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うにゅほとの生活2
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うにゅほと過ごす毎日を日記形式で綴っていきます
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2018年10月19日(金)
Amazonから荷物が届いた。
「なにかなー」
「なんだと思う?」
「わかんない!」
考える素振りすら見せない。
「まあ、開ければ済む話だもんな」
「うん」
「では、開封の儀を執り行う」
ダンボール箱を開き、中身を取り出す。
「あ、これ、ふっきんのやつ?」
「そう、腹筋のやつ」
腹筋のやつことアブローラーである。
「したにあるのに……」
「まあ、そうなんだけど」
父親がドン・キホーテで買ってきたアブローラーが、いまでも一階に置いてある。
「あれ、弟が使ってるじゃん」
「うん」
「勝手に持ってくると、怒るじゃん」
「うん」
「でも、自分の部屋でやりたいじゃん」
「なるほど……」
「それに、安いんだよな、これ」
「そなの?」
「千円ちょっと」
「やすい……」
「部屋にあれば、暇なときやるかと思って」
「ふっきん、ばきばきにするの?」
「バキバキにする」
「おー」
「××も、バキバキにする?」
「しない」
「それがいい」
ムキムキマッチョマンのうにゅほというのも、あまり見たくはないし。
「多少は鍛えておいたほうが、スタイルはよくなるらしいけどな」
「そなんだ」
「お腹、ぽっこりしてない?」
「してない」
「本当に?」
「……と、おもう」
「どれ」
「うひ」
うにゅほのお腹を撫でる。
「お腹、へこませてない?」
「ない」
「じゃあ、大丈夫かな……」
「でしょ」
とは言え、油断はできない。
たまには一緒に筋トレするのもいいだろう。
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2018年10月20日(土)
予定があったので、午前十時にアラームをセットした。
起床すると、まだアラームは鳴っていなかった。
「──…………」
むくり。
「あ、おきた」
「いま何時……」
「うーと、じゅうじ、じゅっぷんまえ」
「……あと十分寝れるな」
「おきないの?」
「あと十分寝る……」
ばたん。
「おきたらいいのに……」
うにゅほの言うことも、よくわかる。
だが、それでも人は、僅かな睡眠を尊ぶのだ。
もともと半寝ぼけだった意識が、あっという間に夢へと滑り落ちていく。
──長い、長い夢を見た。
その内容は、日記を書いている今や、思い出すことは叶わない。
だが、一大叙事詩とは行かずとも、長編小説の一編ほどの長さはあっただろう。
起きた瞬間に感じたのは、ある種の満足感と、焦燥感。
確実に寝過ごした。
慌てて飛び起き、充電しっぱなしのiPhone引っ掴んで時刻を確認する。
「──…………」
「やっぱしおきるの?」
「……××、いま何時?」
「くじ、ごじゅうごふんくらい」
「マジで」
「なにが?」
うにゅほが首をかしげる。
「リアル邯鄲の夢だ……」
「かんたんなゆめ?」
「いま、この五分で、すごい長い夢を見てたんだよ」
「すぐおきたのに」
うにゅほにとっては五分でも、俺にとっては遥かに長い時間だったのだ。
「……起きるか」
「あとごふんあるよ」
「まあ、うん。目、覚めちゃったし」
「そか」
アラームを鳴る前に解除して、うんと伸びをする。
面白い体験だった。
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2018年10月21日(日)
「──…………」
うと、うと。
マウスを握りながら、船を漕ぐ。
「◯◯?」
「!」
はッ、と姿勢を正す。
「ねむいの?」
「寝てない……」
「ねてたの?」
「……ちょっと寝てた」
うたた寝していたことを指摘されると、つい反射的に否定してしまうのは何故なのだろう。
かすかな罪悪感でも覚えているのだろうか。
「ぽかぽか陽気で、あったかくて……」
「ねるなら、ちゃんとねたほう、いいとおもう」
「そうなんだけどな」
うたた寝はうたた寝で心地よいのだ。
あふ、と小さくあくびをして、
「……なーんか、今日、ずっと眠いや」
「ほんとねむそうだね」
「休日はたいてい眠いけど、今日は特に」
「ねるの、おそかったの?」
「そうでもないと思うんだけど……」
「なんじかんねた?」
しばし思案する。
「……合計、六時間くらい?」
「あんましねてない……」
「あんまり寝てなかった」
「ねむいはずだねえ」
「たしかに」
たっぷり寝た気がしていたのは、ただの気のせいだったらしい。
「やっぱし、ちゃんとねたほういいよ」
「そうだな……」
うたた寝では睡眠のうちに入らない。
ベッドでまるくなると、うにゅほが布団を掛けてくれた。
「あとでおこす?」
「とりあえず、三十分で」
「わかった」
結局、あと十分、あと二十分と繰り返し、二時間ほど寝入って気づけば夕方なのだった。
気持ちよかったし、後悔はない。
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2018年10月22日(月)
「ただいまー!」
母親と一緒に出掛けていたうにゅほが、意気揚々と帰宅した。
「おかえり。どこ行ってたんだ?」
「うへー……」
ぴたりと身を寄せて、上目遣いでこちらを覗き込む。
「わたし、なんか、ちがわない?」
「──…………」
じ、とうにゅほを観察する。
言われてみれば、たしかに、普段とはすこし雰囲気が違う気がする。
「美容室──じゃ、ないよな。髪型変わってないし」
「うん、ちがう」
「……もしかして、化粧した?」
なんだか目元がハッキリしたように感じる。
「おしい」
「惜しいのか……」
「わかんない?」
「参った、わからない」
両手を挙げて、降参の意を示す。
「まつげパーマ、してきたの」
「……まつげパーマ?」
聞いたことのない単語だ。
「かお、よこからみて」
「ああ」
うにゅほの横顔を注視して、ようやく理解する。
「──まつげがカールしてる!」
「うん」
もともと長めなうにゅほのまつげが、くるんと上に曲がっていた。
「へえー、けっこう印象変わるもんだな」
「でしょ」
どちらかと言えば素朴な印象を受けるうにゅほの顔が、すこし華やいで見える。
「◯◯も、まつげパーマ、する?」
「俺はいいよ」
どうでも。
「そか……」
「でも、まだまだ弟の域には手が届かないな」
「(弟)、まつげながいもんねえ」
「ラクダみたいだもんな」
「らくだ……」
弟のまつげは、人種が違うんじゃないかってくらいに長い。
「あれにパーマかけたら面白そう」
「おもしろそう!」
「絶対嫌がるけどな」
「そだねえ……」
ひと笑いのためにサロンへ行くほどサービス精神旺盛な性格はしていない。
想像に留めておこう。
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2018年10月23日(火)
病院からの帰り際、古着屋へ立ち寄った。
「なにかかうの?」
「んー……」
特に目当ての品があったわけではない。
「まあ、秋用のジャケットとか」
「さむいもんね」
「××、気になるものある?」
「わたしはないかなあ……」
「そっか」
数着のジャケットを試着してみたものの、いまいちしっくり来ない。
「……帰るか」
「そだね」
駐車場へと足を向けたとき、ふと、古靴のコーナーが気になった。
「靴見てっていい?」
「くつかうの?」
「ひとまず見るだけな」
中古の靴は、現品限りだ。
デザインが好みでも、サイズが合うとは限らない。
だが、
「──このスエードのブーツ、悪くないんじゃないか。28cmだし」
「はける?」
「試してみる」
左足の靴を脱ぎ、靴下を履き直して、ブーツに爪先を差し込んだ。
「お」
「はけた!」
「いいな、これ。履き心地も悪くない」
「かう?」
「買いましょう」
お買い上げである。
ホクホク顔で車に戻ると、心配顔でうにゅほが言った。
「でも、だいじょぶかな」
「うん?」
「みずむし」
「──…………」
たしかに。
「……帰ったら、内側をアルコール消毒しよう」
「そのほういいとおもう」
頼むぞ消毒用エタノール。
白癬菌を駆逐するのだ。
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2018年10月24日(水)
PCに向かい、キーボードに指を乗せながら、うにゅほに話し掛ける。
「××さん」
「はい」
「なんか話して」
「あ、かくことないやつだ」
「書くことないやつです」
「きょう、なにもなかったっけ」
「特筆すべきことは特に思い浮かばないなあ」
「ばんごはん、ゆどうふだったよ」
「湯豆腐だったな」
「おいしかった」
「美味しかったけど、美味しかったとしか書くことないぞ」
「だめなの?」
「いちおう人が読むことを想定してるから、食べたものを羅列するだけってのもなあ」
「むずかしいねえ……」
「難しいんです」
「あ、ふっきんのころころ、やった?」
「アブローラーか」
「うん」
「あれ、毎日やると逆によくないんだって」
「そなの?」
「らしい」
あいだに超回復を挟むことで、より効果が見込めるのだとか。
「(弟)、まいにちやってる」
「やってるな」
「でも、ふっきん、われてない」
「毎日やってるからかな……」
「そうかも」
なんとなく、刃牙のジャック・ハンマーを思い出す。
「よし、だいぶ書けたぞ」
「よかった」
「××のおかげだな」
「でも、それ、にっきなの?」
「──…………」
痛いところを突く。
俺は、ブラウザを呼び出し、辞書を引いた。
「日記。日々の出来事や感想などを一日ごとに日付を添えて、当日またはそれに近い時点で記した記録」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「日々の出来事や感想には違いないから、なにも問題ないな!」
「そか」
この日記は、"うにゅほとの生活"と題している。
たとえ会話に終始したとしても、それはうにゅほとの生活を描いたものに他ならないのだ。
文句があるなら法廷で会おう。
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2018年10月25日(木)
落ち込むことがあった。
「──…………」
膝の上のうにゅほを、ギュウと抱き締める。
「どしたの?」
「うん……」
「だいじょぶ?」
「うん……」
「ほんとに?」
「うん……」
「そか」
「うん……」
うにゅほが、俺の右手に手を重ねる。
「よし、よし」
「……子供じゃないって」
「しってる」
苦笑する気配。
「おとなは、よしよししたらだめ?」
「──…………」
しばし思案し、答える。
「……いいけど」
「◯◯、いったんはなして」
「あ、うん」
抱き締める腕を緩めると、うにゅほが立ち上がり、今度は対面するように膝にまたがった。
そして、
「よし、よし」
俺の頭を、優しく撫でた。
「──…………」
「だいじょぶ、だいじょぶ。◯◯、つよいこ」
「子供じゃないんですけど……」
「つよいおとな」
「……強い大人、かなあ」
決してそうとは言い切れない。
むしろ、大人としてはだいぶ弱いほうな気がする。
そんなことを考えていると、うにゅほが俺を抱き締めた。
「ぎゅー」
「──…………」
「つよいこも、つよいおとなも、だめなときあるから」
「……ああ」
その一言で、すこし救われた気がする。
うにゅほが落ち込んだときは、俺が励ましてあげようと思った。
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2018年10月26日(金)
「……右膝が痛い」
「まえとおなじとこ?」
「同じとこ」
「なおってなかったんだ……」
「そうみたい……」
眉をしかめ、うにゅほが言う。
「……ずっといたかったの?」
「いや、いったん治ったんだ。それは本当」
「そか」
「……実は、心当たりがまったくないわけじゃないんだよな」
「そなの?」
「エアロバイクを漕いだ次の日、痛んでる気がする。たまたまかもしれないけど」
「じゃあ、えあろばいく、だめ」
言うと思った。
「でもさ」
「?」
「エアロバイクって、膝に負担が掛からない運動の代表例みたいなものなんだよ」
「そなんだ……」
「そのエアロバイクで膝を痛めるのもおかしな話だよなって」
「うーん」
うにゅほが、大きく首をかしげる。
「……へんなこぎかた、してる?」
「エアロバイクで変な漕ぎ方って、よほどだと思うけど……」
「ぱそこんみながらこいでる」
「テレビ見ながら漕ぐのと同じだろ。キーボード打ってるならともかく」
「そだねえ……」
「ともあれ、一週間くらいはエアロバイクやめとこうか」
「びょういん」
「もう夜だし、明日土曜だし……」
「……まえもそうだった」
「う」
前回、膝を痛めたときも、同じ理由で病院へ行かなかったのだ。
「びょういんいきたくないから、いわなかったの?」
「そういうわけじゃ──」
すこしある。
「……あんまし、あるかないようにね」
「はい」
「しっぷ、はる?」
「お願いします」
しばらく安静にしていよう。
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2018年10月27日(土)
──けたたましい音と共に、目を覚ました。
枕元のiPhoneが、緊急速報のアラートをがなり立てたのだ。
「◯◯! ◯◯……!」
うにゅほが駆け寄ってきて、俺の腕に抱き着いた。
血の気が引く。
震災から一ヶ月半、あの地震の恐怖を拭い去るにはまだ時間が必要だ。
「──…………」
うにゅほの肩に手を添えながらしばし固まっていたが、覚悟していた揺れは来なかった。
「……地震、じゃ、ないのか」
「そうなのかな……」
アラートの止まったiPhoneを手に取り、緊急速報の内容を確認する。
「──土砂災害?」
「どしゃ?」
「雨で、どこか土砂崩れを起こしたらしい」
「どこ?」
「……ここから車で一時間くらいのところかな」
「──…………」
うにゅほが、なんとも言えない表情を浮かべた。
「大変だし、大切なことだけど、もうすこし範囲を絞って──」
再びアラート。
「わ!」
「えーと、土砂災害の避難準備、だって」
「──…………」
うにゅほが、また、なんとも言えない表情を浮かべた。
「……もうすこし、範囲絞ってほしいな」
「うん……」
うち、関係ないし。
その後も、幾度も繰り返しアラートが鳴るものだから、すっかり目が冴えてしまった。
「まあ、地震じゃなくてよかったよ」
「そだね」
また地震が来るくらいなら、取り越し苦労のほうが百倍ましだ。
午後六時過ぎ、本日幾度めかのアラートが鳴り響いた。
「……避難の解除、だって」
「えー……」
「解除で音鳴らす必要なくない?」
「わたしもそうおもう……」
心臓に悪い一日だった。
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2018年10月28日(日)
「……うーん」
ディスプレイの前で腕を組む。
「どしたの?」
「今日は、10月28日だ」
「うん」
「さて、何の日でしょう! ──を、やろうと思ったんだけど」
「なんのひしりーずだ」
「何の日だと思う?」
「うーと」
首をひねりながら、うにゅほが思案する。
「じゅう、じゅう、と、にーや、にや、にーはち、とにはち、とにや──」
しばしののち、答える。
「……とつやのひ?」
「とつやって?」
「ちめい……?」
十津谷。
ありそうだけど、存在しない。
「こたえ」
「速記記念日」
「そっき?」
「特殊な記号を使って、人の発言を書き記す手法のことだな」
「とつや……」
「とつやは関係ない」
「ごろあわせ、ないの?」
「語呂合わせ、ないんだよ」
「そか……」
「だから、あんまり面白くないなあって」
「ごろあわせ、したいな」
「すこし遡ってみるか」
「うん」
調べてみると、
「お、10月26日に語呂合わせあった」
「おー」
「これは難しいぞ」
「とにろ、とにむ、じゅにむ、じゅにろく、とつろく、とにむ、とにむ──」
しばしののち、答える。
「……じゅげむのひ?」
「"げ"はどっから出た」
「……うへー」
笑って誤魔化した。
「こたえは?」
「これ、絶対出ないよ。青汁の日、だって」
「あおじる……」
「青汁」
「じ、る、はわかるけど、あお、わかんない」
「"10"を、アルファベットの"I"と"O"に見立てて、青、だって」
「あいと、おー?」
「そう」
「……いおじる?」
「そうなるよなあ」
「むりがあるとおもう……」
「同じく」
アサヒ緑健さん、ゴリ押しが過ぎますよ。
しばらくのあいだ、10月の記念日を遡りながら談笑するのだった。
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2018年10月29日(月)
両手を擦り合わせながら、呟く。
「さあ、末端が寒い季節がやってまいりました」
「そだねえ……」
俺も、うにゅほも、冷え性の気がある。
冬場はなかなかつらいのだ。
「そろそろ初雪が降るかもなあ」
「じゅういちがつだもんね」
「積もるのはずっと後だろうけど、そう考えると憂鬱だ……」
「そかな」
「××は、雪好きだもんな」
「すき」
「俺は嫌い」
「えー」
「正確に言うと、見るのは好き。かくのは嫌い」
「わたし、ゆきかきすき」
「知ってる」
「うへー」
へんなやつである。
うにゅほにとっては、雪遊びの一環なのかもしれない。
「除雪機あるから、だいぶ楽にはなったけどな」
「じょせつき、すごい。ばーって」
「ほんとな」
ジョンバで雪をまとめスノーダンプで雪捨て場へ運ぶのが馬鹿らしくなる効率である。
「でも、究極はあれだよ」
「どれ?」
「ロードヒーティング」
「あー」
雪かきをしたくないなら、そもそも積もらせなければいい。
面倒くさがりの発想である。
「だが、究極に思えるロードヒーティングにも、ひとつ問題がある」
「なに?」
「考えてみよう」
「うーと、たかい……」
「それもある」
「ひとつじゃない」
「気にしない」
しばしの思案ののち、うにゅほが首を横に振った。
「わかんない……」
「では、答えだ」
「うん」
「大雪のとき、雪の積もっていない敷地内と、積もっている道路とのあいだに段差ができる」
「あ」
「北海道の積雪量だと、下手すりゃ雪の壁になるな」
「くるま、でれない……」
「スロープを作るために、結局、雪かきみたいなことをする羽目になるわけだ」
「うまくいかないね」
雪のないところに住めば、今度は大きな虫が出てくる。
ままならないものだ。
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2018年10月30日(火)
「はーさむさむ……」
帰宅し、階段を駆け上がる。
「おかえりー」
物音を聞きつけたのか、うにゅほが部屋の扉を開けて出迎えてくれた。
「は、どうだった?」
「虫歯じゃなかった。銀歯取れただけ」
「よかった」
「ガムの噛みすぎも問題だな……」
ダイエット中なので、ガムの消費が非常に激しい。
「ぎんば、くっつけたばっかだから、きょう、ガムかまないほうがいいかも……」
「そうする」
自室へ入り、作務衣に着替える。
「──って、部屋も寒いじゃん」
「うん、さむい……」
「ストーブ、灯油入ってないしなあ」
「うん……」
見れば、うにゅほも半纏を羽織っている。
「……エアコン、つけちゃう?」
「いいの?」
「必要なとき使わずに、なんのための家電か」
「たしかに……」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「真冬になると使えなくなるんだから、いまのうちに酷使しておかないと」
「でんきだい」
「込み込みで家賃払ってますし……」
「そだった」
「そんなわけで、スイッチオン!」
ぴ。
エアコンが駆動音を響かせる。
しばらくして、
「おー……」
「文明の利器、ばんざい……」
痺れるような温風が頬を撫でていく。
「真冬まではこれで凌ごう」
「うん」
もう、エアコンのない生活には戻れない。
そんなことを思うのだった。
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2018年10月31日(水)
「うーん………」
PCを睨みながら、うんうん唸る。
「どしたの?」
「PCの調子が悪い」
「だいじょぶ?」
「悪いから、WindowsUpdateをした」
「あっぷでーと」
「したら、もっと悪くなった」
「えー……」
うにゅほが、呆れたような顔をする。
「俺も同じ気持ちだよ……」
WindowsUpdateなど、もとより罠みたいなものだ。
それでも、不要な更新、有害な更新はチェックを外して行ったというのに、結果はご覧の有り様である。
「もう絶対やんねえ」
固く心に誓う。
「ちょうしわるいの、どうするの?」
「システムの復元しかないかなあ……」
「ふくげん、できるの?」
「機能としては」
「そなんだ」
「まあ、何度かやったことあるし、すぐに終わるさ」
一時間後──
「……終わらない」
「おわらないねえ……」
「アップデート直後だから、復元するものが多いのかもしれない」
以前は数分で終わった記憶があるのだが、それは考えないことにする。
二時間後──
「終わらない!」
「ながいねえ……」
三時間後──
「終わってくれえ……」
「わたし、そろそろねるね」
「おやすみ……」
「おやすみなさい」
ぺこりと一礼して、うにゅほがベッドへ向かう。
時刻はすでに十二時半。
MacBookで書いているこの日記は、果たして投稿できるのだろうか。
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以上、六年十一ヶ月め 後半でした
引き続き、うにゅほとの生活をお楽しみください
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誰も楽しみにしてねーよ
早く死ねや関係ないの癌が
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もう書き込むなよ
自分のブログでやってろ
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2018年11月1日(木)
「──……あふ」
「おはよう」
「わ」
起床したうにゅほに挨拶する。
「ずっとおきてたの……?」
「寝たよ。三時間くらいだけど」
「ねぶそく」
「寝不足だけど、いくつか確信できたことがある」
「どんなこと?」
「まず、このクラスのPCで、たかだか数時間前への復元に一晩かかるはずがない」
「かかってる……」
「その時点でおかしいんだ」
「そなの?」
「次に、PCから駆動音がしない。ファイルの復元中とは表示されてるけど、内部的にはなんの作業もしていない」
「なんで……?」
「たぶん、復元に必要な何かが破損してる」
「……ふくげんできない?」
「できない」
「──…………」
うにゅほの表情が、いたわしげなものに変わる。
「ぱそこん、こわれたんだ……」
「そうなる」
ハードウェアは壊れていないので、正確には「Windowsが起動しなくなった」と言うべきだろう。
「××、悪いけど、あとで付き合ってくれ。ショップに持ってく」
「わかった」
WindowsUpdateを行っただけで、とんだ災難である。
不幸中の幸いなのは、データの入っているDドライブには一切の破損がないことだ。
Cドライブに指定しているSSDにWindowsを入れ直すだけで事足りる。
ツクモに持って行くと一週間かかると言われたので、その場でドスパラに電話をすると、二日でできるとの答えが返ってきた。
選択肢があるのは本当にありがたい。
ドスパラにPCを預けて帰宅し、ベッドに身を投げ出す。
「……疲れた」
「おつかれさま」
「寝る」
「おやすみなさい」
二時間ほど寝て、今日の仕事を済ませ、風呂から上がると電話があった。
ドスパラから、作業が終了したとの内容だった。
「はや!」
「ツクモの一週間はなんだったんだ……」
まあ、ツクモにはツクモのやり方があるのだろう。
PCは明日取りに行くことにした。
明日は明日で復旧作業に明け暮れることになりそうだ。
いまから憂鬱である。
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2018年11月2日(金)
「──…………」
ずうん。
ふらふらと左右に揺れながら、肩を落とす。
PC環境の復旧が終わらない。
それだけならまだしも、
「文章データが……」
たとえば、お気に入りの絵師のイラストなら、また保存し直せばいい。
だが、自分で書いた文章データは、どこからダウンロードすればいいのだ。
「……今度からDropboxに保存しようかなあ」
それならダウンロードできますねって、やかましいわ。
そんなつまらないセルフツッコミを行うくらい疲弊しているのである。
「○○、だいじょぶ……?」
「大丈夫、大丈夫……」
「ほんと?」
「いちおう、致命的なデータの損失は免れてるんだ。こまめにバックアップしてたから」
「そなんだ」
「ただ、致命的ではないけど思い入れのあるデータがな……」
「あー……」
あったところでなんの役に立つわけでもない。
人に見せるわけでも、何かの賞に送るわけでもない。
それでも、たまに自分で見返して悦に入るようなたぐいのデータを、幾つか紛失してしまったのだ。
気くらい滅入ろうというものである。
「げんきだして……」
「ありがとな。でも、大丈夫」
「──…………」
「実を言うと、悪いことばかりじゃないんだ」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「たぶん、傍からじゃわからないと思うけど──」
マウスを動かし、適当な画像や動画ファイルを開く。
「PCが爆速になりました」
「おー」
「OS入れ直したおかげだろうな。当初の目的だったPCの復調自体は、これで果たせたわけだ」
「よかった……、の?」
「よかったと思うことにする。いずれにしても、データは戻らないし」
「そか……」
やるべきことは、まだまだある。
明日は休日。
なんとか明日で終わらせよう。
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2018年11月3日(土)
「──よし!」
PC環境のリセットを契機に、軽く模様替えをした。
主にキャビネットの位置を変えただけなのだが、それでも気分は新しくなるものだ。
「どうよ、××」
「うん、こっちのがいい」
テーマは"最適化"である。
家具がぴたりと隙間に嵌まれば、ただそれだけで気持ちがいい。
「今回の模様替えのもっとも革新的な点が、こちらになります」
慇懃にキャビネットの上を指し示す。
「コンセント?」
「はい」
「コンセント、うえもってきたんだ」
「俺、よく飲み物こぼすからな」
「……あー」
「コンセントの延長コードが床になければ、漏電の心配はありません」
「なるほど」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「でも、こぼさないよう、きーつけたらいいんじゃ……」
「ヒューマンエラーは必ず起きるものとして対策を講じたほうがいい」
「ひゅーまんえらー」
「"起きないよう気をつける"じゃなくて、"起きても問題ない"にしたほうが、結果的に被害は少なくて済むってこと」
「そなんだ……」
「簡単に言うと、"自分を信じるな"ってことだ」
「じぶん、しんじないの?」
「全面的にはな」
「わたし、○○のこと、しんじるよ」
「──…………」
「──……」
「……そういうことじゃないんだけど、まあ、うん、ありがとう」
なんか照れる。
「がんばって、ペットボトル、たおさないでね」
「はい……」
まあ、漏電の心配がなくなったとは言え、こぼさないに越したことはないからな。
信用には応えねばなるまい。
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2018年11月4日(日)
壁掛け時計を見上げながら、呟く。
「──二時半、だよなあ」
「うん、にじはん」
「まだ二時半なのに、太陽の光が夕方の色してる……」
「ひーみじかくなったねえ」
「晩秋なんだよな。11月もなかばを過ぎれば、もう冬だ」
「あき、みじかい」
「9月中旬から、11月の中旬まで。秋はだいたい二ヶ月かな」
「ふゆは?」
「11月の中旬から、3月の中旬くらいまで」
「うーと……」
うにゅほが指折り数える。
「よんかげつ?」
「四ヶ月」
「あきのばいだ……」
「一年のうち、三分の一を占めるんだから、そりゃ長いはずだよな」
「うん」
冬の定義は諸説あるだろうが、今回は、初積雪から雪解けまでの期間とした。
そう的外れではないだろう。
「冬至、いつだっけ」
「とうじって、ひる、いちばんみじかいひ?」
「そう」
「クリスマスのまえだよ」
「そんな遅かったっけ」
「うん」
「じゃあ、これからまだ日が短くなっていくのか……」
「そだねえ」
毎年のことなのに、毎年驚いてしまう。
「南極圏や北極圏だと、極夜なんてのもあるから、まだまだ常識的な範疇なのかもしれないけど」
うにゅほが小首をかしげる。
「きょくや?」
「白夜はわかる?」
「ずっとひるのやつ?」
「その反対で、ずっと夜の日があるんだってさ」
「へえー」
うんうんと頷く。
「おもしろいね」
「ちょっと体験してみたいけど、ノルウェーとかまで行かないとなあ……」
さすがに遠い。
北欧に限らず、うにゅほと一緒に海外旅行へ行く機会は、果たして訪れるのだろうか。
訪れない気がする。
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2018年11月5日(月)
──バキッ!
「あ」
トイレ掃除をしていたところ、派手な音を立ててブラシの柄が折れてしまった。
「やっちゃった……」
「○○?」
物音を聞きつけたのか、うにゅほが自室から顔を覗かせる。
「……こんなんなってしまいました」
「まっぷたつ……」
「力、込めすぎたみたい」
「ぷらっちっくだからねえ」
うにゅほは、"プラスチック"を"ぷらっちっく"と発音する。
「どうしようかな。短くなって取り回しはよくなったけど、このまま使い続けるのも貧乏くさい気がするし」
「そだねえ……」
我が家で使っているのは、ブラシ部分が着脱式の、流せるトイレブラシだ。
柄が古くなっても、衛生的には問題ない。
「まあ、そのうち買ってこよう。それまでこのまま使うことにする」
「そか」
ブラシ部分を弾みで便器に落としてしまったので、未使用のものを取り出して装着する。
「○○、といれそうじとくい?」
「トイレ掃除に得意とか苦手って、そんなにないと思うけど……」
「わたしすると、くろいのとれない」
「便器の黒ずみか」
「うん」
「あれ、なんなんだろうなあ……」
「さあー」
よくわからないが、たしかに、流せるトイレブラシでは上手く落とせない。
「俺は、手でスポンジ持って擦ってるよ」
「とれる?」
「というか、そうしないと取れない」
「そなんだ」
「棚にゴム手袋あるから、今度からそれ使うといい」
「はーい」
素手だと、感染症の危険があるからな。
自分たちの使うトイレを綺麗に保つのは、それほど悪い気分ではない。
ピカピカにまでする必要はないが、今後も適度に掃除していこう。
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2018年11月6日(火)
Office2003の互換機能パックが期限切れのためダウンロードできなくなっていたので、会社の経費でOffice2016を購入した。
「──……重い」
マウスホイールをくるくる回しながら、そう呟く。
「ぱそこん、あたらしくしたのに、おもいの?」
「重い──とは、すこし違うかも」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「見比べればわかる」
メインディスプレイにWordファイル、サブディスプレイに適当なテキストファイルを開く。
「まず、テキストファイル」
ホイールを回すと、テキストが上へ下へと移動する。
「どう思う?」
「うーと……」
しばし思案し、うにゅほが答える。
「どうもおもわない」
だろうな。
「では、こちらだ」
今度はWordの上でマウスホイールを回す。
「あ!」
「わかる?」
「すーごいきれい!」
「そう、スクロールが滑らかなんだ」
「へえー」
「文字入力も鮮やかだぞ」
適当に"あいうえお"と入力すると、文字が美しく立ち現れた。
「すごいね!」
「うん。すごいけど、こんな機能いらない」
うにゅほが目をまるくする。
「いらないの?」
「重い原因って、これなんだよ。不必要に綺麗にしようとして、入力した文字が反映されるのにタイムラグがあるんだ」
「あー……」
「文字入力のタイムラグは、そのままストレスに直結する。だから、余計な機能のない2003が好きだったんだ」
「そなんだ……」
「幸い、アニメーション機能はオフにできるから、全部切ります」
「なんか、もったいないね」
「わからんでもないけど、こればっかりはな」
余計な機能に金を払っていると思うと腹が立つが、経費なので我慢する。
Microsoftめ。
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2018年11月7日(水)
「××、綿棒取って」
「はーい」
うにゅほから綿棒を受け取り、消毒用エタノールを染み込ませる。
そして、コードを外したキーボードの隙間に押し込んだ。
「そうじ?」
「掃除。白いから汚れが目立つんだよな」
「あれしないの?」
「どれ?」
「これ」
うにゅほが、何かを引っ張るようなジェスチャーを行う。
「ああ、キートップを引き抜いて掃除ってことか」
「うん」
「そこまでは必要ないんじゃないかな。まだ新しいし」
「そか」
「とは言え──」
改めてキーボードに向き直る。
「よくよく見てみると、けっこう薄汚いな……」
キートップを外すほどではないが、さまざまな汚れが付着している。
適当に動かしてやるだけで、綿棒の両端があっという間に黒く染まった。
「一本じゃ足りない。容器ごと取ってくれるか」
「はーい」
綿棒をエタノールに浸し、隙間をなぞる。
綿棒をエタノールに浸し、隙間をなぞる。
それを繰り返していると、
「……○○」
「ん?」
「やってみたい……」
「あー」
うにゅほの興味を刺激したらしい。
「じゃあ、頼むな」
「うん!」
こういった細かい作業は、俺よりうにゅほのほうがずっと得意だ。
「──おわり!」
たっぷり十分ほどかけて磨き上げられたキーボードは、まさに新品同様。
ホコリひとつない仕上がりだった。
「おー、すごい綺麗だ」
「うへー」
「ありがとな」
「うん!」
「今度掃除するときも、頼むかも」
「まかせて」
うにゅほが控えめな胸を張る。
キーボード沼に鼻先まで浸かった俺は、幾つもキーボードを持っている。
他のもお願いしよっと。
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2018年11月8日(木)
ヘッドホンを外し、トイレに向かおうとしたときのことだった。
「──おっ、と」
何かに足を取られる。
振り返ると、ヘッドホンのコードだった。
当然、コードに引っ張られたヘッドホンは、デスクから滑り落ち──
「ほうッ!」
慌てて伸ばした右足の爪先が、ヘッドホンをなんとか引っ掛けた。
「ふー……」
危なかった。
このヘッドホンは、うにゅほが誕生日にくれた大切なものだ。
それを足で受け止めることの是非はどうあれ、落として壊すよりはずっとましだろう。
「危なかったな、××──」
そう言いながら振り返ると、
「──……すう」
うにゅほが座椅子で寝落ちしていた。
「見てなかったか……」
すこし残念だが、仕方ない。
カービィのブランケットを広げ、うにゅほの膝に掛けてやる。
すると、
「……ん」
薄く目蓋を開いたうにゅほが、くしくしと目元をこすった。
「起こしちゃったか」
「ねてた……」
「眠いなら、あったかくしてベッドで寝たほうがいいぞ」
「だいじょぶ」
あふ、と小さくあくびをする。
「どうでもいい話、していい?」
「うん」
「××が寝てるとき、ヘッドホンのコードを足に引っ掛けて──」
と、先程の出来事の一部始終を語る。
「あし、よくまにあったねえ」
目をまるくしながら、うにゅほがそう返した。
「自分でもそう思う」
「ちょっとみたかった……」
「こればっかりはな」
わざと落として再現するわけにもいかないし。
「そう考えると、ハプニング映像ってすごいよな。全部、たまたま、カメラの前で起こってるんだから」
「カメラないとき、もっとすごいこと、たくさんおきてるのかな」
「そうなんだろうなあ」
「なんか、もったいないきーする」
「わかる」
世界はきっと、奇跡で満ちている。
俺たちが目にできるものは、思いのほか少ないのだろう。
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2018年11月9日(金)
風が強い。
家がぎしぎしと軋む音が、目蓋の裏の暗闇に響いていた。
寝返りを打ち、目を薄く開く。
低気圧のためか、体調がすこぶる悪かった。
「◯◯ぃ……」
ベッドの傍にうずくまったうにゅほが、俺の袖を遠慮がちに引く。
あまりの家鳴りの激しさに、九月の台風を思い起こしているのかもしれない。
うにゅほの頭を撫でてやりながら、呟く。
「──……だるい」
「だいじょぶ……?」
「あんまりだいじょばない……」
「してほしいの、ある?」
「……あー」
特にはないのだが、
「手、握ってて……」
そうしておけば、うにゅほもすこしは安心できるだろう。
「わかった」
ぎゅ。
小さな両手が、俺の手のひらを包み込む。
「……仕事、これ、夜やらないとなあ」
「そだね……」
とてもじゃないが、机に向かえる体調ではなかった。
在宅ワークゆえ時間の融通はきくものの、仮に休んだとしても、代わりに仕事をしてくれる人はいない。
インフルエンザだろうと、入院していようと、課されたノルマはこなさねばらならないのだ。
「まあ、ひと眠りすればよくなるだろ……」
「ねる?」
「寝ようかな」
「……てーつないでていい?」
「体勢、つらくない?」
「ちょっと」
「──…………」
ベッドの隣を、すこし空ける。
「座ってな」
「ありがと」
「寝ててもいいぞ」
「……いいの?」
「なんか、だるくて、どうでもいい……」
「うへー……」
うにゅほが布団に入り込む。
ベッドの端に座ったまま手を繋いでいるより、幾分か楽だろう。
そのまま寝入り、復調したのは、午後五時を過ぎたころのことだった。
仕事はさっき終わった。
疲れた。
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2018年11月10日(土)
引き続き、体調が悪い。
おまけにPCの調子も悪い。
「んー……?」
十日ほど前、不本意な出来事によりWindowsを再インストールする羽目になった。※1
よって、ソフトウェア的にはさほど問題がないはず──
「あ、いらんの入ってた」
ぺいっ、とKB2952664あたりを次々削除する。
「──うん、軽くなった軽くなった」
「あ、ぱそこんなおった?」
「うーん……」
たしかに軽くはなった。
だが、
「なんか、根本的な問題は解決してない気がする」
「そなんだ……」
「まあ、これを見てくれ」
Steamで購入した2Dゲームを起動する。
「あ、かわいい」
「見てのとおり、マシンパワーはさほど必要ないゲームだ」
「うん」
「だけど──」
キャラクターを操作すると、約二秒に一度、引っ掛かるように動きが止まる。
「なんか、かくってする」
「そうなんだよ」
プレイが不可能なレベルではないが、非常にストレスだ。
「この二秒の一度の遅延って、ゲームに限らないらしくてさ」
YouTubeで動画を再生する。
「まあ、普段は気にならないんだけど」
一定の速度でオブジェクトが平行移動するシーンまで飛ばし、画面を指し示す。
「──ほら。同じ周期で一瞬だけ止まるだろ」
「ほんとだ……」
こうなると、ハードウェア自体に何らかの問題があるとしか思えない。
「グラボバリバリ使う3Dゲームは遅延しないから、該当パーツはそれ以外として、怪しいのは電源あたりかなあ」
わからんけど。
「とりあえず、いまより悪くなるようなら相談してみよう」
「おかねかかるね……」
「新しく買うより、ずっとまし」
「そだね」
なるべくなら、パーツの交換だけで解決したいものだ。
※1 2018年11月1日(木)参照
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2018年11月11日(日)
「あ」
カレンダーを見て、ふと気づく。
「今日、11月11日か」
「そだよ」
「ポッキーの日だな」
「あ、ほんとだ」
正確には、ポッキー&プリッツの日であるらしい。
「××、ポッキー食べたい?」
「たべたい、けど」
うにゅほが、いたわるように口を開く。
「◯◯、ぐあいわるいし……」
「うん……」
相変わらず、体調の芳しくない俺だった。
「あ、わたし、コンビニいく?」
「それもなあ」
パシらせてるみたいで、気が引ける。
「なに、11月11日はポッキーの日だけじゃない。そっちでお茶を濁そう」
「なんのひ?」
「たしか、きりたんぽの日だったと思う」
「きりたんぽ、もっとない……」
「まあ、待て。調べてみよう」
調べてみた。
「ピーナッツの日」
「ない……」
「鮭の日」
「ない……」
「もやしの日」
「ない……」
「……食べもの以外にしよう」
「うん」
ぞろ目の日だからか、記念日が多い。
「サッカーの日」
「じゅういちにんだから?」
「十一人vs十一人だからだな」
「なるほど」
「箸の日」
「あ、はしにみえる」
「見えるな」
「へえー」
「あとは、靴下の日」
「くつした……」
うにゅほが、自分の足元を見る。
俺も、うにゅほも、屋内で靴下を履くのがあまり好きではない。
「……冷えるし、今日くらいは靴下履こうか」
「うん……」
11月11日は、靴下の日。
読者諸兄も覚えておこう。
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2018年11月12日(月)
「さむみを感じる」
「さむみ」
「さむみ」
「ねむいの、ねむみ?」
「そう」
「あついの、あつみ」
「……なんか意味が変わってきたな」
「おなかへったの、なんだろ」
「うーん」
「くうふくみ?」
「語呂が悪いな」
「そだね」
「ぺこみにしよう」
「かわいい」
「ぺこみを感じる」
「いたいのは?」
「痛み」
「ふつう」
「患部に痛みを感じる」
「ふつうだ」
「痛みが散るお湯と書いて、痛散湯」
「?」
「なんか、そんなCMがあった」
「へえー」
「──…………」
「──……」
「……寒いな」
「さむみかんじる」
「エアコンつけるか」
「うん」
「あと、××を湯たんぽに任命する」
「はい」
「俺の膝の上で、ぽかぽかするように」
「わかりました」
人肌恋しい季節だ。
くっつく相手がいるのは僥倖である。
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2018年11月13日(火)
「──わかった!」
「!」
唐突な大声に、うにゅほが目をまるくする。
「パソコンの不調の原因が、やあ──ッと、わかったぞ!」
「おー!」
うにゅほが、読んでいた漫画を閉じ、脇に置く。
「なんだったの?」
「パソコンの問題じゃなかったんだよ」
「?」
「問題は、モニタと──」
ビシッ!
デスクの上のあるものを指差す。
「液晶タブレットだ」
「えーかくやつ?」
「そう」
「あんまかんけいないきーする……」
「一目瞭然だぞ」
うにゅほを手招きし、パソコンチェアに座らせる。
「まず、液晶タブレットを接続した状態で、先日のゲームを起動する」※1
「あ、うさぎのやつだ」
ローディング画面を経たのち、ゲームパッドでキャラクターを操作する。
「やっぱし、かくってするね」
「次に、液タブをグラボから引っこ抜く」
すべての画面が暗転し、数秒後、メインとサブのディスプレイのみが復帰する。
「ほら、動かしてみ」
うにゅほにゲームパッドを手渡す。
「うと、……こう?」
キャラクターが右に動き、穴に落ちる。
「おちた」
「落ちても下のマップに行くだけだから」
「ほんとだ」
「動きはどうだ?」
「あ、かくってしない!」
「だろ」
PC本体の不調とばかり思っていたため、気づくのが遅れた。
原因が液晶タブレットでは、仮に修理に出したところで、症状が再現できずに送り返されるのがオチだったろう。
「でも、えーかくとき、どうするの?」
「絵を描くときだけ繋げればいい」
「あ、そか」
「考えてみれば、ずっと接続してる理由ないしな……」
ともあれ、PCの不調はこれにて解決だ。
よかったよかった。
※1 2018年11月10日(土)参照
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2018年11月14日(水)
「……なんか、寝違えたみたい」
「くび?」
「いや、右腕」
「うで……」
うにゅほが小首をかしげる。
「うでって、ねちがえるの?」
「寝違えるんじゃないか。現に、腕上げると痛いし……」
右腕を水平に持ち上げると、
「つ」
強くはないが、確かな痛みを感じた。
「むりしないで」
「しない、しない」
俺だって、痛いのは嫌いだ。
「へんなねぞう、してたのかな」
「かもしれない」
「でも、ねぞう、きーつけれないから……」
「ほんとそれだよな」
たとえ寝相が悪くても、どうにかするのは難しい。
徳川慶喜は、枕の両側に剃刀の刃を立てて寝相を矯正したと言うが、まさかそんな真似をするわけにも行かない。
「あ、かたいたいの、あれかも」
「どれ?」
「しじゅうかた」
「──…………」
四十肩。
四十歳ごろに、肩の関節が痛んで腕の動きが悪くなってくること。
「……まだ早くない?」
「そなの?」
あ、この様子だと、よくわからずに言ってるな。
「俺は、四十肩じゃないと思う……」
「そか」
「違う、はず。きっと」
「?」
幸いなことに、肩の痛みは夕刻には取れた。
ほんのすこしだけ、どきりとさせられた一日だった。
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2018年11月15日(木)
仕事用にリースしているオフィス向けの複合機が、Wi-Fiに繋がらなくなった。
「困ったな……」
PCは二階、複合機は一階だ。
有線で繋ぐことも不可能とは言わないが、あまり現実的ではない。
「なんか、さいきん、おおいねえ」
言葉足らずなうにゅほの意図を汲む。
「PC関係のトラブル?」
「うん」
「ほんとな……」
PCの不調が解決したと思ったら、今度は周辺機器である。
いい加減にしてほしい。
「とは言え、複合機に関しては、できることはほとんどないんだよな」
「そなの?」
「さっき、すこしだけいじってみたんだけど、管理者用のパスワードを求められた」
「あー……」
「まあ、借りてるだけだからなあ」
「どうするの?」
「メーカーに問い合わせて、修理に来てもらうしかない」
「そか……」
複合機本体に貼られている電話番号に掛け、修理の日取りを決める。
「──明後日の午後、来てくれるって」
「おかしとか、いる?」
「複合機を見てもらうだけだから、いらないと思う」
「わかった」
応接間に案内されてお菓子を出されても、修理に来た人も困るだろう。
「しかし、何が原因なんだろうなあ……」
「へんなつかいかた、した?」
「印刷しかしてないよ」
「ういるす」
「Wi-Fiに繋いでるわけだから、可能性はゼロではないけど──」
ふと思いつき、複合機の主電源を切る。
「どしたの?」
「再起動したら直るかも」
「なおるかなあ……」
直った。
「なおるんだ……」
「……俺も、直ると思わなかった」
考えてみれば、PCも、スマホも、調子の悪いときはまず再起動だ。
「修理呼ぶ前に試しとけばよかったなあ」
「ね」
複雑な気分で、キャンセルの電話を入れる俺だった。
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以上、七年め 前半でした
引き続き、後半をお楽しみください
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2018年11月16日(金)
「あ、ねぐせ」
うにゅほが俺の髪を撫でつける。
「ぴこん」
寝癖が跳ねた音らしい。
「それ、直らないんだよ」
「◯◯のかみ、かたいもんねえ」
「いまの長さだと、シャワー浴びても直るかどうか」
「そんなに」
「逆に言うと、その強度の髪に癖がつく睡眠ってすごいよな……」
「なんじかんも、ずっと、だもんね」
「寝癖のつかない寝方のコツとかないのかな」
「うーん……」
「アカシックレコード的なもので調べてみよう」
「べんり」
Googleを開き、寝癖の予防法を検索する。
「……髪を乾かしてから寝る」
「うん」
「乾いてから寝てるんだよなあ」
「ほかにないの?」
「横向きで寝ない、だって」
「よこでねても、ふつうでねても、ねがえりうつきーする……」
「だよなあ」
「ねぐせつかないの、むずかしいね」
「──あ、これはいいかも」
「どれ?」
うにゅほがディスプレイを覗き込む。
「帽子などをかぶって寝る、だって」
「お」
絵本などでよく見るナイトキャップは、そういった用途のものなのかもしれない。
「ちょっと試してみるか」
「ねてるあいだ、とれないかな」
「それはあり得る」
「わたし、おきたとき、ぼうしとれてたら、かぶせる?」
「いや、そのときは素直に諦めよう」
「わかった」
今夜から、帽子をかぶって寝てみよう。
短髪にも効けばいいのだが。
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2018年11月17日(土)
「──…………」
朝起きると、帽子が取れていた。
「××、俺、寝癖ついてる?」
「んー」
うにゅほが俺の後頭部を撫でつける。
「ぴこん」
ついていたらしい。
「意味なかったか……」
「そだねえ」
「帽子、どの時点で脱げたんだろう」
「わたしおきたとき、もうとれてた」
「あー……」
昨夜は朝方まで起きていたから、二、三時間で外れたことになる。
「そら寝癖もつくわな」
「うん」
効果の是非に関わらず、そもそもその効果を十全に受けられていないのだから、それ以前の問題である。
「やはり、最終的には寝相の問題に」
「そこかー」
「ま、いいや……」
小さく伸びをして、ベッドから下りる。
「××、ヨドバシ行くか」
「いく!」
即答である。
「なにかいいいくの?」
「デジカメ用のSDカード。父さんに頼まれててさ」
「そか」
興味なさげに頷く。
うにゅほにとって、何を買うかは重要ではない。
ヨドバシカメラに行くこと自体が、既にイベントのひとつなのである。
「……引きこもり気味で申し訳ない」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「××、免許取らないの?」
「めんきょ……」
「ひとりでどこでも行けるぞ」
「むり」
「無理か」
無理では仕方ない。
「あと、ひとりでどこいっても、いみない」
「──…………」
面映ゆいことを言ってくれる。
「なら、しばらくはこのままだな」
「うん、このまま」
うにゅほがそれを望む限り。
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2018年11月18日(日)
「……だるい」
「うん」
「眠い」
「うん」
「だる眠い」
「ねよ」
「もう四時なんだよなあ……」
休日が、すべて、睡眠に奪われてしまった。
「これ以上寝ると、腰が痛くなる」
「そか……」
秋から冬へと移り変わる際は、毎年こんなものだ。
「真冬になれば安定するんだけどな」
「うん……」
小さく目を伏せるうにゅほの髪を、手櫛で梳いてやる。
「心配ないさ。慣れてるよ」
この厄介な体を引きずって、ここまで歩いてきたのだ。
今更、思うところもない。
「締め切りのあるものは十月中に全部出せたし、今月はゆっくり休むことにする」
「うん」
「十二月になれば、まあ、体調も戻るだろ」
「……うん」
「そんなことより、今日は外食なんだろ」
「そだよ」
「出掛ける前に、日記書いとくか」
ベッドから下り、PCへ向かう。
「◯◯、にっき、ぜったいやすまないね」
「毎日書くから日記って言うんだぞ」
Wordを起動し、今日の日付を入力したところで、手が止まった。
「──…………」
「?」
「……書くことがない」
「あー……」
理由は単純である。
起きてから、まだ、十分しか経っていないからだ。
「──今日は何の日でしょー、か!」
「あ、なんのひしりーずだ」
「書くことがないもので……」
「うーと、いい、いい……、いい、なんかのひ」
「十一月は、たいてい、"いい◯◯の日"になるよな」
「でも、じゅうはちにち、むずかしい」
「語呂合わせ、ないかもなあ」
検索してみる。
「雪見だいふくの日、だって」
「ゆきみだいふく」
「パッケージを開けたとき、付属のスティックとふたつの雪見だいふくで、18に見えるから──らしい」
「……いち、ちいちゃいね」
「俺もそう思う……」
記念日には、無理のあるものが多い気がする。
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2018年11月19日(月)
コンビニで、不可解な飲み物を発見した。
「……濃厚ミルク仕立て、クリーミーミルク」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「ミルクじたての、ミルク?」
「そう書いてる」
「それ、ただのミルクのきーする……」
「ごはんにごはんを乗せて、ごはん丼──みたいな何かを感じる」
「それ、おおもりごはん……」
「気になるし、買ってみるか」
「うん」
ハズレだった場合を考慮して一本だけ購入し、イートインスペースに腰を下ろす。
「では、飲んでみます」
「はい」
ストローを挿し、ちゅうとひとくち。
「──…………」
「おいしい?」
「んー」
「まずい?」
「××も飲んでみ」
「うん」
容器ごと差し出すと、うにゅほがストローに吸い付いた。
ちゅー。
「あ、おいしい」
「なんか、あれみたいな味するな」
「どれ?」
「ロッテリアのバニラシェーキ」
「わかるわかる」
「"クリームをブレンドした濃厚ミルクに、アクセントとしてバニラ風味をきかせました"──だって」
「やっぱしバニラなんだ」
「頭痛が痛いみたいな商品名だけど、悪くないな。見つけたらまた買おう」
「そだね」
気になってまんまと手に取ってしまったのだから、これはこれでクレバーな商品名なのかもしれない。
意図したものかどうかは、怪しいところだと思うけれど。
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2018年11月20日(火)
窓の外の異音に目を覚ますと、みぞれが降りしきっていた。
「寒いはずだ……」
冬の足音は、激しい。
出遅れたからかもしれない。
「あ、おはよー」
「おはよう」
「さむいねえ」
「問答無用で冬って感じだな」
「きょう、びょういん?」
「病院」
「ふゆようのコート、だしたほういいかな」
「まだ早いんじゃないか」
「そかな」
「気温が氷点下まで行かないと、コート濡れるぞ」
「あ、そか」
雪なら払えばいいが、みぞれではそうは行かない。
「××、あられとみぞれの違いってわかる?」
「わかるよ」
「……わかるの?」
意外だ。
「あられは、こおりのつぶ。みぞれは、あめとゆきがまじったの」
「正解」
「まえ、◯◯いってた」
「あー……」
説明したかもしれない。
「じゃあ、あられと雹の違いは?」
「ひょう?」
「雹も、空から降ってくる氷だろ。定義の違いがあるはずだ」
「うと……」
しばし思案したのち、うにゅほが小さく首を横に振る。
「わかんない」
「正解は、大きさです」
「おおきさ?」
「具体的には忘れたけど、何ミリ以上が雹、未満があられって定義されてる」
「へえー」
「関係ないけど、イルカとクジラの違いも大きさだけだぞ」
「え!」
「たしか」
「……ほんと?」
「聞きかじりだけど、そのはず」
「へえー」
初雪が降ったのなら、そろそろストーブを出すべきだろうか。
エアコンの力不足を感じる今日このごろである。
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2018年11月21日(水)
「寒い……」
「さむいねえ……」
膝の上のうにゅほを抱きながら、寒さに打ち震える。
「エアコンつけないの?」
「つける」
「じゃあ、つけてくるね」
膝から下りようとするうにゅほを、しかと抱き締める。
「待った」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「考えてみれば、これからもっともっと寒くなるわけです」
「ですね」
「この程度で寒がっていては、真冬の気温に耐えられないのではないでしょうか」
「なるほど……」
「というわけで、エアコン以外の方法で暖を取ってみたいと思います」
「わかりました」
「××、靴下履いてる?」
「はいてる」
「俺は膝あったかいけど、××は?」
「さむい……」
「じゃあ、ブランケットだな」
星のカービィのブランケットを広げ、うにゅほの膝に掛ける。
「これ、さわりごこちよくて、すき」
「いいよな」
「でも、まださむいねえ……」
「次は半纏だな。二人羽織しよう」
「うん」
半纏の紐を解き、うにゅほに覆い被せる。
広い袖に二本の腕が通り、密着感が遥かに増した。
「はー、あったか……」
「だいぶ暖かくなったな」
「うん」
「室温は17℃だけど、外は何度なんだろう」
iPhoneを手に取り、天気アプリを起動する。
「……-6℃?」
「え」
「はーいエアコンつけましょう!」
「そだね……」
半纏を二人羽織にしたまま、のたくたとエアコンの電源を入れる。
北海道はとっくに冬なのだった。
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2018年11月22日(木)
両親の寝室から窓の外を覗き見ると、世界が真っ白に染まっていた。
「わあー……!」
「うわ……」
どちらがどちらのリアクションか、いまさら記す必要もあるまい。
「初雪は根付かないけど、今年はさすがに根雪になるかもな……」
「はつゆき、おそかったもんね」
「毎年そんなこと言ってる気もするけど」
「あー」
「そして、結局根雪にならない」
「たしかに」
「なんだかんだ解けるよ、きっと」
「そか……」
うにゅほが残念そうに頷く。
「しかし、いままで力を溜めてたみたいに、一気に降り出したなあ」
「ぼたゆき、すごいね」
「重いぞこれは」
「ぼたぼたしてるから、ぼたゆき?」
「ぼたぼた……」
そんなオリジナルの擬態語を引き合いに出されてもなあ。
「牡丹みたいな雪と書いて、ぼたゆき。牡丹の花びらみたいに、大きく、まとまって降るから、そう名付けられたんだろうな」
「ふぜいがありますね」
「美しい日本語です」
「こなゆきは、こなみたいなゆきだから、こなゆき」
「だな」
「はつゆきは、はじめてふるゆきだから、はつゆき」
「そうそう」
「ゆきむしは、ゆきみたいなむしだから、ゆきむし」
「初雪の降るすこし前に出てくるから、余計に雪を彷彿とさせるんだろうな」
「へえー」
「あれ、本当はアブラムシなんだぞ」
「そなの?」
「たしか、そのはず」
「そなんだ……」
そんな豆知識を披露しながら、自室へ戻ってストーブをつける。
なんとなく"牡丹雪"で辞書を引いてみたところ、"ボタンの花びらのように降るからとも、ぼたぼたした雪の意からともいう"と記されていた。
うにゅほは正しかったのだ。
頭から否定した自分を恥じる俺だった。
-
2018年11月23日(金)
Steamでディスガイア5を購入して以来、ゲーム漬けの毎日が続いている。
「──…………」
「──……」
うにゅほを膝に乗せたまま、延々とレベル上げを行う。
「◯◯」
「んー」
「どのくらいつよくなった?」
「ラスボスワンパンどころか、負けることが事実上不可能になった」
ダメージ食らわないし、勝手に反撃するし。
「まだつよくするの?」
「隠しボスは、もっと強い」
「どのくらい?」
「まだ挑んでないからわからないけど、たぶん億ダメージを出せるようにならないと……」
「おく!」
うにゅほが目をまるくする。
「いま、ひゃくまんくらい……」
「そうだな」
「……ひゃくばいかかる?」
「かからない、かからない。加速度的に成長するから」
「そか……」
「1と2は200時間くらいやったけど、5はどうかな」
「いま、なんじかん?」
「75時間くらい」
「ななじゅうごじかん……」
「……よく考えたら、丸三日もこのゲームやってるのか」
麻痺していたが、すごいことだ。
「にひゃくじかん、いちばんくらい?」
「ゲームのプレイ時間ってこと?」
「うん」
「いや──」
もっと、桁違いにプレイしているゲームがある。
「elonaは、1000時間は軽く……」
「せん」
「1000」
「──……せん!?」
うにゅほが目を白黒させる。
「まじか……」
「マジです」
1000時間。
よくもまあ、そこまで費やせたものだ。
そんな話をしていたら、またプレイしたくなってきた。
やらないけど。
-
2018年11月24日(土)
午睡から目覚め、のろのろと着替えをする。
「きょう、ともだちとのみいくんだっけ」
「そう」
「ふゆだもんね、しかたないね……」
年末になると、忘年会やら何やらで、うにゅほを置いて出掛けなければならないことが多くなる。
こればかりはどうしようもない。
「なんじくらい、かえってくる?」」
「そんなには遅くならないと思うけど……」
「ほんと?」
「はしご酒って相手でもないし」
「そか……」
うにゅほが、ほっと胸を撫で下ろす。
「おきてていい?」
「いいけど、寒かったらちゃんとストーブをつけておくこと」
「わかりました」
うにゅほが、神妙な顔で頷く。
この反応なら大丈夫だ。
「ココアとコーンスープ、どっちがいい?」
「うと、ココアかなあ」
「了解」
うにゅほを置いて飲みに出掛けた冬の日は、ココアかコーンスープをお土産に買ってくる。
理由は特にない。
ただ、なんとなく続いている習慣だ。
「……免罪符のつもり、なのかもなあ」
「?」
「いや、独り言」
「そか」
自分の気持ちは、自分でもよくわからない。
「じゃあ、行ってきます」
「うん、いってらっしゃい」
うにゅほに見送られ、家を出て──
帰宅したのは午前一時だった。
「──…………」
「……たいへん申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げる。
「終電を逃してしまいまして……」
「……ココア」
「は、ここに……!」
まだ温かいココアを差し出す。
「……あんましおそいと、しんぱいするんだからね」
遅くなる旨は連絡してあるが、そういう問題ではない。
「ごめんな」
「うん」
小さく頷いて、うにゅほがココアをひとくち啜る。
「寝るとき、歯磨きし直さないとな」
「うん、わかった」
本当に免罪符になってしまった。
次からは気をつけよう。
-
2018年11月25日(日)
沈みゆく太陽を見つめながら、呟く。
「連休が……終わっていく……」
「そだね……」
「なーんかぼんやり過ごしちゃったなあ」
「ずっとゲームしてたもんね」
「ディスガイアも、育成限界が見えたから、だんだん飽きてきちゃったし……」
ここまで来ると、攻略サイトに書かれている内容をなぞるくらいしか、できることがない。
それはあまりに虚しい作業だ。
「……床屋行けばよかったかなあ」
「かみ、もうきるの?」
「横に跳ねてきたからな」
「ぼうず?」
「これからの季節、坊主はつらいだろ」
「さむいもんね……」
「ツーブロックみたいにしようかと思って」
「つーぶろっく」
「横と後ろを刈り上げて、上は残す──みたいな」
「あー」
「そういう髪型、見たことあるだろ」
「あれ、つーぶろっくっていうんだ」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「にあうかな」
「似合うと思う?」
「うん」
「わからないぞ。コボちゃんみたいになるかも」
「コボちゃん?」
うにゅほが小首をかしげる。
「知らないのか……」
「しらない」
考えてみれば、触れる機会もないものな。
「読売新聞とってたのって、××が来る前だったっけ」
「しんぶん……」
「新聞のテレビ欄の裏には、決まって四コマ漫画が載ってるんだよ」
「へえー」
「小学生のころ、なんでか切り抜いて集めてたっけなあ……」
懐かしい。
まだ連載しているのだろうか。
何故かコボちゃんに思いを馳せる連休最後の夕刻なのだった。
-
2018年11月26日(月)
「◯◯、◯◯」
「んー?」
うにゅほが、カレンダーを指し示す。
「いいふろのひ」
「いい風呂の──ああ、11月26日だからか」
「うん」
「急にどうしたんだ」
「にっき、かくことないかとおもって」
「あー……」
たしかに。
今日、何もしてないもんな。
「お気遣い、ありがとうございます」
「いえいえ」
ぺこりぺこりと頭を下げ合う。
「かけそう?」
「いい風呂の日だけだと、さすがにパンチが足りないな」
「そか……」
「どうせなら、銭湯へ行くくらいのイベント感が欲しい」
「せんとう、いく?」
「絶対混んでる」
「そだね……」
「銭湯らしい銭湯って、近場にないしな」
「たしかに」
「いまから定山渓とか、そこまでフットワーク軽くないし……」
「じょうざんけいおんせん?」
「行ったことあったっけ」
「ない」
「じゃあ、今度──」
言いかけて、はたと気づく。
「……温泉だと、男湯と女湯で別れるな」
「あ」
銭湯もだけど。
「こんよく……」
「混浴なんてそうないし、そもそも××の肌を他人に見せたくない」
「……うへー」
うにゅほがてれりと笑う。
「まあ、そのうちどっか行くかー……」
「うん」
この漠然とした約束が果たされるのは、雪が解けてからになるだろう。
冬場は引きこもるに限る。
-
2018年11月27日(火)
母親を伴い救急病院から帰宅すると、午前六時を過ぎていた。
そのまま泥のように眠り、起床したのち、蚊帳の外だった弟に事の次第を説明する。
「朝の四時半くらいに父さんに起こされてさ。母さん、蕁麻疹が出たって言うんだよ」
「蕁麻疹……」
「ブツブツはできてなかったけど、とにかく両手が痒いんだって」
「てー、あかくなってた」
「で、俺と××で救急病院連れてって、診察してもらったんだ」
「……××、大丈夫だったの?」
「大丈夫じゃなかった。ずっと半泣きだった」
「やっぱり」
「うへー……」
うにゅほが苦笑する。
「で、原因はなんだったのさ」
「さばだって」
「鯖って、夕飯の鯖の味噌煮?」
「うん」
「もともと体調が悪いところに、あたりやすい鯖を食べたのがよくなかったらしい」
「あー……」
ヒスタミン中毒、というやつである。
「あれるぎーのくすりと、かゆみどめもらった」
「それでひとまず様子見だってさ」
「俺が寝てるあいだに、そんなことがあったんだ……」
「のんきにぐーすか寝やがって」
「あとから言うなよ」
弟が、不満げに口を尖らせる。
「冗談、冗談。起こしても杞憂になりそうだったからな」
「××は起きちゃったのか」
「おきちゃった」
「父さん声でかいし」
「わかる」
「症状が悪化するようならまた病院って話だったけど、快方に向かってるみたいだし、たぶん大丈夫じゃないかな」
「そっか」
弟が、ほっと息を吐く。
なんだかんだと心配ではあったのだろう。
「それより、俺の生活サイクルが狂いそうなのが問題だ……」
「それはどうでもいい」
俺には冷たい弟なのだった。
-
2018年11月28日(水)
「──…………」
ずぞ。
鼻を啜る。
すこぶる喉が痛かった。
「……はい、風邪を引きました」
「!」
うにゅほが俺に抱きつき、すんすんと鼻を鳴らす。
「ほんとだ……」
「風邪の匂い、するか」
「する」
うにゅほは、俺の体調を、匂いで検知することができる。
曰く、ラムネと何かが入り混じったような匂いがするらしい。
「まっててね」
そう言い残し、うにゅほが階下へ駆けていく。
しばらくして戻ってきたうにゅほの手には、体温計と風邪薬、サージカルマスクが握られていた。
「ねつ、はかりましょう」
「あい」
素直に熱を測る。
36.8℃
「あるような、ないような……」
微妙なところだ。
「くすりのんで、ねましょうね」
「はい」
風邪薬を飲み、マスクを装着し、ベッドに潜り込む。
「……××も、マスクな」
「うん」
まだ母親も完治していないのに、ふたり揃って倒れては事である。
「どこでもらってきたんだろう……」
「きのう、きゅうきゅうびょういんかなあ」
「いや、風邪には潜伏期間がある。だから、二、三日くらい前の──」
「あ、のみいったとき?」
「それだ」
地下鉄か居酒屋かはわからないが、近くに風邪を引いた人がいたのだろう。
「人混みのある場所に行くときは、マスクしたほうがよさそうだなあ……」
「ね」
風邪は、予防が大切である。
引いてからでは遅いのだ。
-
2018年11月29日(木)
引き続き、風邪を引いている。
腋窩で電子音を鳴らす体温計を引き抜き、表示盤を確認する。
37.4℃
「熱が上がってきた……」
「びょういん、いこ」
「病院……」
ごろんと寝返りを打ち、うにゅほに背中を向ける。
「いきたくない?」
「着替えて、運転して、一時間待って、診察して、ようやくもらえるのがただの風邪薬だからなあ……」
インフルエンザじゃあるまいし、普通の風邪で病院へ行くのは馬鹿らしい。
「寝てれば治る、寝てれば」
「そか……」
「……心配かけて、ごめんな」
「うん」
どうにも病弱な肉体である。
もうすこし丈夫に生まれつきたかったが、こればかりはどうしようもない。
配られたカードで勝負するしかないのだ。
幾度も眠り、幾度も目覚め、浅い夢を繰り返す。
「──…………」
寝癖の跳ねた髪の毛を撫でつけながら上体を起こすと、うにゅほが座椅子で寝落ちしていた。
その手には、昨日も飲んだ風邪薬の小箱が握られている。
うにゅほを起こさないように小箱を抜き取り、洗面所でカプセルを飲み下す。
そこで、ようやく気がついた。
「……これ、鼻炎の薬だ」
くしゃみ、鼻水、鼻づまりと書いてあるから、うにゅほが間違えたのだろう。
慌ててたのかな。
微笑ましい気分になって、薬の小箱をポケットに突っ込んだ。
気がつく前に隠してしまおう。
丸一日眠り眠って、体調もだいぶ良くなった。
だが、油断は禁物だ。
しばらくは安静にしておこうと思った。
-
2018年11月30日(金)
「──ごほッ! こほ、ごホッ!」
鼻水に加え、咳まで出始めた。
「びょういん……」
「いや、──こほッ、熱は下がったから……」
「そだけど」
温湿度計を覗き込む。
湿度43%
すこし低めだ。
「加湿、しとくか」
「うん」
加湿空気清浄機からタンクを抜き取り、側面下部にあるトレイを取り外す。
──バリッ!
「あー……」
「すごいおとした」
乾いた汚れが貼り付き、天然の接着剤と化していたらしい。
うにゅほがトレイを覗き込み、呟く。
「きたない……」
「去年もこんな感じで、こほ、浸け置き洗いしたんだったな」
「うん」
「たまに掃除すればいいんだろうけど、つい忘れちゃうんだよなあ……」
「ねー」
洗面所に湯を張り、洗剤を混ぜてトレイを入れる。
「一時間くらいでいいかな」
「そしたら、わたし、スポンジでこするね」
「頼──ゴホッ、頼む」
「うん」
トレイを浸け置きしたあと、階段を下りて玄関へ向かう。
「◯◯?」
「んー」
「どこいくの?」
「コロの墓」
「あ、そか」
今日は、愛犬の命日である。
「風邪引いてなければ、ジャーキーでも買ってきたんだけどな……」
「おまいりしたら、すぐはいろうね」
「ああ」
庭の墓石にさっと手を合わせ、体が冷えないうちに自室へ戻る。
年を追うごとに、墓参りの時間が短くなっていく。
愛犬の記憶も、既に遠い。
悲しみが癒えることに一抹の寂しさを感じる冬の一日だった。
-
以上、七年め 後半でした
引き続き、うにゅほとの生活をお楽しみください
-
もう続けなくていいぞ
永久に眠っていろ
-
2018年12月1日(土)
なんだかんだあって、家族全員がiPhoneXSに機種変することとなった。
「けいたい、いいのに……」
「持っとけ持っとけ」
「うー」
これまで携帯電話の所持を頑なに固辞し続けてきたうにゅほも、とうとうiPhoneユーザーの仲間入りだ。
「迷子になったとき、携帯があればすぐ合流できるんだぞ」
「ならないもん」
「ならないけど、万が一ということもある」
「あるけど……」
ふと疑問に思う。
「なんでそんなに嫌なんだ?」
「だって、ふたりのけいたいだから……」
「あー」
理解した。
自分の携帯を持つのが嫌なのではなく、俺と一緒の携帯を使えなくなるのが嫌なのだ。
それなら事は簡単である。
「××の携帯は、連絡専用にしよう」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「俺の携帯は、今までどおり、ふたりで仲良く使う。出掛けるときだけ、連絡用に、××の携帯を持って歩く」
「おー」
感嘆の声を上げながら、うにゅほがうんうんと頷いた。
「それなら文句ないだろ」
「ないです」
「充電は欠かさないように」
「はい!」
問題があるとすれば、
「……完全に、宝の持ち腐れってことだよなあ」
この用途であれば、キッズ携帯でなんの問題もないのだ。
まあ、うにゅほの携帯代は俺持ちじゃないし、深く考えないことにしよう。
-
2018年12月2日(日)
今日は、弟の誕生日である。
「××、母さんと一緒に財布プレゼントしたんだっけ」
「うん」
あとで見せてもらおう。
「俺はどうすっかなあ……」
まったく、すっかり、一切合切、何も考えていなかった。
こんなときは本人に聞くのがいちばんだ。
うにゅほを引き連れて弟の部屋へ赴き、開口一番こう尋ねた。
「ヘイブラザー、欲しいものはなんだい」
「欲しいもの……」
「あ、誕生日おめでとうございます」
「おめでとうございます」
うにゅほとふたり、ぺこりと頭を下げる。
「はいはいどうも。いま欲しいものと言ったら、iPhoneケースくらいだけど」
「まだ注文してなかったのか」
「ふたりはしたの?」
「したよ」
「うん、した」
「どんなのにした?」
「俺は、アルミ製のバンパー。側面だけ覆うやつ」
「××は?」
「なんか、とうめいなやつ」
「適当でいいって言うから、二千円くらいで適当なの選んで買った」
「へえー」
「じゃあ、弟のも俺が買うってことでいいか?」
「ああ、それでいいよ」
「了解」
安く上がりそうでよかった。
「でも、軽く検索したんだけど、欲しいのが見つからなくてさ」
小首をかしげ、うにゅほが尋ねる。
「どんなの、いいの?」
「まず、手帳型ね」
「うん」
「ストラップが付けられるやつがいい」
「フムフム」
「で、ストラップの穴は、下のほうにないと嫌だ」
「……××さん、注文多いと思いませんか」
「おおいですね……」
「前のがそうだから、使用感を変えたくないんだよ」
「わかるけどさ」
「でも、どのケースにストラップの穴があるのかすら、よくわからなくて……」
「Amazonでも楽天でも、検索するときに"ストラップホール"って単語を噛ませると、その商品だけ出てくるぞ」
「……マジで?」
「やってみ」
弟がキーボードを叩く。
「本当だ……」
「そこまで絞れれば、欲しいのも見つかるだろ。決まったら教えてくれ」
「わかった、ありがと」
「あと、財布見せて」
「はいはい」
買ったばかりの革製の長財布は、シンプルで高級感のあるものだった。
なかなかセンスがあるじゃないか。
-
2018年12月3日(月)
「──えほッ! げほ、げほッ!」
風邪は治りかけているのだが、いまだに痰が絡む。
「はい、ティッシュ」
「あんがと」
うにゅほからティッシュを受け取り、痰をくるんで捨てようと──
「おわ」
「どしたの?」
「いや、痰が緑色でさ」
「!」
うにゅほが目をまるくする。
「一瞬びっくりしたけど、よく考えたら、さっき青汁飲んだからだわ」
「あ、そか」
間抜けな話である。
「たんって、なに?」
「痰か……」
考えたこともなかった。
「奥に流れ落ちた鼻水が、喉に引っ掛かってるのかなあ」
「そなんだ」
「いや、適当言った。たぶん違う」
キーボードを叩き、検索する。
「──喉の粘膜が炎症を起こして出る、分泌液のことなんだって」
「のどからでるんだ」
「色がついてるのは、細菌と白血球の混じったものらしい」
「◯◯の、いろついてる?」
「ついてますねえ」
「じゃあ、かぜ、まだなおってないんだねえ……」
「風邪の匂いはする?」
「んー」
うにゅほが、俺の首筋に鼻先を埋める。
すんすん。
「すこしする」
「痰は喉から出るってわかったけど、風邪の匂いはどこから出てるんだろうなあ」
「わかんない……」
長引く風邪も、そろそろ治りそうだ。
油断せず、暖かくして過ごそう。
-
2018年12月4日(火)
ふと、かつて読んだ物語が脳裏をよぎった。
「あの小説、なんてタイトルだったっけ……」
「?」
考え事が外に漏れていたらしく、うにゅほが小首をかしげた。
「どんなしょうせつ?」
「ああ、いや、××はわからないと思う」
むうと口を尖らせて、うにゅほが主張する。
「わかんないか、わかんないよ」
「だって、高校の教科書に載ってた小説だぞ」
「わかんない……」
そりゃそうだ。
「おもしろかったの?」
「どうだろう。不思議な小説だったことは覚えてる」
「どんなはなし?」
「主人公が、列車に乗るんだ」
「うん」
「そのまま次の駅を目指すんだけど、着くと予定よりすこし遅れてる」
「うん」
「その遅れは、駅に止まるたびにひどくなって、数日、数ヶ月、数年と折り重なっていく──みたいな話」
「うーん……?」
「よくわからないだろ」
「よくわかんない」
「俺も」
「◯◯もわかんないの?」
「何かの比喩なんだろうけど、ピンとは来ないよな」
「そだねえ」
「でも、妙に記憶に残っててさ。できることなら、また読んでみたい」
「しらべたらわかるかも」
「ネットか。随分前に検索した記憶が──」
言いながらキーボードを叩く。
すると、ヤフー知恵袋に、ほぼ同じ内容の質問が投稿されているのを発見した。
ベストアンサー曰く、
「……ディーノ・ブッツァーティ、急行列車。これっぽい」
「いんたーねっと、すごいね!」
「収録されてる短編集もわかったから、さっそく買ってみよう」
「うん」
「楽しみだ……」
「よかったね」
これほどまでに届くのが待ち遠しい買い物は、久しぶりかもしれない。
-
2018年12月5日(水)
「──…………」
むくりと起き上がる。
「……おはよう」
「おはよー」
「すげえ気持ち悪い花を見つける夢を見た」
「きもちわるいはな……」
「気持ち悪い花」
好奇心を刺激されたのか、うにゅほが小さく身を乗り出した。
「どんなはな?」
「高さが三メートルくらいあって、茎がそこらの樹木よりずっと太く、上に行くに従って細くなっていく」
「うん」
「茎の頂点に、ラフレシアより大きな牡丹に似た花が咲いてるんだ」
「……うん」
「シルエットで言うと、グルグルの"長い声のネコ"みたいな感じ」
「わかりやすい」
「花の色は赤と黒のまだら。中心に当たる部分に、円形に並んで種ができていて、ここがいちばん気持ち悪い」
「──…………」
神妙な顔をして、うにゅほが俺の言葉を待つ。
「種の質感は、剥き身のエビみたいにぷりぷりしてるんだけど、形状が人間の右手なんだよ」
「!」
「右手そっくりの種が、次の右手の手首を掴む形で、ぐるりと円を描いてるんだ」
「うひぇ」
「気持ち悪いだろ」
「きもちわるい……」
「で、夢のなかの俺は、すげえ気持ち悪い花見つけたって超喜んでて、××に見せてあげないとってずっと思ってた」
「みたくないです」
「見せたかったなあ」
「みたくないです……」
「まあ、でも、ちょっと面白い夢だろ」
「うん、おもしろい」
「××は、どんな夢見たんだ?」
「うーと──」
しばし思案したのち、うにゅほが答える。
「わすれた……」
起きた直後でなければ、そんなものだろう。
「おもしろいゆめみたら、◯◯におしえるね」
「頼んだ」
夢の話は、けっこう好きだ。
楽しみにしておこう。
-
2018年12月6日(木)
「──げほッ、えほんッ!」
切った痰をティッシュにくるみ、丸めて捨てる。
「だいじょぶ?」
「風邪、ほとんど治ったけど、痰だけ止まらないなあ……」
「くるしくない?」
「苦しくないよ。ちょっと咳が煩わしいけど、それだけだ」
「そか」
安心したように、うにゅほがほっと息を吐く。
「しかし、一週間か。長引いたなあ」
「そだねえ」
「今年の風邪が長引くタイプなのか、年を取って免疫力が弱まったのか」
後者かもしれない。
「××も気をつけろよ。うがい、手洗い、マスクは必須」
「うん」
俺も、うにゅほも、この一週間、サージカルマスクを着けっぱなしである。
ひとつ屋根の下どころか、四六時中同じ部屋で暮らしているのだから、それくらいは当然だ。
「咳さえ止まれば、マスクもいらないと思うんだけどな……」
いい加減、鬱陶しい。
「さいきん、◯◯のかお、みてないきーする」
「ごはん食べるときは外してるだろ」
「そだけど」
「……でも、言われてみれば、俺も××の顔あんまり見てない気がするな」
「でしょ」
「ちょっと外してみるか」
「うん」
先んじて咳払いをしたのち、サージカルマスクを外し、互いの顔を確認する。
「──…………」
「──……」
なんだか照れる。
「よし、ここまで!」
一方的にマスクを着け直すと、
「えー」
うにゅほが不満げに口を尖らせた。
「もすこしみたい」
「風邪治ったらな」
「はーい」
治るまでに、ちゃんとヒゲを剃っておこうと思った。
-
2018年12月7日(金)
「──行くか」
「うん!」
吹雪舞うなか、玄関先へと躍り出る。
「思ったほどは積もってない──かな?」
「でも、べたゆき」
「そこなんだよなあ」
気温が半端に高いせいか、雪が水気を含んでいる。
解けかけた雪は、氷に近くなる。
きめの細かいかき氷と、氷の塊、どちらが重いかは言うまでもない。
「よッ、と!」
雪の下にジョンバを挿し込み、跳ね上げる。
予想通り、重い。
「……これは苦労するぞ」
「うん!」
今冬初の雪かきとあって、うにゅほの鼻息が荒い。
やる気に満ち満ちている。
だが、
「んー……ッ!」
やる気と筋力とは比例しないのだった。
「××、一気に運ぼうとしないで、すこしずつ小分けにして集めよう」
「はーい」
敷地内の雪を掻き集め、スノーダンプで公園に打ち捨てること小一時間。
「終わったー……!」
「おわった!」
「いえー」
「いえー」
うにゅほとハイタッチを交わし、除雪用具を片付ける。
「久しぶりの雪かきはどうだった?」
「ぽかぽかする」
「たしかに」
少々汗ばむほどだ。
「たのしかったけど、ゆき、おもかった……」
「それな」
「もっとさむくならないかなあ」
「……それはちょっと複雑かな」
寒くなれば雪かきは楽になるが、寒さゆえの弊害も多い。
あちらを立てればこちらが立たず、である。
「まあ、今年も、嫌ってほど雪かきする羽目になるさ……」
「うん!」
"好き"はひとつの才能である。
俺も、うにゅほのように、雪かきを楽しめればいいのだが。
-
2018年12月8日(土)
今日は、職場の忘年会である。
「……二次会に連れて行かれる気配がぷんぷんしてるから、今日は先に寝てていいからな」
「うん」
うにゅほが頷く。
「寝てていいからな……?」
「うん、ねてる」
本当かなあ。
怪しみながら、タクシーで会場へ向かう。
居酒屋だのスナックだのいろいろ連れ回されて、帰宅したのは午前一時半のことだった。
「ただいまー……」
自室の扉を静かに開くと、案の定明かりがついていた。
やはり。
そんな気はしていたのだ。
「──…………」
冷え切った部屋のなか、うにゅほはパソコンチェアの上で丸くなっていた。
「××」
「!」
うにゅほが目を開く。
「……あ、おはえりなさい……」
「寝てていいって言ったろ」
「ねてた……」
「そういう意味じゃなくてさ」
「うん……」
わかっている。
俺も、うにゅほも、わかっているのだ。
だが、この行為こそが、うにゅほのささやかな抵抗なのだろう。
「……ずるいよ、××は」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「なんでもない」
「そか」
「ココアとコーンポタージュ、どっちがいい?」
「コーンポタージュがいい」
「じゃあ、こっちな」
「はい」
帰り際にコンビニで購入したコーンポタージュを手渡し、うにゅほを抱きすくめる。
「わ」
「……冷たい」
「そかな」
「頼むから、ストーブはつけといてくれ」
「うん」
飲み会は、今回だけではない。
素直に言うことを聞いてくれればいいのだが。
-
2018年12月9日(日)
母親が新車のキャストを購入したため、傷みの激しかったミラジーノはあえなく廃車と相成った。
「ミラさん……」
「下回りが随分錆びてたからな。仕方ないよ」
「うん……」
しゅんとするうにゅほの頭を撫でてやりながら、愛車とのこれまでを思い出す。
「ミラジーノも、けっこう長く乗ったなあ。五年くらいか」
「そのくらいとおもう」
うにゅほがうちに来て、七年ちょっと。
思い入れが深くなるのも当然だ。
廃車の話が出たときも、それとなく反対していたし。
「あれで、いろんな場所に行ったな」
「うん、いった……」
「ちょっと加速は遅いけど、愛嬌のあるいい車だった」
「うん……」
幾つもの思い出が去来する。
だが、まあ、それはそれとして、
「母さんの新しい車、見た?」
「みた」
「乗った?」
「うん、のせてもらった」
「そっか、俺まだ乗ってないんだよな。どうだった?」
「あたらしいにおいがした」
「……それだけ?」
「だって、キャストのこと、まだよくしらないし……」
思春期の中学生みたいなことを言いおる。
「あれ、今回は呼び捨てなんだな」
「?」
「ミラジーノは、ミラさん。コンテはコンテさん。ライフはライフくん」
「ほんとだ……」
無意識だったのか。
もしかすると、ミラジーノの代わりに来たキャストのことを、うにゅほはまだ家族と認めていないのかもしれない。
頑張れキャスト。
どう頑張るのかは知らないけれど。
-
2018年12月10日(月)
冬靴を購入した帰りに立ち寄ったゲームセンターで、面白いものを見つけてしまった。
「PC専用のワンセグチューナーか……」
なんでもあるなあ。
「わんせぐ?」
「画質は悪いけど手軽に見れるテレビ──みたいな」
「へや、テレビあるのに?」
「あるけど、アンテナ端子の場所が悪い。寝室側に行かないとテレビ見れないじゃん」
「たしかに……」
「おもちゃみたいなもんだと思うけど、取れたら取ってみよう」
「……あんましおかねつかったら、だめだよ?」
「とりあえず、財布の小銭ぶんだけ」
「ならいいけど……」
三百円で取れた。
帰宅し、チューナーの入った箱を開ける。
「あ、そこそこ分厚い取扱説明書とか入ってる」
「ほんとだ」
「期待してなかったけど、意外と使えるのかも」
同梱のCD-ROMでドライバと視聴ソフトをインストールし、起動する。
「……あれ、普通に見れる」
受信感度が悪くてほとんど見れないオチを予想していたにも関わらず、普通に使えそうだった。
「××、これ使えるよ」
「そなんだ」
「感動が少なくありませんか?」
「だって、まえ、ぱそこんでふつうにテレビみれた……」
言われてみれば、以前はフルセグチューナーを使ってPCでテレビを見ていたのだった。
「あのチューナーどこやったっけ……」
「しらない」
うにゅほが首を横に振る。
そりゃそうか。
「……××、PCで綺麗にテレビ見たい?」
「みたいけど……」
現状、自室のテレビがほとんど機能してないものな。
すこし考えてみよう。
-
2018年12月11日(火)
「──…………」
ぱたん。
ディーノ・ブッツァーティの短編集を閉じる。※1
高校のころ国語の教科書に載っていた記憶のある"急行列車"という短編だけ、何度も何度も読み返している。
「どこか山月記と似たものを感じる」
「さんげつき?」
「虎になった男の話」
「へえー」
「××は、この"急行列車"を読んで、どう思った?」
「へんなはなしとおもった」
「変なのは、喩えだからだな」
パソコンチェアを回転させ、うにゅほに向き直る。
「主人公は列車に乗る。五番目の駅が終点で、目的地だ。だが、列車はどんどん遅れていく」
「うん」
「主人公はいろんなものを失っていく。仕事も、友人も、恋人も──」
「うん……」
「それでも降りない。降りることはできない」
「──…………」
「"もしかすると明日は到着できるかも知れないのだから"」
最後の一文からの引用だ。
「俺は、この小説の作者──というか、この小説を教科書に載せた誰かの、願いと呪いを感じるよ」
「ねがいと、のろい?」
「この小説が言いたいのは、たぶん、夢や目標を目指し続けることの難しさだ」
「あ、そか。たとえだ」
「よくある美辞麗句、"信じ続ければ必ず夢は叶う"。この小説は、そんなおためごかしを言ってはくれない」
「うん」
「つらいぞ。苦しいぞ。いろんなものを失うぞ。それでも辿り着けるかわからないぞ。覚悟しろ、と言っている」
「そだね……」
「裏返せば、目指さなければ失わずに済んだかもしれない。心安らかに暮らせるかもしれない。諦めろ、とも言っている」
「うん」
「決めるのは自分だ。決断の責任は、自分の人生が負うんだ。それを高校生に読ませてるんだから、強烈なメッセージだよ」
「うん……」
「……まあ、俺と同じように、ほとんどの高校生は理解できずに読み捨てるんだろうけどな」
それでも、十数年越しにひとりの人間に突き刺さったのだから、まさに名著である。
他の短編も、ちゃんと読んでみようと思った。
※1 2018年12月4日(火)参照
-
2018年12月12日(水)
「あー……」
愛用のマウスをカチカチといじりながら、呟く。
「チャタリングがひどくなってきた」
「ちゃたりんぐ?」
「マウスの──いや、見せたほうが早いな。こっちゃ来い」
「はーい」
うにゅほを膝に乗せ、壁紙用の画像ファイルを保存しているフォルダを開く。
「チャタリングとは、マウスのシングルクリックが意図せずダブルクリックになる不具合のことだ。古くなると、よく起こる」
「それがひどいの?」
「見てな」
適当な画像ファイルをクリックする。
「ダブルクリックでファイルを開くのは、××も知ってるだろ」
「うん」
「シングルクリックだと、このように、すぐには開かない」
「ひらかない」
「そのはずだけど──」
画像ファイルを順々にクリックしていく。
すると、十数個目で画像ファイルが不自然に開いた。
「あ」
「二、三十クリックに一度くらいの頻度で、シングルクリックがダブルクリックに誤認識される」
「ほんとだ……」
「そろそろ寿命だな」
たまになら我慢できるが、さすがに頻度が高すぎる。
「◯◯、おなじまうすかってたよね」
「このマウス好きだから、高騰する前に買ってあるぞ」
「せんけんのめいがありますね」
「ただ、懸念がある」
「けねん?」
うにゅほが小首をかしげる。
「……ロジクールの製品は、初期不良が多い」
「あー」
何度も返品する姿を隣で見てきたせいが、うにゅほも覚えがあるようだ。
「ちゃんと動くことを祈るしかないな……」
「わたしもいのるね」
「ありがとう」
新しいマウスは、いまのところ問題ない。
このまま快適に使い続けられるといいのだが。
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2018年12月13日(木)
カップ麺を作ろうとして目測を誤り、電気ポットから95℃の熱湯を右手の親指に直接ぶっかけてしまった。
「あッ……──!」
熱い、なんてものじゃない。
カップ麺の容器を取り落とすのをなんとかこらえ、流水で親指を冷やす。
「──◯◯!」
食卓テーブルについていたうにゅほが、ぱたぱたとスリッパを鳴らして駆けつける。
「やけどしたの……?」
「やけどした……」
「しっぷもってくる!」
我ながら、間抜けなことをしたものだ。
適当なサイズに切った湿布を親指全体に巻き、サージカルテープでぐるぐると固定する。
「よし!」
自分の仕事に満足したのか、うにゅほが満足げに頷いた。
「ありがとな」
「うん」
迅速な対処だ。
ひとりでは、こうは行かない。
「でも、よく、カップめんおとさなかったねえ」
「落としたら掃除が大変だと思って……」
「そうおもっても、ふつう、はんしゃてきにおとすとおもう……」
「まあ、うん」
そうかもしれない。
「痛みとか、そういう感覚が鈍いのかな」
「うーん」
「あるいは、反射神経が悪いのかも」
「はんしゃしんけいって、そういうもの?」
「いや、わからんけど」
人が、熱いものを触って手を引っ込めるのは、脊髄反射だ。
脳が介在していない行動だ。
神経信号は、必ず、脊髄を通って脳へ到達する。
"熱い"という情報が脳へ到達したときには、既に、カップ麺の容器から手を離していて然るべきなのだ。
それが起こっていないということは、脊髄反射が上手く機能していない可能性がある。
「──…………」
考えれば考えるほど、よくない結論に辿り着きそうになる。
「……カップ麺食うか」
「うん」
伸びかけたカップ麺をすすりながら、水ぶくれにならないことを祈るのだった。
-
2018年12月14日(金)
「ぐわー!」
ペンを放り投げ、畳敷きの仕事部屋に寝転がる。
「終わらねえー!」
「しごと、おわらないの?」
「終わらない。終わりが見えない。土日返上だな、これ……」
「そか……」
ごろんと寝返りを打ち、うつ伏せになる。
「腰痛い」
「こしもむ?」
「お願いします」
「はい」
うにゅほが、俺の足を両膝で挟むように腰を下ろす。
ぐい、ぐい。
ぐい、ぐい。
小さな手のひらが、疲れの溜まった腰のあたりを揉みほぐしていく。
「きもちい?」
「もうすこし強くー……」
「はーい」
ぐい、ぐい。
ぐい、ぐい。
「このくらい?」
「もうすこし強くてもいいな」
「わかった」
ぐい、ぐい!
ぐい、ぐい!
反動までをも利用した、小気味よいリズムのマッサージだ。
「こ、ん、くら、いー?」
「うん、いい感じいい感じ……」
そのまましばし身を任せていたところ、
「──……ふー」
うにゅほが時折、額の汗を拭っていることに気がついた。
「××」
「?」
「もしかして、かなり重労働?」
「うんどうなるねえ……」
「マジか」
そこまでのハードワークを課すつもりはなかったのだが。
「うん、ありがとう。だいぶ楽になった」
「よかった」
「今度は俺がマッサージしようか?」
「ちょっとかたいたい……」
「では、肩をお揉みいたしましょう」
「よろしくおねがいします」
仕事のことなど忘れ、互いにマッサージし合うふたりなのだった。
もっとも、一時的に忘れたところで、仕事が減るわけでもないのだが。
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2018年12月15日(土)
ゲームセンターでPC専用ワンセグチューナーを入手し、テレビを見る機会が多くなった。※1
「──…………」
「──……」
「××」
「?」
膝の上のうにゅほが、小さくこちらを振り向いた。
「画質悪くない?」
「わるい」
「だよなあ」
ワンセグ放送の解像度は、320×240だ。
それを無理矢理引き伸ばして見ているのだから、画質が良いわけがない。
「××」
「はい」
「もっと綺麗にテレビ見たい?」
「みたい」
「では、そうしましょう」
うにゅほが小首をかしげる。
「どうやるの?」
「実は……」
うにゅほを膝から下ろし、先程Amazonから届いたダンボール箱を手に取る。
「あ、さっきのだ」
「この中に、チューナーが入っています」
「かったの?」
「買いました」
「おー……」
「びっくりするかと思って」
「うん、びっくしした」
うへーと笑う。
「このXit AirBoxってチューナーは、アンテナに繋いだあとルーターに噛ませて──」
説明書を片手に接続していく。
「チャンネルスキャン終了、と」
「これでみれるの?」
「そのはず」
「つけてみて!」
「はいはい」
視聴ソフトを起動する、が──
「……コンテンツ保護エラー?」
そう表示されて、番組を視聴することができなかった。
すこし調べてみたところ、USBオーディオデバイスを使用していると、件のエラーメッセージが表示されるようだ。
対処法は極めて簡単。
DACアンプの電源を落とし、ステレオプラグをPCに直接接続すればいい。
「あ、見れた!」
「見れたけど、いちいち面倒だな……」
「そかな」
「ダブルクリックで即視聴、ってのが理想だったんだけど」
「うーん……」
「じゃあ、こうしてみようか」
「こう?」
Xit AirBoxは、無線LANルーターに噛ませるチューナーだ。
よって、
「iPadでも視聴可能です」
「おー!」
iPadが、小型テレビと化していた。
「PCでテレビ見るより、こっちのほうが便利かもな。画面大きいし、持ち運べるし」
「うん、べんり!」
うにゅほのお気に召したようだ。
二、三年ほどまともに見ていなかったテレビは、ハードオフにでも売り払ってしまおう。
千円くらいになればいいのだが。
※1 2018年12月10日(月)参照
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以上、七年一ヶ月め 前半でした
引き続き、後半をお楽しみください
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作者ってニートなの?
何でこんな深夜に書き込めるの?
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このニートorフリーター野郎!!!
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2019年は自分のブログだけでやってくれ
観測所のコメ欄見てみろ
みんな迷惑してるからもうやめてくれ
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ここを転載し続けている観測所管理人の付き合いの良さには頭が下がる(悪い意味で)
フランやこいしだったら観測所住人の反応も違ったものになったかな?
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2018年12月16日(日)
ふと気づく。
「年末じゃん」
「ねんまつだよ」
「今年、あと二週間しかないじゃん」
「そだよ」
「マジかー……」
「まじ」
頭では理解していたのだが、感覚が追いついていなかった。
「へいせい、もうおわりだねえ」
「いや、まだ続くぞ」
「そなの?」
「平成の終わりは、2019年4月30日だ」
たしか。
「なんか、はんぱだね」
「わざと半端にしたんだってさ」
「そなの?」
「正月も年度末もバタバタするから、あえて外して4月30日」
「なるほど……」
「元号、どうなるかなあ」
「めいじ」
「大正」
「しょうわ」
「平成」
「なんだろねえ……」
うにゅほが首をかしげる。
「まあ、こんなもの、どんなに考えたって当たりやしないけどさ」
「そだね」
「でも、事前に発表しないのはどうかと思う」
忙しい時期を外す気遣いができるのなら、早めに発表して混乱を減らす努力もしてほしかった。
「いつはっぴょうするのかな」
「さあー……」
楽しみのような、そうでもないような。
「考えてみれば、平成生まれの三十歳とか普通にいるんだよなあ」
「うん」
「なんか、変な感じ」
「そう?」
「意識がまだ、十年くらい前で止まってるんだろうなあ……」
2019年とか、いまだに近未来な感じがするし。
いかんいかん。
時代に置いていかれないようにしなければ。
-
2018年12月17日(月)
「……最近、体がバッキバキに硬い」
「?」
うにゅほが俺の二の腕を揉む。
「かたい、けど、ばきばきかなあ」
「そこじゃなくて」
「どこ?」
「肩とか、腰とか、股関節とか。最近ストレッチしてなかったから……」
「あー」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「ふゆ、うごかなくなるもんね」
「そうそう」
寒いから、という単純な理由ばかりではない。
我が家のメイン暖房器具であるところの灯油ストーブは、細かな温度調節がほとんど不可能に近い。
寒いと暑いを交互に繰り返し、部屋を適温に保つことができないのだ。
寒いときは寒いからと縮こまり、暑いときは汗ばむからと動かない。
これでは運動不足になるのも当然と言える。
「──よし、体動かすか!」
チェアから腰を上げ、ひとまず伸びをする。
「なにするの?」
「まあ、ストレッチかな。前屈とか」
「ぜんくつ……」
うにゅほは前屈が苦手である。
「ほれほれ」
これ見よがしに、両手のひらを床にぺたりとつけてみせる。
「すごい……」
「ここから更に、肘もすこし曲がるぞ」
「◯◯、からだ、ほんとにかたくなったの?」
「──…………」
両手を床につけたまま、両足を徐々に開いていく。
「うッ」
九十度をすこし超えたあたりで、内腿がビキリと悲鳴を上げた。
「ここまで……」
「……かたくなったねえ」
「人のこと言えんのか、ああん?」
「うへー……」
笑顔で誤魔化しても無駄である。
「おら、前屈しろ前屈ー!」
「あー!」
しばしのあいだ、ストレッチに興じるのだった。
毎日続けよう。
-
2018年12月18日(火)
「ふー、満腹満腹」
「くったー、くったー」
確かな満足と共に、ステーキハウスを後にする。
「──…………」
すん。
ジャケットの匂いを嗅ぐ。
「どしたの?」
「……まっすぐ帰ると、ステーキ食ったことバレるかな」
「ばれたらだめなの?」
「駄目じゃないけど、なんか言われそう」
「そかなあ」
「どこか寄って行こうか」
「いく!」
「では、ひとまずぐるりとドライブデートと洒落込みましょう」
「はーい」
コンテカスタムに乗り込み、エンジンを掛ける。
目的地はない。
強いて言えば、時間潰しが目的だ。
冬でも営業しているジェラート屋で舌を冷やし、ゲームセンターを二軒ほど物色したのち、ヤマダ電機に立ち寄った。
「なんか、ひさしぶりなきーする」
「実際、久し振りだからな。ヨドバシばっか行ってたし」
「そだねえ」
「まあ、特に欲しいものもないんだけど……」
「あ、あれみたいな」
「どれ?」
「ふっきんきたえる、はるやつ」
「……腹筋鍛えたいの?」
「すこし」
「じゃあ、帰ったら腹筋しないとな」
「えー……」
うにゅほが口を尖らせる。
「楽して鍛えても、すぐに筋肉落ちるぞ」
「そなんだ」
「それに、シックスパッドは高い。腹筋用だけでも三万近くする上に、専用のジェルシートを定期的に買わされるからな」
「◯◯、くわしいね」
「調べたもので」
「らくしてきたえても……」
「ははは」
笑って誤魔化す。
「マウスパッド欲しいな。見てもいい?」
「うん、いいよ」
その後も、しばらく寄り道をして帰宅した。
久し振りにデートらしいデートをした気がする。
-
2018年12月19日(水)
あくびを噛み殺し、息を吐く。
「……眠い」
「ねむいの」
「かなり」
「ひるねする?」
「絶賛仕事中なんですが……」
「しごと、できる?」
「──…………」
しばし思案し、
「……休憩するか」
「うん」
仕事部屋を出て、リビングのソファに腰を沈める。
「昨日、夜更かししたからなあ」
「なんじにねたの?」
「……秘密」
「なんじ?」
「五時」
「ごじ……」
「なんか、眠れる気がしなくて」
「ねむくなくても、よこにならないと、せいかつサイクルへんなるよ」
「そうなんだけどな」
頭でわかっていることを余さずすべて実行できるなら、苦労などないのだ。
「とりあえず、深呼吸してみよう」
「しんこきゅう?」
「あくびが出るのは、脳が酸欠状態だかららしい」
「あ、きいたことある」
「では、ご一緒に」
「はい」
ゆっくりと、ゆっくりと、意識的に腹部を膨らませながら、肺に空気を送っていく。
ゆっくりと、ゆっくりと、意識的に腹部を凹ませながら、肺から空気を押し出していく。
それを数回繰り返すと、
「──あれ、目が冴えてきた」
「わたしも」
「××も眠かったのか」
「うへー……」
うにゅほが誤魔化すように笑う。
「冬場は窓を閉め切るから、酸欠になりやすいのかもしれないな」
「そうかも」
定期的に深呼吸をしたほうが良いのかもしれない。
-
2018年12月20日(木)
ふと呟く。
「年の瀬だなあ……」
「としのせだねえ」
「今年も、あと、十日ちょいか」
「クリスマスおわったら、おおそうじしないとね」
「……大掃除はいいんじゃないか?」
「いい?」
「しなくて」
「しないと……」
うにゅほが毎日掃除してくれているので、自室は常に清潔なのだが、それでは納得行かないらしい。
「俺たちの部屋に必要なのは、大掃除じゃないと思う」
「なに?」
「大整頓だ!」
「おおせいとん」
「いい加減、本棚を整理整頓せねば、どの漫画を何巻まで持ってるかがわからん──と、こないだ弟に言われた」
「おなじかんかったり、いっかんとばしてかったりするもんね」
「困ったもんだ」
「じゃあ、おおせいとん、する?」
「──…………」
「──……」
「今日はいい」
「そか……」
「めんどくさいんじゃないぞ。大掃除は、大晦日にするものだからだぞ」
「ほんとかなあ」
「──…………」
「──……」
「本当はめんどくさい」
「やっぱし」
「困ったもんだ」
「それ、わたしのせりふ」
「約束しよう。大晦日には、ちゃんと、本棚の整理整頓をすると」
「うん」
「そして、大晦日までは絶対にしないと」
「えー……」
「指切りする?」
「する」
うにゅほと小指を絡めながら、壁一面の本棚を見やる。
考えただけで気が滅入るが、約束したのだから仕方がない。
大晦日は頑張ろう。
-
2018年12月21日(金)
Amazonから荷物が届いた。
ダンボール箱を開き、長さ五十センチほどの長細い箱を取り出す。
「××、これなんだと思う?」
「なんだろ」
「ヒント、俺が欲しがっていたものです」
「◯◯、なにほしかったの?」
「それ答えだろ」
「うへー……」
「では、開けてみましょう」
箱を開き、中身を取り出す。
丸められたそれを広げると、九十センチ×四十センチの分厚いシートのようなものだった。
「……?」
うにゅほが小首をかしげる。
「これ、なんだと思う?」
「なんか、あしのしたにしくやつ?」
「ブー」
「わかんない……」
「マウスパッドです」
「まうすぱっど」
「マウスパッド」
「……え、まうすぱっど?」
「マウスパッドです」
「まうすのしたにしくやつ?」
「そう」
「でか!」
うにゅほが目をまるくする。
「なるべく大きいのが欲しいなって探したら、すげえ大きいの見つけてさ」
「おおきすぎる……」
「敷くの手伝ってくれるか」
「うん」
うにゅほと手分けしてデスクの上を片付け、ちょっとした玄関マットほどの大きさのマウスパッドを設置する。
「──よし、計算通りギリギリ敷けたな」
「はかってたんだ」
「まあね」
マウスパッドの上で、ワイヤレスマウスを滑らせる。
「うん、感度良好」
「よかった」
「四千円出した甲斐がある」
「たか──い、の、かなあ……」
「マウスパッドとしては高いけど、サイズ換算だと……」
「よくわかんないね」
巨大マウスパッド、思った以上に快適である。
良い買い物をした。
-
2018年12月22日(土)
「××」
「?」
「すげえどうでもいいこと言っていい?」
「うん、いいよ」
「俺、紅白歌合戦って見たことないかも」
「おおみそかのやつ?」
「そう」
「わたしもみたことない……」
「うちでは、大晦日と言えばガキの使いだもんな」
「うん」
うにゅほが家に来てからは、毎年そうだ。
「歌合戦と言うからには、勝負だと思うんだよ」
「しんさいんとか、いるらしい」
「あー、たまに聞くな」
「あと、あかがおんなのひとで、しろがおとこのひとだって」
「××、よく知ってるな……」
「うへー」
「で、なにを審査するんだろう」
「うーと、うたのうまさ、とか?」
「上手さを比べるなら、同じ曲を歌わないとフェアじゃなくない?」
「あ、そか」
「でも、"どっちがいい曲か"なんて、単なる個人の好みだし……」
「いわれたら、よくわかんないかも」
「だよな」
「ことし、こうはくみるの?」
「見ないけど……」
「みないんだ」
「だって、ガキの使い見たいし」
「わたしも」
「な、すげえどうでもいいことだったろ」
「でも、ちょっときになるねえ」
「見るの?」
「みないけど……」
「ちょっと気になるけど、ちょっとしか気にならないよな」
「そんなかんじ」
「まあ、CMのときとかチャンネル変えてみるか」
「そだね」
大晦日には忘れている気がしないでもない。
-
2018年12月23日(日)
近所の1000円カットで散髪をして帰宅した。
「ただいまー」
階段を駆け下りる音と共に、
「おか──」
うにゅほが俺の頭部を指差した。
「ぼうずだ!」
海坊主の陸版かな。
「ぼうず、しないんじゃなかったの?」
「いやー……」
丸めた頭を撫でながら、口を開く。
「……すげえ下手な人に当たっちゃって」
「あー……」
すべてを察した表情で、うにゅほが頷く。
「ぼうずにするしかなかったんだ……」
「そう」
「さむくない?」
「寒い」
真冬に丸坊主は、ちとつらい。
「返金するって言われたけど、断ったよ」
「そか」
外套のポケットから缶ココアを取り出し、うにゅほに手渡す。
「ほら、これ。冷たいけど」
「?」
「帰り際に押し付けられた。よほど悪いと思ったらしい」
「そなんだ……」
「べつに怒ってないんだけどな。最悪坊主にすればいいって腹積もりだから、たまたまその最悪を引いただけだし」
「でも、おこるひともいるから……」
「接客業は大変だよなあ」
「そだねえ」
うんうんと頷き合いながら、自室へ戻る。
「──…………」
すると、階段の途中でうにゅほが立ち止まった。
「……なでていい?」
「部屋に戻ってからな」
「♪」
さんざん頭を撫でられまくる俺なのだった。
うにゅほが気に入ってくれるなら、なんだっていいけれど。
-
2018年12月24日(月)
クリスマスイヴである。
「はー、食った食った」
「くったー」
夕食のあとにケーキをたいらげ、満腹の胃袋を抱えたまま自室へ戻る。
「ぎんがてつどうのよる、みるの?」
「見るぞ」
クリスマスイヴの夜、ふたりで劇場版・銀河鉄道の夜のDVDを観る。
儀式のようなものだ。
「でも、その前に──」
「?」
デスクの引き出しを開き、包みを取り出す。
「メリークリスマス!」
「わ」
「クリスマスプレゼント。明日の朝にしようかとも思ったんだけど、忘れたら困るから」
「あけたい!」
「どうぞ」
うにゅほが、破れないよう慎重に紙袋を開いていく。
中身は、
「……さかなずかん?」
「図鑑みたいだけど、図鑑じゃないぞ」
「ずかんじゃないの?」
「サカナクションのベストアルバム」
「!」
うにゅほが目をまるくする。
「最近、お気に入りみたいだからさ」
「うん!」
うにゅほが音楽に興味を示すなんて珍しいから、覚えておいたのだ。
「ほら、××のスマホ貸しな。全曲入れるから」
「すまほ……」
うにゅほが、専用の座椅子の脇からiPhoneを拾い上げる。
「あ、でんちない」
「こら」
「うへー……」
「音楽プレイヤーとしてでいいから、充電は欠かさないように」
「はい」
「あ、使ってないイヤホン貸そうか」
「うん!」
二枚組のCDをPCにインポートし、iPhoneに転送したのち、うにゅほを膝に乗せて銀河鉄道の夜を観賞した。
来年のイヴも、ふたりで迎えられますように。
-
2018年12月25日(火)
静かな室内に、耳掛けイヤホンから漏れた音楽がかすかに流れている。
「♪」
うにゅほが、目を閉じながら、サカナクションのベストアルバムに聞き入っているのだ。
「××ー」
「──…………」
「××?」
「──…………」
あ、聞こえてない。
「××」
ぷに。
「!」
ほっぺたをつついてやると、うにゅほが驚きに目を見開いた。
左耳のイヤホンを外し、尋ねる。
「どしたの?」
「なんでもない」
「なんでもないの」
「いや、なんでもある」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「××、どの曲が好きなのかなって」
「どのきょくかなあ……」
反対側に首をかしげながら、うにゅほが思案する。
「うーと、なんぷんかごにゆき、のやつとか」
「……どれ?」
「タイトルわかんない……」
「歌ってみて」
「えー」
「鼻歌でいいから」
「うん……」
うにゅほが、恥ずかしそうに鼻歌を披露する。
「あ、あったあった。そんな曲あった」
「タイトルわかる?」
「わからん」
「なんてきょくだっけ……」
「ちょい待ち」
キーボードを叩き、歌詞で検索する。
「Disk1の二曲目、"夜の踊り子"って曲だ」
「おー」
「覚えた?」
「おぼえた!」
「今度カラオケ行ったとき、期待してるから」
「えー!」
「××の歌声、聞きたいな」
「うー……」
俄然、ふたりカラオケが楽しみになる俺なのだった。
-
2018年12月26日(水)
Steamで積んでいたクロノトリガーを始めた。
「──…………」
じ。
膝の上のうにゅほが、画面に見入っている。
「これ、みらい?」
「未来」
「はー……」
「この未来を変えるために、クロノたちが頑張るんだよ」
「──…………」
「面白い?」
「おもしろい……」
以前、うにゅほに、DSのクロノトリガーをプレゼントしたことがあった。※1
そのときは、最初の中世で早々とプレイしなくなってしまったのだ。
自分がプレイするより、人のプレイを横から見るほうが性に合っているらしい。
「クロノトリガーは、SFCで一、ニを争うくらい面白いRPGだからな。いまでも色褪せない」
「おもしろいソフト、ほかにもあるの?」
「あるぞ」
「そっちもみたいな」
「……ちょっと難しいかな」
「そなの?」
「Steamで配信されてるクロノトリガーが、むしろ特別なんだ。他のは、SFCの実機がないと」
「あー」
「天地創造、またやりたいなあ……」
「どんなソフト?」
「地球空洞説って知ってる?」
うにゅほがふるふると首を横に振る。
「地球の内部が、実は空洞になっていて、そこには別の世界が広がっているって考え方」
「!」
「もちろん、地球が円盤みたいに平面で、四頭の象の上に乗っているなんてのと同じ、いまは否定された説だよ」
「あ、そか……」
「主人公は、その空洞──通称"地裏"に住む少年で、とある事情から、滅びた地表の大陸を復活させていくんだ」
「うん」
「下手すると、クロノトリガーより好きなゲームかもしれない……」
「きになる」
「今度、プレイ動画でも探してみようか」
「うん」
ともあれ、いまはクロノトリガーだ。
感動させてやろうじゃないか。
※1 2014年12月25日(木)参照
-
2018年12月27日(木)
「……なんか、すこし息苦しいな」
「──…………」
うにゅほが小さく深呼吸をする。
「そうかも……」
「換気するか」
「うん」
手分けして南東と南西の窓を開く。
晴れていたおかげか、凍りついていた窓枠も、難なく剥がすことができた。
冷え切った風が汚れた空気を押し出していく。
「ふひー……」
寒い。
寒いが、新鮮な空気が肺に心地よい。
「たまに換気しないとなあ……」
「ほんとだね」
「××、寒いから二人羽織するぞ」
「はーい」
うにゅほを半纏に招き入れ、よたよたと座椅子に腰を下ろす。
「換気って、どのくらいすればいいんだろう」
「しらべる?」
「××、スマホで調べてくれ」
「わかった」
うにゅほが自分のiPhoneを拾い上げ、Safariを開く。
「なんてしらべたらいい?」
「うーん、"換気"、"時間"あたりで」
「わかった」
フリック入力で多少もたつくものの、うにゅほとてこれくらいの調べ物はできる。
「わ、ごふんだって」
「五分でいいの?」
「うん」
意外だ。
三十分くらいは必要だと思っていたのだが。
「でも、いちにちにかいだって」
「二回も……」
極寒の地である北海道において、一日に二度も窓を開けるのは少々つらいものがある。
汚れた空気と共に、暖かい空気も押し流されてしまうからだ。
「……二回は、まあ、目標として、まずは一日一回換気することにしよう」
「さむいもんね……」
「あと、吹雪の日とかは我慢」
「うん」
シックハウス症候群なんてものもあるから、気をつけねば。
-
2018年12月28日(金)
「──…………」
ぼー。
漫画を開いたまま、心ここにあらずといった様子で、うにゅほが虚空を見つめていた。
「××、××」
「!」
うにゅほが我を取り戻す。
「いま、なに考えてた?」
「クロノトリガーのことかんがえてた」
「やっぱり」
つい先程、Steam版のクロノトリガーをクリアしたばかりなのだった。
「面白かっただろ」
「おもしろかった……」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「◯◯がくれたでぃーえすの、やればよかった」
「人のプレイを見るのも面白いけど、ゲームは自分でプレイしてなんぼだからな」
しばし思案し、うにゅほが口を開く。
「……でも、やっぱし、わたしにはむずかしかったきーする」
「小学生の俺でもできたんだから、レベルさえ上げればなんとでもなると思うけど」
「わたし、とろいから……」
「そんなこと──」
うにゅほとの様々な思い出が脳裏を錯綜し、
「……ないぞ?」
思わず語尾を上げてしまった。
「◯◯、わかりやすい」
「すみません」
「えっちぴーいちにされるのとか、あわあわしてしんじゃうとおもう」
「あー」
ジールのハレーションを初めて食らったときは、俺もそんな感じだった気がする。
「まあ、死んで覚えるのがゲームの基本だったりするから」
「そなの?」
「マリオだってそうだろ」
「そうかも……」
「××、初代マリオ、クリアできたんだっけ」
「わーぷしたら、ごめんまでいけた」
「おー」
4-2にもワープ土管があることは秘密にしておこう。
「××にもできそうな面白いゲーム見つけたら、また教えるよ」
「うん、たのしみ」
星のカービィとかだろうか。
ウルトラスーパーデラックス、まだ売ってるかなあ。
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2018年12月29日(土)
部屋の大掃除の前に、HDDの大掃除をすることにした。
「"ダウンロード"フォルダがえらいことになってる……」
フォルダとファイル合わせてアイコンが542個ともなれば、どれだけ整理していなかったか察せようというものである。
「?」
俺の独り言が気になったのか、うにゅほのディスプレイを覗き込もうとする。
「××、ストップ」
「はい」
ここで素直に止まるのが、うにゅほの良いところだ。
「いま、見られたくない作業してるから」
「えっちなの?」
「──…………」
「──……」
「含む!」
「そかー」
すべてを受け入れる笑みを浮かべ、うにゅほが座椅子へ戻っていく。
「さて、と」
png、jpg、pdf、doc、txt、xls──さまざまな形式のファイルを選り分け、分類する。
"ダウンロード"フォルダを整理したあとは、不要なメモの削除だ。
俺は、タスクトレイ常駐型のメモソフトを愛用している。
気軽に書き込むことができるためか、まったく記憶にないものも少なくない。
「ほんと、わけわからんメモ多いなあ」
「えっちなの、おわった?」
「終わった」
「みていい?」
「いいよ」
うにゅほが画面を覗き込む。
「きゅうひゃくろくじゅうに、ひゃくさんじゅういち、にひゃくさんじゅうきゅう、ろくじゅういち……」
「なんだろうな、この数字」
「わからん」
逆に、わかったら驚く。
「はんなりみんちょう、らてご」
「それは、フリーの日本語フォントだな。なんでメモしてあるのか知らんけど」
「へえー」
「シャクターの情動二要因理論……」
「なにそれ」
「なんだっけ」
しばらくのあいだ、意味のわからないメモ書きを、うにゅほと削除して回るのだった。
-
2018年12月30日(日)
カレンダーに視線を向ける。
「今年も、残り二日とないのか……」
「あと、さんじゅうじかんくらい」
「長かったような、短かったような、……短かったような」
「そかな」
「長かった?」
うにゅほが無言で頷く。
「ジャネーの法則ってやつだな」
「じゃねー……」
「主観的な時間の長さは、子供ほどより長く、年を取るほど短く感じられるって法則のこと」
「そなの?」
「五歳の幼児にとっての一年は、その生涯の五分の一だろ」
「うん」
「五十歳の人にとっての一年は、当然、五十分の一となる」
「なる」
「短く感じるのも無理からぬ話だろ」
「りかいしました」
「理解しましたか」
「はい」
急に敬語。
「りかいしたので、おおそうじしませんか」
「しません」
「しませんか……」
「俺、××と約束したから。大晦日までは、絶対に、大掃除しないんだって……」※1
「したけど」
「××との約束は、絶対に守る!」
「ほんとは?」
「めんどくさい」
「やっぱし」
「でも、約束を守るのは本当だぞ。本当だから、明日はちゃんとやる」
「ならいいけど……」
「部屋を清めて、さっぱりした気持ちで新年を迎えたいしな」
「うん、そだね」
「明るいうちに大掃除済ませて、ガキの使いで年越しだ!」
「たのしみ」
平成最後の大晦日だ。
爽やかな気分で新年を迎えよう。
※1 2018年12月20日(木)参照
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2018年12月31日(月)
雑巾をバケツに投入し、高らかに宣言する。
「──大掃除、終わり!」
「おわりー!」
「いえー」
「いえー」
ハイタッチ。
手が濡れていても、お互いさまだ。
「本棚の整頓だけでお茶を濁そうと思ってたけど、結局、本格的にやっちゃったな」
「ふだん、ぞうきんかけないから、いがいとよごれてた」
「そうだな。雑巾真っ黒──ってほどじゃないけど」
いざ掃除する気で探してみれば、汚れもそれなりにあるものだ。
「これで、きもちくとしこせるね」
「まったくだ」
掃除で汚れた体を今年最後の風呂で洗い清め、新しい下着を穿いて新年に備える。
「これでばっちりだな」
「うん、ばっちり」
大晦日に見る番組と言えば、我が家ではガキの使いと決まっている。
弟と三人で笑い転げていると、時計の針が頂点で重なった。
「あ」
「?」
俺の隣で寝転がっていたうにゅほが、小首をかしげる。
「あけましておめでとう」
「!」
俺の言葉で気づいたのか、うにゅほが居住まいを正し、
「あけまして、おめでとうございます」
そう言って深々と頭を下げた。
新年の挨拶を交わしたあと、弟が半纏のポケットを漁り、小ぶりの封筒を取り出した。
「××、お年玉」
「わ」
うにゅほがポチ袋を恭しく受け取る。
「年越して即渡せるように、わざわざ準備してたのか」
「まあね」
まめだなあ。
「(弟)、ありがとう!」
「どういたしまして」
「俺のは──まあ、寝て起きたらでいいか」
「うん」
「今年も初詣行くの?」
「いや、お酒飲んじゃったし」
「チューハイがぶがぶ飲んでるから、そんな気してたよ」
徒歩圏内に神社があれば、考えないこともなかったのだけど。
「はつひので、みる?」
「──…………」
検索したところ、2019年の初日の出は、午前七時過ぎになるらしい。
「××は、素直に寝て起きたほうがいいんじゃないか」
強靭な体内時計で、何があっても午前六時には目を覚ますのだし。
「おしょうがつだから、よふかししたいの」
「したいのか」
「うん」
なら仕方ない。
仕方はないが、
「──……すう」
この日記を書いている午前三時現在、うにゅほはすよすよ寝息を立てている。
予想通りだ。
そろそろ眠いし、俺も床に就いてしまおうかな。
読者諸兄の皆様、あけましておめでとうございます。
2019年も「うにゅほとの生活」をよろしくお願いいたします。
-
以上、七年一ヶ月め 後半でした
引き続き、うにゅほとの生活をお楽しみください
-
はよ死ねや
Twitterか自分のブログでやってろや
社会のゴミが
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これもうファンやろ。(笑)
-
ファンだが7年も続けられるの本当に尊敬する
-
2019年1月1日(火)
「──改めまして、あけましておめでとう」
「あけまして、おめでとうございます」
床に両膝をつき、深々と頭を下げる。
「良い子の××にお年玉です」
小さな黒猫の描かれた可愛らしいポチ袋を取り出し、うにゅほに差し出す。
「ありがと!」
「大事に使うんだぞ」
「うん」
ふと思う。
「……つーか、××ってお金使う機会あるの?」
「あんましない……」
「だよなあ」
たいてい俺と一緒に出掛けるため、遊興費は俺持ちだ。
コンビニで何かを買う機会があっても、俺がまとめてカードで支払ってしまう。
物欲が薄いのか、何かを欲しがることも少ない。
「……××さん」
「はい」
「実は、けっこう貯金あったりする?」
「うん、あるよ」
「どのくらい?」
「うーと、まってね。いま、つうちょうもってくるから」
「──…………」
立ち上がりかけたうにゅほの両肩に、そっと手を置いた。
「?」
「持ってこなくていいよ」
「でも、ちょきん……」
「人の預金額を無闇に尋ねるのも、ちょっとどうかと思うし」
「そういうもの?」
「そういうもの」
「そか」
「でも、せっかくだから、パーッと使いたいよな。貯金するだけじゃなくてさ」
「うーと、どっかいく?」
「行くにしても、今日はダメだな。元日だし」
「みせ、やってないかー……」
「なので、今日はだらだらしましょうか。お正月だもの」
「する!」
というわけで、食べたいときに食べ、飲みたいときに飲み、寝たいときに寝るという自堕落な元日を過ごしたのだった。
-
2019年1月2日(水)
「──…………」
自分の横っ腹をつまむ。
「……太った」
「うん」
「見てわかる?」
「なんか、おおきくなった」
「そうか……」
覚悟はしていた。
年末年始にごちそうを我慢するくらいなら、多少太ったところで構うまい。
だが、
「……多少、かなあ」
つまめる。
伸びる。
ズボンがきつい。
これ、ヤバいのでは。
「××、ちょっと来て」
「?」
とてとて無防備に寄ってきたうにゅほの横っ腹をつまもうとして、
「うひ」
つまめなかった。
「××も、けっこう食べてたと思うんだけど……」
「うん」
「どうして俺だけ?」
「うーと、おさけかなあ……」
「そんなに飲んだっけ」
「うん」
「そうだっけ……」
あまり記憶がない。
「すーごいたべて、すーごいのんで、すーごいねてたよ」
「あー……」
そら太るわ。
「……エアロバイク漕ごう」
「がんばってね」
「うん」
千里の道も一歩から。
そのひと漕ぎひと漕ぎが脂肪を燃焼させるのだと信じて、頑張ろう。
-
2019年1月3日(木)
「ふー……」
大きく息を吐きながら、エアロバイクを降りる。
「はい、タオル」
「ありがとな」
差し出されたタオルを受け取り、首筋の汗を拭う。
「やっぱ、寝正月はダメだな。ちゃんと運動しないと」
「ふとるもんね」
「××も漕ぐか?」
「うん、すこしこぐ」
「ペダル軽くしとくな」
「ありがと」
うにゅほがエアロバイクを漕ぐさまを、ぼんやりと眺める。
「?」
息を弾ませながら、うにゅほが小首をかしげた。
「どしたの?」
「見てるだけ」
「ふうん……」
しばしして、
「……たのしい?」
「楽しい」
「そか……」
さらに凝視し続ける。
「なんか、はずかしい……」
「気にすることないのに」
「きになる……」
「じゃあ、見ない」
視線をディスプレイに戻し、適当にブラウジングする。
「──…………」
「──……」
「……◯◯?」
「んー」
「おこった……?」
「え、なんで?」
思わずうにゅほに視線を向ける。
「はずかしいっていったから……」
「そんなことで怒るわけないでしょうに」
「……でも、◯◯、こっちみなくなった」
「恥ずかしいって言うから……」
「──…………」
「──……」
「……ちょっとみて」
「はいはい」
めんどくさいけど、そこが可愛くもある。
うにゅほがエアロバイクを漕ぐあいだ、意味もなくちらちらと目配せをするふたりなのだった。
-
2019年1月4日(金)
カレンダーを覗き込み、思わず溜め息をこぼす。
「三が日が終わってしまった……」
「やすみ、いつまで?」
「6日まで」
「いーち、にー、あとみっかかあ」
「今日は半分以上終わってるから、実質あと二日ですね」
「あとふつか……」
うにゅほが小首をかしげる。
「あと、ふつかもあるよ?」
「もともと九日あったんだよなあ……」
「いま、きんようびのよるだよ」
「金曜日の夜だな」
「きんようびのよる、いつもうれしそうなのに」
「──…………」
ふと、うにゅほの言いたいことを理解する。
「……そうか。過ぎた七日が仕事だろうが休みだろうが、今日が金曜の夜であることは変わらないんだな」
「うん」
サンクコストという考え方に近いものがある。
「なんか、気が楽になった」
「そかな」
土曜と日曜の二日間を楽しみにしながら、毎週仕事をこなしているのだ。
正月休みの有無に関わらず、その価値は目減りしない。
"あと二日しかない"などと正体のない焦燥を覚えながら過ごすのは、馬鹿げている。
「──よし、土日は遊ぶぞー!」
「なにするの?」
「ノープラン」
「のーぷらん」
「急ぐことないだろ、二日もあるんだし」
「そだね」
なんだか、大切なことを教わった気がする。
純粋な視点は、時に、知恵で濁ったものの見方に新しい知見をくれる。
さて、週末なにをしようかな。
-
2019年1月5日(土)
「──…………」
すこしだけ髪の伸びてきた坊主頭をさらりと撫でる。
「××さん」
「?」
「これ、どう思う?」
「どれ?」
自分の頭を指差す。
「あたま……」
うにゅほが座椅子から立ち上がり、俺の頭を覗き込む。
「あ、へこんでる」
「……わかる?」
「わかる」
「坊主だからって油断してヘッドホン着けっぱなしにしてたら、こうなってしまいました……」
正面から見るぶんにはわからないが、上から見れば明らかだ。
頭頂部を横断する形で、短髪が見事にへこんでしまっている。
「……どうしよう、これ」
「うーん」
うにゅほの小さな手のひらが、俺の頭を撫でさする。
「あ、これむり」
「無理ですか」
「ぺたんこなってる……」
「立たない?」
「たたない」
「……シャワー浴びるしかないかなあ」
「あびて、なおる?」
「──…………」
「──……」
「……五分五分?」
「ごぶごぶ」
俺の髪は、針金のように硬い。
ひとたび癖がついてしまえば、生半可なことでは元に戻らない。
「やっぱ、ヘッドホン常用するのは無理があるのかなあ……」
「そうかも……」
「いっそ××くらい長ければ、ヘッドホン癖なんて気にならないんだけどな」
「◯◯も、のばす?」
「……背中まで?」
「うん」
ロン毛の自分を想像する。
「あかん……」
「あかんかー」
「想像の中でどう自分をこねくり回しても、気持ち悪い」
「そかな」
「そうです」
ヘッドホンと髪型については、今後の課題とする。
解決できる気がしないけれど。
-
2019年1月6日(日)
──パキン!
右手の親指と中指が、硬質な音を鳴らす。
「おー……」
軽い痺れが心地良い。
「××、××!」
「?」
漫画に没頭していたうにゅほが、顔を上げる。
「見てな」
「うん」
得意満面の顔で、再び指を鳴らす。
──ペシッ!
「あれ」
──ペシッ! ピシッ!
「鳴らない……」
「なってるよ?」
「いや、さっきまで、すごい良い音が──」
──ペチッ!
「……うーん」
「いいおとって、どんなおと?」
「こう、カスタネットを鳴らすみたいな」
「そんなおと、なるの?」
「鳴ったんだけど……」
自信を失いかけながら、再度指を鳴らす。
──パキン!
「あ」
「なった!」
「ほら鳴った!」
「うん、おとたかいね」
「もう一度だ」
──ペチッ!
「……あれー」
「もどった……」
「どうもムラがあるなあ」
完璧な指パッチンを習得するためには、まだまだ努力が必要のようだ。
-
2019年1月7日(月)
「◯◯、◯◯」
「んー?」
「きょう、なんのひかしってる?」
「七草粥食べる日だろ」
「ななくさがゆ?」
うにゅほが小首をかしげる。
「セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ、これぞ七草」
「あ、きいたことある」
「まあ、俺も食べたことないんだけど」
「そなんだ」
あまり美味しくなさそうだし。
「ところで、××は何の日って言いたかったんだ?」
1月7日と言えば、七草粥。
それ以外には思い当たらない。
「うーとね、つめきりのひーなんだって」
「爪切りの日……」
「しんねん、はじめてつめきるひーだっていってた」
「誰が?」
「テレビ」
「──…………」
自分の爪を検める。
「……昨日、切っちゃったんだけど」
「!」
「ほら」
うにゅほに両手を差し出す。
「ほんとだ……」
爪はこまめに切るほうだ。
手入れなんて、面倒だし。
「××も、何日か前に切ってなかったっけ」
「──…………」
うにゅほが、自分の爪を見る。
「……きったきーする」
「だよなあ」
「これ以上切ると、深爪になりそうだ」
「うん……」
「……せめて、ヤスリで磨いとく?」
「そだね」
合っているのか、間違っているのか。
よくわからないが、爪を整えて損をすることはあるまい。
たぶん。
-
2019年1月8日(火)
冷えた指先を擦り合わせながら、呟く。
「寒いな……」
「!」
うにゅほが、びっくりしたように顔を上げる。
「さむいの?」
「今日、寒くない?」
「──…………」
うにゅほの視線が本棚へと向かう。
温湿度計の表示は、
「にじゅうろくてんはちど……」
「……マジだ」
「さむいの……?」
「寒い……」
「──…………」
「──……」
ぴと。
うにゅほの手のひらが、俺の額を覆う。
「あつい」
「熱ある?」
「ある……」
「まーた風邪か……」
すんすん。
うにゅほが、俺の首筋で鼻を鳴らす。
「風邪の匂いは?」
「すこし」
「うーん……」
「あったかくして、ねたほういいよ」
「そうなんだけどな」
わかってはいる。
わかってはいるのだが、
「寝て過ごすの、好きじゃないんだよなあ……」
「すきじゃなくても、ねないとだめだよ」
「うん……」
駄々をこねても仕方ない。
節制を怠った俺が悪いのだ。
「……マスク持ってきてくれる?」
「わかった!」
ああ、仕事が溜まっていく。
明日頑張ろう……。
-
2019年1月9日(水)
「うー……」
下腹を撫でながら、トイレより帰還する。
「熱っぽさは抜けたけど、今度は下のほうが止まらん……」
「げり?」
「下痢」
「あかだま、のむ?」
「さっき飲んだ……」
赤玉はら薬。
富士薬品の常備薬である。
「じゃあ、おなかなでる?」
「反時計回りにお願いします……」
「はーい」
ベッドに寝そべり、服従した犬のように腹を見せる。
「なーで、なーで」
「──…………」
「げーりとーまれー」
言霊の籠もったなでなでが心地いい。
「とまりそう?」
「止まりそう」
「じゃあ、もっとなでるね」
「お願いします」
十分ほど撫でてもらったころ、
「──うッ」
また、便意が迫り上がってきた。
「××、ちょ、トイレ行ってくる……」
「うん」
うにゅほをその場に残し、小走りにトイレへと駆け込む。
しばしののち、
「ふー……」
しっかりと手を洗い、トイレから帰還した。
「だいじょぶ?」
「大丈夫、と言いたい」
「いえる?」
「言いたい……」
「そか……」
「悪いけど、また、お腹撫でてもらえるか」
「いいの?」
「下痢は止まってないけど、だいぶ楽になったから……」
「わかった!」
トイレとベッドを往復すること数度、腹痛もようやく治まった。
「なでなで、きいたかな」
「赤玉より効いたぞ」
「うへー……」
お世辞ではなく、本当に効いた気がするのだ。
手当てとは、こういうことを言うのだなあ。
-
2019年1月10日(木)
ニンテンドースイッチを購入した。
当初は、うにゅほから俺への誕生日プレゼントの予定だったのだが、価格が価格なため、俺、うにゅほ、弟の三人で折半をする形となった。
「HDMIケーブル繋ぐだけで、テレビと接続できるのか……」
あまりの手軽さに感動すら覚える。
「ソフト、どうする?」
ニンテンドーアカウントの設定をしながら、弟が尋ねた。
「まず、ダークソウルは確定。居間のテレビでやりたい」
「言ってたね」
「(弟)は?」
「俺、ゼルダ買う」
「ゼルダ評判いいよな」
「実況動画も見たけど、すげえ面白い」
「へえー」
気が向いたら、俺もプレイしよう。
「××、気になったのある?」
「わたし?」
ドックを指でいじっていたうにゅほが、顔を上げた。
弟が言う。
「せっかくだし、皆で遊べるソフト欲しい。追加でジョイコン買ってさ」
「スプラとか、スマブラとか?」
「こないだ友達んちでやったけど、スマブラ難しいよ」
「難しいならやめとくか」
「わたし、そんないいけど……」
遠慮がちなうにゅほの頭を撫でてやる。
「俺、××と一緒に遊びたいなあ」
「──…………」
「(弟)も、遊びたいって」
「まあ……」
「遊びたいよな?」
「いや、さっき皆で遊ぶソフト欲しいって言ったじゃん」
「そうだった」
「マリカーでも買っとく?」
「だな」
「まりかー?」
うにゅほが小首をかしげる。
「マリオカート。プレイ動画は何度か見てると思う」
「あ、みたきーする」
「あれを、自分でプレイする」
「じぶんで……」
「ま、いずれにしてもジョイコン届いてからかな」
ゲームハードを購入するのは久し振りだ。
年甲斐もなく、わくわくしている自分がいる。
-
2019年1月11日(金)
60インチあるリビングのテレビにスイッチを接続し、ダークソウル リマスタードを起動する。
OPムービーが流れ出し、
「……迫力あるな」
「ある……」
とんでもない臨場感である。
「やっぱ、パソコンのディスプレイとは違うなあ」
「うん、すごい」
大画面テレビで、誰憚ることなく好きなゲームをプレイする。
子供のころの自分が羨みそうな環境だ。
「これ、まえぱそこんでやってたゲーム?」
「2と3はSteamでやったな」
「すちーむ」
「Steam」
「すちーむ」
「で、これが1に当たる」
「つーとすりーやってから、わんやるの?」
「ダークソウルシリーズがSteamに──つまり、パソコンでプレイできるようになった順が、2→3→1なんだよ」
「へんなの」
「PS3と4からの移植だからなあ」
「そなんだ……」
「正確に言うと、いまやってるのは1のリマスター版なんだけど」
「りますたー?」
「より高解像度にしたってこと」
「こうかいぞうど……」
「もっと簡単に言うと、画質がよくなった」
「あー」
うにゅほが、うんうんと頷く。
理解してもらえたようだ。
「綺麗だろ」
「きれいだけど……」
うにゅほの視線の先で、高解像度の亡者が、直剣の柄で切られて消え去った。
「きれいなの、けしきだけでいいのに」
「それはそれで不自然な気がするけど……」
いずれにしても、以前ほどの恐怖感はなさそうだ。
しばらくゲーム漬けの日々が続きそうである。
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