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試験投下スレッド

1管理人◆5RFwbiklU2 :2005/04/03(日) 23:25:38 ID:bza8xzM6
書いてみて、「議論の余地があるかな」や「これはどうかなー」と思う話を、
投下して、住人の是非をうかがうスレッドです。

623傷物の風と舞闘団の邂逅  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 22:09:14 ID:fmBZ14cE
 ヘイズが左に方向転換した瞬間。
 目の前の少女が床の上で体勢を立て直していた。
 見た限りは非武装だったが、
「ふざけるんじゃないわよ!」
 手首を返して砂利を投擲された。対応が自分の予測より0.3秒程速い。
(I-ブレインの動作効率を80%で再定義)
 しかしヘイズは迫り来る小石の軌道を一ミリの誤差無く予測。
(予測演算成功。『破砕の領域』展開準備完了)
 自分の顔面に命中すると思われる石は、
 指を鳴らして発動させた解体攻撃で残らず破壊。
 威嚇と警告は自分の役目だ。
 そのまま加速し、立ち上がった少女の眼前に指を突き出し、問いかけた。
「まだやるか?」
 
 ヘイズの背後ではしばらく金属音が打ち鳴らされていたが、数秒後に沈黙した。
 エドゲイン君を抱えたコミクロンが火乃香の援護に回ったために、
 少女の連れの男も形勢不利を悟ったようだ。
 横目でちらりと後ろを除くと、鉄パイプを正眼に構えた男が火乃香に対して
 後退していくのが見えた。無傷なところをみると、どうやら相当の達人らしい。
 確認を終えたヘイズは、再び少女に向き直った。
「で、どーするよ? 個人的には投降してくれるとありがてえんだけどな」
 突き出した指の先、少女はやけにふてぶてしく答えた。
 自分に銃を突きつけられた天樹錬と、何処か似ている。そんな気がした。
「分かりきった事言わないで。投降するも何も元から選択肢なんて無いじゃない」
「理解が早くてうれしい限りだ。じゃあ……そっちの鉄パイプ持ったお前!
三対一になったがみてえだが投降してくれるか?」
 男はしばらく黙していたが、火乃香が間合いを一歩詰めると観念したように口を開いた。
 相変わらず隙の無い構えのままだったが、交渉には付き合う気があるらしい。
「一つだけ、聞かせろ。貴様らはゲームに乗っているのか?」
「いや、むしろ逆だ。俺達はマーダー共に襲われっぱなしで、いい加減辟易してる」
 ヘイズからの返答が放たれた瞬間、コミクロンが木枠を手放した。
 そのまま左手を頭の上に掲げて、無防備だぞ、とばかりに男の眼前で一回転する。
 コミクロンの前に居た火乃香も同じように騎士剣を床に置く。さすがに回転しなかったが。
 仲間に習ってヘイズも両手を頭の上で組み合わせた。
「信じて……くれるか?」
 男は少女を見て、ヘイズ達を見て、床の武器を確認したあと、吐息を吐いた。
 直後に自分の鉄パイプを投げ捨てながら、
「信じよう。俺はヒースロゥ・クリストフだ」
 後には、鉄パイプが廊下を転がる音のみが残った。

624傷物の風と舞闘団の邂逅  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 22:10:35 ID:fmBZ14cE
【戦慄舞闘団】
【H-1/神社・社務所の応接室前/17:35】
 
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:やや貧血。
[装備]:
[道具]:有機コード 、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:刻印の性能に気付いています。


【火乃香】
[状態]:やや貧血。
[装備]:
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:"火乃香の脳"が何だって……?(魔術士の話を聞いてたり、聞いてなかったり)


【コミクロン】
[状態]:右腕が動かない。能力制限の事でへこみ気味。
[装備]:未完成の刻印解除構成式(頭の中)、刻印解除構成式のメモ数枚
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着直しました。へこんでいるが表に出さない。

[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
       行動予定:嘘つき姫とその護衛との交渉。
       騎士剣・陰とエドゲイン君が足元に転がっています。

625傷物の風と舞闘団の邂逅  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 22:12:37 ID:fmBZ14cE
【H-1/神社・社務所の応接室前/17:35】
【嘘つき姫とその護衛】
【九連内朱巳】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1300ml)、パーティーゲーム一式、缶詰3つ、鋏、針、糸
[思考]:パーティーゲームのはったりネタを考える。いざという時のためにナイフを隠す。
    エンブリオ、EDの捜索。ゲームからの脱出。戦慄舞闘団との交渉。
[備考]:パーティーゲーム一式→トランプ、10面ダイス×2、20面ダイス×2、ドンジャラ他


【ヒースロゥ・クリストフ】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1500ml)
[思考]:朱巳ついて行く。戦慄舞闘団との交渉。
    エンブリオ、EDの捜索。朱巳を守る。
    ffとの再戦を希望。マーダーを討つ
[備考]:朱巳の支給品について知らない。鉄パイプが近くに転がっています。


「手札の確認」の続きだったんだけど、長いので分割。
なんか最後の方がぐだぐだだ。

626タイトル未定(1/3) ◆Sf10UnKI5A:2005/10/22(土) 00:34:02 ID:RB9CPqq.
 港の一角にある診療所。
 その内部、一階で、黒衣の青年が尊大な少年と不安げな少女を見据えている。
「……で、お前は結局の所何が言いたいんだ?」
 先に口を開いたのは黒衣の青年――ダウゲ・ベルガー。
「先ほどの零崎君も言っていたでは無いか。仲間になってもらいたいのだよ。
脱出&黒幕打倒同盟の一員としてね」
 答えるのは、恐らくこの島で最も尊大な存在――佐山御言。
「その言葉は――」
 ベルガーは、死体――坂井悠二の横に落ちていた狙撃銃PSG−1を素早く取り上げ、
銃口を佐山へと向けた。
「こういう行動に出る相手に向かっても吐けるのか?」
 しかし佐山は彼の言葉に態度を変えず、ただ微笑み続ける。
「私は相手が何者であれ、このゲームを打破するために協力を求める。
実際、零崎君とは少しばかり命の取り合いをした仲でね。
彼は私に負けたことで、気が向く間は協力すると約束してくれた。
君も同じ様な過程をお望みかね? ……ふむ、そう言えば名を聞いていなかったな」
「自分が世界で一番だと思ってるようなガキに教える名は持っていない。
それに、俺は零崎とやらとは違いこうすることも出来る」
 つい、とベルガーは銃口をわずかにずらした。
 それが狙っているのは、佐山の斜め後ろにいる少女――宮下藤花。
 藤花は驚きと恐怖が混じった色を顔に浮かべるが、佐山は依然平然としている。
「ふむ……。残念だ、まことに残念だよ黒衣の君。
その銃はちょっとした戯れにそこに置いておいた物でね。弾丸は全て抜き取ってある」
 その言葉を聞いて表情が変わったのは、藤花一人だけだった。
「ちょっとしたテストだよ。私に敵として向かい合う者が、どのような行動を取るのかを見るためのね。
無論誰も来なければ回収するつもりだったのだが、この島では些細な戯れすらすぐに意味あるものとなる。
――“必然”の存在を疑いたくはならないかね?」

627タイトル未定(2/3) ◆Sf10UnKI5A:2005/10/22(土) 00:34:58 ID:RB9CPqq.
 数秒の沈黙の後、ベルガーはPSG−1を降ろした。
「なるほど、お前の言いたいことも少しは理解出来た。
だが今は協調する気は無い。少なくとも、あの零崎人識をどうにかするまではな」
「ふむ、同行者のために仇討ちの手伝いかね。私としては賛成しかねる思考だが」
「ならば尋ねよう佐山御言。君は、この島に一人連れて来られたのか?」
 ほんのわずかに間が空いた。
「名簿には、知人の名が四つほど見られたが」
「殺されたか?」
 率直な質問。だが、佐山御言はそんなもので――
「俺の友人はこの島で殺された。死体を見たぜ。首を刃物でやられていた。
どんな偶然か俺はあいつを埋めてやる羽目になった。
意外も意外だ。あいつはこんな所で死ぬタマじゃない」
 叩きつけられる言葉は非常にシンプルだ。
 ベルガーはPSG−1を捨てると、佐山へ向けて一歩踏み出した。
「だが死んだ。殺されていた。どこの馬の骨とも知れぬ輩に。
俺は生きてこの島から帰る。だが、その前にあいつの仇を取ってやらないといかん。
そうしないことには顔向け出来ない連中がいるんでな。
――顔色が悪いぞ、佐山御言」
 佐山の脳裏に浮かぶのは、既に存在しないモノの姿。
 佐山の心臓を締めるのは、既に存在しないモノの記憶。
 佐山の契約を壊したのは、既に討つと誓った世界の敵。
「同盟が組めない以上、俺はここから大人しく去ろう。だが、二つやることがある」
 ゆっくりと近寄るベルガーを、佐山は額に汗浮かべ正面に見据える。
「一つは、坂井悠二の亡骸の回収。嬢ちゃんに頼まれた仕事だ。
もう一つは――」
 彼我の間隔数メートル。ベルガーはその位置で踏み込みに全力を込め――

「他人の心を顧みない傲慢な馬鹿に、一発説教食らわすことだ!!」

628タイトル未定(3/3) ◆Sf10UnKI5A:2005/10/22(土) 00:36:47 ID:RB9CPqq.
 ベルガーの太刀筋は速かったが、所詮予測された動きだ。
 佐山は胸の痛みを無視し、G-Sp2で受け止めた。
「顧みぬのではない! 見据え、堪え、――乗り越えるのだ!!」
「それが出来ない人間には何を求める!?」
 佐山の低い蹴りを、ベルガーは素早く引いて避ける。
「ただ一つ! この最悪のゲームを破壊するための力を!!」
「……っざけンなガキが!! 慢心と共にある力の行く末をテメエは知っているのか!?」
 ベルガーは佐山に答える間を与えなかった。
 それまで連続して振られ続けていたベルガーの刀は、ほんの一瞬の内に投擲されていた。
 全力で飛ばされた刀が向かう先は、佐山ではなく、
「ひっ!?」
 ――宮下藤花。
「くっ!」
 うめき一つだけを漏らし、佐山は強引に身を捻り刀を叩き落した。
 しかしその動作に費やした時間は、同じだけベルガーの攻撃に費やされる。
「はあああああぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
 放たれるのは詞(テクスト)ではなく、怒気の込められた叫び声。
「ぐっ!? ……は、ぁっ…………」
 ベルガーの一撃が正確に佐山の鳩尾を打ち抜き、佐山はその場に崩れ落ちた。

「いいか佐山御言。あそこで宮下とやらを庇わなけりゃ、お前はあの零崎人識以下の生物だ。
しかし、君は守った。だから俺はこれ以上口も手も出さん。
だが言っておくぞ佐山御言。
俺はこの島で知り合った人間で、俺以上に君の言葉が、君の論が通じない奴を二人は挙げることが出来る。
そいつらは零崎のような人間ではない。お前と同じ様に自分の信念を持っている人間だ。
どうやってこの島の人間全員を仲間にするのか、よく考えておけ。
二度は言わない、忘れるな」

 そこまでを聞いて、佐山の意識は闇に落ちた。


※この後ベルガーの行動が少し入る予定です。

629スリー・オブ・ザ・アザー(三匹の子豚) ◆E1UswHhuQc:2005/10/23(日) 02:42:32 ID:2hhtcUkM
 十階建てのビルの屋上。
 風の吹くそこで、人の話す声が響いている。

『――というわけで、“殺し合い”というのは“日常”なんですね』
『なるほど。“日常”ですか』

「――面白いかい?」
「ええ。なかなか興味深いわ。……あなたは、なに?」
「自分がなんなのかなんて、分かってる人はあまりいないんじゃないかな。まあ――極論してしまえば、君と同じようなものだよ」
「そのようね」

『そう。ヒトは常になにかと“殺し合い”をしている。食事をするってのは、豚とか魚とかを殺してるわけだからね。
 動物だけじゃない。野菜とか果物とか、植物だって元は生きてるんだ。“殺し合い”の結果で食べる側に回っているけど、もしかしたら食べられる側にいたかもしれない』

「それはどちらについての言葉かな。ああ、意味のない問いだから答えは要らないよ」
「なら返答はしないわ……ところで、私はあなたをなんと呼べばいいのかしら?」
「これは失礼。ぼくは――そうだね。“吊られ男”だ。魔女につけられたこの名が、いまのぼくには一番相応しいだろう」
「“ザ・ハングドマン”? 妙な名前ね。でも似合ってるわ」
「ありがとう。君は?」
「自分がなんなのかを分かってる人は、あまりいないらしいわよ」
「そうみたいだね。出来れば名前を教えてくれると、今後の会話が弾むと思う」
「――“イマジネーター”と、そう呼ばれることもあるわ」
「似合っているよ」
「皮肉?」
「そう聞こえたかい? なら謝ろう」

『確かにそうですね。辺境では“人を食べる”というのも聞いたことがあります』
『うん。だから“私たちは殺生をしたくないので野菜しか食べません”なんて連中には憤りを感じるね。
 野菜や果物は食べるけど、豚や牛や鶏や魚が可哀相だから食べない。これは酷い差別だね』
『差別……ですか』

「――これで、私たちの自己紹介は終わったわ」
「君はどうするの







 ○ <アスタリスク>・3

 介入する。
 実行。

 終了。







630 ◆E1UswHhuQc:2005/10/23(日) 02:43:14 ID:2hhtcUkM
『確かにそうですね。辺境では“豚を食べる”というのも聞いたことがあります』
『うん。だから“私たちは殺生をしたくないので土しか食べません”なんて連中は尊敬に値するね。
 動物も植物も生き物だから食べない。ミミズのように土を食べて生きていく――これは素晴らしい試みだよ』
『生物として無理があるような気がしますがねえ』

「無為だよ、名も知れぬ君。僕も彼女もそれの干渉は受けない」
「干渉されることすら出来ない、と言ったほうが正しいのでしょうけど」







 ○<インターセプタ>・2

 <自動干渉機>、私に機会を。







『差別……ですか』
『“豚は可哀相だから食べない”――これは一見博愛主義のように思えるかもしれないけど、違う。
 豚が食べられる側なのは常識だから、“豚は殺し合いの相手にもならない”と無視することなんだ。これは酷い侮辱だね』
『手厳しいですねえ』

「――御初にお目にかかるのです」
「これは丁寧に。……なんと呼べばいいのかな?」
「では、あなたたちに倣って<インターセプタ>と」
「倣う必要はないのよ? あなたは私たちとは違うのだから」

『少しきつい言い方かもしれないけど、大人は少しきついぐらいじゃないと理解できないからね。
 その点、子供は理解が早いよ。うちの弟夫婦が菜食主義だったんで、甥っ子は肉を食べたことがなくてね。
 先日、レストランで食事をご馳走したら、“豚さん美味しいね!”って喜んでましたよ』
『子供は純真ですねえ』

631 ◆E1UswHhuQc:2005/10/23(日) 02:44:08 ID:2hhtcUkM
「それで……あなたは何をしたいのかしら? <インターセプタ>」
「ここには、わたしの世界の人たちがいます。わたしは彼らを助けたいのです」
「――此処について、ある程度は分かってるんじゃないのかな。君の行動は徒労だと思う」
「……それでも」

『前々から何度か言っていると思うんだけど、食物に対する“尊敬の念”を失くしているようでは、いずれこの国は滅びるよ』
『や、それは少し大げさなのでは。たかが食べ物でしょう?』
『“たかが食べ物”すら各下に見て侮辱するのに、“たかがヒト”を同列に扱っていけると思うかい?』

「それでもわたしは助けたいのです」
「それが……あなたの“役割”なのね」
「“役割”か。ならば既にそれを終えたぼくは……なぜまだいるんだろうね」

『はい。それでは今日の結論をお願いします』
『“食べ物”に対する“尊敬の念”。これすら持てないようでは、いずれ泥沼の戦争で人類は破滅する。
 そうならないように、一食一食に気をつかわなければならないんだ』
『ありがとうございました。それではミュージックタイムに移ります。本日のリクエストはPN.不気味な泡さんより、「ニュルンベルグのマイスタージンガー」です』

「好きね、彼も」

『――なみっだ流してあんのひっとは〜、わっかれっを告っげるっのタッブツッ』
『し、失礼しました! ええと、「ニュルンベルグのマイスタージンガー」でしたね。少々お待ち下さい』

「――じゃあ、私はやることがあるから」
「行くのかい?」
「ええ。管理者とやらの力に興味があるの」
「徒労に終わると思うよ」
「何もかも知ってると信じているものの言い草ね」
「そう感じてしまうんだ。此処で何をしようと何も変わらないし、そもそもぼくたちに出来ることはほとんどない」

『――♪ おーおー。今日もゆくゆく黄金色〜。頑張れ正義の贈賄ブツッ』
『し、失礼しました! 今日は機器の調子が悪く――マイスタージンガーだっつってんだろ無能!――少々お待ち下さい』

「それでも私はやらなければならない。それが私の“役割”だから」
「――わたしも、やらなければいけないのです」
「自分で自分の役割を決めて動かなければ、ゲームの駒にされるだけ、か……」
「……このゲーム、何のためにあるのかしら」
「――“吊られ男”さん、もしかしたらあなたは知っているのではないですか? このゲームの目的を」
「それは簡単なことだ。実に簡単なことだよ」

632 ◆E1UswHhuQc:2005/10/23(日) 02:44:52 ID:2hhtcUkM

『――満天の星々に感謝を
   地にあふるる花々に感謝を
   そして我が最愛の人に祝ブツッ』
『し、失礼しました! ――だぁからマイスタージンガーだっつってんだろーがっ! テメエこの仕事何年やってんだ!』
『い、いや自分は先日入ったばっかのバイトで』
『黙れ豚』

「――心の実在を証明すること」







 ○<インターセプタ>・3
 彼らとの接触には意味があった。
 このゲームの目的を知ることが出来たのは、大きな収穫だと言っていいだろう。
 心の実在の証明。
 そのためにこの世界は創られた。巨大な実験場として。
 全ては複製であり、宮野秀策も光明寺茉衣子も偽者である。ならばわたしは何もしなくていいはずだ。
 だが、疑問が残る。
 なぜわたしまでもがこの世界に在るのか。わたしも偽者なのか。<自動干渉機>さえもが創られているのか。
 なんのために?
 疑問を解消するために、わたしはこのゲームを見届けようと思う。
 そして、例え偽者であろうと、<年表管理者>として宮野秀策と光明寺茉衣子を救いたいと思う。










『――えー、放送機器の調子が悪く、大変お待たせしましたが、「ニュルンベルグのマイスタージンガー」です。どうぞ』



『――――♪』








 ○<アスタリスク>・4
 終了する。
 実行。

 終了。

633竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:09:04 ID:fmBZ14cE
 B-3エリアのビルの一室。
 「風雨の下で長時間行動するのは身体に障る」と主張する医者に連れられて、
 崩壊した病院から隣の区画に移動した藤堂志摩子ら一行が休息を取っていた。
 ダナティアと終は、ビルじゅうを巡った後になんとか衣服を発見し、
 その間に志摩子は水と食料を補給した。
 メフィストは静かに窓の外を眺めている。外見は余裕そうに見えるが、
 刻印や吸血鬼などの懸案すべき事項が多すぎて、一時たりとも彼が思考を停止する事は無い。

 ようやく態勢が整い、一同が今後の行動を定めようと集まった時、
 真っ先に口を開いたのはダナティアだった。
「6時まで待ってくれないだろうか? そうドクターは主張しましたが、
今どうしても伝えなけれならない事が幾つか――」
「カーラの事か?」
 ダナティアの言葉をぶっきらぼうにさえぎったのは終だ。
 土砂に埋もれたり、ズブ濡れになった所為か、先ほどまで彼は不機嫌そうだった。
 服を見つけた後に「腹が減った」などとのたまい、
 志摩子が集めた食料にさっそく手を付け始め、現在は腹の虫が治まったかの様に見えいたが、
 やはり灰色の魔女の事が頭から離れなかったようだ。
 終の言葉に志摩子は息を呑み、メフィストはしばしの沈黙の後に話の続きを促した。
「ええ、彼女の事も関係しているから、しばらくの間黙って聞いていてくれるかしら?」
 ダナティアの返事に対して終は素直に手に持っていたパンを置き、
「別に良いけど……こいつはけっこう長くなるのか?」
「ええ、そうね。夢の話よ……魔王の下に魔女が集った夜会の夢。
運命と言う名の偶然に導かれ――深層心理の奥底にて招かれた“無名の庵”で出会った、
闇の世界の住人“夜闇の魔王”――神野陰之。このゲームの主催者との対話の夢よ」

634竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:10:19 ID:fmBZ14cE
 瞬間、今まで沈黙を貫いてきたメフィストが僅かに眉をひそめた。
 しかし、その眼光は衰えず、食い入るようにダナティアを見つめる。
「今、何と――神野? ……あの神野陰之か」
 ――神野陰之。“いと古き者の代理人”や“名付けられし暗黒”その他様々な名称で
 古い時代から呪術の書物に稀に顔を出す謎の人物としてメフィストは彼を知っていた。
 だが、自身は実際にはその存在を認めてはおらず、まさかこんな場所で彼の
 名前に出くわすとは思っても見なかった。
 神野の力は強力で、現代の魔術が通用しないらしく、「神野の由来より古い呪物を
 持ち出さないとその存在に対抗する事が出来ない」と言われる厄介な相手らしい。
 それでいて最高の魔法のくせに、自分で何かを始める事が出来ない存在――、
 故に黒幕は二人組だろうとメフィストは推測した。

「ご存知なんですか?」
「当然の事だが私は医者という職業上、呪術の知識にも触れたことが有る――」
「普通の医者はそんな事しないと思うけどなあ」
 間髪入れずに放たれた終のツッコミをメフィストは無視した。
「――触れたことが有るのだが、神野陰之についてはほとんど情報が無い。
私の手持ちの文献にも、その存在はほとんど記されていない。
分かっているのは『あらゆる場所に遍在しているので距離や時間などの概念は無意味』
である事と、『人間とは異質かつ高位な存在である上、自我のすら曖昧な為、
精神攻撃や物理攻撃も殆ど通用しない』らしい事、更に『相手の望みを聞くという法則』
を持っている事。その程度しか私は情報を得ていない」
「いや、そこまで知ってれば十分だろ……古書マニアの始兄貴だってそんな事は
知らないはずだぞ。……どのみち今はもう、関係無いけどな」
「――ダナティアさん、続けて下さい」
 志摩子は終が兄の死を思い出して苦しんでいる事を察して、話の続きを促した。
 ダナティアもそれを承知している為に、即座に夢の詳細を語り始めた。

635竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:11:30 ID:fmBZ14cE
 “天壌の劫火”アラストールとの約束。
 無邪気に笑う“魔女”十叶詠子。
 深層意識でさえ福沢祐巳の形を取る“灰色の魔女”カーラ。
 十叶詠子が『ジグソーパズル』と称したサラ・バーリン。
 「『私』に問い掛ける事を許そう」と厳かに告げた“夜の王”神野陰之。
 そして――、未だ顕れざる精霊“御使い”アマワ。
 神野は語った。
「『彼』は君達にこう問い掛けているのだよ。
 “――心の実在を証明せよ”」

 ダナティアが語った夜会の内容は、一同に少なからず衝撃を与えた。
「難題ですね。心の実在を証明せよ、ですか……」
「心ってのは脳の中に有るんじゃないのか? 今こうして考えてるのも脳だろ?」
「“人間”ならばそうでしょうね。でもアマワは精霊なのよ。
あの“夜の王”やアマワには実体は存在しないはずだわ。当然、脳なんて持ってないわね」
「おい! せんせーはどう思うんだよ。医者なんだろ?」
 終は目に見えて怒っていた。
 彼にとっては「心の実在」などどうでも良く、
 そんな不確定なものを証明する為にこんなくだらないゲームに引っ張り込まれ、
 結果として兄と従姉妹を失った。彼らは二度と戻って来ない。
 湧き出す感情は悲しみよりむしろ怒りが大きい。
「ったく……最初から頭でっかちな学者連中を集めてりゃあ良いんだよ」
 何故自分達が殺し合わなければならないのか?
 何故失う事で心の実在が証明されるのか?
 終には分からない。
 胸を押さえても感情は荒ぶるばかりで少しも鎮められない。

636竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:12:16 ID:fmBZ14cE
 終の怒りが弾けそうになった時、メフィストがようやく口を開いた。
 その口調には何のてらいも気負いもない。
「“――心の実在を証明せよ”か。実に興味深い……。
私も正直、確固たる名案を示す事ができん。――終君、明確な理由が有るので
憤らないでくれたまえ。まず、我々はアマワと呼ばれる精霊について何ら情報が無い。
一言に精霊と言っても実際には雑多な種が居て、まとめて括る分けにはいかない。
現在我々はアマワについて全くの無知であり、アマワはどのような性質を持ち、
どれほどの存在なのか皆目検討がつかない」
 ここまでは理解できるだろうか。と、一旦言葉を区切ったメフィストは、終と志摩子を
 交互に見渡した。特に終は感情が高ぶっているので、下手に刺激するよりは
 多少話が長くなっても、理解しやすく説明した方が安全性が高い。
 二人が了承の意を返してきたので、メフィストは話を再開した。

「先ほど、実体が無いから脳で考えている訳ではない、と言われたが
確かにそれは的を得ている。だが、我々はアマワの性質を把握していない。
人間の心と精霊の心が同一であるのかすら不明だ。
故に、現状ではアマワの問いに的確な返事を返す事が出来ない。
仮定は幾つでも立てられるが、それらはあくまで仮定であって、解決にはならない。
あいにく私は確証も無く推論を垂れ流す、愚昧な知性を持ち合わせてはいない」
「何だよ。結局アマワの事を知らないから、ハッキリと断言できないって事だろ?」
 終はのけぞってギシギシと椅子を鳴らした。
 しかし、終も精霊がどうやって思考してるかなんて事はさっぱり分からないので、
 人の事をとやかく言う筋合いは無い。
「不満のようだな? なんなら幾つか推論を述べても構わないが」
「結構ですわ、ドクターメフィスト。終君、不確定な情報から導かれた推論は
後々になって自らの首を締めるかもしれなくてよ。ドクターはそれを警戒している――」
「分かったよ。けどアマワの事をバラした神野ってのも、おれに言わせれば十分胡散臭え。
言ってる事は、全部自己申告だしな」
「でも、ゲームの裏に神野と名乗る存在が居るのは確実なんですよね?
ダナティアさん?」
「十叶詠子は彼の実在を確信していましたわ。刻印を作製したのは彼だと明言
していたわね……」
 電波ってる娘を何処まで信用して良いか分からないだろ。と、終は再びパンを
 食べ始めた。ダナティアの話を聞く限り、十叶詠子は尋常ではない。
 人格だけなら小早川奈津子の方がまだ理解し易い。

637竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:12:58 ID:fmBZ14cE
 いや、あの化け物の思考が単純すぎるのだろうか……? 少なくとも茉理ちゃんと
 比べると、十叶詠子ってのは十分変人の域に達しているはずだよな。
 パンの耳に喰らい付きながら、終はそんな事を考えていた。

「ならば、他にも参加者の中で黒幕の存在を理解・知覚している人物が居るかも
しれん。ルールに反しない限り主催者が手を出さないなら、
我々にも反撃の機会は十分有る――」
 そこまで言葉を連ねてメフィストは沈黙した。
 不思議がった志摩子が声を掛けようとした寸前に、終が彼女の口を塞ぐ。
「声が聞こえるんだ――この馬鹿みたいな笑い声は……まさか……」
 南を向いて耳を澄ませるその横顔はかなり引きつっている。
 露骨に不快の意を示す終の態度に志摩子は眉をひそめたが、
 沈黙を保ったおかげで彼の言う“馬鹿みたいな笑い声”を聞く事ができた。

「をーっほほほ……ほほ、ジタバタ……に静か……し!」
「貴様っ! 誇り……このマスマ――おごっ!」
「この……小早川……から逃げら…………って? さっさ………れておし……」

「終さん、この声は……例の?」
「十中八九、小早川奈津子だな……。気が乗らないけど、おれの出番か。
地の果てまで逃げてでも闘いたくはなかったんだけど、あんた達が居ちゃあなあ」
 そう言って終は超絶美人のメフィストとダナティアを横目で見やった。
 極端な国粋主義者の小早川奈津子にとって金髪美女のダナティアは
 目の敵であり、メフィストに至っては奈津子のストライクゾーンのど真ん中
 に直球を投げ込むようなものだ。
 『いやがる男を力ずくで征服するのが女の勲章』などとのたまう彼女には
 極上のターゲットだろう。何としてでもあの怪女から守らねばならない。
 小早川奈津子は一度目標を定めればテコでも動かず、弁舌による丸め込みが
 効かない上に物理的にも止められない。メフィストにダナティアという
 最高のエサを眼前にぶら下げれば、即座に彼女は喰らい付くだろう。

638竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:13:42 ID:fmBZ14cE
「おれが適当に走り回ってあの怪物をまいてくるから、
あんた達はここでじっとしててくれよ。放送には間に合うようにするから、
それまで今後の予定でも話し合うなりご自由に」
 珍しく早口でまくし立てるなり終は扉ではなく窓のほうへと歩を進める。
 先ほど、美男美女にはさんざん小早川奈津子なる存在の危険性を説明した。
 事態が深刻化しない限り表に顔を出すようなマネはしないだろう。

 いざ出撃せんとする終の眼前、ガラス窓の外には濃霧が立ち込めていて、
 三メートルくらいしか前方を見通す事が出来ない。
 それでも終はガラリと窓を開け、下を眺めた。
「あー、やっぱ見えないか……。上手く当てれば一撃で吹っ飛ばせるかも
しれないんだけどなあ。ま、図体がでかいから確率は半々ってトコか」
「あの……終さん? 出口は――」
「知ってるよ。あんたは少しばかりこの竜堂終を甘く見てるだろ?」
 終は得意げに長剣――ブルートザオガーを手首だけで一回転させた。
 いとも簡単に扱っているようで、この剣は使い手を選ぶ厄介な宝具だ。
 しかし、存在の力を込めれば剣に触れてる者を傷付ける便利な能力を持ち、
 使い手によっては相当な威力を発揮する。

「じゃ、元気なうちに一暴れしてくるぜっ」
 まるで散歩に行くかのように終はひょい、と窓から飛び降りた。
「終さん! ここは四階……」
 あわてて志摩子が窓辺に駆け寄るが、
「ハギス走り――!!」
 終は並みの人間ではない。ドラゴン・ブラザーズの三男だ。
 そのまま景気づけに大声を上げると、垂直な壁面を全速力で走り始める。
 志摩子が窓から見下ろした時には、終の後ろ姿は霧にまみれて消え行く所だった。
「安心したまえ、彼の身体は優良中の優良だ。この程度の落差はものともしないだろう」
 背後からメフィストの声が掛る。
 志摩子は、土砂の下敷きになってもピンピンしていた終の様子を思い出し、
「行っくぜ――だぁらっしゃ――!!」
 同時に終の気合いと共に放たれた衝撃音を耳にした。

639竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:14:27 ID:fmBZ14cE
「だぁらっしゃ――!!」
 “正義の天使”小早川奈津子は頭上から聞き覚えのある声を聞き、
 とっさに跳躍して回避行動を取ろうとした。――が、間に合わない。
 しかも、先ほど入手した『危険に対する保険』は見苦しい上に五月蝿いので、
 たった今沈黙させた所だ。 現在自分を守る物は何も無い。
 もし、この玉の肌が傷ついたらどうしてくれよう?
 八つ裂きでは済まさない。
 来るべき衝撃に対して小早川奈津子は身構えたが、
「あっ、姿勢を沈めるなよ! 脳天直撃コースだったのに!」
 頭上ギリギリを飛び越えて、奈津子の見知った人物が降って来た。

 “ハギス走り”などと称してビルの壁面を駆け下りた終は、
 目ざとく女傑を発見すると垂直な壁を踏みつけて即座に飛び蹴りを放った。
 しかし、女傑もさる者、蹴りが命中する直前になんとか回避に成功し、
 おかげで終の蹴撃は、彼女の上を通過して少し離れた大地に着弾。
 凄まじい衝撃音と共に、直径3メートルのクレーターを生成した。
 そのまま両者は向きなおり、お互いの危険度を再確認する。

「をーっほほほほほほほほほ!!」
 濃霧の中に仇敵を見つけた小早川奈津子は哄笑を上げる。
 風がやみ、周囲の霧が吹き飛んだ。周囲の市街地は廃墟さながらの不毛な
 沈黙に覆われた。何か途方も無く不吉な存在が、世界の全てを圧倒していた。
「元気そうで何よりだな、おばはん」
「何度言っても分からないガキだこと! あたくしの事はお嬢様とお呼びっ!」
 ああ、夢じゃない。コイツは正真正銘の小早川奈津子だ。
 終は深く吐息を吐くと、巨体の女傑と視線を合わせた。
 最早、背後に道は無い。
「をっほほほほほ、苦節一日、ついに国賊竜堂終を発見、これを撃滅せんとす。
大天は濃白色にして波高しっ! さあ、正義の鉄拳を受けてあの世へお行き!」
「いやだね」
「そんなワガママ通るとお思ってるの? 地獄で根性を叩きなおして
おもらいっ!」

640竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:15:17 ID:fmBZ14cE
 言うなり女傑は終に突撃した。
 その拳には狂気と殺気が載せれられている。直撃すれば大ダメージだ。
「冥王星まで飛んでおいき!!」
 命中まで一秒。しかし、終は自分に急接近する禍々しい黒影を睥睨している。
 大気の悲鳴と共に、不吉の象徴が終の頭部を打ち砕かんとするその刹那、
 初めて彼の手が動いた。落ち着いた動作にしか見えないそれは、
 軽い一払いで小早川奈津子の豪腕を逸らす。
 更に、逆の手はいつの間にか長剣を手放し、女傑の腰に添えられていた。
 彼女が二発目を繰り出す前に、もう片方の手も腰に添えて――、
「おおっと、ここで終選手の巴投げだー!」
 自分で実況しながら身体を後ろに倒し、最後に脚で蹴り上げる。
 相手の図体が大きすぎる為、かなり変則的な投げだったが、
 ともかくは“天使”は宙を舞った。

 常人ならこの一投げでノックアウトだろう。
 が、相手は小早川奈津子。世界の常識は通用しない。
 たとえ、吹き飛ばされて瓦礫の山に埋もれようとも、闘志を増して
 カムバックする日本史上最強にして最恐の称号を持つ最兇の女性である。
 地面に激突する寸前に身体を捻って、華麗に――少なくとも本人は
 そう称するはずだ――着地した。
「をっほほほ、さすがはあたくし。行動全てが美麗なり! 10.00!」
「いや、地面に脚がめり込んでる。体操競技じゃあマイナス点だろ」
 余裕そうにコメントする竜堂終は気付いていない。
 自分が今、凶悪な細菌兵器に感染してしまった事を。
 故に数分後、調達したばかりの服が崩れ去ってしまう事を。
 
 ともあれ比較的穏便な第一ラウンドは終了した。
 最も、彼らにとってはほんの挨拶代わりの小手調べに過ぎない。
 又、終が追撃を加えなかった事には理由が有る。
 真近で見た小早川奈津子の首下に、銀の鎖で繋いだ黒い球を
 交差する金のリングで結んだ意匠のペンダントがぶら下がって
 いるのを発見したからだ。
 つい先ほどダナティアは紅世の魔神アラストールとやらが
 意志を顕現させる神器、『コキュートス』が自分達の側に有るらしい
 と話していなかっただろうか?
「おい、おばは――お嬢様。そのペンダントは支給品なので御座いますか?」
 なんだか変な日本語だったが、とりあえず終は問いを発してみた。
 もしもコキュートスならば、途中で回収せねばならない。
「をっほほほほほ、その通り。陳腐ながら我が美貌を飾り立てる装飾品でしてよ」
「――二度目だが、ただの装飾品と一緒にされるのは不本意だ」
 小早川奈津子の嬌声を打ち消すように、
 重く低い響きのある男の声がペンダントから聴こえた。

641竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:16:05 ID:fmBZ14cE
「『なんとかなるだろう』と思っていたのが過ちだったようだな。
女傑とは言え、人間一人にまさかここまで振り回されるとは」
 さすがの“天壌の劫火”も小早川奈津子のような人間に
 出会ったのは始めてらしく、ある種の衝撃を受けたらしい。
 何とかして自身の契約者と出会う為、彼は小早川奈津子を誘導しようと試みたが、
 結局彼女は無謀・無策に暴走を続けて現在に至るのだった。
「お、喋った。おい、“天壌の劫火”アラストールってのはあんたの事か?」
「いかにも。厳密には本体は契約者の中なのだが……我が名を知る汝は
ダナティア皇女の手の者か?」
「おれの上に主人は居ないぜ。名は竜堂終、あんたの持ち主に言わせれば
人類の敵ってやつだ。ま、今は――」
「おだまりおだまりおだまり! このあたくしを差し置いて……観念おし!」
 ほんの少しの間であったが、除け者にされた事が小早川奈津子の
 癇に障った。彼女は未だ気絶する『危険に対する保険』――ボルカノ・
 ボルカンの両足首を掴むと軽々と持ち上げる。
 そして頭上でバットの如く振り回し始め、
「をーっほほほほほ! おくたばりあそばせ――!」
 そのまま終に向かって叩きつけた。

 かくして、人外対人外の第二ラウンドが始まった。
 

 天下の女傑、小早川奈津子が竜堂終に天誅を加えんとしている頃。
「――この音は……どうやらどこぞの馬鹿が派手に騒ぎ始めたか。
当然、ゲームには乗ってるはずだな」
 185cmを超える長身にドレッドヘアに野生的な顔立ち。
 間違えようも無く、<凍らせ屋>の異名を持つ漢、屍刑四郎である。
 せっかく単独で動いているにも関わらず、 朱巳とヒースロゥと別れて以来、
 誰にも会っていない。
 わざわざ脚を運んだ島の北西エリアにも人影は見当たらなかった。
 仕方なく公民館辺りへ進路を変更しようとした時、
 東方より盛大な破砕音が聞こえたのだ。
(とりあえず、巻き込まれたヤツの保護を優先か。馬鹿の取り締まりはその後だ)
 “乗った”者を引きつけ、そして返り討ちにする当初の作戦は変更しなければ
 なるまい。取り締まりの為とは言え、今は自分から喧嘩を買いに赴くのだ。
「方角は……市街地か」
 魔界刑事の本領がついに発揮される時が来た。
 屍は濃霧に沈むパーティー会場へと歩を向ける。
 大地を踏みつける脚の動きは加速して――そして留まる事を忘れたようだ。

642竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:16:51 ID:fmBZ14cE
 一方市街地では、騒ぎ始めたどこぞの馬鹿の片方が不気味すぎる歌声を発していた。

 ♪廃墟に独り孤高の戦士 ラララー
  愛と正義のために戦う〜
  あ〜あ〜、ナツコ・ザ・ドラゴンバスター
  あ〜あ〜、ナツコ・ザ・ドラゴンバスター

 何羽かのカラスが気絶して堕ちていくのを逃走中の竜堂終は目撃する。
 今や、霧深き街に史上最悪の音響兵器が出現しつつあった。
「頼むから歌までにしといてくれよ……。振り付けなんか見たくないぞ」
「をーっほほほほほほ! 闇には光、悪には正義、忌まわしきドラゴンには
この小早川奈津子が大日本帝国に代わっておしおきよ! 滅びよ鬼畜!」
「人の話を聞きゃしねえ……。しかもザ・ドラゴンバスターは英語だろ……?」
 アート・デストロイヤーと化した小早川奈津子は進路に立ち塞がる障害物を
 ものともせずに終に肉薄する。
「粉骨砕身!」
 繰り出された一撃を終はかろうじて回避、大技を空振りした女傑は少しよろめいた。
 間髪入れずに脚払いを放って女傑を転倒させた終は、頭の隅に疑念を抱く。
 ――小早川奈津子がさっきから右腕を使っていない。何故だ?
 気絶した少年を掴んで振り回しているのは左腕だ。本来の彼女なら両手に花ならぬ
 両手にチェーンソーを使いこなせるパワーが有る。
 竜すら恐れぬ怪物は、どうして右手を空けるのだろう?
 終は、倒れた彼女から距離を取りつつ黙考する。
 ――もしや、おばはんは誰かを襲って手酷い逆襲を受けたのか……?
 有り得ない話ではない。現に竜堂家の長男たる始は命を失っている。
 この小早川奈津子を圧倒するような参加者が居ても可笑しくは無い。
「どの道、おれにとってもバッドニュースだな。仮にもおばはんは
最強クラスの人類だってのに……腕を一本やられるなんて。相手は何処の怪物だ?」
 走りながらちらりと後ろを振り向けば、女傑の姿は既に見えない。
「……? なんで追って来ないんだ?」
 バテたのだろうか? いや、あの怪物の体力は人智を遥かに超越している。
 世界の常識を完全に脱しているからこそ、彼女は竜堂兄弟の天敵たりえるのだ。
 立ち止まった終の背を冷水が伝わる。

643竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:17:32 ID:fmBZ14cE
 その時、
「をーっほほほほほほほほ! 油断大敵!」
 終の真横に位置する住宅の倉庫を文字どうりブチ破り、不幸の具現が踊り出た。
「しまった!」
 叫んだ時には既に遅し、身をかがめて逃げようとする半熟ドラゴンに
 小早川奈津子は巨大な手を伸ばす。
「をっほほほ! この聖戦士にして愛の女神、小早川奈津子から
逃れられるとお思いっ?」
 それでも災厄から逃れんとする終の頭を右腕で掴み、怪女は
 ボルカンを握り締めた左手を掲げて――、
「尊皇攘夷!」
 そのまま終に叩き付けた。
 全身の骨格が軋み、掴まれた頭骨が悲鳴を上げる。
「忠君愛国!」
「唯我独尊!」
 続けて二発目、三発目と大地をも穿つ打撃を繰り出す聖戦士。
「天下無敵!」
 四発目で終の頭を離すとタイミングを計ってフルスイング。
 さながら人間ノックである。
 そのまま終は地面と水平にブッ飛び、
 女傑が空けた倉庫の穴へと吸い込まれていった、
 刹那の時間で衝突音が発生、倉庫が崩壊を始める。
 崩壊に巻き込まれ、竜堂終の姿は小早川奈津子の眼前から完全に消失。
 地面には先程まで彼の所有物だった長剣が転がっていた。

「をーっほほほほほほほほほほ! 人類の敵め、今更あたくしの強大さを
認めたところで、命乞いなんぞ聞き入れなくてよ! 
苦難の果てに復讐の時ついに来たり。さあ、覚悟おし! 観念おしおし!」
 待ち望んだ勝利の瞬間を目前にして哄笑を上げる小早川奈津子。
 ひとしきり笑うと、彼女は仇敵にとどめを刺さんと歩を進め始る。
 途中に落ちていた長剣を手に、悠々と瓦礫の山に迫るその姿は、
 正に大将軍に相応しい。
 威圧感を損なわないように、ゆっくりと歩くのが彼女のたしなみである。
 途中でひしゃげたバット――ボルカノ・ボルカンを投げ捨てると、
 女傑は崩れた倉庫を睥睨した。
「ああ、お父様。憎きドラゴンを八つ裂きにする光景、
どうかお空から見届けてくださいまし!」
 亡き父の祝福を祈ると、彼女は瓦礫の山から竜堂終を引っ張り出そうと
 身をかがめ――、
「くらえ、妖怪っ!」
 打ち出された終の鉄拳が“天使”の玉肌に着弾した。

644竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:18:16 ID:fmBZ14cE
 竜堂終の反撃はそこで終わらない。
 のけぞろうとする小早川奈津子の服を左手で掴み、
「家訓曰く――」
 上体を捻って右手を大きく振りかぶり、
「恨みは十倍返し……!」
 女傑の額に戦車砲に匹敵する怒りの右拳が炸裂する。
「――――!」
 大砲の直撃と言っても過言ではない衝撃にさしもの女怪も言葉にならぬ
 悲鳴を上げて吹き飛んだ。
 それを確認した終が崩れた倉庫から飛び出す。
 倉庫に叩き込まれた衝撃と小早川奈津子の細菌兵器のおかげで、
 せっかく調達した上着はボロボロに崩れ去ってしまった。
 ちなみに下は石油製品製ではなかったので、女傑の前で全裸を晒すという
 終の人生最悪の事態はかろうじて回避された。
 最も当の本人は細菌について何ら分かっていないので、
 倉庫にブチ込まれていきなり服を失った事に若干困惑しようだが、
 ――相手は小早川奈津子、何が起きても不思議じゃないな。
 と、すぐに納得したようだ。

「始兄貴直伝の鉄拳だ。額に当たればさすがに効くだろ」
「お、おのれこの国賊! このあたくしにだまし討ちとは――無礼者!」
 よろめきながらも不死身の戦士は立ち上がる。
 手には長剣――ブルートザオガーが握られ、その目に宿った
 強い殺意が終の身体を貫いた。
「何言ってるんだ? 無礼も何も、おれは人類の敵だぜ?」
「をっほほほほ! それでこそ竜堂兄弟の三男。叩き潰し甲斐があってよ」
 上等。と、終は小さく呟いた。叩き潰し甲斐があるのはこちらも同じだ。
 だが、怪女を叩き伏せる前に回収すべき物が二つほど有った。
 一つは首に下げられた神器コキュートス。
 もう一つは自身の支給品だ。

645竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:18:58 ID:fmBZ14cE
「言ったよな? 十倍返しって。あと四十発近くプレゼントがあるぜ?」
「どこまでも生意気なガキだこと……。清く正しく美しくかつ速やかに
あたくしの覇道の礎にお成りっ!」
「……御免こうむる」
「をーっほほほほほ! 問答無用。さあ、殺して解して並べて揃えて
お父様の墓前に晒してさしあげてよ!」
「――ハギス跳び!」
 小早川奈津子の哄笑が終わると同時に終は動いた。
 半熟ドラゴンとは言え、終の初速はハンパではない。
 彼が大地を踏みつけて跳躍した時、ようやく女傑は反応した。
 しかし、ブルートザオガーを装備した女傑のリーチは長大だ。
 もし、懐に入れたとしても自他共に不死身と認める小早川奈津子を
 一撃で沈めることは出来ないだろう。
 ――先手でも取らない限り、苦戦は必至だな……。
 そう判断した終は真っ先に女傑の手首を狙った。
 怪力無双の小早川奈津子だが、無手にできればこちらが致命傷を
 受ける確率はかなり減少する。
 終は本日三度目の鉄拳を振りかぶり――、
「!」
 小早川奈津子が剣の柄から手を離していた事に気が付いた。
 ――罠だ――。
「おーっほほほほ! 国賊成敗!」
 跳躍姿勢のためにまともな防御もできない終に、巨大な拳が叩き込まれた。
 
 人外対人外の第三ラウンド始まりである。


【B-3/ビル/一日目/17:45】
【楽園都市を竜王様が見てる――混迷編】

【藤堂志摩子】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り・一日分の食料・水2000ml)
[思考]:争いを止める/祐巳を助ける

646竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:19:46 ID:fmBZ14cE
【ダナティア・アリール・アンクルージュ】
[状態]:少し疲れ有り
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(支給品一式・パン4食分・水1000ml)/半ペットボトルのシャベル
[思考]:救いが必要な者達を救い出す/群を作りそれを護る

【Dr メフィスト】
[状態]:健康
[装備]:不明
[道具]:デイバッグ(支給品一式・パン5食分・水1700ml)
[思考]:病める人々の治療(見込みなしは安楽死)/志摩子を守る


【A-3/市街地/一日目/17:50】
【竜堂終】
[状態]:打撲、生物兵器感染、上半身裸
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:カーラを倒して祐巳を助ける、小早川奈津子を倒す
     コキュートスとブルートザオガーを回収する
[備考]:約10時間後までに終に接触した人物も服が分解されます
    10時間以内に再着用した服も石油製品は分解されます
    感染者は肩こり、腰痛、疲労が回復します


【北京SCW(新鮮な地人でレスリング)】

【小早川奈津子】 
[状態]:右腕損傷(殴れる程度の回復には十分な栄養と約二日を要する)生物兵器感染  
[装備]:コキュートス、ブルートザオガー(吸血鬼)
[道具]:デイバッグ(支給品一式・パン3食分・水1500ml)  
[思考]:をーっほほほ! 竜堂終に天誅を!
[備考]:約10時間後までになっちゃんに接触した人物も服が分解されます
    10時間以内に再着用した服も石油製品は分解されます
    感染者は肩こり、腰痛、疲労が回復します

647竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:20:27 ID:fmBZ14cE
【ボルカノ・ボルカン】 
[状態]:気絶、左腕部骨折、生物兵器感染
[装備]:かなめのハリセン(フルメタル・パニック!)  
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1600ml)  
[思考]:……。全てオーフェンが悪い!
[備考]:ボルカンの服は石油製品ではないと思われるので、服への影響はありません。


【B-2/砂漠/一日目/17:50】
【屍刑四郎】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1800ml)
[思考]:市街地へ向かう、ゲームをぶち壊す、マーダーの殺害。

648霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:19:10 ID:Xu24PZe6
――諸君、……

「チャッピー、周りを見張ってて」
はいデシ、と答える声を聞きながら、フリウは手早く地図と名簿、そして鉛筆を取り出した。隣で要も同じようにするのを見つつ、聞こえてくる声に集中する。
相変わらず濃い霧の中で、紙が湿気を吸い始めている。放送を聴き終わったら、すぐに仕舞わなければだめになってしまうだろう。
一つ、そしてまた一つ。名前が読み上げられるのにしたがって、名簿から死亡者を鉛筆で消していく。
一枚の紙切れに記された名前。その上の一本の線。この島ではそれが死の姿だ。
――043 アイザック・ディアン
手が滑って、一つ前の名前を二重に消してしまった。
――044 ミリア・ハーヴェント
仕方がないから二人分まとめて線を引いた。なんとなく、そのほうがふさわしいように思えた。
――084 哀川潤
その名前を聞いたときには鉛筆を持つ手が震え、抑えようとして果たせず……結局、線を引くことができなかった。
気がつくと、死亡者の発表は終わっていた。自分の思考とは無関係に流れていく放送を追い、歯を食いしばって禁止エリアに印をつけていく。
死は、人を消し去りはしない。それでも、ここで立ち止まってしまったら彼らが残してくれた何かを傷つけてしまいそうな気がして、フリウは最後まで手を止めなかった。

649霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:21:07 ID:Xu24PZe6
――アイザック・ディアン
――ミリア・ハーヴェント
――哀川潤
地図に禁止エリアを書き込みながら、要は読み上げられた名前を頭の中で反芻していた。
ほんの……ほんの数分前までならこう思っていられたのだ。
『彼らにはもう会えない――蓬莱の家に今もいるだろう、かつての家族と同じように』
彼らの“死”を認めたくなければ、そう理解するしかなかった。
しかし放送は、これが単なる“別れ”ではなく“死別”であることを否応なしに突きつけてくる。
いつでも陽気だったあの人々は、もう、どこにも存在しない。
その事実に今更ながら震え、同時に、死者を悼むこの時でさえ、
自らがあるべき場所――驍宗の傍――にいない苦しみも強く感じている自分に気づいてしまい……
瞬きをした目から涙が一粒、暗い地面にこぼれ落ちた。

――健闘を祈る。

650霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:22:43 ID:Xu24PZe6
フリウ、と呼ぶ声に顔を上げると、要がこちらを見つめていた。
「どしたの……?」
その様子になぜか不安を掻き立てられる。次に飛び出した一言は、フリウの予想だにしないものだった。
「ぼくね、これからは一人で行こうと思うんだ」
「何、…言ってるの? そんなの……危険……」
死んじゃうかもしれないじゃない、という言葉を、口から出る寸前で呑み込む。
それを知ってか知らずか、要は静かに、しかし、しっかりとした口調で反駁してきた。
「でも、ぼくがいたら、フリウとロシナンテはもっと危険だもの」
それに、と要は後を続ける。その声は、不自然に明るい。
「学校でも、他のどこかでも良いの。ずっと隠れていれば、ぼく一人でも安全なんじゃないかしら」
「で、でも、隠れている場所が禁止エリアになったら? 誰かに見つかったら?
そんなときにいったいどうするの? 要が一人で切り抜けられるわけないじゃない!!」
フリウは要の腕をつかもうとして――それができないことに気づく。
問答の間にも少しずつ移動していたのだろうか。
つい先程まですぐそこにいた少年は、いつの間にかに手の届かない距離まで離れていた。
視力のある右目で、相手の瞳を見つめ返す。
その奥に、鋼のような強い意志が見えたような気がして、それ以上、視線を合わせていることができずにうつむいた。
我知らず、ぽつり、と言葉が漏れていた。
「やっぱり……あたしじゃ潤さんの代わりはできないのかな……」

651霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:23:49 ID:Xu24PZe6
「そういうわけじゃ……」
その言葉の無意味さに気づいて要は口をつぐんだ。
この島では誰しもが弱者だ――自身の安全すら、誰にも保証できない。ましてや、彼のような足手まといがいてはなおさらだろう。それはフリウも、そして潤ですらも変わらない。
しかし、その事実は今のフリウにとっては何の慰めにもならない。
かける言葉もなく、ただ立ち尽くす。
――そのときだった。“それ”の気配が、意識の底に滑り込んできたのは。
吐き気のするような腐臭――いや、屍臭。

652霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:26:30 ID:Xu24PZe6

“それ”は澱みであり穢れだった。
“それ”の正体を彼は知らない。しかし、“それ”に対しの不快感が、
“それ”が避けるべきものであることを教えてくれた。
初めて気づいたのは日の出の頃か。それからずっと、彼は島のそこかしこ、
時に薄く時に濃く、血の臭いにまじって漂う“それ”を感じていた。
時がたつほどに“それ”の気配は色濃くなっていく。そう、彼の体を害するほどに。
“それ”はいったい何なのか? 彼の疑問は、しかし、進展していく事態の中で捨て置かれ、いつしか忘れ去られてしまっていた。
けれど、今になって彼は思う。“それ”は老紳士を殺した少年や、つい先程の乱入者の体にはっきりと纏わりついてはいなかったか?
視線の先、目の前の少女の背後に濃厚な“それ”の気配が近づいていくのに気づいて、彼は叫び声をあげた。

653霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:28:30 ID:Xu24PZe6
――084 哀川潤
学校で子供たちを待つ者はすでにない。そのことを知って、パイフウは考える。
この情報は、これからの襲撃に対してどういった影響を与えるだろうか? 
放送の内容を頭に入れながら、現在の状況を再確認してみる。
周囲は霧。相手からこちらが見えないのは確かだが、同様に、こちらも視界は制限されている。
追跡は音と気配に頼るために通常より困難。気づかぬうちに禁止エリアに踏み込んでしまう危険性。
風は東風(彼女は知らなかったが、海沿いでは夜間、陸から海へと陸風が吹く)。
相手に気取られないように風下から接近する必要――実際そのために、すでに子供たちの進行方向へと先回りしている。
こうなると、「学校に着くまで」という制限がなくなったことは素直に喜んでもいられないようだ。
これでは万が一逃げられた場合、相手の行動に予測がつかなくなる。
三人全員を確実にしとめることを考えるなら、「学校へ先回りして待ち伏せ」という選択肢も
考えに入れておいて損は無いかもしれない――もっとも、このまま進路に変更が無ければの話だが。
(どうしようかなあ)

654霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:31:19 ID:Xu24PZe6
いずれにせよ、まずは慎重に接近して様子を伺うべきだ。ショックで放心状態にでもなってくれていれば襲撃の好機。
そうでなくても、今後の行動についての相談くらいはするだろう。その内容や様子次第でこちらも行動を決めればよい。
放送が終わりを告げ――そこで再びパイフウは耳をそばだてた。言い争いが始まっている。
(チャンス?)
聞こえ方からすると、一人は確実にこちらに背を向けているようだ。
外套の偏光迷彩を起動し、声をたよりに標的に接近する。
(……くだらないわね)
要とかいう少年だ。どうせ守られるしかないのなら、相手の好きにさせておけばいいのに。
公平な意見とは言いがたいが、そう思わずにはいられない。
話し声を聞きつける者のことなど、まったく頭に無いらしい。
(まあ、つまんない気休めを言うほどばかではないみたいだけど)
少年が黙ったために声は止んでしまったが、もう必要ない。霧の向こうにぼんやりと人影が見え始めている。
予想通りだ。金の髪の少女――フリウ・ハリスコー――はこちらに背を向けている。
右の拳を固めた。極力音を立てずに素手の一撃でしとめ、状況を把握する暇など与えない。
あと五歩。
四歩。
三歩。

655霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:35:15 ID:Xu24PZe6
彼がパイフウの周囲に感じ取った何か。“それ”は、この島で死を遂げた者――殺され、そのまま打ち捨てられた者たちの怨詛だった。

「フリウ!! 後ろ!!」
「危険があぶないデシ!」
突然、要が叫んだ。一拍おいて続くチャッピーの声に焦燥を覚え、フリウは後ろを振り向こうとして、できない。
鋭い一撃が背中を襲い、前へと蹴り倒された。息がつまり、気を失いそうになるのをどうにか堪えて地面に手をつく。
立ち上がろうとして、先程とは同じ場所を今度は踏みつけられる。
鈍い音を立てて骨が折れた。そして、それを掻き消すように、何かが破裂する乾いた音が霧の中に響きわたった。

656霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:37:54 ID:Xu24PZe6
(バレた!?……)
声は二つ。前方さらに奥と左手から。
手段は分からないが、要とかいう少年にいたっては、間違いなくこちらの位置を把握してきている。
(気配を消しても気づくのね……やっかいだわ)
標的を変更――まずは、“目”の排除を優先する。
一息に距離を詰め、少女をその場に蹴り倒した。そのまま踏みつけて動きを封じる。
その向こうに人影が一つ――髪の長い少年だ。もう一匹は見当たらない。
間合いが遠い。ウェポン・システムを構え、発砲する。
目標の腹部に命中。少年は衝撃に体を丸め、そのまま後方へと倒れこんだ。
一発で十分。念のため、必中を期して腹部を狙ったが、その必要もなかったらしい。
まず間違いなく即死だろう。仮にそれを免れたとしても、この島で適切な処置を受けられる見込みなどあるはずもない。
(もう一匹の位置がつかめないか……一旦、引いたほうが良いわね)
そう判断を下すのとはほぼ同時。足元に視線を転じようとした瞬間、少女を踏みつけたままの右足に何かがまきつくのを感じた。

657霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:39:08 ID:Xu24PZe6
「要しゃん!!」
悲痛な叫びに、何か致命的な事態が起こったのを知ったのが先か、それとも行動が先か。
フリウは痛みをこらえ、意識を集中した。体から放たれた念糸が、いまだに自分を踏みつけている何者かの脚に巻きつくのを感じる。
(このぉ!!)
目標が捩れ始め……そこで止まる。何かが念糸の作用を妨害している。
念糸で接続されたその向こう。力と力が拮抗し、それ以上動かない。
(念糸に、抵抗しているの!?)
背筋を冷たいものが流れ落ちる。背後で膨れ上がる殺気に戦慄を覚え、刹那……
唐突に重みが消失し、体の上をふわふわとしたものが通り過ぎていく。
(何……?)
伸びきったところで集中を失った念糸は、目標から離れてあたりに漂いだしていた。
霧の中で、フリウは自分の名を呼ぶ相手を呆然と見上げた。

658霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:43:03 ID:Xu24PZe6
捻られ、右足首に激痛が走った。
とっさに気を集中し、パイフウは身体に流れ込んでくる力を押し返した。
それで被害を食い止めることはできたが、それ以上は押すことも引くこともできない。
一瞬でも集中を解けば右脚がねじ切られる。逆に、解かないかぎりはフリウ・ハリスコーの動きを止められる。
一見、膠着状態――だが、こちらにはウェポン・システムがある。
起き上がろうとあがく少女の後頭部に狙いをつけるのも一瞬。トリガを引くのも一瞬。
しかし、その一瞬と一瞬の間に、前方、白い闇の中から巨大な何かの気配が迫ってきた。
避けることはできない。トリガにかけた指をはずし、襲い来る力に逆らわないように左足で背後に跳躍する。
跳ね飛ばされ、大地に転がった。右足に巻きつていた何か――銀色の糸のようなものが視界の端に映ったような気がした――はすでにない。
左手を地面について、即座に立ち上がる。
顔を上げると、霧の向こうから白い何か――とても巨大な何かがこちらを見下ろしていた。
その、緑に光る双眸を一瞥して、北へと駆け出す。痛んだ右足が悲鳴を上げるが、かまわずに走り続けた。
標的を見失うことになるが仕方がない。どのみち、再襲撃をかけるにしても霧が晴れてから。戦うべき時は今ではない。

659霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:45:50 ID:Xu24PZe6
すでに高里要を殺害、フリウ・ハリスコーの戦闘能力
――警戒は必要だが、一対一なら自分の敵ではない――は把握した。
ただ、ロシナンテの正体がつかめない。
体の大きさを自由に変えられるとすると厄介だし、白い体色は霧にまぎれてしまう。
これに加えて、嗅覚以外の危機感知能力まであるようだ。
認めるしかないだろう。今、濃霧は自分の味方ではない。
目的達成のためならどんな無謀なことでもやり遂げてみせるが、自暴自棄になったつもりはない。
ましてや“失敗”などお笑い種だ。
(今はまだ、賭けに乗るべき時じゃない、そういうことよ。けど……)
霧さえ晴れれば、確実に自分が勝つ。それだけの確信がある。
(“次”はないわよ。あなたたちにはね)

660霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:46:33 ID:Xu24PZe6
【C-3/商店街/1日目・18:08】

『フラジャイル・チルドレン』
【フリウ・ハリスコー(013)】
[状態]: 肋骨骨折
[装備]: 水晶眼(ウルトプライド)。眼帯なし。包帯。
[道具]: 支給品(パン5食分:水1500mml・缶詰などの食糧)
[思考]: チャッピー!?
[備考]: ウルトプライドの力が制限されていることをまだ知覚していません。
     上着や服に血がこびりついています。

【トレイトン・サブラァニア・ファンデュ(シロちゃん)(052)】
[状態]: 前足に浅い傷(処置済み)貧血 巨大化(身長10m)
[装備]: 黄色い帽子
[道具]: 無し(デイパックは破棄)
[思考]: 要しゃん!! フリウしゃん!!  周囲を警戒
[備考]: 貧血の回復までは半日程度の休憩が必要です。

【高里要(097)】
[状態]: ????
[装備]: 無し
[道具]: 支給品(パン5食分:水1500mml・缶詰などの食糧) 
[思考]: ――――
[備考]: 上半身肌着です
※本人は明確に意識はしていませんが、
     「獣形への転変」「呉剛の門を開き、世界を移動」
     の二つの能力は刻印により制限されています。


【パイフウ】
[状態]:左鎖骨骨折(あと少しの処置で完治)
    右足首に損傷(どこかで休憩をして処置しないと、しばらく全力で走れなくなる可能性があります)
[装備]:ウェポン・システム(スコープは付いていない) 、メス 、外套(ウィザーズ・ブレイン)
   火乃香のカタナ(ザ・サード)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン12食分・水4000ml)
[思考]:1.主催側の犬として殺戮を 2.火乃香を捜す 3.左手はそろそろ使えるかな?
    4.とりあえずはフラジャイル・チルドレンから距離をとる。次に会ったら確実にしとめる。
[備考]:外套の偏光迷彩があと数分で消えます。18:25頃まで再起動できません。
    また、効果を十分に発揮させるために霧が晴れたら水滴をぬぐう必要があります
    ※外套の偏光迷彩は起動時間十分、再起動までに十分必要。
    ※高里要の殺害に成功したと思っています。

661癒やされし傷 癒やされぬ傷 ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:48:52 ID:Xu24PZe6
「フリウしゃん、要しゃん。だいじょぶデシか?」
「チャッピー!?」
見上げたままフリウは叫んだ。つい先程まで行動をともにしていた子犬が、見上げるほどにまで巨大化すれば驚くしかない。
理解不能な存在――精霊とかかわってきた自分ですらそうなんだから、誰だって同じに違いないとフリウは勝手に結論付けた。
その頭が、周囲を警戒するように左右に振られるのを見て我に返る。振り返り、動くものが何もないのを確認してから、倒れたままの要にかけよった。
「要!!」
少年の腹部から流れ出した血は、乾く間もなく大地を濡らしていた。服が血に汚れるのにかまわずに抱き起こす。
(まだ息がある……助かる?)

気の乗せられた弾丸に小さな体を撃ちぬかれ、それでもまだ少年は生きていた。
そもそも、麒麟は王と同じく神籍にあり、殺す方法といえば首を落とすか胴を両断するか。
なまじっかな武器では傷つけることすらかなわない。
刻印によって制限されていた妖力が、ぎりぎりのところで彼を救った。

662癒やされし傷 癒やされぬ傷 ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:50:23 ID:Xu24PZe6
「だいじょぶデシか?」
気がつくと、要の体をはさんだ反対側にチャッピーがちょこんと座っていた。体の大きさはもとより、瞳の色も見慣れた黒に戻っている。
「……ともかく傷を見ないと」
肌着の前をはだけさせて傷口を見る――出血自体はそう多くなかったので、自分の力でもどうにか傷口から服を引き剥がすことができた。
何か硬度のある物体が、腹から入ってそのまま背中へと抜け、深い傷を残している。
思い出したのはハンターの少年の姿か、それとも精霊使いの少女のそれか。きっとあの時と同じように、自分は今にも卒倒しそうな顔をしているのだろう。
そのときに比べれば傷口自体は大きいものではないが、深く、体の正中線に近い。しかも、要は二人より年下だ。極め付けに、手当てをするのは自分ときている。
あの時と同じように、自分には何もできないかもしれないが――それでも、どうにかしなければならない。
「ボクの血、使うデシか?」
「ちょっと待って。先に止血だけでもしないと……」
見る間に傷口から滲み出してくる鮮血に、せきたてられるようにして記憶を手繰る。リス――あの老人はどんな手当てをしていた?

663癒やされし傷 癒やされぬ傷 ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:51:41 ID:Xu24PZe6
「えっと……。チャッピー、消毒薬や包帯とかは?」
「持ってきてないデシ。戻って取ってくるデシか?」
「ううん、いい」
それでは危険すぎるし、第一、間に合わない――と、そこまで考えて、あることに気づいた。
自分のうかつさを呪いながら、抱えていた少年の体を再び地面に横たえて後ろを向く。
「フリウしゃん?」
上着を脱ぎ、服をたくし上げると、その下からまっさらな包帯がのぞいていた。
それを巻いてもらったときの思い出に胸がチクリと痛んだが、そんな感傷は外そうと体を動かしたときの激痛で吹き飛んでしまう。
悪戦苦闘しながらなんとか使える包帯を手に入れた。あて布にはスカーフを使うことにして手当てを始める。
「さっきは何があったの?」
フリウはチャッピーに問いかけた。無意識のうちに声を落としていたのは、襲撃者がまだ近くにいるかもしれないことに思い至ったからだ。
「それが、よくわかんないんデシ。フリウしゃんが倒れたら、後ろからいきなり手がでてきて、持ってたへんてこな機械が火を吹いたんデシ。そしたら要しゃんが倒れて――」
「ちょっと待って。もしかして相手の姿を見てないの?」
「はいデシ。手と足だけちらっと見えたんデシけど――」
「それじゃ、近づかれても分からないじゃん」

664癒やされし傷 癒やされぬ傷 ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:54:19 ID:Xu24PZe6
もしかしたら再度の襲撃があるかもしれないという不安にあたふたと手を動かしながらも、あくまで小声で告げる。
「だいじょぶデシ。ボク、危険が近くにあるとわかるんデシ」
「そなの?」
「はいデシ。いつもとちがって気をつけてないとわかんないけど、今度は気をつけてるからだいじょぶデシ」
よくよく考えてみれば、蹴り倒される前にチャッピーの声が聞こえていたのだが、今の今までその事実をすっかり忘れていた。
巻き終えた包帯に留め金をつけて一応の手当を終える。
「はいデシ」
目の前に差し出されたチャッピーの前足、その白い毛並みの下に無残な赤黒いすじがのぞいている。
治りかけの傷は再び開かれて、鮮血が滲み出していた。
「ありがとう」
チャッピーたちに出会った後、怪我の手当てをしたときに一度飲んでいるため、その効果は身をもって知っていた。
先程巨大化したことも考えると、ドラゴンというのは単なる喋る犬ではないのかもしれない。
一滴だけ受け取って飲み込むと、痛みはあっという間に和らいで、ごくかすかにしか残らない。

665癒やされし傷 癒やされぬ傷 ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:56:02 ID:Xu24PZe6
「要しゃんも、飲んでくださいデシ」
要は意識がないのでこちらで飲ましてやるしかない。
チャッピーの前足から一滴、血が要の口の中に滴り落ちるのを見届けて、傷の上に布を巻きなおしてやる。
その作業が終わるか終わらないかの内に突然、要が咳き込み始めた。
「どどどうしたの?」
「わ、わかんないデシ」
声だけは小さいまま、二人そろっておろおろする。そのまま飲ませた血まで吐き出してしまうのではないかと心配したが、そこまでの体力はないようだった
――もっとも、たったの一滴では吐き出すこと自体がそもそも無理だったろうが。
「……っくぅ…けほっ……」
咳がおさまり、少年が目を開けた。のぞきこむこちらの顔に、徐々に焦点が合っていく。
「……フリウ…大丈夫…なの? ……ロシ…ナンテ……は……?」
「あたしもチャッピーも無事だから、今はあまりしゃべらないで」
「そうデシ。要しゃん、とっても大きなケガしてるデシ。無理しちゃダメデシ」
うん、とうなずいた顔は、今にも泣き出しそうだった。

666癒やされし傷 癒やされぬ傷 ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:57:25 ID:Xu24PZe6
とりあえず、一番の問題が片付いたことに安堵して、周りに散らばった荷物――地図やら鉛筆やら――をバッグにしまう。
要のバッグは置いていこうか迷ったが、やはりこれは必要だろう。自分のものと一緒に肩にかけ、空いた手で要の上体を起こした。
「……フリ…ウ?」
「とりあえず、ここから離れないと。元の場所に戻るわけにはいかないから、やっぱり学校がいいよね」
「でも……」
弱弱しく声を上げながら、要はこちらの手を振りほどこうとしたようだった。けれど、その腕にこめられた力はあまりにも小さい。
こちらを見上げる瞳を、真っ向から見つめ返して、告げる。
「“置いてけ”なんて言わないよね。そんなこと言い出したら、あたしもここに残るから」
「……ごめんなさい」
卑怯な言い方だとは思った。しかし、それであきらめてくれたのか、要は大人しくこちらに体を預けてきてくれた。
背中に担ぎ上げた体は、驚くくらいに軽かった。しかし、気にならないほどではなく、その重みで視線はどうしても下に向いてしまう。

667癒やされし傷 癒やされぬ傷 ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:58:21 ID:Xu24PZe6
背中に鈍く残る痛みを感じつつ、ふと、思いついたことを口にしてみる。
「そう言えば学校って何かを教わるとこだよね」
「そうデシね」
「屋根があるのはいいけど、ベッドなんて無いよね」
「行ったことないから、わかんないデシ」
「……多分、保健…室とか……マットくらいは……」
聞こえてきた声は背中から。振り向かずに即座に言い返した。
「要は黙ってて」
「しゃべっちゃダメデシ」
「……はい」

ここから学校に向かうには、いったん町を出て、禁止エリアを迂回しなければならない。
二人と一匹の姿は、まだ薄くなる気配すら見せない霧にかすみ……そして消えていった。
それぞれが、いまだに癒えない傷を抱えたまま。

668癒やされし傷 癒やされぬ傷 ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 20:00:21 ID:Xu24PZe6
【C-3/商店街/1日目・18:15】

『フラジャイル・チルドレン』
【フリウ・ハリスコー(013)】
[状態]: 肋骨の一部に亀裂骨折
[装備]: 水晶眼(ウルトプライド)。眼帯なし
[道具]: 支給品(パン5食分:水1500mml・缶詰などの食糧)×2
[思考]: 要が休めそうな場所(とりあえず学校)へ向かう。
     他のことは後で……少なくとも、今は……。
[備考]: ウルトプライドの力が制限されていることをまだ知覚していません。
     上着や服が血に染まっています。

【トレイトン・サブラァニア・ファンデュ(シロちゃん)(052)】
[状態]: 前足に浅い傷(処置済み) 貧血・疲れ気味 子犬形態
[装備]: 黄色い帽子
[道具]: 無し(デイパックは破棄)
[思考]: 二人とも、もっとちゃんと治療しなきゃだめデシ。 周囲を警戒
[備考]: 貧血の回復までは半日程度の休憩が必要です。
    ※「危険があぶないデシ」に制限がかかっていることに気づいていますが、原因については念頭にありません。

【高里要(097)】
[状態]: 腹部に銃創(処置済み。一日は杖などの支えなしに歩けない)
     軽い朦朧状態 体力の消耗・微熱(負傷だけでなく、血の穢れなどによるものを含みます。)
[装備]: 包帯
[道具]: 無し
[思考]: もう、二人を心配させてはいけない。 周囲を警戒(ただし途切れがち)
[備考]: 上半身肌着です
※本人は明確に意識はしていませんが、
     「獣形への転変」「呉剛の門を開き、世界を移動」
     の二つの能力は刻印により制限されています。
※島中に漂う血の臭気や怨詛の念による影響を受け始めています。

※フリウと要の地図が湿気を吸っていますが、地下道に気づくかは次の方にお任せします。


(霧の中に潜むもの)とあわせた二品は、第三回目の放送までは本投下されません。

669タイトル未定 1/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:51:14 ID:2cEjmkO6
 小屋の中には暗闇が立ち込めている。
 死体の冷めたさ――空虚と痛みを孕んだ暗闇だ。
 まるで霊廟のようなそこには二つの影。
 白と黒、対極の色をまとった少女が二人。
 白の少女は闇に押しつぶされ、黒の少女は闇に溶け込んでいた。
 しずくと茉衣子だ。
 茉衣子はデイパックを枕代わりに床に横たわり、眠りに沈んでいる。
 一方、しずくはその枕元に座り込み、じっと茉衣子の顔を見つめていた。 
「……茉衣子さん」
 か細い囁きとともに、しずくの指先がそっと茉衣子の前髪に分け入った。湿り気を帯びた前髪を剥がし、彼女の表情を露わにする。
 茉衣子の寝顔は穏やかだった。
 体からは力が抜けていて、規則正しく寝息を立てている。
 彼女の容態を見て、しずくは弱々しい笑みをつくった。
 選んでいる余裕などなかったとは言え、小屋の環境はお世辞にも快適とは言えなかった。
 腐敗した床と壁。室内にはが錆びたまま捨て置かれた工具らしきものの群れ。備え付けられた棚には埃がぶ厚い層を形成している。
 まともに使えそうなのは、中央に放置されたロッキングチェアぐらいのものだろう。
 廃屋も同然だった。辛うじて雨風を凌げるという程度のものでしかない。
 そんな場所では暖房施設など望むべくもなかった。
 仕方なく自分の服の袖を破り、水を絞ってタオル代わりにしたのだが、多少の効果はあったようだ。
 体温の低下を心配していたが、この分ならなんとかなるかもしれない。
 しずくは茉衣子から視線を外した。
 しずくの視覚センサーは闇を見通せる。
 それでも、この小屋には決して拭いとれない黒が充満しているようで、胸が詰まった。
 小屋の片隅で膝を抱えていると時間の流れさえ曖昧になってくる。
 一秒が一分に。
 一分が一時間に。
 時間が長く引き伸ばされているような錯覚を覚える。
 聞こえるのは目の前にいる少女の呼吸音と、遠くの雨の音。
 二つのリズムに体を預けながら……しずくは己を呪った。

670タイトル未定 2/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:52:00 ID:2cEjmkO6
「ごめんなさい、宮野さん」
 焼きついた映像が頭から離れない。
 宮野の最後が、茉衣子の絶叫が、生々しく脳裏に刻まれている。
 自分が彼らに助けを求めなければこんなことにはならなかっただろう。
 そして、なぜ安易な希望に縋ったかと言えば――
「かなめさん、どうなっただろ」
 ぽつりと、言葉が零れ落ちた。
 雨が降ったせいで日没がいつかはわからなかったが、もう過ぎているだろう。
 もっとも、かなめを捕らえた人物からすればあの約束も退屈凌ぎに過ぎなかったようだが。
 かなめはもう殺されてしまったのだろうか。
 殺戮が肯定されるこの島で、出会った時、彼女は自分の手を握ってくれた。
 そんなことは簡単だと言わんばかりに。
 教会では助けるどころか、姿を見ることすら叶わなかった。
 宗介も未だ殺戮に身を委ねているのだろうか。
 別れたときの強い決意を固めた横顔を思い出す。
 己を切り捨て、かなめのために殺戮者になることを受け入れた横顔。
 冷たい雨の中、血に濡れたナイフを持って佇む宗介を想像して、しずくは身を震わせた。
 彼らだけではない。
 オドーも、祥子も。
 自分と行動を共にした人はみんな悪意の波に浚われてしまった。
 どうしてこんなことになったのだろう。
 どこで間違えてしまったのだろう。
 いくら考えても、答えは出ない。
「BBと、火乃香に会いたい……」
 呟いて、しずくが深く顔を伏せたその時。

671タイトル未定 3/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:52:49 ID:2cEjmkO6
『あー、ちょっといいか?』
 声はすぐ傍から聞こえてきた。
 しずくの隣に並べられた自分の分のデイパックとラジオ、そしてエジプト十字架。
 声を発したのは十字架――エンブリオだった。
 慌てて顔を上げて十字架を手に取る。
 視界が悪い雨の中、この小屋を見つけられたのはエンブリオのおかげだった。
 ここは宮野たちが一度訪れた場所らしく、地図を見た際に大雑把な位置を記憶していたらしい。
 逃走時に指示を出した以外は沈黙を保っていたのだが――
「あっ、はい。なんですか?」
『いや、これからどーすんのかと思ってな。ずっとココにいるのか?』
「それは……」
 しずくはちらりと茉衣子を見た。
 周囲を満たす漆黒に、白い貌が霞んで見える。
 茉衣子はいつ頃目を覚ますだろうか。いや、例え目を覚ましたとしても大丈夫だろうか。
 あの教会で彼女が受けた衝撃がどれほどのものだったか、想像することすらできない。
 叫ぶ宮野。振り下ろされる刃。
 赤い軌道。溢れ出す血液。
 ボールのように転がった――
『あの黒い騎士、その内追って来るかもしれねーぜ』 
 それは……確かにそうだろう。
 この小屋は教会からほとんど離れていない。追っ手がかかる可能性は捨てきれない。
 追っ手の可能性を抜きにしても、茉衣子はきちんと暖がとれる場所に移したほうがいいだろう。
 しかし、追従しようとしたしずくを遮るように、エンブリオは言葉を続けた。
『まあ、今まで来ないとこを見ると大丈夫なのかもしれねーな。その辺は五分だろう。
 逆に外に出て危ないヤツに見つかる可能性もある。
 今誰かに見つかるのはヤバイだろ? 隣のラジオはだんまりだし、お前さんも直ってない』
 しずくのは右腕はまだ自己修復中だ。加えてその他機能の低下も激しい。
 エスカリボルグは置いてきてしまったし、戦闘手段は皆無だった。

672タイトル未定 4/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:53:50 ID:2cEjmkO6
 兵長も衝撃波の打ちすぎで気絶したきりだ。
 本人の言では数時間で目が覚めるそうだから、心配はいらないだろうが、それでも不安ではある。
「そうですね……」
 しずくは今後の方針へと思考を戻した。
 エンブリオの言うことは一から十までもっともだ。
 動いても動かなくてもさほど危険度は変わらない。なら、どうするべきか。
 しずくの逡巡を読み取ったかのように、手の中のエジプト十字架はにやついた声音で言葉を繋げる。
『オレとしては、ここでオレを殺して欲しいんだけどな』
「それは駄目です!」
 間髪入れずにしずくは叫んでいた。
 その反応は予想していたようで、エンブリオは肩をすくめたような雰囲気を見せた。
『ダメか。……しっかし、なんでオレの声が聞こえる連中は、どいつもこいつもオレを殺してくれねーのか』
 愚痴っぽく言うエンブリオを見て、しずくは軽く眉を寄せた。
 エンブリオの殺してくれ発言は今更のものなので、気に病んでも仕方がない。
 気分がよくないのは確かだが。
「茉衣子さんが起きて、雨が止んだら、どこか体を暖められるところに移動するつもりです。
 学校とか……あとは商店街でしょうか」
『そうかい。しかし茉衣子はいつ起きるんだ? 精神的にはかなりヤバイ――』
 エンブリオが言葉を止め。
 しずくが目を見開いた。
 

 *   *   *

673タイトル未定 5/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:54:46 ID:2cEjmkO6
 目の前の空気が動いた。
 靴の裏側が弱く床板を噛み、膝が曲がる。
 腕を地面に押し当てて、肘から順に滑らかに剥がしていく。
 背中が浮いた。
 重力に逆らう動き。
 ゆっくりと、闇を掻き混ぜるように、細い体が起き上がる。
 湿った髪がパラパラと音をたてて解けた。
 黒い服、黒い髪が混ざることで、闇がいっそう密度を増す。
 ほおー……と長い息が靡き。
 放置されたロッキングチェアが、暗闇の重さにキィィと軋んだ。
 光明寺茉衣子は、起き上がった態勢のまま停止した。
 半身を起こしたまま、俯いて顔を隠している。
 その様子は、なにかを反芻しているようでもあった。
「茉衣子さん!」
 思わずしずくは喜びの声を上げた。
 茉衣子の正面に回りこんで高さを合わせ、出来るだけ声を落ち着けようとして、それでも大きくなった声で語りかける。
「体、大丈夫ですか? 痛いとか寒いとかありませんか? 
 ここには暖房設備がないので、移動しないとどうしようもないんですけど、大丈夫ですか?
 一応体は拭かせてもらったんですけど……あっ、すいません!
 起きたばっかりなのに、いろいろ言っちゃって。まだ落ち着いてませんよね」

674タイトル未定 6/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:55:30 ID:2cEjmkO6
 次々と繰り出されたしずくの言葉に、茉衣子はようやく反応を示した。
 白い繊手が、しずくの手に握られたエンブリオに伸びて、それを抜き取る。
「あっ、すいません。返しますね、エンブリオさん」
『よお、気分はどうだ?』
 茉衣子は言葉を返さなかった。
 エンブリオは握ったまま、茉衣子が顔を上げて、 
 

「アナタ、ガ、コナ、ケレバ」

 
 がつりと。
 鈍い音が、した。
 しずくはえっ、と音を漏らした。
 それは反射的な動作に過ぎない。その瞬間彼女の意識は閃光が弾けたように真っ白だった。
 顔面に衝撃。
 びくんとしずくの体が痙攣する。
 指先が細かく振るえ、中腰だった膝が折れた。座り込みながらもその視線は茉衣子から外れない。いや、外せない。
 エジプト十字架が、しずくの右目に突き刺さっていた。
 レンズを貫き、視神経ネットワックへとその先端をめり込ませている。
 茉衣子が両手で握った十字架を一直線に突き出していた。
 避けることは出来なかった。
 避けるという発想さえ浮かばなかった。
 あまりに迅速な破壊に理解が追いつかない。意識が置いてきぼりになっている。
『うおっ……おい、なんだ!』
 焦ったようなエンブリオの声。
 しかし、茉衣子はまるで聞こえていないかのように、
「…………っ」
 その腕に、力を加えた。

675タイトル未定 7/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:56:16 ID:2cEjmkO6
 止まっていた十字架が、わずかに、ゆっくりと、確実に前進する。
 より致命的な部分へ先端が埋もれる。
 十字架が眼窩にこすれて嫌な音を立てた。
 しずくの左目が大きく見開かれた。眼球をこじ開けられる衝撃に、全身が一瞬で粟立つ。
「あっ、つ、あぁあ……」
 力ない咆哮。
 少しずつ、少しずつ、十字架が押し込まれていく。
 しずくはなんとか後退しようとして、失敗した。
 後ろに下がれない。
 それで自分が壁と茉衣子に挟まれていると気づいた。
『おいおい、どうなってるんだ?』 
 混乱したエンブリオのぼやきはどちらに向けられたものだったのか。
 どちらにしろ、それは聞き入れるもののないまま闇に呑まれた。
 掠れた悲鳴は止まらない。
 まずい。
 しずくは背筋を這い登る悪寒を感じ、認めた。
 しずくのボディは十分すぎる強度を持っているが、眼球部位まではそうはいかなかった。
 このままでは、十字架は取り返しのつかない位置にまで到達する。
 両腕でなんとか茉衣子の手首を掴んだ。
 掴みながらも、一つの問いかけがしずくの脳裏をよぎる。
 彼女の行為は、正当なものではないのか?
 宮野を死地へと導いたのは間違いなく自分なのだ。
 ならば、ここで茉衣子に殺されるのが正しくはないだろうか?
「……それは、違う」
 しずくは即答した。
 それは逃げだ。諦めて死んでしまうわけにはいかない。
 自分にはまだやるべきことが残ってる。
 倒れた人たちの分も、やらなければいけないことが、残っている。
 しずくが決意を込めて、無事な左目を大きく開いた。

676タイトル未定 8/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:56:59 ID:2cEjmkO6
 その時。
 ぴたりと。
 しずくは。
 茉衣子の瞳を捕らえ。
 思わず、息を呑んだ。
「…………ぁ」
 そこには暗闇があった。
 この小屋に充満するものと同じ――空虚と痛みを孕んだ暗闇だ。
 あらゆる光を飲み込んで、逃がさない。
 出てくるものなど何もない漆黒。
 感情が干からびた後に残る真性の虚無。
 しずくが声にならない声を上げた。
 見てはいけないものを見てしまい、わけもわからず泣き出しそうだった。
「あなたが来なければ、班長は教会に行く必要などなかったのです」
 手首を強く掴まれたにも関わらず、茉衣子は顔を歪めもしなかった。
 ただただ、深く突き刺そうと全力を込める。
 修復中の右腕が頼りない。今にも砕けてしまいそうな不安を覚える。
 しかし、地力の差か、十字架の先端が徐々に引き抜かれ始めた。
 先端が動くたびに、眼窩を擦る衝撃がしずくを苛んだ。
「あなたが来なければ班長が交渉をする必要などなかったのです」
「茉衣子、さん……」
 茉衣子の瞳には一切の感情が見えない。
 固く、脆く、薄く、厚い殻に覆われていて、その奥に渦巻くものは見えない。
 しずくは歯を食いしばって力の限り抗った。負けるわけにはいかない。
 右腕が不安定な音を立てた。限界が近い。
 だがそれは茉衣子も同じはずだ。あまりに強く掴まれたために、茉衣子の手は蒼白になっていた。
『最悪だぜ。殺してくれとは言ったが、こりゃああんあまりじゃねーか?』
 状況を把握したらしいエンブリオの声が体の内から聞こえる。
 その感覚に、ぞっとした。

677タイトル未定 9/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:58:05 ID:2cEjmkO6
「あなたが来なければ班長が力を試される必要などなかったのです」
 茉衣子を少しずつだが押し戻す。
 片方だけの視界は、茉衣子の瞳に吸いつけられていて、彼女の表情はわからなかった。
「あなたが来なければ、班長があの騎士と戦う必要などなかったのです」
 圧迫に耐え切れず、茉衣子の指がエンブリオから離れる。
 均衡が崩れた。
 その機を逃さず、しずくは全力で茉衣子を振り払おうとし――
 瞬間、茉衣子の指先に蛍火が生じた。
 茉衣子のEMP能力。想念体以外には無力な力。それは螺旋を描き、至近距離から撃ち込まれた。
 狙いは――エンブリオが突き刺さる、右目。
 十字架が突き刺さるその場所で淡い蛍火が弾けた。
 茉衣子を振り払いながらも、眩い光にしずくの視界が真っ白に染まる。
「茉衣子さん!?」
 茉衣子の姿を見失う。
 視覚センサーが光量をカット。即座に復帰する。
 だが、遅い。
『やめろ!』
 今まで一番大きなエンブリオの声。
 回復した視界に映ったのは、古びたラジオを振りかぶる、黒衣の少女。
「あなたが来なければ、班長が死ぬ必要などなかったのです!」
 ラジオが十字架を強打する。
 右目に致命的な衝撃を受けて、しずくは昏い世界へと落ちていった。
 

 *   *   *

678タイトル未定 10/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:58:49 ID:2cEjmkO6
 小屋の中には暗闇が立ち込めている。
 その暗闇に溶け込んで、茉衣子は俯いたまま動かなかった。
 彼女の傍らには白い少女の亡骸がある。
 右目には、深く、十字架が突き刺さっていた。
 十字架は多少形を歪にしながらも、しっかりと自身を保っていた。
 それは死者を弔う墓標のようでもあり、吸血鬼を滅ぼす杭のようでもあった。
『……何があった?』
 声は茉衣子の足元、一部が大きくへこんだラジオから聞こえた。 
 突き立ったままの十字架が答えた。
『見ての通りだ』
 吐き捨てるような言葉を最後に、闇は閉じた。



【024 しずく 死亡】
【残り 58人】    

【E-5/小屋内部/1日目・17:30頃】

【光明寺茉衣子】
[状態]:呆然自失。腹部に打撲(行動に支障はきたさない程度)。疲労。やや体温低下。生乾き。
    精神的に相当なダメージ。両手と服の一部に血が付着。
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:不明

※兵長のラジオ、デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)二つが茉衣子の足元に放置。
※エンブリオはしずくに突き立ったままです。
※兵長ラジオ大きくへこむ。エンブリオちょっと歪に。

679姦客責(カンキャクセキ):2005/12/07(水) 23:12:44 ID:2hhtcUkM
(ボール……?)
 行き着いた考えに疑問を持ち、おそるおそる視線をふたたび正面へと向ける。
 と。
「え……?」
 それは赤い軌道を描きながら、ボールのように転がっていく。
 それはこちらの足下まで転がり、赤い液体をまき散らしながら止まった。そっと拾う。重い。
 それはこちらに掴まれた後も、暗闇の中でもよく映える赤をぽたぽたと垂らしている。
 それは、





 ○<アスタリスク>・5
 介入する。
 実行。

 終了。





「はあああああああっ!」
 だがその思考は、憎悪に満ちた男の叫びによって遮られた。
 反射的に声の方へと頭を上げ、しかしすぐに目をそらす――刹那。
 その一瞬に目に入った光景が、網膜に焼きついた。
 憎悪と殺意で振るわれた刃が宮野の頭頂部から股間までを一気に





 ○<アスタリスク>・6
 介入する。
 実行。

 終了。

680姦客責(カンキャクセキ) ◆E1UswHhuQc:2005/12/07(水) 23:13:43 ID:2hhtcUkM




 ──すべて投げ出してやめてしまいたい。
 ここに放り込まれた直後抱いた思いが、ふたたび脳裏をよぎった。
「はあああああああっ!」
 だがその思考は、憎悪に満ちた男の叫びによって遮られた。
 反射的にそちらを見て、不思議なことが起きた。
 宮野の首が肩の上から落ち、点々と床を転がって足元に





 ○<アスタリスク>・7
 介入する。
 実行。

 終了。





「く──」
 宮野の指先から放たれる不気味な光が魔法陣を描き、そこから黒い触手が顔を出す。だが遅い。
「はあああああああっ!」
 咆哮と共に、すべての不快感を叩きつけるような刃が、横薙ぎに振るわれた。
 斬られた感触すらない。
 達人の技でもって切断された頭部が宙を飛び、一瞬だけ茉衣子と目が合い





 ○<インターセプタ>・3
 <自動干渉機>、もう一度だけ。





(ボール……?)
 行き着いた考えに疑問を持ち、おそるおそる視線をふたたび正面へと向ける。
 と。
「え……?」
 それは赤い軌道を描きながら、ボールのように転がっていく。
 それはこちらの足下まで転がり、赤い液体をまき散らしながら止まった。そっと拾う。重い。
 それはこちらに掴まれた後も、暗闇の中でもよく映える赤をぽたぽたと垂らしている。
 それは、





681姦客責(カンキャクセキ) ◆E1UswHhuQc:2005/12/07(水) 23:14:23 ID:2hhtcUkM
 ○<インターセプタ>・4
 <自動干渉機>が正常に作動しない。
 やはりわたしは造られた存在で、<自動干渉機>も同じなのだろう。
 ならば。
 わたしが彼らを『助けたい』と思う気持ちも、造り物なのだろうか。
 そうだとしたら――

「わたしがそれをやることに、何の意味があるのです?」
「あなたはそれを成したいのでしょう? <インターセプタ>」
「その欲求が造り物だとしても、ですか? “イマジネーター”さん」
「そんなことが、あなたの世界を妨げる理由になるの?」
「わたしの……世界?」
「そう。あなたの心はあなたの世界。心こそが、たった一つの真実」
「それすらもが造り物なのですよ?」
「造り物なのは当然のことでしょう。造られなければ、存在し得ない。同じ造られた物に真作と贋作の区別もない。それはどれもが等価で、当人にとっては真実なのだから」
「……私は――」

 助けたいと、思います。
 例え偽者でも、わたしの世界のあの二人を、助けたいと思います。
 <年表管理者>として。
 例え死んでしまっても、助けたいと思います。





 ○<アスタリスク>・8
 終了する。
 実行。

 終了。





682姦客責(カンキャクセキ) ◆E1UswHhuQc:2005/12/07(水) 23:15:15 ID:2hhtcUkM
 繰り返し映る、彼の死。
 視点が変わっても、時間が変わっても、場所が変わっても、宮野秀策の死は変わらない。
 何度も映った。夢の中で宮野の死亡がリプレイされる。
 正常でない<自動干渉機>による干渉が、本来残らないはずの記憶として残る。
 夢として。
 夢として残った記憶が連鎖的に夢を作る。悪夢を作る。
 宮野が死んだ悪夢が繰り返される。
(ああ――)
 首を斬られた。胸を斬られた。触手ごと斬られた。
(い――や……あ――)
 袈裟懸けに斬られた。逆袈裟に斬られた。頭頂から両断された。胴体を薙ぎ払われた。
(ああああああああああああ)
 両腕を落とされ両脚を断たれ眼球を抉り大腸を引き摺りだし心臓を斬り破り脊髄を砕かれ脳髄を掻き回された。
(ああああああああああああ!!)
 殺されたのは宮野秀策。白衣の。厄介な。班長。
 殺すのは黒衣の騎士。名前? アシュラム。怖い。黒。薙刀。恐怖。死。
 何で死ぬ? 主。騎士の主。女。怖い。命令で。試す。試して。試された。死んだ。
(あ……あ……あぁ…………!)
 何で試された? 頼み。救って欲しい。相良宗介。千鳥かなめ。吸血鬼。しずく。しずく?
(あ……あなたが……あなたさえ……!)
 夢が――覚める。

683姦客責(カンキャクセキ) ◆E1UswHhuQc:2005/12/07(水) 23:16:13 ID:2hhtcUkM
 起き上がろうとして、足に力を込めた。磨耗した感覚が床の存在を足に伝えるのを確認して、膝を曲げる。
 床に寝ていたらしい。脱力した腕に力を入れて、肘から順に起こしていく。
 背中の触感が消えた。起き上がってきているらしい。
 重力による枷を億劫に感じながら、無理矢理に起き上がった。
 湿った黒髪が顔にかかる。暗い視界が狭められた。
 暗闇のような視界の中に、宮野は居ない。彼の声も響かない。
 悪夢は――醒めない。
 息をついた。闇を祓うかのように呼気が流れる。
 放置されたロッキングチェアが、暗闇の重さにキィィと軋んだ。
 思考が停まる。動きが停まる。
 傍らにいる彼女を――彼女の生きている様を見たくなく、顔を俯かせたまま胸中で呟く。
(あなたさえ、いなければ)
 その思考の正しさを、噛み締める。彼女が来なければ、宮野は死ななかった。
 しずくが、来なければ。
「茉衣子さん!」
 嬉々とした声音が、耳に響く。
 見たくもないものが視界に入った。しずく。宮野秀策の死因。
 あなたがこなければ。
 視線を合わせるようにして、それは言ってきた。何が嬉しいのか、やや大きな声量で、
「体、大丈夫ですか? 痛いとか寒いとかありませんか? 
 ここには暖房設備がないので、移動しないとどうしようもないんですけど、大丈夫ですか?
 一応体は拭かせてもらったんですけど……あっ、すいません!
 起きたばっかりなのに、いろいろ言っちゃって。まだ落ち着いてませんよね」
 煩わしい。
 視線を逸らす。と、それが何かを持っていることに気付いた。
 反射的に手を伸ばし、奪い取る。
「あっ、すいません。返しますね、エンブリオさん」
 何を言っている。
 これは宮野のものだ。返すというならば宮野に返せ。
 アナタガコナケレバ生きていたはずの、宮野に返せ。
『よお、気分はどうだ?』

684姦客責(カンキャクセキ) ◆E1UswHhuQc:2005/12/07(水) 23:18:55 ID:2hhtcUkM
 暗鬱とした感情が、渦を巻いている。
 顔をあげた。こちらを覗き込むように見ている顔がある。
 何で笑顔を浮かべている。何で生きている。彼は死んだというのに。何でアナタは。
 十字架を握る手に力を込め、光明寺茉衣子は感情を吐き出した。


「アナタ、ガ、コナ、ケレバ」

 
 がつりと。
 響いた音と感触は、爽快なものだった。


[備考]◆7Xmruv2jXQ氏のタイトル未定に続きます。
(ネタがかぶるってあるんだなあ。いや後半繋げただけだけど)

685試行錯誤(思考索語)(1/5) ◆5KqBC89beU:2005/12/19(月) 12:13:33 ID:lENdQJmQ
 遠くから爆発音が聞こえた。誰かが襲われているのだ。けれど、危険を承知の上で
様子を見に行けるだけの力も余裕も、今の淑芳にはない。唯一できる行動は、隠れて
体を休め、ただ歯を食いしばることだけだった。
 何か言いたげに顔を上げた陸が、開きかけた口をつぐみ、また元の姿勢に戻った。
 どんなに悔しくても、その思いだけで不可能が可能になるほど現実は甘くない。
 雨雲に覆われた空の下、海洋遊園地に潜んだまま、ぼんやりと彼女は考える。
 夢の中で御遣いは、ひとつだけ質問を許すと言った。
 御遣いが淑芳の質問に答えたのは一度だけだ。それ以外の発言は、ただ御遣いが
 言いたかったから言っただけの、淑芳の問いと無関係な独り言に等しい。
 もはや御遣いは、淑芳の問いに答えを示していない。

 アマワ。

 あれは何だったのかと『神の叡智』に尋ねて、返ってきた答えはそれだけだった。
 たった一語だけの情報しか与えられなかった。
 何から何まで知ることができていたなら、その知識が夢に影響しただけだと、あんな
ものなど本当はこの島にいないのだと、そう信じられたかもしれない。
 該当する知識はないと答えられていたなら、あれはごく普通の悪夢だったのだと、
御遣いは空想の産物でしかないのだと、そう思い込めたかもしれない。
 最悪の返答だった。
 名前くらいは教えてやってもいいが、それ以外のことを教えてやる気はない、という
意思が込められた一語だ。主催者側の与えた『神の叡智』にこんな細工があった以上、
『ゲーム』の黒幕・アマワは実在しているとしか考えられない。
 淑芳は、眉根を寄せて溜息をつく。どう戦えばいいのか、彼女には判らない。

686試行錯誤(思考索語)(2/5) ◆5KqBC89beU:2005/12/19(月) 12:16:05 ID:znVd7h32
 『神の叡智』には様々な異世界の情報が収められていた。だが、それらの知識だけで
この『ゲーム』から脱出するのは無理だ。『ゲーム』の中で役立てることはできても、
アマワを滅ぼす奥の手にはならない。呪いの刻印を自力で解除できるほどの切り札が
得られるはずなどなく、故郷へ帰るための鍵にもならない。
 『神の叡智』に収められた知識は、すべて主催者側も知っていることだ。そもそも、
『ゲーム』を妨害できるほどの情報を、主催者側が提供するとは考えにくい。敵から
贈られた知識を無条件に盲信するわけにもいかない。
 だいたい、ろくに使いこなせないような知識には、大した価値などない。
 未知なる世界の技について淑芳は調べてみたが、結果は快いものではなかった。
 彼女は術の達人ではあるが、異世界の技を何でもかんでも楽々と再現できるほどの
異常な才能は持ちあわせていない。故に、淑芳は攻撃などの難しい自在法を使えない。
同様に、カイルロッドの故郷にある魔法も難しくて使えないものの方が圧倒的に多い。
 ――高等数学の数式は、その意味を理解できない者にとっては単なる記号の羅列に
過ぎない――『神の叡智』の中には、そんな一文もあった。
 既知の術と系統の近い術はまだ比較的理解しやすいし、ごく簡単な技を習得するのは
それほど難しくあるまい。だが、習得できれば有利になるのかというとそうでもない。
やはり慣れない技は慣れた技よりも使い勝手が悪い。どういうわけか術が本来の効果を
発揮しない現状で、異世界の技を行使すれば、どんな異変が起きても不思議ではない。
制御を誤って自滅しては本末転倒だ。よほどの理由がない限り頼るべきではなかった。
 淑芳は、故郷で使われている術についても試しに調べてみた。すると、かなり複雑な
術の極意までもが詳細に解説され始めた。『神の叡智』を作った者は、天界の秘術まで
知っているのだ。あまりの衝撃に眩暈を感じ、淑芳は頭を抱えた。
 得られたものはあったが、それらを活かしきるには時間が足りなさすぎる。
 今までも使っていた術を少し改良するくらいならば可能だが、所詮は焼け石に水だ。
数十時間を術の改良に費やしても、本来の強さに遠く及ばない効力しか出せまい。

687試行錯誤(思考索語)(3/5) ◆5KqBC89beU:2005/12/19(月) 12:17:53 ID:mnPQi2FI
 術関連以外の情報は、各異世界の一般常識が大半らしかった。特殊な武器や装置、
一部の者しか知らない裏事情などの知識もわずかにあるようだが、知っていたところで
どうしようもない内容がほとんどのようだった。
 さすがに『神の叡智』を隅から隅まで調べることなどできないので、これらの判断は
淑芳の故郷について、そしてカイルロッドと陸から聞いた話などについて検索して、
その上で推測した結論だ。当然だが、想像すらできないものを調べることはできない。
だから、未知なる知識が触れられぬまま隠されている可能性はある。だが、その知識を
想像できるような出来事が起きるまで、未知なる知識を得る機会はない。
 名簿に載っている名前についても淑芳は尋ねたが、該当する知識は存在しなかった。
得意技や弱点は勿論、顔や性別や背格好などもまったく判らない。
 支給品扱いの陸についても尋ねてみたら、そんな風にしゃべる犬もいるという答えが
返ってきた。陸の主であるシズに関しては、やはり何も言及されない。
 求められている茶番は、一方的な殺戮ではなく、あくまでも殺し合いであるらしい。
 『神の叡智』のおかげで、殺し合いに『乗った』者に襲われたときには多少なりとも
対処法が判るかもしれないが、戦闘中に知識をあさっていられる暇があるかは疑問だ。
それに、考えても無駄なことを考えていては命取りになりかねない。
 例えば、陸に教わったパースエイダーが他の異世界では銃などと呼ばれていること、
火薬で弾を飛ばす武器であることは理解できた。けれど、何らかの能力と組み合わせて
使われた場合、むしろ予備知識は悪影響を与える。いっそ何も考えずに逃げた方が賢い
といえるかもしれなかった。弾の破壊力を増すくらいは、いかにも誰かがやりそうだ。
弾道を曲げる程度の干渉は、意外でも何でもない。弾切れがあるという保証さえない。
 確信できない情報は、いわば諸刃の剣だった。

688試行錯誤(思考索語)(4/5) ◆5KqBC89beU:2005/12/19(月) 12:19:31 ID:Us6r9odY
 気になっていた疑問を、淑芳はさらに『神の叡智』へぶつけた。
 彼女の支給品だった武宝具・雷霆鞭は、どうやってか軽量化されてしまっており、
元の重さを感じさせなかった。天界の特殊な金属で造られた武宝具なので、神通力を
持たない者には重すぎるはずなのだが、この島で手にした雷霆鞭は、あたかも鉄製で
あるかのように軽かった。おそらくは主催者側の施した細工なのだろうが、どんな風に
そんな芸当をやってのけたのかと『神の叡智』に問うても、答えは不明の一点張りだ。
 この様子だと、神通力を持たない人間が他の武宝具を振り回して襲ってくる、などと
いった事態もありえる。事実、悪しき心を持つ者には使えないはずだった水晶の剣が、
野蛮そうな悪漢の手に握られていた、とカイルロッドは言っていた。支給品の武器には
総じて何らかの細工が施されているのかもしれなかった。
 呪いの刻印を解除する方法。弱体化の原因。この島がある空間。主催者側が持つ力。
いずれの事柄に関しても、よく判らないということしか淑芳には判らない。ある程度の
推測はできても、仮説を裏付ける証拠は相変わらず乏しいままだ。
 地下への入口にあった碑文の真意も、未だに判らない。けれど気づいたことはある。
 『世界に挑んだ者達の墓標』と書かれた石碑には参加者たちの名前が刻まれており、
第一回放送で告げられた死者の名前は、線を引かれて消されていた。
 墓標とは死者の名前を刻むための物だというのに、死者の名前が消されていたのだ。
あの犠牲者たちは『世界』に挑むことなく死んだ、ということなのだろう。『世界』に
挑めなくなった者の名前から消えていき、参加者全員が死んだとき、幾つかの名前を
残した状態であの墓標は完成するらしい。『世界に挑んだ者“達”の墓標』とあるので
優勝者の名前しか残らないというわけではなさそうだ。
 今までの犠牲者たちが挑めずに死に、これから誰かが幾人も挑むが、勝てずに死んで
いくしかない何か。あの碑文に記された『世界』とは、そういうもののことらしい。
 どんなに必死で虫けらが暴れようとも、蠱毒の壺は壊れない――そんな嘲りの意思を
垣間見たような気がして、淑芳は再び溜息をつく。
 ゆっくりと、銀の瞳をまぶたが隠す。疲れきった心と体が、眠気を訴えている。
 薄れていく意識の片隅で、姉や友の無事を願いながら、彼女は睡魔に身を委ねた。

689試行錯誤(思考索語)(5/5) ◆5KqBC89beU:2005/12/19(月) 12:21:24 ID:N/J1ZIfE
【F-1/海洋遊園地/1日目・17:20頃】

【李淑芳】
[状態]:睡眠中/服がカイルロッドの血で染まっている
[装備]:呪符×23
[道具]:支給品一式(パン8食分・水1600ml)/陸(睡眠中)
[思考]:麗芳たちを探す/ゲームからの脱出/カイルロッド様……LOVE
    /神社にいる集団が移動してこないか注意する
    /目が覚めたら他の参加者を探す/情報を手に入れたい
    /夢の中で聞いた『君は仲間を失っていく』という言葉を気にしている
[備考]:第二回の放送を全て聞き逃がしています。『神の叡智』を得ています。    夢の中で黒幕と会話しましたが、契約者になってはいません。

690Fakertriker(1/4) ◆jxdE9Tp2Eo:2006/01/27(金) 19:11:16 ID:IvGmdeTM
「たすけてぇ!!」
密室に千絵の悲鳴が響く。
ベッドサイドには割り箸を組み合わせて作った十字架を持ったリナの姿。
「いやぁぁぁぁ、お願いこれ以上それを近づけないでえ!!」
喚く千絵の顔を見るリナの瞳が加虐に酔っていく。

「そう…でもね、アメリアはもっと…」
そう言って千絵の足に十字架を押し付けようとしたリナだったが。
「もういいでしょう」
保胤が寸でのところでリナを制止する。
「でもっ!」
「しっかりしてください、恨みを恨みで重ねればそれこそ思う壺です」
その言葉にはっ!と保胤の方を振り向くリナ。
その通りだ、憎しみを加速させることこそ奴らの狙い、わかっていたはずではないのか。
だが、それでも目の前の吸血鬼がアメリアを殺したかもしれない…そう思うと怒りを抑えることができない。
リナの拳がふるふると震え、ギリッと噛み締めた歯が軋む音がはっきりと聞こえる。
「あんたが代わりにやって…」
そう保胤に向かって呟くとリナは壁にもたれかかり、ため息をひとつついた。
「ご存知のことをすべて話していだだけますね」
保胤の言葉に、千絵は力なく頷いた。

「そんじゃアンタも噛まれたわけね」
保胤とリナの質問に千絵は逆らわず淡々と応じていく。
「はい…噛まれる前の事とかは正直覚えてないですけど」
「で、噛んだのがその聖って女ね、あいつがご主人様?」
ご主人様という言葉に嫌悪の表情を見せる千絵。
「そういう意味じゃなくって、あいつが伝染源なのかってことよ」
「違うと思います…あの女も噛まれたみたいですから」
「なるほど…」
「その聖さんを噛んだ方のことは聞いてらっしゃいますか?」
「はっきりとは…でもマリア様よりも美しい方と言ってました」
「マリアってことは女性ね」
「はい、あの女はレズなので」
リナはシャナに牙を突き立てた聖の恍惚の表情を思い出して、頷く。

691Fakertriker(2/3) ◆jxdE9Tp2Eo:2006/01/27(金) 19:12:12 ID:IvGmdeTM
「そう…わかったわ」
それだけを言うと、リナはもう用は済んだとばかりにまた千絵の傍を離れる。
だが、やはりその握られた拳は小刻みに震えていた。
リナが部屋から出て行ったのを確認し、保胤は千絵にまた質問する。
「お体は大丈夫でしょうか?」
もうこの少女は魔物と変じている、そう知ってながらも保胤には迷いがあった。
もしかするとまだ手段はあるのかもしれないと。
「足元が寒くて…毛布ありませんか?」
だから、千絵の言葉に頷くと保胤は毛布を千絵の体にかぶせてやり、リナに言われたとおり
手製の十字架を枕元において、部屋から退出していった。

「もう…こんな時間ですか…」
マンションの外で保胤は手に持ったタンポポの綿毛を夜風に空かす。
もう太陽は霧の中最後の一片を地平線の彼方へ隠そうとしている。
「もう、これ以上は無理です…」
自分の気持ち一つで彼女をまだこの世界に留めてはおける。
だが…自然ではない…摂理には従わねばならない。
「貴方は死んでいるんです…さようなら」
それだけを呟き、保胤は綿毛を夜空に飛ばそうとした時だった。
猛然と自分に向かって走ってくる影が一つ
「シャナさん!」
気配が尋常ではないことは容易に分かる、保胤は体を投げ出してシャナを止めようとしたのだが。
そのまま逆に吹き飛ばされ…意識を失ってしまったのだった。
そして間の悪いことに綿毛をたたえたタンポポの茎は、保胤の手を離れ闇の中をどこかへと転がって行った。

一方のリナは来たるべき戦いについて思案していた。
セルティにも聞いたが、どうやら多少の差異こそあれ吸血鬼の弱点・習性はどの世界でもほぼ共通のようだ。
ならば…吸血鬼は強大な魔力を持つ、魔族の王と自らを誇っている。
…だがその強大さと引き換えに弱点の多さでも知られている、だから奴らは隠れるように古城の中に息を潜め
暮らしているのだ、正直、自分の敵ではない。
『本当に来るのでしょうか?』
「下僕同士はともかく、吸血鬼は仲間意識が強い種族よ…必ず取り戻しにやってくるわ」
セルティの質問に即答するリナ、仲間意識だけではなく、奴らはプライドも必要以上に高い、
自分の下僕が虜になったと悟れば必ず来る…、ましてその大っぴらな吸血ぶりから考えて、
自分の弱点を知るものがいないとでも思っているのだろう。
「殺すのかって?違うわ、まだ殺さない」
自分たちの世界の吸血鬼と違い、聖や千絵らはある種の呪縛のようなもので吸血鬼と化している。
親玉ならばその呪縛を解除することも出来るはずだ。
単に殺すだけでは一緒になって滅んでしまうかもしれない、それを確かめなければ。
「大丈夫よ、そいつの魔力がどんなに強くても、奴らには決して逃れ得ない弱点があるもの」

しかし…リナは思い違いをしていた。
十字架もにんにくも千絵には何の脅威にもなっていなかったのだ。
残酷なようだがリナが千絵に十字架を押し当てるところまで行っていればそれとすぐに看破できたのだが、
これも運命の悪戯だろうか?
そして千絵は毛布で隠された足元をぎこちなく動かしている。
「ええと…ビデオではこうやってたかな」
最近学び始めた護身術、そのビデオの中に紹介されていた縄抜けの方法を千絵は実践しようとしていた。

692Fakertriker(3/3) ◆jxdE9Tp2Eo:2006/01/27(金) 19:13:13 ID:IvGmdeTM
【C-6/住宅地のマンション内/1日目/18:00頃】
『不安な一室』
【リナ・インバース】
[状態]:平常
[装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:支給品二式(パン12食分・水4000ml)、
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存。管理者を殺害する。
     吸血鬼の親玉(美姫)と接触を試みたい。
     

【セルティ・ストゥルルソン】
[状態]:やや疲労。(鎌を生み出せるようになるまで、約3時間必要です)
[装備]:黒いライダースーツ
[道具]:携帯電話
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。


【慶滋保胤】
[状態]:不死化(不完全ver)、気絶
[装備]:ボロボロの着物を包帯のように巻きつけている
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))、「不死の酒(未完成)」(残りは約半分くらい)、綿毛のタンポポ
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。 島津由乃が成仏できるよう願っている。
    タンポポ紛失の可能性あり。

【海野千絵】
[状態]:吸血鬼化完了(身体能力向上)、シズの返り血で血まみれ、拘束状態からの脱出を実行中
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(パン6食分・シズの血1000ml)、カーテン
[思考]:チャンスを見計らい脱出、聖を見限った。下僕が欲しい。
     甲斐を仲間(吸血鬼化)にして脱出。
     吸血鬼を知っていそうな(ファンタジーっぽい)人間は避ける。
[備考]:首筋の吸血痕は殆ど消滅しています

693タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:17:45 ID:2t9YUTeo
 ベルガーは確信する。
 先ほどから追跡してきた少年少女は撒いたと。
 少年の追跡具合は見事だった……まるで日常的に誰かをストーキングしているように。
 しかし少女のほうは挙動を見てもただの女学生だ。
 尾行されているのが分かるなら裏を掻くルートで進む。何せ自分は世界で二番目に逃げ足が速い。
 少女の身体能力を気遣う少年は無理に追跡をして置いていくようなことはすまい。
 それを数回繰り返して、ようやく気配は無くなった。
 相手も見失ったことを悟り、なにかしら行動を起こすはずだ。
 ベルガーは考える。
 相手からは、自分がある程度の集団に組しているのが分かっているはずだ。
 そう考えるとなにか目立つ場所で集合するはずだ、と。
 ならばこの辺りで集団が集合しやすい場所とはどこか。
 地図を見る。
 地図に載っている建造物は、アジトにしているマンション、その隣の教会、難破船、灯台といったところか。
 ベルガーが歩いて立ち去ったのを見て、そのぐらいにあると考えるだろう。
 ベルガーを見失った彼らは、恐らくそのどこかに向かうはずだ。
 しかし、まず最初にマンションに向かうとしたら、ベルガーより先に着くかもしれない。
 尾行に気づいた辺りから目的地をぼかして移動したので、すぐにはマンションまで佐山は来ない……と思う。
 すぐにマンションに戻り、出来れば移動しておきたいところだった。

694タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:18:48 ID:2t9YUTeo
 シャナを探してから帰ろうと思ったが、計画は変更せねばならない。
 そもそもシャナか零崎とやらかは知らないが、どちらかがエルメスに乗って移動している。
 零崎がエルメスに乗った場合、遠くまで逃げるだろう。そしてシャナはそれを追いかけ、この辺りから離れる。
 シャナがエルメスで追跡した場合、それほど時間の掛からずに追いつくだろう。そしてシャナはエルメスにのってマンションに戻るはずだ。
 ベルガーは携帯電話を取り出しボタンを押す。流石に尾行されていたら使えなかったが。
【ベルガー?】
「ああ」
 すぐにリナが出た。とりあえずこれまでの事情を説明する。
「──というわけだ。今から戻る。そっちの吸血鬼はどうだ?」
【今尋問が終わったとこ。吸血鬼は保胤に見張らせて、あたしとセルティはは入り口で親玉吸血鬼を待ち伏せ】
「……そうか。まあ詳しくは戻ってから聞くが、出来れば、いや出来るだけ移動する準備をしていてくれ」
【分かったわ。で、その佐山とやらが先に来たらどうすんの?】
「そいつ自体は殺人者じゃないがな、殺さない程度に好きにしてくれ」
【ふうん…少しは話を聞くのも有りだけど……】
「ともかく、すぐ戻るから待ってろ」
【はいはい。じゃ】
  ぶつっ。                  放送が鳴った。

695タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:19:51 ID:2t9YUTeo
「……撒かれたね」
「……私のせいだね。ごめん」
「──いや、すまない。私の責任だ」
 息を切らした宮下の言葉に佐山は口をつぐんだ。
 以前なら、新庄と知り合う前なら「分かってくれて嬉しい」などと答えただろう。
 しかし、そう答えようとしたなら、途中で新庄が口を塞いでくることが想像できた。具体的には首を絞めて。
 胸が僅かに軋む。
 自分を変えてくれた人は奪われた。何者かによって失われた。
 男は言った。

──友人が一人こっちに連れて来られていたが、あっさり殺された。

──この狭い島の中だろうと、そのことに例外は無い。

──どうやってこの島の人間全員を仲間にするのか、よく考えておけ。

 島の人全員を仲間にするということは、或いは新庄を殺したものをも仲間にするということだ。
 或いは今この瞬間、風見を殺したものを、出雲を殺したものを仲間にするということ。
 目の前で宮下藤花を殺戮し、「僕も仲間になるよ! 一緒に頑張ろう!」などと言った者を仲間に出来るか。
 自分はそのときどうなるだろうか。それでも仲間にするのだろうか。

696タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:20:54 ID:2t9YUTeo
 彼女ならどう答えるか。自分とは逆とはどっちだろうか。
 最大の目標は失わせないことと失わないことだ。だが。
 先ほどのシャナも、男も大事なものを失った。すでに失った者はどうすればいい?
 しかし絶対に言えるのは、泣いてるものの頼みを聞き殺人幇助することでは決して無い。
 だが、どうすれば……
「あれ?」
 突然宮下が呟く。遠くを何か巨大なものが通り過ぎていくのが見えた。
「船…だね」
 それは船だった。全長300M程度の船がゆっくりと海岸沿いを移動していた。
 B-8の難破船が何らかの理由により動き出したものだろうか。船は明かりを灯して移動している。
「まさかアレに乗り込んだんじゃあ…」
 確かにあのサイズの船ならば大人数移動できるだろう。
 しかし佐山は否定した。
「それはどうだろうね。考えてみたまえ宮下君。
先ほどの男は尾行に気づいていただろう。だから我々を撒くような移動をしたのだ。
尾行されていると気づいているものが、わざわざ露骨に怪しいアジトで移動するかね? それなら沖でそっとしていたほうがいいだろう。
海岸を走る理由も無いだろうし。それに移動速度が遅すぎないかね? 以上をもってこれは連中のアジトでは無いと判断するが、どうだね?」

697タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:21:36 ID:2t9YUTeo
「……すごいね」
「ふふふ尊敬してもらっても構わんよ。──ところで、彼の移動先のことだが」
 地図を取り出す。ここはD-6か7ぐらいのはずだが。湖の側なのは間違いない。
 この辺りから建物というと、小屋、教会、マンション、海を渡って櫓、先ほど否定した船、あとは港町ぐらいだろう。
「ふむ……」
 とりあえず船と港町は除外する。港町はありえないし、船は先ほど否定したので考えないことにする。
 次、小屋はどうだろうか。あの小屋には佐山の名が書いたメモが置いてある。
……あのメモを見ているなら佐山の姓を聞いたときに尊敬や感謝などの反応が返ってきてもいいはずだが……
 よって保留。次は櫓だ。
……櫓に行くならば彼の移動経路はその方角だ。だが行くには海を渡るか、この道だと禁止エリアに引っ掛かる。
 またもや除外。消去法で残ったのはマンションと教会。幸い二つはほぼ同じエリアに位置している。
 調べに行くならまず近場の山小屋と其処だと判断し、地図を閉じる。
「宮下君。決まったよ。まず山小屋に行こう。次は教会かマンション、どちらかだが、とにかくC-6へ向かおう──宮下君?」
「いや、なんだろあの石と思って」
 宮下が指差したそこには、石で出来た簡素な墓があった。
「──宮下君退きたまえ」
 佐山は目聡く岩の陰にある少年の死体を見つけた。
 近づいていく。見るからに死人だ。片腕は無く、胸を突かれている。そしてその格好は──
──オーフェン君を劣化させたような衣装に金髪……マジク少年か……?

698タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:23:00 ID:2t9YUTeo
 ふむ、と呟き手を合わせた。宮下も死体から目を背けつつ黙祷する。
 ふと佐山は湖の岸を見る。マジクのと思しきデイパックが流れ着いていた。
 開けるとバッグの中は浸水していて、支給品一式と割り箸が入っている。
「マジク少年の遺品、ということになるのかね」

      『 さやま 』

 突然男とも女とも判別できない声が響いた。
 声の発信源は目の前とも思え、そうでないとも思えた。
「……これは、ムキチ君ではないか」
 佐山は湖に向かって話しかけた。
 それは4th-Gの概念核であり、世界そのものの竜だ。
 湖の水の一部が渦を巻き竜の姿となる。後ろから声がした。
「──ふむ。世界の敵ではなく世界そのものか。その少年から世界の敵の残滓が感じられたのだがね」
 気づけば宮下はいつの間にか黒衣装を着込みブギーポップになっていた。
 ブギーは左右非対称の表情を作り佐山を見る。Gsp-2はムキチにコンソールをむけ【ヒサシブリダネッ】と文字が出ている。
「どうもここに来てから暴発が多い。これは明らかな弊害だ」
「一応言っておくがムキチ君は敵ではない。むしろ癒し系だ。──ムキチ君。君はその少年の支給品かね? 何があったか教えてくれたまえ」
 佐山はムキチに問いかける。ムキチはゆっくりと、連続して言を紡いだ。

699タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:24:04 ID:2t9YUTeo
『わたしは その わりばしに はいってました』
『その しょうねんは まじくと よばれていました』
『まじくは わたしに きづきませんでした』
『そして まじくは うばわれました』
『まじくを くろい めつきのわるい やんきーのひとが とむらいました』
『かれも うばわれた かおを していました』

「オーフェン君か……?」
 佐山は考える。彼はチンピラのようだが常識人で、結局説明できないまま分かれてしまったが。
 そしてムキチは再びさやま、と呼ぶ。

『しんじょうは どこですか?』

 く、と胸が軋む。その痛みも回復の概念で消えるはずだが、痛みは退かず──

『ここには しんじょうの けはいが あります』
『でも しんじょうは ここには いません』
『ここいがいで しんじょうの けはいは しません』
『ここにいて ここにいないのならば』
『しんじょうは どこですか?』

700タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:25:07 ID:2t9YUTeo
「気配はすれどここには居ない……新庄君は──!」
 胸が張り裂けそうになる。実際張り裂けてしまったほうが楽だろう。
 あ、と声を上げ足が崩れる。地面に跪き脂汗をたらす。
 強制的に空気が漏れていく喉から声を絞り出す。
「──奪われてしまったよ」
 粘度の有る吐息を吐き出し、苦痛に声を震わせる。
 狭心症の所為か、或いは別の何かか。
 頭を掻き毟る。髪の毛が数本千切れた。その痛みが逆に心地よかったが。
 顔を上げる。目の前に、自分とムキチの間にブギーポップが立っていた。

「何かを成そうとするには、まず涙を止めることだ」

 実際には涙は出ていなかったが。
 佐山は無理やり笑みを作った。ブギーも左右非対称の笑みで返して、後ろに下がる。
 僅かに体を動かすことで全身に力を供給していく。
「もちろん、分かっているとも」
 胸の痛みはだんだん退いていき、佐山は起き上がる。
 脂汗で張り付いた髪を正し、泥のついたスーツを払う。
「ここで泣き叫び、動きを止めては新庄君に対する…新庄君が私にくれた想いに対する冒涜だ」
……胸は痛めど心は悼めど、新庄君の加護があれば耐えていける……!

701タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:26:10 ID:2t9YUTeo
「ムキチ君。新庄君は奪われた。多くの明日の友人も失った。
 私は奪ったものに償いの打撃を、失ったものに抗う力を与えるために君が、必要だ」
 自分独りで何とかするのは困難で。
 自分独りで仲間を集めるのは厳しい。
 それでも新庄君が居るならば。
 新庄君が私を護ってくれるならば。
 何故それが出来ないことだろうか。
 どうして出来ないことがあろうか……!
『やくそく しましょう ひとつは さやまのなかに しんじょうが ずっと いること』
 マジクのデイパックの中の割り箸を取り出しムキチに向けた。
「佐山御言は新庄の意志と永遠にともにあることを──」
 自分は人を泣かせず、泣いてる者に説こう。君を泣かした状況を作ったものの事を。
 自分は失くさせた者を奪おう。彼の理由を。そして本当に失くさせるべきは何かを問う。
 未知精霊?
 これまで私は新庄君と仲間と未だ知らぬことを見つけてきたのだ。精霊すら知らぬことも見つけよう。
 心の実在?
 心はここにある。新庄君はここにいる。これだけは、誰にも奪えぬ……!

テスタメント!
「契約す!」

702タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:27:13 ID:2t9YUTeo
 ムキチが割り箸の中に殺到する。割り箸にあいている無数の気孔にムキチの水分が含まれた。
 それでも重さはそう変わらなかったが。と、足元に。
「草の獣……」
 4th-Gの一部、六本足の犬に似た草の獣が足元に一匹。ぼふっと酸素を吐き出しつつ現れた。
 お手元の割り箸からムキチが告げる。
『もうひとつは うばわれたものは とりかえしましょう』
 Gsp-2のコンソールに【シンプルニネッ】と文字が生まれた。
 同時に耳元でブギーの、ぞっとするような声がした。
「君は世界の力を二つも手に入れた。君は世界の敵に為り得るのか──?」
 それは確認するように、自分では分からず、困惑しているような声だった。
 振り向くとそこには学生服を来た宮下が居た。既にブギーではない。
「佐山君どうしたの?」
「いや……この獣は宮下君が持っていたまえ」
「うわ。これって?」
「ジ・癒し系&和み系アニマルだ。なんと会話機能もついているぞ!」
『みやした?』
「かわいい……」
「それを持っておくと見事に疲れが取れるステキアニマルでもある。さて、それそろ出発しようか」
「あの、佐山君」

703タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:28:16 ID:2t9YUTeo
 宮下がおずおずと告げる。前々からの疑問だったように。
 佐山はなにかね、と返した。
「どうして佐山君はこんな状況でも冷静に、無理と言われたことをやろうとするのかな?」
 佐山は宮下にまだ詳しくは説明していない。
 説明したところで通じるとも思えないが。佐山は苦笑して言う。
「腐ってなどいられないよ。大事な人が私を見ま」

「うひょー」

「………」
「………」
「腐敗すると発酵するの違いは人間に役に立つか立たないかであり人生は常に発酵している。
うむ。今にも酸っぱい香りが……うぷ。この話は今度の食事のときにでも」
『さやま みやした むし?』
 いつの間にか宮下の手から降りていた草の獣がどこかで見た虫を銜えていた。ちなみに消化器官は無いので銜えてるだけだ。
 佐山はごほんと咳払いをして着衣を正し息を吸う。そして指を刺しつつ一息で叫ぶ。
「オーフェン君改めサッシー二号の友人、元サッシー二号君ではないか……!」
「俺の名前を勝手に改めるなっ! あと誰がそいつの友人だ!」
 後ろの森からオーフェンが飛び出してきた。全力否定しながら。
「真の友情とは耳掻きの綿の部分を噛まない猫と生まれる。By俺の親父の一人息子。
つまり俺を既に甘噛みしているこの生物と友情は生まれるかということだ」
 オーフェンが肩を落とし、半目になる。まあいいやと前置きし彼は佐山を見た。
「また会ったな佐山…だっけか。ここでなにし」
                          放送が鳴った。

704タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:29:19 ID:2t9YUTeo
【E-7/森/1日目・18:00】
【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:平常。
[装備]:鈍ら刀、携帯電話、黒い卵(天人の緊急避難装置)
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
    PSG−1(残弾ゼロ)、マントに包んだ坂井悠二の死体
[思考]:佐山に会わないように急いでマンションへ
 ・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。
 ※携帯電話はリナから預かりました

【D-6/湖南の岬/1日目・18:00】
『不気味な悪役』
【佐山御言】
[状態]:左手ナイフ貫通(神経は傷ついてない。処置済み)。服がぼろぼろ。
[装備]:G-Sp2、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水2000ml) 、
    PSG−1の弾丸(数量不明)、地下水脈の地図  木竜ムキチの割り箸
[思考]:参加者すべてを団結し、この場から脱出する。 オーフェンと会話。
[備考]:親族の話に加え、新庄の話でも狭心症が起こる (若干克服)

705タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:30:22 ID:2t9YUTeo
【宮下藤花】
[状態]:足に切り傷(処置済み)
[装備]:草の獣
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml) ブギーポップの衣装
[思考]:佐山についていく

※チーム方針:E-5の小屋に行き、その後マンション、教会へ。

【オーフェン】
[状態]:疲労。身体のあちこちに切り傷。
[装備]:牙の塔の紋章×2、スィリー
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1000ml)
[思考]:クリーオウの捜索。ゲームからの脱出。 佐山と会話。
    0時にE-5小屋に移動。
    (禁止エリアになっていた場合はC-5石段前、それもだめならB-5石段終点)

706魔女集会1/5 ◆a6GSuxAXWA:2006/03/03(金) 01:15:08 ID:Ala6bp1I
 ゆらゆら、ゆらゆら。ふわふわ、ふわふわ。
 視界が揺らぐ。
 思考が歪む。
 ゆらゆら、ゆらゆら。ふわふわ、ふわふわ。
 鈍る感覚。
 火照る額。
 声が聞こえる。
「――かに……たしは、さと……」
 ゆらゆら、ゆらゆら。
 視界が揺らぐ。
 ふわふわ、ふわふわ。
 思考が歪む。
 ゆらゆら、ゆらゆら。
 鈍る感覚。
 ふわふわ、ふわふわ。
 火照る額。
 熱い。熱い。カラダがアツ――――


      ◆◆◆


「ぁ……ぅ、ん……?」
 ぴちゃ――ん。
 水滴の弾ける音が、耳に届いた。
 それと同時に、十叶詠子は覚醒する。
 額の熱に僅かに眉をひそめつつ――重い瞼を開くと、
「気がついた?」
 天井を背景に、一人の少女の顔があった。

707魔女集会2/5 ◆a6GSuxAXWA:2006/03/03(金) 01:16:09 ID:Ala6bp1I
「ん……」
 詠子は曖昧な声を返しながら、鈍痛の居座った頭で現状を確認。
 ここはバスルーム――湖に落下したことからして、どうやら自分は眼前の少女に保護されたらしい。
 バスタブの中で抱きすくめられるように湯に漬けられている事からして、相当に身体を冷やしてしまったようだ。
 額の鈍痛も、それが原因だろうか。
「……けほっ」
 小さな咳が、口から漏れる。
 口の中から僅かに、泥の味がする。
「ここはD−8の港の民家で、私は佐藤聖。……あなたは?」
 一語一句を噛んで含めるように、優しげな口調で少女――聖が言う。
 脇の辺りに添えられた聖の手が、ゆっくりと詠子の肢体を撫でる。
「私は……十叶詠子、だよ」
 その手の動きにくすぐったさを感じ、詠子は熱い湯の中で少しだけ身じろぎをする。
「――よろしくね。“牙持つ兎”さん?」
「…………!?」
 今度は聖が身じろぎする番だった。
 詠子はその背に当たる柔らかさを感じつつ、謳うように囁きかける。
「あなたは兎。
 心の底の暗闇を恐れて明るく振舞うあなたは、まるで寂しさで死んでしまう兎みたい。
 ――そんな可愛らしいあなただから、きっと新しい牙にも馴染めたのね。
 だってその牙があれば、」


「……黙りなさい」


 聖の形相が一変していた。
 詠子の見透かすような言葉に対する怒りか、それとも警戒のためだろうか。
 伸びた牙は美しい相貌とも相俟って、見るものに与える威圧は並みのものではない。
「恐いなあ。私の力じゃあなたの牙には抗えないのに、何をそんなに怒っているの?」
 だが、詠子の顔に浮かんだ微笑みは揺るがない。

708魔女集会2/5 ◆a6GSuxAXWA:2006/03/03(金) 01:17:13 ID:Ala6bp1I
 むしろその笑みに何を感じたのか、湯の中にありながら聖の身体が僅かに震え――
「黙りなさい、って言っているでしょう? 私が優位にあるのだから、私の命令はきちんと聞きなさい」
 詠子を抱きすくめる聖の腕に、力がこもる。
 半病の詠子には、抗えぬ力だ。
 しかしその腕に締め上げられながらも、“魔女”の微笑みは揺るがない。
「――ッ。……いいわ。ちゃんと身体に仕込んであげるんだから」
 言葉と共に詠子の首筋に聖の牙が迫り……しかし、その牙は詠子の皮膚を破る事はなかった。
「ん、っ……」
 牙と吐息が、詠子の首筋をなぞる。
 くすぐったげに身をよじる詠子を、聖はその力で強引に押さえ込む。
 手指が胸元で蠢き、肋骨を奏でるように撫で――
「ふふ、恐い――?」
「まさか。“魔女”は魔性に身を捧げて力を得る者、だか、ら……ふ……ぁ、っ!」
 水音と共に、詠子の腰が小さく跳ねた。 
「んー、ここが弱点?」
 牙を伸ばしたままの聖は、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべながら腕の中の詠子を弄ぶ。
 ぴちゃ――ん。
 と、天井から結露の水滴が落下し……弾けた。


      ◆◆◆


 それから、どれだけの時間が経ったのだろう。
 詠子に身を絡めた聖は、朱みを帯びた白磁の首筋に、ゆっくりと乳白色の牙を突き立てた。
「ひ、ぅ……」
 びくり、と弓なりに身体を反らせながら、声ともならぬ声を漏らす詠子。
 聖の口の鮮血が滴り、その数滴が浴槽へと沈み、薄く広がり――

709魔女集会4/5 ◆a6GSuxAXWA:2006/03/03(金) 01:18:09 ID:Ala6bp1I
「ホントはもっと可愛く鳴かせて、もっと従順にして、それから吸おうと思っていたんだけど……」
 傷口に、ぴちゃり、ぴちゃりと舌を這わせながら、聖が呟く。
 その言葉に込められた忌々しげな調子は、いったん隣家に戻ったある存在に向けられていた。
「まあ、いいわ。これで詠子ちゃんも私の仲間……ね?」
 次いで耳朶を噛みながらの甘い囁きに、詠子はゆっくりと頷く。


「そうだね。……そしてあなたも、私の仲間」


 どこか禍々しい響きを持った言葉に、聖は一瞬怯み――そして、気付いた。
 浴槽も、天井も、詠子も。
 何もかもが、二重写しに見えている事に。
「魔女の血は『ヨモツヘグリ』――人でなき者であるイザナミノミコトを死の世界の住人とした黄泉の食物」
 謳うように、詠子は囁きを返す。
「神も人も、そして魔も――『ヨモツヘグリ』の力は、変わりがないみたいだねえ」
 聖は、その言葉に対して何も返すことが出来ない。
 二重の視界いっぱいに映る――新たに認識された、もう一つの世界。
 参加者たちの目を一定箇所から逸らさせ、また特定の感情を抑制し、特定の感情を昂ぶらせる――
 そのためにこの島に仕掛けられた、無数の魔術的な記号。
「あ、あ……」
 それらを一度に理解してしまったが故に――聖は猛烈な眩暈と酩酊に襲われていた。 
「ふふ――なんだかとっても気分がいいな」
 吸血鬼化の影響で、体調が一気に回復した詠子が呟く。
「これから、どうしようかなあ……?」

710魔女集会5/5 ◆a6GSuxAXWA:2006/03/03(金) 01:19:48 ID:Ala6bp1I
【D-8/民宿/1日目/16:50】
【vampire and witch】

【十叶詠子】
[状態]:吸血鬼化(身体能力上昇)開始。それに伴い体調はほぼ復調。
[装備]:『物語』を記した幾枚かの紙片 (半乾き。脱衣場に)
[道具]:デイパック(泥と汚水がへばりついた支給品一式、食料は飲食不能、魔女の短剣)
[思考]:なんだか血が吸いたいような気もするけど、これからどうしようか?

【佐藤聖】
[状態]:吸血鬼化(身体能力大幅向上)完了。魔女の血により魔術的感覚を得るが、ショックで酩酊状態。
[装備]:剃刀(脱衣場に)
[道具]:支給品一式(パン6食分・シズの血1000ml)、カーテン
[思考]:世界が二重に見えて、気持ちが悪い。子爵にどう対応するべきか。
[備考]:シャナの吸血鬼化が完了する前に聖が死亡すると、シャナの吸血鬼化が解除されます。
    首筋の吸血痕は完全に消滅しています。子爵に名を名乗りました。

711darkestHour1/4 ◆jxdE9Tp2Eo:2006/03/04(土) 13:40:50 ID:4pUpOwFs
完全に日が沈んだ中、快適そうに伸びをする美姫、ついに彼女の時間が到来したのだ。
かぐわしき夜の香気を味わう彼女だが、何かを感じたのだろうか?
アシュラムを招きよせて何かを命ずる。
「以前から目をつけていた者に出会えそうじゃ…お前は宗介らをつれて控えておれ、よしと言うまでは
姿を出してはいかぬぞ」
アシュラムは少し戸惑ったが、御意と呟くと宗介らを伴い…物陰へと潜む、そして…。

千絵を担いでマンションへと戻ろうとしている、リナは異様な気配を感じる…。
(この気配…)
それは吸血鬼だったころの千絵の気配と非常に似通っていた。
「さっそくビンゴってわけね」
にやりと笑うリナ、かなり強力な吸血鬼であることは予想できるが…
懐の十字架に触れる、こいつで脅せばいいだけだ。
まずはその顔を拝見しよう、リナは気配の元へと向かった。

(うわ…)
いざ対面し、雲の間からわずかに漏れる月明かりに照らされた美姫の顔を見て、
感嘆の言葉を漏らすリナ…これほど美しい女性は見たこともないし、これから見ることもないだろう。
それにこの溢れる気品は何だろうか?
(だめよ、正気を保たないと)
ぶんぶんと首を振って、気分を切り替えようとするリナを楽しそうに見やる美姫。
「伴侶については気の毒であったの、その後どうしておった」
「どういたしまして…ガウリィだけじゃなくてゼロスもアメリアもゼルガディスも死んだわ」
「ほう、それは気の毒にの」
「はぁ!」
他人事な物言いに声を荒げるリナ。
「アメリアを殺したのはあんたの手下でしょうが!そうやって自分の部下使って生き残ろうとしてんでしょう!」
「わたしも死ぬのが怖いのでな…それともおまえは他の誰かが生き残ろうと思う意思を否定するのか?」
白々しく言い返す美姫。

712DarkestHour2/4 ◆jxdE9Tp2Eo:2006/03/04(土) 13:41:55 ID:4pUpOwFs
「だが思い違いをしておる、私が悦びを与えたのは一人だけじゃ、それに私は誰一人殺しておらぬ
文句があるのならば、その聖とかいう娘に言うがよい」
「責任を転嫁するの!」
「ほう?ならば問う、お前たちも戦う術は学んでいよう、その力で過ちを犯した場合
その責は誰が追わねばならぬ?力を行使した者であって、それを授けた者ではあるまい」
「わたしは確かに一人の娘に悦びを与えた、だがその与えられたものをどう使うかはあの娘個人の勝手じゃ
わたしは何も預かり知らぬ」

「じゃあアンタは何もやっちゃいないというの?」
「その通りじゃ、わたしは何一つしておらぬ、まぁ午睡の最中銃を突きつけられ、
その上、大上段に立ったぶしつけな交渉を持ちかけられたことはあったがの」
ぬけぬけと言い放つ美姫、普段のリナならば許しはしないところだが、
美姫の美しさと放たれるカリスマといってもいい雰囲気に圧倒されて二の句が告げない。
「じゃあ…話題を変えましょ、あたしも無用な争いはこの際避けたいの、だから…
アンタのこれまでの事に関して目を瞑る代わりに手を組まない?…元に戻して欲しい仲間がいるのよ」

「そうじゃな…」
リナの申し出に美姫の目が意地悪く光り、そして彼女はテーブルに素足を投げ出した。
「ならば土下座せよ、それからその口でこの足に接吻せよ…そしてこう言うのだ
お美しい姫君よ、非才にして非礼な私の力では仲間を救うことができません、どうかどうかあなた様のお力で
私の仲間を救っていただけないでしょうか?お願いいたします、との」
周囲の空気が凍りつく、
「アンタ何いってんの…」
リナの歯軋りの音が夜の庭園に響く。

「できぬのか?」
「ふざけんじゃないわよ!」
もう耐えられない、こちらとしては譲歩に譲歩に重ねてやったのだ、それを…付け上がるにも程がある。
幸い、こちらには切り札がある。
「この天才美少女魔道士、リナ=インバースが薄汚い化け物風情に膝を屈するわけないじゃないの!」

713DarkestHour3/4 ◆jxdE9Tp2Eo:2006/03/04(土) 13:44:04 ID:4pUpOwFs
「本音が出おったわ」
予想していたかのように美姫がまた微笑み、リナはあわててその顔から視線をそらす。
「散々えらそうな口利いていても、アンタの弱点なんか、とうにお見通しなんだからね!」
その言葉と同時にリナは懐から手製の十字架を取り出し、美姫に突きつける。
「ぐっ…」
今度は美姫が後ずさる番だった。
「どう?ザコの分際でよくもへらず口叩いてくれたわね!何が土下座よ!足に接吻よ!ああん?
いい!顔だけは勘弁してあげるから、この十字架を心臓に押し当てられたくなければ
おとなしく従うことね!わかった!?…だからまずは」

「わ…わかった…それで」
リナの天地が逆転する。
「気は済んだかの?」
自分が背負い投げを食らったと気がついたのは、地面に叩きつけられてからだった。
「そのような玩具が四千の齢を重ねた私に通じるはずがないであろう?流水も大蒜も白銀も陽光すらもわたしには
何の妨げにもならぬ」
多少のハッタリが入っているのだが、その言葉を聴いたリナの顔に明らかな狼狽が走る。
美姫はくぃとリナの顎を掴んでそして耳元で囁く。
「さて、手の内を晒しあったところでもう一度問おう…どうする?」
リナは無言でまた顔を逸らす。
「己もあの者たちと同じか?己を優位におかねば何も話せぬか?その上、一時の恥と友の命、天秤にすら掛けられぬか?」
一つ一つの言葉がリナに重くのしかかる。

「行くぞ、見込み違いもいいところじゃ…この者ならば」
(わたしを滅ぼすにふさわしき者の1人と思っておったのにの)
と誰にも聞こえぬように呟くと背中を向けた美姫の言葉にアシュラムが従い、ついで物陰から宗介とかなめが姿を現す。
リナから遠ざかるその姿は隙だらけだ…反射的にリナは呪文を口ずさみ始める。
「悪夢の王の一片よ… 」
「ほう?大義もなしにわたしを討つか、ならばお前も所詮は大言を吐くだけの殺人者じゃの…私を討ちたくば
悠久の時を生きる吸血鬼を討つのならばそれにふさわしき礼を尽くせ…
さもないかぎりわたしはお前の望む土俵には決して上がらぬぞ」
もうリナに呪文を唱える意思はのこっていなかった。

美姫が立ち去った後、へたりこむリナ…何も出来なかった。
「あたしは…アイツには勝てない…だって」
正確には違う…たしかに強大だが竜破斬か神滅斬を直撃させればおそらく物理的に倒すことは可能だろう…しかし。
リナの脳裏に一人の女性の姿が浮かぶ、もちろんその姿も声も美姫のものとはまるで似つかない、だが
まぎれもなく…それは…。
「アイツ…姉ちゃんと…おんなじだ」

714DarkestHour4/4 ◆jxdE9Tp2Eo:2006/03/04(土) 13:48:20 ID:4pUpOwFs
【D-6/公園/1日目/18:15】
【リナ・インバース】
[状態]:精神的に動揺、美姫に苦手意識
[装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:支給品二式(パン12食分・水4000ml)、
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存。管理者を殺害する。
    まずはシャナ対応組と合流する。

【海野千絵】
[状態]:吸血鬼化回復(多少の影響は有り?)、血まみれ、気絶、重大なトラウマ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:………………。
[備考]:吸血鬼だった時の記憶は全て鮮明に残っている。

【D-6/公園/1日目/18:15】
『夜叉姫夜行』
【美姫】
[状態]:通常
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:島を遊び歩いてみる。

【アシュラム】
[状態]:健康/催眠状態
[装備]:青龍堰月刀
[道具]:冠
[思考]:美姫に仇なすものを斬る/現在の状況に迷いあり

【相良宗介】
[状態]:健康。
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:どんな手段をとっても生き残る、かなめを死守する

【千鳥かなめ】
[状態]:通常
[装備]:エスカリボルグ
[道具]:荷物一式、食料の材料。鉄パイプのようなもの。(バイトでウィザード「団員」の特殊装備)
[思考]:宗介と共にどこまでも

715DarkestHour(修正)  ◆jxdE9Tp2Eo:2006/03/06(月) 18:21:07 ID:JCBd.oTo
完全に日が沈んだ中、快適そうに伸びをする美姫、ついに彼女の時間が到来したのだ。
かぐわしき夜の香気を味わう彼女だが、何かを感じたのだろうか?
アシュラムを招きよせて何かを命ずる。
「以前から目をつけていた者に出会えそうじゃ…お前は宗介らをつれて控えておれ、よしと言うまでは
姿を出してはいかぬぞ…それから宗介よ」
美姫は宗介を呼び止めて囁く。
「これから私が出会う者の姿、しかと見ておくがよい」
「それはどういう…」
「わからぬか、そなたら2人生き残るには私をも踏み台にせねばならぬかもしれぬということよ」
宗介は訝しげに首を傾げたが、先にアシュラムが御意と呟くと宗介らを伴い…物陰へと潜んでいく、
そして…。

千絵を担いでマンションへと戻ろうとしている時、リナは異様な気配を感じた。
(この気配…)
それは吸血鬼だったころの千絵の気配と非常に似通っていた。
「さっそくビンゴってわけね」
にやりと笑うリナ、かなり強力な吸血鬼であることは予想できるが…
懐の十字架に触れる、こいつで脅せばいいだけだ。
まずはその顔を拝見しよう、リナは気配の元へと向かった。

(うわ…)
夜の公園でいざ対面し、雲の間からわずかに漏れる月明かりに照らされた美姫の顔を見て、
感嘆の言葉を漏らすリナ…これほど美しい女性は見たこともないし、これから見ることもないだろう。
それにこの溢れる気品は何だろうか?
(だめよ、正気を保たないと)
ぶんぶんと首を振って、気分を切り替えようとするリナを楽しそうに見やる美姫。
「伴侶については気の毒であったの、その後どうしておった」
「どういたしまして…ガウリィだけじゃなくてゼロスもアメリアもゼルガディスも死んだわ」
「ほう、それは気の毒にの」
「はぁ!」
他人事な物言いに声を荒げるリナ。
「アメリアを殺したのはあんたの手下でしょうが!そうやって自分の部下使って生き残ろうとしてんでしょう!」
「わたしも死ぬのが怖いのでな…それともおまえは他の誰かが生き残ろうと思う意思を否定するのか?」
白々しく言い返す美姫、

716DarkestHour(修正)  ◆jxdE9Tp2Eo:2006/03/06(月) 18:22:21 ID:JCBd.oTo
「だが思い違いをしておる。私は誰一人直接手は下しておらぬ、
文句があるのならばその聖とかいう娘に言うがよい」
「責任を転嫁するの!」
「ほう?ならば問う、お前たちも戦う術は学んでいよう、その力で過ちを犯した場合
その責は誰が追わねばならぬ?力を行使した者であって、それを授けた者ではあるまい」
「それは…」
詭弁だが的を得ている、言い返せない。
「わたしは確かに一人の娘に悦びを与えた、だがその与えられたものをどう使うかはあの娘個人の勝手じゃ
わたしは何も預かり知らぬ」

「じゃあアンタは何もやっちゃいないというの?」
「その通りじゃ、重ねて言うがわたしは何一つしておらぬ、まぁ午睡の最中銃を突きつけられたり、
 大上段に立ったぶしつけな交渉を持ちかけられたことはあったがの」
ぬけぬけと言い放つ美姫、普段のリナならば許しはしないところだが、
美姫の美しさと放たれるカリスマといってもいい雰囲気に圧倒されて二の句が告げない。
「じゃあ…話題を変えましょ、あたしも無用な争いはこの際避けたいの、だから…
アンタのこれまでの事に関して目を瞑る代わりに手を組まない?…元に戻して欲しい仲間がいるのよ」

「そうじゃな…」
リナの申し出に美姫の目が意地悪く光り、そして彼女はテーブルに素足を投げ出した。
「ならば土下座せよ、それからその口でこの足に接吻せよ…そしてこう言うのだ
お美しい姫君よ、非才にして非礼な私の力では仲間を救うことができません、どうかどうかあなた様のお力で
私の仲間を救っていただけないでしょうか?お願いいたします、との」
「アンタ何いってんの…」
リナの歯軋りの音が夜の庭園に響く。
周囲の空気が凍りつく、かなめが息を呑む、宗介すらも固唾を呑んだ。
「できぬのか?」
「ふざけんじゃないわよ!」
もう耐えられない、こちらとしては譲歩に譲歩に重ねてやったのだ、それを…付け上がるにも程がある。
幸い、こちらには切り札がある。
「この天才美少女魔道士、リナ=インバースが薄汚い化け物風情に膝を屈するわけないじゃないの!」

717DarkestHour(修正)  ◆jxdE9Tp2Eo:2006/03/06(月) 18:23:02 ID:JCBd.oTo
「本音が出おったわ」
予想していたかのように美姫がまた微笑み、リナはあわててその顔から視線をそらす。
「散々えらそうな口利いていても、アンタの弱点なんか、とうにお見通しなんだからね!」
その言葉と同時にリナは懐から手製の十字架を取り出し、美姫に突きつける。
「ぐっ…」
今度は美姫が後ずさる番だった。
「どう?ザコの分際でよくもへらず口叩いてくれたわね!何が土下座よ!足に接吻よ!ああん?
いい!顔だけは勘弁してあげるから、この十字架を心臓に押し当てられたくなければ
おとなしく従うことね!わかった!?…だからまずは髪の毛で隠してるほうの顔をみせ…」

「わ…わかった…それで」
リナの天地が逆転する。
「気は済んだかの?」
自分が背負い投げを食らったと気がついたのは、地面に叩きつけられてからだった。
「そのような玩具が四千の齢を重ねた私に通じるはずがないであろう?流水も大蒜も白銀も陽光すらもわたしには
何の妨げにもならぬ」
多少のハッタリが入っているのだが、その言葉を聴いたリナの顔に明らかな狼狽が走る。
美姫はくぃとリナの顎を掴んでそして耳元で囁く。
「さて、手の内を晒しあったところでもう一度問おう…どうする?」
リナは無言でまた顔を逸らす。
「己もあの者たちと同じか?己を優位におかねば何も話せぬか?その上、一時の恥と友の命、天秤にすら掛けられぬか?」
一つ一つの言葉がリナに重くのしかかる。

「行くぞ、見込み違いもいいところじゃ…この者ならば」
(わたしを滅ぼすにふさわしき者の1人と思っておったのにの)
と誰にも聞こえぬように呟くと背中を向けた美姫の言葉にアシュラムが従い、
ついで物陰から宗介とかなめが姿を現す。
リナから遠ざかるその姿は隙だらけだ…反射的にリナは呪文を口ずさみ始める。
「黄昏よりも… 」
「ほう?大義もなしにわたしを討つか、ならばお前も所詮は大言を吐くだけの殺人者じゃの…私を討ちたくば
悠久の時を生きる吸血鬼を討つのならばそれにふさわしき礼を尽くせ…
さもないかぎりわたしはお前の望む土俵には決して上がらぬぞ」
心技体すべてにおいて打ちのめされたリナに呪文を唱える意思はのこっていなかった。

美姫が立ち去った後、へたりこむリナ…何も出来なかった。
「あたしは…アイツには勝てない…だって」
正確には違う…たしかに強大だが竜破斬か神滅斬を直撃させればおそらく物理的に倒すことは可能だろう…しかし。
リナの脳裏に一人の女性の姿が浮かぶ、もちろんその姿も声も美姫のものとはまるで似つかない、だが
まぎれもなく…それは…。
「アイツ…姉ちゃんと…おんなじだ」

718DarkestHour(修正)  ◆jxdE9Tp2Eo:2006/03/06(月) 18:24:25 ID:JCBd.oTo
【D-6/公園/1日目/18:15】
【リナ・インバース】
[状態]:精神的に動揺、美姫に苦手意識(ラナの姿を重ねています)
[装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:支給品二式(パン12食分・水4000ml)、
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存。管理者を殺害する。
    まずはシャナ対応組と合流する。

【海野千絵】
[状態]:吸血鬼化回復(多少の影響は有り?)、血まみれ、気絶、重大なトラウマ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:………………。
[備考]:吸血鬼だった時の記憶は全て鮮明に残っている。

【D-6/公園/1日目/18:15】
『夜叉姫夜行』
【美姫】
[状態]:通常
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:島を遊び歩いてみる。

【アシュラム】
[状態]:健康/催眠状態
[装備]:青龍堰月刀
[道具]:冠
[思考]:美姫に仇なすものを斬る/現在の状況に迷いあり

【相良宗介】
[状態]:健康、ただし左腕喪失
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:どんな手段をとっても生き残る、かなめを死守する

【千鳥かなめ】
[状態]:通常
[装備]:エスカリボルグ
[道具]:荷物一式、食料の材料。鉄パイプのようなもの。(バイトでウィザード「団員」の特殊装備)
[思考]:宗介と共にどこまでも

719紫煙―smoke―(1/2) ◆5KqBC89beU:2006/03/09(木) 21:59:57 ID:K0OHwYzw
 霧の中、甲斐氷太はA-2にある喫茶店の前に立っていた。
(さて、今度こそ誰か隠れててくれねえもんかね)
 適当に周囲を探索して回り、しかし誰とも会わないまま、甲斐は今ここにいる。
 途中、争うような喧騒を耳にしてはいたが、甲斐は無視した。いかにもカプセルを
のませにくそうな参加者にわざわざ会いにいく気は、とりあえずない。逃げるために
遠ざかるつもりも、とりあえずないが。
 今のところ、甲斐の目的は、悪魔戦を楽しめそうな相手を見つけることだった。
 風見とその連れを殺したいとも思ってはいるが、再戦できるかどうかは運次第だ。
 故に、甲斐はただ黙々と探索を続けていたのだった。
(……ウィザードの代わりなんざ、いるわきゃねえけどな)
 カプセルは、のめば誰でも悪魔を召喚できるというようなクスリではない。
 悪魔を召喚する素質のない参加者にカプセルを与えても、悪魔戦は楽しめない。
 何が素質を決定している因子なのか、甲斐は明確には知らない。しかし、精神的に
不安定な者は悪魔を召喚できるようになりやすい、という傾向なら知っていた。
 戦えない者なら、この状況下で精神的に安定しているとは考えにくく、悪魔を召喚
できるようになる可能性が高い。また、そういう相手にならカプセルをのませやすい。
(弱え奴が隠れるとしたら、こんな感じの、中途半端な場所の方が好都合だろ)
 立地条件のいい場所には人が集まりやすい。誰にも会いたがっていない者ならば、
他の参加者が滞在したがりそうな場所を避けてもおかしくない。
 この辺りの市街地は、便利すぎず、かといって不便すぎることもない。
 大都会というほどではないものの、それなりに建物があって隠れ場所には困らず、
物資を調達しやすそうだ。しかし、島の端なので逃走経路が限られており、遮蔽物の
乏しい西には逃げにくい。強さか逃げ足に自信がある者なら、ここより南東の市街地に
向かいたがるだろう。この場所ならば、弱者が隠れていても不思議ではない。
 『ゲーム』の終盤から殺し合いに参加しようとする者や、休憩しにきた殺人者も、
ひょっとしたら隠れているかもしれないわけだが。
 カプセルを口に放り込み、甲斐は喫茶店の扉を開けた。

720紫煙―smoke―(2/2) ◆5KqBC89beU:2006/03/09(木) 22:01:04 ID:K0OHwYzw
 結局、喫茶店には誰も隠れていなかった。
(面白くねえ)
 どうやら、現在A-2には甲斐以外の参加者がいないらしい。
 すぐ東で激戦があったようだが、付近を通過するような足音は聞こえてこない。
(もう、いっそのこと……いや、それとも……)
 思案しながら甲斐は煙草を取り出し、口にくわえて、店のガスコンロで点火した。
 煙が吸い込まれ、吐き出される。
(あー、くそ、体のあちこちが痛え)
 煙草を片手にカプセルを咀嚼する姿は、どうしようもなくジャンキーらしかった。


【A-2/喫茶店/1日目・17:55頃】

【甲斐氷太】
[状態]:左肩から出血(銃弾がかすった傷あり)/腹に鈍痛/あちこちに打撲
    /肉体的に疲労/カプセルの効果でややハイ/自暴自棄/濡れ鼠
[装備]:カプセル(ポケットに十数錠)/煙草(1/2本・消費中)
[道具]:煙草(残り13本)/カプセル(大量)/支給品一式
[思考]:次に会ったら必ず風見とBBを殺す/とりあえずカプセルが尽きるか
    堕落(クラッシュ)するまで、目についた参加者と戦い続ける
[備考]:『物語』を聞いています。悪魔の制限に気づいています。
    現在の判断はトリップにより思考力が鈍磨した状態でのものです。

721虚偽を頭に笑みを浮かべよ(1/8) ◆5KqBC89beU:2006/03/15(水) 22:11:22 ID:K0OHwYzw
 九連内朱巳は思考する。
 今ここで裏切りたくなるような利点が相手にないということ、それを彼女は信じる。
 ついさっき会ったばかりの相手の、あるかどうか判らない良心を信じるつもりなど、
彼女にはない。
 朱巳は視線を巡らせる。
 神社で休憩していた三人には、なんとなく悪人ではないような印象があった。
 善人を演じているのかもしれない。本物の善人なのかもしれない。善人を演じている
なら、故意にそうしているのかもしれないし、無自覚にそうしているのかもしれない。
 三人の間には信頼関係があるように見える。お互いの裏切りを少しも疑っていない
ような雰囲気がある。もしも演じているのだとすれば、かなりの演技力だ。
 短時間での見極めは不可能だと結論し、朱巳は判断を保留した。
 とりあえず、今はまだ三人とも危険そうには見えない。それだけ判れば充分だった。
 朱巳に利用価値がある限り、この三人は朱巳の敵にはならない。
 無論、利害が一致しなくなれば、すぐに敵同士へと逆戻りだが。
 朱巳は視線を連れに向ける。
 ヒースロゥ・クリストフは“罪なき者”を守らずにはいられない。演じているのでは
なく彼は本当にそういう性分をしている、と朱巳は推測する。
 朱巳が“罪なき者”であり続ける限り、ヒースロゥは朱巳を守ろうとするだろう。
 ひょっとすると朱巳が足手まといになってヒースロゥは死ぬかもしれないわけだが、
朱巳の助言がなければ彼は休憩しないで他の参加者を探し回っていたかもしれないし、
その結果、万全とは言い難い状態で誰かと戦って殺されていたかもしれない。
 対等かどうかはともかく、持ちつ持たれつの関係ではある。
 ヒースロゥの言動からは、義理堅い性格が垣間見えていた。
 恩を売っておけば、きっと彼は恩返しをしてくれるだろう。

722虚偽を頭に笑みを浮かべよ(2/8) ◆5KqBC89beU:2006/03/15(水) 22:12:35 ID:K0OHwYzw
 ヒースロゥに「ここは任せて」と言い、朱巳は三人に向かって話す。
「こっちがそっちに投降したわけだから、まずはこっちの情報から教える。あたしの
 名前は、九連内朱巳。こいつがヒースロゥ・クリストフだってのは、さっき本人が
 言ってた通り」
 既に主導権を握られているのだから、まずは従順な態度を見せて油断させておこう、
という作戦だった。
 三人も、それぞれ自分の名前を告げた。それを記憶し、朱巳は語り始める。
「あたしが送られた場所は海岸沿いの崖だった。座標で言うなら――」
 嘘は必要なときに必要なだけつくべきだ。故に、朱巳は必要以上の嘘をつかない。
 話し始めてすぐに、ヘイズが何かをメモに書いて朱巳に渡した。
『そのまま続けてくれ。だが、話の内容には気をつけろ。呪いの刻印には盗聴機能が
 ある。反応はするな。筆談してるとバレちまう。「奴らに聞かれると困ること」が
 書いてあるメモを渡すから、読んでみてくれ』
 平然と話しながら朱巳は頷き、そのメモをヒースロゥに渡す。彼は目を見開いたが、
すぐに落ち着いた様子で首肯してみせた。
 屍刑四郎に同行してヒースロゥと会ったところまで朱巳は語り、ヒースロゥに視線で
合図する。今度は彼が、朱巳や屍と遭遇する以前の出来事を語り始めた。
 その間に朱巳は渡されていたメモを熟読し、返事を書く。
『刻印に盗聴機能があっても、それ以外に監視手段がないという証拠にはならない。
 すごい技術で作られた豆粒くらいの監視装置があちこちに仕掛けられてたりするかも
 しれないし、すごい魔法か何かで常に見張られているのかもしれない。考えすぎかも
 しれないから筆談は続けるけど、「筆談すれば大丈夫だ」なんて思わない方がいい』
 朱巳からメモを受け取った三人は、それぞれ苦い顔をした。
 参加者たちは全員、無理矢理『ゲーム』に参加させられて、“主催者の気が変われば
今すぐ即死させられても不思議ではない”という状態にまで追い詰められている。
 この島に連れてこられている時点で、既に一度、主催者側に完敗したも同然だ。
 ちょっとやそっとで主催者側を出し抜けるはずがないし、そう簡単に『ゲーム』から
脱出できるはずもない。


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