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パラレルワールド・バトルロワイアル part2
72
:
夢の残滓
◆qbc1IKAIXA
:2011/10/15(土) 18:41:44 ID:j1MPhj6E
その感情は一番身近で、違うものであって欲しいと願うものだからだ。
青年は士郎を突き飛ばし、睨んでいた。だが、敵意は全く感じ取れない。
「だったらお前を殺してでも通る……ッ!」
相手は深呼吸をして、狼のごとく吠えた。
いや、『ごとく』などという生やさしいレベルではない。
彼の全身が水面のように揺れて、体を白い外骨格が覆いかぶさる。
狼の顔がこちらを見つめ、白い人狼が姿を見せた。
「あのときの……お兄ちゃんッ!」
イリヤがルビーを手にとって前に出ようとしたが、手で抑える。
士郎は拳を振りかかる白い獣をまっすぐに見据えていた。
恐ろしい速度で拳は士郎の頬を捉えている。殴られればひとたまりもなく、確実に命を奪うそれは、自分の頭には届かなかった。
「……なんで……だよっ!」
「あんたに俺は殴れない」
衛宮士郎は、正義の味方になりたかったと告げる切嗣を笑えなかった。
憧れ、また自分もそうなりたいと願った。
だからわかる。
「この夢を笑わない奴が、否定しない奴が、俺を、誰かを殺せるかよ」
あのとき、切嗣に安心して欲しくて、夢を継ぐと宣言した自分のように。
眼前の男と自分は、どうしようもないほど似ていた。
数分ほど睨み合った後だ。
相手は人狼の姿をやめ、ストンと力なく腰を下ろした。
「あのときはイリヤを助けてくれたんだな。ありがとう」
巨大ロボに襲われたときの礼を言うと、相手はそっぽを向く。
いくらか冷めたが、ほんのり熱を残す玉子がゆを「食べてくれ」と差し出した。
「じゃあ、イリヤ。少し早いけど俺たちも飯にするか」
「うん! 相変わらずお兄ちゃんのご飯は美味しそうで楽しみ!」
安堵しているのかイリヤの反応も早い。
ちなみに自分たちはオーソドックスにご飯、味噌汁、焼き魚だ。
焼き魚は一応、彼の分も作りおきしている。温め直す準備も万全だ。
それぞれに朝食を手に取るが、一人だけ手をつけていない者がいた。
「やっぱり俺たちは信用できないか? それでも構わないけど……」
彼は面倒そうにこちらを見たあと、おわんをとってスプーンを口につけた。
「あちっ! まだ熱いんだよ! フー、フー!!」
意外な文句に士郎はポカンとした。先ほども言ったように、粥はある程度冷えていたはずである。
それで熱いとは、度を超えた猫舌だ。
『えー……なんというか……』
「今まで手をつけていなかったのって、猫舌だから……? うわ……」
イリヤとルビーがジト目をフーフー息をかける彼に向ける。
ますます不機嫌になった青年はムキになって、吹きかける息を強めた。
次の料理は熱くないものがいいか、と士郎はメニューを脳内で並べ始める。
「乾巧だ」
ボソッと、聞き逃しかねない声量で自分勝手な自己紹介が終わった。
巧は何ごともなかったかのように、粥を冷まし続けている。
イリヤもルビーもやれやれ、と呆れ気味だ。
だけど、士郎は頬が緩むのを抑えきれなかった。
□
士郎は知らないし、巧も無意識で気づいていない。
園田真理は偶然、巧の名前を知った。
この儀式でも、横にいた啓太郎や、名前を呼んだ木場の経由で名前を知った相手ばかりだ。
巧が最初に自己紹介で名前を告げた相手は菊池啓太郎だ。
この儀式で自分一人で名前を告げた相手は衛宮士郎だ。
だからもう、心のどこかでこの二人を認めたのかもしれない。
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