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0さん以外の人が萌えを投下するスレ

1 萌える腐女子さん :2005/04/17(日) 10:27:30
リロッたら既に0さんが!
0さんがいるのはわかってるけど書きたい!
過去にこんなお題が?!うおぉ書きてぇ!!

そんな方はここに投下を。

2 2-15(>2-9) :2005/04/17(日) 12:38:04
スレ立てありがとうございました。

元ネタは >2-9
リク内容は「死人×閻魔様」です。
折角なので元書いた文に付け足してますゆえ、長いです……。ご容赦を。

----
 すべてがあいまいで、何がなにやら分からない。ひどく混乱していた。何があったのか。
 ただ茫洋と周囲を眺めれば、そこには見知った顔が見える。真っ青な顔をして、ハンカチを目元に
当てる二十後半のスーツ姿の男。にいさん、と声を掛けても、何故か返答がない。
 その前に。今俺は、声を出していただろうか? 声どころか、自分の手足の置き場所すら、分からない。

 俺は、どうしてここにいる?

 そこは見慣れた町の風景。なのになんの実感も沸かない。
 俺は道の真ん中にいた。壊れた大型ダンプが縁石に乗り上げ、静かに沈黙していた。白黒に塗り分けられ
た車に、赤いランプの点滅が、朝の風景を彩っている。
 ふと足元を見下ろす。そこには足などなく……俺が転がっていた。俺だったモノが。奇妙にねじくれた体
を晒して、雨上がりの濡れたアスファルトに血の色を広げ。大型ダンプに突っ込んだままの二輪車は、
もはやその形を留めていない。

 ああ、俺は。死んだのだ、と、そこでようやく自覚する。
 まるで映画のスクリーンを見るように、どこか遠い場所から、兄の嗚咽が聞こえた気がした。

3 萌える腐女子さん :2005/04/17(日) 12:38:50
「……さて、自分の置かれた状況は分かったようだな」
 気が付けば俺は暗闇の中にいた。ぽつんと立ち尽くす俺の前には大きな門がある。材質もよく分からないそれ
は、しかし威厳と歴史を感じさせながら、壁のように立ちはだかっていた。
 これを潜れば、俺の一生は終わる。そして門の先に繋がる場所を……その人は俺に指し示すのだろう。
 よく通る声に振り返れば、そこには漆黒の時代がかった衣装を纏う人物がいた。年齢は若くも年老いても見え、
端正な顔に浮かぶのは厳格たる審判者の眼差し。ぽつりと俺は返す。
「俺、死んだんですね」
 玉座、というのだろうか。精緻な彫刻のなされた豪華な椅子に座る人は、小さく頷いた。
「そうだ。そして此処は魂を判じ送り出す場所。お前の行き先は決まっている。後は扉を開ければいい」
 扉。俺の背後にそびえるあの巨大な門。その先に何があるのかは分からない。けれど。
「俺、何だかちっともいい生き方できなかった。最後にはたった一人の肉親まで泣かせて。……俺、どうして」
 短かったんだろう。二十年そこらの、俺の人生。ちっぽけだけど優しい記憶、悲しい記憶。出会った人々の
笑顔や涙が頭の中を過っていく。

4 萌える腐女子さん :2005/04/17(日) 12:39:25
「どうしてもっと、ちゃんと生きられなかったのかなぁ……」
 死んだ後でも、涙は熱いらしい。ぼろぼろとみっともなく零れる涙を俺は乱暴に拳で拭う。あれから兄さんは
どうしているんだろう。葬儀なんて、金、掛かるよな。折角もう心配させずに済むと思ったのに。
 新卒採用で浮かれていた。俺の家は事故で両親を亡くしていて、兄は中学卒業からこっち、働きづめ。せめて
俺だけは大学に行かせようと、無理ばかりしていた。でもその実直な性格を慕われてか、勤め先では良いポスト
を貰っていて。そんな兄に応えるべく、俺も四年間、働きたい気持ちを抑えて大学を真面目に通った。
『ケン、遠回りでもその方がきっと役に立つよ。俺が保障する』
 兄の言葉はずっしりと現実を背負って、俺の心に響いたから。
 たった二人きりだけど、暖かい家庭を作ってくれた兄。その兄に報いる時がきたのだ。優良企業の採用の電話
が鳴り響いた時、我が事のように喜んで涙した兄の顔が忘れられない。ようやく兄の手を掛けさせる事がなくなる
と、そう思った矢先……。
 その日は、大学のゼミ仲間達との打ち上げだった。目出度くも採用が決まった奴らに、通知がまだの奴らはぼやき
ながらも盛大に送り出してくれて。祝いの席で軽く一杯が二杯にも三杯にもなり……。
 気が付いた時には、相当の酒量だったと思う。慣れた運転だとたかをくくって、仲間の声も振り切っての乗車。
愛車のナナハンで帰宅途中、対向車線に大型ダンプの姿が……。
 ようやく繋がった記憶。どこまで俺は救いがないのか。

5 萌える腐女子さん :2005/04/17(日) 12:39:54
「それでも、お前は人を愛し、その愛に応えてきた。愛とは至上の徳であり、人の生きる希望だ。決して無駄な
生ではなかっただろう……それはお前の心を知れば分かる」
 いつのまに立ち上がったのだろう。審判者は俺の様子を伺っていたようで、俺がひとしきり泣いた頃に、静かに
語るとその柔らかな衣で俺の顔を拭う。不思議と、初めに抱いた恐れを今は感じず、その穏やかな威厳に包まれる
事で心を穏やかにすることが出来た。
「努力すること、役立とうと思う事。それを実践すべく現実に立ち向かう勇気。どれも欠けていなかった……なら
ば、後悔ではなく、如何にして己の旅立ちを理解されるのか受け入れる勇気を持て」
 そうか。俺もまた、兄に支えられたように、誰かの支えになる事が出来たのだろう。なら、愛された事に感謝
してこそ、後悔などしてはいけない。
「そう……ですね。最後がまた事故だなんて、兄さんに嫌な事思い出させたけど……」
 それでも、確かに今までの思い出が、無駄になった訳ではない。兄の努力だって、きっと報われるのだ。
「愛を知る者よ。魂の旅路にて迷いなきよう。一片の悔いの無い人生など、誰にも成し得ないのだ」
 不思議とその声は心に染み通り、俺はその人の顔を見上げて、笑った。俺の理解を喜ぶように、穏やかな笑みを
浮かべる審判者の顔はなぜか、兄にも通じるような気がして。
「旅立つがいい。己の業を知ったお前ならば、迷わずに道を進めるだろう」
 その言葉は、別れを意味していた。ただ俺は門を潜る時、その言葉を抱いて旅立つ事こそが長い旅に向かう標と
なる事を確信していた。そしてそれを送り出す彼が、この真っ暗な世界で誰かの訪れをあの玉座でじっと待ち続け
ているだろうことも。
 そう思ったら、なんだか……なんだか名残惜しくて。素足に感じる土の感触。俺はつま先立って彼のその潔癖
そうな顔に、そっと唇を近づけていた。思ったより柔らかな質感。ほんの少し驚いたような身じろぎをして、
しかし彼は、その口付けを受け入れたのだ。

6 萌える腐女子さん :2005/04/17(日) 12:40:32
 それは惰性なんかじゃない。寂しそうな彼の境遇を哀れんだ訳でも、長い旅へ出る前の餞という訳でもない。
ただ、言葉だけでなく彼に繋がる為の手段が欲しかった。優しく寂しい彼のその暖かさをもっと感じたくて。
彼と別れるまでの時間を少しだけでも、引き延ばしたくて。
 ぬけがらの俺が、魂に刻み込む為にその体を抱く。確かな質感で応えるその暖かくもストイックな姿。それは
彼の魂の体現のようで。大して遊んだ記憶もない俺のぎこちない愛撫など、彼に果たして通じるのか、どうか。
もはや一杯一杯の俺の頭には言葉などなく、ただがむしゃらに彼に向かうだけだ。
 押し倒したくせに、戸惑う俺の頭を撫でる彼の優しい手は、技巧など必要はないのだと教えてくれた。
 抱きしめて抱きしめ返して、それだけで人はなぜ幸せになれるのだろう。
 黒い衣の上に広がるのは同じく黒い絹のような髪で。対照的な滑らかな白い肌を、修験者のように無駄な肉を
削ぎ落とされた体のラインを、覚えるように口付ける。仄かに灯る跡は、彼が俺を覚えていてくれればいいと、
そんな小さな俺の希望の証のようだ。
 馬鹿みたいな行為を、受け入れるあなたの名を何故俺は知らないのだろう。この暗い世界で、じっと魂の訪れ
を待っている優しい彼を呼ぶ術が無い。それを知る術も、無いのだ。

7 萌える腐女子さん :2005/04/17(日) 12:42:13
 至福の時はそう長くはなかったに違いない。柔らかく真っ直ぐに落ちる髪に口付けして、俺は彼の体を離れ。
 裸のまま、歩き出した。纏っていた服はおそらく迷いだったのだろう。身軽になった俺は扉へと向かう。
重いかと思っていた扉は、手を掛けただけですんなりと開く。背中に感じる彼の視線を受けて、俺は一歩を踏み
出した。

「行ってきます」

 またここへたどり着くなら、その時は彼の名を呼べたらいい。優しい審判者への餞は、再会への約束だった。
------


すみません、最初さげ忘れましたorz
さらにダダ長い妄想で申し訳ありませんでした。

8 萌える腐女子さん :2005/04/17(日) 18:30:56
本スレの9ですが、姐さんわざわざありがとう…! (つД`)
本スレの10さんも姐さんも最高だよ。リクした甲斐があった。

9 2-90 :2005/04/22(金) 21:32:38
「昨日の笑点見たー?」
「あー途中からしか見てねー。面白かった?」
「ばっかでーお前ー。すげー人生において損したぞ」
「そんなにも」

あー、なんかダメだ。こいつ上の空なんだもん。
俺の話つまんねーかなぁ?結構努力してるつもりなんだけどなぁ。
相槌打ってくれてるけど心ここに非ずって感じ?

あー、しかしキレーだなぁ。
睫毛長いし色白いし。思いきってコクッてよかった……けど…。
ほんとに俺のこと好きなのかな。お義理でOKくれたわけじゃねーよな?
だって付き合いだしてから手すら繋いだことねーんだぜ?

「聞いてる?」

あ、ちょっと驚いた。やっぱ聞いてなかった。ショック。
いやもしかして体調悪いとか?じゃあちんたら歩いてたらよくないよな。

………このタイミングなら手繋げる!かも?!

「……手」
「あぁ?お前手ー冷てーな。じゃあ熱はないか」
「………」

えーっと、俺ミスしました?やっぱ野郎同士で手繋ぐなんてキモイ?
いやいやいや、コクッた時「俺も」っつってくれたじゃん!

「たまにはいいじゃん。恋人同士だろ?俺ら」

あ、赤くなった。どうしよう、すげー嬉しい。
------------------------------------------------
攻め視点も書いてみたくなったので調子に乗って投下。

10 萌える腐女子さん :2005/04/23(土) 00:20:21
攻めキタ━━━ヽ(ヽ(゚ヽ(゚∀ヽ(゚∀゚ヽ(゚∀゚)ノ゚∀゚)ノ∀゚)ノ゚)ノ)ノ━━━!!!!
GJ超GJ!二杯も美味しい萌えをありがとう姐さん!

11 萌える腐女子さん :2005/04/24(日) 22:21:46
「紅茶を」と言われれば紅茶を。
「ケーキを」と言われればケーキを。
それが私の仕事。

しかし彼の望むことならなんでも叶えてあげたいと思うのは、
それが仕事だからだけではない。
幼い頃からずっとお世話をしてきて、それが今も当たり前の
ように続いている。
そしてこれからもそれがずっと続けばいいと、それだけが私の願い。

私の想いを知ったらきっと彼は困るだろうから。

----------------------------------------------------------
ヘボのくせに攻め視点書きたくなりましたi|||i _| ̄|○ i|||i
124姐さんのせい……。

12 >2-129 :2005/04/25(月) 03:30:55
書いてみたらおもいくそバイダが規制に引っかかってるのでこちらに投下orz
>天才×秀才で

----------------------------
 いつも、何の気負いもなくあいつは踏み越えていくんだ。
 俺の一歩先を軽やかに。
 凡人の俺は、そんなあいつの背中ばかり見ている。
 悔しいけれど、どこかそんなあいつに憧れていた。

 そう、俺はきっと、あいつに、夢を見ているんだ。

 同じ学年、良く似た嗜好、共通の友人。重なり合う要因はいくつもある。最初はお互い友人を通してしかその存在を知らなかった。
 歩み寄ったのは一体、どちらからだったか。俺にしては、単に目につくライバルへの対抗心だった筈だが。
 いわば才能の違い。努力では埋められない格のようなものを見せ付けられて、ややもすれば劣等感に苛まれることが多かった。

「そんな風に自分を過小評価するの、お前の悪い癖だよ」
 俺の眉間の皺を伸ばすように、あいつの指先が額を擽る。
「僕なんかより、きっとお前の方が何倍も分かってるんだから」
 柔らかい微笑みを浮かべて。あいつは俺をいつも、甘やかすように。俺の欲しい言葉を何で、やすやすと並べてしまえるのだろう。
「僕はそんなお前が、羨ましいんだ」
 そんな風に、優しく微笑まないでくれ。

 たった数年の間、一緒に机を並べているだけ。何度かその存在を知る機会があっただけ。俺の前を走るあいつに追いすがるけれど、二人の距離は離れるばかり。
 なのに。
「どうして……」
 俺は呟く。とうとう最後の弱音を吐いてしまう。
「あんたは、俺なんか気にするんだ?」
 俺が一歩踏み出すなら、あいつはその三歩先を行く。そのくせ、思い出したように振り返り、俺を手招きする。
「何故って……そうだね。お前なら、いつか僕の隣に並んでくれるだろう?」
 孤高なあいつは、そう言って俺を、初めて急かして見せた。

 そうだね、きっと。肩を並べてみたいんだ。同じ空間に居るだけでなく、存在ごと、あいつに近づきたい。だから気持ちは逸るし、縮まない距離にいらいらして。
 そんな眉間の縦皺を、あいつはちゃんと分かってるから、優しく指先を伸ばし、からかうように額を小突いて。
 近寄りたいのは俺だけでなく、あいつも同じで。先頭を切って走るから、誰よりも鮮烈な向かい風を一身に受けているのだろう。
 たまに振り返り、俺を急かすのは、たぶんそんな風を共に分かち合いたいと思っているから。

 その日、俺は初めてあいつに手を伸ばした。俺の孤独なヒーローの、その温もりを確かめるために。あいつは笑って指を絡ませる。優しく、引き寄せられるままに抱きしめあう。
 二人なら向かい風も、少しは和らぐだろうか。そんな胸のうちを知っているかのように、あいつの腕は力強く俺を抱いて、離さなかった。

13 萌える腐女子さん :2005/04/25(月) 12:10:03
130がまだ埋まってなかったようなので、攻視点で書いてきました。
結局130げとです。2-129さん、ごちでした・・・。

14 萌える腐女子さん :2005/04/25(月) 21:55:38
本スレのもこっちのもグッジョブです姐さん(*・∀・)ウケモカワイイ…
本スレにも書いたけどこっちでも書いちゃうよ

15 萌える腐女子さん :2005/05/03(火) 01:40:40
リロったら10分差でステキ萌え文が投下されていたためこちらへ
2-189 追われる者×追う者で


深夜の呼び出しに応じてふらりと自宅に現れた彼は、
ソファに組み敷かれ、諦めたように目を閉じた。
その強張った表情が甘くとろけるまでの短い時間、男は決まって考え事をする。

今はまだ到底認められないが、大雑把に括るならライバルであるはずの自分に、
彼はいったいどんな気持ちで抱かれているのか。
プライベートでは驚くほど無口な彼の本心は、掴みどころのない雲のようだった。
知りたい、と思う気持ちを容赦なくねじ伏せる。
そんなことはどうでもいい。知って、どうしようというのか。

彼に出会った瞬間、男はある予感を抱いた。
将来、自分からトップの座を奪い取るのは間違いなくこいつだと、直感的に悟った。
実力は折り紙つきだし、野心もある。努力も惜しまない。
しかし、頂点に上り詰めるにはそれだけでは足りない。
王者の素質とでもいうべき何かを、彼は備えていた。

実力や名声と相応に、人並み外れて自尊心の高い男である。
次代の脅威を感じた時点ですっぱり退かないのは何故なのか。
実際のところ、それは本人にも解けない謎だった。
(ま、簡単にゃ抜かせねえよ。)
いつか、こいつに引きずり下ろされるのだろう。
かつて、自分がそうしたように。
しかしその時が来るまで、全力をもって王座に君臨し続ける。
それは追われる者としての矜持だ。

仰け反る彼の耳元に顔を寄せ、男は恋人の声音で囁いた。
「せいぜい、楽しませてくれよ。」

16 萌える腐女子さん :2005/05/03(火) 02:30:51
だらだら書いてたらとっくに*0さんがいらっしゃってましたので、こっちへ。
2-189 追われる者×追う者


この森のことは何でも知っている。
光の差さないまっくらなこの森はいつも幾つもの気配に満ちて、誰かの息遣いを隠す。
この森のことは何でも知っている。
耳を澄ましても何も聞こえないけれど、誰かのその視線が僕を捜しているのを感じる。
心地良い微睡みの中でも、細く目を開いた真夜中にも、いつでも。

その存在に気付いたのはいつからだっただろう?
今日じゃなく今じゃなく、きっとあの鏡を覗いたときから彼はいた。
さかさまに映った鏡のぼく。
ひとり取り残されて、今ではこの森で僕を捜しているんだろう。
彼は分かっていないのだ。
誰よりも彼を捜しているのは僕なのに、
彼がそうやって捜すから僕はこうして追われてあげることしかできない。
誰よりも必要としているから。誰よりも彼を欲しているから。
この森は意地悪だ。
欲する者に与えず、追う者に捕らえさせない。
それは光の中で見えないものが闇の中に浮かぶように理不尽で、それゆえの道理。

いちど歌を歌ってみた。僕のその声に彼が気付いてくれればいいと思って。
駄目だった。彼と僕は同じ声をしていたから。
いちどその場にとどまってみた。彼が僕を捕まえてくれないかと思って。
駄目だった。この森は動きつづける。
僕がひとつところにとどまって彼を待つのを許してはくれない。
いちど走る速度を落としてみた。僕に彼が追いついてくれないかと思って。
駄目だった。この森では遅いは早い。彼に近付きたいと望むぶんだけ、僕は離れた。

彼はいまも僕を捜している。そうすればするほどに僕と彼の距離が離れていくことも知らずに。
僕は今も彼を欲していて、だから全力で彼から離れる。
蔦の絡まる木々の合間を抜けて、まっくらな森の奥へ。奥へ。
そうしなければ僕と彼はもっと離れてしまうから。離れたくないから、走る。

でも思う。僕が彼を求めるかぎり、この森は永遠に僕と彼を引き合わせないんじゃないかと。
僕が彼を拒絶して軽蔑して、一緒になんかいたくないと本気で思わなければ、
この森はきっと僕と彼を巡り合わせてくれないんじゃないかと。
この森は意地悪だ。それはきっと彼も知っている。

「……嫌いだ、大嫌い」
むりやり言葉を絞り出す。
どうしてか分からないけれど、あたたかい滴がぽたりと落ちた。
「ほんとに、……嫌い、だから……っ」

だから、いつか僕に彼を。

涙を含んだ緑の苔を踏みしめれば小さく音が鳴る。
ほんの近くで誰かが同じように涙を落としている気がした。

17 萌える腐女子さん :2005/05/03(火) 02:38:19
勝手にま/っ/く/ら/森/の/う/たのイメージで書いてしまいました。
本スレ2-189姐さん、ナイスな萌えリクありがとう……!

18 2-149 :2005/05/18(水) 22:53:11
「サラリーマン×宅配業者」リクエストした者です。
2-150さんの萌え語りがあまりに素晴らしくて
思わず続きを書いてしまいましたが、
どこに投下すればいいのか分からなかったので、ここに置いときます。

==========
「済まないけど、それを運び終えたらもう一度来てもらえるかな?」
その日彼はそう言った。
こんな時間に? 今頼まれた分を届け終わったらもう一度?
壁に掛かった時計が示しているのは午後10時をちょっと過ぎた時刻。
配達するのは1件だけで、
それに科せられたタイムリミットの午後11時30分までにはなんとか間に合うが、
それを運んだ後ここへ戻ってくるとなると、
どんなに急いでも往復2時間は掛かるはず。
「実はもう1件あるんだけど、まだ最終チェックが終わってなくて…」
と彼は苦笑しながら机の上の書類を指先でトントンと叩いた。
「君が行って戻ってくるまでの間にチェックを済ませて準備しておくから、
 それを先に運んでもらえると助かるんだけど…」
「わかりました、ではそちらをお預かりします」
と封筒を受け取って一礼し、俺はバイクを置いてある駐車場に向かった。

19 2-149 :2005/05/18(水) 22:53:58
戻ってきたときにはオフィス内の照明は半分、いやほとんど全部消されていた。
さっきここを出る前の喧騒はどこへやら、
辺りはしんと静まり返っていて人の気配が感じられない。
「えーと…主任の高木さん、いらっしゃいますか?」
誰もいない受付の前に立ち、俺は目的の人物の名前を呼んだ。
返事が無い。
仕方が無いので、俺はキーホルダーにつけた小さい懐中電灯で辺りを照らしながら、
いつも案内されている彼のデスクへ向かった。
いた。
彼は俺に背を向けるようにして書類を眺めていた。
デスク周りの仕切りに取り付けられたクリップライトの明かりが、
周りの暗さと相まってスポットライトのように彼を照らしている。
いかにも「仕事のできる男」って感じの背中がすごく格好いい。
仕切りを叩いて合図する。
「あ、君か。早かったね」
と彼は眺めていた書類を机の上の封筒の中に入れ、封を閉じた。
「ちょうど今チェックが終わったところだよ」
と眼を細めて笑う姿が、その体格からは想像つかないくらい可愛かった。
明らかに自分より年上の人物に、
可愛いって表現はちょっと変かなと思うが。

20 2-149 :2005/05/18(水) 22:55:07
俺は封筒を受け取り住所を聞いた。
さっきの場所に比べたら今度はここからそんなに距離が離れていない。
30分もあれば余裕でたどり着けそうだ。
「これでやっと今日の仕事が終わったよ」
と彼は机の上に散らばったものを片付け始めた。
これが配達し終われば俺も業務終了。事務所に電話を入れて、
それでやっと家に帰れる。
今日は長かったなぁと思ってふうっ…と息を吐いてから、
肝心なことを聞き忘れたのに気がついた。
配達のタイムリミットだ。
「それで…これは何時までに?」
と確認すると、彼の手がふと止まり、
「ああ、それね……」
渡された封筒を俺の手の中から奪うように取り上げ、ガシッと肩を掴まれた。
ちょ、ちょっと、指先が食い込んでて少し痛いんですけど。
彼の顔が至近に迫ってくる。
瞳の中にポカンとした俺の顔が映ってる。我ながらちょっと間抜けだと思う。
「明日の…朝……、10時までに……」

21 2-149 :2005/05/18(水) 22:55:47
そう言って彼は瞼を閉じた。
え?
俺の口に、柔らかくて温かくて気持ちの良いものが、触れている。
えぇっ?!
明日の朝10時って、明日の朝受け取りだって間に合うじゃないか。
なのになんでこれを今日受け取る必要があるんだ?!
というか、どうして彼は俺の背中に腕を回してるんだ?
もしかして。
もしかしなくても、これって、これって…。
「明日の朝まで私に付き合ってくれないか?
 悪いようにはしないから…」
艶のある声で耳元に囁かれ、頭を撫でられた。
吹きかけられる息遣いが、撫でられる大きな手の感触が。
俺の背中を痺れさせ、俺の心を惑わせる。

断る理由なんて考えられなかった。
考えたくなかった。
俺は彼がしているのと同じように、彼の広い背中に腕を回した。

====================
勝手に主任の名前を決めた上に
あれこれ用意周到なタイプの人にしちゃってすいません。

(チラシの裏)
2-150さんの分も含めて、
誰かこのカップリングの攻め視点書いてくれないかなぁ…(*´д`)

22 萌える腐女子さん :2005/05/19(木) 23:09:44
萌えな続きをありがとうございます……(*´д`)
(チラシの裏)誰かこのカップリングの攻め視点書いてくれないかなぁ

23 萌える腐女子さん :2005/05/21(土) 01:06:23
書き上げてリロったらもう350さんが萌えを投下されてたーよ_| ̄|○|||||
でもせっかく書いたのでこっちに投下してよかですか……?
お題「コンプレックスを感じる」です。
駄文平にご容赦。


「あっ、あっ、あっ」
 ひっきりなしに小さな声を上げて、俺の上で細い腰を上下する受け。
普段は小生意気な癖にエッチの時にはエロくて積極的で、たまには自分から俺に乗ってきたりもする。
こんな風に。
「んっ! イイ……っ、もっ、イくっ、イきそう…っ!!」
 声と同時にぶるっと震える腰が、呑み込んだ俺のモノを絞り上げる。
……いい。はっきり言ってめっちゃ気持ちいい。
だけど。
俺的には今ひとつ乗り切れない、と言うか、気になっちゃって気になっちゃってしょうがない事があるのもまた事実で。
正常位はまだいい。バックならサイコー。
だけど、騎乗位だと特に……その……なんと言うか。
こいつが興に乗って激しく腰振れば振っただけ…。
当たるんだよ! 俺の腹にっ!! 俺のより遙かにデカいこいつのが!!! ぺちぺちとっ!!!
「はっ……んっ!!」
なんて考えてる間に俺の腰の上では受けの動きがぴたっと止まり、受けの内部がまるで痙攣するように俺を絞り上げる。
「おお……っ」
 その締め付けに間抜けな声を上げて、不覚にも俺は達してしまった。
 なんつーの? なんつーかこう、せっかくの気持ちいいエッチの筈が達成感が無いというか、どこかこう寂しいというか…。
「んだよ……っ 俺まだイってないのに」
 途端に不満そうな顔で俺を見下ろす受けと目が合う。
確かにこいつのはまだ元気なまんまだ。……にしてもやっぱでけーな、おい。
「るせーな、俺は数で勝負すんだよっ!!」
 悔し紛れに言って、おもむろにこいつの腰を掴んで起きあがる。
「ん……っ!!」
入れ替わるようにベッドに背中を投げ出した受けは一瞬痛そうに顔を歪め、それから上になった俺の首に腕を絡めてきた。
「そう来なくっちゃ」
ついでに腰に絡んだ足に、こいつのでかいモノが俺の腹に存在を主張する。
ちくしょーっ!! 堅さと回数じゃ負けねぇからなーっ!!!
そう内心に叫んで、俺は一心不乱に腰を振り始めた。

24 萌える腐女子さん :2005/05/21(土) 01:20:45
うわ!なんかエロカワです!
攻めよりもキョコーンな受け(・∀・)イイ!
受けは受けででかすぎな元気ボーイにコンプレックス持ってたらなおよし!

25 330,331の続き :2005/05/21(土) 16:47:39
その日の夜、俺(成海)は中々寝付けなかった。今日の出来事に対して、自分でうまく納得できないでいたからだ。
あれから、俺は逃げるように帰って来た。学生服を鷲掴みし、短パンTシャツのまま
すっかり暗くなった帰り道をひた走った。
アノ時、俺は不覚にも達ってしまった。しかも卓也にちょっと俺自身を擦られただけで・・・。
その後、卓也は達した俺のを、ペニスの奥の部分に円を描くように塗りつけたのだ。
怖くなって、卓也を突き飛ばして、逃げてきた。
「・・・・ハァ。ったく俺何やってんだろ・・」
ベッドの上であれこれ考えるうちに、俺はすっかり寝入ってしまっていた。

次の日、休みたい気持ちをなんとか我慢して、学校に行った。放課後部室に顔を出して、
体調不良なので、と部長に行って、休ませてもらう事になった。
「ナニ?なるみちゃん、昨夜は激しかったのかなー?」
とニヤニヤしながら部長にからかわれ、他の部員にも、色目で見られた。
あながち嘘です、と言えない状況にあるから困る・・・。
とにかく、俺は、早く横になりたい一心で帰路についた。頭も身体も心も、ぐちゃぐちゃだった。

26 続き② :2005/05/21(土) 17:11:58
家の前に着くと、卓也が立っていた。学生服をきちんと着ている俺に比べ、
あいつは、学生服のボタンをおおっぴらに開け、中の白いシャツもだらっと外に出している。
ズボンはこれでもかというくらい、腰履きしていて、バスケ部の俺なんかよりよっぽど
不良に見えた。無造作に伸ばした薄茶色の髪が、奴の整った顔を一段と引出していた。
あんなことがなかったら、街で見かけただけならば、俺は迷わず見とれていたに違いない。
誰にも従わないような強い目、象牙細工のような顔の作り、綺麗な弧を描く顎のライン。
俺が、少し戸惑いながらも家に入ろうとすると、強引に俺の行く手を阻むように前に来た。
「なるみちゃん、ちょっと付き合えよ」
卓也は、綺麗な口角を意地悪そうに少し上にあげた。
「あ?テメーまだ生きてたのかよ。もう一回言われたいか?妙な事くっちゃべってねぇで
帰れっつってんだよ。テメ何したか分かってんのかよ。」
俺は、息継ぎをせず一気に言った。もう醜態を見せたくない。アノことはもう忘れたい。
「忘れ物を届けに来たってゆーのに、その態度でいい訳?」
卓也は右手の握った拳俺の目の高さまで上げて、パッと開いた。
そこには昨日付けていた、シルバーのネックレスがあった。
「あっ。テメそれ!あんだよ、オメーが持ってたのかよ。返せ。」
乱暴に奪い返すと、俺はそのまま家に入ろうとした。
「お礼」
ぽつりと、しかし当然のように卓也は言った。
「は?お前さ、はっきり言うけど、俺お前が嫌いなんだよ。面だけで人生舐めきってるよーな
奴、お礼、とか言える分際じゃねーだろ。」
ちょっと言い過ぎたかな、よも思ったが、俺はシカトして入ろうとした。
すると、ガチャリと先にドアが開き、母親が小奇麗なスーツを着て出てきた。
「あら、なるみお帰り。ごめんね、お母さんこれからクリーニング行った後、
そのままお父さんと待ち合わせてごはんだから。あ、夜は適当にね。
あら、お友達?まぁまぁ、どうぞ、汚い家だけど、ゆっくりね。」
一気に話終わると、俺と卓也を家に押し込んで、そのまま出かけてしまった。

27 続き③ :2005/05/21(土) 18:28:02
「どーも。お邪魔さまー」
卓也は悪びれる様子もなく、家に入ってきた。俺は、もう何も言う気もする気も失せ、完全にシカトした。
リビングに鞄を放り投げ、俺はそのままシャワーを浴びに風呂場へ向かった。
もう何も考えたくない。なのに、俺はなぜだか昨日感じた鼓動の高まりを、また感じずにはいられなかった。

15分くらいして、俺がリビングに戻ると、卓也がコンビニの袋を机に置いて、TVに見入っていた。
TVでは、俺が最近好きな、バンドのライブDVDが流れていた。
食い入るような視線だった。画面が焼け焦げてしまうような卓也の強い視線。瞬きすらもしてないような
そんな気がした。
「お前それ好きなの?」
ふいに卓也がこちらを見た。そして、ふっとまた画面に戻った。
「・・・・あぁ。いーよな。ギター最高だよ、こいつら。」
そう言いながら、机の上のコンビニ弁当を取りだし、俺にも勧めてきた。
それから1時間くらいだろうか、俺は弁当を食う間、お茶を飲む間、卓也とは一言も口を聞かなかった。
卓也は、SFで言ったらビームでも発しそうな視線でTVを見つめ、俺はそんな雰囲気の奴に、うまく話しかける
こともできず、黙ってそれを見ていた。
DVDが終わり、画面が暗くなっても、卓也は画面を見ていた。そして、ふとこちらを向いた。
「真面目やってもうまくいかねーよ、夢なんて」
あまりに自虐的な物言いだったので、俺は少し間を置いて、軽く笑って言った。
「オメーが無理だっつーなら俺のバスケの夢なんて、雲のまたその上の存在だぜ?
やってみなきゃわかんねーよ。俺もお前も。」
卓也は、何も言わずに、コンビニの袋から酒を取りだし、ごくっと飲んだ。
「なるみちゃんも、いるか?」
俺はなんだか飲みたい気持ちになってもう一方の缶を卓也から受け取った。
それから2時間くらい、俺と卓也は、お互いの夢について語った。
卓也は無愛想で、口数も少なかったけれど、最後にぽつりと、
「しょうがねぇから応援してやる」と、相変わらずエラそうに言った。

28 続き④ :2005/05/21(土) 18:28:26
時計を見ると、夜の9時を回っていた。卓也と俺は、冷蔵庫にあったビールと、
ウィスキーを、もうほとんど飲み干している状態だった。
しかし、卓也は一向に酔う様子もなく、意地になった俺は煽るように飲み続け、
目の前がふわふわの状態だった。
卓也は、俺に水を勧め、俺はそのグラスを勢いよく傾けて飲もうとして、口からこぼしてしまった。
喉をつたい、首筋につーっと水が流れる。
「あ、わりぃ。ダメだ。完全やられたわ、こいつに」
そう言って俺はウィスキーの瓶をこつんと指で叩いた。
すると卓也はいきなり俺の座っているソファーに腰をずらし、横に座った。
そして、人差し指で、首筋の水をかすめ取ると、はっとする様な綺麗な目元を細め、
指を俺の見ている前で、見せびらかすように、口で舐めた。アイスを舐める様に、赤い舌を出して、
ねっとりと。
「なるみ、俺の指で狂え」
低音の声と色っぽい目つきで、卓也は俺に言った。俺は訳が分からず、バカにされてるのかと勘違いして、
「笑わせんなって、オメーの指で人間一人が狂うんなら、明日にでも世界はオメーのもんに
なってるっつーの」
俺は酒も手伝って、けらけらと陽気に言った。そして、もう一杯水を飲もうとグラスを手にした時、
卓也が乱暴に口を塞いできた。そして、すぐに舌を入れられた。歯列をなぞるような、ねっとりと甘いキス・・・。
「・・・っ・・ん・・」
俺は逃げようと懸命に卓也の肩に手を置き、つっぱるようにしたが、卓也はびくともしなかった。
「だからお前狂わせてやろうって言ってんだよ」
耳に息を吹きかけるようにそう囁かれた。俺は、また背筋がぞくんとするような感覚に陥った。
そのまま卓也は、耳の裏を尖った舌で突つくように舐め、そして、ふいに耳の中にそのまま入れてきた。
「・・・ぁっはぁ・・んぁ・・」
俺の身体がびくんと勝手に跳ねた。恥ずかしくて、俺は顔を背けようとした。
卓也はそんな俺の顎を、綺麗な手で掴みながら、強引に卓也の方を向かせた。
「・・・もう一回感じてみろよ」
そう言って卓也は俺の耳を、執拗に舐め始めた。
「・・っぁ、やめ・・ろ・・・テメ・・お・・ぃ」
声がうまく繋がらなかった。俺は勃起しているのを自覚していたけれど、
とにかく、この背筋がぞわぞわするような感覚から抜け出したい一心だった。
すると、卓也は、そんな俺の股間の状況を知っていたのか、スウェットジャージの上から
指で形をなぞるように触ってきた。
「あっ・・・・うぁ・・」
卓也はそのまジャージの中に手を入れて、直に触ろうとする直前で手を止め、
息の上がった俺を、じっくり見つめた。
「どうする?狂う覚悟があんならこれから狂わせてやるけど?」
俺は、最後の抵抗で、言い放った。
「狂う狂わせないとか、オメーいちいちうるせー。いいからどけ。自分で処理した方が
あんばいがいーんだよ。そんなにやりてぇなら勝手にオナってろ。」
俺が言い終わるか終わらないかのうちに、卓也は俺をソファーに目一杯押し倒し、
「わかった。狂え」
とバリトンの声で低く言い放ち、俺のモノを直に触ってきた。

<いちおー疲れたんでここまで。続きはまた今夜か明日にでも投下しますー。じれったい
展開でスマソ>

29 続き⑤ :2005/05/21(土) 21:16:32
「・・・うぁっ・・ぁあ・・ぁふ・・」
変な声が出た。俺は一瞬自分の声かどうか疑った。卓也は、そんな俺の顔を見ながら
くすっと笑った。
「ほら・・・もっと出せよ、お前のその声」
そう言って、俺のモノを根元から先端にかけて、ゆっくり上下にしごいた。
そして、先端のくびれに指を這わせながら、円を描くようにくちゅっとまわし始めた。
「っ・・んっ・・・!」
俺の身体が、意思とは正反対に勢い良くびくんと跳ねた。
「な・・な・・んだよコレ・・」
「なに?・・・ここ?・・弱いみたいだな」
おもしろそうに笑って、卓也は執拗にそこのくびれを攻めてきた。
俺は、一気に射精感を高められた、でもこんな事でイかされるのはまっぴらだ、と思い、
唇を噛んでなんとかやり過ごした。
「ほら、我慢すんなって。イけよ」
平然と卓也は言い放ち、いきなり指を早めて上下にしごき始めた。
「うぁ・・あ!あぁぁああ」
気づいたら、俺は卓也の手の中に、高まりを弾けさせていた。

はぁはぁと荒い息をしながら、俺はソファーから立とうとした。
「逃がさねぇ」
卓也はぐっと俺をソファーに引き戻し、スウェットとを半分まで脱がした。
果てた俺のモノが露わになり、下着が濡れていた。
俺がスウェットを元に戻そうとすると、いきなり身体を持ち上げられ、卓也の座っている上に、
同じ向きに座らせるような形で固定された。
そして、風呂上りのまま首にかけられていたタオルを素早く取って、俺の両手を背中のところで
しばってしまった。
「思う存分狂えるよな?これで」
そう言って、卓也は俺の背中を舐めながら、前にある乳首に両手を這わせた。
「・・くぁ・・ぁあ」
すでに尖っていた突起を上下にやんわり擦りあげる。そして、いきなりギターで
弦を引くように、細かく震わせながら爪で突起をぴんっと弾いた。
「あぁっっ・・・うぁ・・やめ・・」
俺のモノはイッたばかりだというのに、もう固くなっていた。

30 続き⑤ :2005/05/21(土) 21:48:02
先端から透明の液がどんどんあふれてくる。
「へぇ、お前ココも弱いんだ。・・・ほら、我慢すんな」
今度は後ろから首筋を舐めながら、乳首を強く擦られた。
「んっ!・・・い・・ぁ・・いゃ・・だ。・・そこ・・」
卓也は指の動きを止めずに、どんどん俺を追い上げた。
「いやだっつーのはな、相手にイイとこ教えてるよーなもんだぜ?」
そして、そのまま俺の昂ぶった股間に手を這わせ、先端の感じるとこを集中して
弄ってきた。
「・・もぅ・・・・あ・・・はぁ・・んっ・・あ、ぁ、ぁ、イ・・っく」
後ろで手を拘束され、抗えない俺は、卓也の愛撫になす術も無く、2度目の絶頂を迎えた。

「悦かったみてぇだな・・・」
空ろな瞳で卓也を見る俺の顔を、目を細めて覗き込むと、卓也はそう言った。
絶頂感で、脱力している俺を、卓也はそのままあお向けに押し倒すと、俺の出したモノで白く卑猥に塗れた指先を、
俺のペニスの奥の後孔に当てた。
「ぁ、おい・・やめろって」
「お前、もっとイイとこまで連れてってやるよ。」
そう言って、卓也は中指をその奥の場所へくりゅっと指し込んだ。
「んっ!・・・ってぇ・・いてぇって。抜け・・」
「最初は誰でもそうだぜ?いいから黙んな」
卓也は中指を抜き差ししながら片方の手で、俺自身をまた上下にしごきだした。
「ふ・・・ぁ・・」
前を弄られることで、後ろの痛さがだんだん薄くなっていく。そして、それだけでなく
じんじんとした痛みが、段々熱くて甘い快感になっていったのだ。
もっと弄って欲しいような、そんな淫靡な気分になった。俺は前をしごかれる快感に身体をあずけた。
すると、ふっと身体の力が抜けたような気がした。
「もっと俺に任せろよ、身体。気持ちよくしてやんからさ」
耳元で、優しく卓也が囁いた。その声のせいで、無意識に、俺は不覚にも再度卓也に身体を預けてしまった。

気づいたら、中に入っている指は3本になっていた。中の襞をくちゅくちゅとこすられる。
「いい子だな。そのまま俺ん指意識してみ」
そう言われ、その通りにすると、いきなり卓也の指が、入り口から少しいったとこにある
ある部分で止まった。そして、思いっきり擦られた。
「・・・!あ・・・・あぁ・・んぁぁぁあ!」
俺は一気に射精していた。
「すげぇな・・・。そんなにイイか?」
「うぁ・・・訳わかん・・ねぇ・・」
俺は口から唾液をこぼし、頭の中が真っ白になりそうだった。
「これで終わると思うなよ。ココ、もっとこすりてぇ・・・。お前狂うな、絶対」
卓也はこっちが恥ずかしくなるような言葉を吐いて、そのまま指をまた動かし始めた。
「・・・ココ、こするぜ・・・ほら・・」
くちゅっと音がして、先ほどの場所をピンスポットで攻めてきた。
「・・ああああ・・んっ・・くぅ・・」
「ほら、イけ。どーせ我慢できねぇだろうが。」
激しくこすられて、俺は奥から止めど無く溢れる快感に包まれた。
「うぁ・・・やっ・・べぇ・・イ・・くっ・・ん」
俺は卓也の言う通り、我慢できずに弾けた。
そこからはもうなし崩しだった。ソファーの皮が白い液体と透明の液体で
ぐちゃぐちゃになった。

31 豚切りですが、 :2005/05/21(土) 21:52:02
中途半端ですが、終わりにしまする。一応萌えシーンだけで勘弁して下さい。
初めて書いたんで、指で責めるとこまでしかどうも・・・_| ̄|○
日々勉強で精進しますわ、とゆうことで。

32 萌える腐女子さん :2005/05/22(日) 10:26:50
ごちそうさまでした……(*・∀・*)
嫌がりながらも流されていいようにされちゃうなるみちゃん萌え!
散々陵辱の限りをつくしたあと抱きしめてほっぺちゅーとかしてくれたら最高!

33 01/04 :2005/05/22(日) 17:40:14
掲示板の存在を最近知ったよ。
勝手に書いちゃったの投下させてもらいます。長くてすいません。
2-249さんのお題「短気な後輩×卑屈な先輩」をお借りしました。


創作活動同好会兼文学部という名称で通っているうちのサークルは、
30人もの幽霊部員に支えられ実質10人弱で活動している。
とは言え創作活動は個人でやるものなので、10人集まろうが
「ネタに詰まった」だの「神が降りてこない」だの言い訳をつけて
結局は菓子の袋を床に散らばらせ談笑で終わることが多い。
仲が良いのは宜しいことだろうが、
この馴れ合いの空気にいまいち馴染んでいない人物が2人いる。
俺と、1つ上の先輩だ。
先輩は出版業界を広く見渡せば数多いる学生作家の内一人で、
部室に来ても部屋の隅でいつも頭を抱えている。
俺と違い人当たりはいいのだがパソコンに向かう彼に話しかける部員はいない。
凡そそんなオーラを発していないからだろう。
一年ながらこのいい加減なサークルの会計を務めさせられている俺はでも
たまに彼に声をかける。すると飛び出るのは必ず弱音だ。
「俺なんか才能ないんだよ」
「俺なんかダメだよ。なんも浮かばないもん」
「俺なんか」
「俺なんか」

34 02/04 :2005/05/22(日) 17:41:12
最初は珍しいことに短気な俺が根気良く励ましていたが最近はうんざりしてきた。
モチベーションの上がらない作家を励ますのは担当の任であって、
単なる後輩である俺ではない。
それでもいつのまにか先輩にとって俺はその役割になってしまったようで、
今では俺以外から先輩は弱音も吐かずに頑張っているという目で見られるようになった。
俺は先輩の才能に心底傾倒していたので、それでも初めはそれが誇らしかったのだ。
だが季節は冬。腰まで雪が積もる頃には、桜の時期に抱いた憧れも
すっかり溶けて無くなっていた。
この卑屈な駄目人間が。
小中高と野球部で育った俺にとって先輩とは嫌うものではなく憎むものであり、
陰口を叩こうくらいなら見返してやると睨み返す存在だったので、
口に出してそう罵ったことは無いが、はっきりとしない苦手意識を抱えていた。

35 03/04 :2005/05/22(日) 17:42:25
だがある日、キレた。
つい先ほどまではにこやかにしていたくせに、部室に俺しかいなくなった途端お決まりの台詞。
「俺なんかが書いた小説なんて何が面白いんだか良く分かんないんだ」
投げたね。補欠だろうが野球部で唸らせたこの豪腕を持って、
整理もせずに散らばったファイルや辞書を片っ端から。
呆気に取られるその横面を殴ってやりたかったが、さすがにそれはやめて
代わりに普段浮かべていた苦笑いに必死で抑え込んでいたものを全部吐き出した。
「あんたに才能が無いんなら、片っ端から賞に投稿してるのに1つも入賞できたことがない俺はどうなるんだ」
「あんたの本が面白くねえんならあれに心ガンガン揺さぶられた俺はどうなるんだ」
「あんたがダメだって言うんなら…」

あんたの事が好きで好きで堪らない俺は、どうなるっていうんだ。

口に出してそう言ってしまうと負けを認めてしまうようで、その後は続けなかった。

36 04/04 :2005/05/22(日) 17:45:00
声を枯らすまでそう叫び続けて、息を荒げながらその場にしゃがみこむと、
唖然としていた先輩は意外にも怯えた様子を見せず「ごめんな」と謝った。
それは青い顔で愛想笑いを浮かべる時にも、涙をにじませ愚痴る時にも見せない顔だった。
長い前髪から覗く少し腫れぼったい目は今まで見たことがないほど真剣だった。
「ごめん、俺甘えてた。もうしない。それに相島君は才能無くなんか無いよ。ただ君正直だから
、思ったこと全部文章にしちゃうだろ?小説を書くのにしたって他のことと同じように勉強し
なきゃならないことたくさんあるから、それさえちゃんとしたら十分凄い作家になれるよ」
「相島君の書く小説、俺好きだよ。才能あるよ」
聞いたことが無いくらいハッキリとした語気だった。どんな批評よりも心に残った。
「でも…」
掠れていると思っていた声はしゃっくりに邪魔をされて出なかった。
その時やっと気付いた。やばい、俺泣いてる。
「でも直感で書いてる人だっているでしょ?そういう人を天才って呼ぶんじゃないっすかあ」
「いないよ、努力しない人間が天才だって言うんなら、この世に天才なんていないんだよ」
「誰だって自分は人と違うんだって、特別なんだって思いたいじゃないですか」
「君だって特別だろ?絶対いつか世間に認められるし、それに俺にとっては特別なんだ」
いつもと立場が逆転している。俺は嗚咽を漏らしながら擦り切れるほど目を擦り
止りそうにない涙を何とかして拭おうとしていた。
先輩は俺の頭を撫でながら子供にでも諭すように、ゆっくりと話す。

確かに先輩の愚痴は鬱陶しかったけど優位に立つことが、必要とされることが嬉しくもあった。
だけど知らなかった。こうやって励まして貰える事が頭を撫でられる暖かい手がこんなに嬉しいなんて。
しばらくして「顔上げられません」と呟くと「いいよしばらくこうしてたい」と笑われた。
珍しく年下扱いされてる気がして体が熱くなった。くそ、やっぱり悔しい。

37 1/3 :2005/05/25(水) 18:39:56
>2-379「右手×左手」
妄想が暴走し長くなったためショートバージョンでお送りします…。

 何の変哲もない、いつもの帰り道。
 そろそろ梅雨時も近くなったのかよく雨が降る。日が延びて暖かくなってはきたけれど
まだまだ長袖が手放せなくもあり。
 そんな中途半端な陽気の中で、俺達はのんびりとした調子で代わり映えのない風景の
中を歩いている。

 滅多に車の通らない路地裏は、だからこそ路面の状態が悪いのか、あちらこちらに大き
な水たまりが出来ていた。たまに道一杯に広がる池みたいな場所もあり、それを蹴散らし
て歩く俺を朝比奈は子供みたいだと笑う。
「うるせ、引っ掛けるぞ」
「あはは、やめてよ。クリーニング代俺が出すんだから」
「げっ。お前んち結構キビシーのな……」
 この道は駅までのショートカットで、民家が連なるだけの人通りも乏しい場所だ。普段
も道の真ん中を歩いてても問題ないくらいに人影がない。だから俺は油断していたのだと
思う。
 駅前の大通りあとちょっとというところで、珍しく前方から車が見える。
 思い切り車高の低いエアロ付き。造花のレイやら縫いぐるみやら色々飾り付けてるところ
を見ると、オーナーは若そうな感じだ。
 ふと不安がよぎる。
(こーいうアホ装備の奴って、あんま周囲見えてないんだよな……)
 とはいえ、こんな細い道だし無理はしないだろうとのんびり俺が構えていると。
「あ……ぶなっ」
「……え?」
 それはもう一瞬の出来事で。コンクリートの塀に押し付けられるように朝比奈に抱き
込まれるとほぼ同時に、不安を肯定したかのごとく、車が突っ込んでくる。
 途端に上がる水飛沫。土砂降りの雨だってこんなにならないってぐらいしこたま水を
浴びせられた俺達は、謝りも減速もしないまま暴走するカエル色の車を見送るばかりだっ
た。

38 2/3 :2005/05/25(水) 18:40:19
 俺を抱えたまま、携帯を何やら操作している朝比奈をよそに、俺は強張った身体を塀に
預け、半ばうわごとのように呟いた。
「しん……じらんね」
 今更ながらに震えが止まらない。機転を利かせた朝比奈が俺の右手を引かなければ、
俺は確実にあの車に引っ掛けられていただろう。この時ばかりは機転の早い奴が隣に居た
事に感謝した。
「荻野?」
 俺の怯えを察したように、優しい声で呼んだ朝比奈は、励ますように軽く背を叩く。
その胸元に縋り付き、俺は掴まれたままの右手を意識する。とっさに伸びた奴の長い腕が、
危険から遠ざけるかのように俺を捕まえて抱き寄せた。きつく掴まれた手首が痛いのに、
同時にその痛みが安堵に繋がる。
 俺を救ってくれる腕だ。いつも、いつも。
 そういえば、一年の頃、校庭の端の方でサッカーボールを転がしてた時のこと。古びて
緩んでいたフェンスが倒れてきたときに、俺を助けたのはこの腕で。気が付けば、いつも
隣で微笑んでいた朝比奈が、どれだけ俺を助けてくれていたのか分かってしまう。
 見守られて、いたのだろうか。隣にいるのが当たり前になるくらい、近くで。
 喉元で堰き止められていた息をゆるゆると吐く中で、押し付けた額が肩先にくっつく
程度には、いつのまにか身長差が出来ていたのだなと実感する。そして俺を繋ぐ左手も、
手首を軽く掴んでしまう程に大きくて。俺は微妙な気恥ずかしさと、それを上回る離れ
がたい気持ちの狭間で、収まりの悪い鼓動が静まるまでの間、寄り添う体温を感じて
いた。

39 3/3 :2005/05/25(水) 18:40:35
 体育の授業の為に持ってきたタオルで簡単に拭ってみたものの、水を吸った制服は
重くからみついたままで、足下はプールに浸かったかのように水浸しだ。ぐずぐずと
音を立てる革靴に閉口しながら、俺達は駅への道を急いでいた。
「……の23−45か。至近で写メ撮れなかったのが残念」
「え?」
「さっきの車のナンバー。一方通行の筈なのに思い切り逆走してたし、あれだけ分かり
やすく速度オーバーしていれば、減点大きいだろうね」
 にこり、と笑みを浮かべる姿は頼もしいような、怖いような。何やら携帯を操作して
いるなと思っていたら、内蔵カメラで車を捉えていたらしい。どこまで冷静なんだかと
呆れてくる。
「……まあ。クリーニング代くらい出るといいな」
 そんな事で済ませるような殊勝な奴でない事は重々承知の上で、俺は朝比奈の健闘
を祈りつつカエル車にほんの少しばかり同情を覚える。一度敵として認識した相手に対して
この男は容赦というものを知らない。おそらく様々な状況証拠を突きつけて逃れようも
ない環境を作るだろう。無論、侮られぬように専門家を交えた上で。
「荻野が一番被害受けたんだから、ちゃんと謝って貰おうね」
「……おう」
 俺を庇ったせいで全身濡れ鼠になった奴の言うことじゃないだろうに。とことん俺を
甘やかす姿勢のこいつはバカだ。
 そしてそれを快いと感じている俺は大バカだろう。
 いつもより口数の多い左隣。護られるように右端を歩きながら、いつのまにか逆転
した立ち位置に何故か文句を付けられない。気紛れに腕がぶつかるくらいの距離は吐息
すら捉えて、視線が落ち着き無くさまよってしまう。
 この、自分らしくない大人しさを、出来れば今日のアクシデントのせいだと思って
いてくれないだろうか。そう思いながら、聡い朝比奈のことだから沈黙の訳などすぐに
分かるだろうと否定して。
 確実に傾いていく感情を持て余しながら、夕暮れの空を仰いで、俺は小さな溜息をつ
いた。
 甘痒いような悩みは、始まったばかりだ。

40 1/3 :2005/05/26(木) 17:47:19
2-390「高校のAET×英語教師」に萌えまくったので
390さんじゃないですが、勝手にあの話の続き書いて
しまいました。ほんのちょっぴり進展ぎみ?
391さんのネタもお借りしてます。
数レスのお目汚し失礼します。

「僕は好きですよ」
ヤツに流暢すぎる日本語でそう言われてから数日。
何で片言ぶってるんだとか、つっこみたいことはたくさんあったが
その言葉の内容に俺は打ちのめされていた。
深い意味があるわけじゃない。むしろあったら困る。
なのに、思い出すだけでどうして背中のあたりがぞくぞくとしてくるのか。

流暢な日本語を喋れることが判明したその翌日、片言ぶる理由をヤツに聞い
てみると、自分が日本語を上手く喋れないことで生徒たちの英語力を上げよ
うとしているのだと答えてくれた。
確かに筋の通った理由だと納得。慣れない英語で話しかけてくる生徒たち
――大半が女子生徒だったりする――は、見ていて危なっかしさもあるが、
自分の英語で言いたい事を伝え、ヤツとコミュニケーションを取ろうとする
ことで間違いにおびえず英語を話すということにだいぶ慣れてきたように俺
も感じていた。
英語力を伸ばすには、確かに読み書きよりも話すことが重要だからだ。

41 2/3 :2005/05/26(木) 17:47:54
「…センセイ」
次の授業の準備をしている職員室の片隅で、背中から声をかけられた。
授業の打ち合わせが済み、一段落したところだってのに、まだ何かあった
のか?
「何の用だ?」
「次の授業で使う教材で、読めない字があって。教えてもらえませんか?」
「あぁ…」
コイツ、日本語は喋れてもまだ読み書きには慣れていないらしい。
確かに漢字なんかが混じってるとルビつけなきゃ読めないみたいだしな。
あの一件以来、どうも俺はコイツに対して上手く立ち振る舞えないのだが、
仕事にまで引っ張るわけにもいかず、冷静を装って教材を受け取った。
「どれだ?」
「ここと、ここ…なんですけど」
「了解。勝手にルビふっておくぞ」
「Thanks」
俺がそのネイティブの発音にどれだけコンプレックスを抱いてるのかも
知らずに、嬉しそうにヤツはそう言った。
この前のあの告白まがいの言葉だって、どうせ俺をからかっているだけだ。
教材にルビを振っていると、ヤツの手が視界の端に映りこんできた。
俺のデスクに手を突いておもしろくもない作業を見ているのだろうか。

42 3/3 :2005/05/26(木) 17:48:33
「よし。こんなもんでいいだろ」
「助かりました、センセイ」
「おう」
教材をまとめて手渡そうと横を向いた瞬間、あの碧眼に視線を捕らえられ
た。
まずい、そう思ったときは時すでに遅く。
「…っ」
深く屈みこんだヤツは、あろうことか俺の手を押さえ、そのまま唇を重ねて
きたのだ。
時間にしてみればほんの一瞬のことだったのだろう。しかし、俺にとっては
ひどく長い時間に感じられた。
息を吸い込んだ瞬間、ヤツの舌が下唇を撫でるように掠め、それから離れて
いった。
周囲に他の教師がいなかったことや、俺のデスクの正面が本やらパソコンやら
で塞がれていたことを、完全にコイツは逆手に取ったのだ。
呆然としている俺を横目に、ヤツは俺の手元から教材を抜き取ると、俺に向か
ってにっこりと微笑んだ。
無常にも、授業の開始を知らせるチャイムが鳴る。
慌てて俺は椅子を立ち、ヤツを追い越して教室へと向かった。

授業の最中、隣にいる男を意識する余り、俺が哀れな道化と化してしまったのは
言うまでもなかった。

43 1/5 :2005/06/11(土) 22:27:48
いまさらのように、「腕白魔法使い×熱血戦士」
に萌えてしまったので、投下してみます。
全然腕白&熱血じゃなくなったけどキニシナイッ!↓


最近、冒険者仲間の戦士は、様子がおかしい。
特に冒険の終わった日は、何だかそわそわしてて、ふといなくなることがある。
そんな長時間いなくなる訳じゃないけれど、何をしていたのか聞いても答えてくれない。
なんつか、怪しすぎ。

そんなある日。
ある依頼の後、彼は宿で、僕と別の部屋を取った。
「報酬多かったから、贅沢」と笑っていたけれど、僕は納得がいかなかった。
だから、もう一度聞いてみた。いつも何してるんだ、どうして僕を避けるんだ。って。
そんなに問い詰めるつもりじゃなかったのに、戦士がはぐらかすような答えしか
返さないから、僕も引けなくなって、つい問い詰めてしまった。
そうしたら、あいつ、
「子供には関係ない」だって!
キレたね。確かに僕は戦士より年下だし、まだ世間的には子供だよ。
でも、自慢じゃないけど僕は、何十年に一度の天才と言われた魔法使いなんだ。
そこいらの大人よりは物はわかってるつもりだし、だから、戦士だって僕を仲間に
したんじゃないか。それに、それに、僕は戦士を心配してたんだ…!
意地でも聞き出してやろうと固く誓った僕は。
裏通りのアレな魔法屋で報酬はたいて、ちょっとした魔法を手に入れた。
この魔法をかけられた相手は、数時間の間、かけた相手の言う事に逆らえなくなる。
本当に嫌がっている事は命令できないとか、心底嫌いな相手だと魔法がかからないとか、
制約が多いけど、あいつには十分だろ。とにかく、何が何でも白状させてやるんだ。

帰って見ると、戦士は自分の部屋で旅支度をしていた。ベッドの上に、荷物を置いて
腰掛けている。
「どこ行ってたんだ?そろそろ行こうぜ。」
僕を見ると何事もなかった見たいに微笑んだ。その態度が癪に障る。
なんだよ、大人ぶっちゃって。
「行く前にさ、僕の質問にちゃんと答えてよ。」
戦士は案の定「またか」と言う顔をした。彼が何か言おうと口を開く前に僕は小声で
素早く呪文を唱えて、言葉に魔力を込めて、もう一度聞いた。
「昨日何をしていたの?してたこと、もう一度 や・っ・て・見・せ・て・よ」

44 2/5 :2005/06/11(土) 22:30:54
あれ?と言う顔で、彼はベッドに仰向けになった。
何が起こったのか分からないようで、自分の体が勝手に動くのに焦っている。
発動成功。彼はこれから数時間、僕の命令どおりに動く。
「まさかオマエ、俺に魔法をかけたのか!?」
何とか体の支配を取り戻そうと必死になりながら、叫ぶ。
「戦士が悪いんだ、僕に秘密を持つから。さぁ、みせてよ。いつも僕に
ナイショでしていること!」
途端、戦士の顔が真っ赤になった。何だかものすごい動揺している。
「や、やめてくれ、魔法をといてくれよ、なぁ!」
「やめたら、教えてくれる?」
「そ、それは・・・」
「じゃぁ、だめ」
その間にも、彼の手は下に伸びていき、自分のズボンを脱がし始めていた。
僕は押し問答をやめ、手を凝視した。いったい何をするんだろう?
戦士が切羽詰った声をあげる。
「いやだ、本当に、頼むから…やッ」
だけど彼は最後まで言えなかった。
下肢に潜り込んだ彼の手が、彼自身を包んで扱き出したからだ。
「ア…ッ!」
聞いたことの無い甘い声が、戦士から、漏れる。どきりとした。
こんなの…、知らない。戦士は、僕の知らない事を、こんなことをしていたんだ。
顔を近づけて、じっと観察する。自分の手に嬲られる戦士のそこが、形を変えていく。
「た、頼む…やめないなら、せめて、見ないで…んぅっ」
喘ぎながら哀願する戦士。その声音がいやらしく、僕の体の奥に響いてくる。
戸惑うように揺れる目。眉根をよせて何かに耐える、切ない表情。
強い何かがこみ上げてくる。もっと、この声を聞きたい。もっとこんな顔をさせたい。
自分でも、何故そんな風に思うのかわからなかった。
「ね、もっと足を開いて」
「…!?」
「もっと良く見せて」
「い、いやだ・・っ」
言葉と裏腹に、素直に足を大きく広げ、僕の目の前に全て曝け出す。
戦士は恥ずかしくてたまらないと言う風に、目をそらした。
耳まで赤くして唇をかみ締めて耐えている。小刻みに震えているのが可愛いい。
「こんなえっちぃ事、してたんだ」
思わず、ため息混じりに呟いた。
「う、うるせぇ、見るなよ。仕方ないだろっ」
耳まで赤くして自棄っぱちに戦士が言い捨てる。
「どうして?」
「大人の男って、こうなんだっ!戦った後とかは特に、からだが興奮しちまうし!
女とか買うっても、たけぇし、な、なんていうか恥ずかしいし…」
魔法のせいと言うより、恐らく恥ずかしさを紛らすため、彼はすがすがしいほど素直に白状する。
僕は、魔法使い仲間や先輩にそれとなく聞きかじったあれやこれやを思い出した。
そうか、これがお年頃と言うヤツか。

45 3-5 :2005/06/11(土) 22:33:32
「なぁ。もういいだろ、わかっただろ?もう、止めてくれ、よぉ…」
最後の方は、涙声だった。
相変わらず、彼の手は僕の命令を忠実に実行しつづける。
先端を撫で擦り、弄り、強く弱く扱き続ける。
僕は彼の足の間に入り込み、凝視する。微妙な変化の一つすら、見逃さないように。
「はぁ、あ、見るな、いや、見ないで、やっああ…ンっ」
涙を滲ませ熱い吐息をもらす戦士から、目が離せない。
「気持ちいいの?戦士」
彼は唇を噛んで首を横にふる。必死な嘘が可愛い。
この魔法は、本当に嫌な事は強制できないんだ。
弄っているものの先端から、雫がたれ始めた。それを指で掬い取りながらもう一度聞く。
「答えて。気持ちいいの?」
頭をちぎれそうなほど振って否定しても、彼の口は正直に答えてしまう。
「…気持ち、イイ…」
恥ずかしさに耐え切れなくなったらしく、彼の目から涙が零れた。
さすがに心がちくりとした。いつも強くて明るい彼がこんな風に泣くなんて。
やりすぎちゃった…。もう、やめてあげよう。そう思って、魔法を解こうとしたその時。
「アッ…や、いく、いやっいくっああああっ」
戦士の背がしなり、ビクビクと痙攣した。同時に愛撫されていたモノから、白い飛沫が飛んだ。
それは、腹にまだらを造り、手をどろりと伝って、戦士の下肢を汚した。
そんな光景を見たのは初めてで、びっくりした。
戦士は荒い息をつき、脱力していた。朱に染まった体が小刻みに震えている。
放心し、気だるげな表情。唇が濡れて艶めいている。
心臓が激しく鳴った。動悸が止まらない。
下半身が疼いて、体が熱くなる。こんな感覚は初めてだ。
思わず僕の口をつてい出たのは、次の命令だった。
「ねぇ、戦士。僕にもして」
「…え?」
ぼんやりしていたせいか、戦士は僕の言葉を聞き逃したらしい。
だけど、意識に届いてなくても、魔法は効果を及ぼしていた。
彼は、のろのろと身を起こし、ベッドを降りて僕の前に膝まづく。
「な、なんだよ?今度は、何をさせようって言うんだ!?」
戦士の目が、不安に揺れていた。
どんな敵をもまっすぐに見据えて動じない彼を、僕の意のままにしている。
ぞくぞくする。もっと、色んな表情をさせたい。知らなかった部分を見たい。
「聞こえなかった?僕も気持ちよくしてよ、って言ったの。」
にっこりと笑ってみせた。見るからに狼狽する顔が可笑しい。
「だ、ダメ,いやだ、頼むからやめさせてくれ」
半泣きになりながら、彼の手が僕のズボンを下ろしだした。
期待で立ち上がっていた僕のものがまろび出る。
自分のモノが、戦士と同じようになっているのが不思議な気がして、だけど嬉しい気がする。
戦士の手に、優しく包み込まれ、上下に擦られると、たまらず反応した。
「あ、あ…」
電気が走るような快感に撃たれた。意図せず、腰が揺れる。
思わず、戦士の髪の毛を掴んでしまう。いてェ、と戦士が呟いてあわてて手を放した。
ここまで気持ちいいなんて思わなかった。戦士の手だと思うと、またすごく興奮する。
弄られるたびに、全身を電気が走る。こみ上げてくる快感に、声があがった。
知らなかった、こんな気持ちいい事、知らなかった…。
未知の快感に翻弄されながら、ふと、思った。戦士は、もっと何か知っているんじゃないだろうか。
僕とふたつしか違わないけど、一応年上だし、こんなことを知っているくらいだから、
もしかすると、もっともっと気持ちいい事をしてくれるかもしれない。
戦士に、気持ちよくして欲しい。そう考えてしまうと、もう我慢できなかった。
「戦士、もっと違う事をして」
戦士が、わからないという顔をする。不思議そうな表情が可愛い。
「違う気持ちよくなり方、知りたい。教えて」
「…っ!」

46 4/5 :2005/06/11(土) 22:36:01
案の定知っていたらしい。思わずその方法が脳裏によぎったんだろう。
可愛そうになるくらい、戦士は慌てていた。
「い、や、知らない!本当に知らないから…っ!」
叫ぶように否定しても、魔法の切れない限り無駄だった。
彼は、頭をかがめて。いやだと言いながら…僕のものを口に含んだ。
「ああ…っ!!」
思わぬ衝撃に悲鳴のような声をあげてしまう。
戦士は、命令どおり僕を気持ちよくしようとしているらしく、必死に舌を動かしている。
口に含んできつく吸い上げながら、前後に頭を動かす。先端から根元まで舐めまわされる。
頭の芯が痺れて、意識が白くなっていく。戦士が、愛しくてたまらない。
「もっと、もっとして、戦士…」
甘い声でねだっていた。僕の言葉に反応して、戦士は手も使いだす。
指で扱き、先端を吸って僕を煽る。呼応するように何かが、体の奥から競りあがってきた。
さっきの戦士を思い出す。きっと、あの白いものが僕からも出るのだ。
このままじゃ、戦士の口の中に出してしまう。
「戦士、もういいよ口を放してっ」
あわてて叫ぶと、戦士は素直に顔を放す。だけど、間に合わなかった。
僕は、勢い良く白濁を放出し、彼の顔にたっぷりとかけてしまった。
「アッ…ふぅ…」
目がくらむ。体から力が抜けて行く。まだ、しびれるような感覚の余韻が支配していた。
戦士を見る。僕のもので顔が汚れていた。罪悪感にちりりと刺されながら、その様子が
何故だか愛しかった。たまらず彼にしがみついて、キスをする。
たくさんたくさん、キスをした。
「…か?」
されるままになっていた戦士が、気だるい声で何かを聞いた。
「なぁに?」
「…魔法、まだ効いているのか?」
ああ。そうだよね、僕の魔法のせいで、いっぱい恥ずかしい思いしたんだものね。
ごめんね、戦士。
「ううん、もう切れてると思うよ。」
「…そうか。良かった。」
戦士は、心底ほっとしたように、息をついた。それから、にやりと笑う。
いつもの彼と変わらない様子に、ほっとしたのもつかの間。


僕はきっついげんこつをくらって、床に正座で延々説教をされた。

47 5/5 :2005/06/11(土) 22:37:33
まぁ、そんなわけで。
僕と彼はまた、ただの仲間に戻り、冒険を続けている。
あの日の事は無かった事にされて、彼は今でも時々いなくなる。
でもね、戦士。キミは忘れてるよ。魔法使いは一度覚えた事は忘れない。
あの時のきみの手の動き、どこを、どう弄って、どう反応したか。全部覚えてるよ。
それともう一つ。僕の探求心と好奇心は人三倍くらいなんだ。
説教の後、キミが呟いた言葉、聞こえてたよ。
「最後までされなくて良かった」ってしみじみ言ってたね。
この次は、『最後まで』してあげる。たくさん勉強して、魔法なんて使わなくても、
「して欲しい」ってキミに言わせて見せるよ。
うんとうんと可愛がってあげる。まだまだ知らない、キミのステキなところ。
いっぱい教えてね。


ああ、その日が楽しみだなぁ。

<終了>



以上です。お目汚し失礼しましたーッ

48 900 :2005/07/09(土) 22:15:53

ゲトーして投下したんだがコピペミスをやらかしていたorz
*0以外の人じゃないんだが投下させてくれ

パターン1
[耽美系美少年×小動物系少年]
この場合ムードなど考えず攻めからのいきなりのキスがいいでしょう。ムードなど攻めから発せられる色気で十分補えます。
受けの肩を抱き寄せ、驚く隙も与えず口をふさぐ。
受けはとっさに眼を閉じるが、攻めは眼を開いたまま。
この眼を開いたまま、というところが最大のポイントでございます
唇が離れた後は、突然で呼吸のタイミングを合わせられなかったためか潤んだ瞳の受けが
少々上目遣い気味に攻めを睨むといいでしょう。

パターン2
[堅物男×子悪魔男]
攻めの方が年上、ただしタメ口というのが重要です。
セックスの最中でもそうではなくても、受けが攻めに跨った状態で
受けから攻めのネクタイ等を引き口付ける
攻めもしばらくしてからそれに合わせ、ぴちゃぴちゃとそれぞれの唾液を絡ませる音が響くでしょう。
この場合学生よりもサラリーマン等の社会人の方が、萌エネルギーの上昇率が高くなるとの研究結果です

パターン3
[不良×優等生]
愛のない強姦の最中、というシチュエーションでいきましょう。
常日頃から真面目ぶった受けに苛立っていた攻めは、黙らせるためにと受けを強姦します
しかしその最中に見せる意外な表情、色の混ざる声に攻めもだんだんと欲情してきて、終いには純粋な気持ちで涙を流す受けに口付けます
しかし受けにとって攻めは憎い相手、そのキスの意味もわかるわけがなく嗚咽を漏らします


以上が私の研究結果です。

49 2-949 :2005/07/15(金) 02:15:29
2-949さんのお題「アナログ×デジタル」をお借りしました。
書いてから思ったけどアナログとデジタルである意味があんまりないorz

-------
「お前もこだわるね」
「気持ちの問題だ」

その冷たい口調のどこに気持ちがこもってるんだか。
ひっそりとそう思ったものの、口に出せば間違いなく怒られるから、
デジタルはそれ以上の言及をやめ、アナログに背を向けて画面に向き直った。
まだ自分の作業も終わってはいない。

ふたりがやっているのは、暑中見舞いの作成だった。
年齢と共に付き合いも、住所や名字の変わる相手も増えたせいで、
デジタルなどは面倒でパソコンでの作業に移行してしまったのだが、
アナログはいつまで経っても手書きにこだわる。
年賀状も同様で、葉書の売り出しと同時にコツコツと書き始めるのだ。

仕事では使ってるんだから、パソコンの使い方が分からない訳でもないのに。
住所録のチェックを終えたデジタルは、ひょいとアナログの手元をのぞき込む。

「邪魔をするな」

アナログの対応はやはり素っ気なく、
ちぇ、とデジタルは口を尖らせた。

言えない。
心を込めて名前を書かれる、見も知らない相手に嫉妬しているとか、
宛名や本文の手書きに費やす時間を自分に向けてほしいとか。
そんな子供じみた要求なんて。

50 Part2-949 :2005/07/25(月) 16:17:00
>>49
Goood job!!!!
(*´Д`)ハァハァ・・ウッ
アナログはカタブツ黒ぶちメガネな希ガモエスゥゥあqdftrgyふじこ;@
自分のリクだと攻めになるけどww
ともかく萌えますた。一回リクで二度おいしい(?)!!1!
姉さんマリガトン!

51 萌える腐女子さん :2005/07/31(日) 23:59:14
やっと書き上げて投下しようと思ったら、見事に>1のようになってました。
もったいないので、ここに投下させてください。
Part3の119、「本当は両思いなんだけどお互いに片思いだと思っている」です。



大好きなヤツがいる。
でも、あいつが俺のことを好きなわけがない。
あいつにとって俺はただの先輩。
ポジションが同じだから、他の後輩よりは少し仲がいい。
でも、それだけ。それだけのはずなのに。

ときどき勘違いしそうになる。
あいつがあんな目で俺を見るから悪い。

きっとあいつにとっては、スタープレイヤーを見る目と変わらないはずなのに。
俺は期待してしまう。
あいつが俺に惚れてるわけがないのに。


大好きな人がいる。
でも、あの人が俺のコトを好きなはずがない。
あの人から見たら、俺なんかただの後輩。
ポジションが同じだから、そばにいる時間が少し長いだけ。
それだけ、ただそれだけのはずなのに。

ときどき勘違いしてしまいそうになる。
だって、あの人があまりにも優しすぎるから。

あの人にとっては、親しい後輩を可愛がってるだけに違いないのに。
それなのに期待してしまう。
あの人が俺に恋してるわけがないのに。

52 part3-139 :2005/08/03(水) 14:48:07
ヌルーだそうなのでここに投下させていただきます。

53 139 (1/2) :2005/08/03(水) 15:01:37
『若葉薫くん』
 アナウンス係が、また、場違いなくらい少女漫画じみた名前を読み上げた。
と同時にバッターボックスに入ってきた小柄な男。なるほど、見た目もどこか
少女漫画を彷彿とさせる、整った顔だ。俺は何度目かになる感想を、もう一度
抱いた。
 夏の甲子園予選、準決勝。俺たちの学校と、その学校の力は拮抗していて、
七回まではどちらも無得点。八回表でウチが一点、裏で向こうが二点入れ、九回
表でまた、ウチが二点入れた。
 そしていま、九回裏。若葉薫とやらは、体格に見合わぬ痛烈なバッティングで
セカンドゴロを決め、俺が守るファーストに飛び込んできた。
 闘志に満ちた、獣のような目に、何故か俺は胸が高鳴った。

54 139 (2/2) :2005/08/03(水) 15:14:00
 ツーアウト。
 若葉がファーストに出たものの、向こうの攻撃は止まったままだ。当然
だが、こちらとて必死だ。ウチのキャプテン、兼エースピチャーであり、
俺の親友でもある三浦は、鬼神のような面持ちでボールを投げ続けている。
 ツーストライク。三浦はギロリとこちらを睨んだ。
『次で終わりだ』
『解ってる』
 大味な風貌の三浦はニッと笑って、再びバッターに目を据えた。と同時に、
若葉のいる方からギリリと歯を食いしばる音が聞こえた。

 ああ。
 俺は思った。
 全ての人が幸せになれる結末なんて無いのだ、と。

 バッターアウト! と叫ぶ審判の声。揚がる歓声。
 そして、かき消される啜り泣き。

「おまえのせいじゃない」
 気付けば俺は若葉に向かって、そう言っていた。
「だれのせいでもない」

55 139 (3/2) :2005/08/03(水) 15:23:33

 あれからもう、五年。結局、俺たちの学校は次の決勝戦で敗れ、甲子園
進出は出来なかった。俺はその後野球を続けることなく、今はしがない
サラリーマンの身だ。
「今日からこの課に新人が配属される」
 バーコード頭の課長が、しょぼしょぼした声で言った。これでいて仕事は
早いので、人は全く見かけによらないものである。
「若葉薫くんだ」

 その後の課長の声は、俺の耳には届かなかった。
 あの灼熱の太陽の記憶が、俺の中に蘇ったから。

 見間違えでなければ、若葉もあの日のことを思い出したのだろう。
 もうあの日のようには焼けていないが、顔をこちらに向け、俺に向かって
微笑んだのだから。

56 萌える腐女子さん :2005/08/14(日) 21:29:07
3スレ目29さんの「出版社営業×書店バイト」の続きと言うか、35-37さんに
触発されて書いてみてます。


結局のところ、ほぼ日参するあいつに根負けして初回10だけ平積み、てことになった。
マイナー出版社の無名作家のエッセイなんて普通売れると思わないだろ。
蓋を開けてみればそのまさかだったわけだけど。

「こんにちは」

相変わらず汗びっしょりでやってくる。
変わったところと言えば最近心なしか嬉しそうな気がする。

「数字、見てもらえますか?」
「60入りの57売れ。残が3。ああ、少し展開広げるから30ほど追加してくれってさ」
「ありがとうございます!」

嬉しそうに笑って深々と頭を下げる。
俺じゃねーよ。社員がそういったんだっての。どう見ても5つは年下の俺に敬語使うなって。
ああイライラする。

「じゃあ、展開広げていただくお礼に飲みにでも行きませんか?」

なに言いだすんだと思ったけどタダ酒タダ飯の誘惑にかなうはずもなく。
バイトが終わった後こいつと飲みに行く羽目になった。
遠慮なんかするもんか。どうせ経費で落ちるんだし、と普段自腹では飲まない
高い酒ばかりガンガン飲んでやった。

57 萌える腐女子さん :2005/08/14(日) 21:41:40
しこたま飲んでしこたま酔ったらしい。
目覚めたら見覚えのない天井が見えた。

「あー……?」

顔を動かすと心配げに覗き込むあいつと目が合った。

「ここ……?アンタんち…?」
「はい…お送りしようと思ったんですけど住所とか知りませんし。」

すみません、と頭を下げた。だから何でいちいちそこで謝るんだよ。
思考は霞がかかったようにぼんやりとしているけどベッドで眠ったせいか
意外と身体はすっきりしている。

「シャワー貸して。気持ち悪ぃし。」

ありがとうもごめんなさいも言わず傲慢に言い放つとあいつはあわてて立ち上がり、
風呂の用意を始めた。
俺はというとやはりありがとうもごめんなさいも言わず無言でシャワールームに向かう。

一通り身体を洗って、タオルを巻きつけた格好で出て行くとあわてたようにパジャマを
持ってこられた。

「着替え置いておいたのに。そんな格好で風邪でも引いたら……」

顔が真っ赤になってる。クーラーまでついてるってのにまだ暑いとか言うのか?
差し出されたパジャマを受け取らず「いらねー」とだけ言ってベッドに戻った。

「それよかアンタもシャワー浴びれば?つーか汗臭いし」

慌てたようにシャワールームに向かった。滑稽な奴だ。
仕事だけじゃなく普段から友達にもぺこぺこしてんじゃないか?そんなことを考える。
酔って余りまわらない頭にもうちょっとからかって遊んでやろうか、なんて考えが浮かんだ。

58 萌える腐女子さん :2005/08/14(日) 21:53:02
巻きつけたタオルを中途半端に身体にかけてベッドに寝転がる。
しばらくするときっちりとパジャマを着たあいつが出てきた。
裸同然の俺を見て目を丸くしている。

「……何か着ないと風邪引きますよ…。」

目を逸らしてうつむいて弱々しい声で言う。ここから見てもよくわかるぐらい真っ赤になっている。
男の裸ぐらいで真っ赤になるな。それともまだ暑いのか?

「別にいらねー。それよか寝るんだろ?来いよ。」
「私は床で寝ます、それより……。」

先ほど差し出してきたパジャマをしつこく押し付けてくる。
押し付けながらも必死に顔を逸らしてこちらを見ないようにしている。

腕を引っ張ってやったらバランスを崩してあっさりと俺の上に覆いかぶさってきた。

「あ……!す、すみません!」

慌てて起き上がろうとするあいつの腕を掴んだまま、空いた方の手で股間を撫で上げてやる。
予想はしてたけど、しっかり勃ってる。

「すっげぇガチガチじゃん。俺見て欲情した?」
「すみません……。」
「ヤラせてやろうか?」

59 萌える腐女子さん :2005/08/14(日) 22:31:05
仕事に戻るのでここまでで…

60 耳かきと反対側の綿毛、先を越されたのでこちらにw :2005/08/15(月) 22:59:34
俺は硬くて長くって、太さはそんなにないけど、奥を良い感じに責めることができると自認してる。
近年は綿棒なんて輩が幅を利かしているが、穴攻めの伝統は俺が担っているようなもんだ。

俺の反対側にいる奴、あいつ名前梵天って言うんだけどよ、ふわふわのぽやぽやで頼りない。
奥にしがみついてるブツを剥がすことなんてできやしねえ、力仕事に汚れ仕事ができないひ弱な奴だ。

おっと仕事か。さあどうぞご主人様。おっ、これまた大物がいたな、こいつを始末して、っと。
おお喜んでもらえてるぜ、大物だったしな。こちらも汗水垂らした甲斐があったってもんだ。

「おつかれさま、じゃ次僕が行くね」

背後でふわふわのぽやぽやの声がする。ご主人様もお喜びのようだ。ちぇっ、後から来たくせに自分も手柄顔かよ。こいついっつもこんな調子だ。

「今日もいっぱい仕事したね、また次の仕事も頑張ろうね」

お前なんて俺が居なきゃ何も出来ない、頼りねえひ弱な、ふわふわのぽやぽやなくせに。

どうして俺たちは離れられないんだろう。

61 萌える腐女子さん :2005/08/24(水) 18:51:36
「この手紙を読む頃には、もう僕はこの世にいないと思う」

冒頭からいきなりこんな調子で始まったあいつの手紙には、
俺と別れてからも俺のことが好きだったとか、
3年前に俺に隠れてホストの彼氏と付き合いだしたのは
身寄りがなくて学資の調達に困っている俺が
教授の推薦でイギリス留学するのに必要な金を
俺の代わりに用立てようとしたからだとか、
金さえ手に入れば俺のところに戻ってくるつもりだったとか、
これまで俺が知らなかったあいつの苦悩がいろいろ書いてあった。

バカヤロウ! なんでそんな大事なこと黙ってるんだよ!
それを知っていれば俺はお前の浮気を知ったときに
殴り倒して罵ったりはしなかったんだ!
お前が俺と一緒に暮らせないことに絶望して
教授が引き留めるのを断って大学を中退したり、
その後闇金融の取り立て屋という
極道まがいの仕事に就こうなんて思わなかったのに!

お前だけだったなぁ、俺を見て
「君を見てると、すごく気持ちが落ち着く。
 まるで君に守られているみたいな気がする」
なんて優しいことを言ってくれたのは。
他の奴は俺の顔を見ただけでみんな怖気づいて
俺に声をかけようともしなかったっけ。
おかげで仕事で延滞金の回収をするときには重宝がられているが、
それ以外はほとんど仕事が回ってこないんだぞ!
「お前がいると客がビビッて金を借りようとしない」ってな。

まるでこの状況は、いつだったかお前が貸してくれた
尾崎紅葉の「金色夜叉」のストーリーそのものじゃないか。
俺は取立て先に出向くときのスーツ姿のまま、
手紙を握ってあいつの住んでるアパートに向かって走り出した。
最近しつこく俺に付きまとっている
オカマショーパブのNo.1ダンサーが俺の後ろでなにか叫んでたが、
そんなの気にしてる余裕なんてなかった。

俺が悪かったよ。
「金に目がくらんであいつの愛人になったんだろう!」とか言って
嘲った俺が謝るから、どうか死ぬのだけは勘弁してくれ。
こんな大事なことを隠したままお前が死んだら、
俺はもう2度と立ち直れない。

──「アイス」とは何も関連性がないって?
そういえば尾崎紅葉先生はその著書の中で「美人の高利貸」のことを、
氷菓子になぞらえて「美人クリイム」(クリイムはアイスクリーム)と
表現してましたねぇ。お粗末。

62 61 :2005/08/24(水) 18:56:30
すいません、書き込みミスしました。
↑のは3スレ目209の「アイス」のつもりです。

63 元気いっぱいの中学生と貧弱な死神 :2005/08/26(金) 19:51:21
「おい、おっさん!今日は水曜だかんな!部活終わったら行くからな!」
威勢のいい声はマンションの隣りの中学2年生。野球部の補欠。
声をかけられた貧相な男は彼を振り返り、おはようとぬぼーっと片手を挙げた。
朝6時。
朝練のために早めに登校する少年と健康のためだという早朝散歩の男は、
よくこうして一緒になる。世慣れたフリーライターだと言う、でもちっとも
世の中を渡っていけそうにないひ弱な体つきの男の部屋に、勉強を教えてもらいに
少年は週に何度か通っていた。半分は男の部屋にあるゲームソフトのためだけど。

少年は知らない。そのどこか年齢不詳の男は、実は死神なのだ。
少年が1年前の事故で死にかけた時、魂をとろうとしてとれなかった死刑執行人。
死神はなぜ彼を死なすことができなかったのか。
答えは簡単でありきたり。死神は少年に一目惚れしたのだった。
今までにたくさんの人間に死を与え、その魂をとってきたはずだった。
際立ったものを特に持たない少年が、それらの人間とどこが違うというのか、
死神にはわからなかった。
ただ死神には少年が特別に見えてしまった。
だってそれが恋というものでしょう……。

なーんて、男(=死神)がクサイ台詞と共に1年前の出会いを振り返っている間も
少年は元気いっぱいに大好きな野球の話をする。
「でさあ、キャプテンがすっげーダイビングキャッチをしてさ。
ふつー、捕れねえって、あんなタマ。やっぱすげーよな。」
(……一目惚れしたアナタのために、処分覚悟でこうして魂も取らず、側にいる僕に
たかが野球のボールをとった男の話をうれしそうにするんですか。
あーそうですか、そうなんですね。どーせどーせ僕なんてただの隣りのおっさんですよ)
男は頭の中ですねてみる。でも本当は少年の話なら何でも楽しいのだ。
彼の話す事ならば何でも。

(処分か)
男は夏の早朝の空を見あげた。今日は晴れだ。
死神が対象者に恋をするなんて許されないことだ。
このままではいずれは、死神はその存在を抹消されるだろう。
少年は次に死を与えられる機会が来るまで生きられるはずだ。
それがすぐか、ずっと先かは死神にもわからないが。
男は少年に別れの挨拶もできずに消えることになる。
(人魚姫みたいに、泡になって消えるかなあ。あれは七色に光る泡だったけど、
僕はきっとばっちいアブクに……)

「って、おいおっさん、聞いてる?そんでキャプテンがさー」
男がふと気がつくと、少年はまだ尊敬するキャプテンの話をしていた。
自分達の主将がどれほど闘志あふれるプレイヤーか、男に手振り身振りを加えて
話し続ける。
男は笑顔が苦笑いにならないよう気をつけて、うなずきながら聞きいった。

男も知らない。
少年がどんなにキャプテンに誘われても、必ず男との約束を優先させることを。
飄々としながらも度胸がよく、周りの大人達とは違う自由で視野の広い物の見方を
する男のことを「かっこいい」と憧れていることを。

このやさしい時間はいつまで続くのか。
それは二人とも知らない。

64 479-2 :2005/08/27(土) 07:31:49
3スレ目の480です。「紳士な吸血鬼受け」だったのですが479さんの
萌えお題に熱くなり、長くなってしまったので本スレの続きからこちらに投下。

腰を抱いたのはやたらとふらついているからで、それを支えるためなんだから決して他意は
ないんだようんうん俺優しい、と心の中で自分に言い聞かせていたはずなのだが、いつの間にか
うっかり声に出していたらしく男は弱弱しいながらも丁寧な口調で礼を言う。
「ありがとうございます、最近は血液を摂取するのを忘れていたもので……身体に疲労が」
「もしかして俺、何か今喋ってた……?」
「ええ、はい?他意がどうだとか……」
やべーやべーー何口に出してんだ俺、もっと落ち着け!
「昔は吸血鬼同士の遊びで斬り付けあうということをしていたようですが、もしかしてそれでしょうか?」
嬉しいのですが、今は残念ながら力がほとんどないので斬り付けられたら本当に死んでしまいますと
申し訳なさそうに謝罪する男を見て、盛大に顔が引き攣った。悪ふざけで斬り付け……?死ぬ。
間違いなく俺がやられたら死ぬ。そんな俺の冷や汗満点な心中など知らず、腰を抱かれたままの男は何を
勘違いしたのか焦ったような表情を見せた。
「あの、ですが、その、私は今は力がないだけですので……力が戻ったら」
男は俺の着ている制服のブレザーを強く握ると必死な目をして言い募って来るのだが、その拍子に
俺が掛けている眼鏡が少しだけ揺れた。俺より男の方が背が高いのが悔しい。
うわあ本当に顔青白いし色素薄いな、と思いながら口元を見ると、そこから僅かに覗いた白い歯に
吸血鬼特有の牙らしき尖った歯があるのを認めると、急激に自分が冷静になるのを感じた。
「現代は吸血鬼は少ないからね、大昔の遊びでうっかり仲間が減るということは勘弁してほしいな。
 だから俺達は斬り付けあいはなしだ」
「お相手は……して頂けないのですね」
半ば泣きそうになっている男に慌てて付け足す。
「いや、斬り付けあいはしないってことだからそんな落ち込むな!そうだな、具合が悪いんだろ?
 俺の家で休むか?斬り付けあいなしで話すだけの相手じゃ、駄目か?」
思いついたことをとりあえず矢継ぎ早に言うと、酷く落ち込んでいる様子だった男が驚いた顔をしてみせた。
「お宅にお邪魔してもいいのですか」
「うん、だからそう言ってるじゃん」
「吸血鬼が同志を自宅に呼ぶということは、血縁関係になったのに等しいということでしたよね!
 私などでいいのでしょうか!?」
期待に目を輝かせた男は俺の手を冷たい両手で握り、興奮したように発言した。
ええぇーそんな吸血鬼ルール初耳だって、と言うことも出来ず俺は相変わらず胡散臭い笑顔で頷くと
男は感激の余り頬を紅潮させ、はにかみながら挨拶する。
「どうぞよろしくお願い致します」
制服を着た高校生に腰を抱かれる、マント姿の男というこの状態ってどうなんだ……と
俺は今の展開から軽く現実逃避を試みるのだった。しかもここ駅前だし。

先程男に手を握られた瞬間、右目が警告するように激しく痛んだことなど忘れていた。

65 479-3 :2005/08/27(土) 07:33:53
家に帰ると、いつもうるさい兄が不在だった。俺と兄は二人きりで暮らしているのだが
兄はよく急に旅に出るだとかでいなくなるので今回もそうかもしれない。前回はコンビ二で
プリンを買いに行くと行ったまま旅に出たらしく一ヶ月帰って来なかった。生活費はどこから
出てくるのかいつも不思議に思っていたのだが、兄が旅から帰って来ると何故かいつも大金を
持っているので我が家の経済はその怪しげな金によって賄われているらしい。深く突っ込むと
嫌なものを掘り出しそうなのでその件については触れずにいる。
家に来たという興奮からか、男の体力は完全に回復したようだったのでとりあえず椅子に座らせ
冷蔵庫にあったプリンを出すと、黙々と食べ出した。その間にテーブルの上にあった書き置きを読む。
『我が弟へ
 またお兄様は旅に出ることになりました。残していくプリン達が心残りですが何しろ指令なのだから
 仕方ありません。あ、もちろん弟も心残りだよ。(プリンの次ぐらいに)
 僕がいない間は何とか頑張って下さい。もしどうしても無理だろこれってことがあったら
 棚にある木箱を開けるんだよー。ちなみに金じゃないから。金は自分でどうにかして。それじゃ☆彡』

ビリッ。

ぺらっとした薄い一枚の紙を、怒りの余り力の入った指で破いてしまった。金うんたらの
無責任さとかプリンがそんなに大事かよとか、指令だとか意味不明さに対する怒りが、文の最後の
流れ星らしき不愉快な絵で爆発したらしい。追伸を流れるように見るとそのまま勢いよく紙を
ゴミ箱にぶち込んだ。こちらを窺っている男がいるテーブルに近づき、椅子を引いてどかりと座る。
「大きな音がしましたが……」
「問題ないってこの野郎殺す大丈夫金は置いていけだよ」
「え!?」
まずい、合間に本音が交じってしまった。
「いや何でもない。ほら、あれだって、口が上手く回らない時ってあるよな?うん」
そうですよね、私も喋る時口の中を噛んでしまって地味にショックな経験があります、と
男が頻りに頷いて納得しているのを見て、これって天然を超越して別のものになるぐらいの
鈍さな気がするなと考えた。ふと見ると置いておいたプリンの内五個が既に食べられている。早っ!
プリン五個に耐えられる胃袋を持つ男を見詰め、疑問を口にしてみた。
「さっき血が足りないって言ってたけど何で最近は飲んでなかったの」
「ずっとハンカチに刺繍をしていたのですが、気付いたら一週間経っておりまして」
「んで腹減って外で血を吸う相手を物色してたと」
「ち、違いますよ。どうも私は人を襲うのが苦手で……。集められた献血車の中にある血液をですね」
「……まさかとは思うんだが、盗むのか?」
「盗むだなんて、そんな!奪うというやつですよ」
ああ、犯罪者がここに!吸血鬼が献血目当てなんて話初めて聞いたぞ。紳士かと思ったらこれだ。

66 479-4 :2005/08/27(土) 07:34:32
「吸血鬼って言ったら人間襲って血を吸うもんだろ」
「しかし、私が血を吸ってしまってはその方まで吸血鬼になってしまいます」
「ちょっと待てよ。数百年一人で寂しかったんだろ?何で人間の血吸って仲間にしなかったんだよ」
途端に男は寂しそうな顔をした。
「私は吸血鬼で良かったと思ったことはありません。吸血鬼は数が少なくなるにつれ人間に
 近づいているのはご存知ですよね」
それは初耳ですとも言えず俺は視線で話を促す。右目が疼いたのは気のせいだろうか。
「ですから伝説のように太陽の光にあたっても灰にはなりませんし、十字架やにんにくも平気です。
 銀の弾丸などもですね」
「伝説あてにならねぇなあ」
「ただし姿を短時間消せること、血を飲まないといけないこと、不老不死なことはどうも変化しませんね。
 噂ですと数ヶ月前に、白木の杭で心臓を打ち込まれて死んだ同志がいたそうですので、残念ながら
 その点も変わらないようです」
俺が沈黙した理由は二つある。これは物凄く重要なことを聞いてしまっているのではということと、
右目に先程から違和感があることだ。
「もうほぼ人間なんですよ、私達は……。血液だけでしたら何とかなるかもしれません。ですが
 いつまでも年を取らずにいて死なないとなれば一箇所に長くはいれませんし、人間と親しくなっても
 瞬きする間に骨になってしまいます。」
目の前の男がゆっくりと冷たい手で躊躇いがちに俺の手に触れると、右目の疼きが唐突に痛みに変わった。
「一年前、吸血鬼は世界にもう数人しかいなかったと聞いております。その僅かな同志もハンターによって
 殺されてしまいました。人間を仲間にした方が私は幸せかもしれません。ですが吸血鬼はもう現代には
 不要な存在です。近い内に滅びるでしょう。人間に近づいていっているのがその証拠に違いありません。
 滅びる時の最後の一人は、きっととても寂しいですよね。何しろ最後の吸血鬼ですから、仲間もおらず
 人間とも一緒にはいられません。死ぬ瞬間まで一人きりです。」
俺は男の話を何とか聞き、右目を襲う激しい痛みに耐え顔を歪ませないようにするのが精一杯だった。
「私の寂しさなんかのために、誰かを無理に吸血鬼にはさせられません。その誰かが最後の一人に
 なってしまって、私の都合で一人で死んでしまうことを考えると、とてもそのようなことは……」
右目の激痛といったら眼球が破裂する寸前かと疑うような有り様だったが、余りの痛みに表情すら
変わらなくなってきたらしい。その痛みの原因は、明らかに男が接触してくることによるものだというのに、
不安そうに揺れた目を見ると腕が石になったかのようにぴくりとも動かず、僅かに震える男の冷たい手を
振り払うことができない。目の前の男は半ば泣いていた。
「もう皆死んでしまいました。私は、吸血鬼の、最後の一人なのです。そうだったはずでしたが、あなたが
 奇跡のように生き残っていましたので、私はもう寂しくありません。」
寂しくなんか、ありませんよ。
そう言うと男は痛いほど強く俺の手を握った。

67 479-5 :2005/08/27(土) 07:35:26
いけない。そう思った。この目の前の男は俺を吸血鬼だと思い込んでいる。でも俺はただの人間で、男はやっぱり最後の一人なのだ。数百年ぶりに仲間に会えたと喜んで、家に呼ばれて血縁関係同様に
なれると感激し、孤独な時間は去ったと泣きそうになっている。今日初めて会った、俺にだ。
嘘をこれ以上吐くと男の絶望が濃くなるだけだろう。俺は人間だよ。そう言いたいのに酷くなる一方の
右目の痛みのせいで、まるで言葉にならない。まずは目の痛みはどうにかするのが先だ。握られた手を
乱暴にならないよう出来るだけ静かに退ける。この痛みは入れているカラーコンタクトのせいもあるかもしれない。
「悪い、洗面所に行ってくる。ちょっと待ってて」
「どうかしましたか?顔色が悪いですよ」
心配そうに見詰められ、焦る気持ちが湧いてきた。
「いや、急に目が痛くなって……。多分コンタクトのせいだと思うから外してくる」
触れられると右目が痛むとも言えずそう発言すると俺は立ち上がった。背後で男の呟く声が聞こえる。
「……目?」
嫌なことを思い出してしまいますね、確かにそう言った。

洗面所に続くドアを閉めると掛けていた眼鏡を鏡の前に置き、右目を見てみる。腫れてはいない。
カラーコンタクトを外すと鏡の中の自分は右目を除いてはいつも通りだった。俺の右目は紅い。
左目だけは黒いまま、髪は黒なので燃えるような紅い右目だけが不吉にその存在を象徴している。
これは生まれつきのもので、それを隠すために度が入っていない黒色のカラーコンコンタクトを
右目にだけしているのだ。両目につけて度があるものにしないのは、最近急激に目が悪くなって
まだ用意出来ていないためだった。だから面倒だが眼鏡を掛けている。紅い右目の痛みは治まってきて
頭が働いてくると、兄の残した書き置きの追伸のことを唐突に思い出した。
『追伸:無理なことっていうのは右目が痛んだ時のことだから』
何故今まで忘れていたのだろう。ちょうど鏡の横に置いてあるやたらと大きい木箱をひったくるように
手繰り寄せ中身を見る。初めに目に入ったのは、ボウガンだった。かなり大きいがどうしてここにと
疑問を持ちながらボウガンに触れてみると、脇の方に矢が一緒に入っていることに気付いた。
特別に用意したものらしく、かなり太さがあり、木でできているようだ。
……木?それではまるで、
そう思考した時、箱の中にある手紙に気付いた。いつの間にか少し震え出した指で掴み最初の一文を読む。
『我が弟へ』
兄からだ。
『さて、この箱を開けたということはもう薄々分かっているよね。面倒だから結論から言っちゃうよ。
 僕達は、吸血鬼ハンターの一族です』

68 479-6 :2005/08/27(土) 07:36:33
『右目が痛くなったからこの箱を開けたんだよね?痛みは想像の通り、吸血鬼が原因だよ。
 その紅い右目は吸血鬼に触れられるとかなり痛くなるんだ。人間と見分けがつかなくなった
 吸血鬼に対抗して、僕達ハンター側も右目で吸血鬼を見つけようとしてる訳だよ。昔は紅い右目は
 存在しなかったらしい。まあこれを読んだ今は、僕が時々旅に出てたのは何故かもぼんやりとは
 分かるよね。現代では吸血鬼はひっそりと生きてて、特に人間に何かしようって奴はあんまいない。
 あんまいないってことは、それなりにはいる。そんな吸血鬼をボウガンでぶっ刺しに行ってたんだよ。
 もしくは吸血鬼を見世物にしようとしてる奴とかね。んで我が家の経済はそれによる報酬で
 賄われていたと。長年の謎がやっと解けたでしょ?良かったね!我が愛しの弟!と言いたいとこだけど
 この箱を開けたからには吸血鬼に会ったってことだ。困った困った。とりあえずそいつが
 ヤバそうだったら、今すぐこの箱のボウガンと矢を持って全力で逃げるんだ。
 もしくは、それを使って殺せ。』
手紙を持った手に力が入り、書き置きの時のようにまた破ってしまいそうになる。
『まあ物騒なこと言ってみたけど最近はホント吸血鬼少ないし、奴らも平和に暮らしたいと
 思ってるはずなんだよね。だからハンターの証である紅い右目を見たら大抵逃げるはず。
 右目を見ても逃げない奴は、殺し合いたいか友好的になりたいかなんだ。もし後者でこいつ
 殺したくないなーって強く思う奴がいたとする。そしたら、その吸血鬼をどうにかできる力が
 僕達ハンター側にあるんだよね。奴らを見たらとりあえず殺せ!っていうハンターも多いから
 それが嫌な吸血鬼にはラッキーな方法って訳。そんでそのラッキーな方法だけど、やり方は
 簡単だから安心して。小瓶か何かに唾液を入れてそれを吸血鬼に飲ませるだけなんだけど、
 その時素肌の上から右の掌で吸血鬼の心臓のあたりを押さえて、左の目を瞑らなきゃいけない。
 つまり紅い右目で相手を見るってことだね。まあ簡単なんだけど相手が唾液を飲むかっていうのが
 問題かな!何となくじゃ唾液飲めないしねえ。しかもこれやるとハンター側は一気に七つ年を
 取るからそこんとこ注意。ちなみにこの方法、吸血鬼には余り知られてないらしい。
 実はハンターは血を吸われても吸血鬼にはならないんだ。進化ってやつなのか奴らの力が弱まったのかは
 謎だけど。あ、さっきの方法やったらどうなるかっての書くの忘れてた。
 何とびっくり、』
俺は手紙を投げ捨てるように置くと、男がいる部屋へと走り出した。

69 479-7 :2005/08/27(土) 07:37:59
「おい!」
走って来た上、いきなり大声を出した俺に驚いたように男はこちらを向くが、近寄る俺の右目が
紅く輝いているのを認めると見事に身体を硬直させた。両目がひたすらこの右目だけを見詰めている。
「触ると目が……痛む……!右目が、紅い…そんな、まさか――」
「おい」
今までの呪縛が解けたかのように、男はびくりと肩を揺らした。兄によるとこの目を見て逃げないのは、
殺し合いたいか友好的になりたいからしい。後者だと確信しているが、この男がどういう答えを
出すのかはまだ分からないから油断は出来ない。ただ、俺はこの男を信じた。だからボウガンと
矢は置いてきたのだ。目の前に立っているのだから、やろうと思えばこの男に丸腰の自分は殺されるだろう。
「まず謝る。嘘を吐いて悪かった。俺は吸血鬼じゃない、人間だ。しかも吸血鬼ハンター一族の」
さて、どう出る?
「……そう、だったの、ですか」
目をこれ以上はできない程見開き、悲しみが滲んだ表情をするのを見て胸が痛んだ。
「俺がハンターだって分かったのに逃げないのか」
「構い、ません」
「え?」
「早く、心臓に杭を打ち込んで下さい」
「何言って――」
「抵抗はしません」
そう言って目を強く瞑った姿に理由の分からない苛立ちを感じ、男の柔らかい髪を思い切り掴むと
こちらに近づける。僅かに怯えを見せるが、目は開かない。
「じゃあ最後の吸血鬼が死ぬ前に聞こう。お前は最後の一人で、寂しかったんだろ?」
「……ええ」
「仲間がたくさんいる人間が、羨ましいか」
「……ええ、とても」
「さすがに来世も吸血鬼はもう懲り懲りだろうな」
「……そうですね、生まれ変われたら」

―――人間になりたいです。

目の前で睫毛が震えている。男の切実な響きの篭る、囁くような小さな声を聞き俺は決意した。
「自分がハンターだって知ったのは最近でね。一番初めに殺す吸血鬼は、お前だよ」
ようやく開いた両目は絶望の色をしていた。

70 479-8 :2005/08/27(土) 07:38:42
「約束したよな、抵抗するなよ」
弱弱しく頷いた男のシャツのボタンを力任せに引き千切ると、その拍子に落ちたボタンの音が
床にあたって乾いた音を立てた。露になった素肌の白さに驚きながらシャツの隙間に右手を
忍ばせる。素肌と右手が触れた瞬間、男は唇を強く噛んだ。心臓の位置を探るために掌を動かし始めると
男が息を呑んだのが分かる。軽く触るだけではどうにも曖昧で分からないため、掌を強く押さえつけて動かすことにした。
「っ…ぅ……」
途端に声がしたことに驚き男の方を見ると、頬を紅潮させて目を逸らした。その仕草に目を奪われながらも
心臓の場所に見当を付け、ずれないように固定する。
「やめてくださ、い……」
「唇を噛むのをやめるんだ」
男は少しだけ迷うと諦めたように視線を落とした。それを許さず左手で顎を持ち上げると
顔をゆっくりと近付けながら左目を瞑り、舌だけを出し男の唇をなぞるように舐める。
信じられないかのように目を見開いたものの、抵抗はしなかった。先程から男の胸に触っているために
右目が燃えるように痛むがそれを無視して行為を続ける。唇の合わせ目から舌を侵入させ、歯列を
なぞり咥内を丁寧に舐めれば、男が眉根を寄せくぐもった声を出した。
「…ん……っ…」
その表情を痛みが走る右目だけで見ると、唇を深く合わせ、打って変わって乱暴な舌の動きに変化させる。
全身の筋肉と骨が軋むのは、きっと自分の身体が七年の時を急激に過ごそうとしているためだろう。
この契約が上手く進んでいることに安堵しながら一層深く唇を合わせた拍子に、男の鋭い牙で
舌を切った。咥内に血液の味がしてくると何かを訴えるように男の潤んだ目がこちらを向く。
恐らく切ったことにより吸血鬼となると思っているのだ。ハンターにはそれは効かないということを
知らないらしい。
「っ、…っぁ……」
右目の痛みと全身の軋みがピークに達しそうな時、男が咥内に溜まった唾液を嚥下するために
喉を鳴らした。すると今までの激痛が嘘のように引いたのでこの契約が成功したのだと知り、舌を
引き抜くと唇同士を合わせたまま、笑みの形を作ってみせた。顔を離すと、蕩けた瞳でぼうっと
見詰め返すので、とりあえず飲み込みきれずに零れた口元の唾液をもう必要なくなった
男の黒いマントで乱暴に拭うと、ようやく正気に戻ったらしく慌てて詰め寄ってくる。
「ど、どうしてこんなこと、私の牙で、切ってしまったでしょう!」
そう言いながら男は手を牙に持っていくが、目的のものが見つからないらしく混乱した様子だった。
「もう牙はないよ。それにハンターは咬みつかれても吸血鬼にはならない」
「え?……え?どういうことですか!しかもあなた、」
こちらを凝視する男により、そういえば自分が七歳成長したことを思い出す。前は男の方が背が
少しだけ高かったのに、今では完全に俺の方が背が高い。
「あー……制服破れてるし。自称ブラコンの兄に殺される。」
嫌そうな顔をした俺に拍子抜けしたかのように、男の肌蹴たシャツがずるりと滑った。
「私のことを殺すのではなかったのですか……?」
「いや、もう最後の吸血鬼は殺した」
「え?」
「牙がなくなったから分かるだろ?まだ心配だったら姿を消してみればいい」
「あのう、何のことでしょうか」
「お前、もう人間なんだよ。」
『何とびっくり、吸血鬼がね、人間になるんだ』
証拠に俺もいきなり成長したし。そう付け加えると、男は宙を見て動かなくなった。どうやら
姿が消えないことを確かめているらしい。
「す、姿が消えません……。私、ほほ、本当に、人間なのですね」
「もう寂しくないだろ」
男は笑おうとしてぎこちなく口元を歪ませると、そのままゆっくり、両目から静かに涙を零した。
「あなたのお名前、まだ聞いていません」
「ああ、俺は―――」
その時いきなり扉が音を立てて開いた。

71 479-9 :2005/08/27(土) 07:40:08
   \      \ \     | ,,,--''''' ̄ | // _,,,,,--┐  | /  _,,,...---
      || ̄ /lー|、-/l \┌'' ̄|    _,,,,-ゥ/i`ヽ、    |ィ-ァ | | 「 ̄  |
      ||  /,'  | | |、| ̄''''ー-____,,--''''',,,-'''~/  \|  //  | | |    |
      || //==| |=|/ー-< ̄__,--''  ̄   /     //.|   | | |    |
―--,,,,,__.||_// ┌| |‐---,,,,__ ̄| | |        //  |   | | |    |
___ ||| /| | 'l |     | | |        /'''~____,,,...|  .| | |_,,,,,--|--''''
====┐ |||/ | | ||     | | |    ,,,,,,,―'''''''''''´    |  | | |     |
   ||  ||/ | | '! _,,,,,,,,,---''''''''''''´ ̄   ―――――|  | | |     |
   ||  || __,,,,-i''''´     _,,,,,,,,----''''''''''''´ ̄ ̄ ̄ ̄\|  | | |     |
――||―||ξ  ,Lィ-'''''´ ̄ | | |                | ―|ー| |-,,,,,__  |_,,,,
   ||  ||  ̄"´       | | |               |  | | |--''''' ̄|'''''--
   ||  ||  | |       | | |               |  | | |‐-,,,,____|
   ||  ロ(()==|       | | |             \|  | | |     |`''--
   ||  ||  | |     / | | |               |\ | | |     |
   ||  ||  | |/  /   | | |             \|  |\ |,,,,...--- |----
   ||  ||  |/  /    | | |               |\ |  \  ___|,,,,,,,,,,

というイメージ像が頭に浮かびながら、ただいま〜と言いつつ普通に会話しようとする
全身血塗れの兄を、男と二人でただ見詰める。
「いやーお兄様が今回戦った悪は割としぶとかったんだーコレが」
「血だけは拭ってから帰宅してくれよ!捕まるからね、マジで!」
「血塗れになってる間に弟はやたらと男前になったねえ」
まず制服が破れている俺を見て、次にシャツが肌蹴た男を見た兄はそれだけで状況を察したのか
ぽつりと呟く。
「そんなに大きくなったら、もう高校に行けないよね……」
どうするの?そう血塗れで小首を傾げる兄に、そうだったーー!!と俺はその場に崩れ落ちた。
どうしていいのか分からずおろおろする男諸共に、凍りつかせる一言が聞こえてくる。
「あれ、僕のプリン……」
こちらをちらりと見る兄に、全速力で俺と男は目を逸らす。
「まさか……食べたってことはないよねえ?」
辺りを見回してテーブルの上にある空のプリンの容器を認めると、兄は紅い右目を光らせて
ゆらりとこちらに歩いてくる。当然のように片手にボウガンを持っているのは気のせいだと思いたい。
血塗れでボウガンを持って近付いて来る兄に、怯えてがくがく震える俺と男は手を取り合っている。
「コンビニで買ってきてくれるよね、今すぐ」
必死に俺達は頷くと、全力で玄関に向かって走り出した。

音が去って静かになると、一人安堵の溜息を吐く。
「悪い予感がしてたけど、本当に良かった……生きてて。でも流石に血塗れのままはまずかったかな」
おかしくなって少し笑うとその場に座り込んだ。

俺達は息を切らして走っていた。
「やべー何あのお怒り具合!」
「お兄様は怖い方ですね……」
「俺よりプリンを先に気に掛けるしな!兄とは思えねえー」
「でも息が乱れていましたよ。血を落とすのを忘れるぐらいに急いでいたのでしょう」
「まあな。とりあえずプリンだプリン!奴の機嫌を直さねえと普通にボウガンで殺られる」
「それは困りますね。もう吸血鬼ではないのですから、すぐに死んでしまいます」
俺達は声を出して笑った。
そしてその直後、破れた制服を着た大人とマントのついた同じく破れた黒服姿の二人組みが
走りながら笑っていたものだから、通りがかった警察官によって俺達は補導され、プリンを待ちくたびれた兄が
血塗れのままブチ切れて乱入し、大騒動となることになる。

前途多難だ……。

72 part3-659のリク(1) :2005/09/08(木) 22:27:38
part3-659のリクで、方向音痴二人組。
悲しくもスルーされていたので拙いながらも一筆お借り致しやす!

---------------------------------------------------

美しい大自然。晴天の暗い夜の空には、ぽっかりと丸い満月。
遠く鳴る虫の音がリリリ…と辺りを合唱の渦に巻き込んでいる。
生い茂る森の中、切り株の上に背中合わせに座った男達は、空を見上げて、ぼんやりと呟いた。

「……で?何処だよ」
「ここ?切り株の上らしい。」
「お前の伯母さんの別荘は何処だって聞いてんだ!」
「知るかよー。オレだって初めてなんだっちゅーの」
「お前がこっちの道であってるって言ったんだぜ?!」
「途中で、アッ。こっちが近道っぽい、探検探検♪って言ったのてめーだろうが」
「…………」
「…………」

もう何度目かの口喧嘩。
お互いにムスっとしながら、ほぼ同時に立ち上がる。

「もー分かった!お前なんてしらねー!俺はあっちに行くし!絶対あっちの予感だし!」
「あーあー、行ってらっしゃい。オレァこっちに行くしぃ。じゃ、別荘でなー」

じゃーな、と言って赤いキャップの男は南に。
黒いキャップの男は北にと、反対方向に歩んで行った。


―――ザク、ザク、ザク。


歩けども歩けども別荘らしきものは全く見えない。
どうやらまたも迷ったらしかった。
幸い深い森では無い為、遭難とまでは行かない。
しかし随分と歩いた為に体は疲れてくる。

一人になってから気づく、相方の存在。
喧嘩をしながらでも、誰かと一緒の方がまだ安心は出来るというもので。

「くそ……意地張るんじゃ無かったな…」
暗い森が今にも襲ってくるような錯覚。
虫の音ってこんなに五月蝿かったか?
遠くで聞こえる遠吠えは、まさか狼じゃないだろうな。

小さな物音にも過敏に反応してしまう。
赤い帽子を被った男は、何だか泣きそうになっていた。
気がつけば、両足はカールルイスばりに物凄いスピードで駆け出していた。

73 part3-659のリク(2) :2005/09/08(木) 22:28:05
「…………」
「…………」

気がつけば、男二人は切り株の前に居た。
先程と同じ場所に、同じタイミングで戻って来ていたのである。

「別荘に行くんじゃなかったのかよ」
「てめーこそ。」

フーと鼻で溜息を付く黒い帽子の男。
それを見て、赤い帽子を深く被り直し顔を隠しながらポツリと男は言った。

「………なァ」
「なに」
「一緒に行こうぜ」
「……てめー、怖くなったんだろ」
「おう」
「…バカ正直なやつ」
「うるせぇよ!」

怒鳴った声が掠れている。
唇を尖らせて、涙を堪える仕草は小さい頃から全く変わっていない。
仕方無ぇやつ、と男が赤い帽子ごと相手の頭を抱き寄せた。

「今度は向こうの道行ってみようぜ」
「……おう」
「涙と鼻水拭けよ」
「ちがう。これはサラリとした水と粘っこい水だ!」
「あー、はいはい……」


彼らが別荘に着くのは、まだまだ時間の問題である。
ただ――――
まだ別に着かなくてもいいや、とお互いに思っていた事は、勿論互いが知る事も無く―――




彼らが淡い恋の迷路から抜け出せるのも、まだまだ先の話。

74 3-659 :2005/09/08(木) 22:40:45
本スレ659のリクが未消化だったので、僭越ながら…。
本スレ665に触発されました。

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「こないだ、美味しい店教えてもらったんだ」
確かこの近くにあった筈…とAは言ってウロウロするが、行けども行けどもそれらしい店は見当たらない。おかしいなぁと首を傾げるAに、どの辺だったのかと訊いてみると、クラブZの近くだと言う。
「A…クラブZは、こっちじゃないよ…」
「え? そうだっけ?」
「全然反対の方向じゃないか、まったく!」
そういやコイツは方向音痴だった…。その事をすっかり忘れていた俺にAを責める資格はないかもしれないけど、それにしても逆の方向に来るとは。
呆れながらもAの手を引っ張ってクラブZを目指す。最近は店が色々新しくなって通りの風景も変わっちゃったらしく、まぁAが道を間違えるのも無理はない。俺も間違えそうだもんな。
ほら、この角を曲がれば、3件目にクラブZがある…はず…なんだけど……。
「あれ?」
店が無い。いや、店はあるけど、クラブZじゃない。
「B…ここ、見てみろよ」
Aが気の抜けた声を出して、電信柱の町名表示を指差した。そこに書いてあるのは、W町3丁目。……クラブZって、V町2丁目じゃなかったっけ。
「なんで俺たち、こんなところにいるのさ」
心底不思議そうな口調でAが呟く。そんなこと、俺が聞きたいよ。っていうか……こいつ、まだ気付いてないのかな。俺は気付いたぞ、重大な事実に。でもわざわざ教えないでおこう。そんな、俺も方向音痴だったんだと今更思い出しちゃったことに。
「なぁなぁ、B−」
「なんだよ」
「俺たちって、いっつも行きたい店に辿りつかないなー」
呑気なAの言葉は、普段から迷い慣れている奴独特のもので。とか言って、それに同意を示す俺の返事も、きっと迷い慣れてる口調なんだろう。
「とりあえず、この店に入っとこうか……」
そんな風に成り行きで入った店は、結構雰囲気も良くて、味も良かった。これって怪我の巧妙ってやつ?儲けた儲けた。
そんな風に、新しい店を開拓した事を喜んだ俺たちが、その店までの道順を全く分かっていないことに気付いたのは、一週間後の夜。全く別の街角で、初めて見る店の前に辿りついた時の事だった。

今では、どれだけ新しい店に出会えるかを試すのが、俺とAの毎週末の恒例行事となっている。

75 3-769 :2005/09/20(火) 02:38:10
リロったら先に投下されていた方がいたのでこちらに。
----------------------------------------------------------

唐突に目覚めたばかりのような奇妙な感覚のまま呆然と立ち尽くしていた僕は、今
何をしようとしていたのだろうかという疑問からとりあえず片付けることに決めた。
ぼんやり立っている周辺を眺めてみるが、どうも見覚えがない。生活感がないを通り越して
廃墟のような多分部屋らしき場所に僕は今いる。どうしてこのような場所に立っているのか。
一歩足を踏み出してみると、剥き出しになった配線やパイプやらに躓きそうになったので
必死に体勢を立て直す。床とはもう呼べない地面に鋭い硝子の破片が無数に散らばっており、
それが薄汚いこの部屋で妙に煌いていた。その硝子の一つが光を反射するのを目撃した瞬間、
僕の首から吊り下げられた、今にも擦り切れそうな太いロープの先に紙の束が通されていることに
ようやく気が付いた。目を通してみると表には見知らぬ人物の名前が書いてあり、そのすぐ下には
赤字で「これは僕の名前です」と印字されている。話が分からないので更に読み続けていくと、
要するに僕はある一定の期間で記憶を失うということだった。最初は何の悪ふざけかと思ったが、
どんなに記憶を手繰り寄せても昔のことは何一つ思い出せないので、僕はこの紙束を読むしか
手がないらしい。僕自身については名前と記憶に関しての説明しかなかった。家族について一切
触れられないのは何故だろう。第一ここはどこなのか。そう考えた時、最後のページに走り書きの
一文を見つけた。「またもう一本煙草に火をつけるのは、忘れることを習う為」
急いで書いたからだろう、崩れたその文字を見ると、唐突に誰か知らない男が寂しそうに
笑っている顔が脳裏に瞬いたかと思うと、あっという間に掻き消えた。紙束を強く握り締め
光が差し込む方向へ顔を向けると、何もない荒野が延々と果てしなく続いているのが見える。
ふらりとそちらに歩き出してみると、僕の着ている服から煙草のにおいが微かにした。
気に入らないな、と思う。馬鹿みたいに晴れ渡った空に下、たった一人きりで僕は突っ立っていた。
忘れるのを習っていたのは記憶か、それとも一瞬垣間見たあの男か。以前の僕がどうだったにしろ
それは今の僕には関係のないことだ。そう思うのに意味もなく悲しくなると僕は静かに涙を流した。

76 75 :2005/09/20(火) 02:42:10
orz

×空に下
○空の下

77 萌える腐女子さん :2005/09/24(土) 20:48:33
>75
すんげー萌えた。

78 萌える腐女子さん :2005/09/25(日) 12:30:50
先を越されましたので、こちらに投下させてください。

太陽とひまわり―


神々しい貴方。
貴方は呆れていらっしゃるでしょうね。
僕の思いはあまりに開けっ広げで、人にはからかわれ、花たちからは非難すらされますが、憐れな捕われ人のように僕は自分をどうする事も出来ないのです。
いっそ、イカロスの様に翔んで貴方の炎に焼かれたい。
でも、大地の囚人でもある身ではそれも叶わず貴方への想いは募るばかり。
どうか、地上にあるこの身をそこから、貴方の熱で溶かしてくださいませんでしょうか。

貴方は何も仰らない。貴方はいつもあらゆる者に光を注いでいる。

――晩夏―――

僕は今、死体のように無様に横たわる。
夏中、貴方への恋慕でこの身を焼き付くした焦げた死体のような僕の種は、貴方の憐れみの具象化なんですね。
ついばまれるこの身。ついばむのは、鳥でも獣でも、人間でもない、貴方。
貴方の逞しい手が僕の心臓を優しくついばんでいる。
ありがとう。
僕は今、貴方についばまれてじわじわと死んでいきます。陶酔にむせび哭きながら。



Ende

79 萌える腐女子さん :2005/09/27(火) 00:35:20
3-809「死んだ攻めAを想う余り攻めAとの夢の世界に閉じ籠ってしまった受けと、攻めB」
萌え上がったので投下。
----------------------------------------------------------

お兄ちゃんの様子が最近おかしい。全然ご飯を食べないから、お兄ちゃんが小さい頃から
大好物のハンバーグを一生懸命作ってみたけど、やっぱり食べてくれなかった。初めて
作ったハンバーグだから形が歪んでいたし、見た目が美味しそうじゃなかったから食べて
くれなかったのかもしれない。そうだとしたら悲しいな、と考えながら自分で作った
失敗作の焦げたハンバーグを口に運んだけれども、とても食べられたものじゃなかった。
そのままその場に吐き出そうとした時にお兄ちゃんの怒った顔が浮かんだから、きちんと
ティッシュに包んでからゴミ箱に捨てた。お兄ちゃん、何か食べないと体に悪いんだよ。
ちゃんとご飯を食べないと、栄養失調っていうのになるって学校で先生が言ってた。僕、
お兄ちゃんが病気になっちゃうのは嫌だな。でも、いつも来るお医者様は、お兄ちゃんは
もう病気なんだって言ってた。それはいつ頃治るの?と聞いたらお医者様は、「お兄さんは
見えないものを探しているんだよ。それがないと気付くまでは治らないんだ」って。
見えないものって何だろう?僕にはよく分からなかった。お兄ちゃんは全然外出しなく
なったから肌がとっても青白い。元々きれいな人だなあと思っていたけど、滅多に動かないから
まるで人形が床に放り投げられているみたいだ。握力もどんどん弱くなっているのに、
お兄ちゃんは右手に握った銀の指輪を絶対に離そうとはしない。その指輪はこの前死んだ
ばかりの、お兄ちゃんととても仲良しだった男の人とペアのだって昔聞いたことがあった。
最初は薬指にしていたけど、痩せたせいで緩くなってもう嵌めることが出来ない。僕はそのペアの
指輪が大嫌いだったから、嵌められなくなったことに心底ほっとしたんだ。お兄ちゃんの薬指で
指輪がぎらりと銀色に光る度、給食で人参が出た時よりずっとずっと嫌な気分になる。
でも、もうお兄ちゃんとペアの指輪を持つ男の人はいないんだ。死んじゃったんだから。
「ねえ、指輪が大きくなったんだよ。銀だから歪んだのかなあ。また買ってくれない?」
違うよお兄ちゃん、指輪のサイズはそのままなんだ。お兄ちゃんは探している見えないものを
まだ見つけられないままだけど、僕はちゃあんと先に知っているんだよ。
お兄ちゃん、何か食べたいものはない?僕頑張って何だって作っちゃうから。

男の死体が詰まる冷蔵庫。その扉を開ける弟の手の薬指、銀色に鈍く輝く指輪。
お兄ちゃん、これ、どうしても欲しかったの。ごめんね。


……うふふ、嘘。

80 3-769の1 :2005/09/27(火) 23:23:25
3-769のお題「またもう一本煙草に火をつけるのは、忘れることを習う為。」
で書いたのですが既にスレが進んでいるのでこちらに投下します。
ヘボンかつ相手が死んでる設定なので、苦手な方はスルーで。
====================
酒の呑み方を教えてくれたのはあなたでしたね。
ビール、日本酒、焼酎に限らず、いろんな国の酒とともに、
それに合うつまみや料理の選び方。
それらは仕事の接待の席でとても役立っていますよ。
あなたがときどき買ってきてくれた白ワイン、
この間酒屋で見かけましたがあんなに高いものだとは思いませんでした。

一人暮らしで必要な生活術を教えてくれたのもあなたでした。
上京して間もない僕に、光熱費の節約方法から
効率が良い掃除や洗濯のやり方、果てはゴミの出し方に至るまで。
アパートに引っ越してきたその日にあなたが
「部屋の中に1つぐらい植物を置くと気持ちが落ち着くから」と
プレゼントしてくれたサボテン、昨日1輪だけ花が開きましたよ。

──雲の隙間から時々顔を出す太陽の光が、部屋の中をちらちらと照らす。
眩しいなとカーテンを閉めようと手を伸ばして、そこにカーテンが掛かっていないことに気づく。
そうだ、さっき畳んでダンボールに詰めて運び出したんだっけ…と苦笑し、
彼はシャツのポケットに入っていたケースから煙草を取り出して、
鈍く光る銀色のライターで火をつけた。
深く吸い込んで息を吐く。辺りに白い煙が立ち上る。
しかし、その吸い方にはやや問題があった。
あっという間に煙草が灰と吸殻と化してしまうのだ。
まるでその肺活量を自慢しているかのように彼は吸い急ぐのだが、
もともと彼はそんな吸い方をしていなかった──。

81 3-769の2 :2005/09/27(火) 23:24:17
大人の遊び方を教えてくれたのもあなただった。
パブやバーなどの酒場での振舞いや、カジノや競馬でのお金の掛け方とか。
いつだったかあなたが
「一度行ってみるといい。君はなかなかハンサムだからモテると思うよ」と
教えてくれたオカマショーパブに先日初めて行ってみました。
確かに他のお客さんそっちのけでみんなが僕に群がってきましたが、
あなたに似ている人は1人もいなかったのが残念です。

そういえば、煙草を教えてくれたのもあなたでしたね。
最初はあなたが煙草を吸っている姿がとても格好良くて、
ただそれを真似したくて吸い始めましたが、
初めのうちは煙たくて味なんか分からなくて、ゲホゲホ咳き込んでるだけで。
そしたらあなたがメントール系の軽いタイプのものを買ってきてくれて、
「吸い方に慣れたら少しずつ好みの味のものを探せばいい」って言ってくれましたね。
今、僕はあなたが吸っていたのと同じのを吸っているんですよ。
でも。

──朝起きた直後から数えれば、
既に彼は1箱分の煙草を灰と化していて、もう間もなく2箱も空になろうとしている。
短くなった吸殻を灰皿に押し付け、もう1本口にくわえた途端、
玄関から声を掛けられた。
「荷物積み終わりましたので引越し先へのご案内をお願いします」
引越し業者だ。彼は今日ここを引っ越すのだ。
「あ、はい」
短く返事をして彼は立ち上がり、玄関の方に歩きかけた。
しかし、彼はなぜか3歩歩いて立ち止まる。
「すいません。煙草1本吸ってから行きますから、ちょっと待っててもらえますか」
そう玄関に向かって声を掛けた──。

82 3-769の3 :2005/09/27(火) 23:26:34
僕が煙草を吸うようのと入れ替わるようにあなたは煙草を止めることになった。
「医者に止められたんじゃ仕方ないよ」と
愛用していたライターと携帯灰皿を僕にくれた後、
急にあなたと連絡がとれなくなったのは、つい半年前でしたね。
ようやく見つけたあなたの連絡先に電話を掛けたら、
「主人は…先月高速道路の玉突き事故に巻き込まれて…」
と言って、電話の向こうで泣き出す女の人の声が聞こえたんです。
結婚してたなんて知りませんでしたよ、しかも今年で十周年だったらしいじゃないですか。

慌ててご自宅に伺えば、簡易式の祭壇の上に乗せられた、小さな白い箱。
その前にはあなたの写真と、線香と、蝋燭。
「主人とはどこでお知り合いに?」と奥さんに聞かれて困りましたよ。
修学旅行のときに1人でこっそり宿を抜け出して、
繁華街でウロウロしてたらあなたに声を掛けられて、
ホテルで抱かれる代わりにあなたからお金をもらったのが最初だなんて、
口が裂けても言えなくて、ね。

──口に咥えたままの煙草に火をつける。
オレンジとも赤ともつかない色が先端を彩り、少しずつその色が自分へ向かってくる。
灰に満たされた煙交じりの呼気は、健康のためには良くないと分かっている。
「俺みたいになる前に、そのうち止めた方が身のためだぞ」
とかつての想い人に、この部屋で言われたことも覚えている。
もともとこの部屋は彼のその想い人が住んでいたものだ。
面倒見の良かったその人は、その部屋を彼のために明け渡し、
自分が別の場所に引っ越した。
その場所が件の女性との生活空間であることを知ったのもつい最近のことで、
彼自身は自分の想い人がどんな仕事をしているか、
どこに住んでいるかなどプライベートに立ち入った話を聞くつもりはなかったし、
そんな話は自分たちの間には無用の存在だと思っていたからだった──。

83 3-769の4(終) :2005/09/27(火) 23:31:44
今日でけじめつけようと思うんですよ、あなたとのことは。
ここを引っ越して、新しい場所であなたとは違う誰かと出会って、
あなたを忘れることで僕は幸せになりたいんです。
あなたとの思い出の品も全部処分しましたよ、このライターと携帯灰皿以外はね。
あなたにも言われたことだし、そろそろ煙草止めようと思ってる。
だから、このライターと灰皿もこの部屋へ置いていきます。
さようなら。あなたのことは本当に愛していました。

──灰皿に短くなった煙草を押し付け、
部屋の隅の目立たないところにライターと一緒に静かに置く。
最後の1本を吸い終わって空になった煙草の箱を握りつぶすと、
彼は部屋を出て玄関の鍵をかけた。
引越し業者の乗っているトラックの助手席に乗り込む。
「それじゃ、お願いします」
と声を掛けるとトラックはけたたましいエンジン音を響かせながら引越し先への道へと急ぐ。

道中、運転手が煙草を吸っているのを見て、
彼も煙草を吸いたくなり、シャツのポケットを探った。
しかし、あるはずの煙草はそこには入っていない。
その様子に運転手が気づき、「よかったらどうぞ」と自分の差し出す。
シガーソケットを使って火をつけ、一口目の煙を吐き出した瞬間、
彼はくすくすと笑い出し、そのうち大きな声で笑った。
「あはははは…、はははっ…」
と運転手に声を掛けられ「いえ、何でもないんです」と取り繕うが、
笑い声を止めることができない。
あの部屋で「煙草を止める」と誓ったはずの自分だったのに、
1時間もしないうちにその誓いを破る。
そんなにもかの人を想っていた事に改めて気づき、
「今度は忘れるために、煙草吸わないといけないかな…ははははは…っ」
彼は笑いながら涙を流していた。

====================
以上です。あまりにヘボンな設定な上、出来が良くなくて申し訳ない。

84 このスレの80-83 :2005/09/27(火) 23:42:46
すいません、コピペミスしました…orz
最終段落の次の部分を修正してください。
====================
×
彼はくすくすと笑い出し、そのうち大きな声で笑った。
「あはははは…、はははっ…」
と運転手に声を掛けられ「いえ、何でもないんです」と取り繕うが、
笑い声を止めることができない。



彼はくすくすと笑い出し、そのうち大きな声で笑った。
「あはははは…、はははっ…」
「どうしました?」
と運転手に声を掛けられ「いえ、何でもないんです」と取り繕うが、
笑い声を止めることができない。

===============
投下直前に修正するとミスしやすいですね…orz
次から気をつけます。

85 萌える腐女子さん :2005/09/28(水) 03:30:29
既に神が降臨してたので、恥ずかしながら、せっかく書いたのでこちらに。

妖怪



‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
二年勤めた会社を辞めて、俺は久方ぶりに田舎に帰った。
今日から数ヶ月は、誰も居ない離れの奥座敷に寝泊まりする。

子供の頃、近所の子供達とよく遊んだ懐かしい場所だ。


雨戸を開けて光を通すと、クスクスと微かな笑い声が風に乗って幻聴のように聞こえた気がした。

一瞬間の後、先程まで誰も居なかった筈の座敷の奥に和服を着た同じ位の年頃の青年が座っていた。

呆然として、その青年の顔を見ると、何処か懐かしい面影がして、不思議と恐ろしさは感じなかった。

「やっぱり馨には僕が見えるんだね。」

青年はさも嬉しそうに、にっこりと微笑んでそう話し掛けてきた。

「ああ、お前‥‥えっと‥。ごめん。名前が‥」
「分かる筈ないよ。名前、話してないし。」
そうだ。いつの間にか仲間に混じってにこにこ笑って付いて来た色白のおとなしい子。名前も聞いてなかったんだっけ。

「そうか。じゃあ名前は?それより、どうしてここに?」

「ごめん。名前、無いんだ。それに、どうしてって、僕はずっとここに居るんだよ。」


ああ、あの子は座敷童子だったんだっけ。祖母がそう言っていたのを思い出した。

でも、今はどう見ても童子じゃないよな。座敷童子も大人になる‥‥のかな?

「馨に逢いたくて、大人になったんだよ。本当はいけないんだけどね。」
思考を読んだように、そう答え、青年はまたにっこりと微笑んだ。つられて微笑み返す。

込み上げてくる昔日の思いに切ないほど胸を塞がれながら、俺は青年になった座敷童子と暫く、見つめ合い、互いに微笑み返していた。
と、
日常の辛さも、疲れも何もかもが総て押し流され―、
ふわり、何か暖かい風に抱きとめられて体が宙に浮いた。


気が付くと、青年はもう居なかった。

―クスクス、クスクス―
幻聴を乗せて、風が座敷の奥から外へと通り抜けた。

―今夜また、一緒に遊ぼうね。―

遊ぼうって、もう、子供じゃないのに。
ふと、苦笑に歪んだ唇が、今度はふんわりと塞がれて熱い息を感じた。

風がクスクスといっそう高らかに笑い声を立た。

―今夜またね〜。大人には大人の遊びがあるよね‥‥?―


クスクス、クスクス。悪戯な風が体を通り抜けた。

86 本スレ870-871 :2005/09/29(木) 16:12:36

文章ソフトの一ページ丸ごと飛ばすなんてコピペミスをしてしまっていたので、
すみませんがこちらに補足という形で置かせてくださいorz
「親父やおフクロに〜」から「ほんと、そんで、歌うのは〜」の間に入るはずでした。



で、そんな事をぽろっと先生に話したら、先生は頬杖を崩して吹き出してあげく眼鏡を
落っことしたから拾ってあげた。
「そりゃあお父さんお母さんも驚いただろね、いきなり人類はァなんて歌われたら」
「今はもう慣れたみたいなんですけど、しばらく変人扱いされました。妹にも」
眼鏡をひょいと掛け直すしぐさがやけに子供っぽくて、思わずじっと見る。そしたらいき
なりこっちを向かれて焦ったけど、俺を見る目は楽しそうで嬉しくなる。
「ああ、うちでご家族で歌って違和感なくすなんてどーかな」
「は?」
「先生ぇはーちーいさな教室のーなかでー」
「!? なかーでー、なかーでー……」
いや、なんで替え歌なのかがまず突っ込むべき所なんだろうけど、思わず受けてしまった。
「ねーむりー起きっ そーしてー働きー」
「いや、寝てるんすか!?」
ノーリアクション!
「ときどきー仲間をー、部活にーなかまをー、」
「欲しがーったりー…………すー……るー……」
「……んですよ、うん」
先生は全く当たり前のような顔をしてにこにこしてるもんだから、なんで突然替え歌が
出てきたのかよく分からない。それが表情に出ていたのか先生はひょっと首を傾げた。
「私一人暮らしなんで、家に一緒に歌える人いないんです。
 まあだから合唱部の顧問は趣味と実益兼ねてるんですが、それからしたら羨ましい。
 家族、いいじゃないですか大いに結構」
ぜひ合唱コンクールには来てもらいたいですねえ、妹さんだけでも洗脳しちゃえるかも
しれませんよ−−−−なんて言葉だけ聞いたら不穏な事を言うから、俺も笑って頷いた。

87 萌える腐女子さん :2005/10/03(月) 02:35:11
本スレ899、幽霊×怖がり。今更ながら萌えたので投下します。ちょっと長め。



「あそこはね、多いんだよ。古い建物だらけだろ?おまけに俺が住んでたのが、中心部からちょっと離れたテムズ川の岸辺近くで、倫敦塔が目の前に―」
「や、止めろよ!聞きたくないっ。良、その目も怖わいよ。」
克が恐ろしそうに良を遮った。この手の話にはからっきし弱いのだ。

それにしても、良は帰国以来、前にも増して色白くなった。もともと少し影のある印象的な美しい面立ちが、そのためにいっそう凄みを増した。その口から怪談が語られたら確かにぞっとはするだろう。
良は脅える克の肩を抱いて頭を撫でた。この真面目で臆病な友人が可愛いくて仕方ない。
脅かすのは良の悪い癖だ。サドっ気があるのかも知れないが、脅かせば素直に反応し、無防備になる克を見たくてつい悪癖が出る。
それに、脅えた克を腕の中で安心させ、寝つくまで背中をさすってやるのは堪らない。

自分にしがみつくようにして、ようやく眠りについた克の頬に、良はそっと口付けた。

(一晩中、寝顔を見ていたいが、肉体を維持し続けるのは、さすがに疲れるな‥)

良は克の手からするりと抜け出て、戸外の漆黒の闇の中へその身を委ねていった。


――――――――

闇にすっかり溶け込んで漂っていた良を何かが呼び覚ました。

「ひいぃぃっ‥‥や、止めっ‥!」

克だ。
良が慌てて部屋に戻ると、白眼を向いた克の躰を男の霊が押さえ込んでいた。

(この変態がー!俺がまだやってもいない事を!!)

怒りで我を忘れ、
良は霊の頭上、中空へ飛び上がった。

「去れ!その男は元より俺のものだぞ!」

「ふんっ、手付きのものならば仕方あるまい。が、ならばそうと徴を付けておけ!
だがな、新参者。次からは言葉に気を付けることだな!」

霊はそう言いながら飛び上がり、良の顎を両手ではさみ込んだ。

睨み付けたままぐいぐいと近付いてくる。
ぴったりと額を寄せ、
「むしろ、生前のお前に憑きたかったな!」
と、凄み笑いを浮かべ、そのまま良の躰を通り抜け、
―姿を消した。

88 萌える腐女子さん :2005/10/03(月) 02:40:55
続きです。


良は身震いして、ふうと溜め息を付くと、白眼を向いたままの克の頬を張り、抱き寄せた。

「良!何処へ、‥なんで居なかったんだよ!キスされたんだよ!幽霊にキスされただなんてーもう、もう‥‥!」

克にギュッと抱き付かれた良は、
「克、大丈夫、大丈夫だよ。俺が振り払ってやるから。キスされたところ全部。」
と、幸福そうに囁き、唇から、首筋へと次々に口付けて、愛撫していった。

克の顔が、恐怖から驚きへ、そして次第に陶酔の表情へと変わっていく。

「俺の徴を刻み付けなくちゃならない。いいね?」

耳元で囁く。

克は、答える代わりに唇を寄せた。



―――――――――――――

「なあ、克。もしも俺が死んで、化けて出たら?」

「止めろよ、そんな話。」

「いや、真面目な話さ、それでも怖い?」

「‥そんな‥。でも、一緒にいられるんだったら‥怖くても嬉しいんだと思うよ。」

(信じていいんだろうか。)
良は、克を抱き寄せながら考えた。

あの湖からはまず死体は上がらないだろう。―しかし、いずれは行方不明の通知が届く。
そしたら、克に本当の事を話さなくてはならない。帰国したのは幽霊だったんだと。
それでも克は受け入れてくれるだろうか?

信じていいんだろうか。



「――。でさ、ピカデリー・サーカスって名前、知ってるだろ?あそこは、何本もの路が複雑に分かれてて、どの路へ行ったらいいのかよく戸惑っている人がいるんだよ。でも、戸惑っているのは、人間ばかりじゃないのさ。―――。」

89 萌える腐女子さん :2005/10/03(月) 02:49:58
>>87->>88 です。
注意書き忘れました。orz。
―本スレとは攻め、受け逆になってます。

90 3-879の1 :2005/10/03(月) 22:53:24
本スレ879「金髪が綺麗な受けでひとつ!」です。
書いてる途中でスレチェックしたら既に書き込みされていたので、こちらに投下します。
いくらか校正したものの萌えるままに書いてしまったのですんごく長いです。
====================
 その人は、俺が資格を取ったときに初めて担当を任されたお客様だった。
見習いの頃から何度かシャンプーさせてもらったり、ブローさせてもらった
りしてそのお客様の髪に触れたことがあるが、その手触りたるや極上の触り
心地、色もわざわざ染めずとも見事な金色。髪の痛みもほとんど無い。勤務
先が美容院だというのに度々先輩たちの実験台になっているおかげで毛先は
痛んで枝毛だらけ、もともとの色は赤だが何度もカラーリングされたりメッ
シュを入れられたりしたから頭の上で泥まみれのチラシ広告が再現されてい
るような様相を呈している俺にとっては、なんともうらやましい髪質の持ち
主だった。
 もともとは先輩の1人が担当していたお客様。その髪を初めてカットした
ときに資格を取ったばかりで慣れていないからすごく緊張してしまい、指定
されたよりも少し、いやかなり短く切ってしまった。俺はお客様に怒鳴られ
るんじゃないかと内心どきどきしていたのにもかかわらず、「こういう短い
のもいいものだね」と笑って許してくれたこともあり、それ以降自分の中で
は最も大切なお客様だと思っている。

 ある日のことだ。その日もいつもと同じように他のお客様に混じってその
お客様の予約が入っていた。いつものように俺は笑顔でお客様をお迎えし、
カット前にシャンプーを施す。
 この人の濡れた髪がまたいい感じの手触りで、いつだったか資格を取る前
に俺と同じように資格を取るべく同じスクールに通っていた中国人の友人が
趣味で使っている「毛筆」なるものの手触りによく似ている。友人が言うに
は「毛筆」は質のよいものを選べばそれなりに値が張るものだそうで、そい
つが使っていたものは自分が普段使っているカット鋏の約3分の1ぐらいの金
額のものらしい。比較の対象にするのはいささか申し訳ない気がするが、友
人の使っているそれと比べてもこのお客様の髪の方がはるかに手触りが良い。
 できることならずっと触っていたいが、そのままではカットできなくなっ
てお客様が帰れなくなるため、仕方なくスタイリングチェアーにご案内する。
「今日はどのように致しましょうか、ミューゼル様?」
「毛先だけ揃えてくれればいいよ」

 おや、と思った。担当を任されてから既に2年、イメージチェンジと称し
て何度かパーマを掛けたことはあっても、だいたいミューゼル様は短めの長
さの髪型がお好みのはずだ。前回のご来店から数えて約3ヶ月、耳は出す形
で切り揃えた髪型は今は半分くらい耳が隠れる長さに伸びている。
「では、ゆるめのパーマをお掛けしますか?」
と確認するも、
「いや、いいんだ。本当に毛先を揃えるだけでいいから」
とすぐに返事が返ってきて、鏡の向こうでにこりと微笑む。気分が和むんだ
よな、この人の笑顔は…と思いつつ、思ったことを顔には出さないで
「かしこまりました。それでは今日は…そうですね、1cmほどカットして毛
先を揃えますね」
と注文を復唱し、腰のホルダーからカット鋏を取り出した。

91 萌える腐女子さん :2005/10/03(月) 23:16:00
 「ごめんな。ちょっと事情があってね、しばらくここに来れなくなると思
う」
と、切り揃えている最中に言われた。来店されなくなる事情は人それぞれだ
と思う。ましてやスタイル維持のために…というか、俺自身がこの手触りの
禁断症状を起こしそうになるからなんだが、できれば月1回は来て欲しいと
思って何度かその旨を伝えたことがあるにもかかわらず、ミューゼル様が仕
事の都合で3ヶ月に1度しか来店できないと言っていたことを俺は覚えている。
だから、
「長期のご出張とか転勤ですか?」
とありがちなことを言ってみたら、そうではなかったらしい。
「実は…、願掛けすることにしたのでね」
「願掛け?」
「ああ。その願いが叶うまでは髪を切らないことにしたんだ」
思わず手が止まる。
「好きな人が出来てさ…」
ああ、そういうことか。

 ミューゼル様の顔はなんというか、男にしておくのがもったいないくらい
のとても美しい顔をしている、と俺は思う。美容師の端くれとしてその考え
はどうかと思うが、長い髪もミューゼル様のお顔と体格ならきっと似合うだ
ろう。白磁のようなキメの細かい肌に、陽の光が映えるしなやかな金髪。指
先で玩んでも気持ちいいのだから、その頭に顔を埋め、長い髪を顔全体で感
じることができたらさぞや…と考える。
 そのまま後ろから抱いて、突き上げて、均整の取れた身体をほんのり桜色
に染めさせて。泣きながらよがり声を上げる様を見てみたいと夢想しては、
収拾がつかなくなった自分のものを擦り上げて果てさせる。そんなことを独
り自宅で何度もしていたために、この突然の告白はかなりショックだった。
 相手には自分の気持ちはまだ伝えていないのだとか、その相手がミューゼ
ル様の髪を見て「とても綺麗な髪だから、長く伸ばすと顔立ちに映えるんじゃ
ないか」と言ってくれただとか、うれしそうに話しているミューゼル様。適
当な相槌を打ちながら鋏を動かしていたが、実際のところほとんどミューゼ
ル様の話は頭に入ってこなかった。
 ただ、この美しい髪に触れられなくなることがつらくて、この癒されるよ
うな笑顔が見られなくなるのが嫌で、俺はひたすら鋏を動かし続ける。何度
も指を梳き入れ、途中チョキチョキと音だけ鳴らして切ってる振りまでして、
その触り心地を胸に刻んだ。

92 3-879の3 :2005/10/03(月) 23:17:20
 いつもは1時間ほどで終わる施術なのに、俺が散々いじり回していたおか
げで時計の針が30分ほど進んでいた。
「ずいぶん時間を掛けてくれたんだね。次のお客さんの予約は大丈夫?」
と自分のことはさて置いて俺のことを心配してくださる心遣いがとてもうれ
れしい。それなのに、これでしばらく会えないと思うとミューゼル様のお相
手の…たぶん女性なんだろうな、それもミューゼル様にお似合いの美人の、
会ったことも無いその彼女が俺は憎らしくて、思わず「髪伸ばさないで下さ
い」と言いそうになる。
「このまま伸ばしていってもスタイルが崩れないようにしたつもりですが、
お帰りになってどこか気になるところがあったら遠慮なくご来店ください。
すぐ手直しいたしますから」
喉元まで出掛かっていた言葉を修正して吐き出した。預かっていた手荷物を
渡し、会計のためにレジを操作する。
「どうもありがとう。しばらく来れないけど、お店が繁盛することを祈って
るよ」
と笑顔と共に店を出ようとしたミューゼル様を、
「あ…あの!」
と引き止めていた。
 「ん? 何か?」
と出入り口の扉に手を掛けていたミューゼル様の動きが止まる。

 言え。ここで言うんだ。「3ヵ月後の同じ日に予約入れておきますから来
てください」って。「あなたが好きなんです。だからこれからもずっとあな
たの髪を切らせてください」って。そうすればまた会えるだろ、と自分の中
で悪魔が囁く。
 いや、駄目だ。言ってはいけない。言えばきっとミューゼル様は店に来な
くなるし、まるでミューゼル様の願掛けが失敗するのを願っているみたいじゃ
ないか、ともう一人の自分が必死に抵抗している。
 数秒の葛藤の後、俺の口から飛び出した言葉は。
「あの…願いが叶うことを祈ってますよ」
 馬鹿だ、俺は。美容師の営業活動としても失敗してるし、自分のミューゼ
ル様に対する個人的な想いを告白することにも失敗してる。これじゃ退店し
ようとしていたミューゼル様を引き止めた意味がないじゃないか。
「応援してくれてありがとう。それじゃ、いつかまた…」
俺の心の苦悶には気づかないまま、そう言って片手を挙げて振りながら去っ
ていくミューゼル様。
 俺はミューゼル様の姿が見えなくなるまでその場に立ち尽くしてしまい、
次のお客様を長時間待たせていることに気がついた店長に後ろから頭を叩か
れるまで、だんだんと小さくなっていくその美しい金髪の後ろ姿をじっと見
つめていた。

93 3-879の4 :2005/10/03(月) 23:18:47
 あれからミューゼル様は本当に予約の電話を掛けてこなくなった。ご自分
の願いが叶うその日まで店には来ないはずだから納得はできるが、あの美し
い金髪の感触はとても忘れることができず、俺の気持ちは落ち着かないまま
だ。毎日何人ものお客様を相手に鋏を振るうが、常連客を含め飛び込みで
入ってきたお客様の中にも、ミューゼル様と同じ髪質の持ち主はいない。
 最後に来店されたときに切った髪の毛の一部をこっそり持ち帰って正解
だったと思う。間違って捨ててしまったり、風に飛ばされて無くなったりし
ないように、ぱっと見た感じではそうとは見えないような形のシルバーのロ
ケットを購入してその中に持ち帰った髪の毛を入れ、それを自宅の鍵をつけ
ているキーホルダー金具につけたのも我ながら名案だった。禁断症状が出そ
うになったときや、性欲が溜まって自己解消させるときにそれを握ってあの
人のことを思い出す。仕事中にも難しい施術を行うときの前にスラックスの
ポケットに入れたそのロケットキーホルダーを握ることでどうにか俺は苛立
ちを抑えている。そうでなければ俺は今頃ミューゼル様に会えない寂しさに
荒れ狂い、その苛立ちをお客様の髪にぶつけて、注文された髪型とは違う滅
茶苦茶な型にしていたことだろう。
 しかし、その自分の中での「疑似行為」ももはや限界に近い。当初は1日
1回、それも朝自宅を出る前だけだったのがだんだんと回数が増え、今は10回
を軽く超えている。時々直接触って確かめていることもあるからなのか、ロ
ケットの中の短い髪も時間が経つにつれて劣化していて、持ち帰ったばかり
の頃のあの艶や手触りはもう失われている。
 このままじゃ顧客名簿の中から住所を探して場所を割り出し、ご自宅に押
しかけて髪を触るべくミューゼル様を襲いかねない、と自分自身でも寒気が
するほど嫌なことを思い始めた矢先のことだった。あれから3年経っていた。

 強い雨の降る日だった。この店では当番制で閉店作業を行うことになって
いて、その日は俺がその当番だった。汚れたシャンプー台や鏡、スタイリン
グチェアーなどの掃除をしたり、消毒器に使用済みの器具を入れたり、洗濯
の終わったタオル類を乾燥機に移しかえたりと、美容院は閉店後もやること
が多い。慣れた作業とはいえ疲れるなと思いながら2時間掛けて店の隅々まで
きれいにした後、照明を消して鍵を掛け、表のシャッターを下ろしたその時
だった。
「こんな時間に予約も無しに来て申し訳ないが、髪を切ってもらえないだろ
うか?」
後ろから声をかけられた。
 聞き覚えのある声に振り返れば、この土砂降りの中を傘も差さずに立って
いる人がいる。俯きがちの顔を隠すように垂れた長い金髪がぐしょぐしょに
濡れていて、長い時間雨に打たれていたことが良く分かる。
「申し訳ありませんが、もう店内清掃を済ませてしまいまして…。もしよろ
しければ今ご予約だけ承りますので、明日ご来店いただけないでしょうか?」
と照明を消す前に見た明日の予約リストの空き時間を頭の中で探しながらそ
う伝えると、その人物は突如自分の両肩を掴んで、俯いていた顔を上げて俺
の顔を見た。
「今日でなければ…、今日でなければ駄目なんだ。代金なら倍払っても構わ
ないから、頼むから私の髪を切ってほしい」
 雨で身体が冷えているのか、眼が泣き腫らしたように赤くなっているから
なのか、声がかなり震えている。
 俺が今いちばん逢いたい人の顔がそこにあった。ミューゼル様だった。

94 ひでぶ :ひでぶ
ひでぶ

95 3-879の5 :2005/10/03(月) 23:21:26
 「そのままではお身体が冷えますでしょう? 狭い風呂場で使い勝手が悪
くてすみませんが、とりあえずシャワーを浴びて身体を温めてください」
 店とは違って必要なものが何でも揃っているわけではないが、ときどき友
人にカットモデルを頼むこともあり、俺の部屋にはそれなりに道具が揃って
いる。また2時間かけて掃除をするのも嫌だったし、黙って店の道具や消耗品
を使うと後で店長に説教されると思ったので、俺は店からそれほど離れてい
ない自分の小さなアパートにミューゼル様をお連れした。
 ミューゼル様の髪のカットに必要な道具をテーブルの上に揃え、床にはビ
ニールシートを敷く。
 今日髪を切らなければならないミューゼル様の事情はどうあれ、あの素晴
らしい髪にまた触れることができるのだと思うと、自然と気持ちが舞い上が
る。久しぶりだからできるだけ丁寧にカットしよう。カットした後で床に落
ちた髪を、ロケットのものと交換してもいいだろう。しかも今日は次のお客
様もいないし、ここは自分の家だから小言の多い店長や施術中にイタズラで
邪魔をしてくる先輩もいない。ミューゼル様のお時間が許す限り好きなだけ
触ることができるし、うまくいけばその先の展開もあったりして…なんてな。
その場で小躍りしたい気持ちを抑え、俺は準備をしながらミューゼル様が風
呂場から出てくるのを待った。

 さすがにスタイリングチェアーは自宅にないので、いつも友人の髪をカッ
トするときに使っているテーブルセットの椅子をビニールシートの上に持っ
てきて、そこに座ってもらう。
「さて…今日はどのように致しましょうか?」
「君に任せるよ。うんと短くしても構わないから」
ということは、願いは叶ったんだろう。嫌なことを思い出してしまったと思
いながらも、
「それでは…トップは○センチ、サイド○センチで…」
と今のミューゼル様に似合いそうな髪型のイメージを伝える。頭の中のイ
メージではそれでも微妙に似合っていないような気がしたが、現状ではそれ
しか思いつかなかった。「…とこんな感じでカットしますね」とテーブルの
上のカット鋏を右手に握り、その長い髪を一房手に取った瞬間。
「……う……ぅっ…」
それまで笑っていた鏡の向こうのミューゼル様の顔が、不意に曇ってくしゃ
くしゃになる。口元に手を当て、嗚咽が漏れるのを防ごうとしているみたい
だが、指の隙間から聞こえるその声と、目元から落ちる涙が気になって仕方
がない。鋏を入れている途中で首を曲げたり、身体を動かされたりするとき
ちんと長さが揃えられないため、肩を震わせて泣いているこの状態のままで
は施術を始めることができないのだ。俺は握ったばかりの鋏をテーブルに戻
して聞いてみた。
「どうしたんですか? 願いが叶ったから、髪を切りに来たのではないので
すか?」

 「叶ったことは叶ったんだ。だが…振られた。というか、捨てられた」
「おっしゃっていることがよく分からないですよ。そういえば…今日どうし
ても髪を切らないといけないって店の前で伺いましたが、何か特別な事情が
おありだとか…?」
人前で男が泣く、それも…それまで年に4,5回会うだけだった一介の美容師に
3年ぶりに会って、そのまま髪を切りに来た状況で泣くだなんて、よほどのこ
とがなければあり得ない。俺はミューゼル様の姿を映していたスタンドミラー
の前に回ってひざまずき、
「差し支えなければ話していただけませんか? この3年間に何があったのか。
他の誰かに話したりはしませんし、ミューゼル様がお話できる範囲で構いま
せんから」
と真剣な表情で話しかけると、
「確かに願いは叶った…」
と少しずつ、店に現れる前にもずっと泣いていたからなのだろう、いくらか
かすれた声で、
「好きな人に自分の想いを伝えることもできたし、それを伝えた当初は幸い
にも相手も同じ気持ちを自分に持っていると思った…」
ミューゼル様は話し始めた。

96 3-879の6 :2005/10/03(月) 23:22:58
 1時間近くに及ぶミューゼル様の話を要約するとこういうことらしい。
 ミューゼル様のお相手はご自分の勤める会社に中途採用で入ってきた人で、
慣れるまでの間のサポート役としてミューゼル様が仕事の内容についてその
人を指導していた。朝から晩までほぼ1日中顔をつき合わせて仕事を教えて
いるうちにミューゼル様はその人に対していつのまにか恋心を抱くようにな
り、その人が勧めてくれたこともあって願掛けのつもりで髪を伸ばすことに
した。それがちょうど3年前、最後に髪を切りに来てくれた頃に当たるようだ。
 お相手の人が「このくらいの長さからが好み」と言った、襟足でひとくく
りにまとめられるくらいの長さになった1年半後、ミューゼル様は自分の想
いを告白した。受け入れられるかどうかとても不安だったが、どうやら相手
も自分と同じ気持ちだったらしく、他に何の障害もなかった為そのまま2人
は交際を始めたそうだ。ところが、付き合い始めて3ヶ月ぐらい経った頃、
ミューゼル様は自分の想いを胸に秘めていた頃には考え付かなかったことで
悩むことになった。

 その悩みというのが、交際相手の人がとても独占欲が強い上に自分の思い
通りにならないとすぐミューゼル様に不満をぶつけてくるタイプの人であっ
たこと。その上何かとミューゼル様を「束縛」したがる人だったらしい。最
初は優しく接してくれたその人が少しずつ本性を現し始め、気がついたとき
には既に遅かったとのこと。ミューゼル様は従順な奴隷として接しなければ
ならず、嫌な仕事や雑務は全てミューゼル様任せ、その仕事振りすら気に入
らないときは手枷や足枷で身動きを封じられ「お仕置き」と称して叩かれた
り蹴られたりしたそうだ。そんなに邪険に扱われながらもミューゼル様はそ
の後にお相手から与えられる「ご褒美」がうれしくて、嫌な顔ひとつせずそ
れらの「お仕置き」に耐え、その人を喜ばせるべく時には危険を冒してまで
その人に言われた「命令」に従っていた。
 しかし、俺から見ればある意味常軌を逸脱しているのではないかと思える
「幸せな交際」が破局したのはつい昨日のことだそうで。3日ほど前にお相手
の人に電話呼び出されたミューゼル様は、指定された場所に向かった。いつ
ものように手足を拘束されて「お仕置き」されるのだろう。どんな「お仕置
き」だろうと、その後の「ご褒美」のことを考えれば耐えられると思ってい
たのだが。

「レイプされた。それも、自分の勤めている会社の社長が遣わした者数名に」
ミューゼル様は俺と同性の男だ。なのに、レイプって何だよ。社長が派遣し
た奴って何だよ。俺は頭が混乱したまま続くミューゼル様の言葉を聞く。
「企業スパイだったんだ、私の交際相手は。私はその人の代わりに自らの手
を汚して社内の機密文書やまだ開発中だった極秘プロジェクトの企画書を入
手し、命じられるままにその人にそれらの書類のコピーを渡していた。その
人はそのコピーを、私の勤めている会社とは対立関係にあるライバル会社に
横流しすることで不当な報酬を得ていたようだ。その会社はに横流しされた
書類を使うことで私の会社を倒産に追い込み、それが一因となってで私と私
の交際相手による背任行為が会社に暴露された。私とその人はその責任を追
及されることになったが、社長に指定され事件の全容を釈明するはずだった
内部調査報告会の日に相手は逃げて行方不明になってしまった。きっと自分
の罪を私に全て被せるためだったのだろう、社長の話ではその人が社長に密
告したらしい。だから私はその人の代わりに懲戒解雇と、社長の見ている前
でのレイプという形で全責任を取らされた」
そんなひどい話はあり得ないし、考えたくもない。それでも自分の目の前に
座っているミューゼル様はそれを経験してきたのだ、掛けるべき言葉を見失
い、俺はその場に座り続ける。

97 3-879の7 :2005/10/03(月) 23:31:27
 「そんなになっても私はその人を信じ続け、その人が自分のところへきっ
と戻ってくると信じて疑わなかった。しかし、その…彼は…『お前は所詮俺
の道具、それも使い捨ての道具でしかない。お前にやってもらうことは全て
終わった。これでもう用が済んだから、お前はもう必要ない』と言って私を
裏切り、私を捨てた」
「彼」? 「彼」だって?! 確かに俺もミューゼル様に対して邪な想いを抱
いてはいるが、同じ男としてミューゼル様が話してくれたその男の行為は到
底許せるものではない。
「私がレイプされている間にその人は住んでいたアパートを引き払い…、唯
一の連絡先だった…携帯電話の番号を、今日から着信…拒否にされてしまっ
て……」
そんな衝撃的な告白をさせてしまったことが申し訳なくて。
「それでも彼を愛してる自分が情け…なくて…、自分でも許せなくて……」
どう受け止めたらいいのか分からなくて。
「だからせめて…あの人が…好きだといってくれた髪を切れ…ば…、忘れら
れるんじゃないかと思ったから……」
「ミューゼル様!」
思わずその身体に抱きついていた。

 一切の抵抗をしなかったことでその男の暴力的な愛を必死に受け止めてき
たミューゼル様の髪を撫でる。きっとその彼氏やミューゼル様をレイプした
奴らが散々引っ張ったり、蝋を垂らしたり、火で炙ったりと相当酷い扱いを
したのだろう、時間が経って少し乾いてきたあの美しかったはずの髪はひど
く傷んでいた。あちこちから切れ毛や枝毛が飛び出していて、触り心地は俺
のロケットの中の髪と同じぐらいに最悪のものだった。
「もういいですよ、ミューゼル様」
聞きたくなかった。これ以上この人の穏やかな口調の、しかし悲痛極まりな
い叫びを俺が聞けば、この人の心は粉々に壊れてしまう。そう思った俺は髪
を撫で続けた。
「なるべく早く…切って、しまおうと……」
こんなことでこの人に笑顔が戻ってくるとは思わなかったが、
「もう話さなくて結構ですから…!」
この人の受けた心の傷が癒されるとは思わなかったが、
「ミューゼル様の髪は、私がちゃんと元通りにして差し上げます。必ずです」
それでも俺は髪を撫で続ける。
 このままキスしてしまいたい。いっぱいキスして、髪だけでなく身体中を
撫で回して、その男から受けたミューゼル様の「傷」を少しでも消してしま
いたい。
「今日私がこのまま髪をカットしたら、なんだかものすごい失敗をしてしま
いそうで怖いです。ですから、今日はトリートメントで髪に栄養分を補給し
て、今度改めて髪を切ることにしましょう」
そう思う気持ちをぐっと堪え、ミューゼル様の背中に回していた腕の力を強
めて耳元に囁いた後、俺はトリートメント剤を作るべく立ち上がった。

 「たとえ失敗したって3ヶ月経てば髪が伸びるからそのときに修正してく
れればいいから」とミューゼル様は言ってくれたが、まだまだ未熟なこんな
俺だって美容師の1人だ、失敗しそうだと分かっているときに無理な施術を
したくない。そう思ってできるだけ丁寧にトリートメントを施し、洗い流し
てブローをした。すると。
「……これが、私の髪なのか?」
 3年間他人に気を遣うことに精一杯で自分のことは何一つ気に掛けなかった
その髪の持ち主が驚いていたのは仕方ないとして、たった1度のトリートメ
ントでは無理だろうと思っていた俺もびっくりした。かつての手触りの良い、
適度な柔軟性とコシを持ち合わせた、あの美しい金色の髪がそこにあったの
だから。 
「え、…ええ、これがミューゼル様の髪です。2週間後にもう一度トリート
メントをすればもっと綺麗な髪になりますよ」
そう言って俺は、スタンドミラーの向こうで驚いたままの人物に顔を近づけ
て笑いかけた。
「私は短い髪のミューゼル様しか拝見したことがありませんでしたが、こう
して見るとミューゼル様は長い髪もよく似合いますね」
「本当にそう思う?」
「ええ」
「そうか……」
相変わらず目元は赤くなっていたが、ミューゼル様の表情がそれまでの曇った
感じから一転し、かつての快活な感じが戻ってきたかのように見える。

98 3-879の8 :2005/10/03(月) 23:32:47
 カットクロスとタオルを外し、預かっていた手荷物を渡す。ミューゼル様
の着衣はまだ濡れていたのでサイズが違うが俺の服を貸すことにした。
「お時間がございましたら、そのときにカットとトリートメントをさせてい
ただきますので、ぜひ2週間後に店の方にご来店ください。それまでには
ミューゼル様にぴったりの髪型を考えておきます」
と言って玄関へ送る。
「…あ、そうか。代金を」
と玄関扉の前まで来たときにミューゼル様が振り返るが、
「い、いいえ、お代は結構です。わざわざ自宅まで来ていただいたのに、ト
リートメントだけでカットできなかったし、店と違って何かと不自由にさせ
てしまいましたから」
と慌てて言った。
「しかし、トリートメント剤だってそんなに安いものではないのでは…」
「あれは自分が使うのに社員販売割引で店から分けてもらってるものです」
「…こちらが無理やり押しかけて、君の貴重な時間を潰してしまったし」
「貴重な時間だなんてそんな…。店から帰ったら食事して風呂に入って寝る
だけですよ」
しばらく玄関先で押し問答が続いていたが、そのうち俺は金ではないもので
支払ってもらう方法を思いついた。

 「分かりました。では少しだけいただきます」
「いくら払えばいい?」
と財布を出そうとするミューゼル様の手を握って制止した後、腰に手を回す。
そのまま顔を近づけ、ミューゼル様の唇に自分の唇を合わせた。
「ん! …ぅ…っ」
もう片方の手で髪を撫でる。
「…く、……う…っ、ふ…」
頭のどこかで警鐘が鳴っていたが、止まらなかった。
「…う…ん、っん」
舌先で唇の表面をなぞり、撫でていた指の間に髪を梳き入れ、軽く握りこむ。
指先から伝わってくる感覚に気分が高揚しすぎて、身体中が痺れるような気
がしてくる。
「……ぅ…、…く…はっ…」
次第に俺の方が息が苦しくなってきて、これ以上キスしていたらうっかりそ
の先に進んでしまいそうで、慌てて口付けを解いた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「はっ、はっ、は…」
互いの荒い息遣いが狭い玄関先で交差する。
「ありがとうございました。お気をつけてお帰りください」
呼吸音が元に戻った後、そう言って俺は玄関のドアを開けミューゼル様の帰
宅を促す。何か言おうとしていたみたいだったが、何も言わずミューゼル様
は俺のアパートを出て行った。

99 3-879の9(終) :2005/10/03(月) 23:34:09
 足音が遠ざかっていく。完全に俺の耳に聞こえなくなった瞬間、
「やっちまった…」
俺はその場にへたり込んだ。
 俺は、自分の想いを告白することでミューゼル様を傷つけるようなことは
したくない。そう思ってミューゼル様に抱いている感情をずっと自分の胸の
中だけに留めておいたが、さすがに今日の話を聞いていたらなんとかして差
し上げたくなった。これからは俺が傍についてると、俺がミューゼル様をお
守りすると伝えたかった。前の彼氏とやらと同じことをすれば更にミューゼ
ル様は傷つき、絶望するだろうと思ったから、できるだけミューゼル様が傷
つかない方法を取ったつもりだったが、何も言わず出て行ったことを考えれ
ばそれなりに俺に失望したのかもしれない。
 2週間後に来てほしいとは伝えたものの、ミューゼル様はきっと店には来
ないだろう。思い出したくない過去の話を話させたばかりか、話したことで
情緒不安定になっているときに、その心の揺らぎにに付け込んで俺がミュー
ゼル様を騙したのだ。もしかしたら俺が原因で人間不信に陥るかもしれない。
俺とのキスが昔の彼氏とのことを思い出させてしまう可能性もある。
「ミューゼル様、申し訳ありません…」
俺はポケットの中のキーホルダーを握りしめ、もう2度と会えないであろう
幻に謝罪した。

 「それじゃお先に失礼します」
「ああ、お疲れ様。また明日な」
その日の仕事が終わった俺は、いつものように店長や先輩に挨拶して店を出
る。家に向かう途中のガソリンスタンドで適当に食料を買う。
 さて、今日は何を食べようか…と考えながら自宅の前まで歩いてくると、
誰かが自分の部屋の前に立っているのに気がついた。深めに帽子を被っては
いたが、肩にかかる金色の髪でそれが誰だかすぐに分かる。
「店の制服には名札はついていないし、ときどき配達されるダイレクトメー
ルにも書いてなかったから今まで知らなかったが…君の名前はジークフリー
ドというのだね。表札を見て初めて分かったよ」
「み、ミューゼル様! どうして…」
俺は信じられなかった。あんなことをしたにもかかわらず、ミューゼル様は
笑顔でそこに立っている。
「借りた服を返しに来た」
「そんな…そろそろ処分しようと思っていた服だから返さなくていいと申し
ましたのに」

「服を返すためだけに来たのではないよ」
「え?」
そこまで言うとミューゼル様は急に口ごもり、俺からの視線を逸らす。
「約束だったし、その…店には行きにくくて、だから、あの…」
頬が薄く染まっているのは、気のせいだろうか。
「トリートメントとカットを…お願いしようと思ってね。それで代金は…あ
の…、何といえばいいか、その……」
そういえばあの雨の日から数えて今日がちょうど2週間後だったな…と思い出
した。
「かしこまりました。狭いところでなにかと設備が不十分ですがどうぞお入り
ください」
俺は心の中でガッツポーズを取った。顔がにやけそうになるのを必死にこらえ、
玄関の鍵を開けてミューゼル様を先に部屋の中に通した。

====================
書き込まれたお題を見た瞬間某OVAの主人公が頭をよぎってしまい、
受の名字はこれかもう1つしか考えられませんでした…orz
あちこちおかしい部分があるけどその辺はスルーしていただければ幸いです。

100 萌える腐女子さん :2005/10/09(日) 03:39:04
本スレ1000ではないが、リク被りで折角の999のリクが流れたままなのは惜しいので、投下します。
リクした瞬間お流れじゃ悲し杉。

101 本スレ999のリク :2005/10/09(日) 03:47:58
恋は本屋さんで―の御題



本というのはそれ自体、編集者と執筆者の緊張した恋の駆け引きの産物とも言えるわけだが。


時には、古本屋の奥の書棚にひっそりと隠された恋もあって、其を手にした青年を引き込む事もある。
其も、あまり誰も手に取らないようなお難い哲学の学術書なんかにそっと誰かが書き込んだ苦しい想いとか、
或いはページの間に密かに挟み込まれた恋文の様な栞とか。
其を見付けた青年はドキドキしながら、暫く前の所有者に想いをはせ、其の本を慌ててまた書棚に戻す。
数日後、青年が再び本屋に訪れると、予想通り其の本はまだ売れずに残っている。
そっと広げる。
と、どうした事か以前には無かった筈の別の書き込みや、新しい栞がはさまれていたりする。
誰か自分の他にこの本を手にした者がいるのだと、よけいに胸を騒がせながら新しい書き込みを読んでみると、其がどうやら自分に宛てて書かれたものの様な気がしてきて、頬を染めながらまた本を書棚に戻す。
次の日も、また次の日も、また新しい書き込みが見付かり、青年は其が自分宛てではとの疑念を益々強くする。
そして、誰かが、この本を手にしている自分を見ていてこんな事をしているのか、こんな古風な通信手段を使うのは一体どんな奴だと思いながら、たまらなく心惹かれていく。

其の書き込みの主は、こうして、出会う前からもう恋に落ちてしまった青年を、果実の如く実の熟すのを待って、自分のものにするだけだ。

102 萌える腐女子さん :2005/10/09(日) 04:47:25
自分もPart3スレ999でも1000でもない上、
タッチの差で>>100姐さんに先を越されてしまったのですが、
萌えられるだけ萌えてみたので投下してみます。
お題は「恋は本屋さんで売っている」です。
==========
最初のきっかけは本屋の店員がお客にぶつかるところから始めようか。
ぶつかった拍子に整理中の本ぶちまけて、それを拾ってもらうついでに
「○○っていう本ありますか?」なんてお客が言い出して。
お客が探してた本は専門書だから当然店には置いてないんだけど、
店員はそれが専門書だなんて知らないから棚の隅々を必死になって探すわけだ。
お客はお客で他の店で棚の在庫も見ないで「そこに無ければ無い」なんて
ぶっきらぼうに言われて仕方が無くてこの店に来たんだけど、
一所懸命に探してくれるその店員の姿にじーんときちゃう。
結局その本見つからないからその店で取り寄せてもらうことになって、
それが縁でお客は足しげく店に通うようになる。

最初はお客は自分が探してる本があるかどうか確認するためにその本屋に行くんだけど、
毎回その店員が探してくれて、でも結局見つからないから毎回取り寄せになって。
いつも探させるの悪いなぁ、取り寄せてもらうの悪いなぁなんて思うようになって、
来たついでに他の本を買うようにしてみたり、
その店員が書いたお薦めPOPがついてる本を買ってみたり。
店員は店員でいつも見つからなくて悪いなぁ、
取り寄せで待たせちゃうの悪いなぁなんて思うようになって、
これまでお客が取り寄せた本やついでに買った本の傾向をさりげなくチェックして、
ジャンルが似たような本を紹介してみたり、好みに合いそうな本を読んでPOP書いてみたり。

そのうち店員の気を引くためにはどうしたらいいかお客が本気で考え出しちゃって、
必ずしもそれが当てはまるわけじゃないのに
恋愛テク本とか恋愛相談本の、それも男女間恋愛のやつとか買い始める。
それ見た店員がお客に好きな子できたのかと勘違いして、
心で泣きながら顔に出さないで最近良く売れてて自分も読んだことがある
その手の恋愛テク本を薦めてみる。

最後は店員が薦めてくれたその恋愛テク本に書いてあったとおりの必勝法の1つ、
「自分がプレゼントしてでも好きな人に読ませたい本」をお客が買って、
それをそのまま店員にプレゼントしちゃう。それでお互いの気持ちにやっと気がつく、と。
==========
こんなところでいかがでしょうか、Part3スレの999姐さん?

103 萌える腐女子さん :2005/10/09(日) 14:35:27
29に出遅れたのでこっちに投下。
-------------------------------
「ぅあー……。」

半ば押し付けられての出張で人生初めての大阪に降り立った俺はうんざりとした声を上げた。
広さ的には東京駅の方がはるかに広いのだろうが不慣れな分やたらと広く見える。
在来線の名前も見慣れないからどれがどれだかわからない。

「環状線ってどこだよ!」

表示を見ながら構内をうろついていたがそんな文字はどこにもない。
出張を押し付けられた苛立ちも手伝ってつい大声を出していた。

「環状線はこっから出てへんよ。一旦大阪まで出な。」

背後からやわらかい関西弁が聞こえた。関西なんだから関西弁で当然か。
振り向くと人のよさそうな笑みを浮かべた男が立っていた。

「あー…そうなんですか。どうも…。」

一人で叫んでいるところを聞かれた気まずさも手伝って曖昧に答えると男は俺の手を引いて階段に向かう。

「こっちやで。こっからどの電車乗っても一駅で着くし。着いたら環状線って矢印あるからそれ見てけばええわ。」
「はい…。あの、どうもご親切に……。」

ああ、大阪はまだ義理人情が残ってるんだなあ。東京じゃ迷ってようが何しようが誰も助けてくれねーぞ。
電話で話した大阪支社の奴が「東京もんは冷たい」と言っていた理由がわかった気がした。

「環状線てどこ行くん?」
「天王寺です。そこからまた乗り換えて堺に……。」
「天王寺なあ。あそこもややこしいし、ちょぉ書いといたるわ。えーっと紙紙……。」

男は鞄を探って名刺入れを取り出すと名刺の裏にご丁寧にも何番線、何駅下車、何番出口と書き付けて渡してくれた。

「ほな急ぐし」と去っていった男の名刺を見てああ、自分の名刺も渡せばよかった、と後悔した。
まあいいや、しばらく滞在するんだし。週末にでも電話をかけてみよう。

ホームに滑り込んできた電車に足取り軽く乗り込む俺はいつの間にか笑みを浮かべていた。

104 70/ 50代×30代 :2005/10/12(水) 18:05:00
「70年安保の頃?馬鹿な。私はノン・ポリだったんだよ。都市革命論なんてあり得ないってのが持論だったからね。」

彼の話を聞くのが好きだ。
それは越えられない20年の時の壁を感じさせるけれども、僕の知らない彼の、まだ若く生き生きとしていた時代の光を、感じさせてくれるから。

「でも、結構大学では有名だったって噂に聞きましたよ。」
「ああ、あれは他の大学の奴らが、うちの大学に乗り込んで来てね。革丸だか中核だか、知らないが、私の尊敬していた教授を取り囲んで吊し上げようとしたんだ。だから頭に血が昇って、怒鳴って、暴れて蹴散らかしてしまってね。それで一躍大学では有名人さ。武闘派の右翼だって、勘違いされたよ。」

「その教授が好きだったんですか?」
「いや、尊敬してた。それだけだよ。」

ちょっと嫉妬に駆られた僕の気持ちを、彼は何時も敏感に察知して僕の頭を撫でてくれる。
「好きだった人はいない訳じゃないけれど。それは今の私達には関係ないことだろ?」
優しく笑い掛けられて、僕は彼の胸に顔を埋める。

彼の話をもっと、もっと聞いていたい。
それは、どうしても僕の手の届かない若い頃の彼で、その時代そのものにさえも、僕は嫉妬せずにはいられないのだけれど。

105 私を踏んでください―1/2 :2005/10/15(土) 05:32:24
109で無理矢理萌えてみた。お題たどり着くまでちょっと長し。




降り止まぬ雪で、町が埋もれ始めていた。

小さな民宿では、帰り損ねた30前半の男性客がたった一人、聞き慣れぬ雪の軋む幽幻の様な密やかな音に、四方八方を取り囲まれて、眠れぬ夜を過ごしていた。


酒を呑んでもいっこうに酔いは回らず、暖房を強くしても冷気が部屋に染み込んでくる。
どこか窓でも開いてるのかと、部屋を出て戸締まりを確認すると、はたして二階にある玄関のドアが僅かに開いて風が吹き込んでいた。

主人が締め忘れたのかと、忌々しく思いながらドアを閉めようとすると、
隙間から、するりと白い手が入って来て、冷たい細い指が男の頬を撫でた。

びっくりして、数歩飛びさがると、ドアが表から大きく開け放たれ、その手の主が入って来た。

ぬけるような白い肌に端正な顔立ち、後ろで一つに束ねられた長い黒髪、均整のとれた細身の体を着流しの着物一枚に包んだ二十歳前後の若い男だった。

それが、若い男でなかったら伝説の雪女を思い浮かべたであろう。その姿は、幽気を漂わせ、息を呑むほどに美しかった。

男が、眼を見張り、立ちすくんでいると、体にすがりつく様にしてその若者が倒れ込んで来た。
思わず、抱きかかえた。
と、男は、その若者の体の異様なほどの冷たさに驚いて、初見した時の恐怖を忘れ、抱き締めてその背中を摩った。

今度は、若者の方が驚いた様に尋ねた。
「私が、恐ろしくないんですか?」

「そんな場合か!凍えきって!」
抱き上げて部屋に運ぶ。
「あ、あの、私は貴方を…その…」
戸惑う若者に構わず、男はその髪を撫で、体を摩り続けた。


しかし、その体はいっこうに温まらず、冷気は男の体をも凍り付かせてゆく。

「離してください…。貴方が…死んでしまう。もう、わかったでしょう?私は…」

それでも、男は抱き締める腕を少しも弛めず、愛しむ様にその体を撫で摩り、
凍える唇を震わせながら答えた。

「いいさ。寂しかったんだろう?…お前。ずっと独りで寂しかったんだろう?」

若者の眼からはらはらと涙が、溢れた。

その涙は、凍えきってゆく男の体を包み、ゆっくりと暖めながら、男を穏やかな眠りに誘った。

106 ―私を踏んでください―2/2 :2005/10/15(土) 05:34:30
眼を覚ますと独りだった。
誰もいない。
辺りは物音ひとつ聞こえぬ静けさに包まれていた。
妙に明るい。
昨夜降り続いた雪で真っ白に覆われた町が、明け始めた朝の光を浴びて輝いていた。

「あ、あの、どうぞ踏んでください……」

ドアを開けると密やかな声が、何処からともなく響いた。

「お前か?」
尋ねると、
「ええ、私は此処です。」
「もう、姿は見せてくれないのか?」
「残念ですが…朝が…もう私にその力はありません。ですから、お別れに貴方に、一番最初に私を…踏んで頂きたいのです。」

足跡ひとつない雪原が男を誘う。踏み出すと、足首までが、ずぼっと雪に埋まった。

「何処だ?お前の一番深い処まで行こう。」
「あっ、……!」

「連れてけ。もともと昨夜はそのつもりで来たんだろう?
一緒に行こう。お前のものになるよ。」

男は雪原の一番深い処を目指して、遠くに見える森林へ向かってゆっくりと歩き出した。

107 105-106 :2005/10/15(土) 05:44:22
1/2と2/2の間にかなり行間空けた筈なのですが、入ってない?…orz。5〜6行間入れてください。

108 カリスマの恋 :2005/10/17(月) 02:55:02
どーしても語りたく。お世話になります。


カリスマは孤独だった。皆に愛され崇拝されていても、本気で恋する相手は今だかつていない。
実はその事自体は、彼にあまり意識されていないのだが、本気で恋する相手に出会った時、初めて彼は今までの孤独に気付き、耐えられない烈しい想いを抱くようになる。

それは、今まで彼の周りには居なかった、側近でも、平伏す崇拝者達でも、敵でもない相手。
その青年は、彼をカリスマとして意識せず、崇拝するのでも、敵対するのでもなく、同じ人間として自然に対峙する。
そんな青年に初めて出会った時、カリスマは、澄んだ瞳でただ自分を真っ直ぐに見返してくる相手を疑かしく不思議に思い、次には相手を振り向かせようと夢中になる。
そうして本気の恋に堕ち入っていくのだが…。


本気の恋はいけない。
カリスマとは地上の存在であり、且つ、形而上の存在でなくてはならない。
だが、本気の恋は、そんな存在であるカリスマを、形而下へと引きずり下ろす性質を持つから。

これまで、常に完璧な存在であったカリスマが、普通の人間の様に恋に因って悩み苦しむ様子をみせる始める。

想いが一方通行の内はまだ良いが、想いが通じて互いに愛し合うようになると、その異変が顕著になる。


この恋の行く末は―。

恋のために何時しかカリスマ性が失われた彼は、これまで、彼の威光によって敵わないでいた敵対勢力に追われ、愛し合う相手と二人で行く当てもなく堕ちて逝く。


あるいは―。


彼を最も愛し、誰よりも理解していた側近が、間近でその異変を素早く感じとり、これが彼のためだからと、なんとかその青年と引き離そうとするが巧くいかず、
一時は、手を回してその青年を何処かへ幽閉する。
だが、青年を心配するあまりカリスマは、更に尋常でなくなってゆく。
それを視て、側近はその青年を殺す以外に方法がないと悟り、心を痛めながらも、誰かに殺られたものと見せかけて青年を殺してしまう。

青年の死体を抱き、カリスマは、深い悲しみに沈む。


そして本当は、間近に別に愛すべき相手(側近)がいる事には、ついに気付くことなく、生涯、失われた青年への想いだけを胸に生きる。

109 1/2 :2005/10/19(水) 00:57:28
書こうとしたら神に投下されてたので。149 俺ダメなんだよな〜
付き合って、もう半年になる。
けれど指一本触れてくれないあの人に、僕はいつもの仏頂面で何度目か分からない質問をする。
「どうして? 僕、……そんなに魅力ないですか?」
「別に、そんなわけじゃねぇっての」
そう言って困ったように笑う咥え煙草の彼が苛立つくらいかっこよくて、僕はまた泣きそうになる。
いつもこうだ。年上だからって兄貴ぶって、僕の心をちくちくと痛ませる。
抱いてくれないのだって、どうせ僕がまだガキだからなんだろう。
「煙草」「ん?」
「一本、頂戴」
シャツの胸ポケットに入った箱を無理やり取り出そうとして、その手を押し留められる。
僕とは百八十度違う大人の力に押さえ込まれて、身動きできなくなってしまう。
「だーめ。まだ十八なんだから、身体大切にしろ」
代わりにこれ、と手渡された小袋に入ったキャンデーを、僕はつい床に投げ捨ててしまった。
かさりと乾いた音が室内に響き、振り向いたあの人が驚嘆した顔で僕を見つめる。

110 萌える腐女子さん :2005/10/19(水) 00:58:11
「ねぇ、どうして? 僕……僕もうガキじゃないよ……」
ああ、駄目だ。瞳からじんわりと溢れ出る涙をとめることが出来ない。
こんな顔したら、むしろ自分から『ガキ』って看板掲げてるみたいなものなのに。
僕の涙を伸ばした指先で拭うと、あの人はまた、普段と変わらない笑顔を見せた。
「俺、ダメなんだよな〜」
おどけて冗談ぶった口ぶりでそう告げられて、僕は一瞬、何を言われているのか分からない。
「病気しちゃってさ。その……昔荒れてた頃に。お前には絶対うつせない」
「……う、嘘っ」
「お前はさ、まだ若いんだから。ちゃんと健康でいなきゃ」
僕の髪をくしゃりと撫でるその指先になんだか元気がない気がして、頭一つ分違う彼の顔を仰ぎ見る。
そこにはいつもの大人のあの人は居なくて、代わりに喉を振るわせて幼児みたいに泣く男がいた。
「ガキだなんて……思ってねぇよ。ただ、お前は俺と違って若くて……綺麗すぎるから……」
十も年上のその人を抱きしめて、僕は泣いた。
その嗚咽する声があまりに大きくて、僕はやっぱり、自分が若いんじゃなく単にガキなんだと思った。

111 萌える腐女子さん :2005/10/22(土) 15:37:35
「あとちょっと、後ちょっとでキリのいいとこまで終わるから」
「ってお前1時間ぐらい言い続けてるんだけど」
「だって仕方ないじゃん、なかなかキリよく……あ!あぁ!あ―――――!話しかけるからやられちゃったじゃん!こっのボケンダラ!」

こいつはここ数日中古で買ったと言うパソゲーに夢中だ。
俺が遊びに来ようが完全無視で空気のような扱いをされている。
そりゃ俺が勝手に遊びに来てるだけなんだけど、面白くない。
人の気も知らずモニターに向かってピコピコやってる後姿を見ていると悪戯を仕掛けてやりたい衝動が襲ってきた。

あいつの家には留守のときでも平気で上がりこんでいる。あいつも俺の部屋に勝手に上がりこんでくる。
お互い様と言う奴だ。
それをいいことに、あいつが留守の間にパソコンに別のゲームを入れ、ご丁寧にショートカット先まで変えておいた。
わざわざゲームも途中まで進めてある。
どういうことになるかお楽しみだ。ゲームがゲームだから多分すげー怒るだろうけど。

「あー、なんだ来てたの?でも俺もうちょっとでゲーム終わりそうだし、やっちゃってるけど」
「いいよ、漫画でも読んでるから」

パソコンの起動音が聞こえる。ニヤニヤしながら後姿を見つめていると、思惑通りにショートカットを開いてくれた。

「うわっ?!」

画面には男女ものでない18禁ゲームのセックスシーン。
華奢な男が四つん這いで腰を高く上げ、後ろから貫かれている。

そろそろ罵声が飛んでくるだろうと覚悟して待っていたのだが、一向にその気配はない。
意外なことに食い入るようにモニタに見入っている。

『あ…あぁ……もっと……!』

画面の男が喘ぐそのシーンを頬を染めながら見つめ続けている。
悪戯心が再び芽生えた俺は後ろからあいつに抱きつき、耳元で「同じことしようか」と囁いてみた。
潤んだ目であいつが見上げて来る。

「うん……しようか」

112 萌える腐女子さん :2005/10/22(土) 23:04:38
あ!今気づいた!160さんの「ゲームするのに夢中な受」です!

113 189さんの刀と鞘で。 :2005/10/23(日) 18:42:28
「……また、仕事か?」
 何気ないそぶりでそう尋ねる鞘に、刀は弱弱しく微笑んで掠れた声で答える。
「すぐ、戻ってきますから」
 自分の腕からいなくなっている間に刀が何をしているのか、鞘だって知らないわけではなかった。
 全身雨に降られたように血塗れで戻ってくる刀。それでも、戻るとすぐ自分ににこりと笑いかける刀。
『仕事』の後のその姿を見るたびに、鞘は己の無力さに唇を噛み締めていた。
 ――こんなことを、させたくはなかった。
 彼の滑らかな肌に似合うのは薄絹で織った着物か何かで、あんな醜いやつらの血液ではない。
 たとえどんなに非道な相手だとしても、あの細腕で誰かの命を奪うなど、してほしくはなかった。
「鞘さん、済みません」
「……何が」
 振り返りざまにそう頭を下げた刀に、鞘は不審そうに一言呟く。
 その問に心苦しそうな声で、刀は口を開いた。
「僕、今夜もまた鞘さんを汚してしまいますね」
「馬鹿野郎。んな心配すんな」
 誰かを殺した後の刀は、何時も鞘の温もりを求めてくる。
 血で濡れた身体を洗う間もなく、彼は鞘の腕の中へと飛び込むのだ。
 冷たい死体の代わりに、誰かの暖かい肌を欲するように。
「お前は、俺が受け止めてやる。だから、余計なことは考えなくていい」
「……ありがとうございます」
 扉を開けて出て行く彼の後姿を見ながら、鞘は今宵も刀を止められなかった己の不甲斐なさに嘆息した。

 いつか、彼が自分のもとへ戻れなくなる日が来るのだろう。
 その身を二つに折って、心も身体も壊してしまう日が、いつかきっと。
 ……その日が来てしまったら自分は、正気でいられるだろうか。
 彼を抱きしめているつもりで、その実、心の空白を埋めてもらっている俺に、
 正気でいられる余地など、果たしてあるのだろうか。

114 刀と鞘 :2005/10/23(日) 20:32:54
同じく刀と鞘です。
三番目になってしまいましたが、投下させてください。


「行くな!」
と、お前を止めたのは、あれは、何時の時代だったろうか。
「仕方ないんだ。」
お前は泣きながら出掛けて行って、その美しい刃をボロボロにして血濡れて帰って来たね。
あの時、お前は私の中で泣いたんだっけ。
若く美しい剣士だったそうだね。
知ってたよ。
あれは、お前の憧れていた相手。刃先を交し合う度に、お前はあの若い剣士にますます惚れて、煌めきー。
彼の肉を絶つのは、さぞかし辛かったろう。
そして、あれは何時の時代だったろう。
もう人間に惚れるのはよせって言ったのに、今度は、仲間の隊士だから大丈夫って。
そう思って安心してたのに…。
あの時こそは、お前も、もう立ち直れないかと思うほどだった。


こうして古美術商の奥に眠るようになってからは、
今はもう、みんな遠い時代の事だけど。


「そうですね。みんな遠い過去になってしまいました。」
刀が答えた。
「でも、私も本当は分かっていたんですよ。どんな事があっても、私の帰るところは貴方の腕の中でしかないって。今まで随分、貴方を苦しめ、心配させてしまいましたねえ。」

「ねえ、本当に。」

「本当に、今思うと、なんて長い時が必要だったんでしょうねえ。私には貴方しかいなかったんだって気付くまで。」

115 萌える腐女子さん :2005/10/27(木) 22:56:18
リレースレは絶賛リレー中なのでこちらで。
チラ裏101さんに触発されましたw


部屋に一人、いや、執事と二人で取り残された青年は苛々とブランデーをあおっていた。
紳士ぶって彼らを帰したものの、中途半端なところでご馳走を取りあげられた苛立ちは収まらない。
そもそも何故彼の友人がここまでくることが出来たのだろう?深く考えるまでもなくあのホテルにいたボーイに行き着いた。
ゲルマン系の彫りの深い、美しい金髪の青年だった。
少年をかばったあの態度から若々しい正義感に溢れた清廉な人格の持ち主であろう事は容易に想像がつく。

ブランデーグラスを手の中で温めながらにや、と人の悪い笑みを浮かべた。
清廉な人格の持ち主なら自分の行いに対してきっちりと責任を持つべきだろう。
執事に命じて再びホテルへと車を走らせる。


ボーイがホテルに戻るとチーフがすごい剣幕で詰め寄ってきた。
無断でフロントを空けたのだから当然だろう。
しどろもどろになりながら説明をしていると表で車の停まる音がした。

「お客様だ。さっさと行け!」

チーフに言われて表に出ると先ほど去って行ったはずの車が停まっている。
ボーイは顔色をなくしてただそこに呆然と立っていた。
そんな彼をまったく無視して隣をすり抜け、青年が建物の中に入って行く。

青年はそこにいたチーフを捕まえ、二言三言話すとまたすぐに表に出てきた。
何がなんだかわからず突っ立ったままの青年の腕を取ると半ば引きずるように車の中に押し込んだ。

「な、何を……」
「あの少年を逃がす手配をしたのは君だろう?」
「………」
「まあ、過ぎたことを咎めても仕方がない。だから君に代わりを務めてもらおうと思ってね」

ボーイには男色の趣味はない。言葉をなくしてふるふると頭を振ったが、そんな彼を嘲るように青年はこう言った。

「フランスで二度とまともな職に就けなくなっても?」

ボーイには断る術は残されていなかった。


こんな感じでしょうか!チラ裏101姐さん!

116 萌える腐女子さん :2005/10/28(金) 07:45:01
>>115 リレーのこぼれ話がこんなとこに!姐さんGJ!この続き気になる。
ボーイは黒髪だったよ。あれっと思ったから今、確認してきた。ゲルマン系で髪だけは黒ってのも捨てがたいから脳内変換して読んだよ!仏金髪青年×ゲルマン系黒髪ボーイ。萌え〜!

117 萌える腐女子さん :2005/10/28(金) 09:27:25
イヤン
ドイツ語に反応=ゲルマン系=ナチス=金髪とナチュラルに変換してしまいました。
まとめに載せるときは黒髪に書き換えを!

118 249の酔っ払い攻とふりまわされる受 :2005/10/28(金) 18:38:51
書いてる途中で寝てしまったら、4時間も経ってたので、こちらに投下いたします。


酒好きなのに、酒癖が悪いって、最悪じゃないか。
DJイベントで、好きな曲かけまくって、踊って歌って、気持ちよかったのは分かる。
終わった後に、ファンの子やイベント主催者さんからもらったお酒を、移動中の車の中で
飲み干して、さびしい気持ちも分かる。
今日は移動日で、ほぼ一日中車の中だから、暇なのも分かる。

でも、運転手やってくれてるスタッフさんとか、他のメンバーの目もあるんだけど。

「ほら、ユウ、チューしよ、チュー。」
「やめろって、気持ち悪い」
「何言ってるんだよ、いっつも喜んでしてるじゃん。ほら、チューしよって。こっち向けって」
「やめろって! 酒臭い!」

機材車の最後部で、俺達、何やってるんだ。
他のメンバーやスタッフは、前の席に座っているから、どういう顔で、俺達の会話を聞いているかは
見えないのが、怖い。俺達の仲は、ただの「学生時代からの友人、今は同じバンドのメンバー」で、
それ以上でも以下でもないはずなのに。バレちゃうじゃないか。

俺は、腕でヤスシの攻撃をブロックしながら、小声でいさめた。
「やめろよ…。みんなが聞いたら、変な誤解されちゃうだろ」
「誤解ぃ? 誤解って何だよ! お前、俺を好きじゃないのかよー」
「声がでかいよっ! あと、いいかげんあきらめろって」
ヤスシは、ムスッとした顔で俺から離れた。
「もーいーよ。お前が告白してきた時は、死にそうな顔して、『告白したら、気持ち悪いって
 言われると思った』とか言ってたくせに! はじめてチューした時なんか、タコみたいに
 真っ赤になって、握った手が震えて、プルプルしてたくせに! いつからお前は、そんなに
 かわいくなくなったんだ!」
「だから、声がでかいって!!」
もう、前の席に座っているメンバーやスタッフに、俺は顔をあわせられないかもしれない。
「もういい。お前なんて、俺のこと嫌いになったんだろ。もうチューしなーい」
子供のようにふくれて、ヤスシは腕組みして背もたれにもたれた。
いつも、みんなが騒いでいても、一人黙って冷静に観察したりしてるくせに。今のコイツは、
まるっきり子供だ。というか、子供以下だ。
俺は、黙って、他のメンバーやスタッフの様子に聞き耳をたてた。
こちらを見ている気配はない。寝息をたてているようにも聞こえる。
「いいから、もう黙ってろよ」
俺は、運転席のミラーには写っていないのを確認して、攻にそっとキスをした。
「…ユウ…」
「チューしてもらえないのは、困るし…。もうそろそろ寝ようよ。俺も眠い」
小さな声で、そうささやくと、ヤスシはニヤけた笑顔を浮かべた。
「やっぱ俺、お前のこと好きだ! 今から、お前の名前を、窓あけて叫びたいぐらい好きだ!」
「黙れ!」
ヤスシは、よしよしと俺の頭をなでて、「家に帰ったら何しよっか」とか、「次の移動先は、
何がうまい」とか、一人で色々話してた。
俺は、ヤスシにもたれかかり、あいづちを打ちながら、いつのまにか眠っていた。

寡黙で冷静で、あんまり自分を見せないヤスシが好きだ。
でも、こう酔って壊れてるヤスシも好きなんだよな、俺。

119 ななしさん :2005/10/31(月) 23:37:20
未ゲットだったSCSIとUSB、描いてみました。
*0踏んでないけどもったいなかったのでー。
解説間違っていたら突っ込んでください。

120 萌える腐女子さん :2005/11/01(火) 02:45:33
289のリク、とっくに290タンが居たので。


先輩と初めて会ったのは夏祭りだった。金魚掬いが上手な奴がいるなって興味を持って、のぞき込むと、ちょっと可愛い顔立ちで、しゃがみ込んだ浴衣の裾から白くて華奢な足がのぞいてた。
なんか一目惚れって感じで、側に行って一緒にしゃがみ込んで話し掛け、すぐに親しくなって帰り道、神社の裏手の木陰の暗闇で無理矢理キスしてた。あんまり抵抗もなかったから、そのまま押し倒して、それから何度か関係を持ってから、初めて気が付いた。
相手は高校生だったって。向こうも、背の高い俺のことを同じ高校生だと思ってたみたいで、ちょっとショック受けてたみたい。押し倒された相手が中学生だったなんて。
しかも、最初に「何年?」って聞いたら、ただ「2年。」って、それ以上、学校の話しは出なかったから後輩だと思ってたぐらいで。
でも、ホント華奢で可愛くて、背も低いし、声も高い方だから中学生にしか見えなかったんだ。反対に俺は、生意気だし、背は高いし、声もバリトンで、いつも高校生に間違われてたから、相手がそう思ったのも無理はないんだけど。

最初に名前で呼び合ってたから、急に先輩って言うのもなかなか慣れない。別に名前で呼び掛けても、先輩も全然気にしない様子で、自然に応えるからついそのままになってしまっていた。

確かに物識りだし、尊敬もしてるんだけど、あんまり先輩って感じがしないのは、先輩があまりに可愛いせいなのか、年より上に扱われる事に慣れてる俺の図々しい性格のせいか分からない。

でも、大好きだし、もっとずっと一緒にいたいから、先輩と同じ高校に入学したくて俺は俄かに勉強に励んだ。成績は然程悪くはなかったから、何とかなると思っていたのが甘かった。
恋愛に現をぬかしていた俺が、急に勉強したからって受かるレベルの高校ではなかったんだ。
合格発表の掲示の前で俺は、そっと隣に寄り添った先輩にも、暫く気が着かないほどショックで呆然としていた。
「…間に合わない…。」
呟くと、
「大丈夫。6月にまた編入試験があるから。今度は僕が教えるから絶対合格する。」
先輩の指先が、軽く俺の手に触れた。
「待っててやる事は出来ないけど、ちょっと遅くなるだけだよ。」先輩が、そう言うと安堵感と共に、愛情やらさまざまな感情が一度に混み挙げてどうにも
ならなくなって、俺は初めて、小さな先輩の体にすがって泣いた。

121 289のリク、120の続き :2005/11/01(火) 16:36:58
あそこで、終わるはずが、続きも書いてしまったので投下します。



あーあ、泣いちゃって。バッカだな。いつも見栄張って背伸びしてるから。もっと素直になっていいんだよ。

正直、お前が中学生だと分かった時は、なんて生意気なガキだって思ったけど、初めて会った時から感じてた、アンバランスな違和感が解消されて、それからはずっとお前が可愛いくて仕方なかったんだよ。よけいに好きになったって言うのかな。
そんな外見だから、いつも周りはお前を大人扱いして、お前もそれに応えようとどうしても無理して背伸びしなきゃならなかったんだよね。そんな危なっかしさが愛しくて。
初めての時、お前は僕に
「駄目だ。可愛い過ぎる。」
って、そう言ってキスしたね。あの時は僕もお前の持つ独特の雰囲気に呑まれてしまったけど、お前の方こそ可愛い過ぎるんだって後で気付いたよ。

ほら、もうシャンと立って。大きな男が僕みたいな小さな奴にしがみついてたらおかしいよ。ゴメン。周りからはどうしてもそう見えるんだから仕方ないのは分かってるだろ?
さあ、お前の家に帰ろう。僕も一緒に行くから。僕にだけはいくらでも甘えていいんだからね。
でも、今日だけだよ。お前の家に行くのは。あの家は、ほとんどいつも人がいないから、お前の好き放題で、二人で居たら勉強は二の次になっちゃっいそうだからね。
明日からは僕の家で、試験勉強だよ。僕の姉は大きな後輩を連れて来たって、からかうかもしれないけど、勉強には最適だよ。
もうホントに、僕も3年になるんだし、これ以上は待てないからね。ちゃんと、追い掛けて来てくれないと駄目だよ。

122 本スレ299のリクで :2005/11/02(水) 00:03:46
『出張で泊まる宿は、露天風呂&浴衣をメインにすえて、料理をオプションで頼めるようにしますか?』
部下から送られてきたメールに目を通して、はぁと思わず心から深く嘆息する。
一体、何を考えてるんだあいつは。来月のアレは出張なんだよ出張。
いくら俺とお前と二人だけでどこかに泊まるのが初めてだっつっても、所詮仕事なんだっての……。
ビジネスホテルを二部屋予約しとけって指示しておいたはずなのが、何をどうすれば露天風呂付きの旅館に変わってるんだ。
眩暈と偏頭痛がするのを無理に気力で押さえ込んで、眼前のキーボードにかたかたと返信を打ち込む。
『セクハラだ』
その素っ気無いほどに短い文面を送信すれば、二分と待たず相手からのメールが返ってくる。
それを開いて確認すれば、俺は益々頭を苛む鈍痛が強くなったのを感じる。
『じゃぁ、これで決定にします。あ、夜は寿司を頼むつもりなんですが、何か食べられないものありましたっけ?』
………人の話を聞け。いつ誰がOKしたんだ。っていうか、料理のオプションすらもお前の趣味で決定なのか。
海産物が大の好物で、以前ふぐちりを食いに連れて行ってやったら飛び上がらんばかりに喜んでいたヤツの姿を思い出す。
両頬を、木の実を山ほど溜めた栗鼠みたいにして「おいひーです、課長〜」なんて騒いでいたが、そりゃ当然だ。
知ってるわけもないだろうが、お前みたいな新入社員じゃまずいけないクラスの店だぞ、あれは。
痛むこめかみをぐりぐりと人差し指で軽く揉んで長々と吐息すると、再び目の前に置かれたコンピューターに向き直る。
微塵も下を向かず数秒でキーを打ち終えて送信してから、ふと考える。
あの文章は、俺のイメージに合わないんじゃないか? ……まずかっただろうか。
とはいえ、一度送ってしまったものを止める手立てはないわけで、俺は仕方ないかと一人ごちた。

『山葵は抜いておけ。喰えん』

123 309 異世界トリップ 1/2 :2005/11/03(木) 02:27:02
異世界トリップです。先越されましたので、こちらにお世話になります。内容は全然違うのに、310さんと偶然に、ピンク色だけ一緒になったよ。



前場の引ける寸前だった。俺はモニター画面を信じられない思いで見つめていた。自分が仕掛けた空売り銘柄がどんどん上がってゆく。数字が止まらない。馬鹿なとっくにストップ高の筈ーーーー


気が付くと、俺は淡いピンクや水色や黄色のクレーの絵の様な色調に彩られた荒野に倒れていた。
誰もいない。

もう、どのくらい経ったろう。夜も昼も分からないこの世界で、とっくに時間の感覚もなくしていたが、幾日も過ぎた様な気がする。
俺は、世界の終わりにたった独り取り残された様な絶望感に襲われながら、何処かに居るかもしれない人影を求めて、ずっと歩き続けていた。

何処迄行っても砂丘ばかりが続く。
本当にここにはもう誰もいないのか。
幾度も頭をよぎった絶望感に何度目か座り込み、また歩き出そうとしたその時、吹きすさぶ風に砂が舞い上がり、何かが見えたような気がした。

手だ。
砂に汚れた白い手の先が砂上から少し出いて、よく見ると辺りの砂が人の形に盛り上がっている。

駆け寄って、指に触れると温かく僅かに握り返そうとする。

生きている。

俺は、嬉しさに涙を流しながら砂を払い除け、その人の体を抱き上げた。
顔を見ると20代後半のまだ若い男で、ちょっと長めの髪はこの世界に長く居すぎたせいか、淡いピンクに染まっている。
確かに呼吸はしていたが、意識を失っている様子で、頬を叩いても眼を開けない。
何処かで見た様な顔だ。後輩の岩元に僅かに面影が似ている。
何時まで経っても眼を醒まさないその人を、別人だと分かっていながら俺は何時しか、
「岩元、岩元!」
と、呼び掛けながら、顔や体を擦り続け、ポロポロと涙を流して、その頬や額や唇に幾度も口付けていた。

あいつは、岩元は、どんな瞳をしていたろうか。きっと、この人も岩元と同じ様な瞳をしているに違いないが、思い出せない。

「岩元、なあ岩元、眼を醒ませよ。何処へ行ったらいいのか教えてくれよ。」

俺は両腕に、その人の体を抱え上げて歩き出した。
とりとめもなく話し掛け、時々口付けながら、行く当てもなくただ歩いていた。

124 異世界トリップ 2/2 :2005/11/03(木) 02:32:27
続きです。



何時しか気を失っていたのか、最後に足下の砂が崩れ落ち、何処迄も落ちて行ったのを覚えているが、気が付くと、俺はオフィスのホールの椅子に座っていた。抱き上げていた筈のあの人は、何処にもいない。


「先輩、今日の読みは凄かったですね。空売り大正解じゃないですか。」

不意に話し掛けられた声の方へ振り向くと岩元がいた。
(そうか、こんな声だった。そして、こんな瞳だったんだ岩元は。)

俺は愛しさで胸が締め付けられる様な思いで、岩元の瞳をじっと見つめた。
岩元が、ちょっと頬を染めて照れた様にうつ向いた。
髪はやっぱり黒だよな。当たり前だが。そんな事を思いながら、髪を撫でると、岩元がますます真っ赤になった。
「今夜、ふたりで呑まないか?」
「はい。」
と、岩元が小さく答えた。

125 萌える腐女子さん :2005/11/06(日) 22:11:33
1話完結ならここでもいいんじゃ?との回答いただきましたのでこちらに。
フランス青年とボーイの続きです。



ボーイが青年に脅されて関係を持たされてから2ヶ月が過ぎようとしていた。
その間週に少なくとも2回、多いときは4,5回呼び出されてこうして彼に抱かれている。

行為の間の彼は卑怯なぐらい優しい。
柔らかく髪を撫で耳元で愛していると囁きながら抱きしめる。
だがボーイにはわかっていた。これが彼の手なのだと。そんな子供だましには乗らない。乗りたくもない。
自分は決して懐柔なぞされない。脅されて仕方なく関係を続けているだけに過ぎないのだ。

「レイモン、来週は来ることが出来ません」
「何故」

いつものように行為の後までまとわりついてくるレイモンをいなしながら告げた。

「アーベルが来ないと私の楽しみが減るじゃないか」
「明日から1週間泊り込みの研修があるのです。参加しないわけには参りません」

レイモンなら手を回して彼を不参加にさせることぐらいは容易いのだろうが、流石にそれをやると良識を疑われそうだ。
疑われるほどの良識が残っているのかも怪しいものだが。
しかし高々1週間なら快く送り出してやろうと決めた。

「わかった。ただし、研修が終わったらまっすぐここに来い。寄り道するんじゃないぞ」
「わかりました」

背後から抱きついてのしかかってくるレイモンをどうにか引き剥がすと玄関に向かった。
1週間だけは晴れて自由の身だ。

126 萌える腐女子さん :2005/11/06(日) 22:11:48
研修の部屋は気のいい同僚と相部屋だった。
初日から婚約者に会えないと嘆いている。会えなくて清々しているアーベルとはずいぶんな違いだ。

慌しく研修をこなし、夜には疲れ切ってベッドに倒れこむ。
2日目までは夢も見ないほど熟睡していたが身体が慣れ始めた3日目の夜、夢を見た。
レイモンに「愛している」と囁かれ、抱きしめられる。「私もですよ」とうっとりと呟く。
目覚めてから愕然とした。

長く居すぎて情が移っただけに過ぎない。必死にそうやって自分をごまかした。
レイモンの「愛している」は単なる言葉遊びに過ぎない。今だって自分の代わりに引っ張り込んだ情婦にでも囁いていることだろう。
そこまで考えて胸が痛んだ。

レイモンの浮名は界隈にいくらでも流れている。
そもそも初めて逢ったときも幼い子供を引っ張り込んで事に及ぼうとしていたのだ。
いま自分を呼びつけているのも毛色の変わった珍しいペットだと思っているからだろう。
考えているうちに涙が溢れてきた。子供だましと思っていた手にすっかり乗せられていたらしい。

自分の心に嘘がつけなくなるほど、レイモンを欲していた。


「そうか、アーベルは来れないんだったな……」

呼びつけようと取り上げた受話器を置いてしばし思案する。
アーベルと関係を持つようになってから自然と遠のいていたほかの遊び相手たちの番号をプッシュしなおす。
程なくして派手な化粧の女がやってきた。

執事が食事の指示を終えて食堂から出てくると、先ほどやってきた女が帰る所だった。
おそらく30分も経っていない。

「レイモン様、お客人はお帰りですか?」

部屋を覗くとつまらなさそうな表情でレイモンが横たわっている。

「つまらないから帰した。やっぱり今はアーベルが一番面白いな」
「それはそれは…。しかしライヒシュタイン様はもういらっしゃらないかもしれませんが」

その言葉を聞いてばね仕掛けのように跳ね起きた。

「どういうことだ?!」
「ライヒシュタイン様の研修地はドイツですよ。これを機に故郷に帰ってしまうのでは?」
「どんなこと私は聞いていないぞ!」
「レイモン様からお逃げになるおつもりでしたらライヒシュタイン様とてわざわざ研修地を告げたり致しますまい」

老執事は穏やかにほっほっと笑いながら部屋を出て行った。

アーベルが居なくなる。
確かに、脅しつけて無理矢理身体を奪い、逆らえないのをいいことに呼びつけては弄んでいる。
男色の趣味のないアーベルにとっては屈辱以外の何者でもないだろう。
出かけるときはそのつもりがなかったとしても故郷の空気に触れたら気が変わるかもしれない。
フランスに居てはレイモンから逃れられないのなら余計にだ。
不安で心臓がどくどくと脈打つ。

夕食はほとんど喉を通らなかった。
後4日間、研修が終わるまで鉛のような不安を抱えたままでいるのかと思うと気が狂いそうだ。
今まで遊び相手がいつの間にか姿を消しても何の感慨も抱かなかったというのに。

さらりとした黒髪と抜けるように白い肌、琥珀をはめ込んだような目。
目を閉じると浮かぶのはアーベルのことばかりだった。

「レイモン様、食事はきちんとお召し上がりにならないと身体に毒です」
「食べたくないんだ」
「私の申したことはほんの想像に過ぎないのですから」
「うるさい」

ふう、とため息をついて食事を乗せたワゴンをそのままに部屋を出て行く。
「お召し上がり下さい」と声だけかけて。

7日目の朝だった。
今日、アーベルはここに来るのだろうか。
まともに食事も採らず、夜も眠れずここ数日でいる影もなくやつれてしまった。
鏡を見て「酷い顔だ」と自嘲気味に笑う。
執事もほんの戯言がレイモンをここまで動揺させるとは思っても見なかっただろう。

何をする気力もなくベッドに横たわっているとインターホンが鳴った。
時計を見ると2時を少し回ったところだ。
いくらなんでもドイツからこんな時間には帰って来れないだろう。
再びベッドに倒れこむ。

こつこつとノックの音がした。
執事だろう、と返事もせず放っておいたのだが、ためらいがちにドアが開かれた瞬間、目を見開いた。

「いいご身分ですねレイモン。今何時だとお思いですか?」
「……アーベル?…何故……」
「研修が終わったら来いと言ったのはどこのどなたですか。……レイモン?」
「帰ってこなかったらどうしようかと思った…」
「どうしたんです?どこか具合でも?」

青ざめた頬に手を添えて顔を覗き込む。
その手を掴むと思い切り引き寄せ、抱きしめた。

「Ich liebe dich」

127 唐突に聖職者萌え :2005/11/07(月) 22:35:07
息を吸うのも吐くのも苦しい、死にかけの獣のような、あわれにあさましい声にもならない声が聞こえる。なんだ?これはなんだ?
「……」
遠くの方から、私の名前を呼ぶ声がした。ああ、その名前を呼ばれるのは久しぶりだ。ずいぶん昔、父が生きていた頃…。
水に浮いているような沈んでいるような感覚の中で私の意識は飛びそうになる。
あさましい吐く息のような音は先ほどから続いている。
「、なあ?」
「…んぁっ!」
ぱち、とランプのスイッチが切り替わったように、世界がかわった。
目に入ったのは私の執務机である。磨いた机の上に黒い表紙のあの本がある。縋りきることは愚かしいと思っていても縋ってしまうあの本が、見える。
「なあ?……。ああ、どこ見てんだ?」
「や、あ、あっ」
あさましい息、甲高い震える声、ああ、私の声だ。耳の裏に、私をファーストネームで呼ぶ男の、恥も知らない熱い息が吹きかかる。
私は執務室の壁に手をついて、どうにか立っている。黒い衣の中で、この恥知らずな男の手が動く。
「なあ、……(私の名前だ、聞き取れない)
おまえの神さまはひどいお方だな
おまえにこんな恥辱を与える私を許している」
違う。
涙で執務机の輪郭がおぼろげになる。
「認めろよ、神などない。神などないって」
すばらしく品のよい、教養あるもの特有の発音で彼が言う。
違う、違う。
違う、神はいらっしゃる。神はいらっしゃる。
お前が今日通ってきたあの大通り、この教会までの道、その沿いにあったあたたかなひかりの灯った家々、そこに住む人々を、神は見守り、許し、愛して下さっている。
「…はぁっ…!」
信じがたく女性じみた声がのどから出て、同時に私は壁にしがみついた。
そうせねば立っても居られない。彼が嘲るように、いやはっきりと嘲りを込めて笑った。
「なあ、神さまはいまどうしてるんだ?」
違う、お前の考えは違う。
神は今皆を見守り、柔らかくその愛で包んでいる。
神は今、皆を、幸せな夜の眠りについている町の人々を祝福している。
「お前の神さまは冷たいな?」
違う。
違う、神は遠くから私たちを見守って下さっている。
全身から力が抜け、私は床に座り込んだ。壁にもたれる私を、彼が蹴った。
痛みは感じなかった。

128 萌える腐女子さん :2005/11/09(水) 21:10:34
本スレ380です。
今ごろになって間違えが、最後の数行すっかり落としてましたorz
まとめに載せる時には付け加えて下さい。お手数かけてすみません。


天然なのか計算なのかだんだん分からなくなってくる。
なんだか、すっかり芳川のペースにはめられてしまった感じだが、それでも、このまま引きづられてゆくのも悪くはないかと思い始めた。
とりあえず、スヤスヤと眠る芳川の頬でもつついてみた。

129 本スレ389 兄弟子×弟弟子 :2005/11/11(金) 04:49:00
番人さん、せっかくまとめた後からすみません。兄弟子×弟弟子です。



(守備良くいったろうか。)
師匠の頼みとはいえ、己れで、弟弟子を連れ回して女郎宿に預けてきた。なんだかやるせない気持ちで、月明かりに照らされた河面をぼんやり眺めていると、後ろから駆けてくる足音がした。
まだいくらも経ってはいないのに。
半ば予期していた事とはいえ、嬉しさが込み上げる反面、困ったものだとも思う。
振り返ると、案の定、僅かに幼さを残した顔を紅潮させた一乃真が、此方を睨んでいた。
「どういうおつもりですか!あのような場所に私を置き去りにして!」
よく見ると、一乃真の着物の襟元は少し乱れていて、慌てて整えてきたのがうかがえる。
くすりと笑みをもらしながら、
「一乃、少しは大人になれたかい?」
と、聞いてみた。
「なっ!あんなっ、汚らわしい!」
プイと横を向いた。
「ねえ、一乃、師匠が…」
「父上が、何を言ったか知りませんが、私はもう充分大人です。」
「なら、好きな娘でもいるのかい?」
「……!」
瞬時、口をパクパクさせていたが、すぐに切り返して聞いてきた。
「な、ならば、新蔵さんはどうなんですか?」

女がいると嘘を言ってみたところで始まらない。余計に食い下がられるだけだ。
「私はそういう事には向かない質だから。」
そう、答えた。
「ならば、私も……私は、私は新蔵さんが…」
(言うな、言うな、それ以上は言うな。)
不意に、顔を間近に近付け、襟元をあわせてやりながら、
「移り香だね。一乃、桃かなんぞのように香ってる。」
と、一乃真の言葉の先を遮った。
一乃真は朱の様に真っ赤になって、うつ向いた。
「ねえ、一乃、いつまでも変わらないままじゃいかないんだよ。」抱き締めるのではなく、軽く背中に手を回して言い聞かせると、
一乃真は肩を震わせ、片手で眼の辺りを拭った。

「一乃、夜風が冷たい。帰って酒でも呑もう。」
肩を叩いて、歩き出す。

無理だ。一乃真に手を出したら、恩人でもある師匠が何れ程困惑し、悲しむことか。

このままでは、いづれ一乃真には黙って、京にでも発つ他ないかもしれないな。

見上げると、やけに冴えた光の月が見えた。


ほんっと、今宵はやけに冷える。

130 萌える腐女子さん :2005/11/13(日) 16:24:23
>>115の続きです。
部屋が片付かないので現実逃避に来ました。


噂には聞いていたが、個人宅と呼ぶには仰々しすぎる屋敷。
車から降ろされたアーベルは驚き呆れながらその屋敷を見上げた。

「何を突っ立ってるんだ。早く来ないか」

彼を車に押し込めたときとは打って変わった優しげな手つきで肩を抱かれた。
そのまま有無を言わさず室内に連れ込まれる。
待ちかねたようにベッドに押し倒され、制服に手をかけたところで思わずレイモンの身体を押し返した。

「自分で脱ぎます」

嫌なことはさっさと済ませたい。そう思ってのことだったが、意に反してレイモンのお気に召したらしく、
服を脱ぎ捨てる様子を薄笑みを浮かべて見つめている。
嫌な男だ。

服を脱ぐと抱き寄せられて唇を塞がれた。
息も継げないほどの濃厚な口付け。角度を変えて何度でも口付けてくる。

「君の色素は全て髪の毛に集まっているようだな。髪はこんなに黒々としているのに肌は抜けるように白い」

耳を舐めながら更に続ける。

「顔立ちもとても綺麗だ。さっきの子は残念だったけど却って良かったかもしれないな」

何を言われても言葉を返さない。
こんな男の言葉を本気にして喜ぶほど馬鹿じゃない。
身体を這い回る手の動きを意識しないように、頭の中でまったく関係のないことを考え続ける。
何も見ないように目をきつく閉じた。

のしかかっていたレイモンの体重が不意に消えるといきなり足を広げられた。
間髪入れずペニスに生暖かい感触が走る。

「な……!」
「そんなに冷静だと自信をなくすな。もう少し乱れるところが見たいんだが」

勝手なことを言いながら徐々に追い上げる舌の動きに声が漏れそうになる。
唇を噛んで声を堪える。
必死な様子をあざ笑うようにその奥へと舌を伸びた。
流されそうになる快感と羞恥に跳ね上がりそうな身体を押さえつける。

「我慢しなくていいのに」

指を差し入れ、中を掻き混ぜながら顔を覗き込む。
くすくすと耳につく笑い声を漏らしながら更にアーベルを追い上げる。
不意に指が引き抜かれた。

「そろそろ私も愉しませてもらおうかな。もう少し可愛い顔を見ていたかったけど」

熱い塊が押し付けられ、容赦なく捻じ込まれる。
身体が裂けるような痛みに目を見開いた。

「……ぃ……ッ……」

浅い呼吸を繰り返して痛みを逃がそうとするものの、根元まで収められた異物感は消えない。
幸い、入ってしまえばそれ以上の痛みは襲っては来なかったが内臓がせりあがってくるようで酷く気分が悪い。

「無茶をさせたね。大丈夫か……?」

心配そうにレイモンが覗き込む。
宥めるように頬に幾度もキスを落とし、髪を撫でる。

「動いても大丈夫か?」
「どうぞお好きに」

精一杯の虚勢を張って、無感情な声で答える。
ゆっくりと労わるような動きが癇に障る。労わるぐらいなら最初からしなければいいのだ、こんなことを。
徐々に激しく揺さぶられ、早く終われと念じていると身体の奥に熱が広がった。
次いで、ずるりと引き抜かれる。

「……終わったのなら離して頂けませんか」
「だって君はまだだろう?」
「私は結構ですので」

明らかに不服げな顔をするレイモンを無視して床に落とした服を拾い上げる。
べたべたと纏わりつかれて思うように服が着れない。

「大事なことを聞くのを忘れていた。君の名前は?」
「……アーデルベルト・ライヒシュタインです」
「アーベルと呼んでもいいだろう?私の名は……」
「よく存じ上げておりますよ。レイモン・エリュアール様」

これから先、この男に名を呼ばれる機会がまた訪れるとでも言うのだろうか。
怪訝な顔をしたアーベルに微笑みかけるととんでもないことを言い出した。

「来週の今日あたり迎えに行くよ、アーベル。その時はもっといい声で鳴いて欲しいな」

131 萌える腐女子さん :2005/11/13(日) 19:57:19
晩ご飯が終わったので投下に来ました。
部屋片付いてません。



「アーベルは私のことが嫌いなのかな」

アーベルと関係を持ち始めてから3週間目の夜のこと。
執事を相手に黙々と夕食を摂っていたレイモンが不意に口を開いた。

「は?」
「夕食に誘っても泊まって行けと言っても帰ってしまうんだ。しかもセックスのときにも声ひとつあげない」

美貌と地位と財産を生まれながらにして持っていたレイモンは今まで愛されて当たり前だと思って生きてきた。
初めは拒んでいた相手も2,3度身体を重ねてしまえばすぐにレイモンの虜になってしまうのだ。
もっとも中には下心があって媚を売るものも混じってはいるのだが。
だからこの期に及んで「嫌われている」とはっきり自覚できなくてもそれは当然なのかもしれない。

「嫌われていないという可能性をわずかでも残しておけるレイモン様は実にお幸せな頭をしておいでですな」
「それが主人に対する言葉か?ベンヤメンタ学院にでも入学して服従という言葉を覚えたらいい」
「私がいない間この屋敷を取り仕切る人間がいるのなら喜んで入学いたしましょう」

レイモンが唯一敵わないのがこの執事だ。
幼い頃から家の中を取り仕切り、レイモンが独立したときにもご丁寧についてきた。
厄介な人物でもあるがいなくなると家の中が機能しない、なくてはならない人物でもある。


翌日、性懲りもなくホテルへ電話をかけ、仕事の終わったアーベルを呼び出した。
指定のカフェへやってきたアーベルは露骨に嫌な顔をしている。

「こう連日呼び出されては身体が持たないんですが」
「そんなに無茶をさせているつもりはないんだがな」
「身体が資本ですから。私の仕事は」
「他の奴ともこんなことを?!」

思わず身を乗り出したレイモンを冷たい目で一瞥する。
ウェイターにコーヒーを注文すると「で?」と話を切り出した。

「何故こんなところに呼び出したんです?これからあなたの家まで行かなければならないのなら余計な手間が増えるだけでしょう」
「たまには外で会いたいと思っただけだ。……アーベルは本当に私が嫌いなんだな」
「大嫌いです」

茶化すつもりで言ったのだが切って捨てるようにあっさりと言われてちくりと胸が痛んだ。
もやもやとした不快な想いが胸に広がる。

この日を境にアーベルを呼び出す回数が増えていった。



そして>>125に続きます。

132 萌える腐女子さん :2005/11/14(月) 02:00:32
更新しおわったとこにすみません。そしていまさらですみません。
本スレ409の【もう着ない制服】萌えたんで投下します。
そして長くてすみません。

133 >>132 :2005/11/14(月) 02:02:58
ハンガーにかけられて白い壁に下がっている、黒いブレザー。
あちこちほつれて、黒ずんだしみまであるのは、3年間のやんちゃの賜物だ。今更だけど……反省はしてる。うん。
3年なんて、正確には2年と7ヵ月。卒業まではあと5ヵ月もあるんだけどね。
「ホントにもう学校に来ないつもりなの、先輩」
傍らで1つ年下の男がすねた顔をする。
んなでかい図体でやっても可愛くねぇ、と言えないのは惚気だ。
「行っても意味ねーしな」
「でも、さみしいよ」
「別に学校いたっていっつも会ってるわけじゃねぇじゃん。学年違うし」
「うんでも」
寂しいんだよ。
吐息だけのような囁きが、耳をくすぐった。
保健委員のこの後輩と、いろんなしがらみをぶっ壊して一緒にいると決めたとき、
もうこんなラストは予測できてたんだけど。
「ほんとうに、やめちゃうの」
あ、こら。泣くなって。
おれのとはタイの色が違うだけの、ブレザーを着た肩を抱き寄せる。
「……どうせ卒業までもたねーしな」
1年と7ヵ月ぶんの年華を経てよれた制服ごしに見た、おれのブレザー。
着たのは結局365日にも満たなかった。
なのに、頻繁にぶっ倒れてひっかけたり、喀血したりで大分汚れた。
それでも、おれの匂いと、……この男の匂いがするもう着れないブレザーを、手放さずにここへ持ってきたのは。
「学校、終わったら、オレ、毎日来るから」
うん。
泣いてるみたいなかすれた声に、おれの返事は息だけだ。
「朝も、会いにくる」
お前が来るまで、おれはあのブレザー抱えて、お前の匂いを抱いて眠るんだ。
もしお前がいないときに、意識が途切れてしまっても、寂しくないように。



.

134 本スレ480 刑事 :2005/11/15(火) 22:00:29
刑事と聞いては萌えずにおれない私が、
遅ればせながら本スレ480の刑事ネタ投下していきます。


ここ二ヶ月、寝ても覚めても頭の中は奴のことばかりだ。
今や国中を震撼させてる、凶悪連続殺人犯。似たタイプの若い女ばかり七人殺ってる。
今週に入ってからまた一人。どれも美人だったなぁ。
…畜生、イイ女ってのは人類の貴重な財産なんだぞ。そう無闇に殺されてたまるか。
夢見は最悪だし、止めたはずの煙草にもつい手が出る。本数も順調に増量中だ。

明け方、仮眠室から這いずるようにして職場に戻る。
ブラインドから差し込む朝の光を受けて、銅貨のように輝く短い赤毛が目をふと惹いた。
山積みにされたファイルの谷間からちらりと覗くツンツン頭。
新米警部補殿は小難しい顔をして、パソコンの前でブツブツと独り言。ハッキリ言って薄気味悪い。
「オイ、朝っぱらから辛気臭い顔すんな。すこし力抜け。」
ガタガタと椅子の背を揺さぶると、驚いたように肩が大きく跳ねた。
「ああ…警部。ずいぶんな挨拶ですね。」
ノヴァリス警部補は顔だけこちらに傾けて、おざなりにそう答えた。


二人分コーヒーを淹れて、食の細い部下にせっせと飯を食わせる。
一回りちょい歳の離れた相棒は、
女房のように口うるさいくせに、ベイビーみたいに手が掛かる。まあ、優秀には違いないんだが。
「ねえ、警部。」
物を口に入れたまま喋るのは奴の悪い癖だ。ハムサンドをもそもそと頬張っているので聞き取り難い。
「…世界中を敵に回すのっていうのは、どんな気分でしょうね。」
「さあな。俺には想像も付かねえよ。」
俺は素直にそう述べたが、奴は完全に上の空だった。
焦点の合わない眼は、ここではない何処か遠くを見詰めている。俺は少々不安になってきた。
憎たらしいほど頭は切れるこの男は、その分繊細に出来てるらしい。
犯人の心理を追っかけて、そのドロドロした部分に危ういほど近付き過ぎることがある。
何か言わなくてはと思った。しかし、一体何を…?
「囮捜査でもしましょうか。警部、女装してくださいよ。」
不意打ちで奴は言った。あまりの突飛さに、咽へ入りかけてたコーヒーが逆流を起こした。
「馬鹿言え!185cmの女なんかそうそう居てたまるか。お前がやりゃいいだろ。ガイシャは赤毛、お前赤毛。ぴったりじゃねぇか。」
奴はニコリともせずに冗談ですよと言い、ぬるくなったコーヒーの表面を舐める。
「それよりあなた、煙草臭いですよ。今度こそニコチンとは手を切るんじゃなかったんですか。」
「俺はそのつもりなんだが、向こうがなかなかしつこくてなぁ。ズルズルと関係が続いてるわけだ。」
「だらしのない人だなぁ。そんなだから奥さんに逃げられるんですよ。」
減らず口を叩きながら、呆れたように肩をすくめた。まったく大きなお世話だ。

こいつはまだ大丈夫だ。なら、俺は尚更大丈夫だ。
奴の前では、いつものクールでタフで男前な俺でいなくちゃな。
内心どんなに参ってても、そう思えば少し、腹に力が入る。
このヤマを解決して一ヶ月のバカンスに出掛ける事を心に誓いながら、今日も単調な一日が始まる。

135 萌える腐女子さん :2005/11/16(水) 23:40:56
本スレ499のお題、「抱擁売ります」
出遅れたのでこちらのスレに投下します。
ページの内容と一切関係なくてすまそ。

136 本スレ499 「抱擁売ります」 1/2 :2005/11/16(水) 23:41:42
マンションのエントランスに足を踏み入れてゾッとした。
下品な安物の香水の匂いを忘れきれていなかった愚かな自分にだ。
畜生。忌々しくてしょうがない。
「おつかれ」
忌々しいといえばこの男じゃないか。よくもこうノコノコと顔を出せたもんだ。
別れ際家にある包丁全部持ち出して散々脅してやったの忘れたのか。
果物ナイフやチーズナイフまで振り回していた自分が、今考えると滑稽でならない。
「おい、だいじょうぶか。自慢のスーツがヨレヨレじゃないか」
そんな顔してそんな声音で、絡めとろうたって無駄なんだよ。僕だって成長したんだ。
しかしいつもながらお前のタイミングの良さは本当に素晴らしいな。弱りきった最高潮の晩に現れやがって。
お前はタイミングの良さと運の良さと顔の良さだけで生きてるようなもんだもんな。僕の持ってないものばかりだ。
だから僕は馬車馬のように働くしかないんだよ。忍耐と努力と継続だ。お前に真似できるか。出来ないだろ。
「おい、さっきから何ブツブツ言ってんだ。気味悪ぃな」
「…気味悪いのはお前だよ。いったいここに何しにきた」
「ちょっと話があってさ」
「金か」
そう訊ねると目の前の男は口角を吊り上げてにやりと笑った。ああなんて下品な笑みだろう。吐き気がする。
胸が痛い。気分が悪い。身体が重い。耳鳴りだ。目が霞む。ベッドに沈むまではと堪えていた糸がぷつりと切れてしまったのか。
「またバイト首になったのか」
僕の声はあからさまに震えていたがもうどうでもよかった。取り繕うのも面倒だ。こんな男にも。自分にも。
「よくわかったな」
得意げに言うことではないことを得意げに答えて、男はそのまま演説でもするかのように腕を大きく横に広げた。
本格的におかしくなったのだろうかと、流石に僕は心配になる。
「何してるんだ、とうとう狂ったのか」
「ここでひとつの提案なんだが」
「なんだよ。金はやるからさっさと帰ってくれないか。自慢じゃないが僕は昨日だってろくに寝てやしないんだ」
「それは大変だな。何より肌の手入れに命をかけているお前が。まるで拷問じゃないか」
「そうだよ。だからあまり近寄らないでくれ」
「それは無理な相談だ」
「なんで」
「俺から買ってほしいもんがあるんだ」

137 本スレ499 「抱擁売ります」 2/2 :2005/11/16(水) 23:43:05
そうきたか。僕は心の中で舌打ちした。実際に行動に移さなかったのは、そんな余力残っていなかったからだ。
「壺か、札か、印鑑か……」
「そんなものよりずっとお前を癒してくれるさ」
「ばかばかしい。お前どこまで僕をコケにしたら」
「おいおい泣くなよ」
「泣きたくもなるだろ!ボロボロになって稼いだ金をたった今搾り上げられようとしてるんだぞ!」
「そんな考え方はよくないな」
大袈裟に眉を下げて嘆きながら、男が近づいてきた。僕はそれを滲む視界でぼうっと見上げる。抵抗する気力もない。
「お前は昔から肝心なとこが固くていけねぇよ。もっと柔らかくなんなきゃな」
知るかよ。でかい手のひらに頭を撫でながら思った。こういう性分なんだよ。仕方ないだろ。
どうやったらお前が戻ってくるかだって、いくら考えてみても上手く思いつけなかった。だから毎日毎日仕事に逃避して。
気が付いたら正面から抱きすくめられていた。
場所を考えてくれよと思うのだが、僕にはやはり、押し返すほどの力が残っていないのだ。
疲れきった全身を強い力で締め付けられて、心地良さに眩暈がする。身体の力が、呆気ないほど自然に抜けるのがわかった。
目の前に迫る首筋から安っぽい香水がかおって、その匂いが大好きだったことを、僕はぼんやりと思い出していた。

「よく考えろよ。お前には必死で働いた金があるんだからさ、欲しいもんはそれで取り返せばいいんだよ。犠牲にしたもんはそれで補えばいいんだ」

よくよく考えたらなんて言い草だろう。結局、金のせびり方をていよく変えただけじゃないのか。
僕は成長していたので、そんなものはあいつのただの言いがかりだってことを、じゅうぶん理解していた。
だが、あの日は本当に疲れきっていたのだ。
我慢の糸はとっくに切れていたし、目の前にはあいつがいたし。しかもこの身を抱えられていた。
それに、その言葉は、僕にはあながち間違いではないような気がしていた。
悔しいかなあいつは、僕が逆立ちしても考え付かないようなことを軽やかに言ってのけ、行き詰った僕に希望を見せることがある。
そこに乗せられるというのも、まぁ、成長した僕としては、許容する余地はあるんじゃないかと、思ったりなんかしたのだった。

「なるほど。なら上乗せするから、このまま僕の部屋のベッドまで運んでいってくれないか。いい加減クタクタだ」

僕が首に手を回したままそうこたえると、男は、「お安い御用さ。サービスで特別奉仕もつけてやる」と、したり顔で囁いた。
僕は困ってしまうのだった。
拒否したいのはやまやまだが、こいつを言い負かす気力なんてこれっぽっちも残っちゃいない。
しかし拒否しなかったところで、それに付き合ってやる体力も、僕には残っちゃいないのだ。

138 449 :2005/11/17(木) 03:02:21
同じく、本スレ449です。


「笑うよね。このニュース。抱擁を競売?そんな、たった一度で癒されるんだったら、僕は義兄さんとこんなになってないのに。」

義弟と初めて会った時、俺は17で義弟はまだ15だった。週に一度、訪ねて来てた父親が、お前の義弟だと言って公園で会わせてくれた。
忙しい父親と奔放な義弟の母親のために、幼いころから、孤独に慣らされていた義弟。
「乳母を母親だと勘違いしてたんだ。」
義弟が、ぽつりと話す思い出は、いつも痛い。
義弟が、家政婦とふたりだけで取り残されてた誰も居ない広い家には、無機質で不毛な時間が流れていた。

俺と半分だけ血の繋がった愛情に飢えてた少年。学校の事、友達の事、その日あった些細な話を、聞いてくれる肉親は俺が初めてだったらしい。
本当はただ抱き締めてあげるだけで良かったのかもしれない。
でも、肉親としての愛情を育むには、俺たちの出会いは遅すぎ、抱擁を性と区別するには、俺たちは幼な過ぎ、体も激しい変化の過程にあった。

「今のは、後悔してるって意味なのかな?」
「ううん。あんな偽善家の自己宣にありがたがって乗る、馬鹿な世間がおかしいだけ。」
義弟は笑って、首を振った。

139 萌える腐女子さん :2005/11/17(木) 16:52:45
509「そろそろコタツ出さない?」
昨夜乗り遅れた上に無茶苦茶長くなったのでこちらにコソーリ投下。
ちなみにあるお話の続きになってますので、
続編ウザス!と思う方はすごい勢いでスルーすることをお薦めします。

140 509(1/5) :2005/11/17(木) 16:53:45

ずっと捜し求めていたぬくもりを手に入れた日。それはもうふたつきも前のことだ。
大切な人と、同じ町で同じように暮らしていること。一番会いたい人に、会いたい
ときに、いつでも会えること。
それがこの上もなく幸せなことを、僕は知っている。

夕方を過ぎる頃、芹沢は僕のアパートを訪れる。
手に缶ビールとカップ酒の袋を下げて、くたびれた上着を羽織った彼を僕が迎える。
二ヶ月の間に、季節は夏の終わりから冬の始まりに変わっていった。芹沢はほとん
ど毎日、僕の部屋にやってきた。
夜遅くまでふたりで酒を飲み交わしながら、じゃれあったり、世間話をしたり、テ
レビ番組にけちをつけたりしながら過ごす。
それが今の僕たちの当たり前になりつつあった。

141 509(2/5) :2005/11/17(木) 16:54:34

初めて木枯らしが吹いた日曜日だった。
その日彼は珍しく昼間から入り浸っていて、昼食を待ちながら黄ばんだ畳に寝転が
っていいともの増刊号を見ていた。
そんな姿を振り返り振り返り、僕はチャーハンを炒める。盛り付けを待つ皿は二つ
で、それがとても嬉しい。
「出来たよー。ほら座れー」
寝そべるジーンズのけつを軽く蹴飛ばして、僕は座卓に二人分の食事と温めた麦茶
を置いた。
それから、二人揃ってテレビを見ながらもくもくと少し早い昼飯を口に運ぶ。沈黙
がいよいよもって苦しくなってきたら、
芹沢がテレビに合わせてぼそりと「いいとも」と呟いた。それはとても彼らしくな
くて、僕は笑った。こんな風に彼と過ごせる日が来るなんて、思ってもみなかった。
食器を片付けて芹沢の横に座ると、本格的にすることが無くなった。ふたりでぼー
っとテレビを見ていた。
どんよりと曇った日で、外は薄暗い。明かりをつけた部屋の中ばかりが明るかった。
「……外、寒そうだな」
再放送のサスペンスドラマが佳境に入る頃、彼はふと顔を上げて言った。外では風
が音を立てて駆けずり回っている。
部屋の中にいても寒かった。外はもっと寒いだろう。そして夜は、今よりもずっと
冷えるだろう。
「今夜泊まってったら? 明日休みとってるんでしょ?」
ちなみに、芹沢は町外れの工場で働いている。僕はといえば今のところフリーターだ。
「ん? うん。でも、悪いからいいよ」
「悪くないって」
「そう?」
「そう」
「……分かったよ。泊まってくよ」
むかしから、芹沢は僕の心を見透かすのが誰よりも上手だ。帰ってほしくなかった。
一緒にいて欲しかった。
「飯は」「ちゃんと作るよ」
「布団は」「半分こすればいいじゃん」
「着替えは」「おれの着て」
彼ははにかみながら「しょうがねぇなあ」と言った。僕はそれを見て、子どもみた
いに笑う。

142 509(3/5) :2005/11/17(木) 16:55:06

散歩でも行こうか、と僕たちはふたりして町に繰り出した。
電信柱にへばりついたピンクチラシの切れ端が、木枯らしに煽られてばたばた暴れ
ている。外はやっぱり寒い。
とりあえず歯ブラシと下着だけコンビニで買って、ついでに晩酌用の缶ビールと焼
酎とおつまみを買って、僕たちは引き返した。
町外れの国道にかかる古い歩道橋を渡って、裏路地を少し行けば、そこが僕の住む
アパートだ。
何も無い小さな町だから、歩道橋を渡る人はほとんどない。その下を走る車もまば
らで、僕たちは思う存分ゆっくりと歩くことが出来た。
あの日ぼんやりと虹がかかっていた空は、冬の色をした雲で覆われている。僕たち
はどちらからともなく立ち止まった。

芹沢は何も言わない。僕も何も言わない。
こういうときは「愛してる」だの「好き」だの言えばきっといいのだろうけれど、
僕はそういうことを言うのにとても臆病な性質の人間だった。芹沢はといえば、僕
以上に言葉足らずだ。
僕は欄干に肘を乗せて、ちらっとだけ隣の男を見た。ずっと探していた人だった。
僕たちは長い間はなればなれに生きてきて、そしてその間に大人になった。諦める
ことや妥協することを覚えた。
それは少し悲しいことで、けれどとても自然なことだ。
けれど僕は諦められなかった。諦められずに、全てを捨てて彼を選んだ。つまり僕
たちがここにこうしていられることは、とても不自然で子どもじみていて、おかし
なことに違いなかった。
だから、何となく、ではなく、はっきりと、今なら分かる。数年前に思い描いてい
た幸せだけに満ちた未来が、決して訪れないことが。
それでもいいと折り合いをつけたのは僕と、そして彼もだから、そのことを後悔し
たりは決してしたりしない。
――けれど、ときどき無性に寂しさに駆られるのは、どうしてだろうか。

143 509(4/5) :2005/11/17(木) 16:55:38

「やっぱり、寒いな。三波、早く帰ろう」
芹沢の声で、僕はふと我に返った。顔を上げると、彼はもう歩き出すところだった。
その背中を見て、そういえばこの町で最初に見たときも後姿だったな、と何となく
思った。
「……あのさ。あのさ、芹沢」
呼び止めた。あの日のように、彼は振り返る。
「なに?」
「明日も、明後日も、……ずっとうちに泊まってきなよ。うちに帰ってきなよ」
僕は言った。本気だった。
二ヶ月間をふたりで過ごしてきて、その間漠然と考えてきたことだ。
ずっと前から言いたかったもっと格好いい台詞は、ついに出てこずじまいだった。
みっともなくどもりながら、僕はもう一度言う。
「一緒に。一緒に暮らそうよ」
そして芹沢は、何も言わなかった。
「だって、もうすぐ冬だから、だからひとりは寒いから。きっと辛いよ」
「……それはふたりでも同じだよ」
ぼそぼそした彼の言葉は、本当のことだ。ふたりでいれば暖かいわけでもないし、
ふたりでいれば幸せになれるわけでもない。それでも、
「それでもいいからさ。……駄目?」
芹沢はしばらく黙りこんだあと、伏せていた顔を少しだけ上げた。
少し照れた笑顔だった。

144 509(5/5) :2005/11/17(木) 16:56:10

「でもさ、そういえば三波の部屋、こたつまだ出してないよな。帰ったら出さなく
ちゃな」
芹沢は下を向いて早口で言った。彼は照れると少し饒舌になる。そして彼の言葉に、
僕は思わず「あ」と声を上げた。
「……実はこたつないんだ、うち」
「まじ?」「まじ」
まじだ。
「寒いじゃん。去年どうしてたの」
「石油ストーブ一個。あんまし家にいなかったし」
「うわ、悲惨。もうそろそろこたつの季節なのに」
そしてかわいそうなものを見る目で僕を見た後、彼は「うちの持ってこうか?」と
提案した。
「けどお前んちのって一人用のちんまいやつでしょ? あれじゃ駄目だよ」
「……あ、そうか」
「明日買いに行こう。ふたりで入れるくらい、でっかいやつ」
芹沢はこくんと頷いて、僕は嬉しくて同じように頷いた。
「じゃあ、帰ろう。うちに帰ろう」
「うん」
僕は笑って手を差し出した。彼は俯いてはにかんだままそれを握り返して、僕たち
は手を繋いで歩き出す。
「当然三波のおごりだからなー」
「共同出費じゃないの普通」
「安心しなよ、おれが選んでやるから」
「何それ」

――幸せになれなくてもいい。とりあえず、明日はふたりでこたつを買いに行こう。

145 509・注 :2005/11/17(木) 17:10:12
>>139見エナクナッテター!
続編とか嫌な人はぬるっとスルーしてください。

146 510リク :2005/11/18(金) 01:13:46
 柳田俊彦は”可愛い”と評されるのを何よりも嫌う。
 上背のがっしりとした身体に岩を彷彿とさせる顔のせいか、人から避けられやすい。
 ただ、そんな彼は甘い物、例えばデパートの地下で扱っているケーキの類を何よりも好む。
いつものように有名所である店舗の前で並んでいた所、どうやら会社の者に目撃されていたようだ。
「柳田係長、この前東武デパートの地下にいませんでした?」
 翌日、席に座るなり部下たちが詰め寄ってくる。もし肯定すれば何を言われるかたまったものではない。
特に、可愛いだなんて言われたくも無い。
「ああ、ちょっと客人が来るものだからお茶請けにでもな」
 何だ、つまらんという反応が返ってくる。ほっとした瞬間、
「そうなんですよ。僕がいつもみたいに遊びに行ったら係長ったら先に食べてるもんだから。
この人ったらシュークリームが何よりも好きで……」
 最悪のタイミングで恋人である新入社員の三谷哲生が口を滑らせた。
 おそらくフォローするつもりだったのだろう。しかし、失敗どころか火に油をそそぐ結果となった。
この馬鹿とへらへらと笑う彼を睨みつけるがもう遅い。ああやっぱりという顔を浮かべ、いつも?と
疑問を浮かべる者もいる始末。
 柳田は一斉に向けられた視線に耐え切れずにその場から逃げ出した。
「待ってくださいよー」
 三谷は給湯室まで追いかけてきた。
「いいじゃないですか、別にばれたって。せいぜい”係長って可愛い!”って言われるだけなんですし」
 未だに心情を察しない三谷の頭に拳を振り下ろした。

147 146 :2005/11/18(金) 01:22:27
510リク→530リクorz

148 本スレ530です。1/2 :2005/11/18(金) 03:14:24
遅くなりましたが、やっと投下します。
ラーメン屋の店長×見習い


店長は無口だ。
仕事は天下一品で、俺は店長のラーメンに一目じゃない一口惚れした。
弟子はいらないと、嫌がる店長に頭下げてなんとか見習いにしてもらって、そろそろ一年になる。
無口な店長の代わりに客に愛想振り撒きながら、なんとか店長の味に近付きたくて、ずっと店長を見てる。
店長は俺の作ったラーメンをいつも一口すすり、麺を食べ、うん、とか、うーん、とか唸るだけ。やっぱり、何にも言わない。
一体どうなんだろう。俺の仕事。
今日はいつもより食べてくれるかな。
うーんじゃなくて、せめてうんうん、とか言ってくれないかな。あの表情は○なのか×なのか、ちょっとは口元緩めてくれないかな。
店長の顔ばかり見てる。
この不安な気持ち、どうしようもないよ。
俺、夢にまで見るんだよ。店長の顔。
無口だけど静かで穏やかな感じの店長の顔。ああ、横向かないで。
今日は店長どんな顔見せてくれるかなって、毎日店長のことばかり考えて、ドキドキしながら店に来る。
なんだろう。なんか、ラーメンに惚れたのか店長に惚れたのか分かんなくなってきた。
熱出そうな感じ。
頭ぐるぐるしながら、ラーメンを店長の前に置いた。どんな顔するかな?
にっこり笑ってくれれば、それだけで俺、泣くかも。

149 本スレ530 2/2 :2005/11/18(金) 03:18:17

「店長、笑ってくださいよ。」
あれっ、俺なんか今、とんでもない事言ったかも。
焦って飛び起きた。
ん?俺なんで寝てんの?じゃ、さっきのは夢?
今何時だろうと思って見渡すと、見慣れない部屋のベッドに寝てた!
見たことない部屋。
だけど、不安な感じはしない。なんだろう?この、良く知ってるような感じは。それに、なんか温かくて涙が出るみたいな、この感じ。

「目が覚めたか?」
店長が、ほかほかと湯気の立つ、小さな鍋をベットの横に置いた。なんか、心配そうな顔。俺の額に手を当てて、少し、穏やかないつもの表情に戻った。
「店長、あの俺…。」
「熱はないみたいだな。これでも食べてゆっくり寝てろ。俺は店に行って来るから。」
って、店長、俺の頭を撫でて行っちゃった。
俺はどうやら、ぶっ倒れて店長の部屋に運ばれて、一晩寝てたらしい。
でも、俺は見たぞ。
部屋出る前、なんか、店長、すっげー優しい顔で、俺を見て微笑んだのを。

俺は、店長の作ってくれた絶品のお粥を、この上ない幸福な感じを覚えながら味わって食べた。
ふと、気付くと、鍋の下に手紙があった。


店の品書きと同じ、店長の見事な筆跡。


『頑張ってるのは、良く見てる。気にしないでゆっくり休んでいなさい。
近頃は少し頑張り過ぎたみたいだから、来週は休みを取って、慰安旅行でもしよう。

―今度、もっと笑うようにするよ。段々、良い仕事になってきたね。ー』


文字、霞んで見えなくなってきた。

150 本スレ559 盲目の方攻め :2005/11/19(土) 00:37:46
※でおくれました…。


そっと手を伸ばす。指先が、てろりと奇妙なさわり心地の皮膚に届く。
にや、と彼が笑った。洋灯の黄色くあたたかなひかりに俺たちは包まれていた。
「痛みませんか、我が君」
「よせ、くすぐったい」
彼の両目の上を走る大きな、火傷のような刀傷は普段は黒い布で隠されている。
この傷を見ることが出来るのは多分床の中だけだと俺は思う。
ゆっくり、俺は傷をさわった。俺はこの傷の由来を知らない。
城の誰もが口を閉ざし、誰より彼が何も言わない。
もちろん、俺には問う資格も無ければ権利も無い。
「妙なやつだな、…おい、よせ…」
あまりに長くさわり続けていたために彼の気分を害してしまったらしい。
あ、失敗したな。
と思った時にはもう遅く、俺の足首の鎖がジャラリと音を立てた。
「奴隷風情が、調子に乗るな」
奴隷風情だから調子に乗るのですよ、我が君。
まだしつこく彼の傷にふれていた俺の手は、彼の手で押さえつけられてしまった。
ああ、失敗した。

151 萌える腐女子さん :2005/11/19(土) 06:09:30
すっかり出遅れましたが本スレ449、
「クリスマスまではあと1ヶ月」を投下します。
お客視点とバーテンダー視点と2種類ありますが、
気に入らない人はどうかスルーで。

152 クリスマスまではあと1ヶ月。(customer side)1 :2005/11/19(土) 06:11:24
「…ごめん、好きな人できた」
唐突に告げられた別れの言葉。
それも、今年のクリスマスはどこで迎えようか?と話してる真っ最中に、だ。
「う…嘘だろ?」
何度その言葉を否定してもあいつは「ごめん」と謝るだけで、
俺の何が気に入らなかったのか、相手は誰なのか、
いつから俺を好きでなくなったのかという質問にも答えようとしなかった。
「ごめん。本当にごめんな」
そう言ってあいつは俺の頭をくしゃっと撫で、俺の前から立ち去る。

どれぐらいそうしていたんだろう。
俺はあいつが立ち去った後もずっとその店のカウンター席に座ったままで。
「あの…お客様。そろそろ閉店なんですが」
とカウンターの中のバーテンダーに言われてふと気づけば
目の前のロックグラスに入ったウイスキーはすっかり氷が溶けていて、
とんでもなく薄い水割りと化していた。
閉店と言われてしまった以上、このままここに居座るわけにはいかない。
慌ててその出来損ないの水割りを一気にあおる。
出来損ないとはいえ元はアルコール度数の高いウイスキー、
食道から胃に伝い落ちるまでにちりちりとした熱さを感じる。
まるでそれはたった今失恋したことを身体に実感させてるみたいな感覚。
不意に目の前が歪む。というより、滲んで視界が曇る。
「す…い…ませ……。すぐ……出ますから…」
と口では言ったものの、立ち上がることができない。
「仕方ありませんね」という声が聞こえた気がしたが、
俺が鼻をすする音に混じってしまったのと、
涙を止めることで精一杯になってしまったことで
実際にはバーテンダーが何を言っていたのかよく分からなかった。

153 クリスマスまではあと1ヶ月。(customer side)2(終) :2005/11/19(土) 06:12:39
やっと涙を止めることができたと思ったそのとき、
すっ…と音も立てずにカウンターの向こうから
差し出されたお絞りに気づいて顔を上げる。
目の前に立っているはずのバーテンダーの顔は俯きがちで見えなかった。
バーテンダーの視線の先へと自分の目線を下げれば、
シェイカーの中に数種類の酒を入れている真っ最中。
数個の氷を入れてふたを閉め、慣れた手つきでシェイカーを振る。
シャカシャカシャカシャカ…と、小気味良い音がしばし続いた後、
キャップを開けてそれをカクテルグラスに注いだ。
その一連の動作、特にこの人のは機敏かつ優雅で美しい、と思う。
何軒もバーを訪ねたわけでもないし、
バーテンダーの動きをじっくり眺める機会も数多くないが。

仕事終りの一杯としてバーテンダーが飲むのだろうと思っていたカクテルは、
なぜか俺の前に置かれた。
「あ…、え? あの…これ…」
「この分のお代は結構ですから、
 これを飲んだら今日のところはもうお帰りください」
そう言って彼は忙しそうにカウンターの上を片付け始めた。
「……あ、ありがとうございます。いただきます」
訳が分からぬままとりあえずお礼を言い、俺はそのカクテルを一口飲んだ。
鼻腔をくすぐる甘い香り。けど、嫌いじゃない香りだ。
それからフルーツ、それも柑橘系の甘さが爽やかに口の中に広がる。
後追いで伝わるアルコールの心地よい苦味。
「おいしいな、これ…」
3口で飲み干し、お代わりを…と言いかけて、
そういえばこれ飲んだら帰ってくれと言われたことを思い出し、
レジで会計をするついでに聞いてみた。
「あのカクテル…何て名前ですか?
 次来たときにまた飲みたいんですけど、
 初めて飲んだから名前知らなくて…」

バーテンダーは少し考えた素振りを見せた後、
「お客様、今日から1ヵ月後には何かご予定はございますか?」
と聞いてきた。
俺は咄嗟のことに何も考えずに「いえ、何も」と答えてしまったが、
その答えに彼は
「では、覚えていたらで構いませんから、
 1ヵ月後にもう一度ご来店ください。
 ご来店いただければそのときにカクテル名を申し上げますよ」
と少し微笑んで、深々とお辞儀をした。
謎めいた言葉に首をかしげながら、俺は店を後にする。
1ヵ月後? 1ヵ月後ねぇ…とタクシーの中で携帯電話を取り出し、
スケジュール機能を呼び出してみた。

154 クリスマスまではあと1ヶ月。(barman side)1 :2005/11/19(土) 06:13:48
お連れ様と一緒にときどき店にやってくるそのお客様は、
どちらかといえば店の雰囲気にはあまりそぐわないタイプの人でした。
最初に来店したときにメニューを見て、
「見てもよく解んねぇなぁ、俺こういうとこ来るの初めてだし。
 カクテルなんて女が頼むようなもんだろ、ラムネサワーないっすか?」
とまるでチェーン店の居酒屋メニューから抜け出せないかのような
注文をしてきたぐらいなのですから。
逆にそれが印象に残ってしまったのも事実ではありますがね。
それが2回、3回と来店するたびに
お連れ様の好みに合わせて少しずつ勉強しているのか、
「ふぅん…前飲んだ店のモスコミュールと味違うなぁ。こっちの方が飲みやすいや」
「うわっ、マティーニってこんな味だったのか。
 飯食う前に飲めばよかった…」
とメニューから選んで一口飲んだ後、
感想というか独り言というか何かしらひと言残してくださるようになり、
こちらとしてもこのお客様からいろいろ勉強することがございました。

どうやら最近は「量が少なくてすぐに飲み終わってしまう」カクテルよりも
少しずつ味わって飲めるウイスキーがお好みのご様子、
この日ご注文いただいたのはマッカランの7年物をロックで。
繊細な味の違いをお分かりいただけるなら
12年物をお勧めしたいところですが、
そこはお客様の懐具合もあることなので黙っておりますけれど。
ロックグラスを片手に持ち、お連れ様と話す姿は
なんというかこう、見ていてとても絵になる雰囲気があります。
できればお連れ様ではなく、
カウンターのこちら側にいる私に話しかけて欲しいと
思うようになってしまったのは、いつの頃からでしょうか。
酒にまつわる話以外に何もないというのに、我ながらおかしなものです。

155 クリスマスまではあと1ヶ月。(barman side)2 :2005/11/19(土) 06:15:36
さて、それまでのいつもと変わらぬ風景に異変が起きたのは、
そろそろ終電が出る頃だろうという時間でした。
他のお客様のお相手をしつつ耳を澄ましてみれば、
なにやらお連れ様と言い争いをしているようで。
周りのお客様のご迷惑にならないように気遣ってか
小声にしてはくださるのですが、
如何せんお話の内容はお二人の別れ話、
それも同性同士のものとあればどうしても聞き耳を立ててしまう。
結局お二人はこの場で決別したご様子、
お連れ様の方が先にお帰りになると
後に残されたお客様は茫然自失の表情のまま固まってしまわれて。
お声を掛けるのも憚られるのでそのままにしておきましたが、
閉店時間が過ぎて他のお客様がお帰りになっても
まだそのままでいらっしゃいます。

仕方なくこちらから退店を促すようにお声を掛けると、
今さらのようにご自分のおかれた状況を理解されたのか、
はらはらと涙をこぼされている。
さすがにこの状況でお帰りいただくのはどうかと思い、
表の看板を「CLOSE」に掛け変え、
お客様の涙が止まるのをじっと待っておりました。
涙に暮れるお客様の姿を見ているうちに
なんだか私は非常に切ない気持ちになってまいりまして、
なんとかして差し上げたい、慰めるとまではいかなくても
少しお心を楽にしてさしあげたいと思ってしまいました。

そうはいっても私にできることといったらカウンターのこちら側で
お客様の好みに合わせた酒を振舞うことしかできません。
歌の文句にそんなのがあった気もしますが、
私はこのお客様のためにカクテルをお作りしようと考えました。
ときどき注文があるカクテルですからレシピは頭の中に入っています。
ブランデー、ホワイトラム、ホワイトキュラソーを同量に、レモンジュースが少量。
このお客様は辛口の酒がお好みですから、
ホワイトキュラソーはトリプルセックにしてみましょうか。
シェイカーに注ぎ入れてふたを閉め、
しっかりと両手で持って振り始めます。
よく混ぜるためには言うまでもありませんが、
お心を痛めたばかりのお客様のことを思って丁寧に、
しかし混ぜすぎて泡立たないように気をつけて。

156 クリスマスまではあと1ヶ月。(barman side)3(終) :2005/11/19(土) 06:17:07
出来上がったカクテルをグラスに注ぎ、お客様にお出しします。
理由が分からず不思議そうな顔をするお客様に向かって
「それ飲んだら帰ってくれ」だなんて、
もう少し言い方がありそうなものなのに
そう言ってしまったのはこちらにもあまり余裕がなかったから。
それ以上詮索されたくなくて、
カウンター上を片付ける素振りなどしつつお客様の反応を窺います。
「おいしいな、これ…」
そう言われてほっとしました。
このひと言こそバーテンダー冥利に尽きるというものです。

会計を済ませる段になって、
突然カクテルの名前を聞かれて少し慌てました。
それまでご注文を承る以外に話をしたことがなかったのに、
急に願ってもいなかった会話のチャンスがやってきたのですから。
そのまま素直に答えてもよかったのですが、
次の機会を是が非でも作りたくて、
思わず1ヵ月後のご来店をお願いしてしまいました。
もし忘れてしまったとしてもそれはそれまでということで構いませんが、
このカクテルの名前が
「ビトウィーン・ザーシーツ(ベッドに入って)」という名前だと知ったら、
このお客様はどんな顔をされるのでしょう?
呆気にとられるか、笑われるか。それとも「ふざけるな」と怒られるのでしょうか。
そう考えただけで私は期待と不安とが入り混じったような気持ちを胸の奥に感じます。
ちょうど1ヵ月後はクリスマス。
たとえその日にご来店されなくても、それまでの間にこのお客様のために
なにかオリジナルのカクテルを考えようと思いながら、
私は店のシャッターを下ろして帰路に向かいました。

===============
以上です。
なんだかどちらも萌え分控えめになってしまいました。スマソ

157 579いやいやながら女装1/2 :2005/11/21(月) 02:07:07
ゲト出来なかったのでこちらで。



この場合、学園物は定番過ぎると、時代劇の萌えあらすじを。


ある城に政略結婚をさせられそうな姫がいます。だが、姫には相思相愛の身分違いの相手がいて、ふたりで駆け落ち、でなければ心中しようかと。
そこで、姫の恋人に密かに恋をしている若侍が、恋する相手に悲しい思いをさせたくないがために、自分の想いは胸に秘めたまま、泣く泣く想い人の恋を成就させようと、深夜、ふたりを手助けして逃がしてやります。
当然、翌朝城は大騒ぎ。姫は居ないは、婚姻の日取りまで間がないは、なんせ弱小国ですから、この結婚を破棄して相手の大国に恥をかかすなんて死活問題。
そんな大騒ぎの中、姫を手助けして駆け落ちさせたのが、若侍だとばれて、責任を取って切腹させようかという事に。若侍も元よりそれは覚悟の上、白装束を身に纏い、いざ切腹をしようとした所、若侍の美貌に目を付けた侍従が、別の形で責任を取らせるのも一計。姫が見付かるまで、その若侍に身代わりになってもらいましょう。顔立ちも少し似ていることもありちょうど良いと、提案。
そこで、試しに無理矢理女装させてみたところ、これが思いの他、惚れ惚れするような美しさ。姫よりも美しい位。相手の大国は当時の事で、姫の顔も良く知らないのをこれ幸いと、姫の身代わりに結婚させて、暫く誤魔化そうとなります。若侍は、そんな事なら切腹をと望むのですが、当然拒否できる訳もなく、恋敵でもある姫の身代わりに、祝言を上げさせられてしまいます。
相手国の殿は女装した若侍を一目見て、いたく気に入り、美しい姫を貰ったと大満足。
ここで、弱小国は一先ずほっと胸を撫で下ろす訳ですが、若侍にはこれからがてんやわんや。祝言の席上は何とか誤魔化せたものの、何時男とばれるか分からない。第一、夜の伽はどうにもなるもんじゃなし、しかも、相手の殿は若侍を姫だと信じて疑わない訳ですから、夜毎迫ってくる。何とか幾晩かは、逃げ回って槍過ごしたのですが、当然、何時までも隠し通せるものじゃなし。
とうとう、組み敷かれてばれてしまいます。ところが、この殿様、実は男色の趣味が元々ありまして、男でも全然構わない処か、寧ろ大歓迎。祝言の時から若侍にぞっこんだったものですから、嫌がる若侍は哀れ、そのまま押さえ付けられて殿の餌食に。

158 579いやいやながら女装2/2 :2005/11/21(月) 02:11:55
その上、女装した若侍の妖艶な躰に、殿は事の他満足なされ、弱小国に次に女の子が産まれたら、その娘を人質に出せばこのままでも良いと、おとがめ無しに。
哀れなのは若侍ですが、泣く泣く、夜毎の伽の相手を為せられるうち、何時しか、躰が慣らされて、引き裂かれた心にも殿が入り込み、恋仲に。これでドタバタの悲喜劇は目出たし、目出たしと相成ります。

159 629 Now, I wanna be your........! :2005/11/25(金) 10:35:54
リクに萌えたので、こっちに投下します。

===========================
お隣に住む外国人は、さっぱり日本語を覚えない。
なんでも、どえらい外資系の会社の社員らしく、二つ返事でオーナーが部屋を
貸したのだそうだが、雇われ管理人の俺としては、言葉が通じないので、何を
しているのかはさっぱり分からない。
しかし、異文化交流とでも思っているのか、俺に、頻繁に話しかけてくる。
最近では、朝食と夕食を俺が作り出すと、インターフォンを押して、一緒に
ゴハンを食べていくようになった。
外国人というのは、こんなにも強引で図々しいものなのか。
でも、家賃を持ってくる時に、大きなプレゼントをいくつも買ってくるので、
多分下宿か何かと勘違いしているのだろう。"I love you."と頻繁にささやいて
くるので、親愛の情は持っているようだし。まぁいいか。

"Oh,delicious. Nice tasty."
そして今日も、俺の家で刺身を食べながら、日本酒を飲んでニコニコしている。
「おいしいか」
言葉が分からないが、笑っているということは美味しいのだろう。
俺は、外国人が持ってきたワインを飲みながら、空になった外国人のオチョコに、
日本酒を注ぎ足した。
なるほど、白ワインと刺身があうというのは、本当なのか。確かにおいしい。
目の前でクツクツ煮たっている鍋も、そろそろ食べごろだろう。
俺は、「食べようかー。何が食べたい?」と言って、外国人の前に置いていた器を
取るよう、手をだして促した。すると、外国人はすっかりだまりこんだ。そして、
俺の手をガッシリと握った。
「ん? 何だ? 鍋はまだ食べたくないのか?」
外国人は、何か切羽詰ったような顔をして、俺を見ている。何か俺の顔を見ながら
早口で喋っているが、残念ながら、何を言っているか分からない。何だ。お前の
嫌いなタコとかは、鍋には入ってないぞ。違うのか。そうじゃないのか。
"Now, I wanna be your........! "
知っている単語が、俺の耳に飛び込んできた。
あぁ、そうか。こいつの言いたいことは、これだろう。
「分かった。白ワイン飲みたいんだな。ヒラメの刺身に白ワイン、確かにおいしいもんな」
外国人は、ほっとしたのか、がっかりしたように、俺の手を離した。子供のようだ。
グラスを出して、白ワインをついでやると、一気にそれを飲み下す。
「がっつくなよ。ゆっくりやろうぜ。ほら、鍋が煮えすぎちゃうぞ」
もう一杯ついでやって、グラスをあわせると、目元を赤くして、瞳をうるうるさせた外国人が
俺をじっとみていたので、もう一回「乾杯」とグラスをあわせた。

翌日から、英和辞典を持って、外国人はゴハンを食べにくるようになった。
「ゴハン………オイシィ?」
「あぁ、おいしいか。ありがとう」
「But…no…ah…シカいシ、わたし……………ホシイモ?………………アナタの……コンコロ」
「ん? ホシイモ? あぁ、俺が食べている煮物のことか? 芋の煮っころがしだろ。
 食べたければ、おかわりあるぞー」
うまく意思疎通とれている。
ペラペラと必死で英和辞典をめくっている外国人。
俺も、今日あたり、和英辞典買って、それで会話するかな。
いつか二人ともペラペラになったら、食卓も、もっと楽しくなるだろう。

160 659 ツインを取ったはずが手違いでダブルに :2005/11/27(日) 00:36:42
萌えたので書いてたら手違いじゃなくなっちゃった…orz

-----------------------------------

「あ」
ぽつんと奴の口から零れ落ちた不振な声に、身構えたときには既に遅かった。
「かっちゃん、ごめーん。間違えてた」
「……またか」
溜息をぐっとこらえる。
こいつはいつもそうだ。図体はでかいくせにぼんやりしていて、必ずひとつふたつ抜けている。
そのたびに迷惑をこうむるのは幼馴染の自分で、正直惚れた弱みさえなければとうに見放しているところだ。
もはや何度目になるか分からない「なんでこんなの好きかな俺」を胸のうちに秘め、続きを促す。
「で、今度は何だ?部屋が違うのか、鍵を忘れてきたのか」
そう言って手元を覗き込むが、鍵は確かに持っているし、番号も目の前のドアに刻まれているのと同じだ。
「なんだ、合ってるじゃないか」
「や、そっちじゃなくて」
じゃあなんだと言うのか。まさか、せっかくの旅行を台無しにするような間違いをしでかしたんじゃないだろうな。
「いやぁ、こういう、俺らだけで計画した旅行って初めてだろ?だからさ、ホテルの予約がよく分からなくてさ」
言いながら、がちゃがちゃと鍵を回し、ドアノブをまわして。
「ほんと、ごめんね」
扉が開いた瞬間、目に飛び込んできたそれに、俺はあんぐりと口をあけた。
そこにでんと鎮座ましましているのは、キングサイズのダブルベッドで。
「ツインとダブル、間違っちゃった☆」
てへっ。
そんな天然アイドルみたいな仕草、ごついお前がやってもキモいだけなんだよ!と怒鳴ることすら忘れ、呆然と固まり――
俺は叫び声を上げた。
「この、バカシゲ!とっととフロントへ行って部屋替えてもらってこい!!」
「えー、いいじゃんこの部屋で」
だが、あろうことかこいつは反論してきた。
「なっ」
「俺とかっちゃんの仲じゃんよぉ」
その言葉に頬が熱くなる。
落ち着け、落ち着くんだ俺。こいつの言葉に他意はない。こいつは別にそういう意味で言ったわけじゃなく――。
「幼稚園のころなんか、しょっちゅう一緒に寝てたし」
そう、この程度の認識なんだ。
奴にどんな風に思われているのか改めて知って、軽く落ち込む自分が嫌いだ。
「それとも、何?かっちゃんは俺と寝るのは都合が悪いの?」
「…そういうわけじゃない。あーもういいよ、ここで」
はぁ、と重く溜息をついて、荷物をしまうためにクローゼットを開ける。
今夜は眠れそうにない。



クローゼットの扉の内側についている鏡は小さくて、だから俺は気付かなかった。
後ろで俺を見ていた奴が、にやりとほくそ笑んでいたことに。

161 699 裏切り者 :2005/11/30(水) 03:36:06
出遅れにつきこっそり。チラ裏の214氏とは別人です。
______________

「うわーん、タケルー。ヨシが裏切ったぁ」
ぴーぴー泣きわめきながらカズヤが首にしがみついてくる。
背中を撫でてなだめ、タケルは憮然とした表情で後からやってきたヨシヒロに視線を向けた。
「で、今度は何事?」
「なんもしてねぇよ、俺は」
「嘘つけ、裏切り者のくせに!」
瞳いっぱいに涙を溜めたまま、カズヤは振り向いてヨシヒロに人差し指を突き付ける。
タケルははしたない、とその指を握って、ヨシヒロに目で促した。
「つか俺ァ、カズの『同盟ごっこ』に参加した覚えはないぞ」
「ごっこって言うな!」
「ごっこで十分だ。なんだ『バージン同盟』って、こっぱずかしい」
カズヤの趣味は同盟を組むことだ。それもほとんどが「抜け駆け禁止」を掲げたもので、
タケルとヨシヒロはいつも引きずり込まれている。
同じ先輩(♂)に惚れていたときの『紳士同盟』から始まって、全員フラれて『フリー同盟』、
今度は別々の人(全員♂)に恋をして『片思い同盟』と変遷を重ね、そろって彼氏持ちとなった今は
『バージン同盟』と称して「秘密でエッチすましちゃわないこと!」と一方的に約束させられている。
「え、じゃあヨシ、やっちゃったの?」
「まぁその、なりゆきっていうか、雰囲気っていうか」
「約束破ったー。ヨシの裏切り者ぉー」
「だから約束してないって。だいたいセックスなんて、恋人がいれば自然な流れだろ」
気怠そうに髪を掻き上げる仕種が色っぽくて、タケルはちょっとドキッとする。
遊び人のヨシヒロが未経験なんて最初は信じられなかったが、今ならその違いが分かる。
「そんなの、シンイチさんが大人だからだろ。俺はアツシといてもそんな空気にならないぞ」
「そりゃカズたちがお子様だからじゃねーか。タケルなら分かるよな?」
「え、タケルももうやっちゃったの?!」
「え、あの、」
急に話を振られて、タケルは顔が真っ赤になる。
ユウスケと二人きりの時は、そういう空気になりやすい。彼に「先輩」なんて甘く呼ばれると、
もうどうしていいか分からないくらい身体が熱くなる。
だがそのたび、勉強だなんだと理由をつけてタケルはごまかしてしまうのだ。
まごまごと俯いていると、勘違いしたカズヤが再び騒ぎだした。
「うわーん、タケルにまで裏切られたー」
「ち、違、ままままだやってないっ」
「そうだぞカズ。お堅いいいんちょーのタケルが、そうそうエッチに持ち込めるわけないじゃん」
「う、うるさいよ!」
けらけらと笑うヨシヒロに怒鳴り返しながら、そういえばどの同盟の時も、
最初に裏切ったのはこいつだったな、とタケルはなんとなく思い出した。

162 同じく699裏切り者1/2 :2005/11/30(水) 21:57:43
やっと時間が出来て、書きたかったお題を投下します。



舞台は少し前の時代、東西ドイツ分断間もない頃なんかどうでしょう。
国境を越えようとして逮捕された受けを、攻めが助けるというシチュ。攻めには国境警備隊の長を勤める父親がおり、攻めもその下で働いていて、仲間と肉親を裏切って受けを助けるわけです。
ふたりで逃亡して行くのも萌えですが、この場合、受けは攻めとは別の男、西側にいる攻めBに会いたくて国境を越えようとしていたというのもいい。

三人は幼馴染みだったりして、攻めAも、受けの気持ちが自分には向かない事を知っているし、受けも攻めAの気持ちを知っている。
で、


ガチャガチャと牢獄の鍵の開けられる音に、また取り調べかと瞼を開けるのも億劫に横になったままでいると、
「ヘルムート、ヘルムート!」
良く知った声が名を呼んだ。
「何しに来た?」
幼馴染みのマイヤーだった。
「早く、逃げろ。」
「放っておけよ。」
ヘルムートは抱き起こそうとする手を振り払って言った。
「お前、裏切り者にるなる気か?とっとと帰れ。」
「もう手遅れだよ。」
マイヤーはニヤリと笑って、血の付いたナイフを見せた。
「殺っちまった。看守を数人。一緒に逃げよう。さっ、早く!ルートは確保してある。」

思うように立てないヘルムートにマイヤーは肩をかして歩き出した。
「無理だろ。これじゃ。やっぱり俺は残るからお前だけ行けよ。」
「ヘルムート、お前が生きなきゃ意味がないんだ。」


そして、
逃亡途中、盗んだ軍用車の中で昔の思い出を語り合ったり、ふと二人黙り込んで目を合わすも、すぐに互いに違う方向を眺めたり、でも、お互いの胸の思いは語らない。語ってもどうにもならず、互いを苦しめるだけだということは痛いほど分かっているから。
ふと、マイヤーが言う。
「俺、馬鹿だよな。」
「うん。」
そして、また沈黙。

163 699裏切り者2/2 :2005/11/30(水) 22:02:36
どうにか国境を越えると、マイヤーはヘルムートの手を握って言った。
「じゃあな。ここからはお前が一人で行け。」
なんとなく予測していた言葉に
「ああ。」
と、答えて、そして、ヘルムートはマイヤーを抱き締めた。

今、越えた国境の向こうから銃声が響くのが聞こえた。

暫く、そうしていた。やがて、マイヤーは涙に濡れたヘルムートの頬を親指で拭い、
「ごめん!」
と、唇に数秒間のキスをすると、顔をそむけ、背を向けて歩き出した。
その背中にヘルムートが言った。
「お前は何処へ行くんだ?」
マイヤーが、振り返らずに答えた。
「さあな。」
少し、その背中を見送っていたヘルムートは、遠ざかって小さくなった人影に叫んだ。

「一緒に行かないか?」
背中から答えが返ってきた。
「Auf Wiedersehen!」
ヘルムートも満身の思いを込めて同じ言葉を返した。

「Auf Wiedersehen!」
『また会おう!』の意味を持つ、ドイツ語のさようならを。

164 萌える腐女子さん :2005/11/30(水) 23:08:32
出遅れました。本スレ709「目の下に隈 」
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そのシステムにバグが見つかったのは午後、お茶の時間の少し前だった。
小さなバグと言えどかなり遡ってシステムを組み直さなければならない。
面倒なことになった。
しかもそのクライアントが指定した納期は明日の午前中ときている。

開発室の面々はそれぞれ仕事を抱えていて、片手間に手伝うぐらいは出来ても組み直しを出来るほど
手の空いている人間はいない。
手が空いていると言えば僕だけだが、手伝わせてもらうだけで精一杯の駆け出しが明日までに
システムを組み直すなんて離れ業、できっこない。

どうするのか、と全員が青い顔で成り行きを見守っていたが、「責任者は俺だから」と室長が役目を買って出た。
急ぎでない仕事は後に回し、何名かに仕事を振り分けて、組み直しを始めた。

ある程度は出来上がったものをなぞるだけの作業とは言っても膨大な量だ。
当然定時になんか上がれない。
一人、二人と遠慮がちに帰っていく中、帰りそこねた僕と室長だけが残った。

「いいからもう帰れ。朝までかかるぞ」
「いえ、買出しとか、少しぐらいなら手伝いも出来ます。僕も残ります」

口を利く時間も惜しいのか、室長は「わかった」とだけ言って作業に集中した。
時折僕に仕事を渡す室長の声。
時折僕がコーヒーを淹れる音。
後はキーを叩く音だけが響く。

室長のデスク周りにだけ灯された明り。
眼鏡を外して目を擦る室長の横顔に見惚れた。
室長は僕が残ると言い出した真意を測りかねていることだろう。

不意にキーを叩く音が止み、椅子を軋ませて室長が身体を伸ばした。

「終わった。チェックも完了だ。朝までかかると思ったけど意外と早かったな」
時計は3時を少し回ったところだ。
「よかった。少しは眠れますね」
「お前が手伝ってくれたおかげだよ。ありがとうな」
そういってくしゃりと髪を撫でられた。
頬に熱が集まるのがわかったがこの明りでは気付かれることもないだろう。

「室長、隈できてますよ」
こんなに暗いのに室長の目の下にできた隈はくっきりとしてよくわかる。
「仮眠でも取るか。お前も来い。午前中いっぱい寝ててもいい」
無意識なのだろうか、何気なく肩を抱かれて心臓が跳ね上がる。

「あ、あの……」
「お前と一緒に徹夜で残業なら後2,3個バグが見つかってもいいぐらいだ」
「だめですよ、室長には隈なんて似合いません。これっきりにしてください」

室長は軽く笑って僕の頬にキスをした。
今度は僕の心がバグを起こしそうです。そうなったら室長が直してくださいね。

165 749 ストイックなのに一部エロ :2005/12/04(日) 14:22:13
生徒会副会長兼風紀委員長、という肩書きを聞くと、あの先輩のことがだいたいイメージ
できるんじゃないんだろうか。
ツメエリを、ピッチリ上までつめて、頭のてっぺんからつま先まで、まるで生徒手帳から
抜け出してきたようなルール通りの服装でいる。しかも、その服装に、シミがついて
いたり、着崩れたり、ということが、一度もない。
先輩と同級生の人たちに聞いても、やっぱり、乱れたりしていることが、一度もないんだ
そうだ。また、男子高校にも関わらず、彼に下ネタをふる勇気がある人もいないらしい。
禁欲的。ストイック。多分、そんな言葉で表すといいんじゃないかな。
そんな先輩に、俺は恋してる。

その日は、俺にとって、記念すべき一日だった。
なぜなら、生徒会の一員になれたからだ。
正確にいうと、生徒会役員の使いっぱしりという噂の、生徒会補助員になっただけなのだが、
それでも俺は、先輩に少しでも近づける嬉しさで、一杯だった。
だから、浮かれすぎた俺は、集合時間に指定されていた30分前に到着してしまった。
先輩は、多分、早めに来るだろう。二人っきりになったら、何を話そう。
俺は、いきおいよく「失礼します!」とドアを開けようとしたら、つんのめった。
あれ? ドアに鍵がかかっている。
まだ誰も来ていないんだ、と、しょんぼりして、俺はドアの前にしゃがみこんだ。
何だ。誰よりも一番に部屋に入って待ってたかったのにな。バカみたいだ。
…しばらくして、中で声がすることに気づいた。

「…さっき、誰か来たじゃないか…」

先輩の声だ、ということに気づいた。
誰かと中にいるらしい。俺は、開けてもらおうと、立ち上がってドアをノックしようとした。
しかし、次に聞こえてきた言葉で、固まった。

「気にするなよ。集合時間まで、まだ時間あるだろ。それまでに、コレ、どうにかしとか
 ないと、副会長の威厳が崩れおちるんじゃねぇのか?」
「君は…っ!」

ピチャピチャと、水気のある音が聞こえてきた時点で、僕は、今扉の中がどういう状況なのか
悟った。今の副会長の相手の声は、何度か聞いたことがある。会長だ。
俺は、ドアにベッタリと耳をつけて、全神経を耳に集めた。
扇情的とも言えるぐらい、色っぽいあえぎ声が、息が、聞こえてくる。
副会長が、あんな声を…!
俺は、そのままトイレにかけこんだ。



しばらくして、集合時間5分前に行くと、何事もなかったかのように、制服をピッチリと着た
副会長が、部屋で待っていた。その横には、会長。もうすでに何人か、同じ生徒会補助員の
人たちも来ている
俺は、会長と副会長に挨拶をしながら、ふと気づいてしまった。
「先輩、首にアト…」
言いかけて、やめた。というか、言えないことに気づいた。思わず生徒会長に目をやると、
ニヤリという笑みを浮かべられる。あわてて副会長を見ると……
鉄壁の副会長が、赤面して、首筋を抑えていた。

俺は、もう一度トイレにかけこむはめになった。
補助員の集まりには、遅刻したが、会長も副会長も怒らなかった。

---------------------------------------
750じゃないけど、萌えたので投下しておきます。

166 769 コスモスなど優しく吹けば死ねないよ :2005/12/04(日) 18:54:07
出遅れたorz 言葉のイメージだけで妄想。
________________

「君はコスモスのような人だ」

会うたび彼は俺に言う。
厳つい男だ。堅気とは思えないような顔をしているくせに、武骨なその手で花を愛でる。
そして同じ手で、まるで大切な宝であるかのように、俺の頬に触れるのだ。

「僕のかわいいコスモス」
「やめろよ」

そのたび俺はいたたまれない。
だって、男娼の俺にコスモスだなんて似合わない。
知らないと思ったのか。あんたが花屋だと聞いた時に、コスモスの花言葉なんてすぐ調べたさ。

「俺はコスモスじゃない」
「君はきれいだよ」
「どこが」

彼の言葉はまるで本心のような声音で、だからこそ泣きたいくらい信じられない。
ばかげている。
金で縁取られた時間と空間の内側で、吐き出されるのは熱だけでいい。

「あぁ、いっそ手折ってしまおうか。僕だけのものにならないのなら」

そうして欲しいと、切実に願う。
あんたになら殺されたって本望だ。

「愛しているよ」

やめて、そんな風に言わないで。
この醜い傷だらけの手首を、まるでやさしい風が吹くように愛撫されたら、そんなことをされたら俺は。

「僕の美しい花」

この薄汚い身体さえ失うのが惜しくて、死ねなくなるじゃないか。

167 1/2 :2005/12/04(日) 23:58:24
先走っちゃってすみませんです。ここに投下させていただきます。
===========

――ドア越しから漏れるピアノの音。

壁にもたれかかりながら、その旋律を聞いていた。
何の曲だろうか。ギター専門の俺には、クラシックはわからない。
傍で聞かなくてもわかるほど滑らかな旋律。
白く、細い指が奏でる音色。

だが今後の事を思うと、ピアノが持つ独特の優しい音色も、悲しく聞こえる。
二年前の冬。ライブ場所にいたあいつに、声をかけられたというありきたりな出会い。
最初はピアノが嫌いで、俺が持つようなギターに憧れていたが
弾いているうちにピアノが好きになり、それからピアニストとしての道を進むようになったらしい。

ジャンルも違うギターとピアノ。
俺はそれでも、惹かれていた。
滑らかに弾くあいつの白い指に、目が釘付けになった。
気がついたら俺は、あいつに恋愛感情を抱いていた。


いつだったか。
自分で作った歌をあいつに聞かせてやったあと、
俺はギターを教えてやろうと思ったんだ。
遠慮するあいつにギターを差し出すと
「ピアノにはピアノの、ギターにはギターの雰囲気があるから。
ピアニストである僕がギターを弾いてしまったら
ギターの雰囲気が崩れてしまう。
逆に、ギタリストの君がピアノを弾いてしまったら、ピアノの雰囲気が崩れてしまう。」
って言われたことがあった。

その時、「ああ、あいつと同じ道歩くの無理なんだな」って痛いくらい感じた。
そういう時期に、メンバー解散。俺はボーカルの凛ってやつと一緒に海外で活動することに決定。
俺は凛に弱みを握られてる。ピアニストのあいつが好きだということを知っている。
反対すれば知人・友人全てにばらされる。
こんなのってありかよ。
なあ…俺、好きでもないやつと遠いところに行くんだぞ?

…お前が見えないところに、話すことも出来ないところに。

168 780です 2/2 :2005/12/04(日) 23:59:24
昨日呼び出して、「凛と海外に行く」って言ったらあいつ…笑ったんだ。
笑顔で、「よかったね。いってらっしゃい。」って。

なんだよ、いってらっしゃいって。
お前は俺のこと、なんとも思ってないのか?
親父もおふくろも海外で一生過ごすとか言ってるし、凛に弱み握られてるし
俺はもう二度と戻って来れないんだぞ。

お前にとって俺ってなんだった?
ただの知人友人か?ギタリストか?
俺はお前ともっと一緒にいたい。
俺、お前が好きなんだよ…。


「…なにやってんの?流花。」

――気がつくと俺の後ろには、凛が腕組みをして立っていた。
俺より二つ年下だが、ソロでもやっていけると言えるほど、歌は上手い。
グループも解散したんだ。顔もいいから、勝手に一人でやっていけばいいのに。
なのにこいつは。俺を連れて行く。
「…なあ、一つ聞いていいか。」
「なに?」
「何でお前、俺を連れていくんだ?」
腕組みをしてる凛に問う。
すると凛は腕をほどき、笑って俺に言った。
「…お前と一緒だよ、流花。
好きなんだ。お前が。
流花はあっちが好き。多分、あっちも流花が好き。でも俺はお前が好き。
両想いを引き裂いてごめんね。でも耐えられないから。
ジャンル違うのに、くっつくお前らが。」
「自分勝手だな。」
「なんとでも言えばいいよ。俺はお前が好き。だから連れて行く。」

―想い、想われ…その結果がこれか。

「…ほら、もう行かないと間に合わないよ?流花。」
「………………。」
歩き出す凛を尻目に、俺はドアの前にそっと手紙を置いた。
気がつく凛が俺に問う。
「なにそれ、ラブレター?」
「…間に合わなくなるんだろ。行くぞ。」
「ははは。つれないねえ。…行こうか。」

いつの間にか頬を伝っていた涙を拭いもせず、俺は凛の後をついていこうとして…振り返った。
ピアノの音が止まったからだ。
…だが、それもほんの一瞬のことで。
「さよなら。」とだけ言って、俺は凛の後をついていった。

169 萌える腐女子さん :2005/12/05(月) 00:03:04
本スレ780です。
*0なんですが、先走ってなんだかんだしてたらレスが*9まで到達してしまいました。
そのため、ここに投下させていただきましたが
本当にご迷惑おかけして申し訳ありませんでした…_| ̄|○||
では本スレ779さんが見てくれてることを祈って…。

170 煙草の匂いのするマフラー :2005/12/05(月) 01:03:51
本スレ789さんのお題、とろとろ書いてたのでこちら行き。



見慣れた通学路は一面白く染まり、粉雪は瞼に落ちる。
すっかり踏み固められた雪を蹴飛ばしながら家路を急いでいる僕の隣で、
見慣れない黒い車がブレーキをかけた。
「なにしてんだ」
「…先生」
窓から顔を出した男は担任でも顧問でもなく、国語の受け持ちの教師だった。
車内からは女子の目がいくつも覗き、僕を物珍しそうに眺めている。
「誰ー?」「せんせ塾あるから急いでよー」そんな甲高い声を気にも留めない先生は
「こんな時間まで残ってたのか?」
と面倒臭そうに僕に聞いた。実際面倒臭いのだろう。
普段から好きで教師になった訳じゃないと公言して憚らない駄目教師だ。
女生徒から人気があるのも顔がそこそこ整っているという幸運のお陰に他ならない。
僕は委員会の仕事をしていた旨を話した。奥歯がガチガチと鳴っている。
「僕も乗せてくださいよ」
「やだよ。俺こいつら送ってかなきゃ駄目だもん」
先生の後ろからまた歓声があがる。「うっそー」「嬉しいくせにー」黙れよ。
大体僕が何度教室と職員室の間を行き来したと思ってるんだ。
先生が身支度を整えたタイミングを見計らって駐車場で待ち伏せしてたのに、
横から飛び出して来てとっとと車に乗り込みやがって。
いつだったか僕はいじけると唇が尖るからすぐ分かると言っていた先生は
僕の様子を察したのか今までで一番面倒臭そうな顔をした。
「じゃあこれ貸してやるよ」
そう言って冷たい風が少しでも入ってこないように少しだけ開いた窓から、
紺色のマフラーを渡された。

171 煙草の匂いのするマフラー 2/2 :2005/12/05(月) 01:05:10
じゃあなと言ってすぐに窓を閉めようとした先生に、僕は慌てて声をかけた。
「これ、いつ返せばいいですか?」
「あ?」
「いつですか?いつ…」
僕があまりに勢い良く聞き返すので、
女生徒は怪訝な表情を浮かべ先生は一層面倒臭そうに眉間の皺を増やした。
実際面倒臭いのだろう。
普段から俺は話の通じない子供が嫌いだと公言して憚らない駄目教師だ。
僕との関係にしても物分りの良い子供を演じ続けている僕の努力のお陰に他ならない。
マフラーを握り締める手に力が入った。この位の我侭すら許されない関係って何だ。
睨みつけるような僕の目と先生のだるそうな目が合った。

「お前俺の家は知ってるな」
「あ…はい前に弁論大会の打ち上げで行きました」
「なら今夜返しにおいで」

その途端に車内で笑いが起こった。「せんせーそれ酷いよ」「今夜吹雪じゃん」
でも僕は笑っていなかった。僕だけが笑えなかった。
呆気に取られている僕にじゃあ今夜なと言って車を出した先生の横顔は、
明らかに笑っていたけど。

首に巻いた紺色のマフラーからは微かに煙草の匂いがした。
冬の澄んだ空気に消えてしまいそうなほど微かだったけど
間違いなくそれは先生の匂いだった。


「…禁煙したって言ってたくせに」

吹雪の中でも来いだなんてとんでもない駄目教師だ。
だけど僕はこの永遠と続く訳のない関係を愛しむ様にゆっくりとその匂いを吸い込んで、
高く冴えきった青空に向かって白く長い息をはいた。

172 萌える腐女子さん :2005/12/05(月) 01:07:11
>>170は1/2です。入れ忘れてた…_| ̄|○

173 ギタリストとピアニストの恋 ピアニスト編 1/5 :2005/12/05(月) 10:19:48
流花がきていることは知っていた。
多分ドアの前で聞いてるんだろう。
…入ってくればいいのに。

どうして入ってこないの?
ずっと待ってたのに。
愛猫のミケ連れて、君に渡そうと思って花束買ってきて。
…僕も、わかっているのなら入れればいいのに。
でも気にしてしまったら、弾けなくなってしまうから
弾くことに集中して、気づいていないふりをしていた。

…わかってるよ。
君も凛に脅されてるんだろ。
僕だってそうだから。
同じなのに、ねえどうして。
ねえどうして、振り切ってくれないの。

僕もそうだ。
どうして脅しなんかに負けるの?
好きなんだから、言ってしまえばいいのに。
「行かないで」って言って、その胸に飛び込んでいけばいいのに。
ずっと一緒にいたいって言えばいいのに。

174 ギタリストとピアニストの恋 ピアニスト編 2/5 :2005/12/05(月) 10:20:39
昨日…流花に呼ばれる少し前まで、僕は凛と電話していた。
凛は特別、仲がいいというわけじゃないけど
高校の同級生だった。
だから電話番号も互いに知ってる。
いいやつだと思ってた。
歌も上手くて、ソロで歌っていけるって胸を張って言えた。
…流花のことを言われるまでは。
ピアノを弾きながら、電話で話すなんて
なんてことやってるんだろうって自分でも笑えた。

『零。』
『ん、なに?』
『いま、なんの曲弾きながら電話してるの?』
『ベートーヴェンのエリーゼのためにだけど。』

―凛の問いに、弾きながら答える。

『ふーん。…ぴったりだ。』
『え?』
『流花と零に、ぴったりだ。』

―繰り返し言った凛の言葉に、指が止まる。

『…どういうこと?』
『あれ、お前、知らないの?』

“…知ってるって言えば、どう答えるの。君は。”
心の中で呟く。

『知らないの?…まあ、知らないふりしてるのかもしれないけど。
流花は君が好きなんだよ。多分お前も、流花が好き。』

鍵盤から指が離れる。

『…俺、そういうのには敏感なんだよね。
まあ知ってるから何?ってお前は思うかもしれないけど…
俺も、流花が好きなんだ。』

――まるで、雷にうたれたような衝撃が走る。
好き?凛が?流花のことを?
『……そう、なんだ。』
やっとのことで出した声は、少しかすれていて。
指が震えていた。

175 ギタリストとピアニストの恋 ピアニスト編 3/5 :2005/12/05(月) 10:22:05
僕は流花が好きだ。
流花を好きになるまでは、[同性愛]なんて言葉にも、さほど興味は無かった。
…でも、言えなかった。
男が男を好きだなんて、どこの世界の物語なんだろう。
気持ち悪いよね。男が男を好きだなんて。

でも流花も、僕を好きでいてくれた。
ギターを教えてくれるって言ってくれたあのときに気がついた。
だからいまのままでいい。もう、これ以上は望まない。
一緒にいられるだけで、いいんだ。

――だけど、凛も流花が好き。

『…両思いなところ、ごめんね。
でも、流花は俺が連れて行くから。
お前が見えないところに。話すこともできないところに。』
『…!!!』
『多分今日の夜くらいに、流花が零を呼ぶだろうけど。
…笑って見送ってくんないかな?』

…は?
笑って見送って…?
なに言ってるの?好きな人を連れ去られて、笑えって言うの?

『…わけないだろ。』
『ん?なに?』
『そんなの、できるわけないだろ!
どうしてっ…どうして、そんな』
『じゃあばらしてもいいんだ。
【ピアニスト零は同性愛者だ。ギタリストの流花が好きだ】って。』

―言い返す僕に、凛はそう脅した。

『…………………。』

返す言葉を無くす僕に、凛は容赦なく続ける。

176 ギタリストとピアニストの恋 ピアニスト編 4/5 :2005/12/05(月) 10:29:10
『このままでいたいって思ってるんだろ?
周りから変な目で見られることも無く、友達以上恋人未満のままでいたいって。
…でも、そんなことさせない。
俺だって同じさ!流花が好きで好きでどうしようもない!!
お前のいないところで、流花はいつもお前のこと言ってるんだ!!
ピアノを弾くのが上手いって!!とても綺麗だって!!!
いつか世界的なピアニストになれるって!!!
好きなやつが、俺以外のやつのことを喋ってる!!
俺は流花が好きなのにあいつはお前のことばっかり喋ってる!!
それを笑顔で返してた俺のつらさに比べたらっ…笑顔で見送るなんてこと、簡単だろ?!』

……頬を伝う涙。

ああ、凛も流花が好きなんだ。
でも流花は、僕のことを好きでいてくれて
僕がいないところでは、いつも僕のことを話してくれていて。
…それを、凛は笑顔で返す。
凛は、流花が好きなのに。
気がつけば電話は切れていて。
やり場の無い悲しみだけがそこに残った。

いま、弾いている曲はリストの「ラ・カンパネラ」。
鐘という意味で、人生の節目になる教会の鐘のイメージらしい。
…この鍵盤が奏でる一つ一つの音が鐘。指が、人生。
僕はそう思っている。

177 ギタリストとピアニストの恋 ピアニスト編 5/5 :2005/12/05(月) 10:29:29
…ねえ、どうして、この曲を弾くかわかる?
凄く難しいけど、君との思い出の一つ一つを大切にしていきたいから。
君が好きだという気持ちを、忘れたくないから。

―曲がクライマックスに差しかかったとき、外から声が聞こえた。

「なにやってるの?流花。」
…あぁ。やっぱり。いたんだね。
聞いてくれてるの?僕の演奏。
でも、もう行くんだね。凛が来たってことは。
曲が終わる頃になってくるなんて…ぴったりだ。

涙が止まらなくて、前が見えない。
自分でもどう弾いてるのか、わからなくなってきた。

――そして最後。

キーが少し外れたものの、なんとか終わった。
…終わった、ほんの一瞬だった。

「さよなら。」

―――流花の声。
泣いてるの?声が暗いよ…?
抑えきれない涙を流しながら、嗚咽が漏れながら。
僕も小さく「さよなら」と返した。

178 萌える腐女子さん :2005/12/05(月) 10:30:25
>>174
君じゃなくてお前でした_| ̄|○

179 本スレ812 1/2 :2005/12/06(火) 00:05:50
200*/12/06 02:01
【件名】

【内容】
久しぶり、俺のこと覚えてますか?
卒業して5年だっけ?まったく連絡取ってないから、忘れてるかもね。
同窓会にも成人式にも行かなかったし。

お前にこうしてメールをするのは、これで最後になると思う。
ひとつだけ言い忘れていた事を思い出したので、最後っ屁がわりに伝えておきます。

お前のこと、好きでした。友達じゃなくて、うん、そう、好きだった。
好きだったよ。好きでした。いや、今も好きです。

久しぶりのメールがこんなでホントごめん。
どう思うかは、お前次第です。気持ち悪いと思った?思ったかなぁ。

明日の午後、携帯電話を新しくするつもりです。

卑怯なことは十分に分かっています。分かってます。
気持ち悪いと思ったなら、それでいい。
きもいメールが来たって誰かに言いふらしてもいいよ。

ごめん。ごめん。ごめん。本当に、ごめん。
忘れてな。それでは、さようなら。

180 本スレ812 2/2 :2005/12/06(火) 00:07:36

うっかり消し忘れていたアドレスから届いたのは、みっともない愛の告白だった。

高校を卒業して、下宿先まで遊びに来いよと言って分かれた、
それきり会ってもいない友人からだ。正直、顔もろくに覚えていなかった。
あの頃は数人たむろして遊び呆けていたし、今そのメンバーで付き合いがある奴はいない。
みんなちりぢりになってしまっていた。
ひとつだけ分かるのは、女の子からではない、ということだけだった。そうでなきゃ
男子トイレで煙草をふかして説教喰らう、なんて事件はおこらなかったはずだ。
不思議なもので、そういうくだらないことばかりははっきりと覚えていた。
顔すら思い出せないくせにな、と思いながら、僕は随分古くなった携帯電話を宙に放る。
差出人は「ヨースケ」。これはもう紛うことなく男だ。
――拙い文だ。どんな気持ちでこれを打ったんだろう。
気持ち悪いとか何とか言う前に、ふとそれに興味がわいた。
僕はTVの上に置いた目覚ましを見る。午前10時31分。
まだ間に合うだろうか。
ベッドの上に落ちた携帯電話を拾い上げて、僕はそっと「返信」を選択した。

181 煙草の匂いのするマフラー :2005/12/06(火) 00:18:41
猫みたいだなと言われた。
あいつ言うところの同棲、俺言うところの同居生活の部屋に、俺は一か月の内、半分帰らない。
ばれてないと思ってたのに、あいつは夜勤のバイト先から家に電話して確かめてるらしい。
でもあいつだっていないんだから、誰もいない部屋にいる必要ないし、改める気はない。
あいつの指が髪を梳いたり背を撫でたりすると、逃げたくなる。
熱い指に身体の中を冷たくしときたいのに、溶かされそうになるからだ。
だけど糧は貰う。
あいつが一生懸命考えたんであろう俺への台詞とか、ふいに寝言で呼ぶ俺の、普段呼んだためしのない敬称なしの名前なんか、もう栄養になりまくってる。
けど、そういうあいつの嬉しくなるようなことうっかり言ったら、絶対、俺を膝の上に上げて抱きしめるに違いない。
そんなことされたら心臓が持たない。
前に一回された時だって、口から心臓出そうで、もがいて引っ掻いて、離れた。
そんなこんなことしてたらあいつが言ったんだ。

猫みたいだな。

あいつが言った時、ちょっとドキリとした。
けど、あいつが言った「猫みたい」の理由を聞いて、ホッとした。
ばれてないんだ、ああ、良かった。

猫を飼う時、眠る場所に飼い主の匂いのついたものを置くといいって話、つい最近、あいつがしてたから、ばれたのかと思ってた。

なあ、去年から無くなってる煙草の香りがついたマフラー、もう諦めた方がいいと思う。
随分探してたけど、もう、帰ってこないよ、あれ。
内緒だけど。
本当、内緒だけど。

あのマフラー、猫の寝床に入ってるから。
その猫、あのマフラーないと眠れないから。

だけどそれは内緒。

182 チロるチョコ :2005/12/08(木) 02:02:36
何気なく探ったポケット。指先に何か硬いものが当たった。何気なく取り出してみる。
――――何だコレ?
手のひらに乗っかっているのは牛柄の小さな四角いもの。これが何なのかはわかっている。日本中どこのコンビニでもお目にかかれるだろう1つ10円の一口サイズのチョコレート、チロるチョコだ。
 しかし、こんなものを買った覚えはないし、ジャケットのポケットに入れた覚えも一切無い。もしや去年のものかと身構えたが、クリーニングに出した後にこんな綺麗な四角を保っていられるはずがない。今冬出してから入れられたものだろう。―――そういえば先日、弟がちょっと借りるとか言って着て行っていたような気もする。
つまりあのでかくて可愛くない弟が買って入れたということだろう。なんて似合わないことをするのか。
「あ! チロるチョコじゃん。しかも最近見ないちっこい10円サイズ。懐かしー!!」
掌に載ったチロるチョコをぼけっと見ていたら目聡く隣にいた奴が発見して妙に嬉しそうにはしゃぎ出す。
「ちっこい10円サイズ? チロるチョコなんて全部同じ大きさで10円じゃねーの? 」
「それがちゃうんですよ! 最近コンビニで見るのはソレよりちょい大きい20円のなんだなー。ちっこいの見たの久しぶり! お前、あんま甘いもん好きじゃないっしょ? ちょーだいちょーだい!」
「ああ」
両手を差し出して頂戴頂戴繰り返す奴に掌にあるチロるチョコを渡そうとする−−−が、これはもしかして日頃のお返しに使えるんじゃないかと思い立ち、やめた。
「おい? くれんじゃねーのかよ?」
「んー、俺もちょっと食べてみたいんだよな」
素早く包みを開いて白と黒の小さなチョコを口に入れた。
「あーーーーー! ひっで!! 俺も食いたかっ」
文句が続きそうな口を塞いで、砕いた半分を奴の口に押し込めた。
「半分こな?」
珍しく顔を赤くして目を見開いている奴を見て満足する。いっつもやられっぱなしなのだから、たまにはこんな可愛い驚き顔を見せてもらっても罰は当たるまい。
奴は口に手を当てて下を向いてしまった。赤くなっているのを隠しているつもりかもしれないが、さっきばっちり確認したし、未だに赤くなった耳は丸見えなわけで。
にやにやしながら見守っていると、奴が顔を上げてにっこりと笑った。
「なんかこっちのが大きかったみてー。返すよ」
 下から口を塞がれ、驚いている内に舌が入ってきた。口内を嘗め尽くし、俺の舌に絡め、吸って、一度離れ、ちゅっと音を立ててもう一度軽くキスしてから完全に離れた。
「あんまいねー」
奴がにっこりと笑う。
………ああ、また負けですよ。甘い甘いご馳走でございましたとも。

183 182 :2005/12/08(木) 02:06:04
萌えたので投下させて下さいませ。
読みにくくてえらいすみませんorz

184 カラオケ :2005/12/12(月) 22:29:39
投下させて下さい
_____________________________

ぶっちゃけうんざりだ。
奴がいきなり「カラオケ行きたい。行きたすぎる。行こう!」とか言いだして
俺を強引に引っ張って行くもんだから、ま、いっかーっと来てみれば。
奴はずっとマイクを離さず、バラードばかり永遠歌い続けてる。
しかも微妙に古くてやたらとくさいラブソングばっか。
これは…アレか?
女に聞かせる為の練習ってヤツですか。
最近変に付き合い悪いと思ったらラブソングを歌ってやりたい女ができてたわけだ。
で、一人でカラオケで練習は虚しいから暇そうにしてた俺を引っ張ってきたってことね。

あーあ。
カラオケ久しぶりだな、とか
奴と二人なら音痴な俺でも遠慮なく思いっきり歌えるな、とか
…奴と遊ぶの久しぶりでちょっと嬉しいかも、とか。
そうゆう…なんつーの?ワクワク感ってヤツ?ソレが一気に萎んだわ。

そんな俺の気分はそっちのけで奴はまた一曲歌い上げやがった。
妙に上手かったが、拍手なんかしてやるか、ボケ!
次にスピーカーから流れだしたのは…かの名曲『TSU●AMI』

はい、限界が来ましたよー

「お前アホか!こんな季節にんなもん歌ってんじゃねえ!つか、さっきからマイク離さずにラブソングばっか歌い続けやがって!女に歌ってやる歌の練習なんて一人でやりやがれ!!」
「は?女?練習??何言ってんの、お前。」
履いてた革靴を力一杯投げつけてやったのに、奴はうぜえことにあっさり避けやがった。
「ああ!?好きな女に聞かせる為に練習してんだろーが!」
「いやいやいや、今現在進行形で好きな奴に聞かせてるわけで」
「アホかあ!今ここにはてめーと俺しかいねーだろうが!てめーには第三の誰かさんが見えていようが実際にはここには俺とお前の2人しかいねーんだよ!!」
「だーから!お前と二人っきりだからこうして必死で熱込めて歌ってるんでしょーが!!」
「………ああ?」
前で歌ってた奴は俺の投げつけた皮靴を持って俺の隣に座り、俺の足にその革靴を履かせると、顔を上げて俺と視線を合わせた。
「…我ながら痛いとは思うんだけど。自分の言葉で上手く伝えられないから、人様の言葉をお借りして、思いっきり、これでもか!というくらい愛を込めて歌って伝えようかと。」
「………誰に伝えるって?」
「お前に、愛を。」

なんてこった。
バックで流れる曲のサビが、ぴったりすぎるんですけど。

185 本スレ889(1/2) :2005/12/13(火) 22:49:15
既に*0さんが投下されていたのでこちらで。
ヤマもオチも意味もないぜ(゚∀゚)アヒャ

-----------------------

「ちくしょー!!」

パソコンにかじりついていたKが、いきなり大きな叫び声を上げた。
夕食どきに近所迷惑な奴だ。とりあえず黙らせるか、そう思って振り返る。
だが、先にKの方がパソコンの前を離れて、泣きながら俺に抱きついてきた。

なんなんだ。そう思ってパソコンの画面に目を向けたけれど、
いい加減度が合わなくなってきている眼鏡では、
いくつかのウインドウが開かれているのがおぼろげに見える程度だ。
どうせもう外出しないからと、コンタクトを外してしまったのは失敗だったか。

仕方ない、まずは奴を落ち着かせよう。

「落ち着け。どうした」
「お、俺……ちくしょう……」
「いいから落ち着け。泣くな。そして説明しろ」

今度はどんなくだらない理由だ、と言いたかったがそれは呑み込んで、
いつものように、ぐすぐすとしゃくりあげるKが落ち着くのを待つ。

──つもりだった。

「俺は……俺は、踏まれようとしたのに……!!」

だが、嗚咽混じりの押し殺した叫びが、
そんな呑気な考えを吹っ飛ばした。

186 本スレ889(2/2) :2005/12/13(火) 22:49:40
踏まれようとしたってどういうことだ。
パソコン使っててどうやったら踏まれるとかいう話になるんだ。
それが叶わなくてどうして泣くんだ。いや、それはKだからしょうがない。

頭の中を飛び交う疑問符を取り除くべく、
パソコンの方へと歩み寄る。
背後から聞こえた、Kの「あっ」という叫び声と、
引き留めるように裾を引く動作は無視して。

最前面のウインドウは見慣れたギコナビ。
メッセージバーを見れば、レスを送信したあとにスレをリロードして、
表示された新着レスに驚き、思わず叫んだというところか。

そして、肝心のレス内容はといえば。

「>880とカメダにGJ!とささやきつつ、踏まれます。」

『*9が指定した画像を*0がうpするスレ』。
そこで*8のつもりで書き込んだのが、
リロードミスで*9をとってしまった、そういうことらしい。

まったく、こいつは本当に、なんでこんな下らないことで泣けるんだ。
何かにささやきかけながら踏まれている誰かの画像を、
スレを覗いた誰かがうpすればいい。
たったそれだけのことなのに。

「……いっそ、俺がお前を踏んでやろうか」

呆れて呟くと、途端にKはがばっと顔を上げた。
涙でぐしゃぐしゃの顔は、そのくせ希望に満ちあふれていて、
まさに今泣いたカラスがもう笑った状態──って、まさか。

「そうか、その手があった!」
「自作自演の誘いじゃねえよ馬鹿」

まったく、2ちゃんごときになにマジになってんだ、こいつは。

187 本スレ889 :2005/12/13(火) 23:11:11
私も投下させていただきます。ギャグ風味です。


書き込み完了!さぁて、次はどんな萌えリクが来るかな?と期待しながら
掲示板を閉じようとマウスを操作した瞬間、背後にとんでもなく冷ややか
な風が吹いた。
全身が凍りつくのを感じながら後ろを振り返ると、いや振り返るまでも無
く、俺の顔の横には奴の顔があった。

「『>880とカメダにGJ!とささやきつつ、踏まれます』・・・・・・?」
「や、ややややっ山田!?」
「なにこれ、どういうこと?」
「なんだよ、ビックリすんじゃん。てっきり妖怪かなんかの類かと・・・」
「な、どういうこと?」

耳の近くで喋られるくすぐったい感覚に耐え切れず、俺は山本の顔を押し
やった。山本は不満そうに眉を寄せ、睨みつけるように俺を見た。

「人が風呂、入ってる間に・・・」
「え?なに?」

山本が何事か言うがよく聞こえない。聞き返すと、今度は明らかに怒って
いる顔で俺の肩にガシッと手を置きこう言った。

「・・・俺がいない間に浮気とはやってくれるじゃねぇか、田中」
「へ?」

肩におかれた手は今度は腕にまわり、そのまま俺は圧倒的な力で寝室へと
引きずりこまれた。

「そんな何処の馬の骨かもわかんねぇ様な奴らに頼むくらいなら、俺に頼
めよ」
「な、なにを!?」
「いくらでも踏んでやる」
「えっ、いやいや、そういう意味じゃ・・・って何処触ってんの!!なに、
脱がしてんの!!!」
「な?俺の方がGJだろ?」
「ばか!!ちが、っつの・・・!・・あっ!!!」

泣いても謝っても誤解を解こうとしても全く聞き入れてくれない山本のせ
いで、次の日俺達は、揃って会社に遅れたのだった。

188 909 「俺たち友達だよな」 :2005/12/16(金) 21:24:53
投下します。
____________________

「なぁ、僕ら友達やんな?」
「なんだよ急に。当たり前だろ」

そう、俺とお前は友達。それでいい。
この関係が崩れてお前を失うくらいなら、俺は本当の気持ちなんてずっと隠しておくよ。

「僕に友情を感じてくれてるんやんな?」
「もちろん」

嘘ついて、ごめん。
絶対に困らせないから。

「ほな、僕がどんなでも、友達や思てくれるか?」
「どうしたんだよ、本当に」

お前がどんな奴だったとしても、ただお前だから、好きになったんだよ。

「例えば、サツジン犯でも、ゴーカン魔でもか?」
「友達だよ。だから、殴ってでも更正させてやる」
「お前のこと、ホンマは殺したいくらい憎いて思てる、言うてもか?」
「……うん。それでも、友達だよ」

嫌われていたらきっと痛い。
でも、きっとそれでも好きだ。

「そっか。ありがとぉな」
「いったいどうしたんだよ」
「ん……あんな。図々しいやっちゃ、て自分でも思うんやけどな。
 それでも、お前の友情、失いとぅなかってん」

大丈夫だよ。ずっと、友達でいるよ。

「ホンマは言うべきやないんかもしれん。けど、もぉ黙っとれへんくらい気持ちが大きゅうなってな。
 僕、卑怯モンやから、言うた後もお前と友達でいたいんや」

……言う?何を?

「あーもー、言い訳ばっかし言うててもしゃーないやん自分!
 ええか、単刀直入に言うで」


「僕な、お前に惚れとんねん」


――――え?



  これは、ある二人の友情の終わり。
  そして、新しい何かの始まり。

189 「俺たち友達だよな」 :2005/12/17(土) 14:40:13
投下させて下さい
______________________________

「俺たち、友達だよな」

わけがわからない。
好きだと言われて、俺もだと答えて、手を繋いで、キスをして、セックスをして。
なのにお前は「『友達』だよな」って聞くわけ?
なんだよ、それ。

「そうなんじゃん」

俺は今初めて知ったけど。
俺らの間にあるものが、お前の中では『友達』に当てはめられてたなんて。

「そうだよな」

わけがわからない。
何でお前がそんな哀しそうな顔すんだよ。
自分で聞いたんだろ。
「『友達』だよな」って。
その言葉選んだの、お前じゃん。

「なあ、」

俺、今のお前の顔、信じていいのかよ。
信じて、さっきの言葉、撤回してもいいよな?
言い直しても、いいんだよな…?

190 投下させてください。 :2005/12/18(日) 03:18:59
http://grm.cdn.hinet.net/xuite/a9/42/11018309/blog_65709/dv/3811374/3811374.wmv↑の、ベンチの前と後ろに座っている、左端2人
かなり前のお題ですが投下させて下さい。



 高々とセンターの奥へと打ち上げられたフライを捕球したのを確認してタッチアップ。
滑り込むことなく、悠々とホームベースを走り抜けた俺の目に、一人ベンチの隅へと座る姿が映る。
俺をホームベースに帰してくれた犠打を放った張本人。
仲間や観客に手を振って、一通り笑顔を向けて応えた後、いつも通りに相手へ近づく。
「よくやったじゃん。やっぱ、俺とは違ってお前には華がある」
派手な一発や印象に残るプレイはないかも知れないけど、この人がいるからホームへ帰ってこられる。
絶妙な場所へ狙ったように打ち上げる犠牲フライ。
もしかしたらヒットを打つよりも難しいかも知れないバットコントロールで確実な仕事をしてくれる。
確かに華はないかも知れない。でも。
「一発じゃなくたって、カッコイイよ」
俺は何だか苛立たしくて、切なくて、前を向いたままで試合の経過を見つめる。俺にとってはヒーローはこの人だ。
玄人受けするとか、知る人ぞ知るでなく、この人が俺のヒーローなんだ。
「あんたがいるから帰ってこられるんだ」
「…」
グラウンドで続いている自軍の攻撃を睨むように見つめる。
この人は自分の仕事を過小評価し過ぎだ。
周りもわかってなさ過ぎだ。
俺のヒーローなのに。
…睨む目頭が何故か熱くなってきた頃。
ふいに耳元に熱い吐息と、柔らかな温かい質感を感じて目を見開いた。
「ありがとう」
小さく呟かれた声に一瞬視線が交差したものの、すぐに離れ。
「俺はお前をホームに帰すのが生き甲斐だから」
背後から続きの言葉が帰ってきた。
ああ、この人には敵わないな。
血の昇る頬に浮かび上がりそうになる笑みを必死のシカメツラで堪えながら、今日のお立ち台ではこの人のおかげだと連呼して、この人こそがヒーローだと言ってしまおうと心に決めた。

191 萌える腐女子さん :2005/12/20(火) 15:06:15
本スレ>>949に萌えたのですが咄嗟に思い浮かんだシチュがあまりにもアレだったんてこちらに。
チラ裏でもいいかなと思ったんですがスレチな気もしたので…。

192 籠の鳥で!お願いします!(1/2) :2005/12/20(火) 15:19:14
今日こそは、と意を決して誘った居酒屋。
酒の勢いを借りなきゃ告白ひとつできねぇ俺は最低だが、この際しょうがない。なるようになれ、だ。
だけどなぁ、おい。
隣でこいつは浴びるように酒を呑んでばくばく食って、楽しそうにしてやがる。
甘さはかけらもありゃしねぇ。俺の一大決心は木っ端みじんだ。
選択ミスなのはわかってるがなぁ、だって俺らに、バーだのフレンチだのは似合わねぇだろ?

193 萌える腐女子さん :2005/12/20(火) 15:20:49
でもなぁ、これは。
「あれ?おまえ全然飲んでねーじゃん。ワリカンなんだからさ、イけよ」
「……あぁ。」
「なぁなぁ、これ気にならね?『籠の鳥』だってよ。オシャレだなぁ」
「……どーせ焼鳥かなんかだろ。虫籠とかに入った」
「ぷっ、なんだよそれムードねぇ」
お前にゃ言われたくねぇよ、と心で毒づく俺を無視して、奴は声を張り上げる。
「おねーさーん。『籠の鳥』で!お願いします!」
おいおいまだ食うのかよ。
あきれて頭を抱えた俺を尻目に、こいつはへらりと笑って日本酒を煽った。

194 籠の鳥で!お願いします!(3/3)修正 :2005/12/20(火) 15:23:35
あぁもう。そんなところも好きだよチクショ。
しばらくして5本の串が入った小さな竹編みの籠が運ばれて来たのを見て、
「ほらーオシャレじゃん」
とか目を輝かせるこいつを見ながら、次は小洒落た店でリベンジすることを誓った。
「焼鳥うんめー!」
……やっぱ色気より食い気か?こいつは。


+end.


____
2にタイトル忘れました。ごめんなさい。
本スレでは華麗に『籠の鳥』でお願いします。

195 籠の鳥1 :2005/12/20(火) 23:53:36
投下させて下さい
_____________________________

「逃がしてあげるよ」
彼はそう言って、ふわりと笑った。

弟が生まれたのは俺が5歳のときのこと。
初めて弟を見たのは病院の厚いガラス越しだった。
透明な箱の中の沢山のコードが繋がった小さな赤い体。
「優しくしてあげてね。守ってあげてね。」
大好きな母の擦れた涙声。
弟は、心臓に欠陥を持って誕生した。
医者は弟が生まれたその日に、弟の余命を告げる。
「お子さんは、成人を迎えることはできないでしょう」と―――。

母が退院して家に戻ってきても、弟が家に帰ってくることはなかった。
母は毎日病院に通い、俺も週に何度かは付いて行く。
自分一人で通える様になった小学校高学年には、学校の後に病院へ行くことは日課になっていたが、中学へ入ると同時に母の薦めで塾へ行き始め、会いに行く頻度はまたすくなくなった。

「お兄ちゃん、最近来てくれる回数減ったね。淋しいー」
唇を尖らせて言う弟は可愛かった。
優しく、優しくしよう。
大事に、大事に守っていこう。
初めて弟を見たときの、母の涙声を思い出す。

「優しくしてあげてね。守ってあげてね。」


「お兄ちゃん。言いづらいのだけど…あの子に会いにくるの、このままもっと減らして欲しいの。」
「え?どうして…?」
高校受験の間はいつもより会いに行く回数を減らしてしまったから
これからはもっと沢山会いに行こうと考えていた矢先のことだった。
「あの子ね、お兄ちゃんがくる日は疲れるから嫌だって。………あんまり来なくていいって。」

―――わかってしまった、母の嘘が。
覗き見た母の瞳には後ろめたさや困惑とともに、確かな嫉妬が見えたから。
母は大切に守ってきた第二子を独占したいのだ。
真っ白な籠に閉じ込められた大事な大事な鳥が、他の者を頼るのに耐えられなかったのだろう。
自分勝手な人。そう言って母を蔑むことは簡単なように思えた。
けれど俺にはそれができなかった。
擦れた涙声を思い出す。あの切実な思いの籠もったあの言葉を。
「優しくしてあげてね。守ってあげてね。」

俺は頷いた。
籠の鳥の笑顔を思い浮べながら。

弟に会いに行くのは月に1度程になった。
はじめは会いに行く度に口を尖らせ、もっと来てほしいと訴えた弟も
やがて会いに行く頻度については何も言わなくなり、会うたびにあのねあのね、と自分のことを話し続けることもなくなって、俺の姿を見ると一度柔らかく微笑んで、俺の話を促すようになった。
健康ならば中学に上がるはずの年には、明るいというより柔らかい雰囲気を持った優しげな少年になっていた。

196 籠の鳥2 :2005/12/20(火) 23:54:54
「おかえりなさい、兄さん」
バイトから家に帰ると弟がいた。
年に数回帰ってくることはあるが、今日帰ってくるとは聞いていなかったので驚いた。
「兄さんのこと驚かそうと思って母さんに内緒にしてもらったんだ」
「すげー驚いたよ」
嬉しげに微笑む弟は今年で17歳になった。
外に出る機会がないからか真っ白で細い体は、しかしかなり小柄な俺よりかは身長が高い。
「母さんは?」
「あー、なんたらかんたらの会の集まりだって。」
患者の親族の作った会のことだろう。母はそういったものにかなり積極的に参加し、
弟が健康な生活を送れる様になる為の移植についての情報を集めにかけ回っている。
しかし、ふと思う。
母は弟にぴったりなドナーが現われたとしても、移植手術を受けさせようとするだろうか、と。
「兄さん?どうしたの?」
「ん、何でもないよ。」
「そう?………ねえ、兄さんに話したいことがあるんだ。兄さんの部屋に行ってもいい?」
「いいよ、先行ってて。手え洗ってお茶持ってく」
「俺、お茶入れるよ?」
「いいよ、お前にやらせるの恐いから」
「ひどいなー。………まあ、俺も恐いからお願いするね」
弟は階段を上がって行った。
弟にお茶を運ばせるなんてとんでもない。
あいつは紅茶の茶葉をカップに直接入れて熱湯を注ぎ、
尚且つ、それをキッチンからリビングに運ぶまでにぶちまける奴だ。
恐すぎる。

紅茶を入れて部屋に行くと、弟はベッドに座っていた。
ベッドサイドの小さなテーブルに盆を置き、弟の隣に座って紅茶を手渡す。
「で、話って?」
「んーその前に、兄さんの近況聞きたい。」
「ん?大したことしてないぞ。大学の授業はもうほとんどないからバイトばっかかな。」
「へー」
ここ最近の他愛のない話をする。弟は微笑んだまま話を聞いていた。

カップの中の紅茶がなくなった頃、俺の最近の話が終わった。
「紅茶、また入れてこようか?」
弟は首を横に振り、俺のカップを取り上げ、自分のカップと共に盆に戻した。
「俺の話ってさ。」
急に視界が弟でいっぱいになり、状況が掴めず呆気にとられる。
「兄さんをね、捕まえてしまおうとか、そんな話。」
弟の顔がぼやける程に近くなり、唇に柔らかいものが一瞬触れ、離れた。
今度は耳許に弟の吐息を感じる。
「兄さんをね、愛してるんだよ。」
驚きに目を見開き、弟の顔を見ようと顔を横に向けた。
「愛してるんだよ、誰よりも、何よりも。」
弟は微笑んでいた。柔らかく、優しげに。
「愛してるのは、兄さんだけだよ。母さんも好きだと思っていたけど………俺から兄さんを引き離したってわかった瞬間、恐いほど恨むことができた。」
耳許に感じていた吐息が、首筋に沿って移動し、首の根元に鋭い痛みを感じた。
「抱くよ、兄さんを。」
硬直した体を無理矢理動かし、両手で弟の肩を押し遣ろうとしたら、素早く手首を押さえ付けられた。
大きいが、細くて真っ白で綺麗な手に。
「兄さんが必死で抵抗すれば、ひ弱な俺なんてすぐどかせるよ。でも、俺はすごいひ弱だから、突き飛ばされたりして打ち所が悪ければ、死んじゃうかもね。」
俺は腕を動かすのをやめた。
弟は顔をあげ、俺と目を合わせる。
眉をひそめる弟の顔が間近にある。ひどく、ひどく辛そうな顔。
「兄さんの優しいところ、大好きで愛しいけど………同じくらい憎いよ」
違う。
コレは優しさなんかじゃない。
俺は狡いんだ。
お前のその言葉を免罪符にして、『誰よりも』と言われて惨いほどの喜びを感じることを
自分に許してしまったんだよ

自分の息も荒くなっているが、自分よりも隣で息を荒げている弟が心配になって、彼の頭に手をのばす。
何度か髪を梳くと手首を捕られ、彼の口元まで運ばれて手のひらにキスされた。
「大丈夫だよ。一回セックスしたくらいじゃ死なない」
そう言った後、苦笑をして俺の手を自分の頬に当てて言葉を続ける。
「兄さんは、俺なんか早く死んでくれた方が幸せになれるだろうけどね。」
驚きに目を見開いていると、弟の顔が近づいてきて、唇に触れるだけのキスをされた。
「逃げられないよ、兄さんは。優しいから、俺を振り切って逃げることなんか、できない。」
自分の狡さを嫌悪して唇を噛み締めると、今度は舌で唇をゆっくりと舐められた。
「大丈夫だよ、逃がしてあけるから。」
違う。
自分の表情が弟に誤解されたことを感じて首を横に振ろうとしたのに
その前に彼の手に顎を捕られ固定されてしまった。
「ちゃんと逃がしてあげるよ。俺が死んだら。」
彼はそう言って、ふわりと笑う。
「すぐだよ。」
彼が嫌がるのはわかっていたのに
俺は涙をとめることができなかった。

197 やっぱすきやねん :2005/12/22(木) 22:22:24
投下させて下さい
ただの甘甘ギャグです。大五郎です。
______________________________

「やっぱすきやねん」

一体、今度は何ですか。

いつものようにフローリングに正座し、無表情で年末年始お約束のお笑い特番を見ていた奴が急にこちらを向き、
人の両足首をクソ冷たい両手でガッシリ掴みながら、嬉々として繰り返す。

「やっぱすきやねん」
「何ソレ」

ちょっと動揺してしまったのを隠すために、奴が掴んだままの足を閉じる。
と、奴はバランスを崩したらしく俺の膝に額を強打した。やっぱアホだ、こいつ。
―――って、なんかこっちもじんじんしてきたじゃねーか!アホ!!
2人で悶絶していると、付けっ放しのテレビからちょうどいいタイミングでお笑い芸人が「いってーー!」と叫んでいた。
芸人たちの気持ちがわかるのが、なんだか妙に悔しい…
なんでこいつはクスリとも笑わないクセにいつもお笑い番組を見てるんだ。
今見てたのが『なんじゃこりゃああーーー』とかだったらヒーロー気分を味わえたのに。CMでしか見たことないけど。

「………やっぱすきやねん」

お前涙目の上、額真っ赤だぞ。
そんな状態で言うことか?

「………だから、何なんだよ、ソレ」

そんな頑張り見せられたら、俺も答えなきゃいけない気がするじゃないか。
ぜってー俺も涙目になってるぞ。

「うわあお!成功!?むちゃくちゃ成功じゃない??」
「ああ?………てめえ、わざとやったのか………」
「もちろん!わざとわざと!!」

奴は瞳を輝かせて満面の笑みで大騒ぎだ。まあ、目がキラキラして見えるのは痛みのせいかもしれんが。
つか俺が涙目で痛がっているのがそんなに嬉しいのか。
この赤デコを黙らすのに、コレで軽くぐらいなら平気だろうと、傍にあった酒瓶(中身入り)に手をのばしたところで
アホの発したわけのわからない言葉が耳に飛び込んできた。

「そんな感動してもらえるなんて嬉しいなあ!すげーや、関西弁!!」

何言ってんですか、このアホは。
俺らの間に必要だったのは翻訳こん〇ゃくだったとか、そんなオチですか。

「関西弁が、何だって?」
「いやーさすがだなって!関西弁様様だよね!」
「だから、関西弁のドコがさすがで、様様だって?」
「だってすげーじゃん!一言でお前を涙が出るくらい感動させるなんて!」

そうだ、こいつはアホだった。
なんだか脱力してしまい座っていたソファに倒れこむ。
奴が俺の首筋に顔を寄せてきたので、奴の赤デコを押さえて引き離した。

「痛い痛い!なんでー!?こんないいムードなのに!!」
「どこがだよ!」
「だってお前は俺の愛の言葉に感動して目うるうるさせてるし!ねっころがってるし!!」
「あー、ハイハイ。お前がアホなのはわかった。で、なんで関西弁だって?」
「アホって失礼だなー。………ダチが、関西弁最高!って。関西弁にしびれない男はいないって。」

ああ、言った奴が思い浮かぶ………。
類は友を呼ぶって言葉を納得させてくれたアイツね。

「アイツさあ、誰が関西弁話してるのがいいって?」
「え?ええーと。………んん?」
「可愛い女の子が、とか言ってただろ」
「………なんてこった。」

こっちのセリフだよ。
普通そっちに重点置くだろうよ。そこを忘れるか、このアホは。

「なんてこった!せっかく大好きなNH●我慢して、つまんねーお笑い番組見て関西弁を研究したのに!」

なんてこった。
なんだ今の言葉は。
俺の為に、アホみたいにN●K大好きなお前が、ソレ我慢したって?
恋は盲目ってホントなんですね。
なんか胸にズカーンときちまったよ!

「マ、マスターしたとか言って一言かよ。つか、いきなり『やっぱ』っておかしいだろ」

ぐあ!声に動揺が!
吃るな俺!赤くなるな俺!!

「ああ、そうかも。『ずっと』すきやねん、『何よりも』すきやねん、『永遠に』すきやねん、とかのが一言目にはいい?」

なんなんだ、このアホは。
俺を動揺死させる気ですか。
ああ、耳が熱い。

198 萌える腐女子さん :2005/12/29(木) 23:43:11
管理人さん、再開ありがとうございますっ!!
========
Part5-9 何かに追われてる青年×売りで身を立ててた元男娼


ハァハァと、俺の荒い呼吸だけが、部屋に響いていた。
床に転がったまま、俺はぼんやりとベッドの上のアイツを見た。
今朝見た時の姿のまま、アイツはそこに座っている。
俺は、ニヤニヤと口元がゆるむのが分かった。
「…笑うなよ、こんな状況で。気持ち悪い」
ベッドの上のアイツが、憮然とした顔でそう呟く。
俺は、荒い息をおさえながら、大きく深呼吸をした。一回。二回。
「こんな状況って、好きなヤツと二人っきりの状況で、何でつまらない顔
 しなきゃいけなんだよ」
一息でそう言い切ると、また荒い呼吸を繰り返す。
さっきのヤツらとの追いかけっこのせいで、心臓が早鐘のように鳴っていた。

麻薬の取引を情報屋に流したのは、俺。
それで警察にとりいって、組から抜け出そうとしたのも、俺。
でも警察が動き出すと同時に、組が動き出すとは思わなかった。
俺が情報流したって、誰からバレたかを考えると…やっぱり、警察の内部に
組に通じてるヤツがいるんだろう。つくづく、この世界は狂ってる。
そういえば、最後に情報屋に会った時に、麻薬ルートは壊滅したけれど、
組はつぶれていない、と言われたっけ。

 あぁ、俺にどうしろって言うんだ。逃げるしかないのか。
 俺は、裏切りというヤバい橋を渡って、正しいことをやったはずなのに、
 神様は何も返してくれないのか。

「なぁ、アンタ、警察に保護求めた方がいいんじゃないのか?」
いつのまにか、アイツが俺の横に来ていた。
いつも無表情な顔に、少し心配そうな表情が浮かんでいる。
「…警察なんていったら、俺がつかまって、お前一人になっちまうだろ」
出会ってから半年。お前がそんな顔を俺に見せてくれるようになっている。
それが、どれだけ嬉しいか、何て言えば分かってもらえるだろう。
そして、警察なんて行っても、組の仲間にやられるだけだ、と、どう言えば分かって
もらえるだろう。
「でも、今のままだと…」
アイツが口ごもった。
お互い、分かっているのだ。今の時間が、長くないことを。

「俺、今幸せだ…。街中で、お前を見つけて、愛して、こうして一緒に逃げてくれる
 仲にまでなって、思い残すことなんてないよ…」
俺は、腕をゆっくりと動かして、アイツの頬に触れた。
「バカ! 逃げ切るんだろ、一緒に! じゃないと俺は、また…前の仕事に戻るからな」
「それは、困るな…。お前のこと、他のヤツらに触れさせたくないし」
俺は、もう少し体を動かして、アイツの膝に頭をのせた。
「お前、本当にバカだよ…」
暖かい。あぁ、神様。俺の頬にふれている、このやわらかい太ももも、髪にパタパタと
流れ落ちる涙も、どうか、いつまでも俺だけのものでありますように。

「明日、どこいこっかな」
「どこって…」
「車借りて、遠くまで行こうか。俺、朝一番でレンタカー借りるよ。だから、お前、
 用意しとけよ」
「…分かった」



明日、今生の別れが来るかもしれない。そんなこと、どうでもよかった。
お前が、俺だけのものになってくれたこと。それがどれだけ幸せかを、今は考えていたい。

199 東/京/三/菱×U/F/J 1/2 :2006/01/01(日) 17:34:44
本スレ29の未ゲット
東/京/三/菱/銀/行とU/F/J/銀/行の中の人同士で。



また同じ会社になるんだな。
俺は胸の中に残る槇田の面影に話し掛けた。
男同士の社内恋愛なんて洒落にもならない。しかし、俺と槇田は入社以来5年半、躰の関係を続けていた。
最初に見染めたのはどちらが先だったのか分からない、それ程すぐに俺たちは互いに惹かれ合い、恋に堕ちた。
最初は営業で一緒になった帰り道、酒でもと誘われてふたりで居酒屋に行った。語り合うと言うよりも見詰め合いながら杯を重ねた。
そうして何度かふたりだけで酒を呑みに行く内に、いつもよりも幾分杯を重ね過ぎた槇田が、何度か俺の名を呼んでは黙り込み、なんとも言えない悩まし気な視線を投げつけ、堪えきれないという風に席を立って、帰ろうとした。俺は急いで会計を済ませると、先に店を出た槇田を追い掛け、もう一軒付き合わないと帰さないと無理を言ってボックスに仕切られた座敷のある店に誘い込み、酔い潰れた槇田の耳元に、
「好きだ。」
と、囁いた。
本当は告白などなくても互いに気持は分かっていた。それでも、互いの気持を解放するためにはそれだけのきっかけが必要だった。
俺は肩に持たれかかった槇田の躰を支え、髪を撫でながら、また「好きだ」と囁いた。
肩にもたれた槇田の頬が涙に濡れるのを拭い、そっと抱き寄せ、軽く額に口付けると、そのまま肩を抱いて会計を済ませ、アパートへ連れ帰った。


そうして何度か躰を繋げ合う内に、俺たちは次第に見境を忘れ無用心になった。
最初はこっそりと会社から遠く離れた場所で落ち合い、ホテルへ行くだけだったのが、互いの鍵を持ち合い、毎日のように夜を共にするようになった。

200 東/京/三/菱×U/F/J 2/2 :2006/01/01(日) 17:41:21
そんな俺たちの関係に敏感な女性上司が気付かないはずはなく、ある時、俺のアパートの鍵を開けようとする槇田の肩を後ろから叩いて、ふたりの関係を問い正し、それをネタに親戚の娘との結婚を槇田に迫った。槇田がそれを断ると、関西の支社に追いやった。
耐えられなくなった槇田は遂に会社を辞めた。


そんな槇田が再就職した先は、やはり同じ業種で、少し規模の小さな銀行だった。


このところの銀行再編、合併の嵐の中では何が起こってもおかしくはなかったが、他行と比べ比較的安定していた我社が、槇田の再就職した先の銀行を抱え込むとは正直思っていなかった。
あれから3年経った。
あの時の女性上司は今はもう配属が変わって、当時の経緯を知る者も今はもう誰もいない。

あれから何度かメールのやりとりはしていたが、辛くなって途絶え勝ちになり、俺は携帯番号とアドレスを変更した。


どうしているだろう。また同じ会社になると聞いてあいつはどう思っているだろうか。


ひとづてに、槇田は相変わらず独身のままだと聞いた。
俺ものらりくらりと見合い話をはぐらかしては、相変わらず独身を続けている。


久しぶりに会いたい。
俺はずっと封印していた槇田の携帯の番号を鳴らした。

掛らないかと思っていた電話は通じ、もしもしと懐かしい声が聞こえてきた。槇田の声は見慣れぬ番号に幾分不審そうだ。
「会いたい。」
「……馬鹿野郎!」
「会いたい。」
電話の向こうから嗚咽の声が聞こえてきた。

201 ハンドクリーム :2006/01/06(金) 20:45:09
本スレ100のカメラマン視線です。
ちょい吉外テイストなので、苦手な方はスルーしてください。

――――――――――――――――――――――――――

 あの人を最初に見つけたのは、夕暮れ時の窓際だ。
 軽く握った拳の上に頬を乗せ、時折ゆるりと瞬きをする。
 その姿に――その手に意識を奪われた。

 あの人の手は素晴らしい。
 爪の形や、指の関節から関節までの長さ、手首から親指にかけて通る線。
 甲に浮く骨は、皮膚に覆われ隠されているにも拘わらずその白さが想像出来る。
 折り曲げた指の創り出す鋭角、広げた皮膚の隙間に出来る窪み。
 どれをとっても素晴らしい。
 素晴らしい手だ。

 最初、写真を撮らせてくれと頼んだ時、あの人は酷く白けた顔をして見せた。
 何がそんなに良いのだと。
 その時僕は逆に問いたかった。
 一体何故、君はその手の素晴らしさに気付かない?
 肩口から肘へ、肘から手首へ、手首から爪先へと伸びるその「手」が。
 何をしていても、どんな仕草でも、一枚の絵のようにぴたりと枠に嵌る。
 その爽快さに何故気付かないのか。

 写真を撮りたいと告げた僕に、あの人からの明確な返答はなかった。
 それを無言の了承とし、僕はあの人に纏わるようになった。
 上から見ても、下から見ても、斜めから見ても陽に透かしても、あの人の手は
見飽きることが無い。
 その一瞬一瞬を絵として収めていく作業は至福だった。

 僕が写真を撮っている間、彼は決してこちらを見ない。
 僕の存在など無いものとして扱うように、時に本のページを繰り、時にペンを走らせる。
 その無関心さがまた堪らない。
 変に取り繕うことをせず、ただあるがままにあるがままの姿を見せるあの人の手を
僕は愛した。

 あの人からは、何か甘い匂いがする。
 花ような蜜のような。
 強くではない。
 時折ふと鼻腔に触れ、その時初めてその存在に気付くような。
 そんな極些細なものだ。
 それがあの「手」からするのだと気付いた時には、心が震えた。
 まるで昆虫を誘うようにして、あの花は、あの手は甘い匂いを放つのだ。

 触れたいと願うようになるまで、そう時間はかからなかった。

 あの甲に、あの指に、あの爪に拳に掌に骨に中身に。
 触りたいと。
 僕の中に芽生えた第二段階とも言えるべき欲に、あの人は気付いただろうか?
 こちらを見ないあの人は、きっと気付いてはいないだろう。
 いや、見ないからこそ気付いているかもしれない。
 視線はこちらを向きはしないが、あの匂いは真っ直ぐとこちらに向けられている。
 さあ来いと。

 しかしいけない。
 長く愛したいと願うからこそ、この欲に負けてはいけない。
 あの人の指に触れる時、それは僕があの「手」を破壊するということだ。
 あの人の身体から切り離し、宝物にして大事に仕舞ってしまうだろう。
 それではいけない。
 僕は「あの人」に付属しているあの手を愛しているのだから。

 ああけれどまた甘い匂いがする。
 においにひきよせられるいってしまいそうになるはらのそこにおしこめてころしづつけて
きたことばをあなたにさわりたいとあなたにさわってもいいですかとそのからだをそのてを
そのにくたいをたましいをいしきをこきゅうをいのちをすべて
 ぼくのものにしてもいいですかと

202 ともだちなのにおいしそう :2006/01/07(土) 23:33:41
投下させて下さい
_______________________________
『ともだちなのにおいしそう』

なんてぴったりな言葉でしょう。
初めてCMで聞いたトキは背筋が震えたよ。
ほんと、今の状況にあまりにぴったりすぎるわけで。

「おーい。何ぼけっとしてるわけ?」
近い近い近い!!!
ドアップに驚き、上半身を後ろに引いたら座っている椅子ごと後ろにひっくり返った。
「お前…何してんの?」
呆れ顔をしながらも奴が助け起こしてくれる。
頭は打たなかったが背中を思いっきりぶつけてしまってむちゃくちゃ痛い。
「あーあー。背中思いっきりぶつけたんだろ?湿布貼ってやろうか?」
奴が優しく俺の背中を撫でてくれる。
「いやいや!平気!平気だから!!」
首を横に振りまくりながら奴の手を背中から離した。
今のタッチはまずいよ、今のタッチは!!
「そうか?」
奴が首を傾げたことでつい白い首筋に視線がいってしまう。
今、このとき、俺は誰よりもあの狼の気持ちを理解できているだろうよ!
「そうそう。次体育だろ?さっさと着替えるべ。」
ああ、体育。
ごめん、さっき嘘ついたわ。
これからの俺の方が絶対狼の気持ちわかっちゃうよー
奴が隣でシャツを脱ぐ。
もうね、すごいんですよ。
むっちゃオイシ…いや、綺麗な体してるんですよ。
ちっさい頃から空手やってるらしく、すんげー綺麗に筋肉ついてんの。
つきすぎず、つかなすぎず。絶妙ってやつ。
首筋から肩にかけてや背中とか、もう一度見たら忘れられませんよ。
「どうしたん?早く着替えないと遅れるぞ」
「ああ、うん。」
やっべー。じっと見てたの気付かれたか?つか、今、俺の目、血走ってないでしょうか。
「相変わらずほっせーなあ。タッパは俺よりちょっと高い位なのに、体重は俺より全然少ないだろ」
「ほっとけ!」
おし、普通に返せた。
………普通に反応できるかどうか緊張するってどうなんだ………

「なあ、今日俺んちでお前が見そびれたって言ってたビデオ見てけば?」
奴が俺に背後から抱きつきながら耳元で言ってくる。
やばい。非常にやばいがかなりいいわけで。
「明日土曜だし、久しぶりにそのまま泊まっちゃえば?今日俺んち、他に誰もいないから気兼ねしなくていいし」
「お、おう。」
友達って素晴らしい!
正にそんな感じ。
こんな風にくっついてられるし、お泊りだよ、お泊り!美味しいトコだらけだよ!!
―――って二人っきりはまずい!我慢できるわけがねぇ!!
「あ、俺やっぱり今日はやめ」
「ほらほら早く行こうぜ。帰りに夕飯も買ってっちまおう」
見事に遮られ、俺はそのまま引きずられて行った。

「あーやっぱ面白いなー!!」
いや、正直この状況に気をとられて全然見てませんでしたよ。
何でお前は俺の膝に頭載せてねっころがってるんですか。
友達か。コレが友達効果ってやつなのか!
むちゃくちゃ嬉しいし気持ちいいんだが、気持ち良すぎてやばいんですよ…
なんでコイツ相手にこんな気持ちになっちまうんだよ。
コイツは俺の友達なのに。

「コレ、お前と見ようと思って今まで我慢してたんだぜー」

そんな一言に涙が出そうになるくらい喜びを感じるのは、コイツがかけがえのない友達だからなハズだろ。
それ以外の答えは、出ないハズなんだよ。

『ともだちだけどおいしそう』

………このタイミングでこのCMが流れるわけか。
ちくしょう、そうだよ。
友達なのに、ただの友達だって思い込ませようとしてるのに、やっぱり『おいしそう』なんだよ。
なんてこった。
とめられないんだ、友達に向けるべきではないこの気持ち。

どっぷり凹んで、はーっと溜息をついたとき、奴がこっちをじっと見てることに気付いた。
考えていたことが考えていたことなので慌ててしまう。

「な、なんだよ。何じっと見てるんだよ」
「んー。やっぱりさあ、お前ってあれだよね。」
「あれ?………どれだよ?」
「さっきのあれだよ。『ともだちだけどおいしそう』ってやつ。俺がお前に思ってることに、ぴったりなわけ」

―――は?

203 119 トーテムポール :2006/01/08(日) 03:55:21
でおくれたー。
________________

『土産はトーテムポールでいいか?』

電話で何の前触れもなくそう言われたとき、俺は大笑いしながらも確かに断った、はずなのだが。
「なんで本当に送ってくるかなぁ…」
激しく場所をとる得体の知れない物体を眺めながら、俺は小さくため息をついた。
旅に生きる彼は、一年の半分以上を海外で過ごす。語学力も冒険心もない俺はいつも置いてけぼりだ。
ひょっとしたら英語さえも通じないような国から、彼は土産と称して訳のわからないものを送ってくる。
ギョロ目の木の人形。まじないに使うらしい仮面。時代を間違えたような石器。何かの動物の骨。
ちぐはぐなラインナップは単純に彼のセンスが悪いだけだ。理解するのに三年かかったが。
そのコレクションに、やたら背の高い置物が加わった。
あまり大きすぎるものでなくて良かった。庭しか置き場所がなかったりしたら、近所の目が痛い。
縦にいくつもならんだ動物の顔らしい彫り物を撫で、俺はもう一度ため息を吐き出す。
「こんなの貰うより、あんたの顔を見たいんだけどな」
つぶやいた言葉は、けれど彼に届くことはきっとない。
彼に側にいてほしいのは本音だが、それよりも自由に飛び回る生き生きとした彼が一番好きなので。
だから、一緒に送られてきた写真で我慢。
「あ、この顔、ちょっとあの人に似てる」
少し高め、ちょうど彼の顔と同じような位置に彫られた顔は、目を見開いたような笑顔まで彼にそっくりだ。
思わず笑みをこぼして、そっとその顔にキスをする。
いつか、こいつと写真を撮って彼に見せよう。
そして、次の旅行は自分からついていってみようか。

204 会場まで行ったのにキャンセルかよ! :2006/01/13(金) 01:42:54
チンタラ書いていたらステキなSSが既に…。
といわけでコッソリ書かせてください。
-----------------------------------------------------------------
今日はA男の誕生日パーティー。
誕生日プレゼントは、以前好きだといっていたブランドの物をプレゼントしようかとも思ったが
バイトだけで身を立てている俺には高すぎたために花束。
わさわさと楽しそうにゆれる俺と花束を、町行く人々はほほえましげに見送った。

到着したのは、人気者のA男に似合いのオシャレなバー。
とは行ってもチープさを売りにしているバーなのでご大層な高級感はない。
さて。どう入っていこうか。こういうのは印象が大事なのだ。
すでに盛り上がっていると、コッソリ入ったのでは気づかれなくて主役に最後まで触れないことがある。
俺はニヤリと笑い、扉に激突していった。

「イィヤッホゥオォォォォォォォォ!!! 盛り上がってるかてめえら!!!」

それは文字通り、激突する結果となった。
したたかに打ち付けた体の前半分が痛い。
なんとなく悲しくなって冷静に扉を見てみると
「本日休業」の看板が。

漫画なら今頃俺の頭の上にはてながとびかっているだろう。
あ、あれ。
慌ててポケットから携帯を取り出して電話をかける。
電話の先は今日の幹事でもある主役だ。
1コール、2コール…
『もしも』
「きょ、今日のアレは!?」
『今日のアレ? ああ、誕生日の? あれ、連絡行ってねえ?
 俺、夜バイト抜けらんなくてキャンセルになったんだけど』
「きゃ、キャンセル!?」
今ならコーラスでも歌えそうな気がするほど声がひっくり返る。
『わざわざ予定あけてもらってわりぃな。また今度のみにでも行こ』
一気に体の力が抜けた。
何だかほっとしすぎて泣きそうな気さえする。
「う、うん…あ、誕生日…オメデト」
『おお、サンキュー。進路別れてから滅多だし、久々にオマエにも会いたかったんだけどな』
「俺もだよ。…すっ…好きな奴に…中々会えないのは…辛いんだからな!」
『はあ? オマエ時々面白い事いうよな。じゃ。バイトいってくらー』

精一杯の告白を華麗に蹴られ、会いたかったA男にも会えず、
なけなしの金で買ったプレゼントも突撃した衝撃でズタぼろになったけど
何だか心は来る時以上に弾んでいた。

205 会場まで行ったのにキャンセルかよ!1 :2006/01/13(金) 13:12:33
投下させて下さい。グダグダかもorz
_______________________________

「会場まで行ったのにキャンセルかよ!俺、すげー虚しくねえ?」
『ごめん!本当にごめん!!朝、急にクレーム入っちゃって…午前中に処理出来ると思ったんだけど長引いて。本当にごめん!!』
「あー嘘、嘘。だーいじょうぶだって。映画なんて一人でも見れるしさ。こっちは気にしなくていいから、お前はちゃんと仕事しろ。給料分きっちり働いてこいや」
『ごめん、本当にごめんな、ヒロ。今度絶対埋め合わせするから』
「おう。たっかいもの奢らせてやるから覚悟しとけよー?」
『うん。何でも喜んで奢るよ。……ヒロ、好きだからね』
「……俺も好きだよ、ユキ」

携帯の通話を切ると、つい溜め息を吐いてしまったた。
一体何度目だろう、ユキの仕事でデートがなくなるのは。
目の前にあるのは小さな映画館。
お互い学生の頃は二人でよく来ていたけれど、今年度に入ってから来たのは初めてだ。
今、この小さな映画館でやっているのはハチャメチャな内容のアクション映画一本。今日が上映最終日。
B級アクション映画が好きな俺たちはこの映画を知り、二人で見に行こうと約束した。
でもなかなかユキの都合が合わずに行けなくて、上映最終日の今日、どうにかギリギリ二人で見られるはずだったんだよ。
もう一度溜め息を吐き、ずっと二人で見たがっていた映画を見るため、俺は一人目の前の映画館に入って行った。

休日だというのに中はガラガラだ。入ってすぐにCMが始まる。
お決まりの『携帯電話やPHSの電源を切ってください』というCMを見て、携帯の電源を切った。
ユキと会う前はマナーモードにするだけだったのに、あいつが毎回このCMを見たらすぐに律儀に電源を切るものだから俺もいつの間にかきちんと切るようになっていた。
変な影響だな、と少し笑いが漏れる。
周りに人がいなくてよかった。
こんなCMで笑っていると思われるなんて嫌すぎる。

―――だめだ。全然映画の内容が頭に入ってこない。
ストーリー性重視の映画ではなくても、ストーリーをきちんと把握できていない状態で見るアクションシーンはとても味気なく感じる。
いつもは爆笑するようなシーンでも、今はまったくそんな気分にはなれなかった。
一人だからかもしれない。
そんなことが浮かんだ途端に、何だかぼーっとしていた頭が、映画とは別のことを考え始める。
デートのキャンセルが増えたユキ。
忙しい社会人のあいつとお気楽な学生の俺の時間が会わないのは仕方がないのも
直前にキャンセルが入ることが多いのはギリギリまで間に合わそうと頑張っているからだっていうのもちゃんとわかっている。
それでも、ユキと二人で過ごすはずだった時間を一人で過ごすのはとても淋しく、不安で。
ユキはキャンセルの度に何度も何度も心から謝ってくれる。
それに口では気にするな、と返しながらもどこか不満を持ってしまう自分に嫌悪を覚える。
そんな気持ちを持つのを避けるためにユキに謝らせない様に変に気を張ってしまい、疲れる。
勝手にやっておきながら疲れると感じる自分に嫌気がさす。
自分勝手な考えだとわかっていても、楽しいという感情を見つけることができない。
こんな俺といても、ユキは楽にできないんじゃないか、煩わしく感じるだけなんじゃないか。
「もう、だめなのかな」
小さくこぼれた言葉は映画の主人公の叫び声にかき消されて自分の耳にさえ入ってこなかった。

206 会場まで行ったのにキャンセルかよ!2 :2006/01/13(金) 13:16:37

映画が終わったのは午後2時過ぎ。
映画館を出た俺はなんとなくいつものコースを辿る。
映画館の裏にあるファミレス。
駅から離れているこのファミレスは昼のピークを過ぎればほとんど人がいない。
二人で映画を見た後はいつもここに入ってずっと話していた。
いつも座っていたのは一番奥の四人で座るテーブル。
今日は一人だし、違う席に座ろうと思ったのに、店内がガラガラなのを確認したら、体がついその席の方に向かってしまった。
ウェイトレスさんにここでもいいかと聞けば、いいですよ、と笑顔で返され、その言葉に甘えていつもと同じ席に座り、いつもと同じメニューを注文した。
一人で食べるには多すぎる量を頼んで、馬鹿らしくて笑う。
二人で頼むにしたって多すぎる位の量だ。
いつもは二人でだらだら長時間かけて食べてるから食べきれるだけで。
四人席なのに、いつも向かい合わずに隣合って座ってた。
食事をしながら映画の話に花を咲かせて、こっそりテーブルの下で手を繋いで、人が見ていないのを確認して、こっそり軽いキスをしてみたり。
その後お互い妙に照れて、照れ隠しに爆笑したりとか。
「すっげーバカップルじゃん、俺ら」
笑ったつもりなのに、涙が出てきた。
楽しいことを思い出していたはずなのに、何で涙が出てくるんだろう。
もう俺、諦めちゃってるのかもしれない。
だからあの幸せな時間がもう訪れないって考えて、涙なんか流しちゃってんのかも。
幸せな時間を、懐かしんで、恋しがって、欲しがって、諦めちゃってるからか。
馬鹿みたいだ。一人でうじうじネガティブに考えたってしょうがないってわかってんのに。
なのに、涙が止まんないんだよ。

「ヒロッ!!」

ここで聞くはずのない声に呼ばれて、下に向けていた顔を上げた。
俺を抱き締める寸前、ちらりと泣きそうなユキの顔が目に入った。
「ごめん、ヒロ、ごめん」
息を切らしたユキが声を絞り出す。
俺の顔に触れたユキの耳は驚くほど冷えきっていて、首は逆に熱を持っていた。寒い中走ってきたんだろう。
「ユキ、なんで、こんなトコいんだよ、仕事は?」
「ちゃんと無理矢理終わらせてきた。ヒロ、携帯切ってるし、ここにいるかもって思ったら居ても立ってもいられずに。」
携帯を切ったままだったことを思い出す。
「馬鹿。いなかったらどうするつもりだったんだよ…」
「そしたら、今度はヒロの家行って、ヒロの好きな店行って、学校行ってって他探しに行くよ。」
「なんだよ、携帯繋がるの待ちゃいいじゃん」
「ヒロ、一度切ったら寝るとき充電するまで気付かないじゃん。早く会いたかったし、それにどうしても、今日中に、直接会って直接言いたかったんだよ」
「……何?」
「好きだよ、ヒロ。愛してる。俺と、一緒に暮らしてくれませんか?」

ああ、大丈夫。まだ俺たちの間に、幸せはある。

207 179 ……なーんて、な! :2006/01/16(月) 20:39:17
ちんたらしてたら先越されたー。
__________________

「好きだ」
言った瞬間、後悔した。
竹村はひどく驚いた、そして少し途方にくれた顔をしていた。
「せ…ん、ぱい」
「お前が、好きだ」
もう一度言いながら、改めて向き直ろうと足を踏みかえる。
途端、竹村の身体がびくんと跳ねた。
あぁ、やっぱり。
そうだよな。同じ男から告白されたって、気持ち悪いだけだよな。
想定どおり、俺は唇の両端を持ち上げた。
「なーんて、な!」
「…え?」
「嘘だよ、う・そ」
言われた意味がうまく理解できないのだろう、竹村は目をしばたたいてこちらを凝視した。
「今日でお前とはお別れだろ。せっかくだから、お前のビビり顔でも土産にしようと思ってさ」
やー面白かった、と背を向ける。
これで大丈夫。竹村だって、こんなこと、じきに忘れるだろう。
後ろ向きのまま、俺はおざなりに手を振った。
「じゃーな。俺、これからクラスの奴らと約束が」
「先輩っ」
一瞬、何が起きたのか解らなかった。
竹村が、俺を、抱きしめている?
「なっ、竹村?!」
「先輩、俺…」
ばか、やめろ。泣いてるのがばれちまう!
「や、はなせ、」
「聞いてください!」
初めて聞く強い口調に、ぎくりと動きが止まる。
きっと、解ってしまったんだ。あれが本当だって。
うまく嘘にできたと、思ったのに。
竹村の言葉が怖くて、俺は顔を両手で覆った。
俺の耳に、切なげな声が届く。
「先輩。俺、俺は――」

この後を知っているのは、俺と、竹村と、吹き抜けていった風だけ。

208 小指と小指で萌えてみてください :2006/01/19(木) 23:09:16
こっそりと投下 相手サイド?

−−−−−−−−−−−−−−−−−

だれにもみつからないように
ちいさくつないだ こゆび

ずっと いっしょ
そういって わらうあんた

ごめんな うそつきなおれで
おれがあんたにしたやくそく ほんとうは

熱い固まりが、喉から込み上げてきた。
冷たい棘に延々と刺され続けているような、それでいて何処か生温い幸せ。

崩れ落ちながら、彷徨わせた視線の先には
赤い糸に絡め取られた、四本指の 己の手。

はりは のんだよ
でも やくそくは まもったから

だから

もういちど 

そのゆびで 

『ゆびきりげんまん こんどは おれのばん
 さあ いっしょに おちようか』

209 5-210 恥ずかしがるオッサン :2006/01/20(金) 00:18:57
寒くて寒くて、風を少しでも避けるために、コートのフカフカした襟に
顔をうずめながら歩いていたら、目の前を歩く男に思いっきりぶつかった。
何で立ちどまっとんねん。アホか。
アイツは、俺の心の声が聞こえたのか、「あー、ごめん」と、ぶつかられた方にも
関わらず謝った。何謝ってんねん。ええ子ぶりやがって。
「なぁなぁ、見てみ? 雪降りそうやで。朝には積もってるかな」
しかし、そんな小さなことは全く気にしていないのか、ニッコリ笑って、
アイツは空を指差している。見上げると、真っ黒な空には、ぶ厚い雲がかかっていた。
確かに、ちょっと歩いただけで、こんなに寒いのだし、雪が降ってもおかしくない。
「俺、雨が降り出す瞬間は見たことあるんやけど、雪が降り出す瞬間って
 見たことないからなー。見たいなー。なぁ、そう思わへん?」
アイツは、無邪気に革ジャンのポケットから指を出して、空に向かって広げた。
どこの少女漫画の男やねん、コイツ。何や、そのポーズ。宇宙との交信か。
腹がたったので、毒づこうと思って口を開いたが、そんな変なポーズも妙に様に
なっているアイツに気勢をそがれて、違う言葉を口にした。
「…俺、おっさんやから、そんな気持ち分からへんわ。でも…見れたらええんちゃう?」
ため息に似た息を吐いたら、コートの襟ではねかえって、メガネが曇った。
こんなセリフですら様にならないのか、俺は。ホンマ腹たつ。
でもアイツは、嬉しそうにニヤーッと笑って、俺の隣に立った。
「二人で見れたらええなー」
そして、俺の左腕にペターッとくっついて、左手は、自分の革ジャンの左のポケットに。
右手は、俺のコートのポケットにつっこんだ。
「バ…ッ! お前、何すんねん! 変に思われるやろっ! のけろ!」
「大丈夫やって。こんな寒い夜に、誰も見てへんし。コンビニまでやん。俺の革ジャン、
 ポケット寒いねん。ほら、上見んと、雪降る瞬間見れへんで」
俺の抵抗むなしく、アイツの右手が、俺のコートにおさまる。
俺は、手袋を持っていないので、コートに手をつっこまざるをえない。
すると、自然とアイツの右手と俺の左手が触れ合うわけで。
「あったかいなぁ。一番最初の雪、溶かしてしまうかもしれへんな」
だから、お前は、どこの少女漫画の主人公やねん。
しかしいつのまにか、コートのポケットの中で、指はしっかりと絡まっていたりする。
「…寒いから、おでんと酒買って、早よ家帰るで」
そんなこと言いつつ、目線は空へ。意識は右手へ。顔は真っ赤に。
…って、アホか、俺は。恥ずかしっ。

210 5-189 敬語眼鏡×アホの子 :2006/01/20(金) 02:08:08
個人的に萌えお題だったので投下してみるテスト。


「あれ、イインチョ何よ? 俺に何か用〜?」
 痛んだ茶髪をカラーゴムで括ったアホの子が、菓子パンを頬張りながら椅子に座ったまま敬語眼鏡を振り仰ぐ。
 馬鹿な子ほど可愛いというやつで、案外と皆に可愛がられていたりする彼だったが、密かに勝てない相手がいた。
 それが、敬語眼鏡だったりする。何故ならマイペース、そして穏やかに強引。上手い事転がされて、いつの間に
か思うように動かされている事が多かった。
 そして、今日も。
「アンケート、提出していないの君だけですよ。……って、何て顔してるんですか」
 呆れ顔で眼鏡の蔓を押し上げながら、膝に落ちたパンくずを払ってやる敬語眼鏡。
「あんがと〜。イインチョほんとに優しいねぇ」
「おや、有難うございます。優しいだけとは限りませんけどね。で、アンケートは?」
 口元を指先で拭ってやりながら、もう一度聞き返す敬語眼鏡。
「……どこ、やったかな?」
 首を傾げるアホの子に、新しいアンケート用紙を渡す。
「出来るまで帰れませんからね」
「うわ、ヤブヘビ」
「さあ、さっさと終わらせましょう」
 そう言って、敬語眼鏡は微笑んだ。

 放課後。
「何で手伝ってくんないの?」
 ぶーたれつつも必死にアンケートを埋めているアホの子。しかし、真面目な内容の為どうにもやる気が出ない。
「それではアンケートにはなりません」
「イインチョのけーちけーち」
 しまいにはすみっこに落書きを始める。しかも言葉と同様に幼稚園児並みのセンス。
 流石の敬語眼鏡もちょっぴり怒る。
「……そういう事を言うと、もうお昼のおかずを分けませんよ?」
「えー、それはやだ。イインチョの弁当美味いもん」
「それは有難うございます。明日はだし巻き玉子を入れましょう」
 明日の弁当の中身を考えながら、機嫌よくアンケートを埋めるアホの子。唐突に疑問が。
「わー、楽しみーって……ひょっとしてイインチョ作ってんの?」
「ええ、そうですよ?」
 敬語眼鏡、結構得意げ。
「うわ、意外ー。でもいいお婿さんになるんじゃねー?」
 汚い字ながらも、大分埋まってきたアンケート用紙。つるっと滑らせた言葉が彼の転機となるとは、
流石にアホの子も思わなかった。
「……そうですね。君みたいな何も出来ない人にはちょっと頼りになる婿になれると思いますよ」
「でーきた。……って、今何か変な事言った?」
「何ですか? プロポーズじゃなかったんですか。それは残念」
 さらっと流しているようできっちり話題を引っ張っている策士、アンケート用紙を引き取り、
椅子から立ち上がる。
「……は?」
 ぷろぽぉずぅ? と、妙なイントネーションで繰り返すアホの子。目が泳いでいる。
「提出してきます。玄関口で待っていて貰えますか? 一緒に帰りましょう」
「う……う〜ん?」
「どうしました?」
「あのさ、へんな事聞くけど、イインチョひょっとして……」
「はい、何でしょう」
「結婚願望強い人?」
 いやそこじゃないでしょう、と突っ込みつつ、敬語眼鏡はきちんと分かりやすくアホの子に伝えて
あげた。
「あなたに対する独占欲ならば強いですけれど、まだ結婚の予定はありませんよ? プロポーズを
受けて下さるならば、明日にでも海外で結婚式もやぶさかでは無いですが」
「は、はあー!?」
 すっきりした顔で教室を出て行く敬語眼鏡に、アホの子はただ声を上げる事しか出来ませんでした
とさ。

211 5-239 本家の三男×分家の跡取り 1 :2006/01/23(月) 02:00:27
酒の匂いが離れまで漂って来る。あるいは、服に染み付いてしまったのか。
雪も酒宴の賑わいを完全に消すことはできないらしい。母屋の方から、浮かれた声と食器の触れ合う音がする。
煙草の灰が畳に落ちた。そっと爪先で踏み潰すと同時に、すうっと障子が開いた。
「やっぱり、ここにおったんか」
三治郎は振り向かなかった。一穂は開けた時と同じように、静かに障子を閉めた。
「大叔父さんが、めでたい席に三治郎がおらんゆうてえらい怒っとる」
「嘘つけ」
「うん、嘘じゃ」
一穂は三治郎の隣に座った。胡坐は掻かない。膝を揃えて正座する。
小さな行灯ひとつの暗がりに、一穂の白いシャツの襟元がぼんやりと浮かび上がった。
「久しぶりじゃの」
「ああ」
「姉さんがな、三治郎はすっかり垢抜けて東京もんになったと言うとった」
「ふん」
「東京はどうじゃ。楽しいか?」
「別に」
持ち込んだ灰皿に煙草を押し付けて消すと、三治郎は一穂の膝の上に頭を乗せて横になった。
膝から畳の上に逃げた一穂の手に、寒さで冷えた自分の手を重ねる。手の甲から手首まで、数度さすってから指を袖の中に滑り込ませると、指先の冷たいこわばりは溶けて消えて行った。
「なんじゃ子どもみたいに。兄さんが結婚したんが、そねぇにさびしいか?」
「馬鹿いえ」
「嫁は議員さんの娘じゃ。本家は安泰じゃな」
三治郎は何も言わない。
一穂も沈黙した。
しんしんと降る雪の向こうから、かすかに詩吟が聞こえる。酒でいい気分になった本家の隠居がうなっているのだろう。
三治郎が体を起こした時に、一穂は彼の欲求に気付いたが、それから逃げることはしなかった。いつもそうだったように。

212 5-239 本家の三男×分家の跡取り 2 :2006/01/23(月) 02:01:13
はだけた胸同士が離れると、冷気がひんやりと肌を撫でる。
三治郎の体の下から這い出た一穂は、ハンカチでさっと自分の体についた汚れを拭き取ると、脱がされた下着とズボンを身に着け、シャツのボタンをしっかりと留めた。
快楽の痕跡は、もうどこにも残っていない。少なくとも、目に見える場所には。
ネクタイを締めている一穂を、背後から抱きすくめた三郎治の腕は、やんわりと、しかし断固とした一穂の手にほどかれた。
「もう、ええじゃろ」
三郎治は一穂の体を反転させ、今度は正面からしっかりと両の二の腕を掴む。
「もう、ええじゃろ。ひとの祝言の日に、こねぇなことは、おえん」
それでも唇を重ねると、一穂は逃げはしないし、上着の裾から手を差し入れても、それを咎めはしない。
分家の人間は本家の人間には逆らわない。逆らえない。命の価値が違った。三郎治が一穂を連れ出して川に落ちれば、一穂が叱られた。犬に石を投げた三郎治が噛まれて怪我をすれば、それを守らなかったと一穂が親に殴られた。
一穂は文句を言わなかった。何をされても、耐えていた。
十四の時、三郎治は一穂を女のように扱った。一穂は逆らわなかった。空虚な目で、どこか遠くを見たまま、すべて受け入れた。今と同じように。
終わった時、一穂は「もう、ええか」と枯れた声で問うた。それからずっと、二人の間にあるものは変わらない。
一穂の兄が不慮の事故で死んで、一穂が跡取りになった後も、何も変わらないままだった。
微笑んだ一穂の顔の中の、何の感情もない洞のような目に夜毎うなされるようになって、三郎治は東京へと逃げ出した。
空襲の爪痕もだいぶ癒えたとはいえ、まだ荒れ果てて物騒な東京の方が、希望と怨嗟に満ちているだけ、まだ一穂の目よりもましだった。

三郎治は一穂を抱きしめたまま、「明日、東京に帰る」と言った。
一穂が笑った。ひそやかに、何かの発作のように。
「今度は春に来たらええ。覚えてるか、川辺で魚釣りしたじゃろ。またそこで、魚釣って、今度は落ちんように――」
「いちお」
呼びかけると、「うん」という曖昧な声が返って来た。
「なんで俺を探しに来た」
母屋で笑い声がした。三味線の音もする。誰か踊っているのだろう。
「何と言うて欲しいんじゃ」
一穂の声は、甘える猫のそれのように柔らかい。
「俺が好きだからって、言え」
「うん、お前が好きじゃ」
三郎治はしっかりと一穂の頭を抱いた。決してその顔がこちらを見ないように、何の想いもない目が、見えないように。
「三郎治が好きじゃ。わしは、三郎治が好きじゃ」

もう、ええじゃろ。

そんな声が聞こえた気がして、三郎治は嗚咽を漏らした。

一穂は、身じろぎひとつしなかった。

213 5-239 本家の三男×分家の跡取り 3 :2006/01/23(月) 02:04:36
三治郎が、一穂が癲狂院に入ったという報せを受けたのは、それからちょうど四年後だった。
その大分前から様子がおかしくなっており、家の恥だからと家人が閉じ込めておいたものが、ふらりと外に出て川に落ち、あわやというところを警官に救われたと、母からの手紙にはそう書かれていた。
分家の跡取りがいなくなったので、三治郎のすぐ上の兄が養子に入ることになった。

一穂はどうなるのか。
病が良くなっても、もう帰るところは、ない。
かつて自分のものだった家の片隅で、あの目のままで、ひっそりと生き、老いて死ぬしかない。心の病は遺伝すると、まだ信じられていた。誰も一穂を愛さないだろう。

三治郎は、すぐに手紙を書いた。長兄と癲狂院、内容はほぼ同じ、一穂を見舞いたい、叶うならば、東京に引き取りたいと。そのくらいの甲斐性はあると。
だが、癲狂院から届いたのは、断りの手紙だった。

『一穂君は貴殿の申し出を聞きし途端に呵呵大笑の後発作を起こし、 さんじろうがすきじゃさんじろうがすきじゃこれでええか と叫び、以来三日に渡りて妄言口にすることはなはだしく当院を離れること叶わずして候』

三治郎は読み終えた手紙を握りつぶし、その上に顔を伏せて叫んだ。





「一穂、お前が好きじゃ! わしは、お前が好きじゃ!」





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ゴメンナサイトチュウデナマエマチガエタ orz

214 暖める :2006/01/25(水) 01:17:18
短いけど投下させて下さい。

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一回りも違う身体つき
並んで座ればすっぽりと収まる程で
同じ年なのにと毎度のことながら感心する
特別優劣を感じることもないが
只この身体中に伝わる温もりと
幸せそうに此方を覗く彼の顔には
到底敵いそうにない

215 5-260「幼馴染を初めて意識する瞬間」続き :2006/01/25(水) 18:30:04
今ここで抱きしめたら、染谷は怒るだろう。
それとも猛烈に突き飛ばされて、罵倒されるだろうか。
口を聞いてくれなくなるだろうか。

自覚した瞬間に思い知る、俺の人生で一番手強い相手。

「染谷…」
「うるさい。」
「染谷」
「うるさいって言ってるだろう」
「だって染谷」
「ついて来んなよ、馬鹿野郎!!」
染谷が二の腕を掴もうとした俺の手を振り払う。顔を伏せたままで、決して見せようとはせずに。
振り払った手は、宙で握り締められ、震えながら下ろされた。
「ほっとけよ…」
横にいる俺にもやっと聞き取れるくらいの声で呟くと、染谷はまた歩き出した。
「あ、…っ」

不器用な染谷。多分甘えることも、弱音を吐くこともできないでいる。
放っておけない。だから、追いかける。だから一緒にいる。
幼い頃からのその図式を、けれど今俺は自分で壊そうとしている。
振り払われた時に気がついた、ただ放っておけないだけじゃない。
俺は暴きたいのだ。

「―――染谷!!」
「!?」

駆け寄って勢いよく引き寄せ、染谷の身体を腕の中に納めた瞬間、すとんと胸の奥に落ちてくる。
足元からの震えのようなものと同時に、胸の奥に落ちた感情が熱く溶けた。

「…っ!離せよ…」
「…嫌だ」

抵抗する染谷を固く抱きしめた。染谷の体温を抱きしめていると、何もかもが腑に落ちた。

ずっとこうしたかったんだ。
俺は暴きたかった。意地っ張りで頑なな染谷の、柔らかい部分。
染谷が背負った全部の鎧の中にある、熱くて、弱いところ。
暴いて、俺の前でだけ晒して欲しかった。

抱きしめた腕を解いたら告白しよう。
殴り飛ばされても、罵倒されてもいい。

その時染谷が見せてくれる表情は、きっと初めて見る顔。
俺が暴いた俺だけのものなのだから。


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長くなったので続きはこちらに置いておきます。

216 敬語眼鏡×アホの子 :2006/01/25(水) 21:55:05
投下させて下さい。
アホというより電波にorz
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「俺、お前が殺されたら真っ先に疑われるかも」
「…何てこと言うんですか貴方は」

おとなしくテレビを見ているかと思えば彼は急にそんな脈略のないことを言ってきた。

「えー!だって火サス見てると考えない?自分が殺されたらーとか誰かが殺されたらーとかさ」

どうやら彼の中ではきちんと繋がっているらしいがこちらにはさっぱりだ。

「考えませんよ、そんな物騒なこと」
「マジで?俺なんか月のない夜に背後から襲われたときの為に、ダイイングメッセージまで考えてあるのに。」

この都会のド真ん中に住んでいて月のあるなしが襲われやすさに関係があるとは思えないのだが。
とはいえ、そんなことを言えば拗ねられるのは目に見えている。
だからと言って聞き流しても確実に拗ねる。ということで無難なところ。

「そんなものを考えるより、身を守る護身術でも習った方がいいんじゃないですか」
「そんなのミステリー好きがすることじゃないね!」

…ツッコミたいところは山ほどあるがどうやらこの質問以外は許されそうにない。
とはいえ、この質問にも ま と も な答えが返ってくるとは限らないが。

「どんなメッセージなんですか?」
「よくぞ聞いてくれたワトソン君!パソコンのキーボードのカナ文字配置のローマ字でメッセージ残す!もちろん自分の血で!!」

意外にもまともな答えが。
しかしなんてありきたりな。
そうは思っても口には出さない。出せば確実に…以下略。

「お前が犯人だったらP?か?T`<だな!」
「…前者はともかく、後者は絞れないんじゃないですか」
「…お前変換早くない?もしかしてダイイングメッセージ警戒してる?…ってことはもしかしてお前…!!」

彼には私の手元にあるものが見えないんだろうか。
いや、見えないんじゃなくて見てないんだな。火サスに夢中で。

「ご心配なく。今のところ、月のない夜に誰かの背後に立つ予定はありませんから」
「なんだー驚かすなよなー。この推理マニアの俺ばりに早く答えるもんだから、うっかり事件の臭いを嗅ぎとっちまうとこだったよ!」

事件の臭いはうっかり嗅ぎとるようなものではないというのはこの際置いておくとして。

「推理マニアだったんですか、貴方…?」
「当たり前だ!じゃなきゃ火サス毎週欠かさず見る上録画なんかするもんか!!」
「録画したのを見ている貴方を見た覚えはありませんけど」

彼は頭を少し傾げて考え始めた。
実際見ていないのだから考えても仕方がないとは思うが
彼が首を傾げると首に掛かっていた髪がさらりと横に流れ綺麗なうなじが見える
という発見をしてしまってはそれを遮る気には到底なれない。
眼福ご馳走様です。

「で、俺が疑われる理由何だと思う??」

結局さっきの答えを出すのはやめて最初の話に戻すことにしたらしい。
テレビに釘付けだった視線をようやくこちらに向け、目を輝かせてこちらの返答を待っている。
さっきのうなじもいいが、やはり彼がこちらを向いてくれている方が嬉しい。

「なんでしょうね。貴方といる時間が一番長いから、とかですか?」
「はずれー!答え知りたい?知りたいよな??」
「知りたいですね」
「あのなー正解は…指紋!」
「指紋?」

彼はこちらに両手を突き出しながらそう、指紋!と繰り返す。
つい誘われるように彼の両手に触れ、そっと握れば、きゅっと握り返してくれる。
なんて、幸せな時間なのだろう。

「殺人事件と言えば指紋!指紋と言えば眼鏡でしょう!!」

……話している内容はともかくとして。

「眼鏡って指紋残るじゃん。」
「ですが指紋というものは…」
「お前の眼鏡触る奴なんて俺とお前しかいないじゃん?だからさ、やっぱ確実に疑われるよなー」

彼は自分が何を言ったのかわかっているんだろうか。
こんな会話の中でこんなにくすぐったく嬉しい気持ちにさせられるとは。
指紋は見えないだけで触るだけで他にも残っているなんてこと教える気がなくなってしまった。

「……ここの、ツルのところを持って外せばいいんじゃないですか?そうすれば指紋つきませんよ」
「ああ、そっかー!いつもレンズのとこ持つから指紋つくんだよな!ここ持てばつかないかー」
「試しに外してみたらいかがですか?」
「うん!」

貴方がどんな時に私の眼鏡を外すかなんて、わかりきったことですよね?

217 5-280 ミラーボール :2006/01/28(土) 19:47:30
コネタですがばかばかしいのを思いついちゃったんで。

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「ちょ、見て! コレ! 正に ミ ラ ー ボ ー ル 級 」
潰れたカラオケの解体作業中、
Aが薄いカーテンに包んだミラーボールを股間に押し当て、誇らしげにみせつけてきた。
「…なんか、逆に気持ち悪い」
「お前わかってねえなあ、この煌く姿、タヌキにも負けないデカさ。常に装着して歩きたい気分だ。
 町中の視線が俺に集まるぞ…」
「逆の意味で集まるだろうね」
「まあ、集まりゃ何でもいいわ。いやー、これ貰えねえかなあ」
「…そんなにでかいと、セックスできないよ」
「!!」
「残念」
「やっぱ時代は小さめッスよね」

218 299 アリとキリギリス :2006/01/29(日) 22:52:04
「だから、俺は言ったんだ。ちゃんと働いておけって」
再三の忠告を無視しやがった大馬鹿は、背中の上で静かにしている。
クソ重いその身体に苛付きながら、俺はぶつぶつと吐き捨てる。
「遊んでばっかいるから、こうなるんだよ、アホ」
その言葉に黙して答えない相手に、ますます苛立ちが増す。
頭上を振り仰げば、空一面に積み重なった今にも雪の降りそうな灰色の雲の山。
ああ、急いで巣に戻らなけりゃ。途中で吹雪くと厄介だ。
そのためにも、自分の足で歩くことすら出来ない無能はこの辺りに捨て置いてしまおうか。
そう思って、その場に一旦足を止める。
奴の身体を地面に放り投げて、その腹を俺の細い脚でガシガシと無造作に蹴る。
それでも、奴は自分から起きようともしない。不平すら、言わない。
「置いてくぞ、馬鹿」
もう一度、蹴る。六本の足で交互に、何度も何度も体中のあちこちを蹴りまくる。
されるがまま、ぴくりとも動かない奴の冷たい体が、酷く腹立たしい。
再び大きく音を立てて盛大に腹部を蹴り上げると、何の抵抗もしてこない奴に、俺はぼそりと呟いた。
「……ホントにさ、どんだけ馬鹿なんだよ、お前は」

息をしない奴の長身を再び背に乗せて、俺は黙々と巣穴を目指した。
俺の身体の何倍もあるその重たい屍骸を、俺はただ運ぶことしか出来ない。
泣きはしない。だって、それは向こうの専売特許だから。
毎日毎日、夏の間中、うるさい位に鳴いていた、このキリギリスの。

219 299 アリとキリギリス :2006/01/30(月) 11:18:07
短め。
_______________________

兄は何もできない。
針を持てば指を刺し、鍋を持てば髪を焦がす。

「あーもう、何やってんだよ。貸せよ」
「ごめん、ごめんねケンちゃん」

そのたび、僕は横から手を出す。
仕事を奪われ、兄は突っ立って泣くばかりだ。
兄は何もできない。


兄は何もできない。
人見知りの激しい兄は友達も作れない。
それどころかいじめの対象になっているようで、毎日どこかしらに傷を負って帰る。

「ケンちゃん、」
「いいから。腕、見せて」
「ごめんね、ごめんね」

血の滲む肘に消毒を吹き掛けると、兄はか細い悲鳴をあげて泣く。
兄は何もできない。


兄は何もできない。
僕がいないと何もできない。

「あ、ケンちゃん、ケンちゃ、あぁっ」

ただひたすら、僕の下で鳴くだけ。



君はキリギリス、僕は獰猛なアリ。

220 5-309 気持ちいい? :2006/01/31(火) 02:12:17
せっかくの晴れた日曜だというのに、僕たちはワンルームの部屋の陽だまりで、ごろごろ
寝転がっている。
結局はこういう時間が一番幸せなんだと気づいたのは、高校生だった僕らがすっかりオトナに
なってからだった。
特にすることもないし、話なんかしなくても気まずくなったりしない。
ぼーっと寝転がっていた彼の頭の白髪なんかを探して、それだけで時間はのんびりと流れていく。
「あ、見っけ」
「また? そんなある?」
「あるある。これで、えーと……十四本?」
「数えんなよ、そんなの」
「えい」
「あだっ! ……だから抜くなよ、増えるじゃん」
抜いた白い毛をこたつの上に乗せるのを見て、彼は口をぷうと膨らませた。そこには既に十三本の
毛が待機している。
「おしゃれ染めすれば良いじゃん」
「まだ若いっつの」
白髪染めどころかブリーチもしたことの無い髪の毛は、さらさらと指の間を流れていく。それが
気持ちよくて、僕はもう一度、たわむれるように手櫛を通した。
「あー、こそばいなぁ」
「何、目なんか細めてさ。猫みたい」
「それ猫に失礼だってー」
「あー、そうかも」
「うなずくなよ、否定しろよ」
「うひゃひゃ」
「別にいいけどさぁ」
「だいじょーぶ、お前が一番かわいいってー」
「気持ち悪いなぁ」
「まー良いじゃん。……気持ちいい?」
「ん」
――結局は二人でいることが一番幸せなんだ。何が無くても、二人でいられれば。
目を細めて笑う彼を見て、僕はあらためて、強く、強くそう思った。

221 50歳の年の差 :2006/02/01(水) 02:14:02
「ここでいいの?」
「あぁ・・・ありがとう」

いつもは家にいる祖父が、突然出かけたいと言い出したので、
車に乗せてやって、言われるままに走って、
ついたのは、町外れにある墓地だった。
何度も来たのだろう。迷うことのない足取りで進む祖父の背中を見ながら、
数年前に死んだ祖母の墓とは違うし、友人か何かかなとぼんやり思う。
一つの墓の前で足を止めた祖父は、ただただ黙ってその墓を見つめ続ける。
何かを語りかけているのだろうか。

「友達のお墓?」
しばらく続いた沈黙のあと、なんとはなしに聞いてみる。
墓に書かれた名前は、親戚でもなく、見知らぬ名前。
「・・・友達・・・か。そうだな、親友・・・といっていいものかな。」
「よく、ここに?」
「毎年、この時期にはな。寂しがりだったから、
 顔を見せてやらないと、怒る気がしてなぁ。」
「ふぅ・・・ん。」
祖父がこんなにも喋るのは珍しい。
ここに眠ってる人は、よっぽど大事な人だったのだろうか。
「もう、50年になるのか・・・。お前さんと、年が離れていく一方だなぁ・・・。」
ぽつり、と呟いた祖父の目に浮かぶのは、
懐かしさと寂しさ
ざぁ、と2月の冷気をおびた風が吹き抜ける。
「・・・じぃちゃん、冷えるから。もう帰ろう。」
「・・・そうだな。皆が心配するしの。」
なんとはなく、そのまま祖父が消えてしまいそうで、
それを祖父が望んでいるようで、
耐え切れずに、促すと、いつもの祖父の顔に戻っていることに安堵する。

「もうちょっと、待っててくれるか?お前の傍に行くのを・・・。
 50歳離れたジィさんになってしまってるがな・・・。」
来た道を戻ろうとした時に、祖父が墓を振り返って、
呟いた言葉と、見たことのない祖父の表情は、
見なかったふりをしようと、なんとなしに、そう思った。

222 50歳の年の差 :2006/02/01(水) 02:21:32
件名:もうすぐ帰れます

本文:
お久しぶり。

予定通りの航行なら、星間往復シャトルの試運機は後少しでそちらに到着できる筈だ。
地面に足をつけるのは何年ぶりだろう?
しばらくは、久々の重力に縛られる生活に戸惑ってしまいそうだな。

それにしても、お前がジジイになってるだなんて、俺は未だに実感がわかないよ。
だって、俺はまだぴっちぴちの30代だぜ? 俺より2つも年下だった筈のお前がジジイって。
学院で耳が痛くなるほど理論は勉強したはずなのに、いざ自分がその立場になるとどうしても信じられない。
いや、もちろん理解はしてるんだけど、お前写真とか音声一切送ってくれないしさ。
つーか、最近はメールすらろくによこさねーだろ。 筆不精なのは知ってるけど、返信くらいしろよ。

地球に戻ったら、一番にお前に会いたい。
お前を見たい。声が聞きたい。抱きしめたい。
とにかく会えるのを楽しみにしてる。
だから、待っててくれ。

*    *     *

――もうすぐ、キミの搭乗しているシャトルが地球へ戻ってくる。
それが嬉しく、けれど何より恐ろしい。
キミにこんな姿を見せたくない。
こんな、変わり果てた姿を。


送られてきたメールの返事を何とか打ちたくて、思うように動かない腕を必死に振り上げる。
キーボードの上を這いずる指先は小枝のように細く枯れて、カサカサに干乾び罅割れていた。

223 379 眼鏡と眼鏡 :2006/02/07(火) 12:11:35
「眼鏡を外すと美人」だったなら、先輩は僕を見てくれただろうか。


よれよれのシャツ。くたびれたジーパン。寝癖だらけの髪。剃り残しの目立つ髭。そして、時代遅れの瓶底眼鏡。
自分に無頓着で野暮ったい先輩は、同じくらい他人にも無関心だ。
そのかわり、手掛けた物にはとことん執着する。あまりのしつこさから、一度全く同じ実験値をたたき出したという噂まで
まことしやかに流れていて、ゼミじゃ上からも下からも変人扱いだ。
その変人の先輩に、僕は恋をしている。
いつからとか、どうしてとか、いくら考えてもいまだに分からない。
ただ、ぼさぼさの頭や薬品で荒れた指が僕はとても好きで、いつかレンズの奥の瞳を見てみたいと、
いつもそんな事を考えてしまう。
今日もまた考え事をしていたせいで、いつの間にか手元が疎かになっていたらしい。
「どうした小野ー。手が止まってるぞ」
はっと顔を上げると、目の前に先輩の分厚い眼鏡。
かあぁっと顔に熱が集まる。
「ぅあ、あの、」
「小野、風邪か? 顔が真っ赤だ」
「いえその、ひぁっ」
かちん、と眼鏡がぶつかる音がして、額に温度のあまり高くないものが触れて。
「熱は、ないようだな」
二重のレンズの向こうから、先輩の瞳が、僕の、目を、

「わぁあっ!」

がたん、ぱりん

「あぁっ、ご、ごめんなさ、あの、大丈夫ですから!」
蹴倒した椅子も落とした試験管も驚き顔の先輩もそのままに、僕は教室を駆け出した。


本当は、知っている。
先輩は物事に頓着しないんじゃなくて、ただ変化させるのを好まないんだって事を。
だから、先輩は小さな異変にとても敏感だ。
先輩が好きなのは、学友のおっちょこちょいと、ちょっと焦げた学食の焼き魚定食。
先輩は、可愛らしいちぐはぐを愛する人。
いつもドジを踏む友人を諌めないし、食堂のおばさんにも文句を言わない。

きっと始めから先輩に向いていた僕の気持ちに、彼は気付かない。
とりたてて取り柄も欠点もない僕に、彼は興味を持たない。


「美人が眼鏡で台無し」だったなら、僕は先輩の愛するものになれただろうか。
_______________________

最初は「キスの時の眼鏡がぶつかる音に反応してしまう受け」を考えていた。なんでこうなったんだ?

224 4-779 ギタリストとピアニストの恋 1/2 :2006/02/07(火) 23:38:56
音楽をやっている奴には、ぶちキレたのが多い。理性に関係ない部分の脳ミソが発達しているせいだろう。
中野はそんなぶちキレた人間の中でも、十指に入るぶちキレ男だ。
まず出会いがひどい。
「THE☆複雑骨折」というコミックバンドみたいなジャズバンドの助っ人ピアニストだったこの男、ステージに立ってリーダーが客にしっとりと挨拶した直後、金切り声と社会がクソだという主張が「イケてる音楽」とカンチガイした霊長目ヒト科ダミゴエロッカーモドキどもがステージに乱入し、マイクを奪って中指立てて「グオー!」と叫んだ瞬間、いきなりそいつの頭をビール瓶でかち割った。
俺は顎が外れかけた。
対バン相手として楽屋で挨拶を交わした時に見た顔は、どちらかと言うと大人しい、お坊ちゃま風情のある美青年だった。
それがビール瓶だ。そんなもんで殴ったら、普通死ぬ。だから普通はしない。それをやりやがった。自動販売機でジュース買ってた時と同じ表情で。

ロッカーモドキとその日登場予定のバンドマン、そして客をも巻き込んだ大喧嘩の後、警察で腫れた顔を押さえて事情聴取の順番を待つ俺の横で、びりびりに裂けたシャツの上から毛布を羽織った中野は「ふふふ」と笑った。
何がおかしいんだと睨んだら、「君、横顔がグールドに似てるな」と言ってまたおかしそうに笑った。
グールドだかぐるぽっぽだか知らないが、この状況でよくそんなことを言えるもんだ。
呆れる俺の顔を見て、中野はまた笑う。白いこめかみから頬まで、赤黒く乾いた血が毒々しい花のように貼り付いていた。
こいつとは二度と会いたくないと思った。


二度目の出会いも、やっぱり警察だった。
あの騒動のあったライブハウスで、支配人のおっちゃんと世間話をしていた際、かかってきた電話に出たおっちゃんが変な顔で俺を振り返った。
「……たぶん君のことだと思うんだけど」
そんな台詞と共に差し出された電話に出ると、相手は刑事だった。
取調室にいた中野は、机に胸から上を伏せてぐったりしていた。
26歳――なんと年上だった――住所不定、無職、自称演奏家。
ダメ人間の典型のようなプロフィールの中野は、「他に名前を覚えている人がいないから」という理由で、苗字しか知らない俺を身元引受人に指定しやがったのだ。
中野は、ホームレスと一緒に飲んで歌って騒いでいたのが、ホームレスの一人が元シャブ中患者で、フラッシュバックを起こして中野を人質に刃物を振り回して暴れたあげく、近くに止めてあった車を盗んで走ったら案の定ガードレールに突っ込んだのだという。
この事件に関する中野の感想は、「びっくりした」の六文字だけだった。
こいつには関わりたくないと思った。

思ったんだ。
思ったのに、足をねんざして動けない中野をおぶって歩くうちに、その背中の軽い痩せた体のかすかなぬくもりを感じているうちに、思ったより低い、驚くほど美しい声で歌う「ジュ・トゥ・ヴ」を聞いているうちに、催眠術にでもかかったのか、俺は中野を連れて自分のアパートに戻り、風呂に入れさせて、ビールを飲ませて、同じ布団で眠ってしまった。
朝起きて中野がいないことを知ると、俺はほっとすると同時に寂しくなった。
20分後、財布から福沢さんが一人消えていることに気付いて、その寂しさは吹っ飛んだ。

225 4-779 ギタリストとピアニストの恋 2/2 :2006/02/07(火) 23:40:29
三度目の出会いも警察だったら本気で縁を切ったんだが、どっこい三度目は俺のアパートの前だった。
ミュージック・ホールを兼ねたレストランでの仕事を終えて、ギターケースを片手に寒波に襲われた町を歩いて帰ると、家の前で素足にスニーカーを履いて、変色したダッフルコートを羽織った浮浪者一歩手前の中野がウォッカの瓶片手に待っていた。
誰がどう見ても酔っ払いの中野は、万札をひらひら振って「おかねかえしにきたー、おかねー」と歌うように告げた後ひっくり返った。

汚い服を脱がせて、自分のパジャマを着せて、前と同じように一緒の布団で寝かせた。
「おい、ギタリスト君」
着替えて布団に入ると、中野は目を閉じたまま話しかけてきた。
「君は、生まれてはじめて聞いた音楽を覚えてるか?」
「はじめてって言われても……覚えてないよそんなもん」
「私は覚えてる。ショパンのワルツ第1番変ホ長調……華麗なる大円舞曲」
「いつ聞いたん?」
「生まれた時」
そんな馬鹿な。
「三島由紀夫かあんたは」
「本当だよ。聞こえたんだ。私は音楽と共に生まれたんだよ。今も音楽が聞こえるんだ」
酔っ払いのたわごとだと思うことにしたが、背を向けても耳はどうしてもその声を拾ってしまう。
「この音楽が、私以外の誰かにも聞こえたらいいのに。誰でもいいんだよ、君でもいい、神様でもいい、誰でも……」
ささやく声を寂しそうだと思った時、俺の常識と平穏を愛する心はどこかに旅立ってしまった。

中野の肌は白かった。体の内側は熱かった。
柔らかく曲る細い脚が、切なげな吐息が、数センチ先にある潤んだ瞳が、どういうわけか甘い肌の匂いが、俺の五感のすべてに快感を与えた。
中野は俺の指に触りたがった。ギタリストの手だねと微笑みながら、節ばった長い指に舌を這わせ、俺の理性をもう手の届かない遠くまで追いやってくれた。


やっぱりというべきか、眠りから目を覚ますと中野はいなかった。指には歯型が残っていて、じわじわとした痛みが心臓をぎゅっと掴んだ。
今度は財布は無事だったが、俺のコートがなくなっていた。
怒る気はしなかった。窓の外には雪が積もっていて、あのコートが寂しいダメな迷子を寒さから守ってくれたらそれで良かった。
残されたダッフルコートをクリーニングに出そうとしたが、もう布がボロボロだからと断られた。洗濯機にかけたら、なるほど分解してみごとなボロ布になった。


四度目の出会いは、コンサートホールだった。
俺のギターの師匠が、俺を伴って出かけたちょっとしたランクのピアノコンテスト。出場するのは、無名のピアニストばかりだった。そこに、中野の名前があった。
俺は軽くパニックになった。
まばらな拍手の中、きちんとタキシードを着て、髪をきちんと整えた中野が現れ、鍵盤の上に手を置いた。

ショパンのワルツ第1番変ホ長調。通称・華麗なる大円舞曲。


演奏が終わると同時に、コンサートホールが拍手に満ちた。聴衆は立ち上がり、あのダメ人間を称えている。
中野はしばらくぼんやりした顔で観客席を眺めていた。音楽を聴いている、そう俺は思った。
その証拠に、中野は拍手の波が遠ざかると、満足した顔で軽く一礼してから舞台を去り、そして次のプログラムに出てこなかった。
中野は失格した。
楽屋に脱いだタキシードを放り出して、まだコンテストの最中だというのに、うろたえる関係者とあきらめ顔の父親――これまた某オーケストラのピアニスト――を残して消えたと聞いた時、俺はほっとした。
ああ、中野だと思った。
俺は間違いなく中野のピアノを聴いたんだと、嬉しくなった。


今、俺は五度目の出会いを待っている。
そういえば、俺のギターを中野に聞かせたことがないと思い出したからだ。
自分のバンドに誘うつもりはない。もうビール瓶はこりごりだ。いくら「あばたもえくぼ」という言葉があろうと、音楽のこと以外では、あれは最低な人間だと俺も理解している。

再会が何年後になるかはわからない。でも、また会えるような気がしている。その日のために、俺は自分の音楽を探している。

226 5-419共依存 :2006/02/11(土) 21:20:18
ある一夜。
村外れのあばらやに一人の旅人が忍んでおりました。
年の頃は十二、三。
透けるように白い肌は、破れた屋根から零れる月光に照らされ、その腕から流れ落ちる朱い筋さえもキラキラと反射させています。
彼は今、訳のわからぬままに「敵でも味方でもないもの」に取り囲まれておりました。
その名を「ニンゲン」という生き物です。
彼も以前は、そう呼ばれた生き物でした。
彼の両親が一年に一度、森に現れる獣を退治すると出掛けるまでは。
…貧しい我が家に一人取り残された彼が、自らが誠の孤独になったことを悟るまでは。
彼は祈りました。
獣を捕えるまでは旅を続け、けして見失うことなく獣に復讐を、と。
獣を追うことが彼の生きる縁になり、年を季節を忘れて、幾年も十幾年も獣は彼の姿を確認し、彼も獣の後ろ姿を追いました。
その内に幾度も通り過ぎた街や村で噂が立ち始めました。
「自分たちが子供の頃に出会った姿のままでいる青年がいる」
それが祈りから生まれた奇跡なのか、彼自身にもわかりません。
しかし、自分達とは明らかに違う時間で生きる者への純粋な恐怖から、彼もまた「ケモノ」と呼ばれる生き物になりました。
そして。
人々はケモノ退治と称してとうとう村外れに追い詰めました。
放たれた火により、彼の回りの壁が炎に包まれます。
熱く燃え、激しい火の粉が舞い上がる中、しかし疲れた彼はもう逃げるつもりがありませんでした。
数日前、村人から追われた彼に代わり、谷底に落ちていった獣。
獣が噂通りの生き物ならばいつでも誰でも、彼でさえも片付けることなど簡単だった筈なのに、何の抵抗もなく。
…獣のいない世界になど、もう意味がない。
彼がそう思った時、崩れた壁の向こうから傷だらけの青年が現れました。
幻を見ているのかも知れない。
「何故?」
彼は遠くなる意識の中、問いました。
何故、自分の前に戻ってきたのか。
もう追われずに済む筈ではないか。
獣は何も答えません。
答えぬままに、彼へ手を差し延べました。
その手は彼のものと変わらない、柔らかなヒトの形をしておりました。

月の光の下、燃えたあばらやは全て灰になり。
あれは現実だったのか
彼と獣は何処へ行ったか、彼の目的が果たされたか、ニンゲンで知る者は誰もおりません。

続きは月だけが知る物語。

227 5-419 共依存(1/4) :2006/02/12(日) 00:45:59
すごく長くなった。おまけに少々流血描写あり。苦手な方は避けてください。
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「おはようございます」
 おはよう、と返そうとした私は彼の顔を見て絶句した。
 大学生には見えない、中学生のように小柄で、童顔で、小さな声で、大人しく真面目なバイトの彼は、その顔の半分を別人のように赤黒く腫らしていた。
「ど、どうしたのその顔は!?」
 うろたえた。この喫茶店に彼がバイトに入って、わずか三日。その三日で、私は彼に遠く離れて暮らす弟を重ね、礼儀正しい態度も含めて「いいバイトが来てくれた」と喜び、好感を抱いていたのだ。
「転んだんです」
 彼は微笑もうとして、痛そうに顔をしかめた。それから私の表情を見て、もう一度「転んだんですよ」と言った。
 明らかに嘘だった。

 とても接客をしてもらえる外見ではなかったので、私は彼に皿洗いや掃除などの裏方仕事をしてもらうことにした。
 彼は黙々と働いた。
 幼い外見にその傷は痛々しく、誰がそんなことをしたのかと怒りすら覚えた。

 一週間後、彼はまた顔を腫らしてきた。それだけではなく、今度は手に包帯を巻いていた。
「ちょっと、転んだんです」
 彼はまた嘘をついた。
 店が終わった後、私は彼を引き止めた。
 コーヒーを出しながら、何か困ったことがあるなら力になると言ったが、彼は何もないと答えた。

 数日後、私は手を滑らせてカップを一つ割った。
 彼は「大丈夫ですか?」「ケガしませんでしたか?」と心配そうに駆け寄り、「失礼しました」と客に言いながら破片を片付けてくれた。
 いい子だ。仕事の飲み込みは早いし、接客態度もいいし、大人しすぎるのがタマに傷というくらいいい子だ。
 現金にも少し気分を良くした私は、その一時間後に何が起きるかなど想像もつかなかった。

 彼が休憩に入って数分後、裏口から何か物音がした。
 カラスがゴミでも漁っているのかと思い、ちょうど客もいなかったので、私は裏口のドアを開けた。
 同時に彼が私の胸に飛び込んで来た。いや、そんな優しい表現では足りない。彼が私に激突した。
 不意を打たれて私は尻餅をつき、事態を把握しようと顔を上げると、そこには上背のある男が立っていた。怒りの形相で私を見下ろしていた。
 言葉を失う私を見下ろし、男は小さく舌打ちすると足早に去って行く。
 そこでようやく、私は腕の中の彼が顔を押さえていることに気が付いた。指の間から、とろとろと赤黒い液体が流れていた。私の血の気が引いた。

228 5-419 共依存(2/4) :2006/02/12(日) 00:46:43
***


「恋人なんです」
「ゲイだってこと、隠していてすみません」
「誤解しないでください、僕が悪いんです」
「彼、僕が店長と浮気していると疑って……」
「カッとなっただけなんです、いつもは優しいんです」
「繊細な人なんです。傷つけるようなことをした僕が悪いんです」
「僕のせいなんです。彼が来ているのに、疑われるような態度を取ったから」
「いい人なんです、本当は」

 いい加減にしろ、と怒鳴りたかった。彼が鼻にティッシュを詰めて、顎の下まで鼻血で汚していなければ、きっとそうしていたに違いない。
 今はできなかった。被害者を責めることだけはしたくなかった。
 そんな私の心を読んだかのように、彼はぽつりと呟いた。

「……みんな、僕が被害者のように言う」


***


「面白い話をしてあげよう」
 私は呆れて友人を見た。人が恋人から暴力を受ける――いわゆるDV被害者である哀れな青年について相談しているのに、いきなり何を言い出すのやら。
「あるところで飼われている犬は、子犬のころからラジカセに繋がれていた。そのせいで、成犬になってもラジカセが自分の力では動かないと信じていて、ラジカセ周辺から移動できないんだと」
「アタシそれ漫画で読んだわよ」
 つぶらな瞳と毛深い体が熊を思わせるママが、野太い声で笑った。私はまったく笑えなかった。
「……それで?」
「つまり固定観念を覆すことは難しい」
 口を開けた私を押し留めるように、友人は手のひらをこちらに向けた。
「本人が幸せならいいじゃないか。ラジカセに繋がれてようが殴られてようが鼻血がブーだろうが。成人してるんだろ、その子」
「まだしてない!」
「パチンコもアダルトビデオも風俗も解禁だろ。恋愛に関して人がどうこう言う年齢じゃないと思うんだけどなぁ」
「お前もあの顔を見たらそんなこと言ってられなくなる!」
 音を立ててカウンターにグラスを置くと、ママが「やぁねぇ」と顔をしかめた。
 占いで生計を立てているから、奢るとまで言ってこの友人をバーに引きずり出したのに、思うような手ごたえがないことに私はいらだっていた。
「なんとかならないのか?」
「なんとかって?」
「だからほら、お前占い師だろ。『彼と付き合うと不幸なままですよ』とかアドバイスするとか」
「あほ」
 二文字で片付けられた。
「ちなみに、固定観念うんぬんは、主にお前のことだからね」
「えっ?」
 私のすっとんきょうな声を聞いて、友人は肩をすくめた。
「殴ったら加害者、殴られたら被害者……まぁそれは確かに。だけど本当にバイト君は被害者なのかな」
「顔の形が変わるほど殴られてるんだぞ?」
「オーケイ、ひとつアドバイスをしてあげよう」
 友人は短くなった煙草をくわえて、ぷかりと空中に煙の輪を作った。
「『彼と別れなさい』と言ってみろ、おそらくバイト君は『彼は僕がいないとダメなんです』と言う。そこで『君のお父さんも人を殴っていたのか?』と突っ込めば、『はいそうです』と彼は言う」
 突然の宣託に目を点にする私の前で、友人は目を伏せて呟いた。
「お前さんが思うほど、けなげでまっすぐでひたむきないい子じゃないよ、そのバイト君は」

229 5-419 共依存(3/4) :2006/02/12(日) 00:48:11
***


 翌日、私は友人の言うとおりにした。
 友人の予言は当たっていた。
 私は電話でそのことを友人に報告した。
「だから言ったろ」
 友人は眠そうな声でそう語った。
「彼氏はおそらく暴力依存。依存症だよ、わかりやすくいえば中毒。そしてバイト君はそれを無意識に煽ってる。彼は殴る男に依存してる。というか、それ以外に他人と関係を作れないのかもしれない」
「……なんとかならないのか」
「なんとかって?」
「だからその、カウンセリングとか……」
「あのね」
 ため息が聞こえた。あるいはあの日バーでそうしたように、煙を吐いただけかもしれない。
「救われたいと思っていない奴は、誰に何をしてもらっても救われない」
 電話を通して聞こえる友人の声は、やけにクリアで、脳に直接響くような感覚すらある。
「砂漠に水をまくような真似はやめろや。お前はね、健全で影響されやすい人間だよ。認知の歪みの中で生きている人間に触れちゃいけない」
 ――たとえ惚れてても。
 私は思わず通話を切った。

 店は閉めている。昼前に彼を帰し、臨時休業にした。今は客の対応をする自信がない。
 冷蔵庫の低いうなりと、換気扇の回る音だけが店に響いている。
 ふと、気配を感じて振り返った。
 彼がいた。
 裏口に立って、じっと私を見ている。
「財布、忘れたんです」
 声が出なかった。
 彼はすたすたと店に入り、カウンターの下から財布を取り出してコートのポケットに入れた。
「僕の父親は立派な人間でした」
 脈絡もなく語り出した彼の声が脳に響く。私はメドゥーサに睨まれた獲物のように、指一本動かせなくなっていた。
「父は医者で、たくさんの人の命を救う、とても立派な人でした。母も、姉も、僕も、よく殴られました。でもそれは、僕らが父の家族にふさわしくないことをしたときだけです」
 くすくすくす。
 何の音かとしばらく考え、彼の抑えた笑い声だと気が付いた。
「きっ……」
 声が出た。今まさに裏口から出ようとしていた彼は振り返る。赤黒く腫れた目の上と、紫色になった口元が見えた。
「君は、彼を、君の思い出から解放してあげないのか」
 彼はうなずいた。
「幸せなんです」
 彼は微笑もうとして、痛そうに顔をしかめた。それから私の表情を見て、もう一度「幸せなんですよ」と言った。
 嘘には聞こえなかった。

230 5-419 共依存(4/4) :2006/02/12(日) 00:49:15


***


 彼は僕を逃がすまいとするかのように、僕に覆いかぶさって眠る。
 彼はよく僕を殴る。
 殴られると痛い。
 そこに幸せはない。
 だけど、僕がふいと家を空けると彼はひどく取り乱す。
 帰った僕は責められ、殴られる。
 僕が彼を傷つけた代償だ。
 彼はかわいそうな人だ。
 殴ることしか知らないかわいそうな人だ。
 いつかこのひ弱なちびが自分より強くなるんじゃないかと、自分が否定されるんじゃないかと、怯えながら暮らしているかわいそうな人だ。
 店長にはそれがわからない。
 カウンセリングだってさ。おかしいねぇ。
 あの人も、まるで僕らが狂っているかのように扱うんだ。
 僕らの間にあるものを、絆の深さを、彼は知らないからそう言うんだ。


 彼は不定形な僕に立場と役割を与える。
 彼は僕を支配している。
 僕は弱者である彼に強者だという自信と満足を与える。
 僕は彼を支配している。

 彼には僕が必要だ。
 僕には彼が必要だ。

 ぼくたちはしあわせだ。
 こんなしあわせなにんげんは、ちょっといない。





 あはははは。
 あはははははは。

231 5-529「矛盾」 :2006/02/26(日) 12:25:44
「受けよ、俺様の801棒はどんな硬い受け穴も突き抜けてしまうのだ。
 さあ、無駄な抵抗はやめて私に抱かれるがいい」

「フフ・・・攻めさん。私の穴をそんじょそこらの受け穴と一緒にしてもらっては困るな」
 
ババーン!

「何!?ま、まさかこれは・・・どんな硬い棒を持ってしても
 貫くことが出来ぬという、伝説の801穴!?」

「その通りだよ、攻め君。しかし、君のその棒はもしや・・・」

「ああ。君の801穴と同じく伝説と呼ばれている801棒だ」

「なっ・・・」

「「なんと奇遇な!!」」

「ところで受けよ。もし俺の801棒をお前の801穴に突き刺したらどうなるかな?」

「ふっ、心配には及ばぬ。801穴というのは、ただ持ち主の貞操を守るだけのものではない」

「なんだと?」

「相手にあわせて、姿形はもちろん、ローションや妊娠機能までもを完備しているのだ!」

「素晴らしい!」

「しかし、攻めさん。困ったことが一つだけあるのだ」

「何だ?」

「このままでは『矛盾』というお題を無視して話が終わってしまうのだよ」

「それは大変!」

「だから私は君に抵抗することにしよう。そして君は嫌がる私を無理やり手篭めにするのだよ」

「了解した」

801棒と801穴、どちらが勝ったのかは二人にしかわからない・・・・・・

232 5-649 「職員トイレで」 :2006/03/14(火) 16:03:12
『先生! エッチしてください!』

朝、職員専用トイレに入ったら、トイレのドアに赤いスプレーで、デカデカとそんな
稚拙な落書きがされていた。
県内でも最低ランクの高校で、しかも男子高校ときたら、こんなイタズラも日常茶飯事だ。
本日の職員朝礼でも、その件に関して、一切触れられることはなかった。
俺だって、あのメッセージを深刻にとらえていたわけではない。
だいたい、「先生!」と呼びかけられる人間なんて、うちの学校だけで50人を越えている。
中高一貫教育であることを考えると、さらに対象者は倍だ。
イタズラした犯人も、できれば対象者をしぼってくれれば、非常事態に対処できるのに。

そして俺は今、そんな不親切な犯人のせいか、トイレの個室に押し込まれて、男の手によって
服を脱がされようとしている。

「ちょ…っ、先生、何考えてるんですか」
「何考えてるって…田中先生と、ナニすることだけど?」
首筋に、わざと音をたてて、唇を落とす。そして、歯をたてる。
慣れた手管に、俺は、腰がざわめくのを感じるが、必死で先生を押し留めようと、理性を
総動員して、腕をつっぱった。
「あきません! ここは、学校! しかも、トイレやないですか!」
あー、さっきので、首筋にキスマークついたかな、と、頭の冷静な部分が考える。
先生は、そんな俺の抵抗も、じゃれているようにしか感じないらしく、ニヤニヤしながら
楽しんでいる。あー、アホみたいじゃないか、俺が。
「田中先生、その言い方だと、学校のトイレじゃなきゃいい、って言ってるようにしか
 聞こえませんよ?」
「おっさんみたいなこと、言わんでください!」
少しでも、先生と距離をとるために、足で蹴ろうとすると、あっさりと足首をつかまれた。
俺、細身だけど、けっこう腕っ節が強いので通っているのに。
でかい図体して、無駄な力ばっかり余らせやがって。このバカ体育教師! 先輩だからって、
いい気になって!
「いいですか、田中先生。俺達は、今朝方、このトイレに書かれた生徒の願いを、消すために
 トイレに二人でいるわけです」
先生は、俺の耳に唇をあて、わざとらしい説明口調を、低い声でささやきだした。
あ、やめて。その声。力抜けるから。
「だから…こんなことせずに、はよ、掃除しましょ、って…」
「しかし、この落書きは、生徒の願いでしょう」
俺は、せまいトイレで、頭より高く足をあげられたため、体全体を腕でささえるような体勢になった。
先生は、抵抗できなくなった俺の、足首に左手の指をはわせつつ、俺の胸のボタンを、右手一つで
器用にはずしていく。
「願い…?」
「『エッチしてください!』なんて、かわいい生徒の願いを、叶えずに消すだけの教師なんて、
 教師のかざかみにも置けない。願いを叶えてからでも遅くはないはずです」
「こ…『ここで、エッチしてみせてください!』っていう意味ではないですよ、先生…っ!」
「僕と田中先生の、解釈の違いってヤツかな」
先生は、とうとう俺のシャツのボタン、全てをはずしてしまった。
「まぁ、なるべく音たてないでくれたら、それでいいんで。よろしくお願いしますよ、先生」
俺は、おおいかぶさってくる先生の体に、もう抗うことができなくなっていた。
体温におぼれないように、左手を苦労して、口元に持っていき、声が出ないように噛む。
「ちゃっちゃっと済ませましょう。ね?」



全てが終わって1時間後に、職員トイレの落書きは、先生が一人で消してくれた。
だけど、次の日、職員会議では、職員トイレの新たなる問題が、議題にあがっていた。
「職員トイレに、コンドームが数個、捨ててありました。生徒が忍び込んで、不純な行為を
 していた形跡です。休み時間、昼休み、放課後など、こまめに巡回をするよう、お願い
 いたします」
俺は、隣に座る先生の顔を盗み見た。先生も、俺の方を見ていた。
俺達、1回しかやっていない…よな。しかも、ゴム、持ち帰ったよな…。
ということは、あの落書きは、成就されたのか。もしかして。それとも…?
ふと教頭先生を見ると、先生の顔が、少し赤く見えた。気のせい…か…?

233 5-780 見た目怖面中身わんこ×見た目クール中身天然小悪魔 :2006/03/30(木) 21:45:36
うわ、お前、何でいるんだ。え? コレ…いや、話せば長くなるんだが…。

最初はな、冗談からはじまったはずなんだよ。
確か、アレは、新入社員同士で集まって呑んだ時だった。
その時の俺は、初めての仕事で大失敗した直後だったし、初めての一人暮らしで、
ろくなもの食べてなかったし、なんだかもう、何もかもが嫌になって、会社辞めようか
どうしようか、とか、グチグチ言ってたんだよ。今では想像つかないだろ。あの頃は、
俺も若かったんだよな。多分、泣いてたと思う。だってな、他のヤツら、誰も近づいて
来なかったんだもん。そりゃなぁ、こんなゴツい顔の俺が泣いてたら、誰も近づいて
来ないよな。そうしたら、隣に座ったこいつが慰めてくれたのよ。
しかも、その慰め方が、男らしくてさ。「俺の胸か背中を貸してやる」だってさ。
だから、その時酔っ払ってた俺は、こいつの背中に飛びついたわけだな。
で、気がついたら、あまりにも暖かくて、寝ちゃってたんだよ。
ん? 何でそれが、さっきコイツに抱きついていたのに関係あるのかって?
驚くな。その抱きついて寝た日の翌日、どういうわけか俺は、社長賞をもらえるぐらいの、
デカい営業に成功したんだ。それからというもの、翌日にデカい営業の仕事が入った時は、
ゲンをかついで、こいつに抱きつくことにしているんだ。それがまたなぁ、今のところ、
15年間無敗なんだよな。俺の出世があるのは、この高梨の背中のおかげ、ってなもんだ。
まぁ、新入社員のお前に言っても分からないだろうけれど、会社っていうのは、けっこうそんな
どうでもいいゲンかつぎでなりたっていたりするんだぞ。

…え? どうした、お前。そんな怖い顔して。
「15年間も、高梨部長に抱きついていたのか」って…。まぁ、そうだな。
俺達が入社してからずっとだし。
「どれぐらい?」…って、平均したら、月に2回は、確実にやってるかな。
「何で」…さっき言ったじゃないか、ゲンかつぎだって。
おい、高梨。お前も何か言えよ。え? 「嫌」って…。コイツはお前の部下だろ!
だいたい、「今は誰もいない」って言ったから、抱きつきに来たのに、新入社員がいるって
どういうことだ、お前。
うわ、こら、山田! お前、仮にも営業本部長だぞ、俺は。胸倉をつかむな!
何で涙目なんだ! 何で、「高梨さんは、背中まで僕のものだ」とか言ってるんだ。
おい高梨、お前、コラ!

え、俺がお前をどう思ってるかって? いや、今こんな状況で普通に聞かれても…いや…、
ちょっと…。うーん、好きか嫌いかで言うと、好き…だな。って、何言わせるんだ。
え? 山田は、高梨のことが好き? あ、そ、そ、そうか。まぁ、個人の趣味の問題
だから、会社としては問題無いと思うが…。いや、そ、ちょ、待て。何で、高梨部長の
好きな人の名前で、俺の名前が出てくるんだ。おい、高梨、お前、何言ってるんだ。
お前、いっつも冗談か本気か分からないことを、人に冷静に言うのやめろよ。信じてるじゃないか。
え、いや……いや………嫌いだなんて、めっそうもない…か、感謝してる。
すき…か嫌いかで言うと、好きだけれど、そういう意味じゃなく…いや…。

ああ。結婚いまだにしてないのは、高梨の背中以上の人が見当たらない、って、
社長連中に言ってるのは確かだけれど…その…恋とか愛とか…うーん……。

…とりあえず、二人で焼き鳥でも食べに行って、考えさせてもらっていいか。
え? 今度抱きついて寝るなら、胸の方に…て…お前なぁ……だから真顔で何言ってるんだ。
おい、山田、お前今すぐ帰れ。ほら、上司もそう言ってるから。ほら、帰れ。
高梨、呑みに行くぞ。用意しろ。あ…その前に、明日のために、もう一回抱きつかせてくれ。

234 5-780 見た目怖面中身わんこ×見た目クール中身天然小悪魔 :2006/03/31(金) 02:42:12
「何をやっている。かくれんぼか?」
聞き覚えのある低い声と一緒に、俺の頭上に傘が差し出された。
「…いや」
かくれんぼて。こんな雨の日に。ていうか確かに俺はコンビニの自販機と
ゴミ箱の間にちょうど店内からは影になるように座りこんではいたけど
通りからは丸見えだし。ていうか高校生にもなってかくれんぼは。
「そうか。おまえは、アイスは好きか?」
「え…はぁ、まあ…」
アイス?春だけど、まだ寒いのに…?
「だったらこれからうちに食べにくるといい。すぐそばだ。ちょうど今
 この店で売っているアイスを全種類一つづつ買ったところで…」
そう言ってその人は自分の手元を見た。傘しか持ってない。
「お客様ー、お買い上げになったものとお財布とトイレットペーパーをお忘れですよー」

そんなわけで、なぜか俺は学校の先生と相合い傘で歩いていた。
「先生、この辺に住んでたんスね」
「ああ。おまえはたしか、学校の反対側じゃなかったか。」
「…バイトが、近くで」
そう口にしたらまた、さっきまでのぐちゃぐちゃな気持ちが心をよぎる。
でも、雨をよけるために先生の体が俺に寄り添うように傾いているのを見てると、
なぜかだんだんそういう気持ちが消えていった。
この人のこと女子達がクールビューティーだなんて騒いでるが、
近くで見るとやっぱりかっこいいな。というか…きれいだ。
(でもクールは間違ってた。むしろアイスだった。)

「待て。」
「へ?」
「だから、おあずけだ。おまえ、アイス食べる前に……まったく…見せてみろ。」
気付いてたのか…。そっか、だから俺を部屋に呼んだんだ。
俺がこたつ布団の中から左腕を差し出すと、先生が俺のパーカーの袖を捲った。
手首からひじにかけてすりむけて生っぽい肉の表面に血がにじんでいる。
「…まず消毒だな。」
「げっ!い、いいよ、これ、ぜってー死ぬ程しみる!」
「がまんしろ。」
「…どうしたのかって、聞かないのか。」
「いや、聞くぞ。」
…わからない。何考えてるんだろうか、この人は。
「…バイトの先輩の一人がなんか、いきなり蹴り入れてきて…俺なんもしてねぇのに。
 でムカついて掴みかかったら他の先輩も来て…ぶっ飛ばされたときすりむいた…。」
先生は表情を変えずにもくもくと消毒液の用意をしている。
何考えてるんだろう。でもその淡々とした態度はなんだか俺を安心させる。
それで、つい話さなくていいことまで話してしまった。
「そのあと主任が来て、なんか…怒られたんだけど…
 俺が全部悪いみたいな言い方されて…生意気だから、とか…って
 …っっいいいいいっ!」
「暴れるな馬鹿。…これが終わったらアイスをやるから。」

昔から、俺がちょっとでかい声を出すと弟が怖がって泣いて、親に怒られた。
学校の先生も、やたら逃げ腰か、逆に威圧的かのどっちかだった。
でも、なんか、この人は…
「先生さ、俺のこと…恐くないの?」
思わずスルッと聞いてしまった。一番聞きたくないことを。

「恐い?…おまえが、か?」
初めて見た先生の笑顔は、見たこともないような優しい顔だった。

235 5-819 新たな職場で、懐かしい出会い :2006/04/13(木) 00:31:40
「……たっちゃん?」
えらく懐かしい呼び方に振り返ると、眼鏡をかけた気の弱そうな男が、胸に抱えた図面ケースの後ろからこちらをうかがうように見つめていた。
「たっちゃん、だよね?」
細い首になで肩。
眼鏡の奥の澄んだ瞳。
細い顎に小さなホクロ。
俺の脳裏にピカッと何かが閃いた。
「……ピカソ?」
ここ十数年の間口にしなかったあだ名を言うと、相手の顔がぱあっと輝いた。
「たっちゃん! 何そのヒゲ!!」
ピカソは笑顔で俺に向かって手を伸ばし、俺たちは自然と握手を交わした。

「じゅうご……十六年ぶり?」
「小学校卒業したっきりだから、そのくらいか」
「びっくりしたなぁ、まさか同じ会社なんて」
「俺も驚いた。世間って狭いな」
屋上の手すりに寄りかかり、灰色に霞む都会のビル街を眺めながら、俺達はパンとコーヒー牛乳という昼飯をお供に四方山話をした。
昔話に花は咲かなかった。
仲良しグループの一人ってだけで、別に一対一で深い付き合いがあったわけじゃないってこともあるが、多分、ピカソも俺も昔話や身の上話が好きなタイプじゃないせいだろう。
語るほどの十数年じゃない。
美大行って卒業して企業の下請けやってるデザイン会社に就職して、ちょっと大きい仕事になったので出向でここに来たってだけの俺の人生。

「お前、今何やってんの」
「ん、設計企画課で図面引いてる」
そういやこいつのあだ名の由来は、工作の時間にえらい緻密な図面を描いたり、夏休みの自由研究で「ゲルニカ」の絵を模写したからだった。
「ここの設計企画ってぇと、アレか、紀尾井町のSビル建てたのお前か」
「正確にはうちのチーム。あの時俺下っぱだったけど、一緒に賞もらえてね。今やってるのはシドニーの企業が――」
絵が上手くて器用なだけの、喘息持ちのいじめられっ子の華麗なる変身に、俺はあの童話を思い出さずにはいられない。
白鳥になった、いや、実は白鳥だったみにくいアヒルの子。
ピカソの十数年を聞いてみたいとふと思ったが、時計の針はもう昼休み終了を告げていた。
だから、飲みに行かないかと誘われて、俺は即座に頷いた。


「俺さ」
「うん」
「よく漫画とかであるだろ、女友達と飲んで、酔っ払って、気が付いたらベッドインってアレ」
「うん」
「……」
「……」
「まさか自分がやるとは思わなかっ……」
「俺、女じゃないけどね」
俺は隣にいるピカソを見た。
まったいらな胸といい、股間にあるソレといい、どう見ても女じゃない。
ピカソは俺の視線に気付いて、毛布を首の下まで引き上げた。
沈黙が痛い。俺はいつもの癖で煙草に手を伸ばし、それからピカソの喘息のことを思い出して、その手を引っ込めた。
「煙草、吸っていいよ」
「喘息だろ」
「だいぶ良くなってるから」
少し躊躇したが、遠慮なく吸わせてもらうことにした。ニコチン摂取しないと脳ミソが回転しそうもない。

何でこんなことに、と自分に問いかけているうちに、俺はふっと思い出した。
大人になりたくて、こっそり家から持ち出したビール。
コップ半分でべろべろに酔っ払った俺は、どういうわけか飲んでも平然としていたピカソに抱きついて「お前が好きだぁ」と言った気がする。
そうだ、俺の初恋はピカソだった。
……あの時、ピカソは何て言ったっけか……。

二本目の煙草をくわえ、疲れたのか早々に寝息を立て始めたピカソの首筋の赤いアザを見ながら、もう二度と酒は飲むまいと俺は誓った。

236 5-930 酔った勢い :2006/04/14(金) 02:05:47
酔った勢いだった。
おととい、俺は友人である男と寝てしまった。
酒を飲んで、調子に乗って、あろうことか自分から誘ってしまった。
行為がどんなものだったかは覚えていない。
(まあ、昨日はろくにバイトも出来ないほどずっと腰が痛かったから、
激しいものであったのは確かだとは思う)
だけどただひとつ、俺に誘われたあいつが一瞬妙な表情で固まったあと、
赤かった頬を更に真っ赤に染めたことだけは鮮明に覚えている。
そして、その顔を思い出すたびに、ひとつの疑念が俺の中に浮かぶ。

今日もバイトが終わった。
コンビニで酒を大量に買い込んで、また、あいつの部屋に行く。
「お前さー、もしかして俺のこと好きなの?」
きっと、酔った勢いでなら、打ち明けてくれる。

237 929酔った勢い :2006/04/14(金) 02:45:44
明日は結納だと言うのにこんな遅くまでいいのかと言ったら、飲みたいのだと奴が駄々をこねた。
男にも結婚前になんちゃらブルーとかいうのがあるんだろうか。
深酒になった。
「本当はさァ、結婚なんかしたくねぇのよ、俺は」
終電も逃して、飲み代で大枚はたいた後だけにタクシー代は二人合わせても俺の部屋まででギリギリで、いいよ泊まれよ、と久し振りに切り出した。
まだ入社間もない頃は良く終電が無くなるまで飲み歩いた。
こんな風にタクシー代を折半して俺の部屋へ雪崩れ込み、人肌が恋しくて、戯れに抱き合ったこともある。
唇を重ねたのは一度だけ。互いに我に帰り、『酔った勢い』だと笑い合い、それ以降、どちらからか飲みに行っても終電を逃す前にお開きにするようにしていた。
…今日までは。
「結婚したくねぇんだよ」
台所で水をコップに汲んでいる最中も、その声は繰り返した。
それでも結婚するくせに。
口から溢れ出しそうな言葉を水で飲み込むと、息を小さく吸い込む。
「…自分で決めたくせに馬鹿言うんじゃないよ」
結婚すると聞いたのは、直接じゃなかった。
同僚の女性社員が聞きつけてきて、見合い結婚するらしいと教えてくれた。
あの時、あまりの胸の中の重さに息が止まったかと思った。
お前が結婚したくないと思う以上に、俺はお前に結婚して欲しくないんだと
酔った勢いでもいい。
言えたなら、どんなに良かったか。
「結婚なんか」
三度目の言葉を聞く前に、背中を向けたまま、気持ちとは別の言葉で遮った。
「お前、酔ってるんだよ」
酔って、少し、弱気になってるんだ。
「…ほら、少し水飲めよ」
…手にしたグラスに水を足して相手に差し出そうと振り向くと、畳にへたり込んでいた筈の長身がすぐ目の前にまでやって来ていて、思わず怯んで。
意外そうに奴が目を眇めた。

238 929酔った勢い2/2 :2006/04/14(金) 02:49:47
「なに?」
「…ビックリしただけだ、バカデカイのが後ろにいたら誰だって驚くだろう?」
「にしては驚き過ぎだ」
「煩い」
たいしてうるさくもない相手にグラスを押し付けて、顔から視線を外すと水を飲んで動く喉仏を見ていた。
…本当は、こんな間近でお前を見ることが久しくなかったから。
ふい打ちに鳴った鼓動に眩暈がしそうだったから。
…唇に触れたいと思ってしまったから。
だから、怯んでしまったんだ。
「…お前、酔ってるだけなんだよ」
明日になれば、きっとこんなに結婚を嫌がっていたことは忘れてしまうよ。
「…ああ、酔ってるかもな」
グラスを流し台に置いて、奴が、言う。
「でも、酔ってても言ってることはわかってる、やってることも」
思いの他、静かな部屋に低く飲み過ぎたのか掠れた声音が響いた。
「…なあ、結婚するなって言ってくれないか?」
ふいに出た言葉に、驚いて声が出なくなった。
今、なんて言った?
「お前が今、俺の欲しい言葉を言ってくれたら、俺の人生ごとお前に全部やるのに」
次第に屈められ、近付く顔。
酒の匂いと、触れ合う唇の温もり。
抱き締められた腕の中で細く長い息をつく。
柔らかな身体ではないけれど、俺はこの身体がいい。この身体の持ち主じゃなきゃダメだ。
同じように
柔らかな身体ではないけれど、俺がいいのだと言われたい。
思いを隠した膜は唇の温もりと酒に溶けて、暴かれてしまう。
言葉ひとつ出せない俺を更に強く引き寄せて。
「これは『酔った勢い』だ」
耳元に甘く。
「忘れたければ忘れていい」
俺は忘れないけどな、と奴は囁く。
馬鹿じゃないか、お前。
どうしたら忘れられるんだ、どうしたって忘れられないんだ。
不幸にしてしまう誰かがいても、それでも、聞いてしまったのに、もう止まれる筈がない。
俺は、小さく息を飲んで、唾を飲んで、それから。
『酒の勢い』という名目を借りて、口を開く。

酒の勢いでない二人になる為に。


[本スレリロミスすみませんでした。こちらに投下させていただきました]

239 960 シーラカンス :2006/04/16(日) 22:35:56
目の前で喋るアイツの顔をじっと見ていた。
よく動く口やなぁ。ノート見ながら、熱く語ってるなぁ。
そう思って酒を飲んでいたら、いつのまにか顔をものすごく近づけていた。
アイツと、目があう。「…何?」とアイツが聞く。
しばらくの沈黙。
アイツの目に、少し怯えがはいって、ふっと目をそらした。
俺は、その瞬間、アイツの唇にキスをした。
やわらかい感触。さっきまで喋っていたせいか、少し濡れている。
唇を離して、アイツの顔を観察した。アイツは、眉間にしわをよせて、俺を見ている。
「…どういうんや」とアイツがかすれた声で言った。

さっきまで、お前が熱心に喋っていた、テーブルの上のノートの絵が、視界に入った。
ヒレがたくさんついた魚。シーラカンスって言うてた。
シーラカンスを飼育したい。でも、捕獲したら、3日ぐらいで死んでしまうから
無理なんだって。すごく弱い魚なんだって。自分の状況が変わることに、臆病だから
死ぬのかもしれない、って。

「…お前、シーラカンスよりも勇気ある…?」
俺は、かすれた声でささやいた。
心なしか、アイツの顔が赤い気がして、さらに俺は口を開いた。
「なぁ…俺さ…」
そこで、アイツは、俺の肩を力いっぱい押した。
俺はうしろむきにコケて、しりもちをついた。
「…言わんといて…頼むから…」
アイツは下を向いたけれど、俺はもう一度立ち上がって、アイツの肩をつかんだ。
「俺、お前が好きやねんけれど、それに答えてくれる?」

アイツは、目に涙をためて俺を見た。
俺ら二人の状況が変わることに、お前、臆病にならんといてくれる…?

240 5-999おつかれさま1/2 :2006/04/20(木) 00:30:05
【5−1000です。リロミスしまして、本当にすみません。こちらにアップさせていただきます。】


沢山泣いた。
周りはちり紙の山で、そのちり紙の山の真ん中に俺、麓に山中がいた。
「…お前も帰れよ」
グズグズになった鼻をまた噛みながら横目に、何故か一人残って俺を見てる山中に告げる。
他の奴らは皆、レイコちゃんは元から俺には高根の花だったんだと言い、大失恋した俺を慰めに似た言葉で笑い、帰って行ったというのに。
いつも馬鹿にせず、何かしら気の利いた事を言ってくれる山中は始終黙ってて、始終、俺を見ている。
ちり紙の中身が空になり、それでも止まらない涙を手の甲で拭った。
「…俺だって一生懸命だったんだ」
レイコちゃんが好きだっていう店も洋服もリサーチして
気に入るように頑張って。
なのにベルサーチの男が急に現れて、そしたらレイコちゃんの男が、俺に『お疲れ様、用済みだよ』って言って。
「都合のいい男でもさあ…いいってくらいにはさぁ…好きだったんだよ」
最後ら辺は釣り合わないと笑うあいつらへの意地もあったけど。
「馬鹿なのは、自分が一番わかって…」
言っている内にまた悲しくなって
涙が大盤振る舞いで出て来て。
「すげー頑張って好きだったの、すげー一杯…」
そのまま身体を丸めて畳に頭を付いた。
いっぱい泣き過ぎて頭が痛い。
目も痛い。
そこかしこ痛くて、疲れて。

241 5-999おつかれさま2/2 :2006/04/20(木) 00:46:13
「…おつかれさま」
軽く温もりが肩を叩いた。
軽く顔を上げると、そこにはトイレットペーパーが一つ置かれていた。
ベルサーチに言われたのとは全然違う響きの言葉。
「お疲れ様…って?」固い紙質のそれをクシャクシャに取りながら問う。
「…すごい好きで精一杯やったんだろ?だから」
…おつかれさま。
山中に言われたら、何となく、また涙がでてきたけど
今度のそれは、なんかちょっと違う涙で。
上半身を起こしてトイレットペーパーでチンと鼻を噛んだら、ヒリヒリと皮膚が痛む。
「…俺の意見、いい?」
いつもの口調で理論めいた事を言ってくれるのかと期待して
涙で潤んだ視線の先の山中を見つめると
「清水は多分、俺がいいと思う」
とんでもないことを言い出した。
「清水くらい情が深くって、清水くらい素直で、清水くらい鈍感で可愛い奴は俺がいいんだって」
ゆっくり山中の唇が俺の鼻に落ちた。
「あ、あの山中?」
「俺にもおつかれさまの一つくらい言って欲しいよ、清水。ずっと待ってたんだから」
『これからも待ってんだから』
呟いてから山中は一つ笑って、俺の髪をグシャグシャと撫でた。
「…泣き止んだし、もう寝ちまえば?今日くらいは襲わずに、失恋の痛みに浸らしてあげるから」


意識にある最後に思ったのは
山中が麓からちり紙の山ん中に入ってきたから、こりゃピッタリだ。
って馬鹿みたいなこと。
レイコちゃんじゃなく、ベルサーチでもなく、俺に膝枕してくれた山中のことだったんだ。

242 6-89子育て :2006/04/25(火) 23:14:30
――俺はお前の親じゃない。何度言ったら分かるんだ。
 そう言って睨んでも、いっこうに堪えたようでもなくへらへら笑って俺に懐いてくる。
――お前は犬か? アヒルの仔か? いい歳して俺の尻ばっか追いまわすんじゃねえ。
 うっとうしいんだよ、とはねのけてもはねのけても、痛くも痒くもない様子だ。
 以前、お前が女に言い寄られているのを立ち聞きしてしまったことがある。
 孤立してるからってあんたが世話焼く義務ないよ、もう放っておけば? そう迫った女をお前は笑って一蹴した。ごめんね、俺があの人から離れられないんだ、惚れてるから。
――頭おかしいんじゃねえの、俺も男だしお前も男だし、惚れるとかありえねえ。
 じゃあどうしてこんなことするのを許すの、と俺の上で息を弾ませながらお前が訊く。頬を汗が伝って、ほんの一瞬、泣いているように見えた。俺は黙ってお前の口を塞ぐ。
 絶対に言わない。喜ばせてなんかやらない。
 海より空より親より寛大に俺のすべてを受けとめてくれるお前を手放せないのは、本当は俺のほう。

243 6-89子育て :2006/04/26(水) 00:03:18
「一体どういうつもりだ?」
怖い顔で問い詰められて、俺はその場に固まった。
辺りには洗濯物やらおもちゃやらが散乱していて、足の踏み場もない。
彼はいらいらしながら床に転がっているものを拾って机の上に乗せた。
「まったく……ちょっと家を留守にしたらこの様だ」
泣き声を上げる赤ん坊の怜奈をベッドから取り上げ、腕の中で優しくあやす。
自分がやった事の尻拭いをされてるみたいで、俺は顔を上げられなかった。
「拓也」
呼びかけられて、顔を上げると彼はまだ厳しい顔をしていた。
「何があったのか、説明してもらおうか」
この惨状を見たら、彼がそう問うのは至極当然だろう。
「俺はこれでも一生懸命やったさ!でも子供たちは誰も俺の言う事なんか聞いてくれやしないんだ」
俺は落ち着かずに部屋の中を歩きまわりながら弁解した。
「瑞樹と彩は2人して部屋中を散らかすわ、怜奈は泣き出すわ……俺が叱っても宥めても、奴らはまるで無視だ!」
彼は黙って俺の訴えを聞いている。どんなに言い訳をしても、気まずさは全く消えなかった。
「兄貴、俺には子育ては無理だ」
勢いで、支離滅裂な事を平気で言ってしまう。
自分が何も出来ない人間だって事を証明するだけなのに。
「よく分かった」
彼は頷いて、冷たく言った。
「お前にはがっかりしたよ。そこまで無責任だとはな」
赤ん坊を抱えたまま俺に背を向けて、部屋を出て行こうする。
「待てよ。……どうするんだよ」
「他のベビーシッターを頼む事にするよ」
彼は振り向きもせずにそう答えた。

一人残されて、俺はどうする事も出来ずに突っ立っていた。
謝ったら許してもらえるだろうか。彼にも、子供たちにも。
また俺はこうして甘えてしまうんだな。
そんな自分が情けなくて、俺は自嘲気味に笑った。

兄貴。俺だって、姪っ子は可愛いし、子育てが嫌だなんて思ってない。
でも、ベビーシッター役を買って出た本当の理由は、兄貴と一緒に住みたかったからなんだぜ。
こんな事を言ったら、もっと怒られるだろうけど。

244 萌える腐女子さん :2006/04/27(木) 00:41:06
 見覚えのある後ろ姿をみつけて声をかけたら、相変わらず精悍な軍服姿の彼は、大層驚いてくれた。
「やあ、生きてれば会えるってのは本当だな。」
「……あ…」
まさに言葉を失ったという風情で、数秒私を凝視したあと、彼独特の低い声で無事だったのかとつぶやいた。
「あの地域への爆撃は報道が制限を受けていて…しかし噂でそうとうの被害だったとは聞いた。」
「ああ、死人がたくさん出た。建物も壊れた。あれが人間のする事なんだからなぁ。」
私と言葉を交わす時も、彼は相変わらず姿勢を崩さないし、表情がくつろぐ事もない。しかしさっきからたびたび彼の目の中に隠しようのない揺れが表れるのは、戦争がこの勇敢な男からも命の力を削ぎ取っていっている証拠ではないのか。そんな思いでつい彼の顔を覗き込むように見ていたら、ふと、まったく意外な言葉を聞かされた。
「あなたが死んだと思ったことが俺を変えた。」
「…なんだって?」
「…あなたは、たとえどんな場所でも人間には祈りが必要だと言っただろう。そう言ったあなたがいなくなってしまったのなら…俺があなたの代わりに祈りつづけなくてはならないと思うようになった。」
「…君が、私の代わりに?」
彼は答えなかったが、ただ険しい表情で、まっすぐ私を見つめ返してきた。
「それは…礼をしなくちゃならないな…。」
私はそう言いながら彼の手を取り、笑いかけたかったのだが、涙が頬を伝わり落ちた。
私が彼の代わりにしてやれる事は、涙を流す事だったのかもしれない。

245 244 :2006/04/27(木) 00:43:32
すみません、6−99「軍人」でした。

246 6-119貴方を愛していた :2006/04/28(金) 20:26:42
 養父の葬儀が終わったあと晩餐に顔を出したくなくて、屋根裏部屋にこもってずっと窓から外を見ていた。この家に初めて連れてこられた日の事なんかを思い出しながら。あれからもう15年も経つ。
「電気も付けないで、何やってるんだ。」
声をかけられて振り返ると、扉の傍らに兄が立っていた。
「お疲れ。…もう全部終わった?」
「当たり前だろ、何時だと思ってる。泊まり客もとっくに部屋に引き上げた。」
そう言うと兄は埃のつもった家具の間を通って、窓際の壊れたベッドに座っている俺の隣に腰掛けた。
窓から入る明かりで、兄の顔がよく見える。
「…昔よく二人でここに隠れたな。台所からくすねた菓子持ち込んで。」
「兄貴この箱とか、ふつうに入ってたよな?小ちゃかったなぁ。」
「お前なんか、つい最近までちいさかった。」
大きくなって、とからかうように俺の頭をなでる。子供みたいな笑顔で。
「お前何にも食べてないだろ?料理残してあるから食えよ。」
行こう、と兄は優しく俺の手を引く。俺は、二人でずっとここに居たい。そう言いたかった。…だけど。

「午前中から弁護士の立ち会いのもとに遺言の履行手続きがあるから、明日だけは逃げるなよ。」
「…兄貴だけでいいんじゃないの。」
「馬鹿言うな。あの人の財産は俺とお前に、等分に残されたんだ。まあ、面倒なとこは俺が管理するけど、これからはお前も何にもわからないじゃ困るぞ。」
「等分…ね。」
この世で一番平等という言葉が嫌いだと言って憚らなかったあのじいさんが。
同年代の俺とあんたを養子にして、優秀に育った方に全てを譲る、負けた方は野良犬に逆戻りだと公言して周囲をドン引きさせるのが趣味だったあのじじいが。
「兄貴」
「なんだよ」
「あんたがあの人を殺さなきゃならなかったのは、俺のせいか。」
廊下を歩く兄の足が止まった。
「…………」
「…あの日じじいの荷造りをさせられたのは俺なんだ。旅行先で睡眠薬は飲まないからいらないと言われたから、だから…俺は鞄に睡眠薬を入れなかった。」
…兄の言葉を待った。
いや…このまま何も聞かないで、何も言わないままのほうがいいのか。
俺はポケットから透明なアンプルを取り出して、光に透かしてみた。
出来の悪い次男が自殺すれば…いずれ養父の死が疑惑にさらされても、嫌疑は兄には向かわない。
さよなら、兄さん。貴方を愛していた。

247 6-169「笑わない人」 :2006/04/30(日) 12:15:17
「なあ、俺そんっなにつまんないオトコ?」
「…は?」
自分で言うのもナンだけど、今言ったの俺の十八番のギャグ、伝家の宝刀よ?自信無くしちゃうなー。
おどけた口調で言うと、アイツはいつものしかめっ面を更に歪め「馬鹿」と一言で切り捨てた。

最初はただの興味。
校長のヅラが風に舞った時も体育教師のジャージのゴムが切れてズリ落ちたときも
クスリともしなかったアイツは何をどうすれば笑うのかって。
顔面の筋肉おかしいんじゃないかと思って顔グリグリしたら殴られたこともあった。

ここ1年とちょっと、少なくとも学校にいる間は一緒に行動するようになって、
色々と知らなかった部分も見た。全く無表情ってわけじゃないんだよ、絶望的にわかり辛いだけで。
怒るし、睨むし、驚くし。悔し泣き寸前の顔も見た。

―――でも、笑わないんだ。笑わないんだよ。
どんなに自信のあるギャグを言ってもバカをやってもしかめっ面。めっちゃ悔しい。
中国の傾国の美女か、お前は!!警報ベルの誤報でもやったら笑うのか!?

「なあ、いつまでその一人芝居続ける気?」
「お前が笑うまでいつまでも!」
「一生やってろ、先に音楽室行ってるからな」
「ああんお待ちになってぇ〜」
「シナ作るな気持ち悪い寄るな」「ノンブレス!?」
「ヤダヤダ先行っちゃやーだーやーだー」
しがみついたら速攻で引っぺがされた。
つか、そんな顔真っ赤にするほど必死になんなくったっていいじゃんさ…。

「人の気も知らないで…」
…ん?なんか言った?
「空耳だろ」
--------------------
投稿寸前にリロったら…危うかった

248 6-169笑わない人 :2006/04/30(日) 12:31:37
君の笑顔が見たい。
それだけが僕の望みだった。

君は何故だか僕にだけ笑顔を向けてくれなかった。
切れ長の瞳に宿る冷ややかな視線。他の人間にならば、よく喋り朗らかに笑う魅惑的な唇も、頑なに閉ざされたまま。
僕が君の目の前に立っても、君は僕から目を逸らし、まるで僕など傍にいないかのようにふるまう。
その冷たさに、どうしてなのだろうと悲しい気持ちを抱えたまま、それでも僕は君になんでもしてあげたかった。
防音の行き届いた広いマンション。寝心地のいい豪華なベッド。
有名レストランのケータリングは間違いなく美味しかったし、君が読みたがっていた洋書もほら、取り寄せたんだ。
退屈しないように揃えたゲームもパソコンも、好きに使っていいんだよ。
この部屋にある物は全部、君のためだけに揃えたんだから。
金任せかと君は言うかもしれないけれど、それでも僕は君に笑ってほしいんだ。
ほんの少しでもいい。
いつも僕を蔑むようにしか見ない君が、楽しそうに笑ってくれたなら。

「だったらこれを外してくれ」
じゃらりと音を鳴らして、君が左腕をもどかしげに揺らした。
そこには君を拘束する、太くて頑丈な鎖がベッドと君を繋いでいる。
なんだか君は少し痩せたみたいだ。
最初の頃は手首にしっかりと嵌っていた枷が、今は少し緩んで肘の方へと落ちている。
あんなに美味しい食事を毎食用意させているのに、どうしてなのか君はいつもあまり食べたがらない。そのせいだ。
「そんなこと、できるわけないだろ」
「どうして!」
またそんな顔で僕を見る。
絶望的とすら言える表情で君は叫んだ。
それは絶叫だったのかもしれない。
そんな声が聞きたいわけじゃないのに、どうして君は解ってくれないんだろう。
「…だって君はいつ笑ってくれるか解らない」
もしかして僕に向けられるのは、生涯ただ一度かもしれないその笑顔を、見逃すわけにはいかないんだ。
そうだろう?

偽者なんていらない。
君が本当に、心の底からの笑顔を僕に向けてくれる瞬間を待っているんだ。
こうしてただ、君の傍で。

249 6-179殺して? :2006/04/30(日) 18:33:18
「やっぱりどうやって死ぬかってのはさー、人生の中で一番重要な事項だと思うんだよ」
酒が入ると彼は饒舌になる。
一緒に飲むのは久々だが、それは変わっていなかった。
今日のテーマは『死に方』。
俺が提案したテーマだ。
昔から、彼とは酒の席で「他人に言っても絶対引かれるような独自の理想」を良く話した。
まあ、彼の講釈を頷きながら聞いていられるのは、俺だけだったからかもしれないが。


「俺は病院のベッドの上で死ぬなんて御免だね!美しくない!」

今日は特に舌が回っている。
酒量も多目みたいだから仕方が無いかな。
こうなると彼は止まらない。
今の彼になにか意見をしても、翌日には忘れているはずだ。

「俺はさぁ、余命宣告とかされたら愛する人に殺してもらいたいねぇ」
「それだと相手に迷惑掛かるじゃないか」
「いやいやいや、あくまで理想!理想だからね!?」
「そうか…、理想としてならそれは良いかもしれないな」
「だろ?だろ?」

俺に肯定してもらって嬉しそうに笑う彼。

「あのさ」
「おう、何?あ、すいません焼酎ロックおかわりー」
「俺、実は余命三年なんだよね」

―ゴドン
彼が店員に突き出したグラスが落ちてカウンターを打った。

「だから、俺の事殺して?」

もちろん「殺して」なんて冗談だ。
どうせ明日には覚えてないんだから、ちょっと意地の悪い事を言って困らせてみたかっただけ。

でも。

彼がカウンターに突っ伏しておいおい泣き出したから、俺の方が困らされてしまった。
なだめる俺。
むせび泣き続ける彼。
大の男が泣き喚くカウンターに注がれる店中の視線。
そして焼酎のおかわりを出すべきか出さざるべきか途方に暮れる店員。

どうにか彼の肩を担いで、逃げるように店を出た。

夜空を見上げながら、俺にもたれてすすり泣く彼の声を聞いた。
…これじゃ、シラフの時に本当の余命の話なんてできそうにないか。

俺だって理想の死に方ぐらいある。

病院のベッドでもいい。愛する人に見送って欲しい。

「あんたに見送って欲しいんだよ」
彼に聞こえないように呟いたら、久しぶりのアルコールで焼けた喉が痛くて

少しだけ咳込んだ。

250 6-179殺して? :2006/04/30(日) 18:53:08
殺して?が入ってないよ…。
でも投下してしまいます。


じり、と背後から近づく音がする。
今振り向いたら、お前はどんな表情をするだろうか。
また少しお前との距離が縮まった。
胸が高鳴る、死を意識したからか、お前の吐息を感じるからか。
さあ、その剣を振り下ろせ。
抵抗などしないよ、狙いが逸れては困るだろうから。
目を閉じて誰にも聞こえないように囁くのは、お前の幸せを願う言葉。

じり、と背後から近づく。
お前を殺せば、俺は世界から英雄と称えられるのだろう。
また少しお前との距離を縮める。
胸が高鳴る、この手で命を奪うからか、お前に初めて触れるからか。
ゆっくり剣を構えると、俺はそれを渾身の力を込め振り下ろす。
あっけなく、何の抵抗もなくお前は地に倒れた。
俺は震える手で、魔王と呼ばれた愛しい人の亡骸を抱き寄せた。

251 6-179 殺して? :2006/04/30(日) 19:08:52
「虫だ。ねえ、虫が入り込んでいるよ」
本のページをめくる手を止め、浩太の指差す方を見ると
一寸ほどのコガネムシが、机上に積んだ本の上にとまっていた。
「あぁ、もう暖かくなってきているしね。灯りにひかれて来たんだろうよ」
「こっちに飛んでくるかも、兄さん紙にくるんで殺してしまってよ」
3歳下のこの弟は、虫を過剰に嫌う。
蝶や蝉のぷっくりと膨らんだ腹部や、甲虫のテラテラと光る外骨格が耐えられないのだと。
彼にとって春は一番苦手な季節らしい。
「刺すような虫でもないし、放っておけばいいさ。朝にはどこかへ行ってしまっているよ」
読書を邪魔されたこともあり、少し投げやりに答えてやると、泣きそうな目をして私の持っている本をひったくる。
「やだ!ねえ殺して?眠っている間に行方が分からなくなるなんて気持ちが悪いよ」
自分の小指ほどもない生き物に怯え、当たり前のように殺せと言う。
これが子供の残酷さというものかと考えて、いや、こいつももう15になるのだと思い出し
今度は臆病な我が弟の将来が少し心配になる。
自分が15になった頃には、もう自慰も覚えて、こそこそと一人になれる場所を探していたものだが
浩太はいつも私の後ろについてまわっては、私と同じものを見、同じ事をしようとする。
そんな風にしてしまったのは恐らく私だ。
両親を亡くし祖父母に引き取られてからは
知らない町知らない人達の中で、自分が守ってやらねばと、ますます傍に置いて溺愛するようになってしまった。

「いいかい、私はもうすぐ東京に行ってしまうんだよ。これからはお前の傍についていて、いちいちお前のために虫を追い払ってはやれないんだよ」
「いやだ、兄さんどこへも行っては嫌だよ。どうして東京の大學へなんて行くのさ。お爺様の仕事を継ぐのなら、学問なんていらないだろ」
もう数日で私は上京してしまうというのに、本当に大丈夫だろうかと、腕にしがみ付く弟を諭しながら不安に思う。
「さ、虫を逃がしてやるから腕を放しなさい」
立ち上がって机の方に向かう、嫌いならば遠くで見ていればいいだろうに、弟は背中にしがみ付いてじっと成り行きを見つめている。
静かにコガネムシを手のひらの中におさめ、窓を開ける。
「・・・ずっと兄さんが付いていてくれなくては駄目だよ」
後ろで浩太が呟く。

いつかはこの弟も、私を必要としなくなる日が来るのだろうか
殺して、と悪びれもせず言うように、
もう兄さんの助けはいらないよと、当たり前のように言い放つ日が来るのだろうか。
独り立ちを促しながらも、どこかで私はそれを望まないでいる。

そんなわけにもいかないさ、弟と自分にそう言い聞かせて、小さな虫を逃がした。

252 6-189 何度繰り返しても :2006/04/30(日) 23:42:22
 誰もいない、いや、正確には俺と先輩しかいない放課後の図書室。
俺は机の上に座って足をぶらつかせながら、本の整理をしている先輩を見つめていた。
「先輩、キスしていいですか?」
そう言って机から降りて先輩に近づく。
 先輩は見事なまでに固まり、ギギッと言う効果音が付きそうな動作で俺から顔を背ける。
「キス、していいですよね?」
いつも顔を背けるだけで抵抗しないから、返事は聞かずに抱き寄せる。
短いキスをいくつもすると、強ばっていた体から徐々に力が抜けていくのを感じる。
何度繰り返してもキスに慣れない先輩が可愛くて、俺は抱きしめる腕に力を込めた。

253 6-189『何度繰り返しても』 :2006/04/30(日) 23:52:35

「いかないでくれ…っ」

言っては無駄とわかっていても、言わずにはいられなかった。
ベッドに力無く横たわる手を、俺は必死に握る。

「…泣かないで…本当に、すまない…」

そう言いながら、どんなに痩せこけても変わらない眩しさで、お前は笑う。
お前はいつも、俺が行き詰まっていると、目を細めて微笑んでくれた。そして、優しく優しく抱きしめてくれた。

しかし今はその腕も、女のようにか細くなって。
だけど懸命に、抱き締められない代わりとでも言うように、俺の手を握り返してくれる。

「お前はっ…こんなときまでどうして微笑っていられるんだっ…」

目前に、死という恐怖が迫っているのに。

言葉が嗚咽で邪魔されて続かない。
涙なんかながしても、何も変わらない、何もしてやれないんだ。

うずくまったまま握り続けていた指が、そっと俺の手を撫でた。

「俺はね、お前との出逢いは、初めてじゃなかったと思ってるんだ」

「何言ってんだよ…意味わかんねぇよ…」

「ずぅっと昔にも、その前にも、俺たちはきっと出逢って、恋に落ちて、一緒にいたんだ。」

もう殆ど動かせない筈の腕を震わせて、両手で俺の手を握りしめながら、言葉を紡ぐ。変わらない微笑みで。

「こういう別れを何度繰り返しても、俺たちは、また出逢うんだ。だから俺は辛くないよ。何時までも、一緒にいられる。少しの間、独りにしてしまうけど、心配しないで…」

俺はそんな何も根拠のない話に、ただ何度も頷いた。
きっと本当なのだと、自分に言い聞かせるように。

「今回は俺が先に逝くから、次は俺の方が年上かもなー…」

ふふっと微かに声を上げて笑うと、そっと目を瞑り、俺の手を優しく包んでいた両手が、静かに真っ白なシーツに落ちていった。



西日が差し込んで、青白かったお前の顔が紅く染まり、綺麗だ、と思いながら。

吐息が無くなった唇に、キスをした。


*****
文才の無さを発揮…orz
スイマセンでした…

254 6-239『貴方の特技はなんですか?』 :2006/05/02(火) 21:47:20
「はい。愛の言葉です。」
「……はい?」
「魔法です。」
「え、魔法?」
「はい。魔法です。一瞬であなたの心を魅了します。」
「……で、その心を魅了する魔法が当社において働くうえで何のメリットがあるとお考えですか?」
「はい。あなたが敵に襲われても僕ならあなたを守れます。」
「いや……私に襲ってくるような敵はいませんから。それに人に危害を加えるのは犯罪ですよね。」
「でも、あなたは自分の魅力に気がついてないだけなんです。」
「いや、そういう問題じゃなくてですね……」
「俺、あなたに一目ぼれしてしまったんです。」
「ふざけないでください。一目ぼれって何ですか。だいたい……」
「一目ぼれは一目ぼれです。フォーリンラブとも書きます。フォーリンラブというのは……」
「聞いてません。帰って下さい。」
「あれあれ?怒らせていいんですか?ささやきますよ。愛の言葉。」
「いいですよ。言ってください。愛の言葉とやらを。それで満足したら帰って下さい。」
「……それじゃ、遠慮なく。」


それは今まで言われた事のない言葉で、私は28歳でした。
その味は甘くてクリーミーで、こんな言葉をもらえる私は、
きっと特別な存在なのだと感じました。
……今度は、私が彼にささやく番。彼にあげるのはもちろん……。
なぜなら、



彼もまた、特別な存在だからです。

255 6-199[ :2006/05/03(水) 00:02:48
「もー1回だけ!もー1回だけだから!」
「お前なぁ、さっきからそう言ってもう何回目だよ…。」
「んー?何回目だっけー?」
無邪気な笑顔でそう答えられて、疲れが倍増した気がする。
時計を見るともう午前二時。
いい加減もう眠い。
「なーやろうよー、オレ1人でやってもつまんないよー。」
肩を揺するな。
上目遣いでこっちを見るな。
「これで最後だから!ゼッタイおまえ置いて先にいったりしないからさー。」
「…本当にこれで最後だぞ?」
「やったーサンキュー!」
嬉しそうにコンティニューを選択して自機を選ぶのを横目で見つつ、寝るのはまだ先になりそうだとため息をついた。



−−−−−−
本スレ200じゃないけど頭に浮かんだので投下。
シューティングゲームに夢中!

256 6-259 スクーター :2006/05/04(木) 15:12:11
「あーうるせぇ・・・・」
この時間決まって聞こえるエンジン音。

俺の住むアパートの空き部屋が埋まった。
俺の”お隣さん”となった男は髪こそ金髪だが背の低い華奢な奴で、
その上猫背で、一見すると地味な男だった。
いやこの様子は・・・あれか?アキバ系ってやつか?!
まぁなんにせよ、それが引越し初日挨拶に来た男の印象だった。

「うるせぇ・・・・」
俺はこの日二回目となる言葉を呟いた。
通称「アキバ系地味男」は引越し初日の深夜にはその被っていた猫を脱いだ。
深夜バイトなのだろう。
男はスクーターに乗って出かける。
それはいい。
だが問題はスクーターだ!
何をどうしたらそんな音が出るんだ!!
もともとバイク関係に疎い俺はそれが普通なのか改造なのかさえ判断がつかない。
ただ、う る さ い。
しかも出かけるまで何分も掛けっぱなしなのだ!
これを男は毎週月曜から金曜の深夜に繰り返す。
部屋を出るときは音すらたてない男の、エンジン音の存在感たるやっ・・・!
規則正しい生活を乱された俺は幾度となくコメカミに青筋が浮く感覚を覚えた。

257 6-259 スクーター 2 :2006/05/04(木) 15:13:27
「いらっしゃいませー。」
まさか急にコンビニの肉まんが食べたくなるとは・・・
今日すれ違った女子高生たちがおいしそうに肉まん食べてたからだな。
俺は自炊派だけど・・・たまには悪くない。
「すいません、肉まん1つ・・・」
「はい。」
と店員が返事をしたとき、
「すいません、やっぱ2つにしてくださーい。」
「は?」
俺が振り返るとそこにはあの「アキバ系地味男」が・・・
彼は俺の横に並ぶともう一度、
「肉まん2つに。」
と言った。
店員は俺と彼の顔を見ると、ああ知り合いなのね、という顔で2つ目の肉まんを紙に包んだ。
「アキバ系地味男」から「アキバ系変人地味男」に通称を変えた彼は
変人の行動を理解しかねて唖然呆然としている俺をよそに会計を済ませ、
ほかほかの肉まんが2つ入ったビニールを受け取って自動ドアへ歩き出した。
俺はどんなに考えても言葉が出て来ず、彼と彼の手に下がる肉まんについてった。
「いやぁ、ごめん2つ頼んじゃってさ〜。」
自動ドアを出たところで彼が口をついた。
「俺も食べたかったんだよね〜。並ぶのめんどくさいから一緒に頼んじゃったっ。」
ぺらぺらと喋りながら彼はスクーターのキーをポケットから取り出した。
「あ、あのさ・・・・」
「ん〜?」
のん気な返事だ。
「こんなこと言うのなんだけど、俺たちってあんま話したことないっつか・・・」
「あー・・・まぁいいじゃん、お隣りさんのよしみで!乗んなよ。」
コンビニからもれる明かりで彼のスクーターが白いのだと、俺はこの時はじめて知った。
かなり使ってるのか、はたまた擦ったのか、小さなキズも見える。
「や、でもメット1個しかないじゃん・・・」
「こっからアパートまでじゃん、大丈夫だって。あんた被って後ろ乗って。」
スクーターに跨りながら彼がメットを渡した。
そしてエンジンを掛ける。
う、うるせぇっっ・・・!!
そのジリジリとした形容しがたい音に肉まんを諦めて断りたい気持ちになった。
が、変人なれどお隣さん、これからもお隣り付き合いしてく上で気まずくなることは避けたい!
ようやく回りだした頭が一瞬にして答えを出した。
「おじゃまします・・・」
ぼそっと呟いた俺に、にっこり笑ってうん、と彼が満足そうに頷いた。

258 6-259 スクーター 3 :2006/05/04(木) 15:14:15
夜の道路は閑散としている。
心地良いとは全く言えないエンジン音を鳴らすスクーター。
その音が静まり返った街に響いている。
人に迷惑をかけているという罪悪感と、
ノーヘルの男と2人乗りして、まるで子供な不良が自慢しそうなちょっとした優越感。
こんな世界も・・・なかなか悪くない。

その後、彼の少しキズの付いた白いスクーターの横に
真新しいピカピカの黒いスクーターが仲良く並ぶことになるのだが、
それはまだ先の話だ。

259 6-269サングラス×眼鏡 :2006/05/05(金) 00:16:05
東京の川は汚いけれど、大きな橋の上から見れば大して気にならない。橋の真ん中で、欄干に寄り掛かってホットドッグを食べていた。そうしたら、黒いスーツにサングラスの長身の男に突然肩をつかまれた。鬼気迫る様子で僕の顔を覗き込んだあと、男は声を震わせてこう言った。
「…口の周りに、血が付いていますよ」
僕は…唖然とした。男の容姿は日本人と言われても通用するものだったが、言葉は明らかに外国人のアクセントだった。ごくん、と唾を飲み込んで、こう答えた。
「これは、血ではなくて…ケチャップです。このホットドッグの。でも、心配していただいたようで、ありがとうございます。」
僕は英語には自信があったので、できる限り正確な発音で、ゆっくりそう言った。
すると男は僕の腕を乱暴に引っぱって止めてあった車に押し込むと、僕が何かを言う間もなくすごい勢いで発進した。

「あの…!止めてください!ど、どこに、行くんですか…うわっ?!」
「…安心しろ私は…お前を悪いようにはしないと誓う、白夜の眼鏡…!とりあえずシートベルトをしろ。」
「…僕、あの、人違いです…!そりゃ眼鏡はしてるけど、そんな人たくさんいるし…白夜って…何なんです?!おろしてください!…お願いします!」
車はスピード違反で追われなかったのが奇跡のような速度を保ったまま川沿いの倉庫街に入っていくと、一つの倉庫の中に止まるようだった。僕は車が減速すると共にドアを開けて、外へ文字通り転げ出た。それから一目散に出口に走ったのだが、あっさり男に捕まえられた。
「話を聞け、白夜の眼鏡!私はドマル代表側の人間だ…」
「…離してくださいっ!誰かーっ!」
「ドマル代表はお前を交渉の道具に使うと言ったんだ!あのまま予定どおり工作員と接触していたら、お前は他国の二重スパイとして現政権に引き渡されて、処刑される手筈になっていた!」
「………。」
「…私は、しかし代表の決定に、どうしても納得することができなかった…だから…」
「……だから?崇高な愛国心を胸に俺と心中でもしようって?」
久々に口にした母国語の言葉は、空疎に乾いて倉庫に低く響いた。
「ったく…しかしお前みたいな間抜けがよくあの狸オヤジの下で生きてこれたなぁ。まさかあれだけ派手な真似して、逃げ切れるなんて思ってるわけじゃないだろ?何がしたかったんだよ、お前。」
切り捨てられる事なんて、いつだって覚悟はできていたはずだった…しかしその時の俺の言葉は明らかに、やりきれない怒りと恐怖を押し殺すための八つ当たりだった。
「…確かにその通りだ。だが、お前一人ならいくらでも逃げようがある。」
男はそう言って倉庫の奥のトラックの鍵を開け、中からトランクを持ち出した。トランクの中身を俺に見せると、
「車の中にもうひとケースある。王子のために個人的に用立てられたものだから、足はつかない。必要ならそこのトラックも使っていいが、あっちは盗難届が出ているはずだ。」
そう言って、あっけに取られている俺を見た。男は少し微笑むと、躊躇いがちにサングラスを顔からずらした。
「白夜の眼鏡という、年若い優秀な工作員の話は聞いていた。私たちの仲間にそのような危険な任務に命を賭して就いている若者がいることを、私は誇りに思っていた。おそらくお前は国のためならいつでも死ねるのだろう…しかし、私はどうしてもそんなお前の命をこんなふうに終わらせたくなかったんだ。…ドマル代表には、私の命でお許しいただく。」
「……どこからつっこんでいいかわからん。」
「…日本語か?なんと言ったんだ。」
「いいからとっととトラックに乗れよ。あんたは助手席だ。」
「いや、しかし私は…」
襟首を掴んで、にらみつけた。
「あんたが一緒じゃなきゃ行かねぇ。」
男は驚いた顔をしていたが、俺はさっきのお返しとばかりに乱暴に車に詰め込んでやった。
「あんた今日から白夜のサングラスな。」
「……何の役にもたたなそうだな。」
お似合いだろ。そう言って俺はアクセルを踏んだ。

260 6-309浴衣でグチョグチョ :2006/05/07(日) 00:39:20
 彼が私の秘書になって約三年、私達は共に数多くの非常に有益な事業を、着実に成し遂げてきた。それもひとえに彼の優秀さと鋭敏な感性と、真摯な人柄のおかげである。彼の仕事を一言で表すならまさに「かゆいところに手が届く」であり、まったく彼と出会えた事は私の人生の中でも最も大きな収穫の一つであると思う。
 だから今日、彼の多少困った一面を見ることになったくらいで、私の彼に対する信頼が揺らぐわけは、もちろんない。

「ほら…白河君、そんなところにいたら危ないだろう。こっちにおいで。」
「…専務…っふ、くっくくっ……お、お父さんみたい……」
「ははは…。」
浴衣姿の優秀な部下に、温泉旅館の庭園にある松の木の上から見下ろされるというのはなかなかシュールな情景だが、いくら細身とはいえ男の体重をいつまで松の枝が支えられるかわからない。
「…部屋に戻ろう、白河君。ほら。」
「…専務。」
私が差し伸べた腕が彼の腰を支えると、彼はぎゅっと私の首元に抱きついてきたので、そのままなんとか引きずりおろすことができた。ぐったり私に体を預けている彼の体重を両腕で確かめて、私はようやく胸を撫で下ろした。
 これまで彼が酒で平常心を失ったことなど一度もない。実際かなりの酒量をたしなんでも顔色も変わらず、てきぱきと私の世話を焼いてくれていたものだ。それでは一体何が彼をここまで酔わせてしまったのか、というと。
「ねー専務、だから言ったでしょ?!僕…特異体質でですね、温泉に入るとぉ…酔っぱらっちゃうんですよー…っぷ!くっくくくくっくく……」
「…ああ、本当だったねえ…」
そんな話は聞いた事もないからといって、彼の申告をまじめに受け取らなかった私が悪かったのだ。もともと出張帰りにこの旅館をとったのも日頃の彼の労を労いたい気持ちからだったから、つい無理に温泉を勧めてしまい、私からそう勧められれば彼も少しなら…と思ったのだろう。
「専務…、汗で浴衣がぐちょぐちょですねぇ……」
「走り回ったからねぇ、君を追いかけて。」
私の喉に額をぐいぐいと押し付けながら、白河君が忍び笑いをする。
「じゃあもう一回入らなくっちゃ、温泉!…っぷぷぷ!あは、あははははは…!」
「白河君…。」
君が楽しそうで、なによりだよ…。

261 6-319 バッドエンド成立の瞬間 :2006/05/07(日) 03:25:35
「でも俺、お前の絵は本気ですごいと思うんだよ!なんつーか…本物って感じ。」
俺の熱意に一瞬たじろいで、そのあと、初めてお前は笑顔を見せてくれた。
…あの時だっていうのか、お前の中で何かが蠢きだしたのが。

体が痺れて、触れられても感じ取れない。優しく掴まれたのか、乱暴に捻り上げられたのか。深皿にぽたりぽたりと溜まっていく赤い液体を見ても、それが自分の体から出ている感覚がない。
「だって…もう君しか残ってないんだよ。僕の大切なもの。」
お前の声が、やけにでっかく、頭に響いて聞こえる。
俺に褒められて、本当に嬉しかった。あの絵は自分の血を使って描いた初めての大事な絵だったから。でも、それからもさらに「本物」の絵を描き続けるためには、材料を追求し続けなければならなかった。…
「『痛み』を伴う材料じゃないと、本物にはならないんだ、どうしても。ところが自分の体を削っても、もう僕は痛くも何ともない。…別の大切なものも、使い切ってしまったんだよ。だから」
一番大切な君を使うしかないんだ、と耳元でささやかれる。
だんだん、視界が暗くなっていく。俺は…。
せめて最後の瞬間まで、お前の絵を目に焼き付けていたい、そう思った。

262 6-319 バッドエンドフラグ成立の瞬間 :2006/05/07(日) 11:26:29
「――カズシ」
「んー?」
「俺、今すっごく幸せ」
「どうしたんだよ急に」
カズシが優しい瞳で俺の顔を覗き込む。
答えずに、俺はカズシの胸に頭をこすりつけた。

幸せ。
カズシがいるから、幸せ。
カズシを好きだから、幸せ。
カズシと愛し合っているから、幸せ。
とても、幸せ。


食欲がない。
食べた物はすべて吐いてしまう。
昨夜、とうとう吐瀉物に血が混じった。
熱っぽい。身体が重い。視界が霞む。
すべて、病死した父と同じ症状だ。
多分、もうじき俺は死ぬのだろう。
ごめんね、カズシ。ひとり残してしまって、ごめんね。
でも、俺は十分幸せにしてもらったから。だから、カズシは新しい人と、今度こそ幸せになって。


隣で何も知らずに眠っているカズシの頬にキスをすると、俺は少しだけ泣いた。

263 6-339ロボット×人間 :2006/05/08(月) 21:22:57
投下させて下さい。
______________________________

「ごめん、ごめんな…。」
お前の気持ちが恐かった。
…いや、『気持ち』としてプログラムされているという事実が。
何が起きても穏やかな笑顔で俺に「愛しています」と囁く不変さが。
後悔なんて、死ぬほどしている。
それでも俺は他の選択肢を選ぶことなんてできなかったし、もしやり直せたとしても、選べない。
横たわって目を瞑り、充電しているお前に足音を忍ばせて近寄った俺に「いいですよ」と一言言ったお前。
…穏やかにふんわりと笑いながら。
「ごめん、ごめんな…。」
熱を失いつつある、人の皮膚そっくりに作られた人工皮膚のお前の頬は、俺の涙を吸わずに俺の腿へ伝えた。

264 6-369 最後のメール :2006/05/10(水) 00:42:01
『別れたい。』


恋人からの突然の別れ。
なぜこんなことを言うのか・・・
それすら分からず、部屋の中に立ちすくむ。
理由を聞くことすら阻む、決定的な四文字。
電話することが震えて出来なかった・・・

彼はいつでも俺を喜ばす言葉をメールで言う。
たとえば、デートの予定とか。
たとえば、好きとか愛してるとか。
俺だってまぁメールするけど、圧倒的に電話することが多かった。
彼にも、たまには電話しろとよく言った。
俺は感情が見え隠れする彼の声が聞きたかった。

だからメールは嫌いだった。
メールだと一切の感情を消してしまう気がするから。
それ故に、『別れたい。』の四文字が今、一層と際立った。

未だ立ち尽くしたままの俺はそれを感じて携帯を閉じた。

265 本スレ370のウラ :2006/05/10(水) 00:52:05
いつもどおり、今日も日が暮れる。おれはそれを、ぼろアパートの二階からぼんやり眺めている。
こんな暇な時間を過ごせるほど経済的余裕はないけれど、でも、この時間は仕方ない。

だってあいつが来るから。
頼んでもいないのに、いつもいつもコンビニ袋に二人分の食料を詰め込んで。
へらへら笑って、ドアからひょっこり現れるのだ。
やかましいし、うっとうしいし、酒癖も悪いし、ちょっとうざいやつ。
だけどあの顔を見るたび、一日の鬱々とした気持ちが嘘みたいに晴れていく。
そしてそれが、とても、とても嬉しい。……若干餌付けされてる気もしないでもないけど。
かれが会いに来てくれることが、おれの一日の中で一番の楽しみだった。

ところが、その男が来るのが、今日はどうも遅い。
来ないなら来ないでいつもはうっとうしいくらいがっかりメールをくれるはずだけど、
それを忘れてるんだろうか。

連絡でもつけてみようかと、携帯電話を開いた。

『今日の夕飯どーする?』
実に一時間も前の着信だった。一時間も気づかなかったとは、さすが。自慢にならない。
『たまには作ってやるから早く来い。待ってるよ』
送信ボタンを押して、携帯をすぐ閉じる。

どうせ会社でポカやらかして、残業でもしてるんだろう。あいつはあほっぽく見えて、本当に
あほだから。大学生のころから、ちっとも変わりやしない。
だからきっと、今も携帯電話を見てないんだろう。さっきのおれみたいに。
せっかく料理してやるって言ってるんだから、早く来ればいいのに。
こんなに待ってるんだから、早く来ればいいのに。

早く、早く来ればいいのに。

266 萌える腐女子さん :2006/05/10(水) 18:28:18
『拝啓、お元気ですか。僕の方はぼちぼちやっています。
 そっちはどうですか?変わりなくやっているでしょうか。
 …堅苦しい文はやっぱり苦手です。
 会いたい。会いたい。今どこにいますか。何をしてますか。
 僕は相変らず、君を
そこで僕は我に返って、便箋からペンを放した。これ以上、言葉になんて
出来ない。言葉にしたって、仕方ない。

あいつは僕を置いて、遠いところへと行ってしまった。
…それは少し語弊がある。僕たちは、別々の道を行くことにした。
今でも僕はかれのことを愛しく思っているし、かれも僕を嫌いになんてなっていない。
だけど、かれの目指す未来は、僕の横にはいてくれなかった。
「行きなよ。今しかないんだから」
笑ってそう言ってやれて、ほんとによかった。泣きながら送り出すなんていやだった。

分かってた。
ぼろぼろの男二人暮らしの部屋の中でひとつだけ、ぴかぴかに磨かれたギターを
大事そうに抱える姿を、僕はずっと見てきたから。
君はいつか僕の手の届かないところに行ってしまうんだって。
なんでもない振りをして、送り出してやるのが一番いいことだって。

書きかけの手紙をあて先のない封筒に入れる。胸がぎゅっと鳴った。
『僕は相変らず、君を愛しています。』
そんな言葉を伝える必要は、もうどこにもないのだ。

――こんな風に誰かを好きになることは、もうきっとない。

だけど、もう振り返らないと決めた。後悔も未練も永遠に置き去りにして、
僕は君の夢が叶う日を夢見ながら、生きていこうと思う。

267 萌える腐女子さん :2006/05/10(水) 18:31:34
266は本スレ399の「永遠に置き去り」です
書き忘れスマンソン

268 6-409 βエンドルフィン :2006/05/10(水) 23:47:00
 密林に生息する植物を採集するためにこの国にやってきて十日になる。
本国のお偉い大学教授殿からは、ばかばかしくなるくらい依頼料と必要経費をふんだくる事ができた。どうやら俺のような裏に通じるハンターに依頼なんかする事は御名誉に差し障るらしく、口止めの意図が多分に含まれているようだった。
 俺は三日目から、ガイドに雇った現地の美しい青年を自分のコテージに寝泊まりさせた。密林の沼と同じ色の肌は滑らかで、ひんやりと気持ちがいい。長い睫毛に隠れた黒い瞳が、ちょっとした事で敏感に潤む様子がたまらない。
「まったく…ここは天国だな。…食い物はうまいし、ずっと暖かいし。」
「外国の方でそんなふうに思われるのは珍しいですよ。皆さん、大抵こんな汚い国に長居したくないっておっしゃいます。」
「…上品ぶってる奴らにはわかんねーのかもな。俺は、手で食べるのとか、裸足で歩けるのとかも、全部嬉しいんだけど。」
汚い…なんて、この清らかな国の何を見てそう言えるんだろうか、あの豚どもは。…俺は腕の中の男をまるでこの国の化身のように感じている。隅々まで身を浸したくて、何度も何度も夢中でその体に顔を埋めた。
「…この仕事が終わっていっぺん国に帰ったら、俺こっちに移り住もうかな。そうしたらお前一緒に暮らさないか…?」
男は微笑んで、いたずらっぽく俺の愛撫をかわす。
「お前普段施設で怪我した野生動物の世話手伝ってるんだろ。…ケダモノの世話やくの得意じゃん。」
「でも…ケダモノに快楽はないんですよ。ケダモノにあるのはただの快感。」
「へぇ?」
「溺れる程の快楽は、人間の知性が初めて作り出す幻影なんです。あなたは」
惑わされてるんですよ、自分の作った幻想に。
男はそう言うと、俺にとろけるようなキスをした。
決して手に入らない恋人の幻に口づけている気がした。

269 6-409 エンドルフィン :2006/05/11(木) 00:28:44

――君といるとどきどきします。

「きっとさ、β-エンドルフィンが分泌されてってやつだよね」
ふたりでぼんやり、いつものように時間を過ごす。見たかったテレビドラマも終わったので、
僕はふと隣の男に話題を振った。
「だから俺、お前と一緒にいたりエッチしたりすると幸せなんだ」
すると、ソファの上でだらしなくくつろいでいるそいつは、僕の方を見もせずにへぇボタンを
押す仕草だけをしてみせた。
「へぇへぇ。2へぇ」
「微妙にふりぃよ」
「微妙なのかよ」
「やっぱ大分古い。まあそれはともかく、β-エンドルフィンですよ、β-エンドルフィン」
「ベタ・エンゼルフィッシュね。金魚でも飼うの?」
「せめて熱帯魚って言えよ」
「べーた…べた…煙突……やっぱおれギャグのセンスないのかも」
ああ、聞いてて悲しくなってきた。そこまで寒いともう一つの才能だ。
僕が「今更気づいたわけ?」とおちょくると、「言ってみただけなわけ。んなもん小学生の
ころから知っとるわ」と帰ってきた。いや、自覚してるって知ってるけど。僕も聞いてみただけ。
「で、何でβ-エンドルフィン?」
「いや、こないだうちの妹が授業で習ったって」
「ふーん」
「脳内麻薬でモルヒネで痛み止めらしい」
「何じゃそれ」
食いつきの悪いやつめ。人付き合いも悪いやつめ。うん、まあそんな君も好きですけど。
「で、で、好きなこととか嬉しいことがあると分泌されるらしいのね」
「うん」
「ほら、俺の趣味は僕の目の前のあなたです!から」
びしぃっと人差し指を突きつけてやったら、特に感じ入った様子もなくあくびをひとつ返された。
ちょっとムカツク。うん、まあそんな君も好(ry
「はいはい。ありがとうありがとう」
「えー、つまんねーなー、前はもっと照れてくれたのに」
「つるんで4年目になるのにいちいち照れてられないから」
「あっそう。別にいいけど」
「まあつまりあれだよ、あれ」
「どれ」
「たとえばーきみがいるだーけでこころがー。…はいっ」
「つよくなれるーことー」
「なによりーたいせつなもーのを、…続きは?」
「きづかせーてくれたねー。これでいい?」
「うん、いい。つまりそういうことなのよ。オーケー?」
つまり、毎日こうして馬鹿馬鹿しい話をしたり、じゃれあったり。君がいるだけで、そういうことが幸せなわけだ。
エンドルフィンだのアドレナリンだの、むつかしいことはよく分かんないけど、まあそういうことだろう。

そして君は笑って言う。
「オーケー」

270 4-429 vvvlove(ノ^^)八(^^ )ノlovevvv :2006/05/11(木) 19:47:40
「矢追君、この文字列の意味がわかるかね?」

教授が振りむいて言った。手には、今日回収した学部生の課題論文。
その一本の末尾にさりげなく印字されている絵文字に、僕は平静を装いながら説明した。

「ふむ、記号を組みあわせて絵に見立てているのだね」

成程、若者はいつも面白いことを考えるものだねえ。
そう言って屈託なく笑う教授に、僕も思わず頬が綻む。
しかし、内心はそんなに穏やかではない。
一緒に研究をつづけられるだけで、幸せ。
教授への、崇拝にも似た感情を見透かされつつ、
僕は彼の手管にいつしか溺れてしまっている。
彼の若い滑らかな肌が、瑞々しい指が、僕を優しく凶悪に捉えて離さない。
挙句、僕が指導した、教授が採点するこの論文にこの絵文字……。

「おや、矢追君、首筋は毒虫にでも刺されたのかね」

堂々巡りの思考の坩堝にはまっていた僕は、再度平静を装う必要にせまられた。
ええ、もう蚊がでているみたいで、今年は暑いようですね……。
そんなふうに口を動かしながら、僕の頬も急激に熱くなっていった。

271 270 :2006/05/11(木) 19:51:02
失礼、名前欄は「6-429」でした。

272 6-479 雨に濡れて :2006/05/13(土) 01:59:00
「イヤだ、イヤだ……諦められない」
 人気のない屋上には、梅雨の走りの雨が降りこめていた。跳ね返ったしぶきが煙のように視界を曇らせる。
 後ろから追いついて抱きかかえるようにした風間の腕を振り払おうと、駄々をこねる子どものような仕種で朝比奈がもがく。
「絶対に行かせない」
 風間はあらんかぎりの力をこめて、柵のほうへにじり寄ろうとする朝比奈の動きを封じんとする。
「どうして!!」
 濡れた黒髪を振り乱して朝比奈が絶叫した。
「あんたに関係ないだろ!? 離せ、離してよ!」
「嫌だ、離さない」
 見舞いに来た風間が居合わせたことは幸運だった。朝比奈は、医師からなんらかの宣告を受けたらしく完全に自暴自棄になっている。
「あんたに何が分かる!」
 暴れる朝比奈の指が風間の頬をかすって、爪が皮膚を裂く。鋭い痛み。手の甲でこすると血が滲んでいた。
 舌打ちして風間は、朝比奈の身体を地面から抱えあげる。
「な…! にすんだ! 下ろせよ!」
 脚をばたつかせる朝比奈を、反動をつけすぎないよう受け身を取れるよう注意して床に転がす。 背中を地面につけて目を丸くして見上げている朝比奈の腹に跨ると、風間はその頬を平手で張った。ぱん、と小気味よい音が響く。
「確かに俺には何も分かってないかもしれねーよ」
 茫然と自分を見上げる朝比奈に、抑えようとしても抑えきれずに震える声で風間は告げる。
「けど、けどなあ、……っ」
 それ以上はもう、言葉にならなかった。
 朝比奈の胸に、風間は顔を伏せる。雨に濡れて肌に貼りついたシャツの下であたたかい心臓がことり、ことり、と動いている。
 それがすべてだ。それだけでいいんだ。

273 6-479 雨に濡れて :2006/05/13(土) 02:02:18
あいつの部屋を一歩出たら、雨が頬を打った。
 「あれ、つきさま、雨がぁ」
頓狂な声をあげるあいつに、苦笑しながら乗ってやる。
 「春雨じゃ、濡れて参ろう」
目を見合わせ、ひとしきり二人で大笑いした。
 「ほら傘。いくら五月でも、風邪ひくでしょ」
 「これはこれは、かたじけない」
あいつは再びの笑いにむせながら、じゃあね、とドアを閉める。
俺がアパートの角を曲がると、待っていたかのように窓から頭を突き出したあいつが手を振った。
借りた傘をちょいと上げて、挨拶を返す。灰色の空に鮮やかな、真黄色のビニール傘。

駅までの道を歩きながらふと振り返ると、あいつの窓がまだ開いている。
もう顔が確認できる距離ではないけれど、人影が見える。
そうか、この黄色い傘のせいだ。向こうも俺は見えていなくても、傘が見えるんだな。
霧のように街をつつみ、新緑の木々に恵みを与える初夏の雨。
このぐらいで傘をさすのは面倒で、普段ならば雨に濡れていくのだけれど、
今日はそうもいかないようだ。きっと大袈裟なあいつが心配するに違いない。
「あなたが死んだら、僕もすぐに雲の上まで追いかけていくから!」なんつってな。
そんなことを考えながら、子供の持ち物のように色鮮やかな傘を透かしてふと見上げた空は、
天国もかくやと思わせるような金色に輝いてみえた。

274 6-479 雨に濡れて :2006/05/13(土) 02:28:40
「うわ,もうビショビショ,最悪」
 ようやく,歩道橋の階段下の狭いスペースを見つけて滑り込んで,あいつが自転車を止めた。
 ほとんど前も見ずに豪雨の中を走りに走ってきたので,俺もあいつも呼吸が荒い。
 自転車通学を余儀なくさせられている田舎の高校生である俺達にとって,
帰宅時間の突然の雨は,まあ,たまにあるハプニングだ。
 女子は雨が止むのを待ったりしてるが,たいてい男は突っ切って走って帰る。
 俺達もいつものように走り出して……常より激しい降りに降参して,こうして雨宿りとなった。
 確かに最悪だ。
 雨に濡れて,奴の制服のシャツが,その下の肌色を浮かび上がらせてしまっている。
 自転車は濡れるに任せるとしても,こう狭いスペースじゃ距離が近すぎて,
目をそらしたところで伝わってくる体温は遮断できない。
 いつまでも,いつものように,一緒に帰れる友達でありたい。
 そんな俺の切実な思いを,いつもと違うシチュエーションが壊してしまいそうだ。
「パンツまでビッショリ」
 屈託無く笑うあいつがヤバイ。
 濡れた体から立ちのぼるあいつの匂いがヤバイ。
 俺の最後の理性がヤバイ。
 腕を伸ばさずとも容易に掴めてしまった濡れた肩を,とうとう俺は引き寄せてしまった。
 
 雨に濡れた唇は,それでも暖かかった。

275 6-489 今夜もひとり生け贄に〜 :2006/05/13(土) 14:58:32
今夜も一人生贄になる。
手足も口も動かぬままに。
今日の男は巨大な長物とぬるぬるしたものを持っていた。
ぬるぬるする物を体中に塗りこめる。
長物を無理やり胎内に挿入する。
もう慣れた、そう思う躰が衝撃に揺れる。
内から外から別の物に変えられていく。
私が我慢すれば良いだけの話だ。もう慣れた。


「…今年の銅像は意外とシンプルっすね」
「単に色を塗り替えて、のぼりを突っ込んでか」
「疾…如く?はやしおかすな?なんて読むんだこれ?」
「はやきことかぜのごとく、しずかなることはやしのごとく。
 武田騎馬軍団だな、これ」
「ヤンキーじゃなかったんすね」

276 6-489 今夜もひとり生け贄になる〜 :2006/05/13(土) 17:25:45
外はもう日が暮れたのだろうか。この部屋には窓がないので分からない。
夜の訪れと共に父さんがこの部屋にやってくる、その時だけ、廊下の明かりが僕をわずかに照らす。
『あぁ、ジャック。私の愛しい息子よ』
父さんのしわがれた声が聞こえ、父さんのかさついた指が僕の頬に触れる。
僕は動くことも声を出すこともできず、ただじっとこの儀式めいた淫靡な時が過ぎるのを待つ。
『この陶器のようにすべらかな肌、絹のようになめらかなブロンド、サファイヤよりも透き通った瞳。
おぉジャック、お前は私の最高傑作だ!』
父さんは近頃、仕事をしていない。昼間は酒ばかり飲み、夜には僕と淫らな行為をする、その繰り返しだ。
僕は、父さんが生きるための贄なのだ。
『ジャック、ジャック……』
父さんの舌が全身を這い回り、父さんの手が肌をまさぐる。
それらは全て、僕にえも言われぬ快感をもたらす。あぁ、僕が父さんの贄であるなら、父さんこそが僕の糧だ。
やがて父さんは僕の顔に吐精すると、後始末のために一度部屋を後にした。
温かな白濁液が僕の頬を伝って、それはまるで流すことのできない僕の涙の代わりのようだった。


人形の僕には繋がるための楔も蕾もないけれど、身内に潜む父さんへの愛だけは本物なんだ。

________________

なんか本スレと似たようなネタになっちゃった(´・ω・`)

277 6-499 アメフラシとてるてる :2006/05/13(土) 22:38:08
うねうねと雲が踊っている。雨雲はそのまんまアメフラシみたい。
暗くなったせいで軟体感を増す空を見上げて、帰ろ、と決めて傘を探した。
馬鹿馬鹿しい。何時間もあいつを待ったりしてホント馬鹿だ。
「今日こそは一緒に帰る!」と言い切ったあいつ。
「イヤ、待つの俺だし。夏前だろ?何時間練習するのさ?」
と聞く俺に、
「今日はミーティングだけだから」と言った。
そうなのかと思った俺も馬鹿だけどね?夏大会前の野球部がミーティングのみで終わるはずもないんだよな。
あぁ、降って来そうだな。今土砂降りになったら野球部も練習終わるのかな。
今情けない顔してるから、あんまり見られたくないな。
ロッカーの奥から折り畳み傘を引っ張り出して、開いてみる。空気は湿っているのに埃が舞って、咳と一緒に涙が出た。
あ、やべ。今から傘置いて帰ったら、泣いてるのバレないかな。
俺の心の中みたいな重い空が泣き出そうとしている。カバンを取って帰ろうとしたら、机の上にあったはずのカバンが無かった。
教室のドアのところに、ユニフォームのままのあいつが俺のカバンを持って笑っている。
「帰ろーぜ」
むしろ腹が立った。
「お前、サイアク」
「うん、ごめんな」
「お前なんか最悪だ・・・」
「うん、ごめん」
最悪なのは、顔見ただけで晴れてゆく俺の心の方。
声だけはすまなそうに、しかし笑顔なお前はてるてる坊主みたい。
空が泣き出した。

278 6-499 アメフラシとてるてる 1/2 :2006/05/13(土) 22:40:40
バイト帰りの疲れた体をひきずって、安アパートの古びた廊下を
歩いていると、ドアから味噌のいい匂いがただよってきた。
児玉の部屋だ。アイツ、また朝から何かとってきたのかな。
「…児玉、何か美味いの作った?」
ドンドンとドアを叩くと、「おー」というのんびりした声が
返ってくる。ドアが開くと、満面の笑みの児玉が、エプロンつけて
立っていた。
「あさとぉからよぉござんしたの!」
「は? 何て?」
「いや、気にするな。今日は、俺の実家の名物料理作ってたんだよ。
 食ってくか? ん?」
「あー」
いつも落ち着いている男の、珍しいハイテンションさに、徹夜明けの頭が
あまりついていかない。しかし、俺の頭は、睡眠欲よりも食欲の方を優先
するよう指示を出した。だって給料日前で、ここ数日ロクなもの食べて
いないのだ。カップラーメンカップラーメン、のり弁、カップラーメン。
俺はあがりこんで、児玉の部屋のちゃぶ台の前に、チョコンと座り込んだ。
…あぁ、同じアパートで同じ間取りの部屋なのに、どうしてコイツの部屋は、
こんなに居心地がいいんだろう。男の一人暮らしで、自炊したり、部屋を
キレイに片付けたりするヤツは、コイツの家しか知らない。しかも、病的な
までにキレイというわけではないから、まるで母親のように暖かみがある
部屋で、妙にこう…落ち着くというか、眠くなるというか…。

気が付けば、俺はウトウトしていたらしい。ガツンと何かで頭を叩かれて、
目が覚めた。いつのまにか、魔法のように、俺の目の前に食事が置かれている。
「うぁ、うおー! すげぇ、料亭みてぇ! 何このナマコみたいなの」
「あー、ベコだよ。こっちじゃ食べないんだよな。遠慮しなくていいから食え」
児玉が、暖かい味噌汁を俺に渡してくれた。
どうしよう。児玉が神様に見えてきた。
「ありがとう、児玉ぁ」
「気にするな。具材は今朝海で獲ってきたヤツだから、無料だ」
炊きたてのゴハンに、暖かい味噌汁。焼き魚に、「ベコ」の和え物。
俺はむさぼるように食べた。ベコは初めて食べる味だが、コリコリしていて
美味しい。こんなのが獲ってきて作れるなんて、児玉は何て天才なんだ。
ふと目線を横にやると、窓のところに何かかかっているのに気が付いた。
あれは…てるてるぼうず…?
「…児玉、あれ何?」
俺の向かいで味噌汁をすすっていた児玉は、てるてる坊主に気づいて、
はにかんだ笑みを浮かべた。
「あぁ、日曜日、海に行く」
「日曜日?」
「そう。安藤先輩、誕生日だろ? 魚でも獲ってきて、ご馳走作ろうと思ってさ」
恥ずかしそうに笑う児玉の顔に、俺は胸のあたりが重くなった。
お前、日曜日は俺と遊びに行く約束してたのに、忘れてるのか。
反射的に、Tシャツの上から胸をつかんだ。
なぜだか胸が痛い。
児玉と遊びに行くからって、バイトまで休んだのに、児玉はあっさり忘れてるのか。
安藤先輩とは、この安アパートの同じ階に住む人で。
貧乏人が多いこの学生アパートで、毎日笑顔を振りまいて、アパート住人全体の
飲み会などを取り仕切っていたりする人で。
男なら誰でも憧れるような人で。
「…あぁ、飲み会するんだ」
「そう。皆で先輩びっくりさせて、飲み会しようってさ。お前も参加だぞ」
児玉の顔に、「先輩の喜ぶ顔見たい」という気持ちが書いてあるのが分かった。
あぁ、児玉は先輩のこと好きなんだなぁ。
じゃなきゃ、わざわざ日曜日まで日にちがあるのに、てるてる坊主なんて
作って吊るすわけがない。しかも布とゴルフボールで作ったらしく、まん丸の
頭で輝くような笑顔を欠いている。
心臓のあたりが、ギュウッと収縮するのが分かった。
どうしてだろう。吐きそうだ。
「…どうした? 小峰」
「いや…何でもな…」
さらに胸のあたりがざわついて、俺はうつむいた。
何でだろう。俺は何にこんなに胸をざわめかせてんだ。子供じゃあるまいし、
たかが一緒に出かける約束忘れられただけで。
「おかしいなぁ、何か腹壊すようなもの、入ってたか?」
不思議そうな児玉に、俺はかぶりをふった。
しかし、胃や腸まで痛くなってきたあたりで、俺は気づいた。
これって、もしや嫉妬ってヤツか?
痛みがだんだんひいてきたので、俺は話を変えるために、ちゃぶ台の上に目をやった。

279 6-499 アメフラシとてるてる 2/2 :2006/05/13(土) 22:42:34
「なぁ、そういえば、『ベコ』って何?」
「ベコ? …こっちで何て言うのかな。あ、そうだそうだ。てるてるぼうずの
 反対だよ」
「反対? ……何? ナマコ?」
「違う。『アメフラシ』」
聞いたことのないものだった。しかし、その名前に少し自嘲する。
日曜日、雨が降ればいいって思っている俺は、ある意味このナマコみたいなもんか。
児玉が、わざわざ人のために海に行かなければいいのに。俺と一緒にいればいいのに。
そんな子供じみたことを考えた瞬間、俺の胸がまたギュウッと痛くなってきた。
「見てみるか? アメフラシ」
そんな俺に気づかず、児玉は台所の隅に置いてあったクーラーボックスを持ってきた。
ガチャリと開けて、「これがアメフラシだよ」と手の上に乗せて、俺に見せてくれる。

汗が出た。
そこには、信じられないほど大きなナメクジがいた。

俺はそのまま、トイレに駆け込んだ。吐いた。
しかし吐きながら、妙な安堵感を覚えていた。
良かった。これは腹痛で嫉妬じゃない。

日曜日、寝込んでいる俺に、児玉が済まなそうに俺の部屋にやって来た。
「こっちのアメフラシは、毒持ってんだってなぁ。ごめんな、俺知らなくてさ。
 これ、お詫びの魚だ。今度改めて、一緒に海行こうよ。
 また、てるてる坊主作っとくからさ」
児玉の言葉に、思わず胸がざわめいた。
これは腹痛じゃない。はず。

280 6-429 vvvlove(ノ^^)八(^^ )ノlovevvv :2006/05/14(日) 04:14:57
『☆*:・°★:*:・°やっほ〜シマちゃん\(^O^)人(^O^)/起きてるー?(ρ.-)
俺は大学に遅刻しそう〜ε=┌(;>_<)┘ヒー
いやー、昨日は飲み会★⌒(*^^)d_||_b(^^*)⌒☆が長引いちゃって(^_^;ゞナハハ
おかげで二日酔い…{{{{(+_+)}}}}ズキズキ
寝起きにシマちゃんの顔を見たら♪( ^o^)\(^-^ )♪一発で治るo(゚ぺ)○☆んだけどなぁ|_・)チラッ
うーん、早く会いたいよ〜v⌒ヽ(^ε^*)チュッ(*^3^)ノ⌒vチュッ
シマちゃーん、(^O^)ア(^o^)イ(^o^)シ(^o^)テ(^o^)ル(^O^)よーVvV
vvvlove(ノ^^)八(^^ )ノlovevvv(*ノノ)キャーテレチャウ///
シマちゃん、今夜はうち来る?.....((((*^o^)ノノ
ものすごーく掃除しとくから(^-^)ノシャランラー∵・∴・★きっと来いよ!(^_^)-c<T_T)キュゥ
今夜は寝かせないぜ〜{[(-_-)(-。-)y-]}なーんて(*>▽<)キャッ☆
返事、待ってるよー(^-^)ノシ』
送信。ぱらりら〜ん。
まだかなー。おっ。
返信キタ━━(゚∀゚)━━(゚д゚)──('A`)……orz
『シマちゃーん、俺ロシア語なんて読めないよー。・゚・(ノД`)・゚・。』
『日本語で書いてほしけりゃ、そのうっとうしい顔文字をやめろ。
あと、さっきのはただの英悟だ』
『……2ちゃん語でもいい?(ノД‘)チラッ』
『受信拒否すんぞ』

281 6-529 豆乳×牛乳 :2006/05/16(火) 01:29:58
「最近元気ないですね。牛乳らしくないですよ」
「うるせー。だまれ豆乳」
「ほら、今日だって機嫌が悪い」
「こっちくんな。お前なんか嫌いだ」
「どうしてそんな心無いことを言うんです。ぼく何か気に障るようなことしました?」
「うるせーってんだよ」
「悪いところがあるなら直しますから、言ってください」
「ほっといてくれよ!俺にかまうなっ」
「え…ちょ…泣いてるんですか?」
「泣いてねーよっ!何言ってんの!?馬鹿じゃねーの?泣くわけねーじゃ…」

「何があったんですか」
「…やめ……はなせ」
「何か、あったんでしょう?」

「………俺、俺…嫌われてんだ、もう、いらない子なんだっ!…うぅ…うわぁぁぁああん!!」

「ぎゅ、牛乳?そんな泣かないで…いらない子って、一体」
「うっ…うぅ…ひぃいっく……豆乳なんか、豆乳なんか大っ嫌いだぁぁあ!!」
「ぼくが悪いんですか!?」

「……俺、捨てられてるんだって…最近あんまり売れてなくて、
 たくさん余ってどうしようもなくて捨てるしかないんだって
 ……全部、お前のせいだぞ!豆乳!!
 お前が、イソフラポンだかボンだかで女の気チャラチャラ惹いてさ、
 俺より低カロリーで美容にもいいとか言われて
 調子にのって石鹸やローションなんかにまでなって、すげー人気じゃん」
「そんな…誤解です」
「ヨーグルトやプリンにもなるし、クッキーだってお前使ってるってだけでもてはやされるし、
 もう俺なんてみんな要らないんだよ、全部お前で代わりがきくもん…
 温めたとき表面にできる膜だってさ、俺のはキモイとか言われてわきによけられちゃうのに
 お前のはユバだ!ユバ様だ!刺身醤油で美味しくいただかれてんだ!
 植物性ってのもいいよな、自然にやさしそうで今っぽいじゃん?
 俺なんか動物性で短気っぽいし獣臭そうだし、どうせ俺は雑巾で拭いたら臭いし…んっ………ん」
「………」
「……っ…」

「もう、言ってることめちゃくちゃですよ…」
「………っにすんだ…」
「…少し黙ってください」

「……ぼくが、豆乳が牛乳に適うわけないじゃないですか」
「……だって、現に」
「ぼくは所詮あなたの模造品に過ぎない。今のは単なるブームです…
 本物の味を求めたら、牛乳にはかないません。ぼくは、いつだってあなたに憧れてるんですよ」
「…うそだ」
「あなたのようになりたくて、ここまできた。あなたに認めて欲しくて、あなたの横に並びたくて…
 成分の調製にはずいぶんと苦労させられました。
 みんなだって、本当はわかってる、あなた無しじゃいられないことを。あなたの良さを」
「………」
「そのうちまた、ぼくなんか足元にも及ばない人気ものになっちゃいますよ。
 で、ぼくはまた、棚の隅っこで一列陳列に戻ってるんでしょうね。
 離れ離れは寂しいですけど…」

「…んなこたねーよ……お前のよさだって、みんなわかってる」
「牛乳…」
「……お前が模造品だなんてことはねーよ

「…乳くせぇキスしやがって」

282 6-549 君の背中で眠らせて :2006/05/16(火) 17:22:30
新幹線の発車時刻まで、あと1分。
ホームは、長い階段の上にあり、歩いていたのでは間に合わない。
あれに乗り遅れたら、次の仕事に遅刻してしまう。
前の会議が、想像以上に長引いたりなんかしたからだ。
そんな時に限って、すれ違ったサラリーマンに、階段で足をひっかけられた。
とっさに左足をついたら、階段を踏み外してしまった。足首に激痛が走る。
無様に転んで、階段の角に膝をついた。
あまりの痛さで声が出そうになったけれど、2、3歩先を走っていた尾上が振り返ったので、
耐えてすぐに起き上がる。部下の前で、無様な姿は見せられない。
「主任、どうかしました?」
「大丈夫」
手短に言って、俺は走り出そうとした。しかし、左足がそれを許してくれなかった。
「大丈夫ちゃうやないですか」
尾上が、腕をつかんだ。振り払いたいが、今はそれどころじゃない。新幹線に乗り遅れる。
左足は、完璧に筋がイかれたようで、地面に足をつくだけでも、脳天を痛みが襲った。
尾上の手を借りて、ヒョコヒョコと、ケンケンしながら階段をのぼるが、無常にも新幹線の
発車を知らせるベルが鳴り響く。
「…あかん。俺のことは置いてってくれ」
俺は断腸の思いで、その言葉を口にした。仕事に穴あけたら、どうなるか分からない。
尾上は、俺の言葉に、本気でマズい状態なんだと気づき、一瞬迷った顔をした。
アホ、迷ってる暇なんてあるか。早く行け。お前なら、一人でも場を持たせることは
できるはずだ。しかし、尾上は、意を決したように、俺の前にひざまづいた。
「最後まであきらめたらダメです。乗ってください」
「はぁ!?」
「おんぶしたげます」
アホ。君はアホか。
しかし、俺がその背中に乗らない限り、尾上は動きそうにない。
迷ったが、二人で遅刻か、二人で間に合うかやったら…間に合う方にかけるしかないか。
俺が乗ると、尾上は立ち上がった。ちょっとよろけるが、前を見ている。
俺よりもガタイはいいけど、俺だって男だ。筋肉ついて重い男を担いで、そんなに早く走れる
わけがないのに、尾上は足を前に出して、ヨタヨタと走り出した。
アホだな、君は。でも…行けるかも。

そして、新幹線のドアが閉まる寸前、尾上の右足がドアに入った。
もう一度開くドア。入る俺たち。駅員さん、駆け込み乗車、ごめんなさい。
尾上は、満面の笑顔で振り返った。
「間に合いましたね。主任、仕事に遅刻したら、半月近く落ち込んじゃうから、必死でしたよ」
至近距離の笑顔と、思いがけない言葉。
あぁ、一ヶ月前、列車事故で遅刻した時のこと、気づいていたのか。
俺は、尾上のまっすぐな言葉に、思わず胸を熱くさせてしまった。
目の奥がジンとして、鼻がツンとする。顔が赤くなっていくのも分かって、うつむいた。
「あれ? どうしました? 眠くなりました?」
「アホ」
尾上のアホな発想に、つっこみを入れたが、その声は無様にかすれていた。
感動したのだ。俺の仕事に対する姿勢とか、努力とか、そういう人に見せない点を、
尾上が分かっていてくれたことに。仕事での関係でしかない、と思っていたのに。
「…ん? 『君の背中で眠らせて』ってやつですか? ええですよ。そういうことなら、座席まで
 連れてってあげますから、眠ってください。最近、忙しかったですもんねぇ」
「ちょっと黙っててくれ…」
うつむいたからって、背中で眠りたいと思ってるなんて、どういう脳してたら考えつくんだ。
しかし俺は、顔もあげられず、声も出せず、ただうつむくことしかできなかった。
「恥ずかしがらんでええですよ。スーツしわにならんように、座席に降ろしますから、眠って下さい」
「うるさい! 歩き出すな! ちょっと待ってくれたら、降りて自分で歩くから!」
涙でゆがんだ声が聞かれたかもしれない。
尾上は、歩きだそうとした足をひっこめた。そして、壁に肩でもたれて、俺が降りようとするのを
待ってくれた。
俺は、涙をひっこめるために目を閉じた。
「…ほんまに、主任やったら、俺の背中ぐらいいつでも貸しますよ…。
 主任が頑張ってるの、よく知ってますから」
背中ごしに、尾上のささやきが聞こえた。

今は、もうちょっとだけでいいけど…。また今度…君の背中で眠らせて。
心の中でだけ、返事しておいた。

283 6-549 君の背中で眠らせて :2006/05/16(火) 20:31:45
意外にガッシリとした背中。
最近ジム通ってるんだって?周りから聞いたよ。
少し痩せたと思っていたのは絞ったせいなんだ・・・
そんなことすら知らなくて・・・ごめん。
ここのところの俺たちは、なんだか会話がないね。
俺もお前も元々おしゃべりじゃなかったもんね。
それでも・・・それでもどこかで繋がってると・・・

だから眠るとき、お前の背中におでこを寄せる俺に何も言わないでいるんだよね。
お前の心音が聞こえて俺は目を瞑る。
やがて俺の心音も重なって・・・
こうしてひとつに繋がっていたいよ・・・

ここのところ会話もない俺たちだけど、
今はまだその背中で眠らせてほしい・・・

284 6-559 サディズム :2006/05/17(水) 01:52:00
僕にはパパがいた。
パパと言っても、血の繋がりはない。
代わりに金と身体と、愛で繋がる僕とパパ。

パパには奥さんと子供がいて、いわゆる僕は愛人。
それでも週の半分はパパと過ごすことができていたから、
僕は充分幸せだった。

なのに、パパはとても優しい人だったから、そんな関係にいつも心を痛めていたんだ。
本当は奥さんと別れて、僕とずっと一緒にいたいけど、弱い自分は、
いろいろなしがらみを取り払うことができずにいて、僕を苦しめているとか…
僕は全然平気なのに、こうしてパパが来てくれるだけでいいのに、
パパはいつも、すごく自分を責めるんだ。

そしてパパは、僕にお仕置きをお願いする。

ごめんなさい
許してください

そう繰り返し反省するパパを、僕が叱咤する。
時にパパを汚く罵ったりしながら、縄で縛ったり、ベルトで叩いたり、
そりゃ最初は戸惑いもあったのだけど、
泣きながら縋ってくるパパを見てると、さらに愛しさが増して、
お仕置きをしてると、どうしようもないくらい興奮するようになって、
そういうときのセックスが、また譬えようもないくらい気持ちよくて、
そのうち…ああ、愛って暴力なんだなぁ…なんて思ったもりして。

僕らの愛には、暴力が欠かせなくなっていった。

そんなある日、パパが言ったんだ。
「絞めながらやってみない?」
「絞めるって何を?」
「首をさ…気持ちいいらしい」
ああ、どっかで聞いたことがあるね。どこだっけ?
「失楽園?」
「阿部定だよ」
ああ、あの“チン切り”か…。
情夫を絞め殺して男根を切断し、それを大事に懐にしまって逃げてたっていうんだから…すごい話だ。


…そのとき、ぽわっと、僕の中に何かが生まれた。

いや、今までもきっとそれはあったのだろうけど、
ずっと隠し続けてきた、嫌われたくなかったから無視してた、
きっと独占欲って正体のそれ。
考えもしなかった。
永遠にパパが僕だけのものになるなんて。

一度顔を出した欲望は、急激に成長して、無視するどころか、
僕のすべてを急速に支配し始める。

「絞めてみてよ」
無邪気に言ったときのその笑顔も、家に帰ったら奥さんや子供にも向けてるんだって、
知ってたけど、知らないふりをしてきた今までの僕。
ごめんなさいって、繰り返し言っていても、ちっとも反省してないのだって、
僕に悪いなんて思ってないって、それもわかってた。
見ないようにしていたものを見てしまえば、もう無視なんかできない。
これは嫉妬。

あたりまえじゃん、誰にも渡したくないよ。
僕だけを見て、僕だけを抱いて、僕だけのものでいて欲しいよ。
他の誰かと話しているのさえ、嫌だよ。
僕以外の何ものにも触れてさえ欲しくない…。

でも僕は知らなかった。
叶える方法があったんだ。
どうして気付かなかったんだろう。


「うん」
僕はパパの上に跨って、パパのモノを中に入れたまま、
パパが用意して、既に自分で首に巻きつけた腰紐を手に取る。
ゆっくりと顔を下ろして、口付けをする。


「絞めるよ、パパ」


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
本スレ560です。
向こうでは投下してくださったかたが既にいらしたのでこちらに。

285 6-569 勘違い :2006/05/17(水) 12:08:58
佐倉は俺を選んだわけじゃない。
男が切れて寂しかったから。
ルームメイトが俺だったから。
俺が佐倉の性癖を嫌悪しなかったから。
ほら、理由はいくらでもある。

だから、「もしかして佐倉も俺のことを……」なんて勘違いしちゃ駄目だ。

佐倉の好みは年上の渋いパパ。
間違っても俺みたいな青臭い同級生じゃない。
佐倉の基準はお金持ち。
自立もできていない俺なんて問題外だ。
佐倉が俺に目を向けるはずがないんだ。

勘違いしちゃいけない。
いくら俺が佐倉を好きでも、アイツにとって俺はセフレなんだ。

あぁだけど、分かってはいるけれど。
隣で眠る佐倉のあどけない顔を見ながら、思わずにはいられない。


この考えこそが、勘違いだったらいいのに。

286 6-569 勘違い :2006/05/17(水) 12:10:42
大丈夫。分かってる。
梅宮は、ただ同情してくれてるだけ。

男が切れたなんて嘘。
誰かと付き合ったことすら、一度もない。
年上のパパが好みっていうのも嘘。
好きなのは、今までもこれからも一人だけ。

気持ちごとなら重くても、身体だけなら慰めてくれるかもしれない。
そう思って、浅ましく誘った。
抱いてくれてありがとう。
優しさを利用してごめん。
大丈夫、勘違いはしない。
僕は梅宮を好きだけど、彼は僕を好きじゃない。
ほら、ちゃんと分かってる。

いつものように布団を抜け出して、眠る梅宮を横目に服を着る。
それから彼の髪にちょっと触れて、目覚ましをかけて部屋を出る。
昼間はただのルームメイト。
この関係は夜だけ。
ちゃんと区別する。


勘違いしたり、しない。

287 6-599 あの舞台に立ちたかった :2006/05/18(木) 17:40:27
彼が袂を翻せば、薄紅の花びらが舞い散った。
彼が腕を伸ばせば、剣戟の響きが満ちた。
彼が虚空を見据えれば、そこに愛しい相手が、憎い敵が、過去が、未来があった。
まだ小学校にも上がらない僕は、その時彼の舞台に魅せられたのだ。

あの舞台に立ちたい、と思った。
あの美しさを自分のものにできたら、どんなにかいいだろう。
僕は宗家の跡継ぎだった彼に弟子入りした。
舞はなかなか身体に馴染まなかった。それでも僕は、懸命に稽古に励んだ。
あの舞台に立つために。
あの美しさを手に入れるために。

結局、僕には才能がなかった。
やめる直前、一度だけ舞台に立った。
奇しくも彼に感銘を受けたのと同じその場所に立った時、僕は気付いてしまった。
僕が立ちたかったのは、ここじゃない。
ここには彼がいない。
美しさそのものだった、彼がいない。

当時、彼はすでに第一線から退いており、共演は叶うはずもなかった。
僕は溢れそうな涙をこらえて演じきり、つつがなく舞台を終えた。
こうして僕は、彼と完全に道を違えた。


今でも時折思う。
一度でいい。彼とともに、あの舞台に立ちたかった、と。

________________

なんか本スレ600と似たような終わりになってしまった悪寒

288 6-599 あの舞台に立ちたかった :2006/05/18(木) 18:21:39
もう動かない足に爪をたてる。
もう立てない足に憎しみを込める。

「何やってんだよ。」

勝手に部屋に入ってきたのは今度の公演で俺の代わりに主役をするあいつ。前は二人で頑張ってきたはずなのに、今は殺したいほど憎々しいあいつ。めりこんだ爪を足から離された。
血が、出てた。
「せっかくの綺麗な足が台無しじゃねぇか。」
その言葉に泣き叫びすぎて枯れたしまった声が蘇った。
「・・・もう・・・いらない・・・こんな足、いらない・・・・・・。」
ああ、まだ溢れ出すほどの涙が残っていた。声と共に枯れたと思っていたのに。
「・・・事故って恐ぇもんだな。あんな強気だったお前が今じゃまるで人形だ。」
ゆっくりと顔を上げる
「人形・・・?」
俺を見下ろすあいつはとても綺麗に見えた。
「ああ、人形だよ。綺麗なまんまなのに、まるで生きてる気がしねぇ!足ぐれぇでなんだよ!!お前はそんないじいじしたやつじゃねぇだろ!!!」
いきなりの叱咤に、俺は動くことができなかった。
見開いた目からなおも流れる涙。止めたくても止まらない。
「でも、俺はもう舞台に立てない・・・。生きる意味を失った・・・そうだろ?」
何とか微笑んだつもりだがうまく笑えただろうか?

289 6-599 あの舞台に立ちたかった :2006/05/18(木) 18:22:42
続き



家族もいない天涯孤独の俺たち。そんな俺たちを拾ってくれた義父さん・・・親孝行するために、義父さんの劇団で働いて・・・俺のファンたんだぜ?客が一気に俺目当てで増えたんだぜ?なのに、こんなタイミングで俺は動くことができなくなった・・・。

「もう・・・義父さんに合わせる顔がねぇんだ。だから、お願いだよ。お前が客を集めてくれ。お前が、劇団を盛り上げてくれ。」
最後の方なんて押し寄せる泣き声でちゃんと声が出なかった。情けない。そう思った瞬間あいつは胸倉をつかんで、無理やり俺を立たせた。
「ざけんなよ!やれることやろうとも思わねぇのかよ!!今のお前だってやれることはあるだろうが!」
俺は目を見開いた。今の俺にやれること・・・?ぽかんとした顔をしていると床に叩きつけられると共に一冊の台本を投げつけられた。
「足で立てねぇって言うんなら、這いつくばりゃいいだろ。別に立たなくったってやれることはあるんだ・・・!」
扉を乱暴に閉めるとあいつは走り去っていった。
這いつくばる?俺は今だ放心状態で、ちょっと時間がたってから投げつけられた台本を読んでみた。
内容に、俺は涙した。
義父さんが病気の少年が主人公の台本を書いてくれていたのだ。俺は車椅子での生活をしている少年。あいつはその親友役。

台本の最後には義父さんと劇団員全員からのメッセージがかかれていた。
俺は顔をくしゃくしゃにしてあいつからのメッセージをよんだ。

『早く復帰しろよ。俺にお前の変わりはできない。お前しか主役はハれない。』

あの舞台に立ちたかった。

いや、もう立たなくていい。

這いつくばってでも、俺は―――――――、

290 6-609 踏めやゴラァ :2006/05/18(木) 23:37:03
 講義を終えて食堂へ向かう途中で気がついた。
 周りのみんなが俺をちらちら見ては、くすくす笑っている…ような気がする。
 なんだろう、俺そんなに可笑しな格好してるかな…あ、寝癖でもついてるとか?
 髪を撫でつけてはみたけれど、梅雨も間近の湿気を含んだ猫っ毛が指に絡むばかりで、真相は判明しない。
 あ、また。後ろから俺を追い抜いていった二人連れの女の子が、何か言いたげに俺を見ながら足早に去ってゆく。
 ちぇ、と小さく舌打ちしてみたのと同時に、何かを踏んで前につんのめる。見下ろすと、靴紐がほどけていた。
 ほどけたのが右なら××左なら○○ってジンクスがあったよな確か。などと思いながらしゃがんで結びなおしていたら、背中にどかっと衝撃がきた。
「ぐぁ……!」
 反動で地面にしたたか膝をぶつけてしまい、俺は思わず涙目になる。
「あ、すまん、ちょい勢い余った」
 まるですまなさそうでない口調で言いながら覗きこんできたのは、同じクラスの斉藤だ。
「おま…! 何すんだよ!!」
「や、だって、ほら…」
 斉藤が俺の背中に手をやる。何か剥がす気配がする。目の前に掲げられた紙切れを見て、俺は脱力した。
 笑われていた理由といきなり蹴り飛ばされた理由はこれか…
 誰だ、人が寝ている間に背中にこんなものを貼った奴は――

『踏めやゴラァ』

291 6-620 伝わらない :2006/05/19(金) 19:15:27
いやいやいやいや、ありえないから。
絶対ないね。まじでない。
伝わってるわけねーじゃん。
だってほら、今だってすごい目で睨まれてるわけで。
はい、すいません。静かにしますよ。
俺なんかちょっとうるさいクラスメイトくらいの存在です。

いいのいいの伝わらなくても。
俺、今のままで充分天国。

大体、引っ込み思案な俺っちは、伝えられるようなことを何にもしてないからね。
精々できてるのは、授業中にじっっっっっと背中を見つめるとか、
プリント渡すときにそっと手を握るとか、
体育の授業のときにさりげなく身体をすり寄せてみるとか、
登下校のとき、10メートル後からついてってるとか、
あいつのバイトしてるコンビニの周りを、2〜3時間うろうろするのが日課とか、
そんな程度ですから。

「立派なストーカーだな」
ストーカーとは失礼な!
失礼なことをスルッと言っちゃうお友達ですね、君は。
ストーカーと言えば、あれだろ?無言電話。
俺は無言電話とかしたのは一回しかないんだからな!
だいたいあれだって、無言電話しようと思ったんじゃなく、
結果として無言になってしまっただけなんだからな。

隠し撮り?携帯の待受けになってるアレのこと?
またまた失礼な奴だな君は!
あれは隠れて撮ったわけじゃないから隠し撮りではないのだよ。
自分撮りをするふりをして、外側カメラを起動させてたってテクニックだ。
どうだ、まいったか、デスクトップの背景もあいつだ。


お、席を立ったぞ、帰るのかな。
んじゃ、今日も一緒に下校の時間♪(10メートル差で)

「おい!」

うわっ!びっくりした。なんで目の前にいるんだ!?
帰るんじゃないの?え?ってか、俺に言ってる!?
ヤベェ距離が近いよ!(俺10メートルに慣れすぎ)
どうしよう、どうしよう、ドキドキする。
俺きっと顔真っ赤だ〜。

んー?あれ?珍しいな、あいつの顔も真っ赤だ。

「お前な、言いたいことがあるならハッキリ言えよ。
 ハッキリ言わなきゃわかんないんだからな!」

はい、伝わるわけないと思ってました。

「絶対わかんないからな!」




えっと…

「好きです」

292 6-629 さぁ俺を踏み越えていくが良い :2006/05/20(土) 00:22:12
どうしてこうなったのだろうと、考えるのはやめにした。
考え方の違いは出会った時からわかっていて、それでも互いに手を伸ばしあった、
その過去は決して変わらない。
七年も前に袂を分ったからといって、今、敵軍の将として遭い見えたからといって、
貪るように抱き合ったあの日の想いに嘘などない。
たとえ、互いに遠慮容赦ない戦いを繰り広げようとも。
たとえ、今この瞬間に、お前の剣が俺を切り裂こうとも。
わざわざ跪いて、倒れ伏した俺を哀しげに見つめなくたって、いいんだ。
一軍の将たるものが、そんな様でどうする。
「―――…に、してやがる…」
どうにも掠れる声を振り絞る。情けないほどに弱々しいが、こいつに聴こえればそれでお十分だ。
「さっさと、行け…!」
さぁ、俺を踏み越えて行くがいい。お前ならきっとどこまでだって行けるから。
俺の信念も忠誠も今の国を守りたいという願いも全て、お前の心には届いているだろう。
それこそ、七年前から、ずっと。
そんなお前だからこそ、辿り着ける未来もあるだろう。
「―――」
すぅっと息を吸う気配を感じて、目線を上げる。睨み付ける。
謝罪の言葉を紡ごうものなら、死んで後でも刃を取ると、そう瞳で突き放す。
踏み越えるとはそういうことだと、ほんの少しでも楽になることなど許されないのだと、
見開かれた懐かしい双眸がやがて細まり、そして最後に、まっすぐにこちらを射抜いた。
今この国に必要なものが何か、夜が明けるまで語り合った頃の、迷いのないそれを
思い出させる眼差し。記憶より重みが見て取れるのは、気のせいなんかじゃない。
―――…それでいい。
上がらない口の端の代わりに、瞼を伏せた。
立ち上がる気配がし、間もなく響き出した足音が、遠ざかり、おぼろげになり……消えた。

293 6-630 さぁ俺を踏み越えて行くが良い :2006/05/20(土) 00:24:18
 死屍累々。
 そんな言葉が脳裏に浮かんだ。

 オレたちは今日、高校を無事に卒業した。
 問題ばっかり起こしてたけど、いざ卒業してみるとサミシイもんがある。
 いやでもめでたい。何にせよめでたい。
 そんなわけで、卒業式のあとにはお決まりの宴会がスタートしたわけだ。
 みんな浴びるように酒を飲んでいたが、オレは味覚がコドモなのか、酒をあまりうまいと思わない。
 必然的に、飲む量は誰よりも少なくなった。
 大量にあった酒がどんどん減っていって、酔いが回っておかしなことになる奴が増えてきた。

 そして、この有様だ。
 もちろん本物の死体というわけではない。死体はこんなにぎゃあぎゃあうるさくないはずだ。
 素面なのは自分一人。もしかして後片付けも自分一人、だったりするのだろうか。
 未だ見ぬ悲しい未来を思い浮かべながら、とりあえず空いた缶をポリ袋に入れてゆく。

 喧噪の中で、チャイムが鳴った。
 家の主もその仲間も、みんな酔っ払っていて出られる状態じゃない。
 そんなわけでしかたなく、誰に命令されたわけでもないが、オレが客人の応接をすることになった。
 ただ残念なことに、玄関までの道のりには死体がごろごろ。踏まずに進むにはちときつい。
 手始めに、一番かさの高い渡辺を踏んづけてみる。
「ぅおえっ! おま、オレの屍を踏み越えていくなよ……」
「いや普通逆じゃね? つか踏み越えさしてくれよ屍くらい。」
「屍くらい、て。今のオレはデリケートなんだから、優しく扱ってくんねーとリバースしちまうぞ。」
「はいはい、もうおまえがキモいのはわかったから。」
「ちょっとこの子反抗期?!」
 渡辺と同じように邪魔な奴らを片っ端から踏んづけて、やっとのことで玄関に辿り着き、ドアを開ける。
 そこに立っていたのは結構意外な人物、だとオレは思う。
「あれっ、鳥井じゃん。どしたの?」
 鳥井は同じクラスだったが、オレはあまり接点がなかった。
 勉強も運動も得意で、寡黙な男前。元・弓道部部長。オレの知っている鳥井情報はこんなもんだ。
「もしかして、おまえも宴会呼ばれてた?」
「いや……」
「でももうちょっと早く来るべきだったなー。もうみんなべろんべろんだぜ?」
「……オレは、宴会に参加しにきたわけじゃない。」
「あ、そうですか……。」
 そんな、そこまできっぱりと否定しなくても……。
 鳥井はオレの周りの連中みたいに冗談を言ったりするタイプではないので、二人で話すとなると結構困難だったりする。
「えーっと、じゃあ鳥井は何で」
「鳥井?!」
 ここに来たんだ、と尋ねようとしたのを遮られた。
 遮ったのは鳥井を呼ぶ悲鳴にも似た声で、足音やらうめき声やらも一緒に聞こえてきた。
「鳥井っ!」
 恐らく死体の中の一人であろう誰かがオレを押しのけ、そして、鳥井を力いっぱいビンタした。
 鳥井はその衝撃によろめいたが、何とか体制を立て直す。
 オレは目の前で繰り広げられた光景に、茫然自失することしかできなかった。
 こいつは、鳥井はビンタをされにきたのか? いやいやそれはないだろう。そもそもこの後ろ姿は……
「トモ?」
 先程の悲鳴のような声と足音はトモのもので、うめき声は誰かがトモに踏まれたときのものだろう。
 鳥井に強烈な一発をお見舞いしたトモは、肩で息をしながら耳まで真っ赤にしている。
「何でもっと早く来てくんねーんだよ!!」
「……悪かった。」
「鳥井が追っかけてこなかったらと思うと、おちおち酒も飲めねーよ!」
 うーん、どう見ても泥酔状態ですけどねトモさん。口に出したら怒られるから言わないけど。
「おまえなんか、きらいだよ……」
 いつも明るく笑っているトモが、ぼろぼろと涙をこぼしながら鳥井を睨みつけている。
 鳥井はと言うと更なる謝罪をするでもなく、ただそっと、トモを抱きしめただけだった。
 しばらくして我に返ったトモに、またビンタをくらってたけど。

 あとから話を聞いたところ、オレはこいつらの痴話喧嘩に巻き込まれただけのようだった。
 それにしても、痛い愛だなぁ。オレは絶対にお断りだ。
 頬を腫らしてるところ悪いが、鳥井にも後片付けを手伝ってもらうことにしよう。

 あ、そうそう。ちなみにオレは、安田。ただの狂言回しである。



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長文な上、あまり指定されたものに添ってませんね…申し訳ない。
今度からは踏み台に徹しますorz

294 6-660 帰っておいで :2006/05/20(土) 06:34:19
 僕は、その門を見上げていた。

 高校に通った十代の三年間は、忙しく目まぐるしい日常のなかに埋もれている。
しかしとある瞬間に、僕は世界と、そして自分の存在に言い様のない不安と不実を感じ、
そしてそのとき、僕は昔の通学路をたどり、その門を訪れた。
大学に入り、大学を出て、就職し、様々な仕事をこなし、
立場も周囲も日々変化をくりかえしてもはや形もとどめない僕を、
かつての校舎は時が止まったように変わらない姿で迎えてくれる。
 そして、大杉先生も何も変わらなかった。
 先生、お久しぶりです、と僕がいうと、驚いたように振りむく。
黒縁の大きな眼鏡を手で持ち上げながら、やあ、斉藤じゃないか! と嬉しそうに言って、
机のうえをバタバタと片付けようとしてくれた。
分厚い専門書や学生のレポートに紛れ、先生の出身校である大学の校章が印刷されたマグカップが、
先生の好きな国産メーカーのティーバッグをぶら下げながら覗いているのも同じ。
大変な作業のうえにひっぱり出されてきたお茶を恐縮して受け取ると、
僕たちはかつて教師と生徒であったころのように、
ひとしきり近況や、他愛のない雑談に花を咲かせた。
三角法や微積分を教わったあのときと同じ、先生の低く優しい声に耳をまかせるうちに、
立ち止まる暇もなく走り、揉まれてきた自分自身が、一瞬のうちにあのころの姿に戻っていく。
 柔らかな時間はまたたく間に過ぎ、懐かしい鐘が夕暮れを告げた。
時がたつ早さに驚きながら、一緒に飯でも、という先生に、僕は明日も出張なので、と暇乞いをする。
先生は、そうか、とつぶやいてから、笑って立ち上がり、肩をたたいて言った。
 「ここはお前の母校だ、いつでも帰っておいで」

 校舎を出て、僕は振り向き、もう一度その門を見上げた。
夕日に照らされたその白い柱は、そのまま先生の声を僕に伝える。
 いつでも帰っておいで。
 僕は心のなかで、いつかあなたに恥じない人になって帰ってきます、と呟き、
薄暗くなりはじめた街を、行き交う人々に混じって歩きはじめた。

295 294 :2006/05/20(土) 06:35:10
名前は6-630の間違いですた。

296 6-660 愛しい人 :2006/05/20(土) 15:02:47
今まで出会った者は皆俺の姿に怯え、逃げて行くばかりだった。
だけど君だけは何も言わずにいつも傍に居てくれたね。
俺にとって君は太陽のように大きく暖かい存在だった。

『俺も君のような姿に生まれていたら皆に愛してもらえたかな…?』

そんなつまらない愚痴さえも君は静かに聞いてくれたね。


愛しい君よ…
君を遺して独り行く事をどうか許して欲しい…

297 6-669 福岡デリヘル元アイドル :2006/05/20(土) 15:05:08
「やあ。久しぶり」
待っていたよ、と彼は微笑んだ
あなたを忘れられず、流れ流れて結局此処まで戻って来たよと
笑った目尻に時の流れを感じた。
世間体や不釣り合いだなんて言って、つまりあなたは逃げたんだよね、という言葉に、俺は何も言えず俯く
「会いたくなかった?」
落ちぶれたと思う?
けどあの世界もこの世界も、似たようなもんだよ。
セックスも人の体温も、同じように気持ちいいもんだよ。
皮肉な声に、俺は彼の横に腰を下ろした
路上に座り込む俺達は、通り過ぎていく人の波にあの日を探した
彼と出会ったこの道
初めて唇を重ねたのもこの道
別れたのも、この道だった

今はもう無い、親不孝通りで
俺は彼を探し続けていた
…俺達はまた親不孝を続けていくのだろうか
あの頃よりずっと狡くなって、無力になったのに。
それでも。
行き場のない指を、はぐれないように絡めた

298 6-669 福岡デリヘル :2006/05/20(土) 15:17:24
「なー福岡、『デリヘル ヴィーナス』に元アイドルが働いてるって知ってた?」
仕事帰りの居酒屋で同僚の長崎にそう訪ねられ、俺は飲んでいたビールを吹き出した。
「デ、デリヘル?」
「何こんな話くらいで慌てんの?お前は乙女か」
長崎は普段の爽やかさからは想像できない意地悪な顔でニヤリと笑った。
「い、いや、急に『デリヘル』とか言うからさ……で、アイドルが居るって?」
そう答えて笑ったものの、俺は正直女の子には興味はなかった。
目の前のこいつにも内緒にしているが、俺は同性愛者だった。
自分の性癖に気付いたのは大学生の時。だからといって出会いを求める勇気も無く……
「福岡ってさ、もしかして女に興味ナシとか?」
「なッ、何でだよ!?」
「あんまりこの話に食い付いてこねーし」
「そんな事は−−」
「つーか普通興味あるんじゃねーの、男だったら」
まるで俺を探るように長崎はそう答える。
「そりゃまぁ……」
「男のデリヘルだったらどうよ?」
「えっ?そんなのあるのか!?」
つい声を大きくした俺に、長崎はしたり顔で「やっぱりそうなんじゃん」と言った。
俺はあきらめたように肩を落とした。
「そんでさっきのデリヘルの話なんだけどさ」
「……なんだよ」
引っ掛けられたショックでやけ酒をあおる俺に、長崎は笑みを浮かべてこう言った。
「『デリヘル長崎』って言って今出来たばっかなんだけど。
従業員も俺だけなんだけど、早速どう?」
俺はまたもや飲んでいるビールを吹き出した。

299 6-689 好きで好きで それとこれとは :2006/05/20(土) 19:40:39
「本当に、辞めるのか?」
「はい」
迷わず答える俺に部長は少しためらって、でも引き止めようと身を乗り出してきた。
「スタメンになれたりなれなかったりするのは、監督が相手に応じて考え抜いた結果だ。身長というネックはあるが、お前のテクはうちの部にとって…―――」
「部長。それとこれとは、関係ねーっスよ」
間接的には関わってるけど。心の中で続けた言葉は部長には聞こえない。
名門と呼ばれるこのバスケ部に不満があったわけじゃない。部長でさえ時に外されるっていうのに、スタメン落ちに今更文句を言う奴はいない。
監督の鬼のような厳しさも、本気で最強を目指してのことだと誰もが知っている。同じように突っ走っている。
だからこれはただの、いや、どうしようもないわがままだ。
「……そうか」
それ以上何も言わないで、これは俺から監督に渡しておくよと退部届を手に微笑む姿に、申し訳なさと感謝で一杯になりながら部室を出た。
馬鹿だと自分でも思った。けれど何でここまでしているのか、自問自答するのももう疲れた。
答えは、どう足掻いたって一つきり。
『また、やりたいな』
耳に蘇るのは、上から降ってきたくせに、俺よりも少し高い声。
勝ちが見えてるどころか、相手に戦意の欠片もなくなったような試合を観戦する気になんてなれなくて、ちょっと外に目をやったのがある意味運の尽きだった。
会場の外のバスケットゴールでは試合を観に来てたらしい連中が1on1や3on3をやっていて、何となく眺める内にその中の一人に釘付けになった。
高い身長と、パワフルなプレー。それに、楽しくて堪んねぇとばかりに浮かんだ笑顔。
どれも自分とは正反対で、強く、強く、惹きつけられた。
解散になってからもまだその人が残っていたことも、じゃんけんで決まったチーム分けも、今は奇跡みてぇに思ってる。
今までのどんな試合より、その人と組んでの2on2が楽しかった。
別れてからも、部活に出ても、夢の中でさえもあの勝負が頭の中を回って、回って、現実の物足りなさに息が苦しくなった。
腹の底から叫びそうなほど、でけぇ願いが膨れていった。
もっと、もっとアンタと勝利を追いかけたい。
アンタからのパスを俺が、俺からのパスをアンタがキメる、あの一瞬一瞬を味わいたい。
これっきりなんて、ゴメンだ。このまま忘れられちまうなんて、嫌だ。
好きで好きでどうしようもないアンタを、どうしたって諦められねぇ。
この近くの市立に転校したばかりと言っていた。バスケ部がなかったんだと笑っていた。
これから創ると、宣言した。
敵として戦うその時まで、待ってなんていられねぇ。

お袋を泣かせ、親父に勘当される覚悟を固めながら、家へと急いだ。

300 6-709 レイヴ :2006/05/20(土) 23:06:35
じいにあす英和辞典(第3版)片手に、萌え語りいきまーす。

・うわごとを言う…受けが熱を出して寝込んでいて、それを看病する
攻めが一瞬で浮かびます。熱で火照った顔を攻めの方に向け、
愛しい人の名前を掠れた声で呼ぶ受け。ところが何故かそれが
攻めの名前ではなく、受けの幼馴染の名前だったり。
鬼畜攻めならその場で襲いつつ問いただします。
ヘタレ攻めならショックのあまり家に帰ってしまいます。
オチは、ベタに幼い頃の夢を見ていたでも良し、
悲恋で行くなら幼馴染に叶わぬ恋をしているでも良し。

・どなりちらす…独占欲の強いワガママ攻めの定番ですね。
受けがクラスメイトと話していた。→「俺以外の奴と話すなrftgyふじこ」
受けが用事があるからとデートを断った。→「俺の事大事じゃないんだろえdrftぎゅhじこ」
そして、断られなければデートの予定だった土曜、受けがクラスメイトと街を歩いているのを発見。
いつもなら、どなりながら割り込む所だが、受けのあまりにも楽しそうな様子に「ああ…俺振られるんだ…」と、この世の終わりのような顔をしながら家に帰り、布団ひっかぶって寝てしまいます。
日曜日、受けが攻めを迎えに来ます。
この日は攻めの誕生日。実は内緒で誕生日パーティーを準備していたんだよ、と。
攻めはそのベタなオチに、泣きじゃくりながらどなりちらして怒ればいいと思う。

・激賞する…これは受けでも攻めでもいい。むしろ両方だといい。
お互いもう褒めまくり。ただしこれは、相手に直接言わないのがポイント。
お互いが、心の中で相手を素晴らしい人だと思い募り、そして
自分なんかが釣り合うはずがないと落ち込むのです。
続くすれ違い。お互いがどれだけ思い合っているのか気づくまでは、まだまだ時間がかかります。
ただ、周りに言わせれば「恋は盲目」だったりしますが、そこは「あばたもえくぼ」ということで。

・(海が)荒れる、(風が)うなる…弱気受けとツンデレな攻め。もしくは意地っ張り同士とか、強気受けと意地悪攻めなんかでもいい。
とにかく素直じゃない奴らを、嵐の海だとか台風の街中とか
とにかく普段とは違う危険な状況に放り込みます。
極限下では、意地を張っている場合ではありません。
普段は、「僕には無理だよ」なんて言ってる弱気受け、
小さな体でツンデレ攻めを守ろうと、必死に頑張ります。
ツンデレ攻めも、「だれも助けてなんて頼んでないだろっ」
なんて言ってる場合ではない。結局失敗して怪我をした
弱気受けを本音ぶちかましで病院に運びます。
まあ、あとはお決まりの展開で。

長々と萌え語り失礼しました。楽しかったー。

301 6-709 レイヴ :2006/05/20(土) 23:30:45
あの日も熱い夜だった。
俺たちが初めて出会ったのは、国内最大の屋内レイヴで。
いつものレイヴじゃ周りのことなんて覚えてないけど、あの日だけは別だった。
俺より少し前で踊ってたお前に俺の目は釘付けだった。
顔なんて一瞬しか見えなかったし、当然お前がどこの誰かも知らない。
それでも俺は、あの時お前に恋したんだ。

あれから数年。
無理やり声をかけて連絡先を聞いて。
何度目かにいっしょに参加した野外レイヴで、2人きりのテントで告白して。
同棲しだすまではあっという間だったっけ。
でも、別れるまでもあっという間だったよな。
まるでレイヴの間のような、熱に浮かされた恋だった。

だけど、俺の熱はまだ冷めてないらしい。
今年もまたあの独特の空間で、お前を探しながら俺は踊り続ける。

302 6-709 レイヴ :2006/05/21(日) 01:15:46
この時期の子供はむずかしい。

「わあ、シュンくん上手に描けたねぇ。かっこいいロボットだ」
シュンくんはバラ組で一番絵がうまい。
僕の声に気付いた他の子供たちが、シュンくんのまわりに集まって口々に褒めそやした。
「すごーい」
「かっこいー」
「うまーい」
だが、声が重なるにつれてシュンくんの機嫌は降下していく。もともと山なりの彼の唇が、ますますへの字に曲がる。
ついにシュンくんは、黒のクレヨンでせっかく描いた絵を塗りつぶしてしまった。
「ああぁっ、シュンくん、なんてことを……」
「うええぇぇん」
唐突に泣き出したのは僕でも彼でもなく、同じ組のアキオくんだった。
「アキオくん?!」
「ぼく、しゅんちゃんのえ、すきだったのにぃ」なだめてもすかしても、アキオくんはぐすぐすと泣きやまない。
と、シュンくんはじっとアキオくんの顔を見ていたかと思うと、突然画用紙を裏返し、猛然と何かを描き始めた。
泣くのもあやすのも忘れ、僕とアキオくんがぽかんと見守ること十分。
驚異的なスピードで描かれたそれは、満面の笑みを浮かべるアキオくんの顔だった。
「すごい、そっくり…」
シュンくんは仕上げに小さくサインのようなマークを書くと、描いた絵をアキオくんに差し出した。
アキオくんはぱちぱちと瞬きし、絵を見つめ、再びシュンくんを見て、ふんわりと笑った。
「ありがとう。しゅんちゃん、だいすき」
シュンくんの頬がわずかに赤くなる。いっちょまえに照れてるんだなぁ、と思うと、こちらまで微笑ましく感じた。

本当に、この時期の子供はむずかしい。
なにしろ、周囲の称賛よりも、たった一人の笑顔を選ぶくらいなのだから。

303 6-729交番勤務の警官×本庁の刑事 :2006/05/21(日) 19:16:15
「売り切れだぁ?」
ほかのコーヒーはあと20円入れないと買えない。
「あーあ、うまくいかねえな」

「これでうまくいきますよ!」
突然、スーツの腕が俺の脇から伸びて、自販機に20円を投入れた。

振り返ると、背は低いが利発そうな若い男が、俺を見て笑顔をうかべていた。
「とっても機嫌が悪いみたいですね」
なんだこいつ。慣れなれしい。
「何でもないですから」と言い財布を出そうとしたら「あ、いいです、ぼくのおごりです」
こいつ人を馬鹿にしてるのか?
「君、あのね。警察を馬鹿にすると」
「それより早く交番にもどりましょう。聞きたいことがいっぱいあるんです」
な、何だって?
「ぼく、広域指名手配犯某号捜査本部の××です」と名乗った男からは、
さっきの笑顔は消え、ひきしまった表情があらわれていた。

こいつが本庁の?
でも本庁のやつらは必ず「××課から」とか肩書きから名乗るのに、
この男は「捜査本部の」としか言わない。
一応確認するか。「本庁の方ですか?」
「早く行きましょう、ぼくは交番のお茶か水でいいですから」
男は、先にたって歩き出した。でもよく見れば、
こいつの身につけてるものは、俺ら番勤めにはおよびじゃない高級品ばかりだった。

でも「お茶か水でいいです」なんて言うやつ、はじめてだ。
こいつ変わってる。
「お茶くらい、ありますから」
「そうですか。なら、自分でやりますから。邪魔はしません。
忘れないで。ぼくたちは同じ警官です」

この男の声が一瞬で、俺の心の尖がりを洗い流した気がした。

________________

下手で木綿

304 6-679 4年後にあの場所で 1/2 :2006/05/22(月) 10:44:14
また4年後、今度はあのスタジアムで会おうと笑って約束した日。
互いに、約束はいかにも簡単に実行出来る事のように思っていた。
だがそれから3年後俺とあいつの国の間で戦争が起こり、再会を約束したスタジアムも瓦礫と化して野戦病院となった。
当時、みながそう信じていたように「クリスマス迄には帰れる」と言う予想を疑わぬまま俺も戦地に駆り出されたが、予想されたクリスマス迄には戦争は終らず、約束の4年が過ぎても俺は今だ西部戦線の冷たい塹壕の中にいる。


*****


「なあ、あの桜の咲く丘覚えてるだろ?またいつかあの場所で会わないか?そう……4年後、4年も経てばこの戦争も終わるだろう。」
「ああ。生きてたらな。」
「そんな事言うな。絶対帰って来いよ。」
「はは。お前もな。生きてるんだぞ。じゃあ、今日から4年後の夕日をあの場所で一緒に見よう。」
そう言ったあいつの笑顔が涼やかだった。


程なくして俺も戦地に駆り出され、地獄の南方戦線で数知れない戦友の死を見取る間、俺が考えていたのは絶えずあいつの事。
別れる間際のあの涼やかな笑顔が絶えず俺の脳裏をかすめていた。あの時予想したように戦争はそう長くは続かず2年程で終戦を向かえ俺もなんとか生き延びて帰って来たが、約束の4年が過ぎても、あいつの消息は最後には満州にいたというだけで知れず、遺骨すら戻らない。
当初から果たせる保証もない約束だとは分かっていたが、諦め切れず俺は今も時々約束のあの場所に足を運ばずにはいられない。


*****

305 6-679 4年後にあの場所で 2/2 :2006/05/22(月) 10:45:20
俺はこの4年間あいつの事をずっと考えていた。
4年前、たまたま入ったバーのカウンターで隣り合わせただけの名前も連絡先も知らない若い男。初対面なのに妙に気が合って話が弾み、気が付くと俺は誰にも話した事もない心の内まであいつに話していた。
そのまま別れるのが心残りに思っていると、あいつの方から「また会いませんか?」と言ってきた。
俺が頷くとあいつは
「良かった。でも会うのはやっぱり4年後にしましょう。今はまだあなたは別れた人を諦めていないみたいだから。だから4年後の今日、今くらいの時間に、あなたが愛した人と別れたというあの場所で。」と、少し謎めいた事を言った。
それだけ。何故4年後なんだと聞いても「それが乗り越えなければならないキーワードだから」としかそれ以上は答えず、せめて連絡先いや名前くらいはと聞いても答えずにあいつは言った。
「じゃあ、それもこれも全て4年後にお話ししますよ。あなたが忘れず来てくれたら。」
「なんだそれ。随分勿体ぶるんだな。第一、4年後なんてお互い何が起こっているか分からないじゃないか。会える保証もない。」
「それはそれで仕方ない事です。まだ私達の間にはその時が訪れていないという事ですから。」
そう言ってあいつはどことなく寂し気な笑みを浮かべた。
あの笑みが忘れられず、俺はなぜあの時もっと積極的にあいつを誘わなかったのか悔やみつつ、約束の4年が過ぎるのを待ち続けた。
あんな、たまたま一度会って少し話しをしただけの相手と交わした約束を心待ちにするなんて、我ながら柄にもない事だとは思う。
そうは思いながらも何かにつけ、あいつの事を考えずにはいられず、約束の日を向かえた今日、俺は約束のあの場所に足を運ぶ。
どうしても会いたい。
ひどく心が騒ぐ。
あいつは本当に来るだろうか。

306 6-759 ヤクザとその幼なじみの堅気(1) :2006/05/23(火) 02:53:21
扉を開けたら、目前に薔薇、薔薇、真っ赤な薔薇。

薔薇の隙間から、声が聞こえて、男が見える。

白いスーツに柄物のシャツ、夜なのに色の入ったグラスをかけ、
一目で素人のそれではないとわかる雰囲気…
「よ!久しぶり」
その声に覚えがなければ、思わず扉を閉め戻しているところだ。
けれど、そう言って顔を綻ばせた男の頬には、見覚えのある懐かしい笑窪。
つられて笑ってしまうくらい不似合いだった。
笑ったら、懐かしさが込み上げてきて少し喉が詰まった気がした。

「なんつー…格好だ、おまえ」
とにかく早く部屋に入れ、近所に見つかったら俺の品格が疑われそうだ。
その風体に加えて、片手で抱えきれないほどの薔薇の花束を持っている。
どこのホストがやってきたのかと思うじゃないか。
「お前、全然変わってないなぁ」
何をそんなにうれしそうに言うことか。
「お前はまんま、ヤクザだな」
俺がそう言うと、アハハと声を出して笑いながらグラスを外した。

お前だって、目は全然変わってないじゃないか。
そうして笑ってる顔は、俺の知ってるままじゃないか。

『今から行っていい?』
突然電話がか掛かって来たのが30分前。
まさか本当に来るとは思ってなかった。
やつが高校を中退してから、ずっと連絡は取り合っていたものの、
この12年間一度も姿を見せたことはなかったからだ。
世間様に顔向けできないようなことをしている自覚があるからなのか、
はたまた他の理由があるのか知らないが、会うのを避けていると分かったときから
俺はそれ以上の詮索はしなかった。
家族にもろくに消息を知らせていないやつが、俺にだけは欠かさずメールやら電話やらで
連絡をくれるのだから、まあいいだろうと思っていた。


「結婚おめでとう」
玄関へ招きいれ、スリッパを出したところで、奴はそう言って花束を再度差し出す。
「ああ…え?」
「招待状届いた」
来ないだろうとわかっていたが、それでも一番出席して欲しい友人だったから。
「ほれ、結婚祝い」
薔薇の花束を俺の胸に押し付けられる。
ああ、それでこんなもの抱えて来たわけ…って、結婚祝いに、女相手ならまだしも、真っ赤な薔薇の花束って?
いろいろ思うところはあったが、とりあえず「ありがとう」と受け取ってみた。
花束を持った俺を満足したように見るあいつは、一向に玄関から動こうととしない。

「まあ上がれよ」
「いや、それ渡しに来ただけだから」
「何言ってんだ。久しぶりなんだから、ゆっくりしてけって」
「悪いな、この後用事あんだわ。すぐ行かねーと」
「はあ?マジでこれ渡しに来ただけなわけ?」
12年ぶりなんだぞ?何を言ってるんだ。
「まあ、式には出れそうもないんで、顔見とこうかと思ってな」
…今頃何を、と思ってると、腕をつかまれて抱き寄せられる。

307 6-759 ヤクザとその幼なじみの堅気(2) :2006/05/23(火) 02:54:30
「あーあ、お前もとうとう人のもんになっちまうのかぁ」


俺の肩口に顔を乗せて、大きくため息をつきながら何を言うのか。

「…別に、お前のもんだったこともないけどな」
「いんや、物心ついてからこっち、ずっとお前は俺のもんだったの」
「…ふーん、そうだったか」
こいつがそう言うのなら、そうなのだろうと、特に抵抗もなく思う。
一番最初の記憶に、既にこいつは存在してて、何をするのも、どこへ行くのも一緒だった。
俺のもんだと言われても仕方ないくらい、こいつと一緒の記憶しかない。12年前に突然姿を消すまでは。
「12年間もほっとかれれば、人のもんにもなるだろ」
「…だーよな」
苦笑交じりの返答が、あまりに弱弱しくて、俺は思わず身体を離してやつの顔を見た。
なんだか泣きそうな顔をしていると思った。
泣きそうな顔が泣きそうな顔のまま、さらにとんでもないことを言い出す。
「よっしゃ!んじゃ、サヨナラ記念にチューでもしとくか!」
「はぁぁぁあ?」
「独身生活のラストキッスをファーストキッスの相手となんてお前、なかなかできねーぞ!?」
そういや俺のファーストキスもこいつだった…ほんと、俺の青春時代、全部お前のもんだな
なんて妙に納得したところで、掠め取るようなキス。

「…」
そうそう、あのときも、こんな風にちょっとふざけた感じでお前がキスしてきて、
俺は怒るのも、ドキドキするのさえ忘れちまったんだ。
まあでも、甘酸っぱい思い出だよ。
いやいや、そんな思い出に浸ってる場合じゃない。
ここは俺、一応抵抗して怒っておかないと……?



今度は息も付けない、激しいキスをされた。

頭をかき抱かれて、深く舌を差し込まれ、口腔の奥まで弄られる。

唇が合わされる音と、お互いの息遣いだけが、玄関に響いていて、
頭の芯がドロドロに融けてく気がした。
酸欠だ、きっと。
酸欠だから、動けないんだ…。


「もう、いかねーと…」
唇を話した後、あいつはそう呟いて、俺のあたまをグシャグシャに掻き回した。

今の、キスの、言い訳も何もなしに、行くのか。
俺はまだぼんやりした頭で精一杯考えた。

これは言い訳が必要なキスじゃないのか…?
いくらなんでも、青春の1ページに収まってるキスとは同じじゃないだろ。
サヨナラ記念って、こんなんでサヨナラされたら俺は放置プレーだろ。
お前の所有物だってマーキングされた気分だぞ?

なんだその、愛しそうな目は。
そんな目で見ながら、俺の頭を掻き回すのはやめてくれ。
その上また、泣きそうな顔とかしてるんじゃねーよ。

「…幸せになれよ」

ふざけたことを言ってんじゃねぇ。
そんなセリフ残して去ってんじゃねぇ。
俺をこんな気持ちのまま残してくんじゃねぇ。
なんて勝手な奴だ、12年前と同じだ。

今度は俺は追いかけるからな。
今の言い訳を聞きに、押しかけてやるからな。
このまま、また、行方くらますなんて許さないから。

俺は一晩中、咽返る薔薇の香りの中でそうなことばかり考えてた。



数日後、新聞やテレビのニュースが暴力団の内部抗争を比較的大きく取り上げた。
敵対する勢力の幹部を刺殺したとして出頭してきた男が、
警察に移送中、拳銃で撃たれ死亡したことが伝えられていた。



――――――――――――――――――――――――
ヤクザっぽくない…

308 6-759・760 893と堅気・醜聞 1/2 :2006/05/23(火) 03:07:49
エリートを思わせるその外見にそぐわず、剣呑な空気を持ったその男は口元だけ笑わせて私を見た。
笑わない目にぶつかって私は思わず顔を逸らす。彼はまた少し笑ったようだった。

「で、どうする?断りたいなら断ってもいいが」
「・・・どうしても、今日中に答えないと駄目か?」
「今日中だ」

冷たい言葉に体が凍った。


武田はいきなり私のラボにやってきて、どちらかを選べと私に二つの仕事を提示した。
一つは、会社保存の禁薬の持ち出し。一つは、彼の持ち込んだ新薬の被験者を見つけること。
この新薬は毒ではないよ、と武田は言ったが、違法ではないとは言わなかった。碌なものではないのだろう。
某広域指定団体が後ろにあると誰でも知っている、輸入会社の名刺を改めてチラつかせて、
武田はまた「どうする?」と言った。

「相応の報酬は支払う。来月には子供が生まれるんだろう?金が必要じゃないのか?」
「・・・金には困ってない」
「ああ・・・それはそうか研究所長補佐殿。でも・・・なぁ?」

意味深に、武田は言い含めた。解っている。彼と旧知の仲であることが世間に知れたら、
それは醜聞となって世を駆ける。
重役の娘である妻は私を見限るだろう。会社も私を追うだろう。
製薬会社と指定団体の癒着はそれほどに嫌われるものだから。

「会社の薬は・・・持ち出しできない」
「そうか」

武田は短く答えて、私に薬包を示した。ろくでもない新薬。

「これは?」
「良くなる薬だ。解るだろう?」

解らない。色々意味がありすぎて、どれを選べというのだ。

「被験者は男に限る。年齢は問わないが、まぁ・・・お前くらいで丁度いい」
「私くらい?」
「お前でもいいんだ、大塚」

恐ろしいことを武田は言った。正体をまともに告げれらないような薬を私に飲めと?
どうかしている。この男はどうかしている。
私が結婚したくらいから、この男は急に私に連絡をつけてきて、無茶を言うようになった。
私に守るものができたからか?まだ独身の彼にはそんな辛さは解らないのだろうか。

309 6-759・760 893と堅気・醜聞 2/2 :2006/05/23(火) 03:09:23
「誰も犠牲にしたくないなら、お前が飲め」
「そんな・・・どんな薬かも解らないのに」
「だから被験者が必要なんだ」

彼は昔からこんな口調だった。頭は良いのに陰険な性格、他人を思い通りに動かそうとする傲慢さ。
ランドセルの頃から変わらない、私には特に無体を仕掛けるところも。

「ちょっと筋肉が弛緩して、記憶がトブだけさ。痛みはほぼ快感に変わる。
 まぁ・・・常習性のないアレみたいなもんだ」
「それだけ解ってるなら、なぜ今また被験者を探す?」
「まだ売るにはデータが不足しているからな」

言って、武田は私の手に薬包を捻じ込んだ。

「観察器具は用意しないでいいのか?」
「俺が見ててやる。それで十分だ」

お前が崩れていく様をな。そう言ってまた武田は声だけで笑った。
私には犯罪は犯せない。誰かを犠牲に選ぶことも出来ない。
酷い嘘だけは吐かなかった武田を信じて、私は包みを開いた。
「お前の子供は可愛いだろうな?」という一言が、私に決心を促した。
薬を飲むのは慣れている。水と一緒に一気に飲み下すと、訪れるであろう波に備えた。
意識がふわりと浮いて、暗転する一瞬、「こうでもしないと・・・」と武田が何か呟いた気がした。
目を閉じたので武田の顔が見えないのが残念だったが、私の意識の下から彼を呼ぶ私の声が聞こえ出していた。

310 769 思い出になった恋 :2006/05/24(水) 00:37:20
別れを告げたあの日がよみがえる。
彼と、それまでの総てを思い出に変えてしまったあの日。

彼はいつもどこか線を引いていて、
俺がそれを踏み越えることを許してはくれなかった。
でも向こうが線を越えたときは、俺に思う存分甘えてきたりして。
そんな風に付いたり離れたりしながら俺達は過ごしていた。

出会って別れがくるまで、
俺が彼について知っていることが減ることは無く、また増えることも無かった。
彼は自分のことをあまり話さなかった。
それが表面化したとき俺達は衝突した。
彼は俺だけの彼ではなかった。
「俺以外の奴と…」
彼を責めたが彼は潔白を主張した。
その目に涙が浮かんで、静かに落ちた。
俺は彼が泣くのを初めて見た。

あのときの俺は経験も浅くて、若くて、子供だった。
ただ…許せなかった。

独占欲や未熟さを抱えながら
それでも、精一杯愛していた。
あまりにも愛していた…
だからだろうか、


今は愛すら思い出になってしまった。

311 6-779 :2006/05/24(水) 22:28:25

とりあえず放課後、俺たちは図書館に行ってみた。
「アナルセックスのやり方」を調べるためだ。
調べ物といえば図書館、俺の中でごく当たり前の図式だった。
結構広い私立図書館は3階まであって、フロアごとにジャンル分けされてるわけだが、
俺は入り口の館内地図の前でフリーズ。
ジャンルですか…分類ですか…どんな本をお前は探してるんだよと、早くも関門登場ですね。
そもそも、どんな本に記載されているものなのか?
ええっと…性の指南書とかそんな感じか?正しい性生活?ん?正しくないかも?
あれか、子供の作り方が載ってそうな…いや、子供はできないから違う!
なんて、グルグル考えているうちに、あああああああ…
俺の後ろにおとなしく控えているかと思ってた俺が間違っていました。
「すいませーん」
パタパタと小走りで、貸し出し口のおばさんに向かっていくあいつ。
ちょっと待て――――!!!待ってくれ!!!
「あの、アナルセ……ムゴゴ」
はいそうだねー。聞いたほうが早いよねー。そう思うよねー。
でもやめて!絶対やめて!勘弁して!!
そう懇願気味で、俺はあいつの口を手で押さえつつ、図書館から引きずり出した。
そして気付いた。そもそも、本があったとして、見つかったとして、
それをこいつとふたり、ここで読むっていうこと自体、さらなる関門じゃないか。
同じ理由で本屋もスルー。
結果落ち着いた先、俺んち。
こういうとき一番役に立つとひらめいたもの、インターネット。
我ながらよくここに気がついた。最良の選択だ、なんて俺、自画自賛。
「へー、委員チョの部屋初めて来た。きれいだね。俺の部屋なんてきたねーしくせーし」
ほめてくれてありがとう。でもなんで君は、早速ベッド直行で寝転がるのか。
まあ、いいけどね…でも「あ、委員チョの匂いがする」とか言うのはやめてくれ。
なんか恥ずかしいから。なんかドキドキするから。なんか知らんけども。
パソコンの電源を入れ、起動を待つ間に母親がおやつを持ってやって来た。
ああ、今日の俺のプチトラウマなコーヒー牛乳がありますよ。
「あは、コーヒー牛乳だ。委員チョ好きなの?」
好きですよ。牛乳嫌いの俺だけど、コーヒーが入ってれば飲めるってんで、
我が家の冷蔵庫には常備してあるわけだが、今日は飲みたくなかったよ母さん。
アナルセックスのために奔走した今日の一日…ほろ苦いコーヒー牛乳を飲む度に思い出してしまいそうだ。
パソコンが立ち上がったところで、検索サイトを表示し、検索語句を入力する。
『アナルセックス』…なんだか、俺のパソコンが汚された気がするよ。
時にお前、俺にこんな単語を入力させている張本人は、なんでそんなにくつろいでいるのか。
俺が見てないと思って、ベッドの下とか覗いてもマットレスの下とか探っても、エロ本なんか出てこないぞ。
俺の視線に気付いて、イタズラを見けられたときの子供の顔をする。
「いいの見つかった?」思い出したようにそう言って近づいてきた。
まったく、調べる気があるのかないのか。
そもそもなんでそんなことを知りたがっているのか?
そうだ、肝心のそれをまだ聞いていなかった。
俺の背後からパソコンを覗き込むあいつに、問うてみた。
「ん〜、なんか俺、男から告られてさ。付き合うとかわかんねーけど、一応真剣に考えないと悪いじゃん」
さらりと返ってきた。
俺はまた、コーヒー牛乳を吹いた。パソコンの画面に向かって。
その上こぼした。キーボードはコーヒー牛乳でひたひた。
変な音を立てて、俺愛用のノートパソコンはダウンした。
はい、完璧なコーヒー牛乳のトラウマ完成。いろんな意味で。
今日は『アナルセックスのやり方』を調べるのはもう無理だと思った。

312 :2006/05/24(水) 22:34:49
あ、すんませんタイトル忘れた。
6-779「コーヒー牛乳吹いた」

べ、別にGJって言われたから続編書いたわけじゃないんだからね!
暇だからやっただけなんだから!
雷にビクビクしながら書いたりしてないんだからね!

313 金魚すくいにいる亀 :2006/05/27(土) 02:14:35
暗めスマソ
================
 自分より小さい「魚」は、自分の餌だ。

 私は長い間かけて自分の居場所の特徴を悟った。このつるんとした場所は
仕事場。自分の仕事は「そこにいる」こと。もう大人となったこの身体で。
 ごく稀に、遊びとして<モナカ>の―あるいは<紙>の―網を身体の下に
滑り込ませる客もいる。しかしもちろん自分を持ち上げられるはずはない。

 そんな時興行主はこう言う。
「お客さん、あの亀、とって帰ってくれませんかね。こいつ、金魚を喰っちまう
 んですよ。全く仲間意識のない奴でね」

 時には、私が水槽中で食欲を抑え切れなかったときには特に、こう話すことで
彼は客からの更なる数回分の散財を引き出すことに成功するのだ。
―ばかな。餌をちゃんともらっていれば、彼らを食べる必要などないのに。
 
 ああ神様、彼を食べさせないで下さい。どこで聞いてきたのか、
「くまのみといそぎんちゃく」や、「きょうぞんかんけい」等と言いつつ、
私の甲羅についたミズゴケをついばみ、むず痒さを紛らわせてくれる彼が
近くにいるときに、私が常に飢えていることを思い出させないで下さい。

―お願いです。どうかどうか神様。

314 6-839 しーずむ ゆうーひにー :2006/05/28(日) 00:40:21
沈む夕日に照らされて
真っ赤なほっぺたのキミとボク


部活動の声があちこちから響いてくる放課後のグラウンドを、一人ゆっくりと通り抜ける俺、帰宅部。
いや、本当はいくつかの部活を掛け持ちしてるんだけど、現状として帰宅部。
けど今日は、各クラスの学級委員の集まりがあって、さらに帰りがけ担任に捕まり雑用を仰せつかって大分帰りが遅くなった。
もうすぐ部活も終わりの時間じゃないか…校門に向かっているつもりが、いつの間にか立ち止まってグラウンドの一団を見ていた。
ストレッチをしている陸上部の面々のうち、一人がこちらに向かって手を振っている。
あ、見つかった。
あ、こっち来る。
まったく、俺にはときどきあいつの尻にシッポが見えるよ。
ブンブン千切れんばかりに振ってるシッポがね。
「委員チョ!何してんの?今帰り?」
別にお前を待ってたわけじゃないんだからな。ただ通りかかっただけなんだからな。
「俺ももう終わるからさ、一緒に帰んね?」
そりゃ家の方向が同じだから、ちょっとくらい待ってるのはかまわないけどさ。
部活の奴らと一緒に帰らなくていいわけ?
なんだか最近、以前にも増して懐かれてる気がする。
まあ、嫌な気はしないけどね。いいんだけど。別に。
それに俺も、あいつがちょっと気になるわけだ。いや、変な意味じゃなく。
興味?うん好奇心とかそういうやつ。
原因は、先日聞いたビックビックリ発言のせいですよ。
『なんか俺、男から告られて』
何で俺、あの時もっとつっこんで話を聞かなかったのかな。
そうすればここ数日、こんなにあいつのことばっかり考えなくてもすんだんじゃないかと思うわけ。
相手は誰なのか、クラスのやつか、部活のやつか。
仲がいいのか、どう思っているのか。
その後どうなったのか、返事はもうしたのか、その、何て、返事をしたのか…。
もう、考えすぎて脳みそが液状化しそうです。
今日こそは、今日こそは聞いてやろうと思う次第であります。

315 6-839 しーずむ ゆうーひにー(続き) :2006/05/28(日) 00:42:34
川沿いの土手をぶらぶらと二人で歩く。
影が長くなってることにはしゃいで、あいつが影踏みを始める。
仕方なく付き合う俺。仕方なくだけど、汗を掻くくらい真剣にやる俺。
そのうち息が上がって、二人して土手に寝転んだ。
「お〜!夕焼け!!」
空を指差して、俺に向かって満面の笑み。
上気した頬が、夕日を浴びてさらに赤く見える。
それを見た俺はというと、訳の分からないものが身体の中心から湧き上がってきて、
顔がより熱くなるのがわかったので、逃げるように目を逸らした。
あー…なんだ、これ。何だってんだ。
そうだ、聞かなきゃなんないことがあったんだ。
聞かなきゃ、聞かなきゃと思うと、もう自分の心臓の音が聞こえるほどに動悸が激しくなって言葉が出ない。
あいつが何かしゃべっていた気もするけど、それすら耳に届かなくなっていた。
ヤバイ…何だか分からないけど、これはヤバイ。むしろ分からないことがヤバイ?
ってゆーか本当に分からないのか?分かってんじゃないのか俺?
いや分からん。まったくもって分からん。
という、エンドレスの自問自答を繰り返し始めた俺は、いつまでそうしていたのか。
気がつくと、あいつが、俺の顔を覗き込むようにして、目の前に迫っていた。
「顔、赤いぞ?大丈夫?」
そう言って、手のひらの甲を俺の頬にあてる。
俺はびくっとして思わず身体を引いてしまった。
あいつはそれを気にするでもなく、まだ俺の顔を覗き込んでいる。
大きい目だ。黒目が普通よりでかい気がする。
その目の中に俺が映ってた……それ見つけた俺は、今度は目が逸らせない。
こういうのを捕まったっていうのか?
ああもう…血管が切れそうだよ。苦しいから、早く開放してくれ。
いつまでこうしているんだと、半ば泣きそうになったところで、
「あはは、委員チョの眼鏡が鏡みたいに夕焼け反射してる」
俺の眼鏡を取り上げて、勝手に緊張の糸を切ってくれた。
ぼやけて見える川面に、夕日がキラキラ反射してるのがきれいだった。

316 6-849 ドアをはさんで背中合わせ :2006/05/28(日) 01:26:07
逃げるようにして部室に入ると鍵をかけた。
と同時にノブを回しドアを叩く音と瀬田の声が聞こえる。
「先輩ここ開けてください、先輩?」
「嫌だ!絶対開けねー!」
「開けてくださいよ、どうして逃げるんですか!?」
「瀬田があんなことするからだろうが!!」
そう言うとドアを叩く音が止んだ。
俺は深く息を吐くとドアにもたれて座った。
「…すみません、でも俺…」
気配はするが、その後に続く声は聞こえない。
正面の窓から見える青空をぼーっと眺めながら考える。
瀬田の事は好きだ。
部活も熱心だし、賢いし、性格も良いし、話も合う、一番仲の良い後輩だ。
しかし、だからと言って、その、あんなことをする対象として見た事なんか無い。
「俺さ、瀬田のことそういう目で見たことないんだ。」
正直にそう話すとややあって「知ってます。」と答えが返ってくる。
瀬田も座っているらしく、その声はさっきより近くから聞こえた。
「なあ。」
「はい。」
「俺のどこがそんなに気に入ったわけ?」
「そういう所です。」
「『そういう所』ってどこだよ。」
「今、俺に話しかけてくれている所とかです。」
うーむ、さっぱりわからん。
人の好意は素直に受け取るべきだ。と、昔誰かに言われたことを思い出す。
しかしこれは受け取って良い好意なのか?
でも嫌いでもない瀬田に嫌いと言うのは何か違う気がする。
いつまでもぐるぐると考えながら、俺は窓の向こうの青空を見た。

317 6-849 ドアをはさんで背中合わせ :2006/05/28(日) 02:04:49
「迷惑だ」
強く言い切った瞬間、彼の目が凍りついた。
「そんな戯言、二度と口にするな。不愉快だ」
向かい合えば少し見上げる彼の顔。
紅潮していた頬が蒼褪めていくのを睨むように見つめる。
「今の言葉は忘れてやる。明日までに頭を冷してこい」
言外にチームを辞めることは許さない、と告げると彼の凍り付いていた瞳がひび割れた。
裂け目から溢れてくるのは苦しみ、怒り、絶望。そして悲しみ。
かすかに震えだした彼のふっくらとした唇から目を逸らし、背を向けた。
そのまま部屋を出て、ただ一人、彼を置き去りにする。
後ろ手にドアを閉めてはじめて、身体が震えだした。
だいじょうぶ。彼の前では冷徹さを保てていたはずだ。
口調も表情も、眼差しさえも揺るぎはさせなかった。
かみ締めた奥歯が、今ごろのようにカチカチ鳴る。
目の奥が刺すように熱く痛む。だが泣くことは許されない。
苦しいのは傷ついたのは彼であって私ではない。
それでも全身から抜けていく力に膝が笑い、もう立っていることすら覚束ない。
ずるずるとしゃがみ込むと、そのままドアに背を預けた。
だいじょうぶ、彼はしばらく出てこない。それだけのショックは与えた。
そのくらいの判断ができないような、浅い付き合いじゃない。
そうとも。
彼のことは良く知っている。
人当たりの良い、誰にでも好かれる、如才ない才能ある男。
その優秀な男が。
どうして。どうして、こんな馬鹿なことをしたんだ。
お前が馬鹿げたことを言い出さなければ、もう少しあのままでいられたのに。
お前を可愛がることも、構うことも、好きなだけお前に優しくできたのに。
「愛している」――だなんて、何を勘違いをしている。何を血迷った。
馬鹿な男。頭がいいくせに、途方もなく愚かな男。
お前なんてこのまま順風満帆、友人にも将来にも恵まれた陽の当たる道をそのまま
歩いていけばいいんだ。いっときの勘違いで後ろ指を差されることはない。
お前ほどの器量を持つ男には焦らなくとも女は群がる。そのうちからつりあいの取
れた最高の女を選べ。
そうして似合いの女性と共に過ごす健やかで幸福な日々に、いつか私への気持ちが
友情や尊敬だったと気がつく。愚かな真似をしなくてすんだと、胸をなで下ろすだ
ろう。
そう、いつか。
お前の横に相応しい女性が。
切り裂かれるように胸が痛むのは、先刻の一瞬で噴出した汗で背中が濡れているか
らだ。湿ったシャツにドアが冷たいから。
だがその背に、ふと温もりを感じたような気がした。
……ああ、お前もそこで項垂れているのか。
力なくこのドアに背をもたれているんだな。
わかるさ、お前のことは。
伊達にお前のことを見ていない。他の誰よりもお前を見つめ、お前のことを考えて
きたんだ。
お前を傷つけた、それはわかっている。
すまない、と謝ることはできない。
それがお前のためだから。
罰も罪も、辛さも苦しみも、未来永劫の業火すらも、全て私が引き受ける。

だから今だけ――この一瞬だけ、この背の温もりを許してくれ。

318 6-859 人形のような男 :2006/05/29(月) 18:34:53
興味を引く人物がいる。
二月ほど前に会社の向かいに出来たコンビニのバイト店員だ。
その男ははとにかく何をしていても無表情で愛想のカケラも感じられ無い。
このコンビニの店長は一体彼のどこが気に入って雇う気になったのかと不思議に思う。
いや、もしかしたら顔でバイトに選ばれたのかもしれない。
初対面の子供には大抵目が怖いと泣かれるような俺とは違い、少し可愛らしいが『人形のような男』という形容がよく似合う、彼の端正な顔立ちに表情が浮かぶ瞬間を見てみたいと俺は思うようになっていた。

「いらっしゃいませ。」
自動扉が開くと同時に、小さな声で彼が挨拶をする。
最近は仕事帰りに雑誌の立ち読みをしつつ、窓に映る店内から彼を観察するのが俺の日課になっていた。
店の商品を並べている、やはり無表情。
「ありがとうございます。」
そう言って客に小さな袋を手渡す、やはり無表情。

雑誌を読み終わり、いつもと同じ缶コーヒーを一本購入して店を出ようとしたその時、
「お忘れ物ですお客様。」
と差し出されたのは数枚の硬貨、つり銭を受け取り忘れているのを思い出し、
「すっかり忘れていたよ、わざわざありがとう。」
再び財布を取り出しながらそう言うと、彼がわずかに驚いたような目をしているのに気づいた。
俺は何か変なことを口走っただろうか?
先ほどの会話を思い出しながらそう尋ねる。
「いいえ、あの、お客様の笑顔を初めて拝見しましたのでつい…。」
そう言って彼は下を向く。
無意識に笑っていたらしいことに少し気恥ずかしさを感じていると、彼はこちらを見て言った。
「あの、私もお聞きしたいことがあるのですが、何か私の接客に不手際がありましたら今言っていただけませんか?」
真っ直ぐこちらを見る眼に驚きつつ、どうしてそんな質問をするのかと聞いてみた。
彼の話を要約すると、彼はいつもいつも俺にものすごい目で睨まれていると感じているようだった。
そしてそのせいで失敗しないように意識するあまり無表情になっていたらしい。
なるほど、観察するときはじっと彼を見つめていたから、何か苦情があって睨まれていると勘違いされていたのだろう。
「それは誤解で君の接客に不手際はないし、睨んでいるように見えるのは俺の目つきが悪いせいだから、気にしないで欲しい。」
出来るだけ優しい声でそう答えると、彼の表情がパッと明るくなる。
「はい!ありがとうございます、変な質問をしてすみませんでした。」
いつもより元気な声で彼がそう言った。
俺はヒラヒラと手を振って店を出る。

数歩あるいた所でふと振り返ると彼と目が合った。
嬉しそうな笑顔でお辞儀をする彼を見て、今日は少し暑いな、と思いながら駅へと歩きはじめた。

319 6-869 40年ぶりの再開 1/2 :2006/05/30(火) 08:32:32
先に見つけたのは奴の方だった。
「有川?有川じゃないか?」
「う、植野?」
少し離れた、取引先からの帰り道。
直帰しようかなぁ、書類を取りに帰ろうか。そんなことをつらつら考えながら上っていた階段の途中。
呼び止められて振り返ると、そこには懐かしげに笑う、旧友の顔があった。
「久しぶりだなぁ」と言いながら俺の横に並ぶ。少しも変わらないその態度に戸惑った。

もう20年も前になるのか。俺と植野は、一人の女性を取り合った。
幼馴染の3人組。仲良く手をつないで歩いていた頃から続いていた争いは、
互いに大人になり、働き出し、それなりの蓄えと責任を持つ立場になって真剣なものとなった。
「みぃちゃん」が選んだのは植野。物静かに笑う、優しい植野を、彼女は望んだ。
転勤が決まっていた俺は、みぃちゃんが妊娠したのを聞いた頃に遠くに移った。
何だかんだと転勤による転居を重ねたせいで、植野たちは俺の居場所を見失ったのか、
その後植野家がどうなったのか俺は知らなかった。

「呑んでいかないか?」という植野の誘いを断る理由はどこにもなかった。
適当な呑み屋を選んで、奥の席を陣取る。奴は好物の芋焼酎の水割り、俺はビールを頼む。
「ビールは悪酔いするから」と焼酎なのも変わらないのに笑いそうになった。
「有川、この辺住んでるの?いつ戻ったんだ?」
「いや、今日は営業の帰りだよ。お前は?」
「俺?俺はこの辺だよ。少し行ったところに家を買ったんだ」
「へぇ・・・」
「あと20年くらいローンが残ってる」
そりゃ大変だ、と気の毒がってみる。そういえば、もう50近くなるのに、植野はすっきりと細い。
苦労してるのか。みぃちゃんは案外鬼嫁だったか。
「みぃちゃんは?」
「あぁ・・・死んだよ。胃癌であっさり逝っちまった。
デキの悪い子供を3人も残してな。」
意外だった。
「そうか。・・・何も知らなくて済まなかったな」
「全くだ。連絡したいのに、お前ときたら居場所も教えてくれないんだからな」
「いや、悪かった。転勤ばかりでな、次第におっくうになったんだよ」
「冷たい奴だなぁ」言って、植野は嬉しそうに笑った。俺との再会を本当に喜んでくれてるようで、俺もふつふつと喜びが沸いてくる。

320 6-869 40年ぶりの再開 2/2 :2006/05/30(火) 08:33:21
それからは互いに近況をもう少し話した。
植野の子供はみんな男の子。植野はみぃちゃんが亡くなってから3人の子供を一人で育てたらしい。
子供のために残業もほとんどせず休日出勤も断り、部屋数が必要だからと家を売りもしなかった。
ただただ必死で子供を育て、気がついたら長男は大学生、植野自身は再婚もせずに十何年も経っていた。
デキの悪い子供と植野は言ったが、少なくとも長男の大学は俺でも知ってる有名大学だ。
下のちびが今年やっと高校受験だよ、と植野は笑った。
植野に比べて、俺が語れることは極端に少ない。結局この歳まで結婚しなかった俺は、
独身故に気軽に転勤を命じられ、独身故にしっかりした信頼を置いてもらえず、
今でも場合により現場に駆り出されるのが実状。
しかしもう歳も歳なので、会社はやっと今のところに落ち着かせてくれる気になったらしいこと。
俺が独身だと聞いて、植野は少し悲しい顔を見せた。お前のせいじゃない、とはとても言えなかった。
互いに出世コースからは少し外れていて、そんなところでも話は尽きなかった。

すっかり遅くなって、店を追い出される。夜風が酔った体に冷たい。
駅に向かって歩いてゆく。タクシーを拾うつもりでいると、植野が「グミチョコパインして行こう」なんて言い出した。
「なんでいきなりグミチョコパインよ?」
「40年くらい前さあ?美代子の家に誰が早く着くかでやっただろ?
アレ、途中だったからさ」
覚えている。次の日、どっちがみぃちゃんと一緒に登校するかを賭けたのだ。
3人でやり始め、夢中になった俺達はみぃちゃんを置いてけぼりにして泣かしてしまった記憶がある。
「イヤだよ、家に帰るのが遅くなる」
「俺の家に泊まっていけばいい。明日は休みだって言ってたろ?」
植野にしては強引な言い様。そんなにこの再会が嬉しかったのだろうか。
「ゆっくり帰ればいいさ。いくぞ有川ー」
俺より一歩前に出て、目尻の皺を更に深くした植野が振り返る。
植野。植野知ってるか。
20年前も、40年前でさえ、俺が賭けてたのはいつだってお前だったんだ。
みぃちゃんはそれに気づいてたから、お前が好きだったんだよ。
幼い日に諦めたあの賭けを、ここで密かに再開しても構わないだろうか。40年ぶりに。
そばにいられるかどうかだけでいいから。
あれから誰を好きになっても、お前ほどそばにいたい奴はいなかったよ。
くたびれたスーツをくるりと翻して、40年前と変わらない笑顔で植野は「グミ!」と拳を振った。
俺は泣きそうになりながら、ゆっくりと応えて腕を上げた。

321 6-889 握り返された手 :2006/05/30(火) 21:04:46
お互いに嫌いだったはず。
相手は違う人だったけど、俺もあんたも長いこと片思いしてた。
その人を見る目や、気持ちが、手に取るようにわかった。
おんなじ、叶わない思いを持て余してた。
お互いの気持ちがわかる分、俺たちは近かった。
自分を見ているようで、あんたの事大嫌いだったんだ。

片思いの相手を諦めなきゃいけない時も、おんなじにやってきた。
気まぐれ、寂しさ、理由なんて何でも良かったんだけど、俺はあんたの手を握ってみた。

まさか、握り返されるなんて思ってもなかった。

いつのまにか近くにいる相手が大事になっちゃった所まで、おんなじなんて。

322 6−869 40年ぶりの再会 :2006/05/31(水) 21:41:39

定年を期に私は、十六まで過ごした故郷へ帰ることにした。
両親はとうに他界し、独身の私には家族と呼べるものもない。
いざ自由の身となって何がしたいのかを考えたとき、私の中にはひとつの選択肢しか浮かばなかった。
会いたい人がいる…故郷を離れて以来、会いに行くことができなかった、あの人に会いたい。

初恋とは、こうも忘れられずにいるものかと、この歳になって恥ずかしく思う。
今でも自らの内に鮮やかに痕をのこす、情欲の日々。

あの頃、私の世界はまさに彼一色だった。
日がな一日彼のことを考え、時間が許す限り触れ合っていたかった。
まだ年若かった私は、自分の内にある熱を、ただただ彼にぶつけることしかできずにいて、
時に卑怯とも言える手段で陥れることもした。
それが彼をどれだけ苦しめ、追い詰めていたかも気付かずに。

私たちの関係はあまりに危険だった。
彼は、私の通う高校の教師であった。

ろくに家に帰らない私を両親が不審に思いだした頃、彼は私の前から姿を消しのだった。


数年前、古い友人から、彼が再びこの地に戻ってきていることを聞いた。
教師を定年退職後、自宅で小さな私塾を営んでいるという。
30年連れ添った奥さんと昨年死別したことも知った。
二人の娘も既に嫁いで、彼は今、ひとりだ。


夏を前に大分長くなった日も、すっかり落ちてしまった。
「先生さよーなら」の声と次々に飛び出してくる子供たち。
家の門前で待つ迎えの親の元に走りよっていく。
一人の母親が玄関口に向かって会釈をする。
他の親たちもまた、家の中を覗くように挨拶をした。
二言三言言葉を交わした後、再び頭を下げ、皆帰っていく。
それらを見送るためにか、一人の老人が家の中からゆっくりと現れた。
白いシャツにスラックス姿の、白髪の老人。
子供たちは何度も振り返りながら手を振っている。

記憶の中の背中より、幾分小さくなったかもしれない。
薄明かりの中で一人佇む姿が、どうにも頼りな気に見えてしまう。
いつまでも手を振る子供たちに、老人は「さよおなら」と穏やかな声で応えた。
その声を聞いて、私は身体が熱くなるのを感じた。
喉の奥が詰まって苦しい。涙がこみ上げてくるのを抑えることができない。

子供たちが見えなくなってもなお、彼はそこに立っている。

外灯に気の早い夏の虫がぶつかる音が聞こえる。
静かな夜だ。

なんと、声をかけよう…。

323 6-909 今日で五年目 :2006/05/31(水) 22:39:52


吸い込まれる人、人、人、人。
吐き出される人、人、人、人。
毎日、毎日、繰り返される風景。
駅の前に、ボクは佇む。

春、夏、秋、冬、春、夏…何度繰り返したかな?
今日は晴れで、昨日は雨。その前も雨で、その前は曇り。
明日はきっと晴れで、その次の日は、曇りだったかな。
ボクは毎日、ここに来る。

通り過ぎていく人たち。
誰もボクを見ないし、ボクも誰をも見てはいない。
誰にも気に留められなくなるくらい、ボクはこうしているのだろう。
ただ、そこにいて、ただ、そこで待っている。
待っている。
ずっと待っている。

帰りを待っている。

きっと帰ってくる。
ボクは信じている。
ボクだけはずっと。

だって、おかしいじゃないか。
どうして死んだなんて言うのか。
遺体もないのに。
信じられるわけがない。
どうしてお墓があるの。
中はからっぽなのに、おかしいじゃないか。
なんで泣くの。
彼のために、何を悲しむの。

わからないよ。

ただいまって言うときの、あの笑顔をまだ覚えている。
それを信じて待っている。

まだ、まだまだ、待っていられるんだ。
だからお願いだよ、新しい真実はいらない。
探さないでいい。知らせないでいい。
ボクは、待っているんだから。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
本スレ910さんと思い切りかぶった?
しかも「五年目」あんまり関係ないことを反省している。

324 6-909「今日で五年目」 :2006/05/31(水) 22:53:17
朝起きて、何も変わらない部屋を見渡して、ああすっかり慣れたんだな、と思った。
相変らず散らかっていて汚い部屋だな、としか感じなくなってからもう大分経つ。
妙に広くて寂しいとかそういうことを考えなくなって、もう大分経つ。

顔を洗って、ひげをそって、食パンをかじって、歯を磨いて、寝間着から外に出られるだけの格好に着替える。
今日もバイトだ。未だに僕はフリーターだ。
夢なんか追いかけて馬鹿みたいだと母は言う。僕もそう思う。そう思うけど、まだ踏ん切りがつかない。

あの頃、僕たちはふたりで夢を追いかけてた。目指す方向は違ったけど。
あいつのCDジャケットは僕がデザインするんだとかぬかして、そりゃお前ミュージシャンとデザイナーが
恋人だったら一大スキャンダルだとか冗談を言って笑い合った。

そのあと僕を置いてかれは夢を掴み取った。このおんぼろアパートを出て、知らない町へと去っていった。
いつかそういうときが来るんだと思っていたから、覚悟は出来ていた。
ううん、そんなのは嘘だ。
振り返らないと決めたのに、僕はまだこうして何となく諦めきれずにいる。
追いかけているのが夢なのか、かれの背中なのか、それともただ単に思い出にしがみついているだけなのかは、
僕自身よくわからないけど。

僕ももうすぐ三十歳になる。地元の父も僕に仕事を継がせたがっている。
潮時があるのなら今なんだろうと、最近ようやく思うようになってきた。

『それでは×月×日、今日の天気は……』

お天気お姉さんの声で今日の日付をようやく飲み込んだ。ああ、そうだ。今日だったんだ。
何の記念日でもない、ごく普通の日。
――あいつを笑顔で送り出して、もう五年。

来年はちゃんと思い出せるかどうか、ちょっと自信がない。

325 今日で五年目 :2006/06/02(金) 00:42:47
手首に当てた刃に、ぐっと力を込める。
全身から汗がどっと吹き出し、ガチガチと歯が鳴った。
切りつける腕に力が籠もりすぎて、刃がうまく刺さらない。
それでも赤い線が走って色が零れる。血は雫になって腕を伝っていく。
体の震えが増す。生理的な涙がこみ上げたそのとき―――
「開けろ!ここに居んだろッ!クソッ…クソ…がァァァ!」
ガシャン、という音とともにガラス戸が破られた。
「こん……ッの馬鹿!!」
ガラスの散乱する浴室にためらいなく足を踏み入れた弟は、
茫然と見上げる僕の手から刃物を取り上げ、頬を張り飛ばした。
「な……なんで………」
「なんで、なんて言うなボケ!」
憤怒の表情で現れた弟の顔が、泣きだす寸前のように歪む。
「ちくしょ……誰が許したよ…こんな…こんな…!」
弟の激情に圧倒されて、僕は体をこわばらせてその場に固まっていた。
弟はケータイで救急車を呼びつけながら、着ていたシャツを脱ぎ捨て
僕の腕に巻きつける。
「なんで…5年も経ってんのに…なんで今更……畜生、畜生ッ!」
僕を抱えこむ弟の腕の中は、怖いくらいに暖かかい。
僕は押さえられたのとは反対の手を床に這わせて、刃物を探す。
…僕は怖いんだ。怖くて、怖くてたまらない。
彼の死から5年目の今日。
胸の傷がとっくに癒えていることに僕は気づいてしまった。
あんなに愛していたのに、もう思い出しかここにはない。
怖いんだ。あの胸が引き絞られるような痛みを思い出せない。
彼を愛していたのに。愛していたのに。
「愛してるんだ…まだ愛してるはずなんだ…」
壊れた蛇口のように、とめどなく涙が零れていく。
「お願い、逝かせて…。お願い…お願い…」
弟の腕が痛いくらいに力を込めて僕の肩を抱く。
「…アイツのとこになんか、やんねえよ」
弟の吐息を首筋に感じながら、僕は近づいてくるサイレンの音を聞いていた。

326 6-909「今日で五年目」 :2006/06/02(金) 15:38:22
しかし、彼は大学を卒業して、バンドを辞める決意を固めていたんです。
その決意を聞いた僕は、彼を引き止めました。必死で引き止めたんです。
今思うと、常識が無い行動ですが、彼に「行かないでくれ」と言うにとどまらず、
彼の両親に直接会いに行って説得したり、彼の先生に「単位をやらないでくれ」
とお願いしたり、常識では考えがたい行動をとっていたんです。
結果、彼は、卒業して就職しました。
しかし、「卒業する。就職する。しかし、バンドは辞めない。僕からも離れない。」
彼は、そういう約束を、してくれました。
僕は、大学を辞めて、彼と一緒に暮らすようになりました。
その頃にはもう、僕は彼無しの人生なんて考えられなくなっていたんです。
だから、もし次、彼が僕から離れていくようなことが起こったら、僕はおかしく
なるだろう、と、思っていました。僕は、それを何よりも恐れました。
今日懺悔しに来たのは、そのために、僕がやったことです。

まじないって、知ってますか? ええ、おまじないではなく、「呪詛」の方です。
ある日、僕がポストを開けると、「まじない代行」というチラシが入っていました。
その頃、何よりも彼と離れることを恐れた僕は、すがるような気持ちで、その
チラシに載っていた番号に、電話しました。いまだに覚えています。
ワンコールも鳴らない内に、受話器がとられました。
僕は、まとまらない頭で、彼と一生一緒にいたい、ということを30分ぐらいかけて
訴えました。電話の向こうでは、時々あいづちが打たれるだけでしたが、僕が
話し終えると、金額と効力が続く期間が提示されました。僕が、アルバイトで
一週間働いた程度のお金で、5年間効力が続く、と言われました。
僕は、それをお願いして、彼と一緒にいられるまじないをかけてもらいました。
そちらから、見えますか? …これが、そのまじないを注文した後、送られてきた人形です。
ええ、藁人形です。ボロボロですが、まだ形はとどめています。

まじないをかけてから、彼は、ずっと、僕と一緒にいてくれました。
離れるという話は、一度も出てきたことがありません。
僕は幸せでした。彼さえいれば、何もいらなくなっていました。
いや、その気持ちは、いまだに変わっていません。
むしろ、その気持ちだけで、僕は生きているようなものです…。
…しかし、昨日、彼に告白されました。
……教会では、同性愛は、タブーでしたよね…。すみません。
でも僕は、昨日すごく嬉しかったんです。人生で、二度目の天にも昇る気持ちでした。
彼は、僕の目を見て、「ずっと一緒にいよう」と言ってくれました。

…でもね、神父さん。僕、怖くなったんです。
彼の気持ちに、嘘は無いと信じています。そんな、嘘をつけるような人じゃありません。
でも、彼がそういう気持ちを僕なんかに持ったのは、僕がまじないをかけたからではないでしょうか。
そう思った理由は、今日で5年目だからです…。
もし、まじないが本当だった場合、今日でまじないの効果は終わるはずなんです。
この藁人形は、5年間毎日持ち歩いても、藁がほどけたり抜け落ちたりはしなかったのに…、
今朝、腕の部分がパラリとほどけました。今は、足の部分もほどけて、藁にもどっています。
もし、彼が昨日、僕に言ってくれた言葉が、この人形が言わせたことだったとしたら…。
だとしたら、僕は…間違ったことを、やってしまったのではないでしょうか。

327 6-909「今日で五年目」 2/2 :2006/06/02(金) 15:38:51
ええ。足元の荷物は、僕の荷物です。
怖くなって、家を出てきてしまいました。
彼の告白には、応えました。…気持ち悪い話かもしれませんが、昨夜、初めて彼とつながった時…、
世の中に、こんな幸せなことがあるか、と思うぐらい、幸せでした…。
でも、僕には怖いのです。今日の彼と会うのが、本当に怖い。
だから、僕は逃げることにしました。
もう…一度寄り添ったのに、離れられるなんて、無理です。
ですから、ここで自分勝手な自分に、懺悔していきたいと思います。

すみません、神様。
僕は、同性を愛し、まじないで心をゆがめ、彼の心を手にしました。
…幸せでした。ですから、地獄に落とすのは、僕だけにしてください。

…すっきりしました。
ありがとうございました、神父さん。
次に会う時があれば、いいですね。それでは、失礼いたします。

328 6-909「今日で五年目」 :2006/06/02(金) 15:44:19
326、冒頭の部分が消えていましたorz スミマセン
======================
ここで、懺悔したのでいいんですか。
あ、この板の向こう側に、神父さんがいらっしゃるんですね。
すみません、こういった所ははじめてなもので。
キリスト教徒じゃなくても、懺悔ってしていいんですよね。
…ええ、では話させてもらいます。

彼と出会ったのは、僕が大学に入学した時でした。
彼は2つ上の先輩で、岩のような顔をしているのに、優しくて小心者な
ところがあり、僕はいつのまにか、彼の飼い犬のように、彼の後ろを
ついてまわることが、至上の喜びとなっていました。
彼が、僕に「バンドやらないか」と話をしてくれた時は、天にものぼる
心持ちでした。
僕はその頃、この幸せな時間が、いつまでも続くものだ、と思っていました。

状況が変わったのは、僕が大学2年になった時です。
彼と一緒にいることが、僕の生活の全てになっていました。

329 6-980 身代わり :2006/06/04(日) 02:01:17
リロって良かった…でもせっかく書いたのでこっちに投下します。



耳慣れない名で呼ばれたそのとき僕は気づいた、色々な事に。
いや、もう本当は随分前から気づいていたんだ彼の矛盾に。
でも僕のような人間でも人並みの愛情を貰えると思って浮かれて、全てをどこかに押し込めてた。
もう限界か、残念だけど、悲しいけれど。

「じゃあ、行ってきます」
玄関先で見送る彼に手を振った。
何も言わずに消えるのは、せめてもの虚勢だ。

330 7−9「かたつむり」 :2006/06/05(月) 02:42:29
駅前のパン屋で朝食用のパンを買って、通勤の道すがら食べるのが日課だ。
店の脇に自転車を止めながら、はやくも店内に並ぶ焼きたてのパンに思いを馳せる。
昨日も食べたけど新作の麻婆パンはやっぱりいいな、しかし今日はツナジャガパンの気分かも……
そんな事を考えながら店に入ると、
「いらっしゃい……あ!お兄さん、待ってたんすよ!」
レジにいた店員が、そう言って俺に駆け寄ってきた。
この若い店員は去年の夏頃からこの店で見かけるようになったヤツで、確かにそれから
ほぼ毎日顔を合わせている仲ではあるが……
「……え、な、何?」
「あのっすね……コレ。」
店内にはおれたちしかいないのだが、彼は声をひそめ、辺りを憚るようにしておれに紙袋を渡した。
おれが紙袋の中身を確かめようとすると、
「あっ、あっ、あのっ……目の前でっつーのはちょっとかんべん……!!」
と妙なうろたえかたでおれを制止する。
「実は、自分が初めて考えた創作パンの試作品なんすよ。……そんで、ゲンカツギみたいな感じで、
うちのプラチナ常連のお兄さんに、一番に食べてもらえたら……その、勇気が湧くかなーって」
しどろもどろになりながらも真っ直ぐおれをみつめてくる眼差しに痛いくらいの誠意を感じて、
……って、おれがここで赤くなるのはおかしい。
「わかった、お前の大事な第一作はおれが確かに受け取らせてもらう。これからもがんばれ。」
「……!!やった!ありがとうございますっ!」

「明日も来てくださいねーっ!いってらっしゃーい!」
明るい声に見送られてパン屋を後にする。
駅前の通りを曲がって商店街に差し掛かった辺りで、ようやくおれは紙袋に手をかけた。
中には粉チーズをまぶしたデニッシュ生地で形を模した『かたつむりぱん』が入っていて、
そいつは食べてしまうのがもったいないくらいかわいかった。

331 7-19 寝不足です 1/2 :2006/06/06(火) 02:23:09
 ローションをたっぷり使いよくほぐす。
 挿入の際にはコンドームを必ず付けましょう。
 * 油性のローションはゴムを溶かすので水性を使ってね


家族が寝静まった後の深夜のリビングで、ひとり、ひっそり、パソコンに向かう。
室内照明やテレビをつけるわけにはいかない。誰か起きて来るかもしれないから。
これは秘密裏に行われなければならない。履歴もきちんと削除する。
暗闇に薄ぼんやりと明るいデスクトップにうつし出されているのは『セックス講座』
その中で俺が熟読した項目は「アナルセックス」
見紛うことなきアダルトサイトが次々と表示され、いつも母さんが料理のレシピなどを検索しているパソコンなのに、
とても申し訳ない気持ちでいっぱいになる。ごめんなさい、ああ、本当にごめんなさい。
もし見つかったら…なんてことは考えない。考えちゃいけない。
見つからないようにするんだから考える必要はないんだ。うん。
わけあって自分のパソコンは修理中につき、やむを得ずの隠密行動。
暗いところで何時間も画面を見ていたから、目が疲れて、頭も痛い。
ぶーんと低くうなる機械音が、脳みそに響いて思考力を低下させている。

 指が2本入るようになったら準備OK
 ゆっくり無理せず挿入しよう

体験談もFAQもグッツ販売まで読み漁った。
広くて深い大人の世界…大波小波に飲み込まれ打ち上げられ、深海に引きずり込まれ、海面に叩きつけられ、
すっかりボロボロの遭難者です。ありがとうございます。

 受け入れる側がリラックスしていることがとても大切です。
 力が入っていると痛いし、入らないよ!

当たり前だが、挿入する側とされる側がいるんだな…と今更気付く。
男同士でもどちらかが、どちらかで、どちらかは、どちらかなんだ。
ぼんやりした頭に、あいつの笑顔が浮かんできた。
…ホント、無駄にかわいいよな。そう、かわいいんだ、こいつ。
だから男に告白とかされるんだ。あんな風に笑ったりするから。
あいつはどっちなのか?あいつに告白したって男はどっちなのか?
そこまで本人は考えてるんだろうか…考えてるわけないな、あいつだもんな。
「アナルセックスのやり方」なっかに興味を持って、そいつとする気があるってことか?

脳みそが疲労困憊していてよかったと思う。
これ以上の妄想は今はできない。できなくていいんだけど。

…何やってんだろ、俺。
別に頼まれたわけでもないのに、こんなこと調べて俺は、親切に教えてやる気なんだろうか?
あいつが誰かとセックスする時のために?
まだ夜はちょっと肌寒い。風呂上りで髪も乾かさないままだったから、身体が冷え切っている。
へっくしっ!っと中途半端なくしゃみがひとつ…もう寝よう。
プリンタの電源を入れて印刷開始。
口頭で説明なんか到底できないから、紙で…って結局教えるつもりなのか、俺。
少し考えて、印刷した用紙をシュレッダーにかけた。

332 7-19 寝不足です 2/2 :2006/06/06(火) 02:24:13
翌日、あまり眠っていないことで、とてつもなく身体がだるかった。
もう、昨日詰め込んだ知識におなかがいっぱいで、吐きそうだ。
授業開始ぎりぎりの教室に入るなり、机に突っ伏してダウン。
一時間目の授業はほとんど聞いていることができなかった。

休み時間、あいつがやってきて前の席に座り、俺の方を向く。
無駄にかわいい笑顔を振りまきながら。
「んん?珍しいね。眼鏡してないなんて」
昨晩の疲労が祟って、かけると頭が痛いんです。
見えてるのとばかりに至近距離に顔を近づけ手をヒラヒラさせる。
見えてる、見えてるからあんまり近づくな。…なんかクラクラする。
そして、俺の顔をまじまじと見ていたと思えば「なんか調子悪そう」とあいつは言った。
笑顔が心配顔に変わる。
ただの寝不足だよ、大丈夫だからと答えれば「そう?」と心配顔が少し和らいだ。

やっぱり笑顔のほうが、俺は好きだな…

一瞬そんなことが浮かんできて、妙に恥ずかしくてひとりで焦る。
かわいいとか笑顔が好きとかもう、昨日から俺は何を考えているんだ一体。
昨日に引き続き思考力低下中。やっぱりちゃんと寝ないと駄目だな。
頭に血が上っていって、身体が熱くなった。きっと顔も赤くなってるだろうと思って、慌てて眼鏡をかけた。
急にクリアになる視界。
目の前に、机に顎を乗せて俺を見上げるあいつがいる。
黙ってじいっと俺を見ている。
いつもならうるさいくらい喋りつつけているのに、どうしたんだろう?
はじめて見るだろう神妙な顔つきに、俺も声をかけることができない。
そのうち、どうやらあいつの視線の先が俺の口元だとわかった。何かついてるのか?
無意識に唇に指を当てたとき、あいつが言った。
「なあなあ…」
こいつの「なあなあ」は要注意だ。嫌な思い出がある。
でも前回とは違い、随分と趣が違うようだが。
「なあなあ」の後にまた、俺をじいっと見る間を置いて、続く言葉。
「委員チョ、キスしたことある?」


いろんな思いが頭の中で膨らんで、ボンッっと爆発したのだと思う。

席を立っら、グラリと教室が回転するんだもの驚いた。
机といすに身体のあちこちがぶつかったけれど、床に打ち付けられることはなかった。
誰かが支えてくれたんだってことだけわかった。

とりあえず、保健室で寝不足を解消すればどうにかなると思ったら、
どうやら俺は、熱があったらしく、早退させられた。

委員長、風邪をひきました。

333 7-79「左翼×右翼」 :2006/06/09(金) 01:34:00
「はい、あーん。」
「…ちょっと待て、何だそれは。」
「何ってりんごだよ。おいしいよーフレッシュだよー。」
「どこの世界にりんごを輪切りにするヤツがいるっっ!!」
テーブルの上から新しいりんごをひったくり、台所で実演してみせる。
「りんごって言ったら…こうだろっ、こう!!」
「…おー、ウサギさんだねぇ。」
すると、やつは何か思いついたように立ち上がって、部屋を出たと思ったらすぐ戻ってきた。
「かわいいウサギさんと記念写真撮ろう、笑って笑ってー。はい、ビーフ!」
「なんっだよビーフって!!チーズだろ!そーゆーもんだろ?!貸せっっ」
カメラを奪い取って、やつをりんごの脇に座らせる。
「笑え!…はい、チーズ!」
パシャ
「あ…そういえば、洗濯物乾いたかな。取り込んで畳まなきゃ。」
「…………………おい。」
「なに?」
「な・ん・な・ん・だ、その畳みかたは…折り紙じゃねぇんだよ!」
ヤツの手から洗濯物を取り上げ、我が家に先祖代々伝わる伝統的な畳みかたを教えてやる。
「いいか、だからシャツはこの襟元をこう!これが一番……聞いてるか?!」
「うんうん。」
「…まったく。で、この引き出しにしまうんだな……ってお前なぁぁあ!!」

人の作った規則やマニュアルに従うのが大っ嫌いな僕と、伝統や慣習が大好きな彼。
正反対で相容れないけど、そこに惹かれてしかたがない。
「なめてんのかお前?!なんだこのカオス空間!パンツはパンツ、靴下は靴下、無地と柄モノできちんと分けろっ!!」
怒鳴り散らす彼がかわいくて、ほんとは少しわざとやってることはナイショだ。

334 7-99 優しく踏んでね? :2006/06/10(土) 15:22:52
・・・遅い。
奴は今日の2時に、俺の家にに遊びに来ると言っていた。
それなのに。
・・・もう3時になる。

さっきまではまだ心配ではあったが、ここまで遅いと心配も苛立ちに変わる。

まさか、奴は自分で言った約束を忘れているのではないか?
そう思った俺は、奴に電話をかけるために携帯に手を伸ばした。
その時。

ピーンポーン
「わりーわりー 遅くなった!」

ドアが開く音と同時に、間抜けな声が響く。
アパートで大声を出すな、と何度言ったら・・・!

そんな俺の苛立ちをよそに、奴は俺のいる部屋にずかずかと入ってきた。
アパートだから静かに歩けと、何度言ったら・・・!

「遅い。 何をしていた?」
「いや、ここに来る途中に自転車のタイヤがパンクしちゃってさー
 仕方がないから歩いてきたんだ」

そう言うと、奴は俺の横にうつぶせになった。

「・・・? 何のつもりだ?」
「いや、ずっと歩いて足が疲れたんだ。
 マッサージ代わりに、足の裏を踏んでくれよ」

・・・俺の心配は一体なんだったんだ。

奴の足の裏に自分の足を重ねた途端、奴は慌てて
「あ、優しく踏んでね?」
と言ってきた。

・・・知った事か。
俺は、今までの苛立ちをぶつけるように、奴の足を思いっきり踏んでやった。

335 7-109 :2006/06/10(土) 19:55:46
なーなータカユキぃ。遊ぼうよー。つまんねーよー。

「はいはい、あとでな」

さっきからずぅーっと『あとでな』ばっかり!俺をほったらかして何してんだよ。

「今宿題してるんだから、邪魔しないで」

なんだよ。俺よりそんなもののほうが大事だってのかよ。
俺とらぶらぶしようよー。
「ご飯はさっき食べただろ」

ちげーよ腹なんか減ってねーよ!タカユキの飯なら胃が破裂しても食うけど!
あーもう、かーまーえーよー。

「いい加減にしろ!これ明日提出なんだぞ!お前に構ってる暇はないんだよ!」

……そーかよ。そーですか。
つまりタカユキは、もう俺のこと愛してないんだな。
いーよいーよ!俺もタカユキなんか嫌いだよ!もう知るもんか!
あとで謝っても許してやんないからな!


「こらー!!あそこはトイレじゃないって、何度言ったらわかるんだ、タマ!!」

ふーんだ。あれはタカユキが悪いんだもんね。

「もう、気に入らないことがあるとすぐこれだ」

お、謝るか?謝るのか?まぁ謝ったって許さないけどな。

「罰として明日の朝は飯抜き!」

えーなんだよそれ!俺が悪いのかよ!
いーけどな。勝手に袋破って食うから。

「あと、俺の膝の上は一週間禁止」

すいませんごめんなさいホントそれだけは勘弁してください。


____________

不可抗力ではなく意図的になりました。

336 7-79 左翼×右翼 1/2 :2006/06/10(土) 23:28:36
後半に残虐+グロ描写があるので注意してください。

――――――――――――――――――――――――――――

ずっと、どこかで会ったことがあると思っていた。

その男とは、挨拶をする程度の仲だった。
特に趣味というものを持たない俺は、週末の暇を図書館で潰すのが常で、
数年前から隣町まで足を伸ばして、少し大きな公立図書館に通っていた。
男はそこの司書をしている。
毎週末通ううちに、お互い顔を覚えてしまい挨拶を交わすようになったのだが、
先日、駅前で偶然出会い、立ち話をするも不思議と話が尽きず、そのまま飲みに行った。
気の合う相手というのは、時間をかけずとも分かるもので、男がまさにそれであった。
物腰が柔らかく、おっとりとして見えたが、実はずいぶん芯のしっかりした性格で、
そんなところも気に入った。

驚いたことに、十は下だと思っていた男は、自分とそう変わらない年齢で、今年五十になると言う。
若く見えるだけでなく、たいそう整った顔もしていて、館の職員はもとより近所の主婦にも人気があった。
「噂を聞かない日はないですよ」
と言うと、
「こんな歳まで一人身でいる男の私生活が気になるだけですよ」
そう自嘲気味に答えた。
確かに、噂の仲にはひどく下世話なものもあり、俺はそれを思い出したのだが口にはしなかった。

そうして俺たちは、お互いの仕事帰りに落ち合って飲みに行ったり、図書館の休憩時に昼食を共にしたりと、
頻繁に会うようになっていた。
暇を潰しだった図書館も、いつのまにか男に会うのが目的に変わっていて、俺は少々照れくさかった。
男といると何故かとても懐かしい気持ちになり、心がむず痒くなるのだ。
何か大切なものを忘れているから思い出せと、急かすものがあるようで。
初めて見たときから、どこかで会ったことがあると思っていて、しかし、あまりに直感的すぎて、未だに言えずにいる。

あるとき、男が返却された本を棚へ仕舞うのを見ていると、襟首に黄色い紙切れが付いているのに気付いた。
俺は、読んでいた本を閉じて背後に近寄り、
「ちょっと下を向いてください」
と肩をつついた。
「え?」
「上着、クリーニングに出したでしょう」
そう笑いながら言うと、男は恥ずかしそうに頭を垂れた。
クイッと軽く襟を引くことで、俺は男のうなじを見ることとなる。

全身を電気が走り抜けたような衝撃に、息をすることもできなくなった。
ずっと、どこかで会ったことがあると……。
ほの白く、皮膚が突っ張ったように盛り上がった楕円形の傷痕。
その位置、形、何よりその首筋に、忘れていた記憶が蘇ってくる。


降り止まない雨の音。
ベニヤが打ち付けられた窓。
締め切った火薬臭い部屋の蒸し暑さ。
響く呻き声と、荒い息遣い。

337 7-79 左翼×右翼 2/2 :2006/06/10(土) 23:28:55

それはまだ、大学がバリケードで囲まれていた頃の話だ。
机や椅子、はてはロッカーまでが高く積まれ、人一人がやっと通れる通路を
壁に肩を擦り付けながら抜ける学生会館の階段。
その先に俺たちの溜まり場はあった。
大学に入りたての時分、時代と周囲に流されて俺はそこにいた。
しかし、元来の負けず嫌いが援けて、バリケードの内側で夢中で本を読んだ。
マルクスはもちろんサルトルやカミュ、キルケゴール、カント、デカルト…
後にも先にもこれほどたくさんの本に、思想に触れたことはない。
そして一年も経たないうちに俺は、一端の新左翼学生となっていた。

当時、学生運動は全学連の細分化が進み、党派闘争へと発展しつつあった。
ノンセクトラジカルである俺たちは、セクト間の対立を一歩ひいたところから見ていたものの、
このまま運動を続けていくのには、いずれどこかに身を寄せなければならないのだろうと気付いていた。
そんな変革にあって皆、苛立ちを隠せずにいたとき、
一人の学生が持ちかけた、それは糾弾という名の下に行うリンチ計画だった。
学生の中に、公安のスパイがいると、そいつはいった。
数日前に、懇意にしていたセクトの幹部が逮捕されたばかりだったので、仲間は皆、その話に食いつく。
俺は正直あまり乗り気ではなかったのだが、実際、スパイだとして連れられて来られた学生を見て、
その場から立ち去るどころか、動くこともできなくなってしまうのだ。

学生は、必死に無実を訴えていが、浅はかにも自ら明かした父親が公安幹部という情報だけで、
糾弾するに充分な材料となった。
後ろ手に縛られ、抵抗して殴られたのか、既に口の端が切れて血が滲んでいる。
男にしては白すぎる肌に、血の赤がひどく艶かしく見え、俺は喉を鳴らして唾を飲み込んだ。
血のせいだけではない。その青年は一種独得の色気を持っていた。他人の加虐欲を刺激する色香だ。
隣にいた仲間が、俺と同じように喉を鳴らしたのがわかった。
先ほどまでの詰問はどこへか消え、皆一様に押し黙っている。
どのくらいその状態が続いてからか、誰かが振り切るように、青年の腹部を蹴り上げた。
するとそれが何かの合図であったかのように、次々と暴力が加えられていく。
リンチが始まると、青年は一切の弁明をあきらめたのか、助けを求めることさえしなくなった。
ただ小さく呻く声が時折聞こえ、その声に俺は、俺たちは、異常なほどに興奮を覚えたのだ。
俺たちもまた、誰一人として言葉を発せず、部屋は異様な空間となっていた。

青年は、血を流せば流すほどに艶かしく変貌していく。
ベニヤが打ち付けてある窓の隙間からわずかに光が入って、その姿態を見せ付ける。
締め切った部屋は、蒸し暑く、汗と火薬と血の臭いが混じり合い、男たちから思考を奪った。
誰が最初だったかわからない。いつの間にか、暴力は性的なものへ移行していた。
俺もまた、未だかつて経験したことのない、猛烈な加虐欲と性欲に支配され、青年を犯した。
静かだった。
行為は激しく、凄惨さを極めているのに、俺は静寂のなかにいた。
雨の音が聞こえていた。
入梅の記事を読んだのは今朝。
これからしばらく雨は降り続くだろう。
そんなことを考えていた。

青年の身体が自分の動きにあわせて揺れるのをぼんやりと見ていたら、
いつのまにか、そのうなじに噛み付いていた。
犬や猫が交尾の際するのと同じように、首筋に噛み付き、動きを抑えた。
そしてそのまま噛み千切る。
初めて、青年が叫び声をあげた。
鮮血が流れ落ち、コンクリートの床にパタパタと音を立てる。
その瞬間、俺は青年の内で果てたのだ。
彼の血肉を味わいながら…。


あのときの状態を、後から説明しようとしてもどうにもうまくいかない。
男に欲情したのも、加虐欲を感じたのも、それきりだ。
俺たちはその後、衰退する学生運動から遠のき、散り散りとなった。
社会に出てから何度か顔を合せることもあったが、あの日のことは一切口に出さなかった。
もちろん、青年の行方も、俺は、名前すら知らなかったのだった。


盛り上がった傷痕に、指先を触れさせる。
男の身体がわずかにこわばった気がする。

俺の口の中に、血の味が広がった。

338 7-99 優しく踏んでね? :2006/06/11(日) 00:07:21

「待って…いた…い…ッ。」
「痛い?それくらい、我慢しろよ。」 
 ユウヤは何とか体勢を変えようとしているようだが、痛みと俺の重みで身じろぐことも出来ずにいるようだった。
「ごめん、俺、上は、初めてだから。」
 少し冷た言い方をしたと思った俺は、バランスを取りながら言い訳をした。
「わかって…るから、…ッ…ごか…ないで。」
 些細な揺れも感じ取るのか、息を詰めながら話すユウヤを見て俺は出来る限り動きを止めた。
 
 しばらくして笛の音が聞こえて、俺はユウヤの上から降りた。
 立ち上がったユウヤが自分の足に付いた砂を払う。
 膝に食い込んだ砂粒が痛そうだ。
「足、痛そうだな。」
「ううん、もう平気。でも次はもうちょっと優しく踏んでね?」
 ユウヤの笑顔にどきりとして下を向く。
 笛がまた鳴った。
 組体操なんて考えた奴はきっとサドかマゾだったのだ、などと思いながら俺は出来るだけそっと足を乗せた。

339 7-119 また、明日 :2006/06/11(日) 04:42:54
夕日が遠くて、朱すぎて目が痛くなった。
沈む太陽を背に、もう一度奴は投球フォームに入る。スローなその動作の最中、ズバンと音を立ててボールが俺のミットに納まった。
慣れてるとは言え、もう何時間。いい加減手が痛い。
目が痛いのも、見えにくくなったボールのために目を凝らしたせいだと気がついた。
俺の返したボールを受けて、奴がまたフォームに入る。もうちょと、か。
腰を落として構えた俺に、奴は少し妙な顔をした。振り上げた腕を下ろす。
「?どうした?」
「いや、いい。・・・今日はもう止めとこう」
「何言ってんだ。夏のレギュラーの発表までそんなに間はないぞ。
ベンチ、入りたいんだろ?」
「いいんだ、今日は。もう帰ろう」
言いながら、奴は俺の横をすり抜け、フェンスの後ろのバッグを手に取った。
「待てよ」
俺は慌てた。置いていかれるのが嫌だったんじゃない。
「お前、俺に気ィ遣ってるだろ」
肩に手を置いて留める。利き腕じゃない方の肩。
「気を遣ってる訳じゃない。お前が壊れると俺が困るから、今日は止めるんだ」
「俺は大丈夫だ」
「大丈夫じゃない。・・・目、赤い」
防具を除けて、近くに目を覗き込んでくる。
心臓がばくばくウルサイのを、気付かれたらどうしよう。
「お前、自分が壊れても俺をベンチに入れようとしてるだろう」
「そんなこと、」
「いいか。俺の女房はお前だ。お前もベンチに入るんだ。
だから壊れるな」
無愛想な短い言葉だけを吐いて、「帰るぞ」と歩き出した。
泣きそうに感動している俺の言葉も、聞いてくれたっていいのに。

「また、明日な」
「あぁ。明日な」
「フロでちゃんと肩をほぐせ。マッサージは覚えたな?」
「はいはい」
「湯には10分は浸かれよ」
「うるせぇな」
「じゃ、明日」
「おう」
昨日と同じような会話を、今日もまた繰り返す。
いつかテレビの向こうで白球を投げるお前を見る、その日まで。

340 7-149 今年の紫陽花は何故か青い :2006/06/12(月) 20:01:44
死にネタ注意
――――――――――――――――――――――――

「おお、綺麗に晴れたなあ!」

若旦那が太陽と一緒に笑いながら庭へ出てきた。
しばらく雨続きで出られなかったから嬉しいのだろう。
下駄をころころ鳴らし、機嫌よく庭の植木を見て廻る。

「うん、皆元気そうだ。お前の様な腕のいい庭師を雇えて俺は幸せもんだなあ。
 で、これはなんてえ木だい? みかんか? 柿か?」
「みかんも柿もこの庭には植わってませんよ…」
「何ぞ実がなるモンは無いのかい。楽しみがないよ楽しみが」
「大旦那が虫が寄るからと言って嫌ってらっしゃいますからね。さ、薬を撒きますよ」

ひゃいひゃいと子どもの様にはしゃぎたて、若旦那は口元を押さえて逃げ出す。
少しユルいとは思うが、こんなに喜んでくれるならば庭師冥利に尽きるというものだ。

「これは知ってる。紫陽花、だ」

撒いたばかりの露を弾き、若旦那は紫陽花を指差して笑った。

「でも、今年の紫陽花は何故か青いな。去年は赤だったのに色が変わってる」
「赤いのがお好みですか?」
「……いや、今年は俺の親友が長い長い旅へたった。
 紫陽花もそれを悲しんでるんだろ。やつもこの庭が大好きだったからな」

そういって土を少し握り、口元へ一度やると撒きながら部屋へと戻っていった。

――薬を撒いたんです、若旦那。
虫が、俺の大事な木に虫がつきそうだったから。
食い荒らされるくらいなら俺は毎夜悪夢にうなされても良い。
目が覚めれば可愛い木の愛らしい笑顔が見られるから。

俺は眉を寄せて、土からはみ出た虫と着物の袖を埋めなおした。

341 7-149 今年の紫陽花は何故か青い :2006/06/12(月) 20:32:18
トロトロ書いてたら投下されてたので、こちらに。
―――

「これ、一緒の買おうよ」

そう言われたのは確か、大学二年の夏だったと思う。
二人で出掛けた神社の縁日で恵介にそう誘われて買った指輪は、つけるのが恥ずかしいほどチャチな作りだった。
どう贔屓目に見ても子供の玩具にしか見えないそれは、けれど当時の俺たちにとって確かに宝物だった。
安っぽく、下品な輝き方をする、ギラギラしたアルミの指輪。
それを人気のない陰で、結婚指輪か何かのような慎重さで互いの指に嵌めあったのを覚えている。
頬を真っ赤に染める恵介にその場で口付けて、「ずっと一緒にいような」と囁く。
それにこくんと首を頷かせる彼をきつく抱きしめて、もう一度、今度は深いキスをした。

――大抵のカップルは、自分達に終わりがあるなんて予想していない。
俺たちも当然その例に漏れず、この指輪を外す日が来るなんて事は夢にも思っていなかった。

月日は巡り、指輪は色褪せ、相思相愛だったカップルは倦怠期を迎える。
俺たちは些細な、本当に心から下らないと思えるようなことで言い争いを重ね合った。
それはゴミの出し方だったり、エアコンの設定温度だったり、着信履歴の見知らぬ名前だったりした。
恵介と俺は徐々にすれ違っていき、ついに決定的に崩壊した。
「別れよう」と、先に結論付けたのがどちらだったか、どうしてか記憶にない。
覚えているのは、俺の部屋から無言で出て行ったあいつの後姿だけだ。
あいつが出て行ってすぐ、やけに広く感じられる部屋で、数年ぶりに人差し指の指輪を外した。
強くぐっと手に握って、力任せに窓から庭へ放り投げる。
それはきれいな山形を描いて、アジサイの植え込みの辺りに落ちた。

数ヵ月後、恵介を忘れようと努力する俺を嘲笑うように、庭に青いアジサイが咲いた。
忘れることなど出来ないのだと、思い知らされたような気がした。

342 7-149 今年の紫陽花は何故か青い :2006/06/12(月) 23:40:49
今年の初めに日本へやって来たばかりの、金髪の友人。
彼は梅雨の湿気にやられてか、ここのところ随分と気が沈んでいるように見えた。
ちょっとでも気晴らしになればと、やってきたのは紫陽花で有名な寺…は混んでいるので、
その近くにある、あまり知られていない紫陽花園。
平日の昼前だから僕たちの他に人影はなかった。
こじんまりとした敷地内に、所狭しと咲く紫陽花。
小雨がぱらつき出したが、傘を差すほどではないと思った。
雨に濡れて、花はしっとりと美しさを増す。
僕の少し前を歩く友人は、園の入り口でその光景を見渡し、すぅっと大きく息を吸い込んだ。
そして小さく呟く。
「青い…」
ああ、紫陽花の色に、驚いているのか。
確かに、ちょうど盛りの紫陽花は、インクを流し込んだように深い青色をしていた。
「日本は雨が多いから、紫陽花は青が一番濃くなるのが普通です」
「へえ…」
ちゃんと聞いているのか、心ここにあらずな声が返ってくる。
「ヨーロッパみたいな乾燥した土壌だとね…」
アルミニウムが吸収され難くってピンク色になるんですよと、説明しようかと思ったが、
彼は僕を置いてどんどん奥へ入っていってしまうのでやめた。
まあ、気に入ってくれたみたいだからいいけれど…。

彼はちょうど園の中央あたりで立ち止まり、自分の周りに広がる青い風景をゆっくりと見渡している。
近づくと、彼の見ているのは紫陽花のようでいて、実は違う遠い場所のような気がした。
そして、何故だろう、とても悲しげな表情だ。
何か話さなくちゃと思って考えを廻らせ、思いついたのは、
「花言葉!」
僕のほうを向かせたくて、ちょっと大きな声を出してみる。
彼はこっちを向いたが、でもまだだ。まだ、心ここにあらず。
「紫陽花の花言葉知ってます?」
青い色の瞳を見ながら僕は話す。
「紫陽花って、咲いてから色々に色が変わるでしょう?だから『移り気』とか『心変わり』なんて言うんですよ」
恋人にあげたら怒られちゃうから覚えておいたほうがいいですと、僕は笑いながら言ったのだが…。

彼は僕を見ていた。しっかりと僕を見つめた。
そしてみるみるその目が潤んで、水滴が零れ落ちた。
青い瞳が溶け出したのかと思って驚いた。
そのくらい唐突に、微動だにせず、彼は泣き出したのだ。
「なんで泣いてるんですか?」
僕は何か気に障ることをしてしまったのかと焦る。
おろおろする僕を見つめたまま、ポロポロと涙を流す彼。
暫くの間そうして二人立ち竦み、霧雨に髪が濡れて、雫になりだした頃、彼が口を開いた。

「…私には、最愛の妻がいました」
知っている。彼が肌身離さず持ち歩いている写真の女性。
彼女が既にこの世にはないことも、知っている。
「彼女の死の間際、私は生涯、彼女以外を愛さないと誓いました」
頬を雨水がつたっていく。
雨は彼の頬も濡らしていたが、後から後から溢れる涙の痕を、消すことはできない。
「誓ったのに…」
そう言って彼は、堪え切れないというように表情を崩す。
泣き顔になる。唇が震えている。
それでも青い目は、僕を見たままだ。
「私は、彼女に謝らなければならない」
僕も馬鹿みたいに突っ立ったまま、彼の目を見ていた。
青い…。
「あなたを、愛しています」

343 7-149 今年の紫陽花は何故か青い :2006/06/13(火) 02:40:12
瀟洒な家々の建ち並ぶ住宅街の小道を折れると、いきなり鮮やかな蒼が目に飛び込んで来た。まるで海の色をそのまま映したかのような鮮やかな蒼。
小さな庭先に丸い球を幾つも並べて咲き誇っている紫陽花が皆、それはそれは見事な蒼に色付いていた。
彰の蒼い紫陽花だ。


彰と出会ったのは20年程前の事。
彰は俺たちの海辺の小学校にやって来た少し内気な転校生だった。
海の無い地方で育ったという彰が海を見たのは、それが初めての事だったらしく、まだ海水浴には相応しくない季節だったが、彰は転校してすぐに仲良くなった俺にせがんで海岸に行き何時間も飽きずに目を輝かせて海を見ていた。
海があるのが当然の事として育った俺にはそれが大層不思議な事で、思えばその時から俺は彰に惹かれていたのだろう。
俺はよく彰に付き合っては海辺に行って遊び、海を見詰める彰のキラキラと輝く笑顔に見惚れていた。
高校に入ってから、そんな彰が再び海の無い地方へ帰るという事を聞かされた時、俺は彰を誘って海に行った。
何を話したらいいか分からず、ふたりとも押し黙り勝ちになってただ海を眺め、足下にかかる波と戯れた。
そうして何時間も経ち、海が夕日に紅く染まり、次第にそれを飲み込んでゆくのを、俺たちはふたり砂浜に座り肩寄せ合って眺めていた。
俺がそっと肩を抱き寄せても彰は抗わず、ただ海だけを見詰めていた。
ただ、それだけ。
キスすら出来ずに、たったひとつ見付かった言葉は「また会おう。」それだけだった。
すっかり日が落ち、それでも別れがたく少しあてどなく街を散歩しながら歩いた帰り道、暗闇の中、常夜灯に照らされて鮮やかに浮かび上がる紫陽花の蒼が目に入った。
ちょうど今日と同じように。
「この蒼、海に染められたようだな。」
彰が言った。
「持ってきたいか?」
「ああ。出来ればな。」
「じゃあ、あれはお前の海だ。」
そう答えたのを思い出す。


今年の紫陽花はあの時と同様やけに蒼い。
あれは彰の蒼い紫陽花だ。
彰はどうしているだろうか。あれっきり会えず終いだったが。
また会いたい。


紫陽花の蒼が目に染みてにじむ。
ほんとに…、やけに蒼いな。

344 7-159 一万円札×千円札+五千円札 :2006/06/13(火) 05:27:04
「おい滝、こーら起きろ」
 よく知った声が耳元でする。ちかちかと、規則正しい音と低音でまとわりつく振動が、なんだか耳障りだ。
「う? 何ですマキさん……」
 好きなひとの声がこんな近くなのに、本当にうるさいなこの音。
「おめー酔い過ぎだ。タクシー着いたぞ」
 ほれ、と乱暴に引き起こされる。しっかりした胸に転がり込んで、俺はその時多分笑ったのだと思う。
「平和な顔しやがってこの。財布出せ、払っとくから……って、げ。おめー五千円と千円一枚ずつしかねーのかよ、やっべー……あ、済みません運転手さん。俺も降りますから。はい、確かに。おら立て。滝、タキ? シノブちゃん、いー加減にしねーとだっこするぞ」
「はぇ?」
 両足と背中を支えられて、俺は耳障りな空間から連れ出された。
「マキさんなに……」
「おめーが面倒がって金降ろしとかねーから俺までタクシー代なくなっちまったぞ。今夜はお前んちに泊まりな」
「え、今何……」
 このひと今何て言った? 俺は好きなひとの腕に抱かれながら、酔っ払った頭を懸命に動かそうとする。
「後で一万円、返せ」


---
うまく書き込めなかったので早漏してみるorz

345 どうして自分じゃなくてあの子なんだろう :2006/06/15(木) 06:16:21
ずっと、欲しかったんだ。
俺は震える手でそっと彼の頬に触れた。
酒に潤んだ目には普段の鋭い光は宿っていない。
いつもは堅く引き結ばれた口元も、わずかだけど弛んでいる。
頬から瞼、額へと、触れるか触れないのかのタッチで辿っていく。
短く刈り込んだ髪が、触ると意外に柔らかいことを知った。
俺は手をとめて、じっと彼の顔を見た。
酔いに濁った目は俺を映しているのに、何も見ていない。
「……も……」
何か呟いたと思ったら、急に腕をとられて引き寄せられた。
びっくりして固まっている俺の腰を硬くてゴツゴツした指先が掴んで、
服の下に無遠慮な手のひらが潜りこんでくる。
「ちょ…ちょっと滝…!?」
本当に酔ってるのかと疑いたくなるような巧みさだった。
硬い指先に官能を引きずりだされて、あっという間に茹で上がる。
酔った男は、しきりに何かを囁いていた。
「……とも………とも……」
繰り返される言葉は、誰かの名前を呼ぶ声だった。
急に体が冷えていく。なのに頭の芯だけは熱が去らない。
―――こんなに、
こんなに好きな人の一番傍にいるのに、その目に俺は映ってなくて、
肌を合わせて、熱を分け合って、だけど彼の心はここにはなくて、
「馬鹿だ………俺…」
なんで喜んでるんだろう。それでもいいと思ってしまえるんだろう。
まるで針金の指で鷲掴みにされたみたいに、胸がキリキリと痛む。
自分への自嘲と、トモという見たこともない子を羨んで、胸がひどく灼けた。

346 7-199恋のプロセス :2006/06/15(木) 22:30:20
空きっ腹で部屋に帰ると、食料がなんにもなかった。外は土砂降り。
「おい…じゃんけんで負けたほうが買い出しな。」
俺は窓際で何か熱心に読んでる従弟に、いやいや声をかけた。当然のように返事がない。
「何読んでんだよ。」
俺が覗き込もうとすると奴は無言で、読んでいたものを俺との対角線上に遠ざける、が…
しょ、少女漫画…見るんじゃなかった…
「例えばの話だが」
奴が無駄に重苦しく口を開く。いつものことなんだが、目線は明後日のほうをむいている。
「…今日みたいな雨の日にだ。もし俺が道端で捨てられている子猫を抱き上げて、優しく
話しかけている場面を目撃したとしたらどう思う?」
…。
「キモいと思う。」
「…もし学校が終わったら大雨で、朝傘を持って出るのを忘れたからどうやって帰ろうか
迷っているところに俺が現れて、無言で傘を渡して自分はそのまま雨の中を走って去って
行ったとしたら、どうする。」
「怖すぎるからおばさんに相談する。」

「お前は本当に最悪だな!!」
「俺なんか悪かったか!?」
認めたくもない話だが、ここ数日こいつが以前に増しておかしい理由が、ようやく俺にもわ
かりつつあった。どうやらこいつは先週末一緒に出かけた俺の親友に一目惚れしたらしいのだ。
「ふざけんなよ…いいか、よく聞け。…あいつは男だ!」
「……」
「あのなぁ…」
RRRRRRR
俺の携帯が鳴る。
『もしもし、今江古田なんだけどさぁ、今日秋んち泊まっちゃダメ?買い物とかあったら
してくからさ。』
…なんてタイミングだ。
「ダメなわけない!!5分で迎えに行くから南口の本屋で待っててくれ!」
奴は光の速さで俺の携帯を奪って通話口に向かってそう叫ぶと、猛烈な勢いで玄関から飛び
出していった。
『…もしもし秋?今のシロウ君?』
「あ、ああ。わりぃ、なんかあいつ、もうそっち行っちゃった…んだけど…」
逃げてくれ清瀬、って言うべきなのか…?
『あははは、シロウ君て何か、かっこいいのにおもしろいよね。…仲良くなれるといいなぁ。』

もしかして、俺の知らないうちに、何かが初期段階に突入しているのだろうか。

347 7-19 寝不足です :2006/06/15(木) 22:58:31
ぼんやりと目を開ける。
時計の時刻は午前6時半。
休日でも寝不足でも時間が来れば目が覚めるのは会社勤めの悲しい性だな。
そんなことを考えながら寝返りをうつと、隣で眠る彼が身じろぐ。
彼の頬にかかる髪をかき上げ、親指でその唇に触れる。
昨夜、絶えず甘い声を聞かせてくれたそれに唇を寄せ、俺はもう一度幸せな惰眠を貪る
ため目を閉じた。

348 7-209 アナリスク :2006/06/16(金) 22:10:39
「アナリスクって何?」とあいつが呟いた。
「は?」
「昨日知ってるか?って聞かれた、アナリスクって何?」
「何?って俺も知らねーよ、聞いた奴に聞けよ。」
「そいつも知らないって言うから何なのか気になってさ、お前なら知ってるかなと思って。」
「…場所かなんかの略語じゃねーの?」
「略語!そうかも、アナリースクエアーとか?」
「そうなんじゃねーの?」
「やっぱお前頭いいな。」

俺たちが馬鹿だと気づくのはそれから一日後の事だ。

349 7-329 唇でなく :2006/06/22(木) 22:14:06
貴方の唇にくちづけしたい。
顔を見るだけで満足して帰るはずだったのに、涙に濡れる貴方を見た途端、そんな思いが抑えられなくなった。
かつては何度も重ねた唇だ。荒れてカサカサした固いこの唇が、私にとって最上の唇だった。
私は思いを込めてくちづける。
これはくちづけであってくちづけではない。重ねられているのは唇だけれども唇ではない。
私の唇はもう温度を無くし棺に納まっているはずで、目の前にいる貴方は私を見ることすら出来ない。
私の唇に貴方の固く荒れた唇は感じられず、貴方もまた私の唇を感じることは出来ない。
貴方の唇には何も残らない。
貴方に、私はなにも残せない。人並みの幸せも家庭も子供も私自身さえ。
それでも、この唇の重ならないくちづけで、私は貴方となにかを重ね合わせられるだろうか。
貴方に、なにかを残せるだろうか。

350 7-339 メガネクール受 :2006/06/23(金) 13:26:56
メガネと言えばクール、これ結構鉄板
しかも受け、となるとやんちゃ年下攻めとか包容力ある紳士攻めが沸いて来ます
会社員なら年下上司攻め辺りとも相性が良いです
そしてクールは脆い内面を隠す仮面だったり、対人関係処理の下手さの裏返しだったりも、
あるあるあるある100人に聞きました、なのです
しかしメガネクール攻めとはイマイチな相性なようです
これはクールインフレが発生するから、が主説ですが
その実は、キスの時にメガネがぶつかるから説も有力です
え?ガキみたいな事を言わず、顔を傾ければいいじゃないか?
もっともです
が、あくまでも相手が顔を傾けるのを待つクールさ、これは捨てがたい!
いっそ、がっつんがっつんフレームぶつけてYOU、キスしちゃいなyo!とも思いますが如何でしょう
しかし最近はメガネクール受という名のツンデレ族もいます
と、いうか純正メガネクール受は風前の灯火かも知れません
ですので、メガネクール受を見付けた攻め様はその取扱いに重々注意して下さい
失って初めて気付くメガネクール受!
メガネクール受を守れ!
…ええと、つい熱くなりましたすみません。

温暖化とメガネクール受けとの関係についてはまた後日。
テストに出ますので、しっかりと復習して下さい。
はい、今日はこれで授業終わります

351 6-679 4年後にあの場所で :2006/06/27(火) 21:53:07

『四年後に、あの場所で』
 非道なことに、俺がその言葉を思い出したのは、まさにその当日が終わる三時間前だった。
「っていうか、行って良かったモンなの? ホントに居た訳?」
 更に非道なことに、最早過去形で語ってます俺。正に外道だね俺。まぁ三時間切ったしね。仕方ないんじゃね?
 だって四年後とかイキナリ言い始める奴がおかしいよな。四年後だよ? 国際的なスポーツの祭典ですか? そんでその二週間後に別れたワケです。鉄のような俺たち。熱しやすく冷めやすく、おまけにしょーもないことに利用されがちな俺たち。鉄は鉄でもクズ鉄だったね。お互いが別々の磁石に引っ張られていく形で、ごくアッサリとお別れ申し上げました。

 で、二時間も切る頃に、俺はその場所に向かっていた。
 や、ホント馬鹿だよね俺。だって四年前に、別れた奴とした約束を守ろうとしてんの。律儀でしょ? 損な奴でしょ。涙でそうだよ俺。カッコ悪っ。

 ……意地も張らずに正直に言うと、俺は心底そいつに惚れていたんだ。そんで、今でもずっと焦がれている。
 ただ、俺たちこのまま付き合ってたら、お互い駄目になっちゃうかもね? ってあいつが言って。
 んー、お前がそういうなら、そうかもしれねーな。って応えて。
 じゃあさ、別れよう。
 そうか、じゃあな。
 って。今思えば何だかよく分からない最後だった。ただ、その少し前に、あいつが俺じゃない、別の奴に惚れているらしいとうわさが立って。そうなのかな、と少し疑問に思って。

「遅いだろ、馬鹿」
 約束の日が終わる一時間前に、その場所に行ったら、あいつが泣き笑いの顔をしていた。
「何でいるんだ?」
 訊ねたら、あいつは昔みたいにただ笑ったりせず、「馬鹿野郎!」と怒鳴りながら、思いきりどついてきた。
「約束したろ! 四年したらここで、って!」
「その後すぐに別れたじゃねーか!」
「当たり前だ! あのまま付き合っていられる訳なかっただろ!」
「何でだよ!」
「だって、俺とお前は!」

 言われて、久々に気づいたけれど。
 こいつって教師だったっけ。

「だから四年って言ったんだ! 生徒たぶらかした上にそいつが同性だなんて、世間様にバレたらお前も俺も終わりだったんだからな! この馬鹿生徒!」
 で、四年前にそんなこと言われたら、ただ「ごめん」って言っただけの俺だったけれど。
「もう生徒じゃねーよ。学生ですらないんだぜ?」

 四年ぶりに抱きしめた小柄な身体は、相変わらずいい匂いだった。

352 7-429M攻め×S受け :2006/06/30(金) 04:07:50
「公の場で糞の匂い振りまいてんじゃねぇ。おとなしく下水を流れてろよ糞は」

初めて彼に出会ったとき、彼は俺(とその他数人)を睨みつけて、そう言った。
小柄でまるで地上に舞い降りた天使のようなその容貌と裏腹のクールな低音ボイス。
俺たちは、そう、確か4〜5人いて、それなりにそれぞれ刃物などを隠し持っていて
ちょうどその時小金を持ってそうなカモを路地裏に連れ込んで、圧倒的に優位な立場から
「交渉」を行っている最中だった。

にもかかわらず。

わけのわからぬ威圧感、有無を言わせぬ命令口調。…何よりそのあまりにも冷ややかな眼。
「本当に自分が糞であるかのような心地になった…」
と、後にその場にいた一人が語っていたが
俺はと言うと、まるで聖なる雷に心臓を貫かれたかのように…生まれて初めて味わう
甘美な痺れに、頬を染め、呼吸が浅く速くなるのを押さえられずに、思わず―

「…ご不快な思いをさせて申し訳ございません。どうか貴方様の御御足でこの糞めを土に
お帰しください。」

そう言って彼の前に跪いてしまった。
(背後からはその場にいた仲間+カモの「ええー」という驚きの声が聞こえてきたが、
それすらもそのときの俺にとっては羞恥心を煽る心地よい調べでしかなかった。)

「…なぁ、一つ聞くが」
「は、はい…」
「この世に好き好んで糞を踏み付ける奴がいると思うか?」
俺はハッとして彼の顔を見上げた。
その瞬間俺の耳の真横を彼の靴が通り過ぎ、転がっていた酒瓶が壁に当たって砕けた。
「…二秒待ってやる。消えろ」

「”逃げ遅れたら殺られる”―そう思いました…」
後に、その場にいた一人がそう語っていたが
俺はと言うと、その日から運命と言う名の鎖に繋がれた恋の奴隷に成り果てたのだった。
(例え全人類の口から「ええー」という非難の声を浴びせられることになったとしても
それは今の俺にとって火照った体に優しくなびくそよ風でしかない。)

353 7-439鎖と手錠と流れた液体 :2006/07/01(土) 00:47:24
首に繋がれた鎖で逃げる事も叶わず、
昔抵抗したのがきっかけで暴れるといけないと手首には柔らかいタオルが巻かれた。
まるで手錠みたいだ…。恐怖に怯える僕をご主人はそっと抱きしめた。
「お前が悪いんじゃないんだよ…」
優しい顔で微笑むご主人。大好きな微笑みの筈なのに…この日ばかりは恨めしい。
「じゃあ我慢してね、ポチ」
ご主人の手に光る注射器からは予防接種の薬がキラリと一筋垂れた。
動物病院の飼い犬はこういう時損だ。

354 7-389 愛するが故に別れる :2006/07/02(日) 18:41:56
 あと、二時間。二時間もすれば、今日が終わる。
 今日という、約束の日が終わる。
 あいつは来ない。まだ、来ない。……きっと、来ない。

「専門学校行ってさ、美容師になりたいんだよ俺」
 教員として採用された途端に押し付けられたあいつは、良く言えば今風のファッションセンスに基づいた、悪く言えば昔の科学者コントのオチみたいな、ツンツン爆発頭の生徒だった。外見通りに成績もよろしくなく、中身は空っぽなのか……そういう印象しか持っていなかったそいつから、そんな熱意ある言葉が出てくるとは思わなかった。
 それにしたって試験に受かるだけの学力が必要だと言うと、猛然と勉強してグッと成績を上昇させた生徒。
 良い意味で、目が離せない奴だった。

 外見は斜、中身はこれ以上なく真っ直ぐ。
 気付けば既に惚れていて、でも幸運なことに、あいつも俺を好いてくれた。

 でも、幸運なのはそこまで。
 俺とあいつは、教師と生徒で、男同士だったのだから。
 抱きしめ合い、キスし、こっそり学校から離れたところまで行ってデートして。
 けれどいつも、そこまでだった。それ以上進んではいけなかったから。本当はそこまで進んでもいけないのだから。

 あんまり幸せすぎてさ、と前置きして。
「俺たちこのまま付き合ってたら……お互い、駄目になっちゃうかもね?」
 んー、お前がそういうなら、そうかもしれねーな……という返答に泣きそうになった。
 たとえ駄目になっても、一緒にいたかった。あいつさえ隣にいれば、どんなに飢えていたって幸せだと思っていたから。
 けれど、あいつの夢を摘み取ることなんて、出来なかった。
 世間は冷酷だ。もしこの関係が周りに露呈したら? あいつを好奇の目に晒すことなんて出来るか?

 だから別れた。誰よりも大切だから、手放した。あいつには飛び立つべき空があるのだから。
 振り向かなくても良いように、思わせぶりな噂すら流して。
 最後に取り付けた約束は、叶わなくて良いとすら思った。誰よりも幸せになって欲しいと思う気持ちで、想いを封じ込めて。

 そろそろ一時間を切る。今日が終わる。あいつとの関係も、この沈黙をもって終わる。
 愛していたよと呟くと同時に、音もなく雨が降ってくる。土の匂いが濃くなっていく。

 うつむいた睫毛に水滴がかかった。
 その水滴が、きらきらと耀き出したのは何故だろう?

 顔を上げると、忘れられなかったエンジン音が近づいてきた。あんなに乗ってくるなと注意したのに。あの時より四年分古ぼけたバイクが。
 馬鹿、卒業したからって、騒がしくて迷惑じゃないか。

 ここは真夜中の学校なんだぞ。

355 7-469 そんな顔したりするから 1/2 :2006/07/04(火) 03:47:15
乗る人も降りる人もいない各停の鈍行列車が、目の前をゆっくりと通り過ぎていく。白地に青と水色の二本線が入った車体を見送っていたら、小窓から顔を出した車掌と目が合った。加速の緩い列車に乗った車掌は、たっぷり十何秒かはおれたち二人を怪訝そうな顔つきで見ていた。
 地味な夏服のおれと、大きなドラムバッグを斜めに背負った先輩。
 地元の私鉄の小さな駅の、プラットホームの端っこ。
 一時間に一本の各停を見逃したのは、これで3回目だ。
 そもそも2両編成の鈍行は、こんな端のほうまでは届かない。
「……あーあ、また乗れなかった」
 線路がきしむ音が聞こえなくなって随分たってから、おれの傍らに立つ先輩がやけに間延びした声で言った。おれは黙って、自分の足元を見下ろした。何か言い返してやりたかったけど、あと一時間は一緒にいられるという切ない安堵と、一時間後には先輩はいなくなってしまうかもしれない怖さが綯い交ぜになって、どうしたらいいのか分からなくて、声を出したら意味もなく泣き喚いてしまいそうだった。
 おれが何も言い返さなくても気にしたふうでもなく、先輩は「あちー」だの、「喉渇いたー」だの、悪態をついている。
 おれが黙り込めば何時間でもそうやって傍らにいる。
 そんな気の長い、優しい先輩がどうしようもなく好きだった。
 この人が夏休みで里帰りして、本当はすぐにでも逢いたかったのに、意地を張って痩せ我慢して、電話でもメールでもそっけなくして、やっと二人きりで逢えたのは昨日の夕方。
 逢わないつもりだったのに。
 夏期講習の放課後に押しかけられて無理やりに連れ出されて、そう言って不貞腐れたおれを、先輩は痛いくらいに抱きしめた。
 それからは機嫌を損ねたふりで一言も口をきかなかったけれど、本当は死んでもいいくらいに幸せだった。
 だから別れの時間は、余計に絶望的なものになる。
 小さな田舎町で、知り合いばかりの地元の進学校で、おれと先輩は男同士で。
 通じ合ってしまった想いを恨んだのは一度や二度じゃないし、周りに隠すことに疲れ、隠し事をすることに謂れのない罪悪感を持ち、それでも終わりの見えない自分の想いに恐怖すら抱いて。
 先輩がおれのことなんか忘れてしまえばいいと思った。
 おれの世界から、先輩がいなくなればいいと思った。
 だから、もうこれっきりにしよう。
 長時間直射日光にさらされて、もうまともに思考できない頭で、馬鹿の一つ覚えみたいにそれだけは胸の中で何度も繰り返した。

356 7-469 そんな顔したりするから 2/2 :2006/07/04(火) 03:48:06
やがて数分後の列車の到着を知らせるベルが、ピコーンピコーンと間抜けな音で静寂を破る。
「四時間」
 不意に先輩が、そう呟きながらおれの腕を掴んだので、驚いて思わず俯けていた顔を上げた。
 おかしそうな、困ったような笑いをこらえた先輩と目が合って、心臓が跳ねる。苦しい。
「俺ら四時間もただぼーっと突っ立って。馬鹿みてぇだな」
 こらえきれずに笑った先輩とは反対に、おれは自分の顔がどうしようむなく歪むのを止められなかった。掴まれた腕が熱い。顔を逸らす寸前に見た先輩は、優しそうな微笑を浮かべていた。
「俺さー、お前が俺とつきあってるのしんどくて、いつもつらそうにしてるの、ちゃんと分かってるつもり」
「……なら、おれと別れて」
 遠くから聞こえていた線路の鳴る音がだんだん近づいてベルが止み、ホームに入ってきた列車がおれたちの立つ場所のはるか手前で停止した。例のごとく、乗り降りする人はいない。
 先輩は、この列車にも乗らなかった。
 今度は目の前を通り過ぎていく車掌と目を合わすことはなかった。先輩に腕を掴まれているおれを、どんな顔で見るのだろうと思ったら、顔を上げられなかった。
「お前がいつかそう言い出すってことも分かってた」
 先輩はやっぱり、線路の音が聞こえなくなった頃に静かに口を開いた。
「お前にしたら俺らの関係は常識はずれなことだろうし、俺はお前を置いて勝手に遠くの大学に行ったひどい奴だろうし」
 それは違う。先に先輩を好きになってさんざん困惑させたのはおれだし、学年の違う寂しさに拗ねてわざと遠くのいい大学に行くようにけしかけたのもおれだ。先輩はなにも悪くない。
「それでも俺はお前と別れたくないよ。たとえ俺のわがままでも」
 おれは奥歯をきつく噛み締めた。
「俺がこういうこと言うからお前は傷つくんだろうけど、それでお前のこと傷つけても、お前が俺のこと想ってくれる限り、俺は絶対にお前のこと手放さない」
 腕を掴んだのと反対の手で、先輩は俺の頬を包んで掬うように上を向かせる。
「好きだよ」
 そう言った先輩の目は優しくて、けれど怖いくらいに真剣で切なげで今にも泣き出してしまいそうな目だった。
 本当におれのことが好きなんだと分かるそれは、おれを雁字搦めにして捕らえて放さない。
「先輩が、そんな顔したりするから、おれは……っ」
 先輩から離れることができないんだ。
 声は悲惨に引きつって、呻くような泣き声になった。
 分かっていた。先輩を忘れることなんてできないし、先輩が俺を忘れてしまうことに怯えていたし、別れるなんてできっこないこと。
 別れたくない。離れたくない。行かないでほしい。ずっと傍にいてほしい。
 しゃがみこんで泣き声をあげるおれの肩を抱いて、先輩は何度も好きだと繰り返した。

357 7-489世界史板×日本史板 :2006/07/05(水) 03:15:11
思いついちゃったんで、空気読まずに投下。本スレに落とさなくてよかった。↓


「私から目をそらすな!お前はもっと……私のことを考えろ」
世界史板はもどかしさにかられて日本史板の腕をつかんだ。
自分より小柄でどう見ても細いその腕は、しかし力で引き寄せることはできなかった。

「……お前、いつも苦しそうだな世界史板。どうして苦しいか、教えてやろうか?」
「な、わ、私は……」
日本史板の手が、すっと世界史板の首筋を撫でた。
かと思うと、次の瞬間音もなく口づけをしてきた。

「お前こそ、ちゃんと俺を見ろ世界史板。俺はいかなる時もお前と供にある」

358 7-499 攻めを泣かせる受け :2006/07/05(水) 14:50:25
「なんでだよ!夜、空けとけって言ったじゃん!」
「つーかマジで空けられるか分かんねーって俺も言ったはずだけど?」
「そうだけどっ・・・ならもっと前に言ってよ!」
「急に仕事入ったっつってんだろーが。
子供じゃねーんだから駄々こねるような真似すんなよ。」
「ッ!!」
「もういいだろ。こんなことでケンカしてどうすんだよ。」
「こんなことじゃないよ、俺楽しみに・・・・・・あー!もういい!もういいよ!」
「はいはい。じゃあ俺は仕事行くから。」
「もう終わりだよ!ほんっと呆れた!」
「あぁっそ!勝手にしろ。つーかいいかげん大人になれよ。
 お前、これからこんなことあるたびキレんのか?
・・・これじゃあお前に付き合う奴も苦労するよな。」
「てめえマジ出てけ!ふざけんじゃねえ!!」
「言われなくても出てくけどね。」
―バタンッ

「くそっ・・・!なんでだよ・・・」

*****************

―ピンポーン 「郵便でーす。」

「・・・・・・?」

『誕生日おめでとう。
 手紙でごめん。今、会社のデスクでこれを書いています。
 多分夜には届いてると思うんだけど・・・
 
 色々書きたいことはあるけど、時間がないので短めにしておきます。
 生まれてきてくれてありがとう。
 こんな俺と付き合ってくれてありがとう。
 いつもケンカばっかしてて言えないけど、好きです。
 どうしようもなくお前が子供っぽくて困ることもあるけど、
 ほんとは、そんなところもかわいくて好きです。

 遅くなってからでもいいなら、ちゃんとお祝いしようね。』

「・・・ばっかじゃねーの・・・」

―ガチャ
「届いた?」

「・・・・泣いちゃったよ、俺・・・」

359 7-519駄菓子屋 :2006/07/06(木) 23:41:15
アイス食いたい。

部活帰りに寄り道して久々に小学校前の駄菓子屋に足を向けたら、
店先を絵に描いたような外人の兄さんが行ったり来たりしていた。
「あのさ、…日本語オーケー?」
「あ、はい。大丈夫です」
金髪碧眼、貴公子みたいなその兄さんは、予想外に流暢な発音で俺に答えた。
「ここのばあちゃん耳遠いから、この呼び鈴押さないと聞こえないんだ。」
俺らの代から学校前と言えば万引き商店、とかも言われていた。
まあ実際は、近頃のガキは駄菓子屋で万引きするほど貧しくもかわいらしくも
ないし、最近は小学校の警備員もいるんで実害はそれほどでもないんだそうだが。

呼び鈴で出て来たばあちゃんは相変わらず無愛想で無口で小さかった。
俺はばあちゃんにアイスと言って小銭を渡し、クーラーの中をまさぐった。
「あとさ、ばあちゃん、そこの外人さんの兄さんがなんか用みたいよ?」
俺がでかい声でそう伝えると、ばあちゃんはじろりと兄さんを一瞥した。
「あ、あの、……私も、彼と同じものを一つ、いただけますか?」
ばあちゃんは兄さんから小銭を受け取ると、無言でまた奥に引っ込んでいった。

店の外の色あせたベンチに並んで座って、俺達は棒アイスをしゃぶった。
「……うまい?」
俺が訊ねると、
「そうですね」
兄さんは笑った。俺も、なんだか楽しかったので声を出して笑った。
「本当はお店の写真を撮らせてくださいと、お願いするつもりだったのですが」
「えっ、なんだよ!じゃあなんで言わねーの」
「あの老婦人の気難しそうな顔を見たら、申し出る勇気がなくなってしまい……」
そう言うと、情けなさそうな笑顔を俺のほうに向ける。
……うわ、まじまじ見ると、めちゃめちゃかっこいいなこの人。
「…写真、何に使うの?仕事とか?」
「いえ、日本の街並を、故郷の家族に見てもらいたいと思って。」
「そっか、ならいいじゃん!撮っちゃえよ。つーか俺が撮ってやるよ」
俺は兄さんの手からデジカメを奪うと道路に出てカメラを構えた。
「ええ、あ、あの、でも…!」
「いーからいーから。よし、笑ってー」
フレーム越しに、溶けかけの棒アイスを持って困り顔の兄さんをとらえると、
俺はシャッターを押した。
「……もう。じゃあ、貴方も」
そう言うと、兄さんは俺にアイスを渡してハンカチで自分の手を拭い、
俺からデジカメを取り上げた。
「こっちを見てください。いいですか?」
俺はカメラの向こうのその人の眼差しを思うと何だか照れてしまい、
思いっきり変な顔をした。

「写真ができたら送りますね。」
別れ際に俺と兄さんはメールアドレスを交換した。
帰り道、妙に気分がうきうきして、俺は家まで走って帰った。

360 7-529 七夕 :2006/07/07(金) 23:02:13
今年もまた
今日が来る・・・

―リリリン…
午前零時、ドアベルが鳴った。
そして一人の男が入ってくる。
鍵は開けておいてある・・・
今日は特別。
俺は男の姿を確認してふと笑った。
男もなんとなく眉を下げて笑い返して、カウンターに着いた。
「こんばんは。」
「・・・ピッタリだったね。」
「まだやってる?」
「バカ言え。もう終わってるよ。」
「ふふ、これ去年も言ったっけ。」
「・・・その前も、その前も聞いたよ・・・」
「・・・・・・」
最初の俺たちの会話は大抵2、3言交わした所で終わってしまう。
そうすると俺はこう言う、
「飲み物は?」
「・・・・いつもの。」
「かしこまりました。」
「・・・・・」
―シャカシャカシャカ
「今度はどこ行ってたの?」
シェーカーを振りながら尋ねた。
「ん、インドの方にね・・・」
「ぷはっ、インドって!」
「・・・笑わないでくれる?仕事なんだけど・・・」
笑いを堪えながらカクテルを注いだグラスを男に差し出す。
と、グラスの脚を抑えている俺の手に、男が自らの手を添えた。
意外と筋張って大きい・・・いつだったか気づいたことだ。
「そろそろ俺のこと認めてくれた?」
男の手は暖かい・・・いや、熱い・・・
「写真いっぱい撮れた?」
わざと逸らした。
男も分かっているのだろう、ふと仕様がない顔をして、
「いっぱい撮ったよ、いっぱいね。」
「・・・ちゃんと買ってるよ、写真集。」
「そっか・・・よかった・・・あなたに見てもらわないと、意味ないから・・・」
「・・・・」

いつから始まったのか・・・
俺たちが逢うのは七夕のこの日だけになった。
「あ、短冊書いてきたよ。」
ク、とカクテルを飲み干して男が言うと、俺たちの別れが近いことを知る。
逢瀬の時間は短い・・・
「俺も書いといた。」
願いはいつも

『来年も逢えますように。』

書いた言葉は、あの星にだったか、
俺たちにだったか・・・・

361 7-539 本当にそれでいいの? :2006/07/09(日) 17:58:48
 また、こいつはそれだけを問う。もう何度目のことだろうか。
 ずっとずっと、物心ついたときから既に無二の存在だったこいつ。幼馴染兼親友から、紆余曲折あって恋人に昇格して、更にそこから十余年経った。その長いが一瞬だった年表の、いつごろあたりだったろうか? 喧嘩だとか、俺が癇癪起こしたときだとかに必ず出てくる言葉が出来た。
 本気でそう思ってるなら、俺はシュウには逆らわないよ。
 そんな感じの前置きがあって、後はいつも同じ言葉。
 ねえ、どうなの? と続けられると、何故かいつも逆らえなくなってしまう、魔法の言葉。
 あるときは、怒りながら。
 あるときは、微笑みながら。
 泣きながら、無表情で、歌うように……感情のバリエーションは色々あったが、出てくる言葉はいつも同じだった。同じで良かった。それだけで、充分だったのだから。

「なあ、でもさ、そろそろ限界だと思うんだ。俺も、お前も……いくら晩婚化だからって、生涯独身が増えてるからって……そんな理由じゃ、切り抜けられないだろ。それに、なかなか良さそうな女性じゃないか。お前の……見合いの相手」
 だから別れようと、手を変え品を変え、俺は何度こいつを諭そうとしただろう。付き合い始めて間もない頃から、今に至るまで。かなりの回数に上るはずだ。でも、こいつは折れない。また、あの言葉を繰り返す。
「シュウはさ、本気でそう思ってるんだ?」
「良介、俺だって、お前が一番だよ。お前が好きだ。お前以外誰も要らないよ。けれど、その見合い話の出所はお前の両親だろ。お前の両親は、お前がちゃんと女と結婚することを望んでるんだよ」

 俺の親と俺は別物だよ。ましてやシュウはもっとだろ?
 ねえ、シュウ。
「          」

 なあ、知ってるか? 俺はいつも、お前のその言葉を待ってるんだ。
 お前は俺にいろんな言葉を寄越してくれるけど、どんな熱っぽい告白よりも、俺はその言葉を望んでる。
 真っ直ぐな言葉に隠された、歪んでしまいそうなくらい切羽詰まったお前の心が見えるから。
「いいわけないだろ」
 俺の返事にほころぶお前の顔が、愛しくてならないから。

 お前がその言葉を使うように仕向けて、お前が俺に縛られるように仕向けて。お前は俺を悪人だと思うだろうか。俺が悪人だと知って尚俺を好いてくれるだろうか。
 お前のそれが聞きたいためだけに、俺はお前の世界を引っ掻き回す。お前がそれを言ってくれる限り、きっとずっと繰り返す。

 その言葉に縛られているのは、俺のほうだ。
 このどす黒い感情を全部お前にぶちまけたら、きっとお前は繰り返すだろう。
 本当にそれでいいの? と。
 俺だけに、向けて。幾重にも、縛り付けるように。

362 7-599 世界を救った勇者×勇者の故郷に住んでいる村人A :2006/07/11(火) 16:33:19
お帰りって言いたかった。

君は小さいころからいかにも「俺様」ってかんじのやつで。
でも不可能を可能にするすごいやつで。
…だけど世界を救うって言いだしたときは
「こいつ池沼だ。」って確信したよ。

ねぇ?君が旅に出て何年たったと思う?
その間僕は何を感じて何を思ったと思う?
ねぇ?君が世界を救ったら帰ってくるっていって何年たったと思う?
その間君は何を感じて何を思っていたの?

何くたばってんだよ?
余裕こいてたじゃん?楽勝楽勝って何回も言ってたじゃん?褒め称えて迎えるんだぞって、パレードしてやるって、もう大物気取りで、ただいまって言ってやるよって、言ってたじゃん。

英雄になれたとたん、死ぬとか、君はやっぱ馬鹿だったんだね。

ねぇ?君は世界中の皆を救ったけど、僕を救えてないよ。

363 7-609 その瞳に映るもの :2006/07/13(木) 02:49:55
あいつはよく哀しそうな顔をして俺に言う。
今の世の中が辛い、と。

欲望、混沌、狂気。
そんなものに染められた現代社会が、耐え難いほど辛いと。


――人は人としての生き方を、なくしちゃったのかもしれないね。―

あいつの何気ない一言が、いまだに俺の胸に突き刺さっている。

『人としての生き方をなくす』というのは、俺の事も指しているのだろうか。
人が恋心を抱く相手は、普通は異性と決まっている。
そうでなければ、人は子孫を遺す事ができないから。
同姓であるこいつを愛した俺は、こいつがいう所の『人としての生き方をなくした』人なのかもしれない。

こいつの瞳は、同姓を愛した俺をどう映すのか。
そんな事はこいつに聞いて見なければ分からないが、聞く勇気は俺にはない。


俺と同じく同姓を愛した自分に対する自嘲の言葉だったなんて、そのときの俺には分かるはずもなかった。

364 629開かない扉の向こうとこっち :2006/07/13(木) 17:02:53
「そこに誰かいないのか?」
閉ざされた扉の内側で、幾度も幾度も扉を叩く。
もうどれくらいこうしているのだろう。声は枯れ、握り締めた拳は腫れて紅くなっても、呼び掛けずにはいられない。
喩えようもない孤独。
この扉の内側は狭くて明かりも射さず、聞こえるのは虚しく壁に跳ね返る自分の声ばかりだ。
誰からも返事は返らない。
「そこに誰かいないのか?」
「そこに誰かいないか?」
「そこに誰かいないの…か……?」
呼び掛ける声が弱々しく掠れて、黙り込んだ。
もう本当に誰もいないのだろうか。外はどうなっているのだろう。
絶望に襲われ、その場に屈み込みそうになりながら、それでも一縷の望みを棄てられず、再び扉を叩いた。
自業自得。
こんな孤独の闇の空間に陥ってしまったのは、自分の保身のためにあいつを裏切ってからだ。自分を信頼し、自分だけを見詰め愛していたあいつ。
あいつは今はもう、この扉の向こうにすらいないのだろうか?
一番大切なものを失ってしまった時から、この扉が閉ざされた。
「誰かそこにいないのか?」
何度目か分からない呼び掛けが、また扉に跳ね返され闇に消えた。

365 7-629 開かない扉の向こうとこっち :2006/07/13(木) 23:53:32
「そこ、自転車」
言うまでもなく、彼は歩みを緩めることなくひょいと障害物を避ける。
「ありがと。大丈夫だよ、杖の扱いも慣れたし」
彼は微笑みながら手を伸ばし、寸分違わず僕の頬に触れた。

数か月前の事故で視力を失った彼。傷ついたその目に、光が戻ることはないらしい。
事故より後に出会った僕の顔を、だから彼は知らない。
「元からあまり目はよくなかったからかな、見えなくなったことにはそれほど未練はないんだ」
彼はいつもそう言う。そして、こう続ける。
「ただ、君の顔を知ることができないのが、残念だけど」
「……僕は、酷いかもしれないけど、かえってほっとしてる」
だって、もしも彼が僕の顔を知っていたなら、こんなに近しい関係にはなれなかったはずだ。
「どんな顔してても、君は君だろ」
けれど、そう言ってくれるのはきっと、今の彼だからだ。
そうして僕は何も言えなくなって、小柄な彼の身体をただ抱き締めるのだ。

「俺は、君がどんな顔でも好きだよ」
彼はそう言って、まるで見えているかのように僕の唇にキスをする。
彼の開くことのないまぶたはこちらとあちらを隔てているけど、それは僕らを完全には分かち得ない。

366 7-669かっこいいナンパ :2006/07/16(日) 05:30:56
曰く、雑誌にだまされたのだそうだ。
彼曰く、これが礼儀なのだと雑誌に書かれていたそうなのだ。
つまり彼はホモで、目覚めたてのホモで、衆道の礼儀として、
初心者なりに、カタギと間違われないための礼儀として、
聞いたままにアロハシャツを着、サングラスをかけ、
出来れば髪も染めたいがちょっと照れるのでせめて刈り上げ、
万全を期して初夏のナンパに臨んだのだそうだ。
  
ところがいざフタを開けてみれば、万全どころか、シーズンを
外してキャンプ地はガラガラ、ヤブ蚊はブンブン。
虫を払いつつ川面に出てきたものの、わずかに存在した、
哀愁漂う釣り客に「ひぃっヤクザ!」と怯えた声を出され、
(この時点で雑誌にだまされたと気付いたそうだ)
やむなく彼は、今度は人気のない上流へと向かったのだ。
  
途中で別に好みの男を見つけたものの、さすがにパパママボクの
一家団欒を乱す気にもなれず、自殺志願と思われることもない
能天気なシャツに感謝しつつさらに岩場を越え、そこでお互い何を
間違えたのか、溺れる子犬に出くわしたとか。
  
曰く、幸せは歩いて探すタイプなので、守りに入らず迷わず
飛び込み、子犬をつかんだその後に、自分は鋼の肉体を持つ男、
つまりカナヅチであったことに気付き、さらなる運命の激流に
翻弄されたのだそうだ。口も鼻も胸も水でいっぱいにして、
ただ、もがいてもがいて、抱いた子犬の温もりにすがり、二人で
なら怖くないね、と諦めかけたその時、曰く、光が見えたらしい。

実際、水面に光ったそれはオレの垂らした釣り針だったわけだが。
彼にとっては救いの使者に他ならず、襟首に引っかかった釣り針が
神の御手に思えたとか何とか。言わばこれは導きであり、決して
オレの川釣りを邪魔する意図はなかったとのこと。
「つまり、運命なんですよ」
週末の息抜きをぶち壊しにしてくれたアロハ男は、何の因果か
リールを巻いた先にくっついてきたという重々しい事実をオレが必死で
受けとめようとしている間に立て板に水と喋りまくり、最終的には
紫色の唇でそうほざき、この南国男は、防寒ブランケットを脱ぎ捨て、
胸元からニョイ、としおれた薔薇を一輪取り出し、くちづけを軽く落として、
オレに差し出してきやがった。
「アナタの瞳に、恋をしました」
ああ、こいつをどうするべきか。
傍らで子犬がひとつ、くしゃんと鳴いた。

367 7-679 お前は幸せになればいい。 :2006/07/17(月) 02:18:47
「お前、何やってんの?」

金曜の夜。強か酔って帰ると、アパートの部屋の前に後輩の須藤が立っていた。
飲み終わったコーヒーの缶にタバコを捻り潰し、立ち上がる。
何が面白くないのか、たいそう不機嫌な面構えだ。

「飲んでたんですか」
「来るなんて聞いてなかったからな」
「誰と」
「誰でもいいだろ。それよりお前、こんなとこいていいのか?」
「いけませんか?」

こいつは明日、結婚する。
俺が今夜、飲まずにいられなかった理由である。

「今日中に伝えておきたいことがあって」
ドアの前から須藤をどかし、鍵を探して鞄の中を掻きまわす。
酔いの回った頭も手先も言うことを聞かず、鞄の中身がいくつか零れ落ちた。
スッと目の前に影が落ちたと思うと、須藤が俺のポケットから鍵を取り出していた。
身体を抱え込むように反対側に手を回したので、思わぬ顔の近さに、俺は赤面した。
「何?伝えたいことって」
動揺を覚られまいと、鍵を奪い取り、急いて鍵穴に差し込むがうまくいかない。
古いアパートだからか、この鍵はいつも開けづらい。

「明日の披露宴で、先輩にコメントもらうことになってるんで、考えといて下さい」
「は?急になんだよ。聞いてない」
「あいつは内緒でって言ったんだけど、先輩こういうの苦手だから」
「苦手だよ、知ってるなら勘弁してくれ」
「二人のキューピットなんだから絶対…だそうです」

ガチャガチャと半ば力任せに鍵を回していると、そっと手を重ねられた。
「壊れますよ」
耳元で聞こえた声に、一瞬で身体が強張る。
重ねられた手が、俺の手を握り、鍵を一度引き抜かせ、再度差し込んでゆっくりと回す。
カチッと軽い音を立てて、容易く鍵は開いた。

手の甲に、そして背中に感じられる体温が、俺の目頭までも熱くする。
自ら手放した、けれど今も変わらず愛しい温もり。
正直、今夜だけは会いたくなかった。
今夜を乗り越えられれば、明日から笑って二人を見守ってゆく自信があったのだ。
…いや、まだ堪えられるはずだ。自分が望んで指し示した道なのだから。

「…離せ」
ようやくしぼり出した声は、しかし掠れて、須藤には届かなかったのだと思う。
俺の後ろから伸びた腕がドアを開ける。
そのまま押し込まれるように部屋へ入れられる。
乱暴にドアが閉まる音と同時に、俺はきつく抱きしめられていた。

悲鳴に近い声で、俺は須藤の名を呼んだ。
もがいて逃げようとするが力で適わないことはわかっている。
須藤の手が、明確な意志を持って俺の身体を弄り始める。
「やめっ…」
俺は何とか身を捩って身体の向きを変え、その手から逃れようとした。
向き合う形になって初めて見た須藤の目は、その行為とは裏腹に、やけに冷めて見えた。
冷たい眼差しに射止められ、逃げることを忘れた俺に、今度は乾いた言葉が向けられる。


「全部あんたの言う通りにしてきたんだ。最後くらい俺の言うことも聞いてくださいよ」

そのとき初めて思った。
俺は、間違っていたのかもしれない。


「最後にもう一回やらせてよ、先輩」

感情のない声に涙が出た。

368 7-699 性格悪い人×根性曲がった人 攻め視点 :2006/07/18(火) 00:35:45
「やっぱ連れて歩くんだったら女の方がいいなあ。
 男二人ってなんか華ねーじゃん?」
俺はそいつの真っ黒の瞳を見て一息ついてそういった。
なんのことはないように、ああ、そう、と呟いて時計をちらりと見た。
全く、こいつの考えていることは分からない。
さっきの嫌味も効いてるんだか効いてないんだか効いてないふりをしてるんだか。
ああはいったが俺はこいつよりも美しい女も人間もはたまた物も今までに見たことはない。
「早くしないと映画が始まるよ。」
振り返る人がこいつを見てため息をつく。
鞄からペットボトルの水を取り出して一口飲んだあと聞いた。
「お前なんの映画みるかわかってんの?」
「そんなことは知らなくていいだろう。
 アンタの見たいもので構いやしないんだから。」
死にネタの感動もの、美談、ホラー、どんな映画でもまゆ一つ動かしやしない
俺がどんなに浮気しようがこいつが男であるということで嫌味を言おうが
その表情は頑なで決して表にだしてはこない。
「コメディだよ。」
「へぇ。アンタそんなの見たかったんだ。」
少し馬鹿にしたような言い方だった。
ああ、俺の気持ちなんて知らずにいい気なもんだ。
俺が本当にみたいのはな、
「お前が笑うかと思ったんだ。」
そういうとこいつきょとんとした顔をしたあとその口角はあがった。

369 7-719今夜すべてがパーに :2006/07/19(水) 04:00:45
もともと酔った勢いで体から始まった関係だし。
しかもそれを脅しにして、半ば強引に続けてきた関係だし。
もともとノーマルなあんたにゃ、荷が重かったのもわかってたし。
「ま、今夜は盛大に飲むか」
わざと明るい声を出して、煙草を灰皿に押し付ける。
改札口からあふれ出す人波。
みんな似たようなスーツ姿だってのに、なんであんただけすぐに見つけられるんだか。
「早かったね、待たせちゃったかな」
「おー、遅かったじゃねーか。残業?」
「うん。ごめんね」
そんな顔して笑うなよ。こっちまでしんどくなっちまう。
「ハラ減った。今日はあんたの奢りな」
「はいはい」

不毛な関係は今夜で終わり。
優しいあんたに甘えてきた関係も、
それ以前に数年かけて築いた友情さえこれでパーだ。

別れてやりましょ。
可愛い奥さんと産まれてくる子供の為に。

370 7-719今夜すべてがパーに :2006/07/19(水) 15:56:59
外は嵐だった。
実を言うと、中も嵐だった。分厚い唇が唇にあたる。
湿り気を帯びた大胸筋同士を、肌と肌とで擦り
合わせる。ぐしゃぐしゃになったシーツの上で、
ずぶ濡れになったスラックスの足を絡めれば、
革のベルトが軋んで鳴いた。

こいつはこんなに鼻息の荒い奴だったんだろうか。
オレの頬やら首筋やらにキスの雨を降らせながら、
葛西は喉から声を絞り出した。
「三年だ。三年間黙ってた。ずっと目を閉じて、おまえの
側で、一日一日をやり過ごしてきたんだ」
雨に打たれて脱ぎ捨てられたワイシャツが雑巾のようだ。
二人分、まとめてベッドの下に丸まっている。
「なのに、今夜、全部パーになっちまった。どうしてくれる」
葛西の腕がオレをまさぐる。
どうしてだと、そいつはおまえだけのセリフではない。
そうだ、今日という日がなければ、一生気付かぬ
ふりをしていた。耳を塞ぎ、きれいな嫁さん貰って、
家族を持って、のんびり余生を送ったはずなんだ。
それがビルの谷間で数十秒、そろってどしゃ降りに
遭っただけでこの様だ。濡れた体を言い訳にして、
葛西のマンションにもつれこんだ。いい様だ、
二人とも何一つ分っちゃいなかった。

オレ達に必要だったのは勇気などではない。
ましてやいい年をした男の、引き際を見極める分別や、
敢えて身を引く潔さですらなかったのだ。

パンドラの箱を二人で開けた。果たして箱の底に
希望は残されていたのか、それすら知り得ない。
ただ嵐が吹いていた、それだけだった。

371 7-729 :2006/07/19(水) 22:25:18
「ああ、随分昔よりも夏は暑くなったなぁ。
 といってもあの頃ァミサイルで家が燃えて
 夏でなくとも十分に暑かったがな。」
くくっと隣に住む爺さんは歯を見せて皮肉そうに笑った。
爺さんが出してくれたスイカに被りつき
サンダルを履いた足をぶらぶらさせた。
「坊主、うまいか。」
蝉の鳴き声が遠く響く。
うん、と頷くと爺さんは目をくしゃっとさせて、
そりゃいい、と笑った。
「お前さんはよく焼けてるな。
 野でも山でも駆け回ってんだろ?
 俺ァガキんときゃ体が弱くてな、
 なまっちょろい体に真っ白な色してたよ。
 そのせいで戦争にさえ行けなかった。
 ま、そのおかげで今もこうやって生きてんだけどな。」
そういった後この爺さんの憧れの源さんの話が始まった。
何度も聞いたよと訴えても何度でも聞け坊主、
と理不尽に諌められるので黙って聞くようにしている。
源さんとやらはこの爺さんの憧れていた人で
その武勇伝は数知れない。
例えば山に言ってはウサギだのイノシシだの熊だのを狩って
皆にふるまっていたことだの、
日射病で倒れた子供を担いでは10キロ先の病院まで運んだだの
もちろん尾ひれはついていると思うが
とにかく爺さんはこの源さんとやらをとても尊敬していたらしい。
今の爺さんの喋り方も源さんの喋り方が
うつってしまったのだという。
「あんな人が逝っちまうなんてなぁ。
 あの戦争で一番失って惜しかったものはあの人だよ。
 あの人が死んで俺は一人で60年も生きちまった。」
爺さんは遠い目で呟いた。それは嘆いているようにも見えた。

なぁじいさん、と声をかけ
俺は爺さんがポストから取り忘れていたであろう手紙を渡した。
白い封筒からでてきたのは一枚の手紙と
色褪せて黄ばんだもう一つの封筒。
古惚けた封筒の差出人は富田源造と書いてあり、
白い手紙は爺さん宛の手紙が蔵から出てきたということでの
源さんの遺族からのものだった。
源さんからの封筒を切り、
爺さんは少しの間、読むでもなくじっと見つめ
何度も何度も繰り返し指で文字をなぞったあと
灰色の瞳でじわりと涙を浮かべそれが皺くちゃな頬を伝う。
爺さんの声が震えている。
「源さん、俺ァ幸せだよ。
 アンタは還ってこなかったが、俺ァ今幸せな気持ちで一杯だよ。」
爺さんはそういった後、
ありがとう、ありがとう、と抱きしめてきた。

372 7-749 寒がり×暑がり :2006/07/20(木) 15:00:51
「う〜寒いよー・・・そっち行っていい?」
キンとした空気漂う寝室で僕は呟いた。
「ヤダ。暑苦しい。」
隣りで眠る恋人はマジな声で言って背中を向けた。
「クーラー効きすぎだよー・・・布団独り占めしないで〜。」
設定いくつにしたんだよー・・・地球温暖化徹底無視かよー。
「俺はクーラーガンガン効いた部屋で布団にくるまって寝んのが好きなの〜。」
そう言ってさらにモソモソと布団にくるまる。
あなたは猫か!
「そんな〜っ。僕が寒がりだって知ってるだろ〜?風邪引いちゃうよ〜。」
あまりにも寒くて自分を抱きしめてシーツに身体をこする。
摩擦で一時的に熱くなるけど、それは確かに一時的なものなわけで。
「もう一枚出せばいいじゃんか。こんなバカでかいベッドなんだからよ。」
ふたりで選んだ愛の巣(と言ったら思いっきり殴られた。昔。)なのに・・・
なのに別々の布団で寝るなんておかしいじゃないか!
なんだか自分の置かれた惨めで寂しい姿にだんだんと怒りが・・・
「ううう・・・もういい・・・あなたは僕が風邪引いてもいいってゆうんだね?」
悪いけどあの手を使わせてもらうよ。
汚い手だが仕方あるまい。
「・・・逆ギレか?ウザー。」
ウザーとか言う?!しかも逆ギレとも思えないんだけど!
「どうなっても知らないよ?僕が風邪引いたら明日出かけることもできないんだからね?」
「!」
「明日は水族館行く予定だったよね?あ〜あ寒い寒い、このままじゃマジで風邪引いちゃうよ。
 残念だな〜明日せっかくいい天気でお出かけ日和なのになぁ〜・・・ハックション!」
と、我ながらヘタクソなクシャミもおまけしてみる。
といっても、目の前の恋人はそれこそ口は悪いし態度も悪いが、
見かけに反して中身が結構天然なので案外バレないのだ。
(以前、家の何もないところでコケてるのを見て確信した。)
「う〜・・・」
「風邪引いたら車も運転できないし、家に居るしかないね。どうせあなた運転しないでしょ?」
「く〜っ・・・」
どうもにもよく分からない唸り声を漏らした後、ペッとぶっきらぼうに布団を寄越す。
依然として背を向けたままの恋人に、僕は満足気に微笑んで、いそいそとそこに潜り込んだ。
「ん〜あったかい。」
「絶対明日連れてけよ!!これで風邪引いたら許さねえからな!!」
「分かってるよ・・・ふぁ〜・・・」
持ち前の気性を取り戻した恋人の悪態をアクビ混じりに聞きつつ、
そのまましっかり抱きしめて眠りについた。

373 7-770 受で夫・攻で妻 :2006/07/21(金) 16:50:44
剣道2段、弓道5段、柔道3段、合気道免許皆伝のこの俺は、
ずっと怖いものなんてないと思っていた。
そりゃ苦手なものはあったさ。
香水くさい女だのちゃらちゃらした男だの、
それでも怖いと思ったことはない。
あいつに出会うまでは。

「あっなったァ〜!お帰りなさーい!」
寮に帰ると野太い声で色めいた声をあげ
エプロン姿のガタイのいい男が突進してきた。
それをさっと交わし、首根っこに一撃を与える。
「いったぁい!なにすんのよダーリン!」
ダーリンという単語に不快感を覚え、
眉間に皺を寄せて睨みつける。
そんなことは全く気にしてない様子で腕を組んできた。
「ご飯にする?お風呂にする?それとも」
「風呂」
最後まで言わせるものか、と遮った。
たまたま不運にも同じ寮になったこいつは女装癖の持ち主で、
それを俺が偶然、女にしてはずいぶん大きめのワンピースを
発見してしまったことからだった。
こいつは勿論あせり、
いいわけの常套句を並べたわけだったが、
それはお粗末なもので
自らの性癖をより露見させてしまうものだった。
それを誰に言うでもなく蔑むわけでも嫌悪するわけでもなく
ただ今まで通りの生活をしていただけで
俺はよっぽど気に入られたらしい。
風呂からでると慎ましやかに飯を盛っているこいつがいた。
沢山食べてね、とにっこりと微笑む。
確かにこいつの作る飯は旨いし風呂の温度も丁度いい。
俺が疲れているときはかいがいしくマッサージだの
栄養ドリンクだのと労わってくれ、
こんな関係が続いても構わないかもしれない、
と思ってしまうときもある。
俺たちの寮は元来二段ベッドなっているのだが、
あろうことかこいつはそれを解体し
作りなおしてダブルベッドにしてしまった。
最初は嫌がって床に寝ていたのだったが
あまりに寝痛がひどく結局一緒に寝るようになってしまった。
ここまではいい。
ここまでは構わない。
問題なのは毎晩毎晩俺が寝付いた後、
こいつが息を荒立て上にのしかかってくることだった。
その度にこいつの殺気を感知し、
今まで培ってきた技を駆使してねじ伏せているのだが、
更なる問題は夜な夜な俺と格闘することで
必然的にそして確実にこいつは鍛え上げられ
最近では負かすのがいっぱいいっぱいになってきていることである。

ただ、俺が本当に怖いのはこのことではなく
焼き魚をほおばる俺を愛おしそうに見つめ、
おいしい?とにこやかに聞いてくる
このガタイのいい男を若干可愛いと思っている
俺自身の感情であった。

374 7-770 受で夫・攻で妻 :2006/07/21(金) 16:56:02
×寮
○寮の部屋

間違えてた。すみません。

375 7-779 背の高いひまわり :2006/07/21(金) 23:29:52
「とうとう君に抜かれちゃったなァ。」
真夜中、小柄な少年は僕に水をくれながら笑う。
言葉もなにも持ってないから
僕は想うだけだけど
僕は君が大好きで誰より感謝してる。
僕は君に種を植えてもらった。
沢山の水を与えてくれて、
毎日笑いかけてくれた。
日当たりの良いところに埋めて貰えた。
僕はなにかを君に返したい。
けれど、僕は薔薇のように美しくなんてないし
椿のように甘くないし
ラベンダーのような香りも持っていない。
ただのしがない背高のっぽのひまわりで
夏が終わる頃には首をもたげ死んでいく。
それまでに、なにかを。
君に僕の精一杯のなにかを返したい。
けれどもそれすら思いつかない僕は
本当にふがいない。

「ねぇ親友。
 僕はね皮膚の病気で一度もみたことがないんだ。
 でも君を見ていたら太陽っていうものがなんとなく分かるよ。
 君を見てると元気になるんだ。
 今年君が死んでも君が残した沢山の種で、
 来年はここにいっぱいの太陽ができる。
 僕だけの太陽だ!」

ああ、僕は泣くことすらできないけど、
ありがとうと伝えることも出来ないけど
それでもひとすじの風が吹いたので
こくんとはうなずけたかもしれない。

376 7-769 受で夫・攻で妻 :2006/07/22(土) 00:01:00
「お前…アレだな、パ○パタ○マ。」

ガーガー掃除機を掛けていた僕は思わず手を止めた。
「は?」
何?なんか言った?と、問い返すと少し大きな声で、
「お前、パ○パタ○マみたいだな。」
と言った。
僕は掃除機を掛けるポーズのままフリーズし、
ベランダで喫煙中の彼を目を丸くしてまじまじと見つめた。
そのときの僕の頭には昔よく見聞きしたあの歌と映像がこれでもかと流れていて…
(パー○パタ○マー パー○パタ○マー)
「…ぅ、ウソだっ!!な、なんでっ?!」
ガシャッと掃除機から手を放して、動揺しまくりカミまくりで彼を問い詰めた。
肩を掴まれた彼ときたら、大げさな…という顔で片眉を上げ、服に灰が落ちないよう
煙草を遠ざける。
「ね…なん、なんで?」
もう一度聞いた。
「なんかねえ…今お前見ててふと思ったの。」
「…………」
そりゃ僕は元々綺麗好きだけど…
パ○パタ○マは酷すぎる…
「つーかあなたが何もしないからじゃん!」
「や、俺こういうの苦手だし。」
「………………」
甘やかしすぎたか…と心の中で毒づく。
以前、あまりにも何もしない彼に腹を立て、お灸を据えるつもりで
掃除洗濯炊事の家事全般を放棄してみたことがあったのだが、
1日経っても、3日経っても彼は何もせず、危うく
やっとふたりで借りた新居を廃墟にされそうになった。
それ以来、僕は彼に対して家事を求めるのを諦めた…
というか、僕たちが円満である為には僕がやるしかない!という究極の答えに達したのだ。
(ちなみにその3日間、彼は一日一食カロリーメイトで過ごしていた。ある意味感心した。)
「まぁ頑張ってちょーだい。俺、出掛ける仕度してくるから。」
僕が回想してる間に彼は煙草を吸い終えて、さっさと部屋に入っていってしまった。
「支度って何すんだよ!」
「いろいろ〜。」
いろいろってなんだよ!つーかどこの女だよ!
ツッコミたいことは山ほどあるけど、掃除も終わらせなきゃならない。
僕は黙って掃除を再開した。
その後、もちろん僕の用意した昼ごはんを仲良く完食して、僕が運転する車で買い物に出掛けた。

夕食の片づけを終えて、お風呂にお湯を落として…リビングを覗くと彼が借りてきたDVDを
ひとりで鑑賞中。
つーか声かけろよ……もうこんなことはしょっちゅうなので口には出さないが。
静かに隣りに座る。
その映画はこの前ヒットした恋愛ものだった。
(僕はアクションものが好きなんだけど…意外にロマンチストなんだよね、この人…)
とはいえ、恋愛もの。ついついムードに流されて僕たちもいい感じ。
流行の女優、最大の見せ場をほっといてキスしようとしたその時…
バシャァ、と言う音がしてふたり閉じていた目をパチっと大きく開けた。
「ああ!お風呂かけっぱだったっ!!」
ドタドタと風呂場に駆け込む。
後ろから、
「お前、それマジでパ○パタ○マっっ…」
とゲラゲラ笑う声が聞こえてきて…
いろいろ聞きたいことは山ほどあるけど、
それでもやっぱり僕は黙ってお湯を止めた。

377 7−790 打ち上げ花火×線香花火 :2006/07/23(日) 00:05:35
カランカランと、夕暮れ時に下駄の音を響かせます。
八幡様の石段を駆け上がり、幾つも鳥居をくぐり抜け、
境内を巡り、浴衣の裾を翻し、本殿の脇に小さく
設けられた、お狐さんのお堂の裏をひょいと覗くと、
うなだれた黒い頭が目に飛び込みました。ぐずぐずと
した水っぽい鼻の音、それに合わせるわけでもなく、
線香の白い煙がゆるゆる昇り、ちんまり盛られた
土饅頭に手を擦り合せて拝んでいる花太郎と、いきせき
切って彼を探した、火之助の着物を抹香臭く染め抜きます。
「カマ助が、死んじゃったんだよう」と、花太郎は声を震わせ
ました。何やら不穏な命名ですが、大方カマ助とは
カマキリのことでしょう。
小さな虫が大好きで、地面に屈みこんでは愛おしげに
それらを眺め、「いつ見てもうなだれて、まあ、年中
線香花火つけてるみたいな子だよ」と大人から笑われる
始末で、可愛がっていた虫が死ぬとぐずぐずべそをかき、
出会った場所に墓を作ってはまた死なれる、
全く懲りない花太郎でありました。

花太郎の目は赤く腫れています。たった今まで、随分と
泣いたのでしょう。火之助は慣れたもので、巾着袋から
真新しい手ぬぐいを取り出し、惜しげもなくべそをぐいぐい
拭ってやります。「たかだか小虫にそこまで泣いてやるのは
お前くらいなもんだよ」と、腕を引っぱって立たせ、膝の土を
払いました。と、どおん、と太鼓を打つような大きな音が
響きます。
「ああ、始まっちまった」頭を掻く火之助の頭上でまた一つ
空に花が咲き、花太郎は目を擦りました。
「ごめんね、僕を探してくれてたせいで、間に合わなくなっちゃった」
「いいさ。ほんとは、ここからの方が眺めはいいんだ」
遥か洋上の船の上から、次々と花火は昇っていきます。
港の町の、夏の宴の始まりでありました。
鮮烈な光が花太郎の顔に濃い影を浮かばせ、
火之助はそっと彼の手を握ります。そう、地面の上で虫を
追う君も好きだけど、今夜ばかりは、それではつまらない。
打ち上げ花火は天を仰いで見つめるものです。
金の光が瞬き、花太郎の濡れた瞳にわずか、星が宿ります。
そうして二人して、ゆっくりと濃くなる夕闇の中、一緒に空を
見上げておりました。涙はもう、零れ落ちることはないでしょう。

378 7-809 恋が始まる直前 :2006/07/24(月) 01:51:53
ひやりと冷たいものが頬に触れ、目覚める。
閉めたはずのカーテンが開け放たれ、月明かりが部屋をぼんやりと照らし出していた。
夜の虫たちが静かに鳴いている。
生暖かい夜風が微かに俺の身体を掠め、通り抜けていく。
ベッドの端を僅かに傾かせているのが誰なのかは、目を遣らずともわかっていた。
プシュッっと空気が勢いよく抜ける音がして、夜の訪問者たる彼の喉が、液体を流し込まれてゴクリと鳴る。
俺は、頬に押し付けられた缶ビールを手に取り、ゆっくり身を起こすと、その缶はそのままに、彼の手の中から奪い取ったビールを口にした。
俺がそれを一気に飲み干す様を、特に不満気でもなく彼は見ていたのだが、目を合わせると何も言わずに前を向き視線を逸らせた。
肩に手をかけ、少し上身をこちらに向かせて、唇の端に口付ける。
彼は目を閉じる。
触れるか触れないかの距離で唇の上をなぞるように移動し、反対側の頬に口付け、耳の付け根に口付け、舌を尖らせて耳の中に入れると、少しだけ逃げるように身を引いた。
肩に置いた手を彼の後頭部に回し、柔らかい髪の中に手を入れて掴み、軽く引っ張って顔を上向かせる。
そうして少し開いた口元を塞ぐように、自らの唇を重ねる。
真夜中の静寂を乱す卑猥な音を立てて、何度も角度を変えながら、俺たちは長いことキスを貪りあった。

俺の手が彼のシャツをたくし上げ、その肌に直に触れようとしていたときだった。
ふいに「ふぅ…」と深く息をついて、彼が俺の片口に頭を乗せた。
「なんか…久しぶり」
「何が」
「お前とするの」

そりゃあんたは、振られて傷ついたときにしか俺のとこに来ないからね。
恋は50m走でダッシュが基本なあんただから、それでも結構頻繁にこうしていると思うけど。
そうだね、今回はいつもより長かったかもしれない。
初めてセックスしたのはもうずっと昔だけど、この関係は変わらない。
そういうのが、あんたは安心できるんだと、わかってはいるつもりだ。
だから俺は、いつまでも変わらずにいようと思っている。
ただ、あんたが帰ってくるのを待ってるだけなんだけどね。

でも、今みたいに、ため息というのじゃなくて、心からの安堵を得て思わず漏れた…みたいな、そんな息をつかれると、いつもと違うあんたを見せられたりすると、少し期待してしまう。
変わることも、あるのかな…なんて。

でもそれは、悲しいことかもしれないんだ。

379 7829 :2006/07/24(月) 20:33:08
白色とクリーム色が支配する部屋の窓から、揺れる最後の花を見ていた。


ノックの音に振り返れば、四角く切り取られた空間に
いつも通りの感情を読ませない顔がある。
今日の授業の内容を告げる口調にも一切の私情は見られない。

(知ってるくせにッ……!)

学校に行けない俺のために、
せめて遅れないようにと気遣ってくれていることはわかっている。
届けてくれるノートのコピーもわかりやすいようにと丁寧に書いてくれている。
それでも、その無表情が辛い。

「もし……もし、明日の手術に失敗したら……きみの苦労もムダだよ」

流れるように続けられる言葉を遮るように口を開く。
知っているはずなんだ。俺の気持ちも、明日の手術の成功率も。

無言で、ただまっすぐに見つめてくる視線。
耐えられず、顔ごと逸らした。
逸らした目に入ったのは、季節外れの一輪の花。
俺の視線を追って、きみの目が窓の外へと向いたのが視界の端に入った。
思い出したのは、きみの聡さと優しさ。そして、授業で習った老画家の最期。
振り向いて、できるだけ明るく笑顔を浮かべる。

「なんて、ね。ごめん。ちょっと悪趣味だったな。成功するに決まってるよ」

俺も知っているから。
きみが俺を大切に思ってること。
ただ、それが俺の思いと違うだけだって。
俺がアイツじゃないだけだから。


きみは何度も振り返りながら病室を出て行く。
これからアイツのところへ行くのだろう。
俺は見ていることしかできない。

俺を閉じ込めている牢獄の窓から、
今にも吹き飛ばされそうな一輪の花を見ていることしかできなかった。

380 7-829 もし明日死んでしまうとして :2006/07/24(月) 22:56:31
もし明日死んでしまうとして、
俺が18年間生きてきたこの世界に悔いを残さないよう締め括る為には何をしようかと、
退屈な授業の合間に、そんな意味のない事をふと考えてみた。
(まずエロ本捨てるだろ、んで、美味いモン腹いっぱい食って……つーか俺童貞じゃん。そりゃせつねえだろ…誰でもいいからヤって…)
そこまで考えて顔を上げると、目の前にイライラ顔の山田がいて驚いた。
「てめぇ聞いてんのかボケ!」
「ボケじゃねーよ!何だよいきなり」
「いきなりじゃねーよ!ずっと話しかけてんだろ」
いつのまにか授業は終わったらしく、気の短い山田は前の席にドカっと座り込んで不機嫌そうに眉を寄せていた。

山田とはかれこれ10年近くの付き合いだが、いまだに切れどころが掴めないで困る。
(そういやコイツ、彼女とか聞いた事ねぇなぁ…)
「なぁ、お前ヤった事ある?」
「セックス?あたり前じゃん。いまどき中学生でも済んでんだろ」
「うぇ!?}

何の気なしに訊ねるとさも当然と言わんばかりの返事が返ってきて、アホみたいな微妙な声が出た。つーかそんなの初めて聞いたんですけど俺…。

俺中学生以下?

言葉に詰まっていると、山田は意地の悪い顔で覗き込んできた。

「あれ?ひょっとしてお前童貞?その歳で?!」

図星を突かれて俯く俺と、うっわ、ありえねえ〜などと楽しそうな山田。

その声に集まってきたクラスメイトも、なんやかんやと一緒になってバカにしてきた。

俺は頭にきた勢いで机をバンっと叩き、思わず叫ぶ。

「うっせぇな、じゃあ山田おめえがヤらせろよ!」

しーんとする教室。続いて起こる爆笑の渦。

やべぇ、俺変なこと言った?

「何お前、そうだったの?!!」

「まぁ男子校じゃあな、そう思うときもあるよ」

笑いながら適当なことを言ってくるクラスメイトに何も返せなくて、

助けを求めるように山田を見るとこれまた笑いをかみ殺しながら言った。

「まぁ俺は偏見ないからさ。お前の事好きだし相手してやるよ」

からかってるのか本気なのか。

山田のいたずらな上目遣いに不覚にもドキっとした瞬間、

俺はコイツが好きで、さっきの言葉は本心から出た事に気づいてしまった。



このままじゃ明日死ぬなんてとんでもない。

381 7-889 もうちょっとだったのに :2006/07/27(木) 23:35:29
ごめん、すみません、面目無い、と
思いつくままの言葉で謝り続ける攻めを、受けは煙草をふかしながら横目で見ている
謝られたって、お人好しにいいよ、気にしないでなんて
この状況じゃ口が裂けても言えない
「…自信満々だったくせに」
汗で湿った髪をかきあげて、受けはわざと大きく煙りを吐き出しすと、
「あーもう!」
と唸るように言い、乱暴に煙草をもみ消した

攻めが悪い訳ではないと、分かっているけど
この火照ったカラダをどうしてくれよう

「…もうちょっとでイケたのに」

ぶーぶー文句を言いつつ。
最中も最中、めちゃめちゃいい時に気の毒にも情けなく
ぎっくり腰を発症させた攻めを病院に連れて行くかと、
受けはタクシーを呼ぶべく携帯を手にした

382 7-889 もうちょっとだったのに :2006/07/28(金) 00:08:04
パチ
まるで漫画のような擬音が聞こえそうな勢いで、アイツが綺麗に目を明けた。
「あーあ、もうちょっとだったのに。」
もうすでに起き上がりながら、アイツが俺に聞き返す。
「え、何が?俺何かした?」
「あー、いいから。こっちの話。気にするな。」

そう、今はまだ知らなくてもいい。
俺がお前のことを好きだとか、
寝ているお前にこっそりキスしようとしてたとか、そんなことは。

そのうち、このもうちょっとの距離を埋めてやるから。

383 8-9 朝までいちゃごろ :2006/08/06(日) 22:17:19
襖一枚隔てた隣の部屋から、いつまでも聞こえる話し声。
何をやっているのか、時折、押し殺した笑い声もする。
明日は朝早くに出発なのに、さっさと寝なくていいんだろうか。
まあ、仕方ないか。
従兄弟の孝ちゃんが家に泊まりに来たのは一年ぶりだ。
毎年恒例になってる親類集まっての旅行も、昨年は兄と孝ちゃんの二人が受験生というやつで行けなかったから。
もともと遠方に住んでる孝ちゃん家族と会えるのは、旅行のときくらいだった。
兄は夏休みになってからそわそわしっぱなしで、どんんだけ従兄弟好きなんだ、と妹ながらに思う。
同じ高校に行きたいと父に頼み込んでいたことを知っている。
独り暮らしはまだ早いと諭され諦めさせられたことも知っている。
大学は絶対同じとこ行こうな!とか電話で話していたのも知っている。
妹は何でも知っているんだよ、お兄ちゃん。
中学生になってから、孝ちゃんが泊まりに来ると、私だけ襖のこちら側に布団を敷かれてしまうのだが、
本当はそういう心配をすべきはあっち側の二人なんだってことも、もちろん知っている。

襖一枚隔てた隣の部屋から、いろんな音が聞こえてくる。
明日は朝早く出発なのに、さっさと寝なくちゃいけないのに。
雨戸の隙間から見えた空は、既に白け始めていた。

384 8-29 一方通行の両思い :2006/08/10(木) 17:51:38
「俺、おまえのなんなんだよ」
ついに急ききってしまった。
こいつの部屋から長い髪毛がみつかる度にうんざりしていた。
酔っぱらって向こうから、というこいつの言い訳も許してきたわけじゃない。
譲歩してただけだ。
「なにって…。
 だってあんたが俺を離してくれないから一緒ににいるんだろ?」
ああうんざりだ。もういい。
こいつに妬くのももう疲れた。もういい。
長く俺はこいつに尽くした。
別に見返りを求めるわけでも押しつけるわけでもない。
ただただ好きというだけでその感情のままに動いていた。
額に手をあて俺はため息をつきながら言った。

「わかった。さよならだ。じゃあな。」
クソガキ。
結局俺はいつまでたってもこいつの良いところひとつ
見つけられなかった。
あまりに無神経で幼稚すぎる言動。
理想とはかけ離れている。
それでも好きだった。
本当に好きだったのに。
今にも泣きそうになってドアの方向に早足で歩く。
「待てよ!おまえ俺を捨てるのかよ!」
「…なんだって?」
信じられないことを言う。
先ほどの自分の言葉を忘れただろうか。
「捨てる?なんだと?ふってんのはおまえだろうが。」
「なんだよ。そんなもんだったのかよ、おまえの気持ちは。」
「オイオイオイオイ。」
そう泣き出したこいつを愛おしいと思わずにいられなくて抱きしめていた。
自己中心的な考えをもつこいつにまだまだ俺はふりまわされるらしい。

385 萌える腐女子さん :2006/09/01(金) 22:27:58
夏休みは終わった。
久しぶりの教室、俺の席……に、何故かすでに机に顔を伏せて寝ている奴がいる。
「どけ」
椅子を蹴ると、そいつはごろんとうつろな顔をこっちに向けた。
「おー……てっつん、おはよ。」
移動するどころか起き上がるそぶりすら見せないそいつを椅子ごと押しのけ、
代わりにまだ登校していない隣の奴の椅子を持ってきて、俺は席についた。
それでもそいつはまとわりつくように俺に倒れかかってきて、俺はそれを払いのける。
休み前と全く変わらない日常の光景だ。
「おれさぁ、けっきょく昨日もアレでさー、寝てねーんだよ。ねっむー。」
「アホか」
「……あ、てっつんはどうなった?」
「まだ。この前のあそこ」
「あー、あれは意外とヤバいよねー。」
「そういえばお前、この前言ってたアレ何なんだよ。どう見ても……」
「えー?ウソ違うって!何言ってんの!!絶対まじだって!」
「ほんとかよ」

「……新学期だなぁ。」
後ろの席から、いつの間にかそこにいたクラスメイトの、そう呟く声がする。
「な……なんだよ、そんなしみじみと」
俺が訝しげにそう訊ねると、
「いや、お前らのその熟年夫婦ばりに指示語だらけのツーカー会話聞いてたら、
ああ学校が始まったんだなぁって実感すげぇ湧いてきて……。今学期もヨロシクな!」
「おーヨロシク!」
「……っ誰が熟年夫婦だ!!」

そんなふうにまた新しい一学期が始まった。

386 萌える腐女子さん :2006/09/01(金) 22:29:52
すみません!
>>385は8-199「新学期」です

387 8‐219 1日違いの誕生日 :2006/09/04(月) 02:49:38
どうして俺はもう1日早く生まれなかったんだろう。
いや、せめてもう数時間早く生まれてくればこんなに苦しむこともなかったのに。

俺は、春が嫌いだ。
自分の誕生日が大嫌いだ。
4月2日、この日が1年で1番嫌いだ。
生まれてきたことには何の不満も持ってないし、生んでもらったことも感謝する。
でも、何でよりによってこの日だったんだろう。
もう少し遅く生まれてきたのなら、きっと諦めもついたのに。
1日しか誕生日は違わないのに、俺はあいつといっしょにいることができない。


進学する年が違う。
当然、校内行事もバラバラで。
年を重ねるごとに、どんどんすれ違いが増えていく。
少しでも傍にいたくて同じ部活を選んだのに、それが逆に悩みの種を増やす。
あいつは『先輩』で、俺は『後輩』だから。
あの頃のように「ナオ」って呼べないことが、1番辛かった。

それでも傍にいれるならよかったのに。
俺が何より恐れていたことが、現実になろうとしてる。


今日やっと、あいつの志望校を聞き出せた。
あいつが進む大学は、俺たちの住む町からずっと離れた遠い地方の大学だった。
やっと指定校推薦をもらえる目処がついたと、
どうしても学びたい憧れの教授がいるんだと、嬉しそうに話すあいつの顔が見れなかった。

小学校と中学にわかれても、中学と高校にわかれても、
あいつにはいつだって会えた。
1年我慢すれば、また同じ場所までいけた。
でも、今度は今までとは訳が違う。
会いに行くのに一日がかりで、交通費だけでもかなりかかる。
俺の頭じゃあいつと同じ大学に進めるかどうかもわからない。
今まで勉強を教えてくれたあいつもいないのに。


どうして俺はもう1日早く生まれなかったんだろう。
どうしておまえはもう1日遅く生まれなかったんだろう。
1日しか違わないはずの俺たちの時間が、俺にとっては10年にも20年にも感じる。

388 8-310両思い未満純情エロス(流血注意) :2006/09/17(日) 09:53:37
夜勤明けで目をしばたかせながらフラフラ歩いていると、後方からガンっと派手な音がした。
振り返れば高校生のガキが何やら蹲っている。電柱にでもぶつかったのだろう、鼻を覆った
手の指の間から赤い血が見えたので、持ち合わせの脱脂綿を詰めてやった。
ついでに自販機からポカリを買って、鼻の頭に押し付けて冷やす。詰襟から覗いている
首筋に垂れ落ちたものが多少付着してはいたが、後で洗えばよろしい。
ガキは学校に行け。俺は寝る。

日暮れに公園の脇を通りかかると、見覚えのあるガキがいた。
先日は有難うございました、と、思ったより折り目正しく頭を下げてくる。
並んで立つと俺より図体がでかい。腹の立つ奴だ。公園のベンチに腰掛けて、奴がお礼です、
と差し出した缶コーヒーを受け取った。奴はそのまま横に並んで座ったが、何故か何も
喋らない。構わず、温かかったのでコーヒーをぐびぐび頂く。頭上で照明が数度瞬き、
周囲を白々と照らし出す。枯葉が足元でカサカサいってるのを聞いていると、いきなり突風が
起こった。丁度目の前を歩いてた姉ちゃんのスカートがふわりと巻き上がる。
「あ、いやあん」
黒!黒だよ!しかもガーター!思わずコーヒーを吹きそうになったが、ふと横を見ると、やはり
びっくりした様子で奴は鼻血を垂らしていた。
俺は遠慮無しにゲタゲタ笑い、脱脂綿を詰めてやった。

今日は河川敷で奴を見た。公園のベンチで大量のチョコレート、ナッツ入りを鼻血を垂らしながら
バクバク食ってたのを発見して脱脂綿を詰めてやったのが2月の14日、数日前のことだった。
市内を突っ切るように流れる一級河川、それを横切る電車がガタガタ鉄橋を震わす下で、
同じような制服の高校生が5人、一斉にあのガキに飛びかかっていく。さすがに仰天した。どこの
青春ドラマだ。最近は校舎裏でどつきあうのが流行じゃないのか。お前も応戦してんじゃねえよ。
いくらガタイがいいからって敵うわけあるか馬鹿たれ。
これだからガキは嫌だ。粗暴で、低脳で、考え無しに直ぐに感情に走る。鼻骨が折れでもしたら
どうするんだ。呼吸難は困るだろうが。しかもすごく痛むんだぞ。
奇妙な雄叫びが響く。奴の顔面が幾度も殴打され、血がプワッと散った。鼻から出血か。
口を切ったのかも知れない。もういい。十分だろう。やめろ。やめろ。そいつを殴るのは、やめろ。
水際で俺は叫び声を上げた。が、走ってきた電車の音にすぐにかき消された。まあ自分でも
何を怒鳴ったのか分らなかったのだ、誰の耳にも届くことはなかったろう。

西陽に照らされながら、そいつは興奮が鎮まらないという顔をしていた。ふ、ふ、と
口から息を吐いている。鼻栓のせいで呼吸し難いのだ。
あれから、河原に膝をついていたこのガキの襟首を引っ掴んで無理やり立たせ、俺は走った。
一心不乱に走って逃げた。奇声を放つ闖入者に興を殺がれたのか、乱闘相手の高校生達は
追ってこなかった。運のいいことだ。はずみで振り落とした俺の眼鏡、今頃あいつらに
踏み潰されていないだろうか。とにかく俺の住家に連れこみ、こいつの血に濡れた
顔下半分を洗面所でざかざか洗わせた。その後、鼻に脱脂綿を詰めてやると、
ガキはごめんなさい、と謝った。謝られる理由が分らなかった。
「何であんなことになったんだ」頭を撫でたら嫌がったので、両手でがっしり包んだ。
「お前、喧嘩だけは、やめろ」説教は無駄かもしれん。こいつは俺の知らない所でだって血を流す。
「流れたら血がもったいないだろうが。節約しろ。そんで、18になったらその分を献血にまわせ」
白い脱脂綿がじわりじわり染まっていく。五畳一間に橙色の光が満ちる。腫れた頬、切れた唇の
赤が曖昧になる。奴はぽっかりと口を開いた。
「最初に会った日のこと、覚えていますか。おれが電柱にぶつかって鼻血を出したの、あなたに
見蕩れてたからだって、まだ話してませんでしたよね」
それどころか互いの名前すら知らないのだ。俺は阿呆、と笑った。今は笑ってやる事しか
できないと思った。奴は鼻から脱脂綿を抜いた。俯いた頭を撫でると、今度は嫌がらなかった。
それから二人伴って、放り投げられた学生鞄を取りに河原へ向かった。途中、脱脂綿の予備を
買い足さねばと頭が一杯だった俺の指に、絆創膏の巻かれた指がそっと絡んだ。気付かない
ふりをすべきか、少し悩んだ。その日結局、俺の眼鏡は見つからなかった。

389 8-89/パチンコ×パチスロ :2006/09/21(木) 23:23:35
ドンドンガチャガチャガラガラガンガンジャンジャン。

音の洪水の中で、だるそうに咥えタバコでスツールに腰を預けて、
手元の操作盤を弄っているヤツがいる。

その足元には、山と詰まれた箱と
そこからあふれて転がっている銀色の玉。

面白くもなさそうに
盤の中をビコンビコン跳ねる玉を眺めていた茶色い目が、
ふいにこっちを見て、これまたにやりと口元をゆがめて見せるのが。
負け犬の自分としては、非常にムカツクワケで。

「何万負けたよ? 」

咥えタバコで余裕の質問に、
自分は今月の生活費が底をついた事を白状する羽目になった。

「ったく。頭わりぃクセして生意気にスロットなんてやってからだろ? 」

ボケ。オツムのできと、スロットの勝敗なんて関係あるか。
と言いたいところだが、今の自分には、こいつは大事な金ヅルだ
機嫌はとらなければいけない。

ニコニコ愛想笑いなんぞしつつ『オニイサマ、お金貸してくんない?」と
可愛く聞いてみたら、このボケはやたら満足そうに笑いやがった。

「あぁ? そうだな……」

ニヤニヤ笑いながらヤツが見ているのは、床に転がっている銀色の玉。
……イヤな予感がする。

「“あの穴”に、1個入れたたら500円。どうよ? 」

頭わりぃのはテメェだろうよ! このボケがぁ!!

怒りに任せて、ヤツの壊れた頭を思い切りどついてやったが。

まぁ、あれだ……。
金も欲しいし、なんか既にケツもモゾモゾしてたりするし。

……今夜は、泣きを見る羽目になりそうだ。
と、ちょっぴり覚悟している自分もいたりするわけである。

390 8-359 悲しい夜明け :2006/09/23(土) 01:59:47
ふと、目が覚めると空は白みかけていた。
もうすぐ、夜が明ける。
それと同時に、俺たちの関係は終わる。
少なくとも今のこの、夜を共にするような関係は確実に。

今、隣で眠っているこいつは、今日結婚する。
いわゆる政略結婚というやつで。
しかも、親父さんの会社を救うためなんて定番な理由のために。

わかっている、こいつの肩に何百人もの社員とその家族の運命がかかっている事ぐらい。
結婚してもこの関係を続けられるような器用な奴じゃないってことも、わかってる。
だから、これが最後だ。
独身最後の夜くらい、俺がもらったって罰は当たらないだろ?


夜が明ければ、こいつは去っていく。
俺が生きてきた人生の中で、一番悲しい夜明け。
きっと俺は、この夜明けを忘れない。

391 8-339ひげ(リロミスのため再投下) :2006/09/23(土) 23:44:45
じょりじょり……
「……」
じょりじょりじょり……
「……」
後ろから俺のことを抱きしめる男は、無精ひげの生えたあごをしつこく俺のほほに擦りつけてくる。
耐えかねて俺は、勢い付いて振り返り、噛み付くように男に言った。
「おい!お前いい加減やめろよな!暑苦しい!それに痒いんだよ!」
「ふふ……。そんなこと言われたら傷ついちゃうな、オレ。」
全く傷ついてない調子で男は言う。
「宮野。宮野はオレだけのものだよ。他の誰にもこんなことさせちゃダメだからね。」
こいつ、むかつく。俺がこいつから離れられるわけがない。それをわかっててこんなこと言ってきやがる。
だったら、お前はどうなんだ。
こいつの甘いところ、優しいところ、さらっと恥ずかしいこと言ってのけることろ。
好きだけど。悪い気はしないけど、不安になる。
お前こそ、別のところで、別のヤツに同じようなことやってるんじゃないのか。
他のヤツにも、この胸が疼くような、他の事はどうでもよくなるような感覚を味あわせてるんじゃないのか。
「どうしたの?宮野。ほら、こっち向いて。」
こいつと一緒にいる限り、このどこか寂しいような感覚はなくならない気がする。
でも、それでも。俺はこいつから離れられない。
俺は、自分から男の無精ひげに手をのばした。

392 8-389 6万人の声援 :2006/09/25(月) 17:42:26
0さんはバンドものでしたが、スポーツもので萌えちゃったので、ちょっとこちらに…。

彼こそが自分の最大の好敵手である。
自分こそが彼の最大の好敵手である。
初めて会った時から、零れ落ちそうなまでのその才能に、華やかさに、全身の細胞が震えるのを感じたあの時から。
彼の唯一無二の存在でありたいと願い続けた。ともすれば、子供じみた一種の執着ですらあった。
それがどうだ。

彼に向けられる6万の声援。別れを惜しむ叫び。感謝をうたう横断幕。
こうやって、いざ彼の最後の試合に立ち会ってみれば、僕もその6万人のうちの一人でしかなかった。
他の全ての観客と同じく、他の全ての選手と同じく、
彼を愛する一人でしかなかった。
それは心地いい感覚だった。

「お疲れ様」
「ああ…ああ、ユニホーム、お前にやろうかと思ったのにな。若いやつにやっちゃった」
「うそつけ」
涙の跡を残しながらも、笑っていけしゃあしゃあと言う彼に思わず吹き出す。
「凄いよ。いい引退試合だ」
「ああ」
「お疲れ様…本当に」
「ああ、ありがと。でもこれからさ。球を蹴らない俺が、何者になれるか。これからだ」
予想しない答えに顔を上げた。聡い彼は、こんなところでも僕の上を行く。
別れ際に、本日二度目の抱擁を交わした。
抱きしめた瞬間に、今まで平気だったのに、なにかが壊れたように涙があふれた。
「今泣くのかよ。遅いよ」と笑う彼の肩に、額を押し付ける。
「少し、勝ち逃げされた気分だ」

馬鹿みたいに心の大きな部分を占めていた彼が去っても、僕にはまた次の試合があり、チームでの役割があり、成し遂げようと決めたことがある。
走れるうちは走らねばならぬ。それが僕の矜持だ。
だがそれを一瞬忘れるほど、久しぶりに借りた彼の肩は、暖かくて気持ち良くてたまらなかった。

393 8-459コスモス・時間旅行者 :2006/10/06(金) 12:32:24
現在ではコンピューター制御されたホログラムの中でしか見ることのできないコスモス。
しかし今、獄中で俺が見つめているのは紛れもなく清楚な一輪のコスモスだ。
まるで昨日手折ったばかりのような鮮やかさでそこにある。

タイムトラベルが特権階級のものだけではなくなった今でも、
平行世界を極力作らないためにトラベルの規制は厳しい。
旅先の人物との交流はもちろん、いかなる事物も損壊持ち帰りは厳禁、
そこに存在した痕跡を最小限に留めなければならず、
違反すればパスポートは剥奪され厳罰に処せられる。

『滞在日数超過罪』
『人物事象に係る痕跡残留罪』
それが俺の罪状だ。まもなく刑期を終え自由の身となる。


文明開化の波が押し寄せ、着物姿の中にちらほら似合わぬ洋装の人々が混じり始めたあの時代に
長く短い1年間、俺とおまえは深く静かに愛し合った。

「綺麗だろ?ほんの数十年前に渡来した花なんだ。」

旅立ちの日、おまえはそう言って傍らのコスモスを手折って俺にくれた。

「またいつか会えるさ、それまで元気でな。」

泣きながら微笑んだおまえはそんな日がやって来るはずのない事を知っていたのだろうか。


バイオテクノロジーの進化により5年間鮮やかに咲きつづけてくれたこの花もやがて枯れるだろう。
それでも、おまえを抱きしめたぬくもりと想い出は褪せることなく俺の中にある。
あの一面のコスモス畑とともに・・・。

394 8-459 コスモス・時間旅行者 :2006/10/07(土) 14:00:09
彼の実験室には用途の不明瞭な、奇妙としか言いようのない物が多い。
と言うよりも、奇妙な物しか無いのではなかろうか。
目に付く物で奇妙でない物なんて、古びたテーブルに飾られた小さな花ぐらいのものだ。
薄暗い部屋に不釣合いに揺れる白い花は、まるで逆境に置かれているようでいじらしく、愛しく思えた。
……まあ、この部屋にある以上はただの花でない可能性の方が高いのだが。
「あまり触らないでくれよ。危ないからね」
奇妙な陳列物を物色していた私に、彼の柔らかな声が注意を促す。
しかしそうは言ってもせっかく招かれたのだから、このチャンスをのうのうと見過ごす手は無い。
御婦人方との話の種として少しでもこの部屋を見て回るのが今の私の義務であろう。
激しく燃え上がる使命感に駆られた私は、耳が聴こえなくなった振りをして物色を続ける事にした。

数十分後、私はとんでもなく奇妙な物を発掘してしまった。
これ以上に奇妙な物はそうそう見つからないだろう。
奇抜なフォルムに、人間の色彩感覚としては有り得ないようなカラー。
一体何に使うと言うのだ。これは不明瞭どころの話ではない。
まさかどこかにスイッチが……あっ、ああっ!そんなっ……!
「――ねえ、君。そろそろ時間じゃないのかい?」
とんでもなく奇妙な物と戯れていた私の状況に気づいていないのか、それとも気づいていない振りをしているのか、
相変わらずの穏やかな声で彼が私に尋ねた。
……ああ、あった。これ以上に奇妙な物が。
「そうだな。もう約束の時間になるか」
とんでもなく奇妙な物を棚に戻しながら答える。
正直まだ帰りたくはなかったが、そんな理由で以前からの約束をキャンセルする訳にもいくまい。
「次はいつ招待してくれる?」
仄かな期待を抱きながら、椅子に座る彼の顔を見遣る。
その視線に私と同じくらいに端正な顔が一瞬だけ揺れ、少し困ったような声で返事を返した。
「忙しくなるから、まだ今度だよ」
「――君の『今度』は信用ならないな。十年後? 二十年後?
言って置くが百年後に招待されたって、私は来れないんだぞ」
まるで冗談でも言うように、軽い調子で反論する。
しかし私としては強ち冗談でもないのだ。
彼に関する噂の全てを信じた訳ではなかったが、それでも「もしかしたら」と思わせてしまう何かが彼にはあった。
「……それでは、これを」
彼は駄々をこねる子供をあやすようにふっと笑うと、音も無く立ち上がってテーブルの花を一輪手に取った。
それを私に差し出し、今度はまるで姫を守る騎士のように恭しく微笑む。
「その花が枯れる頃に招待しよう」
「……伯爵。この花、枯れないって事はないんだろうな?」
花をそっと受け取り、まじまじと見詰める。
見かけこそ普通の花だが、彼の事だ。やはり信用ならない。
「まさか。ただのコスモスだよ」
「本当に?」
「本当に」
「それじゃあ、信じるしかないな」
小さな花を大切に胸に挿しながら、半ば根負けしたように言う。
いくら疑った所で私に真偽を知る術など無いのだから、それならば疑う意味も無いだろう。
部屋を出ようと扉に手を掛ける。
それを見送る彼と別れの挨拶を交わし、私は恋する少女のように微笑んだ。

「永遠に君を愛しているよ。サンジェルマン」
「――何千年経っても君を忘れないよ。カサノヴァ」

395 8-469 人でなし×お人よし :2006/10/08(日) 00:02:14
「僕はね、医学生であって医者じゃないんですからね」
真夜中に呼び出されて、傷の手当てをさせられるのはもう何度目だろう。その度に同じことを繰り返す。
「頼みますから、ちゃんと病院に行ってください…必ずですよ?」
今まででも一番ひどくやられている様を見て、少し厳しい口調で言った。
彼は曖昧に返事をして誤魔化すように笑ったが、すぐ苦痛に顔を歪めることとなった。

どうして、あなたがこんな目にあわなけりゃならないのですかと、聞いたことがある。
こんなことくらいしかできないからだと、彼は答えた。
答えになっちゃいないと言ってやった。
「確かにあいつがやったことは人としてあるまじき行為かもしれない。
 それでも俺は、それが正しいことだと思ってる。あいつは間違ってない」
信じてるんだと続けた彼が何故か少し妬ましく、僕は意地悪を言う。
「法が禁じていることだ」
彼は挑むような目をして不敵に微笑んだ。
「だから俺はこうして、暴力を甘んじて受けてきたんじゃねぇか」
やっぱり答えにならないと思った。

明け方、世間から人でなしと罵倒される男が息急き切って僕らのいる部屋へと駆け込んできて、
目の前に横たわる傷だらけの彼を見るなり「ばかやろう」と叫んだ。
そしてその場に崩れるようにして泣き出した。
顔を大きく歪ませて、しかしそれを隠そうともせず、声をあげて泣くのだった。

396 8-459 コスモス・時間旅行者 :2006/10/10(火) 00:57:45
風のない穏やかな秋の日に一人、思い出の丘の上にあるコスモス畑。
立てかけた画架に白いカンバスを置いて、それを少し離れた木陰からいつかのように眺めてみる。
ちょっとだけ視線を逸らせ遠くの雲を見るふりをすると、目の端にお前の姿を捉えることができた。
ぬるい陽射しを受けてコスモスたちは時間などないのだよとばかりに、ただそこにいつまでも。


一枚の絵ハガキが届いたのだ。
見覚えのあるその風景を描いたのが誰なのかは、すぐにわかった。

 このハガキが届く頃には帰る
 会って話したいことがたくさんあるんだ

描かれていたのは、上京するまで共に過ごした故郷のコスモス畑。
お前はよくそこで、時間を忘れて絵を描いていた。
俺はその側で何をするでもなく、ただそんなお前をいつまでも見ていたっけ。
今でもその風景は同じくここにあり、コスモスは今日も完璧な均衡を保ち続けそこにいる。
だから俺は一人コスモス畑に佇む。

 ハガキが届いたぞ

帰ってきてるんだろう?と、遠くの雲に言ってみる。
目の端のお前は黙って絵を描いている。
話したいことって何だよと、足元のコスモスに問うてみる。
学生服姿のお前は黙って絵を描いている。
俺も伝えたいことがあるんだと、目を閉じて呟く。
旅立つ前のお前が微笑む。

流れるものなど何もなく、何も動かず、何も変わらず、
まるで宇宙の中にいるような静寂に包まれ、今という感覚はとうに消えた。
触れ合うことで一度は崩れた俺たちの、失ったはずの均衡のなかで、
俺はいつまでもいつまでもこうしてありたいと、完璧なる均衡の中に、思うんだ。
決して目合うことのないこの均衡の中に。

ふと、目の端のお前が、振り向いた。
それと俺の背後から一筋の風が起こったのは、同時であった。


いっせいに身を倒し、震えるようにしてコスモスは
ざあぁっと、風が吹き去るのを待っていた。

生まれたばかりの風が俺を通り抜け、花の中のカンバスを画架ごと倒す。
きえ逝く間際の風はいくつもの花びらを宙に舞い上げ、コスモスたちは秩序を失う。
めに見えたのは時間。俺は今に引き戻され、また一人。
やわらかに秋の陽が、長い影を作っていた。遠くの雲は薄紅の色。
もう一度お前の名を口にし、俺は初めて、お前のために泣くことが出来た。


一枚の絵ハガキが届いた。
どうして一年も前に投函されたハガキが今頃になって届いたかは知れない。
ただ俺は、生きていかねばならないのだと、思った。

397 8-489 嘘でもいい :2006/10/12(木) 00:49:17
「ねぇ、愛してるとか言わないの?」
「嘘でもいいなら好きなだけ言ってやるよ。」
「・・・可愛くないね。リップサービスって言葉知ってる?」
「一回千円ね。」
「ちょっと、金取るの?それサービスじゃないよ・・・」
「俺はお前の望むままヤってやったじゃん。
 SEXのあと愛してるって言ってほしいなんて聞いてない。」
「・・・あのね、貴方はもう身体売ってるわけじゃないだし、
 僕に付いてきたってことはそれなりに好意があると思ってたんだけど・・・」
「もちろん、男娼から足を洗わせてくれたのはお前のおかげだけど、
 そこに恋だの愛なんて感情が生まれるなんて俺は思わない。」
「・・・・・・哀しいよ、そんなの・・・」
「お前はあそこから抜け出すキッカケを与えてくれた。それには感謝してる。」
「僕と居て、楽しくない?少しでも僕を考えたことはない?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「僕はね、貴方が好きなんだよ。だからどうしても辞めて欲しかった。
 ちょっと強引だったかもしれないけど、今一緒に暮らしてることがずごく嬉しいんだ。
 だからきっと・・・愛してるなんて言われたらさ・・・」
「嬉しい?」
「うん・・・きっと嘘だと分かってても喜んじゃうと思う。もうしょうがないんだ、こればっかりはさ・・・」
「なんで、分かってるのに許せるの?」
「愛してるから。たとえ貴方が愛を知らなくても・・・」
「バカじゃん、そんなの。結局弄ばれてるだけじゃん・・・」
「うん・・・」
「愛してる。」
「うん・・・ありがとう。」

398 8-529 平民低身長×貴族高身長(のほほん…?) :2006/10/14(土) 16:18:12
「まったく、こんなご立派な靴で山道を歩けばこうなるってわかりそうなもんだけどな」
盛大にため息をついてみせながら、男は青年の白く伸びやかな足を手に取って眺めた。
くすみすら見当たらない肌理細やかな美しい肌に、泥がこびりつき、爪先は皮が剥け血がにじむ。
桶に水を汲んで洗い流してやると「ひゃっ」っと青年が声を上げた。
「冷たかったか?我慢しろ、こんな山小屋じゃ湯なんざ用意してやれねぇ」
「違う、傷にしみただけ」
じゃぁ尚更我慢しろと、取れかかってぶらぶらしている小指の皮膚をちょいと千切ると、青年は息を呑んで恨みがましい目を向けたが、黙って為されるが侭でいた。
泥のついた手で拭ったのだろう頬の跡が、まだ大人になりきれない幼い表情を引き出している。身体ばかりが先に成長して、今ではもう男を見下ろすほどの背丈になっても、まだまだ考えなしの子供なのだと思う。
昨日の雨で道は相当泥濘んでいたはずだ。服の彼方此方が泥で汚れている。平坦な道しか歩いたことがないと容易に想像がつくこの青年が、雨上がりの山道をよくもやって来れたものだと関心しながら、男はやはり呆れずにはいられなかった。さほど険しくはないといえ、山は山。一歩道を誤って迷いでもしたら、こんな軽装備で一晩とて過ごせはしない。
世間知らずじゃ済まされないぞと、呆れる一方で腹立たしくも思った。
「きれいな服がドロドロですよ、ぼっちゃん。靴だって中まで泥が入って、もう使い物にならない」
「だって、会いたかったんだ。店に行ったら、ここにいるって聞いて」
「それで?共の者も付けずに一人でいらしたんですか?ぼっちゃん」
少し不機嫌そうに、青年は押し黙った。
「まさか、また黙って来たのか?」
男の顔から視線を逸らせることでそれを肯定する。予想はしていたものの、男は天を仰がずにはいられなかった。深いため息が出て、肩から力が抜けた。
「…勘弁してくれよ。それで何度大騒ぎになってると思ってんだ」
「日暮れまでに帰れば何も言われないよ」
「日暮れまでにねぇ…俺はねぇぼっちゃん、あんたみたいにデカイ奴背負って山下るなんざ御免ですよ?ぼっちゃん」
わざと青年が嫌がる呼称を強調して、男は自らの憤懣をぶつける。
この足では、今すぐ出発したとしても日があるうちに山を出るのは不可能だろう。夜の山は慣れた者でも避ける。今夜はここで夜を明かすのが賢明ということだ。
それがわかったのか、青年は酷く落ち込んだ態で項垂れ、小さな声で「ごめんなさい」と謝罪した。
そんな萎らしい様を見ると、男はどうにも愛おしさが込み上げてきて全てを許してしまいたくなるのだが、立ち上がり棚の手ぬぐいを取りに行くことでそんな気持ちを断ち切った。
そして少し冷酷さを湛えた声を敢えて使うことにした。
「もう来ないでくれと言ったはずだな?」
いつもとは逆の立場で、椅子に座った青年を見下ろす。
数年前までいつも見えていた旋毛が変わらずあって、何だか懐かしく感じた。
青年は差し出された手ぬぐいを受け取ろうともせず、俯いたまま。
待っても返答がないので、追い討ちを掛けるように男は続ける。
「聞きましたよ、お相手が決まったそうで。日野の子爵のご令嬢といやぁ、たいそう美しいと評判」
すると青年は、男が最後まで言い終わらぬうちに目の前の男の腰に手を回して、顔を埋めるように抱きついた。
おいおいと、もう何度目かわからないため息を男はついて、青年の髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。
「…結婚なんかしない」
「それは無理だろう。お前は華族様の御嫡男で在らせられるんだから」
「会いに来るのもやめない」
「もう数えで二十歳になる男が、そんな駄々捏ねるんじゃないよ」
自らの優しく甘い声音に気付き、男は苦笑した。そしてもう一度青年の頭を撫でてから、腰に回された手をゆっくりと外し、足元へしゃがみこむ。
青年の目が自分を追うのを感じながら、知らぬふりをして濡れた足を拭く。
苦労をしらない白い足に、草木に付けられた無数の引っかき傷と、痛々しいほどの靴擦れ。自分のために彼が負った傷である。
「…好きなんだ」
頭上で消え入りそうな声が告げた。
知っているよそんなこと、そう返す代わりに、男は、青年の足の指を口に含んだ。

こんなことが伯爵家に知れたら、俺は生かしておかれんのじゃないかな?

そんな暢気な不安を抱えつつ。

399 8-489 嘘でもいい(490です。リロミスだったためこちらに投下) :2006/10/14(土) 23:04:03
あぁ。なんであんなヤツのこと好きなんだろう。
軽いし、嘘つきだし、時間にルーズだ。
今日だって、あいつから誘ってきたくせにもう30分以上、遅刻してる。
遅れるならメールのひとつ位入れやがれ!
ありえない。本当に。

今日はおれの誕生日で、いつも通りなら家族で外食のはずだった。
でも、この年にもなって誕生日に家族で外食なんてダサいかなって思ったし、
なによりあいつが、この日に遊ばないかって言ってきたから……。
まぁ、あいつがおれの誕生日なんて知るわけないし。それでも、嬉しかったんだけど。
あーあ。
おれはみじめな気持ちでおろしたてのブーツのつま先を見つめた。

「いやぁ。遅れてマジごめん。」
軽く叩かれた肩。振り返ると、悪びれない笑顔のヤツがいた。
「……」
怒りのあまり、おれはリアクションもできない。
「いやぁ、おばあさんがペットボトルの大群に襲われててさぁ。」
こいつのこういうところには殺意すら覚える。
「……嘘つくなら、もうちょっとマシなのにしろよ。」
「うん。そうだね。」
その時、突然首のまわりにあったかい感触がした。で、目の前に突き出された花束。
「このマフラー、おまえに似合うなぁ。って思って。はい花も。誕生日おめでとう。」
そしてひときわ声を潜めて、耳元を掠めるようにヤツは言った。
「好きだよ。」

こいつのすること、言うことのどこまでが本当で、どこからが嘘なんだろう。
あぁ。でも、もう。嘘でもいいや。
こみ上げてくる涙が、悔し涙か、嬉し涙なのか、呆れからくるものなのかもわからずに、おれはそう思った。


※本スレ490です。本当にすみませんでした。
しかも投下もこんな遅くなってしまって_| ̄|○
もうしません。今はとっても反省している。

400 8-569懐いてる×懐かれてる1/2 :2006/10/19(木) 10:19:09
幽霊ネタ注意 長文すみません

チリ、チリと、夜風に吹かれて風鈴が鳴いている。ヒビでも入っている
のか安っぽい無機質な音しか出さないが、ここのところ、そんなものは
問題にならないほどの音害に悩まされる日々が続く。日が暮れるまで
は蝉の放吟、月が出たなら蛙の合唱。そうして深夜ともなれば、俺の
部屋を支配するのは幽霊のラップ音だ。
「騒いでも昼間は誰もいないからつまんなくってさあ。でも夜はあんた
が帰ってくるもんね、頑張っちゃうよ、オレシャウトしちゃうよー」
鬱陶しい事この上ない。
背後からべたりと張りついてくる半透明の男を剥がそうという努力は一
週間でやめた。俺の背中を特等席と決めたらしく、てこでも離れないの
だ。自分の名前すら忘れてしまったというこのおんぶおばけ、俺が家に
いる間は逞しくも色のない腕を肩口に回し、首筋にむしゃぶりつい
てはバキバキと怪音を立てる。郊外の借家で人家も他は疎らであるの
が幸いだが、霊との強制二人羽織のせいで、盛夏だというのに震えが
走って止まらない。

思えば、奴と会ったのは春も彼岸を過ぎた頃だった。格安の値に惹かれ
て古家に居を構えたその日の夜、騒音と共に天井からにゅるりとぶら下
がってきたのだ。大して知恵の有りそうな顔ではなかったが、物は試し
とアルバムを取り出し、鬼籍の者同士消息を知りはしないかと他界して
久しい父と母の写真を見せてみたら、会ったこともないという。ならば
と成人せずに死んだ妹や事故で亡くした友人、声すら知らない祖父母に
何時の間にかいなくなった猫など手当たり次第に写真を突きつけたが、
どれにも首を振るばかり。終いには幽霊だからといって死人全てと顔見
知りではないのだし、そもそも自縛霊に横の繋がりを期待する方が間違
いなのだと言い訳しやがる始末なので、役立たずめと罵ったら泣きが
入った。あまりに辛気臭いのでそれなら仕方ない、幽霊でも構わんから
お前が側にいろと命令したのだが、そこで仏心を起こすべきではなかっ
たのだ。おかげで今のこの様だ。勝手に風呂について来ては湯船を冷や
す。仏前にはミネラルウォーターを要求してくるし、野良猫には喧嘩を
ふっかける。おまけにこの悪寒。俺の最近の持病は冷え性だ。
「どうしたの、黙り込んじゃって。何を考えてるの、教えてよ」
てめえを成仏させる手段だよ、と胸中で毒づく。何で未だにフラフラし
ているのか聞いたこともあったが、さあね、何か執着を残してるんだろ
うねと頼りない。では死因が分れば手掛かりにならないかと思いもし
たが、食中りか何かだったかな、とやはり曖昧で当てにはならない。
今が良ければそれで良いよと、おんぶおばけは刹那的だ。

401 8-569懐いてる×懐かれてる2/2 :2006/10/19(木) 10:20:34
「いきしゅん」
くしゃみをして時計を見上げると既に午前二時。八月十二日の丑満時
だ。やたらと活きのいい背後霊を扱いあぐねていると、携帯電話がビリ
リと震えた。会社の後輩がメールを送ってきたらしい。添付されたフォ
トデータを開いた途端、俺は吹き出した。「先輩、愛してまっす」の書
き文字とともに、唇を突き出した後輩の顔が画面いっぱいに広がってい
る。深夜には生者のテンションも上がるのだ。くつくつと笑いを堪えて
いると、バチリと目の前で火花が弾けた。
「誰、そいつ」
いつの間にか正面に立っていた幽霊が、パチリパチリと放電している。
「あのな、こいつは会社の後輩で」
「オレには、そんな顔して笑ったことないくせに。あんた、そいつが好
きなのか?そいつはあんたにさわれるのか。忘れたの、最初にオレに
側にいろって言ったのあんただよね。そいつの方がいいの?
生きてるから?」
「おい待てよ、お前のことは」
「あんたがオレを無視するってのなら!」
ポルターガイスト、いつも戯れに小石を放っているのとは桁違いの力
で、俺の身体は壁に激突した。普段は漬物石一つ手伝わないくせに、こ
の野郎。衝撃に梁や柱がゆらゆらと揺れ、大量の埃が舞う。入居した当
初から掛かっていた「四面楚歌」の額から、バサリと何かが落ちてき
た。幽霊からは興奮が掻き消え、ただ茫然と浮いている。俺は腰をさす
りながらそいつを拾い上げた。
「お前の執着って、もしかしてこれか?」
ボロボロに古びた日記帳だ。マジックで名前の書き込まれた表紙を、
透き通った指がそっと撫でた。

「どうしてあんな所から降ってくるんだ」
「秘密の日記は秘密の場所に隠すものだよ」
近所の寺から、勤行の始まりを告げる鐘の音が聞こえてくる。幽霊と頭
をつき合わせて相談した結果、中身も見ずに、庭で一切合財を燃やしち
まうことにした。おそらくそれで奴は執着とやらから解放され、晴れて
天へと召されるのだろう。寂しいかい、と顔を覗きこんでくるので、サ
ラダ油をぶっかけて即座に点火した。コンマ二秒の速さだ。
「あ、ちょっとひでぇや」
黒々とした煙が立ち昇り、黄ばんだ紙を橙色の火がなめていく。さなが
ら二度目の火葬だ。芋が無いのが残念だ。
「オレは、あんたを残していくのが不安だ。変な後輩に渡したくねえ
し」
「幽霊に焼かれる世話は無いよ。さっさと逝け」
「そうじゃなくて、同じだ、同じだから分るんだよ、あんたは」
ゴオン、と寺の鐘が響く。どうせならと夜明けの太陽が一番照り輝く瞬
間を選んだのだが、正解だったようだ。男の透明な体が光に満たされ、
朝日と一体となる。
「ああああこんな事なら一回くらい取り憑いて鏡の前で一人エッチしと
くんだったあああ」
「さ、最低だ、お前」
悪霊のような断末魔を最後に、幽霊は俺の前から去った。静かに燃え
続けていたノートのページが熱に煽られて捲れあがる。八月の日付が
見えた箇所を、俺は声に出して読み上げた。
「八月十日。独りぼっちで居続けるのは、寂しい。寂しい。寂しい」
なおも言葉の書き連ねられた部分が炭の塊に変わっていく。そんな
ものを書くことで紛らわせると思っていたのなら、あいつは本物の馬
鹿だ。格好つけて自分の感情に背を向け続けていた俺は更なる馬
鹿だ。ああ、でも俺と居た時は、あの野郎、寂しいなどとは一言も言
わなかったな。
「八月十一日。小金が入ったので、明日は好物のフグを食べに行く。
楽しみ」
最後のページを炎が呑みこむ。風に吹かれてチリ、チリと、風鈴が
安っぽい音で鳴いていた。

402 8-619 さあ踏んでくれ :2006/10/20(金) 22:14:44
……え?ホントにいいの?
いつもパリッとしたスーツを着て、颯爽とビジネス街を歩く一流企業のサラリーマンが
僕の前に素肌を晒している。

「……でも……」
「いいんだ。思い切り踏んでくれ……それが快感なんだ」

高校時代、ラグビーで鍛えた体はうっすらと日に焼けて、逞しくて。
綺麗な逆三角形を描く、胸から腰のライン、引き締まった太腿。まるで彫刻のような体。

あぁ、どうしよう。
身長も体格も、体重だって完全に負けている僕なんかが、この人を踏みつけにするなんて。
いつもなら、乗っかられるのは僕の方なのに。

「なぁ、頼む。我慢できないんだ。酷くしていいから」

そんなに、切なそうに切れ長の目を潤ませないで。
あなたの望むように、僕は何でもするから。

「あっ……あぁ、イイ……」

僕の体の下から、快楽の声が聞こえる。
うつ伏せに床に体を伸ばして投げ出したその足裏を、
僕は彼が望むままに踏み続けている。

ビジネス街を颯爽と歩くのは、存外に足が疲れるものらしい。
足裏の次は、多分、腰を揉まされるんだろうな……。

403 8-679遠足帰り :2006/10/26(木) 04:31:59
オレンジ色の焚き火の上で、コトコトと湯が煮えている。使っているの
は道で拾った鉄鍋だが、随分と役に立つものだ。くべた枯れ木がパチリ
と弾けて、火の粉を散らす。遠くではフクロウの声。頭上でムササビの
滑空。地を這うような、野良犬の遠吠え。炎から少し離れた所では双子
の姉妹、ブルーとホワイトが身を寄せ合い、すやすやと寝息を立てて
いる。それに重なるように聞こえるのは、朽木の欠けらを踏みながら、
わざと気配を絶たずに近づいてくる足音だ。じっと見守るうちに、夜闇
の中にゆらりと影がうごめき、一人の少年が姿を現わす。漆黒の髪、
普段通りの仏頂面に何故か無性に安堵を覚えつつ、白湯を汲んだ
カップを差し出した。
「お帰り、ブラック。見張り番、ごくろうさん」
「お帰りじゃねえよ。寝てなかったのか、レッド。見張りを交代でやる
意味が無いだろうが」
「寝つけなかったんだよ。グリーンはどの辺にいるんだ」
ブラックは無言で空高くを指差した。小さな休憩の場を取り囲む樹木の
群れは黒々とそびえ、無数の生き物をたたえてざわめいている。ぽっか
りと拓けた空き地の真上に月が浮かび、それを貫くように一際鋭く、
杉の大木が伸びる。人の影、グリーンの姿が見えているのはその先端
だった。自分の背丈よりも長い鉢巻を揺らし、きょろきょろと風見鶏の
ように落ち着きが無い。どうしてあんなに高いところを好むのだろう
と、いつも不思議に思う。
「先生は?」
「ハンモックの上。あの野郎ぐーすか眠りこけやがって、のん気な
もんだ。消し炭でヒゲでも描いてやりゃ良かった」
ぶつくさ洩らすブラックにそっと微笑むと、レッドは視線を彼方に
転じた。山を降った遥か裾野では、星が瞬くように町の家々に明かりが
灯っている。ようやくここまで辿り着いた。人間の生活が息づく所ま
で、あと一歩。あの日、秘密基地を出発してから早三ヶ月が過ぎて
いた。熊を倒すことは十一匹、猪を屠ること十七頭。その間、遭遇した
怪人組織の戦闘員、ゼロ。医薬品はなく食料も乏しいまま、落ち武者の
ごとく山野を駆け巡ったのだ。何度師の「あれ、ここどこだっけ」の
言葉を聞いたことだろう。何度「ああ、水、全部飲んじまった」の
言葉に歯軋りしたことだろう。思えば長い道程だった。
もはや五人の若人は、旅立った当初のヒヨコのままではなかった。
胸を張って、帰るべき場所へと還るのだ。あの明かりの中に、自分達を
待つ人々がいる。三ヶ月前に遠足に出ると言い残してそれっきり
消息不明の自分達を待つ人々が。あの明かりこそ、悪の手から自分達が
守るべきものなのだ。
「これ、遠足じゃなくて、既に遠征の域に達してるんじゃねえのか」
あの野郎、町に着いたら覚えて居やがれ、と、ブラックが喉の奥から
声を搾り出す。その時はおそらく、鉄鍋が恐るべき武器へと変貌を遂げ
ることだろう。明日には帰れたら良いなと、レッドは大きく
伸びをした。
「基地に帰るまでが遠足だからな。油断するなよー」
早く、あんなおっさんに頼らずとも済むよう、一人前にならなければ。
図らずも、見習いレンジャーの子供達は同じ事を思ったのだった。

404 8-699恥ずかしいけど手を繋ぐ :2006/10/28(土) 00:39:54
自宅のアパートまであと100メートルというところで、突然彼は俺の手を掴んだ。
なんの前触れも無かったから、それが初めて彼からの積極的な行動だったことに気づくのは
家に帰って二人で冷たい布団に潜ってからだった。
ただ今は、氷のように冷えきった彼の手に驚きながら、俺は数歩先を歩く彼の様子をうかがっていた。
まるでこれじゃ、スーパーで駄々をこねた子供とそのお母さんみたいだ。
「…いや、でも俺の方が身長高いからな。やっぱり、子供というわけにもいかないなぁ」
「はぁ? お前、何一人でブツブツつぶやいてんの?」
「ん、俺のことはあまり気にするな。……っていうかさぁ」
「……何だよ」
夜の10時を過ぎると、一日の仕事を終えて点滅を繰り返す信号の交差点。
車が走っている気配などまったくしないのに、赤信号の点滅に、彼は足を止めた。
その交差点を渡れば、アパートは目の前である。
「どうして手を繋いでるのに、いきなり急ぎ足で歩くわけ?」
「ちょ、バカか? 俺は手なんて繋いでいない!」
「じゃあ、これは一体何なんだよ」
「こ、これは…だからその…違うんだってば!」
そう言うと、また彼はずんずんと歩き出した。
それに引っ張られるように歩く俺。

俺は、このときはまだ思い出していなかった。
二人で見た朝のニュースの、最後の5分でやる血液型占いの結果の
B型のあなたは、恋人と手を繋いだりすると恋愛運がアップ!という女子アナのナレーションを。

405 8-719 あぁ勘違い :2006/10/29(日) 00:55:23
カブってしまいすみませんでした。改めて投下させていただきます――――――――――
「目が覚めたか?」
耳元から聞こえる声に覚醒しきらぬ頭は事態を把握できない。

「あぁ悪いな、客布団ねぇんだよ。狭苦しかったか」
…えっと…そうだ、昨日は商談成立させた祝杯をってTさんのマンションで飲んだんだっけ。

「スーツ皺になるから掛けといたぞ」
あぁどうも。。
…って俺いつパジャマに着替えたんだ!?
つーか客布団ないからってなんで一緒に寝てるんだよ!
うぁああぁぁ〜!ヤバいよ、ヤバい!どうしよう。

「くくっ…覚えてないのか?気持ちよさそうに寝てたもんなぁ。
着替えさせんのも大変だったぞ。」
ぇえーっ!じゃあ、あんなとこやこんなとこも見られちゃたわけ?
慌てる俺を見て事もなげに笑ってくれちゃってさ。
いつもと変わらぬ大人な余裕で…いつもと変わらぬちょっと悪ぶった態度で…。


マンションにまで誘ってくれて嬉しくて嬉しくて舞い上がっちゃって、
もしかしたらTさんも…なんて期待した俺はバカだ。
Tさんはいつも冷静で、ほんの些細な言動にも一喜一憂して翻弄されるのは俺だけで

なんかひとり酔っ払って身も心もぐるぐるしちゃって。
あ〜ぁ、どうせ俺の勘違いですよ。
女にもてるTさんが俺なんか相手にしてくれるわけないよな。


「オイ、飯作っとくからシャワー浴びてこい。すっきりすんぞ。」
シャワーの言葉にもビクッとしちゃう俺の気もシラナイで。

「美味いか?やっぱ朝は味噌汁だよな。もっと食え」
なに?仕事できてかっこよくて、その上料理までできちゃうわけ?
ドキドキして味なんかよく分かんないけど美味いに決まってるじゃん。

だけど…飯食う俺をそんな優しい目で見ないでよ。
ほら、また勘違いしちゃうじゃないか。

406 8-690接触過多な変態×常識人なツンデレ :2006/10/29(日) 20:14:06
扉を開け放つと同時に体をやわらかな光に包まれ、視界に満ちた
清冽なまぶしさに、思わず息を呑んだ。窓際ではかすみの色の
カーテンが風をはらんで波打ち、その合間を小魚の泳ぐように、
白衣のナースが動き回っている。室内に備えられた二台のベッドの
うちの片方には、午後の日差しを一身に受けて、所在無い様子で
新見が腰を下ろしていた。

お友達ですか、はいそうです。必要な物を届けてくれるよう頼んだん
です。いきなりの事でも頼れる奴が他にいなくて、などと二人が
会話を交わしている間、紙袋を手にぶら下げ、服部はただ新見の
頭部に白く巻きついた包帯を凝視していた。
「服部、そこ、邪魔」
扉の前に立ち尽くしたその脇を、ナースが一礼し、きりきりとした
足取りで去っていく。後姿をぽかんと見送っていると、「いつまで
そこにいるんだ、さっさと入れ」と苛立った声がした。
「済まなかったな、仕事帰りに」
「あ、ああ、平気。そっちは」
「頭と肩と、あちこちを打った。前に言ってた、例のビルの壁画
修繕中に足場が崩れたんだ。高さは大したことがなかったけれど、
色々検査をして、安静をとった方が良いらしい」
色の薄いシャツにジーンズと、新見は普段通りの格好をしている。
おそらく事故の時の服装のままなのだろう。ただ手首には、患者の
取り違えを防ぐための認識票がブレスレットのように巻かれている。
短期入院患者専用の室内に今は二人以外の人影は無く、空の
ベッドに面積の半分を埋められた部屋は妙にがらんとしていた。

「い、痛いか、まだ」
「何しろ落ちたてだからな。それよりさっきから何なんだ、お前は。
変におどつきやがって、借りてきた猫じゃねえかよ」
やましいことでもあるのかと胡乱な目つきを寄越されて、服部は
大きな体を一段と縮ませた。
「なあ、今日は抱きついてこないんだな」
普段は剥がしても剥がしても藻みたいにへばりついてくるくせによ、
と新見はそっぽを向いて呟いた。
「え、いや、オレは」
どっと肉の落ちたような背に服部は泡を食ったが、ほれ、と顎を
しゃくられ、晒された喉に本能的に飛びついた。放り出した
紙袋が壁に激突して沈黙する。頬に触れ、喉を撫で、肩の
稜線に指を這わせて腕ごと抱えこみ、包みこむ。大事な名前を
呼んで、何度も唇に刻ませた。
「おい、そこでどうして乳首をさわるんだ」
「ああごめん、ついいつものくせで」
ラッピング用紙になったつもりで背中をゆっくりとさする。痛くは
ないかと耳元で囁いたが、返事の代わりは心地よさげな吐息だった。
「今日のことがきっかけで、高所恐怖症になっちまったらどうしよう。
ただでさえ作業に遅れを出してしまうのに、そんなことになったら、
オレは」
「大丈夫、大丈夫だよ。君は根っからの高い所好きだから」
どういう意味だ、と激昂しかけた口元を指の腹で押し止める。新見の
唇をなぞって往復させながら、大丈夫だよと繰り返す。それ以上
騒ぐことは無かった。されるがままの様子に、どちらが猫の子だか
分かりはしないと思いながら、この温もりを手放すまいと胸元に
繋ぎとめた。
数日の後、入院中に使用した下着をちょろまかしたことが露見して
二時間ほど正座させられながら、ああいつもの新見だと、服部は
ほっと安堵の息を吐いたのだった。

407 8-749 着物 :2006/11/01(水) 15:00:44
小袖の手をご存知でありましょうか。
江戸は寛政年間、とある古刹へ一枚の小袖が納められました。
小袖とは文字通り、袖の小さく活動的に動けるような、公家から
武家、庶民にまで広く着られた衣装のことです。
名の売れた遊女の亡き後、苦界をさすろうたその身の供養の
ためにと祀った衣に香を手向け、日々菩提を弔っていたところ、
夜な夜なちりん、ちりんと鈴を鳴らす音がありました。
怪しみてそっと覗いてみたところ、衣紋掛けの小袖からぺらり
とした紙のような白い手がすうっと伸び、壇の鈴棒をつまんでは、
そうっと鈴を打つのです。
思えば人の、女の執着とは、儚くした後もその衣服に留まり、
過ぎた浮き世を偲んでは、帰らぬ日々に、消えぬ未練に亡き身を
妬くものなのでありましょうか。
ね、聞いてる?ちゃんと聞いてる?

「いや、そんなポエムは今はいいですから、背中!背中、のいて!
借り物なんです、皺になっちゃう!」
羽織くらい、自分で着られますから、と必死で叫んでも、背中にくなりと
圧し掛かった男は聞き分けなく甘えるように密着してくる。彼の言う
小袖の手の話ではないが、羽織の肩越しににゅうと手が伸ばされて、
かいぐりかいぐりと頭を撫で、ときおり目測を誤った指が鼻の穴に
突撃する。こうした時はやりたいようにさせておくのが一番の得策
なのだが、このはしゃぎようは普段の比ではない。

「しかしよく似合うねえ。馬子にも衣装、とは言わないよ。自慢の
息子だもん」
今度はくるりと前面に回って、頭の天辺から足袋の先までしげしげと
見やる。紋付羽織に、長着に、袴。日本男子の礼装である。
ひどく気合が入れられているのは今日が成人式だからだ。
一生に一度の記念だからと、彼は本人よりも嬉々として準備に奔走
していた。当の成人は満面の笑みの親を前にして途方に暮れるのみだ。
「あっと、そろそろだね。式の会場へ行くのに、友達と駅で待ち合わせ
してるんだろ。ほい、外に出た出た」
皺になるというのに、背中を両手でぐいぐいと玄関の方へ押してくる。
その背を頭ひとつ分追い抜かして、もう幾年も過ぎた。今は逆らわず、
為されるがままに滑るように廊下を渡り、雪駄の鼻緒をひっかけて表に出る。

「ああ、いい天気だね。小春日和だ」
君を引き取って二人でこの家にやってきた日のことを思い出すよと、
庭の梅に目を注ぎながら義父は目尻に皺を寄せた。黄の蝋梅が盛りを
誇っている。まさに晴れの日、晴れ着だねと手をかざし、空を仰ぎ見た。
つられて見上げた空はとても高く、澄んでいた。
「お父さん。駅まで、一緒に歩いて行きませんか」
今日は暖かいし、散歩代りにね、と顔を窺うようなねだり方をすると、
彼の目はまん丸に見開き、ついて来て欲しいだなんてまだまだ子供だね、
とにっこり笑った。春の陽のようだ、と思った。
過去はすでに遠く、現在は不透明に流れる。
見透かし難い霧の中を、それでも貴方の隣で歩いて生きたい。
その手を取って、共に未来を。

408 8-769冷たい手 :2006/11/04(土) 00:56:35
大きな手が汗ばんだ頬を撫でる。
ゆっくり、ゆっくりとあやされるような赤ん坊の
気分になったので、どういうつもりだと熱に
かすんだ目で問いかけたら、大きな手の
持ち主の、黒く澄みきった夜の葡萄みたいな
瞳が、こちらの様子を案じて見守っているのが
滲んだ視界にぼやけて見えた。
「僕の手は冷えているので、あなたの頬を撫でています」
その通りだ。確かにそうだ。男の手は大抵いつも冷えている。
そうして俺は、そのことを知っている。
「あなたが言ったんです。お前の手の冷たさには
意味があると。手が冷たい奴は、その分心が
温かいんだ、心配するなと」
確かにそうだ。その通りだ。いつかの日に、何かの拍子に
俺が言った。どっかのドラマで使い捨てのセリフだったが。
「僕のことを。僕自身を、そんな風に肯定的に
捉えてくれた人は、いなかったから」
だからこうして、あなたの頬を撫でていますと、大きな手で
男は俺の頬を包んだ。
いつか俺の熱は冷たい指に吸い取られ、掌をぬるめたあと、
空気中に分子のように散らばるだろう。そしたらその時は、
今よりずうっと楽になっているだろうから。
その時は遠慮なく、俺の手を一晩でもいつまででも握って
いるといい、冷たさも温かさも包みこむその大きな手で。

409 7-779 熱血受け :2006/11/04(土) 19:01:55
お母さん、
あの熱血受けはどこへ行ったでしょうね
とは、かの有名な偉大なる801詩人の言葉ですが。
最近は巡り会うのは難しいようですね
でもそれは、
熱血の前に、はみ出してたり捻れてたりやけにスタイリッシュだったり、なヒーローが増えましたから
皆さんが見落としてるという事も多々あると思いますので
安易に「熱血受けじゃないや」と判断すると損をします。

まず、熱血受けとは何か。
燃えています
どこぞのキャッチフレーズのような、
ど力・ゆう情・勝りや
協力する・一致団結することが基本的に好きです
心も体も明日を夢見る瞳も、内に秘めてる場合もありますが、とても熱いです。
それはベッドの中でも同様です。
パートナーと快楽を共にする努力も惜しみません
しかし押さえ付けたりすると、戦っている気分になるのか強い抵抗を示す事もあります。
攻める際は怪我に注意しましょう。強いです。
ツン入り受けはキツい言葉を投げかけて来たりもしますが、
別な意味で口が達者かどうかは、個人差がありますので、それぞれで確かめて下さい。
たまには熱血受けでも恥じらいモードが入ると、他の受けのように声を押し殺したりします。
漏れ聞こえてくる声はなかなか悩ましげです。テレビなどで敵に一旦斥けられた時に零す声を想像すると分かりやすいかも知れません。
まぁ実際はその数十倍は艶めかしいですが。
先にイクと、負けた気がして悔しがることもありるようです。
攻めは熱血受けの気持ちを上手いこと汲むようにしましょう。
熱血受けは言い訳を嫌います。割とナイーブです。

相性がいいのは
主に共に戦ったり、支えてくれた仲間ですが
ライバルや敵もなかなか良いです。
ただ、始まりは難しいです。
ゴーカンからが多いです。
ゴーカンが苦手な場合は改心しましょう。
かつての味方が敵になるののは辛いでしょうが、障害は愛を更に燃え上がらせると思います。

さて、冒頭の詩についてですが。
余談ですが、
我が家には私の帰りを20年来待ってくれている熱血受けがいます。
…これはテストに出ませんからメモしなくていいです。
はい、ではこれで特別授業を終わります。
またの機会にお会いしましょう。

410 8-789こたつ出しました :2006/11/05(日) 20:37:12
イチョウの葉が、扇の如く宙を舞っている。
見蕩れていると、突如けたたましい犬の声が耳をつんざいた。
一瞬、ほんの一瞬ぐっと身を竦ませる。何でもない些細な事にも
怯えて反応してしまうのは、昔からの悪い癖だ。

てやんでえ、ばっきゃろおおおめえええ。

間を置かず、男の胴間声が後に続いて響き渡る。立ち止まって
いた歩を進め、吹き抜けの廊下を伝って縁側に出ると、ごましお
頭で半纏姿の男が庭に倒れ伏し、子牛ほどもある大きな犬の
下敷きになって襲われていた。否、じゃれつかれていた。
「あああんた、来てくれたか、この犬っこをどけてくれえ!」
「今度は何をやったんですか、松さん」
「知らねえよう、一仕事終えて息継ぎしてたら、いきなり
まみれついてきゃあがったんだ」
「仕事が済むのを待ってたんでしょう、ははは。マッハ有明は
本当に松さんが好きですねえ」
金色の毛皮を震わせて、犬が屋敷抱えの庭師の顔を唾液で
べろんべろんにしている様子を微笑ましく見守っていると、ふと
馴染みの痛みが、肩を、背中を、体中に残る傷の跡を、懐かしい
甘さを伴って走り抜けていくのを感じた。

「おまえの姿は目障りだ。這い蹲って犬の真似でもしているがいい。
人の言葉を喋るな。鳴くんだ。しゃがみこんで、舐めろ。
歯を立てたりしてみろ、どうなるか分かっているだろう?」

鞭のしなる音。硬い靴の踵で打ち据えられる音。過去に消えた
はずの音が耳の奥に潜み、幻聴となって蘇る。
そう、全て幻聴だ。なかなか思い通りにならない己の心に、
辛抱強く何度も言い聞かせた。
「旦那を探しているのかい」
「ええ。居場所は分かっているんですが」
「なら、桜の手入れが終わったと伝えといてくれ。気になすってた
からな。いやその前に犬を、犬をおおお舌があああ」
承りました、と戯れる彼らを尻目に屋敷の奥へと足を向けた。
今時の桜は葉を紅く色づかせ、夕日の照る頃になるとなお一層
その姿を松明のように燃えたたせる。春には煙の化身のような
霞む花弁を、夏に若葉の瑞々しい生命力を、見送ることのできる
日々のなんと幸福なことか。

「その、御主人様って呼称は何とかならないの。気味が悪いん
だが、え、すぐには無理。定着しちゃってるからか。じゃ、せめて
様を取って呼んでくれ。近所の奥さん連中もそうしてるから。
私は未婚なんだけどね。君にはしっかり働いてもらうよ。
春には、花見。庭の桜は私が子供の時からあるんだ。お弁当を
重箱に詰めて、桜餅を用意して。薫風の頃なら、柏餅も忘れず
にね。夏には流し素麺のできるほど庭は広いし、そう、近くに
野原もあるから、秋桜も見に行こう、マッハ有明を連れて。
楽しみだね。楽しみだねーえ」

なんの気紛れであれ、この身をすくって拾い上げて下さった時から
変わらぬあの方の笑顔を、一生忘れはしまい。ここに在る日々の
全てが、自分にとっては連綿と続く奇跡だ。
調理場の土間には入り口に尻を向け、一心不乱に
巨大な冷蔵庫の冷凍室をまさぐっている男がいる。冬の準備が
出来たら、せっかくだからアイスクリームを食うのだと、小一時間
前に子供のようにはしゃいでいた男だ。
「御主人、御主人。こたつ出しましたよ」
その言葉にばね仕掛けのように跳ね上がり、カップアイスを
抱えたまま男がくるりとこちらを向いた。
「やっぱり、バニラだろ、バニラ」
にんまりと極限まで相好を崩したその笑みは愛らしく、ひどく
妖怪じみていて、せめて布団にこぼさぬよう、机に起き上がって
食わさねばと、新たな決意を促すのだった。

411 8-819 ハリネズミのジレンマ/1 :2006/11/08(水) 08:18:59
知ってるか否かの前に
間違えてるよ、ソレ。
と、小さく肩を竦めると
「んん?」
間抜けな声を上げて、ヤツがきょとんとした表情を浮かべた。
「…それ、ハリネズミじゃねーって」
「え?え?」
溜息が出る。
「ヤマアラシだよ…」
「ええっ!ハリネズミじゃねーの?」
…夜中なんですが。
リアクションでけーよ。煩い。

「うん。ハリネズミじゃねーの…」
だから俺はごく静か小さく応える。眠い。
「ヤマアラシ?」
「…ヤマアラシ」
まだ疑わしそうな声に、厳かに言い返せば
ちぇ、なんて
ヤツは似合うような似合わないような、少し拗ねた顔をして
「おまえは何でも知ってんだなぁ」と、次の瞬間には笑顔。
なのに。

「そーでも無い…」
気恥ずかしくなって、さり気なく視線を逸らし目を閉じかけた俺に
「あぁ、そういやそーか。ふはははっ」
…おい。即答かよ。しかも笑うのかよ
安眠妨害、断固反対。

「…で?」
「へ?」
「何か…言いたかったんじゃ、ねぇの?
“ハリネズミの、ジレンマ”」
「あー…うん、いや…なんかで読んで、いい話だなーって思って、」
教えてやろうと思ったんだ。
「…イイ話?」
「うん」
ヤツは非常に素直に頷いたが、俺は眉を顰めた。

412 8-819 ハリネズミのジレンマ/2 :2006/11/08(水) 08:37:54
…いい話だったか?

ハリネズミ、もとい
ヤマアラシのジレンマ。

寒い夜、二匹のヤマアラシがいる。
くっついて暖め合えば凍えない。
けれど体を覆う硬い針のような毛が互いを傷つけるんで、体を寄せ合えない。
…っていうような話で。
求め合っても、一緒になれない、みたいな
悲しい、淋しい感じの話じゃなかったか?
いや、確か固い話だと哲学かなんか、自己の自立がナントカカントカで…

「違うんだよなー、それが」
「へ?」
アホみたいな声を出した俺の体を、グイと胸元に引き寄せたのは
目が覚めそうな、力強い腕。
「…たとえ、すぐにはうまく行かなくても、
二人なら見付けられるんだって」

…何を?
ヤツの優しい声と鼓動と体温を感じつつ、少しぼんやりした声になってしまったのがわかった。
…眠いせいだ。

「お互いを、じょうずに暖め合う方法を、だよ」
最初は傷付け合っても、傷付け合わないような方法を。
小さな傷が沢山出来ても、二人で探せば、必ず何か方法はあるんだよ。
それってスゲーことだろ?
イイ話だろ?なっ?
嬉しそうに。
幸せそうに、ヤツは笑う。
「………」
ハリネズミもヤマアラシも、ちゃんと見たことがないから
正直なところ、本当かどうかはわからない
やっぱり無理じゃないの?とも思う。
わかることは、こいつが底抜けに楽天家で明るいってことだけ。
だけど俺は、コイツのこういうところが。

「…わかったわかった…すごいすごい…だから、」
もう黙って目も口も閉じて
おとなしく抱き合って
幸せなハリネズミとヤマアラシの夢でも見ようや、と
俺はヤツの裸の背中に腕を回して、肌をぴたり合わせて、今度こそ目を閉じた。

こいつに逢うまでは
俺はハリネズミだった
こいつに逢わなかったら、
きっと凍え死んでいた。
…こいつに逢わなかったら

でも、こいつとなら
俺はハリネズミでもヤマアラシでも、
きっと、凍え死にしない。

413 8-839ネズミ×ネコ :2006/11/11(土) 01:02:31
「おまえさぁ、いい歳こいてそのかぶりものやめてくれよ、
まったく恥ずかしいったらありゃしない」
久しぶりのデートで家族連れやカップルなどで賑わうこのテーマランドに来たはいいが、
すれ違う子供たちがあれ欲しーとばかりに振り向き指を指している。
だいたい俺はこういう人混みは苦手なのに、その上恥ずかしいこいつ連れじゃいたたまれない。
「なんでさ、デズニンランドと言えばこれでしょ!この耳がないと盛り上がらないじゃん」
「せめて土産にして家で被れよ。ほらまたガキが見てったじゃん」
「えっ?じゃあベッドで被ろうかなぁ。ネコに襲われるミッキ☆ってよくね?」
「……、…」

ベッドではいつも甘く激しく抱いてくれるのに、なんでこいつはその男らしさが昼もつづかないのか…。

「俺は逃げまどうミッキ☆。ネコの舌であそこもここもペロペロされて…。うは〜楽しくなってきた」
ロマンチックなホテルを予約してるのに
きっとロマンチックな夜は…。

惚れた弱味だ。
ミッキ☆を襲う腹空かせたネコに成りきってやろうじゃないか。
俺は舌なめずりしつつ夜を待つ。

414 8-869 やさしいライオン :2006/11/14(火) 00:40:19
「……お前まで辞めるこたなかった」
「なに、潮時だったさ。あのオーナーの下じゃ、どのみち長くは働けなかった」
「俺はごめんもありがとうも言わないぞ。必要ないのに、勝手にかばったんだ、お前は」
舌打ちして、苛立ち紛れに壁をどんと叩く。
ベッドに腰掛けた男は、視線を軽く下げて、口元には微かに苦笑を浮かべている。
その穏やかな様子からは、さっきオーナーに激しく噛みついていた姿は想像できない。

まとめて首を切られた俺たちは、この店の寮となっているアパートの荷物を早々にまとめなければならなかった。
まあいい。これで、この狭い二人部屋ともお別れだ。奴との生活もここまでだ。
「……必要は、あったさ。お前が怒っていたものな」
焦燥にも似た苛立ちが募って、俺は突然泣き出しそうになった。
奴が味方してくれた時、一瞬嬉しさを感じた自分が嫌でしょうがなかった。

その哀しい穏やかな目で見られると、どうにも苦しいのだ。
俺なんか守らなくていい。たいしたものじゃないのだから、あのオーナーと同じようなモノなのだから。
その喉元にくらいつきたい。そうすれば、俺を喰い尽してくれるだろうか。
食い荒らして、骨なんて、その辺に捨ててくれて構わないのだ。

415 8-879で、どうする?1/2 :2006/11/15(水) 03:14:12
人生はまるで塵(ごみ)溜めだ。塵溜めに捨てられ、塵溜めに育ち、
塵溜めで反吐を吐きながらゴミのように暮らす。
自分を引き取った男は大したタマで、年端もいかぬ子供にマスクを
被らせ、見事リングの上でのかませ犬に仕立て上げた。刺青のごとく
痣は散り、血尿に悩まされ、日本に地下プロレスを持ち込んだ奴を
呪わぬ日はなかったが、今じゃ立派な覆面レスラー、身長百八十越えの
謎のマスクマンである。
泣いて膨れる腹はない。塵溜めで過した餓鬼なら皆知っている事だ、
闘わねば食っていけないのは分かっている。だが稼いだ賞金は全て
養父の懐へ納まるのだ、ならば自分は何のために闘うのだろう。
何のために人を傷付け、また自身も傷付かねばならないのだろう。

「と、いう訳なんですが」
「そこまで詳しく聞いてねえ。何で途中から身の上相談になってんだ」
俺が語っている間中、男は頬づえついて、渋面を崩さなかった。色白
の、思わずはっとするほど顔の整った男だ。
「そもそも、お前誰だよ」
「通りすがりの覆面レスラーです」
「バッキャロー、銀行強盗でもねえのに昼間日中を覆面でほっつき歩く
奴があるかよ」
紛らわしいトコ歩いてるから、仲間と間違えちまったじゃねえかと、
男はぶつくさ文句を言った。マスクで歩くと周りの人がビックリして
くれるので気に入っているのだが、先ほど裏路地を散歩している最中に
いきなりここへひっぱりこまれたのだ。訳も分からず付き合っていた
が、途中で男の本来の仲間から「盲腸で緊急入院」の報せが入らなけれ
ば、まだ勘違いされたままだったろう。
「とにかく」と男は冷たそうな拳銃を俺に突きつけた。
「お約束だが、『計画を知られたからにゃ、ただじゃおかねえ』。
で、どうする?」
玩具会社のロゴマークが悲しく拳銃に光っていた。

416 8-879で、どうする?2/2 :2006/11/15(水) 03:15:24
「目的は金じゃないんだ」と、男は言った。
「あの銀行には個人的な恨みがあンだよ。とりあえず侵入したら、
コイツを店の壁一杯に貼り付ける。そこらに同じ写真のビラも撒く」
でかでかと広げられた特殊紙製のポスターには肩を寄せ合い、いざ
ホテルへ赴かんとする男女が印刷されている。女の顔にはご丁寧に
モザイク入りだ。
「男の方は、元いた銀行の上司だ。信用商売、スキャンダルは御法度
だからな。ちなみに不倫だ。どうせ暴露するなら、最高の舞台を演出
してやろうと思ってね」最高のえげつなさだ。
「あんた、一体何をされたんです」質すと、男はひょいと首を竦め、
「そいつにゲイをバラされた」
オレもクビになったクチだよ、と寂しそうに笑った。塵溜めに生きる者
の鈍い光が、この男の目にも宿っていた。
「いいか。銀行強盗と覆面レスラーを間違えるくらいだ、元々根本的に
適性に問題があンだよ。最初から逃げ切れるとは思っちゃいない。
一応逃走経路には農道空港を利用できるよう手配はしたが」
そこまで辿りつけやしないだろうな、と息を吐く。これは復讐なのだ。
それでもついて来る気かと尋ねる男の手を、ぎゅっと握った。
これは裏街道マスクマンの最低で最高、最後の舞台。
と、思ったのだが。
ピーマンや胡瓜、トマトの箱がうず高く積まれ、カタカタ揺れている。
外では轟々たるエンジンの音。今や地上は千メートルの彼方に霞む。
どうしたことか俺達は大量の現金袋に埋もれて呼吸難になりながら、
「で、どうする?」
輸送機の底で途方に暮れつつ、二人で顔を見合わせていた。

「誰です、金目当てじゃないなんて言ったのは」
「うるせえ。店員のオッサンが早とちりしたのが悪い」
本来の目的は達した訳だし、と覆面を脱ぎ捨て、髪を風に晒した男は
上機嫌だ。適当に拝借したトラクターでガタゴト走る北の大地は、
あまりに雄大だった。
「まさか成功するとはなあ」
エゾタヌキもびっくりであろう。トラクターのあった場所には持ち主に
簡単な謝辞と、風呂敷に数百万ほどを包んで置いておいたが、出来れば
盗銭だと発覚するより先に速やかなる買い換えを望む。
「で、どうするんです、このお金」
「どうするったって」
男は一万円札の肖像部分をぐにぐにと三つ折りにし、偉人の目をにたり
と笑わせて遊んでいたが、
「オレはもっといいものを手に入れたよ」
俺からマスクを剥ぎ取ると、音を立てて、素早く頬にキスをした。
「うわ、ちょっと暴れないで、ハンドル狂っちゃいますよ」
風が吹き、大きく穴を開けてやった袋から幾枚もの紙幣が舞い躍る。
蛇行する轍の跡を尾を引くように流れ、やがて雁の群れのように、
大金がゆっくりと空に消えていく。縁があったらまた会いたいものだ。
「まあ、金を空にぶち撒けるのは銀行強盗のお約束だしな」
でも悪くない光景だろ、と去り行く紙吹雪を見送りながら、男は
ぐしゃぐしゃに俺の髪をかき乱した。
そうとも、悪くはない。男の細い指にじゃれつかれながら、
人生も悪くはないと、俺は思った。

417 8-909 一番星 :2006/11/16(木) 18:11:47
それが言い訳ではないなどと訴えたところで、一体誰が
信じるというのだろう?
彼も、自分自身ですらも。

今もなお、根限りと力の込められた指の強さを忘れられない。
「分かっています、あなたにとって今が一番大事な時期だと
いうことは。俺なんかに構っちゃいられないって事も。
けど、どうか忘れないで。あなたが大事。
あなたが大好きです。
いつだって、どんなあなたでも見つめていたいんだ」
それが、最後に会った彼の言葉。

「あ、いちばんぼしーい」
小さな指が紺色の天を差す。
ああ、そうだなと適当に相槌を打ちながら、買い物袋を
提げた方とは反対の手で、幼稚園鞄をカタカタいわせて今にも
駆け出しそうな手をしっかりと握る。それをブンブンと振りながら、
「いちばんぼしは、お父さんのほしー」
「おいおい、何だそりゃ。一番でっかいからか」
「ちがうの。ぼくらのこと、いつもいちばん見守っててくれるのが
お父さんだから、いちばんぼしはお父さんのほし。
ヒロくんと二人で、そう決めたの」
幼子はなおも星を指す。あなたの負担になりたくは
ないのだという、彼の微笑が不意に蘇る。あなたにとっての
一番が俺ではないという事くらい分かっていると、それでも、
だからあなたが好きなのだと迷いもなく言い切った男の笑みを。
「君は信じたのか、子供を盾にしたあの薄っぺらな言葉を」
その場凌ぎの苦しい言い訳にしか過ぎないと誰にも分かった
はずなのに、男は微笑んで身を引いた。
「ヒロくん、またあそんでくれるよね。やくそくしたもんねー」
ゆびきりしたもんねとはしゃぐ無邪気なその指は、強力なしるべの
ように、ただひとつの星を指し示していた。

418 8-919 小さな死 :2006/11/17(金) 02:10:17
 大きな体を震わせて、君が泣いている。
 太陽のように明るくて、何時だって元気な君。そんな君がこんなに泣くだなんて思っていなくて、俺は慰めることも出来ずに立ちすくんでいた。
 足元には小さな墓石。良く見なければ庭に落ちている単なる小石と思ってしまいそうなそれに、君の歪な字が並んでいる。
 君の目から溢れる涙が墓石と土を濡らして、まるで雨の跡のように大地が色付いた。
「笑うなら、笑えよ……」
 何も言えず立ちすくんでいた俺を、見る事無く君が言う。自嘲気味な色を含んだ沈んだ声は、押さえきれぬ涙を笑って欲しいといっているようだった。
 俺はゆるりと首を振って、静かに君の頭へと手を伸ばした。母親が子供を慰めるように、ゆっくりと撫でてやる。
 ごわりとした短い毛が掌にあたって、ほんのりくすぐったい。
「笑うもんか。大切だったんだろ」
「……格好悪いだろ、小鳥一匹死んで泣くなんて」
「死は死だ。悲しんで何が悪い」
 身近な死に泣けない奴の方が問題だ、と言ってやれば君はまた嗚咽を大きく響かせる。
 図体が大きくて、顔もどちらかと言えば厳つくて、涙なんて流しそうにも無い君。けれど俺は、君が心の優しい人だって良く知っている。
 ――君がどれだけあの子を好きだったかも、俺は良く知って居るのだから、笑う理由なんて何処にも無いのだ。
「胸、貸してやる。誰にも言わないから安心しろよ」
 ぐいと顔を引き寄せて、無理やりに俺の胸へと押し付ける。君は大きな体をくの字に曲げて、シャツにしがみ付きながら声を枯らしながら泣いた。
 鼓膜を擽る君の嗚咽が愛しい。口元に浮かびかけた微笑をぐっと飲み込んで、俺は優しく背を撫でた。
「……本当に、誰にも……言うなよ。約束、だぞ」
 泣きながら君が懸命に言葉を紡ぐ。安心させるように二度ほど頷いて、約束だと笑ってやる。
 
 ――誰が言うものか。君の優しい、可愛らしい部分は、俺だけが知っていればいい。

419 8-859三人麻雀 :2006/11/17(金) 02:37:34
同居している弟が風邪をひいた。
奴も子供ではないので、ひどくなるようなら病院に行くよう言い聞かせて朝は家を出た。
しかしまあ相当苦しそうだったから残業も繰越して看病のために定時で帰ってやれば、
弟は部屋の真ん中で、見知らぬ男二人と雀卓を囲んでいた。
「あ、お兄さん帰ってきた?あーどうもどうも、お疲れ様です」
「おじゃましています…。」
客人はよく見ると同じアパートの住人、東の角部屋大西さんと、一階のホスト君だった。
「兄ちゃんおかえり、はやかったんだ」
「…智、お前」
どういうつもりか問いつめようと肩を掴むと、思いがけず弟の体は朝よりずっと熱い。
「な…、お前、薬ちゃんと飲んだのか!?…病院は?」
智は何か言おうとして、顔を伏せて咳き込んでしまった。すると大西さんが、
「薬は昼過ぎに飲みました。病院には行けていないんですが」
「え、あ、はぁ、そうですか…」
心配そうな顔つきで弟の背中を擦りながら、しかし簡潔に俺に説明してくれた。
いや……何故あんたが答える?
「智君、はい…リンゴジュース。」
かと思えば限りなく金髪に近い茶髪のホスト君が、いつのまにか咳き込む弟の傍らに
ひざまづいて飲み物を差し出している。
え?何この状況。
「って、とにかく寝てなきゃダメだろ!?何麻雀なんかやってんだお前は!」
「……だって」
だるそうに呟いて弟は卓の上に両手をそろえるとその上に額を乗せ、
それから少しだけ顔をこちらに向けて言った。
「朝からずっと一人で寝てるの、寂しかったんだもん…」


「…!?い、今『きゅん』って音がしたよな、二カ所から!ラップ音か…!?」
「何言ってんの兄ちゃん」
「…ははは…お兄さん面白いなー」
「ゴホン…。」
いや、あんた達、何頬染めて顔そむけてる…。
「まあお兄さんも帰ってらした事だし、智君ももう眠ったほうがいいよな?
 俺達はそろそろおいとまさせてもらいますわ」
「あ…どうもなんか、弟がすっかりお世話になっちゃって」
ていうかあんた仕事は…大西さん。
「智君、何かあったら電話して。いつでもいいから…。」
…こいつ男だよ?貧乏学生だよ?ホスト君。
「うん、二人とも…今日は一緒にいてくれてありがとう。今度は四人で麻雀やろうね」
智の笑顔に見送られ、二人は名残惜しそうに各々の部屋に戻っていった。
その後弟を布団に寝かしつけて、俺は雀卓を片付けにかかった。
と、そこでふと恐ろしいものに目が留まった……やけに片寄りのある点棒。
「……なあ、何荘打ったんだ?」
「んー…さあ。昼くらいからずっとやってたし…」
布団の中から眠そうに答える弟の声に、俺は奴の悪行を確信した。
「レートは?」
「…………ぐーぐーぐー。」
「おいっっ!!」
「ぐーぐー……あ、そうだ兄ちゃん、明日は松坂牛ですき焼きにしようね、ぐー。」
「いったいあの二人からいくら巻き上げたんだぁぁぁぁ!!」

420 8-879 で、どうする? :2006/11/19(日) 21:07:22
「ま、待て。ちょっと待て!」
俺は近づいてくる唇を手で塞いだ。手の下でくぐもった声がなにかしらのことを呟く。
濡れ場に突入する寸前の所で止められ、いつもニコニコと気のいい親友は明らかに機嫌を損ねた顔をしている。
酒癖悪いなあ、コイツ。
口を塞ぐ俺の両手を無理矢理引き剥がし、フローリングに押しつけて頭の上で固定した。
じたばたあがくが、上から遠慮なく体重がかけられた手首の拘束を解けるはずもない。
標本にされる虫の気持ちがわかる気がすると言うのは言い過ぎかな。
「手が痛え」
「うるせえ。黙って押し倒されてろ」
いつもとは人が変わったような荒々しい手つきで制服のボタンを外す親友を刺激しないよう、やんわりと話しかける。
「なぁ、お前なんか溜まってんの?いや性欲以外で。相談乗ってやってもいいぞ」
ぐだぐだと言う俺の口を唇が塞いだ。
「ん…」
口内でビールと日本酒の香りが混ざり合う。飲みすぎたかもしれない。
大学の合格祝いぐらいは未成年飲酒も見逃されてしかるべきだ。
と言うつもりはないが、飲まずにはいられなかった。卒業後、俺は北の大地へ飛び立つ。
コイツの第一志望は俺の大学に程近い国立大だが、コイツの頭では到底ムリだと言われている。三年間の腐れ縁ともお別れってことだな。
口の中を動き回る舌に自分の舌を絡み付かせた。舌の裏を舐めあげ、前歯の裏に舌を這わせる。
三年間ずっと好きだった。
俺はれろれろと舌を絡ませるのに夢中になる。
「ッ…はぁ」
唇が離れた。
ディープなキスに体の力と思考を奪われ、ぼんやりとしていると、シャツの合わせ目から手が侵入してきて乳首を軽く摘んだ。
「んッ!」
思わず漏れた甘い声に、奴がニヤニヤしながら真っ赤に染まった俺の顔を覗き込んだ。
「お前、乳首が好きなんだな」
おっしゃる通り。誰に教え込まれた訳でもないが、俺は男なのに乳首を弄られるのに弱いんだ。
見て見ないふりしてくれればいいものを、ねちこくねちこく舐めたり噛んだりつねったり…。
俺が乳首責めが好きな変態なら、そんな俺が泣いて許しを乞うまで男の胸を弄り倒したコイツだって立派な変態だ。
「で、どうする?」
「……もっと触れよ…」
つまりは割れ鍋に閉じ蓋ってヤツだ。
「愛してるよ」
俺も勢いでクサイセリフ言っちゃうお前を愛してるよ。
で、これ酔いが覚めた後はどうする?
で、コイツがまかり間違って第一志望に合格しちゃったらどうする?
……どうしよっかね…。
国公立入試まであと○ヵ月。

421 8-949 ジャイアニズム :2006/11/19(日) 22:04:00
「お前のものは俺のもの」
とか言って上に乗っかって咥え込んでくれるのは大変うれしいんですがね?
俺もお前のを触ったりとか、イタズラしたいわけですよ。

なのになんで
「俺のものは俺のもの」
って怒るわけですか?とろけそうな可愛い顔してるくせに。

自分で弄ってないで俺にも触らせろ。

抗議の言葉に返ってきたのは、キッツイ締め付け。
「だ〜め。今日は俺が王サマなの」なんて、すっげ色っぽい目をして言うな。

俺様の超我がままジャイアンに、うまうまと翻弄させてる自分が情けない。

422 8-949 ジャイアニズム :2006/11/20(月) 00:11:29
分からないのか?
分からなかったよ。
気付かなかったのか?
気付かなかったとも。
君が名残惜しそうに語りかける。その声は弱弱しく、全てを悟り、諦め
きったように奥底に響くので、小心者は居た堪れなくなり、傲慢だった
君の昔の面影を、ついどこかに探してしまう。
そもそも君は、僕から分捕った本をまだ返してくれてはいないんだ。
あの時のゲームソフトはどこへやった。壊したプラモは壊れたままか。
君の前で、僕はてんで意気地の無い子供だった。粗暴で凶暴、恐怖
政治の暴君に、逆らえる奴などいなかった。君の素顔に、君の心に
近付ける者はいなかったのだ。少年時代は取り返せない。それは
きっと、かけがえのない時間だったに違いない。

僕の体をどうどうと、潮騒のように血液が巡る。繰り返されるその流れ
を支配するのは、中央付近に宿るこぶしほどの塊だ。どくりどくりと
収縮は絶えず、網の目よりもなお細かい、無数の血管を通じて無限に
エネルギーを送り出す。心臓は叫ぶ。血となれ、肉となれ、生命を
絶やすなと訴える。
その胸に手の平を押し当てて、かすかに残る君の声を聞く。日々新しく
生まれ変わる血液の中の、残滓のような君の声。永久に伝えられる
ことのなかったはずの秘められた君の思いが、僕の糧となり、体中を
駆け抜けていく。移植された心臓に提供者の記憶が宿るなどと信じる
者は笑われるだろう。それでも確かに、これは君の鼓動だ。僕の体に
取り込まれた瞬間に蘇った、君の最後の言葉。

君は結局僕の物は何でも自分の物にしてしまって、戻してはくれな
かった。僕の全てを奪い去ってしまおうという性分は、今でも変わりが
ないようだ。僕の中心は君によって支配された。君の音がそこで鳴り
響いている限り、僕は君のものだ。

423 8-969 震える肩 :2006/11/22(水) 02:34:29
沈黙は時として何よりも雄弁である。アルバイト先の上司、桂木は
正に沈黙を武器として備えた男だった。声を荒げて叱責するという
事が無い。
急須をはたき落として冷めた湯を被った時も、観葉樹の鉢に足の小指を
ぶつけてそこらじゅうを飛び跳ねた時も、間抜けなバイトの様子を冷や
やかに眺めて桂木は沈黙し、ただ肩を震わせては眉間に皺を寄せ、静か
な怒りに耐えているようだった。怒られる自覚のある者としては、それ
が怒号よりも堪える。最近では視線すら合わせてくれなくなった。
「そりゃ、軽蔑されてもおかしくないですよね」
昼の休憩時にまで近くの公園で泣きを入れる不甲斐なさである。
大学OBにして桂木とは同期に当たる三谷はモンシロチョウチョを眺める
のに夢中で話を聞いているのかどうかも分からなかったが、不意に立ち
上がり出店の方へノコノコ向かうと、たこ焼きパックを買って帰ってき
た。真っ先に自分が頬張り、残りを「急いで食え」と押し付けると、
携帯電話で「俺だ、今出られるか。なら近くの公園まで来い。
出店のある所だ」と素早く喋って一方的に切り上げた。
五分と立たぬ間に現れたのは桂木である。
自分の配下と三谷が親しげに歓談している風を見てやや不審がったよう
だったが、その不機嫌そうな桂木の方へ、
「上司に、昼のご機嫌を伺ってごらん」と三谷に頭を押しやられ、
さらには「笑え。にっこりとだ」とドスの効いた小声で命令されれば
逆らう術は無い。
「ど、どうも」もっと気の利いた受け答えは出来ないのかと暗澹とした
が、目の前の桂木の様子を見て顔色を変えた。上司はまたもや肩を
震わせ、怒りを抑えているではないか。
「三谷さん、ヒドイ」唆した張本人の方へと振り向いたが、その三谷は
桂木の伏せられた顔を覗き込み、やはりニタリ、と笑った。白い歯には
見事に先ほどのたこ焼きの青海苔がくっついていた。
ふと音を感じた。自転車の空気入れから漏れ出づるような、そんな
間抜けな音。唐突に桂木が膝から崩れ落ちた。ガクリとズボンに土を
つけ、口から息を洩らしながら這うようにしてベンチにしがみつく。
こちら側からは表情は見えない。震える肩、痙攣する背を呆気に取られ
て見守っていると、「怯えることは無い。笑っているだけだから」
ティッシュで歯を拭いながら三谷が説明を加えた。
「こいつは昔から笑い上戸でな、しかも絶対声を立てずに呼吸
困難になるような苦しい笑い方をする。
普段、肩を震わせているのは君が喜劇役者顔負けの才能で彼を
可笑しがらせるからだ。今こうしているのは、俺たちの歯に青海苔が
くっついているのが堪えきれないからであって」
最近君と目も合わせないというのは、君の右の鼻毛が出ているからだ。
そう言って三谷は片鼻を押さえ、フン、と息を吐いた。
どうして教えてくれなかったんですかと抗議すると、済まんと全く
悪びれない様子で謝った。教えない方が面白かっただろとでも言うに
違いない。この数日の自分の事を考えると、顔から火が出る
思いだった。早々に手入れをしなければならない。
もう行きますと挨拶してその場を立ち去った。桂木はまだ発作が
収まっていないようだった。一度だけ振り返ると、三谷が桂木の
耳元で「ふとんがふっとんだー」と囁いているのが見えた。息の通じ
合ったその仲の良さを少しだけ羨ましく思った、ある麗らかな
何でもない午後のこと。

424 8-989( :2006/11/24(金) 02:30:39
学校長式辞も卒業証書授与も、送辞も答辞も校歌斉唱もとどこおりなく済んで、おれは式の間中眠っかたし、端のほうの席からは、退場する卒業生の中に先輩の姿を見つけることもできなかった。
まあそんなもんだろうな、と思う。
教室に戻れば、さっきまでの静粛な空気が嘘のように、もう普段どおりのにぎやかな教室だった。
3年の教室に花を届けに行く者もいれば、部活か何かで集まって3年に挨拶するとかで、みんな浮き足立っている。
居た堪れなくなって、おれは教室を抜け出した。
廊下にも校庭にも、胸に花を飾った3年や、彼らを取り囲む下級生があふれていた。
誰もいない図書室に、逃げるように入り込む。
窓からの光はあたたかく眩しく、遠くに聞こえる歓声や笑い声がやわらかく体を包んだ。
かなしい。さびしい。
本当はその感情に押しつぶされそうになっているのに、一人になっても泣けなかった。
それはどこかでほっとしているからだ。
これで終わりにできる。
やっと諦めることができる。
あの人を、解放することができる。
おれのわがままに巻き込んでしまった、あの人とはもう二度と会わない。
泣きたいのに泣けなくて、胸の中で何度もごめんなさいとつぶやいた。

425 8-989(2/2) :2006/11/24(金) 02:33:22
「あ、やっと見つけたし。」
ドアの開く音と、場違いなほど陽気で穏やかな声に、思わず振り返ると、さっきから何度も思い描いた優しい笑顔がそこにあった。
「探したぞばか。メールしても電話しても出ねぇし。」
「…部活のお別れ会に行くとか、言ってたじゃん。おれ関係ないし。」
足元を見ながら悪態をついたけれど、罪悪感とか嬉しさとかが綯い交ぜになって、声も体も震えていた。
胸に花を飾った先輩がじっとおれを見ている。
もう二度と会わないなんて思いながら、探しに来てくれるのを期待していた。
だからせめて、最後くらいはちゃんとお別れを言おう。
それなのに、声を出したら今更のように滲んだ涙がこぼれてしまいそうで、何も言えなかった。
「ほんとばかだね、お前。」
先輩のあたたかい手がおれの頭を撫でる。
「思う存分切り捨ててください、みたいな顔で告ってきたお前のこと構ってたのは、最初は確かに単なるヒマつぶしだったけど。」
その言葉に驚いて無意識に瞬きをして、しまった、と思ったときには涙が一粒右の頬を転がっていた。
「俺だってちゃんと、お前のこと見てて、それで好きになったってなんで信用しないかな。」
先輩の指先が、かすかに濡れた頬をたどる。
顔をまっすぐ見られなかったけれど、きっと先輩は困ったように微笑んでいる。
「俺はさよならとか言わない。もう単なるヒマつぶしじゃないんだ。」
とうとう溢れ出した涙を、指先を濡らして受け止めながら、先輩がおれの額に唇を寄せた。
「遊びに来いよ。大学の近く、すげえいいところでさ。でかい街だけど自然も結構残ってるし、景色がきれいなんだ。何より知ってるヤツ誰もいねぇし。そしたら誰にも気兼ねしないで会えるだろ?」
先輩の声が直に体に聞こえる。
頷くことも首を振ることもできなかったけれど、結局いつも、逃げられない、逃げる気もないのはおれのほうだ。
あやすように抱きしめる先輩の腕の中で、おれは先輩に聞こえないようにごめんなさい、と呟いた。






…いつも書き終わると0さんがいるトロい漏れ…orz
本スレ990姐さんGJ!

426 990-991姉さんの続き妄想 :2006/11/25(土) 05:23:39

俺の大好きだった、君へ。
俺たちが出逢ったことは、間違いじゃ無かったよな。
ありがとうって君に胸張って言えるように、俺は生きていくよ。


「もう、苦しいんだよ、おまえといるの。」

そう言って、俺の一番愛しい人は離れていった。
一緒に過ごした季節が走馬灯みたいに蘇る。
全てが鮮やかで、大好きだった。

でも、思い出にする気はない。

どのくらいの時間がかかるか分からないけれど。
俺は君の幸せを祈りながら、生きていこう。

君は真っ直ぐで優しい人だからすぐに素敵な人が現れる。
そのときは、もっともっと幸せになってください。
でももしも、その人より俺のほうが良かったら、覚悟してください。
俺はどんなことをしてでも、君を俺のものにして、今度こそ離しません。

427 8-999ありがとうを伝えるために(0以外の萌え) :2006/11/28(火) 18:07:33
「どうして帰ってきたんだよ」と中島様は声を震わせました。はて
どうして、どうしてこんなに早くばれてしまったのか、私にも分かり
ません。今の私は中島様より背も高く、波打つ髪の持ち主の、
一般的な青年であるはずです。かつての名残は跡形も無く消え
去ってしまっているのに、再会した瞬間に、中島様は私の正体を
見破ってしまわれました。

出自を述べさせていただきますと、私、元々は東京都は伊豆諸島に
連なる小さな無人島、鳥島(とりしま)を出身地といたします、
しがない海鳥にございます。
出会いを運命と申しますなら、それは今を去る事二ヶ月前、日差しの
眩いある五月晴れの日のことでありました。長々と翼を広げ、若鳥
特有の黒い背毛を陽光に照り返しながら、自由に空の散歩を楽しん
でおりましたところ、助っ人外人の打ち放った8号場外ホームランが
額に直撃し、私は脳天もくらくらと、駐車してあった中島様の自動車
めがけてきりきり舞しながら落下したのでございます。
ピンクのくちばしに愛車の天井をぶち破られたにも関らず、また少々
乱暴な言葉遣いをなさる方でありながら、中島様はたいそう親切な
御仁でありました。元来環境の調査と保全、また私のように迷い込んだ
者の保護をお仕事となさっておいでだったようで、そのような方に拾わ
れましたこと、誠に僥倖でございました。

私専用の餌入れを用意してくださいましたのも中島様です。海の水で
染めたような青いバケツ、可愛らしゅうございました。私専用のゲージ
も用意してくださいました。歩き回れるほど広い、贅沢なものでありま
した。中島様専用の寝袋も用意してくださいました。一時でも中島様の
お姿が見えなくなると私が鳴き騒ぐので、寝食を共にできるよう苦肉の
策としてご用意してくださったのですが、少々甘えすぎたかと反省して
おります。数多の夜を共に過していただきました。鳥の体温は人様
よりも8度ほど高うございます。初夏の夜明けは冷え込むもので、
お抱えになった私の体は、中島様に安らかなる眠りをもたらすに
十分であったでしょうか。たまに風切り羽で脇の下や鼻の穴を
くすぐったこと、まだお怒りですか。

六月も半ばを過ぎた、やはりよく晴れた日の事、それが生涯初めて
のドライブでございました。天井の穴をガムテープで塞いだ車の
助手席に私を乗せ、中島様はどこでお知りになったのか、火サスに
でも出てくるような、波濤(はとう)も砕く崖の上へとお連れください
ました。野生に戻れぬままテレビを見ながら煎餅をかじる、そんな
私の身を案じてくださったのでしょう。
荒い風を真っ向から浴び、私は細長い翼を迷うことなく広げ、海へ帰る
ために走り出しました。我々は羽ばたくのが苦手な鳥であるため、飛び
立つには助走を必要とします。崖から伸びる長い長い道がついに
途切れ、眼前に飛び込む深い青、一瞬の落下、そしてゆっくりと浮き
上がっていく体に、懐かしい風の力を感じ、幾度も幾度も旋回を
繰り返し、ひとつ円を描くごとに、さらに高く上昇していきました。
気が付くと中島様のお姿は既に点のようになっておりました。私の目の
捉えましたるところ、中島様は随分と長いこと、腕を振っていてくださ
いました。おそらく私の姿を洋上に確認なさる限り、その場を立ち去ら
れることはなかったでしょう。そういうお方でした。私は翼を傾け、鳥
島へと向かう勢いを強めました。それが我らの別れであったはずです。

けれど今、私は姿を変え、人の子として中島様の前に立っています。
「中島様に受けた御恩をお返ししたく、戻って参りました」
「テレビと煎餅の味が忘れられないだけじゃねえのか」
違いますとも!と私は大仰に叫び、中島様に飛びつきました。同じ
二本の腕、同じ体温、同じ言葉。ああ、またひとつ、私はあなたに感謝
の気持ちをお伝えしなければならない。助けてくれてありがとう。海へ
返してくれてありがとう。出会いを、人間の温かさを教えてくれて、
ありがとう。伝えるために、再び私は帰ってきたのだから。
この、アホウドリめ!そう、罵倒にならない罵倒をなさりながらも苦笑
なさる中島様の脇を、私は思わずくすぐり、特大の雷を落とされてしま
いました。

428 9-59×綺麗なニューハーフ ○ごっついオネエ :2006/11/29(水) 22:24:11
高校時代の同級生に久米川という男がいて、俺はそいつとバンドを組んでいた。
ヴォーカルだったのだが、頭の出来と反比例に顔が良かったから女にモテて、
根拠もなく自信家で自己中、金持ちの坊な上考えるより先に手が出る単細胞。
空気が読めない(読む気もない)から友達らしい友達もいないくせに
本人はそんなことは全く気にしない。結局奴がずっとそんな調子だったために
徐々にメンバーの足並みも揃わなくなり、バンドは卒業前に自然消滅した。

正直俺は久米川のことを友達だと思ってなかったのだが、向こうは違ったらしく
卒業してからも突然連絡があったり毎年手書きの年賀状が来たりしていた。
その久米川から昨日、結婚式の招待状が届いた。

『おお、元気かよ!小平オマエ、どうよ最近!?』
「…どうよじゃねぇよ。招待状見たよ、おめでとう。けどこれ、お前な…
 日時しか書いてないんだけど。つーかお前の手書きだし。」
『あれ、まじで?ワリぃまた地図送るわ。まぁ知り合いの店なんだけどさ』
意外だった。てっきり金にあかせたド派手婚を想像していたので。
社会に出て数年、この歩く迷惑にも、少しは変化があったという事だろうか。
「そういえば奥さんの名前なんて読むんだ?“深夏”って」
『あはははっ、読っみにくいよなぁ!?…ミナツって言うんだけどさ!』
電話越しに照れているのが伝わってくる。…変われば変わるものだなぁ。
「かわいい名前だな」
『ははは、名前だけはなっ!つーか本名じゃねぇし、本名は裕司っつって』
「……?…は?」
『女なんだけどさ、心は。ただ戸籍は男ってやつ?いるだろ、ときどき。』
「ああ、え、うん、あー…うん?」
『まあ籍は入れられねぇからほんとに形だけだし、俺も家とは縁切ったから
 オマエらと今やってるバンドの奴らしか呼んでないし。気軽に来てよ?』
「ああ、…おう」

結婚式当日、久米川の隣で真っ白なウェディングドレスに身を包んでいたのは
俺達のなけなしの想像力を振り絞って思い描いたいわゆる「綺麗なニューハーフ」
…とは清々しいまでにかけ離れた、新郎よりひと回りほど体躯の頼もしい
いかにも頑健な…個性派美人だった。
しかし二人の照れくさそうな、嬉しそうな笑顔を見ていたら、
心から幸せになって欲しいという気持ちだけが、ただただ湧いて来た。

429 9-109 けんだま :2006/12/03(日) 01:48:41
「あーだめだって、そこだけは。絶対だめ!!」

そもそも、ちょっとした好奇心だった。
あいつが絶対にそこだけは開けさせないから。
キツめのエロ本かAVでも入ってるのかと思ってた。
見つけてちょっとからかってやるつもりで、
あいつが目を離した隙にその引出しを開けた。


でも、中に入ってたのは古ぼけたけんだま。
それから、おもちゃのピストルとビッ●リマンシール。

「これって、もしかして…」
「……だから、おまえにだけは見られたくなかったんだよっっ!!」

そう、それはまだほんのガキだった俺があいつにあげたものばかりで。
こんなに大事にしてくれてるなんて、知らなかった。

「女々しいだろ、もらったものずっと大事にしまってるなんてさ。」

真っ赤になりながらそう言うおまえのことを俺は思わず抱きしめた。

「実は俺も、おまえがくれたサッカーボールもうボロボロだけど捨てずに置いてる。」

430 9-89 てぶくろ :2006/12/03(日) 02:25:17
眼鏡はすぐ曇るし雨混じりの雪は降るし、だから冬は嫌いだ。
校舎の入り口で眼鏡を拭いていると後ろから背中を叩かれた。
「純、今日一緒帰ろうぜ!」
振り返ると勇太が立っている。
傘が目当てだなと思いながら僕は勇太との間に傘を差して歩き出した。

天気や授業の話をしながら帰り道を歩く。
言わないようにしているけれど、一緒にいると心が温かくなる気がして、やっぱり僕は勇太が好きだなと再認識する。

雨混じりの雪はすっかり雪なった。
冷たい手をさすって暖めていると、勇太が手袋を片方押し付けてきた。
「片方貸してやる。」
「いいよ、借りたら君が寒いだろう。」
手袋を返そうとするが勇太は受け取らない。
仕方なく手袋を右手にはめると、左手を掴まれて勇太のコートのポケットへ押し込まれた。
人のコートの中で手を握られて歩くのはなかなか歩きにくいな、と考えながら僕は勇太の手を握った。
「純の手はいつも冷たいな。」
「冷え性だからかな?君の手はいつも暖かいね。」
視線を合わすと、勇太は何か言いかけてから口を閉じてうつむき、僕の手を振り払った。
「……俺が子供だって言いたいのかよ、半年と十日しか誕生日違わないくせに!」
表情は見えないけれど赤くなった耳から察するに怒っているのだろう。
「そういう意味で言ったわけじゃないよ、ごめんね。」
そう言ったけれど、勇太は何も言わずに走って帰ってしまった。

最近の勇太は僕といると怒りっぽいし目を合わそうとしない。
もしかしたら僕は勇太に嫌われたのかもしれない。
右手の手袋をじっと見て、手を振り払った勇太を思い出した。
これ以上嫌われるよりは少し距離を置いた方がいいのかもしれない。
そう考えながら僕は家へ歩き始めた。



ある日の「俺」の日記

今日は純と一緒に下校した。
寒そうにしてるから純に俺のてぶくろを片方貸してやった。
純の手が冷たいって言ったら「君の手はいつも暖かいね。」って言われた。
「純と手をつないでたらあったかくなるんだ。」って言おうとしたけど、なんか恥ずかしい気がして言うのをやめた。
言うのをやめたらなんだかイライラしてきて純に八つ当たりをしてしまった。
明日、純に片方貸したままのてぶくろを返してもらうときに今日のことを謝ろう。

431 9-119 dat落ち :2006/12/04(月) 00:26:31
神が先にみえたようなのでこちらに
──────────────────

「それじゃ!名無しにもどるよ」

そう書き込んだ君は、それを最後に本当に現れなくなった。
見慣れたトリップはもう使われないんだろう。


『ボロ原付で日本を一周するスレ』
そんなスレがたったのは、一ヶ月くらい前だったか。
「スペック 男 18歳 童貞 原付歴1年半 相棒もうpしとく」
お決まりの文句とともに書き込まれていたURLをクリックすると、
そこにはホントにボロとしか言いようがないカブが
どこか頼りない後姿の君とともに写真でうpされていた。
君は左手を細い腰に当てて、右手は人差し指を伸ばしたポーズで立っている。
その指先をたどると『名古屋駅』の文字が見えた。

細い体の君と、ボロボロのカブ。

「無理だってwwwwwもう止めとけwwww」
そう煽られる事もあった。
でも君は気にする様子も無く、旅を続けた。
そしてその様子をスレッドに書き込み、
時には美しい写真を、時にはちょっとバカな写真を、
うpしていった。

俺は毎日そのスレに通った。
君の書き込みがとても面白かったし、
何より、自分も旅に出ているような気分になれたから。
ともに笑い、ともに悩み、ともに迷い…
そう、まるで君と一緒に…

永遠に続くように思った旅路は、長くは続かなかった。
「この調子で行けば、明日には名古屋につくかもしれん」
その書き込みに、俺は胸を締め付けられた。
君との旅も、もう終わる。
「支えてくれたスレ住人達よ!アリガ㌧!
 駄目かと思った時もあったけど、
 もまえらが励ましてくれたり、助けてくれたからココまで来れた。
 皆!でら愛しとるよ!」
君の書き込みを読んだ瞬間、ブラウザが滲んで見えなくなった。
マウスを握る手が震えた。

俺…君と旅をしてる間に君を…

そんなキモイ事、書き込めるはず無かった。
立ち止まった俺に、君は気付くはずもない。
君は最後に名古屋駅の前でカブに跨り、
大きくガッツポーズした写真をうpすると、
旅の余韻に浸る間もなくスレから消えてしまった。

残された俺は、dat落ちと書かれたスレタイ一覧を見ながら、
目から汗を流してた。

「はは…俺きめぇ…超きめぇ……っ」

432 9-139 慟哭 :2006/12/05(火) 21:45:41
「どうして…どうして君がっ」
血塗れの俺を見てやっと理解したのか、奴が叫んだ。
回りには奴の仲間の死体が転がっている。
「…それが、俺の任務だからだ」
俺は奴を正面から見据えた。
こんな小さなレジスタンス組織に何ができるというのか。
国お抱えの暗殺者が紛れ込んでも気付かないような間抜けな組織に、何が。
「お前を殺して、任務完了だ」
深い海の色をした瞳が。悲しみと憎悪を湛えて、俺を見詰め返してきた。
「…君の事、大好きだったよ」
奴が口を開くのと同時に、右腕が一瞬ブレて。

血を流して地面に倒れたのは俺のほうだった。
…虫も殺せない奴だと思ってたんだが、とんだ検討違いだ。
頬に熱い雫がポタポタと落ちてくる。
バカ、自分でやったくせに泣いてんじゃねぇよ。

奴が叫んでいる名前が、俺ではなく俺が殺した誰かの名前だったのが

ひどく残念だった。

433 9-139 慟哭 :2006/12/05(火) 23:34:01
最低の人だった。
俺のことは、商品としてしか見ていなくて。
「どうしたらあなたがもっと輝くか」とか歯の浮くようなことを、毎日毎日考えて。
俺のために身を粉にして営業して、仕事をひとつでも多く取ってきて。
いい大学出ているのに、中卒の俺の言うなりになって、頭下げて。
俺が仕事が多いからと機嫌を悪くすれば、何時間でも俺のワガママにつきあって。
俺が寝ている間も、経費削減とか言って、衣装をアレンジするのに徹夜したりして。
ラジオの時間姿が見えないと思ったら、車の中で聴衆者のふりして応援メール送ったりして。
「売れないアイドル」だった俺を、「世界一のアイドル」にすると息巻いていた人だった。

「俺のどこが好き?」と聞くと「全部」と言うくせに、俺の仕事しか見ていなかった。
「俺を俺自身として見てよ」というワガママに、いつも困っていた。
俺のワガママで、彼女と別れさせた。俺しか傍にいなくなれば、俺のこともっと見てくれると
思ったから、一人暮らしさせた。無理やり体もつなげてみた。
でもそれら全て怒らなかった。拒否もしなかった。ただ困った顔をするだけだった。

そんな彼に耐えかねて、マネージャーを変えてもらったのが、俺の最後のワガママだった。
彼は嫌がって泣いたと聞いた。
最後に挨拶に来た時も、俺は耳をふさいで顔も見なかったから、彼が最後に俺に何を伝えた
のか、知らない。手紙も渡されたが、破って捨てた。

まさかその彼が、こんなあっけなくいなくなるなんて。

「脳溢血ですって。大家さんが部屋に入ったら、もう冷たくなっていたらしいわ。
 …あの病気、若い人もなるものなのね」
新しいマネージャーは、淡々と事実を俺に伝えた。
俺はその間、ただ自分が彼にやったことだけを、考え続けていた。
俺のことばかり考えていた人。彼の手を離したのは俺。
ひとつも本心を見せない人。その最後の抵抗として、傷つけたのは俺。
彼の気持ちばかり気にして、自分の気持ちを伝えなかった俺。
「…一人で逝っちゃうなんて、寂しいわね…。あんな良い人だったのに」
あんなに良い人だったのに。その言葉が、胸を鋭角にえぐった。
信用できないなんて、心底思ったわけじゃなく、ただ否定してほしかっただけで―――
ただ俺のことだけを考えて、愛してると言ってほしかっただけで。

『どうしたら、あなたに信じてもらえるんでしょう。こんなにあなたを愛しているのに』

いつか言われた、彼の困り顔とその声が頭に響いた。
俺は、喚いていた。そうしないと、もう耐えられなかったから。

434 9-69 毛布に包まる :2006/12/06(水) 01:40:38
「適当に座っててくれ。」
「おー……。」
と言いつつ奴は辺りを見回している。
珍しいものなんか何も無いぞ。
「布団発見!突撃ー!」
俺の布団に寝転ぶな、子供かお前は。
ゴロゴロと転がっているリュウジを無視してお茶を用意する。
茶葉を急須に入れていると何度も俺を呼ぶ声がする。
茶を入れるのに集中したいのに何事だ。
「五月蝿いな、白湯飲ますぞ。」
「これすっっっっごく気持ちいい!なにこれ!」
何って、
「毛布だろ。」
リュウジは何が楽しいのか毛布に包まって笑いながら脚をバタバタさせている。
そうかと思うと急に体を起こしてシャツを脱ぎ始めた。
「なっ、何やってんだよ……。」
「これの感触をもっと味わおうと思って。」
相変わらず突拍子も無いことを思いつく奴だ。
「風邪ひくからやめろ。」
そう言っても「えー。」とか「お前も一緒にどうよ。」とか言うだけで止める気配が無い。
腕を動かしたり頬擦りしたりするたびに鎖骨や胸や背中が見えて目のやり場に困る。
「今日はDVD観るんじゃないのか?」
「観るよ、寝ながら観る。」
結局奴は借りてきたDVDを見ている間ずっと毛布と戯れていた。

――俺はもうあの毛布をただの毛布として見る事は出来ないだろう――

「か、買い換えようと思ってたところだし、そんなに気に入ったならその毛布お前にやるよ。」
「え……本当に?ありがとう!」
ちょっと困惑した顔の後、素直に喜ぶリュウジの純粋な笑顔に心が痛んだ。




見送りを断って、大きな袋を抱えて玄関を出る。
ドアが閉まったのを確認すると笑顔を崩す。
「……ばか。」
どこまで鈍感なのか分からない想い人からのプレゼントを抱えなおすと、リュウジは早速次の作戦を考え始めた。

435 9-59 ×綺麗なニューハーフ ○ごっついオネエ :2006/12/06(水) 02:23:33
超遅ればせながら…でも萌えたので語る
カマ萌えでポイントになるのはギャップ。そして、ギャップを重ねていくことにより、様々な萌え方が見えてくるのだ!

1 まず基本のギャップ「男なのに女言葉」「ごっつい男なのに乙女」

2 明らかに男にしか見えないわけである。欲求を突き詰めて体を作り替えたわけではない。
そこには、「どうせ自分はあんな綺麗にはなれないし…」という羨望や、自分の男性性への諦めや葛藤、また誇りがあるかもしれない。

3 カマキャラってとかくギャグに使われがちだ。だが普段陽気なほど、シリアスが映えるというのはお約束。
かっこいい活躍に萌えてもいいし、
ひたすら笑いや倒錯を重ねることで到達するカタルシスだってある。

4 外からは世慣れているように見えても、内心で初恋の人など一人を想い続けているとかだと、もう、もうね。

5、オネエなのに攻め…というギャップを求めるとオネエ攻めに。

哀愁、倒錯、切なさがキーワードだ。
ただ、オネエにもいろいろあるが、特に完全乙女仕様の場合、
たまーに「中身が女ならやおいじゃなくね?」と悩んでしまうのが玉に傷。まあその辺は個々の判断で。

436 年賀状を書きながら :2006/12/07(木) 01:45:46
明けましておめでとう。今年も・・・よろしく・・・か。」

なんとも短く愛想の無い文面を見つめるが、他の言葉が浮かばない。
何故ならこの手塚智弥と俺は、今まで3回程度しか話した事がない。
同じバンドが好きで、同じクラス、席が斜め前って事くらいしか近しい記憶はない。
話しかけるタイミングだって逃してばっか・・・8ヶ月で話した記憶が3回て・・・

「年賀状出しても、俺のこと知らないんじゃねぇか?」

最悪の予感がよぎる・・・っていうかあいつ、俺の名前知ってるのか?
俺なんて名前どころか顔すら思い出せない程度の存在なんじゃないかとも思う。

「あああああーーーー冬休み前にもっとアピっとけば良かったああああ・・・」

あのバンド、年明けにアルバム出すんだよな。
2月には武道館でライブもあるし、行けたらいいよなー・・・って、話題あんじゃん。
もう新学期まで会えないのに・・・ヘタレすぎだろ俺。

あーあ、うるせーな携帯のヤロー。チャラチャラ鳴ってんじゃねーよ!
イタズラメールだったら・・・・・殺す!!!!!!!!
イライラ最高潮の俺だったのに、見慣れないアドレスとやけに丁寧な文面を見て、指先が震えた。

「こんにちは、手塚智弥です。分かるかな?
青田から山本がRoseのファンって聞いて、色々話したくてメアド聞いたんだ。」

その後に延々続くバカ丁寧なメールを何度も何度も読み返して、忘れて机に向かった。
落ち着きたくて机に向かい、形式的な年賀状を書きながらも俺は。

あの心いっぱいのメールになんて返そうか・・・どうしても、そればかり考えてしまうのだ。

437 9-219 :2006/12/10(日) 14:39:36
書いてみたけどもう*0いってたのでこっちに

「お前さ、いい加減、諦めろよ」
「あー俺って運悪ぃー」
「誰が書いたんだろうな、あの罰ゲーム」
「俺」
「は?」
「俺が書いた。したらば自分でひいた」
「それは、ご愁傷様」
「まさか自分に回ってくるとは思わなかった」
「まあ、そういう運命だったんだよ」
「ああくそ。…しかも付き添いお前だし」
「俺だって嫌だよ。前説なんて。まあ、ひいたものは仕方ないからやるけど」
「俺の方が数倍恥ずかしいんだぞ」
「こうなったら、お前の一世一代の告白をしっかり見届けてやるよ」
「ううう」
「到着。寒いな」
「げ。なんでグラウンドにあんなにギャラリーできてんだよ。三年とかいるじゃん」
「山田たちが宣伝して回ったんじゃないの」
「あいつら〜。あとで覚えてろよ」
「ま、なんだかんだ言って逃げ出さないお前はかっこいいと思うよ」
「……なんだよ」
「あ、あのへん女子が固まってる」
「え」
「鈴木さんはいるのかな」
「……あ、いる」
「目がいいな。じゃ、前フリするから、呼ぶまでお前はそこで待機」
「やべえ、泣きそう」

「泣きたいのは俺の方だよ。俺の居ないところでやってくれればいいのに」

438 9-219 可愛い!先生優しそうで萌え(ry :2006/12/10(日) 14:42:18
「それでね、それでね!」
「せんせい、あのねー」
「いまオレがはなしてんだよ!」
「オレはカンソウだからオレがはなしていいの」
「オレがはなしてたのに!」
「まあまあ、二人とも。落ち着いて、ね?」

先生にそう言われると黙らざるを得ない。
こんなに優しい先生を困らせるわけにはいかないのだ。

「お話はちゃんと順番に聞きますから」

にっこりと微笑まれればもうそれだけで頭がいっぱいだ。
ちらりと横を見れば同じことを考えているのか、奴の顔も赤い。
そしてぽつりと言葉をもらした。

「せんせいかわいー……」

なんだと!?
その可愛い笑顔はオレだけのもののハズだったのに!

「かわいいかなー?」
「かわいい! ちょーかわいい!」

まずい。非常にまずい。
オレそっちのけで話がはずんでる。

そんなの許さない。
なんとしてでもこっちを見てもらう。

「せんせい!」
「ああ、うん。お話の続きは?」

にっこりとこっちを向いた先生の『ひよこぐみ』と書かれたピンクのエプロンを
無理矢理ひっぱって頬に唇を寄せた。
硬直する先生。
隣からあがる叫び声。

ずるい、オレもと叫び出す子供たちの中で先生はまた笑顔になった。

439 タンポポ :2006/12/11(月) 01:43:33
春になると幼稚園以来の友人がよく持ち出す話題がある。
幼稚園の頃オレがあいつを苛めて困らせた思い出話だ。
当時あいつはタンポポの綿毛を飛ばすのが大好きで、
綿毛になっているのを見つけては吹き飛ばしまくっていた。
あいつがあんまりタンポポに夢中だったから、まわりの子どもや先生も
あいつにタンポポの綿毛をあげたりしていた。
でもオレはそういう奴らの差し出すタンポポの綿毛を横から
ぷうぷうと吹き飛ばしまくった。
オレは結構そういう悪戯をする子どもだったけど、あの時は
徹底的に邪魔をした。
そうするうちにタンポポはどれも葉っぱだけになった。
「あれすごく嫌だったなあ」
「…ほい、どうぞ」
友人に綿毛のタンポポを差し出した。
友人は笑みを浮かべて受け取るとふうっと校庭に向かって吹いた。
友人にタンポポの綿毛を差し出すのが昨年以来の二人の遊びになった。
タンポポの綿毛を吹き飛ばす、いい年して子どものような友人の横顔を
見つめながら「あの頃は多分友達になりたかったんだよな」と思う。
でも今は、タンポポの綿毛を吹き飛ばすその口に触れてみたい。

440 9-279 点と線 :2006/12/14(木) 00:57:39
今、俺の斜め向かいで、ゼミの助教授が講義をしている。
左手で専門書を押さえ、右手の人差し指でテーブルの端を叩きながら、
小難しい顔で小難しいことを朗々と話している。

周りの奴らはそれに聞き入っていたり、ノートにペンを走らせていたりしている。
俺もノートを広げて講義に聞き入っている……振りをしている。
ノートには、講義の内容など一文字も書かれていない。

斜め向かいに視線をやって、俺は軽くため息をつく。

そりゃ、ね。
確かに俺は、周りにバレないようにしようと言いましたよ。

俺はいいとしても、向こうは社会的地位とかあるわけで。
大学で教鞭とってる人間が教え子と付き合ってるなんてバレたら、色々と問題があるし、
しかも、俺は男で相手も男なわけで、危険度は更に倍率ドン。

ところが向こうはそういうものに頓着がなかった。なさすぎた。
ゼミが終わった直後に「今日はどうする?」と聞いてこられたときは本気で眩暈がした。
本人曰く、「そうなったら、そうなったときに考えればいいだろう」とのことだったが。

「あんたはそれでいいのかもしれないけど、俺が良くない。
 あんたの講義が受けられなくなるのは嫌だ。平穏無事な学生生活が送りたい」

とか色々言って、頑固な相手にとりあえず一つ約束させた。
周りに大学関係者がいるときに恋人という立場からの呼びかけ・発言はしないこと。

とは言っても、今日の予定とか飯とかその他諸々、ちょっとした用事はお互いに出てくる。
大学にいる間、その手の用件にまで口を閉ざすのは難しいだろう。
そういう話に展開した。

俺は携帯のメールでやり取りすればいいと普通に考えてた。

だが甘かった。
俺が好きになってしまった相手は、何かが致命的にずれていた。



今、俺のノートには点と線が羅列されている。
小難しい顔で小難しいことを話している助教授の、人差し指。

(モールス信号案却下……さて、どうやって説得するかなぁ……)

441 9-279 点と線 :2006/12/14(木) 01:12:05
「俺は【線】だから」
そう言って誇らしげに奴は笑った。
邪気なんて微塵もないその笑顔に胸の奥がもやもやする。
「…お前、それでいいの?」
俺の言葉にきょとん、と奴は首を傾げる。意図が伝わらないことに少しイライラする。
「だって、吉田のやつ、最近お前放置で吉田と仲良いし…あとお前、酒井のこと、好きだったんだろ?なのに」
「嬉しいよ」
遮った声にも暗い影は見当たらない。
「ただの点同士で繋がりのなかった奴らが、俺っていう線で繋がって仲良くなって幸せになるんだぜ?」
それって凄いことじゃん、なんて、やっぱり笑顔で奴は言う。
…凄い事なわけあるか。
仲の良かった友達が自分経由で知り合った別の友人と自分より仲良くなる。
想い人が自分経由で知り合った別の誰かと付き合い始める。
…それが笑い事なわけがあるか。寂しくないわけがあるか。
そんな俺の苛立ちをよそに、笑顔を少し真剣に引き締めて奴は宣言する。
「ナオちゃんのことも、絶対幸せになれるヤツと繋ぐからな。っつーかそれが一番重要だし!」
任せとけ!なんて親指を立ててくるのが最高に癪に障る。
「はいはい、それはありがたい。出来る物ならやってみな」
「あ、バカにしやがったな?!こーなったら泣いて感謝したくなるくらい幸せにしてやる!」
見てやがれー!と握りこぶしを振り回す姿に眩暈がして大きく溜め息が出た。

何やら見当違いな使命に燃える【線】に、【点】たる俺の想いはいつか届くのだろうか。

442 9-289 変態仮面氏リク「物凄い受けの俺」 :2006/12/15(金) 16:31:11
「ありがとう、変態仮面! 今まで男同士で悩んでいたのが嘘みたいだ」
20歳前と思しき内気そうな青年が満面の笑顔でそう言った。
青年の前に立つのは奇妙な格好の男。
スレンダーな肢体に黒いズボンしかつけておらず、惜し気もなく晒された
胸板は白く滑らかだ。顔を覆う白い仮面が妖しい魅力を醸し出していた。
「悩めるゲイを救うのが我が使命! どんな激しいプレイもいとわない!
体に漲る『物凄い受けパワー』! その名は 変 態 仮 面 !!!」
ヒーローさながらにポーズを決め、男はそう言い放つ。
「何かあればまた呼んでくれ!ではさらばだ!」
男は不敵に微笑むと素早く身を翻し、闇の中に消えた。


「はぁ…疲れたー」
自宅に戻ると、俺は仮面を外してソファへぐったりと座り込んだ。
俺は瀬崎真・21歳。昼間は大学生、夜は素顔を隠し裏稼業に精を出している。
瀬崎家の男が代々受け継ぐ裏の仕事――それは悩めるゲイの手助けをする事だ。
俺が18になったその日、親父からコスチュームが渡された。
「お前も今日から『変態仮面』の一員だ」
それ以来、俺は親父や一族の男達と共に変態仮面をやっているという訳だ。
親父は「俺達は”性技の味方”だ」と陽気に笑うが、この仕事は酷く消耗する。
体が辛いのは俺が受け役専門だからなのだが、精神的にもかなりキツい。
助けを求める男性の中にはプレイそのものより、悩みを聞いて欲しい・或いは
これからの生き方について助言が欲しいという人も多く、その望みにとことん
つき合わなくてはならない。
どんな時も厳しく己を律し、心の均衡を保たないと到底できない仕事だ。
俺はテーブルに置かれた予定表の束を手に取る。
変態仮面への依頼を受け、仕事を割り振るのは瀬崎家の女の仕事だ。予定表の
一番上に貼られたメモには母の筆跡で、
「真へ。今月は依頼が多いけど体に気をつけて。ご飯ちゃんと食べなさいね」
と書いてあった。
小さな子供に聞かせるような言葉に苦笑しつつ、書類に目を通す。
「明日も忙しくなるな」
しかし俺は内心安堵していた。忙しさが心の迷いを忘れさせてくれるから。

『驚かないで聞いて欲しい。俺、瀬崎が好きだ』
『……! 大嶋、何言って――』
『ごめんな、こんな事言って。ずっと前から悩んでた。
友達としてずっと側に居る方が良いとも思った。だけど――』
『大嶋!』
『やっぱり友達じゃ駄目なんだ』

親友の真剣な表情を思い出してしまい、胸が苦しくなった。
(俺だって……でも……)
【誰にでも分け隔てなく体を与えよ。しかし決して心は与えてはならない】
これが俺達変態仮面の鉄則だった。
それは変態仮面だけが発する『物凄い受けパワー』を生み出す為の絶対条件だ。
心が乱れると”性技の味方”としての絶大な能力が失われてしまう。
「大嶋……ごめん……」
瀬崎家の一員として、使命を捨てて大嶋を選ぶことなど俺にはできなかった。


その時の真は、まさか思いつめた大嶋が「変態仮面ホットライン」に相談依頼
をして来るとは予想だにしていなかった。
そして偶然大嶋の担当になった真が、正体を隠す辛さや恋心を抑える苦しみを
味わうようになる事も。

何も知らない真は、どうすれば大嶋との関係を元に戻せるのか思案を巡らせて
いるのだった。

443 9-299 屈辱 :2006/12/16(土) 01:57:20
唇が離れ、二人を繋ぐ透明な糸が途切れる。
ほうっと吐いた息が妙に卑猥に聞こえて口元を押さえる。
「もっとしたい?」
その質問に少しだけ頷いて視線を合わせる。
「したいなら、「もう1回して。」って言って。」
「い……嫌だよ。」
そんな恥ずかしい台詞言えるわけが無い。
「嫌だから聞きたいんだよ。」
あいつはくすくす笑って俺の髪を梳く。
「それとも、もうしたくない?」
耳元で囁かれるくすぐったさに首をすくめる。
「……も、っかい、して。」
震える声に耐え切れずぎゅっと目をつむる。
あいつの顔が近づく気配を感じながら、今なら恥ずかしさで死ねるかもしれないと思った。


=========
何かエロい雰囲気のを書きたかったの。

444 9-309変人でサイコな攻とついついチョッカイを出すツンデレ :2006/12/18(月) 02:25:47
俺の考えが甘かった。
……だって大学のオープンテラスだったし、
昼どきは過ぎたけど、外はいい天気でたくさん人もいたし。
二人きりになったりしなければ大丈夫だと、どこかでたかをくくっていた。

テーブルの上にはたった今勝負のついたままのチェス盤と、剥がされた俺の手袋。
奴は剥き出しになった俺の左手を、両手で弄んでいる。
「……さて。どうしようか……」
他人の大きな手で無造作にいじり回されるなんてことに、俺の左手は免疫がない。
幼少期の怪我のトラウマから左手だけはいつも手袋をして過保護に扱ってきたのだ。
こいつは、そのことを知ってから、異様に俺の左手に興味を示すようになった。
将来を嘱望される才能あふれる若き助教授、というのはあくまで研究面だけの話で、
学内では有名な変人、触らぬ神に祟りなしと敬遠される胡乱な男。
そのうえ、人の弱点を隙あらば慰み者にしようと付けねらう迷惑きわまりない奴。
……で、それなのに、
何だって俺はそんな男についついちょっかいを出してしまうんだろう。

突然、奴がアイスティーのグラスを倒した。
中身が溢れてテーブルを濡らし、奴は片手で氷を掴み取ると俺の左手に押し付けた。
「……っ!!や、め……っ」
「勝ったほうの言うことを、この場で、何でもきく約束だろ?」
俺の左手に氷を握り込ませて、奴の手がその上からぐりぐりと揉む。
普段から外気にも触れない敏感な肌への刺激に、息は上がり目には涙が浮かんだ。
「……それは、っ……だから、なんかおごるとか……んっ」
「ふーん……まあ、じゃあそれでもいいけど」
そう言うと、奴は俺の左手から氷を取り上げ、自分の口に放り込んで噛み砕いた。
氷の感触から解放されて、心から安堵のため息が漏れた。
しかし、俺はこの男に捕まってしまったということを、甘く考えていた。
この程度で満足するような男でないことは、……気付いていたはずなのに。

「じゃあ、何か食べさせてもらおうかな、この子に直接。」
「この子」と言いながら奴は俺の左手を指でつつく。
「……は?」
「そうだな、ナポリタン……がいいかな。」
「……はい?」
「すみません、ナポリタンひとつ。フォークはいらない。」
「かしこまりました」
その日、俺は公衆の面前で男にケチャップまみれの左手を舐め尽くされるという
人生最大の屈辱を味わわされるのだが、その後雪辱をはらそうとするたびに
返り討ちに合い、次第に取り返しのつかない深みに嵌ってしまう事は
知る由もなかった。

445 9−390 ライナス症候群 :2006/12/24(日) 22:34:44
阿鼻叫喚の地獄もかくや、逃げ惑いながら、絞められる寸前の雄鶏の
ように憐れな奇声を放つ友人を居間の隅に追い詰め、容赦なく襟首を
引っつかみ、その着物を剥いで、剥いで、剥いで、剥ぐ、私の様は正に
悪鬼、三途の川の奪衣婆の如くである。光のどけし埃の舞う中、頭を
抑えず尻を抑えて果敢に抵抗する友人の頭を素足で踏みつけ、漆の
色に黒光りする越中褌を掴んでぐいぐいと引きずり下ろし、奪い取った
布を首級の如く、高々と頭上に掲げた。垂れ下がった褌には斑の紋様が
点々と浮かび、得体の知れぬ異臭を澱のように纏うていたが、周囲の
大気を汚染する前に友人の紺木綿の着物で手早く包み、手でこねるよう
に玉にすると、長屋の戸口で仁王立ちし、逆光を浴びながら踏ん張って
いた大家のおかみに向けて一直線に投げ渡した。どっしりとした
鏡餅型のおかみは着物の玉を片脇に抱えると、何の符丁か知らないが、
ぐ、と左手の親指を私に向けて立ててみせ、それからピシャリと長屋の
障子戸を閉め、後は知らぬと立ち去った。

やあ一仕事終えた、と私は額の汗をついと拭うた。足元では白兎の如く
赤裸に剥かれ、寒々しく背を丸めた胎児のような格好で尻も隠さず、
友人がひいひいと震えている。この有様を見ては、彼がこの界隈にて並
ぶべく者の無い名医であることなど信じられはせぬだろう。友人には悪
癖がある。診療所を訪ぬる者、先ずは徒ならぬ気配に驚かされる。聞い
て正気を保てるものか、客すら寄せつけぬ瘴気の正体、それ即ち彼奴の
褌から漂う悪臭である。問えば最後に洗濯したのは八年前だと言う。
医師たる者、身を慎み、清潔に備える事は万全なれど、問題は下帯で
ある。この男、同じ褌を使い続けて離そうとせぬ。その様はやや常軌を
逸しており、まるで歯も生え揃わぬ幼子がかつての産着を、赤子の頃の
敷布を愛しがり、執着する様のようで、肌身に付けておかねば不安の
あまり、怯え、揺らぎ、前後不覚に陥る体たらく。一本の褌がまるで
彼奴の存在を支える命綱のようだ。これでは如何に名医と言えど、
嫁も、助手すらも寄りつかぬ。医師の恩恵を授かる一方で腐れた褌にも
悩まされ続けた長屋の住人一同一計を案じ、同じく友人の身空に不安を
覚えていた私共々、強硬手段に打って出たのだ。
今日は良き日だ、大安だ、今頃大家のおかみは晴天の下、もはや
褌やらくさややら分からぬ代物の洗濯に精を出していることだろう。

荒療治であったが、思いの他穏便に済んだ事に私は安堵した。
血を見ずには終わらないとの確信が外れ、うっかりと気を緩めたその
瞬間に、虚を突かれた。がばりと身を起こした友人の動きに情けなくも
遅れを取り、一転、柔の技にてあっという間に体勢を逆転させられる。
染みだらけの土壁に叩きつけられるより早く受身を取り、私はおかみを
追って裸のまま通りに飛び出そうとする友人の前に大手を広げて立ち
はだかった。観念しろ、と説くと、普段理性的な友人はこれ以上無いと
いう程顔をくしゃくしゃにし、だらだらと鼻水を垂らしながら、錯乱し
たか、貴様の褌をよこせ、と股間の虎の子を振り乱しながら私に
むしゃぶりついてきた。あれよと言う間に帯を解かれ、懐ははだけ、
袴が引き抜かれる。しゃくりあげながら胸板に鼻汁を擦りつけてくる
友人の短髪に、私は指を這わせた。そうして思い切って男の体を自分
の下に敷きこむと、深く、深く口づけ、私は自ずから褌を解いた。
友よ、時代の騒乱の中に父を亡くしたお前が、生きねばならぬと足掻
いていたのは知っている。寄る辺を求め、彷徨うた先に、肌に馴染んだ
あの褌に行き着いたこともだ。どこか稚気の抜けきらぬ友よ、しかし、
もはや身を守られる脆弱な子供でいる日々は過ぎたのだ。侍は城を
去り、私は刀を捨てた。変わらねばならぬのだ、お前も私も、
皆、我らは。
ふと我に帰ると、けばだらけの畳の上に素裸のまま大の字になって寝転
がっていた。紙障子を通して赤い陽が差し込み、何に使ったか、
ちぎって丸められた懐紙がそこら中を散らかしていた。友人は私の傍ら
にいた。やはり裸で、涙の跡が頬を横切り、指をちゅうちゅう
吸って、すんすんと鼻を啜っている。私は己の褌を取り上げて友人の
顔にあてがい、ちん、と洟をかんでやった。しみるなあ、と言って友人
は、さらに落涙した。

446 499いかなくちゃ :2007/01/06(土) 02:01:09
リロったのにかぶったのでこちらにも一応。
スマソorz


ドアを開けて1歩踏み出し、直後戻ってきた。

「寒い」
「……学校行け」

寒いのは分かる。
今お前がドアを開けた瞬間一気に廊下が冷えたし。
路面も凍ってる見たいだし?

「転んだ事は黙っててやるからさっさと行けよ」
「嫌だ。こんな道歩いて行けるか」
「寒くても世の中動いてんだよ。可哀想な受験生はさっさと勉強しに行け」
「……家でもできる」

確かにこんなに寒い日くらいはと思うけれど
ここで甘やかす訳にはいかない。
今まで頑張ってる事を知ってるから。
後悔はしてほしくないし。

……それ以上にオレが困る。

「……バカ兄貴」
「バカで結構」
「なんで兄貴は休みなんだよ」
「大学生は休みが多いの。……お前も大学生になるんだろうが」

お前、オレのところに来るんだろ?

「なる。なってラブラブキャンパスライフ」
「……バカ」

本当にバカだ。
そんな事の為に頑張るなよ。
それが嬉しくて仕方がない自分はもっとバカだ。

「だったらさっさと行けよ」
「うん。行って来ます」



送り出した寒い世界。

暖かくなる頃は、
きっと一緒に。

447 9-489冬のバーゲン :2007/01/06(土) 02:28:13
新年の挨拶でもしてやるかと訪れた古道具屋の店先には、
「冬のバーゲン開催中」と毛筆で書かれた半紙が貼られていた。

店に入ると、店主である男が俺に気づいて片手をあげた。
「おう、あけましておめでとう」
部屋着にどてらを羽織って椅子に座り、ストーブにあたっている。店の中に俺以外の客はいない。

「外のあれは何だ?書初めか?」と聞いたところ、
「見たまま。バーゲンを開催中」と、なぜか自慢げに言われてしまった。
なんでも、有名百貨店の初売りバーゲンの様子をテレビで見たそうだ。それで「ぴーんときた」らしい。

「すげーんだよ。福袋買うための行列ができてたりしてさ。お客さんが大勢押し寄せてんの」
「それで自分の店でもバーゲンやろうって?」
「そうそう。気合い入れて福袋も作った」

見ると、店の隅に風呂敷包みがいくつか並べてある。
そのうちの一つを解いてみたところ、古道具というかガラクタが満載だった。
俺はその中のいくつかに見覚えがある。

「……お前これ、処分するんじゃなかったのか」
去年の暮れ、あまりに物が溢れて店内が雑然とし過ぎていたため、俺が音頭をとって大掃除を決行した。
その際『処分箱』に放り込んだはずの、商品価値なしと判断されたもの。

「いざ捨てるとなると、可哀想でさあ」
物を大切にするのは良いことだと思うが、この男の場合は度が過ぎる。
そんなことを言いながら持ち込まれる古道具を見境なく買い取るから、店の『商品』は増える一方だ。
結果、店内は更に混沌とし、一部の客を除いて更に客足が遠のいていく。悪循環だ。

「だからこうしてバーゲンやってるんだって」
お気楽そうな笑みを浮かべる。
「捨てる前に売れるのが一番良いじゃん。俺は儲かるし、道具は使ってもらえるし」

「その肝心のバーゲンの成果はどうなんだ。客じゃなくて閑古鳥が押し寄せてるじゃないか」
「そんなことないぞ。昨日は上川さんに、あそこにあった硯箱をお買い上げ頂きました」
「あの人は常連だろ」
「市原さんが胡桃釦をがっぽり買ってくれたりとか」
「常連だろ」
「それから秀峰堂の旦那さんとか、ミラクルショップの秋さんとか」
「同業者だろ」
「あと鈴木のばあちゃんも来てくれた。あ、そうそう。ばあちゃんに餅貰ったんだよ、餅」

俺はため息をついて、福袋ならぬ福風呂敷包みを元に戻した。
おそらく『冬のバーゲン』期間が終わっても、この中身が処分されることはない。
今年もこの男は、ガラクタが大半を占めるこの店で、この調子でのほほんと笑っているのだろう。

そもそも、本気で客を呼び込みたい店主は、営業時間中に餅を焼くための金網を店内から探したりはしない。

「なあ、黒砂糖と黄粉と砂糖醤油、お前はどれにする?」

448 9-509 日曜大工 :2007/01/07(日) 01:26:43
ぎこぎこぎこぎこ
「…あれ??」
がんがんがんがん
「…あれ???」

時間経過に比例して徐々に増えていく疑問符。
だから止めておけと言ったんだ。
「材料は揃ってるんだから作ってみる!」なんて言っても、カレーと本棚とじゃ訳が違う、と。
おまけに設計図も無し。
あいつは頭の中に本棚を描き、それっぽいパーツの形に板を切り出し、それっぽく適当な釘を打って組み立てる。
『緻密な計算』『綿密な計画』なんて言葉はあいつの辞書にはきっと載っていない。だってバカだから。

「……〜〜!!!」

どすっ、と鈍い音がして、あいつが突然カナズチを放りだしてうずくまる。また指を叩いたらしい。
「…もう止めたら?」
「止めないっ!」
がばっ、と身を起こして作業続行。そしてやっぱり「あれ?」と首を傾げる。
心なしか先程より渋い顔。事態は深刻化しているらしい。
「…あーあ、やるコト大雑把すぎっから」
「るせー!何とかなる…や、何とかするんだよこれから!」
「強情っ張り」
「ほっとけ!」
拗ねたようにむくれて再びカナヅチを手にする。

さて、あいつが素直に「手伝って」と言ってくるのが先か、材料が木っ端みじんになるのが先か、それとも奇跡的に本棚が完成するか。

「…ま、どうでもいいけど」

無関心を装って呟いてきつつ、何となく『完成すればいいな』なんて思ってしまう。

本棚と言い張れなくもない不格好なシロモノをなんとか一人で組み上げて自慢げに笑うあいつの顔、実は物凄く見てみたかったりするのだ。

「…やべ、こっち切りすぎてる…」
「リタイア?」
「なっ!だ、誰がするかっ!こんなのは反対を切り落とせば…!」
ごまかすように作業を再開したあいつの背中に向けて、柄にもなく笑って「頑張れ」と小声で応援してみた。

449 9-439「会社で年越し・上司と部下」1 :2007/01/07(日) 06:28:32
 そろそろ、疲労がピークだ。キーボードを叩く手を止め、片瀬はいい加減休ませろと疲れを訴える目元を押さえた。
 大きく溜息を、一つ。そこから前方へと腕を伸ばし、伸びをする。途端、椅子がぎしりと悲鳴を上げた。人気のない室内にやけに大きく響き、片瀬は僅かに身を竦めた。普段は人がひしめくはずの場所に、一人きりという孤独感がそうさせるのか。暖房が効いているはずなのに、やけに薄ら寒い。
「あー、……疲れたっつーか、眠いっつーか、……早く帰りてェ……」
 思わず、情けない声が出る。流石に部下の前では零せないが、今は一人きりだ。多少の愚痴も許されるだろう。
 まったく何が悲しくて、この年末に居残って残業しなければならないのか。
 納期が近いのは分かっている。思ったように進行しなかったのも、事実だ。そして、独身である身で、上司。残業に問題のない身であることも、十分理解しているつもりではあるのだが。
 もうすぐ年が変わる時間に、一人で残業というのも、なかなか厳しい。
 さて、と気合いを入れ直して再びディスプレイに向き直る。どうにか、終わりそうな目処がついたから部下を帰したのだし、ここでいつまでもへこたれている訳にもいかない。
 不意に、近付いてくる足音が耳に届き、片瀬は緩く首を傾げた。自分の所の人間は、皆帰した筈だ。どこか、別の部署の人間が残っていたのだろうか。
 もう年も変わろうとしているのに物好きな。そう思いかけて、思わず口元に苦笑が浮かぶ。
 それは自分もか、と苦笑を深めた時、近付く足音が止まり、部屋の扉が開く。
「お疲れ様でーすっ。年越し蕎麦の出前に来ましたァ、……なぁんて言ってみたりして」
 底抜けに明るい声が響く。いつも通りの満面の笑顔で、コンビニ袋を嬉しそうに掲げる男の姿に、思わず力が抜ける。深く背もたれにもたれかかると、ぎしりとまた椅子が大きな悲鳴を上げた。
「さー、ほらほら、のびちゃいますよー。さっさと食いましょ。ね、ね?」
 先程帰したはずの部下、中村はにこにこと満面の笑みで、相変わらずのテンションだ。彼の持つ袋からは、生麺タイプの掛け蕎麦が二つ、既にお湯が注がれた状態で出てきて、ますます片瀬は力が抜けた。
 早く早くとせかす中村に、片瀬は大きく溜息を吐くと、勧められるままに蕎麦の器を取った。冷えた指先に、じわりと温く熱が伝わってくる。
 はい、と中村が割り箸を差し出してくる。素直にそれを受け取りながら、蓋を取った。ふわりと香る出汁の香りに、腹が減っていた事を思い出す。そういえば、前回の食事はずいぶんと前だったような。ゼリー食だったか、固形栄養食だったか。
 ぼんやりと、前の食事を思い返しつつ、蕎麦を啜る。……暖かい。
 なんだかんだで力の抜ける部下の中村だが、見ている所はしっかり見ているというか。ちゃんとした食事を取っていない所も見られていた、というか。こういう気遣いをしてくる辺りは、捨てたものではないと改めて思う。
 ふと、にこにことやけに嬉しそうに自分を見つめてくる中村の視線に気付き、片瀬は眉根を寄せた。
「……なんだよ」
「あー、いや、……うん」
 あんまり見つめられると落ち着かない。気になって問いかければ、やけに中村の歯切れが悪い。
 睨んで先を促せば、ぼそぼそと呟くように白状した。

450 9-439「会社で年越し・上司と部下」2 :2007/01/07(日) 06:29:13
「や、ほら、片瀬さん、美味いモン食ってる時、黙り込む癖があるから、美味かったのかなーって。や、それがなんか無性に嬉しかったっていうか、可愛かったっていうか」
 白状された言葉に、思わず片瀬は噎せた。
 そこまで観察されていたのか、とか、三十路手前の男に何言ってんだ、とか。色々問いつめたい事はあれど、噎せて噎せて言葉にならない。
 慌てて背を擦ってくれる中村の手を、恨めしく思いながらも、どうにか呼吸を立て直す。
「……バカ言ってないで、とっとと食え。んで、さっさと家に帰れ」
「えー。あともうちょっとなんでしょ?なら、二人でやって、ちゃっちゃっと終わらせちゃって、二人で帰りましょうよ」
 ねえ、と脳天気に笑う中村に、目眩がする。
「一人で帰る部屋は寒いんですよ、智之さん」
「……まだ仕事中だ」
 ぴしゃりとはねのけるように片瀬は返すが、耳が熱いのを自覚している。不意の名前呼びに、こんなにも動揺させられて、悔しいやら、恥ずかしいやら。きっと、頬も赤くなっているのだろうとは思うが、それを認めるのもどこか悔しい。
「一緒に帰りましょうね」
 先程の言葉に、改めて念を押すように中村は繰り返してくる。こうなってくると、ちゃんと答えるまで中村は粘るのだ。諦めたように片瀬は大きく息を吐き出した。
「……ああ」
「へへー」
 まるで子供のように素直に感情を表に出して、満面の笑みを浮かべる中村に、片瀬はどうしても勝てないのだ。
「あー、でも、これだけ頑張ってるんですから、明日は予定通り休みですよね?」
「……あァ、まあ、そうだろうな。……つーか、もう、今日、になるけど」
「あ、ホントだ」
 パソコンのディスプレイの時計が、0時を示す。ニューイヤーを祝う花火の音が、どこか遠くで響いた。
「あけまして、おめでとうございます。今年も、どうぞ宜しくお願いします」
「……宜しく」
 満面の笑顔で言う中村に、片瀬は妙な照れくささを覚えつつ、ぼそりと返して視線を逸らせた。
「……蕎麦、とっとと食って、仕事片付けて帰るぞ」
「はいッ。あ、片瀬さん、明日お休みなら、初詣してから帰りましょうよ。俺、どーしてもしたいお願い事があるんですよねー」
「初詣?」
 不意の言葉に、片瀬は眉根を寄せて首を傾げる。
 ええ、と力一杯中村は頷きを返して、ぐっと拳を握りしめる。
「今年も、来年も、そのまた来年も、そのずーっと先も。片瀬さんと、一緒にいられますように、って。こう見えても、俺すっげェ不安なんですよー?片瀬さん狙ってる女、多いんですから」
「……バカか」
思わず、呆れた溜息が出た。
「願い事は人に話すと、効果なくなるんだぞ」
 片瀬の言葉に、衝撃を受けた中村の表情が、へにゃりと泣きそうなものに変わる。その、あまりにも情けない表情に、思わず妙な仏心が沸いてきてしまう。片手を伸ばして、くしゃりと中村の髪を撫でた。
「それに、そんな心配なんか、すんな。……大丈夫だから」
「智之さぁんッ」
「だぁっ!そば!そば、こぼれるっての!」
 犬だったなら、きっと尻尾が振りちぎれているだろう。そんな勢いで、飛びついてきそうな中村を制しつつ、片瀬は残った蕎麦を片付けてしまおうと口元に器を運んだ。
 先程までの情けなさは、どこへやら。喜色満面で、中村も再び蕎麦に箸をつけている。
 翻弄されているのは自分ばかりかと、仄かに浮かんだ感情は悔しさだろうか。器から口を離し、ちらりと中村を見やる。
「初詣より、早く俺は家に帰りてぇんだけど」
 片瀬の言葉に、何でですかぁ、と口をとがらせる中村を見、わざとらしく視線を外す。ちらりと、再度照れくさそうに中村を見やり、
「……バカ、たまには、俺だって誘いたい気分になるんだよ」
 意趣返しのつもりで返した科白の効果は、いかほどか。程なくして意味を理解した中村が、真っ赤になって噎せ返るのと、してやったりとばかりに片瀬が会心の笑みを浮かべるのは、ほとんど同時だったという。

451 9-509日曜大工 :2007/01/07(日) 12:35:11
電動ドリル: 強気攻め。日曜大工道具の中でもお高いお坊ちゃま。
       これと決めると目標に向かって一直線。行動が早く、すぐ相手を落とす。
       彼に開けられない穴はない。

プラスドライバー: プラスネジだけを回す一途な男。プラスネジのことしか頭にない。
          しかし彼は知らない。
          マイナスドライバーが強引にプラスネジを回していることを…

ノコギリ: 見た目がトゲトゲしていて「うかつに触ると怪我をする」と恐れられているが、
      本人は寡黙で地道にコツコツ鋸引く真面目な男。引いては押し、引いては押し。

トンカチ: 彼の一撃は重い。が、本人はそれほど激しくしている自覚がないのが難点。
      鉄製である釘は、彼のせいで一本気な生き方を曲げざるを得なくなってしまった。

紙やすり: 裏表のある性格。
      相手を彼の思うように変えてしまうが、その行動はさりげないため
      当の本人は自分が変わったことに気づかないという。

木工用ボンド: 某諜報員と同じ名前を持つが、気弱。想いが成就するまで時間がかかってしまうタイプ。
        過去、『木工用』の意味がわかっていない小学生に紙をくっつけるために勝手に使われ
        「ボンドくっつかねー使えねー」と言われたことが未だトラウマ。

木: 電動ドリルに穴を開けられ、ネジや釘を押し込まれ、ノコギリには刃を入れられ
   紙やすりには撫で回され、木工用ボンドにもくっつかれる、総受け体質。
   しかし本人は前向きに、立派になることを夢見ている。彼の明日は犬小屋か、本棚か、台風対策か。

452 9-509日曜大工 :2007/01/07(日) 20:50:53
降り止む気配は一向に無く、どうやら長雨になりそうだった。
軒の下ではおっさんが紫煙をくゆらす。今にも無精ヒゲに燃え移り
そうな赤い火は、そぼ降る雨の狭間にちろちろと揺れ、昼なお薄暗い
庭先に頼りない灯りを燈している。
煙草の量、増えたんじゃないかな。ぼんやりとあてどのないおっさん
の顔を気にしながら、俺は濡れそぼった前髪から飛沫を散らして金槌を
振り上げ、ガンゲンと不揃いな音を立てて板に釘を打ち付けた。

三ヶ月前、勤めていた警察庁を辞し、おっさんは警察官ではなく
なった。ちょうどその日、署を去り行く長い長いその廊下で、俺は
おっさんに体当たり気味の愛の告白をした。以前に起きた事件で知り
合い、関り合いになった頃から既におっさんは疲れ切った気怠げな目を
していたが、この時もやはり、俺は邪険に追っ払われかけていた。同僚
にも、職場にも愛想を尽かし果てていた時期だ、変な民間人に構う気力
すら残っていなかったのも無理は無い。が、俺も必死だった。今まさに
二度とくぐることの無いであろう出口に向かわんとするおっさんの道を
塞ぎ、脚に喰いつかんばかりの勢いで土下座して、
「犬、犬でいいから!俺を、あんたの犬にしてください!」
と、とんでもないことを口走ったのだ。俺を見下ろすおっさんの目は
一瞬にして凍りついた。思うに、長年「犬」と陰口を叩かれ蔑まれる
ような奉職を続けていたおっさんに、俺は致命的な間違いをしでかした
のだろう。否、そうでなくても嫌悪されて仕方の無いほど見事な
マゾっぷりを披露してしまったのだが、ともかく、そうして俺の立場は
決定した。「犬なら犬らしくしてろ」とおっさんは吐き捨て、その後ろ
をニョロニョロと、俺は這うようにしてついていった。

要するに、犬らしくすれば側に居てもいいという事だ。俺はそう解釈
し、その日から涙ぐましく奮闘し始めた。おっさんは俺が家の中に入る
事を許してはくれなかった。そのくせ自分は室内に閉じこもって散歩
にも出ようとしない。そんなだからヒゲは伸びるし、俺の犬小屋計画
にも気付くのが遅れたのだ。おっさんが引きこもっている間に、
おっさんの両親が遺したという六坪程度の裏庭には着々と資材が運び込
まれた。と言っても大した量はない、目指すのは大人一人が悠々と寝そ
べることの出来る犬小屋だ。天岩戸のごとくピシャリと閉めきられた
ガラス戸を尻目に、俺は設計図を広げた。板を揃え、ノギスを走らせ、
墨で線引き、鋸を振るった。帰る時には掃除もしておいた。恋に燃える
犬だからといっても、一朝一夕には完成させ難い。自分の職務もあった
し、何しろ自宅の建造なんて初めての事だった。そう、これが落成した
暁には、俺は一家一城の主となる。俺はおっさんの犬となって、
側近くに控えているのだ。属していた組織を離れ、独りぼっちになった
おっさんと、いつでも一緒に居られるようになる。犬はいつだって最良
の友だから、寂しい思いをさせはしない。不器用なりに完成を急ぎ、
仕事の日々を縫っては金槌を響かせる、俺の作業をおっさんが見守る
ようになったのはいつからだったか。咥え煙草の頬はこけてはいた
が、鋭い眼差しを意識せずにはいられなかった。
どこか遠くで鳴っていたはずの雷を、ふと耳元に感じる。悪天候の中で
つい没頭しすぎていたか。おっさんがすぐ側にいた。軒下でいつも暗い
目をしていたおっさんが、雨水に身を打たせ、金槌を振りかぶった俺の
腕をとどめるようにして掴み、俺の側に立っていた。
「もういい」久しぶりに聞いた声には、かつての棘はなく、
「もういいから、風邪をひく前に家に入ろう」「お、おっさん」
「犬は雷を怖がるものだから、家に入れてやる。それだけだからな」
おっさんは無愛想に、俺の合羽を剥いだ。
「お、おっさん、おっさん!」
玄関の扉からもれる暖かな光に眩みそうになり、俺は寒気と動揺と
嬉しさとでガタガタ震え、おっさんに縋った。おっさんは顔をしかめ、
「俺の犬なら、飼い主の名前ぐらい覚えるんだな」
そう言って、扉は閉められた。
なあおっさん、俺は室内犬になれるんだろうか。

453 9-529男ばかり四兄弟の長兄×姉ばかり四姉弟の末弟 :2007/01/09(火) 01:31:05
「駄目だ」
掴んだ腕は、簡単に振り払われてしまう。
「お前には背負っているものがあるだろう」

それでも僕は追いすがる。
離すものかと、両の手で彼の右腕を掴む。
「背負っているのは総一郎さんだって同じことだ。僕も一緒に」
「それは出来ない」
「どうして」
「お前がいなくなったら、家督は誰が継ぐ」
「元々僕には家を継ぐなんて無理です。知っているでしょう、僕は絵描きになりたいんだ」
「……」
「それに、才覚だったら夏子姉さんの方がずっと」
「篠塚の家に、男子はお前だけだ」

突き放すように言われた言葉に、僕は言い返すことができない。
――嫌だ。
彼に会えなくなるのは嫌だ。
彼が僕の前から姿を消すなんて、耐えられない。

「黙っていますから」
気がつけば、自分でも惨めだと思うほど、彼に縋り付いていた。
「今度の席で初めて顔を合わせた振りをしますから。心の奥底に沈めます。
 ……いえ、本当に忘れて貰って構わない。だからどうか」
「無かったことにしたいのか?」
その言葉に呼吸が止まる。
「俺には出来ない」
そう言って、彼は僅かに視線を落とした。

「……もしも」
声はひどく震えていた。
「もしも僕が、春江姉さんの弟でなかったから」
「同じことだ。俺があのひとを裏切っていたことに変わりはない」

一番上の姉を思い出す。綺麗で優しくて気丈な姉。
姉があんな風に泣いているのを見るのは初めてだった。
――姉を、傷つけたかったわけではない。

「無かったことにはできない。だが、あのひとをこれ以上裏切ることもできない」
確りとした、迷いの無い口調だった。
「うちにはまだ三人いる。俺が消えても、なんとでもなる」

彼は左手でゆっくりと、僕の両手を引き離していく。
空気の冷たさに、指の感覚はなくなっていた。

「しかし騒ぎにはなるだろう。両家に泥を塗った、そのけじめはつける」
「総一郎さん」

初めて出会ったとき、僕が彼を綿貫総一郎だと知っていたら。
抱き合うよりも前に、彼が僕を篠塚冬樹だと気づいていたら。

否、あの晩、僕が自ら打ち明けさえしなければ。
こんなことには、ならなかったのだろうか。

「さようなら」

彼の手は、暖かかった。

454 9-579かごめかごめ :2007/01/11(木) 21:18:34
「かごのなかのとり、とは腹の中の赤ちゃんのこと。夜明けの晩に滑って流産したって比喩だ。
しかし一説には息子を溺愛する姑に背中を押されたって説もある。いずれにしろ悲しい唄なんだ。軽々しく口にすんな」
まーた始まった。
『日本の民話童謡研究会』なるサークルの一員である彼は、何かにつけ俺の話の腰を折る。
「じゃいいよ。明日ははないちもんめで遊ぶから」
「花一匁とは花=子供、匁=金銭単位。つまり口減らしのための人身売買の唄だ。
あの子が欲しい、この子が欲しいと売られていった子供の気持ちを考えた事あるのか」
「…。」
そんな唄なんかよ。
「あっえっとさ、今日さ、初めて絵本読ませてもらったんだ。純真無垢な瞳に見つめられてドキドキしたよー」
「何読んでやったんだ?」
「ピーターパン!ちょっとトチッちゃったけどどうにかうまく、」
「ピーターパンなんて野蛮な話を聞かせるな。あれはなピーターパンが成長した子を殺してるから子供の仲間しかいないんだ」
「…、じゃ明日は狼と七匹の子やぎにする」
「子やぎちゃんもダメだ。あの話は中世の西欧の森に住む犯罪者と犠牲になった子供や人間狼裁判など、事実から作られてるんだ。
腹を裂かれ石を詰められる刑も実在した。そんな背景を知ってお前は笑顔で語れるのか?」
「ダァー、もうウザイ!ウザイ!黙って聞いてりゃいい気になって。
だいたいお前日本民話研究してんだろ。いちいち文句つけるな」
「日本の民話を知るにはまず外国の民話や童話も知らねば深く洞察できない。
文句言ってるわけじゃない。真実を教えてやっただけだろう」
「真実がどうあれ現代の解釈じゃファンタジーなんだよ!ファンタジー!かごめもはないちも楽しい遊び唄!
俺はただ憧れの保育士になるための初めての実習での出来事を、お前に聞いてもらいたかっただけなんだよ。
頑張れよとか良かったなとか、言って欲しかったんだよ。 誰が講釈垂れろって言った。」
頭に血が昇り一気にまくしたてた。
隣りにいたくなくて、流しに向かい黙々と洗いものをする。
誰がお前の皿なんか洗ってやるか。
怒り心頭でブツブツ言っていると、いきなり後ろから抱きすくめられた。
「うしろの正面だぁ〜れだ」
アホか、お前しかいねえだろがよ。
おいこら、首筋キスすんな。
あぁウゼぇー。
ついお前の皿も洗っちまったじゃないか。

明日はやっぱり、かごめかごめで遊ぼう。

455 9-599センター試験 :2007/01/12(金) 23:27:03
「センター試験直前とはいえ、根詰めすぎじゃない?」
「んなことねーよ」
「たまには息抜きした方がイイと思うんだけど」
「私大の推薦決まってるお前に言われたくないね」
「でも、クリスマスも大晦日もお正月も」
「ウルサイ。邪魔するなら帰れ」

「やほー」
「よう。昨日は本当にあのまま帰るとは思わなかったぞ」
「あは。実はさ、これ」
「お守り?…北野天満…お前京都まで行ってきたのか!?」
「ウン」
「…暇人」
「愛が深いって言ってよ」
「ん。まぁ…ありがとう。もらっておくよ」
「それじゃ、体調崩さないようにしてよ。じゃ」
「ちょいまち」
「ん?何?手?繋ぐの?」
「ん」
「え…そりゃ、願ったりだけど、どういう風の吹き回し?珍しい」
「菅原道真よりお前の方が御利益あるだろ。俺の右手にパワー送れ、学年主席」
「君だって次席じゃん…」
「うっさいな!お前が良いんだよ言わせるな!」
「……じゃ、じゃあ、もっとこう俺のエネルギーを送り込むようなそういう行為の方が効き目無いかな…?」
「なっ!?赤い顔して何言い出すんだよこのバカ!?」
「いいじゃんちゅーくらいー」
「…え?あ、…うっさい何がちゅーだこのバカ!!!」

この日だけは試験勉強休んで主席君と一緒に息抜きをした次席君でした。
試験前こそリラックス!

456 9-629年下の先輩 :2007/01/16(火) 22:29:36
昨今の囲碁ブームに踊らされて、初級者教室の門を華麗にくぐったのが
半年前だ。仕事帰りに一端緩めたネクタイを、鉢巻代わりに、も一度
きりりと締め直すのが毎週水曜夜七時。パチリパチリといい音響かせ、
「音は良くなりましたね」と無理のある褒め方をしてもらったのが、
ついこの間の水曜日。たまにはサロンの方にも顔を出して、へぼ碁の
相手を探そうかなあと同じビルの階段を一つ昇ったところ、人の影、
聞き覚えのある話し声、震える言葉、駆け降りてくる、駆け抜けていく
見慣れた学生服の見知った少年の背に不穏なものを感じ、踊り場を
見上げると、いつも馴染んだ羽織姿の、温かな笑みを崩したことのない
指導の先生のその瞳、縁なし眼鏡の奥の底、青ざめた表情に反射的に
きびすを返し、何があったのか、とにかくさっきの高校生の姿を求めて
追っかけっこを始めたのが五秒前、日曜日の午後のことで、こうなる
ことならもう少し考えて服を選ぶべきだったと後悔しながら、俺は背広
の裾を翻した。
あの年頃であれば自分はもっとあほ面を晒し、悪くすれば鼻水すら垂ら
していたかもしれないというのに、最初に対面した時から彼の態度は
しれっとしていて、この子は一月前から通い始めたんですよとの紹介を
受け、「じゃあ俺の方が先輩だね」などと目を細めて言ってのけたもの
だ。お互い初級者という立場は違わないが、高校生のあの子が対局に
負けて悔しがる姿というものをおよそ目にしたことがない。
老若男女、十に満たない生徒数の、様々な人々が集まる中で、大体に
おいて静かに笑み、勝負の最中、首を捻って頭を絞るうちにのぼせて
しまう俺の前では一層楽しそうな顔を見せ、必要もないだろうに横に
ついては助言を与える、プロ棋士である先生の前では、何やら
はにかみ、ひたすらに俯いているので、面白がって覗き込めば、白い
碁石の吹雪のような激しさで猛撃される、その表面上だけは平然とした
顔、生意気な顔、得意げな顔、黙考する顔、思い起こされるのは捻くれ
た根性と、それですら覆いきれない、年相応の無邪気さが入り混じった
何とも不思議な表情だ。
大人げの無さでは渡り合えるものの、革靴の音もバタバタと、次第に
顎を上げてひいひい言い始めた日本のおっさんに哀愁を感じたのか、
風を裂くように我武者羅に走っていた若人は後ろの様子を気遣い、
やがて立ち止まり、茜差す川面の道端でぜいぜいと肩を上下させて
いる俺の側にゆっくりと戻ってきて、静かに声を掛けた。
「イトウさん、俺、ふられちゃったよ」
「だ、誰に」
「知ってそうだから、わざわざ教えない」
「俺は相手の一手先どころか自分の手すら読めないへぼ碁の打ち
手なんだぞ。人の気持ちなんか分かるか」
だろうね、とあっさり肯定し、
「俺、気持ち悪いって思われたかなあ」
少年がポツリと呟くので、そいつは君に告白されたぐらいで気持ち悪い
と考える奴なのか、違う、違うだろうと熱弁をふるえば、やっぱり
さっきの見てたんじゃないか、と文句を言われた。
「だからって、まさか、もう教室に顔を出さない気じゃないだろうな」
ふいと背けられた顔に、俺は焦れた。焦れて、怒鳴った。
「それは困るぞ!俺は君に勝った試しがないんだから、せめて、
せめて一勝できるまでは、君に居てもらわなきゃだめだ!」
これだから、冷静さを忘れてはいけませんと毎度同じ説教をもらうこと
になるのだ。
「イトウさん、それじゃ俺、あの教室に一生通うことになっちゃうよ」
襟元の金ボタンがきらりと光を反射し、俯いていた少年は笑い顔を
見せた。八の字に下げられた眉の、涙を堪えた笑顔というのはこれまで
に見たことがなく、やはり不思議な表情をすると、俺は思った。

457 9-669色鉛筆 :2007/01/19(金) 01:59:19
「おい、何とろとろしてんだよ。置いてくぞ」
「待ってよぉ。みんな慌てて走ってくから僕にぶつかっていくんだもん。転んじゃうんだもん」
「だぁーからおまえと遊びに行くのヤダったんだよ。トロいし鈍いし運動神経ないし」
「それ全部同じじゃん。そんなに怒らなくてもいいでしょ。」
「だいたいなぁ、おまえは八方美人なんだよ。言い寄ってくるやつみんなにイイ顔してよ、
ちったぁ自己主張ってもんしろ。あぁまったくイライラする」
「酷い。そんな顔真っ赤にして怒らないでよ。激情型なんだから」
「煩せぇ!顔が赤いのは生まれつきだ。悪いか。嫌なら一緒に遊ぼうなんて誘うな」
「だって、いつもみんなの中心で人気者の君に、なかなか声かけられなかったんだもん。
昨日、マリコちゃんが初めて隣同士にしてくれて…嬉しかったんだ。
せっかく…勇気出して、、誘ったのに、怒らなくても…」
「おまっ、な、なに泣いてんだよ。俺がいじめたみたいじゃんか。わかったから涙拭けよ」
「もう怒ってない?」
「あぁ、怒ってねぇよ。」
「ほんと?」
「あー、しつこい!怒ってねぇっつってんだろ。だからよぉ、おまえがとろとろしてっと、
ゴロゴロぶつかってきた奴らの色がつくから嫌なんだよ。」
「僕に色ついちゃ嫌なの?」
「そう!嫌だっつってんの!おまえは他人の色に染まりやすいんだから」
「ねね、さっきより顔真っ赤だよ」
「煩せぇー!ほっとけ!夜が空けるぞ。ダッシュだぜ、白」
「待ってよー、赤君!」



『ママぁー、マリコの色鉛筆いじったぁ?昨日ちゃんとしまったのに青だけ箱から出てるの。
端っこから赤、白、青、って入れといたのに』

458 9-689人間と人外 (1/2) :2007/01/21(日) 00:36:26
その青白い男は、やはり雨の日に現れた。

庭先に浮かぶぼんやりとした陽炎が、徐々に確りと姿形を成していき、
地面に落ちていくはずの雨が、いつの間にか男の肩で撥ねている。
足を地につけているのに泥濘に足跡が残らないのは何故だろう、と
ぼんやり考えているうちに、男は軒先の三歩ほど先で立ち止まった。

雨に打たれるその男の肌は異様に白く、瞳の色は水底の泥を思わせる暗い色をしている。

その場に佇んだまま視線を彷徨わせる男に、俺は自分から視線を合わせてやる。
男の目があまり利かないことに気づいたのは、二月ほど前だ。

「そろそろ来る頃だと思っていた」
「決心は、ついたか」
俺の言葉を無視した唐突な問いかけにも、いい加減慣れていた。
雨に打たれながら、男は繰り返す。
「決心は、ついたか」
「いいや」
俺が首を振るのも、半ばお決まりの挨拶になっていたが
それでもこの男は毎回、律儀に困ったような顔をする。

「まだ、時間が足りぬか」
「……。そこの睡蓮な」
男の問いには答えず、俺は軒先の瓶を顎で示した。
「お前に言われたとおり、三丁先の池の水を汲んできたら生き返った」
「…………」
「今年は花が咲くといいが」
「…………咲く」
沈黙の後、男は微かに頷いた。

「実を言うと、俺は睡蓮の花というものを見たことがない」
この家に越してきたのが去年の夏の終わり頃で、そのときからこの瓶はここにあったが、
その頃は花どころか葉も茎も枯れかけていた。
「絵や写真で見たことはあるんだが。赤い花と白い花があるのだろう?」
「白が咲く」
瓶の方に視線をやって、男は僅かに目を細めた。
「嬉しそうだな」と言ってみると、また困ったような表情になる。

この男の僅かな表情の変化を読み取れるようになったのはいつからだろう。

「生き返ったのはいいとして、今度は瓶の水が凍ってしまわないかと心配している」
「枯れはしない」
「だといいが。それにしても、この辺りの土地は、毎年雪が積もるのか? ここ数日物凄く寒い」

459 9-689人間と人外 (2/2) :2007/01/21(日) 00:37:45
しかし、男は答えなかった。

「私と共には、行けぬか」

その声は消え入りそうなのに、雨音に掻き消されることなく、はっきりと耳に届く。
目を逸らそうとしたが、灰色の瞳に捉えられて叶わない。
水底の泥が僅かに揺らいだのを見て、俺は奥歯を噛み締めた。

「逝けない」

それはとうの前から出ていて、しかし胸のうちに仕舞いこんでいた答えだった。
男は動かずに、こちらをじっと見つめている。
両目を閉じてしまいたい気持ちを抑え、俺は男を真っ直ぐ見て、声を押し出した。

「このままでは駄目か。これからも、お前とこうして会うのは許されないか」

ほんのひと時、お前とこうやって他愛のないことを語るのは許されないか。
この庭で、一緒に睡蓮の花を愛でることは許されないのか。

「俺は、お前とこうして話すのを気に入っている」

最初はこちら側にだけ未練があった。だから猶予を乞うた。逃げ出すつもりだった。
しかしいつの頃からか、この男がやってくるのを待つようになった。
そして、どちらかを選んでどちらかを捨てることに、迷うようになっていた。

「お前と共に生きていくことは、出来ないのか」
「……ひとは、欲深い」

半ば独り言のように、男は呟いた。

「しかし、私とて、あのとき直ぐに攫うべきだった」

庭に植えられた木々がざわりと揺れる。
雨脚が先刻より弱くなっていることに気づく。
そして、雨が再び男の身体をすり抜けていることにも。

「待て」

――骸となったお前を引きずり込めば、共に暮らせたものを。
――だが、お前を知った今となっては

まるで水の底にいるかのように、男の声が辺りに反響している。
俺は縁側から飛び降りて、雨の中に手を伸ばす。

「待ってくれ、俺は」

――雪は、七日の後に積もる。

その言葉を最後に陽炎は虚空に消え、伸ばした手が青白い男に触れることはなかった。

460 9-699ふみなさい :2007/01/21(日) 09:58:14
「ホントに踏んでいいの?俺でいいの?」
「いいって言ってるだろ。早く踏めよ」

裕人と俺が今見つめているのは、パソコンだ。
サークルの連絡と親睦の目的で作られたパスワード制のHPだ。
管理人は裕人。メンバー数50ほどの一大学のサークルのHPにしては本格的だ。
何故か大学の全景、雑多な部室の風景などのフォトコーナー、
メンバー全員のプロフや連絡掲示板、画像アップもできるなんでもBBS、ご丁寧にチャットまで備えている。
webデザイナーを目指している裕人らしくセンス良く効率的に配置されたページは使い勝手が良い。
しかしせっかくのBBSやらチャットは開店休業状態。
週に2、3度顔合わせるのに、わざわざネットにまで出向いて親睦をあたためようなんて輩はそういない。
せいぜいスケジュールの確認に訪れるくらいだ。
なんでもBBSには、裕人のつぶやきや先日行ったという北海道旅行の写真などが虚しくアップされているだけだ。
何故かいたたまれず、ある日、チャットに足跡くらい残してやろうと入ったところ、
ちょうど管理中だった裕人に見かった。
サークルではあまり話したこともないけど裕人の楽しいおしゃべりに俺はすぐにハマった。
以来、ほぼ毎日深夜一時は二人のチャットタイム。

そして、今日も俺が訪れたら、トップのカウンターが999を示したのだ。
900を過ぎたあたりからトップページには
『記念の1000を踏んだ人は申し出て下さい。管理人より愛を込めてささやかなプレゼントをあげちゃいまーす♪』
と大々的に書かれてあった。
そんなプレゼントに深い意味はないと思いつつも、誰かに渡るだろうそのプレゼントが、
いやプレゼントを貰うだろうその誰かが気にかかっていた。
一瞬もう一度リロードしてしまおうかと頭をよぎった。
しかし気にしているのを見透かされそうな気がして、急いで裕人の待つチャットに入ったのだった。

「だからもう一回トップに戻ればいいじゃん。プレゼントが何か気になるんだろ?」
「気になるわけじゃないけど、何かなぁと思っただけ」
「だから踏めよ。そしたらお前のもんだ。明日会ったら渡すから」
「俺でいいんだね?じゃ踏むよ、ホントに踏むよ!」


翌日待ち合わせのファミレスで、俺は小さな切符を貰った。
踏んだのが誰でもこれあげちゃうんだと思うと複雑だった。
「それからこれも。はい」
「なに?カップメン?」
「そう、北海道限定ウニ入りカップメン 。ホントはプレゼントはこのカップメンだけなんだ」
「じゃあ、この切符は?」
「それは大智に渡したくて買ったんだ。でもへんだろ、いきなりそんなの。渡しそびれちゃってさ」
「これ俺に?。」
「そうだよ。もう廃線になった国鉄時代の駅の切符のレプリカだから使えないけどね。
 BBSの写真見た?あの廃駅が記念館になってて、大智に渡したくて買ったんだ。
 ほら、おそろい。キリ番踏んでくれてサンキュな」

俺は手の中の切符が、どんなプレゼントより愛しく思えた。
切符にはこう書かれていた。[愛国→幸福]と。

461 9-699ふみなさい :2007/01/21(日) 15:28:37
「お、早いね。じゃあ八さんいってみようか」

ふ ふざけあってた少年時代
み 見つめる横顔 頬に朱さし
な なぜか苦しい胸の内
さ 再会してから気づいた恋は
い 言い出せもせず、笑みの悲しき

「まとまってるね。一枚あげとこうか……はい、菊ちゃん」

ふ ふうん、こういうのが好きなんだ?
み 見せ付けてやろうぜ
な 啼けよもっと
さ 桜にさらわれるかと思った
い イキたいか?

「おーい、座布団全部持ってちゃいなさい」

462 9-699ふみなさい :2007/01/21(日) 16:18:26
「踏みなさい」

 居間でごろんとうつ伏せに寝転んだ智也さんが、柔らかな口調で俺に言った。
 突然、そんなことを言われても困る。
 
「あの、俺、高校せ……」
「大丈夫。父さんなら大丈夫だ、信じなさい」

 何が大丈夫、なんですか。何を信じろというんですか。
 項垂れた俺を肩越しにちらりとみて、智也さんはまた大丈夫だと言った。

 俺はもう高校3年にもなる男だ。背も高い方だし、結構体重もある。
 大丈夫、踏みなさい――といわれても、そう簡単に頷けはしない。
 俺は案外常識人なんだ。
 対する智也さんは、よれよれのスーツを着た線の細い――よく言えば繊細な、悪く言えばもやしみたいな人だ。
 俺なんかが踏んだら、ぼきっと骨が折れてしまいそうだ。
 40をとうに超えた、義理の父。
 母が再婚相手として連れてきたこの人のことを、俺はまだ『智也さん』と呼んでいる。
 別に智也さんのことが気にいらないわけではない。
 俺自身は、智也さんのことをとっても気に入っている。
 智也さんは、優しくて大らかな、陽光のような人だ。俺は、そんな智也さんが大好きだった。

 だけど――踏みなさい、なんて言葉はいただけない。
 俺はもう一度、ぶるりと首を横に振った。

「裕貴……踏んではくれないのかい?」
「俺が踏んだら絶対痛いから……」
「大丈夫だ! 私は踏まれるのが好きなんだ。痛いぐらいが気持ちいい」

 智也さん、その発言はいろいろ危ないような気がするんですが。
 体を起こし、眼鏡をずるりと落としかけながら力説する様子に、俺は小さく嘆息した。
 こうみえて智也さんは頑固なところがある。
 今日やってあげなければ、明日もあさっても――下手すると一年ぐらい言い続けかねない。
 だったら、早く済ましてしまおう。
 
 恐る恐る右足を出して――智也さんの細い腰に添える。

 そのまま、ぐっと全体重を乗せ――

「……ッ!! い、痛ッ」
「ごっ、ごめん!」

 直ぐに飛び退けば、智也さんは腰を摩りながらほろりと涙を零す。
 やっぱり、大丈夫なんかじゃなかったじゃないか!

「智也さん、大丈夫?」
「あ、ああ……大丈夫、大丈夫。あだだ、こ――腰が」
「ああほら、起き上がらなくっていいから!」

 只でさえ、智也さんは腰が悪い。
 腰を押さえながらも無理に起き上がろうとする智也さんを制して、俺は直ぐにシップを取りに走った。
 シャツをぐいと捲り上げ、先ほど踏んだ箇所に張る。

「足の裏を踏んでもらうマッサージ、あるだろ? あれを子供にやってもらうのが私の夢だったんだ」

 座布団に顔を埋めながら、智也さんが言った。
 母は再婚だが、智也さんは初婚だ。智也さんに、実の子供は居ない。
 二人の間の子供は俺だけだ。
 つきん、と胸の奥が痛む。

「足の裏は流石に痛いだろうから、と思って腰にしてもらったんだけど――やっぱり痛かったな」
「当たり前だろ。マッサージなら俺、ちゃんとやってあげるよ?」
「いやいや、子の体重をぎゅっと感じたかったんだよ。それが父親の幸せってもんだろう?」

 智也さんはそう言うと、手を伸ばして俺の頭をわしわしっと撫でた。
 節ばった細い指が髪を掻き乱し、くすぐったくて心地良い。

「父さんって呼べとは言わないよ。だけど裕貴も、私の子供なんだからね」
「うん――分かってる」

 智也さんの薄い唇が、俺の名前を呼ぶ。
 それが妙にせつなくって、俺は俯きながら呟いた。
 智也さんは、俺のことを実の子供だと思い接してくれている。
 ギクシャクさせているのは、俺の方だって言うのも分かってる。
 智也さんのことは、好きだ。だけど、どうしても父さんとは、呼べない。

 ごめんね、智也さん。
 俺は貴方に、父親以上の愛情を抱いています――。

463 9-729お墓参りの帰り :2007/01/22(月) 21:25:03
さっきから小さな足音がついてくる。
振り返るのがこわい。
逃げるのもこわい。
(大丈夫。きっとばーちゃんが守ってくれるから)
最後にばーちゃんから貰ったお守りをギュッと握りしめて、何度も自分に言い聞かせていた。

今日は三年前に死んだばーちゃんの命日だった。
お墓には花とまんじゅうだけで、お線香の煙も寂しかった。
去年は三回忌で、一昨年は一周忌だった。
父ちゃんも母ちゃんも『今年は特別じゃないからさみしいね』って言ってたのに。
でも、ぼくがいるからね。
ばーちゃんの大好きだったビールと、いい匂いのするお線香を、お年玉の残りで買って来たよ。

ばーちゃんに『また来るね』って言って、お寺から出るときに気付いた。
さっきからずっと、誰かが後を歩いてる。
ぼくが早足になると、足音も速くなる。
ゆっくりにすれば、ゆっくりになる。
おばけが出るのは夜のはずなのに……。
きっとばーちゃんが助けてくれるって、握ったお守りを胸に抱きしめた。
でも、そのとき……
「あのー、えーと……」
「う、うわーーーーん!ばーちゃーん!助けてー!」
低い声といっしょに肩に乗った手で、我慢してたこわさが破裂した。
思いっきり走り出そうとしたのに、大きな手に捕まえられる。
手や足を振り回して逃げようとしたけどビクともしない。
「うう、……ばーちゃん、助けてよ」
「ボクはいつでもじーちゃんを助けるよ?」
聞こえた声は聞いたことのない声。
でも、ぼくを『祐二』とか『祐ちゃん』じゃなくて『じーちゃん』って呼ぶのはばーちゃんだけ。
「ばー、ちゃん?ほんとに?」
手も足も動かなくなって、体が凍ったみたいに固まった。
振り返ったら本当にばーちゃんがいるの?
「うん。本当に双葉だよ。ボクがじーちゃんに嘘なんて吐けるわけないじゃない」
いつもの言葉。
振り返れば、きっといつもの笑顔。
だから『なんで大きいの?』とか『ばーちゃんはお化けなの?』とか、みんなみーんな吹っ飛ばして抱きついた。

464 9-739あの星取ってきて :2007/01/23(火) 03:41:08
あいつと初めてあったのは、ネオンきらめく夜の街だった。
色とりどりの偽物の星の輝くネオン街が好きだと言っていた。特に、昼間は緑の川面に映る不確かな灯りが好きなのだと。
そんな関係になったのは出会って一月ほどした頃か、身体を重ね、まくらごとに過ぎない甘い言葉を重ね、ふと気づけば、抜け出せないほど本気になっていた。

夜景が綺麗だと評判のホテルのラウンジでそれを告げたとき、あいつは酷く傷ついた顔をして眼下の街を指差して一言
「あの星取ってきてくれたら、付き合ってやる」
と言った。
白くて細い指の先には、きらきらと輝く猥雑な地上の星々。
その先になにか特別に魅力的な店でもあるのかとガラスを覗き込んで、後ろからしたたかはたかれた。

考えて考えて考えて、未だかつて無いほどよくない頭をひねって、俺は生まれて初めて多大なる借金を作ってマンションを買った。
あいつの好きなネオン街からさほど遠くもない、中古で2DKでこじんまりとした、小さな、正直あまりパッとしない部屋だ。
だけど、機能的には申し分ない、多分。
あいつが外にいるときは、帰り道に迷わないように灯りをともす。あいつが帰っているときは、地球が命を育むように、あいつを包み込む安らぎになるような灯りを…温かい光を。

ありふれたキーホルダーにつけたありふれた形の鍵を手にプロポーズまがいの言葉を持って行った俺に、あいつは初めて見るような笑顔を見せた。
それからはずっと、この小さな部屋にはオレンジの星が灯る。

465 9-739 あの星取ってきて :2007/01/23(火) 04:26:39
「すげーだろ、超偶然に田舎のばーちゃんちに落ちてきたらしくてさ」
「…ふーん」
「あ、ひで。リアクション薄っ」
「…これでも充分驚いてるんだけどね」
そう。表面上冷静を装っているものの十分に驚いてるし、何より動悸がおさまらない。
『僕と結婚したいなら、あの星取ってきて』
お前と結婚できたらな、と冗談めかして言った彼に、かぐや姫を気取ってそんな事を言ってみたあの日。
他愛ない日常。それでも僕は覚えている。
冗談でもいい、あの時素直に『結婚しよう』とでも返していればよかった、と今でも後悔する。
だから期待してしまった。隕石のカケラだという石を持って僕を訪れてきた彼に。
…馬鹿みたいだ。彼が手に入れた宝物を見せに来るのは昔からの事じゃないか。
そう自分に言い聞かせても、早鐘はいっこうに鎮まらない。
「…唐突に全っ然関係ない事聞くけど」
裏返りそうな声を必死で抑えて聞く。
「…もしも誰かが本当に宝物を見つけてきたとしたら、かぐや姫は本当に結婚したと思う?」
「しただろ。っつーかする気なかったとしても言い出したケジメで結婚しろ」
笑顔を急に引き締めて真剣にこちらの目を覗き込んで彼は言う。
「…な、何だよ。僕がかぐや姫本人みたいな言い方して」
「【星取ってきて】なんて無茶な難題出す奴がかぐや姫以外の何だってんだよ」
「!!…お前、覚えて…?!」
「っつーか…取ってきたわけじゃないし本当に隕石だって証明できないし、
【あの星】ってお前が示した星のカケラってわけでもないけど…」
それでもいいか?と彼は顔を赤くして手の中の星をこちらに差し出す。
「…合格に決まってるだろ」
差し出された手を両手で包み、取り繕えない泣き笑いの表情でようやくそれだけ告げた。

466 9-529男ばかり四兄弟の長兄×姉ばかり四姉弟の末弟 :2007/01/26(金) 20:53:45

 ぴぃんぽぉーん、という平和ボケをそのまま音にしたようなインターフォンが聞こえた途端に、
俺の周りをちょろちょろと走り回っていたチビギャングどもが玄関に突撃した。その数、三匹。
 「だれー?」だとか「なにー?」だとかうるさいったらない。あいつらのツルツルな脳味噌には
まだ『近所迷惑』という言語が刻み込まれていないのだ。そしてそれを刻み込まなければ
ならないのが俺。破滅的に面倒くさい。
 舌足らずな弟どもは興奮していて、余計に何を言っているのかサッパリ判らない。ので、客人が
誰であるのか、部屋の中まで出向いてくださるまで分からなかったのは事実であったのだが。
「やあ久しぶり、お兄ちゃん」
「うわぁっ先輩!?」
 敬愛する先輩に、ひよこ柄の黄色いエプロンでホットケーキを焼いているという、およそ格好
悪さの極致みたいな姿を見られただなんて、あんまりだった。

「いやー、まいったな、ホットケーキ焼いてるなんてさ。反則だよお兄ちゃん」
「先輩お願いだから……ホント後生だからその『お兄ちゃん』ってのヤメテくださいよ」
 ハイスピードでホットケーキを焼き上げ、ダイニングキッチンの皿の上にてんこ盛りにして放置し、
チビ猿人たちが喰らいつくのを確認してリビングに引き上げる。勿論エプロンは速攻で外す。
 それだけで心身ともに疲労が溜まる感じがするのに、加えて先輩の『お兄ちゃん』には正直堪えた。
「いいじゃないか。正直憧れなんだよ。『お兄ちゃん』て呼ばれるの」
 というのも、先輩はどうやら末っ子であるらしい。姉ばかり三人いるという話だ。俺はむしろ
先輩の環境に憧れる。
「ホットケーキ作らされるのにですか」
「まだマシじゃないか? 俺はクッキーにスポンジケーキ、パウンドもブラウニーもトリュフチョコも
手伝わされて覚えさせられたさ」
 壮絶な背景を髣髴とさせることをサラリと言って、先輩は「実はそれが原因なんだが」と、弱った
顔をして切り出した。
「ジンジャークッキーが我が家で大量に余ってしまったんだ。食いもしないのに姉が作ってな。
それで甘いものを消費できそうなお前の所に持ってきたんだが」
 先輩はそこでちらっとダイニングに眼をやった。ミニサイズ腹ぺこグール三匹はそろそろ大量の
ホットケーキを食い尽くすことだろう。しかしその上クッキーを食ったら流石に、夕食に響く。
「遅かったようだな」
「ビニール袋に入れて封しとけば、明日まで持ちますよね? 明日の三時に食わせますよ」
 良いのか? 助かるよ。と言って紙袋を差し出し、ほんわりと笑う先輩は妙に艶っぽい。
ジンジャーとバニラエッセンスの香りがふと俺の鼻を掠めた。今日も手伝わされたんですか。
うーん、いい匂いだ。

「今度何か余ったら、すぐ電話かメールするから。ごめんな」
「や、こちらこそすいませんでした、お構いもせず」
 所帯じみた俺のセリフに先輩は爆笑した。

「じゃあな」

 俺がそのクッキーを弟たちに与えることなく、ひとりで平らげたのを先輩が知るのはずっと後のこと。
 先輩がそのクッキーを手伝わされてでなく、自主的に作って俺に届けたのを俺が知るのは、更に
もっと後のことである。

467 9-800昼ドラ :2007/01/27(土) 00:39:02
<前回のあらすじ>

相澤家を出て幸平の元へ行こうとした春樹だが、良一に見つかってしまう。
「うちからの援助を打ち切られても良いのか」と詰め寄る良一に「構わない」と返す春樹。
しかし「お前の妹の将来も閉ざされる」という言葉に決心が揺らいでしまう。
更に「お前は俺のものだ」と言われ、春樹は絶望する。

その場面を偶然目撃した雄二は、ほくそ笑みどこかへ電話をかける。
電話の相手は外科医・秋野だった。「兄貴の弱みを見つけた」と告げる雄二。

一方、相澤総合病院の小児科へボランティア公演にやってきていた幸平は、真山と鉢合わせる。
病院の取材を続ける真山は、患者として病院に潜り込んでいた。
真山から院長一家の噂を聞いた幸平は、春樹のことを案じ電話をかけるが繋がらない。

院長室で写真を眺めている相澤。古びた写真には、妻ではない女性と少年が写っている。
相澤は悲しそうな表情で「もう十五年か……」と呟く。

幸平たちの公演は好評のうちに終わる。

その帰り、小児病棟の廊下で幸平は『安藤あずさ』の名札を見つける。
「年の離れた妹がいる」という春樹の言葉を思い出し室内を覗くが、検査中であずさの姿はない。
しかし、ベッド脇にあの折り紙が置かれているのを見つけ、確信する。

病院を出る幸平。再び春樹に電話をかける。
呼び出し音が鳴る春樹の携帯に手を伸ばしたのは、良一だった……。


<今週のみどころ>

遂に、幸平に良一との関係を知られてしまった春樹。幸平にはもう会えないと告げる。
良一もまた幸平の存在を知ったことで、春樹に一層の執着をみせるようになり……
一方、病院内の派閥抗争も表面化。雄二の策略に、春樹も巻き込まれていく。

468 萌える腐女子さん :2007/01/27(土) 00:41:09
しまった違った。800ではなくて799だ
>>467は「9-799昼ドラ」です

469 9-809喉仏 :2007/01/27(土) 22:38:35
「子供の頃は歌手になりたかったのだよ」
林檎を口に運びながら、彼は言った。
「地元の少年合唱団に所属していてね。クリスマスには教会で賛美歌を歌ったものだ。
 周りから天使の歌声だと褒められて、その気になっていた」
「天使か。今じゃ悪魔の癖に」
精一杯の皮肉にも、相手は「その通りだ」と鷹揚に頷くだけだった。

「この林檎は少々酸っぱいな。日の当たりが悪かったか」
「暗闇の中で生きてきたあんたにはお似合いじゃないか」
「上手いことを言う」
怒るどころか、可笑しそうに喉の奥でくつくつと笑う。
そして、酸っぱいと言いながら、また次の一切れを口に運んでいる。
彼はこちらを僅かに見て「私は林檎が一番の好物でね」と言った。

「そういえば、かのアダムも林檎が好きだったか」
唐突に呟いて、彼は手元に視線を落とす。
「彼が林檎を喉に詰まらせなければ、私は天使の声を失いはしなかっただろうね。
 そうすれば今頃は歌手を現役引退して、神に祈りながら静かに暮らしていたかもしれないな」
「後悔しているのか? 今更……」

大勢の人間を踏みにじり、屍の山の上に君臨していたあんたが。
命乞いをする人間に慈悲の欠片も持たなかったあんたが。

「最期の最期で悔い改めれば、救われて天国に行けるとでも」
「ふふ、後悔などしておらんよ。仮にそうしたところで、君は私を許さんだろう?」

優雅に微笑んで、彼は最後の一切れを口に含み、咀嚼し、飲み込む。
皺だらけの喉元が、ゆっくりと上下する。
俺は銃を突きつけたまま、その喉元を見ている。

彼は俺を正面から見て、嬉しそうに――なぜか、本当に嬉しそうに微笑んだ。

「賭けは君の勝ちだ」

470 9-829ノンケ親友に片思い :2007/01/29(月) 01:44:06
兄さん、お元気ですか。そちらは相変わらず暑いですか。
今日は下宿先に春日が、貸していた本を返しにやってきました。
上は白い袖なしのランニングシャツに、紺色のジーンズを履いて、
足元は健康サンダルと、いつも通りの気安さでした。
春日とオレは本の好みが似ているみたいで、
この時の本も気に入ってくれたようでした。
板塀沿いの木戸をくぐったら裏庭があって、犬小屋があって、
縁側が張り出していて、棹に干した洗濯物が揺れていて、
お世話になってる下宿先のご夫妻は旅行に行ってて、だから今日は
日がな一日オレが留守番をしていて、冷蔵庫を開いて麦茶のグラスに
氷を入れて、しま模様のストロー立てて、
風鈴がちんちろ鳴ってる下で、サンダルの足をぶらぶらさせながら、
春日とオレは本の話をしました。今度映画になるのもあって、
それは見てみたいなあと、春日は言っていました。庇(ひさし)の影が
顔に斜めに落ちていて、くっきり二色に別れてました。

もまの話はした事があるでしょうか。この地方ではムササビのことを
もまと呼んでいるんですが、ここのご夫妻が飼っている犬も、
もまという名前です。尻尾の形が似ていると仰っていたのですが、
オレにはよく分かりません。
そのもまなんですが、とりとめの無い話をして、そいじゃ帰るわ、と
春日が腰を上げて、
裏木戸に向かいかけた時に、それまで犬小屋の陰でべったり
地面に寝そべってたはずが、いきなり起き上がって春日に飛びつき、
ジーンズの脚に二本の前足で離すまいとしがみついて、
後ろ足で立ち上がり、ぐんぐん腰をつかい始めました。オレは
慌てましたが、土でズボンを汚されても、春日は怒りませんでした。
何だお前、帰って欲しくないのか、いい子だなあオイと、
もまの頭をわしわし撫でて、へっへと舌を出しているもまの横で
上機嫌にオレに手を振り、そうして帰っていきました。

もまはパタパタと尻尾を振っていました。
オレは縁側に腰掛けたまんま、
しばらく春日の去った後をぼんやり見つめてました。
春日は勘違いをしていたようですが、別にもまは春日を
引き止めようとしてあんな行動に出たのではありません。
あれは一種のマウントです。犬は自分の上位を下位の者に
示そうとする時に、相手にのっかって自分の股間を擦りつけ、
腰を振るのです、まるで性行為を見せつけるかのように。
もまはオスです。
マウントはメスにも見られますが、先程のあれは明らかにオスの行為
でした。オレが言うんだから間違いありません。

繰り返しますが、もまはオスです。毛も生えています。
オレは思いました、その滾る獣欲でもって春日を征服しなんとした
もまは、既にオレよりも遥かに良く春日の体に通じてしまったのだと。
何せもまはオレですらできなかったのに、暴力的な肉球で春日を
押さえつけ、ぶ厚い毛皮で春日を蹂躙し、
熱く涎を滴らせながら春日の肌を嘗めしだいたのですから。
嫌がる春日の悲鳴が耳に聞こえます。引き裂かれる白いシャツ、
爪跡が赤く線を引く小麦色の背中、背の窪み、履き古しの
ジーンズをずり下げて、尾骨に、尻のえくぼに指を沿わせて、
それから、それから、それから、それから!

兄さん、オレはもう色々とダメかも分かりません。
この手紙は読んだら焼き捨ててください。
焼いて、灰にして、青い空に振りまいてください。
お願いします。         次郎

471 9-839 嫌われ者の言い分 :2007/01/29(月) 18:13:17
美術準備室。この部屋の主の性格を表すように整頓されたテーブルの上に、
先生のあの絵が大きな賞をとったことを報せる通知が、無造作に置いてあった。

「ここ、辞めるんだろ」
ドアが開き、先生が入ってきたんだと分かった瞬間、俺はそう言い放った。
「――はっきりいわれると、ちょっと寂しいね」
先生が苦笑する。おめでとう、という言葉なんか、思いつきもしなかった。
空気こもってるなぁ、窓開けよう。独り言みたいに言って、先生は窓に近づき、
思いきり開け放った。強い風が吹き込む。
高台にあるこの場所からは、山に囲まれた市街地が一望できる。
「見晴らしいいから、ここ。いざとなるとちょっと離れがたいな」
笑ってそう言う先生は、吹き込む風に膨らんだカーテンの陰に隠れてしまった。
そんなの嘘だろ。小声で言うと、先生は、カーテンを押さえ込んでから、
首をかしげるようにして視線をこっちによこした。
「嫌いだったんだろ、こんなとこも、俺たちも」
好きだったはずがない。大学受験しか頭にない者の集まるこの学校では、
誰も美術の授業に真面目に取り組みやしない。どころか、美術なんてなければいい
と皆思っていて、5分かそこらで仕上げたような適当な絵を平気で提出する。
美術の時間に、他の教科の教科書を広げることを、悪いなんて誰ひとり思ってない。
そんな生徒たちを、そんな学校を、この人もまた好きなはずはないのだ。
美術教師としての仕事なんてたかがしれてるこの学校は、彼が画壇に出てゆくまでの
ちょうどいい腰掛けだったんだろう。給料を貰って、準備室をアトリエがわりにする。
ただそれだけのことだ。

吹き込む風に煽られて、テーブルの上の通知がかさかさと音をたてて踊った。

ふいに先生が、こちらに向き直った。肩越しに見える青空が、眩しくてどうしようもない。
「……君だって、君たちだってそうだろう?」
そう言って笑う先生の顔はひどくすっきりしていて、それが悔しくて仕方なかった。
俺は違う。言いたいのに、口に出せない。好きだったんだ。
素直に言いたいのに、どうしても言えない。
どんな荒んだ絵でも、かならずどこかを誉める寸評をつけて、全員に返していた。
穏やかな筆跡。思い出すと、震えそうになる。
うつむいて歯を食いしばった瞬間、先生が呟くように言った。
「嫌われ者の言い分だけど、でも、僕は君の絵が好きだった」


弾かれたように、俺は顔を上げた。
先生の、その笑顔が目に入った瞬間に堰を切ったように流れ出てきた感情を、
どう言葉にしていいかわからなかった。
呆然としたまま、何も言えずにいる俺に向かって、静かに先生が言葉を継ぐ。
「いつもていねいに、誠実に、描いてくれてうれしかった。
君の絵があるから、僕は好きだったよ、ここ」
見晴らしもいいしね。そう言って先生は、再び窓の外に向き直る。
窓枠に身を預けて外を眺める先生の後ろ姿から、目を離すことが出来ない。

先生いかないでよ。
思わず口に出した瞬間、先生の後ろ姿は、にじんでうまく像を結ばなくなった。

(*9さん素敵な萌えシチュありがとうございました!がっつり萌えました!)

472 9-859送り狼 :2007/01/31(水) 18:46:09
土曜日の夜は、彼をあのマンションまで乗せていくことになっている。
家族も金も仕事もない状態で拾われ、彼の専属運転手として雇われてから数年間。
あのマンションに通うようになってからも、もう随分経つ。
「送り狼、って言葉があるだろう」
後部座席に悠然と座り、手にした書類と窓の外とを交互に眺めていた彼が言った。
「ええ」
「この前、彼女と外で会った時にさ。遅いから送っていくって言ったら、『送り狼に
なられちゃ困るからいい』なんて言われちゃって」
苦笑いをする彼の顔をバックミラー越しに見ながら、私も笑い声を出した。
「ははは。若社長も形無しですね」
「参っちゃうよ、ほんと」
土曜日の夜の彼は、いつも幸せそうに笑う。
「送り狼にまつわる昔話をご存じですか」
「知らないな、どんな話?」
「…昔ある男が、女の元へ通う山道の途中で狼に会いまして。狼の喉にものが刺さっていて
とても苦しそうだったので、手を突っ込んで抜いてやったんです。狼はとても感謝して、
それ以来その男が女の元へ通う夜は、男の後をついて歩いて彼を守っていたそうです」
「へえ……じゃあ本当の送り狼は、取って食ったりしないんだ」
「まあ、そういう話もあるということですね」
週末気分に浮かれて混雑する道路を抜け、車は狭い道に入る。
「彼女に教えてやろう、その話」
次の角を曲がれば、幸せな彼の恋人のマンションに着く。

473 9-839 嫌われ者の言い分 :2007/02/01(木) 20:29:50
「お前ってさ。本当嫌われ者だよな」
「何?藪から棒に」
「いや、結婚したくない男一位だったんだよ、うちの女子社員のなかで」
「僕が?」
「当たり前だろ」
「ふーん」
「仕返しにいたずらしようと思うなよ」
「おー、エスパー?」
「やっぱりか。そんなんだから嫌われんだよ」
「いいよ別に。女はあいつらだけじゃない」
「どーかねえ。お前自身の問題だと思うぞ、おれは。このままじゃまずいんじゃないの」
「何が?」
「お前はさ、上司受け悪いだろ」
「うん」
「同僚の評判も悪いだろ」
「うん」
「おまけに友達も少ない」
「まあ、否定はしないよ。で?」
「まじで性格改善しないと、一人ぼっちになっちまうぞ」
「あーそうかもねえ。でもこの性格は今さら変えられないし、変える気もないよ」
「・・・まあ、そう言うと思ったけど。お前はそれでいいわけ?」
「うん。だって、絶対に一人ぼっちにはならないし」
「ほう。そりゃまた、どうして?」
「だってさ。世界中の人間が僕を見捨てたとしても、君だけは僕を見捨てないからね」
「またえらく言い切ったな」
「だって、そうでしょう?」
「まーな」
「だったらいいじゃない、このままで。特に問題はないでしょ?」
「ああ、確かに」



「ところでさ、君はもっと僕が他の人に好かれて欲しいわけ?」
「んー……まさか」
「じゃあ、やっぱり今のままでいいんじゃない」
「そうだな。お前は今のままでいい」

474 9-859 送り狼 :2007/02/02(金) 01:27:37
「えーんえーん」
僕は周囲に響き渡るように大きく声を出しました。
「えーんえーん、迷子になっちゃったよぅ」
すぐそこに彼がいることはわかっていたのです。
両の手を目に当てて、泣き真似をしながらも、手の間からそっと茂みのほうを見てみると、
僕の声を聞きつけた彼が、草の影からこちらを窺っています。
僕はさらに声を張り上げ泣いてみせます。
「えーんえーんえーん、お家に帰れないよぅ」
こちらの備えは万端整っているはず。
今朝は念入りに手入れをしたので、自慢の巻き毛もふわふわだし、
寒いのを我慢して露出度高めの装いをしてきたのですから。
ここ数日まともな食事にありつけていない彼が、この僕のを見過ごせるわけないのです。
しかし、草むらからガサゴソと物音はすれども、一向に彼の現れる様子がないのに僕が少し
イラつき始めたとき、「コホンッ」と躊躇いがちな咳払いがひとつ、背後から聞こえました。
そして、緊張した様子で
「き、きみ、どうかしたの?」
僕に呼びかける声がします。
「よっしキタ!」と心の中でガッツポーズをとりながら振り向くと、そこには、彼の、
白粉で顔を真っ白にした、彼の姿がありました。
…僕は、僕自身を、よく堪えたと、褒めてあげたい。よく、笑い噴出さずに耐えたと。
一瞬、泣くのを忘れてポカンとしてしまったた僕を、不思議そうに見ている白い顔。
それ以上直視することはできませんでした。
おそらくは、僕を怯えさせまいと、少しでも僕の姿に近付こうとしてのことでしょう。
彼らしいと言えば、この上なく彼らしい、間抜けた思考と行動です。
そんなんだから、いっつも餌に逃げられるのさと思いつつ、僕は泣き真似を再開しました。
こんなことで出足を挫かれちゃたまらない。
「えーん、迷子になっちゃったんだよぅ」
「か、かわいそうに。私が送っていってあげるよ。きみのお家はどこ?」
用意していた言葉を一息に吐き出すように彼は言いました。
言い終わると、全ての仕事を終えたとばかりに、ほっと息をつきました。
彼としては、こう言ってしまえば僕は言うことを聞いて、大人しく後をついて来るだろうから、
人気のない道にすがらことに及ぶ…というように、万事うまく運ぶと思っていたのでしょう。
しかし、そうは問屋が卸さない。
僕はさらに声を一段大きくし、激しく泣いてみせます。
予定外の反応に途端に慌てふためく彼。
「大丈夫、ちゃんと家まで送っていくよ、本当だよ」
「えーんえーん」
「わっ悪いことしようなんて全然考えてないんだからね!私を信じておくれ」
「えーん」
「ほら、泣かないでお家を教えて」
「えーん!お家がわからないから迷子なんだよーぅ」
「そ、そうだね。そうだよね」
「えーん…」
「どうしようか。どうすればいいかな。弱ったな」
僕をなだめるのに精一杯で、彼は本来の目的など忘れてしまっているようです。
そこで、潤んだ目をして少し上目遣いに見上げれると、彼の咽喉がゴクリと唾を飲み込んで
動くのが見えました。
「お腹が空いたよぅ」
「…私もだ」
ともすると白粉の下から現れそうになる欲望を、必死に押し鎮めようとする様は、
見ていてとても楽しい。
まったく要領を得ない問答に半ば呆れながら、それでも僕は、そんな彼を可愛らしく思います。
初めて彼を森で見かけたあの日から、彼の存在は常に、僕の加虐心を煽情してくるのです。
喰う者と喰われる者という本来の関係を越えて、僕は彼に近付きたいと、
そう願わずにはいられない。
僕はか弱き存在だが、知恵という偉大な力で、今日それを叶えるつもりです。
「寒いよぅ」
「うん、日がだいぶ傾いて来たからね…じゃあ、こうしよう。今夜は私の家へ泊まるといい。
 明日になったら、お家を探してあげるから。家で、あったかいミルクを飲もう」
彼にしては上出来の、僕が思い描いた通りの回答です。
「ミルク?はちみつ入り?」
「ああ、はちみつ入り」
僕は、か弱さと可愛らしさを過剰に演出しながら、彼の袖を掴んで寄り添いました。
泣き止んだ僕にほっと胸を撫で下ろし、彼は歩き出します。
二人の重なった長い影を携えて、彼は今日の狩の成功を確信したのでしょう、
満足そうな顔で独りごちました。
「送り狼なんて言葉、知らないんだろうなぁ…」
そんな彼の影を踏みながら、僕は今夜の成功を確信して、ほくそ笑みました。
羊の皮を被った狼なんて言葉、彼はきっと知らないのでしょうね。

475 9-899 シャワー中に濃厚なキスで :2007/02/03(土) 15:25:43
目が回る。
アイツを伝いながら落ちてきたお湯が顔の上を流れていく。
鼻側を通るそれに呼吸もままならない。
口の中を蹂躙しているアイツの舌。
何度も歯を立てかけ、思い止まる。
俺はアイツの声が好きだった。

馬鹿なことをした。
アイツと俺、どっちのキスが巧いかなんてどうでもいいじゃないか。

ああ、目が回る。

震えた膝がタイルに当たる寸前、アイツの腕が俺を支えた。



「……の決着はオレの勝ちだったんだぜ」
「へー、マジで?で、どうやったのよ?」
浮上した意識が最初に捉えたものはシャワー室ではない天井だった。
どうやら気を失っていた俺を運んでくれたらしい。
次いで把握した声はアイツの美声とくぐもった友人の声。
ドアの外にいるらしい友人に得意気に話している。
「いやー、シャワー中だったから後ろに回ってがーって襲ったわけよ。濃厚な一発でクラクラーって…」
「酸欠でだ」
延々と話し続けそうな声を聞きながら、口から出た言葉がアイツの口を一瞬止めた。
今度は「えーそんなー」とか言いながらいじけた振りをしている。
そんなふざけた声でも俺を惹く力は変わらない。
背後から近付いて額を押し下げ、軽く唇を合わせる。
唇を離したと同時に力を抜いて倒れてきた。
「シャワー室で続きをしてやってもいいぜ?」
小さく耳元に囁けば白旗が上がった。

476 9-839 嫌われ者の言い分 :2007/02/03(土) 18:01:25
彼は一瞬目を丸くして、それからけらけらと笑い始めた。
「俺は別にそんなつもりないですって」
「嘘だ」
「ホントですよ。奪うなんてこと自体、ちっとも思いつかなかった。
 そっか、そういうのもアリか。略奪愛かー…あ、でも愛がないや」
なおも可笑しそうに笑う彼を、俺は睨みつける。
「遊びのつもりなのか」
「いーえ、本気は本気ですよ。佐伯さんと会うようになってから、他の人とはヤってない」
その言葉に眩暈がする。
「いつから」
「んー…元々、二人の関係を知ったのは二ヶ月ちょい前かな。
 俺、裏の倉庫で二人が濃いーキスしてるの見たんですよね」
「……覗いてたのか」
「偶然。奥の棚で探し物……あ、そーいえばあれ頼んだの和泉さんですよ」
「……」
「で、ちょっと興味がわいて近づいてみたっつーか」
「…それで、あいつは受け入れた」
「や、まさか。最初は全然相手にされなかったですよ。冗談だと思われてたみたいで。
 言い寄られたからってすぐフラフラするようなタイプでもないじゃないですか、あの人」
その口が、あいつを語ることにどうしようもない怒りを覚える。
しかし、彼は怯んだ様子も無く喋り続ける。
「で、いつだったかなー…これまた裏の倉庫で、今度は喧嘩してましたよね」
「それも覗いてたのか」
「超生々しい痴話喧嘩。あの後、仕事場じゃ二人とも普通に喋ってたけど。
 そこへメーカーとのトラブルが起きちゃって、和泉さんはそのまま出張へ」
「……そこに付け込んだ」
「うーん、そういうことになっちゃうか。でも佐伯さん、すげー落ち込んでたんですよ?
 その日一緒に飲みに行って、べろべろになったところをもう一押ししたら、落ちました」

あの喧嘩は、今思えば本当に些細なことが原因だった。
しかしあのときの俺は頭に血が上っていて、あいつと顔を合わせるのが嫌で仕方なく、
だから急な出張にほっとしていた。
結局、トラブルを片付けて後始末をして、その間に頭も冷えて落ち着いて、
次にプライベートで会えたのはその二週間後。

――二週間。

「大丈夫ですよ。本当の本当に、和泉さんから佐伯さんを奪おうとか思ってないですから」
「……だったら別れてくれ」
「だからぁ、佐伯さんにそう言われたら大人しく諦めますってば」
「あいつはまだ、俺が気づいたことには気づいてない」
「だったら胸倉掴んで『俺とあいつのどっちを選ぶんだ!』って迫ればいいんですよ。
 百パーセント、あの人は和泉さんを選ぶから」
そう言って彼はまた笑う。
「一応、俺も本気なんで」

俺はその笑顔が憎らしくて仕方なかった。

477 9-909 お母さんみたい :2007/02/05(月) 01:28:07
「あったかい格好してけよ」から始まり「受験票は?」「地下鉄の乗り換えはわかる?」と続いて、
「切符はいくらのを買えばいいか」に到ったとき、俺は去年のことを思い出していた。
世の受験生は、皆このような朝を過ごすものなのだろうか。
昨日まで散々繰り返してきた会話を、当日の朝の玄関先で再びリピート。
俺、受験二年目ですが、昨年はかーちゃんがこんな感じだった。
そんで、朝っぱらからカツ丼食べさせられて、油に中って、惨憺たる結果を生んだのだ。
そのことについては恨んでいない。むしろ感謝している。
なぜかというと、一年間浪人させてくれた上、都内の叔父さんところに下宿を許してくれたからだ。
「それからこれ、頭痛くなったりしたら飲んで。眠くならないやつだから」
手のひらに錠剤を数粒のせて、差し出すこの人が、俺の叔父さん。
「お腹下したらこっち。気持ち悪くなったらこっち」
まったく、心配性なところも、お節介なところも、かーちゃんそっくり。
かーちゃんみたいだと指摘したら、神妙な顔つきで
「最近自分でも似てきたと思う」と答えたので笑ってしまった。
まあ、血の繋がった姉弟なんだから、似ていて当然なんだけど。
叔父さんは、かーちゃんとは十以上も歳が離れていて、むしろ俺とのほうが歳近く、兄弟のように育った。
高校卒業と同時に、家を出て一人暮らしをすると知ったときは、俺はダダをこねて泣いたのを覚えてる。
会いたい一心から、毎月一度は、電車で一時間ちょっとの距離を一人で訪ねたりした。
そのまま都内に就職を決め、実家に帰ってこないとわかったとき、俺も上京することを決意した。
本当は、大学生になって、近くにアパートを借りるつもりだったのが、浪人という立場ゆえ、
一人暮らしよりは…と、何だか勝手によい方向へ転がって、同居なんて嬉しい状況を手にしている。
おかげでこの一年、結構バラ色の浪人生活を送らせてもらったと思う。
「そんなに心配なら、一緒に行けばいいじゃん。どうせ同じとこ行くんだし」
この人は今、大学の事務で働いている。
俺が去年見事に不合格となり、今年は余裕で合格するつもりの大学だ。
「じゃあ一緒に出ようよ。ほら、すぐ着替えて来い」
「やだよ。今出たら早く着きすぎちゃうもん」
「受験生なら余裕持って出かけるべきだろ!?」
だから、余裕なんですよ。一年も余計に勉強したからね。そんな心配しないでよ。
「そっちが俺に合わせてくれたらいいじゃん」
冗談のつもりで言ったのに、全部真に受けて困った顔なんてされると、もっと我儘言いたくなっちゃうんだよね。
「仕事だもん無理に決まってるだろ」
いい歳した大人が、口尖らせてみせたって…可愛いから。上目遣いとか、可愛いから、やめてください。
あーあ、不貞腐れちゃって…こういうとき俺、どっちが年上かわからなくなるよ。
「いいの?時間」
俺の声にハッとして時計を見ると、慌てて靴を履いて飛び出した。
玄関の扉を開け身体を半分外に出したところで、彼はまた振り返って俺を見る。
まだ何かあるのかー?と思っていたら、扉の閉まる音がして、彼が近付いてきて、
頬を両手で挟まれて、ぐいっと引っ張られたと思ったら、キスされてた。
身長差に加え玄関の段差のため、俺は前屈みでアンバランス。されるがまま口付けを受ける。
ゆっくりと唇の形を確認するように味わって離れていった顔は、それでも名残惜しそうで、
物足りないと、目が、唇が、語っていた。
あーもー、自分から勝手にキスしておいて、そんな顔すんなよな。
もっと色々したくなっちゃうじゃないか。俺、受験生だぞ。
まったく、そういう無意識に甘え上手なところも、かーちゃんそっくりだ。
ま、かーちゃんとはキスはしないけど。
俺はこの人たちには一生敵わないと思うよ。
「じ、じゃあ俺、先行ってるから」
自分の行動に今更、耳まで真っ赤にしながら、彼は俺の目を見て言う。
「頑張れよ」
しっかりと力強く響いた言葉を残して、今度は振り返らず出て行った。

頑張るに決まってるじゃん。
もうアンタにあんな物足りなそうな顔させられないからね。

478 9-919 あやかし×平安貴族 :2007/02/05(月) 02:30:14
雨が降り始めた。最初は小粒の雨だれだったが段々と雨脚が強まっていく。
勝利に沸き立っていた周りの人々は、その興奮に文字通り水をかけられたのか、
足早に山道を引き返していく。

しかし、彼――私の仕える主人だけは、その場に佇んだまま動こうとしなかった。
右手に剣を携えたまま、雨に打たれている。

私は主人の元に走ろうとして、一瞬だけ躊躇した。
彼の足元に転がるそれが、また起き上がり牙を剥くのではと思ったのだ。
しかし、すぐにその考えを打ち消して傍に駆け寄る。
「中将様、お怪我は」
訊くと、彼は足元から目を離さず、ただ「ない」と短く言った。
その視線につられるように、私も足元を見る。

それは、漆黒の毛並みを持つ獣だった。今は骸となって地に横たわっている。
大きな体躯をしたそれは山狗に似ていたが、本来は何という獣なのか私には分からない。

宮中に災いをもたらす妖の者だという話だった。
元は獣であっても気の遠くなるような月日を生き長らえるうちに、知恵をつけ
恐ろしい力を振るい、妖の術を使い、ときには人に化けることもあるという。

仕留めたのは、彼だった。

「あまり雨に濡れると御身体に障ります」
それでも彼は、骸から目を離そうとしない。
「…それは、もう事切れておりましょう。心配なさらずとも」
「なぜ此処で待っていた」
「……は?」
「逃げろと、言ったのに」
見れば、彼の剣を握るその手が微かに震えている。
「攫わないどころか逃げもしないとは、お前は本当に…」

意味が分からず、どう返事をしたものかと逡巡していると
彼は顔を上げ不意に「戻る」と言った。
そのまま、私の返事も待たずに歩いていく。私も慌てて後を追う。

「中将様が仕留められたとお聞きになれば、主上は一段とお喜びになるでしょうね」
主人を和ませようとして出た言葉だったが、彼は何も答えなかった。
硬い表情のまま、後ろを振り返ることもなく、足早に歩いていく。

この三日後に、彼が自らの身を湖に投げ出すとは、このときの私には知る由もなかった。

479 9-879 探偵と○○ :2007/02/07(水) 01:14:24
「先生! 何を呑気に食事してるんですか!」
「やあ黒木君。ここのモーニングは美味しいね。スクランブルエッグが半熟で絶品だ」
「卵の固さなんかどうでも……」
「一流の美術館の向かいにある喫茶店は、モーニングも一流なのだね」
「そんなものいつだって食べられるでしょう!」
「モーニングは午前中にしか食べられないよ。君はおかしなことを言うねぇ」
「あの泥棒を捕まえてから食べればいいじゃないですか!」
「まあまあ。いいじゃないか、そんなに急がなくても。怪盗君が逃げるわけじゃなし」
「逃げますって! 寧ろモーニングの方が逃げません!」
「予告の時間にはあと二十分ある。あの怪盗君は時刻には正確じゃないか」
「先生は泥棒の言うことを信用するんですか。怪盗を名乗っても所詮は犯罪者ですよ」
「手厳しいね」
「今回は先生宛に挑戦状まで送りつけてきて」
「買い被られて光栄だ」
「僕は怒っているんです。先生を馬鹿にしてる!」
「余程の自信があるのだろうね」
「さあ先生、僕たちも早く美術館へ行きましょう! 警部たちも待ってます」
「そうだね。……うん。それじゃあ、そろそろ行こうか」
「今度こそあの泥棒を捕まえてやりましょう!」
「……あ、ちょっと待ってくれ黒木君」
「何ですか!! 食後のコーヒーが飲みたいとか言うんじゃないでしょうね!?」
「違うよ。どうやら財布を忘れてきたらしい。すまないが、貸してくれないか」
「……。まったくもう。ではこれで……ってうわっ!?」
「黒木君が助手でいてくれて幸せ者だと、私は常々思っているんだよ」
「せっ、先生、今はこんなことしてる場合じゃ……」
「失敗だったねぇ」

紙幣を握り締めた彼を抱きしめたまま、私は耳元で囁いた。

「捕まえたよ、怪盗君」

480 9-949 妻子持ち×変態 :2007/02/09(金) 23:35:04
通話を終了して携帯電話をテーブルに置く。と、ベッドの方からくぐもった声がした。
「奥さん?」
「……起きてたのか」
「気ィ失ったままだと思ってた? あ、だから普通に喋ってたんだ」
毛布にくるまったまま、にやにや笑っている。
「なんでこの時間に電話……ああ、今の時間って会社の昼休みか」
「……」
「奥さん何の用だった?今日は早く帰ってきてね、ってラブコール?」
「お前には関係無い」
「まさか旦那が仕事抜け出して昼間から男を抱いてるとは思ってないだろうなぁ」
睨みつける。
しかし悪びれた様子もなく「俺なら夢にも思わない」と頷いている。
「ねえ、奥さんからの電話が十二時過ぎにかかってきてたらどうしてた?」
「知らん」
「ヤってる最中でも誰からかは分かるよね、着メロ違うから」
「……いつから起きてた」
「もし今度そういうシチュエーションになったらさ、
 『電話に出ないで今は俺だけを見て』って泣きながら健気にお願いしてやるよ」
「馬鹿なことを」
「俺が泣いたらアンタいつもがっついて来るじゃん。俺の泣き顔が好きなんだろ?」
「ふざけ――」
「やっぱり奥さんと娘さんが一番大事?」
怒鳴りかけた言葉が喉元で止まった。
「ちなみに俺はね、アンタが家族と俺を天秤に乗っけて悩んでるときの表情が一番クる」
そう今みたいな感じの、とこちらを指差すその顔は楽しそうだった。

481 9-949妻子持ち×変態 :2007/02/10(土) 02:23:29
散る火花、電動ドリルの回転音、荷を積載して行き交うトラックの軋み、砂埃、
天を突く事を恐れず真っ直ぐ伸びていくクレーン車の腕が、白日の空には余りに
不調和に過ぎる黒い鉄骨を高々と吊り下げる下で、労働者達の怒号が交差する。
決して気短な人間ばかりではないのだが、種々の工程に付随した騒音が
鼓膜を刺激しない建設現場など未だ有り得ず、スピード、効率を高めることに腐心する
人々は拡声器を握り締め、腹の底から大いに声を張り上げる一方で、かつ瓢箪型を
した小さな耳栓に世話になりもした。
作業音に限らず、どんな職場にも耳を塞いでしまいたくなるような害音は存在
するもので、特にそれが人の喉から発された聞くにも耐えない言葉であり、己が身を
おびやかす予感すら匂わせていた場合、鉄拳の一つも見舞いたくなるのが
人情というものだ。決して、自分は気短な性質ではなかったはずなのだが。
「愛しています」。
そう口にして縋りつこうとしてきた若者の頬を一発、殴り飛ばした瞬間にこそしまった、
と思ったが、未舗装の赤土の上に上等のスーツで尻餅をつき、脚を広げて
ポカンとした顔がやがて我を取り戻し、敢然と同じ愚言を繰り返そうとするので、
二発目は全く遠慮無しに腹に打ちこんだ。
「この、ド変態が!」
男の多い職場である。世に同性愛を嗜好する者があることも分かっている。
しかし自分がその対象にされるとなるとただ黙っているわけにはいかない。
長く現場第一線に立ち続ける中、まさかこの身が他人に向けてそういった種類の
罵倒を吐こうとは思いもしなかった。
大手建設会社から工事管理、現場にて細かな調整に当たるために派遣されてきた
建築士であるというこの男も、初見ではまともに映ったのだ。育ちのよさそうな顔立ち
に堅実な仕事、現場監督としてのこちらの立場を軽んじることもない、非常な好青年
ぶりを発揮していたはずが、
「調子に乗るなよ、若造が」
「むしろあなたが僕に乗るべきだ!」
今では二者の間には静電気のようにピリリとした緊張が流れ、四六時中
獣のように気を張っていなくてはならなくなってしまった。
どうしてこんなことになったのか。俺が一体何をした。
隙を見せないよう、化粧前で剥き出しの鉄筋の壁で尻を隠しながら横伝いにじりじりと
歩く。若者の頬には痣が増えた。血を吐いて鳴くホトトギスのように鋭く、愛して
いますと迫るたびに一撃、また一撃を加えたためだ。言葉の激しさに応えたわけでは
なかったが、一切の手加減をしなかった。
目障りな変態相手に情けは無用と感じたからだ。
ボクサーのように痣を誇りこそしなかったが、若者はそれを隠そうともしない。こちらの
拳の痛みなどお構い無しに日々青に黄色に、斑に広がっていく模様に声をかける者
もいたが、明確な返答をした事はなく、目元に満足そうな笑みを刻むのみだった。
ホモでマゾか。救いようがない。
アブラゼミの声を聞きながら、「夏場のヘルメットは頭がサウナですねえ」
などと気負いのない会話をしていた頃がひどく懐かしかった。
たまらず、泣きを入れた。自分は妻子ある身だから、これ以上付き纏うのはやめてくれ
と拝み倒したのだ。彼は不意を突かれたようにきょとんとしていた。
どうやらこちらが既婚であることを知らなかったらしい。
申し訳ない事をしたと、頭を下げる様は潔かった。
「僕は我侭を言って、現実を受け入れたくなかっただけなのかもしれない。
あなたはちゃんと、最初から答えをくれていたのにね」
そう言って、若者は頬を押さえた。
こちらについての十分な知識もなく、そんな余裕もなく、ひたすら心の滾るままに
彼は突っ走っていたのだろうか。だからといってあのしつこい猛勢に得心が行くわけ
ではなかったが。自分はかつて妻に限らず、これほどまでの情熱でもって誰かに
接したことがあっただろうか。
あなたを好きでしたと、振り切るように彼は最後に告白し、およそ一月後、我々の
手掛けた建物は無事竣工式を迎えた。
式典から帰宅して玄関で黒光りする靴を脱ぐ間もなく、小学生になる娘が駆け寄ってきた。
「お帰りなさい、お父さん!」
見上げてくる、澄みきった黒い二つの輝きにふと何かを思い出しかけた。そう言えば
こんな目をしていた、ひどく一途な目をして追いかけてきていたんだと、彼の熱を
今更のように胸をよぎらせ、両手を差し出して、ゆっくりと娘を抱え上げた。

482 9-979 息子の友人×父親 :2007/02/10(土) 02:47:19
「おとうさんを僕にくださいっ!」

それは我が最愛の息子の、晴れの成人式の日のこと。
本日はお日柄もよく滞りなく式も執り行われ、凛々しい紋付袴姿に惚れ惚れと
息子の健やかなる成長を、天国の妻に報告しようと仏壇に向かって手を合わせた時だった。
先ほど帰宅した息子が、友人と二人で引き篭もった奥座敷から、大きな声が聞こえてきた。
何事かと思い襖の陰から中を窺えば、袴姿の若者が二人向かい合い、
我が息子の親友A君が、畳に頭を擦り付けるようにして土下座をしている。
息子は神妙な顔で腕を組み、そんな彼を見下ろしている。
そして再び、
「おとうさんを僕にください」
今度は噛締めるようにしっかりと、腹の底から響くような頼もしいA君の声。
何か昔のテレビドラマなんかであった結婚を許しをもらいに行くシーンみたいだなと、
少しワクワクしてみたけれど、ちょっと待って?お父さんって俺のこと?
普通「お嬢さん」を「お嫁に」くださいを「おとうさん」に言うのであって、
「おとうさん」が「ください」の対象ってどういうことデスカ?
俺、お嫁に行かされちゃうんデスカ?
ちょっと待ってクダサーイ。
私には永遠の愛を誓った人がいるんです。亡くなった妻への愛を生涯貫く覚悟なんです。
いきなりお嫁に来いとか言われても困ります。
そもそも息子の親友A君とそんな関係になった覚えはないのです。
そりゃ彼は、息子がいようがいまいが、毎日のように我が家へ遊びに来ているので、
よく知っているし、既に家族の一員みたいな気持ちはあるけれど、あくまで俺にとっては
息子が一人増えたようなものだというだけで、それ以上の感情などあるはずもなく…。
いやいや、それより、いきなり本人の承諾もなくだね、息子に了解を得に行くのは順序が違うんじゃ?
そんな不束者に、大事なお父さんはあげられないよな?息子よ。頼りにしてるぞ、言ってやれ。
「お前の気持ちは知ってた」
張り詰めた空気を割るように、息子が口を開く。
「いつかこんな日が来るんじゃないかと思ってたよ」
えええええ!?そうなんだ!?俺は全然知らないんですけど?
「けど…何から話せばいいかな」
よし、丁寧にお断りするんだ。
親友といえども、大事なお父さんはあげられませんって言え。ガンバレ。
「あれは俺の祖父だ。おじいちゃん。親父はさっきからあそこで、赤くなったり青くなったり
 一人煩悶してる挙動不審者」

ああ見えて今年で三十七歳だ。若作りっていうか、精神的にも幼いっていうか、よく兄弟に間違われるよ。
高校卒業前に俺が出来ちゃって、まあオフクロが結構年上だったから何とかなったみたいだけど、
はっきり言って俺もあんまり親父と思ったことないんだよね。頼りないし。ガキだし。
子供の頃から一度もお父さんとか呼んだことないし。呼び捨て。間際らしくて悪かったな。
で、お前が親父だと思ってた祖父だが、十五で親父が生まれたって聞いてるから、まだ五十代だけどさ、
あの人は、お前の手におえるような人じゃないぞ。悪いことは言わないから、引き返せるうちに引き返せ。
化け物みたいなもんだ。男も女も、あの人の毒牙にかかって破滅してった奴を何人も知ってる。
まさか未成年にまで手を出すようになったとは…歳の差なんて関係ないって、まあそうだけど。
ああ、そうだな。もう今日から成人だ。だからもう犯罪にはなんないって、お前は来たわけだ。
でも、一度嵌ったら抜け出せない、底なし沼に飛び込むことになるんだぞ。
そりゃ今は、それでもいいって思ってるだろうけど、それはわかるけど。
親友のお前の背を押すようなことは、俺にはできない。
いや、仲を引き裂くとか大げさなもんじゃなくて、いや、そうなんだけど。
お前は今病気にかかってるんだ。病だ病。だから俺の言うこと聞いとけ。
許してくれないなら駆け落ちするって、馬鹿かお前は。
ああもう、だいぶ毒がまわってるな、もう手遅れか?
おぉい、目を覚ませー!

483 9-989ふたりだけにしか分からない(1/2) :2007/02/11(日) 18:44:02
市民公園の大きなケヤキ、それをぐるっと取り囲むベンチに座る人影ふたつ。ケヤキを挟んで背中合わせのふたり。
つまらん昔話でもしようか、と、片方が呟く。昔を語るにはあまりに幼すぎる声。
「…昔々、黒い妖(あやかし)がいてな。ここらの村人は皆、夜になると家に閉じこもって震えておった」
背中合わせに座った人影が続ける。
「妖は家畜を襲い、作物を荒らし、井戸の水を濁らせた。
 挑みかかった剛の者は皆、翌朝には骨になり転がっていた」
「…訂正しろ。骨なら食えんが、あれはまだ食えた」
「細かいところにこだわるな、お前」
「犬畜生と一緒くたにされるのが不快なだけだ」
明らかに機嫌を損ねる幼い声に思わず苦笑を漏らす、その声も決して年経ているとは言い難い。
「…まぁよい、続けるぞ。
 ある日、村に武者修行なんぞという名目で旅をする若造がふらりと現れた」
「話を聞いた若者は、一宿一飯の恩義にその化け物を退治しようと申し出た」
「そして…」
幼い声が言葉を紡ごうとするのを遮り、もうひとつの声が語る。
「夜に暴れるならば昼に討てばよかろう、と、若者は妖の寝倉と噂される山へと分け入った」
「!」
「若者は山の奥深くで木漏れ日の日向に寝転ぶ妖を見つけた」
「……」
「漆黒の毛並みは艶やかに日に輝き、血の如く朱い目は満足げに細められていた。
 ぐるぐると鳴らす喉の音は離れた場所から様子を窺う若者の所まで伝わり響いた」
一気に語り、ふぅ、と息をつく。
「やがて妖は寝入り、若者はゆっくりと近付いた」
「何故そこで斬らなかった?」
「妖の毛並みがあまりに綺麗だったので、撫でてみたいと思った」
「っ!!」
「自分の背丈以上もあるその妖の喉を、耳の後ろを撫でた。
 寝ぼけているのか、妖はされるままになり、ぐるぐると喉を鳴らして若者の手に頭を擦り寄せた」
「……不覚。あの日に限って寝呆けたとは」
「不覚という事はないだろう。おかげで妖は生き長らえたんだ」
「ほんの数刻だがな」
幼い声が忌ま忌ましげに呟き、もうひとつの声は続ける。
「あとは、あそこの立て看板に書いてある、この公園の名前の由来になった伝説の通り。
 その晩から妖と若者は三日三晩の死闘を演じ、ついに若者は妖を討ち果たした」
「嘘をつけ。あれは俺と若造の骸を見つけた輩が勝手に

484 9-989ふたりだけにしか分からない(2/2) :2007/02/11(日) 18:47:20
でっちあげた話だろう」
「…そうだな、決着はあっという間だった。
 若者は妖に捩伏せられ、瀕死の重傷を負った。
 死を目前にして若者は強く思った。この妖を他の誰かに倒されるのは嫌だ、と」
「何故」
「惚れたのかもな。宵闇に躍る強く美しい姿と、木漏れ日の下で眠る愛らしい姿を見せられて」
「……はっ、馬鹿馬鹿しい。人と獣だぞ?」
「最期の力を振り絞り、若者は妖の首を撥ねた。
 薄れる意識の中、若者は思った。何故、妖は自分にとどめを刺さなかったのか、と」
「…いらん事を思い出しただけだ」
幼い声に、ふっ、と自嘲めいた笑いが混じる。
「とどめを刺そうと覗き込んだその顔が…
 そのまた昔々、妖のその二叉の尾がまだひとつであった頃、その頭を撫でられた主君にうりふたつだっただけの事よ」
「……」
しばし沈黙が辺りを支配する。街の喧騒がやけに遠い。
「…あの夜は曇りだったな」
「ああ。だから、人はおろか月や星すら本当の事を知らない」
「二人だけにしか分からない真実、か」
悪くない、とふたつの声が笑いあう。
「笑うか、若造。貴様を殺したこの俺と共に」
「お前こそ笑うか、黒猫。俺こそお前を殺しただろう」
「憎しみや怨みはどうにも妖の骸に忘れてきてしまったらしいな」
「俺はもとよりお前を怨んではいないさ」
片方の人影が立ち上がって何かを背負い、反対側の人影へと歩み寄る。
「…とりあえず、若造呼ばわりをまず止めろ。今はお前が年下だ」
声をかけられた少年は、目の前の相手のランドセルと自分の小さな肩掛け鞄を見比べ、「そうだな」と呟いた。
「なら、何と呼ぶ?」
「ヒロキ。ちなみにお前と会った当時の名は…」
「いらん。現世を生きるには必要ない」
「幼稚園児には不似合いな言葉遣いだな」
「たわけ。貴様と話すから合わせてこの口調にしているだけだ」
黄色い帽子を脱ぎ、悪戯めいた笑みでランドセルの少年を見上げる。幼児独特の柔らかな黒髪がさらりと揺れた。
「…撫でたいか?ヒロキ」
「おう。撫でてじゃらして可愛がりまくってやるぞ、黒猫」
「貴様も、れっきとした人間に向けて猫よばわりは止めろ。【コウタ】だ」
ヒロキにくしゃくしゃと髪を撫でられてコウタが笑う。
妙な縁の妙なふたりが互いに懐古以上の感情を抱きあうのは、まだまだ遠い先の話。

485 10-19 捨て猫がついてくるんですけどww まじどうしよう :2007/02/13(火) 01:26:35
「おっす」
「……それは何だ」
「向こうの公園に捨てられてた。ちょっと構ってやったら懐かれちゃって」
「それで無責任に連れて来たのか」
「だって、みーみー鳴きながらちょこちょこ付いてくるんだぞ。ほっとけない…」
「お前と似てる」
「ん?」
「都合のいいときだけ寄ってくるところが」
「ちょ、都合のいいって、俺が?」
「こっちの事情お構いなしに転がり込んできて、それなのにある日ふっといなくなって、
 忘れた頃にまた何食わぬ顔して戻ってくる。自分の都合じゃなくて何なんだ」
「え。もしかして、怒ってる?」
「ああ」
「えーと……ごめん、図々しかった」
「……」
「…それじゃこれで」
「どうして出て行った」
「はい?」
「どうして何も言わずに出て行った」
「あの。割のいい長期バイトがあってさ。それが現場に泊り込みで」
「……」
「貯金が底を尽きそうってバレたら、またお前に怒られると思って」
「だからって今まで連絡の一つも寄越さないのはどうなんだ」
「うん。…すいませんでした。ごめん」
「分かればいい」
「……あれ?」
「何だ」
「怒ってるのって、黙って出て行った方にだけ?」
「は?」
「いや、元々の転がり込んだ方には怒ってないのかなーって」
「それは……今更」
「良かったー。ついにお前に見捨てられるのかと思って本気で焦った」
「……大袈裟な」
「じゃあ、上がらさせてイタダキマス。あ、コイツは」
「勝手にしろ」
「ありがと。良かったな、お前も上がっていいってよ。命拾いしたなぁ、お互い」
「さっさとドアを閉めろ。寒い」
「ういー。なあなあ、牛乳ある? こいつ腹減ってるみたいなんだけどさ――」

486 10-49 この胸を貫け :2007/02/15(木) 23:35:11
「よ、お疲れ」
顔を上げると西崎さんがいた。俺も「お疲れさまです」と返す。
壁際の自販機にコインを入れながら、西崎さんは俺を見て少し笑った。
「どうした。なんだか本当にお疲れ風に見えるぞ」
「やっぱりそう見えますか?」
そう返すと、彼は僅かに目を瞠ってその笑みを引っ込めた。
「何かしんどいことでもあったのか?」
心配そうに訊ねてくる。俺は何秒か逡巡して、思いきって口を開いた。

「……俺、近いうちに死ぬかもしれないんです」
「おいおい」
俄かに深刻な表情になる西崎さんに、俺は慌てて説明する。
「いや、あの、別に死にたいとか、そういう訳じゃないんですよ。ただ」
「ただ?」
「その…。最近、殺される夢をよく見るんですよ」
笑われるだろうかと様子を伺うが、彼は指を止めたまま真顔でこちらを見ている。
「同じシチュエーションで、毎回、同じように殺されるんです。
 最初の頃は疲れてるのかと思ってただけなんですけど…」
しかし、それが五回も六回も続くと、さすがに気になってくる。
「いわゆる予知夢みたいなもんじゃないのかって、心配になってきて」

「なるほど」
西崎さんは頷いてから、自販機ボタンを押した。がこん、と音がする。
「確かに気味悪く思うかもしれないが、こういう話もあるぞ」
言いながら、「おごりだ」と取り出した缶コーヒーを、俺に投げて寄越す。
「殺される夢は、今自分が抱えている悩みやトラブルが解決する予兆である」
「解決の予兆、ですか」
「特に現実に問題が起こっている相手に殺されるのは、その問題が解決する前触れなんだと。
 殺され方によって色々意味が違うらしいぞ。首を切られる夢は仕事の悩み、とか」
そう言って、西崎さんはにっと笑った。
「良いことの前触れだと思っていた方が気が楽だぞ」
彼の笑顔につられて俺も無意識のうちに笑っていた。

「じゃあ、俺のはとりあえず仕事の解決ではないですね」
「お前の場合は?」
「刺されるんです。胸を刃物でこう、ブスッと一突き。腹を刺されたこともあります。
 刃物が入ってくる感覚だけ妙に生々しくて、でも不思議と痛くはないんですけど」
刺殺の場合は何の悩みなんでしょうねと言うと、不意に彼の笑顔がにっ、からニヤリに変わった。
「それはあれだ。欲求不満だ」
「よっ……」
「刃物で刺されるという感覚のイメージが共通している、らしいぞ。
 ま、それは女の場合のような気もするが………、っておい。東、大丈夫か?」
「…………」
「あー…とは言っても、以前読んだ本の受け売りだから。あまり気にしないでくれ。すまん」
俺が返事をしないのを、ショックを受けたからだと思ったらしい。
申し訳なさそうに、こちらを覗きこんでいる。

俺は、彼の顔をまともに見ることができなかった。

(夢で俺を殺す相手、西崎さんなんですよ…)

487 10-49 この胸を貫け :2007/02/16(金) 18:22:36
2月16日、会社員芦野基彦(27)が仕事を終えて自宅アパートに帰宅すると、
六畳の日に焼けた畳の真ん中に、不釣合いなストロベリーブロンドの美少年が、
正座をして待っていた。

「…どちらさまですか?」
「こんばんわ。私はキューピッドです」
「すいません、部屋を間違えたようです」
「芦野基彦さんでいらっしゃいますね?」
「…はい」
「初めまして。私はあなたの恋心を奪うためにやってきました」
「はあ?」
「さる2月14日午後6時24分15秒、○×駅前広場噴水横ベンチにて、
 同僚花丸希美子さんから差し出されたチョコレートを受け取りませんでしたね?」
「はあ?」
「受け取りませんでしたね?」
「…はあ」
「契約により、この鉛の矢を撃ち込んで、あなたの恋心には死滅してもらいます」
「ちっ、ちょっと待って!何それ弓矢!?こっち向けないで危ない!」
「逃げないでください。すぐに済みます」
「ひぃ〜っ殺される〜!!」
「生命に危険はありません。安心して」
「安心できるかっ!!」
「あっ何するんですか、返してください!」
「没収!こんな危ないもの子供が持ってはいけません!」
「子供とは違います。キューピッドです」
「まずは話し合おう。話を聞こう…って君、何で裸なの?」
「キューピッドですから」
「…キレイな肌してるね」
「キューピッドですから」
「……君、キレイな顔してるねぇ」
「キューピッドですから」
「ほぁ〜」
「あれ?恋色メーターが反応してる。私、間違って黄金の矢を撃ちましたか?」
「黄金の矢ってこれ?これ撃つと恋しちゃうの?」
「あっ黄金の矢までいつの間に!?」
「これ黄金で出来てるの?結構軽いね」
「あ〜ん、返してくださ〜い」
「そんな涙ぐまれると困っちゃうなぁ。もう俺を狙ったりしない?」
「それはできません、契約ですから」
「何その契約って」
「チョコレートを買ってくださったお客様へのオプションサービスです。本来なら、
 意中の相手がチョコレートを受け取り、箱を開けると私たちキューピッドが現れ、
 黄金の矢を撃ちこむことで、目の前の相手に愛情を芽生えさせるという内容です」
「最近のバレンタインはすごいことになってるんだな」
「しかし花丸様の場合、チョコレートをあなたが受け取らなかったので、本日、
 鉛の矢を撃って相手が恋を嫌悪するようになるオプションを追加で購入いただきました」
「それ何て呪い代行業?」
「契約をきちんと履行しなければ、私が上司に怒られるんです〜ぅ」
「可愛い声出してもだめですぅ」
「矢を奪われたことまでばれたら、クビになっちゃいます〜ぅ」
「俺だって恋が出来なくなるなんてごめんですぅ」
「私キューピッド失格になっちゃいます〜ぅ」
「じゃあ、うちにくればいいじゃない」
「え?」
「えいっ」

ぷすっと、芦野が伸ばした手の先の、黄金の矢が少年の胸を貫いた。
後に彼はこのときのことを、次のように語っている。

矢が胸を貫いた瞬間、世界は大きく色を変え、全てのものが美しく輝きだし、
天使が祝福のラッパを吹いていた。頭の中では絶えず鐘が鳴り響き、熱き血潮に
顔が紅く染まるのを止められなかった。そして、目の前には軍神マルスの如き
逞しく美しい男がおり、自分に熱い視線を向けていたのだ。

「鉛の矢は返すよ。さあ、この胸を貫いてごらん」

男は両腕を大きく広げ、少年に向かい微笑んだが、少年は矢をつがえることすらできなかった。
それよりも、高鳴る胸の音を聞かれやしまいかと恥ずかしくて、どこかに逃げ隠れてしまいたかった。

488 6-279 教師二人 :2007/02/18(日) 16:26:34
さあ帰るかと、車のキーを取り出しながら中庭を横切っていると、
どこからともく「花村せんせー」と名前を呼ばれた。
立ち止まって辺りを見回すが、薄暗い中には誰の姿も見えない。
「ここですここー。上です」
見上げると、二階の理科準備室の窓から同僚が手を振っていた。
「鳥井先生。まだ残ってらっしゃったんですか?」
若干声を張り上げると、「それがですねぇ」と呑気な声が返ってきた。
「ちょっと今、大変なことに」
「は?」
「花村先生、もう帰るんですよね?」
「え。あ、はい」
「もし良ければ、ちょっと時間とってもらえないですか」
「え?」
「お願いします。このとおり。俺を助けると思って」
二階から拝まれては「いえ、お先に失礼します」とも言えない。
仕方なく、キーをポケットに仕舞って第二校舎へ入って二階へ上がる。

理科準備室のドアを開けると、そこは真っ白な世界だった。
比喩ではない。本当に白かった。机も、椅子も、床も、粉まみれになっていた。
「鳥井先生、これは一体……」
「いやぁ、授業で使う重曹を袋ごとぶちまけてしまいまして。あはは」
白い世界の中で白衣を着た男は、能天気に笑っている。
「明日必要なんで準備をしてたんですが、大五郎にぶつかってしまって」
「大五郎?」
「そいつです」
指差す先には人体の骨格標本があった。
「ガイコツに名前をつけてるんですか?」
「俺じゃないですよ。昔からそういう名前らしいです」

骨格標本の他にも、人体模型やら鉱石の標本やら実験器具やらが置かれている。
準備室というくらいだから、本教室よりも物が多くて雑多なのは当たり前だ。
当たり前なのだが…
「なんだか、物凄く散らかってるように見えるんですけど」
「それが、重曹を拭こうと思って雑巾取ろうとしたら、そこの台にぶつかって」
「よくぶつかりますね」
「積み上げてた物が、ガラガラドーン!」
三匹の山羊ですかと言いそうになったのを飲み込んで「崩れたんですか」と相槌をうつ。
「そうなんですよ。連鎖反応って怖いですよねぇ」
「はぁ」
「お願いします、花村先生。片付けるの手伝ってもらえませんか」
また拝まれてしまった。
「お礼に、今度ケーキをご馳走しますから」
「いえ、別にお礼とかそういうのは……」
と言うよりも、何故唐突にケーキなのか。思考の展開がよくわからない。

「でも、知ったからにはこのまま帰るわけにも行きませんし。手伝いますよ……うわっ」
頷くやいなや、もの凄い勢いで両手をがし、と掴まれた。粉まみれの手で。
「ありがとうございます」
そのままぶんぶんと上下に振られる。まるで世紀の実験に成功した研究者だ。
「力を合わせて、跡形もなく片付けましょう」
「あ、跡形も無く?」
そこでその言葉の使い方はおかしくないだろうか。
「何の痕跡も残しておかないようにしないと。風見先生にバレたらどうなるか」
「風見先生?」
「今度こそ雷が直撃だ。容赦ないんですよ、あの人。
 あ。花村先生も、どうかこのことは黙っておいてください。ケーキに免じて」
「あの、だからケーキは別にいいですよ」
件の風見先生とは、別の理科担当の教師である。
以前にも何かやらかして怒られたのだろうか。失礼だが、容易に想像できてしまった。

「とりあえず。いきなり雑巾で拭いても駄目ですよ。高い所から順番にやらないと。
 最初は机や椅子を叩いて、それからから拭く。床は最後に掃きましょう」
「おお、なるほど。位置エネルギーに則るわけですね」
そんなに感心されても困るのだが。というか、その納得の仕方に納得がいかない。
ため息をひとつついて、着ていたコートを脱いで、腕まくりをする。
(帰れるの、何時になるかなぁ……)
自分の心配を他所に、彼は鼻歌を歌いながら、人体模型にかかった粉を払い始めている。
妙に楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。
(……。頑張ろう)


翌日、『手伝いのお礼と口止め料』という名目で、彼は本当にケーキをご馳走してくれた。
化学反応の実験の副産物、電極が差し込まれたカップケーキを。

489 7-419 自分の萌えを熱く語れ! :2007/02/18(日) 23:17:39

 皆さん今晩は。
萌えについての勉強ですが、今日は『自分の萌を熱く語れ!』というテーマで少しお話しをしたいと思います。
 大きく分けて属性というものは装備系統と基本系統にわかれますが、属性は日々誕生し、増え続けるものであります。
その多くの属性を全て理解することは不可能に近いと思いますが、理解を広げることにより自分自身をより深く理解、分析することが出来ますし、また新たな属性を発見する手助けになると思います。

 たとえば青木君、君の萌え属性は、この用紙には猫耳と書かれていますね?
中にはもとから生えている物でないといけないという方もおられますが、猫耳というのは系統に置き換えると装備系と言えるでしょう。
何の変哲もないキャラや人物でも、そのアイテムを付加することによって簡単に萌えるキャラや人物にレベルアップするというものです。
猫耳に代表される耳以外にも角や翼、私が今着用している眼鏡と白衣、巫女服や軍服などの制服もこのオプション型と考えて良いでしょう。

 次は神崎君、君の萌え属性は、黒髪と褐色の肌ですか、比較的相性のいい属性ですね。
こういった外見的特長を取り入れた萌は基本系と言えるでしょう。
この属性は先程の装備系と違い、キャラクターや人物が素の状態で持っていることが多く、そのため付加や取替えすることが出来ない物が多いです。
一つの例として神崎君の基本属性を上げると……あ、嫌ですか?
えー、それでは私の持っている基本系属性を上げると、黒髪、黒目、色白等になります。

 次に藤川君、君の萌え属性は、ツンデレな喫茶店店主ですか、店主限定な所に藤川君のこだわりを感じますね。
喫茶店店主は職業萌と言うものですね、基本系にあたるものですが転職可能なキャラや人物もいますので装備系とも言えるでしょう。
刑事、スポーツ選手、ファンタジー世界ですと魔法使いや戦士、それから皆さんの生徒や私の先生という職業もそうですね。
 ツンデレは性格を表すものであり、ある程度そのキャラや人物を知らないと分からない属性でもあります。
性格は大体において容易に変えることが出来ないものなので基本系にあたりますね。
では私を例として上げると、なんでしょう?んー、えー。
ああ、よく天然と言われるので天然なのだと思います。

 自分の性格を属性で例えるのは難しいですね、いい機会ですからこれは宿題にしましょう。
次回までに各自自分の性格を属性に例えること、その理由も簡潔に添えるようにしてください。

 では時間も無くなってきたので最後に湯川君、君の萌え属性は、眼鏡、白衣、黒髪、黒目、色白、先生、天然ですか、随分多いですね。
湯川君のように様々な属性を同時に……なんですか?湯川君。
先生が好き?
そうですか、湯川君は特に先生と言う属性が好きだそうですが、様々な属性を同……なんですか?
だから先生が好きなんですよね?え?耳を貸してくれ?
……え……あ、その、じ、時間が来ましたので、今日の講義はこれで終了します!

490 10-119 ピロートーク :2007/02/25(日) 11:15:16
睦言に憧れていた。

子供の頃からの夢だった。いつか好きな人が出来て、その人と結ばれることが叶ったら。
情熱的な告白とかじゃなくてもいい、映画に出るような洒落た言葉じゃなくたって。
ただ朝ごはんは何にしようかとか、ドアちゃんと閉めた?とか、そんな他愛のないことを確認し合いながら、
おやすみ、とどちらともなく穏やかに眠りに落ちるのだ。それで十分甘いはずだ、そんな些細なやりとりさえも。

だけどぼくはゲイだったし、だから好きになったのも当然男のひとで、厳しい目をしたそのひとは
その上妻子持ちと来た。諦めるべきだと思った。初めての恋も、子供の頃からの夢も。

未だにぼくはあなたが何故ぼくを抱いたのか分からずにいる。

ぼくは自分が思ったより遥かに諦めが悪かった。言ってみればそれだけのことだ。
潔く身を引くことも出来ずぼくはあなたとのことを引き摺り、そうして長引いた初恋は今年で十年目に突入し、
あなたの子供はあなたに出会った時のぼくの歳になり、今ぼくの前で恐ろしい形像で何故あなたがぼくと
寝ていたのかを問い質している。顔怖いな、とちょっと思う。顔立ちは幼いが、怒った表情はあなたにそっくりだ。
あまりにも似ているものだから、つい問い返したくなってしまう。ねぇ、あなたは何故ぼくを抱いたのですか。

一緒に朝を迎えたことはなかった。あなたには帰るべき場所があった。
一緒に映画を見たり、買い物に出かけたり、外で食事をしたことだってなかった。そんな関係じゃなかった。
人々の視線を恐れ、あなたに呆れられることを恐れ、ただ黙ってあなたに抱かれていた。
そこに睦言など介在する余地もなく、今思い返してみれば熱さえもなかったような気がする。
あなたはいつも淡々と、ほぼ事務的にぼくを抱き、ことが済んだら先に帰っていった。
その背中にいつも問いかけようとし、そして結局呑み込んでしまった言葉をこうしてぼくは持て余している。

問いたかった。答えを知りたかった。
あなたとデートがしたかった。一緒に朝を迎えたかった。あなたにおやすみを言いたかった。
だけどぼくはあなたを奪えなかった。だってあなたが何故ぼくを抱くのかさえぼくは知らなかった。
あなたは奪ってくれなかった。

ねぇぼくはあなたものになりたかった。

491 10-119 ピロートーク :2007/02/25(日) 11:17:11
ずっと言いたかった言葉はあなたの厳しさに戯言だと切り捨てられることを恐れ、ただぼくの体中を巡り、
なるべき声を切り裂き、そして永遠にあなたに伝わることはなかった。
だけどその厳しい目であなたは見出せたのだろう。ぼくの縋り付く腕に。何の抵抗もなく開く体に。
特記するエピソードもなかったこの十年間、淡々と、事務的に、それでもずっとぼくを抱きに来てくれたあなたなら。
病床で最期に、熱にうかされ、うわごとのようにぼくの名前だけを呼び続けたというあなたなら。

子供の頃憧れていた甘い言葉はなかった。たった一度も、そんなやりとりが交わされたことはなかった。
あなたはぼくを奪ってくれず、ぼくはあなたのものになり損ね、
ただあなただけ最後の最後にぼくのものだったと、ぼくさえ知らなかったことをあなたの息子さんは怒っている。
それはどんな睦言よりも甘く、この十年間を実際在り続けていたものとは違うものにしてしまう程に甘く、
そしてぼくは分かってしまうのだ。

それで今、幸せなはずのぼくは、報われたはずのぼくは、否、多分だからこそ、こんな甘さより別のものを
欲しているのだ。望んでいるのだ。
ぼくのものになったあなたのことを聞かされるこの瞬間より。こんな短絡的でいてそれでこそ絶対的な答えより。
ただただ流れていくだけだった、あの甘さなど欠片もなかった時間がまだ続くことを、
ねぇ、あなたは何故ぼくを抱くのですか、と声にならない言葉を問いかけるように。

でももう遅い。あなたはもういないのだから。

それでもぼくはもう一度、未だに分からないフリをして。
もうぼくを見ることはないその厳しい目を恐れるフリをして。
今はもういない、あなたに呼び掛ける為に、まるで睦言のように。

ねぇ、教授。

492 10-119 ピロートーク :2007/02/25(日) 15:14:30
おかしい。

いわゆるピロートークってもんはもっとうこう、甘いもんじゃないのか。
普段は恥ずかしくて言えないこととか、他愛のないこととか、
とにかく二人で余韻に浸りながらイチャイチャと話をするもんじゃないのか。

なのに、どうしてこいつは俺の隣に寝そべったままノートパソコンのキーボードを叩いてるんだ。

「いける!これでいけるぞ!なんで今まで思いつかなかったんだ俺!」
なんだその生き生きした目は。なんだその溌溂とした表情は。
『いける』じゃねーよアホ。今しがた俺にイカされたばっかだろお前。
「……楽しそうだな」
「楽しいというか嬉しいというか、俺って天才?みたいな」
テンション最高の満面の笑顔でこっちを見るな。
ついさっき涙目で俺を見上げて言った「もう駄目」「もう限界」っつー言葉は嘘か。
まさか「早く」とねだったのは早く終わらせたかったからじゃねぇだろうな。
「仕事か、それ」
「まーね。急な仕様変更があって、どうしようかここ数日悩みっぱなしだったんだけど」
こいつの職業はSEだが、『SEとはシステムエンジニアの略称である』ことくらいしか俺には分からない。
「閃いた!唐突にぴかーんと!アドレナリンがどばーっと!」
「へえ」
「解決した。多分ね。明日書き換えてテストしてみないと分からないけど、多分オッケー」
「ああ、そうかよ。良かったな」
わざと機嫌の悪さを滲ませて言ったのに、明るく「うん、ありがとう」と笑う。
本当に嬉しそうに、鼻歌を歌いながらノートパソコンを撫でている。

おかしい。甘くないどころか、すごく苦い。
こいつは表情はとても幸せそうなのに。俺の隣で笑っているのに。
さっきまで何度も好きだと囁いて、囁かれて、最高に幸せな気分になっていたのに。

苦い気分が着地した先は、情けなくも『パソコンへの嫉妬心』だった。

俺たちの甘いピロートークを奪いやがってこの野郎。
次やるときは、絶対隠す。

493 10-179 :2007/03/05(月) 13:54:08

「一番嬉しかったこと」
「そう。ただのアンケートなんだけどどーにも、思いつかなくてさ。参考くれ」
「俺の意見が参考になるとは思えねーな」
「それでも! 一般論でいいから何かない?」
「……強いて言えば」
「言えば?」
「お前に蹴り倒されてそのまま踏まれたことだな」
「……は?」
「そうなんだよ。俺はきっと、お前に踏まれる為に生まれたんだと思う」
「え?」
「さあ。踏めよ。ていうか踏んでくださいお願いします!」



「てめぇみてーな変態M男に聞いた俺が馬鹿だった」
「ううううさっきみたいな容赦無いビンタも今みたいなシカトも結構クるけど
やっぱり踏まれるのが一番嬉しいよ受けー」
「攻め、お前は死ね。お前を殺して俺は生きる」
「そんなどっかのラノベみたいなこと言わないでもう一回踏んでくれよ
受けーあいらびゅーあいにーじゅうぅー」

 受けは足を高くたかく振り上げ、期待に目を潤ませた攻めの脳天に
勢い良く打ち下ろしました。
 攻めは昏倒しながらも幸せそうな顔でした。     〜FIN〜

494 6-159最後のキスと押し倒しにうほっwwとなりつつ踏まれます(1/2) :2007/03/11(日) 03:24:43
 寝転がってテレビを見ていると、先輩は必ず俺のことを踏み付ける。
 先輩はいつもの無表情で淡々と「お前の前世が玄関マットなのが悪い」なんてわけのわからない理屈を言って煙に撒こうとするが、わざわざ進路を曲げてまで人のことを踏みつけていくその行動は、自分に注意を向けたくてわざわざ人を踏んでいく俺の実家のネコの行動とそっくりだったりする。
 ……なんて言うと切れ長の目を細めて「それで?」なんて冷たく言われて、以後最低三日はご機嫌ナナメ・下手をすれば料理ボイコットにより毎食うまい棒(たこやき味)が出されかねないことは目に見えているので、とりあえず今日も黙っておとなしく踏まれている俺なのだった。
「お前が見てる話って、いつもワンパターンだな」
 踏まれることにスルーを徹底する俺の反応がお気に召さなかったのか、先輩は俺の腰に乗せた片足に全体重をかけながら声をかけてきた。
「えー、全然違うじゃないっすかー!どこ見てそういうコト言うかなー」
 踏まれた足の下で手足をじたばたさせて抗議をアピールしてみるが、先輩は俺の方を見ようともせず、つまらなそうにテレビを眺めている。
「どうせこのあとキスして押し倒して一発ヤってはいサヨナラ、だろ。別れるつもりのくせに未練がましい」
「うーわー、俺の燃えかつ萌えシチュ・ラストキスをさらりと全否定しましたね?!」
「あぁそういやお前、切な萌えとやらについて無駄に熱弁を奮ってた事があったな。途中からアイスの賞味期限について考えてたんで聞いてなかったが」
「アイス>俺、ってコトですか!?」
「不満そうだな」
 腕を組んで軽く首を傾げた見下し目線が俺を捕らえる。無論、右足は俺を踏み付けたまま。あぁもう本当そういう尊大な態度と表情似合いますね。Mのケはないけど目覚めてしまいそうです。
 ……なんてぐだぐだしているうちに、テレビに映るシーンは別れを告げられ泣きじゃくるヒロインを抱きしめる主人公。最後に一度だけ、と交わすキスは徐々に熱を帯び、やがてゆっくりとベッドへと倒れ込む。漂う切ない雰囲気や悲壮感、胸を締め付ける感覚がたまらない……エロが目的で見ているわけではないのだ。断じて。

495 6-159最後のキスと押し倒しにうほっwwとなりつつ踏まれます(2/2) :2007/03/11(日) 03:27:13
 浸っていると、いきなりぎゅっ、と俺を踏み付ける圧力が強まった。ぐへ、と間の抜けた悲鳴が勝手に口から飛び出る。
「ちょ、一番いい時になにすんですか!」
「なんかムカついた」
 俺を踏み越えて台所へ向かいながら先輩は淡々と告げる。
「俺なら離さない。最後だっていうなら最期にしてやる」
「さらりと恐い発言しないで下さい!唇に毒でも塗るつもりですか?」
「いや、腹上死狙い」
「なっ……」
 絶句する俺になんてお構いなし。持ってきた牛乳をパックから直に飲んで唇をぺろりと舐める。赤い舌が妙になまめかしい。
「自分から跨がって腰振って、からっからに干からびてミイラになるまで俺の中に搾りとってやるつもり……どうした、いきなり丸くなって」
「いや、なんでもない、です……」
 うっかり乱れる先輩を想像して体育座りになる。ただでさえベッドでの可愛さは普段とのギャップと相俟ってえらいことになっているのに、そこに積極性が加わったら正直洒落にならない。
 更に丸くなる俺なんて眼中にないように、やっぱり先輩は淡々と続ける。
「問題は下になっているのに【腹上】と呼んでいいかどうかだな。どう思う?」
「……どうでもいいです!」
「どうでもよくないだろう。お前の死因だぞ?」
「え」
 どういう意味かを問おうとした口は、素早く先輩の口で塞がれてしまった。

×××

『シチュが好きなだけであって、先輩と別れようなんて気は1ミクロンもありません!』

先輩の艶やかな痴態にうっかり酔ってしまい、ようやくそう告げることが出来たのは、死なないまでも散々搾られて身動きできないほどへろへろにされた後の話。

496 10-249 卒業 :2007/03/13(火) 01:27:23
先週、俺はこの学校を卒業した。
進学が決まった報告に訪れた今日が、この校舎に来る最後の日だ。
地元を離れることも決まったから、あの人と会うことももうない。

あの人が誰を見ているかぐらい、とっくにわかってた。
俺は3年間ずっとあの人だけを見てたんだから。
1年半が経つ頃には、アイツのあの人を見る目つきが変わったのにも気付いた。
あの人がアイツといる時、どれほど幸せそうな顔をするのかも。

それでも諦められなかった。
望みがないとわかってても、あの人を想う気持ちを止められなかった。
告白する勇気もない、ましてやアイツから奪うことなんて出来ないくせに。
でも、それでも終わらせることはできなかった。

今日を逃したらもう、あの人と会う機会はない。
合格した日に決めた。
最後にあの人に会って、それで終わりにしよう。

きっと、すぐに忘れたりできない。
何度も思い出して、その度に後悔するかもしれない。
せめて、何か出来たらよかった。
頑張って告白するべきだったろうか。
あの人を悩ませたくないなんて、振られるのが怖くて言い訳してるだけだ。

それでもやっぱり告白はできないだろうから。
その代わり、ちゃんとサヨナラを言おう。
先生への別れと、叶うことのなかった恋への決別。


俺は今日、この恋から卒業する。

497 10-241 :2007/03/18(日) 14:24:59
「お前の辞書に辛抱って文字は無いんだな」

…と言いつつ、されるがままになっている俺も俺か
こいつに「いい…?」って上目遣いにせがまれると
どうにも抵抗出来ない
今日もせめてシャワーだけでも浴びさせてくれって言ったのに
シャワールームまでやってきて背中流してやるよ…って
そのままコレだもんな

「いつ見ても綺麗な背中してるな〜」

俺の苦手な所だけは、ホントしっかり覚えてやがるし
こら、そこは自分で洗えるってば!
気持ちいい?とか聞くな!答えられる訳ないだろ!

「ここだったら洗濯の手間とか無いし…いいよね?」

はいはい、参りました。



12時間反応待ちがある所を見落としてました、すいません
明らかな嵐は無いものとして扱っても良いと思うけどなぁ…

498 10-289党首×捕手 :2007/03/20(火) 07:30:53
『八神海渡、八神海渡、海を渡る八人の神。もうこりゃ縁起もんです。
しかし皆さん、名前負けするような男ではありません。
お手々繋いで幼稚園…そうかれこれ30年近くの腐れ縁ですが、
一度たりとも約束を反故にしたことのない誠実な男です。
高校時代デッドボールを受け、足を打撲した私を担いで医者まで走ってくれた、そんな優しい男です。
お嫁に貰ってもらいたいほど…あっいや女房役はグラウンドだけで手一杯でして、
それは未来のお嫁さんにお任せしましょう。
また皆さん、……』

私は横で微笑みを浮かべながら、嫁という言葉にあの日の自分を思い出し真っ赤になった。


和人とゆっくり会ったのはもう3ヶ月も前だったろうか。
お互い忙しくいつもこんな調子だ。
あの日、逞しい和人に何度も貫かれ追い上げられ快楽の淵に突き落とされた私は
「そろそろお嫁に貰ってくれてもいいのに。
 いつもおまえと一緒にいたいんだ」
積もり積もったストレスと快楽の余韻の為せる業とはいえ
正気に返れば恥ずかしさにいたたまれないような言葉を紡いでしまった。
「俺はいいよ?いつでも嫁に貰ってやるさ。
 だけどプロの投手になる夢を捨てて政治の道を志ざしたのはおまえだろ。まだまだ先だ」
「政治家の引退って遅いの知ってるだろ?そんなの待てない。」
「一党の党首が男と暮らしてるなんて許してくれるほど世間は甘くないぞ。
 先だっていい。おまえが隠居してゆっくり暮らせる日まで俺は待ってるよ。」
そう言って子供をあやすように背中をトントンとして抱きしめてくれた。
ただの弱音、おまえにだからこその甘えだと分かっているんだろう。
それでも優しい言葉が嬉しかった。

党首とは言っても3年前に立ち上げたばかりの若い党だ。
派閥抗争に嫌気が差した若い議員、既成の党の体制に合わない議員、
国政に新しい風を起こしたい同志で立ち上げのだった。
今回の総選挙の応援演説を和人に依頼するのは抵抗があったが、私たちが親友だと知る周りの者たちからは、
東海ランナーズの正捕手であり昨期の打率トップでもある真鍋和人の力を借りない手はない、
と押し切られこの現状だ。


『明日の投票日には是非「八神海渡」とお願いします。
政治の事は疎い私ですが、万一手抜きしようものなら親友として一国民として容赦はしません。
必ずや私が、彼が真っ直ぐな道を勧めるよう支えていく事をお約束します。
まぁ酒を飲んだり愚痴聞いたりしかできんですけどねぇ。
皆さんのお力をこの日本新風クラブの八神海渡に是非是非貸してやって下さい!』

そうだな。どんな時もおまえは私の支えだ。
会えるのはたまにでも幸せだ。
のんびりゆったりするのはまだ先でいい。

499 10-169 痛かったら手を挙げてくださいね :2007/03/23(金) 05:07:51
…これが常套句ってやつなんだと、恐怖と緊張のさなか、何故か冷静に国語の宿題のワークを思い出していた。

マスクで隠れてるが、見えなくても想像が付いた。
先生の形良い瞳が優しく細められる。
白い歯っていいねーなんとかかんとかっ、て古いCMばりに爽やかな笑顔と、
穏やかな、安心させるような声。
けど、騙されねぇ。
痛みに手を挙げても
「もうちょっとだから、我慢してね」とか
「偉いぞーかっこいいぞー男の子は我慢だぞー」
とかなんとか言う、悪魔になるんだ。
天使じゃねーぞ。全然。絶対。
…あれ?
白衣の天使って、かんごふさん限定?
そんなことを思いつつ、
ぜったい、しかえししてやる、と
ガリガリ歯を削られながら
そう心に誓った小6の俺――


バシッ。

500 10-169 痛かったら手を挙げてくださいね :2007/03/23(金) 05:35:25
「あんたはいつだってそうだ!
ずっと、昔っから。
俺の事、子供扱いしてっ
…そうだよ!15も違うよっ…追いつけねぇよっ…けどっ、」
今更不毛だの、何でそんなこと言うんだよ!
最初から分かってた事じゃねーかっ!
それこそ、あんたは大人なんだからっ!!
一気にまくし立てた。

些細なすれ違いから、エスカレートしてく感情の発露。
どうして、伝わらないんだろう。
好きなだけじゃ駄目だって、そんなこと分かってるよ。
けど、けど――。
…手のひらが熱い。
興奮のあまり喉が詰まって言葉が続かなくなり、俺はぎゅっと目を閉じると背中を向けた。

「……ごめんね」
「…!」
淋しそうな声と、拳を包んだ温もりに振り返ると、
先生は赤い頬のまま、
昔とは違う、悲しそうな笑顔を浮かべていた。
その痛々しさに、はっとして
すうっと興奮が冷めてゆく。
「ごめ…」
謝らないで、というように先生は静かに首を振った。

「…痛かったのは、
歯じゃなくて君の手と
君の心だから…」

501 10-169 道しるべ :2007/03/23(金) 07:31:43
…春ニ貴方ヲ想フ

あの人を失った、河原の道を歩く。
あの日も、今日と同じように、日差しが柔らかく暖かい春の日だった。
あの人は凛とした瞳で俺を見つめていた。
涙は無かった。
ただ、癖で噛んだ唇が赤く、痛々しかった。
どちらかが悪かったのではなく、多分、どちらもが悪かった。
子供だったと、幼かったと、若さのせいにしたら
あの人は怒るだろうか。
それともあの日と同じように、冴え冴えと美しく微笑むだろうか。

俺とあの人は、何もかも危ういバランスの上で存在していた。
キスをして、抱き合って、笑い合っても
俺たち二人はいつも小さな傷を付け合って、いつも怖がっていた。
――何を?
考えようとして、頭を振る。

今ではもう、思い出せない。

ただ、大切だった。
それぞれ違う道を歩もうとも
憧れで、目標で
…本当に、大切な人だった。


それは、思い出の中のワンシーン。

「…つくしって、何でつくしって言うか知っとる?」
「は?」
唐突な事を言い出すのは彼の十八番。
へぇー、ということから
で?ってことまで、
豆知識や宇宙の謎、答えられる事もあったけど、返答に困る事まで。
けど、そんな時の彼は、いつもどこか楽しそうだった。
「つくしのつくしって、ミオツクシから来とるんやって」
「ミオツクシ…?」
飲み込めない俺に、彼は
そこらに転がってた小石を拾うと
澪つくし、とゆっくり地面に文字を綴った。
「あ、その澪つくし、か…」
「うん」
彼はぱっと笑顔を浮かべ頷いた。
「それでな、
その澪つくしに、立ってる感じが似とるから、
つくしって言うんやって」
他にも色々説はあるらしいけどな。
「…けど、海の標識が澪つくしなら、」
つくしは春の道しるべみたいで、しっくりくるな。
と、菜の花のようにふわりと彼は笑った。

…春の道しるべ。
普段は現実主義者の振りをしてるくせに、
その実、ロマンティストで。
なのにそう指摘すると、照れて怒った表情をした。
けど、本当に強い人だった。
「……」
俺は。
淋しかった。

違う道を進んでいる事は分かっていた。
あの人が誇るもの、大切なもの、守るものも知っていた。
そんなあの人が好きだった。
けれど、それでも淋しくて、もどかしくて
…悔しかった。

何かが記憶に引っかかった。
「…っ、」
目の奥が熱くなって、俺はその場に立ち止まった。

502 10-169 続き :2007/03/23(金) 07:44:02
俺は。
あの人の、道しるべになりたかった。

…あの人は。

「二人で歩いて来た足跡が、」
二人の道しるべだと
そう言って、笑った。

「行き先を教える道しるべはいらない。
来た道を教えてくれればいい。
間違ったら、間違った場所まで戻って
二人でまた歩い行けばいい」と。


…戻れるだろうか。

あの、道しるべまで。

503 6-159 :2007/03/23(金) 08:03:16
オイっ、6-159よ。
まだそんな格好してんのか?
ヨソさまのラブシーンにうほっwwとなってる余裕も
踏まれてるヒマもお前さんにはねーんだよ!
さっさと…と言っても
はるか超亀になってしまったが、
はるばるやって来たこの俺サマを、押し倒してキスせんかいっ!
…ナニ、嫌だと?
なーに言ってんじゃワレ!
なら、この俺サマがとっととヤったる!!
ホラ、目くらい閉じろよ。

…おながいします。
目を閉じて下さい。
実はちょっと、かなーり、
恥ずかしいんだお。

504 10-119 ピロートーク :2007/03/29(木) 03:24:16
(…妹はいつもこんな風に抱かれているのだろうか…?)
 悠樹は気だるさの残る身体でぼんやり考えた。
その隣で煙草を吹かしている『悠樹の妹の彼氏』、迅は相変わらずの
余裕たっぷりな態度で悠樹にニッと笑いかけた。
「ちゃんとイけたか? ゲイの悠樹君?」
 もはや彼に反発する気も起こらない悠樹は、
「…ああ、イった、…良かった。もの凄く…」
 と、答えた。
「今日はエラく素直なんだな」
 迅はそう言ってククッと笑い、
煙草を灰皿に押し付けて、布団を捲って再び悠樹の隣に寝転がった。
悠樹の瞳を覗き込む様な彼の仕草に、悠樹の心臓の鼓動が高鳴った。
「…俺は素直だよ。あんたがわざわざ怒らせなければ」
 悠樹は迅の事が好きで好きで堪らなかった。
妹より自分を愛して欲しいと願う様になっていた。
「…迅…、俺ってキモいだろ?」
「…まぁな。キモいよ」
 迅のストレートな物言いは、やはり悠樹を傷付けた。
「……じゃ、何で抱くの…」
 迅はニヤニヤしたまま悠樹の惨めな表情を見つめて言った。
「…キモ可愛いってやつだろ?」
「茶化すなよ、俺はマジで…んっ」
 悠樹の口唇は迅のキスで塞がれた。
「……もうちょっとさ…、楽しもうよ…、誰にも内緒で」
 迅はそう囁いて悠樹の上にのし掛かった。ベッドが軋む。
悠樹は舌に残る煙草の匂いがいつまでも消えなければいいのに…と願った。

505 10-359 キリスト教徒同士 1/2 :2007/03/30(金) 15:58:04
「仕方ないと思うんだよな俺」
「何がだ」
「こうなること」
「何でだ」
「だってほら覚えてる?神様って人間をご自分に似せて創造なさったって」
「それがどうした」
「似せたのってなにも形像だけじゃないんだよって話」
「言っていることが分からない」
「旧約だよ旧約、神様って嫉妬深いってあったじゃん」
「ただ似せられてるだけだというのか」
「責めないでやってくれよ。あの人は俺達を愛してるだけなんだよ」
「人じゃないと思うが」
「別にいいじゃん、親密感わくし」
「よくない。あの方のせいにしたくない」
「あんたって信心深いのな」
「君ほどじゃない」
「へ。俺何かしたっけ」
「君は真面目ではないかも知れんがとてもまともな生徒だと評判されている」
「あーここミッションスクールのわりには結構アレだもんな」
「君は目立つ生徒だった」
「転校生だったからだろ」
「誰もが君を愛していた」
「知らねぇヤツに愛されても嬉しくない」
「それは君が愛される人だからだ」
「俺はあんたを愛してるよ」
「・・・心にもないことを」
「ミッションスクールなんて冗談じゃないって思ってた。
あんたがいたからなんとか我慢できたんだと思う。感謝してるよ」
「それは買い被りすぎだ」
「あんたは俺と逆だね、まともだとは言いがたいけど真面目すぎる。
それが面白かった、でもだからずっと心配だったんだ。なぁ馬鹿なことするなよ」
「すでにしている」
「いいんだよこんなことは」
「いいはずないだろう」
「いいんだよ。あの人は許してくれる」
「こんなことをか」
「あんたが教えてくれただろ。何でも何度でも許してくださるって。
例え世界中のやつらがあんたが悪いってあんたのしたことは罪だってあんたを許さなくたって」

506 10-359 キリスト教徒同士 2/2 :2007/03/30(金) 16:00:54
「あんたが誰を愛しても誰を殺しても」

「あの人だけは」


「それでも君は死ぬ」
「あんたが生きればいい」
「嫉妬に血迷って生徒を刺すような人間だ、生きる価値などない」
「馬鹿なこと考えるな、自殺だけは駄目だ、許されなくなってしまう」
「許されなくていい、許さないでくれ、どうせ君は愛してくれない、せめて側に居させてくれ」
「じゃあ許さない、許さないから馬鹿言ってないで逃げろ、もうすぐ人がくるはやく逃げろ」
「居させてくれ!」
「先生」
「・・・血が」
「愛してるよ」
「あああ血が」
「あんたに逢えてよかった」
「わ、私はなんてことを」
「あんたじゃなくてごめんな」
「なんてことを!」
「ごめんな」



我らに罪を犯す者を我らが赦す如く我らの罪をも赦したまえ
我らを試みに遭わせず悪より救い出したまえ



主よ!

507 10-359 キリスト教徒同士 :2007/03/30(金) 19:06:30
 その感触は少し気持ち悪く、それでいてとても気持ちが良かった。
そして必ず罪悪感を心に引き起こした。
ジョルジュの舌と自分の舌が触れ合う時、
リンドはいつも幼い頃飼っていた蛙にさわった時の事を思い出した。
 突然小屋の外で物音がした途端、二人は長い時間行っていた唾液交換を中断させ、
そのまま耳を澄ませてピクリとも動かなかった。
「…大丈夫、人じゃないよ、リンド」
 ジョルジュは力を抜いて優しく微笑んだ。
その(お気に入りの)笑顔を向けられると、大してビクビクしている訳でもなかったリンドは
ふいにジョルジュに甘えたくなった。
「…ジョルジュ…、もっとして…」
「…ん?キス?」
「うん…キスして…」
 リンドは、ジョルジュはとても大人びていると思った。
彼らは同い年だったが、ジョルジュは穏やかで他の誰とも違っていた。
「…リンド…」
 濡れた口唇を離して二人は息も絶え絶え見つめ合った。
「…リンド、僕たちは地獄に堕ちる」
「……」
 リンドは息を呑んだ。
然し、解っていた。この事が誰かに知れたら二人とも殺される。
リンドは静かに震える口を開いた。
「…そうだね…、神様は全部見てる、絶対に…。」
 その間ジョルジュの瞳は真っ直ぐリンドへ向けられていた。
その目には怖れなど全く映ってはいなかった。
そしてリンドは、自分ももう既に子供ではない事を悟った。
 リンドは言った。
「…最後の審判のラッパが鳴って蘇った時に、
君と一緒にいられるなら…
僕はその後どうなっても構わないよ」
 ジョルジュは少し驚いた顔をして、そして微笑った。
リンドは誇らしげに、しかし照れた様な笑みを返した。

508 10-419囚人のジレンマ :2007/04/05(木) 02:01:00
愛しい貴方へ。
 
真円だった月が、半分に欠けました。僕らの処刑が執り行われるという新月まであと半分です。
 
『自分が間違っていた』と一言告げさえすれば、晴れて自由の身になれる事は保証されています。二度とお互いに会えなくなるという一点を除いて。
 
僕らがいかに不道徳か、非を認め改心しろと説いていた父親も、無駄と悟ったのかここ三日程姿を見せません。
僕は、貴方を愛した事、貴方に愛してもらえた事を決して後悔も恥じもしていません。
だから、貴方と重ねたこの唇で貴方との愛を否定するような真似はどうしてもしたくないのです。
例え命を絶たれるとしても。
 
……けれど、貴方はどうなのでしょうか。
約束してくれましたよね。『新月の日に一緒に逝こう』と。
命が惜しくなったりしていませんか?
もしかして、僕らの在り方を否定してでも、生きる道を選びたくなりましたか?
……貴方は、僕を裏切りますか?
 
そんな事を考えてしまった自分が腹立たしくて情けなくて、けれどどんなに振り払っても不安は纏わり付いてきて涙が溢れます。
『裏切られる前に裏切れ』という悪魔の囁きと、貴方を信じる心がぶつかって、胸が裂けそうに苦しい。
貴方のいない孤独と寂しさがどんどん負の感情を増幅させ、新月を待たずに気が狂いそうになる。
 
もう結果なんてどうでもいい。誰が死んで誰が生きようとも関係ない。
ただ、今すぐ貴方に会いたいいです……兄さん。

509 10-489裏切り者の烙印を押されても :2007/04/14(土) 21:27:11
薄暗い牢獄に、靴音と叫び声が入り交じる。
ランタンの光も届かないその片隅で、ひとりの青年を抱き込み庇うようにひとりの男が蹲っていた。
銀色の冴えた光に似つかわしくない鮮血を纏わせる剣が、傍らに投げ捨てられている。

立派なのは文言だけで、民衆の声を聞き入れない王政を覆そうと反乱軍の先鋒を切り城内に侵入したはいいが、
もう何十回目の争いに耐え抜いただけあり内部は要塞の如く複雑に入り組んでいた。
農園のようにベリーの木々が生い茂るこの庭を突っ切るとしても時間の浪費は避けられないなと、
喉元で小さな笑い声を漏らした男は、淡い水色の髪を揺らし空を見上げた。
「…ラグズ?」
苦悩と困惑を色濃く表した声に、反射的に右手に握っていた愛剣を相手の方へ突き出す。
一本の直線を描いた切っ先は彼の金の髪を数本散らし、頬を掠めて一筋の傷痕を残した。
「んっと、ラグズだよ…ね?」
「…、………を、俺の名を何故知っている」
「覚えてない?隣の家に預けられてた…ダエグって少年を」
叫び声を上げそうになり、思わず少年…いや、ダエグ王子に唇で口を塞がれていた。
恋愛未満であったとしても、隣人の彼と過ごした時間は今でも男の中に燦然と蘇る。
手を離れる時が来たんだと預かり主の老夫婦から聞いた晩は、彼と別れの酒を酌み交わそうと年上らしく提案したものの、
朦朧とした意識の中にあるのは彼を掻き抱いて泣く己の姿と、背伸びをして何度も髪を撫でる彼の潤んだ笑顔だった。
気付かないうちに曖昧にはぐらかしてきた関係を悔やんでも悔やみきれず、その後戦いに身を投じた結果が、
身分の明かされた彼との―しかも反乱軍の有力人物と王子となった互いの再会の場だと、誰が予測できただろう。
「とびきり大きく育つぞってもらった鉢植え、覚えてるかな…ここの庭の、全部あれから株分けしたんだよ。
…のんびり話すのは、もうちょっと後かな。僕も頑張ったんだけどね…」
と、理知そうな顔を少し切なげに歪めて彼は片手を差し出す。
僅かに躊躇いを見せて、男は、一呼吸置いてから、彼の荘厳かつきらびやかな正装を剥ぎ取り投げ捨てた。
が、簡素な下着姿になった彼に己の外套を羽織らせて、自分の中折れ帽を深く被せる。
「…本当にいいのか。逃げても」
「茂みを抜けると地下牢への抜け道に辿り着けるんだ。そしたら多分、見つからないよ」



「いたぞ!…ラグズ?それに…ダエグ王子?…まさか―」

『裏切り者の烙印を押されても、君との永久が欲しい』

510 10-269 受けよりよがる攻め :2007/04/20(金) 21:36:33
無神経な奴だ、勝手な奴だ、ほんと下らない、どうしようもない男だ。
入れるのが駄目だったら、せめて素股でときたもんだ。
せめてって何だ。最初は手淫だけって言ってたじゃないか。
「あ、はあ、ああっ」耳障りな音が絶えず降り注ぐ。
シーツを噛み締め、内股を擦りあげられる、なんとも言い難い感覚に耐える俺とは対象的に、
奴は盛大に声をあげて、やりたい放題だ。
俺の眼球は渇き、唾液はシーツに奪われて、からからだというのに。

奴がはああと息を吐いて腰を引くので、あ、終わり?と思えば、
体を仰向けに返された。
「おい……」
だが文句をつけようとした俺の喉は詰まる。
視覚は暴力だ。
目を濡らし、頬ばかりか全身を赤く染めて、腿を震わせる男の姿に、思わず言葉を呑み込んでしまった。
ひどく甘ったるい調子で名を呼ばれる。
お前は何で、俺の脚でそこまで気持ちよくなれるというんだ。
俺はなんだか目やら鼻やらから変な汁が出そうになった。

おい、やめろ!お前のその情けない声が、姿が、俺にまで伝染ったらどうしてくれるんだ?
お前のやっていることは、あくまで俺の体を使った自慰であって、決してそれ以上ではないというのに!
だからお前は俺に何も聞かせるべきではないし、何も見せべきではないのだ。
だって、万一俺がほだされたとしたら、
そんな顔で求められることに喜びを覚えてしまったとしたら、
一体どうしてくれるっていうんだよ!

511 10-459 君が代 :2007/04/24(火) 19:03:45
体育館で彼は言った。君が代を聞いたことがないのだと。
これからこの地域に越してきて初めて聞くのだと。
唖然とした僕を見つめて広島出身なんだ、と笑った。
その歌は彼の親や彼の教師、彼の故郷によって禁忌とされ、どのような歴史があり、
どんな意味でどんな風に国民が歌ってきたかを知っているからこそ歌えないし
絶対に歌いたくないのだと言った。
僕はそのような環境には育っていないし、ましてやその歌を憎んでもいない。
何故歌うのかもその意味も考えたこともない。
無知な自分を環境の違いだ、と恥じもしなかったが、普段共にふざけあい笑う彼の真剣な眼差しに小さな隔たりを感じた。
そっと隣にいる彼をみるとその顔はぐっと口をつぐみ、まっすぐ前を見据えていた。

512 9-999 かえって免疫がつく :2007/04/28(土) 02:29:21
聖地バラナシの朝はガンガーでの沐浴で始まる。

「嫌だ」
「まあそう言わず」
「嫌だ嫌だ嫌だ! こんな河に入ったら病気になる!」

俺と奴は、聖なる河のほとりで手を引っ張り合っていた。

「インドだぞ、バラナシだぞ、ガンガーに入らずしてどうするよ!」
「入ったら死ぬ!」
「お前それはここにいるインド人たちに失礼だぞ」
「日本人だからいいんだよ! 水の国の人だからいいんだよ!」

俺が引っ張る。
ふんばられる。
ふと力が抜けると逃げようとされる。
また引っ張る。
以下繰り返し。
周囲のインド人の視線が痛い。日本人の恥ですいません。

「だいたいどこが聖なる河だよ、ひどいよこの色、綾瀬川より汚いよ!」
「大丈夫だって! だいたいなぁ、日本人は潔癖すぎなんだ、だから免疫力が低下してアトピーとかアレルギーとか蔓延するんだ」
「極論だ!」
「そうでもないぞ、だってインドやカンボジアにはアトピーいないからな!」
「……うそっ」

ふんばりが弱くなった。よし、あと一押しだな。

「嘘じゃないぞ、三度目のインドな俺が保障する。ガンガーは確かに汚いが、飲まなきゃなんともないんだ。俺だってホラ、元気元気」
「でも……」
「失恋して『もう何もかも嫌になった、俺もインドで自分探しをしたい、さもなきゃ大学やめて死にたい』って言ったのはお前だろ?」
「……おれだけど……」
「日本と同じ生活しててどうすんだよ、違うことしなきゃ新しく見つからないだろ」

勝った。

1分後、奴は腰まで水に浸かって、居心地悪そうに周囲を見回していた。

「ま、まあ入っちゃえばどうってことないか……」
「そうそう、どうってことないない。見ろよ悠久のガンガーの流れを……悩みなんかふっとぶだろ?」

二人で並んで目線を遠くにやる。日本には、都会にはない雄大な景色。
茶色い、ゆったりと流れるガンガーの水面。昇り行く朝の太陽の下、何もかもを押し流す大いなる自然。
ゆったりと、目の前を流れて行く、水死体。

「あ」

次の瞬間、奴は甲高い悲鳴を上げて俺の腕の中に飛び込んだ。

513 9-999 かえって免疫がつく :2007/04/28(土) 02:31:29
――ということがあったのが三年前。

「あ、また死体だ」
「大きさからして子供かしら」

俺と、奴と、インド仲間(アメリカ人女性)とは、並んでチャイなんかすすりながら、今日もガンガーを流れる死体を眺めていた。
二人でインドももう三回目。しかも毎回夏休み中ずっといるとなれば、そりゃもう馴染む。慣れる。死体や牛の糞や人糞くらいじゃ動じない。

「あのさあ」

奴がぽつりと呟いた。

「俺、昨日ガンガーの水ちょっと飲んじゃってさ」
「ええっ!?」
「下痢覚悟してるんだけど、さっぱり来ないんだよね。むしろ快便というか……」
「あら、もしかして便秘してたんじゃない?」
「あ、そうか」

インド仲間と二人で笑い合っている。

免疫つきすぎだ。心も身体も。

俺は無言でチャイをすすった。

「ねえ、そういえば今日宿屋に来たゲイのカップル」
「ああ、いたね」
「前に同じ部屋だったんだけどそれが――」

ものすごい猥談が始まった。

チャイを噴出した俺の横で、奴はやっぱり笑っている。
むしろ腹を抱えて大喜びしている。

「あっはっはっはっは、そ、そんなの入れるか普通!?」
「ねえ、入れないわよねえ」
「せ、せめてヘアスプレー缶とかさ……あはははは!」
「やだっ、この暑さで爆発したらどうするの、アッハッハ!!」

大盛り上がりだ。かなりクレイジーに。ラリってもいないのに。素で。

……そんな免疫までつけなくていいんだよ。

俺は目頭を押さえながら、聖なるガンガーに視線を戻した。
流れた河の水がポロロッカしない限り戻らないように、俺の好きだった、あの恥ずかしがりやで潔癖な、好みのタイプどまんなかでしかもゲイという好物件の同級生は戻らない。



ただ、その……すっかり図太くたくましくなった同級生のことが、最近気になるんだ。
俺にも免疫がつきつつあるらしい。人間って、すごいな……。