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仮面ライダーオーズバトルロワイアル Part4

1名無しさん:2015/01/10(土) 19:56:27 ID:lo8EFRkE0
当企画は、仮面ライダーオーズを主軸としたパロロワ企画です。
企画の性質上、版権キャラの死亡描写や流血描写、各種ネタバレなども見られます。
閲覧する場合は上記の点に注意し、自己責任でお願い致します。

書き手は常に募集しております。
やる気さえあれば何方でもご自由に参加出来ますので、興味のある方は是非予約スレまで。

したらば
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まとめwiki
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232そんなあなたじゃないでしょう(前編) ◆z9JH9su20Q:2015/08/02(日) 18:47:34 ID:CuDejecw0

「イカロス……」
「教えて……っ」
 半面振り返ったイカロスの懇願に、しかしマミが胸中で抱えていたのは葛藤だった。
 虎徹から伝えられていた脅威の理由は、おそらく、既に意味をなくしている。
 ――だが、キャッスルドラン周辺の惨状との関連性は未だ、不明なままだ。

「お願い……だから……」
「その前に、一つ聞かせて」
 問い質さねばならない――悲痛に歪んだイカロスの表情に、後ろ髪を引かれるような気持ちになりながらも、マミはそんな決意を固める。
「さっきの続きよ。キャッスルドランの爆発は、あなたがやったの……?」
 一瞬、引き攣るような沈黙。
 その後にイカロスは、やはり――こくんと、頷いた。

「どうして……!?」
 カオスと遭遇すらしていないというのなら、もう、そんなことをする理由はないはずだと――詰問するマミに、イカロスは悄然とした表情で答える。

「……ディケイド」
「えっ……?」
 イカロスの口から放たれたのは、ある意味予想できなかった名前だった。
「ディケイドに対抗するには……ああするしか、なかった」
 仮面ライダーディケイド――マミ自身も交戦経験のある、危険人物の一人。
 確かに、魔法少女並の戦力を持った者達を複数名相手に渡り合う強敵ではあったが――カオスの凄まじさを体験した後では、最強のエンジェロイドと呼ばれるイカロスが苦戦するほどのものだったという印象などマミにはない。
 ただ……振り返ってみれば、自分もカオスとの戦いで最大の力を発揮できたわけではなかった。彼にも何かしら、本領を発揮できない要因が存在していたのかもしれない。
 そしてその隠された実力は、イカロスに最終兵器の使用を決断させるほどの脅威であった……ということなのだろうか。だとすれば、昼間の自分達はとてつもない幸運に救われていたのかもしれない。

 ……それがずっと続いてくれていれば良かったのに、という思いが込み上げて来るのを押さえつけて。マミは念のための確認を続けた。
「彼は、あなたや他の誰かを殺そうとしていたの?」
「…………」
 無言のまま、果たしてイカロスは首肯で答え、マミも暫し黙考する。

 ディケイドの事情もはっきりとはしていなかったが、会話する意志もなく襲いかかってきていた彼と、元来の人となりやこの場で暴走した事情もはっきりしているイカロス。どちらに信頼できる要素があるかといえば、当然後者の方であって。あの惨状も、危険人物相手の正当防衛の末だという理由は納得できるものになる。
 ……ただ、自分が信じたいからというだけではないはずだと。マミはこれまでに得られた情報をもう一度脳内で網羅して、そのように結論する。
 少なくとも、イカロスに嘘をついている様子はないのだから。

「わかったわ……安心して。ニンフさんとタイガーはD-2で別れたそうよ……多分、あなたが巻き込んだ心配はないわ」
「……?」
「私は……その、言われた通りの方向には、行けなかったから」
 疑問符を浮かべたイカロスに、マミは己が反対方向から現れた理由を力なく伝える。

「タイガーと火野さんも、何とか無事だったみたいだし……きっと、ニンフさんのところに向かっているはずよ」
 実際のマミは反対方向に居るとはいえ、彼らがそれを知る由はない。
 マミが無事である、ということを放送で知った以上は、当初の合流予定地にいると考えるのが自然だろう。

「仮面ライダー……オーズ」
 こちらの言葉を受けてからイカロスが呟いた名に、マミが違和感を覚えたのは一拍置いた後だった。
 何故、天使の口から最初に漏れた名が、面識のあるワイルドタイガーではなく……何ら関わりがないはずの映司の、戦士としての名であったのか。
「その二人……なら、カオスの、居場所、も……」
 しかしその疑問を追求する前に、マミはイカロスの口から漏れた新たな名前に、意識を奪われる。

「……そうね。知っているかもしれないわ」
 まさか今も同じ場所にいる――などということはないだろうが、それでも彼らは考え得る唯一の手がかりだ。
 カオスが映司に憎悪を燃やし、執着していたことを考慮しても、急いで合流した方が良いだろう。
「――だから、一緒に行きましょう? あなたも」
 イカロスの前に回ったマミは、項垂れている彼女に手を差し伸べた。
 機動力の都合もある。共通の仇(カオス)に対抗し得る戦力を確保しなければという、打算的な理由もないではない。
 だけど何より。彼女をこのまま、独りぼっちにしたくはなかったというのが、マミの本音だった。

233そんなあなたじゃないでしょう(前編) ◆z9JH9su20Q:2015/08/02(日) 18:48:22 ID:CuDejecw0

「タイガーはあなたの助けになれなかったことを気に病んでいたし、火野さんも心配していたわ」
 智樹も、まどかも殺されてしまった。ニンフも死んでいた。
 だけれど、まだ仲間はいる。
 胸に潜んでいた想いから智樹の安全を優先するあまり、彼らの掲げた正義を手折っても変わらず接してくれた彼らが――こんな自分達でも心配してくれる人達がまだ、いるのだ。

「あなたが居てくれれば、カオスにだって負けない――今からでも、二人を助けることができるはずよ」
 もしかすると……智樹はそれを、望まないのかもしれない。
 それでも、これまで聞き及んでいるイカロス自身の心境を考えれば――マミは、そう伝えるのが一番だと思った。
 彼女自身が傷つけてしまった虎徹を始め、智樹の仲間でもあった彼らを守ることが、きっとその心に感じている負い目を減らしてくれるはずだと。
 それができる、と――価値を認めて貰えることが、その傷ついた胸の内を癒やす力になるはずだと。

 しかし。
「……どうして?」
 イカロスは口を利かぬまま、弱々しくも、確かに。その首を、左右に振った。

「……タイガーを攻撃したことを、気にしてるの? それは確かに悪いことだけど、今なら彼もきっと許して……」
「……違う」
 そうじゃない、と――励まそうとするマミの言葉を、ようやく声を発してイカロスは遮った。
「私は……その二人を、助けられない」
「どうして? メダルが足りないの?」
 問いかけに首を振られたマミは、どういう意味かと発言を図りかね――次の瞬間、脳裏に走る悪寒を覚えた。

 ……何故イカロスは、虎徹ではなく映司に反応を示したのか。
 それも”火野映司”ではなく、”仮面ライダーオーズ”と認識して。
 振り返れば――智樹の仇を知る前、直に対面したその時から、彼女はカオスと映司の名に反応してはいなかったか。

 ――まさか。

「私は……仮面ライダーオーズも、排除しないと、いけないから。
 黄陣営の、優勝の、ために……」

 果たして――マミの危惧した内容を、そのまま口にして。

「もう一度……マスターと、会うために」

 一瞬だけ。優しい緑の双眸を、冷たい深紅へと反転させ。
 座り込んだまま俯いていた天使は、輝く瞳で覗き込むようにマミを見上げて――そんなことを、宣った。






      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○       ○○○






 弱り切った様子から、嘘を吐いている可能性はないだろうと……今思えば楽観的に、脳裏から疑惑を排除していたけれど。
 仮に、それが正しいとしても――全ての真実を語った証明には、ならなくて。

 イカロスが秘めた思惑を、マミは見抜くことができなかった。まんまと映司の情報を与えてしまった。

 しかし、ならばどうしてイカロスは……何故それを、マミに対して明かしたのだろうか。
 黙って一緒に行動して、肝心の映司達と合流してカオスの情報を掴んでから、本性をあらわにすれば良かったのに。
 まさか、嘘を吐くのは良くないことだから……なんて理由だけなら、罪もない誰かを傷つけることを肯定するはずもないだろう。

 恐怖と当惑とで掻き乱された思考が見出した疑問はしかし、イカロスが最後に口にした言葉を前にして、思考の隅へと追いやられてしまった。



 ――もう一度、智樹と会う…………?

「どういう……意味、なの……?」
 そこに、禁忌の匂いを嗅ぎとって。
 問いかける声は、思った以上に上擦ってしまっていた。

234そんなあなたじゃないでしょう(前編) ◆z9JH9su20Q:2015/08/02(日) 18:49:15 ID:CuDejecw0

「優勝、して……全部。やり直す、の」

 マミの問いかけに、イカロスは割座の姿勢のまま、朴訥と口を開く。

 曰く、それは黄陣営のリーダー・カザリから提示された希望であると。

 優勝して会場から脱出し、その先に待つ真木達を倒し、彼らの保有する時間操作の技術を奪う。
 その力で殺し合いそのものをなかったこととし、あるべき日常の中で智樹達と過ごす――

 そのために――先程討ったディケイドのように、カザリにとって危険な相手を排除しているのだと、イカロスは語った。



「……そんなこと、桜井くんはあなたに望んでいないわ」
 話を聞き終えたマミは、まず――幾つもの葛藤を過ぎらせてしまいながらも、何とかそれだけは絞り出した。

 だけどそれは、たった半日程度でも――彼と行動を共にした身として、断言できることだ。
 例え、復讐を望んだ彼がそれを願うのは、エゴなのだとしても。智樹はきっと、彼の知る優しいイカロスが、その優しさに背くような真似を拒むはずだ。

 ……でもそれは、いくら確信していたところで、マミが想像する彼のエゴでしかなくて。
 結局――智樹の口から、直接イカロスに向けて告げられた言葉ではない。
 まして、マミにもわかる彼のことを、イカロスが承知していないはずがないのだから。

「それでも……これは。私が、自分で決めたことだから」
 故に、ふるふると首を振るイカロスには、届かない。

 智樹の願いが、他ならぬイカロスに裏切られるその瞬間に直面し――覚悟していたとはいえ、マミは胸が痛むのを止められなかった。

 ――きっと、イカロスにとっての智樹は。過ごした時間や、お互いに直接向け合った想いの大きさや……少し悔しくも感じるけれど、考えて見れば当たり前の理由で。マミにとっての彼よりもずっと、ずっと大きな存在だったのだろう。
 少し前のマミにとっての、理想の魔法少女という在り方のように。それを失ってしまっては最早、生きて行くことすらできないような……

 だから。例え、それが智樹の意に反することなのだと理解できても、止められるはずがないと――マミには充分、予想できていた。

 ――――それでも。

 智樹はあの時、マミのことを止めてくれた。助けてくれた。
 だったら今度は、マミがイカロスを止めなければならない。

「――あなた、は?」

 だから……

「やり直したい、って……思わない、の?」

 ……そんなことを、訊かないで。

235そんなあなたじゃないでしょう(前編) ◆z9JH9su20Q:2015/08/02(日) 18:50:13 ID:CuDejecw0

 その質問が飛んで来ることを、無意識で予想して――故に会話を切り出すことを躊躇させていた、最大の要因。
 禁忌であることと引き換えに極上の魅惑を持つ選択肢が、猶予も与えられずにマミへと突き付けられていた。

 ――全てを、なかったことにしてやり直す。

 憎悪のまま、黒い欲望のままに振る舞っても。仇を討って存分に恨みを晴らした上で、支払った犠牲はチャラになる。
 智樹もまどかも、こんなところで負った悲しみとも、あんな惨たらしい最期とも切り離された上で、帰って来る。
 いいや、それどころかあの日の事故……両親の死さえも、時間操作の力があれば覆せる。

 もう……独りぼっちに、ならなくても済む。

 そんな悍ましくも甘美な未来が、イカロスに問いかけられる以前――話を聞いた時点で脳裏に閃いていた事実そのものに、マミは狼狽していた。

「わ、私、は……」

 ケシゴムみたいに、嫌なことだけを消せたら、どんなに笑えるだろうか。
 それでも――そのために、例え一時だけでも、誰かを犠牲にして良いはずがない。

 ない……はず、なのに。

 そんなことを口にする資格は、果たしてマミにあるのだろうか?
 もうとっくに、正義よりも私欲を優先していたのに――?

 他ならぬマミ自身が、心の中に覚えたその疑問を、退けられる確信がなかったからこそ。
 イカロスから投げられ、改めて対峙を余儀なくされた命題は、どうしようもなくマミを立ち尽くさせていた。

「あなたも……私と同じ、なら」
 そんな迷いを、見透かしたように。
「一緒に……行こう?」
 今度は天使から、手を差し伸べて来る。

 同じ陣営で、独りぼっちのマミに向けて。
 同じ男の子を好きになった女の子として、イカロスは仲間と見なしたマミを、自らの見出した希望へと誘おうとする。

「……っ!」

 ……わかっている、否定するのが正しいということは。
 わかっていても、それでも――そのための犠牲も含めて全部、やり直せるというのなら。

 もう、魔法少女じゃなくなっても、良いのなら――
 もう一度、家族と、友達と、彼と――仲良く、できるのなら。

 そのためなら、もうとっくに血に染まったこの手を、更なる罪に染めたって――

 辛くても、イカロスも居るから、寂しくなんか……



 ――――そんなの、絶対おかしいだろ……!



「あ……っ」

 もう一度会いたい、彼と。
 ただでさえ短い交流で、しかも積み重ねることを避けていた故に数少ない出来事を振り返ったマミの脳裏を過ぎったのは……そんな憤りから始まった、彼の言葉だった。

236そんなあなたじゃないでしょう(前編) ◆z9JH9su20Q:2015/08/02(日) 18:51:47 ID:CuDejecw0

 あの時の彼は――傍から見ても絶望に蝕まれたマミの心を想って、救うために命まで懸けてくれた。
 人の心へ近づくことに物怖じし、失敗し続けていたマミは、そんな彼の勇気に憧れたのではなかったか。
 そんな彼は、肝心なところでいつも迷って、失敗してばかりだったはずのマミに、何と言ってくれたのだったか。

 ――――俺、お前が魔法少女で良かったって、今は思ってるんだよ

 ――――だってお前は…………ちゃんと、自分のやりたいことを選べたんだろ?

 魔女と戦い続ける者として生きるのは、辛いことで。
 だけど、誰かの命を繋ぎ止めたいと願ったのは、紛れもなく真実だった。

 贖罪のための単なる狩人ではなく、希望を運ぶ魔法少女として生きる道を選んだのは、マミ自身の欲望だった。

 だから状況に流されるのではなく……自分が本当にしたいことを選んで欲しいのだと、彼は見ず知らずのマミに涙してくれたのではなかったか。

「そう、よね……」

 それと、もう一つ。魔性の未来に揺さぶられていた、マミの脳裏を過ぎったのは。

 ――――どんなに悪い人だってやり直すことができるって、私はそう信じたいんです

 目の前でその機会を奪ってしまった、後輩魔法少女の理想だった。

 その希望を手折ったのは他ならぬマミ自身である以上、虫の良い考えであることはわかっている。
 だけどそこで意地を張ってしまうよりも、何を今更だと詰られることを恐れるよりも、その言葉にマミは、智樹に憧れたのと同じ勇気を見出した。
 ジェイクや、これまで葬って来た魔法少女達の成れの果ての血でこの手が染まっているからと言って……その罪を、言い訳にせず戦うための決意を。

 自分が、何をしなければならないのか――だけではなく。
 何をしたいのかと、向き合う勇気を。

「……ダメよ。私は、その手を取れないわ」

 意を決して、マミは返答を待つイカロスに口を開いた。
 微かながら、愕然という表情をしたイカロスに、マミは更に問いかける。

「それに……あなたも、本当はそんなことしたくないんでしょう?」
 マミの確認に、イカロスはビクリと身を竦めた。

 傍から見たって、今のイカロスが辛そうにしているのはわかる。
 智樹と離れ離れになったことだけではなくて……彼と再会するために覚悟を決めたのだとしても、誰かを傷つけるという行為そのものを、本当は優しい彼女自身が嫌悪しているのだということが。

 ……あの時の自分と、同じように。

 そうだ。イカロスを見て最初に感じたことは、マミ自身が罪を犯してでも願いを叶えるべきか否かとか、そういったことではなかった。

 ただマミは――泣きそうな顔をしているイカロスを、助けたいと想ったのだ。

237そんなあなたじゃないでしょう(前編) ◆z9JH9su20Q:2015/08/02(日) 18:53:08 ID:CuDejecw0

 そんな己の気持ちとマミが向き合っていた間。同じ行為を終えたのだろう天使は、またも絞り出すようにして心情を吐露する。
「でも……そうしないと、もう……マスターと……」
「……そうね。私だってそうだわ。桜井くんとも、鹿目さんとも……皆と、また会いたい」
 
 独りぼっちになるのは、嫌だ。
 だけど同じくらい、自分とそっくりなこの女の子を、独りぼっちにはさせたくなかった。

 だから……彼女が諦めてしまうことを、マミは受け入れたくないと思った。

「でも、それが”いつか”叶うことだとしても……”今”の私はそのために、そんなことをしたくないの」
 してはならない、ではなく、したくない。

 あのやり取りの末、智樹に敗けを認めた時のように。
 義務ではなく、欲望としてそう感じたことが、紛れも無い事実であったはずで。

 マミがそんな気持ちを選べたことに、彼は安心してくれた。
 そして……彼女にも、それを望んでいたはずなのだ。

「桜井くんも、そう望んでくれたわ……もちろん、あなたのこともね」
 そんな智樹の想いを、もう一度。マミは伝えてみようと試みる。
 彼を、裏切りたくはなかったから。

「それしか道がないからって、本当は誰のことも傷つけて欲しくなんかない……あなたがそれを、望むはずがないからって。
 だからお願い。もうそんなことを考えるのはやめて?」
「私、は……っ」

 マミの言葉を受けて、今度はイカロスが二の句を詰まらせる。

 ……しかし、それが先程のマミの再現であるのなら。
 イカロスが下す答えもまた、それまでと変わりはしない。

「私は……マスターの、お傍にいるよう、命じられているから……!」
 その時の記憶に縋るようなイカロスの物言いは、マミに微かな痛みを与えた。
 やっぱりそうなんだ、と……少しだけ、場違いな悔しさを覚えて。
 そして、彼女はもう……頑なに、聞く耳を持ってくれないだろうということを理解して。

「そう……それなら」
 結局。本気のイカロスに言葉を届かせられるのは、智樹だけ。
 だから、マミが彼女にしてあげられることはもう、一つだけしか残っていない。
「――力づくで止めさせて貰うわ」
 その覚悟の宣言と共に、マミは魔法少女へと転身した。

238そんなあなたじゃないでしょう(前編) ◆z9JH9su20Q:2015/08/02(日) 18:54:13 ID:CuDejecw0

 決意を載せた視線の先にいる天使は一瞬、その表情を悲痛に歪ませてから、耐え切れないように目を背けた。
 それから悄然として、「多分……」と続けられた言葉は、傲慢なようで彼女の優しさも表れたものだった。
「……あなたじゃ、無理」
「かもしれないわね。でも――あなたを唆した、カザリなら倒せるかもしれない」
 グリードの中でも、特に狡猾であると聞き及んでいるカザリ。
 しかしガメルの件を考えれば、彼が言うグリードも巻き込まれた被害者であるという主張は一考の余地があるのかもしれない。
 もしかしたら、イカロスに語った言葉も全てが嘘というわけではないかもしれない。映司に狙われていたのも真実である以上、保身に走ることまで咎めるのは酷かもしれない。
 だが、例えそうだとしても。イカロスの失意につけ込んで、こんな風に利用している以上――容赦してやるつもりなど、マミの中には毛頭ない。

「……ダメ。それはダメ」
 嫌々と、イカロスは頭を振る。
 彼女からすれば、カザリを失うというのは智樹と再会できる確率を下げてしまうということになるのだから。
「やめて」
 そんな懇願に、しかしマミは揺らがされることなく答えを紡ぐ。
「カザリが他の誰か――火野さんや他の陣営リーダーを犠牲にしないのなら、私だってやめても構わないわ。……でも、そうじゃないんでしょう?」
 マミの問いかけに、再び俯いたイカロスは沈黙する。

 グリードもまた被害者であるというのは、他ならぬカザリ本人の弁だ。
 そうでなくとも、既にグリードではない代理リーダーが、少なくとも二人以上存在している。
 もしも本当に、カザリに純粋な悪意がないのだとしても――黄陣営が優勝を目指していることを看過すれば、それらの犠牲が生まれることを見逃すことになってしまう。
 その片棒をイカロスが担がされることを、見過ごすことになってしまう。

 それは自らの望み欲することともう一度向き合ったマミが、選びたくないと思った答えで。
 智樹との再会を全てとするイカロスからすれば、避けて通るわけにはいかない選択肢だった。

 ……故に、それ以上は。二人の間に、会話をする余地はなかった。

 やがて。
「……カザリは、やらせない」
「あなたにだって、もう……誰も殺させないわ」
 再び瞳の色を反転させたイカロスに対し、バックステップで距離を稼ぎながら――リボンを編んで作り出したマスケット銃を携えて、マミもまた戦闘態勢に移行する。
「だって私は……魔法少女なんだもの」
 その意味を知らしめてくれたのが、智樹だった。

 同じ人を想うからこそ……お互い、これ以上は譲れない。

「モード・『空の女王(ウラヌス・クイーン)』……バージョンⅡ、発動(オン)」
 マミ達が行う魔法少女への変身のように、イカロスもまた衣を変え、髪型を変え、純白の翼を二対四枚の大翼へと巨大化させる。
「……制圧します」
 冷厳と告げるイカロスに対し、闘争の予感に跳ねる心臓の、到底軽やかとはいえない鼓動を感じながら。
 マミはゆっくりと、その手の中にある銃を、天使へと照準した。






 ――恐れない。彼のように。
 どんな反応が返って来るのだとしても、もっと踏み込める可能性があるのなら。見せかけの言葉でやり過ごすのではなく、相手の心に近づく答えを選ぶ。

 きっとそれが、マミがイカロスにできる一番の親切で――同じ男の子を好きになった、女としての意地だった。

239そんなあなたじゃないでしょう(後編) ◆z9JH9su20Q:2015/08/02(日) 18:55:22 ID:CuDejecw0






 先制はイカロスだった。

 この距離はマミではなく彼女の間合い――それを充分に予想していたからこそ、盾代わりの魔法陣の展開は超音速の拳の着弾に先んじる。

 しかしその盾も、イカロスの前では薄氷ほどの心強さもない――ことも、マミは最初から織り込み済みだ。
「――ッ!?」
「……!」
 刹那、魔法盾は容易く砕かれる。その以前から実行に移っていた咄嗟のバックステップは、マミに許された反応時間を置き去りにする打撃を前に、上手く勢いを殺すまでとは至らなかった。
 それでも――拳が肉体そのものを捉える前に、障壁の砕けた反動でマミの体はシュテルンビルトの広い街路を吹っ飛んで、直撃だけは免れた。

 本来ならあり得ないその回避は、マミが予め、不可視化してイカロスの四肢に巻きつけていた魔法のリボンによるものだ。
 街の一地区という、巨大に過ぎる質量を支えるための強靭な柱にまで伸びた黄色の帯は幾重にも合わさり、更に瞬間的に縮小することでイカロスの動作を阻害し、絡めとった手元を微かに狂わせていたのだ。

 後退できるような隙はなく。また初撃となる単なる殴打が、自身の魔法陣だけでは防げる代物でもなく、そのままでは回避できる速度でもないことを、火蓋が切って落とされる前から理解していたからこそ。マミはイカロスが戦闘態勢となる前から、初撃を凌ぐための用意ができていたのだ。

 そしてマミ自身も、路面へと激しく打ち付けられる前に自身の体をリボンで近傍の家屋に繋ぎ、体勢を立て直す。

 距離が、開けた。
 しかし、マミには反撃どころか、息を吐く暇すらも存在しない。

「――『ArtemisⅡ』、発射」

 初撃の動作だけで、帯の半分以上を裂いていたリボンを今更、振り解こうとすらせず――距離の離れた敵手に向けて、イカロスは淡々と追撃を開始する。
 対しマミも、いつものように技名を叫ぶ余裕はないながらも、既に次の魔法を発動していた。

 一つは再びのリボン操作。それによって可能な限り最速で自身の体を横に逸らしながら、もう一つの魔法によって引き起こされた現象を目撃する。

 それは文字通り、驟雨の如き密度で降り注ぐ魔弾の群れ。
 パロットラ・マギカ・エドゥ・インフィニータ――マミの眼前全てを遮る壁を作る勢いで、地を穿たんとする無限の魔弾。
 弾頭は、その全てが炸裂弾。

 シルバーステージの宙に浮かんだ大地に突き立つ寸前、一斉に炸裂した魔弾の欠片は、その圧倒的な範囲と密度によって超々音速で迫っていた二基の小型ミサイルを捉える弾幕と化した。
 目の前の空間を完全に制圧した爆発は、マミを永久に追いかけるはずだったそれを誘爆の中に呑み込む。これで、脅威的な破壊力を秘めた超極音速の追尾弾は防いだ。
 しかし――ここでもまだ、息は継げない。

 案の定。打ち砕かれた氷輪の牙に代わって、今度はイカロス自身が爆炎を突っ切り、飛び出して来た。
 天使の拳が、黄色い魔法少女の太腿の前から後ろへ抜けるのを――マミはリボンに引っ張られた上空から、確かに目撃していた。

 一方。イカロスの拳を受けた方のマミは、厳密に言えば天使の一撃で穴が空いたのではなく――自ら解けて、その隙間に拳を通しただけだった。
 イカロスの拳が捉えたのはデコイの分身。それを構成していたリボンの群れは最初のパンチを減殺した際よりも遥かに本数を増してイカロスの姿を繭に包むように飲み込むが、一秒と持たずに純粋な馬力だけで引きちぎられる。
 それからほとんど停滞せず、リボンで更なる遠方へ身を運ぼうとするマミを追い、飛行したイカロスが――見えない壁にぶつかったかのように、急に宙空で減速した。

「――かかったっ!」

 それを成した正体はリボンではなく、糸。織り合わせた布ではなく、一本きりでより鋭く強靭なイメージを具現化し易い無数のそれは殺傷力すら発揮するトラップとなって、天使を空に捕まえる。
 硬度を上げた糸は、先程までのリボンほどに脆くはなかった。イカロスに接触した程度で千切れることはなく、その肌や羽に潜り込んでいく。
 しかし、柔らかな皮膚の表面を切り裂くだけ。それ以上は抵抗するイカロス本人ではなく、それぞれが結び付けられた街の支柱に食い込んで、寸断して行く。やがては糸自体が先に破断し始める。
 だが、それも途中で止まり。驚異的な出力を持つイカロスでも糸の結界による多重の拘束を完全には脱しきれず、遂に動きが縫い止められた。

240そんなあなたじゃないでしょう(後編) ◆z9JH9su20Q:2015/08/02(日) 18:56:56 ID:CuDejecw0

「ティロ・ボレー!」
 瞬間、身を翻したマミの生成した無数のマスケット銃が一斉に火を噴いて――天使の姿を、硝煙の中に覆い隠した。

 先制したのはイカロス――しかし先手を取ったのは、マミとなった。

 もちろん、数時間前に圧倒、否、蹂躙されたカオス以上のスペックを誇るイカロスを相手に、こうもマミが立ち回れているのには理由があった。

 一つは、情報のアドバンテージ。
 方や、最初の情報交換の時点で来るべき共闘に備え、イカロス達の能力を智樹から詳しく聞き出していた上、実際にエンジェロイドであるカオスとの交戦まで経ているマミ。
 方や、マミに関する何の事前知識も、他の魔法少女との戦闘経験も持たないイカロス。
 この条件の差が、戦闘を組み立てる出発点について、両者の間に著しい水を開けさせていたのだ。

 続いては、シュテルンビルトの構造が、先程披露したトラップが使うにあたって打ってつけなロケーションであるということ。また、立体的な超音速飛行を誇るイカロスが本来握っている優位性を逆手に取ることのできるこの絡め手を、先に仕掛けられるだけの精神状態の差も――それを可能とする制限の助けもあると言えるだろう。

 そしてマミ自身はまだ気づいていないが、彼女の善戦を支えている要因はもう二つある。

 ――その一つは、桜井智樹の不在。
 気にかけまいとして、しかし気にかけずにはいられなかった相手。
 他の事柄に注目しようという無意識の気持ちばかりを強め、結果として逆に実践を遠のかせてしまった要因。
 優れた洞察力と戦術眼を強みとする彼女が――それで何が変わったわけではなくとも、昼の戦いでディケイドから完全に手を抜かれていることにまるで気づけなかったのも、それが少なからず影響していた。

 何より単純に、素人であったり、常人であったりした彼のフォローに足を止められることがもうないことは、彼女本来の機動力を完全に解き放っていた。

 故に、皮肉にも。桜井智樹がもういないがために、巴マミはベテランの魔法少女としての、真のパフォーマンスを発揮できていたのだ。



 ……しかし、それでも相手は進化を遂げた『空の女王(ウラヌス・クイーン)』。
 明確な断絶が存在する地力の差は、五つの有利を与えられたマミが全力を尽くしても、到底埋め切れるものではなかった。

 ――続々と生成し、全方位からの斉射を続けていたマスケット銃の群れが突如、同時に爆散する。

 それがイカロスの展開したバリアによって魔弾が反射されたためであることを、マミは天使を拘束していた魔法の糸が焼き切られる様を見て理解する。
 光の殻越しに見る天使は微かな煤汚れがあるだけで、装甲どころか皮膚すらもロクに傷んでいるようには見えなかった。

 臍を噛んだ直後。バリアを解いたイカロスは、それが完全に消え去る前に、逆しまの流星のようにしてマミの立つ屋根の上へと飛来した。
 超音速の突進を避けられるわけもないマミは、咄嗟にリボンでの減速を図るも、しかし。何度も同じ手を使い過ぎたせいか――イカロスはその発生源を見切り、超音速の曲芸染みた機動で道中の大部分を回避してみせた。
「うぁ……っ!?」
 微かに接触し得たリボンも、ほとんど動きを減殺させることができないまま引き千切られ――気づけば天使は、マミの真ん前に出現していた。

 構えたマスケット銃も、攻撃のためにその場で旋回するついでに弾かれて。
 瞬きほどの間も置かずに繰り出された迅雷のような回し蹴りが、最後の守りである魔法陣を突破して、マミの左足をへし折った。
「――っ!!」
 灼熱する痛覚に、声にならない悲鳴が漏れる。
 しかしセルメダルを撒き散らし、蹴りの勢いに弾き飛ばされながらも、接触の瞬間にマミは新たなリボンをイカロスの身体に巻きつかせていた。

 ……拘束するには、咄嗟に用意できる量のリボンだけでは力不足だということは既に、重々承知している。
 だから、今度の目的は動きを止めることではなかった。

 自らの動きを戒めるのに足りないと、しかし吹き飛ばされていくマミを追撃もせずにイカロスが油断したその瞬間――一部の解けたリボンが、今度は彼女の背後で大砲の形を取る。
「ティロ・リチュルカーレ――!」
 直接手に取らずとも発砲できる魔砲の、単発に限った代わりの変則使用。
 この距離なら、バリアは張れない。
 敢えて敵の自由を許したことで生まれた余剰分で編んだ砲身は、イカロス自身に担がれることで回避を許さず、天使の背中をまともに捉えた。

241そんなあなたじゃないでしょう(後編) ◆z9JH9su20Q:2015/08/02(日) 18:59:50 ID:CuDejecw0

 至近距離からの砲撃。反動に耐え切れず、イカロスに巻き付いていたリボンが裂けて、砲身が天使から脱落する。
 そしてそれだけの運動エネルギーを無防備に受けたイカロスの痩身は、彼女の蹴りを受けたマミ以上の勢いで吹っ飛んでいった。
 その隙に、新しく用意したリボンをギプス代わりにすることで、治癒魔法と合わせて骨折部位を固定。魔法少女としての特性で痛覚を遮断し、マミは何とか自力で立つ能力を取り戻す。

(あの子……)
 四つ目の要素には気づけぬまま、ではあるが――自らを有利に導く五つ目の要因に、リボンによる移動で機動力を補ったマミの考えが及びかけた時には。既に投げ出されていた機体を立て直したイカロスは――セルメダルを零していなかったことから予想できた通り、ティロ・リチュルカーレの直撃もまるで堪えた様子のないまま、その翼を発光させていた。

(――まずいっ!)
 アルテミスが発射されてしまう前に、こちらも弾幕を展開して何とか迎撃を間に合わせる。
 押し寄せる颶風を堪えて移動し、立ち込める塵芥が煙幕と化した隙に路地裏へと転げ落ちながら、マミは戦況を分析する。

 ……おそらく、純粋な戦闘センスならばマミの方が上だろう。
 しかし、基礎となる能力値が違い過ぎる。
 単なる一挙手一投足に対しても全力の防御を強いられた上で受け止めるには及ばず、かと言ってこちらの攻撃の大半は牽制にもならず、そもそも認識してからではもう目で追えないほどに速度差が存在する。
 事前に行動を予測し、戦闘開始前から準備していた、地形を利用したトラップも駆使した上で……相手から手心を加えられてようやく、瞬殺されずに戦えるといった有様だ。純粋な燃費ならばマミの方が勝るだろうが、こうも手数を強いられていてはその唯一の利点すら失せる。既に追い込まれているが、仮に持ち堪えられても先にメダルが枯渇して、持久戦に持ち込むことすら困難となるだろう。

 充分、予測できていたことだ。それでも理不尽な戦力差に、思わず意識が遠くなる瞬間が訪れる。

 ――駄目だ。
 そんなことを言い訳にしては、駄目だ。

 智樹は……何の力もなくったって、あの時マミの前に立ち塞がってくれたじゃないか。
 マミはまだ戦えて、大切な友達を殺す為じゃ無く、守る為に戦えるのに――諦めてどうする。
 諦めたくないから、イカロスと戦うなんて無謀、承知の上で行っているのではなかったか。
 諦める理由を探すよりも、活路を見出すために思考を巡らせるべきだ。

 折れかけた決意を改めて固めようとした、その次の瞬間。骨折箇所の治癒を続けつつ、息を潜めたまま街路を見張るマミの背にしていた家屋が、内側からその外壁を弾けさせる。
「――ッ!」
 新しいマスケット銃を錬成するより早く、マミは粉塵から躍り出た人影に捕まり、そのままの勢いで組み敷かれた。
「制圧――完了」
 機械的な輝きをその目から放ちながら、マミの両肩を押さえ込んだイカロスが告げる。
 そういえば、彼女達にはレーダーがあるらしいことを聞いていたが……成程、石造建築の家屋程度、そのパワーと索敵能力の前では、まともな障害物としても機能しなかったということか。

 何にしても、この状況はまずい。一瞬の脳震盪から回復したマミはそう歯噛みする。
 足を折られた程度なら、まだ誤魔化せた。だが両腕を潰されてしまっては銃も撃てなくなるし、リボンの操作も覚束なくなる。
 拘束を脱しようと藻掻くマミに対し――しかしイカロスはそれ以上、何もして来なかった。

「……降伏して」
 唯一示されたアクションは、その勧告だった。
「あなたじゃ、私には勝てない。もう、わかっているでしょう……?」
 脅す風でもなく、あくまでも淡々と。
 故に、それが事実であるという絶対の圧力を伴って。
 マミが全力を込めて抗ったところでびくともしない、文字通り覆しようのない詰みの状況に追い込んだイカロスは、悠然と――諦めることを求めてきた。

242そんなあなたじゃないでしょう(後編) ◆z9JH9su20Q:2015/08/02(日) 19:00:45 ID:CuDejecw0

「……確かにね。とても勝てる気がしないわ。ずるいぐらいに強いもの、あなた」
 対してマミは、抵抗のために込めていた力を抜いて――弛緩した勢いのまま顔を傾けて、イカロスから視線を逸らした。
「本当に……ずるいぐらい」

 それを……果たして、単に戦いのことだけを指して口にしたのかは、マミ自身にもわからない。
 ただ、先に思った通り――そして宣言され、受け入れた通り。まともにぶつかっても到底勝ち目なんかないのだということを、マミはよくよく思い知らされた。
 最初から、イカロスはマミの命までは奪いに来ていなかった。対してマミは加減せず、全力で挑んでいたが――結果はこのザマだ。
 殺そうとする者と、守ろうとする者の、どこか皮肉なやり取りに。そして己の情けなさに、マミは声なき失笑を零す。

「私は……兵器、だから」

 そんなマミの様子を見て、どこか物悲しそうに、イカロスは呟いた。
 哀れんだにしては、慰めにもなっていない慰め。責句を逃れるには、言い訳にもなっていない言い訳。
 けれど、確かな一つの真実を。

 戦う力を得ただけの少女では、戦うためだけに造られた少女には敵わなかった。
 言われるまでも、試すまでもなく、勝てないことはわかっていた。その上で、何かに強制されるでもなく、自分が望んだことだったのだから。
 そして。

(確かに……何だかイヤね。こんなの)
 自らを兵器だと謳うイカロスが、それでもマミを殺そうとしないのなら――まだ、この胸に感じる欲望を手放すのは早いと、マミは気持ちを切り替える。

「そんなに凄い力があるのなら……きっと、私なんかよりも沢山の人を守れるんでしょうね」
 並居る魔女など相手にもならないだろう。殺し合いに乗った危険人物達も、物の数とするまい。
 あのカオスやワルプルギスにだって、イカロスなら遅れをとることなく、多くの人々を守れるに違いない。
「なのに」
 背けていた視線を戻す。
「あなたがその力を、誰かを殺すために使うつもりなら――」
 滲んだ視界の先に捉えた、双つの紅い光を見据えながら、マミは言う。
 かつて自分が、彼に貰った勇気を、伝えるために。
「まずはここで、私を殺して行きなさい……っ!」
「……っ!」
 息を呑む天使がその美貌を歪ませるのを、マミは確かに目撃して。
 それから項垂れ、何もできず小さく震えるイカロスに……マミは安堵を覚えながら語りかけた。
「今のはね……最初に会った時に、桜井くんが私に言ってくれたことなの」
 イカロスの長い髪が、身動ぎに合わせて微かに揺れる。
「きっと……今のあなたを見たら、彼は同じことを言ったと思うわ」

 だから、今――マミの言葉を受けて感じた気持ちを、見て見ぬふりで終わらせないで欲しい。
 そんな願いを込めて、マミはイカロスを睨み返す。

「……でも」
 やがて。躊躇から、視線を背けたままだったイカロスが、ぽつりと言葉を漏らす。
「あなたは……マスターじゃ、ない」
 マミを直視できないまま震えていたイカロスが、それだけを痛切に吐き出した。
「……わかっているわ。だとしても――」
 同じやり取りは、もう幾度と繰り返している。
 それでも、互いの信じる、二人の知っている桜井智樹に差異がないこともまた、そのおかげで理解できている。
 そして、自分で決めたことに対し改めて躊躇を覚えた今なら……これまで重ねて来た以上に言葉が届くと、マミは手応えを確信する。

243そんなあなたじゃないでしょう(後編) ◆z9JH9su20Q:2015/08/02(日) 19:01:55 ID:CuDejecw0

「それに……私は、もう……っ」
 ……そんな希望が崩れたのは、イカロスの告白に滲んだ感情のせいだった。

 そこに込められた恐怖の声音は、智樹との別離という、耐え難い罰に対してだけではなく。
 まるで……償いきれぬ罪に怯えているような、脆い響きをしていたから。
 まだ、自分は――決定的な何かを読み違えていたのだと悟ったマミの背筋を、悪寒が駆け抜ける。

「フェイリス……フェイリスを……っ!」
 懺悔のような、嗚咽とともに。
 マミを組み伏せたままだった天使は、ようやく――澎湃と涙を湛えた紅瞳を、マミへと向ける。
「私には……もう。やり直すしか……ない、から」
 ……固めた右の拳を、振り上げながら。
「あなたを……殺してでも――っ!」
「イカロス――っ!!」
 恐怖からか、悲哀からか。それが何に向けられている物なのかも、わからないまま。
 自らの視界もまた、涙によって滲むのを認識しながら――マミは彼女の名前を呼ぶ。

「……ッ!!!」
 結局――――――イカロスの拳は、途中で止まった。

 マミの防御や妨害は間に合っていない。引きつった顔をしたイカロスが、自分の意志で止めたのだ。

 戸惑うマミが見上げているうちにイカロスは身体を起こし、それから耐え切れなくなったように反転し、飛翔する。
「……っ、待って――!」
 状況を理解し切る間もないまま、マミは声を張り上げた。
 今、どこかに行かせては駄目だ。
 しかし、超音速の飛行能力を全開にされていれば、呼び止める声も届かない。
 果たして――マミの声が届いたかのように、イカロスは半キロも離れていない宙で前進を止め、その場に浮かんでいた。

 思い直してくれたのかと考えたが、違った。
 逃げ出したのかと思ったが、それも違うとわかった。

 何故ならマミには――イカロスの悲壮な覚悟が、未だ見て取れたから。

「……さよなら」
 この距離では直接聞き取れたはずのない、小さく紡がれた別れの挨拶をマミが認識したと同時。
 夜空に浮かぶ、背景の月とイカロスとの間に――二門の巨大な砲身が顕現し始める。

 ――先程拳を振り下ろさなかった、否、下ろせなかった理由は定かではない。
 しかし、イカロスはなおも……罪を重ねる道を選び続けている。
 おそらくは、その先にしか救いも、贖う術も残されていないのだと考えて。
 一対の砲火で、立ち塞がり続けるマミを灼き払ってでも……その道を踏破するつもりなのだ。

 そのために、他の何もかもを諦めて。

 それを悟ったマミは、砲口に怖気立つほどのエネルギーが充填されて生じる威圧を無視して、折れた足のまま立ち上がった。

「……良いわ。殺して行きなさいと言ったのは、私だもの。あなたは、それで良い」
 そうだ、全力で殺しに来い。
「だけど、意地でも殺されてなんかあげないわ……っ!」
 それを止めることにこそ意味がある。
「だって……っ」
 そうでもしないと、この思い込みの激しい女の子の心に、これ以上踏み込むことができないから。

244そんなあなたじゃないでしょう(後編) ◆z9JH9su20Q:2015/08/02(日) 19:03:24 ID:CuDejecw0

 コア二枚を使ったのだ。セルメダルにはまだ、多少の余裕がある。
 そのありったけを魔力へと変換しながら、マミは先んじて出現させた砲門を背負うイカロスを見据える。

「桜井くんが、傍にいて欲しいって言ったのは……っ」
 先程まで感じられていた覚悟の色すら鳴りを潜めた、冷徹な機械のような紅い輝きを。
 目に収めた瞬間、その分もとばかりに勢いを増して、何色かも判別できない激情が込み上げた。

「そんなあなたじゃないでしょう――っ!?」

 声の限りに絶叫したマミは、果たして。その時イカロスに生じた停滞に気づいたか否か。
 ただ、我武者羅なまでに全力で――頭上にあったモノレールの軌条に合わせて、許される全ての魔力を収束し収斂させる。
 次の瞬間顕現したのは、トナカイの頭付きの牽引車に繋がれた、パフェ状の車体から生え出た超弩級のカノン砲――

 ――即ち、列車砲だ。

 これこそカオスとの戦いでは発動できなかった、巴マミが誇る最大最強の魔砲。
 そして、そこに込められた己の最大の力を解き放つために、マミは幾度と無く口遊んだ――守るために放ち続けて来た、あの呪文を詠唱する。
「ティロ……」
 マミが狙いを定めたのに一刹那だけ遅れて、イカロスも動く標的に合わせて照準を設定し直す。
「『HephaistosⅡ』――」
 対してマミは一刹那早く、力の限りに号令した。

「――フィナーレ!!」
「発射……っ!」

 劈く轟音が。真白き閃光が。瞬きも許さず、夜の世界を塗り潰す。

 砲撃の反動で、滑走していたモノレールを砕き、崩落させながら。
 マミのありったけの魔力を込めた最大の魔弾が、夜空を裂いて飛翔して――
 天使が放った光の束に呑み込まれて、呆気なく掻き消えた。



「――っ!」
 衝突で弾けた魔力の奔流が、爆発となって三層都市(シュテルンビルト)を蹂躙する前に。
 そのまま薙ぎ払われた双柱の光は、直線にあるの全てを貫き――マミのもとへと、落下途中にあったお菓子の列車の上をなぞって。

 迸る殲滅の爆光は、シュテルンビルトの中央通り――三層あるその端から端まで。破滅の刃のように吠え猛ったまま、あっという間に駆け抜けた。






      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○       ○○○






 ……失意に足取りを重くしたまま、バーナビー・ブルックスJr.は宛もなく彷徨っていた。
「すみません……皆。ごめんなさい……」
 壊れたラジオのように、その口からは謝罪の言葉が繰り返し吐き出され続けていた。
 グリードであるカザリに屈服したという事実は、犠牲者を一向に減らせていない無様さにも劣らぬ傷となって、彼に自責の念を抱かせた。
 その傷は未だ癒えることなく、バーナビーの心を苛み続けていたのだ。

 ……所詮は、紛い物だったからだろうか。不意にそんな疑念が疼く。

245そんなあなたじゃないでしょう(後編) ◆z9JH9su20Q:2015/08/02(日) 19:04:32 ID:CuDejecw0

 バーナビーはワイルドタイガーのバディヒーローとして、この事態の解決のために戦おうとした。
 しかしそれは正義感などではなく、この空虚な胸の内を埋める手段を求めただけのことであるのは、他ならぬバーナビー自身が最初から理解していたつもりだった。
 つもりだったのに、そんな依存心を脅かす伊達へと子供みたいに反発し……結果として、散漫となった注意で彼らを死なせた。

 もしも、ワイルドタイガーのように。何の迷いもなく、何の不純物もなく、ヒーローとして戦っていられたのなら……きっと、なかったはずの犠牲。
 自分のような半端者だから、この手で繋ぎ止めることができなかった命。
 その名はどうしようもなく、バーナビーの胸の内で深く爪を突き立て続ける。
 そんな痛みを抱え続けても、だからと言って今更……心を入れ替えて奮起しようという発想には、至れなかった。

 結局……今のバーナビーにはないからだ。迷いなく戦うための、寄辺となる信念が。
 マーベリックに弄ばれた人生――その大部分を占めていた、ヒーローとしての生き様への疑念を拭えるほどの、芯となるものが。

 報いるべき恩人達は既に亡く。虎徹を支えるという唯一見出せた道も、それに縋る資格を自らの手でズタズタに傷つけてしまった。

 挙句あんな悪の甘言にまで乗ってしまった自分は……このまま、生き続けたところで。いったい、何を為せるのだろう――?

 そんな――堆積し続けた自己嫌悪が極大の諦念となりかけた、直後のことだった。

 最早意志ではなく惰性で歩み続けていたその足が、目指していた先――故郷であるシュテルンビルトの方から、眩い光が届いてきたのは。
「――っ!?」
 反射的に顔を上げたバーナビーの視線の先で、街の中心に線を引くかのように、褪紅色の奔流がシュテルンビルトを割って行った。
 街(ブロンズステージ)の上に造られた街(シルバーステージ)、そのまた上に造られた最上層(ゴールドステージ)まで、別け隔てなく貫いた光が街を駆け抜けたのと――同じく三層ある街並みのいずれにもその牙をかけ、輻射熱の転じた烈風で打ち据える大火球が爆ぜたのは、ほぼ時を同じくする出来事だった。

 そうして、崩れて行く。
 人っ子一人いないのだろう今こそ暗闇に隠れていようとも、本来ならば地上の宝石とばかりに、夜空を圧して輝いていたシュテルンビルトの――バーナビーの記憶が詰まった風景が、その形を失くしていく。
 そこから届いた、減衰した風に煽られるのにも耐えられる気力がなく、バーナビーは情けなくも尻餅を着いていた。

 呆気にとられたままの彼の前で、火球の膨張に晒された西端は、伝播された衝撃に耐え切れずに脱落する。砕けた街並みは、その基盤ごと倒れ込み、無数の瓦礫を大地へと撒き散らす。
 かつてシュテルンビルトであったものが崩れ落ちて来るたびに、途方も無い衝撃が臀部から昇って来て、バーナビーの骨格を揺らす。
 それが収まった後。バーナビーの視線の先には、南西の十分の一が失われた二つのステージと、その分が降り積もった瓦礫の山と、端まで二分割された街の痛ましい姿が残されていた。

 紛うことなき大災害。これがもしも本来のシュテルンビルトで発生していれば、どれほどの犠牲が生まれていたのか……想像することも恐ろしい光景に、バーナビーは暫し呆けたように硬直していた。
 ただ……半ば現実感を喪失させるほどの衝撃の大きさであったことが、逆に功をなした。

「あれは……あの時の……!」
 街を襲った二つの猛威の、その片割れ。覚えのある褪紅色をした二条の閃光に、立ち上がったバーナビーは声を漏らした。
 それはあの時、キャッスルドランを射殺した天使の一撃――あの場所には、イカロスが居るのだ。
 何故彼女は、またもあんな兵器を行使したのか?
 もしやあの場には……カザリから生存を伝えられた、あの悪魔が居たのだろうか?

 いや、それより――誰も、巻き込まれてはいないのだろうか?

246そんなあなたじゃないでしょう(後編) ◆z9JH9su20Q:2015/08/02(日) 19:05:29 ID:CuDejecw0

 ――そんなことに思考を巡らせる余裕が、バーナビーの中に帰って来た。
 余りに大きな衝撃は、凝り固まった諦念すら崩してしまい……一時とはいえバーナビーに、重過ぎた自責の念を忘却させたのだ。

 そして、気がつけば。
 半壊したスーツに残されていた蛍光パーツが、紅い輝きを漏らしていた――考えた結果ではなく、無意識の内に能力を発動していたのだ。

「……クソッ」

 何に対してでもなく、毒吐いてから――バーナビーは、その両足で地を蹴って、飛び出した。

 ……もう、こんな自分に、ヒーローの資格なんてあるはずがないのに。
 ディケイドに対する復讐心も、今は微かに燻っている程度に過ぎないのに。

 それでも何故か、居ても立っても居られず――何もかもを失ったはずの心の奥底に残っていた、何かに衝き動かされるまま。

 バーナビー・ブルックスJr.は、火の手が上がり始めた故郷に向けて駆け出した。






 ――……あなたのことは、私たちがずーっと…………からね

 ――……だからお前も、人を…………げる、優しい……



 そんな、懐かしい声の断片だけでも聞こえたのかは、定かではないまま。






      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○       ○○○






 炎上し、崩れ行くかつて大都会の一角だった廃墟を目に収めながら……イカロスはゆっくりと、その身を置く高度を下げていた。
 視線の先、街の上に備え付けられていた街を載せた二重の台座は、突き抜けた果てまで裂けている。手元に狂いの生じたヘパイストスの照射に巻き込まれた結果生まれた、シュテルンビルトの断面だ。
 こんな無用な破壊を齎すつもりは、イカロスにもなかった。あくまで手元が狂ったがための、非合理的な大破壊だ。

 では何故、そんな巨大な誤差が生じたのかというと――ちょうど今、修復を終えた右肩の傷がその主要な犯人だ。

 巴マミが最後に放った砲弾――彼女自身の背丈を越える直径のその一部は、イカロスの下まで届いていた。
 蒸発させきることのできなかった破片が、イカロスの右肩を切り裂き、続く爆風と合わせて発射姿勢を狂わせたのだ。

 あくまで断片が肩口を掠めただけで、腕が取れたわけでもなく。当たりどころに恵まれたから、修復にはさしたるメダルも時間も必要なかった。
 なかったが……もしも迎撃に失敗し、あの砲弾そのものが直撃していれば、今のイカロスと言えど無事ではなかっただろう。

 無論、実際にはこちらも砲撃の体勢に入ってでもいない限り、自身より遅い弾丸が『aegisⅡ』を掻い潜って直撃することなどあり得ないとしても――それはイカロスに限った話で。
 少なくともカザリにとって、巴マミという魔法少女は間違いなく多大な脅威であったと、イカロスは改めて評価を下す。

 地上に降りてしまうことなく、中央の断面から微かに右へ逸れ、先程まで踏み締めていた部分の削れたシルバーステージすれすれを浮遊しながら……生体反応レーダーに導かれたイカロスは、瓦礫に抱かれた標的を間もなく視認した。

 ぐったりと倒れ込んだ人影――ところどころが黒焦げ、穴の空いた制服を着込んだ、巴マミの姿を。
 苦悶に満ちた表情で固まったまま、その瞼は閉じられている。しかし、その胸が小さく上下しているのは呼気の証明――レーダーの反応からもわかっていた通り、彼女は未だ生きていたのだ。

 砲撃を迎え撃つ都合上、そしてあの弾丸が掠めたために。イカロスの狙いは本来の的を外れ、そして爆風に飛ばされた彼女を捉えることが叶わなかった。



 己の罪を再認識し、償いのための拳を固めたあの時――マミの流した涙を見て、イカロスは思い出してしまった。
 この手で貫いた……こんな自分を、それでも友達と呼んでくれたらしい少女の、感触を。
 夕方、イカロスを止めようとしたフェイリスの流したそれと、マミの涙はよく似ていたように感じたから。

 そうして蘇った怖気は、イカロスの手を止めてしまって。
 けれど、その忌むべき罪の手応えが、拭いようもなく染み付いてしまっているからこそ――イカロスは、立ち止まることが許されない。やり直しを果たすその瞬間まで、突き進むしか無い。
 それでも拳は振り下ろせなかった。だったらせめて、防ぎようのないヘパイストスの一撃で――痕跡すら視覚に残ることがないよう、排除しようと試みたのに。

247そんなあなたじゃないでしょう(後編) ◆z9JH9su20Q:2015/08/02(日) 19:06:45 ID:CuDejecw0

 ……結局は、失敗に終わってしまった。



 ――――おまえ、そんなんじゃねぇだろ……っ!!

 マミが叫んだ言葉が、今度は、メモリープロテクトを施されたままだったあの頃――初めて兵器としての顔を垣間見せた時に、智樹の漏らしたそれとよく似ていたから。

 ……ニンフを救うために戦った時は、兵器で良かったと言われたけれど。
 きっと、今の自分は……彼の嫌いな、兵器そのものなのだということを、改めて痛感する。

 だけど、それでも…………彼と会うには、そうであることが必要なのだ。

 自らにそう言い聞かせて、失敗の原因となったことに思考を向けずに、目を背けて。イカロスは生存反応を頼りにマミを探し、せめて成果を確認することとした。
 レーダーの反応を見比べる限り、目の前で無防備を晒すマミはデコイということもなさそうだ。

 ゆっくりと、漂うにように接近していたイカロスは、不意に足元に転がる円環を発見する。色の抜けた二枚のコアメダルが、そこに取り残されていた。
 回収した後、その出処を察したイカロスは状況を評価する。
 更に多量のコアメダルを有しているのならともかく、あれだけの大規模火力の行使に加え、余波でコアメダルが排出されるほどのダメージを受けた今のマミに残されたメダルは、極めて乏しいはずだ。
 となれば、既にほぼ無力化できているだろうが、戦利品に期待はできないとも見られるだろう。
 ヘパイストスを一度撃つのにも、五十枚前後のメダル消費が要求される。どれだけ威力を抑えたところで、行動不能の人間相手にこれ以上何らかの兵装を用いるのは非効率的過ぎる。
 そもそも先程の一撃も、振り返ってみれば愚かでしかなかった――こうもメダルを無駄遣いしていては、肝心な時に足りなくなってしまうかもしれないのに。

(カザリのところに……帰っていたら、間に合わなくなる……かも……)
 カザリから与えられた抹殺指令の対象。そして、イカロス自身が何より排除したいと切に願う相手の、その手がかり。
 そこに至るまで、もう、寄り道していられる猶予はないかもしれないと、焦燥がイカロスの胸を炙る。

 だから……無駄遣いは、もうやめて。
 余計な声を上げる心には、蓋をして。
 ――今度こそ。

 ……姿は元に戻っている。
 彼女の衣替えが、自分のそれと同じ戦闘モードのオンオフを示しているのなら……今のマミは、無力だ。
 なら、素手で充分。ちゃんとやり遂げなければ――そう自らに囁いて、瓦礫に身を預けているマミの上に馬乗りとなった。

 そっと、首に手を伸ばす。
 意識が朦朧とした様子のマミは、首筋への圧迫に表情に刻む苦悶を一層深くした。

 その、辛そうな顔に。彼女に寄せていた感情がふと、イカロスの脳裏を過ぎる。

 智樹(マスター)の傍に居たのだと言う彼女なら――智樹のために、望まず命を奪ってしまったという彼女なら。
 もしかしたら、この苦しみを受け入れてくれるかもしれないと……淡い期待に縋っていたことが。

 結果、受け入れてくれなかったわけではなかった。けれど、道を同じくはしてくれなかった。
 そのことを恨むわけではない。それは彼女なりに、心底イカロスを想っての行動だったことが理解できているから。
 しかし、それでもこの道を邪魔をされるわけにはいかない。

 だから、障害となるのなら――言葉で解決できなかった以上。自らの意志で、敵として、排除を……

(……敵?)

 あと一息といったところでイカロスの思考に引っかかったのは、そんな短い単語だった。

248そんなあなたじゃないでしょう(後編) ◆z9JH9su20Q:2015/08/02(日) 19:07:37 ID:CuDejecw0

 ……そもそも、敵とはなんだろう。
 イカロスの敵は鳥籠(マスター)にとっての敵だった。
 自分達を脅かすものが敵だった。

 けれど、マミは…………少なくとも、智樹を脅かす存在ではなくて。
 ただイカロスが、既に失われた鳥籠に還ろうとする上での障害でしかない。

 それも、ただ、やり方に反対しているだけで――反対しているのも、彼女が優しいからで。
 そしてイカロスにこれ以上、罪を重ねさせまいとするからで。



 ……確かに脅威であれば、敵として排除するしかないかもしれない。
 しかし、既に戦闘不能となったマミの、どこに恐るべき要素がある。

 なのに、思い通りにならないから……言葉で心を変えられないから、殺すというのか?

 目指す方向は違っても。シナプスを震撼させた『空の女王』に立ち向かってまで、イカロスの心に踏み込もうとしてくれた女の子を――?

 ……智樹の面影からは目を逸らせた。
 フェイリスの面影のことも、無視しようと心に決めた。

 けれど……巴マミという少女自身は、今も変わらず、イカロスの目の前に存在していた。

 ……全ての目的を達成すれば、ここでその命を断ったって。マミとはまたいつか、会うことができる。
 でも、それはここで起こった全てをなかったことにした時間軸での出来事で――イカロスをこんなにも想ってくれた、彼女ではない。

「……できない」
 そんなことに、今更目を向けた時――イカロスはそれ以上、指に力を込めることができなくなった。
「……殺せ、ない」
 嗚咽しながら、イカロスはそんなワガママを吐き出した。

 お互い、進むべき道を譲れないことは理解している。
 だから言葉では解決せず、こうして武力交渉に移って制圧したのだから。

 だが……それなら例え、この胸に刻まれた罪を抉られたのだとしても。
 あんな売り言葉を真に受けて……殺す必要なんか、ないはずだ。
 だって私は……本当は。彼女を、殺したくなんかないのだから。

 消してしまおうとして超々高熱体圧縮対艦砲なんてものを射ったことを考えれば、どんなに都合の良いことを言っているのかはイカロスにだって理解できる。
 それでも……そんな自己中心的な欲望が、今この時イカロスの持つ本心だったから。
 
 自らの胸の内と、向き合って。自身の迷いとの決着をつけたイカロスはやがて、ゆっくりとマミの首から手を離した。

「――っ!?」
 電撃のような衝撃に打たれて立ち上がることになったのは、ちょうどその次の瞬間だった。

 原因は、レーダーが新たに捕捉した反応。制限の影響により、高速接近するその人影には、もう随分と距離を詰められてしまっていた。
 もっとも、その反応は既知のもので――本来ならば脅威としての度合いは低い相手であった。
 しかし、それを再び捉えることがないと思っていたが故に。急遽対象への警戒値を引き上げたイカロスは先んじてアルテミスの照準を設定しつつ、その人物が迫り来る方角へと視線を向ける。
 直後――宙に支えられた街に跳んで現れたのは、赤と白を貴重とした、鎧のようなスーツを着込んだ人物だった。

249そんなあなたじゃないでしょう(後編) ◆z9JH9su20Q:2015/08/02(日) 19:08:41 ID:CuDejecw0

「――っ、何を!?」
 満身創痍のマミを跨ぐイカロスに声を掛けたのは、キャッスルドランで一度接触した青年だった。
 同陣営の参加者を守るため一方的に攻撃を加え、更にはディケイドを倒すための最終兵器の攻撃に巻き込んで死亡させたものと思っていたが……何がどうなったのか、彼は五体満足でイカロスの前に再び姿を現した。
 その背景を踏まえれば、青年がイカロスに対する警戒と、恐怖の感情を隠し切れないまま身構えているのも無理からぬ話ではある。
 だから、そのまま交戦に流れ込む可能性を考慮してイカロスも備えていたが……首輪のランプに灯った色を目にしたことで、考えを改める。

「あなた……黄陣営、に?」
 数時間前とは異なるその色は、彼がイカロスの友軍と相成ったことを示していた。
 無所属の参加者を他の陣営に取り込むことができるのは、各陣営のリーダーだけ。
 そして自分達の首輪の色が変化していないことは、これまでにリーダー変更が起こっていないことを示していた。

 ならばこの青年は……カザリと遭遇し、かつ、最終的には抗うことなく軍門に下ったこととなるはずだ。
 つまり……必要最低限の犠牲で生還を願う、黄陣営の仲間に。

 仮面越しに表情は伺えないながらも、果たして彼はイカロスの問いに、ぎこちないながらも首肯した。

 ……それなら、ちょうど良い。

 アルテミスの捕捉を解除しながら、イカロスは瓦礫の上から身動きする様子のないマミを抱え上げ、改めて青年と向き合った。
「この人を……お願い、できますか?」
 イカロスの申し出が余程意外だったのか、青年は一瞬大きく身動ぎして……マミの首輪に目を配った後、イカロスに尋ねてきた。
「彼女も黄陣営……ですね」
 頷くと、彼は恐る恐るといった様子ながらも、イカロスに詰め入る一歩手前と言った様子になった。
「あなたの役割には……黄陣営の参加者の保護があったはずだ。何故?」
「この人は……リーダーへの反抗を考えていたから……制圧、しました」
 当然の疑問に答えてから、イカロスは絶好のタイミングで現れた彼へと逆に問いかける。
「カザリはあなたに……何か?」
「……いえ、何も」
 即答ではなかったが、確認は済んだ。これなら心置きなく頼めると――『空の女王』を解除したイカロスは、改めて口を開く。
「彼女の無力化は……既に、完了しています。だから、後のことは……あなたから、カザリに」

 イカロスだけでは、マミの考えを改めさせることはできなかった。しかし実際のカザリと会えば、もしかすれば。
 仮に、上手く行かずとも……今のマミが相手なら、カザリも大丈夫だろう。
 そしてマミのことも……イカロスが無力化に留めたという事実を踏まえれば、カザリはわかってくれるだろうと。

 だったら、もう……マミを殺す必要も、ここに留まり続ける必要もないはずだと。
 そんな風に考えて、イカロスはまだ舗装の残っていた、整った道の上にマミを横たえた。

「それと……このメダル、も」
 続いて先程回収しておいた、トラのコアメダルをイカロスは首輪から取り出し、投げ渡して譲渡する。
 他のコアメダルについては、この後の使用のためにまだ、手元に残させて貰うつもりだが……黄色のコアメダルはカザリが欲しがっていたから、このまま渡して貰った方が良いと判断したのだ。
 青年は戸惑った様子ながらも、異議を挟むことなくメダルを受け取り……イカロスと立ち代わりに、マミの傍へと膝をついた。

「私は……引き続き、任務の……遂行、を」
 その様子を見て、少しだけ安心しながら。必要なことを言い残したイカロスは、それ以上、誰と言葉を交わすこともなく。
 二枚に戻った翼を広げ――救いを求めて、夜天へと飛び立った。






      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○       ○○○






 天使が飛び去って行くのを、バーナビーは黙って見送っていた。

250そんなあなたじゃないでしょう(後編) ◆z9JH9su20Q:2015/08/02(日) 19:09:44 ID:CuDejecw0

 カザリから聞かされたイカロスの使命の内容が、『ディケイドと他リーダーの抹殺』であった以上……ラウラ・ボーデヴィッヒが緑陣営のリーダーであることを知らず、また火野映司の命が狙われていることなど、知る由もなかったから。
 それでも普段の彼であれば、カザリとオーズの関係性から、少なくとも後者の可能性については――今のカザリの思惑がどうであれ、思い至れていたはずだった。
 しかし、度重なる精神的摩耗と、負傷した少女の近くで万が一にも事を荒らげてしまうことのないようにという配慮に意識を割いた結果、そこまで頭を回せなかった。

 故に、カザリの思惑通り野放しにし続けることへの忌避感を覚えながらも、積極的に止める理由を見つけ出せず。イカロスを素通りさせてしまったバーナビーは、まだ自らの失態に気づくことはないまま……路面の上に横たわった金髪の少女の下へと足を運んだ。
 カザリに反抗して、あのイカロスに立ち向かったというこの少女が、虎徹が寂しい思いをさせないという約束を交わし、後藤から保護を託された――そして己とよく似た境遇に生きた、巴マミその人であるということを、知らぬまま。

 知らぬまま、近づいてみれば……彼女は、静かに泣いていた。
「――大丈夫ですか!?」
 切迫した声を上げて駆け寄ったバーナビーは、急いで彼女の様子を伺う。見れば左の脛が、内出血と打撲で酷い色合いとなっていた。
 開放骨折し易い箇所であるが、不幸中の幸いと言うべきか。少なくとも外部に折れた骨が飛び出るほどの重傷にはなってはいない様子であった。
「……止められなかった」
 しかし……そんなバーナビーの呼びかけが、聞こえていないかのように。
「ほんとにダメね、私」
 天使の去っていった夜空を見て涙を流していた少女は、一人呟いた後、そんな自責に耐えられないとばかりに再び目を閉じていた。
「……でも」

 




「あの子は私を…………殺さなかった」






 だから――絶望するのはまだ、早い。

 結局、この手で止めることはできなかったけれど。智樹の言っていた優しさがまだ残っていることは、それがイカロスを躊躇わせていることは、今のマミにはよく理解できたから。
 まだ、希望は一筋……残っているはずだと。

(タイガー、火野さん……どうか無事で……あの子のことを、お願いします……)

 未だ、爆風による惑乱の残った、判然としない意識の中で。
 辛うじて、イカロスが自分を置いて飛んで行ったということを認識したマミは、これ以上の血が流されることのないように。
 ただ、それだけを祈り続けていた。






【一日目 深夜】
【C-6 シュテルンビルト シュテルメダイユ地区シルバーステージ】

251そんなあなたじゃないでしょう(後編) ◆z9JH9su20Q:2015/08/02(日) 19:10:16 ID:CuDejecw0

【巴マミ@魔法少女まどか☆マギカ】
【所属】黄
【状態】ダメージ(大)、疲労(大)、若干意識混濁中(直に回復します)、左下腿骨骨折(魔法で応急処置済み)、深い悲しみ、カオスへの憎しみ
【首輪】10枚:0枚
【装備】ソウルジェム@魔法少女まどか☆マギカ
【道具】基本支給品、ランダム支給品0〜1(確認済み)
【思考・状況】
 基本:自分の信じる”魔法少女”として、極力多くの参加者を保護する。
 0.イカロス……
 1. 他の魔法少女とも共存し、今は主催を倒す為に戦う。
 2.カオスを警戒する。
 3.真木清人は神をも冒涜する十二番目の理論に手を出している……!
 4. 人を殺してしまった……
【備考】
※参戦時期は第十話三週目で、魔女化したさやかが爆殺されるのを見た直後です。
※ディケイドは死んだとイカロスから聞かされました(門矢士の名前を知りません)。


【バーナビー・ブルックスJr.@TIGER&BUNNY】
【所属】黄
【状態】ダメージ(中)、疲労(中)、無力感、ディケイドへの憎しみ、ラウラへの罪悪感、自分への不甲斐なさ、NEXT能力一時間使用不可
【首輪】15枚:0枚
【コア】スーパートラ
【装備】バーナビー専用ヒーロースーツ(前面装甲脱落、後背部装甲中破)@TIGER&BUNNY
【道具】基本支給品、篠ノ之束のウサミミカチューシャ@インフィニット・ストラトス、 プロトバースドライバー@仮面ライダーオーズ(破損中)、バースバスター@仮面ライダーオーズ
【思考・状況】
基本:虎徹さんのパートナーとして、殺し合いを止めたかった。
 0. 目の前の少女(マミ)を保護する。
 1.園咲冴子の保護、巴マミとの合流……をしたかったが……。
 2.今はまだ、虎徹さんに会いたくない。
 3.伊達さんは、本当によく虎徹さんに似ているけど少しだけ違った。
 4.ディケイド、Rナスカ(冴子)を警戒。特にディケイドは許さない。
 5.僕は……、カザリのいいなりになってしまった……。
【備考】
※本編最終話 ヒーロー引退後からの参戦です。
※仮面ライダーOOOの世界、インフィニット・ストラトスの世界からの参加者の情報を得ました。ただし別世界であるとは考えていません。
※時間軸のズレについて、その可能性を感じ取っています。
※カザリの策略に嵌められたことに対して、自身の不甲斐なさ、情けなさを感じています。
※まだ目の前にいる人物の名前こそが巴マミだということを知りません。

252そんなあなたじゃないでしょう(後編) ◆z9JH9su20Q:2015/08/02(日) 19:11:06 ID:CuDejecw0






      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○       ○○○






 マミと、紅いスーツの青年と。みるみる遠ざかる同じ陣営の仲間をもう、振り返ることもないまま。地上の光源が遠ざかり、相対的に強まる月の光に照らされながら、イカロスは西を見据える。

「……ニンフ」
 おそらくはこの先で、永遠の眠りに就いてしまった彼女自身とは、もう――二度と、仲直りすることはできないのだろう。
 やり直しを果たせば、ニンフとはまた会える――でもそれは、イカロスが謝りたいと想っていた、あの羽の生えたニンフではなくて。
 智樹とも、フェイリスともまた会える――けれどそれは、ここでイカロスが守れなかった智樹でも、ここで出会ったイカロスを知るフェイリスでもなくて。

 ……鳥籠(マスター)を亡くしては、盲目の天使(イカロス)は生きられない。
 時間を越えることで、彼に迫る危機を退けられるのなら……その結果、また彼の傍に居られるのなら。それを看過するなど、イカロスにはできない。
 そこには再会という確かな救いがあって、フェイリス達の死を無意味にしないという償いがあって……だったらイカロスが選ぶ未来はやはりこの、『やり直し』の道しかない。

 ……でも。

 だけれど。

 ここで感じた痛みは、そのままで。
 彼らの死と苦しみを、自らの罪をイカロスが知っているのは、そのままで。

 この身にかけられた呪いを解くたった一つの救済は――なんて、欺瞞に満ちているのだろう。



 ……それを認識してしまっても、呪いをかけられた天使は止まれない。

 なら、せめて――あのニンフの亡骸に、本当は生きている彼女に伝えたかった気持ちを告げたい。
 無意味だとは、知っていても……そうでもしないと、もうこれ以上、この胸の重みを無視できそうになかったから。

 来るべき時に、迷いを抱いてしまいそうだったから。
(……ああ、でも)
 そうなりそうなのは……マミを傷つけてしまう一人だけか。

 あの”敵”のことは……自分と同じで、マミだって憎んでいたのだから。

 真木清人達と同じ――自分にこんな呪いをかけてくれた、張本人。
 カザリを脅かし、マミ達生還を願う者達を傷つける堕天使(エンジェロイド)――

 桜井智樹(マスター)を食い殺した、仇(カオス)。

 オーズはともかく、彼女になら……何の躊躇いもありはしない。
 カザリに与えられた指示すらも、関係ない。

 ただ、イカロス自身の純粋な意志で――カオスの存在をこの世から消し去ってしまいたいと、そう切に願っているのだから。



 ――あるいは彼女を更なる罪へと導くそれを、憎しみと呼ぶのなら。

 天使が人間らしくなることを望んでいた”彼”にとって――それは、とてつもない皮肉であったに違いない。



 そんなことは、露と思い浮かべることもなく。
 数多の感情を、負の方向に束ねながら――『空の女王』と呼ばれる少女は一人孤独に、夜天を飛んだ。

253そんなあなたじゃないでしょう(後編) ◆z9JH9su20Q:2015/08/02(日) 19:11:35 ID:CuDejecw0


【一日目 深夜】
【C-6 キバの世界 跡地】

【イカロス@そらのおとしもの】
【所属】黄
【状態】疲労(中)、智樹の死に極めて強いショック、フェイリスを殺してしまったことへのショックと罪悪感、カオスへの憎悪、マミへの負い目、飛行中
【首輪】90枚:0枚
【コア】ウナギ、タコ、サイ、ゴリラ(放送まで使用不可)、ゾウ(放送まで使用不可)
【装備】なし
【道具】T2オーシャンメモリ@仮面ライダーW
【思考・状況】
 基本:生きて、"本物の"マスターに会う。(訳:優勝後、時間操作の技術を得て全部なかったことにする)
 0.――やり直、さなきゃ……
 1.ニンフが居たというD-2に向かう。
 2.カオスとオーズを探し出し、殲滅する。特にカオスは命令など関係なく、この手で殺してみせる。
 3.フェイリス、ごめんなさい……
 4.共に日々を過ごしたマスターに会うために黄陣営を優勝させねば。
 5.目的達成の障害となるものは、実力を以て排除する。
【備考】
※22話終了後から参加。
※“フェイリスから”、電王の世界及びディケイドの簡単な情報を得ました。このためイマジン及び電王の能力についてほぼ丸っきり理解していませんでしたが、ディケイドについては本人を目にした限りの情報を得ました。
※最終兵器『APOLLON』は最高威力に非常に大幅な制限が課せられています。
※最終兵器『APOLLON』は100枚のセル消費で制限下での最高威力が出せます。それ以上のセルを消費しようと威力は上昇しません。
『aegis』で地上を保護することなく最高出力でぶっぱなせば半径五キロ四方、約4マス分は焦土になります(1マス一辺あたりの直径五キロ計算)。
※消費メダルの量を調節することで威力・破壊範囲を調節できます。最低50枚から最高100枚の消費で『APOLLON』発動が可能です
※『Pandora』の作動によりバージョンⅡに進化しました。
※桜井智樹の死で、インプリティングが解除されました。
※参戦時期の違いを知ったことで、「『自身の記憶と食い違うもの』は存在しない偽物であり敵」という考えを改めました。
※カザリの言葉を信じたいと思っています。そのため、最終的に大体のことはやり直せるから気にしないようにするつもりです……が、実践できていません。
※バーナビー(名前は知らない)が生存していたこと、及び黄陣営となったことを知りました。
※ディケイド(門矢士の名前を知らない)、後藤(名前は知らない)は死んだものと思っています。



【全体備考】
※マミとイカロスの戦闘の余波により、C-6 タイインインダストリー社ビル周辺のゴールドステージ、及び下層のシルバーステージの一部が崩落、ブロンズステージ部分も半壊しました。
※また、B-6、C-6、C-7にかけて、シュテルンメダイユ地区のゴールドステージ、シルバーステージ、ブロンズステージに直線上の穴が開いており、上二層については周辺も崩落の危険性が存在します。また一部で火災が発生中です。

254 ◆z9JH9su20Q:2015/08/02(日) 19:13:19 ID:CuDejecw0
以上で投下終了です。

255名無しさん:2015/08/03(月) 07:58:26 ID:rkzdGffE0
久々の投下・大作だー!
マミさんはようやく吹っ切れる事が出来たようで何より
でもイカロス共々カオスにむっちゃ憎悪向けてるから万が一映司達と合流した時が怖いぞ・・・
バナービーもこれを機に何とかなってくれれば良いんだけどどうなるやら
ともかく投下お疲れさまでした

256 ◆z9JH9su20Q:2015/08/07(金) 20:16:49 ID:isIT7qQ20
ご感想ありがとうございます!
次の投下開始致します。

257理解者はN/二人のケミストリー ◆z9JH9su20Q:2015/08/07(金) 20:18:42 ID:isIT7qQ20






 彼の姿を認めた時、園咲冴子の中に満ちた感情は安堵であり、それも全ては歓喜へと統合された。
「――井坂先生っ……!」
「冴子くん……」
 少しだけ驚いたような彼の声を聞いて、冴子は眦を湿らせ駆け出した。
 彼の胸に顔を埋め、掴み寄せた服に新しい皺を刻みながらも、冴子は何とか言葉を搾り出す。
「無事で良かった……」
 鼻先と接触するほどに近づいたその服は煤に汚れ、ところどころ解れていた。
 彼ほどの男でも、やはりこの場所で安穏と過ごすことはできなかったようだ。

 それでも、見るだけで伺える数々の危険をくぐり抜けて、彼は――井坂深紅郎は、園咲冴子の傍に、帰って来てくれたのだ。

「本当に、良かったっ……!」
「……変わりませんね、君も」
 愚図るように涙声を発する冴子に体重を預けられた井坂は疲労の色濃い佇まいにも関わらず、微動だにせず――ただ、苦笑だけを漏らしていた。

 それが井坂から生身の自分に対し初めて向けられた、慈しみに分類される感情であることに気づいた時。
 冴子は――自らの内で、セルメダルが増加していく音を、確かに耳にした。

 ――もう、二度と。
 この温もりを、亡くしてなるものか。

 そんな想いのまま、冴子は井坂の背に回す腕に一層力を込めていた。






      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○       ○○○






 同胞たる青年を喪ってからというもの。穴が空いたかのように、この胸の内は空虚に凍えていた。
 それをこうも暖められたのは、井坂にとっても予想外のことだった。
 園咲琉兵衛に近づくための道具としか思っていなかった冴子との合流が、よもや。
 己の抱いていた寂寥感を、これほど容易く埋めるなどとは……

 ただ利用しているだけだった――と。真実を告白しても、糾弾するどころか自らの欲望を受け入れ、ありのままの己を支えようとしてくれた初めての相手は。
 どうやら自分で思っていた以上に、井坂の中で大きな存在となっていたらしい。

 龍之介の件といい、存外、井坂にも人間への興味というものが残っていたようだ。
 あるいは単に、これまではそういった興味を抱く対象となり得る人間と、出会えていなかっただけなのかもしれない。

 ――ならば、この邂逅こそが望外の幸福だと。

 同胞の一人を喪った後となっては、一層大切に想えた女性の肩に手を置いて、井坂は木陰に傷だらけの冴子を導いた。

「もう、二度とお会いできないとばかり……っ!」
「君らしくもない。間もなくミュージアムの頂点に立つ我々がこんな程度で命を落とすはずがない。そうでしょう?」
 泣きじゃくる手前の冴子を慰撫しながら、井坂は初めて知った誰かに大切に想われるということの心地良さを噛み締める。
 とはいえ、冴子も自分も、お互いに大人だ。思いの丈をぶつけるのは後回しで良いだろう、と井坂は考えた。
 まずは現状に対処する――そのために、情報交換だ。

 放送で与えられた情報自体には、井坂はさしたる興味を覚えなかった。
 脱落者の中に関心を惹かれた名前はないし、ランキングとやらにもセルメダルを50枚も費やす価値があるとは思えない。意識しておくべきはせいぜい禁止エリアと、もう一点の新たな情報ぐらいだ。
 それよりも今欲しいのは、冴子が集めて来た生の情報だ。どんな参加者がいて、どんな力を揮っていたのか。それを井坂は聞きたかった。

「……仮面ライダーオーズ・火野映司と、仮面ライダーディケイドですか」

 それを話題に出してみたところ、早速成果があった。
 放送で把握できた、もう一点の関心事――コアメダルを破壊し得る力を持った参加者。その当人達と、冴子は遭遇していたらしい。
「またもガイアメモリとは別の力に依る仮面ライダーですか。実に興味深い」
「……ですが、気をつけてください」
 冴子の声に滲む危機感は、その二人の戦士の強大さを裏打ちしているかのようであった。
 オーズも、あのエクストリームの力を得たダブルと何ら遜色しないとの話だが、曰くディケイドは更に常軌を逸しているらしい。
 あの強気な冴子が、父以外に微かでも恐怖の色を垣間見せたという事実には少々驚かされたものの。井坂としてはやはり、それ以上に好奇心が勝っていた。
 更なる強さを、果て無き欲望を満たす無限の力を求める井坂からすれば、冴子の目にしたディケイドの強力かつ多彩な能力は実に魅力的だ。
 イカロス――もしかすると、例のカオスの姉かもしれない天使すら完封したというディケイド相手に今の井坂では勝ち目は薄いかもしれないが、その力をいつかは我が物とする瞬間を夢想するのは当然のことだ。

258理解者はN/二人のケミストリー ◆z9JH9su20Q:2015/08/07(金) 20:20:42 ID:isIT7qQ20

 ……ただ、そんな井坂の様子を見ても、冴子の表情から不安が完全に抜け落ちることはなかった。
 よくよく見れば彼女の全身は無事とは到底言い難く、ここに至るまで余程の苦しみを味わったのだろう。
 カウンセリングの必要があるかもしれない、と井坂は興味の矛先を自身の思考から冴子の心理状態へと変更することにした。
「見れば、君ともあろうものが酷い様子だ。それも彼らに?」
「いえ、これは……」
 井坂の問いに、冴子は暫し数瞬の間視線を泳がせた後、答える。
「……仮面ライダーでもドーパントでもない、別の男にやられました」
「……ほう」
 冴子の言い方はつまり、それはグリードのような他の超人種ですらなく……おそらくは人間の域を出ない身体機能の何者かに、危うく遅れを取ってしまったのだと示していた。
 しかし彼女は、ミュージアムの幹部としてゴールドメモリの所有者であるはず。仮に織斑千冬並の達人が相手でも、これほどの傷を負わされるとは考え難い。
 果たしてどんな参加者による仕業なのか――冴子が肌に負った損傷を見て、一度閉じたはずの井坂の好奇心が再び鎌首をもたげていた。

「……成程。その火傷はルナティックという男に」
 そうして聞き出せたのは、やはり興味深い事柄だった。
 冴子曰く、ルナティックはドーパントや仮面ライダーとは異なり、変身していない人間の姿のままながら、レベル3に到達したナスカすら脅かす蒼い炎を自在に操ったのだという。
 どういった理屈に由来する能力なのかは不明だが、彼もまた人間を越えた進化を果たした存在であることに間違いはない。その秘密が取り込める類の物であるなら、是非とも我が身に加えたいところだ。
 冴子が言うには、油断さえしなければ危険な相手でもないらしい。メダルの補充や彼女のための報復も兼ねて、当面の標的に据えるのも悪くはないかもしれないと井坂は考えた。

 その後も、情報交換を続けて行く。その中で、冴子の口から新たな要警戒対象の名が告げられた。
「……大道克己、仮面ライダーエターナル。厄介に過ぎる相手ですね」
 彼女も直接遭遇したわけではないそうだが、一時共闘したグリードであるメズールから与えられた情報だそうだ。
 何の因果か、かつてガイアメモリとの開発争いに敗れた死体兵士NEVERの大道克己が変身する、”永遠”の記憶を司る仮面ライダー。
 そのマキシマムドライブの効力は、射程範囲内に存在する旧世代のガイアメモリの機能を永遠に停止させるのだという。
 この情報が確かであるのなら、ガイアメモリに戦力を依存している二人のドーパントにとってのエターナルは、ディケイド達以上に警戒しておくべき最大最悪の天敵だ。
 実際に遭遇する前にその情報を得られたことは、一種の幸運と言って差し支えないだろう。

 ……しかし、エターナルのマキシマムが無力化するのは、あくまで”旧世代のガイアメモリ”だという。
 厄介であることに変わりはないが、その効果適用外であるT2ガイアメモリを手中に収めることができれば対抗できる。単純な戦闘能力もあのエクストリームさえ凌駕するらしく強敵に違いはないが、使うかどうかはともかく、全てのガイアメモリの王者とされる力を蒐集しておきたいという欲望もまた、井坂が抱いて然るべきものであった。

 更に要注意人物について尋ねていけば、冴子はあのカオスとも鉢合わせしたらしい。井坂にとっても危うく殺されかけた相手だったと伝えると、冴子は憎悪をその顔に顕とする。
「先生に何てことを……あの小娘――ッ!」
「怒るようなことではありませんよ。これは一種の競争です。私と彼女、次に会うまでにどちらがより進化するのか――そして、どちらが相手を喰らうのか」
 喜悦を漏らす井坂だったが、またしても冴子はそれに安心してくれることはなかった。
 彼女が身を案じてくれるのは、これまでにもままあったことだ。
 しかしそれでも井坂のことを信じ、支えようとしてくれていたが常だったのだが……余程、自信を挫かれるような体験をして来たのだろうか。
 ディケイドやイカロス、そしてまだ見ぬエターナルががどれほど脅威的であろうと、また格下であるルナティックにまで足元を掬われたのだとしても。

 ――その程度で、こうも変わってしまうのだろうか。

 そんな疑問を抱く自分が、彼女の精神を”心配”しているのだという自己分析に至り、井坂は迷いを振り払う。
 冴子が不安を抱えているのだというのなら、それを払拭できるように務めれば良い――それが、年長たるパートナーの役割だろう。
 初めて彼女に本音を打ち明け、恐怖の帝王に勝てると背中を押して貰えた、あの時のように。

259理解者はN/二人のケミストリー ◆z9JH9su20Q:2015/08/07(金) 20:22:26 ID:isIT7qQ20

(まだ私に、こんな感情が残っているとは……)
 正直、それはそれで戸惑いを覚えてしまうことではあるが。
 せっかく一度は信じて貰えたのだ。冴子にこれ以上の不安を覚えさせないためにも、最早無様は晒すまい。
 そのためにも、更なる力を手に入れてみせようと井坂は決意を新たにする。

 故に、冴子の出会って来た参加者の話をおおよそ聞き終えた井坂は、次に支給品についての紹介を求めた。
 そうして冴子が見せてくれた、数々の手持ちの品。
 恵んで貰ったクッキーを食みつつ、初めて野に放たれた伝説の初号機、スパイダーメモリの姿を目にした時にも当然興奮を覚えをしたが。最も興味を惹かれたのは、冴子が手にしていたナスカのメモリだ。
 ミュージアムが開発したゴールドメモリであると記憶していたそれのデザインは、どちらかといえば仮面ライダーの使うシュラウド製のメモリとよく似ていた。
 まるで――井坂の手にした、新たなW(ウェザー)のメモリのように。

「冴子くん。君のそのメモリは、どこで……?」
「偶然、拾ったんです。元々支給されていた同じ種類のメモリを、ブレイクされてしまったすぐ後に……」
 以前の物より上質なこれが、おそらくはメズールの言っていたT2ガイアメモリではないかという冴子の推論を聞いた井坂は、思わず身を乗り出した。
「ほう、既にT2は我が手に……それに、やはり君もそのようにT2と!」
「……ということは、先生も?」
「ええ。先程お話したカオス嬢に追い詰められた末に、ね」
 胸元から取り出したT2ウェザーメモリを冴子に提示しながら、井坂はもう一人、同じ体験をした人物のことを思い返す。
 復讐を誓う哀れな弱者――かつて仮面ライダーだった照井竜が、ドーパントへと新生した瞬間のことを。

 自分も、照井も、冴子も本来所有していたメモリを失った後に、そのメモリと同種の、より洗練された新たな力と引き合った――まるで、運命のように。
 ここまで来ればそれは最早、偶然ではなく。T2ガイアメモリには、適合率の高い人間の下に自らを導く力があると推測するのが自然と井坂には思えた。

(であれば、彼も)
 同じように、本来所有しているメモリを無くしてしまっている可能性の高い人物を思い浮かべて、井坂は知らず上顎を舐める。

 これらT2ガイアメモリは形状からして、ミュージアムを離反した後のシュラウドの研究成果が利用されているものであることはまず間違いない。
 となれば労力の都合上、あの女が開発したガイアメモリから優先的にT2に発展させられていると推測するのは突飛な話ではないだろう。自分のウェザーも照井のアクセルも、元は園咲琉兵衛に対抗するためにシュラウドが用意したという事実は、状況証拠ながらその説を充分補強できるものだ。
 ならば同じく、シュラウドが用意していた仮面ライダーのメモリもまた。それらを原型としたT2が開発され、支給品として用意されている蓋然性は高い。

 そして、左翔太郎を喪い、仮面ライダーWとして戦う術を失くしたフィリップ――園咲来人の下にも、運命のガイアメモリが引き寄せられて、彼をドーパントへと新生させているのではないか。

 そんな予感が、頭蓋の内で疼いていたのだ。

(良いですねぇ……楽しみが増えそうです)
 ガイアメモリは適合率の高い人間の精神と交わることで、更にその力を進化させる性質を持つ。
 相方を失い、一人でこの殺し合いを戦い抜くしかなくなったフィリップがもしもドーパントに変身しているのなら、相応にメモリも育っていることだろう。
 彼に適合するメモリはおそらくサイクロン――新たな能力が増えるわけではないが、ウェザーの地力を強化するには好都合。照井のアクセルともども、喰らってしまいたいという欲望が膨れて行く。

 そんな秘めたる興奮に、気づいたわけではないのだろうが。井坂の言葉に、冴子はようやく不安を追いやれたように、はにかんだ微笑を湛えてくれていた。
「そうでしたか……あの化物を退けたなんて、流石ですわ。遂に先生の野心に見合うメモリと出会えたのですね」
「いえ、このメモリは彼女から逃れた後で手に入れたものです」
 以前のウェザーでは、エクストリームに後れを取った過去があるとはいえ。遂に野心に見合う、などと――どこか奇妙な物言いをする冴子の言葉を訂正しながら、井坂は”彼”のことを回想する。
「ですから、あの時は……龍之介くんに助けられました」
「……雨生、龍之介のことですか?」
 つい先程の放送で聞いた名と結びつけたらしい冴子の問いに、井坂は頷く。

260理解者はN/二人のケミストリー ◆z9JH9su20Q:2015/08/07(金) 20:23:13 ID:isIT7qQ20

「今度は私が話しましょう。君と出会うまで、ここでどのように過ごして来たのか」
 冴子の聡明さは井坂も承知している。情報の共有に時間を割くことは無駄ではない。
 何より、彼女にばかり喋らせるというのも失礼だと考えて。井坂は語らいを続けることとした。

「…………随分親しくされていたのですね。その、龍之介くんとは」
 話を粗方聞き終えた冴子のどこか拗ねた物言いに、井坂は苦笑する。
「彼には恩義がありますからね。最初はただの実験動物だと思っていたのですが……おかげで私も、大切なことを思い出せた」
 命を救われ、道を示された。
 彼との巡り合わせもまた、冴子との出会いにも匹敵する幸運であると井坂は思う――実際に口に出せば、要らぬ反発を更に招いてしまいそうだと配慮し、胸の内で留めたが。

「それは……結末を考えると、複雑ですわね。それに龍之介くんがそれでは、インビジブルのメモリも結局……」
「ここにありますよ」
 冴子の落胆を晴らすため、手品を披露するように指を鳴らした井坂は、インビジブルの効果を使って消えてみせた。
 想定よりも驚いた顔をした冴子の前に再び可視化を果たすと、彼女は猛烈な勢いで尋ねてきた。
「どうして……っ!? 井坂先生、そのメモリは失敗したはずでは……」
「ええ。ですが、回収はできました」
 事も無げに伝えてみると、冴子は血相を変えて詰め寄ってくる。
「そんな……未完成のそのメモリは、使用者の命を吸い尽くすんじゃ!?」
 逼迫した様子の冴子の問いかけに、井坂は微塵も動揺せず、鷹揚に頷き返す。
「ええ。ですが、龍之介くんの命を吸った分の余裕があります――これが私の覚悟ですよ、冴子くん」
 例えあの時、君が認めてくれたのだとしても。
「今の私にはまだ力が足りない。あの恐怖の帝王に挑むための力が――それを得るためなら、どんな不利益も安いものだ」
「そんな――そんなこと、言わないでくださいっ!」
 あの時のように、本音を吐露した井坂に対し――微かに声を掠れさせた冴子は、止めようとするかのように抱きついて来た。
「どうしてそんな、余計な危険まで背負いこもうとするんですか……っ!?」

 ――はて。
 今冴子は、何と言ったか?

「もし――もしまた、貴方と引き離されたら、私は……っ!」
「…………そんな、余計なこと……ですか?」
 耳元で告げられた、女の震えた声に対し。
 男の口から出たのは、井坂自身が驚くほどに冷たい声だった。






      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○       ○○○






「……すみません。これは彼の形見でもあるので、少々平静を欠いてしまったようです」
 微かに変質した井坂の声に、気分を害してしまっただろうかと身構えた冴子に対し――一瞬の後、寸前までのような穏やかさを取り戻した振る舞いで、井坂は冴子の肩を解すように叩いた。
「私としたことが、情で判断を誤ったようだ」
 らしくもない、と呟く彼からは既に苦笑も消え、冴子の知る平坦な声が戻っていた。

「言われてみれば確かに、危機を回避する必要もあったとはいえ……いつまでも不完全なメモリを取り込んだままで良しとするのは、余計なリスクを負っているとしか言えない。ご心配をお掛けしました」
 そう言って紳士的に微笑みながら、冴子の気持ちまで汲んでくれるのは間違いなく――いつもの、冴子のよく知る井坂深紅郎の姿だった。
「とはいえ、以前のモルモットと同じ方法で取り出すことは難しいでしょう」
 視線を外し虚空を見据える井坂は、その瞳に確かな知性の輝きを覗かせていた。
「ですが、先程聞いたエターナルの力を使えば、問題なく旧型のインビジブルは無力化できるはずだ」
 自らの置かれた状況を冷静に分析した井坂は、即座に筋道通った解決策を導き出す。命が脅かされている危機に、微塵たりとも動じることなく。
 それこそ己の求めた彼の姿だと、冴子は胸の奥が熱くなるのを感じた。

261理解者はN/二人のケミストリー ◆z9JH9su20Q:2015/08/07(金) 20:25:03 ID:isIT7qQ20

「しかし、そのためにはもう少し戦力を整えたいところです。インビジブルの効果が使えなくなる上、純粋な戦力でもエクストリーム以上の仮面ライダーと事を構えるとなれば準備が必要だ」
 そこで井坂は、淀みなく冴子の方を向いて来た。
「冴子くん、少々先程の紅い剣を貸して頂けないでしょうか?」
 最初に見せた時点では大した興味を見せていなかった井坂の頼みに、冴子は一瞬だけ思考を迷走させる。そんな様に苛立った様子もなく、井坂は言葉を続ける。
「珍しい刀身でしたからね。見たところ帯電性に優れていそうでしたので、どれほどのものなのか少々実験してみたいのです」
 上手くすれば強力な武器になる、と告げる井坂の切り替えの早さにやもすれば置いて行かれそうになりながらも。それこそが井坂深紅郎の魅力だと考え直した冴子は、素直に従う。
 対エターナルを見据え、彼が自らを生かすために努力を重ねようとしているのだ。支えるのが伴侶たるものの務めだろうと、手早くかつ丁寧にサタンサーベルを彼に差し出す。
 それから彼は、受け取ったサタンサーベルの深紅の刃をしげしげと眺め始め。暫し会話の途切れた沈黙が、二人の間を支配することとなった。
「……ところで、先生。教えて頂きたいことが――」
 自制心が弱いつもりはなかったのだが――何故だか冴子はその無音の空間に耐えられず、遂に彼へと、ずっと抱えていた疑問を尋ねることとした。
「どうして……っ」
 死んだはずの貴方が、こうして甦ることができたのか。

 とても大切な、しかしたったそれだけの疑問を、口から吐き出す前に――冴子の唇から漏れたのは、鉄の味がする液体だった。

「――――え?」

 冴子は見た。焦げたスーツの布を食い破って自らの胸に突き立った、深紅の美しい刀身を。
 それが――誰の手に、握られていたのかを。
 
「……どうして、ですか?」
 途中で遮られた冴子の疑問が向けられた先を、井坂は誤って受け止めたらしい。空いた手でメモリを取り出し、小首を傾げながら、いつもと変わらぬ淡々とした様子で答える。

 冴子の胸を、サタンサーベルで串刺しにしたまま――天気の話をするような気軽さで。

「わかったからですよ冴子くん。君がもう、私にとって必要なくなったということが」
 ――それはかつて、霧彦(殺した夫)に冴子が告げた別れの言葉と、瓜二つの答えだった。

《――――WEATHER!!――――》






      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○       ○○○






「確かに、最初は道具として近づいたつもりでした。しかし、同じ野心を持つ君ならばと思い直していたのですが……君の野心は所詮父親からの承認欲求に飢えただけの、大人になりきれていない小娘の反抗期に過ぎなかった。私のそれとは違う」

 ナスカメモリに手を伸ばそうともせず、愕然とした表情のまま。
 極度の混乱と恐怖、そして一抹の絶望を顕にした冴子の胸の中心をサタンサーベルで刺し貫いた状態で、ウェザー・ドーパントへと変身した井坂は彼女の疑問への回答を続ける。

「だから君は私と通じ合えなかった――私の受け継いだ覚悟を、簡単に軽んじる言葉が出て来る程度には」
 あの瞬間、井坂の感じていた情は全てが反転した。

 情熱から冷静に切り替わり、明瞭となった思考は、自らの心理にメスを入れて確かな検分を完了する。
 先程井坂が覚えた違和感の正体は別に、冴子の心そのものを思い遣ったものではなく。
 結局のところ――この女が同胞足り得ないのではないかという、そういった類の”心配”だったのだと。

 大いなる欲望を抱え、そのために邁進する同種であるが故に己を理解してくれる――同じ渇きを持つからこそ、根となる部分で通じ合える他者。
 それこそが、井坂が喪失を惜しんだ同胞だ。
 その悲しみを埋めてくれると思ったこの女はしかし、龍之介が残した啓示を軽んじた。
 こんな生き方しかできない自分にもまだ、傍らに寄り添う者が居るのだ信じたかった井坂の想いを、裏切った。

 この女は――――自分達の同胞では、なかった。

262理解者はN/二人のケミストリー ◆z9JH9su20Q:2015/08/07(金) 20:25:45 ID:isIT7qQ20

 園咲冴子は井坂の欲望を肯定してなどいないとわかった、その後に残るのは。
 他者に都合の良い理想像を押し付け、自らの思惑から外れることを許さないような、ただの人間であれば一層下劣な輩だけだ。

「既にミュージアムに長居する必要もない。加えて心身ともに手負いの君では、この殺し合いを勝ち抜く戦力としても利用価値は薄いでしょう」

 むしろ、足手纏い。
 言外にそう告げると、己の価値を否定されたことが受け入れられないように、嫌々と冴子は首を振る。
 ……その様は一層、聞き分けのない気取っていただけの小娘という、彼女の本性を現しているように井坂には感じられた。

 嫌悪感と共に、手首を小さく捻る。それに伴ってサタンサーベルが冴子の心臓を囲む冠状動脈を圧して、次の瞬間弾性限界を引き裂いた。
「――――さようなら、冴子くん」
 刀身と同じ色の雫を切っ先から垂らす聖剣を、引き抜いたと同時。
 自らの鼓動によって心臓が破れた激痛に顔を歪めた冴子の身体が、受け身も何もなく、濡れた地面に崩れ落ちた。






      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○       ○○○






 真っ赤に染まった、それさえも霞んで行く視界の中で、冴子はようやく自らの身に何が起こったのかを理解し始めていた。



 互いの愛を確かめ合ったはずの彼に、井坂に。
 自分は、刺されたのだ。



 何故、どうして。疑問ばかりが駆け巡っていた脳内で、それでも意味のある思考を何とか拾い上げていく。
 語らいの中で、自分が井坂の逆鱗に触れてしまったのだということは、別れを告げる彼の言葉から理解できた。

 ――――けれど。

(何、で……?)

 一度は喪った彼との再会という奇跡を、二度と手放したくない。

 そんな感情(愛)の、何が間違いだったというのだろうか。



 ……園咲家という、生まれ育った環境が原因か。
 幼い日より、冴子は、己が他人から疎まれる可能性を頭から捨てたことはない。
 例え相手にとって有益な働きをしても、十分だ、などと安心したこともない。

 ――人が人を嫌悪する動機など、憎悪、侮蔑、嫉妬、挙げればキリがないのだから。

263理解者はN/二人のケミストリー ◆z9JH9su20Q:2015/08/07(金) 20:27:01 ID:isIT7qQ20

 それを、理解していても。
 共に寄り添い生きて行く運命に結ばれたのだと、唯一の例外と思っていた相手からのあまりにも急な裏切りは……そんな悲壮な人生観の冴子をして、混乱の極みに追いやられるのに充分な威力を持っていた。

 幼き日から、冴子の求めていた愛とは。
 そんな些細な感情に惑わされるものではないと、信じていたが故に。



(……お父様)

 今際の際となって、自らの脳裏に閃いた相貌を認識した冴子は……一層、困惑を深める。
 井坂の分析は、かつて野心を見抜いた時のように……冴子が目を背けていた本心を、見事に言い当てていた。

 井坂深紅郎は、確かに園咲冴子を理解している――少なくとも、冴子が井坂に向けるそれよりは。

 それなら、どうしてこの気持ちはわかってくれないのか?

(…………いえ。そんなもの、なのでしょうね)

 かつて、元夫(霧彦)を切り捨てた時のことを思い返しながら。

 自らを理解できない相手から一方的に心配されたところで、そこに価値を見出だせないのは、自分も同じことだった。
 なら、冴子に心配されたところで、井坂がそれに心動かされる理由にはならず。
 ただ、彼を理解できなかった自分が、彼からの愛を失ったというだけの話に過ぎないのかもしれない。

 そもそも、父に愛された妹を憎み、特異な力を得た弟を道具とし、身を案じてくれた夫を殺して来た……自らを愛してくれる者達に、尽く報いて来なかった己が――正しく愛を理解できるはずも、ないのに。
 どうして。自分が彼を、正しく愛せているなどと思い上がったのだろうか。


 
 井坂の言う通り。
 実の父から愛して貰ったことがなかった冴子も、メズールやカオスといった、怪物達と等しく。
 ただ、憧憬を懐いた愛という感情の理想像だけを他者にも強要する、わがままなごっこ遊びをしていた小娘であったのかもしれない。



 だから、彼と――真の意味では、愛を共有できなかったのだろう。



 そんな、極大の絶望と、微かに心咎めるものを覚えながら――園咲冴子は、そっと息を引き取った。

 血の色をした聖剣に、裁きの雷を纏わせる――微かに、憐憫の情を想起させる怪人の姿を。
 生涯最期に目にした景色として、その瞳に映し込ませたまま。






      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○       ○○○






 悲しげに歪んだ表情のまま事切れた冴子の遺体の脇へと、ウェザーに変身したままの井坂は歩を進める。
 そこから軽く撓らせるようにして一閃させたサタンサーベルは、女の細首を鮮やかに両断していた。

 予想の通り。サタンサーベルはウェザーの発した高圧電流の威力を損なうことも、聖なる刃を痛めることもなく。ただ、切り捨てた対象に、その一瞬で炭化した断面を晒させていた。

264理解者はN/二人のケミストリー ◆z9JH9su20Q:2015/08/07(金) 20:27:55 ID:isIT7qQ20

 出血の抑えられた首の断面から転がり落ちた首輪を、井坂はウェザーと化したままの指先に引っかけ、拾い上げる。
 これで回収した首輪は三つ。こんなにも必要であるのかは疑問だが、利用価値があるものは全て活用させて貰おうと、井坂はかつて愛しているとばかり思っていた相手の亡骸に目を配る。
 彼女を殺害したことで得られた戦利品は、大別すると他に三つだ。メダルと支給品はそれぞれ、生かしたままでもある程度共有できていたことを考えると益は薄いかもしれないが、独占できるのとできないのとではやはり違いが生じる。弱気になっていた上、既に全身火傷という重体だった冴子では他の参加者に殺され奪われてしまうリスクも無視できなかったからだ。
 一番大きいのはそうなる前にT2ナスカのメモリを確保することができたことだが、案外次に重要となるのはこれかもしれない――と、井坂は傷んだ毛髪を掴んで、転がり終わったばかりの生首を持ち上げる。

「良い顔だ……来人くんを怒らせるにはちょうど良さそうですねぇ」

 フィリップこと、冴子の弟である園咲来人の手元に、T2ガイアメモリが届いている、もしくはこれから届く可能性は先程考察した。
 なら、冴子(姉)の生首は……照井と同じように、井坂によって家族を奪われた憎しみを煽り立て、新たなドーパントの力を更に引き出させるのに都合の良い挑発材料となることだろう。
 あの少年の顔が憎悪に歪み、照井同様のドーパントと化して向かって来る様を――そして彼らから奪い取ったT2ガイアメモリを取り込む瞬間を想像して、井坂はつい頬を緩める心地となった。ドーパントに変身していなければ、さぞやだらし無く相好が崩れてしまっていただろう。

 浮かれ気分を一度は追いやって、井坂は冴子の生首を首輪もろともデイパックに放り込む。今一つ役に立つのかわからない旧式のパソコンや、超人化することの叶わないメモリーメモリも一通り回収し終えた後、井坂は一端ドーパントへの変身を解いて二の腕を晒す。
 躊躇いなく、簡易型L.C.O.Gを直に肌へと押し当てれば、そこにはスパイダーメモリを受け入れるための新たな生体コネクタが出現していた。

「さて……早速試してみましょうか」

 呟く井坂が手にしたのは三本のガイアメモリ。自分自身のウェザーに、たった今コネクタを増設したスパイダー。
 そして冴子がレベル3にまで育ててくれた、T2のナスカメモリ。
 運命のガイアメモリを適合者から奪ったところで、使用することに支障はない。元より井坂は、冴子とナスカ以上にメモリとの相性が良い過剰適合者の後にそのメモリを取り込む算段を立てていたのだから。冴子を殺され怒り狂うナスカメモリを隷属させるなど、ガイアメモリの探求者には容易いことだ。

 手の内に揃ったこの三本、そして体内でロックされたインビジブル。
 井坂の魅せられた力の象徴たるガイアメモリ――いずれも劣らぬ特別な品が四本。
 それが今、一つになるのだ。

《――WEATHER!!――》《――NASCA!!――》
《――INVISIBLE!!――》《――SPIDER!!――》

 唱和されたガイアウィスパーを合図にして、四つの記憶の奔流が井坂深紅郎の体内を荒れ狂う。
 皮膚の裏から、筋肉の隙間から、骨の奥から、肉体を突き破らんばかりに疾走する力が自らを削り、再構成していく恐怖にも恍惚感に苛まれる。
 反動に視力を一時喪失した井坂は、直後に訪れる多幸感の中に沈み――やがて。再び光を、取り戻す。

「………………素晴らしい」

 以前より鮮明となった眼下には、生まれ変わった己の肉体があった。

 これで四本のガイアメモリを、問題なく同時に扱えることは確認できた。

 次は実戦で、その力の程を確かめたい。
 まずはメダルの貯蓄や未知の能力の確認を目的に、比較的近くに居所の目処が立つルナティック辺りがやはり当面の標的か。
 とはいえ、実験さえできれば正直言って誰でも良い。その道程で出会う参加者も欲望の赴くままに全て殺して、全て奪って、全てを食い尽くしてやるとしよう。

265理解者はN/二人のケミストリー ◆z9JH9su20Q:2015/08/07(金) 20:28:41 ID:isIT7qQ20

 早々に考えを固めた井坂は、目の前に立ち塞がる灯溶山の向こうに待つ獲物を想起する。



 ……そういえば、アクセルと戦ったのもあの方角だったな、と。井坂は不意に思い出す。
 復讐の憎悪に”加速”するメモリもそろそろ収穫時期に達しただろうかと、期待が膨らむのを井坂は感じた。

「歩き通しの疲れも取れたことですし……そろそろ出発しましょうか」



 そうして……自らに魅入られていた、哀れな女を糧にして。
 新生した怪物は、人の姿を取りながらも。変わらず猛る心のままに、その歩みを再開した。



 ――――その傍らに最早、誰一人として伴うことなく。



【二日目 深夜】
【C-4 東】

【井坂深紅郎@仮面ライダーW】
【所属】無所属(元・白陣営)
【状態】ダメージ(大)、疲労(小)、肩に斬り傷、強い“覚悟”、生命力減衰(小)
【首輪】90枚:0枚
【コア】コブラ
【装備】{T2ウェザーメモリ、T2ナスカメモリ、インビジブルメモリ、スパイダーメモリ}@仮面ライダーW、{魔皇剣ザンバットソード&サタンサーベル}@仮面ライダーディケイド
【道具】基本支給品×2、DCSの入った注射器(残り三本)&DCSのレシピ@魔人探偵脳噛ネウロ、メモリーメモリ@仮面ライダーW、大量の食料、首輪×3(牧瀬紅莉栖、ニンフ、園咲冴子)、ブラーンギー@仮面ライダーオーズ、IBN5100@Steins;Gate、園咲冴子の生首@仮面ライダーW
【思考・状況】
基本:自分の進化のため自由に行動する。
 0.一先ずはルナティックとやらを探し、東へ向かう。
 1.更なる力を得るためならリスクは厭わない。
 2.T2アクセルメモリを進化させ取り込む為に照井竜は泳がせる。
 3. もしもフィリップ(園咲来人)がドーパントになっていた場合は、照井竜同様にそのメモリを憎悪で進化させられるように煽動する。
 4.次こそは“進化”の権化であるカオスを喰らってみせる。
 5.ドーピングコンソメスープに興味。
 6.コアメダルを始めとする異世界の力に興味。特に「人体を進化させる為の秘宝」は全て知っておきたい。
 7.そろそろ生還の為の手段も練っておく。
【備考】
※参戦時期は35話終了後、36話冒頭の戦闘から撤退した直後でした。
※ウェザーメモリに掛けられた制限を大体把握しました。
※ウェザーメモリの残骸が体内に残留しています。それによってどのような影響があるかは、後の書き手さんにお任せします。
※インビジブルメモリは体内でロックされています。死亡、または仮死状態にならない限り排出されません。
※自らの行ってきた複数のメモリの力を吸収するための研究の成果で、ウェザーと他複数のガイアメモリの力を同時使用可能であることを確認しました。詳細については後続の書き手さんにお任せします。
※四本のガイアメモリの力を手にしたこと、多くの異能の力について見聞を広めたこと、また愛しい(と思っていた)相手と再会できたことで、それぞれその都度にセルメダルが増加しました。

266理解者はN/二人のケミストリー ◆z9JH9su20Q:2015/08/07(金) 20:29:46 ID:isIT7qQ20


【全体備考】
※冴子に支給されていた簡易型L.C.O.G@オリジナルが井坂に使用されたことで故障し、C-4エリアの川沿いに放棄されました。
※夏海の特製クッキー@仮面ライダーディケイドは井坂と冴子に食べられて消費されました。
※園咲冴子の首無し死体がC-4エリアの川沿いに放置されています。






      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○       ○○○






 …………世の中には、無数に存在する要因の一つや二つで、本来考えられる結末が全く変わることもある。
 それは何も、戦闘の勝敗のみに限った話ではない。

 殺し合いに参加させられることになった二人の間には、明確な時間軸の差が存在していた。
 井坂はミュージアムを離反する寸前。冴子はその後、井坂が死した後に取り残され、孤独の中ミュージアムへの反抗を決意した後。
 愛しい人を亡くす絶望を二度と味わいたくなかった故の冴子の献身も、その背景を知らぬ井坂からすれば全てが臆しただけ、期待を裏切られただけにしか見えなかったのだ。
 そして期待が大きければ、裏切られた時の失望もひとしおだ。感じていた愛着はそのまま嫌悪となり、一刻も早く切り捨てたいという欲求に取って代わる。

 仲間を亡くした寂寥を埋めてくれる、伴侶だと思っていた相手が、実は全く自らを理解していない赤の他人だと思った時――井坂が感じた怒りは、元より異常者であった彼を凶行に走らせるのに充分過ぎた。



 ――ただ、それも。もしかすると。

 直接の原因ではあっても。実のところ、唯一最大の理由などでは、なかったのかもしれない。



 井坂深紅郎は、ガイアメモリが生んだ突然変異の化物。
 例え、求めていたものが同じだとしても。
 超常の力が持つ闇に魅入られてしまった悪魔と、家族愛への飢えに囚われていただけのただの人間が。

 真の意味で、永久に通じ合える可能性など……本当に存在していたのか、そもそもが疑わしいことなのだから。



 これは、一見噛み合っているように見えた二人に、どの道いつか訪れるはずだったすれ違いの結末……なのかもしれない。



【園咲冴子@仮面ライダーW 死亡】

267 ◆z9JH9su20Q:2015/08/07(金) 20:30:44 ID:isIT7qQ20
以上で投下完了です。
ご指摘の方ございましたらよろしくお願い致します。

268名無しさん:2015/08/07(金) 23:49:35 ID:7sbyOF9w0
二作品の投下乙です
イカロス相手に渡り合うとかマミさん強いな
ただカオスと会った時彼女を許せるかどうかが…

冴子さんここで退場か。でもまさか井坂先生に殺されるとは…
メモリ4つを操る先生も強マーダーになりそうだな

269名無しさん:2015/08/13(木) 00:25:19 ID:RBsgIIfM0
予約キター

270 ◆z9JH9su20Q:2015/08/17(月) 00:11:38 ID:vTsQyy1k0
ご感想ありがとうございます!
投下します

271喪失のP/軋む歯車 ◆z9JH9su20Q:2015/08/17(月) 00:12:23 ID:vTsQyy1k0






「――桂木弥子」
 笹塚衛士の手の中で、名簿に走らせていた鉛筆が折れたのは、その名前が呼ばれた次の瞬間のことだった。
 あの加頭順の名が呼ばれ、安堵を覚えた直後の転落が与えた衝撃は、復讐のために一切の執着を捨てたはずの笹塚をして、動揺を抑えることができないものだった。
「以上十四名」
 死者の羅列が終わったことを伝えられるまでに流れた名前のほとんどは、笹塚の記憶にロクに引っかからなかった。
 照井竜の毒吐く声が震えていたのが何が原因なのか、見当もつかないほどの前後不覚に陥っていたのだ。

(……弥子ちゃん)

 私情を優先し、警察官としての責務――一般人の保護を蔑ろにしていた時点で、この結末は予想していなかったわけではない。
 それでも、魔人と共にあれだけの修羅場を潜って来た彼女ならと――どこかで楽観していたのだろう。堕ちた己の姿を見せたくない、という忌避感もあった。
 そんな甘すぎた展望と、怠慢のツケが今、笹塚を強かに打ち据えていた。
 故に、続く内容のほとんども頭に入らなかった。

「現時点で君達に解禁された項目は、ずばり殺害数ランキングの閲覧。誰が誰に殺されたのかを、セルメダル50枚と引換に明らかにすることができるサービスだ」
 唯一――それ以外は。

「――!」
 思わず視線が、ビルの隅で眠る女に吸い寄せられる。
 桐生萌郁。カザリ扮するFBの指示によって、笹塚の複製体を殺害した参加者。彼女が目を覚ました後の立ち回りを失敗すれば、照井達との共闘関係に確実なトラブルを招いてしまう。
 その対処法を考えていたが、カザリと連絡を取るための携帯電話も、戦力であるアビスのデッキも失ったこの女の利用価値は、笹塚のみならずカザリから見ても底が見えているはずだ。
 それなら……
(……落ち着け)
 脳裏を過ぎった考えを、笹塚は微かに首を振って否定する。
 今更忌避するはずもない、警察官としてあってはならない思考を止めたのは、断じて正義感の残滓などではない……はずだ。そんな資格はない。

 ランキングを閲覧できる者は、ランキングに載っている者のみ。
 これによって危険人物の――下手人の情報を把握することができるというメリットはあるが、同時に既に殺しを行っている者であると、同じくランキング閲覧権を持つ相手には露呈するリスクを負うことになる。
 例えば閲覧権欲しさに萌郁を殺せば、例え照井達に悟られない暗殺を成功させようとランキングには名前が載るのだろう。
 それでここに彼女を置いて行った、危険人物と聞き及んでいたあのディケイドとやらに笹塚が下手人と露見して、万が一にも命を狙われることになっては一溜まりもない。それ以前にエクストリームメモリやカンドロイドによる複数の監視の目を潜り抜けられるとも思えない。

 弥子の仇を知るなどという理由で、そんなリスクは冒せない。
 笹塚は既に――彼女達よりも、家族の復讐を選んだのだから。

272喪失のP/軋む歯車 ◆z9JH9su20Q:2015/08/17(月) 00:13:00 ID:vTsQyy1k0

 故に今更別の衝動に身を委ねるのではなく、犠牲すら恐れずに選んだはずの道を完遂するためにこそ知恵を巡らせると決めた笹塚は、そのための準備を始めることとした。







      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○       ○○○






 萌郁が目を覚ました時、最初に覚えたのは顎の痛みだった。
 既に度合いは大したことはないものの、鈍く残ったそちらに意識を奪われながら、徐々に意識を覚醒させた萌郁は――その痛みを忘れるほどの焦燥に焼かれた。
「……ない」
 いつも感じるあの心地良い重みが、ない。
 自分の身体を弄るも、あるべき異物がどこにもない。
「……ないっ!?」
 あの人との――FBとの、世界との繋がりが。
 携帯電話が、ない。

「ううぅぁあぁあぁあぁぁあああああああああああああああっ!!?」
 その事実を認識した際、萌郁の口からは大音量の絶叫が迸っていた。
 普段なら感じただろう、自分がこんなにも声を出せたのかと驚く余裕もない。必死に巡らせた視線に映るのは、半日前に萌郁も使った機械鳥やその類似品ばかりで、どこにも携帯電話らしき影はない。

「どこっ!? どこに……っ!」

 朦朧としていた意識が明瞭になるに連れて、混乱していた記憶が整理される。
「あいつ……っ!」
 思い出したのは、名も知らぬ赤紫の仮面の男。虐殺を繰り広げ、萌郁にまで襲い掛かって来たあの男。
 萌郁の記憶の中、最後に接触したのは間違いなく奴だ。
 なら、あいつのせいで失くしてしまったのだ、萌郁は。FBとの繋がりを、縋るべきたった一つの絆の象徴を。

「――どうした!?」

 直後。慌ただしい足音と共に、複数の気配が近づいて来る。
 奴か、と考えたところで――大切な絆を取り返さんと逸る萌郁の気持ちに冷水を掛けたのは、記憶の完全な覚醒と共に戻った、あの凶悪なモンスターへの恐怖心だった。

 携帯電話を――メールを無くしては、もうFBと話ができない。FBと会えない。世界において何より大切な彼女との繋がりを、断絶されてしまう。
 だけど、それは――携帯電話だけでなく、自らの命を失っても同じことだ。
 長引けば見捨てられる可能性があるとしても――携帯電話は、まだ取り返せるかもしれない。
 けれど、命は一度喪ったら、それっきり――

 そんな恐怖による鎮静のおかげか、萌郁がまたも叫び出すということはないまま。躓くように一歩、二歩と拙い足運びで、後退したところで彼らは現れた。

 幸か不幸か、奴はいなかった。現れた男達はいずれも仮面など付けずに素顔を晒していて、もしかすれば奴の正体である人物もいるのかもしれなかったが、そちらに思考を回す余裕は萌郁にはなかった。

 何故なら。

「なん……でぇ……っ!?」
 ――殺したはずの男が、そこに居たから。

 身を乗り出して萌郁を覗き込む少年と、赤いジャケットを来た鋭い目つきの青年の奥から最後に現れた――だらしなくスーツを着こなしているのは、萌郁が最初に接触した警察官、笹塚衛士の姿だった。

 わけがわからなかった。確かに彼は萌郁が、アビソドンに殺させたはず。刃の列のような歯でズタズタに引き裂かれ、無惨に命を落とした死者のはず。

 ならば自分も、あのモンスターの手にかかってもう死んでいるのだろうか――? そんな突拍子もない考えが頭を過ぎる。
 しかしそれよりも。彼の――笹塚衛士の昏い影の覗く表情に覚えた、恐怖の感情の方が萌郁の中で大きかった。

273喪失のP/軋む歯車 ◆z9JH9su20Q:2015/08/17(月) 00:13:36 ID:vTsQyy1k0

「あ……やぁ……っ!?」
 ――殺される。
 一度彼を殺した自分が、今度は彼に殺される。

 死んでいるのかと思ったばかりだというのに、そんな結末を想起して。拒むように目を背けんとした、その直前だった。



 ――――話を合わせろ。
 ――――指示に従えば、後でFBに会わせてやる。



 二人の男の注意が萌郁に向いたその隙に、笹塚が――FBから殺すように指示された男の提示したメモに書かれていた、そんな文章が目に入ったのは。






      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○       ○○○






「……どうしてもっと早く言ってくれなかったんだ、笹塚衛士」
 目を覚ました女性――桐生萌郁との情報交換の中で明かされた事実に、フィリップが苛立ちを抑えきれなかった末の発言がそれだった。
「ややこしくなると思ったからさ」
 対して、糾弾された張本人は悪びれた様子もなくそう答えた。

 曰く、目を覚ました萌郁があれだけの混乱を見せたのは――最初はディケイドのせいだが、三人が姿を見せたことで更に動揺したのは笹塚のことを彼女が知っていたからだという。
 それも、一度はその手で殺した相手として。

 これだけを聞くと萌郁が危険人物としか思えなかったが、他ならぬ「殺された」という笹塚が真相を明かしたことで誤解は晴れた。
 萌郁が言っているのは、笹塚の”偽物”に対する正当防衛であったのだと。

 何でも、笹塚の支給品にあった不思議なカードが、最初に触れた瞬間是非を問うことなく笹塚のクローンを作り出し――理性のないそのクローンは笹塚の制御を振りきって、行動を始めたらしい。
 結果、クローンが萌郁に襲い掛かるところを遠巻きに笹塚本人が目撃することとなり、突然襲われた彼女は恐怖のまま、支給品で使役する怪物にクローンを迎え撃たせ、殺害してしまった。
 その後、その怪物を警戒した笹塚は狂乱する萌郁に追いつくことができず、そうして互いに本人同士が接触し損ねたまま二度の放送を越え今に至る――

 言うなれば、互いの支給品だった猛獣同士の勝手な潰し合いによるすれ違いだった――ということらしいが、ならば何故もっと早く言ってくれなかったのか。

 何故ディケイドが彼女を連れているのを見た時、自分が傷つけてしまったことを知る顔にああも冷たく対応しようとしたのか。

 フィリップは不信を募らせた視線を向けるが、笹塚はやはり取り合うこともないまま、会話に集中していた。

 萌郁は人前で話すことがとにかく苦手なようで、会話は辿々しかった上、私物であるメタリックパープルの携帯電話を失くしたということを何度も訴えられた。
 一応は全員の持ち物検査を行い、やはりディケイド――門矢士が持ち去ったのだということを確認した後、彼の行方が杳として知れない以上は仕方ないと一旦その話を打ち切って、ようやく彼女から情報提供を受けることができるようになった。

 やがて、そもそも彼女とフィリップ達が合流するきっかけとなった、キャッスルドランでの出来事――その内容を詳しく聞いて行く中で、俄に照井が興味を示した。
「成程な……カオスというのか、そいつは」
 そして萌郁と幾つかのやり取りを交わした後、照井が吐き出したのがその感想だった。

274喪失のP/軋む歯車 ◆z9JH9su20Q:2015/08/17(月) 00:14:46 ID:vTsQyy1k0

 放送で名前を呼ばれた”鹿目まどか”なる少女を殺したのは、誰なのか――照井はそれを訊いていたのだ。
 厳密には萌郁も直接目撃したわけではなく、遠巻きに見守っていた対決の中で聞いた会話の中で出た名前だったそうだが……

「……待ってくれ。もしかしてその子は……」
 しかし怒りを燃やす照井とは対照的に、問い詰められた萌郁から伝わったその下手人の特徴に心当たりのあったフィリップは、思わず声を上げていた。
 突然声をかけられて、驚き怯えて固まったような萌郁の様子に罪悪感を覚えながらも、再びやり取りを繰り返したフィリップは――それを確信してしまう。
「……あの子だ」
 翔太郎と死別した直後に現れた、狂気に壊された少女。フィリップが責務を放棄して逃げ出してしまった、罪の象徴の一つ。
 そのカオスが、鹿目まどか達を、殺したのだという。

「……そいつは確か、小学生ぐらいの子供じゃなかったのか?」
 まどかを殺したカオスは十代後半の女だと聞いたばかりだった照井が訝しむのに、フィリップは小さく首を振る。
「いや……彼女は翔太郎達を取り込むことで成長していた。今なら僕と同じか、それより上の年頃になっていても不思議じゃない」
「成程な……ある意味では左の仇でもあるわけか」
 納得した様子で、静かながらも更なる怒気を孕んで照井の吐き出した言葉に、フィリップは弾かれたように顔を上げる。
「違う! 翔太郎の仇は……きっと、もう死んでる。奴は翔太郎が命を引き換えに……」
「なら、死んだ左を弄ばれたのはどうでも良いのか!?」
 翔太郎は、無駄死なんかしていないと――声を荒らげようとした瞬間の剣幕に、フィリップは思わず呑まれてしまう。

「……何を庇っている。街を泣かせる奴らを絶対に許さないのが、貴様らの流儀ではなかったのか」
「…………違う」
 まるで義憤に燃えるかのような照井に――しかしフィリップは否定の言葉を口にした。

 ――――似てるって思ったんだよ。タイガーの言う女の子が、風都の人達にな

「……何?」
「君には……今の君には、翔太郎の気持ちなんかわかるはずがない!」
「貴様……っ!」
 翔太郎の仲間として、共に風都のために戦った友だというのに――そんな事実がなかったかのような赫怒の視線が、フィリップと照井の間で交錯する。

「どっちでも良いだろ」
 そんな、暴発寸前の言い争いに割って入ったのは笹塚だった。
「別にフィリップが仇だと思っていないんなら、それで終わる話だ」
 会話の流れには心底興味なさそうに――しかしそんな会話自体に苛立ちを覚えていることを隠そうともせず、笹塚はフィリップの襟元を掴む照井に問う。
「それともあれか? まさかあんたが、井坂深紅郎だけじゃなく、左翔太郎の仇とやらも探し出して潰すつもりだったのか?」
 あんた”は”、ではなく、あんた”が”。
 それはいつから、とは笹塚は付け足さなかったが、言外に仄めかしているのはフィリップにもわかった。

「……それこそまさかだ。そんな余計な時間はない」
 どこかバツが悪そうにフィリップから手を離した照井は、しかしそこで押し黙ってしまうようなタマでもなかった。
「だが……邪魔者として目の前に現れた時には叩き潰させて貰う。そいつが無差別に人を襲うのなら……俺だけでなく、井坂をやらせるわけにもいかん」
「……成程ね。そういやそっちの連中も因縁あるんだったっけか」
 フィリップと合流した直後のやり取りを思い出したのか、笹塚は小さく頷いた。
「納得したよ。その気持ちは……俺にも理解できる」
 でなきゃあんたと組んでなんかいないと、そう付け足して笹塚は引き下がった。

 一方のフィリップは、やるせない気持ちを飲み込むのに必死だった。
 照井が鹿目まどかが誰に殺されたのかを追求したのは、異能の力を持つ彼女を殺害できるだけの戦力を持った危険人物なら警戒して置かなければならないと説明していたが、フィリップにはそれだけが理由には見えなかった。
 悪を憎み正義を愛する、自分の知る照井竜が戻ってくるかもしれない。そんな期待が俄に蘇っていたというのに、よりにもよってその憎しみをぶつけるべき対象が彼女だなんて……

「……で、それからどうなったんだ?」
 自責の念に囚われていたフィリップだったが、笹塚が萌郁に先を促したのを見て正気に返る。
 その時のキャッスルドランには、ワイルドタイガーや仮面ライダーオーズも居たという……照井は気づかなかったようだが、フィリップの姉である冴子=Rナスカ・ドーパントも。
 巴マミという少女を含めて、放送で彼らの名前を呼ばれなかったということは生き延びたのだろうが……どのような状態にあるのか、もう少しだけでも把握して置きたかった。

275喪失のP/軋む歯車 ◆z9JH9su20Q:2015/08/17(月) 00:15:24 ID:vTsQyy1k0

 結局、その大乱戦に参加した人物は立ち代わり入れ替わりして、その全容は途中からミラーワールドに避難していた萌郁もとても把握しきれていないらしい。
 それでも、冴子とルナティックがそれぞれ西へ向かったこと、カオスやオーズはワイルドタイガーに連れられて逃げ延びたこと、そして次々と参加者を撃破したディケイドが、天使の攻撃を逃れてミラーワールドにやって来たということは、何とかフィリップ達も把握できた。
 そんな話を聞き終えて、あのワイルドタイガーがもしもカオスを抑えられているのなら、敢えて戦いを挑む必要はないだろうと笹塚が照井に釘を差していたが……

『またやっちまったなぁ、フィリップ』
 同時にフィリップの背後には、また彼が姿を現していた。
『おまえがあの子を止められてたら、まどかって女の子は死なずに済んだんだ。その尻拭いをタイガーがすることもなかったし……そのせいで、今度はイカロスの方に手を回せないなんてこともなかっただろうな。
 おかげでまた大勢死んじまったし、ついさっきも人殺しに手を染めてたディケイドをまんまと逃して……ったく、後何人泣かせたら気が済むんだおまえは?』

 これは幻聴だ――そう理解している。
 自分ならともかく。あのハーフボイルドの翔太郎が、誰かのミスをこうも責めることなどあり得ない。
 それを、理解しているつもりでも――

『照井に随分偉そうに言ってたけどよ、そんなおまえに俺の気持ちをわかったようなツラされたくないぜ』
 その言葉が深々と突き刺さってしまうのを、フィリップは確かに認識していた。



「……で、どう動く?」
 そうして情報交換が終わった頃になって、笹塚が議題を進行させた。
「東に残っているとしたらせいぜい、イカロスとやらだけなんだろ? それで南の方に居るとしたら、戦力未知数の銀髪に、どういう状態になっているのかわからないカオスとオーズ、それから一応ワイルドタイガー……関わると面倒な連中ばかりだ」
「……最後に見た時、井坂は中心部に向かっていた」
「何時間前の話だよ。それに中心部は前の放送の時点で禁止エリアの指定もあったんだ。いつまでも居座ってはいないだろう」
 そして北部は来た道を戻るだけ……となると、残るルートは西となる。
 西に向かって移動する場合、遭遇する可能性が高いのは、おおよその戦力が判明しているルナティックとRナスカ。仮に交戦に陥っても、このチームの戦力で対応できる見込みがある相手だ。

「……そいつらに、桐生を預けられるとは考え難いがな」
「南に行ったって、ワイルドタイガーが受け入れられる状態にあるとは限らないだろ?」
 照井の疑念を、笹塚はそう切って捨てる。
 フィリップとしては、萌郁の安全を確保するためにも虎徹と合流したいところではあったが……幻影の言われたからではないが、これ以上彼の負担を増やしたくないという思いが勝った。
 イカロスを放置したくないという気持ちも、視線を向けられるだけで怯え縮こまる萌郁を連れて危険地帯に飛び込むべきではないという理性を言い負かせるほどのものではなかった。

 故に、フィリップとしては消極的ながら、笹塚の案を支持しても良いと考えていた。



 それこそ――萌郁という保護対象を利用することでフィリップの思考を誘導しようとする、笹塚の思惑通りに。

 

「一先ずはここから一番近く、かつ誰もまだ調査していない神社を目指すのが良いと思うが……不満か?」
 その時。
「あ、の……」
 照井との議論を続けていた笹塚に向けて、何かを言い出そうとした萌郁だったが、視線が交錯した次の瞬間に口を閉じる。
「何を言おうとしたんだ? 桐生萌郁」
「…………何でも、ない……です」
 手助けしようとするフィリップの問いかけにも、萌郁はやっとの思いといった様子で、そう弱々しく答えるだけだった。
 何でもないことはないと思うが、笹塚と萌郁の関係は複雑であり、元々人見知りしそうな性格の萌郁は彼に一種の負い目を感じているだけかもしれない。
 萌郁の挙動不審の理由を探して、そんな当り障りのない思考と同時に、しかしフィリップの中ではこれまでに感じた疑惑が再燃してもいた。

276喪失のP/軋む歯車 ◆z9JH9su20Q:2015/08/17(月) 00:16:00 ID:vTsQyy1k0

(……二人が真実を語っているとは限らない、のか?)
 萌郁の話と彼の話は合っているが、それが真実であるとは断定できない。
 例えば笹塚が萌郁の弱味を握っていて、口裏を合わせさせている可能性も充分に考えられるからだ。
(だとすれば、鍵を握るキーワードはやはり……『FB』)
 隙を見て、『地球の本棚』で検索してみるべきだろうか。
 しかし『地球の本棚』へのアクセスにも制限は掛けられている。検索にもメダルを消費する上、その閲覧範囲が限定されている現状では何も情報を得られないかもしれない。
 そもそも、たった一つのキーワードから真相に辿り着くなど容易なことではない。実行に移すとすればもっと後になってからだと、フィリップは微かな諦念と共に息を吐いた。






 シュテルンビルトの方角から眩い褪紅色の光の余波が届いたのはまさに、そう考えた直後のことであった。






【一日目 深夜】
【C-5 路上(キバの世界のエリア内)】


【フィリップ@仮面ライダーW】
【所属】緑陣営
【状態】疲労(小)、ダメージ(小)、精神疲労(極大)、幻覚症状、後悔
【首輪】5枚:0枚
【装備】{ダブルドライバー、サイクロンメモリ、ヒートメモリ、ルナメモリ、トリガーメモリ、メタルメモリ}@仮面ライダーW、 T2サイクロンメモリ@仮面ライダーW、約束された勝利の剣@Fate/zero
【道具】基本支給品一式、マリアのオルゴール@仮面ライダーW、トンプソンセンター・コンテンダー+起源弾×12@Fate/Zero、デンオウベルト+ライダーパス+ケータロス@仮面ライダーディケイド
【思考・状況】
基本:殺し合いには乗らない。"仮面ライダー"でありたい。
 0.あの光は……
 1.照井達と行動を共にする。
 2.復讐に燃える照井を放っておく訳にはいかない。
 3.あの少女(=カオス)は何とかして止めたいが……。
 4.バーサーカーと「火野という名の人物」を警戒。また、井坂のことが気掛かり。
 5.デンオウベルトは自分以外の相応しい人物に使ってほしい。
 6.切嗣を救いたかったが、どの面下げて会いに行けというのか。
 7.ディケイドの目的は一体……?
【備考】
※劇場版「AtoZ/運命のガイアメモリ」終了後からの参戦です。
※“地球の本棚”には制限が掛かっており、殺し合いの崩壊に関わる情報は発見できません。
※T2サイクロンメモリはフィリップにとっての運命のガイアメモリです。副作用はありません。
※タロスズはベルトに、ジークはケータロスに憑依しています。


【照井竜@仮面ライダーW】
【所属】無(元・白陣営)
【状態】激しい憎悪と憤怒、覚悟完了、ダメージ(中)
【首輪】50枚:0枚
【装備】{T2アクセルメモリ、エンジンブレード+エンジンメモリ、ガイアメモリ強化アダプター}@仮面ライダーW
【道具】基本支給品一式、エクストリームメモリ@仮面ライダーW、ランダム支給品0〜1
【思考・状況】
基本:全てを振り切ってでも井坂深紅郎に復讐する。
 1.フィリップ達と行動を共にする。
 2.何があっても井坂深紅郎をこの手で必ず殺す。でなければおさまりがつかん。
 3.井坂深紅郎の望み通り、T2アクセルを何処までも進化させてやる。
 4.他の参加者を探し、情報を集める。
 5.誰かの為ではなく自分の為だけに戦う。
 6.カオス、ディケイドを警戒する。
【備考】
※参戦時期は第28話開始後です。
※T2アクセルメモリは照井竜にとっての運命のガイアメモリです。副作用はありません。
※笹塚、フィリップ、萌郁と情報交換しました。

277喪失のP/軋む歯車 ◆z9JH9su20Q:2015/08/17(月) 00:16:26 ID:vTsQyy1k0


【笹塚衛士@魔人探偵脳噛ネウロ】
【所属】黄陣営
【状態】健康、加頭順への強い警戒、照井への確信的な共感
【首輪】60枚:0枚
【コア】イマジン
【装備】44オートマグ@現実
【道具】基本支給品、44オートマグの予備弾丸@現実、ヴァイジャヤの猛毒入りカプセル(右腕)@魔人探偵脳噛ネウロ、煙草数種類
【思考・状況】
基本:シックスへの復讐の完遂。どんな手段を使ってでも生還する。
 1.照井と行動を共にする。
 2.目的の達成の邪魔になりそうな者は排除しておく。
 3.首輪の解除が不可能と判断した場合は、自陣営の優勝を目指す。
 4.「FB」の名を使って萌郁を利用し、フィリップを誘導する。無理が出た時は……
 5.最終的にはシックスを自分の手で殺す。
 6.戦力、特に“仮面ライダー”への渇望。
 7.殺害数ランキング、ね……。
【備考】
※シックスの手がかりをネウロから聞き、消息を絶った後からの参戦。
※殺し合いの裏でシックスが動いていると判断しています。
※シックスへの復讐に繋がる行動を取った場合、メダルが増加します。
※照井を復讐に狂う獣だと認識しています。
※照井、フィリップ、萌郁と情報交換しました。 指示を出した張本人なので、萌郁が情報を隠していることを知っています。


【桐生萌郁@Steins;Gate】
【所属】青陣営
【状態】健康、携帯がなくなったことによる強い不安とストレス、フィリップ達に吐いた嘘がバレないかの心配、ディケイドへの怒りと恐怖
【首輪】50枚:0枚
【装備】無し
【道具】基本支給品、ランダム支給品0〜1(確認済)
【思考・状況】
 基本:FBの命令に従う。
 1.FBに会うために今は笹塚の指示に従う。
 2.でも二人はどんな関係なの……?
 3.ディケイド(=門矢士)から携帯を取り戻したい。
 4.岡部倫太郎と会った場合は同行して貰う。
【備考】
※第8話 Dメール送信前からの参戦です。
※FBの命令を実行するとメダルが増えていきます。
※照井とフィリップ、笹塚と情報交換をしました。但し三人にはキャッスルドランの出来事を目撃したこと以外、一人で居たと嘘を言っています。
※第二回放送については聞き逃していましたが、フィリップの纏めたメモを読んで大凡を把握しました。



【全体備考】
※シュテルンビルトからの発光(イカロスの『HephaistosⅡ』)を目撃した彼らが今後どのように行動する(どの方角へ向かうのか、四人のままか別れる)かは後続の書き手さんにお任せします。

278 ◆z9JH9su20Q:2015/08/17(月) 00:18:02 ID:vTsQyy1k0
以上で投下完了です。
ご指摘などございましたらよろしくお願い致します。

279名無しさん:2015/08/17(月) 00:53:04 ID:xkJXrras0
投下乙です

やっぱこのチームはギスギスしてるなぁ
今の所笹塚さんが全体の主導権を握ってるけど、どうなるんだろう

280 ◆z9JH9su20Q:2015/08/22(土) 23:42:23 ID:Oih3qYVk0
投下します!

281熱【ししん】 ◆z9JH9su20Q:2015/08/22(土) 23:43:24 ID:Oih3qYVk0






「……がっかりだよ」
 穴の空いたスーツに身を包んだまま、観察し終えた赤い“箱”を放り投げたXの口から漏れたのは、期待を裏切られたことに対する嘆息だった。

 自らの製作した最新の“箱”に詰めてあるのは、この殺し合いの中で最初に交戦して以来、少なからぬ興味を惹かれていた狂戦士の成れの果て。
 英霊と謳われ、人類、というか真当な生物の範疇に収まるのかも疑わしい、超常現象染みたスペックを誇った怪物の亡骸だ。

「まーた、普通の人間と同じだなんて」

 しかし、切り開いたその中身(全て)を直に観察して得られた結論は――質はともかく、彼を構成していた細胞そのものは他の人間と大差がない、という肩透かしな物だった。

 無論、こんな程度の中身であれほどの身体能力を発揮できるはずがない。あらゆる武具を支配してみせたあの赤黒い脈を、こんなありきたりな肉体構成で生み出せるはずがない。
 何かしらの人ならざる要素が、バーサーカーに存在していたことは間違いないのだ。
 しかしその個性は、グリードの正体同様、己が求める要素ではなかった。
 同じく人間離れしているが故に怪物の名を冠されていたXとしては、落胆するどころの話ではない。

「……もしかして、セイバーもこんな感じなのかなぁ」
 先程取り逃した観察対象――バーサーカーと浅からぬ仲だった少女騎士の姿を想起して、Xは思考の澱に沈む。
 これまでに観察して来たカリーナ(NEXT)や杏子(魔法少女)らも、バーサーカー(サーヴァント)と同じだ。人間ではあり得ない能力を持ちながら、いざ細胞を見ればその辺をぶらつく一般人と変わらぬ観察結果しか得られていない。
 少なくとも、これまでに観察した彼らの身に宿った神秘の力は、Xとは異なり、肉体(細胞)の特異性に由来する物ではないと結論できた。
 なら同じくサーヴァントであるセイバーの正体(ナカミ)も、案外大した観察対象にはなり得ないのではないか。
 そんな考えが、Xの脳裏を過ぎった。

「……ま、他にアテはないから良いんだけどね」
 期待値は下がったが、絶対ではない。
 元々鴻上生態研究所を目指していたのだから、まだ道すがらと言えるはず。どこにいるとも知れぬ他の参加者を改めて探すよりは、一山いくらの人間ではないセイバー達を追う方が効率的だろう……多分。蓋を開ける前に諦めていたら、実はその“箱”にこそ探し物が入っていたという間抜けな可能性は潰しておきたい。

 何より――もし彼女達がXの正体を知る役には立たないとしても、あれだけの強さだ。
 Xのもう一つの欲望を満たすための役に立つ可能性は、十分ある。

「他の奴らはともかく……あいつには、きっちり勝ちたいからさ」
 万全となり、最強に返り咲いたネウロを完全に打ち負かすこと。
 それは自身の正体(ナカミ)を知ることとは別の、Xの中での大きな大きな欲望となっていた。

 しかし、おそらく魔人ネウロの真価はセイバー達さえも凌ぐだろう。弱ったところを狙うつもりは元よりないし、そうでなくとも彼らにしたような奇襲も馴染みのネウロには通じ難い。
 今のままのXでは、ネウロが完全復活した暁にはまた敗れ去るだけだ。
 だから、相応しい舞台に辿り着くまでにXはもっと力を蓄えなければならない。
 特異な細胞の強靭さのみに頼ることなく、奴が言うところの人間らしい努力を惜しまずに。

「まだ色々と、盗ませて貰うよ」

 英霊として人類史に刻まれるほどの存在であるセイバーとバーサーカーの戦いは、Xにとってそのための模範となった。

282熱【ししん】 ◆z9JH9su20Q:2015/08/22(土) 23:44:35 ID:Oih3qYVk0

 Xすら上回るような身体能力を誇りながらそれだけに頼ることなく、研鑽された剣技や槍術で更なる戦闘力を発揮した二騎の英霊の強さは、ネウロとは違った方向性で衝撃的だった。

 ――端的に言えば。英霊同士の戦いに、観客となったXはあの時、確かに魅せられていたのだ。

 それも、当然のことなのかもしれない。英雄とは本来、人々より憧憬を向けられる存在であるのだから。
 そして憧れとは時に、抱いた者にその背を追いたいという欲望を与えるものだ。

 容易く化けられる平凡な人間とは違う、けれど――もしかすると、自分も彼らのようになれるのではないか。
 完全な未知であるネウロや己の正体(ナカミ)とは異なり、“知りたい”ではなく“成りたい”と、そう思えた。
 まだ届く先はある。こんなところで満足し、歩みを止めているのは勿体無い――ましてやあの魔人に勝ちたいのなら、と。

(俺の“限界”は、まだわかんないからね)
 改変され行く記憶の端にまだ引っかかっていた、ここにはいない相方が度々口にしていた言葉を思い出して、胸中だけでXは嘯く。

 確かにNEXTや魔法少女、サーヴァントらの誇る神秘の異能はXにも再現できなかった。
 だが、彼らが見せた技術ならば――それが人の術理であるのなら、Xにもできない道理はない。

 無論、いくら怪物強盗と評されるXでも、英霊の技まで一目で模倣することなどできはしないだろう。
 しかし技能というものは独学よりは見て盗むべき物であり、X自身を高める指針の一つとなる。
 単なる効率的な身体操作や攻撃の捌き方に限った話ではなく、強敵であったバーサーカーを前にした時に見せたセイバー達の戦術や状況判断なども含めた、総合的な戦いの術というものを、もう少し学習しておきたいという気持ちが確かにあるのだ。
 そのためには――与えた負傷の度合いを考えるとセイバーの方は難しいかもしれないが、IS戦ならバーサーカーとも渡り合った千冬の技術だけでも充分魅力的と言えるだろう。

「あっ……それじゃ、この姿も一旦はここまでかな?」

 そこでXは、バーサーカーの攻撃で損所し、”箱”の製作に当たり返り血に汚れたヒーロースーツを見下ろした。
 セイバー達にはもう、この姿で攻撃を加えてしまったのだ。いくら正義のヒーロー・ワイルドタイガーの容姿でも、次の遭遇時には問答無用で襲いかかられるだろう。
 学習のために自ら戦いを仕掛けに行くつもりではあるのだが、来たるネウロとの決戦を見据えるなら避けられる消耗は避けたい。
 であれば、千冬以外にも昼間遭遇した阿万音鈴羽と、更に他一名仲間がいたことを考えると、僅かでも裏を掻ける可能性は上げておきたいのだ。
 彼女達がそれにどう対処するのかにも、正直言って興味はある。

 そして何より、ISの技術を学びたいなら、相手に正しくそれを使わせるために――こちらもISを使って追い込む方が適切だろう。

「本当は男じゃ使えないみたいだからね」

 バーサーカーから奪ったクリスタルの指輪を眺めながら、Xは詳細名簿によって得た知識を引っ張り出す。
 最初に姿を借りた織斑一夏は唯一の例外だったと言う話だが、白式以外のISを扱えるのかは未知数。加えて既に死亡済みである以上、姉の千冬がいるとしてもやはり出会い頭に襲われるだろう。
 そしてバーサーカーが先程ISを操れていたのも、Xの模倣できない能力に由来するのなら……ISを扱うには、最低でも肉体は女性にする必要があるわけで。

「……あんまり観察できてないけど、今回は最終的にボロが出てもいっか。どうせ戦うつもりなんだから」

 残された候補は一人。
 今持ち得る情報では細かな点は再現しきれないだろうが、最低限接近するまでの警戒さえ解ければそれで良い。
 念のため詳細名簿を取り出して、目当ての人物のスタート地点を確認する。恐らくは彼女達とこれまでに接触している可能性もないなら、首輪の色も含めてとりあえずは大丈夫か。
 そう判断したXはワイルドタイガーのスーツを脱ぎ捨てると、メキメキと音を立ててその肉体を縮小し始めた。

283熱【ししん】 ◆z9JH9su20Q:2015/08/22(土) 23:45:20 ID:Oih3qYVk0

「……よし。体のほとんどはあの娘だけど、たちまちは顔だけで十分だよね」
 青い前髪を指先で弄りながら、Xは言葉を口にすることで声帯を調整し、再現する。
「うん、こいつも使える。とりあえずは問題ないかな」
 それから指に嵌めたISを起動できることを確認し、Xは満足げに呟いた。
 肝心のISはセイバーの攻撃によって破損していたが、鋭意自己修復中だ。それが完了するまでは左右の均衡が崩れたり操縦性も悪化するだろうが、部分展開の機能を応用し、左側の背部ユニットも量子化したまま実体化させないなどの応急処置で充分に補える。十全な性能とは言えないが、これだけでもタイガーのスーツ以上の耐久性と高速飛行による機動力の両立が可能なのだから戦力的な意義は大きい。

 とはいえ、完調の方が好ましいことは間違いない。修復がネウロとの再戦に追いつかない事態に備えて、千冬が持っていた別のISを戴いておくのも良いだろう。
 あのISやセイバーに持って行かれたバーサーカーの剣など、人間がより強い存在を打倒するために用いてきた力、武器を収集するためだけでも追う価値はやはりあるはずだと、Xは決意を新たにする。
 バーサーカーから奪った黄金の鍵によって呼び出せる武具の数々や、このISに、アンクから奪ったアストレアの剣と楯――これらだけでもかつて集めたあらゆる兵装を越えた力をXに齎してくれるだろうが、何しろ最終仮想敵は万全のネウロ。今のセイバーと千冬だけならともかく、あの魔人を討つにはまだ十分とは思えないのだ。

 そんな考えを巡らせながら、スーツと入れ替えに取り出した、体格の近い――首から下は彼女の物で代用したのだから当然だが――杏子の衣服に着替え終えた後。「よし、行くか」とXは新しい顔を上げて、心機一転力強く歩み出した。

 確かな目標に向け、迷いなく。その足で、確かに大地を踏みしめて。
 全ては己が望みを叶えるため――借り物である美樹さやかの表情に、目標に向かって進むという熱意が浮かばせた笑みを、刻みながら。






      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○       ○○○






 ……自分の立ち位置がわからないということは、自分以外の何もかもがわからないのと同じことで。
 それはずっと地に足が着かずにいるような、とても不安になることだ。

 だから、一刻も早くそんな状態から抜け出したかった。

 ――しかし、今の自分は単なる不安の解消以外に、何の方向性もなく彷徨っているわけではない。

 今この胸の内には、宙に浮かんでいるような得体の知れなさも忘れさせてくれそうな、熱がある。
 同じく突然変異だという彼も、やはりその食欲(熱)のおかげで迷いがないのだとすれば――

(やっぱりあんた、すっげぇ良いよ)

 嗚呼、やはり自分達はきっと、近い。

 ――――おかげでますます、その正体(ナカミ)を見たくなって来た。

 この熱をくれた壁(あんた)を、越えて。

「待っててよ、ネウロ……俺も、待ってるからさ」

 受け取る相手が不在のままに零れた言葉は、更けていく夜の中に溶けて、消えた。

284熱【ししん】 ◆z9JH9su20Q:2015/08/22(土) 23:46:13 ID:Oih3qYVk0






      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○       ○○○






 暫く進んだ後、美樹さやかの姿をしたXは街角に備え付けられていたそれを発見し、少しばかり意識を奪われていた。
「そういえば、あの喧しい人がランキングがどうとか言ってたっけ」
 Xが目にしたのは、会場の至るところに備え付けられたATMだった。
 昨日はネウロとの戦いの後、不足したメダルを補充するのに別のATMを一度使ったが、今日からはメダルの補充以外にも役に立つのだという。

「うーん、本当は禁止エリアの方が知りたいんだけど……」
 前回の放送はネウロに気絶させられていたせいで、全く把握できていない。誰が生き残っていて誰が死んでいるのか確認するぐらいなら損もないと考えて、Xは寄り道することとした。
「うわっ、俺……じゃなくてえーっと、あたしが一位か。乗ってる奴らはもうちょい頑張りなよ、なっさけないなぁ」
 ちょうどATMの口座に貯蓄されていた50枚のセルを振り込んだXは、表示されたランキングを見て早々、思わずそんな声を漏らしてしまっていた。

 殺害数ランキングは、この怪盗Xが他を突き放しての堂々の一位。しかもバーサーカーの分のキルスコアはまだカウントされていないのにこの始末だ。
 これではまるで、Xが誰より積極的に殺し合いに乗っているかのようではないか。
 正直、ほとんど興味はないというのに。

「……あの時ネウロを殺った奴はわかんないか」
 まぁ放送であいつ呼ばれなかったもんね、と付け足しながらも、薄汚い真似をしたハイエナの正体を突き止められなかった落胆は少なからずあった。
 そいつにまた余計な真似をされる前に“箱”へ詰めてしまっても良かったのだが、わからない以上は仕方ない。
 あのネウロがやられっぱなしで黙っているなどありえないし、彼が雪辱を晴らすのに任せるとしよう。

「次が……カオスと、門矢士か。ふーん」
 一通り脱落者を確認した後、Xは自分の次にランキングされている参加者の名前に改めて目を配った。
 ジェイク・マルチネスが既に死亡している以上、生存者の内で怪盗Xに最も近いのはこの二名ということになる。

 詳細名簿によるとどちらもよくわからないことばかり書いてあるが、既に魔人を筆頭に超常の存在を何人と見た後だ。理解はともかく受け入れることは簡単だった。
 ――当然ながら、この二人の中身も見てみたいとXは考えていた。
 二人とも参加者の中でもかなり強力な部類のようだが、彼らに敵わないようでは完全復活したネウロにも勝てはしないだろう、とXは判断する。良い予行演習ぐらいに思うべきだ。

 しかしXが彼らに興味を抱いたのは、単に強いことや、特異な人物背景であるためだけではない。
 Xに近いキルスコアを持つということから、彼らの正体(性質)がXと近しいものである可能性が高いと予測したためだ。

 ただ人間離れしているだけでは、自身の正体(ルーツ)を探る役に立つかは疑わしい。バーサーカー達を相手に肩透かしを受け続けて来たことで、Xはそれを学習していた。
 なら能力だけではなく、その行動が――強いてはそれを齎す欲望が近い相手を観察する方が、余程期待できるのではないかと、そう考えたのだ。

 例えばカオスは好奇心が旺盛らしい――不安からとはいえ、自身の正体を知りたいと切実に欲しているXに近しいものを感じる。
 また、観察による模倣か捕食による吸収かの差はあるが、他者の情報を反映しての自己改造が可能であるという点も、Xには自分達の共通項のように思えていた。

 門矢士は――今は廃業しているそうだが――カメラマン見習いで、しかし写真を撮るのが苦手で、その理由を「自分が世界に拒絶されているから」などと嘯いていたのだそうだ。一見すれば恥ずかしい言い訳でしかないが、記憶喪失で自身の正体を忘れていたこともあったそうだし、そこから来た不安感なのだとすればXにも共感できる要素は大いにある。
 写真家、という観察者としての一面も興味深いところだ。Xのそれとは全く違うようだが、彼にも他者への擬態能力があるらしいし。

 そしてどちらも、ジェイクのように他者を殺傷すること自体が目的なのではなく――どうやら悪意とは異なる欲望を満たす過程で、結果的に他者の命を奪っているらしいのだ。
 ただ自分の正体(ナカミ)が知りたいだけのXと、同じように。

285熱【ししん】 ◆z9JH9su20Q:2015/08/22(土) 23:47:18 ID:Oih3qYVk0

(――いや、もしかすると俺の中身も、本当は特に理由もなく誰かをグチャグチャにしたいような奴かもしれないけどね?)
 かつて江石屋塔湖という芸術家に惹かれたように、己の精神性を構成する要素として憎しみが――悪意が強いことは否定できないから、ジェイクなんかも死体を見つけ次第観察したいところではあると、一応の思考を挟みながら。
 セイバー達を観察し終えた後は、ネウロと戦うまでの間、彼らを探してみるのも悪くないかもしれない。Xはそんな風に結論していた。

 そのまま歩み出そうとした、まさにその瞬間。
「そういえば……千冬は、何か知ってるかな?」
 これから向かう先に、門矢士と初期配置の近い人物がいることに気づいて、Xはそう独り言ちた。

 先程の接触時は、バーサーカーとセイバーの戦いを追って急いでいた千冬とは満足な情報交換の場を設けることができなかった。
 最初に指定された禁止エリアについても、結局は聞き逃したままだ。可能なら門矢士に関する情報ともども、質問してみたいところである。
「ま、バレなかったら……だけどね」
 あまり期待しないよう心がけながら、Xは新しい予定を脳内のスケジュール表に書き込んだ。
 それがいつまで記憶に残るのかは確信が持てないままでも、特に構いはせず。



 そうして自身の置かれた状況を取り巻く、様々な情報を整理した後。冬木の港を目指し、怪物強盗は北上を再開した。

 全ては胸を滾らせる情熱を満たし、そして失くした正体を取り戻すために。
 変異を続ける脳の中で、なおも変わらずに疼く、X自身の欲望のまま。
 他者の痛みに、頓着することなく。








【二日目 深夜】
【B-4 北】

【X@魔人探偵脳噛ネウロ】
【所属】緑
【状態】健康、美樹さやか(※首から下は佐倉杏子ベース)の姿に変身中
【首輪】295枚:0枚
【コア】タカ(感情L):1、カマキリ:1、ウナギ:1
【装備】ベレッタ(8/15)@まどか☆マギカ、佐倉杏子の衣服、超振動光子剣クリュサオル@そらのおとしもの、イージス・エル@そらのおとしもの、王の財宝@Fate/zero、打鉄弐式(破損・自己修復中)@インフィニット・ストラトス
【道具】基本支給品一式×4、詳細名簿@オリジナル、{“箱”の部品×26、ナイフ}@魔人探偵脳噛ネウロ、アゾット剣@Fate/Zero、ベレッタの予備マガジン(15/15)@まどか☆マギカ、T2ゾーンメモリ@仮面ライダーW、ワイルドタイガー1minuteのスーツ@TIGER&BUNNY(中破)、ランダム支給品0〜1(X:確認済み)
【思考・状況】
基本:自分の正体が知りたい。
 1.今は美樹さやかの姿で、セイバー達を追う。
 2.次こそは必ずネウロに勝つ。今はネウロの完全な復活を待って別行動。
 3.ネウロほか下記(思考4)レベルの参加者に勝つため、もっと強力な武器を集める。
 4.セイバー、カオス、門矢士らに興味がある。阿万音鈴羽にもちょっと興味はあるが優先順位は低め。
 5.ISとその製作者、及び魔法少女にちょっと興味。
 6.もっと強くなるために、セイバーや織斑千冬から戦闘技能・戦術判断なども観察してみたい。
 7. 上記(思考6)のために、特に千冬とはIS同士で戦ってみたい。また、可能ならその前に情報交換もしたい。
 8.殺し合いそのものに興味はない。
【備考】
※本編22話終了後からの参加。
※能力の制限に気付きました。
※傷の回復にもセルメダルが消費されます。
※タカ(感情L)のコアメダルが、Xに何かしらの影響を与えている可能性があります。
 少なくとも今はXに干渉できませんが、彼が再び衰弱した場合はどうなるか不明です。
※第一回放送の内容を把握できていません。
※第二回放送時点での殺害数ランキングを閲覧しました。これにより第二回放送までの時点で誰が脱落したのかを把握しました。


【全体備考】
※B-4 教会前に“箱”(バーサーカー)が放置されています。
※殺害数ランキングは少なくともXが確認した時点では、まだ第二回放送時点までの情報しか閲覧できませんでした。

286 ◆z9JH9su20Q:2015/08/22(土) 23:48:00 ID:Oih3qYVk0
以上で投下完了です。
ご指摘等ございましたらよろしくお願い致します。

287 ◆m4swjRCmWY:2015/08/27(木) 20:07:53 ID:Tsa6LhTY0
投下します

288罪の在処  ◆m4swjRCmWY:2015/08/27(木) 20:09:38 ID:Tsa6LhTY0


















『―――映司さんは、弱いね』








頭の中で。
誰かが、そう言った。






















○  ○  ○

289罪の在処  ◆m4swjRCmWY:2015/08/27(木) 20:10:56 ID:Tsa6LhTY0
「…もうすぐ、放送ですね」

クスクシエ跡地。
風通しが良くなったと表現するには些か内と外を分ける遮蔽物が少なすぎるその場にいたのは、三人。
男が二人と、少女が一人。
火野映司。鏑木・T・虎徹。カオス。
その中の青年―――火野映司が口を開いた。
少し前に少女、カオスの泣き声が止んでから数分、この場には会話と呼べるものが一切存在していなかった。
決して彼らが不仲というわけではない。
夜の闇が深くなっていく―――放送が、近づいているのだ。
この場は陣営を巡るデスゲーム。その脱落者を告げる放送。
彼らはそのデスゲームに抗うべく立ち上がった存在だ。
だからこそ―――修羅に堕ちることを良しとしなかった彼らには、この放送を待つ時間は特に重い。
多くのものを、人を取り溢した。
誰一人死なせないと宣言しておきながら、その実、救ったものより失ったものの方が多い者。
それが『いいこと』だと、それが『愛なんだ』と勘違いしていたとはいえ、尊い複数の命を奪った者。
喪われていく『誰か』の手を掴むことができなかった者。
三者三様の想いが、自然と彼らの口数を減らせていった。
ここに至るまで、決して楽な道ではなかった。
喪って、傷ついて、少なくない死を見て。
文字通り、地獄を見た。

「…ああ、この放送が終わったら移動しようぜ。マミたちも待ってるかもしれないしな」

しかし、まだ心は折れていない。
折れる訳には、いかないのだ。

「…じゃあ俺、ちょっと出てきますね」

だから、自分も―――折れないために、先に進むために行動の『結果』と向き合わなければならない。
立ち上がりその場を後にしようとする映司を虎徹が呼び止める。

「おい映司、おまえ」
「…ちょっと出てくるだけですよ。大丈夫です、虎徹さん達を置いてったりはしませんから」
「…無茶すんなよ」
「…はい」

その言葉を背に、映司は少し遠くに離れて行った。
虎徹は映司が自分たちを置いて離れていくことを危惧した訳ではない。
その笑顔に―――その姿に、何処か危険なものを感じたのだ。

「…映司おにいちゃんは?」
「あぁ、すぐ戻ってくる」

そして、沈黙。
年頃の娘がいるというのに、何故こういうときに気が利いた言葉が、励ますことができないのか。
虎徹は少しだけ自分を恥じ―――やがて始まった放送に、身構え精神を集中させた。





○   ○   ○

290罪の在処  ◆m4swjRCmWY:2015/08/27(木) 20:11:39 ID:Tsa6LhTY0
「…これくらいで、いいかな」

来た道を、振り返る。
目線の少し先には、クスクシエ。
―――活気があったころの姿なんてもう見る影もなく。
そのことに少しだけ、寂しくなった。

「…うん。ここなら、いいや」

足を、止める。
このぐらいの距離なら、多分虎徹たちにも見えないだろうと。
放送は、もう少しだ。
クスクシエが見渡せる此処ならば、襲撃にも対処できる。
それに。
―――そろそろ、映司自身も自分がやってきたことに向き合わねばならない。

「届かなかった」

自分が取り零してきた命。

「届かなかった」

何処までも届く腕、力。
出来ることならば、視界に入る―――いや、世界の苦しむ人々全員を救うことはできないのだろうかと。
一人の人間では到底手に入れられないほどの力を、そのために手に入れたはずだった。
オーズの力、欲望の王。
なのに。
この手は―――誰にも、届かなかった。
それを、嫌でも自覚させられる放送が鳴る。
その時。自分は、果たして正常心を保っていられるかわからない。
だからこそ、見えないところまで離れたのだ。
心配させるわけには、いかないから。

「…始まった」

『午前0時0分0秒……素晴らしい。新しい一日の誕生だ――ハッピィバースデイッ!!』

人に聞かせるための配慮を一切してないかのような、大きく野太い声。
その祝福の声は、映司にはとても聞き覚えのある声で―――

「鴻上、会長…?」

誕生に重きを置く、その男。
鴻上ファウンデーションのトップにして、己の欲望を第一とする人物。

291罪の在処  ◆m4swjRCmWY:2015/08/27(木) 20:12:08 ID:Tsa6LhTY0
「何で」

最初に表面化した感情は、疑問だった。
鴻上は何よりも己の欲望を優先する男だ。
其処に善も悪もなく、区別もなければ差別もない。
だが。
あくまで彼は誕生に重きを置く人間で―――こんな終末に向かう悪趣味な催しに加担するほど堕ちた人ではなかったように思える。
そんな映司の困惑など他所に、一人ずつ名前が呼ばれる。
放送で名前が呼ばれる理由など一つしかない。
この短時間で、奪われた命たちの証。

『雨生龍之介
 ウヴァ
 加頭順
 桂木弥子』

最初の名は、知らない者の方が多かった。
彼らも必死に生き、そして死んでいった人間。
自分の無力さが、映司の胸を食い破りそうなほど責め続ける。
グリードであるウヴァのコアも探し出して砕かねばならない。
グリードは感情、意思を秘めたコアを砕かない限り、何度だって復活する。
そうなれば意味が無い。無用な犠牲が生まれる。
俺が、砕かないと。と、映司は一人呟く。

『鹿目まどか
 桜井智樹』

「…ッ」

ギリ、と歯を食い縛る。
歯が砕けそうなほど噛み締める。
届かなかった。届かなかった。届かなかった。
伸ばした手は誰かに届くことなく、彼女達は死亡した。
楽して助かる命なんて何処にもない。
それは映司自身もよくわかっている。
だからこそ力を求めた。そして、手に入れた。
―――だというのに、俺は何も救えていないじゃないか。
―――だというのに、あの時と何も変わっていないじゃないか。

『ジェイク・マルチネス』

次に呼ばれたのは、自分たちを襲った殺人鬼の名前。
一人の少女に手を汚させた、不甲斐無いことこの上ない。
思わず自嘲すら零れそうになる。

『セシリア・オルコット』

名前からして、女の子だろうか。
年は幾つだったのだろうか。どんな性格だったのだろうか。
どんな趣味を持っていて、何を生きがいにしていたのだろうか。
―――今じゃ、それを確認する術はない。
それが。途轍もなく、心を締め付けた。
そして。

『伊達明』

その言葉が響いた瞬間。
映司の全てが、静止した。

292罪の在処  ◆m4swjRCmWY:2015/08/27(木) 20:12:50 ID:Tsa6LhTY0
伊達明。伊達明。伊達明。
聞き間違えようの無いその名前に、最初は耳を疑った。
何故ならば、あの伊達明なのだ。
頭部に埋まっている弾丸の痛みに耐え続け。
摘出した後も戦線復帰した戦士。
まさに不死身という言葉そのもののような男だった。
映司の困など気にも止めず、放送は流れていく。
多くを聞き逃してしまったが、メズールが脱落したこと。
そしてこの声の主が先代オーズ―――王であるということだけは、何とか聞き取れていた。
今の映司には。
それよりも重要なことがあったので、思考は後回しにされているが。

「何で、伊達さんが」

虎徹から聞いた限りでは、戦場を離脱する直前に出会っていたという。
つまり。
伊達がこの世を去ったのは―――自分たちがあの戦場を離脱してからの後、という可能性が高い。
何故死んだのかはわからない。
誰に殺されたのかはわからない。
それでも―――確かに一つわかっているのは。
自分はまた、仲間を一人失ったということだけだった。

―――脳内に、かつての少女がフラッシュバックする。
―――助けようと手を伸ばし、しかし届くことなく爆炎に消えていった少女の姿が。

「ッ…」

「くそ…ッ!」

ゴンっと。
鈍い音と共に、地面を殴りつける。
守れなかった。
届かなかった。
失われる必要の無い命が、沢山消えていった。
そして。
映司はその連続した鈍い音の中に、ある声を聞いた。

『まーたやってんのか、火野』

野太い声。
軽いノリでありながら、何処か安心感を抱かせるその雰囲気。
それは。
間違いなく映司が再会を望んだ存在であり。

「―――伊達さん?」

同時に。
この場に、既に存在してはいけない者でもあった。





○  ○  ○

293罪の在処  ◆m4swjRCmWY:2015/08/27(木) 20:14:22 ID:Tsa6LhTY0
主催者の数がまた一人増えた。
新機能が追加された。
内容全ても把握している。
胸糞悪いルールとあの大声は、無性に勘に障る。
そして。
あろうことか『王』を名乗る男は、消えていった命を『消えて当然』と言い放ったのだ。
それは。
ヒーローとして、鏑木・T・虎徹として。
精一杯生きた罪のない命に対する、何よりも許してはいけない冒涜だった。

「…絶対だ。絶対捕まえてやるからな」

逮捕し縄でふん縛って、死んでいった者―――桜井智樹や鹿目まどか達に、詫びて貰わなければならない。
バーナビーという心強い相棒もまだ生きている。
まだ、諦めるには早い。
だが―――気になる名が、二つあった。
まず一つは、『伊達明』。
映司の仲間にして、仮面ライダーである男。
その名が、呼ばれた。
どのような経緯でその命を落としたのかは分からないが、心強い仲間を失った事実は虎徹の心に少なくない影を生んだ。
しかし、気にかけているのは其処だけではない。
この場所を離れている映司の姿は確認できないことだ。
思いつめてなければいいが、と呟くが―――虎徹にはどうすることもできない。
そして二つ目は『ニンフ』。
『エンジェロイドは簡単には死なない』。
そう言って逆転の目を作り出し、自分の背を押してくれた彼女が、死んだ。
己の聴覚を疑うほどの衝撃だった。
不甲斐無い。
ヒーローでありながら―――手の届く範囲にいた少女を守れないなど。
申し訳なさと自分への怒りで拳が強く握られる。
できることなら、この拳を何処かにぶつけやり場のない怒りを取り除きたかった。
しかし。
虎徹は結局のところ、それをしなかった。
いや。
正確には、『出来なかった』。

「カオス…」

胸を押さえ、蹲る彼女の姿を見てしまったから。

294罪の在処  ◆m4swjRCmWY:2015/08/27(木) 20:15:28 ID:Tsa6LhTY0
「…いたいの」

ポツリと、呟いた。

「…ここが、いたいの」

カオスは、憎しみを知った。
痛みは、愛ではないと知った。

「…ああ」

虎徹は、優しくカオスを抱きしめる。
胸が痛いと。その痛みの理由も正確にはわかっていないであろう彼女を。
彼女は、今向きあっているのだ。
名前が呼ばれてしまったことで、向き合わざるを得なくなった。
奪ってしまったものの大きさを。
そして。
自分の知り合いが呼ばれたことで、少なからずその痛みをまた理解してしまったのかもしれない。
奪われることの、痛みを。

「…大丈夫だ。俺がいるし、映司もいる」

彼女は恐らく、これから生きていく中で何度もこの痛みと罪に向き合うことになるだろう。
エンジェロイドの寿命が人間と同じなのかは不明だが、きっと何度も。
葛西善二郎に奪われ、間違った愛を知ってしまったからとはいえ。
手を下してしまったのはカオスなのだ。
カオスが真っ当な愛を知り、人間として成長していくほどにこの罪と痛みは大きく彼女に圧し掛かる。
…いずれ、その重みに耐え切れず潰れてしまうかもしれない。
…憎しみに身を任せてしまうかもしれない。

「…その痛みはな、カオスが悪い存在じゃない証拠だ。
 だから、安心していいんだ」

だから。
虎徹は、出来る限り。この身が続くまで彼女を支えてあげなければならないと。
心にそう決めた。

「…うん」

その思いが伝わったのかは不明だが。
エンジェロイドにしては、あまりにも弱弱しい力でカオスは虎徹の身体をすこし抱き返した。




○  ○  ○

295罪の在処  ◆m4swjRCmWY:2015/08/27(木) 20:16:18 ID:Tsa6LhTY0
「伊達、さん…?」
『おう、元気そうじゃねえか、火野』

よっ、と。
気軽に右手を上げるその姿は。映司のよく知る伊達明そのものだった。
ああ、と理解する。
映司は知っている。
これは、幻覚症状だ。
世界各地を、時には紛争地帯をも旅した映司にはわかる。
紛争で幻覚を見る人も少なくはなかった。
だが。
いざ自分がなってしまうと―――まるで、これが『現実』のように思えた。

『火野、お前は救えなかったんだな』
「…」
『火野が暴走なんて起こさず、その力をちゃんと使えてたら、誰も死なずに済んだかもしれない』

その言葉は、的確に映司の心を突いていく。
当たり前だ。
この『伊達明』は映司の幻覚―――心から生まれたもの、謂わばもう一人の映司のようなものなのだ。
その言葉は『火野映司の深い傷』を的確に突いてくる。

「そうかも、しれないです」

ぽつりと零した声は、余りにも小さい。
しかし、それでもはっきりと口にしていた。

「でも、俺は―――」
『でも?』

言葉を切ったのは、鈴の音を鳴らしたような少女の声だった。
聞き覚えがあった。
いや、忘れることなどできようか。
その声は、手を伸ばし目の前で消えてしまった守るべき少女のもので―――

「―――まど、かちゃん」

その言葉に反応し、ちらりと此方に視線を移す。
少女の表情は困ったような笑みを浮かべていた。

『私は映司さんの手をとったよ』

それは。
紫の破壊衝動に呑まれていた中で見た、薄い記憶。
手を握って、止めてくれた少女。
なのに、と少女は続ける。
強がり虚勢を張った、涙を見せないように笑う彼女の顔で。

『映司さんは、私の手はとってくれないんだね―――』

と、そう言った。

296罪の在処  ◆m4swjRCmWY:2015/08/27(木) 20:16:56 ID:Tsa6LhTY0
勿論、これは幻覚だ。
伊達明本人、鹿目まどか本人なら言うはずもない言葉である。
だが、これは幻覚だ。
映司の罪悪感を―――救えなかったという無力感を誰よりも映司自身が責め続ける限りこの声が止むことはない。

「ごめん」
「ごめん」
「ごめん…ッ!」

「助けられなくて、ごめん」

呟かれたのは謝罪の言葉。
もう死者のは届くことのない、懺悔の言葉。
その映司を、彼らはあくまで冷たい瞳で見据え続ける。
そして、消え入るほど小さくなるまで続けられた謝罪が途切れたその後。
映司は、小さく呟いた。

「ごめん…でも」
「それでも、俺はみんなを守りたい」

諦められないと。見捨てられないと。
まだ生きている命を捨ててはいけないと。
己の命を軽視したこの青年は、おそらく死ぬまで止まることができない。
最初から自分の命が勘定に入っていないのだ―――故に、己がいくら辛かろうと足を止める理由にはならない。
その言葉に、二人の幻覚は何を思ったのか。
映司の横を通り過ぎるように、消えていく。
恐らく、彼らはまた現れる。
映司本人が深い後悔に囚われたとき、また現れる。
それが予感染みた確信として、映司は感じていた。

最期に。
くるりと反転し、『鹿目まどか』は耳元で呟く。

『―――映司さんは、弱いね』

それは。
誰かのために力を求める弱者への。
己の命にすら執着が持てない弱者への。
短い、贈り物だった。


○  ○  ○

297罪の在処  ◆m4swjRCmWY:2015/08/27(木) 20:18:35 ID:Tsa6LhTY0
「…これからどうします?」
「予定通り、変更なしだ。…マミも心配だしな」

放送後。
しばらくして戻ってきた映司とともに、今後の進路を固める。
映司が戻ってきたときは虎徹も心配したが、映司の様子は放送前と余り変わりがなかった。
…そこがまたまるで水面下で何かが進行しているような不安定さを感じたが、当の映司は『大丈夫です』と一言。
それだけ言って、今後の話を始めたのだ。
放送の『オーズ』のことといい、聞きたいことはあったが今はやめておこうと。そう判断した。

「後は俺のスーツも見つかればいいんだけどなあ…」
「なら合流した後に探しにいきましょう…あ」

地図を開くと目的地―――シュテルンビルトの一部が禁止エリア入りすることを思い出す。
ほぼ全壊したスーツでは虎徹自身が危険だ。
生身での戦闘を主とする虎徹には厳しい状況だというのに、どうしたものか。

「でもまだ全部封鎖されたわけじゃない。運が良けりゃきっとある…はず…」

次第に声が小さくなる。
シュテルンビルト全てが封鎖され立ち入り禁止になったわけではないのだ。
運がよければスーツの保管場所が禁止エリアから逃れているかもしれない。
きっとそうだろう。多分。そうであると願いたい。

「良し、行くぞカオス!」
「…うん」

疲弊した身体に活を入れ、力強く立ち上がった虎徹の言葉にカオスも反応する。
まだ心の傷は癒えてなく元気がないが、それでも反応し着いてきてくれているカオスに虎徹は少しの安心を感じ。
映司もその姿に少しの安心感を得て。
三人は、再び前進を開始した。

298罪の在処  ◆m4swjRCmWY:2015/08/27(木) 20:19:33 ID:Tsa6LhTY0
【二日目 深夜】
【D-5 クスクシエ跡地】

【鏑木・T・虎徹@TIGER&BUNNY】
【所属】黄
【状態】ダメージ(極大)、疲労(極大)、背中に切傷(応急処置済み)、カオスへの複雑な心境、バーナビー達への心配、葛西への怒り
【首輪】20枚:0枚
【装備】ワイルドタイガー専用ヒーロースーツ(両腕部ガントレット以外脱落)、天の鎖@Fate/Zero
【道具】基本支給品×3、不明支給品0〜2 、タカカンドロイド@仮面ライダーOOO、フロッグポッド@仮面ライダーW、P220@Steins;Gate、カリーナの不明支給品(1〜3)、切嗣の不明支給品(武器はない)(1〜3)、雁夜の不明支給品(0〜2)
【思考・状況】
 基本:真木清人とその仲間を捕まえ、このゲームを終わらせる。
 1.映司、カオスと同行する。
 2.D-4エリアに向かい、マミと合流したい。
 3.できればシュテルンビルトに向かい、スーツを交換する。
 4.イカロスを探し出して説得したいが……
 5.他のヒーローを探す。
 6.マスターの偽物と金髪の女(セシリア)と赤毛の少女(X)、及び葛西善二郎を警戒する。
 7.カオスがやり直せるか見守り、力を貸してやりたい。
【備考】
※本編第17話終了後からの参戦です。
※NEXT能力の減退が始まっています。具体的な能力持続時間は後の書き手さんにお任せします。
※「仮面ライダーW」「そらのおとしもの」の参加者に関する情報を得ました。
※フロッグポットには、以下のメッセージが録音されています。
『牧瀬紅莉栖です。聞いてください。
  ……バーナビー・ブルックスJr.は殺し合いに乗っています!今の彼はもうヒーローじゃない!』
※ヒーロースーツは大破し、両腕のガントレット部分以外全て脱落しています。
※ジェイクの支給品は虎徹がまとめて回収しましたが、独り占めしようとしたわけではありません。
※“火野映司”こと葛西善二郎の顔を知りました。
※カオスに更正の可能性を与えられたことでセルメダルが増加しました。



【カオス@そらのおとしもの】
【所属】無(元・青陣営)
【状態】精神疲労(大)、葛西への憎しみ(極大)、罪悪感(大)、成長中
【首輪】55枚:90枚
【装備】なし
【道具】志筑仁美の首輪、映司のトランクス及びスペインフェアの際の泉比奈のクスクシエ従業員服(着用中)
【思考・状況】
 基本:「愛」を知りたい
 1.ニンフおねぇさま……
 2. 映司おにぃちゃん、タイガーおじさんといっしょにいる。
 3. 葛西のおじさんに、もう一度会ったら……
【備考】
※参加時期は45話後です。
※制限の影響で「Pandora」の機能が通常より若干落ちています。
※至郎田正影、左翔太郎、ウェザーメモリ、アストレア、凰鈴音、甲龍、ジェイク・マルチネス、桜井智樹、鹿目まどかを吸収しました。
※現在までに吸収した能力「天候操作、超加速、甲龍の装備、ジェイクのバリア&読心能力」
※鹿目まどかのソウルジェムは取り込んでいないため、彼女の魔法少女としての能力は身につけていません。また双天牙月を失いました。
※ドーピングコンソメスープの影響で、身長が少しずつ伸びています。現在は17歳前後の身長にまで成長しています。
※智樹、及びまどかを吸収したことで世間一般的な道徳心が芽生える素地ができましたが、それがどの程度影響するかは後続の書き手さんにお任せします。
※まどかの記憶を吸収しましたが、「Pandora」の機能が低下していたこと、死体の損壊が酷かったことから断片的にしか取り込めておらず、また詳細は意識しなければ読み込めません。
※読心能力で聞き取った心の声と、実際に口に出した声の区別があまりついていません。
※“火野”のおじさんが葛西善二郎であること、また彼に抱く感情が憎しみであることを知りました。

299罪の在処  ◆m4swjRCmWY:2015/08/27(木) 20:20:09 ID:Tsa6LhTY0










ザザザ、ザザ、と。
まるでTVに映る砂嵐のように、映司の視界がぶれる。

ひらひらと、自分の瞳の前で手を振ってみる。
そこには、濁った視界に映る自分の掌があった。

(…大丈夫、見えなくなったわけじゃない。
 まだ、戦える)

グッと拳を握り締め、青年は二人と並び歩いていく。

『―――映司さんは、弱いね』と。

その声が脳裏に響くのを感じながら。

人外に変わりつつある青年は、力を手にしつつあった。





【火野映司@仮面ライダーOOO】
【所属】無
【状態】疲労(大)、ダメージ(極大)、精神疲労(大)、幻覚症状、視覚異常、まどか達への罪悪感、カオスへの複雑な心境、葛西への怒り
【首輪】70枚:0枚
【コア】タカ、トラ、バッタ、ゴリラ、プテラ、トリケラ、ティラノ、プテラ(放送まで使用不能)、ティラノ(放送まで使用不能)
【装備】オーズドライバー@仮面ライダーOOO
【道具】基本支給品一式、カオス用の替えの服(クスクシエから回収したものです。種類、枚数は後続の書き手さんにお任せします)
【思考・状況】
 基本:グリードを全て砕き、ゲームを破綻させる。
 0. アンク……
 1.虎徹、カオスと同行する。
 2.カオスがやり直せるのか見守りたい。
 3.D-4エリアに向かい、マミとニンフに合流したい。
 4.グリードは問答無用で倒し、メダルを砕くが、オーズとして使用する分のメダルは奪い取る。
 5.もしもアンクが現れたら、やはり倒さなければならない……?
 6.もしもまた暴走したら……
【備考】
※もしもアンクに出会った場合、問答無用で倒すだけの覚悟が出来ているかどうかは不明です。
※ヒーローの話をまだ詳しく聞いておらず、TIGER&BUNNYの世界が異世界だという事にも気付いていません。
※通常より紫のメダルが暴走しやすくなっており、オーズドライバーが映司以外でも使用可能になっています。
※暴走中の記憶は微かに残っていて、また話を聞いたことで何があったかをほぼ把握しています。
※真木清人が時間の流れに介入できることを知りました。
※「ガラと魔女の結界がここの形成に関わっているかもしれない」と考えています。
※世界観の齟齬を若干ながら感じました。
※詳細名簿を一通り見ましたが、どの程度の情報を覚えているかは不明です。
※仁美を殺した“火野映司”が葛西善二郎であることをを知りました。
※罪悪感と精神疲労から、救えなかった者の幻覚を見るようになっています
 今は消えていますが、次いつ現れるかは不明です。
※グリード化が進行し、視覚異常が発生しました。

300罪の在処  ◆m4swjRCmWY:2015/08/27(木) 20:20:59 ID:Tsa6LhTY0
投下終了です。
なにかございましたら、お願いします

301名無しさん:2015/08/27(木) 22:02:22 ID:kx0iCw1A0
投下お疲れ様です!
気になっていたパートキタ――――!! っておまえも幻覚が見えるのか映司(フィリップ並感)
フィリップ以上に何故幻覚が見えるのか自覚できているのに、それでも変えられない生き方。カオスを救えても、生前まどかの言葉が届いていない皮肉は相変わらずなのか……
代わって今回カオスの保護者をする虎徹。「その痛みはカオスが悪い存在じゃない証拠」って良いなぁ。王に怒りを燃やすのもヒーローならまさにって感じ
そんなおじさん達に見守られるカオスもかわいいけど、もう包囲網ってレベルじゃないぐらい敵が多いしどうなることやら……というかこのままだとカオスの敵筆頭のイカロスと鉢合わせるよなぁ……ひぇぇ……
最後のパートの、映司が何だか取り返しがつかなくなって行く雰囲気ばっちりの描写での〆もあって、非常に楽しめて先が気になるSSでした。改めて投下お疲れ様です。

ただ最後に一点、映司の状態表について、コアメダルが放送まで使用不能となっていますが今回のSSで使用した描写がないことと、合流対象にニンフの名前があることは失礼ながらミスかと思われますので、wiki収録の際には修正をお願いしたいです。

302 ◆m4swjRCmWY:2015/08/28(金) 22:08:16 ID:S..ROBTg0
感想ありがとうございます!
修正箇所は収録の際に修正しておきます、ありがとうございます

303 ◆z9JH9su20Q:2015/09/21(月) 18:04:39 ID:6ZS6zWG20
投下開始します

304泪のムコウ ◆z9JH9su20Q:2015/09/21(月) 18:05:30 ID:6ZS6zWG20




 ……映司おにぃちゃんが、それを聞かれたくないと思っていたことは、カオスにも聞こえていた。
 でも、最初のそれは無関係に聞こえてしまって。意図がわかっていても、不安で仕方なかったけれど……タイガーおじさんも、大丈夫だって言ってくれたから。
 だから、カオスは彼の帰りを待つことにした。
 放送で己の罪を突き付けられ、更には希望を断たれても。同じ人の名前を聞いたタイガーおじさんが、どれほどの苦しみを覚えたのかが聞こえても。
 痛みを圧してカオスを想ってくれたおじさんのおかげで、待つことができた。

 抱きしめて貰えて……あったか、かったから。

 でも……少しして帰って来たおにぃちゃんは、頑張るって言っていたけれど。
 その声は、とても……元気そうには、聞こえなかった。

 だからカオスは、彼に気づかれないよう、くいっと静かにおじさんの腕を引く。
 あの時のように。タイガーおじさんは、カオスの目を見ただけで頷いてくれた。

(……大丈夫だ。おまえが心配する必要なんかねぇ)
 そんな、力強い声が聞こえてくる。

 だけど……そのせいじゃ、なかったかもしれないけれど。
 仁美おねぇちゃんもあの時――大丈夫って言ったのに、大丈夫じゃなかった。

 それに――おじさんだって、おにぃちゃんが本当に大丈夫だとは思っていないのに。

 きっと何とかしてくれるって、二人のことを信じたい。優しい二人を疑うわけじゃない。
 けれど、何もかもを誰かに任せて、手放しで安心するには……カオスはもう、知り過ぎていた。






      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○       ○○○






「……どうしたの?」
 目的地までの移動の最中。
 幾度も向けられた視線に振り返った映司は、言われたカオスが目を逸らすのを見て、淡く微笑み掛けた。
「ああ、ごめん……大丈夫だよ」
 今の彼女が、他人の外に出していない声まで聞こえていることは理解している。
 だから聞かれてしまわないように、先程は席を外していたけれど……思えばあれから、映司はカオスと言葉を交わしていなかった。

「別に、カオスちゃんと話をするのが嫌なわけじゃなかったんだ。だけど目の前のことでいっぱいいっぱいで……ごめんね」
 余計な不安を与えてしまっただろうかと、映司は幾らかの罪悪感を覚える。
 自分がもっと強かったら、そんな心配をさせずとも済んだのに、と――

305泪のムコウ ◆z9JH9su20Q:2015/09/21(月) 18:07:45 ID:6ZS6zWG20

「ううん……だって、わたしのせいだから……」
 しかしカオスは、小さな声で映司の言葉を否定する。自らの寂しさは映司ではなく、己に責があるのだと言った少女は――消沈したまま、ふと胸に手をやった。
「……さっき。ここが、痛かったの」
 カオスが吐露した心境に、映司は想いを馳せる。
「すっごく、すっごく……痛くて。……でも」
 消え入りそうな声で、カオスの告白は続く。
「おにぃちゃんたちも……痛かったん、だよね?」

 ――ああ、そうだった。

 さっきの放送。きっと、一番辛いのは……自分なんかじゃなかったのに。
 どうして自分は、己を責めるばっかりで……まず、この子に目を向けてあげなかったんだろう?

「その痛いのは……わたしのせい、で……」
「――違う。カオスちゃんのせいじゃない」
 そうだ、断じて違う。
 まどか達が死んだのは、苦しみの中にいたカオスのせいではない。
 全ては、映司が弱かったせいだ。
 二人が何とかしてくれるまでカオスを止めてあげられなかった、映司の弱さが全ての罪だ。
「俺が――」
「……違わねぇだろ」
 そこで口を開いたのは、黙って会話を見守っていた虎徹だった。

 その言葉に、びくりとカオスの体が強張るのを見て、映司は思わず声を上げる。
「鏑木さん――!」
「それはさっき、おまえも言ってたことだろ、映司」
 抗議の声を静かに受け止めながら、虎徹は二人の若年者に目を配る。
「カオスが酷いことをしちまったのは事実だ。それを誤魔化すのは簡単だが、んなのはただのエゴってもんだ。
 折角反省してるんだから、そこはちゃんと認めてやれよ。もう……カオスが悪い子じゃないってことと一緒にな」

 ……ぐうの音も出ない正論だった。
「そう……ですね。そうでした」
 救いたい、役に立ちたいという気持ちばかり空回りさせても、それが本当に意図した通りの結果になるのか、ちゃんと考えなければどうなるのか……映司は嫌というほど、知っているはずなのに。
 ある意味では『王(先代のオーズ)』の言う通り――喪失の恐怖で高まった欲望が、避けるべき焦りを産んでしまっていたのかもしれない。

 どんなに力を手にしたところで――過去は、変えられないのに。

「……それは」
 それでも。
 ならせめて、これからを変えるためには。今一緒にいる人達を守るためにも。
 もっと、自分がしっかりしないといけないと――そんな思考に囚われつつあった映司の耳に入ったのは。

「……愛、なの?」
 どこか物怖じしながらも放たれた、カオスの疑問だった。
「……ん」
 僅かに明るくなった声に問われた虎徹は、少しだけ考え込むように上を向いて。「そういや、カルテの奴にそんなことも言ったっけか」などと小さく呟き、頷いた。
「そうだな。カオスにちゃんとやり直して欲しいってのも……ちょっと大袈裟に言えば、愛なのかもしれないな」
「ちゃんと……やり直す……」
「そうだ。カオスはもう、誰かに痛い想いをさせるのはいけないことだってわかってるんだろ?
 確かに俺も映司もマミも、カオスと戦って痛い想いはした。そりゃあカオスも後で辛くなるような、悪いことだ。
 けど今日からは、その力を良いことに使えるはずだ。後から思い出した時、嬉しい気持ちになれるようにな。
 俺は、カオスにそうして欲しいと思う――おまえもそうだろ、映司?」

「……はい」
 微かに返事が遅れたのは、素直に聞き入っていたからだ。
 罪は消えない――その意味は、こんな幼い少女に背負わせたくないと思っていても、誰より映司は理解している。
 けれど、それがどんなに苦しい道でも。彼女にやり直して欲しいと思っているのもまた、紛れも無く本心だった。

306泪のムコウ ◆z9JH9su20Q:2015/09/21(月) 18:09:31 ID:6ZS6zWG20

 そんな映司の胸の内を見透かしたように、虎徹は続ける。

「多分、伊達の奴も……そうなって欲しかったんだと思うぜ」
 きっと――まどかも、智樹も。
 映司の中に居る、彼らさえも。

「だから……俺達はおまえの傍にいる。カオスがしたことはもちろんわかってる。けどその罪をちゃんと悔いてやり直そうと思っている限り、今更突き放したりしねぇよ。心配すんな」
「できる……かな?」
 そんな虎徹の言葉に、しかしすぐに言われた通りとは行かず、カオスの声は不安に引っ張られるように重いままだった。
「わたし……悪い子、だったのに」
「できるさ」
「……ほんと?」
「ああ。別に、良いことってのは難しいことじゃない。ちゃんと反省してるなら、後はただ一緒に居る奴らと飯喰ったり、遊んだり喋ったり……そういう時のあったかい気持ちを誰かと分かち合えてたら、本当はそれで良いんだ」
 虎徹の述べた善良であること――素朴な幸福は、まさに映司も同意することだった。
 狂ってしまった欲望に苦しめられることなく、誰もがそうで居られるようにと、映司は願い続けてきたのだから。

「まだまだちゃんと、償わなきゃいけないこともあるけどよ……良いことはもう、カオスにもできるだろ?」
 喜びを分かち合う誰かが傍に居る――自身と映司を指した虎徹は暗にそれを告げて、カオスに笑いかけた。
「だから大丈夫だ、な?」
「……ありが、とう」
「気にすんな。……俺こそゴメンな、ちゃんと安心させてやれてなくて」
「……それは俺ですよ、鏑木さん」
 また微かに涙ぐむカオスの頭に手を置き、屈託なく笑う虎徹に向けて、映司は言う。
「俺が自分のことばっかりで、不安にさせちゃったんです」
 ほんの少し前に屈んで、映司はカオスと視線の高さを合わせる。
「けど、大丈夫だよ。鏑木さんの言う通りだから。俺も傍にいる。何も心配しなくたって良い」
「ほんとに……?」
「うん、本当」
 力強く頷いてみせるが、しかしカオスは疑いを眼差しに込めていた。
 微かに訝しむ映司に対し、カオスは微かに俯いて、その言葉を口にする。
「でも……おにぃちゃん、目が……」

 ――しまった。

 虎徹が思わず凝視してくるのを見て……しかし映司は動揺を一瞬に抑え、ゆっくりと首を振った。
「ごめん、心配掛けたね。大丈夫、これはカオスちゃんのせいじゃなくて、元々だから」
「おい……どういうことだ映司」
「……黙ってて、すいません。実はここに来るちょっと前から、目が悪くなってて。でも見えないわけじゃないし、変身してる間は大丈夫ですよ」
「……本当か?」
 映司の言い分に、しかし虎徹は納得した表情を見せなかった――のだと思う。
 それさえも――夜の闇も相まって、気を抜くと色褪せた視界では判別できなくなってしまいそうではありながらも。
 でも、輪郭は見えるからと、声音で判断した映司は躊躇わずに頷き返す。

「本当です……ね、カオスちゃん?」
 追求そのものに対して、嘘は言っていない。
 だからだろう。読心能力を持つカオスも、虎徹にそれ以上問答の足がかりとなる言葉を出せず、弱々しくも頷いた。
「……行きましょう。マミちゃんが待ってます」
 それを確認して、映司は移動の再開を提案する。促された虎徹は、暫し間を開けてからそれを受け入れる。
 しかしカオスはまだ、首を縦には振れず――姿勢を戻した映司の顔を見上げていた。
「……、よね?」
「うん?」
 掠れた声が聞き取れず、映司は小さく首を傾げて聞き返す。

307泪のムコウ ◆z9JH9su20Q:2015/09/21(月) 18:10:46 ID:6ZS6zWG20

「おにぃちゃんまで……いなく、ならないよね?」
 いっそ執拗とすら思える確認は、それだけ切羽詰まっていて――疎ましさよりも、不安を覚えながら映司は繰り返す。
「だから、大丈夫だって。自分のことは自分で……」

「仁美おねぇちゃんも……だいじょうぶって言ったのに、だいじょうぶじゃなかったの」

 ぽつりと吐き出されたカオスの声の、その震えに。映司はようやく、事態の重大さを理解した。
「……ごめん」
 何度目かの謝罪を口にする。少女の心を不安で苛んだ己の無様と浅慮を映司は詫びる。
「本当にごめん」
 ……どれだけ想いを込めてみても、自分の言葉は何と軽いのだろうと、どこか醒めた部分で認識しながらも。
「言葉だけで信じろなんて、無理なのかもしれない」
 それでも言葉しか、今の映司が彼女にあげられるものはなかったから。
「……俺の力じゃ、頼りないかもしれないしね」

 ああ、嗚呼。
 ……力が欲しい。
 この子を心配させないで済む力が。
 もう、誰にも悲しい想いをさせないで済む力が。

 どうして――俺には、ないんだろう。

「でも、俺はもう君にも、誰にも泣いて欲しくない。それが……多分、俺の夢だから。
 だから……カオスちゃんを、心配で泣かせるようなことはしない。それだけは約束する」

 己の無力を痛感しながらも。この胸の内を覗き見れる少女に向けて、映司は敢えて、そこにある全てを伝える。
 この言葉のたった一つの根拠――その欲望の強さを、示すために。

 ……それでもカオスは、未だ心底から納得してくれたような表情ではなくて。
 しかし、もう、それ以上。確認しない程度には――彼女にも泣いて欲しくないという映司の望みは、伝わったようで。
 それを見た映司は、その手を引いて今度こそ、前進を再開することができた。

 とはいえ――繋いだ手から伝わるその無言の足取りは辿々しく、頼りなく。
 映司が不安にさせてしまっているというだけでなく。虎徹の言葉に、彼女が求めていた「愛」を感じることができたのだとしても……それだけで晴れるには、彼女の心に冷たく張り付いた物は重過ぎたのだ。
 その手で犯してしまった罪も、喪ってしまったという悲しみも。
 それに気づいた時、映司は自然と口を開いていた。

「――ニンフちゃんのこと、残念だったね」

 ……本当は、残念だなんて言葉、使いたくはなかった。
 そんな風に割り切るのは、まるで……誰かの命に届かなかったのが仕方のないことだと、受け入れてしまっているようで。
 ……だが、それでも痛みに耐え続ける今のカオスを、そんな気持ちのままにはしておきたくなかったから。

「だけど……仁美ちゃんのことなら、まだ手がかりがあるかも知れない」
「……え?」
 俯いていた顔が俄に浮いたのへ頷き返して、映司は続ける。
「仁美ちゃん達の友達……美樹さやかちゃんに会えれば。カオスちゃんの知りたいことも、もっと教えて貰えるかもしれない」
「さやかおねぇちゃん……」
 告げられた光明を、カオスは小さな声で繰り返す。
 少しでも軽くなれば、と思われた声は――しかし、次の瞬間に続いたのも、沈むように重たいままだった。
「おしえて、もらえる……かな?」
 カオスの――鹿目まどかの命を奪った少女の漏らした不安に、映司はできる限り力強い声で応じる。
「きっと。俺達もカオスちゃんと一緒に、お願いするから」

308泪のムコウ ◆z9JH9su20Q:2015/09/21(月) 18:12:38 ID:6ZS6zWG20

 ……それが、簡単ではないことはわかっている。
 それでも……これは、元々ニンフを相手に行おうとしていた約束と変わりはない。
 故に、困難などを言い訳に。まどかや、智樹や、伊達から託されたこの少女の望みを、断ち切らせたくはないと映司は思った。

「だから、諦めなくて良いんだよ」

 ――もう少ししたら、カオスは自らが傷つけてしまったマミと対面することになる。
 おそらくは、ニンフの亡骸とも向き合わなければならなくなる。
 そんな、楽なはずのない、逃げるわけにはいかない現実に挫けず、立ち向かおうと思える勇気を、希望を――欲望を。
 泪のムコウを見るための心の寄辺を、彼女に与えたくて。

「…………うん」
 あるいは、単なる錯覚なのかもしれないが。
 そんな映司の気持ちが通じたのか、カオスの返事は……先程までに比べ、ほんの少しだけ。微かに、弾んでいるように聞こえた。






      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○       ○○○






 背後で繰り広げられる、そんな二人のやり取りを聞きながら。
(……ったく。どうしていつもいつも、後になってからじゃなきゃできねーのかね、俺は)
 寸前の会話を思い返して、虎徹は内心で嘆息していた。

 放送が明けてから、映司の様子をカオスが心配していることはわかっていた。何しろ直接訴えて貰っていたのだから。
 なのに任せておけと心の中で言うだけで、虎徹自身も映司との距離を測り損ねている間に、結局何かするより先に当事者同士の会話をさせてしまった。

 土壇場になってから何とかするのは毎度のことだが、会社からも他のヒーロー達とも分断され、フォローの期待できない現状で万が一にも失敗を許されないことは、とっくに理解しているはずだというのに。
 ……いやそもそも、放送を聞いてからずっと頭の隅で考えていたからようやくそれらしいことを言えただけで……何とかなってすらいないのではないか、現状は。

 カオスが勇気を出して、自分から不安を解消できた、という形なら、虎徹自身が情けなかろうがまだ良かっただろう。
 しかし実際は……と。虎徹は一瞬だけ、背後の映司を振り返る。
 身体の不調を黙っていたのは、自分達に心配をさせまいとする気遣いが主であることはわかっている。読心能力を持つカオスが映司の嘘に付き合うような状況でもなかったから、自分達を騙すつもりはなかったのだと虎徹も理解している。
 だがそんな人としての気遣い以上に、彼から悪気のない根本的な危うさを感じてしまうのは、先程彼の中の歪さを認識したことと無関係ではないのだろう。

 今のカオスにはそれが直に読み取れてしまう以上、映司に対する不安を晴らすのは難しいだろう。
 映司の抱える危うさの正体を推察することは、まだ虎徹にはできない。歪んでいると感じていても、具体的に何を正せば良いのかがわからない。
ジェイクとの決着を機とした出会いから過ごした時間は、おおよその人となりを把握するには充分でも、その根幹を見透かすには足りていないのだ。

(……ごめんな、頼りなくてよ)
 内心で詫びた次の瞬間、虎徹は小さく首を振る。
 そんな自虐も、カオスには聞こえているのだ。
(……頼りなかろうが、俺しかいねぇじゃねーか)
 虎徹がそうなって欲しいと望むことを、実現できる人物は。
 頼れるバーナビーとは未だ合流できない。だから自分で考えろ。材料が足りないだの、理ではなく情を取るスタンスだのは関係なく、できる限りのベストを尽くせ。
 誰にも泣いて欲しくない――映司が口走った夢は、虎徹達が掲げる理想(ユメ)と同義だ。
 なのに、彼を見ているとどうしてもこうも不安になるのか――何故カオスを泣かせてしまいそうなのかを考えろ。

 歩きながらも虎徹の張り巡らせた思考の糸に、微かに触れる記憶が見つかったのは、その少し後のことだった。

309泪のムコウ ◆z9JH9su20Q:2015/09/21(月) 18:13:46 ID:6ZS6zWG20

 伊達明――カオスを自分達に託して逝った、映司と旧知であった男。
 ほんの僅かな時間の邂逅しかできなかった彼は、あるいは虎徹の掴みきれていなかった映司の根元を、把握していたのかもしれない。

 ……そういえばあの時、映司のことを馬鹿と呼んでいた伊達は、どんな人間を嫌いだと言っていただろうか。
 そのことに思い至った時――ようやく虎徹の中で、それが繋がった。

 火野映司は、もう誰にも泣いて欲しくないと望み。
 彼を馬鹿と罵った伊達明は、自らの手で己を泣かせる輩を嫌悪した。
 ならば……

(……誰にもの中に、おまえはちゃんと居んのかよ? 映司)

 それはあるいは、自分一人が闇に落ちてでも皆を笑顔にしたい――そんな、時に自分達ヒーローが強いられる、覚悟を背負った自己犠牲ですらなく。
 何もかもにも手を伸ばそうとする貪欲さを持ちながら、最初から抱いているものを平気で捨ててしまう――いや、本人としては捨てているという認識すらないような、人としての欠落があるのではないか。

 そんな不安が、ふと。虎徹の中で鎌首をもたげたが……そのことに思考を割くのは、一時中断させられた。

 というのも……見覚えのある景色が、虎徹の視野に入り込んで来たためで――――その先にある、あるべきものがない彼女の姿を、目に収めてしまったからだった。

 次の瞬間。くぐもった声が、虎徹の唇の割れ目から漏れた。






【二日目 深夜】
【D-4 北東(ニンフ、牧瀬紅莉栖の死体前)】



【火野映司@仮面ライダーOOO】
【所属】無
【状態】疲労(大)、ダメージ(極大)、精神疲労(大)、幻覚症状、視覚異常、まどか達への罪悪感、カオスへの複雑な心境、葛西への怒り
【首輪】70枚:0枚
【コア】タカ、トラ、バッタ、ゴリラ、プテラ×2、トリケラ、ティラノ×2
【装備】オーズドライバー@仮面ライダーOOO
【道具】基本支給品一式、カオス用の替えの服(クスクシエから回収したものです。種類、枚数は後続の書き手さんにお任せします)
【思考・状況】
 基本:グリードを全て砕き、ゲームを破綻させる。
 1.虎徹、カオスと同行する。
 2.カオスがやり直せるのか見守りたい。さやかのことも探してやりたい。
 3.マミと合流したい。
 4.グリードは問答無用で倒し、メダルを砕くが、オーズとして使用する分のメダルは奪い取る。
 5.もしもアンクが現れたら、やはり倒さなければならない……?
 6.もしもまた暴走したら……
【備考】
※もしもアンクに出会った場合、問答無用で倒すだけの覚悟が出来ているかどうかは不明です。
※ヒーローの話をまだ詳しく聞いておらず、TIGER&BUNNYの世界が異世界だという事にも気付いていません。
※通常より紫のメダルが暴走しやすくなっており、オーズドライバーが映司以外でも使用可能になっています。
※暴走中の記憶は微かに残っていて、また話を聞いたことで何があったかをほぼ把握しています。
※真木清人が時間の流れに介入できることを知りました。
※「ガラと魔女の結界がここの形成に関わっているかもしれない」と考えています。
※世界観の齟齬を若干ながら感じました。
※詳細名簿を一通り見ましたが、どの程度の情報を覚えているかは不明です。
※仁美を殺した“火野映司”が葛西善二郎であることをを知りました。
※罪悪感と精神疲労から、救えなかった者の幻覚を見るようになっています
 今は消えていますが、次いつ現れるかは不明です。
※グリード化が進行し、視覚異常が発生しました。

310泪のムコウ ◆z9JH9su20Q:2015/09/21(月) 18:14:56 ID:6ZS6zWG20


【鏑木・T・虎徹@TIGER&BUNNY】
【所属】黄
【状態】ダメージ(極大)、疲労(極大)、背中に切傷(応急処置済み)、カオスへの複雑な心境、バーナビー達への心配、葛西への怒り、映司への不安
【首輪】20枚:0枚
【装備】ワイルドタイガー専用ヒーロースーツ(両腕部ガントレット以外脱落)、天の鎖@Fate/Zero
【道具】基本支給品×3、不明支給品0〜2 、タカカンドロイド@仮面ライダーOOO、フロッグポッド@仮面ライダーW、P220@Steins;Gate、カリーナの不明支給品(1〜3)、切嗣の不明支給品(武器はない)(1〜3)、雁夜の不明支給品(0〜2)
【思考・状況】
 基本:真木清人とその仲間を捕まえ、このゲームを終わらせる。
 0.ニンフ……っ!
 1.映司、カオスと同行する。
 2.マミと合流したい。
 3.できればシュテルンビルトに向かい、スーツを交換する。
 4.イカロスを探し出して説得したいが……
 5.他のヒーローを探す。
 6.マスターの偽物と金髪の女(セシリア)と赤毛の少女(X)、及び葛西善二郎を警戒する。
 7.カオスがやり直せるか見守り、力を貸してやりたい。
【備考】
※本編第17話終了後からの参戦です。
※NEXT能力の減退が始まっています。具体的な能力持続時間は後の書き手さんにお任せします。
※「仮面ライダーW」「そらのおとしもの」の参加者に関する情報を得ました。
※フロッグポットには、以下のメッセージが録音されています。
『牧瀬紅莉栖です。聞いてください。
  ……バーナビー・ブルックスJr.は殺し合いに乗っています!今の彼はもうヒーローじゃない!』
※ヒーロースーツは大破し、両腕のガントレット部分以外全て脱落しています。
※ジェイクの支給品は虎徹がまとめて回収しましたが、独り占めしようとしたわけではありません。
※“火野映司”こと葛西善二郎の顔を知りました。
※カオスに更正の可能性を与えられたことでセルメダルが増加しました。


【カオス@そらのおとしもの】
【所属】青陣営
【状態】精神疲労(大)、葛西への憎しみ(極大)、罪悪感(大)、成長中
【首輪】45枚:90枚
【装備】なし
【道具】志筑仁美の首輪、映司のトランクス及びスペインフェアの際の泉比奈のクスクシエ従業員服(着用中)
【思考・状況】
 基本:「愛」を知りたい
 1.ニンフおねぇさま……
 2.映司おにぃちゃん、タイガーおじさんといっしょにいる。
 3.仁美おねぇちゃんのことをもっと知りたい。諦めたくない。
 4.葛西のおじさんに、もう一度会ったら……
【備考】
※参加時期は45話後です。
※制限の影響で「Pandora」の機能が通常より若干落ちています。
※至郎田正影、左翔太郎、ウェザーメモリ、アストレア、凰鈴音、甲龍、ジェイク・マルチネス、桜井智樹、鹿目まどかを吸収しました。
※現在までに吸収した能力「天候操作、超加速、甲龍の装備、ジェイクのバリア&読心能力」
※鹿目まどかのソウルジェムは取り込んでいないため、彼女の魔法少女としての能力は身につけていません。また双天牙月を失いました。
※ドーピングコンソメスープの影響で、身長が少しずつ伸びています。現在は17歳前後の身長にまで成長しています。
※智樹、及びまどかを吸収したことで世間一般的な道徳心が芽生える素地ができましたが、それがどの程度影響するかは後続の書き手さんにお任せします。
※まどかの記憶を吸収しましたが、「Pandora」の機能が低下していたこと、死体の損壊が酷かったことから断片的にしか取り込めておらず、また詳細は意識しなければ読み込めません。
※読心能力で聞き取った心の声と、実際に口に出した声の区別があまりついていません。
※“火野”のおじさんが葛西善二郎であること、また彼に抱く感情が憎しみであることを知りました。

311 ◆z9JH9su20Q:2015/09/21(月) 18:15:43 ID:6ZS6zWG20
以上で投下完了です。
ご指摘等ございましたらよろしくお願い致します。

312名無しさん:2015/09/21(月) 23:41:41 ID:1KlSlWWg0
投下乙です
カオスを支える2人の優しさが強く感じられる回でした
イカロスや士というカオスを排除しようとする参加者から守りきれるかな?

313名無しさん:2015/09/26(土) 22:07:20 ID:NZn9.i8Q0
お二方とも投下乙です
年長者だからこそ自分も傷付きながらも周りへの気配りを欠かさない虎徹は、実力で劣っていてもこの上なく頼もしい
叱られるべき部分を誤魔化さず、その上で道を指し示す姿がまさに大人で嬉しい
虎徹と映司に道を示され、少しずつ成長していくカオスの姿を見れば希望を見出せそう
……と言いたいのに、その映司は自分の弱さを責める思いゆえに、まともな神経が少しずつ崩れていくのが…
痛みを乗り越えるのではなく、ただ無理矢理突き進んでいるだけの姿に希望を見出せないのが哀しい
この調子だと一人だけバッドエンドになりそうだけど、打開策はあるだろうか…

314名無しさん:2015/10/01(木) 16:48:00 ID:BANaBIN60
フィリップのみならず映司までもがミツザネェ!状態か…

315名無しさん:2015/10/10(土) 21:07:16 ID:qLHsUyM.0
タイバニがハリウッドで実写化と聞いて

316名無しさん:2016/01/03(日) 16:33:31 ID:QEMARQTw0
あけましておめでとうございます
新年早々ですが、明日、パロロワ企画交流雑談所・毒吐きスレ10(ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/8882/1403710206/l50)にてオーズロワ語りが行われますので、告知をば
皆様よろしくお願いします。

317 ◆2kaleidoSM:2016/01/26(火) 20:42:57 ID:cYyNSHUY0
投下します

318戦いの果てに待つものはなにか ◆2kaleidoSM:2016/01/26(火) 20:47:11 ID:cYyNSHUY0
夢を見ていた。


街だったはずの場所を燃え盛る炎が包み込んでいる。
夜の闇が広がっているはずの空も、まるで地上に影響されたかのように朱に染まるほどに。
そして、当然そこにいる人間もまたその炎に飲み込まれていた。

燃える炎の中でもがく人がいた。
炎が近づく中で動かぬ子供を抱きかかえて必死に呼びかける親がいた。
倒壊した家屋の下敷きとなり動けぬまま、迫る炎の恐怖に助けを求める人がいた。

それはまるで地獄のような光景だった。

そんな場所で、男は助けを求める人々を一人でも多く救おうと必死で助けようと駆けまわっている。
だが、誰も助けることはできない。
必死に手を伸ばすも、誰一人間に合わぬまま死んでいく。

それは地獄のような光景だが。
そこを駆け回る男にとっても生き地獄のようなものだった。

自分の行動が、その戦いで全ての争いを終わらせ、誰も苦しむことのない世界を願うためのものだったその男にとっては。

心が擦り減らされるほどに失われていく命を見ていく、そんな中で。

男はようやく一人の生存者を見つけることに成功した。

もう動くことのできないほどの状態、もう少し遅れていれば間違いなく死んでいただろうという様子の、しかし確かに生きている一人の少年。
弱々しくも確かに脈を残したその少年の手を取り、その生を実感する。

『…生きてる……生きてる……生きてる……!!』

たった一人。だが確かに間に合った。
ただそれだけで、男にとっては救いだった。

『ありがとう……ありがとう……ありがとう……!!』

まるで助けられたはずの少年よりも、助けた男が救われたかのようにも思えるほどの感謝の言葉を述べながら。
その男、衛宮切嗣は少年を抱きしめて涙を流していた。



それは、セイバーが知らない衛宮切嗣。

(もしやこれは、キリツグの……)

マスターとサーヴァントは精神的なパスを通じて互いの体験を夢として見ることがある。
今までは切嗣による精神的なシャットアウトによりこのように通じたものを見ることはなかった。故に初めてであり。
そして、この光景が自分の知らない、いずれ体験したかもしれない未来のものであるということも直感していた。

これが、あの聖杯戦争の果てにある未来だというのなら。

(キリツグ…、あなたは…)

あの戦いの果てに、一体何を得られたというのだろう。



319戦いの果てに待つものはなにか ◆2kaleidoSM:2016/01/26(火) 20:48:32 ID:cYyNSHUY0
「…戻ったよ」

セイバー、千冬の二人の帰還からしばらく経った頃、一人離れていた鈴羽が三人の元へと戻った。
その顔色を見るにあまり大丈夫そうではないが、しかし気持ちに一段落はつけたのだろう。

まずは状況を整理しなければならない。
セイバーと同行した千冬に鈴羽は問いかける。

「セイバーは、まだ起きない?」
「ああ。傷が深くてな。彼女の持つ武器のおかげで命に別状はないみたいだが、しかしメダルが足りない」
「バーサーカーってやつに負けたの?」
「…いや、その戦いには勝った。セイバーはバーサーカーを、深手を負うこともなく倒した」
「じゃあ、何でセイバーは……」
「私は先行するセイバーを追っている時、一人の男と遭遇した。
 お前も最初の場所で見ただろう。あのワイルドタイガーという男だ」

ワイルドタイガー。
真木清人に向けて、この殺し合いを絶対に止めると宣言していたあの男だ。
無論殺し合いに乗ることなど考えられない。
だが、それがどうしてこの話と関係するのか。

「バーサーカーを倒した時、正確にはやつがセイバーのために一つの道具を取り出した時、奴はセイバーを背後から攻撃した」
「な…っ…」

その言葉に絶句する鈴羽。
決して殺し合いに乗ることはないだろうと思われたはずの男の凶行。
千冬や切嗣にも衝撃だったそれは無論鈴羽にとっても同じもの。

「正気を取り戻したバーサーカーはセイバーを私に託して、ワイルドタイガーの足止めをした。おそらくはもう生きてはいないだろう」
「…どうして、ワイルドタイガーは?」
「分からん。あの時のあいつは最初のあの場所にいた時とはまるで別人のように豹変していた…」

そう思い出しながら答える千冬に、鈴羽はふと疑問の目を向けた。
似たようなことが、以前になかっただろうか、と。

「……ねえ、その辺の話、詳しく聞かせてもらっていい?」

問われた千冬は、ワイルドタイガーに出会ってからの様子をある程度詳細に説明する。
だが、実際説明したところで何故そんな凶行に走ったのかという理由に当たりそうなものは思い当たらなかった。
この殺し合いの環境が、あの男を変えてしまったのか、それとも真木に宣言したあの時の姿は偽りだったのか。

「…ちょっといい?あくまでも可能性の話なんだけど…」

説明が終わったところで鈴羽は未だ思考を続ける千冬に一つの事柄を告げる。
それは鈴羽にとっても苦い記憶となった一つの戦い。

「私、この場所にきて数時間くらいの頃だったかな。似たような状況に遭遇したわ。
 友好そうな顔で近寄ってきて襲いかかられたことが。 と言っても、そいつすごく雰囲気がおかしかったからすぐにヤバイやつだって気付いたんだけど。
 でも逃げられなくて、仲間が、そはらが殺されたの」
「…まさか……」

それはセイバー達との情報交換の中で聞いていたものだ。
そして、その襲撃者の名前は、確か。

「そいつは名乗ってたわ。織斑一夏、って」
「…!」

織斑一夏。
千冬の弟であり、最初の放送で名を呼ばれた者の一人。
その辺りの説明は既に聞いている。一夏の姿を借りて狼藉を働く者がいるということも、そいつが行った所業についてもこの場の者が知っている限りは。
間桐雁夜を殺し、月見そはらを殺し。
おそらくは、姿を写し取った織斑一夏も。

無論、あのワイルドタイガーがそうだと断言するにはまだ早い。ことが事なだけに状況証拠だけで判断していいものではない。
だから、鈴羽は畳み掛けるように千冬に問う。

「私があった織斑一夏は、何だかやたらと私達の中身を見せてくれ、みたいなことを言って襲ってきたわ。
 そのワイルドタイガー、もしかして似たようなこと口走ってなかった?」
「………言っていた」

『なあ、教えてくれよ───アンタの中身、如何なってるのか』

確かにあのワイルドタイガーはそう言った。
あの時は言葉の意味を考える暇もなかったものが、しかしそれがその正体を示すものとなるのならば。

320戦いの果てに待つものはなにか ◆2kaleidoSM:2016/01/26(火) 20:49:23 ID:cYyNSHUY0

自分でも意識しない間に握り締めた手に力が篭っていた。

「…私も連れて行って」

そんな千冬の様子を見て察したのだろう。鈴羽が厳しい表情で懇願してきた。
その目に宿った激情は千冬のものと同じものだろう。

一方的に襲いかかり、そはらを殺し、そしてセイバーをも傷つけた。
織斑一夏を殺し、あまつさえその姿で人を襲っている。

二人にとっては仇敵と言っても差し支えない相手だ。

「待て、二人とも」

だが、そんな二人の会話を横で聞いていた切嗣が待ったをかける。

「今互いに別行動を取るのは得策じゃない。相手は姿かたちを自由自在に変えられる化物だ。
 下手をするとこの中の誰かの姿に変身して隙をついてくるかもしれない」
「それは…、そうだけど……、でも、衛宮切嗣!」

「君の気持ちが分かる、とは言えないだろうけど。
 だけどこんな状況だからこそ、冷静になって行動しないといけない。
 もしかしたら、奴はまた別の姿で近づいてくるかもしれない。
 だけど今僕たちに残されたメダルはそう多くはないのだから」

二人のようにあの存在に深い恨みがあるわけではないが、だからこそ切嗣は冷静にどう対処すべきかを述べることができた。

実際問題、ここにいる一同のメダル残数は心許ないものだ。
セイバーの傷を回復させるために千冬が追加でメダルをつぎ込んだこともあり、今手元にある枚数は30枚。
これを切るとISを動かすことは厳しくなる。
たとえ生身でも並大抵の相手ならば倒す自信はあるが、しかし相手は人間ではない正体不明の相手。慎重に行動することに越したことはないのも事実なのだ。

「そう、だな…。こちらからの行動はセイバーが目を覚ますまで保留としておこう」

一旦その怒りの感情を心の中に押し留める千冬。
もしかするとユウスケが戻ってくる可能性だってある。

「阿万音鈴羽も、少し落ち着け。
 お前が辛いのは私にも分かる」

相手は不意打ちとはいえセイバーに深手を負わせるほどの力がある。
そこに変身能力での撹乱までされてしまっては全滅は必須だ。
今は互いの安全を確認しつつ力を合わせることが重要になる。


「…ねえ、少しだけ、弱音を吐かせてもらってもいい?」

やがて鈴羽は、ポツリと弱々しい声色で呟いた。

「私、怖いんだ。私の近くで人が死んでいくのを見るのが」

321戦いの果てに待つものはなにか ◆2kaleidoSM:2016/01/26(火) 20:49:48 ID:cYyNSHUY0

鈴羽自身今まではこんなことをここまで痛感したことはなかった。
ワルキューレにいた元の時代、世界でも自分の近くで多くの人が死んでいくのは日常だった。
だけど、皆分かっていた。自分たちのいる場所が、その世界では何よりも死に近いものだということが。
だからこそ自分も必死で戦ってきたし、仲間が死んでも気持ちを切り替えることができるように努めていたのだ。
そう、皆死を覚悟して生きていた。だからこそ、死を背負うことはあっても引きずることはなかった。

ただ一つのことを除いて。

作戦名『オペレーション・ギャラホルン』
一言でいうならSERNにおける重要人物、牧瀬紅莉栖を狙撃するもの。
その作戦における狙撃手という最重要ポジションを与えられた鈴羽。
しかし結論から言えばその作戦は失敗した。手元を狂わせた狙撃により殺すことができず、結果多くの仲間が犠牲になった。

自分の失敗が多くの仲間を死なせたという事実から、優秀な狙撃の腕を持ちながらそれを2年間封じるほどに。

「別に人が死ぬのはたくさん見てきたはずなのに。でもやっぱりあの時とは違う。
 家族が死んで、仲間が死んで、なのに私は何もできていない」

今の自分の中にあるのはその悔恨の念に近いものがあった。
月見そはらは一般人だった。戦いに生きてはいない、本来ならば自分達のような戦士が守るべき者。椎名まゆりのように、ごく普通の世界を生きる権利があった。
それを、守ることができなかった。
すぐそばにいながら、守れなかった。

そして逃げた結果、今度はセイバーが傷付けられた。そはらを殺したあいつの手で。

「そしたらさ、どうしても思っちゃうんだ。もっと最善の行動ができてれば、ううん、もっと自分に力があれば、誰も死なず、傷つかずに済んだんじゃないか、って」

もしかしたらその時点で、自分は”失敗”してしまったのではないか。
あのそはらを守れなかった時点で。

皆が死に、傷ついていく中で、自分だけ何もできていない。
特に月見そはら。守れるはずだった彼女を助けることができなかったことは、鈴羽の心に深い悔恨を残していた。
そして、その下手人が今度はセイバーを傷付けたのだ。
耐えられるはずがなかった。


「もしかしたら、私がそはらを守れなかったせいで、あの時あいつを止められなかったせいで…。
 そはらも、セイバーも、セイバーの仲間も、お父さんも牧瀬紅莉栖もフェイリス・ニャンニャンも、みんな、みんな私がもっとしっかりできていれば――――」
「落ち着け!阿万音鈴羽」

思わず大声で鈴羽の自責を止める千冬。

「少なくともお前の父親や友達、私達のことはお前には責任はない。
 気負う気持ちは分からんではないが、そうやってあまり自分を追い詰めるな」

慰めるように鈴羽の肩に手を置く千冬。

年齢にしてみれば教え子の生徒達とそう離れたものではない少女。
そんな娘がここまで思いつめている。きっとこの殺し合いだけの話ではないのだろう。
一体どんな人生を彼女が歩んできたというのか。

322戦いの果てに待つものはなにか ◆2kaleidoSM:2016/01/26(火) 20:50:52 ID:cYyNSHUY0

月明かりの美しい夜。
屋敷の縁側に二人の人間が座っていた。

一人は衛宮切嗣。もう一人はキリツグが助けた少年。
あの災害の中で親を失った子供を、キリツグは養子として育てていた。
普通の親のようにずっとそばにいてやれないながらも、キリツグなりに愛情を注いで共に暮らしていた。

そこには、魔術師殺しと恐れられた男の姿はなかった。

『子供の頃、僕は正義の味方に憧れてた』

キリツグはまるで遠い情景に想いを馳せるように少年にそう呟いた。

『ヒーローってのは期間限定でね。大人になると名乗るのが難しくなるんだ』
『そんなこと、もっと早くに気付けばよかった』

言葉の裏で、キリツグが一体どれだけのものを失ってきたのか、セイバーには知る由もない。
だが、この衛宮切嗣という男が戦いの果てに得たものがあの大災害による犠牲だったというのであれば。
これほど残酷なことはないだろう。

(キリツグ……)

『なら、しょうがないな』

と、そんなキリツグを真っ直ぐ見つめて、少年は口にした。

『しょうがないから、俺が代わりになってやるよ』

衛宮切嗣という男が叶えられなかった夢を、自分が代わりに叶える、と。

『だから安心しろって。爺さんの夢は』

その瞳はどこまでも真っ直ぐで純粋で。
傍から見ても分かる危うさも少なからず感じてしまうほどのものだった。

『ああ、安心した』

だが、その言葉に心底救われたように小さく呟いて。
それを最後に、キリツグの意識は消失した。
これが、衛宮切嗣という男の最後に見た風景だった。



自分が知る衛宮切嗣と、あの衛宮切嗣。
その差の間にあったものをセイバーは理解した気がした。

キリツグは結局何も得ることができず、全てを失って。
自分の行動全てを自身が否定せざるをえないほどの結果を受けながらも。
それでもただ一つだけその手に残すことができたものに、自分の夢を託すことができたのだ。

それが正しいことなのかどうかはセイバーには分からない。
だが、その最期は彼にとって間違いなく意味のある、救いだったのだろう。


(私は…何を成せたのだろう…?)

自分の願いを遂げられなかったキリツグの姿が自分と被って見えたセイバーは、ふと自分を見つめ返す。

キリツグのように、小さくとも何か一つでも残せたのだろうか。
国に対して、人に対して、そして、

(ランスロット…、私は……)

友に対して。

眠り続けるセイバーにはまだ答えにたどり着くことはできない。
しかし、その目覚めの時も少しずつ近づいていた。

323投下順をミスしました。>>321の前にこちらを入れてください:2016/01/26(火) 20:52:26 ID:cYyNSHUY0
だが、少なくともこの場所での歩みに限定するのであれば、自分も人のことを言えるものではない。

「それに、守れなかった、というなら、私こそ……」

無残な肉塊と化した弟。
狂気に走り、正気を取り戻すと同時にその命を目の前で断った教え子。
それに殺された別の教え子もいれば、未だどう出会ったのか分からぬが死んでしまったことだけは確かな者もいる。

思い返せば後悔ばかりでキリがない。
特にセシリア・オルコットのことは。

「力があっても、私はセシリア一人救うこともできなかった…」
「…ごめん、何だか私ばっかりこんな目に会った、みたいなこと言って」

強い後悔を噛み締める千冬の表情を見て、鈴羽は謝罪の言葉を述べる。

思わず口走ってしまった言葉だったが、しかしこの場にいる皆が同じ気持ちだった。
千冬だけではない。
あまり積極的に話に入ってこない切嗣もまた、同じなのだ。

間桐雁夜を死なせ、アストレアは別れて間もなく放送で名を呼ばれ。
牧瀬紅莉栖をバーナビー・ブルックス・Jrから助け出すことができなかった。
挙句、生き延びた末にこうして皆の介護があってようやく動けている有様だ。



(力、か……)

そんな鈴羽を見ながら、ふと千冬は自身のバッグに入った一つの存在に思いを馳せる。
百式。弟である織斑一夏のIS。
ブルー・ティアーズ、ラファール・リヴァイヴ・カスタムII。二人の教え子の持っていたIS。
この中で自分のスタイルと相性のいい百式を除いた二つのISは、千冬にとっては持て余し気味のものだ。
特にビットによる遠隔操作を用いた戦闘が可能なブルー・ティアーズはともかく、多様な装備を状況に応じて持ち替えていくラファール・リヴァイヴ・カスタムIIは併用して使うことはできない。

もしこれを鈴羽に渡せば、彼女の悩みの一つ、戦う力がない無力さを消すことはできるかもしれない。

(いや、だがそれは鈴羽自身の身を危険に晒すことと同じだ)

だが、戦いに加わるということは同時に命の危機も増えるということだ。
それに仮に鈴羽に渡したとしても、彼女はISを動かすことにおいては素人に近い。いきなりではなく、ある程度訓練で慣らさなければ戦闘と同時に撃墜、ということになりかねない。
だが、それをするだけのメダルの余裕はない。

(今は、私がやらねばならない。私が…)

拳を握る千冬は、その心中にある、ISを渡すことを保留した理由の一つから目を背けた。
それは、鈴羽の抱いた感情と同じものであるということを認識しながら。




324 ◆2kaleidoSM:2016/01/26(火) 20:54:44 ID:cYyNSHUY0
【二日目 深夜】
【A-4 南】

【織斑千冬@インフィニット・ストラトス】
【所属】赤
【状態】精神疲労(大)、疲労(大)、左腕に火傷・骨折、肉体に多くの裂傷
【首輪】30枚:0枚
【装備】白式@インフィニット・ストラトス
【道具】基本支給品×4、ニューナンブM60(4/5:予備弾丸17発)@現実、スタッグフォン@仮面ライダーW、ブルー・ティアーズ@インフィニット・ストラトス、ラファール・リヴァイヴ・カスタムII@インフィニット・ストラトス
【思考・状況】
基本:生徒達を守り、真木を制裁する。
 0. セイバーが治るまで、前線に立つ。
 1. 落ち着いたら、ユウスケがどうしているのかをセイバー達に伝える。
 2.ボーデヴィッヒと合流したい。
 3.井坂深紅郎、門矢士、一夏の偽物を警戒。
 4.ユウスケは一夏に似ている。
 5.セイバーが迷いを吹っ切ったら再戦したい。
  6.鈴羽にISを渡すべきか、それとも…?
【備考】
※参戦時期は不明ですが、少なくとも打鉄弐式の存在は知っています(開発中か実戦投入後かは不明です)。
※小野寺ユウスケに、織斑一夏の面影を重ねています。
※ブルー・ティアーズが完全回復しました。
※セイバーを襲ったワイルドタイガーが一夏の仇であると確信しています。

【セイバー@Fate/zero】
【所属】無
【状態】疲労(大) 、気絶中、肩口に裂傷、背中に傷、全身に裂傷、全て回復中
【首輪】20枚(消費中):0枚
【コア】ライオン(放送まで使用不能)
【装備】無毀なる湖光@Fate/zero、全て遠き理想卿@Fate/zero
【道具】基本支給品一式
【思考・状況】
基本:殺し合いを打破し、騎士として力無き者を保護する。
 0. ???
 1.衛宮切嗣に力を貸す。彼との確執はこの際保留にし、彼が望むならもう少し向かい合っても良い。
 2.悪人と出会えば斬り伏せ、味方と出会えば保護する。
 3.ラウラと再び戦う事があれば、全力で相手をする。また、相応しい時が来れば千冬と再度手合わせをする。
 4. 聖杯への願い(故国の救済)に間違いはないはず。
【備考】
※ACT12以降からの参加です。
※アヴァロンの真名解放ができるかは不明です。
※鈴羽からタイムマシンについての大まかな概要を聞きました。深く理解はしていませんが、切嗣が自分の知る切嗣でない可能性には気付いています。
※ランスロットの本心を聞きました。
※夢を通じて切嗣が聖杯破壊以降に体験した記憶を見ました。
  本編中の描写以上の箇所をどこまで見たかは不明です。

325 ◆2kaleidoSM:2016/01/26(火) 20:55:30 ID:cYyNSHUY0


【衛宮切嗣@Fate/Zero】
【所属】青
【状態】ダメージ(大)、貧血、全身打撲(軽度)、背骨・顎部・鼻骨の骨折(軽)(現在治癒中)、片目視力低下、牧瀬紅莉栖への罪悪感、強い決意
【首輪】0枚:0枚
【コア】サイ
【装備】なし
【道具】なし
【思考・状況】
基本:士郎が誓ってくれた約束に答えるため、今度こそ本当に正義の味方として人々を助ける。
1.まずはセイバーを回復させる。
2.回復後、偽物の冬木市を調査する。それに併行して本当の意味での“仲間”となる人物を探す。
3.何かあったら、衛宮邸に情報を残す。
4.無意味に戦うつもりはないが、危険人物は容赦しない。
5.バーナビー・ブルックスJr.、謎の少年(織斑一夏に変身中のX)、雨生龍之介とグリード達を警戒する。
6.セイバーはもう拒絶する必要はない?
【備考】
※本編死亡後からの参戦です。
※『この世全ての悪』の影響による呪いは完治しており、聖杯戦争当時に纏っていた格好をしています。
※セイバー用の令呪:残り二画
※この殺し合いに聖堂教会やシナプスが関わっており、その技術が使用されている可能性を考えました。
※意識を取り戻す程に回復しましたが、少しでも無理な動きをすれば傷口が開きます。


【阿万音鈴羽@Steins;Gate】
【所属】緑
【状態】健康、深い哀しみ、決意、強い無力感、そはらの仇(X)に対する怒り
【首輪】0枚:0枚
【装備】タウルスPT24/7M(7/15)@魔法少女まどか☆マギカ 、軍用警棒@現実、スタンガン@現実
【道具】基本支給品一式、大量のナイフ@魔人探偵脳噛ネウロ、9mmパラベラム弾×400発/8箱、中鉢論文@Steins;Gate
【思考・状況】
基本:真木清人を倒して殺し合いを破綻させる。みんなで脱出する。
0.戦うための力がほしい。
1.まずはセイバーを回復させる。
2.罪のない人が死ぬのはもう嫌だ。
3.知り合いと合流(岡部倫太郎優先)。
4.イカロスと合流したい。見月そはらの最期をイカロスに伝える。
5.余裕があれば使い慣れた自分の自転車も回収しておきたいが……。
【備考】
※ラボメンに見送られ過去に跳んだ直後からの参加です。
※タコメダルと肉体が融合しています。
 時間経過と共にグリード化が進行していきますが、本人はまだそれに気付いていません。

326 ◆2kaleidoSM:2016/01/26(火) 20:57:47 ID:cYyNSHUY0
投下終了です。もし問題点などあれば指摘お願いします

327名無しさん:2016/01/27(水) 00:03:50 ID:UpYPLBoY0
投下お疲れ様です!
そうか、セイバーは切嗣と共鳴夢を見ていない……しかもこの切嗣は未来の切嗣だから、セイバーが消えた後のことも見れるのか
月下の誓いを目の当たりにして果たして彼女は何を想う
そういえばXとの因縁が非常に濃い千冬と鈴羽、その正体に近づくのも自然でなるほど これでタイガーの悪評も少しは減る……けど今はさやかの姿なんだよなぁ
鈴羽にISを渡しても良いかもしれない、けれど……という千冬の葛藤も先が気になる 早くしろ、鈴羽がグリードになっても知らんぞぉっ!
改めて久々の投下、楽しませて貰いました Xとの三度の接触も迫る、先が気になる作品投下乙です

ただ、気になった点としては、>>319周辺の鈴羽の口調に違和感がありました
それ以降もですが、そはらのことを名前だけで呼んでいますが、鈴羽は基本的に誰のこともフルネームで呼んでおり、ロワ内でも一貫して「月見そはら」呼びだったので、そこが気がかりとなりました。
「○○だわ」というような、「わ」という語尾についてもそのようなしゃべり方ではなかったと思いますので、合わせてよろしくお願いできればと思います。
あと、>>323で白式が百式になってしまっていますのでそちらも修正お願いします

328 ◆2kaleidoSM:2016/01/27(水) 22:13:29 ID:.If9aid60
ご指摘ありがとうございます
したらばの修正スレにて該当箇所の修正文を書いておきました

329 ◆z9JH9su20Q:2016/08/19(金) 23:24:52 ID:xsVreBL.0
仮投下・修正用スレ(2)(ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/15005/1319116527/ )に予約分を仮投下してきましたので、ここに報告します。
気軽にご意見・ご指摘頂ければ幸いと存じますので、よろしくお願いいたします。

330 ◆z9JH9su20Q:2016/08/21(日) 18:05:12 ID:UHAKG6eE0
これより、予約分の本投下を始めます。

331交わした約束と残した思いと目覚めた心(前編) ◆z9JH9su20Q:2016/08/21(日) 18:06:24 ID:UHAKG6eE0






 ――――交わした約束、忘れないよ






「だぁあああああああああああああああああっ!!」

 雄叫びと共に。美樹さやか――新生した仮面ライダーエターナルは、込み上げる衝動のままに目の前の道を直走る。
 右手に握るのは受け継いだ専用武器、エターナルエッジ。短く優美ながらも、力強く勇ましい刃に月光を照り返らせ、その刀身を眼前の悪へと抉るようにして繰り出す。

「――だから甘いと言っておるのだ、ド素人の小娘がっ!」

 しかしその突きは、ハイパーアポロガイストの翻した太陽を模した楯によって軽々と払い除けられた。
 仮面ライダーに変身したことで更に強化された脚力による、最速の刺突。必殺を期した一撃をあっさりと弾かれたエターナル=さやかは、思わぬ結果に瞠目する。
 そして理由を悟った時には、アポロガイストの炎を纏った翼に打ち据えられて、思わず後退させられていた。

 必中を狙った最速の一撃はしかし、正直に過ぎた。しかも得物が変わった最初の一撃では、ガイアメモリによる補正を加味しても、僅かながらとは言え誤差も存在する。
 エターナルの再誕に動揺している最中だったとはいえ、真正面から飛び込んだのでは、アポロガイストに立て直す時間を与えるのに充分過ぎたのだ。
 いくら彼の力を受け継いだとはいえ、だからこそ高揚のままにではなく、冷静に立ち回らなければならなかったというのに――漲る力と意志を御しきれず、さやかは思わぬ隙を作ってしまっていた。

 そんなエターナルを押し退けた翼を、アポロガイストはそのまま高々と掲げ、その羽の先に無数の火球を灯し出す。
「喰らうが良い!」
「く……っ!」
 同じくエターナルへの変身を果たしたとはいえ。連続で放たれる火球の全てを回避できるほどの判断力は、大道克己ならともかく、美樹さやかには未だ備わっていない。
 故にエターナルローブを翳して猛攻を凌ぐという選択肢を余儀なくされるが、被弾を許すたびに残り僅かなメダルが消費されて行くのを感じ、さやかはエターナルの仮面の奥で臍を噛む。

「――ぐぉっ!?」
 しかし次の瞬間、アポロガイストのくぐもった声と共に、火炎による制圧射撃の矛先が逸れ――その隙に気づいたエターナルは再び、膝を弛めて大地を蹴る。
「やぁあああああああっ!」
 文字通り超人の跳躍力で、一息足らずに距離を詰める。
 間合いの足りなくなった刃物では、遠距離からの奇襲に用いるには迎撃を振りきれない。
 だから、その防御ごと打ち飛ばす――!
「――っぅあぁああっ!!」
 気合の叫びと共に引き出した、エターナルメモリの余剰エネルギー。ガイアメモリの王者の力が転じた蒼炎を纏った蹴りは、アポロガイストの掲げた楯を跳ね上げるのに充分な威力を有していた。
 がら空きとなったアポロガイストの胴体目掛け、エターナルは更に距離を詰める。
 払い除けようとするようなアポロフルーレの一閃は、取り回しに優れるエターナルエッジの刀身で走らせて、受け流し――全力で、身体をぶつける!
「ぬぅおぁああああああっ!?」
 エターナルの痛烈な体当たりを受けて、アポロガイストは膝裏に突き立てられていた金の杭を支点にひっくり返る。エターナル自身が転びかねない勢いがそれで終わることはなく、アポロガイストの身体は更に後方へと投げ出されて行く。

「――立てる!?」
 その隙にエターナルは、先程の窮地を救ってくれた仲間に呼びかけていた。
「あ……、ああ」
 金色の装甲を纏った漆黒の仮面ライダー――ライジングアルティメットクウガに。
 敵手の放つ焔の弾幕にエターナルが釘付けにされていた時、アポロガイストに踏みつけられていた彼が咄嗟に肘を敵の膝裏に叩き込むことで体勢を狂わせ、逆転のチャンスをくれたのだ。
「……すまない、さやかちゃん。俺は……」
 しかし、俯くクウガから聞こえる小野寺ユウスケの声は、どこかか細かった。
 アポロガイストからあれほど手酷い暴行を受けながら、今立ち上がったその絢爛な威容は少しも貶められていない。ネウロや克己でさえ苦戦した頑健な装甲と、さやか以上の驚異的な治癒力の為せる業だろう。
 だから彼の声を翳らせている痛みの正体は、身体に受けた傷以外にあることがさやかにも理解できた。

「……良いよ、そのことは。あいつは――克己はあんたに、自分を責めて欲しいなんて思ってないよ」
 きっと、そうだ。
 操られ、利用されていただけの彼は悪くない。
 だから克己も、彼に後を任せたはずなのだ。


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