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尚六幾星霜

225「確信」6:2019/08/18(日) 18:50:33
風漢の後ろ姿が見えなくなってから、利広は盛大に溜息をついて椅子の背に凭れた。
「なんだか酔いが醒めちゃったなぁ……」
俺の麒麟に気安くするな、と率直に言われたらどう返そうかと考えていたのだが、さすがにそこまで言う気はなかったらしい。だが不用意なことを言えば斬られそうな、どこか剣呑な雰囲気を漂わせていたのは確かだった。

それにしても、五十年程前に会った時と今回で、風漢の印象がすっかり変わってしまった。それは六太が一緒にいたせいかもしれないし、この五十年の間に何らかの心境の変化があったからかもしれない。
いずれにせよ自分の中での風漢の評価を大幅に修正する必要がありそうだ。飄々として気まぐれな男だと思っていたから、彼ならあっさり禅譲を選ぶこともあり得ると思っていたのだが。
「……ないだろうな、あの感じだと」
溜息をつきながら、利広は呟いた。

幸せか、という利広の問いに、微笑んで頷いた六太の様子を思い出す。
雁の治世は三百年を数年過ぎたところだが、懸念していた王朝最大の山はどうやら既に越えたらしい、とあの笑顔を見て利広は確信した。
しかし風漢の予想外の態度を目にして、今度は別の懸念を覚える。
麒麟が笑って幸せだと言うのなら、きっと悪いことではないし、雁の王朝は当分安泰だろう。だが斃れる時は、おそらく悲惨なことになる。これも確信といってよかった。
「ずっと先のことだといいんだけどね……」
利広は腕を組んで暫く物思いに耽っていたが、ひとつ息をついて気を取り直すと、手を挙げて店員を呼んだ。
「一番良い酒をひとつ、お願いできるかな」
にっこり笑って注文すると、店員は明るく承諾の返事をして、厨房へと踵を返していく。それを頬杖ついて見送りながら、利広は心中で独りごちた。
––––風漢に驚かされたせいで酔いが醒めてしまったのだから、彼の奢りで高い酒を飲んでも、ばちは当たらないだろう……。

226「確信」7:2019/08/18(日) 18:52:36
尚隆が部屋に戻ると、榻に寝転んでいた六太が肘をついて上半身を起こし、意外そうな眼差しを向けてきた。
「……早かったな。利広と飲むんじゃなかったのか」
「飲むとは言っとらんだろう」
「そうだっけ?……まあ、いいけど」
尚隆は無言で上衣を脱ぎ、腰に帯びていた刀を外して床に放り投げてから榻に座る。隣に寝そべる軽い身体を両手で持ち上げて、自分の膝の上に跨らせた。
六太は驚いた表情をしたものの、特段の抵抗を示さずにおとなしく座った。正面から目を合わせ、六太は小首を傾げる。
「……何かあったか?」
「……」
尚隆は沈黙したまま金髪を撫でる。髪を弄んでから両手を滑らせて頰を挟み、柔らかな感触を確かめる。
「あ、分かった。利広と喧嘩したんだろ?それで飲めなくなって拗ねてんだ」
冗談めかした六太の推測に対して、尚隆は深く溜息をついた。
「……見当違いも甚だしいな」
頰を挟んだ両手をしっかりと固定して、六太の瞳を覗き込む。努めて平静な口調で尚隆は問うた。
「––––約束とはなんだ」
「約束、って……誰と誰の?」
「お前と、利広のだ」
六太は思い当たることがない、という風情で眉をひそめたが、すぐにはっとした表情になった。
「あー……あれは別に、約束ってほどのもんでもねえよ。えーと……まあ、ちょっとした頼み事」
「頼み事だと?」
「いや、そんな、たいしたことじゃないって」
どこか気まずそうに、六太は視線を彷徨わせる。
「たいしたことじゃないなら、言ってみろ」
「え、それは……」
「俺に言えないことか」
「言えないっていうか……」
六太は顔を背けようとするが、尚隆は両手を動かさない。
「六太」
低い声で名を呼ぶと、六太は観念したように目を伏せて、小さく息を吐いた。
「……お前には内緒にしといてくれって、頼んだんだよ」
「内緒?––––何をだ」
抑えようのない苛立ちが、声音に滲んだ。
六太は居心地悪そうに身を捩り、視線を彷徨わせる。
「それは、えーと……利広に、いま幸せかって訊かれたからさ……。うんって答えたんだけど、それが利広から尚隆に伝わるのがなんか嫌だったから、風漢には内緒なって頼んだ。それだけ」
六太の説明は途中から早口になる。頰を僅かに赤らめて、言い訳のように続けた。
「利広は明らかにおれの正体に気づいてたし、麒麟に幸せかどうか訊くことで、雁の民意を推し量ろうとしたんじゃねえのかな。だから、うんって答えといた」
早口の言い訳が終わると、六太は気恥ずかしげに再び目を伏せた。
その仕草が堪らなく可愛らしく見えて、尚隆の頰は自然と緩む。それと同時に先程までの苛立ちは瞬く間に消えていった。
「……だから惚気か」
「え、惚気?」
尚隆は六太の頰から手を離し、くしゃっと頭を撫でてから細い腰に両腕を回した。
「六太と何を話したのか利広に訊いたら、惚気だと言っていたからな。どういうことかと思ったが」
「えぇ……。そんなこと言ったのかよ、利広……」
ほんの僅か顔をしかめて、六太は軽く溜息をついた。

227「確信」8/E:2019/08/18(日) 18:54:59
「なんか利広ってさあ、ぱっと見の印象では人が良さそうだし、まあ話も面白いんだけど、肚の底では何考えてるか分かんない感じなんだよなぁ」
「同感だな。あいつは相当根性が悪いぞ」
「尚隆と同じくらい?」
「おそらくな」
言って尚隆が笑うと、六太もくすくすと笑い声をたてる。
「––––だから六太、気をつけろよ。初対面の男に簡単について行くな」
「ついて行ったわけじゃないって。むしろ逆だろ?利広がおれについて来たんだから」
「たいして変わらん。しかも二人で酒まで飲むとは、警戒心が薄すぎるだろう」
「最初から酒飲む気だったわけじゃないよ。利広がお前のこと知ってるって言うし、奏の太子だって分かったから。––––お前、昔話してくれたじゃん、出奔先で奏の太子に会ったって。利広に初めて会った時にさ」
「そうだったか?」
「そうだよ。ずっと昔のことだけど、一度だけ話してくれた。……それから何度も会ってるってのは、初耳だったけどさ」
どこか拗ねたように、六太は言う。
出奔先で誰と会ったとか何をしたとか、そういうことは以前は六太に殆ど話さなかった。利広に前回会った五十年程前にも、話した覚えはない。そもそも奏の太子に会ったという話は、六太以外の誰にもしていないはずだ。
「前回会ったのが五十年も前のことだ。六太とて、俺に何でも話していたわけではなかろう?」
「……そうだったかな」
六太はくすりと笑って、尚隆の首の後ろに両腕を絡める。下から覗き込むように少し顔を近づけて、軽く首を傾げた。
「今夜は酒飲まねえの?」
「少し飲んできた」
「今から二人で飲み直すか?」
「いや……、酒はいらん」
言い終わるのとほぼ同時に唇を合わせた。六太の柔らかい唇を軽く甘噛みするようにしてから、少しだけ離れる。
「……いま欲しいのはこっちだ」
至近距離から囁くと、はにかんだように六太は笑う。濡れた唇が形のよい弧を描いた。
「––––俺の麒麟はいま幸せだと言うが、何故かそれを主に知られるのは嫌らしい」
「え……」
「閨でじっくり聞き出してやろう」
笑い含みに言って、六太を抱えたまま尚隆は立ち上がった。牀榻へ向かう尚隆の耳元で、六太の不貞腐れたような声が囁く。
「もう……。お前がそういうやつだから、内緒にしといて欲しかったのに……」
尚隆は小さく吹き出した。笑いながら、こういう素直でないところも六太の可愛気だな、と改めて思う。

牀榻に入り抱えていた身体を寝台にそっと降ろしながら、ふと先程の利広との会話が脳裏を掠める。
あのやり取りで、六太に対する尚隆の執着心に利広は気づいただろう。それを雁の行く末と関連付けて、憂慮や不安を覚えたかもしれない。
だがそんなのは尚隆の知ったことではない。勝手に思い悩むがいい、と尚隆は内心嘯いて、利広のことは頭の中から消去する。
「……尚隆?」
名を呼ぶ声と同時に、六太の指先が尚隆の頰に触れた。褥から見上げてくる紫の瞳と視線を合わせ、尚隆は微笑する。
そのまま覆い被さって唇を重ね、舌を差し入れて、柔らかく甘い感触を思うさま貪る。応じる舌がねだるように動いて、細い腕が尚隆の頭を掻き抱く。理性は瞬時に遠のいて、尚隆は本能の赴くままに己の麒麟に耽溺していった。



228書き手:2019/08/18(日) 18:57:35
利広と六太、尚隆それぞれの会話を書くのが楽しかったです( ^ω^ )
そして相変わらず尚隆が心狭い感じになってしまいましたw
まあいつも通り最終的には尚六ラブラブなんですがね…

カプ妄想なしに帰山読むとそれぞれの王朝の終わりを考えてちょっと凹むんですが、
尚六フィルターかけて読むと萌え要素が多すぎてものすごく滾ります。

229名無しさん:2019/08/18(日) 19:38:58
乙でした、まさか続きが読めるとは!
心の狭い尚隆、何となく書き逃げの囚われた獣を連想しちゃったり
平常では心が狭いで済むけど、失道すると病的な執着に…

230名無しさん:2019/08/18(日) 23:13:03
続ききてた、乙です。
尚隆のやきもち美味しいし、ラストの大人っぽい甘さがめちゃくちゃ萌えます・・・!


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