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澪紬「言えない思い」
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ティータイムを終えて、さあ練習……とはならないのが、私達けいおん部らしい。胸を張って言えることじゃないけど。
律は、お菓子をたらふく食べた後も動かずに、唯とお喋りを続けている。
そんな二人をあきれた様子で見ている梓は、既に自主練中だ。
各々が思いのままに過ごしはじめる。今日はそういう日か。
普段は練習するぞと窘める立場だけど、こんなのんびりしたのは嫌いじゃない。むしろ好きだ。
「ムギ、歌詞を作るの手伝ってくれないか?」
私は、このひと時を共有したくて、ムギに声をかけた。
「うん、やりましょう」
ーーー
私は長椅子に座って、詩を書き連ねたルーズリーフの束を取り出した。
隣に座ったムギは、顔を寄せて興味を示してくれている。
ムギは優しいし、穏やかで、否定せずなんでも聞いてくれる。だから歌詞のことでも話しやすい。
「ここのフレーズ、"胸の奥深く"を"心の奥深く"に変えたら、語調が良くなるかも」
「〜〜〜……そうか! そうだな!!」
それに、アドバイスも的確で、とても頼りになる。
「流石ムギだな。じゃあ次の歌詞なんだけど……」
「うん♪」
今日は、苦しいスランプを乗り越えて、たくさんの詩を書き上げてきた。だから、とても気分が良い。この調子でどんどん進めていきたい。
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「ーーで、次だけど。これは、例えば……想いを寄せる人に見つめられて、顔を隠したいくらい恥ずかしいって感じの気持ちを込めたフレーズで……」
「うんうんっ」
「ジロジロ見ないでアルマジロ……」
「ブバァァッ!!!!!」
突然だった。大砲のようにムギが息を噴き出した。
「ふぇっ!?」
あまりの爆音に思わず肩が跳ねた。
一体なにが起きたというのか。頭の中が全部吹き飛ばされてしまった。
「ムギ…………!?」
両手で顔を隠してうずくまるムギを、私は茫然と眺めることしかできなかった。
ムギは体を震わせながら「ごめんなさいッ……ごめんなさいッ……」とうわずった声を漏らしている。
隠された顔から唯一見える眉毛は、いびつな形にひしゃげていた。
こんなムギは、出会って以来初めて見た。
「ムギ!?」
「ムギ先輩っ……!?」
「ムギちゃんどうしたの!?」
何事かと、他の部員達も駆け寄ってきた。
「澪、どーしたんだよ?」
「わ、分からない……。一緒に歌詞を作ってて……私が詩を……」
「……なんて言ったんだ?」
「ジロジ
「ン"ン"ン"ン"ン"ーーー!!!!!」
例の詩を口にした瞬間、ムギが顔を隠したまま、くぐもった泣き声を張り上げた。
「っ……!?」
その声量に圧倒されて、私のアルマジロは引っ込んでしまった。
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「……ムギちゃん、大丈夫だよ」
唯が、何も訊かずに黙ってムギの頭を抱きしめた。そばにいた私ですら何が起きたか分からなかったのに。離れていた唯にはなおさらのことだろうに。
「ユイチャァァァン……」
ムギは、しわがれた泣き声を上げながら唯に縋った。
「澪先輩……それで、なんて?」
ムギの様子を心配しつつ、梓が言った。
私はさっきのアルマジロをもう一度外へ出そうと口を開いた。
「えと……ジロジロ見
「ングウウウウウッッッ!!!!!!」
「わわっ!?」
またしても、ムギの咆哮が響いた。同時に唯が驚きの声を上げた。
「ムギちゃん……よしよし……」
「ンディェヘェアァァァァ………」
唯の腹に顔を埋めていたムギが、息継ぎのためか、ゆっくりと顔を離した。
唯の制服は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。
「ありゃりゃ、ティッシュティッシュ……」
「あ、わ、私持ってます!」
「ごべんなざいいぃぃいぃ……」
「大丈夫だよ〜ムギちゃん」
「……………」
私が何もできずに立ち尽くしていると、律が眉をひそめながら近付いてきた。
「り、律……」
「澪……」
そして私の肩に手を置いて、気遣うような優しい口調で言った。
「もう……それ言うのやめとけ……」
「えっ……」
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今日の部活はお開きになった、
家に帰って寝床についてからも、あの時のムギの姿が頭から離れなかった。
どうして? どうしてムギは、あんなに泣いたんだ。
あの瞬間……。原因は私だ。私しか考えられない。私が泣かしたんだ、ムギを。あの優しいムギをーー
何度も何度も寝返りを繰り返し、懊悩いるうちに、私のぼやけた頭の中に、ムギが泣いた理由が、ひとつ浮かんだ。
(そうか……きっとムギは……)
もしその通りだとするならば、明日学校で私のとる行動は決まっている。
どうすればいいのか自分の中で結論が出て、ちょっとだけ楽になった私は、ようやく眠りにつくことができた。
ーーそして夜が明けて、学校が始まった。
「澪ちゃんおはよう♪」
「あ、ああ……おはようムギ……」
もうムギはいつものムギだった。
でも、あの時だって、今みたいな様子から一変したんだ。
私が話を蒸し返して、また同じことになったら……。
そんなことばかり考えて、尻込みして、結局朝も昼も、私からムギに話しかけることはできなかった。
あっという間に放課後になった。
唯と律はもう部室に行っていた。私はムギに声をかけられて、一緒に部室へと向かっている。
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「…………」
今歩いている廊下には、私とムギしか通っていなかった。
もう、チャンスは今しかない。
「あのっ……ムギ!」
「なあに?」
「ムギ……あの、昨日はごめんな……」
「……いいのよ澪ちゃん、気にしないで?」
「う、うん……」
いいのよ。気にしないで。その言葉で、私はまた引き下がりそうになった。
でも言わなければ、ここで言わなければ。泣いているムギを見ていることしかできなかった自分を変えるためにも。
勇気を振り絞って、私は続けた。
「あ、あのっ………。……あの詩のフレーズに、何か、やな思い出があったんだろ……?」
「ッ」
一瞬にして、ムギの顔が強張った。
眉毛が激しく釣り上がり、顔面にシワが走った。みるみるうちに真っ赤に染まっていく。前にコンビニで見た、男梅のようだった。
歯茎が剥き出しになるまで下がった口角は、物凄い力で無理矢理引っ張っているみたいだ。そのせいなのか、首筋が大きく浮き出ていて、ぷるぷる震えている。
両の視線は真っ直ぐ天井に向けられていた。私を見ないようにだろうか……。
やっぱり、昔なにかあったんだ……でも……。
「ごめん……それは聞かないよ。それに、あの詩はもうボツにしたんだ。もともとスランプの時に書いたやつだったしな……ははは……」
「……!」
「だから……心配しないで」
スランプの時に書いた詩だというのは事実だった。それにしても、そんな出来損ないのくせして、こともあろうに友達を泣かせるなんて。
わざとでなかったにせよ、ムギを傷つけてしまった事実がこの上なくつらい。
そんな詩を書いた挙句、浮かれて配慮もなしに披露していた自分が情けなくてたまらない。
二つの思いがごっちゃになって、涙になって、視界がどんどん潤んでくる。
「わ、私っ……ムギがあんなに泣いてるところ、もう見たくないよ……」
「ミオチャン……」
「ううっ……」
涙が溢れそうだ。情けなくて情けなくて、私は下を向いた。
「澪ちゃん……」
ムギの優しい声がした。
恐る恐る顔を上げると、そこにはいつもの、ムギの優しい表情があった。
「ムギ……」
「澪ちゃん、ありがとう……。私……澪ちゃんのそういう優しいところ大好き♪」
「ふえっ!?」
思わぬ言葉に、私は素っ頓狂な声をあげてしまった。
でも……でも、どうやらムギは、ほんとに気にしていないみたい、許してくれたみたいだ。
「うふふ♪」
ムギが頬を赤くしてはにかんだ。男梅なんかじゃなく、優しい紅だ。
「あ、あははっ……」
照れ臭くて、私も笑った。
きっと、私の顔も、同じ色になってるだろうな。
「さ、もうみんなも集まってると思うから、お茶の準備しないと。行こう?」
「ああ!」
ちゃんと思いを伝えられて、ムギも笑ってくれた。
それと涙を流したせいもあってか、すっきりした気分だ。すごく心地いい。
歌詞作り、今夜も捗りそうだなあ。
おしまい
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