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試験投下スレッド

1管理人◆5RFwbiklU2 :2005/04/03(日) 23:25:38 ID:bza8xzM6
書いてみて、「議論の余地があるかな」や「これはどうかなー」と思う話を、
投下して、住人の是非をうかがうスレッドです。

661癒やされし傷 癒やされぬ傷 ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:48:52 ID:Xu24PZe6
「フリウしゃん、要しゃん。だいじょぶデシか?」
「チャッピー!?」
見上げたままフリウは叫んだ。つい先程まで行動をともにしていた子犬が、見上げるほどにまで巨大化すれば驚くしかない。
理解不能な存在――精霊とかかわってきた自分ですらそうなんだから、誰だって同じに違いないとフリウは勝手に結論付けた。
その頭が、周囲を警戒するように左右に振られるのを見て我に返る。振り返り、動くものが何もないのを確認してから、倒れたままの要にかけよった。
「要!!」
少年の腹部から流れ出した血は、乾く間もなく大地を濡らしていた。服が血に汚れるのにかまわずに抱き起こす。
(まだ息がある……助かる?)

気の乗せられた弾丸に小さな体を撃ちぬかれ、それでもまだ少年は生きていた。
そもそも、麒麟は王と同じく神籍にあり、殺す方法といえば首を落とすか胴を両断するか。
なまじっかな武器では傷つけることすらかなわない。
刻印によって制限されていた妖力が、ぎりぎりのところで彼を救った。

662癒やされし傷 癒やされぬ傷 ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:50:23 ID:Xu24PZe6
「だいじょぶデシか?」
気がつくと、要の体をはさんだ反対側にチャッピーがちょこんと座っていた。体の大きさはもとより、瞳の色も見慣れた黒に戻っている。
「……ともかく傷を見ないと」
肌着の前をはだけさせて傷口を見る――出血自体はそう多くなかったので、自分の力でもどうにか傷口から服を引き剥がすことができた。
何か硬度のある物体が、腹から入ってそのまま背中へと抜け、深い傷を残している。
思い出したのはハンターの少年の姿か、それとも精霊使いの少女のそれか。きっとあの時と同じように、自分は今にも卒倒しそうな顔をしているのだろう。
そのときに比べれば傷口自体は大きいものではないが、深く、体の正中線に近い。しかも、要は二人より年下だ。極め付けに、手当てをするのは自分ときている。
あの時と同じように、自分には何もできないかもしれないが――それでも、どうにかしなければならない。
「ボクの血、使うデシか?」
「ちょっと待って。先に止血だけでもしないと……」
見る間に傷口から滲み出してくる鮮血に、せきたてられるようにして記憶を手繰る。リス――あの老人はどんな手当てをしていた?

663癒やされし傷 癒やされぬ傷 ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:51:41 ID:Xu24PZe6
「えっと……。チャッピー、消毒薬や包帯とかは?」
「持ってきてないデシ。戻って取ってくるデシか?」
「ううん、いい」
それでは危険すぎるし、第一、間に合わない――と、そこまで考えて、あることに気づいた。
自分のうかつさを呪いながら、抱えていた少年の体を再び地面に横たえて後ろを向く。
「フリウしゃん?」
上着を脱ぎ、服をたくし上げると、その下からまっさらな包帯がのぞいていた。
それを巻いてもらったときの思い出に胸がチクリと痛んだが、そんな感傷は外そうと体を動かしたときの激痛で吹き飛んでしまう。
悪戦苦闘しながらなんとか使える包帯を手に入れた。あて布にはスカーフを使うことにして手当てを始める。
「さっきは何があったの?」
フリウはチャッピーに問いかけた。無意識のうちに声を落としていたのは、襲撃者がまだ近くにいるかもしれないことに思い至ったからだ。
「それが、よくわかんないんデシ。フリウしゃんが倒れたら、後ろからいきなり手がでてきて、持ってたへんてこな機械が火を吹いたんデシ。そしたら要しゃんが倒れて――」
「ちょっと待って。もしかして相手の姿を見てないの?」
「はいデシ。手と足だけちらっと見えたんデシけど――」
「それじゃ、近づかれても分からないじゃん」

664癒やされし傷 癒やされぬ傷 ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:54:19 ID:Xu24PZe6
もしかしたら再度の襲撃があるかもしれないという不安にあたふたと手を動かしながらも、あくまで小声で告げる。
「だいじょぶデシ。ボク、危険が近くにあるとわかるんデシ」
「そなの?」
「はいデシ。いつもとちがって気をつけてないとわかんないけど、今度は気をつけてるからだいじょぶデシ」
よくよく考えてみれば、蹴り倒される前にチャッピーの声が聞こえていたのだが、今の今までその事実をすっかり忘れていた。
巻き終えた包帯に留め金をつけて一応の手当を終える。
「はいデシ」
目の前に差し出されたチャッピーの前足、その白い毛並みの下に無残な赤黒いすじがのぞいている。
治りかけの傷は再び開かれて、鮮血が滲み出していた。
「ありがとう」
チャッピーたちに出会った後、怪我の手当てをしたときに一度飲んでいるため、その効果は身をもって知っていた。
先程巨大化したことも考えると、ドラゴンというのは単なる喋る犬ではないのかもしれない。
一滴だけ受け取って飲み込むと、痛みはあっという間に和らいで、ごくかすかにしか残らない。

665癒やされし傷 癒やされぬ傷 ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:56:02 ID:Xu24PZe6
「要しゃんも、飲んでくださいデシ」
要は意識がないのでこちらで飲ましてやるしかない。
チャッピーの前足から一滴、血が要の口の中に滴り落ちるのを見届けて、傷の上に布を巻きなおしてやる。
その作業が終わるか終わらないかの内に突然、要が咳き込み始めた。
「どどどうしたの?」
「わ、わかんないデシ」
声だけは小さいまま、二人そろっておろおろする。そのまま飲ませた血まで吐き出してしまうのではないかと心配したが、そこまでの体力はないようだった
――もっとも、たったの一滴では吐き出すこと自体がそもそも無理だったろうが。
「……っくぅ…けほっ……」
咳がおさまり、少年が目を開けた。のぞきこむこちらの顔に、徐々に焦点が合っていく。
「……フリウ…大丈夫…なの? ……ロシ…ナンテ……は……?」
「あたしもチャッピーも無事だから、今はあまりしゃべらないで」
「そうデシ。要しゃん、とっても大きなケガしてるデシ。無理しちゃダメデシ」
うん、とうなずいた顔は、今にも泣き出しそうだった。

666癒やされし傷 癒やされぬ傷 ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:57:25 ID:Xu24PZe6
とりあえず、一番の問題が片付いたことに安堵して、周りに散らばった荷物――地図やら鉛筆やら――をバッグにしまう。
要のバッグは置いていこうか迷ったが、やはりこれは必要だろう。自分のものと一緒に肩にかけ、空いた手で要の上体を起こした。
「……フリ…ウ?」
「とりあえず、ここから離れないと。元の場所に戻るわけにはいかないから、やっぱり学校がいいよね」
「でも……」
弱弱しく声を上げながら、要はこちらの手を振りほどこうとしたようだった。けれど、その腕にこめられた力はあまりにも小さい。
こちらを見上げる瞳を、真っ向から見つめ返して、告げる。
「“置いてけ”なんて言わないよね。そんなこと言い出したら、あたしもここに残るから」
「……ごめんなさい」
卑怯な言い方だとは思った。しかし、それであきらめてくれたのか、要は大人しくこちらに体を預けてきてくれた。
背中に担ぎ上げた体は、驚くくらいに軽かった。しかし、気にならないほどではなく、その重みで視線はどうしても下に向いてしまう。

667癒やされし傷 癒やされぬ傷 ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:58:21 ID:Xu24PZe6
背中に鈍く残る痛みを感じつつ、ふと、思いついたことを口にしてみる。
「そう言えば学校って何かを教わるとこだよね」
「そうデシね」
「屋根があるのはいいけど、ベッドなんて無いよね」
「行ったことないから、わかんないデシ」
「……多分、保健…室とか……マットくらいは……」
聞こえてきた声は背中から。振り向かずに即座に言い返した。
「要は黙ってて」
「しゃべっちゃダメデシ」
「……はい」

ここから学校に向かうには、いったん町を出て、禁止エリアを迂回しなければならない。
二人と一匹の姿は、まだ薄くなる気配すら見せない霧にかすみ……そして消えていった。
それぞれが、いまだに癒えない傷を抱えたまま。

668癒やされし傷 癒やされぬ傷 ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 20:00:21 ID:Xu24PZe6
【C-3/商店街/1日目・18:15】

『フラジャイル・チルドレン』
【フリウ・ハリスコー(013)】
[状態]: 肋骨の一部に亀裂骨折
[装備]: 水晶眼(ウルトプライド)。眼帯なし
[道具]: 支給品(パン5食分:水1500mml・缶詰などの食糧)×2
[思考]: 要が休めそうな場所(とりあえず学校)へ向かう。
     他のことは後で……少なくとも、今は……。
[備考]: ウルトプライドの力が制限されていることをまだ知覚していません。
     上着や服が血に染まっています。

【トレイトン・サブラァニア・ファンデュ(シロちゃん)(052)】
[状態]: 前足に浅い傷(処置済み) 貧血・疲れ気味 子犬形態
[装備]: 黄色い帽子
[道具]: 無し(デイパックは破棄)
[思考]: 二人とも、もっとちゃんと治療しなきゃだめデシ。 周囲を警戒
[備考]: 貧血の回復までは半日程度の休憩が必要です。
    ※「危険があぶないデシ」に制限がかかっていることに気づいていますが、原因については念頭にありません。

【高里要(097)】
[状態]: 腹部に銃創(処置済み。一日は杖などの支えなしに歩けない)
     軽い朦朧状態 体力の消耗・微熱(負傷だけでなく、血の穢れなどによるものを含みます。)
[装備]: 包帯
[道具]: 無し
[思考]: もう、二人を心配させてはいけない。 周囲を警戒(ただし途切れがち)
[備考]: 上半身肌着です
※本人は明確に意識はしていませんが、
     「獣形への転変」「呉剛の門を開き、世界を移動」
     の二つの能力は刻印により制限されています。
※島中に漂う血の臭気や怨詛の念による影響を受け始めています。

※フリウと要の地図が湿気を吸っていますが、地下道に気づくかは次の方にお任せします。


(霧の中に潜むもの)とあわせた二品は、第三回目の放送までは本投下されません。

669タイトル未定 1/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:51:14 ID:2cEjmkO6
 小屋の中には暗闇が立ち込めている。
 死体の冷めたさ――空虚と痛みを孕んだ暗闇だ。
 まるで霊廟のようなそこには二つの影。
 白と黒、対極の色をまとった少女が二人。
 白の少女は闇に押しつぶされ、黒の少女は闇に溶け込んでいた。
 しずくと茉衣子だ。
 茉衣子はデイパックを枕代わりに床に横たわり、眠りに沈んでいる。
 一方、しずくはその枕元に座り込み、じっと茉衣子の顔を見つめていた。 
「……茉衣子さん」
 か細い囁きとともに、しずくの指先がそっと茉衣子の前髪に分け入った。湿り気を帯びた前髪を剥がし、彼女の表情を露わにする。
 茉衣子の寝顔は穏やかだった。
 体からは力が抜けていて、規則正しく寝息を立てている。
 彼女の容態を見て、しずくは弱々しい笑みをつくった。
 選んでいる余裕などなかったとは言え、小屋の環境はお世辞にも快適とは言えなかった。
 腐敗した床と壁。室内にはが錆びたまま捨て置かれた工具らしきものの群れ。備え付けられた棚には埃がぶ厚い層を形成している。
 まともに使えそうなのは、中央に放置されたロッキングチェアぐらいのものだろう。
 廃屋も同然だった。辛うじて雨風を凌げるという程度のものでしかない。
 そんな場所では暖房施設など望むべくもなかった。
 仕方なく自分の服の袖を破り、水を絞ってタオル代わりにしたのだが、多少の効果はあったようだ。
 体温の低下を心配していたが、この分ならなんとかなるかもしれない。
 しずくは茉衣子から視線を外した。
 しずくの視覚センサーは闇を見通せる。
 それでも、この小屋には決して拭いとれない黒が充満しているようで、胸が詰まった。
 小屋の片隅で膝を抱えていると時間の流れさえ曖昧になってくる。
 一秒が一分に。
 一分が一時間に。
 時間が長く引き伸ばされているような錯覚を覚える。
 聞こえるのは目の前にいる少女の呼吸音と、遠くの雨の音。
 二つのリズムに体を預けながら……しずくは己を呪った。

670タイトル未定 2/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:52:00 ID:2cEjmkO6
「ごめんなさい、宮野さん」
 焼きついた映像が頭から離れない。
 宮野の最後が、茉衣子の絶叫が、生々しく脳裏に刻まれている。
 自分が彼らに助けを求めなければこんなことにはならなかっただろう。
 そして、なぜ安易な希望に縋ったかと言えば――
「かなめさん、どうなっただろ」
 ぽつりと、言葉が零れ落ちた。
 雨が降ったせいで日没がいつかはわからなかったが、もう過ぎているだろう。
 もっとも、かなめを捕らえた人物からすればあの約束も退屈凌ぎに過ぎなかったようだが。
 かなめはもう殺されてしまったのだろうか。
 殺戮が肯定されるこの島で、出会った時、彼女は自分の手を握ってくれた。
 そんなことは簡単だと言わんばかりに。
 教会では助けるどころか、姿を見ることすら叶わなかった。
 宗介も未だ殺戮に身を委ねているのだろうか。
 別れたときの強い決意を固めた横顔を思い出す。
 己を切り捨て、かなめのために殺戮者になることを受け入れた横顔。
 冷たい雨の中、血に濡れたナイフを持って佇む宗介を想像して、しずくは身を震わせた。
 彼らだけではない。
 オドーも、祥子も。
 自分と行動を共にした人はみんな悪意の波に浚われてしまった。
 どうしてこんなことになったのだろう。
 どこで間違えてしまったのだろう。
 いくら考えても、答えは出ない。
「BBと、火乃香に会いたい……」
 呟いて、しずくが深く顔を伏せたその時。

671タイトル未定 3/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:52:49 ID:2cEjmkO6
『あー、ちょっといいか?』
 声はすぐ傍から聞こえてきた。
 しずくの隣に並べられた自分の分のデイパックとラジオ、そしてエジプト十字架。
 声を発したのは十字架――エンブリオだった。
 慌てて顔を上げて十字架を手に取る。
 視界が悪い雨の中、この小屋を見つけられたのはエンブリオのおかげだった。
 ここは宮野たちが一度訪れた場所らしく、地図を見た際に大雑把な位置を記憶していたらしい。
 逃走時に指示を出した以外は沈黙を保っていたのだが――
「あっ、はい。なんですか?」
『いや、これからどーすんのかと思ってな。ずっとココにいるのか?』
「それは……」
 しずくはちらりと茉衣子を見た。
 周囲を満たす漆黒に、白い貌が霞んで見える。
 茉衣子はいつ頃目を覚ますだろうか。いや、例え目を覚ましたとしても大丈夫だろうか。
 あの教会で彼女が受けた衝撃がどれほどのものだったか、想像することすらできない。
 叫ぶ宮野。振り下ろされる刃。
 赤い軌道。溢れ出す血液。
 ボールのように転がった――
『あの黒い騎士、その内追って来るかもしれねーぜ』 
 それは……確かにそうだろう。
 この小屋は教会からほとんど離れていない。追っ手がかかる可能性は捨てきれない。
 追っ手の可能性を抜きにしても、茉衣子はきちんと暖がとれる場所に移したほうがいいだろう。
 しかし、追従しようとしたしずくを遮るように、エンブリオは言葉を続けた。
『まあ、今まで来ないとこを見ると大丈夫なのかもしれねーな。その辺は五分だろう。
 逆に外に出て危ないヤツに見つかる可能性もある。
 今誰かに見つかるのはヤバイだろ? 隣のラジオはだんまりだし、お前さんも直ってない』
 しずくのは右腕はまだ自己修復中だ。加えてその他機能の低下も激しい。
 エスカリボルグは置いてきてしまったし、戦闘手段は皆無だった。

672タイトル未定 4/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:53:50 ID:2cEjmkO6
 兵長も衝撃波の打ちすぎで気絶したきりだ。
 本人の言では数時間で目が覚めるそうだから、心配はいらないだろうが、それでも不安ではある。
「そうですね……」
 しずくは今後の方針へと思考を戻した。
 エンブリオの言うことは一から十までもっともだ。
 動いても動かなくてもさほど危険度は変わらない。なら、どうするべきか。
 しずくの逡巡を読み取ったかのように、手の中のエジプト十字架はにやついた声音で言葉を繋げる。
『オレとしては、ここでオレを殺して欲しいんだけどな』
「それは駄目です!」
 間髪入れずにしずくは叫んでいた。
 その反応は予想していたようで、エンブリオは肩をすくめたような雰囲気を見せた。
『ダメか。……しっかし、なんでオレの声が聞こえる連中は、どいつもこいつもオレを殺してくれねーのか』
 愚痴っぽく言うエンブリオを見て、しずくは軽く眉を寄せた。
 エンブリオの殺してくれ発言は今更のものなので、気に病んでも仕方がない。
 気分がよくないのは確かだが。
「茉衣子さんが起きて、雨が止んだら、どこか体を暖められるところに移動するつもりです。
 学校とか……あとは商店街でしょうか」
『そうかい。しかし茉衣子はいつ起きるんだ? 精神的にはかなりヤバイ――』
 エンブリオが言葉を止め。
 しずくが目を見開いた。
 

 *   *   *

673タイトル未定 5/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:54:46 ID:2cEjmkO6
 目の前の空気が動いた。
 靴の裏側が弱く床板を噛み、膝が曲がる。
 腕を地面に押し当てて、肘から順に滑らかに剥がしていく。
 背中が浮いた。
 重力に逆らう動き。
 ゆっくりと、闇を掻き混ぜるように、細い体が起き上がる。
 湿った髪がパラパラと音をたてて解けた。
 黒い服、黒い髪が混ざることで、闇がいっそう密度を増す。
 ほおー……と長い息が靡き。
 放置されたロッキングチェアが、暗闇の重さにキィィと軋んだ。
 光明寺茉衣子は、起き上がった態勢のまま停止した。
 半身を起こしたまま、俯いて顔を隠している。
 その様子は、なにかを反芻しているようでもあった。
「茉衣子さん!」
 思わずしずくは喜びの声を上げた。
 茉衣子の正面に回りこんで高さを合わせ、出来るだけ声を落ち着けようとして、それでも大きくなった声で語りかける。
「体、大丈夫ですか? 痛いとか寒いとかありませんか? 
 ここには暖房設備がないので、移動しないとどうしようもないんですけど、大丈夫ですか?
 一応体は拭かせてもらったんですけど……あっ、すいません!
 起きたばっかりなのに、いろいろ言っちゃって。まだ落ち着いてませんよね」

674タイトル未定 6/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:55:30 ID:2cEjmkO6
 次々と繰り出されたしずくの言葉に、茉衣子はようやく反応を示した。
 白い繊手が、しずくの手に握られたエンブリオに伸びて、それを抜き取る。
「あっ、すいません。返しますね、エンブリオさん」
『よお、気分はどうだ?』
 茉衣子は言葉を返さなかった。
 エンブリオは握ったまま、茉衣子が顔を上げて、 
 

「アナタ、ガ、コナ、ケレバ」

 
 がつりと。
 鈍い音が、した。
 しずくはえっ、と音を漏らした。
 それは反射的な動作に過ぎない。その瞬間彼女の意識は閃光が弾けたように真っ白だった。
 顔面に衝撃。
 びくんとしずくの体が痙攣する。
 指先が細かく振るえ、中腰だった膝が折れた。座り込みながらもその視線は茉衣子から外れない。いや、外せない。
 エジプト十字架が、しずくの右目に突き刺さっていた。
 レンズを貫き、視神経ネットワックへとその先端をめり込ませている。
 茉衣子が両手で握った十字架を一直線に突き出していた。
 避けることは出来なかった。
 避けるという発想さえ浮かばなかった。
 あまりに迅速な破壊に理解が追いつかない。意識が置いてきぼりになっている。
『うおっ……おい、なんだ!』
 焦ったようなエンブリオの声。
 しかし、茉衣子はまるで聞こえていないかのように、
「…………っ」
 その腕に、力を加えた。

675タイトル未定 7/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:56:16 ID:2cEjmkO6
 止まっていた十字架が、わずかに、ゆっくりと、確実に前進する。
 より致命的な部分へ先端が埋もれる。
 十字架が眼窩にこすれて嫌な音を立てた。
 しずくの左目が大きく見開かれた。眼球をこじ開けられる衝撃に、全身が一瞬で粟立つ。
「あっ、つ、あぁあ……」
 力ない咆哮。
 少しずつ、少しずつ、十字架が押し込まれていく。
 しずくはなんとか後退しようとして、失敗した。
 後ろに下がれない。
 それで自分が壁と茉衣子に挟まれていると気づいた。
『おいおい、どうなってるんだ?』 
 混乱したエンブリオのぼやきはどちらに向けられたものだったのか。
 どちらにしろ、それは聞き入れるもののないまま闇に呑まれた。
 掠れた悲鳴は止まらない。
 まずい。
 しずくは背筋を這い登る悪寒を感じ、認めた。
 しずくのボディは十分すぎる強度を持っているが、眼球部位まではそうはいかなかった。
 このままでは、十字架は取り返しのつかない位置にまで到達する。
 両腕でなんとか茉衣子の手首を掴んだ。
 掴みながらも、一つの問いかけがしずくの脳裏をよぎる。
 彼女の行為は、正当なものではないのか?
 宮野を死地へと導いたのは間違いなく自分なのだ。
 ならば、ここで茉衣子に殺されるのが正しくはないだろうか?
「……それは、違う」
 しずくは即答した。
 それは逃げだ。諦めて死んでしまうわけにはいかない。
 自分にはまだやるべきことが残ってる。
 倒れた人たちの分も、やらなければいけないことが、残っている。
 しずくが決意を込めて、無事な左目を大きく開いた。

676タイトル未定 8/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:56:59 ID:2cEjmkO6
 その時。
 ぴたりと。
 しずくは。
 茉衣子の瞳を捕らえ。
 思わず、息を呑んだ。
「…………ぁ」
 そこには暗闇があった。
 この小屋に充満するものと同じ――空虚と痛みを孕んだ暗闇だ。
 あらゆる光を飲み込んで、逃がさない。
 出てくるものなど何もない漆黒。
 感情が干からびた後に残る真性の虚無。
 しずくが声にならない声を上げた。
 見てはいけないものを見てしまい、わけもわからず泣き出しそうだった。
「あなたが来なければ、班長は教会に行く必要などなかったのです」
 手首を強く掴まれたにも関わらず、茉衣子は顔を歪めもしなかった。
 ただただ、深く突き刺そうと全力を込める。
 修復中の右腕が頼りない。今にも砕けてしまいそうな不安を覚える。
 しかし、地力の差か、十字架の先端が徐々に引き抜かれ始めた。
 先端が動くたびに、眼窩を擦る衝撃がしずくを苛んだ。
「あなたが来なければ班長が交渉をする必要などなかったのです」
「茉衣子、さん……」
 茉衣子の瞳には一切の感情が見えない。
 固く、脆く、薄く、厚い殻に覆われていて、その奥に渦巻くものは見えない。
 しずくは歯を食いしばって力の限り抗った。負けるわけにはいかない。
 右腕が不安定な音を立てた。限界が近い。
 だがそれは茉衣子も同じはずだ。あまりに強く掴まれたために、茉衣子の手は蒼白になっていた。
『最悪だぜ。殺してくれとは言ったが、こりゃああんあまりじゃねーか?』
 状況を把握したらしいエンブリオの声が体の内から聞こえる。
 その感覚に、ぞっとした。

677タイトル未定 9/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:58:05 ID:2cEjmkO6
「あなたが来なければ班長が力を試される必要などなかったのです」
 茉衣子を少しずつだが押し戻す。
 片方だけの視界は、茉衣子の瞳に吸いつけられていて、彼女の表情はわからなかった。
「あなたが来なければ、班長があの騎士と戦う必要などなかったのです」
 圧迫に耐え切れず、茉衣子の指がエンブリオから離れる。
 均衡が崩れた。
 その機を逃さず、しずくは全力で茉衣子を振り払おうとし――
 瞬間、茉衣子の指先に蛍火が生じた。
 茉衣子のEMP能力。想念体以外には無力な力。それは螺旋を描き、至近距離から撃ち込まれた。
 狙いは――エンブリオが突き刺さる、右目。
 十字架が突き刺さるその場所で淡い蛍火が弾けた。
 茉衣子を振り払いながらも、眩い光にしずくの視界が真っ白に染まる。
「茉衣子さん!?」
 茉衣子の姿を見失う。
 視覚センサーが光量をカット。即座に復帰する。
 だが、遅い。
『やめろ!』
 今まで一番大きなエンブリオの声。
 回復した視界に映ったのは、古びたラジオを振りかぶる、黒衣の少女。
「あなたが来なければ、班長が死ぬ必要などなかったのです!」
 ラジオが十字架を強打する。
 右目に致命的な衝撃を受けて、しずくは昏い世界へと落ちていった。
 

 *   *   *

678タイトル未定 10/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:58:49 ID:2cEjmkO6
 小屋の中には暗闇が立ち込めている。
 その暗闇に溶け込んで、茉衣子は俯いたまま動かなかった。
 彼女の傍らには白い少女の亡骸がある。
 右目には、深く、十字架が突き刺さっていた。
 十字架は多少形を歪にしながらも、しっかりと自身を保っていた。
 それは死者を弔う墓標のようでもあり、吸血鬼を滅ぼす杭のようでもあった。
『……何があった?』
 声は茉衣子の足元、一部が大きくへこんだラジオから聞こえた。 
 突き立ったままの十字架が答えた。
『見ての通りだ』
 吐き捨てるような言葉を最後に、闇は閉じた。



【024 しずく 死亡】
【残り 58人】    

【E-5/小屋内部/1日目・17:30頃】

【光明寺茉衣子】
[状態]:呆然自失。腹部に打撲(行動に支障はきたさない程度)。疲労。やや体温低下。生乾き。
    精神的に相当なダメージ。両手と服の一部に血が付着。
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:不明

※兵長のラジオ、デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)二つが茉衣子の足元に放置。
※エンブリオはしずくに突き立ったままです。
※兵長ラジオ大きくへこむ。エンブリオちょっと歪に。

679姦客責(カンキャクセキ):2005/12/07(水) 23:12:44 ID:2hhtcUkM
(ボール……?)
 行き着いた考えに疑問を持ち、おそるおそる視線をふたたび正面へと向ける。
 と。
「え……?」
 それは赤い軌道を描きながら、ボールのように転がっていく。
 それはこちらの足下まで転がり、赤い液体をまき散らしながら止まった。そっと拾う。重い。
 それはこちらに掴まれた後も、暗闇の中でもよく映える赤をぽたぽたと垂らしている。
 それは、





 ○<アスタリスク>・5
 介入する。
 実行。

 終了。





「はあああああああっ!」
 だがその思考は、憎悪に満ちた男の叫びによって遮られた。
 反射的に声の方へと頭を上げ、しかしすぐに目をそらす――刹那。
 その一瞬に目に入った光景が、網膜に焼きついた。
 憎悪と殺意で振るわれた刃が宮野の頭頂部から股間までを一気に





 ○<アスタリスク>・6
 介入する。
 実行。

 終了。

680姦客責(カンキャクセキ) ◆E1UswHhuQc:2005/12/07(水) 23:13:43 ID:2hhtcUkM




 ──すべて投げ出してやめてしまいたい。
 ここに放り込まれた直後抱いた思いが、ふたたび脳裏をよぎった。
「はあああああああっ!」
 だがその思考は、憎悪に満ちた男の叫びによって遮られた。
 反射的にそちらを見て、不思議なことが起きた。
 宮野の首が肩の上から落ち、点々と床を転がって足元に





 ○<アスタリスク>・7
 介入する。
 実行。

 終了。





「く──」
 宮野の指先から放たれる不気味な光が魔法陣を描き、そこから黒い触手が顔を出す。だが遅い。
「はあああああああっ!」
 咆哮と共に、すべての不快感を叩きつけるような刃が、横薙ぎに振るわれた。
 斬られた感触すらない。
 達人の技でもって切断された頭部が宙を飛び、一瞬だけ茉衣子と目が合い





 ○<インターセプタ>・3
 <自動干渉機>、もう一度だけ。





(ボール……?)
 行き着いた考えに疑問を持ち、おそるおそる視線をふたたび正面へと向ける。
 と。
「え……?」
 それは赤い軌道を描きながら、ボールのように転がっていく。
 それはこちらの足下まで転がり、赤い液体をまき散らしながら止まった。そっと拾う。重い。
 それはこちらに掴まれた後も、暗闇の中でもよく映える赤をぽたぽたと垂らしている。
 それは、





681姦客責(カンキャクセキ) ◆E1UswHhuQc:2005/12/07(水) 23:14:23 ID:2hhtcUkM
 ○<インターセプタ>・4
 <自動干渉機>が正常に作動しない。
 やはりわたしは造られた存在で、<自動干渉機>も同じなのだろう。
 ならば。
 わたしが彼らを『助けたい』と思う気持ちも、造り物なのだろうか。
 そうだとしたら――

「わたしがそれをやることに、何の意味があるのです?」
「あなたはそれを成したいのでしょう? <インターセプタ>」
「その欲求が造り物だとしても、ですか? “イマジネーター”さん」
「そんなことが、あなたの世界を妨げる理由になるの?」
「わたしの……世界?」
「そう。あなたの心はあなたの世界。心こそが、たった一つの真実」
「それすらもが造り物なのですよ?」
「造り物なのは当然のことでしょう。造られなければ、存在し得ない。同じ造られた物に真作と贋作の区別もない。それはどれもが等価で、当人にとっては真実なのだから」
「……私は――」

 助けたいと、思います。
 例え偽者でも、わたしの世界のあの二人を、助けたいと思います。
 <年表管理者>として。
 例え死んでしまっても、助けたいと思います。





 ○<アスタリスク>・8
 終了する。
 実行。

 終了。





682姦客責(カンキャクセキ) ◆E1UswHhuQc:2005/12/07(水) 23:15:15 ID:2hhtcUkM
 繰り返し映る、彼の死。
 視点が変わっても、時間が変わっても、場所が変わっても、宮野秀策の死は変わらない。
 何度も映った。夢の中で宮野の死亡がリプレイされる。
 正常でない<自動干渉機>による干渉が、本来残らないはずの記憶として残る。
 夢として。
 夢として残った記憶が連鎖的に夢を作る。悪夢を作る。
 宮野が死んだ悪夢が繰り返される。
(ああ――)
 首を斬られた。胸を斬られた。触手ごと斬られた。
(い――や……あ――)
 袈裟懸けに斬られた。逆袈裟に斬られた。頭頂から両断された。胴体を薙ぎ払われた。
(ああああああああああああ)
 両腕を落とされ両脚を断たれ眼球を抉り大腸を引き摺りだし心臓を斬り破り脊髄を砕かれ脳髄を掻き回された。
(ああああああああああああ!!)
 殺されたのは宮野秀策。白衣の。厄介な。班長。
 殺すのは黒衣の騎士。名前? アシュラム。怖い。黒。薙刀。恐怖。死。
 何で死ぬ? 主。騎士の主。女。怖い。命令で。試す。試して。試された。死んだ。
(あ……あ……あぁ…………!)
 何で試された? 頼み。救って欲しい。相良宗介。千鳥かなめ。吸血鬼。しずく。しずく?
(あ……あなたが……あなたさえ……!)
 夢が――覚める。

683姦客責(カンキャクセキ) ◆E1UswHhuQc:2005/12/07(水) 23:16:13 ID:2hhtcUkM
 起き上がろうとして、足に力を込めた。磨耗した感覚が床の存在を足に伝えるのを確認して、膝を曲げる。
 床に寝ていたらしい。脱力した腕に力を入れて、肘から順に起こしていく。
 背中の触感が消えた。起き上がってきているらしい。
 重力による枷を億劫に感じながら、無理矢理に起き上がった。
 湿った黒髪が顔にかかる。暗い視界が狭められた。
 暗闇のような視界の中に、宮野は居ない。彼の声も響かない。
 悪夢は――醒めない。
 息をついた。闇を祓うかのように呼気が流れる。
 放置されたロッキングチェアが、暗闇の重さにキィィと軋んだ。
 思考が停まる。動きが停まる。
 傍らにいる彼女を――彼女の生きている様を見たくなく、顔を俯かせたまま胸中で呟く。
(あなたさえ、いなければ)
 その思考の正しさを、噛み締める。彼女が来なければ、宮野は死ななかった。
 しずくが、来なければ。
「茉衣子さん!」
 嬉々とした声音が、耳に響く。
 見たくもないものが視界に入った。しずく。宮野秀策の死因。
 あなたがこなければ。
 視線を合わせるようにして、それは言ってきた。何が嬉しいのか、やや大きな声量で、
「体、大丈夫ですか? 痛いとか寒いとかありませんか? 
 ここには暖房設備がないので、移動しないとどうしようもないんですけど、大丈夫ですか?
 一応体は拭かせてもらったんですけど……あっ、すいません!
 起きたばっかりなのに、いろいろ言っちゃって。まだ落ち着いてませんよね」
 煩わしい。
 視線を逸らす。と、それが何かを持っていることに気付いた。
 反射的に手を伸ばし、奪い取る。
「あっ、すいません。返しますね、エンブリオさん」
 何を言っている。
 これは宮野のものだ。返すというならば宮野に返せ。
 アナタガコナケレバ生きていたはずの、宮野に返せ。
『よお、気分はどうだ?』

684姦客責(カンキャクセキ) ◆E1UswHhuQc:2005/12/07(水) 23:18:55 ID:2hhtcUkM
 暗鬱とした感情が、渦を巻いている。
 顔をあげた。こちらを覗き込むように見ている顔がある。
 何で笑顔を浮かべている。何で生きている。彼は死んだというのに。何でアナタは。
 十字架を握る手に力を込め、光明寺茉衣子は感情を吐き出した。


「アナタ、ガ、コナ、ケレバ」

 
 がつりと。
 響いた音と感触は、爽快なものだった。


[備考]◆7Xmruv2jXQ氏のタイトル未定に続きます。
(ネタがかぶるってあるんだなあ。いや後半繋げただけだけど)

685試行錯誤(思考索語)(1/5) ◆5KqBC89beU:2005/12/19(月) 12:13:33 ID:lENdQJmQ
 遠くから爆発音が聞こえた。誰かが襲われているのだ。けれど、危険を承知の上で
様子を見に行けるだけの力も余裕も、今の淑芳にはない。唯一できる行動は、隠れて
体を休め、ただ歯を食いしばることだけだった。
 何か言いたげに顔を上げた陸が、開きかけた口をつぐみ、また元の姿勢に戻った。
 どんなに悔しくても、その思いだけで不可能が可能になるほど現実は甘くない。
 雨雲に覆われた空の下、海洋遊園地に潜んだまま、ぼんやりと彼女は考える。
 夢の中で御遣いは、ひとつだけ質問を許すと言った。
 御遣いが淑芳の質問に答えたのは一度だけだ。それ以外の発言は、ただ御遣いが
 言いたかったから言っただけの、淑芳の問いと無関係な独り言に等しい。
 もはや御遣いは、淑芳の問いに答えを示していない。

 アマワ。

 あれは何だったのかと『神の叡智』に尋ねて、返ってきた答えはそれだけだった。
 たった一語だけの情報しか与えられなかった。
 何から何まで知ることができていたなら、その知識が夢に影響しただけだと、あんな
ものなど本当はこの島にいないのだと、そう信じられたかもしれない。
 該当する知識はないと答えられていたなら、あれはごく普通の悪夢だったのだと、
御遣いは空想の産物でしかないのだと、そう思い込めたかもしれない。
 最悪の返答だった。
 名前くらいは教えてやってもいいが、それ以外のことを教えてやる気はない、という
意思が込められた一語だ。主催者側の与えた『神の叡智』にこんな細工があった以上、
『ゲーム』の黒幕・アマワは実在しているとしか考えられない。
 淑芳は、眉根を寄せて溜息をつく。どう戦えばいいのか、彼女には判らない。

686試行錯誤(思考索語)(2/5) ◆5KqBC89beU:2005/12/19(月) 12:16:05 ID:znVd7h32
 『神の叡智』には様々な異世界の情報が収められていた。だが、それらの知識だけで
この『ゲーム』から脱出するのは無理だ。『ゲーム』の中で役立てることはできても、
アマワを滅ぼす奥の手にはならない。呪いの刻印を自力で解除できるほどの切り札が
得られるはずなどなく、故郷へ帰るための鍵にもならない。
 『神の叡智』に収められた知識は、すべて主催者側も知っていることだ。そもそも、
『ゲーム』を妨害できるほどの情報を、主催者側が提供するとは考えにくい。敵から
贈られた知識を無条件に盲信するわけにもいかない。
 だいたい、ろくに使いこなせないような知識には、大した価値などない。
 未知なる世界の技について淑芳は調べてみたが、結果は快いものではなかった。
 彼女は術の達人ではあるが、異世界の技を何でもかんでも楽々と再現できるほどの
異常な才能は持ちあわせていない。故に、淑芳は攻撃などの難しい自在法を使えない。
同様に、カイルロッドの故郷にある魔法も難しくて使えないものの方が圧倒的に多い。
 ――高等数学の数式は、その意味を理解できない者にとっては単なる記号の羅列に
過ぎない――『神の叡智』の中には、そんな一文もあった。
 既知の術と系統の近い術はまだ比較的理解しやすいし、ごく簡単な技を習得するのは
それほど難しくあるまい。だが、習得できれば有利になるのかというとそうでもない。
やはり慣れない技は慣れた技よりも使い勝手が悪い。どういうわけか術が本来の効果を
発揮しない現状で、異世界の技を行使すれば、どんな異変が起きても不思議ではない。
制御を誤って自滅しては本末転倒だ。よほどの理由がない限り頼るべきではなかった。
 淑芳は、故郷で使われている術についても試しに調べてみた。すると、かなり複雑な
術の極意までもが詳細に解説され始めた。『神の叡智』を作った者は、天界の秘術まで
知っているのだ。あまりの衝撃に眩暈を感じ、淑芳は頭を抱えた。
 得られたものはあったが、それらを活かしきるには時間が足りなさすぎる。
 今までも使っていた術を少し改良するくらいならば可能だが、所詮は焼け石に水だ。
数十時間を術の改良に費やしても、本来の強さに遠く及ばない効力しか出せまい。

687試行錯誤(思考索語)(3/5) ◆5KqBC89beU:2005/12/19(月) 12:17:53 ID:mnPQi2FI
 術関連以外の情報は、各異世界の一般常識が大半らしかった。特殊な武器や装置、
一部の者しか知らない裏事情などの知識もわずかにあるようだが、知っていたところで
どうしようもない内容がほとんどのようだった。
 さすがに『神の叡智』を隅から隅まで調べることなどできないので、これらの判断は
淑芳の故郷について、そしてカイルロッドと陸から聞いた話などについて検索して、
その上で推測した結論だ。当然だが、想像すらできないものを調べることはできない。
だから、未知なる知識が触れられぬまま隠されている可能性はある。だが、その知識を
想像できるような出来事が起きるまで、未知なる知識を得る機会はない。
 名簿に載っている名前についても淑芳は尋ねたが、該当する知識は存在しなかった。
得意技や弱点は勿論、顔や性別や背格好などもまったく判らない。
 支給品扱いの陸についても尋ねてみたら、そんな風にしゃべる犬もいるという答えが
返ってきた。陸の主であるシズに関しては、やはり何も言及されない。
 求められている茶番は、一方的な殺戮ではなく、あくまでも殺し合いであるらしい。
 『神の叡智』のおかげで、殺し合いに『乗った』者に襲われたときには多少なりとも
対処法が判るかもしれないが、戦闘中に知識をあさっていられる暇があるかは疑問だ。
それに、考えても無駄なことを考えていては命取りになりかねない。
 例えば、陸に教わったパースエイダーが他の異世界では銃などと呼ばれていること、
火薬で弾を飛ばす武器であることは理解できた。けれど、何らかの能力と組み合わせて
使われた場合、むしろ予備知識は悪影響を与える。いっそ何も考えずに逃げた方が賢い
といえるかもしれなかった。弾の破壊力を増すくらいは、いかにも誰かがやりそうだ。
弾道を曲げる程度の干渉は、意外でも何でもない。弾切れがあるという保証さえない。
 確信できない情報は、いわば諸刃の剣だった。

688試行錯誤(思考索語)(4/5) ◆5KqBC89beU:2005/12/19(月) 12:19:31 ID:Us6r9odY
 気になっていた疑問を、淑芳はさらに『神の叡智』へぶつけた。
 彼女の支給品だった武宝具・雷霆鞭は、どうやってか軽量化されてしまっており、
元の重さを感じさせなかった。天界の特殊な金属で造られた武宝具なので、神通力を
持たない者には重すぎるはずなのだが、この島で手にした雷霆鞭は、あたかも鉄製で
あるかのように軽かった。おそらくは主催者側の施した細工なのだろうが、どんな風に
そんな芸当をやってのけたのかと『神の叡智』に問うても、答えは不明の一点張りだ。
 この様子だと、神通力を持たない人間が他の武宝具を振り回して襲ってくる、などと
いった事態もありえる。事実、悪しき心を持つ者には使えないはずだった水晶の剣が、
野蛮そうな悪漢の手に握られていた、とカイルロッドは言っていた。支給品の武器には
総じて何らかの細工が施されているのかもしれなかった。
 呪いの刻印を解除する方法。弱体化の原因。この島がある空間。主催者側が持つ力。
いずれの事柄に関しても、よく判らないということしか淑芳には判らない。ある程度の
推測はできても、仮説を裏付ける証拠は相変わらず乏しいままだ。
 地下への入口にあった碑文の真意も、未だに判らない。けれど気づいたことはある。
 『世界に挑んだ者達の墓標』と書かれた石碑には参加者たちの名前が刻まれており、
第一回放送で告げられた死者の名前は、線を引かれて消されていた。
 墓標とは死者の名前を刻むための物だというのに、死者の名前が消されていたのだ。
あの犠牲者たちは『世界』に挑むことなく死んだ、ということなのだろう。『世界』に
挑めなくなった者の名前から消えていき、参加者全員が死んだとき、幾つかの名前を
残した状態であの墓標は完成するらしい。『世界に挑んだ者“達”の墓標』とあるので
優勝者の名前しか残らないというわけではなさそうだ。
 今までの犠牲者たちが挑めずに死に、これから誰かが幾人も挑むが、勝てずに死んで
いくしかない何か。あの碑文に記された『世界』とは、そういうもののことらしい。
 どんなに必死で虫けらが暴れようとも、蠱毒の壺は壊れない――そんな嘲りの意思を
垣間見たような気がして、淑芳は再び溜息をつく。
 ゆっくりと、銀の瞳をまぶたが隠す。疲れきった心と体が、眠気を訴えている。
 薄れていく意識の片隅で、姉や友の無事を願いながら、彼女は睡魔に身を委ねた。

689試行錯誤(思考索語)(5/5) ◆5KqBC89beU:2005/12/19(月) 12:21:24 ID:N/J1ZIfE
【F-1/海洋遊園地/1日目・17:20頃】

【李淑芳】
[状態]:睡眠中/服がカイルロッドの血で染まっている
[装備]:呪符×23
[道具]:支給品一式(パン8食分・水1600ml)/陸(睡眠中)
[思考]:麗芳たちを探す/ゲームからの脱出/カイルロッド様……LOVE
    /神社にいる集団が移動してこないか注意する
    /目が覚めたら他の参加者を探す/情報を手に入れたい
    /夢の中で聞いた『君は仲間を失っていく』という言葉を気にしている
[備考]:第二回の放送を全て聞き逃がしています。『神の叡智』を得ています。    夢の中で黒幕と会話しましたが、契約者になってはいません。

690Fakertriker(1/4) ◆jxdE9Tp2Eo:2006/01/27(金) 19:11:16 ID:IvGmdeTM
「たすけてぇ!!」
密室に千絵の悲鳴が響く。
ベッドサイドには割り箸を組み合わせて作った十字架を持ったリナの姿。
「いやぁぁぁぁ、お願いこれ以上それを近づけないでえ!!」
喚く千絵の顔を見るリナの瞳が加虐に酔っていく。

「そう…でもね、アメリアはもっと…」
そう言って千絵の足に十字架を押し付けようとしたリナだったが。
「もういいでしょう」
保胤が寸でのところでリナを制止する。
「でもっ!」
「しっかりしてください、恨みを恨みで重ねればそれこそ思う壺です」
その言葉にはっ!と保胤の方を振り向くリナ。
その通りだ、憎しみを加速させることこそ奴らの狙い、わかっていたはずではないのか。
だが、それでも目の前の吸血鬼がアメリアを殺したかもしれない…そう思うと怒りを抑えることができない。
リナの拳がふるふると震え、ギリッと噛み締めた歯が軋む音がはっきりと聞こえる。
「あんたが代わりにやって…」
そう保胤に向かって呟くとリナは壁にもたれかかり、ため息をひとつついた。
「ご存知のことをすべて話していだだけますね」
保胤の言葉に、千絵は力なく頷いた。

「そんじゃアンタも噛まれたわけね」
保胤とリナの質問に千絵は逆らわず淡々と応じていく。
「はい…噛まれる前の事とかは正直覚えてないですけど」
「で、噛んだのがその聖って女ね、あいつがご主人様?」
ご主人様という言葉に嫌悪の表情を見せる千絵。
「そういう意味じゃなくって、あいつが伝染源なのかってことよ」
「違うと思います…あの女も噛まれたみたいですから」
「なるほど…」
「その聖さんを噛んだ方のことは聞いてらっしゃいますか?」
「はっきりとは…でもマリア様よりも美しい方と言ってました」
「マリアってことは女性ね」
「はい、あの女はレズなので」
リナはシャナに牙を突き立てた聖の恍惚の表情を思い出して、頷く。

691Fakertriker(2/3) ◆jxdE9Tp2Eo:2006/01/27(金) 19:12:12 ID:IvGmdeTM
「そう…わかったわ」
それだけを言うと、リナはもう用は済んだとばかりにまた千絵の傍を離れる。
だが、やはりその握られた拳は小刻みに震えていた。
リナが部屋から出て行ったのを確認し、保胤は千絵にまた質問する。
「お体は大丈夫でしょうか?」
もうこの少女は魔物と変じている、そう知ってながらも保胤には迷いがあった。
もしかするとまだ手段はあるのかもしれないと。
「足元が寒くて…毛布ありませんか?」
だから、千絵の言葉に頷くと保胤は毛布を千絵の体にかぶせてやり、リナに言われたとおり
手製の十字架を枕元において、部屋から退出していった。

「もう…こんな時間ですか…」
マンションの外で保胤は手に持ったタンポポの綿毛を夜風に空かす。
もう太陽は霧の中最後の一片を地平線の彼方へ隠そうとしている。
「もう、これ以上は無理です…」
自分の気持ち一つで彼女をまだこの世界に留めてはおける。
だが…自然ではない…摂理には従わねばならない。
「貴方は死んでいるんです…さようなら」
それだけを呟き、保胤は綿毛を夜空に飛ばそうとした時だった。
猛然と自分に向かって走ってくる影が一つ
「シャナさん!」
気配が尋常ではないことは容易に分かる、保胤は体を投げ出してシャナを止めようとしたのだが。
そのまま逆に吹き飛ばされ…意識を失ってしまったのだった。
そして間の悪いことに綿毛をたたえたタンポポの茎は、保胤の手を離れ闇の中をどこかへと転がって行った。

一方のリナは来たるべき戦いについて思案していた。
セルティにも聞いたが、どうやら多少の差異こそあれ吸血鬼の弱点・習性はどの世界でもほぼ共通のようだ。
ならば…吸血鬼は強大な魔力を持つ、魔族の王と自らを誇っている。
…だがその強大さと引き換えに弱点の多さでも知られている、だから奴らは隠れるように古城の中に息を潜め
暮らしているのだ、正直、自分の敵ではない。
『本当に来るのでしょうか?』
「下僕同士はともかく、吸血鬼は仲間意識が強い種族よ…必ず取り戻しにやってくるわ」
セルティの質問に即答するリナ、仲間意識だけではなく、奴らはプライドも必要以上に高い、
自分の下僕が虜になったと悟れば必ず来る…、ましてその大っぴらな吸血ぶりから考えて、
自分の弱点を知るものがいないとでも思っているのだろう。
「殺すのかって?違うわ、まだ殺さない」
自分たちの世界の吸血鬼と違い、聖や千絵らはある種の呪縛のようなもので吸血鬼と化している。
親玉ならばその呪縛を解除することも出来るはずだ。
単に殺すだけでは一緒になって滅んでしまうかもしれない、それを確かめなければ。
「大丈夫よ、そいつの魔力がどんなに強くても、奴らには決して逃れ得ない弱点があるもの」

しかし…リナは思い違いをしていた。
十字架もにんにくも千絵には何の脅威にもなっていなかったのだ。
残酷なようだがリナが千絵に十字架を押し当てるところまで行っていればそれとすぐに看破できたのだが、
これも運命の悪戯だろうか?
そして千絵は毛布で隠された足元をぎこちなく動かしている。
「ええと…ビデオではこうやってたかな」
最近学び始めた護身術、そのビデオの中に紹介されていた縄抜けの方法を千絵は実践しようとしていた。

692Fakertriker(3/3) ◆jxdE9Tp2Eo:2006/01/27(金) 19:13:13 ID:IvGmdeTM
【C-6/住宅地のマンション内/1日目/18:00頃】
『不安な一室』
【リナ・インバース】
[状態]:平常
[装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:支給品二式(パン12食分・水4000ml)、
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存。管理者を殺害する。
     吸血鬼の親玉(美姫)と接触を試みたい。
     

【セルティ・ストゥルルソン】
[状態]:やや疲労。(鎌を生み出せるようになるまで、約3時間必要です)
[装備]:黒いライダースーツ
[道具]:携帯電話
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。


【慶滋保胤】
[状態]:不死化(不完全ver)、気絶
[装備]:ボロボロの着物を包帯のように巻きつけている
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))、「不死の酒(未完成)」(残りは約半分くらい)、綿毛のタンポポ
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。 島津由乃が成仏できるよう願っている。
    タンポポ紛失の可能性あり。

【海野千絵】
[状態]:吸血鬼化完了(身体能力向上)、シズの返り血で血まみれ、拘束状態からの脱出を実行中
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(パン6食分・シズの血1000ml)、カーテン
[思考]:チャンスを見計らい脱出、聖を見限った。下僕が欲しい。
     甲斐を仲間(吸血鬼化)にして脱出。
     吸血鬼を知っていそうな(ファンタジーっぽい)人間は避ける。
[備考]:首筋の吸血痕は殆ど消滅しています

693タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:17:45 ID:2t9YUTeo
 ベルガーは確信する。
 先ほどから追跡してきた少年少女は撒いたと。
 少年の追跡具合は見事だった……まるで日常的に誰かをストーキングしているように。
 しかし少女のほうは挙動を見てもただの女学生だ。
 尾行されているのが分かるなら裏を掻くルートで進む。何せ自分は世界で二番目に逃げ足が速い。
 少女の身体能力を気遣う少年は無理に追跡をして置いていくようなことはすまい。
 それを数回繰り返して、ようやく気配は無くなった。
 相手も見失ったことを悟り、なにかしら行動を起こすはずだ。
 ベルガーは考える。
 相手からは、自分がある程度の集団に組しているのが分かっているはずだ。
 そう考えるとなにか目立つ場所で集合するはずだ、と。
 ならばこの辺りで集団が集合しやすい場所とはどこか。
 地図を見る。
 地図に載っている建造物は、アジトにしているマンション、その隣の教会、難破船、灯台といったところか。
 ベルガーが歩いて立ち去ったのを見て、そのぐらいにあると考えるだろう。
 ベルガーを見失った彼らは、恐らくそのどこかに向かうはずだ。
 しかし、まず最初にマンションに向かうとしたら、ベルガーより先に着くかもしれない。
 尾行に気づいた辺りから目的地をぼかして移動したので、すぐにはマンションまで佐山は来ない……と思う。
 すぐにマンションに戻り、出来れば移動しておきたいところだった。

694タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:18:48 ID:2t9YUTeo
 シャナを探してから帰ろうと思ったが、計画は変更せねばならない。
 そもそもシャナか零崎とやらかは知らないが、どちらかがエルメスに乗って移動している。
 零崎がエルメスに乗った場合、遠くまで逃げるだろう。そしてシャナはそれを追いかけ、この辺りから離れる。
 シャナがエルメスで追跡した場合、それほど時間の掛からずに追いつくだろう。そしてシャナはエルメスにのってマンションに戻るはずだ。
 ベルガーは携帯電話を取り出しボタンを押す。流石に尾行されていたら使えなかったが。
【ベルガー?】
「ああ」
 すぐにリナが出た。とりあえずこれまでの事情を説明する。
「──というわけだ。今から戻る。そっちの吸血鬼はどうだ?」
【今尋問が終わったとこ。吸血鬼は保胤に見張らせて、あたしとセルティはは入り口で親玉吸血鬼を待ち伏せ】
「……そうか。まあ詳しくは戻ってから聞くが、出来れば、いや出来るだけ移動する準備をしていてくれ」
【分かったわ。で、その佐山とやらが先に来たらどうすんの?】
「そいつ自体は殺人者じゃないがな、殺さない程度に好きにしてくれ」
【ふうん…少しは話を聞くのも有りだけど……】
「ともかく、すぐ戻るから待ってろ」
【はいはい。じゃ】
  ぶつっ。                  放送が鳴った。

695タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:19:51 ID:2t9YUTeo
「……撒かれたね」
「……私のせいだね。ごめん」
「──いや、すまない。私の責任だ」
 息を切らした宮下の言葉に佐山は口をつぐんだ。
 以前なら、新庄と知り合う前なら「分かってくれて嬉しい」などと答えただろう。
 しかし、そう答えようとしたなら、途中で新庄が口を塞いでくることが想像できた。具体的には首を絞めて。
 胸が僅かに軋む。
 自分を変えてくれた人は奪われた。何者かによって失われた。
 男は言った。

──友人が一人こっちに連れて来られていたが、あっさり殺された。

──この狭い島の中だろうと、そのことに例外は無い。

──どうやってこの島の人間全員を仲間にするのか、よく考えておけ。

 島の人全員を仲間にするということは、或いは新庄を殺したものをも仲間にするということだ。
 或いは今この瞬間、風見を殺したものを、出雲を殺したものを仲間にするということ。
 目の前で宮下藤花を殺戮し、「僕も仲間になるよ! 一緒に頑張ろう!」などと言った者を仲間に出来るか。
 自分はそのときどうなるだろうか。それでも仲間にするのだろうか。

696タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:20:54 ID:2t9YUTeo
 彼女ならどう答えるか。自分とは逆とはどっちだろうか。
 最大の目標は失わせないことと失わないことだ。だが。
 先ほどのシャナも、男も大事なものを失った。すでに失った者はどうすればいい?
 しかし絶対に言えるのは、泣いてるものの頼みを聞き殺人幇助することでは決して無い。
 だが、どうすれば……
「あれ?」
 突然宮下が呟く。遠くを何か巨大なものが通り過ぎていくのが見えた。
「船…だね」
 それは船だった。全長300M程度の船がゆっくりと海岸沿いを移動していた。
 B-8の難破船が何らかの理由により動き出したものだろうか。船は明かりを灯して移動している。
「まさかアレに乗り込んだんじゃあ…」
 確かにあのサイズの船ならば大人数移動できるだろう。
 しかし佐山は否定した。
「それはどうだろうね。考えてみたまえ宮下君。
先ほどの男は尾行に気づいていただろう。だから我々を撒くような移動をしたのだ。
尾行されていると気づいているものが、わざわざ露骨に怪しいアジトで移動するかね? それなら沖でそっとしていたほうがいいだろう。
海岸を走る理由も無いだろうし。それに移動速度が遅すぎないかね? 以上をもってこれは連中のアジトでは無いと判断するが、どうだね?」

697タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:21:36 ID:2t9YUTeo
「……すごいね」
「ふふふ尊敬してもらっても構わんよ。──ところで、彼の移動先のことだが」
 地図を取り出す。ここはD-6か7ぐらいのはずだが。湖の側なのは間違いない。
 この辺りから建物というと、小屋、教会、マンション、海を渡って櫓、先ほど否定した船、あとは港町ぐらいだろう。
「ふむ……」
 とりあえず船と港町は除外する。港町はありえないし、船は先ほど否定したので考えないことにする。
 次、小屋はどうだろうか。あの小屋には佐山の名が書いたメモが置いてある。
……あのメモを見ているなら佐山の姓を聞いたときに尊敬や感謝などの反応が返ってきてもいいはずだが……
 よって保留。次は櫓だ。
……櫓に行くならば彼の移動経路はその方角だ。だが行くには海を渡るか、この道だと禁止エリアに引っ掛かる。
 またもや除外。消去法で残ったのはマンションと教会。幸い二つはほぼ同じエリアに位置している。
 調べに行くならまず近場の山小屋と其処だと判断し、地図を閉じる。
「宮下君。決まったよ。まず山小屋に行こう。次は教会かマンション、どちらかだが、とにかくC-6へ向かおう──宮下君?」
「いや、なんだろあの石と思って」
 宮下が指差したそこには、石で出来た簡素な墓があった。
「──宮下君退きたまえ」
 佐山は目聡く岩の陰にある少年の死体を見つけた。
 近づいていく。見るからに死人だ。片腕は無く、胸を突かれている。そしてその格好は──
──オーフェン君を劣化させたような衣装に金髪……マジク少年か……?

698タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:23:00 ID:2t9YUTeo
 ふむ、と呟き手を合わせた。宮下も死体から目を背けつつ黙祷する。
 ふと佐山は湖の岸を見る。マジクのと思しきデイパックが流れ着いていた。
 開けるとバッグの中は浸水していて、支給品一式と割り箸が入っている。
「マジク少年の遺品、ということになるのかね」

      『 さやま 』

 突然男とも女とも判別できない声が響いた。
 声の発信源は目の前とも思え、そうでないとも思えた。
「……これは、ムキチ君ではないか」
 佐山は湖に向かって話しかけた。
 それは4th-Gの概念核であり、世界そのものの竜だ。
 湖の水の一部が渦を巻き竜の姿となる。後ろから声がした。
「──ふむ。世界の敵ではなく世界そのものか。その少年から世界の敵の残滓が感じられたのだがね」
 気づけば宮下はいつの間にか黒衣装を着込みブギーポップになっていた。
 ブギーは左右非対称の表情を作り佐山を見る。Gsp-2はムキチにコンソールをむけ【ヒサシブリダネッ】と文字が出ている。
「どうもここに来てから暴発が多い。これは明らかな弊害だ」
「一応言っておくがムキチ君は敵ではない。むしろ癒し系だ。──ムキチ君。君はその少年の支給品かね? 何があったか教えてくれたまえ」
 佐山はムキチに問いかける。ムキチはゆっくりと、連続して言を紡いだ。

699タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:24:04 ID:2t9YUTeo
『わたしは その わりばしに はいってました』
『その しょうねんは まじくと よばれていました』
『まじくは わたしに きづきませんでした』
『そして まじくは うばわれました』
『まじくを くろい めつきのわるい やんきーのひとが とむらいました』
『かれも うばわれた かおを していました』

「オーフェン君か……?」
 佐山は考える。彼はチンピラのようだが常識人で、結局説明できないまま分かれてしまったが。
 そしてムキチは再びさやま、と呼ぶ。

『しんじょうは どこですか?』

 く、と胸が軋む。その痛みも回復の概念で消えるはずだが、痛みは退かず──

『ここには しんじょうの けはいが あります』
『でも しんじょうは ここには いません』
『ここいがいで しんじょうの けはいは しません』
『ここにいて ここにいないのならば』
『しんじょうは どこですか?』

700タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:25:07 ID:2t9YUTeo
「気配はすれどここには居ない……新庄君は──!」
 胸が張り裂けそうになる。実際張り裂けてしまったほうが楽だろう。
 あ、と声を上げ足が崩れる。地面に跪き脂汗をたらす。
 強制的に空気が漏れていく喉から声を絞り出す。
「──奪われてしまったよ」
 粘度の有る吐息を吐き出し、苦痛に声を震わせる。
 狭心症の所為か、或いは別の何かか。
 頭を掻き毟る。髪の毛が数本千切れた。その痛みが逆に心地よかったが。
 顔を上げる。目の前に、自分とムキチの間にブギーポップが立っていた。

「何かを成そうとするには、まず涙を止めることだ」

 実際には涙は出ていなかったが。
 佐山は無理やり笑みを作った。ブギーも左右非対称の笑みで返して、後ろに下がる。
 僅かに体を動かすことで全身に力を供給していく。
「もちろん、分かっているとも」
 胸の痛みはだんだん退いていき、佐山は起き上がる。
 脂汗で張り付いた髪を正し、泥のついたスーツを払う。
「ここで泣き叫び、動きを止めては新庄君に対する…新庄君が私にくれた想いに対する冒涜だ」
……胸は痛めど心は悼めど、新庄君の加護があれば耐えていける……!

701タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:26:10 ID:2t9YUTeo
「ムキチ君。新庄君は奪われた。多くの明日の友人も失った。
 私は奪ったものに償いの打撃を、失ったものに抗う力を与えるために君が、必要だ」
 自分独りで何とかするのは困難で。
 自分独りで仲間を集めるのは厳しい。
 それでも新庄君が居るならば。
 新庄君が私を護ってくれるならば。
 何故それが出来ないことだろうか。
 どうして出来ないことがあろうか……!
『やくそく しましょう ひとつは さやまのなかに しんじょうが ずっと いること』
 マジクのデイパックの中の割り箸を取り出しムキチに向けた。
「佐山御言は新庄の意志と永遠にともにあることを──」
 自分は人を泣かせず、泣いてる者に説こう。君を泣かした状況を作ったものの事を。
 自分は失くさせた者を奪おう。彼の理由を。そして本当に失くさせるべきは何かを問う。
 未知精霊?
 これまで私は新庄君と仲間と未だ知らぬことを見つけてきたのだ。精霊すら知らぬことも見つけよう。
 心の実在?
 心はここにある。新庄君はここにいる。これだけは、誰にも奪えぬ……!

テスタメント!
「契約す!」

702タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:27:13 ID:2t9YUTeo
 ムキチが割り箸の中に殺到する。割り箸にあいている無数の気孔にムキチの水分が含まれた。
 それでも重さはそう変わらなかったが。と、足元に。
「草の獣……」
 4th-Gの一部、六本足の犬に似た草の獣が足元に一匹。ぼふっと酸素を吐き出しつつ現れた。
 お手元の割り箸からムキチが告げる。
『もうひとつは うばわれたものは とりかえしましょう』
 Gsp-2のコンソールに【シンプルニネッ】と文字が生まれた。
 同時に耳元でブギーの、ぞっとするような声がした。
「君は世界の力を二つも手に入れた。君は世界の敵に為り得るのか──?」
 それは確認するように、自分では分からず、困惑しているような声だった。
 振り向くとそこには学生服を来た宮下が居た。既にブギーではない。
「佐山君どうしたの?」
「いや……この獣は宮下君が持っていたまえ」
「うわ。これって?」
「ジ・癒し系&和み系アニマルだ。なんと会話機能もついているぞ!」
『みやした?』
「かわいい……」
「それを持っておくと見事に疲れが取れるステキアニマルでもある。さて、それそろ出発しようか」
「あの、佐山君」

703タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:28:16 ID:2t9YUTeo
 宮下がおずおずと告げる。前々からの疑問だったように。
 佐山はなにかね、と返した。
「どうして佐山君はこんな状況でも冷静に、無理と言われたことをやろうとするのかな?」
 佐山は宮下にまだ詳しくは説明していない。
 説明したところで通じるとも思えないが。佐山は苦笑して言う。
「腐ってなどいられないよ。大事な人が私を見ま」

「うひょー」

「………」
「………」
「腐敗すると発酵するの違いは人間に役に立つか立たないかであり人生は常に発酵している。
うむ。今にも酸っぱい香りが……うぷ。この話は今度の食事のときにでも」
『さやま みやした むし?』
 いつの間にか宮下の手から降りていた草の獣がどこかで見た虫を銜えていた。ちなみに消化器官は無いので銜えてるだけだ。
 佐山はごほんと咳払いをして着衣を正し息を吸う。そして指を刺しつつ一息で叫ぶ。
「オーフェン君改めサッシー二号の友人、元サッシー二号君ではないか……!」
「俺の名前を勝手に改めるなっ! あと誰がそいつの友人だ!」
 後ろの森からオーフェンが飛び出してきた。全力否定しながら。
「真の友情とは耳掻きの綿の部分を噛まない猫と生まれる。By俺の親父の一人息子。
つまり俺を既に甘噛みしているこの生物と友情は生まれるかということだ」
 オーフェンが肩を落とし、半目になる。まあいいやと前置きし彼は佐山を見た。
「また会ったな佐山…だっけか。ここでなにし」
                          放送が鳴った。

704タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:29:19 ID:2t9YUTeo
【E-7/森/1日目・18:00】
【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:平常。
[装備]:鈍ら刀、携帯電話、黒い卵(天人の緊急避難装置)
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
    PSG−1(残弾ゼロ)、マントに包んだ坂井悠二の死体
[思考]:佐山に会わないように急いでマンションへ
 ・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。
 ※携帯電話はリナから預かりました

【D-6/湖南の岬/1日目・18:00】
『不気味な悪役』
【佐山御言】
[状態]:左手ナイフ貫通(神経は傷ついてない。処置済み)。服がぼろぼろ。
[装備]:G-Sp2、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水2000ml) 、
    PSG−1の弾丸(数量不明)、地下水脈の地図  木竜ムキチの割り箸
[思考]:参加者すべてを団結し、この場から脱出する。 オーフェンと会話。
[備考]:親族の話に加え、新庄の話でも狭心症が起こる (若干克服)

705タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:30:22 ID:2t9YUTeo
【宮下藤花】
[状態]:足に切り傷(処置済み)
[装備]:草の獣
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml) ブギーポップの衣装
[思考]:佐山についていく

※チーム方針:E-5の小屋に行き、その後マンション、教会へ。

【オーフェン】
[状態]:疲労。身体のあちこちに切り傷。
[装備]:牙の塔の紋章×2、スィリー
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1000ml)
[思考]:クリーオウの捜索。ゲームからの脱出。 佐山と会話。
    0時にE-5小屋に移動。
    (禁止エリアになっていた場合はC-5石段前、それもだめならB-5石段終点)

706魔女集会1/5 ◆a6GSuxAXWA:2006/03/03(金) 01:15:08 ID:Ala6bp1I
 ゆらゆら、ゆらゆら。ふわふわ、ふわふわ。
 視界が揺らぐ。
 思考が歪む。
 ゆらゆら、ゆらゆら。ふわふわ、ふわふわ。
 鈍る感覚。
 火照る額。
 声が聞こえる。
「――かに……たしは、さと……」
 ゆらゆら、ゆらゆら。
 視界が揺らぐ。
 ふわふわ、ふわふわ。
 思考が歪む。
 ゆらゆら、ゆらゆら。
 鈍る感覚。
 ふわふわ、ふわふわ。
 火照る額。
 熱い。熱い。カラダがアツ――――


      ◆◆◆


「ぁ……ぅ、ん……?」
 ぴちゃ――ん。
 水滴の弾ける音が、耳に届いた。
 それと同時に、十叶詠子は覚醒する。
 額の熱に僅かに眉をひそめつつ――重い瞼を開くと、
「気がついた?」
 天井を背景に、一人の少女の顔があった。

707魔女集会2/5 ◆a6GSuxAXWA:2006/03/03(金) 01:16:09 ID:Ala6bp1I
「ん……」
 詠子は曖昧な声を返しながら、鈍痛の居座った頭で現状を確認。
 ここはバスルーム――湖に落下したことからして、どうやら自分は眼前の少女に保護されたらしい。
 バスタブの中で抱きすくめられるように湯に漬けられている事からして、相当に身体を冷やしてしまったようだ。
 額の鈍痛も、それが原因だろうか。
「……けほっ」
 小さな咳が、口から漏れる。
 口の中から僅かに、泥の味がする。
「ここはD−8の港の民家で、私は佐藤聖。……あなたは?」
 一語一句を噛んで含めるように、優しげな口調で少女――聖が言う。
 脇の辺りに添えられた聖の手が、ゆっくりと詠子の肢体を撫でる。
「私は……十叶詠子、だよ」
 その手の動きにくすぐったさを感じ、詠子は熱い湯の中で少しだけ身じろぎをする。
「――よろしくね。“牙持つ兎”さん?」
「…………!?」
 今度は聖が身じろぎする番だった。
 詠子はその背に当たる柔らかさを感じつつ、謳うように囁きかける。
「あなたは兎。
 心の底の暗闇を恐れて明るく振舞うあなたは、まるで寂しさで死んでしまう兎みたい。
 ――そんな可愛らしいあなただから、きっと新しい牙にも馴染めたのね。
 だってその牙があれば、」


「……黙りなさい」


 聖の形相が一変していた。
 詠子の見透かすような言葉に対する怒りか、それとも警戒のためだろうか。
 伸びた牙は美しい相貌とも相俟って、見るものに与える威圧は並みのものではない。
「恐いなあ。私の力じゃあなたの牙には抗えないのに、何をそんなに怒っているの?」
 だが、詠子の顔に浮かんだ微笑みは揺るがない。

708魔女集会2/5 ◆a6GSuxAXWA:2006/03/03(金) 01:17:13 ID:Ala6bp1I
 むしろその笑みに何を感じたのか、湯の中にありながら聖の身体が僅かに震え――
「黙りなさい、って言っているでしょう? 私が優位にあるのだから、私の命令はきちんと聞きなさい」
 詠子を抱きすくめる聖の腕に、力がこもる。
 半病の詠子には、抗えぬ力だ。
 しかしその腕に締め上げられながらも、“魔女”の微笑みは揺るがない。
「――ッ。……いいわ。ちゃんと身体に仕込んであげるんだから」
 言葉と共に詠子の首筋に聖の牙が迫り……しかし、その牙は詠子の皮膚を破る事はなかった。
「ん、っ……」
 牙と吐息が、詠子の首筋をなぞる。
 くすぐったげに身をよじる詠子を、聖はその力で強引に押さえ込む。
 手指が胸元で蠢き、肋骨を奏でるように撫で――
「ふふ、恐い――?」
「まさか。“魔女”は魔性に身を捧げて力を得る者、だか、ら……ふ……ぁ、っ!」
 水音と共に、詠子の腰が小さく跳ねた。 
「んー、ここが弱点?」
 牙を伸ばしたままの聖は、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべながら腕の中の詠子を弄ぶ。
 ぴちゃ――ん。
 と、天井から結露の水滴が落下し……弾けた。


      ◆◆◆


 それから、どれだけの時間が経ったのだろう。
 詠子に身を絡めた聖は、朱みを帯びた白磁の首筋に、ゆっくりと乳白色の牙を突き立てた。
「ひ、ぅ……」
 びくり、と弓なりに身体を反らせながら、声ともならぬ声を漏らす詠子。
 聖の口の鮮血が滴り、その数滴が浴槽へと沈み、薄く広がり――

709魔女集会4/5 ◆a6GSuxAXWA:2006/03/03(金) 01:18:09 ID:Ala6bp1I
「ホントはもっと可愛く鳴かせて、もっと従順にして、それから吸おうと思っていたんだけど……」
 傷口に、ぴちゃり、ぴちゃりと舌を這わせながら、聖が呟く。
 その言葉に込められた忌々しげな調子は、いったん隣家に戻ったある存在に向けられていた。
「まあ、いいわ。これで詠子ちゃんも私の仲間……ね?」
 次いで耳朶を噛みながらの甘い囁きに、詠子はゆっくりと頷く。


「そうだね。……そしてあなたも、私の仲間」


 どこか禍々しい響きを持った言葉に、聖は一瞬怯み――そして、気付いた。
 浴槽も、天井も、詠子も。
 何もかもが、二重写しに見えている事に。
「魔女の血は『ヨモツヘグリ』――人でなき者であるイザナミノミコトを死の世界の住人とした黄泉の食物」
 謳うように、詠子は囁きを返す。
「神も人も、そして魔も――『ヨモツヘグリ』の力は、変わりがないみたいだねえ」
 聖は、その言葉に対して何も返すことが出来ない。
 二重の視界いっぱいに映る――新たに認識された、もう一つの世界。
 参加者たちの目を一定箇所から逸らさせ、また特定の感情を抑制し、特定の感情を昂ぶらせる――
 そのためにこの島に仕掛けられた、無数の魔術的な記号。
「あ、あ……」
 それらを一度に理解してしまったが故に――聖は猛烈な眩暈と酩酊に襲われていた。 
「ふふ――なんだかとっても気分がいいな」
 吸血鬼化の影響で、体調が一気に回復した詠子が呟く。
「これから、どうしようかなあ……?」

710魔女集会5/5 ◆a6GSuxAXWA:2006/03/03(金) 01:19:48 ID:Ala6bp1I
【D-8/民宿/1日目/16:50】
【vampire and witch】

【十叶詠子】
[状態]:吸血鬼化(身体能力上昇)開始。それに伴い体調はほぼ復調。
[装備]:『物語』を記した幾枚かの紙片 (半乾き。脱衣場に)
[道具]:デイパック(泥と汚水がへばりついた支給品一式、食料は飲食不能、魔女の短剣)
[思考]:なんだか血が吸いたいような気もするけど、これからどうしようか?

【佐藤聖】
[状態]:吸血鬼化(身体能力大幅向上)完了。魔女の血により魔術的感覚を得るが、ショックで酩酊状態。
[装備]:剃刀(脱衣場に)
[道具]:支給品一式(パン6食分・シズの血1000ml)、カーテン
[思考]:世界が二重に見えて、気持ちが悪い。子爵にどう対応するべきか。
[備考]:シャナの吸血鬼化が完了する前に聖が死亡すると、シャナの吸血鬼化が解除されます。
    首筋の吸血痕は完全に消滅しています。子爵に名を名乗りました。

711darkestHour1/4 ◆jxdE9Tp2Eo:2006/03/04(土) 13:40:50 ID:4pUpOwFs
完全に日が沈んだ中、快適そうに伸びをする美姫、ついに彼女の時間が到来したのだ。
かぐわしき夜の香気を味わう彼女だが、何かを感じたのだろうか?
アシュラムを招きよせて何かを命ずる。
「以前から目をつけていた者に出会えそうじゃ…お前は宗介らをつれて控えておれ、よしと言うまでは
姿を出してはいかぬぞ」
アシュラムは少し戸惑ったが、御意と呟くと宗介らを伴い…物陰へと潜む、そして…。

千絵を担いでマンションへと戻ろうとしている、リナは異様な気配を感じる…。
(この気配…)
それは吸血鬼だったころの千絵の気配と非常に似通っていた。
「さっそくビンゴってわけね」
にやりと笑うリナ、かなり強力な吸血鬼であることは予想できるが…
懐の十字架に触れる、こいつで脅せばいいだけだ。
まずはその顔を拝見しよう、リナは気配の元へと向かった。

(うわ…)
いざ対面し、雲の間からわずかに漏れる月明かりに照らされた美姫の顔を見て、
感嘆の言葉を漏らすリナ…これほど美しい女性は見たこともないし、これから見ることもないだろう。
それにこの溢れる気品は何だろうか?
(だめよ、正気を保たないと)
ぶんぶんと首を振って、気分を切り替えようとするリナを楽しそうに見やる美姫。
「伴侶については気の毒であったの、その後どうしておった」
「どういたしまして…ガウリィだけじゃなくてゼロスもアメリアもゼルガディスも死んだわ」
「ほう、それは気の毒にの」
「はぁ!」
他人事な物言いに声を荒げるリナ。
「アメリアを殺したのはあんたの手下でしょうが!そうやって自分の部下使って生き残ろうとしてんでしょう!」
「わたしも死ぬのが怖いのでな…それともおまえは他の誰かが生き残ろうと思う意思を否定するのか?」
白々しく言い返す美姫。

712DarkestHour2/4 ◆jxdE9Tp2Eo:2006/03/04(土) 13:41:55 ID:4pUpOwFs
「だが思い違いをしておる、私が悦びを与えたのは一人だけじゃ、それに私は誰一人殺しておらぬ
文句があるのならば、その聖とかいう娘に言うがよい」
「責任を転嫁するの!」
「ほう?ならば問う、お前たちも戦う術は学んでいよう、その力で過ちを犯した場合
その責は誰が追わねばならぬ?力を行使した者であって、それを授けた者ではあるまい」
「わたしは確かに一人の娘に悦びを与えた、だがその与えられたものをどう使うかはあの娘個人の勝手じゃ
わたしは何も預かり知らぬ」

「じゃあアンタは何もやっちゃいないというの?」
「その通りじゃ、わたしは何一つしておらぬ、まぁ午睡の最中銃を突きつけられ、
その上、大上段に立ったぶしつけな交渉を持ちかけられたことはあったがの」
ぬけぬけと言い放つ美姫、普段のリナならば許しはしないところだが、
美姫の美しさと放たれるカリスマといってもいい雰囲気に圧倒されて二の句が告げない。
「じゃあ…話題を変えましょ、あたしも無用な争いはこの際避けたいの、だから…
アンタのこれまでの事に関して目を瞑る代わりに手を組まない?…元に戻して欲しい仲間がいるのよ」

「そうじゃな…」
リナの申し出に美姫の目が意地悪く光り、そして彼女はテーブルに素足を投げ出した。
「ならば土下座せよ、それからその口でこの足に接吻せよ…そしてこう言うのだ
お美しい姫君よ、非才にして非礼な私の力では仲間を救うことができません、どうかどうかあなた様のお力で
私の仲間を救っていただけないでしょうか?お願いいたします、との」
周囲の空気が凍りつく、
「アンタ何いってんの…」
リナの歯軋りの音が夜の庭園に響く。

「できぬのか?」
「ふざけんじゃないわよ!」
もう耐えられない、こちらとしては譲歩に譲歩に重ねてやったのだ、それを…付け上がるにも程がある。
幸い、こちらには切り札がある。
「この天才美少女魔道士、リナ=インバースが薄汚い化け物風情に膝を屈するわけないじゃないの!」

713DarkestHour3/4 ◆jxdE9Tp2Eo:2006/03/04(土) 13:44:04 ID:4pUpOwFs
「本音が出おったわ」
予想していたかのように美姫がまた微笑み、リナはあわててその顔から視線をそらす。
「散々えらそうな口利いていても、アンタの弱点なんか、とうにお見通しなんだからね!」
その言葉と同時にリナは懐から手製の十字架を取り出し、美姫に突きつける。
「ぐっ…」
今度は美姫が後ずさる番だった。
「どう?ザコの分際でよくもへらず口叩いてくれたわね!何が土下座よ!足に接吻よ!ああん?
いい!顔だけは勘弁してあげるから、この十字架を心臓に押し当てられたくなければ
おとなしく従うことね!わかった!?…だからまずは」

「わ…わかった…それで」
リナの天地が逆転する。
「気は済んだかの?」
自分が背負い投げを食らったと気がついたのは、地面に叩きつけられてからだった。
「そのような玩具が四千の齢を重ねた私に通じるはずがないであろう?流水も大蒜も白銀も陽光すらもわたしには
何の妨げにもならぬ」
多少のハッタリが入っているのだが、その言葉を聴いたリナの顔に明らかな狼狽が走る。
美姫はくぃとリナの顎を掴んでそして耳元で囁く。
「さて、手の内を晒しあったところでもう一度問おう…どうする?」
リナは無言でまた顔を逸らす。
「己もあの者たちと同じか?己を優位におかねば何も話せぬか?その上、一時の恥と友の命、天秤にすら掛けられぬか?」
一つ一つの言葉がリナに重くのしかかる。

「行くぞ、見込み違いもいいところじゃ…この者ならば」
(わたしを滅ぼすにふさわしき者の1人と思っておったのにの)
と誰にも聞こえぬように呟くと背中を向けた美姫の言葉にアシュラムが従い、ついで物陰から宗介とかなめが姿を現す。
リナから遠ざかるその姿は隙だらけだ…反射的にリナは呪文を口ずさみ始める。
「悪夢の王の一片よ… 」
「ほう?大義もなしにわたしを討つか、ならばお前も所詮は大言を吐くだけの殺人者じゃの…私を討ちたくば
悠久の時を生きる吸血鬼を討つのならばそれにふさわしき礼を尽くせ…
さもないかぎりわたしはお前の望む土俵には決して上がらぬぞ」
もうリナに呪文を唱える意思はのこっていなかった。

美姫が立ち去った後、へたりこむリナ…何も出来なかった。
「あたしは…アイツには勝てない…だって」
正確には違う…たしかに強大だが竜破斬か神滅斬を直撃させればおそらく物理的に倒すことは可能だろう…しかし。
リナの脳裏に一人の女性の姿が浮かぶ、もちろんその姿も声も美姫のものとはまるで似つかない、だが
まぎれもなく…それは…。
「アイツ…姉ちゃんと…おんなじだ」

714DarkestHour4/4 ◆jxdE9Tp2Eo:2006/03/04(土) 13:48:20 ID:4pUpOwFs
【D-6/公園/1日目/18:15】
【リナ・インバース】
[状態]:精神的に動揺、美姫に苦手意識
[装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:支給品二式(パン12食分・水4000ml)、
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存。管理者を殺害する。
    まずはシャナ対応組と合流する。

【海野千絵】
[状態]:吸血鬼化回復(多少の影響は有り?)、血まみれ、気絶、重大なトラウマ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:………………。
[備考]:吸血鬼だった時の記憶は全て鮮明に残っている。

【D-6/公園/1日目/18:15】
『夜叉姫夜行』
【美姫】
[状態]:通常
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:島を遊び歩いてみる。

【アシュラム】
[状態]:健康/催眠状態
[装備]:青龍堰月刀
[道具]:冠
[思考]:美姫に仇なすものを斬る/現在の状況に迷いあり

【相良宗介】
[状態]:健康。
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:どんな手段をとっても生き残る、かなめを死守する

【千鳥かなめ】
[状態]:通常
[装備]:エスカリボルグ
[道具]:荷物一式、食料の材料。鉄パイプのようなもの。(バイトでウィザード「団員」の特殊装備)
[思考]:宗介と共にどこまでも

715DarkestHour(修正)  ◆jxdE9Tp2Eo:2006/03/06(月) 18:21:07 ID:JCBd.oTo
完全に日が沈んだ中、快適そうに伸びをする美姫、ついに彼女の時間が到来したのだ。
かぐわしき夜の香気を味わう彼女だが、何かを感じたのだろうか?
アシュラムを招きよせて何かを命ずる。
「以前から目をつけていた者に出会えそうじゃ…お前は宗介らをつれて控えておれ、よしと言うまでは
姿を出してはいかぬぞ…それから宗介よ」
美姫は宗介を呼び止めて囁く。
「これから私が出会う者の姿、しかと見ておくがよい」
「それはどういう…」
「わからぬか、そなたら2人生き残るには私をも踏み台にせねばならぬかもしれぬということよ」
宗介は訝しげに首を傾げたが、先にアシュラムが御意と呟くと宗介らを伴い…物陰へと潜んでいく、
そして…。

千絵を担いでマンションへと戻ろうとしている時、リナは異様な気配を感じた。
(この気配…)
それは吸血鬼だったころの千絵の気配と非常に似通っていた。
「さっそくビンゴってわけね」
にやりと笑うリナ、かなり強力な吸血鬼であることは予想できるが…
懐の十字架に触れる、こいつで脅せばいいだけだ。
まずはその顔を拝見しよう、リナは気配の元へと向かった。

(うわ…)
夜の公園でいざ対面し、雲の間からわずかに漏れる月明かりに照らされた美姫の顔を見て、
感嘆の言葉を漏らすリナ…これほど美しい女性は見たこともないし、これから見ることもないだろう。
それにこの溢れる気品は何だろうか?
(だめよ、正気を保たないと)
ぶんぶんと首を振って、気分を切り替えようとするリナを楽しそうに見やる美姫。
「伴侶については気の毒であったの、その後どうしておった」
「どういたしまして…ガウリィだけじゃなくてゼロスもアメリアもゼルガディスも死んだわ」
「ほう、それは気の毒にの」
「はぁ!」
他人事な物言いに声を荒げるリナ。
「アメリアを殺したのはあんたの手下でしょうが!そうやって自分の部下使って生き残ろうとしてんでしょう!」
「わたしも死ぬのが怖いのでな…それともおまえは他の誰かが生き残ろうと思う意思を否定するのか?」
白々しく言い返す美姫、

716DarkestHour(修正)  ◆jxdE9Tp2Eo:2006/03/06(月) 18:22:21 ID:JCBd.oTo
「だが思い違いをしておる。私は誰一人直接手は下しておらぬ、
文句があるのならばその聖とかいう娘に言うがよい」
「責任を転嫁するの!」
「ほう?ならば問う、お前たちも戦う術は学んでいよう、その力で過ちを犯した場合
その責は誰が追わねばならぬ?力を行使した者であって、それを授けた者ではあるまい」
「それは…」
詭弁だが的を得ている、言い返せない。
「わたしは確かに一人の娘に悦びを与えた、だがその与えられたものをどう使うかはあの娘個人の勝手じゃ
わたしは何も預かり知らぬ」

「じゃあアンタは何もやっちゃいないというの?」
「その通りじゃ、重ねて言うがわたしは何一つしておらぬ、まぁ午睡の最中銃を突きつけられたり、
 大上段に立ったぶしつけな交渉を持ちかけられたことはあったがの」
ぬけぬけと言い放つ美姫、普段のリナならば許しはしないところだが、
美姫の美しさと放たれるカリスマといってもいい雰囲気に圧倒されて二の句が告げない。
「じゃあ…話題を変えましょ、あたしも無用な争いはこの際避けたいの、だから…
アンタのこれまでの事に関して目を瞑る代わりに手を組まない?…元に戻して欲しい仲間がいるのよ」

「そうじゃな…」
リナの申し出に美姫の目が意地悪く光り、そして彼女はテーブルに素足を投げ出した。
「ならば土下座せよ、それからその口でこの足に接吻せよ…そしてこう言うのだ
お美しい姫君よ、非才にして非礼な私の力では仲間を救うことができません、どうかどうかあなた様のお力で
私の仲間を救っていただけないでしょうか?お願いいたします、との」
「アンタ何いってんの…」
リナの歯軋りの音が夜の庭園に響く。
周囲の空気が凍りつく、かなめが息を呑む、宗介すらも固唾を呑んだ。
「できぬのか?」
「ふざけんじゃないわよ!」
もう耐えられない、こちらとしては譲歩に譲歩に重ねてやったのだ、それを…付け上がるにも程がある。
幸い、こちらには切り札がある。
「この天才美少女魔道士、リナ=インバースが薄汚い化け物風情に膝を屈するわけないじゃないの!」

717DarkestHour(修正)  ◆jxdE9Tp2Eo:2006/03/06(月) 18:23:02 ID:JCBd.oTo
「本音が出おったわ」
予想していたかのように美姫がまた微笑み、リナはあわててその顔から視線をそらす。
「散々えらそうな口利いていても、アンタの弱点なんか、とうにお見通しなんだからね!」
その言葉と同時にリナは懐から手製の十字架を取り出し、美姫に突きつける。
「ぐっ…」
今度は美姫が後ずさる番だった。
「どう?ザコの分際でよくもへらず口叩いてくれたわね!何が土下座よ!足に接吻よ!ああん?
いい!顔だけは勘弁してあげるから、この十字架を心臓に押し当てられたくなければ
おとなしく従うことね!わかった!?…だからまずは髪の毛で隠してるほうの顔をみせ…」

「わ…わかった…それで」
リナの天地が逆転する。
「気は済んだかの?」
自分が背負い投げを食らったと気がついたのは、地面に叩きつけられてからだった。
「そのような玩具が四千の齢を重ねた私に通じるはずがないであろう?流水も大蒜も白銀も陽光すらもわたしには
何の妨げにもならぬ」
多少のハッタリが入っているのだが、その言葉を聴いたリナの顔に明らかな狼狽が走る。
美姫はくぃとリナの顎を掴んでそして耳元で囁く。
「さて、手の内を晒しあったところでもう一度問おう…どうする?」
リナは無言でまた顔を逸らす。
「己もあの者たちと同じか?己を優位におかねば何も話せぬか?その上、一時の恥と友の命、天秤にすら掛けられぬか?」
一つ一つの言葉がリナに重くのしかかる。

「行くぞ、見込み違いもいいところじゃ…この者ならば」
(わたしを滅ぼすにふさわしき者の1人と思っておったのにの)
と誰にも聞こえぬように呟くと背中を向けた美姫の言葉にアシュラムが従い、
ついで物陰から宗介とかなめが姿を現す。
リナから遠ざかるその姿は隙だらけだ…反射的にリナは呪文を口ずさみ始める。
「黄昏よりも… 」
「ほう?大義もなしにわたしを討つか、ならばお前も所詮は大言を吐くだけの殺人者じゃの…私を討ちたくば
悠久の時を生きる吸血鬼を討つのならばそれにふさわしき礼を尽くせ…
さもないかぎりわたしはお前の望む土俵には決して上がらぬぞ」
心技体すべてにおいて打ちのめされたリナに呪文を唱える意思はのこっていなかった。

美姫が立ち去った後、へたりこむリナ…何も出来なかった。
「あたしは…アイツには勝てない…だって」
正確には違う…たしかに強大だが竜破斬か神滅斬を直撃させればおそらく物理的に倒すことは可能だろう…しかし。
リナの脳裏に一人の女性の姿が浮かぶ、もちろんその姿も声も美姫のものとはまるで似つかない、だが
まぎれもなく…それは…。
「アイツ…姉ちゃんと…おんなじだ」

718DarkestHour(修正)  ◆jxdE9Tp2Eo:2006/03/06(月) 18:24:25 ID:JCBd.oTo
【D-6/公園/1日目/18:15】
【リナ・インバース】
[状態]:精神的に動揺、美姫に苦手意識(ラナの姿を重ねています)
[装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:支給品二式(パン12食分・水4000ml)、
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存。管理者を殺害する。
    まずはシャナ対応組と合流する。

【海野千絵】
[状態]:吸血鬼化回復(多少の影響は有り?)、血まみれ、気絶、重大なトラウマ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:………………。
[備考]:吸血鬼だった時の記憶は全て鮮明に残っている。

【D-6/公園/1日目/18:15】
『夜叉姫夜行』
【美姫】
[状態]:通常
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:島を遊び歩いてみる。

【アシュラム】
[状態]:健康/催眠状態
[装備]:青龍堰月刀
[道具]:冠
[思考]:美姫に仇なすものを斬る/現在の状況に迷いあり

【相良宗介】
[状態]:健康、ただし左腕喪失
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:どんな手段をとっても生き残る、かなめを死守する

【千鳥かなめ】
[状態]:通常
[装備]:エスカリボルグ
[道具]:荷物一式、食料の材料。鉄パイプのようなもの。(バイトでウィザード「団員」の特殊装備)
[思考]:宗介と共にどこまでも

719紫煙―smoke―(1/2) ◆5KqBC89beU:2006/03/09(木) 21:59:57 ID:K0OHwYzw
 霧の中、甲斐氷太はA-2にある喫茶店の前に立っていた。
(さて、今度こそ誰か隠れててくれねえもんかね)
 適当に周囲を探索して回り、しかし誰とも会わないまま、甲斐は今ここにいる。
 途中、争うような喧騒を耳にしてはいたが、甲斐は無視した。いかにもカプセルを
のませにくそうな参加者にわざわざ会いにいく気は、とりあえずない。逃げるために
遠ざかるつもりも、とりあえずないが。
 今のところ、甲斐の目的は、悪魔戦を楽しめそうな相手を見つけることだった。
 風見とその連れを殺したいとも思ってはいるが、再戦できるかどうかは運次第だ。
 故に、甲斐はただ黙々と探索を続けていたのだった。
(……ウィザードの代わりなんざ、いるわきゃねえけどな)
 カプセルは、のめば誰でも悪魔を召喚できるというようなクスリではない。
 悪魔を召喚する素質のない参加者にカプセルを与えても、悪魔戦は楽しめない。
 何が素質を決定している因子なのか、甲斐は明確には知らない。しかし、精神的に
不安定な者は悪魔を召喚できるようになりやすい、という傾向なら知っていた。
 戦えない者なら、この状況下で精神的に安定しているとは考えにくく、悪魔を召喚
できるようになる可能性が高い。また、そういう相手にならカプセルをのませやすい。
(弱え奴が隠れるとしたら、こんな感じの、中途半端な場所の方が好都合だろ)
 立地条件のいい場所には人が集まりやすい。誰にも会いたがっていない者ならば、
他の参加者が滞在したがりそうな場所を避けてもおかしくない。
 この辺りの市街地は、便利すぎず、かといって不便すぎることもない。
 大都会というほどではないものの、それなりに建物があって隠れ場所には困らず、
物資を調達しやすそうだ。しかし、島の端なので逃走経路が限られており、遮蔽物の
乏しい西には逃げにくい。強さか逃げ足に自信がある者なら、ここより南東の市街地に
向かいたがるだろう。この場所ならば、弱者が隠れていても不思議ではない。
 『ゲーム』の終盤から殺し合いに参加しようとする者や、休憩しにきた殺人者も、
ひょっとしたら隠れているかもしれないわけだが。
 カプセルを口に放り込み、甲斐は喫茶店の扉を開けた。

720紫煙―smoke―(2/2) ◆5KqBC89beU:2006/03/09(木) 22:01:04 ID:K0OHwYzw
 結局、喫茶店には誰も隠れていなかった。
(面白くねえ)
 どうやら、現在A-2には甲斐以外の参加者がいないらしい。
 すぐ東で激戦があったようだが、付近を通過するような足音は聞こえてこない。
(もう、いっそのこと……いや、それとも……)
 思案しながら甲斐は煙草を取り出し、口にくわえて、店のガスコンロで点火した。
 煙が吸い込まれ、吐き出される。
(あー、くそ、体のあちこちが痛え)
 煙草を片手にカプセルを咀嚼する姿は、どうしようもなくジャンキーらしかった。


【A-2/喫茶店/1日目・17:55頃】

【甲斐氷太】
[状態]:左肩から出血(銃弾がかすった傷あり)/腹に鈍痛/あちこちに打撲
    /肉体的に疲労/カプセルの効果でややハイ/自暴自棄/濡れ鼠
[装備]:カプセル(ポケットに十数錠)/煙草(1/2本・消費中)
[道具]:煙草(残り13本)/カプセル(大量)/支給品一式
[思考]:次に会ったら必ず風見とBBを殺す/とりあえずカプセルが尽きるか
    堕落(クラッシュ)するまで、目についた参加者と戦い続ける
[備考]:『物語』を聞いています。悪魔の制限に気づいています。
    現在の判断はトリップにより思考力が鈍磨した状態でのものです。

721虚偽を頭に笑みを浮かべよ(1/8) ◆5KqBC89beU:2006/03/15(水) 22:11:22 ID:K0OHwYzw
 九連内朱巳は思考する。
 今ここで裏切りたくなるような利点が相手にないということ、それを彼女は信じる。
 ついさっき会ったばかりの相手の、あるかどうか判らない良心を信じるつもりなど、
彼女にはない。
 朱巳は視線を巡らせる。
 神社で休憩していた三人には、なんとなく悪人ではないような印象があった。
 善人を演じているのかもしれない。本物の善人なのかもしれない。善人を演じている
なら、故意にそうしているのかもしれないし、無自覚にそうしているのかもしれない。
 三人の間には信頼関係があるように見える。お互いの裏切りを少しも疑っていない
ような雰囲気がある。もしも演じているのだとすれば、かなりの演技力だ。
 短時間での見極めは不可能だと結論し、朱巳は判断を保留した。
 とりあえず、今はまだ三人とも危険そうには見えない。それだけ判れば充分だった。
 朱巳に利用価値がある限り、この三人は朱巳の敵にはならない。
 無論、利害が一致しなくなれば、すぐに敵同士へと逆戻りだが。
 朱巳は視線を連れに向ける。
 ヒースロゥ・クリストフは“罪なき者”を守らずにはいられない。演じているのでは
なく彼は本当にそういう性分をしている、と朱巳は推測する。
 朱巳が“罪なき者”であり続ける限り、ヒースロゥは朱巳を守ろうとするだろう。
 ひょっとすると朱巳が足手まといになってヒースロゥは死ぬかもしれないわけだが、
朱巳の助言がなければ彼は休憩しないで他の参加者を探し回っていたかもしれないし、
その結果、万全とは言い難い状態で誰かと戦って殺されていたかもしれない。
 対等かどうかはともかく、持ちつ持たれつの関係ではある。
 ヒースロゥの言動からは、義理堅い性格が垣間見えていた。
 恩を売っておけば、きっと彼は恩返しをしてくれるだろう。

722虚偽を頭に笑みを浮かべよ(2/8) ◆5KqBC89beU:2006/03/15(水) 22:12:35 ID:K0OHwYzw
 ヒースロゥに「ここは任せて」と言い、朱巳は三人に向かって話す。
「こっちがそっちに投降したわけだから、まずはこっちの情報から教える。あたしの
 名前は、九連内朱巳。こいつがヒースロゥ・クリストフだってのは、さっき本人が
 言ってた通り」
 既に主導権を握られているのだから、まずは従順な態度を見せて油断させておこう、
という作戦だった。
 三人も、それぞれ自分の名前を告げた。それを記憶し、朱巳は語り始める。
「あたしが送られた場所は海岸沿いの崖だった。座標で言うなら――」
 嘘は必要なときに必要なだけつくべきだ。故に、朱巳は必要以上の嘘をつかない。
 話し始めてすぐに、ヘイズが何かをメモに書いて朱巳に渡した。
『そのまま続けてくれ。だが、話の内容には気をつけろ。呪いの刻印には盗聴機能が
 ある。反応はするな。筆談してるとバレちまう。「奴らに聞かれると困ること」が
 書いてあるメモを渡すから、読んでみてくれ』
 平然と話しながら朱巳は頷き、そのメモをヒースロゥに渡す。彼は目を見開いたが、
すぐに落ち着いた様子で首肯してみせた。
 屍刑四郎に同行してヒースロゥと会ったところまで朱巳は語り、ヒースロゥに視線で
合図する。今度は彼が、朱巳や屍と遭遇する以前の出来事を語り始めた。
 その間に朱巳は渡されていたメモを熟読し、返事を書く。
『刻印に盗聴機能があっても、それ以外に監視手段がないという証拠にはならない。
 すごい技術で作られた豆粒くらいの監視装置があちこちに仕掛けられてたりするかも
 しれないし、すごい魔法か何かで常に見張られているのかもしれない。考えすぎかも
 しれないから筆談は続けるけど、「筆談すれば大丈夫だ」なんて思わない方がいい』
 朱巳からメモを受け取った三人は、それぞれ苦い顔をした。
 参加者たちは全員、無理矢理『ゲーム』に参加させられて、“主催者の気が変われば
今すぐ即死させられても不思議ではない”という状態にまで追い詰められている。
 この島に連れてこられている時点で、既に一度、主催者側に完敗したも同然だ。
 ちょっとやそっとで主催者側を出し抜けるはずがないし、そう簡単に『ゲーム』から
脱出できるはずもない。

723虚偽を頭に笑みを浮かべよ(3/8) ◆5KqBC89beU:2006/03/15(水) 22:13:31 ID:K0OHwYzw
 さらに朱巳はメモを渡す。
『奴らは「プレイヤー間でのやりとりに反則はない」なんて言うような連中だから、
 この筆談がバレても今すぐどうにかされる危険性は低いはず。本当に危なくなるのは
 あんたたちが刻印を解除できるようになってからでしょうね。残念ながら、あたしも
 ヒースロゥも刻印解除の手掛かりになるような情報は知らないから、まだ先の話よ』
 手掛かりを知らない程度のことで朱巳たちを見限れるほどの余裕など、今の三人には
ない。ここは正直に手札を晒すべきところだ、と朱巳は状況を分析する。
「ずいぶん冷静なんだね」
「慌てるだけで事態が好転するなら、いくらでも慌ててみせるよ」
 火乃香が言い、朱巳が応じる。
『誰がどんな切り札を隠していたとしても、今さら驚いたりしない』
 言い添えるように差し出されたメモを読み、火乃香は興味深げに朱巳を観察した。
「A-3で、紫色の服を着た男に戦いを挑まれた。そいつはフォルテッシモと――」
「あいつに会ったのか?」
 ヒースロゥの説明をヘイズが遮った。五者五様に皆が驚く。
「空間を裂いて攻撃してくる野郎だろ? だったら間違いない」
「知っているのか!?」
 反射的に尋ねたヒースロゥに、感情を抑えた声音でヘイズは語る。
「海洋遊園地で戦った。あいつに仲間が一人殺されたよ。必死で両足に傷を負わせて、
 さっさと退散しようとしたら、あいつを残してきた方から別の襲撃者が現れた」
「な……では、フォルテッシモは――」
「さぁな。生きてるのか死んでるのかオレは知らねぇが、どうせもうすぐ放送で判る」
 一瞬、皆が口を閉ざす。ただし、それぞれ沈黙の意味は違う。
「本当なの?」
「ああ、歯車様に誓って嘘じゃない」
「もしも嘘だったとしたら、嘘でした、なんて正直に答えるはずねぇだろうけどな」
「本当だよ」
 朱巳の問いにコミクロンが答え、ヘイズと火乃香が続く。
 ヒースロゥと朱巳は「……歯車様?」と異口同音につぶやきつつ、困惑している。
「ま、それはさておき、続きを話してくれるか」
 ヘイズの言葉に、呆然とした表情でヒースロゥは頷いた。

724虚偽を頭に笑みを浮かべよ(4/8) ◆5KqBC89beU:2006/03/15(水) 22:14:33 ID:K0OHwYzw
 朱巳や屍と会ったところまでヒースロゥが語り終え、再び朱巳が語り手になる。
「ヒースロゥの探してる十字架っていうのは――」
 朱巳は要点だけを手短にまとめて話していく。
「で、あたしたちが休憩してたら、そこへ無駄に整った顔立ちの剣士が現れたわけよ。
 屍の支給品だった椅子がその剣士の宝物だったらしくて、なんか勝手に誤解した末に
 問答無用で襲いかかってきたんだけど、あたしが説得してどうにか丸くおさめた。
 最終的には椅子を持って嬉しそうに去っていったわ、その剣士。名前は、ええと……
 ギギナ・ジャーなんとかっていう感じで、とにかくやたらと長かったのは憶えてる。
 ……作り話に聞こえるでしょうけど、本当だからね」
 しゃべりながら朱巳は肩をすくめてみせる。ヒースロゥも「本当だ」と主張する。
 あからさまに嘘くさい嘘を今つきたくなるような理由など、朱巳たちにはない。
 この三人は疑いながらも一応信じるだろう、と朱巳は予想していた。
「……ギギナにまで会ってたのか」
「……まさか、あんたたちも?」
 こんな展開は、さすがの朱巳でも予想外だったが。
「俺の右腕が動かないのは、あの野蛮人に斬られたからだ。正直、死ぬかと思ったぞ。
 しかし、あんなの説得できるのか? それに、椅子があいつの宝物だと?」
 首をかしげるコミクロンを、ヘイズと火乃香が同時に見た。
「そういう嗜好をした奴がいても、別におかしくはねぇな」
「世の中には、いろんな人がいるよね」
「ちょっと待て、お前ら、どうして俺を見て納得する!? この大天才を、椅子好きの
 人斬りなんて奇々怪々なシロモノと同列に扱うとは何事だ!」
 騒々しく叫ぶ自称大天才を無視して、ヘイズと火乃香は朱巳に問う。
「で、どうやって言いくるめたんだ?」
「降伏して戦う気をなくさせた、とか?」
 唇の前に人差し指を立て、朱巳は言った。
「内緒」
「……そーか」
「……ま、いいけど」
 ヘイズも火乃香も、結局それ以上は問い詰めなかった。

725虚偽を頭に笑みを浮かべよ(5/8) ◆5KqBC89beU:2006/03/15(水) 22:15:52 ID:K0OHwYzw
 朱巳とヒースロゥがほとんどの情報を話し終えた頃、三人が朱巳に言った。
「ところで、あんたの支給品は何だったの?」
「そーだな、それに関しては何も聞かせてもらってねぇな」
「まだ確認してないとか言ったら、指さして笑うぞ」
 ヒースロゥは無言で様子を窺っている。
 12時間に36名も死んでいる現状では、初対面の相手を警戒したくなって当然だ。
 この状況下で嘘をつくなと怒るほどヒースロゥは狭量ではない、と朱巳は判断する。
 四人の視線が向く先で、朱巳は笑って嘘をつく。
「これが、あたしの支給品」
 朱巳がデイパックから取り出して床に置いたのは――霧間凪の遺品である鋏だった。
「馬鹿と鋏は使いようって言うけれど、役に立つと思う?」
 さっき朱巳が「森で回収できた道具は鉄パイプだけだった」と言ったときと同じく、
ヒースロゥは朱巳の嘘を否定しなかった。
「その鋏に説明書は付いてなかった?」
「説明書? へぇ、そんなものが付いてる支給品もあるんだ? それは知らなかった。
 あたしの鋏にもヒースロゥの木刀にも屍の椅子にも、説明書は付いてなかったよ。
 誰が見ても一目瞭然だから、付いてなかったのかもね」
 火乃香が尋ね、朱巳が答えた。今度は朱巳が三人に訊く。
「この鋏があたしの支給品だってこと、信じてくれた?」
「ああ。オレが引き当てたトイレの消臭剤に比べれば、まともな支給品だしな」
 ヘイズが言い、火乃香やコミクロンも朱巳に頷いてみせる。
 三人の反応を朱巳は盲信しない。三人が朱巳の話を信じたということだけではなく、
ヘイズの支給品がトイレの消臭剤であるということに関しても、彼女は半信半疑だ。
 味方を巻き込みかねないとか、たった一度だけしか使えないとか、そういう武器を
ヘイズが隠し持っている可能性もある、と朱巳は思う。そして、三人は朱巳に対して
同じような印象を持っただろう、と計算する。お互いが手札を伏せている限り、手札の
優劣はお互いに判らない。伏せられた手札は、互角の影響力を双方に与える。
 手札が本当はどんなにつまらないものであっても、伏せていれば相手には判らない。

726虚偽を頭に笑みを浮かべよ(6/8) ◆5KqBC89beU:2006/03/15(水) 22:16:43 ID:K0OHwYzw
「だったら……お互いにデイパックの中身を全部出してみせたりする必要はないね。
 なんか“そうでもしないと信じられない”って感じがして嫌でしょう?」
 朱巳の提案に、三人は顔を見合わせ、やがて代表するように火乃香が言う。
「そうだね。お互いに自己申告だけで充分」
 下手に雰囲気を悪くするよりは現状を維持した方がいい、と判断した結果だろう。
 妥当な答えだ、と朱巳は胸中で評する。
 刻印解除の可能性がある限り、朱巳たちが三人を裏切る利点はないに等しい。
 裏切られる危険が少ない以上、三人としては共闘を選ぶべきだ。隠し事をしている
程度のことで朱巳たちを見限れるほどの余裕など、今の三人にはない。
 あたしは三人に疑われている、と朱巳は思う。
 だからこそ、上手くいった、と朱巳は感じる。
 疑心暗鬼で曇った目には、朱巳の隠しているものがさぞかし恐ろしげに映るだろう。
隠しているパーティーゲーム一式を見せたとき、それが単なる玩具だと見破られても、
「はったりを見破られたような演技をしてみせているだけで、こいつはまだ何か隠して
いるんじゃないのか?」という疑念は消えまい。そこに朱巳のつけいる隙がある。
 三人に「こいつらを裏切ったら何をされるか判らない」という印象を与えられれば、
いざというとき、捨て駒にされる心配をあまりせずに朱巳は行動できる。
 朱巳はサバイバルナイフも隠し持っているが、それも嘘をつくための布石だった。
 例えば、隠していたサバイバルナイフで攻撃すると見せかけて『鍵をかけて』やれば
詐術の説得力が補強される。隠してあった刃物は切り札に見え、それを囮にした『鍵を
かける能力』は真の切り札に見えるだろう。ただ『鍵をかけて』みせるよりも確実に、
相手は朱巳に騙される。念入りに隠せば隠すほど、すごいものが隠されているように
錯覚させやすくなる。その分だけ、詐術こそが真の切り札だとバレにくくなるはずだ。
「さて、放送が終わったら、今度はそっちの情報を教えてもらいましょうか」
 朱巳は不敵に笑って言う。欺くために、朱巳は笑う。

727虚偽を頭に笑みを浮かべよ(7/8) ◆5KqBC89beU:2006/03/15(水) 22:17:45 ID:K0OHwYzw
【H-1/神社・社務所の応接室前/1日目・18:00】
『嘘つき姫とその護衛』
【九連内朱巳】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1300ml)、パーティーゲーム一式、缶詰3つ、針、糸
[思考]:パーティーゲームのはったりネタを考える。いざという時のためにナイフを隠す。
    エンブリオ、EDの捜索。ゲームからの脱出。戦慄舞闘団との交渉。
[備考]:パーティーゲーム一式→トランプ、10面ダイス×2、20面ダイス×2、ドンジャラ他

【ヒースロゥ・クリストフ】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1500ml)
[思考]:朱巳について行く。相手を警戒しながら戦慄舞闘団との交渉。
    エンブリオ、EDの捜索。朱巳を守る。マーダーを討つ。
[備考]:朱巳の支給品が何なのか知りません。

[チーム備考]:鋏が朱巳の足元に、鉄パイプがヒースロゥの近くに転がっています。

728虚偽を頭に笑みを浮かべよ(8/8) ◆5KqBC89beU:2006/03/15(水) 22:19:17 ID:K0OHwYzw
『戦慄舞闘団』
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:やや貧血。
[装備]:
[道具]:有機コード、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:刻印の性能に気付いています。

【火乃香】
[状態]:やや貧血。
[装備]:
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。

【コミクロン】
[状態]:右腕が動かない。能力制限の事でへこみ気味。
[装備]:未完成の刻印解除構成式(頭の中)、刻印解除構成式のメモ数枚
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着ています。へこんでいるが表に出さない。

[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
       行動予定:嘘つき姫とその護衛との交渉。
       騎士剣・陰とエドゲイン君が足元に転がっています。
       朱巳の支給品は鋏だと聞かされています。
       朱巳たちが森で回収できた道具は鉄パイプだけだと聞かされています。

729投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:34:19 ID:JauPdxKc

「――次の放送の時に何人の名を呼ぶ事になるか、実に楽しみだ。
その調子で励んでくれたまえ」


「……24人も死んだのか」
 頭に響いた放送の残滓が消える間もなく、ヒースロゥが呟いたのを朱巳は聞いた。
 ヒースロゥの知人であるEDなる人物の名が呼ばれる事はなかった。
 それでもこの騎士は、このゲームに参加している“罪なき者”に訪れた理不尽な死を
 恨まずにはいられないようだった。
「しかも本当に統和機構の『最強』が撃破されてるなんて……予想外もいいとこじゃない。
あの男も霧間凪も退場するが早過ぎよ」
 誰にともなく呟いて朱巳は正面を見た。
 ここは神社社務所のとある部屋――応接室だ。
 彼女の視線の先、テーブルを挟んで向かい合ったソファの上には眉をひそめたバンダナの少女が
 座っていて、その背後には赤毛の男と三つ編みおさげの少年が突っ立っていた。
 
 眼前の彼らに対して朱巳はなかなか上手くやれているはずだ。
 相手に着かず離れずの距離を取って対話し、不利な事柄は何一つ明かしてはいない。
 もともと手札は相手の方が多いのだから、まともに情報交換していてはこちらが不利になるだけだ。
 故に、少ない手札をいかに用いてどれだけ相手から情報を引き出せるか、それのみが重要となる。
 しかも、相手が握っているのは「刻印の解除式」という複雑な代物で、
 ゲームから脱出したい者にとって必要不可欠な情報だ。
 ここで得た情報は、第三者との交渉において役立つだろうと朱巳は確信していた。

 そんな彼女にとって、剣士らしきバンダナの少女とその背後に立つ赤毛の男が主な交渉相手だが、
 どうやら場数を踏んでいるらしく簡単に朱巳の掌の上で踊ってくれほどのバカではないようだ。
 やはり『鍵をかける』のは奥の手として取っておくのが良いだろう。
 むしろ念入りに隠す事で、奥の手としてすごいものが隠されているように錯覚させて、
 詐術こそが真の切り札だとバレにくくさせた方が朱巳とって好都合だ。

730投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:35:36 ID:JauPdxKc
交渉を任せてくれたヒースロゥといえば朱巳の隣に座して相手の回答を吟味し、
 ときたま再質問する程度だった。
(それでも足を鉄パイプに掛けてるのよね……)
 彼が取っているのは、パイプをいつでも足先で任意の場所へ蹴り上げられる体勢だ。
 眼前の三人との出会いがあまり友好的でなかった事をヒースロゥは未だに気にしているのだろうか。
 その用心は相手にとって威圧以外の何でもないが、対話に支障が出るほどでもない。
(――むしろあたしがもっと警戒すべきね。赤毛の奇妙な技が直撃したら致命傷は確実……ったく、面倒ね)
 
 男が使った謎の攻撃は、朱巳の眼前で石を跡形もなく粉砕――もしくは解体した。
 これに対して朱巳は、赤毛の手から放たれる超音波か何かが
 対象を振動崩壊させるのだろうと推測を立てている。
 詳細は不明だが、攻防一体にして不可視な時点で危険極まりない。
 ひょっとして魔法士と名乗ったこの男、実はMPLSなのかもしれない。
 だとしたら統和機構と何らかの関わりを持っているのだろうか?
 もしも統和機構の一員ならば、始末屋などに従事している強力なMPLSか、
 一撃必殺の技を持つ暗殺タイプの合成人間かのどちらかだろう。
 小耳に挟んだ事すらない相手だが、統和機構はあまりに巨大すぎて
 朱巳ですら規模の把握は全く不可能であり、組織のどこかに『最強』級の怪物がいても可笑しくはない。
 「本当に異世界の住人で、統和機構に全く関係無い人物でした」という可能性が最も高いのだが、
 とにかく正体不明の実力者に対して隙を見せるのは危険すぎ――。

「あああああああああ!!」

 唐突に部屋内の沈黙と朱巳の思考を破ったのは、天を仰いだ白衣の少年だった。
「そんなっ! そんなバカな……しずくといーちゃんが死んだだと!?」
「ひょっとして、あんたのお仲間?」
 絶叫する少年に向かってすかさず朱巳は問いを投げかけた。
 もし、相手の精神に綻びができれば――そこに朱巳のつけいる隙がある。
 詐術の必要も無いまま、舌先だけで相手を誘導できるかもしれない。
 しかし――、
「あー、いや、ちょっとばかし理由があってコイツはその二人にご執心なんだ。
むしろしずくってやつと繋がりがあるのは――」
「しずくはあたしの知り合いだよ。そんなにベタベタした付き合いじゃなかったけど……いい子だった」
 ヘイズと名乗った男の言葉を遮ったのは目を伏せた少女――火乃香。
 小鳥は空を飛べたのかな、と呟きながら天井を見上げた彼女に
 立っている男二人が気の毒そうな視線を投げかけたのを朱巳は見た。
 ゲームの中で始めて出合った他人に対してこういう風に同情できるという事は、
 彼らはそれだけ互いに馴染んだ存在なのだろう。
 放送前から朱巳が保留していた疑問――彼らの信頼は演技か否か――はここで氷解した。
(間を引き裂くのは難しいわね。ま、今はコイツらとは特に敵対してないし
利害の一致でも協力してくれるんなら簡単に潰れない連中こそ必要とすべきね……)
 チームワークができる連中と手を組んでおけば、終盤、参加者が減った時に何かと頼れるかもしれない。
 それに、バラバラな個が集った集団と違っていて、彼らには芯……のようなある種の結束感がある。
 これは集団を形成した参加者の多くが危惧する、『裏切り』という深刻な事態を
 容易に回避できるという利点につながる。
 結束力のある集団とのパイプ――これ利用しない手は無い。
 あの『最強』を退けるほどの連中ならば、そのうち役に立つ時が来るだろう。

731投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:37:12 ID:JauPdxKc
「で、あんた達、他に知ってて名前呼ばれたやつはいるの? 
あたしは霧間凪とフォルテッシモだったんだけど」
 問いに最も早く応じたのは白衣の少年――コミクロンだった。
「幸か不幸か誰一人として俺の知人は参加してない。
まあ、この大天才たる俺以外にチャイルドマン教室からの参加者が来ていたなら、
深刻な環境破壊にして凶悪な人的被害が発生していたであろう確率はざっと見積もっても98%を超えてる。
キリランシェロやハーティアを含めてこの数値なんだから恐れ入るな……!」
「……質問から脱線しまくりな上にふんぞり返ってるバカはどうでもいいとして、
オレの方には一人だけ知人がいた――」
 胸を張ったコミクロンに続いて、その横にいるヘイズがやれやれ、と言った風情で口を開く。
 交渉が始まる前からどことなくやる気の無さそうな態度を貫いているが、
 飛び道具を有するこの男こそ、朱巳にとっては厄介なのだ。
 不信な動きを見せようものなら、指先一つで命を奪ってみせるだろう。
「――012番 天樹錬……即死だったみてえだ。朝一番に放送で名前を呼ばれたぜ」
「おいヴァーミリオン! なんでお前は知性溢れる俺の合理的思考に基づく画期的な――」
「うるせえ! お前こそ話の腰を折って砕いて脱線させるんじゃねえ!」
「合理的だと言ってるだろ! 多少の紆余曲折を得つつも正しき終点に帰結すべく――」

「お黙り」

「「…………」」

 火乃香の一括とともに一瞬だけ放たれた殺気が応接室を氷点下の世界に変えた。
 瞬間――、
「!」
 今まで沈黙を保っていたヒースロゥが動きを見せた。
 もっともその動きを捉えたと言っても、朱巳には彼が僅かに姿勢を下げたようにしか見えないのだが、
 恐ろしく腕の立つこの騎士は、殺気を感知した刹那の瞬間に三挙動くらいはしているのだろう。
 どうやらヒースロゥには、朱巳には分からない“異常な気配”から殺気まで含めてそれらを感知し、
 それに対応できる才能があるらしい。
 一流戦士の感性とでも言うのだろうか。

 そのヒースロゥが攻撃体勢に入ると同時に、それまでいがみ合っていた魔術士を名乗る二人は
 完全に氷結し、同時に沈黙。
 コミクロンは頭を抱えて一歩後退し、傍らで踏みとどまっているヘイズの顔も青く染まっている。
 朱巳には窺い知れないが、暗黙の掟――片結びと頭髪青染めの危機――が子分二人を
 蝕んでいるからだった。

 沈黙から数瞬後、その起点である少女は僅かに舌を出して微笑した――きっと謝罪だろう。
 それに対して朱巳は唇の端を吊り上げ、ささやかな返答を返す。
 そのまま視線を横に流すと、ヒースロゥはすでに警戒を解除していた。

732投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:39:08 ID:JauPdxKc
 場の空気を確認した朱巳が先程の返答の続きを促すと火乃香は頷き、
「……じゃあ、正しき終点に帰結するようにあたしがまとめると、
コミクロンに知人はいなくて、ヘイズの知り合いは死んだ。
あたしにはしずく以外に二人の顔見知りがいて、現在生存中。但し、乗ってるかどうかは不明。
で、仲間だったシャーネ・ラフォレットはフォルテッシモに殺された……ここまで分かった?」
 まるで、こっちは包み隠さず話すからそっちも同様にしろ、と言っているかのような確認の仕方だった。
 まあ、実際にそういう意図が含まれているのだろうと朱巳は推測する。
 無問題だ。もともと朱巳は隠し通すほど重要な情報を持っていない。
(あんた達が勝手に手札を見せてくれるなら、それこそ御の字なのよねぇ……)
 
「――続けていいわよ」
「オーケイ、続ける。
放送から察するに遊園地でフォルテッシモは死亡。で、そいつを倒したと思われるマージョリー・ドーって女も
あたし達とぶつかった後にどこかで死亡。後ろに立ってる二人が危険視してるギギナってやつは生存中。
最後に、面識は無いけどあたし達はとある事情からクレア・スタンフィールドって男を捜してる。こんな感じ」
「ふーん。なんか喧嘩売られまくりじゃない……まあいいわ、こっちの番ね。
あたし達の方はこのヒースロゥがEDって男を捜してる以外に言うべき事は……屍のやつくらいね」
 放送前にあの刑事について少し、彼らに話しておいた。
 EDを探すおまけ程度に見つけてくれれば十分だ。
「屍……放送前も聞いたけど、あんまり縁起の良い名前じゃないね」
「無愛想だけど、なかなかイカした外見をしてる自称刑事の大男よ。
犯罪者は取り締まる〜、とか何とか言いながらブラついてるんじゃないかしら?
あと、医者とせんべい屋はゲームに乗る事は無いはずだ、って呟いてたわよ」
 そうと聞くなりコミクロンはへイズに顔を向け、対してヘイズは手を広げて僅かに肩をすくめて見せた。
 朱巳が予測していたとおり「全然・さっぱり」のジェスチャーだ。
「107番、108番らしいわよ」
「せつらに……メフィストってやつか?」
「――そうね。遠くからでも一目で分かるほどの美男だとか」
 そこまで喋ってから、ふと朱巳は考えた。
 先程の様にヒースロゥは交渉相手に対して無駄に警戒心を抱いている。
 戦場では当然かもしれないが、このゲームでは絶対に他集団との協力が必要だ。
 このまま集団内でギスギスされると正直、やりにくい。
 そのヒースロゥが義理堅い性格をしている事は放送前に確認済みだ。
 ここでヒースロゥと彼らの中を取り持っておけば、いつか協同戦線を張る場合に不協和音が
 生じなくなるのではないか。

733投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:41:45 ID:JauPdxKc
「そう、見た目……ヒースロゥ、この際あんたが捜してるEDって男の事を教えてあげたほうがいいんじゃない?」
「――そうだな。いくらあいつが調停士とはいえ、ここは口先で生き残れるほど甘い場所ではないようだ。
約半数の参加者が脱落しているという事実――俺達が捜すだけでは再開は困難だな……」
 そして窒息しそうな沈黙の後、僅かにしぶった感があるが、
 捜して欲しい人物がいる――、とヒースロゥは切り出した。
「名をエドワース・シーズワークス・マークウィッスルと言って、妙に似合った仮面を付けている。
背は高めだが痩せていて、闘争にまつわる要素は皆無。比較的に穏やかで丁寧な口調の男だ」
「調停士……って言ってたけど、その人は交渉人か何かを?」
「そんなところだ。詳しくは『戦地調停士』と言って、弁舌と謀略で停戦を取りまとめる。
説得と交渉のプロだ」
「そいつだけか?」
 コミクロンの質問にたいしてヒースロゥは朱巳に視線を向けてきた。
 彼の言いたい事は分かる。エンブリオだ。
 朱巳は伏せておきたかったのだが、今のヒースロゥのしぐさから相手が何かを察するのは明白だ。
 こちらを信頼させるためなら仕方がない、と割り切るしかない。
 エンブリオの事をばらせば相手は朱巳が全ての手札を見せたと思うだろう。
 そして、彼女の切り札を見落とす事になる。

「まだ、あるのよね。エンブリオって呼称されてるエジプト十字が」
 これが最後の手札だとばかりに朱巳は喋る。
「あの『最強』――フォルテシモが持ってた十字架で、とんでもない価値を秘めてるはずよ」
「へえ、どんな?」
「やすやすと喋ると思う? 手に入れられたら、教えてあげるわよ」
「どういう形だ? エジプトなんて俺は知らんぞ」
「あたしも知らないね」
「……オレは知ってるぜ。2188年3月、アフリカの各シティの同調暴走で大陸と一緒に
消し飛んだはずだ。エジプトのシティはカイロ……だったか? 今は万年雪に埋もれてる」
「な、アフリカが消し飛んだって……どういう意味よ!」
 朱巳の驚嘆をよそにヘイズは淡々と語る。
「そのまんまだ。大戦終期にそれが起こって人類は焦り……もういいだろ。話を戻せ」
「……まあ、いいわ。こんな形よ」
 スラスラと紙に書かれたエジプト十字架を見てヒースロゥが補足した。
「あの男が探してみろ、と言っていたのだから支給品として配給されていると考えるべきだな。
先程言われたとうりに、重要な器物と見て間違いは無い」
 ヒースロゥの説明を聞くと三人は少し押し黙った後に、捜索には協力すると答え、
「但し、こっちにも捜して欲しい人物がいるんだ――」
 と、切り出してきた。
 火乃香がしゃべり、それと同時に男二人がメモを渡してくる。

734投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:43:26 ID:JauPdxKc
『オレ達が捜して欲しい人物、ってのは特定の個人じゃあねぇんだ。ある条件を満たすやつ――
“刻印”について何か知っているやつ、解除しようとしているやつの事だ』
『悔しい事に、ヴァーミリオンと大天才たる俺の頭脳を持ってしても手に余る。正直、ピースが足りん。
パズルのピースが増えれば、そこから解読可能な箇所が増えるかも知れないけどな』

「……交換条件って事ね。構わないわよ」
「じゃあ、あたしも教えとく。
023番 パイフウ、
黒くて長い髪に物憂げな眼に通常時は気だるそうな動作をしてる女性。かなり美人で背も高い。
025番 ブルー・ブレイカー、
蒼い装甲の――ロボットって、言って通じる? 最初に集められた場所でも
思いっきり集団から浮いてたし、たぶん一目で分かる」
「――カタギな名前じゃないわね。その人達の事、さっき『乗ってるかどうか不明』って言ってたけど
強さのほどはどーなのよ?」
 驚嘆を押し殺して朱巳は返す。
 ロボットなんて未来的存在が参加している? 冗談ではない。もしも二頭身のネコ型だったら――
 リアルでそんな物がうろついているなら、発見した瞬間に朱巳は吹き出してしまうだろう。
 考えるうちに本当に笑いそうになったのでひとまず妄想を頭からたたき出し、気付かれないように深呼吸。
 思考が回復したので冷静に分析してみる。
 ヒースロゥや朱巳の武器は致命打に欠ける。もしロボットなんぞが敵にまわったらかなりまずい。
 殺し合いに参加するほどのロボットだ。朱巳の世界のメーカー製品よりずっと高性能だろう。
 
 質問に対して火乃香は間を空けずに返答してきた。ただ一言『強い』と。
 ロボットなどとは元々仲間だったのだろうか? 朱巳の思考は推測の域を出ない。
「はっきり言って両者ともに万能だね。武器さえあればどんな距離にも手が届くし、近接戦も一流。
殺すと決めたら引かないから、真正面からぶつかるのはお勧めできないよ」
 淡々と述べる火乃香の後ろで、『ロボット! 機械! 歯車様!』と目を輝かせている白衣の少年に
 視線を流しつつ朱巳は一枚のメモを差し出した。
 男二人への返答だ。
『“刻印”云々の事は承諾するけど、あたしたちが他の相手に深く突っ込まれた場合はどうするのよ?
あたしたちは相手に質問されても返答できない』
 さらに、
「かなりの実力者って事ね。じゃあ二つ目、その人達って組むような性格? 
あたしの独断で、単体で動いてる人物は危険って判断してるんだけど」
 火乃香に再質問した。
 眼前ではメモを受け取ったヘイズが、脳内世界に突入していたらしいコミクロンの白衣を引っ張り、
 二、三の問答の後に幾枚かのメモを取り出した。

735投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:45:12 ID:JauPdxKc
 それを朱巳の方に差出して机に並べ、指で突付く。
「これを持ってけ。思考実験の産物だから参考程度にしかならねえが……分かる奴には分かる」
「言っとくが俺達も太っ腹じゃないから全部のメモは渡さんぞ。それはコピーで、量産できるから渡すんだ」
「原文は金庫の中って訳?」
「ああ、それも世界で一番安全だ」
「随分と自信家じゃない。そういう奴に限って足元すくわれて馬鹿を見るって、知ってる?」
「ふっふっふ、心配ご無用。この大天才には愚問過ぎるな。安全性は抜群だ! なにしろ――」
 不適に笑うコミクロンはそのまま人先指を高々と掲げ、
「なにしろ全情報はこの大天才の頭に刻まれているのだからな!」
 そのまま頭に指先を当てる。
 本人は格好良いつもりだろうが、お下げを垂らして額に指を当てながら満足げに笑う姿は
 朱巳から見て馬鹿そのものだ。
 有頂天であろうコミクロンは朱巳とヒースロゥの視線を受けて更に続ける。
「強引には引き出せんし、書き換えも容易! これ以上安全な――がっ! 痛いぞヴァーミリオン!!」
「うるせえ! おもいっきり相手に誘導されてるじゃねぇか!」
「むう、この大天才の数少ない弱点を突かれたか……。だが勘違いするなヴァーミリオン。
これは饒舌なだけであって決して誘導尋問に引っかかったわけでは無いと
激しく主張したいだけだが火乃香の視線が突き刺さるのでお前に一歩譲っておこう」
 途中で主張が百八十度転換したコミクロンだが、“刻印”の情報が脳内にあるとは一言も漏らしていない。
 盗聴されても、『火乃香の知人の情報などが頭に詰まっている』としか理解されないだろう。
 朱巳が想定したほどの馬鹿では無いようだ。それでも見事に誘導に引っかかったわけだが。


「さっきの質問はそのメモに書いてあるけど、一応口から言っとくよ。
利害が一致するなら集団に加わるかもしれない。ただBBは効率的・合理的な判断から。
もう一人は気分屋だから趣味の面が強いね。男嫌いだし」
 渡されたメモには当然、そんな事は書かれていない。
 あるのは複雑な式――そして紙の端に『刻印解除構成式05』と書かれているので、
 刻印解除の構成式の五番なのだろうと朱巳は推測した。
 構成式とは何か。何が五番なのかは朱巳には分からない。

736投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:46:49 ID:JauPdxKc
 メモは01〜05の連番なので、続けて読解すれば分かる奴は分かる。但し、続きはコミクロンが保持しているので
 五枚だけでは刻印の解除は不可能。
 ならば当然、読解できる者は続きを求めてコミクロンに会いに行かなければならず、
 必然的にコミクロン等と協力体制を取らざるえない。
 朱巳が持っていても同様で、単体での刻印の完全解除は不可能だ。
 重要な交渉材料にはなるが、切り札にはならない微妙な資料。要するに協力者を集めるためのエサだ。
(あたしにこれをばら撒いて来いって事ね……良い度胸じゃない)
 コミクロン等は協力者を集って構成式を完成させる事を望んでいる。
 だが、見ず知らずの朱巳に協力を求めるくらいに焦っている。参加者の半数が死亡しているならば当然だろう。
(ふん、どうせなら有効利用させてもらうわよ。メモで渡したって事はいくらでも複写して良いって事でしょうし)
 今の朱巳に出来る事はこのメモでより多くの情報を釣り上げる事と、彼等に協力するふりをして
 刻印解除のおこぼれを掠め取る事くらいだ。


 相手の手札は想像以上に多かった。
 ならば下手に抵抗せず、今は彼等にイニシアチブを渡しておくべきだろうか。
 ヘイズなどはお人よしの感が有る。自分が優位に立ったからといって横暴なまねや裏切りはしない人物だろう。
 相手がこちらの足元を見ないで比較的に対等な立場での交渉を臨んでいるなら、
 朱巳としては願ったりかなったりだ。
 こちらが逆の立場なら相手の弱みに付け込んで三倍ほどの無理難題を提示している。
「情報の提供に感謝するわ。で、次に会うのは何時頃にするのよ?」
「……良い感じに話が通じるな。オレ達は霧が晴れるまで動くつもりはねぇよ」
 結構、結構、と言った感じでヘイズが頷いてくる。
 つまりは交渉成立、という事だ。
 切り札は――『鍵をかける』のは今ではない。相手はこちらを信頼した。
 奥の手は、奥にしまったままで良い。あえて何もしない事が、彼等を安心させるだろう。
 朱巳と彼等が協同している間は、コイツは安全だと、相手にそう思わせておくべきだろう。

737投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:48:28 ID:JauPdxKc
「じゃあ、島を反対方向に一周しない? 場所と時間を指定して相手が来ない事にイラつくよりはましでしょ?」
「相手が来ない……ね。ひょっとしてあたし達を甘く見てる?」
「全然。こんな風に交渉してて時間食ったりするじゃない? 何にせよ待つのが面倒だって言ってんのよ」
「言うじゃねえか。まあ、構わねぇが、引っかき廻してくれるなよ」
 こちらに対して微妙に釘を刺しながら、ヘイズが地図を開き始めた。
 横のコミクロンはすでに筆記用具を取り出している。何かと準備の良い連中だ。
 朱巳は取得したメモをデイパックにしまい、
「せいぜい期待してなさい。で、あたしとしては右回りに進みたいのよ」
「――理由を聞こうか」
「単純に屍がそっちに行ったからよ。合流して情報交換したいってのは理由として充分でしょ?
あと、元来た道ってのもあるわね。いざという時に地の利を生かしたいのよ」
「なるほど、勝手知ったる道程を戻るって事か。遊園地の歯車様を離れるのは惜しいが……
確かに一理有るな、俺は異議無しだ」
「あたしも構わないよ。あと、島の下部には行く必要無いね。F-4、5、6辺りの木や木片に
メモ貼り付ければ十分意図は伝わるし」
「上部と下部をつなげてるのはあそこしか無ぇからな。移動してるなら嫌でも目に付くだろ。
あと、市街地は上部エリアに多いってのも重要か。市街地巡りなら補給に来てる連中とも会えるしな」


「……話が済んだなら俺はもう行くぞ」
 一段落した所で、ヒースロゥが立ち上がった。
 しかもいつの間にか手には鉄パイプが握られ、デイパックも肩に掛けられている。
 あまりにも動作が自然体だったので朱巳を始め、この場の誰もが違和感を感じなかったのだ。
「あんた霧が出てるのに行く気?」
「問題無い。霧の中をやって来たのだから戻るのも容易だろう」
「――ったく、待ちなさい。あたしもすぐに行くから」
 朱巳がデイパックに手を掛けた時、
「なあ、あんた」
 部屋の奥から風の騎士に向けて声が飛んできた。

738投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:49:12 ID:JauPdxKc
「何だ」
 声の主は赤い男。
 互いに向けられた視線に臆する事無く騎士と魔法士は相対し、
「ちょっと知りたい事があるんだが、良いか? そんなに時間は取らせねぇ」
「構わないが――今までの会話からして俺の出番があるとは思えんな」
「出番が無かったからこそ、今になって聞いとくのさ」
 そう言ってヘイズは床に置いてある剣――火乃香の騎士剣を手に取った。
 その構えに力は無く、殺気や害意を示す要素は皆無だ。
 そのまま無造作に、やる気の無さそうな表情と足取りでヒースロゥへと詰め寄り、
「あのギギナと戦ったんだろ? 渡り合うコツみたいなもんを教えてくれねぇかな?」
「生半可な意ではあの戦士の相手は勤まらないぞ」
「何も対策立てないよりはマシだろうが。理屈が通る相手じゃねえってのは分かってる。
次に会った時は確実に戦闘になるからな、やられっぱなしは性に合わねぇ」
「……いいだろう。まずは小手調べだ」


 瞬間、騎士が一歩を踏み込んだ。
 一般人にとっては空間が圧縮したかのような速度で間合いを詰め、
「これをしのげないなら門前払いだ!」
 『風』の異名どうりに烈風の速度で横薙ぎの一閃を放つ。
 それは元の世界にてヒースロゥが幾多の悪を葬ってきた、必殺の一撃。
 制限によって本来の剣速には及ばないが、それでも圧倒的な威圧を持ってヘイズに迫る。
 対して魔法士は――、
「確かに速いな。だが……」
 全く物怖じせぬ意を持って、手に持った騎士剣をかち上げる。
 だが、ヘイズはヒースロゥに対してパワー、スピードともに劣る。
 まともに迎撃しようとすれば押し切られるのは明白だ。それでもヘイズの顔には自信がみなぎっている。
 その根拠は一つ。
「こいつはとっくに予測済みだ!」
 ヒースロゥが斬りかかる前からヘイズは全てを知っていた。
 火乃香とヒースロゥが打ち合った時の剣戟音から速度とタイミングを解読し、骨格の稼動範囲、
 力んだ筋肉、僅かな構え、それら相手の事前情報全てを統合し、未来を予測し、最適な対応を行える身体。
 魔法を一切使えないこの男を支えた圧倒的な演算能力は伊達ではなかった。

739投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:50:04 ID:JauPdxKc
 二人の男、その力の行き着く先で、鉄パイプと騎士剣が衝突した。
 と、同時に小気味良い金属音が応接室に響き、騎士と魔法士の鼓膜を打つ。
「いい反応だ……」
 そしてヒースロゥの鉄パイプが僅かに上に逸れた。
 瞬速の剣戟に対して打ち上げたヘイズの剣は垂直ではなく、ある角度を持って打ち出されていた。
 それはヒースロゥの剣を止めるのではなく、最初から軌道をずらす事に主眼を置かれた一刀であり、
 それによってベクトル方向を修正された剣は、本来の位置を大きく外れてヘイズの頭上を通過する。
 全ては最適なタイミング、角度、力、速度を持って成された必然の結果。
 故に、隙の生じたヒースロゥに対してヘイズが反撃するのも必然だった。
「小手先返しだ!」
 鉄パイプより騎士剣は短く、軽い。取り回しが容易な分だけ、ヘイズの斬り返しは速かった。
「甘いな」
 ヘイズの威勢を風の騎士は一言で切り捨て――、
「騎士の取り得が剣だけだと思うな!」
 蹴り上げた先、騎士のつま先はヘイズのわき腹を捕らえる。
 ――はずだった。相手の身体が横へ流れるまでは。
 着弾の直前にヘイズは蹴りの軌道を予測して回避行動を取っていたのだ。
 その回避した体の隙をヒースロゥは見逃さなかった。鉄パイプを持たぬ左手を前に突き出し、
 逸れたヘイズの身体を小突く。それだけでヘイズの放った一撃は回避され、騎士剣は額すれすれを通っていく。
 両者が一発ずつ剣戟を放ったところで、その視線が交錯した。
 相手の力量を双方がある程度確認し合った瞬間――、
「続けるか?」
「いや、十分だ」
 ほぼ同時に距離を取った。

 全ては五秒と掛からずに決着した。しかも応接室の僅かな空間内での出来事だ。
「初見にも関わらずあの一撃に対応する技量か……確かに言うだけの事はあるな」
「見込みあり、ってとこか?」
「ああ、これならあの男にそれほど圧倒される事は無いだろう。だが、おまえは乗り越える気でいるんだな?」
「一対一で、とは言わねぇがな。この三人でぶつかるならそこまで遅れをとる事はないだろうが、
それでも万が一ってのは起こりうるからな。対策くらいは立てるべきだろ」
 そう言って腕を組んだヘイズの背後、お下げの少年が
 もう片腕も落とされたら最悪だぞ、とデイパック相手に苦戦していた。
「戦うコツ、か。都合の悪い事にあの戦士には弱点らしい弱点は見当たらんな……」
「あんたでもお手上げか」
「いや、無欠だが完璧ではない。攻防速ともに超一流だからつけ込むとしたら唯一つ。その気質と見るべきだろう」
「気質――野生じみててやたらと好戦的な所か」
「そうだ。欠点とも呼べない欠点。しかし闘争を好むその嗜好にこそあの男の全てが表れているな」
「ああ――そう言えば第一声が、貴様らは強き者か? 次が、誇り高きドラッケンの戦士〜だった気がするぞ
この天才の記憶に間違いは無いはず。よーするにあの怪人は根っからの戦士気質か」

740投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:51:12 ID:JauPdxKc
 ギギナはひたすら闘いを求める。ドラッケン族としての矜持を持ち、その誇りを侮辱することを許さない。
 ヘイズ達には初見においてすでにそのヒントは示されていた。
 対してヒースロゥはギギナと剣を重ねる事で、その気質を見出したのだ。
 衝突する鋼の間から相手の心情を読み取る――それは一流同士が成しえる技なのだろう。
「あの戦士に対するならば、強制的に隙を作らせるしかない――エサを眼前にぶら下げてやれ」
「矜持故にギギナは絶対に退かない――食いつかせて、カウンター……か」
「攻撃は自身が相手に対して優位に立つ安堵の瞬間だ。待ちに待った留めの一撃なら、なおさらだろう」
 ヒースロゥが示唆した戦法とは、
 とにかく相手の意図する戦運びに巻き込まれるな。じらして、飢えさせて、苛立たせてから
 ギギナの前に極上のエサを差し出してやれ。絶対に飛びつかざるをえない好機の瞬間を作って、
 それをしのいで強引にギギナに隙を生じさせて、討て。
 隙が無いなら闘争を好むその気質を利用して作ってしまえと、そういうことなのだろう。


「――綱渡りだな。あー、助言には感謝するぜ」
「それは生き残って会える時まで取っておけ、死ねば何の意味も無い」
 ヒースロゥが振り返ると、朱巳がデイパックを持って立っていた。
 二人が戦っていた間に済ませてしまったらしい。
「何ぼさぼさしてんのよ? もう行くんでしょ?」
 そう言ってつかつかと扉に向かい、そこを開けると、
「じゃ、せいぜい頑張んなさいよ」
 あっさりと出て行ってしまった。ヒースロゥもやや遅れてそれに続く。
 最後に一言、
「順当ならば灯台あたりでかち合うだろうな……では、さよならだ」
 
 こうして突然の乱入者は去って行った。
 同時に、それまで応接室に漂っていた雰囲気も吹き飛ばされて消えていた。
「風……だったね」
「同感だ。詰まってた何かが綺麗に掃除されちまった」
「じき、凪いだ霧も吹き消すだろうな。そしたら動くぞ」
 コミクロンは地図を見た。左回りのルート上には、
「倉庫、小屋、教会、マンション、港、そして灯台か……BBとやらは何処に居るんだ?」
 歯車を思う少年に返って来た答えは、一つ。
「「そんなの、知らん」」

741投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:51:58 ID:JauPdxKc
【H-1/神社・社務所の応接室前/1日目・18:30】
『嘘つき姫とその護衛』
【九連内朱巳】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ 、鋏
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1300ml)、パーティーゲーム一式、缶詰3つ、針、糸
     刻印解除構成式の書かれたメモ数枚
[思考]:パーティーゲームのはったりネタを考える。いざという時のためにナイフを隠す。
     エンブリオ、EDの捜索。ゲームからの脱出。メモをエサに他集団から情報を得る。
[備考]:パーティーゲーム一式→トランプ、10面ダイス×2、20面ダイス×2、ドンジャラ他
     もらったメモだけでは刻印解除には程遠い

【ヒースロゥ・クリストフ】
[状態]:健康
[装備]:鉄パイプ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1500ml)
[思考]:朱巳について行く。
     エンブリオ、EDの捜索。朱巳を守る。マーダーを討つ。
[備考]:朱巳の支給品が何なのか知りません。

[チーム行動予定]:パイフウとBBを探してみる。右回りに島上部を回って刻印の情報を集める。

742投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:52:41 ID:JauPdxKc
『戦慄舞闘団』
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:健康。
[装備]:
[道具]:有機コード、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
[思考]:そろそろ移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:刻印の性能に気付いています。

【火乃香】
[状態]:健康。
[装備]:騎士剣・陰
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:そろそろ移動。刻印解除のための情報or知識人探し。

【コミクロン】
[状態]:右腕が動かない。
[装備]:エドゲイン君
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml) 未完成の刻印解除構成式(頭の中)
     刻印解除構成式のメモ数枚
[思考]:そろそろ移動。刻印解除のための情報or知識人探し。 BBに会いたい。
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着ています。

[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
[チーム行動予定]:EDとエンブリオを探している。左回りに島上部を回って刻印の情報を集める。

743間隙の契約 ◆eUaeu3dols:2006/04/09(日) 23:24:51 ID:QpAg.O/E
名が呼ばれている。
友の名。知らない名。幾つもの名が呼ばれている。
それらは全て、死者の名だ。
『031袁鳳月、032李麗芳、035趙緑麗……』
メフィストと志摩子の仲間である2人と、更にそのまた仲間の1人は殺された。
だが、間に挟まった仲間のまた仲間の名を除けば覚悟していた名だ。
メフィストは残念に思いながらも、志摩子は悲しく想いながらも、その三名を受け止めた。
『082いーちゃん……』
ピクリとダナティアの眉が動き、しかし手は正確にその名に×を付けた。
「知り合いかね?」
とのメフィストの問いにダナティアは
「ええ、そうよ。この島に来てから少しだけの」とだけ答えた。
『095坂井悠二……』
これも皆が覚悟していた名だ。
だが、皆が知っていた名だ。
一度も出会っていないダナティアにとってさえ、その名は重い意味を持っていた。
(彼の死はシャナを追いつめてしまう)
シャナは悠二と合流し助けるのは脱出のついでだと言い切っていた。
「私の目的はこの島からの脱出。悠二は、……そのついで」……と。
しかしその姿が本来の姿ならば、その前にどうしてああも心乱れていたのだろう。
あの冷淡な言葉こそが、普段はそこまで冷静な人間を焦らせたという証明なのだ。
「………………」
コキュートスは黙して何も語らず、ただその内の光が焦るように明滅している。

死者の名は続く。そして……死亡者の末尾に一つの名を加えた。
「116サラ・バーリン」
ハッと、皆の視線が1人に集中する。
それは夢から醒めたダナティアが、何故かその部分だけ筆談で話した参加者の――
彼女と同じ世界から来た最も信頼のおける仲間であり親友であるという名前だった。
ダナティアは声を上げない。表情も変えない。
涙を見せず、怒気を発しもせず。
だが、放送を聞いているのは間違いなかった。

     * * *

その名を聞き、線を引いた。
ダナティアにとってその名の意味は大きい。
(誤算だったわ)
ダナティアはこれまでハデに動いてきた。
盗聴されている事に薄々気づきながらゲームの妥当宣言をした。
仲間を集め集団を作ろうともした。
それは僅かなりとも管理者達に彼女を意識させる事に繋がるはずだ。
そうすればその影で“サラか他の誰かが刻印を外す”という希望が有った。
(どれだけ集団を作っても刻印が外れなければ意味が無い。
 刻印が外れても1人しか残ってなければ意味が無い)
サラが脱出に向かい行動し、同じ結論に辿り着き、刻印を外す為に動くのは不確かな事だ。
ダナティアはその不確かを信じて行動していた。
そしてサラもその不確かを信じて行動していた。
「互いが互いを信じ生き続けていた事はあの夜会において証明した」
『だが生き続ける事は証明できなかった』
呟きに応えが返った。
聞き慣れた、しかし聞いた事がない、安心出来るはずの、しかし歪な声が。
いつの間にかそれまでと比較してもなお異様な濃霧が周囲を覆っていた。
全てがただ白に塗りつぶされている。
すぐ近くに居るはずのメフィスト達の姿さえ見えない。
耳鳴りがする程に静謐な、ただ白い、真っ白い世界。
自分一人だけの世界。
地面に接した足下さえ定かでないのに、足下の水たまりだけがくっきりと見えていた。
水たまりに写るのはダナティアとそして……
「じっと鏡を見ていると、そこにはきっと厭なものが映る」
ダナティアは『物語』の一節を口にした。
鏡像が、応えた。
『鏡は水の中とつながっていて、そこには死者の国が在る』
水たまりの向こう側には見慣れた姿が立っていた。

744間隙の契約 ◆eUaeu3dols:2006/04/09(日) 23:26:02 ID:QpAg.O/E

何度も見た姿だった。
共に学び、共に歩み、共に戦い、距離を置き、近づかれ、信じず、信じた姿だった。
だが彼女に投げかける名は最早その姿を示す名ではなかった。
「思ったより早く会えたわね。未知の精霊アマワ」
水たまりの向こう、逆しまの大地に立つそれは応えた。
『君には私がサラ・バーリンではない事を証明できない』
その声は何処までも無数の思い出の中のそれと同じだった。
「あたくしは現実から逃避する気はなくてよ
『それが現実だとどうして証明できる?』
ダナティアは言葉を返す。
「あたくしは放送でサラの死を知った」
『その言葉をどうして信じられる』
「あたくしはこの世界の死者が黄泉返りを禁じられている事を知った」
『その言葉をどうして信じられる』
「あたくしは物語の闇の奥底に主催者が居る事を知った」
『その言葉をどうして信じられる』
逆しまの大地からそれは嘲るように言葉を返す。
ダナティアはその全てに答えた。
「あたくしが決めたわ」
声が、止んだ。
水たまりに幾つもの波紋が浮かび、向こう側が歪み乱れる。
冷たい霧は全てを覆っていた。
ダナティアの心は硝子のように硬く鋭利に凍り揺らがなかった。
まるでサラの魔法で全て凍り付いてしまったように。
しかしそこには確かに心が有った。
胸の奥から重く響く冷たい痛み、それこそが彼女の心。
この静謐さこそが、彼女の本当の怒りと悲しみ。
『おまえは契約を相続した』
再び唐突に、言葉が聞こえた。
幾つもの波紋に千切れ歪んだ水たまりの像が言葉を作る。
「おまえが決めないでちょうだい。契約というのはなんなの」
『サラ・バーリンが行うはずだった契約だ』
「サラが……?」
『サラ・バーリンは愚かで、そして賢かった』
水たまりを波紋が埋め尽くし、次々と言葉が紡がれる。
『彼女はわたしを理解しなかった』
『理解しない事でわたしを理解した』

――わたし達4人が集まったのは稀有な事だろう。
  しかし残っている参加者の誰かがこの場所に辿り着く可能性は“必然”だったはずだ。
  …………だが、もしも――
 ――だが、もしもこれが間違いならば。
全てが確かな必然だったというのが間違いならば。
 答えはきっとその間違いの中に眠っている、そんな気がした――

『彼女は地図の全てを既知で埋め尽くした』
『故にわたしは彼女の前に現れる筈だった』
『だが彼女は死んでしまった』
『だから彼女は契約の資格を失った』
『わたしは彼女と共にわたしを探索した少年に問い掛けた』
『だが少年もまた死んでしまった』
『だから彼は契約の資格を失った』
『だがおまえはまだ生きている』
『だからおまえは契約を相続した』
そして、その言葉が始まった。
『わたしは御遣いだ。これは御遣いの言葉だ、ダナティア・アリール・アンクルージュ。
 この異界の覗き窓を通して、おまえはわたしと契約した』

745間隙の契約 ◆eUaeu3dols:2006/04/09(日) 23:26:55 ID:QpAg.O/E
「歪んだ鏡は現実を映さない、そこには違う世界が広がっている……」
ダナティアはまた物語の一節を諳んじた。
ギーアの炎はまだ意味を残し、精霊を異界に封じ続けている。
『質問を一つだけ許す。その問いでわたしを理解しろ』
一つだけ許された、神野が真似た質問。
ダナティアは考える。
そして一瞬のように長い時間、永遠の様な数秒の後に問い掛けを放った。
「おまえを終わらせる答えは存在するかしら?」
「今は、無い」
アマワの返答は無情だった。
その答えは過去かあるいは今この瞬間に失われ、そしてまだ生まれていない。
「だけど、存在した。あるいは生み出す事が出来る」
アマワはもう答えなかった。
『さらばだ。契約者よ、心の実在の証明について思索を続けよ』
存在すらも幻だったかのようにアマワは姿を消し

『次に禁止エリアを発表する……』
第三回放送は続いていた。
対話は現実に置いて一瞬の間隙に滑り込んでいたのだ。
ダナティアは地図に禁止エリアを記し始めた。

     * * *

放送は終わった。
今回の放送で古くからの友の死を耳にしたのはダナティアだけだった。
だから終と志摩子は心配に思い、そっとダナティアの表情を覗き見た。
その表情は放送の最中と変わらない冷徹なまでの無表情だ。
二人はそれこそがダナティアにとって特別な表情であるのだと気がついた。
26名というあまりにも多い死者の名が作り出した重い空気。
ダナティアはそれを切り裂こうとでもいうようにキッと東の方角を睨んだ。
まるでその先に何かが見えるように。
「行くわよ。あたくしの仲間に合流するわ」
「そこに患者が居るのなら、私は何処へでも行こう」
メフィストが同意し、また、終と志摩子も異論が有るはずが無かった。
4人は東へ向けて歩き出した。

歩き出す中、ダナティアの胸元から一言の疑問が掛かる。
「先ほどの事を相談しないのか、皇女よ?」
その言葉でダナティアはコキュートスを身につけていた事を思いだした。
もちろん先刻のアマワとの対話も聞いていた筈だ。
「今は後回しよ。あなたもその方が良いでしょう?」
「……その通りだ」
異界でのつかみ所の無い不可思議はこのゲームに核心に迫る事柄だ。
だがそれ以前に、彼らの目前には多くの問題が山積みされていた。
それも一刻の猶予を争う事柄だ。
だから相談の前に歩き続ける。
もっとも、一般人である志摩子の足に合わせたその歩みはそう早いものではなかった。
それでも四人は着実に足を進め、長い石段を降り……目的地に着く少し前で止まった。
「こんな所で会えるとは、運が良いのかしらね。相良宗介」
「おまえは……テッサを死なせた……!」
「え……?」
そこに居たのは相良宗介と千鳥かなめ。
「アシュラムさん……」
「おまえは…………っ」
そして、黒衣の騎士の姿だった。

ダナティアと終は相良宗介と千鳥かなめを見つめた。
宗介はかなめの前に出てダナティア・アリール・アンクルージュと終を睨み、
かなめは宗介の後ろから、しっかりとそれらを見つめた。
全てから目を逸らすまいとするように。

746間隙の契約 ◆eUaeu3dols:2006/04/09(日) 23:27:45 ID:QpAg.O/E
最初に口を開いたのはダナティアだった。
「状況からして後ろの娘が千鳥かなめかしら。二人とも生きていたのね、祝福するわ」
(祝福だと……)
つくづく彼女は得体が知れなかった。
そもそもどうして敵である自分を助けたのか。
「そういえばまだ自己紹介をしていなかったわね。
 あたくしはダナティア・アリール・アンクルージュ」
「俺は竜堂終だ」
若干の警戒を続けながら、終も同じように名を名乗る。
「この前は言いそびれたけど、あたくしはこのゲームを壊すために人を集めているわ。
 あなた達、乗る気は無くて?」
「なに……?」
困惑し、しかしすぐに結論を出す。
この女の行動原理は信用できない。
テッサと共に戦いをやめろと言う一方で、戦いの最中は容赦の無い力を振るった。
そして結果的にであれテッサの死の原因となった。
その一方で彼を助け、自らを憎めと言った。
そこまでなら本当に戦いを止めさせようとしているお人好しかも知れない。だが。
「……それなら何故、大佐の服を着ている」
宗介は指摘する。
「大佐は死んだ。それならおまえは死者から服を剥いだ事になる」
「ええ、その通りよ」
ダナティアは事も無げに答えた。
「あたくしは彼女の遺体から服を剥いで身に纏ったわ。
 彼女の遺体は今、シーツにくるんで埋葬してある」
(ぬけぬけと言う……)
彼女が本当に危険人物だという証拠は全く無い。むしろ白に近い。
だが、彼女に比べれば美姫はまだ判りやすい相手だ。
美姫は危険人物だが、欲望のままに行動するという点で筋が通っている。
(不確定要素は極力避けなければならない。
 俺だけでなくかなめにまで危険が及ぶとなれば尚更だ)
更にもう一つ信用出来ない点がある。
「それに……その男は俺の仲間を殺した男だ。信じられるわけがないだろう」
宗介は終を指差した。
「違う! あれは俺じゃねえんだ!」
全力で否定する終。
(さっきの零崎という男と同じ勘違いか? いや……)
今度は絶対に間違いない。真っ昼間、確かに奴に襲われた!
「おまえがいなければオドーは死ななかった!」
「口出させてもらうわ。それは正しいけど間違っていてよ」
それを止めたのはダナティアだった。
「彼は操られていたのよ。人を乗っ取るサークレット、灰色の魔女カーラに。
 だからその間に犯した罪を彼に問うのはお門違いというものよ」
「サークレットに操られていただと……?」
確かにあの時、彼の額には豪奢なサークレットが身につけられていた。
このゲームの不可思議さは既に身に浸みている。
だが、そんな荒唐無稽な言葉を信用しろというのか。
そう言い返そうとした宗介の前に手が出され、制される。
「待って。この人、何かを人のせいにする嘘は言わないわ」
「チドリ……?」
困惑する。何故彼女がそんなことを言えるのか。
「続きを聞かせて。ダナティア」
「……? ええ、良いわ」
かなめの様子にほんの少しだけ困惑し、しかし気を取り直して説明をする。
灰色の魔女カーラという名の魔女の意志が宿るサークレットが有る事。
それは知り合いのとある参加者の支給品から出て、終の手に渡った事。
そしてダナティアは終の次の所有者と思しき人物に出会ったという。
「保証するわ。カーラはまだどこかに存在している」

747間隙の契約 ◆eUaeu3dols:2006/04/09(日) 23:28:39 ID:QpAg.O/E
宗介は迷っていた。
(ダナティアは本当に信用できるのか?)
もし信用できるなら彼女に与するという選択肢も無いではない。だが。
「宗介。無理しないで」
「チドリ……俺は無理など……」
「ううん、無理してる。理由は判らないけどそう思う」
「………………」
確かに宗介にはダナティアと手を結びづらい理由が有った。
ダナティアを善人だと、信用できる仲間だと認めづらい理由があった。
『あたくしを憎みなさい、相良宗介』
(そうだ、俺はおまえを憎みたい)
宗介にはダナティアを憎めるだけの理由がある。
テレサ・テスタロッサを殺したのは風の槍だったのだから。
そして、敵であったダナティアを憎む事に抵抗は無い。
だが、もしも生き残る可能性が高いならやはり彼女に付くべき……
「あたしはあなたと同じ道を歩まない」
その迷いをかなめが止めた。
「あなたと一緒に行けばソースケは傷付くわ」
「待てチドリ。俺の事はどうでもいい」
「誤解しないで、ソースケ。あたしが嫌なの!
 ソースケが傷付く人と一緒に行く事も!
 テッサの死の原因となった人と一緒に行く事も!」
宗介は息を呑む。
「待てよ、それは……!」
「悪いけど黙っていてちょうだい、竜堂終。これはあたくしと彼らの問題だわ」
いきり立つ終をダナティアが止め、先を促す。
「それにあなたもあたし達に割く時間は無いはずでしょ。
 集団のメンバーを取り合うような時間はね」
かなめは続ける。
「あの人……美姫さんは少し前、吸血鬼を1人、人間に戻したわ」
「なんですって?」
「小物さが見苦しいって言って。あと、吸血鬼だった時に1人殺してる人だって。
 学生服の、でもあたしと同じくらいの身長だったと思う」
ダナティアは少し考え、結論する。
(シャナじゃない)
「その人はこの道の向こうから来た。
 あと美姫さんはついさっき、気になる奴が居るって言ってそっちに行った」
千鳥かなめが指差す道は北、合流地点の方角に伸びている。
「そっちに行くんでしょう、ダナティア。
 急いで行かなくて良いの?」
「急いで行かなければいけないわね」
出会いは唐突、そして別れも唐突。
「最後に一つ教えてもらうわ、千鳥かなめ。
 このゲームで、美姫によって出た死者は居るかしら?」
「……直接手を掛けた人は、まだ居ないと思う」
「そう、ありがと」
この質問を最後に、彼女達は別れた。

     * * *

志摩子は黒衣の騎士アシュラムを見つめた。
黒衣の騎士は目の前の少女を見つめた。
このゲームに来てから最初に出会い、語らい、彼に安らぎを与えた少女。
だが、今のアシュラムは美姫の騎士だ。
もし彼女達が美姫の害となりうるならば……
『その忠誠は──その感情は、果たして本当に自分の意志なのかね!?』
思考が断絶する。
『何らかの理由で隙が出来た……たとえば、かばうべき誰かがいたのではないかね!?』
白衣の少年の言葉が脳裏にこだまする。
『もう一度問おう! キミのその感情は、本当に自分の意思なのかね!?』
(俺は……!!)
感情の猛りを押し殺し、短い言葉を発した。
「……去れ。おまえ達に用は無い」

748間隙の契約 ◆eUaeu3dols:2006/04/09(日) 23:29:31 ID:QpAg.O/E
だが、退かない。
志摩子も彼女を守るように立つメフィストも退こうとはしなかった。
「ごめんなさい、アシュラムさん。あなたとはもう一度だけ話をしたいんです」
「ならば早くしろ。あの方の用が終われば、俺は行かねばならん」
美姫は少し用があってこの場を外しているらしかった。
その方が良かった。彼女は美姫を苛立たせてしまうだろうから。

「私は最初、あなたがそのままでも良いのかもしれないと思っていました」
そのまま、という言葉が何を指すのかはわざわざ言わなかった。
「あの人はとても悲しい人です。
 だから誰かが一緒に居る事は、それが単なる所有でもあの人を慰めるかもしれない。
 そしてそれ以上に、あなたが何かに苦しんでいたのも本当だった。
 だから、アシュラムさんが苦しまないならそれでも良いのかもしれないって思ったんです」
志摩子は未だに美姫を悪と言う事が出来ない。
彼女を許せないと思い、しかしそれでも憎みきる事が出来ないでいた。
「けれど、アシュラムさんは結局は苦しんでいる」
「俺は……これで良いのだ」
返る言葉に迷いが混じった。
志摩子はその迷いを問いつめたりはしなかった。
ただ、少し話題を変えた。
「この島に来た時に話した、私の友人や義姉達の事は覚えていますか」
「…………ああ」
「その内、4人はこのゲームに参加させられていました」
アシュラムは言葉に詰まる。
確かに聞いた名が有った。名簿、放送、そして――
「1度目の放送では由乃さんの名前が呼ばれました。
 私の古くからの大切な親友で、時々とても大胆な事をする人でした。
 2度目の放送では祥子さんの名前が呼ばれました。
 一つ上の先輩で、私の親友にとって一番大事な人で、気が弱く、でも優しい人でした」
志摩子の独白は続く。
「もう一人、私の親友の祐巳さんは自ら人の身を外れた上に体を乗っ取られました。
 サークレットに宿る灰色の魔女カーラという人が祐巳さんを操っているそうです。
 とても表情豊かで、見ていて穏やかな気持ちになれる人でした」
(灰色の魔女だと……?)
アシュラムはその名に聞き覚えが有った。
それは確か、ベルド陛下に仕えていた魔法戦士の正体では無かっただろうか。
「そしてお姉様は、佐藤聖は――」
そうだ、その名は聞いた名だった。
だがその名を聞いたのは放送ではなく……
「言うな、志摩子」
「――あの人、美姫の牙にかかり吸血鬼になってしまったんです」
制止は届かず、独白は最後の言葉を迎えた。
志摩子の瞳からはとめどなく涙が流れていた。
(俺の知る者が、俺の仕える者が、彼女を傷つけた)
その事実はアシュラムを一層迷わせる。
「志摩子。おまえは、俺を憎んでいるのか?」
「いいえ」
ならば何故。
志摩子は答える。
「私はたくさんの友達を喪い、あるいは傷付きました。
 一人も再会する事すらできないで、知らない所で死んでいった。
 友達だけじゃありません。
 一緒に居た仲間も、出会った敵ではない人も、知らない所で死んでいった。
 こんな思いをもう誰も感じてほしくない。それだけなんです」
「……もし仮に死ぬのが同じとすれば、目の前で死なれるよりはマシだろう」
アシュラムは切り返した。
「俺はあの方に挑んだ者を、一人斬った」
「!」
志摩子は息を呑んだ。

749間隙の契約 ◆eUaeu3dols:2006/04/09(日) 23:30:26 ID:QpAg.O/E
「宮野という少年だった。
 奴は美姫と交渉を行い、俺は美姫に従い戦い、その男を切り捨てた。
 その男の……親友かそれ以上である少女と仲間達は退いた。
 おそらくは心に傷を残しただろう」
心は未だ迷いつつも、その言葉に負い目は無かった。
最後の一太刀は逆上し我を忘れた一太刀だった。
だがそれでも、戦いの結果として敵を殺める事に迷いは無かった。
「それに……俺に仲間は居ない」
そのまま志摩子を畳みかけようとする。
彼女が美姫の騎士と関わる理由も価値もなにも無い。
「俺は一人でこのゲームに送り込まれた。
 敵なら居たが、あの会場で死んでいる」
そう、火竜山での戦いの直後にこの島に来た彼に仲間は居ない。
(おまえなど知らない)
何故か脳裏にちらつく、見も知らぬ筈のダークエルフの女の姿を振り払おうとする。
「本当かね?」
本人にも理解できない迷いをメフィストが見咎めた。
「本当に一人だけで送られたのかね? 誰も忘れてはいないのかな?」
「そう……だ」
だが、否定する言葉には明らかな迷いが含まれていた。
「本当に?」
確信と共にメフィストは問いつめる。
「思い出してみたまえ。君は、いつ、この世界に来たのだね?」
「俺は……」
いつ? 火竜山との戦いの直後だ。
「その後に何が有った?」
その後、仲間だったアスタールの仇と狙うダークエルフを退け、意気消沈のまま出陣し、あの青年と……
アシュラムはハッと気が付く。
手繰った記憶はどこまでも続いていた。
本来経験していない未来まで。
いや、それは本当は過去だったのだ。にも関わらず忘れていた。
多くの事柄を忘れてこの地に立っていたのだ。
「バカな……何故、こんな事を忘れていたのだ!?」
まさか美姫の手によって? いや、志摩子と居る時には既に忘れていたはずだ。
ならばここに連れてこられる時に部分的な記憶喪失にでも陥ったのか。
信じがたい、だがそれ以外に考えようが無い事だった。
「あなたの仲間は、何という人ですか?」
志摩子の問いにアシュラムは答える。
「黒い肌のエルフ、ピロテース。俺にとって……最も信頼できる配下だ」
愛しているとも親友だとも言わない。
なのに彼の言葉は、断ち切りがたい二人の絆を感じさせる。
「その人がもしあなたの知らない所で……死んだら、どうします?」
志摩子の再びの問いに、即座に答えを返す。
「俺の知らぬ場所で死ぬなど許さない」
ただ一言の意志を。
「礼を言う、志摩子。それと……」
「ドクター・メフィストだ」
「ああ。礼を言う、志摩子、メフィスト。
 俺はおまえ達のおかげで己の意志と記憶を取り戻した」
だがと断り、続ける。
「俺はおまえ達に多く、そして美姫にもまだ一つの恩がある。
 おまえ達と美姫は今は会わずに去ってもらう」
「昼の棺を護ってなお不足かね? 心を操られた仇も有るだろう?」
メフィストの問いを首を振って否定する。
「あれは仇などではなかった。あれは俺の弱さ、俺の逃避だ」
志摩子を護り身を晒した隙をつけこまれた。
だが、つけこまれたのは背後に居た志摩子という存在だけではない。
同時に自らの弱さにもつけこまれた故に破れたのだ。
その両方を宮野秀策の告発にして弾劾の言葉が抉っていた事に彼は気づいた。
「だから俺は、美姫と相対せねばならん」
そして問い掛け、決めるのだ。和解か、争いか、それとも離別かを。
「それが、騎士としてのけじめなのですか?」
志摩子の問いにアシュラムは再び首を振る。
「俺はもう騎士ではない。その事さえ忘れていたのだ」

750間隙の契約 ◆eUaeu3dols:2006/04/09(日) 23:31:26 ID:QpAg.O/E
生涯、彼が仕えた相手は一人だけだ。
その主君を失った時、アシュラムは騎士ではなくなった。
一時はかの主君の国を維持するため、全てを支配する王錫を求めた。
あるいは国を統べる最高評議会の一人、黒衣の将軍として戦った。
だがそれも違う。彼はもう騎士でも将軍でもない。
それは主君が既に失われたからではない。
アシュラムは自らの荷物に手を差し込み、それを掴み、自ら身につけた。
「これは――王としてのけじめだ」
支給品として入れられていた簡素な冠を。

     * * *

「ほう、瞳が変わっておる」
リナ・インバースとの邂逅を終え、失望の美姫はアシュラム、そして宗介達と歩き出す。
すぐにアシュラムが何か変化を経た事に気がついた。
「私と入れ違いで何人か誰か居おったな。そやつらのせいか?」
濃霧の中ですぐ近くに、姿は確認できず、だが間違いなく誰かが居た。
相手から避けるならわざわざ会うまでもないと見逃したが、つまらぬ相手ではなかったらしい。
アシュラムは明らかに、そして相良宗介と千鳥かなめも何かを話したようだった。
「そうだ。俺は己を取り戻した」
アシュラムの返答に美姫は僅かに怪訝に聞き返す。
「ならば何故、まだ私と共に居る?」
「恩と、そしてけじめのためだ」
アシュラムは美姫を見つめた。
「ほう、恩とけじめとな。我が身を求めてとは言うてくれぬのか?」
美姫はアシュラムの視線を受けながら衣服をはだけて見せた。
その美貌は人の物ではなく、全ての人を惑わせる、抗えぬ誘惑。
だが、アシュラムは僅かに歯を噛み締めただけだった。
断固とした意志を言い放つ。
「俺はもう、何者の物にもならぬ。たとえ神にとて俺は渡さぬ」

美姫は笑った。
偶々出会った闇を抱えた殺人鬼は言葉に従わず姿を隠した。
待ち受けた吸血鬼はあまりに小物だった。
目を付けていた者には失望させられた。
だが五つの首を命じた相良宗介は一つも狩れずともその意志と絆を示し、
なによりずっと身近に連れていた男はこんなにも……
美姫は笑い続けた。
人生に歓喜し、讃歌し、笑い続けた。

     * * *

「何を呆けているの、リナ?」
打ちのめされていたリナは、唐突な言葉にビクりとなる。
「怯えているの? 震えているの? 馬鹿じゃない、情けなくってよ」
(――好き勝手言ってくれるじゃない!)
リナは一度俯き、歯を噛み締め、改めて声の主を睨み付ける。
空元気を充填し、無理矢理心を燃焼させる。
「誰が情けないって? この高飛車女王様!
 言っとくけど、天才美少女魔術師リナ・インバースはへこたれないわよ!」
その言葉に応じ、彼女は幾人かを引き連れ霧の向こうから歩み出た。
「そう、ならいいわ」
彼女の姿を見て、リナもまた気が付いた。
ダナティアの心にも大きく傷が付いている事に。
(当然じゃない。テッサは死に、最も大切だった仲間のはずのサラも死んだ)
にも関わらず、ダナティアはそれを顔に出さずに決然と立っている。
剰りにも硬く、僅かに見せていた緩みすらも凍らして。
リナは心に意地を継ぎ足して心を更に燃焼させた。
「後ろの連中は誰?」
「仲間よ。紹介は後でするわ」
更にリナを指しその仲間達に言う。
「仲間よ」
今の紹介はただそれだけ。

751間隙の契約 ◆eUaeu3dols:2006/04/09(日) 23:40:58 ID:QpAg.O/E
「シャナは何処?」
「向こうよ。もう止められてるはずだけど暴走してたわ」
「そう。急ぐわよ」
霧の中を急ぐ。
それらは間隙に起きた事。

【D-6/公園/1日目/18:20】
【創楽園の魔界様が見てるDスレイヤーズ】
【藤堂志摩子】
[状態]:健康
[装備]:なし/衣服は石油製品
[道具]:デイパック(支給品入り・一日分の食料・水2000ml)
[思考]:争いを止める/祐巳を助ける

【ダナティア・アリール・アンクルージュ】
[状態]:健康/生物兵器感染
[装備]:コキュートス/UCAT戦闘服(胸元破損、メフィストの針金で修復)
[道具]:デイバッグ(支給品一式・パン4食分・水1000ml)/半ペットボトルのシャベル
[思考]:救いが必要な者達を救い出す/群を作りそれを護る

【Dr メフィスト】
[状態]:健康/生物兵器感染
[装備]:不明/針金
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1700ml)/弾薬
[思考]:病める人々の治療(見込みなしは安楽死)/志摩子を守る

【竜堂終】
[状態]:打撲/上半身裸/生物兵器感染
[装備]:コンバットナイフ
[道具]:なし
[思考]:カーラを倒し祐巳を助ける

【リナ・インバース】
[状態]:精神的に動揺、美姫に苦手意識(姉の面影を重ねています)
[装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:支給品二式(パン12食分・水4000ml)、
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存。管理者を殺害する。まずはシャナ対応組と合流する。

【海野千絵】
[状態]:吸血鬼化回復(多少の影響は有り?)、血まみれ、気絶、重大なトラウマ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:………………。
[備考]:吸血鬼だった時の記憶は全て鮮明に残っている。

752間隙の契約 ◆eUaeu3dols:2006/04/10(月) 01:47:17 ID:QpAg.O/E
【D-6/公園/1日目/18:20】
『夜叉姫夜行』
【美姫】
[状態]:通常
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:島を遊び歩いてみる/アシュラムにどうするか

【アシュラム】
[状態]:健康/意志覚醒
[装備]:青龍堰月刀、冠
[道具]:デイパック
[思考]:美姫の行動に対応する
[備考]:連れて来られた時期と記憶にズレが有った。

【相良宗介】
[状態]:健康、ただし左腕喪失
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:どんな手段をとっても生き残る/かなめを死守する

【千鳥かなめ】
[状態]:通常?
[装備]:エスカリボルグ
[道具]:荷物一式、食料の材料。鉄パイプのようなもの。(バイトでウィザード「団員」の特殊装備)
[思考]:宗介と共にどこまでも/?


状態もいっちょ追加。投下忘れてた。

753 ◆685WtsbdmY:2006/04/23(日) 18:28:17 ID:OeWmx0tc
 名も無き小さな島がある。
 結界に四方を囲まれ、外界と隔絶した島だ。
 内部に囚われた者達にとって、ここはまさしく呪われた島だろう。凄惨な殺し合いを強要され、
それに勝ち残る他に生きる術は無いのだから……
 その島の南部の平原には城が建っている。石造りの壁は堅固であり、規模こそ小さいが城壁まで
備える立派なもの。目にする誰もが、これを城と言ってはばかることは無い。
 しかしその一方で、周囲には重要な施設は一つも無く、地形的にも島の交通の要衝では無いことは
明らかだ。あまりに十分“すぎる”機能と、それに見合うだけの目的の欠如。その不釣合いが、
島の他の施設と同じく、見る者にどこか作り物めいた印象を与えずにはいられなかった。
 現在、城は深い霧に包まれて訪れる者も無い。しかし、まったくの無人というわけではない。
 二階の一室、魔法で封じられた扉によって守られた場所に、一人の少女の姿があった。
 少女は身じろぎもせずに椅子に腰掛け、考え込むような視線を窓の外へと向けている。明かりのない
室内はうす暗く、ただ、その額の額冠(サークレット)にはめこまれた深紅の宝石だけが、
闇の中でも怪しい光を放っていた。

                    ○

754 ◆685WtsbdmY:2006/04/23(日) 18:29:12 ID:OeWmx0tc
 カーラが目覚めたのは17時過ぎのこと。すでに睡眠を取り始めてから、4時間が経過していた。
 現在の状況はカーラにとって思わしいものではない。これまでに出会った参加者たちにはほぼ全てから
敵対視されており、しかも、そのうち幾人かには正体までもが露見している。早々に手を打つ必要が
あったが操れる手駒すら無く、遠見の水晶球すら持たないのでは自分で動くほかない。
 ひとまず、休んでいた部屋で雨があがるのを待っていたのだが、思い通りには行かなかった。
 雨がやんですぐ、濃い霧が出てきたのだ。
 古代語魔法は、呪文の詠唱にかかる時間や動作の隙が大きく、霧の中で他の参加者と遭遇すれば
致命的な事態にもなりかねない。
 天候を操るという選択肢は早々に放棄された。あの“神野陰之”との出会いから得た結論だ。
この島の天候を操っているのがかの者であるならば、カーラ自身の行使しうる最大の魔力で〈天候制御〉
の呪文を唱えたところで徒労に終わることはまず間違いないだろう。
 結局、カーラは霧が薄くなるまでの時間を状況の整理に使うことにした。6時の放送も近いし、
安全な場所で考えを深めるというのも悪くはない。ならば、むしろこの霧は、参加者たちに移動を
手控えさせてくれるという点で好都合かもしれない。

755 ◆685WtsbdmY:2006/04/23(日) 18:30:26 ID:OeWmx0tc
 カーラは窓の外へと向けていた視線をはずし、自分の支配する福沢祐巳の肉体を眺めわたした。
 まず、最初に行うべきは、現在自分が行使しうる力の把握だ。休息をとったことにより疲労は
ほぼ回復したといっても良く、安定と引き換えの運動能力の低下以外に問題は無い。
 だが、魔法についてはどうだろうか。すでに、唱えるのに要する精神力が大きくなっているのには
気付いていたが、今思えばそれだけということは無いように思える。
 少なくとも、この世界にあるが故の制約として〈隕石召喚〉の呪文は間違いなく使えまい。
そもそも、この夜空に輝く星々が星界に属するものかも疑わしいが、島にめぐらされた結界を越えて
物質の移動を行うことは許されないだろう。
 だが、これなどは大した問題ではない。
 以前の戦いにおいては、巨人(ジャイアント)の力をもってすら逃れることのできない〈魔法の綱〉
の束縛から老人は脱した。一方で、〈火球〉やその他の呪文は、その効果を減じることの無いまま発動
している。原因は不明だが、結界などの影響とは無関係に特定の呪文だけが効果を表さないという
可能性を常に意識しておく必要があるということだ。
(身体的な能力にはそれなりに期待できても、魔法については注意が必要。
 そして、……この額冠はどうなっているのかしら?)

756 ◆685WtsbdmY:2006/04/23(日) 18:31:20 ID:OeWmx0tc
 例えば、だ。古代王国の亡霊たる自分が、五百年もの長きにわたってその存在を維持しえたのは、
器の肉体を滅ぼした者は次の器として支配されるという魔力が額冠に付与されているからに他ならない。
だが、――あたかも参加者たちの如く――そこに何らかの手が加えられている可能性もありうる
のではないだろうか?
 傍証は有る。本来ならば、器となる肉体無しではカーラとて何もできない。しかし、この世界では、
付近にいる人間に語りかけることはできたし、その結果、竜堂終も福沢祐巳もその肉体を支配される
こととなった。ゲームを仕組んだ者にとってその方が都合の良いからだろうと気にも留めていなかった
が、ならば、それ以外の部分にも彼らの都合で手が加えられても何の不思議も無いはずだ。
 それだけではない。記憶の欠如や、それこそ“失われずに残っている”記憶、自分がここにいる理由
ですら、そういった作為――都合の良いようにカーラを動かすための操作の一環――の結果であるの
かもしれない。改ざんされた記憶を持つ者ほど操りやすいものは他に無いだろう――それが可能であるならば。
(あの、神野とやらになら、できるのかもしれないわね)
 そう呟いて、カーラはこの件についてそれ以上考えるのをやめた。どのみち確かめる方法は無い。
参加者たちのように刻印がなされているとすれば、解析のための呪文に反応して呪いが発動する恐れが
あった。
 それに、彼らがあくまでこちらを参加者同様に扱うというならば、今はそれに従って動くだけのこと。
参加者として身を守り、参加者として他の参加者を操り、参加者としてゲームをつぶせばいい。
それは確かに困難なことではあるが、まったくの不可能ではない。そのことを彼女はある一人の戦士に
よって何度も思い知らされている――もっとも、その男もこの世界においては死を迎えたことを忘れる
気は無いが。
 依然として霧は晴れず、そして……三回目の放送が始まった。
 
                    ○

757 ◆685WtsbdmY:2006/04/23(日) 18:32:10 ID:OeWmx0tc
 放送によって、袁鳳月と趙緑麗、坂井悠二、サラ・バーリンの死が明らかになった。
 自分の正体を知る者の数自体は減ったが、肝心の藤堂志摩子、竜堂終、ダナティアの三人がいまだに
健在であり、依然として思わしくない状況にあるといってよい。
 ただ、坂井悠二が消えてくれたことは僥倖だ。これで火乃香と、あの“神野陰之”に集中できる。
 神野は……その言を信じるならば、時空にとらわれず、助力を願い出るものにその強大なる力を貸す、
正に神のごとき存在だ。以前考えたとおり、これに対抗するために火乃香は使えるだろう。だが、神野に
挑む前に死んでしまう可能性も無いわけではないし、こちらの都合の良いように動いてくれるという
保証もない。終あたりと接触されて、命を狙っていることに気づかれるようなことでもあれば、
そちらから先に始末せねばならなくなるかもしれない。他にも何らかの形で対抗手段を用意しておく
必要がある。
 そう、例えば、“魂砕き”ならどうだろうか。魔神王の不滅の魂すらも打ち砕き、消滅せしめたかの
魔剣なら、神野に対しても致命的な一撃を加えられるかもしれない。
 もちろん、自分に対して致命傷を与えられるような品をわざわざ支給品に加えておくとは考えにくい。
少なくとも、その力を弱めるように手を加えるぐらいのことはしていることだろう。だが、黒衣の将軍
の名が名簿に記されている以上、考慮はしておいても損は無いはずだ。
 もし、存在するなら、それを振るう手とともに早急に確保すべきだろう。同様に、役に立ちそうな
物品があればなるべく手に入れておきたいところだ。それが魔法による産物である限り、その扱いは
カーラにとっては専門分野だ。これは他の参加者との交渉材料に、十分なりうる。
(けれど……)
 カーラは眉をひそめた。刻印がある限り、それらの手立ての全ては無意味だ。火乃香だろうと、
“魂砕き”を手にした戦士だろうと関係ない。神野は、その一撃が届く前に呪いを発動させるだけ
だろう。
 結局、刻印の解除方法を手に入れなければどうにもならない。カーラの知る古代語魔法の呪文にも、
呪いを含む一切の魔力を打ち消す呪文があるが、それはいわば正攻法であり、効果を現すためには
刻印をなしたものの魔力を打ち破る必要がある。
 だが、それは不可能だ。
 ならば鍵は十叶詠子。神野の正体について知っているのみならず、刻印についても何かをつかんでいる
ようだった。加えて、――“法典”とか言っていたか――ダナティア同様に参加者を結集させて、
神野やアマワに相対しようとする者のことも知っているらしい。もし、手を組むならば、こちらの正体を
知り、いずれ敵対を余儀なくされるダナティアよりも良い相手だろう。

758 ◆685WtsbdmY:2006/04/23(日) 18:32:50 ID:OeWmx0tc
 ふと、窓の外を見やると、霧はだいぶ薄くなってきており、そろそろ出発しても良い頃合のように思えた。
 カーラは、傍らに置いておいた角材をつかんで立ち上がった。一見すると椅子の脚にしか見えないが、
魔法の発動体としての魔力を付与してある。別段必要なものではないが、なまじ魔法の知識がある者が
相手ならば目くらましくらいにはなるだろうと思い作成しておいたものだ。
 上位古代語の文言を呟き、両腕を複雑に動かして呪文を紡いでいく。その最後の言葉とともに透視の
呪文が完成した。目の前の扉の外の廊下、反対側の部屋の内部、さらにその向こうの様子が、カーラの
意思に従い次々と脳裏に浮かび上がってくる。
 そのようにして城の内部を探り、城の周囲を大雑把に見渡してもう一度階下を見下ろしたとき、
彼女はそれに気づいた。
 笑みを浮かべて扉に駆け寄ると、そっと囁く。
「ラスタ」
 開き始めた扉をすり抜け、階段を慎重に、しかし素早く駆け下りる。幸い、現在、城の内部には
自分しかいないから多少の音は問題にならない。それより、呪文の効力が続いている間に目的の場所に
到達しておきたかった。
 一階に降り立ち、扉をいくつかくぐって厨房に入った。この間も、魔法の感覚は捉え続けている。
厨房の真下にある地下室、そこからさらに地下へと向かって続く階段。そして、その先に一人でたたずむ
妖精の姿を。
 カーラは厨房の床にしつらえられた扉の前に立った。地下室に下りるには、この奥のはしごを使えばよい。
 だが、扉をどける前に一つだけ済ませるべきことがあった。手にした棒杖(ワンド)を振り上げ、
呪文の詠唱を開始する。
「……我が目は真実のみを見て、我が耳は真実のみを聞く」

                    ○

759 ◆685WtsbdmY:2006/04/23(日) 18:33:54 ID:OeWmx0tc
 放送から二十分。いまだに誰も姿を見せないことにピロテースはいらだっていた。
 そもそも、放送で空目とサラの名が呼ばれてしまったことが忌々しい。一時とはいえ手を組んだ者が
倒れたことに対する悔やみもあるが、そればかりではない。人数が減ったことは、裏切りや外部からの
攻撃に晒された際の危険度の上昇に直結している。それこそ、ついにクエロが裏切って、二人を殺害した
可能性すらあるのだ――もっとも、それならばクリーオウが生きているはずもないと思えたが。
 いっそのこと、同盟を解消してしまった方が良いのではないのかとすら思えてくる。休息だけなら、
木々の精霊(エント)の力を借りて避難所を作ればいい。木々の生い茂る森の中でなら周囲の景色に
まぎれ、他の参加者から襲撃を受ける心配はまず無い。
 だが、実際にそうするわけにはいかない理由が二つあった。
 まず、せつらとの連絡を失うわけにはいかないというのが一つ。(多少、酔狂なところがあるとしても)
彼の協力がアシュラムと出会うためには非常に役立つことは否定できない。
 次に、城内を探索し、拠点とすることをあきらめたくないというのがもう一つ。城は目立つ分、
そこにアシュラムがいる可能性も、これから来る可能性もわずかながらある。しかし、自分一人では
探索も休息も危険すぎてできたものではない。
 ピロテースは、北へ続く通路のその奥の闇を見つめてため息をついた。待つことしかできない現在の
状況が歯がゆい。
「話がしたいのだけれど、そちらに行ってもよいかしら? 闇の森の妖精族」
 突然降ってきた声に、はじかれるようにしてピロテースは立ち上がった。木の枝を構えて周囲の様子を
探るが誰もいない。
 当然だ。声は、城内へ通じる階段の上から響いてきた。その主の姿など、ここから見えるはずもない。
しかし、ならばなぜ、相手はこちらを“闇の森の妖精族”と断言できるのだろうか。
「何者だ?」
「私の名に意味などないわ。ただ、ロードスに縁のある者と思ってもらえれば結構よ」
 投げかけた言葉は、ただ、〈姿隠し〉の呪文を唱えるまでの時間を稼ぐためだけのものでしかなかった。
しかし、それに対する返答には、ピロテースの興味を引くには十分すぎるものが含まれている。
ピロテース自身はロードスについて、誰かに話したことなど一度も無い。ならば、声の主は本当に
かの島の出身者なのか、それとも……。
「降りてくるがいい。ただし、ゆっくりとな」

760 ◆685WtsbdmY:2006/04/23(日) 18:35:28 ID:OeWmx0tc
 返答の代わりに、階段の上からは足音が響いてきた。魔法によるものか、それとも何らかの道具に
よるものなのかは分からないが、おそらく相手はこちらの姿を透視できるのだと考えられる。
それならば、姿が見えたほうが対処もしやすい。
 ピロテースは木の枝を握った右手を背中に隠し、聞こえてくる足音に集中した。硬い靴底と石造りの
床が立てる音は次第に高くなり……
 姿を現したのは一人の少女だった。粗末な貫頭衣に身を包み、片手に短い木材を携えている。
奇妙なのはその額にいただかれた額冠。それには人の双眸を模した文様が彫りこまれており、
四つの瞳に見つめられているような錯覚に陥らされた。
「用件は?」
 ピロテースはそれを睨み返して訊ねた。どうということもない少女に見える。だが、魔法の使い手
である可能性もある以上、油断はできない。風の精霊力の働いていないこの場所で、〈沈黙〉の呪文は
使えないのだから。
「限定的な協力関係の樹立と、情報の交換」
「名も明かさない者を信用するとでも?」
「思わないわ。
 けれど、黒衣の将軍の身の安全を確保したいという点であなたと私は協調できるのではないかしら」
 内心の動揺を見透かされまいとするピロテースの努力は見透かされてしまったのだろう。
少女はうすく笑んで後を続けた。
「そうならば、この話はあなたにも益があるはず。
 限定的な協力関係というのはね、六時間後、次の放送までに私が黒衣の将軍に出会ったら、
 身の安全を確保してここに連れてきてあげようということ。
 もちろん、あなたが私の用事をすませてくれるように約束してくれればの話だけれど」
 少女はそこで再び言葉を切り、こちらの様子を窺ってきた。ピロテースが手で先を促すと、
うなずいて“用事”について語りだす。
「あなたは十叶詠子という少女について同じようにしてくれればいい。
 『“祭祀”が“闇”について問いたがっている』と言えば通じるはずよ。
 それと、火乃香という少女について。これは身柄を確保する必要はないわ。
 現況について調べてくれればそれで十分」


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