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【王様】一行リレー小説【麒麟】

1名無しさん:2003/01/14(火) 10:03
一人一行。

819名無しさん:2005/05/25(水) 22:25:20
更夜が知っているのは、斡由の愛し方だけだった。
斡由の求める愛し方だけだった。
ただひたすらに求められるままに体を差し出し、心を差し出す。
拒むことは許されない。自分から求めることも許されない。
ただ求められることを待ち、望まれるままに振舞うこと。
だけど、いつまで待っても、六太も、延王も、自分を求めはしない。
斡由のようには、愛してはくれない。他の誰にも代えられない一人だと、
自分を誉めてはくれはしないのだ。そんなことはわかっている。
斡由はもういない。自分を求めてくれる人はどこにもいない。
もしも、今、求められるとしたら、自分は……。
更夜は泣きじゃくりながら、体を大きく震わせた。

820名無しさん:2005/06/11(土) 13:31:01
更夜は六太が羨ましかった。延王が羨ましかった。
お互いに結びついて離れあうことのできない、王と麒麟が羨ましかった。
自分は麒麟になりたかった。斡由を王とする麒麟になりたかった。
王は麒麟を失えば、生きてはいけない。麒麟は王の命綱である。
更夜は、斡由の唯一無二の命綱になりたかった。
けれど、麒麟は、王を失っても、次の王を見つけることができるのだ。

821名無しさん:2005/06/28(火) 03:39:36
 それでも――と、更夜は思う。
 おそらく六太が二王にまみえることはない。彼は現王と共に生き、
死んでゆくだろう。 それは更夜の中で確信に近い。
 元州城での六太の姿がうかぶ。蛇行する川を見下ろしながら、主のことを
投げ遣りに話していた横顔。
『尚隆は悪い奴じゃない。だけど王は嫌いだ。あいつらは碌なことをしない』
 そう口にしていたのに、いざとなると六太は尚隆の臣であることを貫いた。
『よせ! 尚隆に何かしたら許さない』
 叫んだ声の激しさ。
 鋭いもので胸を刺し貫かれたような、あの時の痛みを、更夜はいまも憶えている。
 友人と争う苦痛を宿した眸。戦うことも命を奪うことも出来ないはずの慈悲の少年。
 それが主を守るために更夜に牙を立てようとしている。
 思い知られさた。
 どんなに拒んでいるように見えても、六太は傍らの男がとても大事なのだと。
 六太を王から奪える余地など、始めからどこにもなかったと。

822名無しさん:2005/06/28(火) 03:42:11
 
『おれは尚隆の臣なんだよ』 
『…おれだって、斡由の臣だよ』
 
 だから。
 六太に返した言葉は足掻きも混じっていた。
 どこまでいっても麒麟は王のものだと知らされ。
 そして、ただひとつ更夜の内で優しい思い出だった六太を、自分から奪った憎むべき王が。
 たやすく更夜を許してしまうような男だと知ってしまったから。
 己と養い親にも息をつける場所はあるかも知れないと。
 …刹那、斡由を忘れて、夢を見てしまいそうになったから。
 差し伸べられた腕と温もりに、縋れなかった。

『斡由を守るためなら、なんだってするから』
 
 そして光から顔をそむけ、惑いを振り捨てるように口にしたことも。
 嘘ではなかった。
 己に笑いかける主の顔。頬を撫でる手の温もりと。暗い眸の色。
『お前は本当によく出来た臣だ』
 許されないぐらいたくさん殺しても、おれはその言葉だけで。
 
 最後の最後に、その思いを裏切った。
 共に死んでもいいと思っていたはずの斡由を、手放してしまった。

823名無しさん:2005/07/20(水) 00:02:49
 「おれは主を裏切った……」
漏れ出た自分の声まで、更夜をますます追い詰める。
裏切った。主を裏切り、自分を裏切った。
更夜は斡由と共に、自分の心のどこか一部を失った。
斡由の代わりに幼い頃の自分が持っていた憧れを取り戻したけれど、
失ったものは大きくて、他に目をそらさなければ耐えられないほどだった。
だから、余計に六太に、尚隆に、執着したことはわかっている。
わかっているからこそ、またも自分を裏切り者と責めずにはいられない。

堂々巡りしながら暗い思いの淵に沈みゆく更夜を、
しっかりと抱きとめる腕が、胸があった。
 「もう、いいんだよ」
ささやきかける声が、更夜を過去から現在へと引き戻す。
利広がなだめるように更夜の頭を撫でる。どこまでも優しい、
いたわるような動作に甘えて、更夜は利広の胸に顔をうずめた。
今まで押し隠してきた分だけ、嗚咽が後から後からこみ上げる。
過去を洗い流すほど、更夜の涙は止まらなかった。

824名無しさん:2005/08/04(木) 17:15:02
一方こちらは延主従。
主上と呼ぶものではないのかと六太にきかれ、
こんなしおらしい状態の六太に主上呼ばわりされたら、まるで小説の主従そのものだ
と尚隆は苦笑する。
そして自分は今、この記憶を無くしたしおらしい麒麟に、再び初夜を与えたいと考えている。
でも。いくら小説の内容に似ていようと。
今このときは現実であるし、自分たちは本当の自分たちだ。
いつもは乱暴な口調や生意気な態度で隠されている一面をあらわした六太。
そんな六太と今から存分に分ちあいたい。
最初のときとは違う、心の表面の衣を脱ぎさった六太と、
最初のときとは違う心情で六太を出来得る限り満たしたいと考える自分とで
真の初夜を。

825名無しさん:2005/08/16(火) 22:06:01
それはもう何百年も昔、元州の乱以降も雁に些細な内乱が
絶えなかった頃。
不甲斐無い王の為に、宮中にて麒麟が刺客に襲われた。
間一髪のところで使令が働き刺客は倒されたが、六太は用意
された獣か何かの血液を大量に浴びせられ、その場で意識を
失った。
急ぎ血を洗い流し、仁重殿に運ばれ黄医による手当てを受け
たが生死の際をさ迷った。
そしてその事件の首謀者が明らかとなり粗方の処理が済ま
された頃、未だ死の際の床に伏せる六太を尚隆は見舞いに
訪れたのだった。

六太との初夜。それは今では互いに禁句に近く――もっとも
改めて話す事でもないが、六太には忘れ得ない、けど思い出す
も苦しい事だろう。

黄医と入れ替わりに六太の牀榻に入った尚隆は、黄医が座して
いたであろう臥牀近くの椅子に腰掛けた。
胸を上下させる六太は王をちら、と一瞥したのみ、苦しいのか
何も言わなかった。
それでもその面に己に対する恨み不満を感じ取り、尚隆は六太の
熱に紅く染まり、汗に濡れた頬に手を伸ばす。
「――すまんかったな」
六太は面を振り尚隆の手を除けた。払い除ける腕が上がらぬ、
禄に動かぬ身体が悔しそうに。
そんな己が半身が痛々しく、尚隆は眉を寄せ苦笑を漏らす。
除けられた手を再び六太の頬に宛がい、撫でる。繰り返し、
繰り返し撫でていた。
忌々しくも、その王気に満ちる掌は気持ち良く、熱による
全身の凄まじい痛みと嘔吐感の中で、その掌が触れる箇所だけ
が心地良く、徐々に六太は大人しくそれを受けていた。

そうして暫し経った後、尚隆はぽつりと呟いた。
「…死ぬのなら、その前にお前を抱いてみたい」

826名無しさん:2005/08/17(水) 22:34:10
途端、六太は尚隆を睨め付ける。徐々に泣きそうに瞳を滲ませ、
そしてゆるゆると首を横に振った。
「…つまらん事を言った。今の虫の息のお前を抱いたら、確実に
死ぬからな」
お前は死んではならん、そう言って椅子から腰を上げ、臥牀から
離れようとする彼の袖を、六太は咄嗟に掴んだ。
小さな掌で。力の入らぬ腕を、必死に伸ばして。
振り返った尚隆に縋る瞳で、またも首を横に振る。
首を振る事で、今度は肯定した。
「…良いのか」
問われ小さく頷いた。

今にしてみれば二人ともどうかしていた。命の危機に際して、正気
ではなかった様に思える。
種の保存本能などでは有り得ない。この世界の仕組みの中で、まして
死に掛けの少年を相手に。
何を確かめたかったのか、尚隆は六太を覆い、その衣に手を掛けた。

衣を剥いた裸体の六太を前に、興奮を覚えた己に驚いた。
目の前の少年は乾いた唇を動かすだけで何も言わないが、その息の
荒さは性交による興奮の為ではなく、ただ病身が重く苦しい為であろう。

ただ一方的な行為に終わった。
だが何が功を奏したのか、今こうして生きている。
後日、奇跡だと喜んだ黄医がそれを知ってか知らずか
「主上は大層強く台輔をお励ましになられたのでしょう」
と涙ながらに言った時、尚隆はただ口元を歪ませただけだった。

827名無しさん:2005/08/28(日) 18:33:40
「しょう…尚隆…」
抱き締められた腕の温もりに、六太は自分の脈が早くなるのを感じる。
同時に、魂が震える程の歓喜も。
心地良い。温かく、光に包まれているような感覚。
「…六太」
尚隆が囁いた。
「覚えておらぬならそれでも良い。お前が記憶を取り戻さず、
俺と過ごして来た長い時を忘れたままであっても、良い…」
主の腕の中、その優しい囁きを六太は目を閉じて聞く。
「それならば今から始めれば良い…──俺にとっては、
お前が何者であっても構わんのだ。…お前が」
そこまで言って言葉を切り、尚隆は体を離し六太の顔を見つめた。
その動きに閉じていた目を開け、眼前の男の顔を見つめ返す六太。
「お前が、ここに、俺の側におればそれで良い。──…離れるな」
優しく、だが強い光を宿した瞳に見つめられ、六太は体が竦む。
それは恐怖ではなかった。先程感じた歓喜、
それが凍えのような強さを持って身を打ったのである。
「尚隆…」
「俺から離れぬと、約してくれ。この先お前が記憶を戻さなくとも、
…戻ってすべてを思い出したとしても、今、ここで俺に誓ってはくれぬか、六太…
──俺の側に在ると。」
「──…!」
今の六太には風漢としての尚隆の記憶し

828切れた…:2005/08/28(日) 18:38:02
すみません、切れました…
続き打ち直します。30分時間を下さい…orz

829名無しさん:2005/08/28(日) 18:58:07
今の六太には風漢としての尚隆の記憶しかない。
なのに、この時の表情には見覚えがあった。目を細め、眉を寄せ、苦しそうな──
…そして、こんなにも切ない顔をした男。
「尚隆…──!」
目の前が滲んだ。
愛しい男の名をただ呟く。
「尚隆…尚隆…っ──!」
何度も、何度も。
「…誓う…尚隆…約束する…──」


『…御前を離れず』


その時、頭に浮かんだ言葉があった。──同時に目の奥がつきんと痛む。
「──御前を…離れず…」
唇が動いた。痛みを堪え、手探りで頭の中を探る。
「しょうめい…に、背かず──」
尚隆は目を見開いた。
「──ちゅう…忠誠を誓う、と、誓約…する…──」
言い終えた時、六太の視界は涙で塞がれ、何も見えなくなった。
自分が発した今の言葉は何であるのか。──わからない。
だが、それは体の奥から湧いた言葉だった。大事な言葉。
言わなければならない、今ここで、この男に伝えたいと思っている言葉なのだ。きっと。
「六太…──」

830名無しさん:2005/09/24(土) 21:55:41
「何が有っても、誓う…。尚隆の側に居る…」
王と麒麟を、尚隆と六太を結ぶ誓いの言葉。
己を求めてくれる人に、己を捧ぐ言葉。
六太はそれを言えた事が嬉しかった。まして、彼が喜んでくれるなら――。
六太の頬を流れる涙は喜色を成し、尚隆に満たされた笑顔を向けた。
向けられた彼もまた、己らしからず身体が熱く、満たされる感覚を覚えた。
手を差し出し、六太の頬を己が袖で拭ってやる。その時彼が見たものは。
〝…で?お前は何を誓ってくれるんだよ?〟
そんな事を言う六太の悪戯な笑顔が脳裏に浮かんだ。
尚隆は小さく笑う。
「ありがとう…六太。では、俺もお前に誓おう」
六太が「何を」と聞き返す間も無く、尚隆は臥牀を降り、牀榻の幄に手を掛けた。
「あ…、待って」
牀榻を出て行こうとした尚隆は何事かと六太を振り返る。
「だって…側に居るって、今誓った…」
律儀というか。尚隆は苦笑して六太のあたまを撫でた。
「少し探し物をするだけだ。ここで待っておれ」

831名無しさん:2005/09/24(土) 22:18:55
「何処だったか…」
薄暗い房室の中、尚隆は二百年もの記憶を掘り起こす。他愛も無い出来事は
月日と共に流れ行くが、それでもあれは記憶に留まる物なのだろう。
堂福の裏、榻の下等を覗いてみるが見付からない。誰かが片したのだろうか。
王の私室に出入りする者は限られている。
王の身の回りの世話をする女官、三官吏、そして六太。
彼らの中で、あれに気付いた者は居るだろうか。
己の心の闇と弱さが封じ込められたあの箱を。

程無く書棚の奥から顔を出したそれは、二百年近くその場所に鎮座していた
のであろう、薄らと埃に覆われていた。
久しく存在すら忘れていた――心の何処かには在ったのだろうが、掌に収まる
小箱。果たしてこれを見付けた者が居たとして、それの持つ意味にまで気が
付いた者は居るだろうか。

やがて尚隆が小箱を手に牀榻に戻って来た時、六太は臥牀で半身を起こして
いた。彼に対座し、尚隆は軽く埃を払った後、小箱を差し出した。
他の誰でもない、何よりも愛しい六太に。
「…何?」
「開けてみろ」
言われ、小箱を手に取り、訝しみつつ小さな掌で飾り気の無い箱の蓋をそっと
持ち上げる。
覗くように中を見やると、そこには黒と白の丸い石の数々が犇いていた。素朴
なもの、華美なもの、まるで揃ったものではない。

六太はその一つを無造作に手に取り、見詰める。
「碁石…?」
「お前にやる。捨てるなり、戒めにするなり好きにしろ」
六太には訳が分からない。少なくとも、尚隆は「これで遊べ」と言っている訳
ではないだろうが。

832名無しさん:2005/09/27(火) 16:12:56
くれると言う物を捨てろと言ったり、訳が分からず六太は怪訝に見上げると、
そこにはやはり、目を細め眉を寄せた切ない顔をした男が居た。

当然ながら困惑気味な六太とその手の中の碁石に苦い視線を向ける。
己が六太を必要とし、側に在る事を願った。それに対し、〝側に居る〟と誓った六太。
ならば、己が誓うべき事は。
「――誓おう」
尚隆は六太の手を取り、その小さな手の中に有る小箱ごと、彼の掌で強く包んだ。
そして一拍の間を置いた後、言った。
「決して、お前を裏切らぬ、と」
六太は手の中の小箱と尚隆を見比べる。この不揃いな碁石の数々と、尚隆の誓いの繋がりが、
そしてその重さが、今の六太には残念ながら分からない。ただ彼の面には切なさ以上に
厳しさが有り、己の恋人である以上に彼が〝王〟である事を思い出させた。
「うん…でも、よく分かんねえ」
「だろうな。理解出来ずとも良い。今は」
六太は眉を寄せ寂しげに目線を落とす。
「今は、って。…記憶が戻れば分かるの?」
この手の中のものが示す意味を。
「お前は聡いからな」
碁石の存在を六太は知っていただろうか。知らぬならば、一生明らかにする事は無かった
かもしれない。打ち明ける機会も持たぬままに。
今の六太に告白するのは、卑怯だとは思う。己を責める事を知らぬ六太に。

833名無しさん:2005/11/02(水) 12:55:18
記憶を取り戻さず、
己と過ごして来た長い時を忘れたままであっても、
六太が何者であっても構わない――。

そう尚隆は言った。
しかしそれでは駄目だ。
六太は手の中の小箱、尚隆の態度、そして己自身に歯痒さを覚えた。
何故何も分からない。自身の事、…目の前の彼の事。
不確かな己自身よりも彼の事が知りたくなった。風漢ではなく、尚隆という人を。
…思えばあの村に居た時でさえ、風漢の事は何も知らなかったのだ。
六太は小箱を握る手に力を込める。
「風…いや尚隆、おれはお前の事が知りたいよ…」
からっぽの自身を満たしたい、と心が激しく欲求した。
「お前の側に居るって言った!お前が好きなんだ!…だから、お前の事が知りたいんだ!」
慟哭するように叫んだ六太の瞳。尚隆に向けられたそれは、とても強いものだった。
「六太…」

834名無しさん:2006/04/19(水) 00:33:13
あげときます。

835名無しさん:2006/08/12(土) 02:05:10
これが何なのかは、わからないけれど。
この小箱の中の碁石を見ていると、何故だか悲しくなってしまう。
何故だか涙がこみあげてきてしまう。
こんなものの無い世界に行きたい……。
こんなもののことなど忘れてしまいたい。
いや、忘れてはいけない。それは危険だ。
でも。ひととき、忘れてくつろぎたい。
例えば、こことは違う世界で。
こことは違う世界で風漢……尚隆と一緒に過ごせたら。
いやなことは忘れて、二人で今という時を楽しめたなら。

836名無しさん:2006/11/22(水) 12:53:09
――でも…、と六太は思う。――逃げてはいけない。とも…。
正直を言えば、六太は過去の記憶にそう重きを置いて居なかった。――風漢に出会ってからは尚更に…。
王宮に居るであろうと思った想い人との記憶も、風漢と会ってからはどうでもよくなっていた。己の移気に、思い悩むことはあったが。
ただ在るのは、風漢への想い…。――側に居たい。
それは、風漢が延王と知り、その延王尚隆の想い人が延麒と知知ってもなお、諦め切れぬ想い…。
だが、その延隆が、六太を延麒だと、尚隆と過ごした過去が在ると言う。
かわらず愛しい、おまえだけだと言った。
今はまだ意味の判らない碁石を六太に捧げて、誓うと言ってくれた。ならば尚更―。
「……思い出したい。…全部、全部!思い出したい!尚隆のこと、全部思い出して、全部知りたい!!」
いま一度叫んだ六太を、尚隆は抱きしめずには居られない。
「六太!」
歓喜のまま抱きしめ、己の背に回る六太の手の感触に更に歓喜し、――だが…と尚隆は思う。
宿屋での、幻の夢を見せられ涙していた六太の姿を思い出しながら、――辛い記憶も在ろう…と。

837名無しさん:2006/11/22(水) 12:54:38
六太を蔑ろにした憶えは無い。
だが、己はそうでも、六太はどうだろうか?
六太だけが愛しい…と、己の想いを馳せるその前までの、己の所業…。それは六太を苦しめていたのだろう。だから―。
「…六太」
離したくないと、抱きしめたその腕をほどかぬまま―。
「俺は、おまえが記憶を無くした頭への衝撃も、妖術も、切っ掛けに過ぎぬと思う。辛い何か…忘れてしまいたい何かが、在ったのだろう…」
―それがおそらく、己の所業が原因だとは言えぬ苦々しさを感じるまま、言葉を続ける。
「おまえが側に居れさえすれば、どんなおまえでも良いのだ。元気なガキ大将のおまえも、素直な可愛らしいおまえも、どちらも愛しい、手放してやれない俺の…六太だ。わざわざ辛い記憶を思い出さなくても良…」
「嫌だ!」
尚隆の言葉を遮るように、六太もまた、尚隆の背に回した手をそのままに言い募る。
「どんな記憶でも良い!それが辛い記憶だろうと、尚隆と過ごした過去があるなら、全部思い出して全部俺の物にしたい!」
尚隆の背に回された六太の手が、すがるように力が込められてゆく。
「辛くとも、苦しくとも、尚隆との記憶が欲しい!」

838名無しさん:2006/11/22(水) 12:56:02
六太の言葉を聞いて、尚隆は聞かずに居られなく、静かに問う。
「…それが、俺が与えた苦しみ…だと、してもか?」
腕の中の六太が身を固まらせた。…沈黙が、己の身に痛い。
「うん」
暫しの沈黙の後、応えた六太の声は明るいものであった。
「そうだとしても、記憶を無くす程に、尚隆のことを想い悩んだってことだろ?だったら構わねえ」
その応えに、今度は尚隆が身を固まらせる。――なんてことだ…と。
今更ながらに思う。――こんなにも、この愛しい麒麟は己を想うて居てくれたのだ…と。
この上ない幸せを感じて居た。
だが、――俺も存外、小心者よ。
「嫌われて居らんと勝手に憶測していたが、もしや過去のおまえは、俺を憎んで居ったかもしれんぞ?」
―馬鹿なことを…と思いつつ、確かめずに居れない己が居る。
「其れ故、記憶を…」
「そんな筈ない!」
六太はまたも尚隆の言葉を遮り、今度は少しだけ身を離して、尚隆の顔を真正面に捕えて叫んだ。
「憎んでなんて…そんな筈、絶対に無い!だって、記憶が無くてもこんなに好きになったのに、少しでも憎んで居たら、…こんなに好きに……なって………居なかった…………と、…思う…」

839名無しさん:2006/11/22(水) 12:57:34
六太の語尾が小さいものになったのは、己が顔が原因であろう。
初めは驚愕したが、六太が勢いに任せて言い募るうちに、己が頬が緩むのが判った。――こんなにも愛しい。
…そりゃ、と六太が言葉を続ける。
「…少しは……憎らしい………と、…思った……かも………しれないけど、…心底、憎んでなんて……居なかった………筈…」
言い終えた六太は、恥ずかしさにいたたまれなくなったのだろう、真っ赤な顔して下を向いてしまった。
そんな六太を、いま一度、己が腕に取り戻す。
「あっ…」
驚いて、わずかに声を挙げる六太を、そのまま腕に閉じ込める。
六太の手も、そろそろと己が背に回されるのを感じる。
抱いて居るのは、己か、六太か…。――おそらく六太であろう。
こんなにもこの麒麟に想われて居ったのに、己が質が悔やまれる。――大事なことこそ言葉が足りない。なんと愚か者よ、己は…。
「そうか。ならば足して誓おう。おまえの記憶が戻るよう最善を尽すと。記憶など関係無しに、愛しいおまえを、今後絶対に離さなぬと」

840名無しさん:2006/11/22(水) 12:59:10
「尚隆…」
歓喜が六太の身を包む。――俺は今、なんて幸せなんだろう。
尚隆に抱きしめもらって、この上ない誓いをもらって、一片に様々なことを教えられて少々混乱してるものの、尚隆の側に居られる。ただそれだけで、嬉しい…。
勿論、記憶を思い出したいが、今は………あれ?―
「なあ、尚隆…」
「ん?」
尚隆は抱擁を解かぬままに応えてくれる。
「頭をぶつけたってのは判るんだけど、妖術って…何?」
「…おまえが掛けられた、妖しい力封じの術だ」
――力封じの術…。でも―。
「なんで俺が掛けられたの?」
尚隆の体が固まった。これほど身を寄せていれば、些細な変化もすぐ判る。
「………俺の不覚だ」
暫しの沈黙の後、漸く応えてくれた声はなんか…苦々しかった。――なんで?
「とにかく!俺が最善を尽す!安心して任せておれ!!」
そう言った尚隆は、少し力を込めて俺を抱きしめた。俺も尚隆の背に回したままの手に、少し力を込めた。
「うん!任せた!」
おそらく俺は今、笑っているだろう。久しぶりに、心から…幸せそうに。でも―。
「…安心したら、……眠くなってきた………」

841名無しさん:2006/11/22(水) 13:00:44
「おい、六太…」
六太の手が、尚隆の背を撫でるように落ちてゆく。
「ごめん…尚隆、……もの凄く…眠い……」
尚隆が慌てて六太の顔を覗こうと、抱きしめていた腕の力を抜いた時既に遅し、その腕の中で完全に六太の体から力が抜けた。次に聞こえるは、六太の寝息。
それを、なかば呆然と見ていた尚隆だが、諦めたように僅かな笑いを洩らす。
「ガキめ…」
尚隆に抱かれたまま寝入ってしまった六太を、寝床に寝かし直し、己も隣に横になる。
心地好さそうに眠る六太に、眠気を誘われる己がいる。――長い今日一日の褒美が、この寝顔なら悪くない。
だが―と。眠って居る六太の鼻を摘んで言い放つ。
「初夜のやり直しが、おあずけになったな。…覚えておれよ」
鼻を摘まれても六太は起きない。
尚隆はそんな様子にも僅かに笑って、六太を起こさぬように抱き寄せ、己が腕に囲い込み、静かに眠りに着いた。

842名無しさん:2006/12/31(日) 16:52:17
おおおおお、一気に増えてる!!

843名無しさん:2013/09/18(水) 00:29:42
黄海に落ちていった驍宗さまと泰麒が懐かしい(感想)


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