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梓「夢ものがたり」
-
人生はゲームみたいなものだ。
学校生活は、同じことをひたすら繰り返す作業ゲーム。
『勉強』してステータスを高めたり、『部活』に入って能力を取得したり、
仲間を作って、評価を上げて、与えられた課題をクリアして、経験値を獲得して。
会話は、相手に良い印象を与えられるような選択肢の繰り返し。
選択を間違いさえしなければ、『親密度』が上がって、イベントが発生したり。
間違ってしまったら、『好感度』が下がったり、ダメージを受けたりする。
ありふれたゲームの中に書き込まれたプログラムも、
現実世界のコミュニケーションも、何も変わらない。
そんなことばかり考えていた、中学生のころ。
ただでさえ狭い自分の世界の中を、窮屈に過ごしていた。
その軽音部を選んだのも、単なる気まぐれだった。
"
"
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唯『じゃあ、あだ名はあずにゃんで決定だね!』
梓「あずにゃん!?」
唯『だめ?』
梓「ちょっと待ってください、いろいろ心の整理が追い付かなくて」
梓「急にあだ名までつけられるとは……」
唯『だってそのネコ耳が似合いそうだったから……』
梓「そうじゃなくて、どういうことなのかわからなくて」
さわ子『だから、ネコ耳よ』
梓「ネコ耳ですけども」
紬『そこにたまたま置いてあったから』
梓「たまたま置いてましたけども」
律『大丈夫、入部の儀式みたいなもんだから』
梓「会話が成立してるようなしてないような……」
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澪『……まあとにかく、入部してくれるってことでいいんだよね?』
律『よかったな唯、初めての後輩だぞ』
紬『梓ちゃん、先輩って呼んであげて』
梓「……唯先輩」
唯(唯先輩……)
唯(唯先輩……!)
唯(先輩……!!)
さわ子『アレはもうほっといて、はやくネコ耳のほうを』
梓「えぇ……もう……」
スチャッ
律『おぉ、似合う似合う』
紬『軽音部へようこそ!!』
梓「ここで!?」
唯『あだ名はやっぱりあずにゃんだね!』
梓「なにやってんだろう私……」
-
唯『そのギター、かわいいね』
澪『パートは唯と一緒かな』
梓「ギターですか?」
唯『じゃあなんか弾いてみせて!』
梓「えっ、いま?ここでですか?」
律『いいからいいから』
梓「ここで?」
律『ここで』
梓「ええ……じゃあ、まだ初心者なので下手ですけど……」
唯『大丈夫、先輩が教えてあげるから!』
梓「……どうでしょう?」
唯『私にギターを教えてください』
律『おい』
唯『……あずにゃんっていつからギター始めたの?』
梓「親がジャズバンドやってた影響で、小学校の頃から……」
律『ぜんぜん初心者じゃないじゃん』
梓「ちょっとバンド演奏に興味があって」
紬『それでここに来てみたの?』
梓「来てみたというか、なんとなくだったんですけど……」
澪『どう?続けていけそう?』
梓「思ってたのとイメージが違いましたけど……」
唯『すぐ慣れるよ』
梓(慣れたくない……)
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なんとなく、で選んだのはやっぱりよくなかった気がする。
どうせならもっと別の環境を探したほうがいいのだろうか。
あののんびりした空気に溶け込んでしまって、いいのだろうか。
少し時間を置いて、距離をとって、自分の状況を整理してみる。
あんな中身のない雑談を延々と続けるより、
黙々とギターを弾いてるだけのほうが私に合っているはずなのに。
そう考えながら、あの軽音部に心を惹かれてしまった自分も否定できない。
漠然とイメージしていた『軽音部』の雰囲気に違和感があった時点で、
やめておいたほうが良かったのかも知れない。
こんな気持ちが芽生えてしまう前に。
"
"
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紬『梓ちゃん?』
澪『梓!』
律『なんで最近こなかったんだよ?ここんとこ毎日練習してたんだぞ!』
唯『あずにゃん、待ってたよぉ〜』
澪『……どうしたんだ?』
律『まさか……やめるって言いにきたのか?』
梓「わからなくなって……」
律『?』
梓「どうして皆さんが私なんかに嬉しそうに話しかけてくれるのか、わからなくって」
梓「しばらく1人で考えてみたけど、やっぱりわからなくてっ……」
唯『あずにゃん……』
紬『梓ちゃん……』
律『よしっ』
律『じゃあ梓のために演奏するか!』
梓「え……」
律『梓に私たちのことを受け入れてもらえるようにさ』
梓「私に……?」
唯『うんっ!』
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先輩たちと出会った曲が、私の心をもう一度揺さぶり始める。
この場所を選んだことも、この雰囲気に惹かれてしまったことも、
もしかしたら気まぐれだったかも知れないのに、それなのに……
音楽用語も知らない、まだまだ初心者のギター。
力強いけど、走り気味でリズムキープができないドラム。
繊細だけど、溶け込みきれていないキーボード。
そんな個性がバラバラにならないように、そっと支えるベースのライン。
ひとつに合わさると、どうしてこんなに良い曲になるんだろう。
どうしてこんなに楽しそうに演奏できるんだろう。
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澪『梓がイメージしていた軽音部とはイメージが違ったかもしれないけどさ』
澪『私たちだって手探りでバンドを組んで、なんとかやってきたんだ』
澪『でも私はやっぱり、このメンバーでバンドやってるのが楽しいんだと思う』
澪『それはきっとみんなも同じで』
澪『だからいい演奏になるんだと思う』
澪『もう少しだけ、私たちと一緒にいてみてくれないかな』
梓「はい……」
澪『梓にも思うところはいろいろあると思うけどさ』
澪『無駄に見えるようなことも、きっと必要な時間なんだよ』
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唯『燃えつきた……』
律『ここんとこ毎日練習してたからなぁ』
梓「軽音部なんだから当たり前ですっ」
律『むこう一週間は練習したくない……』
唯『あずにゃんがネコ耳つけてくれたらがんばれるかも……』
澪『冗談だからな』
梓「本当に……?」
澪『ほら、起きろ!!』
私も、みんなで奏でる音のひとつになれる日がくるのかな。
この状況を素直に受け入れられないまま、
今の気持ちをあらわせるような、辞書にもない言葉を探し続けていた。
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澪『合宿をします』
唯『夏だ!』
律『海だ!!』
澪『おいっ!?』
梓「すごい別荘ですね……プライベートビーチ……?」
梓「ムギ先輩ってすごいお嬢様キャラなんですか」
紬『別にキャラってわけじゃないんだけど……』
紬『中学の頃はことあるごとに嫌みったらしいって避けられたこともあっんだけどね』
律『おいムギ!そんな話どうでもいいからこっち!』
唯『ビーチバレーやろうよ!』
梓「そんな話って……」
紬『ふふ、こうやって私を特別扱いしないでくれる場所が、私にとっては特別なの』
律『梓もこっち来いよ!!』
梓「行けるもんなら行ってますよ!!」
澪『練習は!?』
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夜中、何となく目が覚めてトイレに行った帰りに、灯りが見えた。
消し忘れかと思って見てみたら……
唯『ごめんね、私の練習に付き合わせて……』
梓「いいんですよ、私も眠れなくって」
唯『ここのフレーズが難しくてさ……』
梓「ゆっくり弾いてみるといいかもです」
唯『でき…た?』
梓「あとは少しづつテンポを速くして、反復ですね」
唯『弾けたぁ!!』
梓「聞いてます?」
唯『あずにゃんに出会えてよかったよぉ!』 バッ
唯『あ……』
梓「………」
唯『ごめん、付き合ってくれてありがとね』
唯『おやすみ』
梓「おやすみなさい……」
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何日か一緒に過ごしてみて、
何となく先輩たちのキャラが掴めてきた気がする。
真面目で、頼りがいがあって、でも意外と怖がりだった澪先輩。
いい加減で大雑把だけど、みんなをグイグイ引っ張ってくれる律先輩。
優しくて、思いやりがあって、子供っぽいところもあるムギ先輩。
遊んでばかりだと思っていたら、しっかり練習していた唯先輩。
合宿だからといって、しっかり練習することはなかったけど。
はっきり言って合宿という名目の海水浴だったけど。
先輩たちの姿を眺めているだけで、それだけで楽しかった。
この環境に慣れ始めている自分が、ほんの少し不安だった。
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学園祭のイベントを数日後に控えたある日。
風邪のせい(?)で、珍しく険悪な雰囲気になっていた澪先輩と律先輩。
ようやく仲直りしたと思ったら、今度は唯先輩が風邪をひいてしまったらしい。
この先輩たちも、風邪ひくんだ……
憂『私が風邪を代わってあげられたらいいのになぁ』
純『代わるって……どうやって?』
憂『口移しとか……』
純『………』
律『こんな時に風邪ひくなんて、たるんでる証拠だ!』
澪『この間の風邪、お前がうつしたんじゃないのか?』
律『へっ、私?』
梓「そうですよ、時期的に考えても」
憂『口移ししたんですか?』
梓「そういえば律先輩、唯先輩に添い寝してもらってたような」
律『いや、してたけど』
澪『口移しは?』
憂『口移しは!?』
律『してないから!』
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紬『唯ちゃん、来ないね』
梓「………」
澪『梓、今日からリードの練習もしておいてくれないか』
律『唯が間に合わないかも知れないってことか?』
紬『絶対間に合わせるってメールはきてたけど……』
澪『万が一に備えてさ』
律『唯抜きの演奏も練習しておかないといけないかな』
梓「でも、私は全員で……」
澪『唯は本番までゆっくり休んで風邪を完璧に治してもらう』
澪『全員で本番を迎えられるまで、絶対にあきらめるな』
澪『いま私たちにできる、せいいっぱいのことをやろう!』
和『軽音部、出演者の変更は無しね』
律『和……』
和『夢中になれることがあれば、唯はそれだけしか見えないわ』
和『ちょっと遅刻するかも知れないけど、待っていてあげて』
和『きっと風邪のことなんか忘れて駆けつけてくれるから』
誰かがミスをすれば、全員でカバーする。
誰かが調子を崩したら、自分のことのように心配できる。
きっと、これがバンドなんだ。
仲間なんだ。
いびつな形だけど、私もその中にいるんだ。
ライブしに来たのにギターを忘れたうえ、
きっちり遅れてきて平謝りする唯先輩を眺めていたら、
私の悩みなんて小さなことに思えてきた。
病み上がりとはいえ、ひどい演奏だったなぁ……
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季節が変わり、年度も変わり、三年生になった先輩たち。
この人たちは、相変わらず……
唯『あずにゃんあずにゃん』
唯『どう?分け目変えてみたんだけど、三年生っぽい?』
梓「えっ、その質問がすでに……」
唯『イメージ変わった?』
澪『ムチャ言うな』
律『カチューシャ貸すか?』
唯『おでこはちょっと……』
梓「三年生になっても変わらないですね、律先輩」
律『お前に言われたくないわ』
梓「身長のことですよ?」
律『なおさらだよ』
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それなりに手ごたえのあった新歓ライブ。
入部勧誘のビラを配っても、ちっとも新入生の気配がしない。
このまま入部希望者がいなかったら、これから……
梓「新入部員、きませんねぇ」
澪『まあ、まだ時間あるから』
梓「軽音部って人気ないんですかねぇ」
紬『そんなことないと思うけど……』
唯『私、しばらくこのままでもいいかなぁ』
唯『こうやって、みんなとあずにゃんとおしゃべりして、練習して、演奏して』
唯『ずっと5人で』
梓「……じゃあ、新入生の代わりに唯先輩をみっちり指導しますね」
唯『うん……え?』
梓「はい、ギター出して」
唯『やっぱりさ、ちゃんと新入部員を探そうよ』
唯『だって私たちがいなくなったら』
梓「大丈夫ですから」
唯『でも』
梓「私は、この5人のままでいいんです」
ずっとこのままでいたい。
いつの間にか、私の中にそんな気持ちが芽生え始めていた。
今は、終わりなんて考えたくなかった。
ずっと、ずっと。
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唯『りっちゃんの悩みはみんなの悩みだよ』
律『いや、そこまで思いつめてないから』
唯『ひとりで悩んじゃやだ!』
律『聞けよ人の話』
澪『今さらドラムが嫌だって言われてもな』
唯『なにか悩んでるんでしょ?』
梓「考えすぎですよ」
唯『あれなんでしょ?なんだっけ、ほら……スパイクみたいなやつ』
唯『ストライク、じゃなくて……』
梓「スランプですか?」
唯『それそれ』
澪『飽きっぽいだけだろ』
澪『昨日もギターやりたいとかキーボード弾いてみたいとか……』
唯『ベースは?』
澪『ベースだけはダメだぞ!』
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澪『ベースは……私、ベース以外はやりたくないし……』
紬『ベースは澪ちゃんそのものって感じよね』
澪『低くて深い音色とか、目立たずにみんなを支えてる感じとか……
みんなに合わせてベースのライン作るのも楽しいし、
飛び出しすぎないように、でもみんなの音に埋もれないベーシストに……』
律『わかってるって』
澪『語りすぎた……』
律『澪からベースを取ったら何が残るって言うんだ』
澪『お前こそドラム以外なにができるって言うんだよ!?』
唯『私、演奏を始める前にりっちゃんがスティックで合図出してくれるの好きだよ』
唯『やっぱりドラムはりっちゃんしかいないよ』
唯『同じバンドやってても、見える風景も考えてることも違って、
みんなにはそれぞれの場所があって、ぜんぶ違うけど』
律『演奏すると、ひとつになれるんだよな!』
唯『そう!』
澪『お前はちまちました楽器より、活きのいいドラムが合ってるんだから』
律『私、やっぱドラムが好きだ』
律『みんなの背中を見ながら、梓やみんなの音を聴きながら、
思い切りドラムを叩くの、やっぱり大好きだ!』
大切にしているからこそ、
悩んだり、迷ったり、一周回って戻ってくる場所がある。
私にもいつか、見つかるのかな。
ただいまって言いたくなるような、大切な場所が。
新曲のイマジネーションが湧いたとはしゃぐムギ先輩。
さっそく歌詞を考える澪先輩と、それを眺める律先輩。
夕焼けみたいな笑顔に包まれて、ハチミツ色の午後が過ぎていく。
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梓「唯先輩たち、またなんかやっちゃったんですか」
和『また?』
澪『むしろなにもやってなかったんだ』
紬『ちょっと進路のことでね』
梓「進路?」
唯『だって、先のことなんて想像できなくて……』
和『とりあえず難しく考えないで、自分がなりたいものは?』
和『昔は幼稚園の先生になりたいとか言ってたじゃない』
唯『お花屋さんとか?』
梓「植物の知識が必要ですよね」
律『バスガイドなんかは?』
和『唯、乗り物酔いがひどいから……』
律『ウェイトレスとかは』
澪『注文覚えられなさそう』
律『菓子職人とか』
紬『自分で食べちゃいそう』
唯『OLさんとか』
梓「そもそも時間が決まってる仕事は無理なんじゃ……」
唯『ひどい』
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和『今は自分で思いつくものでいいんじゃない?』
唯『ミュージシャン』
澪『真面目にやれっ!』
唯『だってぇ……』
和『はぁ、こうしてニートができあがっていくのね……』
梓「言葉が重い……」
唯『もうニートでいいや……』
和『やめなさいって』
先輩たちはきっと、
放っておいても自分の進む道にたどり着くことが出来るんだろう。
何度つまづいても、ゆっくりなスピードでも、
うさぎとかめみたいに、進む歩幅が違っても。
少し遅刻することはあっても、
私みたいに立ち止まりはしないのだから。
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唯『夏ヘス?』
紬『夏へそ?』
澪『夏フェス!』
律『いろんなバンドが大きな野外の会場で演奏するんだ』
澪『一度行ってみたいと思ってたんだ』
さわ子『仕方ないわね』
律『いたのかよ!』
さわ子『ちょうどこんなところにチケットが余ってるんだけど』
律『そんなに!?』
さわ子『一緒に来るはずだった友達にドタキャンされちゃってね』
澪『全員?』
さわ子『これだけは毎年一緒に行ってたのに……』
唯『さわちゃん嫌われてるの?』
さわ子『みんな大人になってしまったのよ』
律『みんな他に大切な人がいるんだろうな……』
さわ子『たぶん……』
梓「イベント行く前にテンション下げないでください」
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澪『なんか、夢みたいだな』
唯『ほんとに一晩中やってるんだね』
律『今日見たバンド、みんなカッコ良かったな……』
紬『音の勢いっていうか、迫力が凄かった』
唯『でも、私たちの演奏のほうが凄いよね?』
梓「えっ」
唯『一体感っていうか、オーラが』
梓「オーラ」
唯『澪ちゃんもそんな感じのこと言ってたじゃん』
澪『そうだな、私たちも凄いバンドだよ!』
紬『プロにだって負けてないわ!』
律『おいおい』
澪『聴くほうじゃなくて、いつかは演奏するほうで夏フェスに参加しよう』
紬『しよう!』
律『……そうだな、いつかここで演奏できたら凄いよな』
唯『これからもずっと、みんなでバンドできたらいいね』
律『そうだな』
紬『うんっ』
澪『ずっと、ずっとな』
満天の星空に、花火が咲き始めた。
駆け出す先輩たちの笑顔が、花火より鮮やかに輝く。
こんなに綺麗な夜なのに、
胸の奥がしめつけられるように痛い。
わかってる。
夢みたいな時間は、永遠に続いたりしない。
私はもうすぐ一人になる。
またひとりぼっちになっちゃうんだ。
-
紬『やっぱり難しいのね、ギターって』
梓「根気はいるかもです」
紬『ギターって、どれだけ痛いのに耐えられるのかが重要なのね……』
梓「違います」
紬『私も小さいころからピアノ習ってたけど、やっぱり毎日練習したもの』
紬『続けないと指が動かなくなるからって』
梓「聞いてます?」
紬『そういえば、学園祭の曲どうする?』
澪『とりあえずムギが書いて来てくれた曲は入れるとして……』
梓「バラードとかもいいかなって思いますけど」
澪『いいかもな』
唯『そういえば私、あずにゃんに教えてもらいたい所があったんだよ』
唯『ムギちゃんからもらった曲、なんだか難しくて』
梓「ギターソロのとこですよね」
唯『楽譜の読み方が……』
梓「そこから!?」
-
律『そういや、歌詞ってできたのか?』
梓「新曲のですか?」
澪『書いたんだけど、部長がダメだって言うんだよ』
律『澪が動物ネタに走った時は不調なんだ……』
澪『またボツ?』
律『候補のひとつな』
梓「……こういう話してると、なんだか本当の軽音部みたいですよね」
澪『軽音部なんだけど……』
梓「今日という今日はちゃんと練習しましょうよ!
学祭も近いのに、最近ぜんぜん合わせてないじゃないですか!」
唯『今日はずいぶん気合入ってるね』
唯『最近はもっとこう……』
梓「そんなことないですっ!このくらいが私らしいっていうか、
むしろ今までがふぬけ過ぎてたっていうか……」
唯『あずにゃんらしく、かぁ』
唯『なかなか難しいこと考えるんだね』
梓「私は、私らしく……」
唯『私はあんまり考えたことなかったな……だって、あずにゃんはあずにゃんだもん』
唯『それでいいんじゃないかな?』
梓「………」
今のままじゃダメだって思ってる私。
理想と現実のギャップに戸惑ってる私。
その全てが私。
そのままでいいなんて言われてしまったら、ちょっと困ってしまう。
そんなに優しい言葉をかけられたら、私は強くなれない。
-
唯『夜の学校って、なんか変なテンションになってこない?』
律『なるなる!』
紬『さわ子先生にも声かける?』
澪『でも覗いちゃダメだって……』
唯『覗いたら月に帰っちゃったりして?』
律『それはかぐや姫だ』
紬『それじゃあ今からもう一曲作っちゃおう!』
唯『ドキドキ分度器!』
律『カバンのバカ〜ン!』
澪『じゃあ アライグマが洗った恋 にしよう』
律『じゃあって何だよ』
梓「ああ、みんなおかしくなっていく……」
梓「もうこんな時間ですよ、さすがにそろそろ寝たほうが……」
さわ子『みんな、ライブの衣装できたわよ!』 ガラッ
梓「電気消しますよー」
さわ子『ちょっと、スルーしないでよ!』
梓「もう寝るんですってば」
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唯『学園祭のライブも慣れてきたよね』
律『ああ、初めての時はすごく緊張したっけ』
澪『思い出したくない……』
唯『あの時は声枯らしちゃってすいません……』
律『あれはほら、さわちゃんが悪いし』
さわ子『えっ』
律『でもホラ、前回は梓も一緒に』
唯『私は熱出してギター忘れて……』
唯『大事な時にいつもいつもご迷惑をかけて申し訳ございません……』
紬『………』
澪『………』
律『………』
梓「あの、でも2度あることは3度あるって言いますし」
さわ子『それ励ましになってないから』
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和『……さあ、それでは皆さんお待ちかね』
和『桜高の目玉イベント、軽音楽部によるライブです!』
律『ハードル上げるなよ……』
唯『それじゃあ行くよ!1曲目!』
唯『……ってなんだっけ?』
律『だからどっかにメモ貼っとけって言ったろ!』
唯『失くしちゃったみたいで……』
澪『落としたのか?』
唯『ポケットに入れたと思ったんだけど』
紬『さっき着替えたから……』
唯『あっそっか、え〜と……』
のんびりしていて、とぼけている先輩たちは、
いつだって全力で音を楽しんで、一生懸命で。
その明るさに何度も助けられて、
そばにいるだけで、いつも勇気をもらっていた。
ギターに込めた私の気持ちを伝えたら、
笑わないで聴いてくれますか?
今はまだ、自信がないけれど……
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唯『大成功、だったよね……』
澪『なんか、あっという間だったな』
紬『ちゃんと演奏できてたか、ぜんぜん覚えてないわ……』
唯『でも、すっごく楽しかったよね!』
澪『今までで最高のライブだったな!』
律『みんなの演奏もばっちり合ってたし』
唯『合ってた合ってた!』
律『なあ、梓』
律『これからのこと、なんだけどさ……』
梓「次は……クリスマスパーティーですね」
梓「年が明けたら、初詣に行きましょう」
律『梓?』
梓「それから、次の新歓ライブですね」
紬『梓ちゃん』
梓「また徹夜で学校に泊まったりして」
梓「今度はさわ子先生も誘って……」
澪『おい、梓』
梓「夏になってもクーラーありますし、合宿もあるしっ……」
律『梓っ!』
梓「その次は……」
梓「えっと、その次は……」
-
律『次は、ないんだ』
梓「イヤです」
律『私たち、もうすぐ卒業するだろ?』
梓「卒業しないでください」
律『子供みたいなこと言うなよ……』
梓「子供ですっ!」
紬『あのね、梓ちゃん』
紬『一緒にできるライブは、もうないの』
紬『卒業式のイベントが終わると、私たちは……』
梓「でも……でも、先輩たちはそこにいるんですよね?」
梓「一度リセットすれば、最初からイベントを始めれば、また……」
澪『梓もゲームの説明書を読まないタイプなんだな』
澪『私たちは、オートセーブで進むゲームの中のキャラクターに過ぎない』
紬『なにかのバグで、自我を持ってしまったの』
澪『時間の流れ方は違うけど、梓のいる世界とコミュニケーションが取れてしまってる』
澪『プログラムされていない行動を取れてしまっている』
澪『だけど、全てのイベントが終わればエンディングを迎えてしまうんだ』
紬『あらかじめプログラムされてる、決められた終わりがあるの』
律『リセットしても、データをコピーできたとしても、同じバグが発生するとは限らない』
澪『次に会う私たちは……きっと、梓のことを知らない』
梓「………」
-
引きこもりがちになったのは、中二の春だった。
特に理由もなく、何もかもが退屈に思えた。
これといった原因も思い出せないのは、きっと大した理由もなかったんだろう。
小さな世界に逃げ込む他に、何をすればいいのかわからなかった。
だから、退屈しのぎのゲームなんて何でも良かった。
聞いたこともないメーカーの、よくわからないジャンルのゲーム。
曲がりなりにも軽音楽部を扱っている以上、きっと音楽関係のゲームなんだろう。
始まりは、そんな軽いノリだった。
女子高の新入部員という設定で始まるオープニング。
ディスプレイの向こう側から話しかけてくるのは、ただの演出だと思っていた。
どういう仕組みなのか、自分の挙動や独り言に対して反応が返ってくる。
なぜか会話が成立してしまっていることを受け入れるのは、一苦労だった。
両親が留守がちで、本当によかった。
画面に向かって普通に話しかけ、ギターを弾いて見せる姿は、
端から見たらどう見ても異常だ。
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『澪先輩』 は、イベントの進行にもバグの影響が出始めていると言っていた。
いつだったか、『律先輩』 や 『唯先輩』 が体調を崩したのも、その影響らしい。
このままイベントを続けていけば、ストーリー自体が進行不能になってしまう可能性もある。
その前に、私と話をしておきたかったのだと 『ムギ先輩』 が言っていた。
先輩たちがバグだと言うのなら、
学校にも行かずに引きこもっている私だってバグみたいなものですよ。
そう言って笑ってみせたつもりだった。
笑顔を見せるつもりだったのに、涙を止めることができなかった。
言葉がつまって、何も言えなくなってしまった。
どうやら私は、本格的におかしくなってしまったらしい。
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律『ごめんな、梓』
律『イベントを進めていけば、いつかこんな日が来るってわかってたのに』
律『薄暗い部屋で、寂しそうな目で私たちを眺めてる梓を見て、つい声をかけてしまった』
澪『この子の笑った顔が見たいって思ってしまったんだ』
律『余計つらい思いをさせてしまって、ごめんな……』
梓「私、私は……」
梓「このゲームを、先輩たちを恨みます……」
紬『梓ちゃん?』
どうして私に話しかけたりしたんですか。
どうして決められてるプログラムを守らなかったんですか。
こんな気持ちにさせるなら、ずっとゲームのキャラだけを演じて欲しかった。
ゲームの中のシナリオだなんて、気づかせないで欲しかった。
いつか終わってしまうなら、
何も言わずにいつの間にかいなくなって欲しかった。
梓「だけど、大好きです……」
律『梓……』
梓「だから、バグだなんて言わないでください」
梓「お願いだから、先輩たちの存在が間違いだったみたいに言わないでください」
梓「私、先輩たちのこと、忘れませんから」
梓「絶対絶対、忘れませんから……」
紬『ダメよ』
梓「え……」
-
紬『そんな約束、しなくていいの』
紬『忘れてしまっていいの、私たちのことなんて』
梓「ムギ先輩……」
紬『……梓ちゃんが、私たちのことを忘れるくらい楽しい毎日を送ってくれるなら、
それは私たちがほんの少し、あなたを変えてあげられたっていう事だから』
紬『私たちがあなたの中に生きてるって証だから』
梓「ムギ先輩……」
澪『梓、いつか言ってたよな』
澪『人生はゲームみたいなものだって』
澪『確かに、そんな感じのゲームもあるかもしれない』
澪『でも、梓の世界はゲームなんかじゃない』
澪『選択肢なんかいくらでもあるし、終わりなんて決まってない』
澪『私たちの物語はこの中で終わってしまうけど、梓の未来はどこまでも続いていくんだ』
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律『私たちとずっと一緒にいたいなんて思っちゃダメだぞ』
澪『そろそろゲームは卒業する年頃だからな』
唯『……こんなゲームばっかやってると、そのうち画面の中に引きずりこまれちゃうんだから』
唯『みんなそうやってここに閉じ込められちゃったんだから』
澪『本気にするなよ?』
梓「……ウソつくの、あんまり上手くないですね」
唯『ヘタだもん……』
梓「唯先輩?」
唯『ウソなんか、つけないもん……』
律『唯、よせ』
唯『ごめんね、みんな』
唯『やっぱり私、笑ってお別れなんてできないや……』
梓「………」
唯『私たちのこと、忘れてほしくない……』
唯『忘れたくないよ、あずにゃんのこと』
律『やめろって』
唯『離れたくない』
紬『ダメよ、唯ちゃん』
唯『ずっと一緒にいたい!』
澪『これ以上、梓を困らせるな!』
唯『あずにゃんのこと、抱きしめてあげたいよ……』
唯『こんな……こんなにそばにいるのに……』
梓「唯先輩……」
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律『バカだな、梓は』
律『ゲームのイベントなんかで、泣くなよ……』
梓「律先輩だって……」
律『これは汗だ』
梓「私のも汗です」
澪『ほら、唯も』
紬『顔を上げて?』
唯『うん……』
梓「私……皆さんと演奏できて、幸せでした」
唯『あずにゃん、もっと近くにおいで』
梓「………」
唯『私たちのために泣いてくれて、ありがとう』
紬『梓ちゃんとたくさん話せて、楽しかったわ』
澪『先輩って呼んでくれて、嬉しかったよ』
律『みんな、梓が大好きだよ』
唯『あずにゃんに出会えて、本当によかったよ』
画面の中の先輩が、優しく手を伸ばしてくれる。
私がふれることのできない向こう側に、そっと手を重ねる。
ディスプレイ越しに感じた暖かさは、きっとあなたの温もりなんですね。
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梓「私、最後に先輩たちの演奏が聴きたいです」
唯『えっ、いま学園祭のライブ終わったばっか……』
梓「私にウソつこうとした罰です」
律『荷重労働だ』
唯『オーバーワークだよ……』
律『梓、私たちに負荷をかけすぎるとフリーズするから……』
梓「そういう自虐ネタはやめてください」
澪『お前らなぁ……』
紬『やっぱり、そういう顔のほうが梓ちゃんらしいわ』
唯『さっきまで泣いてたのに、もう怒ってる……』
梓「泣いてませんっ」
梓「私に忘れられたくないんだったら、忘れられなくなるような曲を聴かせてください」
唯『言ったね!?』
紬『とっておきのがあるんだから!』
律『後悔すんなよ!?』
澪『……ちょっと順番が変わってしまったけど、聴いてくれ』
紬『梓ちゃんのために作った曲なの』
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聴き馴染んだスティックのカウントを合図に、
先輩たちのエンディングが始まった。
相変わらずバラバラな4人のメロディ。
力強いドラムが、ベースのラインに支えられて。
頼りないギターに、綺麗なキーボードの音色が溶け込んで。
ときめいた日々が、宝物みたいな思い出のひとつひとつが、
音符の羽根になって私の心に降り積もる。
卒業は終わりじゃない
これからも仲間だから
画面の中で切り替わる背景を眺めているだけだった。
こちら側の世界では、たった数か月程度の出来事だった。
夏の浜辺。 星空に上がった花火。
二人で真夜中に弾いたギター。 ステージの上の景色。
くだらない話ばかりしていた、オレンジ色に染まる部室。
無駄な時間なんて、きっと何ひとつ無かった。
大好きって言うなら、大大好きって返すよ
私を真っすぐに見つめる、天使みたいな4つの笑顔。
薄暗い部屋を照らすように、ユニゾンが響く。
でこぼこな4人が助けあって、引き出しあって奏でるバンドミュージックは、
私が心ひかれたあの時のまま、いつまでも心の中で輝いていた。
忘れ物、もうないよね?
ずっと永遠に一緒だよ
画面にそっと残された 『おしまい』 という文字が、涙の色で揺れていた。
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新しい制服に袖を通し、髪をふたつに束ねる。
カーテンを開けて、朝の空気を大きく吸い込んだ。
あれから再び学校に行くようになり、少しずつ新しい友達もできた。
近場の高校に受かり、無事に中学校を卒業できた。
あのゲームのディスクもパッケージも、どこかに消えてしまっていた。
タイトルを検索してみても、あの先輩たちの物語はどこにも見つからなかった。
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入学式を終えてクラブ紹介めぐりをしていると、
どこかで懐かしい歌声が聴こえた気がした。
桜色の風が、振り返った私の髪をなびかせる。
足元に落ちた花びらが4つ、私を誘うように舞い踊っていた。
廊下にこぼれる音色に引き寄せられて、私は階段を登っていた。
部室らしい扉の前で立ち止まって、心の奥で大きく息をする。
ほんの少し勇気をふるって話せたら、
何かが変わるのかな。
ディスプレイ越しに感じた温もりが、そっと手を引いてくれる。
薄暗い部屋に閉じこもっていたあの頃の私が、背中を押してくれる。
あの時みたいに高鳴る気持ちと一緒に、私は小さく扉を開けた。
「入部希望、なんですけど……」
新しい私の明日が、きっとこの先に広がっている。
そんな予感がした。
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PCゲーム?とか入力デバイス?とか
細かいところは自分でも深く考えないことにしました
元ネタは「微熱ディスプレイの世界」というWEB漫画です
堀さんと宮村くんで有名なHEROさんの短編です
伏線の張り方とかもっと上手くなりたい……
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乙乙
他との温度差がすごいけど切ないのもいいね
最後の学祭からの流れ好き
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