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第三外典:無限聖杯戦争『冬木』
53
:
名無しさん
:2019/05/20(月) 20:16:24
――――――――ともあれ、情報は入手するに越したことはない。
妙な接触はあったものの、とりあえず廊下を歩くことにする。
「聞くならば運営側の上級AIがいい」。セイバーがそう言っていた通りに探す……ぱっと思いつくのは、一之瀬先輩だった。
つい先日まで『先輩と後輩』という関係性……を、与えられていたと言えばいいのだろうか。ならば説明のときの、どこか冷たく感じる感覚は、役目から解き放たれたからこそか。
……正直、あれを思い出すと少々憚られるが、それでも思いつくのは彼女と、もうひとり、担任教師という設定だった如月先生くらいだ。
あの二人ならば、保健室にいると、そこらにいたNPCに聞いて、こうして教室の前にやってきたわけだが……。
「あーーーーーー!! 痛い痛い痛い、違うんです陽炎さん!! 私はただ女の子に紳士的に対応しただけで!」
「うふふふ、それ毎回言ってないかしら? 今日という今日は許しません!」
保健室の扉の奥からは、断末魔とミシミシという妙な音が聞こえてくる。
……上級AIともなると、やはり挙動というのは人間に近くなるのだろうか。ともあれこうなると、どうにもこの扉を開きにくい……運営としてどうなんだ。
赤霧火々里は微妙に元先輩への評価を落としながらも、困った顔をする……どれか他の上級AIに聞くのが得策か。そう考えていたところに。
「ん、なんだ。今は取込中かな?」
背後から掛けられた声に振り向いた。
そこに立っているのは、一人の男だった。黒い髪に、ヘーゼルの瞳を持った……純粋な外国人と言うよりは、亜細亜との混血だろうか。
予選では見たことがないか、覚えがないか……どちらだっただろうか。記憶は混濁しているが、少なくともあまり関わりはなかった、と思う。
54
:
名無しさん
:2019/05/20(月) 20:16:48
「まあいいか。ここは後回しでも……大体のことは把握できた。実地調査は大事だって先生も言ってたし」
……把握できた、ということは、彼もまたここに至るまでの様々な事情を調査していたということだろうか。
そうなれば彼もまた参加者だ。いずれは敵となる相手ではあった。だが――――
「……ち、ちょっと待ってください」
立ち去ろうとするその背に声を掛けると、ぴたりとその足を止める。
振り向いたその表情には、疑問符が浮かんでいた。
「……あれ、君は……NPCじゃないのか?」
「違います、それよりも……」
どうやら彼は、赤霧火々里を"NPC"の一人として認識していたようであった……それに関しては引っかかるものがあったが、今は重要ではない。
彼の前へと一歩、進む。その進路に立ち塞がるようにというべきか、影を踏むように、とでも言うべきか。
「私に、この聖杯戦争について教えてもらえませんか?」
「……は?」
彼は正しく面食らった表情で、赤霧火々里を見下ろした。
「……いや、君、分かってるのかい。これは聖杯戦争で、生き残るのは唯一人。僕とは敵同士なんだけどな」
「いや、まぁ、はい……」
そして紡がれる声色は、呆れたことを隠そうともしていない。
それは分かっている。だが、どうしても情報は必要だ……何より、これは直感ではあるのだが、彼ならば教えてくれる気がするのだ。
本当に何となく、恐らく理由はないのだろうが。腕を組んで、保健室の扉に凭れ掛かりながら、彼は少しの間思考した後。
55
:
名無しさん
:2019/05/20(月) 20:17:10
「このまま君を突き放すのは簡単だけど……何となく、君は放っておけないな。いいよ、分かった」
「……あ、ありがとうございます!」
「その代わり。条件が一つ」
これにて一件落着……と思っていたところに、そう言われる、それはそうだろう。このままでは彼に得がない。
立てられた人差し指を視線が追いかける。
「君のサーヴァントと、そのクラス、そして"真名"を教えてくれ。君の為に時間を割くんだ、これくらいの情報アドバンテージはもらおう」
サーヴァントの姿と、クラス、真名。何れもこの戦いでは貴重な情報であり、特に真名は……あまり言ってはいけないと、セイバーも言っていたが。
「……分かりました」
背に腹は代えられない――――そう頷いた同時に、セイバーが実体化する。
その蒼色の瞳を訝しげに細めながら、彼のことを見据えていた。それから何か言いたげに、こちらへちらりと視線をやったが、やがて堪忍したように。
「サーヴァント、セイバー。真名を、アーサー・ペンドラゴン」
「……アーサー、あの"騎士王"か!? ……とんでもない強運だな、君は」
面食らった様子で、思わずそう声を上げていた。セイバーはやはり不満気に、その人差し指を口元に立てて、声が大きいと示す。
謝罪のジェスチャーと共に、その強運を讃えられる。自分でも知っているくらいに有名な英雄だ、やはりというべきか、当たり、ということで合っているのだろうか。
「僕はケイ・ミルカストラ。一応魔術師だ、君の名は?」
「赤霧火々里です。よろしくお願いします!」
それから、彼、改めケイ・ミルカストラは、廊下を一度きょろきょろと見渡すと、少しだけ考え込むような素振りを見せた後。
「……とりあえず、図書室にでも行こうか。ここじゃ少し落ち着かない」
「ですね」
気づけば扉の向こう側から聞こえてくる声が、性質の違うものに変わっていた。
お互いに顔を見合わせると、どうやらそれに対して抱く感情は同じようで――――肩を落としながら、歩き出した。
56
:
名無しさん
:2019/05/20(月) 20:17:28
■
「――――というわけで、ムーンセルの英霊システムはこんな感じかな」
それからしばらく、赤霧火々里は、図書室にて、ケイ・ミルカストラより……聖杯戦争について、ムーンセルについて、英霊について、というものを学んだ。
なにか本当に教師でもやっていたのか、教え方はとても分かりやすいもので、すらすらと内容が入ってくる。彼からすると、"師の教え"の一部であるそうだが。
……その間。セイバーは、世界史資料の棚を険しい表情で見つめている。何か探しているのだろうか。
「それで、これらは本来、サーヴァントと同様に、ここに来た時点でムーンセルから与えられる情報なわけなんだけど……なんで知らないんだ?」
「さぁ……」
そうは言われても、分からないものは分からない。そのうち戻るという話だから、あまり重要視はしていないが。
ケイは額に手を当てながら、やれやれと首を振った。疲れはないようだが、訳が分からない、ということらしいが……。
「まあいいさ。続けよう。それで、僕達は……ムーンセル・オートマトンに聖杯戦争へ招待されたわけだが……それ以前。
何故、ムーンセルは……"世界線を問わず"、"無理矢理に"、"無差別に"、聖杯戦争の参加者を集めなければならなかったのか」
――――――――そう、問題はそれだ。
何故私達は、この戦いに招聘されたのか。何故、私達は殺し合わなければならないのか……それだけが、未だに濃霧に包まれている。
生唾を飲み込む。緊張が走る。心なしか、彼の表情も強張っているように見えた……少しだけ間を開けてから、ゆっくりと、言葉が開かれていく。
57
:
名無しさん
:2019/05/20(月) 20:17:41
「結論から言おう。"ムーンセルの外側は、既に消滅している"」
……消滅、している?
理解が及ばなかった。崩壊しているとはどういうことか。荒廃しているだとか、崩壊している、とかならばまだ意味も通じやすい。
戦争だとか何だとか、そういうもので壊れる……いや、それですら信じたくはない事実だが、そもそも、消滅している……つまり、消えているとはどういうことか。
「消えているんだ。一切合切、地球どころか、宇宙すら。この、ムーンセルただ一つを残して」
――――――――ならば、この世界の外側には。
「ああ。"何も存在しない"。ムーンセルは、可能な限り生命を"霊子化"・"回収"し、この世界に"保護した"。
この"世界"には。僕達聖杯戦争の参加者と、"冬木"に暮らす一般人。彼ら以外には、存在しない」
58
:
名無しさん
:2019/05/20(月) 20:18:04
第二話 EXTRA/over the FULLMOON 四節 終
59
:
名無しさん
:2019/06/23(日) 23:53:10
夕暮れの冬木を、間桐凱音は身体を引き摺るように歩いていた。
そうしているのは、おそらくはマスターの中でも、彼ばかりではなかった。ルールを知る者たちの大半は、汎ゆる目的を以てこの冬木の街に息を潜めていることだろう。
(……ただ戦いを待つばかりじゃいけない。決戦のためには、冬期の中に隠された"ゲートを探さなければならない")
或いは、凱音と同様に……決戦のための入り口、"ゲート"を探し。或いは……それを探す者達を、刈り取るために。
とは言え、日が昇るうちに激しく動き回る者達は居なかった。冬木に住む人間達を脅かし、或いは殺害したものには、ムーンセルからペナルティが加えられる。
また、設定されるゲートの位置は、あろうことか個々人によってランダムとなる。そのため、誰かのハイエナとなるという手法もまた存在しない。
これを探し出すために必要な技術は、魔力の探知……僅かに、微かに残る痕跡を見つけ出して、そこから場所を特定する。運が良ければ数分だが、運が悪ければ……。
日が沈んでからの行動は自ずと危険になる……が、制限時間は非常に短い。そのために、可能な限り時間を使いこれを探し出さなければならない。
(俺自身が忙しく動き回る必要がないってのはメリットだ。今回ばかりは間桐の魔術に感謝だぜ……)
路地の裏へと足を踏み込む。少しの暗がりに身を潜めたならば、その指先をゆっくりと空へと差し出した。
……巨大な羽音を立てて、一匹の"蟲"がその指先に止まった。これこそが、彼自身が有する魔術……間桐の使い魔、その中でも"視蟲"と呼ばれる、術者と視界を共有する偵察向きの蟲だ。
これによる情報収集は、他の参加者とは違うアドバンテージだった。既に幾つかの目星をつけた凱音は、順調な作業に口元を歪めて。
「――――――――ムーンセルは、破れた世界から他の世界へ接触し、可能な限りの可能性を回収。その後、"月へと閉じこもった"」
――――――――視界の端の影が、蠢いた。
冷たく背筋を這い登る感覚。脳髄を貫いたかのような粘り付く声。一瞬でその身体が強張って、その影から目を放すことができなくなる。
蛇睨み、という言葉があるが、あれは天敵に睨まれた捕食者、と要約できるだろう。であれば、それは正しく……天敵、人間にとっての天敵に他ならない。
人間を食らう、或いは特攻する、生物としての正しく根本的、基本的な摂理として上位に位置する存在――――それがゆっくりと、影の中から這い出てきた。
息を呑むような金髪灼眼の女。白いドレスと、片手に持った杖が叩く音が、しゃなりと、背筋を伸ばし、礼儀正しく立っているのだ。
60
:
名無しさん
:2019/06/23(日) 23:53:27
「彼はあらゆる可能性の中から、最も相応しいものを聖杯戦争によって選び取り、ムーンセルを託すことを決めた。
マキリ・ゾォルケンの遺児である貴方は……それに何を見出しているのかしら」
「レイ・ヘイグ……!」
彼女の顔には見覚えがあった。忌々しい記憶ばかりであったが、確かに。
危害を加える気がないことは分かっていたとしても、嫌悪感と、恐怖心を抑えることが出来なかった。その身体に、本能以上に刻み込まれているのだ。
まるで親しげに。懐かしげにその瞳を細めることすらしている人外が、余りにも恐ろしかった。いっそ白々しく……事実そうなのであろうが、忌々しくて仕方がなかった。
「だ、だから言っただろ! 俺はあの爺さんとは関係ない! 俺は俺だけの力で出来る、証明してやるって何度も!!」
威嚇するように、大きく叫ぶが、やはりそれは彼にとっても、彼女にとっても、威嚇の範疇に収まるものでしか無かった。
レイ・ヘイグは可愛らしいとばかりにその姿に笑えば、一歩ずつ、ゆったりと歩を進めた。ちょうど彼との間を狭める形であった。口元には、小さく笑みを湛えている。
「――――――――本当に?」
射抜くようにそう言った。
強がっていた睨みつける表情が、完全に恐怖心に染まったのがその時だった。恐怖心から汗が噴き出して、身体の末端が勝手に痙攣した。
「その地震がある? 仮にも、数多の世界から選び出された候補者達の中から、勝ち抜いていく実力と……覚悟が、貴方に?」
近付いていく、近付いていく。それが断頭台の階段のようにすら、凱音は思った。
その手が首にかかるか。腹を貫くか。喉元に牙を突き立てるか。一息に、殺せる位置にそれが立った時――――――――エーテルが弾ける音が、そこに響いた。
61
:
名無しさん
:2019/06/23(日) 23:53:42
一つ、遅れてもう一つ。次に続く巨大な衝突音。ビリビリと空気が振動して、両者の肌に錯覚ではなく伝わってくるほど。
現れていたのは、二騎のサーヴァントであった。
一騎は狂戦士。二メートルを超える大柄な身体を東洋の鎧で覆い、更にそれを超える程に巨大な刀を、正しくレイ・ヘイグへと振り下ろし、一刀両断せんとするところであった。
一騎は槍騎士。狂戦士ほどに大柄ではなかったが、西洋の鎧は全身……顔までを覆い、その手に持った純白の槍が巨大且つ剛力極まりないそれと辛うじて拮抗しているようであった。
「救い手は不要。主殿には確かに"戦乱を勝ち抜く器"が在れり――――人外八卦何するものぞ、そんなものは、俺の刀が切り拓く」
「そうか? 俺にはただのヘタレに見えるけど……人は見かけによらないってやつ?」
狂戦士と言うには、余りにも理知的なものであった。然しながらその在り様は確かに狂っているというに相応しい。その武勇は目前の騎士に勝るとも劣らない。
槍騎士から漏れる声は若い男の声であった。その威圧に一歩たりと怯むことなくその拮抗の中で、何度も純白の穂先を突き立てんとし、それが押し返される。
僅かながら、確かな攻防であった。剛力無双たるバーサーカー、だが技量で言えばランサーもまた負けず。
「……そ、そういうことだよ! 俺は必ず勝ち上がって……お前だって倒してやる。見縊るなよ――――畜生、畜生、チクショウ!」
間桐凱音は、捨て去るようにそう叫ぶと、路地裏の入り口へと駆け出した。
賢い選択であるようだった。それに合わせて、バーサーカーが更にその腕に力を込めれば、ランサーも後方へと飛び退らざるを得なかった。
然しそこはまた歴戦の英雄足る彼は、その槍を構え直して、凱音の背中へと穂先を向けて、その背を追いかけようとしたが、更にそれにバーサーカーが大刀を向け。
「――――――――止めなさい、ランサー」
「……はーいよ、マスター」
それは振るわれることはなく、それを見届けたのであれば、バーサーカーは直ぐ様実体化を解き、霊子へと消え失せるのであった。
レイ・ヘイグは微笑ましいかのように彼を見送った。彼女には思惑があったが……その通りに動かなかったことに、少し嘆息した。
「ねぇ、ランサー。今、私、少し怖かったかしら?」
62
:
名無しさん
:2019/06/23(日) 23:53:59
■
「……お前の思い通りになんてなるか。俺は必ず、勝ち残って……桜を……いや……」
再度、間桐凱音は夕暮れの街を歩いていた。表通り、人々は疎らながらに……殆どが帰路に着くのだろう。
きっとこの中にはマスターも存在するに違いない。見分けは、まあ……付くわけがないだろうが、それでも通りすがる人々一人一人に嫌なものを感じてしまう。
それが気のせいであったとしても、だ。
「……校舎に戻るか。下手に外を出回る必要もないしな……」
危険は徹底的に避ける。決戦の時までに脱落するなど、元も子もない。校舎内、それもマイルーム内はムーンセルが設定した絶対安全圏だ。
当日まで生き残るだけならば、あそこに籠もっていればいい……そう思いながら、歩を進めていた。警戒は、確かに全体へと向けていたはずだったのだが。
彼に衝突する者が居た。どん、という衝撃は非常に軽いものであった。衝突自体も、その腹の辺り程度で小さく……一体何なんだ、と視線を下ろしたのであれば。
「……痛い」
少女だった。琥珀色の瞳に、鈍色の髪……背丈は低く、幼く見える。穂群原学園の制服の上にパーカーを羽織っていることから、学生なのだろうが。
そこにどっしりと尻餅をついて、瞳には僅かに涙を溜めていた。その瞳は確かに凱音の方を見上げて、抗議するような視線を確かに上げていた。
ぐっ、と凱音はたじろいだ……予想外の事態であった。目の前の彼女は、まるで脅威には感じられない。こんなところで時間を食いたくはないと、苦々しげに。
63
:
名無しさん
:2019/06/23(日) 23:54:20
「あーあー、はいはい、ゴメンゴメン。じゃ、俺は……」
そう言ってくるりと反転した。さっさとそこから離脱したかった。面倒事は御免だった。
――――そこに居たのは、忌々しい一回戦の対戦相手。赤霧火々里の姿だった。
「……赤霧ぃ……!!」
ここであったのは偶然だが、一つかかせられた恥を明かしてやろうかと思った。少しばかり痛めつけてやろうかと、蟲を使うことも考えていた。
この街中、大きな事はできないが、少しくらいなら……相手もそう考えているだろうと身構えもしていた。だが、彼女は……その手を上げて、人差し指を立て。
こちらを、指差し。
「――――――――イジメ!!!」
「……はぁ?」
訳が分からなかった。先ず人を指差すな、と思った。
然しその指先が、微妙に自分を指差しているもので無いことに気づき、ゆっくりとそれを辿って、視線を下ろした……そこには。
涙を目に溜めながら、自分の服の裾を掴んでいるパーカーの少女の姿があった。
ああ、なるほど。これはイジメだな――――――――間桐凱音は、妙な納得をしてしまった。
第二話 EXTRA/over the FULLMOON 五節 終
64
:
名無しさん
(ワッチョイ b0c1-d5a0)
:2019/08/30(金) 00:07:04 ID:eRHfpl9s00
虚構都市"冬木"
ムーンセル・オートマトンにより再現された、とある地方都市。ここには『複数の生命体』が隔離されて、何も知らされない形で、変わらない日常を送っている。
世界は消滅した。ありとあらゆる平行世界の可能性は一切合切消滅し文字通り消え失せた。このムーンセル・オートマトンという観測者以外は。
ムーンセルは常に観測し、記録し続ける。それ単体では単なる巨大な記録端末でしかない。……だが、それは。"月の聖杯戦争の勝者"によって手綱を取られることになる。
観測できるあらゆる平行世界から、残存した命を回収した後、ムーンセルという存在そのものを世界から隔離。内部に"冬木"を形成し、仮初の日常を手に入れた。
「……全然、実感が無いんだけれど」
それが、赤霧火々里が聞かされたこの世界の真実である。
現在の聖杯戦争は、この状況を打破する人間を選び出すために行われている。ということは、つまり彼女はそれに選ばれたと考えてもいいだろう。喜ばしいかは定かではないが。
しかしそれにしたって、納得ができない――――当然のことで、彼女には記憶がない。記憶がなければ実感は当然湧かない。湧かなければ、現実味がない。
「まぁ、そうだろうな。俺達サーヴァントは、その辺りは理解した状態で召喚されるが……」
この聖杯戦争では、冬木の中に隠された"鍵"を探し出さなければならない。そうしなければ、一先ず生き残る資格すらも得ることが出来ない。
どこまでも理不尽な話に聞こえるが、とにかく死にたくはない。そのためにルールに則って動く……として、冬木の中を歩き回っているのだが、一つの街でよく分からないものを探し回る。
その難易度の高さは、想像するべくもないだろう。何となく歩き回っているのだが、それらしいものは見つからない。
「キーも全然見つからないし……もう帰ろうかな……」
時刻は既に夕暮れ。期間は三日間ある。一日目は様子見として消費してもいいだろう……と思い始めているところだった。
霊体化しているセイバーも、迫る刻限については考えつつ、ある程度は肯定的に考えていた。何せ彼女は素人で、全ての情報を一日で詰め込んだ上で……というのがどれだけ難しいか。
理解しているつもりだった。だからこそ、一旦しっかり休息をとって、後日……という方法でもいいだろうと。
65
:
名無しさん
(ワッチョイ b0c1-d5a0)
:2019/08/30(金) 00:07:24 ID:eRHfpl9s00
「しかし、全くノーヒントというものではないだろう。何か手掛かりがあるとは思うが……」
「そんな事言われても……あ、あれって」
人も疎らになってきている大通りを歩きながら、考える。そう言えば、食料ってどうやって調達するんだろう……そう思いながら歩いていると。
歩道のしばらく向こう側、遠目に見えるのは緑色のワカメ頭。何やら小さな子供を目の前にしている。
彼のイヤナヤツな性格を考えるに。この状況は恐らく……いや、間違いない。つまり、そういうことだろう。
「――――――――イジメ!!!」
「……はぁ?」
心底意味が分からないと言いたげな顔で、こちらへとそう言った間桐凱音であったが、しかしこちらの目はごまかせない。
というよりも、現状証拠でほぼ確定。恨めしげに彼のことを見上げながら、涙を溜めている彼女は……恐らく彼に突き飛ばされたかなにかされたのだろう、間違いない。
彼の性格上、疑う余地もない。ということで、糾弾を開始する。
「はぁ、じゃなくて! 凱音、あなたがその子をいじめたんでしょ! そんな小さな子になんてことを……!!」
「ちょ、んなわけないだろ! おい、このガキ、お前もなんか言えよ! おい!」
凱音は狼狽えた。これで、此処で会ったが百年目だと殺し合いになるのであればまだ理解できる範疇だ。
だが、まさか妙な、その上どうでもいい疑いをかけられ、それでイチャモンを付けられるなどとは全くと言っていいほど想定していなかった。
面倒事はゴメンだと言っているのに、降り掛かってきたのはびっくりするほど面倒事だ。こうなれば当事者に疑念の解決を求めるのが筋であり、鈍色の髪の少女にそれを振るわけだが。
66
:
名無しさん
(ワッチョイ b0c1-d5a0)
:2019/08/30(金) 00:07:44 ID:eRHfpl9s00
「……痛い」
「ほら!」
「だから、違うって言ってるだろ!! ああもう、相手してられるかっての!」
ぷすっと膨れ面で彼を見上げて、お尻を擦りながら痛いと主張する。
これでは疑念は晴れるどころか深まるばかりである。こんなやり取り自体が全くと言っていいほど馬鹿らしい。凱音は、さっと少女の腕を振り払った。
「あ、ちょっと! どこ行くのよ!!」
去ろうとする凱音の前に、立ち塞がって進路を塞ぐ火々里。
凱音の表情は、苛立ちを隠さないものへと変わっていく。無視をするのも面倒になったと凱音は、舌打ちとともに火々里へと右手を伸ばして、その胸倉を引っ掴んだ。
彼女が批難の声を上げるよりも前に、彼は大声でそれをかき消すように捲し立てる。
「お前さ、状況分かってんのか!? 今俺達は殺し合いやってんだよ! それとも何? もしかして予選の学生ごっこを引き摺ってんの!?
お前だけ予選の頃から何も変わんない間抜けの馬鹿だったりすんの? 別にそれでもいいけどさ、死にたいんだったらさっさと勝ち譲ってくれないかな、楽だから!」
そしてそのまま、胸倉を掴んだ右手で火々里を突き飛ばした。それを見た少女が、焦った様子でバタバタと火々里へと駆け寄っていく。
「ち、違う、よ……お姉さん。あの人は、ただ、ぶつかっただけだから……」
「遅いんだよお前、説明が! ほんと、鈍臭くて嫌になるね!!」
言い争いに困惑していたばかりの鈍色の少女が、ようやく火々里へと説明を果たしたならば忌々しげに凱音は彼女のことを罵倒した。
確かに、不注意は悪いことだったかもしれない。だが、それでここまで責められるだけの謂われはない……というのが凱音の認識であった。
そしてそれを聞いた火々里もまた同様であった、彼の性格を知っているとは言え、それだけでああも疑ってかかってしまった……となるとやはり悪いことをしたとなる。
67
:
名無しさん
(ワッチョイ b0c1-d5a0)
:2019/08/30(金) 00:08:00 ID:eRHfpl9s00
「……それは……ごめん……」
気の強い火々里であったが、謝るべきところは分かっているつもりだった。正義のつもりで過剰な糾弾をしてしまったのは宜しくない。それは単なる暴走でしかない。
それを見た凱音は、やはり腹立たしげに表情を歪めながら、舌打ちをする。そもこの素直さ、余計なやり取り事自体が凱音にとっては無駄な時間で鬱陶しいものでしか無かった。
故に、謝罪を食らったとて、なにか状況が好転するわけでもなかった。
「お前さぁ――――――――」
「応、主殿がまた失礼をしたな。いやはや申し訳なし」
清く澄んだ音とともに、それは現れる――――東洋の鎧と、巨大な刀を背負った大男。先にも見たことのあるその姿は、確かに間桐凱音の有しているサーヴァントだった。
そうなれば、火々里の身体も自然と強張ってしまう……相手には、先にあったときと同じように敵意は感じられないが、そこにある絶対的な力だけで震え上がる思いだった。
そんな思いを知ってか知らずか、背後でセイバーも同じく実体化する。
「いや、こちらもマスターが失礼をした。こちらからも重ねて詫びよう」
「おい……お前、勝手に出てくるなって言ったよな!?」
会話を遮られた凱音は、サーヴァントへと恨みがましい視線を向けるが、彼は腕を組むと、そんなものは何処吹く風とばかりに気にしていない様子だった。
「然し……勘違いは兎も角、そこな少女には、主殿にも否がないとは言い難い。なれば、主殿も頭を下げるところであろう。男としてな。ほぅれ」
「がぁぁ……! やめろ、この野郎! 俺は男だからとかそういうのが本当に嫌いなんだよ……!!」
そして、鈍色の髪の少女へと、鎧武者は頭を下げさせようとして、頭の上に手を置くと力を加える。
さすがはサーヴァントの力、凱音は抵抗するも難なく押し潰されるように頭が下がっていく……そんな姿をじっと、少女は観察した後、ゆっくりと首を振って。
68
:
名無しさん
(ワッチョイ b0c1-d5a0)
:2019/08/30(金) 00:08:11 ID:eRHfpl9s00
「謝るのはいい、よ……その代わり、お願いが、あるの」
「応、なんだ。なんでも言ってみるがいい!!」
「おい、だから勝手に話進めるのやめろって! 聞けって! 俺のサーヴァントなんだろ、お前!?」
吠える凱音を全く気にすることなく、鎧武者は話を続ける。
その光景を傍らから見ているセイバーが、「案外、あれで相性がいいのかもしれない」なんて呟いた……火々里にはどうしてもそうは見えず、首を傾げたが。
「私のお友達……セラフィとミラを、探して、ほしい」
彼女から提案されたのは、そんなものだった。些細な提案だった。この聖杯戦争という生存競争の中で、そんな物を忘れさせるくらいには。
「……おい……ふざけんな、そんなお使いを俺にさせる気で……」
「その程度でいいのか! お安い御用よ、期待しているがいい! 失せ物探しなら、我が主は一級品故な!」
「おっ……お前な!!」
迷子の友達探し。聖杯戦争にとって、それがプラスに働くことになるとは到底思えない。
勿論凱音はそんなつもりは到底無かったが、最早会話の主導権は彼にはなかった。それを取り返すだけの力……意志というべきか、そういうものもまた同様に。
火々里は、セイバーと顔を見合わせる。セイバーは少し考える素振りを見せた後、コクリと頷くと、それに応じて少女の方へとゆっくりと向かっていき。
「……私も手伝うよ。あなたの名前は?」
「……ザクロ。霧亡……柘榴」
69
:
名無しさん
(ワッチョイ b0c1-d5a0)
:2019/08/30(金) 00:10:20 ID:eRHfpl9s00
第三話 EXTRA/First Impact 一節 終
70
:
名無しさん
(ワッチョイ c9f2-e961)
:2019/10/08(火) 00:41:31 ID:yGqN71CM00
ナーサリーライムは童歌。トミーサムの可愛い絵本。マザーグースのさいしょのカタチ。
だけどアナタは捻くれ者。「もっとグロテスクに」!。だからワタシは、オルタナティブ・フィクション。
血塗れのアリス。アナタといっしょ。さぁ、いっしょに遊びましょ!
71
:
名無しさん
(ワッチョイ c9f2-e961)
:2019/10/08(火) 00:41:53 ID:yGqN71CM00
■
手を繋いで、少女二人が歩いていた。
幼い見た目の少女達であった。ゴシック・ロリヰタ・ドレスを着た少女は、長い銀髪の上に猫耳のようなリボンを揺らして、不安気に歩いている。
水色の左眼と黄金の右眼のオッドアイの少女は、深紅のトレンチコートを揺らしながら、ゴシック・ロリヰタの少女の手を引いて、慎重に道を歩いている。
暗い街中であった。時間帯を加味しても、それは暗すぎるほどであった。そして街には少女達以外に、誰一人としていなかった。
「……ねぇ、ミラ……なんでここには誰も居ないの……?」
ゴシック・ロリヰタの少女が聞いた。
「ニェット、セラフィに分かんないなら、私にも分からないよ……」
ミラと呼ばれた少女は、縮こまりそうになっている少女の手を引いて歩き続ける。
誰も居ない街を二人は歩き続けていた。いつもならば、未だに人が多く行き交っているはずの街を一人で。
発端と言える発端があったかどうかはわからない。セラフィという少女が、野良猫を追い掛けているのを、一緒になって追い掛けていたらいつの間にかだった。
「……じゃあ、なんで字が読めないにゃー……」
あちらこちらで見る看板の文字は、すっかりと左右が反転していた。
まるで鏡の中世界か何かと思うほどであった。街の構造は全て左右が反転していて、車は全て左ハンドルになっている。変わっていないのは、自分達だけ。
世界が変わったというよりは、そう……まるで、迷い込んでいるような。
72
:
名無しさん
(ワッチョイ c9f2-e961)
:2019/10/08(火) 00:42:09 ID:yGqN71CM00
「とにかく、知ってるところに行こう……。じっとしていても、分かんないから……セラフィ?」
及び腰ならば、それでも歩いていたセラフィの脚が止まった。何事かと振り返ると、彼女は前方にある何かを見上げているようだった。
その表情が尋常ではなかった。顔面は蒼白に、瞳は大きく揺れていて、大量の汗を流している。やがてミラも、そちらを見上げてみたのであれば。
――――正体不明で消息不明。
――――火をふく竜とか雲つく巨人。
――――トリックアートは影絵の魔物。
「……ジャッバウォッ、ク」
――――けだし、大人の話はデマカセだらけ。
――――真相はドジスン教授の頭の中に。
セラフィが溢れるように言葉を漏らす。
返り血に染まったかのような赤色の肉体。天を衝くかと見紛うほどの巨躯。血に染まった瞳。あまりにも巨大なその両手。大気を震わすその息吹。
その手が大きく開かれた。視界を赤色が覆って、一息に少女達を飲み下さんとした。
73
:
名無しさん
(ワッチョイ c9f2-e961)
:2019/10/08(火) 00:42:27 ID:yGqN71CM00
■
「……それで、探すったって、なんにも情報がなかったら、見つかるわけないけど」
「なんだ、意外と乗り気なんじゃない」
「そうじゃない! こんなくだらないことで時間を使いたくないだけだっての!!」
霧亡柘榴という鈍色の少女のお願いを受けた間桐凱音と赤桐火々里、そのうち最初に話を切り出したのは、凱音の方であった。
それに対してからかうように火々里がからかうようにそう言うと、凱音が噛み付きつつもその理由を明かす。
当然ながら、聖杯戦争に於いて、これは完全な寄り道で、時間の無駄でしか無い……故に、凱音はこの捜し物を速攻で終わらせる方を選択したのだ。
「……で、どんな奴らなんだよ。そのセラフィとミラって」
「うん、えっと……」
柘榴へとそう問いかけると、彼女はつらつらと二人の特徴を述べていく。
セラフィは長い銀髪の猫のような少女。ミラは赤いコートの少女。どちらもとても幼く見えるだろう……そうして情報を述べた後。
凱音はパチリと指を鳴らした。それから数秒後、小さな虫がその指先に留まった。
「……虫?」
「ただの使役の魔術だよ、お前だって……いや、どうでもいいか」
そしてそれに口元を寄せ、小さく何かを呟くと、指に留まっている虫を掲げれば、もう一度空へと飛び立っていく。
74
:
名無しさん
(ワッチョイ c9f2-e961)
:2019/10/08(火) 00:42:48 ID:yGqN71CM00
「あとは俺の虫が街中を探してくれる。わざわざ馬鹿みたいに三人で探すよりもずっといいだろ」
「……私、こういう人、なんていうか知ってる」
「え、何?」
柘榴の言葉に、火々里が聞き返すと、柘榴は耳打ちのジェスチャーをする。
それに合わせて、火々里が身を屈めて、耳を貸すと。そこに口を寄せて、柘榴が一言。
「ツンデレ」
「おい!! 聞こえてるぞお前!! ふざっけんなよ、せっかく俺が手伝ってやったってのにお前ら!!」
顔を真赤にしているのは、怒りからか羞恥心からか。
凱音からすれば、念話で聞こえてくるサーヴァントの笑い声も合わせて、とにかく鬱陶しかった……然しながら、同時に凱音は不審感も持っていた。
凱音は既にこの街の隅々まで虫を放っている。同じく虫並みの大きさの生き物を探すならばともかく、人間ならば即座に探し当てられる自信があった。
だというのに、引っかからない。今に至るまで、それらしきものは。
「それで、見つかったの?」
「……いや……」
今度はからかわれることはなかった。火々里と柘榴がその表情に感じるものが、今までのそれとは違うものであったからだった。
しばらく黙った後に、凱音は立ち上がった。少し歩きながら、きょろきょろと街中へと視線を巡らせる。
街中を往来する人々を避けながら、ひとつ、ひとつと……そう。彼女の探し人は見当たらなかった。だが、一つ、不審なものを見つけていた。
カーブミラーの前で立ち止まる。そこに映し出された姿を、じっと見つめる。
「ちょっと、どうしたの? 一体何が……」
「これ、死んだかもな、その二人」
――――凍りつく。
75
:
名無しさん
(ワッチョイ c9f2-e961)
:2019/10/08(火) 00:43:06 ID:yGqN71CM00
「ど、どういうこと」
すかさず、柘榴がそう聞いた。当然だろう、探しているのは彼女の友達だ。
それが、姿を消したと思ったら、いきなり死んだと断言されれば……それも、別れて間もない間に、となれば。当たり前だが、はいそうですかと頷けるはずもない。
「俺の虫は街中にいる。探し人なんて一瞬だ。なのに見つからず……それに合わせるように、この街に固有結界が張られてる。
誰かがサーヴァントに魂食いでもさせてんじゃないの? 残念だけど、多分……」
「け、けっか……たましい……なにそれ、分かんない……なんで、セラフィとミラが……」
それについて、凱音は説明する気はなかった。
そもそも彼女に対してそこまでの義理はないだろう。ここまで探してやっただけでも大サービスだ、その上生存の可能性は極低いとなれば。
ここまでだろう。お人好しにもほどがあった……そう思って、そこで背を向ける。
「ま、諦めなよ。聖杯戦争じゃよくあることだろ、こんなの」
「……待ちなさい。その固有結界っての、どうやったら入れるの?」
その背を、火々里が止める。
嫌々ながら振り返ると、そこには火々里と、その傍らにはサーヴァントが実体化して立っている。
「……正気かお前、固有結界だぞ!? 死にたいのかよ!?」
――――固有結界。個と世界、空想と現実、内と外を入れ替え、現実世界を心の在り方で塗りつぶす魔術の最奥。
即ちそれは、相手の懐に飛び込むということ。それもずらりと銃口が並んでいるそこに。それは……一切の比喩なく自殺行為にしかならない。
さすがの凱音も、それに関しては狼狽えるばかりだった。相手が敵であることも忘れ、引き留めにすらかかっていたのだ。
76
:
名無しさん
(ワッチョイ c9f2-e961)
:2019/10/08(火) 00:43:24 ID:yGqN71CM00
「それがどういうものかはわからない。けど……」
……視線の先。カーブミラーへと、火々里も視線をやった。
そこに映っているのは三人の姿。それがなんであるかなど検討もつかない。そもそも魔術の知識すら無い。そんな状況でも、何故だかは分からないのだが
立ち上がらなければならない気がする。諦めてはいけない気がする……のは、心の奥底から湧いてくる、正体不明のなにか。
「私は行く。ここまでありがとう……ここからは私が行くから、方法だけ、教えて」
凱音は暫く、彼女のことを見下ろした。
確固たる理由も目的もないはずなのに、何故そんなことをしようというのか分からなかった。まったく理解の及ばない場所にある、そんな強い意志だった。
何か言いたげに口を開こうとしたが、
「……魂喰いをするなら穴を開ける。獲物を引き入れるための穴を……そしてその条件を俺は見た。
……鏡に触れた子供が中に吸い込まれるのを。なら……そこのガキみたいなのが触れたのに合わせて、無理矢理入っていけば……」
「それじゃあ……柘榴も一緒に入らなきゃいけないの?」
その問いに、凱音は無言で頷いた。
そして実際に指を伸ばして、鏡に触れた。推測通り、自分のみでは鏡の中へ入ることはなかった……おそらくは、小さな少女が引き金となっているのだろう。
そうなれば、火々里の意思だけでは中に入ることは出来ない……が。
「わ、たしは。大丈夫。だけど、お姉さんが……」
柘榴は、それに対して、一も二もなくそう答える。
ただ、彼女にとって懸念なのは、やはり火々里を巻き込むことだった――――自分の友だちを助けてもらうために、命を張ってもらうことになる。
いや、そもそも……生きているのかすらもわからない。そんな不確定な場所に、連れて行って良いのか。
77
:
名無しさん
(ワッチョイ c9f2-e961)
:2019/10/08(火) 00:43:42 ID:yGqN71CM00
「私は大丈夫。柘榴が良いなら、すぐにいこう……手遅れになる前に」
そう言って、彼女へと手を伸ばす……それから、二人と手を繋ぐと、鏡へと向けて手を伸ばす。
ここから先は、未知の何かへと向けた旅路――――もしかしたら、サーヴァント諸共、帰ってこれなくなるかもしれないが、不思議と火々里に恐怖はなかった。
なにか心のなかで……誰かが、それで正しいのだと、言っているような気がしていた。
「……主殿よ。一つ言っておくぞ」
凱音の背後に、一人の鎧武者が出現する。
大きな太刀を背負った武者は、マスターである凱音へと、今度は……無理強いをするような声色ではなく、ただ告げる形で、語り掛ける。
「おれは、敵陣へ突っ込むのが得意中の得意だ!!」
ぎり、と奥歯を噛み締めて、恨めしげな視線を武者へと送った。
まるで自分の心の中を察するかのような言動が、あまりにも腹が立った。ただそれより何より、図星を指していることが一番苛立った。
またこいつの思い通りになるかと思うと本当に忌々しいが――――――――
「ああ、もう――――――――煩いんだよ!!」
――――――――衝動的に、その手を伸ばした。
78
:
名無しさん
(ワッチョイ c9f2-e961)
:2019/10/08(火) 00:44:05 ID:yGqN71CM00
■
返り血に染まったかのような赤色の肉体。天を衝くかと見紛うほどの巨躯。血に染まった瞳。あまりにも巨大なその両手。大気を震わすその息吹。
その手が大きく開かれた。視界を赤色が覆って、一息に少女達を飲み下さんとした。
反射的に、ミラはその目を閉じた。その先に来る惨劇を目の当たりするのに耐えられなかった。戦うという選択肢すら、とろうという気持ちが起こらない相手だった。
そして、その瞬間は。まるで乾いた砂の塊のように、少女の身体が粉砕されるのは――――――――
「……あれ?」
……終ぞ、起こり得なかった。
「おうおう、愛い愛い奴。それじゃあ、おれと力比べと行こうか」
目を開けると、そこには大きな刀を背負った鎧武者が居た。
セラフィもミラも、その姿はよく知っている。日本のヒーロー、サムライというやつだ。それが、その巨大な怪物と、真正面から力比べをしている。
相手の両手を自信の両手で掴み、その身体を筋肉で膨れ上がらせながら、その口元を思い切り笑いに歪ませながら、鋭い瞳がその姿を捉えている。
「セイバー!」
「任された、マスター! お嬢様方、少し乱暴になりますが、お許しを!!」
「うぇ!? ミラぁ!!」
「だ、だれ!?」
その間に、いつの間にか迫っていた西洋の騎士が二人を抱えて離脱する……その先には、意地の悪そうな少年と、気の強そうな少女が待っていた。
その二人の前で降ろされると、そこに居たのは、鈍色の少女。
79
:
名無しさん
(ワッチョイ c9f2-e961)
:2019/10/08(火) 00:44:16 ID:yGqN71CM00
「セラフィ! ミラ!」
「ザクロ!!!」
お互いのことを確かめ合うかのように、小さな少女達が抱擁を酌み交わす。
そして、少女は……火々里は、その光景に微笑ましさを感じながらも、先ずは目の前の戦場へと目をやった。
「良いか、赤霧!! 長く居たら不利だ!! 固有結界の効果が発動する前に、一瞬で決める!!!」
「分かった、凱音――――――――行くよ、セイバー!!」
凱音の声に火々里が頷き、セイバーへと視線をやった。
その手には既に、刃が握られている――――――――吹き荒れる風と共に、不可視の刃がその刀身を覆い隠す。
――――風王結界(インビジブル・エア)。セイバーが有する宝具の内の一つだった。
「ああとも、我がマスター。この騎士王剣、御覧頂こうか!!」
80
:
名無しさん
(ワッチョイ c9f2-e961)
:2019/10/08(火) 00:44:29 ID:yGqN71CM00
第三話 EXTRA/First Impact 一節 終
81
:
名無しさん
(ワッチョイ ef11-e2ca)
:2020/01/02(木) 22:16:55 ID:TFL.OQBY00
巨躯の怪物が握り締めた拳が、バーサーカーへと叩きつけられようとする。
バーサーカーとて身の丈二メートルを超える、筋骨隆々とした鎧武者であるが、その怪物の両手は一回りほども大きいだろうか。
まるで爆撃でもされたかのような轟音が響き渡る。
「ううむ、見た目に違わぬこの豪腕――――――――戦国無双のこのおれと張り合うか!!」
その怪物は、サーヴァントとしてみても剛力極まりない力を持っている。
それほどまでに強力な存在なのは、やはりここが固有結界の中だからだろうか――――だが、おかしいのは固有結界がこうも当然とばかりに存在していることだ。
サーヴァントには通常の聖杯戦争と同様に、ムーンセルの情報もインストールされている。
狂化のランクが低く抑えられていることも相まって、バーサーカーには戦術的、戦技的思考をすることが出来る……然しながら。
「だが、それだけでは俺には届かんなぁ……!!」
だが、それよりも恐るべきはバーサーカーの膂力であった
取っ組み合いでの力比べ、体躯に勝る怪物――――その足元にぴしりと罅が入っていて、その膝が震えているようにすら見えている。
ごきごき、という音が響いていた。怪物から鳴り響くものであった。見れば取っ組み合っていたその両手が、まるで蛸かなにかのように向こう側を向いている。
幼子の頭を抑えて、無理矢理頭を下げさせるかのような……そんな大人気ない光景にすら見えた。
「俺の刀を使うまでもねえや。そのまま素っ首引っこ抜いてやらぁ。覚悟しろよ……!!!!」
粉砕された両手を離す。そしてその右手を、そのまま相手の頭へと伸ばした。
大きく広げられた手は、大凡悪鬼か何かの類にすら見える。あまりにも容易くその頭を圧し折ることだけは、どんな素人にも予想はつくことだろう。
――――それが今正しく、触れようとした時。
「……おや、しまったな、これは」
その頭が、まるで玩具のように二つに別れた。
その中からびっくり箱のように何かが間抜けに飛び出てきた。それはとても太く長く、鋭い牙の生え揃った、蛇のような姿をしていた。
牙が正にその右腕に食いついた。サーヴァントの肉体に食い付いて、噛み食いちぎろうとした。その一瞬で、己の油断を、バーサーカーは恨んだ。
82
:
名無しさん
(ワッチョイ ef11-e2ca)
:2020/01/02(木) 22:17:08 ID:TFL.OQBY00
「――――退け、バーサーカー」
ズドン、という音と共に、バーサーカーの右腕にかかる負荷が唐突に外れた。
風を纏う不可視の刃が、その太い蛇の首をするりと断ち切った。不気味なほどに声すらなく、その首がゴトリとそこに転がる。
僅かに血を流すその右腕を気にする様子もなく、バーサーカーの瞳が、乱入したセイバーのことを見据えて、表情に笑顔を浮かべている。
「一つ貸しが出来てしまったなぁ、セイバーよ」
「些事だ、バーサーカー。それよりも……」
――――バーサーカーが、その背に帯剣する、巨大な刀へと手をかけた。
セイバーがその剣を構え直す間もなく、バーサーカーが一歩踏み込んだ。まるで獣の如く身のこなしと剛力を持って、振り上げられた大刀は。
その、セイバーの背後にて立ち上がった、巨躯の怪物の身体を、腰元まで両断してようやく止まることとなった。
「セイバー、行け!! まだ終わっとらんぞ!!!」
「分かっている――――!!」
見れば、切り落とした"首"が忽然と消えている、否。
跳ねるように移動している。その先に居るのは――――――――
83
:
名無しさん
(ワッチョイ ef11-e2ca)
:2020/01/02(木) 22:17:30 ID:TFL.OQBY00
■
「おい、ガキども! お前ら遊んでないで早く逃げろって!! 時間無いんだよ!!」
「う"わ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!!!!」
「泣き声が汚えな!! ああもう!!」
後方にて、間桐凱音と赤霧火々里が三人の少女達を連れだって歩いていた。
とは言え、怪物と遭遇した直後に、暴力的な光景と、知らない人間に怒鳴られるという状況には、少女達も中々心休まらない……というより。
この中でも精神的に一際幼いセラフィーナが、号泣し始めてなかなか進まなかった……そして痺れを切らした凱音が、徐に彼女のことを担いで。
「お前も急げ、赤霧!! 全員死にたいのか!?」
「でも、セイバーがまだ……!!」
向かう先は、先程自分達がこちらにやってきたカーブミラーだ。
固有結界自体は強固だが、恐らく行き来の条件付は非常に簡単にできているはずと凱音は踏んでいた。
鏡からやってきたのであれば、同じ鏡から出ていけばいい。辿り着くことができれば、の話ではあるが。
「馬鹿野郎! 俺のバーサーカーが行ってるんだぞ! サーヴァント二人がかりで負けるわけ無いだろうが!!」
「それは……」
火々里としては、戦っている二人置いていくことが、どうにも心残りであった。
未だ、火々里はサーヴァントの強さを正しく認識出来ていない。知識として分かっていても、それがどういうものなのか。あんな化け物を相手に勝てるものなのか。
そも……これは置き去りと変わらないのではないか?
「いいか、赤霧。俺達のうちの誰かがここで死んだら、あいつらの戦いも無駄になるんだよ!」
――――それを察したものか。いいや、偶然だった。
兎に角凱音が彼女を動かそうとした言葉は、火々里の心にすっと落ちていくようであった。凱音にとっては、ただの罵倒にも等しいものであるというのに。
84
:
名無しさん
(ワッチョイ ef11-e2ca)
:2020/01/02(木) 22:17:50 ID:TFL.OQBY00
「……分かった……行こう、皆……!!」
――――心配だ、彼らが心配だ。
けれど自分達が死んでは、それが無駄になってしまう。
だから彼らを信じて、先に行っても良いのだなんて、そんな単純でなんでもないような、ただ合理的なだけの判断を、火々里は学んで、そうして頷くことが出来た。
ミラと柘榴、二人の手を引いて走り出す。歩幅を合わせつつも、できるだけ早く……!!
「うぐぅぅぅ……!!」
「もう、泣くなって言ってるだろ! いいか、俺のバーサーカーは最強なんだ、あんな奴に負けたりなんて……!!」
腕の中で啜り泣く、小さな少女に苛立ち混じりにそう吐いた。
なんでこう、世話のかかる奴らばかり、ここに集まっているんだ――――そう思いながらも、凱音自身も一抹の不安があることは確かだった。
相手は固有結界の主だ。サーヴァントではないのは見るからに明らかだが……果たして本当に勝てるかどうかは、結果が出るまでは分かったことじゃないし。
仮に――――倒せたとしても、それ以外の搦め手が出来るのであれば――――
「――――凱音!!!」
――――その不安は、的中したと言っても過言ではなかった。
火々里の言葉に振り返った時、目前には大口を開ける蛇の口があった。ずらりと並んだ牙は血を滴らせ、こちらを睨み付けている。
抱えていたセラフィーナを掻き抱くように、身を縮こませた。今、この状況を打破することが出来るとするならば、それは……。
蟲を使うか? 恐らく間に合わないだろう。自ら戦うか。結果は火を見るよりも明らかだ。避けられるか。そうするには少々対応が遅すぎた――――分かってる。
自分一人で、何かを成し遂げることが出来ない人間なんて、間桐凱音という存在がどれほどか弱くてか細いものかなんて、自分で分かってるんだ。だから……。
「バーサーカーァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!」
――――剛剣、血風以て輝ける。
巨大な影が、割り込むように躍り出た。
二メートルを優に超える、バーサーカーの体躯をすらも超えるほどの大太刀が、怪物の身体を一息に、真っ二つに叩き割った。
噴き出す血を浴びながら、それが振り返った。正しく戦場の悪鬼とでも言うような、恐ろしい姿をしながらも、そこには無垢すら感じる笑顔があった。
85
:
名無しさん
(ワッチョイ ef11-e2ca)
:2020/01/02(木) 22:18:02 ID:TFL.OQBY00
「すまんな主殿、待たせちまった」
「……遅えんだよ、馬鹿野郎」
「……あれ?」
凱音の悪態と共に、火々里がなにか違和感を感じて、あたりを見渡した。
見れば……すでに、そこは商店街の一角であった。カーブミラーへとやってくるでもなく、既に彼女等は全員固有結界の外へと排出されていた。
「なるほど、あいつと連動してたわけか……はぁ」
「……う、うにゃあ」
大きく溜息をつくと同時に、凱音は抱きかかえていたセラフィを下ろしてやると、恐る恐る、彼女は歩きだして……すぐに柘榴とミラの背後へと回り込む。
二人の陰から、彼のことを覗いていた。なんとなく凱音にとっては落ち着かない状況の中……三人の話し声が、ひそひそと聞こえてくる。
「良かったね、セラフィ。あのお兄さん、優しい人だった」
「ダー。皆でお礼、言わないと」
「んにゃー……」
言葉遣いは三者三様だったが、意思としては、皆がお礼を言わなければならないというところに共通していた。
――――火々里は、その様を微笑ましげに見つめながら、凱音に視線を向けたところで……その姿が、忽然と消えていることに、気がついた。
「それにしても、以外だったな。凱音が――――あれ?」
「お兄ちゃんはどこいったにゃー? お礼も渡さないとって、思ったのに……」
バーサーカーの気配も、凱音の気配もどこにもなかった。
四人でくるくると見渡してもどこにも居ない。あの凱音が、少女達を助けたなどと、まるで本当に嘘であったかのように――――どこにも。
セラフィーナが、リボンを揺らしながら鼻を鳴らしている。その手に握っているのは……二つの、小さな"鍵"の形をしている……。
「……それは?」
「さっきセラフィが、鏡の中で見つけたの! お姉さんたちに、一つずつあげよっかなって思ったんだにゃー」
86
:
名無しさん
(ワッチョイ ef11-e2ca)
:2020/01/02(木) 22:18:17 ID:TFL.OQBY00
■
「礼も聞かずに去っていくとは、主殿も“粋”を覚えたのかな?」
「そんなんじゃねえ……ただ鬱陶しかっただけだ」
間桐凱音は、薄暗い路地裏を二人で歩いていた。
向かう先は月見原学園校舎。全てのマスターのマイルームがある拠点だ―――― 一足先に、抜け出していた。
「時間の……いや全部の無駄だ。リソースも、時間も、体力も……何もかも、無駄にしちまった」
「だが、あの少女達を助けられた」
歩みを止める。
なぜ、自分はあの時動いてしまったのか。なぜあの固有結界の中に飛び込んだのか――――見知らぬ少女なんて、どうでも良かったじゃないか。
それよりも放置をしておけば、赤霧火々里という対戦相手一人を闇に葬ることが出来た。無条件で繰り上がることが出来た。それをしなかったのは。
何が行けなかった? 自分の何が、どうして、そうさせた。今こうして思い返してみても、どうしても、どうしても、分からない。ただ――――
「……聞いたかよ、バーサーカー」
「ん?」
一つだけ、無性におかしいと思うものがある。
思い出せば思い出すほど、笑いが込み上げてくる。おかしくて仕方ない――――何故だろう。これは嘲笑なのだろうか。きっとそうだ。
「ありがとう、だってさ。――――バカみたいだ」
そんな一言に、一体何の意味があるっていうんだ。
87
:
名無しさん
(ワッチョイ 3fd5-f3da)
:2020/04/01(水) 02:23:07 ID:N1M.zHcY00
第三話 EXTRA/First Impact 三節 終
88
:
名無しさん
(ワッチョイ 3fd5-f3da)
:2020/04/01(水) 02:27:03 ID:N1M.zHcY00
――――体は剣で出来ている。
血潮は鉄で心は硝子。
幾たびの戦場を越えて不敗。
ただ一度の敗走もなく、
ただ一度の勝利もなし。
担い手はここに独り。
剣の丘で鉄を鍛つ。
ならば我が生涯に意味は不要ず。
この体は――――――――
――――――――無限の剣で出来ていた。
89
:
名無しさん
(ワッチョイ 3fd5-f3da)
:2020/04/01(水) 02:27:23 ID:N1M.zHcY00
嗚呼、彼処に在るのは。なんて真っ直ぐな想いだろう。なんていう、そう、病的なまでに素晴らしい想いだ。
「俺は桜の為だけの正義の味方になる」
そんな風に、真っ直ぐに宣言されてしまったら。
俺の割り込む隙間なんて、全く、何処にもないじゃないか――――――――
90
:
名無しさん
(ワッチョイ 3fd5-f3da)
:2020/04/01(水) 02:27:40 ID:N1M.zHcY00
■
「居眠りをしていたな、主よ」
「……うるさいな」
……間桐凱音は、図書室に来ていた。
フィールドに出なきゃ行けない理由は存在しない。一人分のキーの回収は終えている。だから後は情報収集するのみだ。
対戦相手は剣の騎士だった。どんな剣を振っているか分からない。見た目だけで言えば西洋人の騎士だが、特定できる要素は少ない。
だが、難しくとも絞り込まなければならない。少しでも、少しでも、少しでも……勝てる確率を上げなければいけない。
「……そうだ、俺なら上手くやれる。もっともっと、上手くやれる」
聖杯を、手に入れなければならない。
桜を救わなければならない。そのためだけに自分は生まれてきた。そのためだけに、自分は全てを捧げてきた。
それが、それがあんなに綺麗に彼女の味方になっていくなんて。そんなのズルいじゃないか。いきなり、自分の横から掻っ攫っていくなんて。
俺のほうが先に好きだったのに。
だから、だから……聖杯を手に入れよう。
そして、もっともっと上手くやろう。それを証明するんだ。俺は、俺ならばもっと、完璧な形でやれるって。
第五次聖杯戦争ではしくじってしまったけど。でも、次はきっと大丈夫。本当なら、俺は優勝していたはずなんだから――――――――
91
:
名無しさん
(ワッチョイ 3fd5-f3da)
:2020/04/01(水) 02:27:55 ID:N1M.zHcY00
■
「……いきなりキーが一つ手に入ったのは、拍子抜けだけれど」
「そのまま2つとも、自分のものにしてしまえばいいだろう、マスター。
元よりあの少年は敵だ。義理を果たす必要はあるまい」
「そういう問題じゃないでしょ、これだからイギリス人は……」
――――赤霧火々里は、図書室の扉を開いた。
あの子供(?)達から渡された2つのキー。そのうちの一つは凱音へと向けて渡されたものだ。
託されたのだから、約束は果たさなければならない。確かに間桐凱音という少年は、随分と嫌な奴で、癪に障る人ではあるけれども。
彼はあの時確かに、固有結界の中に飛び込んで、そして子供達の命を助けてくれた。これは、間違いのない事実なのだから。
彼にも受け取る権利があるし、何より渡してほしいと約束されたのだから。
「あ、いた」
「……なんだよ、お前。喧嘩売りに来たのか?」
凱音は、鬱陶しいという態度を隠さずに火々里のことを見た。だが、それで引くほど気が弱い火々里でもない。
寧ろそんな態度を見れば、ムキになってヅカヅカと踏み込んでいくようなタチだった。
だから、わざとその対面に火々里は座った。そしてその手に持っていたキーを、凱音へと差し出した。
92
:
名無しさん
(ワッチョイ 3fd5-f3da)
:2020/04/01(水) 02:28:10 ID:N1M.zHcY00
「これ。きのうの、柘榴と、セラフィと、ミラから」
「……はぁ?」
「だから、あの娘達がお礼にくれるって言ってたの。だから、ほら」
差し出されるそれに、凱音は困惑の瞳を向けた。
彼女が何を言っているか分からない。あの子供達……が、キーを……何処かで拾ったとでも言うのだろうか。
そして何故、自分がそれを受け取らなければならないのか、思考が全く、上手くまとまらない。
「な……何言ってんだ? あんなの全然大したことないしっ!
それに俺はもうキーを2枚揃えてんだよね、魔術師として、お前とは格が違うっていうの?
だからさ、情けのつもりならやめてくれない? 寧ろ命拾いしたんじゃないの、良かったじゃん、せめて戦いの場に……」
「そういうと思ってた」
「ひぃ!?」
バン、と強く、机の上にキーが叩き付けられる。凱音の身体がびくりと震えた。
他に図書館を利用していた、聖杯戦争の参加者とNPC達がこちらに目を向けて、すぐに各々の作業へと戻っていく。
93
:
名無しさん
(ワッチョイ 3fd5-f3da)
:2020/04/01(水) 02:28:25 ID:N1M.zHcY00
「でも、貴方には受け取る権利がある」
「……!?」
94
:
名無しさん
(ワッチョイ 3fd5-f3da)
:2020/04/01(水) 02:28:51 ID:N1M.zHcY00
これは火々里が凱音に対してかけた情けでもなんでもない。
ただ彼女達の思いをこうして差し出しているだけだ。それを隠してまで、勝ち残りたいとは思わない。
――――――――本当は、恐ろしい。出来ることならば、これを抱えておきたい。
だが、それをしたら勝つよりも大切なものが失われてしまう気がする。だからこれは、彼へと向けて差し出さなければならない。
「……それじゃあ」
これ以上ごちゃごちゃと拒否されても困る。それにこれからもう一つ、キーを探さなければならない。
図書館での情報収集もやってみたいところだが、そちらを優先しなければならないこの状況では好都合だったかもしれない。
それを置いて、背を向けて立ち去ろうとする。これで受け取らざるを得ないはずだ。
「――――ま、待てよ!!」
背中から、凱音の声が掛けられて、火々里は振り向いた。
「……何? 返却は拒否するけど」
「そうじゃない。……いいよ、このキーはもらうよ。ムカつくけどさ。
だから一回、こっち来い。……ああもう、いいよ、俺が行くよ!!」
テーブルの上に置かれたキーをポケットの中に乱暴に突っ込んで、凱音が立ち上がる。
そして苛立ったのを隠さないまま、速歩きで火々里の前へとやってきて、別のポケットから一枚、キーを取り出した。
そして火々里へと向けて、乱暴に放り投げた。
95
:
名無しさん
(ワッチョイ 3fd5-f3da)
:2020/04/01(水) 02:29:04 ID:N1M.zHcY00
「……え?」
「借りを作りたくないんだよね。しかも、お前みたいな弱小魔術師なんかにさ。
だからそれやるよ。貰いっぱなしとかムカつくし、三枚も持ってても、どうせ次は集め直しだから意味ないし」
たしかにそれはキーだ。少なくとも素人目から見れば、何か細工されているようには見えない。
それを見下ろして、それから凱音の方を見た。バツの悪そうな顔をした凱音は、その爪先で火々里の脚を蹴った。
「あ、痛っ! ちょっと……!!」
「分かったらさっさと消えろよ! 俺はお前と仲良しこよしするつもりなんて無いからな!!」
「何すんのよ!!!」
「いっっっっ……たぁ!!!!」
蹴られたままでは癪に障る。思い切り彼の脚へとローキックを叩き込むと、彼はもんどり打ってそこに倒れ込んだ。
そして図書室の扉へと向かう。これで火々里が持つキーは二枚になったとは言え、やるべきことはまだ山ほどある。
特に……火々里は、彼の言うように、弱小魔術師なのだから。
「……でもありがとう、凱音。それじゃ、また」
最後に、お礼だけを言って、図書室の扉を締める。
彼は嫌味な男だけれど、少なくとも、これで助かったことには間違いない。
……いや、もしかしたら嫌味ということですら無いのかもしれない。ただ単に、彼は――――
「図書室では静かに!!!」
後ろで、怒号が聞こえているのを背にして。
96
:
名無しさん
(ワッチョイ 3fd5-f3da)
:2020/04/01(水) 02:29:17 ID:N1M.zHcY00
■
「いってえ……あのゴリラ女……!!」
図書室のテーブルに戻る。蹴られた部分が未だにジンジンと痛んでいた。
こんな痛みを負うのは久し振りだ。屈辱的だ。あんな、魔術師として比べ物にもならないような相手に、こんな風にされるなんて。
何か、妙なことを言っていたが、それでも間桐凱音という人間がやることに変わらない。全ては、ただ一人のために。
「……本当、本当に……馬鹿みたいだ……」
英国史の資料を捲りながら、独り言を呟く。
霊体化したバーサーカーに向けるでもない。ただただ、それは自分の口から漏れ出るものであった。
そもそも、あの少女は馴れ馴れしいのだ。確かに、自分たちは予選の間――――友達同士という、設定ではあったけれども。
「……ありがとう……なんだってんだよ。どいつもこいつも」
そんな一言、気休めにしかならないくせに。皆、立派な意味があるとでも主張するみたいに押し付けてくる。
何の意味も無いのに。そんな言葉を一言付け加えれば、それで全部許された気になってる。
「――――――――ああ、でも」
ページを捲る手が止まった。
もしも、もしも……ありえない話だけれども。自分にとって友達っていうのが出来たとしたらもしかしたら。
こういうことなのかな、なんて。無意識に思っていた。自分の思考を、否定する気力すら湧かなかった。
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