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臨時作品
27
:
瞳に秘めた憂鬱
◆j893VYBPfU
:2010/11/23(火) 13:03:06 ID:???
「親友の筈なのに、傍にいると胸が苦しく、また離別すると心から安堵する。
アメルは僕を嫌ってなどいなかった。むしろ好ましく思っていたのにな。
彼女の死で、やはり僕は穢れているんだとつくづく思い知らされたよ。」
「そんな僕を、おかしいとは思わないのか?」
――当然だ。普通、親しい人間が死んで安堵とするなどあり得ない。
そして、その原因もマグナが奪われてしまうかもしれないという、
嫉妬と焦燥の念に駆られてのものだ。醜いにも程がある。
独占欲、執着心、嫉妬に駆られて、咎のない己の親友にさえどす黒い感情を抱く。
それはもう、精神を病んだ異常者以外の何者でもないだろう。
「“人でなし”だと、そうは思わないのか?」
先祖もまた、よく似た感情を抱いた事実を僕の血が教える。
やはり、融機人は冷血動物の“人でなし”ということか。
その癖、ただの人間以上に利己的で浅ましいと来ている。
僕はそう、自嘲に口を歪ませる。
「いえ。私はそうは思いません。」
だが、彼女は。
僕のどす黒い感情を、ありのままに肯定した。
どこか酷く寂しげで、悔悟するようにも見える儚げな笑顔で。
「人の心は、全部が全部綺麗なものばかりじゃない…。
「憎いって気持ち。羨ましい気持ち。そして、妬ましいって思う気持ち…。
誰だって、持ってる。捨てることは出来ない。そういうものなの。
私だって、それは同じ…。」
28
:
瞳に秘めた憂鬱
◆j893VYBPfU
:2010/11/23(火) 13:04:10 ID:???
そうして、彼女はほんの一時だけ。
唇を噛み締めて苦悶の表情を見せ。
「そうした気持ちに折り合いをつけて。人は、生きているの。
だから貴方は、決して“人でなし”なんかじゃない。」
皆、そうであるように……ね。
そう小さな呟きを付け加えながら。
彼女はもう一度微笑んだ。
穢れた存在を決して理解できぬ、天使や聖女の慈愛などではなく。
こちらと同じ負の感情を持ち合わせる、同病相憐れむ人間として。
上からの救済ではなく、対等の存在として。
――彼女は、この“人でなし”を肯定した。
僕はその言葉に、罅割れた心が何かで満たされるようになり。
僕は……今?
――自然に、頬を伝うものがあった。
アメルには、以前から嫉妬と畏れに似た感情を抱いていた。
その笑顔で、いつか自分から何もかも奪い去ってしまうのではないかと?
己の居場所も。掛け替えのない友人も。
己の半身ともいえる、マグナさえも。
全くの悪意なく。無邪気かつ残酷に。
29
:
瞳に秘めた憂鬱
◆j893VYBPfU
:2010/11/23(火) 13:04:47 ID:???
だが、素直に彼女を憎めなどできなかった。
彼女には一切の非などあり得ないのだから。
むしろ、彼女こそが被害者であるのだから。
かつて僕の一族が、彼女に為した所業を思えば。
むしろ、彼女を憎むことで自分の醜さを
自覚して心が傷付き、擦り切れていく…。
そして、無邪気に僕の傷をさらに押し広げる彼女がまた憎くなる。
そうした、負の螺旋により、混沌とした感情は蓄積されていく…。
それが、僕が彼女に抱いていた鬱屈した感情の全てであった。
そうした、矛盾する感情に悶々とすると同時に。
奥底では、彼女に赦されたいとさえ願っていた。
実に都合よく、身勝手も極まる。
エゴの塊でしかないその醜悪さ。
だが、もしその思いを告白すれば、アメルは一も二もなく即座に赦しただろう。
その僕の醜さの根底にあるものを理解すらせずに。だからこそ、言い出せなかった。
彼女はあくまで天使アルミネの転生。
最初から人でないが故に、人の悪意を理解できない。
そして、安易に彼女に許されてしまえば。
僕は己の罪悪すら簡単に忘れてしまう…。
何一つ償わず、何一つ罰せられる事もなく。
そんな恥知らずには、決してなりたくはない。
30
:
瞳に秘めた憂鬱
◆j893VYBPfU
:2010/11/23(火) 13:05:32 ID:???
――だからこそ、アメルにだけは言えるわけがない。
そういったジレンマを、常に抱えていた。
そして、彼女の死により。
僕は永久に赦される事などなくなったと。
逆に、これ以上苦しむ事もなくなったと。
悲嘆と諦めと安堵の入り混じった、
形容しがたい感情を抱いた矢先に。
僕は、同じ負の感情を抱く対等の罪人である人間に。
そのままならぬ醜さと葛藤を理解され、認められた。
それは決して、アメルに罪が赦された訳ではなかったけれど。
――ただ、それが何よりも嬉しく。
気が付けば。
“人でなし”のその目から、一筋の温水のようなものが流れていた…。
◇ ◇ ◇
「…そうだ。カーチスさんを呼ばなきゃ。」
これまでにあった、お互いの出来事の情報交換を終えた後。
私は無線と援軍の存在を思い出し、それを伝えました。
31
:
瞳に秘めた憂鬱
◆j893VYBPfU
:2010/11/23(火) 13:06:03 ID:???
「カーチスさんなら、力になってくれるかもしれません。」
――だが、取りだした無線機は。
先程の戦闘の際に衝撃を与えたせいか、
電源を入れても雑音が入るばかりで、
繋がる気配がまるでありません…。
ネスティさんは、そんな私の様子を見て。
なにか言いたげな表情をしていましたが。
私の視線に気付いて、申し訳なさそうな顔をして俯き。
伸ばそうとしたその手を、自ら退きました。
――なぜでしょう?
何かとても大事な事を言いたげな、でも言い出せないような。
酷く苦渋に満ちた顔で。何かを大きく迷っているような顔で。
でも、その原因がネスティさん自身に関係する事だけは疑いようがなく。
少し悲しい思いになり、ネスティさんを黙って見つめると。
「…すまない。」
32
:
瞳に秘めた憂鬱
◆j893VYBPfU
:2010/11/23(火) 13:07:07 ID:???
ネスティさんはそう一言漏らすと、辛そうな顔をして私に謝罪しました。
本当は話さなければならない。でも、話す事が辛いから口を噤んでいる。
決して口にはできない秘密を抱えている。そういった雰囲気で。
「気にしないで、ネスティさん。」
「言い出せない事なら、無理に口にする必要はありません。
本当にお話しをしたくなった、その時にでもいいんです。
貴方が無理をしている姿を見るのは、私も辛いですから…。
…だから、ね?」
「…ありがとう、感謝する。」
ネスティさんは酷く弱々しい微笑みを返すと。
私を見つめ、今度は少し照れたような、恥ずかしがるような
奇妙な表情を浮かべると私に問いかけました。
「ところで、身体の方は大丈夫なのか?」
「ええ。足の傷以外は。少し転げまわって、擦りむいただけですから。」
本当はまだ少しお腹に痛みが残ってはいるのですが…。
これ以上、余計な心配を掛けたくありません。
「とはいえ、随分とあちこちが擦り切れているし、汚れてもいるな…。」
そういうとネスティさんはふと何かを思い出したように、
部屋の隅に置いてあった、自分の背負い袋へと足を運び。
33
:
瞳に秘めた憂鬱
◆j893VYBPfU
:2010/11/23(火) 13:07:57 ID:???
「いや、実は丁度民家には似つかわしくない、女性用の着替えを手に入れたんだ。」
「もしかすると、誰かが置き捨てた支給品かもしれない。だったら、戦況も…あっ」
ネスティさんは、そう言いかけて私に背を向けたまま。
袋を開けかけた姿勢のまま、石像のように硬直してしまい。
しばらくすると、頭から湯気を出し。
その横顔を青くしたり、赤くしたり。
実にめまぐるしく表情を変化させ。
しばらくの間、ぶつぶつと何かを呟き始め。
「僕は…、僕は…これじゃ、まるで…。」と
心の底から悔いるような、自分を責めるような。
見ているこちらまで居た堪れない気持ちになり、
ネスティさんを落ち付かせようと傍に近づくと。
「僕は何も拾っちゃいない!いないんだ!だからアティ。なんでも…」
慌ててネスティさんが振り返った、その拍子に背負い袋を落とし。
――コトリ、と。
背負い袋の中に入ってあったものが、転げ落ちました。
あれは、革製の首輪…でしょうか?
もしかして、あれが着替えの一部?
私は少し怪訝に思い、その袋の中身を覗いてみますと。
34
:
瞳に秘めた憂鬱
◆j893VYBPfU
:2010/11/23(火) 13:08:51 ID:???
そこには、黒い光沢のある革製の衣装の一式がありました。
ですが、それは大きく肌を露出したものであり。
身体を覆う面積で言えば、殆ど下着にも等しく。
胸は上半分が開いた形で、スカートは下着が見えそうに短く。
なおかつ身体の曲線を誇示する素材で作られており。
あと衣装とは不釣り合いな幼い髪留めが二つ用意されていて。
胸部に札が付いてあり、そこに書かれてある文字を読むと。
『エトナのボンテージ(ただしサイズは大人用に修正)』。
…………………………。
「私にこれを着て欲しいと、そう仰るのですか?
…ネスティさん。」
思わず真顔で問い詰めた私に、ネスティさんは顔を紙のように蒼白にさせ。
「い、いや違うんだ!この衣装はほんの少し、魔が差しただけで!
別に君に着てもらう為に拾ったわけでも、勧めるわけでもないんだ!
だ、第一!あんな事をされた後の女性に、
さらに過激な衣装なんか勧める筈が…あっ。」
35
:
瞳に秘めた憂鬱
◆j893VYBPfU
:2010/11/23(火) 13:10:19 ID:???
「あんな事?どういうことでしょうか?」
あの暗い衝動に満ちた少年に、命を狙われた事?
でも、“あんな事”を“された後”の“女性”…。
それだけではなさそうな、微妙な言い回しがどうしても気になり。
私がさらに聞くと、ネスティさんは焦燥と恐怖と後悔に満ちた、
この世の罪を一身に背負った咎人のような沈痛な表情を見せ。
「い、いや。兎に角忘れてほしい。なんでもない。なんでもないんだ…。」
慌ててそう取り繕うネスティさんの態度が、どうしても気になり。
「いえ、私の事なら平気ですから。
どんな事を言われたっていい。覚悟なら出来てます。
貴方の事だったらいい。でも、私の事で気遣われて、
ネスティさんが辛い思いを我慢するのは、
私だってもっと辛くなるんですから。」
初めて会ったときから、ネスティさんは
何か酷く申し訳なさそうな顔をしていましたから。
私に原因があるというのなら、その理由を知らなければ、
彼の辛い思いを打ち消す事なんて出来ないですから。
先程は、彼が私を救ってくれました。
だから、今度は私の番…。
私はそう思ってネスティさんに微笑み、回答を促すと。
ネスティさんは、まるで錆びついた機械のように身体を動かし。
私のもっとも親しい人の訃報を、これから告げるかのように口を開き。
36
:
瞳に秘めた憂鬱
◆j893VYBPfU
:2010/11/23(火) 13:11:08 ID:???
「君はあの少年から、いわゆる“暴行”を受けなかったのか?」
…………………………。
…えっと。これはやっぱり違った意味での“暴行”なんですよね?
そういえば、初めて出会った時に心から憐れむような視線だったのも、
もしかして…。
――それ、絶対に違いますからっ!
――決して、そんな事はなかったですからっ!
「…違ったのか?だったら、いいんだ…。
そういえば、さっきも流血していたのは太股の付け根近くで、
下着の方には一滴も血や体液も付着して…はっ?!」
…………………………。
私がだらしなかったとはいえ、しっかりと覗かれちゃってますし…。
37
:
瞳に秘めた憂鬱
◆j893VYBPfU
:2010/11/23(火) 13:12:07 ID:???
――男の人って、皆こうなのでしょうか?
思わず呆れ目になった、私の視線を真正面から受けて。
「違うんだ、許して、助けて、僕は、誰か…。」
とうわ言を呟き、完全に落ち付きを無くしたネスティさん。
目はあらぬ方向を向き、何かに縋り、救いを求めようと必死になり、
それが敵わないと自覚して、さらに落ち付きを無くしていく…。
正気を失ったように見えて、それでいてどこかしら滑稽で。
ただ、そのうろたえぶりがあまりにもおかしく。
私は、思わずクスリと笑みを漏らし。
ネスティさんはそんな私の態度に憮然としたものの。
気が付けば。そこかしこに危険が満ちているにも関わらず。
いつの間にか、二人して声を上げて笑っていました。
そうしていると、自然に元気が湧き。
気分の重さが、少しだけ取れました。
ネスティさんも、それは同じようで。
表情に険しさや陰りが取れ、最初の頃より、実に晴れやかな顔になりました。
この出会いがなければ、二人とも悲嘆に囚われたままだった事でしょう。
やっぱり、たった一人で困難にに立ち向かうよりは。
誰かと一緒に立ち向かった方がいい。
こうやって、笑顔だって思い出せる。
38
:
瞳に秘めた憂鬱
◆j893VYBPfU
:2010/11/23(火) 13:12:58 ID:???
私は、まだ普通に笑える。まだ大丈夫だ。
だったら、もっとしゃんとしなきゃ。
だったら、これから動き出さなきゃ。
このまま、立ち止まってなんていられない。
そうでなければ、ベルフラウに笑われちゃう。
ベルフラウの大好きな「先生」であり続ける為にも。
私は以前の私のように、壊れたり憎しみに囚われる事もない。
剣の意志にも、ましてや過去の自分にも飲まれたりはしない。
私は自分自身の決断で、周りの意見に流されたりする事なく。
おとうさんやおかあさんが死んだ時のように。
決して夢想の世界に逃げてしまう事もなく。
まずはゼルギウスさんを止めてみせる。
そして、この争いを終わらせてみせる。
そう、決意を新たにした所で。
「――初めまして、皆様方。
私は悪鬼使いキュラーと申す者。以後、お見知り置きを。」
本来はあり得ないはずの、放送が。
その内容の全てが、私を真っ向から試すかのような。
言葉の力で争いを誘導する、人の思いを嘲笑う放送が。
私達の笑顔を遮るように、朗々と響き渡りました…。
39
:
瞳に秘めた憂鬱
◆j893VYBPfU
:2010/11/23(火) 13:13:54 ID:???
【C-3/村内の一民家/1日目・夜(臨時放送直前)】
【アティ@サモンナイト3】
[状態]:左腿に切り傷(応急措置済)、精神的疲労(中度)
[装備]:呪縛刀@FFT
[道具]:支給品一式
改造された無線機(故障中)@サモンナイト2(?)
[思考]1:対話と交渉でヴォルマルフからベルフラウの蘇生法を得る。
2:漆黒の騎士(ゼルギウスさん)のことが気がかり。
3:ディエルゴのことが本当ならば、なんとかしなくては
4:…このエトナさんの服、着るべきなんでしょうか?
[備考]:改造された無線機は、ヴァイスとの戦闘時による衝撃で故障しています。
正常に動作させるには、適切な部品を集めて修理を施す必要があります。
ネスティをかなりエッチだが、本質的には良い人だと誤解(?)しています。
【ネスティ@サモンナイト2】
[状態]:全身に火傷(応急措置済)、身体的疲労(軽度)、精神的疲労(軽度)、羞恥と狼狽
[装備]:ダークロア@TO 、村人の服@現実、顔を除いた全身に包帯
[道具]:支給品一式(食料1/2食分消費) 、蒼の派閥の学生服(ネスティ用)、
エトナのボンテージ(サイズは大人用)、予備の包帯
[思考]1:仲間たちとの接触を早めにしたい
2:自分と仲間の身の安全を優先
3:自分がマグナに信頼される人間である為に、アティに協力。
4:アティの無謀ぶりと漆黒の騎士(ゼルギウス)に危機感。
5:“赤い悪魔(ハーディン)”と顔色の悪い少年(ヴァイス)を警戒。
6:アティに己が融機人である事を話すか、考え中。
7:自分の心を救ったアティへの感謝と好意(及び劣情?)
8:…僕は、僕は、変態じゃあない!
40
:
◆j893VYBPfU
:2010/11/23(火) 13:16:11 ID:???
仮投下完了。
後半、もしかすると全部ネスティ視点にした方が面白いかもしれないので、
本スレへの投下はしばらく遠慮ください。もう少しだけ少し練ってみます。
41
:
◆j893VYBPfU
:2010/11/23(火) 21:59:08 ID:???
では、修正版を投下します
>>22-29
までは全く同じ。
>>30
以降が別物ということで。
42
:
◆j893VYBPfU
:2010/11/23(火) 22:01:12 ID:???
――だからこそ、アメルにだけは言えるわけがない。
そういったジレンマを、常に抱えていた。
そして、彼女の死により。
僕は永久に赦される事などなくなったと。
逆に、これ以上苦しむ事もなくなったと。
悲嘆と諦めと安堵の入り混じった、
形容しがたい感情を抱いた矢先に。
僕は、同じ負の感情を抱く対等の罪人である人間に。
そのままならぬ醜さと葛藤を理解され、認められた。
それは決して、アメルに罪が赦された訳ではなかったけれど。
――ただ、それが何よりも嬉しく。
気が付けば。
“人でなし”のその目から、一筋の温水のようなものが流れていた…。
◇ ◇ ◇
「…そうだ。カーチスさんを呼ばなきゃ。」
これまでにあった、お互いの出来事の情報交換を終えた後。
アティは無線と援軍の存在を思い出し、それを僕に伝えた。
43
:
◆j893VYBPfU
:2010/11/23(火) 22:02:02 ID:???
「カーチスさんなら、力になってくれるかもしれません。」
――しかし、取りだした無線機は。
先程の戦闘の際に衝撃でも加わったのか、
電源を入れても雑音が聞こえるばかり。
アティが頑張って色々と触ってはいるが、
正常に動作する気配はない。
どうやら、援軍は期待できなさそうだ…。
今、僕が今融機人としての能力を使ってみれば?
完全に壊れている訳でなければ、無線機程度の玩具。
構造を掌握して、無理にでも機能させる事は可能だ。
カーチスという彼女の知り合いとも、それで連絡は付く。
僕は手を伸ばし、彼女の手にある無線を握ろうとしたが。
――そこで、ふと思い直す。
僕が彼女の目の前で、その異能を使うという事は?
僕が融機人である事を、彼女に暴露する事を意味する。
機械と生身の融合体、つまりは真っ当な人間ではないという秘密を。
44
:
◆j893VYBPfU
:2010/11/23(火) 22:02:34 ID:???
彼女にそれを話してもよいのだろうか?
僕が本当に“人でなし”だと知った時。
彼女は一体、どう感じるのだろう?
「どうした亜人?『何故それを?』とでも言いたそうな顔だな。
如何だ、人間の真似事は楽しいか?」
昼間のあいつの言葉を、ふと思い出す。
所詮、僕は必死になって人間の振りをしているに過ぎない。
おそらく、アティなら僕が人間でないと知っても、
その態度を変えはしないだろう。
――だが、万が一。
僕の期待が、あっさりと裏切られてしまったら?
彼女の言う“人間”は、あくまでも人間という種族限定のものに過ぎず。
元々、融機人など想像の内になど含まれていないとしたら?
僕は、きっと立ち直れなくなるだろう。
――怖い。その万が一が、あり得るのだとしたら…。
アティがこちらを見つめる。
――その視線が怖い。その綺麗な瞳が、蔑みに濁る可能性を考えると。
45
:
◆j893VYBPfU
:2010/11/23(火) 22:03:06 ID:???
僕は目を合わせるのに堪えられず、ただ俯いて視線を逸らす。
アティは「私を信じてほしい」と、ただ無言で訴えかける。
――すまない。君のその期待には、答えられそうにない。
気が付けば、僕は伸ばそうとした手を退いていた。
アティはただ、悲しそうにこの僕を黙って見つめる。
「…すまない。」
僕はただ、こう答えるのが背一杯で。
歯切れ悪く、ただ一言だけ謝罪をした。
――どうやら僕は、好意を抱いた人すら信じ切る事が出来ないらしい。
「気にしないで、ネスティさん。」
アティが、そんな臆病な僕を慰める。
内心の悲しさが伝播しないように、笑顔の仮面を被りながら。
そして、そうさせたのは僕だ…。
「言い出せない事なら、無理に口にする必要はありません。
本当にお話しをしたくなった、その時にでもいいんです。
貴方が無理をしている姿を見るのは、私も辛いですから…。
…だから、ね?」
46
:
◆j893VYBPfU
:2010/11/23(火) 22:03:55 ID:???
「…ありがとう、感謝する。」
僕も習って、強張った表情を崩してみる。
――上手く、笑顔の形になっただろうか?
もしかすると、初めてではないだろうが?
こうやって、人の為に笑ってみせるのは。
こうしてみると、少々気恥ずかしくなってくる。
僕はそんな思いを誤魔化す為、彼女に身体の具合を聞く。
あんな男に襲われた後だ、無事でない方がおかしいだろう。
「ところで、身体の方は大丈夫なのか?」
「ええ。足の傷以外は。少し転げ回って、擦りむいただけですから。」
そういって、彼女はまた笑って誤魔化そうとする。
ただし、顔色もそう悪くない事から身体に受けた傷については事実なのだろう。
心に受けた傷については、先程の様子から考えても計り知れないものだろうが。
「とはいえ、随分とあちこちが擦り切れているし、汚れてもいるな…。」
そこで、ふと思い出す。
確か、先程僕は真新しい女性用の衣装の一式を手に入れていたはず…。
あれなら、今の服装の代わりにもなるのでは?
47
:
◆j893VYBPfU
:2010/11/23(火) 22:04:34 ID:???
「いや、実は丁度民家には似つかわしくない、女性用の着替えを手に入れたんだ。」
僕はアティに事情を話し、部屋の隅にある自分のデイバッグへと向かう。
「もしかすると、誰かが合わないからと置き捨てた支給品かもしれない。
だったら、装備も…あっ」
そうして置いてあった、デイバックを広げようとして――。
僕は硬直(フリーズ)した。
その自分の発想の、あまりの愚かさに。
問題は、その衣装の過激性にある。たった今襲われたばかりの女性に。
下着姿かと見まがうばかりの際ど過ぎる衣装を貸し与える青年。
それが客観的に見て、どういう存在なのだろうか?
「変態」
まさに、そうとしか表現のしようがない。
僕は、僕はこれじゃまるで変態のようじゃないか。
いやたしかにアティが着ればそれはもう充分に似合うことだろうというか
むしろ着て欲しいような何を僕は劣情に流されているんだこの変態と
暴行されたアティをさらに傷付けかねないものを用意してどうする
アメルすら軽蔑しかねない発想をうんこれは魔が差しただけなんだ
今心に浮かんだ邪念は忘れろ僕はいま普通じゃないんだマグナの兄弟子
なんだそれに相応しい人間であれ性犯罪者まがいな言動など取るな
今からでも遅くはない行動を取り消せ全てをなかったことにしろ
混乱の極みにあった自分の思考を、ようやくの思いで整理すると。
アティが酷く気の毒そうな、こちらを心底憐れむような視線で
僕を見つめ、僕をあやすようにすぐ傍にいた。
48
:
◆j893VYBPfU
:2010/11/23(火) 22:05:08 ID:???
――心拍が跳ね上がる。息が荒くなり、頬を冷や汗が伝う。
もしかすると、僕の心を本当に覗き見でもしたのか?
いや、それならもっと汚らわしいものを見る目で僕を見るか、
もしくは遠ざかる筈だ。
頼む、頼むから今は近づかないでくれ…。
――心臓が口から出そうな程になり、吐く息はさらに激しく、
じっとりとした嫌な汗が、その背からも流れる。
僕が抱いた妄想が、好意を抱いた当人にばれるかもしれない恐怖。
僕が別の意味で人間扱いされなくなりそうな、尊厳に関わる恐怖。
僕は今、別の意味で絶体絶命の窮地に立たされていた。
――僕が、僕でなくなりそうだ…。
落ち着け、落ち着くんだネスティ。
今こそが、僕が変態と見做されるか、まともな人間のまま扱われるかの分水嶺だ。
妄想は全て忘れろ。いいな…。
僕は大きく息を吸い――。
「僕は何も拾っちゃいない!いないんだ!だからアティ。なんでも…」
気が付けば目の前にいるアティに驚き、思わず大声を上げてしまう。
デイバックの中のある衣装を、覗かれるかもしれない。
そう思い、開けかけたものを慌てて背の後ろに回そうとして。
49
:
◆j893VYBPfU
:2010/11/23(火) 22:05:40 ID:???
――コトリ、と。
デイバックを取り落し、中に入ってあったものが転げ落ちる。
僕が彼女を止めようとする暇さえ得られず。
見るからに不審そうな顔をして、デイバックの中を覗きみる。
そこには、衣装というにはあまりにも際ど過ぎた。
小さく、狭く、身体の曲線を誇張し過ぎた。
それはまさに下着にも等しかった。
胸部に付いてある札を、アティは黙って見つめる。
『エトナのボンテージ(ただしサイズは大人用に修正)』。
白けた空気が、一帯を支配する…。
「私にこれを着て欲しいと、そう仰るのですか?
…ネスティさん。」
たちまちのうちに、別の意味で目が濁るアティ。
僕は血の気が引く思いで、彼女に弁明を始める。
「い、いや違うんだ!この衣装はほんの少し、魔が差しただけで!
別に君に着てもらう為に拾ったわけでも、勧めるわけでもないんだ!
だ、第一!あんな事をされた後の女性に、
さらに過激な衣装なんか勧める筈が…あっ。」
50
:
◆j893VYBPfU
:2010/11/23(火) 22:06:12 ID:???
どつぼに嵌る。これ以上ないほどに、見事なまでに。
「あんな事?どういうことでしょうか?」
怪訝な顔をして、アティは僕に問い詰める。
全くそんな事は預かり知らないと言わんばかりに。
だが、だからこそ何を考えているのか、
それを知りたいと言わんばかりに。
――まさか、勘付かれたのか?
聞くな。
聞くな。
聞くんじゃあない。
聞かないでくれ。頼む。
君は、僕を変態に仕立て上げたいつもりなのか?
「い、いや。兎に角忘れてほしい。なんでもない。なんでもないんだ…。」
慌ててそう取り繕うが、彼女が僕の言い分に耳を貸すはずがなく。
「いえ、私の事なら平気ですから。
どんな事を言われたっていい。覚悟なら出来てます。
貴方の事だったらいい。でも、私の事で気遣われて、
ネスティさんが辛い思いを我慢するのは、
私だってもっと辛くなるんですから。」
51
:
◆j893VYBPfU
:2010/11/23(火) 22:07:28 ID:???
その笑顔は反則だ…。頼む、止めてくれ…。
こちらを心から気遣い、慈しむような顔をしないでくれ。
それではまるで、黙秘するほうが罪深い行為じゃないか…。
これで真面目に答えなければ、彼女は大きく傷付いてしまうだろう。
これで正直に答えたりすれば、僕は完全に変態扱いをされるだろう。
どちらに転んでも、結果は嬉しいものではない。
だったら。結局は僕が汚れるしか、ないのか…。
僕は犯した罪の自供を強制された被告人の気分で。
喉から絞り出すように、ゆっくりと重い口を開く。
「君はあの少年から、いわゆる“暴行”を受けなかったのか?」
――空気が凍り付き、極寒の空間へと変じる。
アティの表情が、真顔のまま硬直する。
そこから数秒ほど遅れて、その双眸に理解の色が広がり。
同時にその顔を、羞恥のあまり紅潮させた。
――それ、絶対に違いますからっ!
――決して、そんな事はなかったですからっ!
口には出さずとも、その顔は雄弁に無実である事を語っていた…。
一体なんという事を口走っているんだ、僕は…。
52
:
◆j893VYBPfU
:2010/11/23(火) 22:08:01 ID:???
「…違ったのか?だったら、いいんだ…。」
そういえば、さっきも流血していたのは太股の付け根近くで、
下着の方には一滴も血や体液は付着して…
僕がそう取り留めもない事を考えていると。
アティは急に思いかえしたように、慌ててスカートの裾を抑えて。
こちらを無言で睨みつける。その頬は既に薔薇色にまで染まり、
その仕草が妙に愛らしくも見えたが、酷く嫌な予感がする。
待て、さっきの思考が漏れていたのか?
もしかして、気が抜けたあまり独り言を?
アティが無言で僕を見据える。
視線が、今度ばかりは突き刺さるように痛い。
僕は、その迫力で目を逸らす事も出来ず。
気分は蛇に睨まれた蛙か、それ以下。
――チェック・メイトだ。
もう、どんな言い訳も通用しないだろう。
“人でなし”だとか、“融機人”だとか、
そういうのとは完全に違ったベクトルで。
彼女は僕を心から嫌悪して侮蔑することだろう。
揺るぎようのない“変態”という評価でもって。
53
:
◆j893VYBPfU
:2010/11/23(火) 22:08:43 ID:???
ふ。
ふふふ…。
僕は。
僕は何がしたかったんだろう?
助けて助けて助けて。
誰か、僕に教えてくれ!
僕は如何すればいいんだ!
「変態だと、素直に認めればいいのよ」
僕の脳内で誰かが囁いた。
振り返るまでも無い。
「私は見られたくなかった、でもあなたは覗いた。だから、あなたは汚れればいい。」
誰かが囁いている。
違う。
違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。
僕は間違っただけなんだ、覗きたくて覗いたわけじゃないんだ!
少し魔が差しただけなんだ、半裸が見たいからじゃあないんだ!
54
:
◆j893VYBPfU
:2010/11/23(火) 22:09:14 ID:???
「そう、でもそれは関係無い。考えて、これがあなたが変態である証拠。」
誰かの声に僕は立ち止まる。
背後から伸ばされた腕が指し示す方向に、件のボンテージがある。
黒光りする革製の衣装が、嫌に存在感を誇示する。
「違うんだ、許して、助けて、僕は、誰か…。」
◇ ◇ ◇
視界が絶望で真っ暗になり、思わず膝を付き項垂れる僕の頭上から。
気が付けば、くすくすと笑うアティの声がかかり。
――ふと見上げてみると。
彼女は実に、晴れやかに笑っていた。
先程の事など、何も気にしていないといった風情で。
うろたえる僕の態度があまりにも可笑しいらしく。
彼女はただ無邪気に、楽しそうに笑っていた。
――いや、それはないんじゃないか?
こっちは本当にどうしようかと真剣に悩んでいたというのに。
確かに、僕にはこの事で抗議をする資格なんかない。
でも、笑い物にされるのは、流石にどうかと思うが?
55
:
◆j893VYBPfU
:2010/11/23(火) 22:09:48 ID:???
僕はアティの態度に少々腹を立て。
そのでふと、今の状況を思い直し。
その後に、この凄惨な殺し合いの場で、お互い何をやっているんだという
実に馬鹿げた、ごく当たり前の事実に気付き。
気が付けば。そこかしこに危険が満ちているにも関わらず。
いつの間にか、僕達は声を上げて笑っていた。
笑いで、目頭が熱くなる。
随分と久し振りのような気がする。
こんなささいに過ぎるやり取りで、
心から悲しんだり笑ったりするのは。
いや。本来、人間とはこうあるべきなんだろう。
日常の中で、ささいなやり取りに一喜一憂するのが人間なんだと。
殺し合いという非日常に慣れ、あらゆる感情を凍結させてしまう事こそが、
人として最も悲しむべき事なんだと。
そんな当たり前過ぎるが、この殺し合いという場で忘れかけていた事を、
僕は思い出した。アティが思い出させてくれた。
アティもそれは同じ気持ちだったようで。
初めて出会った時のような、今にも壊れそうな危うさは既になく。
瞳は完全に輝きを取り戻し、その身にか活力が満ちていた。
やっぱり、たった一人で困難にに立ち向かうよりは。
誰かと共に立ち向かう方がいい。
56
:
◆j893VYBPfU
:2010/11/23(火) 22:10:22 ID:???
こうやって、知らずに失っていたものだって、すぐに取り戻せる。
マグナやアメルと共に困難に立ち向かった時のように。
よし、まずは彼女と一緒に、ゼルギウスの暴走を止めよう。
そして、この愚かしい会場からの脱出の手段を模索しよう。
僕がそう決意を新たにした所で。
「――初めまして、皆様方。
私は悪鬼使いキュラーと申す者。以後、お見知り置きを。」
本来はあり得ないはずの、放送が。
僕達が決して忘れられない、あの悪鬼使いの慇懃無礼も極まる声が。
その内容の全てが、人間の醜さを暴き立て、抉り出すものとして。
僕達の笑顔を遮るように、朗々と響き渡った…。
【C-3/村内の一民家/1日目・夜(臨時放送直前)】
【アティ@サモンナイト3】
[状態]:左腿に切り傷(応急措置済)、精神的疲労(中度)
[装備]:呪縛刀@FFT
[道具]:支給品一式
改造された無線機(故障中)@サモンナイト2(?)
[思考]1:対話と交渉でヴォルマルフからベルフラウの蘇生法を得る。
2:漆黒の騎士(ゼルギウスさん)のことが気がかり。
3:ディエルゴのことが本当ならば、なんとかしなくては
4:…このエトナさんの服、着るべきなんでしょうか?
[備考]:改造された無線機は、ヴァイスとの戦闘時による衝撃で故障しています。
正常に動作させるには、適切な部品を集めて修理を施す必要があります。
ネスティをかなりエッチだが、本質的には良い人だと誤解(?)しています。
57
:
◆j893VYBPfU
:2010/11/23(火) 22:10:55 ID:???
【ネスティ@サモンナイト2】
[状態]:全身に火傷(応急措置済)、身体的疲労(軽度)、精神的疲労(軽度)、羞恥と狼狽
[装備]:ダークロア@TO 、村人の服@現実、顔を除いた全身に包帯
[道具]:支給品一式(食料1/2食分消費) 、蒼の派閥の学生服(ネスティ用)、
エトナのボンテージ(サイズは大人用)、予備の包帯
[思考]1:仲間たちとの接触を早めにしたい
2:自分と仲間の身の安全を優先
3:自分がマグナに信頼される人間である為に、アティに協力。
4:アティの無謀ぶりと漆黒の騎士(ゼルギウス)に危機感。
5:“赤い悪魔(ハーディン)”と顔色の悪い少年(ヴァイス)を警戒。
6:アティに己が融機人である事を話すか、考え中。
7:自分の心を救ったアティへの感謝と好意(及び劣情?)
8:…僕は、僕は、変態じゃあない!
58
:
◆j893VYBPfU
:2010/11/23(火) 22:11:32 ID:???
以上で、ネスティ視点の仮投下完了。
どっちがいいかな。うーむ。
59
:
凶兆
◆y1LPKLW2I.
:2010/11/30(火) 16:54:52 ID:???
姉さんの表情が厳しくなる。怒りをこらえているのだと分かる。
姉さんは優しい人だから。気難しい僕――イスラ・レヴィノス――の
心の均衡を崩さないよう、自分の感情を抑え込もうとする。
――姉さんは、なんでそんなに馬鹿なんだ。
僕の代わりにレヴィノス家の当主になるっていうのに人が良すぎてさ、
そんなんじゃナメられていいように利用されるじゃないか。笑っちゃうよ。
気が付くと、そんなことを思っていた。
苛立ちを覚えるわけでもなく、人を遠ざけるためでもなく、
まるで息をするように、ただ自然に思っていた。
そして再び僕は気付く。ああそうだ、僕自身がそうなんだ。
あの女をヘイゼルだと一目で見抜いたのも、信用出来ないと断じたのも、
僕自身が知っていたからなんだ。既に気付いていたからなんだ。
たとえ病魔の呪いが消えたとしても、僕は僕にしかなれないことに。
……唐突に静寂を切り裂いた、キュラーと名乗る男の声。
彼による臨時放送をすべて聴き終えた今も、僕の心に波風は立たない。
ただ、目の前で殺された少女がいたことを思い出し、
彼女の立ち居振る舞いを思い出し、その首輪を回収すれば
相応の武器が手に入るだろうと、ただ冷淡に考えていた。
だから、怒りをこらえる姉さんを見て、馬鹿だなと僕は思った。
キュラーの言葉に怒りを抱ける愚直さに対しても、
自身の感情を抑えることが僕の心の平穏に繋がると
勘違いしてしまえる純粋さに対しても。
臨時放送の内容は、ごく当たり前のことにしか思えなかった。
だってさ、連中は僕らに殺し合いをさせたいんだよ?
なら、どんな手段を使ってでも、殺し合うように仕向けるはず。
彼らにとってはソレが普通、ごく当たり前の行為なんだ。
分かり合うことなんて、通じ合うことなんて、生き延びることなんて
最初から何も期待なんてしてなかったから、
臨時放送を聞かされても僕は何も感じなかった。
同時に、僕とはまったく違う反応を示した姉さんを見て、
ああ、やっぱり姉さんは僕とは住む世界が違うんだと再認識した。
馬鹿だな、笑っちゃうよ、そんな風に思いながら、その一方で、
僕とはまるで違う心を持ったこの人こそが
陽の当たる世界に相応しいんだと改めて思った。
そう、病魔の呪いから解放された今も、僕は死を望んでいる。
決して僕と同じものを見ることのない姉、アズリア・レヴィノスが
僕のいない世界でも胸を張って、そして笑顔で
レヴィノス家の当主を務められるように。
60
:
凶兆
◆y1LPKLW2I.
:2010/11/30(火) 16:55:50 ID:???
「……行こう、姉さん」
「待て、イスラ。オグマ殿がまだ――」
「言ったはずだよ姉さん。オグマさんと一緒に行動することは出来ない」
「だが、オグマ殿はおまえに覚悟を示したではないか」
「まったく、姉さんはどこまで甘いんだ。笑っちゃうよ」
「イスラ……」
違和感があった。姉さんの反応がいつもとは違う。
姉さんは何かを失ったような、ひどく悲しそうな顔で僕を見ていた。
何故だ。分からない。まさか、姉さんはオグマさんのことを……?
そうなのだろうか。しかし、断定出来るだけの根拠がない。
そもそも軍隊という男社会に身を置いていた姉さんが、
しかも名門レヴィノス家の後継者としての自覚を有する姉さんが、
一時の私情であんな男に肩入れするとは思えない。
それとも、これまで免疫がなかったからこそ、なのだろうか。
分からない。姉さんは一体何を考えているんだ?
いつものように、まるで息を吐くように、僕は姉さんを挑発する。
「あはは、優秀な軍人の耳をもってしても気付かなかったのかい?
姉さんはアティに感化されて冷静な判断力を失っちゃったんだね。
残念だよ。そんなんじゃ僕の代わりになんてなれない。
どこの馬の骨とも知れない男の言葉を鵜呑みにして
注意力や観察力を失うような人に軍部の名門の当主は務まらない。
これだから女は、って言われるだけさ」
「イスラ、おまえは……」
姉さんは、怒りと悲しみがない交ぜになった
今にも泣き出しそうな顔で、僕の名を呟いた。
僕はまた、違和感を覚える。今日の姉さんは何かがおかしい。
自分のこれまでの人生を、僕のためにしてきたことを僕自身に否定されて
それでも怒ろうとしないなんて、どうかしてるよ。僕は笑った。
言葉にならない苛立ちを塗り潰すために、もっとも嫌いなことをした。
61
:
凶兆
◆y1LPKLW2I.
:2010/11/30(火) 16:56:35 ID:???
「あはは、その顔……、やっぱり気付いていなかったんだね。
おかしいじゃないか。オグマさんの声が急に聞こえなくなるなんてさ。
オグマさんは知人を三人も亡くして度を失っていたはずなのに、
いきなり声が聞こえなくなって、剣を振るう音も同時に止んだ。
なのに未だに戻ってこない。おかしいとは思わないのかな?」
オグマさんに対する侮辱にも、姉さんは怒りをあらわにしない。
しばしの沈黙の後、僕の目をじっと見据え、姉さんは静かに口を開いた。
「……私はそんな風には思わない。
彼の言動が不自然だと言うのなら、それは、亡くなった三人が
オグマ殿にとって、それだけ大切な存在だったという証だ」
僕は姉さんに言葉を返す。
今度は挑発の類いではなく、率直な思いを口にする。
「だったら尚更、オグマさんと一緒に行動するなんて出来ないよ」
「何故だ? オグマ殿の誠実な人柄はイスラも知っているはずだ」
その言葉に僕は苛立ち、同時にいびつな安堵を覚える。
姉さんと僕は、決して分かり合えない。僕の心は姉さんには見えない。
僕は幼い頃から毎日のように、姉さんのふとした言葉から
痛いほどそれを感じ取ってきたのに、姉さんはあまりにも鈍感で、
自分の見ているもの、感じている世界を僕と共有出来ると思っている。
その無邪気な独善が、押し付けがましさが耐えられない。
でも、その一方でこうも思う。僕のような心を持ち得ないことこそ、
姉さんが光溢れる世界で生きていくべき人だという証なのだ、と。
自分の存在を嫌悪している僕は、そんな姉さんを誇りに思う。
しかしそれは、この痛みに何年耐え、どれだけ生かされ続けても
大好きな姉に受け入れられる日は訪れないと痛感することでもあった。
62
:
凶兆
◆y1LPKLW2I.
:2010/11/30(火) 16:57:18 ID:???
「……誠実だったら、なんだっていうのさ?
姉さんは本当にどうしようもない馬鹿なんだね。
臨時放送を聞きながら怒りのあまり歯を食いしばっていたクセに。
殺された三人がオグマさんにとってどれほど大きな存在なのかを
ちゃんと分かっているクセに。あの放送を聞いたオグマさんが
僕と一緒に行動した結果、どんな気分になるのかを、
全然考えようとしていないじゃないか」
「イスラ、何故そんな風に自分を――」
「姉さんだって気付いてるんでしょ?
オグマさんが大切に思っていた人たちの死体は
これから更に破壊されるかも知れないってことに。
オグマさんはそんな現実と向き合い、折り合いをつけなきゃいけない。
でも、僕は今から首輪の回収に向かうつもりだ。
ここから脱出するためには、もっといい武器が必要だからね。
死体の場所は知っている。殺し合いに乗った少女が同じ年頃の少女を
殺す現場に居合わせたから、さ。彼女の首輪を回収する。つまり、
僕はオグマさんが愛していたかも知れない少女の首を切り落とすんだ。
姉さんはその様子をオグマさんに見せたいっていうのかい?
誠実な人だから大丈夫だとか、そういうのって気持ち悪いんだよ!」
言い捨てて、僕は扉を開けた。
「待て、イスラ!」
背後で姉さんが声を上げた。
その予想外の鋭さに、僕は思わず足を止める。
まるで戦場で敵と対峙したかのような緊迫感だ――
そう思ったときには既に、腕を後ろに引かれていた。
姉さんの手だ。その大きさは僕とさほど変わらないのに、力強く心強い。
僕の前に飛び出した姉さんが、杖の先で地面を斜めに撃つ。
扉の近くに転がっていた風変わりな石、暗いきらめきのクリスタル
サモナイト石のようでありながら明らかに異質なかたまりが、
路地に向かって弾け飛んだ。敷石の上に落ちて、鈍く回転。
その動きが完全に停止したことを見届けてから、
姉さんは振り返って僕を見た。視線が僕の腕に移る。
63
:
凶兆
◆y1LPKLW2I.
:2010/11/30(火) 16:57:57 ID:???
「すまない、力を加減出来なかった」
「僕は大丈夫だよ。それより姉さん、今の石……」
「ああ、私も初めて見た。何かの原石の類かも知れないが、
ここに入るときには無かったはず……いや、
オグマ殿が出て行ったときにも、こんなものは無かった」
「そうだね。でも、殺傷目的で設置されたってわけでもなさそうだ。
僕が見てくるよ。オグマさんが落としたのかも知れない」
「いや、私も行こう」
その言葉を半ば強引に無視する形で、僕は石へと駆け寄った。
殺傷目的で設置されたわけではなさそうだ、とは言ったものの、
まだ安全だと決まったわけでもない。だから姉さんには触らせたくない。
姉さんは、無事に帰らなければならないから。こういうのは僕の役目だ。
僕は石へと指を伸ばす。変わった石だ。
姉さんがさっき言っていたように、何かの原石のようにも見える。
とはいえ、ただの鉱物ではなさそうだ。
先ほどの衝撃で損傷を受けた形跡は見当たらず、
しかしその結晶には見たこともない紋章が既に刻み込まれている。
無色の派閥の面々の言葉をあれこれ思い出してはみるが、
この石が一体何なのか、やはり僕には見当もつかない。
――あれ……?
そのまま石を拾い上げようとした僕は、視界の隅に違和感を覚えた。
黒い何かがそこにある。視線を転じると、それが羽根であることに気付く。
夕闇に閉ざされた路上にあっても異質に感じる黒く大きな羽根が一本。
背後から近づく姉さんの足音が、すぐ間近まで迫っている。
こっちもだ、これも姉さんには触らせたくない。
風変わりな石と黒い羽根、その双方を拾い上げ、僕は姉さんに向き直る。
「姉さん、この羽根も……、僕には見覚えがない」
「私も記憶にない。さっき通ったときには無かったはずだが」
「随分と大きな羽根だね」
「大型の鳥類か、あるいははぐれ召喚獣のものか……」
「でも、おかしいよ。ここにははぐれ召喚獣はおろか
小鳥すらいないのに、こんなものが落ちているなんて」
64
:
凶兆
◆y1LPKLW2I.
:2010/11/30(火) 16:58:39 ID:???
静寂が僕らにのしかかる。
そう、静寂。この島は静か過ぎるのだ。
それが会場の異質さと、主催者の異常性を際立たせる。
自然の中に存在するはずの様々なノイズ、たとえば獣の遠吠えや
鳥の鳴き声はおろか、虫の羽音すら聞こえない。
つまり、存在しないのだ。参加者以外の生き物が、一切。
植物は自生しているが、こんな環境ではいずれ死滅するだろう。
特定の生物を排除すれば――たとえそれが
毒虫や害獣の類であっても――、自然界は均衡を失っていく。
捕食も交配も再生も、すべてがうまくいかなくなる。
当たり前だよね、人間にとって、自分にとって都合のいい存在だけが
世界じゃない、自然じゃない、命じゃない。
たとえば僕にかけられた病魔の呪い、その本質もまた、命だ。
死者は病に罹らない。病もまた、生命活動の一環なんだ。
けれども主催者は、参加者以外の生き物を徹底的に排除した。
それはつまり、彼らがこの島を完全に私物化していることを意味していた。
この島を、僕たちを、自分たちの都合で使い潰すことを意味していた。
そんな地に舞い落ちた漆黒の羽根には、異質で不吉な存在感があった。
僕らは無言で顔を見合わせていたが、やがて姉さんが口を開く。
「誰かの支給品、と考えるのが妥当な線だが……」
「オグマさんのものにしては、数が多すぎる」
「つまり、オグマ殿が出て行ってからおまえが扉を開けるまでの間に
ここを通った者がいるということか……」
思案から警戒へ。姉さんの表情が厳しくなる。
「……イスラ、オグマ殿を探すぞ」
ああ、あれだけ言っても姉さんには分からないんだね。
孤立する心を微笑みで覆い隠しながら、僕は軽く肩をすくめた。
65
:
凶兆
◆y1LPKLW2I.
:2010/11/30(火) 16:59:20 ID:???
「姉さんはやっぱり、オグマさんと一緒に動くつもりなんだね」
「オグマ殿と、ではない。おまえも一緒だ、イスラ。
……だが、その前に言っておきたいことがある」
「何だい、姉さん」
「これ以上自分を汚そうとするな。もうそんな必要はない」
「姉さん、何を――」
「おまえはもう、病魔の呪いに煩わされることなく
生きていけるようになったのだろう?
死に場所を求める必要など、もうどこにもないはずだ」
違うんだよ、姉さん。僕はまた微笑んだ。
確かに僕のこの身体は、病魔の呪いから解放された。
でも違う、違うんだ、呪詛と共に生きた日々、呪詛を通じて見た世界、
それらは僕の中に残り、僕の人格を、思考を、心を形成しているんだ。
つまり、病魔の呪いが解けた今も、僕は呪詛の体現者のままなんだよ。
健康な身体を手に入れても、姉さんのようには生きられない。
姉さんと同じ世界には、光の当たる場所には行けないんだ。
でも、それは言えない。僕には笑いながら嘘をつくことしか出来ない。
「この非常時にそんなものを求めるほどロマンチストじゃないよ、僕は」
「だが、おまえは私に対して罪悪感を抱いている」
自分の表情が強張るのが分かる。笑えなかった。
姉さんから感じ取っていた違和感の原因に気付いたからだった。
姉さんが僕の心を見ていたことに気付いたからだった。
立ち尽くす僕を、姉さんの声と夜気を含んだ風が不器用に覆う。
「気付いていないとでも思ったか? 表情を見ていれば分かる。
それに、さっきの態度。おまえには、自身の非道を強調することで
人を遠ざけようとする癖がある。長い間、私は疑問に思っていた。
おまえが何故、そのような言動を繰り返すのか……
何故、すべてを切り捨てようとするのか、それを知りたかったのだ。
だから私は考えた。おまえの言動を反芻しながら、分析と推測を重ね、
……そして、おまえが死んで数ヶ月が過ぎたある日、不意に思った。
おまえはいつかこんな日が来ることを想定していたのではないか、と。
そして、嫌われ者として死ねば、あとに残った私が悲しまずに済むと
思っていたのではないか、と……」
66
:
凶兆
◆y1LPKLW2I.
:2010/11/30(火) 17:00:02 ID:???
涙が頬を伝い落ちた。
嬉しかった。姉さんは、僕が死んだあとも、僕を愛してくれていた。
そして僕を理解しようと努め、ついには僕の心に辿り着いた。
でも、そこにあるのはやっぱり絶望。姉さんが僕の本心を知ること、
それは、願いが潰え、僕のすべてが無駄に終わったことを意味していた。
街道を渡る夜の風が、涙から熱を奪い去る。
僕は姉さんを悲しませたくなかった。だから姉さんに嫌われたかった。
でも姉さんはそのことに気付いてしまった。僕は姉さんを悲しませたんだ。
一体どうすればいいんだろう。姉さんを生還させたい、僕は死にたい、
でも、僕が死んだあとで姉さんが悲しむなんて嫌だ、
かといって、姉さんに嫌われるよう仕向けるという手はもう使えない。
僕はまた、無駄に生かされるだけの邪魔者に戻ってしまった。
生還したところで、レヴィノス家の汚名にしかならないっていうのに。
「……僕は罪人だよ。帰りたくないんだ」
「だが、おまえをそこまで追い詰めたのは私だ」
「姉さんは関係ない。僕が勝手にしたことだよ」
「イスラ……」
姉さんは周囲を横目で警戒しながら、立ち尽くす僕を抱き寄せた。
「たとえそうだとしても、おまえのもっとも近くにいたのは私だ。
おまえのためと思いながら、おまえの苦悩に気付こうとしなかったのも」
「そのことなら、恨んでなんかいないよ。
僕が拒んだんだ。姉さんに気付いてもらうことを。
僕の見ている世界なんて、姉さんには分かってほしくなかった」
「しかし、おまえにそう思わせたのは、やはり私だ」
「姉さんは悪くないよ」
「私はおまえの姉だ。おまえのために、と思いながら生きてきた。
おまえの行いは、その結果だ。だから、今更自分ひとりが
潔白であるかのような顔をして生きていくなど出来ない」
「そんなこと言わないで姉さん。僕、どうすればいいのか……」
姉さんはしばらく無言で僕の頭を撫でていたが、やがてそっと身を離した。
姉さんの目には、うっすらと涙が浮かんでいる。
しかしその表情には、強い意志とほのかな希望が宿っていた。
「どうすれば罪を償えるのかは、二人で考えていこう。
そのためにはまず、二人揃って生還することから始めねば。
だからイスラ、私のために犠牲になろうなどとは考えるな」
67
:
凶兆
◆y1LPKLW2I.
:2010/11/30(火) 17:01:28 ID:???
胸の奥で何かが沈んでいく。
僕は死という最後の希望すら封じられたことを知った。
あはは、ケッサクだよ、紅の暴君から解放されたと思ったら、
今度は姉という暴君が僕を生かそうとし始めたじゃないか。
そんな暴言が脳裏の片隅に居座ろうとするが、
それが姉さんの望みならそういうのもいいかと思い直す。
ただ、生きることに喜びを見出すというのが、僕にはどうにも窮屈だ。
「姉さんは甘いよ。僕のような弟がいると苦労するのにさ」
僕は今も居心地の悪さを微笑みで塗り潰すことしか出来ない。
けれども大好きな姉さんは、自信に満ちた笑顔で答える。
「構わない。おまえのような心根の優しい弟がいることを、
私は誇りに思っている」
68
:
凶兆
◆y1LPKLW2I.
:2010/11/30(火) 17:02:11 ID:???
【G-5/街道沿い・屋敷そば/初日・夜(臨時放送後)】
【アズリア@サモンナイト3】
[状態]:健康
[装備]:ハマーンの杖@紋章の謎
[道具]:傷薬@紋章の謎
[思考]
1:襲撃者を警戒しながら、オグマとの合流を急ぐ。
2:オグマ、イスラと協力しこの状況から脱出するための手段、方法を探す。
3:サモナイト石を探し、ここがリインバウムであるかを確かめる。
4:自分やオグマの仲間達と合流したい。(放送の内容によって、接触には用心する)
備考:オグマとイスラの騒動により自分の考え(ディエルゴが島の中にいる可能性)を話すのを忘れてしまっています。
【イスラ@サモンナイト3】
[状態]:健康
[装備]:チェンソウ@サモンナイト2、メイメイの手紙@サモンナイト3
[道具]:支給品一式、筆記用具(日記帳とペン)、
ゾディアックストーン・ジェミニ、ネサラの羽根
[思考]
1:アズリアを守る。
2:ディエルゴは本当に主催側にいるのか…?
3:サモナイト石を探し、ここがリインバウムであるかを確かめる。
4:ティーエの首輪を回収する。
5:対主催者or参加拒否者と協力する。(接触には知り合いであっても細心の注意を払う)
6:自分や仲間を害する者、ゲームに乗る者は躊躇せず殺す。
備考:オグマに対して軽い不信感を抱いています。
拾った羽根がネサラのものであることは知りません。
聖石と羽根の持ち主には関係があるのではないかと疑っています。
69
:
◆y1LPKLW2I.
:2010/12/01(水) 20:16:16 ID:???
>>59
の冒頭に追加
--------------------
G−5エリア、19時過ぎ――
濃紺の闇に陰影を奪われた街道沿いの景色がぐにゃりと歪む。
虚空から現れた年若い男に気付く者はどこにもいない。
会場に降り立った彼の首にもまた、冷たい枷が嵌っているが、
その構造は参加者用のものとはまるで違う。
神殿騎士団の技のみで作り上げた、ヴォルマルフ謹製の首輪。
彼は主催側の人間でありながら、同時に囚われの身でもあった。
たとえ参加者の誰かが首輪を解除する方法を見つけ、
彼がそれを知ったとしても、自身の枷を外すことは出来ないだろう。
彼に関する生殺与奪の権は、ヴォルマルフが完全に掌握していた。
脱走はおろか、ディエルゴ側に取り引きを持ちかけることすらままならない。
防具に覆われた指の合間で、ゾディアックストーンが暗くきらめく。
彼が聖石を会場に持ち込むことを、ヴォルマルフは黙認した。
いや、腹の中ではむしろ、大いに賛同していたに違いない。
聖石が“素質ある者”の手に渡ることを、かの悪魔は望んでいるのだから。
しかし、参加者との接触は、重大な規約違反にあたる。
もし、これがディエルゴ側の知るところとなれば、
ヴォルマルフはこう言って彼を始末するだろう。
『彼が勝手にやったことだ』『我々も、彼には手を焼いていたのだ』
『ご覧のとおり、首輪まで用意したのだがね。実に残念だよ』……
70
:
◆y1LPKLW2I.
:2010/12/01(水) 20:17:07 ID:???
己の置かれた状況については、彼自身も理解していた。
しかし、このまま虜囚の身に甘んじているつもりもなかった。
彼が降り立った場所は、とある民家の前だった。
扉の向こうには、イスラ・レヴィノスとその姉アズリアがいる。
当人の与り知らぬ話ではあるが、イスラ・レヴィノスは
ヴォルマルフの選んだ内通者候補のひとりだった。
他の候補者が誰であり、そしてどのような人となりだったのか、
そこまでは彼も知らされていない。
ただ、ヴォルマルフがイスラについて語った言葉は覚えている。
『……さぞや素晴らしい怨霊と成り果てただろうと
期待して蘇らせたのだがね。
どうやら憑き物が落ちてしまったのか、
想定していたモノと真逆に成り果てていた。
ゆえに、声すら掛けなかったよ。……』
赤の他人が育てた家畜について語るような口ぶりで、
ヴォルマルフはそう洩らした。
彼の前で口にするくらいだ、ヴォルマルフにとっては与太話、
重要な情報など何も含まれてはいなかったのだろう。
しかし、彼にとってはそうではなかった。
イスラ・レヴィノスが、かつてディエルゴを動かしたこと。
そして今、ヴォルマルフを失望させたこと。
つまり、並外れた意志と情念と行動力の持ち主であり、
何らかの特殊な素質ないし卓越した能力を有しており、
正にも負にもなれる柔軟性を持ち合わせているという事実は
彼にとって、砂漠で得た水のようにかけがえのない価値があった。
彼は足元に聖石を置くと、虚空に溶け込むように消え去った。
家屋から漏れ聞こえる姉弟の会話を聞くこともなく。
□ ■ □
71
:
◆y1LPKLW2I.
:2010/12/01(水) 20:19:18 ID:???
>>65
最後のアズリアの台詞の改訂版
--------------------
「気付いていないとでも思ったか? 表情を見ていれば分かる。
それに、さっきの態度。おまえには、自身の非道を強調することで
人を遠ざけようとする癖がある。
……長い間、私は疑問に思っていた。
おまえが何故、そのような言動を繰り返すのか……
何故、すべてを切り捨てようとするのか、私はそれを知りたかった。
だから考えた。おまえの言動を反芻しながら、分析と推測を重ね、
……おまえが死んでしばらく経ったある日、不意に思った。
おまえはいつかこんな日が来ることを想定していたのではないか、と。
そして、嫌われ者として死ねば、あとに残った私が悲しまずに済むと
思っていたのではないか、と……。
おまえはずっと、たったひとりで、病魔と戦っていたのだな。
愛されることを拒み、すべてを切り捨てることで、
おまえは生まれながらの宿命に立ち向かっていたのに、
私はおまえを失うまでずっと、そのことに気付かなかった……」
72
:
◆y1LPKLW2I.
:2010/12/01(水) 20:21:05 ID:???
>>67
を全面改稿
--------------------
胸の奥で何かが沈んでいく。
僕は死という最後の希望すら封じられたことを知った。
――あはは、ケッサクだよ、紅の暴君から解放されたと思ったら、
今度は姉という暴君が僕を生かそうとし始めたじゃないか。
脳裏で呪詛の体現者が暴言を吐きながら身を起こす。
大好きな姉さんが僕を理解しようと努め、共に生きようとしてくれる、
そんな幸せなことすらも揶揄せずにはいられない救いようのない病巣に
僕は、大切な人に接するときとはまったく違う態度で対峙する。
――いいんだ、それが姉さんの望みなら。
たったそれだけのことで大好きな姉さんが悲しまずに済むのなら、
僕は、それでいい。
そう答えると、呪詛の体現者は文句ひとつ言わずに消え失せた。
とはいえ、それで希望が芽生えるかといえば、そんなはずもなく、
そもそも生きることに喜びを見出すというのが、僕には窮屈で息苦しい。
しかしその一方で、姉さんに生かされることに安堵している自分もいる。
そして、そんな自分に言いようのない気持ち悪さを感じている自分まで。
受け入れがたい諸々を、僕はやはり微笑みで塗り潰すことしか出来ない。
「姉さんは甘いよ。僕のような弟がいると苦労するのにさ」
「構わない。おまえのような心根の優しい弟がいることを、
私は誇りに思っている」
姉さんの笑顔は力強く、揺るぎのない意志を感じさせる。
その輝きは僕に突き刺さり、胸の奥がどうしようもなく痛むけれど、
それは僕の心身が生きている証でもあった。
73
:
◆y1LPKLW2I.
:2010/12/01(水) 20:27:27 ID:???
他にも加筆修正をおこなった箇所はありますが、微妙な表現の修正なので、
そちらの公開は本投下までお待ちください。
74
:
Bloody Excrement
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 22:13:17 ID:???
――さて、どうしたもンだかな?
オレは目の前の危機的状況から最も生存率を高め。
なおかつ邪魔者“達”を効率よく良く排除出来る手段を検討していた。
――状況を、再度分析する。
単に今この場を生き延びるのみというのあれば、
このまま姿すら見せずに立ち去るのが最良の手段だろう。
まだ、居場所は漆黒の騎士には正確に捕捉されていない。
だが、それは長期的に見れば確実に悪手となる。
今、あの二人が“まだ”共に生きている事から考えても、
このまま放置すれば、二人が見逃されるのは確実だ。
そうなれば、眼前の仲間を捨て去った事実を
二人の生き証人達の口から語られる事になる。
そして、それはオレという個人の信頼喪失を意味する。
傭兵としての致命的失態。そうなれば生存は絶望的だ。
最後の手段として以外、逃走は取るべき手段じゃねえ。
75
:
Bloody Excrement
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 22:14:12 ID:???
――もし、オレがあいつの立場だったなら?
新手の敵の増援が近くにいる事を確信した時点で、
即座に土下座した無防備なレシィの首筋に斧を叩き込み、
ついでにエトナにも止めをさして伏兵に備えるだろう。
あるいは一人だけ生かし、嬲り者にして友釣りを行うか。
優勝狙いなら、なおさらそうする。
だが、あいつは一向にそうする気配がない。
無論、あいつがこのゲームに乗っておらず、
エトナも襲われたから防衛したのみという可能性もある。
だが、そんな生優しい奴なら全身に返り血を浴びちゃおらン。
その上、相手の関節を完全に壊したりする真似も決してせン。
何より、あれには戦場を心より楽しんでいる節がある。
このゲームには、まず乗っている輩だと考えるべきだろう。
そして、戦闘力を奪った相手には一顧だにせず、
その仲間が来ても決して人質や餌として扱わず。
むしろ勝者への景品として差し出すその性質。
――もしかすると騎士道精神、って奴か?
野良犬の餌にも劣る美学だが、
無論それは本人も承知の上でやっている事だろう。
そうでなければ、エトナの小賢しさを逆手に取り、
余所見したふりで釣るなんて戦術自体思い付かン。
76
:
Bloody Excrement
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 22:14:56 ID:???
そこから、あのデカブツの、“漆黒の騎士”の性格を分析する。
単なる血に飢えた殺人鬼でなければ、合理偏重の傭兵でもない。
手段(戦闘)の為には目的(相手)を選ばず。
ただ剣の為に剣を取り。善悪には興味がなく。
戦いの過程で得られる極限の刺激に耽溺した狂人。
常に死と隣り合わせの緊張の中に身を置かねば、
己が生きているという実感すら得られぬ壊人。
そんなイカれた人間を指す言葉は、唯一つ。
――戦闘狂(バーサーカー)。
そんな危険極まりないデカブツに取って食われる事なく、
舌先三寸で二人とも回収する必要がある。生死を問わず。
エトナを確実に始末する為にも。
周囲との信頼関係を保つ為にも。
あいつへの無視と逃走が、結果として己の首を絞めるものでしかないのなら。
それより他に手段がないから、その中で最善を講じるより他はない。
だがあいつと交流を持つ事は、大型の人喰獣と戯れるよりもなおおぞましい。
素手で異世界のルカヴィすら圧倒する、天騎士・雷神クラスの戦闘狂相手に。
理知的な会話で、言葉の力で立ち向かえってか?
しかも、相手はその頭脳まで切れ者ときやがる。
半端な話術なら意図を見抜かれ、奴の怒りすら買うだろう
77
:
Bloody Excrement
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 22:15:29 ID:???
――ふん、ぞっとする話しだな?
そんな奴すら出し抜き、この場を切り抜ける必要には?
オレはプロの傭兵として、いつものように脳内で算盤を弾き始めた。
◇ ◇ ◇
「このままでは埒が明かんな。ガフおじいさんとやら、出てくればどうだ?」
――沈黙を遮る、若い男の一声。
会話の口火を切ったのは、漆黒の騎士。
奴は首だけを真横に向け、オレを誘う。
どこか楽しむように。
どこか祈るように。
透き通った明瞭な声が、夜空に響き渡る。
無防備にも、こちらに完全に背を見せて。
幸いにも、あのデカブツはこちらの存在に気が付いているが。
こちらの正確な居場所までは把握していない。
78
:
Bloody Excrement
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 22:16:17 ID:???
――好機、なのか?
何も無理をして、会話に持ち込む必要性はない。
交渉が決裂して、まともにやり合えば勝ち目は薄い相手だから。
だが、気付かれぬままに、このまま背後から吹き矢で仕留めれば?
いや、それは論外だ。
吹き矢の射程は短い。
攻撃に入れば姿は露見する以上、確実に一撃で仕留めなければならン。
あいつの甲冑はほぼ壊れているが、それでも隙間を狙うことは難しい。
あのデカブツの技量込みで考えれば、命中率は高いとは言い難い。
また、上手く命中したとしても?
あれだけでかいナリなら、麻酔が回り倒れるまでに時間がかかるだろう。
それまでに、吹き矢を構えたままの無防備を奴に晒せば?
おそらくは、こちらが剣に持ちかえるまでの間に一撃で血の海に沈む。
しかも、止めを刺そうとすればレシィが全力で阻止するに違いない。
どう転ンでも、危険ばかりで実入りがまるでない。
――だったら、剣の一撃で急所を刺し貫けば?
いかに出鱈目な戦闘狂と言っても、それはひとたまりもないだろう。
こちらを捕捉できなければ、どれだけ強かろうが意味がない。
そして、一番厄介なあいつさえ死ねば、残り二人などどうとでもなる。
レシィを上手く出し抜き、隙を見てエトナだけを殺すなど実に容易い。
応急措置のふりをして傷口を広げ、手遅れに見せかけてもいい。
そして、何より今はレシィを殺さなくて済む。
駒は多いに越したことはないのだ。
79
:
Bloody Excrement
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 22:17:12 ID:???
――では、殺るか?
オレは返答はせず、姿を消したまま漆黒の騎士に近づく。
少し離れた距離からでも感じる、むせ返るような血の臭い。
その背から感じさせるものは、戦禍と積み上げられた屍の臭い。
風にたなびく黒いマントは、さながらにルカヴィの翼。
人にして、人の域をはみ出しつつある剣狂者。
さて、天騎士や雷神にも匹敵する生粋の戦闘狂相手に。
果たして、オレの剣が通じるのか?
――しくじれば、オレの方が確実に終わる。
緊張で口内が渇くが、唾を飲むのを堪える。
込み上げる焦燥と恐怖を、意志で封じ込め。
音を立てず、ゆるりと剣を抜き。
剣を構え、摺り足で奴に近づく。
音を殺し、気配を殺し、心を殺す。
敵を殺し、味方も殺し、人を殺す。
全て殺して己を活かす。
その真髄をしかと見よ。
――――神に背きし剣の極意 その目で見るがいい…。
殺る覚悟を胆に据え、あと一歩で奴の間合いに入る所で。
漆黒の騎士の肩が僅かに、ほんの僅かに揺れた気がした。
…勘付かれている?
80
:
Bloody Excrement
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 22:17:51 ID:???
いや、そんな筈はないだろう。
オレの潜伏には抜かりはねえ。
それにもし、あいつが不意討ちの可能性に気付いたところで。
いつ、どこから襲い来るかまでは、気が付くはずがねえ。
オレはそう高をくくり、剣を突く形に構えようとするも。
――果たして、あのデカブツはそンな生易しい奴なンだろうか?
急速に込み上げた、拭い難い疑問が高速で脳に侵食し。
磨き上げた戦場での勘が、大音量で警報をかき鳴らし。
その不意討ちを、すんでの所で思いとどまらせる。
そもそも、奴はなぜ最初からオレに「真後ろ」を見せる位置にいたのだ?
真横や斜めではなく。こちらが狙うには絶好に過ぎる位置関係に。
余りにも、話しが旨過ぎる。偶然や幸運などオレは一切信じない。
だとすれば、それが意味する事は、即ち「餌」であり「罠」。
こちらを釣り上げ、返り討ちにする為の。
つまりは最初から位置が特定されている。
そう考えてよいだろう。
そして、警戒して周囲を再度見渡せば。
煌々と輝く夜空の蒼き満月は地を照らし、
“四人”の影を見事浮き上がらせている。
姿を見事消した所で、その影までは消し切れない。
透明になるといっても、存在自体はあるのだから。
――捕捉されている。
おそらく、あいつはオレの影を横目で確認しているのだろう。
先程、エトナにやってみせた時のように。
81
:
Bloody Excrement
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 22:18:30 ID:???
――チッ、誰がその手に乗るもンかよ…。
オレは自らの愚行を戒める。
こうなれば、潜伏も無駄だ。
このままでは、こっちが貪り喰われるハメに遭う。元より、剣ではあいつが上なんだ。
オレは不意討ちを諦め、武器を収め透明化を解くとデカブツに話しかけた。
◇ ◇ ◇
「バレちゃ仕方ねえな。で、オレになンの用だ?」
「…これは異な事を。戦場で味方が窮地にさらされ、
さらにもう一人の仲間が怨敵に立ち向おうとしている。
貴公の為すべき事など、一つしかないと思われるが?」
身体をこちらに向け、さも嬉しげに奴は語る。
その若き声は、獲物の登場により喜びに打ち震えていた。
その期待するものは、聞けば耳が腐る事だけは間違いねえ。
現在の勝率は、多目に見ても一割あるかどうか。
これはもう博打ですらない、単なる自殺行為だ。
不意討ちで戦況を覆す事が出来なくなった以上、
勝算はさらに低くなった。加えてレシィに殺意が見当たらない。
完全な連携は期待できず、相手の士気は異常なまでに高い。
82
:
Bloody Excrement
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 22:20:33 ID:???
こうなれば、なんとしてでも戦闘を回避する必要性がある。
オレが今、この場から生き延びる為にも。
「立ち向かう?レシィみたいに土下座してか?
だったら、オレも揃ってやるべきもンかね?」
オレは、軽い調子で相手の毒気を逸らす事を試みた。
そして戦う気概が全くない事をことさらに強調する。
あいつに一度見込まれれば最期、メインディッシュはオレの生命となる。
だが、それは逆を言うならば、喰いでのない不味い獲物であれば、
このオレも充分見逃されるという事なのだ。
「一人が気を引き、一人が仕留める。
即興にしては、そう悪くない手際と見たが違ったか?
あるいは、目の前の者たちは貴殿の仲間などではないと?
赤の他人なら早々に立ち去るがいい。…宴の邪魔だ。」
――心の内で舌打ちする。
レシィの土下座を、説得ではなく戦術の一環として見た訳か。
あるいはその状況をオレが利用する腹であったと判断したか。
レシィが急速に顔を蒼褪め、「それは違います」などと主張しているが。
半分当たりで半分外れだ。あいつに気を取られるようなら刺していたからな。
そして、オレが本当にレシィの仲間か否かを奴は試している。
それを証明するには、そろって戦場に立つしかないわけだ。
もしオレが逃げれば、奴は二人を“無事”解放するだろう。
戦闘力も戦意もない玩具など、興味を抱かないだろうから。
そうなれば、オレは全ての信頼を失い、遠からず破滅する。
83
:
Bloody Excrement
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 22:24:27 ID:???
――泣きたくなってきた。
このままだと、レシィと仲良くあいつの夕餉にされちまう。
あいつ、もしかして「自発的に戦わざるを得ないように」
仕向けてるンじゃないだろうな?
「そりゃオレ達を買い被り過ぎって奴だ。
そんな賢しい知恵なンぞ回らンよ。オレもあいつもな。
それに、仲間が窮地なら敵と争って奪い返すンじゃなく、
救助を一刻も早く最優先するのが筋じゃねえのかい?」
オレはあのデカブツの御眼鏡に適わないように。
正面切って戦う事は愚か、騙し討ちすらする
気概もない臆病者(チキン)だと強調する。
「では、戦う気は一切ないと、そう言うのか?
…貴様には、戦士としての誇りはないのか?」
オレ達に侮蔑を隠そうともせず。
いや、言葉の端にどこか悲しそうな響きを交えて。
漆黒の騎士はオレ達を挑発する。
「そんな役に立たないもンは、とっくの昔に捨てたよ。
オレとしても、平和的である方が有り難いンだがね。」
これについては、別段嘘は付いちゃおらん。
暴力なンてものは、所詮は問題解決における一手段に過ぎンからな。
もはや手段が目的と化したアンタとは違うンだ。
黒騎士だからといって、一緒にすンな。
「そうつれない事を言うな。
折角の催されたこの宴、共に存分に楽しもうではないか?
この戦場、生還者はただ一人のみ。いずれは戦わねばならん。
第一、ワルツは独りで踊れぬのだ。」
84
:
Bloody Excrement
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 22:25:00 ID:???
こちらを執拗に死の舞踏(ダンス・マカブル)に招待する黒い紳士。
その優雅だが寂しげな響きに、何故か女に袖にされ続けた不器用な
優男の悲哀を感じさせた。
だが、生憎とオレには戦なンてものに酔う趣味はねえ。
踊るなら、オレとじゃなくもっと良い獲物(オンナ)にしとけ、な?
アンタなら、きっとよりどりみどりだ。自分を安く売るンじゃねえ。
「オレみたいな凡人に、アンタを満足させるほどの技量は持ちあわしちゃおらンよ。
アンタの誘いに乗りそうな、もっと若くて活きの良い獲物なら紹介できるがね?」
だが、このままではあいつは強引にでもオレ達を誘い出しかねない。
そうなれば、オレ達はあいつになすすべもなく殺られちまう。
――だったら?
オレは、一つの賭けに出る。
「ほぅ?では、一つ聞かせてもらおうか。」
漆黒の騎士の興味が、僅かにそいつに逸れる。
これが、このオレに残された最後の好機。
「オレの仲間に、今ウィーグラフって奴がいる。
オレの世界…。イヴァリースでも知らぬものはいない英雄で、
なおかつあの進行役のヴォルマルフさえも一目置く傑物だ。
お前のような血に酔う悪漢など、絶対に許さンだろう。
しかも、すぐ傍にいる。先程出会ったばかりなンだ。」
85
:
Bloody Excrement
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 22:25:42 ID:???
「それに加えてな、中ボスとかいう名前のおっさんも共にいる。
そいつは今お前が仕留めたエトナの義理の親父だ。
無論、その馬鹿娘よりはるかに手強いだろうな?
何よりアンタの行いを知れば、怒り狂って飛ンでくるだろう。
…そいつらを代わりに呼ンでやる。それで見逃してくれンか?」
オレは躊躇わず仲間を売る。活きの良い獲物達を。
いや、正確には仲間という訳でもなかったが。
ウィーグラフはオレに不審な動きがあれば、すぐさまオレを殺るつもりだった。
中ボスという男にした所で、エトナとかいう疫病神のお守をオレに押しつけた。
だったら、こちらがそれに報復してもなんら問題はない。
むしろこのデカブツと共倒れしてくれるなら一石二鳥だ。
この一手、本来は問題外の悪手である。
敵の増援をちらつかせ、それを呼びに行くと言われれば?
普通はそうはさせじと対象を真っ先に殺そうとするだろう。
自殺行為以外の何物でもない。
だが、相手がどうしようもない戦闘狂であり。
なおかつ、今ここで見逃せば眼前のすこぶる不味い餌など
比較にならぬ極上のディナーにあり付けると判断したのなら?
悪手は最良の手段にも化ける場合がある。
オレは、それに賭けてみた。
86
:
Bloody Excrement
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 22:27:52 ID:???
――ー―そして、その賭けの結果は?
「ほぅ、今度は仲間を売るか。だが、私にはむしろ好都合だ。
その者達ならこの私と戦う動機があり、満足もさせられると?」
――ビンゴだ。喰い付きやがった。
オレは心の中でのみ、口元を歪める。
そして、漆黒の騎士の声がどこかしら熱を帯び。
そこには隠しきれぬ情欲と歓喜に満ちていた。
…ゾッとするな。こいつだけは。
「…ああ、期待していい筈だ。年のいったオレや、ガキのレシィなンぞよりはな?」
ガフおじいさんっ!と悲痛な声を上げ、こちらを睨みつけるレシィ。
あの二人が代わりの生贄に出される事に、抗議しているのだろう。
オレはそれに目線で語る。「考えがあるから、少し任せろ」と。
レシィは不承不承だが、それに応じる。
だが、明らかにその目は猜疑と不満に満ちていた。
これは後で念入りに説得するか、それとも――。
「だが、貴様の話が嘘である場合、私は何一つ得られぬ。」
しかし、そうそう上手く話は進むはずもなく。
漆黒の騎士は、不満げにその夕餉が嘘である可能性を指摘する。
疑い深いこった。確かに、それを保証する手段は何もない。
87
:
Bloody Excrement
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 22:28:46 ID:???
「嘘はねえよ、安心しな。…って言葉じゃ証明にならンわな。
じゃあ、こいつはどうだ?」
そう言ってオレは、一つの貢物を見せる。
取られてもそう痛くなく。なおかつ、あのデカブツが喜びそうなもので。
オレが今後の事を為すに辺り、優位に立てるものを。
「レシィ、折角の頂いた剣だ。使わせてもらうぞ。
ただし、あいつを斬るためじゃなくこの場を収める為にだ。
…構わンな?」
オレはそうレシィに声を掛ける。
元より流血沙汰を酷く嫌うアイツの事。意図を察して一も二もなくそれに従う。
こいつが抜けない魔剣でもある事は、レシィが何よりも知っているからだ。
「この剣は?」
「――碧の賢帝(シャルトス)。説明書を読む限り、随分と御大層な魔剣らしい。
こいつを手付けでくれてやる。だったら、オレの言葉が嘘でも損はせンだろう?
最低でも、これがタダで貰えるンだ。」
レシィから剣と一緒に貰った説明書には、こうあった。
伝説のエルゴの王の所有した「至源の剣」の伝承を参考に製造された、
高純度サモナイト石を加工した武器。
使用者の意思の強さでその力を増す性質に加えて、
共界線(クリプス)から強大な力を引き出し、それを行使することが出来る。
88
:
Bloody Excrement
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 22:29:58 ID:???
書かれている単語の意味はさっぱり分からンが、
文面を信じる限りは良い事尽くめの魔剣と来ている。
溢れるばかりの強大な力は、鞘越しにすら感じられる。
この説明書、決して嘘だけは付いていないのだろう。
――嘘だけは。だが、この文面を書いたのは主催者なのだ。
オレはその事を、決して忘れてはいなかった。
この説明書、おそらくもっと重大な、致命的な何かを意図的に伏せているのだろう。
現に、この漏れる力にどこかしら禍々しく暗黒に近いモノをこのオレは感じていた。
――この魔剣の力を、どうにかして所有者に使わせたがっているのだろう。
だが、オレはこンな物騒かつ得体の知れない力に頼り、
あのデカブツを倒そうなどという気は毛頭起こらねえ。
オレの場合は、だが。
――そして。
「ほぅ。碧の賢帝(シャルトス)か…。」
案の定、奴はこの魔剣に興味を示した。
“人の剣術”。奴はそれにこだわっていた。
つまり、奴の最大の得手とするものは、剣。
ならば、強大な力を秘めた剣とくれば興味を引かぬ筈がない。
無論、この手の魔剣が何かしらの危険を伴う事が多い事は
あのデカブツとて理解はするだろう。
だが、あえて火の中に飛び込もうとする奴の事だ。
むしろ、この手の危険物の方が食指が動くに違いない。
オレはあいつの気質を理解した上で、これを選んだ。
これがあいつに抜けずとも、抜けても結構。
そして、万一魔剣が本人の弱点とでもなってくれれば、
後々殺る際にも好都合と来る。良い事尽くめだ。
89
:
Bloody Excrement
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 22:31:06 ID:???
――加えて。
オレがこれから事を為すにあたっても。
あいつが一本、剣を持っていてくれないとこちらが困るンだ。
――だが。
「――適格者にしか、抜けぬ剣。
そして、適格者ですらも、使う度に魂を蝕まれる。
最終的には剣の意志、ディエルゴに身体と意志を奪われる、
言うなれば人喰いの魔剣(マンイーター)。
どう転んでも、与える側には損はないという事か。」
「…なんだと?」
――あいつは、この魔剣の事を知ってやがった。
説明書を読んでいる、オレなンぞよりもはるかに。
しかも、よりにもよってディエルゴ絡みと来たか。
この魔剣、主催者の手垢以上の何かが憑いている事だけは間違いない。
だが、そんな“些細な事”よりも、今身近に迫った切実な問題がある。
90
:
Bloody Excrement
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 22:32:00 ID:???
――しくじった。
レシィが蒼褪める。
あの魔剣の真の危険性に、今更ながらに気付かされ。
このオレも、全身の血の気が引いていくのを感じる。
あいつとは別の意味で、だが。
あのデカブツの言っている事がもし事実であれば?
あの魔剣は運が良くとも、まともには役に立たず。
そして資格者であれば心身を喰い潰す呪われた魔剣。
そんな超の付く危険物をホイホイ貢いでくるという行為は?
和平を装って最悪のデス・トラップを仕掛けにきたと
見做されちまっても、一切の申し開きが出来ン行為だ。
そして、それは奴に対しての宣戦布告と見なされ…。
――オレは時をおかずして、あいつの生贄となる。
近くにあった軍馬やお偉いさんの死体のような、
“血塗れの不用物”へと成り下がる。
――チッ。あんな人間の薄皮被った化け物相手に、実質一人で殺り合うしかないのか?
オレは覚悟を決め、もう一方の剣の鞘に手を伸ばそうとするも。
漆黒の騎士は、意外にもその手を一声で遮った。
あれだけ、オレ達との戦闘を求めていたというのに。
91
:
Bloody Excrement
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 22:33:01 ID:???
「本当に、何も知らなかったのか?
だが、それでいい。それがいい。
それを頂けるのであれば、エトナ殿は返してもよい。
それさえあれば、全てを反故にされても構わぬ程だ。」
そして、その声の響きから覗かせるものは。
その視線から感じさせるものは。
絶世の美女に一目惚れでもしたかのような。
これから熱い愛の告白でもしそうなほどの。
――狂喜と情欲。
「コイツを知りながら、それでもなお欲しいってのか?」
なんと、この魔剣こそがあいつにとって最上の獲物だったらしい。
他の事がまるで見えぬかのように、取り憑かれたかのように。
あのデカブツは、この危険極まりない代物に情熱の視線を送る。
――戦闘狂も、ここまで来ると大したもンだ。
そんなに、危険さが分かり切った上でこの剣が欲しいってのか?
自分には制御出来るのか、それともなにか他に当てでもあるってのか?
オレは、このデカブツの熱い視線に、そう問わずにはいられなかった。
92
:
Bloody Excrement
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 22:33:37 ID:???
「何、想い人の気を引く贈り物にでも使わせて頂くつもりだ。
ただ惜しむらくは、そちらに釣りが渡せぬという事と。
後にこちらが期待に答えられぬやもしれぬという事だが。」
漆黒の騎士の言っている事は、まるで理解出来なかった。
だが、一つだけ言える事は。
この選択は、計らずしも大正解だったという訳だ。
だったら、最大限に有効利用してやろうじゃないか?
「だったら、釣りとしてせめてマントをくれンか?
このままじゃ、エトナが失血で身体を冷やす。」
オレはこのデカブツがもう少し戦いを楽しめるように。
そして、これから為す手を完璧なものに仕上げる為に。
即座の思い付きで、マントを一枚要求する。
これは別段、貰えずともよし。代わりは傍にもある。
ただし、貰えれば仕掛けは盤石となる。
漆黒の騎士は、黙ってオレを見据える。
血臭を漂わせ。戦場の空気を身に纏い。
オレの言葉の裏を読む。
――勘付かれている。
あいつもまた、オレを分析しているのは承知していた。
オレが如何にしてあいつとの戦いを回避したがっているか、
そしてその後に何を為すのか?
93
:
Bloody Excrement
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 22:34:21 ID:???
おそらく、その意図のほとんどは見抜いてはいるのだろう。
元々、恐ろしく勘の良い奴だ。そして声に似合わぬ老獪さもある。
だがあえて何も言わないのは、把握した上で「取るに足らぬ」と
軽視しているからなのであろう。
――そして、その返答は。
「フッ、そういう事か。心にもない戯言を。
このマント、どう扱おうが一向に構わん。
貴殿の好きに使うがいい。」
――意味深に。裂けた兜の奥で口元を歪ませて。
「お前の浅知恵など、全て承知の上だ。」と言わんばかりに。
あいつは気前よく漆黒のマントを外し、こちらに投げ渡した。
それを中空で受け取るのを確認するや否や。
「さあ、私の気が変わらぬうちに、魔剣を置いて早々に村を去れ。
もし長居をするようなら、力づくで奪っても構わんのだぞ?」
漆黒の騎士は「もはやお前達に用はない」と言わんばかりの態度で。
こちらに退出を促す。
「…言われなくともそうするさ。レシィ、済まないな。
オレ達が生き残るためだ。有効に活用させてもらう。
碧の賢帝(シャルトス)はここに置いておく。
では、行くぞレシィ。」
94
:
Bloody Excrement
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 22:35:42 ID:???
あいつには、魔剣やディエルゴの事で聞きたい事が多々あったのだが。
奴は一刻も早くこちらがこの村を去る事を明らかに望んでいる。
これ以上の会話は、有害なものにしかならないだろう。
今心変わりされたら、それこそ全ては水泡と帰す。
――ま、奴に何があるかは知らないが。
お互い生き残れば、話しを聞けるかも知れンかな?
オレは“碧の賢帝”(シャルトス)を鞘ごと地面に突き刺し。
漆黒の騎士はレシィにエトナを連れて行くよう合図で促す。
エトナに駆け寄るレシィ。
自分の服の裾を破り、ペットボトルの水をぶちまけ。
酷く熱心に、丁寧に応急措置を行う。
敵の目の前で。なんの警戒もなく。
おそらくは、あの騎士がもはや手出しをする気がないと
信じ切ってしまっているのだろう。
その姿を見て、大きな溜息を付く。
今は確かに攻撃をする意志はないだろう。
だが、人間は容易く心変わりするもンだ。
必要最小限の用心とか、警戒とか、そういうのはしないもンかね?
オレと最初に出会った時の隙の無さには、惚れ込んだもンだがな。
それとも、仲間の事になれば目が曇っちまうってタイプなのか?
そんな行き過ぎた優しさって奴は、時として害になるンだがな。
村に着いた時の会話にしてもそうだ。こいつは、割り切れねえ。
95
:
Bloody Excrement
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 22:36:44 ID:???
多分、あいつはエトナに限らず。
このオレや、漆黒の騎士が致命傷を受けた所で。
おそらくは全く同じ行動に出るだろう。
オレがあいつを裏切った後であっても。
止めを刺す事も、見殺す事も出来ずに。
つまり、あいつは決断を迫られた時でも、敵や足手纏いを切り捨てる事が出来ない。
ようは、人間としては合格でも、傭兵としては失格だという事だ。
ラムザは、その辺キッチリとオレを殺り独り立ち出来たんだがな?
あいつは、どう足掻いてもラムザにはなれねえってことか。
――だったら、仕方ねえ…。
オレは心の中で、一つの決意を下す。
それは傭兵として当然の行為をなすのみである。
そこには未練も後悔も、ましてや良心の呵責さえもない。
まあそんな役に立たン諸々は、とっくに戦場で捨てちまったがね。
しかし、つくづく出会いって奴に恵まれんな。
オレも、レシィも。
そう思いが至り、オレは二度目の溜息を吐く。
随分と久しぶりだ。こうも感情が漏れてちまう事は。
オレも、随分とあの小僧に毒されたか?
そうで胸中で一人ごちるオレを尻目に。
漆黒の騎士は、レシィに優しく諭す。
オレには一切なかった、酷く憐れむような、悼むような声で。
これから起こるであろうあいつの運命を、まるで見通しているかのように。
レシィに翻意を促そうとする。
96
:
Bloody Excrement
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 22:37:18 ID:???
「この場を去る前に、一つ念の為に確認しよう。レシィ殿よ。
ガフおじいさんの決定は、貴殿の決定でもあると考えてよいのだな?」
だが、その声はどこかしら覇気がなく。
この戦闘狂らしくもない、どこか人がましい情感に溢れていた。
「…はい。出来れば僕も傷付きたくありませんし、
誰だって傷つけたくもありません。
だから、僕はガフおじいさんに従います。
貴方は誰かと戦いたいと仰られますけど、
僕は、絶対にそんな事は辞めさせたい。
だから、そのためにまた一度こちらに来ます。
ウィーグラフさんや中ボスさんと一緒に。」
キラキラと輝く目で、あいつはあのデカブツにこう言い放つ。
上出来だ。オレとしてもそう言ってくれる方が有り難い。
「そうか。自ら剣を取らず、戦いから逃げ出した貴殿に未来などない。
己が望む未来は、ただ流されるままでは決して手に入らぬのだ。
…だが、未練か。貴殿の思いは尊重しよう。」
…なるほどな。
だからこそ、今までこちらから手を出すように仕向けていた訳か。
相手の同意も何もない戦闘は、単なる屠殺であり殺戮でしかない。
それを嫌っていたという事か。
己が心の底から楽しめるためなら、ほとんどなんでもしでかす。
ここまで徹底的に馬鹿がやれるとは、呆れるべきか感心すべきか。
97
:
Bloody Excrement
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 22:37:52 ID:???
ま、長生き出来ン奴である事は確かだ。
奴はそんな事も百も承知の上だろうがな。
「だがな、何も叶わぬ。所詮は夢想に過ぎぬのだ。
もはや、二度と貴殿とは出会う事もないだろう。
……………さらばだ。」
そして、奴はレシィ達の運命に気付いている。
知っていてるからこそあの言葉なのだろうが、
あちらから手を出す義理まではないってことか。
黙認するなら、何も言わンで欲しいもンだがね。
翻意がない事を知るや、どこかしら寂しげに。
漆黒の騎士はレシィに背を向け、その場を立ち去った。
オレ達もそれに倣い、村を立ち去る準備を始める。
エトナを背負ったレシィに、オレがマントを被せ。
レシィが救護を、オレがレシィ達の護衛を務める。
そして、オレ達は撤退を始め。
――準備完了だ。
村の外れにて、人の視線がない事を確認すると。
最後の仕上げへと取りかかった。
98
:
Catastrophe
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 22:42:34 ID:???
なんとか、なりました――。
ガフおじいさんと、漆黒の騎士…。
傍でずっとハラハラしていましたが、なんとかガフおじいさんが彼を説得し…。
エトナさんを無事、取り戻す事に成功いたしました。
その方法には、確かにボクも賛同しかねる部分もありましたが。
ガフおじいさんには、ガフおじいさんなりの考えがあっての事なんだと、
ボクは信じています。
これまでも、これからも――。
おそらくは、ずっと――。
おんぶして移動した時の揺れで、エトナさんが目を覚まし。
怪訝そうに回りを見渡して――。
「あれ、あたし…。」
「ガフおじいさんが、助けてくれたんです。ボク一人では無理でした。
…よかったですね。」
99
:
Catastrophe
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 22:43:51 ID:???
あー、そうなの?と気の抜けた返事をするエトナさん。
こうしていると、強面な普段とはまるで別人のようで。
触れ合った所から感じられる、肌の柔らかい感触と、
華奢なその身体に見合った、身の軽さもあいまって。
やっぱり年頃の女の子なんだなっ思えてきます。
でもそんな事口にしたら、張り倒されちゃうかもしれませんが。
「…ところであいつ、どうなったの?」
その身体と言葉の端が、微かに震えながらも。
エトナさんは、漆黒の騎士がどうなったかを聞き。
「…まだ、村に残っているはずです。ボク達は、見逃されただけですから。」
「まー、そりゃそうよね…。
アタシで勝てないような奴に、アンタらが束でも勝てる訳がねーから。
命があるだけ儲けもの、って奴か…。」
「でも、あの人案外良い人かもしれませんよ?」
理由は分かりませんが、ボクを随分と気遣ってましたし。
ボク達の為に気前よくマントも差し出してくれましたし。
ボクはその事も加えて、エトナさんに話しました。
でも、去り際のあの人は随分と寂しそうに。
ボクとはもう二度と逢う事もないとも仰ってましたが。
100
:
Catastrophe
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 22:46:08 ID:???
『己が望む未来は、ただ流されるままでは決して手に入らぬのだ。』
そして、あの時のあの人の不吉な忠告がどうしても気にかかり。
まるで、ボクの全てが既に終わってしまったかのような…。
ふと、そんな事を考えていると。
「はぁ?あの黒いのがマントを?あいつが、そんな親切なわけないじゃん。
……あんた、変な薬でもキメてんじゃないの?」
「…え?ち、違いますっ!」
あまりにもエトナさんらしい酷い突っ込みに、ボクは動揺してしまい。
今エトナさんの背に掛かっているものが、あの人のマントだと言うのに。
何を話したらよいか、すっかり忘れてしまい。
「ま、シラフなのは間違いないンだがな?
こいつのお花畑は元々だ。気にすンな。」
後ろのガフおじいさんが、助け舟(?)を入れてくれました。
「ありがとう」と言うべきか、「違います」と言うべきか。
少しだけ悩んでしまって足が止まり。その時に――。
「――だが、問題は。」
「そのお花畑を、戦場にまで持ち込ンじまったって事なンだよ…。」
101
:
Catastrophe
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 22:47:30 ID:???
ふと、そんな言葉が聞こえたのと同時に。
とんっと、背中から軽く押されたような衝撃を感じ。
振り返ろうとしても、身体が縫われたように向きを変える事が出来ず。
なんとなく胸元を見てみると、何かがボクの胸から生えていました。
――良く見ると。
それは、大切なご主人様の剣の切っ先。
あ、あれ?
これは、今ガフおじいさんが持っていたものじゃあ?
でも、どうしてこれが今ボクの胸にしまってあるんだろ?
――どうして?
「ガゥぉじぃ…がぷっ…。」
ガフおじいさんに剣の事を聞こうとしても。
口から血が零れ、声が出ません。おかしいな?
急に、胸が苦しくなって、きちゃった…。
102
:
Catastrophe
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 22:48:02 ID:???
気が付けば、ご主人様の剣はもう胸になく。
ひゅー、ひゅー、と。代わりに何かが漏れ。
急に疲れて来ちゃったのか、地面に顔から地面に倒れてしまい。
身体が、一歩も、前に、動かない…。
「てんめえええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
すぐ後ろにいる筈のエトナさんの声が、酷く遠くに聞こえ。
目が霞んで。声も、出ない…。
「心臓ブチ抜かれたって即死はしねえ辺り、流石は異世界のルカヴィって奴か。
それとも、特別てめえがしぶといのか?」
そうしている内に、もう一度背中から熱いものを感じ。
ボク達は何か強い力で、地面に縫い付けられました。
「だがな、目障りなンだよ。とっととくたばれ、このイカレポンチの糞女が。」
あれ?おかしいな…。
すぐ後ろにいる筈のエトナさんの声がよく聞こえないのに。
ガフおじいさんの声だけが、何故か酷くしっかり聞こえる。
103
:
Catastrophe
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 22:50:01 ID:???
そして――、
痛い!
痛い!
痛い!
――背中が、灼ける!
痛い!
痛い!
痛い!
痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!
痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!
痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!
痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!―――
俯いたボクの耳に、ひっきりなしに聞こえ続ける音は。
硬くて鋭いモノで、柔らかいモノを刺し続ける、不愉快な音。
口から血が溢れ、背中が穴だらけになり、暖かいモノが抜け落ち。
でもそれ以上に。唯一無事なはずの心臓が、一番痛くて、苦しくて――。
ただ自然と、涙が溢れて――。
「…ようやく逝ったか。化け物が。あと、すまンなレシィ。
首でも刎ねりゃ楽に逝かせたンだが、生憎返り血浴びる訳にもいかンからな。
ま、苦しンでもそう長くは無かっただろ?」
ガフおじいさんの声が、そう言いながら少しづつ近づき。
倒れたボクの瞳を覗きこみ。少しだけ、目を見開いて。
104
:
Catastrophe
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 22:50:38 ID:???
「…もしかして、まだ生きてやがンのか?」
「そうか。マント越しで刺したから、二人とも急所を逸れてたのか。
その上、エトナを挟ンだから、お前もすぐには死ねなかった訳か。
すまンな、余計に苦しませて。だがな、すぐ楽にしてやる。」
…え?
そういうガフおじいさんの手には、ボク達の血でべったりとなった
ご主人さまの剣が握られており。それをもう一度、逆手に持ちかえ。
どうして?何が、どうなってこうなってるの?
どうして?ガフおじいさんがボク達を殺すの?
どうして?ボク達が死ななきゃならないの?
理解を求め、ガフおじいさんに目で訴えるも。
「お前達はな、悪辣な暗黒騎士(ダークナイト)に背後から剣で刺し殺されたンだ。
他の仲間達には、そう伝えておく。」
でも、それは違います…。
だって、ご主人様の剣は、今ガフおじいさんが。
白騎士のガフおじいさんが握っているんだから。
――ボクは、貴方に。ガフおじいさんに。
ガフおじいさんに、刺されたんですから。
105
:
Catastrophe
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 22:52:04 ID:???
でも、そう考えると。
涙が零れ、悔しくて。
悲しくて、苦しくて。
胸が痛い、心が痛い。
でも、どうにもならなくて。どうしようもなくて。
ただ「どうして?」と、そんな感情しか湧かなくて。
でも、そんなボクの目を。
ガフおじいさんは正面から見据えて。
「お前等が足手纏いになる事は十分に分かったからな、残念だがここでお別れだ。」
はっきりと。
このボクに決別の理由を告げる。
――つまり、ボクはガフおじいさんの役に立てず…。
――足を引っ張っちゃったからこうなったんだ…。
辛うじて分かったことは、そういう事。
でも、ガフおじいさんの声は、どこか辛そうで。
でも、ガフおじいさんの顔は、どこか悲しくて。
まるで、涙を流さずに泣いているようにも見えて。
もしかすると、ボクの気付かない所でガフおじいさんが
ずっと傷付いていたから、迷惑を掛け続けてきたから、
仕方なくこうしたんだって思えてきて。
106
:
Catastrophe
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 22:53:58 ID:???
「ごぇん、なぁぃ…。」
「ゅぅしぇ、くぁさぃ…。」
ボクは上手く回らない舌で、精一杯の謝罪をする。
でも、ガフおじいさんは哀しそうな顔から、急に。
ボクを鬼のような顔で睨み付け…。
「てめえを殺った人間に謝る馬鹿が何処にいるンだッ!
たとえオレにどンな事情があったとしてもだなッ!
お前にとっちゃオレは、犬畜生にも劣るクズなんだぞッ!
そんなお人好し過ぎるからお前は、こんな所で殺られるんだッ!
お前の身に起こった理不尽を呪えッ!憎悪を抱いて逝けッ!
…ふざけんなッ!てめえも立派な男なンだろうがッ!」
「ごぇん、なぁぃ…。」
ボクはただただガフおじいさんに謝り。
ガフおじいさんは、一つ大きな溜息を付き。
「もしお前にも“次”があったとしたら、今度はもっと冷酷になれ。
オレからの、最期の助言だ。あと、何か言い残した事はあるか?
折角だ、遺言くらいなら聞いてやる。」
これまでに見たことがない真剣な表情で
ボクに囁きかけ。ボクは――。
107
:
Catastrophe
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 22:58:01 ID:???
「ごぅじんさぁを、ころぁぁぃで…。」
胸から漏れる息を掻き集めて、たとえ短い言葉でも。
ガフおじいさんに伝わるように。
思いを込めて。
「ごぅじんさぁを、まもってくぁさぃ…。」
護衛獣としてのボクの務めを。
たった一つのボクの願いを、ガフおじいさんに託し。
でも――。
「悪いな、オレは傭兵だ。雇われン限り約束は出来ンよ。」
「だったぁ、なんぇぉしはぁぃまぅかぁ…。」
でも、ガフおじいさんはボクのお願いを聞いては貰えず。
でも、ボクはどうしてもお願いを聞いて貰わなきゃならず。
「オレはな、報酬は貨幣(ギル)でしか受け取らン主義なンだ。
だからな、レシィ。お前じゃオレは雇えねえ。諦めな。」
でも、やっぱり…。
ガフおじいさんは、ボクの願いを…。
ああ…。やっぱり…、ダメなんだ…。
ご主人様…、みんな…、ごめんなさい…。
レシィはもう…、お役には…立てないようです…。
108
:
Catastrophe
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 22:58:38 ID:???
「ごぇん、なぁぃ…。」
ボクはただ、情けなくて。皆にお詫びしたくて。
誰にも聞こえないのに、ただ謝りたくて、謝って。
そうしていると、いつの間にか痛みも何も感じなくなって。
ボクはいつの間にか、意識を手放していた…。
◇ ◇ ◇
「…逝ったか。馬鹿野郎が。」
オレはレシィの目からも完全に光を失った事を確認すると、
念入りに血振るいを行い、毟り取った漆黒の騎士のマントで拭く。
これらは、血塗れの辞書と共に、途中の森の中にでも捨てて置こう。
この場で燃やしてしまうには、水分を吸い過ぎている。
効率が悪い事おびただしく、ここであまり時間はかけられン。
あまりぐずぐずしていると、目撃者を出す可能性もある。
それがあの漆黒の騎士なら、目も当てられン。
オレはレシィのデイバッグから指輪とサモナイト石のみを取り出して懐に入れ。
エトナの左側のおさげから髪留めのみを取り、こちらは遺品として預かる。
これで、仕掛けは盤石となった。
109
:
Catastrophe
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 22:59:13 ID:???
『エトナと漆黒の騎士が交戦状態になり、エトナが圧倒されていた。
オレとレシィがエトナを救助して逃走、近くで応急手当を施したものの。
結局は再発見された揚句剣を奪われ、追い付かれ背中から刺殺された。
オレはエトナの遺品を回収して逃走するだけで、背一杯だった。』
――こう伝えれば良い。
漆黒の騎士は、このゲームに乗っている。戦いに飢えている。
あいつの腰には、今“碧の賢帝(シャルトス)”という剣がある。
おまけにあいつは、至近距離から大量に血を浴びたかのような姿だ。
まるで二人にのしかかり、背後からめった刺しにしたかのように。
――動機、凶器、物的証拠、状況証拠。
いずれもが完璧に揃っている。
そして、ウィーグラフ達は“碧の賢帝(シャルトス)”については、何も知らない。
その上、漆黒の騎士はレシィがこうなる事を知った上で、あえて見逃した節がある。
二人の殺害に気付いた所で、冤罪を晴らすどころか喜んで濡れ衣を着る事だろう。
――己自身が、充実した修羅道を満喫するために。
ならば、オレに嫌疑が掛かる余地は何一つないわけだ。
無論、二人を救えずおめおめと一人逃げ帰った事についての糾弾はあるだろうが。
異世界のルカヴィを圧倒する化け物の相手だ、情状酌量の余地くらいはある。
だが、支給品袋のチェック程度はあるかもしれない。
ならば、不審に思われそうなものは、それまでに処分した方がいいだろう。
本来は隙を見てエトナのみを殺り、レシィだけは救うつもりだったのだが…。
あそこまで救えないとなれば、纏めて殺すしかなくなった。
110
:
Catastrophe
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 23:00:19 ID:???
「役立たず、足手纏いは斬り捨てる。」
オレは傭兵として当然の行為に及んだ。
ただ、それだけの話だった。
オレは残りを放置すると、この村はずれを後にした。
後にはただ、“血塗れの不用物”だけが残るのみである。
――だが。ふと思う。
オレらしくもねえ。こうまで感情的になっちまうなンてな。
おまけに、死人に説教なンぞ糞の役にも立たンってのに。
結局は、あいつに感化されている部分があったって事なンだろう。
だが、それも今あいつごと斬り捨てた。
あの説教も、その為に必要な儀式だったと解釈する。
そして、今のオレには如何なる枷も瑕疵も存在しない。
いつも通りの、暗黒騎士(ダークナイト)に立ち返る。
音を殺し、気配を殺し、心を殺す。
敵を殺し、味方も殺し、人を殺す。
全て殺して己を活かす。
華もない、雅もない、誉れもない。
ただ生き延びる術に特化した傭兵。
111
:
Catastrophe
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 23:00:55 ID:???
――だが。
そうまでして生き延びた先に、果たして何の意味があるだろうかと?
ふと、そんな何の益体も無い事が。
僅かに、オレの頭をよぎった…。
【エトナ@魔界戦記ディスガイア 死亡】
【レシィ@サモンナイト2 死亡】
【残り32人】
【C-3/村の外れ/1日目・夜(臨時放送直前)】
【ガフ・ガフガリオン@FFT】
[状態]:健康
[装備]:絶対勇者剣@SN2、天使の鎧@TO、ゲルゲの吹き矢@TO、
死者の指輪@TO、(血塗れの)マダレムジエン@FFT、漆黒の騎士のマント
サモナイト石[無](誓約済・詳細は不明)@SN2or3
[道具]:支給品一式×2(1/2食消費) 生肉少々、アルコール度の高い酒のボトル一本、
エトナの髪留め
[思考]:1:どんな事をしてでも生き延びる。
2:まずはラムザと赤毛の女(アティ)を探して情報収集。邪魔者は人知れず間引く。
3:ラハール・アグリアスには会いたくない。
4:中ボス達には、「レシィとエトナは漆黒の騎士に殺害された」と伝える。 5:漆黒の騎士を警戒。当面は厄介者同士を噛み合わせる事に利用する。
6:“碧の賢帝”と主催者との繋がりに興味。
7:合流予定地に向かうまでに、漆黒の騎士のマントとマダムジエレンは処分する。
[備考]:リアクション・アビリティのみ「カウンター」を「潜伏」に変更しています。
死者の指輪とサモナイト石は自分の懐に隠してあります。
112
:
Catastrophe
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 23:02:20 ID:???
◇ ◇ ◇
戦場跡から残された武具類を全て回収し。
濃厚な血臭を頼りに村の外れに向かえば。
――そこには、案の定。懸念した通りの光景が広がっていた。
私は既に目から光を失った二人の目を閉ざし、そして腕を組ませる。
そこには、私のマントはなかった。おそらくはあの騎士が好きに使ったのだろう。
後には中身のある支給品袋が残されており。
二人の首には、首輪が残されてはいたが。
私はその残りすら取り上げ、二人の首級を上げる気にはならなかった。
こちらに向かう直前に、キュラーと名乗る者の放送があったにも関わらず。
ここで行われた行為は、誉れある戦闘ではなく。
ただ足手纏いを斬り捨てた、陰惨な殺戮である。
それが只、不愉快であり。
死者に鞭打つ所業に思え、首輪を得る行為に浅ましさを感じたからだ。
私はどう堕ちようとも騎士であり。
生命は何度捨てられようとも、その矜持だけは決して捨てられず。
唯一の私の居場所である、戦場を自ら穢す事だけは決して出来ず。
――だが。
近い未来に起こる危険を、把握しておきながら二人を見殺しにした者を。
己のみの戦い(よくぼう)の為に、結局は二人を生贄に差し出した者を。
果たしてそれが騎士の行為だと言い切れるのだろうかと。
113
:
Catastrophe
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 23:02:53 ID:???
『ふふ…。騎士とは…、…るべき者…あって……もの。
そうでな…れば、騎士は………人殺し…。』
ふと、そんな疑問と。
己が手に掛けた好敵手の言葉が、何故か頭をよぎった。
だが、今更過ぎた事を悩んでも無駄な事だろう。
まさか、レシィを自分が拾い、彼やアティ殿と共に主催者と立ち向かう…。
そんな絵空事じみた行為を夢見るほど、私は愚かでも子供でもない。
生前に為した所業を思えば、決して他の誰とも相容れる事はないのだから。
どちらにせよ、この惨劇を回避する事は出来なかったのだ。
ならば、もう思い煩う必要はない。
漆黒の騎士は、漆黒の騎士らしく。
世に二度の戦乱をもたらし、全ての国を裏切った間諜として。
ただ主の為に、障害となる者を排除し続けた黒き騎士として。
それらしく、不敵かつ悪辣に振舞う事しか出来ぬのだ。
以前の生がそうであったように。
そして、己のような悪しき闇の存在が。
私のような喧伝の為に捏造された紛いものの英雄ではなく。
アイクのような、真の英雄を生み出す試金石とでもなれば。
それで充分ではないかと。
これ以上、何を求める必要があるのかと。
――私は込み上げる雑念を、今一度振り払った。
114
:
Catastrophe
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 23:03:33 ID:???
私は、“碧の賢帝”を握りしめる。
案の定、この剣が抜けるという事はなかった。
私は、適格者の器には程遠い存在なのだから。
これが、アティ殿から聞いた通りの魔剣であるというなら。
適格者を自ずから呼び寄せ、抜き放つ者を生贄として食い潰し。
最期には身体を奪い、完全なる復活を果たさんとするだろう。
おそらくは、ディエルゴとやらもそれが望みで
この殺し合いを主催したのかもしれない。
ならば、他にも適格者という名の生贄の代替を揃えた可能性は充分にあり。
“碧の賢帝(シャルトス)”の存在がその近くにある事を知れば?
他の適格者候補の手に渡さぬよう、いちはやく手に入れようとするだろう。
その危険性を最も良く知るのが、人の良過ぎる彼女である以上。
何も知らずに抜き放つには、余りにも危険が過ぎる剣であり。
その上、適格者達が剣を濫用せざるを得ない環境としては、
この殺し合いは最適の環境なのだから。
――つまり、これを持つ以上。
彼女が生きている限り、その再会と戦闘は避けられぬものとなる。
主催者の力すら御し、なおかつ私に技量は比肩しうる剣士との会合。
それは戦人としての私を、この上無く心騒がせるものであり。
だが何故か、同時に――。
胸を裂かれるという以外に、たとえようがない…。
心の疼きのようなものを感じさせた…。
115
:
Catastrophe
◆j893VYBPfU
:2010/12/19(日) 23:05:00 ID:???
【C-3/村の外れ/1日目・夜(臨時放送後)】
【漆黒の騎士@暁の女神】
[状態]:健康、若干の魔法防御力向上(ウルヴァンの効果)、精神的喪失感(小)、
鳩尾に打撃痕、肉体的疲労(中)※いずれも所持スキル「治癒」により回復中。
装甲ほぼ全壊、全身が血塗れ
[装備]:グラディウス@紋章の謎、ウルヴァン@暁の女神、シャルトス(碧の賢帝)@SN3
手斧@暁の女神、エクスカリバー@紋章の謎
[道具]:支給品一式×3、エルランのメダリオン@暁の女神、クレシェンテ@TO、
アッサルト&弾薬10発分@TO、ハーディンの首輪
[思考] 1:催されたこの戦い自体を存分に楽しむ。勝敗には意味がない。
2:アティに対して抱いている自分の感情に戸惑い。ミカヤには出会いたくない。
3:オグマに出会ったら、ハーディンの事を必ず伝える。
4:優勝してしまった場合、自分を蘇らせた意趣返しとして進行役と主催者を殺害する。
5:“碧の賢帝(シャルトス)”をアティに渡し、戦いになれば全力を尽くさせる。
6:少し休憩を取りたい。
[備考]:アティからディエルゴ、サモンナイト世界とディスガイア世界の情報を得ています。
鳩尾の打撃痕と肉体的疲労に「治癒」スキルが働いています。
漆黒の騎士は碧の賢帝の“適格者”が複数存在し、魔剣を使い続けさせ
己の復活を果たすのが主催者の目的ではないかと推測を立てています。
[共通備考]:漆黒の騎士がハーディンとエトナのデイバッグを回収しました。
村外れの二人の死体のすぐ傍に、レシィのデイバッグがあります。
(支給品のみガフガリオンに抜き去られてます。)
116
:
arcana
◆imaTwclStk
:2010/12/22(水) 00:46:53 ID:???
side.1 XV.『Devil』〜堕落と覚醒〜
――――痛ぇッ。
目が覚めた途端にこれだ。
焼け付くような痛みが嫌でも覚醒を促す。
それはまるで幽鬼のようにゆらゆらと揺れる様に起き上がる。
(考えてみりゃ、全身ボロボロだから仕方ねぇか)
己の腕、足、胸と順を追って確認し、最後に自分の左目に手を当てる。
突かれ、抉れた傷口が言葉よりもハッキリと状態を認識させる。
(…こりゃあ、使い物にはならねぇな)
左目は完全に失明した事を自覚し、ヴァイス・ボゼックは自嘲気味に嗤う。
「ハッ、俺もあの暗黒騎士殿と見た目だけなら一緒になれたって事か。
そりゃ、光栄なこったッ!」
苛立ち紛れに手近な小物を壁に叩きつける。
興奮冷めやらぬ意識とは裏腹に肉体の方はそのような行為ですら苦痛を伴い、
荒い息をつきながら彼は呻く。
「糞ッ!! あの糞餓鬼も、腐れ雑魚野郎も、あの糞女も全部いけすかねぇッ!!」
悪態をつきながらも痛みを堪えながら治療に使えそうなものを探しだす。
度数の高そうな酒で傷口を消毒し、傷ついた己の体に包帯を巻きつけていく。
ただでさえ激痛を伴う、その応急処置でさえ彼にとっては
己の恨みを忘れぬ為に体に刻み付けるための行為でしか過ぎず、
彼は己の左目に浴びせる様に酒をかける。
「ギャァアァグゥゥアァッ!! …痛ぇッ…畜生、これもそれも全部あいつらの所為で…
殺す、全員ぶち殺してやるッ!」
彼にとってのアイデンティティーは最早、他人への暴力衝動で成り立っている。
貶める、辱める、痛めつける、それらの考えが脳内を駆け巡り、
既に欠片も残されてはいない良識を更に蹂躙していく。
最後に左目を庇う様に包帯を巻き、幽鬼はむくりと起き上がる。
歩くたびに軋む体、全身を襲う苦痛。
それらを脳内麻薬が凌駕していく。
117
:
arcana
◆imaTwclStk
:2010/12/22(水) 00:47:25 ID:???
「最ッ低の気分だ、どっかで憂さを晴らさねぇとな…」
内鍵を外し、急かす脳と違い慎重に扉を開けて外の様子を窺う。
とても静かとは言い難い状況のようだ。
遠くで何らかの獣の咆哮が響いている。
近場でも建物が一棟倒壊しており、
今の状態では近づく気になれないのが正直な所だ。
怒りに支配されていても状況を客観的に判断し、
妥当な行動を取る事が出来る。
それが彼の長所であり、本人の気づかぬままに
彼を『小物』たらしめている所以である。
周囲を警戒し、身を隠しながら移動する
そんな彼の傍を誰かが駆け抜けていった。
倒壊した建物とは別な建物から飛び出した陰はそのまま咆哮が聞こえた方に駆けていく。
見た所、相手は一人であり武器の類を身に着けていない。
舌なめずりをして後を追おうとした時に、
また別な影が同じ様に同じ場所を目指して飛び出して行くのが見えた。
これまた武器の類を身に着けてはいない。
(馬鹿が一匹、二匹…見たことはねぇが上々だ)
気づかれぬ様にゆっくりと後をつける事にする。
そんな彼の前を、
「待つッス、待つッス、待って欲しいッス〜〜!!」
空気の読めない怪生物が慌しく通り過ぎていった。
「……何だぁ、ありゃあ?」
118
:
arcana
◆imaTwclStk
:2010/12/22(水) 00:47:56 ID:???
side.2 XVI.『Tower』〜訪れる崩壊〜
「…馬鹿だぜ、あんた」
横たえられている、最早、返事を返す事はないハミルトンにホームズは静かに語りかける。
ホームズによって腕を組みなおされたその穏やかな表情からは未練や悔恨といったものは見受けられず、
それが余計にホームズの胸を締め付ける。
「あんたらみたいな騎士道とかそういうのは俺にはわからねぇんだよ…
死んだら、元も子もねぇのによ」
ハミルトンはホームズに対して希望を見た。
だからこそ自分を礎にして、犠牲の道を切り開いたのだ。
理屈は分かっている。
認めたくないのはその理不尽さだ。
元々、ホームズは彼らの様な考え方が気に入らなかったからこそ、
水軍の将という地位さえ保証されていたものを全て投げ出して海賊に戻ったのだから。
忠義という名の自己犠牲。
大儀という名の略奪。
正義という名の下に正当化されるそれらの傲慢さ。
騎士という者には自分を省みるという事が出来ないのかと彼は考えていた。
「そんなもんで残された方はたまったもんじゃねぇんだぞ…」
だが、その覚悟を無駄にしてはいけない事も理解している。
調理場にあった大型の肉きり包丁を握り締めて、
首元に狙いを定め、振り上げる。
だが、それを振り下ろす事も無くその動きは途中で止まり、
そして、力なく座り込みハミルトンの死体を見つめる。
先程からこれの繰り返しである。
「どうすんスかぁ〜? さっきからそればっかじゃないッスかぁ〜」
近くにいたプリニーがじれったそうにホームズに声をかけてくる。
「うるせぇッ、黙ってろ!! 俺はお前みたいに考え無しに出来てねぇんだよ!」
半ばやつ当たり気味にプリニーを怒鳴りつけて、
ホームズはついと窓に視線を向ける。
彼の恋人であるカトリは彼の気持ちを察した事と
自らの零れ落ちる涙が後の行為の妨げにならぬように離れてくれている。
だから、窓に視線を向けた所でその姿を捉える事などは出来やしない。
だが、それとは別にもう一つホームズには懸念があった。
ルヴァイドとの一件以降、どこかに隠れてしまったマグナの事である。
疑心暗鬼と自暴自棄に陥っているマグナに今の状況を上手く説明する自信はホームズには無い。
それどころか、更に誤解してホームズたちと完全に袂を分かつ事になるかもしれない。
その時にはホームズを信用してマグナの事を頼んだラムザにもどう言ったものか、
元々、申し開き等はホームズの気性には合わず、ありのままを受け取ってもらうしかないのだろうけれど。
119
:
arcana
◆imaTwclStk
:2010/12/22(水) 00:48:27 ID:???
「…畜生、何だってこんな事になっちまったんだろうな」
頭を掻き、項垂れながらホームズは力無く呟く。
それに対して答えを返してくれるものは傍には居らず、静寂だけが拡がっていく。
その静寂を破るように不意に異音が耳を掠めた。
獣の咆哮。
それが意味するものを理解し、すぐさま窓から身を乗り出し外の様子を窺う。
遠くから微かに響くそれにホームズは焦燥に襲われる。
「カトリ!」
荷物を拾い上げ、多少、心許ないが肉きり包丁をそのまま護身用に持っていく。
飛び出す前に一度、横たわるハミルトンの遺体に振り返る。
(あんたの覚悟はきちんと受け止める、だが、今は少しばかり待っててくれ)
そして、後は振り返ることなく彼は自分の守るべき者の所へ駆け出していく。
「待つッス、待つッス、待って欲しいッス〜〜!!」
それをまたもや、取り残されそうになったプリニーが慌てて追いかけていった。
120
:
arcana
◆imaTwclStk
:2010/12/22(水) 00:49:10 ID:???
side.3 XVII.『Star』〜その希望、儚く〜
それに気づいたのは偶然だったんだと思う。
やる事もなすべき事も今の俺には如何でも良くなってきてて、
机に突っ伏してただ何となく時間だけが過ぎていってた。
何かしようとしたって自分が惨めになるだけだから、
動かず。
語らず。
考えず。
傍から見たら死んでるのと変わらないような状態で
ホームズ達やルヴァイド達を探そうとも思えなかった。
でも、何もしないと感覚だけは冴えていって、
自然と自分の取り巻かれている環境を
まるで自分を見下ろして見ている様な感覚で捉える事が出来た。
そんな中での微かな振動。
それは窓硝子に伝わる音の反響。
今のような状態でなければ気づかなかったかもしれない
それに俺は何となく耳を澄ませていた。
微かに聞こえるのは何かの吼える声。
自分が知っている限りでは、
それに該当するのはカトリが連れていた竜のゾンビだけ。
「…あの娘に何かあったのかな?」
ぼんやりとした頭のまま、
思い浮かんだ事をそのまま口に出す。
そして、卑小に口元は歪み…
ざ ま ぁ み ろ
俺はあらん限りの力を込めて頭を机に叩きつける。
額が少し割れ、血が滲むがその熱い感覚が意識を覚醒させていく。
ハッキリとしたからこそ、顔を上げることも出来ずに呟く。
「…いくらなんでも最低すぎるだろ」
目頭が熱い。
涙が滲んでいるのが自分でも分かる。
今、自分は何に対してあんな事を言ったんだ?
今、自分は他人に訪れているかもしれない不幸を喜んだ。
121
:
arcana
◆imaTwclStk
:2010/12/22(水) 00:49:45 ID:???
…いや、違う。
望んだんだ。
ホームズが少しでも今の自分に近づく事を。
惨めさと悔しさで涙が零れる。
蔑まされる者の気持ちは痛いほど分かる、
自分がそうだったのだから。
だからこそ、そのような痛みを人に与えたくは無かった。
例え人からゴミと蔑まれ様とも、
ゴミにだってゴミなりの意地というものがある。
今、自分がなすべき事はなんだろう?
答えは良く分からない。
それでも、
『代わり』になる事くらいは今の俺にも出来るのだ。
間に合わないかもしれない。
間にあってもどうしようもないかもしれない。
けれど、案外、どっちでも今の俺には都合は良いのかもしれない。
このままだらだらと生き延びているよりも、
“誰かの為に”という理由があれば、
結果はどうあれ、今の状態よりマシだと思えるから。
そうすれば、あっちでアメルにも叱られないで済むかもしれないし。
そう考えていたら体は自然と動いていた。
扉を開け、吼え声が聞こえてきた方向を確認し、走り出す。
闇の中で微かに何かが動いて見えた気がしたが気にしている気にもなれない。
そうしていたら別な方向から、
「待つッス、待つッス、待って欲しいッス〜〜!!」
プリニーの慌てた様な声が聞こえてきて、
ホームズもやっぱり向かっているのが分かった。
当然と言えば当然だと思う。
恋人の危機に助けに行かないような奴だとは思えないから。
それでも、何で別々にいたのか?とか、何かしていたのか?とか、
疑問も少しは浮かんだんだけれど。
今はただ、同じ場所に向かってるんだなという事が何となく嫌だった。
122
:
arcana
◆imaTwclStk
:2010/12/22(水) 00:50:32 ID:???
side.4 II.『High Priestess』〜知性を捨てし激情〜
石に意識を傾ける。
まずは馴らしよ。
一歩。
―ドンッ―
うふふ、いい感じよ。
じゃあ、もう一歩動いてみて。
―ドンッー
あぁ、成る程。
段々掴めて来たわ。
竜玉石から伝わる意思が、
まるで視覚を伴うかのようにアルマへと戻り、
彼女の想像した通りの動きを竜<カトリ>へと反映させていく。
今の彼女は私と精神的に繋がっているけど、
そこから感じ取れる感情の殆どは知能を感じ取れないほどの
破壊や殺戮といった動物的な衝動に近いものなのだけれど、
それでも全てが思い通りという訳でもない感じが伝わってくる。
ほんの少しだけれど、抵抗しようとする感触があり、
それが私からの命令を若干だけれど妨げている。
ただの泣き虫さんかと思ってたけど意外と意志が強いのね。
でも、駄目よ。
貴女には兄さんの為に働いてもらうんだから。
手綱を取る為に、更に竜玉石に意思を込める。
額を冷たい汗が伝う。
本当の所は余裕なんて殆ど無いほどに制御に全神経を使わされている。
ただの獣とは違う。
荒れ狂う力の奔流は静まったかと思えば時に押し寄せ、
私の意志という鎖を引き千切って暴れだそうとする。
(何なの、この娘のこの力は?)
―対して、もう片方の腐竜は元々意思が存在もしないこともあってか、
大した苦も無く彼女の意思の通りに動かす事がほぼ出来ている。
その矛盾にアルマもカトリの異常なまでの力に困惑を覚える。
123
:
arcana
◆imaTwclStk
:2010/12/22(水) 00:51:17 ID:???
だが、それは当然と言えば当然なのだろう。
アルマには知る由も無いが、カトリが変じた竜はただの竜に非ず。
神の力を宿した聖竜ネウロンなのであるから。
本来であれば火竜石を用いた所でマムクートでもないものに
竜への変化など出来るわけもない。
火竜石に封じられた竜の魂は切欠を与えたに過ぎないのである。
本来、彼女が最初から持ちえていた神なる力への変化への。
それを人が完全に制御するのであれば人知を超えた膨大な魔力か、
あるいは世界を破滅させるほどの狂気が必要である―
(…駄目、もう少し思い通りに動かすにはまだ…足りない)
視線だけを傍らに控える双竜とは別な方向に向ける。
その先に見える対峙する二つの影。
漆黒と形容してもいい厳つい鎧を着た剣士と、
その滲み出る感覚こそがまるで全てを飲み込む宵闇を連想させるような壮年の騎士。
だが、彼らの意識はこちらには向いていない。
違う。
私の事など『相手にする必要すら無い』と彼らの態度がそう物語っている。
ただの小娘よりも目の前の相手にだけ注意を向けてればいいと。
…確かに私は非力だけれど、
今は心強い『お友達』が傍に居てくれるんだから。
この娘達を実際に相手取って、
いつまでそんな態度でいられるか…
でも、カトリはまだもう少し時間がかかりそう。
なら、あなたに代わりに動いてもらおうかしら?
さぁ、行って!
みんな、『お仕置き』してあげる。
124
:
arcana
◆imaTwclStk
:2010/12/22(水) 00:52:09 ID:???
side.5 XVIII.『Moon』〜其は既に終わりし〜
それは信じられない光景だった。
先程まで普通に接し、
共に行動していた他となんら変わりの無い
ただの娘だったと思っていた少女が、
淡い光に包まれたかと思えば次の瞬間には天を衝くかと言うほどの
巨体を誇る竜へとその身を転じたのだから。
「カトリッ!!」
ルヴァイドは目の前で起きた光景に驚きを隠しえず。
思わず飛び出しそうになる身体を堪えて、
正面の相手へと向き直る。
相手の隻眼の男、ランスロット・タルタロスも視線だけを
カトリだった竜へと向け、
ほんの少しだけ感嘆の息を漏らした。
「ほう? これは正直に驚いたな。
あの娘は古代術法に通じる者だったのか?
或いは何らかの魔具の類か?」
その言葉はカトリに向けられて放たれた言葉だろうが、
その内に秘められていたであろう苛烈なまでの殺意は
先程からただの一度もルヴァイドから離れてはいない。
その殺意がルヴァイドの足を止めた。
「飛び出さなかったのは賢明だったな。
もし貴公が“この程度”で状況を考え見れないまでに
動揺するような者であったなら、
私から意識が逸れた時点で切り伏せていたのだが」
視線をルヴァイドに戻し、
隻眼の騎士は、今、目の前で起きたことを取るに足り無い事と断じる。
「………」
それに対し黒鎧の騎士は敢えて反論をする事はせずに黙って剣を構える。
125
:
arcana
◆imaTwclStk
:2010/12/22(水) 00:52:55 ID:???
「ふむ、言葉は不要という事か。
だが、その不動の精神には敬意を払っているのだがね?
それに貴公からは私と似た匂いを感じるのでね」
言葉を続けたまま、隻眼の騎士も剣を構える。
「貴公はこの享楽に乗った者を殺すという覚悟が出来ている。
私が此処で出会った者達とは大きく異なるとても重要な事だ。
その手を汚す覚悟も無き者には変革などは起こせる筈は無い。
いずれはのたれ死ぬのが覚悟無き者の定めだ」
隻眼の騎士が尚も言葉を続けようとする前に黒鎧の騎士が飛び出す。
金属音が鳴り響き、
打ち合わされた剣が火花を散らす。
互いの振るわれた斬戟を時には受け、払い、
いなされたそれらの後、
最後に大きく弾かれた互いの剣の勢いのまま
二人の黒騎士は距離を取る。
数瞬とはいえどちらもが必殺の気迫を込めて放たれた斬戟は
常人ならば精神と体力を大きく磨耗するほどのものだが、
息一つ切らす様子は黒鎧の騎士には無い。
だが、その顔に不快の色が浮かんでいる。
それは隻眼の騎士だけに向けたものではない。
彼が語る言葉に己の過去を思い出させられるから。
「黙れッ!そのように思い上がった者の末路こそ破滅でしかない。
特に俺やお前のような血塗られた者が行き着く所はな」
己の過ち。
自分が呪われるべき者である事を再認識させられる変え難い過去。
国の為、誇りの為に自身で考えもせずに罪無き者達を殺戮し、
その骸を魂を悪魔の犠牲としていた事。
「これは異な事を言うな貴公は、
まるで私の良く知る者を見ているようだ。
だが、この世に罪無き者はいない。
民衆とは何時でも自身の幸福を望み、
現状に不満を漏らすだけの豚に過ぎず。
我々はその民衆が望む統治の為に血の道を築く者だ」
その過去を抉るように隻眼の騎士の言葉がルヴァイドの胸を射抜く。
その姿がまるでマグナ達に出会う事が出来ずに
己の過ちに気づくことが出来なかった時の自分を連想させる。
126
:
arcana
◆imaTwclStk
:2010/12/22(水) 00:53:51 ID:???
「俺に誰かを導く事などは出来はしない。
俺たちが誰かの為に出来る事などはその者の為に剣を取る事だけ。
お前は傲慢すぎるッ!」
再び、二人の騎士が動き出す。
だが、それを遮るかのように闇において、
尚、影を落とす巨体が二つの影の間に割って入る。
腐汁を滴らせながら、その巨体<ドラゴンゾンビ>が雄叫びを上げる。
「あはははは! 淑女を放って置くのは騎士道に違えているのではないかしら?
だから、私がお仕置きしてあげる!」
狂気染みた笑いと共にアルマに従えられた腐竜の腕が二人の騎士に向けて振るわれる。
それは例えるならば質量を持った暴風。
煽り立てられた木の葉の如く、無様に宙を漂う事になるのが本来の道理。
だが、
暴風に立ち向かうように交錯した二人の騎士。
一閃。
その後に、ミシリミシリと音を立て、
両断された腕が僅かにその巨体と腕とを繋げていた皮も
その自重により千切りながら地面に落ちた。
そして、思い出したかのように切断された腕から腐汁と血を撒き散らしながら
巨体が苦悶に吼える。
「……嘘…でしょ」
信じられないといった様子のアルマには一瞥もくれず、
二人の黒騎士は同じ様な動作で剣に付いた腐汁を払う。
「邪魔をするな、娘。
…手元を狂わせる事もあるぞ?」
「お前は後だ。
お前にも聞きたい事はある」
二人の黒騎士が言葉と一瞬の殺気をアルマに向ける。
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