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臨時作品

100Catastrophe ◆j893VYBPfU:2010/12/19(日) 22:46:08 ID:???
 
『己が望む未来は、ただ流されるままでは決して手に入らぬのだ。』

そして、あの時のあの人の不吉な忠告がどうしても気にかかり。
まるで、ボクの全てが既に終わってしまったかのような…。
ふと、そんな事を考えていると。

「はぁ?あの黒いのがマントを?あいつが、そんな親切なわけないじゃん。
 ……あんた、変な薬でもキメてんじゃないの?」

「…え?ち、違いますっ!」

あまりにもエトナさんらしい酷い突っ込みに、ボクは動揺してしまい。
今エトナさんの背に掛かっているものが、あの人のマントだと言うのに。
何を話したらよいか、すっかり忘れてしまい。

「ま、シラフなのは間違いないンだがな?
 こいつのお花畑は元々だ。気にすンな。」

後ろのガフおじいさんが、助け舟(?)を入れてくれました。
「ありがとう」と言うべきか、「違います」と言うべきか。
少しだけ悩んでしまって足が止まり。その時に――。


「――だが、問題は。」


「そのお花畑を、戦場にまで持ち込ンじまったって事なンだよ…。」

101Catastrophe ◆j893VYBPfU:2010/12/19(日) 22:47:30 ID:???
 

ふと、そんな言葉が聞こえたのと同時に。
とんっと、背中から軽く押されたような衝撃を感じ。
振り返ろうとしても、身体が縫われたように向きを変える事が出来ず。
なんとなく胸元を見てみると、何かがボクの胸から生えていました。


――良く見ると。


それは、大切なご主人様の剣の切っ先。


あ、あれ?


これは、今ガフおじいさんが持っていたものじゃあ?
でも、どうしてこれが今ボクの胸にしまってあるんだろ?


――どうして?


「ガゥぉじぃ…がぷっ…。」

ガフおじいさんに剣の事を聞こうとしても。
口から血が零れ、声が出ません。おかしいな?
急に、胸が苦しくなって、きちゃった…。

102Catastrophe ◆j893VYBPfU:2010/12/19(日) 22:48:02 ID:???
 
気が付けば、ご主人様の剣はもう胸になく。
ひゅー、ひゅー、と。代わりに何かが漏れ。
急に疲れて来ちゃったのか、地面に顔から地面に倒れてしまい。
身体が、一歩も、前に、動かない…。

「てんめえええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

すぐ後ろにいる筈のエトナさんの声が、酷く遠くに聞こえ。
目が霞んで。声も、出ない…。

「心臓ブチ抜かれたって即死はしねえ辺り、流石は異世界のルカヴィって奴か。
 それとも、特別てめえがしぶといのか?」

そうしている内に、もう一度背中から熱いものを感じ。
ボク達は何か強い力で、地面に縫い付けられました。

「だがな、目障りなンだよ。とっととくたばれ、このイカレポンチの糞女が。」

あれ?おかしいな…。
すぐ後ろにいる筈のエトナさんの声がよく聞こえないのに。
ガフおじいさんの声だけが、何故か酷くしっかり聞こえる。

103Catastrophe ◆j893VYBPfU:2010/12/19(日) 22:50:01 ID:???
そして――、

痛い!
痛い!
痛い!

――背中が、灼ける!

痛い!
痛い!
痛い!

痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!
痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!
痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!
痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!―――

俯いたボクの耳に、ひっきりなしに聞こえ続ける音は。
硬くて鋭いモノで、柔らかいモノを刺し続ける、不愉快な音。
口から血が溢れ、背中が穴だらけになり、暖かいモノが抜け落ち。
でもそれ以上に。唯一無事なはずの心臓が、一番痛くて、苦しくて――。
ただ自然と、涙が溢れて――。

「…ようやく逝ったか。化け物が。あと、すまンなレシィ。
 首でも刎ねりゃ楽に逝かせたンだが、生憎返り血浴びる訳にもいかンからな。
 ま、苦しンでもそう長くは無かっただろ?」

ガフおじいさんの声が、そう言いながら少しづつ近づき。
倒れたボクの瞳を覗きこみ。少しだけ、目を見開いて。

104Catastrophe ◆j893VYBPfU:2010/12/19(日) 22:50:38 ID:???
 
「…もしかして、まだ生きてやがンのか?」

「そうか。マント越しで刺したから、二人とも急所を逸れてたのか。
 その上、エトナを挟ンだから、お前もすぐには死ねなかった訳か。
 すまンな、余計に苦しませて。だがな、すぐ楽にしてやる。」

…え?

そういうガフおじいさんの手には、ボク達の血でべったりとなった
ご主人さまの剣が握られており。それをもう一度、逆手に持ちかえ。

どうして?何が、どうなってこうなってるの?
どうして?ガフおじいさんがボク達を殺すの?
どうして?ボク達が死ななきゃならないの?

理解を求め、ガフおじいさんに目で訴えるも。

「お前達はな、悪辣な暗黒騎士(ダークナイト)に背後から剣で刺し殺されたンだ。
 他の仲間達には、そう伝えておく。」

でも、それは違います…。
だって、ご主人様の剣は、今ガフおじいさんが。
白騎士のガフおじいさんが握っているんだから。

――ボクは、貴方に。ガフおじいさんに。
ガフおじいさんに、刺されたんですから。

105Catastrophe ◆j893VYBPfU:2010/12/19(日) 22:52:04 ID:???
 
でも、そう考えると。
涙が零れ、悔しくて。
悲しくて、苦しくて。
胸が痛い、心が痛い。

でも、どうにもならなくて。どうしようもなくて。
ただ「どうして?」と、そんな感情しか湧かなくて。

でも、そんなボクの目を。
ガフおじいさんは正面から見据えて。

「お前等が足手纏いになる事は十分に分かったからな、残念だがここでお別れだ。」

はっきりと。
このボクに決別の理由を告げる。


――つまり、ボクはガフおじいさんの役に立てず…。


――足を引っ張っちゃったからこうなったんだ…。


辛うじて分かったことは、そういう事。
でも、ガフおじいさんの声は、どこか辛そうで。
でも、ガフおじいさんの顔は、どこか悲しくて。

まるで、涙を流さずに泣いているようにも見えて。
もしかすると、ボクの気付かない所でガフおじいさんが
ずっと傷付いていたから、迷惑を掛け続けてきたから、
仕方なくこうしたんだって思えてきて。

106Catastrophe ◆j893VYBPfU:2010/12/19(日) 22:53:58 ID:???
 
「ごぇん、なぁぃ…。」

「ゅぅしぇ、くぁさぃ…。」

ボクは上手く回らない舌で、精一杯の謝罪をする。
でも、ガフおじいさんは哀しそうな顔から、急に。
ボクを鬼のような顔で睨み付け…。

「てめえを殺った人間に謝る馬鹿が何処にいるンだッ!
 たとえオレにどンな事情があったとしてもだなッ!
 お前にとっちゃオレは、犬畜生にも劣るクズなんだぞッ!
 そんなお人好し過ぎるからお前は、こんな所で殺られるんだッ!
 お前の身に起こった理不尽を呪えッ!憎悪を抱いて逝けッ!
 …ふざけんなッ!てめえも立派な男なンだろうがッ!」

「ごぇん、なぁぃ…。」

ボクはただただガフおじいさんに謝り。
ガフおじいさんは、一つ大きな溜息を付き。

「もしお前にも“次”があったとしたら、今度はもっと冷酷になれ。
 オレからの、最期の助言だ。あと、何か言い残した事はあるか?
 折角だ、遺言くらいなら聞いてやる。」

これまでに見たことがない真剣な表情で
ボクに囁きかけ。ボクは――。

107Catastrophe ◆j893VYBPfU:2010/12/19(日) 22:58:01 ID:???
 
「ごぅじんさぁを、ころぁぁぃで…。」

胸から漏れる息を掻き集めて、たとえ短い言葉でも。
ガフおじいさんに伝わるように。
思いを込めて。

「ごぅじんさぁを、まもってくぁさぃ…。」

護衛獣としてのボクの務めを。
たった一つのボクの願いを、ガフおじいさんに託し。
でも――。

「悪いな、オレは傭兵だ。雇われン限り約束は出来ンよ。」

「だったぁ、なんぇぉしはぁぃまぅかぁ…。」

でも、ガフおじいさんはボクのお願いを聞いては貰えず。
でも、ボクはどうしてもお願いを聞いて貰わなきゃならず。

「オレはな、報酬は貨幣(ギル)でしか受け取らン主義なンだ。
 だからな、レシィ。お前じゃオレは雇えねえ。諦めな。」

でも、やっぱり…。
ガフおじいさんは、ボクの願いを…。

ああ…。やっぱり…、ダメなんだ…。
ご主人様…、みんな…、ごめんなさい…。
レシィはもう…、お役には…立てないようです…。

108Catastrophe ◆j893VYBPfU:2010/12/19(日) 22:58:38 ID:???
 
「ごぇん、なぁぃ…。」

ボクはただ、情けなくて。皆にお詫びしたくて。
誰にも聞こえないのに、ただ謝りたくて、謝って。

そうしていると、いつの間にか痛みも何も感じなくなって。
ボクはいつの間にか、意識を手放していた…。


          ◇          ◇          ◇

「…逝ったか。馬鹿野郎が。」


オレはレシィの目からも完全に光を失った事を確認すると、
念入りに血振るいを行い、毟り取った漆黒の騎士のマントで拭く。
これらは、血塗れの辞書と共に、途中の森の中にでも捨てて置こう。
この場で燃やしてしまうには、水分を吸い過ぎている。
効率が悪い事おびただしく、ここであまり時間はかけられン。
あまりぐずぐずしていると、目撃者を出す可能性もある。
それがあの漆黒の騎士なら、目も当てられン。

オレはレシィのデイバッグから指輪とサモナイト石のみを取り出して懐に入れ。
エトナの左側のおさげから髪留めのみを取り、こちらは遺品として預かる。
これで、仕掛けは盤石となった。

109Catastrophe ◆j893VYBPfU:2010/12/19(日) 22:59:13 ID:???
 
『エトナと漆黒の騎士が交戦状態になり、エトナが圧倒されていた。
 オレとレシィがエトナを救助して逃走、近くで応急手当を施したものの。
 結局は再発見された揚句剣を奪われ、追い付かれ背中から刺殺された。
 オレはエトナの遺品を回収して逃走するだけで、背一杯だった。』

――こう伝えれば良い。
漆黒の騎士は、このゲームに乗っている。戦いに飢えている。
あいつの腰には、今“碧の賢帝(シャルトス)”という剣がある。
おまけにあいつは、至近距離から大量に血を浴びたかのような姿だ。
まるで二人にのしかかり、背後からめった刺しにしたかのように。

――動機、凶器、物的証拠、状況証拠。

いずれもが完璧に揃っている。
そして、ウィーグラフ達は“碧の賢帝(シャルトス)”については、何も知らない。
その上、漆黒の騎士はレシィがこうなる事を知った上で、あえて見逃した節がある。
二人の殺害に気付いた所で、冤罪を晴らすどころか喜んで濡れ衣を着る事だろう。
――己自身が、充実した修羅道を満喫するために。

ならば、オレに嫌疑が掛かる余地は何一つないわけだ。
無論、二人を救えずおめおめと一人逃げ帰った事についての糾弾はあるだろうが。
異世界のルカヴィを圧倒する化け物の相手だ、情状酌量の余地くらいはある。
だが、支給品袋のチェック程度はあるかもしれない。
ならば、不審に思われそうなものは、それまでに処分した方がいいだろう。

本来は隙を見てエトナのみを殺り、レシィだけは救うつもりだったのだが…。
あそこまで救えないとなれば、纏めて殺すしかなくなった。

110Catastrophe ◆j893VYBPfU:2010/12/19(日) 23:00:19 ID:???

「役立たず、足手纏いは斬り捨てる。」

オレは傭兵として当然の行為に及んだ。
ただ、それだけの話だった。


オレは残りを放置すると、この村はずれを後にした。
後にはただ、“血塗れの不用物”だけが残るのみである。



――だが。ふと思う。

オレらしくもねえ。こうまで感情的になっちまうなンてな。
おまけに、死人に説教なンぞ糞の役にも立たンってのに。

結局は、あいつに感化されている部分があったって事なンだろう。
だが、それも今あいつごと斬り捨てた。
あの説教も、その為に必要な儀式だったと解釈する。

そして、今のオレには如何なる枷も瑕疵も存在しない。
いつも通りの、暗黒騎士(ダークナイト)に立ち返る。

音を殺し、気配を殺し、心を殺す。
敵を殺し、味方も殺し、人を殺す。
全て殺して己を活かす。

華もない、雅もない、誉れもない。
ただ生き延びる術に特化した傭兵。

111Catastrophe ◆j893VYBPfU:2010/12/19(日) 23:00:55 ID:???
 

――だが。


そうまでして生き延びた先に、果たして何の意味があるだろうかと?


ふと、そんな何の益体も無い事が。
僅かに、オレの頭をよぎった…。


【エトナ@魔界戦記ディスガイア 死亡】
【レシィ@サモンナイト2 死亡】
【残り32人】

【C-3/村の外れ/1日目・夜(臨時放送直前)】
【ガフ・ガフガリオン@FFT】
[状態]:健康
[装備]:絶対勇者剣@SN2、天使の鎧@TO、ゲルゲの吹き矢@TO、
    死者の指輪@TO、(血塗れの)マダレムジエン@FFT、漆黒の騎士のマント
    サモナイト石[無](誓約済・詳細は不明)@SN2or3
[道具]:支給品一式×2(1/2食消費) 生肉少々、アルコール度の高い酒のボトル一本、
    エトナの髪留め
[思考]:1:どんな事をしてでも生き延びる。
    2:まずはラムザと赤毛の女(アティ)を探して情報収集。邪魔者は人知れず間引く。
    3:ラハール・アグリアスには会いたくない。
    4:中ボス達には、「レシィとエトナは漆黒の騎士に殺害された」と伝える。         5:漆黒の騎士を警戒。当面は厄介者同士を噛み合わせる事に利用する。
    6:“碧の賢帝”と主催者との繋がりに興味。
    7:合流予定地に向かうまでに、漆黒の騎士のマントとマダムジエレンは処分する。
[備考]:リアクション・アビリティのみ「カウンター」を「潜伏」に変更しています。
    死者の指輪とサモナイト石は自分の懐に隠してあります。

112Catastrophe ◆j893VYBPfU:2010/12/19(日) 23:02:20 ID:???
          ◇          ◇          ◇

戦場跡から残された武具類を全て回収し。
濃厚な血臭を頼りに村の外れに向かえば。

――そこには、案の定。懸念した通りの光景が広がっていた。

私は既に目から光を失った二人の目を閉ざし、そして腕を組ませる。
そこには、私のマントはなかった。おそらくはあの騎士が好きに使ったのだろう。
後には中身のある支給品袋が残されており。
二人の首には、首輪が残されてはいたが。

私はその残りすら取り上げ、二人の首級を上げる気にはならなかった。
こちらに向かう直前に、キュラーと名乗る者の放送があったにも関わらず。

ここで行われた行為は、誉れある戦闘ではなく。
ただ足手纏いを斬り捨てた、陰惨な殺戮である。

それが只、不愉快であり。
死者に鞭打つ所業に思え、首輪を得る行為に浅ましさを感じたからだ。

私はどう堕ちようとも騎士であり。
生命は何度捨てられようとも、その矜持だけは決して捨てられず。
唯一の私の居場所である、戦場を自ら穢す事だけは決して出来ず。

――だが。

近い未来に起こる危険を、把握しておきながら二人を見殺しにした者を。
己のみの戦い(よくぼう)の為に、結局は二人を生贄に差し出した者を。
果たしてそれが騎士の行為だと言い切れるのだろうかと。

113Catastrophe ◆j893VYBPfU:2010/12/19(日) 23:02:53 ID:???
 
『ふふ…。騎士とは…、…るべき者…あって……もの。
 そうでな…れば、騎士は………人殺し…。』

ふと、そんな疑問と。
己が手に掛けた好敵手の言葉が、何故か頭をよぎった。

だが、今更過ぎた事を悩んでも無駄な事だろう。
まさか、レシィを自分が拾い、彼やアティ殿と共に主催者と立ち向かう…。
そんな絵空事じみた行為を夢見るほど、私は愚かでも子供でもない。
生前に為した所業を思えば、決して他の誰とも相容れる事はないのだから。
どちらにせよ、この惨劇を回避する事は出来なかったのだ。

ならば、もう思い煩う必要はない。
漆黒の騎士は、漆黒の騎士らしく。

世に二度の戦乱をもたらし、全ての国を裏切った間諜として。
ただ主の為に、障害となる者を排除し続けた黒き騎士として。
それらしく、不敵かつ悪辣に振舞う事しか出来ぬのだ。
以前の生がそうであったように。

そして、己のような悪しき闇の存在が。
私のような喧伝の為に捏造された紛いものの英雄ではなく。
アイクのような、真の英雄を生み出す試金石とでもなれば。

それで充分ではないかと。
これ以上、何を求める必要があるのかと。


――私は込み上げる雑念を、今一度振り払った。

114Catastrophe ◆j893VYBPfU:2010/12/19(日) 23:03:33 ID:???
 

私は、“碧の賢帝”を握りしめる。
案の定、この剣が抜けるという事はなかった。
私は、適格者の器には程遠い存在なのだから。

これが、アティ殿から聞いた通りの魔剣であるというなら。
適格者を自ずから呼び寄せ、抜き放つ者を生贄として食い潰し。
最期には身体を奪い、完全なる復活を果たさんとするだろう。
おそらくは、ディエルゴとやらもそれが望みで
この殺し合いを主催したのかもしれない。

ならば、他にも適格者という名の生贄の代替を揃えた可能性は充分にあり。
“碧の賢帝(シャルトス)”の存在がその近くにある事を知れば?
他の適格者候補の手に渡さぬよう、いちはやく手に入れようとするだろう。
その危険性を最も良く知るのが、人の良過ぎる彼女である以上。

何も知らずに抜き放つには、余りにも危険が過ぎる剣であり。
その上、適格者達が剣を濫用せざるを得ない環境としては、
この殺し合いは最適の環境なのだから。

――つまり、これを持つ以上。

彼女が生きている限り、その再会と戦闘は避けられぬものとなる。
主催者の力すら御し、なおかつ私に技量は比肩しうる剣士との会合。

それは戦人としての私を、この上無く心騒がせるものであり。
だが何故か、同時に――。

胸を裂かれるという以外に、たとえようがない…。
心の疼きのようなものを感じさせた…。

115Catastrophe ◆j893VYBPfU:2010/12/19(日) 23:05:00 ID:???
 

【C-3/村の外れ/1日目・夜(臨時放送後)】
【漆黒の騎士@暁の女神】
[状態]:健康、若干の魔法防御力向上(ウルヴァンの効果)、精神的喪失感(小)、
    鳩尾に打撃痕、肉体的疲労(中)※いずれも所持スキル「治癒」により回復中。
    装甲ほぼ全壊、全身が血塗れ
[装備]:グラディウス@紋章の謎、ウルヴァン@暁の女神、シャルトス(碧の賢帝)@SN3
    手斧@暁の女神、エクスカリバー@紋章の謎
[道具]:支給品一式×3、エルランのメダリオン@暁の女神、クレシェンテ@TO、
    アッサルト&弾薬10発分@TO、ハーディンの首輪
[思考] 1:催されたこの戦い自体を存分に楽しむ。勝敗には意味がない。
    2:アティに対して抱いている自分の感情に戸惑い。ミカヤには出会いたくない。
    3:オグマに出会ったら、ハーディンの事を必ず伝える。
    4:優勝してしまった場合、自分を蘇らせた意趣返しとして進行役と主催者を殺害する。
    5:“碧の賢帝(シャルトス)”をアティに渡し、戦いになれば全力を尽くさせる。
    6:少し休憩を取りたい。
[備考]:アティからディエルゴ、サモンナイト世界とディスガイア世界の情報を得ています。
    鳩尾の打撃痕と肉体的疲労に「治癒」スキルが働いています。
    漆黒の騎士は碧の賢帝の“適格者”が複数存在し、魔剣を使い続けさせ
    己の復活を果たすのが主催者の目的ではないかと推測を立てています。

[共通備考]:漆黒の騎士がハーディンとエトナのデイバッグを回収しました。
      村外れの二人の死体のすぐ傍に、レシィのデイバッグがあります。
     (支給品のみガフガリオンに抜き去られてます。)

116arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 00:46:53 ID:???
side.1  XV.『Devil』〜堕落と覚醒〜


――――痛ぇッ。

目が覚めた途端にこれだ。
焼け付くような痛みが嫌でも覚醒を促す。
それはまるで幽鬼のようにゆらゆらと揺れる様に起き上がる。

(考えてみりゃ、全身ボロボロだから仕方ねぇか)

己の腕、足、胸と順を追って確認し、最後に自分の左目に手を当てる。
突かれ、抉れた傷口が言葉よりもハッキリと状態を認識させる。

(…こりゃあ、使い物にはならねぇな)

左目は完全に失明した事を自覚し、ヴァイス・ボゼックは自嘲気味に嗤う。

「ハッ、俺もあの暗黒騎士殿と見た目だけなら一緒になれたって事か。
 そりゃ、光栄なこったッ!」

苛立ち紛れに手近な小物を壁に叩きつける。
興奮冷めやらぬ意識とは裏腹に肉体の方はそのような行為ですら苦痛を伴い、
荒い息をつきながら彼は呻く。

「糞ッ!! あの糞餓鬼も、腐れ雑魚野郎も、あの糞女も全部いけすかねぇッ!!」

悪態をつきながらも痛みを堪えながら治療に使えそうなものを探しだす。
度数の高そうな酒で傷口を消毒し、傷ついた己の体に包帯を巻きつけていく。
ただでさえ激痛を伴う、その応急処置でさえ彼にとっては
己の恨みを忘れぬ為に体に刻み付けるための行為でしか過ぎず、
彼は己の左目に浴びせる様に酒をかける。

「ギャァアァグゥゥアァッ!! …痛ぇッ…畜生、これもそれも全部あいつらの所為で…
 殺す、全員ぶち殺してやるッ!」

彼にとってのアイデンティティーは最早、他人への暴力衝動で成り立っている。
貶める、辱める、痛めつける、それらの考えが脳内を駆け巡り、
既に欠片も残されてはいない良識を更に蹂躙していく。
最後に左目を庇う様に包帯を巻き、幽鬼はむくりと起き上がる。
歩くたびに軋む体、全身を襲う苦痛。
それらを脳内麻薬が凌駕していく。

117arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 00:47:25 ID:???
「最ッ低の気分だ、どっかで憂さを晴らさねぇとな…」

内鍵を外し、急かす脳と違い慎重に扉を開けて外の様子を窺う。
とても静かとは言い難い状況のようだ。
遠くで何らかの獣の咆哮が響いている。
近場でも建物が一棟倒壊しており、
今の状態では近づく気になれないのが正直な所だ。
怒りに支配されていても状況を客観的に判断し、
妥当な行動を取る事が出来る。
それが彼の長所であり、本人の気づかぬままに
彼を『小物』たらしめている所以である。

周囲を警戒し、身を隠しながら移動する
そんな彼の傍を誰かが駆け抜けていった。
倒壊した建物とは別な建物から飛び出した陰はそのまま咆哮が聞こえた方に駆けていく。
見た所、相手は一人であり武器の類を身に着けていない。
舌なめずりをして後を追おうとした時に、
また別な影が同じ様に同じ場所を目指して飛び出して行くのが見えた。
これまた武器の類を身に着けてはいない。

(馬鹿が一匹、二匹…見たことはねぇが上々だ)

気づかれぬ様にゆっくりと後をつける事にする。
そんな彼の前を、

「待つッス、待つッス、待って欲しいッス〜〜!!」

空気の読めない怪生物が慌しく通り過ぎていった。

「……何だぁ、ありゃあ?」

118arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 00:47:56 ID:???
side.2  XVI.『Tower』〜訪れる崩壊〜


「…馬鹿だぜ、あんた」

横たえられている、最早、返事を返す事はないハミルトンにホームズは静かに語りかける。
ホームズによって腕を組みなおされたその穏やかな表情からは未練や悔恨といったものは見受けられず、
それが余計にホームズの胸を締め付ける。

「あんたらみたいな騎士道とかそういうのは俺にはわからねぇんだよ…
 死んだら、元も子もねぇのによ」

ハミルトンはホームズに対して希望を見た。
だからこそ自分を礎にして、犠牲の道を切り開いたのだ。
理屈は分かっている。
認めたくないのはその理不尽さだ。
元々、ホームズは彼らの様な考え方が気に入らなかったからこそ、
水軍の将という地位さえ保証されていたものを全て投げ出して海賊に戻ったのだから。
忠義という名の自己犠牲。
大儀という名の略奪。
正義という名の下に正当化されるそれらの傲慢さ。
騎士という者には自分を省みるという事が出来ないのかと彼は考えていた。

「そんなもんで残された方はたまったもんじゃねぇんだぞ…」

だが、その覚悟を無駄にしてはいけない事も理解している。
調理場にあった大型の肉きり包丁を握り締めて、
首元に狙いを定め、振り上げる。
だが、それを振り下ろす事も無くその動きは途中で止まり、
そして、力なく座り込みハミルトンの死体を見つめる。

先程からこれの繰り返しである。

「どうすんスかぁ〜? さっきからそればっかじゃないッスかぁ〜」

近くにいたプリニーがじれったそうにホームズに声をかけてくる。

「うるせぇッ、黙ってろ!! 俺はお前みたいに考え無しに出来てねぇんだよ!」

半ばやつ当たり気味にプリニーを怒鳴りつけて、
ホームズはついと窓に視線を向ける。
彼の恋人であるカトリは彼の気持ちを察した事と
自らの零れ落ちる涙が後の行為の妨げにならぬように離れてくれている。
だから、窓に視線を向けた所でその姿を捉える事などは出来やしない。
だが、それとは別にもう一つホームズには懸念があった。
ルヴァイドとの一件以降、どこかに隠れてしまったマグナの事である。
疑心暗鬼と自暴自棄に陥っているマグナに今の状況を上手く説明する自信はホームズには無い。
それどころか、更に誤解してホームズたちと完全に袂を分かつ事になるかもしれない。
その時にはホームズを信用してマグナの事を頼んだラムザにもどう言ったものか、
元々、申し開き等はホームズの気性には合わず、ありのままを受け取ってもらうしかないのだろうけれど。

119arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 00:48:27 ID:???
「…畜生、何だってこんな事になっちまったんだろうな」

頭を掻き、項垂れながらホームズは力無く呟く。
それに対して答えを返してくれるものは傍には居らず、静寂だけが拡がっていく。
その静寂を破るように不意に異音が耳を掠めた。

獣の咆哮。

それが意味するものを理解し、すぐさま窓から身を乗り出し外の様子を窺う。
遠くから微かに響くそれにホームズは焦燥に襲われる。

「カトリ!」

荷物を拾い上げ、多少、心許ないが肉きり包丁をそのまま護身用に持っていく。
飛び出す前に一度、横たわるハミルトンの遺体に振り返る。

(あんたの覚悟はきちんと受け止める、だが、今は少しばかり待っててくれ)

そして、後は振り返ることなく彼は自分の守るべき者の所へ駆け出していく。

「待つッス、待つッス、待って欲しいッス〜〜!!」

それをまたもや、取り残されそうになったプリニーが慌てて追いかけていった。

120arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 00:49:10 ID:???
side.3  XVII.『Star』〜その希望、儚く〜


それに気づいたのは偶然だったんだと思う。
やる事もなすべき事も今の俺には如何でも良くなってきてて、
机に突っ伏してただ何となく時間だけが過ぎていってた。
何かしようとしたって自分が惨めになるだけだから、

動かず。

語らず。

考えず。

傍から見たら死んでるのと変わらないような状態で
ホームズ達やルヴァイド達を探そうとも思えなかった。
でも、何もしないと感覚だけは冴えていって、
自然と自分の取り巻かれている環境を
まるで自分を見下ろして見ている様な感覚で捉える事が出来た。

そんな中での微かな振動。
それは窓硝子に伝わる音の反響。
今のような状態でなければ気づかなかったかもしれない
それに俺は何となく耳を澄ませていた。

微かに聞こえるのは何かの吼える声。
自分が知っている限りでは、
それに該当するのはカトリが連れていた竜のゾンビだけ。

「…あの娘に何かあったのかな?」

ぼんやりとした頭のまま、
思い浮かんだ事をそのまま口に出す。
そして、卑小に口元は歪み…

   ざ ま ぁ み ろ

俺はあらん限りの力を込めて頭を机に叩きつける。
額が少し割れ、血が滲むがその熱い感覚が意識を覚醒させていく。
ハッキリとしたからこそ、顔を上げることも出来ずに呟く。

「…いくらなんでも最低すぎるだろ」

目頭が熱い。
涙が滲んでいるのが自分でも分かる。
今、自分は何に対してあんな事を言ったんだ?
今、自分は他人に訪れているかもしれない不幸を喜んだ。

121arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 00:49:45 ID:???

…いや、違う。

望んだんだ。

ホームズが少しでも今の自分に近づく事を。

惨めさと悔しさで涙が零れる。
蔑まされる者の気持ちは痛いほど分かる、
自分がそうだったのだから。
だからこそ、そのような痛みを人に与えたくは無かった。
例え人からゴミと蔑まれ様とも、
ゴミにだってゴミなりの意地というものがある。

今、自分がなすべき事はなんだろう?
答えは良く分からない。
それでも、
『代わり』になる事くらいは今の俺にも出来るのだ。

間に合わないかもしれない。
間にあってもどうしようもないかもしれない。

けれど、案外、どっちでも今の俺には都合は良いのかもしれない。
このままだらだらと生き延びているよりも、
“誰かの為に”という理由があれば、
結果はどうあれ、今の状態よりマシだと思えるから。

そうすれば、あっちでアメルにも叱られないで済むかもしれないし。

そう考えていたら体は自然と動いていた。
扉を開け、吼え声が聞こえてきた方向を確認し、走り出す。
闇の中で微かに何かが動いて見えた気がしたが気にしている気にもなれない。
そうしていたら別な方向から、

「待つッス、待つッス、待って欲しいッス〜〜!!」

プリニーの慌てた様な声が聞こえてきて、
ホームズもやっぱり向かっているのが分かった。
当然と言えば当然だと思う。
恋人の危機に助けに行かないような奴だとは思えないから。
それでも、何で別々にいたのか?とか、何かしていたのか?とか、
疑問も少しは浮かんだんだけれど。

今はただ、同じ場所に向かってるんだなという事が何となく嫌だった。

122arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 00:50:32 ID:???
side.4  II.『High Priestess』〜知性を捨てし激情〜

石に意識を傾ける。
まずは馴らしよ。
一歩。
    ―ドンッ―

うふふ、いい感じよ。
じゃあ、もう一歩動いてみて。

   ―ドンッー

あぁ、成る程。
段々掴めて来たわ。

竜玉石から伝わる意思が、
まるで視覚を伴うかのようにアルマへと戻り、
彼女の想像した通りの動きを竜<カトリ>へと反映させていく。

今の彼女は私と精神的に繋がっているけど、
そこから感じ取れる感情の殆どは知能を感じ取れないほどの
破壊や殺戮といった動物的な衝動に近いものなのだけれど、
それでも全てが思い通りという訳でもない感じが伝わってくる。
ほんの少しだけれど、抵抗しようとする感触があり、
それが私からの命令を若干だけれど妨げている。
ただの泣き虫さんかと思ってたけど意外と意志が強いのね。
でも、駄目よ。
貴女には兄さんの為に働いてもらうんだから。

手綱を取る為に、更に竜玉石に意思を込める。
額を冷たい汗が伝う。
本当の所は余裕なんて殆ど無いほどに制御に全神経を使わされている。

ただの獣とは違う。
荒れ狂う力の奔流は静まったかと思えば時に押し寄せ、
私の意志という鎖を引き千切って暴れだそうとする。

(何なの、この娘のこの力は?)

―対して、もう片方の腐竜は元々意思が存在もしないこともあってか、
 大した苦も無く彼女の意思の通りに動かす事がほぼ出来ている。
 その矛盾にアルマもカトリの異常なまでの力に困惑を覚える。

123arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 00:51:17 ID:???
 だが、それは当然と言えば当然なのだろう。
 アルマには知る由も無いが、カトリが変じた竜はただの竜に非ず。
 神の力を宿した聖竜ネウロンなのであるから。
 本来であれば火竜石を用いた所でマムクートでもないものに
 竜への変化など出来るわけもない。
 火竜石に封じられた竜の魂は切欠を与えたに過ぎないのである。
 本来、彼女が最初から持ちえていた神なる力への変化への。
 それを人が完全に制御するのであれば人知を超えた膨大な魔力か、
 あるいは世界を破滅させるほどの狂気が必要である―

(…駄目、もう少し思い通りに動かすにはまだ…足りない)

視線だけを傍らに控える双竜とは別な方向に向ける。
その先に見える対峙する二つの影。
漆黒と形容してもいい厳つい鎧を着た剣士と、
その滲み出る感覚こそがまるで全てを飲み込む宵闇を連想させるような壮年の騎士。
だが、彼らの意識はこちらには向いていない。

違う。

私の事など『相手にする必要すら無い』と彼らの態度がそう物語っている。
ただの小娘よりも目の前の相手にだけ注意を向けてればいいと。

…確かに私は非力だけれど、
今は心強い『お友達』が傍に居てくれるんだから。
この娘達を実際に相手取って、
いつまでそんな態度でいられるか…
でも、カトリはまだもう少し時間がかかりそう。
なら、あなたに代わりに動いてもらおうかしら?

さぁ、行って!
みんな、『お仕置き』してあげる。

124arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 00:52:09 ID:???
side.5  XVIII.『Moon』〜其は既に終わりし〜

それは信じられない光景だった。
先程まで普通に接し、
共に行動していた他となんら変わりの無い
ただの娘だったと思っていた少女が、
淡い光に包まれたかと思えば次の瞬間には天を衝くかと言うほどの
巨体を誇る竜へとその身を転じたのだから。

「カトリッ!!」

ルヴァイドは目の前で起きた光景に驚きを隠しえず。
思わず飛び出しそうになる身体を堪えて、
正面の相手へと向き直る。
相手の隻眼の男、ランスロット・タルタロスも視線だけを
カトリだった竜へと向け、
ほんの少しだけ感嘆の息を漏らした。

「ほう? これは正直に驚いたな。
 あの娘は古代術法に通じる者だったのか?
 或いは何らかの魔具の類か?」

その言葉はカトリに向けられて放たれた言葉だろうが、
その内に秘められていたであろう苛烈なまでの殺意は
先程からただの一度もルヴァイドから離れてはいない。
その殺意がルヴァイドの足を止めた。

「飛び出さなかったのは賢明だったな。
 もし貴公が“この程度”で状況を考え見れないまでに
 動揺するような者であったなら、
 私から意識が逸れた時点で切り伏せていたのだが」

視線をルヴァイドに戻し、
隻眼の騎士は、今、目の前で起きたことを取るに足り無い事と断じる。

「………」

それに対し黒鎧の騎士は敢えて反論をする事はせずに黙って剣を構える。

125arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 00:52:55 ID:???

「ふむ、言葉は不要という事か。
 だが、その不動の精神には敬意を払っているのだがね?
 それに貴公からは私と似た匂いを感じるのでね」

言葉を続けたまま、隻眼の騎士も剣を構える。

「貴公はこの享楽に乗った者を殺すという覚悟が出来ている。
 私が此処で出会った者達とは大きく異なるとても重要な事だ。
 その手を汚す覚悟も無き者には変革などは起こせる筈は無い。
 いずれはのたれ死ぬのが覚悟無き者の定めだ」

隻眼の騎士が尚も言葉を続けようとする前に黒鎧の騎士が飛び出す。

金属音が鳴り響き、
打ち合わされた剣が火花を散らす。
互いの振るわれた斬戟を時には受け、払い、
いなされたそれらの後、
最後に大きく弾かれた互いの剣の勢いのまま
二人の黒騎士は距離を取る。 

数瞬とはいえどちらもが必殺の気迫を込めて放たれた斬戟は
常人ならば精神と体力を大きく磨耗するほどのものだが、
息一つ切らす様子は黒鎧の騎士には無い。
だが、その顔に不快の色が浮かんでいる。
それは隻眼の騎士だけに向けたものではない。
彼が語る言葉に己の過去を思い出させられるから。

「黙れッ!そのように思い上がった者の末路こそ破滅でしかない。
 特に俺やお前のような血塗られた者が行き着く所はな」

己の過ち。
自分が呪われるべき者である事を再認識させられる変え難い過去。
国の為、誇りの為に自身で考えもせずに罪無き者達を殺戮し、
その骸を魂を悪魔の犠牲としていた事。

「これは異な事を言うな貴公は、
 まるで私の良く知る者を見ているようだ。
 だが、この世に罪無き者はいない。
 民衆とは何時でも自身の幸福を望み、
 現状に不満を漏らすだけの豚に過ぎず。
 我々はその民衆が望む統治の為に血の道を築く者だ」

その過去を抉るように隻眼の騎士の言葉がルヴァイドの胸を射抜く。
その姿がまるでマグナ達に出会う事が出来ずに
己の過ちに気づくことが出来なかった時の自分を連想させる。

126arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 00:53:51 ID:???

「俺に誰かを導く事などは出来はしない。
 俺たちが誰かの為に出来る事などはその者の為に剣を取る事だけ。
 お前は傲慢すぎるッ!」

再び、二人の騎士が動き出す。
だが、それを遮るかのように闇において、
尚、影を落とす巨体が二つの影の間に割って入る。
腐汁を滴らせながら、その巨体<ドラゴンゾンビ>が雄叫びを上げる。

「あはははは! 淑女を放って置くのは騎士道に違えているのではないかしら?
 だから、私がお仕置きしてあげる!」

狂気染みた笑いと共にアルマに従えられた腐竜の腕が二人の騎士に向けて振るわれる。
それは例えるならば質量を持った暴風。
煽り立てられた木の葉の如く、無様に宙を漂う事になるのが本来の道理。

だが、

暴風に立ち向かうように交錯した二人の騎士。

一閃。

その後に、ミシリミシリと音を立て、
両断された腕が僅かにその巨体と腕とを繋げていた皮も
その自重により千切りながら地面に落ちた。
そして、思い出したかのように切断された腕から腐汁と血を撒き散らしながら
巨体が苦悶に吼える。

「……嘘…でしょ」

信じられないといった様子のアルマには一瞥もくれず、
二人の黒騎士は同じ様な動作で剣に付いた腐汁を払う。

「邪魔をするな、娘。
 …手元を狂わせる事もあるぞ?」

「お前は後だ。
 お前にも聞きたい事はある」

二人の黒騎士が言葉と一瞬の殺気をアルマに向ける。

127arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 00:54:21 ID:???
「…ヒッ!」

それはほんの一瞬の事。
だが、まるで心臓を鷲掴みにされたかのような恐怖に
身体は竦み上がり、竜玉石を取り落としそうになる。
何とかその場にへたり込むのだけは堪えたが、
震える足は満足に動く事すら儘ならない。
屈辱に紅潮する顔で少女は黒騎士を睨むが
彼らはそれを意に介した様子も無い。

場を汚された仕切り直しかの様に互いに向き直り、
剣を構えなおす。

「貴公も私と同類なのだろう?
 少なくとも千は下らぬ屍を踏み越える事で
 その剣技を身に着けた筈だ」

挑発する隻眼の騎士を黒鎧の騎士は睨みつける。

「なればこそ、この呪われた剣技。
 俺のような者ではなく明日を生きる者の為に」

黒鎧の騎士の答えを予想通りといった表情で受けとめ、
隻眼の騎士の騎士は乾いた笑いを漏らす。

「何処までも似ているな“ゼノビアの聖騎士”殿に…
 僭越だが、結末も同じでは無い事を祈ろう」

地を踏みしめ、
二人の黒騎士は互いに向けて駆け出す。
どちらかに終焉を齎す為に。

128arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 00:54:54 ID:???
another side  I.『Magician』〜始まりの物語〜


 ―エレ…やめろぉッ! いくなああぁぁ!!―

 ………
 
 ……………

 ………………

 「うなされていた様だが…大丈夫か?」

 「あぁ、ちょっと…またあの時の夢を見ていたから…」

 「…そうか、もうすぐローディス本国に着くぞ」

 「分かった、準備しておくよ」

 「…なぁ、一ついいか?」

 「エッ? 何だい?」

 「お前は…あの娘の事を恨んでいるのか?」

 「………」

 「スマナイ、今のは忘れてくれ」

 「分からない」

 「………」

 「恨んでいるのかも知れない、俺を残して独りで行ってしまった彼女を」

 「だが…あれは…」

 「分かっているよ、ああしなければ僕達は今こうして生きて話すことも出来なかっただろうさ」

 「………ッ!」

 「俺は…彼女のおかげで生きていられる」

 「…だからと言って、お前がそれを気に病む必要は…」

 「…ただ」

 「…?」

 「もう一度、彼女に会えるのなら俺は…」

129arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 00:55:48 ID:???
side.6 V.『Hierophant』 〜慈悲か束縛か〜


前方にうっすらと見える影が誰か特定できた時、
一瞬だけど足を止めて、そのままとんぼがえりで前の場所まで戻りたくなった。

「…そりゃ、いるのは分かってたけどさ」

自分の前を走るのがホームズだというのは端から理解していた。
ただ、その姿を実際に目にすると何となく気が引けてしまう。
向こうも俺に気がついてるのかもしれないけど、
こっちを振り返る気配は全然無い。

(何で俺があいつに気兼ねしなきゃ駄目なんだよ、俺に疚しい所なんて無いじゃないか!)

考えてみたらそうだ。
ホームズの奴は一方的にこっちを悪者にしてるけど、
それだって別に何も根拠があってやっている訳でもないし。
段々と腹が立ってきた。
そういえばホームズには一発分の貸しがある。
その分を後でお返ししてもいいかもしれない。

……?

何か、さっきから視線を感じるんだけど?
ホームズの奴は相変わらず真っ直ぐ走ってるし、
背後じゃなくて胸の下辺りから?

「…って、うわぁッ!!」

考え事をしてて全く気がつかなかったけど、
いつの間にかプリニーが俺と併走して走っていた。
感じた視線もプリニーがこっちを仰ぎ見ていたものか。

「あーーーッ!! やっぱりマグナッスよ、マグナー!!」

じろじろとこっちを見た後にプリニーが大声で前方のホームズに呼びかける。

「おい、馬鹿止めろよッ! ていうか、何で呼び捨てなんだよ!」

慌ててプリニーの口を塞ぐ。
「う〜う〜!」言ってるプリニーから視線を恐る恐るホームズに向けてみる。
ホームズはその足を止めて荒い息をついている。
何となく躊躇いながらホームズの傍までもがくプリニーを抱えたまま歩いて行く。
その間もホームズは俺の方を振り向こうとはしない。
傍まで寄ってホームズが大粒の汗をかいているのが見て取れた。

130arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 00:56:21 ID:???
「……お前も…ついて来る気かよ…」

こっちを一向に見ようともせずに藪から棒にホームズが切り出してきた。
その言葉の棘に神経が逆撫でされるのが自分でも分かる。

「何だよ、俺がそっちに行っちゃ拙いのかよ!」

元々イラついていた感情のままに俺もホームズに言葉をぶつける。

「拙かねぇよ…但し、テメェの面倒はテメェでみろ」

それだけを言うと再びホームズは走り出した。

「おいッ! 何だよその言い草ッ!」

俺が声を荒げるのも無視してホームズは走り去っていく。
怒りの矛先を向ける相手がいなくなってしまい、
振り上げた拳をがむしゃらに振り落ろして、

「イデッ!!」

そういえば抱えたままだったプリニーに思いっきり当ててしまった。

「あッ! 悪い、ゴメン!」

頭を抑えてしゃがみ込むプリニーに慌てて謝る。

「〜〜〜〜〜ッ!! 二発目〜〜!! 俺が何したんスかッ! 訴えてやるッスからね!」

シュッシュッと拳闘のように俺に向かって拳(?)を振りながらプリニーは俺を睨みつける。

「そ、それだって、元はと言えばお前が大声出すから…」

「って、あ〜〜〜〜ッ!! また、置いて行かれるッス〜〜〜!!」

バタバタと喧しくプリニーがホームズを追いかけていく。

「大体、自分で『追いかけて来てるのがマグナか確認しろ』って言っといて、
 置いて行くとか無いッス〜〜〜!!」

エッ?

「ちょ、ちょっと待てよ…それどういう意味…」

俺の制止も空しくプリニーもまた走り去ってしまった。
一人取り残された中、頭の中は混乱している。

俺に気づいてた?
なら何であんな言い方したんだ?

「…訳分かんないよ」

ホームズの真意が理解できなくて、
出口の無い迷路に迷い込んだような気分になっていた。

131arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 00:56:58 ID:???
side.7 IV.『Emperor』 〜傲慢な責任感〜


息が荒くなっていくのが分かる。
心臓は張り裂けそうなほどに鼓動が加速し、
身体からは大粒の汗が零れる。
疲労している訳じゃない。
これは全部、俺が焦っている証拠だ。

―何で一人にしたんだ。

―どうしてすぐに目に付く所に置いて置かなかった。

―お前は、又、彼女を失くしたいのか!

うるせぇッ!!
あいつだってガキじゃねぇんだ、
一人の女として俺の傍に居てくれる事を約束したんだ。
それを俺が汲んでやらねぇで如何するんだよ。

―言い訳だろう?

―そうやって責任をすり替えとけば楽だもんな。

―お前はいつも自由と言う名の責任逃れだ

糞ッたれッ!
自分の事は自分が一番分かってるよ。
だが、俺だって二度と取り零す気はねぇんだ。
目の前で何も出来ずに失うなんて、もう嫌なんだ。

頭の中で俺を攻め立てる声に反論しながら
足は止める事無く走り続ける。

「ヒィヒィ…や、やっと追いついた…ちょっと…そこら辺で休まないッスか?」

そういえばこいつの事を本気で忘れていた。
傍で(こっちは多分本気で疲れているんだろうが)荒い息を吐くプリニーと
それに多分これは…

「…おい」

「ハ、ハヒッ? 何スか、休むんスか?」

そのムカつく頭に拳骨一発。

「アダッ! な、何で殴るんスかー!」

「良いから黙って言う事を聞け。
 多分、俺達の後ろにマグナの奴がいる。
 お前、ちょっと確かめて来い」

さっきから後ろに誰かいるのは分かっていた。
俺に対し何かを躊躇するようなその気配の主はあいつ以外考えられない。

「エーーッ!? …あ、分かったッス、
 分かりましたから、その拳引っ込めてくださいッス」

そのままわたわたと逃げるようにプリニーが後方へ走っていく。
そして、それほど間もなく、

132arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 00:57:29 ID:???
「あーーーッ!! やっぱりマグナッスよ、マグナー!!」

プリニーの喧しい声と共に分かりきっていた答えが返ってきた。
そこで初めて足を止める。

―何を言うつもりだよ?

知らねぇよ。
俺が聞きたいくらいだ。

―まともに取り合うとは思えないぞ?

上等。
憎まれ役は慣れてる。

自分の後ろにおずおずと近寄る気配を感じる。

「……お前も…ついて来る気かよ…」

我ながら最悪な話の振り方だと思う。

「何だよ、俺がそっちに行っちゃ拙いのかよ!」

あぁ、そうなるのは当たり前だよな。
だが、上手な声のかけ方ってやつは昔から出来ない性質(たち)なんだ。

「拙かねぇよ…但し、テメェの面倒はテメェでみろ」

そう。
多分、この先、俺は他に見向きをくれている余裕は無くなる。
正直、今の言葉は自分に言っているようなもんだ。
助けが来るとは限らない。
最悪な事態が待っているかもしれない。
その時に最後に頼りになるのは結局は自分だ。

マグナの奴がまだ何か言おうとしていたが、
悪いがもうそんな余裕は…無い。

俺は再び走り出す。
マグナに俺の言葉が伝わったかどうかは分からない。
伝わっていてほしいとは思う。

だが、

今はただ、あいつの元へ急ぐだけだ。

133arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 00:58:29 ID:???
side.8 XI.『Strength』 〜ぶつかり合う意思と意思〜

金属音が鳴り響き、戦場音楽が奏でられる。
二人の黒騎士の剣は傍から見れば、
まるで打ち合わせされた演劇の如く、
又は剣の道を知る者なら羨望すら覚えてしまう程の技のぶつかり合い。
そして、純粋なまでの殺意のぶつけ合い。
互いが互いに決定打を、
元より傷すら満足に付けられずに時だけがただ過ぎていく。
それは近くで見せ付けられたアルマに対して一瞬ではあるが
『美しさ』すら感じさせて茫然自失とさせてしまう程に。
だが、それが互いを互角な関係だと示している訳ではない。

隻眼の騎士には余裕があった。
一方、黒鎧の騎士には既に余裕は無かった。

互いの能力を示すならほぼ隻眼の騎士の方が一枚上手。
唯一、ルヴァイドが優っている点は瞬発力のみ。
それすらも“やや”上回っている程度に過ぎないのだ。
ゆえに隻眼の騎士は値踏みするように剣を繰り出していた。
ルヴァイドの隠し玉を警戒しているゆえの行動。
自分が優位な立場だと認識していて、
尚、油断する事のない慎重性。

(…強い)

隻眼の騎士が警戒していたようにルヴァイドはまだ切り札を使ってはいない。
否、正確には使えなかった。
それを見切られれば、最後。
地に無様に倒れ付すのが自分だと、
いままでの数度に渡る交戦で思い知らされていた。
故にそれは必殺の剣でなくてはならず、
だが、その機会を与えてくれる程の生温い相手でもない。
今はただこの場に留めるので精一杯と言う程の強者。
ルヴァイドですら人の身にしてここまでの高みに
上り詰めた人間を見るのは稀である。

「惜しいな、実に惜しい」

隻眼の騎士が不意に口を開く。
その目にルヴァイドに対しての哀れみすら込めて。

134arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 00:59:01 ID:???
「貴公ならば、私の部下にも引けを取らぬほどのものを…
 如何だろう、ここは手を引いてはくれまいか?」

その言葉が虚実どちらかなのかは分からない。
だが、どちらにせよ。

「断るッ!」

その言葉を受ける必要性はルヴァイドには無い。

「俺が引けば貴様はあの娘を連れて新たな細工をするだけ。
 貴様のような輩をこれ以上のさばらせる訳には行かん!」

ルヴァイドに理解できた事。
この隻眼の騎士は危険だ。
剣の道を究めたといっていいほどの腕前を持ちながら、
時に我を捨て、狡猾に立ち回ろうとする。
そういった人間がこの場に於いてどれほどの危険性を孕むか、
例えば、『人を疑う事を知らないような人間』。
そう、マグナのような人間に出会ってしまったのなら、
相手は利用し尽くされ、最後は非常に捨てられるのは目に見えている。
ならばこそ、ルヴァイドに引く道は無い。

「残念だな、貴公なら聡明な判断が出来ると思ったが…」

そう言って、再び剣を構えなおす隻眼の騎士の視線が、
一点を見つめて怪訝そうに歪む。
誘導している訳でもない、その視線にルヴァイドも視線の先を目で追う。
その視線の先でアルマが頭を抱えて身を震わせていた。

(何だ?)

その尋常ではない様子にルヴァイドも疑問を覚える。
多少の脅しを加えこそしたが、二人の騎士は少女に対して一切の手を加えてはいない。
それなのに少女は異様な程までに焦燥し、又、憔悴している。
不意に少女の両目が見開き、二人の騎士を捉える。

「行きなさい、絶対に私はお兄様の邪魔になんかならないッ!」

少女の言葉と同時に活動を停止していた屍竜が大きく首を仰け反らせ、
その口元には熱気と黒煙を燻らせて始める。

「…クッ!!」

それが何を意味するのかを理解し、ルヴァイドは身を翻らせる。
隻眼の騎士も同様に動きを見せている。

135arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 00:59:33 ID:???
屍竜が一度大きく息を吸い込み、
少しの間をおいて、その顎から獄炎を噴き上げる。
そして辺り一面を焼き払うように大きく火焔を振り撒く。
一瞬にして、火の海となった草原の中を少女がくるくると踊る。

「アハハハハハ!! 燃えろ、燃えちゃえ、お兄様の邪魔をしようとするもの全部!」

屍竜が火焔を噴出すのを止める。
この地獄の中を耐えられる者なんかいない。
少女は己の一人勝ちを確信していた。

「…邪魔をするなと言った筈だがな」

その瞬間までは。

火焔の中から黒き悪魔が躍り出る。
それは屍竜の残されていた足を切りつけ、
屍竜が体勢を崩し、地面に地響きを立てて倒れるのと
同時に跳躍し、その首を両断した。

「…エッ?」

既に死したる身である竜は尚も立ち上がろうとするが、
引きちぎれた首の先から一面に血漿と腐汁を撒き散らし、
よたよたと数歩だけ後退すると力無く崩れ落ちた。

目の前で起きた光景が理解できずに呆然とするアルマにその悪魔、
隻眼の騎士が詰め寄る。

「大人しくして貰おうか?
 …だが、腕か足の一本は仕方ないか」

136arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:00:38 ID:???
side.9 III.『Empress』 〜虚栄の愛情〜


アルマはただそれを眺めている事しか出来なかった。
いや、正確には何らかの手を加える事は出来たのだが、
二人の騎士への恐怖とあまりにも洗練されたその剣舞に
手を出す事が出来なかったのである。
カトリであった火竜は未だ手懐けるに至らず、
もう一方の屍竜ですらいとも簡単に撃退されてしまった。
片腕を失い、今は動きを止めてアルマの指示を待つだけの屍竜の姿に歯噛みする。

「…役立たず」

それは誰に聞こえるとも無く呟いた言葉。
役に立たない屍竜に対して、又、自分の言う事を聞かない火竜に対して。
彼女にとってはカトリである筈の火竜も今ではただの道具へと当て嵌める。
そして、己の無力さを誤魔化す為に責任を全て外因へと押し付ける。
以前の彼女だったら、そのような事はまずしなかっただろう。
だが、殺し合いと言う狂気に飲まれた彼女にその気高さは最早、無い。
自身の歪んだ愛情の為だけに動く彼女にとって、
それ以前の優しさや気高さといったものは邪魔でしかないのだから。

「…駄目よ、ラムザ兄さんの為にも」

脳内に微笑む兄の幻影が映る。
それは誰に対してのものだったのか。
私、家族、友人、仲間、恋人。
兄に明確な恋人がいなかった事だけははっきりとしているから、それ以外。
だが、それが思い出せない。

(私だったら良いな)

そう、漠然と思う。

(いや、私に向けられたものにしたい)

脳内に生まれた考えが一気に全身を支配する。
兄の愛情を独占する。
その歪みに今の彼女は気づけない。
そんな彼女の耳に不意に飛び込んできた言葉。

137arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:02:14 ID:???
―俺が引けば貴様はあの娘を連れて新たな細工をするだけ。―

最初は己の耳を疑った。
だが、すぐに言葉の意味を理解できた。
このままでは自分の所為で兄に危害を加えられてしまうかもしれない。

あの隻眼の騎士の目論見は知らない。
だが、到底碌なものではない事だけは容易に彼女にも想像が出来た。
ならばその先にあるのは自分を利用された上での兄の犠牲。

最悪の場合は……死。

―嫌、それだけは絶対に嫌! ラムザ兄さんは私が守るんだから!―

頭を抱え、呻く。
根源的な歪さに気づけないままに愛情の矛先を向け、
その為ならば自身の犠牲すら厭わない。
その愛情がよりいっそう彼女の闇を深めていく。
愛情と言う名に塗り替えられた狂気が彼女の世界を塗りつぶす。
その深さゆえに苦しみも想像を超えるものとなり、
彼女を苦しめる。

―私を苦しめるものも、ラムザ兄さんに仇なす者も全部消えて!―

「行きなさい、絶対に私は兄さんの邪魔になんかならないッ!」

その彼女の思考を受けて屍竜の目に光が宿り、再び動き出す。
彼女に仇なす者である二人の騎士を葬り去らんとする為に。
そして彼女の兄への想いを具体的な形へと屍竜は昇華させる。

それは他者を焼き尽くす劫火。
自分と兄以外全てを嘗め尽くし塵へと変えんとするもの。
苛烈な愛の行き着く先。
それがいずれは何を飲み込むのかは理解出来ずに。

屍竜が作り出した擬似的な地獄の中で少女が喜びに震える。

「アハハハハハ!! 燃えろ、燃えちゃえ、お兄様の邪魔をしようとするもの全部!」

(やった、私はあいつらに勝った。 やりました、お兄様!)

喜びのままに地獄の中で舞い踊る少女の姿。
それは彼女達をこの地へ集めた元凶たる悪魔が
求める者に近しくなっている事も分からずに。

138arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:03:16 ID:???
「…邪魔をするなと言った筈だがな」

だが、彼女は知らな過ぎた。
戦場と言うものを。
そして、その場に於いては根拠の無い自信が死に繋がると言う事を。
喜びを表現するよりもまずは確認するべきだったのだ、
騎士の死を。

ゆえに今の状況が彼女には理解出来なかった。

「…エッ?」

首を断たれ、完全な骸と化した屍竜の姿と、
自分の目の前に突きつけられた若干の熱を帯びた金属の姿。

「大人しくして貰おうか?
 …だが、腕か足の一本は仕方ないか」

隻眼の騎士は冷酷な目で彼女のどちらを断とうか真剣に思案している。

(何で? 如何してこいつは生きてるの?
 死んでよ、死んでなきゃおかしいじゃない!)

先程までは喜びに震えていた身体が今では、
恐怖と混乱により震えている。

「余計に動かれても困るな…足か」

視線を彼女の足元に移し、隻眼の騎士が剣を構える。

「ア…アァ…ア…」

逃げようとするが足が竦み、
哀れな程にその場から動く事も出来ない。
そして、無情にも隻眼の騎士が剣を振りかぶる。

(助けて…ラムザ兄さんッ!!)

139arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:03:47 ID:???
迫り来る脅威に身を竦ませ、目を瞑る。
その瞬間に彼女の脳内に浮かんだものは救いを求める感情。
だが、その対象たる人物はこの場にはいない。
叶える者がいない以上、その願いが叶う筈はない。

本来ならば。

  ―ドンッ―

彼女と騎士の間、むしろ騎士を押しつぶさんとするかの如く
丸太のような巨大な腕が割って入る。

「チッ!」

火竜の腕から逃れる為に隻眼の騎士が身を翻し、アルマから離れる。
呆然とその場にへたり込んでいたアルマが自分を救った火竜を見上げる。

「な、何で…?」

火竜は完全にはアルマには制御できていない。
しかもあのような咄嗟の状況では自分を助けるように指示する事すら出来なかった。
だが、現に彼女は火竜に助けられた。

それは竜玉石から火竜へと伝わった想い。
助けてほしいという感情。
その感情に火竜は“『誰か』を助けなくてはいけない”という、
殆ど失われた理性の中で唯一残されていた意思ゆえに動いた。
竜と化してでも恋人の事を思うカトリの意思が偶然とはいえアルマを救う為に働く。

―オオォォォッ!!―

雄叫びを上げ、それまでは沈黙を守っていた火竜が動き出す。
それは純粋な愛ゆえに、
だが、理性が無きゆえにその対象すら認識できぬままに。

140arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:04:51 ID:???
another side  XIX.『Sun』 〜約束された将来〜


―又、あいつか―

―何処の誰とも判らぬ癖に―

―どんな汚れ仕事でも引き受けると噂だぞ―

―国を売った国賊だとか…―

―どちらにせよ、いずれくたばるだろうさ―

―狗めッ!―

何とでも言えばいい。
実績を重ねる事もせずに権力だけを笠にしたような貴族共に
何を言われようがそれで僕が変わる訳じゃない。
俺には力が足りない。
彼女を救えた程の力が。
その為ならば、喜んでこの手を汚そう。
だけど必ず手に入れてみせる。
二度と彼女のような者を出さない程の、
世界を変えられる力を。

141arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:05:40 ID:???
side.10 VII.『Chariot』 〜闘争〜


大地を震わすほどの雄叫びを上げて、
火竜が隻眼の騎士へと迫る。
その圧倒的なまでの存在感は先程、
隻眼の騎士が完全に動かなくした屍竜とは比べ物に為らない程に。
だが、そのような状況でも騎士にさしたる動じた気配も無かった。

「邪魔をするか…ならば容赦は出来ぬな」

本来ならば、火竜へと転じた少女も騎士は捕縛しようと考えていた。
だが、理性を失くし、あまつさえ自らを妨害しただけでなく
今まさに害成さんとしている者に対してまで思慮するほどの
情けを持ち合わせてもいない。
あくまでも、目的に沿って行動する。
その上では多少の犠牲や計画の変更等は瑣末な問題であり、
取捨選択の価値すら騎士の中では見出していない。
そして、今の瑣末な問題とは、

火竜<カトリ>の生死である。

迫り来る火竜の動きに合わせ、騎士も体勢を整える。
竜殺し等は数え切れないほどこなして来た騎士にとって、
この火竜を葬る事も先程の屍竜を葬った時と同じ様に
淡々と作業の様に済ませてしまうだけの事。
獣の無秩序な動きですら、騎士にとっては見切ることは容易い事であり、
暴風を伴い振るわれた尾を身を捻る程度で避け、
続け様に振り落とされた豪腕も同様に地面を抉るだけで空しく空を切る。
後はその隙だらけの腕に切り込み、
怯んだ所で急所を切りつけて終わる。
それは何度も繰り返してきた事であり、
間違える事すらない簡単な作業である

筈だった。

最初の一撃を加えんとし、
切り込んだ筈のそれは鈍い金属音をたてて竜の鱗に弾かれる。
竜はそれを些細な痛み程度にしか感じておらず、
むしろそれを与えた相手である騎士へ怒り狂い、
踏み潰さんと執拗に追い縋る。

「…クッ!」

予想外の事態に多少は驚きもしたが、
すぐに感覚を取り戻し、直撃すれば即、
死へと繋がる火竜の猛追を避ける。
その上で弾かれた反動で痺れる己の腕の感覚を確かめる。

142arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:06:12 ID:???
(まさかとは思うが…あの竜、神聖竜<ディバインドラゴン>か?)

それはゼデギネア大陸全土に伝わる神話において登場する、伝説の竜。
神にも等しい力と悪魔の様な残忍さで挑む者を悉く葬り去る存在。
神話において、それに勝利したと伝えられる天空の三騎士の長、
フォーゲルでさえ七日七晩戦い続ける事で辛くも勝利したという。
もし、この仮定が正しいものであったのならば
そのような存在とまともに戦い続ける事は愚行でしかない事と
もう一つ疑問が生まれる。

何故、ただの娘がその様な力を持っているのかという事。
もし、それが娘自身の資質によるものならば何故“そんな人間が都合良くこの場に居るのか”。
それは、あまりにも出来すぎた現実だという事になる。

だが、自分へ接触してきた主催者を思い出し、
騎士の疑問は氷解する。

つまり、そういった資質を持った者こそが、
彼らの目的に繋がる者だという可能性。

(少なくとも、この娘…いや、今は竜か…
 だけとも限らないという事か)

彼らの目的はまだ判明していないが、
そういった者を集める場合に考えられる理由は
『生贄』か『寄生』。
だが、その過程がどちらかにせよ結果は一つに繋がる。
何者かの『復活』という事に為る。

(ただ言いなりになれば…その先にあるのは破滅…か)

火竜に追い回され、
その猛攻を避け続ける中でも隻眼の騎士は冷静に状況を認識し、
考察し冷静に分析していく。
視線を一瞬だけ、竜の傍に控える少女に移す。
少女は自分が有利な状況だと認識し、
その口元は歪み、再び愉悦に浸っている。

(アレにも、もしや人質以外の価値があるのかも知れんな、だが…)

最大の障害は、今、自分を追い掛ける火竜の存在。
まともに傷つけられぬ存在を相手にしながら少女を拉致し、
この火竜から逃げ切るのは困難を極める。

143arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:06:49 ID:???
(ならば、まずは動きを封じるか…)

動きを止め、意識を集中させる。

火竜は動きが止まった獲物に狙いを定め、
食い千切らんとその顎を大きく開く。
焔よりも紅く、深遠よりも深いその煉獄に飲み込まんと
竜の顎が隻眼の騎士へと迫る。

そんな中でも、騎士はただ冷静に詠唱を唱える。

「閃光を操りて我、この者を鎖で封ず…
 影を打ち消せ!スタンスローター!」

火竜の眼前で光が収束を始め、唐突に弾ける。
その強烈な爆音を伴った閃光に火竜は目を閉じる事すら出来ずに
まともに受けた事で大きく身体を仰け反らせる。
どのような生物であれ、視覚と聴覚を備えているのであれば
過度の閃光と爆音には条件反射的に対応してしまう。
それはこの火竜とて同じ事。
まして、人間よりも鋭敏な感覚を備える
件の生物には通常の攻撃手段よりも有効に作用する。
外部からの刺激を受け付けないとはいえ、
内部の器官を攻撃されれば、さしもの火竜でさえ脆いものである。
だが、これではその動きを一時的に止めるだけにすぎない。
それでも、隻眼の騎士にしてみれば充分な時間である。
閃光により意識を失くし、倒れる火竜を尻目に騎士は少女へと近寄る。

「さて、今度こそ来て貰おうか」

少女へと剣を構え、ゆっくりと迫る。
少女は隻眼の騎士を睨むが下手に抵抗する事が出来ない事を理解しており、
それが少女にとっての出来うる精一杯の抵抗であった。

「良い眼をしている、素直に従う気…」

少女に手が届くという距離まで隻眼の騎士が近寄った時、
その背後でゆらりと影が踊った。
否、それは影ではなく漆黒の鎧。
気配を消し、炎の中に身を潜ませていた
漆黒の騎士が隻眼の騎士へと向け、駆ける。

144arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:07:19 ID:???
「そろそろ来る頃だと思っていた」

完全に背後を取られていたと思われていた隻眼の騎士が半身で振り返り、
ルヴァイドの剣を受ける。

「俺も貴様をこの程度で取れるとは思ってはいない。
 だが、その体勢…貰ったッ!」

剣を上段に構え、ルヴァイドがその剣を振るう。
その剣速は神速の域に達し、
並みの剣士なら己の体が切り裂かれた後に
己の体に起きた事を理解し、絶望する死神の鎌。
だがルヴァイドが達人であるのなら、隻眼の騎士もまた達人。
半身しか構えていない不利な体勢であるその状態でさえ、
ルヴァイドの神速の剣の動きを捉え、
受けきれる体勢ではないという事を理解し、
己が剣でルヴァイドの剣を受け流す。
本来ならば、その後に身を引き体勢を整えればよい。

だが、

「ーーーフッ!!」

ルヴァイドが地を踏みしめる。
大地を支えとし、己の身体に反動力を加える。
握られていた剣はその間に握りを変え、
異形の構えを取る。
最後に己が後ろ足を伸ばし、本来有り得ない上体が起きる力を加える。
その動きは刹那。
如かして、その剣も又、刹那。
返る筈の無い剣が返り、その剣閃はさも燕の如く。
振り落とされた筈の斬撃が振り上げる斬撃として隻眼の騎士を襲う。
その妙技に隻眼の騎士も顔に色を浮かべる。

冷笑の色を。

「キャッ!」

隻眼の騎士とルヴァイドとの間に割って入るように少女が突然現れる。
いや、“割って入らせられた”。
ルヴァイドが上段に構えた時、
隻眼の騎士は既に少女の身体を捕まえていた。
そして、何の躊躇いも無く少女を己が盾としたのである。

145arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:08:02 ID:???
「ーーーッ!?」

目の前の少女の姿にルヴァイドに動揺が走る。
このままの軌道では少女は確実にルヴァイドによって切り伏せられる。
それは“今はまだ出来ない事”である。
強引に腕に力を加え、剣閃を鈍らせる。
そのほんの僅かな変化を捉え、
隻眼の騎士が少女をルヴァイドの元へと突き飛ばす。
少女とぶつかり、体勢の崩れたルヴァイドの手に鋭い痛みが走る。

「…やはりな、甘いな貴公は」

剣を振り払い、血を拭いながら隻眼の騎士は冷笑を浮かべる。

「……嫌ッ!」

ルヴァイドに支えられる形になっていたアルマもまた、
正気を取り戻すとルヴァイドを突き離し、騎士達から離れる。
その中で一人、ルヴァイドは冷や汗を浮かべ、利き手を押さえる。
その指は人差し指と中指を根元から失っていた。

「大方、貴公はその娘ではなく竜となった娘を戻す手段が知りたかった。
 その為にはこの娘をまだ殺す訳にはいかなかった。
 違うかな?」

ルヴァイドを見下ろすような視線で捉えながら、
隻眼の騎士は淡々と話す。

「……ッ!!」

隻眼の騎士が話した事は確かに全てその通りである。
ルヴァイドはアルマが誰かの首輪も所持している事も知っていた。
いや、それは誰かではない。
ルヴァイドも良く知っている人物のものである。

アメル。

その首輪をアルマは所持していた。
隻眼の騎士が話した理由とは別にルヴァイドはどういった経緯で
アルマが彼女の首輪を手に入れたのかも又、知りたかったのである。

「残念だな。
 その手では最早、先程の剣技は使えまい。
 無駄な情などを持つからそういう事になるのだよ」

隻眼の騎士の言葉にルヴァイドは悟る。
嵌められた、と。

146arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:08:34 ID:???
ルヴァイドは身を焼かれるのも覚悟の上、
敢えて炎の中に身を潜め、
隻眼の騎士が油断する好機を待った。
そして、竜の動きを封じ、
注意が完全に少女に移っていた
あの瞬間こそが最大の好機だと踏んだのだ。
だが、それこそが自分に仕組まれていた罠だった。
あの時、確かに隻眼の騎士は言った。

「そろそろ来る頃だと思っていた」

この騎士はあの時、敢えて半身で迎え撃ったのだ。
そのルヴァイドから見て死角となった位置で
何をしているかを悟らせない為に。
多分、ルヴァイドが一撃目を放った時点で
既に隻眼の騎士は少女を引き寄せていた。
返しの二撃目は隻眼の騎士にとっても予想外だったのだろう。
だが、その時点で既に遅すぎたのだ。
ルヴァイドは少女を殺せない。
だが、隻眼の騎士は少女を殺す事が出来る。
その差が決定的な致命と為った。

冷静にそして冷淡に隻眼の騎士がルヴァイドへと剣を構える。
火竜はまだ目覚めず。
少女は騎士が減る事をむしろ望んでいる。

(ここまでか…すまない、マグナ)

覚悟を決め、ルヴァイドも剣を構える。
そして胸元に隠し持つ探知機の位置を確認する。
隻眼の騎士に利用されるくらいならば
最後の時は己が命と共にこれを破壊する為に。

じりじりと二人の騎士がその距離を詰める。
空気は張り詰め、少女も自ずと息を呑む。

そんな空間を引き裂くように。

「な、何だよ、これッ!!」

二人の青年がその場に到着した。

147arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:09:04 ID:???
another side  XIV.『Temperance』〜管理すべきもの〜


「お花、買ってくれませんか?」

篭に数種類の花束を入れた花売りの少女。
その弱々しい姿に思わず彼女の姿を重ねてしまった。

「貰うよ、お代はこれで。 釣りは要らない」

花を一束受け取ると、それには多い額の金貨を彼女に渡す。
困惑した様子の彼女に笑顔で返すと深々と頭を下げて走り去っていった。

「夜には街娼の真似事のような事をする様な下賎な身分にずいぶんと肩入れをするな」

ローディスの神殿騎士の鎧を着た兵士が背後から声をかけてきた。
その表情は顔全体を覆う兜ゆえに窺い知る事は出来ないが、
大方、俺を蔑むものだろう。

「余計な事は良い。 任務を教えてくれ」

あくまで侮蔑の感情を表には出さないようにしながら兵士に説明を求める。
任務の内容は周辺に出没するようになった野盗の討伐。
付近の村々を襲い、金品や食物、それに女性を強奪していくというというもの。
元は貧民層の出身の者たちが貧困ゆえに始めたものが次第に規模が大きくなったものだという。

「明後日には偵察の者が戻る、それまでは待機だ。
 …待機中でも女は買うなよ? ハハハハハハ!」

下品に笑いながら兵士は去っていった。
その後姿に僕は思わず舌打ちしてしまった。


………………………………………………………

148arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:09:34 ID:???
「敵襲ーッ! テンプルナイト共だーッ!!」

時の声が上がり、弓兵が放つ矢の後に騎馬や歩兵が突撃する。
砦を防衛している野盗達は所詮烏合の群れに過ぎず、
圧倒的な戦力差の前で成す術も無く駆逐されていく。

「何人かは私に続け、連れ去られた者達の救出に当たる!」

数人の兵士が僕に続き、砦の内部に入る。
内部の野盗共を切り捨てながら捜索を続ける。

「こっちだ、こっちにいたぞッ!」

別な場所の捜索に当たっていた兵士から声が上がる。
その兵士が示した扉を開けて、
まずはその臭気に鼻を顰めた。
汗と饐えた匂いが混じった空気がそこで何が行われていたかを自ずと理解させる。
そこに居た女性達は鎖で繋がれたり、縄で縛られていたり、ただ打ち捨てられていたりと
その姿は様々だがその全てが裸体であり、暴行を受けた後である事を如実に表している。
幾人かは既に死亡している者までいるようだった。

「……酷いな」

生き残っていた女性達を保護しながら、
死亡していた者達の身元を確認する為にその死体を検分していく。
数人目で手が止まった。
身体中に受けた暴行の痕。
既に瞳は光を失くし冷たくなった身体で虚ろに横たわるその姿。
胸元に隠していた一輪の花を取り出し、
それを花売りだった少女の死体の脇に添えて、


俺は、吐いた。


「汚れているのは俺か? それともこの世界か?」

149arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:10:12 ID:???
side.11 X.『Wheel of Fortune』〜運命の輪〜


何かをしなくちゃいけないと思って走ってきた。
何かが出来るとは思ってはいなかった。
義務感とか正義感とかではなく、
それは惰性に近いものだったから、
結局は何も出来やしないとは分かっていた。
それでも、何かをしなくちゃいけないと思っていたんだ。

なのに、ここに来てからの現実はいつも俺の想像を越えて
最悪の形でしか俺の前には訪れないんだ。

何が、何処で、誰が、間違えたんだ?
それとも、やっぱり俺が悪かったんだろうか?
だとしたら何が悪かったんだろうか?

如何して、
如何してこうなってしまったんだ?

………………………………………………………

足は一度は止めてしまった。
ホームズに対しての困惑と不審で
如何して良いのか分からなくなってたから。
でも、結局は走るしかなかった。

今の俺にはこんな事しか出来ないから。
今の俺にはこれしかなかったから。

どのくらい走り続けたんだろう。
時間にすれば半刻も経ってない筈なんだろうけど、
この間の時間は無限の様にも感じられた。
そして、その出口にある筈の光明は俺達を出迎えるのではなく。
俺達を嘲笑った。

150arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:10:44 ID:???
まず見えてきたのは確かに光だった。
爛々と燃え盛り、周囲を焼き尽くす光。

炎。

幸い、それはこれ以上広がりを見せる様なものではなかったが、
辺り一帯は既に地獄絵図と化している。
その中でまず目に付いたのが、
その中心に鎮座する巨大な竜と動く気配の無い竜の骸の二体。
そしてその脇で対峙するルヴァイドとアルフォンスの二人に見知らぬ少女。

先に到着していたホームズはその光景を、
というより中心にいる竜を見て驚愕している。

「…本当に…なっちまったのかよ…」

ホームズの口がそう呟くのが聞こえた。
意味は分からない。
いや、こんな状況で何が分かるのかすら俺にはもう分からない。

「な、何だよ、これッ!!」

自然と言葉が口をついて出た。
如何する?
まずは如何したら良いんだ?

解決すべき事は沢山ある筈なのに
どれから手を付けたら良いのかすら分からない。

ここに来て混乱の極みに達していた頭が
強い衝撃で現実に引き戻される。
ホームズが俺の背中を叩いていた。

「お前はあっちだ……俺は“あいつ”を何とかする」

ホームズはじっと竜を見つめて、
俺に二人の方を指し示すと自分は竜の方を指差した。

そうだ。
まずはあの二人を止めないと。
目的を手に入れた事で、
地面に縫い付けられていたようになっていた足に動きが戻る。

151arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:11:22 ID:???
動ける。
動かないといけない。

「やめろ、お前ら!」

俺が二人に向かって走り出すのと同時に
ホームズも竜に向かって走り出すのが見えた。
でも、今はそんな事に関わっている暇なんて無い。
ルヴァイドとアルフォンス。
その二人の視線が俺に集中する。

「来るなッ! マグナッ!!」

俺に気づいたのと同時にルヴァイドが叫ぶ。
驚いて足が止まりかけるが、
そのルヴァイドの姿を見て、
すぐさま俺はルヴァイドの元に駆け寄った。

「お前、怪我してるじゃないか!
 如何したんだよ、これ!?」

ルヴァイドの手から血が流れている。
誰がやったのかなんて事は本当は分かっていた。
でも、こうでも言わないとそれを認めてしまう事になるから。

「馬鹿な…何故、来たんだ…マグナ」

ルヴァイドの顔色が変わる。
それは痛みからのものじゃない、
俺への、憐憫?

「何故も何もあるかよ!
 お前が…お前がやったのかよアルフォンス!」

振り返り、アルフォンスを睨みつける。
こいつの表情は出会った時と変わらず何を考えてるのかは分かり難く、
ただ黙って俺をじっと見ているだけだ。

152arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:11:52 ID:???
「何とか言えよッ!」

「止せ、マグナ」

うるさいな、ちょっと黙っててくれよ。

「あ、そうか。
 お前がそんなだから誤解されてこんな事になったんだろう?
 なぁ、そうなんだろう?」

それは質問というよりも懇願だったのは分かってる。

「聞け、聞くんだマグナッ!
 …奴は…リュナンを殺している」

「…えっ?」

ぎこちなくルヴァイドの元へと振り返る。
今、ルヴァイドは『何を言ったんだ』?

「奴はリュナンの首輪を持っている。
 奴が…やったんだ」

ルヴァイドは俺から若干視線を逸らして、
苦渋に満ちた表情でそう告げた。

「な、何言ってんだよ?
 そんな事ないよな、嘘だろうアル…」

訳が分からなくて泣き出しそうになりながら、
アルフォンスに向き直ろうとした俺の首筋に冷たい感触が触れる。

「あぁ、全て嘘だとも。
 お前に見せてきたもの全てがな、マグナ」

俺の首筋に剣を当てながら、
アルフォンスはそう冷たく言い放った。


なんで、こんな事になったんだろう?

153arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:12:24 ID:???
another side  0.『Fool』〜自由という名の逃避〜


―また民衆の暴動が発生しました!―

―東部で飢饉が発生し、民衆が施しを求めています!―

―野盗による襲撃を民衆が訴えています!―

      ―民衆が!―

      ―民衆が!―

      ―民衆が!―


何故だ!
何故、自分達で解決しようとしないんだ!
力が無い?
力が無いのはそう定義つけてるからだろう。
甘えだ!
自分たちを弱い存在として当て嵌めて庇護を求めているだけだ!
そうやって、自分で自分を貶めているだけなのに何故更に下を求めるんだ!

…彼女は…

エレノアはこんな奴らの所為で苦しめられていたのか?

愚かだ。
何もかもが愚か過ぎる。
こいつらも、彼女すらも愚か過ぎる。
世界は自由だ。
自分で歩む道を選ぶ権利を誰もが持っている。
なのに、それを行使しようとせず他者に依存する愚か者ばかりだ。

羨み、妬む事でしか出来ないのならば、始めから考えなければ良い。
簡単な事だ。
依存しか出来ないのなら。

貴様らには、俺が…いや、私が相応しい役目を与えてやる。


支配を!

154arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:13:08 ID:???
side.12 XII.『Hanged Man』〜偉大なる死〜


やはり、こうなってしまったか。
奴はマグナを殺す事に躊躇いは無い。
ならば、今の俺が成すべき事は決まった。


「…な、何で?」

一人で路頭に取り残された赤子のような表情で
マグナは隻眼の騎士を見つめている。
信じられないという様に。
信じたくないという様に。
だがそんなマグナの表情も冷徹に
いや、どこか楽しげに隻眼の騎士は見下す。

「…さて、よもや貴公がこの愚か者と知り合いだったとは
 思わなかったが、ならばこの状況なら分かるだろう?
 出して貰おうか、『探知機』とやらを」

抜け目が無い。
この男はあのような状況下でも
やはり俺の言葉を忘れる事が無かったという事か。

いや、俺と剣を交えていた時点で
奴は既に全てに探りを入れていた。
俺への饒舌も全ては俺という人物を知る為。
ここまでに冷静に物事を判断する事が出来る人間など普通はいない。
この男は一体どのような地獄を潜り抜けてきたというのだ?

だが、今はこんな事を考えている暇は無い。

「…分かった」

懐に手を入れ、探知機を取り出し、
地面に放り投げる。

「だが、その前にマグナを放せ。
 さもなければこの場でこれを叩き壊すッ!」

そう言い、剣の切っ先を探知機へと付ける。

「…ふむ、良いだろう。
 これにはそれと同じ位の価値も無い」

隻眼の騎士は剣を引くとマグナを俺の元へと突き放すと、
その背中を強く蹴り飛ばした。

「ウワッ!!」

俺の元へと崩れるマグナの後ろで
隻眼の騎士が剣を振りかぶるのが見えた。

間に合えッ!!

………………………………………………………

155arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:13:40 ID:???
「ウゥ…ツゥッ!」

アルフォンスの奴にいきなり蹴り飛ばされて、
地面に身体を擦り付けながら倒れる。
背中は痛かったが動けないほどでもないし、
起き上がろうとして背後で湿った音がしてるのに気づいた。
それにこの匂いは…血!?
慌てて起き上がり振り向いた俺の目に映ったのは、

「…無事か…マグナ?」

息も絶え絶えといったルヴァイドの姿。
その片腕は肘より少し手前の辺りで切り落とされていた。
そこから噴き出す血が湿った音と共に地面に染み込んでいく。

あの時、ルヴァイドは俺を庇ったのか?
倒れる俺を強引に自分の方に引き寄せようとして
その腕を切り落とされた?

「何で…何でこんな事を平気で出来るんだよ、アルフォンスッ!?」

ルヴァイドを支えながら俺はアルフォンスを睨みつける。

「生き残る為だ」

平然とアルフォンスはそう言いのけた。

「生き残る為に最善の手段を取る。
 それは当然の事だ、貴様はそうは思わないのかマグナ?」

アルフォンスの言う事は一理ある。
でも、

「その為に他人を殺すって言うのかよ!?」

だからって、誰かを傷つけて良いって訳じゃない。

「ならば、私以外の者は何故殺し合う?
 他人の為、国の為と言えば聞こえは良いが所詮は己の為だ。
 その中で手を汚す事もせずに貴様のように
 口だけを動かす輩は何をすると言うのだ?」

アルフォンスの言葉が強く厳しいものへと変わっていく。
その言葉の先にまるで俺以外の誰かにも強く言い含めるように。

156arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:14:13 ID:???
「だから、皆で協力すれば!」

引く訳にはいかない。
負ける訳にはいかない。
この言葉を受け入れてしまえば俺の全てが無かった事になる。

「協力すれば勝てるとでも言うのか?
 確実性の無い言葉で扇動し、
 その先で待ち受けるものも考えずにか?」

扇動?
俺の言ってる事は扇動なのか?

「そういえば、貴様が言っていた娘は死んだようだな。
 確か、アメルと言ったか?
 貴様がべらべらと勝手に話していた事だが
 貴様はその娘に如何報いろうというのだ?」

胸が抉られる様な思いがした。
自然と息は荒くなり、汗が零れるのが分かる。

「…そ…それは…」

言葉が出ない。
俺はアメルの為にも…

「貴様の考えは破綻しているのだよ、マグナ。
 他人など信用しようとも報われる事など無い。
 自分で動くしかないのだよ」

アルフォンスの言葉が重く圧し掛かる。
俺は、俺は間違ってるのか?

「フ…フフフ…ハハハハ!!!」

不意に俺に支えられたルヴァイドが笑い出した。
その表情はまるでアルフォンスを哀れむように。

「一つ良いか?
 貴様は何故そこまでマグナに拘る?」

ルヴァイドの唐突な質問に、
思わずルヴァイドとアルフォンスの顔を交互に見比べてしまう。

アルフォンスが俺に拘る?

157arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:15:28 ID:???
「…意味が分からんな」

「とぼけるな。貴様の言う通りなら
 こうしていつまでも話している必要性など無い。
 何故、そこまでマグナを貶めようとする?」

それは確かにそうだ。
ルヴァイドの言う通りなら
誰かに見られる可能性まで有るのに
こうしている必要性は無い。
さっさと俺達を殺してしまえば良いだけの話だ。

「何の事は無いマグナ、よく聞け。
 こいつはお前に嫉妬しているんだよ。
 人を信じるという自分に無い者を持ち続けられたお前にな」

嫉妬?
俺に?
アルフォンスが?

不意に場を取り巻く空気が一変した。
冷や汗が額を伝う。
それは押し黙っているアルフォンスから発せられる強烈な殺意によって。

「どうやら、戯れが過ぎたようだ。
 その下らぬ戯言をこれ以上聞く気も無い」

その殺意が急速に一点に集中していくのが分かる。
アルフォンスが手に持つ剣に。

「マグナ、これはお前が持って行け。
 俺には最早不要なものだ」

そう言ってルヴァイドは俺に持っていた剣を押し付ける。

「何言って…ルヴァ」

俺が言い切るよりも早くルヴァイドが俺を突き飛ばす。

「今は退け、マグナ。
 今のお前では奴には勝てない。
 だが、これだけは覚えておけ、“お前は奴よりも強い”。
 忘れるな。 迷いは弱さじゃない、受け入れろ。
 お前なら出来る!」

俺を強く見据えながらルヴァイドが言う。
なんだよ、それ。
そんな、まるで自分が…

158arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:16:04 ID:???
「逃がしはしない!
 喰らえッ! 我が奥義、アポカリプス!」

アルフォンスが剣を振るうのと同時に
その剣に貯められていた殺意が雷光となって飛び出し、
黒い稲妻が射抜かんと俺へと迫る。

「ウワァアッ!!」

…………

…………………

…………………………

「あ、あれ? 俺、何とも…」

砂埃の中、自分の身体を確かめるが何処にも傷は無い。
そして、砂埃が晴れた視界の先でその理由が分かった。

「ルヴァイドッ!」

ルヴァイドが俺とアルフォンスの間に
立ち塞がる様にして仁王立ちしていた。
血飛沫を上げ、崩れ落ちるその姿で微かに、

「……行け」

そう唇が動いた。

それを見た時、俺の脚は自然と動いていた。
がむしゃらに見っとも無く、ただ生き延びる為に。

「ゴメン…ゴメンよ、ルヴァイド。
 でも、俺、強くなんかないよ…」

………………………………………………………

崩れ落ちようとする身体を強引に支える。
まだだ、まだ遣り残した事がある。

「見事だな…だが、あの愚か者の為に犠牲になるとは」

剣を収めて隻眼の騎士が歩み寄ってくる。
止めは刺す必要が無いと言う事か。
そして歩み寄る理由は俺ではなくただ一つ。
俺の傍に落ちている探知機を拾う為。

だが、それはさせん。

血を失い、急速に力を無くして行く身体の中で
残された腕に最後の力を込める。
倒れる身体も全てを利用して拳を探知機に叩きつける。
乾いた音と共に砕ける探知機を確認し、
視界は暗転して失われた。


 ― 生きろよ、マグナ ―

159arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:16:35 ID:???
【D-3/平原/初日・深夜】

【マグナ@サモンナイト2】
[状態]:精神的疲労(重度)
    右頬に打撲(大きく腫れ上がり)、衣服に赤いワインが付着、
    現実逃避
[装備]:バルダーソード@TO
[道具]:支給品一式(食料を2食分消費しています) 浄化の杖@TO
    予備のワインボトル一つ・小麦粉の入った袋一つ・ビン数個(中身はジャムや薬)
[思考]1:俺がアルフォンスを信じたばっかりに…
   2:もう何が何だか分かんないよ…


[備考]:マグナがどの方面に逃げたかは次の書き手の方にお任せします。

160arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:17:44 ID:???
another side  XX.『Judgement』〜変化〜


「ハボリムの処分、終わりましたよ」

「ご苦労だったオズ。 義兄になる筈だった者の処分だ。
 お前にも心苦しかっただろう」

「いやぁ、俺は結構楽しめたから善いけれど…
 姉さんの方は結構効いてる様子だったけどね」

「オズマには私から伝える」

「どうせ、獄中で死亡とかでしょう?
 まぁ、それで姉さんが納得するなら俺はいいけどさ」

「後は下がれオズ。 ここからは私と団長だけで話しをする」

「はいはい、では失礼します。 新たな義兄殿」

「オズ! 減らず口は止さぬか!」

………………………………………………………

「…失礼しました。 ですが、これで元老院の粛清は概ね済む形になりました」

「そうか、貴公には肉親の事もある、苦労をかけたな」

「勿体無きお言葉、私は貴方の理想に従ったまで。
 それを理解できぬ父と愚弟は退場を願うしかなかったのです」

「あぁ、だがこれでローディスの実権は教皇に集中する事になる。
 腐敗した元老院の排除も済んだ。
 国力の衰退も何とか防ぐ事が出来るだろう」

「それと教皇からの新たな使命についてですが…」

「神聖剣ブリュンヒルトか…」

「エェ、真偽の程は定かではないですが神界と交信できるものとか」

161arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:18:15 ID:???
「ふむ、それと各地のカオスゲートの捜索と考えても。
 存外、本物かも知れんな」

「そうかもしれませんな、それが見つかったとの事です。
 何でもゼノビアの宝物庫にて管理されているとの事で」

「…ふむ」

「誰を向かわせましょうか?」

「私が直接行こう」

「相手は神聖ゼデギネア帝国を滅ぼしたほどの者達、
 確かに団長程の腕が無ければ難しいとは思いますが…」

「潜入は私個人で行うが補佐に何人か付いて来て貰う、
 ヴォラックにも来て貰うつもりだ。
 全て一人で行うわけではない、心配するな」

「ならば宜しいのですが」

「………」

「どうかしましたか?」

「いや、少し思い出した事があっただけだ。
 …昔、少しだけ連れ添った愚かな娘だ」

「団長が過去を語るのは珍しいですな」

「思い当たる事があっただけだ。
 今更、あの娘の為に何かするつもりなどは無い。
 我々の傍にあのような弱き存在は不要だ」

162arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:19:06 ID:???
side.13 VI.『Lovers』〜訪れる空虚〜


最初に会った時の印象は随分と地味な女。
親父の趣味の所為で割りと多くの女を見てきたから、
その辺の街角にでもいるような町娘、
いや、田舎娘位の印象しかなかった。
だが、一緒に居る内にあいつは俺の心の半分を持っていってしまった。

気づいた時には俺の心は海とあいつ。
それで出来上がっちまってた。

失くしたくないもの。
一度は俺が取りこぼしたものだから、
二度目は絶対に起こさない。

そう胸に誓っていた。

………………………………………………………

その姿を確認した時、
自分の嫌な予感が当たってしまったんだと理解した。

炎の中心にいる竜。
例えあんな姿になっていたとしても見間違える筈は無い。

あれはカトリだ。

「…本当に…なっちまったのかよ…」

―「私、足手まといになんかならない!」

あの時のあいつの言葉が蘇える。
ならば、何の為にあいつはあの姿に?
疑問の答えはすぐに分かった。

あいつは、ランスロット・タルタロス!

カトリの傍でルヴァイドと対峙するその姿で
カトリが竜に為らざるを得なかった理由が分かった。
だが、それほどまでにあいつに追い詰められていたのか?
何か引っかかりはあるが、今は迷ってる暇は無い。
いつの間にか俺の傍で呆けていたマグナの背中を叩く。

163arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:19:43 ID:???
「お前はあっちだ……俺は“あいつ”を何とかする」

ルヴァイドとの2対1なら流石にこいつでも
馬鹿な真似なんてしないだろう。
ルヴァイド達を指し示した後に俺はカトリを指差し、
マグナを促した。
俺の言葉をすぐに理解したんだろう、マグナが走っていく。
それと同時に俺もカトリへと走り出した。

カトリの姿に見たところの怪我は無い。
それは当然か。
この世でこいつを相手にして、
まともに太刀打ちできる相手なんてまずいない。
今、倒れているのも何らかの術で気絶させられているだけだろう。

如何する?
ただ単純に起こしたってこいつを暴れさせちまうだけじゃないのか?
クソッ! やってみなくちゃ、わかんねぇだろ!

「オイ、起きろカトリ! 目を覚ませ!」

その眼前に立ち、大声で呼び掛ける。
その呼び掛けに応じるようにゆっくりとカトリは目を開ける。
俺の姿を視認し、軽く匂いを嗅いだ後、
まるでじゃれるようにその顔を擦り付けてくる。

「お前…分かるのか?
 その姿でも?」

理性ではなく本能で感じ取っているのかもしれない。
それでも嬉しかった。
こいつはやっぱり何一つ変わっちゃいねぇ。

「へぇ〜、あなたがこの娘の良い人さんね」

影からあどけない少女の声が聞こえてきた。
ゆっくりと現れたその少女は宝石の様な物を持ちながら
俺を値踏みするようにじろじろと眺めてくる。

「ねぇ、聞いてくれないお兄さん?
 あの人達ったら酷いのよ、私の言う事は全然聞いてくれないし
 その癖、こんないたいけな少女を物みたいに雑に扱うし」

拗ねた様にそう語る少女を一瞥し、構える。

164arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:20:34 ID:???
「悪いが俺は自分でいたいけとか言うような女は信用しねぇ事にしてる。
 親父にも『清純派気取りは止めておけ』って言われてるんでな。
 …狙いは何だ?」

フゥ〜ンと鼻を鳴らし、少女は手に持った宝石をこちらに見せる。

「これ、な〜んだ?」

「ハァ? 知るか、そんなもん…て、ウォオッ!?」

少女がこちらに宝石を見せるのとほぼ同時にただでさえ暗い視界が更に暗転し、
頭上に物々しい気配を感じて咄嗟に避ける。
先程まで俺が立っていた場所にカトリの
今は竜となったその腕が振り落とされていた。

「…お、お前。 何で?」

何かがおかしい。
今のカトリの姿はまるで何かに抗っているようにも見える。
これは…まさか!

「てめぇッ!!」

怒る俺の姿とは対照的に愉快そうに
くすくすと少女は笑う。

「ウフフ、気づいた?
 そう、これは竜を操れるの。
 こんな風に」

少女の言葉が終わるのと同時に意識が一瞬途切れる。
吹っ飛ばされ、地面を転がり、衝撃にのた打ち回って、
やっと自分に何が起きたのか理解できた。

「ゲェハッ…ゲホッ…ウッ、クソッ!!」

少女に気が向いていた俺に背後から
カトリの強烈な尾の一撃が打ち据えられて
無様に吹っ飛ばされていた。
本来なら今ので死んでいた所だが、
カトリが加減を加えてくれていたのだろう。
地面をのた打ち回って血反吐と吐瀉物の混じったものを
吐き出す“程度で”済んだのだ。
死んでないだけマシと言える。

165arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:21:37 ID:???
「やっぱり、素直に言う事は聞いてくれないなぁ、この娘」

離れた場所で俺を見下ろしながら、
少女がデイバックから何かを取り出す。

「まぁ、その感じなら動けないでしょ?
 あの娘にはちょっと静かにしててもらうから」

少女が取り出したものが何か分かり、
俺は必死に体を動かそうとする。
だが、強烈な一撃で身体の感覚が麻痺し
満足に立ち上がることすらできず、
その姿は傍から見れば、
まるで生まれたての小鹿のような弱々しさだ。
そんな俺の姿を馬鹿にするように
少女はボウガンの狙いを俺に付け、構える。

「さようなら、お兄さん」

哀れみと言うよりも侮蔑を込めて、
少女は引き金を引いた。
放たれた矢が俺に向かって飛んでくるのが見える。
長年、弓師としての腕を磨いてきた所為か、
俺を仕留めようとして飛ぶそれをはっきりと見定める事ができる。
いや、それどころか周りの景色全てがゆっくりと流れていく。
やべぇ、これが走馬灯ってやつなのか?
その視界の先で不意に巨大な壁が出現し、
弾かれる矢の音で流れる時間は急速に現実に戻る。
壁だと思ったものは太い腕。
カトリが俺を庇う様に少女に立ち塞がっている。

「…邪魔しないでよ、本当に使えない娘ね」

カトリの腕が邪魔で少女の姿は見えない。
だが、その憎々しげな声だけで少女が
どんな顔をしているのかは想像がついた。

「いいわ、貴女が苦しまないように
 私がやってあげるつもりだったのに、
 そうやって邪魔するんだったら貴女がしなさいよ」

166arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:22:26 ID:???
―グゥゥゥゥ…―

その言葉と共にカトリが呻きだす。
こんの糞女、またさっきの宝石を使いやがったな。

―オオォォォォオオォッ―

カトリが苦しみの声を上げる。

「フフフ、無駄よ。
 ほんのちょっとなら貴方でも従わざるを得ない。
 ほんのちょっと貴女の足元にいる人を踏み潰すくらいならね」

実際に抵抗する声とは裏腹に、
カトリの腕は徐々に俺の頭上へと上がっていく。
影が俺を包み込み、準備が整った事を悟る。

「さぁ、踏み潰しちゃいなさいよ!」

少女が声を強めて叫ぶ。
それと同時に頭上の重圧が迫るのを感じ取る。

「すまねぇな…結局、俺の方が足手まといだったって訳だ」

つい漏れてしまった弱音の声。
その瞬間、最早目と鼻の先まで迫っていた腕がピタリと止まる。

        ―駄目!―

「カトリ?」

聞こえない筈の声が聞こえた気がした。

「何よ、あとちょっとじゃない!
 言う事を聞きなさいよ!」

ヒステリックに少女が捲くし立てる。
その声を無視するように腕を振り上げ、

ーグォオオォォッ!!―

カトリは少女に対して腕を振るった。

167arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:23:00 ID:???
「キャアァッ!」

それは少女には触れてはいない。
だが目の前を通り過ぎたそれが巻き起こす暴風に
華奢な少女は耐えられずに持っていた宝石を落としてしまう。

「アッ!?」

少女が宝石を拾いなおそうとするのよりも早く、
振るわれた尾が宝石を粉々に打ち砕き、
少女は目の前に振り落とされた巨大な尾に
ペタリとその場で腰を抜かした。

ーオオォォォオオォォッ!!―

一際、大きな雄叫びを上げ、
カトリの姿が光に包まれる。
徐々に大きさを減らしていき、
俺よりも小さくなった光が収束すると
元の人間の姿へと戻ったカトリが現れた。

俺の姿を確認するとカトリの身体がふらりと揺れ、
倒れ落ちる。

身体は動くようになっている。
俺は慌てて、倒れるカトリの体を支える。
俺の腕の中で力無くカトリの瞼が開く。

「あ…ごめ…なさい…私…ホー…ムズに…
 迷…惑…かけ…ちゃった…」

そういって寂しそうに微笑むカトリを俺は抱きしめる。

「ふざけんなッ! 迷惑だ何て思っちゃいねぇ!
 …良かった、カトリ!」

俺の言葉をまるで子をあやす母の様な表情で聞きながら、

「ごめ…んね…」

カトリは再び俺に謝った。

168arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:23:53 ID:???
「謝るな、お前の所為じゃ…カトリ?」

カトリの目は見開き、ビクリと身体が跳ねる。
そして微かに口から赤い雫を垂らすと、
俺の頬に手を当て、一筋の涙を零した。

「…ごめ…ん…」

俺の頬に当てられたカトリの手がカクンと落ちる。
そのカトリの背中には一本の矢が突き立っている。

「……てぇぇめぇええぇぇぇぇッ!!」

誰がやったかなんて判りきっていた。
俺の視線の先で少女が口が裂けたかのように笑っている。

「アハハハハハハ、仕方ないじゃない。
 言う事も聞いてくれないような娘はお仕置きしないとッ!」

少女は構えていたボウガンを投げ捨てると
そのまま闇夜の中に消えていった。

取り残された俺はただカトリの身体を抱きしめるしかできなかった。

「…嘘だろ…カトリッ!」

俺は、又、目の前でお前を失くしちまうのかよ?

      ―トクン―

「……ッ!?」

力無く俺に支えられるカトリの身体。
だが、微かに心臓は脈打っている。
不意に淡い光がその身体を包み、
カランと音を立て、カトリの背中から矢が抜け落ちた。

全体を包んでいた淡い光は一転に集中し、
軽い音と共に砕け散った。

169arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:24:24 ID:???
「これは…俺が渡した…」

砕け散った光の欠片は俺がカトリに渡したお守り。
たった一度だけの奇跡を起こしてくれるそれは
確かに今、奇跡を起こしたと言える。

だが、

カトリが目を覚ます気配は無い。
その心音も呼吸も全てが儚く今にも消え入りそうな程に。
今のカトリは生きている“だけ”だ。

カトリを抱きかかえ、俺は思案する。

(どうする? 一度さっきの村まで戻るか?
 いや、あっちはもう駄目だ。
 あの糞女にばれてるに決まってる。
 仕方ねぇ、距離はあるが南の城まで行くしかねぇ!)

安全な場所なんて無いのは分かってる。
それでも今はカトリの命の方が大事だ。
賭けだろうが何だろうがやるしかねぇんだ。

一度だけ、視線をマグナ達がいた方に向ける。
今は砂埃が舞い、何が起きてるのかは
ただでさえ暗い視界の中では判別しようが無い。

今は向こうも無事だと信じるしかない。

人形の様に俺に抱き抱えられるカトリの顔を少しだけ眺めて、
俺は走り出すしかなかった。

170arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:25:29 ID:???
【D-3/平原/初日・深夜】

【アルマ@FFT】
[状態]:健康、身体の疲労(中)、常軌を逸する狂気と信念
    マバリア効果中(リレイズ&リジェネ&プロテス&シェル&ヘイスト)。
[装備]:手斧@紋章の謎 死霊の指輪@TO
    希望のローブ@サモンナイト2
[道具]:支給品一式、食料一式×4、水×3人分
    折れ曲がったレイピア@紋章の謎、
    アメルの首輪、筆記用具、ヒーリングプラス @タクティクスオウガ
    キャンディ詰め合わせ(袋つき)@サモンナイトシリーズ
    (メロンキャンディ×1、パインキャンディ×1 モカキャンディ×1、ミルクキャンディ×1)
[思考]0:ラムザ兄さん、もしくは自身の優勝。
    1:利用できるものは何でも利用する(他者の犠牲は勿論の事、己のいかなる犠牲すら問わない)。
    2:ラムザ兄さんが生きていることを確認したい。
    3:取り敢えずはタルタロス達から逃げる。
    4:アルガスやウィーグラフを発見すれば、殺害してクリスタルを回収したい。
     (アグリアスは利用価値なしと判断したら殺害してクリスタルを奪う。)

[備考]:アルマがどの方面に逃げたかは次の書き手の方にお任せします。

【ホームズ@ティアリングサーガ】
[状態]:全身に打撲(数箇所:中程度)、精神的疲労(重度)、軽い混乱
[装備]:プリニー@魔界戦記ディスガイア、肉切り包丁
[道具]:支給品一式(ちょっと潰れている)、食料(一食分消費)
[思考]0:ゲームを破壊し、カトリと共に帰還する。
    1:カトリを連れて安全な場所(E-2の城)まで逃げる。

[備考]:マグナ達の会話を聞いている余裕が無かった為、
    タルタロスがリュナンを殺害した事にまだ気づいていません。
    平静を装っていますがかなり焦っています。
    その為、冷静な判断が出来なくなっています。


【プリニー@魔界戦記ディスガイア】
[状態]:ボッコボコ(行動にはそれほど支障なし)
[装備]:なし
[道具]:リュックサック、PDA@現実
[思考]1:アッ、俺途中から完全(主に7番辺りから)に空気ッス!!


【カトリ@ティアリングサーガ】
[状態]:重症(心身衰弱:大)
[装備]:火竜石@紋章の謎
[道具]:ゾンビの杖@ティアリングサーガ、支給品一式(食料を一食分消費)
[思考] 0:みんなで生還
    1:意識不明につき、思考不可。

[備考]:火竜石による消耗と一度致命的な攻撃を受けたため、
    かなりの消耗をしています。
    道具を使っても短時間での回復は有り得ません。

171arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:25:59 ID:???
side.14 XIII.『Death』〜刈り取る者〜


暗闇の中、満足げな表情で逝った騎士の死体を眺める。
今際の際でも己が成すべき事を成し遂げたその姿は敬意にすら値する。
騎士の手元で砕け散った機械の残骸に目を向け、
それが使い物にならない事を確認する。

「騎士の鑑だな…惜しいな貴公程の者なら
 私の下で働いて貰いたかった程だ」

死者への敬意は払いつつ、剣を抜き放ち上段に構える。

「―――――フッ!!」

そして死者を冒涜する。

剣を収め、寸断した騎士の首から首輪を外し、回収する。
それをデイバックに収めながら、

「…いつまで眺めているつもりだ?」

潜伏者へ警告を送った。
それはほんの少し前から感じていた気配。
マグナが現れた後から遅れてその気配の主は現れ、
決着が付くまでただじっとこちらの様子を窺っていた。

「流石にあんたにはばれるか」

その声には聞き覚えがあった。
だが、その声の主は記憶が確かならば…

「おっと、あんたとやる気は無い。
 とりあえずは俺の話を聞いてくれないか?」

死んだ筈の青年、ヴァイスが下卑た笑いを浮かべながら
私の前に現れた。

「ハハァン? やっぱり意外って感じだな。
 だが、この通り俺は生きてるよ。
 ゾンビでも何でもねぇ」

ヴァイスにこちらの考えが表層でも見抜かれていると思い、
不快感に襲われる。

172arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:26:38 ID:???
「…どういう事だ?」

「さてね、俺は死ぬ筈だった。
 でもこの通り、生きてる。
 この祭りの主催殿は時間でも操れるんじゃねぇの?」

ヴァイスは軽い口調でそう言っているが、
自分が今、口にした事の重要性を理解しているのか?
それは例えるなら世界を掌握したも同然の行為なのだぞ?

「それで、何の用だ?
 下らぬ戯言ならば…理解しているな?」

私が剣を構えようとするのに対し、
ヴァイスは本気で慌てた。

「ちょ、ちょっと待った!
 あんたの怖さは重々理解しているよ。
 だからこそあんたにお願いしたい事があるんだよ」

この姑息な男が、私に願いだと?

「あんた、俺と組まないか?」

ヴァイスは必死な様子で私に取り縋ろうとする。

「貴様も聞いていた筈だ、協力などして如何なる?
 最後の椅子は一つしかないのだぞ?」

そう、それは無意味だ。
生き残れるものが一人しかいない以上、
いずれは皆が殺しあうのだ。

「それは俺も分かってる。
 だから生き残りが…5…
 いや、10人になるまでの間で良い、
 その間だけ俺と組んでくれよ!」

成る程な。
一時的な共闘関係か。
悪くは無い、だが…

「貴様と組むメリットが私には無い。
 それとも、貴様は私の考えを変えられるようなものでも
 持っているというのか?」

この言葉を聞いてヴァイスの目の色が変わる。
懐に下げていた剣を抜き放ち、掲げてみせる。

173arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:27:26 ID:???
「見てくれよ、こいつを。
 俺なんかは初めて見るほどの業物だ。
 …あん? どうかしたのか?」

思わず動揺が隠せなかった。
馬鹿な、何故このような男がアレを持っているのだ?
神聖剣ブリュンヒルトを。

「…確かに、それは素晴らしい業物だ」

この言葉を聞いて、ニヤリとヴァイスの口元が歪む。

「そう思うだろう、あんたも?
 おっと、剣から手を放してくれよ、
 あんたは怖すぎるんでね。
 どうだい、俺と組んでくれたら
 約束の期限の時にあんたの武器と交換と言う事で?」

思わず舌打ちを打ちそうになってしまった。
何処までも小物な男だ。
本来なら斬り殺している所だがアレを持って逃げられても困る。
あれは時がくれば必要になる物だ。
目の届く場所にあった方が都合が良い事は確かだ。

「…いいだろう。
 但し、自分の身を自分で守れぬようなら
 容赦無く見捨てるが構わぬか?」

私の言葉を聞いて、ヴァイスの顔が更に醜く歪む。

「あ、あぁ、あんたと不戦の約束が結べるだけでも有り難いんだ。
 俺にはそれでも充分だ」

そして、懐から何かを取り出すとこちらに向かって投げてきた。

「これは?」

「そいつは手付金代わりだ。
 あんたも知ってる奴の首輪さ、
 『ゼノビアの聖騎士』殿のな」

174arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:28:23 ID:???
side.15 IX.『Hermit』〜享受せし孤独〜


「……何だぁ、ありゃあ?」

それはほんの僅かな興味。
あの怪生物がいた建物で何があったのかが
知りたくなった。
向こうに気づかれる距離ではない事を確認し、
ゆっくりと建物に侵入する。

「チッ! 何もねぇじゃねぇか。
 俺も勘が鈍ったか?」

居間には目新しいものは何も無かった。
散乱した調度品がいかに此処に居た奴らが
慌ただしく出て行ったかを示しているだけだ。
外れだったかと思い、寝室のドアを開けて
慌てて身構える。

「あん? 何だもう死んでんのか?」

ベッドに横たわる人物。
それを最初は誰かが寝ているのかと思って慌てたが、
動かぬそれは既に死んでいるのだと分かった。

「慌てて損したぜ…どれどれ?
 …こいつは驚いたな!」

寝かされていた死体の顔を覗き込み、
その人物が誰なのかを知って本当に驚愕する。
自分の見知った顔、
その中でもかなりの実力者であった筈の聖騎士が
今は物言わぬ死体として其処にいたのだから。

「何であんたが死んだのかは知らねぇが、
 ヘッ、悪いが貰ってくぜ」

剣を抜き放ち、容赦無く振り落とした。


………………………………………………………

175arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:28:55 ID:???
「そういう訳だよ。
 原因は知らねぇが、
 俺が見つけた時にはもう死んでたぜ?」

俺の言葉を聞いて目の前の暗黒騎士は腕を組み、
考え込んでいる。

「…成る程な。
 確かに貴様程度の腕で聖騎士殿を
 手に掛けれるとは思ってはいない」

ズケズケ言いやがるぜ、畜生が。
だが、この化物をまともに相手する程、
馬鹿な事は無いぜ。
今は耐えて、いずれは寝首をかいてやれば良いさ。
今はこいつから狙われなくなったってだけでも大分マシだ。
俺は生き残るんだ。
その為なら何だってしてやるさ。
それにこいつの腕があれば、
あの糞女も、糞餓鬼も、金髪雑魚も全員目じゃねぇ。
いや、あいつにも、
デニムの奴にだって勝てる。

思い出しただけでもムカついて来る。
あいつは俺を見捨てやがった。
助けてと何度も無様に命乞いしたのに。

だが、この二度目の生を俺は無駄にしねぇ。
全部利用して、
俺が、
俺だけが最後に残るんだ。

その為なら、俺は悪魔にだって魂を売る。

176arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:29:48 ID:???
【D-3/平原/初日・深夜】

【ランスロット・タルタロス@タクティクスオウガ】
[状態]:健康、マグナに対する底無しの悪意。
[装備]:ロンバルディア@TO、サモナイト石(ダークレギオン)
[道具]:支給品一式(食料を1食分消費しています) ドラゴンアイズ@TO外伝 、
    リュナンの首輪、ハミルトンの首輪、ルヴァイドの首輪
[思考]1:生存を最優先
    2:ネスティ、またはカーチスとの接触を第一目的とする。
    3:抜剣者と接触し、ディエルゴの打倒に使えるか判断する。
      抜剣者もまた利用できないと判断した場合は、優勝を目指す。
    4:小物(ヴァイス)と協力するか?
    5:いかなる立場を取る場合においても、マグナだけは必ず後悔と絶望の中で殺害する。


【ヴァイス@タクティクスオウガ】
[状態]:疲労:中程度(死神甲冑の効果により回復は比較的早いと思われます)
    左眼に肉切り用のナイフによる突き傷(失明)
    背中に軽い打撲(死神の甲冑装備中はペナルティなし)
    右腿に切り傷(処置済み、軽症)
    右の二の腕に裂傷、右足首に刺し傷(全て処置済)、やや酷い貧血、
    死神の甲冑による恐怖効果、および精気吸収による生気の欠如と活力及び耐久性の向上。
[装備]:ブリュンヒルト@TO、死神の甲冑@TO、肉切り用のナイフ(2本)、漆黒の投げナイフ(4本セット:残り4本)
[道具]:支給品一式、栄養価の高い保存食(2食分)。麦酒ペットボトル2本分(移し変え済)
[思考]1:自身の生存を最優先
   2:何としてもタルタロスの協力を取り付ける。
   3:いずれは全員皆殺し


[備考]:女物の香水の匂いを漂わせています。
    ブリュンヒルトの価値が分からないので取引の対象程度に考えています。

177arcana  ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 01:30:29 ID:???
side.16 XXI.『World』〜その場限りの完結〜


片隅で行われた宴は一先ず幕を閉じました。

生き残る者。

死んだ者。

形は如何あれ最早戻る事も無し。

思惑秘めた所とて、されど叶うものなのか?

逃げる先にあるものは?

けれど、それに答える者も無し。

幕は一先ず降りました。

されど舞台は終わりません。

然らば、最後に忘れ去られしものを

遺して一先ずおさらばです。



       ………the.lost №s VIII.『Justice』〜『正義』は此処に無く〜


【ルヴァイド@サモンナイト2 死亡】
【残り32名】

[共通備考]:ルヴァイドの首を切断された死体の手元に壊れた首輪探知機があります。
      その少し離れた場所に砕けた竜玉石と矢を使いきった
      ガストラフェテスが落ちています。

178 ◆imaTwclStk:2010/12/22(水) 23:14:39 ID:???
side.16 XXI.『World』〜その場限りの完結〜


片隅で行われた宴は一先ず幕を閉じました。

生き残る者。

死んだ者。

形は如何あれ最早戻る事も無し。

思惑秘めた所とて、されど叶うものなのか?

逃げる先にあるものは?

けれど、それに答える者も無し。

幕は一先ず降りました。

されど舞台は終わりません。

然らば、最後に忘れ去られしものを

遺して一先ずおさらばです。



       ………the.lost №s VIII.『Justice』〜『正義』は此処に無く〜


【ルヴァイド@サモンナイト2 死亡】
【残り31名】

[共通備考]:ルヴァイドの首を切断された死体の手元に壊れた首輪探知機があります。
      その少し離れた場所に砕けた竜玉石と矢を使いきった
      ガストラフェテスが落ちています。
      またD-3で起こった火災はほぼ鎮火しており、焼け跡が残っているだけです。

179奴隷剣士の反乱 ◆LKgHrWJock:2010/12/25(土) 19:59:43 ID:???
F−5エリア、18時過ぎ――

ようやく緊張から解放されたとき、アルマは声を上げて笑っていた。
ヴォルマルフを相手に、ディエルゴを相手に、見事に交渉をやってのけた。
このゲームのルールを変更させただけでなく、優勝の際の約束まで取り付けた。
相手はいつでもこの首輪を爆破することが出来るというのに、
こちらを生かすも殺すも相手次第だというのに、それでも自分の要求を呑ませた。

この笑い声を、ヴォルマルフが聞いていることは知っている。
聞かれたって構わないと思った。むしろ、聞かせてやりたかった。
ヴォルマルフは怒っているだろう。屈辱に歯を食いしばっているかも知れない。
それでも彼には首輪の爆破ボタンは押せない、押せるわけがないとアルマは思う。
何故なら、それは、彼が自身の敗北を認めることを意味しているからだ。
自身を挑発した小娘の笑い声にすら耐えられないような卑小な存在であると、
認めることを意味しているからだ。

ヴォルマルフは、そのプライドの高さゆえに、首輪を爆破することが出来ない。
そして、そのプライドの高さゆえに、怒りと屈辱に耐えねばならない。
ヴォルマルフの顔を想像すると、おかしくて楽しくて仕方がない。
屈託のない笑い声が、まるで泉のようにとめどなく湧き出てくる、止まらない。

 ――今の私、すごく明るい顔してる!

そう自覚した途端、思わずステップを踏みたくなった。
これだけ明るく笑えれば、他の参加者を騙し通せるだろう。
これだけ希望に満ちた顔をしていれば、他の参加者にも信用されるだろう。
これだけヴォルマルフを蔑んでいれば、主催と敵対する立場だと偽っても
誰も怪しんだりしないだろう。この輝きは、演技ではない。
すべて、心の奥底から湧き上がる真実の姿なのだから。

180奴隷剣士の反乱 ◆LKgHrWJock:2010/12/25(土) 20:00:26 ID:???
胸が弾む。最高の気分だった。
薄闇に覆われた宵の森を、アルマは踊るようにひとり歩く。

 ――私、ラムザ兄さんの役に立てたの!
 これから、もっともっと役に立てるの!

女になんか生まれなければ良かった、と思っていた。
男に生まれていれば、修道院などに入れられることもなく、
ラムザ兄さんのそばで共に戦えたのに。
そんな思いが、いつも心に引っかかっていた。

けれども、今の自分は違う。そんなことを思い煩う必要はなくなった。
ここに来てからずっと、そしてこれからもずっと、自分はラムザの役に立っている。
自分の存在が、最愛の兄ラムザの帰還に繋がると心の底から信じていられる。
その揺るぎない確信が、アルマの心身を弾ませていた。

          □ ■ □

181奴隷剣士の反乱 ◆LKgHrWJock:2010/12/25(土) 20:01:12 ID:???
まるで昨日の出来事のように、鮮やかに脳裏に蘇る。
生涯の忠誠を捧げた少女、タリスの王女シーダと出会ったときのことが。

……オグマはその日、死ぬはずだった。
剣闘士奴隷だった彼は、反乱を企て、決起するも、
仲間の奴隷剣士たちを逃がすべく囮となり、囚われたのだった。

アカネイア聖王国のとある町の広場で、オグマは死ぬまで鞭打たれる。
皮膚が破れ、肉が裂け、骨が砕けても、彼の強靭な体力は尽きることはない。
意識を失いそうになるたびに、冷や水を浴びせかけられる。
その水は海水を含んでおり、燃え上がるような激痛を全身にもたらす。

「やめて!」

遠くで少女の声が聞こえた。初めて聞く声、幼い声だ。
鞭でも冷や水でもない何かが、自分の身体に覆い被さる。
次の瞬間、鞭が宙を裂く音がして、くぐもった悲鳴が間近で聞こえた。
それが幼い少女のものだと気付いたのは、刑吏の声が聞こえてから。

「なんだ、このガキは!?」

顔を上げることも出来ないオグマの耳に、幼くも毅然とした声が届く。

「私はシーダ……、タリスの王女よ!」

182奴隷剣士の反乱 ◆LKgHrWJock:2010/12/25(土) 20:01:47 ID:???
ああ、なんだ、そういうことか。オグマは薄く笑っていた。
恵まれた立場にいる者の、傲慢な人助けゴッコか。
笑顔で手を差し伸べながら、その実、相手を見下している。
“立派な自分”に酔うために、他人の傷を笑顔で探す。
まあ、仕方あるまい、とオグマは心の中で呟いた。
彼女は幼いのだから。奴隷の立場にいる者のことなど、知らないのだから。
この娘は、大人たちに諭されてじきに去っていくだろう。そして、俺は殺される。

……オグマが反乱を企てたのは、疑問を抱いたからだった。
金持ちの道楽のために弱者が殺し合わなければならない、という現実に対して。
オグマは奴隷として売られ、アカネイアの貴族に剣奴として買われた。
奴隷であるオグマが闘技場で戦い、勝てば所有者である貴族に大金が入る。
大陸最強の剣奴として知られたオグマには、人を惹きつける資質があったのか、
剣闘士奴隷たちから一目置かれていた。

しかし、今日言葉を交わした者と、明日は殺し合わねばならない。
自分に敬意を向けてくれた者を、いつかは殺さなければならない。
金持ちの享楽のために、贅沢のために、楽しみのために。
そんな現状に、オグマは耐えられなかった。

「なんだ、自分のことを王女だと思ってる頭のおかしなガキか……」
「ははっ、タリスなんて田舎の島国のことなんざ、知るかよ」

群集から野次が飛ぶ。遠巻きに見物しているだけだった分際で、
やめさせようとするわけでもなければ助けようとするわけでもなく、かといって、
他人の無残な死を望む自分の醜さを直視しているわけでもなく、
楽な方に流されることしか出来ない分際で、こんなときばかり威勢がいい。
ゲスが。オグマは内心で吐き捨てた。頭上で刑吏の声が飛ぶ。

183奴隷剣士の反乱 ◆LKgHrWJock:2010/12/25(土) 20:02:35 ID:???
「おい、ガキ。そこをどけ!」
「いや! どかない! この人にひどいことをしないで!」
「また痛い目に遭いたいのか、あぁ?」
「どうしてもやめないって言うなら、私を先に殺して!」

少女の小さな手が震えているのが分かる。
それでも少女の小さな身体は自分を抱きしめたまま、離れようとはしない。
震えてはいるが、頼りないその力は強くなる一方だった。
威勢の良かった刑吏の声に、戸惑いが現れ始める。

「おい……」
「出来ないんでしょ!」
「あのなぁ……、お嬢ちゃん。この男は奴隷で――」
「私に出来ないようなことなら、この人にもしないで!」

オグマは己を恥じた。幼い王女の誠意を疑ったことを悔いた。
すべてを諦めねばならない極限の状況だったとはいえ、彼女の誠意を疑うことは
自分に殺し合いを行なわせた傲慢な貴族連中の価値観に屈することだと知った。
彼らがそうだったからといって、彼女までそうだとは限らない。
現に、彼女は身を挺して自分を庇ってくれたではないか。

184奴隷剣士の反乱 ◆LKgHrWJock:2010/12/25(土) 20:03:17 ID:???
「シーダ様!」「シーダ王女!」

どこか遠くで声が上がり、二つの足音がこちらに走り寄ってくる。
群集の野次が力を失う。この少女が本物の王女だと気付き始めたのだろう。
「ニーナ様に比べればお召し物が……」「田舎貴族の令嬢よりもみすぼらしい」
などとぶつぶつ言っている者もいるが、所詮は責任転嫁と言い訳に過ぎず、
先ほどの覇気はもはやどこにも感じられない。

シーダの付き人の言い争う声が、オグマの意識に割り込んでくる。
ひとりは、宗主国アカネイアとの関係悪化を恐れ、黙ってこの場を去ることを主張。
ひとりは、わが国の王女シーダを鞭で打ち据えた罪は万死に値する、
なんとしてでも責任を取らせてやると激しく憤るばかり。
刑吏はといえば、すっかり弱腰になっており、まごまごと何事かを呟くのみ。
諍いを続ける大人たちを、幼い王女が一喝する。

「喧嘩なんかしないで! この人、怪我してるの! 見えないの!?
 私のことはどうだっていいから、この人を先に助けてあげて!」

185奴隷剣士の反乱 ◆LKgHrWJock:2010/12/25(土) 20:03:48 ID:???

……こうして、オグマの身柄はタリスの王女シーダに委ねられた。

宗主国との関係維持のため、ことを荒立たせるべきではないと考える者、
自国の尊厳と統治者の意向を何よりも尊重すべきと考える者、
自己の保身を優先したい者、この3人の利害が一致したためでもあった。

『この男の身柄ひとつで済むのなら、安いものだ』――
それが彼らの本音であろうことは、オグマには察しがついていた。
この男の身柄ひとつで、宗主国との関係が悪化せずに済むのなら。
この男の身柄ひとつで、自分の生命や生活が脅かされずに済むのなら。
自国の尊厳を重んじる男は、傷が癒えたら我が王に仕えよ、と居丈高に命じた。
奴隷の身分から解放されても自分はやはり奴隷なのだと、オグマは苦々しく思う。

そんなオグマの存在を、彼が一命を取り留めたことを、
彼を伴って帰国出来ることを、シーダはただ純粋に、そして心から喜んだ。
オグマが彼女に、父王に、タリスという国に、生涯にわたって仕えることを
自らの意思で選択するまで、さほど時間はかからなかった。

          □ ■ □

186奴隷剣士の反乱 ◆LKgHrWJock:2010/12/25(土) 20:04:33 ID:???
G−5エリア、上空、19時過ぎ――

釘を刺しておいたほうがいいだろう、とネサラは冷ややかに思った。
オグマという男は、この殺し合いにおいて、既に3人の仲間を失ったという。
しかも、どのような手を使ってでも死者復活のすべを手に入れる心づもりのようだ。
その彼が、先ほどの臨時放送を聞いて、一体何を思ったか。
キュラーと名乗る主催側の男は、死体の冒涜を教唆したも同然だった。
殺意が芽生えたのではないか。復讐心が芽生えたのではないか。
オグマは自身の目的のため、ふたりの仲間に隠れて自分と手を組むことを選んだ、
ならばその目的が変質すれば、約束を反故にしかねないだろう。

オグマは既に、イスラとアズリアを欺いた。
ならば自分を、このネサラを欺いたとしても、何ら不思議ではない。

再び接触する口実ならば、ある。
落ち合う時間を変更したい、とでも言えばいい。
現に、ニンゲンの足では、あの移動距離はいささか厳しいようにも思える。
オグマの前では羽を隠し、ニンゲンのような姿に身をやつしていたが、
やれやれ、どうやら頭の中までニンゲンになりきらねばならないらしい。
ネサラは皮肉げに口元を歪め、安いものだ、と内心で呟く。

ニンゲンの真似事をしたからといって、自分の何が損なわれるというのか。
彼の矜持は、その程度のことで傷つくような安っぽいものではなかった。
むしろ、それで生還出来るなら、妻子や民を守れるなら、安いものだと心から思う。

眼下に街道がくっきりと見える。
こちらから見えるということは、あちらからも見えるということだ。
そろそろ地上に降り、ニンゲンに身をやつすとするか。
そう思い、降下し始めたとき、街道の北側に小さく光るものが見えた。

187奴隷剣士の反乱 ◆LKgHrWJock:2010/12/25(土) 20:05:19 ID:???
夕闇の中にあっても浮かび上がるように輝く金の髪、それは少女の頭だった。
少女はひとりで街道を南下している。しかし、どうにも様子がおかしい。
彼女の足取りは、弾んでいた。この殺し合いの場で、仲間などいないにも拘らず。
悪趣味きわまる臨時放送の直後だというのに、一体何がそんなに楽しいのか。

 ――恐怖で気が触れたか、あるいは既に人を殺しているか。
 その両方ってのも有り得るだろうな。

ネサラは屋根の上に降り、そこから少女を観察する。

彼女は、“戦士”ではないだろう。
動きに切れがなく、身のこなしに隙がありすぎる。
踊るようなその足取りは、常軌を逸していると言わざるを得ないが、
どこか慎ましやかでもあり、育ちはそれなりに良いのだろうと思える。
年の頃は、ニンゲンならば十代半ばといったところか。
彼女は笑っていた。楽しそうに、嬉しそうに、胸を張って笑っていた。
その笑顔は、理不尽や不条理に屈した者の現実逃避には到底見えない。
恐怖で気が触れたというわけではなさそうだ。

188奴隷剣士の反乱 ◆LKgHrWJock:2010/12/25(土) 20:05:51 ID:???
 ――ま、それでも、狂っていることには違いないんだがね。
 殺し合いに乗らざるを得ない事情がある、ってことか。

生への執着のみで殺し合いに乗っているのならば、あのような顔では笑えない。
そして、その『事情』こそが、彼女の最大の弱点といえるだろう。
守るべき者たちのためには手段など選んではいられないネサラだからこそ、
正体不明のこの少女にも付け入る隙があることが分かる。

しかし、接触するのはまだだ。
ネサラは目だけを動かして少女の姿を慎重に追う。
このまま街道を南下すれば、彼女はあの3人に遭遇するだろう。
戦士ではない彼女は、戦士である彼らに対し、どのように立ち回るか。
接触は、それを確認してからだ。その方が、自分も有利に動けるだろうから。

そう思ったとき、まったく別の方向で聞き覚えのある声がした。
それはイスラとアズリアの声、何事かを言い争うような声色だった。

          □ ■ □

189奴隷剣士の反乱 ◆LKgHrWJock:2010/12/25(土) 20:06:45 ID:???
怒りで臓腑が冷えていくのが分かる。
冷酷に冷徹に、脳が冴え渡っていくのが分かる。
もはや、悲しみは感じなかった。激情も衝動も、消え失せていた。
あるのはただ、純然たる殺意。無感情で狡猾な、復讐心。

『連中を完膚なきまでに叩き潰し、望むものを勝ち取れ』――ただそれだけ。

キュラーによる臨時放送はオグマを激怒させ、覚醒させた。
それは、自分自身すらも俯瞰させるほどの、冷徹な怒りだった。
自分自身すらも駒と見なし、徹底的に使い潰そうとする、冷酷な怒りだった。

 ――成る程な……、それが、貴様らのやり方か。
 この俺を、随分と見くびってくれたものだ。

オグマは迷いのない足取りでレヴィノス姉弟の待つ屋敷へと戻る。
心は既に決まっていた。だが、それをなすためには、
アイクの捜索は放棄せざるを得ない、ネサラとの約束は反故だ。
ただし、彼の存在をレヴィノス姉弟に伝えることもしない。
姉弟を欺き、ネサラを欺き、そして自分自身すらも欺く。
それが出来ないようでは、主催連中になど到底敵わないだろう。

街道の向こうから、見覚えのある人影がふたつ、こちらに近付いてくるのが見える。
オグマは軽く疑問を覚える。ふたりは屋敷で待っているものとばかり思っていた。
自分がいない間に、何かあったのだろうか。それともイスラが――

「オグマ殿!」

アズリアが声を上げ、こちらに駆け寄ってくる。
イスラも無言で姉に従う。こちらを避けているわけではないようだ。
それどころか、合流のあと最初に口を開いたのはイスラだった。

190奴隷剣士の反乱 ◆LKgHrWJock:2010/12/25(土) 20:07:29 ID:???
「オグマさん、さっきの人、随分と派手な鳥を連れていたね」

自分がイスラにカマをかけられていることは、すぐに分かった。
さっきの人、とはネサラのことだろうか。
イスラはネサラとの密会の事実を把握しているのだろうか。
しかし、鳥とはどういうことか。何故、そんな言葉が出てくるのか。

「いや、俺は誰にも会っていない。無論、鳥すら見かけなかった」
「おかしいな、こっちに行ったと思ったんだけど……」
「オグマ殿、すまない。実は……」

アズリアが、ふたりの間に割って入る。
穏やかな猜疑の目をオグマに向けるイスラの言葉を遮るように。
姉さんが言うのなら仕方ない、そう言いたげに軽く肩をすくめながら、
イスラはオグマに大振りの羽根を取り出して見せた。

どこまでも黒い羽根だった。その色は、ネサラの髪を思わせる。
しかも、この大きさ。人の背丈をしのぐような怪鳥から抜け落ちたのではないかと
思えてならない。そしてまた、ネサラの姿を思い出す。人が鳥に? 馬鹿な。
そこまで考えたとき、不意に脳裏でチキが笑った。マムクート・プリンセス。
彼女は竜に変化した。ならば、無数に存在するという異世界の中には、
鳥に姿を変えることの出来る人間だって存在するのかも知れない。
オグマは自問する。この推測は、飛躍しすぎだろうか。そうかも知れぬ。
しかしあの男、ネサラは情報収集には絶対の自信があるように見受けられた。

『見返りは俺が収集した情報を定期的にあんたに知らせる』

複数のルートから情報を収集し、なおかつ待ち合わせ場所に移動出来る。
人の中に入り込むことと、身軽であること。人としての顔と、獣としての能力。
そのふたつを持ち合わせていなければ出来ないのではないかと、ふと思う。

191奴隷剣士の反乱 ◆LKgHrWJock:2010/12/25(土) 20:08:08 ID:???
「オグマ殿……?」

アズリアの声で、自分の表情が強張っていたことに気付く。
考え事に没頭しすぎたか。ネサラに関して言えば、今は確認のしようなどない。
逆に、自分の憶測が正しければ、落ち合うべきではない場所で
再会することもあるだろう。或いは、鳥に姿を変え、追跡してくるか。
なんにせよ、既に賽は投げられた。あとは、行動あるのみだ。

「この付近に何者かが潜伏しているということか。
 ……イスラ、俺からもひとつ、訊きたいことがある」
「なんだい、オグマさん」
「殺し合いに乗った者を見たと言っていたが、嘘ではないな?」
「ホントだよ。殺し合いに乗った女の子が同じ年頃の女の子を殺すところを見た」
「ならばイスラよ、俺をその娘の亡骸のもとへ案内しろ。
 貴様とて、それは望むところだろう」
「オグマ殿!?」

アズリアの悲痛な声に、イスラの笑い声が覆い被さる。

「あはは、なんだ、そういうことか。オグマさんって意外と話が分かるんだね。
 姉さんと一緒にいるから、もっと甘い人だと思っていたけど。
 いいよ、僕が案内する。無残に殺された女の子のところに、ね」
「イスラ! やめないか!」

アズリアがイスラを諌めようとする。しかしオグマはただ一言。

「……許せ、アズリア」

          □ ■ □

192奴隷剣士の反乱 ◆LKgHrWJock:2010/12/25(土) 20:08:58 ID:???
一軒目の民家では、目ぼしいものは見つからなかった。次に行こう。
そう思い、外に出たアルマの耳に、誰かの話し声が飛び込んできた。
人がいる。しかも大勢。アルマの心は踊った。ラムザ兄さんの役に立てる!

武器の補充は出来なかったけれど、別に構わない、だって私には首輪があるから。
アメルの首輪。あんなコの、泣くしか能のないようなコの装備していたものなんて
まったく期待できないけれど、でもいいの、これからもっともっと首輪は増えるから。
それを城まで持って行けば、装備なんていくらでも補充出来るんだから。
だから、仲間のフリをして潜り込むの。大丈夫、この笑顔なら信用されるわ。
そう思い、一行の姿を確認した瞬間、アルマの表情は凍りついた。

 ――あの顔! そんな、どうして……。

家屋の向こうに見えたのは、3人の男女だった。
ひとりは金髪の男。年は三十台前後に見えるが、頬の傷のため、よく分からない。
ひとりは黒髪の女。二十歳前後だろうか。顔立ちは中性的で男のようにも見える。
問題は、最後のひとりだった。黒髪の女によく似た顔立ちの、髪の長い少年。
アルマの知っている顔だった。アルマの凶行を目撃した人物だった。

 ――消さなきゃ。仲間のフリなんて出来ない。みんな消さなきゃ。

アルマはガストラフェテスに矢をセットし、忌まわしい目撃者に狙いを定める。
けれども撃てない。黒髪の少年には隙がない。まるで頭の横や後ろにも
目がついているかのようだ。或いは、心眼で警戒網を張り巡らせているかのよう。

193奴隷剣士の反乱 ◆LKgHrWJock:2010/12/25(土) 20:09:29 ID:???
それだけではない。少年を一撃で仕留めたとしても、
矢の残りは1本しかなく、殺すべき相手はあとふたり、残っている。
金髪の男と黒髪の女は、少年以上に身体能力が高そうだった。
大型弓のほかには小型の斧を所持しているが、これは接近戦でしか使えない。
非戦闘員の少女や瀕死の怪我人ならともかく、筋骨逞しい大の男相手に、
職業軍人を思わせる隙のない女相手に、どうやって振り下ろせばいいのだろう。
もし、かわされたら。もし、凶器を持つ手を掴まれたら。もし、反撃されたら。

心臓が早鐘を打ち始める。圧倒的に、不利だった。
ガストラフェテスは大型で扱いが難しく、連射には不向きだった。
ひとり目を一撃で仕留めたとしても、狙撃場所を特定されれば終わりだ。
2本目の矢を放つ前に、捕縛されかねない。

 ――ラムザ兄さん……、私、どうすればいいの……?

いや、答えなど返ってこないことは分かっている。
すべて、自分自身で考えなければいけないのだということも。
アルマはガストラフェテスを、それを支える両腕を、そっと下ろした。
早鐘を打ち続ける心音が、やけに大きく感じられる。

この音、首輪を伝ってヴォルマルフにも聞こえているのだろうか。嫌だ。
あんなろくでもないおじさんに聞かれるなんて。怯えていることを知られるなんて。
そんなの嫌、絶対に嫌! アルマは一目散に駆け出した。
街道を歩く3人の目に留まらぬよう、立ち並ぶ家屋の裏手に回り込みながら。
息が切れる。この息遣いも、足音も、すべて聞かれているのだろうか。嫌だ。
そう思うのに、足が止まらない。ひどい息遣いだ。確実に聞こえてしまう。
ヴォルマルフに気付かれたりしたら、笑われるに決まっているのに。

194奴隷剣士の反乱 ◆LKgHrWJock:2010/12/25(土) 20:10:06 ID:???
 ――ダメ、笑うなんて許さない。私は聖アジョラの生まれ変わりなのよ。
 おまえは黙って私に従っていればいいんだわ、ヴォルマルフ!

冷たい首輪がかすかに震えた。
自分の動きが、足取りが、首輪を振動させただけだろうか。
首輪の向こうで、ヴォルマルフが嘲笑しているような気がしてならない。
次の瞬間には、ヴォルマルフの嘲笑が聞こえてくるような気がしてならない。
ヴォルマルフの蔑むような視線が、自分に向いているような気がしてならない。

嫌! あんなおじさんなんかに、そんな目を向けられるなんて。
やめなきゃ。走るのを。気付かれたくない。そう思うのに、足を止められない。
魔法によって強化された身体が、遠くに行きたいというアルマの願いを
ただ機械的に叶えようとする。肉体は苦痛を訴えるが、運動をやめるには至らない。
息が上がる。筋肉が痛む。関節が今にも外れそうだ。それでも身体が勝手に動く。
走れるだけの体力を、魔法が補充し続ける。また、首輪が震えたのが分かった。

 ――嫌よ、こんなの。ラムザ兄さん、どこにいるの!?

涙が溢れそうになる。ラムザ兄さんに会いたい、と思った。
そうすれば、安心出来るのに。また、いくらでも頑張れるのに。
再び首輪が小さく震える。汗ばんだ素肌に感じるその振動が、
アルマにはヴォルマルフの嘲笑のように感じられてならなかった。

          □ ■ □

195奴隷剣士の反乱 ◆LKgHrWJock:2010/12/25(土) 20:10:48 ID:???
「これだから、ニンゲンってのは嫌なんだ」

街道を北上するオグマ一行の後ろ姿を眺めながら、ネサラは冷ややかに吐き捨てた。

オグマはアイク捜索を放棄した、しかしそれが気に入らないのではない。
それ自体は、臨時放送を聞いた時点で推測していたことだった。
彼が姉弟の元に戻る前に再度接触出来なかった、それはこちらの落ち度といえる。
ネサラが気に入らないのは、オグマの、ニンゲン特有の視点だった。

ニンゲンは、自分たちの基準でしか物事を考えようとしない。
自分たちこそが世界の支配者なのだと、無意識のうちに思い上がっているのだ。
だから、自分たちとはまったく異なる視点で世界を見ている生き物が
同じ次元に存在していることを想像出来ない、理解出来ない、容認出来ない。
こうして俯瞰されているなど夢にも思わず、平然と契約を反故にする。
そんなオグマの姿は、ネサラにとって、ニンゲンの思い上がりの象徴のように思えた。

 ――もっとも、その方が、俺としても好都合だがね。

ネサラは人型を保ったまま、天高く舞い上がる。
日は既に落ちていた。夜目の利かない鳥の姿では、移動すらもままならない。
かといって、飛行能力を有する人型生物は、この場においてはごく少数派。
ラグズの存在自体を知らない異邦人ばかりだからこそ、この姿を見られただけでも
途方もない厄介ごとになりかねない。だが、空が死角になっている限り――

196奴隷剣士の反乱 ◆LKgHrWJock:2010/12/25(土) 20:11:25 ID:???
 ――ニンゲンの思い上がりが、図らずも俺を助けてるってワケだ。
 さぁて、どうするかね? オグマを追ってみるか、それとも……。

ネサラはF−5〜6エリアの境界付近を滑空しながら思案する。

先ほどの金髪の少女の名は、既に把握していた。アルマ・ベオルブ。
肖像画つきの参加者名簿を確認すれば、それで事足りた。だが――

住宅の屋上に潜伏していたネサラは、アルマがイスラを狙撃しようとする現場を見た。
しかし、アルマは襲撃を断念し、一目散に逃走した。戦術としては正しい、と思う。
イスラたち3人は正規の軍隊で訓練を受けていることが明白で、
あのような少女にどうにか出来る相手ではない。たとえ3人が丸腰でも勝ち目はないだろう。
しかし、戦略としては論外だ。何故、弱さを利用して近付こうとしない?
何故、彼らの中に潜り込み、彼らを盾として利用しようとしない?
そこまで頭が回らないのか? それとも、顔を出せない事情でもあるのか?

 ――既に本性を知られている、ってのも大いに有り得る話か。
 接触は、保留にするかな。腑に落ちない点が多すぎるんでね。

アルマという少女はどうも、精神の均衡を欠いているように思えてならない。
わけのわからない理由で笑い続けていたかと思えば、常軌を逸したこの逃げ足。
このような筋力が、持久力が、あの身体の一体どこに隠れていたというのだろう。
いわくつきの魔導具に精神を蝕まれ、同時に加護を得ているのではないか。
そう考えたほうがしっくりくるほど、彼女は違和感に満ちていた。

197奴隷剣士の反乱 ◆LKgHrWJock:2010/12/25(土) 20:12:05 ID:???
それを裏付けるかのように、参加者名簿の肖像画のアルマは
明るい瞳でネサラを見ていた。先ほどの表情とはまるで違う、純粋な輝き。
とはいえ、たとえ魔法によって引き出され、増幅された狂気であっても、
その土台となった心自体はアルマ・ベオルブの中に元からあったのではないか、
とネサラは思う。参加者の中には、彼女と同じ姓の少年がいた。
ラムザ・ベオルブ。彼は、アルマの凶行の動機になり得るのだろうか――

不意に、視界の下方で何かが光った。
オグマ一行やアルマと入れ替わるように、誰かが住宅街を訪れたのだ。
その人物もまた、月明かりに映える金髪。しかし、ネサラはオグマを追った。
D−6エリアに差し掛かったオグマ一行が街道を外れ、西に進路を変更したからだった。

彼らの進行方向には、人型の何かが転がっていた。
それが参加者の死体であろうことは、ネサラにも容易に察しがついた。

          □ ■ □

198奴隷剣士の反乱 ◆LKgHrWJock:2010/12/25(土) 20:13:32 ID:???
熱いナイフがバターを切り分けるように、光の刃が死人の首を切断する。
オグマの手に迷いはなかった。ただひたすら事務的に、死体から首輪を回収する。

街道を北上し、D−6エリアに足を踏み入れてから、二度、死体を発見した。
一体目は、街道から西に外れた草原で。二体目は、街道が途切れたその先で。
それが一体誰なのか、オグマは一目で理解した。ナバールと、マルス。
ひとりは、互いに実力を認め合った戦友にしてライバルであり、
ひとりは、彼が生涯の忠誠を捧げた最愛の少女の婚約者だった。

オグマはシーダを愛していた。彼女がマルスに出会う前から、ずっと。
彼女がマルスに惹かれていることを知って、何も思わなかったと言えば嘘になる。
しかし、命の恩人に対する忠誠心が、マルスの存在によって揺らぐことはなかった。
まして、恋敵であるマルスに対し、何らかの悪感情を抱くこともなかった。
マルスは、自分を救ってくれた少女が心から愛した相手。
彼女が大切に思っているものを否定的な目で見るなど、出来るはずがなかった。
それに、純粋で心優しいマルスの人柄を、オグマは好ましく感じてもいた。

199奴隷剣士の反乱 ◆LKgHrWJock:2010/12/25(土) 20:14:06 ID:???
そのマルスの亡骸を、オグマは自らの手で冒涜した。
迷いはなかった。たとえこの骸がシーダだったとしても、同じように扱っただろう。

『殺し合いに乗った女の子が同じ年頃の女の子を殺すところを見た』

イスラが見たという、無残に殺された少女。
それがシーダである可能性を受け入れた上で、案内しろと言ったのだ。
自らの手で、首輪を回収するために。主催を殺すに足るだけの武具を得るために。

そう、武具。頼るべきは、信じるべきは、己自身の剣の腕、そして精神力だけだ。
自分に対する確信がなければ、出所の不確かな情報など何の役にも立たない。
だから、ネサラの提案を蹴った。だから、キュラーの甘言に乗った。
剣一筋に生きてきたオグマにとって、手にすべきものはやはり剣だった。

強力な武具を放出する。それは、主催陣の自信の裏返しといえた。
自らの安全を確信しているからこそ、そのような真似が出来るのだ。
殺されない自信があるからこそ、強力な武具を与えることが出来るのだ。

 ――だが、それはただの慢心に過ぎぬ。今に思い知らせてやる。

マルスの首輪を手にしたオグマは、亡骸に背を向け、姉弟の元へと戻る。
骸に語るべきことはない。そこにいるのはマルスではない。意思も心もすべて消えた。
マルス王子には、もはやいかなる言葉も届かない。彼は、もう、死んだのだから。

それでもオグマは心の中で呟かずにはいられなかった。

 ――マルス王子、しばしのご辛抱です。

          □ ■ □

200奴隷剣士の反乱 ◆LKgHrWJock:2010/12/25(土) 20:14:42 ID:???
「オグマさんは、僕の思っていたような人じゃなかった」

首輪を回収するオグマの姿を遠目で見やりながら、イスラは姉に謝った。
最初の死体を発見したとき、イスラは首輪の回収役を申し出た。
しかし、オグマが退けた。「俺の知人だ。手出しは無用」とだけ言って。
押し殺した声からにじみ出る凄絶な覚悟に、さしものイスラも返す言葉がなかった。

「姉さん。僕は、オグマさんを信用する」
「イスラ……」

アズリアは安堵したように微笑んだが、その顔はどこか悲しげだった。
胸の奥が軽く疼く。イスラはそれを黙殺し、いつものように笑ってみせた。

「でもさ、姉さんが思っているような人とも、ちょっと違うみたいだけどね。
 オグマさんは、嘘をついている。あの羽根の出所に心当たりがあるんだ」
「何故、おまえはそう判断した? 根拠を訊きたい」

イスラは姉に半歩近寄り、声のトーンを落として答えた。

「姉さんは、おかしいとは思わなかったのかい?
 オグマさんは、振り返って上空を確認しようとはしなかった。一度もね。
 あれだけ大きな羽根を持つ鳥が近くにいることを知れば、
 上空にも警戒の目を向けるのが当たり前なのにさ。
 でも、オグマさんはしなかった。抜かりのなさそうな人なのに。
 それどころか、僕らの注意が前方に向くような話題ばかり選んでいた」

201奴隷剣士の反乱 ◆LKgHrWJock:2010/12/25(土) 20:15:35 ID:???
天を仰ごうとするアズリアの腕を、イスラは慌てて引き寄せた。

「上を見ないで。姉さんはオグマさんの誠意を踏みにじりたいのかい?」
「す、すまない……」
「オグマさんは、その鳥が僕らを襲わないことを知っていたんだ」
「警戒を怠ったのではなく、警戒する必要がないと知っていた、ということか」
「うん。少なくとも、僕らがその鳥の姿を目にしない限りは、ね」
「オグマ殿は一体何を……」
「さあね、それは僕にも――」

話はそこで中断せざるを得なかった。
二つ目の首輪を回収したオグマが、こちらに戻ってきたからだった。

「イスラよ、少女の亡骸はあの城のさらに先だったな」
「そうだよ、オグマさん」
「ならば先に城に立ち寄り、この首輪ふたつを武器に換える」
「分かった。ただ、ひとつだけ、頼みがあるんだけどさ」
「なんだ? 言ってみろ」
「新しい武器が手に入ったら、オグマさんの支給品の剣を僕に譲ってほしいんだ。
 あれ、軽くて使い易いからさ。僕には、重い武器は合わないんだ」

嘘だった。だが、イスラは腕を振り、「僕には腕力がないからね」と微笑んだ。
彼の願いは別にあった。回収した首輪はいずれもオグマの知人のものだという。
ならば、入手した武器はオグマに使ってほしい。それがイスラの想いだった。
元の所有者のことを知り、そして大切に思っているオグマにこそ、使ってほしい。

「承知した」。オグマはただ、そう答えた。
ふたりのやり取りを黙って聞いていたアズリアが、静かに口を開く。

202奴隷剣士の反乱 ◆LKgHrWJock:2010/12/25(土) 20:16:18 ID:???
「いや、オグマ殿……、その首輪、ひとつは手元に置いておかれよ」
「何故だ?」
「キュラーなる男は、所持品の入手について、『首輪との交換』と言っていた」

交換。アズリアは、その単語に力を込めた。
イスラが、そしてオグマが息を呑む。その音が、夜のしじまを打った。
イスラの脳裏に、キュラーの言葉が蘇る。

『……武器庫から所持品をお持ちできる条件を、一つお付けいたしました。
 それは、その所持品の持ち主の首輪との交換というものです。よろしいですかな?』

首輪との交換。そう、『交換』。
新たな所持品が欲しいなら、首輪を寄越せと言っている。
それは、武器を手にした時点で、首輪を手放さざるを得ないことを意味していた。
アズリアは、解析用の首輪が手元に残らないことを危惧しているのだろう。
イスラは臨時放送をさらに脳裏で反芻する。キュラーはこうも言っていた。

『首輪そのものが箱の“鍵”の代わりになるとでも、お考え頂ければ宜しいかと』

巧妙な印象操作だ。『鍵』と言われれば、何度でも使えるものと思ってしまう。
しかし、それは勝手な思い込みに過ぎない。期待の見せる幻に過ぎない。
首輪交換所。そのシステムの狙いは、殺し合いの加速だとばかり思っていた。
しかし、それだけではないことに気付く。主催者は、死亡者の首輪を回収したいのだろう。
その構造を解析させないために。そう、主催陣は、首輪を解除されては困るのだ。

それは、首輪の解析が可能であることを意味していた。
それは、参加者の手で首輪を解除することが可能であることを意味していた。
だからこそ、彼らは首輪を回収したがっているのだ。

「……成る程、そういうことか。アズリア、感謝する」
「いや、その言葉は主催陣を撃破するまでは受け取れない。
 ヴォルマルフの言葉が事実なら、ディエルゴはこの島のどこかにいるだろう。
 ディエルゴがいるのならば、復活を遂げたばかりだ。力が弱く、ゆえに、
 己の糧となる負の思念を早急に、しかも効率的に吸収せねばならない。
 だから、オグマ殿、イスラ……、先を急ごう」


……初日、夜中。一行は、C−6エリアの城に足を踏み入れた。

203奴隷剣士の反乱 ◆LKgHrWJock:2010/12/25(土) 20:16:58 ID:???
【C-6/城内/初日・夜中】

【オグマ@紋章の謎】
[状態]:健康
[装備]:ライトセイバー@魔界戦記ディスガイア
[道具]:万能薬@FFT、ナバールの首輪、マルスの首輪、基本支給品一式
[思考]
0:主催陣の殲滅と、死者蘇生法の入手。手段・犠牲の一切を問わない。
1:信じるべきは己の剣の腕のみ。
2:アズリアやイスラと共に、主催の潜伏場所・首輪解除の方法を探す。
3:ナバールの首輪を宝物庫に持って行き、武器を入手。
  その後、イスラの案内のもと、少女(ティーエ)の首輪を回収。
4:ゲームに乗る者や自分を阻害する者は躊躇せず殺す。
5:ネサラはしばらく泳がせておく。
6:マルスの首輪は解析用に所持、武器には換えない。

[備考]
※ネサラについては、マムクートのような存在ではないかと推測しています。
 鳥のような姿に変身することが出来るのではないかと考えています。


【アズリア@サモンナイト3】
[状態]:健康
[装備]:ハマーンの杖@紋章の謎
[道具]:傷薬@紋章の謎、基本支給品一式
[思考]
0:主催を倒し、イスラと共に生還する。
1:オグマ、イスラと協力し合う。
2:サモナイト石を探し、ここがリインバウムであるかを確かめる。
3:自分やオグマの仲間達と合流したい。(放送の内容によって、接触には用心する)
4:自衛のための殺人は容認。


【イスラ@サモンナイト3】
[状態]:健康
[装備]:チェンソウ@サモンナイト2、メイメイの手紙@サモンナイト3
[道具]:支給品一式、筆記用具(日記帳とペン)、
    ゾディアックストーン・ジェミニ、ネサラの羽根
[思考]
1:アズリアを守る。
2:ディエルゴが主催側にいるなら、その確証を得たい。
3:サモナイト石を探し、ここがリインバウムであるかを確かめる。
4:ティーエの首輪を回収する。
5:対主催者or参加拒否者と協力する。(接触には知り合いであっても細心の注意を払う)
6:自分や仲間を害する者、ゲームに乗る者は躊躇せず殺す。

[備考]
※拾った羽根がネサラのものであることは知りません。
 聖石と羽根の持ち主には関係があるのではないかと疑っています。
※羽根の出所については、オグマが知っているのではないかと考えています。
※オグマが自分たち姉弟に隠し事をしていることに気付いていますが、不信感はありません。


          □ ■ □

204奴隷剣士の反乱 ◆LKgHrWJock:2010/12/25(土) 20:17:39 ID:???
正門をくぐったオグマ一行と入れ替わるように、城のわきから白い人影が転がり出た。
上空から目にしたその姿は、ドレス、もしくは豪奢なローブをまとっているように見えた。

月明かりを避けながら、ネサラはバルコニーに降り立った。
眼下に逃亡者の後ろ姿が見える。それは、半裸の女だった。
身体に巻きつけた大きな布が落ちないよう、自身の動きを妨げぬよう、
両手で押さえながら走っている。武器を所持しているようには見えない。
それどころか、デイパックすら見当たらない。身ひとつで飛び出してきたようだ。

白い布の合い間から覗く長い足に、無駄な贅肉はついていない。
身のこなしにも迷いがなく、身体能力の高さをうかがわせる。
それでも、どこか走りにくそうに見えるのは、靴を履いていないためだろうか。

 ――どうやら、城内は物騒なことになっているようじゃないか。
 さーて、どうするかね。厄介ごとに巻き込まれる前に撤退するか……。

ネサラは大きく息を吸い、再び夜空に舞い上がる。

「あばよ、オグマ。悪いが俺は、人助けには向かないタチなんでね」

だが、と胸の中で付け加える。

 ――生きていれば、また会おうじゃないか。

205奴隷剣士の反乱 ◆LKgHrWJock:2010/12/25(土) 20:19:10 ID:???
……オグマ一行の通り過ぎたD−6エリアで、ネサラは二体の屍を見た。
いずれも首を切り落とされ、何者かに首輪を持ち去られたあとだった。
死体を見れば、死後数時間が経ってから、同一の刃物で首を落とされたのだと分かる。
その切断面の様子から、魔法的な力を宿した武器によるものだと推察出来る。
それを見たネサラはふと、オグマの振るっていた剣を思い出した。
刃自体が光で出来た、異国の魔法剣。

一行の足取りから見ても、オグマの所業であることは明白だった。
しかし、問題はそこではない。肖像画のついた参加者名簿を持つネサラには、
ふたりの死者の名が分かった。ナバールとマルス。いずれもオグマの仲間だった。

大した男だ、と感心した。
守るべき民のためならば、唾棄すべきニンゲンと手を組むことも厭わなかった
鴉王ネサラだからこそ、オグマの覚悟のほどを察することが出来た。
次に会ったときには、別の形で手を組みたいものだ、と思う。
アイク捜索などに利用するのは勿体無い。
オグマは、汚れ仕事を平然とこなせる男なのだから。

そして、オグマのそんな姿を目の当たりにしてもなお、
レヴィノス姉弟は彼と行動を共にしている。
不満が表面化している様子は見受けられない。
姉は堅物、弟は気難しそうな印象を受けるにも拘わらず。

それもまた、オグマという男のカリスマ性のなせるわざなのか。
それとも、あの姉弟もまた、職業軍人らしいドライな一面を持ち合わせているということか。
住宅街の屋根の上で聞いた声、オグマ不在時の姉弟の口論、わずかに聞き取れた
言葉から察するに、ふたりには微妙な意識のずれがあるようだったが――

 ――ま、姉弟喧嘩に介入するシュミはないんでね。そんなことより……。

ネサラは半裸の女を捕獲すべく、降下を開始した。

206奴隷剣士の反乱 ◆LKgHrWJock:2010/12/25(土) 20:19:42 ID:???
【C-5/上空/初日・夜中】

【ネサラ@暁の女神】
[状態]:打撲(顔面に殴打痕)。
[装備]:あやしい触手@魔界戦記ディスガイア、ヒスイの腕輪@FFT
[道具]:支給品一式×2 清酒・龍殺し@サモンナイト2、筆記用具一式、
    真新しい鶴嘴(ツルハシ)、大振りの円匙(シャベル)
[思考]
0:己の生存を最優先。ゲームを脱出する為なら、一切の手段は選ばない。
1:城から出てきた女(パッフェル)を捕獲、尋問。
2:オグマは手を組む価値あり。だがしばらく泳がせておく。
3:ラムザとアルマの動向に興味。接触は保留。
4:アイク・ソノラの情報は次の機会にでも。
5:脱出が不可能だと判断した場合は、躊躇なく優勝を目指す。

[備考]
※アルマがゲームに乗っていることを知りました。
 危険性の高いアイテムの影響下にあるのではないかと考えています。
 また、ゲームに乗った理由はラムザに関係があるのではないかと推測しています。
※臨時放送後にG-5の住宅街を訪れた金髪の人物(ソノラ)が
 石像の少女と同一人物であることに、まだ気付いていません(未確認)
※この舞台そのものが、ある種の『作りもの』ではないかと考えています。
 そして、このゲームの主催者が女神アスタルテに匹敵する超越的存在であるが、
 同時にその奇跡にも等しい力にも限界があるのではないかと踏んでいます。
※このゲームに、ラグズの存在さえ知らない異邦人が数多くいることを確信しました。
※ネサラの参加者名簿には顔写真(肖像画と認識)がついています。
 名前の左隣にチェックを入れており、内容は以下のようになっています。

アティが◎
マルス、シーダ、チキ、ベルフラウ、ソノラ、ミカヤ、サナキ、
イスラとオグマとアズリア(名を聞けなかったが、イスラと同じ姓で判断した)が○
アイク、漆黒の騎士、シノン、ナバールが△
ハーディン、ビジュが×
アルマが★、ラムザが☆

207 ◆imaTwclStk:2010/12/30(木) 14:22:22 ID:???
さて、食事はデイバックの中に入っていた
よく分からん食べ物で不満は残るが何とか済ませた。
というより貴族である俺様が何故自分で自分の食べる物を
用意しなければいけないのだ、全く……

チキの着替えも済んでいるし、本来ならさっさと
そうさっさとこの物騒極まりない村から逃げ去りたいのだが。

「い、一体何なんだこの村は……さっきからおかしいだろうが、
 収まったかと思ってたら、何でさっきより喧しくなっているんだ!」

そうさっきから外が何か凄い事になっている音が聞こえるのだ。
金属かなんかをぶつけあってるみたいな激しい音が今も響き渡る。

「レンツェンうるさ〜い」

机の下に潜り込んで身を震わせながらうろたえる俺に
一緒に机の下に隠れているチキがふくれっ面で文句を垂れる。

「シッ!! シーッ!! 静かにしろ!!
 外のやつらに気づかれでもしたら如何する!?」

口に指を当ててチキに注意する俺に対し、
チキはじと目でこっちを見ている。

「だからレンツェンの方がうるさいって〜……
 ワ、ワ、ワッ!! レンツェンあれ何?
 お外が凄いピカーッてなってる!」

閉めた窓の隙間から確かに何か光が漏れ出している。
俺はコソコソと窓に近寄り慎重に窓を開けて外を覗いてみる。

ハイ、何か凄い火の玉が浮かんでいます、本当にありがとうございました。

普段だったら泡を噴いて卒倒している所だが、
チキがいる手前それはぐっと堪えてがたがた震える足でチキの所まで戻る。

「逃げるぞ、チキ。
 こんな所には俺はもう一刻も居られるかッ!
 俺は安全な場所まで逃げるぞ!」

「アッ!? 消えちゃったよレンツェン?」

そんな俺を無視して残念そうな表情でチキが窓を眺めている。

おぉう! 確かに外の光が消えている!
これこそ千載一遇の好機!

208 ◆imaTwclStk:2010/12/30(木) 14:22:55 ID:???
「良し、今だッ! さっさと準備しろガキ。
 今すぐこんな所とはオサラバだッ!」

愚図るチキを急かして急いで準備を整える。
といっても、わたわたと慌てたもんだから、
かなり時間は経ってしまった。
大体半刻くらい? 俺様が知るかそんな事!
だが、おかげで外はシンと静まり返っている。

さぁ、こんな地獄とはこれでお別れだ。
きっと朝になれば輝かしい栄光が俺を待っている。
これはそれへの第一歩なのだ。

隠れていた家からこそこそと抜け出して、
数分も経たずに足が止まる。

いや、普通にまだ居るんですけど、本当にありがとうございました。

物陰からこっそりと何やらしている黒い全身鎧の騎士の様子を盗み見る。
その傍には二人の横たわる誰かの姿が見えるが
暗さも相俟って判別する事はできない。
判別しようとジッと目を凝らしていると黒い全身鎧の騎士が
こちらを振り返ったような気がして、慌てて身を隠す。

(いやいやいや、まさかこの距離でこっちに気づく訳ないでしょ?
 気のせい、多分、気のせい。 そうに決まっている)

もう一度、こっそりと先程の騎士の方を見てみる。

(……あれ? こっちガン見してね?)

再び身を隠し、息を整える。

「……いやいやいや! 無いから! 見える訳無いから!
 そんでもってさっきからガシャンガシャンて……
 ガシャンガシャン?」

物凄い嫌な予感がするが、念のために振り返ってみるか?

     ①振り返る

ピッ! ニア②言われなくても、スタコラサッサだぜ!

うん、②だな。
そうしよう、それに限る。

「貴公、其処で何をしている?」

ハイ、正解は、

     ③残念、現実は非常である

でした、やったねッ!!

「良くないわぁぁぁッ!!」

「何が良くないのかは分からぬが、
 命が惜しいのなら出て来て貰おうか?」

やっぱりこちらに気づいていた騎士が傍まで来ていた。
何か馬鹿でかい斧とか持ってるんですけど?

209 ◆imaTwclStk:2010/12/30(木) 14:23:31 ID:???
「ちょ、ちょっと待て!! 話し合おう話せば分かるッ!」

いきなり攻撃とかされたんなら堪らないので、
騎士の忠告通りに姿を見せる事にする。
あくまでこっちは戦う姿勢は無いという事を示すために手ぶらで。

「……又、話し合いか」

どこかうんざりとした様子で騎士は構えていた斧を地面に付ける。
それだけで豪い響くんですけど、どんだけ重いんですかそれ?

「そうだ、ここは紳士的にいこうj」

「貴公に戦う意思が無いのであれば早々に此処から立ち去られよ。
 此処は闘争の場。 貴公のような者に居座られるのは無粋でしかない」

聞けよ、話。
だ、だが、この申し出はありがたく受け取っておくとするか。

「わ、分かった。俺達はさっさと此処から離れる。
 オイ、行くぞチキ! ……チキ?」

いない!
あの馬鹿ガキ、いつの間に!?

「チキ? それはあそこにいる娘の事か?」

騎士が視線を向けた先でチキが何やら屈み込んで何かを拾い上げていた。
何やってんだ、あいつは?
俺には興味が無さそうな騎士はすんなりと道を開けてくれた。
これはこれでかなり屈辱的だが命の方が断然惜しいので
そこは好意(?)に甘えておく。
騎士の脇を通り抜け、チキの傍まで駆け寄る。

「オ、オイ! さっさと行くぞ!
 ……ッて、ウォッ! 気持ち悪っ!!」

チキが屈み込んでいた場所、その周辺には肉片が散らばり、
最早誰とも判別しようが無くなった、人だった塊が落ちている。
その中でチキは大事そうに何かを抱えている。
それは何やら嫌な気配を放つ黒水晶。

「……お前、何を持っている」

俺に気づいたのかゆっくりとチキは顔を上げた。
口元にはうっすらと笑みを浮かべ、
少女とは思えぬ程に嫌な気配を漂わせながら。

210 ◆imaTwclStk:2010/12/30(木) 14:24:03 ID:???
「闇のオーブだよ? レンツェン」

チキが口を開くのと同時に嫌な気配は収まる。
気のせい……だったのか?
だが、全身から湧き立つ鳥肌と冷や汗だけは先程までの感触を覚えている。

「お、おぉ、それが闇のオーブか。
 良かったではないか、
 早速目的の一つは達したという事だな」

自分の中で湧き立つ嫌な考えを払拭する為にチキに手を差し伸べる。
闇のオーブは抱えたまま、チキは俺の手を取り、立ち上がる。
そこには先程までと変わらぬ姿のチキがいる。
気のせいだ、気のせいに違いない。

離れた所で騎士がこちらをジッと見ている。
いや、こちらというよりチキをか?

「貴公。 その娘、ただの娘か?」

心臓が跳ね上がる思いがした。
もしや、こいつはチキが普通の娘じゃないって気づいたのか?
まずい、こいつは俺が守らなくてはいけないのだ。

「そ、そそそそんな事、あ、当たり前ではないか!
 お、お前にはこいつがいたいけな少女以外の何に見える!?」

言葉は震える。
精一杯の度胸を振り絞ってこれだ。

「……そうか、こちらの気のせいだったのやも知れぬ。
 為らば、すぐに立ち去られよ」

騎士は何かに感ずいている様子だったが、
意外にもあっさりと応じてくれた。
何を考えているのかさっぱり分からん!
だが、これでもう気にすることは一つもない。
さっさとここから逃げてしまおう。

チキの手を引っ張りながら俺は騎士の元を後にする。
騎士は終始無言ながら、その視線だけはずっとチキを捉えていた。

……ロリコンか?

211 ◆imaTwclStk:2010/12/30(木) 14:24:36 ID:???
☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

……ほんの少し前。
レンツェンハイマーが漆黒の騎士に見つかるまでの間。

(もぅ、レンツェン何やってんの?
 そっちに誰かいるならこっちから周ってけば良いのに)

そう思いながらチキは民家を周り込んでレンツェンハイマー達の
裏側から通りへと一人で出て行っていた。
丁度、その時に漆黒の騎士がレンツェンハイマーの元へと向かった為、
彼の騎士に見つかる事もせずに。

実に都合が良かった。

『おいで』

「だれ? だれが呼んでるの?」

『こっちだ』

チキは自分に呼びかける声に怯えつつもそれに逆らう事が出来ない。
ふらふらと誘われるままに声の元へと歩いていく。

『拾え』

人だった物が散らばる中で異様な光を放つオーブ。

「……いや」

『拾え!!』

(……助けて、レンツェン)

声は出せず、抵抗もままならずに震える手で闇のオーブを拾い上げる。

『フハハハハハ!! いいぞ、神竜王の娘よ!
 我はガーネフ、このオーブに宿りし怨念なり!』

光のオーブも、ましてや封印の盾すら無い中で、
チキはその声の主に逆らう事は出来なかった。

暗黒司祭ガーネフ。

メディウスの側近にして、人間の破滅を望む者。
死して、尚、幾たびの復活を繰り返すその魔力は
再びチキを自分の支配化に置く為に蠢く。

『神竜王の娘よ、これよりはお前が地竜王メディウスの代わりとなるのだ』

212 ◆imaTwclStk:2010/12/30(木) 14:25:13 ID:???
【C-3/村の外れ/深夜】

【レンツェンハイマー@ティアリングサーガ】
[状態]:疲労、空腹、やすらぐかほり、顔面に赤い腫れ
[装備]:ゴールドスタッフ@ディスガイア(破損、長さが3分の2程度)、エルメスの靴@FFT
[道具]:支給品一式
[思考]0:チキを連れてラゼリアに帰還する。手段は問わない
    1:マルスの首輪、封印の盾の入手
    2:封印の盾完成まで、マルスの死は可能な限りチキには伏せる
    3:武器がほしい
    4:オグマなど、(都合のいい)仲間を集める
    5:あの少年(ヴァイス)は極刑
    6:ハーディンの首輪はいらんな……チキの様子がおかしい?
[備考]:ヴェガっぽいやつには絶対近寄らない(ヴェガっぽいのが既に死んでる事に気づいてません)。


【チキ@ファイアーエムブレム紋章の謎】
[状態]:失血による軽い貧血(シャンタージュの力により回復は早い)、空腹
[装備]:地竜石@紋章の謎、シャンタージュ@FFT(一瓶すべて使用済み。瓶は破損)
[道具]:支給品一式、肉切り用のナイフ(1本)、闇のオーブ@紋章の謎
[思考]1:……。
[備考]:闇のオーブに宿るガーネフの意思に支配されています。


【漆黒の騎士@暁の女神】
[状態]:健康、若干の魔法防御力向上(ウルヴァンの効果)、精神的喪失感(小)、
    鳩尾に打撃痕、肉体的疲労(中)※いずれも所持スキル「治癒」により回復中。
    装甲ほぼ全壊、全身が血塗れ
[装備]:グラディウス@紋章の謎、ウルヴァン@暁の女神、シャルトス(碧の賢帝)@SN3
    手斧@暁の女神、エルランのメダリオン@暁の女神
[道具]:支給品一式×3、クレシェンテ@TO、アッサルト&弾薬10発分@TO、
    エクスカリバー@紋章の謎、エトナの不明支給品(確認済)、ハーディンの首輪
[思考] 1:催されたこの戦い自体を存分に楽しむ。勝敗には意味がない。
    2:アティに対して抱いている自分の感情に戸惑い。ミカヤには出会いたくない。
    3:オグマに出会ったら、ハーディンの事を必ず伝える。
    4:優勝してしまった場合、自分を蘇らせた意趣返しとして進行役と主催者を殺害する。
    5:碧の賢帝(シャルトス)をアティに渡し、戦いになれば全力を尽くさせる。
    6:この場で少し休憩を取り、来るであろうアティを待つ。
    7:娘(チキ)から異様な気配を感じるが……
[備考]:アティからディエルゴ、サモンナイト世界とディスガイア世界の情報を得ています。
    鳩尾の打撃痕と肉体的疲労に「治癒」スキルが働いています。
    漆黒の騎士は碧の賢帝の“適格者”が複数存在し、魔剣を濫用させて
    己の復活を果たすのが主催者の目的ではないかと推測を立てています。

213擦れる羽根 ◆j893VYBPfU:2011/01/26(水) 23:48:26 ID:???


 ――さーて、こちらもあの金髪のお嬢ちゃんを追おうとするかね?


俺は進路を西に向け、C−3の村へと向かおうとした矢先の事。
こちらに近づいてくる、ニンゲンの気配を足下に感じ。

ふと、視線を降ろしてみると。
この月夜では目立つ事この上無い、一つの白い人影が見えた。
それが、ほぼ一直線に俺のいる所へと…。

正確にはナバールの死体があった場所へと、迷いなく向かっている。
――まるで、そこに何があるかを最初から知っているかのように。
俺はどうしてもそいつの様子が気になり、高度を落として近付いてみた。
勿論、こちらが見られないように、背後に回り込みながらだ。

白い人影は、粗末なローブかドレスを身に纏っているように見えた。
その細くしなやかな人影からして、どうやら若い女らしい。
さらに近づいてよく見ると、身に纏っている白いものは衣装ではなくシーツであり。
それがずり落ちないように、両手で自分の身体を抱くようにして押さえている。
長い距離を走り続けながら、その姿勢に一切の乱れがなく呼吸も整っている事から、
それなりに鍛えられてはいるのだろう。だが、どこかしら走り辛そうにしている。

シーツ以外に目立つ装備はなく、またデイバックすら持ち合わせてはいない。
どうやら、身一つでどこかから逃げ出してきたようだ。
そこから察するに、靴さえも履いてはいないのだろう。

214擦れる羽根 ◆j893VYBPfU:2011/01/26(水) 23:50:04 ID:???
 
 ――なるほどな。ニンゲンの男にに襲われて、命からがら逃げ出したって所か?

念の為、上空から周囲に探りを入れてみる。
女の追撃者や同盟者の類を警戒したが、それらしい人影も一切確認は出来ない。
そもそも、誰かと組んで自ら丸裸の囮となるなど、余りにもリスクが大き過ぎる。
誰かと同盟を組んでいるにした所で、いつ裏切るか知れたものではない。
罠は一切ないと、そう判断してもよいだろう。

そこで、俺はこの女の利用価値を考えてみる。
素寒貧も良いところだ。襲った所で、かっぱげるものは何一つない。
――無論、首輪とその生命を除いて、と言った所だが。

だが、そこまで窮状にある女を保護して恩を高値で売り付ければ、
彼女の知り合いの心象も良く出来るだろう。
そして、何よりも。そのニンゲンを襲った危険人物についての情報も得られる。
このゲームに乗るにせよ、反るにせよただ殺すよりははるかに有益だ。

接触してこちらが危険になる要素は何一つない。
いざとなれば、始末などすぐにでも出来るのだ。

だが、オレはその女の様子がどうしても気になり。
話しかける前に、少し泳がせてみる事にした――。

          ◇          ◇          ◇

215擦れる羽根 ◆j893VYBPfU:2011/01/26(水) 23:51:21 ID:???

ひたひたと、素足のまま夜道を駆け抜ける。
城内で出会った二人が、こちらを追って来る気配は感じられない。
恐らく、未だ痴話喧嘩の真っ最中なんだろう。
ま、追って来られても困るんですけどね…。

 「お前なんかが、私のデニムを奪うな!」

あの時の事でかろうじて覚えているのは、シルターンの般若まがいな形相で
“浮気性の彼(デニム)”の名前を呼んだ女性が「姉さん」と呼ばれた事くらい。
もしかすると、二人は姉弟だったのかもしれない。
再び名簿が手に入れば、“デニム君”の姓からその同行者も特定は出来るだろう。
もし養子縁組や結婚等で“姉さん”の姓が変わっていれば、どうしようもないが。
雰囲気的に、後者は二人ともまずなさそうではあるが。

 ――ま、あれだけ殺意ビンビンに刺しにきたら、嫌でも目が覚めちゃうってもんですよ。

暴れん坊で躾のなってない弟と、それを盲目的に溺愛する姉、なんでしょうかね?
そこでふと、なんとなく知り合いの仲が良過ぎる姉妹を連想する。

イスラも姉さん以外の女性(例えば先生とか)を好きになって家族に紹介する時、
色々と大変な自体になっちゃうかもしれませんねー。
ま、流石にさっきの二人と比較するのも失礼な気もしちゃいますが。

…馬鹿げた妄想を中断する。
身体にぴったりと張り付く濡れたシーツの寒さと、
素足に食い込む砂利の痛みに顔をしかめながらも。
私は当初の“目的地”へと駆け続ける。

216擦れる羽根 ◆j893VYBPfU:2011/01/26(水) 23:51:54 ID:???
それは、着替えと暖の取れそうなC−3の村ではなく。
昼過ぎに見かけた、笑顔で死んでいたお兄さんの死体があった場所。
――まずはそこから。

理由は幾つかある。
一つは未だ森林火災が鎮火し切っていない可能性が充分にあり。
もし火がなくとも、焦土となり果てたばかりの灼熱の地面の上を
素足のままでは到底歩き続けられないだろうという事。

二つ目は、城から村までの長い道のりが、余りにも見晴らしが良すぎるという事。
これでは他の参加者に発見される危険性が高く、しかも逃げ場や隠れ場所がない。

「この私を好きにして!」と言わんばかりな今の状態。
たとえこの殺し合いに乗っていない人物であっても。
時間稼ぎとアイテムゲットの為、慰み者にされた挙句殺られる可能性は充分にある。
目撃者と証拠さえなければ、殺人は罪に問われる事はなく。
常軌を逸した環境であれば、人は簡単に凶行に走れるのだ。

それは、私自身が遠い昔に散々見知ってきた事だから、痛いほど理解している。
今あるこの状況、「とうとう自分の番が回ってきた」と考えられなくもない。
だが、その運命はまだ受け入れられない。

大恩のある先生に恩返しをする為、ここに連れて来られた仲間達を救う為。
そして、大雑把なようでいて、案外繊細なあの子を元気付けさせる為にも。
今、この生命を無駄に失う訳にはいかないのだから。
私の生命は、決して私の為だけにあるのではない。

217擦れる羽根 ◆j893VYBPfU:2011/01/26(水) 23:55:09 ID:???
だからこそ、今無意味に生命を危険に晒すような真似だけは出来ない。
私にはまだ、死ぬ前にやるべき事がたくさんあるのだから。
故にこそ、まだ身を隠す場所が多少はあり。
なおかつ、今の私にとって移動がマシになるものを回収に。
足に負担が掛からぬようC−5の海岸沿いを伝って南下し、
少し遠回り気味にD−6へと向かう事にした。

そして、目的のものは確かにあった。
だが、奇妙な事に。いや、ある意味当然と言えるのかもしれないが。
目的のものはその首が鋭利な何かで焼き切られ、
そこにある筈の首輪が失われていた。

凶器は兎も角、その理由は考えるまでもない。
私が来る前に、誰かが此処を通りがかり、首輪を回収したという事だろう。
私は警戒の姿勢を取るが、それらしい人影は何処にも見えない。
こちらを伺うような、気配のようなものは感じられるのだが…。

 ――ま、気のせいですよね?

周囲の草むらを念入りに捜索してみるも、生きている人間は一切発見出来なかった。
おそらく、先程の一件で神経が過敏になり過ぎたからなのだろう。

気を取り直して、先程新しく発見した“もう一つの死体”のある場所へと向かい直す。
私の身の丈からすれば、こちらのほうが丁度いいだろう。
そして、両足の靴を脱がしベルトに手を掛けて緩めると。
下の履き物を、一気に引き下ろした――。
そして、脱がせたものの状態を確かめる。

218擦れる羽根 ◆j893VYBPfU:2011/01/26(水) 23:56:09 ID:???

 ――多少血が付いちゃってますけど、状態を考えればまあ幸運な方でしょうかね?

うん、長さも幅も丁度いい。
ごめんなさいね、少年の方…。

私は手を合わせて死者にお詫びと黙礼をし、履き物を手に取る。
でも、全裸にシーツ一枚で野外を練り歩き、いたいけな少年の履き物を脱がしてる
今の私の状況って、傍から見ればどうしようもない痴女にしか見えませんよね?
誰に見られても、言い訳が出来そうにありません…。
私はそんな意味のない妄想に耽り、溜息を付くも。

「おいおい、そりゃねえだろニンゲン…。」

ほーらね、やっぱりそういう突っ込みが…。
って、え?

声の出所に悩んだのは、ほんの一瞬だった。
今は、そちらに振り向く刹那さえも惜しい。

私は少年の履き物類を手に持ったまま。
考えるよりも先に声が聞こえた方向に背を向け、疾走を始める。
だが、それよりもなお迅く。音速にも似た速さで。
鞭のような湿った何かが幾重にも身体に絡みつき。
気が付けば、私はなすすべもなく宙吊りにされていた。

そして少しずつ、高度が上がっていく。
上へ、上へ、上へ、上へ、上へ―――。

やがて、少年とお兄さんの姿が上空から見下ろせる程高くなった頃――。
吊り上げた主は、振り向いた私へ気軽に話しかけてきた。

219擦れる羽根 ◆j893VYBPfU:2011/01/26(水) 23:57:59 ID:???


          ◇          ◇          ◇


「よっ、ニンゲン。良い趣味してんなあんた。
 もしかしなくても痴女か。で、ここで何している?」


逃げ出そうとするそいつを手に持つ鞭状のもので手繰り寄せ、もう片方の手で抱えながら。
ニンゲンが墜落死するには充分な高度を得てから、俺は全裸の美女に声を掛けた。

へえ。中々良い感じじゃないか、ニンゲンの道具も。
解説文からして、元々が尋問の類を目的とした道具のせいないのか。
柄側での僅かな指先の操作で、綺麗に撒き付いてくれやがる。
「操作はマジックハンドのようなもの」とあったが、
意味は分からないが優しく便利なものと理解はした。

裸にシーツ一枚の女が、出し抜けにマルス王子のズボンを脱がし。
それをガメて黙祷した際には露出狂の上に屍姦趣味でもあるのかと
己の目を疑い、ついつい突っ込みを入れてしまったが。

その小声を耳聡いニンゲンに聞かれてしまい。
逃げられそうになったもんで、咄嗟に“あやしい触手”で捕まえてはみたが。

 ――どうしたもんだかな、全く。

俺はこの女のその後の処理に、少々困ってはいた。
接触を図るなら、翼を隠してからにするつもりだったのだが。
これでは、己の正体がベオクではないとばらしたも同然である。

220擦れる羽根 ◆j893VYBPfU:2011/01/26(水) 23:58:39 ID:???
昼間のスクリミルもどきの一件もある。
ニンゲンは己以外の種族には、極めて傲慢かつ不寛容である。
それは異邦人だとなおさらに発揮されるのは既に体験済みだ。

だったら、今更この女を助けて恩を売ったところでメリットはない。
この場では感謝されるものの、後ほど「空を飛ぶ危険な化け物」の噂を
他の参加者に吹聴されるだけだ。そうすれば、俺の今の優位性は激減する。
だったら、この女が持っている情報を引き出すだけ引き出して、
その後に人知れぬ場所で墜落死してもらうという手もある。
そう、あれこれと考えていると――。

「乙女にそんな酷い事言わないでくださいよー。
 近くで強盗達に身ぐるみ剥がされて、貞操まで奪われそうになって。
 ここで着替えを探そうとしたら、また捕まって。もう散々なんですよぉー。」
「こんな私を哀れだって思ってくださるなら、まずは降ろしていただけませんか?
 後で色々と良い事、あるかもしれませんよ?」

色々と、聞き捨てならない事を言う。
そして、その辺のニンゲンの男が見れば、つい言う事を聞いちまいそうな程の。
軽い口調とは裏腹に、甘い吐息を吐き蠱惑的な仕草で横顔をこちらに向けるが。
その身体は緊張に強張っている。警戒心に満ちているのは明らかだ。
今、下手に暴れれば振り落されるから抵抗をしないだけなのだろう。
とはいえ、妙な違和感を感じもした。

危険は察してはいるものの、化け物を見るような生理的嫌悪はまるでないのだ。
まるで、そうした「翼持つ存在」に、心当たりでもあるかのように。
それで気が付かなかったのは、こいつが間抜けか、もしくはそれが相当珍しいのか。
無論、俺の情報はアイクやミカヤ等を通じて既に流出する可能性は充分にある。
危険視されなければ、正体がばれた所でそれほどの損益にはならないかもしれない。

221擦れる羽根 ◆j893VYBPfU:2011/01/26(水) 23:59:27 ID:???
「生憎、俺は妻帯者だ。これでもリアーネに操は立てているんでね。
 あんたの言う“良い事”には乗れないなぁ?」

ま、第一ニンゲンの女なんぞ犯して孕ませようものなら、出来たガキに力奪われて
こっちが化身できなくなっちまうんだがな。…願い下げだね。

「いや、そういう意味での良い事じゃなかったんですけど…。
 もう。いやですねえ、乙女を捕まえてこのむっつりスケベさんは?
 ほら、お決まりの情報交換とかあるじゃないですかぁー。
 足が浮きっぱなしじゃ、ちょおっとばかり落ち付かないんですけどね。」

あー、そっち系の誘いじゃなかったのか。
全裸で男に抱き寄せられても全く物怖じしない上に、
やたら場慣れしている感じだから経験豊富なのかと思っちまったが。
…気のせいかね?俺の勘も鈍ったか?
とはいえ、彼女の懇願は綺麗に流す。

「良い男の腕にかき抱かれながら、ニンゲンじゃ絶対に眺める事が叶わない…。
 夜空の絶景を見渡しながら楽しくデートってのも、
 なかなかに域な計らいっだって思わないもんかね?」

「あれ?さっきと言っている事が矛盾してませんか?
 それに、私にも彼氏がちゃんといますから。
 そういう浮気のお誘いは、ちょっと困りますね…。」

「そりゃ残念だ。じゃあこのまま本題に移るとするか。
 一つ。なぜ、ここにこいつらの死体がある事を知ってた?」
「乙女のヤマ勘です!」

222擦れる羽根 ◆j893VYBPfU:2011/01/27(木) 00:00:03 ID:???
 ――嘘こけ。

「二つ。強盗達ってどの辺りにいる?どんな人相と組み合わせだ?」
「貴方みたいにいきなり後ろから襲って来ましたから、あんまり顔とか覚えてません。
 それに、夢中で逃げて来ましたからね。あ、もう少し落ち付けそうな場所でなら、
 色々と思い出せるかもしれませんよ?」

 ――おいおい、いけいしゃあしゃあと何抜かしやがる。

「三つ目。とりあえず、呼び辛いから名前でも聞いておくか。偽名でも構わないぜ?」
「えー、私はしがないアルバイターです。別に名乗るほどのものでもないですよー。」

 ――なるほど、冗談は口にしても、一切の手掛かりは与えないという事か。

正直に本名を口にするか、偽名を口にするかで人間性を値踏みたかったが、これも駄目か。
やはりというか、まずは地面に降ろさない事にはまともに会話するつもりはないらしい。
自分が持っている情報という財産がなくなれば、いよいよ消される可能性がある。
だったら、身の安全が保証されない限り、一切の情報を渡すのは厳禁だという
状況判断は出来るようだ。のらりくらりと質問をかわす辺り、中々に喰えない。
だが逆に、開口一番にさりげなくこちらが喰い付きそうな情報を断片的に渡す辺り、
それなりに駆け引きの妙味も心得ているようだ。

只の痴女でも馬鹿でもない。これなら、この女自体にも充分な利用価値はあるだろう。
助けてやって恩を売り、オグマのように一時的に組んでもそう悪くはない。
だが逆に言えば、油断すれば寝首を掻かれる事も警戒しなければならないが。

「へえ、何一つ真剣に話しをする気はないって訳だ。そりゃ残念。」

手が、少しだるくなってきた。
女の体重はリアーネとあの糞爺を足して少しだけ引いた感じだ。
まだまだ充分抱え続ける事も出来るが、このままじゃ少々疲れる。
このまま星空の中ランデブーを続けても、あまりメリットはない。

223擦れる羽根 ◆j893VYBPfU:2011/01/27(木) 00:00:36 ID:???


 ――だったら、どうしたもんだかね?


さっさと突き落として処分するか?
降ろしだけはするが、そのまま縛った触手でゆっくりと尋問でもしてみるか?
あるいは、このまま拘束を解いて女に恩の一つでも売り付け泳がせてみるか?


 俺の回答は――。


          ◇          ◇          ◇

しくしくしく…。
この有様じゃ、私も現役引退した方がよいのでしょうか…。

立て続けに起こした失態と、色々な意味で周囲に誤解を与えかねない光景を
見られてしまった羞恥により、私は、すっかり鬱な気分になってました。
やっぱり、痴女扱いされちゃってますし…。

背後から抱き寄せられたまま、私はその襲撃者を首を曲げて横目で見る。
後ろへと綺麗に撫でつけられた黒髪。
軽薄なようでいて鋭い印象を与える、端正な顔立ち。
年齢は青年のようにも、中年のようにも感じられる。
小洒落た感じの、黒一色に覆われた軽装。
そして、フレイズさんを思わせる大きな鳥の翼。
――ただし、その色は烏のような艶やかな漆黒。
それは、天使というより堕天使と表現した方が相応しい。
まるで、掴みどころがない。

224擦れる羽根 ◆j893VYBPfU:2011/01/27(木) 00:01:18 ID:???

フレイズさんがやさぐれて黒く染まったら、こうなるんでしょうかね〜?

そんな馬鹿馬鹿しい人を喰った事を考えて、込み上げる焦燥と緊張を紛らわせる。
フレイズのような存在はあまりにも珍しく、また彼とはほとんど接点がなかった為、
参加者に上空から俯瞰出来る存在を想像できなかった。
仕方ないとは言え、私の見落としであるのは違いない。

状況は、先程より更に危機的ではある。
今回は、如何なる抵抗も逃避すらも出来るものではないのだから。
だからこそ、彼もこうして会話に上空を選んだのだろう。
だが、一方で幸いな事に、彼には悪意は一切感じられない。
このゲームに乗っている様子は、特には感じられない。
会話から察するに、それ程交戦を好む人種という訳ではないのだろう。
――今の所は、だが。

だが、そのどこか鋭く冷たく光る瞳は、いざとなれば躊躇いなく人を殺せる人種であるとも、
流石に察してはいた。その最悪の展開だけは回避する必要がある。
――一体、どうすべきか?

最も簡単な事を言えば、「私を殺すには惜しい」と思わせなければならない。
かつてオルドレイクにもした時のように。
具体的方法としては、相手の欲望を満たし続けてやったり、利用価値があると思わせたり。
前者は駄目だ。相手に一切乗り気がない。何より、私ももう二度とあんな事はしたくない。
それ以前に、彼にはどこかしら人間という種族を侮蔑している気配がある。
それは妙な訛りで「ニンゲン」と皮肉っぽく呼ぶ事からも明らかだ。
変に媚を売るのは、却って自殺行為にもなりかねないだろう。

225擦れる羽根 ◆j893VYBPfU:2011/01/27(木) 00:01:53 ID:???
残るは後者、「利用価値があると思わせる」事だが。
このゲームに関する情報面においては、それなりに自信がある。
おそらく、私はこの会場内でも最も事情に通じている参加者の中の一人だろう。
だが、それを惜しみなく全て吐きだせば即座に始末されかねない。
だからといって、一切開示しなければ、それはないも同然と思われる。
開示する場合は、匙加減が重要となる。

あるいは他の参加者についての情報を小出しにし、
彼らとの繋がりをちらつかせるのも一つの手だが。
もし私を抱えている者が、このゲームの反逆を装って実は乗っている類の人種なら?
後々、深刻な厄災を呼びこむ事態になる可能性がある。


抱えている黒い翼の優男が嫌な気まぐれを起こす前に――。
私は今の事態を打開しなければならない。

私は、その為に――。
脳内にある情報を整理し、次に紡ぎ出す言葉を探し始めた。


【D-6/マルスの死体付近・上空/初日・深夜】
【パッフェル@サモンナイト2】
[状態]:健康。身体的疲労(中度) 、精神的疲労(中度)、触手により拘束状態、
    後悔と羞恥(中度)、首筋にかすり傷、シーツが所々透けている
[装備]:濡れたシーツ一枚、(多少血の付着した)マルスのズボン、靴
[思考]1:ネスティの探索及び手がかりの調査を行う。
    2:これまでの考察をメモに纏めたい。
    3:アティ・マグナを探す(その他の仲間含め、接触は慎重に行う)
    4:見知らぬ人間と遭遇時、基本的には馴れ合うことは無い
    5:このやさぐれたフレイズさんみたいな人(ネサラ)と交渉を試みる。
    6:???
[備考]:デニムにより、「愛した者を殺す」呪詛をかけられています。
    本人が自力で気づく事は不可能です。
   :マルス王子から脱がせたズボンと靴は、まだ手に持っているだけで履いていません。

226擦れる羽根 ◆j893VYBPfU:2011/01/27(木) 00:02:29 ID:???
【ネサラ@暁の女神】
[状態]:打撲(顔面に殴打痕)、パッフェルを拘束中。
[装備]:あやしい触手@魔界戦記ディスガイア、ヒスイの腕輪@FFT
[道具]:支給品一式×2 清酒・龍殺し@サモンナイト2、筆記用具一式、
    真新しい鶴嘴(ツルハシ)、大振りの円匙(シャベル)
[思考]
0:己の生存を最優先。ゲームを脱出する為なら、一切の手段は選ばない。
1:とりあえず、捕まえた女(パッフェル)をどうすべきか?
2:オグマは手を組む価値あり。だがしばらく泳がせておく。
3:キュラーの言う“貢献者”(アルマ?)はどうやって主催と会話をしたのか?
4:ラムザとアルマの動向に興味。接触はアルマの精神状態を見てから。
5:アイク・ソノラの情報は次の機会にでも。
6:脱出が不可能だと判断した場合は、躊躇なく優勝を目指す。

[備考]
※臨時放送の内容から、主催と連絡を取る方法があることに気付きました。
※主催にルール変更を持ちかけたのは、アルマの可能性が高いと考えています。
※アルマがゲームに乗っていることを知りました。
 危険性の高いアイテムの影響下にあるのではないかと考えています。
※この舞台そのものが、ある種の『作りもの』ではないかと考えています。
 そして、このゲームの主催者が女神アスタルテに匹敵する超越的存在であるが、
 同時にその奇跡にも等しい力にも限界があるのではないかと踏んでいます。
※このゲームに、ラグズの存在さえ知らない異邦人が数多くいることを確信しました。
※捕まえた女がパッフェルである事は、顔写真の下にある名前から気付いてはいます。
※ネサラの参加者名簿には顔写真(肖像画と認識)がついています。
 名前の左隣にチェックを入れており、内容は以下のようになっています。

227擦れる羽根 ◆j893VYBPfU:2011/01/27(木) 00:02:59 ID:???
アティが◎
マルス、シーダ、チキ、ベルフラウ、ソノラ、ミカヤ、サナキ、
イスラとオグマとアズリア(名を聞けなかったが、イスラと同じ姓で判断した)が○
アイク、漆黒の騎士、シノン、ナバールが△
ハーディン、ビジュが×
アルマが★、ラムザが☆

[共通備考]:マルス王子の死体から、靴とズボンが両方脱がされています。
      マルス王子の傍には、支給品一式のみが入った彼のデイバッグが
      そのままに放置されています。

228 ◆j893VYBPfU:2011/01/27(木) 02:16:50 ID:???
仮投下終了。
内容的なものに問題がなければ、後日微修正(マルス王子の基本支給品の描写を追加?)
をしたうえで投下いたします。


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