>>160
一季
そりゃ、ありがとう。…え、いや…オレ…あ、私は…その、よく見かけてたからじゃないかな。でも今日の君は初々しく感じるけど。――………ねぇ、君はI love youの和訳を知っていますか?
(空にぽつん、と浮かぶのは見事なほどに真ん丸の月。偽りに身を隠していた二人のホンモノの姿を照らすように月明かりが落ちてくる。こんなたわいもない会話をしたのは一体何年ぶりだろう。フードで見えづらくなっている瞳は彼女をしっかりと捕らえていた。しかし急に突かれた隠し事に慌てて目を逸らす。違うのは姿と名前だけ。声と匂い、仕草も同じなんだから…そう思うのは当たり前だ。落ち着いて考えれば気付くはずだが今の己にそんな余裕はなく、無理矢理な理由を押し付けて。……黙る黙る静かな空間、落ち着く事なく瞳は動いて。もう公園の風景を見なくても描けそうだ。慌てたがために熱く赤くなった頬を隠すように服の袖を顔にやればゆっくりと視線を上にやる。先程見たのと変わらぬ美しい月がそこにはあった。でも、君の方が綺麗だよ、だなんて口が裂けても言えない性格の自分。俺はこんなのより、もっとずるい言葉の方が似合ってる。昔、日本人ならば誰でも知っている彼が教室で残したI love youの和訳。彼女は知っているだろうか?と赤い顔は既に落ち着いた表情に戻りそっと相手の顔を覗く。格調高く装飾されたベンチに手をかけて空をまた見上げれば、例のずるい言葉を空に残そうと湿った夜の空気を深く吸い込んで。口にした言葉は落ち着いていて、しかしどこか緊張を交えたものだった)
…本当、今日は月が綺麗だ。
>>116
Color
…あんたの見えてる黒がどんなものか知らねぇが、あんたにゃ頭があるんだしよ。想像した色が白だと思ったらそれが白でいいんだよ。…大人気なかったか?冗談だよ、じょーだん…俺の名前?華仔、って言うんだ。よろしくな、Color。
(暗闇の世界…。ここの輩は眠らないものも多いし、自室で電気を消しても窓から入ってくるのはうるさいくらいカラフルな街明かり。黒だけの世界なんて、幼い頃に悪さをして母親にお仕置きとして入れられた物置の中でくらいしか経験がない。どうやら相手はその黒しか知らないようだ。己にとっては恐怖だけだった色は相手にとっては唯一知る色、素敵じゃないか。加えて彼は己が思い描いた色に名前を付けられる権利があるのだから。ふんわりとこの部屋を充満する音楽と良い香りと優しい相手に気分をよくしているのか、久々に白い歯を覗かせる笑みを見せれば謝る相手に冗談だと告げて。柔らかい椅子はセッテにも負けず劣らず心地好い。そんな椅子をくるり、と回転させて相手の方に身体を向ければ問われた名前を答え、片手を伸ばして。ゆっくりと流れる幸せを共有した相手とつながりを持つための握手を求めた。/p:あわわ、華仔にそんなことができていたなんて…!たくさん教えられたらいいなぁ…と思いますっ!)
(深淵の果て、小さな約束の場所。そこへ行けば、貴女に逢えるのかしら。――手を結ぶ、もしくは繋ぐ。繋いだ箇所からは、仄かな体温が伝わり、わたしを酷く安心させた。闇に融ける瞳を閉じ、思考の世界へと潜る。永遠など、この世には存在しない。この手の温もりは、いつかは必ず消え失せるもの。「それならば」と彼女は言葉を紡いだ。深みへ堕ちるほど、貴女へと近付くことが出来ると言うのなら、深淵の世界へと。落ちる、堕ちる、蝕んで行く。彼女は、誰よりも脆弱だけれど、誰よりも強い。そのことを、わたしは恐怖していたの。永遠に一緒だと、彼女は言ったけれど。永遠など、この世には存在しない。置いて、行ってしまう。彼女は、わたしを、ひとりぼっちにしてしまう。嫌、嫌、嫌、嫌、いや、いや、イヤ。やめて、ひとりにしないで。)……ひとりに、しないで。おねがいだから、ひとり、に、しないで。(涙が、頬を伝う。頬を滑り落ち、鎖骨を流れ、地面へぽたりと滲んだ。わたしは、一体なにに恐怖しているのだろうか。孤独なんて、怖くないのに。ひとりは、なれっこなのに。けれども、溶けるように優しい温度は、こうしてわたしを涙させる。彼女はわたしの涙を優しく指で拭い、額に寂莫と口唇を押し付けた。)…これで、永遠に一緒ね。(手を結ぶ、もしくは繋ぐ。繋いだ箇所からは、仄かな体温が伝わり、わたしを酷く安心させた。落ちて行く身体、彼女は微笑んでいた、わたしも微笑んでいた。もう忘れて、傷付かなくてもいい。嘘を吐かなくてもいい。暖かな温もりに身を任せていいの。空っぽになって、いいのね。唐突にふと浮かび上がった色彩。赤、銀、青。他にも、沢山の色が、確かにそこに在った。一際眩い光輝を放つ色が存在したが、彼女は無色透明であった。遠く深い底で、小夜曲が聴こえる。赤、わたしが愛しているから、この世界から消えてしまわないで。銀、悲しむことを止めたら、貴女を失くしてしまうかしら。青、貴女が幸せになる為に、世界は滅ぶべきだと思うの。無色透明な彼女には、千日紅を送りたい。そして、彼の隣には、もう戻れない。近かったはずのその距離は、いつの間にか酷く遠くなってしまった。遠ざかるばかりだ。夢のような終わりに、彼が居た。まだ好きだと言えば、彼は嘲笑うだろうか。まだ好きなの、愛しているの、だから好きでいて、なんて。滑稽だけれど、縋っていたく、なったの。でも、もう遅いわ。次に目覚めたとき、わたしの中に貴方は居ない。…Just call my name. わたしが確かに一季であったと、証明することは出来ないけれど。確かにわたしは、一季だった。そして、織でもあった。一季はわたし、織もわたし。どちらも、わたし、なのに。けれども、どちらも、わたしではなかったのね。全てが終わるとき、やっと気が付くなんて。なんて、ばか、なのかしら。――私はまだ、私だろうか。それとも、)