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ラノロワ仮完結作品投下スレッド

261そして全ては収束していく:2014/04/22(火) 18:42:39 ID:f0Abop4o
◇◇◇

 センス・ライ。
 嘘を100%見抜くというこの呪文は、一見、名探偵が真っ青になるほど便利なものに思える。もはや証拠集めも鑑識も、果てには裁判すら不要になってしまうであろうほどの。
 だがそういった用途に使おうとするのなら、このセンス・ライにはひとつだけ大きな欠点が存在しているといえた。
 それは、センス・ライは確かに『嘘を感知する』呪文であるが――しかし『真実を見抜く』呪文ではない、という点である。
 例えば呪文を掛けられる対象の認識次第では、事実と異なる証言を口にしても『嘘』として感知されない。リナの直接の死因は光の剣での自殺だったが、そもそもの発端はベルガーが黒い卵の作用で致命傷を負わせてしまったことだ。それが無ければ待機組は未だ健在で、臨也もその庇護下にあっただろう。
 だから臨也にとって、先の言葉は嘘にならない。"自分は同盟を裏切っていない"ことと、"ベルガーがリナに致命傷を与えた"こと。この二つは、彼の中で等しく真実として扱われている。
 そして逆に、対象の認識次第では事実と相違ない発言も"嘘"だと感知される可能性もあった。
 だから先ほどの海野千絵の言葉は"嘘"になってしまう。待機組で起こった惨劇を、自らの責と抱え込んでいる彼女にとって。
 そして当然のことながらカーラはこの欠点を知っていた。
 知っていて、彼女はセンス・ライのみによる犯人探しを提案したのだ。
 何故なら、カーラにとってダウゲ・ベルガーと海野千絵、そして折原臨也の価値は等価だったから。
 カーラの目的は、火乃香を利用して神野とアマワを倒し、その後に火乃香さえ始末して、ロードスへの介入を防ぐこと。
 ベルガー達と臨也。どちらが嘘をついていて、どちらが生き残ろうがカーラには関係が無い。片方が追放され、この集団内にトラブルの火種がなくなりさえすればそれでよかった。
 むしろ安全策を取るのなら、力のない臨也が生き残ってくれたほうが御しやすい。ダウゲ・ベルガーは英雄足りえるだろうし、その力は神野を倒す際に非常に役に立つだろう。だが、その分綱渡りな自分の計画を崩壊させる一因になるとも限らない。
(それに、神野とアマワを滅ぼすだけならば彼女がいる)
 火乃香。彼女の力が、おそらくもっとも神を殺すことに向いている。
 だから、どちらが生き残ってもカーラにとっては同じだった。魔法はただ時間を節約しようとしただけ。
(仮に、"犯人"の方が残ってしまったとしても構わないのだし)
 美姫対抗するために佐山が打ち出した案。それに必要なのは人柄でも能力でもない。単なる頭数なのだから。

◇◇◇

262名も無き黒幕さん:2014/08/23(土) 23:13:29 ID:f0Abop4o
◇◇◇


 状況は全て折原臨也の予想通りに動いた。
 何一つ計画に狂いはない。全員の視線は、意識は、確かにその一瞬だけ、ダウゲ・ベルガーのみに注がれた。
 だから、臨也は予定通りに動いた。
 腕を伸ばす。その先には動かない頭で懸命に反論の為の思考を紡いでいた海野千絵の体があった。
 ベルガーに詰め寄る様に一歩を踏み出したのはこの為の布石。リナ・インバース殺害を糾弾する瞬間、臨也は千絵の身柄を拘束できる位置に居なければならなかった。
「っ、な――きゃっ!?」
 右腕を千絵の首に掛け、力任せに引き寄せる。同時に左腕をコートのポケットに突っ込み、この場を脱出する為の保険として用意していたものを掴んだ。
 千絵は抵抗しようともがいたが、お世辞にも運動神経が良いとは言えない彼女では、こうした荒事に多少は慣れている臨也の拘束を振り払うことは難しい。
 そこまでくれば、周囲の人間も状況の変化に気づく。あるものは武器に手を掛け、ある者は己の異能を発現させようと意識を集中させ、
「――動くな!」
 臨也の発した短い警告に、その動きを止めた。
 それを確認してから、臨也は素早く自分とそれ以外の位置取りを確認する。もっとも近くにいるベルガー。そこからやや離れた場所に居る、仲裁役だった佐山とカーラ。そして遠巻きにこちらを見ている同行してきたヘイズ達。
 完全な包囲はされていない。それを確認すると、臨也は暴れる千絵を難なく押さえつけながらさらに数歩後退した。
「イザヤ!?」
 クリーオウが咎めるのと制止するのとを混ぜこぜにしたような声音をあげる。それを見て臨也は笑った。もしかしたら、彼女はこう考えているのかもしれない――裏切られ、仲間を殺された男が、その怒りを暴発させたのだと。
(まあ、苛立ちはあるけどね――全く、本当にここは常識が通じなくて嫌になる。嘘を見破る魔法なんて、そんなものを持ち出されたらどうしようもないに決まってるじゃないか。綺麗すぎる水に魚は住まないって言葉を知らないのかな)
 センス・ライは確かに完全無欠の魔法ではない。だがそれは、強力な魔法ではないということにはならない。
 少なくとも臨也にとってはそうだ。こうして一時は誤魔化せても、問答を続ければいずれはぼろが出る。一度ペテンにひっかけたからと言って、それで『はい、処刑』という風にはならない。この後、ベルガー達に質問が繰り返されれは、いずれはこの誤解も解けてしまう。
 そして反対に自分が追及されれば、他の"余罪"が明かされる可能性も大きい。臨也は朝比奈みくるやサラ・バーリンの殺害に関して"仕方がなかった"と心の底から思っているが、その思考に同調してくれるのは少数派だろうということも理解している。
 だから臨也は、センス・ライの存在が明かされた瞬間から、この集団に潜り込むのではなくて、いかにしてこの場から脱するかということだけを考えていた。
 逆上状態の海野千絵が向こうに居る以上、大人しく降参するという手はない。謝ったところで見逃して等くれないだろうし、即時処刑がないとしても、この少女が捕らわれの身になった自分に対して私刑を加えない保証はなかった。せめて挑発する前にセンス・ライの存在を知っていれば別の手も打てただろうが……。
「……それは、君が犯人だという自白代わりの行動、ということでいいのかな?」
「さあね? 少なくとも、俺の言葉に嘘はないよ? あと、これからは喋るのも禁止だ。魔法使いみたいに――いや、まさに魔法使いがこの場に居るんだしさ」
 佐山の言葉に、臨也は応じるというよりは一方的に要求を叩きつけるような心地で言葉を吐き捨てる。同時に、ポケットに突っ込んでいた左手を掲げた。高々と衆目に曝されるのは携帯電話大の黒い機械。
(あれは……)
 コミクロンはその機械を知っていた。臨也の武装解除を行った際にもっていた"バッテリーパックが入っていないケイタイデンワ"の筈だ。

263名も無き黒幕さん:2014/08/23(土) 23:14:17 ID:f0Abop4o
 そんな彼の表情を見て取ったのか、臨也はコミクロンの属するグループがいる方に向けて肩を竦めて見せた。
「騙して悪いけど、これは"禁止エリアを操作する支給品"だ。バッテリーも隙を見て事前に入れ直させて貰っておいた。もう指の動きひとつで作動できる状態にあるし、必要なら俺はこれを使う――さて、俺は嘘を言っているかい、カーラちゃん?」
 臨也の問いかけに、カーラはゆっくりと首を横に振った。それは臨也の言葉が嘘ではないことの証明。
 ざわり、と臨也を取り囲む者達の間に緊張が走る。臨也の言葉は、あの装置を使えばこの場を禁止エリアに変えられる、と言う風に取ることもできるからだ。
 無論、臨也の掲げている黒い機械はあくまで禁止エリア"解除"装置であって、自由に禁止エリアを設定できるというものではない。だが臨也以外にその真実を知る者がいない以上、臨也の言葉は確かに脅しとして成立する。その可能性がある以上、強硬策に出ることは難しいだろう。おまけに、今の言葉が嘘ではないと保証するセンス・ライという魔法があるせいで、余計に"現実味のある言葉"として影響してしまう。
 加えて、臨也がボタンを押し込む前にあの装置を破壊、奪取できる手段も乏しい。この場に居る異能を持つ者――魔術士や念糸使い達の能力は、ボタンひとつ押し込むより早く効果が発現するものではないのだ。
 可能なのは人の意識をよりも素早く動き敵の装備を切断した実績のあるギギナか、指を鳴らすのとほぼ同時に効果が発現するヘイズの破砕の領域。だが前者は三塚井ドクロと交戦した際に深手を負い、コミクロンによる治療の申し出も拒んだ為、かつての剣速は発揮できない。ヘイズにしても無思慮な行動はとれなかった。あの装置の情報強度がどれほどのものか分からない以上、ヘタに刺激すれば最悪の結果を招きかねないのだから。
「俺の要求はただ一つ。この場で俺を見逃すこと。まったく、ここを離れなきゃいけないのは残念だよ。その吸血鬼とやらに会ってしまったら、俺は絶対に死ぬだろうしね――だからできればその前に、君たちが倒してくれるといいんだけど。それを祈っているから、君たちに俺は手を出さないよ。見逃してくれるんなら、このエリアに対しては今後も装置を使わない」
 カーラの張り巡らせているセンス・ライの感知網を潜りぬけるように、言葉を慎重に選びながら臨也は喋り続ける。既にセンス・ライの魔法に穴があることは、この数度のやり取りではっきりと確信していた。
「とはいっても、この装置だけじゃ心もとないから、もうひとつ保険は張らせてもらうけど。千絵ちゃんは俺の安全が確定するまで……そうだな、このエリアから離れるまで人質になって貰う。もちろん危害は加えないし、用が済めば傷一つ付けないで開放する。どうだい? ……と言っても、返答がほしいわけじゃないけどね」
 再び問いかけるような視線。それを受けたカーラは、再び"嘘はない"と仕草で全員に伝えた。
 緊迫する雰囲気の中、じり、と臨也が交代する。全員がそれを睨みながらも、しかし行動は起こさない――臨也の言葉に激昂した千絵を除いて。
「誰が、あんたなんかにっ!」
 首をほとんど絞められていたが、移動の為に僅かに拘束が緩んだ。その隙に、大口を開けて臨也の手に噛み付こうと、
「喋るな、って言ったのが聞こえなかったのかな?」
「っ、ぐ、ぅ、っ!」
 背後から拘束されている際、拘束されている側が取れる反抗の中で、特に有効なのは背後への肘打ち、敵の足への踏みつけ、さらに噛み付きなどがあげられる。引きずられている格好の千絵が行うのなら、その中で脅威になるのは噛み付きくらいのものだ。
 それを予想していた臨也は、彼女が口を開けた瞬間、逆に親指を喉奥に突っ込んだ。反射的な反応で、千絵は口内の奥深くにまで侵入してきた異物の感触にえずいてしまう。人は物を吐き出そうとするとき、同時に物を噛むことは出来ない。
「千絵!」
 叫んだのはBBだった。動こうとしたのを無理やり制動したように、蒼い巨体を僅かに震わせている。ほとんど突発的ともいえるその行動に、火乃香をはじめとする何人かが驚愕の表情を浮かべながらブルー・ブレイカーへ視線を向けた。
「……二度は言わないよ? 俺はゲームに乗ってるわけじゃないけど、降りかかる火の粉を払うことには躊躇しないからね」
 警戒を緩めず、周囲に視線を這わせながら臨也が囁く。禁止エリア解除装置の存在を誇示するように掲げた左手を揺らしながら、じりじりと後退を続ける。その様子を見て、ギリ、とベルガーは歯噛みをした。

264名も無き黒幕さん:2014/08/23(土) 23:15:06 ID:f0Abop4o
(……手が出せない。このままだと、逃げられる)
 この手に"運命"があれば、あの拘束を断つことは容易だ。装置も奪えるだろう。だが己が半身たる強臓式武剣はここにない。アラストールの炎を通じて『無名の庵』に落ちてしまった。
 そも、この状況も自分の不甲斐なさが招いたようなものだ。佐山・御言との交渉よりも、吸血鬼への対策よりも、何よりも先に海野千絵の状態を確認し、対応しておくことが必要だった――
(……過ぎたことを言っても仕方がない。まず、この状況にどう対応する?)
 臨也を連れてきた連中は無視してもいい。どうやら先ほどのホノカという少女の言動を見る限り、臨也はあの集団の中で確固とした地位を築いているわけではない。おそらく、ただの同行者程度の関係だろう。自分が臨也に対して攻撃的な行動を行っても、それを妨害される可能性は低い。
 そして同時に、連中からの援護も期待できない――彼らにとって、この問題は対岸の火事だ。火種の臨也がここから去り、海野千絵も戻ってくるというのなら、つまりは実質的な被害が出ないというのなら良心が痛むこともない。むしろ万々歳というところだろう。危ない橋を渡る必要はない。
(……そして、その図式は俺にも当てはまる)
 感情の面で言えば確かに臨也をここで逃したくはない。だが、それとこの場にいる全員の命は釣り合わない。
(臨也の狙いもそれか。千絵の安全は、カーラのセンス・ライで保障されている――先ほどの"用が済めば生きてそっちに返す"って言葉は嘘じゃないみたいだからな)
 ベルガーは横目でカーラを睨む。それに気づいた魔女は嫣然と微笑んで見せすらした。灰色の魔女もここで動くつもはないらしい。例外は佐山くらいのものか。だが、佐山は今の自分と同じく、特に異能を持ち合わせているわけではない。二人掛かりで飛び掛かれば臨也を拘束することは容易だろうが、仮にあの装置でここを禁止エリアにできるとしたら、完全に拘束する前に、盛大な自殺に付き合わされることになる。
 結果として、この後のことを考えるのならここで臨也を見逃すのが最善手であるという結論が出てしまう。既に生存者のほとんどがここに集まっている、あるいは集まりつつある現状を考えれば、単体では人並み以上の戦闘力を持つわけではない折原臨也はさほど脅威ではなくなるからだ。
 感情は、噛み殺せば済む――だからベルガーはぎり、と歯を強くかみ合わせ、退いて行く臨也を睨みつける。それ以上はしない。できない。言葉(テクスト)を発することすら。
 だが、
「……駄目」 
 静寂を打ち破る声が響いた。
 声の主は海野千絵――かつて正義だったもの。やがて吸血鬼になったもの。そして、失ったものを取り戻そうとしていた少女。
 彼女は口を開いた。首を絞められながら後退させられているせいで、顔はやや上を向いている。それでもなお、その場にいる全員の耳に届くだけの声量を絞り出した。
「こいつの思い通りになんて、なっちゃいけないわ」
「喋るな、って言ってるんだけど?」
 囁きと共に、臨也は首の拘束を強める。気道を狭められた千絵は表情を僅かに歪ませた。だが、続ける。
「こいつは、悪よ。志摩子さんにリナさん、そして保胤さんもこいつのせいで死んだ。本質的に、こいつは他人と交われない」
「言いたい放題だね。俺って、一応人類愛を標榜してるんだけどなぁ」
「あなたが一方的に愛してても、向こうから愛されることはないわ。少なくとも、あなたの本質を知っている、まともな人からは」
「そろそろ本当に黙ってくれない? 意外と拘束しながら喋るのって疲れるんだよ……気絶した人間を抱えながら移動するのは、もっと疲れるんだろうけど」
 さらに臨也は腕に力を込めた。今度は気道を絞めるものではなく、頚動脈洞を圧迫する締め方だ。あと少し力を込めれば海野千絵は容易く気絶するだろう。その方法をよく心得ている締め方だった。

265名も無き黒幕さん:2014/08/23(土) 23:15:48 ID:f0Abop4o
 その気配を察して千絵は口を噤んだ。全身から力を抜く。諦めたわけではない。ただ、準備をしただけ。
 必要な言葉はあと一言。それを紡ぐ決心をした。
(ごめんなさい……)
 問いかけるような視線を向けてくるベルガーを視界に収めて、千絵はもう外に出す機会はないであろう謝罪の言葉を胸中に浮かべた。
 悔恨はある。それも、数えきれないほどに。
(それでも、私は……)
 目を閉じる。
 この島に連れて来られて、海野千絵の瞳に強く焼きついた光景。それが瞼の裏側に幾重にも投射された。
 それは例えばアメリア=ウィル=テスラ=セイルーンの死であるとか、初めて人の血を啜った瞬間だとか――
 そうしたろくでもない光景ばかりであるのは、この舞台の性質上、仕方のないところだろう。
 だけどそうでない光景もある。その光景を自分は目に焼き付けている。
 千絵は手を自分の胸に当てた。その奥にある感触を確かめながら、欲した光景を想起する。

 リナ・インバースは手袋をしていた。

「――光よ」
 口にしたキーワードに従って、上着越しに握っていた光の剣は確かに発動した。
 あの部屋から逃げる際に拾っておいた、リナが自刃するのに用いた武器。
 刃を発現させるのに素手で直接触れている必要はない。発声と、それを握っているという事実さえあれば良かった。
「なに、を……――?」
 千絵の発した唐突な単語への疑問を口にしようとした臨也は、だがその言葉の後半を掠れさせる。体内に強い熱を無理やり刺し込まれた為だ。
 光の刃は、魔族の身体さえ容易に切断せしめる魔王の武器は、容易く千絵の体の中心と、密着していた臨也の腹部を抉っていた。
「千絵――!」
 絶叫と共に誰かが、あるいは誰かたちが駆け寄ってくるのを千絵は感じた。
 だが、間に合わない。背後から首に回された腕の力が緩むのと同時、千絵の膝は折れ、その場に倒れ伏した。拘束していた臨也も同じだ。人間二人分の体重が地面と衝突し、低く重い音が響き渡る。遅れて光刃の消えた柄が懐から滑り落ち地面に転がった。
 それがただの刃であったのならまだ希望はあったのかもしれない。だが光の剣はアストラル体をも斬り裂いてしまう。ただの人間が耐えられる筈もない。つまりは、千絵も臨也も助からない。

266名も無き黒幕さん:2014/08/23(土) 23:16:39 ID:f0Abop4o
 それでも、その時千絵の胸の内を占めていたのは生命が終わる悲しみではなく、むしろそれとは正反対に位置するものだった。
(やった――)
 もう声を出すこともできそうにないが、千絵は胸中で小さく勝鬨をあげた。地面に体を支配している筈の激痛も気にならない。千絵の心は目的を果たせた満足感で満たされている。暴走し、歪んでしまった正義は、それでも目標を達成した。
 代償は大きい。意識が消えていく。焼き切れた傷口からは満足に出血もしないが、光の剣は生命を維持するにあたってもっと大切なものを奪っていく。
「……そんな……酷い……酷い……な」
 だけど、それは気にならない。
 地面に倒れ伏しても、なお臨也の声は背後から聞こえた。消えかけた感覚がそれを捉えた。あの神経を逆なでするような声の調子は失せ果てて、いまの臨也の声は非常に弱く、この現状を悔いているように感じられた。
(やった――!)
 表情筋が動けば千絵は満面の笑みを浮かべていただろう。
 胸中を満たすのは狂気/狂喜。人生の全てを賭け、使い果たし、欲しかったものを掴めたというかけがえのない誉れ。
 折原臨也を止められた。皆の仇を討った。自分は、正義を――
「……本当に……酷い自己満足だよねぇ」
 ――その達成感が打ち砕かれる。
 耳に届いた臨也の囁きに、歓喜の渦中にあった海野千絵の思考は瞬時に停止した。
(何を……言っているの?)
 臨也の声は弱々しい。もはや取り繕うこともできないほど――だからこそ、今、彼の口から出る言葉は紛れもない本心で。
 その本心が、海野千絵の心に入りこんでいく。
「最後に見せつけられたのがこんな自己満足だなんてさ。ああ、本当についてない。こんなの、ただの自殺に付き合わされただけじゃないか」
(違う――私は、皆の、遺志を)
 反論しようにも声はでない。光の剣は彼女の肺を貫いていた。ひゅーひゅーと掠れた息だけが漏れる。だが体格差の関係で、臨也は腹部を抉られただけだ。それでも十分に致命傷だが、彼には言葉が許される。
「あの集団には意志があった。力があった。興味深い人間がたくさんいた――これは……違う。ひどくちっぽけでつまらない、ただのヒステリーだ。大体、ここで死ぬ必要がどこにあった?」
(それは)
「本当に俺が憎いなら、解放された後に襲い掛かればよかったんだ。保胤の残した想いに応えたいんなら、俺のことをなんか無視して脱出の為に力を注げばよかったんだ」
(……それは)
「ああ、分かりきっている。分かりきっているから、つまらないんだ。それでも、こんなことをしたのは――」
 臨也にも、自身がここで"終わり"だということは分かっていた。
 しかし、『だから最後に、言葉を弄してこの少女の誇りや尊厳といったものをずたずたにしてしまおう』というような意図は全くない。彼はただいつものように、自分のやりたいようにやり、思ったことを口にし続けるだけだ。死の間際でさえも。
「――死にたかったからだよねぇ。償えないって分かっているから、償うことが億劫で、面倒で……だから、てっとり早く死を選んだんだ」
 それが折原臨也がその生涯で紡いだ、最後の言葉だった。
 光の剣がそのアストラル体を焼きつくし、蛍光灯が途切れるような唐突さで折原臨也の全てが停止する。
 だが既に放たれた彼の言葉は、それこそ弾丸のように海野千絵の精神、その最奥に秘められたものを撃ち抜いた。
(――あ……)
 言語化されて、それを耳にして。海野千絵はようやく、自分が抱えていた後ろめたさの正体を自覚する。
(……ああ)
 B.Bを救おうと屋上から飛び降りたあの行為の意味を、正しく再認識した。
 そう、自分はもう、この状況をいち早く終わらせたくて――
(あああああああああああああああああああああああああああ!)
 反論は許されない。臨也の言葉は紛れもなく真実であり、そして海野千絵の呼吸機能は断ち切られている。
 そして周囲の人間が彼女に触れられる距離に至る前に、彼女の生命は終わっていた。
 だから、海野千絵は死んだ。
 ただの一欠けらの救いもなく、ほんの僅かな慰めもなく、完全無欠に情け容赦なく――深い深い、二度と浮上できぬ後悔と自己嫌悪の海に没した。
 
【003 海野千絵 038 折原臨也 死亡】

【残り21名】

267名も無き黒幕さん:2024/01/16(火) 00:32:53 ID:Bl0tE9GY
イキスギィ!


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