉があんな風に泣いているのを見るのは初めてだった。
――姉を、傷つけたかったわけではない。

「無かったことにはできない。だが、あのひとをこれ以上裏切ることもできない」
確りとした、迷いの無い口調だった。
「うちにはまだ三人いる。俺が消えても、なんとでもなる」

彼は左手でゆっくりと、僕の両手を引き離していく。
空気の冷たさに、指の感覚はなくなっていた。

「しかし騒ぎにはなるだろう。両家に泥を塗った、そのけじめはつける」
「総一郎さん」

初めて出会ったとき、僕が彼を綿貫総一郎だと知っていたら。
抱き合うよりも前に、彼が僕を篠塚冬樹だと気づいていたら。

否、あの晩、僕が自ら打ち明けさえしなければ。
こんなことには、ならなかったのだろうか。

「さようなら」

彼の手は、暖かかった。

4549-579かごめかごめ:2007/01/11(木) 21:18:34
「かごのなかのとり、とは腹の中の赤ちゃんのこと。夜明けの晩に滑って流産したって比喩だ。
しかし一説には息子を溺愛する姑に背中を押されたって説もある。いずれにしろ悲しい唄なんだ。軽々しく口にすんな」
まーた始まった。
『日本の民話童謡研究会』なるサークルの一員である彼は、何かにつけ俺の話の腰を折る。
「じゃいいよ。明日ははないちもんめで遊ぶから」
「花一匁とは花=子供、匁=金銭単位。つまり口減らしのための人身売買の唄だ。
あの子が欲しい、この子が欲しいと売られていった子供の気持ちを考えた事あるのか」
「…。」
そんな唄なんかよ。
「あっえっとさ、今日さ、初めて絵本読ませてもらったんだ。純真無垢な瞳に見つめられてドキドキしたよー」
「何読んでやったんだ?」
「ピーターパン!ちょっとトチッちゃったけどどうにかうまく、」
「ピーターパンなんて野蛮な話を聞かせるな。あれはなピーターパンが成長した子を殺してるから子供の仲間しかいないんだ」
「…、じゃ明日は狼と七匹の子やぎにする」
「子やぎちゃんもダメだ。あの話は中世の西欧の森に住む犯罪者と犠牲になった子供や人間狼裁判など、事実から作られてるんだ。
腹を裂かれ石を詰められる刑も実在した。そんな背景を知ってお前は笑顔で語れるのか?」
「ダァー、もうウザイ!ウザイ!黙って聞いてりゃいい気になって。
だいたいお前日本民話研究してんだろ。いちいち文句つけるな」
「日本の民話を知るにはまず外国の民話や童話も知らねば深く洞察できない。
文句言ってるわけじゃない。真実を教えてやっただけだろう」
「真実がどうあれ現代の解釈じゃファンタジーなんだよ!ファンタジー!かごめもはないちも楽しい遊び唄!
俺はただ憧れの保育士になるための初めての実習での出来事を、お前に聞いてもらいたかっただけなんだよ。
頑張れよとか良かったなとか、言って欲しかったんだよ。 誰が講釈垂れろって言った。」
頭に血が昇り一気にまくしたてた。
隣りにいたくなくて、流しに向かい黙々と洗いものをする。
誰がお前の皿なんか洗ってやるか。
怒り心頭でブツブツ言っていると、いきなり後ろから抱きすくめられた。
「うしろの正面だぁ〜れだ」
アホか、お前しかいねえだろがよ。
おいこら、首筋キスすんな。
あぁウゼぇー。
ついお前の皿も洗っちまったじゃないか。

明日はやっぱり、かごめかごめで遊ぼう。

4559-599センター試験:2007/01/12(金) 23:27:03
「センター試験直前とはいえ、根詰めすぎじゃない?」
「んなことねーよ」
「たまには息抜きした方がイイと思うんだけど」
「私大の推薦決まってるお前に言われたくないね」
「でも、クリスマスも大晦日もお正月も」
「ウルサイ。邪魔するなら帰れ」

「やほー」
「よう。昨日は本当にあのまま帰るとは思わなかったぞ」
「あは。実はさ、これ」
「お守り?…北野天満…お前京都まで行ってきたのか!?」
「ウン」
「…暇人」
「愛が深いって言ってよ」
「ん。まぁ…ありがとう。もらっておくよ」
「それじゃ、体調崩さないようにしてよ。じゃ」
「ちょいまち」
「ん?何?手?繋ぐの?」
「ん」
「え…そりゃ、願ったりだけど、どういう風の吹き回し?珍しい」
「菅原道真よりお前の方が御利益あるだろ。俺の右手にパワー送れ、学年主席」
「君だって次席じゃん…」
「うっさいな!お前が良いんだよ言わせるな!」
「……じゃ、じゃあ、もっとこう俺のエネルギーを送り込むようなそういう行為の方が効き目無いかな…?」
「なっ!?赤い顔して何言い出すんだよこのバカ!?」
「いいじゃんちゅーくらいー」
「…え?あ、…うっさい何がちゅーだこのバカ!!!」

この日だけは試験勉強休んで主席君と一緒に息抜きをした次席君でした。
試験前こそリラックス!

4569-629年下の先輩:2007/01/16(火) 22:29:36
昨今の囲碁ブームに踊らされて、初級者教室の門を華麗にくぐったのが
半年前だ。仕事帰りに一端緩めたネクタイを、鉢巻代わりに、も一度
きりりと締め直すのが毎週水曜夜七時。パチリパチリといい音響かせ、
「音は良くなりましたね」と無理のある褒め方をしてもらったのが、
ついこの間の水曜日。たまにはサロンの方にも顔を出して、へぼ碁の
相手を探そうかなあと同じビルの階段を一つ昇ったところ、人の影、
聞き覚えのある話し声、震える言葉、駆け降りてくる、駆け抜けていく
見慣れた学生服の見知った少年の背に不穏なものを感じ、踊り場を
見上げると、いつも馴染んだ羽織姿の、温かな笑みを崩したことのない
指導の先生のその瞳、縁なし眼鏡の奥の底、青ざめた表情に反射的に
きびすを返し、何があったのか、とにかくさっきの高校生の姿を求めて
追っかけっこを始めたのが五秒前、日曜日の午後のことで、こうなる
ことならもう少し考えて服を選ぶべきだったと後悔しながら、俺は背広
の裾を翻した。
あの年頃であれば自分はもっとあほ面を晒し、悪くすれば鼻水すら垂ら
していたかもしれないというのに、最初に対面した時から彼の態度は
しれっとしていて、この子は一月前から通い始めたんですよとの紹介を
受け、「じゃあ俺の方が先輩だね」などと目を細めて言ってのけたもの
だ。お互い初級者という立場は違わないが、高校生のあの子が対局に
負けて悔しがる姿というものをおよそ目にしたことがない。
老若男女、十に満たない生徒数の、様々な人々が集まる中で、大体に
おいて静かに笑み、勝負の最中、首を捻って頭を絞るうちにのぼせて
しまう俺の前では一層楽しそうな顔を見せ、必要もないだろうに横に
ついては助言を与える、プロ棋士である先生の前では、何やら
はにかみ、ひたすらに俯いているので、面白がって覗き込めば、白い
碁石の吹雪のような激しさで猛撃される、その表面上だけは平然とした
顔、生意気な顔、得意げな顔、黙考する顔、思い起こされるのは捻くれ
た根性と、それですら覆いきれない、年相応の無邪気さが入り混じった
何とも不思議な表情だ。
大人げの無さでは渡り合えるものの、革靴の音もバタバタと、次第に
顎を上げてひいひい言い始めた日本のおっさんに哀愁を感じたのか、
風を裂くように我武者羅に走っていた若人は後ろの様子を気遣い、
やがて立ち止まり、茜差す川面の道端でぜいぜいと肩を上下させて
いる俺の側にゆっくりと戻ってきて、静かに声を掛けた。
「イトウさん、俺、ふられちゃったよ」
「だ、誰に」
「知ってそうだから、わざわざ教えない」
「俺は相手の一手先どころか自分の手すら読めないへぼ碁の打ち
手なんだぞ。人の気持ちなんか分かるか」
だろうね、とあっさり肯定し、
「俺、気持ち悪いって思われたかなあ」
少年がポツリと呟くので、そいつは君に告白されたぐらいで気持ち悪い
と考える奴なのか、違う、違うだろうと熱弁をふるえば、やっぱり
さっきの見てたんじゃないか、と文句を言われた。
「だからって、まさか、もう教室に顔を出さない気じゃないだろうな」
ふいと背けられた顔に、俺は焦れた。焦れて、怒鳴った。
「それは困るぞ!俺は君に勝った試しがないんだから、せめて、
せめて一勝できるまでは、君に居てもらわなきゃだめだ!」
これだから、冷静さを忘れてはいけませんと毎度同じ説教をもらうこと
になるのだ。
「イトウさん、それじゃ俺、あの教室に一生通うことになっちゃうよ」
襟元の金ボタンがきらりと光を反射し、俯いていた少年は笑い顔を
見せた。八の字に下げられた眉の、涙を堪えた笑顔というのはこれまで
に見たことがなく、やはり不思議な表情をすると、俺は思った。

4579-669色鉛筆:2007/01/19(金) 01:59:19
「おい、何とろとろしてんだよ。置いてくぞ」
「待ってよぉ。みんな慌てて走ってくから僕にぶつかっていくんだもん。転んじゃうんだもん」
「だぁーからおまえと遊びに行くのヤダったんだよ。トロいし鈍いし運動神経ないし」
「それ全部同じじゃん。そんなに怒らなくてもいいでしょ。」
「だいたいなぁ、おまえは八方美人なんだよ。言い寄ってくるやつみんなにイイ顔してよ、
ちったぁ自己主張ってもんしろ。あぁまったくイライラする」
「酷い。そんな顔真っ赤にして怒らないでよ。激情型なんだから」
「煩せぇ!顔が赤いのは生まれつきだ。悪いか。嫌なら一緒に遊ぼうなんて誘うな」
「だって、いつもみんなの中心で人気者の君に、なかなか声かけられなかったんだもん。
昨日、マリコちゃんが初めて隣同士にしてくれて…嬉しかったんだ。
せっかく…勇気出して、、誘ったのに、怒らなくても…」
「おまっ、な、なに泣いてんだよ。俺がいじめたみたいじゃんか。わかったから涙拭けよ」
「もう怒ってない?」
「あぁ、怒ってねぇよ。」
「ほんと?」
「あー、しつこい!怒ってねぇっつってんだろ。だからよぉ、おまえがとろとろしてっと、
ゴロゴロぶつかってきた奴らの色がつくから嫌なんだよ。」
「僕に色ついちゃ嫌なの?」
「そう!嫌だっつってんの!おまえは他人の色に染まりやすいんだから」
「ねね、さっきより顔真っ赤だよ」
「煩せぇー!ほっとけ!夜が空けるぞ。ダッシュだぜ、白」
「待ってよー、赤君!」



『ママぁー、マリコの色鉛筆いじったぁ?昨日ちゃんとしまったのに青だけ箱から出てるの。
端っこから赤、白、青、って入れといたのに』

4589-689人間と人外 (1/2):2007/01/21(日) 00:36:26
その青白い男は、やはり雨の日に現れた。

庭先に浮かぶぼんやりとした陽炎が、徐々に確りと姿形を成していき、
地面に落ちていくはずの雨が、いつの間にか男の肩で撥ねている。
足を地につけているのに泥濘に足跡が残らないのは何故だろう、と
ぼんやり考えているうちに、男は軒先の三歩ほど先で立ち止まった。

雨に打たれるその男の肌は異様に白く、瞳の色は水底の泥を思わせる暗い色をしている。

その場に佇んだまま視線を彷徨わせる男に、俺は自分から視線を合わせてやる。
男の目があまり利かないことに気づいたのは、二月ほど前だ。

「そろそろ来る頃だと思っていた」
「決心は、ついたか」
俺の言葉を無視した唐突な問いかけにも、いい加減慣れていた。
雨に打たれながら、男は繰り返す。
「決心は、ついたか」
「いいや」
俺が首を振るのも、半ばお決まりの挨拶になっていたが
それでもこの男は毎回、律儀に困ったような顔をする。

「まだ、時間が足りぬか」
「……。そこの睡蓮な」
男の問いには答えず、俺は軒先の瓶を顎で示した。
「お前に言われたとおり、三丁先の池の水を汲んできたら生き返った」
「…………」
「今年は花が咲くといいが」
「…………咲く」
沈黙の後、男は微かに頷いた。

「実を言うと、俺は睡蓮の花というものを見たことがない」
この家に越してきたのが去年の夏の終わり頃で、そのときからこの瓶はここにあったが、
その頃は花どころか葉も茎も枯れかけていた。
「絵や写真で見たことはあるんだが。赤い花と白い花があるのだろう?」
「白が咲く」
瓶の方に視線をやって、男は僅かに目を細めた。
「嬉しそうだな」と言ってみると、また困ったような表情になる。

この男の僅かな表情の変化を読み取れるようになったのはいつからだろう。

「生き返ったのはいいとして、今度は瓶の水が凍ってしまわないかと心配している」
「枯れはしない」
「だといいが。それにしても、この辺りの土地は、毎年雪が積もるのか? ここ数日物凄く寒い」

4599-689人間と人外 (2/2):2007/01/21(日) 00:37:45
しかし、男は答えなかった。

「私と共には、行けぬか」

その声は消え入りそうなのに、雨音に掻き消されることなく、はっきりと耳に届く。
目を逸らそうとしたが、灰色の瞳に捉えられて叶わない。
水底の泥が僅かに揺らいだのを見て、俺は奥歯を噛み締めた。

「逝けない」

それはとうの前から出ていて、しかし胸のうちに仕舞いこんでいた答えだった。
男は動かずに、こちらをじっと見つめている。
両目を閉じてしまいたい気持ちを抑え、俺は男を真っ直ぐ見て、声を押し出した。

「このままでは駄目か。これからも、お前とこうして会うのは許されないか」

ほんのひと時、お前とこうやって他愛のないことを語るのは許されないか。
この庭で、一緒に睡蓮の花を愛でることは許されないのか。

「俺は、お前とこうして話すのを気に入っている」

最初はこちら側にだけ未練があった。だから猶予を乞うた。逃げ出すつもりだった。
しかしいつの頃からか、この男がやってくるのを待つようになった。
そして、どちらかを選んでどちらかを捨てることに、迷うようになっていた。

「お前と共に生きていくことは、出来ないのか」
「……ひとは、欲深い」

半ば独り言のように、男は呟いた。

「しかし、私とて、あのとき直ぐに攫うべきだった」

庭に植えられた木々がざわりと揺れる。
雨脚が先刻より弱くなっていることに気づく。
そして、雨が再び男の身体をすり抜けていることにも。

「待て」

――骸となったお前を引きずり込めば、共に暮らせたものを。
――だが、お前を知った今となっては

まるで水の底にいるかのように、男の声が辺りに反響している。
俺は縁側から飛び降りて、雨の中に手を伸ばす。

「待ってくれ、俺は」

――雪は、七日の後に積もる。

その言葉を最後に陽炎は虚空に消え、伸ばした手が青白い男に触れることはなかった。

4609-699ふみなさい:2007/01/21(日) 09:58:14
「ホントに踏んでいいの?俺でいいの?」
「いいって言ってるだろ。早く踏めよ」

裕人と俺が今見つめているのは、パソコンだ。
サークルの連絡と親睦の目的で作られたパスワード制のHPだ。
管理人は裕人。メンバー数50ほどの一大学のサークルのHPにしては本格的だ。
何故か大学の全景、雑多な部室の風景などのフォトコーナー、
メンバー全員のプロフや連絡掲示板、画像アップもできるなんでもBBS、ご丁寧にチャットまで備えている。
webデザイナーを目指している裕人らしくセンス良く効率的に配置されたページは使い勝手が良い。
しかしせっかくのBBSやらチャットは開店休業状態。
週に2、3度顔合わせるのに、わざわざネットにまで出向いて親睦をあたためようなんて輩はそういない。
せいぜいスケジュールの確認に訪れるくらいだ。
なんでもBBSには、裕人のつぶやきや先日行ったという北海道旅行の写真などが虚しくアップされているだけだ。
何故かいたたまれず、ある日、チャットに足跡くらい残してやろうと入ったところ、
ちょうど管理中だった裕人に見かった。
サークルではあまり話したこともないけど裕人の楽しいおしゃべりに俺はすぐにハマった。
以来、ほぼ毎日深夜一時は二人のチャットタイム。

そして、今日も俺が訪れたら、トップのカウンターが999を示したのだ。
900を過ぎたあたりからトップページには
『記念の1000を踏んだ人は申し出て下さい。管理人より愛を込めてささやかなプレゼントをあげちゃいまーす♪』
と大々的に書かれてあった。
そんなプレゼントに深い意味はないと思いつつも、誰かに渡るだろうそのプレゼントが、
いやプレゼントを貰うだろうその誰かが気にかかっていた。
一瞬もう一度リロードしてしまおうかと頭をよぎった。
しかし気にしているのを見透かされそうな気がして、急いで裕人の待つチャットに入ったのだった。

「だからもう一回トップに戻ればいいじゃん。プレゼントが何か気になるんだろ?」
「気になるわけじゃないけど、何かなぁと思っただけ」
「だから踏めよ。そしたらお前のもんだ。明日会ったら渡すから」
「俺でいいんだね?じゃ踏むよ、ホントに踏むよ!」


翌日待ち合わせのファミレスで、俺は小さな切符を貰った。
踏んだのが誰でもこれあげちゃうんだと思うと複雑だった。
「それからこれも。はい」
「なに?カップメン?」
「そう、北海道限定ウニ入りカップメン 。ホントはプレゼントはこのカップメンだけなんだ」
「じゃあ、この切符は?」
「それは大智に渡したくて買ったんだ。でもへんだろ、いきなりそんなの。渡しそびれちゃってさ」
「これ俺に?。」
「そうだよ。もう廃線になった国鉄時代の駅の切符のレプリカだから使えないけどね。
 BBSの写真見た?あの廃駅が記念館になってて、大智に渡したくて買ったんだ。
 ほら、おそろい。キリ番踏んでくれてサンキュな」

俺は手の中の切符が、どんなプレゼントより愛しく思えた。
切符にはこう書かれていた。[愛国→幸福]と。

4619-699ふみなさい:2007/01/21(日) 15:28:37
「お、早いね。じゃあ八さんいってみようか」

ふ ふざけあってた少年時代
み 見つめる横顔 頬に朱さし
な なぜか苦しい胸の内
さ 再会してから気づいた恋は
い 言い出せもせず、笑みの悲しき

「まとまってるね。一枚あげとこうか……はい、菊ちゃん」

ふ ふうん、こういうのが好きなんだ?
み 見せ付けてやろうぜ
な 啼けよもっと
さ 桜にさらわれるかと思った
い イキたいか?

「おーい、座布団全部持ってちゃいなさい」

4629-699ふみなさい:2007/01/21(日) 16:18:26
「踏みなさい」

 居間でごろんとうつ伏せに寝転んだ智也さんが、柔らかな口調で俺に言った。
 突然、そんなことを言われても困る。
 
「あの、俺、高校せ……」
「大丈夫。父さんなら大丈夫だ、信じなさい」

 何が大丈夫、なんですか。何を信じろというんですか。
 項垂れた俺を肩越しにちらりとみて、智也さんはまた大丈夫だと言った。

 俺はもう高校3年にもなる男だ。背も高い方だし、結構体重もある。
 大丈夫、踏みなさい――といわれても、そう簡単に頷けはしない。
 俺は案外常識人なんだ。
 対する智也さんは、よれよれのスーツを着た線の細い――よく言えば繊細な、悪く言えばもやしみたいな人だ。
 俺なんかが踏んだら、ぼきっと骨が折れてしまいそうだ。
 40をとうに超えた、義理の父。
 母が再婚相手として連れてきたこの人のことを、俺はまだ『智也さん』と呼んでいる。
 別に智也さんのことが気にいらないわけではない。
 俺自身は、智也さんのことをとっても気に入っている。
 智也さんは、優しくて大らかな、陽光のような人だ。俺は、そんな智也さんが大好きだった。

 だけど――踏みなさい、なんて言葉はいただけない。
 俺はもう一度、ぶるりと首を横に振った。

「裕貴……踏んではくれないのかい?」
「俺が踏んだら絶対痛いから……」
「大丈夫だ! 私は踏まれるのが好きなんだ。痛いぐらいが気持ちいい」

 智也さん、その発言はいろいろ危ないような気がするんですが。
 体を起こし、眼鏡をずるりと落としかけながら力説する様子に、俺は小さく嘆息した。
 こうみえて智也さんは頑固なところがある。
 今日やってあげなければ、明日もあさっても――下手すると一年ぐらい言い続けかねない。
 だったら、早く済ましてしまおう。
 
 恐る恐る右足を出して――智也さんの細い腰に添える。

 そのまま、ぐっと全体重を乗せ――

「……ッ!! い、痛ッ」
「ごっ、ごめん!」

 直ぐに飛び退けば、智也さんは腰を摩りながらほろりと涙を零す。
 やっぱり、大丈夫なんかじゃなかったじゃないか!

「智也さん、大丈夫?」
「あ、ああ……大丈夫、大丈夫。あだだ、こ――腰が」
「ああほら、起き上がらなくっていいから!」

 只でさえ、智也さんは腰が悪い。
 腰を押さえながらも無理に起き上がろうとする智也さんを制して、俺は直ぐにシップを取りに走った。
 シャツをぐいと捲り上げ、先ほど踏んだ箇所に張る。

「足の裏を踏んでもらうマッサージ、あるだろ? あれを子供にやってもらうのが私の夢だったんだ」

 座布団に顔を埋めながら、智也さんが言った。
 母は再婚だが、智也さんは初婚だ。智也さんに、実の子供は居ない。
 二人の間の子供は俺だけだ。
 つきん、と胸の奥が痛む。

「足の裏は流石に痛いだろうから、と思って腰にしてもらったんだけど――やっぱり痛かったな」
「当たり前だろ。マッサージなら俺、ちゃんとやってあげるよ?」
「いやいや、子の体重をぎゅっと感じたかったんだよ。それが父親の幸せってもんだろう?」

 智也さんはそう言うと、手を伸ばして俺の頭をわしわしっと撫でた。
 節ばった細い指が髪を掻き乱し、くすぐったくて心地良い。

「父さんって呼べとは言わないよ。だけど裕貴も、私の子供なんだからね」
「うん――分かってる」

 智也さんの薄い唇が、俺の名前を呼ぶ。
 それが妙にせつなくって、俺は俯きながら呟いた。
 智也さんは、俺のことを実の子供だと思い接してくれている。
 ギクシャクさせているのは、俺の方だって言うのも分かってる。
 智也さんのことは、好きだ。だけど、どうしても父さんとは、呼べない。

 ごめんね、智也さん。
 俺は貴方に、父親以上の愛情を抱いています――。

4639-729お墓参りの帰り:2007/01/22(月) 21:25:03
さっきから小さな足音がついてくる。
振り返るのがこわい。
逃げるのもこわい。
(大丈夫。きっとばーちゃんが守ってくれるから)
最後にばーちゃんから貰ったお守りをギュッと握りしめて、何度も自分に言い聞かせていた。

今日は三年前に死んだばーちゃんの命日だった。
お墓には花とまんじゅうだけで、お線香の煙も寂しかった。
去年は三回忌で、一昨年は一周忌だった。
父ちゃんも母ちゃんも『今年は特別じゃないからさみしいね』って言ってたのに。
でも、ぼくがいるからね。
ばーちゃんの大好きだったビールと、いい匂いのするお線香を、お年玉の残りで買って来たよ。

ばーちゃんに『また来るね』って言って、お寺から出るときに気付いた。
さっきからずっと、誰かが後を歩いてる。
ぼくが早足になると、足音も速くなる。
ゆっくりにすれば、ゆっくりになる。
おばけが出るのは夜のはずなのに……。
きっとばーちゃんが助けてくれるって、握ったお守りを胸に抱きしめた。
でも、そのとき……
「あのー、えーと……」
「う、うわーーーーん!ばーちゃーん!助けてー!」
低い声といっしょに肩に乗った手で、我慢してたこわさが破裂した。
思いっきり走り出そうとしたのに、大きな手に捕まえられる。
手や足を振り回して逃げようとしたけどビクともしない。
「うう、……ばーちゃん、助けてよ」
「ボクはいつでもじーちゃんを助けるよ?」
聞こえた声は聞いたことのない声。
でも、ぼくを『祐二』とか『祐ちゃん』じゃなくて『じーちゃん』って呼ぶのはばーちゃんだけ。
「ばー、ちゃん?ほんとに?」
手も足も動かなくなって、体が凍ったみたいに固まった。
振り返ったら本当にばーちゃんがいるの?
「うん。本当に双葉だよ。ボクがじーちゃんに嘘なんて吐けるわけないじゃない」
いつもの言葉。
振り返れば、きっといつもの笑顔。
だから『なんで大きいの?』とか『ばーちゃんはお化けなの?』とか、みんなみーんな吹っ飛ばして抱きついた。

4649-739あの星取ってきて:2007/01/23(火) 03:41:08
あいつと初めてあったのは、ネオンきらめく夜の街だった。
色とりどりの偽物の星の輝くネオン街が好きだと言っていた。特に、昼間は緑の川面に映る不確かな灯りが好きなのだと。
そんな関係になったのは出会って一月ほどした頃か、身体を重ね、まくらごとに過ぎない甘い言葉を重ね、ふと気づけば、抜け出せないほど本気になっていた。

夜景が綺麗だと評判のホテルのラウンジでそれを告げたとき、あいつは酷く傷ついた顔をして眼下の街を指差して一言
「あの星取ってきてくれたら、付き合ってやる」
と言った。
白くて細い指の先には、きらきらと輝く猥雑な地上の星々。
その先になにか特別に魅力的な店でもあるのかとガラスを覗き込んで、後ろからしたたかはたかれた。

考えて考えて考えて、未だかつて無いほどよくない頭をひねって、俺は生まれて初めて多大なる借金を作ってマンションを買った。
あいつの好きなネオン街からさほど遠くもない、中古で2DKでこじんまりとした、小さな、正直あまりパッとしない部屋だ。
だけど、機能的には申し分ない、多分。
あいつが外にいるときは、帰り道に迷わないように灯りをともす。あいつが帰っているときは、地球が命を育むように、あいつを包み込む安らぎになるような灯りを…温かい光を。

ありふれたキーホルダーにつけたありふれた形の鍵を手にプロポーズまがいの言葉を持って行った俺に、あいつは初めて見るような笑顔を見せた。
それからはずっと、この小さな部屋にはオレンジの星が灯る。

4659-739 あの星取ってきて:2007/01/23(火) 04:26:39
「すげーだろ、超偶然に田舎のばーちゃんちに落ちてきたらしくてさ」
「…ふーん」
「あ、ひで。リアクション薄っ」
「…これでも充分驚いてるんだけどね」
そう。表面上冷静を装っているものの十分に驚いてるし、何より動悸がおさまらない。
『僕と結婚したいなら、あの星取ってきて』
お前と結婚できたらな、と冗談めかして言った彼に、かぐや姫を気取ってそんな事を言ってみたあの日。
他愛ない日常。それでも僕は覚えている。
冗談でもいい、あの時素直に『結婚しよう』とでも返していればよかった、と今でも後悔する。
だから期待してしまった。隕石のカケラだという石を持って僕を訪れてきた彼に。
…馬鹿みたいだ。彼が手に入れた宝物を見せに来るのは昔からの事じゃないか。
そう自分に言い聞かせても、早鐘はいっこうに鎮まらない。
「…唐突に全っ然関係ない事聞くけど」
裏返りそうな声を必死で抑えて聞く。
「…もしも誰かが本当に宝物を見つけてきたとしたら、かぐや姫は本当に結婚したと思う?」
「しただろ。っつーかする気なかったとしても言い出したケジメで結婚しろ」
笑顔を急に引き締めて真剣にこちらの目を覗き込んで彼は言う。
「…な、何だよ。僕がかぐや姫本人みたいな言い方して」
「【星取ってきて】なんて無茶な難題出す奴がかぐや姫以外の何だってんだよ」
「!!…お前、覚えて…?!」
「っつーか…取ってきたわけじゃないし本当に隕石だって証明できないし、
【あの星】ってお前が示した星のカケラってわけでもないけど…」
それでもいいか?と彼は顔を赤くして手の中の星をこちらに差し出す。
「…合格に決まってるだろ」
差し出された手を両手で包み、取り繕えない泣き笑いの表情でようやくそれだけ告げた。

4669-529男ばかり四兄弟の長兄×姉ばかり四姉弟の末弟:2007/01/26(金) 20:53:45

 ぴぃんぽぉーん、という平和ボケをそのまま音にしたようなインターフォンが聞こえた途端に、
俺の周りをちょろちょろと走り回っていたチビギャングどもが玄関に突撃した。その数、三匹。
 「だれー?」だとか「なにー?」だとかうるさいったらない。あいつらのツルツルな脳味噌には
まだ『近所迷惑』という言語が刻み込まれていないのだ。そしてそれを刻み込まなければ
ならないのが俺。破滅的に面倒くさい。
 舌足らずな弟どもは興奮していて、余計に何を言っているのかサッパリ判らない。ので、客人が
誰であるのか、部屋の中まで出向いてくださるまで分からなかったのは事実であったのだが。
「やあ久しぶり、お兄ちゃん」
「うわぁっ先輩!?」
 敬愛する先輩に、ひよこ柄の黄色いエプロンでホットケーキを焼いているという、およそ格好
悪さの極致みたいな姿を見られただなんて、あんまりだった。

「いやー、まいったな、ホットケーキ焼いてるなんてさ。反則だよお兄ちゃん」
「先輩お願いだから……ホント後生だからその『お兄ちゃん』ってのヤメテくださいよ」
 ハイスピードでホットケーキを焼き上げ、ダイニングキッチンの皿の上にてんこ盛りにして放置し、
チビ猿人たちが喰らいつくのを確認してリビングに引き上げる。勿論エプロンは速攻で外す。
 それだけで心身ともに疲労が溜まる感じがするのに、加えて先輩の『お兄ちゃん』には正直堪えた。
「いいじゃないか。正直憧れなんだよ。『お兄ちゃん』て呼ばれるの」
 というのも、先輩はどうやら末っ子であるらしい。姉ばかり三人いるという話だ。俺はむしろ
先輩の環境に憧れる。
「ホットケーキ作らされるのにですか」
「まだマシじゃないか? 俺はクッキーにスポンジケーキ、パウンドもブラウニーもトリュフチョコも
手伝わされて覚えさせられたさ」
 壮絶な背景を髣髴とさせることをサラリと言って、先輩は「実はそれが原因なんだが」と、弱った
顔をして切り出した。
「ジンジャークッキーが我が家で大量に余ってしまったんだ。食いもしないのに姉が作ってな。
それで甘いものを消費できそうなお前の所に持ってきたんだが」
 先輩はそこでちらっとダイニングに眼をやった。ミニサイズ腹ぺこグール三匹はそろそろ大量の
ホットケーキを食い尽くすことだろう。しかしその上クッキーを食ったら流石に、夕食に響く。
「遅かったようだな」
「ビニール袋に入れて封しとけば、明日まで持ちますよね? 明日の三時に食わせますよ」
 良いのか? 助かるよ。と言って紙袋を差し出し、ほんわりと笑う先輩は妙に艶っぽい。
ジンジャーとバニラエッセンスの香りがふと俺の鼻を掠めた。今日も手伝わされたんですか。
うーん、いい匂いだ。

「今度何か余ったら、すぐ電話かメールするから。ごめんな」
「や、こちらこそすいませんでした、お構いもせず」
 所帯じみた俺のセリフに先輩は爆笑した。

「じゃあな」

 俺がそのクッキーを弟たちに与えることなく、ひとりで平らげたのを先輩が知るのはずっと後のこと。
 先輩がそのクッキーを手伝わされてでなく、自主的に作って俺に届けたのを俺が知るのは、更に
もっと後のことである。

4679-800昼ドラ:2007/01/27(土) 00:39:02
<前回のあらすじ>

相澤家を出て幸平の元へ行こうとした春樹だが、良一に見つかってしまう。
「うちからの援助を打ち切られても良いのか」と詰め寄る良一に「構わない」と返す春樹。
しかし「お前の妹の将来も閉ざされる」という言葉に決心が揺らいでしまう。
更に「お前は俺のものだ」と言われ、春樹は絶望する。

その場面を偶然目撃した雄二は、ほくそ笑みどこかへ電話をかける。
電話の相手は外科医・秋野だった。「兄貴の弱みを見つけた」と告げる雄二。

一方、相澤総合病院の小児科へボランティア公演にやってきていた幸平は、真山と鉢合わせる。
病院の取材を続ける真山は、患者として病院に潜り込んでいた。
真山から院長一家の噂を聞いた幸平は、春樹のことを案じ電話をかけるが繋がらない。

院長室で写真を眺めている相澤。古びた写真には、妻ではない女性と少年が写っている。
相澤は悲しそうな表情で「もう十五年か……」と呟く。

幸平たちの公演は好評のうちに終わる。

その帰り、小児病棟の廊下で幸平は『安藤あずさ』の名札を見つける。
「年の離れた妹がいる」という春樹の言葉を思い出し室内を覗くが、検査中であずさの姿はない。
しかし、ベッド脇にあの折り紙が置かれているのを見つけ、確信する。

病院を出る幸平。再び春樹に電話をかける。
呼び出し音が鳴る春樹の携帯に手を伸ばしたのは、良一だった……。


<今週のみどころ>

遂に、幸平に良一との関係を知られてしまった春樹。幸平にはもう会えないと告げる。
良一もまた幸平の存在を知ったことで、春樹に一層の執着をみせるようになり……
一方、病院内の派閥抗争も表面化。雄二の策略に、春樹も巻き込まれていく。

468萌える腐女子さん:2007/01/27(土) 00:41:09
しまった違った。800ではなくて799だ
>>467は「9-799昼ドラ」です

4699-809喉仏:2007/01/27(土) 22:38:35
「子供の頃は歌手になりたかったのだよ」
林檎を口に運びながら、彼は言った。
「地元の少年合唱団に所属していてね。クリスマスには教会で賛美歌を歌ったものだ。
 周りから天使の歌声だと褒められて、その気になっていた」
「天使か。今じゃ悪魔の癖に」
精一杯の皮肉にも、相手は「その通りだ」と鷹揚に頷くだけだった。

「この林檎は少々酸っぱいな。日の当たりが悪かったか」
「暗闇の中で生きてきたあんたにはお似合いじゃないか」
「上手いことを言う」
怒るどころか、可笑しそうに喉の奥でくつくつと笑う。
そして、酸っぱいと言いながら、また次の一切れを口に運んでいる。
彼はこちらを僅かに見て「私は林檎が一番の好物でね」と言った。

「そういえば、かのアダムも林檎が好きだったか」
唐突に呟いて、彼は手元に視線を落とす。
「彼が林檎を喉に詰まらせなければ、私は天使の声を失いはしなかっただろうね。
 そうすれば今頃は歌手を現役引退して、神に祈りながら静かに暮らしていたかもしれないな」
「後悔しているのか? 今更……」

大勢の人間を踏みにじり、屍の山の上に君臨していたあんたが。
命乞いをする人間に慈悲の欠片も持たなかったあんたが。

「最期の最期で悔い改めれば、救われて天国に行けるとでも」
「ふふ、後悔などしておらんよ。仮にそうしたところで、君は私を許さんだろう?」

優雅に微笑んで、彼は最後の一切れを口に含み、咀嚼し、飲み込む。
皺だらけの喉元が、ゆっくりと上下する。
俺は銃を突きつけたまま、その喉元を見ている。

彼は俺を正面から見て、嬉しそうに――なぜか、本当に嬉しそうに微笑んだ。

「賭けは君の勝ちだ」

4709-829ノンケ親友に片思い:2007/01/29(月) 01:44:06
兄さん、お元気ですか。そちらは相変わらず暑いですか。
今日は下宿先に春日が、貸していた本を返しにやってきました。
上は白い袖なしのランニングシャツに、紺色のジーンズを履いて、
足元は健康サンダルと、いつも通りの気安さでした。
春日とオレは本の好みが似ているみたいで、
この時の本も気に入ってくれたようでした。
板塀沿いの木戸をくぐったら裏庭があって、犬小屋があって、
縁側が張り出していて、棹に干した洗濯物が揺れていて、
お世話になってる下宿先のご夫妻は旅行に行ってて、だから今日は
日がな一日オレが留守番をしていて、冷蔵庫を開いて麦茶のグラスに
氷を入れて、しま模様のストロー立てて、
風鈴がちんちろ鳴ってる下で、サンダルの足をぶらぶらさせながら、
春日とオレは本の話をしました。今度映画になるのもあって、
それは見てみたいなあと、春日は言っていました。庇(ひさし)の影が
顔に斜めに落ちていて、くっきり二色に別れてました。

もまの話はした事があるでしょうか。この地方ではムササビのことを
もまと呼んでいるんですが、ここのご夫妻が飼っている犬も、
もまという名前です。尻尾の形が似ていると仰っていたのですが、
オレにはよく分かりません。
そのもまなんですが、とりとめの無い話をして、そいじゃ帰るわ、と
春日が腰を上げて、
裏木戸に向かいかけた時に、それまで犬小屋の陰でべったり
地面に寝そべってたはずが、いきなり起き上がって春日に飛びつき、
ジーンズの脚に二本の前足で離すまいとしがみついて、
後ろ足で立ち上がり、ぐんぐん腰をつかい始めました。オレは
慌てましたが、土でズボンを汚されても、春日は怒りませんでした。
何だお前、帰って欲しくないのか、いい子だなあオイと、
もまの頭をわしわし撫でて、へっへと舌を出しているもまの横で
上機嫌にオレに手を振り、そうして帰っていきました。

もまはパタパタと尻尾を振っていました。
オレは縁側に腰掛けたまんま、
しばらく春日の去った後をぼんやり見つめてました。
春日は勘違いをしていたようですが、別にもまは春日を
引き止めようとしてあんな行動に出たのではありません。
あれは一種のマウントです。犬は自分の上位を下位の者に
示そうとする時に、相手にのっかって自分の股間を擦りつけ、
腰を振るのです、まるで性行為を見せつけるかのように。
もまはオスです。
マウントはメスにも見られますが、先程のあれは明らかにオスの行為
でした。オレが言うんだから間違いありません。

繰り返しますが、もまはオスです。毛も生えています。
オレは思いました、その滾る獣欲でもって春日を征服しなんとした
もまは、既にオレよりも遥かに良く春日の体に通じてしまったのだと。
何せもまはオレですらできなかったのに、暴力的な肉球で春日を
押さえつけ、ぶ厚い毛皮で春日を蹂躙し、
熱く涎を滴らせながら春日の肌を嘗めしだいたのですから。
嫌がる春日の悲鳴が耳に聞こえます。引き裂かれる白いシャツ、
爪跡が赤く線を引く小麦色の背中、背の窪み、履き古しの
ジーンズをずり下げて、尾骨に、尻のえくぼに指を沿わせて、
それから、それから、それから、それから!

兄さん、オレはもう色々とダメかも分かりません。
この手紙は読んだら焼き捨ててください。
焼いて、灰にして、青い空に振りまいてください。
お願いします。         次郎

4719-839 嫌われ者の言い分:2007/01/29(月) 18:13:17
美術準備室。この部屋の主の性格を表すように整頓されたテーブルの上に、
先生のあの絵が大きな賞をとったことを報せる通知が、無造作に置いてあった。

「ここ、辞めるんだろ」
ドアが開き、先生が入ってきたんだと分かった瞬間、俺はそう言い放った。
「――はっきりいわれると、ちょっと寂しいね」
先生が苦笑する。おめでとう、という言葉なんか、思いつきもしなかった。
空気こもってるなぁ、窓開けよう。独り言みたいに言って、先生は窓に近づき、
思いきり開け放った。強い風が吹き込む。
高台にあるこの場所からは、山に囲まれた市街地が一望できる。
「見晴らしいいから、ここ。いざとなるとちょっと離れがたいな」
笑ってそう言う先生は、吹き込む風に膨らんだカーテンの陰に隠れてしまった。
そんなの嘘だろ。小声で言うと、先生は、カーテンを押さえ込んでから、
首をかしげるようにして視線をこっちによこした。
「嫌いだったんだろ、こんなとこも、俺たちも」
好きだったはずがない。大学受験しか頭にない者の集まるこの学校では、
誰も美術の授業に真面目に取り組みやしない。どころか、美術なんてなければいい
と皆思っていて、5分かそこらで仕上げたような適当な絵を平気で提出する。
美術の時間に、他の教科の教科書を広げることを、悪いなんて誰ひとり思ってない。
そんな生徒たちを、そんな学校を、この人もまた好きなはずはないのだ。
美術教師としての仕事なんてたかがしれてるこの学校は、彼が画壇に出てゆくまでの
ちょうどいい腰掛けだったんだろう。給料を貰って、準備室をアトリエがわりにする。
ただそれだけのことだ。

吹き込む風に煽られて、テーブルの上の通知がかさかさと音をたてて踊った。

ふいに先生が、こちらに向き直った。肩越しに見える青空が、眩しくてどうしようもない。
「……君だって、君たちだってそうだろう?」
そう言って笑う先生の顔はひどくすっきりしていて、それが悔しくて仕方なかった。
俺は違う。言いたいのに、口に出せない。好きだったんだ。
素直に言いたいのに、どうしても言えない。
どんな荒んだ絵でも、かならずどこかを誉める寸評をつけて、全員に返していた。
穏やかな筆跡。思い出すと、震えそうになる。
うつむいて歯を食いしばった瞬間、先生が呟くように言った。
「嫌われ者の言い分だけど、でも、僕は君の絵が好きだった」


弾かれたように、俺は顔を上げた。
先生の、その笑顔が目に入った瞬間に堰を切ったように流れ出てきた感情を、
どう言葉にしていいかわからなかった。
呆然としたまま、何も言えずにいる俺に向かって、静かに先生が言葉を継ぐ。
「いつもていねいに、誠実に、描いてくれてうれしかった。
君の絵があるから、僕は好きだったよ、ここ」
見晴らしもいいしね。そう言って先生は、再び窓の外に向き直る。
窓枠に身を預けて外を眺める先生の後ろ姿から、目を離すことが出来ない。

先生いかないでよ。
思わず口に出した瞬間、先生の後ろ姿は、にじんでうまく像を結ばなくなった。

(*9さん素敵な萌えシチュありがとうございました!がっつり萌えました!)

4729-859送り狼:2007/01/31(水) 18:46:09
土曜日の夜は、彼をあのマンションまで乗せていくことになっている。
家族も金も仕事もない状態で拾われ、彼の専属運転手として雇われてから数年間。
あのマンションに通うようになってからも、もう随分経つ。
「送り狼、って言葉があるだろう」
後部座席に悠然と座り、手にした書類と窓の外とを交互に眺めていた彼が言った。
「ええ」
「この前、彼女と外で会った時にさ。遅いから送っていくって言ったら、『送り狼に
なられちゃ困るからいい』なんて言われちゃって」
苦笑いをする彼の顔をバックミラー越しに見ながら、私も笑い声を出した。
「ははは。若社長も形無しですね」
「参っちゃうよ、ほんと」
土曜日の夜の彼は、いつも幸せそうに笑う。
「送り狼にまつわる昔話をご存じですか」
「知らないな、どんな話?」
「…昔ある男が、女の元へ通う山道の途中で狼に会いまして。狼の喉にものが刺さっていて
とても苦しそうだったので、手を突っ込んで抜いてやったんです。狼はとても感謝して、
それ以来その男が女の元へ通う夜は、男の後をついて歩いて彼を守っていたそうです」
「へえ……じゃあ本当の送り狼は、取って食ったりしないんだ」
「まあ、そういう話もあるということですね」
週末気分に浮かれて混雑する道路を抜け、車は狭い道に入る。
「彼女に教えてやろう、その話」
次の角を曲がれば、幸せな彼の恋人のマンションに着く。

4739-839 嫌われ者の言い分:2007/02/01(木) 20:29:50
「お前ってさ。本当嫌われ者だよな」
「何?藪から棒に」
「いや、結婚したくない男一位だったんだよ、うちの女子社員のなかで」
「僕が?」
「当たり前だろ」
「ふーん」
「仕返しにいたずらしようと思うなよ」
「おー、エスパー?」
「やっぱりか。そんなんだから嫌われんだよ」
「いいよ別に。女はあいつらだけじゃない」
「どーかねえ。お前自身の問題だと思うぞ、おれは。このままじゃまずいんじゃないの」
「何が?」
「お前はさ、上司受け悪いだろ」
「うん」
「同僚の評判も悪いだろ」
「うん」
「おまけに友達も少ない」
「まあ、否定はしないよ。で?」
「まじで性格改善しないと、一人ぼっちになっちまうぞ」
「あーそうかもねえ。でもこの性格は今さら変えられないし、変える気もないよ」
「・・・まあ、そう言うと思ったけど。お前はそれでいいわけ?」
「うん。だって、絶対に一人ぼっちにはならないし」
「ほう。そりゃまた、どうして?」
「だってさ。世界中の人間が僕を見捨てたとしても、君だけは僕を見捨てないからね」
「またえらく言い切ったな」
「だって、そうでしょう?」
「まーな」
「だったらいいじゃない、このままで。特に問題はないでしょ?」
「ああ、確かに」



「ところでさ、君はもっと僕が他の人に好かれて欲しいわけ?」
「んー……まさか」
「じゃあ、やっぱり今のままでいいんじゃない」
「そうだな。お前は今のままでいい」

4749-859 送り狼:2007/02/02(金) 01:27:37
「えーんえーん」
僕は周囲に響き渡るように大きく声を出しました。
「えーんえーん、迷子になっちゃったよぅ」
すぐそこに彼がいることはわかっていたのです。
両の手を目に当てて、泣き真似をしながらも、手の間からそっと茂みのほうを見てみると、
僕の声を聞きつけた彼が、草の影からこちらを窺っています。
僕はさらに声を張り上げ泣いてみせます。
「えーんえーんえーん、お家に帰れないよぅ」
こちらの備えは万端整っているはず。
今朝は念入りに手入れをしたので、自慢の巻き毛もふわふわだし、
寒いのを我慢して露出度高めの装いをしてきたのですから。
ここ数日まともな食事にありつけていない彼が、この僕のを見過ごせるわけないのです。
しかし、草むらからガサゴソと物音はすれども、一向に彼の現れる様子がないのに僕が少し
イラつき始めたとき、「コホンッ」と躊躇いがちな咳払いがひとつ、背後から聞こえました。
そして、緊張した様子で
「き、きみ、どうかしたの?」
僕に呼びかける声がします。
「よっしキタ!」と心の中でガッツポーズをとりながら振り向くと、そこには、彼の、
白粉で顔を真っ白にした、彼の姿がありました。
…僕は、僕自身を、よく堪えたと、褒めてあげたい。よく、笑い噴出さずに耐えたと。
一瞬、泣くのを忘れてポカンとしてしまったた僕を、不思議そうに見ている白い顔。
それ以上直視することはできませんでした。
おそらくは、僕を怯えさせまいと、少しでも僕の姿に近付こうとしてのことでしょう。
彼らしいと言えば、この上なく彼らしい、間抜けた思考と行動です。
そんなんだから、いっつも餌に逃げられるのさと思いつつ、僕は泣き真似を再開しました。
こんなことで出足を挫かれちゃたまらない。
「えーん、迷子になっちゃったんだよぅ」
「か、かわいそうに。私が送っていってあげるよ。きみのお家はどこ?」
用意していた言葉を一息に吐き出すように彼は言いました。
言い終わると、全ての仕事を終えたとばかりに、ほっと息をつきました。
彼としては、こう言ってしまえば僕は言うことを聞いて、大人しく後をついて来るだろうから、
人気のない道にすがらことに及ぶ…というように、万事うまく運ぶと思っていたのでしょう。
しかし、そうは問屋が卸さない。
僕はさらに声を一段大きくし、激しく泣いてみせます。
予定外の反応に途端に慌てふためく彼。
「大丈夫、ちゃんと家まで送っていくよ、本当だよ」
「えーんえーん」
「わっ悪いことしようなんて全然考えてないんだからね!私を信じておくれ」
「えーん」
「ほら、泣かないでお家を教えて」
「えーん!お家がわからないから迷子なんだよーぅ」
「そ、そうだね。そうだよね」
「えーん…」
「どうしようか。どうすればいいかな。弱ったな」
僕をなだめるのに精一杯で、彼は本来の目的など忘れてしまっているようです。
そこで、潤んだ目をして少し上目遣いに見上げれると、彼の咽喉がゴクリと唾を飲み込んで
動くのが見えました。
「お腹が空いたよぅ」
「…私もだ」
ともすると白粉の下から現れそうになる欲望を、必死に押し鎮めようとする様は、
見ていてとても楽しい。
まったく要領を得ない問答に半ば呆れながら、それでも僕は、そんな彼を可愛らしく思います。
初めて彼を森で見かけたあの日から、彼の存在は常に、僕の加虐心を煽情してくるのです。
喰う者と喰われる者という本来の関係を越えて、僕は彼に近付きたいと、
そう願わずにはいられない。
僕はか弱き存在だが、知恵という偉大な力で、今日それを叶えるつもりです。
「寒いよぅ」
「うん、日がだいぶ傾いて来たからね…じゃあ、こうしよう。今夜は私の家へ泊まるといい。
 明日になったら、お家を探してあげるから。家で、あったかいミルクを飲もう」
彼にしては上出来の、僕が思い描いた通りの回答です。
「ミルク?はちみつ入り?」
「ああ、はちみつ入り」
僕は、か弱さと可愛らしさを過剰に演出しながら、彼の袖を掴んで寄り添いました。
泣き止んだ僕にほっと胸を撫で下ろし、彼は歩き出します。
二人の重なった長い影を携えて、彼は今日の狩の成功を確信したのでしょう、
満足そうな顔で独りごちました。
「送り狼なんて言葉、知らないんだろうなぁ…」
そんな彼の影を踏みながら、僕は今夜の成功を確信して、ほくそ笑みました。
羊の皮を被った狼なんて言葉、彼はきっと知らないのでしょうね。

4759-899 シャワー中に濃厚なキスで:2007/02/03(土) 15:25:43
目が回る。
アイツを伝いながら落ちてきたお湯が顔の上を流れていく。
鼻側を通るそれに呼吸もままならない。
口の中を蹂躙しているアイツの舌。
何度も歯を立てかけ、思い止まる。
俺はアイツの声が好きだった。

馬鹿なことをした。
アイツと俺、どっちのキスが巧いかなんてどうでもいいじゃないか。

ああ、目が回る。

震えた膝がタイルに当たる寸前、アイツの腕が俺を支えた。



「……の決着はオレの勝ちだったんだぜ」
「へー、マジで?で、どうやったのよ?」
浮上した意識が最初に捉えたものはシャワー室ではない天井だった。
どうやら気を失っていた俺を運んでくれたらしい。
次いで把握した声はアイツの美声とくぐもった友人の声。
ドアの外にいるらしい友人に得意気に話している。
「いやー、シャワー中だったから後ろに回ってがーって襲ったわけよ。濃厚な一発でクラクラーって…」
「酸欠でだ」
延々と話し続けそうな声を聞きながら、口から出た言葉がアイツの口を一瞬止めた。
今度は「えーそんなー」とか言いながらいじけた振りをしている。
そんなふざけた声でも俺を惹く力は変わらない。
背後から近付いて額を押し下げ、軽く唇を合わせる。
唇を離したと同時に力を抜いて倒れてきた。
「シャワー室で続きをしてやってもいいぜ?」
小さく耳元に囁けば白旗が上がった。

4769-839 嫌われ者の言い分:2007/02/03(土) 18:01:25
彼は一瞬目を丸くして、それからけらけらと笑い始めた。
「俺は別にそんなつもりないですって」
「嘘だ」
「ホントですよ。奪うなんてこと自体、ちっとも思いつかなかった。
 そっか、そういうのもアリか。略奪愛かー…あ、でも愛がないや」
なおも可笑しそうに笑う彼を、俺は睨みつける。
「遊びのつもりなのか」
「いーえ、本気は本気ですよ。佐伯さんと会うようになってから、他の人とはヤってない」
その言葉に眩暈がする。
「いつから」
「んー…元々、二人の関係を知ったのは二ヶ月ちょい前かな。
 俺、裏の倉庫で二人が濃いーキスしてるの見たんですよね」
「……覗いてたのか」
「偶然。奥の棚で探し物……あ、そーいえばあれ頼んだの和泉さんですよ」
「……」
「で、ちょっと興味がわいて近づいてみたっつーか」
「…それで、あいつは受け入れた」
「や、まさか。最初は全然相手にされなかったですよ。冗談だと思われてたみたいで。
 言い寄られたからってすぐフラフラするようなタイプでもないじゃないですか、あの人」
その口が、あいつを語ることにどうしようもない怒りを覚える。
しかし、彼は怯んだ様子も無く喋り続ける。
「で、いつだったかなー…これまた裏の倉庫で、今度は喧嘩してましたよね」
「それも覗いてたのか」
「超生々しい痴話喧嘩。あの後、仕事場じゃ二人とも普通に喋ってたけど。
 そこへメーカーとのトラブルが起きちゃって、和泉さんはそのまま出張へ」
「……そこに付け込んだ」
「うーん、そういうことになっちゃうか。でも佐伯さん、すげー落ち込んでたんですよ?
 その日一緒に飲みに行って、べろべろになったところをもう一押ししたら、落ちました」

あの喧嘩は、今思えば本当に些細なことが原因だった。
しかしあのときの俺は頭に血が上っていて、あいつと顔を合わせるのが嫌で仕方なく、
だから急な出張にほっとしていた。
結局、トラブルを片付けて後始末をして、その間に頭も冷えて落ち着いて、
次にプライベートで会えたのはその二週間後。

――二週間。

「大丈夫ですよ。本当の本当に、和泉さんから佐伯さんを奪おうとか思ってないですから」
「……だったら別れてくれ」
「だからぁ、佐伯さんにそう言われたら大人しく諦めますってば」
「あいつはまだ、俺が気づいたことには気づいてない」
「だったら胸倉掴んで『俺とあいつのどっちを選ぶんだ!』って迫ればいいんですよ。
 百パーセント、あの人は和泉さんを選ぶから」
そう言って彼はまた笑う。
「一応、俺も本気なんで」

俺はその笑顔が憎らしくて仕方なかった。

4779-909 お母さんみたい:2007/02/05(月) 01:28:07
「あったかい格好してけよ」から始まり「受験票は?」「地下鉄の乗り換えはわかる?」と続いて、
「切符はいくらのを買えばいいか」に到ったとき、俺は去年のことを思い出していた。
世の受験生は、皆このような朝を過ごすものなのだろうか。
昨日まで散々繰り返してきた会話を、当日の朝の玄関先で再びリピート。
俺、受験二年目ですが、昨年はかーちゃんがこんな感じだった。
そんで、朝っぱらからカツ丼食べさせられて、油に中って、惨憺たる結果を生んだのだ。
そのことについては恨んでいない。むしろ感謝している。
なぜかというと、一年間浪人させてくれた上、都内の叔父さんところに下宿を許してくれたからだ。
「それからこれ、頭痛くなったりしたら飲んで。眠くならないやつだから」
手のひらに錠剤を数粒のせて、差し出すこの人が、俺の叔父さん。
「お腹下したらこっち。気持ち悪くなったらこっち」
まったく、心配性なところも、お節介なところも、かーちゃんそっくり。
かーちゃんみたいだと指摘したら、神妙な顔つきで
「最近自分でも似てきたと思う」と答えたので笑ってしまった。
まあ、血の繋がった姉弟なんだから、似ていて当然なんだけど。
叔父さんは、かーちゃんとは十以上も歳が離れていて、むしろ俺とのほうが歳近く、兄弟のように育った。
高校卒業と同時に、家を出て一人暮らしをすると知ったときは、俺はダダをこねて泣いたのを覚えてる。
会いたい一心から、毎月一度は、電車で一時間ちょっとの距離を一人で訪ねたりした。
そのまま都内に就職を決め、実家に帰ってこないとわかったとき、俺も上京することを決意した。
本当は、大学生になって、近くにアパートを借りるつもりだったのが、浪人という立場ゆえ、
一人暮らしよりは…と、何だか勝手によい方向へ転がって、同居なんて嬉しい状況を手にしている。
おかげでこの一年、結構バラ色の浪人生活を送らせてもらったと思う。
「そんなに心配なら、一緒に行けばいいじゃん。どうせ同じとこ行くんだし」
この人は今、大学の事務で働いている。
俺が去年見事に不合格となり、今年は余裕で合格するつもりの大学だ。
「じゃあ一緒に出ようよ。ほら、すぐ着替えて来い」
「やだよ。今出たら早く着きすぎちゃうもん」
「受験生なら余裕持って出かけるべきだろ!?」
だから、余裕なんですよ。一年も余計に勉強したからね。そんな心配しないでよ。
「そっちが俺に合わせてくれたらいいじゃん」
冗談のつもりで言ったのに、全部真に受けて困った顔なんてされると、もっと我儘言いたくなっちゃうんだよね。
「仕事だもん無理に決まってるだろ」
いい歳した大人が、口尖らせてみせたって…可愛いから。上目遣いとか、可愛いから、やめてください。
あーあ、不貞腐れちゃって…こういうとき俺、どっちが年上かわからなくなるよ。
「いいの?時間」
俺の声にハッとして時計を見ると、慌てて靴を履いて飛び出した。
玄関の扉を開け身体を半分外に出したところで、彼はまた振り返って俺を見る。
まだ何かあるのかー?と思っていたら、扉の閉まる音がして、彼が近付いてきて、
頬を両手で挟まれて、ぐいっと引っ張られたと思ったら、キスされてた。
身長差に加え玄関の段差のため、俺は前屈みでアンバランス。されるがまま口付けを受ける。
ゆっくりと唇の形を確認するように味わって離れていった顔は、それでも名残惜しそうで、
物足りないと、目が、唇が、語っていた。
あーもー、自分から勝手にキスしておいて、そんな顔すんなよな。
もっと色々したくなっちゃうじゃないか。俺、受験生だぞ。
まったく、そういう無意識に甘え上手なところも、かーちゃんそっくりだ。
ま、かーちゃんとはキスはしないけど。
俺はこの人たちには一生敵わないと思うよ。
「じ、じゃあ俺、先行ってるから」
自分の行動に今更、耳まで真っ赤にしながら、彼は俺の目を見て言う。
「頑張れよ」
しっかりと力強く響いた言葉を残して、今度は振り返らず出て行った。

頑張るに決まってるじゃん。
もうアンタにあんな物足りなそうな顔させられないからね。

4789-919 あやかし×平安貴族:2007/02/05(月) 02:30:14
雨が降り始めた。最初は小粒の雨だれだったが段々と雨脚が強まっていく。
勝利に沸き立っていた周りの人々は、その興奮に文字通り水をかけられたのか、
足早に山道を引き返していく。

しかし、彼――私の仕える主人だけは、その場に佇んだまま動こうとしなかった。
右手に剣を携えたまま、雨に打たれている。

私は主人の元に走ろうとして、一瞬だけ躊躇した。
彼の足元に転がるそれが、また起き上がり牙を剥くのではと思ったのだ。
しかし、すぐにその考えを打ち消して傍に駆け寄る。
「中将様、お怪我は」
訊くと、彼は足元から目を離さず、ただ「ない」と短く言った。
その視線につられるように、私も足元を見る。

それは、漆黒の毛並みを持つ獣だった。今は骸となって地に横たわっている。
大きな体躯をしたそれは山狗に似ていたが、本来は何という獣なのか私には分からない。

宮中に災いをもたらす妖の者だという話だった。
元は獣であっても気の遠くなるような月日を生き長らえるうちに、知恵をつけ
恐ろしい力を振るい、妖の術を使い、ときには人に化けることもあるという。

仕留めたのは、彼だった。

「あまり雨に濡れると御身体に障ります」
それでも彼は、骸から目を離そうとしない。
「…それは、もう事切れておりましょう。心配なさらずとも」
「なぜ此処で待っていた」
「……は?」
「逃げろと、言ったのに」
見れば、彼の剣を握るその手が微かに震えている。
「攫わないどころか逃げもしないとは、お前は本当に…」

意味が分からず、どう返事をしたものかと逡巡していると
彼は顔を上げ不意に「戻る」と言った。
そのまま、私の返事も待たずに歩いていく。私も慌てて後を追う。

「中将様が仕留められたとお聞きになれば、主上は一段とお喜びになるでしょうね」
主人を和ませようとして出た言葉だったが、彼は何も答えなかった。
硬い表情のまま、後ろを振り返ることもなく、足早に歩いていく。

この三日後に、彼が自らの身を湖に投げ出すとは、このときの私には知る由もなかった。

4799-879 探偵と○○:2007/02/07(水) 01:14:24
「先生! 何を呑気に食事してるんですか!」
「やあ黒木君。ここのモーニングは美味しいね。スクランブルエッグが半熟で絶品だ」
「卵の固さなんかどうでも……」
「一流の美術館の向かいにある喫茶店は、モーニングも一流なのだね」
「そんなものいつだって食べられるでしょう!」
「モーニングは午前中にしか食べられないよ。君はおかしなことを言うねぇ」
「あの泥棒を捕まえてから食べればいいじゃないですか!」
「まあまあ。いいじゃないか、そんなに急がなくても。怪盗君が逃げるわけじゃなし」
「逃げますって! 寧ろモーニングの方が逃げません!」
「予告の時間にはあと二十分ある。あの怪盗君は時刻には正確じゃないか」
「先生は泥棒の言うことを信用するんですか。怪盗を名乗っても所詮は犯罪者ですよ」
「手厳しいね」
「今回は先生宛に挑戦状まで送りつけてきて」
「買い被られて光栄だ」
「僕は怒っているんです。先生を馬鹿にしてる!」
「余程の自信があるのだろうね」
「さあ先生、僕たちも早く美術館へ行きましょう! 警部たちも待ってます」
「そうだね。……うん。それじゃあ、そろそろ行こうか」
「今度こそあの泥棒を捕まえてやりましょう!」
「……あ、ちょっと待ってくれ黒木君」
「何ですか!! 食後のコーヒーが飲みたいとか言うんじゃないでしょうね!?」
「違うよ。どうやら財布を忘れてきたらしい。すまないが、貸してくれないか」
「……。まったくもう。ではこれで……ってうわっ!?」
「黒木君が助手でいてくれて幸せ者だと、私は常々思っているんだよ」
「せっ、先生、今はこんなことしてる場合じゃ……」
「失敗だったねぇ」

紙幣を握り締めた彼を抱きしめたまま、私は耳元で囁いた。

「捕まえたよ、怪盗君」

4809-949 妻子持ち×変態:2007/02/09(金) 23:35:04
通話を終了して携帯電話をテーブルに置く。と、ベッドの方からくぐもった声がした。
「奥さん?」
「……起きてたのか」
「気ィ失ったままだと思ってた? あ、だから普通に喋ってたんだ」
毛布にくるまったまま、にやにや笑っている。
「なんでこの時間に電話……ああ、今の時間って会社の昼休みか」
「……」
「奥さん何の用だった?今日は早く帰ってきてね、ってラブコール?」
「お前には関係無い」
「まさか旦那が仕事抜け出して昼間から男を抱いてるとは思ってないだろうなぁ」
睨みつける。
しかし悪びれた様子もなく「俺なら夢にも思わない」と頷いている。
「ねえ、奥さんからの電話が十二時過ぎにかかってきてたらどうしてた?」
「知らん」
「ヤってる最中でも誰からかは分かるよね、着メロ違うから」
「……いつから起きてた」
「もし今度そういうシチュエーションになったらさ、
 『電話に出ないで今は俺だけを見て』って泣きながら健気にお願いしてやるよ」
「馬鹿なことを」
「俺が泣いたらアンタいつもがっついて来るじゃん。俺の泣き顔が好きなんだろ?」
「ふざけ――」
「やっぱり奥さんと娘さんが一番大事?」
怒鳴りかけた言葉が喉元で止まった。
「ちなみに俺はね、アンタが家族と俺を天秤に乗っけて悩んでるときの表情が一番クる」
そう今みたいな感じの、とこちらを指差すその顔は楽しそうだった。

4819-949妻子持ち×変態:2007/02/10(土) 02:23:29
散る火花、電動ドリルの回転音、荷を積載して行き交うトラックの軋み、砂埃、
天を突く事を恐れず真っ直ぐ伸びていくクレーン車の腕が、白日の空には余りに
不調和に過ぎる黒い鉄骨を高々と吊り下げる下で、労働者達の怒号が交差する。
決して気短な人間ばかりではないのだが、種々の工程に付随した騒音が
鼓膜を刺激しない建設現場など未だ有り得ず、スピード、効率を高めることに腐心する
人々は拡声器を握り締め、腹の底から大いに声を張り上げる一方で、かつ瓢箪型を
した小さな耳栓に世話になりもした。
作業音に限らず、どんな職場にも耳を塞いでしまいたくなるような害音は存在
するもので、特にそれが人の喉から発された聞くにも耐えない言葉であり、己が身を
おびやかす予感すら匂わせていた場合、鉄拳の一つも見舞いたくなるのが
人情というものだ。決して、自分は気短な性質ではなかったはずなのだが。
「愛しています」。
そう口にして縋りつこうとしてきた若者の頬を一発、殴り飛ばした瞬間にこそしまった、
と思ったが、未舗装の赤土の上に上等のスーツで尻餅をつき、脚を広げて
ポカンとした顔がやがて我を取り戻し、敢然と同じ愚言を繰り返そうとするので、
二発目は全く遠慮無しに腹に打ちこんだ。
「この、ド変態が!」
男の多い職場である。世に同性愛を嗜好する者があることも分かっている。
しかし自分がその対象にされるとなるとただ黙っているわけにはいかない。
長く現場第一線に立ち続ける中、まさかこの身が他人に向けてそういった種類の
罵倒を吐こうとは思いもしなかった。
大手建設会社から工事管理、現場にて細かな調整に当たるために派遣されてきた
建築士であるというこの男も、初見ではまともに映ったのだ。育ちのよさそうな顔立ち
に堅実な仕事、現場監督としてのこちらの立場を軽んじることもない、非常な好青年
ぶりを発揮していたはずが、
「調子に乗るなよ、若造が」
「むしろあなたが僕に乗るべきだ!」
今では二者の間には静電気のようにピリリとした緊張が流れ、四六時中
獣のように気を張っていなくてはならなくなってしまった。
どうしてこんなことになったのか。俺が一体何をした。
隙を見せないよう、化粧前で剥き出しの鉄筋の壁で尻を隠しながら横伝いにじりじりと
歩く。若者の頬には痣が増えた。血を吐いて鳴くホトトギスのように鋭く、愛して
いますと迫るたびに一撃、また一撃を加えたためだ。言葉の激しさに応えたわけでは
なかったが、一切の手加減をしなかった。
目障りな変態相手に情けは無用と感じたからだ。
ボクサーのように痣を誇りこそしなかったが、若者はそれを隠そうともしない。こちらの
拳の痛みなどお構い無しに日々青に黄色に、斑に広がっていく模様に声をかける者
もいたが、明確な返答をした事はなく、目元に満足そうな笑みを刻むのみだった。
ホモでマゾか。救いようがない。
アブラゼミの声を聞きながら、「夏場のヘルメットは頭がサウナですねえ」
などと気負いのない会話をしていた頃がひどく懐かしかった。
たまらず、泣きを入れた。自分は妻子ある身だから、これ以上付き纏うのはやめてくれ
と拝み倒したのだ。彼は不意を突かれたようにきょとんとしていた。
どうやらこちらが既婚であることを知らなかったらしい。
申し訳ない事をしたと、頭を下げる様は潔かった。
「僕は我侭を言って、現実を受け入れたくなかっただけなのかもしれない。
あなたはちゃんと、最初から答えをくれていたのにね」
そう言って、若者は頬を押さえた。
こちらについての十分な知識もなく、そんな余裕もなく、ひたすら心の滾るままに
彼は突っ走っていたのだろうか。だからといってあのしつこい猛勢に得心が行くわけ
ではなかったが。自分はかつて妻に限らず、これほどまでの情熱でもって誰かに
接したことがあっただろうか。
あなたを好きでしたと、振り切るように彼は最後に告白し、およそ一月後、我々の
手掛けた建物は無事竣工式を迎えた。
式典から帰宅して玄関で黒光りする靴を脱ぐ間もなく、小学生になる娘が駆け寄ってきた。
「お帰りなさい、お父さん!」
見上げてくる、澄みきった黒い二つの輝きにふと何かを思い出しかけた。そう言えば
こんな目をしていた、ひどく一途な目をして追いかけてきていたんだと、彼の熱を
今更のように胸をよぎらせ、両手を差し出して、ゆっくりと娘を抱え上げた。

4829-979 息子の友人×父親:2007/02/10(土) 02:47:19
「おとうさんを僕にくださいっ!」

それは我が最愛の息子の、晴れの成人式の日のこと。
本日はお日柄もよく滞りなく式も執り行われ、凛々しい紋付袴姿に惚れ惚れと
息子の健やかなる成長を、天国の妻に報告しようと仏壇に向かって手を合わせた時だった。
先ほど帰宅した息子が、友人と二人で引き篭もった奥座敷から、大きな声が聞こえてきた。
何事かと思い襖の陰から中を窺えば、袴姿の若者が二人向かい合い、
我が息子の親友A君が、畳に頭を擦り付けるようにして土下座をしている。
息子は神妙な顔で腕を組み、そんな彼を見下ろしている。
そして再び、
「おとうさんを僕にください」
今度は噛締めるようにしっかりと、腹の底から響くような頼もしいA君の声。
何か昔のテレビドラマなんかであった結婚を許しをもらいに行くシーンみたいだなと、
少しワクワクしてみたけれど、ちょっと待って?お父さんって俺のこと?
普通「お嬢さん」を「お嫁に」くださいを「おとうさん」に言うのであって、
「おとうさん」が「ください」の対象ってどういうことデスカ?
俺、お嫁に行かされちゃうんデスカ?
ちょっと待ってクダサーイ。
私には永遠の愛を誓った人がいるんです。亡くなった妻への愛を生涯貫く覚悟なんです。
いきなりお嫁に来いとか言われても困ります。
そもそも息子の親友A君とそんな関係になった覚えはないのです。
そりゃ彼は、息子がいようがいまいが、毎日のように我が家へ遊びに来ているので、
よく知っているし、既に家族の一員みたいな気持ちはあるけれど、あくまで俺にとっては
息子が一人増えたようなものだというだけで、それ以上の感情などあるはずもなく…。
いやいや、それより、いきなり本人の承諾もなくだね、息子に了解を得に行くのは順序が違うんじゃ?
そんな不束者に、大事なお父さんはあげられないよな?息子よ。頼りにしてるぞ、言ってやれ。
「お前の気持ちは知ってた」
張り詰めた空気を割るように、息子が口を開く。
「いつかこんな日が来るんじゃないかと思ってたよ」
えええええ!?そうなんだ!?俺は全然知らないんですけど?
「けど…何から話せばいいかな」
よし、丁寧にお断りするんだ。
親友といえども、大事なお父さんはあげられませんって言え。ガンバレ。
「あれは俺の祖父だ。おじいちゃん。親父はさっきからあそこで、赤くなったり青くなったり
 一人煩悶してる挙動不審者」

ああ見えて今年で三十七歳だ。若作りっていうか、精神的にも幼いっていうか、よく兄弟に間違われるよ。
高校卒業前に俺が出来ちゃって、まあオフクロが結構年上だったから何とかなったみたいだけど、
はっきり言って俺もあんまり親父と思ったことないんだよね。頼りないし。ガキだし。
子供の頃から一度もお父さんとか呼んだことないし。呼び捨て。間際らしくて悪かったな。
で、お前が親父だと思ってた祖父だが、十五で親父が生まれたって聞いてるから、まだ五十代だけどさ、
あの人は、お前の手におえるような人じゃないぞ。悪いことは言わないから、引き返せるうちに引き返せ。
化け物みたいなもんだ。男も女も、あの人の毒牙にかかって破滅してった奴を何人も知ってる。
まさか未成年にまで手を出すようになったとは…歳の差なんて関係ないって、まあそうだけど。
ああ、そうだな。もう今日から成人だ。だからもう犯罪にはなんないって、お前は来たわけだ。
でも、一度嵌ったら抜け出せない、底なし沼に飛び込むことになるんだぞ。
そりゃ今は、それでもいいって思ってるだろうけど、それはわかるけど。
親友のお前の背を押すようなことは、俺にはできない。
いや、仲を引き裂くとか大げさなもんじゃなくて、いや、そうなんだけど。
お前は今病気にかかってるんだ。病だ病。だから俺の言うこと聞いとけ。
許してくれないなら駆け落ちするって、馬鹿かお前は。
ああもう、だいぶ毒がまわってるな、もう手遅れか?
おぉい、目を覚ませー!

4839-989ふたりだけにしか分からない(1/2):2007/02/11(日) 18:44:02
市民公園の大きなケヤキ、それをぐるっと取り囲むベンチに座る人影ふたつ。ケヤキを挟んで背中合わせのふたり。
つまらん昔話でもしようか、と、片方が呟く。昔を語るにはあまりに幼すぎる声。
「…昔々、黒い妖(あやかし)がいてな。ここらの村人は皆、夜になると家に閉じこもって震えておった」
背中合わせに座った人影が続ける。
「妖は家畜を襲い、作物を荒らし、井戸の水を濁らせた。
 挑みかかった剛の者は皆、翌朝には骨になり転がっていた」
「…訂正しろ。骨なら食えんが、あれはまだ食えた」
「細かいところにこだわるな、お前」
「犬畜生と一緒くたにされるのが不快なだけだ」
明らかに機嫌を損ねる幼い声に思わず苦笑を漏らす、その声も決して年経ているとは言い難い。
「…まぁよい、続けるぞ。
 ある日、村に武者修行なんぞという名目で旅をする若造がふらりと現れた」
「話を聞いた若者は、一宿一飯の恩義にその化け物を退治しようと申し出た」
「そして…」
幼い声が言葉を紡ごうとするのを遮り、もうひとつの声が語る。
「夜に暴れるならば昼に討てばよかろう、と、若者は妖の寝倉と噂される山へと分け入った」
「!」
「若者は山の奥深くで木漏れ日の日向に寝転ぶ妖を見つけた」
「……」
「漆黒の毛並みは艶やかに日に輝き、血の如く朱い目は満足げに細められていた。
 ぐるぐると鳴らす喉の音は離れた場所から様子を窺う若者の所まで伝わり響いた」
一気に語り、ふぅ、と息をつく。
「やがて妖は寝入り、若者はゆっくりと近付いた」
「何故そこで斬らなかった?」
「妖の毛並みがあまりに綺麗だったので、撫でてみたいと思った」
「っ!!」
「自分の背丈以上もあるその妖の喉を、耳の後ろを撫でた。
 寝ぼけているのか、妖はされるままになり、ぐるぐると喉を鳴らして若者の手に頭を擦り寄せた」
「……不覚。あの日に限って寝呆けたとは」
「不覚という事はないだろう。おかげで妖は生き長らえたんだ」
「ほんの数刻だがな」
幼い声が忌ま忌ましげに呟き、もうひとつの声は続ける。
「あとは、あそこの立て看板に書いてある、この公園の名前の由来になった伝説の通り。
 その晩から妖と若者は三日三晩の死闘を演じ、ついに若者は妖を討ち果たした」
「嘘をつけ。あれは俺と若造の骸を見つけた輩が勝手に

4849-989ふたりだけにしか分からない(2/2):2007/02/11(日) 18:47:20
でっちあげた話だろう」
「…そうだな、決着はあっという間だった。
 若者は妖に捩伏せられ、瀕死の重傷を負った。
 死を目前にして若者は強く思った。この妖を他の誰かに倒されるのは嫌だ、と」
「何故」
「惚れたのかもな。宵闇に躍る強く美しい姿と、木漏れ日の下で眠る愛らしい姿を見せられて」
「……はっ、馬鹿馬鹿しい。人と獣だぞ?」
「最期の力を振り絞り、若者は妖の首を撥ねた。
 薄れる意識の中、若者は思った。何故、妖は自分にとどめを刺さなかったのか、と」
「…いらん事を思い出しただけだ」
幼い声に、ふっ、と自嘲めいた笑いが混じる。
「とどめを刺そうと覗き込んだその顔が…
 そのまた昔々、妖のその二叉の尾がまだひとつであった頃、その頭を撫でられた主君にうりふたつだっただけの事よ」
「……」
しばし沈黙が辺りを支配する。街の喧騒がやけに遠い。
「…あの夜は曇りだったな」
「ああ。だから、人はおろか月や星すら本当の事を知らない」
「二人だけにしか分からない真実、か」
悪くない、とふたつの声が笑いあう。
「笑うか、若造。貴様を殺したこの俺と共に」
「お前こそ笑うか、黒猫。俺こそお前を殺しただろう」
「憎しみや怨みはどうにも妖の骸に忘れてきてしまったらしいな」
「俺はもとよりお前を怨んではいないさ」
片方の人影が立ち上がって何かを背負い、反対側の人影へと歩み寄る。
「…とりあえず、若造呼ばわりをまず止めろ。今はお前が年下だ」
声をかけられた少年は、目の前の相手のランドセルと自分の小さな肩掛け鞄を見比べ、「そうだな」と呟いた。
「なら、何と呼ぶ?」
「ヒロキ。ちなみにお前と会った当時の名は…」
「いらん。現世を生きるには必要ない」
「幼稚園児には不似合いな言葉遣いだな」
「たわけ。貴様と話すから合わせてこの口調にしているだけだ」
黄色い帽子を脱ぎ、悪戯めいた笑みでランドセルの少年を見上げる。幼児独特の柔らかな黒髪がさらりと揺れた。
「…撫でたいか?ヒロキ」
「おう。撫でてじゃらして可愛がりまくってやるぞ、黒猫」
「貴様も、れっきとした人間に向けて猫よばわりは止めろ。【コウタ】だ」
ヒロキにくしゃくしゃと髪を撫でられてコウタが笑う。
妙な縁の妙なふたりが互いに懐古以上の感情を抱きあうのは、まだまだ遠い先の話。

48510-19 捨て猫がついてくるんですけどww まじどうしよう:2007/02/13(火) 01:26:35
「おっす」
「……それは何だ」
「向こうの公園に捨てられてた。ちょっと構ってやったら懐かれちゃって」
「それで無責任に連れて来たのか」
「だって、みーみー鳴きながらちょこちょこ付いてくるんだぞ。ほっとけない…」
「お前と似てる」
「ん?」
「都合のいいときだけ寄ってくるところが」
「ちょ、都合のいいって、俺が?」
「こっちの事情お構いなしに転がり込んできて、それなのにある日ふっといなくなって、
 忘れた頃にまた何食わぬ顔して戻ってくる。自分の都合じゃなくて何なんだ」
「え。もしかして、怒ってる?」
「ああ」
「えーと……ごめん、図々しかった」
「……」
「…それじゃこれで」
「どうして出て行った」
「はい?」
「どうして何も言わずに出て行った」
「あの。割のいい長期バイトがあってさ。それが現場に泊り込みで」
「……」
「貯金が底を尽きそうってバレたら、またお前に怒られると思って」
「だからって今まで連絡の一つも寄越さないのはどうなんだ」
「うん。…すいませんでした。ごめん」
「分かればいい」
「……あれ?」
「何だ」
「怒ってるのって、黙って出て行った方にだけ?」
「は?」
「いや、元々の転がり込んだ方には怒ってないのかなーって」
「それは……今更」
「良かったー。ついにお前に見捨てられるのかと思って本気で焦った」
「……大袈裟な」
「じゃあ、上がらさせてイタダキマス。あ、コイツは」
「勝手にしろ」
「ありがと。良かったな、お前も上がっていいってよ。命拾いしたなぁ、お互い」
「さっさとドアを閉めろ。寒い」
「ういー。なあなあ、牛乳ある? こいつ腹減ってるみたいなんだけどさ――」

48610-49 この胸を貫け:2007/02/15(木) 23:35:11
「よ、お疲れ」
顔を上げると西崎さんがいた。俺も「お疲れさまです」と返す。
壁際の自販機にコインを入れながら、西崎さんは俺を見て少し笑った。
「どうした。なんだか本当にお疲れ風に見えるぞ」
「やっぱりそう見えますか?」
そう返すと、彼は僅かに目を瞠ってその笑みを引っ込めた。
「何かしんどいことでもあったのか?」
心配そうに訊ねてくる。俺は何秒か逡巡して、思いきって口を開いた。

「……俺、近いうちに死ぬかもしれないんです」
「おいおい」
俄かに深刻な表情になる西崎さんに、俺は慌てて説明する。
「いや、あの、別に死にたいとか、そういう訳じゃないんですよ。ただ」
「ただ?」
「その…。最近、殺される夢をよく見るんですよ」
笑われるだろうかと様子を伺うが、彼は指を止めたまま真顔でこちらを見ている。
「同じシチュエーションで、毎回、同じように殺されるんです。
 最初の頃は疲れてるのかと思ってただけなんですけど…」
しかし、それが五回も六回も続くと、さすがに気になってくる。
「いわゆる予知夢みたいなもんじゃないのかって、心配になってきて」

「なるほど」
西崎さんは頷いてから、自販機ボタンを押した。がこん、と音がする。
「確かに気味悪く思うかもしれないが、こういう話もあるぞ」
言いながら、「おごりだ」と取り出した缶コーヒーを、俺に投げて寄越す。
「殺される夢は、今自分が抱えている悩みやトラブルが解決する予兆である」
「解決の予兆、ですか」
「特に現実に問題が起こっている相手に殺されるのは、その問題が解決する前触れなんだと。
 殺され方によって色々意味が違うらしいぞ。首を切られる夢は仕事の悩み、とか」
そう言って、西崎さんはにっと笑った。
「良いことの前触れだと思っていた方が気が楽だぞ」
彼の笑顔につられて俺も無意識のうちに笑っていた。

「じゃあ、俺のはとりあえず仕事の解決ではないですね」
「お前の場合は?」
「刺されるんです。胸を刃物でこう、ブスッと一突き。腹を刺されたこともあります。
 刃物が入ってくる感覚だけ妙に生々しくて、でも不思議と痛くはないんですけど」
刺殺の場合は何の悩みなんでしょうねと言うと、不意に彼の笑顔がにっ、からニヤリに変わった。
「それはあれだ。欲求不満だ」
「よっ……」
「刃物で刺されるという感覚のイメージが共通している、らしいぞ。
 ま、それは女の場合のような気もするが………、っておい。東、大丈夫か?」
「…………」
「あー…とは言っても、以前読んだ本の受け売りだから。あまり気にしないでくれ。すまん」
俺が返事をしないのを、ショックを受けたからだと思ったらしい。
申し訳なさそうに、こちらを覗きこんでいる。

俺は、彼の顔をまともに見ることができなかった。

(夢で俺を殺す相手、西崎さんなんですよ…)

48710-49 この胸を貫け:2007/02/16(金) 18:22:36
2月16日、会社員芦野基彦(27)が仕事を終えて自宅アパートに帰宅すると、
六畳の日に焼けた畳の真ん中に、不釣合いなストロベリーブロンドの美少年が、
正座をして待っていた。

「…どちらさまですか?」
「こんばんわ。私はキューピッドです」
「すいません、部屋を間違えたようです」
「芦野基彦さんでいらっしゃいますね?」
「…はい」
「初めまして。私はあなたの恋心を奪うためにやってきました」
「はあ?」
「さる2月14日午後6時24分15秒、○×駅前広場噴水横ベンチにて、
 同僚花丸希美子さんから差し出されたチョコレートを受け取りませんでしたね?」
「はあ?」
「受け取りませんでしたね?」
「…はあ」
「契約により、この鉛の矢を撃ち込んで、あなたの恋心には死滅してもらいます」
「ちっ、ちょっと待って!何それ弓矢!?こっち向けないで危ない!」
「逃げないでください。すぐに済みます」
「ひぃ〜っ殺される〜!!」
「生命に危険はありません。安心して」
「安心できるかっ!!」
「あっ何するんですか、返してください!」
「没収!こんな危ないもの子供が持ってはいけません!」
「子供とは違います。キューピッドです」
「まずは話し合おう。話を聞こう…って君、何で裸なの?」
「キューピッドですから」
「…キレイな肌してるね」
「キューピッドですから」
「……君、キレイな顔してるねぇ」
「キューピッドですから」
「ほぁ〜」
「あれ?恋色メーターが反応してる。私、間違って黄金の矢を撃ちましたか?」
「黄金の矢ってこれ?これ撃つと恋しちゃうの?」
「あっ黄金の矢までいつの間に!?」
「これ黄金で出来てるの?結構軽いね」
「あ〜ん、返してくださ〜い」
「そんな涙ぐまれると困っちゃうなぁ。もう俺を狙ったりしない?」
「それはできません、契約ですから」
「何その契約って」
「チョコレートを買ってくださったお客様へのオプションサービスです。本来なら、
 意中の相手がチョコレートを受け取り、箱を開けると私たちキューピッドが現れ、
 黄金の矢を撃ちこむことで、目の前の相手に愛情を芽生えさせるという内容です」
「最近のバレンタインはすごいことになってるんだな」
「しかし花丸様の場合、チョコレートをあなたが受け取らなかったので、本日、
 鉛の矢を撃って相手が恋を嫌悪するようになるオプションを追加で購入いただきました」
「それ何て呪い代行業?」
「契約をきちんと履行しなければ、私が上司に怒られるんです〜ぅ」
「可愛い声出してもだめですぅ」
「矢を奪われたことまでばれたら、クビになっちゃいます〜ぅ」
「俺だって恋が出来なくなるなんてごめんですぅ」
「私キューピッド失格になっちゃいます〜ぅ」
「じゃあ、うちにくればいいじゃない」
「え?」
「えいっ」

ぷすっと、芦野が伸ばした手の先の、黄金の矢が少年の胸を貫いた。
後に彼はこのときのことを、次のように語っている。

矢が胸を貫いた瞬間、世界は大きく色を変え、全てのものが美しく輝きだし、
天使が祝福のラッパを吹いていた。頭の中では絶えず鐘が鳴り響き、熱き血潮に
顔が紅く染まるのを止められなかった。そして、目の前には軍神マルスの如き
逞しく美しい男がおり、自分に熱い視線を向けていたのだ。

「鉛の矢は返すよ。さあ、この胸を貫いてごらん」

男は両腕を大きく広げ、少年に向かい微笑んだが、少年は矢をつがえることすらできなかった。
それよりも、高鳴る胸の音を聞かれやしまいかと恥ずかしくて、どこかに逃げ隠れてしまいたかった。

4886-279 教師二人:2007/02/18(日) 16:26:34
さあ帰るかと、車のキーを取り出しながら中庭を横切っていると、
どこからともく「花村せんせー」と名前を呼ばれた。
立ち止まって辺りを見回すが、薄暗い中には誰の姿も見えない。
「ここですここー。上です」
見上げると、二階の理科準備室の窓から同僚が手を振っていた。
「鳥井先生。まだ残ってらっしゃったんですか?」
若干声を張り上げると、「それがですねぇ」と呑気な声が返ってきた。
「ちょっと今、大変なことに」
「は?」
「花村先生、もう帰るんですよね?」
「え。あ、はい」
「もし良ければ、ちょっと時間とってもらえないですか」
「え?」
「お願いします。このとおり。俺を助けると思って」
二階から拝まれては「いえ、お先に失礼します」とも言えない。
仕方なく、キーをポケットに仕舞って第二校舎へ入って二階へ上がる。

理科準備室のドアを開けると、そこは真っ白な世界だった。
比喩ではない。本当に白かった。机も、椅子も、床も、粉まみれになっていた。
「鳥井先生、これは一体……」
「いやぁ、授業で使う重曹を袋ごとぶちまけてしまいまして。あはは」
白い世界の中で白衣を着た男は、能天気に笑っている。
「明日必要なんで準備をしてたんですが、大五郎にぶつかってしまって」
「大五郎?」
「そいつです」
指差す先には人体の骨格標本があった。
「ガイコツに名前をつけてるんですか?」
「俺じゃないですよ。昔からそういう名前らしいです」

骨格標本の他にも、人体模型やら鉱石の標本やら実験器具やらが置かれている。
準備室というくらいだから、本教室よりも物が多くて雑多なのは当たり前だ。
当たり前なのだが…
「なんだか、物凄く散らかってるように見えるんですけど」
「それが、重曹を拭こうと思って雑巾取ろうとしたら、そこの台にぶつかって」
「よくぶつかりますね」
「積み上げてた物が、ガラガラドーン!」
三匹の山羊ですかと言いそうになったのを飲み込んで「崩れたんですか」と相槌をうつ。
「そうなんですよ。連鎖反応って怖いですよねぇ」
「はぁ」
「お願いします、花村先生。片付けるの手伝ってもらえませんか」
また拝まれてしまった。
「お礼に、今度ケーキをご馳走しますから」
「いえ、別にお礼とかそういうのは……」
と言うよりも、何故唐突にケーキなのか。思考の展開がよくわからない。

「でも、知ったからにはこのまま帰るわけにも行きませんし。手伝いますよ……うわっ」
頷くやいなや、もの凄い勢いで両手をがし、と掴まれた。粉まみれの手で。
「ありがとうございます」
そのままぶんぶんと上下に振られる。まるで世紀の実験に成功した研究者だ。
「力を合わせて、跡形もなく片付けましょう」
「あ、跡形も無く?」
そこでその言葉の使い方はおかしくないだろうか。
「何の痕跡も残しておかないようにしないと。風見先生にバレたらどうなるか」
「風見先生?」
「今度こそ雷が直撃だ。容赦ないんですよ、あの人。
 あ。花村先生も、どうかこのことは黙っておいてください。ケーキに免じて」
「あの、だからケーキは別にいいですよ」
件の風見先生とは、別の理科担当の教師である。
以前にも何かやらかして怒られたのだろうか。失礼だが、容易に想像できてしまった。

「とりあえず。いきなり雑巾で拭いても駄目ですよ。高い所から順番にやらないと。
 最初は机や椅子を叩いて、それからから拭く。床は最後に掃きましょう」
「おお、なるほど。位置エネルギーに則るわけですね」
そんなに感心されても困るのだが。というか、その納得の仕方に納得がいかない。
ため息をひとつついて、着ていたコートを脱いで、腕まくりをする。
(帰れるの、何時になるかなぁ……)
自分の心配を他所に、彼は鼻歌を歌いながら、人体模型にかかった粉を払い始めている。
妙に楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。
(……。頑張ろう)


翌日、『手伝いのお礼と口止め料』という名目で、彼は本当にケーキをご馳走してくれた。
化学反応の実験の副産物、電極が差し込まれたカップケーキを。

4897-419 自分の萌えを熱く語れ!:2007/02/18(日) 23:17:39

 皆さん今晩は。
萌えについての勉強ですが、今日は『自分の萌を熱く語れ!』というテーマで少しお話しをしたいと思います。
 大きく分けて属性というものは装備系統と基本系統にわかれますが、属性は日々誕生し、増え続けるものであります。
その多くの属性を全て理解することは不可能に近いと思いますが、理解を広げることにより自分自身をより深く理解、分析することが出来ますし、また新たな属性を発見する手助けになると思います。

 たとえば青木君、君の萌え属性は、この用紙には猫耳と書かれていますね?
中にはもとから生えている物でないといけないという方もおられますが、猫耳というのは系統に置き換えると装備系と言えるでしょう。
何の変哲もないキャラや人物でも、そのアイテムを付加することによって簡単に萌えるキャラや人物にレベルアップするというものです。
猫耳に代表される耳以外にも角や翼、私が今着用している眼鏡と白衣、巫女服や軍服などの制服もこのオプション型と考えて良いでしょう。

 次は神崎君、君の萌え属性は、黒髪と褐色の肌ですか、比較的相性のいい属性ですね。
こういった外見的特長を取り入れた萌は基本系と言えるでしょう。
この属性は先程の装備系と違い、キャラクターや人物が素の状態で持っていることが多く、そのため付加や取替えすることが出来ない物が多いです。
一つの例として神崎君の基本属性を上げると……あ、嫌ですか?
えー、それでは私の持っている基本系属性を上げると、黒髪、黒目、色白等になります。

 次に藤川君、君の萌え属性は、ツンデレな喫茶店店主ですか、店主限定な所に藤川君のこだわりを感じますね。
喫茶店店主は職業萌と言うものですね、基本系にあたるものですが転職可能なキャラや人物もいますので装備系とも言えるでしょう。
刑事、スポーツ選手、ファンタジー世界ですと魔法使いや戦士、それから皆さんの生徒や私の先生という職業もそうですね。
 ツンデレは性格を表すものであり、ある程度そのキャラや人物を知らないと分からない属性でもあります。
性格は大体において容易に変えることが出来ないものなので基本系にあたりますね。
では私を例として上げると、なんでしょう?んー、えー。
ああ、よく天然と言われるので天然なのだと思います。

 自分の性格を属性で例えるのは難しいですね、いい機会ですからこれは宿題にしましょう。
次回までに各自自分の性格を属性に例えること、その理由も簡潔に添えるようにしてください。

 では時間も無くなってきたので最後に湯川君、君の萌え属性は、眼鏡、白衣、黒髪、黒目、色白、先生、天然ですか、随分多いですね。
湯川君のように様々な属性を同時に……なんですか?湯川君。
先生が好き?
そうですか、湯川君は特に先生と言う属性が好きだそうですが、様々な属性を同……なんですか?
だから先生が好きなんですよね?え?耳を貸してくれ?
……え……あ、その、じ、時間が来ましたので、今日の講義はこれで終了します!

49010-119 ピロートーク:2007/02/25(日) 11:15:16
睦言に憧れていた。

子供の頃からの夢だった。いつか好きな人が出来て、その人と結ばれることが叶ったら。
情熱的な告白とかじゃなくてもいい、映画に出るような洒落た言葉じゃなくたって。
ただ朝ごはんは何にしようかとか、ドアちゃんと閉めた?とか、そんな他愛のないことを確認し合いながら、
おやすみ、とどちらともなく穏やかに眠りに落ちるのだ。それで十分甘いはずだ、そんな些細なやりとりさえも。

だけどぼくはゲイだったし、だから好きになったのも当然男のひとで、厳しい目をしたそのひとは
その上妻子持ちと来た。諦めるべきだと思った。初めての恋も、子供の頃からの夢も。

未だにぼくはあなたが何故ぼくを抱いたのか分からずにいる。

ぼくは自分が思ったより遥かに諦めが悪かった。言ってみればそれだけのことだ。
潔く身を引くことも出来ずぼくはあなたとのことを引き摺り、そうして長引いた初恋は今年で十年目に突入し、
あなたの子供はあなたに出会った時のぼくの歳になり、今ぼくの前で恐ろしい形像で何故あなたがぼくと
寝ていたのかを問い質している。顔怖いな、とちょっと思う。顔立ちは幼いが、怒った表情はあなたにそっくりだ。
あまりにも似ているものだから、つい問い返したくなってしまう。ねぇ、あなたは何故ぼくを抱いたのですか。

一緒に朝を迎えたことはなかった。あなたには帰るべき場所があった。
一緒に映画を見たり、買い物に出かけたり、外で食事をしたことだってなかった。そんな関係じゃなかった。
人々の視線を恐れ、あなたに呆れられることを恐れ、ただ黙ってあなたに抱かれていた。
そこに睦言など介在する余地もなく、今思い返してみれば熱さえもなかったような気がする。
あなたはいつも淡々と、ほぼ事務的にぼくを抱き、ことが済んだら先に帰っていった。
その背中にいつも問いかけようとし、そして結局呑み込んでしまった言葉をこうしてぼくは持て余している。

問いたかった。答えを知りたかった。
あなたとデートがしたかった。一緒に朝を迎えたかった。あなたにおやすみを言いたかった。
だけどぼくはあなたを奪えなかった。だってあなたが何故ぼくを抱くのかさえぼくは知らなかった。
あなたは奪ってくれなかった。

ねぇぼくはあなたものになりたかった。

49110-119 ピロートーク:2007/02/25(日) 11:17:11
ずっと言いたかった言葉はあなたの厳しさに戯言だと切り捨てられることを恐れ、ただぼくの体中を巡り、
なるべき声を切り裂き、そして永遠にあなたに伝わることはなかった。
だけどその厳しい目であなたは見出せたのだろう。ぼくの縋り付く腕に。何の抵抗もなく開く体に。
特記するエピソードもなかったこの十年間、淡々と、事務的に、それでもずっとぼくを抱きに来てくれたあなたなら。
病床で最期に、熱にうかされ、うわごとのようにぼくの名前だけを呼び続けたというあなたなら。

子供の頃憧れていた甘い言葉はなかった。たった一度も、そんなやりとりが交わされたことはなかった。
あなたはぼくを奪ってくれず、ぼくはあなたのものになり損ね、
ただあなただけ最後の最後にぼくのものだったと、ぼくさえ知らなかったことをあなたの息子さんは怒っている。
それはどんな睦言よりも甘く、この十年間を実際在り続けていたものとは違うものにしてしまう程に甘く、
そしてぼくは分かってしまうのだ。

それで今、幸せなはずのぼくは、報われたはずのぼくは、否、多分だからこそ、こんな甘さより別のものを
欲しているのだ。望んでいるのだ。
ぼくのものになったあなたのことを聞かされるこの瞬間より。こんな短絡的でいてそれでこそ絶対的な答えより。
ただただ流れていくだけだった、あの甘さなど欠片もなかった時間がまだ続くことを、
ねぇ、あなたは何故ぼくを抱くのですか、と声にならない言葉を問いかけるように。

でももう遅い。あなたはもういないのだから。

それでもぼくはもう一度、未だに分からないフリをして。
もうぼくを見ることはないその厳しい目を恐れるフリをして。
今はもういない、あなたに呼び掛ける為に、まるで睦言のように。

ねぇ、教授。

49210-119 ピロートーク:2007/02/25(日) 15:14:30
おかしい。

いわゆるピロートークってもんはもっとうこう、甘いもんじゃないのか。
普段は恥ずかしくて言えないこととか、他愛のないこととか、
とにかく二人で余韻に浸りながらイチャイチャと話をするもんじゃないのか。

なのに、どうしてこいつは俺の隣に寝そべったままノートパソコンのキーボードを叩いてるんだ。

「いける!これでいけるぞ!なんで今まで思いつかなかったんだ俺!」
なんだその生き生きした目は。なんだその溌溂とした表情は。
『いける』じゃねーよアホ。今しがた俺にイカされたばっかだろお前。
「……楽しそうだな」
「楽しいというか嬉しいというか、俺って天才?みたいな」
テンション最高の満面の笑顔でこっちを見るな。
ついさっき涙目で俺を見上げて言った「もう駄目」「もう限界」っつー言葉は嘘か。
まさか「早く」とねだったのは早く終わらせたかったからじゃねぇだろうな。
「仕事か、それ」
「まーね。急な仕様変更があって、どうしようかここ数日悩みっぱなしだったんだけど」
こいつの職業はSEだが、『SEとはシステムエンジニアの略称である』ことくらいしか俺には分からない。
「閃いた!唐突にぴかーんと!アドレナリンがどばーっと!」
「へえ」
「解決した。多分ね。明日書き換えてテストしてみないと分からないけど、多分オッケー」
「ああ、そうかよ。良かったな」
わざと機嫌の悪さを滲ませて言ったのに、明るく「うん、ありがとう」と笑う。
本当に嬉しそうに、鼻歌を歌いながらノートパソコンを撫でている。

おかしい。甘くないどころか、すごく苦い。
こいつは表情はとても幸せそうなのに。俺の隣で笑っているのに。
さっきまで何度も好きだと囁いて、囁かれて、最高に幸せな気分になっていたのに。

苦い気分が着地した先は、情けなくも『パソコンへの嫉妬心』だった。

俺たちの甘いピロートークを奪いやがってこの野郎。
次やるときは、絶対隠す。

49310-179:2007/03/05(月) 13:54:08

「一番嬉しかったこと」
「そう。ただのアンケートなんだけどどーにも、思いつかなくてさ。参考くれ」
「俺の意見が参考になるとは思えねーな」
「それでも! 一般論でいいから何かない?」
「……強いて言えば」
「言えば?」
「お前に蹴り倒されてそのまま踏まれたことだな」
「……は?」
「そうなんだよ。俺はきっと、お前に踏まれる為に生まれたんだと思う」
「え?」
「さあ。踏めよ。ていうか踏んでくださいお願いします!」



「てめぇみてーな変態M男に聞いた俺が馬鹿だった」
「ううううさっきみたいな容赦無いビンタも今みたいなシカトも結構クるけど
やっぱり踏まれるのが一番嬉しいよ受けー」
「攻め、お前は死ね。お前を殺して俺は生きる」
「そんなどっかのラノベみたいなこと言わないでもう一回踏んでくれよ
受けーあいらびゅーあいにーじゅうぅー」

 受けは足を高くたかく振り上げ、期待に目を潤ませた攻めの脳天に
勢い良く打ち下ろしました。
 攻めは昏倒しながらも幸せそうな顔でした。     〜FIN〜

4946-159最後のキスと押し倒しにうほっwwとなりつつ踏まれます(1/2):2007/03/11(日) 03:24:43
 寝転がってテレビを見ていると、先輩は必ず俺のことを踏み付ける。
 先輩はいつもの無表情で淡々と「お前の前世が玄関マットなのが悪い」なんてわけのわからない理屈を言って煙に撒こうとするが、わざわざ進路を曲げてまで人のことを踏みつけていくその行動は、自分に注意を向けたくてわざわざ人を踏んでいく俺の実家のネコの行動とそっくりだったりする。
 ……なんて言うと切れ長の目を細めて「それで?」なんて冷たく言われて、以後最低三日はご機嫌ナナメ・下手をすれば料理ボイコットにより毎食うまい棒(たこやき味)が出されかねないことは目に見えているので、とりあえず今日も黙っておとなしく踏まれている俺なのだった。
「お前が見てる話って、いつもワンパターンだな」
 踏まれることにスルーを徹底する俺の反応がお気に召さなかったのか、先輩は俺の腰に乗せた片足に全体重をかけながら声をかけてきた。
「えー、全然違うじゃないっすかー!どこ見てそういうコト言うかなー」
 踏まれた足の下で手足をじたばたさせて抗議をアピールしてみるが、先輩は俺の方を見ようともせず、つまらなそうにテレビを眺めている。
「どうせこのあとキスして押し倒して一発ヤってはいサヨナラ、だろ。別れるつもりのくせに未練がましい」
「うーわー、俺の燃えかつ萌えシチュ・ラストキスをさらりと全否定しましたね?!」
「あぁそういやお前、切な萌えとやらについて無駄に熱弁を奮ってた事があったな。途中からアイスの賞味期限について考えてたんで聞いてなかったが」
「アイス>俺、ってコトですか!?」
「不満そうだな」
 腕を組んで軽く首を傾げた見下し目線が俺を捕らえる。無論、右足は俺を踏み付けたまま。あぁもう本当そういう尊大な態度と表情似合いますね。Mのケはないけど目覚めてしまいそうです。
 ……なんてぐだぐだしているうちに、テレビに映るシーンは別れを告げられ泣きじゃくるヒロインを抱きしめる主人公。最後に一度だけ、と交わすキスは徐々に熱を帯び、やがてゆっくりとベッドへと倒れ込む。漂う切ない雰囲気や悲壮感、胸を締め付ける感覚がたまらない……エロが目的で見ているわけではないのだ。断じて。

4956-159最後のキスと押し倒しにうほっwwとなりつつ踏まれます(2/2):2007/03/11(日) 03:27:13
 浸っていると、いきなりぎゅっ、と俺を踏み付ける圧力が強まった。ぐへ、と間の抜けた悲鳴が勝手に口から飛び出る。
「ちょ、一番いい時になにすんですか!」
「なんかムカついた」
 俺を踏み越えて台所へ向かいながら先輩は淡々と告げる。
「俺なら離さない。最後だっていうなら最期にしてやる」
「さらりと恐い発言しないで下さい!唇に毒でも塗るつもりですか?」
「いや、腹上死狙い」
「なっ……」
 絶句する俺になんてお構いなし。持ってきた牛乳をパックから直に飲んで唇をぺろりと舐める。赤い舌が妙になまめかしい。
「自分から跨がって腰振って、からっからに干からびてミイラになるまで俺の中に搾りとってやるつもり……どうした、いきなり丸くなって」
「いや、なんでもない、です……」
 うっかり乱れる先輩を想像して体育座りになる。ただでさえベッドでの可愛さは普段とのギャップと相俟ってえらいことになっているのに、そこに積極性が加わったら正直洒落にならない。
 更に丸くなる俺なんて眼中にないように、やっぱり先輩は淡々と続ける。
「問題は下になっているのに【腹上】と呼んでいいかどうかだな。どう思う?」
「……どうでもいいです!」
「どうでもよくないだろう。お前の死因だぞ?」
「え」
 どういう意味かを問おうとした口は、素早く先輩の口で塞がれてしまった。

×××

『シチュが好きなだけであって、先輩と別れようなんて気は1ミクロンもありません!』

先輩の艶やかな痴態にうっかり酔ってしまい、ようやくそう告げることが出来たのは、死なないまでも散々搾られて身動きできないほどへろへろにされた後の話。

49610-249 卒業:2007/03/13(火) 01:27:23
先週、俺はこの学校を卒業した。
進学が決まった報告に訪れた今日が、この校舎に来る最後の日だ。
地元を離れることも決まったから、あの人と会うことももうない。

あの人が誰を見ているかぐらい、とっくにわかってた。
俺は3年間ずっとあの人だけを見てたんだから。
1年半が経つ頃には、アイツのあの人を見る目つきが変わったのにも気付いた。
あの人がアイツといる時、どれほど幸せそうな顔をするのかも。

それでも諦められなかった。
望みがないとわかってても、あの人を想う気持ちを止められなかった。
告白する勇気もない、ましてやアイツから奪うことなんて出来ないくせに。
でも、それでも終わらせることはできなかった。

今日を逃したらもう、あの人と会う機会はない。
合格した日に決めた。
最後にあの人に会って、それで終わりにしよう。

きっと、すぐに忘れたりできない。
何度も思い出して、その度に後悔するかもしれない。
せめて、何か出来たらよかった。
頑張って告白するべきだったろうか。
あの人を悩ませたくないなんて、振られるのが怖くて言い訳してるだけだ。

それでもやっぱり告白はできないだろうから。
その代わり、ちゃんとサヨナラを言おう。
先生への別れと、叶うことのなかった恋への決別。


俺は今日、この恋から卒業する。

49710-241:2007/03/18(日) 14:24:59
「お前の辞書に辛抱って文字は無いんだな」

…と言いつつ、されるがままになっている俺も俺か
こいつに「いい…?」って上目遣いにせがまれると
どうにも抵抗出来ない
今日もせめてシャワーだけでも浴びさせてくれって言ったのに
シャワールームまでやってきて背中流してやるよ…って
そのままコレだもんな

「いつ見ても綺麗な背中してるな〜」

俺の苦手な所だけは、ホントしっかり覚えてやがるし
こら、そこは自分で洗えるってば!
気持ちいい?とか聞くな!答えられる訳ないだろ!

「ここだったら洗濯の手間とか無いし…いいよね?」

はいはい、参りました。



12時間反応待ちがある所を見落としてました、すいません
明らかな嵐は無いものとして扱っても良いと思うけどなぁ…

49810-289党首×捕手:2007/03/20(火) 07:30:53
『八神海渡、八神海渡、海を渡る八人の神。もうこりゃ縁起もんです。
しかし皆さん、名前負けするような男ではありません。
お手々繋いで幼稚園…そうかれこれ30年近くの腐れ縁ですが、
一度たりとも約束を反故にしたことのない誠実な男です。
高校時代デッドボールを受け、足を打撲した私を担いで医者まで走ってくれた、そんな優しい男です。
お嫁に貰ってもらいたいほど…あっいや女房役はグラウンドだけで手一杯でして、
それは未来のお嫁さんにお任せしましょう。
また皆さん、……』

私は横で微笑みを浮かべながら、嫁という言葉にあの日の自分を思い出し真っ赤になった。


和人とゆっくり会ったのはもう3ヶ月も前だったろうか。
お互い忙しくいつもこんな調子だ。
あの日、逞しい和人に何度も貫かれ追い上げられ快楽の淵に突き落とされた私は
「そろそろお嫁に貰ってくれてもいいのに。
 いつもおまえと一緒にいたいんだ」
積もり積もったストレスと快楽の余韻の為せる業とはいえ
正気に返れば恥ずかしさにいたたまれないような言葉を紡いでしまった。
「俺はいいよ?いつでも嫁に貰ってやるさ。
 だけどプロの投手になる夢を捨てて政治の道を志ざしたのはおまえだろ。まだまだ先だ」
「政治家の引退って遅いの知ってるだろ?そんなの待てない。」
「一党の党首が男と暮らしてるなんて許してくれるほど世間は甘くないぞ。
 先だっていい。おまえが隠居してゆっくり暮らせる日まで俺は待ってるよ。」
そう言って子供をあやすように背中をトントンとして抱きしめてくれた。
ただの弱音、おまえにだからこその甘えだと分かっているんだろう。
それでも優しい言葉が嬉しかった。

党首とは言っても3年前に立ち上げたばかりの若い党だ。
派閥抗争に嫌気が差した若い議員、既成の党の体制に合わない議員、
国政に新しい風を起こしたい同志で立ち上げのだった。
今回の総選挙の応援演説を和人に依頼するのは抵抗があったが、私たちが親友だと知る周りの者たちからは、
東海ランナーズの正捕手であり昨期の打率トップでもある真鍋和人の力を借りない手はない、
と押し切られこの現状だ。


『明日の投票日には是非「八神海渡」とお願いします。
政治の事は疎い私ですが、万一手抜きしようものなら親友として一国民として容赦はしません。
必ずや私が、彼が真っ直ぐな道を勧めるよう支えていく事をお約束します。
まぁ酒を飲んだり愚痴聞いたりしかできんですけどねぇ。
皆さんのお力をこの日本新風クラブの八神海渡に是非是非貸してやって下さい!』

そうだな。どんな時もおまえは私の支えだ。
会えるのはたまにでも幸せだ。
のんびりゆったりするのはまだ先でいい。

49910-169 痛かったら手を挙げてくださいね:2007/03/23(金) 05:07:51
…これが常套句ってやつなんだと、恐怖と緊張のさなか、何故か冷静に国語の宿題のワークを思い出していた。

マスクで隠れてるが、見えなくても想像が付いた。
先生の形良い瞳が優しく細められる。
白い歯っていいねーなんとかかんとかっ、て古いCMばりに爽やかな笑顔と、
穏やかな、安心させるような声。
けど、騙されねぇ。
痛みに手を挙げても
「もうちょっとだから、我慢してね」とか
「偉いぞーかっこいいぞー男の子は我慢だぞー」
とかなんとか言う、悪魔になるんだ。
天使じゃねーぞ。全然。絶対。
…あれ?
白衣の天使って、かんごふさん限定?
そんなことを思いつつ、
ぜったい、しかえししてやる、と
ガリガリ歯を削られながら
そう心に誓った小6の俺――


バシッ。

50010-169 痛かったら手を挙げてくださいね:2007/03/23(金) 05:35:25
「あんたはいつだってそうだ!
ずっと、昔っから。
俺の事、子供扱いしてっ
…そうだよ!15も違うよっ…追いつけねぇよっ…けどっ、」
今更不毛だの、何でそんなこと言うんだよ!
最初から分かってた事じゃねーかっ!
それこそ、あんたは大人なんだからっ!!
一気にまくし立てた。

些細なすれ違いから、エスカレートしてく感情の発露。
どうして、伝わらないんだろう。
好きなだけじゃ駄目だって、そんなこと分かってるよ。
けど、けど――。
…手のひらが熱い。
興奮のあまり喉が詰まって言葉が続かなくなり、俺はぎゅっと目を閉じると背中を向けた。

「……ごめんね」
「…!」
淋しそうな声と、拳を包んだ温もりに振り返ると、
先生は赤い頬のまま、
昔とは違う、悲しそうな笑顔を浮かべていた。
その痛々しさに、はっとして
すうっと興奮が冷めてゆく。
「ごめ…」
謝らないで、というように先生は静かに首を振った。

「…痛かったのは、
歯じゃなくて君の手と
君の心だから…」

50110-169 道しるべ:2007/03/23(金) 07:31:43
…春ニ貴方ヲ想フ

あの人を失った、河原の道を歩く。
あの日も、今日と同じように、日差しが柔らかく暖かい春の日だった。
あの人は凛とした瞳で俺を見つめていた。
涙は無かった。
ただ、癖で噛んだ唇が赤く、痛々しかった。
どちらかが悪かったのではなく、多分、どちらもが悪かった。
子供だったと、幼かったと、若さのせいにしたら
あの人は怒るだろうか。
それともあの日と同じように、冴え冴えと美しく微笑むだろうか。

俺とあの人は、何もかも危ういバランスの上で存在していた。
キスをして、抱き合って、笑い合っても
俺たち二人はいつも小さな傷を付け合って、いつも怖がっていた。
――何を?
考えようとして、頭を振る。

今ではもう、思い出せない。

ただ、大切だった。
それぞれ違う道を歩もうとも
憧れで、目標で
…本当に、大切な人だった。


それは、思い出の中のワンシーン。

「…つくしって、何でつくしって言うか知っとる?」
「は?」
唐突な事を言い出すのは彼の十八番。
へぇー、ということから
で?ってことまで、
豆知識や宇宙の謎、答えられる事もあったけど、返答に困る事まで。
けど、そんな時の彼は、いつもどこか楽しそうだった。
「つくしのつくしって、ミオツクシから来とるんやって」
「ミオツクシ…?」
飲み込めない俺に、彼は
そこらに転がってた小石を拾うと
澪つくし、とゆっくり地面に文字を綴った。
「あ、その澪つくし、か…」
「うん」
彼はぱっと笑顔を浮かべ頷いた。
「それでな、
その澪つくしに、立ってる感じが似とるから、
つくしって言うんやって」
他にも色々説はあるらしいけどな。
「…けど、海の標識が澪つくしなら、」
つくしは春の道しるべみたいで、しっくりくるな。
と、菜の花のようにふわりと彼は笑った。

…春の道しるべ。
普段は現実主義者の振りをしてるくせに、
その実、ロマンティストで。
なのにそう指摘すると、照れて怒った表情をした。
けど、本当に強い人だった。
「……」
俺は。
淋しかった。

違う道を進んでいる事は分かっていた。
あの人が誇るもの、大切なもの、守るものも知っていた。
そんなあの人が好きだった。
けれど、それでも淋しくて、もどかしくて
…悔しかった。

何かが記憶に引っかかった。
「…っ、」
目の奥が熱くなって、俺はその場に立ち止まった。

50210-169 続き:2007/03/23(金) 07:44:02
俺は。
あの人の、道しるべになりたかった。

…あの人は。

「二人で歩いて来た足跡が、」
二人の道しるべだと
そう言って、笑った。

「行き先を教える道しるべはいらない。
来た道を教えてくれればいい。
間違ったら、間違った場所まで戻って
二人でまた歩い行けばいい」と。


…戻れるだろうか。

あの、道しるべまで。

5036-159:2007/03/23(金) 08:03:16
オイっ、6-159よ。
まだそんな格好してんのか?
ヨソさまのラブシーンにうほっwwとなってる余裕も
踏まれてるヒマもお前さんにはねーんだよ!
さっさと…と言っても
はるか超亀になってしまったが、
はるばるやって来たこの俺サマを、押し倒してキスせんかいっ!
…ナニ、嫌だと?
なーに言ってんじゃワレ!
なら、この俺サマがとっととヤったる!!
ホラ、目くらい閉じろよ。

…おながいします。
目を閉じて下さい。
実はちょっと、かなーり、
恥ずかしいんだお。

50410-119 ピロートーク:2007/03/29(木) 03:24:16
(…妹はいつもこんな風に抱かれているのだろうか…?)
 悠樹は気だるさの残る身体でぼんやり考えた。
その隣で煙草を吹かしている『悠樹の妹の彼氏』、迅は相変わらずの
余裕たっぷりな態度で悠樹にニッと笑いかけた。
「ちゃんとイけたか? ゲイの悠樹君?」
 もはや彼に反発する気も起こらない悠樹は、
「…ああ、イった、…良かった。もの凄く…」
 と、答えた。
「今日はエラく素直なんだな」
 迅はそう言ってククッと笑い、
煙草を灰皿に押し付けて、布団を捲って再び悠樹の隣に寝転がった。
悠樹の瞳を覗き込む様な彼の仕草に、悠樹の心臓の鼓動が高鳴った。
「…俺は素直だよ。あんたがわざわざ怒らせなければ」
 悠樹は迅の事が好きで好きで堪らなかった。
妹より自分を愛して欲しいと願う様になっていた。
「…迅…、俺ってキモいだろ?」
「…まぁな。キモいよ」
 迅のストレートな物言いは、やはり悠樹を傷付けた。
「……じゃ、何で抱くの…」
 迅はニヤニヤしたまま悠樹の惨めな表情を見つめて言った。
「…キモ可愛いってやつだろ?」
「茶化すなよ、俺はマジで…んっ」
 悠樹の口唇は迅のキスで塞がれた。
「……もうちょっとさ…、楽しもうよ…、誰にも内緒で」
 迅はそう囁いて悠樹の上にのし掛かった。ベッドが軋む。
悠樹は舌に残る煙草の匂いがいつまでも消えなければいいのに…と願った。

50510-359 キリスト教徒同士 1/2:2007/03/30(金) 15:58:04
「仕方ないと思うんだよな俺」
「何がだ」
「こうなること」
「何でだ」
「だってほら覚えてる?神様って人間をご自分に似せて創造なさったって」
「それがどうした」
「似せたのってなにも形像だけじゃないんだよって話」
「言っていることが分からない」
「旧約だよ旧約、神様って嫉妬深いってあったじゃん」
「ただ似せられてるだけだというのか」
「責めないでやってくれよ。あの人は俺達を愛してるだけなんだよ」
「人じゃないと思うが」
「別にいいじゃん、親密感わくし」
「よくない。あの方のせいにしたくない」
「あんたって信心深いのな」
「君ほどじゃない」
「へ。俺何かしたっけ」
「君は真面目ではないかも知れんがとてもまともな生徒だと評判されている」
「あーここミッションスクールのわりには結構アレだもんな」
「君は目立つ生徒だった」
「転校生だったからだろ」
「誰もが君を愛していた」
「知らねぇヤツに愛されても嬉しくない」
「それは君が愛される人だからだ」
「俺はあんたを愛してるよ」
「・・・心にもないことを」
「ミッションスクールなんて冗談じゃないって思ってた。
あんたがいたからなんとか我慢できたんだと思う。感謝してるよ」
「それは買い被りすぎだ」
「あんたは俺と逆だね、まともだとは言いがたいけど真面目すぎる。
それが面白かった、でもだからずっと心配だったんだ。なぁ馬鹿なことするなよ」
「すでにしている」
「いいんだよこんなことは」
「いいはずないだろう」
「いいんだよ。あの人は許してくれる」
「こんなことをか」
「あんたが教えてくれただろ。何でも何度でも許してくださるって。
例え世界中のやつらがあんたが悪いってあんたのしたことは罪だってあんたを許さなくたって」


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