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【お気軽】書き逃げスレ【SS】

1名無しさん:2004/11/03(水) 14:07
ここはなんでも書けるスレです。初心者、エロエロ、ムード系、落ち無し、
瞬間的モエ、特殊系、スレ内SS感想等なんでもщ(゚Д゚щ)カモーン!!
どんなカプでもお気軽にドゾー!!
投稿ルール、スレ説明は>>2、その他意見・質問はまずロビスレへ。

※もちろん個人での派生スレ設立は、さらに大推奨※

422「夏日」5/13:2007/11/25(日) 11:29:54
「……どうして?」
 振り向いた利広が尋ねる。
 利達は弟の為に薄荷茶を煎れ直すと、帳簿を脇に避け、利広の方を向いて座
り直した。
「勉学に励むのも大事だけど、最近のお前、少し根を詰め過ぎてる感じだった
からな。たまには息抜きも必要なんじゃないかと思ってたんだ。……で、相手
はどんな娘なんだい?」
「どんな、って……」
 利広は困った様に俯く。利達はその顔を覗き込んだ。
「学校の友達か?」
 ふるふると首を横に振る。
「じゃあ、友達の姉さんか妹?」
 またしても首を振る。
「……歳はいくつ?」

423「夏日」6/13:2007/11/25(日) 11:30:48
 一瞬、間を置いて答えが返る。
「……四つ、上」
「俺と同じか。知ってる娘かな」
 利広は急に顔を上げると、本包から書籍や書き付けを取り出した。
「もういいだろ。……宿題しなきゃ」
 急に元気の無くなった弟の姿を利達は不審に思ったが、それ以上の追求はせ
ずにいた。
「ああ、そうか。……利広、俺に手伝える事があれば何でもするからな」
 それを聞いた利広の手が止まる。暫し手元を見つめた後、ゆっくりと利達の
顔を見上げて訊いた。
「何でも?本当に……?」
 利達は微笑って頷く。
「ああ、勿論」

424「夏日」7/13:2007/11/25(日) 11:31:55
「だったら……告白の練習相手になってよ」
「……告白?」
 いつになく真剣な利広の表情に利達は驚く。弟はこんな目をしていただろう
かと疑いたくなる程、大人びた視線を向けられ暫し茫然とした。
「あ……、ああ。いいよ」
思わず頷くと、利広は開いていた本を閉じ、兄の方へ向き直った。
「……どうして、いつまでも僕を子供扱いするの?」
「え……?」
 利達の心臓が跳ねる。
「もう始まってる……。兄さんは黙って聞いてて」
「ああ……、分かった」
 利達が原因不明の心許無さを感じた瞬間、腕を取られていた。

425「夏日」8/13:2007/11/25(日) 11:32:48
「利こ……」
「僕だって、もう小さな子供じゃないんだ」
 利達は驚いた。自分の手首を掴んでいる利広の手は、力が入っている様には
見えないのに、全く引き剥がす事が出来無い。
「……いつも思ってたんだ、早く大人になりたいって。立派な大人になって、
貴方に吊り合う様な相手になりたいって」

 利広は目を逸らさず、利達は逸らせずに見つめ合う。
「……それでも、いつまで経ったって歳の差だけは縮まらない。当たり前だけ
ど……貴方はいつまでも僕を子供扱いするんだ」
 一旦言葉を途切り、溜息を吐いて俯いた。

426「夏日」9/13:2007/11/25(日) 11:33:41
「……でも、諦め切れない。何度も忘れようとしたけど駄目なんだ……」
 顔を上げた利広は、泣いていた。
「もう、どうしたらいいのか自分でも分からない。このままじゃ、いつか貴方
を傷付けてしまいそうで──」
 両目からぼろぼろと大粒の涙を零す弟の姿に、利達の胸は締め付けられる様
に痛んだ。利広にこれ程心を痛ませる相手がいるとは、思いもよらなかったの
だ。
「利広──」
 もうやめよう、と継ごうとした言葉は出口を失った。利広に唇を塞がれた為
に。
「──!?」
 気付いた時には舌を絡め取られていた。

427「夏日」10/13:2007/11/25(日) 11:34:36
 利達は混乱していた。接吻の経験は初めてでは無い。だが利広のそれは利達
の知る限りのどんなものとも違っていた。
 利広の舌先が巧みに利達を誘う。触れては離れ、絡めては逃げる。貪る様に
強く吸われたかと思うと、直ぐに優しく甘噛みされた。
 止めさせなければ、と利達は思った。だが身体が動かない。全身が痺れた様
に疼いて、指一本すら自由にならなかった。
「ん……っ……」
 我知らず声が出てしまう。固く瞼を閉じ、許し難い感覚をやり過ごそうと必
死になった。
──利広の身体を、今直ぐ撥ね除けたい……。

428「夏日」11/13:2007/11/25(日) 11:35:29
 しかし、利広の接吻からは、その想いが痛い程伝わって来る。愛情、憧憬、
ほんの少しの憎悪、そして何より圧倒的な悲愴感──。
 利達が戸惑っている間に、口付けは更に深くなっていく。そして利広の指先
が利達の衿の合わせに割り入った時、不意に表通りで盛大に爆竹が鳴った。
「──!!」
 同時に身体を離す。利達は混乱していたが、利広は直ぐに笑顔を作って言っ
た。
「……つい気持ちが入り過ぎちゃったよ。変な事してごめんね、兄さん」
 利広、と呼び止めようとした時には、既に居室の戸口に手を掛けていた。

429「夏日」12/13:2007/11/25(日) 11:36:22
「父さん達の手伝いに行ってくるよ……そろそろ夕飯の時間だしね」
 そのまま出て行こうとする利広に、利達は問い掛けた。
「利広……お前、そいつの事──」
 利広は再び、悲し気な表情で真っ直ぐ兄を見つめ返し
た。
「……好きだよ。ずっと前から好きだった。これから先も、僕はあの人の為に
生きて、死ぬんだ──」

 利達は暫くの間、利広が出て行った扉を見つめていた。追い掛けようか、と
一瞬思ったが、実行される事は遂に無かった。
 窓の外からは、夕方の生ぬるい風と共に、表通りの喧噪が流れ込んでくる。

430「夏日」13/13:2007/11/25(日) 11:37:17
 利達がふと床に目をやると、利広宛の恋文が落ちていた。それは、多分もう
二度と読まれる事の無い、決して叶わぬ恋の欠片──。
 利達は何も出来ず、ただ、その場に立ち尽くしていた。

〈了〉

*****
再び投下してしまいました。下手ですが萌えのみで書いてます(汗
因みに作中の利広はショウ学(ケータイ変換不可)に通ってる設定。
利達の年齢は利広の4歳上(16)に勝手に決めました。
次回は正頼→英章(半分出来た)を投下する予定です。

>>417
レス有難うございます。六太気に入って頂けて嬉しいっす!

431名無しさん:2007/11/25(日) 21:45:42
なんという萌え兄弟
姐さんGJ!!

432名無しさん:2007/11/25(日) 23:43:14
初々しい兄弟に禿げた。
大人カプ大好物なんで次回も期待してます姐さん

433「春信」「夏日」書き手:2007/11/26(月) 11:57:58
読んで下さっている方、どうも有難う御座います。

>>431
こんなバカ兄弟に萌えて下さるなんて…(嬉泣
利広は4本目にも出ますので、又読んで頂けたら嬉しいです。

>>432
大人カプですか…(汗 どうも自分が書くとガキ臭漂ってしまうので
あまり期待はなさらない方がよろしいかと…orz

予定では、近日中に後2本は確実に投下出来るSSがあるのですが
一人が続けて何本も投下して良いものかと考えています。
特に自分の場合ケータイなので、使用レスも他の方より多いし。
でも別スレ立てる程レベル高くも無いので、ちと悩んでます…。

434名無しさん:2007/11/26(月) 19:40:32
いいんじゃないでしょうか。
むしろここ、尚六物が多いので、
姐さんが他のカプをガシガシ投下してくれると
他の人も投下しやすくなるような。
多少長くなるようならスレ立ててもいいかと。

435名無しさん:2007/11/26(月) 20:55:42
連投やレス数は別に構わないんじゃないかな
自分も色んな書き手さんの色んなカプ読みたい

436「秋思」前書き:2007/11/27(火) 18:55:35
>>434さん、>>435さんのお許しを頂けたので、このままガシガシ
行かせて頂く事にしました。ビバ!マイナーカプ!!

と云う訳で、「はじめてのチュウ」正頼編です。相変わらずエロ無し。
何だか、十二国記のキャラを借りただけの、ただのベタなオリジナルに
なってしまった様な感じです。戴好きの方ゴメンナサイorz
でも私は大変楽しかったです。武人とか軍人とか鎧とか軍服とか
大好物なので。そう云えば、驍宗配下の顔ぶれが某金髪の元帥府と
重なって見えるのは私だけでしょうか?

次は、利広の話の続編?を投下予定です。相手は兄さんじゃ無いけど…。

437正頼→英章「秋思」1/16:2007/11/27(火) 18:57:07

*****

 戴国禁軍左軍、驍宗将軍配下の軍吏、正頼と云えば、頭脳明晰で常に冷静沈
着。そして何より、その容姿の美しさで右に出る者はいないと、王師の間でも
有名な存在だった。
 また、彼が怒りを露わにしたり、不機嫌そうにしている姿を、ついぞ見た事
が無いと云う噂も、半ば公然と囁かれていた。

 斯く云う正頼本人も、自分は滅多な事で腹を立てたりする様な、器の小さい
人物では無いと信じて疑わなかったし、事実、現在に至るまでずっとその様に
振る舞って来ていた。
 ──あの日、あの男に出会うまでは。

438「秋思」2/16:2007/11/27(火) 18:58:24
 その日、城内の堂屋では、驍宗旗下の軍吏が一堂に会し懇親を兼ねた軍議が
開かれていた。
 そこで新たに紹介された男は名を英章と云い、元は瑞州師の師帥を務めてい
たという。先の王師の訓練で偶然、驍宗の目に留まり、その戦術の才能を買わ
れて禁軍に招聘されたらしい。
 斯くして、鳴り物入りで驍宗軍の幕僚の仲間入りを果たした彼は、早速正頼
に目を付けた様だった。

「──貴公が正頼殿かい?」
 酒宴が始まるや、杯を片手に正頼の許へやって来て、隣に陣取った。
「ええ、そうですが。……何故私の名を?」

439「秋思」3/16:2007/11/27(火) 18:59:42
 正頼が尋ねると、英章はまるで新しい玩具を手に入れた子供の様な笑顔で答
えた。
「お噂はかねがね伺っている。驍宗様旗下の文官の中でも、貴公は一番の逸材
だそうだね」
 正頼は微笑みつつも心の中でまたか、と嘆息した。自分に関する口さがない
噂のお陰で、近付いて来る者は跡を絶たない。その殆どが、嫉妬や下心をちら
つかせていた。
「とんでもない。私などより英章殿の方が、余程将軍の覚えは目出度かろうと
存じますが」
 我ながら百点と思える微笑で答えた。こう云う手合いは適当にあしらってお
くに限る。

440「秋思」4/16:2007/11/27(火) 19:02:02
 すると、英章の顔から急に笑みが消えた。それに続いて浮かんだのは、侮蔑
にも似た表情だった。
「当然だ。私は驍宗様に認められ、旗下に加わらんが為に今まで努力してきた
んだから。武人としての一刻も早い栄達へ、最善の方法をとったまでだよ」
 暗に驍宗を利用しているとも受け取られかねない表現を、英章は涼しい顔で
口にした。正頼は思わず辺りを見回す。
「何を怯えているんだい?私は本音を言ったまでだよ」
 不意に英章が正頼の首の後ろに触れる。何事かと発するより早く、頭をぐい
と引き寄せられていた。

441「秋思」5/16:2007/11/27(火) 19:02:58
「!!何を──」
「貴公も、たまには本音で喋ってみたらどうなんだ?いつも人形みたいな顔で
笑ってるばかりじゃ疲れるだろう」
 耳元で囁き終わるや、その頬に素早く口づけた。
「──!?」
 瞬間、堂内にぱしん、という鋭い音が響いた。動転した正頼が、思わず英章
の頬を張ったのだ。
 賑やかだった広間が、一瞬にして水を打った様に静まり返った。その場に居
た全員──驍宗までも──が、ぽかんと正頼を見つめていた。
──あの正頼が、怒っている……?
 殴った方は真っ赤な顔で手を上げたまま、肩で息をしている。

442「秋思」6/16:2007/11/27(火) 19:03:56
 そして殴られた方は、頬をさすりながら子供の様に破顔して言った。
「うん、やっぱり貴公はこっちの方がずっと魅力的だ──」

 それ以来、正頼と英章が一緒に居る姿が頻繁に目撃される様になった。尤も
真実は、英章が半ば強引に正頼に纏わり付いていたのだが……。
 最初は彼の行動の不可解さと初対面時の印象の悪さから、警戒の色を濃くし
ていた正頼も、徐々に英章の居る日常に慣れていった。

 ある秋の午後、正頼は珍しく一人で宮城内の回廊を歩いていた。両手には、
軍務の書面の束を幾つも抱えている。

443「秋思」7/16:2007/11/27(火) 19:04:51
 暫くすると、驍宗軍の同輩である師帥の霜元と行き合った。二人の付き合い
は長い。折角だからと、近くの四阿で休んでいく事になった。
 櫨や紅葉が美しく色づいた園林の中を並んで歩く。
「今日は英章の姿が見えない様だが……」
 霜元の問いに、正頼は溜息混じりで答える。
「朝から自師の兵卒の訓練だそうですよ」
 そして、まったく英章ときたら普段から真面目に訓練してこないからこの時
期に皺寄せが来るのだ兵達が不憫でならない──などと散々悪態を吐く。
 そんな同輩の様子を、霜元は目を丸くして窺っていた。

444「秋思」8/16:2007/11/27(火) 19:05:43
 それに気付いた正頼が、ふと怪訝な顔で霜元を見上げる。彼はふわりと微笑
んで答えた。
「いや、失礼。──本当に変わったなと思って」
「……は?」
 何の事かと訝しむ正頼に、霜元は続ける。
「最近の貴公だ。──とても良くなったと思う」
 益々話の見えなくなった正頼に、朋友は苦笑する。
「気を害さないで貰いたいんだが、以前の貴公は何処か、真意を計りかねる様
な雰囲気を纏っていた感じがする。良く言えば孤高。悪く言えば──冷血、か
な。……でも、最近の貴公は、人前でも素直に感情を表す様になったと思う」

445「秋思」9/16:2007/11/27(火) 19:06:35
「別段、以前が悪かったと云う訳では無い。我々は軍吏なのだし、あからさま
に感情を露わにしてしまうよりは余程良い……」
 だが、と霜元は続ける。
「人は、時に本音でしか分かり合えない事もある。私や巌趙、臥信の様に、貴
公と付き合いの長い者ならば良いが、そうで無い者達には、貴公は少々近寄り
難い存在の様だったからな。誤解を恐れずに言えば──そう、いつも笑っては
いるが、その笑顔は人形の様だと」
 正頼の脳裏に、ある言葉が蘇る。それを発した男の子供の様な笑顔と共に。
──あの時は、わざと──……。

446「秋思」10/16:2007/11/27(火) 19:07:31
 何となく気付いていた。最近、自分に向けられる周囲の視線から、刺々しさ
や畏れの様なものが徐々に消えつつある事には……。
 正頼が霜元に向き直った丁度その時、回廊の方から臥信が走って来た。何事
かと振り返った二人の耳に、臥信の慌てた声が届く。
「正頼……!英章が訓練中に怪我をしたんです。すぐに邸へ──」
 正頼は、抱えていた書面の束を石畳の上に取り落とした。緑の苔の上一面に
降り積もっていた落ち葉が、一瞬音も無く舞い上がった。

 正頼が房室に入ると、丁度医者が手当てを終えたところだった。

447「秋思」11/16:2007/11/27(火) 19:08:24
 英章は正頼の姿を認めると、右手を軽く上げて笑んだ。彼の上半身と左腕に
は、包帯が痛々しく巻かれている。
「……怪我の具合はどうなのです?」
 正頼の問いに、医者は穏やかに答える。
「傷は深いですが、大事御座いません。傷口が塞がれば問題無いでしょう」
 そこで医者は退室し、ほうと溜息を吐いた正頼が枕許の椅子に座り込んだ。
「部下と手合わせしていたら、突然相手の剣先が折れて飛んで来たんだ。格下
の相手だからと油断して、皮甲も着けていなかった私の不注意だよ」
 英章は何でも無い様に淡々と語った。

448「秋思」12/16:2007/11/27(火) 19:09:18
「……痛みは?」
 正頼は俯いたまま訊ねた。
「今は殆ど無いよ。出血は酷かったけど、血止めの薬も付けたし、苦い薬湯も
飲んだしね」
 また、子供の様に笑う。正頼は息苦しさを覚えた。
「……心配、したんですよ」
「うん。悪かったね」
 英章は笑顔を崩さない。正頼は徐々に腹が立って来た。
「もっと自分を大切にして下さい。……軍で栄達したいんでしょう?もし何か
あったら──」
「死なないよ」
 ぴしゃりと返された一言に、正頼は凍り付く。
「欲しいものを全て手に入れるまで、私は絶対に死んだりしない。」

449「秋思」13/16:2007/11/27(火) 19:10:06
 正頼の瞳を真っ直ぐ見据えて言葉を継ぐ。笑みは消えていた。
「軍での地位も、戦での名誉も。それから──」
 右手でそっと、正頼の頬に触れる。
「貴公の事も。……全部、必ず手に入れてみせる。」
「英章……」
──なんだ、分かってしまった、と正頼は思った。自分は、この男に惹かれて
いるのだ。自らの思いに正直過ぎるくらい忠実な、この英章と云う男に。
「──だから、これくらいの怪我は何とも無いよ。まあ、貴公が看病でもして
くれるなら話は別だけどね」
 再び、いつもの笑顔に戻る。子供の様な無邪気な顔。

450「秋思」14/16:2007/11/27(火) 19:10:57
 正頼は苦笑した。どうやら自分は、この笑顔にとことん弱いらしい──。
「私だって忙しいんだから、そんな事出来ませんよ」
 あっさり断ると、英章は少しだけ悲しそうな顔をした。
「──なら代わりに、怪我が早く治る呪をかけましょうか」
 正頼の突然の申し出に、英章はやや驚く。
「正頼、妖術の心得があったのか?」
「多少はね。──目を閉じて下さい」
 大人しく目を閉じた英章の傷に触れない様、正頼はそっと、彼の首に腕を回
した。
「?正……」
 唇が、触れる。

 ほんの一瞬の出来事だった。

451「秋思」15/16:2007/11/27(火) 19:11:46
 英章は暫くの間、無言で瞬きを繰り返した。正頼はそれを見て微笑む。
「これで十日は回復が早まりますよ」
「……あ、ああ──うん」
 何だか本当に小さな子供の様だな、と思った時、英章が口を開いた。
「正頼、貴公──密かに呼ばれている別字があるのを知っているかい?」
「?──いいえ、存じませんが。何と云うんです?」
 正頼は首を傾げる。こんな時に何の話だろうか。
「……“月下美人”と云うんだよ。夜、褥を共にした相手しか、貴公の本当に
美しい表情は見られない、と云う意味でね」
「は……!?」

452「秋思」16/16:2007/11/27(火) 19:13:29
 すかさず正頼の手を握り、耳元で囁く。
「……で、呪いついでに今夜あたりどうだい?多分ひと月は回復が早ま──」
「おい、英章!見舞いに来てやったぞ──」
 その時、房室に入って来た巌趙、霜元、臥信の耳に、ばきっと云う鈍い音が
響いた。呆気に取られる三人の視線の先には、真っ赤な顔で拳を震わせている
正頼と、寝台の上で頭を抱え突っ伏している英章の姿……。

 以来、王師の間に、正頼は顔は美しいが、怒らせると口より先に手が出るか
ら用心すべし──と云う噂が、かなりの信憑性を伴って広まったのだった。

〈了〉

453尚隆→利広「冬星」1/14:2007/11/28(水) 19:20:41
「初チュウ」利広編その2。今から百年ちょっと昔の設定です。
最後まで分割投下&エロ無しで本当に申し訳ありませんorz
*****

 雁の冬には珍しく、その日は午後から雨が降り出した。
 尚隆は登楼先で傘を借り、乗騎を預けてある馴染みの舎館まで歩いて帰ると
ころだった。
 冬の雨はただでさえ陰気な上に、雨風は強くなる一方で、普段は賑わう関弓
の夕暮れの往来も、今日は流石に人出が少ない。
──雨が止んだら、塒に帰るとするか。
 尚隆がそう一人ごちた時、側の橋の袂に、傘も差さずに立っていた男と目が
合った。

454「冬星」2/14:2007/11/28(水) 19:21:33
「──利広……?」
 尚隆の驚きを含んだ問い掛けに、ずぶ濡れの男は微かに笑んだ。
「風漢、……久し振り」

 ──舎館の一間。利広が火鉢の前で丸くなっていると、酒肴を乗せた盆を片
手に尚隆が入って来た。
「──騎獣は、ここの厩に預けておいたぞ」
「……うん。あの、色々と有難う。湯も、着替えも……」
 尚隆は軽く頷くと、利広の向かいの椅子に座る。
「──立派なスウグだな」
「ああ、……星彩の事?」
「星彩というのか。洒落た名だ」
「……私が付けたんじゃないけどね」
 不意に利広の表情が曇った。

455「冬星」3/14:2007/11/28(水) 19:22:25
「──飲め。温まるぞ」
 利広の前に、ずいと酒杯が差し出される。口を付けると丁度良い燗になって
いた。
「……美味い」
 そうだろう、と言わんばかりに尚隆が笑む。
「蓬莱製法の米の酒だ。雁の冬が寒いお陰で、毎年良い酒が出来る」
 言いつつ、一人手酌でぐいぐい飲んでいる。利広は笑んだ。
「美味い酒は、良い国の証しだからね……」
「奏の酒だって美味いだろう」
「まあね。……でも、私は自国じゃ殆ど飲まないから」
 素焼きの杯を掌で弄びながら呟く。尚隆は少し意外そうに利広の顔を見た。
「……そうなのか?」

456「冬星」4/14:2007/11/28(水) 19:23:17
 利広は頷く。
「……悪酔いしてしまうから」
 言って、自嘲する風に微笑う。尚隆は呆れた様に天井を仰いだ。
「俺には到底考えられんな」
「みんなが風漢みたいな笊じゃないんだよ」
 利広は苦笑し、杯を干した。雨が甍を叩く音だけが、静かに流れる。

「……言ってしまえば良いだろう」
 ぽつりと尚隆が呟く。
「いっその事、すべてぶちまけてしまえば良い。そうすれば楽になれる」
 利広は黙って首を横に振る。尚隆は構わず続けた。
「──そうやって、いつまで自分を誤魔化すつもりだ?」
 利広の肩がぴくりと動く。

457「冬星」5/14:2007/11/28(水) 19:24:11
「──前の数百年、何とか無事にやり過ごせたから、この先も同じ様に上手く
いくとでも?」
 利広は俯いたまま答えない。
「傍にいるのが辛くなる度に逃げ出して、遠く離れた余所の国で好きでもない
男に抱かれて自分を慰める。その繰り返し──」
「悪いと思ってるよ、……あんたには」
 利広が顔を上げると、尚隆は目を合わせず乱暴に杯を呷った。
「……別に、謝れと言っている訳では無い」
 だが、と尚隆は言葉を継いだ。
「そんな事を繰り返していては、お前の方が保たんだろう?」
 再び俯いた利広を見やって尋ねる。

458「冬星」6/14:2007/11/28(水) 19:25:05
「私の事は……いいんだ」
 下を向いたまま利広が答える。
「良い訳がなかろう。……お前、自分の立場を分かって言っているのか?」
 苛立っている所為か、尚隆の語尾は少し荒い。対照的に利広の口調は穏やか
なままだった。
「……分かっているよ。たとえ自分一人が死んだところで、国の存亡には一切
関係が無い。──私の立場なんて所詮その程度のものだ。風漢とは違う……」
 突然、尚隆が椅子から立ち上がった。卓を挟んだ反対側にいる利広の傍につ
かつかと歩み寄る。どうしたのかと顔を上げた利広は、思わず息を飲んだ。

459「冬星」7/14:2007/11/28(水) 19:26:01
 ──尚隆の瞳が、かつて見た事も無いほど苛烈な色彩を帯びている。
「そうか。──貴様はそこまで己の命を軽んじるのか……」
 利広の全身が総毛立つ。──これが、世界に名高い剣豪、延王の覇気──。
 尚隆は、指一本動かせずにいる利広の襟首を掴むと、乱暴に引き起こして椅
子から立たせ、そのまま背後の壁に思い切り叩き付けた。
「──ッ……!」
 背中を激痛が走る。直後、眼下で尚隆が抜刀する、しゃりんと云う音が響い
た。利広の頭から血の気が引いていく。
「丸腰の相手を斬るのは少々気が引けるが、仕方無いな。」

460「冬星」8/14:2007/11/28(水) 19:27:13
「風か……」
「──折角の永の命を、“その程度”などと言うのなら、今、この場で俺が殺
してやろう」
 言うなり太刀を振り翳す。──利広は思わず目を閉じた。──

 激しい衝撃音と共に、尚隆の刀が壁に突き刺さる。刃の先端が利広の首筋を
掠め、そこから一筋、紅い血が流れた。
「……あ……」
 利広は、目を見開いたまま硬直している。
 尚隆は、無言で太刀を壁から引き抜き、鞘に収めると、利広の顔を挟む様に
壁に手を付いた。
「──どうだ、一度死んだ気分は」
「……あまり、いいもんじゃ、ないね……」

461「冬星」9/14:2007/11/28(水) 19:28:07
 尚隆は、乾かす為に解いてあった利広の髪を、そっと撫でた。
「あまり自分を卑下するな。……お前だって、立派な奏の礎だろうが」
「風漢……」
 尚隆は静かに笑むと、傷薬を貰って来てやる、と言って房間を出て行った。

 部屋に一人になった利広が、ふと窓の外を見ると、いつの間にか雨が上がり
星空が広がっていた。どうやら、風が雨雲を運んで行ったらしい。
 利広は、決して忘れられない、ある光景を思い出していた。

 ──数年前、父王から下賜された最高の騎獣。馴らしを兼ねて兄と二人、遠
駆けをする事にした。

462「冬星」10/14:2007/11/28(水) 19:28:58
 足の速い騎獣に乗り慣れない兄を後ろに座らせ、逸る心で手綱を握った。
 疾風の様に空を翔る獣の背で、兄の少し緊張した両腕が、自分の身体に回さ
れている。吐息が耳に掛かる程の近さで、速いなぁ、と感嘆した様に呟く声が
幾度も聞こえた。
 ──どれくらい走ったのだろう。いつの間にか、頭上には満天の星空が広が
っていた。それを見上げていた兄が、思いついた様に、そうだ星彩という名に
しよう、と笑いながら言ったのだ──。

 尚隆が房間に戻ると、そこに利広の姿は無かった。厩からは彼の乗騎も消え
ていた。

463「冬星」11/14:2007/11/28(水) 19:29:45
 関弓の町外れの閑地で、利広は星彩の背に鞍を乗せているところだった。
「──黙って帰るとは酷い奴だな」
 利広が声のした方を見上げると、彼と同じ獣に跨った尚隆が、空を駆け下り
て来た。
 尚隆が着地すると、利広は苦笑しながら歩み寄る。
「ごめん。──さっき風漢にあんな事を言われたものだから、急に里心が付い
てしまって……」
「別に構わんさ。──俺も、そのつもりで言ったのだからな……」
 暫しの間見つめ合う。──尚隆がその沈黙を破った。
「……首、大丈夫か」
 言って、利広の首筋にそっと触れる。

464「冬星」12/14:2007/11/28(水) 19:30:54
「あ、……うん。掠っただけだから──」
 言い終わらない内に唇を塞がれていた。

 随分長い時間そうしていたらしい。どちらからとも無く離れると、夜風が冷
えた手足に染み渡った。
 尚隆が利広を見下ろしていると、不意に利広が苦笑めいた表情を浮かべた。
「……何だ?」
「いや……あんたとは今まで何度も寝てるけど、接吻したのは今日が初めてだ
なと思って」
 利広は可笑しそうに言った。
「そうだったか?」
 尚隆は素っ気無い。
「そうだよ。──ああ、もう行かなくちゃ」
 踵を返した利広の背を、尚隆の声が追う。

465「冬星」13/14:2007/11/28(水) 19:31:46
「利広、──もう、俺のものになってしまえ」
 利広は振り返らない。
「──俺は決して、お前の想い人の様にお前を苦しめたり、寂しい思いをさせ
たりはせんぞ」
 利広は小さく息を吐くと、笑顔で振り返った。
「有り難う、風漢。すごく嬉しいよ。……でも、駄目なんだ」
 利広は尚隆の目を見つめ、噛み締める様に言葉を紡ぐ。
「私は、あの人だけのものなんだ。十二の夏に、そう決心してから、ずっと」
 それに、と微笑む。
「風漢にだって、大事な人がいるんだろう。──隠したって分かるよ」

 利広は星彩に跨った。

466「冬星」14/14:2007/11/28(水) 19:33:14
 尚隆は暫くの間、利広が消えた南の夜空を見上げていた。
 ──不意に、星河の様な金の髪の少年が脳裏に浮かぶ。何故か無性に、彼の
顔が見たくなった。
「──雨も上がったし、俺達も帰るとするか……」

 尚隆は乗騎に跨ると、星空の中に佇む関弓山に向けて、獣を飛翔させた。

〈了〉

*****
ケータイの調子が悪い為、壊れる前にと昨日に続けて投下させて頂きました。
この4本で一応、自分の中の萌えはほぼ吐き出せたと思います。
下手糞なSSに最後までお付き合い頂き、どうも有り難う御座いました。
(本業?は漫画の書き手)

467名無しさん:2007/11/30(金) 01:01:43
GJGJ!!!!!!!!!
少し弱っている利広に激モエしますた。尚隆優しいな。
尚利の中に見え隠れする利広→利達にも更にその
後ろ側にあるような尚六にも萌えたよー!
投下㌧でした。

468「春夏秋冬」書き手:2007/11/30(金) 19:11:53
>>467
お褒めのレス有り難う御座います!尚×広のウラの広→達や尚×六まで
感じ取って頂けるとは…。恥を忍んで投下した甲斐がありました(嬉泣

尚隆×利広は個人的に一番好きなカプです。悩める恋を抱えたオトナ同士の
傷の舐め合い(同情>>>愛情)に激烈に萌えます(*´∀`)=3ハフゥー

この尚(六)×広→達エピに関しては、他にも幾つかネタがあるので
またいつか、書き逃げにコソーリ投下させて頂くかも知れません。

469名無しさん:2007/12/01(土) 17:21:45
姐さん、乙、乙!!
その裏側の尚六や帰った後の利広もお願い(*´∀`*)

470468:2007/12/01(土) 20:10:32
>>469
乙を2コも!有り難う御座います〜(*´∀`)ウレシイ!

昨夜、突然ネタの天啓がありまして、番外編みたいなものを書こうと
思っていたのですが、>>469さんの下さった「帰国後」と云うアイデアと絡め
ちょい甘な時節モノを1本書いてみたいなと思っております。尚六メインで…

しかしホントに下手糞な上、エロ書けない自分ばかり投下してしまって
良いのでしょうかorz(書き逃げとかリレ読み返す度に自分のダメさに鬱…)
年末・冬祭り前で皆さん御多忙の最中とは重々存じ上げておりますが
姐さん方の素敵なお話も読みたい…です…うぐっ(禁断症状

471名無しさん:2007/12/01(土) 21:07:34
ちょい甘な時節モノ!しかも尚六メイン!!
激しく投下キボン、というか投下してください。゚+.(・∀・)゚+.゚

472尚隆×六太&利広×利達「北垂・南冥」1/20:2007/12/20(木) 23:42:42
>>453->>466の「冬星」その後。エロ無し。
*****

 ──深夜の玄英宮。
 帰城した尚隆は正寝への長い通路を渡りながら、つい先刻言われたばかりの
言葉を思い返していた。
「──隠したって分かる……か」
 俺も他人の事をどうこう言える立場では無いな、と苦笑したところで、ふと
移した視線の先が、見慣れた金色の髪を捉えた。

 雲海上に張り出した露台の手摺に腰掛け、白い息を吐きつつ星空を見上げて
いた六太の頭上に、ばさりと上着が被せられる。
「馬鹿は風邪を引かんと聞くが、お前そんな格好で寒くは無いのか」

473「北垂・南冥」2/20:2007/12/20(木) 23:43:40
 六太は厚い服地の下から顔を覗かせると、上着の持ち主を振り返った。
「……尚隆」
「子供は早く床に就かんと、明日の朝議の席上で舟を漕ぐ事になるぞ」
 そう笑って言いながら、尚隆は六太の傍に歩み寄る。
「……朝帰りの奴なんかに言われたくねーよ」
 わざと愛想悪く返された言葉をそれもそうだな、と鷹揚に返すと、尚隆は六
太が座る手摺の隣に、ゆったりと凭れ掛かった。

「──お前に星占の趣味があったとは、意外だな」
 自らも暫くの間天上を仰いだ後、尚隆が言う。
「そんなんじゃない。……ただ、綺麗だなと思ってさ」

474「北垂・南冥」3/20:2007/12/20(木) 23:44:53
 星空を仰いだまま答える臣下の横顔を、尚隆はじっと見つめる。六太はその
視線に気付くと、ほんの少し頬を赤らめて主を見上げた。
「……なんだよ」
 尚隆は無言で微笑む。六太は更に顔を赤くし、声高に言った。
「ああ、分かってるよ。おれに星が綺麗なんて台詞の似合わない事は──」
 その瞬間、一陣の朔風が吹き渡り、六太の絹糸にも似た金の髪をなぶる様に
散らしていった。
「──うわっ……と」
 主の大きな上着を飛ばされない様、両手で押さえた六太の蓬髪に尚隆はそっ
と手を伸ばす。
「──少し、風が出て来たな……」

475「北垂・南冥」4/20:2007/12/20(木) 23:45:41
 そう独語しつつ、六太の頬や額に散った髪を優しく撫で梳いてやる。六太は
小さな子供の様に、大人しくされるが儘になっていた。

「……眠れないのか」
 不意に呟いた尚隆の言葉に、六太は微かに身じろぐ。その鬢の一房を指先に
絡め、尚隆は苦笑気味に言葉を継いだ。
「──どうも家の台輔は、悩み事を溜め込む癖があっていかんな。たまには範
の小娘に倣ったとて、罰は当たらんだろう」
 それまで黙って俯いていた六太は、足下の岸壁に打ち寄せる銀色の波頭から
そっと視線を上げた。目の前の雲海は、全て星夜の中に沈んでいる。

476「北垂・南冥」5/20:2007/12/20(木) 23:46:33
「──もうすぐ、冬至だろ。だから……」
 そう言って、今は墨一色の彼方を見晴かす。六太が見つめる西南の方角には
世界の中心を囲む黄海が在る。そして、そこに通じる令艮門が開く冬至まで、
あと数日に迫っていた。
 一人の少年の姿が脳裏を過ぎり、唇を引き結んだ六太に尚隆が問う。
「──会いたいのか?……あいつに」

 宵闇色の髪をした妖魔の養い子──遥か昔に別れたきり、未だ再会出来ずに
いる六太の友。現在は、黄海の深奥に住まう筈だった。
「……うん。会いたい──」
 六太は静かに、だがはっきりと呟いた。

477「北垂・南冥」6/20:2007/12/20(木) 23:47:19
 その言葉を聞いた尚隆は暫しの沈黙の後、白い溜息を一つ吐くと、低く呟く
様に言った。
「──奴の事なら、心配は要らん」
「……え?」
 きょとんと主を振り返った六太に、尚隆は静かに語り始めた。
「……雨期の前、元州の──斡由の塚墓へ参った時、墓前に今し方供えられた
ばかりの花があってな……」
 六太は身動き一つせず、尚隆の話に聞き入っている。時折吹き付ける冷たい
夜風に、その金色の髪が弄ばれるのも構わずに。
「──あの天領の凌雲山には、お前もいつぞや行った事があろう?」
 六太は、こくんと頷く。

478「北垂・南冥」7/20:2007/12/20(木) 23:48:06
 ──今から凡そ三百八十年前、元州で起こった反乱の首謀者として、延王自
らの手に因って討たれた逆賊、斡由。その塚墓がある天領の禁苑は、梟王の時
代より打ち捨てられたまま荒れるに任せ、並の者には到底辿り着く事の不可能
な場所だった筈だ。そう訝る六太に、尚隆は続けた。
「……それは美しい山百合でな、今まで見た事も無い様な花色だった。それに
あの時季は、百合の見頃にしてはちと遅過ぎる──不思議だとは思わんか?」
 そう言って、尚隆は六太の瞳を見つめた。その表情は見る間に明るくなって
いく。
「──更夜だ……」

479「北垂・南冥」8/20:2007/12/20(木) 23:48:51
 嬉しさの余り、六太の身体は微かに震えた。──更夜が生きている……。
「……でも、どうして直ぐに教えてくれなかったんだ?」
 至極真っ当な疑問を投げ掛けると、尚隆は急に、ふいと視線を逸らした。
「……教えたところで、到底大人しくしては居れまい?」
「えっ……」
 一瞬、六太の菫色の瞳光が揺らぐ。尚隆は、雲海の見果てぬ先に視線を投げ
たまま黙り込んだ。

「……おれって、ほんと信用ねーのな」
 不意に六太はそう呟き、くすくすと笑い出した。
「ま、実際そう思われても仕方ない事、山程為出来してるしなぁ……」

480「北垂・南冥」9/20:2007/12/20(木) 23:49:33
 でも、と言って六太は主の横顔を見上げる。その瞳に惑う色は無かった。
「心配すんなよ、尚隆。──おれは、何処へも行かない」
 振り向いた尚隆と、視線が絡み合う。
「……勿論、今でもあいつに会いたい気持ちに嘘は無いけどさ。──でも、元
気でいるのが分かれば、それでいいんだ」
 微かに驚きの表情を浮かべた尚隆を見遣って、六太は笑う。
「──四百年近く探しても会えなかったんだ。きっと何か理由があるんだよ、
あいつにも。それに、……更夜に離れたくない場所があるみたいに、おれにも
離れられない奴がいるから……」

481「北垂・南冥」10/20:2007/12/20(木) 23:50:18
 六太は不意に小さな嚔をすると、苦笑しつつ上着の衿元を掻き合わせた。
「やっぱ寒いや……」
 ふと、暖かいものに身体を包まれる。──尚隆に背後から抱き締められたの
だと分かった。
「尚隆……?」
「──六太……」
 尚隆は六太の細い身体を、上着ごと強く抱き締めた。つまらない嫉妬をした
事、六太を信じてやれなかった事を謝罪し、許しを乞う様に。
 主の心中を察してか、六太はその腕の中に大人しく抱かれていた。
「──こういう時、良く思うんだ。……おれにとっての尚隆みたいな相手が、
更夜にも居ればいいなって……」

482「北垂・南冥」11/20:2007/12/20(木) 23:51:12
「──ああ、そうだな……」
 六太の言葉に尚隆は頷く。──赤い有翼の狼を連れた寂し気な瞳の少年は、
今頃どうしているのだろうか……。

 腕の中の六太が再び嚔をし、尚隆はくすりと笑った。
「……ほんとに寒くなってきた。おれ、そろそろ臥室に戻る──」
 言い終わらない内に、ひょいと抱き上げられ、六太は仰天した。
「わあっ!──な、なにすんだよっ」
「臥室に戻るのだろう?連れて行ってやる」
 尚隆は真面目な顔で答えると、自分の居処である正殿の方へと踵を返した。
直ぐに勘付いた六太が、主の前髪を引っ張る。

483「北垂・南冥」12/20:2007/12/20(木) 23:51:59
「……おい、尚隆。方向違うぞ」
 努めて冷静に抗議する六太には構わず、尚隆は自室へと向かう。再び文句を
言い掛けた六太は、しかし直ぐに諦めて苦笑し、ぼそりと呟いた。
「……白端銀針」
「──何?」
 尚隆は聞き慣れない単語を訝り、歩みを止める。
「……確か、お前んとこに美味い白茶があったよな?白端産の。まずは、それ
飲ませろよ。──いいか、絶対だぞ?」
 紅潮した頬を見られまいと、俯き加減で六太が言う。尚隆は一拍の後ふわり
と笑むと、六太の額にそっと口づけた。
「ああ、勿論。──茶くらい、何杯でも」

484「北垂・南冥」13/20:2007/12/20(木) 23:52:43
 夜半の風が吹き抜けていく回廊の縁で、ふと尚隆は南天を仰ぎ見た。いま一
人、寂し気な目をした男の事を思い出し、そっと願う。自分にとっての六太の
様な存在が、どうかあいつにも在らん事を、と。


 それから数日後の同じく深夜。奏国、清漢宮の禁門に、一体の騎影が降り立
った。慌てて駆け寄る門番の兵卒を笑顔で制し、自らの手で騎獣の手綱を引い
て行く。
 厩の手前まで来たところで、不意に獣が嬉しそうに一声鳴いた。見遣った方
向から、小さな灯火の明かりが近付いて来る。利広は目許を綻ばせた。
「……兄さん、ただいま」

485「北垂・南冥」14/20:2007/12/20(木) 23:53:27
「──おかえり、風来坊」
 利達は弟に微笑む。その傍らの獣にも、優しく声を掛けた。
「星彩も、おかえり。──元気だったか?」
 言いつつ耳の後ろを掻いてやると、星彩は気持ち良さそうに喉を鳴らし、鼻
面を利達の手に擦り付けた。
「……相変わらず、星彩は兄さんが好きなんだなぁ」
 まるで子猫の様に兄に甘える己の乗騎を見遣って利広が言うと、利達は可笑
しそうに笑った。
「俺はこいつの名付け親だぞ。ただ乗り回しているだけのお前とは違うよ」
 利広は苦笑する。
「それは酷いなぁ。私だって結構可愛がってるのに……」

486「北垂・南冥」15/20:2007/12/20(木) 23:54:09
「……とにかく、お前が無事に帰って来て良かった」
 利達はそう言うと、自分より僅かに長身の弟を振り返る。
「……みんな心配していたんだぞ。三月近くも黙って留守にするから、今度こ
そ何かあったんじゃないかってな」
 軽く窘める様に利達が言うと、利広は苦笑を浮かべて兄に拱手した。
「うん……みんなには、いつも心配掛けて済まないと思ってるよ」
 珍しく従順な弟の姿に、利達は少し意外そうな顔をし、直ぐに微笑んだ。
「……素直で宜しい」
 そう言って弟の髪をくしゃりと撫でる。利広は、胸の奥が微かに疼くのを感
じた。

487「北垂・南冥」16/20:2007/12/20(木) 23:54:56
「──利広、久し振りに帰って来たんだから、一杯付き合わないか?」
 兄の誘いに利広は一瞬戸惑う。ふと、雁で会った男の言葉を思い出した。
 ──言ってしまえば、楽になれる──。
 利広は軽く頭を振ると、微笑って頷く。
「……うん、そうだね。少しだけなら──」

 利達の私室からは、東南の雲海が一望出来た。利広が露台に出ると、澄んだ
夜風と共に、微かな潮の香りに包まれる。懐かしい故国の空気だ、と利広は思
った。
 露台に据えられた陶製の卓子を挟んで、二人は酒杯を重ねる。肴は専ら利広
の土産話だった。

488「北垂・南冥」17/20:2007/12/20(木) 23:55:42
 久し振りに兄と向かい合い、利広は杯を干す。奏国産の冷えた黄酒は、彼の
喉にしんと滲みた。雁の街で熱燗を飲んだのが、遠い昔の事の様に思えた。

「──ああ、そろそろ夜が明けるな……」
 不意に、利達が陶磁の丸椅子から立ち上がった。露台の縁まで行くと、手摺
に凭れて雲海の果てを見渡す。天空に浮かんだ水平線の先は、深い紺から紫へ
その色を変えようとしていた。
「利広、お前も来てみろ──」
 利達が振り返る。襟足の位置で軽く括っただけの長い髪が風に靡き、その姿
を酷く危ういものに変えた。利広の鼓動が跳ねる。

489「北垂・南冥」18/20:2007/12/20(木) 23:56:24
 利広は椅子から立ち上がり、そっと利達に近付いた。払暁の淡い光に包まれ
た細い背中に、躊躇いつつ手を伸ばす。──しかし、利達の肩に触れる直前、
その手は静かに下ろされた。
「……利広?」
 再び振り返った利達に何でもないよ、と笑い掛け、利広は手摺に凭れる。兄
には聞こえない程の、小さな溜息を吐いて。

「──お前、また直ぐに出掛けるのか?」
 燃える様な紅色の東天を望んだまま、利達が尋ねる。
「……いや、春節明けまでは大人しくしてるよ。冬至の郊祠を手伝えなかった
分、新年の祭礼には真面目に出ないとね」

490「北垂・南冥」19/20:2007/12/20(木) 23:57:04
 利広が苦笑しつつ答えると、利達はそうか、と頷いた。
「──じゃあ、久し振りに家族揃って新年を迎えられるな……」
 微笑む兄の横顔が、交州の港街に居た、遥か昔を想起させた。──あれから
数え切れない程の年月が過ぎたが、自分の想いはあの頃と少しも変わらない。
多分、この先もずっと──。
 利広は、静かに目を閉じた。

 突然、世界が来迎に包まれる。余りの眩しさに、利達が翳した手指の間から
黄金色の晨光が零れた。
「……一年で一番、短命の太陽か……」
 利達がそう一人ごちた時、何かがそっと肩に触れた。

491「北垂・南冥」20/20:2007/12/20(木) 23:57:52
「利広?どうし──」
言い掛けた利達は、弟の寝顔に柔らかく笑む。その肩に凭れたまま、利広は静
かに寝息を立てていた。
 外殿の方角から、微かに暁鐘の音が聞こえてきた。──冬至の朝が始まる。

〈了〉

*****
追記
この頃の蓬山公は供麒(珠晶出生直前…)。

今年も、数字板及び別館の姐さん方には沢山モエモエさせて頂き、
有り難う御座いました。少々早いですが、皆様どうぞ良いお年を…。

492千年王国(ほのぼの尚六)(1):2007/12/24(月) 18:00:37
治世千年以上になった雁主従のほのぼの話。できたてのほやほや。

たまたま別のネタを妄想していたら、その延長で何となく話ができちゃいました。
恋愛色はないも同然だし、エロに至っては皆無ですが、それでもいちおう尚六のつもり。

尚隆が六太にこんな国を贈りました、というのが裏テーマなので、
こじつけでクリスマスプレゼント代わりに。
----------

「尚隆、尚隆、早く! もう始まってる!」
 人混みの中、小柄な少年が連れを振り返って急き立てる。服装は地味でとり
たてて特徴はないが、金色に輝く長い髪は見間違えようもない。騶虞を連れて
あとに続く長身の男のほうは、元気の良すぎる少年に苦笑いを返したものの、
諦めたように足取りを速めた。
「待て、待て。そうちょこまか動き回られてはかなわん。こっちは騎獣連れだ
ぞ」
「あっ、すげえ。まさかあの梯子に上るのかな?」
 人混みの向こう、そびえ立つように直立する何本もの梯子に目を向けて驚き
の声を上げた六太は、連れの言葉など聞いてはいない。曲芸団がしつらえた演
台にはまだ遠いが、その梯子は長く、人の頭をはるかに越えて飛び出していた
ので、てっぺんだけは良く見えた。
 演台に近づくにつれ、混雑の度合いはさらに激しくなったので、さすがの六
太も立ち止まらずを得なかった。
「あー、見えない」
 うーん、と背伸びをしてみるものの、見えるのは大人たちの頭だけだ。
「尚隆。肩車」
 そう言って主の服をつんつんとひっぱると、相手は苦笑しながらも肩車をし
てくれた。長身の男の肩に座ると、周囲を楽に見渡せる。小走りにやってきて
汗ばんでいたから、頬に当たる穏やかな風が心地良かった。
 そんな彼らを、近くにいた旅装束の男が驚きの表情で凝視した。
「ありゃ、ありゃ、麒麟、じゃ……」
 思わず六太を差した指を、たまたま隣にいた女が眉をしかめてぴしりと叩い
た。

493千年王国(ほのぼの尚六)(2):2007/12/24(月) 18:03:20
「あんた、他国のお人だね? 他人様を指差すのは失礼なことだって、母ちゃ
んに教わらなかったのかい?」
「し、しかし、あれは」
「ふん」女は腰に両手を当てて胸を反らした。「そうだよ、あれはうちの台輔
さ。で、肩車して差し上げてるのがうちの主上。それがどうしたの?」
「しゅ、しゅ――」
 目をむいた男に、後ろにいた男が笑って肩を叩いた。
「雁じゃあな、町中にいるときは王も麒麟もないのさ。あんたもそんなことは
気にせずに祭りを楽しむこった」
 旅の男は目を白黒させていたが、周囲の者が一様に肩をすくめているのを見
て、おそるおそる尋ねた。
「……そういう法律なのかい?」
「法律?」最初の女がまた顔をしかめた。「別に何も決められちゃいないさ。
ただ、あたしたちがそうしたいからそうしてるだけ。六太だって尚隆の旦那だ
って、それを望んでいるんだからね。あ、六太ってのが台輔のお名前。尚隆は
主上のお名前。言っとくけど、町中で主上だの台輔だの、無粋な呼びかたをす
るんじゃないよ」
「名前……」
 国によっては、貴人の名前を呼ぶことは死罪に値する。それだけに旅の男の
困惑は半端ではなかった。
 だが彼が麒麟の少年のほうを伺うと、確かに周りの人間が気軽に「おう、相
変わらず餓鬼だな、六太」と声をかけ、少年も笑いながら「うるせー。今日は
祭りだからいいの!」と返している。見事な金髪さえなければ、近所の者同士
の気軽な挨拶と何ら変わらない。
 そのとき、高らかに笛が鳴り響き、演目が始まった。屈強な男たちが高い梯
子にするすると上ると、支えもなく、てっぺんでさまざまな曲芸を繰り広げる。
誰もがはしゃいで曲芸団の演台に注目し、王と宰輔のほうを気にする者はいな
くなった。旅の男は頭を振って「雁ってのは変わった国だな……」とひとりご
ちた。

494千年王国(ほのぼの尚六)(3):2007/12/24(月) 18:05:29

「えーと、そっちの芋飴とそば饅頭をちょうだい」
 多くの屋台が連なる一画。甘味処の屋台で、棒に差した飴と饅頭の小袋を受
け取る六太の傍ら、尚隆が小銭を払う。
「おまえ、さっきから食ってばかりではないか」
「だって今日はこれが夕餉の代わりだもん。明玲にだって、夕餉はないから外
でちゃんと食べてくるようにって言われてるし」
 女官長の名前を出し、傍らに並べられている木の椅子に座りこんで、にこに
こしながら小振りのそば饅頭をほおばる。その無邪気な様子は、とても麒麟の
最長老には見えない。尚隆は隣の屋台から酒の小瓶とつまみを調達すると、同
じように六太の隣に座りこんだ。そのふたりの前で寝そべった四代目たまの鼻
面に、六太がそば饅頭をひとつ差し出す。たまはぺろりと食べてしまい、次を
ねだった。
 饅頭の小袋を空にした六太は、芋飴をなめながら「あ、あれ、何だろう?」
と言って、別の屋台に行ってしまった。一日中付きあわされた尚隆のほうは、
面倒になって座りこんだままだ。甘味処の屋台の主人と目が合い、ふっと笑う。
この屋台は、六太がよく通う店のものだった。
「うちのが迷惑をかけておらんか? まったく、あれはいつまでも餓鬼で困る」
「いえいえ、むしろ楽しませてもらってますよ。坊ちゃんは手先が器用ですか
らね、この間もうちの孫に風車を作ってくれてました」
「あれは、遊びのこととなると途端に熱心になるからな」
「おう、最近はお見限りだったじゃねえか」
 後ろから尚隆の肩を、どん、と突いて声をかけてきた男が、だみ声でからか
らと笑った。尚隆と同じように酒瓶を携え、既に吐息が酒臭い。
「なんだなんだ、今日も餓鬼連れか。いい男が女も連れねえで、だらしねえぞ」
「あいにく、その餓鬼で手一杯なものでな。いい女がいたら紹介してくれ」
「おっ、なんだ、浮気か? そりゃあ、まずいだろ」
「おまえ……。言っていることが矛盾しておらんか?」
「そうか? いやあ、すまんすまん。すっかりいい気分になっちまってな、細
かいことは気にならねえ。そういえばこないだの賭博場でな――」

495千年王国(ほのぼの尚六)(4/E):2007/12/24(月) 18:08:24
 そうしてまたひとり、ふたり、と馴染みの男たちがふらりと尚隆のもとにや
ってくる。
 そんな主を放っておいて、六太のほうは屋台めぐりに余念がない。どこから
ともなく聞こえてくる祭囃子も、うきうきした気分に花を添えている。
 投擲の屋台を覗き、これは的がおもちゃで、投げる物も布を丸めた柔らかい
玉だから、六太も遠慮なく遊んで目的のおもちゃを手に入れる。傍らで見知ら
ぬ幼い子供が「あー、お兄ちゃん、いいなあ」と声を上げたので、その子が持
っていた食べかけの饅頭と交換してやった。
 そうしてたまたま出くわした顔見知りと雑談をしたり、別の屋台を覗いたり、
講談を聞いたりしているうちに、夕暮れの色が濃くなっていき、やがてとっぷ
りと暮れてしまった。
「おい、六太。そろそろ帰るぞ」
 背後からそんな声をかけられても、まだ遊び足りない六太は「えー、まだい
いじゃん。もうちょっといようよ」と甘え声で抵抗した。だがそれもいつもの
ことなので、尚隆には通用しない。体重の軽い六太を、尚隆はまるで猫の仔の
ようにひょいと持ち上げて、たまの背に乗せた。そうして自分もその後ろに乗
り、六太を抱えるようにして手綱を取る。
「世話になった。ではまたな」
 そんな声を周囲にかけてふわりと飛び立つ。六太もちょっと上げた片手を振
って人々に別れを告げる。

 関弓の町から禁門まではあっという間だ。後にした街の灯りは、こうして上
空から見ると何百年経っても変わらない。ただ何となく、昔よりは灯火の範囲
が広がって賑やかな感じだな、と思うだけだ。
 五百年前、尚隆が約束してくれた国がそこにある。髪を隠すことなく、六太
が自然体でいられる街。当時の知り合いは街にも宮城にも、他国にすらもうひ
とりとしていないけれど、尚隆だけは変わらずに側にいてくれる。
 それでいい、と六太は思った。
「また来ような」
 心地よい眠気を感じながら、六太はつぶやいた。そうしてたまの足が禁門の
石畳につく前に、穏やかな眠りに引き込まれていた。

(終)

496名無しさん:2007/12/24(月) 21:05:55
尚六ーーーっ
クリスマスにありがとう、姐さん!!

497名無しさん:2007/12/28(金) 14:55:40
>>472->>491
GJ!密かに利広と利達の身長差に萌えますた。
更夜の話まで絡めた姐さんの構成に脱帽です。

498ほのぼの尚六「初日(はつひ)」(1/3):2008/01/01(火) 14:01:21
新年あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。できれば新刊が出ますように……。

初日の出を拝む雁主従のほのぼの話……かな? せいぜい15禁程度の軽いネタ。
地の文が童話風だけど、その辺が却ってキモかったらごめん。
-----


 夜明け前のまだ暗いお城の中を、この国の麒麟ちゃんが元気よくぱたぱたと
駆けていきます。お城に仕えている召使いの人たちもお役人も、この麒麟ちゃ
んが大好きなので、落ち着きのなさに「あらあら、台輔ったら」なんて言いな
がらもにっこりして見送ります。
 ばたん!とものすごい音を立てて王さまのお部屋の扉を開けた麒麟ちゃんは、
まだベッドでぐっすり眠っていた王さまの上に乗って、ぽんぽんと飛び跳ねま
した。
「しょうりゅうー! 起きろ、起きろ。初日の出を拝みに行くぞーっ」
 この国の王さまはとっても頑丈な人ですが、さすがにトランポリンのように
お腹の上で飛び跳ね回られてはたまりません。
「こ、こら、六太。やめんか」
「とっとと起きろよ、おっさん」
 他の国の麒麟ちゃんはずっとおとなしくておしとやかなのに、この麒麟ちゃ
んはまったく違います。乱暴だし、口は悪いし、サボり癖はあるし……。でも
王さまはこの麒麟ちゃんとラブラブなのでつい甘やかしてしまい、たまに少し
文句を言うだけで本気では叱れません。
 ただし今朝の王さまはちょっとご機嫌斜め。だっていつもはこの可愛い麒麟
ちゃんと、ベッドの中であーんなことやこーんなことをいっぱいするのに、昨
夜の麒麟ちゃんは「明日は早く起きて、御来光を拝みにいくからな!」と言っ
て、さっさと自分のお部屋に帰ってしまったので、王さまは何にもできなくて
欲求不満なのです。

499ほのぼの尚六「初日(はつひ)」(2/3):2008/01/01(火) 14:04:19
 でも麒麟ちゃんのほうはまったく気にしません。王さまがかぶっていた掛け
布団を勢いよくはいで、王さまの寝間着の紐を器用に解いていきます。不機嫌
だった王さまのほうは、麒麟ちゃんにすっかり寝間着を脱がされてしまうと、
もっと別のいやらしいことを連想してにやにやして機嫌を直しました。大人っ
てしょうがないですね。
 ちゃんとした服装をすると、この王さまはとってもイケメンです。麒麟ちゃ
んは内心でちょっとどきどきしたのですが、照れ屋さんなので素直に口に出せ
ません。その代わり「おらおら、行くぞー!」なんて乱暴に言って、先に立っ
てさっさと歩き始めます。
 お城はものすごく高い山の上にあるのですが、お城の端っこのほうにもっと
高くなっている小山があります。麒麟ちゃんは王さまと連れだって、その小山
に上りました。
 お供の人はいません。みんな、王さまと麒麟ちゃんの水入らずを邪魔しては
いけないと遠慮しているからですが、何よりこの国には初日の出を拝むという
習慣がないのです。この国の人たちにとっては王さまと麒麟ちゃんこそが文字
通りの神さまなのに、毎日毎日昇っては沈む当たり前の太陽を、その神さまが
拝むということが理解できません。これは蓬莱という遠い遠い国で生まれ育っ
た王さまと麒麟ちゃんにしかわからない気持ちなのかもしれません。
 そういえば最近はお隣の国の女王さまも、同じように御来光を拝み始めたと
いう噂です。その女王さまも蓬莱の人だからでしょう。
 夜明けが近づくにつれて、あたりはだんだん明るくなっていきます。やがて
東の地平線に、金色に輝く太陽の縁が現われました。四方八方に光の筋が放た
れて、とっても綺麗で神秘的な感じです。
「わー……」
 いつもはうるさく騒ぐばかりの麒麟ちゃんも、このときばかりは神妙な顔を
しています。そうして、ぽん、ぽん、と柏手を打つと、御来光に向かってお祈
りします。これは麒麟ちゃんがまだずっと小さかった頃、蓬莱で誰かに教えて
もらったやりかたです。
 王さまも同じようにして柏手を打って礼拝します。

500ほのぼの尚六「初日(はつひ)」(3/3):2008/01/01(火) 14:07:03
「……また来年も来ような」
 太陽がすっかり昇ってしまうと、真面目な顔のままの麒麟ちゃんはそう言っ
て王さまにもたれかかりました。でも不謹慎な王さまは、自分が欲求不満だっ
たことを思いだして麒麟ちゃんの肩に腕を回しました。
「御来光でさわやかな気分になったところで、姫始めというのはどうだ?」
「ば、ばっかじゃねーの!」
 呆れた麒麟ちゃんは、真っ赤になって王さまにかみつきます。破天荒に見え
る麒麟ちゃんですが、実はけっこう常識人なので、こうやって堂々と変なこと
を言われると恥ずかしくて仕方がないのです。
「これから官たちが続々と集まってくるんだろうが! 州候たちも、昏君の治
世をありがたくも讃えるために挨拶にやってきてくれるんだろー! このばち
あたり!」
 そんな麒麟ちゃんを、王さまはにやにやして見ているだけです。
「そ、そもそも姫始めってのはそーゆー変な意味じゃなく、二日の真面目な行
事のことじゃねーか。今日は二日じゃなくて一日だからな、そんなことを言う
なら明日の晩までおあずけ! 今晩も独り寝しやがれ!」
 そう叫んで王さまの腕をふりほどいた麒麟ちゃんは、ひとりでさっさと小山
を降り始めました。でも気になって途中でちらっと後ろを見ると、王さまは木
に背中をもたれて腕組みをしたまま、麒麟ちゃんのほうを眺めているだけです。
 麒麟ちゃんはその場で足踏みをして迷ったものの、「くそ!」と悪態をつく
と、王さまのところへ走って戻りました。そうして大好きな王さまの首に抱き
ついて、ちゅう、をしてあげました。
 そのまま、また走って王さまから離れると、振り返ってあかんべーをします。
でも顔が真っ赤になったままなので、王さまは相変わらずにやにやしています。
きっと頭の中では、明日の晩に麒麟ちゃんとするあーんなことやこーんなこと
を考えているのでしょう。
 雁の国はきっと、今年も平和です。

(おしまい)

501名無しさん:2008/01/03(木) 21:51:31
おおおー、年末年始にまさかの大量投下が!
姐さん達、ありがとう!

>>500
姫初め編もぜひキボン!

502498-500:2008/01/05(土) 12:54:04
ありがとうございます。
姫始め編……は、残念ながら表現が下品すぎて
さすがにちょっと投下できないので、自由に妄想してください(^^;
考えた話のあらすじだけかいつまんで書くとこんな感じです。

-----
元日にろくたんに冷たくされたことで仕返しをする尚隆。
式典などの待ち時間で控え室にいる間にろくたんに何度も戯れかかるものの、
そのたびに中途半端すぎて、ろくたん大不満。
ついにキレて尚隆の服をはいで押し倒し、一回戦目は騎乗位→対面座位、
二回戦目は後背位→背面座位で大奮闘。
その間、ずっと待たされた式典の客たちも、
もともと主従がラブラブのはわかっているので苦笑い程度。
むしろラブラブ光線に影響されて
彼らも普段以上に恋人といちゃいちゃするようになるので、
皆欲求を発散して宮城は自然と和やかな雰囲気になるほど。
やっぱり雁国は今年も平和みたい。
-----

お粗末さま。

503金波宮の夜2:2008/01/26(土) 14:23:15
今日もいい月夜ね。雲海の上って気候が穏やかで過ごしやすいけど、
雲間から覗く月って風流だから、それを見られないことだけは残念だわ。

あら、あれは陽子ね?
そういえばさっき、李斎を見舞ってから様子を見にくるって言っていたっけ。

あら? あんなところで急に立ち止まってどうしたのかしら。
あの子には珍しく硬直しているけど――あ。

……また尚隆ね。だからあの房室でやるのはおやめなさいって言ってあげたのに。
それともわざとかしら。尚隆ならありうる気がしてきたわ。
妙なところで露出狂なんですもの。こういうことは秘めたほうが花でしょうに。
範に来たときだけは、いつもしっかり取り繕うくせにね。

あらー……。陽子ったら顔を真っ赤にして。
顔を伏せて、こちらへずんずん歩いて戻ってくるわ。
相当、衝撃だったみたい。きっと、あの子って処女よね。
確かに色事には疎い感じがするし、かなり動揺しているんじゃないかしら。

こんばんは、陽子、どうしたの?
いいのよ、そんなに慌てなくても。知っているから。
尚隆と六太のことでしょう? 呆れちゃうわよね、何も他国の王宮に来てまで。

――え? まあ、わたしも実際に出くわしたのはこの間が初めてだけど、
雁にはいろいろ噂があったからすぐわかったわ。
だってあの色欲魔の尚隆の麒麟なのよ?
考えるまでもなく、六太が純潔でなんかいられるわけないじゃない。

ほらほら、落ち着きなさいな。
大丈夫よ、ふたりとも夢中だろうし、気づかれてなんかいないから。ね?

あら、そうなの、李斎もずいぶん良くなったのね。
じゃあ、どんな具合なのか、お茶でも飲みながら軽くおしゃべりしましょうか。
泰麒捜索の状況についても、陽子に伝えたいことはあるし。

――そう、いい子ね。じゃあ、むこうの房室へ行きましょう。
鈴って言ったかしら? 陽子のお気に入りのあの女御に頼んで、
お茶とお菓子をもらいましょうね。

504尚六:2008/05/05(月) 17:14:34
尚六濡れ場.和姦でも強姦でもお好きに妄想ドゾー



根元まで挿入したまま六太に覆い被さり,小柄な体をしっかりと抱き込む.
こうしてしまうと下が繋がっているだけに六太は身動きすらままならない.
せいぜい脚をばたつかせる暗いが関の山だが,
こんな風に仰向けで大股にさせられている不安定な体勢では,
多少脚を動かした処で何にも成らなかった.
尚隆は逞しい男根で果断なく小刻みにグイグイと突き上げながら,
為す術もなくただ快楽に身悶えする六太の喘ぎ声を楽しんだ.
「あっあっ……ん,あん,んっ」
最初は握った拳を口元に当て,何とか喘ぎを漏らすまいと耐えていた六太だったが,
ここまで激しく犯し続けられては無理というものだ.
無意識のうちに尚隆の責めに合わせて腰を,頭を振り,
それでも快楽の渦に呑み込まれまいと最後の抵抗を続ける.
尚隆は首筋から肩にかけての汗ばんだ肌を激しく舐めまわしては
「どうだ?感じるだろう?」と低い声で卑猥に囁いた.
快感のあまり六太の秘所が断続的に収縮し,その度に尚隆をきつく締め付ける.
ただでさえ狭いのに,こうまで締め付けられては
さすがの尚隆もそう長くは保たないが,達するのは六太の方が早かった.
「ああッーーあーーあああぁーーッ!」
思い切り背を反らしたかと思うと,途端に今まで以上に
尚隆をぎゅうぎゅうと締め付けて来た.
数瞬の後,六太の体からフッと力が抜け,尚隆の体の下でグッタリとなる.
それを見極めた尚隆はようやく上体を起こすと,
達した余韻ではあはあと荒い息を吐く六太を見おろし,
その体勢のまま,六太の体内の奥深くで精を放った.

505名無しさん:2008/05/05(月) 21:34:34
ストーリーも何も無いのに、テラ萌えた
自分的には尚隆がいきなり襲ってきたということで、強姦にしときます。

506尚六2:2008/05/06(火) 21:12:36
じゃ,黒尚隆でちょい続き.でもエロって難しいね……




尚隆は情欲で上気した顔に満足そうな笑みを浮かべると男根を引き抜いた.
濡れて萎えた男根と供に六太の体内から流れ出た精が,
シーツにじわりと染みを作る.
「なかなか良かったぞ」
尚隆は事も無げにそう言うと,
先程ビリビリに引き裂いた六太の服を寝台の片隅から拾い上げた.
全裸のまま床に降り立ちながらそれで自らの股間を無造作に拭い,
ゴミでも捨てるかの様に床に落とす.
やがて尚隆はさっさと己の装束を整えると,
犯されていた時の体勢のまま寝台の上で
ただ茫然としている六太を残し,部屋から出て行った.

507名無しさん:2008/05/06(火) 23:07:51
ぎゃーーーーーっ尚隆が黒い
自分は和姦で甘い続きを希望。。。

508尚六2別ver.:2008/05/07(水) 20:08:45
甘い……
何とか頑張ってみたけど長くなった(´・ω・`)ショボーン



射精の快感が尚隆の腰から脳天に駆け抜け,ふぅ,と吐息を漏らす.
彼が男根を包む温かな肉壁の心地よさにしばらくじっと余韻を楽しんでいると
やっと正気付いた六太と目が合った.
途端に六太の顔がカァッと上気し,狼狽えた様に顔を背けたので,
尚隆は内心で苦笑しながら,今だ繋がったままの腰を小刻みに揺らした.
「あッ…!」
六太は反射的に手を伸ばして尚隆を押し退けようとしたが,
尚隆は六太の腰を両脇からしっかりと掴んでしまったので,
腰を引く事はできなかった.
「だ,だめぇ,尚隆…!」
「なんだ,さっきまでお前も散々楽しんでいたではないか」
「だ,だって,誰か来たらっ」
何しろ今は真っ昼間.政務をサボって下界に遊びに行くため,
小部屋に隠れて様子を窺っていた筈なのに,一体どこでこんな展開になったのか.
「それはそれで緊張感があって良かろう」
尚隆がそんなふざけた事を言ったので,六太は「信じらんねー」と拗ねた.
「それに……俺,湯浴みしてなかったのに」
小さな声で恥ずかしそうに続けた六太に,尚隆が再び覆い被さった.
「では後で一緒に湯浴みに行こう」
「そういう問題じゃ」
だが六太がそれ以上不平を言う前に,尚隆に唇を塞がれた.
やがて小部屋に再び淫猥な空気と快楽の呻きが満ちていく.
どうやら関弓に遊びに降りるのはまたの機会となりそうだ.

509名無しさん:2008/05/10(土) 22:41:32
GJ、GJ!!
甘くて最高です(;´Д`)ハァハァ

510名無しさん:2008/05/23(金) 01:14:07
今日初めて来て途中までしか読んでないんだけど、
『台輔の勤め』って24で終わってる?リレーもなし?
嫉妬した尚隆とのその後を激しく読みたいんだが…

511名無しさん:2008/05/24(土) 17:58:35
自分的にはあの後、氾王様へ夜伽中・・・・嫉妬に狂った尚隆が乱入
で、二人に攻められちゃうろくたんの流れだと思ってた
続き気になるよ、姐さん

512名無しさん:2008/07/10(木) 19:46:58
なんか滅茶苦茶甘い尚六が読みたい

513延王延麒登遐:2008/11/03(月) 20:52:35
簡単なシーンだけ&801ぽくないですが、一応尚六の積もり。末声ネタ注意。





   戴を救うに当たって、天帝側と対峙する事になった陽子達。
   何とか危機を脱し当初の目的を達するが、陽子と別行動だった
   延王の王気が消えた事を、陽子と一緒にいた六太が察知する。
   取り乱す六太。それを何とか宥めて帰途につくが、脱出路の渓谷で、
   不意に尚隆が同道の臣下等と共に陽子達の目の前に現れた……。

何かがおかしい。陽子は直感した。この気配は奇妙だ。
「来い、六太」
対峙している一団の中から尚隆が手招いた。茫然とした表情のまま、
フラフラと引き寄せられそうになった六太に、陽子は思わず叫んだ。
「だめだ、延麒……!」
すると六太はフッと笑って陽子を見た。
「尚隆が呼んでいるんだ」
「六太君!」
再び叫んだ陽子を六太は振り返った。
「ありがとな」
それだけ言って尚隆の元に駆け寄る。
陽子は満面に笑みを湛えて六太を迎える尚隆と、
同じように嬉しそうな顔で彼の腕の中に飛び込む六太とを見た。
途端に濃い霧が辺りに立ち込め、一寸先も見えなくなる。
程なくして霧が晴れた時には、尚隆も六太も、
尚隆と共ににいた武将達の姿もどこにも無かった。

   無事、慶に帰り着いた陽子達。王と宰輔が救出された戴は
   一応救われた事になるが、いきなり両者を失った雁の方は混乱。
   それでも日頃から官吏がしっかりしていただけに、
   今のところ傍目からは落ち着いているように見える。そんな日々。

白雉が落ち、延果が生った。その意味が指し示す物を陽子も
よく知っている筈なのに、彼女はどうしても思い切る事ができなかった。
失道と言う平凡な経緯を経ず、元気な姿のまま突然陽子の前から姿を消した彼等は、
いつかまたひょっこり現れるような気がしてしまうのだ。
「よう。久しぶり」
無造作な挨拶と共に、今にも金波宮の窓から六太が飛び込んで来るような気がする。
「いつも突然のお越しですね。入口はあちらですが」と呆れる陽子に、
「ここが近道だからな」とにやりとしながら。
そして六太に続いて房室に入り込んだ偉丈夫も、「そう堅いことを言うな、陽子。
慶の者はどうも堅苦しくていかん」と大らかな笑みを向けてくるのだ……。

ふとそんな想像に捕らわれた陽子は、
ただひたすら窓の外を見ながら椅子に座り込んでいるだけだった。

514ほのぼの尚六「新婚だもん」(1/3):2010/09/11(土) 08:02:39
尚六初夜SS「除夜」スレに落としたネタで書きはじめてはみたものの、
長くなった上に途中で詰まって筆が止まったので
書き逃げに捨てていきます。

ネタ:
尚隆と関係ができたばかりで何かというと「尚隆が」を連発する六太に、
「あいつは『尚隆』しか言えんのか」とぼやく帷湍
-----


 六太の様子がおかしいことには誰もが気づいていた。ある日の朝議で、いつ
になくぼんやりとして口数も少なく、そのまま数日。まさか失道ではあるまい
に、と官らも少々不安に駆られはしたものの、主君が自分の麒麟に手を出した
がゆえだとは思いもよらなかった。
 手を出したと言っても、もちろんひっぱたいたとかそういう暴力沙汰の話で
はない。
「はあ……」
 帷湍が溜息をついた横で、朱衡は「過ぎてしまったことは仕方がありません」
と言った。そもそも尚隆が事態を隠しておらず、毎晩仁重殿に渡るようになっ
たから彼らにも原因が知れただけで、最初にコトが起きてから既に十日は経っ
ていよう。
「まさか黙認するとでも言うんじゃないだろうな?」
 帷湍がにらむと、今度は朱衡が溜息をついた。
「他に何ができると言うのです?」
「このまま台輔を見捨てられるか!」帷湍は声を荒げ、目の前の卓を拳でドン!
と叩いた。「尚隆の不行状にはこれまでもさんざん悩まされてきたが、今度と
いう今度は本気が愛想が尽きた!」
「……あなたはどこを見ているんです」
 眉根を寄せた朱衡に、帷湍は「はあ?」と問うた。

515ほのぼの尚六「新婚だもん」(2/3):2010/09/11(土) 08:04:50
「何の話だ」
「だから台輔ですよ。ぼんやりとなさったかと思うと気もそぞろで」
「そりゃあな、毎晩無体をされているとなれば仕方なかろう」
「その割には上機嫌でいらっしゃいますね」
「無理をしているんだろう、可哀相に」
「わたしたちと話をされていても、その場に主上がおいでになると、お姿が見
える前からそわそわとなさって」
「怯えているのか。麒麟は王気がわかるからな」
「いざ主上がお見えになると、顔を赤らめて、はにかんで」
 帷湍が目をしばたたいたところへ、当の六太が「話って何?」と顔を出した
のでふたりとも黙り込んだ。尚隆の毒牙からこの少年を守るべく、帷湍がここ
に呼び出していたのだ。
 自分が呼んだとはいえ不意を突かれて反応に窮した帷湍は、「あ、いや……
その」とうろたえた。その傍らで朱衡は微笑し、椅子と菓子を勧めた。
「帷湍が美味な菓子を手に入れましたのでね、せっかくですから、ぜひ台輔に
もご賞味いただこうと」
「え? あ、そう……なの?」
「最近はまじめにご政務に励んでおられるようですから、ご褒美ですよ」
 よく意味がわからない顔をした六太だったが、勧められるままに座って菓子
を口にした。
「どうです? 昨日、領地の視察に行ったときに買い求めた生菓子だそうです
が、なかなか美味でしょう?」
「うん」
 六太はにこにこして菓子をほおばっている。とても主君に無体を強いられて
鬱々としているようには見えない。帷湍は幾度も目をしばたたき、何を言うべ
きか迷って、結局一言も口から出てこなかった。
「えーと。あの、悪いんだけど、他に用がないならすぐ行っちゃっていいかな?
これから尚隆とお茶を飲む約束してんだ」
「そうでしたか。もちろんです」

516ほのぼの尚六「新婚だもん」(3/3):2010/09/11(土) 08:07:21
 六太はふと手の中の食べかけの菓子を見て言った。
「これ、尚隆も食べるかなぁ?」
「どうでしょう。主上はあまり甘いものは食されませんから」
「そうだよなー……」
 がっかりした様子に、朱衡はほほえんで続けた。
「よろしければ少しお持ちください。台輔がお持ちになったものなら、主上は
喜んでお召しになるでしょうから」
「そう? そう思う?」
「はい」
「じゃあ、少しもらってこうかな」
 朱衡は女官に命じて小綺麗な包みを作らせると六太に渡した。六太はそれを
大事そうに懐に入れ、足取りも軽く、房室から駆け去るようにして出て行った。
「……浮かれてるな」
「だから言ったでしょう。上機嫌でいらっしゃると」
「しかしこれは……。どういうことなんだ?」
 混乱しきりの帷湍は頭を抱えた。

「尚隆見なかった?」
「尚隆が言ってたけど――」
「尚隆喜ぶかなあ?」
 気づいてみれば、六太の口から出るのは主君の名ばかり。最初のうちこそぼ
んやりとした様子が勝っていただけで、日が経つにつれ、どこから見ても浮か
れている様子が見て取れた。
「うーむ……」
「猪のように唸ってばかりいないでください」
「うるさい」

517名無しさん:2010/09/13(月) 12:28:19
ラブラブでんなw
朱衡と帷湍の掛け合い
も萌え

518ほのぼの尚六「新婚だもん」続き(1/2):2010/09/26(日) 13:32:00
尻切れトンボだったのを、無理やりですが終わらせました。
-----

 澄ましている朱衡を一喝して考えこむ帷湍。彼には信じがたいことではあっ
たが、六太は主君に無体をされて鬱々としているどころか、どこから見てもの
ぼせ上がっていた。
「もしや、最初から合意の上だったのか……?」
 ようやくそんなことを考えた帷湍の混乱をよそに、最近の六太ははしゃぎっ
ぱなしだった。政務の合間の休憩は必ず尚隆と一緒で、池のほとりの瀟洒な四
阿や開放的な露台で茶と軽食を楽しむ。周囲の女官が給仕しようとするのを押
しとどめ、自分が茶を注いだり菓子を皿に載せたりとあれこれ尚隆の世話を焼
く。一方、尚隆はと言えばされるがままで、苦笑しながらも目を細めて六太を
見やるのが常だった。
 帷湍は一度、なかなか休憩から戻ってこない尚隆にしびれを切らして迎えに
行ったのだが、張り切って主の世話を焼く六太の姿に何となく気後れし、その
まま外殿に戻ってしまった。どう見ても自分は邪魔者だったからだ。
「まあ、しばらくすれば台輔も落ち着きますよ。今はまだ、ああなって間もな
いだけに有頂天なのでしょう」
 朱衡はそう言って肩をすくめ、ここに至って帷湍は主従が相思相愛であるこ
とを認めざるを得なかった。

「あれ? こっちに尚隆来なかった?」
 休憩がてら庭院に空気を吸いに出た帷湍は、途中で行き合った六太にそう尋
ねられた。既に政務が終わったのか、六太にはめずらしいことに官服ではなく
きらびやかな長袍を着ている。

519ほのぼの尚六「新婚だもん」続き(2/2):2010/09/26(日) 13:34:01
「今さっきまでいたようだが……外殿に戻ったようだな」
 そう言って建物のほうに顎をしゃくる。「そっか」と言って立ち去りかけた
六太は、ふと振り返った。
「これ、尚隆が作らせてくれたんだ」
 そう言ってにこにこしながら、さまざまな吉祥の図絵が織り込まれた長袍の
袖と裾を広げて見せる。普段は服などどうでもいいとばかりに無頓着だし、む
しろ市井に降りるときの簡素な服装に比べれば長袍すらわずらわしいと言って
いたはずなのに、今は本当に嬉しそうだった。
「あ、そ、そうか。いや、その――似合うんじゃないか?」
「うん、尚隆もそう言ってくれた」
 六太は頬を染めて答え、帷湍が固まっている間にぱたぱたと建物のほうに駆
けていった。

「尚隆が――」
「尚隆の――」
「尚隆に――」
 六太の口からは、二言目には尚隆の名前が飛び出す。朱衡は「しばらくすれ
ば落ち着きますよ」と言っていたが、少なくとも当分は浮かれ調子は治まりそ
うになかった。
「あいつは『尚隆』しか言えんのか」
 ついぼやいた帷湍に、耳ざとく聞きつけた尚隆は笑って「新婚だからな、大
目に見ろ」と言った。

520名無しさん:2010/10/19(火) 07:56:33
>>207-209
ろくたん、かわええー(*´Д`)ハァハァ
にやにやしながら何度も読み返しちゃったよ

最近たどり着いたので今さらでスマソ

521名無しさん:2010/10/22(金) 11:45:28
エロもいいけど
可愛い話もいいよね


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