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うにゅほとの生活2
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うにゅほと過ごす毎日を日記形式で綴っていきます
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2018年8月28日(火)
「花火だ!」
「はなびだー!」
コンビニで、安くなっていた花火セットを購入した。
暗くなるまで待って、庭先に出る。
「××、バケツに水汲んできて」
「はーい」
うにゅほがバケツを取りに行くのを横目に、あらかじめ入手しておいた仏壇用のロウソクに火をつける。
だが、
「……風があるな」
つけてもつけても火が消えてしまう。
仕方がない。
電子ライターでは風情が削がれるような気もするが、目的を果たせないよりましだ。
「くんできたよ」
「さんきゅー」
「ね、どれからやる?」
「選んでいいぞ」
いちばん小さなセットだから、どれも大差ない気がするけれど。
「じゃあねー、これ!」
うにゅほが手に取ったのは、線香花火によく似た手持ち花火だった。
ただし、大きさが線香花火の倍はある。
「ひーつけて!」
「はいはい」
紫色の放電が、花火の先に火を灯す。
しばしして、
「わあー……!」
緑色の火花が、持ち手の先で花開いた。
「◯◯! ◯◯! ひーきえるまえに、◯◯のもつけて!」
「了解」
ふたり、花火を継いでいく。
消えたら、また、ライターでつけ直す。
すべての花火が燃え尽きるのに、十分とかからなかったように思う。
「……おわっちゃった」
「そうだな」
「なつ、おわりだね」
「あんまり終わり終わり言ってると、秋が怒るかもな。俺の始まりだぞーって」
「あはは」
2018年の夏が終わる。
できたことも、できなかったこともある。
楽しかったことは思い出にして、やり残したことはまた来年だ。
夏はまた来るのだから。
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2018年8月29日(水)
「ただいまー……」
歯医者で新しい銀歯を被せてもらい、帰宅した。
「おかえりなさい。どこかよってたの?」
「寄ってないよ」
「でも、おそかったねえ」
「予約してたのに、一時間以上待たされた……」
「おつかれさまです……」
「予約順だから仕方ないけど、簡単な施術は先にしてほしいよな。銀歯つけるの、十分で終わったもん」
「ほんとだね」
「でも、よかった。これでようやくガムが噛める」
「◯◯、ガムすき」
「嫌いじゃないけど、大好物でもないぞ。口寂しいだけで」
「くち、そんなにさみしい?」
「わりと」
「わたし、あんましさみしくない」
「いいことだ」
「いいの、なんかないかな」
「ガム以外に?」
「うん」
「飴はダメだぞ。虫歯になるから」
「なんかたべるのは?」
「ナッツ類なら延々食べ続けられると思うけど、太るからなあ」
「そだね」
「食べても太らないものって考えると、結局ガムに行き着くわけで……」
「あ、あれは?」
「どれ?」
「あかちゃんくわえてるやつ」
「……おしゃぶり?」
「おしゃぶり」
「──…………」
最悪の絵面だ。
「ないわー」
「ないかー……」
赤ちゃんプレイに興味はない。
「素直にガム噛むから、いいです」
「はい」
ガムの消費が激しい今日このごろである。
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2018年8月30日(木)
夕食後のことである。
「──……眠い」
「ねむいの」
「眠い……」
「ねる?」
「……仮眠取るか。三十分くらい」
「じゃあ、さんじゅっぷんたったらおこすね」
「頼むー……」
ベッドの上に這い上がり、アイマスクを着けて横になる。
「──…………」
丸い意識が、傾斜の緩い坂道を、ゆっくりと転がり落ちていく。
三十分後──
「──◯◯、◯◯」
肩を揺すられ、目を覚ます。
「おきた?」
「起きた……」
「ねれた?」
「そこそこ」
アイマスクを外し、眼鏡を掛ける。
「なんか、変な夢見たな」
「どんなゆめ?」
「えーと──」
こぼれ落ちていく砂のような記憶を、なんとかして掻き集める。
「……夢の中で、俺は、自分が夢を見てるって気づいてたんだ」
「めいせきむ?」
「よく知ってるな。そんな感じ」
「うへー」
「で、その夢の中で、更に夢を見た」
「ゆめのなかで……」
「でも、とっくに夢の中だから、それ以上の奥はなくて、"夢の中の夢の世界"には入れなかったんだ」
「どうなったの?」
「夢の中で、俺が増えた」
「ふえた!」
「で、なるほど、こうなるのかって納得する夢」
「へえー」
「起きてから考えたら変な話だけど、夢の中では辻褄が合ってるんだよな……」
「ゆめのはなし、おもしろい」
「わかる」
つげ義春とか大好きである。
夢を忠実に漫画化した作品が、もっと増えればいいのに。
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2018年8月31日(金)
「──ピーマンの肉詰め」
「?」
うにゅほが顔を上げる。
「ピーマンの肉詰めって、報われない料理だよな」
「ピーマンのにくづめ、たべたいの?」
「いや特に……」
「……?」
うにゅほが小首をかしげる。
「ピーマンの肉詰めの材料って、ピーマン抜いたらほぼハンバーグじゃん」
「そだね」
「ハンバーグは、大人も子供も大好き。俺も大好き」
「わたしもすき」
「でも、ピーマンの肉詰めは、好みが分かれる。好きな料理ランキングを集計したら、確実にランクは落ちるだろう」
「そうかも……」
「ハンバーグに材料を足して、詰める手間まで掛けたのに、結果はこれだ。報われない」
「◯◯、ピーマンのにくづめ、きらい?」
「嫌いじゃないけど……」
「ハンバーグのほう、すき?」
「好き」
「むくわれないね……」
「報われない」
ふと思う。
「……もしかして、ピーマンありきの料理なのかな」
「ピーマンありき?」
「野菜嫌いの子供がピーマンを食べられるように、ハンバーグの要素を足した──とかなのかなって」
「あー」
いかにもありそうな話だ。
「いずれにしても、ピーマンの肉詰めを手間暇掛けて作るくらいなら、いっそハンバーグが食べたいなって話」
「ピーマンのにくづめ、さいごにつくったの、いつだっけ」
「一年は食べてない気がする」
「なんで、いきなり?」
「さあ……」
思いついてしまったのだから、仕方がない。
平和な午後のことだった。
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以上、六年九ヶ月め 後半でした
引き続き、うにゅほとの生活をお楽しみください
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2018年9月1日(土)
「……九月になってしまいました」
「なってしまいました」
「月が変わると、いよいよ秋めく感じがするよな」
「する」
「秋が終わって、すぐ冬で、あっという間に雪が降る」
「たのしみだねえ」
「いや、俺はあんまり……」
「えー」
「寒いし、ウィンタースポーツするわけじゃないし、寒いし、雪道危ないし、いいことひとつもない」
「ゆきかきは?」
「大嫌い」
「えー……」
不満げである。
「わたし、◯◯とゆきかきするの、すき」
「……まあ、××と一緒にするぶんには、そこまで嫌じゃないけどさ」
「うへー」
「でも、大雪は勘弁だよ。一時間コースは問答無用で嫌い」
「いちじかんは、うん……」
「十分くらいでササッと終わる量なら毎日降ったっていいけど、悲しいけどここ北海道なのよね」
「かなしいの?」
「ごめん。ガンダム見たこともないのにガンダムネタ使った」
「そなんだ……」
「──って、さすがに気が早いか。まだ9月1日なのに」
「ふゆ、すきだけど、あきもすきだよ」
「夏は?」
「すき」
「春」
「すき」
「梅雨」
「なつのはじめ、つゆみたいだったね」
「もし、あれが一ヶ月続くとしたら……?」
「……いやかも」
さしものうにゅほも、じめじめするのは嫌いらしい。
「なんにせよ、過ごしやすいのはいいことだ」
「うん」
「ほら、秋さんにご挨拶は?」
「おひさしぶりです」
「一年ぶりですねえ」
「そうですねえ」
去るものは去る。
来るものは来る。
時の移ろいを楽しみたいものだ。
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2018年9月2日(日)
新しいチェアの肘掛けに右手で頬杖をつきながら、左手で文庫本をパラパラと開く。
小泉武夫の「奇食珍食」。
虫、爬虫類、軟体動物──世界中の珍しい食の生態を、作者が自分の舌で取材したレポートだ。
興味深く読んでいると、
「──◯◯、◯◯」
肘掛けの下から、うにゅほがひょこりと顔を出した。
「んー?」
「わたしも、それ、してみたい」
「……ドジョウ地獄鍋?」
「なにそれ」
本の内容のわけがないか。
「それって、どれさ」
「うーと、◯◯みたいに、かたてでほんよむの」
自分の左手を見やる。
たしかに、片手で文庫本を開き、片手でページをめくっている。
あまりに日常過ぎて、指摘されるまで気がつかなかった。
「どやってやってるの?」
「どうって──」
我ながら、どうやっているのだろう。
自分の動きを意識してみる。
親指で左のページを支え、小指で右のページを開く。
中指と薬指は背表紙に引っ掛け、曲げた人差し指を裏表紙に押し当てる。
これが基本の姿勢だ。
めくるときは、人差し指と親指で左のページを湾曲させ、その反動を利用する。
めくられたページは、また小指で押さえる。
「──と、この繰り返しなんだけど」
「やってみる」
うにゅほが、本棚から適当な文庫本を取り、見よう見真似で開いてみせる。
「く」
「できそう?」
「こ、ゆび、つる……!」
「……無理しないほうがいいと思うぞ」
そもそも、手の大きさが違うのだし。
「これむり……」
「横着しないで、両手で読めってことだな」
「◯◯、ずるいー」
「ずるくなーい」
うにゅほの手に合った方法もあるのかもしれないが、それを開発するには長い時間がかかりそうだ。
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2018年9月3日(月)
「レコーディングダイエットかあ……」
「?」
「食べたものを記録したら痩せるらしい」
「うーん……」
うにゅほが小首をかしげる。
「なんで?」
「不思議だね」
「うん」
「まあ、理に適ったダイエット法だとは思う」
「そなの?」
「太るひとは、太るべくして太ってる。間食、暴食、夜食。食生活に問題がある」
「うん」
「何をどれだけ食べているのかを客観的に把握することで、食生活の改善を図るというのが、レコーディングダイエットの主旨だ」
「なるほど……」
「最近は、アプリで簡単にできるから、ちょっとやってみようかと思って」
「たのしそう」
「××、こういうデータ取る系の好きだよな」
「すき」
「じゃあ、入力は××にお願いしよう」
「はーい」
適当なアプリをインストールし、スマホをうにゅほに手渡す。
「きょう、なにたべたっけ」
「今日は初期設定だけして、レコーディングは明日からでいいんじゃないかな」
「そだね」
うにゅほがぽちぽちとアプリをいじる。
「◯◯、いまなんキロ?」
「──…………」
「?」
「……それ、言わなきゃダメ?」
「いれるとこある……」
「マジか」
マジか。
「……体重測るの、明日でいい?」
「いいけど……」
「あと、今日は晩御飯なしで」
「……?」
ほんの数百グラムでも見栄を張りたい俺だった。
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2018年9月4日(火)
風が強い。
台風が近づいているらしい。
「──…………」
「──……」
「……かぜ、すごいね」
「すごいな」
「いえ、ゆれてるね……」
「揺れてるな」
ぎゅ。
うにゅほが、俺の腕に抱き着いたまま離れない。
「相変わらず、家が揺れるのダメなのな」
「だって、こわい……」
共感はできないが、理解はできる。
家は安心の象徴だ。
それが容易に揺らぐのが、理屈抜きで恐ろしいのだろう。
「……しかし、暑いな」
額を拭うと、すこし濡れていた。
「ごめんなさい……」
「いや、××が抱き着く抱き着かない以前に、今日やたら蒸さない?」
「うと」
ふたり揃って温湿度計を覗き込む。
「さんじゅうどある……」
「窓、ちょっと開けてみるか」
「えー……」
「雨は降ってないし、ちょっとだけ」
腕に貼り付くうにゅほを率い、南西側の窓を開く。
その瞬間、
──ぶおッ!
「おふ!」
強風が顔面を煽り、俺は思わずたたらを踏んだ。
「しめて! しめて!」
言われるまでもない。
慌てて窓を閉じ、ほっと一息つく。
「やー、すごかったな……」
「うん……」
台風が直撃したら、どうなってしまうのだろう。
不謹慎だとわかってはいるが、非日常の予感に心が躍る俺だった。
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2018年9月5日(水)
昨夜のことである。
台風に怯えるうにゅほを膝の上であやしていると、
──ブツン!
「わ!」
唐突に、視界が真っ暗になった。
停電である。
「◯◯! ◯◯!」
「はいはい、停電停電。すぐ復旧するって」
「◯◯ぃ……」
俺の首根っこに抱き着いて、半泣きである。
だが、
「……停電、直らないな」
「うん……」
五分経っても、
十分経っても、
明かりは一向に戻らない。
「──…………」
「──……」
暴風が家を揺らす。
豪雨が窓を痛打する。
「これ、どっかの電線が切れたんだな……」
「……でんき、なおらない?」
「朝まで待たないとダメかも」
「うー……」
「しゃーない、寝るか。眠くないけど」
「◯◯、いっしょにねよ……」
「──…………」
あまり同衾はしないようにしているのだが、今回ばかりは仕方ない。
「……××が寝るまでな」
「あさまで……」
「──…………」
「──……」
溜め息をひとつつき、
「わかった」
「やた」
根負けである。
うにゅほに腕を取られながら、布団の中で物思う。
はっきり言って、眠くない。
普段の就寝時刻より数時間早い上に、台風直撃の物音のなか、さらにうにゅほと密着しているとなれば、ぐっすり眠れるほうがどうかしている。
もっとも、当のうにゅほはさっさと熟睡してしまったのだけれど。
浅い眠りを繰り返し、朝を迎えてなお、電気は復旧していなかった。
「しゃーない。冷蔵庫の霜取りでもするか……」
「そだねえ」
霜、随分と大きくなってたし。
ようやく通電したのは、正午を大きく回ってからだった。
やはり、災害は災害である。
来ないに越したことはない。
非日常に高揚した前日の自分を恥じる俺だった。
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2018年9月6日(木)
2018年9月7日(金)
それが起こったのは、9月6日午前3時7分のことだった。
そろそろ寝ようかと腰を上げかけたとき、
家が、揺れた。
最初は、小さな揺れだったと思う。
揺り返しのたび大きくなっていく地震の渦中、自分がどんな気分でいたか、どうしても思い出せない。
放心していたのかもしれない。
あとから知るのだが、このときの震度たるや、実に5弱。
俺にとっても、うにゅほにとっても、初めて体験する規模の地震であったことは間違いない。
棚の上のぬいぐるみが落ち、平積みしてあった本の山が崩れる。
屋内の被害がこの程度で済んだのは、不幸中の幸いと言えるだろう。
「……××?」
揺れが収まったのち、恐る恐る、うにゅほのベッドへと歩み寄る。
俺の顔を見た瞬間、うにゅほが顔をくしゃくしゃにした。
「──こあ、あッ……、う、ああ……ッ!」
うにゅほが俺に抱きつく。
「大丈夫、大丈夫。もう怖くない」
「ふぶ……、う、う……」
しばしうにゅほをあやしていると、停電が起きた。
台風に続き、二日連続となる。
悪いことは重なるものだ。
こうなると、できることなど何もない。
家族の安否と被害を確かめたのち、うにゅほを抱き締めながら、その日は床に就いた。
この停電が、北海道全域に渡ることを知ったのは、翌日のラジオ放送でのことだった。
「……◯◯」
「ん」
「でんき、ぜんぶなおるまで、いっしゅうかんだって……」
たびたび起こる余震に怯えてか、うにゅほは、俺の腕を離さなくなった。
仕方あるまい。
俺だって、余震が来るたびに肝が冷えるもの。
「……一週間は、つらいなあ」
「うん……」
「まあ、漫画でも読んで過ごすさ。積ん読たくさんあるし」
停電はしても、断水はしていない。
食料も十分にある。
東日本大震災などに比べれば、被災としては穏やかなものだろう。
ランタンの明かりのなかで夕食を終え、家族でラジオに聞き入っていたとき、タバコを吸いに出ていた父親が俺たちを呼んだ。
「──おい、お前ら来い! 星すげえぞ!」
好奇心を覚え、家の前の公園に出る。
すると、
「わあ……!」
眼前に、北斗七星が輝いていた。
「そうか、北海道全域が停電だから……」
天球。
瞬く無数の星々が、本で見た通りの形に並んでいる。
「××」
「?」
「あれが、北斗七星。向こうのW型の星座が、カシオペアだ」
「あ、きいたことある!」
「北斗七星とカシオペアは、北極星を挟んでおおよそ反対の位置にある。だから──」
うろ覚えの知識で、うにゅほに夜空の案内をする。
不謹慎かもしれないが、楽しかった。
蚊に食われながら、小一時間ほども星を眺めていたときのことだ。
──パッ、と。
公園の街灯が、白く輝いた。
周囲の家々の窓から、次々と光が漏れ始める。
「わ、ついた!」
「やった……!」
思わず、うにゅほとハイタッチを交わす。
一週間ならずとも三日は覚悟していたため、人工の光がたまらなく嬉しかった。
だが、この夜空の下で、いまも暗闇に怯えているひとたちがいる。
俺たちの地域は、たまたま復旧が早かった。
運がよかっただけなのだ。
一刻も早い全戸復旧を、心から祈っている。
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2018年9月8日(土)
電気が復旧してから二日が経過した。
余震はまだ続いているが、うにゅほもようやっと落ち着きを取り戻したようだった。
「ガソリンスタンド、ずっと並んでるってさ」
「そか……」
「停電はほとんど解消されたけど、まだ手放しで喜べる状況じゃないみたい」
「……いっしゅんだね」
「うん?」
「じしん、じゅうびょうくらいだったのに……」
「……そうだな」
どんなに積み重ねても──否、積み重ねれば積み重ねるほど、崩れ去るのは一瞬だ。
「大きな余震が来たときのために、大切なものを決めて、すぐ持ち出せるようにしないとな」
「たいせつなもの」
「そう」
「◯◯の、たいせつなもの、なに?」
「××」
「うへー……」
うにゅほがてれりと笑う。
「でも、××には足があるから、自分で頑張ってもらうとして」
「えー」
「財布と、預金通帳と、スマホと、時計と、バックアップ用の外付けHDDかなあ……」
「たくさんあるね」
「××の大切なものは?」
「◯◯!」
「ありがとうございます」
「でも、◯◯には、あしがあるから……」
「頑張ります」
「わたし、たいせつなのまとめてあるから、そのはこ」
「あー、あれか」
俺が勝手に"うにゅ箱"と命名したチェック柄のケースのことである。
「◯◯からもらったの、たくさんはいってる」
「腕時計とか、つげの櫛とかな」
「うん」
「余裕があれば、日用品一式も欲しいな。下着とかタオルとか歯ブラシとか」
「あ、みずもほしい」
「ペットボトルたくさんあるから、できるだけ汲んでおこう」
「あと──」
会話を交わすうちに、どんどん荷物が多くなっていくふたりだった。
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2018年9月9日(日)
九月も二週目に入り、だいぶ涼しくなってきた。
「昼間はまだ暑いけど──」
窓を閉めながら、うにゅほに話し掛ける。
「日が暮れたあとも開けっ放しだと、肌寒くて仕方ないや」
「あきだねえ……」
「秋と言えば、さっき、石焼き芋の車が来てたな」
「うん、きてた」
「すこし早い気もするけど、そもそも五月くらいにも営業してたからなあ……」※1
うちの近所の焼き芋屋は、どうにも商売熱心らしい。
「みんな、げんきづけるために、きたのかも」
「元気づけるため?」
「うん」
「……焼き芋で?」
「うーと」
しばし思案したのち、うにゅほが答える。
「いしやきいものこえしたら、いつもどおりなきーするから」
「あー……」
そうかもしれない。
「それは、素敵な考え方だな」
「そかな」
「いまなら売れると踏んだからかもしれないけど」
「そかも……」
こればかりは、聞いてみないとわからない。
「そう言えば、石焼き芋って、××と一緒に買えた試しがないな」
「そだねえ」
「何度か買おうとしたけど、タイミングがいまいち合わないんだよなあ……」
いざと財布を握り締めているときに限って、遠ざかっていくことが多い。
「……そもそも、うちの前は通ってないのかも」
「えー」
「遠くから聞こえてるだけ」
「なまごろし……」
「次に石焼き芋が聞こえたら、窓の傍で張ってみようか。はっきりする」
「うん」
聞こえ次第、車で追うという手もあるが、そこまで必死になることでもない気がするし。
果たして、今年は石焼き芋が買えるのだろうか。
乞うご期待。
※1 2018年5月18日(金)参照
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2018年9月10日(月)
月曜日である。
「あ、ジャンプ買いに行かないと」
「そだね」
「一週間、やたらと長かった気がするなあ」
「ながかった……」
台風、停電、地震に余震──気の休まる暇がない一週間だった。
「──って、コンビニいま大丈夫なのか?」
「あ」
「宅配便は来てるから、物流は問題なさそうだけど……」
「うーん」
「とりあえず、行ってみる?」
「いく」
電動シャッターを開き、愛車のミラジーノに乗り込む。
「このシャッターも、開かなくて困ったっけなあ」
「てーであけれたらいいのにね」
最寄りのセイコーマートの駐車場に車を停めると、見慣れない光景が目についた。
窓から覗く陳列棚に、商品がひとつもないのだ。
「──…………」
「──……」
うにゅほと顔を見合わせる。
非日常。
我が家が普段通りだから、油断していた。
ここは、紛れもなく被災地なのだ。
「……帰るか」
「うん……」
ジャンプという気分でもなくなってしまった。
普段であれば、気分転換に、どこか遠くへ足を伸ばすのだが、いまばかりは余計に気が塞ぎそうだ。
「帰ったら、なんかして遊ぼう」
「!」
うにゅほが目を輝かせる。
「ね、なにする?」
「なにして遊ぶか決める遊び」
「たのしそう」
それでいいのか。
そして、案の定楽しいのだった。
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2018年9月11日(火)
小用を足して戻ってくると、床にゴミが落ちていた。
拾い上げる。
「……?」
糸くずの塊かと思っていたが、なんだか固い。
よくよく見てみると、虫の死骸だった。
「──うおッ!」
思わず取り落とす。
「どしたの?」
「いや、虫が──」
「……むし、どこ?」
うにゅほが臨戦態勢に入る。
俺からの合図があれば、いつでもキンチョールを探しに行ける構えだ。
「いや、大丈夫。死んでる」
「そか……」
ほっと胸を撫で下ろしたうにゅほが、浮かしかけた腰を座椅子に落ち着ける。
「……しかし、けっこうでかいな」
虫の死骸をティッシュにくるみ、ゴミ箱に捨てる。
「かってにはいってきて、かってにしなないでほしい……」
ひどい言い草だが、まったくである。
「乾いてたから、だいぶ前に死んだみたい」
「そなんだ」
「ベッドの下から、風で転げ出てきたのかな」
「──…………」
うにゅほが眉をひそめる。
「どした?」
「……うと、みえないとこにいて、みえないとこでしんだんだよね」
「そうなるな」
「いまも、みえないとこに、むしいるのかなあ……」
「──…………」
「──……」
「……その考え方は、やめよう。見えないものはいない。いいね」
「うん……」
いるかいないかわからないものを恐れ出したら、地獄の始まりだ。
「ただし、アリは除く」
「のぞく」
「侵入された時点で手遅れだからな……」
今年は大丈夫そうだが、まだ安心はできない。
冬になるまで警戒は怠らないでおこう。
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2018年9月12日(水)
「あああああああああー……」
両耳を軽く叩きながら、うるさくない程度に声を上げる。
「!」
唐突な俺の奇行に、うにゅほが目をまるくする。
「◯◯、どしたの」
「あ、いや」
「だいじょぶ……?」
真剣に心配されてしまった。
「大したことじゃないんだ。ほら、イヤーワームってあるだろ」
「あたまのなかで、おんがくなるやつ?」
「そう。止まらなくて……」
「なんのきょく?」
「……きよしのズンドコ節」
「あー……」
「テレビでも見てない、ネットでも聞いてないのに、なんで脳内再生が止まらないんだ……」
「うわがきしたらいいのかなあ」
「上書きしたい。××、なんか歌って」
「なんか……」
「なんでもいいよ」
「うと」
しばし思案したのち、うにゅほが歌い出す。
「……あるーひ、あるーひ、もりのーなーか、もりのーなーか」
森のくまさん。
選曲が、うにゅほらしい。
「くまさーんに、くまさーんに、であーった、であーった」
ひとりで輪唱までしてしまうあたりも、たいへんうにゅほらしい。
「はなさーく、もーりーのーみーちー、くまさーんに、であーったー……」
「おー」
ぱちぱちと拍手を送る。
「うわがき、できた?」
「──…………」
十秒ほど沈黙し、
「……いや、まだ。きよしが強い」
「だめかー……」
「先生、二曲目お願いします」
「はい」
イヤーワームを言い訳に、うにゅほリサイタルを心ゆくまで楽しむ俺だった。
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2018年9月13日(木)
「……部屋に、ぬいぐるみが多すぎる気がする」
「そかな」
「成人男性の部屋としては異常な量かと」
ゲームセンターのプライズで言うところのビッグサイズのぬいぐるみが、十数体ほど。
サイズを問わなければ、優に三十を超えるぬいぐるみが所狭しと飾られている。
「すこしくらいならあってもいいけど、こんなにはいらないよなあ……」
「◯◯、たくさんとってくるから」
「取れそうだと、つい」
同じ理由で、未開封のフィギュアの箱も、クローゼットに押し込められている。
「どうしようかな。ぬいぐるみって捨てられないし」
「だれかにあげるとか」
「誰に?」
「──…………」
「──……」
「うん」
思いつかなかったらしい。
「あげるにしても、お気に入りは取っておきたいなあ」
「おきにいり、どれ?」
「東方系のぬいぐるみはあげたくないし、けもフレも取っておきたいし、猫系のは愛着あるし」
「おおい」
「敢えて言うなら、このマンガ肉のぬいぐるみはいらないかな……」
「なんでとったんだっけ……」
「俺の記憶が正しければ、××がやたらとおだてるから」※1
「そだっけ」
記憶がすっぽりと抜け落ちてしまっているらしい。
「ぬいぐるみおくへや、あったらいいのにね」
「ほんと、もう一部屋欲しいよな」
「うん」
「──…………」
ふと思う。
「もう一部屋あったら、××の部屋になるんじゃないか。順当に考えて」
「!」
「物置にはしないだろ」
「……もうひとへや、なくていいかな」
うにゅほは寂しがりだから、部屋にひとりではいられない。
「まあ、増築なんてそもそもできやしないんだから、安心しなさい」
「はい」
ぬいぐるみ、どうしようかな。
減らせないのだから、せめて、増やさないようにしなければ。
※1 2017年5月9日(火)参照
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2018年9月14日(金)
「──……う、ぐ」
帰宅早々ベッドに倒れ込み、大きく膨らんだ腹を撫でる。
「わ、おなかすごい」
「友達が、おごってくれるって言うから……」
「なにたべたの?」
「ジャンボ生ちらし、3,580円」
「じゃんぼ……」
「写真見る?」
「みる!」
iPhoneを取り出し、先程撮った写真を見せる。
「こんもりしてる……」
「山だろ」
「やま」
刺し身やいくら、生うにといった魚介が、桶の倍以上の高さを誇る小山を形作っている。
「これ、内側はほとんど酢飯で、具材はただ貼り付けてある感じなんだよな」
「へえー」
「丼二杯ぶんくらいの酢飯を盛り付け始めたのを見たときは、正直後悔した……」
「たべれたの?」
「残さず食べたぞ」
「すごい」
「……ここだけの話、酢飯だけで700gあったらしい」
「──…………」
うにゅほが、ぽかんと口を開ける。
「具材を入れれば、1kgは余裕で超えますね」
「……ダイエットちゅうなのに?」
「ダイエット中なのに」
友人と会ったときくらいは、好きなものを食べてもいいだろう。
限度がある気がしないでもないが。
「ダイエットのアプリ、なんキロカロリーってすればいいんだろ……」
「……2,000kcalくらい?」
「それ、いちにちぶん……」
「晩ごはん、絶対入らないし」
「ぽんぽん」
うにゅほが、俺の腹を撫でる。
「うッ」
「あ、ごめんなさい」
「ちょっと牛になる……」
久し振りに暴食の限りを尽くした。
美味しかったが、二度は食べるまい。
-
2018年9月15日(土)
「んー……」
卓上鏡を覗き込みながら、あっかんべーの要領で下目蓋を開く。
「よくわからんなあ……」
「どしたの?」
「なんか、右目の下の目蓋がピクピクするんだ」
「ぴくぴく……」
「見ててみ」
「うん」
「──…………」
「──……」
二、三分ほど見つめ合ったのち、
「……まあ、今はピクピクしなかったけど、たまにするんだ」
「しなかったね……」
見せたいときに常に症状が出るとは限らない。
「疲れ目かなーと思って目薬とかさしてるんだけど、ここ数日治らなくてさ」
「びょうきかな」
「目の病気、嫌だなあ……」
「ておくれにならないうちに、びょういんいかないと」
「まあ待て。まずはネットで調べてみよう」
「うん」
適当なワードで検索すると、眼科のサイトがヒットした。
「眼瞼ミオキミア、だと……!」
「こ、こわいびょうき?」
「いや、なんかカッコいい名前だなーと思って」
「──…………」
あ、呆れてる。
「えーと、自然に治まるから、特に治療の必要はないってさ」
「よかったー……」
うにゅほが、ほっと胸を撫で下ろす。
「……眼瞼ミオキミアって、漫画のタイトルみたいじゃない?」
「わかるけど」
「能力バトルとかしそう」
「あー」
とりあえず、持病が増えたわけではなさそうで、よかった。
-
以上、六年十ヶ月め 前半でした
引き続き、後半をお楽しみください
-
2018年9月16日(日)
「××さん、××さん」
「はい」
「観たい映画があります」
「いこう!」
話が早い。
「でも、幾つか問題があってな」
「なにー?」
「ひとつは、ゾンビ映画──らしいってこと」
「ぞんび……」
「ホラーじゃないって話だから、××でも大丈夫だとは思うけど」
「なんてやつ?」
「"カメラを止めるな!"ってやつ」
「あ、なんかきいたことある」
「話題だからな」
「いついく?」
「問題は、まだあります」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「いつものシネコンで上映してないんだよな」
「えー……」
「まあ、28日に公開予定だから、ちょっと待てばいいだけなんだけどさ」
「よかった」
「ただ、"シックス・センス"ばりにネタバレされると面白くない映画らしいから、情報を遮断しておかねば」
「わたし、あんましかんけいないね」
「友達いないもんな」
「いない」
「ネットも見ないもんな」
「みない」
「問題は、まだあります」
「やまづみだ……」
「友達に、なるべく混んだ映画館で観たほうがいいって言われたんだよ」
「なんで?」
「さっぱりわからん」
「うーん……」
「普段、平日昼間のすっからかんのスクリーンで観るから、どうしようかなって」
「こんでるとこ、いきたくないな……」
「だよなあ」
公開まで、まだ十日以上ある。
予定と合わせて考えよう。
-
2018年9月17日(月)
窓の外、遥か遠くから、バイクの爆音が轟いている。
「ぼうそうぞくだ」
「暴走族だな」
「うるさいねえ……」
「ほんとな」
「のってるひと、うるさくないのかな」
「うるさいと思うぞ」
「なんでうるさくするんだろ」
「承認欲求だな」
「しょうにんよっきゅう……」
「要するに、誰かに認めてもらいたいんだよ」
「えー」
うにゅほが眉をひそめる。
「うるさいだけだよ」
「積み上げることができないから、ただただ人に迷惑をかけることで、自分の影響力を誇示しようとする。悪感情を与えることは、コストが安いんだ」
読んでいた本を閉じ、目薬の容器を指先で弾く。
容器が倒れ、物音を立てた。
「いま、俺は、指先ひとつで目薬を倒してみせた」
「うん」
「もし、指で弾いたものが、トランプで作った巨大なオブジェのいちばん下の段だったら、どうなる?」
「すごいことになる……」
「誰かが何週間もかけて作ったオブジェが、指先ひとつで壊れるわけだ。目薬を倒すのと、まったく同じ労力で」
「うん」
「本来、認められるべきは、オブジェを作ったひとだ。だけど、壊したひとは、自分がすごいのだと勘違いする。大きな影響を与えたことは確かだから」
「だから、たくさん、めいわくかけるの?」
「そう。暴走族なんて連中は、全員、怠け者の勘違い野郎ってことだよ」
「はー……」
うにゅほが、俺の額に手を当てた。
「どした」
「ねつない」
「ないけど……」
「◯◯、ひとのわるくちずばずばいうの、あんましないから……」
「びっくりした?」
「した」
「暴走族とか、不良とか、もともと嫌いなんだよな」
「そなんだ」
被害を被った記憶は特にないのだが、どうにも嫌悪感がある。
「なんにせよ、関わらないのがいちばんだ」
「そだね」
触らぬ神に祟りなし。
神は神でも疫病神だけれど。
-
2018年9月18日(火)
ペプシの備蓄を補充するためにホームセンターへ赴いたのだが、
「ない」
「ないねえ……」
物流が回復しきっていないのか、一箱も入荷していなかった。
「困ったなあ」
「べつのおみせ、あるかも」
「行くだけ行ってみるか……」
ドラッグストア、×。
スーパーマーケット、×。
リカーショップ、×。
「ない!」
「ないねえ……」
「これ、サントリーの商品自体が入ってきてないってことかもなあ」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「ペプシ、ペプシじゃないの?」
訳:ペプシコーラは、ペプシという会社の商品ではないのですか?
「ペプシコーラは、アメリカのペプシコって会社が作ってる。ただし、日本での販売はサントリー」
「ペプシコ?」
「ペプシコ」
「コって、なに?」
「知らない」
「しらないの」
「なんでも知っているわけでないので……」
「でも、いろいろしってるきーする」
「無駄知識は多いほうだと思う」
「なんでしってるの?」
「……気になったことは、すぐ調べるから?」
「あー」
「あと、本読むし」
「わたしも、ほんよむよ」
「漫画な」
「まんが、だめ?」
「ダメじゃないけど、情報を絵に頼ってるから、知識は増えにくいと思う」
「そかー……」
「文字の本も、いいものだぞ」
「……こんど」
あ、これ読まないやつだな。
いいけど。
ペプシは、数日したら、また買いに来よう。
-
2018年9月19日(水)
夢を見ていた。
背中を引っ張られる夢だ。
相手はわからない。
うにゅほかもしれない。
「──…………」
ふと目を覚まし、背中の感触に血の気が引く。
「……やっちまった」
そこにあったのは、見るも無残な姿になった俺の眼鏡だった。
「どしたの?」
不穏な空気を察したのか、飾り棚の陰からうにゅほが顔を覗かせる。
「眼鏡、潰しちゃった……」
「!」
「どうしよう」
「まえのめがね、ある?」
「あると思うけど、どこ仕舞ったか覚えてない……」
「わたし、さがすね!」
「ありがとう……」
うにゅほがいなければ、視力0.02の世界で、手探りで眼鏡を探すことになっていたかもしれない。
コンタクトレンズという手段もあるので詰みはしないが、とんでもなく助かったことは確かである。
「あった!」
「どこにあった?」
「ひきだしにあった」
「そっか、ありがとな」
「うへー」
ひとつ前の眼鏡を掛け、潰れた眼鏡を改めて確認すると、思った以上の惨状だった。
「……縁なしフレームなのに、よく折れなかったな」
「ななめなってる……」
「これは、眼鏡屋行かないと」
「うん」
いまの眼鏡を購入した眼鏡屋へ赴くと、店内がひどくこざっぱりしていた。
訝しんでいると、
「すみません、お客さま。現在、移転作業中でして……」
「げ」
よりによって、このタイミングで。
眼鏡の修理は承っているものの、移転作業と並行しての作業となるため、一時間以上はかかるとのことだった。
「……しゃーない、時間潰してこようか」
「うん」
「どっか行きたいところ、ある?」
「うーん……」
うにゅほが首をかしげる。
これ、待っても出てこないやつだ。
「……カラオケでも行く?」
「いく!」
カラオケで二時間ほど時間を潰し、眼鏡屋へ戻ると、修理が完了していた。
店員に礼を告げ、帰途につく。
飲酒をしても、寝惚けても、眼鏡の安全だけはしっかりと確保せねば。
-
2018年9月20日(木)
左肘の裏にあせもができてしまった。
「痒い……」
「かいたらだめだよ」
「はい」
「おろないんをぬりましょう」
「お願いします」
うにゅほがオロナインを指に取り、俺の肘の裏に塗り込む。
「はい、おしまい」
「ありがとう」
「どういたしまして」
今更だけど、オロナインってあせもに効くのかな。
まあいいか。
「真夏のあいだは平気だったのに、涼しくなってからあせもできるんだもんな」
「へんだねえ」
「汗かくこと、大してしてないのに」
「うん」
「……これ、あせもか?」
「わかんない……」
「まあ、治らないようなら皮膚科行けばいいか」
「ひじのうらって、よびかたないの?」
「唐突だな」
「きになった」
「知らないけど、呼び方はあるんじゃないか」
「しらないかー……」
「まあ、アカシックレコード的なもので調べてみようじゃないか」
Google先生を呼び出し、「肘の裏」で検索を掛ける。
「肘窩、だってさ」
「ちゅーか?」
「窩は、穴とか、くぼみって意味だな」
「ひじのくぼみで、ちゅーか」
「そうそう」
「ちゅーばっかって、なんだっけ」
「スター・ウォーズにいた気がする」
「あ、いたきーする」
「スター・ウォーズ、どこまで見たっけ……」
「わすれた……」
「旧三部作は見たと思うけど」
何故スター・ウォーズの話になったのか、それは誰にもわからない。
ともあれ、あせもは掻かないように気をつけねば。
-
2018年9月21日(金)
「──……あふ」
朝起きてまず最初にすることは、PCのロック状態の解除である。
誰に見られるわけでもないが、なんとなく習慣となっている。
マウスを軽く動かすと、自動的に切れていたディスプレイの電源がつく──はずだった。
「あれ?」
電源が一瞬だけつき、すぐに切れる。
電源が一瞬だけつき、すぐに切れる。
そのサイクルを繰り返すばかりで、一向に安定しない。
「……やばい、壊れたかも」
「え!」
座椅子で漫画を読んでいたうにゅほが、驚きの声を上げる。
「ぱそこん、こわれたの……?」
キーボードでサインイン用のパスワードを入力し、エンターキーを押す。
すると、サブディスプレイに、ブラウザとtwitterクライアントが表示された。
「いや、パソコンというか、メインディスプレイが怪しい」
「ひだりのがめん?」
「そう」
「ほんとだ、ついたりきえたりしてる……」
「接続の問題かもしれない」
PC本体の後ろへ回り込み、HDMI端子を抜き差しする。
「──あ、なおった!」
「直った?」
「ほら!」
PCデスクの前へ戻ると、ちゃんと画面が表示されていた。
「……本当に、接続が悪かっただけなのかなあ」
妙な挙動をしていたのが気に掛かる。
「とりあえず、しばらく様子を見るしかないか」
「そだね」
「ダメそうなら、新しいの買う」
「チェアかったばっかしなのに、おかねかかるね……」
「PC回りは不自由がないようにしておかないと、QOLが下がるからなあ」
「きゅーおーえる?」
「クオリティ・オブ・ライフ。生活の質、みたいな」
「せいかつのしつ……」
「よくわからんか」
「よくわからん」
うにゅほのおかげで爆上がりしているものである。
とは言え、一日のほとんどをPCの前で過ごす俺にとって、デュアルディスプレイをシングルに戻されることは相当なストレスとなる。
早め早めに買っておくのがいいかもしれない。
-
2018年9月22日(土)
「……寒い」
室内にいるにも関わらず、妙に冷える。
「そろそろ甚平もお役御免かな」
「──…………」
うにゅほが本棚の下段を覗き込む。
「やっぱし……」
「何が、やっぱしなんだ?」
「◯◯ね、ねてるとき、せきしてたの」
「そうなの?」
まったく記憶にない。
「でね、いま、にじゅうろくどある」
「……寒くないな」
「かぜ、ひきはじめかも」
「風邪の匂いは?」
「ねてるときかいだけど、まだしない」
「そっか」
うにゅほは、俺の体調を、匂いで判別することができる。
「あったかくして、あんせいにしましょう」
「寝たほうがいい?」
「ひきはじめだから、いまねたら、よるねれなくなるとおもう」
「たしかに」
「まってね、くつしただす」
「ありがとう」
うにゅほが持ってきてくれた冬用の靴下を履いて、チェアに腰を落ち着ける。
「ふー……」
「で、わたしだっこして」
「はいはい」
膝の上に座ったうにゅほを、背中から抱き締める。
「あったかい?」
「あったかいです」
「よし」
自身の体を湯たんぽとして取り扱う。
なんというか、この上もなくうにゅほらしい。
「かぜのにおいしてきたら、よこになろうね」
「しないように頑張る」
「そか」
考えてみれば、季節の変わり目だものな。
悪化しないように気をつけよう。
-
2018年9月23日(日)
良いことがあったので、久し振りにチューハイを買い込んだ。
「ぐへへ……」
カシュッ!
巷で話題の99.99のクリアレモンを開封し、ひとくち。
「──…………」
もうひとくち。
「……マジか」
「?」
膝の上のうにゅほが小首をかしげる。
「おいしいの?」
「美味しいとか、美味しくないとか、それとはちょっと違う次元の話でして」
「……?」
うにゅほが、先程とは反対側に、大きく首をかしげる。
「これ、度数が9%のチューハイなんだけどさ」
「きゅーぱーせんと」
「チューハイとしては、かなり高いほうなんだ」
「そなんだ」
「参考までに、ビールが5%くらい」
「たかい!」
「倍近い」
「ばいちかい……」
「甘さで誤魔化してる同じ度数のチューハイを何度か飲んだことあるんだけど、アルコール臭さが逆に際立って、俺は苦手だったんだ」
「これは?」
「これは、甘くない」
「あまくないんだ」
「そして、異常に飲みやすい」
「あまくないのに?」
「水とは言わない。間違いなくお酒だ。でも、下手なチューハイよりカパカパ行けてしまう」
「へえー……」
うにゅほが興味を示したので、先回りして答える。
「ダメだぞ」
「……なめるのもだめ?」
「ダメ」
「だめか……」
「さあ、ペプシをお飲み」
「はーい」
うにゅほを酔わせると、ろくなことにならない。
今日のところはペプシで我慢してもらおう。
-
2018年9月24日(月)
「♪」
さり、さり。
さり、さり。
うにゅほが楽しげに俺の頭を撫でる。
それもそのはず、1000円カットで丸坊主にしてきたばかりなのだ。
「××さん、楽しそうですね」
「たのしい」
「そんなに撫で心地いいですか」
「いい……」
もう夢中である。
「◯◯、ずっと、まるぼうずにするの?」
「うーん……」
思案し、答える。
「一度坊主にすると、伸ばしにくいんだよ」
「そなの?」
「坊主は、頭髪のすべてが、ほぼ同じ長さだろ」
「うん」
「同じ長さの頭髪が、同じ速度で伸びたら、どうなると思う?」
「──…………」
しばしの沈黙ののち、
「なでごこち、わるくなる……」
「そういうことではなく」
「……?」
うにゅほが小首をかしげる。
「上にも、下にも、前後にも、左右にも、同じ長さのまま髪が伸びると、シルエットがきのこみたいになるんだよ」
「あー」
うんうんと頷く。
「ちょっと、かっこわるいねえ……」
「だいぶカッコ悪い」
「だいぶかー」
「だから、そうなる前に、また丸坊主にしてしまう。無限ループだ」
「なるほど……」
「横だけ刈り上げるって手もあるんだけど、1000円カットに期待すると痛い目を見るからな……」
経験談である。
「雪が降る前には、このループから抜け出したい」
「さむいもんね」
「ほんとな」
頭寒足熱とは言うが、限度がある。
ちょうどいいところで髪が伸びなくなる機能が欲しい今日このごろだった。
-
2018年9月25日(火)
泥酔しながら日記を書く愚をお許し頂きたい。
「はい」
ビニール袋から数本の缶を取り出し、デスクの上に置く。
「こないだの99.99を、三本買ってきました」
「さんぼんも」
「度数3%のチューハイ三本分のアルコールが、この缶の中に詰まっているわけです」
「じゃあ、きゅうほんぶん?」
「そうなる」
「のみすぎとおもう……」
「あれだけ飲みやすいと、マジで9%なのかちょっと気になってさ」
「◯◯、じぶんのからだつかったじっけん、すきだねえ」
「自分の体を使うぶんには、誰も文句言わないからな」
「わたし、もんくいう」
「──…………」
「──……」
「ごめんなさい」
「いちにち、いっぽんにしよ」
「三本!」
「……にほん」
「三本!」
「ゆずるきない……!」
「今日は酔いたい気分でして」
「もー」
うにゅほが、小さく肩を落とす。
「はいてもしらないからね」
「はい」
「せなかなでるしか、しないからね」
優しい。
「では、さっそく」
カシュッ!
99.99のクリアドライをひとくち飲む。
「……相変わらず、ちょっとアルコールの入った炭酸水って感じしかしないなあ」
「おいしい?」
「ちょっとアルコールの入った炭酸水の味」
「おいしくない?」
「普通」
「──…………」
「……舐めてみる?」
「なめる!」
うにゅほに缶を渡す。
ぺろ。
「……んー」
「どう?」
「しゅわしゅわする」
「うん」
「あまくない」
「うん」
「おさけ?」
「飲めばわかるけど、お酒なんだよこれ」
「のんじゃだめ?」
「ダメ」
「うー」
うにゅほが飲んだら、収集つかなくなるからな。
日記執筆現在、二本目を飲み終えたところである。
「……◯◯、だいじょぶ?」
「大丈夫、大丈夫。ほら、日記も書けてるし」
「そだけど」
「まあ、三本目は、すこし酔いが覚めてから飲むよ」
「うん」
99.99、なかなか手強いチューハイである。
読者諸兄も、飲むときは御注意を。
-
2018年9月26日(水)
「◯◯、◯◯」
「んー?」
「ぐあい、わるくない?」
「悪くないけど」
「そか」
「風邪の匂いでもする?」
「しない」
「ならどうして──って、ああ、二日酔いのことか」
「うん」
昨夜、99.99を三本ほど飲み干して、泥酔しながら日記を書いたのだった。
「そう言えば、二日酔いの症状ないなあ」
「そなの?」
「混ぜものの少ないチューハイだからかも」
「でも、のみすぎたらだめだよ」
「すみません」
「よろしい」
酔いたい気分のときもあるが、うにゅほに心配を掛けてまですることではない。
「次からは二本にしよう」
「にほんでも、だいぶ、よってたきーする……」
「9%だからなあ」
アルコール度数だけの問題ではない。
普通のチューハイと同じ感覚で飲むと、ペースがあまりに早くなり過ぎるのだ。
三倍の量のアルコールを同じ速度で飲み干すのだから、酔わないはずがないではないか。
「ほんと、危険なチューハイだ」
「きけん」
「××は飲んじゃダメだぞ」
「わたし、あまいのがいい」
「梅酒とか?」
「うん」
「梅酒は度数高いぞー」
「そなの?」
「チューハイみたいにぱかぱか行くものじゃないから、そう気にはならないけど」
「ひくいの、なに?」
「低めのチューハイは、だいたい3%くらい」
「ちゅーはいかー……」
「ほとんどジュースみたいなもんだよ」
「そなんだ」
まあ、飲ませないけど。
思う存分酔ったし、しばらくお酒は控えよう。
-
2018年9月27日(木)
壊れかけていたメインディスプレイの挙動が、いよいよもって怪しくなってきた。
「ケーブル差し直しても、直らなくなってきたなあ……」
「うん……」
以前は一度の抜き差しでついていたものが、いまや、二度、三度と、回数を重ねなければならない。
明らかに悪化している。
「さすがに限界かな」
「ディスプレイ、かうの?」
「買おう。金を惜しむ部分じゃない」
「せんげつチェアで、こんげつディスプレイかー……」
「出費がかさむなあ」
「こんげつ、すーごいせつやくしてたのにね」
「来月も節約しましょう」
「そうしましょう」
「ヨドバシ行くか」
「いく!」
ドライブ気分でヨドバシカメラへ向かい、付近のツクモで三万円のディスプレイを購入した。
さっそく帰宅し、設置する。
「──お、発色いいじゃん」
「きれい」
横並びのサブディスプレイと比べ、明らかに色が鮮やかだ。
安物だもんなあ。
「さて、と」
レタッチソフトで真っ白な画像を作成し、壁紙にする。
「どしたの?」
「ドット抜けの確認」
「どっとぬけ……」
「ディスプレイは小さな光の集まりだ。初期不良で、その光の点灯しない場所ができることがあるんだよ」
「へえー」
「ドット抜け保証に入ったから、もしあれば──って、あった」
「どこ?」
「ほら、ここ」
ドット抜けの場所を指差す。
「……どこ?」
「よーく見てみ」
「──…………」
うにゅほが、ディスプレイに息を吹き掛ける。
「……ごみじゃない!」
「これが、ドット抜けだ」
「こうかんしてもらうの?」
「うーん……」
設置したディスプレイを梱包し直して、店舗へ向かい、帰ってきて、再び設置する。
正直、めんどい。
「……1ドットなら、べつにいいかな。ホコリのほうが気になるレベルだ」
「そだね」
サブディスプレイが壊れたとき、新しく買ったほうをメインに据えればいいだけの話である。
神経質な性格ではなくて、よかった。
-
2018年9月28日(金)
「……あれ?」
ふと、あることに気づき、幾度もまばたきをする。
おかしいな。
目薬をさしたのち、再びディスプレイを間近で睨みつける。
「んー……」
「◯◯、めーわるくするよ」
既に悪いが、それはそれ。
「ない」
「ない?」
「ドット抜けが、なくなってる──ように見える」
「そなの?」
「××も確認してみて」
「うん」
目を限界まで細めながら、うにゅほがディスプレイを覗き込む。
「……どっとぬけ、どのへんだっけ」
「左上だったと思う」
「うーん……」
「どう?」
「ない、きーする……」
「だよな」
「どっとぬけって、なおるの?」
「動きの激しい動画とかを再生すると、直ることもあるみたい」
「へえー」
「急いで交換しに行かなくて、よかったな」
「ほんとほんと」
気にするほどのことでもなかったが、直るに越したこともあるまい。
「……うー」
うにゅほが、目をしぱしぱさせる。
「どした」
「ディスプレイみてたら、めーいたくなってきた……」
「目薬さす?」
「さして」
「はいはい」
いまだにひとりで目薬をさせないうにゅほである。
-
2018年9月29日(土)
窓を閉じながら、呟く。
「寒い寒いと思ったら、もう九月も終わりだもんなあ……」
「そだよ」
「いろいろあったわりに──と言うか、いろいろあり過ぎたせいで、やたら短かった気がする」
「じしん、すごかったね……」
「震度5なんて初めてだよ」
「わたしも」
「地震もそうだけど、停電のほうがきつかったな。電気がないと何もできない」
「あ、でも、ほしきれいだった」
「北海道全土の明かりが消えると、あんなに星が見えるんだな……」
「うーと、ほくとしちせいと、カシオペアの、まんなかが、ほっきょくせい」
「そうそう」
「おぼえた」
「あれだけ印象深ければ、忘れないか」
「うん」
震災のなかで、唯一の良い思い出だ。
「……あんまり関係ないけど、眼鏡潰したのも今月だっけな」
「あー」
「なんでベッドに置いたまま寝ちゃったんだろ」
「きーつけないと、だめだよ」
「はい」
「よろしい」
「縁なしフレームは脆いから、二度目があれば確実に折れると思うし」
「……きーつけないとだめだよ?」
「はい」
「よろしい」
「あと、ディスプレイも壊れた」
「こわれたねえ……」
「形あるものが壊れるのは必定としても、今月はいろいろと重なりすぎだ」
「じしんでものこわれなかったの、よかったね」
「地味に壊れたぞ」
「なに?」
「停電のせいでLANケーブルがイカれて、一時的にネットに繋がらなくなった」
「そだっけ」
「××にはあんま関係ないから、覚えてないか」
「おぼえてない……」
「まあ、予備のケーブルがあったから、すぐ直ったんだけどな」
「おぼえてないんじゃなくて、しらないかも」
「かもしれない」
本当に、いろいろあった。
来月は平和な月になりますように。
-
2018年9月30日(日)
カレンダーを見て、ふと気づく。
「そう言えば、そろそろ××の誕生日だなあ」
「うん」
うにゅほの誕生日は、10月15日である。
「欲しいもの、ある?」
「うーん」
首を大きくかしげながら、うにゅほが唸る。
「う──……ん」
あ、これ、待っても出てこないやつだ。
「今年は、俺も、特にこれってのが思いつかないんだよなあ……」
「そなんだ……」
「去年は腕時計だろ」※1
「あれ、すーごいうれしかった!」
「そっか」
なら、プレゼントした甲斐があるというものだ。
「一昨年は、たしか、コートを買いに行ったはず」※2
「ふゆになったらきるんだー」
「その前は、赤いバッグだったかな」※3
「でかけるとき、ぜったいもってくよ」
「そうだな」
それより以前の誕生日プレゼントとなると、日記を参照しなければ思い出せない。
つげの櫛などは、今でも大切に使っているのを見るのだが。
「……マジでどうしよう。案がない」
「きにしなくていいよ?」
「気にする。だって、××の誕生日なんだぞ」
「……うへー」
うにゅほが、両手で自分のほっぺたを包む。
照れているのだ。
「でも、ほんとにいいよ……?」
「……思いつかなかったら、また、デートがてら服でも見に行こうか」
「うん、うれしい」
だが、どうせなら、思い出に残る一品をプレゼントしてあげたい。
うにゅほの誕生日まで、あと二週間。
ギリギリまで悩んでみよう。
※1 2017年10月15日(日)参照
※2 2016年10月15日(土)参照
※3 2015年10月15日(木)参照
-
以上、六年十ヶ月め 後半でした
引き続き、うにゅほとの生活をお楽しみください
-
2018年10月1日(月)
「──よし」
作務衣を着替え、外出の準備を整える。
「××。俺、ちょっと出掛けてくるから」
「あ、まって」
いそいそと、うにゅほが肩にバッグを提げる。
「どこいくの?」
「──…………」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「……えーと、俺ひとりだけで行こうかと」
「!」
があん。
ショックを受けたのか、うにゅほが目をまるくする。
「ともだち、あいにいくの……?」
「違うけど」
「じゃあ、どこ?」
「──…………」
「──……」
「……病院」
「!」
があん。
ショックを受けたのか、うにゅほがすこしよろめいた。
「◯◯、どっかわるいの……?」
「──…………」
目を逸らす。
「わるいんだ……」
「……まあ」
「どこわるいの? いたい?」
「──…………」
「どこ……?」
ああ、もう。
丸坊主の頭を掻きむしりながら、はっきりと告げた。
「尻が痛いから、肛門科行くの!」
「あ」
「ちょっと恥ずかしいから、言いたくなかったんだよ……」
「ごめんなさい……」
「……いや、××は心配してくれただけだから」
変に隠そうとせず、素直に言えばよかった。
「じゃあ、行ってくる」
「がんばってね……」
何を?
診察の結果、痔ではなく、ただ炎症を起こしているだけだった。
ひとまず安心である。
今後も気をつけていきたいものの、何をどうすればいいのかよくわからないのだった。
-
2018年10月2日(火)
「んー……」
Amazonのページを見ながら、低く唸る。
「ほんかうの?」
「どうしようかなって」
「ほん、いつもすぐかうのに、めずらしいねえ」
「本だけは、買うのに躊躇しないことにしてるからな」
漫画に小説、学術書──欲しいと思った本はすぐに購入する。
本こそが今の自分を形作っていると信じているからだ。
「ただなあ……」
「?」
小首をかしげるうにゅほに告げる。
「この本、Kindle版と、中古しかないんだよ」
「きんどる」
「スマホとかタブレットで読める電子書籍な」
「あー」
「電子書籍は便利だけど、肌に合わないっていうか……」
「わかる」
「読みにくいよな、あれ」
「うん」
タブレットならまだしも、スマホだと、画面が小さすぎる。
外出先で読めるという利点もあるにはあるが、たいていうにゅほと一緒なので、外で本を読む機会はあまりない。
「じゃあ、ちゅうこでかう?」
「──…………」
マウスを操作し、ポインタで価格を指し示す。
「一万四千円」
「いちま!」
「プレミアついちゃってるんだよ」
「そんなことあるんだ……」
「本一冊に一万円出せるほど、お金持ちじゃないし」
「せんげつディスプレイかったから、こんげつせつやくだもんね」
「だから、Kindleで買うべきか否か、迷ってるってとこ」
「なるほど」
「……まあ、保留かな。重版されるかもしれないし」
されないと思うけど。
欲しいものを、いくらでも、迷わず買えるようになりたいものだ。
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2018年10月3日(水)
俺は、在宅ワーカーである。
比較的自由が利く仕事ではあるのだが、今日は机に張り付きっぱなしだった。
緊急の案件が大量になだれ込んできたのだ。
「……この量を、週末までに……」
このまま行くと、三連休までなくなってしまうかもしれない。
「◯◯、だいじょぶ……?」
「大丈夫、大丈夫」
図面を引きながら、心配そうなうにゅほに答える。
「普段楽してるんだから、たまにはな……」
「がんばってね」
「頑張る」
「かたもむ?」
「あとで、腰と背中揉んでくれ」
「わかった」
数時間が経ち、今日こなすべき最低ラインの半分ほどを消化したころ、会社から連絡が入った。
「──…………」
通話を終えたのち、仕事机に突っ伏す。
「はは、ははは……」
「どしたの?」
「いまやってる仕事、やらなくてよくなった……」
「えっ」
「あーもー、夜に回せばよかった!」
「──…………」
うにゅほが眉をひそめる。
「◯◯、がんばったのに……」
「しゃーない、こういうこともある」
「でも」
「この数時間は無意味だったけど、この先の数十時間が空いたんだ。俺としては、そっちのほうが嬉しい」
「そか……」
「全部こなしたあとに言われたら、さすがに怒ったけどな」
「それは、わたしもおこる」
「××が怒ると、怖いからなあ」
「うん」
さて、空いた時間で何をしようか。
自由って素晴らしい。
-
2018年10月4日(木)
「──……つ」
「◯◯、いたい?」
「痛いけど、まあ、ちょっとだし……」
右膝の外側が痛み出したのは、今朝からのことだ。
歩かなければ気にならない。
だが、それは、歩けば気になることの裏返しでもある。
「ねちがえたのかなあ……」
「……足を?」
どんな寝相だ。
「ともあれ、今日は安静にしとこう。なるべく動かないように……」
「ごはんとか、もってくる?」
「そこまで重症じゃないよ」
「そか……」
階段の上り下りを最低限にしたいのは確かだが、あまり大事にしたくないのも本心だ。
「びょういん、いく?」
「うーん……」
行きたくないなあ。
「とりあえず、二、三日は様子を見よう。痛みがひどくなったら、すぐに整形外科へ行く」
「はやくいかないと、ておくれなるかも……」
どんな病気を想定してるんだ。
「医療費をケチるつもりはないけど、なんでもかんでもすぐ病院じゃ財布がもたないよ」
「そだけど」
「初診料だけならともかく、検査となるとけっこう取られるしなあ」
「うん……」
「だから、膝が痛いあいだは、××がお世話してくれ」
「うん!」
ふんすふんすと鼻息荒く、うにゅほが頷いた。
やる気満々である。
「ね、ね、なにしたらいい?」
「えーと……」
急に言われても、用事は特に──
「あった」
「なに?」
「空きペットボトルに、水を汲んできてくれないか。冷蔵庫で冷やすからさ」
「わかった!」
ペプシの空きペットボトルを二本抱え、うにゅほが階下へ駆け出していく。
「転ぶなよー」
「はーい!」
張り切りすぎて、怪我でもしなければいいのだが。
-
2018年10月5日(金)
右足をかばうように歩く俺の様子を見てか、うにゅほが心配そうに尋ねる。
「◯◯、ひざ、だいじょぶ……?」
原因はわからないが、昨日から右膝が痛むのだった。
「大丈夫──ではない」
「ではないの……」
「ではないけど、悪化もしてない。歩かなければ痛くないし」
「びょういん……」
「二、三日は様子を見るって言ったろ。まだ一日しか経ってないって」
「そだけど」
「心配してくれるのは嬉しいけどな」
うにゅほの頭を、ぽんぽんと撫でる。
「しかし、この足だと出歩けないなあ……」
「うん」
「車の運転くらいはできると思うけど、すこし歩くと痛むから」
「むりしたらだめだよ」
「しない、しない」
俺は、無理と無茶をするのが何より嫌いな男である。
などと言いつつ、けっこう無理も無茶もしているような気がするのはご愛嬌だ。
「期限を決めようか」
「きげん?」
「二、三日だから、明後日までに良くならなかったら病院へ行こう」
「あさって……」
しばし思案し、うにゅほが言う。
「あさって、にちよう」
「あ」
そうだった。
ついでに言うと、月曜日も祝日だ。
「……9日までに良くならなかったら?」
「ておくれなるかも……」
だから、どんな病気を想定してるんだ。
「まあ、すぐ治るさ。大丈夫大丈夫」
「うん……」
俺は楽観的で、うにゅほは悲観的である。
ふたりの意見を足して2で割れば、きっとちょうどよくなるはずだ。
-
2018年10月6日(土)
「ろくがつ、むいかに、あめざあざあ、ふってきてー」
雨のそぼ降る窓の外を眺めながら、うにゅほがたどたどしく歌う。
「かわいいコックさん?」
「……?」
うにゅほが小首をかしげる。
「それ、かわいいコックさんの絵描き歌だろ」
「そなの?」
「知らないで歌ってたのか……」
「あめのうただとおもってた」
「雨の歌かどうかは微妙なところだな」
「えかきうたなの?」
「そうだよ」
「かいて!」
「はいはい」
かわいいコックさんの歌い出しを思い返しながら、メモ帳とペンを用意する。
「えーと、棒が一本あったとさ」
メモ帳に、横棒を一本引く。
「葉っぱかな、葉っぱじゃないよ、カエルだよ」
カエルの顔が出来上がる。
「カエルじゃないよ、アヒル──アヒル?」
「どしたの?」
「待って、思い出す」
たしか、このフレーズで顔の輪郭を描いたような。
全体を丸で囲み、続きを口ずさむ。
「6月6日に雨ざあざあ降ってきて……」
なんとか形になってきた。
「──…………」
「?」
「……あっという間にかわいいコックさん」
頭に帽子をかぶせる。
「おわり?」
「いや、明らかに下半身が足りない」
「ほんとだ」
「仕方ない。こんなときは検索だ!」
Google先生に尋ねると、あっという間にかわいいコックさんの歌詞が表示された。
「──三角定規にヒビいって、あんぱんふたつ、豆みっつ、コッペパンふたつくださいな」
「あっというまに、かわいいコックさん!」
随分とあいだが抜けていたものだ。
「かわいいコックさん、あんましかわいくないねえ」
俺もそう思う。
「これ、種族はなんなんだろうな。人間ではないと思うんだけど」
「……あひる?」
「アヒルにこんなでかい耳ないだろ」
「そか……」
暇つぶしがてら、メモ帳に落描きをして遊ぶふたりだった。
-
2018年10月7日(日)
「──◯◯。あし、どう?」
「足か」
チェアに腰掛けたまま、右足を持ち上げる。
「歩くのは問題ないかな。小走りくらいなら大丈夫」
「はしったらだめだよ……」
「数歩だよ、数歩」
苦笑する。
相変わらず過保護だ。
「ただ、歩くのは問題ないけど、ひねるとまだ痛いんだよな」
「びょういん」
「よくはなってるから……」
「そだけど」
本当に過保護である。
「しかし、本当に原因がわからん。覚えがない」
「やっぱし、ねちがえたのかなあ」
「──…………」
そんな気がしてきた。
「こう、半分ベッドから落ちかけながら寝たら、あるいは寝違えられるんじゃないか」
「ねぞうわるい」
「そんな寝方してるの、見たことある?」
「ない……」
「さすがに起こすよな」
「うん、おこす」
「××は、どんな寝方したら、足を寝違えると思う?」
「……んー、と」
うにゅほがベッドに上がり、右足を折り畳んだまま仰向けに寝そべった。
「こんなかんじ?」
「××、体柔らかいなあ」
「うへー」
「俺がそれやったら、たしかに筋は痛めると思うけど……」
「おもうけど?」
「その前に、激痛で起きる」
「そかな」
「俺、××が思ってるより体硬いぞ」
「でも、ぜんくつして、てのひらゆかにとどく」
「前屈しかできないとも言う」
「わたしとはんたい」
「××は、体柔らかいけど、前屈だけできないもんな」
「なんでだろねえ……」
「暇だし、一緒にストレッチでもするか」
「するー」
思い出したようにストレッチをしても、すぐさま効果が表れるわけではない。
だが、やらないよりはましだろう。
右膝も、早いところ完治してくれればいいのだが。
-
2018年10月8日(月)
「体育の日だなあ」
「たいくのひだねえ」
「……あんま関係ないな」
「ね」
運動しようにも、足を痛めている。
無理して悪化させては事だ。
「体育の日とはまったく関係ないけど、マウスがそろそろまずいかもしれない」
「ぷしゅーってする?」
以前調子が悪くなったとき、マウスホイールの隙間にエアダスターを噴射して直したことがあったのだ。※1
「いや、何度かやったんだけど……」
「だめ?」
「ダメみたい」
「そか……」
「この型、まだ売ってるかな。新型は買いたくないし」
「しんがた、だめなの?」
「ロジクールの旧型にしかない機能があるんだよ。ワンタッチサーチっていうんだけど」
「わんたっちさーち」
「そうだなあ」
昨日の日記を開く。
「この、"ストレッチ"って単語をGoogleで検索したいとする」
「うん」
「単語をドラッグして範囲選択、右クリックしてコピー、ブラウザを開いて、アドレスバーに貼り付けて、エンターキーを押す」
ブラウザに検索結果が表示される。
「これが検索の手順になる」
「うん」
「でも、ワンタッチサーチ機能を使うと──」
単語を範囲選択し、親指でマウスのスイッチを押す。
先程の経緯をすっ飛ばし、ブラウザに検索結果が表示された。
「はや!」
「手軽だろ」
「うん、すごい……」
「新型だと、この機能がない」
「なんで?」
「わからない。わからないけど、PC界隈って、アップデートで改悪されるのが当たり前って風潮あるから……」
「へんなの……」
「俺もそう思う」
幸い、同じ型番の製品は、まだ定価で売っていた。
完全に壊れたときのために、予備としてひとつ買っておこう。
※1 2018年8月15日(水)参照
-
2018年10月9日(火)
「長崎くんち……」
「?」
唐突な俺の呟きに、うにゅほが小首をかしげる。
「だれ?」
「うん、そうなるよな」
「……?」
「長崎くんちは、長崎くんの家じゃない」
「だれのいえ?」
「長崎で行われるお祭りの名前だ」
「──……?」
うにゅほの首の傾きが、どんどん深くなっていく。
「俺もいま知ったばかりだから、ぜんぜん詳しくないんだけどさ」
「うん」
「"くんち"というのが、お祭りの名前らしい」
「うん?」
「長崎の"くんち"だから、長崎くんち」
「あー……」
「なんとなくわかった?」
「なんとなくわかった」
うんうんと頷く。
「なんで、ながさきくんち?」
「今日やってるらしくて」
「へえー」
「──…………」
「──……」
「まあ、だからなんだってこともないけど」
「にっき、かくことなかったの?」
見透かされていた。
「だって、足もほとんど完治して病院行く必要ないし、だからって病み上がりに出歩くのもなんだし、特に書くこと思い浮かばなかったんだ……」
「かくことないとき、やすんだらだめなの?」
「ずっと毎日続けてきたことだから、そう簡単に変えたくないなあ」
「そなんだ」
「まあ、こうやって雑談してれば、その内容を書き留めるだけで済むんだけどさ」
「そんなんでいいんだ」
「急に変な話題を振るときは、たいていそれ」
「あー」
心当たりがあるらしい。
「これからも、急に変な話題を振り続けていくから、面白いリアクション頼むな」
「むずかしい……」
うにゅほは、うにゅほであればいい。
でも、頑張って面白いリアクションを取ろうとする姿も見たい。
業の深い俺だった。
-
2018年10月10日(水)
露出した腕を手荒く撫でながら、呟く。
「涼しいどころか、肌寒くなってきたなあ……」
「そかな」
うにゅほが温湿度計を覗き込む。
「うーと、にじゅうさんてんはちど」
「……そうでもないな」
「そうでもない」
「じゃあ、単にダイエット中だからか」
「そうかも……」
横っ腹を掴む。
「これ、さっさと落とさないとなあ」
夏のあいだに随分と太ってしまった。
ダイエットをする時期と太る時期との繰り返しで、体重を一定に保つことができない。
ゼロかイチかの極端な性格のためだ。
「あんましむりしないでね……」
「無理はする、と思う」
「──…………」
うにゅほが口を尖らせる。
「でも、無理のし過ぎは、なるべくないようにする」
「ほんと?」
「……なるべく」
「──…………」
「──……」
「むりしたら、とめるからね」
「お願いします」
うにゅほというストッパーがいてくれるのは、本当にありがたい。
自分ひとりだと、肉体の限界を易々と飛び越えてしまいかねないからだ。
「よし、適度に無理して痩せるぞ!」
「むりするの、てきどじゃないとおもう……」
「多少は無理しないと痩せないんだもん」
「そだけど」
「このまま延々と太り続けて体重三桁とか、××も嫌だろ」
「うーん……」
しばしの思案ののち、
「……いやかも」
「だろ」
「むり、しすぎないでね」
「わかった」
物心ついてからもう何度目かわからないダイエット生活が、始まる。
-
2018年10月11日(木)
「お、おう……」
腹部を強く押さえながら、前傾姿勢で耐える。
「腹が、腹がぐるんぐるん言いよる……」
「だいじょぶ……?」
「……まあ、大丈夫」
「だいじょぶじゃなさそう……」
「完全に下ってますね、これは……」
「といれは?」
「弟が入ってた……」
「いっかいの、といれ」
「いや、ノックしたら、すぐ出るって言うから」
「そか……」
便意は強いが、一刻を争うほどではない。
「なんか、わるいものたべた?」
「皆と一緒のものしか食べてないし、そもそもダイエット中だから量も控えてる……」
「そだよね……」
「うッ」
ぐるぐる。
胃腸が蠕動している。
「やっぱし、いっかいのといれ──」
うにゅほがそう言い掛けたとき、二階のトイレから水を流す音がした。
「行ってきます……!」
「いってらっしゃい」
俺は、うにゅほに敬礼すると、小走りでトイレに駆け込んだ。
しばしののち、
「ふー……」
スッキリ。
洗面所で手を洗っていると、階下からうにゅほが現れた。
「はい、あかだま」
常備薬の、赤玉はら薬だ。
「ありがとな」
うにゅほの頭を撫でようとして、やめる。
ちゃんと手を洗ったとは言え、トイレから出たばかりだ。
「へんなのたべてないなら、おなかだしてねてたのかなあ……」
「可能性はある」
「おなかなでる?」
「お願いします」
どうにも腹の調子が悪い一日だった。
-
2018年10月12日(金)
「ふー……」
以前に書いた小説の改稿作業を終え、大きく伸びをした。
「おわったの?」
「終わった」
「おつかれさま!」
ここ二週間ほどかかりきりだったのだが、ようやく手が空いた。
もっとも、やるべきことは幾らでもあるのだけれど。
「とりあえず、今日はゆっくりしようかな。読書もいいし、ゲームでも──」
そう言い掛けたとき、
「──うッ」
唐突に、右腕が重くなった。
「どしたの?」
「いや、なんか……」
何が起こったのか、自分でもよくわからなかった。
「右腕が、急にだるくなって」
「きゅうに?」
「ああ」
「みして」
作務衣の右袖をまくり上げ、うにゅほに右腕を差し出す。
もみ、もみ。
うにゅほが俺の右腕を揉んだ。
「うで、ぱんぱん……」
「マジで」
「にのうでも、かたも、すーごいかたい」
「左は?」
「んーと」
もみ、もみ。
「ひだりは、そうでもない」
どうして右腕だけ。
「◯◯、みぎてだけでうでたてふせとか、した?」
「してない。できないし」
「だよねえ……」
「悪いけど、ちょっとマッサージしてくれるか。だるくてつらい……」
「わかった」
うにゅほのふわふわマッサージをしばらく受けていると、だるさがだんだん取れてきた。
「……ありがとな。だいぶよくなった」
「もうだいじょぶ?」
「たぶん」
「つらくなったら、いってね」
「遠慮なく言うぞ」
原因はよくわからなかったが、治ったからいいや。
-
2018年10月13日(土)
「──あ、そうだ」
「?」
「明後日、××の誕生日じゃん」
「うん」
「誕生日デートで、映画観に行こうぜ」
「いく!」
うにゅほが目を輝かせる。
「まえいってたやつ?」
「そう。"カメラを止めるな!"ってやつ」
「ぞんびでるやつだっけ……」
「"ゾンビランド"は面白かっただろ」
「おもしろかった!」
「総製作費300万円だから、出てきても安っぽくて怖くないんじゃないかな」
「それ、おもしろいの?」
「この映画の面白さは、お金をかけられる部分とは関係ない──らしい」
「らしいの」
「だって、まだ観てないもん」
「そだね」
「先にひとりで観たら怒るだろ」
「おこる」
映画を観るだなんて、俺たちにとっては一大イベントだ。
うにゅほを置いてひとりで行くなんて選択肢は、はなから存在しない。
「さて、上映時間は──」
キーボードを叩き、行きつけのシネコンのサイトを開く。
「げ」
「どしたの?」
「朝からと夜からしか上映してない」
「ひるは?」
「すっぽり抜けてる」
「あー……」
「夜だと絶対混むよな」
「こんでるの、やだな……」
「じゃあ、朝一択だ」
「◯◯、おきれる?」
「頑張る」
「そか」
「起きなかったら、叩き起こしていいから。思いきりビンタしていい」
「しないけど……」
「つねってもいいぞ」
「それくらいなら」
「起きれなかったら、絶対後悔するからな……」
「……わかった。ほんきでおこす」
「頼むな」
「うん!」
うにゅほが、覚悟を決めた表情で頷く。
起きなかったら何をされるのか、怖いような、興味があるような。
-
2018年10月14日(日)
パワーボールというトレーニング器具を購入した。
「……?」
俺の手に握り込まれたパワーボールを、うにゅほが不思議そうに覗き込む。
「これなに?」
「パワーボール」
「ぱわーぼーる」
「これを使って、前腕部の筋肉を鍛えるのだ」
「……にぎにぎするの?」
「にぎにぎしない」
「どうやるの?」
「見てな」
野球のボールより一回り小さいそれの内部には、更に小さいボールが内蔵されている。
一部露出した内部のボールを、両手の親指を使って矢印の方向にしばらく回し、指を離す。
すると、
ぶいー……
「──まわった!」
内部のボールが回転を始めた。
「そうしたら、手首を使ってパワーボール自体を回転させて──」
ブウゥ──────ン……
内部のボールの回転に合わせて手首を動かすことで、回転数が徐々に上がっていく。
回転数の上昇は、高くなっていく音でも判断することができる。
「おー……」
「とまあ、こんな感じ」
「……?」
うにゅほが小首をかしげる。
「なんで、うで、きたえれるの?」
「回転数が上がると負荷が上がって──まあいいや。やってみればわかるよ」
パワーボールをうにゅほに手渡す。
「矢印の方向にボールを回して」
「うん」
「止まるまで回して」
「んッ、んッ!」
「回したら、指を離す」
ぶいー……
「まわった!」
「中のボールが回ったら、パワーボールを握り込んで、手首を使って回す」
「んッ! んにッ!」
「──…………」
「んいッ! いッ!」
内部のボールの回転が止まる。
「まわらない……」
「手首、回ってなかったぞ」
「!」
「上下にしか動いてなかった」
「もっかい」
何度やっても回らない。
「つかれた……」
「……まあ、うん」
不器用だなあ、とは言わないでおこう。
「あ、つかれたから、きんにくつくかも」
「そういう道具じゃないです」
「そか……」
まあ、前腕部ムキムキのうにゅほなんて見たくないから、これでよかったと思うことにしよう。
-
2018年10月15日(月)
「──…………」
目を覚ます。
「あ、おきた」
寝顔を見ていたのか、うにゅほがベッドサイドに立っていた。
「いま何時?」
「うーと、はちじ、にじゅうごふん」
「余裕だな」
「はちじはんになったら、おこそうとおもってた」
「ビンタされずに済んだか……」
「しないよー」
うにゅほが苦笑する。
「××」
「?」
「誕生日、おめでとう」
「うん!」
今日は、うにゅほの誕生日である。
「"カメラを止めるな!"、面白かったな!」
「おもしろかった!」
「これはたしかにネタバレ厳禁だわ」
「おかあさんに、どんなえいがかきかれたら、どうしよう」
「父さんと一緒に観に行けって言えばいいよ」
「そか」
「帰り際、喫茶店でも寄ってくか。お昼も食べたいし」
「いつものとこ?」
「いつものとこは逆方向。今日は、別のチェーン店を開拓しよう」
「いいねー」
ケーキ以外の甘いものに舌鼓を打ちながら、一時間ほど映画の話で盛り上がる。
古着屋、本屋、ゲームセンター──
デートをたっぷり楽しんで帰宅すると、既に日が暮れかけていた。
夕飯はカレーだった。
カレーとバースデーケーキの食い合わせはどうなんだろうと思ったが、うにゅほが喜んでいたのでなんだっていいや。
両親からの誕生日プレゼントは、安定の図書カード。
弟からのプレゼントは、ネイルケアセットだった。
「ほんやいくの、あしたにすればよかったね」
「たしかに」
俺からのプレゼントは、
「ちょっとお高めのヘアケアシャンプーと、トリートメントのセットです」
「わあ!」
「弟のネイルケアセットと合わせて、いい女になるがいい」
「うん、いいおんなになる」
うにゅほと出会って、ちょうど七年。
幸せな毎日を過ごしている。
-
以上、六年十一ヶ月め 前半でした
引き続き、後半をお楽しみください
-
うんこ
-
2018年10月16日(火)
「ない」
「……ないねえ」
近所のホームセンターに、ダンボール箱入りのペプシが入荷していない。
震災のあとから急に品揃えが悪くなった気がする。
「しゃーない、別の店を探そう」
「そだね」
慣れたものだ。
ホームセンターを出ると、パラパラと降っていた小雨がやんでいた。
ミラジーノに乗車し、駐車場を出る。
「あのサツドラは確実に置いてるけど、ちょっと遠いんだよなあ」
「うん」
「アークスは近いけど、数が不安定だし」
「かいんず、なんでないんだろうねえ……」
「スペースと値札はあるんだよな」
「あった」
「にも関わらず常にないってことは、入荷が少ない上に、タイミングが悪いんだと思う」
「そか……」
しばしミラジーノを走らせていると、
「──……?」
うにゅほが口をつぐみ、前方に目を凝らした。
「どした」
「なんか、にじいろ……」
「虹色?」
運転をおろそかにしない程度に、ほんのすこし目を細める。
「……たしかに、うっすら虹色がかってるな」
虹色の光が街を覆っているように見える。
「にじかなあ」
「虹にしては太すぎないか?」
「ふといにじ……」
「そんなの、あるのかな」
「わかんない」
だが、虹の太さが一定と決まっているわけでもあるまい。
「なんか、珍しいものを見た気がする」
「そだね」
「いいことあるかもよ」
「なにかな」
「五百円拾うとか」
「うーん……」
「千円拾うとか」
「おかねからはなれたい」
「図書カード拾うとか」
「きのうもらった……」
少なくとも、気分は悪くない。
虹を見るのもいいものだ。
-
2018年10月17日(水)
ブウゥ────ン……
左手でパワーボールを回しながら、ぼんやりと動画を眺める。
「◯◯、それ、よくまわせるねえ……」
「慣れじゃないかな」
「なれ……」
「慣れる以前に、まずコツを掴む必要があるとは思うけど」
「うーん」
「──って、腕パンパンだ」
パワーボールの回転を止めて、左腕を揉む。
「"ながら"でできるわりに、負荷大きいんだな……」
「そなの?」
うにゅほが俺の左腕に触れる。
「わ、かたい」
「筋肉痛になりそう」
「そんな、すごいうんどうに、みえないのにねえ……」
「傍から見れば、ボール持って手首回してるだけだからな」
「うで、そんなつかれるの?」
「いちおう、最大で16kg相当の負荷がかかるらしい」
「じゅうろっきろ」
「ペプシのダンボール箱を片手で持つよりすごいってことになる」
「!」
うにゅほが目をまるくする。
「そんなにすごいの?」
「数値上は」
「……ほんとに?」
「あくまで数値上はな」
「ちがうの?」
「実際、ダンボール箱を片手で持ったほうが腕に来ると思う」
「そなんだ……」
「回したあと、持ってみる?」
「みる」
ブウゥ──────ン……!
右手でパワーボールを可能な限りの高速で回転させる。
「両手出して、落とさないように」
「はい!」
パワーボールを、うにゅほに手渡す。
「──わッ! わ、わわ!」
うにゅほの両手の中で、パワーボールが暴れる。
やがて、内部のボールに指が触れたのか、回転が徐々に止まっていった。
「ふー……」
「これを握力で制御しながら、ずっと回し続ける」
「うで、ぱんぱんなるはずだねえ……」
「だろ」
デスクで手軽に筋力トレーニング。
なかなかに悪くない。
-
2018年10月18日(木)
「……寒い、気がする」
冬用の靴下を履き、半纏を羽織り、ブランケットを膝に掛けている。
だが、それでも寒い。
「いま何度?」
「うーと、にじゅうにど」
「22℃でこれか……」
これから先が思いやられる。
「××は寒くないの?」
「はだざむい、かなあ」
「うーん。冷蔵庫でキンキンに冷やした水をがぶ飲みしてるからかなあ……」
「それだとおもう……」
俺もそう思う。
「そんなにのどかわくの?」
「渇くわけじゃないけど、あると飲んじゃう」
「かたづけとく?」
「そうだな。冷蔵庫に入れといて」
「わかった」
うにゅほが、半分ほど中身が減ったペットボトルを冷蔵庫に仕舞う。
「みずは、のどかわいたらにしましょう」
「はい」
「よろしい」
「それはそれとして寒いのは変わらないから、膝に──」
途中で言葉を止める。
「?」
うにゅほが小首をかしげた。
「そんなんどうだっていいから、冬のせいにして、暖め合おう!」
「はい」
うにゅほが膝の上にちょこんと座る。
「まだふゆじゃないけど、さむいもんね」
俺の台詞に違和感はないらしい。
「いや、いまの、なんかの歌の歌詞でさ」
「へえー」
T.M.Revolutionだっけ。
「じゃあ、あたためあわない?」
「暖め合おう、うん」
うにゅほを背中から抱き締める。
暖かい。
「あったかいねえ」
「持つべきものは人肌よなあ」
「うん」
うにゅほには、今年も湯たんぽになってもらおう。
-
2018年10月19日(金)
Amazonから荷物が届いた。
「なにかなー」
「なんだと思う?」
「わかんない!」
考える素振りすら見せない。
「まあ、開ければ済む話だもんな」
「うん」
「では、開封の儀を執り行う」
ダンボール箱を開き、中身を取り出す。
「あ、これ、ふっきんのやつ?」
「そう、腹筋のやつ」
腹筋のやつことアブローラーである。
「したにあるのに……」
「まあ、そうなんだけど」
父親がドン・キホーテで買ってきたアブローラーが、いまでも一階に置いてある。
「あれ、弟が使ってるじゃん」
「うん」
「勝手に持ってくると、怒るじゃん」
「うん」
「でも、自分の部屋でやりたいじゃん」
「なるほど……」
「それに、安いんだよな、これ」
「そなの?」
「千円ちょっと」
「やすい……」
「部屋にあれば、暇なときやるかと思って」
「ふっきん、ばきばきにするの?」
「バキバキにする」
「おー」
「××も、バキバキにする?」
「しない」
「それがいい」
ムキムキマッチョマンのうにゅほというのも、あまり見たくはないし。
「多少は鍛えておいたほうが、スタイルはよくなるらしいけどな」
「そなんだ」
「お腹、ぽっこりしてない?」
「してない」
「本当に?」
「……と、おもう」
「どれ」
「うひ」
うにゅほのお腹を撫でる。
「お腹、へこませてない?」
「ない」
「じゃあ、大丈夫かな……」
「でしょ」
とは言え、油断はできない。
たまには一緒に筋トレするのもいいだろう。
-
2018年10月20日(土)
予定があったので、午前十時にアラームをセットした。
起床すると、まだアラームは鳴っていなかった。
「──…………」
むくり。
「あ、おきた」
「いま何時……」
「うーと、じゅうじ、じゅっぷんまえ」
「……あと十分寝れるな」
「おきないの?」
「あと十分寝る……」
ばたん。
「おきたらいいのに……」
うにゅほの言うことも、よくわかる。
だが、それでも人は、僅かな睡眠を尊ぶのだ。
もともと半寝ぼけだった意識が、あっという間に夢へと滑り落ちていく。
──長い、長い夢を見た。
その内容は、日記を書いている今や、思い出すことは叶わない。
だが、一大叙事詩とは行かずとも、長編小説の一編ほどの長さはあっただろう。
起きた瞬間に感じたのは、ある種の満足感と、焦燥感。
確実に寝過ごした。
慌てて飛び起き、充電しっぱなしのiPhone引っ掴んで時刻を確認する。
「──…………」
「やっぱしおきるの?」
「……××、いま何時?」
「くじ、ごじゅうごふんくらい」
「マジで」
「なにが?」
うにゅほが首をかしげる。
「リアル邯鄲の夢だ……」
「かんたんなゆめ?」
「いま、この五分で、すごい長い夢を見てたんだよ」
「すぐおきたのに」
うにゅほにとっては五分でも、俺にとっては遥かに長い時間だったのだ。
「……起きるか」
「あとごふんあるよ」
「まあ、うん。目、覚めちゃったし」
「そか」
アラームを鳴る前に解除して、うんと伸びをする。
面白い体験だった。
-
2018年10月21日(日)
「──…………」
うと、うと。
マウスを握りながら、船を漕ぐ。
「◯◯?」
「!」
はッ、と姿勢を正す。
「ねむいの?」
「寝てない……」
「ねてたの?」
「……ちょっと寝てた」
うたた寝していたことを指摘されると、つい反射的に否定してしまうのは何故なのだろう。
かすかな罪悪感でも覚えているのだろうか。
「ぽかぽか陽気で、あったかくて……」
「ねるなら、ちゃんとねたほう、いいとおもう」
「そうなんだけどな」
うたた寝はうたた寝で心地よいのだ。
あふ、と小さくあくびをして、
「……なーんか、今日、ずっと眠いや」
「ほんとねむそうだね」
「休日はたいてい眠いけど、今日は特に」
「ねるの、おそかったの?」
「そうでもないと思うんだけど……」
「なんじかんねた?」
しばし思案する。
「……合計、六時間くらい?」
「あんましねてない……」
「あんまり寝てなかった」
「ねむいはずだねえ」
「たしかに」
たっぷり寝た気がしていたのは、ただの気のせいだったらしい。
「やっぱし、ちゃんとねたほういいよ」
「そうだな……」
うたた寝では睡眠のうちに入らない。
ベッドでまるくなると、うにゅほが布団を掛けてくれた。
「あとでおこす?」
「とりあえず、三十分で」
「わかった」
結局、あと十分、あと二十分と繰り返し、二時間ほど寝入って気づけば夕方なのだった。
気持ちよかったし、後悔はない。
-
2018年10月22日(月)
「ただいまー!」
母親と一緒に出掛けていたうにゅほが、意気揚々と帰宅した。
「おかえり。どこ行ってたんだ?」
「うへー……」
ぴたりと身を寄せて、上目遣いでこちらを覗き込む。
「わたし、なんか、ちがわない?」
「──…………」
じ、とうにゅほを観察する。
言われてみれば、たしかに、普段とはすこし雰囲気が違う気がする。
「美容室──じゃ、ないよな。髪型変わってないし」
「うん、ちがう」
「……もしかして、化粧した?」
なんだか目元がハッキリしたように感じる。
「おしい」
「惜しいのか……」
「わかんない?」
「参った、わからない」
両手を挙げて、降参の意を示す。
「まつげパーマ、してきたの」
「……まつげパーマ?」
聞いたことのない単語だ。
「かお、よこからみて」
「ああ」
うにゅほの横顔を注視して、ようやく理解する。
「──まつげがカールしてる!」
「うん」
もともと長めなうにゅほのまつげが、くるんと上に曲がっていた。
「へえー、けっこう印象変わるもんだな」
「でしょ」
どちらかと言えば素朴な印象を受けるうにゅほの顔が、すこし華やいで見える。
「◯◯も、まつげパーマ、する?」
「俺はいいよ」
どうでも。
「そか……」
「でも、まだまだ弟の域には手が届かないな」
「(弟)、まつげながいもんねえ」
「ラクダみたいだもんな」
「らくだ……」
弟のまつげは、人種が違うんじゃないかってくらいに長い。
「あれにパーマかけたら面白そう」
「おもしろそう!」
「絶対嫌がるけどな」
「そだねえ……」
ひと笑いのためにサロンへ行くほどサービス精神旺盛な性格はしていない。
想像に留めておこう。
-
2018年10月23日(火)
病院からの帰り際、古着屋へ立ち寄った。
「なにかかうの?」
「んー……」
特に目当ての品があったわけではない。
「まあ、秋用のジャケットとか」
「さむいもんね」
「××、気になるものある?」
「わたしはないかなあ……」
「そっか」
数着のジャケットを試着してみたものの、いまいちしっくり来ない。
「……帰るか」
「そだね」
駐車場へと足を向けたとき、ふと、古靴のコーナーが気になった。
「靴見てっていい?」
「くつかうの?」
「ひとまず見るだけな」
中古の靴は、現品限りだ。
デザインが好みでも、サイズが合うとは限らない。
だが、
「──このスエードのブーツ、悪くないんじゃないか。28cmだし」
「はける?」
「試してみる」
左足の靴を脱ぎ、靴下を履き直して、ブーツに爪先を差し込んだ。
「お」
「はけた!」
「いいな、これ。履き心地も悪くない」
「かう?」
「買いましょう」
お買い上げである。
ホクホク顔で車に戻ると、心配顔でうにゅほが言った。
「でも、だいじょぶかな」
「うん?」
「みずむし」
「──…………」
たしかに。
「……帰ったら、内側をアルコール消毒しよう」
「そのほういいとおもう」
頼むぞ消毒用エタノール。
白癬菌を駆逐するのだ。
-
2018年10月24日(水)
PCに向かい、キーボードに指を乗せながら、うにゅほに話し掛ける。
「××さん」
「はい」
「なんか話して」
「あ、かくことないやつだ」
「書くことないやつです」
「きょう、なにもなかったっけ」
「特筆すべきことは特に思い浮かばないなあ」
「ばんごはん、ゆどうふだったよ」
「湯豆腐だったな」
「おいしかった」
「美味しかったけど、美味しかったとしか書くことないぞ」
「だめなの?」
「いちおう人が読むことを想定してるから、食べたものを羅列するだけってのもなあ」
「むずかしいねえ……」
「難しいんです」
「あ、ふっきんのころころ、やった?」
「アブローラーか」
「うん」
「あれ、毎日やると逆によくないんだって」
「そなの?」
「らしい」
あいだに超回復を挟むことで、より効果が見込めるのだとか。
「(弟)、まいにちやってる」
「やってるな」
「でも、ふっきん、われてない」
「毎日やってるからかな……」
「そうかも」
なんとなく、刃牙のジャック・ハンマーを思い出す。
「よし、だいぶ書けたぞ」
「よかった」
「××のおかげだな」
「でも、それ、にっきなの?」
「──…………」
痛いところを突く。
俺は、ブラウザを呼び出し、辞書を引いた。
「日記。日々の出来事や感想などを一日ごとに日付を添えて、当日またはそれに近い時点で記した記録」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「日々の出来事や感想には違いないから、なにも問題ないな!」
「そか」
この日記は、"うにゅほとの生活"と題している。
たとえ会話に終始したとしても、それはうにゅほとの生活を描いたものに他ならないのだ。
文句があるなら法廷で会おう。
-
2018年10月25日(木)
落ち込むことがあった。
「──…………」
膝の上のうにゅほを、ギュウと抱き締める。
「どしたの?」
「うん……」
「だいじょぶ?」
「うん……」
「ほんとに?」
「うん……」
「そか」
「うん……」
うにゅほが、俺の右手に手を重ねる。
「よし、よし」
「……子供じゃないって」
「しってる」
苦笑する気配。
「おとなは、よしよししたらだめ?」
「──…………」
しばし思案し、答える。
「……いいけど」
「◯◯、いったんはなして」
「あ、うん」
抱き締める腕を緩めると、うにゅほが立ち上がり、今度は対面するように膝にまたがった。
そして、
「よし、よし」
俺の頭を、優しく撫でた。
「──…………」
「だいじょぶ、だいじょぶ。◯◯、つよいこ」
「子供じゃないんですけど……」
「つよいおとな」
「……強い大人、かなあ」
決してそうとは言い切れない。
むしろ、大人としてはだいぶ弱いほうな気がする。
そんなことを考えていると、うにゅほが俺を抱き締めた。
「ぎゅー」
「──…………」
「つよいこも、つよいおとなも、だめなときあるから」
「……ああ」
その一言で、すこし救われた気がする。
うにゅほが落ち込んだときは、俺が励ましてあげようと思った。
-
2018年10月26日(金)
「……右膝が痛い」
「まえとおなじとこ?」
「同じとこ」
「なおってなかったんだ……」
「そうみたい……」
眉をしかめ、うにゅほが言う。
「……ずっといたかったの?」
「いや、いったん治ったんだ。それは本当」
「そか」
「……実は、心当たりがまったくないわけじゃないんだよな」
「そなの?」
「エアロバイクを漕いだ次の日、痛んでる気がする。たまたまかもしれないけど」
「じゃあ、えあろばいく、だめ」
言うと思った。
「でもさ」
「?」
「エアロバイクって、膝に負担が掛からない運動の代表例みたいなものなんだよ」
「そなんだ……」
「そのエアロバイクで膝を痛めるのもおかしな話だよなって」
「うーん」
うにゅほが、大きく首をかしげる。
「……へんなこぎかた、してる?」
「エアロバイクで変な漕ぎ方って、よほどだと思うけど……」
「ぱそこんみながらこいでる」
「テレビ見ながら漕ぐのと同じだろ。キーボード打ってるならともかく」
「そだねえ……」
「ともあれ、一週間くらいはエアロバイクやめとこうか」
「びょういん」
「もう夜だし、明日土曜だし……」
「……まえもそうだった」
「う」
前回、膝を痛めたときも、同じ理由で病院へ行かなかったのだ。
「びょういんいきたくないから、いわなかったの?」
「そういうわけじゃ──」
すこしある。
「……あんまし、あるかないようにね」
「はい」
「しっぷ、はる?」
「お願いします」
しばらく安静にしていよう。
-
2018年10月27日(土)
──けたたましい音と共に、目を覚ました。
枕元のiPhoneが、緊急速報のアラートをがなり立てたのだ。
「◯◯! ◯◯……!」
うにゅほが駆け寄ってきて、俺の腕に抱き着いた。
血の気が引く。
震災から一ヶ月半、あの地震の恐怖を拭い去るにはまだ時間が必要だ。
「──…………」
うにゅほの肩に手を添えながらしばし固まっていたが、覚悟していた揺れは来なかった。
「……地震、じゃ、ないのか」
「そうなのかな……」
アラートの止まったiPhoneを手に取り、緊急速報の内容を確認する。
「──土砂災害?」
「どしゃ?」
「雨で、どこか土砂崩れを起こしたらしい」
「どこ?」
「……ここから車で一時間くらいのところかな」
「──…………」
うにゅほが、なんとも言えない表情を浮かべた。
「大変だし、大切なことだけど、もうすこし範囲を絞って──」
再びアラート。
「わ!」
「えーと、土砂災害の避難準備、だって」
「──…………」
うにゅほが、また、なんとも言えない表情を浮かべた。
「……もうすこし、範囲絞ってほしいな」
「うん……」
うち、関係ないし。
その後も、幾度も繰り返しアラートが鳴るものだから、すっかり目が冴えてしまった。
「まあ、地震じゃなくてよかったよ」
「そだね」
また地震が来るくらいなら、取り越し苦労のほうが百倍ましだ。
午後六時過ぎ、本日幾度めかのアラートが鳴り響いた。
「……避難の解除、だって」
「えー……」
「解除で音鳴らす必要なくない?」
「わたしもそうおもう……」
心臓に悪い一日だった。
-
2018年10月28日(日)
「……うーん」
ディスプレイの前で腕を組む。
「どしたの?」
「今日は、10月28日だ」
「うん」
「さて、何の日でしょう! ──を、やろうと思ったんだけど」
「なんのひしりーずだ」
「何の日だと思う?」
「うーと」
首をひねりながら、うにゅほが思案する。
「じゅう、じゅう、と、にーや、にや、にーはち、とにはち、とにや──」
しばしののち、答える。
「……とつやのひ?」
「とつやって?」
「ちめい……?」
十津谷。
ありそうだけど、存在しない。
「こたえ」
「速記記念日」
「そっき?」
「特殊な記号を使って、人の発言を書き記す手法のことだな」
「とつや……」
「とつやは関係ない」
「ごろあわせ、ないの?」
「語呂合わせ、ないんだよ」
「そか……」
「だから、あんまり面白くないなあって」
「ごろあわせ、したいな」
「すこし遡ってみるか」
「うん」
調べてみると、
「お、10月26日に語呂合わせあった」
「おー」
「これは難しいぞ」
「とにろ、とにむ、じゅにむ、じゅにろく、とつろく、とにむ、とにむ──」
しばしののち、答える。
「……じゅげむのひ?」
「"げ"はどっから出た」
「……うへー」
笑って誤魔化した。
「こたえは?」
「これ、絶対出ないよ。青汁の日、だって」
「あおじる……」
「青汁」
「じ、る、はわかるけど、あお、わかんない」
「"10"を、アルファベットの"I"と"O"に見立てて、青、だって」
「あいと、おー?」
「そう」
「……いおじる?」
「そうなるよなあ」
「むりがあるとおもう……」
「同じく」
アサヒ緑健さん、ゴリ押しが過ぎますよ。
しばらくのあいだ、10月の記念日を遡りながら談笑するのだった。
-
2018年10月29日(月)
両手を擦り合わせながら、呟く。
「さあ、末端が寒い季節がやってまいりました」
「そだねえ……」
俺も、うにゅほも、冷え性の気がある。
冬場はなかなかつらいのだ。
「そろそろ初雪が降るかもなあ」
「じゅういちがつだもんね」
「積もるのはずっと後だろうけど、そう考えると憂鬱だ……」
「そかな」
「××は、雪好きだもんな」
「すき」
「俺は嫌い」
「えー」
「正確に言うと、見るのは好き。かくのは嫌い」
「わたし、ゆきかきすき」
「知ってる」
「うへー」
へんなやつである。
うにゅほにとっては、雪遊びの一環なのかもしれない。
「除雪機あるから、だいぶ楽にはなったけどな」
「じょせつき、すごい。ばーって」
「ほんとな」
ジョンバで雪をまとめスノーダンプで雪捨て場へ運ぶのが馬鹿らしくなる効率である。
「でも、究極はあれだよ」
「どれ?」
「ロードヒーティング」
「あー」
雪かきをしたくないなら、そもそも積もらせなければいい。
面倒くさがりの発想である。
「だが、究極に思えるロードヒーティングにも、ひとつ問題がある」
「なに?」
「考えてみよう」
「うーと、たかい……」
「それもある」
「ひとつじゃない」
「気にしない」
しばしの思案ののち、うにゅほが首を横に振った。
「わかんない……」
「では、答えだ」
「うん」
「大雪のとき、雪の積もっていない敷地内と、積もっている道路とのあいだに段差ができる」
「あ」
「北海道の積雪量だと、下手すりゃ雪の壁になるな」
「くるま、でれない……」
「スロープを作るために、結局、雪かきみたいなことをする羽目になるわけだ」
「うまくいかないね」
雪のないところに住めば、今度は大きな虫が出てくる。
ままならないものだ。
-
2018年10月30日(火)
「はーさむさむ……」
帰宅し、階段を駆け上がる。
「おかえりー」
物音を聞きつけたのか、うにゅほが部屋の扉を開けて出迎えてくれた。
「は、どうだった?」
「虫歯じゃなかった。銀歯取れただけ」
「よかった」
「ガムの噛みすぎも問題だな……」
ダイエット中なので、ガムの消費が非常に激しい。
「ぎんば、くっつけたばっかだから、きょう、ガムかまないほうがいいかも……」
「そうする」
自室へ入り、作務衣に着替える。
「──って、部屋も寒いじゃん」
「うん、さむい……」
「ストーブ、灯油入ってないしなあ」
「うん……」
見れば、うにゅほも半纏を羽織っている。
「……エアコン、つけちゃう?」
「いいの?」
「必要なとき使わずに、なんのための家電か」
「たしかに……」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「真冬になると使えなくなるんだから、いまのうちに酷使しておかないと」
「でんきだい」
「込み込みで家賃払ってますし……」
「そだった」
「そんなわけで、スイッチオン!」
ぴ。
エアコンが駆動音を響かせる。
しばらくして、
「おー……」
「文明の利器、ばんざい……」
痺れるような温風が頬を撫でていく。
「真冬まではこれで凌ごう」
「うん」
もう、エアコンのない生活には戻れない。
そんなことを思うのだった。
-
2018年10月31日(水)
「うーん………」
PCを睨みながら、うんうん唸る。
「どしたの?」
「PCの調子が悪い」
「だいじょぶ?」
「悪いから、WindowsUpdateをした」
「あっぷでーと」
「したら、もっと悪くなった」
「えー……」
うにゅほが、呆れたような顔をする。
「俺も同じ気持ちだよ……」
WindowsUpdateなど、もとより罠みたいなものだ。
それでも、不要な更新、有害な更新はチェックを外して行ったというのに、結果はご覧の有り様である。
「もう絶対やんねえ」
固く心に誓う。
「ちょうしわるいの、どうするの?」
「システムの復元しかないかなあ……」
「ふくげん、できるの?」
「機能としては」
「そなんだ」
「まあ、何度かやったことあるし、すぐに終わるさ」
一時間後──
「……終わらない」
「おわらないねえ……」
「アップデート直後だから、復元するものが多いのかもしれない」
以前は数分で終わった記憶があるのだが、それは考えないことにする。
二時間後──
「終わらない!」
「ながいねえ……」
三時間後──
「終わってくれえ……」
「わたし、そろそろねるね」
「おやすみ……」
「おやすみなさい」
ぺこりと一礼して、うにゅほがベッドへ向かう。
時刻はすでに十二時半。
MacBookで書いているこの日記は、果たして投稿できるのだろうか。
-
以上、六年十一ヶ月め 後半でした
引き続き、うにゅほとの生活をお楽しみください
-
誰も楽しみにしてねーよ
早く死ねや関係ないの癌が
-
もう書き込むなよ
自分のブログでやってろ
-
2018年11月1日(木)
「──……あふ」
「おはよう」
「わ」
起床したうにゅほに挨拶する。
「ずっとおきてたの……?」
「寝たよ。三時間くらいだけど」
「ねぶそく」
「寝不足だけど、いくつか確信できたことがある」
「どんなこと?」
「まず、このクラスのPCで、たかだか数時間前への復元に一晩かかるはずがない」
「かかってる……」
「その時点でおかしいんだ」
「そなの?」
「次に、PCから駆動音がしない。ファイルの復元中とは表示されてるけど、内部的にはなんの作業もしていない」
「なんで……?」
「たぶん、復元に必要な何かが破損してる」
「……ふくげんできない?」
「できない」
「──…………」
うにゅほの表情が、いたわしげなものに変わる。
「ぱそこん、こわれたんだ……」
「そうなる」
ハードウェアは壊れていないので、正確には「Windowsが起動しなくなった」と言うべきだろう。
「××、悪いけど、あとで付き合ってくれ。ショップに持ってく」
「わかった」
WindowsUpdateを行っただけで、とんだ災難である。
不幸中の幸いなのは、データの入っているDドライブには一切の破損がないことだ。
Cドライブに指定しているSSDにWindowsを入れ直すだけで事足りる。
ツクモに持って行くと一週間かかると言われたので、その場でドスパラに電話をすると、二日でできるとの答えが返ってきた。
選択肢があるのは本当にありがたい。
ドスパラにPCを預けて帰宅し、ベッドに身を投げ出す。
「……疲れた」
「おつかれさま」
「寝る」
「おやすみなさい」
二時間ほど寝て、今日の仕事を済ませ、風呂から上がると電話があった。
ドスパラから、作業が終了したとの内容だった。
「はや!」
「ツクモの一週間はなんだったんだ……」
まあ、ツクモにはツクモのやり方があるのだろう。
PCは明日取りに行くことにした。
明日は明日で復旧作業に明け暮れることになりそうだ。
いまから憂鬱である。
-
2018年11月2日(金)
「──…………」
ずうん。
ふらふらと左右に揺れながら、肩を落とす。
PC環境の復旧が終わらない。
それだけならまだしも、
「文章データが……」
たとえば、お気に入りの絵師のイラストなら、また保存し直せばいい。
だが、自分で書いた文章データは、どこからダウンロードすればいいのだ。
「……今度からDropboxに保存しようかなあ」
それならダウンロードできますねって、やかましいわ。
そんなつまらないセルフツッコミを行うくらい疲弊しているのである。
「○○、だいじょぶ……?」
「大丈夫、大丈夫……」
「ほんと?」
「いちおう、致命的なデータの損失は免れてるんだ。こまめにバックアップしてたから」
「そなんだ」
「ただ、致命的ではないけど思い入れのあるデータがな……」
「あー……」
あったところでなんの役に立つわけでもない。
人に見せるわけでも、何かの賞に送るわけでもない。
それでも、たまに自分で見返して悦に入るようなたぐいのデータを、幾つか紛失してしまったのだ。
気くらい滅入ろうというものである。
「げんきだして……」
「ありがとな。でも、大丈夫」
「──…………」
「実を言うと、悪いことばかりじゃないんだ」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「たぶん、傍からじゃわからないと思うけど──」
マウスを動かし、適当な画像や動画ファイルを開く。
「PCが爆速になりました」
「おー」
「OS入れ直したおかげだろうな。当初の目的だったPCの復調自体は、これで果たせたわけだ」
「よかった……、の?」
「よかったと思うことにする。いずれにしても、データは戻らないし」
「そか……」
やるべきことは、まだまだある。
明日は休日。
なんとか明日で終わらせよう。
-
2018年11月3日(土)
「──よし!」
PC環境のリセットを契機に、軽く模様替えをした。
主にキャビネットの位置を変えただけなのだが、それでも気分は新しくなるものだ。
「どうよ、××」
「うん、こっちのがいい」
テーマは"最適化"である。
家具がぴたりと隙間に嵌まれば、ただそれだけで気持ちがいい。
「今回の模様替えのもっとも革新的な点が、こちらになります」
慇懃にキャビネットの上を指し示す。
「コンセント?」
「はい」
「コンセント、うえもってきたんだ」
「俺、よく飲み物こぼすからな」
「……あー」
「コンセントの延長コードが床になければ、漏電の心配はありません」
「なるほど」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「でも、こぼさないよう、きーつけたらいいんじゃ……」
「ヒューマンエラーは必ず起きるものとして対策を講じたほうがいい」
「ひゅーまんえらー」
「"起きないよう気をつける"じゃなくて、"起きても問題ない"にしたほうが、結果的に被害は少なくて済むってこと」
「そなんだ……」
「簡単に言うと、"自分を信じるな"ってことだ」
「じぶん、しんじないの?」
「全面的にはな」
「わたし、○○のこと、しんじるよ」
「──…………」
「──……」
「……そういうことじゃないんだけど、まあ、うん、ありがとう」
なんか照れる。
「がんばって、ペットボトル、たおさないでね」
「はい……」
まあ、漏電の心配がなくなったとは言え、こぼさないに越したことはないからな。
信用には応えねばなるまい。
-
2018年11月4日(日)
壁掛け時計を見上げながら、呟く。
「──二時半、だよなあ」
「うん、にじはん」
「まだ二時半なのに、太陽の光が夕方の色してる……」
「ひーみじかくなったねえ」
「晩秋なんだよな。11月もなかばを過ぎれば、もう冬だ」
「あき、みじかい」
「9月中旬から、11月の中旬まで。秋はだいたい二ヶ月かな」
「ふゆは?」
「11月の中旬から、3月の中旬くらいまで」
「うーと……」
うにゅほが指折り数える。
「よんかげつ?」
「四ヶ月」
「あきのばいだ……」
「一年のうち、三分の一を占めるんだから、そりゃ長いはずだよな」
「うん」
冬の定義は諸説あるだろうが、今回は、初積雪から雪解けまでの期間とした。
そう的外れではないだろう。
「冬至、いつだっけ」
「とうじって、ひる、いちばんみじかいひ?」
「そう」
「クリスマスのまえだよ」
「そんな遅かったっけ」
「うん」
「じゃあ、これからまだ日が短くなっていくのか……」
「そだねえ」
毎年のことなのに、毎年驚いてしまう。
「南極圏や北極圏だと、極夜なんてのもあるから、まだまだ常識的な範疇なのかもしれないけど」
うにゅほが小首をかしげる。
「きょくや?」
「白夜はわかる?」
「ずっとひるのやつ?」
「その反対で、ずっと夜の日があるんだってさ」
「へえー」
うんうんと頷く。
「おもしろいね」
「ちょっと体験してみたいけど、ノルウェーとかまで行かないとなあ……」
さすがに遠い。
北欧に限らず、うにゅほと一緒に海外旅行へ行く機会は、果たして訪れるのだろうか。
訪れない気がする。
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2018年11月5日(月)
──バキッ!
「あ」
トイレ掃除をしていたところ、派手な音を立ててブラシの柄が折れてしまった。
「やっちゃった……」
「○○?」
物音を聞きつけたのか、うにゅほが自室から顔を覗かせる。
「……こんなんなってしまいました」
「まっぷたつ……」
「力、込めすぎたみたい」
「ぷらっちっくだからねえ」
うにゅほは、"プラスチック"を"ぷらっちっく"と発音する。
「どうしようかな。短くなって取り回しはよくなったけど、このまま使い続けるのも貧乏くさい気がするし」
「そだねえ……」
我が家で使っているのは、ブラシ部分が着脱式の、流せるトイレブラシだ。
柄が古くなっても、衛生的には問題ない。
「まあ、そのうち買ってこよう。それまでこのまま使うことにする」
「そか」
ブラシ部分を弾みで便器に落としてしまったので、未使用のものを取り出して装着する。
「○○、といれそうじとくい?」
「トイレ掃除に得意とか苦手って、そんなにないと思うけど……」
「わたしすると、くろいのとれない」
「便器の黒ずみか」
「うん」
「あれ、なんなんだろうなあ……」
「さあー」
よくわからないが、たしかに、流せるトイレブラシでは上手く落とせない。
「俺は、手でスポンジ持って擦ってるよ」
「とれる?」
「というか、そうしないと取れない」
「そなんだ」
「棚にゴム手袋あるから、今度からそれ使うといい」
「はーい」
素手だと、感染症の危険があるからな。
自分たちの使うトイレを綺麗に保つのは、それほど悪い気分ではない。
ピカピカにまでする必要はないが、今後も適度に掃除していこう。
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2018年11月6日(火)
Office2003の互換機能パックが期限切れのためダウンロードできなくなっていたので、会社の経費でOffice2016を購入した。
「──……重い」
マウスホイールをくるくる回しながら、そう呟く。
「ぱそこん、あたらしくしたのに、おもいの?」
「重い──とは、すこし違うかも」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「見比べればわかる」
メインディスプレイにWordファイル、サブディスプレイに適当なテキストファイルを開く。
「まず、テキストファイル」
ホイールを回すと、テキストが上へ下へと移動する。
「どう思う?」
「うーと……」
しばし思案し、うにゅほが答える。
「どうもおもわない」
だろうな。
「では、こちらだ」
今度はWordの上でマウスホイールを回す。
「あ!」
「わかる?」
「すーごいきれい!」
「そう、スクロールが滑らかなんだ」
「へえー」
「文字入力も鮮やかだぞ」
適当に"あいうえお"と入力すると、文字が美しく立ち現れた。
「すごいね!」
「うん。すごいけど、こんな機能いらない」
うにゅほが目をまるくする。
「いらないの?」
「重い原因って、これなんだよ。不必要に綺麗にしようとして、入力した文字が反映されるのにタイムラグがあるんだ」
「あー……」
「文字入力のタイムラグは、そのままストレスに直結する。だから、余計な機能のない2003が好きだったんだ」
「そなんだ……」
「幸い、アニメーション機能はオフにできるから、全部切ります」
「なんか、もったいないね」
「わからんでもないけど、こればっかりはな」
余計な機能に金を払っていると思うと腹が立つが、経費なので我慢する。
Microsoftめ。
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2018年11月7日(水)
「××、綿棒取って」
「はーい」
うにゅほから綿棒を受け取り、消毒用エタノールを染み込ませる。
そして、コードを外したキーボードの隙間に押し込んだ。
「そうじ?」
「掃除。白いから汚れが目立つんだよな」
「あれしないの?」
「どれ?」
「これ」
うにゅほが、何かを引っ張るようなジェスチャーを行う。
「ああ、キートップを引き抜いて掃除ってことか」
「うん」
「そこまでは必要ないんじゃないかな。まだ新しいし」
「そか」
「とは言え──」
改めてキーボードに向き直る。
「よくよく見てみると、けっこう薄汚いな……」
キートップを外すほどではないが、さまざまな汚れが付着している。
適当に動かしてやるだけで、綿棒の両端があっという間に黒く染まった。
「一本じゃ足りない。容器ごと取ってくれるか」
「はーい」
綿棒をエタノールに浸し、隙間をなぞる。
綿棒をエタノールに浸し、隙間をなぞる。
それを繰り返していると、
「……○○」
「ん?」
「やってみたい……」
「あー」
うにゅほの興味を刺激したらしい。
「じゃあ、頼むな」
「うん!」
こういった細かい作業は、俺よりうにゅほのほうがずっと得意だ。
「──おわり!」
たっぷり十分ほどかけて磨き上げられたキーボードは、まさに新品同様。
ホコリひとつない仕上がりだった。
「おー、すごい綺麗だ」
「うへー」
「ありがとな」
「うん!」
「今度掃除するときも、頼むかも」
「まかせて」
うにゅほが控えめな胸を張る。
キーボード沼に鼻先まで浸かった俺は、幾つもキーボードを持っている。
他のもお願いしよっと。
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2018年11月8日(木)
ヘッドホンを外し、トイレに向かおうとしたときのことだった。
「──おっ、と」
何かに足を取られる。
振り返ると、ヘッドホンのコードだった。
当然、コードに引っ張られたヘッドホンは、デスクから滑り落ち──
「ほうッ!」
慌てて伸ばした右足の爪先が、ヘッドホンをなんとか引っ掛けた。
「ふー……」
危なかった。
このヘッドホンは、うにゅほが誕生日にくれた大切なものだ。
それを足で受け止めることの是非はどうあれ、落として壊すよりはずっとましだろう。
「危なかったな、××──」
そう言いながら振り返ると、
「──……すう」
うにゅほが座椅子で寝落ちしていた。
「見てなかったか……」
すこし残念だが、仕方ない。
カービィのブランケットを広げ、うにゅほの膝に掛けてやる。
すると、
「……ん」
薄く目蓋を開いたうにゅほが、くしくしと目元をこすった。
「起こしちゃったか」
「ねてた……」
「眠いなら、あったかくしてベッドで寝たほうがいいぞ」
「だいじょぶ」
あふ、と小さくあくびをする。
「どうでもいい話、していい?」
「うん」
「××が寝てるとき、ヘッドホンのコードを足に引っ掛けて──」
と、先程の出来事の一部始終を語る。
「あし、よくまにあったねえ」
目をまるくしながら、うにゅほがそう返した。
「自分でもそう思う」
「ちょっとみたかった……」
「こればっかりはな」
わざと落として再現するわけにもいかないし。
「そう考えると、ハプニング映像ってすごいよな。全部、たまたま、カメラの前で起こってるんだから」
「カメラないとき、もっとすごいこと、たくさんおきてるのかな」
「そうなんだろうなあ」
「なんか、もったいないきーする」
「わかる」
世界はきっと、奇跡で満ちている。
俺たちが目にできるものは、思いのほか少ないのだろう。
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2018年11月9日(金)
風が強い。
家がぎしぎしと軋む音が、目蓋の裏の暗闇に響いていた。
寝返りを打ち、目を薄く開く。
低気圧のためか、体調がすこぶる悪かった。
「◯◯ぃ……」
ベッドの傍にうずくまったうにゅほが、俺の袖を遠慮がちに引く。
あまりの家鳴りの激しさに、九月の台風を思い起こしているのかもしれない。
うにゅほの頭を撫でてやりながら、呟く。
「──……だるい」
「だいじょぶ……?」
「あんまりだいじょばない……」
「してほしいの、ある?」
「……あー」
特にはないのだが、
「手、握ってて……」
そうしておけば、うにゅほもすこしは安心できるだろう。
「わかった」
ぎゅ。
小さな両手が、俺の手のひらを包み込む。
「……仕事、これ、夜やらないとなあ」
「そだね……」
とてもじゃないが、机に向かえる体調ではなかった。
在宅ワークゆえ時間の融通はきくものの、仮に休んだとしても、代わりに仕事をしてくれる人はいない。
インフルエンザだろうと、入院していようと、課されたノルマはこなさねばらならないのだ。
「まあ、ひと眠りすればよくなるだろ……」
「ねる?」
「寝ようかな」
「……てーつないでていい?」
「体勢、つらくない?」
「ちょっと」
「──…………」
ベッドの隣を、すこし空ける。
「座ってな」
「ありがと」
「寝ててもいいぞ」
「……いいの?」
「なんか、だるくて、どうでもいい……」
「うへー……」
うにゅほが布団に入り込む。
ベッドの端に座ったまま手を繋いでいるより、幾分か楽だろう。
そのまま寝入り、復調したのは、午後五時を過ぎたころのことだった。
仕事はさっき終わった。
疲れた。
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2018年11月10日(土)
引き続き、体調が悪い。
おまけにPCの調子も悪い。
「んー……?」
十日ほど前、不本意な出来事によりWindowsを再インストールする羽目になった。※1
よって、ソフトウェア的にはさほど問題がないはず──
「あ、いらんの入ってた」
ぺいっ、とKB2952664あたりを次々削除する。
「──うん、軽くなった軽くなった」
「あ、ぱそこんなおった?」
「うーん……」
たしかに軽くはなった。
だが、
「なんか、根本的な問題は解決してない気がする」
「そなんだ……」
「まあ、これを見てくれ」
Steamで購入した2Dゲームを起動する。
「あ、かわいい」
「見てのとおり、マシンパワーはさほど必要ないゲームだ」
「うん」
「だけど──」
キャラクターを操作すると、約二秒に一度、引っ掛かるように動きが止まる。
「なんか、かくってする」
「そうなんだよ」
プレイが不可能なレベルではないが、非常にストレスだ。
「この二秒の一度の遅延って、ゲームに限らないらしくてさ」
YouTubeで動画を再生する。
「まあ、普段は気にならないんだけど」
一定の速度でオブジェクトが平行移動するシーンまで飛ばし、画面を指し示す。
「──ほら。同じ周期で一瞬だけ止まるだろ」
「ほんとだ……」
こうなると、ハードウェア自体に何らかの問題があるとしか思えない。
「グラボバリバリ使う3Dゲームは遅延しないから、該当パーツはそれ以外として、怪しいのは電源あたりかなあ」
わからんけど。
「とりあえず、いまより悪くなるようなら相談してみよう」
「おかねかかるね……」
「新しく買うより、ずっとまし」
「そだね」
なるべくなら、パーツの交換だけで解決したいものだ。
※1 2018年11月1日(木)参照
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2018年11月11日(日)
「あ」
カレンダーを見て、ふと気づく。
「今日、11月11日か」
「そだよ」
「ポッキーの日だな」
「あ、ほんとだ」
正確には、ポッキー&プリッツの日であるらしい。
「××、ポッキー食べたい?」
「たべたい、けど」
うにゅほが、いたわるように口を開く。
「◯◯、ぐあいわるいし……」
「うん……」
相変わらず、体調の芳しくない俺だった。
「あ、わたし、コンビニいく?」
「それもなあ」
パシらせてるみたいで、気が引ける。
「なに、11月11日はポッキーの日だけじゃない。そっちでお茶を濁そう」
「なんのひ?」
「たしか、きりたんぽの日だったと思う」
「きりたんぽ、もっとない……」
「まあ、待て。調べてみよう」
調べてみた。
「ピーナッツの日」
「ない……」
「鮭の日」
「ない……」
「もやしの日」
「ない……」
「……食べもの以外にしよう」
「うん」
ぞろ目の日だからか、記念日が多い。
「サッカーの日」
「じゅういちにんだから?」
「十一人vs十一人だからだな」
「なるほど」
「箸の日」
「あ、はしにみえる」
「見えるな」
「へえー」
「あとは、靴下の日」
「くつした……」
うにゅほが、自分の足元を見る。
俺も、うにゅほも、屋内で靴下を履くのがあまり好きではない。
「……冷えるし、今日くらいは靴下履こうか」
「うん……」
11月11日は、靴下の日。
読者諸兄も覚えておこう。
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2018年11月12日(月)
「さむみを感じる」
「さむみ」
「さむみ」
「ねむいの、ねむみ?」
「そう」
「あついの、あつみ」
「……なんか意味が変わってきたな」
「おなかへったの、なんだろ」
「うーん」
「くうふくみ?」
「語呂が悪いな」
「そだね」
「ぺこみにしよう」
「かわいい」
「ぺこみを感じる」
「いたいのは?」
「痛み」
「ふつう」
「患部に痛みを感じる」
「ふつうだ」
「痛みが散るお湯と書いて、痛散湯」
「?」
「なんか、そんなCMがあった」
「へえー」
「──…………」
「──……」
「……寒いな」
「さむみかんじる」
「エアコンつけるか」
「うん」
「あと、××を湯たんぽに任命する」
「はい」
「俺の膝の上で、ぽかぽかするように」
「わかりました」
人肌恋しい季節だ。
くっつく相手がいるのは僥倖である。
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2018年11月13日(火)
「──わかった!」
「!」
唐突な大声に、うにゅほが目をまるくする。
「パソコンの不調の原因が、やあ──ッと、わかったぞ!」
「おー!」
うにゅほが、読んでいた漫画を閉じ、脇に置く。
「なんだったの?」
「パソコンの問題じゃなかったんだよ」
「?」
「問題は、モニタと──」
ビシッ!
デスクの上のあるものを指差す。
「液晶タブレットだ」
「えーかくやつ?」
「そう」
「あんまかんけいないきーする……」
「一目瞭然だぞ」
うにゅほを手招きし、パソコンチェアに座らせる。
「まず、液晶タブレットを接続した状態で、先日のゲームを起動する」※1
「あ、うさぎのやつだ」
ローディング画面を経たのち、ゲームパッドでキャラクターを操作する。
「やっぱし、かくってするね」
「次に、液タブをグラボから引っこ抜く」
すべての画面が暗転し、数秒後、メインとサブのディスプレイのみが復帰する。
「ほら、動かしてみ」
うにゅほにゲームパッドを手渡す。
「うと、……こう?」
キャラクターが右に動き、穴に落ちる。
「おちた」
「落ちても下のマップに行くだけだから」
「ほんとだ」
「動きはどうだ?」
「あ、かくってしない!」
「だろ」
PC本体の不調とばかり思っていたため、気づくのが遅れた。
原因が液晶タブレットでは、仮に修理に出したところで、症状が再現できずに送り返されるのがオチだったろう。
「でも、えーかくとき、どうするの?」
「絵を描くときだけ繋げればいい」
「あ、そか」
「考えてみれば、ずっと接続してる理由ないしな……」
ともあれ、PCの不調はこれにて解決だ。
よかったよかった。
※1 2018年11月10日(土)参照
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2018年11月14日(水)
「……なんか、寝違えたみたい」
「くび?」
「いや、右腕」
「うで……」
うにゅほが小首をかしげる。
「うでって、ねちがえるの?」
「寝違えるんじゃないか。現に、腕上げると痛いし……」
右腕を水平に持ち上げると、
「つ」
強くはないが、確かな痛みを感じた。
「むりしないで」
「しない、しない」
俺だって、痛いのは嫌いだ。
「へんなねぞう、してたのかな」
「かもしれない」
「でも、ねぞう、きーつけれないから……」
「ほんとそれだよな」
たとえ寝相が悪くても、どうにかするのは難しい。
徳川慶喜は、枕の両側に剃刀の刃を立てて寝相を矯正したと言うが、まさかそんな真似をするわけにも行かない。
「あ、かたいたいの、あれかも」
「どれ?」
「しじゅうかた」
「──…………」
四十肩。
四十歳ごろに、肩の関節が痛んで腕の動きが悪くなってくること。
「……まだ早くない?」
「そなの?」
あ、この様子だと、よくわからずに言ってるな。
「俺は、四十肩じゃないと思う……」
「そか」
「違う、はず。きっと」
「?」
幸いなことに、肩の痛みは夕刻には取れた。
ほんのすこしだけ、どきりとさせられた一日だった。
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2018年11月15日(木)
仕事用にリースしているオフィス向けの複合機が、Wi-Fiに繋がらなくなった。
「困ったな……」
PCは二階、複合機は一階だ。
有線で繋ぐことも不可能とは言わないが、あまり現実的ではない。
「なんか、さいきん、おおいねえ」
言葉足らずなうにゅほの意図を汲む。
「PC関係のトラブル?」
「うん」
「ほんとな……」
PCの不調が解決したと思ったら、今度は周辺機器である。
いい加減にしてほしい。
「とは言え、複合機に関しては、できることはほとんどないんだよな」
「そなの?」
「さっき、すこしだけいじってみたんだけど、管理者用のパスワードを求められた」
「あー……」
「まあ、借りてるだけだからなあ」
「どうするの?」
「メーカーに問い合わせて、修理に来てもらうしかない」
「そか……」
複合機本体に貼られている電話番号に掛け、修理の日取りを決める。
「──明後日の午後、来てくれるって」
「おかしとか、いる?」
「複合機を見てもらうだけだから、いらないと思う」
「わかった」
応接間に案内されてお菓子を出されても、修理に来た人も困るだろう。
「しかし、何が原因なんだろうなあ……」
「へんなつかいかた、した?」
「印刷しかしてないよ」
「ういるす」
「Wi-Fiに繋いでるわけだから、可能性はゼロではないけど──」
ふと思いつき、複合機の主電源を切る。
「どしたの?」
「再起動したら直るかも」
「なおるかなあ……」
直った。
「なおるんだ……」
「……俺も、直ると思わなかった」
考えてみれば、PCも、スマホも、調子の悪いときはまず再起動だ。
「修理呼ぶ前に試しとけばよかったなあ」
「ね」
複雑な気分で、キャンセルの電話を入れる俺だった。
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以上、七年め 前半でした
引き続き、後半をお楽しみください
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2018年11月16日(金)
「あ、ねぐせ」
うにゅほが俺の髪を撫でつける。
「ぴこん」
寝癖が跳ねた音らしい。
「それ、直らないんだよ」
「◯◯のかみ、かたいもんねえ」
「いまの長さだと、シャワー浴びても直るかどうか」
「そんなに」
「逆に言うと、その強度の髪に癖がつく睡眠ってすごいよな……」
「なんじかんも、ずっと、だもんね」
「寝癖のつかない寝方のコツとかないのかな」
「うーん……」
「アカシックレコード的なもので調べてみよう」
「べんり」
Googleを開き、寝癖の予防法を検索する。
「……髪を乾かしてから寝る」
「うん」
「乾いてから寝てるんだよなあ」
「ほかにないの?」
「横向きで寝ない、だって」
「よこでねても、ふつうでねても、ねがえりうつきーする……」
「だよなあ」
「ねぐせつかないの、むずかしいね」
「──あ、これはいいかも」
「どれ?」
うにゅほがディスプレイを覗き込む。
「帽子などをかぶって寝る、だって」
「お」
絵本などでよく見るナイトキャップは、そういった用途のものなのかもしれない。
「ちょっと試してみるか」
「ねてるあいだ、とれないかな」
「それはあり得る」
「わたし、おきたとき、ぼうしとれてたら、かぶせる?」
「いや、そのときは素直に諦めよう」
「わかった」
今夜から、帽子をかぶって寝てみよう。
短髪にも効けばいいのだが。
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2018年11月17日(土)
「──…………」
朝起きると、帽子が取れていた。
「××、俺、寝癖ついてる?」
「んー」
うにゅほが俺の後頭部を撫でつける。
「ぴこん」
ついていたらしい。
「意味なかったか……」
「そだねえ」
「帽子、どの時点で脱げたんだろう」
「わたしおきたとき、もうとれてた」
「あー……」
昨夜は朝方まで起きていたから、二、三時間で外れたことになる。
「そら寝癖もつくわな」
「うん」
効果の是非に関わらず、そもそもその効果を十全に受けられていないのだから、それ以前の問題である。
「やはり、最終的には寝相の問題に」
「そこかー」
「ま、いいや……」
小さく伸びをして、ベッドから下りる。
「××、ヨドバシ行くか」
「いく!」
即答である。
「なにかいいいくの?」
「デジカメ用のSDカード。父さんに頼まれててさ」
「そか」
興味なさげに頷く。
うにゅほにとって、何を買うかは重要ではない。
ヨドバシカメラに行くこと自体が、既にイベントのひとつなのである。
「……引きこもり気味で申し訳ない」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「××、免許取らないの?」
「めんきょ……」
「ひとりでどこでも行けるぞ」
「むり」
「無理か」
無理では仕方ない。
「あと、ひとりでどこいっても、いみない」
「──…………」
面映ゆいことを言ってくれる。
「なら、しばらくはこのままだな」
「うん、このまま」
うにゅほがそれを望む限り。
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2018年11月18日(日)
「……だるい」
「うん」
「眠い」
「うん」
「だる眠い」
「ねよ」
「もう四時なんだよなあ……」
休日が、すべて、睡眠に奪われてしまった。
「これ以上寝ると、腰が痛くなる」
「そか……」
秋から冬へと移り変わる際は、毎年こんなものだ。
「真冬になれば安定するんだけどな」
「うん……」
小さく目を伏せるうにゅほの髪を、手櫛で梳いてやる。
「心配ないさ。慣れてるよ」
この厄介な体を引きずって、ここまで歩いてきたのだ。
今更、思うところもない。
「締め切りのあるものは十月中に全部出せたし、今月はゆっくり休むことにする」
「うん」
「十二月になれば、まあ、体調も戻るだろ」
「……うん」
「そんなことより、今日は外食なんだろ」
「そだよ」
「出掛ける前に、日記書いとくか」
ベッドから下り、PCへ向かう。
「◯◯、にっき、ぜったいやすまないね」
「毎日書くから日記って言うんだぞ」
Wordを起動し、今日の日付を入力したところで、手が止まった。
「──…………」
「?」
「……書くことがない」
「あー……」
理由は単純である。
起きてから、まだ、十分しか経っていないからだ。
「──今日は何の日でしょー、か!」
「あ、なんのひしりーずだ」
「書くことがないもので……」
「うーと、いい、いい……、いい、なんかのひ」
「十一月は、たいてい、"いい◯◯の日"になるよな」
「でも、じゅうはちにち、むずかしい」
「語呂合わせ、ないかもなあ」
検索してみる。
「雪見だいふくの日、だって」
「ゆきみだいふく」
「パッケージを開けたとき、付属のスティックとふたつの雪見だいふくで、18に見えるから──らしい」
「……いち、ちいちゃいね」
「俺もそう思う……」
記念日には、無理のあるものが多い気がする。
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2018年11月19日(月)
コンビニで、不可解な飲み物を発見した。
「……濃厚ミルク仕立て、クリーミーミルク」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「ミルクじたての、ミルク?」
「そう書いてる」
「それ、ただのミルクのきーする……」
「ごはんにごはんを乗せて、ごはん丼──みたいな何かを感じる」
「それ、おおもりごはん……」
「気になるし、買ってみるか」
「うん」
ハズレだった場合を考慮して一本だけ購入し、イートインスペースに腰を下ろす。
「では、飲んでみます」
「はい」
ストローを挿し、ちゅうとひとくち。
「──…………」
「おいしい?」
「んー」
「まずい?」
「××も飲んでみ」
「うん」
容器ごと差し出すと、うにゅほがストローに吸い付いた。
ちゅー。
「あ、おいしい」
「なんか、あれみたいな味するな」
「どれ?」
「ロッテリアのバニラシェーキ」
「わかるわかる」
「"クリームをブレンドした濃厚ミルクに、アクセントとしてバニラ風味をきかせました"──だって」
「やっぱしバニラなんだ」
「頭痛が痛いみたいな商品名だけど、悪くないな。見つけたらまた買おう」
「そだね」
気になってまんまと手に取ってしまったのだから、これはこれでクレバーな商品名なのかもしれない。
意図したものかどうかは、怪しいところだと思うけれど。
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2018年11月20日(火)
窓の外の異音に目を覚ますと、みぞれが降りしきっていた。
「寒いはずだ……」
冬の足音は、激しい。
出遅れたからかもしれない。
「あ、おはよー」
「おはよう」
「さむいねえ」
「問答無用で冬って感じだな」
「きょう、びょういん?」
「病院」
「ふゆようのコート、だしたほういいかな」
「まだ早いんじゃないか」
「そかな」
「気温が氷点下まで行かないと、コート濡れるぞ」
「あ、そか」
雪なら払えばいいが、みぞれではそうは行かない。
「××、あられとみぞれの違いってわかる?」
「わかるよ」
「……わかるの?」
意外だ。
「あられは、こおりのつぶ。みぞれは、あめとゆきがまじったの」
「正解」
「まえ、◯◯いってた」
「あー……」
説明したかもしれない。
「じゃあ、あられと雹の違いは?」
「ひょう?」
「雹も、空から降ってくる氷だろ。定義の違いがあるはずだ」
「うと……」
しばし思案したのち、うにゅほが小さく首を横に振る。
「わかんない」
「正解は、大きさです」
「おおきさ?」
「具体的には忘れたけど、何ミリ以上が雹、未満があられって定義されてる」
「へえー」
「関係ないけど、イルカとクジラの違いも大きさだけだぞ」
「え!」
「たしか」
「……ほんと?」
「聞きかじりだけど、そのはず」
「へえー」
初雪が降ったのなら、そろそろストーブを出すべきだろうか。
エアコンの力不足を感じる今日このごろである。
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2018年11月21日(水)
「寒い……」
「さむいねえ……」
膝の上のうにゅほを抱きながら、寒さに打ち震える。
「エアコンつけないの?」
「つける」
「じゃあ、つけてくるね」
膝から下りようとするうにゅほを、しかと抱き締める。
「待った」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「考えてみれば、これからもっともっと寒くなるわけです」
「ですね」
「この程度で寒がっていては、真冬の気温に耐えられないのではないでしょうか」
「なるほど……」
「というわけで、エアコン以外の方法で暖を取ってみたいと思います」
「わかりました」
「××、靴下履いてる?」
「はいてる」
「俺は膝あったかいけど、××は?」
「さむい……」
「じゃあ、ブランケットだな」
星のカービィのブランケットを広げ、うにゅほの膝に掛ける。
「これ、さわりごこちよくて、すき」
「いいよな」
「でも、まださむいねえ……」
「次は半纏だな。二人羽織しよう」
「うん」
半纏の紐を解き、うにゅほに覆い被せる。
広い袖に二本の腕が通り、密着感が遥かに増した。
「はー、あったか……」
「だいぶ暖かくなったな」
「うん」
「室温は17℃だけど、外は何度なんだろう」
iPhoneを手に取り、天気アプリを起動する。
「……-6℃?」
「え」
「はーいエアコンつけましょう!」
「そだね……」
半纏を二人羽織にしたまま、のたくたとエアコンの電源を入れる。
北海道はとっくに冬なのだった。
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2018年11月22日(木)
両親の寝室から窓の外を覗き見ると、世界が真っ白に染まっていた。
「わあー……!」
「うわ……」
どちらがどちらのリアクションか、いまさら記す必要もあるまい。
「初雪は根付かないけど、今年はさすがに根雪になるかもな……」
「はつゆき、おそかったもんね」
「毎年そんなこと言ってる気もするけど」
「あー」
「そして、結局根雪にならない」
「たしかに」
「なんだかんだ解けるよ、きっと」
「そか……」
うにゅほが残念そうに頷く。
「しかし、いままで力を溜めてたみたいに、一気に降り出したなあ」
「ぼたゆき、すごいね」
「重いぞこれは」
「ぼたぼたしてるから、ぼたゆき?」
「ぼたぼた……」
そんなオリジナルの擬態語を引き合いに出されてもなあ。
「牡丹みたいな雪と書いて、ぼたゆき。牡丹の花びらみたいに、大きく、まとまって降るから、そう名付けられたんだろうな」
「ふぜいがありますね」
「美しい日本語です」
「こなゆきは、こなみたいなゆきだから、こなゆき」
「だな」
「はつゆきは、はじめてふるゆきだから、はつゆき」
「そうそう」
「ゆきむしは、ゆきみたいなむしだから、ゆきむし」
「初雪の降るすこし前に出てくるから、余計に雪を彷彿とさせるんだろうな」
「へえー」
「あれ、本当はアブラムシなんだぞ」
「そなの?」
「たしか、そのはず」
「そなんだ……」
そんな豆知識を披露しながら、自室へ戻ってストーブをつける。
なんとなく"牡丹雪"で辞書を引いてみたところ、"ボタンの花びらのように降るからとも、ぼたぼたした雪の意からともいう"と記されていた。
うにゅほは正しかったのだ。
頭から否定した自分を恥じる俺だった。
-
2018年11月23日(金)
Steamでディスガイア5を購入して以来、ゲーム漬けの毎日が続いている。
「──…………」
「──……」
うにゅほを膝に乗せたまま、延々とレベル上げを行う。
「◯◯」
「んー」
「どのくらいつよくなった?」
「ラスボスワンパンどころか、負けることが事実上不可能になった」
ダメージ食らわないし、勝手に反撃するし。
「まだつよくするの?」
「隠しボスは、もっと強い」
「どのくらい?」
「まだ挑んでないからわからないけど、たぶん億ダメージを出せるようにならないと……」
「おく!」
うにゅほが目をまるくする。
「いま、ひゃくまんくらい……」
「そうだな」
「……ひゃくばいかかる?」
「かからない、かからない。加速度的に成長するから」
「そか……」
「1と2は200時間くらいやったけど、5はどうかな」
「いま、なんじかん?」
「75時間くらい」
「ななじゅうごじかん……」
「……よく考えたら、丸三日もこのゲームやってるのか」
麻痺していたが、すごいことだ。
「にひゃくじかん、いちばんくらい?」
「ゲームのプレイ時間ってこと?」
「うん」
「いや──」
もっと、桁違いにプレイしているゲームがある。
「elonaは、1000時間は軽く……」
「せん」
「1000」
「──……せん!?」
うにゅほが目を白黒させる。
「まじか……」
「マジです」
1000時間。
よくもまあ、そこまで費やせたものだ。
そんな話をしていたら、またプレイしたくなってきた。
やらないけど。
-
2018年11月24日(土)
午睡から目覚め、のろのろと着替えをする。
「きょう、ともだちとのみいくんだっけ」
「そう」
「ふゆだもんね、しかたないね……」
年末になると、忘年会やら何やらで、うにゅほを置いて出掛けなければならないことが多くなる。
こればかりはどうしようもない。
「なんじくらい、かえってくる?」」
「そんなには遅くならないと思うけど……」
「ほんと?」
「はしご酒って相手でもないし」
「そか……」
うにゅほが、ほっと胸を撫で下ろす。
「おきてていい?」
「いいけど、寒かったらちゃんとストーブをつけておくこと」
「わかりました」
うにゅほが、神妙な顔で頷く。
この反応なら大丈夫だ。
「ココアとコーンスープ、どっちがいい?」
「うと、ココアかなあ」
「了解」
うにゅほを置いて飲みに出掛けた冬の日は、ココアかコーンスープをお土産に買ってくる。
理由は特にない。
ただ、なんとなく続いている習慣だ。
「……免罪符のつもり、なのかもなあ」
「?」
「いや、独り言」
「そか」
自分の気持ちは、自分でもよくわからない。
「じゃあ、行ってきます」
「うん、いってらっしゃい」
うにゅほに見送られ、家を出て──
帰宅したのは午前一時だった。
「──…………」
「……たいへん申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げる。
「終電を逃してしまいまして……」
「……ココア」
「は、ここに……!」
まだ温かいココアを差し出す。
「……あんましおそいと、しんぱいするんだからね」
遅くなる旨は連絡してあるが、そういう問題ではない。
「ごめんな」
「うん」
小さく頷いて、うにゅほがココアをひとくち啜る。
「寝るとき、歯磨きし直さないとな」
「うん、わかった」
本当に免罪符になってしまった。
次からは気をつけよう。
-
2018年11月25日(日)
沈みゆく太陽を見つめながら、呟く。
「連休が……終わっていく……」
「そだね……」
「なーんかぼんやり過ごしちゃったなあ」
「ずっとゲームしてたもんね」
「ディスガイアも、育成限界が見えたから、だんだん飽きてきちゃったし……」
ここまで来ると、攻略サイトに書かれている内容をなぞるくらいしか、できることがない。
それはあまりに虚しい作業だ。
「……床屋行けばよかったかなあ」
「かみ、もうきるの?」
「横に跳ねてきたからな」
「ぼうず?」
「これからの季節、坊主はつらいだろ」
「さむいもんね……」
「ツーブロックみたいにしようかと思って」
「つーぶろっく」
「横と後ろを刈り上げて、上は残す──みたいな」
「あー」
「そういう髪型、見たことあるだろ」
「あれ、つーぶろっくっていうんだ」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「にあうかな」
「似合うと思う?」
「うん」
「わからないぞ。コボちゃんみたいになるかも」
「コボちゃん?」
うにゅほが小首をかしげる。
「知らないのか……」
「しらない」
考えてみれば、触れる機会もないものな。
「読売新聞とってたのって、××が来る前だったっけ」
「しんぶん……」
「新聞のテレビ欄の裏には、決まって四コマ漫画が載ってるんだよ」
「へえー」
「小学生のころ、なんでか切り抜いて集めてたっけなあ……」
懐かしい。
まだ連載しているのだろうか。
何故かコボちゃんに思いを馳せる連休最後の夕刻なのだった。
-
2018年11月26日(月)
「◯◯、◯◯」
「んー?」
うにゅほが、カレンダーを指し示す。
「いいふろのひ」
「いい風呂の──ああ、11月26日だからか」
「うん」
「急にどうしたんだ」
「にっき、かくことないかとおもって」
「あー……」
たしかに。
今日、何もしてないもんな。
「お気遣い、ありがとうございます」
「いえいえ」
ぺこりぺこりと頭を下げ合う。
「かけそう?」
「いい風呂の日だけだと、さすがにパンチが足りないな」
「そか……」
「どうせなら、銭湯へ行くくらいのイベント感が欲しい」
「せんとう、いく?」
「絶対混んでる」
「そだね……」
「銭湯らしい銭湯って、近場にないしな」
「たしかに」
「いまから定山渓とか、そこまでフットワーク軽くないし……」
「じょうざんけいおんせん?」
「行ったことあったっけ」
「ない」
「じゃあ、今度──」
言いかけて、はたと気づく。
「……温泉だと、男湯と女湯で別れるな」
「あ」
銭湯もだけど。
「こんよく……」
「混浴なんてそうないし、そもそも××の肌を他人に見せたくない」
「……うへー」
うにゅほがてれりと笑う。
「まあ、そのうちどっか行くかー……」
「うん」
この漠然とした約束が果たされるのは、雪が解けてからになるだろう。
冬場は引きこもるに限る。
-
2018年11月27日(火)
母親を伴い救急病院から帰宅すると、午前六時を過ぎていた。
そのまま泥のように眠り、起床したのち、蚊帳の外だった弟に事の次第を説明する。
「朝の四時半くらいに父さんに起こされてさ。母さん、蕁麻疹が出たって言うんだよ」
「蕁麻疹……」
「ブツブツはできてなかったけど、とにかく両手が痒いんだって」
「てー、あかくなってた」
「で、俺と××で救急病院連れてって、診察してもらったんだ」
「……××、大丈夫だったの?」
「大丈夫じゃなかった。ずっと半泣きだった」
「やっぱり」
「うへー……」
うにゅほが苦笑する。
「で、原因はなんだったのさ」
「さばだって」
「鯖って、夕飯の鯖の味噌煮?」
「うん」
「もともと体調が悪いところに、あたりやすい鯖を食べたのがよくなかったらしい」
「あー……」
ヒスタミン中毒、というやつである。
「あれるぎーのくすりと、かゆみどめもらった」
「それでひとまず様子見だってさ」
「俺が寝てるあいだに、そんなことがあったんだ……」
「のんきにぐーすか寝やがって」
「あとから言うなよ」
弟が、不満げに口を尖らせる。
「冗談、冗談。起こしても杞憂になりそうだったからな」
「××は起きちゃったのか」
「おきちゃった」
「父さん声でかいし」
「わかる」
「症状が悪化するようならまた病院って話だったけど、快方に向かってるみたいだし、たぶん大丈夫じゃないかな」
「そっか」
弟が、ほっと息を吐く。
なんだかんだと心配ではあったのだろう。
「それより、俺の生活サイクルが狂いそうなのが問題だ……」
「それはどうでもいい」
俺には冷たい弟なのだった。
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