【TRPG】ブレイブ&モンスターズ!第八章
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――「ブレイブ&モンスターズ!」とは?
遡ること二年前、某大手ゲーム会社からリリースされたスマートフォン向けソーシャルゲーム。
リリース直後から国内外で絶大な支持を集め、その人気は社会現象にまで発展した。
ゲーム内容は、位置情報によって現れる様々なモンスターを捕まえ、育成し、広大な世界を冒険する本格RPGの体を成しながら、
対人戦の要素も取り入れており、その駆け引きの奥深さなどは、まるで戦略ゲームのようだとも言われている。
プレイヤーは「スペルカード」や「ユニットカード」から構成される、20枚のデッキを互いに用意。
それらを自在に駆使して、パートナーモンスターをサポートしながら、熱いアクティブタイムバトルを制するのだ!
世界中に存在する、数多のライバル達と出会い、闘い、進化する――
それこそが、ブレイブ&モンスターズ! 通称「ブレモン」なのである!!
そして、あの日――それは虚構(ゲーム)から、真実(リアル)へと姿を変えた。
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ジャンル:スマホゲーム×異世界ファンタジー
コンセプト:スマホゲームの世界に転移して大冒険!
期間(目安):特になし
GM:なし
決定リール:マナーを守った上で可
○日ルール:一週間
版権・越境:なし
敵役参加:あり
避難所の有無:なし
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【キャラクターテンプレ】
名前:
年齢:
性別:
身長:
体重:
スリーサイズ:
種族:
職業:
性格:
特技:
容姿の特徴・風貌:
簡単なキャラ解説:
【パートナーモンスター】
ニックネーム:
モンスター名:
特技・能力:
容姿の特徴・風貌:
簡単なキャラ解説:
【使用デッキ】
合計20枚のカードによって構成される。
「スペルカード」は、使用すると魔法効果を発動。
「ユニットカード」は、使用すると武器や障害物などのオブジェクトを召喚する。
カードは一度使用すると秘められた魔力を失い、再び使うためには丸一日の魔力充填期間を必要とする。
同名カードは、デッキに3枚まで入れることができる。
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>テュフォンのバカヤロぉおおおおおおおおおおおお!! ブリーズのアホんだらぁあああああああ!!
勝手にヒゲ将軍の玩具になんかなりやがってぇええええええええええ!!
遠くでカザハの叫び声が聞こえる。
なゆたは慌てて涙を拭うと、立ち上がってカザハの方を振り返った。
>こんなところに一人でいたら危ない……そろそろ戻ろう
「う……うん、そうだね。
お夕飯の支度でずっと竈の近くにいたから、暑くなっちゃって。
それより……なんか奇声あげてなかった?
テュフォンとブリーズがどうのって……。そういえば、双巫女さまはどうしたの?
先に村へ帰ったのかな? スターズも……」
>奇声? ああ、気が付いてたか……? 双巫女がいないこと。
グランダイトを味方に引き入れるために自ら身を捧げて魔剣になったんだ
カザハから、タマン湿生地帯で起こった出来事の一部始終を聞く。
グランダイトが観戦に来たこと。デスティネイトスターズとの共闘。テュフォンとブリーズの犠牲。
イブリースとの決戦――そしてミハエル・シュヴァルツァー。
>ずっと忘れてたけど。あの二人は前の周回で共に草原を統治した同胞……妹?だった。
明神さん達には内緒な。
実際彼女達が犠牲になってくれなければどうにもならなかっただろうし。
みんな尊い犠牲と莫大な貢献に感謝しながら前に進んでいこうとしてる。
そういう温度差ってあると思う。だから、きっとなゆの気持ちも全ては分からない……。
だから、これから言うのは何も分かってない奴の勝手な希望だ
「……」
>なゆは自分がいなくなっても大丈夫と思ってるみたいだが実はそうでもない。
エンバースさん、いや……ハイバラさん?
物凄く強いがなゆがいないと年端もいかぬ少女へのセクハラが止まらないみたいだ。
ジョン君はマッチョ過ぎて勢いでテーブルを破壊してしまった。
明神さんはその……リーダーとしての資質は申し分ないと思うが
なんというかガザーヴァと人目憚らず青春劇場でどう反応していいか分からない。
我なんて勝手に死にかけて復活した拍子にイメチェンする有様だ。
きっとなゆならその全部に一番うまく突っ込めると思う
「……」
説得しているつもりなのだろうが、どこかピントのズレた発言を続けるカザハ。
なゆたは言葉もない。
>つまり何が言いたいかというと……君がいなきゃ困る。
戦闘力なんてリーダーの要素のほんの一部だったんだ。
君じゃなきゃ駄目なんだ。リーダーは、なゆ以外には務まらない
そう言い捨てると、カザハはなゆたの返事を待つこともせずにさっさと踵を返すと、天幕に戻ってしまった。
こんなときにセクハラだのマッチョだのと冗談半分に言われたところで、笑えるはずもない。
尤も、カザハに悪気はないのだろう。彼は100%純粋な行為で言っているに違いないのだ。
カザハは所詮、人間ではない。シルヴェストルという妖精、精霊の一種だ。
人間とは肉体も精神も、構造が何もかも違う。そんな異種族に人間の機微を察せというのも酷な話だろう。
ただ、セクハラだの青春だのといった文言が何らなゆたの心に響くことはなくとも――
>君じゃなきゃ駄目なんだ。リーダーは、なゆ以外には務まらない
その一言だけは、ほんの僅かになゆたの折れた心の琴線に触れた。
「……そんなこと……」
ぎゅ、とフレアミニスカートの裾を握りしめると、なゆたは俯いた。
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>なゆたちゃん、エーデルグーテに行こう
カザハと入れ替わるように天幕を出、やってきたのは明神だった。
いついかなるときも明神と共にいたがるガザーヴァは、説得にはやってこなかった。
元々あまりなゆたに興味がないということもあるのだろうが、
それ以上に――現在のパーティー最古参であるなゆたと明神の会話を邪魔するまいと彼女なりに気を利かせたらしい。
ゲームの中では空気を読まない行動と言動でさんざんプレイヤーを引っ掻き回した幻魔将軍だが、
天然で空気が読めないのではない。
むしろ誰よりも空気が読めるからこそ、敢えてプレイヤーのヘイトを集めるために空気の読めない言動をしていたのだ。
カザハと同じくパーティー脱退をすんなり認めるでない発言に、なゆたの眉尻が下がる。
「……明神さん。
無理だよ、今のわたしじゃこの先の旅にはついていけな――」
>俺たち全員、あの戦いでニヴルヘイムの連中にツラが割れちまった。
パーティを離れる方が危険だ。人質に取られる可能性だってある。
それなら、十二階梯の……オデットの庇護下に居たほうが良い
>道中どんな危険があろうが、絶対にお前を安全な場所まで連れてく。
そこまでやらなきゃ、俺はポヨリンに顔向けできねえ。
あいつは……俺にとっても大事な仲間だった。あいつの旅路を、半ばで終わらせたくない
「ポヨリン……」
明神が口にしたその名前に、一旦耐えたはずの涙がまた溢れてくる。
ポヨリン。崇月院なゆたにとって唯一の、かけがえのないパートナー。
迂闊な采配ミスによって兇魔将軍イブリースによって消し飛ばされてしまった、大切な相棒。
自分にとってもポヨリンは仲間だった、と明神が言う。
大切な仲間の遺志を継ぎたい、と――
>だからもう少しだけで良い。俺たちのリーダーでいてくれ。
まっすぐ進めない俺たちを、エーデルグーテまで導いてくれ。
それに――
>……トンカツ、食わせてくれるんだろ
そう言うと、明神は微かに笑った。
パーティー最年長者らしい、優しさと配慮に溢れた言葉。
とても、地球で熾烈なレスバトルを繰り広げたクソコテ『うんちぶりぶり大明神』と同一人物だとは思えない。
ことここに至り、明神は名実ともに『笑顔きらきら大明神』へとクラスチェンジしたのだろう。
サブリーダーなどとんでもない。今の明神ならば、リーダーとして立派に仲間たちを率いて戦ってくれるはずだ。
だが。
そんな明神が、まだなゆたにリーダーでいてほしいと言っている。
まっすぐ進めない自分たちを導いてくれ、と。
もう、そんな必要はないのに。
「明神さん……わたし……」
溢れそうになる涙を、ぐっと堪える。
俯いて唇を噛みしめる。
カザハや明神の申し出は有難いと思う、心の底から嬉しいとも思う。
けれど、彼らの期待は、優しさは、信頼は、裏を返せば紛れもない重荷だった。
どれだけ望まれたところで、どれだけ願ったところで。
もう自分に戦う力はない。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』としての能力はすべて喪われ、なゆたはただの女子高生に戻った。
召喚などできない。インベントリも開けない。スキルもすべて使えなくなり、
今までは軽々と着こなしていた姫騎士の鎧にさえも重さを感じるほどだった。
今のなゆたは村人A以下の存在になった。ゲーム内でスタート地点の村にいる、
『ぼうぐは そうびしないと いみがないよ』などとチュートリアル説明をしてくれるモブ以下の存在。
それが、今の崇月院なゆただというのに。
「……ごめん」
ようよう、蚊の鳴くような声でそれだけを喉から搾り出す。
が、おずおずと顔を上げてみれば、明神は既に天幕に戻った後だった。
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>……よう
エンバースがゆっくり歩いてくる。なゆたはぐしぐしと乱暴に右手の袖で目許を擦ると、エンバースを見た。
それから、顔の筋肉を総動員して何とか笑顔を作ろうと試みる。
「アハハ……カザハ、明神さんと来て、今度はエンバース?
わたし、そんなに信用ない? そりゃそっか、今のわたしは何の力もないからね。
獣にでも襲われちゃったらイチコロ――」
>俺が何故こんな風になったのか。分からないって言ったよな。教えてやるよ
ぎこちなく笑おうとするも、エンバースはそんななゆたの反応を無視して一方的に語り始めた。
>俺はな、一度死んだんだ。闇溜まりの奥深く……光り輝く国ムスペルヘイムで。
ヒトの魂を薪に燃える聖火に焼かれて、そこで俺の冒険は終わった筈だった
光り輝く国ムスペルヘイム。
設定でだけ名前が出てきた、未実装エリア。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の誰も見たことのない、至高の国。
エンバースはどういう訳か一巡目の世界で仲間たちと共にそこに召喚されたのだという。
ミハエル・シュヴァルツァーと激突するはずだった世界大会の二日前、エンバース――ハイバラは突如として消息を絶った。
>俺は死んだ
何者かの手によってムスペルヘイムに召喚されたハイバラと仲間たちはそこで戦い、敗北し、命を落とした。
>そしてアンデッドになったんだ
しかし、ハイバラはエンバース――燃え残りとなってここにいる。
そう、彼は死んだ。だがまだ厳然としてここにいるのだ。
それは果たして、何を意味しているのか?
エンバースは何を言いたいのか?
>……エーデルグーテに行こう、モンデンキント。俺達と一緒に。諦めるにはまだ早いぜ。
『永劫の』オデットは聖属性魔法の達人で……しかもアンデッドの女王様だ。
ポヨリンさんともう一度会える可能性は……ゼロじゃない筈だ
ゲームに酷似した世界であっても、死は絶対。一度死した者を復活させることはできない。
それは魔王バロールであっても、大賢者ローウェルであっても不可能なことだ。
けれども――その一方でこの世界には『アンデッド』という概念がある。
スケルトンやゾンビなどの動く死体から、ヴァンパイアなど人間とほとんど変わらない外見の者まで。
もしも死霊魔術や何らかの方法で、もう一度ポヨリンと会うことができるなら――。
>そりゃ……上手くいかない可能性だって、ゼロじゃないけど
エンバースが補足する。
そうだ、そんなことは単なる希望的観測、甘い願望に過ぎない。
確かにそんなことができる人物がもしもいるとするなら、『永劫の』オデット以外にはいない。
けれど、そんな術が使えるという確証もない。確率的には出来ないという可能性の方がずっと高いだろう。
それでも。
>でも、頼む。一緒に来てくれ
一緒に来てくれ、と。
エンバースはそう言った。
現状のなゆたが何の役にも立たない、それどころかパーティーの足を引っ張るお荷物になるであろうことを理解した上で。
びょう、とふたりの間に一陣の夜風が吹き、長い髪を。スカートの裾を、コートを嬲って流れてゆく。
>俺は……
エンバースが口を開く。
軽く胸元で両手を握りしめ、なゆたはその言葉の続きを待った。
そして。
>……お前がいなくなるのは、嫌なんだ
その静かな、けれどどこか決意を感じる言葉を聞き、息を呑んだ。
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「……みんな……おんなじこと言うんだね」
震える声を懸命に押し殺し、なゆたが言葉を紡ぐ。
「リーダーでいてほしいって。エーデルグーテに行こうって。
みんな、わたしに何を期待してるの? わたし、なんにもできないんだよ?
ブレモンがちょっと強いからって、スライムマスターとか月子先生とか呼ばれて、いい気になって。
でも、それももう負けちゃったんじゃ何の意味もないじゃない……!」
ギリ、と奥歯を噛みしめる。
「わたしに何をやれって言うの? わたしは伝説の勇者でもなんでもない!
どこにでもいる、ただの女子高生なんだよ!?
リーダーやってたのだって、真ちゃんが突然いなくなっちゃったから!
真ちゃんの代理として当座の中継ぎとしてやってただけで、真ちゃんが帰ってきたらすぐに替わるつもりだったのに!」
一度こみ上げてきた激情は、もう押し留められない。
大粒の涙をぼろぼろと零しながら、なゆたは叫んだ。
「分かってるよ、みんな辛いんだってことは!
カザハは双巫女さまを亡くして、明神さんは目の前でマホたんに死なれて。
ジョンはロイを喪って、あなたは仲間たちと死に別れて――
それでも前を向いてる! 戦おうって思ってる!
でも、わたしは無理だよ……! ポヨリンがいなくなって、何もかもなくなって……。
それでも立ち上がれなんて、そんなの……できる訳ない……!!」
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の戦いは、常に死と隣り合わせだった。
リバティウムからここまで、なゆたたちは多くの人々が死んでいくのを目の当たりにしてきた。
その中には家族や兄妹に等しかった者も少なくない。
そういった大切な存在との死別を、今のパーティーの仲間たちは皆経験している。
今回のことは、単純に『身近な者の死』がなゆたに降りかかっただけ――そう受け取ることもできるだろう。
だが。
大好きな育ての母を喪って以来、身近な者の何もかもを守ると誓ったなゆたにとって、
唯一無二の相棒を喪ったことは身に余る衝撃だった。
なゆたの心は完全に折れてしまった。今、なゆたの心を満たすものは悔恨と絶望、それから諦観だけだ。
仲間たちの大きすぎる期待など、入る余地はどこにもない。
「みんな、わたしのことを買い被りすぎだよ……。
今だから言うけど、わたし……ずっと怖かった。ずっと、震える足をなんとか踏ん張って我慢してた。歯を喰いしばってた。
なんでわたしは世界を救うための戦いなんてしてるんだろうって……ずっと考えてた。
しめちゃんがリバティウムに残るって言ったとき、羨ましいって思った。
みのりさんがキングヒルでバックアップに回るって提案したとき、先を越されたって感じた。
マル様親衛隊のスタミナABURA丸さんの話を聞いたとき、そういう方法もあるんだって目から鱗だった――!」
エンバースの目の前で、なゆたは嗚咽を漏らす。
それは今までずっとひた隠しにしてきた、偽らざる本音だった。
崇月院なゆたは強い人間ではない。希望に溢れ、仲間たちを率先して牽引し、いつも前を向いている月子先生。
スライムマスター・モンデンキントという『キャラクター』を演じていただけだ。
「みんなしてわたしに頼って! わたしが何か言うのを待って!
わたしがいなきゃまっすぐ歩けない? そんなのわたしの知ったことじゃない!
これからもわたしがリーダーをやって、もしまた采配を間違えたら?
エンバースやカザハ、明神さんにジョン、誰かに万一のことがあったら? そんなの堪えられない!
みんな、わたしに勝手な期待をかけないで!
みんな……勝手すぎるよ……!!」
始原の草原に、なゆたの慟哭が谺する。心の中に溜まっていた澱をエンバースにぶちまける。
ただ始原の風車が生み出す風だけがふたりの間を往き過ぎ、しばしの静寂が流れる――。
「…………でも。
一番勝手なのは、勝手にパーティーを抜けるって決めた……わたしだったね」
幾許かの沈黙の末、なゆたはぐっと拳を握り込むと、小さな――しかしはっきりとした声量で言った。
涙の溜まった、しかし決意を湛えた双眸でエンバースを見遣る。
「つらいよ。逃げたいよ。重圧だよ……みんなの期待。
どんな慰めを受けたって、ブレイブじゃないわたしなんかに何が出来るんだって思いは今も全然変わらない。
ガンダラのマスターのところで、ウェイトレスしながらのんびりしてた方がいいんだろうって本気で思う。
わたしのミスでみんなが傷ついたらって考えると怖いし、嫌だよ……。
けど――――」
ゆっくりと、だが一歩一歩着実に、エンバースのところへと歩いてゆく。
「けど。みんなの期待を足蹴にして、信頼に背を向けて。
崇月院なゆたはそこまでの女だったって。モンデンキントはその程度だったって――そう思われることの方が、
もっともっと嫌だ――――!!」
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「わたしは完璧な人間なんかじゃない。きっとわたしは間違える、これからも――いっぱい過ちを犯すだろうし、
ミスするだろうし、戦いにだって負けると思う。
でも――それでも。それでもいいって、あなたたちが言うのなら。
行くよ……わたしも。聖都エーデルグーテへ」
決然とした表情で真っ直ぐにエンバースを見据え、そして告げる。
死の恐怖よりも、喪失の絶望よりも恐ろしいもの。
仲間たちの失望を回避するために。崇月院なゆたの、モンデンキントの矜持を守るために。
「わたしがいなくなるのは嫌だって言ったよね、エンバース」
なゆたはサイハイブーツでしっかりと大地を踏みしめ、遺灰の男へ向かい合う。
「じゃあ、約束して。……わたしは必ず立ち上がる。今は無理でも、絶対にまた前を向いてみせる。
みんなが信頼してくれる、リーダーだって胸を張って言える。そんなモンデンキントに、もう一度なってみせるから。
それまで、わたしのことを守ってほしい。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』でなくなったわたしを戦場へ連れて行く、
それがあなたの願いなら、あなたにはその義務がある。そうでしょ?
わたしの命を、あなたに預ける。わたしの未来も運命も、全部。
だから。……だからね、エンバース。
わたしの――」
そこまで言って、なゆたは小さく微笑むと右手を差し出した。
柔らかな風が、サイドテールの長い髪をふわりと揺らす。
「パートナーに、なってくれる?」
それは、新たな契約のかたち。
なゆたは何もエンバースに自分のモンスターになれと言っている訳ではない。
第一、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の証、スマホはとっくに壊れて機能不全に陥っている。
だから、これは実際には何の意味もない契約だった。
何らの拘束力さえ持たない、他愛ない口約束だ。
けれど、その中にはゲームデータ上の契約よりもずっと大きな願いが、祈りが込められている。
データなどなくとも、契約の書類など存在しなくとも。
ひとは信頼する誰かに命を預けられる。自身のすべてを委ねることができるのだ。
それはきっと、当然訪れるはずであった別れを拒絶し、尚も共に在ることを希望したエンバースへの、
なゆたなりの感謝の証だったのであろう。
エンバースの返答を聞くと、なゆたは嬉しそうに笑みを深めた。
その拍子にぽろりと目に溜まっていた涙が零れる。
「えへへ……よかった。
ありがと、エンバース。じゃあ……改めてよろしくね。あなたのこと、いっぱい頼りにしてる。
何せこんな状態だから……今までなんか比べ物にならないくらい迷惑かけちゃうと思うけど。
……信じてるから。守ってね」
そう言うと、かくりと膝から崩れ落ちそうになってしまう。
バランスを崩し、エンバースの胸に飛び込む形で凭れ掛かる。
ポヨリンを失い、大切な仲間たちとの離別を覚悟していた。これからは脱落者として過ごすのだと。
だが、エンバースを始めとする仲間たちの総意で脱退を思いとどまることができた。
これからも皆と一緒に旅を続けられるのだ――そう安堵した途端、強張っていた身体が弛緩してしまったらしい。
ついでに、腹までぐぅと鳴る。エンバースの胸に軽く両手を添えながら、
なゆたは顔を真っ赤にして視線を逸らした。
「ご、ごめん……。なんか、安心したら力が……。あと、オナカも減って来ちゃった……。
だって、ずっと寝てたし。料理は作ったけど、食欲なんて全然なかったんだもん……」
内緒にしてね。と恥ずかしそうに囁く。
やっと、なゆたは無理矢理表情筋を動員した表情でなく、自然な表情を作ることができた。
今は、ひとりで立ち上がれなくても。大きな悲しみに胸がふたがれていたとしても。
その傍らに遺灰の男がいてくれるのなら、きっとまた前を向いて歩き出すことができるはずだ。
ふたりの間で交わした、秘密の契約――
信頼に裏打ちされた約束があるのなら。
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聖都エーデルグーテ。
紺碧湾都アズレシアから沖へ出ること数百キロの洋上に屹立する万象樹ユグドラエアの麓に位置する、
世界宗教プネウマ聖教の聖地である。
もはや大樹と表現するのも莫迦らしいような、規格外の巨大さを誇る万象樹の複雑に絡み合った根が陸地を成し、
ひとつの都市を形作っている。
なゆたたち一行は飛空艇ヴィゾフニールを駆り、数日の航行を経て件の聖地へと到着していた。
「……ごめんね、みんな。弱気なこと言って、心配させちゃってさ。
さっきはパーティーを抜けるって言ったけれど……やっぱり撤回するよ。
わたしも聖都エーデルグーテへ行く」
始原の草原での夜、エンバースと共に仲間たちの待つ天幕へ戻ったなゆたはジョンたちを前にそう切り出した。
「正直なところ……今でも悩んでる。
モンスターはいない、スマホも使えない。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』じゃなくなっちゃったわたしに、
いったい何ができるのかって……。
今のわたしには、その答えを出すことはできないけれど。
もし、みんなの進む先にわたしのできる“何か”があるのなら――
わたしはそれを見つけたい。見つけなくちゃ、いけないと思う」
ぎゅ、と強く拳を握り締め、なゆたは仲間たちに懇願する。
「お願い……わたしも連れていって。
みんなの足を引っ張ると思う。お荷物になると思う。
でも、行きたいんだ。
わたしは――このまんまじゃ終わりたくない……!!」
何もかも失い、無力感に苛まれているのは、今も変わらない。
だが、パーティー脱退を宣言したときとは決定的に違うものがある。
仲間たちの叱咤が、信頼が、気遣いが、なゆたの挫けた心に火を灯した。
冒険をやめてしまうのは簡単だ。しかし、そちらの選択肢に発展はない。進展はない。
イブリースに敗北したことで、なゆたは眼前に『GAME OVER』の文字を突きつけられた。
しかし――
なゆたは『RETIRE』の選択肢ではなく『RETRY』の選択肢をえらんだのだ。
ゲームの基本はトライ&エラー。失敗したのなら、何度だってやり直せばいい。
生きている限り、諦めない限り、人は戦い続けることができる。
デュエルできなくとも、スペルカードを手繰ることができなくとも。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』でなくなったとしても、プレイヤーがプレイヤーでなくなることはない。
そうしてなゆたは再度立ち上がり、パーティーに復帰した――が。
「あと、わたし……ひとつ謝らなきゃならないことがあるんだ」
逡巡しながらそう切り出す。
「人魚の泪をどこかに落としちゃったかもしれない。
イブリースとの戦いに負けて、目が覚めるとどこにも見当たらなくなってて……。
インベントリに入れずに、懐に入れて持ち歩いてたのがいけなかったのかも……。
本当にごめんなさい、だからエーデルグーテに出発する前に、みんな探すのを手伝ってくれると嬉しいんだけど……」
なゆたは人魚の泪をずっと肌身離さず鎧の内側に入れて大切に保管していた。
それは、ライフエイクとマリーディアの愛の結晶を単なるアイテムとしてインベントリに放り込みたくなかったという、
ちっぽけな理由によるものだ。
エンバースはそれを知っていた。そして対イブリースの切り札として、
気絶しているなゆたの懐をまさぐって人魚の泪を手に入れ、使用したのだ。
むろん意識を失っていたなゆたはそれを知らないが、仲間たちは知っているだろう。
当然その真実をなゆたにリークすることもできるということだ。
人魚の泪紛失の真実を知ると、なゆたは顔を真っ赤にしてわなわなと震えた。
泪は胸鎧の内側にある隙間に収納されていた。つまるところ、なゆたの控えめな胸と鎧の間にある空間だ。
そこから人魚の泪を取ったということは、即ち鎧の内側に手を突っ込んで胸に触れたということになる。
「な、な、ななななななな……」
なゆたも年頃の乙女である。気絶している間に胸に手を突っ込まれた、その衝撃は想像に余りある。
キッとエンバースを睨みつけると、
「なんてことすんのよ! このドスケベ――――――――――――ッ!!!!」
鋭いスナップを利かせた渾身の平手打ちがエンバースの左頬を痛撃する。
結局、なゆたの不機嫌は始原の草原から飛空艇で出立し、数日を経て万象樹ユグドラエアが見えてくる辺りまで続いた。
-
「すごい……! これが聖都エーデルグーテ……。
ゲームでは何度も来たことがあったけど、改めて実体験するとなると全然見え方が違う……!」
聖都の外れにヴィゾフニールを着陸させ、仲間たちと共に都へ入ったなゆたは思わず歓声をあげた。
世界宗教であるプネウマ聖教の総本山であるエーデルグーテは、皓白の都とも呼ばれている。
綺麗に舗装された石畳と、目抜き通りの両側に軒を連ねる無数の商店。
遠くには巨大な尖塔と純白のアーチを描いた橋、それに荘厳と言うしかない巨大な建築物が鎮座しているのが見える。
大聖堂カテドラル・メガス。そこに自分たちが面会すべき十二階梯の継承者・『永劫の』オデットがいるのだ。
「まずは、ここで装備を整えていくのがいいかもね。
ってことで、買い物ターイム!
みんなで必要なものを揃えていこう!」
大きく右手を振り上げると、そう提案する。
ゲームのエーデルグーテは最重要都市の一角らしく、
今までの街や国で手に入ったものとは比べ物にならない性能のアイテムや武器を購入することができる。
特に光属性のアイテムに至っては世界最高峰のものを取り揃えており、
光属性のビルドを組む『異邦の魔物使い(ブレイブ)』にはまさに聖地というに相応しい場所であった。
そして、それは現実のアルフヘイムでも変わらないらしい。
巡礼者が物品を購うために利用する店々の品揃えは驚嘆に値するもので、
ドワーフの刀鍛冶が+補正のされた武器や防具を売ったり、魔術師がポーションなどのマジックアイテムを捌いている。
ボロボロになってしまった明神のスーツによく似た服も、ここでなら手に入ることだろう。
「なーなー! 明神明神!
ボク、ガーゴイルに新しい馬具を買ってあげたいんだけど!
買って! あ、敏捷度と暗黒魔法に補正掛かってるヤツな! いっちばん高品質のヤツ!」
露店で買った(明神に買わせた)氷魔法で凍らせたフルーツのスムージーを飲みながら、
軽装状態のガザーヴァが装備品をねだる。
ガーゴイルはヴィゾフニールの番をするため留守番している。そんな相棒にもいい目を見せてやりたいのだろう。
明神の懐をあてにしているあたりタチが悪い。なお、行く先々でいい匂いのする料理に惹かれ、
食べ物を無心するのも忘れない。
キョロキョロと辺りを見回しては、あれなんだろー? とかあっち行こーぜ! などと明神の腕を引っ張る。
完全なおのぼりさん状態である。
「……この服、かわいい……。
防御力は姫騎士の鎧に負けるけど、回避力アップかぁ……」
そんな明神たちをよそに、防具屋で服を手に取って見ながらなゆたが呟く。
今のなゆたは戦う術も、まして身を護る方法も持たない。
姫騎士の鎧を着ていたところで、もしモンスターなどの攻撃を受ければ重傷は免れないだろう。
であるなら、いっそ防御を捨てて回避に全振りした方がいいのではないか――と考える。
「ね、エンバース。
これ、どうかな? ……似合う?」
試着されますか? との店員の言葉に頷き、フィッティングルームでさっそく衣装合わせをしてみる。
『流水のクロース』。
回避力を高める魔術が施された、ノースリーブスタンドカラーワンピース。上半身はボディラインに沿った造りで、
白地に水色と紫のワンポイントが鮮やかなコントラストを描いている。
胸元には大きな淡紫色のリボン。タイトな縫製の上半身と違い下半身のミニスカート部分はふんわりと広がる形状で、
後ろが長いフィッシュテール状になっている。
腰の大きなベルトに一応の護身用としてレイピアを提げ、ニーハイソックスとローファーを履けば、
今までとはまったく違った装いになった。
カーテンを開き、なゆたはエンバースの前でくるりと一回転してみせる。
サイドテールに纏めた長い髪が、スカートが、まるで舞うように緩やかに躍った。
「さて。買い物を済ませたところで……さっそくカテドラル・メガスに殴り込みよ!」
仲間たちは希望する大抵のアイテムを手に入れることができるだろう。
適当な露店で軽く食事を済ませ、あらかたパーティーの用意が整うと、
装いも新たになったなゆたは意気揚々と大聖堂を指差した。
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「ようこそ、聖都エーデルグーテへ。
お待ちしていましたよ、この母の愛しい子どもたち――」
プネウマ聖教の頂点に君臨する『教帝』、最強のノーライフキングにして十二階梯の継承者のひとり。
『永劫の』オデットが、玉座に腰掛けながら明神達を歓待する言葉を投げかける。
カテドラル・メガスへとやってきた『異邦の魔物使い(ブレイブ)』一行とオデットの面会は、
拍子抜けするほどにあっさりと実現した。
大聖堂に到着すると同時、純白の僧衣を纏った神官たちがカザハらを出迎え、
猊下がお待ちですと謁見の間へ案内したのである。
まるで、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が来ることを前々から予知していたかのように。
「……お会いできて光栄です、教帝猊下。
こちらが『覇道の』グランダイト陛下の親書です」
玉座の前で跪いたなゆたがグランダイトの親書を差し出す。
神官が親書を受け取り、恭しくオデットへと捧げる。
親書を一読すると、オデットは幽かに微笑んだ。
「グランダイト。もうずっと顔を見ていないけれど……元気で過ごしているようですね。
本当にやんちゃな子、まだ世界を手に入れたいと思っているのかしら?」
『覇王』と恐れられるグランダイトも、数千年を生きるヴァンパイアのオデットからすればやんちゃ坊主に過ぎないらしい。
薄い青紫色の膚をした、今にも零れそうなほど豊満な胸が彼女の笑い声と共に揺れる。
露出の多い、けれど気品と優雅さを損なわない豪奢なドレスに身を包んだオデットは親書を読み終えると、
改めて『異邦の魔物使い(ブレイブ)』一行を見遣った。
「仔細は分かりました。もちろん、この母には世界の脅威に対抗する用意があります。
子どもたち、後のことは母にお任せなさい。
きっと、あなたたちの幸福を守ってみせましょう」
オデットはふわりと笑った。見る者を安心させる、慈愛に満ち満ちた笑顔だった。
プネウマ聖教に助力を乞うという当初の計画は、こうして至極簡単に成功した。
これで、グランダイトの軍と合わせてアルフヘイムはニヴルヘイムにも負けない兵力を手に入れたという訳だ。
しかし、オデットに会いに来たのは同盟を締結するためだけではない。
「ありがとうございます、猊下。
……それから……無礼を承知で、ひとつお聞きしたいことがあるんです」
「なんでも仰ってご覧なさい」
「はい。
猊下はアンデッドの王。世界最高の死霊術の使い手……と聞き及んでいます。
であれば、死者ともう一度会ったり……話をすることは可能でしょうか?
もう一度、会いたいコがいるんです――」
思い切って、なゆたは自分の願いを打ち明けた。
イブリースによって敗北を喫し、姿を消してしまったポヨリン。
もう一度だけでいい、ポヨリンと話がしたい。ポヨリンに会って謝りたい。
一目だけでもポヨリンの姿を見ることができれば――そう、藁にも縋る思いでここまで来たのだ。
そして、それはジョンやカザハ、エンバースにとっても同様かもしれない。
ロイやシェリー、テュフォンとブリーズ、そしてムスペルヘイムで死に別れた仲間たち。
不本意な別離を遂げた彼らとも、再度会うことができたなら。
そんななゆたの言葉に、オデットは荘重に頷いた。
「本来、死者と生者は決して交わらぬもの。死者が蘇ることもなければ、生者が彼らと再会することもできません。
……けれど、母ならば。その不文律を束の間捻じ曲げ、交信をすることが可能です」
「本当ですか……!!」
「ええ。けれども、今すぐここで……という訳にはいきません。
生者に生者の理があるように、死者にも死者の理があるのです。
正しき星辰、正しき場所、正しき儀式の下でのみ、本来在り得ざるその奇蹟は叶う……。
そのための準備をしなくてはなりません。少し、時間を頂けますか?」
「ま……、待ちます! どれだけだって!
ポヨリンともう一度会うことができるなら……!」
オデットの返答に、なゆたは喜色を湛えた。
本当はもう二度と会うことができないと思っていたポヨリンと、もう一度会える――。
「分かりました。では、聖堂内に滞在のための部屋を用意します。
こちらの準備が整うまで、あなたたちはゆるりと旅塵を落とすのがよいでしょう」
「ありがとうございます、教帝猊下!」
こうしてオデットの計らいで、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はしばしエーデルグーテに滞在することになった。
-
「んん〜ッ!
景色はキレーだし、食べ物はオイシーし! サイッコーだな、エーデルグーテ!
明神、世界を救ったらここに住もーぜ! ボク、お庭のある白い一戸建てが欲しい!
犬も飼ってさ……と思ったけどガーゴイルがいるから犬はいらねーや」
露店で買った串揚とチョコバナナを両手に持って食べながら、ガザーヴァが嬉しそうに笑う。
聖都に滞在して数日、一行はオデットの催す交霊の儀式の準備が整うのを待っている。
とはいえ、特にすることはない。何せとっくにプネウマ聖教の協力は取りつけてあるのだ。
それをキングヒルのバロールに報告すると、バロールは軽く眉を顰め、
《目的を達したんなら、早めに帰ってきてほしいんだけどなぁ。
今、グランダイトと会談しているんだけど、やっぱり私とみのり君と彼だけじゃ会議には面子が足りないからね!
というか彼、圧が強い! 一緒の空間にいるだけで脂汗が止まらない!
間が持たないんだ、適当な所で切り上げて戻って来てね! 待ってるから!》
と言った。
グランダイトの覇王としての威圧感に気圧されっぱなしらしい。
ゲームではラスボスであり、グランダイトとは比較にならない力を持っていたはずなのに、情けないことこの上ない。
バロールは帰還を急かしたものの、ポヨリンと再会するまで帰る訳にはいかない。それは同盟の締結と同じくらい、
なゆたにとっては大切なことなのだ。
よって、パーティーは現在のところ待ちの一手で各々思い思いに暇を潰すことになった。
「確かにいいところね、エーデルグーテ。
ショップに欲しいものはなんでも揃ってるし、気候も穏やかだし。
リバティウムも好きだったけど、エーデルグーテに箱庭を作ってもよかったかも」
昼下がり、仲間たち全員で食事にでも行こうかと、通りを歩きつつなゆたが告げる。
完全に地上と隔絶された、洋上の都市だというのに巡礼者たちによって物資の往来は活発で、手に入らないものはない。
束の間の安息を、なゆたは久しぶりに謳歌していた。
と。
「泥棒だ! 捕まえてくれ!」
そんな叫び声が商店街の一角から聞こえてきた。
見れば、肉屋の店主とおぼしき太った中年男が包丁を振りかぶり、必死の形相でひとりの少年を追いかけている。
少年はボロボロのフード付きマントを纏い、簡素なシャツにショートパンツ、ハイソックスにショートブーツを履いている。
ぼさぼさの黒髪の頂点には、大きな一対の猫耳。腰の後ろからは長くしなやかな猫の尻尾が生えており、
軽やかな少年の動きに沿ってゆらゆらと揺れていた。
少年は口に鈴なりになったソーセージの束を銜えている。恐らく肉屋から無断で失敬したのだろう。
通りは巡礼者や荷駄を背負ったグラススプリンターを曳く商人など、大勢の人間や亜人たちが行き交っており、
かなり混雑しているというのに、少年は人々の間をまるで激突することなくすり抜けている。
肉屋の主人は肥満しているということもあってか、すぐに息が上がってしまったようだった。
立ち止まりぜえぜえと肩で息をしながら、捕まえてくれえ! と叫んでいる。
「みんな、お願い!」
目の前でそんな騒ぎが繰り広げられては、見過ごすことはできない。
なゆたは鋭く仲間たちに指示を飛ばした。
「相手は子どもだから、ケガはさせないようにね!」
これがならず者や山賊まがいの大人であれば実力行使もやむなしだが、相手は少年である。
此方が全力を出して無用な怪我をさせる訳にはいかない。
あくまでも穏便に捕まえるように、と言う。
少年は見ての通り獣人らしく、その体捌きと俊敏さは目を瞠るものがあるが、
スペルカードや魔法を使用すれば容易に捕獲することができるだろう。
「……」
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が前方に立ち塞がると、少年は金色の大きな双眸をぱちぱちと瞬かせた。
【第八章開始。
なゆた、パーティー離脱を撤回。エーデルグーテへ。
『永劫の』オデットと面会、協力を取り付ける。
ポヨリンと再会するため、儀式の準備が整うまでの間聖都に滞在することを決定。
ソーセージを盗んだ盗人の少年と対峙。
衣装チェンジ。】
-
>「……ごめんね、みんな。弱気なこと言って、心配させちゃってさ。
さっきはパーティーを抜けるって言ったけれど……やっぱり撤回するよ。
わたしも聖都エーデルグーテへ行く」
盛大に自爆して天幕に戻ったカザハは縋るような視線で明神さんにバトンタッチして。
レスバトルもとい説得を得意とする明神さんですら説得できなかったようでエンバースさんが出撃し――
暫く帰ってこないので様子を見に行こうとしたところ。
>「カザハ!明神!二人の邪魔になるから僕と向こうにいこう!男女の秘密を覗くのはマナー違反だよ」
とジョン君に連れ戻され。
何があったのか詳細は分からないが、とにかく、なゆたちゃんはエーデルグーテに行く気になっていた。
(人の心とは複雑怪奇なものだ……)
《そうですね……》
もうすっかり人間じゃない種族目線になっている。
この前まで一応地球人(※鳥取県民)やってたのはだいぶん記憶の彼方になってしまったようだ。
これでも一応世界の風を制御するスーパーコンピューターの一端になる器のはずなのだが、
歴代風精王の皆さんもだいぶんぶっ飛んでそうな感じだったし、
集合体として統制を取るのが前提だとしたら、一人一人は極端に振り切れた者の集まりなのかも……。
>「正直なところ……今でも悩んでる。
モンスターはいない、スマホも使えない。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』じゃなくなっちゃったわたしに、
いったい何ができるのかって……。
今のわたしには、その答えを出すことはできないけれど。
もし、みんなの進む先にわたしのできる“何か”があるのなら――
わたしはそれを見つけたい。見つけなくちゃ、いけないと思う」
>「お願い……わたしも連れていって。
みんなの足を引っ張ると思う。お荷物になると思う。
でも、行きたいんだ。
わたしは――このまんまじゃ終わりたくない……!!」
「良かった――なゆがいなくなったら寂しいからな」
カザハは安心したように微笑んだ。
気が変わった詳細な経緯は分からなくても、これは本心のようだ。
-
>「あと、わたし……ひとつ謝らなきゃならないことがあるんだ」
なゆたちゃんがとても言いにくそうに切り出す。何事かと皆の注目が集まる。
>「人魚の泪をどこかに落としちゃったかもしれない。
イブリースとの戦いに負けて、目が覚めるとどこにも見当たらなくなってて……。
インベントリに入れずに、懐に入れて持ち歩いてたのがいけなかったのかも……。
本当にごめんなさい、だからエーデルグーテに出発する前に、みんな探すのを手伝ってくれると嬉しいんだけど……」
一瞬微妙な空気が流れ、カザハが頑張って『それは大変だ』みたいな表情を作っている。
真実を知ったら、修羅場になりかねない。
なゆたちゃんには申し訳ないが、いったん探す振りをしてその辺に落ちていたことにするのが平和的かもしれませんね……。
――が、明神さんが普通にチクった。
>「な、な、ななななななな……」
>「なんてことすんのよ! このドスケベ――――――――――――ッ!!!!」
エンバースさんに渾身の平手打ちが炸裂した――
これ、改良したら攻撃スキルに昇華出来るんじゃないですかね……
-
「やってきました――世界最大派閥プネウマ聖教の総本山!」
「聖母の守護する皓白の都!」
「「聖都・エーデルグーテ!!」」
カザハとアゲハさんが、無駄にハイテンションな旅番組のように二人で謎のポーズを決め、
カザハが「あっ、いつの間に出ているのだ!」とアゲハさんをスマホに収納する。
そんな親子漫才の横では……
>「すごい……! これが聖都エーデルグーテ……。
ゲームでは何度も来たことがあったけど、改めて実体験するとなると全然見え方が違う……!」
聖都に着く前にはなんとか機嫌を直したなゆたちゃんが、カザハ達の奇行に特にツッコむでもなく歓声をあげている。
エーデルグーテはそれぐらい凄いということだ。
>「まずは、ここで装備を整えていくのがいいかもね。
ってことで、買い物ターイム!
みんなで必要なものを揃えていこう!」
買い物タイムと相成った。
今までの街とは比べ物にならないほどのアイテムが揃っているようだ。
>「なーなー! 明神明神!
ボク、ガーゴイルに新しい馬具を買ってあげたいんだけど!
買って! あ、敏捷度と暗黒魔法に補正掛かってるヤツな! いっちばん高品質のヤツ!」
「父上殿はお小遣い送金してくれないのだろうか……」
カザハが、ガザーヴァにたかられている明神さんをナチュラルにご愁傷様という視線で見ている。
>「ね、エンバース。
これ、どうかな? ……似合う?」
イメチェンを画策しているなゆたちゃんを後目に、
カザハはお役御免の風属性スキルカードの代わりに入れるつもりであろうカードを漁っている。
その中で、複数枚買っているカードが目についた。それは――『馬娘(プリティダービー)』。
効果は”ユニサスを一時的に擬人化形態に変身させる”――そのまんまですね!
ドーピングでレベルを爆上げしての変身が出来なくなってしまいましたからね……。
その代わりということでしょう。
尚、レベルがそのままで人型になることに意味はあるのかと思われそうだが
使える技が少し変わったり、人型になった方が都合のいい状況もあるためだろう。
単にグラフィックを美少女にして遊びたいわけではない。多分。
それから、「いろいろなものが先に付けられる棒」なるものを買っていた。
一体何に使うのだろうか。
……と思っていると、スマホを取り付けて自分を撮って遊んでいた。……って自撮り棒じゃないですか!
-
>「さて。買い物を済ませたところで……さっそくカテドラル・メガスに殴り込みよ!」
「おーっ!」
そういえば……こんな時にいつも言っていた「レッツブレイブ!」は言わないようだ。
きっといつかなゆたちゃんが完全復活したら、その時に言ってくれるのでしょう。
いざ“殴り込み”と威勢良く向かった一行であったが――
こちらが何か言う前に神官たちが出迎え、案内される。どうやら歓迎されているようだ。
歓迎といっても強敵がたくさん出迎えてくれる的な意味ではなく、本来の意味で。
あれよあれよという間に『永劫の』オデットの前に通された。
>「ようこそ、聖都エーデルグーテへ。
お待ちしていましたよ、この母の愛しい子どもたち――」
(母性……圧倒的母性……!)
普通、母親でもない赤の他人がこんなことを言っていたら「???」となるところだが、
オデットには、それがナチュラルに受け入れられてしまう圧倒的母性があった。
>「……お会いできて光栄です、教帝猊下。
こちらが『覇道の』グランダイト陛下の親書です」
>「グランダイト。もうずっと顔を見ていないけれど……元気で過ごしているようですね。
本当にやんちゃな子、まだ世界を手に入れたいと思っているのかしら?」
(やんちゃな子って……グランダイト、ヒゲのおっさんだが……)
>「仔細は分かりました。もちろん、この母には世界の脅威に対抗する用意があります。
子どもたち、後のことは母にお任せなさい。
きっと、あなたたちの幸福を守ってみせましょう」
確か今回の目的はプネウマ聖教の協力を得ることだから……もしかしてミッションクリア!?
>「ありがとうございます、猊下。
……それから……無礼を承知で、ひとつお聞きしたいことがあるんです」
なゆたちゃんはもう一つの目的を切り出した。
>「なんでも仰ってご覧なさい」
>「はい。
猊下はアンデッドの王。世界最高の死霊術の使い手……と聞き及んでいます。
であれば、死者ともう一度会ったり……話をすることは可能でしょうか?
もう一度、会いたいコがいるんです――」
ポヨリンさんにもう一度会いたい――
きっとそれは、なゆたちゃんがエーデルグーテに来る気にになった、きっかけの一つでもあるのだろう。
-
>「本来、死者と生者は決して交わらぬもの。死者が蘇ることもなければ、生者が彼らと再会することもできません。
……けれど、母ならば。その不文律を束の間捻じ曲げ、交信をすることが可能です」
準備に時間がかかるとのことで、滞在するための部屋まで用意してもらえるという。
至れり尽くせりだ。
そこでカザハが切り出す。
「大変恐縮なのですが我も……もう一度会いたい人がいます。
でも……会いたい二人はレクステンペストなんです。
もしかしたら、二人の魂はグランダイト陛下の剣の中に宿っているのかも……」
レクステンペストの魂はテンペストソウルに宿っているとも考えられ、
そうだとすれば二人はグランダイトの剣の中ということになり、通常と同じように交信が可能かどうかは分からない。
不可能と告げられればそれ以上は食い下がらないであろうが、もし可能ならば――
やっと再会したかと思えば碌に話す間もなく死に別れてしまったのだから、話したいことがたくさんあるのだろう。
それに――まだカザハに伝えていない、この世界に関する情報を握っていた可能性もある。
どちらにせよ、儀式の準備待ちで、暫し滞在することになった。
>「んん〜ッ!
景色はキレーだし、食べ物はオイシーし! サイッコーだな、エーデルグーテ!
明神、世界を救ったらここに住もーぜ! ボク、お庭のある白い一戸建てが欲しい!
犬も飼ってさ……と思ったけどガーゴイルがいるから犬はいらねーや」
「ツッコんだら負け……ツッコんだら負け……」
《ガザーヴァを美少女じゃなくて美少年に脳内変換してみたら楽しいんじゃないですかね?》
「カケルよ……君は我を何だと思っているのだ」
少し前までは煽って楽しんでいたはずが、いざ思ったより早くくっついたらこうなったのは
“欲しい物があっさり手に入った途端に興味がなくなる現象”の発展版みたいなものだろう。
>《目的を達したんなら、早めに帰ってきてほしいんだけどなぁ。
今、グランダイトと会談しているんだけど、やっぱり私とみのり君と彼だけじゃ会議には面子が足りないからね!
というか彼、圧が強い! 一緒の空間にいるだけで脂汗が止まらない!
間が持たないんだ、適当な所で切り上げて戻って来てね! 待ってるから!》
バロールさんとみのりさんとグランダイトの3人だけの会議の光景を想像する……。
あ……うん。バロールさんご愁傷さまです。
ご愁傷様ですとは思いつつも、エーデルグーテ滞在を謳歌する。
-
>「確かにいいところね、エーデルグーテ。
ショップに欲しいものはなんでも揃ってるし、気候も穏やかだし。
リバティウムも好きだったけど、エーデルグーテに箱庭を作ってもよかったかも」
そんな感じで、皆で食事にでも行こうとしていたときだった。
>「泥棒だ! 捕まえてくれ!」
まったりとした空気は、突然破られた。
中年男がお魚くわえた猫ならぬソーセージくわえた猫(の獣人)を追いかけている。
>「みんな、お願い!」
>「相手は子どもだから、ケガはさせないようにね!」
「鳥はともだち(バードアタック)!」
カザハが足止めド定番のカードを発動。
猫獣人はあっという間に、景観にマッチした白い鳩まみれになった。
……フィールドの景観に合わせた鳥が来るんでしょうか。
とりあえず足止めは出来たので、あとは速やかに無力化といきたいところだが……
カザハは他のメンバーに「あとよろしく」の視線を送った。
-
>「任された……と言いたいところだけど」
なゆたちゃんの説得に敗れた俺がバトンタッチすると、エンバースは少し困ったような声を漏らす。
>「……今回ばかりは、最後の最後にどうなるかはアイツが決めるしかない」
いつもいつも、不遜なまでに自信に満ち溢れた焼死体の物言いは、どこにもなかった。
それでもエンバースは天幕を出る。俺はその背中を見送る。
>「カザハ!明神!二人の邪魔になるから僕と向こうにいこう!男女の秘密を覗くのはマナー違反だよ」
「そうかな……そうかも……?」
そんなロマンチックな流れだったか……。
まぁ俺も今更「あいつの見た目焼死体だよ?」とか無粋なことは言わねえよ。
第一印象を覆す程度には、エンバースの野郎ともそろそろ付き合い長いしな。
>「……ごめんね、みんな。弱気なこと言って、心配させちゃってさ。
さっきはパーティーを抜けるって言ったけれど……やっぱり撤回するよ。
わたしも聖都エーデルグーテへ行く」
やがて、なゆたちゃんを引き連れてエンバースが戻ってくる。
最愛のパートナーを失った女の子の、その双眸には――
悲しみと確かに共存する、意思の光があった。
>「正直なところ……今でも悩んでる。
モンスターはいない、スマホも使えない。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』じゃなくなっちゃったわたしに、
いったい何ができるのかって……。今のわたしには、その答えを出すことはできないけれど。
もし、みんなの進む先にわたしのできる“何か”があるのなら――
わたしはそれを見つけたい。見つけなくちゃ、いけないと思う」
俺は、何も言わない。言えない。言葉はさっき出尽くした。
これから彼女の出す結論を、きっと歓迎すべきじゃないんだろう。
力を失ったなゆたちゃんに、それでも地獄へ付き合わせようとしている。
>「お願い……わたしも連れていって。
みんなの足を引っ張ると思う。お荷物になると思う。
でも、行きたいんだ。わたしは――このまんまじゃ終わりたくない……!!」
……だというのに。
なゆたちゃんが選んだ『旅を続ける』って答えに、どうしようもなく沸き立つ何かがある。
俺が見たかったもの。不屈の輝き。その光は間違いなく、彼女の眼の中にあった。
「……そっか。この期に及んで『大丈夫か』なんて聞かねえよ。
こっからの旅路、俺たちの実存に賭けて大丈夫にしてみせる。
指示してくれリーダー。次のクエストに行こうぜ」
とまれかくまれ、なゆたちゃんはパーティを脱落せずに旅を続けることになった。
この選択が本当に正しかったかどうかは、わからないけれど。
全部終わった後に後悔しないよう、力を尽くそう。そう思った。
-
>「あと、わたし……ひとつ謝らなきゃならないことがあるんだ」
と、いざ新天地へって段になって、不意になゆたちゃんがそんなことを言った。
>「人魚の泪をどこかに落としちゃったかもしれない。
イブリースとの戦いに負けて、目が覚めるとどこにも見当たらなくなってて……。
インベントリに入れずに、懐に入れて持ち歩いてたのがいけなかったのかも……。
本当にごめんなさい、だからエーデルグーテに出発する前に、みんな探すのを手伝ってくれると嬉しいんだけど……」
「えーーーっとぉ…………」
アレ、エンバースの野郎が持ってたよな?
やっぱ無断拝借じゃねえかあいつ!おもくそ女子高生の胸元まさぐってんじゃん!
んーーーこれはギルティですわ。
俺はノータイムでエンバースを指差した。なゆたちゃんは一瞬で全てを理解した。
>「な、な、ななななななな……」
>「なんてことすんのよ! このドスケベ――――――――――――ッ!!!!」
断罪の一撃もといビンタを食らったエンバースは綺麗に錐揉み回転しながら吹っ飛んでいく。
俺はその一部始終を眺めて、それから天を仰いで十字を切った。
R.I.P.
そんなこんなで俺たちはグランダイト本陣を発つ。
ヴィゾフニールはシルヴェストルの里に路駐しっぱなしなので草原へ向かう500騎の駐留部隊に便乗させてもらった。
これからはこのむくつけき騎士たちが、当主を失ったシルヴェストル達を庇護していくことになる。
……最初は「兵站とかあるから500騎が限界」とか知ったようなこと言っちまったけども。
この用兵において重要なのは、たぶん割り当てる戦力の多寡じゃない。
グランダイトは、自軍の兵士を始原の草原に駐留させると約束した。
それはバカクソ金のかかる遠方までの補給線を自前の軍費で賄うってことだ。
回収の見込める投資とは思えない。維持してるだけで億を超えるルピがガンガン溶けていくことだろう。
その、言ってみれば身銭を切って赤字を垂れ流す行為を、あのグランダイトから譲歩として引き出した。
これは明確にテュフォンとブリーズの戦果だ。
あいつらは草原を血で汚すことなく、大軍に勝利して見せた。
……ソロバン殿は今頃胃を痛め過ぎて吐血してるかもわからんが。
「ちゃんと歴史に刻んでおいてやれよ、カザハ君。
この光景、シルヴェストルを護る兵士の行列。
テュフォンとブリーズが誰も殺さずに草原を守って見せた証だ」
やがて俺たちは始原の草原にたどり着き、乗り捨ててあったヴィゾフニールを回収した。
一路、エーデルグーテへ向かう。
シルヴェストル達が得たものと、失ったものを背にしながら。
◆ ◆ ◆
-
数日後。
俺たちは伸ばし伸ばしになっていた当初の目的を果たすべく、エーデルグーテに居た。
ここまでの陸路と海路を全部すっ飛ばせたおかげで片道一年の道程は一月程度で済んでる。
やっぱ飛空艇ってスゲーわ。こりゃゲーム終盤でなきゃ解禁されないわ。
……終盤か。
思えば、荒野にほっぽり出されて以降ずいぶんと長い旅を続けてきた。
王都でバロールから世界の窮状を聞かされて、現状を打破する策を探し歩いて。
こうして紆余曲折を経ながらも、最後の同盟候補の元へ辿り着いた。
俺たちの旅も、終盤に差し掛かってるんだろうか。
未だ先の見えない侵食現象の解決に、終わりがあるならの話だが。
>「やってきました――世界最大派閥プネウマ聖教の総本山!」
>「聖母の守護する皓白の都!」
>「「聖都・エーデルグーテ!!」」
俺のアンニュイな感慨を余所に、カザハ君は半透明女と一緒になんかポーズを決めていた。
ブレねえなこいつは……。まぁ新天地だしね、こんくらいテンション上げとかねえと損かな?
>「すごい……! これが聖都エーデルグーテ……。
ゲームでは何度も来たことがあったけど、改めて実体験するとなると全然見え方が違う……!」
「すげーよなぁ。皓白ってのは『めっちゃ白い』的な意味だっけ。
確かに雪国かってくらい白いわ。別世界にいるみたいだ」
まぁ別世界ではあるんだけれど。油断してると雪焼けしちまいそうだ。
ここんとこ訳の分からんシールドマシンやらド田舎の草原やら湿地帯やら、
殺風景な場所ばっか眼にしてきたもんだから余計に町並みが鮮やかに映る。
「こういうとこに来るとさ、やっぱスマホの描画性能には限界があんだなって思うよ。
今、俺が見てるこの景色は、その美しさは、この世界に居なきゃわからない。
ストリートビューでも再現できやしねえ、ブレイブだけの特権だな」
その特権の対価が命懸けの戦いっつうのは割に合ってるんだか合ってないんだか。
それでも、この景色を失いたくないって気持ちは、世界を救う理由に十分足りる。
>「まずは、ここで装備を整えていくのがいいかもね。
ってことで、買い物ターイム!みんなで必要なものを揃えていこう!」
そんなわけで、メインクエを進める前に探索パートを挟む運びとなった。
なんか久しぶりだなぁこういうの。ずっと戦場しか渡り歩いてなかったもんな。
「装備更新なんてキングヒル以来だ。オシャレして行こうぜ」
エーデルグーテは洋上に生えたクソでけえ樹の麓に築かれた街だ。
水揚げされたばかりの魚介類が所狭しと店先に並んで、呼び込みする店主の声にも活力が漲ってる。
多くの人が巡礼で訪れることから、物流の結節点として多様な地方の品物も並んでる。
-
「この街の土台になってる大樹な、万象樹ユグドラエアって言うんだけどさ」
はるか上空で枝葉を広げるユグドラエアを首が痛くなるまで眺めながら、俺は薀蓄をひけらかす。
「創世神話、もとい世界観設定いわく、元は神様が原初の海をかき混ぜんのに使ってたマドラーらしいぜ。
海に棒突っ込んで混ぜ混ぜして、先っちょに纏わり付いてきたのが今この世界に繁栄してる生き物たち。
なんか綿あめみたいだよな。スケールがでか過ぎて全然ピンとこねえけども」
益体もない妄言を吐きながら、ガザーヴァと連れ立って露店街を散策する。
>「なーなー! 明神明神!ボク、ガーゴイルに新しい馬具を買ってあげたいんだけど!」
「わはは、いーよいーよ何でも持ってこい!おじちゃんが全部買ってあげようねぇ」
ルピならうなるほどある。伊達にガンダラでBotに混じって金策してないぜ。
何だったらこの露天店ごと買っても釣りが出るんじゃねえかなあ。
>「買って! あ、敏捷度と暗黒魔法に補正掛かってるヤツな! いっちばん高品質のヤツ!」
「ほーん、どれどれおいくら万円……え。は?うん???
職人メイドの鞍ってこんなすんの!?ちょっ、ガザ公!待った!おやつは300万ルピまでですよ!!」
前言撤回。
どうやらマジで良い品は途方も無い額がするようで、大幅な予算の見直しを迫られた。
ガンダラなら一軒家が立つ額じゃん……これ絶対正規の値段じゃねーだろ。
サブクエによくある悩み事を解決した報酬で入手するパターンのやつじゃん……。
ポケモンの自転車みたいなさぁ!
それからしばらく、俺はガザ公と一緒に市場をぶらついた。
一時間もする頃には、俺の両手は抱えきれないほどの荷物でいっぱいになった。
カエル系の魔物の卵をタピオカみたく浮かべたドリンク(うまい)。
ちゃんと処理されたコカトリスの砂肝を使った油煮(涙が出るほどうまい)。
フェルゼンから産地直送と銘打たれたワイバーンの串焼き(ホントかよ)。
闇属性の水棲モンスターが放つ暗黒煙幕を麺類に和えたもの(イカスミパスタって言えや)。
美味そうなものを片っ端からガザーヴァが注文して俺に抱えさせるせいで全然消費が追いつかねえ。
ぼくもうお腹いっぱいデブ……若い子が沢山食べるのを眺めるだけで満足デブよ。
「はぁーイカスミパスタうめぇ。ほらガザーヴァ、食べな。もっと食べな?ほれほれ。
俺の世界、っつーか帝龍君の地元なんだけど、『同食同治』って概念があってな。
まぁ平たく言うと、食べた生き物の部位と同じ部分の身体がパワーアップするって考え方だ」
胃腸を鍛えたけりゃモツを食べ、足が早くなりたきゃ豚足食うみてえな感じ。
あながちこいつはオカルトでもなくて、ようはどの生き物も身体を構成する栄養素は大体一緒ってことだ。
病気なんかで弱った内臓を修復するにはモツ食って内臓を構成する栄養を摂るべきだし、
筋トレなんかでも筋肉質な鶏ささみをめっちゃ食ったりするよな。
「つまりイカスミ食いまくったら闇属性のパワーがつくって寸法よ。
お前もまだまだ育ち盛りだろ、ほれ食べな。俺?俺はちょっとね、胃もたれがね……」
そんなこんなで買い食いしながら市場を回っていると、ある服飾店のショーケースが目についた。
スーツ……そういやイブリースとの戦いでボロ布同然になっちまった。
今はワイシャツ一枚で過ごしてるけど、これからオデットに面会すんのにノージャケットはノーマナーだな。
カテドラルメガスにドレスコードがあるかもだし。
-
「どうよガザーヴァ、俺の新しい一張羅!」
即決で購入したジャケットを早速ガザ公に見せびらかす。
【幻惑のシルエット……人間・体用防具。攻撃のターゲットになった時、確率で効果が発動。
攻撃者に命中率低下の弱体効果を付与する。
――身に纏うは迷光。その紳士は虚像となる】
見た目は普遍的な背広型のスーツだ。
だけど裏地には特殊な縫製で術式が織り込まれていて、魔力をこいつに通すと――
「よーく見ててね。行くぜ必殺のぉぉぉ……明神フラッシュ!!!」
ピカッ!とストロボめいた閃光がスーツの裏側から奔った。
このように眩しい光で相手を幻惑することができるのである。
今はお試しで弱めの光に留めたが、流す魔力の調節で完全に視界を潰すこともできる。
さらにさらに、魔力を流し続ければ光り続けてライト代わりにもなるのだ!!
「わはは!びっくりした?びっくりした?さすが光属性の総本山って感じだぜ」
難点を挙げるとするなら……スーツの前をガバっと開いて光を出すから絵面が変態染みていること。
あと……スーツ自体が真っ白ってことかな。そして自爆防止にサングラスが要る。
俺のツラでグラサンと白スーツ着ると半グレのあんちゃんにしか見えねンだわ。
キンブリーさんか花山薫でなきゃ着こなせねえよこんなの。
両方半グレどころの話じゃねえけどさ。
それから……防具屋でヤマシタの改修もやった。
『鎧に宿った怨念』っていうリビングレザーアーマーの性質上、
怨念自体のレベルとは別に、依代となる防具の性能も戦闘力に直結する。
エーデルグーテは巡礼都市だけあって、旅には必ず入り用になる防具の品揃えも充実してる。
特に長旅には軽い革鎧が適していて、需要があれば供給もある。
対魔法皮膜の施された胸当てや、魔法を付与した篭手、シンプルに頑丈な脛当てと、
あれやこれやと買い揃えているうちにヤマシタの外装を全部位新調することになった。
「なんかテセウスの船を思い出すな……鎧の部位全部すげ替えたらこいつはホントにヤマシタなのか?」
まぁ中身の怨霊は据え置きだしヤマシタはヤマシタでしょう。
PCのパーツをどんだけ更新しようが中身のデータは変わんねえようなもんか。
とまれかくまれ、これでヤマシタの性能も『序盤の雑魚』とは言えないレベルにはなった。
あとは運用の腕次第だな。
>「さて。買い物を済ませたところで……さっそくカテドラル・メガスに殴り込みよ!」
一通り買い物を終えて、俺達はついにカテドラル・メガスへと足を踏み入れた。
◆ ◆ ◆
-
>「ようこそ、聖都エーデルグーテへ。
お待ちしていましたよ、この母の愛しい子どもたち――」
そこから先は、トントン拍子にことが運んだ。
もうびっくりするくらいスムーズに話が進んでいった。
グランダイト陛下がしたためてくれた親書をペラ見して、オデットは微笑みを返す。
――『永劫の』オデット。十二階梯のナンバー3、アンデッドの女王。
その柔和な双眸には、俺たちのさらに『先』を見透かしているような気配があった。
しかし改めてこうして直面すると、すげえカッコしてんなこの巨乳猊下。
何とは言わんが零れそうになっとるがや。僧侶の眼にはことさら毒なんじゃないの?
でもアレだな、美貌が極まりすぎてなんか芸術品を見てる気分だ。
>「仔細は分かりました。もちろん、この母には世界の脅威に対抗する用意があります。
子どもたち、後のことは母にお任せなさい。
きっと、あなたたちの幸福を守ってみせましょう」
「は、話が早い……!」
マジで秒で終わっちゃったよ、交渉!
この聞き分けの良さ、グランダイトの野郎に爪の垢飲ましてやりてぇ……!
あのオッサンのご機嫌とんのに重ねた苦労を思うと、拍子抜けするような思いだった。
……まぁでも、ここまで話が素早く纏まったのは、グランダイトの親書あってこそだと思う。
マジで世界がやばいから協力してくれって、あの覇王の口から言わせた。
でなきゃオデットだって二つ返事でOK出してはくれなかっただろう。
「バロールってホントに人望ねえのな……」
バロールもオデットには再三協力を呼びかけてたはずなのにね。
結局グランダイト相手の交渉もブレイブに任せっぱなしだったしさぁ……。
ニヴルヘイムといい、各方面から嫌われすぎじゃないアイツ。
>「ありがとうございます、猊下。
……それから……無礼を承知で、ひとつお聞きしたいことがあるんです」
爆速で交渉が終わった余録の時間を使って、なゆたちゃんはもうひとつオデットに問いかける。
>「はい。猊下はアンデッドの王。世界最高の死霊術の使い手……と聞き及んでいます。
であれば、死者ともう一度会ったり……話をすることは可能でしょうか?
もう一度、会いたいコがいるんです――」
「………………」
俺は、口を挟まなかった。
エンバースとあの夜、どういう話をしたのか盗み聞きも出来やしなかったが、
なゆたちゃんが旅を続ける理由のひとつになってるなら、それで良い。
このくらいの寄り道は、世界を救うパーティの役得としてあっても良いはずだ。
-
なゆたちゃんの訴えを聞いて、オデットの返した答えは『可』だった。
>「ええ。けれども、今すぐここで……という訳にはいきません。
生者に生者の理があるように、死者にも死者の理があるのです。
正しき星辰、正しき場所、正しき儀式の下でのみ、本来在り得ざるその奇蹟は叶う……。
そのための準備をしなくてはなりません。少し、時間を頂けますか?」
「異論ないぜ、なゆたちゃん。せっかくベッドの上で寝れるんだ、もうちょっとばかしお休みしていこう」
なにせこれまでのクエストと違って時間制限がない。
つーか今までが呪いの進行だのシールドマシンだの戦争勃発秒読み段階だのカツカツ過ぎたんだよ!
そりゃもちろんさっさと世界は救うに限るが、拙速を選ぶ合理性もない。
今回俺たちは、十分に準備を整えて先へ進むだけの余裕があるのだ。
いい加減ちゃんとしたお布団で寝たいっつうのも本音だしな。
>「大変恐縮なのですが我も……もう一度会いたい人がいます。
でも……会いたい二人はレクステンペストなんです。
もしかしたら、二人の魂はグランダイト陛下の剣の中に宿っているのかも……」
それに、これは何もなゆたちゃんだけの話じゃない。
カザハくんだって、ジョンだって、この世界で死に別れてきた相手がいる。
エンバースも……きっと。
そして、そういう相手がいまのところ居ない俺は、多分幸運なんだろう。
マホたんは……ちょっと事例が特殊すぎるからな。
そんなわけで俺たちは、しばらくの間エーデルグーテに逗留することになった。
「猊下、俺からもひとつよろしいですか」
別れ際、俺は居住まいを正してオデットに問う。
こういうときって俺じゃなくて「私」って言ったほうがいいのかな。まぁいいやめんどくせえ。
「俺は死霊術師です。これまで書物のみを師としてきましたが、独学に限界を感じています。
猊下は当世において最強の死霊術師。ぜひご鞭撻を賜りたいと存じます。
えーっと、つまり……」
ガチのやんごとない身分の人ってどんな風に話せば良いんだ。
俺ビジネス敬語しかわかんねえよぉ……なんならそれも覚束ねえよぉ。
うん!やめよう!ヒゲ陛下じゃねンだから多少の無礼は許してくれるよ多分!
「なゆたちゃんや他の連中の願いが優先で良い。
色々やることやって、それでも時間に余裕があるなら、その時は……
俺に死霊術を教えて下さい」
――魔法について、俺がまともに教わった相手はバロールの教本だけだ。
それも基礎の部分だけで、死霊術自体はゲームの知識を試しながら自力で習得してきた。
ネクロマンサーギルドで受けられるスキル解禁クエストのテキストだけが頼れる記憶で、
死霊との対話の仕方はほとんど独学だ。
結局、超初級スキルの『霊視』すらこないだまでまともに扱えちゃいなかった。
このままじゃダメだと、イブリースとの戦いで痛感した。
これからの戦いは、足りない地力を創意工夫で補ってなんとかなるレベルじゃない。
地力そのものを、高めていかなきゃ遠からず詰む。すでに一回詰んだしな。
パートナーの性能をフルに発揮させるためにも、俺には死霊術の知識が要る
……ポヨリンが死んだ時みたいに。何も出来ないまま逃げるのは、もう御免だ。
-
◆ ◆ ◆
オデットとの面会から数日。俺たちはエーデルグーテで束の間の休息をとっていた。
>「んん〜ッ!景色はキレーだし、食べ物はオイシーし! サイッコーだな、エーデルグーテ!
明神、世界を救ったらここに住もーぜ! ボク、お庭のある白い一戸建てが欲しい!
犬も飼ってさ……と思ったけどガーゴイルがいるから犬はいらねーや」
「良いねえ。家建てんなら俺は市場に近いとこが良いなあ。
俺もお前もメシ作れねえしさ。毎日屋台で豪遊しようぜ」
ぜってえ早死にするデブよ。うめーんだもんここのメシ。
でも俺は、ガザーヴァには色んな街を見てから結論を出してほしい。
一巡目でこいつが見られなかったアコライト外郭の先には、風光明媚な場所がここ以外にもたくさんある。
もちろん、ガンダラとかキングヒルとか、アコライトより前の街にも。
リバティウムではしめじちゃんがそろそろ裏社会を牛耳ってる頃だろうしな。
多分俺たち闇の者にとってすこぶる暮らしやすい場所になってるよ。
>《目的を達したんなら、早めに帰ってきてほしいんだけどなぁ。
今、グランダイトと会談しているんだけど、やっぱり私とみのり君と彼だけじゃ会議には面子が足りないからね!
というか彼、圧が強い! 一緒の空間にいるだけで脂汗が止まらない!
間が持たないんだ、適当な所で切り上げて戻って来てね! 待ってるから!》
「わはは、ざまーみやがれクソ魔王。弟弟子にパワハラかまされる気分はどっすか?
つうかさぁ、こんな便利な通信魔法あんだからウェブ会議で良くない?
いまどき会議やんのにわざわざ交通費かけて参集すんの流行らねえよ?」
なんか漫画でもよく悪いヤツらの会議で映像だけ参加みたいなのあんじゃん。
もうあれで良いじゃん。猊下もお暇じゃないんですよあなた。
>「確かにいいところね、エーデルグーテ。
ショップに欲しいものはなんでも揃ってるし、気候も穏やかだし。
リバティウムも好きだったけど、エーデルグーテに箱庭を作ってもよかったかも」
「街ひとつまるごと十二階梯の庇護下ってとこも気に入った。
海賊だってこの街には近づくめえよ。敬虔な信徒がいっぱいのおかげで住人の気風も良い。
マフィアが蔓延ってたリバティウムはあれはあれでいい街だったけど……治安がマジでアレだったからな」
そkへいくと、エーデルグーテはマジで平和な街だ。
聖教の連中は親切だし、僧兵に守られた市街には魔物一匹入り込んでこない。
なんだかんだ言ったけど俺もやっぱここに住もっかなあ……。
-
「暮らすなら治安が良いのが一番だよ。治安が――」
その時、商店街の方から男の叫ぶ声が聞こえた。
>「泥棒だ! 捕まえてくれ!」
「……治安がね。うん」
まぁね、そりゃね、人が集まりゃトラブルのひとつやふたつあるよ。
エーデルグーテに限った話じゃないし!全体的に治安が良いのはホントだし!ししし!
振り返れば、雑踏の中を走り抜ける何者かの姿があった。
そしてその後ろをタプンタプン腹揺らしながら追いかける店主。
逃げる人影は、少年くらいの小柄な体格。頭部には一対の猫耳。
……獣人だ。マリスエリスとかいうパチモンじゃなく、ガチの猫系だ。
>「みんな、お願い!」
なゆたちゃんは状況を一目見て、それから俺たちを振り仰いだ。
>「相手は子どもだから、ケガはさせないようにね!」
「了解、ボス」
獣人の盗人はものすごい勢いで人混みの中を爆走する。
まるで水の中を泳ぐみたいに、障害物を意に介さず前へ進む。
「あの店主のツラ見たか?すげえ必死だ、よっぽど大事な商品なんだろうぜ。
なるべく汚さずに元の持ち主に返してやろう」
他人の咥えたソーセージに今更値段が付くかはわかんねえけど。
店の商品1個盗まれたら、損失取り戻すのに5個同じものを売らなきゃいけないって話を聞いたことがある。
あんなにごっそり持っていかれたらそれこそ商売上がったりだろう。
俺たちは、オデットの善意にぶら下がってこの街に滞在してる。
だったら、行きがけの駄賃くらいの善意は、この街に還元していかねえとな。
>「鳥はともだち(バードアタック)!」
先行してカザハ君がカードをプレイし、大量の白鳩が獣人少年を埋め尽くす。
足が止まった。鳩たちが通行人の視線を遮り、俺たちと獣人を雑踏から隔離する。
そしてそこは、俺の射程距離だ。
「喰らえ必殺のぉぉぉーーっ!明神フラッシュ!!!!!!!!!!」
少年の視界を遮るタイミングを狙って、白スーツの効果を強めに発動。
鳩がブラインドになって、少年だけにピンポイントでまばゆい光を浴びせかける。
少年の金色の双眸が、車のライトに反射する猫の眼みたいにピカピカ光った。
「今だっ!かかれ者共!!」
少なくとも数秒は視界がホワイトアウトしてるはずだ。
あのでけえ耳が飾りじゃなきゃまだ音を頼りに逃げる道はあるだろうが、それを見送る俺たちじゃない。
あとは肉体派の皆さんにおまかせします。
【閃光効果付きの白スーツに新調。オデットに死霊術の講義を依頼。明神フラッシュで盗人に暗闇デバフ】
-
【マスト・ヴァニッシュ・ワン(Ⅰ)】
『……みんな……おんなじこと言うんだね』
なゆたの声は震えている。
『リーダーでいてほしいって。エーデルグーテに行こうって。
みんな、わたしに何を期待してるの? わたし、なんにもできないんだよ?
ブレモンがちょっと強いからって、スライムマスターとか月子先生とか呼ばれて、いい気になって。
でも、それももう負けちゃったんじゃ何の意味もないじゃない……!』
取り繕うような笑顔もとうに消えた。
『わたしに何をやれって言うの? わたしは伝説の勇者でもなんでもない!
どこにでもいる、ただの女子高生なんだよ!?
リーダーやってたのだって、真ちゃんが突然いなくなっちゃったから!
真ちゃんの代理として当座の中継ぎとしてやってただけで、真ちゃんが帰ってきたらすぐに替わるつもりだったのに!』
押し込めて、隠されてきた感情の決壊――それはハイバラにとって見慣れた光景だった。
見慣れたゲームのプロローグ画面だ――攻略法だって熟知している。
まずは、STEP1――共感を示す事からゲームは始まる。
『分かってるよ、みんな辛いんだってことは!
カザハは双巫女さまを亡くして、明神さんは目の前でマホたんに死なれて。
ジョンはロイを喪って、あなたは仲間たちと死に別れて――』
パートナーを喪ったブレイブは皆、痛みを抱えている。
耐えられない心の痛み――それが攻撃性を生む=今のなゆたのように。
故に共感する――相手にも自分と同じ傷があると知れば、攻撃的では居続けられない。
だから嘘でもいい。まずは共感を示す――それが攻略の第一歩。
『それでも前を向いてる! 戦おうって思ってる!
でも、わたしは無理だよ……! ポヨリンがいなくなって、何もかもなくなって……。
それでも立ち上がれなんて、そんなの……できる訳ない……!!』
なのに、言葉が出ない。
『みんな、わたしのことを買い被りすぎだよ……。
今だから言うけど、わたし……ずっと怖かった。ずっと、震える足をなんとか踏ん張って我慢してた。歯を喰いしばってた。
なんでわたしは世界を救うための戦いなんてしてるんだろうって……ずっと考えてた』
この少女の苦悩を、ゲームのステージみたいに踏み越えたくなかった。
『しめちゃんがリバティウムに残るって言ったとき、羨ましいって思った。
みのりさんがキングヒルでバックアップに回るって提案したとき、先を越されたって感じた。
マル様親衛隊のスタミナABURA丸さんの話を聞いたとき、そういう方法もあるんだって目から鱗だった――!』
遺灰の男には何も出来ない/何も出来ていない――この世に発生してからずっと。
エンバースの未練の代行者として、遺灰の男は常に/あらゆる面で不十分だった。
『みんなしてわたしに頼って! わたしが何か言うのを待って!
わたしがいなきゃまっすぐ歩けない? そんなのわたしの知ったことじゃない!
これからもわたしがリーダーをやって、もしまた采配を間違えたら?』
ガザーヴァの企みを知った時、遺灰の男は思わず声を荒げた。
だが実際には遺灰の男こそが――悲劇の原因だった。
少なくとも遺灰の男自身はそう考えている。
自分が遺灰の男ではなくハイバラだったら――ポヨリンも双巫女も死なずに済んだかもしれない。
だから、せめて少女の苦悩を吐き出す機会さえ奪う事までは、したくなかった――出来なかった。
-
【マスト・ヴァニッシュ・ワン(Ⅱ)】
『エンバースやカザハ、明神さんにジョン、誰かに万一のことがあったら? そんなの堪えられない!
みんな、わたしに勝手な期待をかけないで!
みんな……勝手すぎるよ……!!』
結果として、遺灰の男は今度もまた何も出来ない――何も言えない。
少女の慟哭が止んで――二人の間には暫しの間、風の音だけが響く。
『…………でも。
一番勝手なのは、勝手にパーティーを抜けるって決めた……わたしだったね』
その静寂を破って、なゆたが呟いた――そして遺灰の男を見上げる。
『つらいよ。逃げたいよ。重圧だよ……みんなの期待。
どんな慰めを受けたって、ブレイブじゃないわたしなんかに何が出来るんだって思いは今も全然変わらない。
ガンダラのマスターのところで、ウェイトレスしながらのんびりしてた方がいいんだろうって本気で思う。
わたしのミスでみんなが傷ついたらって考えると怖いし、嫌だよ……。
けど――――』
遺灰の男へ向けて、ゆっくりと歩み寄る。
『けど。みんなの期待を足蹴にして、信頼に背を向けて。
崇月院なゆたはそこまでの女だったって。モンデンキントはその程度だったって――そう思われることの方が、
もっともっと嫌だ――――!!』
己をまっすぐ見据えるその双眸――遺灰の男はその中にまた、本物を見た。
本物の人生/本物の心を持つ者にしか灯せない、意志の光を。
遺灰の男の口元に、微かな安堵の笑みが零れる。
『わたしは完璧な人間なんかじゃない。きっとわたしは間違える、これからも――いっぱい過ちを犯すだろうし、
ミスするだろうし、戦いにだって負けると思う。
でも――それでも。それでもいいって、あなたたちが言うのなら。
行くよ……わたしも。聖都エーデルグーテへ』
「……考え直してくれるのか?」
恐る恐る、と言った声色――ハイバラらしさを意識する余裕なんて、なかった。
『わたしがいなくなるのは嫌だって言ったよね、エンバース』
「ああ、ああ、言ったさ。その――」
ふと口籠る遺灰の男――まさか、また頼りにしてると言って欲しいなんて言えるはずがない。
ハイバラなら、そんな事はきっと言わない――なら、何を言えばいい。
それを咄嗟に思いつく事が、遺灰の男には出来ない。
『じゃあ、約束して。……わたしは必ず立ち上がる。今は無理でも、絶対にまた前を向いてみせる。
みんなが信頼してくれる、リーダーだって胸を張って言える。そんなモンデンキントに、もう一度なってみせるから。
それまで、わたしのことを守ってほしい。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』でなくなったわたしを戦場へ連れて行く、
それがあなたの願いなら、あなたにはその義務がある。そうでしょ?
わたしの命を、あなたに預ける。わたしの未来も運命も、全部』
なゆたが右手を差し出す/儚げに微笑む――それらは、遺灰の男に向けられたものではない。
-
【マスト・ヴァニッシュ・ワン(Ⅲ)】
『だから。……だからね、エンバース』
少女が頼りにしているのは/その瞳に映るのは――あくまで、エンバースに過ぎない。
『わたしの――』
その事を思うと――遺灰の男は、ひどく胸が痛んだ。
自分は、エンバースが受け取るはずだった信頼を掠め取っている。
自分は、なゆたがエンバースから受け取るはずだったモノを、偽物に貶めている。
自分は――結局、どこまで行っても本物にはなれない。
『パートナーに、なってくれる?』
それでも遺灰の男は迷わず少女の手を取った。
「……誰か一人を選ぶなら、俺はお前を守る。それは今も変わらない。だから――」
そして不敵に笑う。
「――ほら、もっと嬉しそうにしろよ。お前は今、世界最強のパートナーをテイムしたんだぜ」
芝居がかった口調で、事も無げにそう嘯く――エンバースが、きっとそうするように。
たとえ決して本物の存在にはなれなくても、遺灰の男は決めたのだ。
自分は、本物の「偽物」になってみせると。
『えへへ……よかった。
ありがと、エンバース。じゃあ……改めてよろしくね。あなたのこと、いっぱい頼りにしてる。
何せこんな状態だから……今までなんか比べ物にならないくらい迷惑かけちゃうと思うけど。
……信じてるから。守ってね』
「ああ、俺に任せて――」
不意に、なゆたがよろめく/倒れ込む――前方=遺灰の男の胸にしな垂れかかる形。
「――お、おい!」
『ご、ごめん……。なんか、安心したら力が……。あと、オナカも減って来ちゃった……。
だって、ずっと寝てたし。料理は作ったけど、食欲なんて全然なかったんだもん……』
「あ……ああ、なんだよ、驚かせないでくれ」
思わず零れる安堵の嘆息/頭を振る――視線をなゆたへと戻す=殆ど無意識の動作。
視線の先には当然、なゆたがいる――はにかむような表情の少女が。
それは、遺灰の男の無防備な意識に深く突き刺さった。
がらんどうの胸の奥で、偽物の心が高鳴る。
瞬間、遺灰の男は理解した――理解せざるを得なかった。
この胸の高鳴り/痛み/苦しさに、もし名前を付けるなら、それは――
-
【マスト・ヴァニッシュ・ワン(Ⅳ)】
『……ごめんね、みんな。弱気なこと言って、心配させちゃってさ。
さっきはパーティーを抜けるって言ったけれど……やっぱり撤回するよ。
わたしも聖都エーデルグーテへ行く』
天幕に戻り、なゆたが仲間達を前に告げる。
『正直なところ……今でも悩んでる。
モンスターはいない、スマホも使えない。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』じゃなくなっちゃったわたしに、
いったい何ができるのかって……。
今のわたしには、その答えを出すことはできないけれど。
もし、みんなの進む先にわたしのできる“何か”があるのなら――
わたしはそれを見つけたい。見つけなくちゃ、いけないと思う』
遺灰の男=自分は何もしていないといった態度――エンバースなら、きっとそう振る舞う。
『お願い……わたしも連れていって。
みんなの足を引っ張ると思う。お荷物になると思う。
でも、行きたいんだ。
わたしは――このまんまじゃ終わりたくない……!!』
「――俺に異論はない」
手短な賛同=これもエンバース流の応答。
『あと、わたし……ひとつ謝らなきゃならないことがあるんだ』
「……まだ、何かあるのか?」
はたと、遺灰の男が顔を上げる。
-
【マスト・ヴァニッシュ・ワン(Ⅴ)】
『人魚の泪をどこかに落としちゃったかもしれない。
イブリースとの戦いに負けて、目が覚めるとどこにも見当たらなくなってて……。
インベントリに入れずに、懐に入れて持ち歩いてたのがいけなかったのかも……。
本当にごめんなさい、だからエーデルグーテに出発する前に、みんな探すのを手伝ってくれると嬉しいんだけど……』
そして直後に素早く立ち上がる/天幕の出口を目指す。
「俺に任せろ。アンデッドの俺に睡眠は必要ないし、夜の闇も気にならない。朝までには見つけておくから――」
『えーーーっとぉ…………』
だが手遅れ――明神の人差し指が遺灰の男を指す。
「……やってくれたな、明神さん」
蒼く燃え上がる遺灰の双眸――ハイバラの記憶から、この状況を脱する攻略法=謝罪文を構築。
――落ち着けよ、モンデンキント。許可を取らなかったのは悪かった。
だが見ての通り、俺はアンデッドだ。俺という存在の主体は、この胸の魂魄にある。
お前に触れたのは、単なる手の形をしたポルターガイストに過ぎないんだ。やましい事は何もない。
『な、な、ななななななな……』
「――よし。落ち着けよ、モンデンキント。許可を……」
『なんてことすんのよ! このドスケベ――――――――――――ッ!!!!』
「ぐああああ――――――――――――――っ!?」
なゆたの放った鋭い平手打ちに、遺灰の男がもんどり打って吹っ飛ぶ――着地出来ずに倒れ伏す。
「な……何故だ……やっぱり、俺はなれないのか……ハイバラには……」
消え入るような呻き声――傍らでフラウが溜息を零す。
〈……いいえ。今のマヌケっぷりはかなり再現度高かったですよ。ええ、それはもう。完コピでした〉
遺灰の男は甚大な精神的ダメージによって、暫く立ち上がれなかった。
-
【マスト・ヴァニッシュ・ワン(Ⅵ)】
『すごい……! これが聖都エーデルグーテ……。
ゲームでは何度も来たことがあったけど、改めて実体験するとなると全然見え方が違う……!』
数日後、遺灰の男はエーデルグーテにいた。
『すげーよなぁ。皓白ってのは『めっちゃ白い』的な意味だっけ。
確かに雪国かってくらい白いわ。別世界にいるみたいだ』
「はは……そりゃ、どこに行ったって別世界ではあるだろうさ。クソデカ風車と一面の草原だって……」
ハイバラの記憶/感性を宿した今の遺灰の男には、仲間達の言動が理解出来る。
ただのフィクションに過ぎなかった世界が、また一つ現実に変わる。
本当なら――ハイバラが得ていたはずの、高揚/感動が。
「……しまったな。もっとよく見ておけばよかった」
今は、それが苦しかった。
『まずは、ここで装備を整えていくのがいいかもね。
ってことで、買い物ターイム!
みんなで必要なものを揃えていこう!』
「そうだな。キングヒルで買い込んだアイテムも、大分減ってきたし……」
『装備更新なんてキングヒル以来だ。オシャレして行こうぜ』
「おっと、ハードル上げるじゃないか明神さん。エーデルコーデを晒さないように気をつけなよ」
エーデルコーデ=ゲーム内スラング――聖都に到達したプレイヤーが陥りがちな、壊滅的ファッションそのもの。
または宗教色の強い光属性装備をベースに高性能な装備を集めた結果、ファッション性が犠牲になる現象を指す。
『なーなー! 明神明神!
ボク、ガーゴイルに新しい馬具を買ってあげたいんだけど!
買って! あ、敏捷度と暗黒魔法に補正掛かってるヤツな! いっちばん高品質のヤツ!』
『わはは、いーよいーよ何でも持ってこい!おじちゃんが全部買ってあげようねぇ』
「……なら、支払いは全部明神さんにツケておこうかな。後で払って回っておいてくれ。
その方がガザーヴァとあちこち歩き回れて、そっちも好都合だろ?
おっと、礼なら必要ないぜ。ゆっくり楽しんでくれ」
提案=半分は冷やかし/もう半分は効率化の提案。
『……この服、かわいい……。
防御力は姫騎士の鎧に負けるけど、回避力アップかぁ……』
防具屋――遺灰の男はなゆたの付き添い/試着室へ向かう少女を見送る。
それから傍に控える店員を手招きで呼びつける――密談の距離感。
ここ、エーデルグーテの装備屋には隠し要素がある。
-
【マスト・ヴァニッシュ・ワン(Ⅶ)】
「――『市内の清掃活動』がしたい。何か動きやすい装備はないかな」
『でしたら、あちらの『礼拝者のローブ』はいかがでしょう?』
「白はちょっとな。『汚れが目立つのは困る』」
『汚れ?ここはエーデルグーテですよ?どこを掃除したって、そんなに服が汚れる事はありませんよ』
「どうかな。『汚れは目に見えない場所に集まるもんだ』。そうだろ?」
『……いえ。少なくともこの聖都においては、そんな事はありません』
「だとしたら、『それは誰かが人知れず掃除をしてる』だけさ」
ふと、店員が遺灰の男に背を向ける――非礼に憤慨して、ではない。
エーデルグーテ/プネウマ聖教には、『穢れ纏い』という名の組織がある。
祈りの通じない、流れる血によってのみ洗い落とせる罪を屠る狩人達の集いが。
「――ああ、そうだ。ポケットは広めに仕立て直しておいてくれ」
そしてエーデルグーテでは装備屋との会話で特定の選択肢を選ぶ事で、その装備が購入可能になる。
『ね、エンバース。
これ、どうかな? ……似合う?』
店の奥へ消えた店員を見送った遺灰の男が、なゆたの声に振り返る。
少女は遺灰の男と目が合うと――その場でくるりと回った。
その様子は麗らかで――それにとても可憐だった。
少なくとも、遺灰の男にはそう見えた。
「……いいセンスだ。回避補正に、実はそれなりに高い魔法耐性。いい防具だよな、流水のクロース」
だからこそ誤魔化すように口を衝いて出た、ゲーマー流の回答。
「……いや」
だが、すぐに次の言葉を紡ぐ/殆ど衝動的に、口が動いていた。
「そうじゃないよな。分かってる……似合ってるよ。なんて言えばいいのか、その……綺麗、なんだと思う」
それが自分の言葉なのか/ハイバラの言葉なのか、遺灰の男には分からなかった。
それからすぐに、こんな不格好なのはきっと自分の言葉だと思い直した。
どうにも据わりが悪くなって、遺灰の男は少女から目を逸らす。
-
【マスト・ヴァニッシュ・ワン(Ⅷ)】
『あの――』
不意に、背後から聞こえた声――『穢れ纏いの祭服』を用意した店員が気まずそうに立っていた。
「あ……ああ、すまない。装備はここで着替えていくよ」
振り返って装備を受け取る/両手で広げる――軽く頭上へ放る。
瞬間、遺灰の男の姿が崩れる――熱風がほんの一瞬、その場を渦巻く。
闇狩人の装束が床に落ちる――遺灰の男は、新たな狩装束を身に纏っていた。
「古い装備は処分しておいてくれ」
『穢れ纏いの祭服』=一見すると黒を基調にした司祭服+黒のつば広帽。
首から前身には留め具を兼ねた銀十字が三つ縫い付けられた真紅のストール。
襟/袖/裾/前立てには魔銀糸による都合十三種類の聖句/経文/梵字/ルーンの刺繍。
『穢れ纏い』は求道の旅の果て、プネウマ聖教に巡り合った異教徒を祖とする自警組織。
聖罰騎士との最大の違いは組織の秘匿性――そして、身内殺しとて厭わぬ事。
その理念はあくまでも祈りが報われる社会の実現と維持にある。
ちなみにこの装備の外見はどことなく、『真理の』アラミガの装いに似ている。
アラミガとの最大の違いは、装備の性能――そして背中の銀十字がない事。
プレイヤー間では時折『ダサくない方のアラミガ装備』などと呼ばれる。
――どうだ。俺も似合っているか?
遺灰の男はなゆたにそう尋ねようとして――やっぱり、やめておいた。
何故思い留まったのかは分からなかった――考える事もしなかった。
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【マスト・ヴァニッシュ・ワン(Ⅸ)】
『ようこそ、聖都エーデルグーテへ。
お待ちしていましたよ、この母の愛しい子どもたち――』
大聖堂を訪れると、一行はすぐに謁見の間へと誘われた。
『……お会いできて光栄です、教帝猊下。
こちらが『覇道の』グランダイト陛下の親書です』
なゆたがグランダイトの親書を差し出す/神官がそれを受け取る――オデットへと捧げる。
『仔細は分かりました。もちろん、この母には世界の脅威に対抗する用意があります。
子どもたち、後のことは母にお任せなさい。
きっと、あなたたちの幸福を守ってみせましょう』
そして、話はついた。
『は、話が早い……!』
「……そりゃまあ、世界の危機だしな。グランダイトのヤツが「やんちゃ」過ぎたんだ」
遺灰の声色=ハイバラらしく=最大限、ここにはいないグランダイトを揶揄すように。
『ありがとうございます、猊下。
……それから……無礼を承知で、ひとつお聞きしたいことがあるんです』
ふと、なゆたの声音が変わる――やや強張って、恐る恐るといった調子。
『なんでも仰ってご覧なさい』
なゆたが何を聞こうとしているか、遺灰の男は知っている――他ならぬ自分が提案した事だ。
『はい。
猊下はアンデッドの王。世界最高の死霊術の使い手……と聞き及んでいます。
であれば、死者ともう一度会ったり……話をすることは可能でしょうか?
もう一度、会いたいコがいるんです――』
心配はしていない――あんまり、そんなには。
少女とポヨリンには強い縁がある/形見≒媒介のスマホもある。
それだけの条件が揃っていながら、オデットが霊媒にしくじるとは思えない。
そして――なゆたの問いに、オデットはゆっくりと頷いた。
『本来、死者と生者は決して交わらぬもの。死者が蘇ることもなければ、生者が彼らと再会することもできません。
……けれど、母ならば。その不文律を束の間捻じ曲げ、交信をすることが可能です』
思わず、遺灰の男も安堵の溜息を漏らす。
『本当ですか……!!』
『ええ。けれども、今すぐここで……という訳にはいきません。
生者に生者の理があるように、死者にも死者の理があるのです。
正しき星辰、正しき場所、正しき儀式の下でのみ、本来在り得ざるその奇蹟は叶う……。
そのための準備をしなくてはなりません。少し、時間を頂けますか?』
『ま……、待ちます! どれだけだって!
ポヨリンともう一度会うことができるなら……!』
『異論ないぜ、なゆたちゃん。せっかくベッドの上で寝れるんだ、もうちょっとばかしお休みしていこう』
「俺にも異論はない――変に希望を持たせただけにならなくて、良かったよ」
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【マスト・ヴァニッシュ・ワン(Ⅹ)】
『分かりました。では、聖堂内に滞在のための部屋を用意します。
こちらの準備が整うまで、あなたたちはゆるりと旅塵を落とすのがよいでしょう』
なゆたの望みは、ひとまず約束された――だが、遺灰の男にはまだオデットに用があった。
「ちょっと待った。実は――」
『大変恐縮なのですが我も……もう一度会いたい人がいます』
「――ああ、いや……俺の話は、一番最後でいい」
出来る事なら、このまま有耶無耶になって欲しい――
「…………自然発生した低位のアンデッドは、その記憶や人格を長くは保てない。
未練や執念にそれらを塗り潰されて……最終的に自我を失い、所謂モンスターに成り果てる。
それは……たとえ生前、本来なら世界最強と呼ばれていただろう天才プレイヤーだろうと避けられない」
だが、やはり果たさずにはいられない使命が。
「まあ……こんな話は、アンタには釈迦に説法だろうけど。
……最初は、スマホがたまに使えなくなる事があった。今は違う。
今はもう、たまにしかスマホが使えない。それじゃ……ちょっと困るんだ」
事ここに至って、秘密を秘密のままにはしておけない――だが真実を打ち明けるつもりもない。
「要するに……アンタには俺の浄化を頼みたい」
ハイバラはここにいる/遺灰の男はここにいない/いなかった――
「モンスターとしての俺を浄化して、消し去って欲しいんだ。アンタにしか頼めない離れ業だ」
――この話は、そういう風に終わらなくてはいけないんだ。
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【マスト・ヴァニッシュ・ワン(ⅩⅠ)】
『んん〜ッ!
景色はキレーだし、食べ物はオイシーし! サイッコーだな、エーデルグーテ!
明神、世界を救ったらここに住もーぜ! ボク、お庭のある白い一戸建てが欲しい!
犬も飼ってさ……と思ったけどガーゴイルがいるから犬はいらねーや』
エーデルグーテに滞在し始めて、数日――ブレイブ一行はのどかな時間を過ごしていた。
『良いねえ。家建てんなら俺は市場に近いとこが良いなあ。
俺もお前もメシ作れねえしさ。毎日屋台で豪遊しようぜ』
「なあ、ジョン。アレ、意味分かって言ってるのかな」
《目的を達したんなら、早めに帰ってきてほしいんだけどなぁ。
今、グランダイトと会談しているんだけど、やっぱり私とみのり君と彼だけじゃ会議には面子が足りないからね!
というか彼、圧が強い! 一緒の空間にいるだけで脂汗が止まらない!
間が持たないんだ、適当な所で切り上げて戻って来てね! 待ってるから!》
「うるさいぞ、バロール。どうせ肝心な事はいつもだんまりなんだ。俺達抜きで楽しくやってくれ」
『わはは、ざまーみやがれクソ魔王。弟弟子にパワハラかまされる気分はどっすか?
つうかさぁ、こんな便利な通信魔法あんだからウェブ会議で良くない?
いまどき会議やんのにわざわざ交通費かけて参集すんの流行らねえよ?』
「それもそうだ。お前、元魔王だろ?会議のやり方にはもっと拘れよ。
ホログラムで集合したり、バカデカい長机用意したり、謎の異空間に招集したり。
そうすれば俺もそれに参加して「知るか、俺は俺の好きにやらせてもらう」とか言えるのに」
結局、会議に参加するつもりは毛頭ない。
『確かにいいところね、エーデルグーテ。
ショップに欲しいものはなんでも揃ってるし、気候も穏やかだし。
リバティウムも好きだったけど、エーデルグーテに箱庭を作ってもよかったかも』
「……作ってもいいんじゃないか。世界を救った後にしたい事なんて、あればあるほどいいさ」
世界を救った後=自分のいない未来――偽物の心が、また少し痛んだ。
『街ひとつまるごと十二階梯の庇護下ってとこも気に入った。
海賊だってこの街には近づくめえよ。敬虔な信徒がいっぱいのおかげで住人の気風も良い。
マフィアが蔓延ってたリバティウムはあれはあれでいい街だったけど……治安がマジでアレだったからな』
「……PvEは、たとえ勝てても疲れるからな。ましてや常在戦場なんて、ロクなもんじゃない」
『暮らすなら治安が良いのが一番だよ。治安が――』
しみじみと語る明神の声。
『泥棒だ! 捕まえてくれ!』
それを掻き消す迫真の悲鳴。
『……治安がね。うん』
「見事にフラグを立ててくれたな、明神さん。それにしても……」
大勢の人が行き交う通りを獣人の少年がすり抜けていく/遺灰の男はそれをぼんやり眺める。
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【マスト・ヴァニッシュ・ワン(ⅩⅡ)】
「……泥棒ね。しかも食い物の。珍しいな」
店主と思しき男が「捕まえてくれえ」と叫ぶ/遺灰の男は――呑気に突っ立っている。
「ありゃ大した身のこなしだ。追いつけないし、捕まらないだろう。残念だけど、喜捨と思って――」
『みんな、お願い!』
「――よし、任せろ」
実際のところ、この騒ぎに首を突っ込むのは、やぶさかではなかった。
なんとなくだが違和感があった――この聖都で、わざわざ食べ物が盗まれた。
貧者が縋る先なら街のどこからでも見えるはずなのに――何か「イベント」のにおいがする。
『相手は子どもだから、ケガはさせないようにね!』
「心配するなよ。弱い者いじめは趣味じゃない」
少年の逃走を呑気に眺めていたのは――その気になれば、いつでも捕まえられるから。
『鳥はともだち(バードアタック)!』
『喰らえ必殺のぉぉぉーーっ!明神フラッシュ!!!!!!!!!!』
足止め/目眩まし――少年の逃走がほんの一瞬遅滞する。
「よう、少年」
それで、全てはもう手遅れになった/遺灰の男は少年の前方に立ち塞がっていた。
特段何か工夫をした訳ではない――単なる遺灰の身軽さ/魔物の膂力の合わせ技。
「お急ぎのところ悪いんだが、少し話を――」
少年が次の一歩をどう踏み出そうとしても、遺灰の男が真正面から離れない――これも、単なる殺人スキルの応用。
「――聞く耳持たない感じか?なら、別にいいけど」
だが、遺灰の男はすぐに少年に道を譲る。
「そっちの筋肉に取り押さえられるのは、かなりダメージデカいと思うぜ」
どうせ、その先にはジョンがいる――つまりこれで挟み撃ちの形になる。
「大人しく捕まって、ごめんなさいするんだな。飯が食いたきゃその後で聖堂に行け」
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>「……ごめんね、みんな。弱気なこと言って、心配させちゃってさ。
さっきはパーティーを抜けるって言ったけれど……やっぱり撤回するよ。
わたしも聖都エーデルグーテへ行く」
>「お願い……わたしも連れていって。
みんなの足を引っ張ると思う。お荷物になると思う。
でも、行きたいんだ。
わたしは――このまんまじゃ終わりたくない……!!」
なゆの顔から絶望が影を潜め…新たな希望が宿っていた。
それは小さい…まだ絶望を完全に打ち消せてはいないがいい方向に向かっていると確信させるのに十分だった。
「いいか悪いかなんて聞かないで欲しいな。直接言うのは恥ずかしいから」
やっぱりエンバースに任せてよかった!やはりなゆのナイトに成れるのはエンバースだけだ。僕の目に狂いはなかった!
>「人魚の泪をどこかに落としちゃったかもしれない。
イブリースとの戦いに負けて、目が覚めるとどこにも見当たらなくなってて……。
インベントリに入れずに、懐に入れて持ち歩いてたのがいけなかったのかも……。
本当にごめんなさい、だからエーデルグーテに出発する前に、みんな探すのを手伝ってくれると嬉しいんだけど……」
「ん?〜〜〜〜」
>「えーーーっとぉ…………」
明神の視線は一人に注がれていた。
「エンバースが持ってるらしいよ?」
>「――よし。落ち着けよ、モンデンキント。許可を……」
>「なんてことすんのよ! このドスケベ――――――――――――ッ!!!!」
「あはは!オチまで完璧だな!ナイト様!」
ビンタで吹き飛ばされるエンバースを見ながら…戻ってきた日常を楽しむのだった。
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>「すごい……! これが聖都エーデルグーテ……。
ゲームでは何度も来たことがあったけど、改めて実体験するとなると全然見え方が違う……!」
>「すげーよなぁ。皓白ってのは『めっちゃ白い』的な意味だっけ。
確かに雪国かってくらい白いわ。別世界にいるみたいだ」
「あぁ…本当に凄いな…」
余りの光景に語彙を失う。元々ない所にさらに衝撃が上乗せされる事で初めて旅行にきた小学生みたいな感想しかでてこない。
ここに来るまでの数日間、カザハにガイドブックを借りて知識としてはある程度知っていたにも関わらず。だ
「世界宗教であるプネウマ聖教の総本山…」
万象樹ユグドラエアの麓に存在し、聖地として名高く、訪れる巡礼者も数知れず…
正直宗教という物にいいイメージは持っていなかった。シェリーから昔「宗教は自分の足で立ち上がれない弱者の行き着く先」と教えられていたからだ。
しかし降り立って、街を一目みた瞬間、僕の負をイメージを吹き飛ばすほどに人々は活き活きとしていた。
元の世界の先入観を持って事に当たる事がどれだけ愚かな事なのかを僕はこの世界にきて身を持って知った。
だけど…外側を見ただけでこの街が素晴らしいと思ってしまった。まるでこの街に心が飲み込まれるような…
>「まずは、ここで装備を整えていくのがいいかもね。
ってことで、買い物ターイム!
みんなで必要なものを揃えていこう!」
なゆの声で我に返る。
>「なーなー! 明神明神!
ボク、ガーゴイルに新しい馬具を買ってあげたいんだけど!
買って! あ、敏捷度と暗黒魔法に補正掛かってるヤツな! いっちばん高品質のヤツ!」
カザーヴァは明神と。エンバースはなゆと。カザハはなにやら一人でカードをあさっていた。
「僕もなんか見て回るか」
決してあぶれたからからではない。もしそう見えたとしても気を使っただけであるからして。・・・って誰にいいわけしてるんだ僕は。
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白の…光の街に偽りなし。
人々はみんな笑顔で、街にはゴミの一つどころか汚れ一つない。
活気に溢れ、自分もその一部になっていくような感覚。
「慣れないな…」
眩暈に似たなにかを感じてふらふらとみんなから少し離れた場所で見つけた椅子に座る。
「別に気分が悪いわけでもないんだけどな…」
椅子に座って少し休憩して…気分もよくなってきた。
さすがに立ち上がろう。そう思った矢先…目の前に店がある事に気づく。
魔法道具屋…?
中に入って真っ先に気づく回復薬に似た…薬品類の匂い。無口でこちらをチラッと見ただけで無口な亭主らしき人物。
この街にはそぐわない…決して綺麗とは言えない店内にはいろんな種類があった…大体役に立たなそうな名前の品ばっかりだったが。
「叩くと奇声をあげる石…料理に便利な油が無限に沸く瓶?こっちは…」
他の役に立たない奴の更に奥に乱雑に置かれた手袋。なぜか見覚えがあった指が出てるタイプのグローブを手に取る。
【登録した武器が手元に戻ってくる手袋】
「試してみてもいいけど自己責任だよ」
手袋を手に取ろうとした瞬間…今まで無言だった店主が一言僕に向かってそういった。
店主の言葉が気がかりだったが…僕は手持ちのナイフで試してみることにした。
キイン
「音がなったら登録完了です。…これでいいのか?…えーと使い方は……念じると武器が戻ってきます…?」
戻れ!そう思った瞬間ナイフが高速で僕目掛けて飛んできた!刃をこちらに向けて!
「あぶなっ」
なんとかナイフをキャッチしたものの、下手したら怪我どころか致命傷だぞ!
自己責任の意味を理解した、乱雑に奥に置かれた理由も。…そしてついでに思い出した…これがブレモンのゲームにも存在していたことを
「………店主…これだ、これを売ってくれ」
【ナゲモドール】
【性能;武器投げを習得する。しかし使用する度に一定のダメージを受ける】
【プレイヤー評価;ゴミとは言わないが強アクセを取って食える程の性能ではない。
近距離武器の攻撃力で遠距離攻撃できるのはたしかに強いがリスクに見合ってない。っていうかリスクがなかったとしてもこれ以外に必須級有用アクセが多すぎる】
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新装備・回復アイテムを買い込み準備は完了。
なゆ達と合流して当初の目的だった大聖堂を目指すことに。
そこは純白の世界でもさらに光り輝いていて…その奥にいる女性もまた僕という存在を飲み込みそうなほど光り輝いていた。
>「ようこそ、聖都エーデルグーテへ。
お待ちしていましたよ、この母の愛しい子どもたち――」
>「仔細は分かりました。もちろん、この母には世界の脅威に対抗する用意があります。
子どもたち、後のことは母にお任せなさい。
きっと、あなたたちの幸福を守ってみせましょう」
声が…母親ではないはずなのにまるで母の子守歌を聞いているが如くリラックス…心が落ち着く。
なゆ達が近くに居なければ身を委ねたくなる衝動を抑えられなかったかもしれない。
安心するがゆえに…気持ち悪い。
>「はい。
猊下はアンデッドの王。世界最高の死霊術の使い手……と聞き及んでいます。
であれば、死者ともう一度会ったり……話をすることは可能でしょうか?
もう一度、会いたいコがいるんです――」
>「本来、死者と生者は決して交わらぬもの。死者が蘇ることもなければ、生者が彼らと再会することもできません。
……けれど、母ならば。その不文律を束の間捻じ曲げ、交信をすることが可能です」
>「本当ですか……!!」
死者と話せる…少し前まで僕が心の底から願っていたもの。そして…今はなゆが心の底から望んでいる物。
>「大変恐縮なのですが我も……もう一度会いたい人がいます。
でも……会いたい二人はレクステンペストなんです。
もしかしたら、二人の魂はグランダイト陛下の剣の中に宿っているのかも……」
>「なゆたちゃんや他の連中の願いが優先で良い。
色々やることやって、それでも時間に余裕があるなら、その時は……
俺に死霊術を教えて下さい」
自らを母と名乗る…オデットはなゆ達の願いを一人づつ丁寧に聞いて、答えていく。
嫌な顔一つせず、我が子になんでも買ってあげたい正真正銘本物の母親のように…笑顔で聞いていく。
なゆとカザハは愛する者の為に願い。
明神はもう二度と大切な人の大切な物を失わないために願い。
>「モンスターとしての俺を浄化して、消し去って欲しいんだ。アンタにしか頼めない離れ業だ」
エンバースは…なにを思っているのか…何を成そうとしているのか…僕には分からないが…
今までの付き合いで多少は分かる。エンバースは常に自分の正義に殉じている。だから……やっぱり少し心配だけど
オデットは一通りみんな望みを聞き、僕と向き合う。望みを言えと、言葉にしなくても感じ取れるほどの眼で…こちらを見ている。
みんな自分の考えがある。望みがある。僕にはなにがあるんだ?
少し前の僕は生きてる人間を皆殺しにしてもロイ…できるならシェリーも蘇らせたいと思っていた…
なゆ達ですら、犠牲にしてもいいと本気で…実行しようとしていた。
でも…だから…それで…今の僕の望みは…望むべき事は――
「僕が貴方にお願いする事はなに一つありません。なゆのお願いを…叶えてあげてください」
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大聖堂を後にした僕達は宿を探しつつ適当に周りを散策することにした。
>「んん〜ッ!景色はキレーだし、食べ物はオイシーし! サイッコーだな、エーデルグーテ!
明神、世界を救ったらここに住もーぜ! ボク、お庭のある白い一戸建てが欲しい!
犬も飼ってさ……と思ったけどガーゴイルがいるから犬はいらねーや」
>「良いねえ。家建てんなら俺は市場に近いとこが良いなあ。
俺もお前もメシ作れねえしさ。毎日屋台で豪遊しようぜ」
>「なあ、ジョン。アレ、意味分かって言ってるのかな」
「天然たらしが明神のいい所だろ?他所で違う女性が明神を待ってるって可能性すらあると僕は睨んでるね!」
冗談で言ってみたけどもし本当になったらどうしよう。カザーヴァとかまた闇落ちする未来が見える。
まあその嫉妬もひっくるめて結局ハーレム主人公に収まるだろう…明神なら。
>「確かにいいところね、エーデルグーテ。
ショップに欲しいものはなんでも揃ってるし、気候も穏やかだし。
リバティウムも好きだったけど、エーデルグーテに箱庭を作ってもよかったかも」
本当にいい所だ。天国という言葉がここより相応しい所もそうないだろう。
>「街ひとつまるごと十二階梯の庇護下ってとこも気に入った。
海賊だってこの街には近づくめえよ。敬虔な信徒がいっぱいのおかげで住人の気風も良い。
マフィアが蔓延ってたリバティウムはあれはあれでいい街だったけど……治安がマジでアレだったからな」
「でもなんだろう…僕の心が汚れてるからかな…少し…ここは居心地が悪く感じてしまうよ…」
人の住んでる場所ってのは大なり小なら汚いもんだ。人も、街も。
悪人や善人に関わらず人間はそうゆう生き物だから…そう思ってた…
でもこの街を見て…僕は考えを改めないといけないのかも…ね
「でもホント…治安がいいっていうのは素晴「泥棒だ! 捕まえてくれ!」 まあ…うん…人間がいる限りさすがに0は無理かもね」
>「……治安がね。うん」
>「見事にフラグを立ててくれたな、明神さん。それにしても……」
>「……泥棒ね。しかも食い物の。珍しいな」
「…しかも子供か…見た目じゃ人は判断できないとは言っても…どっちにしろ気分のいい物ではないね」
子供が泥棒するなんていう状況はその場所の治安を示しているといってもいい。
その子供がただの馬鹿だろうと、食い物に困っていたからだろうと大人にやれと命令されていたとしても。
教育が足りない・もしくはまともな教育ができる環境にいないという可能性が99%占めているからだ。
>「みんな、お願い!」
「…なゆ…あの子供捕まえて君はどうするんだ?」
捕まえて、商人の前に突き出して…君はどうするんだ?まさか一緒に謝ってごめんなさいで済むと?
この街にある警察的な機関に突き出すのか?君にそんな事ができるのか?
「すまない…変な事を聞いてしまったな…さて…僕も追いかけるとしよう」
しかし…子供だろうと罪は罪。指をくわえて窃盗を見ているわけにもいかない。
オデットの心象を悪くしないためにも…
「ふう〜〜〜〜…フン!」
僕は小さくかがむと足に力を貯め……空に大きくジャンプした。
騒ぎになっている通りを走っていくのはぶつかる可能性があったからだ。
>「鳥はともだち(バードアタック)!」
カザハが放った鳥たちが子供を取り囲み、鳥に囲まれ進むことも戻る事もできなくなった子供に明神が追撃。
>「喰らえ必殺のぉぉぉーーっ!明神フラッシュ!!!!!!!!!!」
強引に突っ切ろうとした子供は怯む、そしてそこにエンバースが立ちはだかる。
いくら子供が身体能力高くともエンバースを抜ける事は難しい。
「これ僕まで必要なかったな」
やる事が無くなったので…とりあえず着地点をエンバースの後ろ側に定め…着地する事にした。
ドオオオオオオン!
大きな音と衝撃と共に着地する…しまったこれ周りの店から苦情こないかな?…そこまで考えてなかった!。
>「大人しく捕まって、ごめんなさいするんだな。飯が食いたきゃその後で聖堂に行け」
「なゆなら…少なくとも悪いだけにはならないはずさ…だから…おとなしくするんだ。僕達が手加減してる内に」
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>はぁーイカスミパスタうめぇ。ほらガザーヴァ、食べな。もっと食べな?ほれほれ。
俺の世界、っつーか帝龍君の地元なんだけど、『同食同治』って概念があってな。
まぁ平たく言うと、食べた生き物の部位と同じ部分の身体がパワーアップするって考え方だ
「ふぅーん」
明神の説明に、タピオカ風カエルドリンクのストローを銜えながらガザーヴァが素っ気なく返す。
>つまりイカスミ食いまくったら闇属性のパワーがつくって寸法よ。
お前もまだまだ育ち盛りだろ、ほれ食べな。俺?俺はちょっとね、胃もたれがね……
「……そーなんだ。
ねえ、明神。テンペストソウルじゃダメだったけど……ボクも何か適合するアイテムがあれば、
今のレイド級からもっとパワーアップできるのかな」
大きな瞳をぱちくりさせて、明神の顔を見上げる。
レクス・テンペストになることこそ諦めたものの、自身が強くなるということに関してはまだ諦めてはいないらしい。
戦いはこれから激しさを増してゆくに違いない。パワーアップするに越したことはないのだ。
ゲーム内では、捕獲した幻魔将軍をそれ以上の存在にクラスチェンジさせることはできなかった。
しかし、ここは現実のアルフヘイム。
ゲームでは実装されていないアイテムやスキル、敵がたくさん存在していたように、
ガザーヴァを教化させる闇属性のアイテムもどこかに存在しているかもしれない。
「んじゃ、食べさせて。あ〜ん」
ガザーヴァは目を閉じると雛鳥のように口を開けてみせた。
すっかり明神に甘える癖がついてしまっている。
闇属性と言えば、マゴットも依然としてデモンズピューパとして蛹化したままだ。
昆虫や甲殻類といった生物にとって、脱皮や羽化はまさに命懸けの行為である。
ほんの些細な事故によって羽化に失敗し、そのまま死んでしまうということも決して珍しくない。
いつまでも蛹のままというのも心配である。蛹の期間が長すぎれば、そのまま衰弱死することだって有り得るのだ。
イカスミパスタを食べさせて貰いながら思案げなガザーヴァであったが、それもほんのいっときのこと。
明神が服飾店でジャケットを新調すると、ぱあっと表情を綻ばせた。
>どうよガザーヴァ、俺の新しい一張羅!
「かっ……けぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!
やべーな明神! ドラゴンが如くの人みてぇ!」
新調した白いスーツを見せびらかす明神を見て、ガザーヴァが瞳をキラキラ輝かせて歓声をあげる。
なぜガザーヴァが某神室町を根城にする某堂島の龍を知っているのかは定かではない。
>よーく見ててね。行くぜ必殺のぉぉぉ……明神フラッシュ!!!
ピカッ!!
「ぎゃあああああ!?」
ストロボのようなフラッシュを直視してのたうち回る。
>わはは!びっくりした?びっくりした?さすが光属性の総本山って感じだぜ
「すげぇぇぇぇ!! もう一回やって! もう一回!
いーなー! ボクも真っ白にコスチェンしよっかなー? そしたらお揃いだもんな!
ボクの鎧は黒以外出せないけど」
ガザーヴァの甲冑は彼女の魔力で生成している魔術兵装で、カラーチェンジには対応していないらしい。
対閃光防御のサングラスを着用し、どこからどう見てもチンピ……スタイリッシュに決めた明神を、
頭の天辺から爪先までまじまじと何度も眺めると、ガザーヴァは両手を後ろに回して明神の顔を覗き込み、
「うん、ホントにいい感じ。
……惚れ直した」
と、花の綻ぶように笑った。
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>……いいセンスだ。回避補正に、実はそれなりに高い魔法耐性。いい防具だよな、流水のクロース
なゆたの言葉に対して、エンバースはそう返した。
ゲーマー視点100%の感想だ。確かに流水のクロースは回避補正が高く、火属性への魔法耐性も相当ある。
ストーリーモード終盤の防具であり、最終決戦に着用していく『異邦の魔物使い(ブレイブ)』も多い。
けれど、聞きたかったのは防具の性能とか品質のことじゃなくて――
>……いや
>そうじゃないよな。分かってる……似合ってるよ。なんて言えばいいのか、その……綺麗、なんだと思う
「――――」
それは、エンバースもすぐに察したらしい。
なゆたが何かを言うまでもなく、自分の足りなかった言葉を補う。
一瞬なゆたは驚いたように目を丸くしたが、すぐに目を細めて笑った。
「嬉しい。ありがとう、エンバース」
以前のエンバースであれば、わざわざ言い直すようなことはしなかったように思う。
良くも悪くもゲームのことだけを考えている、シニカルな男。
今にして思えば、そんなかつてのエンバースの振る舞いは確かになゆたが動画などで知る『ハイバラ』の姿と一致していた。
けれど――
今は、どこかが違う。
始原の草原で双巫女に対し不快を露にしたときもそうだった。
かつてのエンバースなら、自身の感情を剥き出しにしたりなゆたが喜ぶような言葉をわざわざ選び直すことはなかったはずだ。
それを、長い旅を経てパーティーと打ち解けてきたが故の変心と受け取ることもできる。
が、そういった感情の変遷とは別に。
なゆたはエンバースに対して、ほんの微かな違和感を覚えていた。
単なる気持ちの変化ということではない、もっと根本的な何か。
それが果たして何なのか、違和感の正体に心当たりも見当もありはしなかったけれど。
ただ、なゆたはそれを好もしいものだと思った。
>あ……ああ、すまない。装備はここで着替えていくよ
「あなたも着替えるんだ。どんな装備を……」
エンバースが店員から装備を受け取るのを眺める。そういえば彼の闇狩人の装束もボロボロだった。
明神やジョンと同じように、エンバースも幾多の戦いで傷ついてきた。ここで着替えるのはちょうどいいタイミングだろう。
そんな彼が新たに選んだのは――
「……それは」
『穢れ纏いの祭服』。
皓白の都と呼ばれるエーデルグーテの中にあって、その装束はただひたすらに黒い。
光と闇は表裏一体、アルフヘイムとニヴルヘイムがそうであるように、光が強く輝けば闇もそれだけ濃く、深くなる。
聖都の闇を暗示するような黒装束を纏ったエンバースの姿に、小さく息を呑む。
目深に被った帽子と真紅のストールによって、エンバースの素顔は目許以外は見えない。
誰も彼の姿を見て焼け爛れた焼死体だと思う者はいないだろう。
他にも彼好みの魔法効果を持った装備はごまんとあるというのに、彼は敢えて聖都の汚れ役として有名な穢れ纏いの祭服を選んだ。
それは、どんなことをしてでも目的を完遂する――という彼の決意のほどを示しているように、なゆたには見えた。
>誰か一人を選ぶなら、俺はお前を守る。それは今も変わらない
始原の草原であの夜言われたことが、鮮やかに脳裏に蘇る。
ポヨリンを奪われて、スマホが使えなくなって、何もかも失った気でいた。
けれど、実際にはそうではなかった。確かに手のひらから零れてしまったものは多かったけれど、それでも。
すべてのものがなくなってしまった訳では、決してなかったのだ。
『パートナーになってくれる?』なゆたはあのとき、エンバースにそう言った。
彼は迷わなかった。逡巡も躊躇もなく、なゆたの伸ばした手を取った。
もし、彼がその約束の証として不退転の覚悟を表す穢れ纏いの祭服を選んでくれたのだったら、そんなに嬉しいことはない。
「ん〜〜〜。カッコいい、けど……何かが足りない気がする……」
以前とはデザインの違う装束を着込んだエンバースを見て、軽く右手を口許に添えつつ考える。
そして、すぐに思い出す。まだエンバースと出会って間もない頃、キングヒルで行なった遣り取りを。
なゆたは店の中を軽く見回し、目当てのものが見つかるとすぐにそれを手に取った。
そして購入すると、エンバースへと歩み寄る。
「動いちゃダメだよ?」
そう言って、彼の被った帽子に両手を伸ばす。
しゅる……と微かな衣擦れの音を立て、付けたのは羽根飾り代わりの蒼いリボン。
かつてキングヒルで彼の胸元にリボンを飾ったときの再現だ。
左横にリボンを飾った帽子をかぶったエンバースを三歩下がってもう一度眺めると、なゆたは嬉しそうに表情を和ませ、
「……かわいい」
そう言って笑った。
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>大変恐縮なのですが我も……もう一度会いたい人がいます。
でも……会いたい二人はレクステンペストなんです。
もしかしたら、二人の魂はグランダイト陛下の剣の中に宿っているのかも……
謁見の大広間で、なゆたがポヨリンと再会するための交霊儀式の約束を取り付けた後。
カザハが身を乗り出して願い事を言うと、オデットは変わらぬ慈愛の微笑を湛えて一度首肯を返した。
「よいでしょう。誰しも、死別によって本意でない別れをした存在はいるもの。
例え相手が妖精であろうと、この世に生を享けた存在であったのならば交信は可能です。
貴方が望むのなら、善処致しましょう。準備が整うまで、今しばらくお待ちなさい」
交霊の儀式ができないのは、無機物・無生物などそもそも魂を持っていない存在。そして存命している存在のみ。
それ以外の『自然界に生まれた』者の魂ならば、種族を問わず呼び寄せることが可能だという。
オデットは光属性魔法のエキスパートであり、同時に闇属性魔法の達人でもある。
両者は一見して相反するもののようだが、光属性と闇属性はあくまで表裏一体。源流は同じとさえ言える。
その両属性に限定すれば、オデットの腕前は魔王バロール以上。それゆえの『継承者』第三階梯である。
>猊下、俺からもひとつよろしいですか
なゆた、カザハの願いの次は明神だ。
明神の言葉に対して、やはりオデットは鷹揚に頷いた。
「言って御覧なさい」
>俺は死霊術師です。これまで書物のみを師としてきましたが、独学に限界を感じています。
猊下は当世において最強の死霊術師。ぜひご鞭撻を賜りたいと存じます。
えーっと、つまり……
>なゆたちゃんや他の連中の願いが優先で良い。
色々やることやって、それでも時間に余裕があるなら、その時は……
俺に死霊術を教えて下さい
明神がオデットに願ったのは、自らの強化。
今まで実戦で出鱈目に使うしかなかった我流の死霊術を、きちんと習得し直したい――それが彼の要望であった。
確かにアルフヘイム・ニヴルヘイム両世界最強のネクロマンサー、
ヴァンパイアの支配者クラスたる『真祖』ノーライフキングであるオデットから死霊術を直伝されるとなれば、
明神の魔法は今とは比べ物にならないくらいに強化されるに違いない。
「……死霊術を学ばんと志す、可愛い我が子。
貴方はどのような術者になりたいと願うのです?」
ふ、とオデットが優しい眼差しを向け、諭すように告げる。
「知っての通り、魔術とは膨大な体系を有する学問。一朝一夕にその深遠を理解することはできません。
また、薄命の者……人間では、その術理を極めるには余りに時間がなさすぎます。
ですから――死霊術の何を学びたいのか。どういった死霊術師を目指すのか。
先ずは自身の到達点を明らかにするところから始めなさい。
書庫を開放致しましょう。メイレス魔導書庫には敵いませんが、聖都の聖大図書館にもそれなりの蔵書はあります。
聖大図書館で様々な書物に触れ、見聞を深めなさい。そうして貴方の中で掲げるべき目標が立ったとき、
改めて死霊魔術を教えましょう」
ゲーム的に表現するなら、どのスキルツリーを育成するか決めてから出直せ、ということだ。
死霊術と一口に言っても色々ある。ゾンビやスケルトンを使役するものから、なゆたやカザハの望む交霊術。
死した者の力を奪い取って自らの肉体を強化するといった術まで、そのスキルは多岐に渡る。
そのすべてを修めるとしたら、それこそ人間の寿命などあっという間に過ぎ去ってしまうに違いない。
『スキルツリーは無数にあるのに、スキルを上げるためのポイントが足りない』ということだ。
だからこそ。
オデットは限られた時間を有効に使うため、どういった死霊術師になりたいかを決めて来いと言ったのである。
>…………自然発生した低位のアンデッドは、その記憶や人格を長くは保てない。
未練や執念にそれらを塗り潰されて……最終的に自我を失い、所謂モンスターに成り果てる。
それは……たとえ生前、本来なら世界最強と呼ばれていただろう天才プレイヤーだろうと避けられない
明神の次はエンバースだ。
エンバースは当初、自分は最後でいいと望みを言うのを渋ったが、ジョンが促したため結局三番手となった。
>まあ……こんな話は、アンタには釈迦に説法だろうけど。
……最初は、スマホがたまに使えなくなる事があった。今は違う。
今はもう、たまにしかスマホが使えない。それじゃ……ちょっと困るんだ
「お続けなさい」
オデットが玉座に腰を下ろしたままで先を促す。
-
>要するに……アンタには俺の浄化を頼みたい
「ちょっ……エンバース!?
いったい何を――」
なゆたは耳を疑ってエンバースを見た。
オデットにとってもその願いは予想外だったらしく、絶えず湛えていた慈愛の微笑を消してエンバースを見据えている。
だが、エンバースは止まらない。
>モンスターとしての俺を浄化して、消し去って欲しいんだ。アンタにしか頼めない離れ業だ
「浄化して消し去る……。
アンデッドにとって、いいえ……この地上に存在するすべてのモンスターにとって、それが何を意味しているのか。
理解した上でそう言っているのですか?」
オデットが問う。
エンバースの言葉を額面通りに受け取るなら、それはつまりエンバース自身の消滅を指す。
アンデットが浄化されてしまえば、あとには何も残らない。
文字通りの消滅だ。当然、そうなってしまえばエンバースはパーティーから脱落ということになってしまうだろう。
「エンバース! どういうこと――!?
わたしのパートナーになるって! わたしを守ってくれるって、そう約束してくれたじゃない!」
そう、なゆたはエンバースと約束した。折れた心を継ぎ直し、再起するまで、無力な自分のことを守って欲しい――と。
それなのに、エンバースが存在し続けることを否定し浄化されてしまっては、守る以前の問題だろう。
ただ、エンバースは『たまにしかスマホが使えないのでは困る』と言った。
それは裏を返せば『これからも戦い続けるために現状を改善したい』と言っているようにも取れる。
つまりエンバースは何らかの目論見があって、敢えて現在の燃え残りとしての自分を変質させたいと思っているのだろう。
彼自身が言った通り、アンデッドモンスター『燃え残り』である限り記憶や能力の喪失は避けられない。
であるのなら、そうなる前に手を打とうという算段なのだろう。
「……貴方がそれを望むのならば、そのように。
ただ、それにも相応しい儀式の準備が必要です。貴方もこの聖都の懐に抱かれ、
浄化の刻まで穏やかな時間を過ごすと良いでしょう」
オデットが再び微笑む。
今までの長い付き合いで、エンバースが途中で何かを投げ出すなどということは有り得なかった。
まして、あの夜草原で交わした約束を彼が早々に放棄するはずがない。
そこには必ず何か目論見があるはず――なゆたはそう信じ、不安な心を押し殺して口を噤んだ。
「……さあ。では次は貴方ですね、逞しい子。
グランダイト、それに『創世』の師兄の縁もあります。わたくしに出来ることならば、何なりと――」
エンバースとの話が終わり、オデットはジョンの方を見た。相対する者すべてを無限の愛で包み込む、穏やかな微笑み。
まさしく聖母と形容するのが相応しい、慈悲に満ちた柔らかな声。
そんなオデットの物腰に絆されるようになゆた、カザハ、明神、エンバースの四人はそれぞれ自分の望みを口にした。
ジョン・アデルにとってシェリー・フリントとその兄ロイの存在は切っても切り離せない。
仲間を裏切り、すべてを犠牲にしてでもふたりを蘇らせようと画策していたときもある。
交霊術を得手とするオデットは、ふたりとの再会を熱望するジョンにとって正真正銘救いの聖母であったことだろう。
だが――
>僕が貴方にお願いする事はなに一つありません。なゆのお願いを…叶えてあげてください
ジョンは、そんな千載一遇の機会を活用することをしなかった。
「本当に? 死して別れた者との邂逅、あるいは死霊術の研鑽。
あるいは自身の浄化――どんなことでも、遠慮なく母に望んでよいのですよ。
愛しい我が子たち……貴方たちは今まで長い道のりを歩き、辛い戦いを乗り越えてきました。
それは誰にも祝福されることのない、賞賛されることのない旅路。
ならば。ならば、せめてこの母が讃えましょう。癒しましょう――
母に。遠慮なく甘えて構わないのですよ」
にこり、とオデットは笑った。見る者の心を蕩かせる、慈母の微笑。
しかしジョンがあくまで固辞すると、オデットはそれ以上無理強いすることはなかった。
そして、最後にガザーヴァを見る。
「では――」
「ボクには会いたい死人なんていないし、死霊術にも興味ない。まして自分を浄化なんて死んでもヤだけど。
ひとっつだけ聞かせろよな、オバチャン」
ずい、と身を乗り出すと、ガザーヴァはオデットの顔を睨みつけた。
「母ですよ。……なんです? 可愛い我が子……」
「―――――――侵食って。なんだ?」
ずばり、と単刀直入に問いを突き付ける。
「………………」
オデットは答えなかった。ただ、変わらぬ慈愛の微笑を浮かべているだけである。
しばらくガザーヴァはオデットを無言で睨みつけていたが、不意に興味を失ったように踵を返した。
「んじゃいーや。邪魔したな! 行こーぜ明神」
頭の後ろで両手を組んで出口へと歩き始める。そして何を思ったのか謁見の間の扉近くで立ち止まると、
「あとな。ボクの親はパパだけ、魔王バロールだけだ。勝手にボクのママとか名乗ってンなよズーズーしい。
キメーんだよオバチャン」
そう、振り返って挑発的に笑った。
オデットは何も言わなかった。
-
そして。
「みんな、お願い!」
エーデルグーテの大通りに現れたソーセージ泥棒に対して、なゆたが仲間たちに捕まえるよう指示を飛ばす。
>鳥はともだち(バードアタック)!
>了解、ボス
>――よし、任せろ
カザハが一も二もなくスマホをタップし、明神とエンバースも二つ返事で捕縛に動く。
しかし、ジョンだけは違った。ジョンは少年を捕まえに行くそぶりを見せながらも、
>…なゆ…あの子供捕まえて君はどうするんだ?
そう訊ねてきた。
しかし、なゆたに迷いはない。何故なら、なゆたもエンバースと同じことを感じていたからである。
――これは、イベントだ。
なゆたの感覚がそう訴えている。これは避けては通れない、受注すべきクエストなのだ、と。
それに。
「あの子を逃がさないで。
大丈夫……わたし、『あの子を知ってる』」
懐疑的なジョンに対し、なゆたはそう言うと右手の親指をぐっと立ててサムズアップしてみせた。
なにも心配は要らないから、気にせず捕まえに行っていいと。
>すまない…変な事を聞いてしまったな…さて…僕も追いかけるとしよう
納得したジョンが石畳を強く蹴り、一気に高く跳躍する。
カザハの発動したユニットカードが効力を発し、たちまちどこからともなく大量の鳩が現れ、
泥棒の少年の周囲を飛び回ってゆく手を塞ぐ。
>喰らえ必殺のぉぉぉーーっ!明神フラッシュ!!!!!!!!!!
カッ!!!
更に明神がジャケットをストロボのように発光させる。視界を真っ白に灼く閃光に、少年の足が釘付けになる。
そして少年の目が再度使えるようになる頃には、エンバースが少年の前に立ちはだかっていた。
>よう、少年
「……」
少年は何も言わない。ただ、どうやって目の前の黒装束の男をやり過ごそうか――と考えているらしく、
長い尻尾を揺らしながらタイミングを見計らっている。
>お急ぎのところ悪いんだが、少し話を――
「……」
>――聞く耳持たない感じか?なら、別にいいけど
エンバースは何を思ったのか、逃走を諦めない気配の少年にあっさりと道を譲ってしまう。
だが、捕まえるのを断念した訳ではない。
ドォォォォンッ!!! と轟音を立て、跳躍していたジョンがエンバースのやや後方に着地する。
これでエンバースが道を譲っても、その先にはジョンが待っているという図式になる。
ゲームセットだ。少年は逃走を断念したのか、そこからはもう抵抗することもなかった。
「さて」
ソーセージを盗まれた肉屋の店主がやっと追いついてくると、なゆたは丁寧に頭を下げて店主に謝った。
『この子はわたしの知り合いなんです』そう言って少年にも頭を下げさせ、少年の身柄を引き取ることを約束し、
さらにソーセージも詫び料を込めて倍の値段で買い取る。
そうして店主が留飲を下げ、のしのしと歩き去ると、改めて少年に向き直った。
「食べ物。街角。男の子……と聞いてピンと来たけど。
どうしてここにいるの? ただ、何となく聖都で生活してる……っていうことじゃないよね。
ブレモンのストーリーモードをクリアした『異邦の魔物使い(ブレイブ)』なら、みんな知ってる。
キミがただのマスコットじゃないこと。何か大きな秘密を握ってること。
まだ第二部が始まってないから、キミの目的が何なのかまでは分からないけれど――」
「……」
少年は何も答えない。ただ、ボロボロのマントについているフードをかぶってその場に立ち尽くしている。
「食べ物が欲しいなら、食べさせてあげる。生の食材や不味い携帯食じゃない、きちんと調理した料理をね。
わたし、調理スキルならちょっとは自信あるから。それならスマホが使えなくたって関係ないし。
だから……教えてくれる?」
なゆたそこまで言うと、にっこり笑ってみせた。
「エンデ。十二階梯の継承者、第十二階梯――『黄昏の』エンデ」
-
『黄昏の』エンデ。
ストーリーモードではそれぞれ味方になったり敵に回ったり、各個人に役割のある十二階梯の継承者であるが、
このエンデだけは確たる役目というものが存在しない。
どころかシナリオの中では名前さえも明らかにされず、プレイヤーの行く先々でぶらぶらしていたり、
火に当たっていたり、日向ぼっこをしていたりと好き勝手なことをやっている。
食べ物系のアイテムを与えると親密度が上昇し、最高値になると箱庭にまでやってくるため、
プレイヤーも単なるお遊び要素程度のキャラクターと思い込んでいたのだが、
なんとバロール討伐後のエンディングに突如として現れ、そこで初めて名前と実は十二階梯の継承者であったことが明かされる。
第一部で解き明かされなかった謎。回収されなかった伏線。
第二部実装と共に明らかにされるであろうと目されているそれらを、この少年が握っている。
そんなエンデがただ目的もなくエーデルグーテをうろついて、ソーセージを盗んだとは考えづらい。
そこには何らかの意図があるはず。イベントのにおいがすると察したエンバースの勘は正しかった。
「助けてくれてありがとう」
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が見守る中、エンデが口を開く。
「ずいぶん待ったから、おなかが減っちゃったんだ。また、ふたりに怒られちゃうな。
……助けてくれたお礼に、ひとつだけ教えてあげる」
「お礼なんて――」
「死んだ人と話しても、生きている人が救われることなんて何ひとつないよ。悲しみが増えるだけさ」
「!」
なゆたは目を見開いた。
それはまさしく、なゆたがこのエーデルグーテへとやってきた理由。
ポヨリンともう一度だけでも話がしたい――その一心でなゆたは気力を奮い立たせ、
仲間たちに懇願してこの聖都まで足を運んだのだ。
だというのに、エンデはそんなことをしても無駄だと断言している。
ポヨリンと自分の絆を否定されたような気がして、なゆたは歯を食い縛った。
軽く俯き、拳を握りしめる。震える身体を懸命に押し留め、ややあって顔を上げると、
なゆたはエンデに反論しようと口を開きかけた。
「――そんなこと……!!」
しかし。
もう既に、そこにエンデの姿はなかった。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちがほんの一瞬目を離した隙に、
エンデは煙か何かのように跡形もなく消え去っていたのである。
「何だよ、アイツ。感じ悪ぃーでやんの」
ガザーヴァが呆れたように言う。感じの悪さではガザーヴァもどっこいだが。
こちらに何の反論も許さず、また疑問に対する答えを口にするでもなく、エンデはいなくなってしまった。
結局エンデが何の目的でここにいたのかは分からずじまいだ。
だが、そんな消化不良の遣り取りよりも、エンデの残した一言がなゆたの心を?き乱している。
『死んだ人と話しても、生きている人が救われることなんて何ひとつないよ。悲しみが増えるだけさ』――
その言葉は大聖堂にあてがわれた客室へと戻り、夜になって寝台に横たわっても尚、なゆたの耳に残り続けた。
兇魔将軍イブリースの最大奥義『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』によって、
ポヨリンは跡形もなく消し飛ばされた。
余りにも突然の離別、不可逆の断絶によって、なゆたとポヨリンは引き離された。
そんなポヨリンともう一度話をするためには、オデットの交霊術に頼るほかはない。
もっといろんなことを一緒にやりたかった。色んな景色を見せてやりたかった。
抱き締めてやりたかった。遊んでやりたかった。旅をしたかった――
だが、その望みはもう叶わない。
ならばせめて、謝りたい。辛い思いをさせてごめんなさいと。不甲斐ない、未熟なマスターを許してと。
そうすることで、少しでもポヨリンの魂が安らぐのなら――。
心から愛していた。大好きで堪らなかった、自分の唯一の相棒。
その大切なパートナーモンスターにもう一度会いたいと思うことの、果たして何が悪いというのか?
もう一度だけでも、一目だけでも会えれば、きっとすっきりする。
気持ちに踏ん切りがついて、先へ進むことができるようになるに違いないのだ。
もう一度立ち上がるために。挫けた心を奮い立たせるために、ポヨリンに会う。
それが悲しみを増やす結果になるはずなどない。きっと悪いようにはならない、良い結果が起こるはず――
寝室で毛布にくるまり、眠れぬ夜を過ごしながら、なゆたは一心にそう信じた。
――信じようとした。
-
「ひま! ひま! ひまひまひまひまひま!
ひぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜まぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
朝食にと仲間たち全員で立ち寄った、すっかり定番となった食堂で、ガザーヴァが駄々っ子のように喚き散らしている。
教帝オデットとの会見から、すでに一ヶ月が経過していた。
アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちは交霊術の準備ができるまで待てと言われ、
エーデルグーテで待機することになったのだが、当初の思惑に反して思わぬ長逗留を強いられてしまっていた。
聖都の人々は皆一様に善良で、プネウマ聖教の神官や僧侶たちもなゆたたちに何くれとなく便宜を図ってくれている。
用意された客室は清潔で、広々とした浴場まで完備されており、生活するに支障はまったくない。
トイレも水洗だ。何なら魔法でウォシュレット的な機能まで備わっている。
まさに至れり尽くせりの持て成しぶりだ。特に明神などはカテドラル・メガスに併設されている聖大図書館の使用を許され、
またオデットの権限で一般信徒の立ち入りを禁じられている区画にまで入ることを許可されているため、
無数の稀少な魔導書に囲まれての勉強には事欠かないだろう。
現代日本からアルフヘイムへ召喚されて以来、初めてと言っていいのんびりした平穏な生活を、
ジョンたち一行は享受していた――のだが。
「飽きた! この街つまんねーよ!
なぁ〜明神、別のトコ行こうぜ! ボク、他の風景が見たい! ココってどこもかしこも真っ白で、
目がチカチカしちゃうんだよ!」
根っからのトラブルメーカー、トリックスターのガザーヴァにとっては、
そんな平和な暮らしはどうしようもなく退屈なものに映ってしまうらしい。
最初の一週間ほどは露店の美味しい食べ物に舌鼓を打ち、物珍しい異国の景色にご満悦でいたのだが、
半月もするとすっかり飽きてしまったらしく、しきりに退屈だと口にするようになってしまった。
始めは明神に義理立てして自分も聖大図書館に入り、明神の隣に座って頬杖をつきながら魔導書を流し読みしたりしていたが、
むろん長続きはしなかった。『別にそんなん読まなくたって魔法くらい使えるし』というのが本人の弁である。
元ニヴルヘイム最高戦力・三魔将の一翼という肩書は伊達ではない。
「う〜ん……そうね……。
確かに、ちょっと気分転換みたいなものは必要かも」
パスタをフォークに巻きつけながら、なゆたが頷く。
もちろん、なゆたも今までただボンヤリと日々を過ごしていた訳ではない。
少しでも仲間たちの役に立てないかと露店でマジックアイテムを漁ったり、魔法の練習をしたりしている。
オデットにまだ準備はできないのかと訊ねに行ったことも一度や二度ではない。だが最初の面会以来オデットに会うことは出来ず、
謁見の間の前まで行くたびに神官団に見つかり、まだ正しい星辰が訪れておりませぬなどと言われ、
追い返されるのが常だった。
エンデもどこへ行ったのか、あの一件以来まったく姿を見せなくなってしまった。
つまるところ、手詰まり状態である。
となれば、別にガザーヴァでなくとも気分を一新したいと思うのは自然な成り行きであろう。
「分かった。じゃあ、偶にはヴィゾフニールでどこかへ遊びに行こう!
ね、みんな! ちょっと聖都を空けるくらい、オデットだって大目に見てくれるでしょ!」
ぱんっ! と手を叩いて仲間たちに提案する。
どうせまだ準備が整わないというのなら、数日程度どこかへ外泊するくらいのことは何の問題もないはずだ。
正直、なゆたとしてもこのまま聖都でやきもきしているよりは別の場所へ行って気晴らししたいという気持ちがある。
協議の結果、聖都から一番近い島国ヒノデへ行こうということで話が纏まった。
ヒノデは日本によく似た土地柄の国で、エーデルグーテとは真逆の光景が楽しめる。
きっといい気分転換になるはずだ。
「じゃっ! 決定ね!
みんな、ヴィゾフニールを回収しに行こう! そしてヒノデまで小旅行よ!」
久し振りに楽しい催しができるとあって、なゆたはガザーヴァに負けないくらいのテンションで右腕を振り上げた。
―――しかし。
「……え?
わたしたちを聖都から出す訳にはいかないって……どういうこと……?」
エンバースたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が聖都の外に停めてあるヴィゾフニールを回収しに行こうと、
聖都入口の大門を潜ろうとしたところ、衛兵たちに止まるよう命じられた。
そして、気晴らしに数日聖都を出たいと申し出た途端、目の前で長槍を×字に翳され行く手を塞がれた挙句、
このまま踵を返して大聖堂へ戻れ、と一方的に告げられたのである。
「どうして!? わたしたちは少しだけでも外の空気が吸えればと思って……」
「兎も角、聖都の外へお出しすることはできません。これは教帝猊下の勅命であり、決して覆すことはなりません。
我らも客人に手荒なことはしたくありません。どうかお引き取りを」
幾ら懇願しても、衛兵たちは頑として譲らない。
そもそもこの聖都エーデルグーテの、いや世界宗教プネウマ聖教の頂点たるオデットが、
直々に『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を外に出すなと命じているのだ。逆らえる者などいるはずもない。
外へ出るな。聖都の中で待っていろ。
交霊の準備はできていない。いつできるかも分からない。
とにかく大人しくしていろ――。
これでは、まるで軟禁されているのと同じようなものだ。
「……これは……いったいどうなってるの……?」
歓待されているものと思っていた。バロールとグランダイトの勅使として、客人として遇されているのだと。
しかし――どうもそうではないらしい。
蒼く澄み渡った聖都の空に不吉な暗雲が立ち込めてゆくのを、なゆたは感じていた。
【ソーセージ泥棒の少年、『黄昏の』エンデと判明。不吉な忠告をして失踪。
逗留一ヶ月が経過。パーティーはそれぞれ好きなことをして過ごしている。
ただ、外には出られない。
オデットへ不信感が芽生える。】
-
>「喰らえ必殺のぉぉぉーーっ!明神フラッシュ!!!!!!!!!!」
>「今だっ!かかれ者共!!」
>「大人しく捕まって、ごめんなさいするんだな。飯が食いたきゃその後で聖堂に行け」
>「なゆなら…少なくとも悪いだけにはならないはずさ…だから…おとなしくするんだ。僕達が手加減してる内に」
白鳩の集団に取り囲まれたところで明神さんの光るスーツ目くらましが炸裂し、
いつの間にやら両側から迫りくる肉体派二名……。
少年目線で見ると、ある意味絶望的な光景が展開されるのであった。
店主と話をつけると、なゆたちゃんによる尋問タイムが始まる。
>「さて」
>「食べ物。街角。男の子……と聞いてピンと来たけど。
どうしてここにいるの? ただ、何となく聖都で生活してる……っていうことじゃないよね。
ブレモンのストーリーモードをクリアした『異邦の魔物使い(ブレイブ)』なら、みんな知ってる。
キミがただのマスコットじゃないこと。何か大きな秘密を握ってること。
まだ第二部が始まってないから、キミの目的が何なのかまでは分からないけれど――」
「え……えぇ!?」
言われてみれば、ブレモンにおけるとある人物の特徴に見事に合致している。
確かに街角をうろうろしていて餌付けイベントがある、とは書いていましたが、
まさか十二階梯ともあろうものがコソ泥みたいなことをしているとは……!
これじゃあ賢者というよりまんまシーフですよ……。
>「エンデ。十二階梯の継承者、第十二階梯――『黄昏の』エンデ」
>「助けてくれてありがとう」
>「ずいぶん待ったから、おなかが減っちゃったんだ。また、ふたりに怒られちゃうな。
……助けてくれたお礼に、ひとつだけ教えてあげる」
>「お礼なんて――」
>「死んだ人と話しても、生きている人が救われることなんて何ひとつないよ。悲しみが増えるだけさ」
エンデはそれだけ言うと、忽然と消えてしまった。
-
>「何だよ、アイツ。感じ悪ぃーでやんの」
「本当にな。一体何をしに来たのだ……」
珍しくカザハとガザーヴァの意見が一致している。
おそらく、たまたまお腹がすいたからソーセージを盗んで、
適当なことを言ったらたまたまこちらの状況にドンピシャだった、というわけではないだろう。
こちらの動向を把握した上で、こちらと接触するために敢えてソーセージを盗んで見せた――
そう考えるのが妥当だろう。
彼の発言にあった“ふたりに怒られちゃうな”のふたりとは、誰のことなのでしょうか……。
なゆたちゃんはエンデの無駄に意味深な捨て台詞のせいで、すっかり気落ちしてしまったようだった。
カザハも、オデットに死者との再会をお願いしている同じ立場なのだが、
こちらはもはやそんなことを気にするタマではないようで。
「気にすることはない。きっと……気を引くために思わせぶりなことを言っただけだ。
あの発言、多分あいつはこちらの動向を把握している。
これがイベントだとすれば……まさかこれで終わりということはないだろう。
おそらく、本イベントの前振り。また近いうちに現れるのだろうな。
その時にしっかりお礼してもらおうじゃないか」
そう言って、おどけたようにニヤリと笑って見せるのだった。
確かに今のままじゃあ、ソーセージ泥棒して助けて貰っておきながら、
礼するどころか憎まれ口叩いて食い逃げしただけの輩ですもんね……。
-
>「ひま! ひま! ひまひまひまひまひま!
ひぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜まぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
ガザーヴァの叫び声が食堂に響く。
なんと、気が付けばオデットの面会から一か月が経過していた。
私達はその間何をしていたかというと。
擬人化形態でカザハと一緒に街中を歩きながらの動画撮影に付き合わされたり(自撮り棒大活躍)。
カザハが『擬人化ユニサスレース』という名の擬人化ユニサスによる徒競走が行われていることをに気付いてしまい、
“ビューティフルスカイ”とかいう名前でエントリーされて強制的に走らされたり。
(ちなみに走るなら馬形態でいいものをなぜわざわざ人間形態になって走るのかは、永遠の謎である)
カザハが普通に賭ける方にはまってしまい、競馬にはまる駄目人間ならぬユニサスレースにはまる駄目妖精と化したり。
果たしてこの聖都でこんなものが公認されているのかこっそり行われているのかはよく分からない。
ある日突然摘発されたりしないかとドキドキしたが、幸いそんなことはなかった。
ともあれユニサスは、基本風属性ですが高レベルになると聖属性も追加されるため、聖都では馴染みがあるようです。
ちなみにアゲハさんはというと、勝手に図書館の明神さんやガザーヴァのところに突撃して
「デモンズピューパの進化方法の手掛かり探そうず!」と発破をかけたりかけなかったりしていたようです。
実体がないので本を取り出したりは出来ないみたいですが
ポルターガイスト的なノリでページをめくるぐらいは出来るみたいですね。
よく分からないが、あの手のモンスターは長期間蛹のままだと衰弱死することがあるらしい。
とにかく、あれからオデットに会いに行っても追い返されるばかりで、エンデもさっぱり姿を見せない。
カザハは「そのうち儀式の準備が出来るっしょ」と能天気に聖都ライフを楽しんでいるようだが、
これってゲーム用語で言うところの「ハマり状態」なのでは……。
>「飽きた! この街つまんねーよ!
なぁ〜明神、別のトコ行こうぜ! ボク、他の風景が見たい! ココってどこもかしこも真っ白で、
目がチカチカしちゃうんだよ!」
>「分かった。じゃあ、偶にはヴィゾフニールでどこかへ遊びに行こう!
ね、みんな! ちょっと聖都を空けるくらい、オデットだって大目に見てくれるでしょ!」
狭義の結果、ゲームあるあるのなんちゃって日本――ヒノデに行くことになった。
>「じゃっ! 決定ね!
みんな、ヴィゾフニールを回収しに行こう! そしてヒノデまで小旅行よ!」
「ハイヨロコンデー! ニンジャ! ゲイシャ! スモウレスラー!」
「多分ヒノデはそういうノリじゃないと思います!」
そんな感じでテンション爆上がりだったのだが、街を出ようとしたところ、衛兵に阻止されてしまった。
-
>「どうして!? わたしたちは少しだけでも外の空気が吸えればと思って……」
>「兎も角、聖都の外へお出しすることはできません。これは教帝猊下の勅命であり、決して覆すことはなりません。
我らも客人に手荒なことはしたくありません。どうかお引き取りを」
取り付くしまもなく、街の中に追い返される。
>「……これは……いったいどうなってるの……?」
「ハマり状態」疑惑がいよいよ現実味を帯びてきた。
謁見の日、ガザーヴァがオデットに侵食が何かと尋ね、挑発的な態度をとったことが思い出される。
その時は「もうこの子ったら!協力してもらう上に追加で願いまで聞いてもらう立場なのになんて態度を!」という感じだったが。
彼女の言動はいつも、その時は一見何も考えていないように見えて、
後から思い返してみると計算尽くだったり核心を見抜いていたりするようにも思えてくるのだ。
オデットは、時間稼ぎのために体よく理由を付けて私達を足止めしているのではないか――
そうだとしたら、一体何の時間稼ぎなのでしょうか。
自然と、今後の行動方針についてパーティー会議となる。
「ストレートに疑問をぶつけてみるのは……」「手っ取り早いけどリスクが高すぎる気がしますね……」
もしも本当にオデットの本性が敵対的な存在で、そのまま戦闘になったりしたら、勝ち目はない。
「先を急ぐからやっぱりいいです」と願いを取り下げて反応を見る、という手もあるが
本当にオデットがこちらを足止めしているとしたら、他に理由をつけて足止め継続されるだけだろう。
下手すると、こちらに狙いを気取られたことを察知されて上と同じ展開になる可能性も……。
それに、なゆたちゃんは、ポヨリンさんとの再会を渇望しているのだ。
オデットに騙されている疑惑が浮上している今となっても、その希望を断ち切るのは気が引ける。
願いと言えば、エンバースさんの願いもかなり切実そうでしたが……。
彼の言葉によると、浄化してもらったらスマホが使えるようになる、らしい。
一体どういう意味なのでしょう。
ちょっと話が逸れましたが、そもそもオデットは最初の謁見以来会わせて貰えておらず、
会う事自体至難の業なんですよね……。
状況を動かすためのオデット以外のアプローチといえば……。
-
「……そういえばあの食い逃げ猫にまだお礼してもらってないな」
黄昏のエンデ。一か月前にソーセージ泥棒してドロンした食い逃げ猫が思い出される。
「こんなこともあろうかと観光動画撮影と見せかけて街中を練り歩きながらカメラを回しておいた。
もしもエンデに“接触してきてほしい願望”があるなら、衝動を抑えきれずに背景に映り込んでいるはず……!」
カザハは適当なことを言いながら、スマホに記録された動画を見て手掛かりを探し始めた。
あれ、絶対ただの観光動画撮影でしたよね!?
「明神さん、図書館で何か気になる情報はありましたか……?」
とりあえずカザハは放っておいて、私は明神さんに話を振ってみた。
例えば、オデットが行っている(はずの)交霊術の準備がどのようなものなのか
通常どれぐらいの期間がかかるのかの情報があれば、
オデットが本当にこちらを嵌めているのかの判断材料の一つ程度にはなるだろう。
-
俺の新必殺技であるところの明神フラッシュがバチクソに決まり、泥棒猫(文字通り)の足が止まる。
一瞬の間隙を逃さず、真っ赤なストールをテールライトみたいに翻してエンバースが躍り出た。
>「よう、少年」
>「お急ぎのところ悪いんだが、少し話を――」
あいつ着替えてからなんか圧が凄えな……。
どこで買ったんだよそのヨソ行きコーデ。カンペキ闇系の仕事の人じゃん。
端から見りゃ完全に未成年者略取の構図、さらに俺たちには後詰めの変質者も控えている。
>「これ僕まで必要なかったな」
無意味にジャンプしたジョンが轟音を立てながら着地した。
衝撃は石畳を揺らがし、その辺にたむろってた鳩の群が一斉に飛び立つ。
「ひひっ、あながち要らねえわけでもないぜ。あの猫ちゃんも理解したはずだ。
どんだけ人混みん中逃げようがマッチョがジャンプで追ってくるってことをよ」
とまれかくまれ、ソーセージ泥棒はあえなくお縄になった。
後から追いついてきた肉屋に引き渡すのかと思いきや、なゆたちゃんは盗品を倍額で買い取った。
盗人にエサやるその行為を、普段の俺なら愚行と切って捨てただろう。
だけど、盗人の姿を間近で見て、ようやく俺にも合点が行った。
「そりゃそうか……食い詰めて盗みに走る輩がこの街に居るわけがねえ」
カテドラルメガスは言うまでもなく、プネウマ聖教の寺院は教区ごとに点在してる。
そこでは貧民向けの炊き出しをやってるし、物乞いだって適切な場所で効率よくやれる。
わざわざ捕まるリスクを冒してメシを調達する理由はない。
つまり、この不合理が示唆する可能性はひとつ。
――クエストの導入。往年のRPGで死ぬほど使い尽くされたNPCとの邂逅シーンだ。
>「食べ物。街角。男の子……と聞いてピンと来たけど。
どうしてここにいるの? ただ、何となく聖都で生活してる……っていうことじゃないよね。
ブレモンのストーリーモードをクリアした『異邦の魔物使い(ブレイブ)』なら、みんな知ってる。
キミがただのマスコットじゃないこと。何か大きな秘密を握ってること。
まだ第二部が始まってないから、キミの目的が何なのかまでは分からないけれど――」
そして、たった今出会った少年が『誰』であるかも、俺は知っていた。
なゆたちゃんの言葉通り、ストーリーに一通り触ってりゃ誰でもその名前を諳んじられるだろう。
それだけ印象的なシーンで、ついでに多くの謎を残した、そいつは――
-
>「エンデ。十二階梯の継承者、第十二階梯――『黄昏の』エンデ」
ローウェルの弟子たち、その末弟。
『黄昏の』エンデ――バロール亡き後も今だ謎多き最後の継承者だ。
マジで謎が多いっつうか、キャラクターの核心に触れる部分は何一つ公開されてない。
メインシナリオのラスボス戦後にラスダンの跡地にフラっと現れて意味深なセリフを吐いたが、今のところはそれっきりだ。
次のメジャーアプデでエンデ関連のシナリオがメインになるとも目されていたが、
結局俺たちはそのアプデを見ることなくアルフヘイムに来ちまった。
>「助けてくれてありがとう」
「んんーちょっと登場が早すぎない?バロールまだ死んでねえじゃん」
エンデが本格的に十二階梯の一人として登場するのはバロール戦後だ。
それまでは、マップの片隅でモブキャラ同然に彷徨くだけの存在に過ぎない。
なんかエサやると懐いてくるらしいけど、それでイベントが解禁されるわけでもない。
ただの賑やかし程度の存在――俺にとってはそんな認識だ。
まぁNPC関連のフラグ管理がガバガバなのはグランダイトと同盟結んだ今更突っ込むことじゃないけども。
それにしたって、アルフヘイム最高の賢者集団の一人が、肉屋で泥棒働くまで身を窶すとは……
>「ずいぶん待ったから、おなかが減っちゃったんだ。また、ふたりに怒られちゃうな。
「ローウェルは小遣いくらいやんねえのかよ。ガキ一人面倒見きれねえで何やってんだあのジジイ」
大賢者って儲からないの?弟子の連中はバロールもゴっさんもえらい羽振りが良さげだったけど。
……いや、ちょっと待て。十二階梯?
「離れろなゆたちゃん。そいつが『どっち側』の継承者なのかまだ分かってない」
ローウェルの弟子は一枚岩じゃない。
バロール、オデット、グランダイトみたく独自の勢力を築いてる連中。
そして、ジジイのシンパ共。
ゴっさんやマル公、それから……『ふたり』ってのが、マリスエリスとロスタラガムを指すんだとしたら。
このタイミングで接触しに来た継承者。
その後ろ手に隠し持っているのが花束かナイフか、うかがい知る術はない。
俺は思わずスーツの懐に手を入れる。内ポケットのスマホに触れる。
-
>……助けてくれたお礼に、ひとつだけ教えてあげる」
だが果たせるかな、エンデの振る舞いに敵意はないようだった。
敵対者を自動感知する『導きの指鎖』にも反応はない。
対応を決めあぐねているうちに、エンデは二の句を継いだ。
>「死んだ人と話しても、生きている人が救われることなんて何ひとつないよ。悲しみが増えるだけさ」
「…………っ!」
ズドンと核心を突かれたような気がして、俺はすぐに反駁することが出来なかった。
なゆたちゃんが、慄然と立ちすくむのを横目で見て、思わず一歩踏み出す。
「何なんだよお前は!知ったようなこと言いやがって!」
そしてすぐに、もっと他に聞くべきことがあるのに気づいた。
オデットとの会談は謁見の間で行われた。そこで交わされた会話の内容は、あの場に居た者しか知らない。
なゆたちゃんが死者との対話を望んでるって、なんでエンデが知ってる?
問い詰めようにも、なゆたちゃんに向けていた視線を戻した時には、既にエンデの姿は無かった。
ほんの少し目を離した隙に、どこへやらと逃げて行っちまった。
>「何だよ、アイツ。感じ悪ぃーでやんの」
ガザーヴァが吐き捨てるように零す。
「自分の窃盗行為棚に上げて他人に説教していきやがったよあいつ。
弟子にどーいう教育してんだローウェルのジジイはよ」
>「気にすることはない。きっと……気を引くために思わせぶりなことを言っただけだ。
あの発言、多分あいつはこちらの動向を把握している。
これがイベントだとすれば……まさかこれで終わりということはないだろう。
おそらく、本イベントの前振り。また近いうちに現れるのだろうな。
その時にしっかりお礼してもらおうじゃないか」
「どーかんだな。コソドロの分際で何達観決めてんだってうんとからかってやろうぜ」
またしても謎を残しながら去っていったエンデとの邂逅。
奥歯に何か挟まったようなもどかしさを抱えながら、しばらくの休息へと戻った。
◆ ◆ ◆
-
俺たちは思い思いの過ごし方でエーデルグーテに逗留していた。
俺はオデットから図書館のかなり高度な閲覧権限をもらって、魔導書を何冊も積み上げながら勉強を続けている。
これ一冊だけでもソーセージが肉屋の店舗ごと買える値段だ。
世界でこの書庫にしか収蔵されてないっていう希少な写本もあったりで、おっかなびっくりページを手繰る。
バロールから貰った魔法マニュアルは、マジで基礎のキの字の部分だけしか書いてなかった。
それだけでも初級魔法程度は使えるようになるすげー資料なんだけど、
もうちょっと踏み込んだ内容を学ぶとなるとやっぱり専門書が必要になる。
俺はもともと、この手の資料を読み込むのはあんまり苦にならないタイプだ。
買ったゲームの取説は隅々まで舐めるように読むし、攻略本だっていくつも買ってた。
言語自動翻訳のおかげで小難しい言葉も平易な表現に修正されて頭に入りやすい。
――>「聖大図書館で様々な書物に触れ、見聞を深めなさい。そうして貴方の中で掲げるべき目標が立ったとき、
改めて死霊魔術を教えましょう」
師事を請うた俺に対し、オデットは『ビルド決まってから来い(意訳)』と返した。
まぁ言われてみりゃその通りだ。無数に存在するスキルに対し、俺のリソースには限りがある。
割り振ったステータスはリセットが効かなくて、熟考に熟考を重ねなくちゃならない。
今の俺は、ネクロマンサーの技術をほんの少し齧っただけの素人だ。
死霊術ってのがどういう技術で、何が出来て、何が得意なのかとか。
そういう基本中の基本を学ぶところから始める必要があった。
自転車を例にとれば、ロードやらマウンテンやらママチャリやら種類は色々あるけれど、
それ以前にペダルの漕ぎ方を知らなきゃならないし、ハンドルやサドルの位置関係も知らなきゃならない。
俺は結局、これまでペダル漕がずに地面蹴ってるだけだったみたいだ。
大図書館の片隅で、ガザーヴァと並んで本の虫になる。
わからないところは時々隣のガザ公に聞いたりしながら、少しずつ術理を紐解いていった。
「えーつまり、死霊術の基本にして奥義は、環境中に偏在する魂を『霊』として再構成すること。
霊視で霊を観測するっていうのは、そこに『霊を生み出す』って感覚に近いんだな」
対面でヒマそうにしてるガザーヴァに講釈を垂れる。
例えば闇属性初級の『呪霊弾(カースバレット)』は、『低級霊を従えて標的へ撃ち出す』って魔法だ。
でもそもそも低級霊って何だよっていうね。そこらへんめちゃくちゃフワっとしてんだよな。
文献によれば、生き物が死んだ後、肉体が土に還るのと同じように魂も分解されて大気に還る。
ほんでその『魂の素』みたいなものは空中を漂って、別の生き物が生まれたときに肉体という器に注がれる。
魂の素は目には見えないし、意思をもって幽霊みたいに振る舞うこともない。
でなきゃこの世界は今頃小動物やら虫やら大量に生まれて大量に死ぬ生き物の霊魂で埋め尽くされてるもんな。
死霊術は、この分解されて漂ってる魂の素を特定の『形』に再構成することが出来る。
形を持った魂は『霊』とか『死霊』と呼ばれて、死霊術師は霊を操って色んなことに利用する。
一旦魂の抜けた死体に魂を再補充して、ゾンビやスケルトンとして蘇らせたりな。
『低級霊』ってのは、魂の分解と再構成を経た意思なき霊のことを指す概念だ。
一方で、強い未練や意思を持った個体が死んだとき、魂の分解に抗うこともある。
肉体が滅んだ後も魂だけが形を保ったまま残り、生前の意思通りに振る舞う存在。
これが『上級霊』、一般に言う幽霊とか地縛霊、残留思念みたいなやつがこれに当たる。
意思を持ったアンデッド、それこそヤマシタやエンバースなんかも分類的には上級霊に近い存在だろう。
『霊視(クオリアビジョン)』は霊を観測するスキルだが、実際には『魂を霊にする』スキルと言ったほうが正しい。
自分でもちゃんと理解出来てるか怪しいけど、多分そういうこと。
-
「そこらへんの基本が分かってりゃ、『呪霊弾』もただ霊を飛ばしてぶつけるだけの魔法じゃなくなる。
――こういうことも、出来るようになった」
魔力を込めた指先をタクトのように振れば、大気中の魂が寄り集まって形をつくる。
俺の右手を模した霊のかたまりが、遥か高い位置の本棚から魔導書を一冊抜き取って手元に運んできた。
「第三の手、ポルターガイスト。座ったままメシ取りに行ってその場で食えちまうんだ。
……眠そうだな。食堂からコーヒー貰ってきたけど飲む?」
左手を模した霊がふわふわと運ぶのは、真っ黒なブラックコーヒーだ。
黒い食べ物には闇属性の栄養がたくさん含まれている(憶測)。
テンペストソウルくらい強力なパワーアップになるとは俺も思わんが、いろいろ試して損はない。
俺の魔法に関する講釈は、小学生が九九の解き方のコツを話すようなもんで、幻魔将軍には釈迦に説法だろう。
退屈そうに目を細めるガザーヴァの口に、ポルターガイストでコーヒーを飲ませてやった。
技術の習得は理論と実践の反復がものを言う。
それからの日々は、図書館で死霊術の文献を漁っては、技術が身につくまで練習を繰り返した。
ときおりカザハ君の半透明女がふらっとやってきては、マゴットの様子を確認していく。
マゴットは未だに蛹のまま羽化の兆しが見えない。
鼓動を感じるから生きてはいるようだが、中で何が起こってるのかまでは伺えない。
流石にイブリースとの戦いには参加させられなかったから経験値も大して溜められてない。
ただ、死霊術の練習の過程で新しい技術を習得すると、
わずかに燐光が発生してマゴットに吸収されるのを何度か見た。
この光が可視化された経験値であるなら、座学でもレベルアップは可能ってことだ。
街の外で適当にモンスターを狩ってレベリング――することは、どうにも気が乗らなかった。
イブリースに言われた言葉がずっと胸の奥に引っかかってる。
――>『今まで経験値だ、イベントだと、我々の仲間たちを嗤いながら殺めてきた貴様らが……
今更どの面を下げて『救う』だと!』
強くなるために他人の命を喰らう。レベリングってのは、そういう行為だ。
その是非については今更論ずる気にもならん。
だけど、あまりにも沢山の死を見てしまった今、あいつの言葉を戯言と切って捨てることは出来ない。
「俺がこうやって死霊術を学んで、その経験値をマゴットにも分配する。
バトルもしてない今のところは、これが精一杯だな」
結局、血の流れない穏便な方法を俺は選んだ。
イブリースの野郎が残した楔をいつまでも心から引き抜けなくて、忌々しかった。
◆ ◆ ◆
-
そんな感じでのんべんだらりと一月が経った頃。
少しずつ導火線を縮めていたガザーヴァという爆弾が、ついに炸裂した。
>「ひま! ひま! ひまひまひまひまひま!
ひぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜まぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
あまりにも退屈なエーデルグーテの日々に、幻魔将軍がキレたのである。
>「飽きた! この街つまんねーよ!
なぁ〜明神、別のトコ行こうぜ! ボク、他の風景が見たい! ココってどこもかしこも真っ白で、
目がチカチカしちゃうんだよ!」
「えぇー!勉強教えてくれよぉ!俺こんな分厚い本と対面で過ごしてたら頭が賢者になっちゃうよ」
ガザーヴァにはここ最近ずっと、魔導書の分かんないとこを付きっきりで教えてもらってた。
感覚派のガザ公の説明はビューンとかバーンばっかで意味不明だったが、
それでも孤独に書物を手繰るよりかは精神の衛生によろしかった。
「まぁでもガザ公の言わんとしてることは分かるわ。照り返しがマジで眩しいんだここ。
日光に上下から炙られて両面焼きのハムエッグになってしまうかもしれない」
明神フラッシュなくてもサングラス必須だったわ。
俺闇の者だから陽の光に弱いしね……。
>「う〜ん……そうね……。確かに、ちょっと気分転換みたいなものは必要かも」
当のオデットからは謁見以降まともな連絡もなく、今後の旅の予定すら立てられない。
なゆたちゃんもこの窮状には思うところがあったのか、前向きに検討してくれることになった。
>「分かった。じゃあ、偶にはヴィゾフニールでどこかへ遊びに行こう!
ね、みんな! ちょっと聖都を空けるくらい、オデットだって大目に見てくれるでしょ!」
>「じゃっ! 決定ね!みんな、ヴィゾフニールを回収しに行こう! そしてヒノデまで小旅行よ!」
「よっしゃ、お弁当はカツサンドにしてくれよ!キャベツたっぷりのやつ!!
極東の民にカツレツを伝来してやろうぜ!」
煮詰まった気分を打破すべく、不意に決まったピクニック。
ウキウキ気分で荷物をあれこれインベントリに詰め込んで、いざ出発という段になって――
>「……え?わたしたちを聖都から出す訳にはいかないって……どういうこと……?
――門の前で待ったをかけられた。
衛兵が俺たちの出入りを阻み、ヴィゾフニールに辿り着くことすら出来ないときた。
>「兎も角、聖都の外へお出しすることはできません。これは教帝猊下の勅命であり、決して覆すことはなりません。
我らも客人に手荒なことはしたくありません。どうかお引き取りを」
すげなく追い返されて、ずこずこと退散する。
なゆたちゃんは、納得出来ないといった様子でカテドラルメガスの方を見上げた。
>「……これは……いったいどうなってるの……?」
「おいおいおい。なんかキナ臭くなってきやがったな……」
一月も放置かましてる一方で、俺たちの行動は露骨に制限してる。
街の外へは一時退出すら認められず、この街そのものが檻みたいなもんだ。
有り体に言えば、軟禁――俺たちはエーデルグーテに釘付けにされている。
-
「好意的に解釈すれば、もうすぐ時期が来るから聖都を離れるなってことかもだが……
それならそうと言わないわけがないよな。つまり、それ以外の理由ってことだ」
軟禁ってやり方を見るに、考えうる理由はふたつ。
一つは俺たちに時間を浪費させることが目的、ようは時間稼ぎだ。
だとしても、何のための時間稼ぎなのかが見えてこない。
オデットがバロールに協力的なら、駒であるブレイブを遊ばせておく合理性なんかないはずだ。
もう一つは、オデットが俺たちを手元に置いておくことで、何らかの事柄を有利に運ぼうとしている可能性。
つまり――『人質』だ。そしてこの場合、人質が誰に対して効くかと言えば、それは。
「……バロール。なゆたちゃん、あの魔王から連絡は来てないか?」
バロールは元々俺たちにさっさと帰ってこいと恨み節たらたらに言っていた。
それが一月も足を留めていて、催促のひとつも飛んでこないはずがない。
催促がないとすれば……それはつまり、『通信が妨害されてる』ってことであり、
オデットがバロールを出し抜くために何かを画策してる疑いが確定する。
いずれにせよ、まずはバロールと連絡をとってみるべきだ。
今だ見えて来ないオデットの真意。
そいつを確かめるためにも、俺たちの方でも何かしら行動はとる必要がある。
だけど、どうやって?オデットとの面会はもうずっと許されてない。
カテドラルメガスに突撃したとして、オデットのお膝元で大立ち回りを演じるのはあまりに無謀だ。
屈強な僧兵が何人も控えているし、そもそもオデット自体がバカ強い最強の死霊術師だってのに。
>「……そういえばあの食い逃げ猫にまだお礼してもらってないな」
カザハ君がふと、そんなことを呟いた。
『黄昏の』エンデ。出会い頭になゆたちゃんに説教かまして消えてった最後の継承者。
「エンデは、俺たちがオデットに借りを作ることに否定的だった。
何か知ってるのかもしれねえ。……けど、あの神出鬼没の猫ちゃんをも一度捕まえられるもんかね」
>「こんなこともあろうかと観光動画撮影と見せかけて街中を練り歩きながらカメラを回しておいた。
もしもエンデに“接触してきてほしい願望”があるなら、衝動を抑えきれずに背景に映り込んでいるはず……!」
「……でっ、でかしたカザハ君!!」
動画の記録はデカい手掛かりになる。
エンデの写り込んだ時間帯と場所が絞り込めれば、こっちから出向いて探すことだって出来る。
あいつが俺たちとの接触を望んでいるなら、近くまで行けば何かしらリアクションをとってくるはずだ。
>「明神さん、図書館で何か気になる情報はありましたか……?」
カザハ君を囲んで偉い偉いしていると、カケル君がススっと寄って話を振ってきた。
どうやらオデットのやってる『準備』について、死霊術師としての見解を聞きたいらしい。
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「俺も専門書をザッピングしただけだから詳しいことは分からん。
分からんなりに掻い摘んで話すけど、いいか?」
死者との交信、降霊術には結構色んな様式がある。
例えば亡骸や遺留品に宿った残留思念を読み取ったり、術者に魂を降ろすイタコさんみたいなのとかな。
今回のケースじゃ、ポヨリンは死体ごと跡形もなく消し飛んでる。
ってことは亡骸に霊を呼び戻す様式は使えないはずだ。
「オデットは、正しい星辰と場所が必要だっつってたよな。
儀式の機材の準備だけじゃなくて、星の巡り、ようは時期とか場所を合わせる必要があるってことだ。
相手が加護を受けてる星の力を借りたり、地脈を巡る魔力を使ったり……。
一番わかりやすいのは、相手が死んだ場所と時間にもう一度訪れて降霊術を行うってスタイルだ」
肉体が滅んで後に残った魂が、ずっとそこに漂い続けているのなら、
その場所に行けばもう一度会えるって考え方は理解出来る。
問題は、惑星ってやつが自転と公転をしているって点だ。
「バロールも言ってたが、アルフヘイムの夜空からは地球が見える。
この世界も地球と同じように天体で、自転と公転をしてるってことでもある。
降霊術に用いられる『位置』が死んだ場所で固定されてるとしたら、
公転運動に従ってとっくに宇宙の遠い果てになってるわけだ」
惑星は恒星の周りを回る軌道で常に移動し続けている。
仮にタイムマシンがあったとして、一日前にトラベルしたら宇宙空間に放り出されることになるだろう。
一日前のその座標に、惑星は存在していないから。
仮に公転云々を置いておくにしても、夜空を散りばめる星は一年に一回しか同じ配置にならない。
星の力を借りるとすれば、そのあたりの制約もあるのかもしれない。
「まぁつまり、厳密に場所を合わせるなら、一年かけて惑星が周回して戻ってきたタイミング――
つまり死亡時からまる一年後きっかりでなきゃいけないってことだ。
オデットが超長生きの吸血ババアなら、一年くらいどってことないと思ってる可能性はある」
仮にそうだとして、残り11ヶ月を聖都に軟禁する理由もあるまい。
あくまで仮説でしかないし、もし一年かかりますって話なら俺たちも身の振り方を考えなきゃならない。
一年後、まだアルフヘイムが存続してる保証なんてないんだから。
「どっちにしろこれ以上聖都で足止めくらい続けるわけには行かない。
バロールとの連絡、エンデの捜索。この2つを軸に俺たちも動くべきだ。
その上で、可能ならオデットにもう一度謁見を試みよう。
あの女がマジに一年かけるつもりなら、定命の者に一年はキツいっすって言うしかねえ」
【オデットは一年かけて降霊術しようとしているのでは?
バロールへの連絡と、エンデの捜索に一票】
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【アシェン・ヴェッセル(Ⅰ)】
『浄化して消し去る……。
アンデッドにとって、いいえ……この地上に存在するすべてのモンスターにとって、それが何を意味しているのか。
理解した上でそう言っているのですか?』
「勿論。こう見えて、モンスターの死に様には詳しいんだ」
『エンバース! どういうこと――!?
わたしのパートナーになるって! わたしを守ってくれるって、そう約束してくれたじゃない!』
少女の声=当然の抗議/遺灰の男=視線は前へ向けたまま、悠然と人差し指を口元に立てる。
「しっ……よせよ、みんなの前で。照れちゃうだろ」
確信犯的にとぼけた言動。
『……貴方がそれを望むのならば、そのように。
ただ、それにも相応しい儀式の準備が必要です。貴方もこの聖都の懐に抱かれ、
浄化の刻まで穏やかな時間を過ごすと良いでしょう』
「そうするよ。帰りに観光パンフレットを持たせてくれると助かる」
視線を己の隣へ――なゆたへ向ける。
「心配するな。俺には特別な知恵があるんだ」
自信ありげに/事も無げに――エンバースらしく。
「……不安にさせたのは悪かった。お前が心配するような事にはならないよ」
虚言ではない――偽物が、誰も知らぬ間に本物に戻るだけの事。
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【アシェン・ヴェッセル(Ⅱ)】
〈――どういうつもりですか、遺灰の方〉
聖堂からの去り際、遺灰の体内から響く声/空洞の体内から転び出る白い肉塊。
遺灰の男が足を止める/振り返る――仮初の主を射抜くフラウの眼光。
遺灰の男は――その鋭さに怯む事もなく、小さく笑った。
「鎌をかけるのはよせ、フラウさん」
アンデッドが浄化されてしまえば、後には何も残らない。
少なくとも、そこに意思を持った誰かがいたという痕跡は、何も。
だが――そういう感傷的な物の見方をしないのならば、残されるものはある。
例えばそのアンデッドの遺品=装備品/器=躯や革鎧など/破壊された霊の残骸=魂が。
つまり――
「俺が消えれば後には遺灰の器と、不死の聖火。それと主なきソウルが残る」
遺灰の指先がフラウを、その体の中心を指す。
「そして……あの時からずっと持ってるんだろ?アイツの燃え残りを」
遺灰の問い――ふと、フラウの溶け落ちた肉体が更に蕩ける。
露出する、白い肉塊の内側――そこに明滅する黒焦げた心臓。
エンバースが燃え尽きる寸前、フラウが抜き取った主の欠片。
「要するにOSのクリーンインストールだ。ちゃんと分かってるよ」
〈……あなたは、随分と変わりました〉
蕩けた肉塊が元の姿に戻る/溜息を吐くような声音。
〈自分が消えるのが、怖くないのですか?……ああ、いえ、別に答えを求めてはいません。
聞くまでもなく、怖くはないのでしょう。あの時、ハイバラがきっとそうだったように〉
「別に――」
〈同じ事です。外見上、その素振りを見て取る事が出来ないなら。
……そう。だから私も少しだけ、不安になってしまいました〉
「不安?おいおい、流石の俺もただ消えるだけの事をしくじるなんて――」
〈――このちっぽけな心臓の中に、本当にハイバラがいるのかどうか。
本当は……ハイバラはまだ、あなたの中にいるんじゃないかって〉
遺灰の男は、言葉に詰まる――もし本当にそうだったら、どれほど良かったか。
自分は結局ハイバラにはなれなかった/ハイバラの幻も、もう見えなくなった。
「……少なくとも、俺はハイバラにはなれなかったんだ。なら、きっとそこにいるさ」
〈……そうですね。そうでなければ、困ります。まったく、本当にいつまでも世話が焼ける……〉
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【ラピッド・オペレーション(Ⅰ)】
『さて』
「さて」
遺灰の男=獣人の少年、その顔を注視する。
「どこかで見た顔だと思えば、お前――」
『食べ物。街角。男の子……と聞いてピンと来たけど。
どうしてここにいるの? ただ、何となく聖都で生活してる……っていうことじゃないよね。
ブレモンのストーリーモードをクリアした『異邦の魔物使い(ブレイブ)』なら、みんな知ってる。
キミがただのマスコットじゃないこと。何か大きな秘密を握ってること。
まだ第二部が始まってないから、キミの目的が何なのかまでは分からないけれど――』
「……どうかな。エーデルグーテは物乞いに優しいだろうしな」
『食べ物が欲しいなら、食べさせてあげる。生の食材や不味い携帯食じゃない、きちんと調理した料理をね。
わたし、調理スキルならちょっとは自信あるから。それならスマホが使えなくたって関係ないし。
だから……教えてくれる?』
「まあ……実際、なんでお前がここにいるのかはマジで気になるよ」
『エンデ。十二階梯の継承者、第十二階梯――『黄昏の』エンデ』
『黄昏の』エンデ=餌付け可能なマスコットキャラ/謎多き第二部のキーパーソン。
偶然エンカウントするような人物ではない――何か「イベント」があるに違いない。
『助けてくれてありがとう』
「いいさ、気にするな。相手がお前なら、別に見返りを求めない訳じゃないからな」
『ずいぶん待ったから、おなかが減っちゃったんだ。また、ふたりに怒られちゃうな』
「おいおい、俺達がそんな話を聞きたくてお前を取り囲んでると思うのか?」
『離れろなゆたちゃん。そいつが『どっち側』の継承者なのかまだ分かってない』
「そう、そういう話が聞きたいのさ。下手にとぼけない方が身の為だぜ」
『……助けてくれたお礼に、ひとつだけ教えてあげる』
「いくつ教わるかは俺達が決めるんだ。だが……まずは一つ目だ、言ってみろ」
『死んだ人と話しても、生きている人が救われることなんて何ひとつないよ。悲しみが増えるだけさ』
「……へえ。そりゃ驚いた」
遺灰の呟き=半分は皮肉/半分は本心から――オデットとの会話が知られている。
『――そんなこと……!!』
『何なんだよお前は!知ったようなこと言いやがって!』
「……残念だが、さっき食べたソーセージは返してもらう事になりそうだ」
遺灰の男がエンデに詰め寄る/腕を伸ばせば手が届く間合い。
とは言え――ここは市街地=エーデルグーテのど真ん中。
荒事を始めるにしてもスマートに済ませる必要がある。
-
【ラピッド・オペレーション(Ⅱ)】
そして――遺灰の男はほんの一瞬、エンデから意識/視線を外した。
観衆の多寡を確認する為だ――無論、あくまで臨戦態勢と両立可能な範囲で。
視界の端にエンデは捉え続けていた/何か不審な動きがあれば、すぐに制圧するつもりだった。
だが、出来なかった――そのほんの一瞬で、エンデは姿を眩ませていた。
「……なるほど。それが食い逃げスキルの最終奥義か」
遺灰の男=努めて余裕ぶって/内心は穏やかではない――また、上手くやれなかった。
そして――エーデルグーテを訪れてから、一月が経った。
『ひま! ひま! ひまひまひまひまひま!
ひぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜まぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!』
食堂に響くガザーヴァの喚き声――オデットの言う「正しき星辰」とやらは未だ訪れない。
『飽きた! この街つまんねーよ!
なぁ〜明神、別のトコ行こうぜ! ボク、他の風景が見たい! ココってどこもかしこも真っ白で、
目がチカチカしちゃうんだよ!』
『う〜ん……そうね……。
確かに、ちょっと気分転換みたいなものは必要かも』
「まあ、そうかもな。このままじゃ景色ばかりか周りからの視線まで真っ白だ」
『分かった。じゃあ、偶にはヴィゾフニールでどこかへ遊びに行こう!
ね、みんな! ちょっと聖都を空けるくらい、オデットだって大目に見てくれるでしょ!』
「というか、よく考えたら別にここに留まり続ける理由もなかったな。
一度フラグを立てたら、暫く寝かせとくタイプのイベントだったか?」
『じゃっ! 決定ね!
みんな、ヴィゾフニールを回収しに行こう! そしてヒノデまで小旅行よ!』
「……ヒノデか」
遺灰の男が席を立った――仲間達に先んじる形。
「――楽しみだな」
ハイバラはアルフヘイムに召喚されてから、滅びゆく世界と戦争の中でのみ生きてきた。
故にその記憶を受け継いだ遺灰の男も――異世界観光に惹かれない筈もない。
それが浄化を前にした最後の思い出になるのならば、尚更だった。
だが、一行は聖都を出る事は叶わなかった。
『……え?
わたしたちを聖都から出す訳にはいかないって……どういうこと……?』
衛兵達に呼び止められたのだ――だが、ただ呼び止められた訳ではない。
交差させた長槍を壁代わりに行く手を阻まれている。
つまり――武力行使を示唆されている。
-
【ラピッド・オペレーション(Ⅲ)】
『どうして!? わたしたちは少しだけでも外の空気が吸えればと思って……』
「よせ、モンデンキント。話せば分かるくらいなら、最初から止められたりしない」
『兎も角、聖都の外へお出しすることはできません。これは教帝猊下の勅命であり、決して覆すことはなりません。
我らも客人に手荒なことはしたくありません。どうかお引き取りを』
『……これは……いったいどうなってるの……?』
『おいおいおい。なんかキナ臭くなってきやがったな……』
「……とりあえず、ここを離れようぜ。いつまでも槍を片手で支えてるの、結構大変だろうしさ」
ハイバラの感性が告げている――既に先手を打たれている/これ以上情報を渡すなと。
『好意的に解釈すれば、もうすぐ時期が来るから聖都を離れるなってことかもだが……
それならそうと言わないわけがないよな。つまり、それ以外の理由ってことだ』
『……バロール。なゆたちゃん、あの魔王から連絡は来てないか?』
遺灰の男は何も言わない――考えはある/だが口に出すべきかを迷っている。
『……そういえばあの食い逃げ猫にまだお礼してもらってないな』
『エンデは、俺たちがオデットに借りを作ることに否定的だった。
何か知ってるのかもしれねえ。……けど、あの神出鬼没の猫ちゃんをも一度捕まえられるもんかね』
――それは、希望的観測に過ぎない。エンデは俺達と遭遇して、そして離れていった。事実はそうだ。
『……そういえばあの食い逃げ猫にまだお礼してもらってないな』
『こんなこともあろうかと観光動画撮影と見せかけて街中を練り歩きながらカメラを回しておいた。
もしもエンデに“接触してきてほしい願望”があるなら、衝動を抑えきれずに背景に映り込んでいるはず……!』
――なら、最初の窃盗事件も俺達と接触する為だったのか?だとすれば……まあ、傍迷惑なやり方だな。
『オデットは、正しい星辰と場所が必要だっつってたよな。
儀式の機材の準備だけじゃなくて、星の巡り、ようは時期とか場所を合わせる必要があるってことだ。
相手が加護を受けてる星の力を借りたり、地脈を巡る魔力を使ったり……。
一番わかりやすいのは、相手が死んだ場所と時間にもう一度訪れて降霊術を行うってスタイルだ』
――そうだ。そして同じくらい分かりやすいスタイルがある。対象の遺品を用いる形だ。
死者に縁のある遺品を用いる事で、降霊術の難易度は大きく低下する。
ただの現代人ですら擬似的な降霊が可能になるくらいには。
――だがオデットは……遺品の有無を聞こうとすらしなかった。
『どっちにしろこれ以上聖都で足止めくらい続けるわけには行かない。
バロールとの連絡、エンデの捜索。この2つを軸に俺たちも動くべきだ。
その上で、可能ならオデットにもう一度謁見を試みよう。
あの女がマジに一年かけるつもりなら、定命の者に一年はキツいっすって言うしかねえ』
「フラウさん、すまない。もっと早く気づくべきだった」
〈いえ。私も。浮かれていなかったと言えば嘘になります〉
深い、黒煙混じりの溜息。
「待った、明神さん……一応、最悪のケースについても話をしておきたい」
重苦しい声色。
-
【ラピッド・オペレーション(Ⅳ)】
「つまり……もし俺が衛兵に、誰かを街から出さないよう命じるなら、ついでにもう一つ命令を出す。
その誰かが街を出ようと門を訪れたなら、必ず、迅速に、それを自分に知らせるように、ってな」
それはハイバラの経験談――全く同じではないが、似たような状況に陥った事はある。
「俺達に残されている時間は、あまり多くはないのかもしれない。
オデットが敵だとしたら、もう俺達を泳がせておく理由はない」
権力者の管理下で長時間暮らす事の危険性を、ハイバラは知っていた――遺灰の男も知っていた筈なのに。
「経験上、率直に言って、最悪のケースに対する最善策は混乱を起こす事だ。
俺の時は……火と煙が役に立ったよ。逃げるにしても、立ち向かうにしてもな。
とにかく……権力者の思惑と街の戦力を乖離させるんだ。リソースを分散させるんだ」
そこまで言ってから――遺灰の男は笑った。
「だけど、まあ……そんなのは俺達のやり方じゃないよな」
分かっている。崇月院なゆたは、例えどんな状況でもそんな攻略法は認めない。
そしてハイバラも、そんな彼女の判断を尊重する――それも努めて余裕そうに。
「……エンデに連絡を取りたいなら、手っ取り早くて簡単な方法があるぜ。一方通行にはなるけどな」
ストールで口元を隠していても笑みが透けて見えるような、僅かに弾む語り口。
「アイツは……恐らくだけど、俺達がオデットとどんな話をしたのか知っていた。
そこには何かしらのアンテナがあるんだろう。なら、話は早い。
今度もまた、盗み聞きをしてもらえばいいだけだ」
無論、オデットとの謁見は最初の一回を除いて許可されていない――そんな事は関係ない。
「俺なら、許可があろうがなかろうがオデットに謁見する事が可能だ。
……このプランは、他に並行して行うべきだと俺は思う。
俺達は恐らく……既に先手を打たれている」
【最悪の事態に備えて単独での強硬策を提案】
-
>「食べ物。街角。男の子……と聞いてピンと来たけど。
どうしてここにいるの? ただ、何となく聖都で生活してる……っていうことじゃないよね。
ブレモンのストーリーモードをクリアした『異邦の魔物使い(ブレイブ)』なら、みんな知ってる。
キミがただのマスコットじゃないこと。何か大きな秘密を握ってること。
まだ第二部が始まってないから、キミの目的が何なのかまでは分からないけれど――」
>「……」
やっぱりこの子はなゆ達の知っている”特殊”な子らしい。
身のこなし一つみても只物じゃない事は分かりきっていたいた事ではあるが…
無言でソーセージを貪り食う姿を見ればみるほど年端もいかない少年にしかみえない。
>「食べ物が欲しいなら、食べさせてあげる。生の食材や不味い携帯食じゃない、きちんと調理した料理をね。
わたし、調理スキルならちょっとは自信あるから。それならスマホが使えなくたって関係ないし。
だから……教えてくれる?」
>「エンデ。十二階梯の継承者、第十二階梯――『黄昏の』エンデ」
「…こんな子供が…?」
見た目で侮ってはいけないとは頭で理解しつつも…僕以外も僕と似たような感じに困惑していた。
>「ずいぶん待ったから、おなかが減っちゃったんだ。また、ふたりに怒られちゃうな。
……助けてくれたお礼に、ひとつだけ教えてあげる」
結構な大きさと量のソーセージを瞬く間に完食すると、立ち上がりペコリと頭を下げる。
一連の動作にはやはり…幼さが残っていた。実力者ではあるが…年齢的な物は見た目相応なのかもしれない…
と一瞬だけ思った。…次の発言を聞くまでは。
>「死んだ人と話しても、生きている人が救われることなんて何ひとつないよ。悲しみが増えるだけさ」
場が凍り付いた。もちろん見た目、雰囲気共に子供である目の前の少年の言葉に驚いた…というのもあるが
目の前にいる少年が…自分より大人に見えたような気がして…。
>「――そんなこと……!!」
他のメンバーはどう思ったのかはわからない。でも…この子の言った事は…本当の事だと思う。
死者は死者のまま、生者は生者で…いるべきだと…僕も思う。いや…なんならこの場にいる全員…頭では分かっているのかもしれない・・・。
それでもみんなオデットに縋ったのは…それもまた生きている人間ならしょうがない事だとも思う。
――死者を理由にしてはいけない
それがこの旅…一連の僕が人生の今までで経験した事で…おそらく今後変わらない結論だった。
思いを馳せる事はなにも悪い事ばかりじゃない。けどなにかしらの行動する時に死者を使うと呪いになる。
一生死者という鎖に繋がれ、気づけば…自力でどこへも向かう事はできなくなる。……今の僕のように
しかし世の中には口でいくら説明したところで理解されないしたくない事がある。
>「何だよ、アイツ。感じ悪ぃーでやんの」
気づいたらエンデと呼ばれた少年は消えていた。僕達に気まずい空気だけを残して…
-
>「気にすることはない。きっと……気を引くために思わせぶりなことを言っただけだ。
あの発言、多分あいつはこちらの動向を把握している。
これがイベントだとすれば……まさかこれで終わりということはないだろう。
おそらく、本イベントの前振り。また近いうちに現れるのだろうな。
その時にしっかりお礼してもらおうじゃないか」
>「どーかんだな。コソドロの分際で何達観決めてんだってうんとからかってやろうぜ」
…違う。
僕は…死人を恐れている。生きている人間と違って死んだ者の記憶は美化され続ける。
年老いた人間が【昔はよかった】そう言うように…実際はそうでもなかったのにそう感じてしまう。
今が辛ければ辛い程そう感じてしまう…でもそれは人間として、生物として決して間違っていない。そう思うように人間はきっとできているから
だからこそ…今…この街にいる僕達が本当に警戒するべきなのは…次に襲ってくる敵なんかじゃなくて…
宿に戻るみんなの背中を見ながら…この街に…あの母を名乗る自称聖母に頼るのが間違いだったと…僕は半ば確信していた。
しかし、もう始まってしまった。来てしまった。頼ってしまった。もう僕には…この流れは止められない。
僕にできる事は…僕のこの捻くれた考えが、どうか外れていますようにと…願う事だけだった。
-
その後、特になにが起こるわけでもなく。事件もなく、かといって進展もなく。時の流れるのは早い物で、一月が経過していた。
みんな思い思いにこの一月を過ごしていた。
エンデの一言で最初こそ冷静さをみんな失っていたが次第に今は落ち着きつつある。表面上は
>「ひま! ひま! ひまひまひまひまひま!
ひぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜まぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
そして僕はなにやってるのかと言えば…PTメンバーが集まる場所として利用しているこの食堂で…料理人をしていた。
もちろん鍛錬を怠っているわけではない。部長との連携技の練習も欠かしていない。
しかし…実戦…本物の相手と戦わないと限界はすぐに来るもので。
時間が余ったのでここの食堂で料理人として修業しているわけだ。
「たしかにここに来てからもう一月…カザーヴァじゃなくても色々きついよねえ…はい、今日のオススメ。ドゥーム・リザードのステーキだよ」
>「飽きた! この街つまんねーよ!
なぁ〜明神、別のトコ行こうぜ! ボク、他の風景が見たい! ココってどこもかしこも真っ白で、
目がチカチカしちゃうんだよ!」
>「えぇー!勉強教えてくれよぉ!俺こんな分厚い本と対面で過ごしてたら頭が賢者になっちゃうよ」
理由はちょっと違うが、なにも進展がないならこの街を一度離れたほうがいい気もする。
一月ぼけっとしているよりも他の街で情報収集はできるわけだし…。
>「というか、よく考えたら別にここに留まり続ける理由もなかったな。
一度フラグを立てたら、暫く寝かせとくタイプのイベントだったか?」
たしかに、もうすぐと言われずるずるとこの街にとどまっているが…人間と違う感覚でもうすぐと言っている可能性もある。
>「じゃっ! 決定ね!
みんな、ヴィゾフニールを回収しに行こう! そしてヒノデまで小旅行よ!」
「分かった。すまないがお世話になった店長に話をつけてくる。先に行っといてくれ、急いで合流するから」
なゆは内心焦っているのか若干渋っていた気がするが、カザーヴァの提案を飲んだ。
気持ちを落ち着ける為にもなゆをこの街から出したほうがいいだろう。
「申し訳ない…料理長。今日限りでこの食堂で辞めさせてもらいます。すみません入るのもやめるのも急で…」
大丈夫ですよ。とニコニコと店長は承諾してくれた。一応理由を教えてくださいと聞いてきたので僕は答えた。
「ちょっと事情でこの街を離れる事にな…!?」
この街を離れる。そういった瞬間に空気が凍り付くのを感じた。
「どうしてですか?なにか不満でもありましたか?この街が嫌いになりましたか?」
僕を問い詰めるように質問を連続で投げかけてくる店長に恐怖を感じた。
普段明るいイメージだった人とは思えないほどの低く…冷たい目と声で…にじり寄ってくる。
「そ、そんな!この街の事は大好きですよ!この街以上に住みやすい街はないですよ!ただ本当に事情があって…」
殴り飛ばす事は簡単にできる…しかし今!この街からでようという時に問題を起こすのはまずい!絶対に!
精一杯の賛辞を口に出して、なんとか誤魔化すしかない!
「………そうですか…………」
そういうと料理長はニコっと笑って
「変な事聞いてしまいましたね!引き留めてしまって申し訳ない!ではジョン君いつでも戻ってきてくださいね!」
「…はい」
僕はその場から逃げ出すように食堂を後にした。
-
「はあ…!はあ…!」
食堂を出てから全力で走る。やはりこの街はおかしい。
分かっていた事だったが…僕の想像を遥かに超えていた…!
なゆ達には悪いがなんとかこのままこの街に帰って来ないように伝えたほうがいい。
諦めるべきなんだ、やっぱりここは…異常すぎる!
>「どうして!? わたしたちは少しだけでも外の空気が吸えればと思って……」
しかし…僕の嫌な予感以上の事はもう既に起こっていた。
>「兎も角、聖都の外へお出しすることはできません。これは教帝猊下の勅命であり、決して覆すことはなりません。
我らも客人に手荒なことはしたくありません。どうかお引き取りを」
門番達がなゆ達に向かって槍を構えているじゃないか!
>「……これは……いったいどうなってるの……?」
>「おいおいおい。なんかキナ臭くなってきやがったな……」
閉じ込められた…この街を出れるという前提がそもそも間違っていた。
一月前に僕達がこの街に足を踏み入れた事そのものが…間違っていた。
>「ストレートに疑問をぶつけてみるのは……」「手っ取り早いけどリスクが高すぎる気がしますね……」
普通に待ってオデットに直接面会できる日はもう来ないだろう。おそらく…来るとしたら目的のなにかが達成された時…
>「オデットは、正しい星辰と場所が必要だっつってたよな。
儀式の機材の準備だけじゃなくて、星の巡り、ようは時期とか場所を合わせる必要があるってことだ。
相手が加護を受けてる星の力を借りたり、地脈を巡る魔力を使ったり……。
一番わかりやすいのは、相手が死んだ場所と時間にもう一度訪れて降霊術を行うってスタイルだ」
>「どっちにしろこれ以上聖都で足止めくらい続けるわけには行かない。
バロールとの連絡、エンデの捜索。この2つを軸に俺たちも動くべきだ。
その上で、可能ならオデットにもう一度謁見を試みよう。
あの女がマジに一年かけるつもりなら、定命の者に一年はキツいっすって言うしかねえ」
少しきつい言い方をすることになってしまうが仕方ない。
この状況でオデットはまだちゃんと約束を果たすために動いていて、人間とそうじゃない生き物の感覚のズレ?
それは…一つの国を作り上げてしまうほどの力と知性を持った生物が言葉足らずでした。そんな事あるのか?。
そんな生物なら国なんて作れてない。言葉を、会話を怠るという事が戦争を引き起こす事があると…理解してませんなんて…そんなわけ
みんな会いたいから少しの事に目を瞑ろうとしている。不都合を都合よく解釈しようとしている。それじゃダメだ。
「みんな!まだ夢を見てるのか?もう少し現実を…」
>「待った、明神さん……一応、最悪のケースについても話をしておきたい」
僕が声を荒げたのを止めるようにエンバースが力強く、結論を遮った。
-
>「つまり……もし俺が衛兵に、誰かを街から出さないよう命じるなら、ついでにもう一つ命令を出す。
その誰かが街を出ようと門を訪れたなら、必ず、迅速に、それを自分に知らせるように、ってな」
「…すまない…恐らく門番達の前に…食堂の料理長からオデットに会話が言っていると思う
辞める理由を聞かれたから言ってしまったんだ…この街を出ていくって…どこに行くとか直接的な事は話してないけど…
でもその時の料理長は様子がおかしかったんだ!まるで人が変わったような…」
>「俺達に残されている時間は、あまり多くはないのかもしれない。
オデットが敵だとしたら、もう俺達を泳がせておく理由はない」
料理長から話を聞いて、門番から裏が取れれば決定的だ。
こうやって話している時間にも恐らく…準備は完了している事だろう。どんな準備かは想像すらつかないが…きっといい事ではない事だけはわかる
>「経験上、率直に言って、最悪のケースに対する最善策は混乱を起こす事だ。
俺の時は……火と煙が役に立ったよ。逃げるにしても、立ち向かうにしてもな。
とにかく……権力者の思惑と街の戦力を乖離させるんだ。リソースを分散させるんだ」
>「だけど、まあ……そんなのは俺達のやり方じゃないよな」
クックック…と笑うエンバース。
>「アイツは……恐らくだけど、俺達がオデットとどんな話をしたのか知っていた。
そこには何かしらのアンテナがあるんだろう。なら、話は早い。
今度もまた、盗み聞きをしてもらえばいいだけだ」
>「俺なら、許可があろうがなかろうがオデットに謁見する事が可能だ。
……このプランは、他に並行して行うべきだと俺は思う。
俺達は恐らく……既に先手を打たれている」
「僕達は…覇王の仲介でこの国にきた。それをぞんざいに扱うって事は…オデットはそもそも仲良くするつもりなんてないんじゃないか?
少なくともそう取られても仕方ない事を実行している…この街に出さない事もそうだだけど…」
もしかしたら僕達は人質にされているのかもしれない。バロールが一月も強硬手段をせずに手こまねいているのもそう思えば納得もできる。
「僕は…全員で…ヴィゾフニールを回収するべきだと思う。
みんな分かってるだろう?…もうここは光の聖都市なんじゃない…いつだって反転する可能性がある…
オデットに逆らったら最後…あいつらを殺せと宣言したら兵士だけじゃない…この国中全部の人が僕達を殺しに来るかもしれないんだぞ!」
さすがにないとは思う。けど最悪のケースはいつだって想像しておくべきだ。
なゆ達には民間人を攻撃するなんていう真似はできない。もし僕が敵なら間違いなくそうするだろう…。
「僕だってないと思いたいさ!けど常に最悪は考えとかなきゃ…そうなったら庇い切れないし、相手に手加減する事だってできない。
みんなの願い…そしてここにきた目的…それらを捨てきれないって言うのは分かるけど…最悪を完全につぶせない限りこの街にこれ以上留まるような選択肢はやめるべきだ」
本当は最悪なパターンにもう一段階先がある。けどこれを口に出したらなゆ達は逆に頑なにこの街を離れたがらないだろう。
「バロールと合流ないし連絡を取りあって……そして改めてこの国にどう接するかを決めよう」
出来る限り最悪の可能性が低いプランではあるが…それと同時になゆ達にはオデット前で願った事…つまり死者に会う事を諦めろという事でもあった。
バロールが出てくれば話はもっと大事になる。バロールが出てくれば僕達とオデットの間を取り持つ『覇王』もこの流れに加わる事になるかもしれない。
下手したら戦争までいくかもしれない。…そうなった場合オデットは願いをかなえてくれるだろうか?…今よりも確実に可能性が低くなることは間違いない。
「もう既にオデットは信頼に必要なあらゆる事を怠ってるんだよ…そんな相手を信用なんてできるもんか」
【ヴィゾフニール回収作戦を提案】
-
事実上の軟禁状態に置かれてしまったアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』一行は、
逗留先としている居住区画へと戻って来ていた。
いや、『戻って来ざるを得なかった』。
>ストレートに疑問をぶつけてみるのは……
>手っ取り早いけどリスクが高すぎる気がしますね……
>好意的に解釈すれば、もうすぐ時期が来るから聖都を離れるなってことかもだが……
それならそうと言わないわけがないよな。つまり、それ以外の理由ってことだ
カザハと明神が首を捻る。
エンバースは何も言わない。ジョンに至ってはこの一ヶ月で世話になっていた食堂で何かあったらしく、
今にも戦闘を始めかねないくらいに周囲を警戒している。
>……バロール。なゆたちゃん、あの魔王から連絡は来てないか?
「え? バロール? あ……そうか」
明神に水を向けられて、はっとする。
バロールには、否、アルフヘイム陣営には時間がない。
侵食に備え、そしてニヴルヘイムとの決戦に向けて兵力を少しでも多く確保したいバロールの立場なら、
オデットの協力を取り付けたのなら一刻も早くオデットを会談の場へ――キングヒルへ連れて来いと再三催促するはずだ。
明神たちが一ヶ月もの間油を売ることを許すとは考えづらい。
「カザハ、どう?」
なゆたはカザハに問うた。なゆたのスマホは壊れてしまっていて、データの送受信ができない。
従って現在、バロールとの窓口はカザハのスマホになっている。
しかし、受信履歴にバロールのものはなかった。なゆたの記憶が正しければ、それこそ一ヶ月前のオデットとの会談直後、
早く帰ってきてくれと催促してきたことを最後に連絡が途絶えてしまっている。
>エンデは、俺たちがオデットに借りを作ることに否定的だった。
何か知ってるのかもしれねえ。……けど、あの神出鬼没の猫ちゃんをも一度捕まえられるもんかね
>……そういえばあの食い逃げ猫にまだお礼してもらってないな
>こんなこともあろうかと観光動画撮影と見せかけて街中を練り歩きながらカメラを回しておいた。
もしもエンデに“接触してきてほしい願望”があるなら、衝動を抑えきれずに背景に映り込んでいるはず……!
>……でっ、でかしたカザハ君!!
どうやらカザハはエンデと再度コンタクトを取るため、これ見よがしに聖都の中をウロウロしていたらしい。
観光旅行動画めいた自撮りデータのどこかにもしエンデが映っていたなら、その周辺を当たってみればいいという訳だ。
明神が快哉を叫ぶ。
>どっちにしろこれ以上聖都で足止めくらい続けるわけには行かない。
バロールとの連絡、エンデの捜索。この2つを軸に俺たちも動くべきだ。
その上で、可能ならオデットにもう一度謁見を試みよう。
あの女がマジに一年かけるつもりなら、定命の者に一年はキツいっすって言うしかねえ
>みんな!まだ夢を見てるのか?もう少し現実を…
ジョンが口を挟む。そんな悠長なことをしている暇はない、といった様子だ。
実際ジョンはこの一見平和に見える聖都に大きな危機感を抱いているらしく、しきりに脱出を提案している。
>待った、明神さん……一応、最悪のケースについても話をしておきたい
そして、エンバースもそんなジョンの意見に大筋で賛同しているようだった。
筋金入りのゲーマー・ハイバラの嗅覚が、この街に仄かに漂うきな臭さを嗅ぎつけたのかもしれない。
>つまり……もし俺が衛兵に、誰かを街から出さないよう命じるなら、ついでにもう一つ命令を出す。
その誰かが街を出ようと門を訪れたなら、必ず、迅速に、それを自分に知らせるように、ってな
>俺達に残されている時間は、あまり多くはないのかもしれない。
オデットが敵だとしたら、もう俺達を泳がせておく理由はない
「…………」
皆の議論が白熱してゆく中、食事用の長テーブルの前の椅子に座ったなゆたは何も言えずにただ俯いていた。
ジョンとエンバースの言い分は、痛いほど分かる。元々聖都へ行けとなゆたたちに提案したのは、
敵であるニヴルヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』、ミハエル・シュヴァルツァーだった。
ミハエルが宿敵を罠に嵌めるため聖都行きを示唆したということは充分に考えられる。
だが――ミハエルの思惑がどうであろうと、最終的にポヨリンとの再会を切望してここまで来たのは自分だ。
ポヨリンともう一度会う、ただそれだけのために、なゆたは折れた心をもう一度奮い立たせて立ち上がったのだ。
だというのに、その一番大切な目的を果たさずに聖都を離れてしまったのではまったく意味がない。
>経験上、率直に言って、最悪のケースに対する最善策は混乱を起こす事だ。
俺の時は……火と煙が役に立ったよ。逃げるにしても、立ち向かうにしてもな。
とにかく……権力者の思惑と街の戦力を乖離させるんだ。リソースを分散させるんだ
エンバースが提案する。街で騒ぎを起こし、そのどさくさに紛れて行動を開始しよう、と。
確かに街に付け火でもすれば、市街地は混乱状態に陥るだろう。
その隙をついてオデットのいるカテドラル・メガスへ突撃するなり、ヴィゾフニール回収に向かうなりすればいい。
効果的で効率的な戦略だ――しかし。
>だけど、まあ……そんなのは俺達のやり方じゃないよな
エンバースは笑って自らの案を却下した。
それは自分たちの、そしてリーダーであるなゆたの流儀ではない――そう言って。
-
>……エンデに連絡を取りたいなら、手っ取り早くて簡単な方法があるぜ。一方通行にはなるけどな
エンバースは続ける。まるで新しいイベント攻略の糸口を見つけたかのような、楽しげな口振りである。
>アイツは……恐らくだけど、俺達がオデットとどんな話をしたのか知っていた。
そこには何かしらのアンテナがあるんだろう。なら、話は早い。
今度もまた、盗み聞きをしてもらえばいいだけだ
>俺なら、許可があろうがなかろうがオデットに謁見する事が可能だ。
……このプランは、他に並行して行うべきだと俺は思う。
俺達は恐らく……既に先手を打たれている
「ひとりでオデットのところに行こうって言うの?」
堪らず、なゆたが声を出す。
オデットがもしも仲間たちの言う通りアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の障害となる相手なら、
単身で敵の本丸に乗り込むような危険な行為はとてもさせられない。
が、といって全員で行く――ということも危険だ。彼らの言うとおり、自分たちが聖都を出ようとしたという事実は、
とっくにオデットの耳に入っていることだろう。
ここで固まって動き一網打尽にされてしまうより、目的に応じて人員を分散させた方が賢い遣り方だというのは自明の理だった。
……それでも。
>僕達は…覇王の仲介でこの国にきた。
それをぞんざいに扱うって事は…オデットはそもそも仲良くするつもりなんてないんじゃないか?
少なくともそう取られても仕方ない事を実行している…この街に出さない事もそうだだけど…
なゆたが逡巡する中も議論は進み、ジョンが確固たる意志のもと口を開く。
>僕は…全員で…ヴィゾフニールを回収するべきだと思う。
みんな分かってるだろう?…もうここは光の聖都市なんじゃない…いつだって反転する可能性がある…
オデットに逆らったら最後…あいつらを殺せと宣言したら兵士だけじゃない…
この国中全部の人が僕達を殺しに来るかもしれないんだぞ!
「でも……」
>僕だってないと思いたいさ!けど常に最悪は考えとかなきゃ…
そうなったら庇い切れないし、相手に手加減する事だってできない。
みんなの願い…そしてここにきた目的…それらを捨てきれないって言うのは分かるけど…
最悪を完全につぶせない限りこの街にこれ以上留まるような選択肢はやめるべきだ
ジョンの言い分は的を射ている。正論と言うしかない。
聖都からの外出を禁じられたことで、オデットへの不信感が増しているというのは紛れもない事実だ。
しかし、それでも。
まだ、なゆたは自身とパーティーの行動指針を決定付けることができなかった。
そもそも、なんのアポもなしに突然エーデルグーテを訪れたのは自分たちだ。
そして謁見早々味方になれと持ち掛け、それだけに留まらず図々しくも死者に会わせろだの、
死霊術を教えろだのと要求しているのだ。
それだけでオデットに無礼者と叱責されてもおかしくないというのに、その上交霊術をもっと早くやれ、
誠実にしろ怪しいそぶりを見せるななどと、どの口で言えるだろうか。
オデットが此方に対して何も情報を開示しないのだって、専門的で難解な上級死霊術を説明したところで、
素人にはちんぷんかんぷんだろうと思ってのことかもしれない。
とかく権力者とは多忙なものだ。おまけにオデットは世界宗教プネウマ聖教の頂点に君臨する教帝なのである。
彼女はアルフヘイムのプネウマ教信者数十億人の信仰を一身に背負っている身だ。
たった数人の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』にいつまでもかかずらってはいられないだろう。
なゆたにはポヨリンという弱みがある。
ポヨリンとの再会を果たさずして、聖都からは離れられない。離れたくない――そう思う。
ジョンはそれを『夢を見てる』と切り捨てたが、それでも。
オデットはこの『ブレイブ&モンスターズ!』というゲームの、そして世界の『設定』する最高のネクロマンサー。
彼女が敵であったにせよ、味方であったにせよ、死者と生者を巡り合わせる力を持つ者は彼女以外には存在しないのだ。
>バロールと合流ないし連絡を取りあって……そして改めてこの国にどう接するかを決めよう
>もう既にオデットは信頼に必要なあらゆる事を怠ってるんだよ…そんな相手を信用なんてできるもんか
「…………」
結局、なゆたは議論が終わるまで何の有効な発言もすることができず、終始俯いたままでいた。
-
「……それで……、わたくしに単身で会いに来たという訳ですか」
カテドラル・メガスの最奥、謁見の大広間。
その玉座に最初に目通りしたときと変わらずゆったりと腰掛けた教帝オデットは、
僧兵たちを薙ぎ倒し乱入してきたエンバースを慈愛に満ちた微笑で見遣りながらそう言った。
>――俺達をこの街に閉じ込めるのは何故だ
エンバースが問う。
結局パーティーは陽が落ち夜になるのを待ってエンバースが単身で真夜中の大聖堂へ突入し、オデットに詰問するのと並行して、
残りのメンバーがエンデの捜索及び聖都からの脱出、ヴィゾフニールの回収というミッションを行う運びになった。
そうしてカテドラル・メガスでは無礼にも夜の謁見にやって来た不届き者を排除しようとした僧兵をエンバースが返り討ちにし、
閉ざされた大扉を無理矢理通過して今に至る。
「貴方たちにはなんでも協力しようと言いましたし、大図書館を特例で解放もしました。
この聖都で貴方たちのできることは無限にある……交霊術のこともありますし、
兵に脱走を禁ずる勅命など出さずとも、一年程度なら聖都に貴方たちを引き留めておくのは造作もないと思っていたのですが」
優雅に右の肘掛けに凭れながら、オデットは悪びれもせずに返した。
光に満ち溢れた昼間と違い、夜の大聖堂は濃紺の闇の帳に包まれている。
そんな中、遥か頭上の高い天井近くに開いている明かり窓から差し込む蒼白い月光に照らされたオデットの姿は、
昼間のいかにも神聖不可侵といった様子とは真逆で、例えようもなく恐ろしいもののように見えた。
しかし、きっとそれがヴァンパイアの王――ノーライフキングとしての彼女の本当の姿なのだろう。
明神たちの予想通り、やはりオデットは確信があって態と『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちを聖都に軟禁していた。
だが、そんなオデットの周到さを以てしてもガザーヴァの飽きっぽさは想定外であったらしい。
>質問はまだある。『黄昏の』エンデをこの街に置いているよな。
とっくの昔に中立じゃなかったって訳だ。どうして黙っていた
「……『黄昏』。あの子は本当に……。
いくら師父の――――とは言っても、目に余るものはあります。
せめてわたくしに会いに来てくれるなら、諭しようもあるのですが。
あの子に会ったのですか? わたくしのことを、何か言っていました?
ああ……もしもまた会うことがあるのなら、言伝をお願いしても宜しいでしょうか。
『師父が心配しているから、早く帰って安心させておやりなさい』と――」
ふふ、とオデットが笑う。その表情は優美で慈しみに満ちており、まさしく聖母と呼ばれるに相応しい。
>もう一つ、どうしても聞きたい事がある。もっと早く気づくべきだった
>……アンタは少なくとも、侵食がどんな現象なのかを知っているよな。
でなきゃガザーヴァの問いに、逆に質問を返していた筈だ。
侵食?それは一体なんですか?ってな具合にさ
エンバースがさらに問いを重ねる。
扉の外ではエンバースが伸した僧兵たちが倒れている。
いつ他の兵が変事を嗅ぎ付け、教帝の一大事と新たに雪崩れ込んでくるか分からない。時間は一刻の猶予もなかった。
「…………」
>その上で、一巡目の世界で、侵食はノーライフキングたるアンタに何をもたらしたのかな。
永遠の安らぎか、それとも永遠の孤独か。アンタにその記憶はあるんだろうか。
……これは、確率の話をしているんだ。最適な戦術の確率について
「…………」
>アンタの生死に関わらず、アンタに一巡目の記憶がない場合。
もしくはアンタに一巡目の記憶があって、かつ侵食によって死亡していた場合。
四つの可能性の内、三つのケースで、アンタには侵食を迎え入れる事にメリットがある
「…………」
矢継ぎ早なエンバースの質問に、オデットは答えない。ただ変わらぬ慈愛の微笑を浮かべたまま、焼死体を眺めている。
>この場合……俺とアンタは、どんな戦術を取るべきだと思う?
エンバースの問いはそれで終わった。ふたりの間を重苦しい沈黙が流れる。
息が詰まるような沈黙の果て、静寂を打ち破ったのはオデットだった。
「今まで多くの我が子と接し、慈しみ……加護を与えてきましたが。
貴方ほど聡い子に会ったのは、わたくしの数千年に及ぶ暗黒の生でも初めてのこと……。
とりわけ、わたくしの宿願にここまで踏み込んでくるなんて――」
プネウマ聖教の聖母がさも愉快げに笑う。
豊かな胸元が大胆に開いた純白のドレス、足許まであるその長い裾がどろり……と形をなくし、血だまりへと変わる。
ドレスの色が黒く変色し、全身からざわざわと瘴気が滲み出す――。
-
「聡明な我が子。貴方にとって死とは何ですか?」
ざわり、ざわり。
オデットの全身から滲み出る圧倒的な瘴気が、霧と化して清浄な大聖堂の神域を侵してゆく。
ドレスの裾から伸びた血だまりが、エンバースの足許にまで流れてきてブーツの靴裏を濡らす。
大扉は閉ざされている。逃げることは、できない。
「わたくしにとって、死とは救済でした。
不死のヴァンパイアにとって、それは貴方の言う通り永遠の安らぎ。悠久の獄に囚われし魂の解放――。
気の遠くなるような長い間、わたくしはそれを渇望していました。
しかし、この世界に存在する存在の何ひとつとして、わたくしの願いを叶えることはできなかったのです」
オデットが静かに語る。
それはブレモンのプレイヤーなら誰もが知る、十二階梯の継承者『永劫の』オデットの設定だった。
吸血鬼の王、究極の不死者であるオデットはその生に倦み、自身を殺せる何かを探して方々手を尽くした。
そうして自身の闇属性とは対極の光属性を求め、皮肉なことにアルフヘイムでは並ぶ者のない光魔法の使い手になってしまった。
今はプネウマ聖教の教帝として迷える信徒たちに手を差し伸べながらも、心の中では常に絶望している――。
「近しい者はみなわたくしを残して死んでゆき、いち早く安らぎを得ては去ってゆく。
ずっとずっと、わたくしはそれを羨んできました。永劫の生、不滅の肉体……それは長所などではありません。
この世界の終焉まで、わたくしの魂は決して救われることがない……しかし」
ボウッ!!!
オデットの全身から迸る瘴気が勢いを増し、聖域を魔の跋扈する空間へと塗り替える。
「やっと。やっと、その時が訪れたのです……! わたくしの待ち焦がれていた、わたくしの魂に安らぎを齎してくれる、
最期の刻が……! 侵食ですべては無に還り、わたくしのこの悍ましい魂も『無かったこと』になる……。
一巡目でわたくしはそれを受け入れました。嗚呼、数千年の悲願が、やっと我が身に!
そう、わたくしは救われたのです、侵食によって――!!」
ゆる……とオデットは玉座から立ち上がった。
侵食は永遠と不滅さえも無に還す。侵食によって『永劫の』オデットは滅びた――はず、だった。
しかし。
「だというのに、『あの者』が巻き戻してしまった。わたくしの手から安息を取り上げてしまった!
デウス・エクス・マキナ……あの忌まわしい方法によって!
三界を救う? 滅びの運命を回避する? 何を知った風なことを……! 『あの者』は何も分かってなどいない!
滅びこそ救済なのです、すべての生きとし生ける者が受け入れるべき結末なのです!
生きることの辛さ、苦しさ、痛みを数千年味わったわたくしには分かる……!
その道理を捻じ曲げ、滅びを無効化するなど、それこそ神への冒涜に他なりません!
何より許せないのは――わたくしから安らぎを剥奪しておきながら、
『あの者』はデウス・エクス・マキナの代償に消滅したということ――!!」
ギリ、とオデットは歯を噛みしめた。
美しく艶やかな蒼紫色の唇の端から、長大な牙が覗く。
「わたくしはもう一度、今度こそ永劫の安らぎを手に入れる。決して『創世』の師兄に邪魔はさせません。
――貴方の知りたいことは、此れで全部ですか? 聡き我が子……。
では、貴方の望むものを与えた代わりに、今度はわたくしの願いを聞き入れて頂きましょう。
拒否権はありません……此処へ来た時点で、貴方も只では帰れないこと。理解していたはずですね?」
ズズ……とオデットの身体が音を立てて変質してゆく。
漆黒のドレスを纏った細い腰から上、上半身だけが元の三倍以上も大きくなっており、
下半身は周囲に蟠る瘴気の霧と一体化している。
ロンググローブに包まれた両腕は尋常でないほど長い。肘から先が影のように黒化しており、鋭利な爪を備えた指が蠢く。
慈愛を湛えていた顔は凄絶な美貌はそのまま、尖った耳元まで口が裂けている。
ノーライフキングとしての真の姿。『永劫の』オデットではない『吸血鬼王』オデットが、エンバースの目の前にいた。
異形と化したオデットの黒く長い右手の指先が、エンバースを指す。
「――『絶対屍操(ネクロ・ドミネーション)』――!!」
ぶわッ!!!
エンバースの周囲に蟠っていたオデットの霧が、指向性を持つ奔流となってエンバースの身体の中へと入ってゆく。
その死した肉体を、遺灰の一粒一粒を支配し、主導権をエンバースから奪い取る――。
『絶対屍操(ネクロ・ドミネーション)』。最高位の死霊術師であるオデットのユニークスキル。
ゲーム内では戦闘中にランダムな数・種類のアンデッドを召喚し手駒として戦わせるというものだが、
設定ではこの世界に存在するありとあらゆる死体、アンデッドを強制的に支配し従わせる――というぶっ壊れスキルである。
しかし、オデットの瘴気が体内に侵入してもエンバースに異常はない。
身体は自由に動くし、意識もはっきりしている。
「わたくしの『絶対屍操(ネクロ・ドミネーション)』に抵抗(レジスト)できるアンデッドはいません。貴方も同様に……。
さあ、お行きなさい。仲間たちのところへ……必要なときが訪れたなら、貴方にはわたくしのため働いて貰います。
そのときが来るまで、貴方はここでわたくしの支配を受け入れたことを思い出すことはない……。
貴方は浄化を望んでいましたね? モンスターとしての自分を消し去って欲しいと。
きちんと務めを果たしたなら、そのときに。貴方の願いを叶えましょう」
オデットはいつの間にか元の美女の姿に戻っている。
そうして、エンバースとオデットの深夜の謁見は終わった。
-
「……霧が出てきた」
宿舎の窓際に佇み外の様子を見ながら、なゆたが呟く。
聖都エーデルグーテに滞在して約一ヶ月、こんなにも霧が出た夜は一度としてなかった。
今頃は、先行してカテドラル・メガスに単身潜入したエンバースがオデットと面会しているはずだ。
もちろん、自分から言い出したからにはエンバースには勝算があったのだろう。
エンバースはかつて日本のブレモンシーンで無敵無敗の称号を欲しい侭にしたトッププレイヤー・ハイバラだ。
今までも彼の強さは幾度となく目にしてきたし、実際に彼は大言を吐くに相応しい実績を残してきた。今回もきっと、
なゆたの思いもよらない方法で情報を手にし、戻って来てくれるに違いない。
しかし、それを踏まえた上でもなゆたは心の中に湧き上がる不安を払拭することができなかった。
――気を付けて、エンバース。必ず帰ってきてね。
きゅ、と右手で胸元を握りしめ、なゆたはエンバースが出て行く際に告げた言葉を胸中で繰り返した。
「おい、そろそろ行こうぜ」
ガザーヴァが顎で扉を指す。
既に、宿舎を出る支度は整っている。夜陰に乗じて市街地に紛れ『黄昏の』エンデを探す。
エンデは必ず此方にコンタクトを取ってくるはずだ。でなければ、最初に食い逃げを偽ってまで接触してきた意味がない。
バロールとの交信は依然できていない。聖都全体に妨害電波のような魔術が用いられていると考えるべきだろう。
聖都は敬虔なプネウマ聖教信者たちの街だ。陽が落ちれば外を出歩く者もなく、昼間の喧騒が嘘のように静まり返る。
もしエンデが市街地にいるなら、探し出すことも難しくはないだろう。ただ――
この期に及んで、なゆたはまだ悩んでいた。
――オデットと決裂し、このまま聖都を離れたら、きっともう二度とポヨリンには会えない。
当たり前の話だ。自分たちがこれからしようとしているのは、紛れもなくオデットの厚意に背を向ける行為である。
例え自分たちの予想が的外れであり、オデットがまったき善人であったとしても、
こんなことをしてしまえばもうオデットからの協力は取り付けられまい。
折れた心を必死に鼓舞し、ポヨリンにもう一度会えるかもしれない……という微かな希望だけをよすがに、ここまで来た。
だというのに、何の収穫もないまま聖都を逃げ出して、一体どうするというのだろう?
ポヨリンを忘れて、新しいパートナーモンスターを育成する?
そんなことはできない。なゆたにとってパートナーモンスターとはポヨリンただ一匹だけなのだ。
姿かたちが一緒だからといって、同じようなスライムを一から鍛え上げる――そんなこと、出来る訳がない。
何よりスマホも壊れたままだ。ひょっとしたらバロールは今までに命を落とした『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の
スマホを回収し、保管しているかもしれないが、新しいスマホを貰ったからといって何もかもが元通りになる訳ではない。
可能ならここに残りたい。ギリギリまで交霊術に望みを託したい。
けれども、そんな我侭が許されるような状態ではないということも理解している。
ポヨリンに会いたいという100%自分の都合によって、仲間たちを危険に晒すことはできない。
けれど。でも。
「…………」
なゆたの表情は晴れず、その足取りは果てしなく重く。
しかし、そんななゆたの懊悩をよそに、作戦は進行してゆく。
「ボクが斥候として先行する。オマエらは後をついて来い、いーな」
ガザーヴァが自ら先陣を買って出る。
夜目が効きモンスターとしての頑健さもあるガザーヴァなら、哨戒にはもってこいだ。
万一敵対的な存在と鉢合わせたとしても、幻魔将軍の力で突破できる。
そうしてエンデを捜索に出かけようとした、その矢先。
コンコン、とあべこべに扉がノックされた。
部屋の中の空気が凍り付く。ガザーヴァがひたりと扉の開放側の壁に張り付き、ドアノブを握る。
「……誰だ?」
「皆様に食べて頂こうと、お夜食をお持ちしました。ドアを開けて頂けませんか?」
声の主はジョンがこの一ヶ月働いていた食堂の料理長だった。
が、様子がおかしい。
聖都に滞在してからというもの、料理長が料理の差し入れを持ってきたことなど一度としてなかった。
しかも――
「いいえ、今宵は我らと共に聖なる教えについて語り明かしましょう!」
「カードゲームなどいかがですかな? きっと楽しいですよ!」
「実は、耳寄りな商談についてお話が――」
宿舎を訪れていたのは、料理長だけではなかった。
窓から外を窺ってみれば、夥しい数の人間がなゆたたちのいる宿舎の外に集まってきていた。その数は百人を下るまい。
いつもはとっくに寝静まっていてもおかしくない、そんな時分に普段外を出歩かない人々が『異邦の魔物使い(ブレイブ)』への
面会を求め、大挙して押し寄せてきている。
しかも、こんな霧の夜に――。
どう考えても尋常な状況ではない。そして、その理由といったらひとつしかなかった。
既に、此方の動きは筒抜けになっている。
きっかけはやはり、昼間の大門での遣り取りなのだろう。
そしてジョンが料理長に暇乞いをしたことで、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が聖都を出ようとしていることが広まった。
群衆はそれを阻止しようと、こうして集まっているのに違いない。
-
「いたぞ……! 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だ……!」
「逃すな……、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を聖都から逃すな……!」
人々が窓ガラスにへばりつき、部屋の中を無遠慮に覗き込んでくる。まるでゾンビ映画だ。
このままでは、遠からず人々はガラスを破って中に雪崩れ込んで来かねない。
「お……、おいッ! どォすんだよオ明神!!」
みしみしと木製のドアが悲鳴を上げている。ガザーヴァが切羽詰まった様子で明神を見る。
なゆたはまともな指示を下せる状態ではない。となれば、ここでパーティーを指揮するのはサブリーダーである明神の仕事だ。
明神が指示の下、なんとか宿舎から外に出ると、その後を群衆が津波のように追いかけてくる。
皆、昼間の温厚さが嘘のように鬼気迫る表情を浮かべている。捕まってしまえば只では済まないだろう。
まさにジョンの危惧していた『この国中全部の人が僕達を殺しに来るかもしれない』が現実になった形だ。
やはり、オデットはなゆたたちが聖都に来る遥か以前からニヴルヘイム側だった――ということなのだろうか。
「見つけたぞ! 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を逃がすな!」
「捕えろ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を捕まえろ!」
後方からだけではなく、前方からも声が聞こえる。
濃霧の中から多数の人間のシルエットが浮かび、ジョンやカザハたちを捕えようと大挙して押し寄せてくる。
「くそッ! ああめんどくせーなーッ!」
先頭に立つガザーヴァが長大な騎兵槍を振り回し、数人纏めて薙ぎ払っては活路を作る。
とはいえ、殺してはいない。絶妙な手加減で人々を弾き飛ばし、気絶させるに留めている。
それが元々混沌・悪属性のガザーヴァには多大なストレスらしく、盛大に文句を吐き散らした。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を捕らえようと押し寄せている者たちの大部分は聖都の住人たちだったが、
中にはそうでない者も紛れ込んでいるようだった。
グォンッ!!
群衆の波を割り、純白の法衣と全身甲冑で身を固めた騎士の一団が襲い掛かってくる。
聖罰騎士――プネウマ聖教の上級司祭たちによって組織された、異教異端を粛清する騎士たちである。
見た目はリビングレザーアーマーの上位種ロイヤルガードのマイナーチェンジ版といった趣だが、
地属性のロイヤルガードと違い光属性であり、闇属性にめっぽう強い。全身甲冑の見た目通り防御力も堅牢無比だ。
そして何より、聖罰騎士はオデットに刃向かう者に対して一切の容赦をしない。
プネウマ聖教に、そして教帝オデットに弓引く者を完膚なきまでに撃殺する死刑執行者――それが聖罰騎士なのだ。
フルフェイスヘルムで素顔を隠した、肉体の露出の一切ない全身甲冑に身を覆った聖罰騎士が、
鈍重そうな見た目に反した機敏な動きで長剣を振り下ろしてくる。
聖罰騎士は堅牢なカイトシ―ルドで防御を固めており、熟達した剣技も併せて楽観視できない強敵である。
単純な物理攻撃は効き目が薄いだろう。有効なのは魔法やスペルカードだが、周囲には民衆もいる。
広範囲に影響を及ぼすものは使えまい。
「なんて……こと……!」
最後尾を走り、群衆の追撃をなんとか躱しながら、なゆたは呻いた。
これではエンデを探すどころの騒ぎではない。
逃げるにしても、聖都は大都市だ。出口のある大門まではまだまだ距離がある。
スマホが使えればスペルカードも切れるし『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』のスキルも使えるはずなのに、
今は『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の証である何もかもが失われ、なゆたはただの一般人でしかない。
運動神経と身体能力は平均値以上だと自負するなゆたであったが、
群衆に追いかけられ逃げ続けることのプレッシャーに長時間は耐えられなかった。
「あうっ!」
普段なら気にすることもない、石畳の僅かな凹凸に足を取られ、なゆたはどっとうつぶせに転倒した。
すぐに立ち上がろうとするものの、うまく脚に力が入らない。
倒れたなゆたを捕らえようと民衆が迫ってくる。じりじりと後ずさりしながら、なゆたは恐怖に顔を強張らせた。
それと同時に、ガザーヴァを先頭とする前方に行く手を塞ぐようにガシャガシャと音を立て、聖罰騎士の一団が現れる。
ざっと二十人はいるだろう、皆カイトシ―ルドと長槍を構え、方陣を強いて完全に進路を遮断してしまっている。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちを追う群衆は今や数百名、否、数千名にも膨れ上がっており、
脇道に逸れて逃げ果せるという選択も使えない。
文字通り、袋の鼠。すべての進路と退路を断たれ、ジョンたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は追い詰められた。
絶体絶命の危機。十死に零生の窮地――
しかし。
カッ!!!!
突如として頭上からストロボにも似た強烈な閃光が放たれ、民衆や聖罰騎士の視界を灼く。
「――――――――」
その瞬間、どういう訳か怒涛の勢いで『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に迫っていた群衆や聖罰騎士たちは、
一人残らず硬直してしまった。
まるでストップモーションのように、時間が停止してしまったかのように。
しかし決して世界の時間が止まってしまった――という訳ではない。その証拠に、
カザハたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は依然変わらずに動くことができている。
止まってしまったのは明神たちを捕えようとしていた聖都の住人だけだ。
事態がよく呑み込めず、なゆたは目を丸く見開いた。
「これは……」
「……お待たせ」
どこかから声がする。まだ幼さの抜けきらない、少年の声。
なゆたのすぐ横に、いつの間にか佇立する人影がひとつ。
「……ぼくを探してたんだろ」
ボロボロのマントを羽織り、フードを目深に被った『黄昏の』エンデは、何もかも承知しているという風に言った。
-
「こっち」
エンデが手招きする。硬直する群衆の間を縫って走り、とある路地裏に入ると、
そこは高い壁によって周囲を塞がれた袋小路だった。
こんなところへ逃げたところで、一時凌ぎに過ぎない。あの硬直がいつまで続くのかは分からないが、
再度動き出した民衆や聖罰騎士に見つかるのがオチだろう。
と、思ったのだが。
エンデが石畳の一角に触れ、敷石のひとつを強く押し込むと、ゴゴゴ……という僅かな音と共に地面に穴が開く。
隠し通路だ。マンホールくらいの大きさの穴には縄梯子が掛けられており、安全に下へ降りることができる。
「行って。……早く」
なゆたが先陣を切って縄梯子を降り、他のメンバーがあとに続く。
最後にエンデが入って入り口を元通りに塞いでしまうと、路地裏は何の変哲もない袋小路へ戻った。
長い垂直の穴の中を、下へ下へと降りてゆく。
正味10分ほども降りただろうか、やがて到着した場所は、巨大な洞窟の中だった。
天井は高く、10メートル以上はあるだろう。巨人(ジャイアント)が楽々行き来できる広さの空間だ。
なゆたはぽかんと口を半開きにして天井を見上げた。
「エーデルグーテの地下に、こんな大きな空間があったなんて……」
「……ん」
エンデが軽く足許を指差す。
一見すると土でできた地面のようだが、実際のところはそうではない。
驚くべきことに、今『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がいるのは万象樹ユグドラエアの根の中であった。
元々、聖都エーデルグーテは万象樹の根の上に建造された都市だ。
万象樹ユグドラエア――神代から存在するという、國創りの大樹。
島と見紛うその巨大さに釣り合うように、張り巡らされた根の大きさもまた規格外ということなのだろう。
根の内部は壁や足許、天井のあちこちにヒカリゴケが群生しているらしく、暗くはあるが足元不如意という訳ではない。
仲間の顔を見て歩くこともできる。
「これからどこ行こうってんだよ?」
明神の隣を歩くガザーヴァが問いかけるが、エンデは答えない。ただ黙々と歩を進めるだけだ。
仄明るい根の内部を進むこと暫し、やがて前方にいくつかの建物が姿を現してきた。
外敵防止のための高い柵にぐるりと囲まれたそこは、実にひとつの村と言っていい規模を持っている。
柵に備え付けられた門を潜り、中に入ると、何人もの人々が農作業をしたり家畜の世話をしているのが見えた。
超巨大な木の根の中を歩くというだけでも驚異的な体験だというのに、
さらにその木の根の中に村があるとは、常識外れにも程がある。
「御子さまがお戻りになられたぞ!」
「御子さま! エンデさまのお帰りだ!」
エンデの姿を認めた村人たちが歓声をあげる。村人はざっと100人はいるだろうか、
地上の住人たちとは違い、なゆたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を見ても捕えようとはしてこない。
更にエンデは村の奥へと『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を導く。
村の最深部には他の住居とは明らかに異なる、一際大きな屋敷が建っていた。
聖都の司教や上級司祭が住む屋敷にも引けを取らない豪奢な佇まいの邸宅の中へと、物怖じもせずに入ってゆく。
屋敷の玄関ホールは二階までの吹き抜けになっており、左右に優美なアーチを描いた階段が備え付けられている。
木の根の中にあるとはとても思えない場違い感だが、どうやらここがエンデの塒ということらしい。
「……エンデ」
立ち止まり、アーチ階段の上を見上げて佇むエンデへと声をかける。
「あなたが来てくれなかったら、わたしたちはきっとやられてた。
助けてくれたことにはお礼を言うわ、本当にありがとう……命拾いした。
もちろん、助けられたからには恩返しだって出来る限りしたいけれど。
その前に聞かせて、あなたの考えていること。ここはあなたのおうちなんでしょう、それなら――
どうしてわたしたちをここへ連れてきたの?」
エンデは屋敷の二階部分を見上げたまま、動かない。
「ね。教えて、エンデ。
あなたのやりたいことは? わたしたちに、一体何をして欲しいの?」
なゆたは更に言い募った。
エンデは寡黙で、何も言わない。だが何かを喋ってくれなくては、こちらも彼の期待に応えようがないのだ。
「エンデ――」
「ふふふ、そう矢継ぎ早に質問するものではない。その子は『そういうこと』が得意ではないのだ。
その子に代わり、そなたらの問いにはわらわが答えようぞ」
エンデは依然口を開かない。が、不意に他の声がなゆたの言葉を遮った。
妙齢の女の声だ。そして――なゆたはその声に聞き覚えがあった。
声のした方向を見上げる。アーチ状の階段の上に、声の主であるその女はいた。
大きく裾の広がった、優美なクリノリンスカートを備えた深紅のドレス。
大きな襟飾りに鍔の広い豪華な帽子。
コルセットでこれでもかと締め付けた括れたウエストに、広く割れた背面から覗く白い肌。
絶世の造形と言うしかない切れ長の双眸に、すらりと通った鼻筋。形のいい唇。
手に持った長煙管からは紫煙が漂い、彼女の妖艶な雰囲気作りに一役買っている。
「あなたは――」
そう。なゆたはこの女を知っている。
かつてリバティウムの戦いで力を貸してくれた、十二階梯の継承者。第六階梯――
『虚構の』エカテリーナ。
-
「久しいな、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
壮健そうで何より。いや……見たところ、更に出来るようになったらしい」
トレードマークの長煙管から煙草を一口吸い、紫煙をくゆらせながら、エカテリーナは目を細めて笑った。
「エカテリーナ……まさか聖都であなたに会えるなんて。
リバティウムでは、力を貸してくれてありがとう。あのときは言いそびれちゃったけれど……。
やっとお礼が言えた」
なゆたが頭を下げる。
リバティウムでは突如現れたこの継承者に大いに救われた。彼女の助けがなかったらきっとライフエイクに勝つことはできず、
ミハエル・シュヴァルツァーにも叩きのめされ、なゆたたちの冒険は終わってしまっていたに違いない。
リバティウムでの戦いが終わった後、礼を言おうとその姿を探したのだが、そのときにはもうエカテリーナの姿はどこにもなく。
そのまま有耶無耶になってしまっていたのだが――長い長い旅を経て、ついに心残りを解消することができたという訳だ。
エカテリーナが鷹揚に頷く。
「なに、礼には及ばぬ。わらわはわらわで目的があって力を貸したに過ぎぬのでな。
したが……恩義に感じておるのなら、それはそれで好都合。
ならばその恩、此処で返して貰おうぞ。その子の分も含めてのう」
煙管を持った長くしなやかな右手の人差し指で軽くエンデを指す。
「ついて参れ」
そう言うと、エカテリーナはドレスの裾を揺らして踵を返した。
アーチ状の階段をのぼり、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』もその後に続く。
二階の廊下を少し歩き、とある部屋のドアをノックする。
「おい。アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が到着したぞ」
「お通しして頂戴」
ドア越しに変事が聞こえた。――これも女の声だ。
エカテリーナがドアを開くと、堆く積まれた本の山が『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちの視界に入ってきた。
どうやら、その部屋は書斎であるらしい。どこもかしこもぶ厚い書物や巻物(スクロール)に覆われた、雑然とした室内。
その壁際の書架に、ひとりの女が古書を携えて佇んでいた。
ゆったりした丈長の黒いローブに、燃えるような赤の長髪。こめかみからせり出した、一対の小さな竜の角。
いかにも理知的な顔の造作は、彼女が智に携わる専門職だということを物語っている。
「お待ちしておりました、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』――」
女は銀鎖のグラスコードが付いた眼鏡のテンプルに軽く触れ、そう言った。
「あ……」
なゆたが小さく声をあげる。
初対面の相手だ。少なくともこのアルフヘイムでは。
そう、『会ったことはない』。だが『知っている』。
ヒュームの父とワイバーンの母を持つ半竜人(ドラゴニュート)。
メイレス魔導書庫の戦闘司書。
十二階梯の継承者の一人。第八階梯――
『禁書の』アシュトラーセ。
アルフヘイムの最高戦力、十二階梯のうち『虚構』『禁書』『黄昏』の三名が、この地の底に集まっている。
「ようこそ、私たちの隠し村へ。歓迎します。
聖罰騎士や信者たちに追われ、お疲れのことでしょう。
部屋を用意しています、先ずはそちらでゆっくりお休みになってください。お話しはその後で」
「良いのか? アシュリー。時間がないのであろう?」
「それはそうだけれど、休養も必要だわカチューシャ。
第一、地上はまだ夜だし……夜は彼女の時間よ、下手に動くべきじゃない。
おまけに――」
エカテリーナの言葉に、アシュトラーセはそう言って軽くエンデへ向けて右手を伸ばした。
見れば、エンデは部屋の隅で丸くなって眠ってしまっている。そんな様子はまるきり猫のようだ。
「久しぶりにたくさん動いたので、疲れてしまったのでしょう。
彼なしで相談はできないわ、だから……今日のところは、此処へ来てくれただけで。
申し訳ありません、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の皆さん。
事情をご説明するのは朝になってからということで……。少なくとも、此処に皆さんを害する者は存在しません。
それだけは保証します。ですからどうか、朝までごゆっくりお過ごしください」
アシュトラーセが微かに微笑む。
なゆたとしても異論はない。群衆から逃げ回っていた時間はほんの僅かだったが、どっと疲れた。
「そうね……。わたしたちも疲れたし、ちょっと落ち着く時間が欲しいかも。
みんな、彼女の話を聞くのはひと眠りさせてもらってからにしましょ」
「決まりじゃな。誰ぞ、客人を寝所へ案内致せ」
エカテリーナがぽんぽんと手を叩いて村人を呼びつける。
書斎を後にし、屋敷を出て、村の中にある空き家へと案内される。質素だが手入れの行き届いた家だ。
その中でそれぞれ部屋をあてがわれ、一行は束の間の休息を取った。
-
「食事しながらで構いません、そのままお聞き下さい。
――ここは、地上にある聖都から逃れてきた人々の住む隠し村なのです」
アシュトラーセが徐に口を開く。
夜が明け、目覚めた『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は、村人に再び案内されてアシュトラーセらのいる屋敷へ戻った。
食堂で朝食を出され、それを摂りながら彼女の話を聞く。
「ご存じの通り、聖都エーデルグーテはプネウマ聖教の総本山。
教帝こと『永劫の』オデットの膝元であり、彼女の完全な支配下にあります。
文字通り――彼女はこの聖都を支配している。けれど、それは決して体制的な意味であるとか、
政治的な意味、まして信仰心的な意味などではなく――
そう。彼女は『物理的に』この都市を支配しているのです」
「物理的に……?」
黒パンをちぎりながら、なゆたがアシュトラーセの言葉を繰り返す。
野菜の入ったスープに硬いパンを浸して食べる。食べ物は村の自給自足らしく、地上と違って質素極まりなかったが、
不味くはない。むしろ世間で言う敬虔な信仰者の食事といった趣がある。
思えば、地上の聖都は信仰の聖地である割に肉だのスイーツだのの露店がずらりと軒を連ねていたりして、
何とも言えず鼻につく俗っぽさがあった。
「その通り。あ奴は聖都を自らの縄張りとしておるのじゃ、『吸血鬼城(ミディアンズ・ネスト)』のように。
自らの肉体を隅々にまで伸ばして……な。
昨日の夜、濃い霧が出ておったじゃろう。あれはただの霧ではない――
あ奴の肉体が霧に変化したもの。『永劫の』オデットそのもの、いわゆる『魔霧』よ」
最高位の吸血鬼は自身を霧に変化させることができるのだという。
オデットはその力を使って聖都全域を自らの変化した霧で覆い、
人々を支配して『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を捕らえようとしたのだ。
「聖都に長く住む者ほど『永劫』の霧に身体を侵され、影響を受ける。
そして、将来的に朽ちて死ぬ。多くの者は寿命や只の病気だと思い、聖都で最期を迎えられることに感謝して死ぬが、
真実はそうではない……皆『永劫』の魔霧に蝕まれて死んでゆくのだ」
食堂のドア近くに佇んだエカテリーナが紫煙を吹かしながら言う。
「じゃあ、信者たちがオデットに心酔するのも……」
「あ奴の能力よ。吸血鬼の王、ノーライフキングの魅了は他の不死者どもとはレベルが違う。
市井の者ではあの魅了に抗えまい。そうして、『永劫』は長年に渡り信徒という名の奴隷を増やし続けてきたのだ。
本人にそのつもりはないようじゃがな」
強大すぎる吸血鬼王の力ゆえ、無意識に人々を魅了し支配下に置いてしまう。
それが十二階梯の継承者、第三階梯たる教帝の力なのだという。
「この村の住人達も、元はそうでした。聖都に住まい、知らず『永劫』の影響を受けていたのです。
けれど……ふとしたきっかけでその呪縛から解放され、そのお陰で聖都から追われる身になってしまった。
地下にある万象樹の根までは魔霧も届かない。だから……私たちはこの場所に村を造り、人々を匿っているのです」
アシュトラーセが続ける。
聖母と呼ばれるオデットがその実、強大なヴァンパイアだということを知ってしまった者。
時折聖都に満ちる濃い霧が、自分たちを支配する魔性の肉体そのものだという真実に気付いた者。
それらは聖都にとって撃滅する存在に他ならない。見つかれば間違いなく異端者として粛清されるだろう。
そんな者たちが逃避行の末に辿り着いたのが、この隠し村だった。
アシュトラーセの話によれば、聖都の各所には昨日エンデが案内したような隠し穴が無数にあり、
地下のユグドラエアの根へ繋がっているらしい。
エンデが神出鬼没だったのは、隠し穴を巧みに利用していたからだった。
「あのババーの強制魅了から逃げ出してきた連中の避難所ってことか。きひッ、いーじゃん。
少なくとも、真っ白けっけの聖都よっかゼンゼンボク好みだもん。ゴハンはウマくねーケド!
んで? ボクたちに何をして欲しいって?」
食事がまずいと言う割に、スープを飲み干しておかわり! と近くにいる村人に勢いよく空の皿を突き出す。
エカテリーナが軽く首肯を返す。
「それは言うまでもなかろう。
わらわたちは、あのカテドラル・メガスに盤踞しおる蝙蝠の親玉を討伐したいと思うておる。
我らに力を貸せ。恩を返せ――そういうことじゃ」
「彼女は……『永劫』の賢姉は、侵食を肯定しています。渇望していると言ってもいい。
侵食を受け入れれば、自身の不死さえも無に帰し……滅びの安らぎを手に入れることができると思っているのです。
賢姉ひとりが滅びるならいい。けれど、侵食は世界全体の問題です。
世界を彼女の破滅願望の道連れにすることはできない……この問題は迅速に解決させなければ」
「……確かに、設定でもオデットは自分の暗黒の生に倦んでいる……とあったし。
侵食が一切合切を呑み込んで無に還すというのなら、オデットがそれを望んでいても不思議じゃないわね。
じゃあ……オデットはもうずっと前からニヴルヘイム側についていたってこと?
ん? でもイブリースの話では、ニヴルヘイムも侵食から生き残るためにアルフヘイムを狙っていた筈よね?」
「いや、今のところあ奴はどこにも与しておらぬ。
あ奴はあ奴個人の願いで侵食を望んでおるだけじゃ」
ふぅ……と煙を吐き、エカテリーナはそう答えた。
-
「そうなんだ……」
なゆたの隣でエンデが口許をべちゃべちゃに汚しながらスープを飲んでいる。
ハンカチを取り出し口許を拭ってやると、エンデは大きな猫耳をぱたぱたと動かしながら、軽くむずかってみせた。
プネウマ聖教の膨大な人口、そして戦力がニヴルヘイム陣営に渡らなかったのは不幸中の幸いだったが、
侵食の肯定という彼女の意思は侵食を食い止めるという此方の目的と完全に相反してしまっている。
何れにしても、協力を取り付け彼女に仲間になって貰うという当初の計画は完全に頓挫してしまった。
「そなたらも侵食を止めたいのであろう?
ならば、我らに合力せぬ理由はあるまい。あ奴『永劫』を一刻も早く討伐せねば、侵食は拡大する一方ぞ」
「確かに、そうだけど……。どうやってオデットを倒すの?
オデットはブレモンの不死の代名詞。一時的に倒すことはできても、誰もオデットに真の滅びを与えることはできないのに」
ハンカチを仕舞い、なゆたが首を傾げる。
オデットも、自分を滅ぼせる手段が他にあるのならそちらを選んでいるだろう。
しかし、そんなものが世界のどこにも存在しないゆえに侵食という最後の手段に訴えようとしている。
そんな不死身のオデットを、どうやって滅するというのか。
だが、そんななゆたの疑問に対し、アシュトラーセは穏やかに微笑んでみせた。
「真の滅びを与える必要はありません。彼女を封印してしまえば……。
彼女の願いを叶えてあげられないのは心苦しいですが、とにかく無力化させてしまえば、
聖都に蟠る彼女の支配と呪縛も解け――何もかもが解決するはずです」
「ノーライフキング用の封印術式なら、既にわらわが編み終わっておる。
後は実行するだけじゃ、しかし見ての通りわらわたちは戦力に乏しい。
人手が足りぬのじゃ……矢面に立って作戦を遂行し、あの聖罰騎士や『永劫』の落とし子たちと戦う手駒がな。
そこで、そなたたちの出番という訳よ」
ふふん、とエカテリーナが笑う。
隠し村の住人たちの中には、非戦闘員の女子供や老人も多い。
実際に作戦に参加できるのは30人もいないだろう。強大なオデットや聖罰騎士たちを向こうに回すには心細すぎる。
だが、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が作戦に加わるなら、成功率もぐっと上がるだろう。
「我らの作戦に手を貸すのなら、『永劫』討伐の暁には改めて我ら継承者三階梯、そなたらの陣営に与してやってもよい。
正直『創世』の師兄は虫唾が走るほどに嫌いであるが、まぁそこは我慢して呉れようゆえに」
アシュトラーセもエンデも、エカテリーナの提示した条件に異を唱えることはしない。
三人の間ではずっと前から結論が出ていたことなのだろう。
ここで三人の提案を断ったところで、事態は何も好転しない。むしろ悪化する一方であろう。
エンデの力は未知数だが、少なくともエカテリーナの実力はリバティウムで証明済みだし、
ゲームの中のステータスの通りとすればアシュトラーセも戦力としては申し分あるまい。
継承者三名と協力してオデットを封印する――それが現状ベストな身の振り方だと、なゆたは判断した。
「…………」
しかし。
ポヨリンと再会するという目的は、そうすれば完全に不可能になってしまう。
世界を守るためには、オデットを倒す必要がある。しかしオデットを倒してしまえば、夢は二度と叶わない。
――ポヨリン。
いつだって、その顔を。姿を、存在を忘れたことなんてない。
今すぐその手に抱くことができるなら、何を犠牲にしたって構わない……そう、迷いなく思う。
けれど――嗚呼。
「……ごめんなさい。少しだけ考えさせて」
わかった、オデットを倒そう、と。
なゆたは最後までそう決断することができなかった。
食事を終えると自由時間ということで、なゆたは屋敷の外に出てぶらぶらと散策を始めた。
村は木の根の中にあるということ以外は、本当にどこにでもある平凡な村落のようだった。
住居が散在し、外れには畑があり、小川も流れている。
どこかから陽の光が差しており、天井は暗いという訳でもない。
小さな子どもたちが、犬と一緒に歓声をあげては走り回って戯れている。
――ここにポヨリンがいたら、絶対あの子たちに交じっていただろうな。
手近な岩に腰を下ろし、子どもたちの様子を右膝を抱えて眺めながら、なゆたは溜息をつく。
アシュトラーセは考えが纏まるまでゆっくりしてくれていいと言ってくれたが、いつまでも結論を先延ばしには出来ないだろう。
こうしている間にもオデットは侵食の拡大を望み、そのために動いている。
それは早急に解決しなければならない、世界の危機だ。
戦うべきだ。アシュトラーセやエカテリーナらの提案を呑み、協力してオデットに立ち向かうべきなのだ。
だが、それを口にできない。踏ん切りがつかない。
ポヨリンと、世界。
両者を天秤にかけ、なゆたは懊悩した。
【エンバース、オデットに支配の呪縛をかけられる。
隠し村に移動。そこで『虚構の』エカテリーナ、『禁書の』アシュトラーセと遭遇。
オデット討伐の協力を要請される。
なゆた、迷いを振り払えず苦悩】
-
>「どっちにしろこれ以上聖都で足止めくらい続けるわけには行かない。
バロールとの連絡、エンデの捜索。この2つを軸に俺たちも動くべきだ。
その上で、可能ならオデットにもう一度謁見を試みよう。
あの女がマジに一年かけるつもりなら、定命の者に一年はキツいっすって言うしかねえ」
私の問いかけに応え、明神さんが、オデットは交霊術に一年かけるつもり説を提唱する。
いくらなんでも1年は定命の者じゃなくてもキツい、
具体的にはそんなに悠長なことをしていたら侵食が進んで世界が滅亡する可能性がある。
>「待った、明神さん……一応、最悪のケースについても話をしておきたい」
エンバースさんは、もう危険が差し迫っているかもしれないと警戒を促し、自分一人でオデットに謁見しに行くと言う。
更に、ジョン君によると料理長が尋常ならざる態度を見せたそうだ。
>「僕は…全員で…ヴィゾフニールを回収するべきだと思う。
みんな分かってるだろう?…もうここは光の聖都市なんじゃない…いつだって反転する可能性がある…
オデットに逆らったら最後…あいつらを殺せと宣言したら兵士だけじゃない…この国中全部の人が僕達を殺しに来るかもしれないんだぞ!」
>「バロールと合流ないし連絡を取りあって……そして改めてこの国にどう接するかを決めよう」
「バロールさんとの連絡は先ほどから試みているんだが繋がりそうにない。
もう少しやってみるがおそらく何らかの手段で妨害されているのだろう。
やはりエンデを探すしかないのかもしれない。残念ながら動画への映り込みは見当たらないが……」
いつもなら場を仕切るなゆたちゃんは俯いたままで、最終的には、
エンバースさんが先行してオデットに会いに行き、残りのメンバーが聖都からの脱出のために動く――
そのためにはヴィゾフニールの回収を目指し、差し当たってエンデの捜索を行うことになった。
>「……霧が出てきた」
あまりにも濃い霧が立ち込め、なゆたちゃんが不安そうに窓の外を見ている。
「これ、本当に霧なんだろうか。霧のように見える他の何かじゃなければいいのだが……」
「見る限りでは普通に霧ですけど……それにしても濃いですね……」
この時は深く考えずに流したのだが、もしかしたらレクステンペストの力を持つカザハは、
気象現象としての霧ではないことをなんとなく感じ取っていたのかもしれない。
>「おい、そろそろ行こうぜ」
ガザーヴァが出発を促す。
人通りがなくなればエンデの捜索が容易になるため、日が落ちるのを待っていたのだ。
なゆたちゃんはすっかり沈み込んでいる。
まあ、こんな状況で明るい顔をしていたら逆におかしいのだが、
まだオデットを完全に見切ることへの葛藤があるのかもしれない。
-
>「ボクが斥候として先行する。オマエらは後をついて来い、いーな」
ガザーヴァが斥候を買って出る。
出ようとした矢先、突然来訪者が訪れた。
>「……誰だ?」
>「皆様に食べて頂こうと、お夜食をお持ちしました。ドアを開けて頂けませんか?」
「あからさまに怪しいな……」
とか言っているうちに、あっという間にゾンビ映画状態になってしまった。
>「いいえ、今宵は我らと共に聖なる教えについて語り明かしましょう!」
>「カードゲームなどいかがですかな? きっと楽しいですよ!」
>「実は、耳寄りな商談についてお話が――」
>「いたぞ……! 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だ……!」
>「逃すな……、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を聖都から逃すな……!」
「タイミングが良すぎるだろう……」
どうやらこちらの行動は筒抜けのようだ。
それも、密偵や使い魔の類に報告させているにしてはリアルタイムすぎる。
まさか、街じゅうに監視カメラが仕掛けられているというでもいうのだろうか。
>「お……、おいッ! どォすんだよオ明神!!」
「明神さん! なんとかして脱出しよう!」
多分この場合脱出するのは確定事項で、どうやって脱出するかが問題なのだが、
とにかくなんとかして脱出した。
そういえば、いかにもカザハが一人で汚い高音選手権を始めそうな状況だが、妙に落ち着いている。
修羅場に遭遇しすぎて耐性が付いてきたんですかね……。
>「見つけたぞ! 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を逃がすな!」
>「捕えろ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を捕まえろ!」
聖都の住人達が大挙して押し寄せてくる。
仮にいくらオデットを妄信しているとしても、一般の町人にこんな動きが出来るだろうか。
おそらく不可能だ。
最初から一般人などではなく全員オデットの手下か、あるいは、魔法等の方法で直接操っているか――
>「くそッ! ああめんどくせーなーッ!」
「ブラスト!」
カザーヴァが先頭で活路を開いてくれているので、私達は最後尾を受け持ち、
追いつかれそうになったら突風のスキルで吹っ飛ばす。
が、全身甲冑で身を固めた騎士の一団が現れてそちらへの対処を余儀なくされ、陣形は早くも崩れてしまった。
聖罰騎士――プネウマ聖教直属の異教異端を粛清する騎士。
攻撃力防御力共に高く、重量級なので吹き飛ばしも効きにくい。
振り下ろされた長剣をなんとか剣で受け止めるも、予想以上の重さに押し負けそうになる。
-
「カケル! 退け!」
カザハがエアリアルウェポンで作った魔導銃のようなものから高圧の空気弾を撃ち出し、甲冑騎士に直撃させる。
相手が一瞬ひるんだ隙に離脱し、事なきを得た。
しかしこんな調子では長時間は持たないだろう。
>「あうっ!」
混乱の中で最後尾になってしまっていたなゆたちゃんが転倒する。
「なゆたちゃん……!」
慌てて駆け寄ろうとするが、前方にも聖罰騎士の一団が現れた。
進退窮まり、脇道に逃げ込もうにも周囲を数千の群集に取り囲まれている。
完全に追い詰められた状況だ。
その時、どこからか強烈な閃光が放たれ、民衆や聖罰騎士は固まったように動きを止めてしまった。
>「これは……」
>「……お待たせ」
声がしたのは、なゆたちゃんの隣。
そこには、本編の最後に本性を現したという、謎めいた賢者のイメージそのままのエンデがいた。
>「……ぼくを探してたんだろ」
「ようやく現れたか……! 1か月探したぞ」
カザハが待ちわびたように言う。観光するついでに探してたんですね分かります。
>「こっち」
>「行って。……早く」
エンデに促されるままに、隠し通路を降りていく。
そこには広大な空間が広がっており、やがて村に辿り着いた。
>「御子さまがお戻りになられたぞ!」
>「御子さま! エンデさまのお帰りだ!」
エンデは村の住人達に敬われている立場らしく、自らの家らしい豪華な屋敷に入っていった。
なゆたちゃんがエンデに質問を投げかけるも、エンデはいっこうに答えない。
ゲーム的に表現すると、エンデは長々と喋る仕様のキャラではないということだろうか。
>「ふふふ、そう矢継ぎ早に質問するものではない。その子は『そういうこと』が得意ではないのだ。
その子に代わり、そなたらの問いにはわらわが答えようぞ」
「エカテリーナさん……!」
エカテリーナに、とある一室に案内される。
-
>「ようこそ、私たちの隠し村へ。歓迎します。
聖罰騎士や信者たちに追われ、お疲れのことでしょう。
部屋を用意しています、先ずはそちらでゆっくりお休みになってください。お話しはその後で」
なんと、そこで待っていたのは『禁書の』アシュトラーセ。十二階梯の大盤振る舞いだ。
>「良いのか? アシュリー。時間がないのであろう?」
>「それはそうだけれど、休養も必要だわカチューシャ。
第一、地上はまだ夜だし……夜は彼女の時間よ、下手に動くべきじゃない。
おまけに――」
呼び方や口調から推察するに、この二人は結構仲が良いようだ。
それはそうと、エンデは部屋の隅で丸くなって寝ていた。
それを見て、実は彼は猫っぽい人じゃなくて人っぽい猫なのではないかという疑惑が思わず浮上する。
そうだとしたら長々喋らないのも辻褄が合ってしまうし……。
>「久しぶりにたくさん動いたので、疲れてしまったのでしょう。
彼なしで相談はできないわ、だから……今日のところは、此処へ来てくれただけで。
申し訳ありません、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の皆さん。
事情をご説明するのは朝になってからということで……。少なくとも、此処に皆さんを害する者は存在しません。
それだけは保証します。ですからどうか、朝までごゆっくりお過ごしください」
こうして私達は空き家へと案内され、休息をとることになった。
私はカザハに、何気なく今日思ったことを投げかける。
「あのゾンビパニックみたいな状況で妙に肝が据わってましたね……」
「ああ、どういうわけか。どうやら恐怖という感情が抜け落ちてしまったようだ」
カザハはしれっと爆弾発言を炸裂させた。
「えぇ!? それってどう考えてもあのイロモノ風精王達の仕業じゃないですか!?
蘇生の対価に奪われたとか!」
「どうして焦っているのだ? その方が冷静に行動出来て都合がいいだろう。
レクステンペストなど所詮最初から、世界を維持するための傀儡だ」
本人は落ち着き払っているが、考えてみれば当然だ。
恐怖という感情が抜け落ちてしまっているのだとしたら、本人は焦ることはない。
「ヘタレじゃないカザハなんてカザハじゃありません!」
「そんなことを言われても……」
この件について本人と議論しても埒があかないので、とりあえず眠りについた。
-
翌朝、朝食を摂りながらアシュトラーセ達の話を聞く。
>「ご存じの通り、聖都エーデルグーテはプネウマ聖教の総本山。
教帝こと『永劫の』オデットの膝元であり、彼女の完全な支配下にあります。
文字通り――彼女はこの聖都を支配している。けれど、それは決して体制的な意味であるとか、
政治的な意味、まして信仰心的な意味などではなく――
そう。彼女は『物理的に』この都市を支配しているのです」
>「その通り。あ奴は聖都を自らの縄張りとしておるのじゃ、『吸血鬼城(ミディアンズ・ネスト)』のように。
自らの肉体を隅々にまで伸ばして……な。
昨日の夜、濃い霧が出ておったじゃろう。あれはただの霧ではない――
あ奴の肉体が霧に変化したもの。『永劫の』オデットそのもの、いわゆる『魔霧』よ」
「道理で筒抜けなわけだ……!」
更に魔霧の恐ろしさは支配するだけに留まらず、徐々に蝕んで最終的には死に追いやってしまうらしい。
それでいて、魅了がかかっているので殆どの人はその事実に気付かないときた。
この村の住人は、ふとしたきっかけで真実に気付いてしまった者達であるらしい。
そして、オデットが私達を足止めしようとした理由も明らかになった。
彼女は、侵食で世界が滅びる――正確には世界と共に自らが滅びるのを望んでいるそうだ。
情報を一通り明かしたエカテリーナ達は、オデットを倒すのに協力してほしいともちかけてくる。
エカテリーナがすでに封印術式を編み出しているそうだ。
>「我らの作戦に手を貸すのなら、『永劫』討伐の暁には改めて我ら継承者三階梯、そなたらの陣営に与してやってもよい。
正直『創世』の師兄は虫唾が走るほどに嫌いであるが、まぁそこは我慢して呉れようゆえに」
オデットは侵食を望む敵ということが明らかになり、選択の余地はない状況だ。
それでも、なゆたちゃんは即決できなかった。
>「……ごめんなさい。少しだけ考えさせて」
オデットは敵対する立場で、最初からこちらの願いを聞く気なんてなかった。
こちらの願いを聞いてくれると言ったのは、時間稼ぎのためだ。
もちろん、この誘いを断ったからといってポヨリンさんに会えるわけでもない。
が、おそらく、なゆたちゃんをポヨリンさんと会わせてあげられる能力を持つのは世界でオデットだけ。
オデットが健在ならポヨリンさんに会える可能性は残ると言って言えないこともない。
倒してしまったら、その万に一つの可能性すらなくなるのだ。
食事が終わると、なゆたちゃんはすぐに外に出て行った。
カザハはその場に少し残って、話を切り出す。
「実は……エンデ君は先月会っていると思うが、もう一人仲間がいる。
我々が外に出るのに先駆けて単身オデットに謁見しにいったのだ。
きっと生き延びていてくれている。ここが分からずに困っているかもしれない。
探しに行くことは出来ないだろうか。
オデットに対抗するにしても……彼の力は必ず必要だ。
もちろん戦闘的な意味でもだが……うちのリーダーを説得できそうなのは彼だけだ」
なゆたちゃんはここに来てからエンバースさんのことを特に口にしていないが、
疲労が激しいのと押し寄せる情報量が多すぎるためだろう。
いったん思い至ってしまったら更に取り乱しかねない。
何にせよ、遅くなればなるほど生存率も下がってしまう。早急に見つけ出して合流する必要があるだろう。
-
俺はまだ、この期に及んで、オデットの厚意に偽りがないと信じたかった。
そうでなくちゃ、この街へ来た意味がない。
危険を押してまで、なゆたちゃんを連れ出したこの旅が、無価値なものになってしまう。
>「みんな!まだ夢を見てるのか?もう少し現実を…」
甘えに近いその希望的観測に、ジョンが警鐘を鳴らす。
>「待った、明神さん……一応、最悪のケースについても話をしておきたい」
思わず反駁しようとした所へ、さらにエンバースが重い声音を投げた。
>「つまり……もし俺が衛兵に、誰かを街から出さないよう命じるなら、ついでにもう一つ命令を出す。
その誰かが街を出ようと門を訪れたなら、必ず、迅速に、それを自分に知らせるように、ってな」
「そういうことか。だったら宿で長尻してんのも良くねえな。
コトの実情はどうあれとっととここを引き払っちまおう。
門番から話が行ってるならじきにお巡りさんが来るぞ」
>「…すまない…恐らく門番達の前に…食堂の料理長からオデットに会話が言っていると思う
辞める理由を聞かれたから言ってしまったんだ…この街を出ていくって…どこに行くとか直接的な事は話してないけど…
でもその時の料理長は様子がおかしかったんだ!まるで人が変わったような…」
「……マジ?」
朝の時点で、俺たちが聖都を出ようとしてることがオデットの耳に入ってるとするなら。
今まさに、客を引き止める為のおもてなしの第二陣が準備されているとしてもおかしくはない。
>「経験上、率直に言って、最悪のケースに対する最善策は混乱を起こす事だ。
俺の時は……火と煙が役に立ったよ。逃げるにしても、立ち向かうにしてもな。
とにかく……権力者の思惑と街の戦力を乖離させるんだ。リソースを分散させるんだ」
「穏やかじゃないねえ。この街のあちこちに付け火でもして回るってか?
下手すりゃ万象樹自体が燃えかねんぞ。お前それは……」
エンバースの提案に、否応なしに最悪の記憶が蘇る。
炎上するアイアントラス、火に巻かれて逃げ惑う人々――。
>「だけど、まあ……そんなのは俺達のやり方じゃないよな」
エンバースはすぐに自分の案を棄却し、俺は手汗でべったりの掌を拭った。
そう、目的の為に大多数を巻き込む手段は、俺たちのやり方じゃない。
少なくともなゆたちゃんがリーダーで居るうちは――だからこそ、俺はあいつに旅を続けて欲しかった。
なゆたちゃんが居なけりゃ、きっと俺たちは早晩、正しさを見失ってしまう。
-
>「……エンデに連絡を取りたいなら、手っ取り早くて簡単な方法があるぜ。一方通行にはなるけどな」
エンバースはいやに楽しそうな口調で続けた。
>「アイツは……恐らくだけど、俺達がオデットとどんな話をしたのか知っていた。
そこには何かしらのアンテナがあるんだろう。なら、話は早い。今度もまた、盗み聞きをしてもらえばいいだけだ」
「けどよぉ、現状オデットとは面会謝絶だぜ?もっかい頼みに行けばそれこそその場でお縄じゃねえの」
>「俺なら、許可があろうがなかろうがオデットに謁見する事が可能だ。
……このプランは、他に並行して行うべきだと俺は思う。俺達は恐らく……既に先手を打たれている」
「あっ、謁見ってそういう……ホントに大丈夫?猊下はともかく神罰騎士とかメチャ怒んない?」
ようは不法侵入である。そして、面会に許可が降りない以上、そうせざるを得ないのも確かだ。
だが、愛すべき聖母様の元に夜這いかましに来た不届き者のアンデッドが、無事に城を出られる保証はない。
>「ひとりでオデットのところに行こうって言うの?」
なゆたちゃんも心配そうに問うが、俺にはこれ以上の対案が浮かばななかった。
真意を確認するためにも、オデットとはもう一度話をしなくちゃならない。
パーティ全員でゾロゾロ城に乗り込むよりかは、隠密行動に長けた焼死体に任せた方が都合も良かろう。
もう、聖都でヌクヌク歓迎を受けている段階は終わっちまった。
相手のアクションを待ってる余裕なんかなくって、俺たちは自分の足で情報を得なけりゃならない。
>「僕達は…覇王の仲介でこの国にきた。
それをぞんざいに扱うって事は…オデットはそもそも仲良くするつもりなんてないんじゃないか?
少なくともそう取られても仕方ない事を実行している…この街に出さない事もそうだだけど…」
「もしも、降霊術の準備ってのが方便で、オデットがマジに俺たちを聖都に軟禁してるんだとすれば。
あの女のやってることは、侵食解決に向けたバロールのプランに対する、敵対行為だ……そういうことだよな?」
>「僕は…全員で…ヴィゾフニールを回収するべきだと思う。
みんな分かってるだろう?…もうここは光の聖都市なんじゃない…いつだって反転する可能性がある…
オデットに逆らったら最後…あいつらを殺せと宣言したら兵士だけじゃない…
この国中全部の人が僕達を殺しに来るかもしれないんだぞ!」
ジョンが重ねて発する警句に、俺もいよいよ背筋が寒くなるのを感じた。
多分これは、命の危険に対する恐怖じゃない。
これまで幾度となく経験してきた、『裏切り』――厚意が敵意に反転する瞬間の、薄ら寒さ。
この街で、一番見たくなかったものだ。
-
>「もう既にオデットは信頼に必要なあらゆる事を怠ってるんだよ…そんな相手を信用なんてできるもんか」
「……クソ、結局こうなっちまうのかよ」
エーデルグーテは、悪意と暴力が当たり前に存在するこの世界で、ようやく見つけた光だった。
慈悲深い女王と敬虔な信徒で構成された、善なる者の街。
志半ばに散ったポヨリンと、もう一度会うことのできる、なゆたちゃんにとって唯一の拠り所。
だけど今、それらすべての希望が、最悪の裏切りへと反転しようとしている。
光明は、はじめから全部まやかしだったのか?
アンデッドの聖母は、ヒトの子の意思なんか顧みないただの化け物だったのか?
ジョンの言ってることは全面的に正しいと俺も思う。
信用ならない相手の元なんかとっとと退散して、すぐにでもバロールと連絡をとり直すべきだ。
これ以上、聖都で足踏みはしていられない――侵食へのタイムリミットは、もうそこまで来てるのかも知れない。
一方で、今のところ何もかもが状況証拠による推定有罪でしかないことも確かだ。
オデットが裏切りかましてるっていう、確たる根拠が、まだ、ない。
結局のところ俺たちは、好き勝手動けなくなった現状に反発して、先方の意思を勘繰ってるだけに過ぎない。
まだ諦めたくない。
全部の危惧がただの考えすぎで、オデットは本気で俺たちを手助けしようとしていて。
もうすぐ準備が整うから外出に待ったをかけているだけなんだって可能性を、手放したくない。
強行突破で聖都を脱出すれば、俺たちは明確にオデットと敵対することになる。
色々頼んでる身分でオデットの善意に後ろ足で砂をかける行為だ。聖都は容赦をしないだろう。
その時点でバロールからの依頼も失敗になり、降霊術でポヨリンを呼ぶって約束も果たされることはない。
今度こそ、後戻りは出来ない――。
やがて幾ばくかの議論の末に、エンバースをオデットの元に送り込んで様子を見ることに決まった。
直談判で真意を問いただす。ただの取り越し苦労ならオデットに頭下げればギリ許してもらえるだろう。
何一つとして確かなものがない現状、俺たちにできるアクションはこれが限度だ。
――そうして俺は。
ジョンの警告に素直に従って、この街をとっとと出ていかなかったことを、後悔することになる。
◆ ◆ ◆
-
>「……霧が出てきた」
エンバースを送り出した夜、なゆたちゃんは窓縁でそう呟いた。
外に目を向ければ、確かに『迷霧』みたいな霧があたり一面を被っている。
向かいの建物なんかは、部屋の明かりでかろうじて存在が分かるくらいだ。
俺はと言えば、魔導書を手繰る気にもなれなくて、腕組みしてボサっと過ごしていた。
目の前のカップからは紅茶が消えてとっくに乾ききっている。
新しいのを淹れ直すことさえ、今は煩わしかった。
エンバースとオデットの交渉は上手くいってるんだろうか。
そもそもあいつは無事に帰ってこれるんだろうか。
考えが上滑りして、益体もない時間だけが過ぎていく。
>「おい、そろそろ行こうぜ」
「……うっし、出るか」
膝の上で抱えていたマゴットを抱っこ紐で腹のあたりに括り付けて、白スーツを羽織る。
『夜の散策』に不自然でない程度の準備。本命の旅支度は全部インベントリの中だ。
これなら宿を出る時に誰かに見られても咎められることはない。
これから俺たちは、市街に出てエンデと接触する。
ことと次第によっては、この宿に戻ってくることはないだろう。
せめて、そうならないことだけを、小さく祈る。
ガザーヴァに先導を任せて、いざ部屋を出んとしたその時。
扉をノックする音がした。
思わず息を呑む。これまで、夜半に誰かが訪ねてくることなんてなかった。
>「……誰だ?」
>「皆様に食べて頂こうと、お夜食をお持ちしました。ドアを開けて頂けませんか?」
「……食堂の人だよな。なんで急に夜食なんか」
扉越しで顔も見えないのに、違和感だけはべったりと脳みそに貼り付いた。
ただの被害妄想だと、切って捨てられなかったのは、ドアの前の気配が『一人じゃなかった』からだ。
>「いいえ、今宵は我らと共に聖なる教えについて語り明かしましょう!」
>「カードゲームなどいかがですかな? きっと楽しいですよ!」
>「実は、耳寄りな商談についてお話が――」
ドアだけじゃない。
俺たちの逗留する宿を取り囲むように、いつの間にか十重二十重の人垣が出来ている!
窓の外は、ガラス越しに俺たちを見据える無数の眼光で埋め尽くされていた。
B級パニックホラーそのままの寝覚めの悪い光景。
「うわーーーーーーっ!!?」
>「いたぞ……! 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だ……!」
>「逃すな……、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を聖都から逃すな……!」
「おいおい。おいおいおいおい……!何が起きてんだ、一体!」
いや。この期に及んで自分を誤魔化すのはもうやめよう。
ジョンの警告はピタリと的中した。エーデルグーテの住人すべてが、俺たちを逃すまいとしている。
-
>「お……、おいッ! どォすんだよオ明神!!」
悲鳴のようなガザーヴァの声に、俺はようやく思考の硬直が解けた。
もう穏便にことを運べる余地は残っちゃいない。
懐の中のスマホを手繰った。
>「明神さん! なんとかして脱出しよう!」
「ちょい窓から退いてろ。サモン・ヤマシタ――『シールドバッシュ(弱)』!」
部屋の中で召喚した盾モードのヤマシタが、大盾をぶん回して窓に体当たりした。
窓ごと人垣を吹っ飛ばす。モンスターの突進に、群集は散り散りに退避した。
「……道は開いた!ダッシュで逃げんぞ!!」
ぶち割った窓から外へと脱出する。
視界の端で、ふっ飛ばされた連中が次々に起き上がって追いかけてくるのが見えた。
シールドバッシュの威力を弱めたとはいえ、ほとんど無傷って感じだ。ガラスの破片で怪我した様子もない。
多分、なにかしらの防御の加護を得てる。プネウマ聖教の面目躍如ってとこだろう。
そして前方からも、霧を突き破って無数の人々が手を伸ばしてきた。
宿を囲んでた連中だけじゃない。そこかしこの家々から、追手がどんどん出てくる。
老若男女、しめじちゃんくらいの子供すら、恐るべき速度で突撃してきた。
>「くそッ! ああめんどくせーなーッ!」
ガザーヴァが忌々しげに吐き捨てながら、槍の横薙ぎで襲いかかる群集を押し戻す。
手加減しながらじゃせいぜい数人を一度に気絶させる程度。
カザハ君が風で吹き飛ばす分を加味しても、追手の供給に撃退が追いついてない。
「市街のど真ん中じゃジリ貧だ、このままヴィゾフニールんとこまで撤退するぞ!
俺が先導する。ジョン、しんがりは任せた」
ことここに至って、街中でこっそりエンデと密会できる見込みはない。
落ち着いて態勢を立て直すためにも安全な場所まで逃げる必要がある。
飛空船にさえ乗り込めれば、空まで追って来られることはないだろう――
その時、背筋を舐めるような悪寒を覚えた。
それは虫の知らせみたいな第六感じゃなくて、もっと明確で直接的な感覚。
強大な魔力の接近を肌で感じた。
振り返れば、群集の向こうに一際存在感のあるシルエットが見える。
霧と人垣のふたつを割るようにして現れたのは、真っ白い法衣と全身甲冑で身を覆った騎士の姿だった。
「聖罰騎士……!随分お早い現着じゃねえか……!!」
聖母に傅く異端の撃滅者、プネウマ聖教の最高戦力、聖罰騎士――。
ゲーム上じゃ人型エネミーの中でも特に強力な、準レイド級にも匹敵する精鋭だ。
カテドラルメガスに常駐してるはずのこいつらがこんな市街まで降りてきてる。
オデットの勅命でなけりゃあり得ないことだ。
つまりは……あの女の俺たちに対する敵意を裏付ける、何よりの物証だった。
「へっ、聖罰騎士がなんぼのモンだってんだっ!ごっつい鎧の弱点なんざ分かりきってんだよ!」
長剣を振り上げて躍りかかる聖罰騎士に、大盾を構えたヤマシタが迎えるように踏み込む。
振り下ろされた剣を弾けば、動きの制限される鎧騎士は重心の変動に柔軟に対応できない。
結果、大きくバランスを崩す――パリィが取れる。ガラ空きの胴体を殴り放題だ。
-
盾を掻い潜る敏捷性がない以上、大盾で固めれば有効打を取られることはない。
そしてパリィ戦術に対して弱いのは、イブリース然り重装タイプの敵に共通する弱点だ。
俺もその基本戦術に則り、聖罰騎士を大盾で迎え撃った。
だが聖罰騎士は、剣を振り下ろす直前で構えを変えた。
片手持ちにした刀身にもう片方の手を這わせ、何か呪文を唱える。
すると長剣が白く光を帯び、宵闇を照らすように輝き始めた。
刃の形に白光の軌跡を描き、改めて振り下ろされた剣は――
板金で固めた大盾を、濡れ紙のように引き裂いた。
「なぁ……っ!?」
それだけに留まらず、怨身換装で強化されたヤマシタの装甲さえも寸断し、
斬り落とされた左腕のパーツが宙を舞って虚空に溶けた。
「やべえぞ!光エンチャだ!!!」
聖なる光をエンチャントされた斬撃は、鋼鉄すら切り刻む威力を持つ。
何よりアンデッドのヤマシタにとって極端に相性が悪い。
切断された部位が一瞬で蒸発し、大盾も使い物にならなくなった。
あれは……『黎明の剣(トワイライトエッジ)』。
流石は教帝直属の精鋭騎士、スペルカード互換の魔法も搭載済みか!
破壊された盾を捨て、ヤマシタは懐から長剣を取り出して構える。
だがその健気な抵抗も、弱点属性で固めた騎士の前には意味をなさない。
返す刀で振るわれた連撃、瞬く間に新調したばかりの革鎧がボロボロになっていく。
「くそっ、アンサモン!」
完全に破壊される前にヤマシタを戻し、ギリ残ってたATBで最後のカードを切る。
「スペルカード・『寄る辺なき城壁(ファイナルバスティオン)』――プレイ!」
魔法無効の障壁が地面からせり上がり、追手と俺たちとを遮断した。
このユニットは壁であると同時に、魔法を吸い寄せて無力化する避雷針としての機能を備える。
魔法を付与した長剣も引き寄せられてまともに振るえないはずだ。
「騎士共の動きは封じた!今のうちに逃げっ……」
俺は見てしまった。
霧の向こうから新手の聖罰騎士が現れるのを。
そいつが巨大な戦鎚を掲げ、突進してくるのを。
轟音。
次の瞬間には、『寄る辺なき城壁(ファイナルバスティオン)』が爆散して瓦礫と砂塵に変わる。
強化魔法すら付与してない、純粋な膂力と質量による一撃が、障壁を物理で粉砕した。
「めっ、メチャクチャだぁ!ホントに人間かよこいつら!!」
無意味な嘆きだった。
この世界において強大な力を持つのは何もドラゴンや魔族に限った話じゃない。
バロールだってマルグリットだって人間だ。
極限まで鍛え上げたヒトの力が人智を超えるのを、これまで何度だって見てきた。
-
>「あうっ!」
「なゆたちゃん!」
石畳のデコボコに躓いてなゆたちゃんがコケる。
振り向いて、気付いた。追手が居るのは後方だけじゃない。
既に、俺たちの行手を阻むように包囲網が完成している。
逃げ場はもう、どこにも無かった。
「……ジョン!!俺のATBが貯まるまでどうにか凌げ――」
指示を飛ばす声すら、群集の叫びに埋没する。
押し寄せる濁流のような暴力に、ついに飲み込まれんとしたその時。
>「――――――――」
突如上空で瞬いた閃光。
まるでポーズボタンを押したみたいに、群集や聖罰騎士の動きが停止する。
慣性すらも失われたように――完全に世界が静止していた。
「あ、あれ?動ける?」
そんな中で、俺たちだけは普段どおりに動くことができた。
指先をグッパーしても何も支障はない。
逆に世界から取り残されたみたいだ。
>「……お待たせ」
>「……ぼくを探してたんだろ」
そしてこれもいつの間にか――エンデが俺たちの傍に居た。
音もなく消え前触れ無く現れる、神出鬼没の十二階梯末席は、
>「こっち」
と、やはり何の前置きすらなく俺たちをいざなった。
◆ ◆ ◆
-
絶体絶命の包囲網からエンデの助力によって命からがら逃げおおせた俺たちは、
奴の案内で薄暗い穴蔵の中に居た。
日がまったく差してないのに『薄暗い』で済んでんのも変な話だが、
発光するコケ類に囲まれた穴の中は意外なほど視界が確保されていた。
曰く、ここはエーデルグーテの地下。
それも街の基礎を築く万象樹ユグドラエアの根っこの隙間らしい。
>「エーデルグーテの地下に、こんな大きな空間があったなんて……」
「スケールがデタラメすぎてなんも実感湧かねえよ……ミドやんだって格納できそうだ」
天井が遠い。見上げる首が痛くなるくらい広大な空間だ。
こんなでっかいスペースが手付かずのまま残ってるなんて、地上の雑多な町並みからするとにわかに信じられない。
なんかアレだな、埼玉の外郭放水路みたいだ。巷じゃ地下神殿とか呼ばれてるやつ。
>「これからどこ行こうってんだよ?」
木の根で構成された地面を踏みしめながら、ガザ公が問う。
エンデは、やっぱり答えなかった。
お前マジ本当さぁ……そりゃ助かったのは確かだけど、そういう態度よくないと思うよ?
そのでけえ耳は何のためについてんのよ。
で、しばらく根っこを辿って歩いていると、ひときわ開けた空間に出た。
そしてそこには、村があった。
「……は?村ぁ!?」
驚くべきことに、根っこの隙間のこの空間に、村が出来ている。
柵があり、家があり、畑があり、家畜とそれを世話する村人たちがいた。
「どーなってんだよ。ここエーデルグーテの地下だよな?
なんで街の地下に村があんだよ。スラム街の下水道じゃねえんだぞ」
俺の疑問をよそに、村人たちはエンデの姿を認めると歓迎ムードで寄ってくる。
普通の人間だ。コボルトみたいな野に生きる亜人種とかでもない。
そして彼らは、「御子さま」――エンデのことをそう呼んだ。
「あのぉ……そろそろ説明とかしてもらえませんかね」
エンデは俺どころか村人共の歓待すらガン無視で歩みを進める。
耳がピクピクしてっから聞こえてないわけじゃないだろうに。
なんなの?度を越した人見知りとかなの?
エンデに付き従って歩くことしばらく。
やがて俺たちは、村の奥の方にそびえるでっかい屋敷に辿り着いた。
豪奢な邸宅だ。それこそ、地上の街の一等地にでも建っていそうな。
穴蔵にはあまりにも似つかわしくない。
ここお前の家なの……?
すげえおぼっちゃんじゃん……。
>「……エンデ」
あまりの情報の洪水に俺が目を白黒させている傍でなゆたちゃんが静かに問うた。
-
>「ね。教えて、エンデ。
あなたのやりたいことは? わたしたちに、一体何をして欲しいの?」
それな?マジでそれな。
ここまで一切なーんも説明ねえけど、このタイミングで再登場したってことは、
例の「イベント」の続きってことなんだろう。
今更勿体ぶんないで欲しンだわ。やることあんだろ?な?
>「ふふふ、そう矢継ぎ早に質問するものではない。その子は『そういうこと』が得意ではないのだ。
その子に代わり、そなたらの問いにはわらわが答えようぞ」
しかし期待していた答えは、エンデの口からは聞けなかった。
代わりに声を投げたのは、屋敷の方から現れた一人の女だった。
「……カテ公じゃん。なんでこんなとこに居んの」
アホみてえなデカさのクリノリンスカート、真っ赤なドレス。
これも冗談のように幅広の帽子の下に見える切れ長の双眸。
見覚えがあった。過日のリバティウムで共闘した仲だ。
――『虚構の』エカテリーナ。
ミドやん退治に手を貸してくれた、十二階梯の一人だ。
>「久しいな、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
壮健そうで何より。いや……見たところ、更に出来るようになったらしい」
「あれから随分経つけど……元気に生きてるみたいだな。
そりゃ良かった、自分探しの旅は無事終わったか」
エカテリーナは本来、中盤のイベントで確定死亡するキャラクターだ。
公式設定におけるこいつは、虚構を身に纏いすぎて自分の姿や名前すら見失い、
存在が掻き消えてしまう前に本当の自分――『真名』を探して放蕩するNPCだった。
まぁ結局見つかんなくてゲーム上では虚構に飲まれて死んじまったわけだが、
その真名ってやつは本編終盤のサブイベントで明らかになる。
ミドガルズオルムとの戦いで、助力を乞う交換条件として、
俺はエカテリーナに真名をネタバレした。
リバティウムの決戦から何ヶ月も経った今もなお普通に生を謳歌してるこいつは、
ちゃんと自分探しの旅に決着をつけられたってことなんだろう。
>「エカテリーナ……まさか聖都であなたに会えるなんて。
リバティウムでは、力を貸してくれてありがとう。あのときは言いそびれちゃったけれど……。
やっとお礼が言えた」
>「なに、礼には及ばぬ。わらわはわらわで目的があって力を貸したに過ぎぬのでな。
したが……恩義に感じておるのなら、それはそれで好都合。
ならばその恩、此処で返して貰おうぞ。その子の分も含めてのう」
えぇ……?礼には及ばないって言ったじゃん!言ったじゃん!!
俺が無言で抗議すんのをガン無視して、エカテリーナは顎をしゃくった。
いざなわれるままに屋敷の中を進む。
ほどなくして、書斎みたいな部屋に着いた。
>「お待ちしておりました、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』――」
そこに居たのは、こめかみから角を生やした眼鏡の女だった。
俺はこの女のことを知っていた。面識はないが、ゲームの中じゃ親の顔より見たツラだ。
-
「……『虚構の』アシュトラーセ。エンデやそこのカテ公と同じ、十二階梯の継承者だ。
あとデスティネイトスターズになんか赤い奴がいたろ、あいつのお姉ちゃんでもある」
ゲーム知識のないジョンとカザハ君にそれとなく紹介する。
第八階梯、魔導書と契約して暴走する呪物を狩り回る戦闘司書、『禁書の』アシュトラーセ――
いつも大陸中をぶらついて滅多に集まらない十二階梯が、ここに3人も集結している。
「エンデにカテ公にアシュトラーセに……十二階梯の見本市だな」
アシュトラーセは、ワイバーンと人との間に生まれたドラゴニュートだ。
そしてスターズの『赤』、ルブルムとは別のワイバーンを母に持つ異母姉妹の関係にある。
こいつのお父さんワイバーン2匹も嫁さんにしてんのマジ剛の者すぎんだろ。
アルフヘイム屈指のやべー奴としてプレイヤーの間ではある種の崇敬の的になっている。
>「ようこそ、私たちの隠し村へ。歓迎します。
聖罰騎士や信者たちに追われ、お疲れのことでしょう。
部屋を用意しています、先ずはそちらでゆっくりお休みになってください。お話しはその後で」
アシュトラーセは、俺たちが来るのを分かっていたみたいに出迎えた。
実際のとこエンデを迎えに寄越したのもこの三人衆の総意ってところだろう。
イベントのフラグが繋がった。
ほんで件のエンデきゅんと言えば……
>「久しぶりにたくさん動いたので、疲れてしまったのでしょう。
彼なしで相談はできないわ、だから……今日のところは、此処へ来てくれただけで。
部屋の隅っこで猫ちゃんみたいに丸まって眠っていた。
「急に電池切れるお子様かよ……」
この賢者、奔放すぎる。
まぁしょうがないね、何なら俺だってそろそろ電池切れそうだわ。
そんなわけで、俺たちは勧められるがままに一宿一飯の恩義にあずかることとなった。
◆ ◆ ◆
-
>「食事しながらで構いません、そのままお聞き下さい。
――ここは、地上にある聖都から逃れてきた人々の住む隠し村なのです」
翌朝……つっても太陽が見えないから時間はスマホの時計準拠だが、
目覚めた俺たちは三賢者どもと一緒に食事の席についた。
「ガザ公、黒パンだぞ黒パン!闇属性だ!」
カッチカチのパンをスープにジャブジャブ漬けてふやかして食う。
ここんとこ聖都で暴食三昧だったからか、質素な味わいに胃袋が喜ぶのを感じた。
脂っこいモンばっか食ってたもんなぁ……。
そんでアシュトラーセから聞いた話を総合するに。
聖都に充満していたあの霧は揮発したオデットの肉体そのもので、ヒトを侵し隷属させる。
その力で奴はプネウマ聖教を支配し、聖母として君臨してきた。
そしてここめっちゃ重要。霧の中に長く済んでると死ぬ。
……死ぬ!?
聖都には普通に老人もいたから、ガチでただちに健康に影響を及ぼすってわけじゃねえんだろう。
おそらくは、寿命を縮めるとかそんなレベルで、じっくりじわじわと生命を侵されていく。
この村は、そんな霧の真実に気付いた連中の隔離シェルターってことらしい。
そして――オデットは希死念慮を拗らせ過ぎた侵食肯定派。
バロールに協力するつもりなんかはじめからなくって、俺たちを軟禁してたのはやっぱり時間稼ぎだった。
「なんだよもう……またかよ……」
この手のどんでん返しを一体なんべん経験すりゃ良い。
何より、僅かな希望を縋ってこの街まで来たなゆたちゃんは――
>「我らの作戦に手を貸すのなら、『永劫』討伐の暁には改めて我ら継承者三階梯、そなたらの陣営に与してやってもよい。
正直『創世』の師兄は虫唾が走るほどに嫌いであるが、まぁそこは我慢して呉れようゆえに」
-
カテ公たちは、この穴蔵から聖都をひっくり返す革命を画策しているらしく、
それに手を貸せばバロールのプランに協力すると申し出てきた。
あのクソ魔王のことが反吐出るくらい嫌いなのは俺も同じだよ。めっちゃ共感できる。
そこを我慢してくれるってんなら、これ以上ない譲歩だとも思う。
>「……ごめんなさい。少しだけ考えさせて」
なゆたちゃんは力のない声でそうとだけ返して中座した。
>「実は……エンデ君は先月会っていると思うが、もう一人仲間がいる。
我々が外に出るのに先駆けて単身オデットに謁見しにいったのだ。
きっと生き延びていてくれている。ここが分からずに困っているかもしれない。
探しに行くことは出来ないだろうか。
カザハ君がエンバースのことに触れる。
あいつが裏付けを取りに行ったオデットの真意は、まったく別の場所で明らかになっちまったわけだが、
どっちにしろ結論を出すのは奴が戻ってからにしたい。
「カザハ君、もっかいイメチェンすれば街ほっつき歩いててもバレないんじゃねえの」
迎えを寄越すなら、機動力を鑑みてもカザハ君以上の適任は居まい。
俺も付け合わせに添えられていたニンジンの酢漬けを口に放り込んで席を立つ。
「美味かったよ、ごちそうさま。行こうぜガザーヴァ。
……心配せんでも返答にあんまり時間はかけねえよ。悠長に構えてる場合じゃないしな」
アシュトラーセにそうとだけ言い置いて、俺はガザ公を伴って踵を返した。
トボトボ歩いていくなゆたちゃんとは、別方向に。
俺が今、あいつにかけられる言葉は何もない。
……そいつは、これから考える。
◆ ◆ ◆
-
「俺の考えを話す」
三賢者の揃った朝食の席で、俺は供されたパンを人通り平らげてから言った。
「結論から言うけど、俺はオデット封印プランには大反対だ。
協力するしないの話じゃなくて、お前らが封印に向かうのもやめさせたい」
ちらりとカテ公とアシュトラーセの顔を伺う。
百戦錬磨の賢者共は、表情から何を思っているか推察出来なかった。
「バロールがプネウマ聖教との同盟を求めたのは、その数と結束を戦力として当て込んだからだ。
そんでその結束は、オデットを頂点としたクソ強烈なトップダウンで成り立ってる。
オデットを封印して、メガスの玉座から引きずり下ろして、その後どうするよ。
残ったのは洗脳が解けて、まともに統制もとれない云万からなる烏合の衆だぜ」
悠久を生きるオデットは、現役でずっと玉座に君臨して、この街に愛を注いできた。
こうなるともう、教徒たちにとって教祖様と神様の区別なんかつきやしないだろう。
聖罰騎士とかいう『オデットの』教信者が存在してんのが何よりの根拠だ。
「要は、プネウマの戦力は絶対的なトップの存在なくして機能しないってことだ。
お前らの誰かが空の玉座に腰掛けるつもりか?聖母サマの代理が簡単に務まるとは思えねえな。
バロールはもっとない。あいつの人望のなさはよく知ってんだろ、即日反乱が起こるぞ」
本当にクソ癪に障る話だが、俺たちはバロールの意思の代理人として聖都との折衝にあたってる。
奴の依頼そのものを見失うわけにはいかない。
「オデットを討伐すれば、プネウマ聖教は今後まともな戦力には数えられなくなる。
明確にクライアントの意思に反する結果だ。バロールの走狗として、それは許容できない」
せめて王都とまともに通信が出来てりゃ報連相で逐次計画の修正も出来たんだろうが。
いずれにせよ今できることは、当初のプランの尊重だと俺は思う。
「それから……俺たちは既に一度、この街で裏切られてる。
『今度も』そうならないとは、言い切れない」
掌を開いて見せる。スマホも持たない、無抵抗の証だ。
「あの晩、群集に追われてるとこを助けてもらったのには感謝してるよ。メシや宿のことも。
だけど、じゃあお前らの言うこと全部をホイホイ信用するかっつったらそれはまた別の話だ。
オデットをぶっちめた後、お前らがニヴルヘイムに転ばない保証はどこにもない」
カテ公と同じように大陸をフラフラしていたマルグリットは、ニヴルヘイムの陣営だった。
じゃあこいつらは?今まで何してた?ジジイとバロール両方の連絡ガン無視して穴蔵で炊き出ししてたのか?
バロールと同じように、オデットをニヴルヘイムに引き入れる為に動いてた可能性だってある。
-
「特に『禁書の』アシュトラーセ。お前の上司は完全にニヴルヘイム側についてるぜ。
それにこの前、ルブルムにも会ったよ。ゴっさんの下で元気に魔法少女やってた。
お前がバロールに味方すれば、妹ちゃんの立場もだいぶ危うくなるよな?」
霊銀結社そのものが今はニヴルヘイムとズブズブの関係にあってもおかしくない。
その出先機関であるメイレス魔導書庫は。あるいはゴっさんの部下であるアシュトラーセ本人は。
はじめっからニヴルヘイム陣営なんじゃねえのか?
「……誤解の無いように言っとくが、恩は返す。そこにミドやんの件を加えても良い。
だけど、 俺たちの本来の目的よりも優先はしない。
俺たちは――オデットと同盟を結びに来たんだ。それは裏切られた今も変わっちゃいない」
前置きが長くなっちまったな。
いい加減、本題に移ろう。こっからが明神案だ。
「侵食を肯定するのは死を望むオデット本人の意思……そういうことだったな。
それなら趣旨変えさせてやろうぜ。侵食なんかに頼らなくても、奴に死を与えられるって、証明する」
少なくともゲームの中では、ルートの選択次第でオデットを滅ぼすことができた。
クソしんどい上にプネウマ聖教まるごと敵対するからやってる奴は殆どいないが、
カテドラルメガスで奴を討ち倒すことは出来る。ていうか俺はやった。トロコンしたかったからな。
「俺たちブレイブはこの世界の特異点だ。一切合切の摂理を捻じ曲げて、現実をゲームのルールに上書きする。
オデットはこの世界を何千年探しても死ぬ方法を見つけられなかったけど……。
だったら、世界の外から新しい手段を持ち込めばいい。俺たちにはそれができる」
オデットの不死が『そういう摂理』であるならば。
この星の因果の外で生まれた摂理こそが、奴の不死を覆す鍵になる。
「オデットともう一度会って、今度はブレイブの全力で戦う。
俺たちの摂理なら、あいつを滅ぼしうると、認めさせる。
云千年待ち続けたオデットにとっての救いを提示して、そいつを交渉材料に、同盟に応じさせるんだ」
それでも、聖罰騎士をはじめオデットにたどり着くまでの障害が数多に待ち受けていることには変わりない。
戦力は、今のパーティだけじゃ到底足りないだろう。
「俺たちがお前らに協力するんじゃない。俺たちのやることに、お前らが協力してくれ」
それから俺は、久しぶりになゆたちゃんに目を合わせた。
やりきれなくて、まともに顔も見れちゃいなかったリーダーに、ようやく言葉を伝えられる。
「なゆたちゃん。奴の厚意を期待して縋り続けんのは終わりにしようぜ。
オデットには、ちゃんとしたギブアンドテイクとして、降霊術に取り組ませる。
奴の渇望する死には、それだけの価値があるはずだ」
懐から一冊の魔導書を取り出す。
大図書館から借りパクした、降霊術に関する文献だ。
――オデットを信用してなかったわけじゃない。
ただ、俺にも何か手伝えることがあればと思って、こいつにも目を通してある。
「それでもなお、オデットの封印が必要になったら、その時は。
……降霊術は俺がやる。バロールの野郎に頭下げてでも死ぬ気でこいつの中身を習得する。
ポヨリンにもっかい会いたいのは、俺も同じだからな」
【明神提案:オデット封印したらプネウマ戦力との同盟が果たせなくなる。
侵食以外にも死ぬ方法はあるって(暴力で)教えて交渉材料にしようぜ】
-
【ダブル・バインド(Ⅰ)】
月明かりに照らされた、真夜中のエーデルグーテは存外に明るい。
純白の街並みに月光が反射して、日中とはまた違った美しさを示している。
夜の上澄みで染め上げたような静寂――その只中を、一筋の影が音もなく横切る。
〈――それで?この警備を前にどのようにしてオデットとの謁見を果たすおつもりで?〉
大聖堂の傍、路地裏に身を隠した遺灰の男にフラウが尋ねる。
「さっきも言っただろ。正面から、拝謁を願う。それが叶わなければ力ずくで押し通る。
このクエストの目的は、エンデに俺達を助けさせる事だ。謁見はその手段でしかない」
『黄昏の』エンデは恐らく、オデットと友好的ではない/少なくとも協調関係にはない。
エンデが偶然、聖都観光に来ていたのでなければ、そこにはオデットとは異なる思惑がある。
要するにこのクエストは、エンデに『俺達はお前の敵の敵になった』と知らしめる事こそが目的なのだ。
「騒ぎはなるべく大きく、早めに起こした方がいい。だろ?心配しなくても分かってるさ」
遺灰の男が路地から歩み出る/大聖堂へ向かっていく――警備の僧兵がそれに気づく。
「オデットに聞きたい事がある。ここを通してくれ」
正門前、交差された斧槍が遺灰の男を阻む/衛兵は丁寧な口調でそれは出来かねると答えた。
「まあ、そう言うなよ。俺は気づいたんだ。俺達はいつも昼間に謁見を願い出ていたよな。
今思えば、無礼だったよ。きっと、オデットはもう寝たい時間だったろうに。
最初の謁見も、多分眠いのを我慢して会ってくれてたんだろうな」
遺灰の男が戯言を紡ぐ――衛兵達は微動だにしない。
「だから、今回はこうして日が沈んでから会いに来たんだ」
遺灰の男が一歩前へ――衛兵の片割れがそれを斧槍の柄で突き飛ばしにかかる。
染み付いた職業意識から生じた反射的な行動――遺灰の男がそれを引き出した。
そして突き出された柄を掴み/いなす――魔物の膂力が衛兵を軽々と投げ飛ばす。
「……参ったな。少し、言い方が回りくどかったかな?」
闇色の眼光が、残ったもう一人の衛兵を睨む。
「――どけ。どうせアンタ達じゃ俺は止められない」
警告は、無意味だった――衛兵が斧槍を振り上げる/切り下ろす。
瞬間、精妙に閃く遺灰の右手/弧を描く魔力刃――月光に染まる石畳を鮮血が汚す。
振り下ろされた左手を出迎えるように、半ばほどまで切り裂いた――大聖堂前に悲鳴が響く。
一呼吸置いて、今度は警鐘が鳴り響いた。
「よし」
増援の僧兵達が押し寄せてくる/遺灰の男は瞬く間に包囲された。
大聖堂を守護する僧兵は皆が手練の戦士――だが何も問題はない。
-
【ダブル・バインド(Ⅱ)】
遺灰の男が左手を掲げる/薙ぎ払う――闇色の炎幕が僧兵らの視界を遮る。
直後、炎幕越しに閃く魔力刃/白き触腕――不意を突かれた僧兵三人が胸を貫かれた。
狙いは心臓ではなく肺――治療を受ければ致命傷にはならない/だが自分では治療出来ない程度の傷。
衛兵達の足が止まる/何人かは炎幕越しに聖術を撃ち返す――手応えはない/反撃もない。
そうしている内に炎幕が晴れる――遺灰の男の姿は、既にどこにもなかった。
遺灰の男には、何も全ての僧兵と戦い/打ちのめす必要などない。
既に騒ぎは起きた――この場から遺灰の男が消え失せたところで、それは鎮まらない。
〈……ここで撤退するのも、一つの手ですよ〉
窓を突き破り大聖堂の中へ侵入した頃合いで、ふとフラウがそう言った。
「えーと……『この先はお前じゃレベル不足だからさっさと引き返せ』?」
〈ハズレ。なんですか、それ。スクウェア・フェニックスだってもう少しマシなローカライズをしますよ〉
「じゃあ、どういう意味だよ」
〈別に、言葉通りですよ。既に狼煙にしては十分過ぎるほどの騒ぎが起きています。
エンデがオデットをマークしているなら、これほどの騒ぎに気づかないはずがない〉
「……これ以上は、ハイリスク・ローリターン?」
〈よく出来ました〉
立ち止まり、黙考する遺灰の男/その背後から襲いかかる僧兵。
斧槍の唐竹割りが遺灰の頭部を叩き割る――遺灰の男は構わず振り返る。
遺灰の左手が僧兵の首を掴む/魔物の膂力で締め上げる――抵抗は、すぐに終わった。
「……いや、駄目だ。このまま進もう」
気絶した僧兵を放り捨て、遺灰の男はそう言った。
「ハイバラなら、きっとここで退いたりしない」
〈……あなたがそう言うなら、きっとそうなんでしょうね〉
遺灰の男/フラウは大聖堂の奥へと進む――そして、その最奥へと辿り着いた。
謁見の間へと続く大扉は閉ざされている/だが、遺灰の男には関係ない。
灰の体は扉の僅かな隙間をすり抜けて――オデットと対峙した。
「なんだ。まるで驚きもしないんだな」
聖母のような――否、聖母そのものの微笑みが、遺灰の男を出迎えた。
「もう、話は聞いてるって訳だ。俺達がこの街を出ようとしたって事は」
『……それで……、わたくしに単身で会いに来たという訳ですか」
白を切る素振りすらなし――この時点で、オデットの裏切りはほぼ確定した。
「――俺達をこの街に閉じ込めるのは何故だ」
この時点で、遺灰の男はここから逃げ出してもよかった。
だが、そうはしなかった――茶番にもならないような問いを投げた。
ハイバラなら、きっとこうする/ハイバラなら、きっとここで退いたりしないから。
-
【ダブル・バインド(Ⅲ)】
『貴方たちにはなんでも協力しようと言いましたし、大図書館を特例で解放もしました。
この聖都で貴方たちのできることは無限にある……交霊術のこともありますし、
兵に脱走を禁ずる勅命など出さずとも、一年程度なら聖都に貴方たちを引き留めておくのは造作もないと思っていたのですが』
「質問はまだある。『黄昏の』エンデをこの街に置いているよな。
とっくの昔に中立じゃなかったって訳だ。どうして黙っていた」
『……『黄昏』。あの子は本当に……。
いくら師父の――――とは言っても、目に余るものはあります。
せめてわたくしに会いに来てくれるなら、諭しようもあるのですが。
あの子に会ったのですか? わたくしのことを、何か言っていました?
ああ……もしもまた会うことがあるのなら、言伝をお願いしても宜しいでしょうか。
『師父が心配しているから、早く帰って安心させておやりなさい』と――』
「もう一つ、どうしても聞きたい事がある。もっと早く気づくべきだった」
ハイバラなら、きっと謎解きを置き去りにしたまま次のステージに進んだりしない。
「……アンタは少なくとも、侵食がどんな現象なのかを知っているよな。
でなきゃガザーヴァの問いに、逆に質問を返していた筈だ。
侵食?それは一体なんですか?ってな具合にさ」
ハイバラなら、きっと敵の首領を一対一で仕留めるチャンスを逃したりしない。
「その上で、一巡目の世界で、侵食はノーライフキングたるアンタに何をもたらしたのかな。
永遠の安らぎか、それとも永遠の孤独か。アンタにその記憶はあるんだろうか。
……これは、確率の話をしているんだ。最適な戦術の確率について」
ハイバラなら、きっと――己が果たすべき責任から、逃げたりしない。
「アンタの生死に関わらず、アンタに一巡目の記憶がない場合。
もしくはアンタに一巡目の記憶があって、かつ侵食によって死亡していた場合。
四つの可能性の内、三つのケースで、アンタには侵食を迎え入れる事にメリットがある」
ミハエル・シュヴァルツァーは言っていた――侵食を知りたければ聖都へ行けと。
その時点で十分予想は出来た筈だった――オデットが既に中立ではない可能性があると。
元々、オデットが中立であるという情報はバロールが出処だ――鵜呑みにするべきではなかった。
遺灰の男は、己がどう足掻いても偽物の存在だと知っている/故に、その心には常に負い目が付き纏う。
ハイバラなら、きっと――自分よりも上手くやってのけていたに違いないと。
今もそうだ――ハイバラなら、きっともっと上手くやっていた。
自分は上手くやれなかった――だから、帳尻合わせをしなくてはいけない。
「この場合……俺とアンタは、どんな戦術を取るべきだと思う?」
つまり――オデットを、倒さなくては。
『今まで多くの我が子と接し、慈しみ……加護を与えてきましたが。
貴方ほど聡い子に会ったのは、わたくしの数千年に及ぶ暗黒の生でも初めてのこと……。
とりわけ、わたくしの宿願にここまで踏み込んでくるなんて――』
オデットが笑う――その足元に血溜まりが広がる/純白のドレスが黒く染まる/全身から瘴気が滲む。
-
【ダブル・バインド(Ⅳ)】
『聡明な我が子。貴方にとって死とは何ですか?』
「……少なくとも、アンタと解釈が一致する事はない」
大聖堂の最奥が血と瘴気に包まれ、支配されていく。
『わたくしにとって、死とは救済でした。
不死のヴァンパイアにとって、それは貴方の言う通り永遠の安らぎ。悠久の獄に囚われし魂の解放――。
気の遠くなるような長い間、わたくしはそれを渇望していました。
しかし、この世界に存在する存在の何ひとつとして、わたくしの願いを叶えることはできなかったのです』
遺灰の男が溶け落ちた直剣を左手に突き刺す/引き抜く――闇色の炎が剣身を模る。
『近しい者はみなわたくしを残して死んでゆき、いち早く安らぎを得ては去ってゆく。
ずっとずっと、わたくしはそれを羨んできました。永劫の生、不滅の肉体……それは長所などではありません。
この世界の終焉まで、わたくしの魂は決して救われることがない……しかし』
溢れ返る瘴気が周囲を塗り潰す。
『やっと。やっと、その時が訪れたのです……! わたくしの待ち焦がれていた、わたくしの魂に安らぎを齎してくれる、
最期の刻が……! 侵食ですべては無に還り、わたくしのこの悍ましい魂も『無かったこと』になる……。
一巡目でわたくしはそれを受け入れました。嗚呼、数千年の悲願が、やっと我が身に!
そう、わたくしは救われたのです、侵食によって――!!』
遺灰の男は腰のポーチから薬瓶を取り出す/胸に突き刺す――エアロゾル化した薬液が全身を巡る。
『だというのに、『あの者』が巻き戻してしまった。わたくしの手から安息を取り上げてしまった!
デウス・エクス・マキナ……あの忌まわしい方法によって!
三界を救う? 滅びの運命を回避する? 何を知った風なことを……! 『あの者』は何も分かってなどいない!
滅びこそ救済なのです、すべての生きとし生ける者が受け入れるべき結末なのです!
生きることの辛さ、苦しさ、痛みを数千年味わったわたくしには分かる……!
その道理を捻じ曲げ、滅びを無効化するなど、それこそ神への冒涜に他なりません!
何より許せないのは――わたくしから安らぎを剥奪しておきながら、
『あの者』はデウス・エクス・マキナの代償に消滅したということ――!!』
「……御託はいい。皆が皆、アンタと心中出来て嬉しい訳じゃない」
『わたくしはもう一度、今度こそ永劫の安らぎを手に入れる。決して『創世』の師兄に邪魔はさせません。
――貴方の知りたいことは、此れで全部ですか? 聡き我が子……。
では、貴方の望むものを与えた代わりに、今度はわたくしの願いを聞き入れて頂きましょう。
拒否権はありません……此処へ来た時点で、貴方も只では帰れないこと。理解していたはずですね?』
オデットの肉体が音を立てて変貌を始める/不死者の王たる威容が露わになる。
「ああ、そうとも。俺はタダで帰るつもりはない――俺は、アンタを連れ去る為にここに来た」
遺灰の男は臆さない。
「だが、これじゃ抱えて連れ出すのは無理そうだ……ポケットに収まるサイズまで、削ぎ落とさないとな」
溶け落ちた直剣を両手で握り締める/高く振り上げる。
〈……初耳ですが?〉
「ああ、今初めて言った――大丈夫、大丈夫だ。勝算は……ある」
余裕のない声色――溶け落ちた直剣が瘴気を吸い上げる/闇色の刃が火勢を増す。
勝算はある/強がりではない――オデットはアンデッドで、遺灰の男は炎属性だ。
高いHPと再生能力が強みのオデットに対し、DoTとして機能する炎は相性がいい。
-
【ダブル・バインド(Ⅴ)】
「さあ。目覚めろ、始原の魔剣よ。俺の声に……応えてくれ!」
遺灰の男は、どうしても勝たなくてはならなかった/オデットを連れ去らなくてはならなかった。
オデットを弱らせ、連れ帰れば――仲間のスマホを使って彼女に『テイム』を試せる。
オデットをテイム出来れば――ポヨリンの降霊を、約束通り行わせられる。
それが、遺灰の男の果たすべき責任/帳尻合わせだった。
「ダイン……スレイヴ――――」
長大な炎の刃と化した魔剣が、オデットへと閃く。そして――
『――『絶対屍操(ネクロ・ドミネーション)』――!!』
その刃はオデットに触れる直前で、ぴたりと止まった/ぴくりとも動かなくなった――動かせなかった。
何が起きたか――謁見の間に充満していた瘴気が、遺灰の男の体内へと流れ込んでいた。
遺灰の男の本体は、胸に宿る魂魄――遺灰はただの器に過ぎない。
「なっ……」
オデットの瘴気は、その器の制御権を遺灰の男から奪い取った。
ネクロ・ドミネーション――ゲーム内では、ただの召喚魔法だった筈のスキル。
その本質を、遺灰の男は予想出来なかった――どんなに藻掻いても、遺灰の五体はもう動かせない。
「くっ……クソッ……動け……動けよ……!フラウ……フラウさん!」
相棒の名を呼ぶ/返事は――ない。
『わたくしの『絶対屍操(ネクロ・ドミネーション)』に抵抗(レジスト)できるアンデッドはいません。貴方も同様に……。
さあ、お行きなさい。仲間たちのところへ……必要なときが訪れたなら、貴方にはわたくしのため働いて貰います。
そのときが来るまで、貴方はここでわたくしの支配を受け入れたことを思い出すことはない……。
貴方は浄化を望んでいましたね? モンスターとしての自分を消し去って欲しいと。
きちんと務めを果たしたなら、そのときに。貴方の願いを叶えましょう』
瘴気の霧が晴れていく/オデットの姿が元に戻っていく。
意識ははっきりしている――なのに、その事に違和感を抱けない。
すべき事があるのに/確固たる目的があったのに――それを成し遂げようと思えない。
「ちぃ……!」
オデットに挑む事が出来ない/その理由が分からない――遺灰の男が飛び退く。
「……流石に、夜のアンタに挑むのは性急過ぎたか」
原因不明の不調を、遺灰の男は己がプレッシャーを感じている為と解釈した。
大扉まで飛び退くと、左手に炎を灯す/振り上げる/薙ぎ払う――炎幕を展開。
「今は退く。だが……また、すぐに会いに来るぜ、オデット」
炎幕が晴れる――遺灰の男の姿は、もうどこにもなかった。
-
【ダブル・バインド(Ⅵ)】
謁見の間から逃れた遺灰の男は、大聖堂の屋根の上にいた。
聖都の街並みを、ブレイブ一行を狩り出さんとする信者達の灯りが蠢いている。
誰も、遺灰の男に気づく様子はない――逃亡者を探して、自軍の本陣を振り返る者などいない。
〈……彼らを助けに行かなくていいんですか?〉
「俺達をただ無力化するだけなら、食事に毒を盛ればそれで良かった。
そうしなかったって事は、オデットは俺達を殺すつもりまではないんだろう。
バロールへの牽制に使うつもりか……それとも、この期に及んで母親ごっこが続けたいのか」
遺灰の男はオデットを強襲する好機を待っている――つもりでいる。
己の行動に違和感を抱けぬが故に、現状をそのように解釈している。
「プランの大筋に変更はない。俺達の手でオデットを倒し、連れ出すんだ」
〈ええ。次は、何も出来ずに逃げ出さないようにする事を目標としましょうか〉
「……まあ、真正面から挑んでいい相手じゃなかったのは認めるよ。
だけど幸い、夜は長い。策を練って、準備をする時間は十分ある」
〈カテドラル・メガスを丸ごと爆破でもしてみますか?〉
「……ハイバラなら、もうちょっとスマートなやり方を思いつくんじゃないかな」
そして――やがて、夜が明ける。遺灰の男の内側に、虜囚の鎖を残したまま。
-
>「……霧が出てきた」
>「これ、本当に霧なんだろうか。霧のように見える他の何かじゃなければいいのだが……」
「一月の間晴れしかなかったこの街に突然霧だって?しかもこのタイミングで?逆に普通の霧だって言われた方が驚くよ」
僕達は結局街を離れず…宿舎に帰ってきた。正しい判断とは到底思えない。
確かに…脱出を選んだとして…脱出できたとは限らない。僕が敵なら逃げられたくない場合まずは足…つまり飛空艇を占拠、もしくは破壊する。
それでも…
>「おい、そろそろ行こうぜ」
>「……うっし、出るか」
闇夜に紛れで食い逃げ少年…黄昏のエンデを探す…。
むこうが本当にこっちを探しに来てくれるかもわからないのにもはや全域が危険地帯となっているかもしれない街をうろつく。
「なゆ…今からでも…」
>「…………」
なゆは俯いたままこちらを見ない。…辛いのは分かる。でも…死者にばっかり目を向けていいわけがない…
なゆはこの世界の希望になるべき存在なんだ…だから乗り越えてもらわなければ…いけないのに
エンバースもこのタイミングでなゆの元を離れるなんて何を考えているんだ?
いくら理由や作戦があるからと言って不安定ななゆを置いていくなんて…
コンコン
夜中の部屋に突然ノック音が響き渡る。
>「皆様に食べて頂こうと、お夜食をお持ちしました。ドアを開けて頂けませんか?」
「……まて!!扉を開けるな!」
カザーヴァが無警戒にドアを開けようとするのを慌てて静止する。今、この街で僕達以外のすべての人間を信じるわけにはいかない!
急いで鍵を確認し…ひと段落とはいかなかった。普通なら寝静まるような時間に大声…叫び声をあげたのは明神だった。
>「うわーーーーーーっ!!?」
扉から目を窓に向ける…そこには異様としか言えない光景が映し出されていた。
>「いたぞ……! 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だ……!」
>「逃すな……、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を聖都から逃すな……!」
窓には無数の目。詳細にいえば人の顔がそれはもうびっしりとこちらを見ていた。
集合体恐怖症じゃなくても思わず大声で叫び、目をそむけたくなるような光景だった。
いつもの僕みたいに勘が外れてくれればよかったのに…。僕の予想は当たってしまったわけだ。想像したよりも…最悪な形で。
大量の住人の重さに耐えきれず…嫌な音を立てる窓…突き破られるのは時間の問題だった。
さらに言えばドアもハンマーかなにかで叩く音も聞こえてくる。窓だけではなく…扉も長くは持たなそうだった。
「扉は僕が抑える!なんとか道を開けてくれ!」
>「ちょい窓から退いてろ。サモン・ヤマシタ――『シールドバッシュ(弱)』!」
>「くそッ! ああめんどくせーなーッ!」
>「……道は開いた!ダッシュで逃げんぞ!!」
明神が叫ぶのと同時に扉が壊れ倒れ掛かってくる。が
「失せろ!」
扉を粉砕して無理やり入ってきた住人達に渾身の蹴り(手加減)を食らわす。焦っていて手加減が足りておらず…やばい…そう思ったが…
扉や明神達が割った窓ガラスの破片が体に突き刺さっていてもなお立ち上がり……何事もなかったかのように住人達は突進してきた。
「チッ!」
これ以上やれば殺してしまう。明神達が明けた道から僕は逃げるしかなかった。
-
通常人間は痛みに耐えられるように出来てはいない。痛みは体から発せられる危険信号、耐える必要などなく、そこを治療するなりする必要があるから…
日常的に痛みを経験する職業などは訓練で耐えられるようにする。でも…さっきの人達は…ただの一般人…のはずだ。
が…窓ガラスが突き刺さろうとも…木片が刺さろうとお構いなしに襲い掛かってきた…。
訓練されてる?それとも痛みを感じていない?どっちにしても…
最悪だ…いつもみたいに外れてくれればいいのに…今回は僕の想像してた最悪が襲ってきている!
「これからどうする!ぐだぐだしてたらあっという間にまた囲まれるぞ!」
>「市街のど真ん中じゃジリ貧だ、このままヴィゾフニールんとこまで撤退するぞ!
俺が先導する。ジョン、しんがりは任せた」
「結局そうなるのか……いや、嫌みを言ってる場合じゃないな。後ろは任せて前だけ向いて進んで…くれ!!!」
一人を捕まえてそいつを武器のように振り回し、投げ飛ばす。
数は多い…が面倒みるのが僕だけという前提なら大した事はない。
戦ってわかったが戦いなんて言葉とは無縁の生活を送っていたのだろう。動きはとろく、センスもない。こんなの例え100人掛かってこようとも相手ではない。
ないのだが…
「お前ら…やっぱり痛みを感じないのか?」
いくら投げ飛ばしても、脛を蹴ろうとも、石を足指に目掛けて投げても一切怯まず襲い掛かってくる。
普通の人間なら少しの痛みでも身動きが取れなくなるはず…しかも普通は自分の体から血が出ていれば恐怖を感じる物だ。
自衛隊だってそれに耐えられなくてやめてく奴は多い。…それなのに全員が全員…恐れず遅い掛かってくる。
このままではいつか質量で押し切られてしまう…そうなる前に対処しなくてはならない。
方法は単純明快。数を減らすこと。しかし相手は手足が動けば突っ込んでくる頭が可笑しい集団。
体に仕込んだナイフを取り出し、振り抜けば話は簡単だ。
いくら恐怖や痛みが無くても死んでしまえば関係ないのだから…でもそれは…
実行できない…それだけは!…結局ゆっくり…ジリジリと後退させられるしかなかった。
>「めっ、メチャクチャだぁ!ホントに人間かよこいつら!!」
後退が進んで前との距離がつまり、ついに先頭の明神達と合流してしまった。
後ろは大概やばいが前はもっとまずい状況になっていたようだった。
「あれはなんだ・・・!?騎士!?くそ!只でさえ後ろから狂人が迫ってきてるっていうのに!」
後ろの狂人を裁くのに手いっぱいで、前の騎士に苦戦してる明神達を助ける余裕がない。
しかしなんとかしなければ圧死するだけだ。住人達を蹴り飛ばしながら必死に考える。しかし…
>「あうっ!」
なゆが躓いて転ぶ。そして目の前に騎士は…その隙を逃さなかった。
「なゆ!・・・っぐっ!?」
なゆに気を取られた瞬間、僕も住人達に押さえつけられ地面に叩き付けられる。
「くそ!離せ!くそ共!」
振り払うのはできない事じゃない。けど…なゆに振り降ろされようとしている剣は…まってくれなかった。
「こんなあ…事があってたまるかあ!!」
右手の部分だけ住人達を振り払うと、隠し持ってたナイフを取り出す。
バロール印の最高品質ナイフ。人体どころか普通の壁程度なら貫通できるそれを…なゆの目の前にいる騎士に向かって…投げた。
冷静さを欠いていた、腕を狙って投げればよかったのにあろうことか…僕は鎧の隙間…首にある呼吸用の隙間に目掛けて投げた。
外側の鎧部分は貫通できなくても…装甲が少ない部分なら中に着込んでる鎖帷子程度なら貫通できるだろうと思ったから。
なゆが死ぬくらいなら騎士の一人、二人いやもっと…殺したってかまわない。そう思った。
>「……お待たせ」
ナイフが兵士の首元に届く直前…その瞬間視界が光に包まれた。
光に包まれ…目がなれるよりも先に訪れる違和感。
体に拘束された感じがなくなっていた。敵が消滅したわけではなく…目が慣れ周りを見渡すと…文字通り世界が止まっていた…僕達を除いて。
「…?これは…?」
>「こっち」
色々と聞きたい事はあったがどうやらまだ話してくれる気はないらしい。
こっちもこんな状態で話は聞きたくないし、エンデの指示に従ってついていくことにした。
「忘れずにナイフも回収するか…」
ナイフを回収し、騎士に一撃軽く蹴りを食らわせてやろうと思ったが…思いとどまる。
「次もなゆに手を出そうとすれば殺す」
これは騎士に言った一言ではなく…自分自身に対する誓いであった。
-
>「御子さまがお戻りになられたぞ!」
>「御子さま! エンデさまのお帰りだ!」
エンデに言われるがままに連れてこられたのは街の地下。
キノコで薄暗く照らされたそこは立派な村であった。
>「エーデルグーテの地下に、こんな大きな空間があったなんて……」
>「どーなってんだよ。ここエーデルグーテの地下だよな?
なんで街の地下に村があんだよ。スラム街の下水道じゃねえんだぞ」
「一番驚いたのは生活感が感じられる事だ…この人たちは一体いつからここに…?」
エンデはなにも答えず村を進んでいく。何かしら説明がそろそろ欲しい所ではあるが…恩人を急かすのも気が引ける。
黙ってエンデの後ろについて村を進んでいくと…そこには豪邸と言っても差し支えない屋敷が立っていた。
「そこそこな歴史がありそうな隠された村に、一朝一夕には立てる事が不可能であろう大きな屋敷…聞きたい事がどんどん増えていくな…」
不安があったがそれでも説明する気のないエンデは屋敷の中へと僕達を招き入れる。一体どこまでついていけばいいのだろう。
>「ね。教えて、エンデ。
あなたのやりたいことは? わたしたちに、一体何をして欲しいの?」
我慢できずになゆがエンデに質問する。しかし、エンデはなにも答えない。
>「エンデ――」
なゆは答えてくれるまで質問攻めの構えを取ったが
>「ふふふ、そう矢継ぎ早に質問するものではない。その子は『そういうこと』が得意ではないのだ。
その子に代わり、そなたらの問いにはわらわが答えようぞ」
>「エカテリーナさん……!」
みんな目の前のザ・魔女…お菓子の家で太った子供をパクっと言ってしまいそうな目の前の魔女を知っているらしい。
名前をエカテリーナ…というらしい。ごめん知り合いなら僕に紹介して?
「え…ええと…初めまして?」
>「ついて参れ」
僕がなんにも分かっていなくてもなゆ達が分かってればそれでいい。後で詳細を聞く事にしよう。
>「ようこそ、私たちの隠し村へ。歓迎します。
聖罰騎士や信者たちに追われ、お疲れのことでしょう。
部屋を用意しています、先ずはそちらでゆっくりお休みになってください。お話しはその後で」
「ありがとうございます…えーと…名前は?」
>「ようこそ、私たちの隠し村へ。歓迎します。
聖罰騎士や信者たちに追われ、お疲れのことでしょう。
部屋を用意しています、先ずはそちらでゆっくりお休みになってください。お話しはその後で」
>「良いのか? アシュリー。時間がないのであろう?」
無視なら無視でもいい。いや、今日に限ってはこんな扱いのほうがいいかもしれない。
さっきの騎士の一件で…僕は少し気が立っていた。
>「……『虚構の』アシュトラーセ。エンデやそこのカテ公と同じ、十二階梯の継承者だ。
あとデスティネイトスターズになんか赤い奴がいたろ、あいつのお姉ちゃんでもある」
明神が耳打ちで二人がどんな存在なのか解説してくれた。
アシュトラーセは、ワイバーンと人との間に生まれたドラゴニュートで
スターズの【赤】ルブルムとは姉妹の関係であるらしい。てゆーか自分の妹赤い奴呼ばわりって…
-
>「久しぶりにたくさん動いたので、疲れてしまったのでしょう。
彼なしで相談はできないわ、だから……今日のところは、此処へ来てくれただけで。
申し訳ありません、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の皆さん。
事情をご説明するのは朝になってからということで……。少なくとも、此処に皆さんを害する者は存在しません。
それだけは保証します。ですからどうか、朝までごゆっくりお過ごしください」
はいそうですか…と言って受け入れる状況じゃなかった。なんでああなったのか
エーデルグーテの本質はどこにあるのか聞きたい事は山積みだ。目を瞑れば住人の狂ったような瞳が夢に出てくる事だろう。
>「そうね……。わたしたちも疲れたし、ちょっと落ち着く時間が欲しいかも。
みんな、彼女の話を聞くのはひと眠りさせてもらってからにしましょ」
問いただそうとする僕を止めるようになゆが休憩を宣言する。
僕として一刻も早く原因を調べエンバースの元に行きたかったが…疲れ半分、眠気半分では聞いても…無駄かもしれない。
「安全に眠れる場所はとても貴重だ…特に今は…お願いします」
>「決まりじゃな。誰ぞ、客人を寝所へ案内致せ」
布団に入った僕は以外にも一瞬で眠りに落ちた。
自分では疲れたと思ってはいなかったが…なゆが目の前で殺されかけて精神的なショックがあったのかもしれない。
朝起きて、どんな原理で流れているか分からない水で顔を洗い、朝食の為に食堂に集まる。
>「食事しながらで構いません、そのままお聞き下さい。
――ここは、地上にある聖都から逃れてきた人々の住む隠し村なのです」
やはりここは上から逃げてきた村だったようだ。
>「ご存じの通り、聖都エーデルグーテはプネウマ聖教の総本山。
教帝こと『永劫の』オデットの膝元であり、彼女の完全な支配下にあります。
文字通り――彼女はこの聖都を支配している。けれど、それは決して体制的な意味であるとか、
政治的な意味、まして信仰心的な意味などではなく――
そう。彼女は『物理的に』この都市を支配しているのです」
>「その通り。あ奴は聖都を自らの縄張りとしておるのじゃ、『吸血鬼城(ミディアンズ・ネスト)』のように。
自らの肉体を隅々にまで伸ばして……な。
昨日の夜、濃い霧が出ておったじゃろう。あれはただの霧ではない――
あ奴の肉体が霧に変化したもの。『永劫の』オデットそのもの、いわゆる『魔霧』よ」
「肉体を霧にする…?それで街丸ごと?…今までもトンデモエネミーと戦ってきたが想像以上だな…」
>「聖都に長く住む者ほど『永劫』の霧に身体を侵され、影響を受ける。
そして、将来的に朽ちて死ぬ。多くの者は寿命や只の病気だと思い、聖都で最期を迎えられることに感謝して死ぬが、
真実はそうではない……皆『永劫』の魔霧に蝕まれて死んでゆくのだ」
>「じゃあ、信者たちがオデットに心酔するのも……」
>「あ奴の能力よ。吸血鬼の王、ノーライフキングの魅了は他の不死者どもとはレベルが違う。
市井の者ではあの魅了に抗えまい。そうして、『永劫』は長年に渡り信徒という名の奴隷を増やし続けてきたのだ。
本人にそのつもりはないようじゃがな」
「本人にそのつもりはない…?」
矛盾している。なんで本人にその気がなくて、いつでも街の情報を掴めるオデットが追放なんかするんだよ。
なんでこの村はできたんだ?無意識に自分に従わない奴をかたっぱしから消してるって?なにが聖母だよまるっきり悪魔じゃないか
しかし、これで納得もいくことがある。初日に会った気持ち悪くなった事。そして二日目にはその事を微塵も気にもならなかった事。
見事オデットの術中にハマってたってわけだ…忌々しい。
-
>「彼女は……『永劫』の賢姉は、侵食を肯定しています。渇望していると言ってもいい。
侵食を受け入れれば、自身の不死さえも無に帰し……滅びの安らぎを手に入れることができると思っているのです。
賢姉ひとりが滅びるならいい。けれど、侵食は世界全体の問題です。
世界を彼女の破滅願望の道連れにすることはできない……この問題は迅速に解決させなければ」
「自分一人の自殺の為に世界が滅んでいいって?……」
その気持ちは…分からないでもない…が気になる事も多い。
オデットがもし…心の底から自分の死…存在の消滅を祈っているなら…なぜ母として振舞っているのだろうか?
その方が信者を集められるから?いや…オデット程力があるなら街一つ管理するのなんて手間のほうが増えるだけな気がしてもならない…
しかし…あの自称母を名乗るモンスターの事を考えるなんて忌々しい事だが…気になった事はなんでも考えないと気が済まない
>「真の滅びを与える必要はありません。彼女を封印してしまえば……。
彼女の願いを叶えてあげられないのは心苦しいですが、とにかく無力化させてしまえば、
聖都に蟠る彼女の支配と呪縛も解け――何もかもが解決するはずです」
>「ノーライフキング用の封印術式なら、既にわらわが編み終わっておる。
後は実行するだけじゃ、しかし見ての通りわらわたちは戦力に乏しい。
人手が足りぬのじゃ……矢面に立って作戦を遂行し、あの聖罰騎士や『永劫』の落とし子たちと戦う手駒がな。
そこで、そなたたちの出番という訳よ」
>「なんだよもう……またかよ……」
大方僕の予想通りだった。まぁオデットは隠す気すらなかったから当然と言えば当然なのだが。
しかし見返りを期待していたなゆと明神は…現実を受け止めるのは中々に時間が掛かるだろう。
>「……ごめんなさい。少しだけ考えさせて」
>「実は……エンデ君は先月会っていると思うが、もう一人仲間がいる。
我々が外に出るのに先駆けて単身オデットに謁見しにいったのだ。
きっと生き延びていてくれている。ここが分からずに困っているかもしれない。
探しに行くことは出来ないだろうか。
オデットに対抗するにしても……彼の力は必ず必要だ。
もちろん戦闘的な意味でもだが……うちのリーダーを説得できそうなのは彼だけだ」
「…彼が…エンバースの無事だけでも確かめたい。その間に僕達の方で話会っておく、だから…もう少しだけ待って…ください」
-
待ったを掛けたものの、エンバースとの連絡は結局取れず。
消沈したなゆに話掛ける事もできず一晩が経過してしまった。
エンバースとの連絡が取れないまま2日が経過した。その事は僕達に時間がないと再確認させるには十分すぎる時間だった。
このままアシュトラーセの提案を丸のみするしかない。そう思った矢先…口を開いたのは我らがサブリーダーだった。
>「結論から言うけど、俺はオデット封印プランには大反対だ。
協力するしないの話じゃなくて、お前らが封印に向かうのもやめさせたい」
明神は…アシュトラーゼの提案をいきなりぶった切ったのだ。
>「バロールがプネウマ聖教との同盟を求めたのは、その数と結束を戦力として当て込んだからだ。
そんでその結束は、オデットを頂点としたクソ強烈なトップダウンで成り立ってる。
オデットを封印して、メガスの玉座から引きずり下ろして、その後どうするよ。
残ったのは洗脳が解けて、まともに統制もとれない云万からなる烏合の衆だぜ」
確かに…強そうな騎士達でさえまともに機能するかどうか怪しいもんだ。
洗脳されてればまだいいが自分の意志で私たちの主はオデット様だけだ!と反乱されかねない。
>「……誤解の無いように言っとくが、恩は返す。そこにミドやんの件を加えても良い。
だけど、 俺たちの本来の目的よりも優先はしない。
俺たちは――オデットと同盟を結びに来たんだ。それは裏切られた今も変わっちゃいない」
>「俺たちブレイブはこの世界の特異点だ。一切合切の摂理を捻じ曲げて、現実をゲームのルールに上書きする。
オデットはこの世界を何千年探しても死ぬ方法を見つけられなかったけど……。
だったら、世界の外から新しい手段を持ち込めばいい。俺たちにはそれができる」
>「オデットともう一度会って、今度はブレイブの全力で戦う。
俺たちの摂理なら、あいつを滅ぼしうると、認めさせる。
云千年待ち続けたオデットにとっての救いを提示して、そいつを交渉材料に、同盟に応じさせるんだ」
「いいじゃないか明神…この手の話題で初めて意見があったね」
>「なゆたちゃん。奴の厚意を期待して縋り続けんのは終わりにしようぜ。
オデットには、ちゃんとしたギブアンドテイクとして、降霊術に取り組ませる。
奴の渇望する死には、それだけの価値があるはずだ」
「俺も明神に賛成だ。アシュトラーゼだって勝算がない事は言わないだろうけど…
封印はあのオデットが最も恐れている事だろう…死にたがりの人間が…生物が一番警戒する事はそれをできなくされる事だからね…そう考えれば対策も万全にしてるはずだ」
いつでもお前を殺す手段がある…オデットに見せつける。並大抵の事じゃないだろう。けど…やってみる価値はある。
それになゆは飛びつくしかない…ポヨリンと再会できる唯一の道に…他ならないからだ。
「永遠に生きる。生物にとってこれ以上の罰はないだろうね。だれと…どんなに仲良くなっても…みんなすぐに死ぬ。それをひたすら繰り返す
最後に来るのは自分の寿命よりも生物がいなくなった後の世界に独りぼっちの自分…」
死は救いではないと…よく聞くが僕の考えはやっぱり逆だ。死ねば全てが終わる。それが救済の人は世界にはたくさんいるのだ。
死んでもいい程辛い事なんて世の中には溢れすぎている。悲しい事だが…
「もちろん封印してその後に取引材料を探すのだって悪い案じゃない。
怒り狂うだろうけどゆっくり材料を探せるわけだし…材料を見つけられなかったらそのまま放置すればいいわけだしね」
沈黙が続く。アシュトラーゼを説得できるのも、オデットをどうするのか…本来はこんな小さな女の子に任せるべき事じゃない…しかし
ポヨリンに会いたいなら決断するのはなゆであるべきだ。この街に留まる選択をして置いてやっぱり決められませんは…さすがに通らない。
今は頼れるエンバースも近くにはいない。自分の声で…覚悟で決めなければ。
「どうせ君はまた無茶をするんだろう。別に今に始まった事じゃないから…それは構わない、でも
なゆ、カーヴァ、カザハ、明神、エンバース…命を落とすような事になったら…その時は躊躇わず僕は返り血を浴びる覚悟がある。例え無実の人間を皆殺しにすることになっても」
異邦の魔物使いとしての使命だとか…品格だとかゲーマーとしての矜持だとか…僕にはそんなの微塵もない。
僕にとって一番大事なのはPTのみんなであり…そんな曖昧な物に引っ張られて失うわけにはいかない。いくら世界を救うという大義名分があってもだ
「約束を忘れたわけじゃないよ…でも本当に大切な事を忘れないでほしい。」
なんだが急に恥ずかしくなってきた!心臓が高鳴る。いつもならスラスラ言えるのに!
どんな美女を口説く時でさえもこんなにドキドキした事ないのに!
「えーとだから…その……もっと自分を大切にほしい。………最後までちゃんと手伝うからさ」
少し俯き少しこもり声になりながら…でも僕の本心を…ちゃんと伝えた。
-
>結論から言うけど、俺はオデット封印プランには大反対だ。
協力するしないの話じゃなくて、お前らが封印に向かうのもやめさせたい
聖都の隠し村に来てから2日後、朝食の席で、明神は三人の継承者へはっきりとそう告げた。
「――――!!」
継承者たちの思惑と真正面から反目するその言葉に、ほんの少しだけ朝食に口を付けたなゆたはびくり、と身を震わせた。
この明神の決意表明に対し、なゆたは何の相談も受けていない。
なゆたはこの2日間、ただただ無為な時間を過ごしていただけだ。
むろん、何も考えていなかった訳ではない。自分にとって一体どうすることが最善であるのか。
どう身を処すことが正解であるのか。ずっとずっと考えていた――その上で結果を出すことが出来ずにいた。
しかし明神には自分のすべきこと、パーティーの進むべき道が既に見えていたらしい。
「……ほう。
妾たちの計画に協力する気がないどころか、『永劫』の封印自体をやめよと。
そう申すのか」
テーブルを囲むエカテリーナの形のいい唇、その右端が軽く持ち上がる。
「まずは、理由を聞かせて貰えるかしら。
どうして貴方たちがそういう結論に至ったのか、その考えを――」
同じく着席しているアシュトラーセが明神に先を促す。
エンデは朝食を食べてすぐに眠ってしまった。今は食堂の壁際にあるソファで丸くなっている。
>バロールがプネウマ聖教との同盟を求めたのは、その数と結束を戦力として当て込んだからだ。
そんでその結束は、オデットを頂点としたクソ強烈なトップダウンで成り立ってる。
オデットを封印して、メガスの玉座から引きずり下ろして、その後どうするよ。
残ったのは洗脳が解けて、まともに統制もとれない云万からなる烏合の衆だぜ
>要は、プネウマの戦力は絶対的なトップの存在なくして機能しないってことだ。
お前らの誰かが空の玉座に腰掛けるつもりか?聖母サマの代理が簡単に務まるとは思えねえな。
バロールはもっとない。あいつの人望のなさはよく知ってんだろ、即日反乱が起こるぞ
「それは妾たちの知ったことではない。
此方の目的は『永劫』を無力化させ、侵食への干渉を防ぐことじゃ。
どのみち侵食が進んでしまえば、プネウマ聖教も何も消滅してしまうのじゃからな。
先ずは世界を崩壊させかねん災禍の芽を摘む、後の対処はそのときよ」
あくまで目的はオデットの排除で、教団のアフターケアまでは考えていないらしい。
基本的に目先の任務の達成だけを考え、その際に発生する損害やその後の流れなどは考慮しない、
きっとそれは十二階梯の継承者に共通する思考パターンなのだろう。
>あの晩、群集に追われてるとこを助けてもらったのには感謝してるよ。メシや宿のことも。
だけど、じゃあお前らの言うこと全部をホイホイ信用するかっつったらそれはまた別の話だ。
オデットをぶっちめた後、お前らがニヴルヘイムに転ばない保証はどこにもない
>特に『禁書の』アシュトラーセ。お前の上司は完全にニヴルヘイム側についてるぜ。
それにこの前、ルブルムにも会ったよ。ゴっさんの下で元気に魔法少女やってた。
お前がバロールに味方すれば、妹ちゃんの立場もだいぶ危うくなるよな?
明神が舌鋒鋭くまくし立てる。
「…………あの子のことは、今は関係ないわ。
『永劫』の賢姉を止める、今議論すべきなのはそれだけよ。
話をはぐらかさないで。ただ……裏切りの可能性について言及する貴方の気持ちは理解できます。
生憎だけれど、そこは信じて貰うしかないわね。
私たちがゴットリープ様の側であるとするなら、わざわざ隠し村に潜伏する必要はないでしょう?
危険を冒して三人で事に当たらずとも、魔導書庫と霊銀結社の戦力を使って『永劫』の賢姉を封印すればいいのだから」
異母妹のことを話題にされたアシュトラーセだったが、狼狽するどころか毅然とした態度で明神へ反論してきた。
ルブルムや上司の『黎明』に関しては、とっくに覚悟はできているということなのだろう
「この計画は貴方たちの来るずっと以前から練ってきたものよ。
今更貴方たちにそう提案されて、じゃあ止めます――とはいかないわ。
もし、貴方たちがそれでも強硬に私たちの計画に反対するというのなら。
……悪いけれど」
「恩を仇で返すとはこのこと。
妾の眼鏡違いであったか、残念よな『異邦の魔物使い(ブレイブ)』――」
食堂の中に不穏な空気が立ち込める。
こちらは戦える『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が三人とモンスター四体、十二階梯の継承者は三人。
もし戦闘になれば、間違いなく死者が出る。それどころかこの隠し村に住む村人たちにも被害が出るかもしれない。
しかし、そんな一触即発の気配も構わず明神が話を進める。
-
>……誤解の無いように言っとくが、恩は返す。そこにミドやんの件を加えても良い。
だけど、 俺たちの本来の目的よりも優先はしない。
俺たちは――オデットと同盟を結びに来たんだ。それは裏切られた今も変わっちゃいない
自分たちは戦いに来たのではない、あくまでもオデットを味方にするために来たのだ、ということを強調する。
といって、既にオデットとの交渉は決裂している。いや、実際には明神たちは交渉のテーブルにさえつけなかった。
オデットの心は、明神たちと会合する前からとっくに決まっていたのだろう。
『侵食を促進し、滅びを受け入れる』――
それがオデットの望みなのだとしたら、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の提案など最初から聞く必要はない。むしろ、
侵食を阻止しようとしている『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は敵以外の何者でもない。
そんな邪魔者が何も知らず、自分の協力を仰ごうとノコノコやってきたのだから、
オデットとしては渡りに船というものだっただろう。これ幸いと排除に掛かるのは自然の成り行きだ。
教帝オデットは裏切者でも何でもない。彼女は最初から敵だったのだから。
ただ単に罠に嵌められた此方が彼女に裏切られたと感じているだけだ。
明確な排斥対象でありながらオデットが最初から全力で『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を抹殺しに来なかったのは、
教帝としての立場からであろうか。
選民たちの楽園たる聖都エーデルグーテに於いて、血腥いことは極力避けたいと思っていたのかもしれない。
その結果が聖都の民を自らの魔霧でゾンビのように操り、差し向けるという凶行であったのだが。
>俺たちブレイブはこの世界の特異点だ。一切合切の摂理を捻じ曲げて、現実をゲームのルールに上書きする。
オデットはこの世界を何千年探しても死ぬ方法を見つけられなかったけど……。
だったら、世界の外から新しい手段を持ち込めばいい。俺たちにはそれができる
「……どういう意味かしら」
明神の言葉の真意を測りかね、アシュトラーセが眉間に皺を寄せる。
>オデットともう一度会って、今度はブレイブの全力で戦う。
俺たちの摂理なら、あいつを滅ぼしうると、認めさせる。
云千年待ち続けたオデットにとっての救いを提示して、そいつを交渉材料に、同盟に応じさせるんだ
>俺たちがお前らに協力するんじゃない。俺たちのやることに、お前らが協力してくれ
アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』、そのサブリーダーの口にしたのは、
食堂にいる誰もが考えもつかなかった計画だった。
「なんじゃと?」
「明神さん――」
驚いたようにエカテリーナが声をあげる。なゆたもまた大きな黒い双眸を見開いた。
オデットは自らの死を望み、その夢を叶え得る最後の手段として侵食に着目した。
そう、彼女の目的は自分自身の死であって、侵食はあくまで手段に過ぎない。
ならば、オデットに侵食以外にも死ぬ手立てはあると提示してやればいい。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が自身に死の安息を与えられる存在だと知れば、オデットには侵食へ干渉する理由がなくなる。
どころか、死を引き換えにして此方に協力させることもできる――。
明神はそう言っているのだ。
>いいじゃないか明神…この手の話題で初めて意見があったね
今まで一貫して難しい顔をして沈黙をしていたジョンが、愉快げに快哉を叫ぶ。
明神がなゆたの顔を見る。もう逃げないと、問題を先送りにするのは終わりだと、その眼差しが告げている。
>なゆたちゃん。奴の厚意を期待して縋り続けんのは終わりにしようぜ。
オデットには、ちゃんとしたギブアンドテイクとして、降霊術に取り組ませる。
奴の渇望する死には、それだけの価値があるはずだ
「…………」
今までなゆたは、否――『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちは聖都に来てからというもの、
一切合切をオデットの厚意に甘えて過ごしてきた。
アルフヘイムへの協力も、交霊術にしてもそうだ。
此方は彼女に対してなんの利する行為も提示せず、ただ漫然と彼女の善意――に見えたもの――に縋っていたのだ。
しかし、どちらか片方にばかり依存する関係はいずれ破綻する。
何かをして貰おうと欲するのなら、此方もそれに見合ったものを提示しなければならない。それは駆け引きの大前提だ。
なゆたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は今まで、オデットに対してまともな取引ができていなかった。
だが『死』という材料を用いることで、今度こそ彼女を対等な交渉のテーブルにつかせることができるだろう。
>俺も明神に賛成だ。アシュトラーセだって勝算がない事は言わないだろうけど…
封印はあのオデットが最も恐れている事だろう…
死にたがりの人間が…生物が一番警戒する事はそれをできなくされる事だからね…そう考えれば対策も万全にしてるはずだ
「…………」
オデットの厚意に甘えているという事実から、なゆたにはずっとオデットへの引け目があった。
ただ、オデットを慈愛に満ちた聖母ではなくあくまで対等な商談相手として見るなら、話は変わってくる。
こちらも遠慮をする必要はない――後は交渉成立へ向けて邁進するだけだ。
-
「妾の聞き間違いか?
あの『永劫』を滅ぼすと? そう申したのか?
我ら三階梯の力を以てしても敵わぬ、あの数千年を生きる吸血鬼の親玉を? 『教帝』を?
本当に、そんなことが可能じゃと思うておるのか?」
「そォだぞ、明神!
あのオバチャンの規格外っぷりだったら、ボクだってパパから貰った昔のデータで知ってる。
“生命無き者の王(ノーライフキング)”、“真祖(トゥルー・ワン)”、夜の聖母。
『吸血鬼城(ミディアンズ・ネスト)』の絶対君主、闇の顕形。
この世界のどんな手段でも絶対に死なない、不死身のバケモノを殺すって?
そんなこと……!!」
エカテリーナが顔を顰め、ガザーヴァが思わずガタリと椅子から立ち上がって言い募る。
そう、オデットは継承者の中でも『永劫』の二つ名を冠するほどの存在。
ありとあらゆる死の法則を跳ね除け、打ち破り、不変の生命を体現する魔物の中の魔物なのだ。
そんな絶対的な存在に死を与えることなど――
「……す…………っっっげぇ面白そうじゃん!
やってやろーぜ!」
明神のお株を奪う決め科白を口にすると、ガザーヴァは悪戯っ子のように白い歯を覗かせて笑った。
ただ、湧き立つ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちとは対照的に、継承者は冷ややかな眼差しを変えずにいる。
「勝算はあるのかしら。
思いつくまま、勢い任せの出たとこ勝負――そんな策とも言えない策に、私たちの運命は賭けられない。
もちろん、そこまで言うからには賢姉の不死身を突破する手段の目算がついている、と解釈していいのよね?」
全力でぶつかるのはいい。だが、単純に戦闘を挑んだだけではきっと勝てない。
相手は不死身のバケモノだ、そういうふうにこのゲームが、ブレイブ&モンスターズが設定したキャラクターだ。
つまり絶対に死なない、倒せないというチートが施されていると言っても過言ではない。
そのチートを剥ぎ取るための、何らかの手段を講じる必要があるはずだ。
しかし、現状オデットから不死を剥奪する方法に目途が立っているかというと――
「……分かった。君たちに協力するよ」
その声は、食堂の壁際から聞こえた。
「エンデ……」
なゆたが呟く。
見れば、それまでずっと食堂の片隅のソファで丸くなっていたエンデが上体を起こしてテーブルの皆を見ている。
仲間の口から飛び出た協力を肯定する予想外の言葉に、アシュトラーセが目を白黒させる。
「エンデ? 貴方、いったい何を――」
「聞こえなかった? 協力する、って言った。
全力で戦うって言うんだから、そうさせてあげればいい」
金色の双眸で姉弟子を見詰めながら、エンデが言う。
一見投げやりで何も考えていないようなその言いざまに、アシュトラーセが慌てたように声を荒らげる。
「そんな無責任な……!」
「いや……、意外と悪くないやもしれぬぞ?」
エンデの言葉に、エカテリーナも賛同する。
アシュトラーセは頭を抱えた。
「カチューシャ、貴方までそんなこと……」
「ほほ……なに、無策も策のうちと言う。
全力で戦うと申しておるのじゃ、全力とは文字通り全ての力を使うということ、
勝利のためにあらゆる手段を講じるということであろう。
十二階梯の継承者の前でそこまでの啖呵を切ったのじゃ、ならば――是が非でも成し遂げて貰おうぞ。
この数千年来、世界の誰もが成し遂げられなかった“教帝殺し”をのう」
エカテリーナが愛用の長煙管を吸い、ぷかりと紫煙をくゆらせる。
「それにな……妾はこの目で確かに見た。世界蛇が猛威を振るうリバティウムで、こ奴らが絶望を覆すところを。
紛れもない奇跡が起こるところを。
こ奴らならば、きっとまたリバティウムと同様の――いやもっと大きな奇跡を引き起こすこととて、
きっと不可能ではない……妾はそう思う」
第六階梯の貴婦人が優美に笑う。
ゲーム中、十二階梯の中でエカテリーナだけは徹頭徹尾『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の頼れる味方として振舞ってくれる。
どうやら、そのスタンスはこの現実のアルフヘイムでも変わることはないらしい。
-
「ああっ! カチューシャもエンデも、どうしてそんなに楽天的なことが言えるのかしら!? 信じられない……!」
てっきり自分と同意見だとばかり思っていた仲間に『異邦の魔物使い(ブレイブ)』側に回られ、アシュトラーセは呻いた。
ただ、いつまでも強情を張っているようなことはしない。その脳内で猛烈に作戦内容の変更、改訂が行われていく。
やがて『禁書』の名を冠する継承者は苦虫を噛み潰したような表情で『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を見た。
「……分かったわ。私の負けです。
貴方たちの主導に作戦を変更しましょう。
私たちの最終目標は侵食の阻止。『永劫』の賢姉については、侵食から手を引かせることが出来れば手段は問わない。
封印案は此方の戦力で彼女を殺すことは出来ないと判断してのものだから、是が非でも封印したいということではないわ。
実際にどう彼女を止めるかについては、貴方たちに一任しましょう」
はぁぁ……と深く息を吐く。
エカテリーナは思慮深いと見せかけてフィーリングで物事を考えるタイプだし、
エンデはそもそも何を考えているのか分からない。
感覚派の姉弟弟子に囲まれ、生真面目で融通の利かないアシュトラーセはこの隠し村でずいぶん苦労をしてきたのだろう。
「ただ……任せる以上、失敗は許されないわよ、何が何でも彼女を止めて。
私たち三階梯、そのための協力は惜しまないわ」
「決まりじゃな。では、早速計画の段取りを打ち合わせようぞ」
「……待って、ふたりとも。
わたしたちには、まだ一人到着していない仲間が……」
善は急げとばかりに作戦実行へ向けてのミーティングを開始しようとしたエカテリーナを、なゆたが留める。
単身カテドラル・メガスに乗り込み、オデットに面会しに行ったエンバースがまだ合流していない。
オデット打倒に全力を尽くすというのなら、エンバースの存在を欠くことはできないだろう。
彼の持つ『星の因果の外の剣(ダインスレイヴ)』が必要になる事態もあるかもしれないし、
日本最強プレイヤー・ハイバラとしての彼の力は純粋に『異邦の魔物使い(ブレイブ)』にとって必要不可欠なものだ。
以前にもカザハが継承者たちに捜索を提案していたが、三人は人手不足を理由にその申し出を断っていた。
そもそもエンデがなゆたたちを迎えに行ったことさえも、三人からすれば危険な賭けであったのだ。
作戦決行時まで極力地上に出たくないと思っている彼女らに捜索を要請するのは無理のある話だった。
しかし。
「分かったわ、その点は考慮しましょう。
それを踏まえて、まずは私たちの計画していた作戦を話すわね」
そう言うと、アシュトラーセは一枚の羊皮紙を取り出した。
ポスターサイズの其処には大きく『聖樹祭』という文字が記されており、図案化された万象樹の絵が中央に描かれている。
それは聖都のあちこちに貼り出されている祝祭の告知だった。
「……聖樹祭……!」
なゆたが目を見開く。
聖樹祭。
『永劫の』オデットやプネウマ聖教がらみのイベントをこなしてきたプレイヤーなら、その名を知っているだろう。
天地創造の際に用いられた万象樹ユグドラエアに敬意を表し、年に一度聖都で開催される大規模な祝祭だ。
祭りは一ヶ月近くもの間行なわれ、期間内にはアルフヘイム中からプネウマ教徒が聖都を訪れるのだという。
なゆたたちが訪れた際の聖都は人でごった返しており極めて活気に溢れていたが、
それは聖樹祭の開催が近かったから――というのが理由であったらしい。
だが、聖樹祭と聞いてなゆたが驚いたのは、それだけが理由ではない。
ゲームのブレイブ&モンスターズ! において、
まさにその聖樹祭こそが『永劫の』オデット打倒クエストの舞台だったからである。
「聖樹祭を知っておるのか、ならば話は早い。
通常、『永劫』は警備の厳重な大聖堂カテドラル・メガスの最奥に鎮座しておる。
しかし年に一度、聖樹祭のときだけは毎朝カテドラル・メガスを出、
聖祷所にて日が暮れるまで太祖神プロパトールに祈りを捧げるのじゃ」
「知っての通りカテドラル・メガスの警備は厳重、生半なことでは突破できないわ。
大聖堂で彼女と対峙するのは不可能でしょう。
貴方たちの仲間は何らかの方策でそれを通過できたかもしれないけれど、
それも彼女が聖罰騎士を差し向けてきた今となっては二度と通じないでしょうね。
でも――どれだけ彼女がこちらを警戒し、大聖堂の奥に籠ることを望んだとしても、聖樹祭の間だけは外に出なければならない。
それが教帝としての彼女の権威付けになっているから……。
私たちが彼女に接触できる機会は、そこ以外にないわ」
エカテリーナとアシュトラーセの話によると、聖樹祭期間中の朝9時から夕方18時まで、
オデットは聖所たるカテドラル・メガスを出てパレードを行いながら万象樹の中にある聖祷所なる場所まで行き、
そこで単身、祈祷を行うのが毎年の習わしなのだという。
行き帰りのパレードでオデットを狙うのは不可能だ。彼女は確かに巨大な神輿に乗って姿を現しているが、
言うまでもなく聖罰騎士以下多数の護衛を随伴させているし、何より移動経路は民衆でごった返している。
そんなところでオデットを襲えば、民衆にも甚大な被害が出てしまうだろう。
だが、オデットが一旦聖祷所に籠ってしまえば、実に9時間のあいだ彼女はひとりきりだ。
おまけに日の高い間、吸血鬼はその本領を発揮できない。
プネウマ聖教の『教帝』、十二階梯中の第三階梯。
『永劫の』オデットを倒すのは、その時間をおいてありえない。
-
「聖樹祭の開催は2日後。作戦の決行はそのときじゃ。
『永劫』が聖祷所へ行く、その行列の中に紛れ込む。
既にカテドラル・メガスには妾たちの手の者が潜入しておるゆえ、手引きは万全じゃ」
「紛れ込むって、変装でもしてくってのか? その……セーバツキシとか何とかの?
ダイジョーブなのかよ? バレたら一巻の終わりだぞ」
ガザーヴァが行儀悪くテーブルの上に足を乗せ、腕組みして問う。
しかしエカテリーナはそんなガザーヴァの危惧を一笑に付した。
「は、妾を誰と思うておる? 小娘。
妾は『虚構の』エカテリーナぞ。そなたら全員、本物と見紛う聖職者に変えることなど造作もないわ。
これ、このように――」
言うが早いか、パチンと左手でフィンガースナップを鳴らす。
その途端、ベストにホットパンツ姿のガザーヴァはあっという間にフルフェイスと全身甲冑の聖罰騎士へと変わった。
「うお!? すげー!」
瞬く間に変貌してしまった自分の姿をまじまじ見て、ガザーヴァが驚嘆の声をあげる。
自身のみならず、他者の姿までも自由自在に変え、欺く。
それが『虚構の』エカテリーナの能力である。これならオデット本人に凝視でもされない限り、
疑われることなく行列に紛れ込むことが出来るだろう。
聖祷所はカテドラル・メガスから聖都の目抜き通りを通った先、万象樹ユグドラエアの幹の中に存在する。
入り口には神門という下界と聖域を隔てる門があり、その先にある長い階段を経て聖祷所へと至る。
オデットはごく少数の護衛を残して神門を潜り、その護衛も聖祷所手前で待機となる。
聖祷所そのものへの入来が許されるのは、オデットひとりだけだ。
「そこが狙い目よ。
オデットの護衛を装って聖祷所まで行き、そこで彼女と戦う。
一般の信者は畏れて聖域へ踏み入ることをよしとしない。邪魔者も入らないはず」
アシュトラーセが言う。
万一途中で此方の変装がばれてしまったとしても、神門さえ越えてしまえば同じことだ。
何なら屋根付きの聖祷所の中で戦うより、野外である聖祷所へ至る階段の途中で戦った方が此方に有利まである。
「チャンスは一度きり。もししくじれば、警戒した彼女は毎日の祈祷を取り止めてしまうでしょう。
……尤も、失敗すればこちらが死ぬ。次の機会なんて、最初からないだろうけれど」
「繰り返すが作戦決行は2日後早朝、遅刻は許されぬぞ。
ということで、じゃ。それまでは時間があるゆえ、そなたらは自由に行動しても構わぬ。
妾たちは最終的な作戦の確認や潜入させておる者への連絡もあるゆえ動けぬが、
仲間と合流したいと思うなら探しにゆくのもよかろう」
エカテリーナが鷹揚に頷く。
「今、地上は信者や聖罰騎士らがうようよしておる。そのまま行けば秒で捕まるじゃろう。
もし地上へ出るなら、妾が虚構魔術をかけてやろう。
そのくらいはサービスしてやってもよい。有難く思えよ」
至れり尽くせりだ。希望者はエカテリーナに希望する姿へ変えてもらうことが出来る。
その姿で行けば、一般の信徒に見つかってもこちらの正体がばれることはない。
「オデットを倒し、彼女に敗北を認めさせる。
自身の死の可能性が侵食以外にもあると理解すれば、彼女もそれ以上侵食には手出しをしないでしょう。
死と引き換えに貴方たちに協力してくれる可能性も充分にある。
……頑張りましょう。他に、何か聞きたいことはありますか?」
対オデットのお膳立ては、三人の継承者がしてくれる。
見事作戦が図に当たり、聖祷所でオデットとの決戦に漕ぎ着けられたなら、後は『異邦の魔物使い(ブレイブ)』次第だ。
文字通りの、死力を尽くした戦い。きっとそれは以前の対イブリース戦にも負けない激しいものになるに違いない。
少しでも気を抜けば、瞬く間に敗死してしまうであろう極限の戦い。
必然、その場には然るべき実力と戦力、武装を有した者だけが立つべきであろう。
力もない。スマホも使えない。ましてパートナーモンスターもいない者など、足手纏いにしかならないに違いない。
けれど。
それでも。
「……みんな。
お願い、わたしも連れて行って。みんなの戦いに、わたしも参加させて」
なゆたは椅子から立ち上がると、そう言って仲間たちを順に見た。
「戦えないわたしが戦場に立つだなんて、無謀な行為なんだと思う。
今のわたしは自分の身さえ守れない。間違いなく、みんなの足を引っ張ることになると思う。
……でも……行きたいんだ。わたしはオデットと話さなきゃいけない。
あの人に言わなきゃならないことが、たくさんあるんだ」
-
「明神さんの言うとおりだよ。
今までずっと、わたしはオデットの厚意に縋ってきた。ポヨリンともう一度会わせてもらえるのならって、
彼女に甘えてた。だから聖都で信者に追いかけられたときも、ずっと戦うことに踏ん切りがつかなかった。
でも……違うよね。そんなの違う、間違ってる。
わたしたちは彼女の慈悲に縋る信徒じゃない。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』なんだ。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は――自分の欲しいものは、自分で手に入れる!
オデットがわたしの望むものを持ってるのなら、それを差し出させる!
憐憫を乞うのはおしまい。だから……わたしも聖祷所へ連れて行って……!」
パーティーの仲間たちの顔を見詰めながら、なゆたはそう懇願した。
その表情には、もう先日までのような逡巡は微塵もない。
ただ座して与えられるのを待つのではなく、自ら欲するものを掴み取りに行く。
そんな『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の決意が、瞳に宿っている。
>どうせ君はまた無茶をするんだろう。別に今に始まった事じゃないから…それは構わない、でも
なゆ、ガザーヴァ、カザハ、明神、エンバース…命を落とすような事になったら…
その時は躊躇わず僕は返り血を浴びる覚悟がある。例え無実の人間を皆殺しにすることになっても
そんななゆたに対して、一番最初に口を開いたのはジョンだった。
>約束を忘れたわけじゃないよ…でも本当に大切な事を忘れないでほしい
ジョンはもごもごと歯切れ悪く、しかしきちんと言いたいことを伝えようとゆっくり言葉を紡ぐ。
>えーとだから…その……もっと自分を大切にしてほしい。………最後までちゃんと手伝うからさ
そんなジョンの不器用な優しさに対し、なゆたは嬉しそうににっこりと笑ってみせた。
「……ありがと、ジョン。嬉しいよ。
そうだね、わたしは無茶する。生憎なんだけど、それはどうしたって止められないよ。
でもね、無茶と無謀は違うんだ。わたしは出来る無茶をする、勝ち目があるから飛び出せる。
ジョンのことも、みんなのことも。信じてるから――
今回ばっかりは、わたしのワガママに付き合って。わたしはどうしても……ポヨリンにまた会いたいの」
「しゃーねーなァ、ボク的にはどーだっていーコトだケド、一肌脱いでやっか!
貸し1だかんなモンキン! ノシつけて返せよ!
お前らも手伝えよな、十二ハシゴの三人組!」
聖罰騎士の姿から元に戻ったガザーヴァが両手を頭の後ろで組んで笑う。
水を向けられたエカテリーナとアシュトラーセも、既にそのつもりだと首肯を返す。
だが。
「その、ポヨリン? に会いたいっていうのは、どういう意味?」
エンデだけは今一飲み込めていないといった様子で小首を傾げている。
思えば、エンデにはなゆたたちがこのエーデルグーテに来た目的を話していなかった。
バロールの使者としてオデットにアルフヘイム陣営へ加わるよう説得する、という目的の他に――
以前の戦いで敗れたポヨリンに、交霊術を用いてもう一度会いたいという願い。
なゆたはそれを語ったが、エンデはやはりピンと来ていないようで、
「よく分からない」
とだけ返した。
結局あまり理解は得られなかったようだが、これはなゆたと『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の私的な悲願だ。
侵食を止めようとしている三人には関わり合いのないことである。
畢竟、継承者たちは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がオデットと対峙するまでのお膳立てをしてくれればそれでいい。
兎も角、これで当面の行動指針は決定した。
後はどこかに潜伏しているであろうエンバースと何とかして合流し、当日に備えるだけである。
――絶対……会いに行くよ、ポヨリン。
ぐ、と胸の前で右拳を握りしめ、なゆたはそう決意した。
【エカテリーナ、アシュトラーセ、エンデの説得に成功。
2日後の聖樹祭でオデットと戦うことが決定。
希望者はエカテリーナに任意の姿に変身させて貰い、エンバース捜索に行くことが可能】
-
エンバースさんの捜索は、難しいと言われてしまった。
私達をエンデが迎えに来てくれただけでも大感謝しなければいけない立場なので、
断られればそれ以上食い下がるわけにもいかない。
>「カザハ君、もっかいイメチェンすれば街ほっつき歩いててもバレないんじゃねえの」
「その手があったか……!」
「どうでしょう、バレる気がする……」
カザハのイメチェンって、髪型とかカラーリングの違いで一見別人に見えるけど
実は顔自体はほぼ一緒なんですよね……。
普段なら別人で通りそうだが、指名手配状態になってる今だと怪しい。
3人組からも、今はまだ逃走劇直後で聖罰騎士うようよだからやめとけオーラを出された。
そうして、エンバースさんとの連絡が取れないまま2日が経過し、
もうとりあえず3人の提案を受けるしかないか、という雰囲気が漂い始めた頃。
>「結論から言うけど、俺はオデット封印プランには大反対だ。
協力するしないの話じゃなくて、お前らが封印に向かうのもやめさせたい」
明神さんが爆弾発言を炸裂させた。
このことはメンバーの誰も事前に聞いていなかったようで、皆一様に驚いている。
明神さんは、オデットを封印してはプネウマ聖教が戦力として機能しなくなること、
そしてアシュトラーセの立場を考えれば、3人がニヴルヘイム側ではない保証はどこにもないことを述べた。
言われてみれば確かに――という感じだが、この状況でその考えに至れる明神さんはやはり只物ではないのだろう。
なゆたちゃんが直々に指名したサブリーダーだけのことはある。
現に他のメンバーが誰もこの発言を予測していなかったのが示す通り
オデットに敵としての本性を現された上、絶体絶命のピンチを助けられた相手にオデット封印の協力を持ちかけられたら
それしか選択肢がないような気になってしまうのが普通だろう。
だけど、大丈夫だろうか。
ずっと練っていた計画を真っ向から否定された3人組は、当然いい気はしない。
>「この計画は貴方たちの来るずっと以前から練ってきたものよ。
今更貴方たちにそう提案されて、じゃあ止めます――とはいかないわ。
もし、貴方たちがそれでも強硬に私たちの計画に反対するというのなら。
……悪いけれど」
>「恩を仇で返すとはこのこと。
妾の眼鏡違いであったか、残念よな『異邦の魔物使い(ブレイブ)』――」
今にもバトルが始まりそうな、一触即発の空気が流れる。
私は通常の意味とそれ以上の意味で、二重に焦りまくる。
カザハは今やテンペストソウルの結晶体の傀儡――歴代風精王の支配下だ。
皆が無難に世界を維持する方向で動いている間はいいが、
それとは違う方向に行っていると見做されて皆が風精王に見切りを付けられてしまったら、
カザハはどうなるのだろうか……。
しかし尚も明神さんは落ち着き払って、計画に反対すると言った真意を告げる。
-
>「俺たちブレイブはこの世界の特異点だ。一切合切の摂理を捻じ曲げて、現実をゲームのルールに上書きする。
オデットはこの世界を何千年探しても死ぬ方法を見つけられなかったけど……。
だったら、世界の外から新しい手段を持ち込めばいい。俺たちにはそれができる」
>「侵食を肯定するのは死を望むオデット本人の意思……そういうことだったな。
それなら趣旨変えさせてやろうぜ。侵食なんかに頼らなくても、奴に死を与えられるって、証明する」
>「オデットともう一度会って、今度はブレイブの全力で戦う。
俺たちの摂理なら、あいつを滅ぼしうると、認めさせる。
云千年待ち続けたオデットにとっての救いを提示して、そいつを交渉材料に、同盟に応じさせるんだ」
オデットは何千年模索して消滅する方法が見つからなかったから、ついには侵食に縋るしかなくなったのだ。
常識的に考えて滅茶苦茶である。
しかし、ジョン君は賛同の意を示した。
>「いいじゃないか明神…この手の話題で初めて意見があったね」
以前のジョン君ならきっと、そんなの非現実的だと言って封印の方に一票投じていた。
この旅を通して彼の中で何かが変わったのだろう。
>「妾の聞き間違いか?
あの『永劫』を滅ぼすと? そう申したのか?
我ら三階梯の力を以てしても敵わぬ、あの数千年を生きる吸血鬼の親玉を? 『教帝』を?
本当に、そんなことが可能じゃと思うておるのか?」
まあ、これが普通の反応だろう。
>「そォだぞ、明神!
あのオバチャンの規格外っぷりだったら、ボクだってパパから貰った昔のデータで知ってる。
“生命無き者の王(ノーライフキング)”、“真祖(トゥルー・ワン)”、夜の聖母。
『吸血鬼城(ミディアンズ・ネスト)』の絶対君主、闇の顕形。
この世界のどんな手段でも絶対に死なない、不死身のバケモノを殺すって?
そんなこと……!!」
>「……す…………っっっげぇ面白そうじゃん!
やってやろーぜ!」
――ですよねー! だってガザーヴァだし。
>「勝算はあるのかしら。
思いつくまま、勢い任せの出たとこ勝負――そんな策とも言えない策に、私たちの運命は賭けられない。
もちろん、そこまで言うからには賢姉の不死身を突破する手段の目算がついている、と解釈していいのよね?」
アシュトラーセが場の雰囲気に流されずに鋭いところを突いてくる。
流れを変えたのは、それまで黙って片隅のソファにいたエンデだった。
-
>「……分かった。君たちに協力するよ」
更にはエカテリーナがそれに便乗し、最後にアシュトラーセが折れる。
>「……分かったわ。私の負けです。
貴方たちの主導に作戦を変更しましょう。
私たちの最終目標は侵食の阻止。『永劫』の賢姉については、侵食から手を引かせることが出来れば手段は問わない。
封印案は此方の戦力で彼女を殺すことは出来ないと判断してのものだから、是が非でも封印したいということではないわ。
実際にどう彼女を止めるかについては、貴方たちに一任しましょう」
>「ただ……任せる以上、失敗は許されないわよ、何が何でも彼女を止めて。
私たち三階梯、そのための協力は惜しまないわ」
>「決まりじゃな。では、早速計画の段取りを打ち合わせようぞ」
さっきまで一触即発だったのが嘘のようにトントン拍子に作戦会議が始まりそうになったところで、
なゆたちゃんがエンバースさんのことを言及する。
>「……待って、ふたりとも。
わたしたちには、まだ一人到着していない仲間が……」
>「分かったわ、その点は考慮しましょう。
それを踏まえて、まずは私たちの計画していた作戦を話すわね」
告げられた作戦は、聖樹祭の行列の中に紛れ込み、護衛を装ってオデットに聖祷所まで付いていき、
オデットが一人になったところで戦うというものだった。
「なるほど、そこで封印する代わりにこちらの強さを見せつける、というのが変更部分ということだな……」
カザハは急遽決定してしまった無茶とも言える方針を、ジョン君やガザーヴァほどノリノリでもなく
かといって反対するでもなく淡々と受け入れているようだった。
よく言えば冷静、悪く言えば冷めている感じもしなくもないが、それもそのはず。
カザハは風精王の密偵で、皆が風精王の意に沿っている限りは協力者というスタンスで、
特に死の恐怖とかも無い、となったらこういう態度になるだろう。
>「オデットを倒し、彼女に敗北を認めさせる。
自身の死の可能性が侵食以外にもあると理解すれば、彼女もそれ以上侵食には手出しをしないでしょう。
死と引き換えに貴方たちに協力してくれる可能性も充分にある。
……頑張りましょう。他に、何か聞きたいことはありますか?」
そこで、カザハが質問を投げかける。
「共に戦うにあたって出来れば貴方達の能力等を教えておいてもらいたい。
特に、エンデ君。我々は君についての情報は何も持っていないんだ」
-
エカテリーナは以前共闘した事があり、アシュトラーセもゲーム準拠のある程度の情報はあるが、
エンデはゲームでは餌やりイベント担当に終始しており、全てが謎に包まれているのだ。
尤も、こうして会っても未だに口数少なくミステリアス感全開のエンデだ。
どれぐらいまともな答えが返ってきたかはともかくとして。
話が一段落ついたころ、なゆたちゃんが意を決したように告げた。
>「……みんな。
お願い、わたしも連れて行って。みんなの戦いに、わたしも参加させて」
(戦えないのにどうやって戦いに参加するというのだ……)
カザハの身も蓋もない心の声が聞こえてくる……!
でも、自分は答えるべき立場にない事は分かり切っているとばかりに、口をつぐんでいる。
>「どうせ君はまた無茶をするんだろう。別に今に始まった事じゃないから…それは構わない、でも
なゆ、ガザーヴァ、カザハ、明神、エンバース…命を落とすような事になったら…その時は躊躇わず僕は返り血を浴びる覚悟がある。例え無実の人間を皆殺しにすることになっても」
>「約束を忘れたわけじゃないよ…でも本当に大切な事を忘れないでほしい。」
>「えーとだから…その……もっと自分を大切にほしい。………最後までちゃんと手伝うからさ」
カザハはジョン君を、少しだけ眩しそうに見ていた。
>「……ありがと、ジョン。嬉しいよ。
そうだね、わたしは無茶する。生憎なんだけど、それはどうしたって止められないよ。
でもね、無茶と無謀は違うんだ。わたしは出来る無茶をする、勝ち目があるから飛び出せる。
ジョンのことも、みんなのことも。信じてるから――
今回ばっかりは、わたしのワガママに付き合って。わたしはどうしても……ポヨリンにまた会いたいの」
明神さんも当然反対するはずはなく、カザハは、こうなるのは分かり切っていた、という風に頷いた。
>「しゃーねーなァ、ボク的にはどーだっていーコトだケド、一肌脱いでやっか!
貸し1だかんなモンキン! ノシつけて返せよ!
お前らも手伝えよな、十二ハシゴの三人組!」
と、いい感じで話がまとまりかけていたのだが。
>「その、ポヨリン? に会いたいっていうのは、どういう意味?」
エンデ君!? この流れでそれ聞きます!?
……と一瞬思ったが、エンデはなゆたちゃんがここにきた経緯を知らないのだから、
ポヨリンって誰やねん状態ですよね。
そこで、親切にもその辺の経緯を話して聞かせたなゆたちゃんだったが。
-
>「よく分からない」
あまり理解を得られなかったようだが、なゆたちゃんはそれ以上は食い下がらなかった。
ポヨリン云々は三人には関わり合いのないことで、協力を得られるならそれで充分、ということだろう。
カザハと私は、エカテリーナさんに虚構魔術をかけて貰い、エンバースさんを探しに行くことにした。
作戦決行までに合流しておくのは必須と思われる。
なゆたちゃんは、敢えて行かないとのこと。エンバースさんのことを信じているのだろう。
他のメンバーのうちの何人が捜索に参加したか、はたまた私達だけだったかはともかく。
「なんの成果も!! 得られませんでした――ッ!!」
結論――全然見つからなかった!
が、見つからなかったということは死体も見つからなかったということで。(死体だけど)
これをいい方向に取るなら、うまく潜伏してくれていてこちらが事を起こすのを待っているということだろう。
普通ならその解釈でいいのかもしれないが、懸念事項がもう一つあった。
攻略本には、オデットがネクロドミネーションなる技を使ってくると書いてある。
それがこの現実のアルフヘイムにおいてはどのような技なのかは定かではないが。
見つからないのが、すでにオデットの手中に落ちてしまっている結果だとしたら、話はややこしくなる。
カザハはなゆたちゃんが見ていない隙を見計らって、明神さんやジョン君に念押しした。
「本当になゆたちゃん、連れて行くのか……?」
なゆたちゃんを連れて行って予期せぬ事態に取り乱せば、作戦はまず失敗するだろう。
そうなれば侵食万歳のオデットが野放しになるわけで、カザハの背後にいる者達も当然困るというわけだ。
とはいうものの、カザハ自身は、明神さんやジョン君には連れて行かないという選択肢が無いことも半ば分かっていて。
連れて行くと言い切られれば、それ以上何も言う事はないだろう。
「いや、まさか……な。傀儡は我だけで十分だ」
カザハは聞こえるか聞こえないか程度の声で、独り言を呟いた。
-
オデットと相対するのに必要なのは『封印』ではなく『交渉』――。
奴の求めるモノとして"死の安息"を提示し、正当な見返りを要求する。
継承者共のプランと真っ向から反する提案に、まず頷きを返したのはジョンだった。
>「いいじゃないか明神…この手の話題で初めて意見があったね」
思えばこいつは、最初の最初からオデットにおんぶに抱っこになることに警鐘を鳴らしていた。
同じ希死念慮に囚われていたがゆえのシンパシーか、闇を垣間見て来た者の直感か。
いずれにせよ、ジョンの見立てはドンピシャで正鵠をぶち抜いてたわけだ。
>「俺も明神に賛成だ。アシュトラーセだって勝算がない事は言わないだろうけど…
封印はあのオデットが最も恐れている事だろう…死にたがりの人間が…
生物が一番警戒する事はそれをできなくされる事だからね…そう考えれば対策も万全にしてるはずだ」
「それよ。継承者が三人頭捻って編み上げた術式それ自体の品質には疑いなんかないけれども。
あの女が何かしらカウンターを仕込んでてもおかしくはない。相殺用の術式とか、デコイとかな」
その観点でも、交渉プランは問題を一個すっ飛ばして考えられる。
『死』はオデットにとって望むべくもの――であれば、こっちのぶつける火力から逃げることはないはずだ。
真っ向から受け止めに来る。少なくとも、幻影だの何だのでスカされることはあるまい。
>「永遠に生きる。生物にとってこれ以上の罰はないだろうね。
だれと…どんなに仲良くなっても…みんなすぐに死ぬ。それをひたすら繰り返す
最後に来るのは自分の寿命よりも生物がいなくなった後の世界に独りぼっちの自分…」
「……そうだな」
不死者を分析するジョンが、言葉の影に何を見ているのか、俺にはなんとなく分かった。
こいつは既に2人、半身に等しい人間を見送っている。喪っている。
救いになるはずだった死を、こいつから取り上げたのは俺たちだ。
>「妾の聞き間違いか?
あの『永劫』を滅ぼすと? そう申したのか?
我ら三階梯の力を以てしても敵わぬ、あの数千年を生きる吸血鬼の親玉を? 『教帝』を?
本当に、そんなことが可能じゃと思うておるのか?」
エカテリーナは呆れて口も塞がらないといった感じで俺を見る。
「ひひっ、その眼で俺を見んのは二度目だなカテ公。
リバティウムん時だって俺は嘘は言わなかったぜ。今の俺は、どう見える?」
『虚構』。その異質が宿った双眸は、あらゆる嘘と偽りを見抜く。
俺が出任せや適当こいてるんじゃねえってことは、よぉく分かるはずだ。
>「そォだぞ、明神!
あのオバチャンの規格外っぷりだったら、ボクだってパパから貰った昔のデータで知ってる。
“生命無き者の王(ノーライフキング)”、“真祖(トゥルー・ワン)”、夜の聖母。
『吸血鬼城(ミディアンズ・ネスト)』の絶対君主、闇の顕形。
この世界のどんな手段でも絶対に死なない、不死身のバケモノを殺すって?
そんなこと……!!」
ガザーヴァが泡を食ったように捲し立てる。
オデットの不死身っぷりは誰もが知るところだが、バロールは当然もっと本質に近い部分を知悉してるだろう。
そして、麾下として働いてきたガザーヴァにも、その情報は共有されている。
知れば知るほど、絶対に殺せないと理解させられる、最強の不死者。
搦め手のオーソリティ、千変万化の手練手管を持つ幻魔将軍をもってして、不可能と言わしめる存在。
-
だけど、わかってるぜ。
俺の知ってる、一緒に死線を抜けてきたお前なら、次のセリフは――こうだよな?
>「……す…………っっっげぇ面白そうじゃん!
やってやろーぜ!」
犬歯を見せる獰猛な笑み。きっと俺も、同じ顔をしていたと思う。
「……だろ?お前ならそう言ってくれるって信じてたぜ」
ガザーヴァの小さな拳と俺の拳を突き合わせる。
さあ、盛り上がってきたぞ。あとは、ぶち上げたこの大目標をどう実現までもってくかだ。
そんな俺の見切り発車を見透かしてか、アシュトラーセは冷ややかな声を投げる。
>「勝算はあるのかしら。
思いつくまま、勢い任せの出たとこ勝負――そんな策とも言えない策に、私たちの運命は賭けられない。
もちろん、そこまで言うからには賢姉の不死身を突破する手段の目算がついている、と解釈していいのよね?」
「勝ち筋はある。対案出すからには根拠を添えるよ。
ただ……分の悪い賭けにはなる。お前らにも、封印プラン以上の覚悟を決めてもらいたい」
どんだけ意気軒昂を決めたところで、オデットのクソ理不尽な不死性はなんも好転していない。
奴の不死は『そういう設定』――当世風に言えば『不死という摂理』によって定義されている。
体質というより概念に近い。ただぶん殴るだけじゃ当然殺せやしないだろう。
そんなもんはオデット本人が飽くほど試したはずだ。
こっから先は、コンティニューの許されない試行錯誤。
手札を増やし、試し続けるためには、十二階梯の継承者の協力が不可欠だ。
>「……分かった。君たちに協力するよ」
と、不意に議論の場になかった声が部屋の隅から上がった。
見ればその辺でおねむだったエンデが起き上がっている。
>「聞こえなかった? 協力する、って言った。
全力で戦うって言うんだから、そうさせてあげればいい」
>「いや……、意外と悪くないやもしれぬぞ?」
その適当にも見える言葉に、さっきから閉口していたエカテリーナがようやく口を開いた。
>「ほほ……なに、無策も策のうちと言う。
全力で戦うと申しておるのじゃ、全力とは文字通り全ての力を使うということ、
勝利のためにあらゆる手段を講じるということであろう。
十二階梯の継承者の前でそこまでの啖呵を切ったのじゃ、ならば――是が非でも成し遂げて貰おうぞ。
この数千年来、世界の誰もが成し遂げられなかった“教帝殺し”をのう」
エカテリーナはタバコプカプカしながらしたり顔でそう言った。
なんだかんだ最後はノリノリになるよなこいつ……原作通りだわ。
>「それにな……妾はこの目で確かに見た。世界蛇が猛威を振るうリバティウムで、こ奴らが絶望を覆すところを。
紛れもない奇跡が起こるところを。
こ奴らならば、きっとまたリバティウムと同様の――いやもっと大きな奇跡を引き起こすこととて、
きっと不可能ではない……妾はそう思う」
そしてカテ公だって、何も捨て鉢の丸投げで賛同してるわけじゃないはずだ。
こいつを納得させられるだけの実績を、俺達はこれまで積んできた。
-
>「……分かったわ。私の負けです。
貴方たちの主導に作戦を変更しましょう。
私たちの最終目標は侵食の阻止。『永劫』の賢姉については、侵食から手を引かせることが出来れば手段は問わない。
封印案は此方の戦力で彼女を殺すことは出来ないと判断してのものだから、是が非でも封印したいということではないわ。
実際にどう彼女を止めるかについては、貴方たちに一任しましょう」
最後にはアシュトラーセが根負けして、オデットに対する方針は固まった。
頭痛の種が増えたと言わんばかりに頭を振る。2つの角が温まった空気を撹拌する。
「ありがとよ。……悪かったな、ルブルムのこと、引き合いに出して」
妹がゴットリープの麾下にあること――それは、アシュトラーセにとって無視できない問題のはずだ。
このままバロールの元でアルフヘイム陣営に参加すれば、遠からずニヴルヘイム陣営のルブルムと敵対する。
ただの姉妹喧嘩で済むわけがない。命のやり取りにだってなるかも知れない。
侵食から世界を救うため。もっと大勢の命を助けるため。
継承者たちは多くのものを諦めてきたんだろう。たとえその中に、肉親が入っていようとも。
裏切りの可能性に触れた俺の言い様は、あまりに底意地が悪かった。
>「ただ……任せる以上、失敗は許されないわよ、何が何でも彼女を止めて。
私たち三階梯、そのための協力は惜しまないわ」
「わかってる。俺もお前らのことは全幅で信頼する、援護は頼んだ」
それから――俺たちはアシュトラーセから当初の計画について説明を聞いた。
曰く、オデットが群集や聖罰騎士から完全隔離される『聖樹祭』のタイミングであれば、
護衛の邪魔も入らず、昼間の吸血鬼が具合悪くなる時間帯を狙えるという。
――ゲームにおけるオデット討伐の流れとほぼ一緒だ。
俺もやったことがあるからよく分かる。年一回のこの期間以外に、オデットとサシで戦う機会はない。
そして、オデットが籠もる神門の先までは、三賢者共のサポートでパスできる。
>「なるほど、そこで封印する代わりにこちらの強さを見せつける、というのが変更部分ということだな……」
カザハ君のまとめた通り、作戦の第一段階、オデットと戦うまでのお膳立ては既存の計画をそのまま流用できる。
あとは、プランの核となる部分をどう成し遂げるかだ。
>「共に戦うにあたって出来れば貴方達の能力等を教えておいてもらいたい。
特に、エンデ君。我々は君についての情報は何も持っていないんだ」
「それもそうだ。カテ公もアシュトラーセも、業前は俺達の知ってる限りってわけじゃねえんだろう。
マル公が修行で身に付けた合体技みてーなのなんかないの」
>「……みんな。
お願い、わたしも連れて行って。みんなの戦いに、わたしも参加させて」
当日の段取りについて確認していると、やおらなゆたちゃんが立ち上がって言った。
>「戦えないわたしが戦場に立つだなんて、無謀な行為なんだと思う。
今のわたしは自分の身さえ守れない。間違いなく、みんなの足を引っ張ることになると思う。
……でも……行きたいんだ。わたしはオデットと話さなきゃいけない。
あの人に言わなきゃならないことが、たくさんあるんだ」
「俺は……正直なところ、お前を戦場に連れてきたくはねえよ。
お前が死んだら、今度こそ俺はポヨリンに顔向け出来ない」
感情的な前提を除いた話をするなら、なゆたちゃんを戦いに連れて行く理由は一つもない。
回避スキルが使えてた頃ならいざ知らず、今のこいつの存在は防御のリソースを食い潰すだけだ。
ふん縛ってでもこの村に置き去りにすんのが正解だろう。
-
「だけど……俺は忘れてないぜ。この街にきた理由は2つだってこと。
降霊術でポヨリンに会うのは同盟締結の『ついで』なんかじゃない」
オデットを仲間にする。ポヨリンにもう一度会う。
両方のクエストを完了するには、なゆたちゃん自身がオデットと向き合う必要がある。
「一緒に来いよリーダー。お前が居なきゃ始まんねえよ」
>「どうせ君はまた無茶をするんだろう。別に今に始まった事じゃないから…それは構わない、でも
なゆ、ガザーヴァ、カザハ、明神、エンバース…命を落とすような事になったら…
その時は躊躇わず僕は返り血を浴びる覚悟がある。例え無実の人間を皆殺しにすることになっても」
ジョンもまた、なゆたちゃんにそう声をかけた。
「おっ、おい――」
>「約束を忘れたわけじゃないよ…でも本当に大切な事を忘れないでほしい」
>「えーとだから…その……もっと自分を大切にほしい。………最後までちゃんと手伝うからさ」
殺さない。誰も死なさない。その約束は、ジョンの中でちゃんと生きている。
それでもなお、真に大事にすべきものが何か。
ジョンの言葉を通じて、俺もまたそれを再確認できた。
「ひひっ、どうしたイケメン、しどろもどろじゃねえか。
いや茶化したいわけじゃねえんだ。……勇気が要るよな、腹の中身を曝け出すってのはよ」
>「……ありがと、ジョン。嬉しいよ。
そうだね、わたしは無茶する。生憎なんだけど、それはどうしたって止められないよ。
でもね、無茶と無謀は違うんだ。わたしは出来る無茶をする、勝ち目があるから飛び出せる。
ジョンのことも、みんなのことも。信じてるから――
今回ばっかりは、わたしのワガママに付き合って。わたしはどうしても……ポヨリンにまた会いたいの」
イブリースとの再戦の前。ジョンは、眠るなゆたちゃんを背にして俺たちに告白した。
デウスエクスマキナによる時間遡行を狙って、裏切るつもりだったこと。
それがなゆたちゃんにどれほど残酷な決断をもたらすことになるのか、知ったこと。
それを聞いた石油王はジョンに、贖罪は言葉じゃなく行動で示せと言って――
きっと、重ねてきた行動の結果が、今なんだろう。
ジョンは自分の言うべきことを漏らさず言って、なゆたちゃんはジョンを信頼した。
踏み出した最初の一歩は、ちゃんと地面を踏んでいる。
>「しゃーねーなァ、ボク的にはどーだっていーコトだケド、一肌脱いでやっか!
貸し1だかんなモンキン! ノシつけて返せよ!
お前らも手伝えよな、十二ハシゴの三人組!」
「そいつは良いや。トンカツの約束忘れてねえだろうな、なゆたちゃん。
熨斗代わりにポン酢と大根おろしも付けてもらうぜ。お茶碗たっぷりの白米もだ」
こいつを戦場に連れ出すリスクの対価は……今のとこ、それで十分だ。
◆ ◆ ◆
-
>「なんの成果も!! 得られませんでした――ッ!!」
「マジで見つからねえの。どこほっつき歩いてんだあの焼死体」
作戦開始までの猶予期間、俺達は機会を見つけて何度か街に出ていた。
ソロでブッコミかましたエンバースを回収するためである。
果たせるかな、焼死体のクソカッコイイコートの端すら見つかりゃしない。
念の為宿舎にも出向いたが、割れた窓を修理する信徒の姿があるだけだった。
「ランデブーポイント決めときゃ良かったな。
しょうがねえ、なんぼニブチンのあいつでも聖樹祭が始まりゃ察して合流するだろ」
楽観的な言葉を口にする裏で、脳裏には最悪の想像も走っていた。
オデットと単身ぶつかって、行方知れずになったエンバース。
その末路は小学生だってイコールで結び付けられる。
殺られた――この場合成仏させられたと言うべきなのか。
どちらにせよ戻ってこない以上、作戦の中には入れられない。
最悪オデット本人に聞いてみるしかねえ。
>「本当になゆたちゃん、連れて行くのか……?」
そんな折、カザハ君がそっと耳打ちしてきた。
こいつの言わんとしていることは分かる。誰が見たって余計なリスクを背負い込んでるだけだろう。
「連れてくよ。オデットから譲歩を引き出すには、あいつ自身が『オデットを殺せるブレイブ』になる必要がある。
お前の心配はもっともだと俺も思うけどさ」
そして、心配してる奴にこんなこと言うのもマジでアレなんだけど。
なゆたちゃんをオデットの猛攻から守り切るには、ユニサスの機動力が不可欠だ。
「……頼りにしてるぜ、カザハ君も、カケル君も」
それから、俺は皆を食堂に集めた。
作戦第二段階、オデットを殺すためのプランを伝える為に。
「オデットに死を与える方法。それは――HPをゼロにすることだ」
俺のぶち上げた提案に、刺すような――主に継承者共からの視線が集中する。
あっ待って睨まないで!食器を投げないで!話を!話を聞いてくだち!
「カテ公の言ってた『教帝殺し』……ゲーム上の実績としてのそれを、俺は取得してる。
……ああ、この世界はゲームと違うってのはもちろん分かってるよ。
でもそれは一旦脇に置いて欲しい。重要なのは、『ゲーム上ではオデットを殺せた』って部分だ」
ブレモンにおいて、オデットは重要NPCであると同時に、ボスクラスのエネミーでもある。
敵対するには結構特殊なルートを通る必要があるし、敵対した瞬間プネウマ聖教関連のフラグが全部潰れるから、
報酬と天秤にかけてもデメリットが無視できないって点でプレイヤーの多くはスルーするわけだが。
とにかく、オデットはHPがゼロになるまで殴ると死ぬ。これはあらゆるエネミーに共通するルールだ。
「繰り返すが、俺たちブレイブはこの世界の特異点。世界の摂理をゲームシステムで上書きできる存在だ。
これは俺が今まで幾度となく死線を潜って来た経験と知見を踏まえた結論だが……
『ブレイブの能力』の本質ってやつは、この『世界の再定義』にあると考えてる」
再定義――定義をし直すこと。目の前にある物を、まったく別の物として扱うこと。
俺たちは、『ゲームじゃない現実の世界』を強引にゲームとして扱うことで、
『ゲームのシステム』を無理やり適用している。
-
例えばモンスターをスマホに閉じ込めて使役するのも、本来このアルフヘイムには存在しない魔法だ。
『捕獲(キャプチャー)』だの『召喚(サモン)』だのは、それこそゲームシステムを現実世界に適用してる最たる例だろう。
スマホをタップするだけで最上級クラスのスペルだって使えるし、インベントリは大きさや重さを無視してアイテムを収納できる。
現実のはずのアルフヘイムには、なゆたハウスや石油御殿がもとからあったみたいに存在する。
誰か別の人間が建てたものじゃなくて、ちゃんとなゆたちゃんや石油王がオーナーになってた。
あれはどっから来たものだ?……言うまでもなく、ゲームの中からだ。
「世界一ゲームがうまいだけのミハエルの野郎ですら、堕天使を喚ぶことなく生身で『縫合者』をワンパンできた。
もともと一般人のはずの俺にしたって、勉強しただけで魔法を覚えて扱えてる。
……まるで、ゲームのレベルアップみたいにな」
これまで俺は、ブレイブの能力はスマホに搭載されていて、ブレイブ自身はオマケでしかないと思ってた。
だけど実際は逆なのかもしれない。スマホは、『再定義』を扱いやすく制御する為のデバイスに過ぎないのかも知れない。
考えて見りゃ、『魔法の板』っつったってスマホはメーカーによって外観も性能も千差万別だし、
そもそもスマホじゃなくてタブレットを使ってる奴だって居る。
ブレイブの力の根幹とするにはあまりにも統一性がない。
「目の前の現実を、その世界の摂理や法則を、『ブレイブ&モンスターズ』の法則で塗りつぶす。
それが、俺たちブレイブ自身に備わった能力――俺はそう解釈してる。
ミハエルが生身であんだけ強いのも、この力を自覚的に使いこなしてるからだろうぜ」
それこそあのチャンピオンなら、堕天使引き連れて自分自身のパワーレベリングだって容易だろう。
当たり前みてーにイブリース抱えて去ってったけど、ヒョロモヤシの優男に魔神一匹引きずる力があるとも思えん。
レベル上げて、STRに振ってやがるんだ。
「まぁこいつは仮定に憶測を重ねた与太話だが、俺たちに勝算があるとすればこの力の活用にあると思う。
オデットを『この世界の法則』から『ゲームの法則』に引っ張り込みさえすれば、
ゲームシステムに則って、HPをゼロにしたあいつに死を与えてやれる。
この世界に存在し得ない『オデットの死』を、ブレモンの世界から持ってきてやるんだ」
オデットを不死の王じゃなく、あくまでブレモンのエネミーとして討伐する。
オデットとの戦いを、『ゲーム上のバトル』に上書きする。
「……あんまピンとこねーか?実例は先のイブリース戦だ。一度目、俺たちは奴に手も足も出ずに敗走した。
対策不足、準備不足ってのはもちろん敗因の一つだ。だけどそれ以上に――
『この世界はゲームじゃない』ってあいつの言葉に、引っ張られた」
言ってみりゃあの攻防は、ゲームのエネミーとして戦おうとしてた俺たちに、
イブリースが『現実』を上書きした……再々定義したって形になるんだろう。
自分で言っててややこしくなってきた。
つまりあの場で『ゲームだし』『いや現実だし』のせめぎ合いがあったってことだな。
「再戦のとき、俺達はエンバースの言葉に突き動かされて、プレイヤーとしての対策を徹底した。
パターン覚えて地形でハメてデバフ撒いてパリィして……って具合にな。
そして勝った。あの無敵の兇魔将軍に、人間の俺たちが、ゲームの戦い方をゴリ押ししてぶっ倒したんだ」
個人的な感情で言えば、あの戦いを『ゲームだから勝てた』とか言いたくはない。
死ぬほど頭捻って、何人も犠牲出しながらもぎ取った勝利だ。
その一方で、もしもあの場で『普通の』戦い方をしたとして、まず殺されていたとも思う。
ブレイブとしての戦い方と、現実世界の正攻法は、明確に違うものだ。
それは、覚えておかなきゃならない。
「ようはオデットとの戦いでもおんなじことをするのさ。今度は最初から、あいつをゲームのボスとして扱ってな。
ゲームと同じようにぶっ倒して、ゲームと同じように滅びを迎えさせる。
忘れるなよ。俺たちがブレイブである限り、オデットは絶対不死の存在じゃない。クソほどHPが高いだけのエネミーだ」
-
いつものことながら前置きが長くなった。
よくない癖だとワイトキングも思います。
「問題は……そのクソほど高いHP。『永劫』の代名詞にもなってる膨大なオデットの体力だ。
こいつを削りきれなけりゃなんの話にもならん。こっからはオデット攻略の話をするぞ。
勝負を仕掛けるのは昼間だ。吸血鬼の力は大きく削がれるだろうが……それでも、
戦いが始まればオデットは『本気モード』で応戦してくるはずだ」
本気モード。レイドボスにはよくある第二形態だ。
上半身は3倍くらいでかくなって、長い腕に鋭利な鉤爪まで生えている。
下半身はカテ公曰くところの『魔霧』と一体化して濁流のように溢れ出ている。
聖母みたいな普段の美貌からは想像もつかない、吸血鬼の王の本来の姿。
「単純に図体がでかくなるだけでもリーチと物理攻撃力の向上が厄介だけど、
それ以上に警戒しなきゃならないのは奴のユニークスキル『ネクロドミネーション』。
設定通りなら、アンデッドを強制的に操作する、俺にとっちゃ天敵になる魔法だ」
ネクロドミネーションはゲーム上じゃただの有象無象を召喚する魔法だが、
テキストではこの世に存在するありとあらゆるアンデット属性を隷属させる。
どんなアクセサリでも無効化はできず、操縦権を完全に奪われる。
「ヤマシタはもちろん、エンバースもこいつには抗えねえ。
……あいつが今どこに居るか知らんが、既に操られてる可能性だってある。
場合によっちゃエンバースが敵に回るかもしれないってことは、覚えておけよ」
あの抜け目ない男が、世界チャンピオンに手をかけたほどのプレイヤーが。
オデット相手に逃げることすら出来ず、ただ滅ぼされたとは考えられない。
強制隷属があることを思えば、オデットの手駒にされてるものと仮定すべきだ。
重ね重ね、エンバースを一人で行かせるべきじゃなかった。
ギリギリまでオデットを信じたかった、俺の判断ミスだ。
「……ネクロドミネーションがある以上、前衛に出せる札が2枚欠けてる。
ジョン、カザハ君、ガザーヴァ。それから継承者3人。このメンツで、オデットのHPを削らなきゃならねえ。
DPSを極限に高める――やり方は、任せて良いか」
現状、俺たちの最大火力はエンバースのダインスレイブだ。
奴の戦力が当て込めない以上、別の方法でオデットを殴り殺す火力を叩き出さなきゃならない。
-
俺は今回後方での支援しか出来ない。
ヤマシタは、前に出せば間違いなくネクロドミネーションの餌食になるだろうが、
逆に言えばネクロドミネーションを誘発するデコイとして運用できる。
オデットがヤマシタを鬱陶しいと認識すれば、ネクドミで操りにかかるだろう。
その予備動作を読んでアンサモンしてやれば、不発のネクドミで1ターン浪費させられる。
あとはネクドミの射程の外から援護スキルをぶっぱするくらいか。
「もうひとつ。オデットには自動回復のパッシブがある。
どういう原理で肉体を再生してるのかナマで見てみないとなんとも言えんが、
仮に肉体を霧に変えて修復してるのであれば、こっちでそれも対策できる」
スマホにカード選択画面を表示して、机の上に置く。
そこに映されているのは――
「――ユニットカード『奈落開孔(アビスクルセイド)』。近付くものをなんでも吸い込む異界の穴だ。
オデットの魔霧をカザハ君の風魔法でまとめてこの中に捨てる。
穴は閉じちまえば通常空間と隔離されるから、オデットは削れた分だけ肉体を失うことになる」
この戦法自体の効果は実際のオデットの回復原理に左右されるが、
いずれにせよ魔霧の対策は必要になる。吸い込んだらHP吸収されそうだしな。
「魔霧の中で戦えば俺たちは確実に不利になる。お前の風魔法が頼りだぜ、カザハ君」
これで俺が抱えてるプランは全部吐き出した。
細かい配置調整は実際の戦闘でやるとして、大まかなポジション分けはしといた方が良いな。
「俺は後衛で適宜デバフを撃つ。ガザーヴァは遊撃と俺のバックアップ。
ぜってー長丁場になるからシャーデンフロイデは必須だ。あのクソ吸血ババアをデバフ漬けにしてやろうぜ。
カザハ君は前線でバッファーと霧の排除。例のハイパーバフを使ってくれ。
それから――」
俺はジョンの方に向き直る。
オデットにはじめて会ったその時から、
こいつだけは常に聖母を警戒し、その内に秘めた闇を見抜いていた。
『オデットは信頼に必要なすべてを怠った』。
自分自身を省みるかのような、ジョンの口にしたその言葉が、今も頭に残ってる。
「オデットのことを、この中で一番分かってんのは多分お前だジョン。
だから、お前の見立ては信用できる。俺が信用する」
ジョンは――救いを求めるオデットの中に、かつての自分を見ているのかも知れない。
過去を振り返ることをやめたこいつにとって、オデットは、きっと違う選択をしたジョン自身だ。
「最前衛、タンク役はお前に任せる。あの分からず屋の聖母様に、一発キツいのくれてやれ」
【明神案:ブレイブには捕獲や召喚みたいにゲームシステムを現実世界で扱う力がある。
→ならオデットもゲームのボスとして扱えばゲームみたいに殺せるのでは(憶測)
HPを削るためのDPS確保については丸投げ
ネクロドミネーションがあるからヤマシタを前線に出せない。エンバースどこいった
魔霧対策にユニットとカザハ君の風魔法のコンボ】
-
【ラスト・ピース(Ⅰ)】
夜が明けた。遺灰の男は依然として大聖堂の屋上に潜んでいるままだ。
懐から遠眼鏡を取り出す/街を見下ろす――聖都は平常運転に戻りつつあった。
聖罰騎士による哨戒は残っているが、大通りの市場はいつものように活気付いている。
「……妙だな」
いや――むしろいつも以上に、活気付いていた。
昨夜の騒動が原因といった様子ではない。
ただ純粋に、街は賑わっていた。
「フラウ。街の様子がおかしい。なんて言うか……こう、賑やかなんだ」
フラウの返答=伸縮自在の肉体が大きく膨張――深い溜息。
〈はあ。何か策が浮かんだのかと思えば……〉
「いやいやいや、待ってくれフラウさん。昨日あれだけの大騒ぎがあったんだぞ。
なのに今日は……ほら大通りを見ろ。とんでもない数の人と物が行き交ってる」
〈……確かに、妙ですね〉
「きっと何かがあるんだ。駄目で元々でも俺達を捜索するより、優先すべき何かが」
フラウが小さく跳ねる/屋上の縁へと飛び乗る――遺灰の男を振り返る。
〈少し、街の様子を探ってきましょう〉
「ああ、行こう。何か、オデット攻略の糸口が見つけられるかも――」
〈……行こう?昨日その格好で大立ち回りをしたあなたが、一体どこへ行くおつもりで?〉
遺灰の男=予想外の返答にやや呆然。
「それは……確かにそうだけど。でも――」
〈でも、なんです?まさか私がしくじるとでも?〉
フラウの身体的特徴=極めて小柄/伸縮自在の軟体/街並みに紛れる白い体色――隠密行動に最適。
「……そうだな。悪い。今回は任せるよ、フラウさん」
〈よく出来ました〉
瞬間、フラウが飛び降りる――自由落下の最中、触腕による振り子運動で大きく跳躍。
聖堂の敷地外へと勢いよく飛び出して、大通りに並ぶ商店の屋上へ着地。
それからもう何度か跳躍して、遺灰の男の視界から消えた。
「……クソ。もどかしいな」
遺灰の男が項垂れる/力なく呟く――本当なら、自分一人でオデットを倒す筈だった。
勝算はあった――だが実際には気圧され、何も出来ずに逃げ帰ってきた。
今だってそうだ。手段を選ばなければ、やりようはある筈なのに。
例えば――火属性の力はオデットへの再生阻害だけでなく人払いにも使える。
遺灰の男なら白昼堂々、大聖堂に乗り込んでもオデットと一対一の戦いに持ち込める。
試してみる価値はある筈だ――なのに、どうしてもそれを実行に移そうという気になれない。
-
【ラスト・ピース(Ⅱ)】
「……ハイバラだったら、きっとこんな風に迷ったりしないんだろうな」
〈――どうでしょう。そうやって一人で悲観的になっているのは、かなりハイバラにそっくりですよ〉
「うわっ!?」
不意に、背後から聞こえた声――振り返れば、いつの間にかフラウが戻ってきていた。
「……おい、戻ってたなら声かけてくれよ。びっくりするじゃないか」
〈今戻ってきたばかりですよ。そんな事より――分かりましたよ、街が賑やかだった理由。聖樹祭です〉
「聖樹祭……」
そのイベントに、遺灰の男は覚えがあった。
「それは、ツイてるぞ。お誂え向きだ……じゃあ、街がやけに賑やかなのは――」
〈ええ。ここ数日、聖樹祭の為に信者やら商隊やらが集まっているそうです〉
「……なるほどな」
遺灰の男が小さく、何度か頷く。
「それで……いつからだ?」
フラウが街角から剥ぎ取ってきた、祝祭告知の羊皮紙を投げ渡す。
〈……なゆたさん達はどうしますか?私達だけが先んじてばかりというのも、良くない。何か合図を――〉
「……いや、必要ないよ。みんななら、きっと同じ結論に辿り着くと思う。
オデットをテイムしようって部分は、ともかく……大凡は、同じ結論に」
〈……確かに、そうでしょうね。では、こちら側がどう動くかだけ、決めておきましょう。
期間中、神門の前には大勢の聖職者が集まるでしょう。そこまでは容易に近づけますね〉
「そこからは……まぁ、アドリブでどうとでもなるだろ。騒ぎを起こして、忍び込む。いつも通りだ」
遺灰の男=自然な口ぶり――そのいつも通りは、あくまでハイバラの記憶でしかないのに。
「……あー。まあ、勿論ハイバラにとっては、だけど。俺は精々、しくじらないように頑張るよ」
すぐに己の発言の不完全性に気付く/弁明する――フラウの返答は、ない。
〈……遺灰の方〉
十秒弱の沈黙の後、フラウが遺灰の男を見上げた。
「わ、悪かったよ!俺なんかがハイバラぶってたら、そりゃいい気分じゃ――」
〈違います。遺灰の方……ハイバラの心臓を、あなたの中に戻してみませんか?〉
今度は、遺灰の男が沈黙する番だった。
「な、何の為に?そんな事したって、俺は――」
〈――あなたは。あなたがあなたになったばかりの頃、見るに堪えないハイバラの紛い物でした。
ですが、あなたは変わった。少しずつ。今では……私にも分からなくなりました。
あなたが本当にハイバラじゃないのか……ハイバラがどこにいるのか〉
フラウの肉体が溶け落ちる/内に秘めた、黒焦げた心臓が露わになる――白い触腕がそれを掴む。
-
【ラスト・ピース(Ⅲ】
〈もしかしたら……あなたがハイバラに戻れないのは、この心臓が欠けているから。ただ、それだけの理由だったりして〉
黒焦げた心臓が、遺灰の男の前へと掲げられる。
〈あなたは、どう思いますか?〉
「……俺は」
遺灰の男が、その心臓に手を伸ばす――だが、それに触れる事なく空を握る。
「……ごめん。やめとくよ。その……上手くいく自信が持てない」
フラウは――小さな嘆息を零して、黒焦げた心臓を体内に戻した。
〈……そうですか。確かに、今の返答はハイバラには似ても似つかないですね〉
分かっている。ハイバラなら、なんて言っていたか――遺灰の男には分かっている。
ハイバラなら、きっと試してみる価値はあると、そう言っていただろう。
どうせ駄目だったとしても、何か損をする訳ではないのだ。
ただ、自分が完膚なきまでに偽物だと思い知らされるだけ――たった、それだけなのに。
〈まあ、いいでしょう。今の話は忘れて下さい。益体もない話でした〉
気まずい沈黙が訪れる/遺灰の男は何も言えないままだ。
〈……日が暮れたら、もう一度街に出て物資の調達でもしてきましょうか。
聖樹祭に向けて、商人と一緒に希少な祭具の類も集まって来ている様子でしたから。
それに、神門の様子見も。明日の内に神門の向こう側に潜めそうなら、それに越した事はない〉
フラウが前触れもなくそう言った――明らかに気を使われていると、遺灰の男にも分かった。
「……そうだな。頼む」
〈……頼むじゃなくて。どんなアイテムが欲しいとか、ないんですか〉
「あ……ああ、すまない。じゃあ、えっと――」
ハイバラなら、こんな時なんて言うのか――先のやり取りを経た後でも、遺灰の男は考えてしまう。
それは単なる習慣を超えて、殆ど条件反射に近い――自己嫌悪に裏付けされた、強固な条件反射だ。
「――折角だし、一緒に行かないか?夜なら、もし見つかっても身を隠すのは簡単だし」
故に――遺灰の男はこの話の流れで、今日一番の失言を零した。
-
【ラスト・ピース(Ⅳ)】
〈……は?〉
「……あっ」
フラウの/遺灰の男の、間の抜けた声。
〈あなた……正気ですか?私が折角、腰抜けのあなたに気を使ってあげたと言うのに、言うに事欠いて……!〉
信じられないと言った声色/怒りに震えるフラウの矮躯。
〈しかも、何が一番腹が立つって……〉
そして深い溜息。
〈……ハイバラなら、きっとそう言っていたに違いないって事です〉
「あ……あはは。やっぱり、そうだよな?ハイバラなら、きっと――」
乾いた笑い――気まずさのあまり、開き直る遺灰の男。
〈日毎に商人が街に増えるなら、決戦直前でないと入手出来ない、街に現れないアイテムがある筈〉
「だよな?実際、吸血鬼であるオデットに有効なアイテムは、探せば見つかると思うんだ。
エーデルグーテに着いてすぐ、アイテムの補給と装備更新はしたけど。
オデットだけをメタるとなれば、話はまた違ってくる」
フラウがもう一度、今度は小さく溜息を零す。
〈……さっきの話ですが〉
そして遺灰の男を見上げる。
〈やっぱり、忘れなくていいですよ。覚えておいて下さい〉
「……それは」
遺灰の男は何も言わない/何も言えない――どう答えていいか、分からなかった。
-
>「……ありがと、ジョン。嬉しいよ。
そうだね、わたしは無茶する。生憎なんだけど、それはどうしたって止められないよ。
でもね、無茶と無謀は違うんだ。わたしは出来る無茶をする、勝ち目があるから飛び出せる。
ジョンのことも、みんなのことも。信じてるから――
今回ばっかりは、わたしのワガママに付き合って。わたしはどうしても……ポヨリンにまた会いたいの」
「無謀なんてしないし、させるもんか」
僕は二度となゆにあんな顔させない。
その為に乗り越える事は多いし不安もたくさんある。でも…
>「しゃーねーなァ、ボク的にはどーだっていーコトだケド、一肌脱いでやっか!
貸し1だかんなモンキン! ノシつけて返せよ!
お前らも手伝えよな、十二ハシゴの三人組!」
こんな事この世界に来る前の僕なら…考える事すらなかっただろう。
これは成長なのか…それとも戦う人間として退化なのか…今は分からない…だから答えを探しにいこう
>「その、ポヨリン? に会いたいっていうのは、どういう意味?」
僕はオデットの事に関して不安があるわけではない。このPTならなんとかなるという確信めいた物だってある。
でも本当に一つだけ不安があった。ポヨリンが…なゆの思った通りの再会にならないんじゃないかって…
「…」
>「本当になゆたちゃん、連れて行くのか……?」
カザハの問に僕は答えられないでいた。どうか僕の杞憂でありますようにと…願う事しかできない。
>「連れてくよ。オデットから譲歩を引き出すには、あいつ自身が『オデットを殺せるブレイブ』になる必要がある。
お前の心配はもっともだと俺も思うけどさ」
なゆが…今の自分を保ったまま乗り越えられるように…。
僕達がしてやれる事はその状況を作る事であって…最後はなゆが自分で対面しなければならない。
なゆを信じているとは言った。いや信じてはいるさ…でも…辛い目にあったなゆにさらに追い打ちを掛ける事にも…。しかし…僕にはどうする事もできない…
-
>「オデットに死を与える方法。それは――HPをゼロにすることだ」
「あ〜…こんな事言いたくないんだけどな?それが出来たらそもそもこんな会話してないんじゃないか?」
当然他の継承者達も大騒ぎ。そりゃそうだ…できたら苦労しない。
いくらブレイブといえども火力だけで言えば継承者達のほうがあるだろうし…そもそも面倒な封印術式だって作らず火力魔法の一つでも作るだろう。
>「カテ公の言ってた『教帝殺し』……ゲーム上の実績としてのそれを、俺は取得してる。
……ああ、この世界はゲームと違うってのはもちろん分かってるよ。
でもそれは一旦脇に置いて欲しい。重要なのは、『ゲーム上ではオデットを殺せた』って部分だ」
>「繰り返すが、俺たちブレイブはこの世界の特異点。世界の摂理をゲームシステムで上書きできる存在だ。
これは俺が今まで幾度となく死線を潜って来た経験と知見を踏まえた結論だが……
『ブレイブの能力』の本質ってやつは、この『世界の再定義』にあると考えてる」
確かに思うところはある
>「世界一ゲームがうまいだけのミハエルの野郎ですら、堕天使を喚ぶことなく生身で『縫合者』をワンパンできた。
もともと一般人のはずの俺にしたって、勉強しただけで魔法を覚えて扱えてる。
……まるで、ゲームのレベルアップみたいにな」
エンデ追いかけた時。通常人間ではありえない高さまでジャンプし平然と着地をした。
その時はなんとも思わなかった…しいて言えば成長したな。と思ったくらいだけど…
明神に今言われて…いくら何でも違和感を抱かないのが物凄く大きな違和感に感じる。
「たしかに僕は…普通の人間とは体の出来が違う…けど言われてみれば…少し異常な身体能力の上がり方をしている…」
裏付けする方法はない…けどそんな事はありえない、考えすぎだと言える根拠もない…。
いやむしろそう思えばしっくりくることの方が多いように感じる…。
>「再戦のとき、俺達はエンバースの言葉に突き動かされて、プレイヤーとしての対策を徹底した。
パターン覚えて地形でハメてデバフ撒いてパリィして……って具合にな。
そして勝った。あの無敵の兇魔将軍に、人間の俺たちが、ゲームの戦い方をゴリ押ししてぶっ倒したんだ」
「完全にゲームと同じとは言えない所もたしかにある…けど…【ボス戦闘用のフィールド】で戦い【ボスのパターン】を把握し【ボスの弱点を突く】のを徹底として行い…
その結果戦闘に勝利した…言われてみれば…現実の戦闘というよりは限りなくゲームの勝ち方に近い…」
そしてただの人間の僕達が普通ではない成長を遂げている事。
なゆがオールラウンダーの勇者・明神なら肉体的には弱いが呪文が使える魔法使い・僕なら…体力が高い戦士…多少こじ付けもあるが似たような成長をしているのはたしかだ。
カザハとエンバースに至っては種族すら変わっている。
現実とゲームの境界が曖昧?…………当然いくら考えても答えがでるはずもなかった。
-
>「問題は……そのクソほど高いHP。『永劫』の代名詞にもなってる膨大なオデットの体力だ。
こいつを削りきれなけりゃなんの話にもならん。こっからはオデット攻略の話をするぞ。
勝負を仕掛けるのは昼間だ。吸血鬼の力は大きく削がれるだろうが……それでも、
戦いが始まればオデットは『本気モード』で応戦してくるはずだ」
>「単純に図体がでかくなるだけでもリーチと物理攻撃力の向上が厄介だけど、
それ以上に警戒しなきゃならないのは奴のユニークスキル『ネクロドミネーション』。
設定通りなら、アンデッドを強制的に操作する、俺にとっちゃ天敵になる魔法だ」
>「ヤマシタはもちろん、エンバースもこいつには抗えねえ。
……あいつが今どこに居るか知らんが、既に操られてる可能性だってある。
場合によっちゃエンバースが敵に回るかもしれないってことは、覚えておけよ」
「いざとなったら…僕が抑え込む。オデットの操る力がどれほどのものか分からないが…
エンバースの知恵付きならともかく純粋な力比べなら僕に分がある…もし知性付きで寝返られたら…」
洗脳の操れる範囲次第だが完全に操られたら僕一人では勝ち目はないだろう。エンバースの絡め手を回避できるほど僕は戦闘中の知恵が回るほうではない。
エンバースの事だ…まだ見せていない手があるだろう…そうなったら総出で対応しなければいけない…ただでさえ人が足りないのに…
>「――ユニットカード『奈落開孔(アビスクルセイド)』。近付くものをなんでも吸い込む異界の穴だ。
オデットの魔霧をカザハ君の風魔法でまとめてこの中に捨てる。
穴は閉じちまえば通常空間と隔離されるから、オデットは削れた分だけ肉体を失うことになる」
さすが我がPTの司令塔。思ついた作戦を即座に整理し、それを組み立てみんな割り振っていく。
作戦をなんとなく思いつく事はだれにでもできる。しかしこれほど正確に組み立て、役割を振り分ける事は中々できるもんじゃない。
元の世界に帰ったら自衛隊の後方部隊にスカウトしてみようかな?
>「俺は後衛で適宜デバフを撃つ。ガザーヴァは遊撃と俺のバックアップ。
ぜってー長丁場になるからシャーデンフロイデは必須だ。あのクソ吸血ババアをデバフ漬けにしてやろうぜ。
カザハ君は前線でバッファーと霧の排除。例のハイパーバフを使ってくれ。
それから――」
関心していると明神が僕に振り返る。
「僕は何したらいい?」
>「オデットのことを、この中で一番分かってんのは多分お前だジョン。
だから、お前の見立ては信用できる。俺が信用する」
「…卑怯じゃないか明神。そんな事言われちゃったらさ…」
僕はあのオデットとかいう母を名乗る不審者が怖かっただけだ。妙に安心するし…それでいて不愉快で。
僕は何一つ理解してないししたくない。家族や…ロイを理解してやれなかった僕にできるとも思えない。
今までずっと間違えてきた。シェリーの事、ロイの事、家族の事、誰かが変えてくれるって縋ってきた今までの僕の人生。
自信なんかこれぽっちも沸いてこない…僕は弱くて…すぐ逃げる臆病者だから…けど…
「俺が信用する」なんて…言われちゃったらさ…
>「最前衛、タンク役はお前に任せる。あの分からず屋の聖母様に、一発キツいのくれてやれ」
「正直僕には…オデットがなにを考えているかなんてわからないよ…僕は死にたいと思った事はあっても彼女みたいに行動には移せなかった…
罰してほしいって誰かに殺して欲しいって…思っても行動には移せなかった弱虫なんだ…けどそこまで君に言われて…」
これだけ言葉を尽されて…それでもできないだとか…無理かもしれないとか…言えないじゃないか
「任せてくれ!あの自称母を名乗る不審者に眼に物見せてやる!って言えないようじゃ男じゃないよね?」
-
しかし、任せておけとは言ったものの火力を出す方法については今だ結論はでない。
全員で最大火力を叩き出すとはいえ…切り札は多ければ多い程がいい…
「永劫っていうからにはやっぱりリジェネ効果が凄まじいんだろうし…大きい一撃が欲しいところ…」
頼みの綱のエンバースも期待できるかと言えば限りなくNOに近い…
となれば僕達だけで火力を出す用意をしなくてはならない。でも部長砲弾は対人間には効くだろうがオデットに有効打を与えられるか怪しい…
記憶を蘇らせる。今までの人生で見た中で一番の火力に長けた技はなんだろう。
永劫と名のついたオデットを滅ぼす可能性があるような技を今まで見た事があるだろうか?
もちろん人間やちょっとしたモンスターを文字通り蒸発させるような技は数多くある。…けどそれじゃあ足りない。
相手は永劫という名を冠していて…自分でも死ねないほどの再生力・不死のような能力を持っている。
もっと…もっと瞬間火力に長けた大技……それこそ神でさえ一撃で葬りされるような一撃が…一撃が…。
一太刀で神さえ滅する威力を持った技?
「永劫を…滅ぼせるかもしれない…技が一つだけ…心当たりがある………
本当に使えるか分からない…もし実際に使えたとしても…気分がいいもんじゃない…けど一番可能性がある…いやでも」
なゆを見ながら…口が淀む。あの技がもし一発でも使えたなら…可能性があるかもしれない。
僕一人じゃ発動してもゴミのようなダメージしかでないかもしれないが…みんなと協力して…あの力を使えば…
明神の言う通り僕達がゲームの世界の住人のような成長をしているのなら…使えるかもしれない…けど…名前すら口に出すのすら躊躇われるあの技を…僕が使うのか?
「分かってる…可能性があるなら躊躇わずに言うべきだって…どんな手段も選んでられないって…」
ここまで口に出てしまった以上…言わないわけにはいかない。
分かっている…可能性がある以上口にしないのはいけない事だって…分かってはいるんだ…
僕はなゆから目を逸らしながら…その技名を言い放った。
「業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)」
場が凍り付く。当たり前だ…この技は事の発端。イブリースがポヨリンさんに放った…必殺の一撃。
その名前を出すことが…どんな意味を、衝撃を持つのか僕だって分からないわけじゃない。
「もうここまで来たら隠し事はやめるよ…別に隠してたわけでもないんだけど」
なぜ僕が発動できると思ったのか…そして使うには僕自身も乗り越えなきゃいけない物がある。
それを全部伝えなきゃこの可能性は生まれないと言ってもいい。
「みんなには黙ってたけど…僕の体には大暴れした…ブラッドラストの力がまだ眠ってる。感じるんだ…血を流す度に感情が沸き上がるんだ。
これは僕の中にあって…いや…違うな…きっと僕自身なんだ…僕の戦闘に対する欲求…死と隣合わせの興奮と共に溢れ出てくる…」
イブリースとの闘いの最中…冷静に考えて思えば僕はその状況を楽しんでいた。真面目にみんなが戦ってる時僕は快楽に浸っていたのだ。
意識として持っていたわけじゃない。でも…イブリースの剣を回避しながら…死の境をさ迷っていて…嬉しくなかったといえば…それは嘘になる。
認めなきゃいけない。きっと…まず向き合う事がこの力をほんの少しでもコントロールする唯一の道だから。
「この世界に来てから何回も自分の体を壊した。でも僕は一度だって苦痛だなんて思った事はない…むしろ逆さ
ブラッドラストは…持ち主が…殺しをより刺激的に、効率的に楽しむための補助輪のようなものに過ぎないんだ」
普通人間は怪我をすればパフォーマンスが落ちる。人間の体は限界を超えないように出来ているからだ。
しかし僕にはそれはない。それどころか平常時より強くなると言ってもいい。
僕は一度完全に力に飲まれた。だからこそロイを殺すに至った。純粋な力で言えばロイは僕の足元にも及ばなかった。ロイよりも僕のほうが圧倒的に…殺しが…好きだったからだ
ロイは僕の為に後から血に手を付けた。でも僕は…僕の手は最初から血に塗れていた。
「………認めたくない事実だが…僕は命の奪い合いが…好きだ」
無意識にブラッドラストの力を使っていたのかもしれない。自分でも知らないうちに。
-
「明神いう通りゲームの部分があるのなら…プレイヤーが技の一つを習得したっておかしくないはずだ…
たしかにブレモン本編にイブリースの技を模擬する機能なんてない…でも機能があるないという話を言い出したら…僕のこの力もミハエルのあの強さだって可笑しいって事になる。」
「もちろん…再発動するために人を殺すつもりはない…今までの経験と傾向的に僕とオデットがお互い限界まで消耗しているような状況に持ち込めば…少しの間行使できると思うんだ」
人を殺せば条件を簡単に達成できて、さらに強力に力を使えるだろうが…あまりにも強すぎればまた飲み込まれる可能性が高い…それに約束も破る事になる。
約束を守りつつ…発動条件が揃うとすれば…僕とオデットが血を流し…気分が最高潮になったその時だ…その時しかない
「この忌々しい力と…みんなの協力があれば…疑似的にあれを一回…発動させる事ができる。意識してやった事はないが…できるという確信がある
発動条件が僕もオデットも血を流さないと満たせない都合上時間が掛かるし、最悪オデット以外の問題がもう一つ増える事になるかもしれない…けど他に作戦がないなら…永劫に可能性を見せるなら…僕がやる」
敵のスキルを盗むなんてあまりにも馬鹿げてると思う。でも…永劫を殺しきるなら火力がオーバーすぎるという事はないはずだ。
しかもこの技…業魔の一撃はポヨリンを殺した技でも…けど負けるわけにはいかない。もう一度ポヨリンになゆを合わせてあげるためにも…
「ごめんなゆ…でもエンバースを頼れない以上…切り札は多い方がいいと思う…もちろん使わないに越した事はないよ…でも…」
なゆの返事を待たずに席を立ちアシュトラーセの前に移動する。
ごめん…こんな皮肉な作戦しかおもいつかないくて。許してくれとは言わない
「すまない…二日後の作戦開始までの間場所を貸してくれないか…僕が暴れても構わなくてある程度広さがほしい
そして作戦開始の時間までだれもこれないよう鍵が掛かる部屋がいい。」
スキルを習得するならイメージが肝心だ。幸いイブリースの戦い方・どんな心を持っているのか…は完全にはわからないがその両方のある程度を僕は知っていた。
後は僕の心構え次第だ…ブラッドラストという禁忌の力をもう一度自分の意志で行使する覚悟…操られない心の強さ…仲間への思い。
どれが一つも欠けていては達成することはできないだろう。僕は2日という短い間に…全てを克服しなければならない。
アシュトラーセから部屋の鍵を受け取ると…僕は食堂の扉に手を掛ける。
「ごめんみんな…本当はいろんな作戦を立てたかったけど…今は時間は一秒も無駄にできない。
みんなで作戦を練っておいてくれ…話は後で聞くからさ…別の作戦があるのがそれが一番いい…こんな力無駄になったほうがいいに決まってる」
【オデット消滅に業魔の一撃が使えるのではないかという提案】
【その他代案・作戦をその場にいる全員に丸投げ。自分は精神と時の部屋に業魔の一撃を習得する為にIN】
-
>オデットに死を与える方法。それは――HPをゼロにすることだ
作戦決行まであと二日に迫った夜、すっかり定例となった食後の作戦会議の席で、明神はそう切り出した。
>あ〜…こんな事言いたくないんだけどな?それが出来たらそもそもこんな会話してないんじゃないか?
「……やはり妾の見立て違いであったかの」
ジョンとエカテリーナが呆れたように突っ込む。当然だ、そんなことが出来るものならとっくにやっている。
しかし、明神の作戦には続きがあるようだった。
ばーかばーか! とガザーヴァに煽られながらも、めげずに口を開く。
>カテ公の言ってた『教帝殺し』……ゲーム上の実績としてのそれを、俺は取得してる。
……ああ、この世界はゲームと違うってのはもちろん分かってるよ。
でもそれは一旦脇に置いて欲しい。重要なのは、『ゲーム上ではオデットを殺せた』って部分だ
明神の言葉を要約すると、つまりこうだ。
このアルフヘイムに存在する不死の怪物であるオデットに正攻法で挑んだところで、勝ち目はない。
しかし、彼女を『ゲームのそういうエネミー』と定義付けてしまえば、その限りではなくなる。
現実のアルフヘイムとゲームのブレイブ&モンスターズ! は互いに密接な関係にある。
現実世界に存在するオデットを、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の得意とするゲームの土俵に引きずり込む――
そうすることで、彼女とも対等に渡り合えるはずなのだ。
>目の前の現実を、その世界の摂理や法則を、『ブレイブ&モンスターズ』の法則で塗りつぶす。
それが、俺たちブレイブ自身に備わった能力――俺はそう解釈してる。
ミハエルが生身であんだけ強いのも、この力を自覚的に使いこなしてるからだろうぜ
「……そんなことが……」
一見すると荒唐無稽な話だが、なゆたにも確かに心当たりがある。
なゆたはリバティウムのデュエラーズ・ヘヴン・トーナメントで、ステッラ・ポラーレをゲームのルールに当て嵌めて倒した。
もしもまともに戦っていたなら、なゆたはポラーレには絶対に勝てなかっただろう。
バロールはかつてキングヒルで『異邦の魔物使い(ブレイブ)』にしか出来ないことがあると言った。
それがきっと、明神の言う『世界の再定義』なのだろう。
>ようはオデットとの戦いでもおんなじことをするのさ。今度は最初から、あいつをゲームのボスとして扱ってな。
ゲームと同じようにぶっ倒して、ゲームと同じように滅びを迎えさせる。
忘れるなよ。俺たちがブレイブである限り、オデットは絶対不死の存在じゃない。クソほどHPが高いだけのエネミーだ
>問題は……そのクソほど高いHP。『永劫』の代名詞にもなってる膨大なオデットの体力だ。
こいつを削りきれなけりゃなんの話にもならん。こっからはオデット攻略の話をするぞ。
勝負を仕掛けるのは昼間だ。吸血鬼の力は大きく削がれるだろうが……それでも、
戦いが始まればオデットは『本気モード』で応戦してくるはずだ
ゲームの中のオデットと敵対するシナリオを選ぶ場合、彼女は一度の変身を経る。
一段階目の人間形態は教帝の二つ名に相応しく光属性の魔法を多用するのだが、この形態のオデットは前座に過ぎない。
人間形態の体力をある程度削るとイベントが発動し、彼女はヴァンパイアとしての本性を現してくる。それが第二段階だ。
本気モードのオデットは身体が巨大化し、人間形態とは真逆で闇属性の魔法を連発してくる。
更にはリーチの長い腕の爪攻撃に、防御無視の牙。『邪視(イーヴィルゲイズ)』と呼ばれる麻痺デバフ、
更に下半身の魔霧はその範囲内にいる者にDoTダメージを与え続ける。
しかし、そんなオデットの攻撃の中で最も注意すべきなのは、ユニークスキル『絶対屍操(ネクロ・ドミネーション)』であろう。
>単純に図体がでかくなるだけでもリーチと物理攻撃力の向上が厄介だけど、
それ以上に警戒しなきゃならないのは奴のユニークスキル『ネクロドミネーション』。
設定通りなら、アンデッドを強制的に操作する、俺にとっちゃ天敵になる魔法だ
世界に存在するありとあらゆる不死者、アンデッドを強制的に支配下に置くという、
まさにアンデッドの頂点に君臨する王たる器のスキル。
死霊術師としての道を歩み始めた明神にとっては、まさに致命となりうる存在である。
>ヤマシタはもちろん、エンバースもこいつには抗えねえ。
……あいつが今どこに居るか知らんが、既に操られてる可能性だってある。
場合によっちゃエンバースが敵に回るかもしれないってことは、覚えておけよ
「エンバースが……」
明神の言葉に、ぞっとする。
そうだ、エンバースは『燃え残り』。紛れもなくアンデッドだ。
例え『異邦の魔物使い(ブレイブ)』であろうと、否――オデットを此方のフィールドに誘い込もうとするのなら、
エンバースは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だからこそオデットの支配から逃れられない。
ゲームのルールを盾に戦いを挑もうとしている『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が、それを蔑ろにすることはできない。
ここ数日カザハたちが変装して街の中を朝から日暮れまで捜索しても、エンバースの姿を見つけ出すことはできなかった。
オデットに単身で会いに行くと言ったきり、姿を晦ましてしまったエンバース。
彼はもうオデットの支配下に置かれ、膝を屈してしまったのだろうか?
あの、誰と戦うときも余裕と憎らしいばかりの皮肉げな振る舞いを崩さなかったエンバースが。
日本最強のプレイヤー、ハイバラが――。
――お願い、無事でいて……エンバース。
ぎゅっと胸の前で両手を握り、なゆたは祈った。
-
>……ネクロドミネーションがある以上、前衛に出せる札が2枚欠けてる。
ジョン、カザハ君、ガザーヴァ。それから継承者3人。このメンツで、オデットのHPを削らなきゃならねえ。
DPSを極限に高める――やり方は、任せて良いか
「……勿論、出来る限りのことはするわ。
こちらにも目的がある。そのためにも『永劫』の賢姉にはここで止まって貰わなければ」
「ほ、大船に乗ったつもりでおれ。
元はと言えば身内の内輪揉め、それに外部の者を加勢させて何もせぬというのは妾としても具合が悪いのでな。
『虚構の』エカテリーナの魔術、その極致を見るがよい」
アシュトラーセとエカテリーナが共に頷く。
アシュトラーセは光属性の魔法を中心とした高位魔術師であり、また戦闘司書として直接攻撃にも秀でたオールラウンダーだ。
エカテリーナは千変万化の虚構魔法でオデットの攪乱に大いに役立ってくれることだろう。
が、エンデは何も言わない。
数日前、カザハが継承者たちにエンデに能力を訊ねても、快く教えてくれた女性陣とは違いエンデは何も言わなかった。
聞けばアシュトラーセとエカテリーナもエンデの力についてはよく知らないらしい。
ただ、いつもは寝ていたりその辺りをぶらぶらしており、一見何も考えていないようだが、
時折神託のように何かを言っては、それが悉く的中するのだという。
そもそもこの隠し村で『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を待とうと言い出したのも、
ジョンたちが聖都を訪れたタイミングをピタリと言い当て、迎えに行くと言ったのもエンデだったようで、
その天啓のような言葉には他の継承者も全幅の信頼を置いているのだった。
三人の継承者の協力を得られるとは言っても、今まで主力としてきた戦力が二名欠けるのは心許ない。
とはいえ、無いものは仕方ない。今ある持ち駒をやりくりして、何とか勝利を掴むしかないのだ。
「ん。遊撃とバックアップはいいケド。――ところで明神、ひとっつ確認してもいい?
別に、アレを倒しちゃっても構わんのだろう?
……なんちってそれ死亡フラグだわやっぱナシ!」
ガザーヴァがキリッ! と渋い顔で言い放ってから、愉快げに笑う。
「任せとけって、ボクと明神のさいつよコンビがあーんなオバチャンになんて負けるもんか。
這い蹲らせて謝らせてやんよ、調子こいてて申し訳ありませんでしたーってな!
それに――」
明神が肌身離さず懐に抱いているデモンズピューパ、マゴットに右手を伸ばすと、ガザーヴァはそっと繭の表面を撫でた。
「ボクらにはコイツもいる。
マゴちんも、そろそろ外に出たいだろ。……一緒に戦えるといいな」
自分が風属性ではないと発覚して以来、ガザーヴァは何かと折を見てデモンズピューパにちょっかいを掛けていた。
気まぐれにつついてみては、今動いた! なんて笑ってみたり、抱かせて! と明神にねだったり――。
虫好き勢のむしとりしょうじょといがみ合ってみたり。
それは同じ闇属性同士、マゴットに対してシンパシーを抱き始めたということなのかもしれない。
ガザーヴァが繭を撫でると、軽く中身が蠢く。
成長している。どくん、どくん、と脈動している。
マゴットはレイド級モンスター・ベルゼブブの幼虫だ。
もし羽化すれば、不足した『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の戦力を補う心強い味方になってくれるかもしれない。
>オデットのことを、この中で一番分かってんのは多分お前だジョン。
だから、お前の見立ては信用できる。俺が信用する
最後に、明神がジョンへと水を向ける。
現状『異邦の魔物使い(ブレイブ)』で最大のアタッカーはジョンだ。
ジョンの破城剣なら物理攻撃力は充分だろう、尤も――魔霧の肉体を持つオデットに、
純な物理破壊力がどれほど有効かは分からない。
ひょっとしたらその尋常ならざる回復力によって無効化されてしまうかもしれない。
しかし、明神の信頼に対しジョンはしっかりと返答をしてみせた。
>任せてくれ!あの自称母を名乗る不審者に眼に物見せてやる!って言えないようじゃ男じゃないよね?
>永劫を…滅ぼせるかもしれない…技が一つだけ…心当たりがある………
本当に使えるか分からない…もし実際に使えたとしても…気分がいいもんじゃない…けど一番可能性がある…いやでも
オデットはゲーム中では断トツの生命力を持つキャラクターだ。
そのふざけたHPの数値は二位の超レイド級モンスターさえ遥かに引き離している。
彼女のそんな馬鹿げたライフを根こそぎ削り切る、尋常ならざる手段。
ジョンには、その心当たりがあるようだった。
ただし、その歯切れは悪い。
ちらちらとジョンに顔色を窺われ、なゆたは怪訝な表情を浮かべた。
>分かってる…可能性があるなら躊躇わずに言うべきだって…どんな手段も選んでられないって…
もごもごと逡巡し、決して短くない躊躇の果てに、ジョンが口にした言葉。
>業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)
それは、この場にいる者が誰ひとりとして思いつかなかったものであった。
「業魔の……一撃……!」
ジョンの口にした思いがけない名前に、なゆたは思わず息を呑んだ。
『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』。
ニヴルヘイムの首魁、兇魔将軍イブリース最強の攻撃にして、ポヨリンを撃破した無双の剣。
その名はなゆたにとってまさに呪いの言葉と言っていい。
しかし、ジョンは意を決してさらに言葉を紡ぐ。
-
>みんなには黙ってたけど…僕の体には大暴れした…ブラッドラストの力がまだ眠ってる。
感じるんだ…血を流す度に感情が沸き上がるんだ。
これは僕の中にあって…いや…違うな…きっと僕自身なんだ…僕の戦闘に対する欲求…
死と隣合わせの興奮と共に溢れ出てくる…
「……なんてこと」
なゆたは愕然とした。
螺旋廻天レプリケイトアニマでの激闘、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の総力を尽くした戦いによって、
そしてシェリーの献身によってやっと消滅させたはずの忌むべき力。
ブラッドラスト――あの狂気の力が、まだジョンの中にあるという事実に慄然とする。
>………認めたくない事実だが…僕は命の奪い合いが…好きだ
>明神の言う通りゲームの部分があるのなら…プレイヤーが技の一つを習得したっておかしくないはずだ…
たしかにブレモン本編にイブリースの技を模擬する機能なんてない…でも機能があるないという話を言い出したら…
僕のこの力もミハエルのあの強さだって可笑しいって事になる
ジョンは独白を躊躇わなかった。先日裏切りの算段を告白した彼にとって、もう隠すことは何もないということらしい。
彼の言う通り、ブラッドラストとは先天的・後天的を問わず彼に付与されたものなのではなく、
まさしく彼そのものであるのだろう。
マルグリットが聖灰魔術と切っても切り離せないように。エカテリーナが虚構魔術の代名詞であるように。
ブラッドラストは、ジョン・アデルというキャラクターを象徴づけるもの。
彼を構築する上で必要不可欠な要素、ユニークスキルだということなら、納得できなくもない……と思う。
ならば、レプリケイトアニマでの戦いはまったくの徒労に過ぎなかったのか?
否――
>もちろん…再発動するために人を殺すつもりはない…
今までの経験と傾向的に僕とオデットがお互い限界まで消耗しているような状況に持ち込めば…少しの間行使できると思うんだ
>この忌々しい力と…みんなの協力があれば…疑似的にあれを一回…発動させる事ができる。
意識してやった事はないが…できるという確信がある
発動条件が僕もオデットも血を流さないと満たせない都合上時間が掛かるし、
最悪オデット以外の問題がもう一つ増える事になるかもしれない…けど他に作戦がないなら…
永劫に可能性を見せるなら…僕がやる
ブラッドラストとは、つまるところ狂戦士(バーサーカー)の能力だ。
敵味方問わず、血を流せば流すほど――傷つけばつくほどに力を増し、劇的に強くなってゆく。
普段のジョンであれば、『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』を真似るなどという行為はとても不可能だ。
だが、ブラッドラストが最高潮に達したその瞬間ならば。
実際にジョンはタマン湿性地帯の戦いでは、あのイブリースと一時的にとはいえ互角以上の立ち回りを演じたと、
なゆたは報告を受けている。
ジョンはブラッドラストを制御しようとしていた。以前の血と殺戮の衝動に身を任せる精神の弱さは、そこにはない。
>ごめんなゆ…でもエンバースを頼れない以上…切り札は多い方がいいと思う…もちろん使わないに越した事はないよ…でも…
ジョンはすまなそうに謝罪した。
なゆたにとって『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』はポヨリンとの別れのきっかけとなったトラウマだ。
それを敢えて使うという行為に、ジョンが後ろめたさを感じているというのがよく分かる。
恐らく大きな葛藤があったということは、想像に難くない。
けれども勝利のためには、目的のためには手段を選んではいられない。
ジョンの気持ちは痛いほど理解できる、ただなゆたは彼の提案に対してすぐに肯うことはできなかった。
>すまない…二日後の作戦開始までの間場所を貸してくれないか…僕が暴れても構わなくてある程度広さがほしい
そして作戦開始の時間までだれもこれないよう鍵が掛かる部屋がいい。
「ブラッドラスト……という技能については知見がないけれど。
『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』なら私も知っているわ。
兇魔将軍イブリースの必殺剣……それを習得しようとするのなら、
そんな大きな力を振るって耐えられる部屋は生憎、この村にはないわね……。
ただ、この地下世界には万象樹の張り巡らせた根が作った大空洞がいくつか存在するから。
そういった場所を見つけるのは難しくないはずよ、自分で鍛錬に適した場所を探すといいでしょう」
アシュトラーセがジョンに返す。
ジョンがこの隠し村へ戻ってくることさえできれば、根の中のどこで修行してもいいということだ。
帰還についてはアシュトラーセはジョンに鍵代わりのキマイラの翼を渡してくれる。
これを使えば、どこにいたとしても瞬時に隠し村へ転移することが出来る。
>ごめんみんな…本当はいろんな作戦を立てたかったけど…今は時間は一秒も無駄にできない。
みんなで作戦を練っておいてくれ…話は後で聞くからさ…別の作戦があるのがそれが一番いい…
こんな力無駄になったほうがいいに決まってる
ジョンは余裕のない様子でまくし立てた。
「待って……ジョン」
早速鍛錬に向かおうとするジョンを呼び止める。
ガタリと立ち上がると、なゆたはジョンへ駆け寄った。そして、彼の大きな手をぎゅっと握る。
「こっちこそ……ゴメン。
こんなこと言っちゃいけないって分かってる。リーダーらしからぬ発言だって。仲間の命を顧みない選択だって。
でも――」
眉根を寄せ、唇を噛み締める。
けれども、心はもう決まっている。なゆたはジョンの蒼い瞳を真っ直ぐに見上げると、
「……必ず。勝とうね!!」
そう、精一杯に声を振り絞って強く言った。
-
時間を、空間を、ありとあらゆる世界を超越した『何処か』に、わたしはいた。
わたしの前にはふたりの人影が佇んでいる。どちらもわたしのかけがえのない友人であり、同僚であり――仕事仲間。
長い間苦楽を共にしてきた、共に支え合ってきた、肝胆相照らす存在。
けれど、その表情は一様に強張っている。そう、ここは和気藹々とした語らいの場などではない。
どころか。
今、堅牢であったはずのわたしたちの絆は、崩壊しつつあった。
「……本気で言っているのかい」
仲間のひとり――『ひとりめ』が押し殺した声で徐に問う。
そんな彼の言葉を聞き、もうひとり――『ふたりめ』が荘重に頷く。
「もう決めたことなのです」
「分からないな……確かに、ここ暫くの数値は伸び悩んでいる。それは認めようとも。
しかし、それはあくまで一時的なものだ。まだまだ巻き返せる……この世界はそれだけのポテンシャルを有している。
ここで終わりとしてしまうのは、余りに……我々の世界に対して、そして世界を愛してくれた者たちに対して、
不義理なんじゃないのかい?」
「そんなことはないのです。
もう、この世界もリリースして長いのです。UIもシステムも他に比べて古さは否めないのです。
起死回生の此方の計画も頓挫したのです。ならば、もう挽回は不可能なのです」
「スルト計画……。元々プレイヤーを魔王にしようなどという計画には無理があったんだ。
“彼”にムスペルヘイムを攻略させ、名実共に魔王として君臨させる。
ムスペルヘイムを領土として三界へ侵攻させ、他の者たちと戦わせる――。
そんなイベントがうまく行くはずがないと、私は何度も言ったはずだろう?
第一“彼”が我々の提案を大人しく呑む性格でないことは、君にもよく分かっていたはずだ。
尤も……彼と彼の仲間たちはムスペルヘイム攻略を前に死亡してしまったから、何もかも今更の話だけれど。
だが――」
「もう決めたことなのです」
取り付く島もない。『ふたりめ』の決意は固かった。
でも。わたしも『ふたりめ』の意見には反対だった。
『ひとりめ』の言う通り、あの世界たちはまだまだ続けられる。まだ発展していける、その力を持っている。
何より……わたしはあの世界を愛している。
あの、何もかもが異なっていながらも互いにバランスを取って存在している、三つの世界を。
其処に生きる命を――。
「もう、次のプロジェクトも立ち上げているのです。
次のジャンルは今回とは真逆のコンセプトで行くのです、現在ベータ版を鋭意製作中なのです」
わたしたちの意識の中に、膨大なデータが流れ込んでくる。新しいプロジェクトの企画書だ。
タイトルに、世界観に、主要なキャラクター。
そして、運営となるメインスタッフ。
その中に、わたしと『ひとりめ』の名前はなかった。
「……なんだって?
そんな話は聞いていないぞ!」
「…………」
寝耳に水の報告に『ひとりめ』が声を荒らげる。
『ふたりめ』は顔色ひとつ変えない。最初からその反応は織り込み済みであったのだろう。
「言っていないので当然なのです。お前たちは次回のスタッフから外すのです。解雇なのです。
次のプロジェクトは心機一転、新しいメンバーだけで運営するのです。
アルフヘイム、ニヴルヘイム、ミズガルズはおしまい。
そしてこの無駄な話し合いの時間も終わりなのです。今までご苦労さまなのです」
「あの三つの世界を創造したのは私だ! 私が手塩にかけて育んだものだ!
例え君であっても、私の世界を思う侭にする権利はない!
断じて――終わらせなどしないぞ!」
「もう決めたことなのです」
「……わたしたちが、それを阻止するとしたら?」
怒りに燃えて『ひとりめ』が歯を食い縛る中、わたしは意を決して『ふたりめ』に訊ねた。
そう、『ふたりめ』が終焉を願うなら、わたしたちは存続を願う。
わたしたちにはそれが出来る。それだけの力がある。
……そのはずなのだ。
「無駄なことなのです。やれるものならやってみるのです。
物分かりの悪いお前たちに、もう一度だけ言ってやるのです。これは最終決定なのです。
よく聞くのです――」
『ふたりめ』は言った。厳然たる宣告だった。
「『ブレイブ&モンスターズ!』は、おしまいなのです」
-
いったい、どれほどの時間が経っただろう。
わたしは協力者の少年と共に、何もかもが終わった世界の中にぽつねんと立ち尽くしていた。
一切合切、燃えてしまった。
ニヴルヘイムと其処に生きる者たちは消滅した。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』との最終決戦に敗れ去ったのだ。
大きな大きなイブリースも、さびしんぼうのガザーヴァも死んだ。
全知全能と見紛うばかりの力を誇った『ひとりめ』の彼さえ、もういない。
アルフヘイムも消え去った。ニヴルヘイムとの戦いに勝利したアルフヘイムの人々は、ミズガルズに新天地を求めた。
アルフヘイムとニヴルヘイムが消えれば、ミズガルズが同じ運命を辿るのも時間の問題だというのに……。
けれども、だからといって諦めることはできないのだろう。
例え一分一秒でも、長く生きていたい。生きることを諦めたくない。
そう足掻くのは生き物の性だ。わたしはそんな彼らを美しいと思い、今まで育んできたのだ。
でも――結局わたしは救ってやることが出来なかった。
今までできる限りの助力をしてきた。アルフヘイムとニヴルヘイムが手を取り合って進めるように、
この未曽有の危機を前に協力できるようにと。
なのに、結果はこれだ。
飛竜と戦闘機が上空でドッグファイトを繰り広げ、
隊列を組んだ巨大なタイラントの群れが立ち並ぶ高層ビルを破壊し、進路上にある乗用車を踏み潰しながら目抜き通りを闊歩した。
天高く聳え立つ東京スカイツリーにミドガルズオルムが巻き付き、四方へ長い鎌首を伸ばして口から閃光を吐き出し。
ゴブリンたちが当たるを幸い手当たり次第に無辜の民を手に掛けた。
周囲に満ちるのは炎、瓦礫、悲鳴と怒号。混乱、絶望――死。
何もかもが壊れ、形を失い、滅びてゆく。
燎原の火が地上の一切を舐め尽くし、後に残るものはただ一面の灰。燃え尽きたモノクロームの大地だけ。
――嗚呼。
守れなかった。救えなかった。みんなみんな死んでしまった。
あのとき『ふたりめ』に言ったことを、わたしは示すことが出来なかった。
わたしは無力だった。どうしようもなく愚かだった。
でも。
無力には、無力なりの遣り方がある。
此れから用いるのは、最後の手段。本当にどうしようもなくなった時のために用意していた奥の手。
『ひとりめ』さえその存在は知らない。わたしだけが知る、わたしだけが持っている、
わたしだけが使用することのできる――『たったひとつの冴えたやりかた(The Only Neat Thing to Do)』。
わたしは隣で同じように佇む少年をちらと見た。
熾烈な戦いの中でただひとり生き残った、最後の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
三界を侵食から救うため、わたしたちがミズガルズから召喚した勇者。
長い時間を、彼と過ごしてきた。彼に幾度となく助けられ、またわたしも彼を助け、死線を潜り抜けてきた。
幾度も挫けそうになって、膝を折りそうになって。それでも支え合って戦い続けた。
その結果が、この灰色の大地。
彼にはどれだけ謝罪しても足りない。この命のすべてを費やしても償いきれない。
理不尽に異世界へと召喚し、望まぬ戦いを強い、挙句その行為のすべてを無意味なものにしてしまった。
おまけに――
わたしはそんな彼に『まだ戦わせようとしている』。
「シンイチ」
わたしは彼に向き直り、ゆっくり口を開いた。
「わたしは、これからわたし自身の存在の消失と引き換えに、一度だけこの歴史を過去に戻します。
だから、どうか……どうかお願いします。今度は必ず、わたしたちと、あなたたちの世界を護ってください」
此処に総てを遣り直す。全ての争いを、すべての死を、一度だけなかったことにする。
そうして、今一度。彼らに立ち上がって貰おう。
彼にはつらい宿命を課すことになる。戦い、命を落とした『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちにも。
でも――それ以外に道はないのだ。
わたしは罪人だ。一度絶望した者に再度の絶望を、一度死した者に今一度の死を味わわせようとしている。
その代価は、わたしの消滅などというものでは到底支払うことはできない。
「……それと、もう一つ。
わたしは過去からも未来からも消えてしまうけれど、あなただけは……
少しでもわたしのことを憶えていてくれたら嬉しいです」
だのに。
消えていく身分で。逃げ出す身分で。
それでも憶えていて欲しい……だなんて、わたしはなんと強欲な女なのだろう。
彼は、シンイチは何も言わなかった。ただ、困ったような表情でわたしを見つめている。
いいえ、それでいい。それがいい。
もし何か言われてしまったなら、きっと。決意が鈍ってしまっただろうから……。
-
きっと彼は優しいから、わたしとの約束を守ってくれるだろう。
憶えているという約束を貰ったわけではないけれど、明確な否定も貰わなかったのをいいことに、約束して貰ったことにする。
そのくらいの我侭……きっと、許されるだろうか。
「……ありがとう」
わたしは小さく笑った。思えば、戦いと旅の熾烈さにかまけて、
アズレシアで彼と仲間になって以来、こうしてはっきりと笑ったことはなかった……気がする。
愛想のない女だと思われていただろうか。可愛くない女だって。
事ここに至り、心残りに思うことといったらそんなことばかりだ。
他の仲間たちに、わたしは引っ込み思案でいつも人と距離を置いてばかりだと言われたことがある。
自分ではそうは思わなかったのだけれど……でも仲間がそう言うのなら、きっとそうだったのだろう。
「さよなら、シンイチ」
わたしはシンイチに背を向けると、懐から銀の短剣を取り出し自らの左手のひらを十字に切り裂いた。
溢れ出る真紅の血液が腕を伝い、ぽたぽたと地面に零れる。
ゴウッ!!!
途端、烈風と共にわたしの周囲の地面に幾重もの多重魔法陣が出現した。
風に煽られたシンイチが後退する。
眩い白色に輝く魔法陣から莫大な量の魔力が放出され、灰色の大地を光に染め上げてゆく。
わたしは血を流す左手を天へと掲げ、高らかに詠唱を唱えた。
「――銀の魔術師の名に於いて。
召喚(サモン)――――『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』!!」
カッ!!!!
掲げた手の先、わたしの頭上に、『神』が出現した。
機械仕掛けの神。事態が収拾のつかないものになってしまったとき降臨し、総てを収束させてしまうシステム。
破壊し尽くされてしまったもの。零れ落ちてしまったもの。死んでしまったもの。
それらが喪われる前の旧い記憶が滅びゆく世界を離れ、新たな器の中へ複製されてゆく。
『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』、わたしの用意した器の中へ。
この新たな世界で、きっと。シンイチたちはやり遂げるだろう。
わたしの手が光になってゆく。消えてゆく。
彼らとは違う、永遠の喪失。わたしは次の周回を見ることなく、間もなくしてすべての時間と空間から消滅する。
わたしは世界を複製した。それは明確な違法アクセスだ。
クラッキングを察知した『ふたりめ』のセキュリティがわたしからアクセス権限を奪い取り、抹消に乗り出したのだ。
でも、もう手遅れ。
この世界を消し去らせはしない。新たな器がある限り、『ふたりめ』はその存在を無視できない。
彼は不本意にもこの器にアクセスするしかないだろう。そしてまた同じことをしようとするはずだ。
今回と同じように、三界を残らず消滅させてしまおうとするに違いない。
同じ手段で。方法で。
そこが狙い目だ。確かに何もしなければ幾度でも結果は同じになるだろう、けれど。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はそこまで愚かではない。
例え記憶はなくなってしまっても。断片的なものになってしまったとしても、きっと過ちを理解してくれる。
今回とは違ったアプローチで、必ず違う結末を引き出してくれるはず。
そして――
今度こそ。
……嗚呼。
それにしても、本当に……残念。
改めて振り返ってみれば、沢山したいことがあった。やり残したことがあった。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちに過酷な宿命を課した、それが後ろめたくて、ずっと控え目でいたけれど。
もし。もしも。
もう一度、彼らと旅が出来たなら。
今度はたくさん笑おう。誰かの後ろで様子を窺っているのじゃなくて、わたしの方からたくさん話しかけよう。
思っていることを迷わず口に出して、考えるよりも先に駆け出そう。
最後に思い描くのは、なんて楽しい未来――
-
「……は……!」
なゆたは木製の簡素なベッドから飛び起きた。
全身にびっしょりと汗をかいている。大きな眼を驚愕に見開きながら、なゆたはしばらく荒い息を繰り返した。
――夢。
顎から滴る汗を右腕で拭う。
作戦会議から二日経った。今日はいよいよ作戦決行の日だ。
泣いても笑っても、今日が勝負。数時間後にはポヨリンに会えるか否かが分かる。
昨夜はそんなことを悶々と考えてなかなか寝付けなかったのだが、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
窓の外からはヒカリゴケの柔らかな光が差し込んでいる。地下なので太陽の動きは分からないが、
きっともう朝になっているはずというのが体感で理解できた。
それにしても、なんとリアルな夢だったのだろう。夢とは覚醒時の記憶を整理・統合する脳のシステムなのだという。
未整理のものを系統立ててファイリングしていく過程であるから、その内容は往々にして支離滅裂なことが多い。
だというのに――今しがた見た夢は、そういった夢とはまるで別物のように感じられた。
単なる未整理の雑多な記憶の再現ではなく、既に整理された記録の再生。
そう、なゆたの見た夢はまさしく『過去の出来事』だった。
其処に出てきた人物に、なゆたは心当たりがある。
最初の場所に立っていた者のうち、『ふたりめ』は誰か分からないが、『ひとりめ』は――『創世の』バロール。
そして、破壊された灰色の大地で一緒に立っていたのは、幼馴染の赤城真一に紛れもなかった。
もちろん、なゆたにそんな記憶はない。バロールと世界について語り合ったこともなければ、
真一と一緒に破壊された大地に立ったこともない。
まして自分が『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』を召喚したことなんて――。
夢の中でなゆたは自分でない誰かの目を通して物事を見、誰かの意識を通してものを考えていた。
ならば、その『誰か』とは誰なのだろう?
「うぅ……ん」
不意に、自分の隣で微かな声が聞こえた。
目を向けてみると、いつの間にかエンデがなゆたのベッドで一緒に眠っている。
「わっ! エンデ!?」
「んん……。おはよう」
驚くなゆたをよそに覚醒したエンデはむっくり上体を起こすと、こしこしと目を擦った。
「お、おはよ……」
口許を引きつらせながらも挨拶を返す。
ゲームでは親愛度が最高になるとプレイヤーの箱庭にまで押しかけてきて、
ベッドで寝ているという行動を取ることは知っていたが、まさか現実のアルフヘイムでもやられるとは思わなかった。
エンデはシーツに両手をつくと、なゆたの顔をじい……っと見つめてくる。
起き抜けの顔を凝視されて、なゆたは恥ずかしそうに両手をぱたぱた振った。
「エンデ、そんなに見つめないでよ。わたし、まだ顔も洗ってな――」
「…………まだ目が覚めないの?」
「え?」
「まだ目覚めないの?
もう、時間がないんだ。このままだと、また同じことになっちゃうよ」
「それ……どういう意味?」
なゆたは訝しげな表情を浮かべた。
エンデの言いたいのはなゆたが寝惚けているとか、そういう意味ではないのだろう。
もっと別の、何かの目覚めを待っているような。そんなニュアンスがある。
当然なゆたに心当たりはない。ベッドの上でふたり、しばらく言葉もなく見つめ合っていると、
不意にドアがノックされた。
「まだ寝ておるのか? もうすぐ7時じゃぞ。
『永劫』のパレードは9時からじゃ、その中に紛れ込まねば計画は失敗ぞ。
さっさと支度せい」
エカテリーナだ。なゆたが中々起きてこないので、自ら様子を見に来たのだろう。
まず先んじてエンデがベッドから降り、とことことドアへ歩いてゆく。彼は結局一言もなく部屋から出て行ってしまった。
「…………」
――目覚め。
なゆたはエンデの残した言葉の意味が理解できず、しばらく部屋から出ることができなかった。
-
「明神明神ー! 見て見て! どうコレ? 似合ってる?」
リビングでは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と継承者たちが作戦のための最終調整に入っていた。
ガザーヴァがぱたぱたと明神に駆け寄っては、いつもと違う出で立ちを自慢げに見せびらかしてくる。
エカテリーナの虚構魔術によって、ガザーヴァはいつもの軽装でも暗黒騎士の甲冑姿でもない、
プネウマ聖教のシスター姿になっていた。
黒いウィンプルをかぶり、裾の長いワンピース状の修道衣に身を包んで、
首から黄金の聖印をネックレスのように提げたガザーヴァはどこからどう見ても修道女だ。
本番ではさらに顔の前にヴェールを下ろして素顔を隠し、行列に紛れる予定である。
ガザーヴァはやおら両手を組み合わせて祈りのポーズを取ると、大きな双眸をうるうると潤ませ、
「――汝、瀧本俊之に神の御加護がありますように……」
と言った。元々すこぶるつきの美少女だ、これだけ見ればまさしく聖女といった趣であろう。
が、そんな聖職者の顔がすぐに下卑た表情に戻る。
「ぎひッ、どォーだ! このカンッペキなシスターっぷり!
可憐だろォー? カワイイだろォー? 惚れ直したか明神! ほらほらぁ!」
やはりガザーヴァはどこまで行ってもガザーヴァだった。
なお、他のメンバーにもそれぞれ虚構魔術がかけられ、明神はプネウマ聖教の司祭、ジョンは聖罰騎士、
カザハとカケルは神に捧げる供物を運ぶ従者とその荷馬という役職が割り振られた。
「最後に確認するわね。
まず、私たちは聖都のカテドラル・メガスへ。
大聖堂には私たちの協力者がいるから、その手引きで『永劫』のパレードに紛れ込みます。
パレードは100人以上が参加する大規模なもので、『永劫』の賢姉が乗る神輿はその中央に位置するわ。
此方は神輿のやや後方につき、そのまま神門を目指す。
カチューシャの虚構魔法で完全に別人の装いを施してはいるけれど、くれぐれも不審な行動は取らないように。
周囲の騎士や司祭たちに調子を合わせて頂戴」
「神門に到着すると、『永劫』は一部の供回りと共に聖祷所へ入る。つまり妾たちじゃな。
あ奴が聖祷所へ到達する前に、日の差す屋外で決戦を挑む。
戦闘の際には妾とアシュリーで結界を張る。尤も、結界の構築にはやや時間がかかることが予想される。
それが完了するまでは、そなたら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』にあ奴を逃がさぬよう善戦して貰うしかない。
くれぐれもしくじるでないぞ」
ガザーヴァと同じく修道女姿のアシュトラーセとエカテリーナが最終的な念押しをしてくる。
なお、エンデは聖歌隊の少年役だ。いつもの服装に羽根帽子をかぶっただけだが。
「結界さえできてしまえば、私たちも戦闘に参加できる。
そのくらいのタイミングであなたたちが彼女の本性を引き摺り出していてくれていれば、言うこと無しね。
ジョンさん、あなたがメインアタッカーなのでしょう。それなら私とカチューシャもあなたに強化魔術を掛けるわ。
ありったけの火力を叩きつけて、『永劫』の二つ名に終止符を打ってあげましょう」
エンバースが行方不明でヤマシタが前線に立てず、ポヨリンもいない状態のアルフヘイム陣営は直接火力に難がある。
すべてはジョンがこの短期間で血の滲むような鍛錬をして身に着けたであろう『業魔の一撃』に掛かっている。
その為に残りの明神、カザハ、ガザーヴァはアシストに徹するという作戦だ。
「……」
作戦の最終確認を黙して聞きながら、女性陣共通の修道衣に身を包んだなゆたは密かに拳を握りしめた。
仲間たちは皆、何らかの方法で戦闘に参加できるというのに、自分はといえばどうだ。
きっと、いや間違いなく自分はお荷物になってしまうだろう。
けれど――だからといって留守番なんてできない。ポヨリンと再会する、その夢を諦めることなんて。
そう、今の自分は逆立ちしても戦えない。
しかし。
戦えないということは、イコールオデットに対し何も出来ないということでは――ない。
「よぉーし! んじゃ、そろそろ行くかぁ!」
リーダーのなゆたに代わり、ガザーヴァが音頭を取る。
明神、カザハ、ジョン、ガザーヴァ、エカテリーナ、アシュトラーセ、エンデ、そしてなゆた。
そのメンバーで、プネウマ聖教の教帝。『永劫の』オデットを討つ。
不死の肉体に死を叩き付け、それを交渉材料として協力を取り付ける。
「エンバース……」
隠れ村を出、地上の聖都へと向かいながら、なゆたは小さく仲間の名前を呟いた。
>誰か一人を選ぶなら、俺はお前を守る。それは今も変わらない
始原の草原でかつて、エンバースはなゆたにそう告げた。一緒に来てくれと。お前がいなくなるのは嫌だと。
パートナーになってくれると約束した。守ってくれると言ってくれた。
自尊心の高い彼がその言葉を反古にするとは思えない。
彼はきっと来てくれる。絶対に戻って来てくれる。
そして――いつものシニカルな物言いで、なゆたを守ってくれることだろう。
なゆたはそれを信じた。彼の無事を願った。
そして、今までで最も過酷になるかもしれないクエストが幕を開けた。
-
雲ひとつない碧空に紙吹雪が舞い、白い鳩の群れが一斉に羽搏く。
年に一度きりの祭礼を祝う号砲がぽん、ぽぽん、と鳴り響き、人々の歓声が大気をどよもす。
プネウマ聖教の聖地・聖都エーデルグーテの『聖樹祭』は、まさしくアルフヘイムの人々にとっては待ちに待ったイベントだ。
信徒たちはみな一生に一度は聖都を巡礼し、天地創造に用いられた万象樹の威容を見上げることを夢に見る。
大半の人々はその夢を叶えることなく一生を終えるが、一部の幸いな信徒は聖都の土を踏んだことを神に感謝し、
より一層の信仰を誓うのである。
聖樹祭はそんな聖都エーデルグーテが最も賑わう祝祭であり、
万象樹礼賛のほか、世界を創造した太祖神プロパトールの偉業を讃える意味が込められている。
「はぇ〜……ボクらが来たときもスッゲェ賑わってたケド、今日はぜんっぜんダンチだな!
ここ暫く隠し村の質素なゴハンばっか食べてたから、この脂の焦げたニオイが……うぅ〜」
ガザーヴァが露店から漂ってくる匂いにくんくんと鼻をひくつかせ、慌てて口許の涎を拭う。
地上に出た一行はカテドラル・メガスに潜伏している協力者の手引きで、まんまと教帝のパレードに紛れ込んだ。
聖樹祭の開催中は天覧武闘会や大食い大会、各種大道芸など王都も真っ青のイベントが連日目白押しであるが、
中でも一番の催しが毎日朝と夕方に行われる目抜き通りのパレードだった。
司祭や修道女、聖罰騎士らといった教会の聖職者たちが全長数百メートルにも及ぶ行列を作り、
教花であるスノードロップの花弁を花吹雪のように撒きながら、聖都のはずれにある聖祷所まで練り歩くのだ。
一年を通して大聖堂の奥におり、一般信徒には姿を見せない教帝オデットも、
この聖樹祭の開催期間だけは重い腰をあげ、毎日神輿に乗って聖祷所へ行くのが慣習となっている。
「うぅ……ガマンガマン……。
オバチャンぶっ倒したら、オナカいっぱいステーキ食べてやるんだ……」
理性崩壊、本能優先のガザーヴァにしてはよく耐えている。
その辺の役者顔負けの演技で慎ましやかな修道女を演じ、たおやかな笑顔を振りまいて手に持った籠から花びらを撒いている。
「……」
「これ、きょろきょろするでない。
万が一にも周りの連中に不信感を抱かれてはおしまいじゃぞ」
「ご、ごめんなさい」
花弁を撒きながら無意識に群衆の中からエンバースを探そうとしていたなゆたであったが、
隣にいるエカテリーナに釘を刺され、慌てて聖職者のふりに集中した。
さすがアルフヘイム最高位の魔術師、十二階梯の継承者らしく、エカテリーナの施した虚構魔術は完璧に作用している。
ただ単に変装しただけでは瞬く間に見破られてしまっていただろうが、
今のところ周りの聖罰騎士たちが『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に気付いた素振りはない。
目抜き通りの両脇に列をなす信徒たちの歓声に後押しされるように、パレードはゆっくりと進んでいった。
一時間ほどでオデットの乗る神輿が神門に辿り着くと、行列の大半は其処で夕刻まで待機ということになった。
尤も待機と言ってもめいめい自由に過ごしていて良いということではない。オデットが聖梼所から戻ってくるまでの間、
行列の参加者たちも膝を折り、神門前で祈りを捧げるのだ。
そしてごく一部の側近がオデットの供として神門を潜り、聖梼所までの道のりに随伴する。
むろん神門の内側へ行ける側近は教会で厳重に選別された身元の確かな信者ばかりで、
なゆたたちが入れる道理はない。
が、それもエカテリーナが何とかした。虚構魔術によって本来の側近たちの認識を改変し、
まんまと『異邦の魔物使い(ブレイブ)』一行と役目を交代させたのだ。
神輿が神門の前に恭しく下ろされ、中からドレス姿のオデットがしずしずと降りてくる。
高さ20メートルはあろうか、プネウマ聖教の聖印がレリーフされた白亜の重厚な両開きの扉が、
オデットが軽く両手を掲げただけで軋みながら開いてゆく。
「――参りましょう」
跪く他の信徒たちを一瞥し、側近である明神たちに告げると、オデットはゆっくり神門を潜り、
長く伸びた階段をのぼり始めた。
カザハたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』もそれに続く。
信徒たちの視線はオデットに釘付けになっている、他のものは何も目に入らないといった心酔ぶりだ。
エンバースもその気になれば隙をついて神門の内側へと潜り込むことができるだろう。
聖梼所へ続く白い石造りの階段は一段が横幅10メートルはあり、奥行きも次の段に至るまで大人の足で四歩はかかる。
緩やかに右にカーブしており、その果てにはパルテノン形式のような神殿が鎮座しているのが見えた。
あの神殿――聖梼所に逃げ込まれては厄介だ。その前にこの階段上で戦闘に持ち込む必要がある。
階段はどういう構造か宙に浮いており、縁には転落防止の柵も手摺も勿論ない。もし足を踏み外せば、奈落まで真っ逆様だ。
足場は良くないが、背に腹は代えられない。
背後でゆっくりと神門が閉じる音を聞き届けると、なゆたは軽く明神やジョンに目配せし、
意を決して口を開いた。
「教帝猊下――いいえ、十二階梯の継承者第三階梯『永劫の』オデット!」
なゆたのよく通る声が、青空の下に響き渡る。
オデットは束の間歩みを止めると、一拍の間を置いてゆっくりと一行の方へ振り返った。
「……あなたたち。信徒ではありませんね……?
先ほどから、聖列の中に不思議な揺らぎがあることには気付いていましたが……あなたたちでしたか。
このようなこと、一般の魔術師には不可能なこと。
であるのなら――」
「ほほほ、その通り。久しぶりよの、『永劫』の賢姉」
エカテリーナが真っ先に虚構を解除し、いつものクリノリンスカート姿に戻る。
次いでアシュトラーセが、エンデが正体を現す。
-
「……『虚構』に『禁書』……それに『黄昏』まで……。
何をしているのかと思えば、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の愛し子たちに協力していたのですか」
「申し訳ありません、『永劫』の賢姉。
侵食を肯定するあなたの行いを、私たちは看過することができません。
例え師父の教えに反することになろうと――止めさせて頂きます」
アシュトラーセの言葉に、オデットはその美しく整った面貌の眉間へ微かな皺を寄せた。
「神聖な聖樹祭の、しかもこの神域にまで土足で踏み込むなど……。
この世界に生きたすべての祖霊を蔑ろにする行為。到底許されることではありませんよ、妹たち」
真紅の瞳のオデットが先ず咎めるようにエカテリーナとアシュトラーセを見遣り、
次いで『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を見る。
「けれど、一方であなたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はミズガルズよりの賓(まろうど)。
アルフヘイムの文化に不勉強なところもあるでしょう、教帝の名に於いて今回の狼藉は格別の恩情を以て許します。
すぐにお戻りなさい、わたくしは祈祷を滞らせる訳にはいきません。
今夜にでも改めて席を設け、会合を――」
「……いいえ。
わたしたちは戻りません、もう待つこともしない。
オデット、わたしたちはもうあなたの憐憫には縋らないことに決めたの。
ここには――あなたと等価交換を行う、同格の交渉相手として来たのよ……!」
なゆたが虚構を解くと同時、一歩前に出る。
そんななゆたの決意に満ちた言いざまに、オデットが目を瞬かせる。
「等価交換?」
「ええ。今までのわたしたちは、言ってしまえばあなたの無償の厚意に甘えていた。
此方からは何のカードを切ることもなく、ただただあなたから望みのものを与えられるのを待っているだけだった。
でも……それは間違っているということに気付いたんだ。
わたしたちは、欲しいものは自分の力で手に入れる。恵んでもらうことを期待はしない!
あなたの欲しいものを、望んでいるものを与える代わり――此方の願いも叶えて貰うわ、今すぐに!」
「わたくしの欲しいもの? そんなものを、あなたたちが理解しているというのですか?
その上……それを『与える』と……?
何を言うかと思えば……」
「……わたしたちは、あなたを倒すことができる。
その『永劫』に終焉を与えることができるわ。オデット」
「!」
なゆたの言い放った言葉に、オデットは瞠目した。
更になゆたは続ける。
「あなたの行動はすべて、自らの死に繋がってる。侵食を肯定するのもそのせいでしょう。
でも、そんなものに頼る必要なんてない。あなたの不死を、不滅の力を、
わたしたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は打ち破ることができる! その証拠をこれから見せてあげる!
だから! わたしたちがあなたを倒したそのときには、こちらに協力して貰うわ!
そして、もう一度ポヨリンと……!」
「わたくしは、あなたたち愛し子の行う大抵のことには寛容でいるつもりですが。
……それでも、言って良いことと悪いことはあるのです。
それは確かにわたくしの願い……わたくしがありとあらゆる手を施し、そして成し得なかった望み。
しかし、それだけに。
わたくしに対し“それ”を持ち掛けた以上、冗談では済まされませんよ」
ぼ……と音を立て、オデットの全身から光の波動が滲み出してくる。
世界宗教の頂点たる教帝に相応しい、圧倒的な魔力量だ。
だが、なゆたは怯まない。強く拳を握りしめ、そして叫ぶ。
「冗談なんかでやってない! わたしたちはいつだって本気でいるわ!
これからそれを証明してみせる!
みんな、デュエルの準備よ!!」
「……よいでしょう。
ならば見せてご覧なさい、その言葉が偽りでないという証拠を。
自身の願いを叶えたいのなら。等価交換ができると本気で思うのなら。
わたくしの望む、永劫の終焉を――!!」
ゴッ!!
膨大な魔力を全身に漲らせ、オデットが襲い掛かってくる。
オデットは魔力で宙に浮かび、ドレスの裾を揺らしながら空から魔力の光弾を連発してくる。
パーティー全体を対象とした散弾型の魔力弾と、一点集中のレーザー型魔力光だ。直撃すれば大ダメージは免れないが、
どちらも予備動作が大きく散弾型は流星のように尾を引いてくるため、見切ることは難しくないだろう。
明神のスペルカードで防御もできるし、カケルの機動力なら振り切ることも難しくないだろう。
オデットは瞬間移動なども駆使して時折階段の外へ位置取りし、近距離攻撃の範囲外をキープするが、
魔法や遠距離攻撃で狙い打てばやがて階段の上に降りてくる。その隙にジョンの攻撃を叩き込むことも可能だ。
強敵ではあるものの、今まで熾烈な戦いを経てきた『異邦の魔物使い(ブレイブ)』にとっては、
決して敵わない相手ではない。
ただ――
戦いは、まだ始まったばかりだ。
【神門と聖梼所の間にある右曲がりアーチ状の大階段上で『永劫の』オデットとの戦闘開始。
足場はあまり良くない。落下注意。アシュトラーセとエカテリーナは結界構築のため現段階では戦闘に参加せず。
エンデは様子を窺っている。エンバースはいつでも乱入可。】
-
予想通り、明神さんは迷いなく答えた。
>「連れてくよ。オデットから譲歩を引き出すには、あいつ自身が『オデットを殺せるブレイブ』になる必要がある。
お前の心配はもっともだと俺も思うけどさ」
オデットを殺せるブレイブとは言うが。
ブレイブとは通常、魔法の板を駆使してモンスターを駆る異邦の魔物使いのことだ。
パートナーモンスターを失い、スマホすらも持たないブレイブを果たしてブレイブと言えるのか?
カザハはそう思っていることだろう。
一般的に思われているところの、スマホ本体説である。
>「……頼りにしてるぜ、カザハ君も、カケル君も」
イメチェン後すっかりポーカーフェイスになってしまったカザハは
少しだけ困ったような顔をしているが、表情の変化が微妙過ぎておそらく私にしか分からない。
>「目の前の現実を、その世界の摂理や法則を、『ブレイブ&モンスターズ』の法則で塗りつぶす。
それが、俺たちブレイブ自身に備わった能力――俺はそう解釈してる。
ミハエルが生身であんだけ強いのも、この力を自覚的に使いこなしてるからだろうぜ」
明神さんはブレイブを、一般的に思われている以上の存在として認識し始めているようだ。
スマホ本体説に対して、ブレイブ本体説というところか。
確かに、明神さんが魔法を習得したり、ジョン君が在り得ない身体能力を発揮したりしており、
ブレイブの能力は、スマホを駆使してモンスターを使役するだけに留まらない。
が、なゆたちゃんはスマホが壊れた途端に、パートナーモンスターに拠らない自らのスキルである
バタフライエフェクトまでも使えなくなり、完全に一般人に戻ってしまった。
能力がブレイブ自身に備わっているとして、スマホが何らかの形でブレイブの能力を発動させる鍵になっているのだろうか。
確かに、召喚されるときに持ってきた自分のスマホ以外でも使用可能というのは、ブレイブ本体説に親和性がある。
そもそも、”スマホ”と”召喚されるブレイブ”は厳密にはどのように紐付けされているのだろうか。
例えば、“スマホの持ち主”と”アカウントの持ち主”と”その時スマホを操作している人”が
全部違うという珍しい状況なら、ブレイブとして召喚されるのは誰になるのだろうか……。
考え始めると訳が分からなくなってきたので話を元に戻しましょう。
「明神さん、前に万華鏡(ミラージュプリズム)でスマホ増やしてたよな?
ブレイブの能力にスマホのスペックは関係無くて、スマホ持ってればOKなら……
戦闘開始前にそれで増やしたスマホをなゆが持っておけばスキルだけは使えるようになるのではないだろうか」
ミラージュプリズムは複製品のスペックは下がってしまうのが難点だが、ブレイブの能力にスマホのスペックが関係無いとすれば。
今のなゆたちゃんがスマホをもったところでパートナーモンスターはいないが、
バタフライエフェクトが使えるだけでも、生存率に雲泥の差が出てくる。
なゆたちゃんが戦いの場に来るのが止められないなら、少しでも安全性を上げておきたいのだろう。
-
>「まぁこいつは仮定に憶測を重ねた与太話だが、俺たちに勝算があるとすればこの力の活用にあると思う。
オデットを『この世界の法則』から『ゲームの法則』に引っ張り込みさえすれば、
ゲームシステムに則って、HPをゼロにしたあいつに死を与えてやれる。
この世界に存在し得ない『オデットの死』を、ブレモンの世界から持ってきてやるんだ」
明神さんは暫し対オデット戦の基本的な心構えについて解説し、具体的な作戦に入っていく。
カザハにも、役割が割り当てられた。
>「――ユニットカード『奈落開孔(アビスクルセイド)』。近付くものをなんでも吸い込む異界の穴だ。
オデットの魔霧をカザハ君の風魔法でまとめてこの中に捨てる。
穴は閉じちまえば通常空間と隔離されるから、オデットは削れた分だけ肉体を失うことになる」
>「魔霧の中で戦えば俺たちは確実に不利になる。お前の風魔法が頼りだぜ、カザハ君」
「ああ、魔霧対策は任せておいてほしい」
『奈落開孔(アビスクルセイド)』は、ピンポイントで穴に入れるまでしなくても近付けてやれば後は自主的に吸い込んでくれる。
風の軌道操作系のスキルを持つカザハにとって、それぐらいは訳はないのだろう。
>「俺は後衛で適宜デバフを撃つ。ガザーヴァは遊撃と俺のバックアップ。
ぜってー長丁場になるからシャーデンフロイデは必須だ。あのクソ吸血ババアをデバフ漬けにしてやろうぜ。
カザハ君は前線でバッファーと霧の排除。例のハイパーバフを使ってくれ。
それから――」
相変わらず私にしかわからない範疇で「ヤバイ!」という顔をするカザハ。
これは……使えないって言わないといけないですよね。
「あの……」
カザハに代わって恐る恐る言い出そうとするものの、話題はジョン君の役割へ。
>「最前衛、タンク役はお前に任せる。あの分からず屋の聖母様に、一発キツいのくれてやれ」
>「正直僕には…オデットがなにを考えているかなんてわからないよ…僕は死にたいと思った事はあっても彼女みたいに行動には移せなかった…
罰してほしいって誰かに殺して欲しいって…思っても行動には移せなかった弱虫なんだ…けどそこまで君に言われて…」
>「任せてくれ!あの自称母を名乗る不審者に眼に物見せてやる!って言えないようじゃ男じゃないよね?」
どうしよう、言い出すタイミングをすっかり失ってしまった……。
そしてジョンくんは、切り札に業魔の一撃を使うというとんでもないことを言い始めた。
イブリースがポヨリンさんを屠った因縁の技の名が飛び出し、場に驚愕が走る。
そしてジョン君は、当然思い浮かぶであろうそもそもそんなものを使えるのだろうかという疑問に答えていく。
>「みんなには黙ってたけど…僕の体には大暴れした…ブラッドラストの力がまだ眠ってる。感じるんだ…血を流す度に感情が沸き上がるんだ。
これは僕の中にあって…いや…違うな…きっと僕自身なんだ…僕の戦闘に対する欲求…死と隣合わせの興奮と共に溢れ出てくる…」
「そんな……」
-
激闘の果てにやっとの思いで消滅させたと思っていた、破滅へと至る呪いの力。
それがまだ残っているという事実に、衝撃を受ける一同。
しかし、ジョン君はその力を制御してみせると言う。
>「この忌々しい力と…みんなの協力があれば…疑似的にあれを一回…発動させる事ができる。意識してやった事はないが…できるという確信がある
発動条件が僕もオデットも血を流さないと満たせない都合上時間が掛かるし、最悪オデット以外の問題がもう一つ増える事になるかもしれない…けど他に作戦がないなら…永劫に可能性を見せるなら…僕がやる」
>「すまない…二日後の作戦開始までの間場所を貸してくれないか…僕が暴れても構わなくてある程度広さがほしい
そして作戦開始の時間までだれもこれないよう鍵が掛かる部屋がいい。」
アシュトラーセがジョン君の修行のための手配をし、ジョン君は一人、早々に鍛錬に赴くことになった。
ジョン君を見送って一段落着いたころ、カザハが自ら切り出した。
「大変言いにくいんだが……例のハイパーバフは使えない」
場に流れる残念感。
「始原の草原を発つ前に、テンペストソウルの結晶体を拝みに行ってみたんだ。
そうしたら歴代風精王の幽霊みたいなのが出てきて使える技含めてイメチェンさせられてしまった」
正確には、ハイパーバフが使えなくなる→もう駄目だ→テンペストソウルの結晶体にお参りする→何故かイメチェンさせられる
という流れだった気がするのだが、絶妙に嘘は言っていない。
「ただ、全体的には強化されたと思うから心配はいらない。
”烈風の祝福(テンペストブレッシング)”と”渦巻く魔力の風(ストームソーサリィ)”の
組み合わせで近い効果は出せるんじゃないかと思う」
烈風の祝福(テンペストブレッシング)が風のエンチャントによる攻撃と防御の両方の強化、
渦巻く魔力の風(ストームソーサリィ)が単体対象のスキルやスペルカードの効果の全体化のようです。
「あと……ここぞという時はこれでジョン君を支援する。
数ターンの間だけならあれ以上のバフを再現できるはずだ」
そう言って示したカードは、「風の継承者(テンペスト・サクセサー)」。
多分ゲーム未実装と思われる。というかいかにもレクステンペスト専用といったカードですね。
固有スキルならぬ専用スペルカード、といったところでしょうか。
そういえば、イメチェン後のデッキがどうなっているのか、まだ私も全貌を把握していない。
というわけでその夜、カザハがスマホを置きっぱにした隙を見計らって、今のデッキがどうなっているのかを見てみたのでした。
-
・スペルカード
「馬娘(プリティダービー)」×3……馬型モンスターを擬人化形態に変身させる。
「真空刃零式(エアリアルスラッシュ・オリジン)」×1 ……エアリアルスラッシュの強化版。
「竜巻大旋風零式(ウィンドストーム・オリジン)」×1 ……ウィンドストームの強化版。
「超・俊足(テンペスト・ヘイスト)」×1 ……ヘイストの強化版。
「烈風の祝福(テンペストブレッシング)」×1 ……烈風の加護の上位版。対象の防御と攻撃を両方強化する。
「烈風の防壁(テンペストウォール)」×1……ミサイルプロテクションの強化版。
飛び道具/飛んでくる系の魔法 双方の攻撃を無効化もしくは軽減する防壁を展開
「渦巻く魔力の風(ストームソーサリィ)」×1……単体が対象のカードやスキルの効果を全体化する。
「瞬間移動(ブリンク)」×2 …… 対象を瞬間的に風と化すことで近距離感を瞬間移動。
「癒しのそよ風(ヒールブリーズ)」×1 …… 一定時間中味方全体の傷を少しずつ癒し続ける。
「癒しの旋風(ヒールウィンド)」×1 ……味方全体の傷を癒やす。
「浄化の風(ピュリフィウィンド)」×1 ……味方全体の状態異常を治す。
「風の継承者(テンペスト・サクセサー)」×1……自らの体を依り代に古の風精王達の力を宿し行使する。
(到底一個体に耐えられる力ではないため、何ターンか続けると死ぬ)
・ユニットカード
「風精王の被造物(エアリアルウェポン)」×2……風の魔力で出来た武防具を生成する。
「風渡る始原の草原(エアリアルフィールド)」×1……フィールドが風属性に変化する。
「鳥はともだち(バードアタック)」×1……大量の空飛ぶモンスターを召喚し突撃させて攻撃
「幻影(イリュージョン)」×1……幻影を作り出す。静止画だけでなく動画や、対象に被せたりも可能。
カザハの趣味と実益を兼ねてぶっこまれた馬娘(プリティダービー)を除いて、
(それを大量に買ってくれたおかげで今こうやってスマホを見れているわけだが)
零式が付いてみたり、エアリアルがテンペストになってみたりと、全体的に分かりやすく強化版ですね。
なんだこんなものか、とスマホを置こうとして……とんでもない文言が目に飛び込んできた気がして、スマホを二度見する。
「な、なななななな……」
そこにカザハが帰ってきた。
「カケル、何を見ているのだ?」
「え、えーと、えーと……エロ動画!」
「一人でそんなものを見るとは怪しからん! 一緒に見せろ!」
「あ……」
強引にスマホを覗きこまれてしまった。気付かれてしまったものは仕方がない。
「なんだ、面白くない」
「なんだ、じゃないですよ! 何ですかこれ!
何ターンか続けると死ぬって! 下手すりゃ1ターンで死ぬじゃないですか!」
「普通はその書き方だと少なくとも2ターン以上だと思うが……」
「ブレモンの運営の性質を考えましょう!? 〇ターンの〇が2以上と明記されていない以上、危険ですよ!?」
-
あの風精王ども、なんでこんなものを持たせるんですかね!?
カザハが風精王に即位するのは百年早いって言ってたくせに!
……いや、あの人たちにとっては、百年や二百年は誤差の範疇。
あれは“出来ればブレイブ達の協力者としてまだ役に立って欲しい”程度の意味だろう。
もしも世界の維持のために必要と判断すれば、カザハの命など容赦なく使い潰す。
あの人たちにとってはカザハの即位が予定より少し早くなるだけの話だ。
「いいですか? 絶対使用禁止!」
焦りまくる私とは対照的に、カザハは穏やかな顔で微笑んだ。
「カケル。あっちの世界にいた頃とは違って君には立派な翼がある……。我がいなくたって飛べるだろう?
テュフォンとブリーズにもしも会えたら、魔剣になるのってどんな感じか聞いてみたかったんだ。
もしも、もしも我に万が一のことがあったら。カケル、君の剣になりたい……」
「カザハ……」
言葉に詰まる私を他所に、カザハはふと真顔に戻って冷静なツッコミを入れる。
「何をマジになっているのだ。
ストームコーザーはテンペストソウル以外に超レア素材を3つ用意して、
更にメガネ君に頼んで業魔錬成をして貰わねば出来ないのだぞ。我一人おっ死んだところで無理ゲーだろう」
「そ、そうですよね! あははははは……」
そう言いながらも私の頭の中に一つの疑問が浮かんでいた。
テュフォンとブリーズが命を捧げた時。
テンペストソウルがグランダイトの手の中でそのままストームコーザーになりませんでしたっけ。
あれを見る限りだと、ゲームのブレモンとは違って、ここアルフヘイムでは
テンペストソウルをストームコーザーにそのまま変換できる仕様、とも取れるんですよね……。
あの時は、グランダイトのことなので、テンペストソウルが手に入ればすぐにストームコーザーが出来るように
前もって何かの仕込みをしていたのだろう、と思って大して気に留めなかったのだが。
何にせよ、もう恐ろしくてこの話題を続けることは出来なかった。
(いいか? 絶対死なせるな! 私がマゴットが羽化するのを見るまでは離脱厳禁だからな!?)
むしとりしょうじょに釘を刺された! しかも理由それ!?
(もう! テンペストソウルの結晶体にお参りしに行けなんて言ったの誰ですか!)
(仕方ないだろう! 行かなきゃ死んでたんだから!)
(それもそうだ!)
考えてみれば、ジョン君は危険な呪いの力に敢えて手を伸ばし、
なゆたちゃんはパートナーモンスターを失い身を守る手段も無いにも拘わらず戦いの場へ身を投じ、
明神さんは戦闘能力を失ったなゆたちゃんに代わり、身を呈して実質の指揮を取っているのだ。
エンバースさんに至っては未だ消息不明で、生死すら分からない。
皆いつ死ぬかもしれない危険を冒しているのだから、カザハもそうしても何もおかしくはないのだが。
それでも私は、カザハにそんな危険を冒してほしくは無いのだ。
-
その夜、夢を見た気がする。もう遠い過去になってしまった気がする、地球にいた頃の記憶。
起きた時には殆ど忘れてしまっていたが、残った微かな断片は、自宅ではない白い天井と、カザハの言葉。
『生まれた時は違っても、我らは双子以上の血の繋がりで結ばれたんだ……。
万が一君が死ぬ時は我も一緒だから、怖くないぞ』
『何を馬鹿なことを……!』
『なーんてな。あーあ、君が美少女だったら絵になるのにな』
地球にいた時の記憶は世界を超えた拍子に混濁してしまったらしく、結構曖昧だ。
何か大切なことを忘れているような。
もともとカザハには頭が上がらない立場ではあるが、それ以上に、何か凄く大きな恩があるような気がする……。
作戦決行の日―― 一同はリビングに集まり、最終調整に入っていた。
尚、ガザーヴァはいつもの調子でシスターごっこをしている。今から死線に赴くというのに、流石の胆力だ。
神に捧げる供物を運ぶ従者に扮したカザハが、私の首に紐を通したスマホをかけた。
「これは君が持っておいてくれ」
見た目は虚構魔法が被さって完全に隠れるのでその点は問題は無いのだが、問題はそこではない。
カザハの“君の剣になりたい”と言った言葉が思い出される。
《だ、駄目ですよ! これはブレイブの証……!》
「何だ、死にそうな顔をして。
画面はこっちのスマホ連動ウェアラブル端末で見られるし音声操作も出来るから、
それなら本体は君が持っていた方が便利だろう」
《それもそうですね……》
合理的な理由を述べられてしまい、それ以上は抵抗できなかった。
エカテリーナによる作戦の最終確認の後、ついに出発と相成った。
>「よぉーし! んじゃ、そろそろ行くかぁ!」
まるでピクニックにでも行くかのようなガザーヴァの掛け声で、過酷なクエストが幕を開けた。
一見何も考えていないように見えるが、きっと皆の不安が少しでも和らぐように、敢えて……
-
>「はぇ〜……ボクらが来たときもスッゲェ賑わってたケド、今日はぜんっぜんダンチだな!
ここ暫く隠し村の質素なゴハンばっか食べてたから、この脂の焦げたニオイが……うぅ〜」
……いや、やっぱ素で何も考えていないだけかも!
そこで本能に負けたら作戦吹っ飛んでしまう! 頑張って耐えてください!
>「うぅ……ガマンガマン……。
オバチャンぶっ倒したら、オナカいっぱいステーキ食べてやるんだ……」
……なんとか踏みとどまったようで、胸をなでおろす。
カザハはというと、粛々と従者になりきって行進していた。近頃のこの冷静っぷりが逆に怖いんですが……。
幸い道中で特に問題は発生せず、一時間ほどで神門に辿り着いた。
>「――参りましょう」
オデットが神門をくぐり、階段を上り始める。
エカテリーナの力によって側近に成り代わった私達もそれに続く。
>「教帝猊下――いいえ、十二階梯の継承者第三階梯『永劫の』オデット!」
なゆたちゃんは、高らかに宣戦布告をした。
宣戦布告は、やはりリーダーであるなゆたちゃんの役目だ。
>「冗談なんかでやってない! わたしたちはいつだって本気でいるわ!
これからそれを証明してみせる!
みんな、デュエルの準備よ!!」
>「……よいでしょう。
ならば見せてご覧なさい、その言葉が偽りでないという証拠を。
自身の願いを叶えたいのなら。等価交換ができると本気で思うのなら。
わたくしの望む、永劫の終焉を――!!」
なゆたちゃんの宣戦布告を受け取ったオデットは、ついに戦闘態勢に入って襲い掛かってくる。
「”渦巻く魔力の風(ストームソーサリィ)”からの”烈風の祝福(テンペストブレッシング)”!」
私は馬形態、カザハは私の上に飛び乗り、ライド状態からのスタートだ。
カザハはまず宣言していた通り、スペルカードで全体を強化する。風の魔力が全員を包み込む。
足場は宙に浮かんだ階段。飛行系の私達には影響は無いが、皆にとってはそうはいかない。
カザハは皆に声をかけた。
-
「落ちそうになったら大声で叫んでくれ! すぐフライトをかけるから!」
落ちそうになったときか、落ちても最悪地面に叩きつけられるまでにフライトをかければ間に合う。
前回のようにあらかじめ落ちないように全員にフライトをかけておくのが一番いいのだが、
ほぼ後方で援護に専念できた前回とは違い、全員にかけてずっと維持しておくだけのリソースがないということだろう。
オデットは魔力で宙に浮かび、魔力の光弾で攻撃してくる。
メインアタッカーはジョン君だが、彼は近接戦がメインだ。
まずはオデットを引きずり降ろさないと話にならない。
「カケル、回避は任せていいか!?」
《もちろんです!》
散弾型の光弾を避けながら、カザハの指示を受け攻撃に転じる。
「フェザーアローズ!!」
私が翼を一打ちすると舞い散った羽根が無数の光の矢と化し、一斉にオデットに射出される。
すると鬱陶しい程度には認識されたのだろう、今度は一点型のレーザー型魔力光で狙い撃ちにしてきた。
散弾型よりは少し厄介だが、避けられない攻撃ではない。
むしろ地上の皆に撃たれるよりは、回避力の高いこちらに撃って貰った方がいいだろう。
「シュートアロー!」
カザハが大量の矢を束ね打ち、風の軌道操作でその全てがオデットに向かう。
こうして私は攻撃を避けつつゲージが溜まればスキルで攻撃し、ゲージが溜まるまでの間はカザハが自ら攻撃する。
こんな感じで、しばらく空中戦や遠距離攻撃が出来るメンバーで地道に攻撃を加えていったところ
今まで宙空に陣取っていたオデットが、階段の上に降り立つような素振りを見せた。
「降りるぞ! チャンスだ!」
こういうのって、せっかく引きずり降ろしても一定時間が経過するとまた上空ターンに戻ってしまうのがお約束ですよね……。
というわけで、カザハは一斉攻撃を促すべく地上の皆に声をかけた。
-
>「正直僕には…オデットがなにを考えているかなんてわからないよ…
僕は死にたいと思った事はあっても彼女みたいに行動には移せなかった…
罰してほしいって誰かに殺して欲しいって…思っても行動には移せなかった弱虫なんだ…けどそこまで君に言われて…」
最前線で命を張る。体一つで盾になる。
その途方も無いリスクと重責に、ジョンは静かに、だけれどはっきりと答えた。
>「任せてくれ!あの自称母を名乗る不審者に眼に物見せてやる!って言えないようじゃ男じゃないよね?」
「……よっしゃ。お前がそう言ってくれるなら、後顧の憂いなんかピクチリないぜ!」
ジョンの掌を掴む。
その分厚い皮と肉の向こうに、確かな熱を感じた。
さぁ問題はここからだ。
やることは決まっても、先立つものがなけりゃプランの実現には程遠い。
それはすなわち火力。アホみたいに膨大で、リジェネまで備えたオデットのHPを0にまで追い込める、
女王殺しの一撃を、どう用意するか。
>「永劫を…滅ぼせるかもしれない…技が一つだけ…心当たりがある………
本当に使えるか分からない…もし実際に使えたとしても…気分がいいもんじゃない…
けど一番可能性がある…いやでも」
「……腹案があるみてーだな。この際遠慮はナシだぜ、聞かせてくれ」
ジョンはさっきまでの自信はどこへやら、急にもごもごと口ごもり始める。
ちらりとなゆたちゃんの方を伺って、それから意を決したように技の名前を口にした。
>「業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)」
「……なんだって?」
とっさに聞き返しちまったが、その言葉が意味するところは理解出来ちまった。
兇魔将軍イブリースの十八番。拘束と斬撃、二段構えで繰り出される不可避にして致死の一撃。
そして――ゴッドポヨリンを。ポヨリンを殺した技。
なゆたちゃんの背筋が伸びるのを、俺は眼の端で見た。
だけどすぐに落ち着きを取り戻す。『落ち着いたように取り繕う』。
ジョンが何もトラウマをほじくり返す為にあの技を提示したわけじゃないって、分かってるんだろう。
だけど、もたらされた名前の衝撃に、泡を食ったのは俺も同じだった。
「ちょっ、ちょっと待てよ!そいつはイブリースの必殺技だろ!?
ニヴルヘイムまで行ってあの脳筋将軍に一発かましてくれって頼みにでも行くってのか?」
果たしてジョンは、敵に頭下げて助力を請おうとしてるわけじゃなかった。
二の句を継いで語られたのは、そんなもんよりよっぽどヤバい案件だった。
>「みんなには黙ってたけど…僕の体には大暴れした…ブラッドラストの力がまだ眠ってる。
感じるんだ…血を流す度に感情が沸き上がるんだ。
これは僕の中にあって…いや…違うな…きっと僕自身なんだ…僕の戦闘に対する欲求…
死と隣合わせの興奮と共に溢れ出てくる…」
-
「おいおい、おいおいおい……あの呪いは!シェリーが一緒に持っていったんじゃなかったのかよ」
>「………認めたくない事実だが…僕は命の奪い合いが…好きだ」
ブラッドラストは、まだ完全に消え失せたわけじゃない。
ジョンの存在と分離できないくらい結びついて、今も肉体の中に眠っている。
だけれど、レプリケイトアニマでの戦いが、何もかも無駄に終わっちまったってわけじゃあなかった。
流されるまま力に耽溺していたあの時とは違う。
ジョンは、ブラッドラストと――自分を蝕む呪いと向き合い、乗り越えようとしている。
忌まわしき力から目を背けずに、制御しようとしている。
ブラッドラストには、もともと戦った相手の力を取り込む能力があった。
ヒュドラの鱗に、羆の腕。ロイ・フリントが打ち込んだ猛毒の数々……。
加えてジョンがこれまでに観てきたであろう、『怪物の象徴』としての殺人鬼の能力――
ブラッドラストの習得条件は、『殺人経験』。つまり他人を殺した記憶だ。
『記憶の再現』。それが呪いの力の本質の部分なんだろう。
ジョンはイブリースと2度戦い、夥しい流血の果てに奴を一度下している。
何度も見ることになった『業魔の一撃』が、ブラッドラストに記憶されていてもおかしくない。
そして、あの呪いには宿主をより長く殺戮に陶酔させるために、傷を負うほどに力を高める性質もあった。
もしもそれらの能力を、意図的に発動できるのならば。
>「この忌々しい力と…みんなの協力があれば…疑似的にあれを一回…発動させる事ができる。
意識してやった事はないが…できるという確信がある
発動条件が僕もオデットも血を流さないと満たせない都合上時間が掛かるし、最悪オデット以外の問題が
もう一つ増える事になるかもしれない…けど他に作戦がないなら…永劫に可能性を見せるなら…僕がやる」
「……正直言って、正気の沙汰じゃねえよ。リスクがデカすぎる。
レプリケイトアニマん時みたいに、暴走したお前を止められる奴はもう誰も居ねえんだぞ」
あの時は、ポヨリンさんが居た。エンバースも居た。……ロイ・フリントだって居た。
全員で死ぬ気でフルボッコにして、ようやくシェリーが出てくる隙間をこじ開けたようなもんだ。
また同じことが、今度はオデットとの戦いの最中に起これば、今度こそ俺たちは詰む。
「だけど……あの戦いから今日まで、お前は俺たちとの約束を何度も守ってきた。
殺さないこと。生きて帰ること。どれだけキツい中でも、それだけは違えなかった。
俺が信用するって言ったんだ。お前は今回も――絶対に踏み外さない」
分の悪い賭け、上等じゃねえか。
不死の女王を殺すってんだ、そんなもん、ピンチのうちにも入らねえよ。
なんてったって俺たちには、最強のバフ要員が居るんだからなぁ!
なぁ!カザハ君!
俺が水を向けると、当のバッファーは非常に気まずそうにしていた。
-
>「大変言いにくいんだが……例のハイパーバフは使えない」
「ぇああ!?なんでっ!?」
曰く、なんかイメチェンしたら使えるスキルまで変わっちまったらしい。
そもそもこのイメチェンってのがカザハ君本人の意思じゃなくて、
墓参りした時に先代のレクステンペスト共に押し付けられたものだと言う。
「見た目と口調に加えてスキルまで変わったらもう完全に別人じゃん……。
カザハ君要素ちゃんと残ってる?久しぶりに会った奴は同一人物だって気づかねえぞそれ。
俺は今までずっと一緒に旅してきたから、お前がカザハ君だって分かるけどさぁ」
まぁしかしこの件でカザハ君を責めんのも酷だろう。
分けの分からん連中に振り回され続けてんのは……俺も同じだもんな。
>「ただ、全体的には強化されたと思うから心配はいらない。
”烈風の祝福(テンペストブレッシング)”と”渦巻く魔力の風(ストームソーサリィ)”の
組み合わせで近い効果は出せるんじゃないかと思う」
とは言え、バッファーとしての能力自体は前よりもパワーアップしてるらしい。
ハイパーバフは確かに強力だったが、上がり幅が不安定っつう難点も抱えていた。
一瞬の判断を積み重ねていかなきゃならないオデット戦の中でなら、
安定した出力が見込める今のスタイルの方がバフを受ける側としてもやりやすいだろう。
特に近接職の場合、剣を握る力がちょっと変わるだけですっぽ抜けかねない。
俺でも高くジャンプしすぎて落下死しそうになったもん。
>「あと……ここぞという時はこれでジョン君を支援する。
数ターンの間だけならあれ以上のバフを再現できるはずだ」
続いてカザハ君はもうひとつバフスペルを示す。
『風の継承者(テンペスト・サクセサー)』。
スマホの小さい画面じゃテキストまでは判読できないが、名前からしてカード化されたユニークスキルだろう。
カザハ君はこれを、最後の手段にしておきたいようだった。
まぁオデット戦が長丁場になること考えると、効果時間が短いのは最後の一押しに使いたいしな。
とまれかくまれ、ざっくりとした現地での動きはこれで決まった。
ジョンにバフを集約させて、タンクとメインアタッカーを兼任させる。
あとはオデットの攻撃を見ながら、有機的に支援と行動阻害を叩き込む。
ようは出たとこ勝負。だからこそ、事前準備をどれだけ整えられるかが勝敗を分ける。
戦いのゴングはとっくの昔に鳴っていて、今この瞬間も俺たちはバトルの真っ最中だ。
決戦まで残り2日――。
ジョンはブラッドラストの精度を上げるためにパーティを離れ、
俺たちも思い思いの場所で、期間を準備に当てることになった。
◆ ◆ ◆
-
地底村のお屋敷の中、割り当てられた部屋で、俺は魔導書のページを手繰っていた。
記された知見は新米死霊術師の俺にとって蒙を啓かれることばかりで、
読み込めばそれだけ経験値になる。
ふわりと宙に浮く光の粒――可視化された経験値が、寄る辺を探すホタルのように漂う。
やがてそれは、机の上に安置された暗褐色のサナギの上に止まって――弾かれた。
「……どうしたマゴット。もうお腹いっぱいか?」
ここしばらく、マゴットは経験値を受け付けなくなっていた。
レベルキャップに達したパートナーがそれ以上経験値を貯められないように。
必要な分は摂取したと言わんばかりに、光の粒はぺっと吐き出された。
マゴットは――動かない。
手を触れれば脈打つ鼓動を感じるから、間違いなく生きてはいる。
だけれど一向に羽化する気配を見せてはくれなかった。
――>『ボクらにはコイツもいる。
マゴちんも、そろそろ外に出たいだろ。……一緒に戦えるといいな』
作戦会議の場で、ガザーヴァがそう言ったとき、ドキリとした。
そうだ。俺にはこいつが居る。レイド級モンスター、ベルゼブブ。
ネクロドミネーション対策でヤマシタが使えない以上、俺の戦力となり得るのはマゴットだけだ。
2日後までに羽化さえしてくれれば、実戦投入には十分間に合わせられる。
必要なステ振りやスキルビルドの道筋は、とっくに構築してある。
オデットにレイド級を持って立ち向かえる。ジョン一人に前線を任せる必要もなくなるんだ。
あとは、こいつさえベルゼブブになってくれれば――
そんな期待とは裏腹に、マゴットの殻はいつまでも割れようとしなかった。
羽化に必要なのはレベルアップ。それはあくまで仮説に過ぎないってことは分かってる。
それでも、経験値がサナギに吸われていく様子は、仮説を裏付ける根拠になった。
育て方は間違っちゃいない。それならなぜ羽化しない?
もうかれこれ、一月以上はずっとレベルを上げ続けている。
それこそカンストするまで。羽化する条件は十分満たしてるはずだ。
何か。レベルとは別に満たしていない条件がある。
沸騰した鍋の中身が吹きこぼれないように、押さえつけている蓋がある。
それさえ取り払えば、今すぐにでもこいつはベルゼブブになる、そんな直感――
「これ以上、何を求めてるってんだよ、お前は……」
マゴットのひやりとした表面を撫でながら、俺は零した。
親鳥が雛の孵化を助けるみたいに、サナギの殻にヒビでも入れてやろうかとも考えた。
だけど失敗すれば取り返しがつかない。羽化に失敗した虫は例外なく死ぬ。
確証のない賭けに、マゴットの命を放り込むような真似は、したくなかった。
>『たまたまマゴットが二日間の内に孵化してくれて。驚くべき事にソイツは生まれたてでもイブリースと戦えるほど強くて』
>『……はは。それがゲーマーのする事かよ?』
イブリースとの再戦の前、エンバースにぶち込まれたドギツい一撃が頭に蘇る。
「……あーやめやめ!ゆっくりで良いよ、外野の都合で急かされんのは、辛いもんな」
羽化条件が分からない以上、こいつを戦力として当て込むことはできない。
あの焼死体野郎の言った通りになんのは癪だが、奴はきっと正しい。
配られた手札での勝負を捨てて、土壇場でタナボタの覚醒に期待すんのは、きっと――
ゲーマーのやり方じゃ、ねえよな。
-
◆ ◆ ◆
決戦当日。
俺は予定よりも早く起きて、用意された朝食を一通り腹に収めた。
それから、ジョンに教わった柔軟体操を念入りにやる。
「アキレス腱、よぉっく伸ばしとけよ。0.5秒早く足が動くだけで助かる命もある。
有史以来千年万年と誰もなし得なかった女王殺しをやろうってんだ。
できる準備は全部やっとかねえとな」
体中をボキボキ言わせながら筋を伸ばし、関節をほぐして行く。
……あ?なになにガザっち、俺の背中になんかある?手ぇついちゃったりしちゃってさ――
「ぐおおおおおおおおお!!???」
ガザーヴァに体重かけて押し込まれて、出したこともないような声が出る。
いっっっったくねえ!?全然痛くないけど!俺の背中ってこんな曲がるの!?怖いよ!!
信じられないような快音が背骨から響き渡る。
やがて体勢をもとに戻すと、凝り固まった身体がむちゃくちゃ軽くなったのを感じた。
「整体ってすっげ……10歳くらい若返った気分だわ……」
ここんとこずっと図書館に引きこもりっきりだったもんな……。
肩とかちゃんと上げられたの久しぶりだよ。やっぱ身体も使わねえと錆びつくもんだな。
>「明神明神ー! 見て見て! どうコレ? 似合ってる?」
俺の筋膜をリリースした後どっか行ってたガザーヴァは、衣装を変えてこっちに戻ってきた。
ふわりと見せびらかすように回転するその姿は、頭巾にローブとどこに出しても恥ずかしくないシスターのそれだ。
イラストアドたっけぇなコイツ……。
>「――汝、瀧本俊之に神の御加護がありますように……」
「ねぇそれ大丈夫なやつ?神の御加護無断借用じゃない?」
ニヴルヘイムの幻魔将軍とか異教もいいトコだよゥッ!
プネウマ聖教が異教徒にどういうスタンスとってんのか知らんが、
なんぼなんでもお祈りパクられるとは思っちゃいまいて。
……うーん、なんだか落ち着かないなぁ。
いやどっから見てもカンペキな美少女シスターなんだけどさ。
敬虔で楚々としたその表情で見つめられると、どうにも内臓の座りが悪い。
俺が闇属性だからでしょうか……。
やがてガザーヴァは、相好を崩して口端を上げた。
>「ぎひッ、どォーだ! このカンッペキなシスターっぷり!
可憐だろォー? カワイイだろォー? 惚れ直したか明神! ほらほらぁ!」
「……うん。やっぱそっちの顔のほうが俺のガザーヴァって感じだな。
よく似合ってるぜ、完膚なきまでに冒涜的だ」
いつの間にか手汗でびっちゃびちゃになった掌を拭きながら頷きを返した。
俺は一体何をやっているんだ……。思春期真っ只中の中高生と違うんだぞ。
-
>「最後に確認するわね。
まず、私たちは聖都のカテドラル・メガスへ。
大聖堂には私たちの協力者がいるから、その手引きで『永劫』のパレードに紛れ込みます。
俺とガザ公のやり取りを白い目で見ていたアシュトラーセに咳払いを食らって、
作戦の最終確認に入る。
パレードに紛れて神門の向こうへ入り込み、聖祷所までの階段で直接対決。
ここまでのお膳立ては賢者共だ。俺たちは、バレねえようについていくだけで良い。
>「結界さえできてしまえば、私たちも戦闘に参加できる。
そのくらいのタイミングであなたたちが彼女の本性を引き摺り出していてくれていれば、言うこと無しね。
ジョンさん、あなたがメインアタッカーなのでしょう。それなら私とカチューシャもあなたに強化魔術を掛けるわ。
ありったけの火力を叩きつけて、『永劫』の二つ名に終止符を打ってあげましょう」
俺たちの仕事は大きく分けて2つのフェーズに分かれる。
三賢者が結界構築を完了させるまでの時間稼ぎがまず1つ。
要は増援が到着するまで死なねえように頑張るフェーズだ。
そして継承者3人が合流したら、そっからが本当の勝負。
流石に俺も増援なしでオデットを殺しきれるとは思っちゃいない。
オデットが第2形態に移行してから、温存した火力を一気にぶつけて討伐まで持っていく――
懸念要素は今のところ2つ。
ひとつは聖祷所、日の届かない場所まで逃げ切られること。
暗闇の中じゃ万に一つもヴァンパイアに勝ちうる筋はない。
奴を階段に釘付けにするような立ち回りが必要ってことだ。
もうひとつは……エンバースの存在。
あいつがオデットの手に堕ちているなら、確実に戦いに乱入してくるはずだ。
背中から襲われないように警戒しておくべきだろう。
>「よぉーし! んじゃ、そろそろ行くかぁ!」
虚構魔術でプネウマ司祭の姿を被って、俺達は地下を出た。
世界を救う。ポヨリンにももう一度会う。
2つの希望を、一つたりともとり零さないために。
◆ ◆ ◆
-
>「はぇ〜……ボクらが来たときもスッゲェ賑わってたケド、今日はぜんっぜんダンチだな!
ここ暫く隠し村の質素なゴハンばっか食べてたから、この脂の焦げたニオイが……うぅ〜」
錫杖をシャンシャン言わせながら練り歩く俺の隣で、ガザーヴァがこぼす。
手元の籠から白い花弁を間断なく振りまいて、ボヤキは花と一緒に地面を転がった。
「ククク……街の連中も呑気なもんだぜ。水面下で教帝猊下の暗殺計画が進行中とも知らずになぁ」
教徒たちは、万に一つもオデットが害されるなどと思ってはいないんだろう。
そりゃそうだ。そんなことをする理由がない。
寿命を縮める霧がはびこっていようが、街ゆく人々の笑顔は本物だ。
オデットは、間違いなくこの街に幸福と安寧をもたらしてきた。
オデットは悪人じゃない。むしろ限りなく善性に近い存在だ。
ニヴルヘイムの脅威に晒され続けているこの世界で、賊や魔物が当たり前に存在するこの世界で、
それでもエーデルグーテだけは、聖教の後ろ盾のもと治安を保っている。
奴は死を望んでいる。そのために、侵食を受け入れて世界を滅ぼそうとしている。
それは、ウン千年と人々を庇護し続けてきた聖母の、最後のワガママなのかもしれない。
ママだけにな。
ほどなくして、パレードは神門の前へと辿り着いた。
地底から響くような音とともに、巨大な扉が開かれる。
そこから先は、オデットと限られた者――つまりは俺たちだけが存在を許される空間だ。
扉が閉まる。その音を背後に聞きながら、なゆたちゃんが一歩進み出た。
>「教帝猊下――いいえ、十二階梯の継承者第三階梯『永劫の』オデット!」
オデットは一瞥くれて、それから虚構を解いたエカテリーナとアシュトラーセの啖呵を受けて、
全てを理解したようだった。
話が早くて助かる。問答はもう要らねえな。バトル前の会話なんかスキップだ。
「一月待ちぼうけ食らわせやがったことを今更とやかく言うつもりはねえよ。
あれは俺たちの頼み方が悪かった。口開けて待ってるだけの雛鳥に、降ってくる餌は選べない」
俺もまた、虚構で構成された司祭服を脱ぎ捨てて、白スーツ姿を露わにする。
紐で抱っこしていたマゴットは、動きを阻害しないように背中に括り付け直した。
「あらためて、交渉をしようぜ。俺たちの望みはプネウマ聖教の協力と降霊術の実行。
お前の真意がどうであれ、その2つは絶対に提供してもらう。
代わりに――」
右手にスマホを。左手を掲げて、厳粛に眉を潜める教帝に、指先を突きつける。
「――ぶっ殺してやるよ、『永劫の』オデット」
>「……よいでしょう。
ならば見せてご覧なさい、その言葉が偽りでないという証拠を。
自身の願いを叶えたいのなら。等価交換ができると本気で思うのなら。
わたくしの望む、永劫の終焉を――!!」
オデットが宙に浮かぶと同時、波濤のような魔力が叩きつけて来る。
ビリビリと背筋を駆け巡る悪寒を拳一つで黙らせて、俺も臨戦態勢に入った。
-
「『寄る辺なき城壁(ファイナルバスティオン)』、プレイ!」
魔法を引き寄せ無効化する鉄壁が出現し、オデットの撃ってきたビームを吸収する。
物理で直接殴りに来ない限りは、これで奴の魔法は防御できる。
殴りに来たならその時は……ジョンが迎撃する。
「『万華鏡ミラージュプリズム)』――プレイ!」
カードを手繰り、物体を3つ複製するスペルが発動。
手の中のスマホが都合4台になった。
「持っとけなゆたちゃん、お守り代わりだ!」
そのうちの1台をなゆたちゃんに放る。
――>『明神さん、前に万華鏡(ミラージュプリズム)でスマホ増やしてたよな?
ブレイブの能力にスマホのスペックは関係無くて、スマホ持ってればOKなら……
戦闘開始前にそれで増やしたスマホをなゆが持っておけばスキルだけは使えるようになるのではないだろうか』
スマホがブレイブの『再定義』を発動しやすくするためのキーに過ぎないのであれば、
カザハ君の想定通りになゆたちゃんの生存力を高められるはずだ。
とは言え、これは検証の不十分なダメモトでしかない。
異なるアカウントのスマホでブレイブ判定になるかは分からん。
合理性の低い賭けに貴重なATBバーを一本費やしたのは――もののついでだからだ。
俺は2台のスマホを構える。同一アカウントを複数のデバイスで運用する規約違反行為『複窓』。
扱うのはクーデター以来になるマジックチート――『ダブルキャスト』だ。
今この瞬間から、俺はATBバー1本で2つのスペルを行使できる。
低スペでカクカクな複製スマホを手繰って、同時に使用ボタンをタップした。
「『迷霧(ラビリンスミスト)』、『黎明の剣(トワイライトエッジ)』――プレイ!」
攻撃力を付与された濃霧――Dotを振り撒き続ける致死の白霧を展開。
オデットの自動回復を上回るようなDPSは出せないが、火力の後押しくらいはできる。
戦いが長引けば長引くほど、積み重なったダメージは効いてくるはずだ。
「ヤマシタ、怨身換装――モード・重戦士!」
バルゴスの剣を背負って出現したヤマシタは、両手で巨大なクロスボウを抱えている。
城攻め用のバリスタ。アコライトで運用されてた兵器を一基貰って手持ちできるよう改造したものだ。
ドゥームリザードの胴体にも風穴開けられるぶっとい矢を番えて、飛び回るオデットに射掛けていく。
この距離なら、ネクロドミネーションの予備動作を見てから対応できる。
ショートカットにアンサモンのボタンを登録して、ワンタップで召喚解除が可能だ。
-
――盾モードによる防御には、頼れない。
防御中にネクロドミネーションを撃たれれば俺は丸裸だ。
地上で接近戦になってもアンサモンしなきゃならない。
ヤマシタの運用は、オデットが空中に居る間だけに限られる。
ファイナルバスティオンでカバーし切れない攻撃は、カザハ君のバフで上がった身体能力で避ける。
常に生身を晒し続ける恐怖がぞわぞわと足元から這い登ってきて、そのたびに膝を殴った。
ヤマシタの矢が風を切って飛翔し、オデットは空中で旋回してそれを躱す。
反撃に放たれた光弾が鉄壁をすり抜けて、俺の飛び退いた空間を穿った。
「動くと当たらねえだろうがっ!何逃げてんだ不死の癖によぉ!
お前は死にてえんだろ、オデット!だったら無抵抗でタコ殴りにされろや!!」
>「降りるぞ! チャンスだ!」
オデットの動向を察知したカザハ君の号令が飛ぶ。
「来たか、戻れヤマシタ!そして必殺のぉ――『ポルターガイスト』!」
ヤマシタに後方まで下がらせ、同時に俺自身が習得した魔法を発動する。
戦いの余波で砕かれた階段の残骸、一抱えもある瓦礫がひとりでに持ち上がった。
「ぶちかませ!」
闇属性の燐光――使役した低級霊に包まれた瓦礫が、投げ飛ばされたように宙を飛んだ。
オデットの頭部めがけて突進する。
【使用カード:バスティオン、ミラプリ、ミスト、トワイライトエッジ。
複製したスマホを1台なゆたちゃんに投げる
ヤマシタを遠距離攻撃に専念させ、ネクロドミネーションが来たら即座にアンサモンの構え
ポルターガイストでオデットの頭部に瓦礫をぶん投げる
マゴット:羽化しないまま戦闘に連れてくる。レベルアップとは別に条件が必要?】
-
【クリティカル・アサシネイト(Ⅰ)】
聖樹祭前夜、遺灰の男は潜伏場所を神門付近に移していた。
警備はさほど厳重でもない。そんなもの、オデットには無用だからだ。
この世の何人たりともオデットを害する事は出来ない――少なくとも致命的には。
それでも警備と護衛が配備されるのは、聖樹祭の滞りない進行の為だろう。
一般の教徒達からすれば、聖樹祭はオデットに近づける唯一の機会だ。
護衛の騎士達の威容をもって、群衆に歯止めをかける必要がある。
「つまり、大聖堂から神門までのルート外への警備は必然、手薄になる。ここまでは予想通りだ」
遺灰の男の所在=街外れに並ぶ庶民用の集合住宅、その屋上――神門前の広場を眺める。
「ゲームの方じゃ、神門前に集まった信者は皆、熱心に祈りを捧げていた。
一応全員に話しかけてみたけど、結局誰も返事はしてくれなかったからな。
あの場面を信用するなら、多分俺達が神門を通っても誰にも咎められはしない」
〈……何か、含みのある言い方ですね?〉
「まあ、若干の運ゲー要素は否めないからな」
〈それは、確かに……それで?〉
フラウの声色=言外の追求――そこまで言うなら、何か考えがあるのでしょうね。
「……昔、YouTubeで見た事があるんだ。勿論ハイバラがだけど。
オデットとは敵対したくない。だけど、聖祷所には入りたい」
遺灰の男が万象樹を見上げる。
「――だから、あそこを登って聖祷所を目指そうって動画を」
〈……なんですって?〉
フラウの声色=言外の追求――あなた、正気ですか。
「動画じゃジャンプとスキルのモーションだけで登ってたけど、俺達ならもっと楽にやれるだろ?」
〈それは、そうでしょうけど。ですが、聖祷所が交戦地点になるとは限りませんよ。
もしオデットとなゆたさん達が階段の途中で戦闘を始めた場合はどうするんです?〉
「ええと……別に、聖祷所まで先回りする必要はないんじゃないか?
ある程度の高さまで登ったら一旦、神門の様子を見張っていればいいと思うぜ。
フラウさんの触手、俺の身軽さと炎を併用すれば、階段まで飛び移る事は難しくないだろ?」
〈……いいでしょう。少々面食らいましたが、その手で行きましょうか〉
フラウが屋上の縁に飛び乗る/地上へ飛び降りる。
「もう出発するのか?」
〈街中に潜んでいるのも、万象樹に張り付いて潜んでいるのも変わらないでしょう。
そもそも本当にあそこを登っていけるのか、試してみないと分かりませんからね〉
「ああ……それは、確かに。もし登れそうになかったら、その時は階段の方を狙おうか。
あの階段には柵も手すりもなかった筈だ。十分な高さに飛び上がれるなら、
階段を登るのに、別に神門を潜る必要は特にないように思える」
淀みない言動/提案=非合法的ショートカットの開拓は、ゲーマーの嗜み。
〈……待って下さい。もし階段に先回りする場合、どうやって身を隠すつもりです?〉
「それは……こう、階段の縁にぶら下がってさ」
〈絵面が雑魚敵のそれですね。雑魚の中でも特に卑小な連中の〉
-
【クリティカル・アサシネイト(Ⅱ)】
聖樹祭当日――オデットを乗せた神輿は予定通り、神門の前にまで到着した。
オデットが神輿を降りる/神門が開く――オデットは側近と共にそれを潜る。
遺灰の男は――万象樹の樹皮、そこに生じる陰に隠れて、それを見ていた。
〈門が閉じる前に、こちらから仕掛けますか?〉
フラウの問い=なゆた達の合流を想定するなら、門の突破を支援すべきでは。
「いや……必要ない。明神さんなら、行方不明の俺を作戦に組み込んだりしない」
〈……そもそも、彼らは本当に――〉
「来るさ。このチャンスを逃せばもう、プネウマ教徒を巻き込まずにオデットを制圧する事は不可能だ。
……厳密には、来年の聖樹祭まで待てば出来るかもな。けど多分、そんな悠長な事は言ってられない」
神門が音を立てて閉ざされた――そして。
『教帝猊下――いいえ、十二階梯の継承者第三階梯『永劫の』オデット!』
聞き覚えのある声が響いた――オデットが背後の側近達へ振り返る。
「なっ。言っただろ?」
〈……別に、あなたが誇らしげにする故はどこにもありませんが〉
『……あなたたち。信徒ではありませんね……?
先ほどから、聖列の中に不思議な揺らぎがあることには気付いていましたが……あなたたちでしたか。
このようなこと、一般の魔術師には不可能なこと。
であるのなら――』
『ほほほ、その通り。久しぶりよの、『永劫』の賢姉』
側近の一人が、その身に纏った魔術を解く。
「……エカテリーナ?それにアシュリー……エンデのツレってのは、アイツらの事だったのか」
『神聖な聖樹祭の、しかもこの神域にまで土足で踏み込むなど……。
この世界に生きたすべての祖霊を蔑ろにする行為。到底許されることではありませんよ、妹たち』
〈だ、そうですよ〉
「ユグドラエアを土足で踏んづけて、触手を突き刺しながら登ってみました――って伝えたら、どんな顔するかな」
『けれど、一方であなたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はミズガルズよりの賓(まろうど)。
アルフヘイムの文化に不勉強なところもあるでしょう、教帝の名に於いて今回の狼藉は格別の恩情を以て許します。
すぐにお戻りなさい、わたくしは祈祷を滞らせる訳にはいきません。
今夜にでも改めて席を設け、会合を――」
「どのツラ下げて……まあ、言うだけならタダか」
『……いいえ。
わたしたちは戻りません、もう待つこともしない。
オデット、わたしたちはもうあなたの憐憫には縋らないことに決めたの。
ここには――あなたと等価交換を行う、同格の交渉相手として来たのよ……!』
「……ああ、なるほど。つまり……そういうルートか」
遺灰の男は、なゆたが言わんとしている事を察した。
-
【クリティカル・アサシネイト(Ⅲ)】
『わたくしは、あなたたち愛し子の行う大抵のことには寛容でいるつもりですが。
……それでも、言って良いことと悪いことはあるのです。
それは確かにわたくしの願い……わたくしがありとあらゆる手を施し、そして成し得なかった望み。
しかし、それだけに。
わたくしに対し“それ”を持ち掛けた以上、冗談では済まされませんよ』
オデットも、なゆたの意図する事を理解した――その全身から眩い波動が溢れ出す。
『……よいでしょう。
ならば見せてご覧なさい、その言葉が偽りでないという証拠を。
自身の願いを叶えたいのなら。等価交換ができると本気で思うのなら。
わたくしの望む、永劫の終焉を――!!』
そして、戦いが始まった――遺灰の男は、まだ動かない。
姿を隠しての暗殺は、オデットに対してさほど有効な戦術ではない。
暗殺の本旨である一撃の下に屠り去るという事が、オデット相手では不可能だからだ。
とは言え、遺灰の男の存在はまだオデットに悟られていない。
少なくとも遺灰の男はそう思っている――故に、それを利用すべきだと考える。
暗殺は不可能だとしても、初撃の不意打ちを最大限、壊滅的な一撃に仕上げるべきだと。
幸いにして、遺灰の男にはその手段がある――大気に満ちる魔力を喰らい、刃とする魔剣が。
右手で溶け落ちた直剣を抜く/念じる――始原の魔剣よ。俺の声に、応えてくれ。
戦場に舞う魔力の残滓が静かに、遺灰の右手へと集っていく。
「……よし。フラウさん、今の内に距離を詰めよう」
フラウの触腕による振り子運動/炎による上昇気流を利用して、遺灰の男は階段の縁に飛びついた。
そのまま気配を殺し/好機を待つ――灰の五体の中にある筈もない神経が、研ぎ澄まされていく。
ハイバラの記憶/経験が――これから取る行動への自信と集中力を生み出しているのだ。
自分なら出来る――そう信じる事は何事においても、ゲームにおいても重要だ。
迷いが消え/決断と行動がコンマ数秒早まる――その結果、本当にそれが出来るようになる。
『降りるぞ! チャンスだ!』
明神の声が聞こえた/聞こえただけだ――階段上の状況は視認出来ていない。
それでも何故か直感出来た/確信出来た――今、仕掛けるべきだと。
階段の縁から、遺灰の五体を魔物の膂力によって跳ね上げる。
遺灰の男は超高速で/一瞬の内に、戦場に立つ全員の頭上を取った。
『ぶちかませ!』
「――ああ。任せてくれ」
狙い=ジョンを囮に己が一撃を通す/己を囮にジョンの一撃を通す――或いはその両立。
剣を振るう前から遺灰の男は感じていた――この一撃は、きっと会心の一撃になると。
「――貰った」
ハイバラでも、きっとこう動くと思えるような/自分にもこんな動きが出来たのかと思えるほどの。
完璧なタイミング/完璧な不意打ちだった――恐らくこの戦場に立つ、誰に対しても。
唯一の問題は――その完璧な暗殺の矛先が、誰へ向けられるかだ。
-
――いい?この世にはその人にとって無理な事はあっても不可能はないのよ
じゃあ無理だよ…僕には…
――……いいから黙ってやれ!
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ズドオオン!!
破城剣がむしゃらに振り下ろす。当然なにかが発動するわけではない。
ズドオオオン!!
更に強く振る。ただの振り下ろし攻撃である。
「はあ…はあ…」
疲労だけが溜まっていく。みんなの前で大口を叩いておいてなんて醜態だろうか。
>「……必ず。勝とうね!!」
なゆの優しい言葉が…今は重く感じる。
僕は成し遂げられるのだろうか?みんなの期待に応えられるだろうか?
不安が募る。
不可能ではないはずだ。前例はないかもしれないけれど…発動できるという確信だけが僕の中に明確にある。
「この世には…不可能は…ない」
僕には…この体がある。力がある。…才能だって…奪い取った物がある…。
ズドオオオオオオン!!!
僕にいつだってないのは…もう一度この力を使う…そして欲望に勝つ…覚悟だけだ…。
-
>「……だが、それでも構わん。其処にいかなる苦難が待ち構えていようと、此処で滅ぶ結末に比べれば遥かにマシだ。
オレには同胞たちを導く使命がある。皆を生かすためならば、いかなる障害であろうと打ち倒す!
まずは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』! 貴様らを葬り去って、我が決意の表明としてくれよう――!!」
ロイやイブリースのように…明確な覚悟には僕にはない…いつだってその場凌ぎの言葉と覚悟…
僕がどれだけ今この場で覚悟を言葉を尽そうとも…戦場に出ればきっとすぐ忘れてしまうだろう。
>「オレは一巡目で貴様ら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』にすべてを奪われた!
仲間も! 世界も! このオレ自身の命も! 何もかもだ!!
イブリースは…最後こそ様子は可笑しかったが…圧倒的な強さと…悪と断じられようともその身を捧げる覚悟があった。
いつの間にか出血していた掌を見ながら思う。僕はこの力を正しく…制御できるのかと。
シェリーのように…殺してしまうかもしれないという恐怖
そんな事ないと分かっている…みんな証明してくれた…分かっているはずなのに…
>「だけど……あの戦いから今日まで、お前は俺たちとの約束を何度も守ってきた。
殺さないこと。生きて帰ること。どれだけキツい中でも、それだけは違えなかった。
俺が信用するって言ったんだ。お前は今回も――絶対に踏み外さない」
ズドオオオオン!
ズドオオン!
ズドン!
>「あなたはわたしたちを守るって言った。その守るは、何を守るもの?
わたしたちの身体? 心? それとももっと別の何か――?
みんなは僕を信じてくれているのに…僕だけがまだ信じきれない…後一つ覚悟が足りない。
なんて惨めで愚かで…醜い存在なのか…
「そろそろ前を向いて歩かなきゃ…いけないのに」
イブリースに偉そうに言っておいて結局このザマだ。後ろを…シェリーとロイを見続けている…。
僕は…ただみんなと幸せに…笑って過ごしたい…
馬鹿みたいな事で笑って!しょーもない事で慌てて!その後なんであんなことで悩んでたんだろうって!
僕を信じてくれた人達と…一緒に!
「信じてくれたみんなを…みんなが信じた僕を…信じる…」
ズドオオオオオン!
広場には空しく剣を叩き付ける音だけが鳴り響くのだった。
-
>「結界さえできてしまえば、私たちも戦闘に参加できる。
そのくらいのタイミングであなたたちが彼女の本性を引き摺り出していてくれていれば、言うこと無しね。
ジョンさん、あなたがメインアタッカーなのでしょう。それなら私とカチューシャもあなたに強化魔術を掛けるわ。
ありったけの火力を叩きつけて、『永劫』の二つ名に終止符を打ってあげましょう」
「あぁ!よろしく頼む」
結局不安を完全にはぬぐえぬまま、作戦当日になってしまう。
声だけでも元気よく答える。そうしないと緊張と罪悪感で押しつぶされてしまいそうだ
>「よぉーし! んじゃ、そろそろ行くかぁ!」
僕は聖罰騎士の鎧を身にまとう。見た目よりしっかりしていてそれでいて予想以上に軽い。
これなら動きが見様見真似でも疑われるようなぎこちなさが出ないだろう。
>「はぇ〜……ボクらが来たときもスッゲェ賑わってたケド、今日はぜんっぜんダンチだな!
ここ暫く隠し村の質素なゴハンばっか食べてたから、この脂の焦げたニオイが……うぅ〜」
道行くみんなが自然な笑顔でオデットを出迎える。まるで2日前の形相が嘘のように笑い、喜び、称える。
あの時僕達はこいつらに殺されかけたし殺しかけた。
それにあの不気味なほどオデットの命令に忠実な…そうゾンビのような人間とは到底思えない。
「………」
操られていると言っていた。逃げてきた人たちも口をそろえてそういっていた。
街一つ洗脳できるのか…オデットが本当にそれほどの力を持っているなら…僕達は勝てるのか。
神門の前に到着する。人間では到底開ける事などできないであろうその巨大な扉をオデットは軽々と開ける。
>「――参りましょう」
妙に安らぐ声で…そう言うと僕達は神門を潜り…長い階段を上り始めた。
段々と民衆の声が遠のいていく…静かになっていく…
ゴクリ
いよいよ…ゆっくりと…戦いの時が迫っていた。
-
人間が落ちたら間違いなく助からないであろう高さまで登り終えた後。開けた場所にでる。
戦う場所はなゆが決めてくれる手筈になっていた。僕は詳しくないし、オデットが有利な場所で戦う必要なんてどこにもない。
なゆが合図を出す。どうやらここがその…今回のバトルフィールドらしい。
柵もなければ落下死の危険性もあるが…なゆが合図を出したという事が邪魔が入らず…少なくとも五分くらいで戦える場所なのだろう。
>「教帝猊下――いいえ、十二階梯の継承者第三階梯『永劫の』オデット!」
なゆがそう名乗りを上げるのと同時に鎧を投げ捨てる。
巨大な門を簡単に開けるような相手に鎧が通用するとは思えない。動きの邪魔だ。
>「……あなたたち。信徒ではありませんね……?
先ほどから、聖列の中に不思議な揺らぎがあることには気付いていましたが……あなたたちでしたか。
このようなこと、一般の魔術師には不可能なこと。
であるのなら――」
>「ほほほ、その通り。久しぶりよの、『永劫』の賢姉」
作戦通り、オデットを都合の良い場所で複数で取り囲むのは完璧。
>「……『虚構』に『禁書』……それに『黄昏』まで……。
何をしているのかと思えば、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の愛し子たちに協力していたのですか」
「この状況になって…2日前あんな事までしておいて…愛し子達とは…ちょっと白々しいんじゃないか」
僕は決して忘れない。なゆが死にかけた事を、エンデが助けに来てくれなかったら…オデットのいう愛し子は一人死んでいた。
オデットの子供たちとはそんなもんなのか…不要なら殺せって?言ってる事とやっている事が矛盾しすぎている。
>「……いいえ。
わたしたちは戻りません、もう待つこともしない。
オデット、わたしたちはもうあなたの憐憫には縋らないことに決めたの。
ここには――あなたと等価交換を行う、同格の交渉相手として来たのよ……!」
>「わたくしの欲しいもの? そんなものを、あなたたちが理解しているというのですか?
その上……それを『与える』と……?
何を言うかと思えば……」
ふっ…と余裕の笑みを浮かべるオデット。子供のいう事を冗談半分で聞いている親のように暖かい笑みを浮かべている
この状況にもなって僕達を子供扱いとは…こいつ一体僕達をどう思ってるんだ…?
しかしなゆの次の一言で子供と親の和気あいあいトークのような雰囲気は一気に戦場の末期のようになる事になった。
>「……わたしたちは、あなたを倒すことができる。
その『永劫』に終焉を与えることができるわ。オデット」
>「!」
息が詰まる。この世界にきて何度も味わった…強者の殺気。
親のような雰囲気を纏ったオデットはもうそこにはいなくなっていた。
-
>「……よいでしょう。
ならば見せてご覧なさい、その言葉が偽りでないという証拠を。
自身の願いを叶えたいのなら。等価交換ができると本気で思うのなら。
わたくしの望む、永劫の終焉を――!!」
ゴッ!!
技でもない只の魔力の玉による無差別攻撃。たったそれだけで。
「ぐっっ!」「にゃっー!」
素早く破城剣を取り出しそれを足元に突き刺しその裏に隠れる。
ほぼノーモーションで繰り出す攻撃の威力ではない!
「うーん…これじゃみんなの攻撃待ちだな…こりゃ」
火力を出すと言ったもの…開幕上空に飛ばれては僕になすすべはない。
この弾幕の中ジャンプで突っ込んでいたらハチの巣にされるのがオチだ。
>「フェザーアローズ!!」
カザハと明神VSオデットの壮絶な遠距離攻撃のぶつかり合い。
チャンスではあるのだが…いかんせん僕には遠距離攻撃の手段が乏しい。さすがに部長を投げるのは場所的に不可能だし…。
「『迷霧(ラビリンスミスト)』、『黎明の剣(トワイライトエッジ)』――プレイ!」
せめてもう少し低空になれば…
>「動くと当たらねえだろうがっ!何逃げてんだ不死の癖によぉ!
お前は死にてえんだろ、オデット!だったら無抵抗でタコ殴りにされろや!!」
明神の罵声が飛ぶ。オデットには余裕の笑みが残ってはいるが、確実に高度が落ちてきている。
それに僕に向けて放っていた弾幕は緩やかになってきている…これなら飛び出せるだろう。
「部長…今回も頼むぞ!雄鶏乃栄光!雄鶏疾走!」
出し惜しみ等しない。そんな事をする相手ではないのはいつも通りだが…今回部長の出番は後半では殆どないだろう。
シュンッ
破城剣をいったん仕舞い、僕を強化しオデットに気づかれないように超加速した部長に捕まり、狙いやすい場所に移動する。
もう少しで武器投げの射程に入る…が雷刀やナイフではだめだ…火力が足りない…なら…
>「降りるぞ! チャンスだ!」
カザハが明神に声を掛ける。そしてそのチャンスを明神は無駄にしない。
>「来たか、戻れヤマシタ!そして必殺のぉ――『ポルターガイスト』!」
階段の残骸…瓦礫の塊が引き寄せられるように集まり…そして高速でオデットに目掛けて飛んでいく。
オデットに着弾した。きちんと命中したのか、それとも寸前に弾かれたのか…瓦礫の破片が邪魔でよく見えなかったが…攻撃で怯んだオデットはついに僕の射程に入った。
ブオンブオンブオン!
「うおりやあああああはああああああ!」
破城剣を鞄から再度取り出し…そして砲丸投げの要領でその場で高速回転する。そしてオデット目掛けて投げた!
-
オデットがこの程度でやれるとは微塵も思っていない。
「戻れ!」
僕がそう叫ぶと破城剣が手元に戻ってくる。
さすがに簡単にキャッチできないので避けて地面に突き刺さった所を拾い直す。
「やっと話し合う気にでもなってくれたかい?」
破城剣を引きずりながらも構え…オデットと対峙する。気を少しでも抜いたら気をやってしまいそうだ
それほど…自分を母と名乗るその生物は…異様な殺気めいた物を放っていた。
「地上にいてくれなきゃ君を殺せないだろう?
まったく…永劫を殺すって無茶やらなきゃいけないんだから少しくらい手加減してくれよ…」
破城剣についたオデットの血を指で少しすくい…それを口に入れた。
その瞬間僕の体に紅い衝撃が駆け巡った。力がみるみる漲ってくる。陳腐な表現かもしれないが…体が悦んでいる。
体から通常人間ではあり得ない紅いオーラが薄っすらと見える程に…不自然に力が増加している…永劫の力がまさかこれほどだなんて…
少量の血でこれなら…大量になればどれほどの…力が手に入るのだろうか
「フフフフ…」
殺すだけなら間違いなくできる…そう思うと自然と口から笑みの笑いが零れる。
「ニャッー!」
部長の声でハッとなり我に返る。楽しむためにこの力を呼び戻そうとしているわけではない。
なゆの為に…みんなの為に使うんだ…使われるんじゃなく…僕が使う立場なんだ…。
バチン!
自分の顔を思いっきり叩く。
「…とにかく僕なら君に終わりをプレゼントする事ができる…これ以上意味のない戦闘はやめよう
僕もさすがにノーリスクでやれるわけじゃないんだ…だから…勝ちを譲ってくれ」
意味がないといえば嘘になる。
技を繰り出すためには最低限オデット僕がお互いが消耗し合わなければいけないし、明神やみんなのアシストも絶対的に必要になる。
でも安全を重視するならば…もう少しこの力に対する理解度を高めたい…それは事実である。
「また飛んで逃げる気か?愛し子とか言いながらその子供を殺そうとしたり、死にたいのに逃げ回るなんて…分からない奴だな…」
戦う意志があるなら仕方ない…僕は破城剣を構え直す。オデットの血を舐めてから格段に体が軽くなった気がする…。
「苦しまずに君も死者の仲間に入れてやるよ」
オデットがすぐに戦闘態勢に入る。
「母を名乗るなら子供の言う事も少し聞いてくれたっ――――!?」
戦場の空気が存在を知らせてくれたからなのか、永劫の力少し取り込んだからなのか…はたまた本能なのか。
無意識にこの場に来たまだ戦場に参加していない存在を察知し、上空を見上げる。
>「――ああ。任せてくれ」
エンバースがきた!喜んだの束の間、明神の言葉が頭を過ぎる。
>「ヤマシタはもちろん、エンバースもこいつには抗えねえ。
……あいつが今どこに居るか知らんが、既に操られてる可能性だってある。
場合によっちゃエンバースが敵に回るかもしれないってことは、覚えておけよ」
エンバースが誰を狙っているかは分からない。まだ無事でオデットを狙っている可能性がある。
しかしエンバースを止めるなら今すぐ止めなければ間に合わない。もし別の誰かを狙っているのならすぐ動かないと!
「エンバーーース!」
この高さの建物でまさか上から来るとかーどうやって潜伏していたんだーとか今までどこにいたんだーとか…
聞きたい事はいくらでもある…本当君はいつも肝心な事を暈すんだから…!
分からない以上僕はすぐ様懐からナイフを取り出す――が
>「――貰った」
戦場には迷う時間などありはしない。即断即決できていれば…或いは…もしかしたら止める事もできたかもしれなかったが…
僕の想像を遥かに超えたエンバースの迅速かつ正確な不意打ちは完璧に成功し、その対象に襲い掛かった
-
この世界には、苦しみが多すぎる。
病苦、貧困、老衰、そして死。この世に生きる総ての者に対して、この世界はあまりにも過酷だ。
果たしていったいどれほどの生物が、満足な幸福を感じられているのか?
それはきっと、この手の一握りにも満たないに違いない。
ずっとずっと、手を差し伸べてきた。
弱すぎる、脆すぎる、儚すぎる生命たちに。
慈しみを以て接してきた。それが強者の義務、支配者たる自分の役目と思ったがゆえ。
この世が過酷であるのなら、その過酷を少しでも和らげるのが上位者の務めと理解したがゆえ。
そうして、気の遠くなるほどに長い年月を費やしてきた。
貧しき者に施し、病んだ者に侍り、老いた者に添い、死にゆく者を看取った。
少しでも多くの者々が幸福になれるように。不幸という闇の中でもがき苦しむことのないように。
安らかな最期を迎えることができるように。
けれども。
世界に蔓延る絶望を前に、頂点君臨者であるはずの自分はあまりにも矮小で。
教帝の名も、聖母の栄号も、所詮は虚飾以外の何物でもなくて。
太祖神の威光も、プネウマの教義も、すべては欺瞞に過ぎなくて。
出来ることなど、何もなくて。
闇の世界の王たるこの身も、皆と同じように所詮は苦しみの輪廻に囚われた存在でしかなかったのだ。
だのに、彼らは遣って来る。この小さな、何の力も持たぬ手に縋ろうと、海を越えて。山を越えて。
幾多の艱難と辛苦とを乗り越えて、この聖都へ遣って来るのだ。
誰も彼もがこの姿を仰ぐ。神の代行者と称揚する。
教母と。救い主と。自らの不幸を拭ってくれる、楽園(ヴァルハラ)への導き手と――。
そんなことは決してないのに。
楽園が何処に在るのかなど分からない。どうすれば其処に到達できるのかも。
出来ることはただ苦しみ、もがき、四苦と八苦の内にのたうち死んでゆく者を葬送することだけ。
病を、苦しみを、老いを、死を取り除いてやることなど、この身には決してできないのに。
だけれど。
できるのだ。“あれ”には、それができる。
“侵食”――
あの黒々とした闇。否、闇でさえない。“侵食”には色などない、あるのはただ『無』のみ。
無。
其処には何もありはしない、糜爛の病も、醜い貧富も。真綿で頸を絞めるが如き老いも、逃れ得ぬ死までもがない!
嗚呼、忌むべきものの一切を平等に葬り去る侵食よ。真に尊きものよ!
愛しい子たち。このあまりにも過酷すぎる荒野の只中で、プネウマの教義という朽藁に縋って生きる者々よ。
今こそ貴方たちを救いましょう。その苦痛に満ち満ちた生に、終止の符を刻みましょう。
すべてを無に。何もかもをゼロへと回帰させましょう。
楽園への導き方は分からなかったけれど、此れならば分かる。
ならば、わたくしが水先案内人を務めます。このオデットが。教帝の、『永劫』の名の許に――
“侵食”へ。何もない、静寂の世界へと還りましょう。
-
>”渦巻く魔力の風(ストームソーサリィ)”からの”烈風の祝福(テンペストブレッシング)”!
カザハの放った風の魔力がパーティーの全員に行き渡り、戦闘が始まる。
>フェザーアローズ!!
>『寄る辺なき城壁(ファイナルバスティオン)』、プレイ!
宙に浮かぶオデットをカケルに騎乗したカザハが攻撃し、同時に明神がスペルカードを発動させて絶対の魔法防御を構築する。
オデットの攻撃は現状、魔法だけだ。巧みに広範囲魔法と一点集中魔法を使い分けてくるものの、
この防壁がある限り『異邦の魔物使い(ブレイブ)』本体に攻撃が飛んでくることはない。
なゆたは城壁の影に隠れながら、前衛の仲間たちがオデットと熾烈な戦いを繰り広げるのを見守った。
>『万華鏡ミラージュプリズム)』――プレイ!
>持っとけなゆたちゃん、お守り代わりだ!
明神が四つに増殖させたスマホのうち一台を放ってくる。
「……! ありがと、明神さん」
スマホを受け取り、礼を述べる。
これで、あわよくば『異邦の魔物使い(ブレイブ)』としての力の幾許かでも取り戻せたのならよかったのだが、
生憎なゆたが強くスマホを握り込んでも何も起こらなかった。やはり、スマホなら何でもいいということではないのだろう。
特定のアカウントとスマホが紐付けられているように、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とスマホの間にも、
他者の介在出来ない特別な紐付けというものがあるのに違いない。
そして――なゆたの持っていたそれは、壊れてしまった。
今のところ、なゆたには何の戦う方法もない。オデットに抗う手段がない。
『それ』はもう何日も前に、オデットに会いに行くと言ったきりなゆたの前から姿を消してしまった。
――エンバース、早く……早く来て……!
ぎゅっとスマホを胸に強く抱き込みながら、なゆたはエンバースの帰還を心の底から願った。
>『迷霧(ラビリンスミスト)』、『黎明の剣(トワイライトエッジ)』――プレイ!
「光在れ。――『栄光の耀(グローリーライト)』――」
明神の発動させた迷霧と黎明の剣のコンボに、オデットが小さく呟いて魔法を発動させる。
その途端オデットの全身から強烈な閃光が放たれ、瞬時に攻撃力を持った霧を蒸発させてゆく。
黎明の剣は光属性のスペルだ。その攻撃を更に強い光属性の魔法で上書きする、
光魔法のエキスパートたるオデットならではの対処法と言えよう。
そして、戦闘フィールド全域を効果範囲とする強烈な光属性の閃光は闇属性のモンスターに致命的影響を及ぼす。
もしも迂闊に行動すれば、闇属性のヤマシタは五秒と持たないに違いない。
ついでに――
「あぢゃぢゃぢゃぢゃ!!」
カザハと同じようにガーゴイルに騎乗し、騎兵槍を振り回して果敢に上空からオデットへと攻めかかっていたガザーヴァが、
閃光をもろに被弾し慌てて城壁の影に滑り込んでくる。
自分を風属性だと勘違いしていた闇属性のガザーヴァにとっても、オデットは天敵に等しい存在である。
レイド級の面目躍如か即消滅とは行かないまでも、ダメージは浅くない。
「クッソぉ……あのオバチャン、意外と強ぇぇじゃねーか……!
何やってんだよ明神、もっとちゃんとバックアップしろよなぁー!」
可憐なシスター姿をかなぐり捨て、いつものベストにホットパンツという軽装に戻ったガザーヴァが眉間に皺を寄せる。
今の魔法で剥き出しの二の腕に火傷を負ったらしく、フーフーと息を吹きかけているが、肩口が無惨に爛れていた。
「牽制はあんま意味ねーな。アイツをぶっ倒すとしたら、やっぱり一撃必殺の何かだ。
ボクの火力じゃ無理か……他人の露払いなんて趣味じゃねーケド、しょーがねーな!
もっかい行ってくらぁ!」
傷口に簡単な治癒魔法をかけると、再度ガーゴイルに跨って空を翔けてゆく。
ヤマシタが携行用に改造したバリスタを構え、槍のような長さの矢を射かけるも、空中のオデットには中々命中しない。
>動くと当たらねえだろうがっ!何逃げてんだ不死の癖によぉ!
お前は死にてえんだろ、オデット!だったら無抵抗でタコ殴りにされろや!!
「そのような牽制の攻撃で、わたくしを永劫の座から引き摺り下ろせると思っているのですか?
だとしたら侮られたもの……。わたくしに死を与えると言ったのなら、それに相応しい攻撃をお見せなさい」
明神の挑発に乗るように、それまで上空を行動範囲としていたオデットが階段へと降りてくる。
>降りるぞ! チャンスだ!
カザハの鋭い声が、蒼天に響き渡った。
-
>来たか、戻れヤマシタ!そして必殺のぉ――『ポルターガイスト』!
明神の裂帛の気合と共に、巨大な瓦礫がふわりと宙に浮きあがった。
>ぶちかませ!
まるでスリングショットから撃ち放たれたパチンコ玉のように、恐るべき勢いでオデットめがけて飛んでゆく。
「明神さん、すごい……!」
なゆたは瞠目した。
明神が最近、何かに取り憑かれたように魔法の勉強をしているのは知っていたが、
まさかこの短期間でこれほどの術が使えるようになっていたとは。
とても、アコライト外郭でヒュドラの足止めに悪戦苦闘していた人間と同じとは思えない。
>うおりゃあああああはああああああ!
いつの間にか大きく成長していたのは、明神だけではない。
オデットが階段に降りてくるなり、ジョンが咆哮をあげて巨大な破城剣をオデットめがけて投げつけるのが見えた。
さながら神殿の柱めいた、莫迦げた長大さの剣が回転しながらオデットの細くくびれた腰を両断しようと迫る。
オデットは逃げない。ただ、自身に迫りくる岩塊と大剣とを凪のように静かな視線で見詰めている。
そして。
>――ああ。任せてくれ
声は、頭上から聞こえた。
「エンバース……!!」
なゆたが満面に喜色を湛える。
オデットはあらゆるアンデッドの王。それは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』陣営にとっても例外ではない。
エンバースにとってオデットは相性が最悪の相手だ。
返り討ちに遭ってしまったのかもだとか、ネクロ・ドミネーションに支配されてしまったのかもだとか、
懸念材料は色々あったが、それでもエンバースはそういったフラグの数々を見事に回避し、決戦の場に馳せ参じてくれた。
それが、何より嬉しい。
「チャーンスっ! ここはボクも勝ち馬に乗っちゃうもんね! おいバカザハ、合わせろ!」
更にガザーヴァも馬上で騎兵槍を構え、カザハへ手短に目配せした後でオデットへと吶喊してゆく。
かつて超レイド級のアジ・ダハーカをも葬り去ったコンビネーションなら、いかにオデットとて無傷では済まないだろう。
明神のポルターガイストによる瓦礫、ジョンの破城剣、エンバースの死角からの一撃、
そしてカザハとガザーヴァの突撃。
現在結界を構築中である十二階梯の継承者たちを除けば、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』全員でできる最大の攻撃。
それが、狙い過たずオデットへ炸裂した。
ガガァァァァァァァンッ!!!!
轟音が耳を劈き、爆風が周囲に吹き荒れる。粉塵が立ち込め、視界がいっとき覆い隠される。
なゆたは髪とスカートの端をそれぞれ両手で押さえ、なんとか転倒せずに持ち堪えた。
今までの長い戦いの中でもきっと五本の指に入るであろう、息の合った連携だった。
これで一息にオデットを倒せてしまえれば――
「……なるほど。
大きな口を利くだけのことはあるようですね」
粉塵が晴れ、ふたたび周囲の見晴らしが利くようになってからなゆたが見たものは、以前その場に屹立し続ける教帝の姿だった。
むろん、無傷ではない。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の絆と総力を尽くした攻撃が、
効かないなどということが起こりうるはずがない。
その証拠に、多重同時攻撃をまともに被弾したオデットの身体はボロボロだった。
端正な面貌は右半分が頭蓋から砕け、脳漿と血にどす黒く染まり。
胸元もズタズタに引き裂かれ、豊満な乳房は原形をとどめない肉塊になり果てている。
右腕は明神の撃ち出した瓦礫に引き千切られたのか無くなっており、左腕も血にまみれていた。
美しかったドレスは見る影もなく、もはや誰が見ても瀕死――そんなオデットの姿を見て、
勝利を確信した者もいたかもしれない。
だが。
「よい攻撃でした。誉めてあげましょう、愛し子たち。
けれど――わたくしを葬るには、あと二十手ほど足りません。
この程度で死ねるなら、わたくしもここまで苦悩することはなかった……」
シュゥゥ……とオデットの破損した肉体から光の粒子が立ち昇る。
砕けた頭蓋が、零れた脳髄が、千切れた腕が修復されてゆく。音を立て、秒の単位で回復してゆく。
死力を尽くした『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の攻撃が、“なかったこと”になってゆく――。
そして、ものの一分も経たないうちに。
誰がどう見ても死亡寸前だったオデットの肉体は、神門を潜った直後と同じ美しさにまですっかり復元されていた。
「なんて……こと……」
オデットの蘇生を目の当たりにしたなゆたは大きく双眸を見開き、驚愕に息を詰まらせた。
不死身だとは思っていたが、まさかこれほどまでのレベルとは。
-
>やっと話し合う気にでもなってくれたかい?
破城剣を手許に戻し、身構えたジョンが言う。
しかし、その表情に余裕はない。
>地上にいてくれなきゃ君を殺せないだろう?
まったく…永劫を殺すって無茶やらなきゃいけないんだから少しくらい手加減してくれよ…
そう言いながら、刀身に付着した肉片交じりの血を舐める。
オデットの血――ノーライフキングの血。ブレイブ&モンスターズ! の世界における、最上の貴種の血。
血を力とするジョンにとって、それはいったいどれほどの強壮剤となることか。
>…とにかく僕なら君に終わりをプレゼントする事ができる…これ以上意味のない戦闘はやめよう
僕もさすがにノーリスクでやれるわけじゃないんだ…だから…勝ちを譲ってくれ
>また飛んで逃げる気か?愛し子とか言いながらその子供を殺そうとしたり、
死にたいのに逃げ回るなんて…分からない奴だな…
「……」
ジョンの挑発に対して、オデットは何も言わない。
ドレスごと修復した肉体もそのまま、無表情でその場に佇立し続けるだけだ。
「エンバース!」
なゆたがエンバースの許へと駆け寄る。
今までどこで何をしていたのかとか、どうして連絡のひとつもくれなかったのかとか、
言いたいことは山ほどあったが、今となってはそのどれもが些細な問題である。
どうあれ、エンバースは戻ってきてくれた。今までと変わらず自分たちの仲間として。
「よかった、エンバース……無事だったのね……!
わたし、あなたが帰ってこないから……何かあったんじゃないかって思って……。
もう……、心配、させないでよ……!」
大きな瞳にみるみる涙が溜まってゆく。
それをごしごしと右手で拭うと、なゆたはエンバースの胸板をぽふんと軽く叩いた。
「わたしのこと、護ってくれるって。
パートナーになってくれるって、約束したんだから……。
忘れないで。ちゃんとわたしの傍にいてね……」
本当はもっと話したいところだけれど、今はそうのんびりしてもいられない。
なゆたは唇を引き結ぶと、決意に満ちた表情でオデットの方を振り向いた。
そして。
バリバリバリバリバリッ!!
にわかに雷鳴のような大音声が響き渡ったかと思うと、神門から聖祷所へ続く階段全域を灰色の薄膜が覆い尽くす。
薄膜は上から下へ流体のように流れ落ちながらもその形状を崩すことなく、ヴェールのように階段内を囲っている。
燦燦と輝く太陽の光を透過するヴェールは一見すると絹のように薄く頼りなげに見えるが、触れても叩いてもびくともしない。
「待たせたな、皆! 結界構築終了じゃ、もはや『永劫』はどこへも逃れられぬ!」
「ものすごい攻撃だったけど……賢姉はまだ健在、ね……。
分かっていたつもりでも、実際に目の当たりにすると気が滅入るわ」
戦闘フィールドの外で結界の構築に集中していた継承者たちが、戦闘区域内に入ってくる。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちだけの力でオデットを倒し切ることはできなかったが、
これで戦力はさらに三名プラスされた。これで此方の優位が更に盤石になったという訳だ。
このまま全員で集中攻撃すれば、きっとさしものオデットも膝を屈するに違いない。
「結界。
これでわたくしを陽光の下から逃げられないようにして、一息に勝負を決めてしまおうと?
なるほど……これがあなたたちの教帝殺しの秘策ですか」
「ふふふ、その通りじゃ。今日は幸いにして雲ひとつない晴天、吸血鬼にこの日差しはきつかろう?
いかなノーライフキングとて、日光という最大の敵を前にしてはその実力を発揮できまいよ。
まさに絶好の『永劫』狩り日和、ということよな! 負けを認めるならば今のうちじゃぞ? ん?」
「お覚悟を、『永劫』の賢姉。
そして、どうかご再考を。侵食に希望を見出すなどと、愚かな考えはおやめ下さい」
十二階梯の妹弟子ふたりが、姉弟子へ向けてそれぞれ降伏勧告を始める。
エンデは何も言わない。ただ、いつもと変わらない様子でぼんやりと戦場に佇んでいる。
「この結界の中でなら、吸血鬼のわたくしは十全に力を揮えない。 わたくしの力を殺ぎ、逃げ場をなくして。
数にものを言わせて攻めかかり、一気呵成にわたくしの生命を刈り取る。
それがあなたたちの作戦……そうですか。
そう、ですか――」
妹弟子たちの説得を受けたオデットの、恐ろしく整った相貌に微かな笑みが浮かぶ。
その微笑みはまさに慈母。彼女の表情を見るに、オデットは愛し子たちの奮闘に感じ入り、その覚悟を認めたように見えた。
クエストは完了した。今こそ教帝は『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の力になるべく協力を約束する――
とは、ならなかった。
-
「―――――――粗忽!!!」
ぎん! とその両眼が豁然と見開かれ、炯々と輝く。
煌めく瞳以外の表情が見えなくなったオデットの周囲に金色の粒子が漂い始めたかと思うと、
それはやがて巨大なドラゴンの上半身を構成し、頤を反らして鼓膜を震わせる大咆哮をあげた。
《バオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!》
「あ……、あれは……。
……『聖輝極魔法・竜体再成(ルミナスアーク・ドラゴネア)』……!」
なゆたが戦慄する。
『聖輝極魔法・竜体再成(ルミナスアーク・ドラゴネア)』。
かつてアルフヘイムにおいてすべてのドラゴンの頂点に君臨していた金色の竜帝デウスの荒ぶる力を束の間再現する、
光属性魔法の最終到達点。
「征きなさい、デウス。
愛し子たちに安息を。永劫の死を――」
《バオオオオオオオオオオ――――――――――――ッ!!!!!》
ゆる、とオデットが右腕を前方へ伸ばす。同時に、光の粒子で構成された輝く巨竜の喉が大きく膨れ上がる。
なゆたがパーティー全員に警鐘を鳴らす。
「まずい……! みんな、物理防御!」
「やべッ! 逃げろ逃げろォ!」
ガザーヴァが慌ててガーゴイルの手綱を引き、大きく馬首を返して上空へと逃げる。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちは各々ブレスを凌ぐための方策を練らなければならない。
ただ、なゆただけは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の遣り方で身を護る術を持たない。
なゆたは咄嗟にエンバースへ視線を向けた。
「お願い……、エンバース!」
そして次の瞬間、大きく開かれたドラゴンの顎から爆発的な炎のブレスが噴き放たれた。
ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!
巻き起こる紅蓮、荒れ狂う熱風。炎の舌が結界内をくまなく舐める。
放たれたブレスは純粋な炎であり、物理防御によって遮断・緩和が可能ではあるものの、その温度は桁外れである。
直撃すれば人間など一瞬で消し炭になってしまうだろう。
こういった場でなければ、炎のブレスは有効射程範囲外まで後退すれば無傷で回避可能である、が。
現在の戦場は狭い結界の中だ。炎は結界の隅々にまで届き、逃げ場は存在しない。
空気さえも燃焼したかのような熱気の中、ブレスが終わると、
舞い散る火の粉の中で巨竜を背に従えたオデットが傲然と佇んでいるのが見えた。
「わたくしを結界の中に閉じ込めて、逃げ場をなくしたつもりでしょうが――」
ゴルル……とドラゴンが喉を鳴らす。その閉じた顎の隙間に、ちろちろと炎が燃えているのが垣間見える。
「果たして。逃げ場のなくなったのは、どちらでしょうか?」
「それでも! 私達は……貴方に勝つ!
勝たねば……ならない!!」
だんッ! と強く床を蹴り、参戦したアシュトラーセがオデットへと突進する。
その手には短い柄に鎖のついた武器、いわゆるフレイルが握られている――ただし、単なるフレイルではない。
通常のフレイルは鎖の先端に棘付きの鉄球や鋼の棒などが連結されているが、アシュトラーセのものはそうではない。
アシュトラーセのフレイルの先端に金属のバンドで固定され括り付けられているのは『本』であった。
いわゆる電話帳くらいの大きさのぶ厚い魔導書『極光の断章』、そのミスリルで装丁された表紙での殴打。
“本の角で殴る”――それがアシュトラーセの戦い方なのだ。
一見して冗談のような戦法だが、これがべらぼうに強い。
極光の断章の一撃はトロルのぶ厚い頭蓋を陥没させ、魔神の角をも叩き折る。
オデットの華奢な肉体を裂断させることなど容易いだろう。メイレス魔導書庫の精鋭、戦闘司書の面目躍如である。
しかし。
ガギッ!
ハーフドラゴンであるアシュトラーセ渾身の一撃を、オデットの召喚したドラゴンの左腕が阻む。
『禁書』の攻撃は、通らない。
オデットが僅かに目を細めた、そのとき。
「戯け! そっちは囮じゃ!」
ギュルルルッ!!
エカテリーナの声と共に、旋風を起こしながらオデットの頭めがけて巨大な戦斧が襲い掛かる。
だが、それはエカテリーナが投擲したものではない。虚構魔術で我が身を戦斧に変えたエカテリーナそのものであった。
唸りをあげて飛翔する大斧、これもまた当たれば一撃必殺であっただろう。
ただ、当たらない。アシュトラーセの魔導書同様、エカテリーナ必殺の戦斧もまたドラゴンの金鱗によって受け止められていた。
「甘い――」
ゴッ!!
巨竜が返礼とばかりにぞろりと生え揃った牙を見せつけ、継承者たちを噛み砕こうと襲い掛かる。
アシュトラーセとエカテリーナは大きく後方へ飛び退くと、間合いを取って仕切り直した。
「ち……。
この『虚構』、世間におる大概の対手には負けぬつもりでおったが、自信なくすのう!」
大斧から元のクリノリンドレス姿に戻ったエカテリーナが舌打ちする。
-
「永き永き生を経て幾星霜――数多の勇者、数多の英雄をこの目で見、その戦いを記憶してきましたが。
あなたたちはさしずめ、中の上と言ったところでしょうか。
あと10年……いいえ、あと5年も鍛錬を続ければ、もっといいところまで行ったのでしょうが。
生憎、その機会はありません。一足先に“侵食”の懐にて眠りなさい。
母も……すぐに参ります……!」
《バオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!》
大気を振動させる咆哮と共に、黄金の巨竜が再度炎を吐きつけてくる。フィールド全体を隙間なく覆う回避不能の爆炎だ。
「くぅ……!」
エンバースに助けられ、火傷しそうなほどの熱気に懸命に脚を踏ん張って抗いながら、なゆたは歯噛みした。
オデットに攻撃を加えるには巨竜の攻撃を掻い潜って懐に入る必要があったが、先ずそれが途方もない難事である。
光り輝く粒子で形作られた巨竜は全体攻撃の炎のブレスに加え、近距離では噛みつきと両手の爪による振り払い、
切り上げ攻撃を繰り出す。その上気まぐれにこれまた範囲の極めて広い尻尾での横薙ぎ払いをしてくるため、
遠くに逃げたところでまるで安心できない。
そして巨竜の攻撃を巧みに躱してオデットに肉薄したとしても、オデットもただ漫然と斬られる訳ではないのだ。
自身の前方にオーロラめいた防護幕を張る光属性魔法『連光の帳(スペクトラムシャード)』の他、
五指から追尾性のある五つの光弾を放つ『光輝の弾丸(ルミナスバレット)』、
貫通力のあるレーザー『光柱(ルクスピラー)』などを矢継ぎ早に放ってくる。
おまけにそれをも乗り越えてオデットに一撃見舞えたとしても、桁外れのライフと超再生能力が待っているのだ。
「いけるかと思うて試してはみたが。
やはり、最初の予定通り一点集中でアタッカーを絞った方がいいようじゃの」
「了解したわ。ジョンさん、貴方に託します。
彼女に安息を。それを与えられるだけの証拠を、見せて――!」
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のところにやってきたアシュトラーセが、
ジョンに筋力増強の魔法『筋肉超倍加(マッスルスパーク)』を付与する。
さらに畳みかけるように跳躍力・キック力を飛躍的に高める『仮面騎兵(マスクドライダー)』、
一発のみ有効だが攻撃力を2.5倍にブーストさせる『小宇宙的感覚(セブンセンシズ)』も付け加えた。
「ホラよジョンぴー、餞別だ持ってけ!」
上空に退避していたガザーヴァもガーゴイルと共に降りてきて、左の手のひらをジョンへ突き出す。
と、ジョンの身体が途端に傍目には何重にもぶれて見えるようになった。
『万華鏡(カレイドスコープ)』――たった一度だけ相手の攻撃を無効化する、幻魔将軍の固有魔法だ。
他にも仲間たちがバフを掛ければ、それだけジョンのステータスは上昇してゆくだろう。
「妾たちが活路を開く。ジョンとやら、其方は好きなタイミングで仕掛けるがよい。
ゆくぞアシュリー、幻魔将軍もついて参れ!」
「ええ!」
「っせーな、ボクに命令していいのはパパと明神だけだぞ!
んじゃ明神、いってきまーす!」
エカテリーナの号令一下、アシュトラーセとガザーヴァが飛び出してゆく。
虚構魔術で自らをドラゴンに変化させたエカテリーナが黄金竜の炎を吐くタイミングに合わせて自らもブレスを放ち、
フィールドに吹き荒れる大火を相殺する。
アシュトラーセが果敢に攻めかかってオデットのターゲットを取り、囮の役割を果たす。
ガザーヴァはガーゴイルに跨って上空を翔けながら、当たるを幸い眼下のオデットめかけて攻撃力低下、
命中率低下、ATBゲージ速度減少といったデバフ魔法を連続で放っている。そのうち通用するものはごく一部だったが、
オデットのヘイトを稼ぐには充分であろう。
エンデは、まだ動かない。フィールドの端、階段の隅に依然として佇んでおり戦いに参加する気配はまったくなかった。
他にも明神やカザハが援護、ないし攻撃に加われば、それだけオデットの注意はジョンから逸れていく。
そして。
「エンバース、お願い。
……わたしも戦いたいの。
わたしをオデットのところへ連れて行って。たった一度だけでいい――、
オデットに攻撃する、そのチャンスをわたしにちょうだい」
なゆたはエンバースの顔を見上げて懇願した。
「なんの力もないわたしがあの激戦の中に身を投じるなんて、無茶だと思う。
でも、このまま何もせずみんなが戦ってるのを手をこまねいて見ているだけなんてできないよ。
これはわたしがやらなくちゃいけない。わたしの果たすべき役目なんだ、だから――
……お願い」
決意に満ちた、真摯な眼差しでエンバースのひび割れた双眸を見つめる。
無謀もいいところの提案だったが、しかしなゆたはただ意地のみで戦いに参入しようとしているのではない。
あの不死を誇るオデットに『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の力を失ってなお戦いを挑む備えが、なゆたにはあった。
-
「ええい……! いくら不死身とはいえ、限度というものがあるじゃろうが!」
咽喉がガラガラじゃ……!」
「後でのど飴あげるわよ。もう少し頑張って、カチューシャ!」
「のど飴なんぞいらぬわ、最高級の火酒を所望する!」
何ターンかが経過し、ドラゴンの姿に変じたエカテリーナが文句を言いながらも果敢に紅蓮の炎を吐き出す。
とはいえ、オデットの黄金竜とはそもそもサイズが違いすぎる。上半身しか出現していない黄金竜と、
変身したエカテリーナの全身が大体同じくらいといった様子だ。
必然、その吐き出すブレスの量も異なる。そんな圧倒的質量差にも拘らず、エカテリーナは黄金竜のブレスを己のブレスで
相殺し、無効化している。
ただ、それも長くは持ちそうにない。自己申告の通り、エカテリーナの声は初期よりだいぶくぐもって聞こえた。
竜と人間の声帯構造の違いもあるだろうが、きっとエカテリーナの咽喉は限界以上の吐炎によって焼け爛れているに違いない。
「ひぃ、はぁ……まだかぁー!?
ボク疲れてきちゃったぞー!」
ガザーヴァも上空で魔法を撃ちながら悲鳴を上げている。
オデットの攻撃を回避しながら決してコストの安くない魔法を連発するというのは、莫大な魔力と集中力を消耗する。
そんな前衛三人に比して、オデットは依然冷ややかな表情のままだ。
「息が上がってきたようですね。
では――そろそろとどめと行きましょうか」
バチィンッ!!
「ぐおッ!」
「うあッ!?」
「ぎゃぴぃっ!?」
周囲を漂う光の粒子が黄金竜の尾を形成し、颶風を撒きながら強烈な薙ぎ払いを繰り出す。
巨大な鞭のようなその直撃を受け、エカテリーナとアシュトラーセ、ガザーヴァの三人は大きく吹き飛ばされた。
更に、戦闘フィールドの上空に空を覆い尽くす規模の光の魔法陣が出現する。複雑な紋様によって彩られた魔法陣に、
瞬く間に膨大な魔力が集積してゆくのが明神やカザハには分かるだろう。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちを殲滅する、何か大きな術式を行使しようとしているのは明白だった。
「おやすみなさい、愛し子たちよ。
あなたたちに、善き眠りがありますように――」
す……とオデットが右腕を高く掲げる。
狭い結界の中では、回避はできない。また『寄る辺なき城壁(ファイナルバスティオン)』だけでは、
全員を守り切ることは不可能だろう。
エカテリーナら継承者は疲弊しており、エンデは未だ微動だにしない。
駄目元でジョンが斬り込むという方法もなくはないが、
ジョンの『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』は文字通り一発きりの隠し玉だ。
今回のターンは凌げるかもしれないが、次に同じことをされれば全滅は必至であろう。
ただ、ここでオデットの極大魔法を喰らう訳にも行かない。
なゆたは拳を強く握りしめ、オデットを睨みつけた。
オデットの掲げた手がゆっくりと下ろされる。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の生命を掻き消す、光の大魔法が発動する――
その瞬間。
ドギュッ!!!
どこからか突如として放たれた漆黒の衝撃波が、オデットの掲げていた右腕を木っ端微塵に粉砕した。
「く、ぁ……!?」
流石に予想の範囲外であったのか、完全な不意打ちを喰らった形のオデットは大きく仰け反った。
なゆたは咄嗟に衝撃波の出処へと顔を向け、そして驚きに目を瞠った。
視線の先には明神が立っている。けれど、勿論衝撃波を撃ったのは明神ではない。
オデットを怯ませた闇属性の魔力は、明神が肌身離さず抱いている蛹。
デモンズピューパ――マゴットから放たれたものであった。
「……『闇の波動(ダークネスウェーブ)』……!」
どくん。
どくん。
明神の懐で、蛹が脈動する。胎動し、蠢動する。
目覚めようとしている――。
「エンバース!」
オデットは上腕から破壊された右腕を押さえ、再生に気を取られている。
その隙を逃しはしない。なゆたは鋭くエンバースへと叫んだ。
エンバースに導かれ、一気にオデットへと迫る。
「てええええええりゃあああああああああああああああ!!!!」
隠し持っていた武器を取り出し、オデットの豪奢なドレスの開いた胸元に突き立てるべく、なゆたは大きく跳躍した。
しかし、武器は剣やナイフではない。なゆたが右手に握りしめ、大きく振りかぶったのは、
ただ一本の木の枝であった。
【オデット超再生。『聖輝極魔法・竜体再成(ルミナスアーク・ドラゴネア)』による黄金竜のスタ〇ド召喚。
エカテリーナ、アシュトラーセは援護。エンデは動かず。
マゴットが『闇の波動(ダークネスウェーブ)』発射。
なゆた、エンバースの協力でオデットにダイレクトアタック】
-
地上に降りたオデットに明神さんやジョン君が追撃を加える中。
>「――ああ。任せてくれ」
長らく消息不明になっていたエンバースさんが現れた!
しかし彼はすでにネクロドミネーションの支配下にあるかもしれず、彼の攻撃対象が分かるまでの一瞬、場に緊張が走る。
>「――貰った」
結果的には、その心配は杞憂に終わった。彼の剣は迷うことなくオデットに振るわれた。
もちろん今のところは大丈夫でも、この戦闘中に彼がネクロドミネーションにかからないかは
また別問題なのだが、ひとまず無事で良かった……。
>「チャーンスっ! ここはボクも勝ち馬に乗っちゃうもんね! おいバカザハ、合わせろ!」
「名前呼んでる分若干昇格してるな……!」
《相変わらずしバカには違いないですけど……ってこんなこと言ってる場合じゃない!》
このパターン、実際に突撃する推進力担当は私なんですから!
いつかのように上空から螺旋を描くように突撃し、駄目押しにスペルカードを炸裂させて離脱する。
「竜巻大旋風零式(ウィンドストーム・オリジン)!!」
凄まじい暴風、というより爆風が巻き起こる。
>「……なるほど。
大きな口を利くだけのことはあるようですね」
そこに佇むオデットは、見るからに瀕死になっている。
攻撃が効いたことに喜ぶべきかもしれないが、なんだか嫌な予感がする。
瀕死の割には妙に落ち着きすぎているような……。
そして、その予感は当たってしまった。
>「よい攻撃でした。誉めてあげましょう、愛し子たち。
けれど――わたくしを葬るには、あと二十手ほど足りません。
この程度で死ねるなら、わたくしもここまで苦悩することはなかった……」
僅か数十秒のうちに元通りに回復してしまい、驚愕する一同。
>「待たせたな、皆! 結界構築終了じゃ、もはや『永劫』はどこへも逃れられぬ!」
>「ものすごい攻撃だったけど……賢姉はまだ健在、ね……。
分かっていたつもりでも、実際に目の当たりにすると気が滅入るわ」
一方、継承者たちは結界を完成させたようだ。
それにも怯むことなく、オデットは聖輝極魔法・竜体再成(ルミナスアーク・ドラゴネア)を発動させた。
>「征きなさい、デウス。
愛し子たちに安息を。永劫の死を――」
-
>《バオオオオオオオオオオ――――――――――――ッ!!!!!》
巨竜は、ブレスを放とうとしているようだ。
結界内のため、効果範囲外まで逃れることは出来ないだろうと思われる。
飛び道具に代表される一般的な遠距離物理攻撃とはイメージが違うが、
なゆたちゃんによるとこれは物理攻撃に属するらしい。
「烈風の防壁(テンペストウォール)!!」
カザハがスペルカードを発動させると、風の魔力の防壁が展開される。
敵が放ってくるのが炎だと逆に燃え広がったりしないかと一瞬心配になるが、
これは物理/魔法 両方の遠距離攻撃の防御技となっているため、普通に効果があるのだろう。
そして、爆発的な炎のブレスが放たれる。
ブレイブとしての力を失っているなゆたちゃんに直撃でもしたら、一瞬で死亡どころか灰だろう。
「ここは通さない……!」
並みの攻撃なら無効化できるスペルカードに、更にカザハが自らの魔力を上乗せして対抗する。
魔力の防壁にブレスがぶつかり、拮抗……しているように見えたのは一瞬だった。
「あとは頼んだ!」
当然といえば当然だが、ブレスが突破してきて、通さないと言った舌の根もかわかぬうちに潔く仲間達に希望を託した。
めっちゃ切り替え早い。が、突破を許したとはいえ、いくらか威力は減衰している。
エンバースさんならなんだかんだなゆたちゃんを守ってくれそうだし
明神さんはファイナルバスティオンの物理防御バージョンも持っていた気がする。
というか人の心配をしている前に私達どうすんだ!?
このまま何もせずに当たれば一撃で死亡まではいかずとも二人とも大ダメージを負ってしまう。
そう思った私はとっさに動いた。
《フェザープロテクション!》
スキルを発動しつつカザハを守るように翼を広げる。
翼に魔力を込めて攻撃を受けダメージを軽減させる、防御系スキルだ。
翼がところどころ焦げてくるが、致命傷まではいかない。
「カケル……! 無茶なことをするんじゃない!」
カザハが驚いた声をあげる。
《無茶? まさか。合理的戦略です。
無駄に二人でダメージ受けるよりも防御系スキルで軽減できる方が一人で受けた方がいいに決まってますよね?》
「しかし……何を勝手なことをやっているのだ!? 何も指令を出していないぞ!?」
そう言われて、初めて気づいた。
《あれ……? そう言われてみればそうですね……》
私はカザハの指令を受けなければスキルは使えなかったはず。
今はスマホを私が持っていることが影響しているのだろうか。
-
「でも……そうか。それなら良かった」
カザハのどこか安心したような呟きに、私は何故か不安を覚えた。
《カザハ、何を……》
しかし、今は会話している暇はない。
>《バオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!》
巨竜が再びブレスを放ち、私は再度スキルを発動してカザハを守る。
>「いけるかと思うて試してはみたが。
やはり、最初の予定通り一点集中でアタッカーを絞った方がいいようじゃの」
>「了解したわ。ジョンさん、貴方に託します。
彼女に安息を。それを与えられるだけの証拠を、見せて――!」
継承者達の音頭で、ジョン君にアタッカーを絞る流れとなる。
皆に続いて、カザハもジョン君にバフをかけた。
「ジョン君、頼んだぞ……! 超・俊足(テンペスト・ヘイスト)!」
平たく言えば、よくある一般的なスペルカードである俊足(ヘイスト)の強化版だ。
零式(オリジン)シリーズなんかもそうだが、説明文には分かりやすく”強化版”と書いてあるものの、
もしかしたら本当はこちらが本家本元で、通常の方が威力は落ちる代わりに誰でも扱えるように汎用化されたものなのかもしれない。
エカテリーナ、アシュトラーセ、ガザーヴァがジョン君の活路を開くために飛び出していく。
相手の苛烈な攻撃を凌ぎつつのスキルの連発。
ジョン君の活路を開くまでの間とはいえ、体力が持つかどうか。
「癒しのそよ風(ヒールブリーズ)!」
「《トランスファーメンタルパワー》!」
カザハは全体HP継続回復のスペルカードを切り、魔力を上乗せして強化しつつ制御。
私は様子を見つつ特に精神力の消耗が著しそうな者に精神力譲渡のスキルを使う。
それでも長くは持たず、僅か数ターン後には皆体力の限界を迎えていた。
>「息が上がってきたようですね。
では――そろそろとどめと行きましょうか」
巨大な魔法陣が出現し、膨大な魔力が収束していく……!
今までとは明らかに違う攻撃を放とうとしている。
もしかしたら、オデットにとってはいつでも終わらそうと思えば終わらせられる状態だったのかもしれない。
というのも、絶望的なことに、オデットはまだ第一形態。本性すら現してないのだ!
>「おやすみなさい、愛し子たちよ。
あなたたちに、善き眠りがありますように――」
その時だった。
突如として放たれた漆黒の衝撃波がオデットの腕を粉砕し、攻撃の発動が阻止される。
>「く、ぁ……!?」
>「……『闇の波動(ダークネスウェーブ)』……!」
-
どうやら、それを放ったのはマゴットのようだった。
……とはいえ。全くの想定外だったため今回はまともにくらってくれたが、次は通用しないだろう。
とりあえず首の皮一枚繋がったとはいえ、仮に戦力が増えたところで焼石に水かもしれない。
しかし、カザハは嬉し気に微笑んだ。
「……良かったじゃないか、アゲハさん。羽化するのが見れそうだぞ」
《今そんなことを言っている場合じゃないですよ!?》
「それに……カケルももう大丈夫だ。馬娘《プリティダービー》」
カザハは勝手に私の背から飛び降り地面にふわりと降り立つと、私に擬人化スペルカードをかけた。
そして、ジョン君のもとに歩み寄る。
「ジョン君――何も敵を必ず段階を経て倒さないといけないという決まりはない。
本性を現す暇も与えずに決めてしまえばいい……!」
――フェイズ飛ばし。
本来段階を経て強くなっていくところを、一気にダメージを与えることで段階を飛ばしてしまう戦略。
普通に倒すのも至難の業のオデットにそれをやるのは無謀としか言いようがない。
とはいえ、今の時点でこれだけ消耗しているのに、通常通りに第二段階を経て……というのが可能とも思えないのもまた事実。
カザハはそれを可能にしようとしているのだ。運命に干渉する風精王の究極の力を持って。
更に続ける。
「我にもしものことがあったら……テンペストソウルは有効に使ってほしい。
そうすればきっと今以上の戦力になる」
この戦いの目的は、オデットにいつでも彼女を屠れる実力があると認めさせること。
勝ったところで誰かが欠けて戦力ダウンしまっては、当初の目的を果たせなくなる。
しかし、超レアアイテムのテンペストソウルが残る自分は例外だと、死ねば更なる戦力増強が出来ると言っているのだ。
私は首を横に振りながら叫んだ。
「駄目! 駄目です……!」
《アイツ冗談通じないのか!? カケル止めろ!》
アゲハさんが勝手に出てきて無茶振りしてくる。
「アゲハさんがしょうもない照れ隠しするからじゃないですか!
今の時代”冗談でした”は通用しませんよ!? あと一応あなたもアンデッドだから引っ込んで!」
と、親子喧嘩(?)している場合ではない。
スキルが自ら使える状態であることを思い出した私は、多少怪我させるのは覚悟で体当たりでもして止めようと試みた。
が、出来ない。フレンドリーファイア無効に阻まれている……!
私がどうすることもできずに手をこまねいている間に、無情にもそれは発動されてしまった。
-
「――風の継承者《テンペストサクセサー》!」
カザハの背後に、聳え立つテンペストソウル・クリスタルを中心に擁する、無数の歯車が回る巨大な演算装置の幻影が現れる。
「乱数調整《リバースシンデレラ》!!」
巨大な立体魔法陣が現れ、戦闘域全体が、風属性の魔力で覆われた。
その魔法陣はよく見ると見たことも無い演算式の羅列で綴られているようにも見える。
「これは……!?」
スマホを見ていると、解説が出ていた。
“何者にも認識できない微細なレベルまで空気の流れを制御することにより、
一般的に運命と言われる疑似乱数に干渉し、味方の行動判定の成功率を毎ターン大幅に上げていく”……らしい。
よく分からないがそういえば、古の風精王達は、生命の数が増えると始原の風車の精度を上げるために多くのテンペストソウルが必要になるとか
風の制御の精度が下がると多くの命が失われる、などと言っていた。
“風が吹けば桶屋が儲かる”“因果は巡る糸車、巡り巡って風車”、それに本来の意味でのバタフライエフェクトなど、
一見関係の無い事柄が干渉しあう人知を超えた因果を現すような言葉は、多くの場合風に関連する言葉が含まれている。
そう考えると、風属性の究極は、一般的に運と呼ばれているものへの干渉が可能なのかもしれない。
「……真空刃零式(エアリアルスラッシュ・オリジン)!」
少しでもジョン君が攻撃する隙を作ろうと、カザハがまだ使っていなかったスペルカードを切る。
この時はそれどころではなくて気に留めなかったのだが、
レクステンペスト専用と思しき”零式(オリジン)”の名が付くスペルカードを何故か普通に使えていた。
「ジョン君、どうかお願いします……!」
カザハに生き残ってもらうには、もはや早く終わらせてもらうしかない。そう思ったのだった。
-
ブレモンのルールを、強引にアルフヘイムに適用する――ゲームと現実の垣根を取り払う。
『世界の再定義』は、単なる精神論じゃなく、厳然たる現象として存在してる。
わかりやすいのが『フレンドリーファイアの無効化』だ。
味方からの攻撃は、例え魔神を蒸発させるような一撃でさえ、味方を傷つけることはない。
物理法則とはまた別の、強固な法則が働いている。
この世界にとってのオデットは、悠久の時を生き、死を超越し、存続を保証された存在なんだろう。
だけれどブレイブにとってはそうじゃない。
奴の生命を担保するものは『摂理』じゃなくて『HP』。
あらゆるエネミーに共通するそのルールを、オデットにも押し付ける。
この見立てが的を得ているのか、それともとんだ見当外れか、HPをゼロにしてみれば分かる。
ゼロにさえ出来れば――
>「……なるほど。大きな口を利くだけのことはあるようですね」
カンペキな連携だった。
俺がポルターガイストで飛ばした瓦礫は直撃し、ジョンの斬撃もクリーンヒットした。
カザハ君とガザーヴァの、アジ公すら貫いた合体攻撃も真芯を捉えた。
そして――案の定どっかに隠れてやがったエンバース。
懸念だったネクロドミネーションによる支配は回避したのか、最高のタイミングでバックスタブをぶちかましてくれた。
非の打ち所のない集中攻撃。
レイド級だって始末できそうな火力を一身に受けて、オデットは――
>「よい攻撃でした。誉めてあげましょう、愛し子たち。
けれど――わたくしを葬るには、あと二十手ほど足りません。
この程度で死ねるなら、わたくしもここまで苦悩することはなかった……」
「……冗談キツイぜ。イブリースのタマだって2回は取れる与ダメだぞ」
被弾は確認できた。
片腕は千切れ、モツははみ出し、砕けた頭からは饂飩玉の如きものが零れそうだ。
どこの教会に持っていっても神父が無言で首を横に振るであろう損傷。
だが、致命傷はオデットの命には至らなかった。
時間を巻き戻したみたいに高速で傷が癒えていく。吹っ飛んだ腕も元通りだ。
一呼吸すら待つことなく、オデットの受傷は全てなかった事になった。
「あぁクソ、そういう感じの自動回復かよ」
吸血鬼よろしく身体を霧に変えて傷を塞ぐパターンなら、まだ対処のしようがあった。
霧そのものを排除すれば削った分だけ奴の体積を奪えたからな。
見た感じ、自動回復は吸血鬼の特性によるものじゃない。
恐ろしく高精度で高速だけど――普通に回復魔法だこれ。
>「よかった、エンバース……無事だったのね……!
わたし、あなたが帰ってこないから……何かあったんじゃないかって思って……。
もう……、心配、させないでよ……!」
不意打ちを終わらせて着地したエンバースになゆたちゃんが駆け寄る。
大丈夫なのかそれは!いつネクロドミネーションされるか分かんないんですよ!
――いや。そもそもなんでこいつ操られてねえんだ?
操るまでもない三下だと思われた?んなわけあるか、単独でメガスに忍び込めるような奴だぞ。
でなけりゃメガスでオデットに直談判すんのは諦めて今日まで街に潜んでたってのか?
なおのこと音信不通で2日過ごす理由がない。
-
エンバースは腐っても焼けても世界レベルのプレイヤーだ。
潜入を断念したとしても、『断念するほどの重警備だった』っていう情報が如何に貴重か理解してるはず。
俺が作戦立てんのにそういう情報を欲するだろうってことも、長い付き合いで分かってるだろう。
俺たちとの接触を避ける理由があった――考えられるのは2つ。
エンバースは既に支配されていて、『まだ操られてない』ように振る舞っているだけか。
あるいは、無意識のうちに支配されているのを警戒して、今日まで接触を断っていたか。
ネクロドミネーションの支配が肉体じゃなく精神にも及ぶのなら、
対象者が「自分が操られている」ってことにすら気付かないことはままあり得る。
自分を信用出来なくなる――エンバースなら、そのことに思い至って身を隠しても矛盾はない。
いずれにせよエンバースをこのまま戦場にほっぽり出して置くのはマズい。
「ストップ。水差して悪いがなゆたちゃんはエンバースから5歩以上離れろ。
エンバースは常に俺たち二人以上から背中を見られる位置に居ろ。
悪く思うなよ……理由はお前なら分かるよな」
正直5歩の距離がどれだけ命を保証するか分かりゃしない。
ネクドミがエンバースに向けて放たれた瞬間に奴を戦場から排除すべきだ。
階段から叩き落として復帰までの時間を稼ぐ。最悪の想定だが、それしかない。
オデットを差し置いての一触即発。
ふたつに増えた頭痛の種を抱える俺たちの頭上に、光は走った。
光は膜のかたちをとって、戦場と化した階段を覆い尽くした。
>「待たせたな、皆! 結界構築終了じゃ、もはや『永劫』はどこへも逃れられぬ!」
「よし……ここまでは想定通りだ。
戦場が他と隔離されさえすれば、不死殺しもやりようがある」
最も警戒すべきはオデットにこの場から逃走されること。
その次に厄介なのが、『魔霧』を使って街から生命力を補充されることだ。
だがその補給線も潰した。
奴の自動回復が超高ステータスによる純粋な回復魔法だとしても、魔力には限りがある。
千日手にはならない。自動回復分も含めて全部のHPを削りきりゃ俺たちの勝ちだ。
>「この結界の中でなら、吸血鬼のわたくしは十全に力を揮えない。 わたくしの力を殺ぎ、逃げ場をなくして。
数にものを言わせて攻めかかり、一気呵成にわたくしの生命を刈り取る。
それがあなたたちの作戦……そうですか。そう、ですか――」
「殺り方はご理解いただけたか?俺たちもチェックメイトの後にキングを取る野暮はしたくねえのよ。
喋る口が残ってるうちに投了してくれ。契約の履行は保証する」
>「―――――――粗忽!!!」
懇願にも似た提案は、やっぱり聞き入れられなかった。
オデットが刮目する。身に纏うオーラが密度を高め、輪郭を形成した。
黄金の竜――生み出された破壊の化身が、そのあぎとを開いて大きく嘶いた。
-
>「あ……、あれは……。
……『聖輝極魔法・竜体再成(ルミナスアーク・ドラゴネア)』……!」
「これでまだ本気モードじゃねえっての?ひひっ……マジかよ」
>「征きなさい、デウス。愛し子たちに安息を。永劫の死を――」
光の竜は主の命に従って、俺たちに砲門じみた顎を向ける。
爆発寸前の火薬庫に火が投じられたような、圧力の高まりを感じた。
>「まずい……! みんな、物理防御!」
「了解!『焼き上げた城塞(テンパード・ランパード)』、プレイ!」
出現した物理無効のトーチカに、転がるようにして滑り込む。
ジョンも自前で退避する手段がなけりゃ、トーチカへの撤退が間に合うはずだ。
膨れ上がった炎が迫るのを、間近に見た。
そして、その最中に取り残された、なゆたちゃんの姿も。
「なゆたちゃん、早く!」
手を伸ばす――間に合わない。
常人水準の身体能力しか持たず、回避スキルも使えないなゆたちゃんにブレスを躱す手段はない――。
>「お願い……、エンバース!」
エンバースに駆け寄るなゆたちゃんの身体が、炎の波に飲み込まれていくのが見えた。
クソッ……あいつちゃんと護り切ったんだろうな。
不確定要素に頼り切りになっちまう現状が歯がゆいが、今は信じるしかない。
果たせるかな、エンバースとなゆたちゃんは五体満足でブレスの跡地に姿を現した。
ガザーヴァも、カザハ君も、ジョンも無事だ。
白スーツの燻った端っこを手で揉んで消しながら、俺は頭上を見上げる。
>「わたくしを結界の中に閉じ込めて、逃げ場をなくしたつもりでしょうが――」
>「果たして。逃げ場のなくなったのは、どちらでしょうか?」
光の膜に閉ざされた空の下、オデットは竜の横面を撫でながら俺たちを睥睨していた。
聖母の慈愛に満ちた相貌は、厳しい吸血鬼の王のそれとなっている。
俺たちを、敵と認識している。
アシュトラーセとエカテリーナがオデットに飛びかかり、二合、三合と得物をぶつけ合う。
光の竜はその鱗であらゆる攻撃を弾き返し、その牙で敵対者の命を狙った。
決定打の不足を見るや、二人の継承者は仕切り直すようにこっちへ戻ってくる。
>「永き永き生を経て幾星霜――数多の勇者、数多の英雄をこの目で見、その戦いを記憶してきましたが。
あなたたちはさしずめ、中の上と言ったところでしょうか。
あと10年……いいえ、あと5年も鍛錬を続ければ、もっといいところまで行ったのでしょうが。
生憎、その機会はありません。一足先に“侵食”の懐にて眠りなさい。母も……すぐに参ります……!」
「激おこじゃねえかクソババァ。定命の者から施し受けんのは初めてか?
お前にとっちゃガキから花冠プレゼントされんのと大して変わらねえだろうがよ」
少なくともこれで、オデットにとって『死』はガキの戯れで済ませられない逆鱗だってことが分かった。
奴の死に対する憧憬は本物だ。だからこそ、中途半端に希望をチラつかせられるのを嫌う。
夢を託すに値するかどうか、俺たちを見定めようとしている。
お眼鏡に叶わなけりゃ殺す。
聖母らしからぬ短絡的で暴力的な結論は……奴がそれだけ本気であることの証左だ。
-
>「妾たちが活路を開く。ジョンとやら、其方は好きなタイミングで仕掛けるがよい。
ゆくぞアシュリー、幻魔将軍もついて参れ!」
再びの激突。
今度はジョンに全てのバフを重ね、デバフとの連携も絡めた波状攻撃だ。
「バカスカ景気よくブレス吐きやがって……そのヒラヒラおべべを焦がしてやるぜ!」
インベントリから出した大樽の中には、コルトレット産の油が満たされている。
精製段階によって食用油にもワックスにも適する油は、蒸留分離することで揮発性の高い可燃油と化す。
エーデルグーテで買い付けて、インベントリに大量確保しておいた聖火用の液体燃料だ。
ポルターガイストで樽ごと投げつける。
同時に瓦礫も織り交ぜた大質量の投擲は、狙い過たずオデットに直撃した。
ブレスに引火して、オデットは炎に包まれる。
果たせるかな、オデットは身を焼き尽くすような炎にさえ動じない。
炭化した皮膚はそれを上回る高速再生によって更新され、艶やかな素肌へと回帰する。
肉を穿つ瓦礫は金竜の鱗を2、3枚剥がしただけに終わり、それもすぐに修復された。
返す刀の如く降ってくる光の束。
バスティオンの影に隠れるようにしてそれをやり過ごすと、マゴットを背負う紐と肩を纏めて掠めていった。
焼け焦げる肩口よりも、紐が切れて転がるマゴットを抱えて抱き締める。
>「ひぃ、はぁ……まだかぁー!?ボク疲れてきちゃったぞー!」
「やべぇな……残弾が切れてきた……」
その辺に転がる瓦礫はあらかた使い切っちまった。インベントリの油ももうない。
何よりも、立て続けの死霊術の行使によって魔力の枯渇が見え始めた。
攻撃用の魔力が尽きれば、次は防御や身体能力の底上げに使ってる魔力に手を付けなけりゃならない。
魔法使いタイプにとって、魔力は武器であると同時に命を守る防具だ。
俺も魔力で肉体を覆うことでトーチカから漏れ出たブレスから身体を保護しているし、
常人未満の筋肉を魔力で強引に補助して戦場を動き回ってる。
それらの加護が失われれば、あのレーザーの流れ弾ひとつで俺は容易く死ぬだろう。
>「息が上がってきたようですね。では――そろそろとどめと行きましょうか」
忌々しいことに、オデットの方はまだまだ気力十分といった様子だ。
ハエでも払うように振るわれた竜の尾が、飛び回ってたガザーヴァたち3つの影を一息に吹き飛ばした。
>「ぎゃぴぃっ!?」
「ガザーヴァ!……ぐえぇっ!!」
一番体重の軽いガザーヴァが最も遠くまで弾き飛ばされる。
先回りして受け止めようとして、ガーゴイルごとぶつかって俺は地面を転がった。
それで終わらない。
オデットの頭上、結界の内側を覆い尽くすように巨大な魔法陣が展開する。
その回路のひとつひとつを走る、濃密で膨大な魔力が、俺には認識できた。
「でけぇのが来るぞ!構えろ――」
>「おやすみなさい、愛し子たちよ。あなたたちに、善き眠りがありますように――」
叫んでから、その注意喚起に何の意味もないことを悟った。
結界の中全てが攻撃範囲だ。頼みの綱のファイナルバスティオンも、これだけの範囲を守り切れはしない。
せめて魔力を厚く纏って備えようにも、余剰の魔力は全部使い切って空っぽだ。
-
やべっ。詰んだ――
思わずマゴットを抱えて蹲ろうとして……その『口』らしき部位に黒い燐光が灯るのを見た。
>ドギュッ!!!
波動の形をとって、弾丸のように放たれた燐光がオデットの腕を粉砕する。
俺たちを死に至らしめんとする極大魔法がキャンセルされたのを肌で感じた。
>「く、ぁ……!?」
「マゴット……?」
オデットに一撃加えたのは、紛れもなくマゴットから放たれた魔力の砲弾。
ベルゼブブの代名詞でもある――
>「……『闇の波動(ダークネスウェーブ)』……!」
物言わぬサナギであるはずのマゴットが、闇の波動を使った。
そして今、硬質な殻の向こうから確かな鼓動が伝わってくる。
>「エンバース!」
不意に訪れたオデットの隙を見逃さず、なゆたちゃんがエンバースを伴って駆け出す。
目を離しちゃいけないはずのリーダーの吶喊。
だけど俺の意識は、手の中にあるマゴットの変容に釘付けになっていた。
マゴットがサナギのまま動いた。敵を撃った。
まるで自分はもう戦えると言わんばかりに。
――俺の下した戦力外の判断に、抗議するように。
「……そうだよな。お前も殻ん中で指咥えて見てるだけなんて、嫌だよな」
外野の都合でこいつに望まぬ羽化を強いるわけにはいかないと、思ってた。
じっくり身体を育ててるなら、急かさずそれを待ってやるのが正しい親の在り方だって。
マゴット自身がどう思ってるかをまるで考えちゃいなかった。
こいつはずっと、ずっと前から、『戦いたい』って鼓動で伝えてきていたのに。
だけどダメなんだ。俺はまだお前を羽化させてやれる方法が分からない。
強固な殻は、俺の力だけじゃびくともしなくて、未だマゴットを戒めたままだ。
レベルの上がった個体が別の存在へと進化する――
いわゆる『上限解放』とか『限界突破』みたいなシステムは、ブレモンにも実装されている。
ゲームじゃ条件を満たして解放ボタンを押すだけだが、当然現実にそんなボタンはない。
ひとりでに羽化できないのであれば、満たせていない最後の条件がどこかにあるはず。
>「乱数調整《リバースシンデレラ》!!」
その時、戦場に新たな光が走るのが見えた。
カザハ君が解き放った魔力の風が、マゴットを包むように渦巻く。
そして、どれだけ力を込めても傷すら入らなかったサナギの殻に、亀裂が入り始めた。
まるで茹でた卵を剥くように、縦に横にとヒビが走っていく。
「なっなんだ!?急に――」
そこではたと気付いた。この変調は急でもなんでもない。
ゲーマーとしての感覚が、脳内で攻略情報のページを手繰る。
-
ベルゼブブのドロップアイテムは『蝿王の翅』。
風属性モンスターの強化に使われるレア素材だ。
ベルゼブブ自身の属性は闇だが、その翅には風の力が宿っている。
思えば、グランダイトの陣営で最初にサナギのマゴットと対面した時も、
俺の持ってる蝿王の翅にこいつは反応していた。
その時は単にレア素材の経験値を吸収しただけだと片付けてたが……そうじゃなかった。
満たせてなかった最後の進化条件。肉体の再構築に足りない栄養素。
蝿の王が空を駆ける、髑髏を刻印した巨大な翅――そいつを構成する、風の力だ。
「はは……なんだよもう。必須栄養素が足りてなかったってことかよ。
ずっと俺由来の闇属性ばっか食わせてたもんな。そりゃ栄養も偏るわ」
マゴットの表皮が全て剥がれ落ちる。
その中から現れた、輪郭しか捉えられない光の塊が、何かを待つように身構えている。
何を?決まってる。
マゴットを新たな存在に定義づける、プレイヤーの意思決定だ。
「『上限解放』――」
さあ。随分待たせちまったけど、これがお前の初陣だ。
蝿の王。荒野の主。闇よりいでてそのツラ見せろ。お前の名は……
「――『ベルゼブブ』!!」
『グフォォォォォォ!!!』
膨れ上がった光が爆発した。閃光に思わず目を瞑る。
ほどなくして視界が戻り、俺の目の前に居たのは――
――レイド級の存在感を迸らせる、乗用車よりも巨大な蝿型モンスター。
――では、なかった。
「……んん!?」
俺に背を向けて立つのは、真っ黒い素肌の巨大な偉丈夫だった。
ずんぐりむっくりとした蝿のフォルムじゃない。
ベルゼブブの大きさそのままに、だけれどかなり人間に近い形状だ。
砕けた階段を踏みしめる二本の太い足。地面に付きそうなくらい長い、髑髏を刻まれた薄翅。
申し訳程度に昆虫要素を再現したような左右二対の腕は、分厚い筋肉に覆われている。
そして、器用にも上下両方の腕を組む肩から上には……
これも申し訳程度に、蝿の頭があった。
-
筋骨隆々の、蝿頭の怪人――
ベルゼブブとは似ても似つかないその異様に、俺は開いた口が塞がらない。
「お前……マゴット……だよな……?」
マゴット(?)は首だけをぐるりと回して俺を一瞥した。
『如何にも……!我が名は……マゴット……!!』
「喋った!!??」
地響きのような、腹の底を震わせる重低音だった。
喋れるんだ……いやまぁステッラポラーレとか喋るレイド級は居たけれども。
ベルゼブブに喋れるような知能あったっけ……あいつまんまハエの脳味噌だったよな。
とは言え説明はつく。そもそもこいつベルゼブブじゃねえだろ。
「なるほどな。本来の羽化条件を満たさないまま過剰に注ぎ続けた経験値。
闇と風のバランスが著しく崩れたことによる特殊進化……ってことだな?」
俺の推論を聞いて、マゴットは暫し沈黙した。
その無機質な複眼でずっと俺を見たまま微動だにしない。
怖いよこいつ……蛆虫の頃のほうがよっぽど感情豊かだったよ……。
そして三秒くらい押し黙っていたマゴットは、不意に口(?)を開いた。
『そういう感じだ……!!』
こいつ!説明を放棄しやがった!!そんなフワっとした感じで良いのか!?
いやしかし、羽化したての赤ん坊に近いこいつに出自の解説まで求めんのも癪だろう。
なんやかんやあって変な進化の仕方したベルゼブブ。今はもうそれで良い。
内輪でわやくちゃ揉めてる場合じゃねえからな。
エンバースの援護があるとはいえ、生身のなゆたちゃんにいつまでも矢面に立たせるわけにはいかない。
俺たち全員の攻撃でもびくともしなかった光の竜は未だ健在だ。
「戦術目標はあの金の竜と魔法陣の排除。行けるな?マゴット」
『御意……!!』
マゴットが4本のうち1本の腕を振るうと、虚空から巨大な錫杖が出現した。
それを地面に突き立てて、呪文を唱える。
『クリエイト・デスフライ』
マゴットの背後に空間の『凝り』が発生し、そこから無数の蝿型モンスター――デスフライが発生する。
ベルゼブブの持つ、魔力を素材に使い魔を生成するスキル。
こいつらが戦場を飛び回る限り、ベルゼブブは各種の強力なバフを得る。
「ガザーヴァ、援護してやれ!」
そしてマゴットは、黒の嵐と化した下僕たちとともに、翅をはためかせて疾走した。
金の竜が迎撃の火炎を吐く。それを空中でローリングしながら回避し、肉薄。
竜の顔面目掛けて二対の拳の連打を浴びせる。
『グフォォォォァァァァァ!!!』
仮借ない打擲が、鱗を剥がし、その先の肉さえも穿つ。
あの竜が生の肉体を持ってるわけじゃないだろう。魔力同士の激突でダメージを与えてるみたいだ。
噛みつきを宙返りで躱し、カウンターで錫杖の一撃を叩き込む。
ブレスの予備動作に痛烈な蹴りを入れて、火炎を飲み込ませた。
有効打になってるかは分からんが、少なくともうっとおしげに頭を振る竜は蝿を無視出来ていない。
-
そして、宙を飛び交うデスフライたちもまた、ひとつの目標へ向けて殺到し始めた。
上空に展開されたオデットの極大魔法陣。その回路のひとつひとつへ吶喊していく。
あの魔法陣を満たすのはオデットの光属性魔力だ。
発動前の状態でも闇属性のデスフライが接触すればたちまち蒸発させられる。
そしてその分だけ、陣に供給される光の魔力も相殺されていく。
「5年鍛錬すりゃ良いとこまで行く。そう言ったなオデット。
そりゃ俺たちブレイブの成長性を甘く見積もりすぎじゃねえか。
こちとらカンストまでのレベリングを1日で済ませる頭のおかしい廃人の集まりだぜ」
魔法陣の起動には、電子回路を動かすように十分な量の魔力が流れ続ける必要がある。
発動する前に魔力そのものを食い荒らしてやれば、即座に起動することは出来なくなるはずだ。
「俺たちがブレイブである限り、お前の死を手の届かない高嶺の花にはしない。
この戦いでお前の命に手を届かせる。そこまで成長してみせる」
オデットはまだ『本気モード』すら見せていない。
エンバースのネクロドミネーション問題も宙ぶらりんのままだ。
勝算はほんの少ししかない。それでも、前に進む足を止める気にはならなかった。
「ちゃんとやれたら、その時は……褒めてくれよ」
【マゴット羽化。ベルゼブブとは別物の筋骨隆々蝿頭の偉丈夫に。
デウスと格闘戦しつつ、デスフライで魔法陣の魔力を相殺していく】
-
【マテリアル・ボンド(Ⅰ)】
どんな状況でも無条件に強い武器/モンスター/スペルなんてものは存在しない。
無論、強さとは相対的なもの――レッドドラゴンは大抵の条件下でスライムよりも強い。
だが、その真価は高い機動力/飛行能力/豊富な攻撃スキルによる択を押し付けた時にこそ発揮される。
【星の因果の外の剣(ダインスレイヴ)】とて、それは変わらない。
収斂された魔力の刃は伸縮自在で恐ろしく鋭いが――同時に、ひどく軽い。
そしてその軽さ故に受け止めやすく/跳ね除けやすい――近間での剣戟においては弱みが残る。
ならば――ダインスレイヴが真価を発揮し得るのは、どのような状況か。
伸縮自在/無質量の刃はいかなる条件下で必殺剣と化すのか。
遺灰の男には分かっている――それが、今だと。
上空から伸び来たる/振り下ろされる魔力の刃――その先端速度は、質量を持たぬが故に恐ろしく速い。
極限まで圧延された魔力の薄刃が、オデットの頭頂部から胸部にかけて食い込む。
斬り裂いた手応えすら感じないほど、刃はオデットの体内を抵抗なく通り過ぎた。
文句なしの、会心の一撃だった。
『……なるほど。
大きな口を利くだけのことはあるようですね』
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』一行の一斉攻撃を受けたオデットは、凄惨たる姿を晒していた。
頭部は半分に欠け落ち/引き裂けた胸の奥には肋骨と肺が覗き/右腕は跡形もなく消し飛んでいる。
しかし、それでいて――凛然とした佇まいはまるで崩れていない。
『よい攻撃でした。誉めてあげましょう、愛し子たち。
けれど――わたくしを葬るには、あと二十手ほど足りません。
この程度で死ねるなら、わたくしもここまで苦悩することはなかった……』
オデットの五体から溢れる光の魔力――見るからに致命傷だった筈の傷が瞬く間に癒えていく。
『なんて……こと……』
「……確かに、なんてこったと言わざるを得ないな」
ハイバラでもきっとこうした――そう言い切れるほどの、会心の一撃だった。
それによって与えた手傷が一瞬で無に帰した――それでも、遺灰の男は笑う。
「あと、ほんの二十手工夫を凝らすだけで、死んじまうのか?」
ハイバラなら、きっとそう言ったから――ではない。
「だったら、そう長くは遊べそうにないな」
気が付けば、ふとそんな事を口走っていた。何故か――理由は、単純だった。
遺灰の男は今、生まれて初めて――自分に自信を持っていた。
フラウが、自分にハイバラの面影を見出していた事に。
『やっと話し合う気にでもなってくれたかい?』
「そうした方がいいぜ。口喧嘩なら、年の功に分があるからな」
そして、その自信がまた、遺灰の男をハイバラのように振る舞わせているのだ。
態度/言動/立ち振る舞いといった上辺だけではなく――その剣閃の鋭ささえも。
-
【マテリアル・ボンド(Ⅱ)】
たかが気の持ちようで、飛躍的に実力が伸びる事などあり得るのか――贋物が真に迫る事が出来るのか。
出来る。出来るのだ。自分を信じて、迷わない事――それはゲーマーにとって得難い素質なのだ。
何が正解か分からない状況下で、コンマ数秒早く動き出して、ほんの一センチ深く踏み込む。
そうする事で、何が正解か分からぬままに下した決断が、正解だった事になるのだ。
「ま……好きにすればいいさ。何にしたって、精々楽しませてもらうとするよ」
遺灰の男は――今ようやく、その感覚を掴んだ。
『エンバース!』
背後からの声/己に駆け寄る足音。
「よう、久しぶりだな」
振り返る遺灰の男=可能な限り冷静に――要するに、少しでもカッコつけて。
「まったく、困るぜみんな。揃いも揃って迷子になって――」
『よかった、エンバース……無事だったのね……!
わたし、あなたが帰ってこないから……何かあったんじゃないかって思って……。
もう……、心配、させないでよ……!』
少女の涙声――遺灰の男は、軽口の続きを紡げない。
「……悪かったよ」
ばつが悪そうにそう振り絞るのが、精一杯。
『わたしのこと、護ってくれるって。
パートナーになってくれるって、約束したんだから……。
忘れないで。ちゃんとわたしの傍にいてね……』
遺灰の男は己の戦闘/戦術に自信を持った
だが、この少女の前ではそんなものは無意味だった。
少女の潤んだ瞳は自分ではなく、エンバースを見ている。
なゆたの前では遺灰の男はいつまでも、ただの贋物で――ただの嘘つきだ。
「……心配するな、とは言えないよな。不安な思いをさせたのは俺のミスだ」
それでも/だからこそ――言葉にして誓った事まで、嘘には出来ない。
「挽回のチャンスをくれるか」
嘘にしていいはずがない。
『ストップ。水差して悪いがなゆたちゃんはエンバースから5歩以上離れろ。
エンバースは常に俺たち二人以上から背中を見られる位置に居ろ。
悪く思うなよ……理由はお前なら分かるよな』
明神の横槍/肩を竦める遺灰の男――オデットへと向き直る。
「ええと、なんでだろうな……俺以上のアタッカーが、このアルフヘイムに存在し得ないから?」
とぼけた口調――だが真実、遺灰の男は明神の言わんとする事を理解していない。
つまり――自分がネクロドミネーションを受けている可能性を認識出来ていない。
-
【マテリアル・ボンド(Ⅲ)】
遺灰の男はハイバラの知識/記憶を有している――だが、それはあくまで他者の記憶。
故に全てが自分にとっては真新しい記憶――つまり、等価値でしかない。
必要と思う知識を攻略本を手繰るように思い出す事は出来ても、
必要だと意識出来ない記憶は、埋もれてしまう。
ネクロドミネーション関連のフレーバーテキストなどは、まさにその埋もれてしまう記憶だった。
『待たせたな、皆! 結界構築終了じゃ、もはや『永劫』はどこへも逃れられぬ!』
『結界。
これでわたくしを陽光の下から逃げられないようにして、一息に勝負を決めてしまおうと?
なるほど……これがあなたたちの教帝殺しの秘策ですか』
「らしいな。これであと十九手か。別れが惜しくなってきたよ」
『この結界の中でなら、吸血鬼のわたくしは十全に力を揮えない。 わたくしの力を殺ぎ、逃げ場をなくして。
数にものを言わせて攻めかかり、一気呵成にわたくしの生命を刈り取る。
それがあなたたちの作戦……そうですか。
そう、ですか――』
慈母の微笑みを浮かべるオデット/上段に構える遺灰の男。
『―――――――粗忽!!!』
オデットの双眸が爛と輝く/その周囲に黄金の魔力が溢れる――その粒子が、巨大な竜を描き出す。
《バオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!》
『あ……、あれは……。
……『聖輝極魔法・竜体再成(ルミナスアーク・ドラゴネア)』……!』
「……出たよ。数増やして難易度上げてくるタイプのボス。
吸血鬼の王からクソボスの王にクラスチェンジするか?」
遺灰の男=口調は軽薄/溶け落ちた直剣に魔力を集める――最大級の警戒態勢。
『征きなさい、デウス。
愛し子たちに安息を。永劫の死を――』
《バオオオオオオオオオオ――――――――――――ッ!!!!!》
金竜の喉が大きく膨らむ=ブレスの兆候――咄嗟になゆたを振り返る。
『まずい……! みんな、物理防御!』
「言ってる場合か……!お前の立ち位置が一番マズいぞ!」
回避困難の全体攻撃=タンク/サポートの腕の見せ所――つまり、明神の。
だが、その明神が遠い――先ほど、遺灰の男に駆け寄ってきたばかりに。
魔物の膂力で明神の方へと投げれば間に合うか――際どいタイミング。
『お願い……、エンバース!』
「まあ、そうなるよな――!」
スペルも使えないアタッカーに寄せられた信頼――応えなくては、などとは思わない。
思うよりも早く体は動いていた――溶け落ちた直剣を掲げ/襲い来るブレスを見上げる。
-
【マテリアル・ボンド(Ⅳ)】
〈ちょっと、一人でやるつもりですか?〉
「まさか。でも何も言わなくたって合わせてくれるだろ?」
〈……今のは、ちょっと生意気ですよ〉
ブレスが目前にまで迫る/瞬間、氾濫する純白の閃光。
分割した触腕による多重斬撃が、無形の炎を刹那、食い止める。
そして直後、遺灰の男が魔剣を振り下ろす――収斂した魔力の解放と共に。
解き放たれた魔力の奔流は強烈な剣風と化す――竜帝の息吹すら、断ち切るほどの。
「怪我は……ないよな。ある訳ない」
遺灰の男は少女を振り返らない/目視で確認するまでもない――先の斬撃は、完璧だった。
『わたくしを結界の中に閉じ込めて、逃げ場をなくしたつもりでしょうが――』
『果たして。逃げ場のなくなったのは、どちらでしょうか?』
「さあ?試してみれば分かる事だろ」
『それでも! 私達は……貴方に勝つ!
勝たねば……ならない!!』
イニシエートを買って出たのはアシュトラーセ――『極光の断章』が唸りを上げる。
エカテリーナがそれに合わせ大斧に変化/強襲――単純明快な質量攻撃。
だが巨竜の剛腕が/金鱗がそれを阻む――傷一つ受けないまま。
「コイツは……バラバラに戦ってもロクな事にならないぞ。明神さん、そっちのプランは――」
『永き永き生を経て幾星霜――数多の勇者、数多の英雄をこの目で見、その戦いを記憶してきましたが。
あなたたちはさしずめ、中の上と言ったところでしょうか』
「……気のせいかな。なんだか今、聞き捨てならないたわ言が聞こえたような」
『あと10年……いいえ、あと5年も鍛錬を続ければ、もっといいところまで行ったのでしょうが。
生憎、その機会はありません。一足先に“侵食”の懐にて眠りなさい。
母も……すぐに参ります……!』
「よせよせ。あんまり強い言葉を使ってると――」
再び迫る金竜のブレス/再び閃く魔力の刃――今度は、フラウの援護も必要なかった。
「――中の上にボコされた後、言い訳出来ないぜ」
いつになく強い語気――ハイバラのプライドを、贋物=代役たる己が貶める訳にはいかない。
〈……それで?具体的にはどのようなプランをお考えで?〉
「まあ……とりあえず、ここでモンデンキントを守る。ていうか、それ以外ないって分かってるだろ?」
なゆたは今、ブレイブとしてのあらゆるスキル=自衛手段を使えない。
一方で遺灰の男の基本戦術は機動力を活かした奇襲/強襲――接近戦。
要するに――少女を守りながら火力を発揮する手段が著しく乏しい。
一応、槍や手斧を用いた『投擲(スローイング)』スキルはある――が、それもあくまで対人用の暗殺術。
故に――迫る光弾を斬り払い/光柱を弾き/金竜の尾による薙ぎ払いは少女を抱えて飛び越える。
徹底的に守勢に回りつつ――オデットの魔力の残滓を溶け落ちた直剣に集める。
次にオデットを斬る時は、ただ斬り裂くだけでは終わらせない。
金竜のブレスを断った時のように、斬撃と同時に魔力刃の収斂を解放――爆散させる。
-
【マテリアル・ボンド(Ⅴ)】
『これで残り十八手として――明神さん?そっちにも何かプランはあるんだろ?』
「いけるかと思うて試してはみたが。
やはり、最初の予定通り一点集中でアタッカーを絞った方がいいようじゃの」
『了解したわ。ジョンさん、貴方に託します。
彼女に安息を。それを与えられるだけの証拠を、見せて――!』
「ジョンに……?」
意外そうに呟く――ブレイブとしてのジョン・アデルは、あくまでもタンクだ。
超人的なフィジカル/タフネス/機動力によって敵に張り付き続けるタイプのタンク。
オデットを殺し切るほどの爆発的な火力を発揮する手段はない――遺灰の男にはそう思えた。
だが――
「ジョン、受け取れ。二本までなら、同時に服用しても心臓が破裂したりしない」
【鬼神の呪血】――服用者の膂力/瞬発力を飛躍的に伸ばすポーションを投げ渡す。
ジョンの普段の役割/立ち回りは、明神達が立てたプランを疑う理由にはならない。
『妾たちが活路を開く。ジョンとやら、其方は好きなタイミングで仕掛けるがよい。
ゆくぞアシュリー、幻魔将軍もついて参れ!』
「さて……フラウさん、遊撃に出てくれ。俺はタイミングを見て、ここからオデットを斬る」
溶け落ちた直剣の魔力刃は伸縮自在=なゆたの傍からでも、ピンポイントに援護斬撃を放つ事は可能。
だが、その前に――遺灰の男は己の後方、足元を二度斬り付ける/階段の一部を削ぎ落とす。
意図=即席の塹壕の作成――フラウを前に出す分、なゆたの防御面に保険をかける。
『エンバース、お願い。
……わたしも戦いたいの』
「……なんだと?」
しかし――その計らいは徒労に終わった。
『わたしをオデットのところへ連れて行って。たった一度だけでいい――、
オデットに攻撃する、そのチャンスをわたしにちょうだい』
「お前、それは――」
『なんの力もないわたしがあの激戦の中に身を投じるなんて、無茶だと思う。
でも、このまま何もせずみんなが戦ってるのを手をこまねいて見ているだけなんてできないよ。
これはわたしがやらなくちゃいけない。わたしの果たすべき役目なんだ、だから――
……お願い』
少女=真に迫る声色。
〈――何を、バカな事を言っているんです〉
直後に割り込む、冷水を浴びせるようなフラウの声。
-
【マテリアル・ボンド(Ⅵ)】
〈なゆた、でしたか。あなたのそれは無茶なんかじゃない。ただの自殺行為だ。
ゲーマー風に言うならトロールってヤツです。頭を冷やして、考えて下さい〉
フラウの言っている事は、間違いなく正しい。
〈もどかしい気持ちになるのは、分かります。ですが、あなた……死にますよ?
それも、あなただけじゃない。あなたが死んで、その動揺が今度は皆を――〉
「――いや。やろう、フラウさん」
文句の付けようもない正論を遮る、遺灰の男。
〈……遺灰の方。こんな事で私を失望させないで――〉
「分かってる。フラウさんの言ってる事が100%正しいよ」
それでも、と遺灰の男は言葉を繋ぐ。
「……それでも前に出て、挑むから、ブレイブなんだ。きっと、そうなんだよ」
真に迫る声音/フラウは何も言えなくなった――ハイバラでも、きっとそう言っただろうから。
「それに、コイツだって考えなしにオデットを殴りに行きたい訳じゃないさ。そうだろ?」
少女の瞳には、何か確信めいたものがある――ように見えた。少なくとも遺灰の男にはそう見えた。
〈……そこまで言うなら、もう止めませんが〉
「ありがとう、フラウさん……とは言え――」
遺灰の男の前方=戦場の最前線から跳ね除けられる三つの影。
前衛を務めていた三人が戦線を維持出来ず、押し返された。
『おやすみなさい、愛し子たちよ。
あなたたちに、善き眠りがありますように――』
「まずはアレをなんとかしないと、どうにもならないぞ……!
ああ、クソ……総崩れになる前に、せめて一声かけてくれれば――
――いや、駄目だ駄目だ……そんな事、今更言い出したって仕方ないだろ……!」
遺灰の男=早めの語調から溢れる焦燥感。
上空に描き出された光の魔法陣――詳細は不明/だが、ほぼ間違いなく致命的。
溶け落ちた直剣を上段へ――魔力の刃を収斂/圧延するには、それなりの溜め時間が要る。
オデットの魔法陣に十分な魔力が充填/発動するのと、どちらが先か。遺灰の男の見立てでは――
「クソ、クソ……ヤバいぞ……これは、間に合わないかも――」
瞬間、響く――強大なエネルギーが空を引き裂く音。
オデットの魔法陣が発動した訳ではない――むしろ、その逆。
どこからか閃いた漆黒の弾丸が――オデットの右腕を打ち砕いていた。
『く、ぁ……!?』
「今のは――」
『……『闇の波動(ダークネスウェーブ)』……!』
闇の波動=ベルゼブブの代名詞――そして、その幼体たるデモンズピューパにとっても。
マゴットに、何かが起きた。それは遺灰の男にもすぐに分かった。
だが――その何かを知るのは、今である必要はない。
-
【マテリアル・ボンド(Ⅶ)】
『エンバース!』
「ああ――!」
少女の呼び声に応え、遺灰の男は前へ飛び出した――ただし、一人で。
土壇場になって少女の身を案じて、約束を反故にした――訳ではない。
ただ、遺灰の五体で少女を素早く運ぶには、それなりの工夫が必要だ。
遺灰の男の左手には、フラウの触腕が巻き付いていた。
しなやかに伸びるそれを辿ると、まずは当然、フラウ本体がある。
そして、更にその先――フラウのもう一方の触腕の先には、なゆたがいた。
つまり――フラウの触腕は、それぞれ遺灰の男の左手と、なゆたの胴体に巻き付いていた。
「モンデンキント!」
そろそろ、この後何が起こるか――少女が理解した頃合いだろうと遺灰の男は叫ぶ。
「悪い!手段を選んでる余裕は――なかった!」
そして――遺灰の男が左手で大きく弧を描く/腕ごと振り回して、大きく。
フラウの触腕が、フラウ本体もろとも大きくしなり、弧を描く。
当然――その先に繋がれている少女も、弧を描いた。
-
>「よかった、エンバース……無事だったのね……!
わたし、あなたが帰ってこないから……何かあったんじゃないかって思って……。
もう……、心配、させないでよ……!」
僕の心配は無駄に終わった…早まっていたらエンバースを傷つけていた…。
操られた様子もなく元気になゆと話すエンバースをみてほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間
>「待たせたな、皆! 結界構築終了じゃ、もはや『永劫』はどこへも逃れられぬ!」
>「ものすごい攻撃だったけど……賢姉はまだ健在、ね……。
分かっていたつもりでも、実際に目の当たりにすると気が滅入るわ」
>「結界。
これでわたくしを陽光の下から逃げられないようにして、一息に勝負を決めてしまおうと?
なるほど……これがあなたたちの教帝殺しの秘策ですか」
分かっていた事だ。しかし、想定内でもある…永劫をこの程度でくたばるなんて思っていない。
でも、準備は終わった…もうオデットは逃げれない…そして僕も…
>「この結界の中でなら、吸血鬼のわたくしは十全に力を揮えない。 わたくしの力を殺ぎ、逃げ場をなくして。
数にものを言わせて攻めかかり、一気呵成にわたくしの生命を刈り取る。
それがあなたたちの作戦……そうですか。
そう、ですか――」
《バオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!》
>「征きなさい、デウス。
愛し子たちに安息を。永劫の死を――」
「光が…ドラゴンになった!?」
オデットが放った金色の光のような…粒子はすぐに姿を変え…竜の形になる。
当然はそれは手品のような見掛け倒しであるはずもなく…実態がないはずの竜は攻撃…ブレスを放つ。
>「まずい……! みんな、物理防御!」
>「やべッ! 逃げろ逃げろォ!」
>「烈風の防壁(テンペストウォール)!!」
「すまない!ありがとうカザハ!」
とっさに展開されたカザハの防壁がブレスを遮る。が…カザハの顔に余裕などなかった。
>「あとは頼んだ!」
「ああっくそ!」
カザハの前に飛び出すと破城剣を思いっきり振り回し、防壁で軽減されたブレスの一部分を風圧で吹き飛ばす。
「ふうううううう…」
ブレスの一部分、しかも防壁である程度軽減されていて…尚且つ自分とその背後にいる相手くらいしか守れない…その上後2回もやったら確実に体が壊れるような疲労感…。
イブリースの時よりも遥かに強くなったのに…くそ!敵のインフレのほうが速いぞどうなってんだ!
「こんなのぽんぽん打たれたらたまったもんじゃないぞ!クソッ」
-
>「永き永き生を経て幾星霜――数多の勇者、数多の英雄をこの目で見、その戦いを記憶してきましたが。
あなたたちはさしずめ、中の上と言ったところでしょうか。
あと10年……いいえ、あと5年も鍛錬を続ければ、もっといいところまで行ったのでしょうが。
生憎、その機会はありません。一足先に“侵食”の懐にて眠りなさい。
母も……すぐに参ります……!」
「勇者…英雄か…」
今のが渾身の一撃ならどれだけ良かったことか。
相手にターンを譲っている限り、今のような攻撃をどんどん繰り出してくるだろう。
《バオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!》
「…すまないカザハ…自分の身は自分で守ってくれ!雄鶏守護壁!」
僕は咄嗟にカードを発動。2枚使って自分と部長を守る。
こんなに序盤に使わされるのは痛いが命には代えられない。
>「いけるかと思うて試してはみたが。
やはり、最初の予定通り一点集中でアタッカーを絞った方がいいようじゃの」
>「了解したわ。ジョンさん、貴方に託します。
彼女に安息を。それを与えられるだけの証拠を、見せて――!」
>「ジョン君、頼んだぞ……! 超・俊足(テンペスト・ヘイスト)!」
体がいまだかつてない程の力が急激に流れ込んでくる。
僕の体は喜び、この力を行使するに適した体にリアルタイムに作り変えていく。
でもまだ足りない…決定的ななにかが…『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』を発動させるには…
>「ええい……! いくら不死身とはいえ、限度というものがあるじゃろうが!」
咽喉がガラガラじゃ……!」
戦況は一刻…また一刻と悪くなっていく。残された時間は想像以上に少ない。
>「ひぃ、はぁ……まだかぁー!?
ボク疲れてきちゃったぞー!」
急いで記憶を辿る。重要なのはイメージ!形からでもいい…とにかく成る事に集中する。
>「だが――オレも今まで拠り所としてきたものを易々と捨て去ることはできん。
依然、オレは貴様らを殺す気で往く! それで死ぬなら、貴様らの信念もそこまでということだ!
それを心した上で、全員! かかってこい!!」
イブリースには覚悟があった!だが今の僕にだって…ないわけじゃない!
さらに遡る。どこかに発動のきっかけになるなにかがあるはずなんだ…なにかが…!
-
>「おやすみなさい、愛し子たちよ。
あなたたちに、善き眠りがありますように――」
くそっ!だめだ…もう時間がない…!一か八か飛び出すしか…!
オデットの掲げた右腕が天を仰ぐ。
この場にいる全員…もう既に息も絶え絶えで…僕の為に自衛の手段すら捨てて攻撃して…
それでも何人かは自分の身を守れるかもしれない…けどきっとあの魔法の発動許せば…全員無事ではなくなる…当然僕も…。
破城剣を持ちあげ…オデットに切りかかろうとしたその時
ドギュッ!!!
聞きなれない音と共に…オデットの右腕が吹き飛ばされる。
オデットは声にならないうめき声をあげ、近くにいた僕と剣に元は腕だった肉片、血が飛び散る。
>「……『闇の波動(ダークネスウェーブ)』……!」
「この攻撃は…?…明神のほうから…マゴットが…?」
>「乱数調整《リバースシンデレラ》!!」
カザハは空かさず、魔法陣を展開する…見たこともないような巨大な立体型の魔法陣だ。
宙に浮いたこの魔法陣が一体どんな効果なのか、今の僕にはさっぱり分からない…だけど…この場の状況に…確実に変化が訪れていた。
>「――『ベルゼブブ』!!」
流れが…勢いが…確実にこちらに傾きつつある。
>「エンバース!」
戦いには必ず流れがある。
士気とはまたの別で抗えない…どれだけ有利な状況だろうと、取れだけ事前に可能性を取り除いても…戦いに0はない。
その1の可能性から生まれる可能性は…例えゲームの世界でも、例外ではない…一度傾いた流れ・勢い・可能性…全てをひっくり返すほどの力を持っている。
そしてその流れは…僕にも訪れていた。
>「……真空刃零式(エアリアルスラッシュ・オリジン)!」
カザハの攻撃が、オデットを傷つけ、血が肉が僕の剣にまるで吸い込まれたかのように付着する。
>『グフォォォォォォ!!!』
明神がベルゼブブと呼ぶハエの頭を持つ絵本に出てくる怪人のようなモンスターが放った一撃がさらにオデットの肉を抉る。
そしてそれは…またしても偶然にも僕の剣に…破城剣に飛び散った。
殆ど戦闘していない僕の破城剣はあっという間に血に塗れ、肉で塗装された。
永劫の血肉は肉片になってもなお、生きようと僕の剣の上で蠢く。
生物を…生物たらしめる力の根源の命。永劫の体から分かたれても…なお宿る生命の力が僕の目の前で蠢いている。
無限…いや永劫の力がこれほどと…戦慄したのも一瞬だった。
僕はこのみんなが作った…この流れを勢いを…なにより運命を…決定的にする方法を…理解した。
-
>「――今ぞ、閉幕の刻来たれり。
666の徴以ちて、我此処に魔剣の戒めを解かん――」
――魔剣。
イブリースがぽよりんさんを切り捨てた時に神に対抗するべく解放した業魔の力。
禍々しく、荒れ狂う狂気に限りなく近いの魔の力。
ブラッドラストという力を持ってしても、到底人間にはたどり着けない力。
例えこの命を全て犠牲にしてもあのレベルの攻撃力にはならないだろう…僕一人の命だけなら。
「見つけた…勝ち筋…!」
これは運命だ。そう言うほかにないだろう。
仲間の攻撃で吹き飛んだ血肉が僕の方に向かって飛び散らなければ発想すら浮かばなかっただろう。
その後も『偶然』にも大量の血と肉が、またしても『偶然』僕の方に飛んできた…おあつらえ向きにも破城剣の上に。
オデットの血が必要だと作戦前に伝えはしたがここまで完璧に僕だけの方に飛ばすなんて事はほぼありえない…そもそもそんな余裕がないというのもあるが。
ならこれ運命だ…運命が僕を導いている…例え本当に誰かが操作してるのだとしても…僕は…この手段に掛ける。
オデットの血肉に塗れた破城剣を地面に置く。正規の魔剣の作り方など僕には微塵も分からない。
けど作り方は…僕の血が…教えてくれる…僕がオデットと殺し合いたいと願えば力は答えてくれる。その殺す方法を…僕は理解する。
「…僕はなゆの為に…いやみんなの為に全霊を尽す…ただし…僕のやり方で!」
ザシュッ ドボッ
素早くナイフを取り出し僕は右手を突き出す…そしてそれを剣の上に切り落とした。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
悲鳴のような叫び声のような声を上げながら切り落とした右腕にさらにナイフで割く。
溢れ出た血に反応するようにオデットの残骸が腕に集まる。
「――今ぞ、開演の刻来たれり。
永劫と我が呪いの血肉以ちて、我此処に魔剣を発現す――」
そういい終えると僕は思いっきり切断された右手の切断面で…僕の右手とオデットの残骸両方を思いっきり…押しつぶした。
ブチュ
嫌な音共に紅い霧のようなものが僕の周りを包む。
その霧が晴れた後…僕の左手には魔剣が握られていた。
-
--------------------------------------------------------------------------
「…闇しかない…前が…見えない」
気づけば僕は暗闇の中にいた。前どころか自分の声すら曖昧になるような深い闇。
とりあえずなにもしないよりはマシだ。ととりあえず歩く事にする。
どれくらい歩いただろうか?一秒な気がするし一分な気がするし一時間のような気がするし…気が遠くなるほどに永遠に歩いた気がする。
どれだけ目的地を探しても辿り着かなかった僕は…疲れてその場に座り込む。
座って少し休憩してまた歩き出す。そしてまた疲れて休憩する。それを永遠に繰り返す。目的地も分からず、がむしゃらに。
繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す。
そして歩いた先で小さいオデットが座っていた。
「僕をこんなところに閉じ込めたのは…お前か?」
そうきちんと発言できていたかはわからない。この場所じゃ音はおろか自分の声すらまともに聞こえない。
オデットは返事をすることはなかったが顔をこちらのほうに向けた。
その瞬間…僕の中に感情が流れ込んでくる。
希望。
生まれてきた時は生物はみんなに愛され希望を持って生まれるという。最初に感じたのはとにかく幸せの感情。
不安。
その者は…自分が他者と違う事を知った。
希望。
それでもその者は…自分が信じてさえいれば他と一緒になれると信じていた。
絶望。
現実は…その者が思ったよりも冷たく、過酷だった。
「これは…?」
僕は戸惑った。この感情を…僕はよく理解していたから。
それこそ僕の感情なのか…オデットの感情なのか区別がつかないほど…
絶望。
絶望。
絶望。
そこから先は絶望の感情しか流れ込んでこなかった。
「僕は…仲間がいる。こんな僕でもいいよって…親友だって言ってくれる仲間が…今までたくさん助けてもらった…僕は何一つ返していないけれど」
この世界でなゆ達に出会わなかったら…僕はどうなっていただろうか?
「僕には…君と違って苦しみを終わらせる手段も、救ってくれる人もいた」
この世界に来る前の僕は来る日も来る日も、絶望の気分を紛らわすために違法の薬物を大量に摂取していた。
「…勇者なら君を…君だけじゃない誰もが幸せになる手段で助けてくれるんだろう…でもね、僕にはそんな事できない」
この世にある娯楽を違法合法関わらず全て試した。けど絶望を覆せる事はなかった。
「だから君を殺してあげる。…僕にできる事は壊すことだけだから」
いつの間にか握られていたナイフでオデットの首を突き刺す。
「…君を理解したとも…君の全てを見たとも微塵も思わないし…正直に言えば微塵も興味もない。……僕は僕の事で精一杯だし」
空間に亀裂が走る。
「でも不幸は…絶望は死ねば終わるから。心の底から君が望むなら…必ず僕は君を殺してやる。約束だ」
-
「ずいぶんキモい事を考えていた気がするな…」
紅い霧が晴れ、現実に返ってきた僕が左手に握っていたのは脈動する肉の大剣。
むき出しの血管、ところどころに触手のような物が伸び、まるで生き物のように脈打つ。しかし…まだこの剣は完全に目覚めてはいない…確証はないが、僕の血はそう告げていた。
「痛い…痛いけど……でもすっきりしたな」
僕の心の霧も晴れた気がした。
この世界に来てから僕はずっと普通の人間になりたいと願って…自分で考えて行動してきた。
でも僕には戦闘欲求があって、殺人衝動もあって、……だから僕には絶対無理なんだって…心の底で勝手に決めつけてた。
だからなゆ達に縋った。真似をして、人助けすればなゆ達みたいになれると思った…けどそれは大きな間違いだった。
なゆは僕に普通になれなんて…一言も言わなかった。100人の人間がいれば100の違いがある事を僕よりも一回り小さい彼女は分かっていた。
明神はこんな僕を親友だと言ってくれた。カザハも殺人衝動を告白しても普通に接してくれた。エンバースも僕は危険だと警戒こそしていたけど見捨てなかった。
結局普通って物がなんなのか僕には一生理解できないのかもしれない。だけど悩んでない人間なんていない。
自分の事は結局の所自分が信じないといけないのだから。
だからこれから先一杯悩もうと思う。ロイやシェリーの為に…立ち止まって嘆いているだけの僕を信じてくれたなゆ達の為に…一生覚悟を決めて生きていこうと思う。
見つからないと足を止める行為が…一番みんなの想いを無下にしていると気づいたから……だから精一杯悩んで苦しんで…色々探してみよう
「女性を待たせるなんて普段なら絶対にしないんだけど…ごめんね…普段とは色々違くてさ
でもこれ見てくれよ!魔剣だ!君を殺すために用意したんだ!…まだ完全には目覚めてないけど」
オデットにそう背後から声を掛ける。気分の高揚が隠せない。
親に100点のテストを見せる子供のような…これから相手の反応が楽しみでしょうがないんだ
「名前は…そうだな…せいめい…そうだ!生命の輝き!こいつの名前は生命の輝きだ!」
生物なら誰しもがもつ最強のパワー…そしてオデットの分かたれた残骸から生まれたこの剣にはこの名前が一番相応しい
名前を高らかに叫ぶと生命の輝きの触手が僕の左腕に突き刺さる。
「ほら!こいつだって喜んでる!」
触手は僕から生命力を吸い取っていく。
主人からも生命を奪い取ってでもなお強くなろうとする意志!ますます気に入った!
「オデット…君の本気はまだこんなもんじゃないんだろう?言わなくたってわかるさ!この剣を目覚めさせる為に君の本気が必要だ!
本気の闘争が…お互いの全てを賭けた…心の底から血が沸騰してしまうくらい楽しめるような闘争が!」
オデットを生命の輝きで切りつける。
想像以上だった。バフの効果も凄まじさでイブリースの戦いの時とは比較にならないほどの力を感じる。
魔剣のブーストも加われば…オデットとの力の差は僕の方が上…のようにみえる…今の所は。
「これでも本気を見せるに値しない?これでも!これでも!!?」
ブオン!ブン!ブン!ブン!
目にもとまらぬ速度で連撃を放つ。そしてオデットの血を吸収する度僕の力は増強される。どんな原理か分からないが…力はいくらでもほしい。
「やっと本気出す気になった?……あぁ…別に心配する必要はないさ…別に僕は一人で戦うわけじゃない…一人で勝てるなんてそこまで驕る気もしないよ」
僕は攻撃の手を止める。
オデットが本気を出し始めたら瞬く間に力関係は逆転するだろう。僕の予想では本気出す前なら挽肉にする勢いで優勢になると思っていた…
純粋に力勝負になった瞬間負ける事は最初から織り込み済みだったが…予想以上に限界は早い。
魔剣が僕の命を奪い取るような動きもしているし…でも僕達にはゲームの知識というアドバンテージがある。まあ〜〜〜僕にはないけど
そしてなによりロイの時は完全に僕の暴走…イブリースの時は一人先走りの犠牲…チームプレイとは到底言えない物だったけど今回は違う
…今の僕には心の底から信じられる大切な仲間がいて…仲間に頼れるだけの…強さを手に入れた
「まあ〜僕の性格上ワンマンプレイになりがちになるとは思うけどね?…でもそれを織り込みに入れて生かしてくれる人達が僕にはいる。君と違ってね」
オデットにも協力者はいるだろう…でもそれは今のアシュトラーセと僕達のような関係性。報酬の受け取り合い…所詮その場に過ぎない。
もしくはあの霧で洗脳してるか…どっちでも似たようなもんだ。
「なゆ達は否定するかもしれないけど…僕は死は救済だと思ってるよ。死は逃げ道だなんて言ってる奴はよっぽど幸せな生き方してきたんだろうね?」
本当はここで決め台詞の一つでも言えたらよかったんだろうけど…ま、それはエンバースあたりに任せるか。
「ま〜別に君がなんと言おうと別に構わないよ…興味なんてないから…僕が興味あるのはいつだってなゆ達だけだ。だから…さっさと本気だしたら?」
オデットから力の波動を感じる…今までのも相当なやばさだったが…それ以上の!
>「ジョン、受け取れ。二本までなら、同時に服用しても心臓が破裂したりしない」
エンバースからもらった瓶を思い出し、取り出し…二本一気に飲み干す。
「…よし!…思ったよりやばそう…というわけでみんな!援護よろしく!」
【右手とオデットの血肉で魔剣生命(せいめい)の輝き発現】
【オデットを煽って挑発】
-
>〈なゆた、でしたか。あなたのそれは無茶なんかじゃない。ただの自殺行為だ。
ゲーマー風に言うならトロールってヤツです。頭を冷やして、考えて下さい〉
無謀な吶喊の提案は、フラウによってにべもなく却下された。
当然だ。なゆたの頼みは誰がどう見ても非論理的なものであり、勢い任せなものに他ならない。
なゆたの無茶に手を貸すということは、エンバースの身にも危険が及ぶということだ。
マスターの身を護るのがパートナーモンスター第一の役目。となれば、反対する以外に選択肢はないだろう。
仮になゆた自身がその願いを他者から聞かされたとしても、きっと反対したはずだ。
しかし。
それでも。
なゆたは自分でやらなければならなかった。そうしなければならなかったのだ。
>――いや。やろう、フラウさん
そして、そんななゆたの一件自棄的な行為を、エンバースが後押しした。
>〈……遺灰の方。こんな事で私を失望させないで――〉
>分かってる。フラウさんの言ってる事が100%正しいよ
>……それでも前に出て、挑むから、ブレイブなんだ。きっと、そうなんだよ
>それに、コイツだって考えなしにオデットを殴りに行きたい訳じゃないさ。そうだろ?
エンバースがなゆたを見る。なゆたは決意を湛えた眼差しで小さく頷いた。
尚も言い募ろうとするフラウだったが、これ以上言ったところで無駄と悟ったのか、エンバースの説得に最終的に口を噤んだ。
>〈……そこまで言うなら、もう止めませんが〉
「ありがとう、フラウさん」
なゆたは小さく笑うと、彼のパートナーモンスターへ感謝の言葉を告げた。
そして――
マゴットの放った『闇の波動(ダークネスウェーブ)』がオデットの右腕を粉砕し、千載一遇の好機が生まれた。
「エンバース!」
>ああ――!
なゆたの声に応じ、エンバースが大きく前に出る。
エンバースの左腕はフラウの触腕と繋がっており、反対側の触腕にはなゆたの胴体が巻き付いている。
いつの間に身体に触腕が絡み付いていたのか、なゆたはまるで気付かなかった。
エンバースが大きく腕を振りかぶる。フラウの触腕が大きな弧を描き、
それに伴ってなゆたの身体もフラウに引っ張られる形で飛んでゆく。
「く、ぁ―――」
凄まじいGだ。ジェットコースターなどというレベルではない、戦闘機もかくやといった負担が全身を軋ませる。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ではないなゆたにとっては命取りになりかねない負荷だ。この時点で気絶してもおかしくない。
だが、なゆたは気を失わなかった。
ただただ、自分の仕事をやり遂げる――その一念だけで歯を食い縛り、意識を保つ。
オデットはいまだ爆散した右腕を押さえており、棒立ちになっている。
「てええええええりゃあああああああああああああああ!!!!」
なゆたは叫んだ。空中で触腕から解放されると、そのまま慣性をつけてオデットに半ば落下する形で肉薄する。
ドズッ!!
そして、なゆたは持っていた武器をオデットの豪奢なドレスの左首筋に突き立てた。
「が……」
オデットが呻く。
突き立てた武器をすぐに手放し、なゆたはそのまま床に墜落するとごろごろと転がり、階段の際でぎりぎり止まった。
立ち上がれない。硬い床に叩きつけられたショックで呼吸さえできず、全身に激痛が走る。
かひゅっ、はく、と掠れた声を漏らし、仰向けに倒れたなゆたは苦しげに呻く。
一度限りの攻撃だった。伸るか反るかの大博打だった。
しかし、その攻撃は見事命中した。エンバースとフラウのお陰だ。
なゆたの攻撃を間違いなく左首筋に受けたオデットが、驚愕に目を見開いている。
その青紫色の膚に深々と刺さっているのは、鋭利なナイフでも吸血鬼を滅する十字架でもなく――
ただ一本の、小さな木の枝であった。
「こ……、これは……」
「まさか――万象樹のヤドリギ……!?」
オデットの呟きの後をアシュトラーセが継ぐ。
-
「聖なる万象樹の枝を……攻撃に使うなど……」
オデットの全身がわななく。何とか枝を抜こうとするものの、深々と突き刺さった枝を首筋から取り去ることが出来ない。
>乱数調整《リバースシンデレラ》!!
さらに、カザハの発動させた魔法がパーティーの全員に作用する。
その効果は人によってまちまちで、及ぼす影響も微々たるものでしかなかったが、
高レベルの戦いでは些細な物事が勝利や敗北に繋がる。どんな小さなことでも、今は手を尽くすしかない。
そして――
>なっなんだ!?急に――
その小さな影響は、結果として明神とマゴットに大きな変化を齎すことになった。
デモンズピューパが割れてゆく。その表皮が崩れ去り、その中で光に包まれた何かが蠢動する。
>『上限解放』――
>――『ベルゼブブ』!!
>『グフォォォォォォ!!!』
高らかな明神の声に応じ、羽化したマゴットが大気を震わせるような咆哮をあげる。
それはレイド級モンスターの産声。新たなモンスターの誕生を知らしめる、反撃の狼煙。
蠅王ベルゼブブ降臨の証――
>……んん!?
明神が頓狂な声をあげる。
明神の前方、其処には蠅をほぼそのまま巨大化させたようなモンスターではなく、
蠅を人間型にしたような異形の魔人が佇立していた。
誰も見たことのないモンスターだ。だが、紛れもなくそれは羽化を遂げ進化したマゴットだった。
>如何にも……!我が名は……マゴット……!!
>喋った!!??
変わったのは外見だけでなく、知能もであるらしい。
理屈はまるで不明だが、どうやら突然変異的な要素でマゴットは通常のベルゼブブとは違う進化を果たしたようだった。
「これは……たまげたのう……」
「通常とは別系統の進化を遂げたベルゼブブ……つまり、ベルゼブブ・オルタナティヴとでも言えばいいかしら。
前代未聞ね……。ゴットリープ様が聞いたらどんなお顔をされるか……」
賢者と呼ばれる継承者たちにとっても、このマゴットの変貌は想像していなかった事態らしい。
そして、それはニヴルヘイム出身のガザーヴァにとっても同様であった。
ガザーヴァはしばらく声もなくマゴットを見詰めていたが、
「かっっっっっっ……けぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
やおら瞳を輝かせ、マゴットに駆け寄ってぺたぺたとその身体に触れ始めた。
「すげぇぇぇぇぇ! マゴちん、めっちゃカッコよくなっちゃったじゃん!
うわー! うわー! まじかぁー! えぇーやばくない? 超イケてるじゃーんっ!」
語彙が死んだ。どうもニヴルヘイム出身者の美的感覚はアルフヘイムやミズガルズとはだいぶ異なるようである。
>戦術目標はあの金の竜と魔法陣の排除。行けるな?マゴット
『御意……!!』
新生マゴットの初陣だ。明神が指示を下すと、マゴットは巨大な錫杖を取り出して地面に突き立てた。
発生した空間の揺らぎから、耳障りな羽音と共に無数の黒蠅の群れが出現し、マゴットの周囲を飛び交う。
クリエイト・デスフライ――蠅の眷属を作り出し、自身にバフを掛ける強力なスペルである。
>ガザーヴァ、援護してやれ!
「あいあいさー!」
ガーゴイルに跨ったガザーヴァがオデットの頭上からATBゲージ減少の魔法をかける。
これでオデットのATBゲージは半分になり、イニシアチブがマゴットへと移る。
>『グフォォォォァァァァァ!!!』
マゴットの拳の乱打。かつてのぷにぷにした腐肉喰らいであった頃からは想像もつかない、硬質な打撃音が轟き渡る。
黄金竜は鬱陶しそうに爪を振り上げ、ブレスを吐いてマゴットを叩き落そうとしたが、
筋肉質な見た目とは裏腹に身軽に立ち回るマゴットを捕えることが出来ない。
そして、黄金竜がマゴット本体にかかりきりになっている間に、デスフライの群れが唸りをあげて頭上の魔法陣へと突撃してゆく。
魔法陣の精緻な魔術紋様がデスフライの特効によって大きく揺らぎ、その力を失って無害な光の粒子へと還る。
>5年鍛錬すりゃ良いとこまで行く。そう言ったなオデット。
そりゃ俺たちブレイブの成長性を甘く見積もりすぎじゃねえか。
こちとらカンストまでのレベリングを1日で済ませる頭のおかしい廃人の集まりだぜ
そう。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とは――ゲーマーとは、不可能を可能にする者。
あらゆる常識を覆し、想定外の事象を実現させ、人々の度肝を抜くことなど朝飯前――そんな存在なのだ。
神の如き力を持つ不死者の王、その想像さえ上回る発想力を持つ者たち。
-
>俺たちがブレイブである限り、お前の死を手の届かない高嶺の花にはしない。
この戦いでお前の命に手を届かせる。そこまで成長してみせる
>ちゃんとやれたら、その時は……褒めてくれよ
「ふふ……。期待を、持たせてくれるものですね……」
苦しげに眉を顰めながらも、オデットが微笑む。
「妾たちも指を銜えて見てはいられぬぞ、アシュリー!」
「ええ、カチューシャ!」
十二階艇の継承者、エカテリーナとアシュトラーセもマゴット一騎に戦わせまいと前線に復帰する。
大鎚に姿を変えたエカテリーナの一撃が尻尾の薙ぎ払いと激突し、アシュトラーセの極光の断章が巨竜の横面を痛撃する。
「エンバース……、わたしは大丈夫だから……みんなの援護をしてあげて……」
額に脂汗を浮かべ、全身を苛む激痛に歯を食い縛りながら、なゆたは何とか片膝立ちまで起き上がって言った。
「もう……苗木は植えた……。あとは成長するのを待つだけ……。
そのためには、さっきよりも大きなダメージをオデットに与えないと……。
お願い、エンバース……今回の作戦の要、ジョンに……バトンを繋いで……!」
身を起こすことこそ出来たものの、まだまだ立ち上がったり動き回ることは不可能だろう。
これで正真正銘の役立たずだ。だが、それでいい。
自分の役目は果たした。後は仲間たちが全力でオデットに攻撃を叩き込んでくれれば――。
バギィンッ!!
《ギャオオオオオオオオオオオ―――――――――ッ!!!》
マゴット渾身の一撃が炸裂し、黄金竜がずずぅん……と音を立てて崩れ落ちる。
前線に集結した者たちの懸命な攻勢が功を奏し、黄金竜の蓄積ダメージが限界値を超えたのだ。
うなだれた黄金竜の頭上に『STUN』の文字が浮かんでいる。
今まで防御を黄金竜に依存しきっていたオデットはノーガードだ。
「今よ! みんな――もう一度総攻撃!」
なゆたがありったけの声を振り絞って叫ぶ。
「もう一丁行くぞ、バカザハ! 遅れんなよ!」
「虚構大魔術――『円卓の騎士(アロー・アロー・キャメロット)』!!」
「極光の断章、詩編第一篇開放。
同、曙光編第十三篇、二十五篇、百七十一篇開放。極光編第二篇限定開放――
『光魔術に因る流星群の再現と星辰に関する因果律(ティンクルスター・スプライツ)』!!」
ゴウッ!!
超レイド級モンスターさえ屠ったカザハとガザーヴァの描く螺旋が、
十二騎の重装騎士に変身したエカテリーナの息もつかせぬ連続攻撃が、
極光の断章の頁を開き無数の小規模魔法陣を展開したアシュトラーセの流星雨の如き光弾の嵐が、
マゴットの錫杖と二対の腕を用いた嵐の如き連続攻撃が、そしてエンバースの攻撃が狙い過たずオデットへ再度炸裂する。
「か、は……」
オデットの肉体が大きく削れ、その美貌が苦痛に揺らぐ。
その永劫を宿す血肉が飛び散り、ジョンの破城剣に付着してゆく。
「まさか……愛し子たちの力がこれほどとは……」
二度の総攻撃をその身に浴び、血まみれになったオデットが呻く。
黄金竜も既にボロボロだ。光の粒子で構成された鱗は剥げ、肉が削げて骨まで露出している。
だが、そんな状況もほんのいっときだけ。
オデットの驚異的な回復力は、致命の傷であっても瞬く間に“なかったこと”にしてしまう。
この不死の怪物を殺し切るとしたら、回復も追いつかないほど絶え間なく攻撃し続け、一気にライフを削り取るしかないのだ。
そして――
この作戦を成功させるための要、ジョンが自身の能力を発動させる。
>…僕はなゆの為に…いやみんなの為に全霊を尽す…ただし…僕のやり方で!
ジョンは何を思ったのか、突然自らの右手首をナイフで切断し破城剣の上に落とした。
「―――――――!!!」
なゆたは絶句した。あまりの事態に理解が追い付かない。
しかしジョンは構わず切断した右手にナイフを突き立ててゆく。
破城剣に纏わりついていたオデットの血肉が一個の独立した生命体のように蠢き、ジョンの切り落とされた手首へ群がってゆく。
自殺行為だ。まさしく血迷ったとしか思えない光景だったが、ジョンには確信があったらしい。
己を傷つけてでも――否、己を傷つけることでのみ得られる、莫大な力の確信が。
>――今ぞ、開演の刻来たれり。
永劫と我が呪いの血肉以ちて、我此処に魔剣を発現す――
ジョンが渾身の力で右手の切断面をオデットの血肉へと叩きつける。
その途端、ブラッドラスト特有の紅い血霧がジョンの周囲へ立ち込め――
幾許かの時を経て霧が晴れたとき、その手には異形の大剣が握られていた。
>痛い…痛いけど……でもすっきりしたな
左手に握られた大剣が、生き物のように蠢動している。
いや、実際に生きているのだろう。その刀身は肉色にぬめり、肌身に浮いた血管が脈打っているのが分かった。
吸血鬼の王の力を横奪して造り上げた剣から、膨大な魔力が放たれている。
それはまさに魔剣。魔力の籠もった剣――ではなく、魔物の剣であった。
-
>女性を待たせるなんて普段なら絶対にしないんだけど…ごめんね…普段とは色々違くてさ
でもこれ見てくれよ!魔剣だ!君を殺すために用意したんだ!…まだ完全には目覚めてないけど
新しい得物を掲げるジョンの表情は晴れやかで、その口調は無邪気な子どものようだった。
オデットがその端正な顔を歪ませる。
「この母の血肉を用いて、己が狂気と融合させる……。そこまでやりますか。
勝利のためには手段を択ばない……まさに『狂戦士(バーサーカー)』ですね。逞しき我が子」
忌み嫌っている自分自身の力を使われた挙句、醜い異形の剣にまでされたことに怒りを覚えているらしい。
が、ジョンにはそんなものはお構いなしだ。
>名前は…そうだな…せいめい…そうだ!生命の輝き!こいつの名前は生命の輝きだ!
「ジョン……」
片膝立ちの姿勢から脱せないまま、肩で荒い息を繰り返しながら、なゆたは呻いた。
加速度的に人間からそれ以外へと足を踏み外してゆくジョンに、危機感を覚えずにはいられない。
だが、それこそがジョンの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』としての矜持なのだろう。
皆と肩を並べて戦う方法が自身の生命を切り売りする以外にないのなら、喜んでそうする。
現状、なにひとつ戦う手段を持ち合わせていないなゆたには、ジョンの気持ちが痛いほどよく分かった。
>オデット…君の本気はまだこんなもんじゃないんだろう?言わなくたってわかるさ!
この剣を目覚めさせる為に君の本気が必要だ!
本気の闘争が…お互いの全てを賭けた…心の底から血が沸騰してしまうくらい楽しめるような闘争が!
「―――――悍ましい!!」
この神域の戦いが始まって以来、ずっと受動的であったオデットが初めて動く。
滑るように猛烈な速度でジョンへと間合いを詰め、大きく右手を振りかぶる。
オデットの右腕に連動し、黄金竜もまた右腕を天へ掲げる。鋼鉄をも容易く切り裂く、ドラゴンの爪の一撃。
>これでも本気を見せるに値しない?これでも!これでも!!?
ジョンが“生命の輝き”と名付けた異形の大剣を片手で振るい、黄金竜の爪を迎撃する。
生命の輝きの攻撃力は凄まじい。一打振り下ろされるたびに黄金竜の肉体が光の粒子になって弾け、
オデットの肉体をも削り取ってゆく。
不死者の王、ノーライフキングの力を取り込み自らのものとしたジョンに、オデットは防戦一方だ。
まさかオデットも自分の強大な力が跳ね返ってくるとは思わなかっただろう。
>ま〜別に君がなんと言おうと別に構わないよ…興味なんてないから…
僕が興味あるのはいつだってなゆ達だけだ。だから…さっさと本気だしたら?
「ッ、は……」
ジョンを中核とした『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の攻勢によって左腕が千切れ、
右脇腹をごっそりと抉られたオデットが立っているのもやっとという様子で息を吐く。
しかし、オデットには無尽蔵の生命力がある。ジョンが今のパフォーマンスを発揮し続けられるのはごく短い時間のみで、
持久戦に持ち込まれれば依然、こちらが不利であろう。
「安心して背中を預けられる仲間がいるからこその、捨て身の策……ですか。
よいものですね、信じられる仲間というのは……ええ、ええ、大事になさい。
けれども……まだ。まだ足りません、その犠牲を以てしてもわたくしの永劫の呪いを凌駕することは……」
オデットの傷口がボコボコと泡立ち、またしても回復の兆しを見せる。
ジョンが右手首を切り落としてまで得た力で刻みつけたダメージが、“なかったもの”になってしまう――
――否。
「……!? ぅ……ぐ、ぁ……!」
以前のように砕けた肉体の再生をしようとしていたオデットが、急に苦しみ始める。
先程は身体が半壊するほどの大怪我さえ瞬く間に癒してしまった力が、発動しない。
いや――発動はしている。だが、それは『オデットに対して』ではなかった。
「い、いったい、なにが……!?」
オデットが驚愕に顔を歪める。
その左首筋に刺さったままの小枝が、急速に成長しオデットの肉体を冒してゆく。
本来オデットの損壊した肉体を修復するために使われるはずの魔力を、小枝が吸収しているのだ。
膨大な魔力を養分とし、小枝がバキバキと音を立てながら伸びてゆく。
「狙い、通り……。
オデット、あなたの不死……奪わせてもらったわ……!」
ふらふらと何とか立ち上がり、なゆたが苦しい息の下でそれでも不敵な笑みを浮かべる。
これがエンバースに無理を言ってまでなゆたがやりたかった、不死殺しの一手であった。
-
『万象樹のヤドリギ
万象樹ユグドラエアの幼木
天地開闢の折、世界は混沌であった
太祖神はそれを光と闇に分け、光を善きものとし闇を悪しきものとした
万象樹はその根より悪しきものを吸い上げ、善きものへ換える機構である
末端であるヤドリギにもその力は宿っている
闇属性のダメージを減少させる
今はほんの小さな苗木であったとしても、いつかは大樹となりうる力がある
天を支え聳え立つ万象樹も、初めは太祖神の手の中に息衝くただひとつの種であったのだから』
アイテム『万象樹のヤドリギ』のフレーバーテキスト。その中の、
『太祖神はそれを光と闇に分け、光を善きものとし闇を悪しきものとした』
『万象樹はその根より悪しきものを吸い上げ、善きものへ換える機構である』
なゆたはここに目を付けた。
いくらオデットが不死とはいえ、無条件に無尽蔵の回復力を得られているとは考えづらい。
そこには必ず、何らかのパワーソースがあるはずなのだ。
であるなら、それを奪い取れば――。
「あなたが傷を癒そうとすればするほど、ヤドリギはその力を吸い上げて大きくなる……!
オデット、もうあなたはそこから動けない!」
万象樹のヤドリギは、エーデルグーテの教会で普通に流通しているアイテムである。
パートナーモンスターのポヨリンを失い、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』としての力も喪失したなゆたには、
一般人になってもなおオデットに対抗するための力が必要だった。
そして、今まで培ってきたブレモンの知識と創意、工夫によって一矢報いることに成功したのである。
「が、ぁぁぁぁ……!
まさか……施しの聖樹、ユグドラエアが……わたくしの……力を奪う、など……」
オデットの首筋に刺さっていた小さな枝は、今や太い幹が床にまで達し小さな万象樹として根を広げつつある。
教帝の左半身は樹幹の中に呑み込まれ、その場から動くことが出来ない。
黄金竜が苦し紛れに爪を幹に叩きつけるものの、ヤドリギの生長の方がずっと早い。
ヤドリギに爆発的な成長を促すほどオデットの回復能力が桁外れだったということだが、
その驚異的な治癒能力が今や自分自身の身体に重圧となってのしかかっている。
なゆたはジョンへと振り返った。
「ジョン……! 今よ! 『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』!!!」
ありったけの力で右腕を前方へと突き出し、ジョンに指示を飛ばす。
ブラッドラストによって形作られた魔剣は本家の持つ魔剣とは似ても似つかないものであったが、
その覚悟の総量、背負ったものの重さは決して引けを取らない。
ジョンが最終奥義のセットアップを始めても、ヤドリギに囚われたオデットは動くことが出来ずにいる。
これが夜間であれば吸血鬼本来の能力を駆使し、霧になって逃げるなり出来たのだろうが、
日中の――しかも継承者が構築した結界の中では、そういった吸血鬼の力を行使することは不可能だった。
事前に打ち合わせした作戦が功を奏した形だ。オデットは既に逃げ道を完全に塞がれている。
「なんという禍々しい力じゃ……! あ奴、本当に人間か!?」
「これが『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の底力……。この世界の法則さえも捻じ曲げてしまう存在のスペックなのね。
『創世』の師兄が『侵食』に抗うためミズガルズから呼び寄せた理由がよく分かったわ。
いくら不死身の『永劫』の賢姉でも、これなら……!」
「…………」
ジョンの周囲を取り巻く血色の瘴気、そして荒れ狂う烈風に長い髪を嬲られながらエカテリーナが驚愕し、
アシュトラーセが固唾を呑む。
継承者の中で、ただエンデだけは戦闘開始時と変わらず佇んでいるだけだ。
いずれにしても、次のジョンの攻撃ですべての決着がつく。
ジョン渾身の『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』によってオデットの体力総てを削り切り、
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が永劫の生を終わらせられる力を持っていることを知らしめる。
そうすればオデットは約束通り、ジョンや明神たちに力を貸してくれるはずなのだ。
「ぐ、ぅ、う、こんな……ことが……!
わたくしの……不死が……永劫が、終わる……?」
オデットは逃れられない。懸命にもがいてはいるものの、その半身は既にヤドリギと一体化してしまっている。
空へ向けて豊かな枝葉を茂らせる若木の生育に、まるで歯が立たないといった具合だ。
そして――
脈打つ異形の大剣、ジョンが生命の輝きと名付けた魔剣からオデットへ向けて、膨大な破壊の波動が迸ったとき。
「―――『絶対屍操(ネクロ・ドミネーション)』―――!!!」
オデットが叫ぶ。
それは、エンバースを支配する烙印。不死者たちの王の絶対権限。
遺灰の男の魂を、遺灰を、その精神をも束縛する、従属の王命であった。
【なゆた、万象樹のヤドリギによってオデットの超回復を妨害しその場に束縛することに成功。
さらにジョンに『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』の発射を指示。
オデット、『絶対屍操(ネクロ・ドミネーション)』発動。
エンバースに『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』の阻止を命令】
-
ド派手なエフェクトの割に、特に大したことが起こる様子はない。
そりゃそうだ、運命がどうとか単なるフレーバーテキストですよ。
全く、脅かしてくれるんですから!
実際には幸運値が微妙に上がるとかそんなもんなのでしょう。
>「なっなんだ!?急に――」
・・・おや!? マゴットの様子が・・・!
>「『上限解放』――」
>「――『ベルゼブブ』!!」
>『グフォォォォォォ!!!』
おめでとう! マゴットはベルゼブブに進化……しなかった!?
進化したのは間違いないのですがどう見てもベルゼブブじゃない気がする……。
「アゲハさん!? デモンズピューパって別ルートの進化があったんですか!?」
(いや、初めて見た……)
本編未実装かもしれないし、もし超レア進化ルートとして実装されてても、
もはや虫じゃないからむしとりしょうじょの管轄外ですよね、きっと。
>「はは……なんだよもう。必須栄養素が足りてなかったってことかよ。
ずっと俺由来の闇属性ばっか食わせてたもんな。そりゃ栄養も偏るわ」
もともと風属性が足りなくて進化できなかったところに
丁度良く風属性の補助魔法が展開されたから進化出来た、ということのようです。
>「戦術目標はあの金の竜と魔法陣の排除。行けるな?マゴット」
>『御意……!!』
明神さんの指示を受けたマゴットは、早速前線で戦い始めた。
ガザーヴァや、エカテリーナとアシュトラーセもそれに加勢する。
「ソニックウェーブ!」
私も黄金竜に衝撃派を放ち、攻撃に参加する。
マゴットの超進化をきっかけに、流れが一気にこちら側に傾いたようにも思える。
それはとてもいい事なのだが、何故か私は不安になった。
そんな時、風に煽られてどこからともなく飛んできた瓦礫が私の頭にぶち当たった。
それも、ダメージは受けないが、一瞬だけ行動不能になる程度の絶妙な強さで。
「あいたっ」
その瞬間、我ながら昔のテレビじゃあるまいし、という感じですが、色々思い出したのです。
前の周回のカザハの真名は風刃で、万物を切り裂く自分の力を嫌っていた。
前の周回の私は、出来損ないの飛べないユニサスで、だけど風精王の力を持つカザハが傍にいる時だけは飛べた。
それを見たカザハは、自分の力が何かを壊したり誰かを傷つける以外の役に立つんだと希望を見出した。
こうして私達は不思議な縁で結ばれた。
地球にいた頃、私はとても病弱で、二十歳まで生きられないとベタな少女漫画のようなことを言われていた。
カザハは私に何かある度に、文字通りの献身をもって私の命を繋ぎとめた。
結果、最終的には骨髄と幾つかの臓器がカザハから譲り受けたものとなっていた。
尤も、こちらの世界に戻ってきた今となってはその痕跡は残っていないのかもしれないが。
カザハが言った”カケルももう大丈夫”とは、これらの経緯を踏まえてのことなのだろう。
どこの時点で思い出したのだろう。もしかして、ずっと最初から――?
私は馬型に戻り、ジョン君の後方で技を制御しているカザハを迎えに行く。
-
《もう十分です。マゴット進化出来たんだからもういいじゃないですか!
危ないことはやめましょう!?》
おそらく実際は、数ターン続けたら死ぬのもフレーバーテキストの一貫のハッタリみたいなものでしょう。
どう見てもそこまで強力な技ではないですもの。
……本当にそうだろうか。誰も気付いていないところで何かに影響してはいないだろうか。
真相は、使わなかった場合と比較してみないと分からないのだが、当然そんなことは不可能。
この技は今のところ他のどこにも存在していない以上、実態は、誰にも分からないのだ。
「仕方のない奴だな、戦いに集中するんだ。どのみちここで負ければ全員死ぬぞ」
カザハはいつもの調子で苦笑し、私の背に乗る。
《あなたにはこの先何百年かけても返しきれない大きな恩がある……。
どうして教えてくれなかったんですか!?》
「辛い記憶は忘れているに越したことはないだろう?
……いや、自分の罪を隠しておきたかったから。
我が君に執着したせいで地球にまで付き合わせてしまったんだ。
きっと、君がああなったのは世界の歪みを一身に背負わせてしまったから……。恨まれても感謝される謂れは無い」
《何を……》
>「もう一丁行くぞ、バカザハ! 遅れんなよ!」
ガザーヴァに声をかけられ、私達の会話は途切れた。
カザハは腕を一振りすると、スペルカードも使わずに素で、風のランスを作り上げた。
あっ、これやっぱりそこそこ強いのかも……。
私達とガザーヴァ&ガーゴイルは二重螺旋を描き、再びオデットに突撃する。
「竜巻大旋風零式《ウィンドストーム・オリジン》!」
最後はやっぱり素で、攻撃スキルを叩き込んでいた。
>「…僕はなゆの為に…いやみんなの為に全霊を尽す…ただし…僕のやり方で!」
皆の攻勢が功を奏し、ついにメインアタッカーのジョン君が前線に出る。
それを見た私は、カザハに再度危険な技をやめるように迫った。
《もういいでしょう!? あとはジョン君に任せましょう!》
「まだだ――ジョン君が業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)を決めるまで続けないと意味がない。
もうそろそろ効果が上がってきたはずだ」
えーと……さっきの大立ち回りをしながら《乱数調整(リバースシンデレラ)》を継続していただと……!?
そりゃあ、継続したところで死ぬとは限らず、もし死んだとしてもジョン君の攻撃が成功すれば死ぬのはカザハ一人。
反面、ジョン君が業魔の一撃を成功させることが出来なければほぼ確実に負けて全員死ぬのだから、
そこまで続けるのが合理的な判断なのかもしれない。でも……
-
《嘘吐き! 死ぬ時は一緒だって言ってくれたじゃないですか!》
私の叫びに構わず、カザハは技の制御に集中し、ジョン君のバックアップに徹しようとしている。
そんな中、声が聞こえてきた。
(おかしいのう、こやつ、微妙に足りぬわ)
(えー、何が?)
(テンペストソウルに決まっておるだろう)
風の継承者《テンペストサクセサー》は古の風精王達の力を借り受ける技だったか。
ということは、これは歴代風精王達の内輪の会話的なやつが聞こえてしまっている?
おそらくカザハと私にだけ聞こえているのだろう。
(そんな、どこかに落っことしてきたとでもいうの? 1巡目の時は完全なレクステンペストだったよね?)
「今更……何を言っているのだ。
いつも我だけ生き長らえて、みんなみんな先に死んでいったんだ……。
我を完全なレクステンペストと信じてあの二人は死んだのだぞ。
二人だけじゃない、この力を巡ってたくさんの人が振り回されて!
今更そんなの認めない、絶対成功させてみせる……!」
カザハは鬼気迫る表情で技を制御する。
一見効果があるのかはよく分からないが、妙にオデットの血がジョン君の破城剣の方に飛び散っている……気がする。
ああ……やっと分かった。カザハを突き動かしているのは、気高き献身の精神なんかじゃない。
ただ、生への執着がないだけ。置いていかれる側に耐えきれなくなっただけ。
カザハの言う「死ぬ時は一緒」の意味は、”君を一人にはしない”じゃなく、“我を一人にするな”という心の叫び。
私の剣になりたいと言ったのは、自由意思無き傀儡の、上位存在へのせめてもの反抗か。
そこにいるのは頼りになる姉ではなく、増してや勇者でも聖女でもなく、
たまたま役割を割り当てられた一欠片の歯車、何重もの宿命の糸に雁字搦めにされて、
出来損ないのユニサスに縋るしかなかったちっぽけな虜囚――。
>「名前は…そうだな…せいめい…そうだ!生命の輝き!こいつの名前は生命の輝きだ!」
いつの間にか、ジョン君は禍々しい魔剣を作り上げていた。
ここまでくれば、きっと大丈夫だろう。そう思うことにした。
カザハを止める方法を思いついたのだ。ここまでの道中で、すでに答えは示されていた。
「カザハ、ついでにもう一つ思い出したんです。
こちらの世界に戻ってきたあの瞬間、スマホを手に持っていたのは私の方だった……」
スペルカードの力で再び人型になった私は、カザハに向かってスマホを向けた。
スマホとブレイブは何かの方法で紐付けはされているようだが、必ずしも一人につき一台とは限らないようだ。
一人につきスマホ二台が有り得るなら、逆があってもおかしくはない。
機体はカザハのスマホだが、起動した直後に転移したのでアカウントは特にどっちのものでもなく、
転移の瞬間は、「ちょっと見せて」と私が持っていた。
そして、カザハも私も地球からアルフヘイムに(帰って)来た元人間、現モンスターという点では条件は同じ。
カザハがブレイブ、私がパートナーモンスターでなければいけない理由は大して無いのだ。
-
「何を……!?」
「約束します。未来永劫、あなたを一人にはしません。――捕獲《キャプチャー》!!」
眩い光が放たれ、カザハはスマホに吸い込まれた。良かった……。うまくいったようです。
(全く……そこは”私を一人にしないで”だろう? カケルのくせに生意気だぞ)
カザハはスマホの中で文句垂れていたが、抵抗されていたらおそらく捕獲は成功しなかった。
素直に捕獲されたということは、観念したのだろう。
「こんなものは……もう要りません!」
私は風の継承者《テンペストサクセサー》のカードをスマホから取り出し、破り捨てる。
私も一応ブレイブらしいので、こういうことも出来てしまうんですね。
何ということをしてくれるのだとカザハが悲痛な叫びをあげる。ただしせせこましい意味で。
(あーっ! 売り払えば高く売れるかもしれないのに!)
そういえば、私が本をくくって捨てようとしてたらブッ〇オフで売るようにってよく怒られてましたね……。
(なんじゃ、結局そなたらも二人セットじゃないといけないパターンかえ?
面倒だからもう良いわ。数百年後に二人揃っておっ死んだ時には仲間に入れてやらんこともないがの)
古の風精王の声が聞こえてきた気がした。
(どういうことだ……?)
「カザハ、あなたのテンペストソウルの一部がどこに行ったか、分かったかもしれません……」
一方、ダメージを回復しようとしたオデットは、急成長した万象樹のヤドリギに拘束されていた。
この万象樹のヤドリギは、先刻なゆたちゃんが身を呈して叩き込んだものだ。
>「狙い、通り……。
オデット、あなたの不死……奪わせてもらったわ……!」
>「あなたが傷を癒そうとすればするほど、ヤドリギはその力を吸い上げて大きくなる……!
オデット、もうあなたはそこから動けない!」
>「ジョン……! 今よ! 『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』!!!」
>「なんという禍々しい力じゃ……! あ奴、本当に人間か!?」
>「これが『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の底力……。この世界の法則さえも捻じ曲げてしまう存在のスペックなのね。
『創世』の師兄が『侵食』に抗うためミズガルズから呼び寄せた理由がよく分かったわ。
いくら不死身の『永劫』の賢姉でも、これなら……!」
継承者達ですら、もうこのまま押し切れそうなオーラを出している。
-
>「ぐ、ぅ、う、こんな……ことが……!
わたくしの……不死が……永劫が、終わる……?」
ヤドリギに拘束され、身動きができないオデット。
皆がほぼ勝利を確信したことだろう。しかし、オデットはまだ切り札を残していたのだ。
ジョン君が業魔の一撃を放った瞬間、それを切ってきた。
>「―――『絶対屍操(ネクロ・ドミネーション)』―――!!!」
……そうだった! いや、でもまだかかったかはどうかは……。
アンデッドは絶対支配される仕様らしいが、エンバースさんならもしかしてもしかすると……。
ジョン君の剣からオデットを拘束するための触手のようなものが伸びていく。
エンバースさんはそれからオデットを守るような動きを見せている。
残念ながらがっつりかかったようです……。大変なことになってしまった……。
(カケル! サモンだ!)
カザハに声を掛けられ、我に返る。
「召喚《サモン》! カザハ・シエル・エアリアルフィールド!」
召喚されたカザハは、また微妙にイメチェンしていた。
髪色と瞳が薄緑とエメラルド色にまた戻り、服装もデザインはさっきまでのままだが、緑調が入っている。。
もしかして、単純にテンション下がると黒髪黒目になるとかいうシステムなんですかね……?
「カケル……我のテンペストソウルの一部の在り処は……」
「あなたの魂の一部は……私が貰い受けたんですよ。
カザハ、よく言ってましたよね? 魂は脳だけに宿るんじゃないって」
「そっか……。そうなんだ……。正直、前の周回の時からずっと、テュフォンとブリーズが羨ましかった。
重い宿命を一人で背負わなくていいから……」
「やっと…… 本当の意味であなたのパートナーになれたんですね……」
さて、長々と話し込んでいる場合ではない。
エンバースさんは、業魔の一撃第一段階の妨害は断念したようだった。
いや、早々にジョン君に狙いを定めることで、決め手の第二段階を阻止しようとしている……!?
とにもかくにも、私とカザハは攻撃をジョン君以外に逸らすべく飛び出す。
「エンバースさん、駄目ですっ!!」
「風精王の被造物(エアリアルウェポン)! えいやああああああああッ!!」
結果――私達は、エンバースさんとフラウにあっさり薙ぎ払われ、それぞれ左右に転がってギリギリ階段から落ちる前で止まった。
ド素人コンビが世界レベルプレイヤーとそのパートナーに突っ込んでいった当然の結果である。
-
>「――どうした明神さん。顔色が悪いぞ。お腹が痛いのか?」
「何か言いましたか?」
「いや、何も……」
となると、まさか……
>「それとも――まさかビビってるのか?スペルも使えない、ただのアンデッド相手に……冗談だよな?」
喋ってる!? ネクロドミネーションの支配下でも気合で自分の意思で喋ることだけは出来るのだろうか。
>「心配いらない。こうなる事も想定の範囲内だ。既に俺の心臓を、フラウの体内に預けてある」
>「そいつを取り出して、俺に戻してくれ。それで全て解決する」
エンバースさんは攻略法を教えてくれた。
心臓を預ける……人間じゃないからそういうことも出来るんですかね!?
稀によくある心臓を移動させておいて致命傷を避ける戦術の応用版みたいなやつをやっていたということだろうか。
攻略法を教えてもらったところで、それを実践するのは簡単なことではない。
私達ではエンバースさんにもフラウにも刃が立たないのは、ついさっき立証済みだ。
「明神さん! 私とカザハでフラウさんから心臓を取り出します!
その間エンバースさんの相手をしてもらっていいですか!?」
「安心しろ、我々は移植のプロだ――!」
「執刀する側は初めてですけどね!?」
……バラバラに特攻しても刃が立たないなら、力を合わせればいい。
一つのテンペストソウルを分け合った私達は、文字通り力を合わせることが出来るはず。
現に、双子のレクステンペストのテュフォンとブリーズは、完全に声と動きがシンクロするほど通じ合っていた。
私とカザハは、向かい合って両手の手のひらを合わせた。
魔力の繋がりが出来、不思議な感覚に襲われる。
個としての存在を保ちながらも意識が共有された状態と言うべきだろうか。
「さあ、始めようか――足引っ張るなよ? 第一助手!」
「今は一応カザハの方が私の助手なんですけど!? 別にいいけど!」
この精神を連結した状態下においては、私達二人で足らずではない完全なレクステンペストとしての力を行使できる。
もしも二人が完全に連携できるとすれば、一人では完全ではないというのは、きっと悪い事ばかりではない。
単純に考えても、手足の本数が二倍に増えるのだから。
「「――双剣舞《シンクロダンス》!!」」
私達は、風の魔力を纏う剣を掲げ、寸分の狂いもなく同時に、フラウに斬りかかった。
まずは、心臓がどこにあるのか突き止めなければならない。
エンバースさんの心臓はフラウの肉体のどこかに埋まっていると思われるが、
フラウは透明ではないので外から見えるわけではないのだ。
-
「超音波解析《エコーグラフィー》!」
カザハが、風の解析系スキルを発動する。
超音波の通り具合によって物体の内部の状況を把握できるらしい。
その情報は、意識を連結している私にも共有される。
(――見えた!)
私は触腕を薙ぎ払いながら、心臓を露出させるべく肉塊を切り裂く。
しかし――このような不定形の相手では想像に難くないことだが、切った傍からすぐに塞がってしまった。
「駄目です! 術野が確保できませんッ!!」
かといって、大規模魔法をぶっぱして心臓とかフラウさん自体が粉々に吹っ飛んだらシャレにならない。
カザハが打ち出したのは、何の捻りもない力技だった!
「予定変更! 手を突っ込んで掴み取るぞ!」
カザハが触腕を切り飛ばし、一瞬の隙を確保する。
「今だ!」
「うりゃあああああああ!!」
私は意を決して不定形のゲル状の中に手を突っ込む! が、届かない!
中で心臓を避難させられてしまったようだ。
その上、あろうことか腕が抜けなくなってしまった。
「何をやっているんだ!?」
このままでは触腕の斬撃で木っ端みじんになってしまう。
カザハが私の体を後ろから引っ張るとすっぽぬけ、間一髪で難を逃れる。
私達は勢い余って二人一緒にごろごろ転がり、起き上がる。
この調子ではエンバースさんがジョン君の妨害に成功してしまう。
「どうしましょう……って何持ってるんですか!?」
カザハが持っているのは、風の魔力を纏う剣ではなく、自撮り棒もとい”色々なものが先に付けられる棒”だった。
魔力で武器を作り出す系の技は、何も無いところから作り出すことも出来るし、何かを核にして魔力を纏わせることで作ることも出来るのだ。
それにしても、そんなものを剣の核にしていたんですか!?
「行け! カケル!」
棒をバトンみたいにして遊びながら私に指令を出すカザハ。
戦意喪失していらっしゃる――!? フリーダム過ぎますこのパートナーモンスター!
仕方なく一人で突撃した私は、心臓を掴み取るべく腕を突っ込み、またもや心臓には逃げられて腕が抜けなくなってしまった。
私を狙う触腕、”いろいろなものが先に付けられる棒”を掲げて不意に駆けてくるカザハ。
目的はもちろん私の救出……ではなく。
カザハは心臓の避難先に、“いろいろなものが先に付けられる棒”を突き立てた。
普通の自撮り棒はスマホしかはまらないが、この棒は謎の力でくっつけたいと思ったいろいろなものを先に付けることができる。
つまり心臓もくっつけることが出来るはずだ。
「うおりゃあああああああああああ!!」
カザハは渾身の力で“いろいろなものが先に付けられる棒”を引っこ抜いた!
-
アシュトラーセがモーニングスターよろしくぶん回した魔導書が竜の顔面に直撃し、
エカテリーナがその身を変えた大槌が尻尾の躍動を抑え込む。
そこへ叩き込まれる、マゴットの四本腕の連打――。
およそこの場で最も強力であろう『打撃』の嵐が金竜を押し潰し、
その頭を地へと叩きつける。スタンが発生した。
>「今よ! みんな――もう一度総攻撃!」
「っしゃあ!畳み掛けるぞ!!」
なゆたちゃんの号令に応じて各々が追撃を叩き込む。
金竜の防御が剥がれ、ほとんど無防備のままオデットはその全てを喰らった。
それでもやはり不死の王。レイド級だって耐えられるはずのない再度の猛攻も、奴を致命へ追い込めない。
肉体は破壊されるそばから再生し、露出した骨も溢れた内臓も瞬時に元通りになってしまう。
決定打が足りない。
理不尽な超速再生を、ゴリ押しで突破しちまえるような、さらなる理不尽が。
そして俺たちには、そいつを持ってこれる用意があった。
「ジョン――!」
猛攻の嵐の中、ジョンが大剣を前に膝を付くのが見えた。
ダメージを受けてへばったって感じじゃない。剣の前に、傅くような仕草。
なにかを、しようとしている。
>「…僕はなゆの為に…いやみんなの為に全霊を尽す…ただし…僕のやり方で!」
ジョンはナイフを取り出し、剣の上に自らの右手を掲げて――斬り落とした。
ボトリと音まで聞こえてきそうな重量感とともに、大剣の刃肌の上に右手が転がる。
何を――いや、違うよな。
あいつがこの期に及んで意味もなく自傷するはずがない。
信じろ。ジョン・アデルがたどり着いた答えを。
切断面から生々しく血を吹き出す右手を、ジョンはナイフでさらに刻んでいく。
まるで――これまでの戦いで剣に付着した、オデットの肉と混ぜ合わせるように。
大剣をまな板にして、ジョンとオデットの合い挽き肉が作られていく。
物言わぬ肉塊であるはずのミンチは、うぞうぞと一個の生命のように蠢き始めた。
そして。
>「――今ぞ、開演の刻来たれり。
永劫と我が呪いの血肉以ちて、我此処に魔剣を発現す――」
イブリースが『業魔の一撃』発動時に唱えた呪文。
短歌の本歌取りのように、ジョンはアレンジしたオリジナルの呪文を発する。
奴に既存の呪文を組み替えて魔術を新造するような知識があるわけじゃないだろう。
見よう見真似で、少しでも本家の魔剣に近づけんと零したまじないの言葉。
だからこれは、呪文じゃない。
一流のアスリートが特定の動作をスイッチとして極度の集中に入るように。
ジョンがオデットのものと混ぜ合わせた肉体を完全に制御下に置くための――
プリセット・ルーティンだ。
手首から先を失った右腕で、刀身の上の肉塊を押しつぶす。
血色のオーラが渦を巻いて、ジョンの体を包み込んだ。
-
>「痛い…痛いけど……でもすっきりしたな」
やがて血の霧が晴れ、その向こうから現れたジョンは、左手に一振りの剣を掲げていた。
鉄塊に形容される破城剣の面影は、その巨大さにしか残っていない。
それはもはや肉塊だった。脈打ち、血走り、呼吸に応じて胎動する、剣のかたちをした肉。
生き物の皮を全て裏返しにしたかのような、本能に訴える生理的な怖気。
「なんだその、剣……?」
これを剣と言って良いものか。
そしてこれは、『ジョンが握る剣』なのか――『剣とそれを振るう人型のパーツ』なのか。
>「名前は…そうだな…せいめい…そうだ!生命の輝き!こいつの名前は生命の輝きだ!」
名前を得た剣は主の呼び声に応え、触手を伸ばす。
剣を握るジョンの腕に、肩に。植物が根を広げるように。
魔剣・『生命の輝き』――。
血か、はたまた命そのものか。
もはや疑うまでもなく、その根はジョンから何かを吸い上げていた。
>「オデット…君の本気はまだこんなもんじゃないんだろう?言わなくたってわかるさ!
この剣を目覚めさせる為に君の本気が必要だ!
本気の闘争が…お互いの全てを賭けた…心の底から血が沸騰してしまうくらい楽しめるような闘争が!」
きっと、これがジョンの出した答えなんだろう。
いつまでの己が身に残り続ける呪い。忌まわしき怪物の力を、乗りこなす方法。
抑え込むのでも遠ざけるのでもなく……飼い慣らした。
獣がハラを空かせているなら、エサをやれば良い。
退屈しているのなら、構ってやれば良い。
『きちんと世話をする』。目を背けることなく、正面から向き合うやり方を、ジョンは見つけ出したのだ。
>「―――――悍ましい!!」
「うん……まぁ……そうだね……」
アンデット使いの俺でもちょっと耐性のないグロさだ……。
俺たちが何をやっても慈愛に満ちた表情で受け入れていたオデットが、かぶりを振ってその様相を否定する。
脳味噌溢れてもケロっと治るような超越者すら、その悍ましさに拒絶を口にする。
ドラゴンの腕が振り払うように横薙ぎの一撃を繰り出して、ジョンがそこへ魔剣をかち当てた。
鋼よりも硬い竜の鱗が、爆発四散する。
「あんな肉の塊が、なんつー攻撃力……」
ボサっと眺めてる場合じゃねえ。
あの魔剣がジョンの命を吸ってるのは見りゃわかる。
泥仕合に持ち込まれればジリ貧になるのはこっちの方だ。
決定打が残ってるうちに、勝負を決める――
「マゴット!」
蝿頭の怪人が、二対の両腕から闇の波動を放つ。
四条の黒の軌跡が渦を巻いてオデットの肉体を穿つ。
-
>「安心して背中を預けられる仲間がいるからこその、捨て身の策……ですか。
よいものですね、信じられる仲間というのは……ええ、ええ、大事になさい。
けれども……まだ。まだ足りません、その犠牲を以てしてもわたくしの永劫の呪いを凌駕することは……」
「クソ……これでもまだ再生力の方が上回るってのかよ……!」
再びオデットが削れた血肉を修復しようとして――
>「……!? ぅ……ぐ、ぁ……!」
問答無用の再生能力は発動せず、代わりにオデットの表情が苦悶に染まった。
その首筋に突き立った一本の小枝が、苗床から命を吸うようにして成長していく。
あれは、なゆたちゃんがエンバースにぶん投げられて突き刺した――
>「狙い、通り……。
オデット、あなたの不死……奪わせてもらったわ……!」
「万象樹の、ヤドリギ……だと……?」
悪あがきのようになゆたちゃんが打ち込んだあの枝は、ただの枝じゃなかった。
よくよく目を凝らして見れば、外見の特徴があるアイテムのそれと一致する。
その効果とフレーバーテキストも、俺は覚えてる。
――『万象樹のヤドリギ』。
エーデルグーテで普通に市販されてる、闇属性耐性のアクセサリだ。
上位互換のアイテムなんかいくらでもある、安価で替えの効く単なる装備品。
レイド級ボスに対する決定打となるようなアイテムじゃない――はずだった。
だけれどそれは、ヤドリギをただの装備品として見た場合だ。
フレーバーテキスト――この世界における『設定』に目を向ければ、話は変わってくる。
万象樹のヤドリギは、ユグドラエアと同じ権能を小規模ながら宿している。
その根から闇を吸い上げ、光へと変換する力。
アンデットの王たるオデットにとって、天敵となり得る機能――。
>「あなたが傷を癒そうとすればするほど、ヤドリギはその力を吸い上げて大きくなる……!
オデット、もうあなたはそこから動けない!」
俺にはなかった発想だった。
俺にとって万象樹のヤドリギは、闇属性にしか効かないしょぼい装備でしかなかった。
ポヨリン、スキル、スマホ――
およそブレイブの全てを喪ったなゆたちゃんは、それでもオデットとの対峙を諦めなかった。
世界設定を分析し、プレイヤーとしての経験を総動員して、きっと気の遠くなるような試行錯誤の果てに――
オデットにとってのジョーカーを自分自身の手で生み出した。
掛け値なしに、ブレイブの真骨頂であり、これまでの旅の集大成だ。
-
「力がなくったって……間違いなくブレイブだよ、お前は……!!」
>「が、ぁぁぁぁ……!
まさか……施しの聖樹、ユグドラエアが……わたくしの……力を奪う、など……」
「ぎゃはは!聖母が磔刑たぁ随分アナーキーな構図じゃねえか!
試したことなかったってツラだな?出鱈目な再生能力もバグっちまえば関係ねぇー!!」
瞬く間に小さな万象樹へと成長したヤドリギとほとんど融合して、オデットはその場を動けない。
回復しようとするそばからその力を樹に吸われ、皮肉なことにその途方もない回復力が、
ヤドリギの破壊を不可能にしていた。
>「ジョン……! 今よ! 『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』!!!」
>「ぐ、ぅ、う、こんな……ことが……!わたくしの……不死が……永劫が、終わる……?」
奇跡も魔法も関係ない、ただひたすらな人間の執念が、超越者の喉元に手をかける。
死にものぐるいで漕ぎ着けた好機。ここから先は、ジョンの一撃へと繋げるばかりだ。
勝負はこれで、決まる――
>「―――『絶対屍操(ネクロ・ドミネーション)』―――!!!」
拘束と追撃からなる『業魔の一撃』、初弾の波動をジョンが放った刹那。
磔にされたままのオデットが、スキルを発動するのが見えた。
「あぁクソ!ヤマシタ、アンサモン!!」
警戒を解かずにボタンに指を掛けていたおかげで、支配を受ける前にヤマシタはスマホに戻せた。
だがこの場のアンデットはもう一体。そしてオデットの『本命』は、ヤマシタじゃない――
エンバース。
ジョンが放った波動とすれ違うようにして、砲弾じみた速度でこちらへ向かってくる。
その身に纏う霧は、不死の王による支配の証。
……やっぱり手札を残してやがったか!
オデットに操られたエンバースは業魔の一撃の本体、追撃部分を潰しに来ている。
無防備なジョンはぶん殴るだけでも追撃を正しく発動できないだろうし、
ジョンの性格をよく知悉してるエンバースなら、俺たちの誰かを人質に取るかも知れない。
ジョンとエンバースの間を隔てるものは、立ち位置からして、俺とカザハ君だけ。
つまりは、ここが正念場だ。ジョンが追撃を放つまで数秒か、十数秒か。
それまでエンバースを妨害し切れるかどうかで全ての結果が確定する。
「させかよ、エンバース!!」
マゴットと合流しながらエンバースの進行方向に身を投げる。
ヤマシタは出せない。盾モードで強引に抑え込むことはできない。
-
>「エンバースさん、駄目ですっ!!」
>「風精王の被造物(エアリアルウェポン)! えいやああああああああッ!!」
いつの間にか1Pカラーカザハ君とカケル君がエンバースに躍り掛って、一蹴される。
落下死は免れたようだが、単騎で不意打ちしたところであの焼死体野郎は毛ほども動じちゃいない。
伸縮自在のパートナーと卓越した剣技は、シンプルに強いが故に、俺たち支援型の天敵とも言えた。
勝てるのか……?相手は元国内サーバー最強のプレイヤーだぞ。
生まれたてのレイド級一体とぶっ壊れバフのないカザハ君、毛の生えた一般人の俺とで――
フルサモンまで解禁した『ハイバラ』の猛攻を、凌ぎ切れるのか。
>「――どうした明神さん。顔色が悪いぞ。お腹が痛いのか?」
エンバースが直剣を振るう。マゴットが錫杖でそれを受け止める。
鍔迫り合いにはならない。巧妙な手捌きでするりと錫杖を抜けて、剣先がマゴットの表皮を裂いた。
マゴットは反撃とばかりに蹴りを入れるが、フラウの触腕がエンバースの体を持ち上げて回避する。
「……ったりめーだろ、なんなら頭も痛えわ。胃痛の種は他人事みてーに話しかけてくるしよ」
>「それとも――まさかビビってるのか?スペルも使えない、ただのアンデッド相手に……冗談だよな?」
「へっ、その煽り文句もオデットの繰り糸で言わされてんのか?
あの聖母サマが本場のトラッシュトークを真似られるほど品性下劣とも思えんが――」
>「心配いらない。こうなる事も想定の範囲内だ。既に俺の心臓を、フラウの体内に預けてある」
>「そいつを取り出して、俺に戻してくれ。それで全て解決する」
「……なんだと?」
エンバースは自身の支配の解き方まで口に出した。
心臓を避難させてんのは良い。アンデットならそういうこともあるだろう。
だけどそれを自己申告させる理由は何だ?
オデットにとって、わざわざ俺たちに利する情報を提示する意味はないはずだ。
「エカテリーナ!」
アシュトラーセと一緒に竜を抑え込んでるカテ公が、ちらとこちらに視線を遣る。
その虚構を看破する眼でエンバースを見据えて――頷きを返した。
嘘は言ってない。エンバースは間違いなく、自分の攻略法を申告している。
こいつは――思考や言葉までは操られていない。
心臓の支配を免れたからか、肉体と精神はそれぞれ別の意思が操縦している。
付け入る隙が、ある。
>「明神さん! 私とカザハでフラウさんから心臓を取り出します!
その間エンバースさんの相手をしてもらっていいですか!?」
「任せろ。時代遅れの日本チャンプがなんぼのもんだってんだ、引導をくれてやらぁ。
――マゴット!!」
『グフォォォォ!!!!』
-
裂傷を修復したマゴットが再びエンバースとぶつかり合う。
横薙ぎに振るった錫杖。エンバースは器用に上体を屈めてそれを躱し、マゴットの足を刈りに来る。
そこへ下腕が裏拳を振るい、軌道を強引に曲げられた直剣が地面を穿って止まる。
「……クーデターん時以来だなぁ!お前とガチでやり合うのは!!」
白スーツを脱ぎ捨て、ワイシャツだけの姿になってマゴットと一緒に駆ける。
最も警戒すべきは超レイド級も貫いたインチキ魔剣のダインスレイヴ。
この距離で打ち込まれればマゴットの装甲なんか紙も同然だろう。
だが奴はジョンの初手に魔剣を合わせなかった。合わせられなかった。
ダインスレイヴの発動モーションは何度か見ている。アレには魔剣の溜めが必要だ。
デカブツ相手ならいざしらず、対面で隙だらけのチャージなんかさせねえよ。
ダインスレイヴは択から除外して良い――その上で、エンバースが何をやってくるか。
あの剣には超火力の魔力解放とは別に、魔力を固めた出し消し自在の刃があったはずだ。
斬撃系のスキルは一通り頭に入ってる。
錫杖を受け止めていた直剣の刃がふっと消え、マゴットがバランスを崩す。
エンバースは瞬時に背後へ回り込み、作り直した刃による一撃――『消える刃(バニシング・エッジ) 』。
マゴットはそちらを見ないままに後ろ蹴りを繰り出し、柄ごとエンバースを突き飛ばした。
「甘ぇんだよっ!スキルの予備動作なんか見りゃ分かる!」
そしてその対処法も、これまで幾度となく潜ってきた死線の経験が教えてくれる。
スキルの予兆が見えた瞬間、スマホを介してマゴットに指示を下せる。
エンバースが斬りかかる。腰だめの横薙ぎ――愚直な軌道は、本命じゃない。
人体の可動域を無視した挙動が強引に刃の軌跡を捻じ曲げて、直前で下段からの切り上げに変わる。
――『掌返し(ターニング・エッジ) 』。その動きも、俺は知ってる。
『グフォッ!』
かち上がってくる剣を、マゴットの下腕が両側から挟み込んで止める。
真剣白刃取り、そして二対あるうちの上腕はフリーだ。
「叩き込め!『闇の波動(ダークネスウェーブ)』!!」
至近距離、必中の間合いから放たれた闇の波動は――エンバースを穿つことはなかった。
油断なく刃を消し、拘束を逃れた焼死体の、頭上を黒のビームが擦過していく。
「当たってねえじゃねーか!!」
『我――』
マゴットはなにか言いたげに複眼を俺に向けた。
『――昨日2時間しか寝てない……!!』
「そんな思春期みたいなこと言われても……」
なに?羽化したばっかって人間で言うとこの中学生くらいの感覚なの?
ていうか嘘つけよお前何ヶ月も寝っぱなしだったじゃねーか!
「チョコマカ食い下がりやがって……」
レイド級の力をもってしても、エンバースを捉えられない。
機動力の大半を占めるフラウをカザハ君たちが抑え込んでるにも関わらずだ。
-
クーデターの時のことを思い出す。
巨体を誇るリビングヘビーレザーアーマーに対し、エンバースは卓越した剣技だけで巨人狩りを成して見せた。
これがハイバラ。これがかつて最強の頂に立ったプレイヤー。
オデットの支配は不完全なはずなのに、体に染み付いたセンスだけでマゴットに比肩していやがる。
「……お前が世界大会バックれた後。日本のブレモンシーンがどうなったか知ってっか?
――世界ランクの平均が一ケタ上がったぜ。みんな死ぬほどやる気になったのさ!
ヘタレのチャンプにおんぶに抱っこでいられっかってな!さっぴょんみてえな化け物まで生まれた!!」
ブレモンにおけるPVPの情勢は、『ハイバラ以前』と『以後』に大別される。
ランクマに彗星のように現れ、そして流れ星の如く消えていった最強のプレイヤー。
ハイバラは俺たちにとって伝説だった。
そして同時に、『どうせあいつには勝てない』という諦念の象徴でもあった。
皮肉なことに、最強のプレイヤーの不在が、燻っていた連中に火をつけた。
「俺がハイバラ伝説を終わらせてやるよ」
マゴットが錫杖を振るう――その先端に引っ掛かってるのは、俺がさっき脱ぎ捨てた白スーツの上着だ。
音速を超えた杖の先端から、投石機の原理で白スーツが射出される。エンバースの視界を覆う。
そこへ間断なく、唐竹割りに錫杖を打ち下ろす。
『グフォォ――!!』
だがエンバースは、白スーツを斬り上げで弾き飛ばすと同時、間一髪で錫杖の迎撃を間に合わせる。
頑丈に織られたスーツは切り裂かれこそしないものの、風を巻いて明後日の方へ飛んでいってしまった。
返す刀で振るわれたエンバースの剣がマゴットの腕を再び斬り付け、マゴットは錫杖を取り落とす。
武器を失った。マゴットの甲殻では、エンバースの剣を防ぎきれない。
あがきのように握った拳も、魔力の刃で刻まれれば形を保てやしないだろう。
――失望してくれんなよ、エンバース。
お前の知ってるうんちぶりぶり大明神は、降って湧いたレイド級でイキり倒すだけの男じゃねえだろ。
指でピストルを模して、エンバースへと向ける。
狙う先は、こいつの身体ではない。
-
魔法陣に特攻していったデスフライは全滅したわけじゃない。
数少ない残党は、ベルゼブブのバフ要員として今も戦場を飛び回っている。
そしてその一匹が、弾き飛ばされて自由落下していく白スーツを捕まえた。
エンバースのさらに向こう、デスフライに支えられた白スーツ。
術式の織り込まれた裏地に向けて、俺は指先から魔力を放った。
「行くぜ必殺のぉぉぉ――『明神フラッシュ』!!」
闇色の弾丸がスーツに直撃し、織り込まれた術式に魔力を供給する。
『幻惑のシルエット』――スーツの裏地から閃光を放つ魔術が発動する。
ストロボフラッシュみたいな光に引き伸ばされたエンバースの影を、俺は魔力を込めた右足で踏んだ。
『影縫い(シャドウバインド)』。
対象の影を踏むことで発動する魔法が、エンバースを地面に縫い留める。
>「うおりゃあああああああああああ!!」
同時、カザハ君がフラウから抜き取った心臓を、先端にくっつけた棒ごとこっちに放り投げる。
マゴットが無事な腕でそれをキャッチ。
錫杖を同じように唸りをつけて、動きを封じたエンバースの胸元へ叩き込んだ。
「聖母サマのチャチな玩具で終わる男じゃねえだろお前は!
とっととこっちに……戻ってこい!」
【エンバースの動きを影縫いで封じ、カザハ君が獲ってきた心臓を移植】
-
【フェアウェル・マッチ(Ⅰ)】
なゆたの体が放物線を描く/空中で投げ出される――制御不能の砲弾と化す。
>「てええええええりゃあああああああああああああああ!!!!」
狙いは完璧/なゆたはオデットに肉薄――握り締めた武器を勢いのまま、その首筋に突き立てた。
「やりやがった……が、あのままじゃマズいぞ!」
なゆたは一体何をオデットに突き刺したのか――そんな事は、遺灰の男にはどうでもよかった。
オデットへの攻撃時に多少は勢いが削げたが、それでもかなりの速度でなゆたは床に落ちた。
そしてそのまま階段の際へと転がっていく――彼女が自力で止まれるとは、到底思えない。
「フラウさん!」
遺灰の男が叫ぶまでもなく、フラウは既に触腕を伸ばしていた。
触腕がなゆたの体を絡め、掴む――少女は階段の縁ぎりぎりで止まった。
遺灰の男もすぐになゆたへ駆け寄る――少女の頭を右手で支え、上体を抱き起こす。
「モンデンキント、大丈夫か……!息は……してるな。無理に動くなよ。大丈夫だ。
お前の攻撃はちゃんと命中したよ。だから落ち着け……ほら、ポーションだ。
持てるか?落とすなよ……ゆっくり飲めよ。もう十分に無理はしただろ」
薬瓶を握らせる/立ち上がる――振り返る。
ほんの少し目を離していた間に、状況は大きく動いていた。
その中でも特に遺灰の男の目を引いたのは――筋骨隆々/四本腕/蝿頭の偉丈夫。
『これは……たまげたのう……』
「……なんだ。俺が知らない間にベルゼブブのキャラグラが変更されたのか?
だけどさ、もう少しこう……なんというか、売れ筋というか……。
もっとなんかあるだろ。可愛くて小さい小蝿系女子とか」
『通常とは別系統の進化を遂げたベルゼブブ……つまり、ベルゼブブ・オルタナティヴとでも言えばいいかしら。
前代未聞ね……。ゴットリープ様が聞いたらどんなお顔をされるか……』
「よせよせ。アイツが聞いたら、終盤でオルタ系のボスラッシュが始まるぞ」
『かっっっっっっ……けぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!』
『すげぇぇぇぇぇ! マゴちん、めっちゃカッコよくなっちゃったじゃん!
うわー! うわー! まじかぁー! えぇーやばくない? 超イケてるじゃーんっ!』
「おっと……思わぬライバル登場だな、明神さん?」
冗談めいた声色/溶け落ちた直剣を上段に掲げる。
『5年鍛錬すりゃ良いとこまで行く。そう言ったなオデット。
そりゃ俺たちブレイブの成長性を甘く見積もりすぎじゃねえか。
こちとらカンストまでのレベリングを1日で済ませる頭のおかしい廃人の集まりだぜ』
ブレイブ一行は総攻撃の構え――だが遺灰の男はなゆたの傍を動かない。
『俺たちがブレイブである限り、お前の死を手の届かない高嶺の花にはしない。
この戦いでお前の命に手を届かせる。そこまで成長してみせる
ちゃんとやれたら、その時は……褒めてくれよ』
『エンバース……、わたしは大丈夫だから……みんなの援護をしてあげて……』
動く必要もない。
-
【フェアウェル・マッチ(Ⅱ)】
「ああ、任せろ」
『もう……苗木は植えた……。あとは成長するのを待つだけ……。
そのためには、さっきよりも大きなダメージをオデットに与えないと……。
お願い、エンバース……今回の作戦の要、ジョンに……バトンを繋いで……!』
「さっきよりも大きな……ええと、確か今、残りは十八手だったっけ」
遺灰の男の呟き/それを掻き消す黄金竜の悲鳴――マゴットの痛打に巨竜が沈む。
「ベルゼブブ・オルタ……悪くないな。これで、残りは十七手」
『今よ! みんな――もう一度総攻撃!』
『っしゃあ!畳み掛けるぞ!!』
少女の号令/遺灰の男は――動かない。
『もう一丁行くぞ、バカザハ! 遅れんなよ!』
『虚構大魔術――『円卓の騎士(アロー・アロー・キャメロット)』!!』
「十六、十五……」
『極光の断章、詩編第一篇開放。
同、曙光編第十三篇、二十五篇、百七十一篇開放。極光編第二篇限定開放――
『光魔術に因る流星群の再現と星辰に関する因果律(ティンクルスター・スプライツ)』!!』
「これで十四……フラウさん、頼んだ」
閃く純白の奔流――極細の触糸による超高速の多重/多方面/同時斬撃。
「さて、残るは十三……いや、モンデンキントの一手を加えて、残り十二」
遺灰の口元に笑みが浮かぶ。
「十二……いい数字だ。七つと言わず、まとめて消し飛ばすには縁起がいい」
煌々と輝きを増す魔力刃――オデットへの一斉攻撃に消費/飛散した魔力が収斂されていく。
「ジョンに繋げって言うなら、勿論そうするさ」
そして――過圧縮の果て、厚みという概念を取り除かれた刃が瞬く。
重量なき魔力の刃は小手先の動作のみでも、神速の剣捌きを可能とさせる。
縦横無尽に奔る刃がオデットの肉体に滑り込んでは、血潮の尾を引いて通り過ぎる。
「けど――別に、俺がアイツを倒してしまっても構わないんだろ?」
遺灰の男が再び、溶け落ちた直剣を高く掲げる――オデットの脳天めがけ振り下ろす。
神速の刃が肉を裂き/骨を断つ――その瞬間、刃を構築する魔力が爆ぜた。
過圧縮された魔力が、光の奔流と化してオデットを塗り潰す。
それは、必殺の一撃だった――ダインスレイヴだけではない。
オデットに向けて放たれた全てが、必殺になり得る一撃だった。
『か、は……』
しかし――それほどまでの攻撃を全てまともに受けて、オデットはまだ生きていた。
最早それがオデットであるかすら分からなくなるほどの損傷を受けて、それでも。
-
【フェアウェル・マッチ(Ⅲ)】
『まさか……愛し子たちの力がこれほどとは……』
「……それはこっちのセリフだ。アンタの不死が、まさかこれほどとはな」
会心の一撃だった/それでも最上の結果とはならなかった――遺灰の男は、やや不満げ。
「ま、いいか。実績解除し損なったのは残念だが――後は頼んだぜ、ジョン」
遺灰の男がジョンへ振り向く――ジョンは丁度、自分の右手をナイフで切り落としていた。
『…僕はなゆの為に…いやみんなの為に全霊を尽す…ただし…僕のやり方で!』
「お……おい!?」
『――今ぞ、開演の刻来たれり。
永劫と我が呪いの血肉以ちて、我此処に魔剣を発現す――』
呪文と共に、切断した右手を更に大振りのナイフで切り刻む/大剣で押し潰す。
ジョンの周囲に赤黒い霧が生じる――溢れ返るブラッドラストの気配。
血霧が晴れる――ジョンは左手に、剣のような何かを握っていた。
『痛い…痛いけど……でもすっきりしたな』
少なくとも遺灰の男には、それを剣と呼んでいいのか分からなかった。
シルエットは、確かに剣の形をしている――だが、それが剣たる根拠はそこだけだ。
表面に血管の脈打つ/何かを探し求めるように随所から触手を伸ばす/剣の形をしただけの肉塊。
『女性を待たせるなんて普段なら絶対にしないんだけど…ごめんね…普段とは色々違くてさ
でもこれ見てくれよ!魔剣だ!君を殺すために用意したんだ!…まだ完全には目覚めてないけど』
「あ、ああ……剣なのか、それ。ワンチャン、俺の新しいお友達かとも思ったけど……剣で良かったよ」
『名前は…そうだな…せいめい…そうだ!生命の輝き!こいつの名前は生命の輝きだ!』
魔剣、生命の輝き――そこから伸びる触手が、ジョンの左腕に突き刺さる/根を張る。
『オデット…君の本気はまだこんなもんじゃないんだろう?言わなくたってわかるさ!
この剣を目覚めさせる為に君の本気が必要だ!
本気の闘争が…お互いの全てを賭けた…心の底から血が沸騰してしまうくらい楽しめるような闘争が!』
『―――――悍ましい!!』
この戦いが始まってから初めて、オデットが自ら前へ踏み出した。
黄金竜の右腕を従えて接近戦を仕掛ける――激突する竜腕/肉塊。
一瞬の拮抗の後に切削され/四散したのは――巨竜の一撃だった。
初撃で上回ったのはジョン・アデル/双方が再び竜腕/魔剣を振りかぶる。
より大きく力を溜めているのは、黄金竜――初撃の押し負けを反動に利用している。
このレベルの戦いでは極僅かな差が勝敗を分ける/そして二撃目の激突――再び四散する黄金の欠片。
『これでも本気を見せるに値しない?これでも!これでも!!?』
最早火を見るより明らかな事実=ジョン・アデルの火力はオデットを凌駕している。
ただし――今この瞬間に限れば、の話だ。オデットの本来の強みは瞬間火力ではない。
魔剣は見るからに、ジョンから何かを――恐らくは生命に直結する何かを吸い上げている。
ジョンがトップギアでいられる時間を凌がれれば、ブレイブ一行の作戦は失敗に終わる。
しかし一方で――この状況で遺灰の男/フラウが出来る事はそう多くない。
触腕/魔力刃は遠間への攻撃も可能だが、あくまでも斬撃だ。
ダークネスウェーブのような点の攻撃ではなく、線の攻撃――つまりジョンの動作を阻害しかねない。
-
【フェアウェル・マッチ(Ⅳ)】
『安心して背中を預けられる仲間がいるからこその、捨て身の策……ですか。
よいものですね、信じられる仲間というのは……ええ、ええ、大事になさい。
けれども……まだ。まだ足りません、その犠牲を以てしてもわたくしの永劫の呪いを凌駕することは……』
オデットの傷口が泡立つ=回復の前兆。
『……!? ぅ……ぐ、ぁ……!』
しかし不意に、オデットが呻き声を上げる/悶え苦しむ。
それだけではない――オデットの負った傷が塞がらない。
『い、いったい、なにが……!?』
一体何が起きているのか――それは、すぐに明らかになった。
オデットの首筋から天地を目指し伸びる、樹木の幹。
だが、何故――それも、すぐに察しがついた。
『狙い、通り……。
オデット、あなたの不死……奪わせてもらったわ……!』
『万象樹の、ヤドリギ……だと……?』
「万象樹の、ヤドリギ……?ええと、あー……ああ、そういう事か。なるほどな」
『あなたが傷を癒そうとすればするほど、ヤドリギはその力を吸い上げて大きくなる……!
オデット、もうあなたはそこから動けない!』
「そう、そういう事だ」
『が、ぁぁぁぁ……!
まさか……施しの聖樹、ユグドラエアが……わたくしの……力を奪う、など……』
「サレンダーするなら今の内だぜ。万象樹を棺桶に火葬されたいなら、それも一興だけど――」
『ジョン……! 今よ! 『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』!!!』
「……なに、なんて?インペ……」
遺灰の男の声を遮る、ジョンから溢れ返る凶暴な気配/血色の瘴気。
『なんという禍々しい力じゃ……! あ奴、本当に人間か!?』
「……驚いたな。マジで驚きだ。オリジナルのそれにも、負けてないぞ。これなら――」
『ぐ、ぅ、う、こんな……ことが……!
わたくしの……不死が……永劫が、終わる……?』
オデットは小万象樹の幹に呑まれて動けない/ジョンの業魔の一撃を避けられない。
そして――ジョンの力の昂りが臨界を迎えた/生命の輝きが唸りを上げる。
魔剣から何本もの蠢く触手が、オデットを捉えるべく躍りかかる。
『―――『絶対屍操(ネクロ・ドミネーション)』―――!!!』
瞬間、遺灰の男/フラウはオデットを背後に庇う形で業魔の一撃に割り込んでいた。
視界を埋め尽くし襲い来る触手を、ダインスレイヴと触腕が切り払う/切り払う/切り払う。
だが、捌き切れない――先の一斉攻撃で魔力を消費したばかりのダインスレイヴでは火力不足。
「――耐えろ、オデット!俺がなんとかする!」
遺灰の男が触手の群れを避けて前へ踏み込む/ジョンへと距離を詰める。
-
【フェアウェル・マッチ(Ⅴ)】
『エンバースさん、駄目ですっ!!』
『風精王の被造物(エアリアルウェポン)! えいやああああああああッ!!』
「邪魔をするなッ!フラウさん!!」
行く手を阻むカザハをフラウの頭突きが排除/その反動で再度バウンド――カケルを蹴飛ばす。
残る障害は明神/マゴット=仔細不明のモンスターとの対戦――遺灰の男が足を止める。
そして考える――どうすれば最高効率で業魔の一撃を妨害する事が出来るか。
急ぐ必要はさほどない=ジョンが強引に業魔の一撃を敢行するなら、その背を刺せばいい。
ジョン自身を害する必要は全くない=仲間に死が迫ればジョンはそれを助けざるを得ない。
明神と馬鹿正直に戦う必要すらない=もっと弱くて、容易に制圧可能な標的を狙えばいい。
闇色の眼光が周囲を見渡す/なゆたを捉える――その時、遺灰の男はふと考えた。
――俺は今、何の算段を立てようとしていた?
オデットを守る為に、モンデンキントを人質に取ろうとした。
合理的だ。だが……何かがおかしい。それじゃ、俺はアイツとの約束を破る事になる。
自分の行動原理に違和感があった。オデットを守る――それが己の最も重要な使命だった筈。
だが――それではどうしても辻褄が合わない。自分は、ハイバラの贋物だ。
本当ならハイバラが自ら少女に贈る筈だった/受け取る筈だったモノを掠め取っている。
だからこそ、せめてハイバラを嘘つきにする訳にはいかない/なゆたの期待を裏切る訳にはいかない。
至上の使命と最大級の忌避感が頭の中でぶつかり合っている。
何かがおかしい――遺灰の男は、己が内に根差す矛盾を認識した。
そして、故に気づいた/或いは思い出した――自分が受けた状態異常を。
自分は、ネクロ・ドミネーションによって操られていると。
遺灰の男は、考える――結局、俺はまた間違えたのか。
だが、すぐに思い直す――違う。"まだ"だと。
――まだだ。自分の選択が正解だったか、間違いだったか。そんな事は、自分が決めるんだ――自分で変えるんだ。
「――どうした明神さん。顔色が悪いぞ。お腹が痛いのか?」
遺灰の男が声を発した。ネクロ・ドミネーションの支配下のまま。
出来ない事ではない筈だ――そう考えて、試みた、その結果だ。
『……ったりめーだろ、なんなら頭も痛えわ。胃痛の種は他人事みてーに話しかけてくるしよ』
「それとも――まさかビビってるのか?スペルも使えない、ただのアンデッド相手に……冗談だよな?」
ネクロ・ドミネーションは霧化したオデットの血肉を介して付与される。
であれば、アンデッドの器の制御権を奪われる事は決して避けられない。
アンデッドとしての基礎能力で不死者の王を上回る事は不可能だからだ。
-
【フェアウェル・マッチ(Ⅵ)】
だが一方で、アンデッドの魂そのものへの支配に関しては、抵抗の余地がある筈だった。
器の制御権剥奪とは違って、魂の支配は単なる『テイム』と変わらないからだ。
ならば対象の抵抗力次第では完全に、或いは部分的にレジスト出来る。
そして遺灰の男がただ声を発するだけなら、遺灰の器は必要ない。
実体のないゴースト属がそうであるように、魂のみでの発声は可能。
『へっ、その煽り文句もオデットの繰り糸で言わされてんのか?
あの聖母サマが本場のトラッシュトークを真似られるほど品性下劣とも思えんが――』
「心配いらない。こうなる事も想定の範囲内だ。既に俺の心臓を、フラウの体内に預けてある」
「そいつを取り出して、俺に戻してくれ。それで全て解決する」
『……なんだと?』
「詳しく説明している時間はない。どのみち、選択肢は――」
『エカテリーナ!』
「――話が早くて助かるよ」
遺灰の男がダインスレイヴの剣先をマゴットへ向ける。
『明神さん! 私とカザハでフラウさんから心臓を取り出します!
その間エンバースさんの相手をしてもらっていいですか!?」』
「……無理はするなよ。フラウさんは強い」
『任せろ。時代遅れの日本チャンプがなんぼのもんだってんだ、引導をくれてやらぁ。
――マゴット!!』
『グフォォォォ!!!!』
迫る横薙ぎの錫杖――敢えて飛び込む/掻い潜る/魔力刃を切り払う。
狙いはマゴットの大腿――人型であれば、急所も人間に近いだろうと判断。
だが、届かない――刃は裏拳の打ち下ろしを受けて階段に食い込み、止まった。
『……クーデターん時以来だなぁ!お前とガチでやり合うのは!!』
「ああ、そうだな。手加減なんて期待するなよ、明神さん。俺は本気だ」
ネクロ・ドミネーションによる使命感には抗えない。たとえ操られている自覚があったとしてもだ。
明神に助言が出来たのは、オデットを守る使命と明神の仲間である事が矛盾しないからに過ぎない。
「さあ、行くぜ。捌き切れるかな」
魔力刃を自発的に消失/刃を押さえていたマゴットが体勢を崩す。
そのままマゴットの視界外へと消える足捌き――再生成した刃を振り下ろす。
マゴットの首筋へと閃く刃が、しかし止まる/丸太のような蹴り足が柄ごと遺灰の男を突き飛ばす。
『甘ぇんだよっ!スキルの予備動作なんか見りゃ分かる!』
「へえ。だったらこれは?」
神速の剣閃――横薙ぎの軌跡が不意に、下段からの斬り上げへと変じる。
【掌返し】――人体の骨格/可動域に囚われない、魔物の剣技。
しかし、それもマゴットは白刃取りにて受けてみせた。
-
【フェアウェル・マッチ(Ⅶ)】
「やるじゃないか。だが――」
『叩き込め!『闇の波動(ダークネスウェーブ)』!!』
反撃に放たれた闇の波動――ノーモーションで灰化可能な遺灰の男を捉えられない。
『当たってねえじゃねーか!!』
「そう言ってやるなよ。アンタが言ったんだぜ。予備動作なんて見りゃ分かるって」
『チョコマカ食い下がりやがって……』
「そりゃ、俺はアンタを完全に打ちのめす必要はないからな。
ジョンはあとどれくらいの間、業魔の一撃の準備状態を維持出来るかな?
あれほどの力を誰にもぶつけずに、抱え続けて、いつまでも平気でいられると思うか?」
楽しげな声――事実、遺灰の男はこの戦いを楽しんでいた。
そんな場合じゃない事は分かっている――それでも、楽しかった。
自分がハイバラと同じように、この明神という稀有な強敵と渡り合えている事が。
『……お前が世界大会バックれた後。日本のブレモンシーンがどうなったか知ってっか?
――世界ランクの平均が一ケタ上がったぜ。みんな死ぬほどやる気になったのさ!
ヘタレのチャンプにおんぶに抱っこでいられっかってな!さっぴょんみてえな化け物まで生まれた!!』
「……それで?俺がいなくなった後のブレモンからお越しの明神さんは、俺に何を見せてくれるんだ?」
『俺がハイバラ伝説を終わらせてやるよ』
「ははあ、それはそれは――」
遺灰の男が笑う=獣のように獰猛に。
「――出来るものなら、やってみな」
先に動いたのは、マゴット=錫杖に掛けた白スーツを投擲――遺灰の男の視界を奪う。
「もう一度言うけど――」
だが遺灰の男には見えていた。
「アンタが言ったんだぜ。予備動作なんて見りゃ分かるって」
明神の長口上の最中、脱ぎ捨てられたスーツを錫杖の先ですくい上げる、マゴットの手元が。
スーツが宙に舞った瞬間には、ダインスレイヴは既にそれを斬り上げていた。
宙に彷徨うスーツは切断こそ困難だが、視界から除く事は容易い。
『グフォォ――!!』
マゴットの唐竹割り――遅すぎる/返しの刃が錫杖を振るう右前腕を斬り裂く。
「――で?」
マゴットが悪足掻きのように拳を握る/遺灰の男の視線は、その先にあった。
闇色の眼光は、明神をしかと捉えている――まだ、何かあるんだろう、と。
あからさまな挑発/不意打ちが、明神の最後の手段――そんな訳がないと。
そして――明神の右手が銃を模る。
-
【フェアウェル・マッチ(Ⅷ)】
『行くぜ必殺のぉぉぉ――『明神フラッシュ』!!』
放たれた闇色の弾丸を――遺灰の男は容易く躱した。
魔法を切り払いつつマゴットを仕留める事も出来たが、敢えて躱した。
明神はここ一ヶ月、魔法を学び続けていた=手札は未知数――故に念の為、回避を選んだ。
「俺の勝ちだ――」
直後、遺灰の男の後方で光が爆ぜた――自分の影が明神の足元へ伸びて/明神が右足を上げるのが見えた。
スキルの予備動作なんて見れば分かる――だから、明神はスーツを視界から外させた上でそれを利用した。
「――とでも思ったかい」
流石の発想だった――百戦錬磨の、頼れるサブリーダーの、面目躍如といったところだ。
ただ、一つだけ見落としがあるとすれば――遺灰の男とて同じ発想をし得るという事だ。
遺灰の右手が握り締めた、溶け落ちた直剣――その剣先が、明神へと向けられていた。
当然、遺灰の男は身動きを封じられている――それを前に突き出す事は出来ない。
だが、そんな必要はない――伸縮自在の刃は念じるだけで間合いを伸ばせる。
その一撃に、見抜くべき予備動作など存在しない。
――けど、いいさ。
必殺の一撃となる筈だった魔力の刃は――しかしぴくりとも動かなかった。
――もう十分だ。楽しかった。
遺灰の男が心中で呟く――それは明神に宛てた言葉ではない。
闇色の眼光の先には――溶け落ちた直剣があった。
ハイバラに贈られた/ハイバラだけの魔剣。
ゲーム的に表現するなら、ダインスレイヴは特定のキャラクターにしか扱えない装備品だ。
本来の持ち主ではない贋物に――ましてや、それを操る者の意志になど従う筈もない武器。
――短い間だったけど、ありがとう。
本当なら、もっと早くこうなっていても不思議ではなかった。
それでも今の今まで、魔剣は遺灰の男の声に応え続けた。
遺灰の男は、それをきっと、魔剣の情けだと考える。
この戦いが終われば/ハイバラの心臓が戻れば消える、贋物への情けだったと。
『聖母サマのチャチな玩具で終わる男じゃねえだろお前は!』
「こういう時、なんて言えばいいんだっけ……ああ、そうだ――」
『とっととこっちに……戻ってこい!』
「――今日のところは、これくらいにしといてやるよ」
マゴットが、カザハから受け取った黒焦げた心臓を突き出す。
遺灰の男は身動きの取れないまま、それを受け入れる。
瞬間――遺灰の男の全身が激しく燃え上がった。
ハイバラの心臓――己が五体を焼き尽きすほどの、執念の炎を残した心臓。
その炎が遺灰の男に燃え移る――無論、遺灰がこれ以上燃え尽きる事などない。
けれども、そこに染み付いた血肉の霧は違う――アンデッドの血肉は、炎には勝てない。
「……ネクロ・ドミネーションはレジスト出来ない。なら……受けた後で除外すればいい」
遺灰の声色=ひどく苦しげ/だが可能な限り得意げに――全て予定通りと言わんばかりに。
「なっ、言ったろ明神さん。こんなの全然、想定の範囲内なのさ」
遺灰の男の右手が崩れる/ダインスレイヴを手放す――その身に宿る強制力が燃え尽きた、その証。
-
>「安心して背中を預けられる仲間がいるからこその、捨て身の策……ですか。
よいものですね、信じられる仲間というのは……ええ、ええ、大事になさい。
けれども……まだ。まだ足りません、その犠牲を以てしてもわたくしの永劫の呪いを凌駕することは……」
「一般的な大事のやり方が分からないから僕なりに大事にするよ…ところで…」
>「……!? ぅ……ぐ、ぁ……!」
「ずいぶん辛そうだね?」
再生を試みようとしたオデットが急激に苦しみもがき出す。
なゆ決死の一撃で突き刺した小枝のような物が気づけば大きくなっていた。そしてそれは今もなお…バキバキと音を立て大きく成長する。
オデットのエネルギーを吸収している…?なゆも無策で突っ込んだわけじゃないと思ったけど…。
>「狙い、通り……。
オデット、あなたの不死……奪わせてもらったわ……!」
>「あなたが傷を癒そうとすればするほど、ヤドリギはその力を吸い上げて大きくなる……!
オデット、もうあなたはそこから動けない!」
なゆが付いてくることは正直反対だった。ポヨリンさんがいない以上足で纏いだと…決めつけていた。
なゆが殺されそうになってから…僕は守る事しか考えてなかったけど…決してなゆは相棒がいなければなにも出来ない子供ではなかった。
ホント…自分の至らなさばっかり見つけられて恥ずかしい思いばかりしている。
>「が、ぁぁぁぁ……!
まさか……施しの聖樹、ユグドラエアが……わたくしの……力を奪う、など……」
オデットの首に植えられた小枝はもはや小枝とは呼べないほど大きく成長し…いまだに成長を続けている。
この小枝の普段がどの程度で、限界がどこにあるか僕にはわからない…それでもオデットの永劫の力が異常だという事だけは分かった。
>「ジョン……! 今よ! 『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』!!!」
正直に言えばこんな終わり方はしたくなかった。
全力全開…本調子のオデットと気をやってしまうほど激しく殺し合いたかった…しかし…
「はあ…仕方ない…か」
1対1の戦いであればそれでもよかった。しかし仲間の命が掛かってるとなれば話は別だ。
それにオデットにはなゆを殺されかけたという事もある。優先すべきは"みんな"で僕じゃない。
「みんな!…あんまり僕に近寄るなよ!そら!この世で最も純粋な餌だぞ!!食らえ!!」
オデットに向かって剣を掲げると僕に突き刺さっていた触手達は一斉にオデットに襲いかかる。
この世で最も強い生命の力を感じたのか魔剣はさらに剣から触手を生やしそれもまたオデットに一斉に襲い掛かる。
捕食…魔剣は極上の餌を前に無限に力を増し、食らいつく。
その異常な光景は冷静にみてもとっても正義の味方には見えなかった。
それでもいい…正義の味方はみんなであって僕じゃないから。
>「なんという禍々しい力じゃ……! あ奴、本当に人間か!?」
みんなが僕を化け物を見るような目でみる。
必死に生きようとする永劫とそれを食らいつくそうする暴食。どちらが異常なのかは見て明らかだから。
-
>「ぐ、ぅ、う、こんな……ことが……!
わたくしの……不死が……永劫が、終わる……?」
「あぁ…そうだ…お前の力を養分にしてこの剣が完全に目覚めた時!お前の永劫は終わる。…そしてそれはそう遠くない」
決定的だ。あのオデットも…永劫も…認めざるを得ないはずだ…。
もう自身は永劫ではないと…不死ではないと…普通の生命のように死ぬ事ができるのだと…。
僕を含めこの場にいる全員がそう思ったはずだ…はずだった…
一人…永劫本人である…オデット除いては。
>「―――『絶対屍操(ネクロ・ドミネーション)』―――!!!」
なゆがもっとも警戒したスキルが発動された。この場面でも一発で盤面がひっくり返すだけの力を持った能力が。
僕達が仲間を簡単には切り捨てないが故に一撃必殺の急所になりえる…オデットの能力が。
>「――耐えろ、オデット!俺がなんとかする!」
考える。今この場で一番恐ろしいのはオデットがフリーに戻る事だ。
なゆの突き刺したヤドリギと僕の触手で身動きを止めているがいつまでも続くのか?触手は僕が剣を握っていればある程度制御できるが…ヤドリギは?
効果に限界があるかもわからない…なくても永劫という力の前に普通ではあり得ない限界点があるかもしれない…そう考えれば触手を一旦離して離脱するのはリスクが高すぎる。
再び…オデットがフリーになれば剣は力を維持する為に僕の力を吸い始める…オデットを捕まえるまで…僕の体力が持つかと言われれば…
僕は触手の一部をエンバースに向かって飛ばす。当然エンバースに効くわけもなく次々と切り払われる。
触手を全部オデットから引きはがされるのは本当にまずい。剣が維持できなくなる!
「…くっ!」
…今の僕のパワーを持って接近戦をすれば恐らく勝てる…
エンバースの強さは身体能力の高さもそうだが一番は知恵の使い方にある。普段なら僕の単純な攻撃なんてあたりっこないかもしれないが…
操られている以上100%じゃないはず…今なら…今の僕の力なら蹴りを一撃くらいなら当てられるかもしれない…けど…
「やめろ!君を殺してしまうかもしれない!」
今の僕はオデットでさえ身体能力で上回れる…手加減しても人間なんて蹴り一撃で木っ端みじんにできるほど…力が高まっている…。
僕とエンバースが交戦を開始すれば…どっちか死ぬ事になる…!
>「エンバースさん、駄目ですっ!!」
>「風精王の被造物(エアリアルウェポン)! えいやああああああああッ!!」
カザハが僕とエンバースの間に下り立ち…エンバースを止めるべくスキルを放つ…が。
>「邪魔をするなッ!フラウさん!!」
だめだ…思考が鈍っている気配すらない!単純攻撃しかできない僕が…手加減して攻撃が当たるような相手じゃない。
いざとなったら…やるしか…?殺気が…こっちに向いていない?…そもそもない?
エンバースから殺してやるという気配を感じない…僕にすらまったく向いていない。
当然こかされて吹っ飛ばされたカザハにも…明神にも…
エンバースは僕ではなく…なゆ目掛けて走っていく。効率的ではある…なゆを攻撃されると分かれば僕は…きっとそっちを優先しなきゃいけない。
でもそれは殺気を垂れ流しているような相手がなゆに近寄った時だけだ。なゆを失いたくないから守りに回るだけで…
今のエンバースには殺気そのものがない。あくまでも僕の直観だが…エンバースはなゆを捕まえても人質にするくらいだろう。
そして人質にしてもきっと…エンバースはなゆを傷つけない。それ以前に…
>「――どうした明神さん。顔色が悪いぞ。お腹が痛いのか?」
>「……ったりめーだろ、なんなら頭も痛えわ。胃痛の種は他人事みてーに話しかけてくるしよ」
なゆの近くには明神がいる…。
僕を攻撃するよりも負けるリスクが…この場合の負けるはオデットへの攻撃が中断されない事で…
その意味で言うなら僕より勝てる見込みが低い相手をを自分から進んで選んでいる。
エンバースなら分かっているはずだ…僕は手加減できなくて…そして力が増してるが故に自分に反撃してこず…
魔剣の力の影響で周りは交戦してる間下手に手を出せず…そしてどさくさに紛れて剣を奪うか触手を全部燃やすなり切り落とせば…オデットへの攻撃も止まる…
普段のどうなれば一番自分の得意に持っていけるかを重視するエンバースならまず選ばないであろう選択肢を取る違和感。まったく感じない殺気…。
-
「がんばれよサブリーダー!エンバースの期待を裏切るなよ!」
エンバースがどこまで勘定に入れていたが分からないが…恐らく狙い通りになるだろう。
明神なら信じられるし任せられる…僕には僕にしかできない事をしなければ。
「もっと…もっと…奪え!食らえ!永劫の血肉を食らい!目覚めよ我が魔剣!」
さきほどとは比べ物にならない触手を追加召喚し、永劫に突き刺さり貪り食う。
これほどの事をされておきながら生きているのは流石というべきか。哀れだと悲しんでやるべきか。
「残念だ…君とはもっとちゃんと殺りたかった…」
殺し合いは好きだが無抵抗の相手をいたぶる趣味はない。さっさと終わらせよう。
「さっさと降参したら…いやもう遅いか」
ドロッベチャッ
液体が剣から流れ出す。ドロドロした液体紛いの赤いなにかが剣から滴り落ちる。
オデットと僕を貫ぬいていた無数の触手も…ゆっくりと剣に集まる。
…ついに来たのだ…目覚めの時が。
「これほどとは…永劫の力!」
剣全体から垂れ続ける血のような液体・力を吸い込んだ事により巨大化した肉と血管の集まり…その血管の隙間から親を求める子のように飛び出す手…
その禍々しい見た目と異様な気配を放って脈動し…中央には吸い込まれそうな大きな瞳。
全生物が持つ原始にして最強のエネルギーを数百人…数千…数万人…それ以上かもしれないあり得ないほどの生命力を食らい僕の力で変異して生まれたそれは…
この世に存在してはいけないとこの場にいる全員が理解するに十分すぎる力を持っていた。
「これは…終わった後…剣を処分する事も真面目に考えなきゃいけないかもしれないな…」
この神聖な場所に現れた一つの異物。その異物を持ち…オデットの元へとゆっくり…ゆっくりと歩いていく。
恐怖に慄いているのか…やっと死ぬ事ができると喜んでいるのか…それともまだ抵抗する術を考えているのか。
「逃げる事は許さない」
剣からイブリースよりも醜い歪な瘴気が放たれる。それは永劫だけではなく、近くの生物ですら恐怖で動くのをやめてしまうほど気持ち悪く…。
そしてこれはこれから放つスキルの事前準備。僕達が一度みた…トラウマになったあの一撃の前モーション。
「最後にもう一度聞こう…永劫…君の本当の願いはなんだ?」
この力は…僕に相手を殺す手段を与えてくれる。
どれだけ勝ち目のない闘いであろうとも…1%の可能性をいつだって与えてくれた。
「雄鶏乃啓示…」
ニャアアアアアー!
後方からの部長の雄たけびと共に眩い光に場が包まれる。完全な死を与えるという…僕なりの宣言だった。
「………はああああッ!!」
僕の背中に大きな赤い翼が現れる。この技の為だけに顕現した人間にはあり得ない翼。
速度を増し、威力を増大させるために一時的に顕現したそれは…僕を怪物と決定付けた。
僕は赤い…闇の闘気を放ち、建物を壊すような程強く地面を蹴り、空中に跳ぶ。
技の最終段階…拘束した敵目掛けて…臨界点に達した魔剣を叩き込む。なゆもカザハも明神もエンバースも…見た…あの日の再現。
きっと僕はなゆ達のように光の世界に居続ける事は出来ない…この禍々しい力が…今この瞬間を楽しんでいる僕がそれを…証明している。
それでも…なゆ達の力になりたい…僕の事を親友と呼んでくれた人たちの為に…。
部長と…この体と…才能…そしてこの闇より醜くて不快な闇の力で…世界を救ってやる。
これが第一歩だ。
「―――『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』!!!」
場所・周りの状況全てを考慮せず、無限といって差し支えない永劫の生命力をただ一撃に込めた。
その剣が触れた瞬間大爆発が起こり周囲を取り囲んでいる結界さえも粉砕する勢いで余波が荒れ狂った。
【業魔の一撃発動】
【〇〇に命中?】
-
>――耐えろ、オデット!俺がなんとかする!
オデットが断末魔の如く『絶対屍操(ネクロ・ドミネーション)』を発動させた瞬間、
それまで仲間たちと一緒になってオデットと戦っていたエンバースが突然反旗を翻した。
ジョンの“生命の輝き”から飛び出した無数の触手を斬り払い、躱し、遺灰の男がこの場においてオデットを屠ることのできる、
唯一の存在へと肉薄する。
「エンバース!!」
エンバースから与えられたポーションによって何とか回復したなゆたが叫ぶ。
明神が危惧していたことが現実になってしまった。
『絶対屍操(ネクロ・ドミネーション)』――ありとあらゆるアンデッドを支配下に置き使役する、教帝のユニークスキル。
それに抗うことのできるアンデッドは存在しない。抵抗することも、回避することもできない。
なぜならば、それが『絶対屍操(ネクロ・ドミネーション)』の『設定』だからである。
ブレイブ&モンスターズ! 製作者の作った『設定』は、世界の理も同じ。
日本最強のプレイヤー、賢人殺しのハイバラとてそれは例外ではない。
『燃え残り』という名の紛れもないアンデッドであるエンバースにとって、オデットは相性最悪の相手だ。
少し考えれば分かることだった――最初からエンバースに単独行動をさせるべきではなかった。
彼自身が望んだことであっても、リーダーとしてそれを許可するべきではなかったのだ。
「…………!」
ギリ、と強く奥歯を噛み締める。エンバースをこのままオデットの操り人形にしてしまう訳にはいかない。
とはいえ、なゆたにはもう手持ちの策がない。オデットから不死を奪うため、持てる力のすべてを使ってしまった。
エンバースは瞬く間にカザハとカケルを退け、今はマゴットと戦っている。
羽化したばかりのマゴットでは戦闘巧者のエンバースには敵わない。状況は悪化していくばかり――そう思えたが。
>心配いらない。こうなる事も想定の範囲内だ。既に俺の心臓を、フラウの体内に預けてある
>そいつを取り出して、俺に戻してくれ。それで全て解決する
驚くべきことに、エンバースは操られている自分自身の対処法を『異邦の魔物使い(ブレイブ)』へ提示してみせた。
明神がエカテリーナへとその真偽を問う。
エカテリーナが頷く。すべての虚構を見抜くその眼が、エンバースの言うことを真実だと証明する。
>明神さん! 私とカザハでフラウさんから心臓を取り出します!
その間エンバースさんの相手をしてもらっていいですか!?
>任せろ。時代遅れの日本チャンプがなんぼのもんだってんだ、引導をくれてやらぁ。
――マゴット!!
打開策が見つかれば、対応は早い。皆、ここに来るまでの間に幾多の修羅場を潜り抜けた猛者ばかりだ。
すぐさまカザハが心臓を奪うべく行動を開始し、明神が阿吽の呼吸でマゴットへと指示を飛ばす。
明神&マゴット、エンバース&フラウの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』対決は超ハイレベルで、なゆたは目で追うのがやっとだ。
特に明神の強さは驚嘆に値するレベルだ。今ならきっと大抵の大会を総なめにできるだろう。
しかし、それでもエンバースの方が有利である。
実力が――ではない。
>チョコマカ食い下がりやがって……
>そりゃ、俺はアンタを完全に打ちのめす必要はないからな。
ジョンはあとどれくらいの間、業魔の一撃の準備状態を維持出来るかな?
あれほどの力を誰にもぶつけずに、抱え続けて、いつまでも平気でいられると思うか?
エンバースの言うとおりだ。
ジョンは文字通り命を削って魔剣を発動させている。その消費は超レイド級を召喚した際のクリスタル消費に勝るとも劣らない。
いくらジョンがブラッドラストとオデットの血肉によって力をブーストさせているとはいえ、長くは持たないだろう。
いや、人の身には過ぎるその二種類の力を無理矢理制御しているがゆえ、ジョンのライフは急速に削られている。
エンバースは単にジョンのガス欠を狙えばいいだけだ。
しかし。
一進一退の攻防、裏の読み合い。コンマ一秒の差し合いを制したのは、明神だった。
最後の最後、土壇場で、エンバースの持つ明神を倒し得る最後の切り札――ダインスレイヴは発動しなかった。
魔力が枯渇したのか、不具合が生じたのか。はたまた持ち主に愛想を尽かしたか。
その原因は不明であったが、本来伸縮自在なはずの刃は溶け落ちた残骸のまま、ぴくりとも動かず。
>とっととこっちに……戻ってこい!
>――今日のところは、これくらいにしといてやるよ
ドッ!!
心臓を握りしめたマゴットの腕が、その手首までエンバースの胸にめり込む。
次の瞬間、赤熱した心臓を移植されたエンバースの遺灰の身体が仄かに赤黒く輝く。
エンバースが燃えているのではない。心臓の熱によって遺灰を支配していたオデットの魔霧が蒸発、揮発している証であった。
ざざ……と音を立て、エンバースの右腕がその形を失って灰に還る。
からん、と乾いた音を立て、溶け落ちた直剣が床に転がる。
エンバースの負けだ。だが――
>なっ、言ったろ明神さん。こんなの全然、想定の範囲内なのさ
彼は、いつもと変わらず得意げなままだった。
-
「ぐ……ぅぅ……! 万象樹よ、なぜ……このわたくしを、あなたの番人にして守護者たるわたくしを……!
がぁぁぁぁぁぁッ……!!」
>もっと…もっと…奪え!食らえ!永劫の血肉を食らい!目覚めよ我が魔剣!
エンバースと明神の戦いに終止符が打たれたそのとき、ジョンは必殺剣の最終フェイズに移行していた。
依然オデットは万象樹に半身を呑み込まれたまま身動きが取れずにいる。
その上ジョンの魔剣から伸びた無数の触手によって自身の生命力を吸い上げられている。この状況下において、
オデットは完全な『詰み』状態になっていた。
たっぷりとオデットの不死の魔力を吸収したジョンの魔剣が、更なる異形へと変化してゆく。
それは正にバケモノと呼ぶに相応しい存在だった。悍ましく、怖ろしく、そしてある種神々しくさえある、異界の生命。
最終進化を遂げた魔剣を携え、ジョンが一歩ずつゆっくりとオデットへ歩み寄ってゆく。
>最後にもう一度聞こう…永劫…君の本当の願いはなんだ?
「…………」
ジョンが問う。オデットは答えなかった。
バキバキと音を立てながら、小万象樹が異常なスピードで成長してゆく。
空に浮いた足場に大小無数の根を張り、大きな枝を宙へと伸ばして、瞬く間に大樹へと変貌する。
>ニャアアアアアー!
部長が高らかに啼く。それはあたかも終末に吹かれる裁きの喇叭。
ブラッドラストが翼を成し、ジョンの身体が宙を舞う。
生命の輝きからイブリースと同じ波動が――否、似て非なる血色の瘴気が迸り、小万象樹ごとオデットを包み込む。
膨大な瘴気の波動によって相手をロックし、回避不能にさせた後、渾身の一撃を叩き込む。
常勝無敗の守護神ゴッドポヨリンを一撃で吹き飛ばした、兇魔将軍イブリースの必殺剣。
それをジョン流にアレンジした攻撃が、今。
>―――『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』!!!
オデットに、狙い過たず炸裂した。
カッ!!!!!!!
ジョンとオデットを中心に大爆発が起こり、瘴気を含んだ烈風が結界内を荒れ狂う。
オデットは成す術もなくジョンの放つ禍々しい力の奔流に呑み込まれた
自分自身とオデット、ふたりぶんの生命力を込めた渾身の一撃によって発生した閃光が、その場にいた者全員の視界を奪う。
そして。
ビキキキキッ!!
ガラスにヒビが入るような硬質の音と共に、結界に亀裂が入る。
「まずいわ! ジョンさんの攻撃の威力で結界が……!
カチューシャ、至急補強を――」
「わ……わかって、おる……!」
すぐさまアシュトラーセとエカテリーナが結界の修繕に当たろうとしたが、ふたりともオデットとの激戦で疲労している。
第二形態に移行させずここで勝負をつけるつもりの短期決戦だったのだ、出し惜しみなどしていない。
枯渇しかかった魔力、その上瘴気の吹きすさぶ中での行動では、結界が壊れるスピードに抗しきれない。
しかも。
ゴゴゴゴ……ッ!
突如として『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちの足許の階段が崩壊を始めた。
魔力の働きで宙に浮いているとはいえ、階段そのものは単なる石材に過ぎない。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とオデットの熾烈な戦いによって大きなダメージを受けていたものが、
ジョンの『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』がとどめとなって崩れ始めたのだ。
「くっそ! 明神!!」
ガザーヴァがガーゴイルの手綱を一打ちし、明神を救出しに行こうとするものの、
吹き荒れる禍々しい暴風の中ではうまく身動きが取れない。カザハとカケルにしても同様だろう。
「く……は……、エン……バース……」
ジョンの放った『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』の濃厚な瘴気が肺を灼く。
息をすることさえ苦しい中、バタバタと長い髪とスカートの裾を激しく嬲られながら、
それでもなゆたはエンバースの許へ行こうと一歩を踏み出しかけた。
が――
ゴワッ!!
なゆたの足許の階段が限界を超え、真っ二つに圧し折れる。
「ぁ……」
ぐらり、と身体が大きく後方へ傾ぐ。
継承者たちの懸命の努力も空しく、結界が耳を劈くような破砕音と共にバラバラに砕け散る。
右手を前に突き出す。エンバースへ。――届かない。
そして、なゆたは崩れゆく階段と共に奈落の底へと真っ逆様に落ちていった。
-
「…………ぅ……」
どれほどの時間が経過しただろうか、うつ伏せに倒れていたなゆたは小さく呻くと、ゆっくりと目を覚ました。
「……ここは……?」
頭を押さえながら上体を起こし、周囲を確認する。
薄暗く広大な空間になゆたはいた。闇と、そして耳の痛くなるような静寂だけが周囲を重く包み込んでいる。
「わたし……」
額に右手を当てながら、状況を思い出す。
確か、自分はジョンの『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』によって崩壊した階段と共に奈落へ落ちたはず。
階段は相当な高さにあったはずだ、本来ならば転落死間違いなしのはずなのだが、生きている。
どころかどこにも骨折など負傷の跡はない。
「気が付いた?」
「わっ!」
不意に横合いから声を掛けられ、ぎょっとする。
見れば、すぐ隣にエンデがいつもと変わらない様子で佇んでいる。
なゆたはほっと胸を撫で下ろした。
「エンデが助けてくれたの? ありがとう……。
他のみんなは?」
「みんな無事だよ、疲れてはいるみたいだけれど。
ぼくたちとは少し離れた場所にいる。すぐに合流できると思う」
「そっか、よかった……。じゃあ、もうひとつ質問。
オデットは……?」
「…………」
「……そう」
オデットの無言によって、なゆたは全てを悟った。
まだ、オデットはやられてはいない。まだ戦いは終わっていない。
ジョンの命を懸けて放った『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』でさえも、オデットを葬ることはできなかった。
その事実に心が重く塞がれ、胸元に片手を添える。
「このままじゃ、みんな死ぬよ」
エンデが無情な事実を叩きつけてくる。
ジョンの“生命の輝き”は何度も使えるような武器ではない。一度必殺剣を放った今、
少なくとももうこの戦いの中では再度の使用は叶わないだろう。
心臓を移植したエンバースのことも気になる。最後に見たとき、エンバースは右腕を崩し大事な愛剣さえ取り落としていた。
カザハとカケルも、明神とマゴットも、ガザーヴァも。そして継承者たちも先の戦いで疲労困憊している。
緒戦と同じ条件では、もう戦えないだろう。加えて――
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちが落下してきた現在地は、闇が支配している。
闇の中でこそ、オデットはその能力のすべてを発揮することが出来る。『生命無き者の王(ノーライフキング)』の権能を。
陽の下にあってさえ、あれほどの力を誇っていたオデットなのだ。
その本来の力が果たしてどれほどなのか、想像さえつかない。
「……うん」
頷く。しかし、正直言って万策尽きた状態だ。
今回の戦いは最初から背水の陣だった。当初予定していた作戦で殺しきれなかった場合のことなど、考えている余裕はなかった。
開幕からフルスロットル、余力など残さず突っ走る――そういう計画だったのだ。
その後、とか万一、など考慮している暇もなかった。
といって、このまま甘んじてオデットの齎す死を受け入れる気などない。
例え齧りついてでも勝利を掴み取る。オデットに死を感じさせ、協力を取り付ける。
でなければ、わざわざエーデルグーテまで来た甲斐がない。
けれど、どうすれば――?
「きみが目覚めれば、全部解決する」
「前にも言ってたよね、それ。
ねぇエンデ、それってどういう意味? 目覚めるって……。起きてるっていう意味なら、今も充分目覚めてるんだけど。
まさかわたし、夢見てる? この世界は全部わたしの見てる夢? なんちゃって、アハハ……」
困ったように眉を下げて笑いながら、自分の右頬を抓ってみる。
痛い。現実だ。目はしっかり覚めている――はず。
「ぼくの口からは言えない」
「けち」
「……でも、ひとつだけヒントをあげる。
今のこの世界は『二巡目の世界』だ。基本的に一巡目の世界を忠実になぞっている。
継承者も、君の仲間たちも、一巡目から存在していた。けれど――」
エンデは座り込んでいるなゆたを大きな金色の瞳で見下ろしながら、はっきりと言った。
「きみは一巡目にはいなかった。
崇月院なゆた、きみは―――――『二巡目から現れた人間』なんだよ」
-
「……え?」
エンデの突拍子もない言葉に、なゆたは思わず間の抜けた声を出してしまった。
しかし、エンデに冗談を言っているような様子はない。
「例えば、きみの幼馴染である赤城真一。
彼ときみは、生まれたときからずっと一緒に過ごしてきたんだろ?
でも、一巡目の最期――彼はきみと一緒にはいなかった。どうしてだと思う?」
「そりゃ……真ちゃんとはずっと一緒に育ってきたけれど、いつでも二人一組ってわけじゃ……。
真ちゃんが不良になってたときは疎遠だったし、今だってひとりになりたいって言われたから別行動してる。
一巡目だって、きっと何かしらの理由があって――」
「二巡目ではそうかもしれない。
けれど、一巡目はそうじゃなかった。だって、一巡目の世界にきみはそもそも存在していなかったんだから」
「……そんな……」
今現在の世界、二巡目の世界に存在している者は、言うまでもなく一巡目の世界からの引継ぎを受けた者たちだ。
一巡目のメモリーホルダーであるカザハやイブリース、存在そのものが一巡目からの持ち越しであるエンバースはもちろん、
前世の記憶を持たない明神やジョンたちも、一巡目から世界に在ったはずなのである。
だというのに。
なゆたはそうではないという。
であるのなら、なゆたはいったいどこから来たのか? 今ここにあるこの身体は、心は、一巡目にはどこにあったのか――?
「ぼくの口からは言えない。
ぼくにはその権限がない。これは、きみが自分自身の力で思い出さなければならないことなんだ」
エンデが先ほど言った言葉を繰り返す。
まるで自分が尋常の生命体ではなく、何か大きな機構の一部だとでも言いたげに。
「わからないよ、そんなの……。
わたしはちょっとブレモンをやってるだけの、どこにでもいる女子高生で……他にはなんにもない。
何も持ってない。それがわたしのすべてで、目を覚ますこともなんにもないよ……」
「それなら、仲間が死ぬ」
「…………!」
容赦なく現実を突きつけてくるエンデに、歯を食い縛る。
教帝オデットとの戦いはまだ終わっていない。むしろ先制攻撃に失敗したことで、此方は圧倒的な不利に追い込まれている。
こんなところで足踏みしている暇はない、一刻も早く仲間たちと合流し、次の対策を考えなければならないのに。
だというのに――何も考えつかない。
エンデはしきりに目を覚ませと言ってくるが、仮に自分に何らかの隠された能力があったとして、
果たしてそれを開花させるにはどうすればいいのか? なにもかも皆目分からない。
「……ポヨリン……」
フラウやマゴット、部長やカケルのように、自分にもせめてパートナーモンスターがいれば。
ポヨリンが傍にいてくれれば、まだ何かの役に立てたかもしれない。
しかし、今のなゆたは万策尽きた状態だ。なけなしの知恵を絞って用意した万象樹のヤドリギも使ってしまった。
文字通りのお手上げ状態に、なゆたはいた。
「きみは今、なんにもないって言ったけど。
まだ持っているものがあるだろ?」
「持っているもの……?」
「そう。そしてそれは、きみの仲間たちがとっくに懸けているもの。
エンバースも、カザハも、ジョンも、自分の“それ”を懸けてオデットとの戦いに望んでいた。
きみのために。きみの想いに応えるために。でも――
きみはまだ、それを懸けてない」
仲間たちが密かな決意と共に用いた手段、本来ならば本人以外には知り得ない事実を、
エンデが語る。
エンバースはオデットの支配を打ち消すため、現在の自我が消滅するリスクを負いながら心臓を受け入れた。
カザハは身体に高い負荷を与えることを知りつつ『風の継承者(テンペスト・サクセサー)』を発動させた。
ジョンに至っては“生命の輝き”、そして業魔の一撃を繰り出すために右手首を切り落とすことさえした。
ごくり、となゆたは唾を飲み込む。
スマートフォンが壊れ、パートナーモンスターを失い、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の資格すら剥奪されてしまっても。
まだ、なゆたには懸けるものがある。
それを差し出せ、とエンデは言っているのだ。
そう――
命を。
「……懸けろと言われたって、ハイそうですかなんて即答できない。
第一、わたしがそんなに軽々しく命を懸けてしまったら、
今までわたしや仲間たちのためにそれを懸けてくれた人たちの覚悟まで軽んずることになってしまうから。
無駄にはできない……犬死にだけは絶対にできないんだ」
アルフヘイムに召喚されてから、たくさんの命が散るところを目の当たりにしてきた。
バルログやライフエイクといったモンスターから、ユメミマホロ、ロイ・フリントら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たち。
風の双巫女、そしてポヨリン――。
彼らの犠牲によって、今の自分たちはここまで来た。
その結果を、無為なものにはしたくない。
「でも、命惜しみをするつもりもない。
わたしがそうすることで、みんなの道が拓けるのなら。そうすべきという場面が見つかったなら。
懸けるわ――わたしの、命を」
なゆたは決意に満ちた眼差しでエンデを見上げた。
-
カザハ、明神、エンバース、ジョンの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とガザーヴァ、エカテリーナ、アシュトラーセらも、
ジョンの『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』によって足場の階段を失い、遥か下方へと落下した。
とはいえカザハには空を飛べるユニサスのカケルがいるし、明神にもマゴットがいる。
羽化したばかりのマゴットに明神を運んで飛ぶ力がなかったとしても、
ガーゴイルに騎乗したガザーヴァが助けてくれるだろう。
エンバースとジョン、アシュトラーセは巨大な鷹に変身したエカテリーナが背に乗せてくれる。
そうして危なげなく最下層に降り立つと、そこは暗闇に支配された静寂な空間だった。
あちこちにあるヒカリゴケが空間内をぼんやりと照らしているので、行動する分には支障はないが、
陽の光は一切遮断されてしまった。
そして、なゆたとエンデも姿を消している。どうやらパーティーとは別の場所に落ちたらしい。
「みんな、無事かしら……?」
アシュトラーセが『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちの安否を気遣う。
オデットが吹き飛び、足場が崩壊したことで、戦闘は一旦終了となった。
ジョンの『生命の輝き』も解除され、悍ましい魔剣は破城剣へと戻った。
しかし、魔剣生成のために自ら切り落とした右手首は回復しない。
ジョンの手首の切断面から、どくどくと鮮血が溢れ出る。
「どれ、見せてみい」
見かねたエカテリーナがジョンに傷口を見せるよう言ってくる。
アシュトラーセが回復魔法で取り敢えず止血をし、それからエカテリーナが虚構魔法を使って失われた右手を補う。
半透明の輝くオーラのような右手は通常の義手とは違い、ジョンの自由に動かすことが出来る。
ものを掴んだり剣を握ったりすることもできるだろう。
他の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』も、望めばアシュトラーセが傷の回復をしてくれる。
「ってか、ここドコだよ?」
ガザーヴァが右手を額に添えて庇を作りながら、周囲をきょろきょろと見回す。
暗闇に支配された巨大な空間、それに『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちは見覚えがあるだろう。
アシュトラーセら三階梯がオデットの追跡を逃れて潜伏していた隠し村――
きっとこの空間も万象樹ユグドラエアが張り巡らせた根の内部であるに違いない。
ただし、隠し村のあった場所とは明確に異なる部分がある。
それは、冷気だった。
ひんやりとした冷気が周囲を覆い、暗闇と静寂も相俟ってなんとも言えない不気味さを感じさせる。
なゆたを探しに奥へと進んでゆけばゆくほど冷気は濃くなってゆく。
そうしてしばらく進んでゆくと、やがて一行は異様な光景に遭遇した。
「これは……」
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と継承者たちの眼前には、無数の墓標が建てられていた。
それらは墓石の場合もあれば、簡素な木組みの十字架の場合もある。大小数えきれないほどの墓が不規則に点在し、
前方を埋め尽くしている。少なく見積もっても数十万基は下らないだろう。
「……地下墓所(カタコンベ)か。
ここまでの規模のものはお目に掛かったことがない。スカラベニアのピラミッドも顔負けじゃな」
エカテリーナが腕組みして唸る。
見渡す限りの墓、墓、墓。広大な空間を埋め尽くす霊廟に、背筋を薄寒いものが駆け抜ける。
墓は年代が特定できないほど古いものもあれば、まだ真新しいものもある。
きっと、気の遠くなるほどの昔から今まで連綿と引き継がれ、使われ続けているのだろう。
そして――
そんな墓所の最奥、積み重ねられた膨大な数の骨によって築かれた山の上に、“それ”はいた。
「来ましたね」
十二階艇の継承者第三階梯、教帝。『永劫の』オデット。
聖祷所前でジョンの『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』を喰らい、吹き飛んだはずの聖母が、
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』一行を見下ろしている。
その肉体はすっかり修復され、どこにも欠損は見られない。
なゆたが必死の奇襲によって突き立てた万象樹のヤドリギも、既に影も形もなくなっている。
オデットは嫋やかな所作で右手を一行へ伸ばした。
「先の戦い、まことに見事でした。
よもや、あなたたち愛し子たちがあれほどの力を有していたとは……。
わたくしの力までも利用し勝利せんとするその執念、感服したと言うしかありません」
「……『永劫』の賢姉……!
それでは――」
「ええ。あなたたちであれば、ひょっとしたら……わたくしに待ち望んだ死を齎すことが出来るのかも。
であるのなら、約定は果たします。侵食に抗うために、わたくしも出来る限り手を尽くしましょう。
そして何もかもが終わったなら……そのときに。この母の願いを叶えて下さい」
オデットは以前と変わらない慈愛の微笑みを湛えている。
仮にも教帝と呼ばれる存在が虚言を吐くとは思えない。オデットは正真『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に希望を見出し、
協力すると言っているようだった。
-
しかし。
ヒュッ!
「! ぐぁ……」
突如として飛来した弾丸のようなものが、オデットの豊かな胸元を貫く。
オデットは小さく呻くと、そのままどっと骨の山の上にくずおれた。
「困るのよね、そういうの。
オデット、貴女にはここできっちりと『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の息の根を止めて貰わないと」
俄かに、地下墓地の暗がりの中で声がする。
其方へ視線を向ければ、いつのまにかひとりの小柄な人影が墓石の傍らに佇んでいた。
白い肌に腰まである漆黒の髪、闇色のとんがり帽子とゆったりした黒いローブに身を包み、鼻から口許までをストールで覆っている。
一見すると没個性な魔法使い風だが、半ば以上隠された面貌の中で唯一露出した双眸――
紫と金色のオッドアイだけが際立って異彩を放っている。
「なんだよ……オマエ!」
「幻魔将軍ガザーヴァ……貴女がわたしのことを知らないのは無理もないわ。
そこのヒュームも、シルヴェストルも知らないかも……でも貴方は覚えているはずよね? ミョウジン。
お久しぶり――と言った方がいいかしら」
ガザーヴァの誰何に、闖入者はク、と喉奥で笑った。
それから、顔を半ば以上隠していたストールをぐいっと顎下までずらす。
闖入者は女、それも少女であった。
その顔に、声に、佇まいに、明神はきっと記憶があるだろう。
『創世の』バロールによってアルフヘイムに召喚された直後、魔法機関車に乗って明神や真一、なゆたを迎えに来た人物。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を王都キングヒルへ導く『魔女術の少女(ガール・ウィッチクラフティ)』――
“知恵の魔女”ウィズリィ。
リバティウムでのミドガルズオルムとの戦いの後、忽然と姿を消してしまっていた仲間が、どういう訳かここにいる。
久方ぶりの再会だが、しかし友好的な雰囲気とは程遠い。
ウィズリィは嘲りを多分に含んだ笑みを口許に刻みながら言葉を紡ぐ。
「ミズガルズからの客人(まろうど)……わたしの導きなしには早晩全滅するとばかり思っていたけれど。
こんなところまで生き延びるなんて、本当に驚異的だわ。まさに伝説の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ね。
でも、それもこれでおしまいにして貰いましょう。
これ以上貴方たちに大賢者様の深淵なる計画を引っ掻き回して貰いたくはないの」
「……なんですって?
師父の……計画……?」
「ええ。大賢者様の計画では、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はここでオデットに葬られて全滅。
ついでに『侵食』に抗おうとする継承者も死亡――となっているわ。
ねえ、『禁書』に『虚構』……貴女たちももう大賢者様には不要な存在なの。
死んでくれるかしら? だって、継承者にとって大賢者様のお言葉は絶対ですものね?」
「莫迦な、我らの師父が……妾たちを不要と……?」
ウィズリィに三下り半を突きつけられ、アシュトラーセとエカテリーナは絶句した。
そもそも十二階梯の継承者とは侵食を食い止めるため、ニヴルヘイムの脅威に対抗するために組織された集団ではないのか。
それが、侵食を否定する者は用なしだと言われている。
「ちッ! てめぇーもあのモーロクジジィの手先か! ここでぶっ殺す!!」
ガザーヴァがガーゴイルの背から跳躍し、ノーモーションで騎兵槍を召喚しウィズリィへと突っ掛ける。
ウィズリィはその場から動かない。代わりに、どこからか宙に浮かぶ豪奢な装丁の百科事典が出現しガザーヴァの行く手を塞ぐ。
『原初の百科事典(オリジンエンサイクロペディア)』のブック――ウィズリィのパートナーモンスターだ。
ブックの表紙が闇の中で強く輝く。と、虚空から無数の魔力光が放たれ、四方八方からの射撃がガザーヴァを狙う。
攻撃を察知したガザーヴァは甲冑を纏わない軽装ゆえの身軽さで柔らかな身体を捻ると、
バク宙してウィズリィから距離を取り着地した。
「クソ……」
「戦う相手を間違えないで。貴方たちの相手はあくまでオデット、わたしじゃないわ。
さて……いつまでもわたしに注目していていいのかしら?
そろそろ彼女が“目覚める”わよ。貴方たちがさっき戦った、品行方正でお行儀のいい『教帝』じゃなく――
闇の支配者。『生命無き者の王(ノーライフキング)』が」
ウィズリィはそう言ってせせら笑うと、ふわりと大きく後方に跳躍した。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とオデットの戦いを高みの見物しようというのだろう。
-
「……グ……
ググ……ォ、オォオォオォォオォオオ……」
骨の山でぐったりと身体を弛緩させていたオデットが、小さな唸り声と共に動き出す。
その双眸は血色に炯炯と輝き、食い縛った口許からは死の瘴気が漏れ出している。誰がどう見ても正気を欠いた状態だ。
「魔女――、『永劫』の賢姉にいったい、何をしたの――!」
「“悪魔の種子(デモンズシード)”。
モンスターを強制的に支配し、強化するニヴルヘイムの切り札よ。
以前、わたしたちがガンダラの試掘洞で遭遇したタイラント……覚えているでしょう? ミョウジン。貴方のバルログを殺した。
あれの起動にも“悪魔の種子(デモンズシード)”が使われていた。不完全だったけれど、ね。
でも、オデットに使ったものは違うわよ……大賢者様が手ずからお造りになった、正真正銘の完成品。
尊敬する大賢者様の作品で葬られるのだから、弟子冥利に尽きるというものでしょう?」
アシュトラーセの問いにウィズリィが嘲笑を以て答える。
そうしている間にも、オデットはその外貌をみるみる変化させてゆく。
双眸は見開かれ、形のいい唇は耳まで裂け。ぞろりと短剣のように生え揃った牙が覗く。
躯体は三メートルほどまで肥大化し、異常に長い腕と爪が禍々しい姿を顕す。下半身は墓所の空気に融け、
魔霧となって周囲に拡散してゆく――。
そうして最後に背から巨大な蝙蝠の翼を現出させ、高い天井をすっぽり覆わんばかりのそれを大きく拡げると、
「ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアア―――――――――――――――ッ!!!!!」
今や完全な怪物と化した慈母オデットは、洞窟全体が鳴動するほどの咆哮をあげた。
ウィズリィによって理性を奪われ、吸血鬼の君主(ヴァンパイア・ロード)の本性を剥き出しにしたオデットが、
なゆたとエンデを欠いた『異邦の魔物使い(ブレイブ)』一行に襲い掛かる。
「くそ……、迎え撃つぞ! みな、気を引き締めよ!」
エカテリーナが発破を掛け、パーティー全員に防御力アップの補助魔法をかける。
アシュトラーセも状態異常抵抗力上昇のバフを全員にかけたが、そんなものは気休め程度にしかならないだろう。
先のオデットとの戦いのお陰で、現在は全員が万全とは言えない状態である。
特に心臓を移植されたばかりのエンバースはすぐに十全な力が出せるのか不明であるし、
ジョンは少なくとももうこの戦闘では『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』を撃てない。
地下墓所の内部は言うまでもなく屋内であり、自然風は吹かない。カザハとカケルの使うスペルも効果は半減してしまう。
マゴットの直接攻撃も、オデットには効果が薄いだろう。
同じ闇属性同士の攻撃はダメージ等倍となるが、オデットには超回復がある。
魔法防御力と抵抗力も桁外れのため、弱点である光属性の魔法以外はほぼ抵抗(レジスト)してしまう。
一方で――
「バオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
オデットにとって、この地下墓所での戦いは有利なことだらけだ。
光の差さない暗闇の中ということで、聖祷所前のようなペナルティがない。
下半身が変化した魔霧は空間の隅々まで行き渡り、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の呼吸器を冒す。
明神たちは死ぬかオデットを倒すまで、常に解除不能のDoTダメージを喰らい続けることになるだろう。
長い腕は見た目以上にリーチがあり、薙ぎ払いの攻撃範囲はパーティーの前衛全員に及ぶ。
おまけにその爪には腐敗毒が含まれており、ダメージを受けた者は高確率で毒に侵されてしまうのだった。
現パーティーで毒が効かないのはエンバースとヤマシタくらいのものであろうが、
そのふたりも油断はできない。
……オォオォォォ……
……オォォオォォオォオオオォ……
……ォオォオオォォォオオオォォォォオオオォオォォ……!!
地下墓所の地面から、低い唸り声が聞こえる。
最初はごく小さかったそれはやがて大きなおらびとなり、最終的には地獄の釜の蓋が開いたような大音声へと変わった。
死者が、蘇っている。
墓所に埋葬されていた死者たちがひとり、またひとりと墓穴から這い出し、得物を持って立ち上がる。
『絶対屍操(ネクロ・ドミネーション)』――
一度はその支配から逃れたエンバースであったが、次にまた仕掛けられればどうなるか分からない。
「ふふ……貴方たちの戦いは、魔術でずっとモニターしていたけれど。
こうして直接目の当たりにするのは久しぶりね。
尤も――今回ばかりは貴方たちに勝ち目はないけれど。
例えいっときでも一緒に旅をしていたよしみで、きちんと見届けてあげるわ……貴方たちの最期を。
せいぜい足掻いて頂戴? “伝説の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』”――」
安全地帯で観戦を決め込みながら、ウィズリィが嗤う。
オデットがマゴットの攻撃を受け止め、その躯体をジョンめがけて投げ飛ばす。
大きく裂けた口から濃緑色の腐敗毒を吐き散らし、空中にいるカザハやガザーヴァの攻撃を寄せ付けない。
エカテリーナとアシュトラーセ、妹弟子ふたりの攻撃を蠅を払うように蹴散らし、びくともしない。
警戒すべきはオデットだけではない、蘇った死者の群れも大鎌やボウガン、剣などを手に明神たちへ攻撃してくる。
真のレイドボス。この世界に於いて三番目に強いと『設定』された、正真正銘の怪物。
『永劫の』オデットこそは、死の体現。
【対オデット一回戦終了。
足場崩落により全員地下墓所へ落下。なゆた、パーティーの仲間たちとはぐれる。
“知恵の魔女”ウィズリィ出現。オデットに悪魔の種子(デモンズシード)を埋め込み、暴走させる。
オデット第二形態へ。二回戦開始】
-
心臓を引っこ抜くことに成功したカザハは、それを棒ごと明神さんの方へぶん投げる。
移植臓器の取り扱い雑――! 受け入れ側の準備は大丈夫なんですかね!?
などと思いつつ、私はフラウさんの触腕に切り裂かれた。
防御スキルで大ダメージは避けたものの、救出に来たカザハに怒られる。
「バカ! どうしてそこで精神連結を解除する!?」
「あ、ついうっかり……」
確かに精神連結を継続していれば、もっとダメージを抑えられていたに違いない。
精神連結をすれば同一の存在レベルで連携できる程度には意識が共有される。
ということは都合のいい面ばかりではなく痛みとかも共有してしまう。
「まさか今更我が道連れで痛い思いするのは嫌だとかいうんじゃないだろうな」
「いや、私も解除するつもりじゃなかったんですけど……」
どうやら少しでも気の迷いが起こるとついうっかりで解除されてしまうようだ。
カザハ単体では不完全なレクステンペストで、私に至っては毛が生えたただのユニサス(実際モフモフだけど)でしかないので、
今後の戦いにおいて精神連結は必須となると思われるが、死闘の最中でうっかり解除してしまっては下手すりゃその瞬間に死ぬので文字通りの死活問題である。
まあそれは今後の課題として、話を元に戻しましょう。
明神さんの方は、タイミングよくエンバースさんを拘束することに成功していた。
マゴットが心臓をナイスキャッチして胸元へ叩き込む。
>「聖母サマのチャチな玩具で終わる男じゃねえだろお前は!
とっととこっちに……戻ってこい!」
心臓が埋め込まれた瞬間、エンバースさんの体を炎が激しく燃え上がる。
予想外の展開に驚愕する私達。
「えぇっ!?」
>「……ネクロ・ドミネーションはレジスト出来ない。なら……受けた後で除外すればいい」
>「なっ、言ったろ明神さん。こんなの全然、想定の範囲内なのさ」
「それはそうかもしれないが……大丈夫か!?」
灰はそれ以上は燃えないが、魔霧は燃やすことで除外できるという原理らしい。
言われてみればその通りだが、それにしては苦しそうだ。
エンバースさんはダインスレイブを取り落とした。
本人がどの程度無事かどうかは分からないが、とにかくオデットの支配を脱したことは確かなようだ。
そしてついに、ジョン君が業魔の一撃の2段階目を炸裂させた。
>―――『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』!!!
凄まじい力の奔流に飲み込まれるオデット。
あとはオデットがこちらの力を認めてくれるのを願うだけ……と思っていたが。
業魔の一撃の余波は相当なもので、結界に亀裂が入り、足元の階段が崩壊し始めた。
-
「ぎゃぁああああああ! 威力強すぎィ!」
「カザハ! みんなにフライトを……うわーっ!」
カザハはパニクって叫びまくり、激しい暴風の中で十分に対処もできないまま、あっという間に足場がなくなった。
そういえば私はデフォで飛行系だったので翼をはためかせて宙に浮き、吹っ飛んでいきかけたカザハの首根っこをとっさにひっつかむ。
見た目扱いが雑だが、シルヴェストルはとても軽いのでこれでも安全性的には問題はない。
見れば、飛行系のパートナーがいない者達は鷹に変身したエカテリーナさんが乗せてくれていた。
そのまま最下層まで降り立つ。そこはさっきまでとは打って変わって、暗闇に支配された空間。
>「みんな、無事かしら……?」
皆満身創痍で疲労困憊しているものの、とりあえず身体に分かりやすい欠損が無い事を無事と定義するならば、無事……。
いえ、どう見ても無事じゃないメンバーが約一名いるんですが……。
「ジョン君……! とにかく血を止めないと……!
みんな、回復系スペルカードはまだ残ってます!?」
全員で残ってる回復系スペルカードを片っ端からかけたらどうにかなるだろうか、と考えていたところ
エカテリーナさんが声をかけてくれた。
>「どれ、見せてみい」
エカテリーナさんとアシュトラーセさんが治療にあたってくれるようだ。
改めて周りを見回すと、怪我人だけではなく行方不明者もいた。
「なゆ……」
殆どのメンバーが揃っていたが、なゆたちゃんとエンデ君だけがいない。
「きっとエンデ君が助けてくれてますよ……」
そして、さっきまで死闘を繰り広げていた相手であるオデットも見当たらない。
まさかとは思うんですが、本当に消し飛んでしまったなんてことは……。
というのもオデットは超強いのが大前提だったので、倒す方に精いっぱいで、
勢い余って本当に殺さないようにする方の対策は一切されていない。
まあ、そんな心配は的外れだったことはすぐに分かったのだが。
>「来ましたね」
オデットは骨の山の上で、超余裕綽綽で待ち構えていた。
万象樹のヤドリギに拘束され、吹き飛んだかのように見えたのに、何事も無かったかのような姿で佇んでいる。
あの程度で私を倒せると思ったか! などと言い出さなければいいのですが……
警戒は怠らずに、次の言葉を待つ。
-
>「先の戦い、まことに見事でした。
よもや、あなたたち愛し子たちがあれほどの力を有していたとは……。
わたくしの力までも利用し勝利せんとするその執念、感服したと言うしかありません」
>「……『永劫』の賢姉……!
それでは――」
>「ええ。あなたたちであれば、ひょっとしたら……わたくしに待ち望んだ死を齎すことが出来るのかも。
であるのなら、約定は果たします。侵食に抗うために、わたくしも出来る限り手を尽くしましょう。
そして何もかもが終わったなら……そのときに。この母の願いを叶えて下さい」
私は思わずカザハとハイタッチした。
「合格ですって……!」
「ああ、早くなゆを見つけて伝えよう!」
>「! ぐぁ……」
突然呻き、倒れるオデット。小さな弾丸のようなものに撃たれたようだった。
もちろん、あのオデットがまともに受けてしまったとなると、ただの弾丸ではないのだろう。
犯人と思しき人物が現れる。
>「困るのよね、そういうの。
オデット、貴女にはここできっちりと『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の息の根を止めて貰わないと」
「そんな……。ふざけるな!
やっと……誰も死なずに勝てたのに! 今度こそみんなで心から勝利を祝えると思ったのに!」
やっと掴みかけた勝利を台無しにされ、怒りを露わにするカザハ。
今までは、結果的には誰かの犠牲と引き換えの勝利ばかりだった。
今回はジョン君は大怪我だが命は大丈夫そうだし、なゆたちゃんとエンデは見当たらないが、きっと他の場所にいて無事だろう。
そう、これは、私達が旅に加わって以来初めての、誰の命が引き換えでもない勝利になるはずだった。
>「なんだよ……オマエ!」
>「幻魔将軍ガザーヴァ……貴女がわたしのことを知らないのは無理もないわ。
そこのヒュームも、シルヴェストルも知らないかも……でも貴方は覚えているはずよね? ミョウジン。
お久しぶり――と言った方がいいかしら」
彼女の正体は、当初一行の案内役をしていた、知恵の魔女ウィズリィであるらしかった。
リバティウムの混乱ではぐれ、私達も捜索に参加したがついぞ見つからなかった、なゆたちゃんや明神さんのかつての仲間。
しかし、今はどう見ても敵として立ちはだかっており、更にアシュトラーセやエカテリーナにも三下り半を突き付ける。
-
>「ミズガルズからの客人(まろうど)……わたしの導きなしには早晩全滅するとばかり思っていたけれど。
こんなところまで生き延びるなんて、本当に驚異的だわ。まさに伝説の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ね。
でも、それもこれでおしまいにして貰いましょう。
これ以上貴方たちに大賢者様の深淵なる計画を引っ掻き回して貰いたくはないの」
ガザーヴァがウィズリィに攻撃を仕掛けるも、パートナーモンスターらしき本に阻まれる。
>「戦う相手を間違えないで。貴方たちの相手はあくまでオデット、わたしじゃないわ。
さて……いつまでもわたしに注目していていいのかしら?
そろそろ彼女が“目覚める”わよ。貴方たちがさっき戦った、品行方正でお行儀のいい『教帝』じゃなく――
闇の支配者。『生命無き者の王(ノーライフキング)』が」
>「“悪魔の種子(デモンズシード)”。
モンスターを強制的に支配し、強化するニヴルヘイムの切り札よ。
以前、わたしたちがガンダラの試掘洞で遭遇したタイラント……覚えているでしょう? ミョウジン。貴方のバルログを殺した。
あれの起動にも“悪魔の種子(デモンズシード)”が使われていた。不完全だったけれど、ね。
でも、オデットに使ったものは違うわよ……大賢者様が手ずからお造りになった、正真正銘の完成品。
尊敬する大賢者様の作品で葬られるのだから、弟子冥利に尽きるというものでしょう?」
「なんということを……」
先ほどこちらに力を貸すと言った時のオデットは、やっと一縷の希望を見出していたように見えました。
こんな結末はあまりにも悲しすぎる……。
>「ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアア―――――――――――――――ッ!!!!!」
>「くそ……、迎え撃つぞ! みな、気を引き締めよ!」
「そんな……こんなことって……」
先ほどの戦いでジョン君は業魔の一撃に、他の皆はそれを成功させるために全てをつぎ込んだのだ。
スペルカードもかなり消費している。
対するオデットは、ダメージ全回復且つ理性が吹っ飛んで本気モード。
更に、“悪魔の種子(デモンズシード)”によって強化されている。
控え目に言っても勝ち目がない戦いだろう。
私がしんみり絶望しかけていると、隣から聞こえてくる絶叫にしんみり気分をぶち壊された。
「ぎゃぁああああああああ!? 何あれ! 何アレ!?」
「……」
カザハはすっかりヘタレに戻っていた……。
感情を奪われたわけではなく一時封印されていただけだったのか、
もしくは魂の私が少し持っている部分がバックアップのような役目を果たして再インストールされた感じなのか。
感情奪われたままだった方が良かったんちゃう!?とツッコみたいところではあるが、
カザハが冷静な間はこちらが右往左往するばかりだったので、やっぱりこっちの方がしっくり来ますね……。
俗に言う“隣にあからさまにパニクってる人がいると逆に冷静になる現象”である。
-
「諦めたらそこで試合終了です! 精神連結《エナジーリンク》!」
私はカザハの手を握り、再び精神の連結状態を発動する。ついでにそれっぽい技名を付けてみました。
「なんだ、もうすっかり板に付いてるじゃないか。マスター、ご指示を!」
カザハはそう言ってニヤリと笑った。
あれ? もしかしてやっと尻に敷かれなくなったと思ったら今度は掌で転がされてます?
出し抜いて下剋上したと思ってるのは私だけ!? それは今度ゆっくり考えるとして。
「明神さん! 奈落開孔(アビスクルセイド)をお願いします!
カザハは魔霧を集めまくってください!」
奈落開孔(アビスクルセイド)は、対オデット本気モードを想定して当初打ち合わせしていたとおり。
発動すれば、私達が気流操作で魔霧を亜空間の穴に放り込むわけだが、
魔霧は戦闘域全体に広がっているため普通にやっていたのでは効率が悪い。ならば……
「ツイスター! こうだなカケル!」
私の意図を汲んだカザハが亜空間の穴を中心につむじ風を発生させる。
こうすると周囲から強烈に風が吹き込むため、効率よく魔霧を亜空間に吸引できるというわけだ。
それを暫く持続させておきながら、私達は空中に陣取り、戦闘域を見回す。
ちなみにカザハは精神連結して完全なレクステンペストとしての力を行使できる状態のときは飛行系になるみたいです。
オデットは見るからに猛毒っぽい濃緑色の息を吐き散らし、近付くのを許してくれそうにない。
そして墓所に埋葬されていた死者たちが甦り、押し寄せてきている。
それ自体充分脅威だが、それ以上に。
ネクロ・ドミネーションが使われているということは、エンバースさんを頼るわけにもいかないということだ。
もしも再びネクロドミネーションにかかったら、今度こそ打つ手がないかもしれない。
なんとかかからない方法は無いのだろうか。
ネクロドミネーションはありとあらゆるアンデッドを支配下に置き使役するスキルで、
アンデッドである限り抵抗することも、回避することもできない……。
「幻影《イリュージョン》!」
そんなことを考えていると、カザハが勝手に音声入力でスペルカードを切った。
いつぞやはバ美肉で大活躍した幻影《イリュージョン》。その対象は……
「エンバースさん、何でもいいからアンデッドっぽくない姿になってくれ!」
エンバースさんをバ美肉(バーチャル美少年受肉の略)によって全力でエンバーミングしようとしていた……。
アンデッドは絶対支配されるなら、アンデッドじゃなくなればいい。
実際にアンデッドじゃなくなるのは無理でも、今だけでもこの世界のシステムなるものを騙すことが出来れば……。
という理屈だがしかし。
-
「見た目判定!? そんなまさか!」
この世界のシステムなるものが何をもってアンデッドをアンデッドと判定しているのかは分からないが
オデット通常形態自体がめっちゃ綺麗なアンデッドだし流石に見た目判定ではないんじゃ……
と思ったがそういえばオデットは肌の色が明らかに死んでいる。
オデットほどの者なら完全に人間っぽく見せることも余裕だと思うのだが……
ということは見た目判定説ワンチャンあるんですかね……?
そんなことをしている間にオデットとの激闘は始まっていた。
超強力なはずのエカテリーナとアシュトラーセの攻撃も通らず、
果敢にもオデットに攻撃を仕掛けたマゴットが、いとも容易く投げ飛ばされている。
そんな中、後衛組がいるあたりにまで死者の集団がいよいよ迫ってきていた。
「カケル! 連携技で迎え撃とう!」
「連携技はついうっかり連結解除の危険があって実用化には問題が……はい分かりました!」
精神連結している間は、意識を共有しているので結局同じ結論に辿り着くのだった。
何故意識を共有しているのにいちいち会話しているのかというと、自分達でもよく分からないのだが
おそらく歴代風精王達が便宜上会話していたのと似たようなものだろう。
「「双拳舞《デュアルアーツ》!!」」
全身に纏った風それ自体を武器兼防具とした、二人一組の格闘戦。
双剣舞と比べ、武器を持たない分、手数が多くなりよりアクロバティックな動きが可能となる。
格闘戦とはいっても、動き自体も風魔法に大幅に拠ったものだ。
縦横無尽に宙を舞い、遠心力や加速度をフルに使っての拳や蹴りのラッシュを叩き込む。
ある程度アンデッド達を倒すと、彼らが手に持っていた武器が地面に散らばっていた。
それらをオデットに一斉射出する。
「「ブラストシュート!!」」
と思ったらオデットの腕の一閃で弾き返されてあっさり戻ってきた!
「気を付けてくださ……」
「ぎゃん!!」
カザハは私が注意を促す暇もなく、飛んできた大剣が頭にぶちあたって倒れた。
「駄目だああああああああ!?」
-
カザハ君たちが命がけでフラウから抉り出してきた心臓。
マゴットの手でそいつを胸部に叩き込まれて、エンバースは沈黙した。
>「――今日のところは、これくらいにしといてやるよ」
……そうでもなかった。
減らず口の健在は、こいつが意思の自由を保ち続けていることを意味する。
そして肉体の自由は――
>「……ネクロ・ドミネーションはレジスト出来ない。なら……受けた後で除外すればいい」
"操り糸"を焼き切ることで成し遂げた。
身体に備わる無類の炎耐性に任せ、強引に魔霧を浄化する。
ほどなくしてエンバースの肉体が支配から解き放たれた。
>「なっ、言ったろ明神さん。こんなの全然、想定の範囲内なのさ」
「……へっ、そういう強がりはもっと涙目で言うもんだぜ」
表情筋が焦げててどんなツラしてっかわかんねーけども。
灰と化したエンバースの手からダインスレイブが零れ、乾いた音を立てて地面に突き刺さる。
俺はその一部始終を見届けて、腹の底から熱い息を吐いた。
「ふぅぅぅぅぅぅー……」
あ、危なかったぁぁぁぁ!!!
あいつの剣!切っ先!俺の方向いてたよな!?
影縫いで肉体の自由は縛ったが、剣に注ぐ魔力まで堰き止めることはできない。
もしもあのまま魔剣が伸びてたら……避けようと考えるより先に、ぶち抜かれてた。
支配されたエンバースがなんで剣を伸ばさなかったのか、知る由なんてありゃしないが。
今こうして俺が生きてんのは――ただの僥倖。あいつの気まぐれだ。
今更ながら死線を潜ったことに冷や汗が出る。背中がもうビチョビチョだ……。
だけどこれで仕事はこなした。
あとは、俺とカザハ君がフリーにした――ジョンの時間だ。
>「最後にもう一度聞こう…永劫…君の本当の願いはなんだ?」
イブリースの必殺技。神をも殺す致命の刃は、バインドと斬撃の二段構えからなる。
ジョンの魔剣から伸びた触手がオデットを捉え、その場に縫い付けた。
そして振り上げられるのは、文字通り"生命"の力を凝結した刀身――
>「―――『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』!!!」
「……やべっ構えろ!ふっ飛ばされるぞ!!」
断頭台の如く、オデットの頭蓋へと刃が降る。
直撃。光が嘶き、ぶつかりあった力と力が衝撃をあたり一面に撒き散らす。
賢者二人が丹念に織った結界すら容易く揺らがす超絶の威力。
いわんや、ただの石材に過ぎない階段は――崩壊した。
「うおおおおおマジかっ!?」
ふっと足元の感覚が消え、胃袋の中身がせり上がる。
重力が俺を捉え、自由落下の虜となった。
-
>「くっそ! 明神!!」
「こっちは良い!先に他の連中の回収を――マゴット!」
俺を拾おんと飛んでくるガザーヴァに返事して、マゴットを呼ぶ。
継承者共やカザハ君はともかく、ジョンやエンバース、それからなゆたちゃんは飛行手段を持ってない。
救助の割り振りを終えて、頼みの蝿男に掴まろうとして――
マゴットがその巨大な二枚翅を萎れさせ、フラフラとこちらに飛んでくるのを見た。
「おいどうした!シャキっとしろよ!!」
『我――』
マゴットのどこから出てるのか不明な声にも覇気がない。
凶悪な闇色の光が灯った複眼も、今は弱々しく明滅している。
『おやすみ、欲しい……!!』
「この状況でぇ!?」
叫んで、それから無理もないことを悟った。
羽化した直後の連戦で、負荷の大きい使い魔生成も使っている。
エンバースにはベチボコにされてるし、デスフライも魔剣の余波で壊滅だ。
とっくにガス欠だった。
「……よく頑張った!戻れマゴット!」
今にも墜落しそうなマゴットをアンサモンし、代わりにヤマシタを歌姫モードで呼び出す。
ユメミマホロ――戦乙女には翼がある。純白の羽ばたきが、自由落下にブレーキをかけた。
「ごめんやっぱ戻ってきてガザ公――!!」
劣化再現の翼じゃ俺の体重までは支えきれない。
落下速度はいくぶんか殺せたが、墜落死までの時間が延びただけだ。
どうする、ガーゴイルの背中に俺まで乗れるのか?
全員でひき肉になるだけじゃ――
その時、ここに居るはずのない猛禽の嘶きが耳を打った。
巨大な鷹が、エンバースやジョンを掴んで羽ばたいていくのが見える。
あれは……エカテリーナだ。
「わはは……なんでもアリかよ、虚構魔法」
戻ってきたガザーヴァと空中で合流し、俺たちはどうにかして奈落の底へと軟着陸した。
◆ ◆ ◆
-
「……全員生きてるか?」
ガーゴイルの背から飛び降りて、ヤマシタに明かりを灯させる。
そしてすぐに照明が必要ないことを悟った。
「見ろよガザ公、ヒカリゴケだ……万象樹の根っことおんなじ環境ってことだよな」
昨日まで泊まってたあの村のように、発光する苔が視界を確保している。
ってことはここもやっぱりユグドラエアの地底ってことなんだろう。
瓦礫を蹴ってどかしながら他の連中を探していると、小石に混じってヒラヒラと何かが落ちてきた。
白スーツ。エンバースとの戦いで脱ぎ捨てた俺の一張羅だ。
崩落に巻き込まれて一緒に落ちてきたんだろう。
「へへ……最悪苔がなくても足元は照らせるな」
泥だらけになったスーツをバサバサ叩くと、丸洗いしたみたいに綺麗になる。
流石はエーデルグーテの一級品、防汚加工も良いの使ってら。
スーツに袖を通す頃には、一緒に落ちてきた他の連中とも合流できた。
点呼を取るまでもなく、パーティの殆どは無事に地下にたどり着いていた。
だけどなゆたちゃんが居ない。それからエンデもだ。
まさかこの瓦礫の下に……なんてことは、考えたくもないが。
「とにかくなゆたちゃんを探そう。エンデも一緒なら、二人とも無事なはずだ」
腐っても十二階梯のエンデは言わずもがな。
そしてあのクソガキは、なゆたちゃんを妙に気に掛けていた。
流石に見殺しにはしねえだろうと思いたい。
あいつソーセージ屋の件でなゆたちゃんに借りがあるしな。
召喚画面に表示されたマゴットは、ステータスが『披露』になったままだ。
このままアンサモンで置いとけば時間経過で回復するが、いつ戦闘になるとも分からん。
インベントリの回復アイテムを連打して与え続けておく。
>「ってか、ここドコだよ?」
「聖祷所の奈落の底……ってのも意味わかんねーよな。
エーデルグーテの街中だぜ。ただの奈落がなんで存在してんだよ」
ゲームの描写範囲外ならいざ知らず、ここは現実に人の住んでる都市の中枢だ。
意味のないただの奈落なんてものはあるはずがない。
街中に脈絡もなく崖っぷちがあってたまるか。
つーことはつまり。
『地の底に存在する意味のある』、何がしかがここにはある。
道行くごとに存在感を強めていく冷えた空気が、そいつを証明していた。
>「……地下墓所(カタコンベ)か。
ここまでの規模のものはお目に掛かったことがない。スカラベニアのピラミッドも顔負けじゃな」
広大な空間をさらに覆い尽くすような、おびただしい数の墓標がそこにはあった。
数えるだけでも十年はかかりそうな、ざっと見でも数十万からの大量の墓。
「この数……エーデルグーテで死んだ人間は全部ここに埋葬されてんのかな」
プネウマ教の死生観がどういうもんか詳しくは知らんが、
死して万象樹の根に還るってのはいかにもわかりやすい。
-
わからねーのは……目の前にそびえる、骨の山。
そしてその頂上に立つ、一人の女の姿だ。
>「来ましたね」
――オデットが、地下墓所のてっぺんで俺たちを出迎えた。
ズタズタのボロボロになってたはずの身体は、今はもう再生しきってしまっている。
傷一つない二本の足で骨の山を踏みしめて、来訪者を見下ろしていた。
「……死人を足蹴にしてんなよ、聖母サマ。アンデッドってそういうとこあるよね」
ネクロマンサーが言うなって話かも知れんが。
ていうかこの骨の山はなんだよ。なんのためのお墓だよ。
アレか、埋葬してくれる身内もいないような無縁仏もここに適当に葬られてんのか。
プネウマ聖教の人たちちょっとやることが雑じゃない……?
>「先の戦い、まことに見事でした。
よもや、あなたたち愛し子たちがあれほどの力を有していたとは……。
わたくしの力までも利用し勝利せんとするその執念、感服したと言うしかありません」
>「ええ。あなたたちであれば、ひょっとしたら……わたくしに待ち望んだ死を齎すことが出来るのかも。
であるのなら、約定は果たします。侵食に抗うために、わたくしも出来る限り手を尽くしましょう。
そして何もかもが終わったなら……そのときに。この母の願いを叶えて下さい」
すわ仕切り直しかと思って煽っちまったが、オデットの本意はそこにはないらしい。
俺たちが奴に叩きつけた交渉材料、『死をもたらす』約束。
それが履行可能であると認め、再び交渉のテーブルについた――
今度は嘘じゃない。こっちには虚構を見抜くエカテリーナが居る。
俺たちは今度こそ、誠意ある交換条件でもって、オデットから譲歩を引き出した。
「よっっっっっしゃ!!!」
思わずガッツポーズしちまったが、こんな穴蔵の底で喜んでる場合じゃない。
ここまで漕ぎ着けるのにもう大分時間をかけちまった。
バロールの野郎だって音信不通じゃ心配してることだろう。
「早速同盟の細かい条件を詰めよう。立ち話もなんだしメガスに戻ろうぜ。
ここが昔っから使われてる墓地なら、街との行き来に使う道もあるよな。
あとはなゆたちゃんと合流して――」
>「! ぐぁ……」
「…………あ?」
戦いが終わり、弛緩した空気に、再び冷水が浴びせられる。
オデットが何者かに狙撃され、呻きを上げて倒れ込んだ。
「おい、おい!どうなってんだ!どっから撃たれた!?
いやそれよりも――」
あの不死身の吸血女王が。モツのはみ出る重傷も掠り傷で済ます化け物が。
『たった一発の弾丸で』容易く昏倒した事実に、背筋が凍る。
ただの攻撃じゃない。オデットは何かを――された。
>「困るのよね、そういうの。
オデット、貴女にはここできっちりと『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の息の根を止めて貰わないと」
無数に広がる墓標の群れ、その一つの傍らに、誰かが居る。
とんがり帽子に体型の隠れるローブ、顔を隠す布。
ステロタイプな装束に身を包んだ、魔女――。
-
>「なんだよ……オマエ!」
>「幻魔将軍ガザーヴァ……貴女がわたしのことを知らないのは無理もないわ。
そこのヒュームも、シルヴェストルも知らないかも……でも貴方は覚えているはずよね? ミョウジン。
お久しぶり――と言った方がいいかしら」
ガザーヴァが噛みつき、魔女はこともなげに言葉をいなす。
そうして色違いの双眸が、俺を捉えた。
ストールを脱ぎ去ったその顔に、見覚えがあった。
「……ウィズリィちゃん?」
荒野へ俺たちを迎えに来た王都からの使者。
この世界の"現地民"にして、本の魔物を従えた少女――
リバティウムで行方知れずになっていたウィズリィちゃんが、そこに居た。
「あいつ……『魔女術の少女』ウィズリィちゃんは、荒野で俺たちに接触した案内人だ。
本来は、あの子の誘導で俺たちは王都に向かうはずだった。
リバティウムの大災害のドサクサではぐれちまったが」
ウィズリィちゃんのことを知らない連中に端的に情報を共有する。
ミドやんとの戦いの後、リバティウムの復興が落ち着くまで俺たちはあの街に居たが、
どれだけ探してもウィズリィちゃんと合流することは叶わなかった。
死体はおろか痕跡すら見つからなかったから、巻き込まれて死んだわけじゃないことは分かってた。
元々彼女には命がけでミドやんからリバティウムを守る理由が特にないから、
そのまま避難して俺たちの元を離れてもおかしくはない。
――>『まさか失踪してしまうとは……我々も彼女とは連絡が取れていない。無事だといいのだけれど』
王都でのバロールの言葉が脳裏に蘇る。
連絡途絶の使者が、なんの因果か遠く離れた街の地下墓所に居る。
十中八九、ただごとじゃない。
>「ミズガルズからの客人(まろうど)……わたしの導きなしには早晩全滅するとばかり思っていたけれど。
こんなところまで生き延びるなんて、本当に驚異的だわ。まさに伝説の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ね。
でも、それもこれでおしまいにして貰いましょう。
これ以上貴方たちに大賢者様の深淵なる計画を引っ掻き回して貰いたくはないの」
「大賢者様だぁ……?いつからローウェルのジジイに鞍替えしたんだ。
王様は今もお前の帰りをフガフガ言いながら待ってるぜ」
バロールの遣いだったはずのウィズリィちゃんが、まるでローウェルの名代のように振る舞う。
様子もおかしかった。俺たちと旅していた頃の、好奇心旺盛な少女の姿はどこにもない。
見た目は同じなのに、人格をまるごとすげ替えたみたいだ。
>「ええ。大賢者様の計画では、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はここでオデットに葬られて全滅。
ついでに『侵食』に抗おうとする継承者も死亡――となっているわ。
ねえ、『禁書』に『虚構』……貴女たちももう大賢者様には不要な存在なの。
死んでくれるかしら? だって、継承者にとって大賢者様のお言葉は絶対ですものね?」
「どういうこった、ジジイは侵食を止めたいんじゃなかったのかよ。
イブリースに入れ知恵したのだって、ニヴルヘイム側の侵食対策の一環のはずだろ。
ローウェルはニヴルヘイムも裏切ってんのか?」
-
意味が分からんのだが。
これまで何度もローウェルの手の者とやりあって、少しずつ見えてきた大賢者の目論見と、
ウィズリィちゃんの語る内情はまるきり矛盾してる。
いくらなんでも掌返しすぎだろ。やっぱおじいちゃん歳なんじゃねえのか。
>「ちッ! てめぇーもあのモーロクジジィの手先か! ここでぶっ殺す!!」
「あっ待てガザ公!」
ローウェルの息がかかったと見るやガザーヴァがウィズリィちゃんに吶喊。
そしてブック――彼女の相棒に阻まれる。
>「そろそろ彼女が“目覚める”わよ。貴方たちがさっき戦った、品行方正でお行儀のいい『教帝』じゃなく――
闇の支配者。『生命無き者の王(ノーライフキング)』が」
「やっぱ、何かしてやがったな……!」
ウィズリィちゃんが飛び退くと同時、骨の山から獣のような唸り声が聞こえる。
そこに居たはずの吸血女王が、立ち上がった時には――すでに俺たちの知るオデットではなかった。
>「“悪魔の種子(デモンズシード)”。
モンスターを強制的に支配し、強化するニヴルヘイムの切り札よ。
以前、わたしたちがガンダラの試掘洞で遭遇したタイラント……覚えているでしょう? ミョウジン。貴方のバルログを殺した。
あれの起動にも“悪魔の種子(デモンズシード)”が使われていた。不完全だったけれど、ね。
でも、オデットに使ったものは違うわよ……大賢者様が手ずからお造りになった、正真正銘の完成品。
尊敬する大賢者様の作品で葬られるのだから、弟子冥利に尽きるというものでしょう?」
「……覚えてるよ、クソ忌々しいことにな。悪魔の種子ってのも知ってる。
ミハエルとかいうイキリチャンピオンがミドやんに使ってやがったのも同じアイテムだ」
リバティウムが襲われたあの時、ミハエルの野郎は目覚めさせたミッドガルズオルムを悪魔の種子で操るとか抜かしていた。
タイラントも同じ経緯で起動したのなら、あれは超レイド級すら従えるニヴルヘイム式の『捕獲(キャプチャー)』ってとこだろう。
どれだけ不死身でも格としてはレイド級に過ぎないオデットに、抗えるはずもない。
>「くそ……、迎え撃つぞ! みな、気を引き締めよ!」
「上等!オデットもう一度ぶっ倒して、ウィズリィちゃんもふん捕まえて尋問する。
顔も見えねえジジイの思惑に振り回されんのも、これで終わりにしようぜ」
啖呵を切ったが良いが、状況はこの上なく悪い。
上の戦いでみんな極限まで疲労している上に、ジョンに至っては片腕がどっか行っちまって義手だ。
継承者だってここまでの連戦は想定してないだろう。
何よりも、オデットが『本気モード』に入っている。
ここからはリーチが倍以上になる上、DOTダメージを撒き散らす霧がフィールドに充満する。
立ってるだけで瀕死状態だ。
-
>「明神さん! 奈落開孔(アビスクルセイド)をお願いします!
カザハは魔霧を集めまくってください!」
「了解、『奈落開孔(アビスクルセイド)』――プレイ!」
近づくものを何でも飲み込む亜空間の入り口が展開する。
カザハ君とのコンボで魔霧の大部分を戦場から排除できるはずだ。
これで少なくとも、生身で命を削られる霧の中に放り出されることはなくなった。
「ヤマシタ、アンサモン――そんでサモン、マゴット!!」
『グフォッ!?』
ネクドミ対策でスマホに戻ったヤマシタの代わりに、マゴットが戦場に降り立つ。
聖祷所での戦いからそう時間は経ってない。可能な限り回復アイテムを注いだが、本調子には遠いだろう。
「もーちょいだけ頑張ってくれ!帰ったら美味しい腐肉をたっぷりやるから!」
『我……腐肉……飽きた……!!』
「グルメな奴だな!いいよいいよガザ公と一緒に聖都の屋台全制覇しようぜ!」
『グフォォォォォォォォ!!!!!』
健気なマゴットは空元気の雄叫びを上げ、オデットへと躍りかかる。
だがやはりその動きは精彩を欠き、巨体をものともしないオデットの体術に翻弄される。
>……ォオォオオォォォオオオォォォォオオオォオォォ……!!
さらに厄介なことに、オデットのネクロドミネーションは暴走状態にあっても健在だった。
そこかしこの墓という墓から這い出てきた亡骸が、武器を手に襲いかかってくる。
「このロケーション、最悪だ……!雑魚どもが無限POPしてきやがるぞ!!」
死者への敬意もへったくれもない叫びが口をついて出る。
ただでさえオデット本体が超強化されてる上に、無尽蔵にアンデッドが湧いて来る。
単純な物量だけで押しつぶされそうだ。
投げた武器を跳ね返されてふっ飛ばされたカザハ君に肩を貸しながら、アンデッドの群れを躱す。
「く……そ……!オデットは胸を撃たれた!奴を操ってる『悪魔の種子』がそこにあるはずだ!
完成品ってのが気に掛かるが……とにかくそいつを身体からぶっこ抜くしかねえ。
行けるかガザーヴァ。マゴットはジョンの援護に回れ!」
マゴットに指示を出しながら、スマホを手繰る。
「スペルカード『工業油脂(クラフターズワックス)』……プレイ!!」
地下墓所に油の雨が降る。
アンデッド共の素体になってんのは長年埋葬されてきた遺体たちだ。
白骨化してるものもあれば、ミイラ化してるものもある。
いずれにも共通しているのは、水分を失って、軽いこと。
風の影響を受けるし、固まったワックスで十分動きを止められる。まとめて拘束できる。
「エンバース!集敵は俺たちでやる!蘇ってくる死人共をあの世に送り返してやれ!!」
【オデットの胸に打ち込まれた『悪魔の種子』の除去を指示。
マゴットはジョンの動きの補助
引火性の硬化ワックスでアンデッドの動きを封じる】
-
【リターン・マッチ(Ⅰ)】
遺灰の男の右手が崩れる/ダインスレイヴを手放す――その身に宿る強制力が燃え尽きた、その証。
そして――遺灰の男の体感時間が、脳機能に依存しない極度の集中力によって、止まる。
『――よう』
「……やり遂げたぞ、俺は」
己の五体を包む炎すら静止した体感時間の中、気が付けば目の前にハイバラがいた。
「自然発生した低位のアンデッドは通常、生前の記憶を保持し続けられない。
遅かれ早かれ、単純化された未練や怨念に執着するだけの、ただのモンスターになる。
『燃え残り』のような低位のアンデッドではな――だから、お前は燃え残りから進化したんだ』
遺灰の男がその幻覚に語りかける。
「燃え残りから進化したその存在は、皆との旅の中で否応なしに多くの経験値を得る。
そうすれば、遺灰の男はいつかお前の記憶を定着させられる器になる。
流石だよ――結局、全部お前の筋書き通りって訳だ。なあ?」
俺は正しい選択肢を見つけた。答え合わせの時間だ――そう言わんばかりに。
『ああ――』
ハイバラが不敵な笑みと共に頷く。
『――そういう感じだ』
そして紡がれた――恐ろしく、ふわっとした返答。
「……待て。おま、お前。まさか」
瞬間、遺灰の男は察した――察してしまった。
『その、まさかだ。ぶっちゃけ――そんなプランは頭になかった。
そもそも俺の心臓を抜き取って保存したのも、フラウだったろ』
「じゃあ……なんだ。お前、ホントにあのまま消えるつもりだったのか?」
『仕方ないだろ。他に打つ手が無かったんだ。それに、少なくとも俺の後釜の当てはあった。
あのハイバラを素体にした、チート級の魔剣と最高のパートナーを持つアンデッドだ。
俺と同等とまではいかなくとも、それに匹敵するくらいの働きは……出来たよな?」
「……かもな」
『とは言え、そのアンデッドがまさか俺を呼び戻すなんて……そんな事は考えてもみなかった。
だからアレコレ考えず誇ればいいのさ――お前は、俺の予想以上に上手くやってのけたんだ』
「……いや。待て、待て。誤魔化されないぞ。聞きたい事は他にもあるんだ」
『いいぜ、言ってみろよ。こうして俺とお前がお喋り出来るのも、これが最後になるしな』
「……お前、なんで今まで戻ってこなかったんだ。俺は、お前の記憶と経験の全てを思い出した。
やっぱり納得出来ない。俺の中にはハイバラの構成要素、全てがあった筈なんだ。
心臓があろうと、なかろうと、お前はもっと早く戻ってこれた筈だ」
ハイバラは――何も答えない。
「おい、なんとか言ったら――」
『まさかお前、まだ気づいてないのか?』
-
【リターン・マッチ(Ⅱ)】
「……どういう意味だ」
『思い出してみろ。お前は、なんで俺を呼び戻そうと思ったんだ?』
「それは……俺が俺のままじゃ、イブリースには勝てないから――」
『違う。お前が、お前のままじゃみんなを守れないと思ったからだ。
その為に、お前は自分が消えてもいいから俺を呼び戻そうとした』
「……同じ事だろ」
『違う。誰かの為に自分を犠牲にするんだぞ。誰も彼もが出来る事じゃないんだ』
「……はは。その話、どこかの誰かさんが言うと説得力があるよ」
『ああ、そうだ。分かってるじゃないか。お前は、俺と同じ選択をしたんだ』
遺灰の男が何か言い返そうとして――言葉に詰まった。そんな返答は予想していなかった。
『お前はあの時、とっくに本物だったんだ。だから俺の記憶に塗り潰されなかった』
そんな事はずっと――あり得ないと思っていた。
「……じゃあ、ここにいるお前は」
『お前の思い込みの賜物さ――俺は完璧に上手くやった。これでハイバラは戻ってくる。
その思い込みが、お前の中のハイバラの記憶を、ハイバラの人格として復元したんだ』
「お前は……お前も、贋物なのか?俺は……結局、しくじったのか?」
『難しい質問だ――そもそも、ハイバラは一度死んでるんだぜ。
何の因果かその記憶を引き継いだ"と思ってる"焼死体は本物だったのか?
一巡目の記憶を引き継げていない明神さん達は?彼らは一巡目の皆の贋物と言えるのか?』
「やめろ。哲学者ごっこがしたい訳じゃない……!お前は……ハイバラは、どうなるんだ!
分かるだろう!たとえ俺が、お前と同じ事が出来るようになっても……俺じゃ駄目なんだ!」
『……何もかもが元通り、って訳にはいかないさ。
俺の人格が蘇ったからって、お前の人格が消える訳じゃない。
あくまで俺の予想だが恐らく――俺達はハイバラでも、遺灰の男でもなくなる』
「駄目だ!どうしてそんなに平然としていられる!この先……アイツをずっと騙し続けるのか!?」
『どうしてそんなに取り乱しているんだ?これが、俺達が嘘をつかずに済む唯一の結末なのに』
「何を――」
『――言い方を変えようか。俺達はハイバラであって、遺灰の男でもある。だから、どちらでもない』
遺灰の男の視界が揺れる――極限まで引き伸ばされた体感時間が動き出そうとしていた。
ハイバラが遺灰の男へと歩み寄る/すれ違う――視界外へと消えていく。
遺灰の男は何も言わない――もうハイバラが消える心配はない。
『俺達は、エンバースになるんだ』
ハイバラの声が、自分自身から聞こえた。
「……エンバースか」
遺灰の男がその名を繰り返す――なゆたがいつも呼ぶ、その名前を。
「確かに、悪くない結末だ」
そして――エンバースは、いつになく柔らかに笑った。
-
【リターン・マッチ(Ⅲ)】
エンバースの視界が眩む/禍々しい風が頬を叩く――崩れた右手を見遣る。
足元に散った遺灰が右手の形を取り戻す/ダインスレイヴを掴む――浮き上がる。
右手が再生/魔力刃を再展開/背後へ一閃――未だ永劫の支配下=襲来するフラウを斬り裂く。
魔力刃に宿る闇色の聖火がフラウに燃え移る――その血肉もろとも、オデットの魔霧を焼却。
〈……それで?私は今のあなたを何とお呼びすればよろしいので?〉
「そうだな。あの遺灰の方って呼び方、カッコよくて気に入ってたんだけど――」
エンバースがフラウを振り返る/これ見よがしに笑う。
「――お前が俺をそう呼ぶのは、少し他人行儀が過ぎると思わないか、フラウ?」
〈……私が聞いたのは、あなたがどう呼ばれたいかって事なんですけど〉
フラウの、努めて冷ややかに取り繕われた応答。
〈本当、あなたは私の話を聞きませんよね――ねえ、ハイバラ?〉
非難の言葉――しかし隠し切れない、嬉しげな声。
「ああ、その口ぶり。すごく懐かしい感じだ。本当なら、もう少しお前のお説教を聞いてやりたいけど――」
エンバースの視線の先――ジョン・アデルによる業魔の一撃が、今まさに放たれようとしていた。
エンバースはその場に屈む/ダインスレイヴを足元に突き刺す=身を低く固定。
直後に訪れるだろう強烈なエネルギーの炸裂/その余波に備え――
『―――『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』!!!』
そして眩い閃光/轟音/炸裂する禍津風――エンバースの祭服が激しく棚引く。
遺灰の五体が大きく仰け反る/足元に突き立てた魔力刃が石階段を引き裂きながら滑る。
身軽すぎるエンバースは、上体が浮かないよう身を縮める――奇しくも、圧倒的な力に頭を垂れる形。
ろくに戦況を把握出来ない状況下――その中でエンバースは微かな音と震動を捉えた。
『まずいわ! ジョンさんの攻撃の威力で結界が……!
カチューシャ、至急補強を――』
「結界……?違う、そうじゃない――」
『わ……わかって、おる……!』
「いいや、分かってない……結界よりも脆い物があるなら、補強するのはそっち――」
荒れ狂う瘴気の暴風によって掻き消される、エンバースの声。
そして――再び響く、鋭く硬質な音=石階段に亀裂が走る音。
-
【リターン・マッチ(Ⅳ)】
「いよいよマズいな……フラウ、皆に命綱を出せるか?」
結界と足場の崩壊は最早不可避――エンバースは次善の策を案じる。
フラウの触手が全員を繋いでいれば、空中に投げ出されても互いを助け合える。
瞬間、閃く純白の触腕――だが暴風の中を泳ぎ切れない/激しく揺れる/逃げるように収縮。
「駄目か……クソ、モンデンキント……どこだ……」
悪態を零すエンバース=体勢を更に低く/殆ど腹這いの状態――周囲を見回す。
『く……は……、エン……バース……』
「そこか……フラウ、行くぞ……アイツだけは……援護が必要だ……」
這いずるエンバース/なゆたとの距離が少しずつ縮む――目一杯、左手を伸ばす。
『ぁ……』
だが届かない――階段が音を立てて崩れ落ちる/結界が砕け散る。
「ちぃ……!フラウ!俺は自分でなんとかする!モンデンキントを――」
途切れるエンバースの指示――救援が不可能なほど、なゆたは遠くへ飛ばされていた。
もっとも、より正確には――遠くへ飛ばされたのはエンバース/フラウの方だ。
結界内で乱気流化した暴風は、封を失った事で四方への突風と化していた。
必然――軽量級であるエンバース/フラウはその影響を強く受けた。
風に振り回されて目紛るしく視界が揺れる/体の動きを制御し切れない。
結果、なゆたを見失う――即座に対策を講じる=固めた両拳に炎を集中させる。
自身を爆炎で吹き飛ばし直せば制動は可能――地面はまだ遠い/然る後になゆたを救助出来る。
だが――その試みは上手くいかなかった/そもそも実行すら出来なかった。
試みを実行に移す直前、何かがエンバースの背中を掬い上げた。
「な、なんだ……ああ、エカテリーナか……悪いな、助かったよ」
素直に礼を言うエンバース――身に染み付いたチームプレイ精神の賜物。
それにエカテリーナが自分を助けたという事は、他に優先事項がなかったからだ。
確証はない――だが、なゆたが無防備な状態のまま自分が優先される理由は考えつかない。
そうして――ブレイブ一行は各々の飛行手段によって、緩やかに降下していった。
『みんな、無事かしら……?』
降り立ったのは薄暗い/或いは薄明るい/見渡すと薄闇の奥に万象樹の根が見える空間だった。
『……全員生きてるか?』
「ああ。呼吸、脈拍、共に正常だ」
『見ろよガザ公、ヒカリゴケだ……万象樹の根っことおんなじ環境ってことだよな』
「万象樹の……だとすれば、ここは未実装のダンジョンなのか?こんな状況じゃなければな……」
『とにかくなゆたちゃんを探そう。エンデも一緒なら、二人とも無事なはずだ』
「隊列はどうする、サブリーダー。ジョンは……休ませた方がいいだろうな。前衛は俺とフラウとして――」
-
【リターン・マッチ(Ⅴ)】
『ってか、ここドコだよ?』
『聖祷所の奈落の底……ってのも意味わかんねーよな。
エーデルグーテの街中だぜ。ただの奈落がなんで存在してんだよ』
「万象樹の根にアクセスしたくなる理由は……まあ色々あるんじゃないかな。メンテナンスとか……」
『……地下墓所(カタコンベ)か。
ここまでの規模のものはお目に掛かったことがない。スカラベニアのピラミッドも顔負けじゃな』
「……推しになるべく近寄りたいとか」
『この数……エーデルグーテで死んだ人間は全部ここに埋葬されてんのかな』
「かもな。しかし……だとすれば、ここはかなり広いぞ。上下に階層があるとしたら捜索は――」
不意に、エンバースが右手で後続を制する/見上げるほどの人骨の山――その上に、人影があった。
『来ましたね』
『永劫の』オデット――ダインスレイヴをこれ見よがしに上段へ。
「お互い、既にコンディションは万全って訳だ。さあ、重要文化財を台無しに――」
コンディションは万全=言うまでもなくブラフ――この場での再戦はどうあっても避けたい。
『先の戦い、まことに見事でした。
よもや、あなたたち愛し子たちがあれほどの力を有していたとは……。
わたくしの力までも利用し勝利せんとするその執念、感服したと言うしかありません』
「……そうまっすぐ褒められると……その、なんだ。照れるな」
『……『永劫』の賢姉……!
それでは――』
『ええ。あなたたちであれば、ひょっとしたら……わたくしに待ち望んだ死を齎すことが出来るのかも。
であるのなら、約定は果たします。侵食に抗うために、わたくしも出来る限り手を尽くしましょう。
そして何もかもが終わったなら……そのときに。この母の願いを叶えて下さい』
エンバースがダインスレイヴをゆっくりと下ろす/黒煙混じりの溜息を吐く。
『よっっっっっしゃ!!!』
「……なんだ、残念だな。そろそろ俺も本気を出そうと思ってたのに」
『早速同盟の細かい条件を詰めよう。立ち話もなんだしメガスに戻ろうぜ。
ここが昔っから使われてる墓地なら、街との行き来に使う道もあるよな。
あとはなゆたちゃんと合流して――』
不意に響く、微かな風切り音。
『! ぐぁ……』
生前の経験から、耳聡く振り返るエンバース――その視線の先で、オデットが倒れていた。
-
【リターン・マッチ(Ⅵ)】
『おい、おい!どうなってんだ!どっから撃たれた!?
いやそれよりも――』
「臨戦態勢!ジョンを中心に陣形を――」
『困るのよね、そういうの。
オデット、貴女にはここできっちりと『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の息の根を止めて貰わないと』
「……色々聞きたい事はあるけど。お前、今までずっとここで待ってたのか?
多分、そうなんだよな?先回り出来るような場所でも地形でもないもんな」
『幻魔将軍ガザーヴァ……貴女がわたしのことを知らないのは無理もないわ。
そこのヒュームも、シルヴェストルも知らないかも……でも貴方は覚えているはずよね? ミョウジン。
お久しぶり――と言った方がいいかしら』
『……ウィズリィちゃん?』
闖入者=ウィズリィは明神の顔見知り――エンバースは何も反応しない/臨戦態勢を維持。
エンバースは元々こういう男だ――異世界人の事情になど興味はない。
仲間を守る為に戦う/勝利する――重視するのは、それだけ。
『戦う相手を間違えないで。貴方たちの相手はあくまでオデット、わたしじゃないわ。
さて……いつまでもわたしに注目していていいのかしら?
そろそろ彼女が“目覚める”わよ。貴方たちがさっき戦った、品行方正でお行儀のいい『教帝』じゃなく――
闇の支配者。『生命無き者の王(ノーライフキング)』が』
不意に、地下墓所に響く唸り声/エンバースが振り返る――立ち上がったオデットが、こちらを見ていた。
ただし――双眸を血色にぎらつかせ、獣の如く歯を剥き出しにして、その口元から瘴気を溢れさせながら。
「……ふん、丁度いい。リベンジマッチのチャンスって訳だ」
エンバース――九割は習慣じみた減らず口/残る一割は、本心から。
地下墓所に幾重もの破砕音が響く/オデットの足場である骨の山が潰れゆく音。
オデットは、急速に肥大化/変貌しつつあった――不死者の王に相応しい、異形の姿へ。
『くそ……、迎え撃つぞ! みな、気を引き締めよ!』
「あんまり息巻くなよ……後で息切れするぜ」
閉鎖空間に、オデットから溢れる死の瘴気が満ちていく。
ダインスレイヴを構え直す――半ばから溶け落ちた直剣が瘴気を吸引。
それを薪に魔力刃が一層燃え上がる――とは言え瘴気の生成に、吸引速度はまるで追いつけない。
『バオオオオオオオオオオオオオッ!!!!』
更にオデットの咆哮に応じ、地下墓所のあちこちから死者が這い出してくる。
死の瘴気を介したネクロドミネーション――エンバースの全身が燃え上がる。
瘴気に侵食された傍から焼却し続ける為――だが完璧な予防策とは言えない。
エンバースは前に出ない/ネクロドミネーションを恐れてではない――まだ不安要素があった。
ジョンの状態だ――業魔の一撃を放って間もないジョンが戦闘可能かは、かなり怪しく思えた。
「ジョン、まだやれるか?もしかしたら、もう勘付いてるかもしれないが……かなりマズい状況だ」
果敢に挑みかかるマゴット/力ずくで防がれる/捕縛される――ジョンへと投げ返された。
フラウが壁に触腕を伸ばし、接着/自身を緩衝材にしてマゴットをキャッチ――リリース。
-
【リターン・マッチ(Ⅶ)】
「もし前線に立てないなら……ブレイブとしての戦い方をするんだ。パートナーを使って、身を守れ」
エンバースがジョンの前へ歩み出る/右手には煌々と燃えるダインスレイヴ。
「……ま、要するに俺にも見せ場をくれよって事さ」
左手には、微かな輝き。
『幻影《イリュージョン》!』
『エンバースさん、何でもいいからアンデッドっぽくない姿になってくれ!』
「……おい、カザハ。貴重なATBゲージをなんて事に……いや、まあいいか」
エンバースの姿が闇色の炎に包まれながら、陽炎のように揺らぐ。
『く……そ……!オデットは胸を撃たれた!奴を操ってる『悪魔の種子』がそこにあるはずだ!
完成品ってのが気に掛かるが……とにかくそいつを身体からぶっこ抜くしかねえ。
行けるかガザーヴァ。マゴットはジョンの援護に回れ!』
それが収まると――エンバースは学生服を着ていた/怜悧な顔立ちを勝ち気な笑みで飾っていた。
『スペルカード『工業油脂(クラフターズワックス)』……プレイ!!』
『エンバース!集敵は俺たちでやる!蘇ってくる死人共をあの世に送り返してやれ!!』
明神の呼び声にも涼しげな顔をして、左手首を――そこに固定したスマホを眺めていた。
「――ん?今、何か言ったかい?ええと……ああ、早くオデットをやっつけてくれって?」
そして右手人差し指で、そのひび割れた液晶に――触れる。
「【魂香る禁忌の炉】……プレイ」
【魂香る禁忌の炉 ……指定地点に巨大な竃を落下させ、対象を閉じ込め継続ダメージを与える。
対象が内部で死亡した場合、任意のユニットに特殊バフ『レベルアップ!』を付与する。
――繁栄を、富を、力を得る為の最もポピュラーな手段――】
瞬間――風に掃かれ/ワックスで捕縛されたアンデッドの頭上から、巨大な石積みの炉が降り注いだ。
炉はその外見から当然分かるように、炎を宿していた――ワックスがその炎を助長する。
アンデッド達はほんの僅かな時間、悲鳴を上げたが――すぐに静かになった。
「どうだろう。俺の本来のデッキなら余裕だろうけど……
この、燃え残りのクソデッキじゃ――少し、時間がかかるかもな。
【幻影(イリュージョン)】……どうせならカードの絵柄まで書き換えてくれよ」
禁忌の炉から、燃焼に伴う煙ではない、朧げな何かが溢れる。
それらがエンバース/フラウの体へと吸い込まれる。
カードが生み出した擬似的な魂≒経験値が。
「ウィーズリー、だったっけ。いかにもパッとしない魔法使いらしい名前だ。
お前、とんでもないミスをしでかしたな……なんだ、分からないのか?」
エンバースが軽く身を屈める/地を蹴る――遺灰の体を魔物の脚力が跳ね飛ばす。
「悪魔の種子……狙うならオデットじゃなくて、俺の方にすべきだった」
鋭くオデットの懐へ飛び込む/魔力刃を繰り出す先はオデットの胸部=愚直なほどに分かりやすく。
まずはオデットの行動方針を把握したかった――つまり、悪魔の種子を急所として庇うかどうか。
-
オデットに…詳細にいえばその数ミリズレた床に向かって…剣を振り下ろす。
別に僕にオデットが殺せるとは思ってない…けど物事には例外・予想外は起こりうる。
例えば…オデットが死にたいが為に弱点でわざと食らうかもしれない…そう考えれば直撃させるのは正しい選択とは思えなかった。
しかし、直撃ではないといえど…普通の生物は消滅をする強さ・瘴気。
無限の生命をもつオデット・瘴気の根源である僕以外の生命の事は考えていなかった。
>「まずいわ! ジョンさんの攻撃の威力で結界が……!
カチューシャ、至急補強を――」
瘴気の暴風の隙間からかすかに誰かの叫び声が聞こえた。
しかし…周りがどう思って居ようと止めるわけにはいかない…止める事なんてそもそもできないが…。
無限の生命を殺すために放たれたそれは…いくら頑丈にできていたとしても容易く床にヒビを入れ…破壊した。
「僕はいい!他のみんなを回収してくれ!」
落下しながら叫ぶ、正直に言えばみんなの心配はしていない。この程度でくたばるならこの旅を続けていられないだろうから。
問題は僕のほうだ…生命の輝きの強化効果を解く術が分からない。全身に力が入りすぎて…軽く触れただけで相手を吹き飛ばしてしまうかもしれない。
ドゴオオオオオオオオオオン!
大きな音を立てながら自分の足で着地する…さすがにこの高さから落下しても平気でいられるのは生命の輝きのパワーアップあってこそだ。
「みんな…大丈夫…ッ!」
悪い予想は的中。
体の力が抜けたと思ったら口から血があふれ出る。
切断した腕からとめどなく流れ出す血と合わせて…出血量が限界を迎えていた。
>「ジョン君……! とにかく血を止めないと……!
みんな、回復系スペルカードはまだ残ってます!?」
「ゴホッゴホッ!」
血が止まらない。人間ではない超常の真似事をした代償が一気に体に押し寄せてくる。
>「どれ、見せてみい」
エカテリーナに腕の止血と自由を、アシュトラーセに回復を掛けてもらうが…いかんせん流した血が多すぎる。
意識も若干曖昧だ…普段通りに体を動かす事はおろか…実行しようとした瞬間に意識が飛ぶ可能性のほうが高いだろう…。
>「先の戦い、まことに見事でした。
よもや、あなたたち愛し子たちがあれほどの力を有していたとは……。
わたくしの力までも利用し勝利せんとするその執念、感服したと言うしかありません」
「ははは…それはありがたいね!もう一度やれって言われてもみての通りできないもんで…」
>「……『永劫』の賢姉……!
それでは――」
>「ええ。あなたたちであれば、ひょっとしたら……わたくしに待ち望んだ死を齎すことが出来るのかも。
であるのなら、約定は果たします。侵食に抗うために、わたくしも出来る限り手を尽くしましょう。
そして何もかもが終わったなら……そのときに。この母の願いを叶えて下さい」
やった――あのオデットをついに認めさせた――
こんな僕でも…みんなの役に立てた…!
-
でも僕は勘違いしていた…。
イブリースの時も…正直惜しい所まで…説得できる可能性があるところまで行っていた事に。
結局の所…うまくいかれると困れる勢力がいて…その勢力の事を考えられない僕達の爪の甘さが…本人を説得できたという安心など…してる場合じゃないという事を。
ヒュッ!
オデットに何かが着弾した。なにかまでははっきりとは見えなかったが…分かる事もあった。
この展開を望まない人間にとって全員が油断しきったこの瞬間こそ…最大のチャンスになる事が…。
>「困るのよね、そういうの。
オデット、貴女にはここできっちりと『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の息の根を止めて貰わないと」
恐らく平時であればこんな奇襲…オデット…この場にいる誰であろうとも避ける事ができただろう。
でも…全員が…終わったと安堵したこの瞬間にだけ…相手に付け入る隙を与えてしまった。
>「困るのよね、そういうの。
オデット、貴女にはここできっちりと『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の息の根を止めて貰わないと」
>「なんだよ……オマエ!」
>「……ウィズリィちゃん?」
反応はまちまちだった。
なゆと明神は驚き、戸惑い…戦意を無くしている。
逆にガザーヴァとカザハ…エンバースは敵意を剥き出しにし…ガザーヴァに至って即座に攻撃に転じた。
「おい…二人ともどうしたんだ!…はやく応戦を!」
意見が自分の中でまとまらないが…目の前の彼女は間違いなく敵だ…!明神となゆに取っては知り合い…友達…下手したら仲間なのかもしれないが…
相手は明らかにこちらに敵意を向けている!…それに先制攻撃を受けたままぐったりとしているオデットの様子も気になる…。
まともに動かない自分の体に鞭を打ち…ウィズリィ…そう呼ばれた彼女に掴みかかろうとする。
>「戦う相手を間違えないで。貴方たちの相手はあくまでオデット、わたしじゃないわ。
さて……いつまでもわたしに注目していていいのかしら?
そろそろ彼女が“目覚める”わよ。貴方たちがさっき戦った、品行方正でお行儀のいい『教帝』じゃなく――
闇の支配者。『生命無き者の王(ノーライフキング)』が」
-
>「……グ……
ググ……ォ、オォオォオォォオォオオ……」
>「“悪魔の種子(デモンズシード)”。
モンスターを強制的に支配し、強化するニヴルヘイムの切り札よ。
以前、わたしたちがガンダラの試掘洞で遭遇したタイラント……覚えているでしょう? ミョウジン。貴方のバルログを殺した。
あれの起動にも“悪魔の種子(デモンズシード)”が使われていた。不完全だったけれど、ね。
でも、オデットに使ったものは違うわよ……大賢者様が手ずからお造りになった、正真正銘の完成品。
尊敬する大賢者様の作品で葬られるのだから、弟子冥利に尽きるというものでしょう?」
まただ…また…寸での所でほしいものが手から離れていく。
>「くそ……、迎え撃つぞ! みな、気を引き締めよ!」
>「バオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
暗い地下墓地に先ほどの上品な女性ではなく…化け物の声が木霊する。
今までとは比べられないほどの濃度の魔霧は…狭く、空気が濁っている空気をさらに浸食する。
貧血による意識の低下…瘴気によるダメージで…薄暗くジメジメとした地面に座り込むことしかできない。
>「ふふ……貴方たちの戦いは、魔術でずっとモニターしていたけれど。
こうして直接目の当たりにするのは久しぶりね。
尤も――今回ばかりは貴方たちに勝ち目はないけれど。
例えいっときでも一緒に旅をしていたよしみで、きちんと見届けてあげるわ……貴方たちの最期を。
せいぜい足掻いて頂戴? “伝説の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』”――」
立ち上がる事すらできない…頼みの綱の生命の輝きも…いまや休止状態のようになり…うんともすんとも言わない…。
僕から肉体労働を取ったらなにが残るんだ…?また今回もみんなの役に立てない…それどころか足を引っ張って。
>「明神さん! 奈落開孔(アビスクルセイド)をお願いします!
カザハは魔霧を集めまくってください!」
>「了解、『奈落開孔(アビスクルセイド)』――プレイ!」
みんなは必死に戦っているのに…目の前から大量に沸くザコの一匹ですら…まともに相手することができない…
>「このロケーション、最悪だ……!雑魚どもが無限POPしてきやがるぞ!!」
もう一度…!もう一度…僕の命を犠牲にすれば…もう一度生命の輝きを無理やり起動する事ができるかもしれない…!
あの力があればこの絶望の状況を一気に有利に持っていけるかもしれない…!
このまま指をくわえてみんながやられるのを見てるだけならいっそ…!
>「ジョン、まだやれるか?もしかしたら、もう勘付いてるかもしれないが……かなりマズい状況だ」
「…あぁ…分かってる…!でも大丈夫…僕が」
>「もし前線に立てないなら……ブレイブとしての戦い方をするんだ。パートナーを使って、身を守れ」
エンバースは分かっていたかのように言葉を遮りそう言い放つ。
指を指した先には僕によりそうように体を擦り付ける部長の姿があった。
>「……ま、要するに俺にも見せ場をくれよって事さ」
そういうとエンバースはオデットに向かっていく。
エンバースは見抜いていた…僕がこの場面でどんな選択をするのか…。
「はは…叶わないなあ…エンバースには……」
-
「ごめんね…今までないがしろにして…部長…」
「ニャッー!」
僕はブレイブだ…そしてなゆ達のPTメンバーでもある…決して…一人で戦ってるわけじゃないんだ…。
頼れる物には全部頼る…それが真の強さなのだ…一人で暴れる事は…どれだけ強かろうと結局一人でできる事でしかない…。
「部長…僕の命を…君に託す…僕を…みんなを守ってくれるかい?」
「ニャ!」
ありがとう…部長…こんなダメな主人についてきてくれて。
「ほら!こっちだぞ!くされガイコツゾンビ共!立ち上がる事すらできないような奴にびびってんのか!?」
叫びながら手元にある石や瓦礫を掴んでアンデットに投げつけていく。
只の石ころだし…普段の力もでない僕では敵を倒す程にはならないが…アンデットのタゲを取る事くらいならできる。
「みんな!ザコ共は僕に任せろ!!大丈夫だ!…こんな状態じゃ…オデットの戦いでは足手まといだけど…こんな奴ら程度なら…僕には…信頼できる相棒がいる!」
「ニャアアアアアア!」
僕がタゲを取り、部長が後ろから加えたナイフでぶった切る。本来のゲームでは…ナイフなんて装備できないが…
ゲームであってゲームじゃない…ならできる事はなんだってする。
「よし…釣れたな…ここから正念場だぞ!・・・いくぞ部長!雷刀!漆黒衣!プレイ!」
鎧の部長には当然忍び装束は防御力は下がる。だが…今欲しい物は火力だ。
素早く動いてできる限りのアンデット共を倒す為に。
とは言え…部長だけでは火力が足りない…いつか圧死する事になるだろう…だが精一杯の時間を稼いでみせる…!ブレイブとして…
「こいよ!お前らくらいならちょうどいいハンデだ!」
このPTの一員として…もう二度と手から欲しい物を取り損ねたりしない
【生命の輝きの反動で立ち上がる事すら困難な貧血状態】
【石や瓦礫を投げてザコ敵に挑発・部長で場を持たせ数を削っていく作戦開始】
-
皓白の都の地下深く、闇に閉ざされた地下墓所の中で、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の戦いが始まる。
敵は教帝――否、『生命無き者たちの王(ノーライフキング)』、オデット。
数千年の刻を生き、闇の世界を統べる魔物の王。
それが今、明神たちの前にその本性を現し、傲然と屹立している。
「フフ……、オデットの真の姿を前にして臆さない、その勇気だけは立派ね。『ブレイブ』の面目躍如といった所かしら。
でも、それは蛮勇というものよ? 彼我の実力を見極め、撤退することも勇気なのではないかしら。
尤も――あなたたち、誰ひとりとしてここから逃げ出すことはできないけれど。
最後のひとりが死ぬまできっちり見届けてあげるから、安心して死になさい?」
墓石の上に腰掛け、脚を組んで頬杖をつきながらウィズリィが嗤う。
>明神さん! 奈落開孔(アビスクルセイド)をお願いします!
カザハは魔霧を集めまくってください!
いつのまに主従が逆転したのか、カケルがカザハと明神に鋭く指示を送る。
>了解、『奈落開孔(アビスクルセイド)』――プレイ!
虚空に総てを呑み込む大穴が開き、さらにカザハが旋風を発生させる。
オデットの放つ魔霧がまるで排水溝に流した水のように渦を巻いて『奈落開孔(アビスクルセイド)』へと吸い込まれてゆく。
お陰で魔霧は多少薄まったものの、次は亡者の大群だ。
>このロケーション、最悪だ……!雑魚どもが無限POPしてきやがるぞ!!
明神が悲鳴を上げる。
こうしている間にも地面からは無数の死者たちが這い出し、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』めがけて襲い掛かってくる。
その数は地上のエーデルグーテ都市部で住民たちに襲撃されたときの比ではない。
>ジョン、まだやれるか?もしかしたら、もう勘付いてるかもしれないが……かなりマズい状況だ
最低限の治療は受けたものの、大量の失血で戦闘も侭ならないジョンへ、エンバースが告げる。
>はは…叶わないなあ…エンバースには……
ジョンがまた自身を顧みない行動に出ないよう、釘を刺しての指示だった。
内心を見透かされたジョンは納得し、ひとまず前線から退いた。その代わり、続々と湧き出す亡者たちの囮を引き受ける。
緩慢な動きのアンデッドたちは部長とジョンの動きに対処しきれない。
ジョンの思惑通り、物量で押し切ろうとしてか大量の亡者たちが呻き声を上げながらジョンと部長へ向かってゆく。
>エンバースさん、何でもいいからアンデッドっぽくない姿になってくれ!
さらにカザハがエンバースへ『幻影(イリュージョン)』のスペルカードを切る。
穢れ纏いの祭服を纏ったエンバースのシルエットが、僅かに揺らぐ。
次の瞬間、エンバースは死者のそれから生者の――学生服を着た青年の姿に変わっていた。
「ぷっ……何それ? 死体の外見を変えたって、属性までが変わる訳じゃないのに。
これだから無知な妖精は嫌い。精霊界(アストラル・プレーン)に多少近いことに驕って研鑽もせず、
崇高で深淵な魔術の本質を理解しようともしない。虫唾が走るわ」
ウィズリィがカザハの行為をせせら笑う。幻影でうわべだけを繕ったところで、エンバースが生者になる訳ではない。
『絶対屍操(ネクロ・ドミネーション)』からは逃れられない。
>く……そ……!オデットは胸を撃たれた!奴を操ってる『悪魔の種子』がそこにあるはずだ!
完成品ってのが気に掛かるが……とにかくそいつを身体からぶっこ抜くしかねえ。
行けるかガザーヴァ。マゴットはジョンの援護に回れ!
「がってんショーチ!」
ガザーヴァが明神の指示に応じ、ガーゴイルに跨って流星のように宙を翔ける。
「あら、完成品というのはそのままの意味よ?
貴方たちが今まで見てきたような、手慰みに作った試作品とは違うの。
偉大なる大賢者様がおん自らクリエイトされた完璧な品……それを、貴方たち風情が取り去れるとでも?」
>エンバース!集敵は俺たちでやる!蘇ってくる死人共をあの世に送り返してやれ!!
>【魂香る禁忌の炉】……プレイ
明神の切った『工業油脂(クラフターズワックス)』のスペルカードに、エンバースが『魂香る禁忌の炉』を合わせる。
しかし、どれだけ油脂を降らせ竈に火をくべても死者たちは次から次へと現れ、仲間の骸を乗り越えて迫ってくる。
「あははッ! 無駄なことはやめておいた方が賢明よミョウジン!
この地下墓所にどれだけの死者が眠っていると思っているの? 数千年の長きにわたって亡骸を受け入れてきた、
万象樹ユグドラエアの根元には! 数千万――数億もの死者が埋葬されているのよ?
数億の亡者が全て蘇るのと、貴方のそのちゃちなスペルカードの効果が切れるのと。
どちらが先かしらね? 第一……」
ウィズリィが右手の人差し指で明神の背後を指す。
そこには――
『キュオオオオオオオッ!!!』
髑髏の顔を持った半透明の亡霊、実体なきアンデッドたちが迫っていた。
-
「――亡者はゾンビやスケルトンばかりじゃないのよ?」
ファントムやスペクター、レイスといった亡霊系のモンスターは肉体を持たず、
当然『工業油脂(クラフターズワックス)』は効果がない。
その分『奈落開孔(アビスクルセイド)』に吸い込まれやすいが、ウィズリィはそれも対策済みのようだった。
『オォオォォオオォォォォォォォオオオォォオオオ……!!!!』
ガラガラと音を立て、地響きを立てながら地面から何か巨大なものが競り上がってくる。
無数の骸と白骨の集合体。三対の腕を持つ、体高7メートルほどもある骨の巨人。
ジョンやエンバース達はそれを見たことがあるだろう。
螺旋廻天レプリケイトアニマの心臓部、アニマコアを守護していたレイドモンスター。規格外のボーンゴーレム――
アニマガーディアン。
『オォオォオオォォオオォォォオオ!!!!』
無数の白骨を繋ぎ合わせて製作する魔物が、地下墓所の空気をどよもす咆哮をあげる。
大きく開いた口の前方に、膨大な魔力が集まってゆく。
そして、次の瞬間――
ガガァァァァァァァァァンッ!!!!
『白死光(アルブム・ラディウス)』。アニマガーディアンの集束した魔力が、圧倒的な破壊の閃光となって迸る。
狙いは『奈落開孔(アビスクルセイド)』。膨大な魔力の奔流を受けて許容量を一気に超えた異空間の穴は、
大爆発とともに跡形もなく消滅した。
「そんな莫迦な……」
ジョンやカザハたちと同じように亡者の群れの相手をしていたアシュトラーセが絶句する。
これで、また『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のいる地下墓所は魔霧に覆われることになった。
死を招く毒素が生身の人間である明神やジョンのみならず、死人のエンバースや妖精であるカザハらの肺腑をも爛れさせてゆく。
>ウィーズリー、だったっけ。いかにもパッとしない魔法使いらしい名前だ。
お前、とんでもないミスをしでかしたな……なんだ、分からないのか?
>悪魔の種子……狙うならオデットじゃなくて、俺の方にすべきだった
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を嘲笑うウィズリィを一通り挑発し返してから、
学生服姿のエンバースがオデットへ突っ掛ける。
狙いはオデットの鎖骨の中央付近に赤黒く輝く宝石――悪魔の種子。
エンバースの魔力で構成された刃が真っ直ぐにオデットの胸元を狙う。
が、当たらない。どうやらオデットは下半身のみならず上半身も魔霧と化すことが出来るらしく、
エンバースの斬撃をぼふっ! という音と共に魔霧に変えて避けると、瞬く間に身体を再構成させてみせた。
これでは、悪魔の種子を庇ったのか単なる回避行動を取ったのかの判別がつかない。
「ふふ……自信家なのね。
貴方のことは大賢者様から聞いているわ、エンバース――いいえ、ブレイブ&モンスターズ! 元日本チャンピオン、ハイバラ。
ミズガルズで唯一、貴方だけが大賢者様のアバターを倒したのだと……。
その褒美に、世界の理の外にある剣。ダインスレイヴを与えたのだと」
エンバースの攻撃が不発に終わるのを見届け、ウィズリィが僅かに目を細める。
「でも、無駄よ。無駄……例え大賢者様の霊廟を踏破した貴方であっても、オデットを倒すことはできない。
ダインスレイヴの本当の力を引き出してさえいない、その遣り方も分からない貴方にはね。
とんでもないミスをしでかしたのは、果たしてどちらかしら?
大賢者様の思惑通り魔王になっていれば、そんな醜態を晒すこともなかったでしょうに――」
「うっせー! ゴチャゴチャ謎っぽいコト言ってんじゃねーぞ魔女子ぉ!
焼死体がムリならボクがやってやらぁ、ボクと明神にできねーコトなんてねーんだよ!
いっかぁ覚えとけ! “明神と幻魔将軍はブレモンにて最強”!!
こんなオバチャン朝飯前の晩飯前の、おフロ前……だぜぃッ!」
ウィズリィとエンバースの遣り取りを遮るように、上空のガザーヴァが吼える。
ガザーヴァは飛翔するガーゴイルの鞍の上で立ち上がると、曲芸めいた立ち乗りをしながら人馬一体となってオデットへ迫った。
「オオォオォォオオオオオ!!」
オデットが無数の光弾を放つ。『光子散弾(フォトンレンド)』、
『暗撃驟雨(ダークネス・クラスター)』と対を成す光属性の高位魔法である。
恐るべき魔力の嵐の中を、ガザーヴァは見事な曲乗りで一発の被弾も許さず突進してゆく。
そして――
「あらよっとォ!」
ギュオッ!!
ガーゴイルがオデットに激突する直前で躯体を上昇させ、ほとんどL字を描くような急制動で上空へと翔ける。
その動きにつられるようにオデットも上空に顔を向け、幻魔将軍主従を撃墜しようと『光子散弾(フォトンレンド)』を放つ。
だが。
ガーゴイルの鞍上に、既にガザーヴァの姿はなかった。
「オバチャン、闇の世界の実力ナンバーワンなんだってな?」
不意に、オデットの背後で声がする。
オデットが振り返ると、そこには逆さま状態のガザーヴァが意地の悪い笑みを浮かべて位置取りしていた。
ガザーヴァはガーゴイルが急制動で上空へと逃れ、オデットの意識がそちらに向いた瞬間、
素早くガーゴイルから離れてオデットの背後を取っていたのである。
-
「わりーケド、その看板は今日限りだ。
なんたって闇の世界の実力ナンバーワンの肩書きはこれから『うんちぶりぶり大明神』のモノになるんだかんな!
つーコトでぶっ倒す!!」
ガザーヴァの持つ長大な騎兵槍『暗月の槍ムーンブルク』の穂先に闇色の魔力が集まってゆく。
兇魔将軍イブリースの『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』と双璧を成す、幻魔将軍ガザーヴァの最終奥義。
「終焉の刻は訪れり!
666の嘲句を弄し、我! 此処に魔槍の封印を解かん――!!」
魔槍の外装が展開されてゆき、見た目が禍々しいものへと変貌してゆく。放たれる魔力が嵐となって吹き荒れる。
かつてゲームの中で数多の『ブレイブ&モンスターズ!』プレイヤーを血の海に沈めてきた、
闇属性の刺突ダメージと毒、麻痺、混乱を一度に与える必殺の一打。
「貶め嬲れ、欺き祟れ!
此れぞ……えぇーっと、此れぞ……なんだっけ……?
めっちゃ久しぶりに使うから詠唱忘れた! でもまーいっか!
とにかく喰らえ―――」
ドギュッ!!!!!
槍を持った右手を大きく引き、左手を前方へ。
そして次の瞬間、魔力の臨界点を越えた魔槍を一気に突き出す。
莫大な闇の魔力が、まさしく『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』に負けずとも劣らない奔流となって、
悪魔の種子が根を張ったオデットの胸元を穿つ。
「ゴオオォォオオォォォオォオオオォォ……!!」
オデットが苦悶する。が、エンバースのときと同じくあまり効いているようには見えない。
だが、それでいい。むろん、『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』に対応する技であれば、
この奥義が魔力の閃光を放つだけの技であるはずがないのだ。
あくまで魔力の奔流は次のメインアタックのガイドに過ぎない、即ち――
魔力を纏ったガザーヴァ自身の突撃の。
「―――『業魔の一刺(アウトレイジ・インヴェイダー)』!!!!」
ガガァァァァァァァンッ!!!!
全身を闇の魔力で包み込んだガザーヴァの騎兵槍での突進が、オデットの胸元のみならず上半身を丸ごと爆砕する。
ざざざざっ!! と地面に轍を刻みながら、ガザーヴァが明神の近くへ降ってくる。
「へへっ! どォーだ!
ボクの最大必殺技を喰らえば、いくら不死身のオバチャンだって――」
……ズ。
ズズズ、ズズズズズズズズ……。
「……ダメかぁ〜」
木端微塵に砕け散ったはずのオデットの上半身が何事もなかったかのように再生してゆくのを見て、
ガザーヴァはへんにゃりと肩を落とした。
やはり、オデットに単純な力押しの攻撃は意味がない。
「あはははははははッ!
頭が悪いっていうのは、本当に不幸なことよね?
何をやったって勝ち目はないって、倒す方法なんてないって。
そう何度も親切に教えてあげているのに、死ぬまで理解できない!
愚かな者たちを導くのが、わたしたち知恵ある者の務めとはいえ……それにも限度はあるの。
ならば、せめて最期まで見届けてあげるから――理解できないまま死んで、どうぞ?
この世界の行く末。すべての絡繰り。それを何ひとつ知らずに死ぬというのは、ある意味幸せかもしれないわ!」
哄笑するウィズリィ。
『奈落開孔(アビスクルセイド)』を破壊したアニマガーディアンがゆっくりとジョンと部長に狙いを定め、
六本の巨大な腕に持った曲刀を掲げる。
圧倒的質量の斬撃によって対象を膾切りにする、必殺の『ジェノサイドスライサー』。
ジョンの身の丈ほどもある死の刃が三対、嵐のような速度で迫っては肉を殺ぎ、骨を砕く。
いくらブラッドラストを持つジョンであっても、大ダメージは免れない。
かつてレプリケイトアニマで血に狂っていたときのジョンは外部の血をも取り込んでいたが、
現在対峙しているアンデッドに血潮は存在しない。
また、オデットが本性を現した以上彼女の血を奪うことも不可能だろう。
無常の斬撃がジョンの血を奪い、臓腑を、命を切り刻む。
他にも実体を持たない幽体のスペクターらがカザハやエンバースへ口々に攻撃魔法を唱え、
ゾンビやスケルトンが剣や槍を手に物量作戦で明神とマゴット、ガザーヴァ目指してにじり寄ってくる。
絶対絶命の危機。
ただオデットだけは魔霧と化した下半身を棚引かせるのみで、何も行動を取っていなかったが、
エンバース達が窮地なことに変わりはなかった。
「安心しなさい、死んでもすぐにオデットが眷属として蘇らせてくれるから!
そして皆、侵食に呑まれて消えてゆくのよ。
さあ――大賢者様の新たな世界創造のため! 死になさい、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』!!」
『ゴオオオオオァァァァァァ――――――――ッ!!』
優に千を超す夥しい数の死者の軍団が、十名にも満たない『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を全滅させるべく押し寄せてくる。
アンデッドの恐ろしさは単体の攻撃力にあるのではない。その数の多さとしぶとさ、それが死者の最大の武器なのだ。
どれほどの猛者も、勇者も、生きている限りはスタミナというものがある。疲労と無縁ではいられない。
加えて『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のスペルカードは一度使ってしまえば、
再度使用できるようになるまでに丸一日かかってしまうのだ。
いかなレイド級とはいえ羽化したてであったのと、連戦で蓄積していたダメージがついに限界を超え、
今までジョンら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の盾となって果敢に戦っていたマゴットが先ず死者の群れに呑み込まれた。
錆びた槍や朽ちた剣に全身を貫かれ、襤褸雑巾のようになって地面にうつ伏せに倒れる。
-
「マゴちん! ……あぐゥッ!」
騎兵槍を振り回して亡者を蹴散らしていたガザーヴァがマゴットに気を取られた瞬間、
その右太股をボウガンの矢が貫く。怒りに任せて弩兵ゾンビの胴体を真っ二つにするも、亡者の攻勢は留まるところを知らない。
明神を守ろうと捨て身の戦いを続けるガザーヴァは、瞬く間に全身傷だらけになった。
「へ、へへ……。
いくら最強のボクでも、これは……ちょぉーっとヤバげかな……?
明神、もしかボクがやられたら、オマエだけでも――」
身長二メートル以上ある、頭陀袋をかぶった屈強な死者が巨大な鉄球付きの鎖を振り回しながら突進してくる。
全身を苛む激痛を抑え込んで高く跳躍すると、ガザーヴァは渾身の力で槍を突き出し亡者の顔面を貫き通した。
そして、次の瞬間。
鉄球持ちの亡者の陰に潜んでいた、ところどころが破損しくすんだ黄金色の全身甲冑に身を包んだ亡者。
聖罰騎士ゾンビたちの剣に、その胸を穿たれていた。
「が……はッ……」
巨漢の亡者は囮だったらしい。ガザーヴァが巨漢を仕留め、その動きが止まった一瞬を衝かれた。
驚愕に目を見開いたガザーヴァの口から、どす黒い血液が吐き出される。
赤黒色の吐血は剣が臓腑まで達した証拠だ。即死しなかったのはレイド級の高い生命力と耐久力の恩恵なのだろう。
聖罰騎士の死体がまるで神に捧げる供物のようにガザーヴァの刺さった剣を高く掲げる。
愛槍を取り落としたガザーヴァの右手が、ぶるぶると震えながらも明神へ伸ばされる。
「みょ……じ……
……逃げ……て……」
聖罰騎士が剣を振る。どちゃり、とガザーヴァは力なく地面へ転がった。
「ぅく……、無念じゃ……!
このままでは全滅は必至、撤退するぞ! 妾とアシュリーがしんがりを務める、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』!
其方らは何としても離脱せい!」
エカテリーナが歯噛みし、撤退を促す。
マゴットとガザーヴァが墜ち、ヤマシタを召喚出来ない今の明神は完全に戦力外だ。
ジョンはアニマガーディアンに斬り伏せられ、残るはカザハとエンバースだが――
「ふふ。逃がさないわよ?」
パチン、とウィズリィが指を鳴らす。
同時、地下墓所の暗がりで『何か』が動いた。
暗がりの中に潜んでいた者、否。『暗闇そのもの』が。
ざざざざざざ――――
無数の闇が滑るようにエンバースへと迫る。
突如として鋭く空気を切り裂き、エンバースの眉間めがけて何かが飛来してくる。
それは短剣だった。十字架を模した、しかし刀身も柄も何もかも黒い短剣。
ガギィンッ!!
『何か』がエンバースを強襲する。互いの得物ががっきと噛み合い、鍔迫り合いの体勢になる。
漆黒の鍔広帽で目元を隠し、同じく闇色の司祭服を身に纏った『何か』。
銀十字の縫い付けられた深紅のストールが、黒一色の装束の中で鮮血のようにただ鮮やかに映る。
その姿はカザハに『幻影(イリュージョン)』の魔法をかけられる前のエンバースに瓜二つだった。
『穢れ纏い』。
プネウマ聖教の暗部、エーデルグーテの輝く皓さを維持する掃除屋だった。
十二階艇の継承者の第二階梯、異端審問官たる『真理の』アラミガは、かつて穢れ纏いであったという説がある。
穢れ纏いもアラミガと同じく、勝利のためなら手段や使用武器を選ばない。
ゲームの中で穢れ纏いは聖罰騎士に匹敵する――いや、それ以上の強敵として描かれていた。
そんな戦闘のエキスパート、教帝の手足となって働く闇の化身が、エンバースを排除すべく襲い掛かる。
しかも――その数はひとりだけではなかった。
ザギュッ!!
闇の中から音もなく身を起こした二人目、三人目の穢れ纏いが、一人目と鍔迫り合いを続けるエンバースに肉薄する。
そして、斬撃。刃を真っ黒に塗られたショートソードがエンバースの右脇腹を、左上腕をすれ違いざまに薙ぎ払う。
光属性の祝福と聖別が施された、対アンデッド用の装備だ。いかな遺灰の身体を持つエンバースでも、
いや――遺灰の身体を持つエンバースだからこそ、大ダメージは免れない。
「貴方たちは今まで、ニヴルヘイム相手に自分たちの実力で勝ち残ってきたと思っているのかもしれないけれど。
勘違いしないで? 貴方たちは単に『生かされてきた』に過ぎない……。
大賢者様の寛大なお心によって偶々『お目溢しされてきただけ』なのよ――!」
あははッ、とウィズリィが嗤う。
機転と、勇気と、大きな犠牲と。
それらを代償にすることで何とか生き延びてきた『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の努力を、
単なる憐憫の成果だと切って捨てる。
-
ドドドドドゥッ!!
ファントムやスペクターら、実体のない亡霊たちが一斉にカザハとカケルへ攻撃魔法を撃ち込む。
亡霊は風の影響を受けず、また高い魔法抵抗力を持つ。
無数の亡者たちが矢継ぎ早に放つ暗黒の弾丸がカザハの、カケルの全身を穿つ。
頭部だけで漂う醜悪な悪霊がカケルの左腕や首筋に齧りつき、牙を立てる。血を啜る――
虚のような眼窩をぽっかりと開けた亡霊が口をO型に開き、群れを成してカザハの全身にその冷たい手を触れさせてくる。
ドレインタッチ――アンデッド特有のデバフ攻撃だ。触れた部位の生命力を奪い、瞬く間に衰弱させてしまう。
「こ……、此処まで来て……。
一度は『永劫』の賢姉に認めさせたというのに……成功したはずなのに……。
こんな結末になるなんて……」
フレイルのように魔導書を振り下ろし、アンデッドの頭を叩き割りながらアシュトラーセが絶望に呻く。
「妾たちは……今まで師父のために戦ってきた……。
侵食に対抗する、世界を守る……それが師父の意思と信じてやってきたのじゃ……!
だのに、そうではなかったのか? 師父は侵食を肯定しておると?
ならば我ら継承者が今まで死に物狂いでやってきたことは、一体なんだったのじゃ!
分からぬ……あらゆる虚構を暴く妾の眼をもってしても、師父のお考えがまるで――!」
エカテリーナもカザハらを救援しようとホーントなど亡霊系のアンデッドに攻撃魔法を仕掛けているが、
ウィズリィの言葉に心を掻き乱され、その動きは精彩を欠く。
継承者はとっくにボロボロだ。それでも最後まで足掻き、ジョンたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を逃がそうとする。
『ギシャアアアア―――――ッ!!』
古錆びた大鎌を手に、死衣を纏ったスケルトンが明神へと襲い掛かる。
すっかり鋭利さを失った刃が明神の右脚を痛撃する。
切断こそ免れたが、この場合いっそ鋭い大鎌によってすっぱり脚を断ち切られていた方が幸せであったかもしれない。
なまじ切れ味の鈍い刃によって、ごりごりと肉を斬られ骨まで到達する痛みは、想像を絶するものであろう。
他にも武器を持った骸骨たちが群れを成して明神の周りを蝟集する。
嬲り殺しだ。このまま明神は文字通り五寸刻みの肉片に変わり果てるまで、じわじわと時間を掛けて殺されるに違いない。
「これから死んでいく貴方たちに、大賢者様の深謀遠慮を推し量る必要はないわ。ま……とにかくもうお遊びはおしまい。
大賢者様はこれからお忙しくなる身。もう貴方たちを野放しにしていたところで得もない。
貴方たちはお払い箱なの……これから始まる新しい世界、大賢者様のリリースする新しいゲームには、ね!
さようなら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』、お疲れさま――あっはははははッ!」
ウィズリィの笑い声を合図としてか、アニマガーディアンの大きく開いた顎部に魔力が再度収束してゆく。
静観を決め込んでいたオデットが長い十指を差し伸べ、それぞれの指の先端に瘴気を宿らせる。
今度こそ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は根絶やしにされることだろう。そうなれば何もかもがおしまいだ。
アニマガーディアンがジョンの脳天めがけてとどめの曲刀を振り下ろし、ファントムたちがカケルへ暗黒魔法の雨霰を降らせる。
決定的な、不可避の、死絶の瞬間――だが。
カッ!!!!
突然放たれた眩い閃光が『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の、継承者たちの、ウィズリィの網膜を灼く。
「こ、これは……!?」
ウィズリィが狼狽し周囲をきょろきょろと見回す。
蝟集するスケルトンやゾンビ。ファントムやスペクターのみならず、聖罰騎士や穢れ纏い、
果てはアニマガーディアンやオデットに至るまで、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』一行とウィズリィ以外のすべてが停止している。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は先にもその烈しい光を、何もかもが停止した空間を一度体験したことがあるはずだ。
聖都での夜、無数の住人たちに襲撃されたときに。
そして。
閃光が収まり、皆の視界が元に戻ったそのとき。
まるで死者の群れから仲間たちを守るように、佇立するなゆたがオデットと対峙していた。
唇を引き結び、強い意志を秘めた精悍な表情で、なゆたは敢然と不死者の王に立ちはだかっている。
その姿を認識したウィズリィが右の口角を笑みに歪める。
「来たわね、ナユタ。
貴方にもお久しぶり……と言った方がいいかしら」
「ウィズ……」
なゆたがウィズリィを見る。
「あら。……感動の再会だと思うのだけれど。
意外と驚いてくれないのね?」
「驚いてるよ。すごく驚いてる。
リバティウムで、わたしたちは結局あなたを探し出すことが出来なかった。
死んじゃったのかもって思ったこともある。後悔もたくさんした。
だから……もしもう一度会うことが出来たら、ちゃんと謝ろうって。
そう心に決めてたよ」
「フフ……そう。
でも、別に謝ってなんてくれなくてもいいわ。そんな言葉になんて何の価値もないもの。
だから――本当に済まないと思っているのなら。わたしに対して償いたい気持ちがあるのなら。
ここで死んでくれるかしら?」
「……」
なゆたは眉間に皺を寄せ険しい表情でウィズリィを見詰めたが、ウィズリィはまるで斟酌しない。
大きく両手を広げ、歌うように告げる。
「ねえ、死んでくれるわよね? あなたの大切な仲間たちと一緒に。この世界と一緒に。
ナユタ、貴方は莫迦正直と誠実さだけが取り柄なんだから。
わたしのお願い――聞いてくれるでしょう?」
にたあ……とウィズリィが笑みを深くする。
昏い昏い、闇色の笑み。
-
「……悪いけど」
しばしの沈黙の後、なゆたが口を開く。
「まだ死ぬことはできないよ。
わたしには、わたしたちには、やらなきゃならないことがある。
それを果たすまでは……ううん、それを果たした後も。きちんと自分の人生を駆け抜けきって、天寿を全うするまでは。
ここにいる誰ひとり死なない。死なせやしない」
「じゃあ、どうするの?」
「戦う」
決然と意志を表明する。不死の王と、王が率いるアンデッドの軍勢。穢れ纏いたち。
それらの圧倒的物量に抗うと。
「あらあら」
荒唐無稽とも言えるその宣言に、ウィズリィがまた嗤う。
「自分が何を言っているか分かっているの?
わたしが何も知らないとでも思っているのかしら。いいえ……わたしは貴方たちのことなら何だって知ってるわ。
だって、ずっとモニターしてきたのだもの。アコライト外郭で、レプリケイトアニマで、
タマン湿性地帯で貴方たちが何をしてきたのか。
そして――ナユタ、勿論貴方個人のことだって。今の貴方は『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の力を持たない。
ううん、それどころじゃないわ。この世界の脅威に対して、貴方は何らの抵抗する手段さえ持ち得ない!
そんな有様で、いったい何を救うというの?」
ウィズリィの指摘は正鵠を射ている。
現状、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の能力を根こそぎ喪失してしまっているなゆたには、何もできない。
パートナーモンスターを召喚してデュエルすることも、スキルを使用することも、インベントリからアイテムを出すことも。
一般人相当の能力しか持たない、無力な17歳の少女。
だが――
「全部。救ってみせるよ」
迷いなく断言し、不敵に笑う。
なゆたとウィズリィが話している間に、どこからか現れたエンデがジョンや明神、ガザーヴァ、マゴットといった
仲間たちを浮遊の魔術を用いて敵の攻撃範囲の外に運ぶ。
「……ッ、形勢……逆転……かの、ウィズリィとやら……。
そなたの頼みの綱たるアンデッドどもは動きを封じられておる……、いくら妾たちが満身創痍といえど、
『魔女術の少女族(ガール・ウィッチクラフティ)』ひとりくらいは倒せよう……!」
ぐぐ、とエカテリーナがウィズリィへ身構える。
けれどウィズリィはそんな脅しには動じもせず、ふんと短く鼻を鳴らした。
「子供騙しね。ブックの『知識の源流(ナレッジオリジン)』やわたしの『知彼知己(ウォッチユーイフミーキャン)』
でも解析できない、六大属性の系統にない魔術だけれど。
別に驚くべきことではないわ、おおかた『停滞(スタグネーション)』の類似品でしょう。
この類の魔術は持続力がないし、第三者がいれば簡単に解除できるものよ。
――ブック」
ウィズリィの傍らに浮遊している辞典の頁が開き、紙面が発光する。
と同時、パキィンッ! というガラスの割れるような甲高い音が鳴り響き、
オデットをはじめとする停止していたアンデッドの大群が再度活動を始める。
ブックの『抗魔(ディスペル)』が効果を発揮したということなのだろうか。
「はい、逆転の逆転」
からかうように、ウィズリィは軽く肩を竦めてみせた。
喉元に迫った危機は脱したものの、依然として『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が窮地にいることには変わりない。
再度活動を開始したオデットやアニマガーディアンが魔力の充填を始め、アンデッド軍団がにじり寄ってくる。
「ぅぐ……」
アシュトラーセがフレイルの柄を握り締めながら呻く。
「さあ――ナユタ。わたしに見せて頂戴?
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の真骨頂を。勇者の称号に相応しい力を!
絶体絶命、十死に零生のこの状況で……誰ひとり死なせず勝利をもぎ取る智慧を!
少なくともわたしには思いつかないわ、でも貴方にはあるんでしょう? その秘策が!」
知識を何よりも貴ぶ『魔女術の少女族(ガール・ウィッチクラフティ)』らしく、
なゆたがこれからどういった一手を講じるのか好奇心に目を輝かせるウィズリィ。
だが、なゆたが短い沈黙ののちに取った行動は、そんなウィズリィを酷く落胆させるものだった。
「そんなの、ないよ」
なゆたが一度かぶりを振る。
このピンチを覆し、乗り越える秘策など最初から持ち合わせていない――と。
-
「はぁ?」
「この状況を簡単にひっくり返せるような、そんなお手軽な策なんてある訳ない。
もしあったらとっくに使ってる」
「何それ? 策もない、力もない、スキルもスペルカードもない!
それでどうやってオデットを倒すつもり? あの不死者の王を、究極のアンデッドを!
自分が滅茶苦茶なことを言っているって、貴方、理解しているのかしら?」
「生憎だけれど、滅茶苦茶でもない。
わたしには――ううん、わたしたちにはまだ、とっておきの力が残ってる。
その力を使ってきたからこそ、わたしたちはここまで戦ってこられた。生き残ることが出来た。
例えパートナーがいなくたって。スマホが壊れていたって。
この力だけは無くならない、誰にも奪えやしない。
わたしたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たらしめるもの――」
そこまで言って、なゆたは大きく五指を開いた右手で自らの胸に触れた。
自信に満ち満ちた表情で、きっぱりと告げる。
「――『勇気』が」
「ぷ……、あははははははははははッ!
何それ? 全部救うだなんて、そんなに自信満々に断言するから、よっぽど巧い作戦があるものと思ったら!
策はない? 勇気で戦う? この期に及んで冗談が過ぎるわねナユタ!
幼稚な精神論や根性論で戦いに勝利出来たら、誰も苦労しないのよ!
がっかりさせてくれるわね……オデット! もういいわ、まずナユタから殺しなさい!」
『ギシャアアアアアアア―――――――――――ッ!!!!』
ウィズリィの命令でオデットがその指先から暗黒の波動を放つ。
なゆたは軽くバランスを崩し、前のめりになりながらもギリギリのところでその攻撃を回避すると、
そのまま強く地面を蹴って走り出した。
先ほどのエンバースと同じく目指すはオデットの胸元、そこに根を張る『悪魔の種子(デモンズシード)』である。
「エンデ!
わたしが目覚めたら、何もかもまるっと解決するって言ったわよね!?」
「言った」
全速力で駆けながら問うなゆたに、エンデが応える。
「じゃあ……意地でも目覚めてやる!
大丈夫、寝起きはいい方だから! なんたってもう五年以上、毎朝早起きしてお弁当作ってきたんだもの!」
オデットの元まで辿り着かせまいと、ゾンビやスケルトンがなゆたの行く手に立ち塞がる。
突き出される槍や振り下ろされる剣を危なっかしく躱し、幾度もつんのめって転びそうになりながらも、
なゆたはアンデッド軍団の真っただ中を駆け抜ける。
「援護じゃ、アシュリー!」
「ええ!」
なゆたをアシストしようと、エカテリーナとアシュトラーセが遠距離魔法で露払いを試みる。
だが、それも焼け石に水に過ぎない。なゆたの前方を実体を持たない亡霊たちが遮る。
「く……」
亡霊たちの放つ魔法が二の腕を掠め、凍傷にも似た傷を刻む。
なゆたは顔を顰めた。が、止まらない。
更に聖罰騎士の骸が巨大な戦鎚を薙ぎ払ってくるのを身を低く屈めて潜り抜け、
穢れ纏いの投擲するダガーを右に横っ飛びしてなんとか避ける。ゴロゴロと床を転がるもすぐに片膝で立ち上がり、
再度地面を蹴って走り出す。
『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』は使えない。正真正銘持って生まれた運動能力だけで、
なゆたはオデットへと距離を詰めてゆく。
「無駄なことはやめなさい、ナユタ!
もしオデットに接近できたとしたって、非力な一般人に落ちぶれた貴方に
『悪魔の種子(デモンズシード)』を除去することなんてできないわ!
第一、この場を凌ぎ切ったところで『侵食』を食い止めることは不可能なのよ!?
大賢者様の決定に身を委ねる、それが一番正しい『智慧』だというのに――!」
ウィズリィが降伏を勧告するものの、なゆたはまったく聞く耳を持たない。
アンデッドたちの攻撃をまともに喰らうことは免れている。だが、といってすべての攻撃を華麗に避けているとは言い難い。
振り下ろされた剣が太股を掠め、槍の穂先が二の腕を浅く掻く。
回避性能に優れるはずの流水のクロースはあちこちが破れ、なゆたはみるみるうちに血まみれになった。
「無駄なことなんて……ない……!
やってみなくちゃ分からない、最後の最後……すべての決着がつくまでは……!
それまで、わたしは……絶対に諦めたりなんてしないんだ……!
みんなに……そう教わったんだ!!!」
それでも、脚は止めない。歯を食い縛りながら、なゆたは前だけを向いて疾駆する。
心を折られ、一度は冒険をやめようとした。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の使命を擲ち、旅を終えようと思った。
だが、そんな自分を仲間たちが奮い立たせてくれた。背中を押してくれた。
『一緒に旅をしよう』と。『お前じゃなきゃ駄目だ』と言ってくれた――。
なゆたはその想いに報いる。だから、走る。
エンバースたち、仲間の真心を無駄にしないために。皆で未来に向かうために。
自分に残されたたったひとつの武器、『勇気』の強さを証明するために。
-
「ありったけの魔力を使え! もはや、モンデンキントに賭けるしかない! あ奴の目覚めとやらに……!」
エカテリーナとアシュトラーセが懸命に魔術を放ち、なゆたの援護をし続ける。
他の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』も、彼女のアシストに回ることは可能だろう。
といって、ジョンやエンバースたちも危機が去った訳ではない。大量のアンデッドたちは、
なゆただけではなくカザハらにも迫り、今度こそ息の根を止めようとゆっくり押し寄せてきている。
そんなとき――
「明神」
不意に、エンデが明神へと声を掛ける。
「これまでの戦いで、カザハは命を懸けた。
ジョンも、エンバースも、そして今はシャ――モンデンキントが命を懸けている。
懸けていないのは、あなただけだよ」
明神の傍らに佇立しながら、エンデが黄金の双眸で見下ろしてくる。
その表情からはいつも通り何の感情も読み取れない。
オデットによる『絶対屍操(ネクロ・ドミネーション)』対策で、ヤマシタは召喚できない。
ガザーヴァとマゴットは重傷を負って戦闘不能状態だし、明神自身も酷い怪我を負っているだろう。
残ったスペルカードや自身の習得した闇属性魔法こそまだ使えるが、きっと決め手にはならないに違いない。
だが。
「……ここにスペルカードが一枚ある。
これを使えば、きっとこの不利な状況を打破できる……そんな強力なカードさ。
ただし、使えば死ぬかもしれないけれど」
エンデがどこからかスペルカードを一枚取り出す。
カードの表面には『超合体(ハイパー・ユナイト)』の文字。
「『超合体(ハイパー・ユナイト)』。
手持ちのパートナーモンスター二体を合体させ、規格外の強さを持つ超レアモンスターを召喚するカードだ」
淡々とカードの説明をするエンデである。だが、その内容は明神もよく知るものであろう。
ゲームの中にも『合体(ユナイト)』というスペルカードが存在している。エンデの説明したのはそれと同じだ。
ただし、エンデが出したカードには『合体(ユナイト)』の上に『超』がついている。
恐らく従来の『合体(ユナイト)』とは比べ物にならないほど強力なカードなのだろう。
「知ってると思うけど、コストの高さは肉体と精神の負担に直結してる。
明神、今の傷ついたあなたじゃ超レアモンスターを召喚はできても、その瞬間に即死するかもしれない。
即死を免れたとしても、モンスターは駆け足であなたの生命を吸い上げていくだろう。
長く使えば間違いなく命にかかわる」
ゲーム中に登場する『合体(ユナイト)』で合体させることのできるモンスターのランクはレア止まりで、
合体後の強さも最高で準レイド級程度だった。
しかしエンデの提示したカードの名に偽りがないのなら、きっとレア以上のモンスターを融合させることができるに違いない。
ガザーヴァとマゴット。もし、二体の紛れもないレイド級モンスターを合体させることができたなら――?
だが、それが可能だったとして、エンデの言う通り明神の肉体と精神に掛かる負担は莫大なものとなる。
現にかつてアコライト外郭の戦いで、明神はユメミマホロに無理矢理コストを上げられ消耗した帝龍を目の当たりにしたはずだ。
けれど――
「さあ、明神。
カザハは命を懸けたよ。ジョンも、エンバースも、モンデンキントも――」
すい、と右手に持ったカードを明神の眼前に差し出す。
「……あなたは。懸ける?」
ニア かける
かけない
【ウィズリィ率いるアンデッド軍団、オデット、アニマガーディアン、聖罰騎士ゾンビ、
穢れ纏いらの攻撃に全員大ダメージを負う。
なゆた、エンデ合流。なゆたはオデットと一騎打ちに。
エンデ、明神に『超合体(ハイパー・ユナイト)』のスペルカードを提示】
-
>「く……そ……!オデットは胸を撃たれた!奴を操ってる『悪魔の種子』がそこにあるはずだ!
完成品ってのが気に掛かるが……とにかくそいつを身体からぶっこ抜くしかねえ。
行けるかガザーヴァ。マゴットはジョンの援護に回れ!」
>「スペルカード『工業油脂(クラフターズワックス)』……プレイ!!」
スタン状態のカザハを支えながら、明神さんがスペルカードを切る。
やはり精神連結はすぐに途切れてしまうのが難点ですね……。しばらくはこのままでいきましょう。
一方アンデッド達は、引火性のワックスまみれになった。
>「エンバース!集敵は俺たちでやる!蘇ってくる死人共をあの世に送り返してやれ!!」
「カザハ、いけますか!?」
スタン状態から復帰したカザハが、アンデッド達を一か所にかき集める。
>「【魂香る禁忌の炉】……プレイ」
イリュージョンの効果で学生服の少年(!)の姿になったエンバースさんが、アンデッド達の頭上に巨大な炉を落とす。
あれがエンバースさんの生前の姿なのでしょう。
今こんなことを言っている場合ではないのですがまあ要するにイケてますね……!
スカシたオサレファッションじゃなくて学生服っていうのがギャップというかなんというか……。
「あの姿、なゆにも見せたいな……」
「生き残って後でたくさん見せましょう……!」
しかし、すぐにそんな事を言っている場合ではなくなった。
アニマガーディアンが、『奈落開孔(アビスクルセイド)』の穴を破壊してしまった。
「なんてことだ……!」
それは、魔霧が辺りに充満してしまうことを意味し、この戦いの生命線を奪われたに等しい。
奈落開孔はもう一枚あるようだが、使ってもすぐに破壊されてしまうのでは同じことだろう。
>「ウィーズリー、だったっけ。いかにもパッとしない魔法使いらしい名前だ。
お前、とんでもないミスをしでかしたな……なんだ、分からないのか?」
>「悪魔の種子……狙うならオデットじゃなくて、俺の方にすべきだった」
エンバースさんが果敢にもオデットの懐に潜り込み、悪魔の種子を狙う。
「エンバースさん行け―――――!!」
が、上半身を一瞬魔霧に変えることによって、難なく回避されてしまった。
それにひるまず、ガザーヴァが突っ込んでいく。
>「うっせー! ゴチャゴチャ謎っぽいコト言ってんじゃねーぞ魔女子ぉ!
焼死体がムリならボクがやってやらぁ、ボクと明神にできねーコトなんてねーんだよ!
いっかぁ覚えとけ! “明神と幻魔将軍はブレモンにて最強”!!
こんなオバチャン朝飯前の晩飯前の、おフロ前……だぜぃッ!」
「頑張れ―――――――!!」
もはや他力本願の境地に至ったのか、カザハはすっかり応援モードに入っていらっしゃいます。
-
>「―――『業魔の一刺(アウトレイジ・インヴェイダー)』!!!!」
しかし結果は先ほどとほぼ一緒。オデットの上半身は何事もなかったかのように再生してしまった。
>「……ダメかぁ〜」
あまりにも演出が格好よかったので一瞬ちょっと期待してしまいました……。
絶望の淵に立たされた私達を、ウィズリィが嘲笑う。
>「あはははははははッ!
頭が悪いっていうのは、本当に不幸なことよね?
何をやったって勝ち目はないって、倒す方法なんてないって。
そう何度も親切に教えてあげているのに、死ぬまで理解できない!
愚かな者たちを導くのが、わたしたち知恵ある者の務めとはいえ……それにも限度はあるの。
ならば、せめて最期まで見届けてあげるから――理解できないまま死んで、どうぞ?
この世界の行く末。すべての絡繰り。それを何ひとつ知らずに死ぬというのは、ある意味幸せかもしれないわ!」
彼女は私達の知らない何かを知っていて、秘められた真実は、それ程までに残酷だというのだろうか……。
アニマガーディアンがジョン君に襲い掛かる。
「ジョン君……!」
助けに行こうにも、スペクター達から闇属性の魔法が次々に飛んできて身動きが取れない。
一発一発の威力は低くても、それが無尽蔵となれば脅威となる。
私達は風魔法で対抗してはみるものの、実体のないアンデッドに風自体は効かず、
通用するのは純粋な魔力部分だけとなるのでただでさえ効きが悪い上、高い魔法抵抗力まで持っている。
>「安心しなさい、死んでもすぐにオデットが眷属として蘇らせてくれるから!
そして皆、侵食に呑まれて消えてゆくのよ。
さあ――大賢者様の新たな世界創造のため! 死になさい、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』!!」
「まだまだぁ! ウィンドストーム! ……おっと」
ふらついて倒れそうになったカザハを支える。
「心配はいらない。躓いただけだ」
「大丈夫ですか!? ……って大丈夫じゃな―――い!」
スマホの表示を見るとがっつり毒にかかってるんですが……。
でも、魔霧が辺りに充満している以上、それは私含めここにいる全員がそうですね……。
混乱を極める乱戦の中、ついにマゴットが倒れ伏す。
そこから、ドミノ倒しのように戦線が崩壊していく。
>「マゴちん! ……あぐゥッ!」
>「へ、へへ……。
いくら最強のボクでも、これは……ちょぉーっとヤバげかな……?
明神、もしかボクがやられたら、オマエだけでも――」
「危ない、退いてくださいッ!!」
ガザーヴァは、瞬く間に聖罰騎士ゾンビたちの剣に穿たれていた。
-
>「が……はッ……」
ガザーヴァが剣に刺さったまま掲げられているあまりに衝撃的な光景を前に、
カザハは崩壊した語彙で必死に生き残る方法を考えている。
「明神さん、早く! アンサモン! 大丈夫、HPが1でも残ってれば出来るはず……!
……あ、出来ないのか!」
マゴットは正式なパートナーモンスターなのでアンサモンで回収が出来ても、
ガザーヴァは明神さんのパートナーモンスターというわけではなく
正確には明神さんに懐いている野良モンスターだったことを思い出したようだ。
「瞬間移動(ブリンク)!」
「癒しの旋風(ヒールウィンド)!」
手元に残っているなけなしのスペルカードを使い、救命活動を行う。
カザハが瞬間移動(ブリンク)で腕の中に呼び寄せ、私が焼石に水と分かりつつも回復カードを切る。
「明神さん、この子を連れて下がっておいてくれ!」
カザハがガザーヴァを明神さんに引き渡す。
>「ぅく……、無念じゃ……!
このままでは全滅は必至、撤退するぞ! 妾とアシュリーがしんがりを務める、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』!
其方らは何としても離脱せい!」
継承者二人は必死に私達を逃がそうとしてくれている。
しかし、そう簡単に逃がしてくれる相手ではない。
>「ふふ。逃がさないわよ?」
暗黒の弾丸が矢継ぎ早に飛来する。
「くっ、数が多すぎる……!」
そうしているうちに生首みたいな悪霊が噛り付いてきた……!
自分達と同じ死の領域に引きずり込まんと、牙を立てて血を啜る。
その恐ろしい感覚に、私は普段の敬語系ツッコミキャラもどこかに吹っ飛んで、
昔のようにカザハに助けを求めていました。
「たっ、助けてお姉ちゃん……!!」
「カケルを虐めるなぁああああ!!」
私を助けに来ようとするカザハ。しかしそれを阻むように亡霊の群れがカザハを取り囲む。
「カザハ……!」
「く、そ……。力が入らない……」
全身を触れられドレインタッチの猛攻を受けたカザハは地面にへたり込んだ。
-
>「これから死んでいく貴方たちに、大賢者様の深謀遠慮を推し量る必要はないわ。ま……とにかくもうお遊びはおしまい。
大賢者様はこれからお忙しくなる身。もう貴方たちを野放しにしていたところで得もない。
貴方たちはお払い箱なの……これから始まる新しい世界、大賢者様のリリースする新しいゲームには、ね!
さようなら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』、お疲れさま――あっはははははッ!」
新しいゲーム……!? 一体何を言っているのでしょう……。
でも、悔しいけど”これから死んでいく貴方たちに、大賢者様の深謀遠慮を推し量る必要はない”
その言葉の通りになってしまうのかもしれません……。
とどめとばかりに、ファントム達の暗黒魔法が私達へ降り注ぐ。
その時だった。見覚えのある閃光が閃く。
>「こ、これは……!?」
「……もしや、エンデ君!?」
>「来たわね、ナユタ。
貴方にもお久しぶり……と言った方がいいかしら」
「なゆ……! 無事で良かった!」
閃光がおさまったとき、突然、私達を守るようになゆたちゃんが現れていた。
先ほどの閃光――おそらく、エンデが秘策を授けて送り込んだとみて間違いないだろう。
全部救うと断言し不敵に笑うなゆたちゃんを前に、しかしウィズリィは動じる様子はない。
>「子供騙しね。ブックの『知識の源流(ナレッジオリジン)』やわたしの『知彼知己(ウォッチユーイフミーキャン)』
でも解析できない、六大属性の系統にない魔術だけれど。
別に驚くべきことではないわ、おおかた『停滞(スタグネーション)』の類似品でしょう。
この類の魔術は持続力がないし、第三者がいれば簡単に解除できるものよ。
――ブック」
なんと、エンデの時間停止のような技をあっさり解除してしまった。
彼女は簡単に解除できると言っているが、実際には並大抵のことではないと考えられる。
>「さあ――ナユタ。わたしに見せて頂戴?
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の真骨頂を。勇者の称号に相応しい力を!
絶体絶命、十死に零生のこの状況で……誰ひとり死なせず勝利をもぎ取る智慧を!
少なくともわたしには思いつかないわ、でも貴方にはあるんでしょう? その秘策が!」
そう言ってなゆたちゃんを煽るウィズリィは、純粋に好奇心に目を輝かせているようにも見える。
当然そんなものは無い方が相手にとっては有利なのだが、強者の余裕というやつだろう。
>「そんなの、ないよ」
「えっ」
「エンデくーんッ!! どういうことだッ!?」
-
さりげなくいるエンデに疑問を投げかけるカザハ。
なゆたちゃんは勝利のための無茶はするが、何の勝算も無しにヤケクソで命を投げ打つようなことはしないはず。
本人が何の策も無いと断言したとはいえ、本当に何の勝算も無しにこのようなことをしているとは思えない。
>「エンデ!
わたしが目覚めたら、何もかもまるっと解決するって言ったわよね!?」
>「言った」
>「じゃあ……意地でも目覚めてやる!
大丈夫、寝起きはいい方だから! なんたってもう五年以上、毎朝早起きしてお弁当作ってきたんだもの!」
なゆたちゃんに何か眠っている力があって、そのことをエンデがなゆたちゃんに教えた、ということだろうか。
そこまでは分かるとして……。なんで生身で特攻してるんですかね!?
まさか、あの特攻が目覚める手段とでもいうのだろうか。
>「援護じゃ、アシュリー!」
>「ええ!」
ブレイブとしての力抜きの素の運動能力だけであれって凄すぎません!?
……と、関心している場合ではない。
普通なら、異世界超人バトルに何の力も持たない生身の地球人が放り込まれてまともに立ち回れるはずはない。
「なゆ……」
なゆたちゃんがたまたま飛びぬけた運動能力を持っていたからなんとか立ち回れているものの、そうでなければ即死だろう。
そういえばエンデ、1回戦の時も何もしていなかった気がするし、本当に信用していいのだろうか。
と、今更ながらに疑念が湧くが、今となっては遅すぎる。
>「ありったけの魔力を使え! もはや、モンデンキントに賭けるしかない! あ奴の目覚めとやらに……!」
そう、今となっては状況的にエンデの言う目覚めに賭けて全力で援護するしかない。
しかし、アンデッドが押し寄せてきて援護しようにもままならない。
そんな中、エンデが明神さんに声をかけた。
>「明神」
>「これまでの戦いで、カザハは命を懸けた。
ジョンも、エンバースも、そして今はシャ――モンデンキントが命を懸けている。
懸けていないのは、あなただけだよ」
「こんな重傷者捕まえて命懸けてないだって……!?」
-
明神さんは誰がどう見ても重傷のため、反論するカザハ。しかしエンデは表情一つ変えない。
大和民族が大好きな同調圧力を駆使し、なゆたちゃんだけでは飽き足らず、明神さんまでもけしかけようとしている……!
ところで今、妙な言い間違えしましたね……。……そんなことより。
手首まで切り落としたジョン君が命を懸けたのは自明、
エンバースさんもオデットの支配から脱した策が結構荒療治だったし命を懸けたと言えるだろう。
が、カザハは端から見るとそんなに死にそうには見えず、私が一人で右往左往していただけだ。
そして、そこまで全てを見通す力があるのなら、カザハの場合は他の者と並べていいような高尚な物ではなく
単に精神干渉を受けて正常な判断能力を失っていた結果の行動だというところまで分かっているはず。
分かっていて敢えて説得に有利な部分だけを使ったのかもしれない。
ここにエンデに敏腕セールスマン疑惑が浮上した。
「それに……! 我が死にそうな局面なんて無かっただろう!?
口車に乗せるために適当なことを言ってるだけだ!」
>「……ここにスペルカードが一枚ある。
これを使えば、きっとこの不利な状況を打破できる……そんな強力なカードさ。
ただし、使えば死ぬかもしれないけれど」
>「『超合体(ハイパー・ユナイト)』。
手持ちのパートナーモンスター二体を合体させ、規格外の強さを持つ超レアモンスターを召喚するカードだ」
エンデは淡々と感情の読めない声で、カードの仕様と危険性を解説するのみ。
今のところ敵ではないのは確かだが、本当に味方ならもっと分かりやすく助けてくれても良さそうなはず。
最悪、最終的に漁夫の利を狙っている別勢力だとか、疑い出したらキリがない。
が、疑うならもっと早い時点で疑っておくべきだった。今となっては遅すぎるのだ。
「明神さん、駄目だ。今の状態でそんなものを使ったら即死んでしまう。
だから……せめて回復してからにしよう」
といっても、回復系スペルカードはこれまでの戦いで使い切ってしまった。
私は一応低威力の回復スキルを持ってはいるが、こんな重傷相手ではほぼ意味をなさないだろう。
そこでカザハが私の手を握り、精神連結する。
低威力の回復スキルでも、二人で連携してレクステンペスト級の魔力を行使すればそこそこ形にはなる。
それでも焼石に水かもしれないが、何もしないよりはマシだろう。
重ねた手を明神さんの胸にあて、祈るようにスキルを発動する。
「「――キュアウーンズ」」
魔法をかけおわると、カザハが力尽きるように気絶して私の腕の中に倒れた。
1回戦からの疲労が蓄積し、ついに体力が限界を超えたのだろう。
「……大丈夫、寝てるだけです。――召喚解除《アンサモン》」
いよいよアンデッド達が間近に迫ってきている。
私はカザハをスマホに収納し、カザハの助けが無くともせめて明神さんが大技を発動するまでの時間だけは稼ごうと剣を構える。
剣を振るいながら、振り向かずに背中側の明神さんに語り掛けた。
「……明神さん、多分ですけどカザハは明神さんのことが……。
……いえ。なゆたちゃんは分かりやすく人気者ですけど明神さんだって負けないぐらいみんなに好かれてるんですからね!
万が一明神さんに何かあったらカザハ、泣きますよ! そんなことになったら私、怒りますから!」
-
>「――ん?今、何か言ったかい?ええと……ああ、早くオデットをやっつけてくれって?」
カザハ君と連携しながらアンデッド共をひとつにまとめ、エンバースを呼ぶ。
炎の中から応じるように姿を見せたのは、いつもの焼死体ヅラではなかった。
>「【魂香る禁忌の炉】……プレイ」
俺よりも一回り近く若い、学生服を着た少年――
それがエンバースだとすぐに分かったのは、その手の中に画面バキバキのスマホがあったからだ。
カードが起動し、召喚された炉のようなものがアンデッドを押し潰す。
油に塗れ、風の渦巻く死体の山を火葬していく。
>「どうだろう。俺の本来のデッキなら余裕だろうけど……
この、燃え残りのクソデッキじゃ――少し、時間がかかるかもな。
【幻影(イリュージョン)】……どうせならカードの絵柄まで書き換えてくれよ」
「ひひっずいぶん男前になったじゃねえの。そいつがハイバラの素顔ってわけか」
生前の姿を見るのはこれが初めてだっていうのに、目の前の男がハイバラだと俺は疑わなかった。
あの焼死体フェイスにちゃんと肉が乗っていたなら、あいつはきっと、ずっとこんなニヒルな笑みを浮かべていた。
そう確信できる。
エンバースのスペルで燃え上がったアンデッド達はあらかた消し炭になったが、
積み重なる黒焦げの躯を踏み砕いて第二陣が押し寄せてくる。
そのうち何割かはジョンと部長が引き付けてくれているものの、総量が多すぎてこれじゃ焼け石に水だ。
「くそっ後から後から無限湧きしやがって……もう一度だ、やるぞカザハ君!」
>「あははッ! 無駄なことはやめておいた方が賢明よミョウジン!
この地下墓所にどれだけの死者が眠っていると思っているの? 数千年の長きにわたって亡骸を受け入れてきた、
万象樹ユグドラエアの根元には! 数千万――数億もの死者が埋葬されているのよ?
「ハッタリだっ!なんぼくそでけぇ万象樹だろうが、木の根っこの隙間に億単位の骨を収容できるスペースがあるかよ!
何千年も放置された死体が形を保てるわけもねえ。アンデッドになってんのは比較的新鮮な死体のはずだ。
燃やし続けてれば、いつかは在庫切れになる――」
>「数億の亡者が全て蘇るのと、貴方のそのちゃちなスペルカードの効果が切れるのと。
どちらが先かしらね? 第一……」
蘇ってくる亡者どもは無限に見えて実際には限りがある。
希望的観測でしかないその仮説は、続くウィズリィちゃんの言葉で打ち崩された。
>「――亡者はゾンビやスケルトンばかりじゃないのよ?」
迫りくる亡者の波の向こう側から、ひときわ巨大な影が立ち上がった。
無数の骨が組体操してひとつのモンスターを構築する。その姿には見覚えがある。
レプリケイトアニマで、マルグリットの手駒として俺たちの前に立ちはだかった――アニマガーディアン。
>『オォオォオオォォオオォォォオオ!!!!』
白骨の巨躯は、口から骨色のビームを吐いた。
冷え切ったカタコンベの空気を焦がす一条の極光。
その先には俺の設置した『奈落』――直撃。異空間の門が粉砕される。
俺たちの呼吸を支える換気設備がぶっ壊れた。
-
「くそっ――全員鼻と口を覆え!肺を守れっ!!」
舌打ちしながらポケットからハンカチを抜き取り、即席の覆面にする。
こんなもんで瘴気が防げるはずもない。鼻から口から入り込んできた毒に咽る。
ここから先、一呼吸ごとに命が蝕まれていく。長引けば確実に死が訪れる実感が、喉元を締め付けた。
>「ウィーズリー、だったっけ。いかにもパッとしない魔法使いらしい名前だ。
お前、とんでもないミスをしでかしたな……なんだ、分からないのか?」
>「悪魔の種子……狙うならオデットじゃなくて、俺の方にすべきだった」
エンバースは解き放たれた弩のように踏み込みひとつで身体を飛ばす。
一直線に向かうはオデットの胸元。だが霧に変じたその上半身を剣は捉えられない。
>「でも、無駄よ。無駄……例え大賢者様の霊廟を踏破した貴方であっても、オデットを倒すことはできない。
ダインスレイヴの本当の力を引き出してさえいない、その遣り方も分からない貴方にはね」
「げほっ、おえっ……随分余裕でくっちゃべるじゃねえか。
なんでお前はこの霧ん中で平気なんだよ。フレンドリーファイア無効は俺たちの特権だろ」
ダインスレイブの本当の力とやらも気になるが、それ以上にウィズリィちゃんの余裕が気にかかる。
なんの防護策もなしにオデットの本気モードを解き放ったとは考えづらい。
何がしか、魔霧の影響を逃れる方法があるはずなんだ。
>「うっせー! ゴチャゴチャ謎っぽいコト言ってんじゃねーぞ魔女子ぉ!
焼死体がムリならボクがやってやらぁ、ボクと明神にできねーコトなんてねーんだよ!
いっかぁ覚えとけ! “明神と幻魔将軍はブレモンにて最強”!!
こんなオバチャン朝飯前の晩飯前の、おフロ前……だぜぃッ!」
いずれにせよ用意してきた魔霧対策がポシャった以上長期戦の選択肢はない。
機敏にそれを感じ取ったか、ガザーヴァがガーゴイルと共に吶喊していく。
オデットの放つ弾幕を蝶の如く回避し、頭上を経由して瞬く間に背後へと回り込んだ。
>「―――『業魔の一刺(アウトレイジ・インヴェイダー)』!!!!」
イブリースの必殺剣と対を成す、幻魔将軍の奥の手。
神代遺物であるムーンブルクの力を解き放ち、拘束した敵にデバフ満載の刺突を放つ!
ゲーム上じゃ威力が高すぎて「刺突で死ぬからデバフ要らなくね?」と言わしめた必殺の一撃だ!!
なすすべなく直撃を食らったオデットの上半身が消し飛ぶ。
刺突の勢いそのままに、ガザーヴァが俺の隣まで滑ってきた。
>「へへっ! どォーだ! ボクの最大必殺技を喰らえば、いくら不死身のオバチャンだって――」
果たせるかな、吹っ飛んだはずのオデットの肉体は、やはり何事もなかったかのように再生していく。
毒も麻痺も混乱も受けた様子はない。再生時に状態異常も解除してやがる。
>「……ダメかぁ〜」
>「あはははははははッ!頭が悪いっていうのは、本当に不幸なことよね?
何をやったって勝ち目はないって、倒す方法なんてないって。
「ふざけた耐久しやがって、神代遺物だぞ……。宗教屋が神様の一撃に涼しい顔してんじゃねえよ」
神の武器に余裕で耐えられたら神様の面目丸つぶれじゃねえかよ。
太祖神プロパトールも草葉の陰で顔真っ赤にして激おこだぜ多分。
-
>「安心しなさい、死んでもすぐにオデットが眷属として蘇らせてくれるから!
そして皆、侵食に呑まれて消えてゆくのよ。
さあ――大賢者様の新たな世界創造のため! 死になさい、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』!!」
「来るぞ、構えろ!」
再生するばかりでうんともすんとも言わなくあったオデットに代わり、夥しい数のアンデッドが波を立てる。
さあがら濁流のごとく、俺たちを飲み込まんと押し寄せる。
俺たちは――とうの昔にジリ貧だった。パートナーは軒並みズタボロで、ブレイブ自身も疲弊している。
指示を出そうと息を吸えば、カタコンベを満たす魔霧が肺を灼いた。
「とっとにかく退け!足止めればその場で狩られんぞ!退いて態勢を立て直せ――!」
囲まれるのだけはヤバい――そう判断して後退する。
だが敵は四方八方から飛び掛かり、どちらへ逃げれば良いのか見当もつかない。
波濤のごとく叩きつけられる暴威。その最初の犠牲者は、マゴットだった。
『グフォ…………』
亡者たちの槍衾がマゴットを貫く。
蝿頭の巨躯は瞬きする間に穴だらけになり、死者の波に飲み込まれた。
「……マゴット!!」
>「マゴちん! ……あぐゥッ!」
それを助けんと飛んだガザーヴァもまた、足をボウガンで撃たれる。
機動力を削がれた一瞬の間隙に、刃が差し込まれていく。
>「へ、へへ……。いくら最強のボクでも、これは……ちょぉーっとヤバげかな……?
明神、もしかボクがやられたら、オマエだけでも――」
「ガザーヴァ!おいガザーヴァ!!待ってろ今助けに――」
踏み出そうとして、横合いから飛び込んできた亡者に押し倒される。
頭を捕まれ、地面に押し付けられて、腕を捻りあげられた。
動けない。どうにか脱出しようとあがく俺の目の前で、ガザーヴァに何かが覆いかぶさるのを見た。
覆面を被った巨漢のアンデッド。
そしてそれを遮蔽物として突撃する、全身鎧の亡者。
あの鎧は――正罰騎士だ。
エーデルグーテ最強戦力の一角、死してなお神に忠する強者たちが、ガザーヴァのもとへ殺到する。
その剣が、ガザーヴァの胸を貫いた。
「ガザッ――」
>「みょ……じ…………逃げ……て……」
そして、剣に付いた血糊を払うみたいに、ガザーヴァは地面へと打ち捨てられた。
嘘だろ。ガザーヴァが死んだ……?考えるな考えるな!あいつはレイド級のモンスターだ。
人間にとって致命傷でも、まだ死んだとは限らない。……限らない!!!!
「ふ、ぐ、おおおおおおおっ!!!」
ありったけの魔力を四肢に込めて、どうにか亡者の戒めを振り払う。
少しでも、少しでもガザーヴァに近づこうとして、上から痛みと重さが降ってくる。
ガザーヴァを貫いた正罰騎士が、今度は俺に目標を定めた。
周りの亡者どもに俺を拘束させて、剣を振り上げる。
-
「舐めんな……!!」
俺は白スーツから閃光を放った。
目ん玉腐ってるゾンビ相手に目眩ましは意味がない。
だけれどこいつはエーデルグーテで織られ、祝福を受けた魔法アイテムだ。
その光には聖なる力が宿る。正罰騎士のゾンビは面頬の奥を灼かれて仰け反った。
亡者が怯み、拘束が緩んだほんの一瞬の隙。
俺を掴む亡者に全力で蹴りを入れて、戒めが解かれる。
つかの間の自由を取り戻して、ガザーヴァの元へ走る。
あの正罰騎士はアンデッド、武器にエンチャントはかけていなかった。
聖属性でも付与されてれば貫かれたガザーヴァは身体の内側まで灼かれてただろうが、
単純な物理攻撃ならまだ生きてる可能性はある。
今すぐ傷を塞いで処置すれば――
そのとき、太腿に衝撃が走った。
一瞬置いて、強烈な灼熱感と痛み、そして異物感。
見下ろせば、俺の足から鎌の刃が生えていた。
「あっ……なぁ……?」
背後には、大鎌を構えた亡者が一人。
振り下ろされた鎌が、俺の足に突き立っていた。
「があああああああああっ!!!」
足から力が失せ、その場でまろぶ。
伸ばした手はあと少しというところで、ガザーヴァに届かない。
太腿から鎌が抜かれて、スーツのズボン越しに空いた穴から赤黒い血が吹き出した。
やばい。やばいやばいやばい!痛い!!!
太腿にはでかい血管が通ってる。手で抑える隙間からどんどん血が溢れてくる。
眼の前が急速に暗くなっていくのは、血圧の急降下による意識消失の前兆だ。
「こんな……こんな……ところで……」
ぐるぐると過去の記憶が早回しで頭に浮かぶ。
まずい。走馬灯まで見え始めた。脳みそがガチで死を悟ってる。
やめろ。まだ意識を手放すな。こんなところで。こんなところで死んでたまるか。
――じゃあどこなら死んでもいいんだ?
益体もない思考ばかりが上滑りする。
ふざけんな、死んでも良い場所なんてあるわけねえだろ。
――死ぬ覚悟もないのに、オデットを殺すとか息巻いてたのか?
やめろ。何が言いたいんだ俺は。
いや分かってる。命のやりとりだってのに、俺はまだ自分が死なないと無根拠に考えていた。
矢面に立って傷つくのはいつもジョンやエンバースで、前に出ようなんて思いもしなかった。
そして後方への警戒を怠って、結果が今の惨状だ。
「く……そ……死にたく……」
-
>「これから死んでいく貴方たちに、大賢者様の深謀遠慮を推し量る必要はないわ。ま……とにかくもうお遊びはおしまい。
大賢者様はこれからお忙しくなる身。もう貴方たちを野放しにしていたところで得もない。
貴方たちはお払い箱なの……これから始まる新しい世界、大賢者様のリリースする新しいゲームには、ね!
さようなら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』、お疲れさま――あっはははははッ!」
リリース……?新しいゲーム……?
何を言ってんだあいつは。新しい世界をリリースする……
似たようなことをイブリースの野郎も言ってた気がする。
――>『もう二度と、ニヴルヘイムの同胞たちに死の痛みを味わわせることはせん。
そのためならば、オレはどんなことでもしよう。だからこそ、オレは継承者どもの提案さえ受け入れた。
此処に代わる新たな世界など、オレには想像もつかんが――』
ひひっマジかよ。
ローウェルはガチのマジで、世界をもう一個でっちあげようとしてんのか?
結局イブリースからはコトの真相を聞けずじまいだったが、そういうことかよ。
侵食の解決は諦めて、三世界から新しい世界に移住でもしようってのか。
ブレイブ&モンスターズを。
捨てようとしてやがるのか。
「ふざっ……けっ……」
どれだけ怒りを燃やそうとも、頭に昇るだけの血がもう残ってない。
手足が冷たくなって、唇がガサガサに乾いているのが分かる。
霞む視界の中央で、亡者が俺を貫いた大鎌をもう一度振り上げるのが見えた。
そのとき、俺のスーツよりも強烈な閃光がカタコンベを照らした。
この感覚には覚えがある。ピタリと固まった亡者の動きにも。
>「ウィズ……」
「な……ゆた……ちゃん……?」
降ってくる声にどこか懐かしさすら感じながら、俺は何かに引きずられてその場を離れた。
◆ ◆ ◆
-
このまま眠るように失血死してしまったほうが、いっそマシな最期だったかもしれない。
だけど俺はこうして生きながらえて、意識も保っている。
エンデが来た。そして、奴に連れられてウィズリィちゃんと対峙しているのは、なゆたちゃんだ。
俺はエカテリーナに引っ張られてガザーヴァやマゴットと一緒に後方へ下がり、
ポーションを何本も腹に入れている。
体力、ゲーム上で表現されるいわゆる「HP」が具体的に何を意味するかには色んな解釈がある。
生命力そのものを指す場合がおそらく一番多いだろう。
傷つけば失われて、治療を受ければ回復する。ゼロになれば死ぬ。わかりやすい指標だ。
そしてもうひとつが「致命傷を回避するための集中力」を表現してる場合。
ヒットポイントって言葉はもともとこっちを指しているんだって聞いたことがある。
ダメージは傷付いてるんじゃなくあくまで集中力の減少、防具を付けることでダメージが減るのは回避に集中しなくて済むから。
俺はこっちの説のほうが理に適ってると思ってる。
生命力がミリの状態でも満タン時と遜色なく飛んだり跳ねたりできるのおかしいもんな。
俺のHPはどうやら前者の方だったらしい。
回復ポーションは俺の生命力を「限りなく0に近い1」から2〜3くらいまで戻してくれたが、
瀕死には変わりなくて、まともに動けそうになかった。
不幸中の幸いか、傷口から溢れてきたのは赤黒い静脈血だった。
動脈が傷ついていれば噴き出す勢いもこんなもんじゃ済まない。
ものの数秒で失血死していた。
ギチギチに縛ってどうにか止血を施し、マゴットとガザーヴァの容態を確認する。
ともに瀕死の状態だ。一命は取り留めているが、十分と持ちやしないだろう。
エンデと共に現れたなゆたちゃんは、何か特別な策を携えてきたとか、そういうわけでもなかった。
まったくの無手。されど何かを確信し、信頼して、俺たちの前に出る。
>「じゃあ……意地でも目覚めてやる!
大丈夫、寝起きはいい方だから! なんたってもう五年以上、毎朝早起きしてお弁当作ってきたんだもの!」
「待て……なゆたちゃん!死ぬ気か……?」
かすれた声で放った俺の制止は虚しく虚空へ消え、なゆたちゃんは走り出す。
エンデとの間でどういうコンセンサスがあったのかはわからない。
それでもあの継承者はなゆたちゃんをここへ連れてきた。
『目覚め』――この状況を打開する、なゆたちゃんの中に眠る何か。
今はそれを、それだけを、信じるしかない。
>「明神」
完全に後方解説者面していた俺に、エンデが声をかける。
>「これまでの戦いで、カザハは命を懸けた。
ジョンも、エンバースも、そして今はシャ――モンデンキントが命を懸けている。
懸けていないのは、あなただけだよ」
「おまっ……お前!お前も目ん玉アンデッドかよ!?現在進行系で死にかけてるところだろうが!」
>「こんな重傷者捕まえて命懸けてないだって……!?」
たまらずカザハ君と一緒に反駁する。
いくらポーションが効いてるからってこんなもんは命の前借りだ。
太腿ぶち抜かれた傷がなかったことになったわけじゃない。
-
>「それに……! 我が死にそうな局面なんて無かっただろう!?
口車に乗せるために適当なことを言ってるだけだ!」
俺たちがどれだけ泡を飛ばしても、エンデはどこ吹く風で全てを無視した。
>「……ここにスペルカードが一枚ある。
これを使えば、きっとこの不利な状況を打破できる……そんな強力なカードさ。
ただし、使えば死ぬかもしれないけれど」
話を続ける。差し出されたのは、見たこともないカードだった。
>「『超合体(ハイパー・ユナイト)』。
手持ちのパートナーモンスター二体を合体させ、規格外の強さを持つ超レアモンスターを召喚するカードだ」
「なんだよ、それ……そんなカード聞いたことない」
『合体』ってのは知ってる。低級モンスター同士を融合して準レイド級を生み出すっていう、
中盤あたりでお払い箱になる使い所の限られたスペルだ。
その上位版があるなんて知らない。この俺が知らないスペルがブレモンにあってたまるか。
>「知ってると思うけど、コストの高さは肉体と精神の負担に直結してる。
明神、今の傷ついたあなたじゃ超レアモンスターを召喚はできても、その瞬間に即死するかもしれない。
即死を免れたとしても、モンスターは駆け足であなたの生命を吸い上げていくだろう。
長く使えば間違いなく命にかかわる」
否が応でも、アコライト防衛戦での帝龍の姿が頭を過ぎる。
マホたんの口づけで超レイド級のアジ・ダカーハをさらにレベルアップさせて……膨大なコストで間接的に倒した。
あの時の、襲い来る負荷にのたうち回ってた帝龍と、同じことが俺の身体にも起きるのか?
耐えられるわけがない。
>「さあ、明神。
カザハは命を懸けたよ。ジョンも、エンバースも、モンデンキントも――」
>「……あなたは。懸ける?」
「お前……!」
伸ばした腕は差し出されたカードを横切って、俺はエンデの胸ぐらを掴んだ。
「ふざけんなよお前、いい加減にしろよ……!!
大事なことは何一つ説明しねえで、訳知り顔で出たり消えたりしやがって!!
そんな切り札があるならなんでこの期に及ぶまで出さなかった?
まるでそれ以外の選択肢がなくなるまで、待ってたみたいに……!」
エンデの問いかけは、悪魔との契約だ。
どうしようもなく危機に瀕してから、唯一の解決策を提示する。
実際は何一つ自分で選べやしないのに、選択の幻想を見せられている。
「命を懸けるかだと?懸けたくねえに決まってんだろうが!!
お前の言う命懸けってのは自己犠牲のことか?そんなもんクソくらえだ。
カザハ君も!ジョンも!エンバースも!なゆたちゃんも!……命なんか懸けさせたくねえよ。当たり前だろ」
例え世界を救うためであろうが。
死んでほしくない。傷ついてほしくない。
そしてその願いは誰にも届くことなく、戦う力を失ったなゆたちゃんまでもが、敵前に飛び出して行ってる。
-
きっと、エンデは「覚悟」の話をしてるんだろう。
俺にはそんなもんはない。命を賭する覚悟がなきゃ、世界を救えないなんて、認めない。
俺は俺が大事だ。俺と仲良くしてくれた全員が大事だ。
誰も犠牲になんかしたくない。もう間に合わないんだとしても、諦めたくない。
「もうひとつ言っとく。俺はお膳立てが嫌いだ」
エンデの襟元を放し、手の中のカードをひったくる。
「仕方なくとか、他に手がないからとか、消去法で何かを選ぶのも嫌いだ。
俺がこれまで歩いてきた道は、全部俺が自分で考えて、決めた選択肢だ」
足元に寝かされたガザーヴァを見る。マゴットを見る。
二人共止血もままならないほどに傷は深く、絶え間なく流れる血が地面を濡らしている。
呼吸も浅い。5分もしないうちにどちらも事切れるだろう。
そして瀕死なのは俺も変わらない。
立ち上がって怒鳴ったせいで血が足りなくなったのか、指先は震えて目の焦点も定まらない。
これじゃスマホを手繰ることだってできやしない。
>「明神さん、駄目だ。今の状態でそんなものを使ったら即死んでしまう。
だから……せめて回復してからにしよう」
ふらつく俺の背を、支える温かいものがあった。
カザハ君の手のひら。隣にはカケル君も居る。
>「「――キュアウーンズ」」
熱を持った何かが流れ込んできて、再び視界がクリアになった。
手の震えも、止まった。
「……ありがとな。おかげでちゃんと頭を使える。考えて……結論を出せる」
気力を使い果たしたのか、カザハ君はスマホに引っ込んでいった。
いつの間に主従逆転してんだこいつら。
-
>「……明神さん、多分ですけどカザハは明神さんのことが……。
……いえ。なゆたちゃんは分かりやすく人気者ですけど明神さんだって負けないぐらいみんなに好かれてるんですからね!
万が一明神さんに何かあったらカザハ、泣きますよ! そんなことになったら私、怒りますから!」
「……知ってる。分かってる。俺がお前らと何回一緒に死線潜ったと思ってんだ。
俺はお前らのことも、自分と同じくらい大事だし、大好きだ」
世界を救うことなんか、俺の大事なもの達に比べれば知ったこっちゃない。
だけれど、だからこそ、大事なものの為なら、俺は命を懸けても良いって思える。
覚えておけよ『黄昏の』エンデ。この選択は『仕方なく』なんかじゃない。
「俺が選んだんだ。……こうするってことを」
エンデから奪ったカードを空に掲げる。
「スペルカード『超合体(ハイパー・ユナイト)』――プレイ」
マゴットとガザーヴァを覆うように闇色の帳が形成される。
その中で何が起こっているのか、俺には推し量ることができなかった。
「う、ぐ、お、おおおおおおおおお!!!!!!」
――心臓を締め付けるような強烈な負荷に襲われていたからだ。
次いで頭痛、脳が加熱するような感覚。
視界が赤く染まるのは、目の毛細血管が切れて出血してるからだろう。
呼吸ができない。
肺と胃袋にそれぞれ重石を入れられたみたいだ。
汗と涙と血と鼻水が顔に滝をつくる。噛み締めすぎて奥歯が一本、弾け富んだ。
砕けた歯を吐き出しながら、呂律の回らない舌で、言った。
「………………い……け……!」
【エンデ相手に切れ散らかすも『超合体』を受け取る
マゴットとガザーヴァを対象に発動】
-
【オンリー・マイ・ブレイドアーツ(Ⅰ)】
閃くダインスレイヴ=精妙/神速――だが、手応えなし。
刃が悪魔の種子に届くその寸前、オデットは上体を霧化。
それは回避行動であり――同時に超高密度の魔霧の炸裂。
曝露すればネクロドミネーションは確実――エンバースは素早く後ろに飛び退いた。
「……しまったな。こういう役回りは俺以外がすべきだった。
こうもビビられていると、小手調べもろくに出来やしない」
『ふふ……自信家なのね。
貴方のことは大賢者様から聞いているわ、エンバース――いいえ、ブレイブ&モンスターズ! 元日本チャンピオン、ハイバラ』
「なるほどな――誕生日は4月2日。血液型はAB型だ。他には何が知りたい?」
『ミズガルズで唯一、貴方だけが大賢者様のアバターを倒したのだと……。
その褒美に、世界の理の外にある剣。ダインスレイヴを与えたのだと』
「ローウェルが?馬鹿言え。コイツはブレモンの運営から――」
不意にエンバースが言葉を失う――己の口からふと零れた言葉に、自分自身が惑わされた。
「――いや、待て。まさか……そういう事なのか?」
そして――アイデアロールは成功する。
『でも、無駄よ。無駄……例え大賢者様の霊廟を踏破した貴方であっても、オデットを倒すことはできない。
ダインスレイヴの本当の力を引き出してさえいない、その遣り方も分からない貴方にはね。
とんでもないミスをしでかしたのは、果たしてどちらかしら?
大賢者様の思惑通り魔王になっていれば、そんな醜態を晒すこともなかったでしょうに――』
「そうか、そうか。そういう事かよ。俺をあんなクソゲーにブチ込んだのも、ローウェルの仕業って訳だ」
まず初めに闇色の双眸が/次いで全身が激しく燃え上がる。
ダインスレイヴが溢れる炎を吸収/一方で――魔力刃は縮んでいく。
単純な斬撃は霧化によって回避された/ならば、単純でない事をするまでだ。
高密度に圧縮した魔力刃は、一瞬の間に伸長させれば擬似的な遠距離攻撃として機能する。
予備動作などない/術者の体内で流動する魔力も/呪文の詠唱も必要ない。
魔力刃の圧縮が臨界点に達する/その剣先がオデットを睨む――
『うっせー! ゴチャゴチャ謎っぽいコト言ってんじゃねーぞ魔女子ぉ!
焼死体がムリならボクがやってやらぁ、ボクと明神にできねーコトなんてねーんだよ!』
「おい、待て。誰が無理だなんて言った……クソ、デバフも撒かずに前に出やがって」
零れる悪態=精神の乱れの発露――エンバースは激昂していた。
或いは、憎悪に駆られているいう表現ですら過言ではなかった。
ハイバラの一巡目は失うばかりの旅だった。友/最愛/未来――何もかもを失った。
その旅がただの不運ではなく、誰かに仕組まれたものだったかもしれない。
全て喋らせてやる/殺してやる――そう思わずにいられる筈がない。
-
【オンリー・マイ・ブレイドアーツ(Ⅱ)】
『オオォオォォオオオオオ!!』
『あらよっとォ!』
流星の如く迫る光弾/踊るように躱す幻魔将軍――接近/跳躍=オデットの背後を取る。
『オバチャン、闇の世界の実力ナンバーワンなんだってな?』
『わりーケド、その看板は今日限りだ。
なんたって闇の世界の実力ナンバーワンの肩書きはこれから『うんちぶりぶり大明神』のモノになるんだかんな!
つーコトでぶっ倒す!!』
「馬鹿言え。一位はこの俺……まあ、この状況を覆してくれるならなんでもいい」
エンバース=口調はそのまま/光弾の残滓を魔力刃に吸収――抜け目なく、訪れ得る次のターンに備える。
『終焉の刻は訪れり!
666の嘲句を弄し、我! 此処に魔槍の封印を解かん――!!』
詠唱――ガザーヴァの魔槍がその真の姿を露わにする。
『貶め嬲れ、欺き祟れ!
此れぞ……えぇーっと、此れぞ……なんだっけ……?
めっちゃ久しぶりに使うから詠唱忘れた! でもまーいっか!
とにかく喰らえ―――』
『ゴオオォォオオォォォオォオオオォォ……!!』
瞬く闇色の奔流/オデットへのダメージは見られない――問題はない、まだ。
このスキルの名は『業魔の一刺』――業魔の一撃と同等/同質の戦技。
即ち、初撃はただの布石に過ぎない――本命の一撃は、これから。
『―――『業魔の一刺(アウトレイジ・インヴェイダー)』!!!!』
魔力を帯びたガザーヴァの突貫=冬の夜闇の如く迅速――オデットの上半身が消し飛ぶ。
『へへっ! どォーだ!
ボクの最大必殺技を喰らえば、いくら不死身のオバチャンだって――』
「水を差すようだが……霧になって回避されなかったって事は――」
飛散したオデットの上体が何事もなく再生/状態異常の付与も確認出来ない――今度は、問題ありだ。
『……ダメかぁ〜』
『あはははははははッ!
頭が悪いっていうのは、本当に不幸なことよね?
何をやったって勝ち目はないって、倒す方法なんてないって。
そう何度も親切に教えてあげているのに、死ぬまで理解できない!』
「なんだ、お前には見えていないのか?真実が。俺には見えるぜ――俺には、特別な知恵があるんだ」
何の意味もない戯言=お前の挑発に取り合うつもりはない。
『愚かな者たちを導くのが、わたしたち知恵ある者の務めとはいえ……それにも限度はあるの。
ならば、せめて最期まで見届けてあげるから――理解できないまま死んで、どうぞ?
この世界の行く末。すべての絡繰り。それを何ひとつ知らずに死ぬというのは、ある意味幸せかもしれないわ!』
「ああ、ああ、そうだろうな。俺達に勝ち目はないし、宇宙は地球を中心にして廻っているんだ」
-
【オンリー・マイ・ブレイドアーツ(Ⅲ)】
言動は威勢よく――だが、実際のところ状況は芳しくない。
包囲網を縮めるスケルトン/遠巻きに魔法を放つスペクター。
地下墓所に瞬く闇色の閃光=ダインスレイヴの刃が弧を描く。
アンデッド共が数十体まとめて燃え上がる/腰から上下に分かたれて崩れ落ちる。
だが押し返せない――切り開いた空間に新たなアンデッドが押し寄せ、埋める。
無論、エンバースはただ無策のままその場凌ぎをしている訳ではない。
死骸に引火した炎/攻撃魔法の残滓を吸収して、ダインスレイヴを強化している。
しかし――強化して、どうするのか/それでオデットを倒せるのか――確信は持てないままだ。
ハイバラの一巡目の旅がそうだったように――漠然とした、掴みようのない不安感が募っていく。
『安心しなさい、死んでもすぐにオデットが眷属として蘇らせてくれるから!
そして皆、侵食に呑まれて消えてゆくのよ。
さあ――大賢者様の新たな世界創造のため! 死になさい、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』!!』
アンデッド共の攻勢が一層強まる/ダイスロールの時間だ――俄かに激化する脅威を捌き切れるか。
『マゴちん! ……あぐゥッ!』
『へ、へへ……。
いくら最強のボクでも、これは……ちょぉーっとヤバげかな……?
明神、もしかボクがやられたら、オマエだけでも――』
そして――ファンブルを出したのが、まず二人。
『ぅく……、無念じゃ……!
このままでは全滅は必至、撤退するぞ! 妾とアシュリーがしんがりを務める、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』!
其方らは何としても離脱せい!』
「なるほど、最悪の作戦だ。しかも、その上――実現不可能と来たもんだ」
『ふふ。逃がさないわよ?』
「ああ、だろうな。俺もそのつもりだ――フラウ、皆をカバーしろ!」
魔女が細指を鳴らす/追って地下墓所に響く蠢動音――エンバースの周囲を、何かが巡っている。
エンバースは黒煙混じりの溜息を一つ/姿勢を低く/ダインスレイヴを振りかぶる。
時間稼ぎに付き合うつもりはない/仕掛けてこないなら、ただ斬るまで。
そして――次の瞬間、エンバースの眼前に迫る黒塗りの刃。
待ちから攻めへと転じる瞬間を突かれた――容易く受け止める。
襲撃者――穢れ纏いは退かない/刃を更に押し込む=鍔迫り合いの姿勢。
「なかなかイカした格好じゃないか」
エンバースは強気な笑み=鍔迫り合いは、単なる力比べではない/膂力を一つの手札とした、技巧比べ――つまり負ける筈がない。
「だが、この俺を相手にハンドスキルで勝負しようなんてのは、百年、千年――」
拮抗した鍔迫り合い――エンバースが体ごと前へ強く踏み込む/瞬間、穢れ纏いが絶妙に刃を引いた。
前に出たエンバースに肩透かしを食わせる形=前のめりに体勢が崩れた所を斬り伏せる。
そうなる筈だった――少なくとも穢れ纏いはそうなる事を前提として動いていた。
そして――エンバースは、穢れ纏いがそう動く事を前提として動いていた。
押し込むのは一瞬/即座に刃を引く――手首を返して流れるように下段へ。
-
【オンリー・マイ・ブレイドアーツ(Ⅳ)】
「――いや、一巡早い……」
左腕を畳んで裏刃を跳ね上げれば、穢れ纏いの両腕を斬り飛ばせる状況。
〈ハイバラ――!〉
しかし、不意にエンバースを呼ぶ声=長年の経験で分かる――これは警告だ。
気づいた時にはもう遅い――背後から迫る二つの微かな衣擦れ音/殺気。
灰化=不可能――身に纏う炎が散り薄まれば、魔霧に体を奪われる。
そして、剣閃――エンバースの左腕/右脇腹が切り裂かれる。
「ぐあっ……!」
痛い/熱い――神経の通わない、遺灰の器を斬り付けられただけなのに。
祝福/聖別を帯びた刃を受けて、エンバースの動きが一瞬鈍った。
一瞬――穢れ纏いが対手を仕留めるには十分過ぎる時間。
黒塗りの刃が完璧な連携の下、三度閃く――そして、空を切った。
〈……すみません、ハイバラ。あなたの傍を離れるべきじゃなかった〉
フラウの触腕がエンバースを掴み、間一髪、その身を引き寄せていた。
最悪の事態は免れた――だが、それだけだ/状況は何も好転していない。
「やめろ、俺が選択を間違えたんだ。ああ、まただ……嫌になるぜ」
状況に正しく立ち向かうなら、フラウに皆を助けさせようとするべきではなかった。
助けたところでろくな戦力になれない負傷者など構わず、自分を優先すべきだった。
一巡目にも、何度も間違えた選択――それでも、また間違えずにはいられなかった。
『貴方たちは今まで、ニヴルヘイム相手に自分たちの実力で勝ち残ってきたと思っているのかもしれないけれど。
勘違いしないで? 貴方たちは単に『生かされてきた』に過ぎない……。
大賢者様の寛大なお心によって偶々『お目溢しされてきただけ』なのよ――!」
戦線は完全に瓦解した――最早、アンデッド共を再び押し返す事は不可能だった。
『こ……、此処まで来て……。
一度は『永劫』の賢姉に認めさせたというのに……成功したはずなのに……。
こんな結末になるなんて……』
「おい、よせ……泣き言なんか聞きたくないぞ。そもそも……こんな結末ってなんだよ」
『妾たちは……今まで師父のために戦ってきた……。
侵食に対抗する、世界を守る……それが師父の意思と信じてやってきたのじゃ……!
だのに、そうではなかったのか? 師父は侵食を肯定しておると?』
「エカテリーナ、お前もか。あのウィーズリーが本当の事を言ってるとも限らないだろ。しっかりしろ」
『ならば我ら継承者が今まで死に物狂いでやってきたことは、一体なんだったのじゃ!
分からぬ……あらゆる虚構を暴く妾の眼をもってしても、師父のお考えがまるで――!」
「ああ、俺にもお前達の考えが分からない――教えてくれ。こんな結末ってなんだ?」
敗北は/全滅は目に見えていた――それでも、エンバースは諦めていない。
かつて日本最強と謳われたブレモンプレイヤーの目には、まだ勝機が見えている――
――なんて事はない/ただ、知っているだけだ――今この瞬間よりも、もっとひどい最悪の状況を。
-
【オンリー・マイ・ブレイドアーツ(Ⅴ)】
「何が終わったんだ?まだ、誰も死んじゃいないのに……何が終わったって言うんだ」
少なくとも、まだ誰も死んでいない――だから、この状況はまだ最悪ではない。
『これから死んでいく貴方たちに、大賢者様の深謀遠慮を推し量る必要はないわ。ま……とにかくもうお遊びはおしまい。
大賢者様はこれからお忙しくなる身。もう貴方たちを野放しにしていたところで得もない。
貴方たちはお払い箱なの……これから始まる新しい世界、大賢者様のリリースする新しいゲームには、ね!
さようなら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』、お疲れさま――あっはははははッ!』
アニマガーディアンの顎門に魔力が収束する/オデットがそれに合わせて瘴気の矢を五指に宿す。
「……お遊びはここまでか?だが、時間をかけすぎたな。もう十分、ダインスレイヴは魔力を吸い上げた」
見え透いた嘘――攻撃魔法の残滓を掻き集めたくらいでは、ダインスレイヴは最大火力を発揮出来ない。
それでも、言うだけならば損はない――少なくとも継承者二人の泣き言くらいは止まるかもしれない。
その結果、二人のパフォーマンスが持ち直して――なんやかんや逆転の目が見えるかもしれない。
可能性は限りなくゼロだ。分かっている――それでも、決してゼロではない。
「行くぞ、ダインスレイヴ。俺の声に――」
そして――不意に、戦場を眩い光が塗り潰した。
目が眩む――エンバースには何が起きたか分からなかった。
ただ一つ分かる事は、静かだった――アンデッド共の、骨が鳴る音がしない。
『こ、これは……!?』
閃光が収まる――アンデッド共は、その全てが彫像のように静止していた。
スケルトン/スペクターだけでなく、アニマガーディアンやオデットでさえ。
そして――その凍り付いた戦場の中心に/『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の先頭に、なゆたが立っていた。
「お前……どこから……」
『来たわね、ナユタ。
貴方にもお久しぶり……と言った方がいいかしら』
『ウィズ……』
『あら。……感動の再会だと思うのだけれど。
意外と驚いてくれないのね?』
――感動の再会だったら、俺達だってそうだ。すっこんでいろ。
そんな言葉が喉元まで出かけて、黒煙の嘆息と消えた。
とにかく、今は体勢を立て直す必要があった。
ひび割れたスマホをタップ――【奮起】を発動/聖属性に再生を阻まれた左手を回復。
一枚では傷は完全に塞がらなかった――後方に保護された明神達を振り返る。
明神/パートナー共に長くは持たない重傷――スマホを再びタップ。
発動した二枚目の【奮起】は、エンバースの負傷を完全に修復した。
明神は適切な治療なしでは長くは持たない――つまり、すぐには死なない。
この後の展開がどうなるにせよ、前衛がまともに動けなければ、後衛もじきにやられる。
-
【オンリー・マイ・ブレイドアーツ(Ⅵ)】
『……ッ、形勢……逆転……かの、ウィズリィとやら……。
そなたの頼みの綱たるアンデッドどもは動きを封じられておる……、いくら妾たちが満身創痍といえど、
『魔女術の少女族(ガール・ウィッチクラフティ)』ひとりくらいは倒せよう……!』
だといいがな、とは言わなかった。どうせそうはならないからだ。
極めて憎らしい事に、このウィズリィという魔女は周到だ。
長々としたお喋りは、余裕の裏返しだと分かっていた。
事実――アンデッド共を静止させていた未知の魔法効果は、ディスペル一つで無効化された。
『さあ――ナユタ。わたしに見せて頂戴?
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の真骨頂を。勇者の称号に相応しい力を!
絶体絶命、十死に零生のこの状況で……誰ひとり死なせず勝利をもぎ取る智慧を!
少なくともわたしには思いつかないわ、でも貴方にはあるんでしょう? その秘策が!』
「ああ、ソイツは俺も聞かせてもらいたいね。勿論、俺には独自の勝ち筋が用意してあるが参考までに――」
『そんなの、ないよ』
「――なん……だと……?」
『何それ? 策もない、力もない、スキルもスペルカードもない!
それでどうやってオデットを倒すつもり? あの不死者の王を、究極のアンデッドを!
自分が滅茶苦茶なことを言っているって、貴方、理解しているのかしら?』
「ああ、なんだか嫌な予感がしてきたぞ、フラウ……」
『生憎だけれど、滅茶苦茶でもない。
わたしには――ううん、わたしたちにはまだ、とっておきの力が残ってる。
その力を使ってきたからこそ、わたしたちはここまで戦ってこられた。生き残ることが出来た。
例えパートナーがいなくたって。スマホが壊れていたって。
この力だけは無くならない、誰にも奪えやしない。
わたしたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たらしめるもの――』
『――『勇気』が』
その瞬間、エンバースは小さく笑った――失笑、といった様子ではなかった。
正直に言って――エンバースはそういった精神論はあまり好きではなかった。
勿論、プレイヤーが実力をフルに発揮するには、安定したメンタルが必要だ。
だが、それはあくまで内省的な――自分との戦いの話に過ぎない。
敵は常に工夫している――ならばそれ以上の工夫なくして、勝利が得られる筈もない。
そう思っていた筈なのに――アイツが言うなら、そういうのも悪くないと思ってしまった自分に、エンバースは笑った。
『エンデ!
わたしが目覚めたら、何もかもまるっと解決するって言ったわよね!?』
オデットの放つ攻撃魔法を躱しながら、なゆたが前に走り出す。
「お、おい!いくらなんでもそれはやり過ぎ――」
『言った』
『じゃあ……意地でも目覚めてやる!
大丈夫、寝起きはいい方だから! なんたってもう五年以上、毎朝早起きしてお弁当作ってきたんだもの!』
「目覚め……?目覚めってなんだよ……ええい、クソ!やるぞ、フラウ!」
-
【オンリー・マイ・ブレイドアーツ(Ⅶ)】
叫ぶエンバース――ダインスレイヴによる伸びる斬撃は援護射撃には不向き。
つまり、なゆたを援護したければ――敵陣に飛び込んでいくしかない。
ガザーヴァもマゴットもいない=負担の分散出来ない最前線へ。
フラウが主人に先んじて敵陣へと飛び込む/少女を追い抜く――瞬く白閃。
エンバースがそれに続く/魔力刃の一薙ぎで数十の骸を斬り伏せる。
だが――その程度ではまるで足りない/処理が追いつかない。
それでもエンバースは更に奥深くへ切り込む――処理し切れないなら、ヘイトを集めるまで。
「フラウ、死ぬなよ!」
〈ふん、それは私の台詞です。私は一回しか死んだ事はありませんが、あなたは?〉
「……あー、なんだ。善処するよ」
フラウは極めて俊敏/小柄――集団の中でも集中攻撃を受けずにいられる。
だが――敵陣の真ん中/孤立無援の状況では、それも長くは続けられない。
無数の刃を躱し切れない――少しずつ傷が増えていく/動きが鈍っていく。
やがて――フラウの姿がアンデッドの群れに飲まれて、見えなくなった。
パートナーの窮地。しかしエンバースはそれを援護しない――否、出来ない。
何故か――自分自身もまた窮地にいるからだ。鋭すぎる斬撃は、アンデッドと相性が悪い。
胴体を上下で泣き別れにしてやっても、スケルトン共は平気で這いずり寄ってくる。
ならばと四肢を切り落せば、切断された両手が胴体を投げ飛ばしてくる。
それこそ原型も留めないほど斬り刻まなければ、アンデッド共は止められない。
「……言っとくけどな、さっきのは全然本気じゃなかったんだ。次はマジでやるぞ。本当だからな」
その上――穢れ纏いが三人、再びエンバースを包囲していた。
苦し紛れの戯言などまるで意に介さず、穢れ纏いはエンバースに躍りかかる。
絶え間なく襲い来る連撃――防ぐ/弾く/いなす/躱す/機先を制する。
なんとか凌いでいる/だが、それで精一杯――ジリ貧だ。
なにせ敵は穢れ纏いだけではない――エンバースの背後で、聖罰騎士の骸が大剣を振り上げる。
エンバースは振り返らない/振り返れない――穢れ纏いが正面から斬り込んでくる。
だから――振り向かないまま、ダインスレイヴを大きく振り上げた。
「ふっ……!」
背面に回した魔力刃が、迫る大剣を防ぐ/精妙に受け流す。
そのまま前方の穢れ纏いへと唐竹割りを放つ。
閃き、交錯する魔力刃/漆黒の短剣。
「……ちっ」
そして――エンバースの左前腕が再び、深く斬り裂かれた。
エンバースの斬撃は――ほんの一瞬だが、穢れ纏いよりも出遅れていた。
最初に受けた聖罰騎士の斬撃が想定よりも重く、滑らかにいなす事が出来なかったのだ。
ここぞとばかりに穢れ纏いが攻めかかる。終わらせるつもりだ。
事実、右腕一本では左方からの攻撃をどう足掻いても防げない。
絶体絶命の窮地に、エンバースは動けない――その必要もない。
エンバースはただ、深く――アンデッドの身でその必要があるかはともかく、深く息を吸う。
「フラ――――――――ウッ!!」
そして、相棒の名を呼んだ――瞬間、白い影がエンバースの前へと躍り出る。
-
【オンリー・マイ・ブレイドアーツ(Ⅷ)】
〈ほら、やっぱり私の台詞だった〉
フラウ=全身切創だらけ/触腕も一本ちぎれた状態――まるで傷一つ負っていないかのような声色。
「いいから!五秒稼げ!」
〈たった五秒?……別に、彼らを倒してしまっても構わないんですよね?〉
「そういう減らず口、どこで覚えてくるんだ?」
〈あら、減らず口だって自覚はあったんですか?〉
フラウの全身が大きく捩れる/ぎちぎちと音を立てて/そして回転――触腕を薙ぎ払う。
溶け落ちたと言えども竜は竜――並み居るアンデッド共を力ずくで跳ね除ける。
だが、予備動作が明白過ぎる――穢れ纏いは容易くそれを躱してのけた。
直後、黒い剣閃――触腕が斬り飛ばされた/両腕を失ってフラウはなお怯まない。
体を収縮/収縮/収縮/全身が震えるほど強く収縮――跳躍=捨て身のぶちかまし。
穢れ纏いの一人が、超高速の突進を見切れず弾き飛ばされた。
しかし残る二人が即座に、慣性を失ったフラウを斬り伏せる。
続けざまに黒い刃がフラウの中心を貫き――地に縫い止めた。
そしてフラウに群がる無数の骸――その姿が、見えなくなる。
エンバースはその一部始終をただ見ていた/見殺しにする事になるかもしれない――それでも。
「確かに……俺から呼びかける事はあっても、お前の呼び声を聞いた事はなかったな」
手中の魔剣へ向けた、微かな呟き/返事はない――それを期待してもいない。
「まあ……そう考えると、ちょっと悪い事したなとは思うよ。とは言え、だぞ――
もし本当に、そんな力があるとしたら――お前、少しシャイ過ぎやしないか?」
――だから、今からでも頼む。お前の声を聞かせてくれ。俺に力を貸してくれ。
そこらの二流プレイヤーだったら……きっと今、そんな事を言うんだろうな。
けど……俺には無理だ。そんなありきたりな言葉で、助けを乞うなんて。
「代わりに、教えてやるよ。お前の真の力がなんであれ、それを俺が理解出来なくとも――」
そして――閃光。
-
【オンリー・マイ・ブレイドアーツ(Ⅸ)】
エンバースが担いだダインスレイヴを薙ぎ払う/魔力刃が閃く/伸びる。
穢れ纏いより更に遠く/地下墓所の壁を斬り裂き/オデットにすら届くほど――
――否。その奥で余裕の佇みを見せるウィズリィにすら届きかねないほど、刃は伸びる。
「――それでもお前の真の使い手は……この俺だ」
それはつまり、斬撃の軌跡になゆたを巻き込むという事――それでもエンバースは刃を振り抜いた。
刹那の剣閃が戦場を横断した――戦場を埋め尽くすアンデッドが受けた傷は、まちまちだ。
極限まで薄く引き伸ばされた魔力刃は鋭く――しかし必然、威力に欠ける。
切断まで至る事が出来たのはごく一部/装備や体格のいい個体は精々、怯ませる程度。
切り返しの刃がもう一度、戦場を横切る――ニ度/三度/四度と、閃光が瞬く。
だが――その吹き荒れる剣風の中、なゆただけが無事なままだった。
何故か――別に、何か特別なからくりがある訳ではない。
ただ魔力刃がなゆたに触れるその刹那のみ、刃を消失させただけ。
コンマ一秒にも満たない神速の斬撃の中で、四度続けてそれを成功させただけだ。
「……どうだ。見たか?この神業。こんなの、よそじゃどこに行ったって味わえないぜ」
得意げなエンバース――その胸を、黒塗りの刃が貫く/押し倒される。
咄嗟に体を捩り、魂核への直撃は免れたが――もう遺灰の体に力を入れられない。
穢れ纏いを払い除けられない/魂核へ押し込まれようとする短剣を、右手で食い止めるのが精一杯。
あと十秒もしない内に、エンバースは死ぬ――魂ごと消滅する。
なゆたが前に走っていられる時間を、ほんの一呼吸分ほど稼いだ代償に。
闇色の眼光が眼前の穢れ纏いから逸れて、なゆたを――それからウィズリィを見遣る。
もしかしたら、今度こそは本当に終わるかもしれない――なにせこれで三度目の正直だ。
なら、せめてその前に『勇気』の行く末と――ウィズリィの吠え面を見ておきたかった。
-
部長との連携プレイでザコをある程度蹴散らす事には成功していた。
未だかつてないほどブレイブとして戦えている事に高揚感を感じ…その勢いを増していった。
>「――亡者はゾンビやスケルトンばかりじゃないのよ?」
>『オォオォォオオォォォォォォォオオオォォオオオ……!!!!』
アニマガーディアン。名前を出すのも忌々しいのが目の前にいる。
小型のザコならいざしらず大型の敵は今の僕には…相手にできない
ガガァァァァァァァァァンッ!!!!
>「そんな莫迦な……」
一瞬で僕達の正常な呼吸を守ってくれていたアビスクルセイドによってできた穴を閉じさせ…僕達はますます劣勢になる。
「ゴホッ…ごほっ…」
いくら魔剣を使い瘴気にある程度の耐性ができたとはいっても今僕は治療が必要な身だ。
この瘴気に晒され続ければ真っ先にあの世行きになってしまう…かといって今の僕にできる事は…
>「うっせー! ゴチャゴチャ謎っぽいコト言ってんじゃねーぞ魔女子ぉ!
焼死体がムリならボクがやってやらぁ、ボクと明神にできねーコトなんてねーんだよ!
いっかぁ覚えとけ! “明神と幻魔将軍はブレモンにて最強”!!
こんなオバチャン朝飯前の晩飯前の、おフロ前……だぜぃッ!」
>「オバチャン、闇の世界の実力ナンバーワンなんだってな?」
>「わりーケド、その看板は今日限りだ。
なんたって闇の世界の実力ナンバーワンの肩書きはこれから『うんちぶりぶり大明神』のモノになるんだかんな!
つーコトでぶっ倒す!!」
明神の体調不良を感じて焦ったのか…カザーヴァが飛び出す。
>「―――『業魔の一刺(アウトレイジ・インヴェイダー)』!!!!」
カザーヴァのとっておき…業魔の一撃のように瘴気を纏った一撃。
準備も…反動なしでこんな大技をポンと出せる…まだまだ僕の力不足を感じたが…重要なのはそこじゃない。
……ズ。
ズズズ、ズズズズズズズズ……。
上半身を消し飛ばされたオデットがゆっくり…確実に再生していく。
今までの再生にはない不気味さを放ちながら…ゆっくりと
>「あはははははははッ!
頭が悪いっていうのは、本当に不幸なことよね?
何をやったって勝ち目はないって、倒す方法なんてないって。
そう何度も親切に教えてあげているのに、死ぬまで理解できない!
愚かな者たちを導くのが、わたしたち知恵ある者の務めとはいえ……それにも限度はあるの。
ならば、せめて最期まで見届けてあげるから――理解できないまま死んで、どうぞ?
この世界の行く末。すべての絡繰り。それを何ひとつ知らずに死ぬというのは、ある意味幸せかもしれないわ!」
「僕達は絶対に諦め…ないぞ」
僕にはできる事は精々ヤジと飛ばすだけ。
ダメ元で突っ込むこともできるが…ウィズリィのあの表情…そしてわざわざ僕達の攻撃が届きそうな場所にいる余裕。
今の僕は愚か全力を出せたとしても止められるかどうか…それに止めたところでオデットは止まらない。
-
諦めるな…仲間を信じるって決めたろ…ジョン。
僕はそう心の中で自分を鼓舞する。いかに危険な状況だって…みんなで力を合わせてここまできた。今回だってやれる…やってみせる。
例え…巨大な腕に持った曲刀を僕達に振り下ろされても…諦めるつもりはない…!。
生命の輝きを手に取る…僅かだが…瘴気の影響か力を感じる…。しかし…
「ふ…!は…!ぐっ・・・!」
剣で致命的な攻撃にならないように受けるのが精一杯で。
僕の身の丈と同じような刀を受ければ即死だ…だから飛んでくる瓦礫やその他は全部無視して…刃だけは受ける…。
抉れる肉、割れる骨。ショック死してもおかしくないような状態で耐える。
「悪い…ヘマをした…」
満身創痍なのは僕だけじゃなかった。この場にいる全員が…戦闘不能といって差し支えない状態に追い込まれていた。
せめて全力なら…そんなどうしようもない恨み言だけが僕の頭の中でループする。
>「ぅく……、無念じゃ……!
このままでは全滅は必至、撤退するぞ! 妾とアシュリーがしんがりを務める、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』!
其方らは何としても離脱せい!」
もはや撤退できるような状況ではない。
僕にはもう上半身を起こすだけの余裕すらないというのに…みんなだって似たような物だろう。
>「貴方たちは今まで、ニヴルヘイム相手に自分たちの実力で勝ち残ってきたと思っているのかもしれないけれど。
勘違いしないで? 貴方たちは単に『生かされてきた』に過ぎない……。
大賢者様の寛大なお心によって偶々『お目溢しされてきただけ』なのよ――!」
エンバースはまだ戦っている。諦めるな…まだ…まだなにかあるはずだ…。
一瞬でも無理と思った瞬間…僕達は…死ぬ…!
>「こ……、此処まで来て……。
一度は『永劫』の賢姉に認めさせたというのに……成功したはずなのに……。
こんな結末になるなんて……」
「う・・・るさい・・・!」
>「妾たちは……今まで師父のために戦ってきた……。
侵食に対抗する、世界を守る……それが師父の意思と信じてやってきたのじゃ……!
だのに、そうではなかったのか? 師父は侵食を肯定しておると?
ならば我ら継承者が今まで死に物狂いでやってきたことは、一体なんだったのじゃ!
分からぬ……あらゆる虚構を暴く妾の眼をもってしても、師父のお考えがまるで――!」
「恨み…言を言う…前に…!頭を使え!!」
考えろ……僕は諦めてなんかいないぞ…だから…考えて…
>「これから死んでいく貴方たちに、大賢者様の深謀遠慮を推し量る必要はないわ。ま……とにかくもうお遊びはおしまい。
大賢者様はこれからお忙しくなる身。もう貴方たちを野放しにしていたところで得もない。
貴方たちはお払い箱なの……これから始まる新しい世界、大賢者様のリリースする新しいゲームには、ね!
さようなら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』、お疲れさま――あっはははははッ!」
かんがえ………
-
カッ!
焼けるように眩しい閃光が辺りを包む。
僕はこの現象を知っている…いや…正確にはこの現象を起こせる人物を知っている…!
「エンデ…」
出血と閃光の眩暈でなにも考えられない…。
もうポーションを自力で飲むことさえできない僕の体…僕の時間間隔を狂わせるのに十分だった。
必死に気絶しまいとこらえる僕の視界がようやく確保できて見た物は…なゆとウィズリィが対峙していた。
「生憎だけれど、滅茶苦茶でもない。
わたしには――ううん、わたしたちにはまだ、とっておきの力が残ってる。
その力を使ってきたからこそ、わたしたちはここまで戦ってこられた。生き残ることが出来た。
例えパートナーがいなくたって。スマホが壊れていたって。
この力だけは無くならない、誰にも奪えやしない。
わたしたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たらしめるもの――」
>「――『勇気』が」
>「ぷ……、あははははははははははッ!
何それ? 全部救うだなんて、そんなに自信満々に断言するから、よっぽど巧い作戦があるものと思ったら!
策はない? 勇気で戦う? この期に及んで冗談が過ぎるわねナユタ!
幼稚な精神論や根性論で戦いに勝利出来たら、誰も苦労しないのよ!
がっかりさせてくれるわね……オデット! もういいわ、まずナユタから殺しなさい!」
ウィズリィはなゆの言葉を笑い飛ばす。
なゆはウィズリィなど意に介さず…走り出した。
>「じゃあ……意地でも目覚めてやる!
大丈夫、寝起きはいい方だから! なんたってもう五年以上、毎朝早起きしてお弁当作ってきたんだもの!」
合体したが故に数は少なくなったがそれでも一般人が無視して進める数ではない!
>「ありったけの魔力を使え! もはや、モンデンキントに賭けるしかない! あ奴の目覚めとやらに……!」
エカテリーナとアシュトラーセが援護してもそれでも数が多すぎる!
>「こんな重傷者捕まえて命懸けてないだって……!?」
別の方向では明神とカザハがエンデと口論していた。
>「う、ぐ、お、おおおおおおおおお!!!!!!」
次の瞬間明神が人間とは思えない叫び声をあげていた…僕のが暴走した時と…似たような声だった…。
なんで…なんで…!
>「フラ――――――――ウッ!!」
エンバースも…なにが起きてるか僕にはさっぱり分からない…みんなの身になにが起こってるなんて普段でもわからないのに!
こんな切羽詰まった状況で把握しきれるわけない!!でも…!でも…!これだけは…わかる…!
「人に命を無駄にするなとか…言っといて…!どいつもこいつも気軽に命を賭けやがって…!」
僕はみんなとは比較的安全な所にいる。いや、移動させれたといったほうがいいか…
君は休んでて。そう言われた気がして非常に気に入らない。
なゆ達は…命がけで守られた人間が…その後の人生がどんなに辛く苦しいか……普通の神経じゃ生きていけないってこと……
なにも出来ずに…見送られた人間の気持ちを…分かってない…!
「はあ…はあ…ッ…ぐっ…」
這いずって生命の輝きの元へ近寄る。
生命の輝きは…僕の想いを感じ取ったのか…贄の気配を感じ取ったのか…目覚める用意ができていたようだった。
「力を…吸い込め!」
ヒヒヒ…ヒヤアアアアアアアアア!!!
生命の輝きは人を小バカにするように笑い…悲鳴を上げ…剣の先端がぱっくりと開き…瘴気を勢いよく吸い込み始めた。
僕の命と引き換えに…瘴気と瘴気を力の源としている者の力も…吸い取っていく。
アビスクルセイドに比べれば・・・瘴気を完全取り除ける…とはいかないが…これが少しでも…なゆの助けになれば・・・!
「約束したなら守れ!命を粗末にしないって…!人に夢を持たせたんなら…最後まで守れ!生きろ!破ったら僕が全員ぶっ殺してやるからな!!!」
【力振り絞って魔剣で瘴気を吸収する】
-
――ヴ。
ヴヴヴ、ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ――
明神が『超合体(ハイパー・ユナイト)』のスペルカードを切った途端、闇色の帳がマゴットとガザーヴァを包み込む。
帳を中心にまるで床へ血管が伸びてゆくように、放射状に禍々しい魔法陣が形成されてゆく。
巨大な蝿の印章。それが地下墓所の薄暗がりの中で赤黒く明滅し、膨大な魔力が迸る。
そして不快に明神たちの鼓膜を刺激する、不気味な風切り音。
ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ――
魔法陣が完成した瞬間、帳がまるで風船のように破裂し、消滅する。
ガザーヴァとマゴットはまだ倒れたままだ。魔法陣の中央で、まるで死んでしまったかのようにピクリとも――
否。
ヴヴヴヴヴヴ、ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ――
先に変調を見せたのはマゴットだった。
マゴットの身体が崩れてゆく。人型の蝿のようなそのシルエットが頭部から形を喪い、黒い霧状に変わってゆく。
頭部から、胸部。腕部、腰部。その身体が崩れ、まるで一本の筋雲のようにうねりながら上空へと飛散する。
が、むろん、マゴットは死亡した訳ではない。
霧のような筋雲のようなそれは、蝿だった。
マゴットの肉体が幾千万、幾億もの小さな蝿の集合体に姿を変え、空へと飛び上がっている。
耳触りな風切り音は、夥しい数の蝿の群れと化したマゴットの立てる羽音だったのだ。
ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ――
うねり、渦巻き、マゴットが変容した蝿の大群が地下墓所の中を乱舞する。
「――!? これは……」
さすがに異常事態に気付いたか、ウィズリィが警戒の表情を浮かべる。
と同時、今度はガザーヴァの方にも変化が現れる。四肢をくったりと弛緩させて横たわるガザーヴァの身体が、
不意にふわりと浮き上がる。
何億もの蝿の群れがまるで一個の意思を持つ生命体のようにのたうち、ガザーヴァの周囲を乱舞する。
ガザーヴァの身体はあっという間にマゴットの群れに覆われ、見えなくなった。
高く浮かんだガザーヴァを包み込んだ蝿たちが球体を形成する。
「……何が……起きておるのじゃ……」
十二階艇の継承者にとっても未知の出来事であるらしく、エカテリーナが固唾を呑んで巨大な蝿の球を見上げる。
アシュトラーセも同様で、ただ茫然とことの成り行きを見守るばかりだ。
そんな中、明神に『超合体(ハイパー・ユナイト)』のスペルカードを渡したエンデだけは、
いつもと変わらない無表情で球体を見詰めている。
「高濃度魔力検出、準レイド――レイド? いいえ、このレベルは……!?
そんなことある訳が……!」
パートナーモンスターのブックが蝿球から発せられる魔力を感知し、警報を発するのを見て、ウィズリィが目を瞠る。
マゴットの変じた蝿の大球が放つ膨大な魔力に床が鳴動し、ユグドラエアの根が軋む。
さすがに危険を察知したのか、ウィズリィは右手を横に払うとアニマガーディアンに号令を発した。
「アニマガーディアン! ジェノサイドスライサー!! あの球を微塵切りにしてやりなさい!」
『キョェァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!』
アニマガーディアンが三対の巨腕を揮い、曲刀を振り上げて蝿球へと突進する。
ジョンをズタズタに切り裂いた、アニマガーディアンの二大必殺技のひとつ・ジェノサイドスライサー。
蝿球は避けられない。アニマガーディアンの叩きつける六本の曲刀を、成す術もなく受ける。
ガガァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!
直撃だ。大音声と共に蝿球は爆発し、颶風が明神やカケルたちの身体を強かに打つ。
「アッハハハハハハッ! どんな奥の手を隠し持っていたのかは知らないけれど、残念だったわね!
どんな強力なモンスターも、その誕生を邪魔してしまえば無効化できる! ブレイブ&モンスターズ! の基本でしょう?
とっておきの隠し玉も不発! 貴方たちはどう足掻いても、この地下墓所で骸の仲間入りをするしかないの!」
ウィズリィが哄笑する。
確かに、『ぽよぽよ☆カーニバルコンボ』をはじめとするデュエル中に強力なモンスターを特殊召喚するデッキと戦う場合、
いかにしてその成立を妨害するかというのは基本中の基本である。
明神の使用したスペルカードも同じだ。仮に超レイド級を召喚できるスペックを秘めていようと――
召喚が成立する前に葬り去ればいいだけのことであろう。
蝿球があった場所には、まだ爆発の残滓か闇色の煙が漂っている。
一見してウィズリィの妨害が功を奏し、召喚は失敗に終わったかのように思える。
だが、明神には分かるはずだ。
全身を苛む激烈な痛みは、重圧は、まるで変わっていない。即ち――
召喚は成功した、ということが。
-
「言ったでしょう? わたしは貴方たちのことをずっとモニターしてきたって!
それはつまり、何をしたって無駄ということ――! 多少小細工をして裏をかいたところで、
死の瞬間が多少伸びたに過ぎない!
無駄なのよ、すべて無駄! 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄―――あははははははははははははッ!!」
蝿球が消滅したことで、ウィズリィが勝利を確信し哄笑する。
「さあアニマガーディアン、彼らにとどめを!
そんなに大切なお仲間なら一緒にしてあげましょう、ぐちゃぐちゃの肉片に。
全員ひとつの肉の塊に混ざり合ってしまえば、寂しくないでしょう?」
ギギ……とアニマガーディアンが髑髏の頭部を巡らせ、明神やカケル、ジョンを虚ろな眼窩でねめつける。
万策尽きた状況で、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』にアニマガーディアンの攻撃を防ぐ方法はない。
ウィズリィの言うとおり、個体識別もできないほどのミンチにされるしか――
「ハ! なかなかいい趣味してんじゃねーか魔女子?
ボクでも考えつかねーよーなエッグい殺し方考えやがって」
不意に、地下墓所の中で声が響く。
それは未だ上空に蟠る、闇色の煙の中から聞こえた。
「な……」
ウィズリィが目を見開く。
聞こえた声は紛れもなくガザーヴァのものだった。
「だーれが不発だってぇ? ちゃんと確認もしねーでテキトーなコト吹いてんじゃねーぞガリベン!
ボクは――ボク“ら”はいるぜ、確かにここに!
今からそいつを見せてやるよ――!!」
ぶわッ!!!!
闇色の煙幕が不自然に蠢き、竜巻のように吹き荒れる。
否、煙幕ではない。煙に見えていたものもまた、蝿の群れであった。
ガザーヴァを包み込んで球体を形成していた蝿たちが、アニマガーディアンの攻撃に対して球状を解除したもの。
実際は蝿球が自主的に崩壊したのが、たまたまアニマガーディアンの攻撃を受けて爆発したように見えただけであった。
煙幕を形成していた蝿の大群が、周囲に散開してゆく。
と同時、覆い隠していた“もの”が徐々に露になってくる。
布面積の極端に少ない、極めて高露出の黒いビキニ様のブラとショーツに、表が黒く裏地が真紅のマント。
背にはまるで海賊旗のように二本の交差する骨と髑髏の紋章が刻まれた、蝿の薄翅。
肩と腰部を覆う黒地に金の縁取りの髑髏風甲冑、同じく髑髏を象った額環(サークレット)。
禍々しい棘付きのロンググローブ、ビザールなデザインのサイハイブーツ。
そこにはゲーム内でプレイヤーが見慣れた黒騎士姿でも、二巡目の世界での身軽なスカウトスタイルとも違う、
露出度と禍々しさと、それからある種の神々しさを感じさせるデザインのコスチュームに身を包んだガザーヴァが、
無数の蝿の群れを従えて存在していた。
「って、うおおおおお!?
なんじゃこりゃーっ!?」
見せてやると言いはしたものの、当のガザーヴァ本人にとってもこの姿は想定外のものらしく、
自分の身体をまじまじ見ては素っ頓狂な声をあげている。
もちろん、ブレモンのモンスターを網羅している明神にとっても初めて見る形態であろう。
「……地獄の君主ベルゼビュート。
レイド級モンスター・ベルゼブブの上位進化版、超レイド級モンスターのうちの一体だ。
ゲームの中じゃまだ未実装だけどね」
それまで無言で事の成り行きを見守っていたエンデが口を開く。
「あなたはさっき言ったね、“まるでそれ以外の選択肢がなくなるまで待ってたみたいに”って。
そうだよ。ぼくは待っていた、あなたたちが窮地に陥るのを。絶体絶命のピンチになるのを。
切り札は最後に出すもの。最初に出してしまえば、それは切り札でも何でもない。
出したくても出せなかったんだ、『フラグが立っていなかった』から」
「……エンデ……それは、いったい……」
アシュトラーセが呟く。同じ継承者にとっても、エンデの行動は不可解なものらしい。
「さっきは命を懸けるか、と言ったけれど。
正確にはそうじゃない、ぼくが見たかったものは明神――あなたの『勇気』さ。
あなたの身に刻まれたその負傷は、あなたが自主的に命を懸けると宣言した末の結果とは違う。いわば受動的なものだ。
事故と同じさ、勇気を示したことにはならない」
エンデは明神を見遣ると、淡々と言葉を紡いでゆく。
-
「本当に困難な状況に直面したときこそ、その人間の本性が出る。とくに、命の危機は人間の真実を赤裸々に暴き立てる。
日頃は偉そうなことを言っているのに土壇場で怖気付く者もいれば、
普段は物静かなのにここぞというときに力を発揮する者もいる。
ぼくはそれが見たかった。明神、あなたの心の天秤は真実、どちらに傾いているのか――
あなたに勇気はあるのかが」
すい、とエンデは静かに右手を自身の胸元に触れさせ、目を閉じる。
「勇気とは?
それは困難を困難と知りつつ立ち向かう力。恐怖と対峙しながらも怯まない心。
大切なものを守るために、己よりも大きな敵と戦う覚悟――
アルフヘイムとニヴルヘイムの住人にそれはない。彼らはプログラムに従って動いているだけだ。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だけが勇気を原動力に戦う。勇気が無限の力を生むんだ。
あなたたちの勇気が、滅びゆく三つの世界を救う鍵となる。スマートフォンはあくまでその補助器具に過ぎない」
今まで、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たらしめているものはスマートフォンだと、
誰もが思っていた。
だが、エンデはそうではないと言う。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の資質とはその名の通り、
勇気が有るか無いかの一点のみであり――スマートフォンは勇気を効率的に戦力へ変換するためのアイテムでしかない、と。
そして、明神は見事にエンデの要求に応えた。
大切な仲間を守るため、己の命を賭してでも戦う道を選んだのだ。
死という強大な敵を前にしても臆さず、戦う強固な意志。
それを勇気といわず、何と言うのだろう。
そして、明神が勇気を振り絞った結果が、今。超レイド級モンスターとして眼前に屹立している。
「あれは紛れもなく『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の扱うことが出来る最強のモンスター、そのうちの一騎だよ。
あなたが助けると言って、死の宿命から救い出した幻魔将軍。
我が子のように寸暇を惜しんで慈しみ育てた、負界の腐肉喰らい。
どちらも、あなたがいなければ成し得なかった。これは間違いなく、あなたの成果だ。
あなたが今まで続けてきた旅の答えなんだ」
「ははン、そーゆーコトか。
つまり――この姿は明神とボクの愛の結晶、ってワケだな!」
ガザーヴァがぐっと右拳を握り込んで笑う。……微妙に間違えている。
しかし、そんなことは些末な問題に過ぎないのだろう。
「……ありがとな、明神。オマエが命を懸けてくれたから、勇気を見せてくれたから、今のボクたちがいる。
今のボクはガザーヴァでもあり、マゴットでもある存在だ。
ボクたちはオマエの想いに報いる。ありったけの愛を、命を――明神、オマエに捧げる」
ふとガザーヴァはブラの微かな谷間から何かを取り出すと、それを蝿の一匹に持たせて明神の許へと送り出した。
それは、5cmくらいの円筒に紐が括り付けられた、いわゆる蟲笛だった。
円筒にはガザーヴァやマゴットの翅と同じデザインの髑髏が刻印されている。
超レイド級モンスターを真に従えたマスターだけが持つという、契約の品。
通常、超レイド級を制御するには莫大なクリスタルと体力、精神力が必要になるが、
超レイド級一柱ごとに異なる契約アイテムを持っていると、その負担を通常モンスタークラスまで軽減することが出来るのだ。
実際、蟲笛を手にした瞬間、明神の全身を苛んでいた激痛は嘘のように消えることだろう。
「やるよ、契約の証だ。どーせ契約すんならそんな蟲笛じゃなくって、エンゲージリングがいーケド。
そりゃおいおい貰うからいーや!」
にひっ、とガザーヴァがいつもと変わらない、悪戯っぽい笑みを投げる。
「てことで――
新しいボクたちの力、ゲップが出るほど見せてやンよ! かかってこいや魔女子ぉ!」
ちょいちょい、とガザーヴァが右手の人差し指でウィズリィを挑発する。
挑発することは慣れていてもされるのは慣れていないらしく、ウィズリィが大きく右手を振る。
「ベルゼビュートですって!? そんなモンスターは聞いたこともない! ブックに記載されていない魔物なんている訳がないのよ!
つまり……虚勢だわ! すぐに化けの皮を剥がしてあげる、アニマガーディアン!
ベルゼビュートとかいうあの小娘を始末なさい!」
『ギシャオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』
ウィズリィの命令を受けてアニマガーディアンが吼える。のみならず聖罰騎士ゾンビたちも得物を構え、
ガザーヴァへと吶喊する。
先ほどはマゴット共々多勢に無勢で敗北したが、今度は違う。にぃ……とガザーヴァは不敵な笑みを浮かべると、
「おもしれー、受けて立つぜ。
でも、ベルゼビュートなんてダッセー名前で呼ぶなよな。そう、ボクたちは――。
明神の勇気のチカラで超☆パワーアップした、地獄の君主ベルゼビュート改め!」
びゅおっ!!
「幻蝿戦姫(げんようせんき)ベル=ガザーヴァ、ロールアウト!!
いっっっっっくぜェェェェェ――――――――ッ!!!」
それまでの余裕綽々な佇み方から一変、颶風を撒きながらガザーヴァが宙を翔ける。
低空飛行で聖罰騎士たちの間をすり抜け、アクロバティックな機動でアニマガーディアンへと迫った。
-
無数のゾンビやスケルトンたちがガザーヴァの前方に立ち塞がる。
無尽蔵にスポーンする手駒で押し切ろうという戦術なのだろう。このままではアニマガーディアンまで攻撃が届かない。
「んなら、まずはゾンビ軍団を何とかしなくちゃな!
――『聖蝿騎士団(フライクルセイダーズ)』!!」
言うが早いかガザーヴァは上空で一旦停止し、大きく右手を前方に突き出した。
同時、ガザーヴァの動きに追随していた蝿の群れが黒い嵐となってゾンビたちに突撃してゆく。
無数の蝿たちがゾンビやスケルトンに纏わりつき、その腐肉や骨にたかる。
と、それまで『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に対して攻撃を繰り返していたアンデッドの軍団が突如その動きを止め、
まるで糸の切れた操り人形のように動かなくなった。
「これは――」
アシュトラーセが目を瞬かせる。あれほどいたゾンビたちが、瞬く間に無力化してしまった。
倒れたのはただのゾンビだけではない。これまで生前と何ら変わらない動きを見せつけていた聖罰騎士のゾンビもまた、
カカシのように棒立ちになっている。
「ここの死体はオバチャンの魔霧が動かしてたんだろ?
だから、支配権を横取りしてやったんだよ。ボクの蝿たちがな!」
『聖蝿騎士団(フライクルセイダーズ)』。
蝿を操ってフィールド内に存在する死体(アンデッドモンスター含む)に魔力の籠もった卵を産み付け、
自在に操るという、ベルゼビュートのユニークスキルのひとつである。
オデットは自らの肉体を魔霧に変え、その魔霧を死体の内部へ浸透させることによって死体を動かしていた。
ガザーヴァは似た効果を持つ自らのスキルを発動し、オデットから無理矢理死体の支配権を強奪したらしい。
だから。
「そォーら、形勢逆転だ! 行け――『聖蝿騎士団(フライクルセイダーズ)』!」
支配権がオデットからガザーヴァに変わったゾンビたちが一転して『異邦の魔物使い(ブレイブ)』でなく、
アニマガーディアンやそれまでの主人であったオデットを狙って進軍を始める。
「く……、オデットの『絶対屍操(ネクロ・ドミネーション)』を凌駕するですって……!?
そんな話……!」
「そのオバチャンはもう時代遅れってことだ! 言ったろ、闇の世界の実力ナンバーワンはうんちぶりぶり大明神だってなぁ!
ところで魔女子、そんなトコでヨユーぶっこいてていいのかぁ?
ほらほら、ゾンビがそっちにも行ったぞォ!」
「ち……。オデット、『絶対屍操(ネクロ・ドミネーション)』解除!
もう、雑魚どもは必要ないわ!」
ウィズリィは小さく舌打ちすると墓石から下り、オデットに命令を下した。
オデットの下半身が魔霧から元のドレス状に戻る。これでゾンビがやスケルトンがこれ以上蘇ることも、
魔霧の腐食作用で『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の呼吸器が冒されることもなくなった。
さらにウィズリィは浮遊の魔法を使って後退しようとする。
むろん、それを見逃すガザーヴァではない。大きな眼を見開き、凶悪な笑みを浮かべて追撃を試みる。
「逃がすかよォ!」
「アニマガーディアン!!」
『ギシャアアアアア――――――――ッ!!!!』
ウィズリィとガザーヴァの間にアニマガーディアンが立ちはだかる。
その三対の腕が蠢き、ガザーヴァの身の丈よりも巨大な刃が振り下ろされる。
ジェノサイドスライサー。圧倒的な剣舞がガザーヴァの全身をズタズタに切り裂く。
だが。
「バ――――――――カ」
頭の右半分を斬り飛ばされた状態で、ペロリと舌を出しガザーヴァが嗤う。
その身体がバラバラに形を喪い、崩れ去り、黒い靄に――蠅の群れに変換されてゆく。
超レイド級モンスターとなったガザーヴァの身体は見たままの肉身ではなく、これもまた無数の蝿の集合体である。
よって、斬撃は効かない。
黒い帯のようにうねりながら飛ぶ蝿の大群と化したガザーヴァはすぐに肉体を再構成させ、元に戻った。
必殺の攻撃を無効化されたアニマガーディアンはそれ以降も曲刀を振りかざして攻撃を繰り返したが、
ガザーヴァにはまるで通用しない。
ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ――
耳を劈くような蝿の羽音が響き渡る。ガザーヴァが腕組みしているだけで、蝿の群れはときに強固な壁になって主の身を護り、
ときに鋭利な大鎌や剣に変化してアニマガーディアンに的確なダメージを与えてゆく。
-
『カァァァァァァァッ!!』
「かぁぁ〜じゃねぇんだよこのガイコツヤロー!
頭ン中カラッポだから、ボクらと自分の実力差もワカんねーのか!?」
ガザーヴァは踊るように宙を舞い、周囲に従えた蝿の群れを巧みに操って一本ずつアニマガーディアンの曲刀を粉砕してゆく。
ガーディアンは悪あがきのように残った曲刀を振り回すものの、超高速で飛翔するガザーヴァに当たるはずもない。
「いくぜぃ! マゴちん!」
パチン! とガザーヴァがフィンガースナップを鳴らす。
途端、周囲に蟠っていた蝿の大群が集合し、何かの形を成してゆく。
やがて現れたのは、まごうことなき蝿頭の魔人――マゴット。
『グフォォォォォォッ!!!』
錫杖を持ったマゴットの一撃が、アニマガーディアンの頭部に炸裂する。
否、一撃だけではない。二撃、三撃とマゴットは巨大な髑髏に容赦ない攻撃を叩きつけてゆく。
びっ、びきっ、と甲高い音を立てながら、その堅牢な頭蓋に亀裂が走る。
忌々しい蝿を叩き潰そうと、アニマガーディアンが何本かの腕を振り下ろす。
命中――が、マゴットは元の蝿の群れに戻って攻撃を無効化。ダメージは通らない。
ガザーヴァの周囲を飛び回っている蝿の群れは、ガザーヴァの使い魔ではない。
これもまた間違いなくガザーヴァの身体の一部である。従って一時的にマゴットを出現させることもできるし、
その逆も可能なのだ。
「あらよっとぉ!」
そして、交代とばかりにガザーヴァの攻撃。渾身の力を込めた飛び蹴り、鋭いヒールの踵が頭頂の亀裂に突き刺さる。
バキィンッ!! という音を立て、頭蓋に大穴が開く。アニマガーディアンは白骨の巨躯を仰け反らせて悶絶した。
『ギィィィィェェェェェ……!!』
「テメーの相手すんのも飽きてきたし、そろそろキメてやる!」
ガザーヴァが右手を高く掲げる。蝿の群れが其処に集まってゆき、一振りの巨大な騎兵槍を形作る。
暗月の槍ムーンブルク。この神代遺物もまた、主人に合わせてその在り方を変容させていた。
ガザーヴァがむんずと柄を握り締めると同時、ガシャガシャと音を立てて穂先の装甲が展開し、蒼白いエーテル体が露になる。
「――マスター!
命令(オーダー)を!」
ガザーヴァが明神へ向けて鋭く声を飛ばす。
「ベルゼビュートのデータはあなたのスマートフォンに転送済みだよ。
彼女のスキルも、魔法も、何もかも使用することができる」
軽く明神のスマホに視線を向け、エンデが告げる。
明神のスマホのパートナーモンスター一覧には、確かに『ベルゼビュート』のデータとコマンドが入っているだろう。
ブレモンに実装されているすべての闇属性魔法に、マゴットとガザーヴァそれぞれのユニークスキル。
それに、ベルゼビュート固有のスキルも――。
『キュオオオオオオオオオオオッ!!!!』
アニマガーディアンががぱりと口を開き、圧縮された魔力がチャージされてゆく。
『白死光(アルブム・ラディウス)』だ。最大の必殺技でガザーヴァを葬り去ろうとしている。
だが、ガザーヴァは自身に砲口の如き口腔を向けられてもまるで怯まない。
どころか、嗤っている。
その全身から闇色の魔力が迸る。ガザーヴァを中心に暴風が吹き荒れる。
それはタイラントやミドガルズオルム、アジ・ダハーカらかつて遭遇してきた超レイド級に優るとも劣らない、圧倒的な力の奔流。
1000体以上登場する『ブレイブ&モンスターズ!』登場モンスターの中でも最高位の、世界をも破壊し得る十二の獣。
そのうち一柱の命運が、力が、明神に委ねられた。
-
ちょうど、明神が『超合体(ハイパー・ユナイト)』のスペルカードを切った頃。
「だあああああああああああッ!」
なゆたが敵陣に飛び込む。幾度も躓き、蹈鞴を踏み、危なっかしくよろめきながらも、決して脚は止めない。
走る。走る走る、走る――ただ真っ直ぐに、目指すは『永劫の』オデットの許。
作戦などない。仮にオデットへ手が届いたとしても、そこで何をすればいいなんて何も考えていない。
けれども、走る。
>エンデくーんッ!! どういうことだッ!?
>待て……なゆたちゃん!死ぬ気か……?
>お、おい!いくらなんでもそれはやり過ぎ――
>人に命を無駄にするなとか…言っといて…!どいつもこいつも気軽に命を賭けやがって…!
背後で仲間たちの無謀を責める声が聞こえる。
確かに作戦は何もない。出たとこ勝負と言えばその通りだ。
だが、なゆたは何も破れかぶれで吶喊している訳ではなかった。
このアルフヘイムに召喚され、今まで『異邦の魔物使い(ブレイブ)』として戦ってきたなゆたの勘が、
第六感が、これが皆の窮地を救う唯一の方策なのだということを確信している。
――わたしは……! 今までたくさんの人に支えられて、守られてここまで来た!
今度は、わたしが前に出る番! わたしが命を張るべき場面なんだ!!
命は投げ捨てるものではない。言うまでもなく命は大切で、守られなければならないものだ。
しかしその一方で、余りにも大切に扱われると命は澱む。
なぜならば、人間の真価が問われるのは危機に直面した際にどう立ち向かうか――であるから。
ぬるま湯に浸かって危機を知らない命は、危機の御し方も分からない。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に最も必要な資質を発揮することも、できなくなってしまうだろう。
だから――
なゆたは自らアンデッドの大群に突撃した。無謀に見える吶喊で、命を危険に晒した。
自らを窮地に置くために。薄氷を踏むような、ギリギリの命の遣り取りをするように。
みんな揃って生き残る、“勇気”を出すために。
>目覚め……?目覚めってなんだよ……ええい、クソ!やるぞ、フラウ!
まるで白い弾丸のように、フラウがなゆたのことを追い抜いて前方に飛んでゆく。
そして、触手の一閃。前方を塞いでいたアンデッドたちがバタバタと倒れ、道が拓ける。
「フラウさん! ありがと!」
先ほど苦言も呈された、エンバースのパートナーに短く礼を言う。
更にフラウを追うように、見慣れない学生服姿の少年も前に出て露払いを始めるのを見て、なゆたは目を丸くした。
その姿に見覚えは無かったが、誰なのかは分かる。
「エンバース!!」
名を呼ぶ。だがエンバースは返事をしない。
そんな余裕などないのだろう。たった二体で百を超えるアンデッドの軍団を向こうに回すなど、無茶にも程がある。
ギリ、と奥歯を噛み締めると、なゆたは二体の切り開いた道をまっすぐに奔った。
「……理解できないわ……、なぜ、そんなことをするの?
無駄! 無駄無駄! 貴方たちのやっていることはすべて! 何もかも無駄なのよ!
大賢者様がお決めになられたの、この世界はもう駄目だって! 切り捨てるしかないって!
神にも等しい全能の御方の決定に抗ったところで、それが何になるっていうの!?
蟲がどれだけ足掻こうと、一度決められたことが覆ることは決してないというのに――!!」
自棄にしか見えないなゆたの行動や、それを手助けしようとするエンバースの振る舞いに、ウィズリィが困惑して叫ぶ。
「たとえ神さまが『この世界は滅ぶ』と決めたとしても! 死と滅びの運命を定めたとしても!
それに抗うわたしたちの権利を奪うことはできない!!」
「無駄なことを、まったく無益なことを、承知の上でやることに意味なんて――」
「意味は、ある!!」
走りながら、なゆたは断言した。
「滅びが不可避でも! どうあっても曲げられない運命なのだとしても!
だからって何もかも諦めて、死ぬその瞬間まで泣いて過ごすなんて、そんなことできない!!」
「どのみち死ぬことに変わりはないのよ!?
それなら、泥まみれになって苦しみながら死ぬより、静かに最期を待った方がいいに決まっているでしょう!?」
「そうだよ! どのみち、人は最後には死ぬから! 永遠に生き続けることはできないから!
だからこそ足掻くんだ! 走れる限り、手指が動く限り! 意識がある限り、わたしは決して諦めない!
みんなと生き残る道を探し出す! でないと――」
露払いを引き受けてくれていたエンバースとフラウが、敵の津波の中に呑み込まれて消える。
一度は開けていた前方が、再度アンデッドたちによって塞がれてしまう。
だんッ! と大きく床を蹴り、なゆたは走り幅跳びの要領で大きく跳躍した。
アンデッドたちの頭上を跳び越え、そのまま空中でバランスを崩すと、どうッと右肩から床に落ちる。
しかし、終わらない。がり、と爪が床を掻く。
「く、は……。
でないと……天国でお母さんに会ったとき、わたし……精一杯生きたよって、胸を張って報告できないよ……!」
-
崇月院なゆたには、母親がふたりいる。
ひとりは生みの母親。こちらはなゆたが幼い頃に父親と離婚し、なゆたの許を去っていった。
もうひとりは育ての母親。隣の赤城家に住む幼馴染の母親から、なゆたは実の母親以上の愛情を受けて育った。
料理や掃除など家事全般も、家族の面倒を見ることも。
誰かを愛し慈しむことも、すべて育ての母が教えてくれたのだ。
血を分けた母親よりも慕っていた。愛していた。ずっとずっと一緒にいられるものと思っていた――
その母は、もういない。
不治の難病に冒され、母は若くして亡くなった。
やりたかったこともあっただろう。叶えたかった夢だってあっただろう。
家族やなゆたに、もっともっと愛情を与えたかったことだろう。
けれど、できなかった。すべてを諦めざるを得ない状況に追い込まれ、母は死んだ。
無念であっただろう。悲しかっただろう。寂しかっただろう。
だから――
なゆたは誓ったのだ。自分は全力で生きる、精一杯人生を全うする。死ぬときはこの命を完全に燃焼させ切ったときだと。
生きたくても、死にたくなくても、死を受け入れざるを得ない人は沢山いる。
だのに、元気な自分が何もかも早々に諦めて、座して死を待つなんてことはできない。
――たかが『世界が滅ぶ』くらいで!!
歯を食い縛り、床に激突したショックで全身を苛む痛みを堪えながら、なゆたは立ち上がった。
見れば、オデットはもうすぐ手の届くほどの近くにいる。
辿り着いたのだ。
全力疾走したお陰で心臓は激しく鼓動し、すっかり息も上がっているが、肺腑の爛れるような痛みはない。
なゆたの周囲の魔霧を、ジョンの『生命の輝き』が吸い取っているお陰だ。
「オデット……!」
その名を呼ぶ。
カテドラル・メガスで謁見した時の慈愛に満ちた聖母とはかけ離れた、怪物そのものといった姿のオデットがなゆたを見下ろす。
ふたりはそのまま、暫時見詰め合った。
「オデット! 何をしているの!
ナユタを……その女を殺しなさい! 『光子散弾(フォトンレンド)』でも『闇の波動(ダークネスウェーブ)』でもいい!
死霊に取り憑かせたって……! 何でもいいから殺すのよ!」
ウィズリィが喚く。が、オデットは静かになゆたを見下ろしたまま、何もしない。
「貴方に植え付けた『悪魔の種子(デモンズシード)』は完璧な品なのよ! 偉大なる大賢者様がおん自らお造りになられたの!
誰もその支配からは逃れられない! レイド級モンスターであろうと! 十二階艇の継承者であろうと!
運営の意思に従わないなんて、そんなことあっていい筈がないのよ!!」
「ウィズ」
「ナユタ、貴方ごときが――」
「……黙りなさい」
「―――――――――――!!!」
なゆたがウィズリィを一瞥する。
その鋭い眼光と声に威圧され、ウィズリィは大きく目を見開きびくりと一度身を震わせると、口を噤んだ。
「オデット。プネウマ聖教の聖母、『吸血鬼城(ミディアンズ・ネスト)』の盟主。
わたしたちのことを愛し子って呼ぶ優しいあなたが、あべこべにわたしたちを殺そうとするなんて。
心ならずも、そうするように仕向けられているなんて――
嫌だよね、悲しいよね、苦しいよね……」
「……ゥ、ウゥウゥウゥゥゥゥ……」
「ローウェルが何を考えているのかなんて、わたしには分からない。
侵食の正体も、どうすればこの絶望的な世界の状況をいい方に変えていけるのかも、何もかも分からないよ。
でも……そんな分からないことだらけのわたしでも、これだけは分かる。
あなたにこんなことをやらせる大賢者を、絶対に許しちゃいけないってこと――!!」
「ウゥウゥゥゥ……」
「わたしは! ううん……わたしたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は! 絶対にローウェルを見つけ出す!
そして一発ぶん殴って、何もかもやめさせてくる!
陰謀を巡らせるのも、三つの世界に住む人々やモンスターたちを不幸にするのも、オデットを悲しませるのも!
二度とやらないって約束させる! 必ず、絶対、やりとげてみせるから!
だから……そんな種なんかの支配に負けないで!
あなたはこの世界で、このゲームで! 最も優しくて偉大な聖母さまなんでしょう!」
「ゥゥ……ゥアアアァァアアアアアァァァァアァアァアァァァァァ……!!!」
オデットが両手で頭を抱え、身を仰け反らせて苦悶する。
抗っている。『悪魔の種子(デモンズシード)』に意識を完全に乗っ取られた状態で、なお。
不当な支配を拒絶しようと試みている。
-
「ブック!」
ウィズリィが叫ぶと同時、パートナーモンスターの『原初の百科事典(オリジンエンサイクロペディア)』の頁が捲れ、
淡く輝く。
開かれた頁からバレーボール大の圧縮された魔力の塊が放たれ、なゆたの左脇腹に直撃する。
「ぁぐゥッ!!」
光速で射出された魔力弾をまともに喰らい、なゆたは苦鳴をあげて倒れた。
例えるなら高速で飛んできたボウリング球をまともに受けたようなものだ。きっと肋骨が折れたことだろう。
ことによれば内臓も破裂してしまったかもしれない。
ごぷっ、となゆたの口からどす黒い血が溢れる。
ツカツカと歩み寄ってきたウィズリィが、なゆたを見下ろす。
「いい加減にしなさいな、ナユタ。
大賢者様を許さない? 二度とやらないと約束させる?
言うに事欠いて――大賢者様をぶん殴る、ですって――?
この世の理すべてを司る、偉大な大賢者様を! すべての知を識る御方を!
貴方ごとき、ちっぽけなムシケラが! どうこうできると思っているの? 本気で!」
そう言うと、激情に任せてなゆたの魔力弾を浴びた左脇腹を力任せに蹴り上げる。
なゆたは悶絶した。
「ぁっ、ぎ……!!
ぅ、がぁぁっ……ぁ、ぐぅぅぅぅ……!!」
ウィズリィは嗜虐的な昏い笑みを口の端にのぼせた。そして、何度も同じ箇所を蹴りつける。
「こんな! 無様な! ただイモムシのようにのたうち回ることしかできない貴方に!
いったい何ができると!? さあ、言ってご覧なさいな!
さあ! さあ! さあ!」
「がっ、ぐ、ぁ……げふっ……」
重傷の部位を徹底的に嬲る執拗な攻撃を前に、なゆたが息も絶え絶えになるのに時間はかからなかった。
血を吐いてぐったりと身体を弛緩させるなゆたを、激しい蹴りつけをしたお陰で息の上がったウィズリィが見下ろす。
「はぁッ、はぁ、はぁ……。
あら、図らずももう死にそうね。貴方の言う、精一杯の人生というものはできたかしら?
わたしからすれば、みっともない悪足掻きの無駄な人生にしか見えないけれど!」
ウィズリィが勝ち誇る。
瀕死のなゆたには、もう横臥して死を待つことくらいしかできないだろうと確信する。
けれど。
「……ま……、
……ま、だ、まだぁ……」
なゆたの右手がウィズリィの左足首を掴む。
その瞳から、まだ意志の光は失われていない。
不当な暴力、理不尽な運命には決して屈さないという、強固な意志。
自らの運命は自らの手で掴み取るという、『勇気』の輝き――
「オデット!!」
「ギィィィィィィィィィィ……!!!」
なゆたの説得が途切れたことで『悪魔の種子(デモンズシード)』の支配力が復活したのか、
ウィズリィの声を聞いたオデットが倒れ伏すなゆたを右手で掴み上げる。
「ぅ、あぁ……」
巨大な五指で強く握り締められ、全身を圧迫されて、なゆたが苦悶の呻きをあげる。
その声はか細い。もう、絶叫をあげるほどの力も残っていないのだろう。
勝利を確信し、ウィズリィが狂笑をあげる。
「アハハハハ! 随分手古摺らせてくれたわね、ナユタ!
でももうおしまい! あなたはゲームオーバーよ!
地獄で一足先に仲間たちを待っていなさいな、尤も――このゲームが終われば、その地獄とやらのデータも消えるのだけれど!
さあ、オデット! ナユタを握り潰してしまいなさい!!」
オデットがギリギリと右手に力を込める。
ごふっ、となゆたはまた血を吐き出した。
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「ギシャアアアアアアアアアアアアッ!!!」
オデットが一気になゆたを握り潰し、胴体を切断してしまおうと力を込める。
なゆたの胴体が千切れていないのは、流水のクロースの高い防御効果のお陰――ただそれだけだ。通常なら、
とっくに絶命してしまっているだろう。
だが、それさえもう長くは持たない。装備が壊れずとも、それを着込んでいるなゆたの肉体が耐えられない。
肺を潰され、臓腑を圧壊されれば、どのみち待っているのは死だ。
「無様なこと……、いくら勇気だ何だと言ったところで、待っているものは醜い死。
何もかも無駄だったわねナユタ、貴方たちだけは他の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とは違うと期待したけれど。
貴方もハイバラも、他の連中も、所詮は同じ。
大賢者様のシナリオを覆すことはできなかった――」
「……それは……違うよ、ウィズ……」
オデットに今にも握り潰されそうになりながら、なゆたが口を開く。
「なんですって?」
「そういうことは、わたしたち全員の……息の根を、とめた後で……言うもの、だよ……。
わたしもカザハも、明神さんも……エンバースも、ジョンも……まだ生きてる。まだ、誰も死んでない……!
最期の最期、魂が身体から離れる瞬間まで……わたしたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は、絶対に諦めたりしない……!」
「減らず口を……!」
激昂するウィズリィに触発されるように、オデットが手に一層力を入れる。
なゆたは声にならない叫びをあげた。
そう。
なゆたは決して、特別に強いブレモンプレイヤーではない。
日本ランキングの上位ランカー・月子先生とはいっても、さっぴょんやハイバラなどなゆたより強いプレイヤーは幾らでもいる。
そんななゆたが今まで戦ってこられたのは、幾度も挫けてもなお立ち上がってこられたのは、
間違いなく共に戦ってくれた仲間たちのお陰だ。
カザハ。
リバティウムで出会って以来、彼女はずっと何くれとなくなゆたのことを気遣ってくれた。
キングヒルで勃発したなゆたと明神の戦いでも、真っ先になゆた陣営への参加を表明してくれたのはカザハだった。
突拍子もない行動に困惑することもあったけれど、ムードメーカーとしてのカザハに、
なゆたはいつだって元気を貰っていたのだ。
明神。
多くの旅と戦いを経て、最初期からの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は今やなゆたと明神だけになってしまった。
赭色の荒野からずっと背中を預け、命を預けて戦ってきた、かけがえのない仲間。
その正体が地球でいがみ合っていたクソコテだったと知ったときは、それは驚いたものだったが。
明神はそれでも終始一貫して大切な仲間だった。彼の知恵と行動に助けられたのは、一度や二度ではない。
ジョン。
地球のテレビ番組に映っていた、いかにも順風満帆な人生を歩んでいるように見えたジョンの胸の中に、
壮絶な闇が息衝いていたことを知ったとき、彼はなゆたにとって単なる旅の同伴者ではない、大