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没ネタ投下スレッド

1名無しさん:2005/04/10(日) 20:57:02 ID:EGTFaGMo
書いてたキャラを先に投下された
書いては見たが矛盾ができて自分で没にした
考えては見たが状況からその展開が不可能になってしまった

そんな行き場のなくなったエピソードを投下するスレッドです。
没にした理由、どこに挿入する筈だったのかを添えて投下してください。

82メロンパン ◆eUaeu3dols:2006/01/19(木) 00:43:54 ID:RVQymlpQ
霧が流れる。
何も見えない濃密な白。
だが、純白ではない白。
夕焼けの前の僅かなこの時間、うっすらと赤い光が混ざり、世界は薄紅に染められる。
夜の時間はまだ訪れていない。
放送の時間はまだ来ていない。
その僅かな間隙は、参加者達に憎み争う機会を与えていた。

薄紅の霧を白い光と唸る音が引き裂く。
薄紅の霧の中を一台のモトラドが走り抜けた。
赤い炎をまき散らして火の鳥がそれを追う。
火の鳥はその紅の瞳でモトラドを睨み、鳴き声をあげた。
「死ね! 死ね! 死ね!」
怨嗟の声と共に炎の礫が迸り、火の鳥のクチバシがモトラドを襲う。
モトラドは左右に蛇行して続けざまに飛び交う礫をかわすと、
その間に追いついた火の鳥のクチバシを巨大な鋏で受け止めた。
クチバシは優美な刀だった。
火の鳥は長い赤髪と赤い目と炎の翼を持つ少女の姿をしていた。
炎髪灼眼の討ち手は憎しみと悲しみと怨みと絶望を篭めて叫ぶ。
「悠二を殺したおまえを! 生かしてなんかおくものか!!」
その叫びだけが少女を支えていた。
零崎人識はシャナの剣戟を凌ぎながら叫びを返す。
「だから謝ったんじゃねえか。ごめんなさいってよ!」
「ゆるせるわけがない!」
火の鳥と化した少女は全速でモトラドを追走し剣戟を繰り返す。
モトラドの運転手・零崎人識はモトラドを走らせながら振り返りその猛撃を受け流す。
圧倒的腕力は体勢の悪さに意味を失い、高い技量は感情の乱れに曇りその真価を見失う。
一方の零崎はその技量で不安定な体勢を補い、守りと逃げに専念していた。

83メロンパン(2/16) ◆eUaeu3dols:2006/01/19(木) 00:45:16 ID:RVQymlpQ
背後からの剣戟を零崎の鋏が受け止め、その力をモトラドに流し距離を離そうとする。
させじと道のすぐ右の林に逸れ、林立する木を蹴って推力に継ぎ足し加速する。
林が切れる最後の一蹴りで一気に加速。翼で空気を打ち更に加速、右に並ぶ!
右から襲うシャナの剣戟がモトラドを押し止め間合いを取り返した。
更にその勢いのまま上方に周りこみ剣戟を落とし込む。零崎が受け止める。
そのまま押し込む。
炎の翼から来る上方からの推力によりギリギリと刃が迫る。
零崎は薄笑いを浮かべて言い放つ。
「ハッ、そんなに殺したいってか!」
『ふと思ったんだけどさ……お前ってもしかして人を殺したいだけじゃねぇのか?』
「ッ!!」
その“二言”が内にある不安を呼び覚ましシャナの剣戟を鈍らせる。
次の瞬間『右折する道を直進した』モトラドが跳ね、反動でシャナは弾かれた。
零崎は即座にハンドルを握り直しモトラドの安定性を回復。
更にアクセルをフルスロットル。道を外れたのを気にせずシャナを引き離す!
「くそ、待て!」
シャナは慌てて炎の翼をはためかせ追撃に移る。
本来の力に程遠い炎翼の最大速度はモトラドにやや劣る。
だが地形の影響を殆ど受けないのは大きな優位だ。
霧で殆ど先が見えないとはいえ、相手はモトラドの快音を響かせている。
回り込むのは容易――
「一つ忠告しといてやるぜ、赤髪!」
――そう考え速度を上げようとした瞬間、零崎の声が響いた。
「禁止エリアにご用心、だ!」
「え? …………しまった!?」
その時ようやくシャナは自分達が走る場所に気づいた。
道の右脇の林が切れ、緩やかに右折する道から外れ直進した。
ここはF−6エリアの北端、13時に発動したE−6禁止エリアのすぐ脇だ。
50m足らず北に進めばそれだけで、刻印は参加者の命を等しく奪う。
「くれぐれも自殺したりすんなよ。佐山の奴、それでも怒りそうだからよ!」
「うるさいうるさいうるさい!!」
「ハハッ、殺人鬼が復讐者を心配するなんてまったく……傑作だぜ」

84メロンパン(3/16) ◆eUaeu3dols:2006/01/19(木) 00:45:56 ID:RVQymlpQ
零崎はエルメスを更に加速させる。
真っ暗闇の中でライトも付けずに切り立った絶壁の端を走る如き暴挙。
だが、禁止エリアは正確に東西に走っている。
F−8から真西へ真っ直ぐに走り続け、林が切れてからの速度は丁度時速90kmに保った。
林が切れてから秒速にして25mで真西へ25秒、F−5の東北端に到着。
そこでハンドルを右に切り90度の直角右折。
禁止エリアを肌に感じる錯覚を覚えながらE−5の東端を北へと走り抜ける。
命が惜しくないかの様に高速で、目印も無く最短経路を走破した。
「ふう、死屍一杯だったね」
「はは、それじゃ死んでるじゃねえか。危機一髪だろ」
「そうそう、危機一髪」
エルメスとの掛け合いを響かせて、零崎は霧の中を走り去った。
この暴挙によりシャナが零崎に追いつく手段は今度こそ完全に失われた。
霧の中モトラドの音はする。大雑把な方向も判る。
だが、その間には確実に禁止エリアが挟まっている。
飛び回りながら戦ったシャナは完全に方角を見失っていた。
追えば追いつく事さえできずに死ぬ。
かといって遠回れば絶対に追いつけない。
「ハァ…………ハァ…………」
そしてシャナにとっても、もう零崎を追う余力は残っていない。
使いすぎた存在の力は疲労を生んだ。
何か『力の素となるもの』を摂取すればすぐに回復するだろうが、
そうでなければ休息を取るしか手が無い。
そしれそれ以上の要因。
腹部の散弾銃の欠片が大きく暴れ回り内蔵を傷つけた。
もっともその傷は前の時より更に早く塞がっていく。
だがそれに伴い、疲労と再生はシャナにある要求を突きつける。

    血を啜れ

「うるさい」

85メロンパン(4/16) ◆eUaeu3dols:2006/01/19(木) 00:47:19 ID:RVQymlpQ
治りゆく傷はシャナを蝕む。
「うるさい」
進みゆく呪いはシャナに囁く。
「うるさい」
血を吸え。
血を啜れ。
血を飲め。
血を求めよ。
「うるさいうるさいうるさい!」
おまえにはもうそれしかないのだからと。
「ハァ……ハァ……おい、シャナ……」
「うるさい!!」
「シャナ!」

ハッと振り返ると、そこには僅かに息を切らせるベルガーが立っていた。
「ベルガー……」
「ったく先走りやがって。危うく見失う所だったじゃねえか」
「………………」
沈黙するシャナ。
「……エルメスは取られ、逃げられたか。踏んだり蹴ったりだな」
「ごめん」
「謝る事じゃない。それより」
ベルガーは袂に抱えたマントの包みを示した。
「……早く埋葬してやろう」
「――――っ」
シャナは唇を噛み、頷いた。
噛んだ唇はすぐに離した。
血の味を感じたら、それだけで心が折れてしまいそうだから。

86メロンパン(5/16) ◆eUaeu3dols:2006/01/19(木) 00:48:13 ID:RVQymlpQ
「ああ。シャナの捜し人だった坂井悠二は……死んだ」
ベルガーが携帯電話に向けて会話する。
その会話の一部にシャナはビクリと体を震わせた。
ベルガーはシャナを見下ろし、その様子を観察しながら言葉を紡ぐ。
「そっちには埋葬を済ませてから向かうよ。放送の後になるな」
シャナは俯き歯を噛み締めている。何かに耐えるように。
(裏を返せば、まだ抗う意志は有るって事だ)
それが保てる時間はずっと短くなったかもしれないが、まだ零にはなっていない。
それを確認して、ベルガーは通話を続ける。
「それから、悠二を殺したのは零崎という奴だ」
電話の向こうから問い掛けが返り、ベルガーはそれに答える。
「いや、自己申告だ。おどけた調子だったが謝りに出てきた。
 佐山御言という男の脱出&黒幕打倒同盟に入ったらしい」
電話の向こうに返事を返しながらもその視線はシャナに向いたまま。
「佐山は本気だろうな。奴と一緒に居る宮下藤花という娘も危険は無さそうだった。
 零崎がどうかは判らないな。
零崎はエルメスを奪って逃走……方角からしてそっちで見かけるかもしれない。
シャナにとっては吸血鬼より憎い相手だ。見かけたら気を付けてくれ。
零崎の特徴は――」
零崎の姿が脳裏に浮かび、シャナは歯を噛み締める。強く。強く。
「佐山は全ての参加者を纏め上げようとしている。
 殺人者とそいつに復讐しようとする奴でも纏めようって太っ腹さだ。
……奴にそれが出来るかは判らないね。
 俺達は埋葬の後でそっちに帰る。何かあったらまた電話するよ、じゃあな」
シャナが今にも口の何処かを噛んで――出血して血を飲んでしまいそうに見えたから、
ベルガーは早々に話を切り上げると電話を切った。
「行くぞ、シャナ」
「……うん」
シャナは死体の包まれた包みをしっかりと抱き締める。
悠二の死体を埋葬するにしても、この平原では都合が悪い。
だからせめて人気のない森。南西の森の入り口に埋める事にした。

87メロンパン(6/16) ◆eUaeu3dols:2006/01/19(木) 00:49:05 ID:RVQymlpQ
「ここで良いだろう。……たまたま、他にも墓が有るみたいだしな」
そこには既に一つ、死体が埋葬されていた。
その静かさ、地面の開け方や光景が、人を葬るのに適して見えるのかもしれない。
薄紅から闇に染まりゆく霧さえも、そこでは全てを包む優しさに満ちて見えた。
「……降ろすぞ」
「うん」
二人でそっと、病人を扱うように丁寧に、坂井悠二を包んだマントを地面に降ろす。
「…………あっ」
その時、二人の身長差と緊張がちょっとした失敗を生みだした。
少し傾いた包みから、何かがころりと転げ落ちたのだ。
一瞬『悠二だった一部』が転げ落ちたのかと緊張し、すぐにそれが勘違いだと気づく。
それは奇跡的に血に濡れてすらいなかった。
包みから転げ落ちた小さな包みを拾い上げ、ベルガーは首を傾げる。
「悠二の荷物だな。これは……」
シャナは驚愕に目を見開く。
別に有って絶対におかしい物というわけではない、それは……
「メロンパン、か?」
「…………私の、好物」
「……そうか」
ベルガーは包みを確認すると、シャナにメロンパンを差し出した。
重いほどに想いが詰まったそれを、そっとシャナに委ねる。
「食べるか?」
シャナは、震える手を伸ばして。
坂井悠二からの最後の贈り物を受け取った。

(……今の内に、遺品を整理しておくか)
シャナがメロンパンを食べている今の内に、それを済ましてしまいたい。
「他の遺品も、整理しておくぞ」
シャナに向けて一言だけ断ると、悠二の入った包みから悠二のデイパックを取りだした。
血に濡れ、悠二の体もろとも大きく引き裂かれたデイパック。
細切れにされたわけではないのだから、中には無事な物も入っている。
だがそれでも、メロンパンの包みが無事だったのは運が良いと言うべきなのだろう。

88メロンパン(7/16) ◆eUaeu3dols:2006/01/19(木) 00:49:46 ID:RVQymlpQ
(本当にこれは『幸運』な『偶然』なのかね)
佐山の言葉はあの時は少々極論に思えたが、今の状況が本当に偶然なのか、
そして本当に僅かでも幸いが混じっているのかは疑問に感じざるをえない。
疑問に感じた所で、自力で答えを出す材料も答えてくれる者も居はしないのだが。
ベルガーは静かに、そして速やかに遺品の整理を続ける。
デイパックには他にも幾つかのメロンパン――しかしこれは袋が破れ、血に濡れていた。
それにそれなりの量の支給品とは違う保存食と、眠気覚ましのガム。
ペットボトルはお茶の物に替わっていた。
どうやら坂井悠二は大量に食料を調達できる場所を通ったらしい。
島の中央西よりの市街地のどこかだろうと目星をつける。
保存食は血に濡れてない物もあった。
(死人さんの食べ物まで頂くのは気が引けるんだが……)
食料を調達できなくなる事も十分に考えられる。
血に濡れた物など大半を引き裂けたデイパックに戻し、幾らかは頂く事にする。
(それから……なんだ、これは?)
小さなスーパーのビニール袋の中に畳んで束ねてあった紙束を取り出す。
紙束は一枚と3つの紙束に分けられていた。

一枚は地図。しかし、それには薄ぼんやりと別の事が記載されている。
(……地下水脈の地図か)
酷く劣化してまともに見えないが、どうやらこの島の地下には空洞が広がっているらしい。
もしかすると地下通路や、それ以外の人工施設も有るのかもしれない。

紙束の一つ目は『物語』についての数枚の記述。
坂井悠二の信じる通りならば、刻印の無力化に繋がる……『かもしれない』。
(……さて、役に立つのかね)
僅かに“何かに憑かれたような”狂熱さえ感じさせる説明は、しかし最後に警告を付けていた。
『次の紙に物語の本体を記載します。危険性は上に書いた通りです。』
(まあ、持ち帰った後で相談するか)
ベルガーは『物語』の本体は読まずに次の束に進んだ。

二束目。

89メロンパン(8/16) ◆eUaeu3dols:2006/01/19(木) 00:51:05 ID:RVQymlpQ
この束は最も枚数が多い。
その内容は、世界への考察と、脱出への足掻き。
坂井悠二が書き残した、ゲームとの戦いの記録だった。
このゲームが始まってから自分がどんな道筋を辿り、どんな人間と出会ったのかという事。
城に現れたディードリッヒの事。自らの中にある零時迷子の事。
魔界医師メフィストと出会い、他の参加者より一つ多く施されていたという制限が外された事。
血だまりの中から拾い上げた水晶の剣の事。
(水晶の剣?)
死体の周辺にそんな物は見かけなかった。
佐山の武器は槍で、零崎は奇怪な鋏だ。
宮下藤花という少女は非武装で……武器を持っている様子は無かった。
(どこかに隠していたのか? それとも……坂井悠二があそこに着く前に手放したのか?)
少し疑問が湧いてその後を適当に流し読みしたが、関連する記述は見当たらなかった。
二束目をよく読み込もうとした時……三束目の見出しが目に飛び込んだ。
『※:この島の外について。』
(な……に……?)
二束目に比べれば少ない枚数の三束目の見出しにはそんな文字が踊っていた。
『二束目で書いた通り、僕はどうやら他と比べても過剰らしい制限が掛けられていた。
 更に後で気づいた事だけれど、その制限により僕はもう一つ封印されていた。
 いつの間にか体内に入っていた誰かの血が見せる物だ。
 今思えば、廃屋で手に入れたペットボトルの水に僅かに同じ物を感じていた。
 参加者の誰か……多分、そこに一緒に置いてあった『物語』の製作者の物だ。
 学校で出会った空目恭一の話から推測するなら“魔女”十叶詠子の物だと思う。』
記述は続く。
『その二つを封じていた制限が、ドクター・メフィストにより外された時の事。
 過剰な封印の反動からか、一瞬だけ凄く色んな物が見えた。』
ゲームの深層にある真相を抉りだす禁断の記述。
『だけど、ドクター・メフィストにも話せなかった。これを書く前も迷った。
 この事が“多くの参加者を絶望させて破局を加速させる”ように思えたから。
 それでもこのゲームの参加者達の中に希望が有る事を信じ、
 そして希望を知っている人に届く事を祈って、僕はその全てを記載する。』
ベルガーは最後のページをめくろうとし……ふと、背後のシャナを振り返った。

90メロンパン(9/16) ◆eUaeu3dols:2006/01/19(木) 00:51:49 ID:RVQymlpQ

      * * *

「………………」
シャナは受け取ったメロンパンの包みをじっと見つめ……ややあって、包装を破いた。
芳ばしい網目が入った、果汁の入っていないタイプのメロンパン。
ぴりぴりと開いた破り目からメロンパンを出すと、外側のクッキー部分を少しずつ囓る。
奇跡的に完全な気密を保った上に潰れてもいなかったメロンパンは、
シャナの大好きなカリカリという食感をしっかりと残し、
口の中に入ってすぐにメロンパン特有の甘い香りが鼻腔まで立ちこめた。
この香料臭さの無い自然な甘い香りもシャナが重視するポイントだ。
咀嚼すれば甘い味が口内いっぱいに広がって、香りと相まった適度な甘さを堪能する。
よく噛んで呑み込むと、今度は食べた所から覗いたパン生地にかぶりつく。
しっとりとしたパンが生み出すモフモフという食感が返り、
柔らかで落ち着いた甘みとパン生地の香りが口の中に広がった。
そのままメロンパンの円を直線に削るようにモフモフとした生地の部分を食べる。
その後でまた、カリカリとしたクッキーの部分を囓るのだ。
『こうすることで、バランスよく双方の感触を味わえる』
得意ぶって悠二にメロンパンの食べ方を講釈した時の事を思いだす。
(早く、食べないと)
本当はもっとゆっくり味わって食べたいけれど、こんな霧の中では、パンはすぐに湿気てしまう。
二口、三口、四口……もう、湿気出した。
どういうわけか、しょっぱさまで混じり始めている。
(潮風のせいだ)
ここだって海の近くだ。きっとそうに違いない。
湿気始めたメロンパンが不味くなってしまわない内に食べてしまおうと、
カリカリ、モフモフと、囓って、かぶりついて、メロンパンを平らげていく。
(いつもみたいに、笑顔で)
だってメロンパンを食べている時はいつも笑っていられた。
“育ち故郷”である天道宮に居る頃に養育係であるヴィルヘルミナがくれていた頃から、ずっと。

91メロンパン(10/16) ◆eUaeu3dols:2006/01/19(木) 00:52:31 ID:RVQymlpQ
(笑って……)
“育ち故郷”である天道宮を出た時のメロンパンも、旅立つのだと笑う事が出来た。
悠二と出会う御崎市に辿り着くまでの戦いの日々でも、メロンパンを食べる時は笑う事が出来た。
御崎市について、悠二に出会ってからは……
もっともっと、心の底から満足感を溢れさせて笑っていられた。
幸せの象徴だ。
今、こうしてメロンパンを食べている間は笑ってないと嘘だ。
(だから、私は泣いてなんかいない)
そう言い聞かせる。
湿気たのは霧のせいで、しょっぱいのは潮風のせいだ。
(ぜったいに、涙なんかじゃない)
「う……うう…………」
せっかくの、悠二に貰った、悠二が残してくれた、とびっきりのメロンパンなのに、
もうカリカリでもモフモフでもなくて、味も香りも何も判らなくなっている。
だけど残すなんて出来るわけがない。
もう悠二は居なくて、だからこれが悠二がくれる、最後の――
「……う…………ひっく…………」
ビショビショにふやけてしょっぱくなってしまったメロンパンを、必至になって呑み込む。
顔の表情を出来る限り笑顔にしようと引きつらせる。
「私は……泣いてなんか……」
口に出して自分に言い聞かせようとしたその時、脳裏に声が響き始めた。
「あ……」
『059テレサ・テスタロッサ――』
「やだ…………」
知っている名前が混じり、読み上げは進む。
呆然となる頭はその内容を理解できないのに、言葉は脳裏に焼き付いていく。
『082いーちゃん――』
「や…………」
呼ばれる事が判りきってる、その名前が呼ばれた瞬間……
『095坂井悠二――』
「やだあああああああああああああああああああああああああぁっ!!」
決壊した。

92メロンパン(11/16) ◆eUaeu3dols:2006/01/19(木) 00:53:13 ID:RVQymlpQ

ベルガーは、途中でメロンパンを食べながら泣き出すシャナに気づいていた。
(この涙を止める事なんてできやしない)
だから今は泣かせてやるしかないと、そう思って見守り続けた。
……この島は残酷だった。
始まった放送は、ベルガーからも余裕を奪い去った。

『006空目恭一――』
(悠二が学校で出会ったという奴か)
死者の連名は順々に続き
『059テレサ・テスタロッサ――』
「な……っ!」
このゲームが出会ってからそれなりに長く同行した少女の名と
『095坂井悠二 096マージョリー・ドー――』
「………………」
もう判りきってる死者やそうでない死者の名を連ね
『116サラ・バーリン ……以上――』
第一回放送を超える数の名を並べ、死者の羅列は終了する。
その後に禁止区域が流れ、放送は終わった。

(ダナティア・アリール・アンクルージュは何をしていた)
ベルガーは声に出さずに呟く。
判ってはいる。
彼女が身を挺してでも仲間を助けようとする人間だ。
その彼女が生き残りテッサが死ぬのはそれ相応の理由が有ったのだろう。
だからそれを責める事にはなんの意味も無い。
そして、目の前には一つ重要な事柄が転がっている。
死者を悼むその前に、ベルガーはシャナを見下ろした。
シャナは俯いて地面と……悠二の死体の包みを、じっと見つめていた。

93メロンパン(12/16) ◆eUaeu3dols:2006/01/19(木) 00:54:00 ID:RVQymlpQ
(そう。悠二は、死んだんだ)
裂かれた死体を見て。
殺人者に遭遇して。
遺品を手にして。
放送を聞いて。
完膚無きまでにそれを理解した。理解させられた。
(悠二が……死んだんだ……)
何よりも大好きだった少年はもう居ない。
そこにある残滓さえ、日を経れば全て消えてしまう。
紅世の関係者以外の全ての記憶から消え、死体や戸籍も消えていく。
後には何も残らない。
(そんなの、イヤだ)
悠二の死体が包まれたマントを見つめ、不意に心の奥から声が響く。
――血を啜れ。
(……いっそ、それでも良いのかもしれない)
もしも悠二の血を吸えば、悠二の何かを残せるだろうか。
もしも悠二の血を吸えば、その力で零崎を捜し出して殺せるだろうか。
それは彼女、フレイムヘイズが戦ってきた悪、紅世の従に等しい行為。
フレイムヘイズになるものとして生まれ、フレイムヘイズになる事を選び、
フレイムヘイズとして生きてきた彼女にとって死よりも最悪の行為。
だが同時に、一人の少女であるシャナは彼を求めていた。
強く、同時に弱いシャナの、その弱さはその行為を求めていた。
(アラストールの声は聞こえない。
 テッサは死んでしまった。
気高く、強さを感じたダナティアでもテッサを守れなかった。
ダナティアの大切な仲間だというサラも死んだ。弔詞の詠み手も、死んだ)
だけど、悠二は埋葬するべきではないだろうか。
一人で埋めるのは可哀想だ。
せめてここに居る誰かと一緒なら、……そう思った時、墓標が目に映った。
『朝比奈みくる』

94メロンパン(13/16) ◆eUaeu3dols:2006/01/19(木) 00:54:47 ID:RVQymlpQ

それは同情すべき、しかしあまり関わりのない話だった。
「あたくしはその少女を守れなかった。
 あたくしが少し離れた間にあの子は殺されてしまったわ」
ムンク小屋に女ばかりが残った後、なにかと会話を交わしていた時の事だ。
「SOS団の朝比奈みくるという娘よ。
 ……彼女とその仲間4人は既に半数が死んでしまったけれど」
悠二の事しか頭になかったあの頃にその名前が記憶に残った理由は些細なものだ。
「どんな子だったか? ……おっとりしていて優しくて子供なのに胸が大きかったわ」
(吉田一美みたいだ)
シャナは、元の世界で悠二を巡り競っていた恋愛のライバルを思い出した。
それは単なる連想だ。
無関係で、意味のない連想に過ぎない。
「…………やだ」
なのに、悠二の遺体をここに埋めることがどうしても許せなかった。
「取っちゃ、嫌だ」

死んで同じ場所に……という思考すら出来なかった。
シャナは悠二が消えて何も残らなくなる事を知っていた。
なにより死に殉ずるという思考はフレイムヘイズの物だった。
使命のためならば死ぬ事も良いだろう。
しかし、悠二を求める心は少女の想いだ。
そこに死に殉ずるという思考は想像すら出来ない。
いや、想像できたとしても意味はなかっただろう。
今のシャナは諦める形の死しか選べない。
そんな死を選ぼうとすれば、“もっと心地よい”吸血衝動に流れてしまう。
シャナは袋小路へと追いつめられた。
遂にシャナは悠二を包んだマントに屈み込み……

「――シャナ。おまえは、坂井悠二を二度殺すのか?」
まだ、僅かに食い下がった。

95メロンパン(14/16) ◆eUaeu3dols:2006/01/19(木) 00:55:37 ID:RVQymlpQ

「二度、殺す……?」
悠二はもう死んでいる。なのに何を……
「悠二の遺志が残っている」
「遺志……?」
ここにはアラストールもダナティア皇女も居ないが、まだダウゲ・ベルガーが居た。
「こいつは、誰かに殺された場合の事さえ考えていた」
ベルガーは“二束目”を取り出すと、シャナに投げ渡した。
「このゲームを打破するために出来る事は無いか。
 そう考えて……死ぬまでに自分が考えた事、通った道筋すら、
そのレポートには全部書き込んである」
「ぇ……!?」
このゲームが始まってから死ぬまでの間に、悠二がどんな道筋を辿り、
どんな事を考え、どんな人と出会ったかが、全て記載されたレポート。
物語と禁断の記述以外の全てが記載された二束目。
「悠二が何を考え、何を託したかはそれを読めば判るはずだ。
 ……答えを、見つけだせ!」
それは悠二から遺された何かと、ベルガーの言葉。
その二つはシャナに浸み入り、最悪の結果を……僅かに半歩だけしかずらせなかった。
それは一歩だけ足りなかった。

「…………ありがとう、ベルガー。でも……ごめん」
シャナはベルガーの思いやりに感謝すると同時に、怖れた。
今さっき、自分は完全に吸血衝動に身を委ねていた。
もう耐えられず……ベルガーの血をも求めてしまうかもしれなかった。
悠二以外の誰かに助けられるのも恐かった。
悠二を失って苦しんでいるのを悠二のせいだと言ってしまうようで嫌だった。
「悠二は置いていく。……でもベルガー。ここには埋めないで」
「……ああ、判った。別の場所に埋めておこう」
シャナは辛うじて、それを認めた。
だけど、レポート一束じゃあまりに心細かった。
だから……

96メロンパン(15/16) ◆eUaeu3dols:2006/01/19(木) 00:56:40 ID:RVQymlpQ
「ダメだ! 待て、シャナ!」
悠二の遺体に近づこうとしたベルガーの一瞬の隙を突いて、
日が暮れた霧の中、シャナは信じがたい速度で駆けた。
狙いは一つ……坂井悠二のデイパック。
理性的判断などではなかった。
単に悠二の物を一つでも多く持っていきたかった、それだけだ。
シャナは半ば裂けたデイパックを僅かに残された中身ごと抱えると、飛んだ。
跳躍ではない、真上への飛行だ。
炎の翼を翻し、出来るだけ上空へと飛びあがる。
「くそったれ!」
ベルガーは歯噛みし、耳を澄ました。
幾ら炎の翼をはためかすとはいえ、日が暮れた霧の中ではその姿は見えない。
音だけで判断するしかないのだ。
だが森の中ではそれさえも叶わず、未だ晴れぬ霧は全てを覆い隠していた。
シャナから零崎を包み隠したように、ベルガーにシャナを追う術は何もない。
最後に破れ血に濡れたメロンパンの包みを一つ落とし、シャナは何処かへと飛び去った。

     * * *

悠二のデイパックの中に残っていたのは、血に濡れた食料だった。
袋が破れ血を吸い込んだメロンパンが4つ。
同じく袋が破れた、血に濡れた保存食が5食分。
(これ……全部、悠二の血…………)
悠二の何かを求める想いと煮え滾る吸血衝動が混ざり合いつつあった。
僅かに正気を取り戻した心は吸血を否定する。だけど……
(でも、死人の血なら……?)
かつて出会った“屍拾い”ラミーを思い出す。
死者の力だけを集め、世界に影響を与えない無害な紅世の従。
(あんな風に、誰にも迷惑をかけなければ、それでいいじゃない。
 フレイムヘイズの役目は世界の歪みを正す事で化け物を狩る事じゃない)
弱った心に、その甘えが染み込んでいった。

97メロンパン(16/16) ◆eUaeu3dols:2006/01/19(木) 00:57:47 ID:RVQymlpQ
シャナは取りだしたメロンパンの包みをじっと見つめ……ややあって、包装を破いた。
芳ばしい網目が入った、果汁の入っていないタイプの……赤く濡れたメロンパン。
ぴりぴりと開いた破り目からメロンパンを出すと、外側のクッキー部分を少しずつ囓る。
包装が破れ斑模様に血を吸ったメロンパンは、カリカリという食感を僅かに残してくれた。
口の中に入ってすぐに濃密な血の匂いが鼻腔まで立ちこめた。
濃密すぎる血の香りは、それが悠二の物だと思うと……悲しく、なのに愛おしかった。
咀嚼すれば血の味混じりの甘い味が広がって、自分が何を食べているのかが判らなくなる。
よく噛んで呑み込むと、今度は食べた所から覗いたパン生地にかぶりつく。
しっとしとしたモフモフという食感に時折ニチャニチャという嫌な響きが混じる。
柔らかで落ち着いた甘みと濃厚で鉄の味のする血の香りが口の中に広がった。
そのままメロンパンの円を直線に削るようにモフモフとした生地の部分を食べる。
その後でまた、カリカリとしたクッキーの部分を囓るのだ。
『こうすることで、バランスよく双方の感触を味わえる』
得意ぶって悠二にメロンパンの食べ方を講釈した時の事を思いだす。
今ではカリカリにもモフモフにも血の嫌な、なのに気にならない食感が混ざる。
悠二はもう居ないけれど、悠二の血の味はシャナを甘く慰めてくれた。
(まるで悠二がギュッとしてくれているみたいで……)
ふと気づくと手が真っ赤に染まっていた。
口元も血だらけだった。
メロンパンに付いていた血が付いたのだ。
それだけだと判っていて、でも……悲鳴をあげた。

シャナはまだ、メロンパンを笑いながら食べてはいなかった。

     * * *

少しだけ、別の話をしよう。
坂井悠二の、最後の不幸についての話だ。
坂井悠二の最大の不幸は、シャナに巡り会う事も出来ず殺された事だろう。
だがその不幸には、死後にもう一つ追記される事となった。
それは、悠二のシャナの為に想いと優しさを篭めて遺した物が、
少女を奈落に突き落とす最後の一押しとなった事だった。

98メロンパン(報告) ◆eUaeu3dols:2006/01/19(木) 00:58:31 ID:RVQymlpQ
報告1:
【F-5周辺/??/1日目・18:10】
【シャナ】
[状態]:吸血鬼状態突入。憎悪・怒りなどの感情が増幅。吸血痕と理性はまだ有り。
[装備]:贄殿遮那
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
    悠二の血に濡れたメロンパン4個&保存食5食分
    悠二のレポートその2(大雑把な日記形式)
[思考]:せめて人を喰らう事はしないように
[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
     手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
     吸血鬼の再生能力によっても自然治癒するが、その分だけ吸血鬼化が進む。
     ほぼ吸血鬼状態突入。吸血鬼化はいつ完了してもおかしくない。

【F-5/森/1日目・18:10】
【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:平常。
[装備]:鈍ら刀、携帯電話、黒い卵(天人の緊急避難装置)
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml・保存食5食分・眠気覚ましガム))
    PSG−1(残弾ゼロ)、マントに包んだ坂井悠二の死体
    悠二のレポートその1(異界化について)
    悠二のレポートその3(黒幕関連の情報(未読))
[思考]:マンションに連絡/悠二をどこか別の場所に埋葬し、その後マンションへ戻る。
    シャナを助けたいが……見失った。
 ・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。
 ※携帯電話はリナから預かりました


報告2:

【E-5/森/1日目・18:00頃】
【零崎人識】
[状態]:全身に擦り傷 疲労
[装備]:自殺志願  エルメス
[道具]:なし
[思考]:港に戻るかそのまま佐山を捜すか
[備考]:記憶と連れ去られた時期に疑問を持っています。


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