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狂女は怪人の夢を見るようです

14ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 22:43:30 ID:vyLjj43k
彼女が所属していなかったわけではない。
僕は以前彼女に誘われてその小劇団の演劇を見たとこがあった。
彼女は最近になってその名前を名簿から削除されてしまったのだろう。

いったいどうしてと考えると、あの公園での彼女の様子が思い浮かんだ。
狂気を纏った彼女の目。
僕は暫く眉根を寄せて考え込んだ。

小劇団に電話をしてみることにした。
電話に出たのは副団長だった。
僕は彼女のことについて電話で質問をしたが、副団長は不自然に口調を濁らせた。

僕は名前を名乗り、彼女との関係を話して副団長の話を促した。
やがて彼は観念したように説明をした。

「彼女は一身上の都合で退団しました。私から言えるのはそこまでです」

強い口調でそう言うと、副団長は電話を切ってしまった。
僕はすぐには通話を切ることができなかった。



 ★     ★     ★

15ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 22:44:57 ID:vyLjj43k
しばらくして、僕はその小劇団の観劇をしに市民文化ホールを訪ねた。
入口で名簿に名前を書くと、しおりを渡され、小ホールに案内された。
赤いシートは見た目通り柔らかくて、座るといい具合に沈み込んだ。
このまま眠るのも悪くない。

演目は彼らのオリジナルのシナリオだった。
簡単な説明がしおりにあったが、うっかり読み忘れたので、僕はなんとか内容に食らいつこうと話に集中した。
妖怪とギリシア神話が交錯する複雑な背景の元、軽妙な会話の交わされる独創的な劇だった。
脚本の甲乙がつけられるほど知識があるわけではないが、人を選ぶ内容なのだろうとは思った。
事実僕は何度となくそのユニークさに突き飛ばされる感覚を味わった。

それでも僕が見ていられたのは、以前彼女から聞いた話を覚えていたからだった。
演劇は純粋に誰かになろうとする文化だということ。

僕は次第に演者に注目するようになった。
彼らはそれぞれ役の中で名前を与えられている。
本当の名前もあるのだけれど、僕はそれを覚えていない。

16ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 22:46:47 ID:vyLjj43k
僕の中で彼らはその役名の人だった。
彼らもまたその役名の人になりきっていた。

不自然なほどに表情をコロコロ変えて、不自然なほどに長いセリフを吐く。
不自然とは言うけれど、それは現実の彼らを想定するからだ。
彼らの演じる役名の人を想定すれば、それはその役にとっての自然だった。

彼らは必死に自然を演じ、役名の人を顕現させようとしていた。
その視点は彼らの熱意を汲み取る助けとなり、僕は劇にのめりこむことができた。

幕が下りたとき、僕は一抹の寂しさを覚えた。
劇は終わってしまった。
僕はさっきまで見ていた人はもういなくなっていた。

唐突な消失は、しかし死の喪失とは違っていた。
キャラクターは消えるべくして消えていた。
あえていうならば、実に爽やかな幕引きだった。

17ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 22:49:38 ID:vyLjj43k
出口に向かう途中、「すいません」と声を掛けられた。
身なりの整った、管理職がよく似合いそうな中年の男だった。
知らない男だと思ったが、その声には妙に聞き覚えがあった。
話してみると副団長だとわかり、納得した。

(‘_L’)「名簿を見ると名前が見えたもので、担当者に聞いてあなたに声を掛けたんです。
 先日は急に電話を切ってしまってすいませんでした」

驚くほどに丁寧に、彼は僕に謝罪した。
僕は面食らって慌ててしまった。

( "ゞ)「謝ることはないですよ。あんなこと突然質問してしまってすいませんでした」

(‘_L’)「それはいいんですよ。
 私どもとしても、彼女が突然辞めてしまったことで忙しくなっていたんです。ナイーブな時期だったんです」

副団長はようやく頭を上げて、僕を見てくれた。僕よりわずかに背が高いようだった。

18ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 22:51:45 ID:vyLjj43k
(‘_L’)「もしも聞き足りないことがあれば私に言ってください。お答えできることがあれば答えます」

(; "ゞ)「急に言われましても」

僕はやや困って頬をかいた。

( "ゞ)「彼女が辞めた理由……わからないんですか?」

( -_L- )「ええ。わかりません。彼女は優秀な演者だったのに」

副団長は目を伏せて悲しげに言ったのち、急に思いついたように僕を見つめた。

(‘_L’)「むしろあなたの方は知らないでしょうか。彼女がどうして辞めたのか」

いきなりの質問だったが、心当たりがないわけではなかった。
僕は彼女が心を病んでいたことを説明した。
夢の中で、黒いマントの男にナイフをかざされていたことも、話した。

19ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 22:53:50 ID:vyLjj43k
(‘_L’)「そのようなことが……」

副団長は眉を吊り上げて呆然としていた。
彼女を狂人と扱わないあたり、彼の彼女に対する信頼の厚さがうかがえた。
その副団長にしたって彼女のことはわかっていないのだから、僕にわかるはずがない。

( "ゞ)「彼女はその人を彼と――恋人だと思っていたんです。きっとだからこそ、囚われてしまったんでしょう」

僕がそう説明を終えると、副団長は重々しく頷いた。
ところが、その動作の途中ではたと止まり、目を瞬いた。

(‘_L’)「どうして彼だと思ったんですか?」

( "ゞ)「え?」

今度は僕が目を瞬く番だった。

20ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 22:55:34 ID:NRqn5Tlc
支援

21ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 22:55:43 ID:vyLjj43k
( "ゞ)「彼がマントの怪人の役だったからだと……違うんですか?」

(‘_L’)「いえ、確かに彼もそうなのですが」

副団長は瞳を上の方に向かわせる。

(‘_L’)「実はあの演劇で、怪人は二人いるのです。本当の怪人と、それに憧れる模倣犯が」

副団長の説明を、僕はゆっくり吟味した。

( "ゞ)「つまり、黒マントの男がいたとしても彼だとは限らない?」

僕が勢いづいて質問すると、副団長は素直にうなずいた。
僕は息まいて言葉をつづけた。

( "ゞ)「それじゃ、いったいそのもう一人の怪人は誰が演じていたんですか」

22ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 22:57:52 ID:vyLjj43k
(‘_L’)「それは――」

副団長は間をおいてから、目を剥いた。
答えを見つけ、それに自分でも驚いている仕草だった。

(‘_L’)「思い出しました。演じていたのは彼女ですよ」





僕の元に警察から連絡が入ったのは、それからさらに数日後のことだった。





 ★     ★     ★

23ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 22:58:54 ID:vyLjj43k
彼女は自殺を図った。

彼女は三階の自室のベランダから飛び降りた。
死ぬつもりで飛び降りたらしいが、途中で二階の住人の洗濯物に腕が引っかかり、壁に身体を打ち付けてから落下した。
衝撃が緩和された結果、彼女は一命を取り留め、今は病院に入院している。
目立った外傷はもう無くなっていたが、未だに目覚めないままでいる。

これらの経緯は警察が僕に話してくれたことだった。

警察はアパートの住民の連絡で事情を調べていたらしく、僕への質問も彼女の素行についての調査だった。
彼女が精神を病んでいたことはすでにほかのアパート住人にも有名であり、僕の説明は大した情報ではなかったようだった。
聞いている警察官の表情がそう物語っていた。

僕の身辺が落ち着いてから、僕は彼女に会いにいった。

24ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 23:00:33 ID:vyLjj43k
彼女は隔離病棟にいた。
部屋に入ると母親が傍に座っていた。
母親は僕と面識があったので、僕に気づくと目に涙を湛えながら深々と頭を下げた。

「申し訳ない」と彼女は声を震わせた。
僕は首を左右に振った。

( "ゞ)「誰も悪くないです。彼女もきっと、ただ彼を想い続けていただけなのです」

無理やり擁護したわけではない。
それが僕の本音だった。

彼女は彼に会いたかっただけなのだろう。

死んで彼に会えると思ったのだろうか。
それは正しいのかもしれないし、大間違いかもしれない。
死後の世界があるかなんて人間にはわからない。
生きている限りは、それがあるという振りをすることしかできない。

25ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 23:02:56 ID:vyLjj43k
彼女の母親をそっとしておき、僕は彼女に目を向けた。
彼女は目を閉じて静かに呼吸をしていた。
身体は横を向いているが、大きく動く気配はない。

もう騒いでもいないし、主張もしない。
引っ掻きもしてこない。
狂気があるかどうかもわからない。
彼女はとても落ち着いている。

ある意味では彼女はこれで幸せなのだろう。
そう思うことにして目を離そうとしたが、奇妙な違和感が僕の思考を掠めた。
僕はもう一度彼女の顔をよく見ることにした。

彼女の目元、口元、鼻へと視線を動かしていって、
やがてその目から頬にかけて一筋の涙の痕があることに気づいた。

26ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 23:05:16 ID:vyLjj43k
彼女は悲しんでいるのだろうか。

どうしてだろう。

僕が思い出したのは、副団長が教えてくれたアイデアだった。


黒マントの怪人は彼女かもしれない。


僕の頭の中に、全く別のストーリーが浮かんだ。

彼女は初めから彼がいないことなど承知でいて、
それにも関わらずあえて自分を騙し、そうして彼がいると夢想する喜びに浸っていたのかもしれない。

さながら狂女を演じるように。

その狂気に対して、ほかでもない彼女自身が、
夢の中で怪人に扮してナイフで襲いかかっていたのではないだろうか。

27ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 23:07:49 ID:vyLjj43k
飛び降りたのは狂気のせいだ。
でもそのあと彼女は洗濯物に腕を打ち付けた。

これが事件の概要だ。
しかし、それは果たして自然の成り行きなのか。
彼女は自ら洗濯物に腕を伸ばしたのではないか。
彼女の中の狂気を食い止めるために。

目の前の彼女はもう口を開かない。
涙の意味は僕にはわからない。
僕は彼女にとって必要ではないから。

僕はただ、彼女が幸せだと信じることしかできない。

窓際のカーテンが風に吹かれ、微かに擦れる音がした。
それが止んでも、仮面の怪人のはためくマントが、ふわりと脳裏に浮かび続けた。



http://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_1500.jpg



〜おわり〜

28ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 23:09:15 ID:vyLjj43k
以上です。

さようなら。

29ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 23:10:50 ID:???


30ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 23:13:22 ID:VjufZVW6
乙乙 かなり好きだ

31ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 23:50:18 ID:???
乙、好きな雰囲気だ

32ブーン系の名無しさん:2014/03/16(日) 00:23:30 ID:R5OjF8sI
おつ

33ブーン系の名無しさん:2014/03/19(水) 19:51:53 ID:lXp.klkc
おつ

34ブーン系の名無しさん:2014/03/21(金) 16:00:39 ID:???
乙、空しいな

35ブーン系の名無しさん:2014/03/27(木) 13:55:08 ID:???

イラスト使っていただきありがとうございました
http://imepic.jp/20140327/499170


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